2014年06月12日

◆中間選挙予備選で共和党内大番狂わせ

宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26(2014)年6月12日(木曜日)通巻第4263号  (前日発行)>
 

〜中間選挙予備選で共和党内、大番狂わせ。
   保守の大物が落選、無名の保守右派が突如勝利〜

保守の牙城バージニア州で、もっとも保守的な地域から選抜されている下院議員のエリック・カンターは七期のベテラン、しかも次期連邦議会では下院与党総務をボーナーから引き継ぐとされていた。

首都ワシントンDCのとなり、バージニア州は全米のなかでも際だって保守的な地盤である。

2014 年6月10日におこなわれた共和党内の予備選で、この読みがひっくり返った。まさか、無名の保守系で、ティー・パーティの支持をうけた経済学教授がベテランの保守政治家を打ち負かすなどと誰も考えなかったからだ。

日本でたとえると東京選挙区で、たとえば石原伸晃が田母神俊雄にいきなり敗れるような構図である。

突然の新人はアンドルフ・メコン大学教授のデビット・ブラット。

ティー・パーティにいきなり推薦され、わずか20万ドルの選挙資金、かたやベテラン議員のカーターは540万ドルをあつめて悠々と選挙予備選に臨んだ。

敗因はブラット教授が「カンターは移民に甘い」と攻撃しただけだという。

直近の同州知事選挙でも、この共和党の分裂に漁夫の利を得てヒラリーの友人でもあり親中派の民主党候補が知事選に1%の票差で競り勝った。

となると本番下院選挙でも、またもや民主党のダークホースが、漁夫の利を得る可能性があり、そして二年後の大統領選挙も、このまま共和党の分裂が継続されるとすればヒラリー・ローダム・クリントン元大統領夫人、前国務長官の当選が射程に入ったと言えるかも知れない。

◆イスラム過激派が一斉攻勢に

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 


<平成26(2014)年6月11日(水曜日)通巻第4262号>  

〜イスラム過激派、世界的規模で一斉攻勢に転じた
  インド洋米軍基地はミサイルの射程に入ったとイラン革命防衛隊幹部〜


新大統領になって対米姿勢にやや柔軟さがみえたかに移ったイランだが、「インド洋にあるディエゴ・ガルシア基地はミサイルの射程にある」とイラン革命防衛隊幹部のゾンサールが語った(フォックスニュース、6月10日)

この強気な発言の背景には次のような直近の展開がみられ、イランの姿勢に硬直化への揺れ返しとなったことが分かる。

第一にアフガニスタン攻撃への北からの重要補給基地だったキルギスのマナス空港に駐屯してきた米軍海兵隊2000名が撤退した。これは背後にロシアの外交圧力がビシュケク政府にかけられていたからだろう。

第二にイラクの重要都市モスルがアルカィーダ系軍事組織の手に落ちた。武装勢力はモスル市政府ビル、警察本部、空港治安部隊本部を陥落させた。6月10日である。

第三に同日までにパキスタンの商業都市カラチ空港が襲撃され、多数の死傷者が出たが、空港内にあった治安警察学校が破壊されていた。 

第四に中国新彊ウィグル自治区で展開されている爆弾テロ事件の一部にアルカィーダ系組織の影があるが、従来のウィグル自治区に限定されてきた攻撃が、全中国規模に広がってきた特色があり、背後に国際的な支援組織との連帯が見られることである。

どうやらイスラム過激派は世界的規模で一斉攻勢に転じたのではないのか。
 

2014年06月11日

◆「核」が日中開戦を抑止する(35)

平井 修一


日本国際問題研究所のサイトに阿南友亮・東北大学教授が寄稿している。
以下はその一部――
・・・

海洋に賭ける習近平政権の「夢」「平和的発展」路線の迷走と「失地回復」神話の創成

国家海洋局の掲げてきたスローガンが共産党中央の政治報告に含まれたことの背景には、党内における周辺国に対する対抗姿勢を支持する声の高まりがあったことは想像に難くない。

2013年3月に開催された第12期全国人民代表大会(全人代)では、国務院の機構改革の一環として、これまで海洋の「執法隊伍」(法の強制執行権をもつ部隊)として存在した国土資源部国家海洋局の「中国海監」、交通運輸部の「中国海事」など4部隊の陣容と職責を統合し、統合された部隊(人員は約1万6300人)を「中国海警」として国家海洋局の指揮下に置くことが決められた。

これにより、国家海洋局は、海上権益維持の法執行を統括する機関へと格上げされたのである。

このように、2010年と2012年に日中が尖閣諸島をめぐって激しく対立し、日中の戦略的互恵関係が暗礁に乗り上げるなかで、国家海洋局はその悲願であった権限および組織の大幅な拡大を実現させたのである。

2008年末以降、尖閣問題における中国側の尖兵という性格を強めた国家海洋局の地位向上が習近平政権の外交方針とどのようにかかわるのかは、2013年7月に開催された中共中央政治局による「海洋強国」に関する集団学習の場における習近平の発言から明確に読み取ることができる。

習近平は、集団学習の際に、

「海洋強国の建設は中国の特色ある社会主義事業の重要な一部だ。第18回党大会は海洋強国の建設という重大な計画を打ち出した。この計画の実施は、持続的で健全な経済発展の推進、国家の主権、安全保障、発展上の利益の維持、小康(ややゆとりのある)社会の全面的完成という目標の実現、そして中華民族の偉大な復興の実現にとって重大かつ計りしれない意義をもつ。

一段と海洋を重視し、海洋について認識し、海洋を経略し、わが国の海洋強国建設が絶えず新たな成果をあげるようにしなければならない」と述べた。

この発言からわかるように、習近平政権は、「海洋強国」を「中華民族の偉大な復興」を達成するための重要課題と位置づけたのであり、それによって海洋問題をあえて「失地回復」という幻想に取り憑かれたナショナリズムに強く結びつけたのである。

国家海洋局を中心とする海洋管理体制の大々的な再編には、海洋をめぐって対立する周辺国への圧力を強めるとともに、習近平政権が「中華民族の偉大な復興」に真摯に取り組んでいる姿をアピールし、中国社会において広範な共感・支持を勝ち取る狙いがあると考えられる。

しかし、こうした党指導部の姿勢は、中国外交をますます袋小路に追い込む可能性がある。

習近平政権は、外交とナショナリズムとの結びつきを強める姿勢をみせる一方で、「平和的発展」路線を堅持するという立場を表明している。

しかし、2013年11月に発生したフィリピンにおける甚大な台風被害に対する支援に関して中国政府が示した消極的な態度、および多くの国々がフィリピンでの災害援助に取り組んでいた最中に、中国人民解放軍が国際的な慣例に反するかたちで東シナ海における防空識別圏の設定を宣言して、アジア・太平洋地域の緊張を著しく増大させたことに鑑みれば、同政権の周辺国に対する協調姿勢は、きわめて希薄であると言わざるをえない。

