2014年06月07日

◆中国人民銀行は金千トン超も買増し

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26(2014)年6月6日(金曜日)通巻第4261号>  

 〜ウォール街が中国の異様な金(ゴールド)買いを警戒
   なぜ中国人民銀行(中央銀行)は1000トン超も買い増しをしたのか〜

2013年度の世界の金取引は3756トンだった。このうちの約三分の一、1000トンを超える購入は中国人民銀行だった。同行は中国の中央銀行であり、かつ法定通貨を発行管理する。同行は2013年に金価格が27%上昇した時期をねらって連続的に購入していた。

金埋蔵は18万トン、年間取引される量は2割。この埋蔵と取引量のアンバランスが、時折、金価格を乱高下させる。

米国連邦準備制度(FED)とウォール街の主力金融機関のゴールドマンサックス、JPモルガンチェース、モルガンスタンレーなどもFEDとのあいだで金取引を展開しているが、その量は年間400-500トンのレンジである。

このビジネス形態はFEDが保有する金を民間銀行に貸し、金価格が上がれば買い戻すという構造である。

ところが中国人民銀行は、金を購入したまま手放していない。異様なのである。

香港の金融アナリストのなかには、「中国は金保有を高めることによって,FEDに無言の圧力をかけ、ドルの崩落を防ぐためにも金とのリンクを要求しているのではないか」とする観測があがっている(WANTCHAINA TIMES、6月2日)     
 

◆福井地裁を裁判する

大江 洋三


5月21日の福井地裁(樋口英明裁判長)における、大飯原発3、4号機再稼働「差し止め判決」が賑わっている。いろいろ噂を聞いたが、こういう場合は原本を読むに限る。この際とばかり全文に目を通した。

●本案件が裁判権に属する理由

「生存を基礎とする人格権が公法、私法を問わず、全ての法分野において、最高の価値をもつとされている以上、本件訴状においてもよって立つべき解釈上の指針である。・・・人格権は憲法上の権利であり(13条、25条)・・・・

我が国の法制化においてはこれを超える価値を他に見出すことはできない」

以上の理由で、大飯原発3号、4号再稼働に関する適否は、原子力規制庁という行政権とは無関係に福井地裁の裁判権に属することになった。

因みに13条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする」

この条文は、いわゆる人権派が「公共の福祉に反しない限り」を無視する事で知られている。

一般的に、これらは個人の生存権と解釈されているが、個人のワガママと同じ意味だ。そんなものが現実における最高法規とは如何なものだろうか。

この観点から、被告(関西電力)が弁論しているは正しい。

因みに、公共の福祉を定義しておくと、個人の規制つまり行政権や統治権に由来する事柄だ。「全体利益を願えば、個を犠牲にするのも止をえず、しかる後に個の利益がある」と考えるのが公共の精神である。最たるものが国家安全保障で、エネルギーの自給も範疇に入ってくる。

もし、福井地裁の判決が結果として安全保障に触る事になるなら、看過しえない裁判権の逸脱である。

●福井地裁の原子力発電所の認識

福島第一原発事故では、時の政府が「まさか」に備え250km圏内を避難区域と想定した事がある。これが放射能(放射性物質)被害区域と考えられる。つまり、この圏内の人格権は棄損される可能性が高い。

地震の揺れあるいは強度は、複合的重層的で地震学ですらあてにならない。我が国において記録された最大震度は宮城内陸地震の4022ガルで、この列島の性質上、大飯にも生起する可能性がない事は無い。

原子力発電の安全性は、万が一の場合「止める」「冷やす」「閉じ込める」から成り立つが、原子力発電所固有の技術、構造および設備において、まさかの場合は、冷やすと閉じ込めるは不可能である。

また、福島の原発事故においては原子炉や現場に近づけず、従って事故原因が究明されそうもない。かようなものを大飯で再稼働してはならない。

●福井地裁が考慮しなかった事柄

この裁判には致命的な欠陥がある。

放射線防御科学や放射線物理学が検討された気配はない。むしろ避けている。ただヒタスラ悪なる放射能流出の「可能性」があると言っているだけだ。

遮蔽物による放射線の減衰や、距離や時間による減衰も全く考慮されていない。同じ理屈で、設備の耐震余力についても、「漏れ可能性あり」により全が否定されている。とにかく漏れるかどうかが大事なのだ。

現実は、福島事故の最大避難距離は30kmである。逆にいえば、日本の原子力技術はよく機能したのである。

また、いたずらに可能性に固持すれば、韓国の原子力発電をどうするのか。いま、部品の品質認証偽造がばれて止まっているが、所在地から200km圏内にある山口県や島根県の住人の人格権はどうなるのか。

山あれば谷や海ありで、かの地でも地震は起きる。それにも拘らず半島で4000ガルの地震が起きないと何故言えるのか。起きない理由は、この列島でも部分としてあてはまると考えるのは、理の当然ではないか。

チェルノブイリ事故も参考になっているが、あの黒鉛型原子炉は最初からボロだと言われていたから、一緒にされては困る。

現ウクライナの稼働原発は何機か調べたのか。地震の小さい所では、予測し難いほどの大旱魃、大洪水や大竜巻の可能性が無い事はない。

裁判所といえども、地球は公平に出来ている事ぐらいは知らねばならない。これらの点では、被告の関西電力も主張しづらかっただろう。

なにせ以下のように、マスコミによる反原発再稼働で満ち満ちているからだ。

ときおり、高い放射線量が発見されたというから、何事だと見ると45マイクロシーベルである。1000分の45ミリシーベルト(0.045ミリシーベルト)の事で、さも量が多いように伝えてくる。

桁を大きくすれば、我々は通常2000〜3000マイクロシーベルトの自然放射線を浴びている。原告の言い分を読むと福島事故で90万ケイベクレルという途方もない放射能が漏れたと言う。ベクレルは放射線を放つ能力のことで、能力事態が強い放射線放出につながる訳ではない。

