2014年05月06日

◆韓国の旅客船沈没事故

産経海外各支局


「恥も外聞もなく責任転嫁するな」と比紙

300人もの死者・行方不明者を出し、韓国史上最悪ともいわれる惨事となった旅客船沈没事故には、日本など周辺各国が強い関心を寄せた。韓国では責任感や倫理観を再点検すべきだといった自省の声があふれ、フィリピンではそうした韓国の姿勢を見習えという意見が出た。中国では東日本大震災の際、対応の違いが生死を分けたことを例示し、自ら考え行動するよう仕向ける教育の重要性を訴える論評もあった。

                   ◇
中央日報(韓国)

■「疾走の文化と精神」改造を

「セウォル号」の沈没事故の衝撃が今も続く韓国では、社会に根付く「病理」を見直そうという意見が連日出ている。1日付朝鮮日報に掲載されたコラムで、金基哲(キム・ギチョル)文化部次長は「事故は社会の根幹をなすはずの職業倫理と公職意識がいかに脆弱(ぜいじゃく)かを如実に示した。経済協力開発機構(OECD)への加盟や、世界トップ10に入る経済大国といった自尊心も一瞬で崩れた」と断じた。さらに「代償は何十倍、何百倍となり跳ね返ってこよう。『信頼欠如』は間違いなくより大きな犠牲を招く原因となる」と指摘した。

その上で、「徹底した責任意識と倫理観により韓国社会を根本から作り直していかねば、先進国の夢も民主主義の理想も、全て水泡に帰す。このままではセウォル号事故は再発し、自らも家族も危険にさらされる。無責任な船長や強欲な船主、無能な政府を罵倒するだけでは何も解決しない」とし、各自が“病弊”を見抜き改善に努めるべきだと訴えた。

1日付の中央日報は金永郁(キム・ヨンウク)・韓国金融研究院常勤諮問委員によるコラムで、今回の事故は1995年に起きたソウル・三豊百貨店の崩壊事故に酷似しているとし、真の“犯人”は手抜きを黙認し、管理もずさんな「悪徳企業家」だとした。

さらに、ソウルの聖水大橋の崩落事故(94年)にも触れ、「安全検査をおろそかにし、管理・監督責任を放棄した機関と癒着で汚れた官僚がいた」と指弾した。

 コラムはさらに、「拝金主義と成果至上主義は、むしろより深刻になった。数十年間叫んできた『速く、速く』という文化も相変わらずで、目標達成へ疾走するシステムも同様だ」とし、「改造されるべきはこの疾走の文化と精神だ」と指摘する。「韓国社会に根づく異常な慣行が大きな影響を及ぼした」との朴槿恵(パク・クネ)大統領の言葉を引用する一方で、「歴代政権の誰もできなかったこと」とし、精神と文化をどう変えるかが
問題だとした。(ソウル 名村隆寛)                
   
               ◇    
北京青年報(中国)

■命を守る能力は教育で

旅客船沈没事故では、多くの学生が「その場を動かないように」という船内放送に従い、命を落としたと報道された。北京青年報は4月30日付で、今回の事故発生時の船内での対応と、東日本大震災の際の日本各地の事例を比較する論評を掲載した。

まず取り上げたのは、児童・教職員84人が犠牲になった宮城県石巻市の大川小学校の例だ。震災発生当時、教師と住民が校庭で避難先について話し合ったため、避難開始まで約40分を要したとしている。

論評は「この状況と今回の沈没事故では、一方は校庭で、もう一方は船内で、いずれも生徒が待っていたという類似点がある。本来は残されていた避難のための時間が、指示に従ったために奪われた点も同じだ」と指摘している。

さらに、自分の安全確保を最優先するよう徹底されていた児童・生徒が各自の判断で避難し、ほぼ全員が津波から逃れた岩手県釜石市のケースも紹介し、「沈没事故で船内放送が聞こえなかったため、自分の判断や直感を頼りに避難して救出された生徒と似ている。このような自主的能力は、命を守るための“本能”だけでなく、“教育”により身に付くものだ」と、防災教育の重要性を説いている。

論評は、日本の小中学校で恒常的に行われている避難訓練の変化についても言及している。震災前は、教師らが「先生の指示に従いなさい」と教えてきたため、子供たちも指示に従うことに慣れ、考える前に行動することが習慣になっていた。しかし、震災後は、自分でどのように行動するかを判断する訓練が増えた、と分析している。

「従うことしかできない子供が大人になれば、ロボットのようになりかねない」「単にマニュアル通りに物事を進めては、規定が束縛に変わってしまう」。そう訴える論評は、韓国の学生らが「大人の指示」に従い、救出の機会を逃したことを今後に生かすべきだとしている。(北京 川越一)

フィリピン・スター紙(比)

■恥も外聞もなく責任転嫁するな

海に囲まれた国が多い東南アジアでは旅客船沈没事故への関心は高い。中でもフィリピンは7千余りの島々で構成され、船舶の事故も多い。

この国ではフェリーは比較的、低所得の人々の移動手段で、安全基準はあってもその運用をみれば日本に比べて心もとないことこの上ない。そうした事情もあってか、主要紙フィリピン・スター(電子版)は4月25日、「文化も国も違うが、今回の沈没への韓国当局の対応には見習うべき点がある」と指摘する社説を掲げた。

朴槿恵大統領は「殺人」という言葉を使い、船から脱出した船長らを非難した。捜査当局は船長や船員などを逮捕した。社説はこれに加え、「船主などにも捜査の手が伸びている」として、原因と責任の追及が進んでいると評価した。

また、救出された船員らは生き残ったことを後悔しているといった韓国メディアの報道内容を伝えた上で、歴代大統領が汚職にからんで収監されたり自殺したりする韓国では、「強い恥の感覚や正義が十分に機能している」と付け加えた。

そして、「フィリピンでは対照的に、フェリーが沈没すると恥も外聞もなく、乗員からオーナー、規制当局へと責任が転嫁される」と、批判の矢を国内に向ける。

フィリピンでは、別の地元紙も今回の沈没事故と自国で起きた事故とを対比した。具体例として、セブ島沖で昨年8月、乗員・乗客830人以上が乗ったフェリーが貨物船と衝突し、100人以上が死亡した事故を挙げた。

双方の船長は逮捕されず、フェリー会社は海に流出した油の回収を行った行政当局に費用を支払おうともしないという。

スター紙の社説は、フィリピンでは過去30年で数千人が海の事故で犠牲になっているとし、誰も責任を取らない対応が続けば、「死者を伴う海の事故がこれからも起きる」と警鐘を鳴らしている。(シンガポール 吉村英輝)
      産経【環球異見】2014.5.5

2014年05月05日

◆「核」が日中開戦を抑止するK

平井 修一


(承前)兵頭二十八氏の論考「日本有事 憲法を捨て、核武装せよ!」から。

              ・・・

「東で声をあげると同時に西へ殴り込め」というフェイント作戦を重視した標語がシナには昔からある。シナが台湾に軍事圧力をかけて併合してやろうと企む場合、米軍を台湾にかけつけさせぬよう、北朝鮮兵をして各地で米軍を攻撃せしめ、米軍を半島に吸引させるというプランを中共はずっと考えてきた。

そのために、米軍にとり沖縄以上に重要な西太平洋の基地、グアム島に(中朝国境の)鴨緑江付近から発射して攻撃する射程の長い地対地ミサイルの開発で北朝鮮を支援してきた。

グアムにも届くような弾道ミサイルを、その半分以下の射程である日本の大都市や在日米軍向けで発射する場合は、余ったエネルギーでミサイルの到達高度を高めることができる。テポドン1は300キロが最高だが、それ以上に上昇させることができる。

そうなると、海自が米国から調達する迎撃用のSM3ミサイルは、これまでの実験では高度137キロで標的に命中させた実績が最高だから、ほとんど対処はおぼつかないだろう。

シナは、米国東部を攻撃できる長距離核ミサイルを20基、モスクワなどを破壊できる核ミサイルを10基ほど持っている。この数は1990年代からほとんど増えていないが、その理由は「オプション最大化戦略」にある。つまり「今は持っていないけれど、これからいくらでも増すことができる」という手段を取引材料として、米露のような大国から利益を引き出すのが得策だと考えているからにほかならない。

シナがアメリカ向けのICBM(大陸間弾道ミサイル)をさらに30発、40発と増やすのは、予算的には造作もない。が、そうされればアメリカとしては国防計画を大幅に見直さなければならない。巨億の予算措置が必要になり、米国政財界はてんやわんやになるであろう。

北京は「その膨大な負担と面倒を免除してあげましょうか」と米大統領スタッフにささやきかけることで、アメリカからシナに都合のよい外交的譲歩を引き出すことに成功しているのだ。