習近平政権は、「平和的発展」という看板を維持しながら米国に対する「新しい大国間関係」の呼びかけを強め、米国が日本やASEAN諸国よりも「台頭する」中国を重視する方針を選択するように働きかけるとともに、ヨーロッパ、アフリカ、中南米の国々と依然として良好な関係にあるという環境を利用して、日本およびASEAN諸国に対して優位性を誇示し、海洋問題で譲歩を引き出すという外交戦略を志向しているようである。

ところが、米国は、少なくとも現時点では、尖閣諸島への日米安保条約の適用を宣言するとともに、いわゆる「九点破線」によって中国が示してきた南シナ海における「中国の勢力圏」を認めない立場をとっている。

米国のこうした姿勢を崩すことに失敗すれば、習近平政権の周辺国に対する強硬な措置は、ブーメランのように跳ね返ってきて同政権の権威に大きな打撃を与える可能性もある。その意味で、習近平政権の外交は、重大なリスクを抱えていると言えるであろう。

では、習近平政権に、胡錦濤政権のような対日関係改善のイニシャティヴを期待できるとかと言えば、中国経済の減速、国内情勢の不安定化、尖閣をめぐる日本との対立の深刻化、中国における既得権益擁護派の影響力拡大といった要因により、2006年よりもハードルが格段に高くなったと考えられる。

習近平政権は、靖国参拝のみならず尖閣問題でも日本の譲歩を要求している。

前者に関して日本側は、ギヴ・アンド・テイクがきちんと機能すれば譲歩・配慮することができることを過去7年間の行動で示してきた。

後者に関しても、2010年の漁船衝突事件にみられるように、日本は主権国家の常識では考えられないほどの譲歩・配慮をしてきたと言えるが、結果的に、そうした譲歩・配慮は、中国側の冷静な対応を引き出す処方箋とはならなかった。

逆に、中国側は、日本側の譲歩・配慮を逆手にとって同問題を意図的かつ積極的にエスカレートさせ、日本の主張の正当性を相対化しようとする試みをいっそう強化させてきた。

尖閣問題は、日中間の領土をめぐるナショナリズムの衝突という文脈で論じられる傾向が強いように見受けられるが、本稿で概観したように、同問題は南シナ海の問題と同様に、台湾問題と密接にリンクしているとともに、アジア・太平洋地域全体を舞台とした米中の戦略的駆け引きの影響を色濃く受けているのである。

また、そこには、中国の国内政情、すなわち、改革派の挫折と既得権益擁護派の巻き返しという事情も少なからず作用している。

既得権益擁護派の政権という性格の強い習近平政権は、国際法的根拠を度外視して、これまで実効支配の実績がない尖閣諸島やスプラトリー諸島を香港・マカオ・台湾とならぶ「失地」と位置づけ、国家海洋局などを駆使して「失地回復」に取り組んでいる姿勢を演出することによってナショナリズムを発揚し、国内で鬱積した不満が共産党に向かって大々的に噴出するのを回避しようとしているように見受けられる。

国際司法裁判所(ICJ)や多国間協議による解決を選択せず、あえて緊迫した環境を醸成して周辺国に譲歩を強要しようとするこうした試みに対して、国際社会では、現在の中国の対外姿勢がリヴィジョニスト的性格、つまり、既存の国際秩序に対する挑戦者という性格を強めているという認識が急速に広まっている。

特に防空識別圏の一件以来、そうした認識は世界的な広がりをみせているといっても過言ではない。

概して言えば、尖閣問題は、リヴィジョニスト的な「夢」に傾きつつある中国政府に対して、米国およびアジア・太平洋地域の関係国がいかにしてチームワークを発揮して自制を促すかという大きな駆け引きの一部に組み込まれているのである。

したがって、今後の日本の政権担当者には、法に基づく国際秩序を守護するチームの主要な一員であるという自覚と使命感に立脚し、チームプレーを意識した対中政策を推進していくことが求められることになる。

習近平政権が現実離れした「夢」から醒め、国家海洋局や海軍の艦船などを用いて周辺諸国を威嚇・牽制する行為を控えるという姿勢をみせるまで、日本政府としては、チームのメンバーとして信頼しうる国々との関係強化に主眼を置いた外交を展開していくことが肝要となる。(以上)
・・・

海洋に賭ける習近平の「夢」は悪夢になった。悪夢はやがて「中共大崩壊」の正夢になるだろう。世界はそれを待っている。習近平よ、走れ、13億人を道連れに地獄へ突き進め!(つづく)(2014/6/10)

◆進駐軍も「慰安婦」を求めた

湯浅 博


内房の港町・木更津はどこから見ても海があった。陽光にきらめく遠浅の 海は、潮干狩りや簀立(すだ)て遊びの家族連れでにぎわう。簀立ては、 潮が満ちたとき、定置網に迷い込む魚を潮が引くタイミングでつかみとる 粋な遊びである。もう30年以上も前に、木更津駐在の駆け出し記者の時 代に1度だけ試したことがあった。

木更津再訪の折には、いつも「三味線横町」といわれた界隈(かいわい) をのぞいた。芸寮組合の「見番」や芸者置屋の「君乃家」があった筋だ。 亡くなった「君乃家」の女将(おかみ)、犬塚とくさんには町のよもやま 話をよく聞いた。当時、70歳を少し超えた犬塚さんは、この町の生き字引 である。

犬塚さんから聞いた悲運の女たちを思い浮かべたのは、米国内で相次いで 設置される慰安婦像が伝えられてからだ。慰安婦募集の強制性を認めた河 野談話から、「性奴隷」として日本を貶(おとし)める言葉が流布されて いる。しかし、敗戦直後の上総地方でも、進駐した米軍から町の娘たちを 守る「性の防波堤」という秘話がある。

来日する知日派米国人に聞かせる悲しい秘史を、何度も書いておく必要が あると思う。あれは昭和53年夏、取材を始めると、何人かの証言と千葉 県公文書から米軍相手の慰安婦たちの無言の叫びを聞くことになる。

それは、昭和20年9月5日、館山に上陸した米軍第112騎兵連隊が、列車 で木更津に到着したことから始まる。進駐軍を迎える市民たちは「鬼が やってくる」と雨戸を閉めて息を殺した。まもなく、警察署長が割烹 (かっぽう)旅館に「旅館を進駐軍の慰安所に使いたい」と申し入れた。 建物はともかく、いったい、だれが米兵たちの鬱屈した性の相手をするのか。

毎日新聞の地元記者をしていた河田陽さんは「隊長の中尉が、司令部に署 長を呼んで『米兵のために日本人女性20人を提供しろ』と要求した。そこ で署長が町の有力者に相談した」と、占領軍要求説をとる。まもなく酌 婦、娼婦(しょうふ)のほかに百数十人いた芸者衆が集められた。相手は ついこの間までの「鬼畜米英」で、怖くなって木更津から逃げ出す芸者も いた。