それにも拘わらず、地裁は粗筋として原告の言い分添った事になる。

この種の放射能被害拡大の責任は反核思想屋とマスコミであって、電力会社ではない。核燃料サイクルを執拗に妨害して今日に至る許しがい奴らだ。

原子炉内部の様子は、原子炉から発生する電磁波やニュートリノの強度や分布から大凡の見当はつく。原子炉に近づかないと内部が解らない事はない。

また、起きた現実を逆さにすればよいだけで、原因が解らないはずはない。実際、そうして福島第一原発は冷温停止状態に入り廃炉までの時間は10年も短縮された。

都合が悪くなると「真相究明が先」と騒いで邪魔をする人がいるが、福井地裁もこの種に乗った。

●裁判所といえども許されない言動

「コストの問題に関連して国富の流出や喪失の議論があるが、たとえ本件原発運転停止により多額の貿易赤字が出るにしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活している事が国富である。これを取り戻す事ができなることが国富の喪失である」

最近、これほどの空理空論を聞いた事がない。

燃料輸入代金を電力コストに加えない反原発思想屋を、福井地裁が強引に理論付けたようなものだ。

原発の全面停止で、成長著しい新興国との厳しい石化燃料の争奪戦(高値)に加わらざるをえず、円安を割り引いても3兆円は以前より多く買っている。しかも毎年続く。

石化燃料単価が高値傾向にあるのは、日本という大消費国が突然に現れたからだ。

このような事態はやがて、産業に悪影響を及ぼし国民を貧しくし人格権を浸す可能性は大きい。これを国富の流出と言わずして他に言葉があろうか。

また、原発を全部とめて電力供給を賄っているという事は、高価な石油系や石炭系をボンボン燃やしている事だから、いずれ電気代は上昇せざるを得ない。

これらに関し、福井地裁によれば放射能を撒き散らす可能性のある者がトヤカク言う資格はないそうだ。

貿易赤字は主として円安のせいだとする者がいる。確かに原因の一部ではある。

しかし、ドル決済の輸入額が増えれば既に円安基調である。日銀はこれをデフレ脱却の好機と捉えて円を思い切り撒いたのだろう。この場合は逆も真なりで、原発再稼働が増えれば日銀は財布を締めにかかることになる。

●科学技術の発展と行政

確かに3.11における原子力災害は、マスコミが拡大したものを割り引いても誠に不幸な出来事であった。一方で、科学技術は困難を乗り越えて発展するのであって、福井地裁も認めるところである。もっとも福井地裁は、こと原子力発電技術に関しては人格権に照らし例外だとする。

しかし、この種の判断はエネルギー安全保障あるいは公共性に照らして行政権に属し、裁判権に無いと考える。

2014年06月06日

◆中国の宣伝工作を鵜呑みにする元首相

阿比留 瑠比


安倍晋三首相が5月30日にシンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)で、中国軍関係者から靖国神社参拝を批判する質問を受けた際、「法の支配の順守」と「平和国家、日本」を強調して会場から拍手が巻き起こったことは、膨張する中国を世界がどう見ているかを強く示唆している。

やりとりをおさらいすると、次のようなものだ。

中国軍関係者「歴史に関する視点を聞きたい。首相は靖国に参拝したが、日本軍に殺された何百万人もの中国、韓国人の魂にはどんな姿勢を表明するのか」

安倍首相「国のために戦った方に手を合わせ、ご冥福を祈るのは世界のリーダーの共通の姿勢だ。法を順守する日本をつくっていくことに誇りを感じている。ひたすら平和国家としての歩みを進めてきたし、これからも歩みを進めていく」

会議で日本の過去を糾弾することで優位に立とうとした中国のもくろみは破れ、各国からはしごを外された形だ。

「中国は、マニュアル通りに日本を批判するから場違いになってしまう。日本が『海における法の支配を守ろう』と言っているときに、70年前のことを持ち出しても『何を言っているんだ』となる。私も拍手が起こるとは思わなかったが」

安倍首相は帰国後、周囲にこう指摘した。旧日本軍を無理やりナチスに重ね、安倍首相を危険な軍国主義者だと喧伝(けんでん)してきた中国の宣伝工作は、東シナ海や南シナ海での領土的野心をむき出しにした中国自身の言動によって効果が薄らいでいるのである。

ところが、なぜかこうした世界の常識や共通認識が通用しないのが日本だ。村山富市元首相は、前回の当欄でも取り上げた5月25日の明治大での講演で、こんなことも述べていた。

「(中国側が)私たちに言うのは『中国は覇権を求めない』『どんなことがあっても話し合いで解決したい』と。それは当然だ」

「戦争をしないと宣言して丸裸になっている日本を、どこが攻めてくるか。そんなことはありえない。自信を持っていい」

ありえないのは村山氏の発言の方であり、自信を持たれても困る。誰もが警戒する相手の言い分を丸のみし、自宅に鍵をかけなければ泥棒に入られることはないと訴え続けている。

そもそも真に相手のことを思うなら、その宣伝工作にただうなずいてメッセンジャー・ボーイとなるのではなく、「言動を改めないと、世界で今こう見られているよ」と耳の痛い忠告の一つでもすべきだろう。

リチャード・ニクソン元米大統領は著書『指導者とは』の中で、周囲の「バカを許す」意義について次の3点を挙げ説いている。

「第一、指導者は随(つ)いてくる者を必要とするが、そういう人々の中には指導者がバカとしか思えない考えを持つ人が大勢いる。第二、バカと思って追いやった人が、実はバカでも何でもない可能性がある。第三、たとえほんとうにバカであっても、指導者はその人から何かを学べるかもしれない」

だが、周囲ならともかく指導者その人が該当者だったとしたら、国民はどんな目に遭うか−。自民、社会、さきがけによる自社さ政権と民主党政権が残した教訓はあまりに重く、苦い。(政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2014.6.5


◆集団的自衛権を否定する輩

池田 元彦


この期に及んで「集団的自衛権」の是非を論ずる心算は無いが、余りに偏向マスコミや勉強もしていない野党議員の多くは、ああいえば上祐のような言動を繰り返していて大変見苦しい。

反対なら反対で識者を唸らせる論拠を示すべきだが、それは出来ないようだ。なら万歳降参したらどうか。

主な反対意見は、解釈変更は憲法違反、戦争への第一歩だ、集団的自衛権の行使の必要がない、国際社会の疑心暗鬼を招く、と言ったところだ。

まず国際社会の云々は、「周辺諸国、近隣諸国および同盟国の理解を促す努力も求められる」との山口公明党代表の従来からの主張だ。

ASEAN諸国は、日本の積極的平和主義支持を表明し、寧ろ中国牽制姿勢にある。同盟国米国の歓迎は明白である。中国が尖閣、沖縄に食指を伸ばし、中国朝貢回帰の韓国が竹島、対馬にちょっかいをだし、北朝鮮はミサイルで脅し拉致を利権化している。誰が無理解なのか明白だ。