ちなみにシナの核戦力は、米国に配置がことごとく把握されている。もし米国からの正確な核攻撃を受ければ半日で武装解除されてしまう。したがって、脅しになるのはシナから先制発射する一斉射分だけなのだ。だがそのわずかな数量でも、アメリカの20の大都市の人命を人質にとれるのであるから、アメリカ大統領の日本防衛の意志を縛るには十分である。

かつてのソ連のように、やみくもに核戦力での対等を目指して米国を刺激するのは下策と見、「最小限の核武器を最大限に政治的に利用するべきだ」というのが、目下のシナ政府の判断だ。

太平洋の米軍の大根拠地であるグアム島やハワイを核攻撃しなければならなくなった場合には、シナはミサイルを鴨緑江に近接させて発射させるであろう。北朝鮮が発射したものか、シナが発射したものか、わざとわからなくして混乱を誘うためである。

中共の核武装が明瞭に予見されたのは1963年であった。翌1964年、東京オリンピックで世界の関心が極東に集まっているさなかの10月16日、彼らは原爆実験成功を声高らかに発表した。

東京五輪は、日本が戦前並の先進国の地位への復帰を世界から公認された象徴的イベントだった。日本政府は当然、専制シナの核武装を受けて、マックKEMPOHを廃止することができたし、そうすべきだった。アメリカ政府も60年代の初めから「9条」の廃止と、リアルな同盟軍化を日本に欲するようになっていた。

しかし戦前の官僚上がりの自民党の領袖たちは、1967年6月17日のシナの第1回水爆実験を聞いても、また1971年に東京を狙った弾道核ミサイル「東風3号」の満洲への実戦配備の写真をワシントンDCで内々に示されても、有権者の説得をしようと決意することはなかった。

日本はそのGNPに見合った重武装を嫌った。これは、公平で安定した自由世界に関する無関心・無責任を意味していた。庶民が無知なのはありかも知れないが、国家指導者層の無関心は道徳的に許されない。

米国指導者層は徐々に「侮日」に転じた。北京はキッシンジャーのようにもともと日本を嫌っている野心家を歓待して籠絡した。米国は対ソ戦を有利にするために中共との部分同盟を選ぶ。これはもちろん、かつてのスターリンとの同盟に次ぐ、米国外交の理想からの後退であるが、そうさせたのは日本人であった。

核攻撃の最大の特徴は、住民に逃げる暇がほとんど与えられないことである。核以外の空襲では逃げる暇がある。何百機の航空機を発進させるといった、大規模な準備を必要とせず、実行命令が出されたら即座に実行され、多数の都市民を殺すことが確実な大量破壊兵器であることが、核兵器を、同じ核兵器の報復蓋然性によってしか抑止できない政治手段としているのである。

核弾頭付きの巡航ミサイルが抑止力として無効なのも、敵国の有権者がその発射を察知してから隠れる時間が、最大で数時間も得られてしまうからである。巡航ミサイルのスピードは国際線の旅客機とまったく同じなのだ。

これに対して弾道ミサイルは、日本本土からシナ本土までわずか十数分で到達し、悪天候で墜落する可能性も、途中で撃墜される可能性もない。

都市に対する核攻撃の最大の特徴は、大量の火傷患者が一度に発生することだ。それがシナや北朝鮮からの核ミサイル攻撃によって何万人発生すると見込まれるかをケースごとに知っておくことは、防災上も必須である。

威力は10キロトンか、20キロトンか、飛距離は福岡までか、大阪までか、東京までなのか・・・こうした変数の組み合わせごとにリアルなシミュレーションがなされていないならば、有事に最善の国民保護ができるわけがない。

ところが日本政府がそんな試算をしたとは聞かず、誰かが政府にその調査を求めたという話もない。マスコミも政府に質問せず、さりとて自社で研究しているわけでもない。

マックKEMPOHを暗誦している限り、日本人のサバイバル能力は果てしなく失われ続けるであろう。
・・・

平井:この項は終わりです。次回は田母神俊雄氏の「日本核武装計画」を紹介します。
(つづく)(2014/5/3)

◆有毒水道水でパニック 中国

矢板 明夫


〜飲料水買い占めも〜

中国北西部の甘粛(かんしゅく)省蘭州(らんしゅう)市で4月中旬、水道水から安全基準値の20倍を超える発がん性物質、ベンゼンが検出された。近くの石油工場のパイプ漏れによる工業汚染が原因で、政府発表が遅れたこともあって、市民が少なくとも10日間も汚染された水を飲み続けたことが後に判明。大きなパニックが起きた。

どの程度、健康被害が広がったかは今も不明だ。その後、蘭州をはじめ、他の化学工場近くの地域でも、ペットボトルの飲料水の買い占めで混乱が生じるなど、市民の間で水への不安と政府への不信が高まっている。

基準の20倍超のベンゼン

4月11日午後2時頃、蘭州市政府は「水道水から発がん物質が検出された」と発表し「24時間以内に水道水を飲まないように」と市民に呼びかけた。当初は、市民たちはコンビニエンスストアなどで飲料水を少し買い貯める程度で、大きな混乱はなかった。

その後、蘭州市内にある中国石油天然ガス集団(CNPC)系列の会社の保有する石油パイプラインから漏れた原油が水道水の配管に浸透したことが原因であることが、メディアの報道で明らかになった。

蘭州市の水道工事は59年前の1955年に実施されたもので配管の老朽化が進み、水道水は数年前からすでに複数の有毒物質に汚染されていた可能性が浮上した。

さらに、安全基準の20倍を超えるベンゼンが検出された汚染水のサンプルは4月2日に採取されたもので、政府が発表するまでほぼ10日間の時間差があり、市民たちはその間、汚染された水を飲み続けたことも明らかになった。

わずか3日後に安全宣言

蘭州市民はパニックに陥った。市内のスーパーの飲料水は一時すべて売り切れ、子供を連れて病院で精密検査する人、蘭州を離れて一時避難する人、インターネット販売で他の地域から水を大量購入する人が続出した。

蘭市は3日後の14日に「ベンゼンの検出がゼロとなった」と水道水の安全宣言を出したが、「こんな短い時間で市内の配管を修復できるわけがない。ベンゼンがなくても他の有毒物質に汚染されているはず」と政府を信用しない市民が多い。

一部の市民は「汚染水を飲まされた」として損害賠償を求め、地元政府と水道会社を訴える訴状を提出しようとしたが、裁判所に受理されなかったという。

水と政府への不信が高まる中、対策が取れるのは一部の比較的裕福な人々だけである。4人家族が必要とする飲用水は1カ月で約150リットルとされ、すべてをスーパーなどで購入すれば、約200元(約3400円)もかかり、蘭州市の労働者の月給の1割を超える。

中学生の息子を2人持つ蘭州市の男性は産経新聞社の電話取材に対し「今でも生活が苦しい。政府が本当のことを言っていると思えないが、水道水を飲み続けるしかない」と話している。

内陸部に及ぶしわ寄せ

人口360万人を擁する蘭州市は中国内陸部の工業都市であると同時に、貧しい地域でもある。近年、環境対策条例が厳しくなったため、沿海部で運営ができなくなった工場が蘭州などの内陸部に移ったケースが多い。

内陸部の地方政府には財政的ゆとりがないため、化学工場や水道事業者に対する監督・監視体制が他の都市と比べて不備だといわれている。北京や上海などの都市部では、水道事業の安全性を保証できる設備を十数年ごとに更新しているが、蘭州のような街ではまず無理とされる。

ある中国人ジャーナリストによれば、水道水が汚染されている危険がある都市は蘭州だけではなく、長春、貴陽、西寧など多くある。

今回の原油漏れ事故を起こした石油工場が納める税金は蘭州市の主な収入源の1つとなっており、多くの雇用も創出しているため、事故を起こしたことを理由に生産停止を命じることはなかなか難しいという。

清華大学の張暁健教授は中国メディアの取材に対し、蘭州市における水道水汚染が「想定内のことで、いつどこでも起こりうる事態だ」と話した。

中国の環境問題の深刻さは以前から国際社会から指摘されているが、その中でも、発展が比較的遅れている内陸部にしわ寄せが行き、さらに深刻な状況になっている。(やいた・あきを 中国総局)
産経ニュース【国際情勢分析 矢板明夫の目】2014.5.4