内務省警保局はこれより前の8月18日に、全国の警察に慰安施設の設置を 指示していた。千葉県庁の倉庫で10月10日現在の県警察部保安課の文書 「慰安施設調」を見つけた。

ほこりをかぶった文書からは、時代に翻弄された女たちの声が聞こえてく る。木更津の慰安婦は47人にのぼり、米軍司令部がおかれた館山、千葉に 次いで3番目に多い。県全体では12署316人になった。米軍司令部から も、「市中ニ既存スル慰安所ノ開設」を申し入れてきたとあるから、先の 河田説を裏付けている。

女たちの需給分析としてこの文書は「進駐軍ノ遊興ハ一日平均人員四百人 一割程度ニシテ何レモ満足シ居ル状況ナリ」と報告している。翌年には慰 安婦が22署624人と2倍に増えた。

郷土史家の鈴木悌一さんは「あのころはみんな生きるのに必死だったね」 といっていた。だが、「守られる多数」と「犠牲になる少数」が生まれて しまったのは、この時代の限界であった。

その顛末(てんまつ)を知人の米国人に語ると「そういう認識はなかっ た」というだけであった。悲しい秘話は世界中にある。それを国際舞台で 外交の材料にすれば、歴史観それぞれの対立になるのは避けられないだろう。

 昭和が終わるころに犬塚さんが亡くなり、前後して木更津の花柳界も灯 が消えた。「君乃家」の跡地は駐車場になり、芸者が技を磨いた見番は見 る影もない。鈴木さんはただ、「苦難の道を歩んだ歴史はそれぞれが忘れ ちゃあいけない」とつぶやくだけだった。(ゆあさ ひろし)
産経ニュース【東京特派員】2014.6.10


◆インドの前向き積極外交を中国が刮目

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26(2014)年5月29日(木曜日)通巻第4253号>  <前日発行>  

 〜モディのインド、前向きな積極外交を中国が刮目
  矢継ぎ早に歓迎メッセージ、宿敵パキスタンはシャリフ首相が訪印〜


インド総選挙結果は予想を遙かに超えてBJPが圧勝、単独過半を抑え組閣 した。

モディ首相の就任式には長年のライバル、シャリフ(パキスタン首相)が 訪問して握手した。「恩讐の彼方に」とはいかないまでも、軍事対決をつ づけるパキスタンの首相がインドの新首相をすぐに訪問するのは異例中の 異例である。

また米国が敵対的姿勢を改め、モディに訪米を要請した。つい先日まで 「モディはヒンズー至上主義の危険人物。イスラム弾圧の黒幕」と罵倒し ていたのに?

この米国の変化も注目しておいて良いのではないか。

中国は事態の急旋回にやや狼狽しながらも、楊潔チ国務委員(前外相)が 北京駐在インド大使を招き、新政権を歓迎する旨をつたえたほか、李克強 首相も祝意のメッセージを送っていたことが分かった。なにしろ中印貿易 は中国側が480億ドルのプラスである。

「両国はハイレベルの外交コンタクトを絶やさず、協同とあらゆる方面で 交流を強化出来るうえ、アジアならびに世界平和に貢献できる」とした。

しかし1962年に発生した中印国境紛争は停戦しているだけで、両国の領土 係争ではなんら歩み寄りが見られず、中国はインドのアルナチュル・プレ デシュ州の9万平方キロの土地が中国領だと言い張り、インドは「中国が インド領の38000平方キロを軍事占領している」として両軍は国境地帯に にらみ合いをつづけている。

パキスタンはタリバンの出撃基地と化し、アフガニスタンの政権はまった く安定を欠くが、いくら中国がパキスタンと軍事同盟を結んでいようと も、イスラム過激派対策は別の問題である。

中国の新彊ウィグル自治区ではテロが絶えず、習近平は数日前にも「対テ ロ戦争」を宣言したばかり。緊張はます一方である。

新彊ウィグル自治区のイスラム過激派は「タリバン化」している。


▲新彊ウィグル自治区の過激派の戦術変更に注意

北京にあるシンクタンク「改革と発展委員会」がまとめた報告に拠れば、 最近のテロ活動には三つの特徴があるという。

第一にこれまで特定の地域に集中してきた過激派の活動は中国全土に拡大 した。雲南省昆明でのテロや広州駅でのテロは、地理的拡大を象徴している。

第二に政府、軍のみならず一般市民を標的とするなど無差別テロと化して いる。またウィグル自治区の過激派拠点はホータン、カシュガル、アクス などだが、すでに200の自爆装置が押収され、1・8トンの爆薬が発見 されており、背後に控えるイスラム過激派団体の重層的な支援態勢が存在 する。

第三に政府の対策は力による取り締まりばかりで対応能力に疑問がある。王楽泉が新彊ウィグル自治区の党委員会書記を務めた時代、「鉄腕治彊」 と言われたが、「7・5大虐殺事件」が発生し、ウィグル人の大量の逃亡 事件も付帯した。

後継の張春堅時代前期は「柔治」政策に転換した。けれども効き目はな く、自爆テロの頻発に習近平は「対テロ戦争」と姿勢を硬直化、今後の血 の弾圧はエスカレートしてゆくだろう。
     

2014年06月10日

◆“氷姫の涙”支持率も50%台に回復

黒田 勝弘


韓国人の感情表出は激しい。旅客船沈没事故での遺族たちの嘆きや怒りを見てもそれが分かる。東日本大震災のとき、現地取材した韓国の記者は冷静な日本人を「尊敬するが…」としながらも「もっと叫びなさい!」と書いていた。韓国人には日本人のガマンがもどかしく感じられたのだ。文化人類学的な日韓の違いである。

夫婦げんかでも韓国の妻は激しいと知り合いの日本人の夫がいっていた。「あんなに大声でまくしたてられると気がめいる。黙って涙でも見せられるとこちらは降参なんだけどねえ。女の涙には男は弱いじゃないですか」と。

先の統一地方選挙は事故の責任追及で惨敗が予想された与党が意外(?)に善戦し、危機の朴槿恵(パク・クネ)政権は政治的にもち直した。与党はソウル市長の奪還には成功しなかったが、全体的には判定勝ちといってもいいだろう。

この与党および朴政権を救ったのが実は朴大統領の「異例の涙」だった。

ソフトな笑顔の半面、気丈で意地っ張りの朴大統領は、海難事故の現場に出掛け泣き叫ぶ犠牲者遺族に詰め寄られても、死亡した生徒たちの追悼式に参列しても決して涙を見せなかった。

それが5月19日、テレビを通じた談話発表の際、涙を流したのだ。安全対策や危機管理での政府のミスを謝罪し、今後の対応策を約束したものだったが、生徒を助け自ら犠牲になった人たちの名前を挙げその犠牲精神をたたえたところで感きわまった。

