産経海外各支局
「恥も外聞もなく責任転嫁するな」と比紙
300人もの死者・行方不明者を出し、韓国史上最悪ともいわれる惨事となった旅客船沈没事故には、日本など周辺各国が強い関心を寄せた。韓国では責任感や倫理観を再点検すべきだといった自省の声があふれ、フィリピンではそうした韓国の姿勢を見習えという意見が出た。中国では東日本大震災の際、対応の違いが生死を分けたことを例示し、自ら考え行動するよう仕向ける教育の重要性を訴える論評もあった。
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中央日報(韓国)
■「疾走の文化と精神」改造を
「セウォル号」の沈没事故の衝撃が今も続く韓国では、社会に根付く「病理」を見直そうという意見が連日出ている。1日付朝鮮日報に掲載されたコラムで、金基哲(キム・ギチョル)文化部次長は「事故は社会の根幹をなすはずの職業倫理と公職意識がいかに脆弱(ぜいじゃく)かを如実に示した。経済協力開発機構(OECD)への加盟や、世界トップ10に入る経済大国といった自尊心も一瞬で崩れた」と断じた。さらに「代償は何十倍、何百倍となり跳ね返ってこよう。『信頼欠如』は間違いなくより大きな犠牲を招く原因となる」と指摘した。
その上で、「徹底した責任意識と倫理観により韓国社会を根本から作り直していかねば、先進国の夢も民主主義の理想も、全て水泡に帰す。このままではセウォル号事故は再発し、自らも家族も危険にさらされる。無責任な船長や強欲な船主、無能な政府を罵倒するだけでは何も解決しない」とし、各自が“病弊”を見抜き改善に努めるべきだと訴えた。
1日付の中央日報は金永郁(キム・ヨンウク)・韓国金融研究院常勤諮問委員によるコラムで、今回の事故は1995年に起きたソウル・三豊百貨店の崩壊事故に酷似しているとし、真の“犯人”は手抜きを黙認し、管理もずさんな「悪徳企業家」だとした。
さらに、ソウルの聖水大橋の崩落事故(94年)にも触れ、「安全検査をおろそかにし、管理・監督責任を放棄した機関と癒着で汚れた官僚がいた」と指弾した。
コラムはさらに、「拝金主義と成果至上主義は、むしろより深刻になった。数十年間叫んできた『速く、速く』という文化も相変わらずで、目標達成へ疾走するシステムも同様だ」とし、「改造されるべきはこの疾走の文化と精神だ」と指摘する。「韓国社会に根づく異常な慣行が大きな影響を及ぼした」との朴槿恵(パク・クネ)大統領の言葉を引用する一方で、「歴代政権の誰もできなかったこと」とし、精神と文化をどう変えるかが
問題だとした。(ソウル 名村隆寛)
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北京青年報(中国)
■命を守る能力は教育で
旅客船沈没事故では、多くの学生が「その場を動かないように」という船内放送に従い、命を落としたと報道された。北京青年報は4月30日付で、今回の事故発生時の船内での対応と、東日本大震災の際の日本各地の事例を比較する論評を掲載した。
まず取り上げたのは、児童・教職員84人が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の例だ。震災発生当時、教師と住民が校庭で避難先について話し合ったため、避難開始まで約40分を要したとしている。
論評は「この状況と今回の沈没事故では、一方は校庭で、もう一方は船内で、いずれも生徒が待っていたという類似点がある。本来は残されていた避難のための時間が、指示に従ったために奪われた点も同じだ」と指摘している。
さらに、自分の安全確保を最優先するよう徹底されていた児童・生徒が各自の判断で避難し、ほぼ全員が津波から逃れた岩手県釜石市のケースも紹介し、「沈没事故で船内放送が聞こえなかったため、自分の判断や直感を頼りに避難して救出された生徒と似ている。このような自主的能力は、命を守るための“本能”だけでなく、“教育”により身に付くものだ」と、防災教育の重要性を説いている。
論評は、日本の小中学校で恒常的に行われている避難訓練の変化についても言及している。震災前は、教師らが「先生の指示に従いなさい」と教えてきたため、子供たちも指示に従うことに慣れ、考える前に行動することが習慣になっていた。しかし、震災後は、自分でどのように行動するかを判断する訓練が増えた、と分析している。
「従うことしかできない子供が大人になれば、ロボットのようになりかねない」「単にマニュアル通りに物事を進めては、規定が束縛に変わってしまう」。そう訴える論評は、韓国の学生らが「大人の指示」に従い、救出の機会を逃したことを今後に生かすべきだとしている。(北京 川越一)
フィリピン・スター紙(比)
■恥も外聞もなく責任転嫁するな
海に囲まれた国が多い東南アジアでは旅客船沈没事故への関心は高い。中でもフィリピンは7千余りの島々で構成され、船舶の事故も多い。
この国ではフェリーは比較的、低所得の人々の移動手段で、安全基準はあってもその運用をみれば日本に比べて心もとないことこの上ない。そうした事情もあってか、主要紙フィリピン・スター(電子版)は4月25日、「文化も国も違うが、今回の沈没への韓国当局の対応には見習うべき点がある」と指摘する社説を掲げた。
朴槿恵大統領は「殺人」という言葉を使い、船から脱出した船長らを非難した。捜査当局は船長や船員などを逮捕した。社説はこれに加え、「船主などにも捜査の手が伸びている」として、原因と責任の追及が進んでいると評価した。
また、救出された船員らは生き残ったことを後悔しているといった韓国メディアの報道内容を伝えた上で、歴代大統領が汚職にからんで収監されたり自殺したりする韓国では、「強い恥の感覚や正義が十分に機能している」と付け加えた。
そして、「フィリピンでは対照的に、フェリーが沈没すると恥も外聞もなく、乗員からオーナー、規制当局へと責任が転嫁される」と、批判の矢を国内に向ける。
フィリピンでは、別の地元紙も今回の沈没事故と自国で起きた事故とを対比した。具体例として、セブ島沖で昨年8月、乗員・乗客830人以上が乗ったフェリーが貨物船と衝突し、100人以上が死亡した事故を挙げた。
双方の船長は逮捕されず、フェリー会社は海に流出した油の回収を行った行政当局に費用を支払おうともしないという。
スター紙の社説は、フィリピンでは過去30年で数千人が海の事故で犠牲になっているとし、誰も責任を取らない対応が続けば、「死者を伴う海の事故がこれからも起きる」と警鐘を鳴らしている。(シンガポール 吉村英輝)
産経【環球異見】2014.5.5