2014年05月04日

◆中国を学ぶ事は道を開く

加瀬 英明


4月はじめに、出版社から求められて、中国論の本を大車輪で書きあげた。

『中国人韓国人にはなぜ「心」がないのか』という題名で、5月8日の発売予定ということである。

中華文明の入門書のようなものだが、中国人の精神構造を知ろうとするなら、大学で講義を受けるよりも、中華料理店に通うことをすすめたい。

 食が最大の関心事の源

中国人にとっては、日本と違って、食が最大の重大事である。これほどまで、食に執着している人々はいない。食が中国人を、中国人たらしめている。

 中国料理は全てが食材、忌避がない

どの国の食文化をとっても、宗教的な理由か、慣習的な理由で、食べないものについてタブーがある。中国料理は忌避するものがない。世界で、メニュウの幅がもっとも広い。中国に「不問鳥獣虫蛇、無不食之」(鳥獣虫蛇を問わず、食さないものがない)という、古い諺(ことわざ)がある。

中国人は何ごとについても、即物的で、享楽的だ。日本人が質実を重んじて、禁欲的であるのと、正反対だ。

中国料理では招待主がテーブルの中央に座って、もっともよい位置を占めている。

 主人はコンダクター

日本では、主人が自分を卑下して、出入り口に近い、もっとも低いところに座るが、中国では食が何よりも重大事だから、主人はオーケストラの指揮者(コンダクター)のように、全体を見回せるところに座る。中国人から見れば、日本の接待主は食だけでなく、客を軽くみているようで無責任だ。

中国では人間関係から対外政策まで、あらゆるものが、中華料理の油っこい臭いを発している。食は胃の問題だから、胃が心より上に置かれている。

 宰相の語源は腕が立つ料理人

宰相という言葉があるが、日本ではまさか「宰相」という言葉から、料理を連想する者はいまい。

ところが、中国では「宰相」は、腕が立つ料理人のことだ。厨房(ちゅうぼう)における才能を評価されて、皇帝に仕える官吏全員の長となった。

角川漢和中辞典で「宰」という字をひくと、「君主のそば近くに仕えて、ことに料理をつかさどる者をいい、転じて官吏の長となった」といい、「宰相」は「料理大臣」と説明されている。

 伊尹は中華料理の宗家

中国最古の王朝の殷(いん)の料理人だった伊尹(いいん)は、3代の皇帝に宰相として仕えた。伊尹は今日でも、中華料理の宗家として崇められている。

今日でも、中国では食を武器とする饗応が、政治や、駆け引きの大事な場となっている。

王になった料理人もいた。少康(しょうこう)は夏の5代目の王となった。虞(ぐ)の王の料理人だったが、夏に軍を率いて攻め込んで、王位を奪った。

清の乾隆(けんりゅう)帝は6代皇帝として、中国の領土をもっとも大きく拡げた。

乾隆帝は、遠征戦争を10回戦って勝ったために、「十全老人(シチェンウコン)」として、共産中国においても称えられている。食道楽をきわめたことによっても知られており、「ラオタオ」と呼ばれている。」、「老(ラオ)」は、若者でも「老師」と呼ばれるように、尊称である。

乾隆帝のもとで、故宮などの宮殿の膳房(ぜんぼう)に、1万人以上の料理人と、料理人を助ける使用人が働いていたと、記録されている。

漢時代の『戦国策』に、斉の宣王ががんしょくを軍師として召し抱えようとした時に、自分に仕えれば、毎日、「太牢(たろう)」を用意するといって、誘った故事が記されている。「牢」は「いけにえ」だが、祭に供える豪華な料理だ。

日本で武士を召し抱えようとするときに、料理によって釣ることは考えられない。

中国の多くの古典が、食に言及している。

『論語』のなかでは、孔子が「飯は精白のものをよしとし、膾(なます)(魚貝や、獣肉)は細かく切ると、美味しい」から始まって、食について蘊蓄(うんちく)を傾けている。

中国の伝説によると、古代の王朝や諸侯は、すべて黄帝から出た。黄帝がすべての漢人の遠祖であるといって、中国人全員が誇っている。黄帝も、「中華料理の開祖」「竈(かまど)の神」として、崇められている。

 当初の中国訪問、1979年

私が中国に招かれて、はじめて北京を訪れたのは、1979年(昭和54)年だった。華国鋒(かこくほう)時代だった。

人民解放軍の李達(りたつ)副参謀総長が、私のために天安門広場に面する人民大会堂で、歓迎晩餐会を催してくれた。

 華味三昧の境地

李達将軍は80」代で、中国でよく知られた軍人だった。毛沢東の大長征の戦友だった。

李将軍が、新しい料理が運ばれてくるたびに、長い箸を使って、私の皿によそってくれた。まさに華味三昧(ざんまい)だった。私はもてなされながら、西太后(せいたいこう)が義和団の乱に当たって、北京を捨てて、新しく敷設されたばかりの鉄道で、西安へ逃れたことを思い出した。

西太后は宦官(かんがん)に担がせた鳳輦(ほうれん)に乗って北京駅へ赴き、16輌編成のお召し列車に乗った。このうち、4輌が厨房車だった。50人の上席料理人と、同数の次席料理人が乗り組んだ。

清朝の皇帝の食事は、毎日2回の正餐に百品の料理と、間食に40点を出すのが、規則となっていた。

中国では接待する時には、食べられないほの料理を出すのが礼儀であ
り、主人の見栄である。残したら、主人の面子を潰す。
 
料理の種類と皿の数が良否を決める

中華料理は1品1品の内容や、できばえよりも、料理の種類と、皿の数の多さによって、よし悪(あ)しを決める。

日本人は、粗食だった。食べきれないほど、出さない。出されたものは、すべて食べた。

毛沢東主席の死後、側近の回想によると、毛主席は大躍進運動によって、数千万人が餓死していたあいだ、連夜、山海の珍味を楽しんでいた。

日中の食文化の違いは、精神文化の違いである。中国で先祖を祀る時に供える料理は、豚の頭の丸焼きをはじめ、豪華さと美味しさを競っている。

神社で供えられる神饌(しんせん)は、穀類、堅塩(かたじお)や、昆布、大根、キュウリなど、僅かなものだ。

神社建築は簡素なものであって、霊性を感じさせるが、中国の道教の廟は極彩色で、日本料理に対して、中華料理そのものだ。

日本料理は、素材の味を大切にする。中華料理は、異なった食材をいろいろ使って、揚げたり炒(い)ったり焼いたり、手間をかけて、もとにない味をつくる。中国人が饒舌(じょうぜつ)であるのに、よく似ている。

日本人は食に対して淡白で、料理も外見が美学の対象になる。清らかであることを、重んじている。中国人は即物的だから、ただおいしければよい。

中国人は、高邁(こうまい)な宗教を信じない。食こそが、神である。中国人は現世利益だけを求めて、生きている。

日本人のあいさつは、時間によって、「おはよう」「こんにちは」「今晩わ」だ。中国では、「ニーチーファンラマ、あなた食うたか?」に、決まっている。韓国も、同じことで、「シクサハッショスムニカ?」(食事はしましたか?)だ。

 中国近代文学の巨人魯迅の考え

中国近代文学の巨人である、魯迅の代表作の『狂人日記』の主人公の青年は、日頃、自分も食われてしまうかもしれないという、恐怖に、苛まれている。魯迅はこの作品のなかで、中国の歴史は同じ人間を食べ散らかし、まわりの国を食べ散らかしてきた歴史でしかないと、断じている。魯迅の『薬』も、食人の恐怖をテーマにしている。

 『食人宴席』の本の真意 

!)小平時代に、一時、出版の自由が緩められて、紅衛兵が文化大革命のときにいくつかの派に分かれて、全国にわたって殺しあって、食べあったという本が刊行され、光文社から『食人宴席』(カッパブックス、黄文雄訳、1993年)という題で、訳出された。

食は、習近平国家主席を頂点とする、党幹部にとっても、最大の生き甲斐となっている。

いま、中国が尖閣諸島に長い箸を伸ばして、啄(ついば)もうとしている。


            

◆「集団自衛権」蘇らせた砂川判決

西  修


最近、自民党の高村正彦副総裁が集団的自衛権の「限定容認論」を推進する根拠として、昭和34年12月16日に下された砂川事件に関する最高裁判所大法廷判決を引き合いに出したことから、同判決が再び脚光を浴びている。

 ≪否定せずとの高村説に軍配≫

焦点の一つは判決が集団的自衛権を認めているかどうかにある。高村副総裁は「否定していない」という立場に立つのに対し、公明党幹部らはあくまで個別的自衛権に言及したにすぎないと主張する。私自身は判決は集団的自衛権を十分視野に入れており、高村副総裁の見方に分があると考える。

その理由は3つある。第1に、日米安保条約の合憲性が問題とされたこと自体、個別的自衛権の範囲を超えている。自衛隊の合憲性が問題になったというのであれば、個別的自衛権といえるが、日米安保条約は、わが国の安全のために米国が集団的自衛権を行使することを内容としている。判決は明確に論及している。