これに対し一部では「氷姫の涙」などと批判、冷やかしもあったが国民の多くは間違いなく感動し共感した。テレビを見ながら目をウルウルさせた視聴者も多かった。

事故の責任追及で政権批判が押し寄せるなか、地方選の趨勢(すうせい)は「朴政権に審判を!」で与党惨敗は必至の情勢だった。それが彼女の涙をきっかけに「それでも大統領はよくやっている」と世論の風向きが微妙に変化しはじめた。「女の涙」の威力である。

事故の直後、支持率は40%台に落ちたが今は50%台に回復している。あれだけ世論にたたかれれば普通の大統領ならもっと暴落していただろう。李明博前大統領など、就任直後の米国産輸入肉にかかわる「虚偽の狂牛病」騒ぎで20%にまで落ちている。

支持率が落ちないのは彼女にはカリスマ性があるからだ。

韓国中興の祖・朴正煕(チョンヒ)の娘で、しかも父母を暗殺やテロで亡くした悲劇の人生を歩み、政治家になってからは暴漢に顔をカッターで切られる苦難も経験している。「姫」と皮肉られる育ちの良さと「けなげさ」のイメージで、世論は彼女を守ろうとするのだ。

だからこれまで「選挙の女王」といわれ、与党危機には必ず彼女が先頭に立ち危機を乗り切ってきた。今回も彼女の涙が与党を救った。

さて懸案の日韓関係だが、日本は朴大統領の意地っ張りに手を焼いている。日米韓協力強化を切に望む米国もそうだろう。「氷姫」の氷を溶かすにはどうすればいいか。

そのためには彼女のカリスマ的な「強さ」を知ったうえで暖かい微風を送り込むしかない。冷たい強風では氷は溶けない。
 
(ソウル駐在客員論説委員)産経【から(韓)くに便り】2014.6.8


         

◆少数派を寧ろ誇りに

前田 正晶


私は1990年5月頃から、紙パ業界の専門誌にコラムというかエッセーを書く機会を与えられた。その初期に書いたことにこういうものがあった。

「学校教育の英語は生徒や学生に優劣の差をつけるため(5段階の評価をするため)に教えているのであって、会話の能力をつけようなどとは考えていない」と勇敢に語った高校の女性の英語の先生のことだった。「ナルホドそうだったか」と再確認出来た。

それから24年をも経ってしまった21世紀になっても、この事態は一向に改善されていないどころか、小学校から英語を必須にするとか、愚にもつかないTOEIC等の受験英語の集大成の如きテストで良い点数を取らないと大学を卒業させないであるとか、就職出来ないとか、昇進も昇給も出来なくなるとかいう呆れ返った事態が生じている始末だ。

私はこれまでに何度か「有り余る英語力を抱えて云々」と正気で言ってきた。自慢しているのではない。我が国の学校教育の「科学としての英語」で無理やり育てられた方々とは異なる勉強を採っただけで、22年以上もアメリカ人の会社で生きながらえることが出来たし、欧米の諸国との文化の違いを知り得て、それを英語力を伸ばす材料に出来たのである。

従って、私の勉強法どころか、常に論じる「英語とEnglishの違い」や「英語教育改革法」などは、私が非難し続ける雑音にしか過ぎない社民党の福島某のごく少数のトンチンカンな意見の如きに受け止められているだろうと思っている。

もしも、これまでに述べてきたこれらのことを世論調査にかければ(何でアンケートなどという言葉の誤用がまり通るのだろう)恐らく20%の支持も得られないだろう。また支持して下さる方々には「何で今頃になってこんな当たり前のことを言うのか」と笑われるだろうと危惧している。

既に指摘したことで「我が国の英語教育の問題点には、英語とは何であるかというか English と何処がどう異なっているかも知らず、上記の女性教師のような考え方で、英語をいじくり回して世界の何処に行っても通用しないものを数学のように教え込み、試験の点数こそ全てのようなものに仕上げたために、自分を表現することを不得手とせざるを得ない語学にしてしまったこと」だろうと思っている。

このような誤った教え方を採り上げればキリがないが、念のために幾つか例を挙げておけば「to を伴わない不定法」として "You’d better 〜"のような要らざるお節介になる語法を教え、個人的なことを尋ねないのが礼儀である国の言葉なのに、戸籍調べのような個人情報を尋ねる疑問文を「会話」と称して教えるために、何処かのテレビ局が「Youは何しに日本へ」という結構面白い番組を作ったのは良かったが、その英語の題名が"Why did you come to Japan?"と詰問するのである。

大体からして他人にいきなり何かを問い掛けるのだったら "Excuse me."か "May I ask you some questions?" 辺りから入るのが最低の礼儀だとは教えてないようだ。

私がこの件をTK博士と語り合っていた時に隣室におられた大学院生が「少なくとも "For what purpose did you come to Japan?" と言って欲しい」と指摘されて会話に入ってこられた。流石に我が母校の大学院生だ。

我が国の英語教育の問題点を論っていけば果てしがないのでこの辺りにして、あらためて改革の新案を提示して終わろう。それは嘗て言いだした英語教育の進展の度合いに伴って英語圏との文化の違いと思考体系の違いを教えていくのでは無く、多くの高校で進学組と体育系を別けているように「将来英語を必需品とする職業(色々とあるだろうが)や、海外進出を考えている者専用コースを設けて、受験対策組とは別けてしまう」ものだ。

これでは解らないと言われるのだったら、TOEIC 等は無視して、教える人を海外ないしは純粋の意味で外国の会社で長年働いてこられた、英語が自由自在に出来ることなどは給与の査定の対象にならない世界を経験された方に厳しく教えて貰うようにすることだ。後難を怖れずに言っておけば、海外に駐在したとか大学に4年くらい留学した程度を指しているのではない。

彼等の思想信条を知ってその世界に同化出来るような次元に達している練達熟練者を考えている。すると、「そんな人がいる訳はない。偏った理想論だ」と言われそうだ。それは取りも直さず、「自分たち(現職の英語の教員には出来ない」と言うのと同じではないかと思うのだが。それだったならば、ご自身でそういう世界を経験して来られればどうだろう。それで自分たちの至らざる点が解るだろう。

さらに余談だが、嘗て某英字新聞社の出版局が私の英語関係の論文を纏めて出そうかと企画された。しかし、出版部長はボツにされた。理由は「確かに興味深いものがある。だが、これらを本に下時にそれを読んで面白いと評価する方は、こういう本を必要とされない少数派だろう。故に商売にならないと判断した」だった。遺憾ながら納得した。