海外で集団的自衛権反対と騒ぐのは中韓のみなのだ。論拠を失った山口代表は、今度は国民の理解を得る必要があると宣わった。世論調査では、国民の70%は憲法改正に時間がかかるなら、とりあえず限定的に解釈変更することに賛同している。朝日は、賛成27%と変な数字を出した。


要するに海外国内とも、反対論拠は既に崩れている。公明党は単に時間稼ぎをしているに過ぎない。戦争への第一歩だとか、集団的自衛権行使不要と言った意見は、反対の為の反対だ。集団的自衛権放棄はスイスのみで、国民皆兵、予備役の定期訓練等、徹底した現実的施策がある。

解釈変更は憲法違反も反日派の為にする、主張だ。日本国憲法がGHQに強制された時と、国際環境は全く変わっているに関わらず、憲法改定反対を偏向マスコミと共に念仏の如く唱え、議論の余地がないから、解釈変更で
乗り切り早急に関連法整備するのが本来の趣旨なのだ。

そもそも日米安保条約自体が集団的自衛権の発露であり、軍事同盟である。同盟国同士が敵に対して共同作戦や同盟国支援するのは常識中の常識だ。集団的自衛権は権利であって、その行使は時の政府の判断次第で、義務ではない。しかし安保条約は義務を前提に想定している。

国連憲章第51条は、集団的自衛権を、個別自衛権と共に加盟国に認めている。当然、主権国家の権利なのだ。但し、安全保障理事会の国際平和及び安全維持に必要な措置をとるまでの間と限定しており、かつ、速やかな国連による事後承認を求めており、暴走の歯止めはきちんとある。

尚、安保条約の出鱈目解説をしているサイトが、外務省にある。第3条の解説として「『相互援助』といっても、集団的自衛権の行使を禁じている憲法の範囲内のものに限られることを明確にするために、『憲法上の規定に従うことを条件』としている。」と書くが、全くの誤魔化し解説だ。

「憲法上の規定に従うことを条件」は、何も集団的自衛権を指しているわけではない。証拠に、日米安保は軍事同盟であり、片務的な旧安保条約を、相互に集団的に自衛する対等の条約に改訂したのが岸信介であり、安倍は、その法的手続きを具体化し、明確にしたいだけなのだ。

集団的自衛権適用範囲や行使手続、国会の関与等は、法律に基づき歯止めかけて、集団的自衛権の行使容認を立法で対応するのが現実的かと思われる。

また、中韓が騒いでもそれは表向きで、日米同盟がある以上、事が起きれば日米が共同作戦、相互支援をすることは、彼らの戦略上既に織り込み済みだ。公明党のいう国民は創価学会でしかない。与党離脱をお奨めする。


2014年06月05日

◆「核」が日中開戦を抑止する(31)

平井 修一


(承前)松井茂氏の論考「世界軍事学講座」から。

              ・・・

ミサイルによる攻撃が効果をあげるのは、対ミサイル防御が困難なためだ。現在のところ完全な防御システムはない。また、あったところで、その防御範囲は限定され、24時間の警戒配備も必要とされる。そのため全土にわたっての防御はまずできない。

1987年5月17日、ペルシャ湾で警戒配備についていた米海軍のフリゲート艦「スターク」に、イラク空軍機の放った空対艦ミサイルが命中した。同艦にはミサイルを撃墜できるとされているバルカン・ファランクス・システムが搭載されていたが、作動しなかった。艦長らがその責任を負って解任された。

湾岸戦争の初期、イラクはイスラエルに「アル・フセイン」ミサイルを撃ち込んだ。着弾地点はだんだんイスラエル国防省に接近していった。国防省の破壊は、これまでの「イスラエルの無敵神話」を崩壊させ、同国の威信を大きく損なうとともに、戦争指揮にも大きな支障をきたす。

これを未然に防ぎ、イラクへ報復するため、イスラエルはF-16戦闘爆撃機隊を発進させようとした。

もしイスラエルがイラクへ報復爆撃を行えば「全アラブ対イスラエル」の第五次中東戦争の勃発につながりかねない。これがイラクの狙いだった。

これを憂慮した米国は、イスラエルを自制させるため、ミサイル迎撃ミサイル「パトリオット」をイスラエルに配備した。

パトリオットは飛来するアル・フセインを次々と撃ち落したかに見えた。当時の米軍の発表によると、イスラエルへ来襲した47発のうち45発が迎撃されたという。ともかく、米国はイスラエルの参戦をくいとめた。

だが、戦後にイスラエル側から、パトリオットの命中率は40%に達していないとの説が登場した。一説には20%ぐらいだったという。しかも米下院軍事委員会で、元国防次官補のピエール・スプレイはこう証言している。

「迎撃されたイラクのミサイルの弾頭部分の着弾を防いだケースは稀で、この結果、イラクのミサイル1発あたりの死傷者数は、パトリオット配備後に80%増加した」(平井:パトリオットはほとんどザルで、注に書いたが、破片落下などの二次的被害も大きかったようだ)

これでは人口密集地の施設と国民の防衛は困難である。また、ミサイルの常時警戒態勢を続けることの難しさもある。1991年2月25日、アル・フセインはダハラン郊外の米軍兵舎を直撃し、死者28名、負傷者98名を出した。ダハラン近くにはパトリオット部隊が展開し警戒態勢をとっていたにもかかわらず迎撃できなかった。

事故調査団によると、コンピュータ・ミスによるものだという。(平井:オソマツ。パトリオットを信じていたために126名が死傷した)

米軍が開発中のMD(ミサイル防衛、注)システムでは、以上のような問題点を克服することが求められているが、一部の専門家は(迎撃は)不可能と見ており、果たして完全な技術的克服が可能かどうかは疑問の余地がある。

もしMDシステムが技術的に完成したとしても、高価格や防衛可能範囲が限定されることなどから、一国を各種ミサイル攻撃から完全に防御することは、ごく小さな国でない限り難しい。(つづく)

                ・・・

注)ミサイル防衛:主に弾道ミサイルに対する防衛システム。ミサイル防衛(Missile Defense=MD)あるいは弾道ミサイル防衛(Ballistic MissileDefense=BMD)とも呼ばれ、各種の技術、兵装の総称でもある。