「国際連合憲章がすべての国の個別的および集団的自衛の固有の権利を有することを承認しているのに基き、わが国の防衛のための暫定措置として、武力攻撃を阻止するため、わが国はアメリカ合衆国がわが国内およびその付近にその軍隊を配備する権利を許容する等、わが国の安全と防衛を確保するに必要な事項を定めるにあることは明瞭である」

第2に、東京地検から最高裁に提出された『上告趣意』は「日米安全保障条約と国際連合憲章との関係」の項目を設け、両者の関係に詳細に触れていることである。

「集団的自衛権とは、一般に、自国が武力攻撃の対象である場合だけでなく、他国の安全や独立が自国の安全や独立に死活的であると認められるとき、その他国に武力攻撃が加えられた場合にも、自衛措置に訴えることが許される権利であり、国際連合憲章において、その正当性が承認されているのである」

 ≪自衛はすなわち「他衛」≫

この定義は、56年5月に内閣法制局の統一解釈で示された「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、武力をもって阻止する権利」という定義と比べて、よほど研究の跡がうかがえる。いったい、内閣法制局は同じ国家機関が34年時に下した定義を参考にしなかったのだろうか。もしそうなら、はなはだ勉強不足といわなければならない。

そして第3に、田中耕太郎最高裁長官の「補足意見」の記述による。大法廷判決は15人の裁判官による全員一致のものだが7人の「補足意見」と3人の「意見」が付されている。田中長官の「補足意見」中キーワーズを引用する。

「一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある。(中略)今日はもはや厳格なる意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち『他衛』、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従って自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているのである。(中略)

自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる『自国のことのみに専念』する国家的利己主義であって、真の平和主義に忠実なものとはいえない」

まさに集団的自衛権の容認そのものではないか。田中長官以外にも、国連憲章51条の個別的自衛権と集団的自衛権とに触れている裁判官は何人もおり、集団的自衛権が意識されていたことは判決自体が示している。

 ≪世界の平和維持に寄与する≫

大法廷判決は、最終的には、日米安保条約が「高度に政治的性格を有するもので、純粋な司法審査になじまない」として、その合憲性については判断を控えたが、「憲法9条は、わが国が主権国として有する固有の自衛権をなんら否定していない」、「わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な手段をとり得ることは、国家の固有の権能の行使であり、憲法はこれをなんら禁止していない」、

「憲法は、わが国の平和と安全を維持するためにふさわしい方式または手段である限り、国際情勢の実情に即し、適当と認められる以上、他国に安全保障を求めることをなんら禁ずるものではない」(要旨)などの憲法解釈を提示している。

自衛権の「国家固有性」を基礎にしつつ、その行使方法として「必要な手段」の採択、「国際情勢の実情」への即応という「柔軟性」を示している点で、重要な意義をもつ。「わが国が武力攻撃を受けたら助けてほしい、
しかし貴国が武力攻撃を受けたら憲法上、助けることができません」という態度は、「国家的利己主義」以外の何ものでもない。密接な関係にある国とともに、世界の平和維持にいかに寄与していくべきか、成熟した議論が期待される。     
(にし おさむ)駒沢大学名誉教授    産経【正論】 2014.5.2

2014年05月03日

◆「核」が日中開戦を抑止するJ

平井 修一


今回から軍学者・兵頭二十八氏の論考「日本有事 憲法を捨て、核武装せよ!」を紹介するが、氏の経歴にまず触れたい。

氏は1960年生まれ、陸自北部方面隊に2年間勤務後、神奈川大学へ進学。2年生の時に対ソ国防論を書き、数十人の言論人にコピーを送ったところ、文学者で保守派論客の江藤淳(東工大教授)にのみ評価され、その縁で東工大大学院へ進んだ。

修了後はミリタリー雑誌編集部、テレビ番組制作会社などに勤め、やがて「ゴルゴ13」の原作公募で作品が採用されたのを機に国防分野のフリーライターとして独立した。

なぜ国防分野なのか。1年近くの図書館引き篭りで国防関係の文献を学び、「これほど当事者とそれ以外の人の情報ギャップがいびつな分野はない。この分野ならライターとしてデビューできる」と予感したとからという。

「マック憲法がある限り日本人は軍事リアリズム、核武装の必要性を理解できない」と、憲法改正=核武装を主張している。さあ読んでいこう。

                ・・・

米国を1960年代後半から1970年相前半にかけてベトナムの戦場で苦境に追い込み、とうとう敗退させたのは中国人民解放軍であった。

何と数十万人ものよく訓練されたシナ(China)兵が、違法にベトナムの軍服を着こみ、インドシナの全域で、軍用機を操縦したり、対空兵器を操作したり、弾薬を運んだり、米軍を砲撃していたのだ。

シナはまた、ソ連からの援助物資を国境から北ベトナムに搬入する役目も買って出ていた。これではいくら米空軍が猛爆しても、北ベトナムの戦争遂行意志は少しも変化しなかったわけである。

1950年からの朝鮮戦争では、マッカーサーの仁川上陸作戦の直後から「北朝鮮軍」なるものは実体としてほとんど消滅してしまった。後は休戦までシナ軍が単独で国連軍と戦い続けた。

勝利の決め手はソ連仕込みの「督戦」システムであった。ロクに武器も持たせない何万ものシナ人の兵隊を、敵の機関銃のタマが切れるまで繰り返し突撃させ続けることが中共軍には可能だった。これを「人海戦術」という。

ベトナム戦争も、この朝鮮戦争と同じく実態は「米支戦争」になったのだ。ただし「人海」は、ここでは北ベトナム軍の後ろ盾に徹していた。

朝鮮戦争のときには中共は米国から承認されていなかったけれども、ベトナム戦争の最終段階では、中共はまぎれもない国連安保理常任理事国である。とんでもない世界平和の敵といえよう。

しかしアメリカの大衆がこの真相を知ったのは、ソ連崩壊後(の1991年以降)であった。キッシンジャーら、北京の「おだて」攻勢に舞い上がってしまった政策助言者たちは、「米国はシナと結託してソ連を牽制していくのが安全・安価・有利である」と信じ、歴代大統領にも勧めた。米国政府は、シナが悪党であることはよく知りながら、国民にはそれを隠した。

アメリカは1990年代の初めまで、大陸間弾道弾を多数持つソ連を地球最大の敵と考え、軍備努力の大半はソ連向けとして用意しておかざるを得なかった。シナはこの米ソの対立関係をうまく利用した。

ベトナム戦争のときは、シナはソ連に加担して、ソ連から物資をただで貰って、人件費ゼロのシナ兵をインドシナに送り出した。もしシナが単独で米国に立ち向かえば、良いことは一つもなかったろうが、「米ソ敵対」という構図があったおかげで、シナがソ連と組んで米国に長期の不正規戦争を挑んだ場合には、米国はさすがに息切れし、間もなくシナに一歩譲る形となったのである。

中共は70年代末から80年代にかけては、今度はソ連を敵とし、米国を味方とし、米国から援助を引き出して、日本を上回る富国強兵を追及するという新路線を選ぶ。

ちょうどその転換点で(中共による)「対ベトナム戦争」が起きている。1979年、ソ連はシナを南北から挟み撃ちするため、ベトナムへの軍事援助を強化していた。

シナは、それまで未開な属国だと馬鹿にしていたベトナム人が、ソ連をたのんで支那に対等の発言をするのが気に食わなかった。北京は事前に米国に密かに予告をしたうえで、突然「教訓を与える」との無茶苦茶な理由を表明し、ベトナムに軍事侵攻したのだ。

ところがベトナム軍は善戦した。シナ軍お得意の人海戦術は、現代ではとても通用しないことが明らかとなった。

そこで1980年から中共は軍の人減らしを図った。兵員数でなく、装備の質で米ソに対抗できるような改革を目指したのだ。結果、現在のシナ軍は160万人に半減された。なお、陸自の総兵力は14万8000人で、うち沖縄駐屯は1900人でしかない。

問題は陸兵の精神だろう。今のシナ兵は「督戦」システムは受け付けない。80年代の農村で育った彼らには、死ぬ理由が何もない。都市部の若者は反日愛国を叫んでいるが、口とは裏腹に全員徴兵は逃れていて、カネとセックスにしか興味はない。

洋上作戦は航空優勢が前提だ。しかし空自のF15の電子能力に対抗できる戦闘機を、シナ空軍は未だに持てていない。ロシアから比較的新型のスホーイ戦闘機を100機以上買ったが、いまやレーダーの性能で劣る戦闘機が数で空戦に勝つことはできない時代なのだ。ただし無人特攻機に改造して用いれば、海保の巡視船や商船は防ぎようもない。