2014年06月09日

◆対北外交で焦りは禁物

松本 浩史


安倍晋三首相にとって、北朝鮮による日本人拉致問題の解決は、政治家としてのライフワークである。日本の主権が侵害されたのだから、当たり前といってよい。それだから、外務省局長級による政府間協議で合意した拉致の再調査に関し、その実効性の担保などさまざま心許なさがあるけれど、歯車を回す決断をしたのだろう。けれども、いかにも危うい。

拉致問題にかかわる合意では、再調査は、北朝鮮が拉致した可能性のあるすべての日本人を対象に行われるとのこと。つまりは、政府が認定している拉致被害者17人(うち5人は帰国)、拉致の疑いのある特定失踪者約470人を含め、可能性を排除できない860人が俎上に載せられるわけだ。

再調査の結果、政府が認定していなかった被害者が出てくる可能性もある。

もっとも、再調査がどれほど信頼に足る内容になるのか、おぼつかない。北朝鮮は、新設する「特別調査委員会」に国内のすべての機関を調査できる権限を持たせ、調査内容を日本側に随時、報告するという。けれども、拉致問題で北朝鮮がこれまでどんな調査をしてきたか。

平成14年の日朝首脳会議で、「死亡」「不明」とされた10人ついて、多くの死因は不自然であり、提供された遺骨は、日本側の鑑定の結果、別人というケースもあった。

なぜ、協議を通し、日本側は、調査委に身元特定の技術が高い日本の警察庁職員を入れるよう求めなかったのか。

ある政府関係者は外務省が主導して、首相がこれに乗ったと解説する。外務省の言い分は、こんな趣旨だという。「日本の警察を入れて全面解決に至らなければ、拉致問題は終結してしまう。再々調査への道が閉ざされる」。まるで再調査の限界を見越し、それ以降に期待を寄せているような考え方である。

これに関連し、菅義偉官房長官は、合意事項に「日本側関係者による北朝鮮滞在」「関係者との面談」などが明記されていることから、再調査の内容を検証するため、警察庁職員らを派遣する考えを示している。

しかし、そもそも北朝鮮がどこまで誠実に再調査をするのか不透明な上、きちんと資料を開示するかも分からない。やはり調査委に日本政府関係者が名前を連ねるよう、強硬に求めるべきだった。

再調査に着手した時点で、日本が独自に科している人的往来の規制などを解除するのもいかがか。菅氏は、北朝鮮に対し、再調査の結果を1年以内に示すよう求める方針を表明。

ただ、対象者が多いことから「そんな短期間で結果は出せないだろう」(自民党幹部)との見方も強い。案の定、同党からは「食い逃げされないか」などと警戒する声も出ている。

北朝鮮は、すべてとは言わず、ある程度見込んだ実利を手にすれば、再調査の合意などなきがごとき態度に豹変(ひょうへん)しかねない国柄である。

一方で、伝えられるところでは、北朝鮮が再調査に応じたのは、後ろ盾だった中国との関係がギクシャクしたことで、国際的な孤立状態に陥り、ここから抜け出す突破口にしたい思惑があるという。

来年、朝鮮労働党創立70周年を控えているため、国内経済の立て直しを視野に、日本から経済援助を引き出す狙いもささやかれる。

それだから、政府間協議には、金正恩第1書記が直轄する情報機関「国家安全保衛部」の当局者が出席していた。拉致被害者は、保衛部の監視下にあるとも言われ、「協議にかける北朝鮮の真剣さが伝わる」(別の政府関係者)。

気がかりなのは、よしんば、拉致被害者の幾人かが無事に帰国できれば、「解決ムード」は高まるだろう。けれども、多くの被害者の再調査がなおざりにされ、帰国した「成果」ばかりが前面に出ても、それは「真の解決」ではない。

再調査の枠組みにいささか腑に落ちないことがあるし、北朝鮮が一部の拉致被害者の帰国をもって、幕引きを図りかねない懸念がある。けれど、首相はかねて、「すべての拉致被害者の帰国があって初めて解決となる」との考えを表明している。くれぐれも肝に銘じてもらいたい。焦りは禁物である。産経【松本浩史の政界走り書き】2014.6.8

2014年06月08日

◆「核」が日中開戦を抑止する(33)

平井 修一


ニューズウィーク5/27「“平和的台頭”の幕が下りる日」から――
・・・

中国は計算高い。クリミアの(プーチンの)ように軍事力で圧倒するのではなく、中国はいろんな方面を少しずつ押しながら、一歩一歩攻め入ってくる。

中国のそれ(攻略法)は計算し尽くされた「曖昧な主張」だ。これなら相手が強硬に反発してきたり世界から大バッシングを食らえば、すぐに引き返せばいい。もし相手の出方が弱ければ、中国の主張はそのうち既成事実として認められるというわけだ。

さらに中国が狡猾なのは、軍の出動を控えることで、表向きは国家が関与していないように見せかける点だ。

前線に送られるのは、漁師や石油採掘業者、航空機、巡視船・・・、衝突など何か問題が起きても、彼らは政府と無関係だと言い張るか、または彼らが外国に拘束された事実を逆手にとって国内の愛国心を煽る。

その一例が黄海だ。中国の漁民は韓国の海洋警察に何度逮捕されても、またやってくる。南シナ海での漁業や石油掘削、海底資源開発も同様だ。いずれのケースでも、表向きは国家と関係ない「役者」が非公式な国家の支援を受けて行動している。中国はこうした役者を前面に出すことで、いいとこ取りを狙っているのだ。

このレベルなら大規模な紛争に発展してアメリカが出てくる心配はない。一方、彼らの行動が既成事実化すれば、追い払うのはきわめて困難になる。実際、中国はこの方式でスカボロー礁をフィリピンから奪い、事実上併合した。この戦術に対抗するのは容易ではない。

アメリカに対抗する上でも、中国にとって南シナ海の支配は欠かせない。たとえば台湾有事で米軍と戦闘状態になった場合、相手の展開を封じるため米空母の進出を脅かす潜水艦や対艦弾道ミサイルの整備を熱心に進めているとされる。いわゆる「アクセス拒否・領域使用拒否(A2/AD)」と呼ばれる戦略だ。

できるだけ遠くで相手を食い止めるのがこの戦略の本質だが、今のところ中国海軍は南シナ海に封じ込められ、台湾からフィリピン、ボルネオ島を結ぶ戦略目標ラインの第1列島線を越えられていない。

中国が国際的なルールを平気で無視するのは、「国際社会はルールより現実の国力がすべてを決める『無政府状態』という現実主義の考え方が根底にある」のかもしれない。

国内政治も南シナ海の動きに影響している。領土問題で容易に妥協すれば、習近平主席と言えども大きな失点になりかねない。習近平の任期のうちにベトナムとフィリピンから領海を取り戻す、というのが体制エリートの合言葉になっていると、政治学者の趙宏偉は言う。「そういう意味で習近平は荷を負っている」