ミサイル防衛に関しては時代と共に変遷を繰り返しており、核ミサイルが誕生した時点から考えられた。当初の方法としては単純至極で、大気圏上層、あるいは軌道上で核爆発により相手の核ミサイルを迎撃しようという方法だった。

80年代、レーガン政権下ではSDI(戦略防衛構想)=スターウォーズ計画とも言われ、レーザー兵器などにより核ミサイルを迎撃しようとするプランが誕生した。これに対抗しようとしたソ連が巨額の軍事費負担により崩壊していったという説もある。

90年代、ソ連崩壊により核拡散とあわせて弾道ミサイル技術もまた周辺国に拡散していくことになる。この危険性は湾岸戦争で現実のものとなった。

イラクが周辺各国に弾道ミサイルを打ち込んだのである。当時は対空ミサイル、パトリオットである程度の撃墜は行われたものの、パトリオットの攻撃による破片落下などの二次的被害も発生し、その迎撃の難しさがクローズアップされた。

湾岸戦争後、さらなる核拡散および弾道ミサイル技術の拡散が進み、アメリカにとって厄介な国々がそれを装備するにつれ、さらにミサイル防衛は加速して開発が進むことなる。各種の装備開発が行われるが、予算や技術的障害により、統合、廃止を繰り返している。

現在、ミサイル防衛(MD)、弾道ミサイル防衛(BMD)はある一定のシステムにより実現可能なところまできている。(ニコニコ大百科より)

平井が思うに、ミサイルがステルス性を装備したら防ぎようがない。レーダーで捕捉できないのだから防御できない。そもそも弾道ミサイルは秒速4キロで、これを撃墜するのはまず不可能だ。弾丸を弾丸で撃ち落すことなどできない。

「攻撃は最大の防御」で、敵基地を攻撃するしかミサイル攻撃を防ぐ方法はないのではないか。我が国がMDを過信するのは危険である。敵基地攻撃能力と核抑止力は不可欠だ。(2014/6/4)


◆口先ばかりのオバマ大統領

加瀬 英明


東アジア、中東、アフリカで紛争が絶えないかたわら、ヨーロッパは冷戦が終結後、平和が続くものと思われた。

ところが、プーチン大統領がクリミアに襲いかかって、泰平の夢が破られた。

オバマ大統領は、昨夏、シリアのアサド政権がダマスカスで毒ガス兵器を使ったと断定して、「レッドラインを越えた」といって、制裁攻撃を加えると発表したが、世論調査が軒並みに「国外の紛争に捲き込まれてはならない」と反対したので、臆して取りやめた。このために、オバマ大統領の支持率が急落した。

中国が尖閣諸島の上に防空識別圏をかがせるという暴挙におよんだのは、オバマ政権を舐めてかかったからだった。

プーチン大統領がアメリカが動かないと軽くみて、クリミアに乱入した。

かつてセオドア・ルーズベルト大統領が、「外交は太い棍棒を持って、優しい声で話せ」といったが、オバマ大統領は口ばかり達者で、爪楊子ほどの棒しか手にしていない。

オバマ大統領の「レッドライン」は「イエローライン」どころか、侵略を誘う「グリーンライン」になりかねない。

そこで、オバマ大統領はもし中国がロシアを真似て、尖閣諸島を奪ったら、11月の中間選挙でボロ負けすることを恐れて、慌てて日本との同盟を強化するために、日本に1泊だけするはずだったのに、国賓として2泊3日で訪日することになった。

ソ連が崩壊した後に、1994年にウクライナが保持していた核兵器を放棄するのと引き換えに、クリントン大統領、エリツィン大統領、イギリスのメジャー首相と、ウクライナのクチマ大統領が、将来、ウクライナが侵略された場合に、米露英3ヶ国がウクライナを守るために、戦うことを誓約した四者協定に、ブカレストで調印した。今日でも有効であるが、もちろん、誰も守らなかった。


オバマ政権は、安倍首相が靖国神社に参拝して、中韓両国を刺激したことに機嫌を害していた。そして、アメリカが先の大戦の正しい勝者だったという“戦後レジーム”を、安倍政権が壊そうとしていると疑って、不信感を向けていたが、そんなことをいっていられなくなった。

オバマ大統領とケリー国務長官は、ロシアがクリミアで分離独立を問う住民投票を行わせたのが、「国際法違反」であると繰り返し非難した。しかし、インドネシアの一部であった東チモールが分離独立を求めると、アメリカや、ヨーロッパ諸国が強引に介入して、1999年に住民投票が行われ、東チモールが独立した。

強国は、国際法を都合のよい時だけ、持ち出すことを、教えている。

今回のウクライナ危機に当たって、国連は役にまったく立たなかった。ロシアが安保理事会で、拒否権を持っているからである。

日本では長いあいだ、「国連中心主義」という言葉が罷り通っていたが、“役に立たないものを中心とする主義”のことだった。

万一の時には、条約も、国際法も、国連も頼りにならない。「諸国民の公正と信義に信頼」(日本国憲法前文)しては、いられない。

アメリカが、内向きのサイクルに入った。だが、アメリカ国民が厭戦気分へ振れたら困るというなら、日本の平和主義は身勝手な贋物だ。自分の国を自分で守る覚悟が、必要だ。



◆中国共産党は崩壊すると多くが発言

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 


<平成26(2014)年6月5日(木曜日)通巻第4260号>  

〜天安門事件25周年東京集会に800人
 会場は割れるような熱気に包まれ、中国共産党は崩壊すると多くが発言した〜

6月4日、天安門事件25周年東京集会が市ヶ谷で開催され、800人が集まって熱気に包まれた。すでに開場前から長い列ができ、立錐の余地がないほどの盛況な雰囲気を呈した。とくに外国人や外国メディアの取材陣も目立った。

諸外国でもニューヨーク、台北、香港などで集会が開催され、とくに香港の集会には20万人近くが集まった。

東京では中国大使館へ抗議デモも行われた。

「天安門事件25周年東京集会」は古川郁絵さんの司会で定刻6時に開会、まず天安門事件で犠牲となった多くの若者に黙祷を捧げたあと、すぐに石平氏の基調講演に移った。

石氏は涙ながらに自国民の自由を求める声を圧殺した独裁政党を批判し、声を詰まらせながら熱弁をふるった。

会場はしーんとなるほど感動的な演説だった。

ひきつづき米国へ亡命した陳破空氏(民主活動家、『日米中アジア開戦』の著者)が講演し、中国共産党の不正、独裁、腐敗に関して詳細を述べた。通訳は山田智美女史が担った。