シナ海軍の軍艦もボロだが、こちらは数がものをいうかもしれない。というのも、海自がストックしている対艦ミサイルの数よりも、シナ軍の動員できるボロ船の方が多いのだ。こちらの全弾が目標を1隻ずつ撃沈しても、余裕で何十隻もが沖縄に殺到できるだろう。漢級原潜の領海侵犯事件で示されたように、シナ海軍のエリート部隊の統率はよくとれている(注)。

今日のシナは、将来のアメリカとの対決において、かつてのソ連が西欧を「人質」にとったようにはいかない。人質とすべき隣接地域がない。

例えば朝鮮半島は、すでにシナの一部のようなものであろう。韓国人はアメリカ人を好いていないし、アメリカ人も韓国人が嫌いだ。だからシナは今さら韓国を人質とすることなどできそうにない。

シナは、日本の戦後の再軍備を妨害するため、数十年にわたって執拗にアメリカ国内で反日宣伝を繰り広げてきた。彼らは一貫して「米国にとって日本なんて維持する価値はないですよ、それどころか米国は危険な日本人を未来の敵と考えて抹殺するべきなのですよ」刷り込み続けてきた。

このため、有事になって急にシナが東京を核攻撃するぞと脅しても、米国人の心の中に「そうですか。仕方がないでしょうね」との反応しか生じさせられない。米国は、シナによる日本への核攻撃それ自体は、米軍基地に被害が及ばない場合には、なんらの葛藤もなく傍観できる。(つづく)

               ・・・
注)漢級原潜の領海侵犯事件:2004年(平成16年)11月10日に発生した、中国人民解放軍海軍の漢型原子力潜水艦が石垣島周辺海域を領海侵犯した事件。日本政府は、海上自衛隊創設以来2度目となる海上警備行動を発令した。

11月10日午前5時48分から7時40分にかけて、潜水艦は潜航したまま石垣島と多良間島間の日本国の領海侵犯をした。これは潜行中の潜水艦の領海内の航行が無害通航に該当しないから明白な領海侵犯である。つまり国際法上は潜水艦は撃沈可能だった。午前8時45分に防衛庁から海上警備行動が発令された。これは潜水艦がさらに北上し尖閣諸島付近の領海を再度侵犯する恐れが生じたためである。

この事件については中国側が情報開示を行わなかったため、偶発的もしくは意図的に領海侵犯をしたかについては明らかでない。中国は外交部の報道官が「技術的な問題により誤って侵入した」として遺憾の意を表明し、問題は適切な解決をしたとした。

一説には潜水艦艦長が「他国の領海を通航する際は潜航してはならない、浮上して国旗を掲げよ」という基本を知らなかったらしいというのがある。中共中央は慌てて再教育をしたというが・・・

清国海軍の主力艦、定遠(日本軍の攻撃により自沈)、鎮遠(日本軍により鹵獲)の砲塔に洗濯物がぶら下がっているのを見て、「これなら勝てる」と日本軍の幹部は思ったという。小中華(韓国)の船長、船員のモラルの低さは世界中が知ることになったが、大中華のモラルも同様ではないか。油断大敵だが、兵頭氏が言うように「シナ海軍のエリート部隊の統率はよくとれている」かどうかは、ちょっと分からない。(2014/5/2)

◆漱石「こころ」の心髄

酒井 勝弘


4月20日から朝日新聞で、漱石の代表作「こころ」の再連載が始まった。高校時代、「二百十日」、「草枕」を読み、非人情の世界を徘徊するテンポの良い文体に、爽やかな感覚を覚え、漱石の小説を読み漁った。この度の再連載に合わせて、先日古希を迎えたこの年で、「こころ」の本質を再考した。

キーセンテンスは、先生と友人Kの房州旅行の際に、Kが仏門に生きる者としての純粋な気持ちを言い放った、「精神的に向上心のないものは馬鹿だ」にある。

ここで原文は“言い放った”の表現を使っているが、これは漱石が後日のことを予期して先生に言わしめた主観的表現で、房州旅行における先生とKとの間の会話の忠実な流れからは、“吐露した”が客観的表現であろう。

後日先生はKに打ち明けられたお嬢さんとの恋の議論の中で、恋人略奪を意図した利己心の発現で、Kが言い放った以上の言外の意味を込めて、同じキーセンテンスをKに言い放った。

先生は、Kが仏門への熱心な帰依者であることを熟知した上での策略で、その効果は先生の期待通りに功を奏した。「仏門に帰依するものが、恋をし俗世間に染まるは、仏門に帰依する資格なし」と等しいことを、先生はKに言い放ったのである。

これはKが熱心な仏門の人であったが故に、Kの心髄に鋭く撃ち込まれ、Kは自殺した。

先生の恋は今風に言えば略奪婚で、常識的倫理観に照らして罪であろうが、ここでの問題・関心事は、略奪の手段にあり、これがこの小説の神髄に関わる。先生は物理的圧力ではなく、ソフトな用意周到の理論武装で、Kが諦めることを見通し、そのことを知った上で結果的に完全犯罪を敢行し、自殺という形でKの恋を永遠に終止させることに成功した。このことが先生が苛んだ原因であり、その重みは先生の自殺に匹敵するものであった。

略奪婚は今昔を問わずの世のできごとであるが、恋敵の自殺を予期した理論武装のもとでの略奪婚において、果たして先生の様に自殺を選択するかどうか、この「こころ」の真髄が読者に投げかけるものは、時代を超えて人間の生き様にかかわる普遍性の高いテーマである。

(さかいかつひろ)埼玉工業大学 名誉教授 非常勤講師
                      (本庄市在住)


2014年05月02日

◆オバマは優柔不断だ

池田 元彦


オバマ大統領誕生は、人種差別史の大きな転換点だ。が、極左反米牧師に師事し、上院議員1期も勤め上げず知事経験もないオバマには、思想と政策遂行手腕に当初から疑問を感じていた。

大統領就任後も、菅直人元首相のような独裁的手法や言動で予算をばら撒き、米国内政策遂行を混乱させ、諸外国との外交は優柔不断、決断力不足により失政続きで米国の威信を失墜させた。

尤も米国大統領として国益を追求する姿勢、雄弁度、説得力は、菅元首相とは、比較にならない。

今回オバマ大統領は、本来1泊3日、実質2泊2日足らずの国賓来日だった。日本は、尖閣の安保適用対象を初めて文書の上で共同声明に盛込めたが、米国側は一案件毎に中国を刺激しない文言を挿入し、集団的自衛権等の対決姿勢を容認しつつ、中国への配慮言辞を弄した。

1年前の自身の甘い中国認識を、来日直前電話で安倍首相に伝え、軌道修正を匂わせた。米軍フィリピン駐在等の中国牽制は、その具体的軌道修正だ。

が、本人或は米民主党の内心は、飼主の意向に必ずしも従順に従わない、安倍政権を疎ましく思っているのでは、との懸念が残る。

オバマは民主党首相過去3代への対応は普通だが、安倍首相には冷たい。ゴリ押し要請に応え4回目の韓国訪問を優先し、3度目の日本滞在時間を短縮した。迎賓館を断り、ホテルに泊まった。中国に1週間妻子を滞在させたのに、納得出来ない理由で、ミッシェル夫人を同伴しなかった。

マスコミは実務型大統領だからと弁護するが、だからと言って国際外交儀礼を無視するのは、日本か安倍首相を評価してない、或は訪問を喜んでいないというシグナルと判断されても仕方ない。

国賓に3万円の寿司は安上がりだが、心を開いて打ち解けたくない何かがあると詮索したくなる。

キャロライン駐日大使が渡米し、安倍首相は極右でないとオバマを説得し2泊3日を死守し、明治神宮参拝実現したことは評価出来るが、オバマ同様、本質的には日本への深い理解、配慮が足りない。

イルカ漁や靖国参拝等、本来外交問題でないことで、日本を「失望」させないで欲しい。

現オバマ大統領を中心とする米国民主党は、日本には珍しいリーダーシップ、思想と主張のある安倍首相に距離を置いているとしか考えられない。

戦後レジームからの脱却、積極平和外交、河野談話否定姿勢は、中韓との紛争要因、及び米国盲従からの独立志向だと警戒されているのだ。 

米国メディアは軍国主義者、極右、戦犯岸信介の孫だと騒ぎ立てた。然しオバマは安倍首相を信頼していなかったようだ。昨年2月の安倍首相初のオバマ訪問でも明らかに冷遇した。