国力の膨張が続く中国が「南進」をやめる気配はない。周辺国との軋轢は高まるばかりだ。(以上)
・・・

このところの習近平・中共はほとんど暴走状態だ。国内では無差別殺人のように手当たり次第識者や記者を弾圧し、国外では乱暴狼藉やり放題で、ほとんど狂気である。

静岡県立大学国際関係学部の諏訪一幸教授が論考「全人代後の中国 漂流する“平和的発展”外交」(5/22)で警鐘を鳴らしている。以下は要約――・・・

2014年3月、習近平体制下で初の全国人民代表大会が開かれた。指導部の「国家」目標が明らかにされた点では、今後の動向を占ううえで重要な意味を持つイベントであった。同月下旬に筆者が北京で行った聞き取り調査を踏まえ、全人代開催以降の中国情勢につき、外交に焦点を絞って考察する。

大会初日の5日、李克強総理は、政府活動報告中の外交部分で以下の通り述べた。

「今年(2014年)は平和共存5原則提起60周年にあたる。中国人民は平和を熱愛し、発展を渇望しており、わが国の近代化建設には長期にわたる安定した国際環境が必要だ。我々は平和、発展、協力、ウィンウィンの旗を引き続き高く掲げ、平和的発展の道を常に変わることなくあゆみ、相互利益によってウィンウィンとなる開放的戦略を常に変わることなく信奉する。

国家の主権、安全及び発展がもたらす権益を断固守り、わが国公民と法人の海外における合法的権益をしっかり守る」

ベクトルが相反するように思われる「平和的発展」と「国家主権維持」の両立は、「韜光養晦」(能ある鷹は爪を隠す)政策が形骸化する中、どのようにして確保されるのだろうか。

筆者の投げかけたこの疑問に対し、北京の某大学で教鞭をとる若手の国際政治学者は、「自分は政策決定には参与していないので、あくまでも印象論だが」としつつも、以下のような見方を紹介してくれた。

「平和的発展や韜光養晦という中国外交の主流をなした見解は、リーマンショック以降、主流ではなくなった。中国のような国であっても、外交分野に限らず、様々な見解が常に存在するが、以前であれば、政策決定者は『平和的発展』を盾に過激な主張を抑えることができた。

しかし、今はそれができず、主流と言える考え方や方針がないのが中国外交の現状だ。こうした状況の下、経済力に頼れば何でもできるといった主張や『国民の半分が(核戦争で)死んでも構わない』とする毛沢東流の主張が今は通りやすくなっている。

中国ではパブリック・ディプロマシー(官民連携の広報外交)という耳あたりのよい言葉が使われるようになっているが、それは、政策決定者や執行者が民意を恐れているからに他ならない」

もしこれが中国外交の内実の正確な描写であるとすると、地域の平和と安定の実現を希求する我々としては、強い危機感をもって中国に対峙しなければならないだろう。(以上)・・・

小康社会、和諧社会づくりに失敗した中共。募るばかりの民意の憎悪と憤怒の爆発、暴発を恐れる中共は、ひたすら民意に迎合し、尻を叩かれながら反日、反米、反秩序にひたすら突き進むしかないのだ。かなり危険なレベルになってきた。断末魔でのた打ち回る恐竜を殺処分する方法を考えないといけない。(つづく)(2014/6/7)


◆橋下氏にバッサリ切られた海江田氏

内藤慎二、楠城泰介


“野党第一党死守”も足元バラバラ

民主党の海江田万里代表が「内憂外患」に頭を痛めている。日本維新の会の分党で野党第一党の座こそ死守したものの、集団的自衛権行使の是非をめぐる党内の路線対立が表面化している上、野党再編を掲げる維新の橋下徹共同代表からは公然と民主党内に「海江田離れ」を呼びかけられる始末。党をまとめる指導力がますます問われそうだ。(

「安倍晋三首相の積極的平和路線と民主党の考えは違うと11日の党首討論ではっきり主張してほしい」

海江田氏は6日に面会した近藤昭一衆院議員らリベラル系議員から、憲法解釈変更による集団的自衛権行使を容認しないよう迫られた。党内では前原誠司前国家戦略担当相ら保守系議員が4日に限定容認の「安全保障基本法草案」をまとめたばかり。菅直人元首相らも加わったリベラル系には、前原氏らを牽制(けんせい)する狙いがあった。

板挟みの海江田氏は「自分の意思をしっかりとぶつける」と曖昧に答えたが、保守系の一人は「安保基本法草案は、党首討論で海江田氏がリベラルなことを言うと『黙っていない』というサインだ」と断言する。党首討論で首相に“バラバラ感”を指摘される可能性は否定できない。

「僕らや結いの党、みんなの党と同じ考えの人もたくさんいる民主党の皆さんに旗を振ってもらいたい」

橋下氏は6日、大阪市内で記者団にこう述べ、民主党を巻き込んだ野党再編に重ねて意欲を示した。同時に「民主党全部(と合流)というわけにはいかない。海江田代表に公務員改革はできない。自衛権の話も合わない」とバッサリ。政党を残したままの「政党連合」が持論の海江田氏を批判した。

党内で「代表を代えないと野党再編も進まない」との声が高まる中、海江田氏も重い腰を上げた。6日には、自らの呼びかけでみんなの浅尾慶一郎代表、結いの江田憲司代表と個別に会談。浅尾氏とは来春の統一地方選で候補者の選挙区調整を行う方針で一致し、江田氏とは政調会長同士による政策協議を始めることを確認した。

だが、あくまで野党再編にこだわる橋下氏は「選挙区調整というしょぼいことをやっていたら万年野党だ。海江田氏には政治家の気概がない」と挑発。海江田氏が野党再編の具体論に踏み込まないことで、党内外の再編派からの反発は強まるばかりだ。産経ニュース2014.6.


◆公明党が守るもう一つの解釈

石井 聡
 

集団的自衛権の行使を認めてこなかった憲法解釈と同様、あるいはそれ以上に、公明党が「変えてはならない」と心に刻んできたはずのものがある。政教分離をめぐり「宗教団体の政治活動は問題ない」としてきた内閣法制局の見解のことだ。

憲法20条は「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない」と規定している。これを理由に、公明党と支持母体の創価学会との関係が「政教一致」ではないかとの批判が繰り返されてきた。

しかし、内閣法制局は「政教分離は宗教団体の政治活動を禁止しない」「宗教団体と国政担当者は別個の存在で違憲ではない」との見解を示し、公明党の政権参加も問題ないとの立場をとってきた。

近年では、自民党内にも靖国神社参拝問題とからんで政教分離の緩和論があり、この問題にはおおかたケリがついていたのかと思っていたところへ、野中広務元官房長官の「待った」がかかった。

行使容認のための憲法解釈変更について、創価学会の広報室が慎重な見解を示したのをとらえ、「政教分離と言いながら、なぜ憲法解釈について発言するのか」と民放番組で語ったのだ。自民党と創価学会をつなぐパイプ役だった氏の発言は波紋を広げた。