石、陳両氏の感動的な話に引き続き、急遽、国会から会場に駆けつけた西村真悟・衆議院議員(無所属)、おなじく三宅博・衆議院議員(維新の会)、和田政宗(参議院議員。みんなの党)が壇上にたって、挨拶した。ほかにも数人の国会議員からメッセージが届いた。

来賓らの憂国の熱弁のあと、各民族に対して中国共産党が展開している血なまぐさい抑圧の実態を訴えた。

チベットを代表してペマ・ギャルポ(桐蔭大学教授)、ウィグル代表のイリハム代表代理、内蒙古を代表してダイチン氏ら各代表も熱弁。とくにダイチン氏は名古屋から駆けつけた。

会場には遠く青森、山口県からの参加者もあった。

ひきつづき中国民主活動家の相林氏、台湾独立建国連盟日本本部の王明理女史、ベトナム代表らが演壇に立って、中国共産党の苛烈な支配ぶりを訴えた。さらに政治学者の藤井厳喜氏はフィリピンの実情を訴えた。

各氏は中国共産党が崩壊するまで戦い続けると述べた。

西村幸祐、黄文雄、河添恵子、板東忠信、水嶋総、宮崎正弘各氏の意見発表に引き続き、バングラデシュ代表が挨拶、最後の閉会の辞は田母神俊雄氏が締めくくった。時間が迫ったため、会場に駆けつけられた賛同者多くが紹介されたあと、東京集会宣言(中国は国際秩序の破壊を止め、自由、民主、人権、法治を目指せ)が満場一致で採択された。

主催者側の予測を超えて立ち見が出るほどの盛況となった。

なお集会の模様は産経新聞などでも報道されたほか、日本文化チャンネル桜のニコニコ動画などに配信され、7月1日発表の『正論』に誌上収録される予定。

◆平原遺跡(福岡県糸島市)を歩く

〜名所旧跡だより〜
石田 岳彦


私の故郷である福岡市の周辺では、「桧原(ひばる)」、「屋形原(やかたばる)」、「前原(まえばる)」と、「原」を「はら」ではなく、「ばる」と呼ぶ地名が散在しており、上記の「平原」も「ひらはら」ではなく、「ひらばる」と読みます。

本日は福岡県糸島(いとしま)市にある平原遺跡について述べさせていただきます。

魏志倭人伝には邪馬台国を初め、多くの国名が記載されていますが、伊都(いと)国もその中の1つです。

現在の福岡市西区から糸島市にかけては、もともとは糸島郡であった地域ですが(平成の大合併で、前原市と志摩町、二丈町がまとまって糸島市が誕生し、糸島郡は最終的に消滅しました。)、この糸島郡自体、明治時代に怡土(いと)郡と志摩(しま)郡が合併して成立しました。

この怡土が伊都と通じること、佐賀県の旧松浦郡(現在の伊万里から唐津あたりにかけての地域)にあったとされる末廬国(まつら)国の南東に伊都国があったとの魏志倭人伝の記載から、伊都国は旧糸島郡にあったとされているそうです。

平原遺跡はこの伊都国の女王の墓とされています。 平原遺跡は糸島市の平原地区(遺跡の大半は発見された場所の地名で呼ばれます)にあり、周辺はのどかな農村地帯です。

そもそもこの遺跡が発見されたのも、昭和40年に地元の農家が蜜柑の木を植えようとして、銅鏡の欠片を発見したことがきっかけでした。


報告を受けた福岡県は、郷土史家の原田大六(大正6年の生まれということで、こう名付けられたそうです。)に発掘の指揮を依頼しました。

この原田大六は、糸島中学校(今の福岡県立糸島高校)を出たものの、大学では学ばず(歴史しか勉強しようとしなかったので、進学が無理だったとか)、太平洋戦争から復員した後、公職追放にあったのを契機に(軍隊において憲兵隊に入っていたのが祟ったといわれています)、中山平次郎博士に弟子入りし、博士から9年

以上にわたり、1日6時間以上のマンツーマン指導を受け、考古学者になったという歴史小説の主人公にもなれそうなユニークな経歴と個性の持ち主です。

ちなみに中山博士は、現在でいうところの九州大学医学部の教授でありながら、寧ろ考古学者としての業績が有名という(九州考古学会の設立者だそうです)、これまた変わった経歴の持ち主で、この師匠にして、この弟子ありというところでしょうか。

この原田大六が、途中からは自費で発掘を継続し、遺跡からは墳墓の副葬品と見られる多くの出土品が発掘されました。

発掘品の中でも特に目立つのは39面又は40面(何分、破片で見つかったので、枚数について争いがあるようです。)発見された銅鏡で、うち4枚は直径46.5cmと、日本で発見された銅鏡として最大のものです。

他方で、剣等の武器はほとんど見つかっておらず、被葬者が女性であったことをうかがわせます。 副葬品の内容と豪華さから見て、時代は弥生時代。被葬者は王クラスの女性、つまり女王。遺跡(墳墓)のあった場所は伊都国があったとされるエリアということで、現在では、上記のように伊都国の女王の墓と推定されています。

弥生時代の女王といえば、邪馬台国の卑弥呼が有名ですが(実際には「日巫女」という太陽神を祀る神官女王の役職名だったのではないかとの説もあるそうですが)、それ以外にも女王がいたのですね。

ちなみに原田大六は玉依姫(たまよりひめ。神武天皇の母親とされる神話上の女神です。)の墓と主張していました。

平原遺跡の女王の墓は四角形(現在では少なからず形が崩れていますが)で、その周囲には溝が掘られています。学問的には方形周溝墓(ほうけいしゅうこうぼ)と呼ばれるタイプの墓だそうで、上記の発掘品も近年になって「福岡県平原方形周溝墓出土品」という名称で一括して国宝に指定されています。