歓迎晩餐会もなく、昼食を鋏む慌しい会議でも、安倍の主張は聞き流し、共同声明、記者会見もなかった。

空港出迎えも儀礼基準に満たない次官補代理だった。昭恵夫人同行もミシェルの都合理由で断った。昼食ではオバマは安倍と共に食事も摂らず、水しか飲まなかったようだ。要望で設定した非公式記者懇談終了時には、安倍と握手もせず席を立とうとした。記者の要請で漸く握手した。

野田前首相には国務長官主催晩餐会があった。オバマは余程安倍嫌いだったのだ。キャロラインの説得でオバマの理解も進み、米国対日姿勢もある程度改善した。

韓国では、朴大統領が慰安婦を犠牲者と発言し、オバマは単に慰安婦と表現して、経緯は事実確認すべきと発言した。韓国の嘘を牽制したともとれる。

成功裏のオバマ来日で、安倍は政治基盤を当面確保できた。しかしオバマの優柔不断さの所為で、同盟国日本は本来不要の対応努力が継続して必要と思われる。

◆母・・・そして躾

加瀬 英明


私の母も、和服を愛好していた。

私は小学校の高学年のころから、着物の着付けを手助わされた。

そんなことから、私は着物の着付けの免許を持っている。それも、協会の名誉総裁をおつとめだった、三笠宮百合子妃殿下のご署名があるもので、大切にしている。

母は新しい着物が届くたびに、いつも明るくなった。私が仕付け糸を抜く係になった。

私は仕付け糸が、着物の仕立てがくるわないように、仮に糸で縁をぬっておいたものだということを、憶えた。

躾けはしつけると同音で、礼儀作法を身につける、身についた礼儀作法という意味で用いられている。仕付け糸も、同じ根の言葉である。編笠に花をしつけるというように、つける、つくるという意味もある。
 
5月に董風が吹くころになると、神を迎えて、九州から田植えが始まり、桜前線のように北へあがってゆく。田植えは、苗の植付けることだが、苗をしつけるという。

和服姿の女性は、日本の花だ。躾という字は、大正に入るまでは、身花と書かれることが多かった。躾も、身花も、日本で造られた国字であって、もとの中国にはない。日本独特のものだ。

演目は忘れてしまったが、3、40年前に亡妻と狂言を鑑賞した時に、「見花も無い者を出し置きまして、面白も御ざらぬ」という台詞があった。江戸期か、それ以前の作だから、身花と書いたにちがいない。

私は帰り途に、妻に「お前をしっかり躾けないと、物笑いになるからな」と、いったものだった。

しかし、夫が妻を、あるいは父親が子を躾けるものではあるまい。躾けは、あくまでも母親の役割である。そして、父親が母親の助手を、わきからつとめることになるのだろう。

着付けという言葉も、概念も、中国、西洋諸国をはじめ、世界のどこへ行っても他にない。

日本では、着物は美しく着るだけでは、完結しない。立ち居振る舞いが、美しくなければならない。日本文化のきわだった特徴だ。着る者の覚悟と、心のありかたが問われる。

日本を明治に入ってから、西洋列強に負けない偉大な国としたのは、江戸時代の母親による躾けだった。

2014年05月01日

◆【検証・日米首脳会談】

阿比留瑠比・坂本一之


安倍晋三首相とオバマ米大統領による23日の「すし会談」と24日の首脳会談の二大テーマは、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)と中国だった。両首脳は互いの国益を追求しながらも「冷静に真(しん)摯(し)に」(同席者)話し合い多くの点で前進と認識の一致をみた。会談の舞台裏を検証する。

「私はハワイ生まれだからすしはずっと食べてきた。有名なこの店に来るのが楽しみだった」

23日夜、東京・銀座のすし店「すきやばし次郎」のカウンター席に座ったオバマ氏はこう言うと、ただちに仕事に入った。ビジネスライク(実務的)で知られるだけあって、つまんだすしに時折「これは本当にうまい」とつぶやくほかは、職務上の話ばかりだった。

昨年12月の安倍首相の靖国神社参拝に「失望」表明を出した米国だったが、オバマ氏が一連の会談で靖国問題を持ち出すことはなかった。オバマ氏の最大の関心事はTPPだった。秋の中間選挙に向け弾みをつけるためにもTPPで日本の譲歩を引き出したいとの意図が見え隠れした。

オバマ氏はTPP交渉の進展状況について項目別に把握していた。焦点の一つである自動車問題ではこんな議論も仕掛けてきた。

オバマ妥協案が交渉役に伝わっていなかった

「ここに来るまでの間、(米自動車大手)ゼネラル・モーターズ(GM)やフォードの車を全く見なかった。日本市場が閉鎖的だからじゃないか」

首相は即座に反論した。

「ドイツのBMWやメルセデス・ベンツの車はたくさん走っている。なぜなら、欧州は日本市場に合わせて右ハンドル車を造るなど努力しているからだ」

オバマ氏が、自らの苦境を訴える泣き落とし戦術に出る場面もあった。

「私は非常に政治的に厳しい立場にある。私の支持率は45%だが、安倍内閣は60%だから、大胆に決断できるんじゃないか」

日米の隔たりが大きかった農業分野に関しては、首相はこう主張した。

「日本は切れるカードはすべて切っている。できる限りの努力はした。農家がしっかり生きていけるようにしなければならない」

オバマ氏は難航していた豚肉の関税引き下げについて具体的な数字を挙げて妥協案を示してきたという。そこで首相が提案した。

「私は甘利明TPP担当相に柔軟対応を指示するから、あなたも米通商代表部(USTR)のフロマン代表にそう指示してほしい」

オバマ氏も同意し、甘利氏とフロマン氏は同日深夜から、この日2度目の協議を行った。だが、「すし会談」でオバマ氏が示した「妥協案」がフロマン氏に伝わっておらず、日本側を困惑させた。

米政府内でも“衝突”でまとめられず

後になって、フロマン氏は大統領の提案を確認したものの、「これも認めてほしい」とすでに決着した問題を蒸し返してきた。甘利氏が机をたたいて怒鳴る場面もあったが、首脳間の意向も踏まえ、まとめたいとの機運は高まっていた。

24日の首脳会談前に決着はつかなかったが、会談後に再開した協議が終わるころには双方ともかなり歩み寄った。ただ、会談の成果をまとめる共同声明をめぐって、日米双方に“壁”があった。日本側は衆院鹿児島2区補欠選挙を27日に控え、TPPに焦点が当たりすぎるのを避けたかった。

米政府内でも“衝突”が起きた。ホワイトハウスは声明に前向きな評価を盛り込みたかったが、議会に説明しなければいけないフロマン氏が抵抗した。調整の結果、米側は交渉の成果をあらわすキーワードとして「キーマイルストーン(重要な節目)」を盛り込むよう求めてきた。

1日遅れで発表された共同声明では「重要課題について前進する道筋を特定した。これはTPPのキーマイルストーンで交渉全体に新たな推進力をもたらす」との文言に落ち着いた。

交渉結果について「実質合意」など情報が錯(さく)綜(そう)したが、交渉当事者は東京での交渉をこう総括する。

「山登りに例えれば、山頂が見えてくるところまで進展した。数字的にはかなりいいところまできている」(後略) 産経ニュース2014.4.30

◆<記者経験者たる主宰者からみて、この記事は格別に優れていると思ったのであえて掲載した。>

◆中韓国民感情を煽る朝日の世論調査

櫻井 よしこ


「読んでびっくり朝日新聞の世論調査」─思わず私は呟いた。4月7日の1面、「行使容認反対63%」「集団的自衛権 昨年より増加」の見出しが目立つ記事の、そのとんでもなさにびっくりしたのである。

集団的自衛権行使を容認するか否かは日本が決めればよいことだ。しかし、朝日は中国と韓国にまで出かけて行って、正確には現地の調査会社を通じて、中国人と韓国人に面接方式で尋ねたのである。

集団的自衛権の行使容認を日本が急ぐのは、中国の軍事的脅威の高まりゆえだ。北朝鮮有事に際しても、集団的自衛権が行使できなければ、日本の安全に深く関わる韓国への支援も十分にはできない。中国の北朝鮮支援も、日本が急ぐ背景にある。

にも拘わらず、朝日は選りに選って中国の意見を聞きに行った。朝日の質問は49項目、安倍内閣への支持や日中・日韓関係、靖国参拝、慰安婦、憲法改正などと共に、集団的自衛権について問うている。

日米安保体制を機能させるのに集団的自衛権の行使容認は不可欠で、安保体制の最大の対象が中国である今、歴史観や相互に対する国民感情を尋ねるのはまだしも、その中国に集団的自衛権行使についてお伺いを立てるとはどういう魂胆か。