「政教分離と言いながら」というのは、創価学会が昭和40年代に「政教分離宣言」を行ったのを指しているのだろう。ただ、宗教団体が政治問題について見解を示すのはとりわけ異例ではない。

現政権に批判的な野中氏が行使容認を推進する趣旨で発言したとは考えにくい。となると、政教一致批判がぶり返す前に沈静化を図ったのだろうか。

平成20年、政府は政教分離をめぐる内閣法制局長官の国会答弁を撤回する答弁書を出した。

当時の法制局長官が衆院予算委員会で「オウム真理教の麻原彰晃死刑囚が党首だった真理党が権力を握りオウムの教えを広めたら、政教分離に反するか」という質問に「違憲」と答弁した。

ところが、公明党の山口那津男政調会長(現代表)から「誤解を与える」と質問主意書が出されると、立場を翻したのだ。

公明党と創価学会としては「法の番人」の権威を失墜させてでも、従来の見解を守った形だ。ちなみに、行使容認への慎重論には「憲法解釈の法的安定性」を理由としたものが多い。

公明党との連立に踏み切った自民党はどうか。平成の初期、野党として「政教一致」を追及する構えを見せたが、自自公連立政権の発足以降は下火になった。宗教団体と密接な関係にある政党の政権参加にあたり、何らかの制限が必要かという点について、十分に吟味した形跡はみられない。

連立による多数の確保に加え、選挙協力面でのメリットの大きさの前に、一部の連立慎重論はかき消された。選挙協力についても、課税を減免される宗教法人が、特定政党を選挙で応援することの妥当性を問う声はあったが、明確な判断は避けてきた。

連立を継続するなら、どこかで結論を得てすっきりさせておくべきではないか。(論説副委員長)産経【一筆多論】 2014.6.7

2014年06月07日

◆「核」が日中開戦を抑止する(32)

平井 修一


(承前)松井茂氏の論考「世界軍事学講座」から。

                ・・・

中国は治乱興亡3000年の歴史を持つ国である。それだけに兵乱や遠征、侵略の数も群を抜いて多く、独自の兵法が社会に根付いている。中国の兵法の古典としては「六韜」(りくとう)「三略」「孫子」「呉子」などいろいろあるが、もっとも有名なのが「孫子」だろう。「孫子」は民族の叡智の粋が盛られた兵書、という評もある。

「孫子」は単なる戦のかけひきの本ではない。むしろ治乱興亡のかけひきの根本を説いている。よって、欧米の兵学書のように、敵の軍事力をいかに破砕するかではなく、勝つ条件を整えるための政治的基盤を作ることに重きが置かれている。且つ、実際に戦闘をしないで勝利することを最良としている。

また「謀攻篇」や「用間篇」(スパイを用いる)が設けられており、諜報・謀略を重んじている。

中国を含む東洋の戦いにおいては、西洋と異なり、相手の軍事力の破砕よりも、政治あるいは謀略を駆使して、切り崩しや勢力バランスを変えることが大きな役割を果たしてきた。その伝統は今日に及んでいる。

中国流の兵法は、こうした政治・謀略性に重点が置かれ、さらに中国大陸の広大さ、人口の多さを利点としてきた。

蒋介石の撤退戦略は日本軍を広大な大陸に引き入れ、長期戦の泥沼に陥れた。毛沢東も大陸の巨大な空間を利用した「長征」によって息を吹き返し、ついに天下を握った。

毛沢東の下で戦われた対外戦争である朝鮮戦争では、旧式装備ながら「人海戦術」を展開して、世界最強の米軍をしばしば苦境に陥れた。「人海戦術」への恐怖は未だに米軍の一部に残っているほどである。世界が毛沢東の「人民戦争論」と中国の底力に注目した。

その一方で毛沢東らは「人民戦争」にのみ依拠することなく、核戦力の建設に乗り出した。1964年に初の原爆実験に成功し、3年後には水爆実験も成功させている。核兵器の運搬手段であるミサイル開発も行っている。今日も核戦力の充実にいささかも怠りない。

通常戦力の分野でも中国は大きく変化しはじめた。60年代の一連の中ソ国境紛争で、中国はソ連軍の強大な火力と機甲力の威力を思い知らされた。そのソ連が70年代に中ソ国境に兵力を増強してきたことは、中国にとってまさに悪夢だった。

1972年2月、カンボジア問題で対立したベトナムとの間で中越戦争が起こった。旧式戦車と歩兵を主力とした中国軍は悪戦苦闘し、大損害をこうむった。

当時の人民解放軍総参謀長はトウ小平であった。中ソ関係の悪化、中越戦争での苦戦は、軍の近代化路線をトウ小平に採択させた。「人民戦争」では応じきれない現実が目の前に現れたのである。かくして軍の近代化が本格的に開始された。

さらに「人民戦争」では対処できない状況が次々と生まれた。まず、経済開放政策による沿岸部の経済特区の出現である。これは当然ながら海からの攻撃に弱い。最早経済特区を捨てて、敵を大陸内部に引き入れて「人民戦争」を展開するわけにはいかなくなったのである。

そこで、中国経済の根幹をなす経済特区を守るために、沖合300カイリまでを防衛する「海上多層縦深防御戦略」が90年代初めに策定された。この海上防衛ラインをさらに外側に広げるため、原子力潜水艦隊を拡充し、正規型航空母艦を持ちたいというのが中国軍部の本音である。

また朝鮮半島においては、唐や明の時代、出兵して中国本土を守るという「前方防衛策」が探られてきた。朝鮮戦争において建国間もない中共が出兵したのも、スターリンの要請もさることながら、こうした「前方防衛策」を受け継ぐものであった。これは今日でも同様である。

以上のように、工業化社会に脱皮しつつある中国は、もはや「人民戦争」ではなく「前方防衛策」に転じざるを得ない。そのための軍の近代化である。さらに仮想敵米国の心臓部を直接たたく戦力を保持するために93年秋から核実験を再開している。こうした中国の変貌には注意を要する。

孫子の次の言葉は永遠の生命を持つ。

「彼を知り己を知れば百戦して危うからず。彼を知らずして己を知れば一勝一敗す。彼を知らず己を知らざれば戦うごとに必ず敗れる」(以上)
        
                  ・・・

以上で松井氏の論考を終える。中共の政治・軍事を正しく知り、正しく恐れ、核武装を含めて正しく対策を用意することが大事である。(2014/6/5)

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◆米大統領の紋章の由来

加瀬 英明


オバマ大統領が、先に来日した。

大統領専用機の『エアフォース・ワン』の扉に、アメリカ合衆国大統領の紋章が描かれていた。

鷲が頭を右に向けて、右の鉤爪でオリーブの枝を、左の爪で矢束を握っている。

いつか、私がホワイトハウスに招かれた時に、大統領の紋章が話題になったことがあった。

トルーマン政権までは、鷲の頭が左を向いていたが、右を向くように改められた。これは、鷲の頭が左を向いていると、左翼に加担しているような誤解を招くからではなく、ヨーロッパの紋章学の専門家から、鷲の頭が右向きが正しいと、指摘されたからだった。