現在の平原遺跡は、墳墓の周りが低い柵で囲まれ、その周囲は横長のレリーフが建っているのを除けば何もない広場になっており、少し離れたところに古民家(遺跡とは全く関係ありませんが、保存のため移築されたようです)が1軒ぽつんという、よく言えば開放的、率直にいえばスペースが広々と余った歴史公園となっています。個人的にはこういう長閑な雰囲気は好きですが。

平原遺跡から車で10分ほど走ると農村風景の中に4階建の立派な建物がそびえているのが見えてきます。伊都国歴史博物館です。もともとは伊都歴史資料館といったようですが、平成16年に新館が建てられて博物館に昇格したとのこと。

「福岡県平原方形周溝墓出土品」の一部は九州国立博物館の平常展示室で公開中ですが、大半の発掘品はこちらの新館に保管・展示されています。館内撮影禁止のために写真はありませんが、鈍く緑色に輝く大型の銅鏡がケースの中にずらっと並ぶ姿はさすがに壮観です。
 
展示ケースの前に、立てられた状態の銅鏡が1枚、機械仕掛けでゆっくりと回転しながら展示されていましたが、見学者が私と妻の他におらず(施設と所蔵品の豪華さを考えれば、もったいない限りです。)、静けさの中で、微妙なモーター音をあげながら回転する銅鏡の姿は率直にいって不気味でした。

この博物館の前身たる伊都歴史資料館の初代館長には、上でも述べた原田大六が予定されていたそうですが、大六が開館を待たずに死去したため、名誉館長の称号が追贈され、資料館の前に銅像が立てられました(銅像は現在も立っていますが、新館の入り口からだと目立たない場所になっています)。

自分の主導で遺跡を発掘し、国宝級の副葬品を発見して、それを納めた郷里の資料館の前に銅像を建ててもらう。郷土史家としては頂点を極めたという感じですね。大学の考古学の教授でもここまでの成功を得られる人は滅多にいないでしょう。
 
福岡市やその近郊にお住まいの方は休日にでもドライブがてらにでも、平原古墳と伊都国歴史博物館を訪れてみてください。晴れた日には本当に気持ちの良い場所ですので。(終)  <弁護士>

2014年06月04日

◆韓国のベトナム大虐殺を告発する

小島 新一


慰安婦問題で日本を執拗(しつよう)に攻撃する韓国だが、彼らの歴史は他国を一方的に断罪できるほど道徳的な高みに立つものなのか。

ベトナム戦争に出兵した韓国軍による住民虐殺について現地で調査した北岡俊明・北岡正敏両氏のリポートを読めば、その答えは明らかだ。

北岡氏らが現地で目にしたのは、虐殺された住民ら一人一人の名前を記した慰霊碑や、虐殺の模様を描いた壁画など無数のモニュメントだった。1桁の年齢が並ぶ犠牲者の慰霊碑には言葉を失う。

東京基督教大学教授の西岡力氏の「真の敵−『慰安婦』で蠢(うごめ)く反『日米韓』勢力」は、その韓国軍の虐殺行為を韓国内で告発している団体が慰安婦問題で日米韓の分断を謀る親北朝鮮勢力であることを明らかにしている。

日本はそうしたもくろみは意識すべきだが、彼らの扇動に乗せられてきた韓国にとっては、どれだけ“ベトナム”で国際的非難を浴びても自業自得なのだ。

歴史の捏造(ねつぞう)にうつつを抜かすと真実を忘れて恥をさらすことになる、という見本が中国だ。平成10年に来日した江沢民・中国国家主席(当時)は、宮中晩餐(ばんさん)会に中山服(人民服の一種)姿で臨んで物議を醸した。

天皇陛下への答礼で歴史問題を持ち出してわが国を誹謗(ひぼう)した江氏が標準的礼服を着用しなかった意図は明らかだが、中山服のルーツを知れば「引き破ったかもしれない」と近現代史研究家、田中秀雄氏は指摘する(「日本を戦争に引きずり込んだ中国の卑劣挑発」)。中山服の考案者は、憎いはずの日本陸軍の将校だったのだ。

産経ニュース【異論暴論】014.6.3


◆李白、兼好法師、佐藤一斎に学ぶ

加瀬 英明


5月がまた去って行った。

私は生来懶(なま)け者だから、5月に入ったころの暮れなずむ、時が停まってしまったような、空が好きだ。

幼いころから、今日まで気がきかないし、利発ではないから、天地と1つになって、ぼんやりしていると、心が休まる。

良寛和尚が大愚を称しながら、漢詩に長じていた。

無欲一切足、有求万事窮。生涯懶立身、任天真――欲がなければ一切足り、求むるあれば、万事窮まる。生涯身を立つるも懶(ものう)く、自然のままに過す。私は怠惰なために、名利を求めないことの言い訳としてきた。

大愚は、大賢に通じる。大という字を漢和事典で調べると、解字として、人が手足をのびのびといっぱいに拡げたさまであると、説明されている。時間に構わずに、大の字に寝転んで、英気を養う。心が広くなる。のんびりと、気が向くままに暮したい。

私の父は英米派の外交官だった。ロンドンに勤務した時に、チャーチルの知遇を得た。

父も暇をつくっては、怠けていたが、チャーチルの「立っているより、座れるなら座るほうがよい。それよりも、寝転がるのがよい」という箴言を、座左銘としていた。私の怠け癖は、親譲りのものだ。

父が漢籍を好んだので、私も中学時代から漢詩に親しんだ。いまでも、李白の多くの詩を、諳んじることができる。

李白は酒を讃える将進詩によって名高いが(将はすすめるの意味)、夢を称える詩によっても、よく知られている。

ある日、李白はまどろんだあいだに、今日の中国浙江省の天姥山の山水の美のなかに誘われ、悦楽に満ちた、にぎやかな夢をみた。天姥山の夢として有名である。

この長い詩は、「どうして眉をしかめ、腰をかがめて権力者に仕え、自分を不愉快にさせることができようか」と、結ばれている。

5月になると、風が光を運んで匂う。木の芽が光を戴いて、すくすくと伸び、葉身が幅を拡げてゆく。

新緑から光が溢れてこぼれるのを見ると、私が手を貸さなくても、若い生命力が働いているのが、喜ばしい。

『徒然草』は、王朝時代の随筆文学の傑作であるが、「徒然なるままに日暮し」から、始まっている。

兼好法師は優れた歌匠でもあったが、次からつぎへ、つれづれと物思いにふけるなかで、「気の散ることもなく、ただ1人でいるのは結構なものだ。社会についてゆけば、心が俗塵に汚されて、欲望に迷いやすい。物事を争い、恨んだり、喜んだり、心が少しも安定しない」「利害損失の欲念によって、支配されてはならない」と、戒めている。