加えて、朝日の質問は顕著に偏っている。たとえば次の問いだ。

!)「日本にとっての集団的自衛権とは、同盟国やその軍隊が攻撃されたときに、日本が攻撃されていなくても、日本に対する攻撃とみなして一緒に戦う権利のことです。日本はこの権利を持っているが、憲法第9条により行使できない、というのが政府の解釈です。集団的自衛権についてどのように考えますか」

ここに見られる偏向の第一は、前提を全て省いていることだ。集団的自衛権は国連が全加盟国に認めている権利であること、中韓両国もその権利を有し、いつでも行使できること、日本一国だけが、憲法を厳しく解釈することでその権利を放棄している事実を朝日は紹介していない。

脅かしているのは中国

調査会社の面接を受けた中韓両国民は日本の集団的自衛権のことなど殆ど考えたこともなく、広い世界で日本だけが同権利を自己規制しているなどとは全く知らないだろう。

ただでさえ、両国民は日常的に反日的情報に晒され、日本が軍事大国化などあらぬ方向に暴走しているような印象を抱いている。そうした反日イメージを掻き立てる報道を発信しているのが朝日ではないか。

従って、?の問いに対して、A「行使できない立場を維持する(ほうがよい)」、B「行使できるようにする(ほうがよい)」で二者択一を求めれば、Aの回答が多数を占めることは想像がつく。事実、中国人の95%、韓国人の85%がAを選んだ。

朝日は安倍晋三首相が余程、憎いのだろうか、安倍政権下の日米軍事協力を危険な動きであるかのように捉えて以下のように尋ねている。

!)「安倍政権は、集団的自衛権の行使を検討するなどしてアメリカとの軍事協力を強めようとしています。こうした安倍政権の姿勢は、東アジアの平和と安定にとって(プラス、マイナス)どちらの面が大きいと思いますか」

中国人の94%、韓国人の88%が「マイナスの影響が大きい」と答えたが、偏見を助長するような朝日の問いへの当然の答えであろう。

次の問い?は「安倍政権が集団的自衛権の行使を検討するなどアメリカとの軍事協力を強めることで、東アジアの軍事的な緊張が高まると思いますか。そうは思いませんか」だ。

これには中国人の91%、韓国人の78%が「軍事的緊張は高まる」と答えたが、問いの?も?もアジア情勢の本質を見誤っている。この二つの質問は、原因と結果を取り違えたうえに、尋ねる相手も間違えている。

東アジアの平和と安定を脅かしているのは中国の異常な軍拡であり、日米軍事協力ではない。世界第2の軍事大国中国は、今年度も軍事費を対前年度比で12・2%増やす。

軍事大国化の実績を背景に、南シナ海、台湾、尖閣諸島も中国の核心的利益だと宣言した。南シナ海では今も、中国がフィリピンのスカボロー礁とアユンギン礁を奪いつつある。尖閣諸島を含む東シナ海上空には防空識別圏を設けた。この瞬間も、尖閣諸島周辺のわが国領海と接続水域に中国の公船が侵入を繰り返している。日米軍事協力は、中国のこうした軍事的脅威を抑止するためである。

東アジアのみならず、アジア全体が中国の不透明な軍事大国化と覇権主義、その侵略行為によって緊張に直面しているのである。その軍事的緊張が紛争や戦争につながらないように抑止力を働かせるのが、日本の集団的自衛権の行使容認であり、日米軍事協力の強化である。

フィリピン、マレーシア、インド、オーストラリアをはじめアジア・太平洋の国々は、そうした日米の努力を切実に必要としている。

意図的な虚偽報道

朝日は世論調査で、安倍政権の集団的自衛権行使容認の動きを、おどろおどろしく恐いものだとする見方へと誘導し、その上で、中韓両国民の回答を1面の記事で「安倍政権が行使容認に踏み切る場合、中韓両政府だけでなく、両国民からも大きな反発を受けることが予想される」というふうに述べ、集団的自衛権の行使を牽制するのである。

これを世間ではマッチポンプという。いま日本を限りなく貶めている慰安婦問題も、同じ構図の中で作られてきた。1991年8月11日の朝日に掲載された植村隆記者の記事が大きなきっかけのひとつだった。

氏は韓国の女子挺身隊と慰安婦を結びつけ、日本が強制連行したとの内容で報じたが、挺身隊は勤労奉仕の若い女性たちのことで慰安婦とは無関係だ。植村氏は韓国語を操り、妻が韓国人だ。その母親は、慰安婦問題で日本政府を相手どって訴訟を起こした「太平洋戦争犠牲者遺族会」の幹部である。

植村氏の「誤報」は単なる誤報ではなく、意図的な虚偽報道と言われても仕方がないだろう。

だが、もっと酷いのは朝日新聞社そのものだ。植村記者の描いた挺身隊=慰安婦=強制連行の図式を社説でも天声人語でも取り上げて広めた。捏造記事で反日感情を掻き立て、朝日は日本政府に謝罪を迫るのだ。

私の口から思わず飛び出した「読んでびっくり朝日新聞の世論調査」という表現は、『読んでびっくり朝日新聞の太平洋戦争記事』(リヨン社)という、絶版に追い込まれた本の書名に由来する。

これは、いま、『朝日新聞の戦争責任─東スポもびっくり!の戦争記事を徹底検証』(太田出版)として出されている。朝日の酷さを知りたい方には極めて面白い。こんな新聞がいまだに700万部も売れているとは、びっくりだ。

2014年04月30日

◆「核」が日中開戦を抑止する I

平井 修一


(承前)平松茂雄氏の論考「日本核武装の緊急性」から――。

            ・・・
中国は核ミサイル戦力がひとまず完成した1990年代以降、引き続き核ミサイル戦力の向上に重点を置くと同時に、通常戦力の迅速な構築に力を投入している。

それまでのような大規模な兵力を保有するのではなく、核ミサイル戦力の構築により大規模戦争は起きないとの前提に立って、自国の国境防衛、特に領土・領海問題に関する隣接国・地域での紛争、周辺地域・海域で生起する局地紛争、国内の都市ゲリラ、民族紛争など、小規模でも局部戦争に迅速に対応できる水準の高い軍事力の構築が進んでいる。

最近数年来の周辺海域での中国の活動を見ていると、中国は南シナ海、東シナ海、黄海に対するそれまでの権利の主張を超えて、積極的にそれらの海域の支配を実行する段階に移行してきているとみられる。

さらに西太平洋にも進出し始めており、このまま進展すると、台湾は南シナ海、東シナ海、西太平洋から、中国の海軍力によって包囲されることになる。中国の海洋進出の当面の目的は「台湾の包囲」による「台湾の統一」である。

こうした中国の活動の背景には、核ミサイル兵器の成長、それと緊密に結びついた宇宙開発がある。それほど遠くない将来、東アジアにおける米中間の軍事力バランスが均衡に近づくと、日本に対する米国の「核の傘」はさらに大きく揺らぐことになるであろう。

■墓穴を掘った対中ODA

このように飛躍的に成長した中国の軍事力を背後で支えてきたのは、日本の経済援助である。だが、そのことを日本人はほとんど知らない。なぜかといえば、誰もそれに触れようとしないからである。

筆者は平成19年(2007)に「中国は日本を奪い尽くす」(PHP研究所)で次のように書いたが、ほとんど注目されることはなかった。

日本は中国に対して昭和55年(1980)からODAなどで6兆円を超える資金・技術を援助し、中国経済発展の根幹となる鉄道・港湾・発電所などのインフラ建設を支援してきた。日本の対中ODAの最も重要な点は、金額ではなく、中国の経済成長の土台を築く上で重要な役割を果たしたことにある。

日本が整備したインフラがあってこそ欧米をはじめとする世界各国が中国に投資し、貿易を行うようになったのである。その経済効果は援助額の数百倍、数千倍、いやそれ以上に値する。今日の中国経済の発展は、日本のODA援助を抜きにして論じることはできない。

経済インフラは即、軍事インフラである。中国の軍事大国化の基盤は経済大国化にある。中国経済は昭和55年(1980)から平成22年(2010)の30年間に、毎年平均10.4%の成長率で増大した。この間にGDPは2020億ドルから5兆7451億ドルへと25倍以上に増大した。

軍事費はGDPの成長率をさらに上回って増加している。平成元年(1989)から平成19年(2007)までの18年間、基本的に毎年二桁台で伸びている。

日本は、自国を勢力圏に?み込むことを目標としている国に、巨大な経済援助・技術援助を行い、中国の大国化を積極的に支援してきたのである。そればかりか、ODA援助が完了した現在、別の形での支援を検討していると聞いている。

