2013年12月01日

◆小沢一郎氏、資金繰りに苦慮

古澤 襄


■「陸山会」不動産を売却 自由党時代の秘蔵金も

平成24年分の政治資金収支報告書で、生活の党の小沢一郎代表が資金繰りに苦心する姿が浮かび上がった。新党結成と衆院選に投じる資金を捻出するため、自身の資金管理団体「陸山会」の不動産を売却。古巣の民主党支部の金も移動させた。民主党離脱に伴う政治力の低下が資金面にも影響したと言えそうだ。

財政事情が厳しかったのは、小沢氏らが24年7月に「国民の生活が第一」を結党した際、民主党から「分党」を認められず、政党交付金を受け取れなかったことが大きい。小沢氏は陸山会を通じて3億円を「軍資金」として貸し付けたが、この金の拠出にまず腐心した。

民主党で支部長を務めた岩手県第4区総支部から、党離脱の前後に9271万円を陸山会に移したのが第1の手段だ。原資には党本部からの交付金も当然含まれていた。11月には陸山会名義の東京・元赤坂のマンションを総額6463万円で売却。政治団体や個人からの寄付金を合わせ、3億円を捻出した。

しかし新党結成と衆院選を戦うには3億円では不十分。このため「生活」は「改革フォーラム21」と「改革国民会議」という2つの政治団体から計8億円の貸し付けを受けた。小沢氏がかつて所属した新生党と自由党が解散した際の資金がそれぞれプールされており、小沢氏が「秘蔵の金」に手を付けたとみられる。

こうして「生活」の金庫に集まった資金は、総額18億9455万円。ここから支部への寄付・交付金として計3億円超を支出し、11月16日の衆院解散後には、公認料として、64人に計2億4500万円を拠出した。(産経)>
2013.11.30 

<「頂門の一針」から転載>

◆ロシア帝国を潰した日本(1)

平井 修一


20世紀の世界的大事件はいっぱいあるが、有色人種が白人帝国主義に初めて勝った日露戦争(1904〜5)、帝政ロシアを覆して初めて共産主義国家を立てたロシア革命(1905、17)、有色人種が欧米列強を世界中の植民地から追放した大東亜戦争(1941〜45、注)はベスト10に入るだろう。

ロシア革命についてあちこちの資料を漁っていたら、アレクサンドル・パルヴスが日露戦争勃発直後の1904年2月頃に書いた「戦争と革命」という論文があった。これがすこぶる示唆に富んでおり、「日露戦争が帝政ロシアに大打撃を与える」というのだ。

日露戦争は1904年2月8日、旅順港のロシア艦隊に対する日本海軍駆逐艦の奇襲攻撃(旅順口攻撃)で始まった。同日、日本陸軍先遣部隊の第12師団が朝鮮の仁川に上陸している。

この時点で早くも彼は「戦争は始まった。その結末がどうであろうと、ツァーリ(皇帝)専制君主の玉座は崩れるだろう」と見事に予言したのだ。以下、抄録する――
・・・

現在の戦争の部分的終局は考えられない。ツァーリ政府は満洲を譲歩することはできない。政府はこの地を奸策と背信により占領したが、今譲歩すれば武力でしか取り戻せなくなるからだ。しかもその戦争は、無防備の支那に対してではなく、堡塁、兵力についてまったく不安のない日本に対して行わなければならない(から難しい)。

日本は東アジアでの主導権を獲得するだろう。ここに日本の侵略政策の目的と意義がある。日本は自分の政治的・経済的発展全体を賭ける戦争を決心したのだ。日本の目算が正しいかは、あらゆる報道が支那での日本のプレゼンスが非常に強くなっていると報じていることから明らかである。これと並んでモンゴル人の(独立への)民族感情が高揚している。

満洲、朝鮮、支那で日本が実施している第一の改革は、軍隊のヨーロッパ式再編成、戦略的で商業的な鉄道建設などに現れている。日本のこの政策は、単なる政治判断ではなく、歴史的発展の結果なのだ。