私は急ぐのは犯罪だと、自分にいつもいい聞かせてきた。自然はあくせくしない。芽をふく時があり、花を咲かせ、実を結ぶ時がある。自然は急がない。自然を手本としたい。人の心も生きているから、のびのびとした時間を必要とするはずだ。

それなのに、世人はなぜ全員が宅急便になったように、急ぐのだろうか。世塵――世間のわずらわしい俗事――をまきあげて、視界を悪くする。

自然は有機的な時間によって、動いている。ところが、地下鉄、タクシー、自動車、新幹線、航空機に乗ると、無機的な時間だから、心を蝕む。できるだけ、歩きたい。

私たちは炊飯器、掃除機、風呂の自動湯沸し器から、レトルト食品、コンビニの弁当、電話、スマホによるメールまで、さまざまな心を省く機械や商品によって、自分を深く傷つけている。井戸から水を汲んだり、掃除や、風呂炊きや、炊事をはじめとして、心を伝える場がなくなった。それだけ心が貧しくなった。

4月に千葉市の郊外に愚妻を連れて、親しい刀匠の仕事場をたずねて、半日遊んだ。あらためて刀身の匂いぐちに、魅せられた。刀身の地膚の境に、焼刃がほのぼのと色がうすくなって、煙か虹のようにみえる部分を「匂い」と呼ぶが、日本刀を美術品としているゆえんである。

匂うというのは、香りではない。万葉集の「朝日に匂ふ山櫻花」の句は、よく知られているが、輝くという意味だ。陽光にいきいきと美しく映えて、まぶしい。風が輝くことも、匂うという。

5月に、いま売れっ子の若い女優の村松えりちゃんから、自宅に可憐な白い鈴蘭の小さな鉢が届いた。添えられたカードに、「Jour de Muguetの日に」と記されていた。5月1日はフランスの古い習慣で、鈴蘭を贈る日となっている。

村松えりちゃんは、匂う美女だ。『源氏物語』には麗しい女人が登場するたびに、「匂ふ」と形容している。光源氏をはじめとする男たちの胸の鼓動が、伝わってくる。

もっとも、私は閑居にずっと安じていたいと思うものの、淡粥(たんしゅく)を啜って飢えを癒し、世人が捨ててかえりみない、布切れを縫い合わせた衲衣(のうえ)をまとうためには、おっくうなことだが働いて、口過ぎ――生活を立てなければならない。

原稿の締め切りに、追われる。講演のために、車中や機中で過す。しばしば、海外に招かれる。毎日、事務所に来客が絶えない。

だが、忙裏のうちに、自分を見失ってはならない。私は幕末の儒者だった佐藤一斎を敬まっているが、幕府の聖堂と称された学校の昌平黌(しょうへいこう)の学長をつとめた。

一斎は「真の己を以て仮の己に克つは、天理なり」「治心の法は須(すべか)らく至静を至動の上に認知すべし」(『言志四録』)と説いている。仮の己に負けてはなるまい。私にとって懶けることが真の己であり、至静こそが治心の法である。


◆中国の自爆テロ、いずれも外人部隊

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26(2014)年6月3日(火曜日)通巻第4258号 > 

 〜新彊ウィグル自治区の爆弾テロと昆明、北京、広州の自爆テロ
   過激派に新顔と分派が存在しているが、いずれも外人部隊が主力〜

米国の保守系シンクタンク「ジェイムズタウン財団」のテロ分析家、ジェイコブ・ゼンの解説に拠れば、昆明駅、広州駅における最近の大量殺人、爆弾テロ、北京天安門の自爆テロ。

そしてウルムチの爆弾テロとの間には爆薬、方法、その他から類推して、アフガニスタンで軍事訓練をうけたウィグル人過激派の新組織が個別的に関与した可能性を指摘している(同財団発行「チャイナ・ブリーフ」、14年5月28日号)。

ジャイコブ・ゼンはジョンホプキンス大学卒業、国連難民弁務処に勤務し数カ国に滞在した経験があり、フランス語、中国語に堪能。ほかに3カ国語も喋る海外通として知られる。

同分析に拠れば、昆明駅での29名殺人と広州駅の爆弾テロは別タイプで、とくに広州駅での爆弾テロはロシアのソチ五輪前におきたタゲスタン、チェチェンン型に似ていた。

ウルムチ駅での自爆テロは習近平視察直後のタイミングを狙っており、アフガニスタンの襲撃テロに酷似しているという。

いずれも犯行グループの可能性が高いのは新顔のTIP(トルクメニスタン独立党)で、この新集団は2008年に結成され、メンバーは300から500名程度。ボスはアブドラ・マンソールという男で、以前『イスラムのトルクメニスタン』誌編集長だった。

マンソールはアフガニスタンにおける被支配と征服者の図式から、徹底的に征服者への報復を聖戦とする発想を持ち、したがってウィグル人国家の東トルキスタンを征服し、新彊ウィグル自治区などと言って統制する漢族への復讐に燃える。

ただし、TIPが犯人と確定されてはおらず、とくに昆明駅の大量殺人はウィグル人集団というより地元マフィアと公安がしくんだ中央政界の権力闘争と絡むのではないかという分析も強く存在している。

このTIPはシリア内戦でアサド政府と戦う外人部隊を「ジハードの戦士」と賞賛しており、武器はパキスタン経由で新彊にもたらされている可能性があるという。

2014年06月03日

◆「アジアで四面楚歌の中国」だが

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26(2014)年6月2日(月曜日)通巻第4257号>  

 〜「アジアで四面楚歌の中国」だが、そのことを認識できない中国の軍人
         パラノイアは日米攻撃に移って、シャングリラホテルは寒々としていた〜

5月30日からシンガポールで開催された「アジア安保会議(シャング リラ対話)で、安倍首相が基調演説を行い、中国を正面から批判した。アジアにおける対中姿勢の明確な変化が背景にあり、このシャングリラ対話は今後の国際政治に重大な意味を持つことになる。