こうした趨勢の中で、日本はどうすべきか、どのように対応し、振る舞うべきかについて、日本の「最大のテーマ」であるにもかかわらず、中国の軍事力、核戦力について、わが国ではほとんど論じられていない。

世界で核ミサイル兵器を保有(公表)している8か国のうち、ロシア、中国、北朝鮮の3か国は我が国の隣国である。将来仮に台湾が中国と統一し、南北朝鮮が統一されると、わが国の周辺地域で、核兵器を持っていない国は日本だけとなる。しかも、わが国とそれらの国との間には、領土問題をはじめとして、いろいろ解決が難しい政治問題がある。

有事の際に、冷静に国家として行動するには、その事態が起きる前に、自国のおかれている事態を冷静に直視し、冷静に対応できるように備えておくとともに、それを対外的に示しておく必要がある。それが抑止力となる。

我が国が3度核の被害国とならないためには「核抑止力」を持つことは不可欠である。

だが我が国には、世界で唯一の被爆国という「広島・長崎の呪縛」があることに加えて、中国が核ミサイル開発に邁進していた1970年代からの高度経済成長による「経済至上主義」の影響を受けて、政治指導者から国民に至るまで、国家意識とか安全保障に無関心になり、すべてを米国の軍事力、核戦力に依存し、「自分の国は自分で守る」という独立国家として至極当たり前の意識がなくなってしまった。

他方、1980年代以降、中国が進める「改革・開放」を積極的に支持し、経済的に支援していけば中国は経済成長につれて「近代社会」となり、日本と同じ「豊かな社会」となり、日本と同じ「普通の国」になるから、積極的に経済支援すべきであるという考え方が瀰漫した。

当時筆者は「とんでもない、そんなことをすれば、強くなった中国はかさにきて始末に負えなくなる」と警告したが、かえってバカにされたのである。

筆者が昭和35年(1960)に中国研究を始めたとき、指導教授から「中国人は相手より自分が強いと感じる場合にはかさにきてくることがある。よく覚えておくように」、またもう一人の教授から「中国人は右手で人の横面をひっぱたいておきながら、反対の手を出して金や物を要求することがある。気を付けるように」といわれたことがある。

当時の中国は後れた貧しい国であったから「まさか」と思ったが、いつの間にか「まさか」が現実になってしまった。そうなるうえで日本のODAおよび経済協力が重要な役割を果たしたのである。

■迫りくる脅威を前に

核武装の目的は「核抑止」、すなわち自国の核により他国からの核攻撃を抑止することにある。だが我が国には原発ですら反対する勢力がいるから、核武装はまさに論外ということになる。

日本の政治家やマスコミ、オピニオンリーダーたちに共通している情けない現実がある。やっかいな問題が起こる兆候には目を向けようとしないくせに、一度問題が起きるとにわかに関心が生まれ、過剰なまでに加熱するが、しばらくして沈静化すると忘れてしまう。これを飽きもせずに繰り返している。

最近の事例をあげるならば、中国漁船による尖閣諸島の領海侵犯である。これまでに何回も起きており、そのたびに政府は振り回されているが、しばらくするとニュースにならなくなり、国民も忘れてしまう。海上保安庁の巡視船に中国の漁船が衝突する事態が起きるまで何も問題とならず、報道もされなかった。

衝突事件がなければ、領海侵犯が多発していたことを国民は知らなかったことになる。だが衝突が報道されると、衝突にだけ関心が集まってしまい、この事件の日中関係に与える意味は主たるテーマにならず、そのうち衝突のビデオを持ち出した犯人探しになり、名乗りを上げた人物が出たら、肝心の尖閣諸島問題の本質はどこかに吹っ飛んでしまい、今回も1か月ほどでニュースにならなくなってしまった。

何年か経ってまたニュースとなるだろうが、その度に中国の態度は強硬になっていく。このままでは、いずれ中国によって尖閣諸島が占拠される日が来ることは間違いない。こんなことを何回も繰り返してよいはずがない。

政治家やマスコミ、オピニオンリーダーたちが専門家のふりをしながら本質を理解していないのに対して、日本国民は感覚的に「中国の脅威」「中国の核の脅威」を敏感に感じている。筆者の通う理髪店の主人やマッサージ師など一般の国民は中国や北朝鮮の核兵器に対して危機意識を持っている。

「日本の核武装と憲法改正問題」が筆者に与えられたテーマである。憲法改正には国会議員の3分の2以上の賛成票と、国民の過半数の賛成が必要である。さらに核不拡散条約(NPT)を脱退する必要がある。だが、日本が置かれている厳しい現実を国民が知るならば、案外すんなりと片付くのではないかと筆者はいつも思っている。

我が国の政治家、マスコミ、オピニオンリーダーたちは「憲法改正」を叫ぶ前に、日本の置かれた厳しい現実をしっかり国民に説明し、勇気を持って核武装の緊急性を訴えれば、憲法改正はそんなに難しい問題ではないであろう。
・・・
平松氏の論考紹介は今回で終わりにする。(つづく)(2014/4/30)

◆目に余る小泉・細川両氏の言動

櫻井」よしこ


「廃炉に向けて前を見る地元」福島。

小泉純一郎、細川護煕両元首相が、脱原子力発電を目的とする一般社団法人、「自然エネルギー推進会議」を設立する。5月7日、都内で設立総会を行うそうだが、それに先立って福島の地元紙、「福島民友」が4月16日の1面トップで同ニュースを大きく報じた。見出しは「知事選で脱原発候補支援」「小泉、細川元首相が検討」「選挙構図に影響か」などとなっている。

福島県は2011年10月に県議会が福島県内の「全原発廃炉」を求める請願を賛成多数で採択済みだ。請願には法的拘束力はないが、原発の運転再開については立地自治体の意向を尊重するのが政府の立場であるため、請願の採択は大きな影響を及ぼす。つまり、福島県にとって脱原発か否かは一応区切りのついている事柄なのだ。

問題はむしろ、県経済の大きな柱として雇用を提供してきた原発無しに、これからどのようにして住民の暮らしを立てていくかである。その意味で福島がこれからの数十年、廃炉に向けて技術を高め、世界のモデルとなる完璧な作業を実施していくことで生活の目途を立てたいとしているのは周知の通りだ。

廃炉には原発についての深い知識が必要なのは言うまでもない。そのために、高水準の知識と技術を有する専門家や職人を確保し続け、さらに後継者も育成しなければならない。

原発運転によって生活してきた原発近隣の自治体が、廃炉に向けての技術力によって暮らしを立てるべく方針転換したとはいえ、その実態は原子力関連の技術を磨くという意味では全く変わらない。そう考えれば、決して脱原発ではないのだ。小泉・細川両氏にそのことは理解できているだろうか。

地元で実感するのは、そこに住む人々、あるいは近い将来古里に戻りたいという人々が、廃炉という大事業に前向きに取り組もうとしていることだ。廃炉という言葉の響きは後ろ向きかもしれない。けれど、住民の心は前向きである。

むしろ、前向きになることによってしか、活路は見いだせないことを自覚して皆が努力している。各地域を住民が安心して住める場所へと作り替えていくことも、前向きの発想無しには実現は難しいだろう。

福島第一原発で働く東京電力の社員も同様に前向きである。彼らは一様にこう語る──「われわれは地元が完全に再生するまで、絶対に逃げません」。

東電への世間の風当たりが強い中で、事故発生から今日に至る日々、社員の多くが原発サイトでの仕事だけでなく、民家や道路の除染に無償で尽力してきたことを、地元の人々であれば知っている。

そうした積み重ねがあればこそ、地元の人々と東電社員の間には、福島再生という大目的に向かう立場から、相互理解が生まれ、一種の連帯感へと深まりつつある。地元を訪れるたびに、私は、問題に果敢に取り組む現地の人々と、そこで黙々と働く東電社員の姿に、心を打たれて戻ってくる。

その地元の人たちが今回の小泉・細川両氏の活動に大変、立腹している理由も、私には分かる気がする。NPO法人ハッピーロードネットの代表、西本由美子さんが語った。

「こんな展望のないスローガンで若い人たちを集めて、福島から反原発の運動を広げようというのですか。小泉さんも細川さんも老害です。あの方たちはご自分の名声で福島に反原発旋風を起こそうとしているのでしょう。

福島の沖縄化をもくろむということのように思えます。原発についてもう方針を定めている福島で、あまりに政治的な反原発運動はかえって迷惑です。福島でイデオロギーのための政治闘争などしてほしくないと思います」

小泉・細川両氏は代替エネルギーの見通しも示さずに脱原発を言い続ける。首相まで務めた政治家であれば、無責任な言動は慎むのが本分である。