第2次大戦が終わった翌年の1946年3月に、チャーチル首相がトルーマン大統領の生まれ故郷のミズーリ州を、訪れた。この時、トルーマンがチャーチルに、改められたばかりの大統領紋章について説明して、鷲が平和の象徴であるオリーブの枝のほうを向いているから、「これからは、平和の時代が続くでしよう」と、いった。

すると、チャーチルがオリーブの枝に5、6個、小さな実がついているのに気付いて、「この原爆があれば、平和が守られるでしよう」といって、いたずらっぽく笑った。チャーチルは、機智に富んでいた。

 鉄のカーテンが平和を護る

この時、チャーチルがミズーリ州フルトンで、「東ヨーロッパに“鉄のカーテン”が降りた」と演説したために、「鉄のカーテン」という造語が、世界に定着した。

どのような国家も生存するためには、この鷲の紋章のように、一方の手でオリーブの枝を、もう一方の手で矢を握っていなければならない。

いままで、人類史上で兵備を持たずに、諸外国の国民の善意だけを頼って、生き延びた国は、1つもない。もし、日本のように真面目に軍備を整えようとする気概がなければ、力のある外国の属国とならなければならない。

戦後の日本の“平和ボケ”と平和憲法体制は、アメリカの軍事力による保障なしに成り立たなかったから、アメリカの保護と一対のものだった。


 平和憲法を護持するもの

日本は占領時代が終わると、外形的に独立を回復したものの、国民が自立心を取り戻すことがなかったから、アメリカによる保護のおかげで、“保護ボケ”を患ってきた。

日本の現憲法が世界で唯一つの平和憲法なのかといえば、そのようなことはない。日本国憲法の「戦争放棄」条項は、イタリア、アゼルバイジャン、エクアドルの憲法にも謳われているが、3ヶ国とも憲法によって軍隊の保有と、徴兵制を定めている。

3ヶ国に加えて、155ヶ国の憲法が侵略戦争を禁じているが、自衛戦争は肯定している。

いま、安倍首相が集団的自衛権の行使を禁じてきた憲法解釈を改めようとしているが、与党の公明党や、野党の一部が強く抵抗している。

そのなかに、内閣が状況に合わせて、憲法解釈をくるくると変えるのは、憲法の最高法規性を損なうという意見があるが、国家も、憲法も骨董ではなく、生き物だから、外的な環境に適応しなければなるまい。

政府が国家として集団的自衛権を行使する権利はあるが、違憲であるという解釈を行ったのは、ごく最近のことでしかない。昭和56(1981)年のことだが、日本の安全保障とかかわりなく、野党との政治取り引きのために行われたのだった。

集団的自衛権の行使について、憲法解釈を緩和するのをめぐって紛糾しているが、日本が成熟した国だと、とうてい思えない。

国連憲章の51条はそれぞれの加盟国が、「個別的又は集団的自衛権の固有の権利」を持っていることを認めている。

日本政府は戦後一貫して、憲法第9条のもとで、自衛権の行使が許容されているという見解をとってきた。

国連憲章をみれば、個別的自衛権と集団的自衛権が一体のものであって、不可分であることが分かる。今日の世界では、独立国が自分の力だけで国を守ることができない。日米安保体制もその1つである。

集団的自衛権の行使を禁じている憲法解釈を変えることに、反対している人々がいるが、もし改めたら、日本が再び戦争を仕掛ける国になってしまうと、批判している。日本はそんなに危険な国なのだろうか。

 憲法は平和を護るためにある

日本では国民が、政府を選ぶ。集団的自衛権の行使を認めると、戦争を仕掛ける国になるというのは、国民を侮辱している。

それよりも、いま、日本は戦争を吹きかけようとしている国によって、脅かされている。 そのような時に、自国の手足を縛る議論にうつつを抜かしていて、よいのだろうか。

日本が侵略を蒙って、大きな人的、物的被害を蒙ったら、憲法も、平和主義もあったものではない。憲法は憲法を守るためではなく、平和を保つためにあるべきものだ。

中国の発表によれば、今年、中国は国防費を12.2%増やした。昨年の10.7%を上回っている。力によって他国を従わせようとしている国に対しては、力によって対抗するほかない。

公明党の山口那津男代表が、集団的自衛権の解釈を見直すことに反対して、「個別的自衛権があれば、足りる」と、主張しているが、防衛問題についてまったく不勉強だ。防衛問題について、口を開く資格がない。

私は公明党の山口代表に、個別的自衛権の中身について、即刻、検討をはじめるように提唱することをすすめたい。

2月に、関東甲信と東北が記録的な豪雪に見舞われた。雪がやんで4、5日後に、テレビのニュースをみて、唖然とした。安倍首相を囲んで、「豪雪対策本部」が設置されたというものだった。

他の主要国では、大型地震、ハリケーン、洪水などの事態に備えて、ふだんから軍司令官を指揮官として、陸海空軍(アメリカなら海兵隊も)、警察、沿岸警備隊、消防、医療機関、薬品、食品、倉庫、運送会社などを傘下に置いた組織が常設されて、中央から指示があれば、すぐに災害に対処できる体制をとっている。

日本では、東日本大震災の時も、まず閣議が召集されて、議論が行われたうえで、ようやく対策が講じられた。

 個別的自衛権の行使とは

個別的自衛権の行使に当たっても、まったく同じことなのだ。

かりに尖閣諸島の周辺海域で、わが海上保安庁の巡視船が、中国の公船から攻撃を受けたとしよう。海上自衛隊の護衛艦がすぐ近くにいたとしても、傍観するほかない。

総理大臣が「防衛出動命令」を下令するまでは、全自衛隊が金縛りになって、武器を使用することができない。

 防衛出動命令

首相が「防衛出動命令」を発するためには、まず閣議が召集される。そのあいだを省略するが、最後に衆参両院の議決を必要とする。

いったい、どれだけの時間が失われることになるのだろうか?

これを地方自治体に、置き換えてみよう。この町の条例に「消防出動命令」がある。ボヤが起ったとしよう。まず町長が役場の幹部を集めて、どうするべきか、相談する。

そのうえで、町議会が召集される。消防車が出動すべきか議論が重ねられ、議決にかけられる。

ようやく、消防車が火災現場に到着するが、そのころにはボヤを出した家が全焼して、火が周囲に拡がって、町全体を焼く勢いで燃えている。

世界のどの国でも武器使用は、当然のことに現地指揮官の判断に委ねられている。

これでは、個別的自衛権があっても、ないに等しい。