安倍首相はこう演説した。

「既成事実を積み重ね現状の変化を固定する(中国の)動きは強い非難の対象である」

「南シナ海での紛争を回避するため実効ある行動規範が出来ることを期待する」 

「航行や飛行の自由を保全するためアセアン各国への支援は惜しまない」

「集団的自衛権や国連平和活動をふくむ法制基盤の再構築について日本国内で検討を進めている」

この発言は従来の日本の消極的関与からアジアの安全に関して強い積極性を示したため注目されてしかるべきだが、日本のマスコミの反応は鈍かった。

シャングリラ対話は2002年からシンガポールのシャングリラホテル で継続されているが、日本の首相が参加したのは初めてであり、またアセ アン諸国へ対中包囲網の形成を示唆し、アジアの安全保障に日本が積極的に乗り出す姿勢を示したことは今後に相当な影響を持つのである。

現にフィリピンとベトナムは米国のピボット(基軸変更)発言以後、急速に日本への依存を高めているように。

シャングリラホテルの舞台裏ではもうひとつ重要会談が進んでいた。

安倍首相は同会議に参加していたヘーゲル国防長官と会談し、小野寺防衛大臣も個別に会談をもった。また米国の斡旋で日米韓の防衛相会議も開かれた。歩み寄りはなかったが、韓国の姿勢にやや柔軟性が出た。

ヘーゲル国防長官は「ベトナム、フィリピンと領有権を争う海域で 埋め立てや掘削作業を強行する中国は(地域を)不安定化させている」と 名指しで中国を批判したうえ、(1)中国は地域諸国と協力して地域を安定させるのか、(2)平和と安全保障を危機にさらすのか。「二つに一つだ」と迫った。

中国の対応は頑なで硬直的でヘーゲル発言に猛反発した。王冠中・副総参謀長は「根拠がない。アジアの平和は中国抜きには成立しないし、火に油を注ぐような米国発言は歓迎できない」と居丈高。

同会議に出席していた朱成虎ともなると「米国は重大なミステークを犯した。偽善の最たる例であり、米国の言い分は中国が何をやってもすべて悪く米国はすべてが正しいと言っているようなもの。米国は中国に敵対するのではなく「パートナー」として扱うべきではないのか」

朱成虎は「核の先制使用も辞さない」と物騒な発言をして、人民解放軍の強硬派を代弁し、米国でもっとも嫌われる軍人論客だが、続けてこう言った。

「もし米国が敵対を続けるのであれば中国はそれなりに対応しなければならなくなるだろう。中国は米国の忠実な友であるにもかかわらず」(ウォールストリート・ジャーナルへのインタビュー、同紙6月1日)。

オバマ政権ので、中でヘーゲルが最も強硬な対中論を主張するが、 国務省は親中路線を維持しており、日本の突出を寧ろ抑える側にある。

したがって中国は米国内の矛盾と日米離間を巧妙についており、ひたすらシャングリラ対話でも強硬路線をまくし立てた。

深刻な亀裂が浮き彫りとなった「対話」だった。 
  

2014年06月02日

◆モディのインド、前向きな積極外交

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

<平成26(2014)年5月29日(木曜日) 通巻第4253号  <前日発行>  

 〜モディのインド、前向きな積極外交を中国が刮目
   矢継ぎ早に歓迎メッセージ、宿敵パキスタンはシャリフ首相が訪印〜

インド総選挙結果は予想を遙かに超えてBJPが圧勝、単独過半を抑え組閣した。

モディ首相の就任式には長年のライバル、シャリフ(パキスタン首相)が訪問して握手した。「恩讐の彼方に」とはいかないまでも、軍事対決をつづけるパキスタンの首相がインドの新首相をすぐに訪問するのは異例中の異例である。

また米国が敵対的姿勢を改め、モディに訪米を要請した。つい先日まで「モディはヒンズー至上主義の危険人物。イスラム弾圧の黒幕」と罵倒していたのに?

この米国の変化も注目しておいて良いのではないか。

中国は事態の急旋回にやや狼狽しながらも、楊潔チ国務委員(前外相)が北京駐在インド大使を招き、新政権を歓迎する旨をつたえたほか、李克強首相も祝意のメッセージを送っていたことが分かった。なにしろ中印貿易は中国側が480億ドルのプラスである。

「両国はハイレベルの外交コンタクトを絶やさず、協同とあらゆる方面で交流を強化出来るうえ、アジアならびに世界平和に貢献できる」とした。

しかし1962年に発生した中印国境紛争は停戦しているだけで、両国の領土係争ではなんら歩み寄りが見られず、中国はインドのアルナチュル・プレデシュ州の9万平方キロの土地が中国領だと言い張り、インドは「中国がインド領の38000平方キロを軍事占領している」として両軍は国境地帯ににらみ合いをつづけている。

パキスタンはタリバンの出撃基地と化し、アフガニスタンの政権はまったく安定を欠くが、いくら中国がパキスタンと軍事同盟を結んでいようとも、イスラム過激派対策は別の問題である。

中国の新彊ウィグル自治区ではテロが絶えず、習近平は数日前にも「対テロ戦争」を宣言したばかり。緊張はます一方である。

新彊ウィグル自治区のイスラム過激派は「タリバン化」している。

▲新彊ウィグル自治区の過激派の戦術変更に注意

北京にあるシンクタンク「改革と発展委員会」がまとめた報告に拠れば、最近のテロ活動には3つの特徴があるという。

第一にこれまで特定の地域に集中してきた過激派の活動は中国全土に拡大した。雲南省昆明でのテロや広州駅でのテロは、地理的拡大を象徴している。

第二に政府、軍のみならず一般市民を標的とするなど無差別テロと化している。またウィグル自治区の過激派拠点はホータン、カシュガル、アクスなどだが、すでに200の自爆装置が押収され、1・8トンの爆薬が発見されており、背後に控えるイスラム過激派団体の重層的な支援態勢が存在する。

第三に政府の対策は力による取り締まりばかりで対応能力に疑問がある。王楽泉が新彊ウィグル自治区の党委員会書記を務めた時代、「鉄腕治彊」と言われたが、「7・5大虐殺事件」が発生し、ウィグル人の大量の逃亡事件も付帯した。

後継の張春堅時代前期は「柔治」政策に転換した。けれども効き目はなく、自爆テロの頻発に習近平は「対テロ戦争」と姿勢を硬直化、今後の血の弾圧はエスカレートしてゆくだろう。