日本だけが東アジアにおけるヨーロッパ流資本主義の歴史的完成者であり、日本に資本主義国家をつくり出したように支那の全沿岸地帯に商工業都市をつくり、川を上って奥地に忍び込み、中華帝国の経済、政治を蚕食し、支那に資本主義のための準備教育を施したのだ。

ツァーリ政府が満洲を失うということは、新しい港を失い、航行に適した緯度での太平洋への出口は閉ざされてしまい、極東政策の完全な失敗になる。日本の軍事的威力をなくすとツァーリが決定した所以である。

ロシアが満洲で日本に勝てば、北京の前で止まることなく、さらに南下するだろう。しかし、競合する列強が支那の分配で武力衝突なしに妥協することは疑わしい。イギリスなどとの世界戦争に生き残るに十分な力をツァーリ政府はもっていない。

現実には、日本に対する速やかな勝利はあり得ず、ツァーリ政府は力をすり減らすだろう。

ヨーロッパのすべての軍事評論家は、日本が旅順口攻撃でロシア海軍に与えた打撃により海軍は麻痺したと言っている。ロシア・トルコ戦争(1877〜78)の時は、戦場はヨーロッパだったからツァーリ政府と戦場の連絡は密接であり、食糧も不足しなかった。今はアジアの片隅で、極度に困難な諸条件のもとで戦争を行わなければならない。

ペテルブルク(首都)から戦場までの距離は8000キロで、ニューヨークの方が近いほどだ。確かにロシアは支那と国境を接してはいるが、人口希薄なシベリアの広大な地域によって本国から分離されている。

運輸の点でも、軍隊の派遣はシベリア鉄道によるしかないが、鉄道の満洲支線をうまく防衛できるのか。住民からなる大軍が、小部隊で全線に配置されており、明らかに日本人の指揮下に作戦行動をとっている。

いろいろな地点で鉄道の数キロを破壊すれば、ロシア軍は満洲を徒歩で動かなければならなくなる。
(つづく)
・・・
注)中共御用作家のアグネス・スメドレーはこう書いている。

<数世代にわたってアジアの民族を支配してきた西欧列強は、太平洋戦争の最初の2年間というもの、西欧帝国主義排除という日本の強力な宣伝を信じた南太平洋の諸民族が、日本軍を解放者として歓迎していたときは、にが虫をかみつぶした思いだった。

イギリスが118年も抑えていたシンガポールは、真珠湾(1941)の2か月後に陥落した。(1942年)3月にはインドネシアのオランダ勢力が壊滅した。1942年初夏にはビルマの連合国軍(英と支那)は、ビルマ人にまわりの森を焼き立てられながら、さんざんな状態で退却した。

インドでは、反抗する数千人の愛国者で監獄がいっぱいになり、チャンドラ・ボースの指揮する強力なる親日運動が広まっていた>(「偉大なる道」)(2013/11/27)

<「頂門の一針」から転載>

◆「天皇陛下の御日常」を読む

平井 修一


表題は竹田恒泰氏の文章である。氏は昭和50年、旧皇族・竹田家に生まれる。明治天皇の玄孫だ。慶応義塾大学法学部法律学科卒、財団法人ロングステイ財団専務理事。孝明天皇研究にも従事している。著書に「語られなかった皇族たちの真実」がある。

GHQは日本弱体化のために11宮家51名の皇籍離脱を強制した。皇統、皇室制度を守るためには旧皇族の皇籍復活は焦眉の課題である。国家100年、200年の計を考え、早急に取り組むべきである。表題の文章を以下、抄録する。

・・・

天皇陛下が普段どのようにお過ごしになっていらっしゃるか、ご存知ですか?

テレビなどのイメージから、地方や諸外国をご訪問になり、右手を軽く振っていらっしゃるお姿を思い浮かべる人が多いでしょう。しかし、それは陛下のお仕事のごくごく一部に過ぎません。実は、天皇陛下は日本の誰よりもお忙しい方なのです。

現在天皇陛下が国事行為としてお目通しになり、認可・授与なさる国の重要書類は毎年1200件を超え、さらにご覧になる宮内庁関係の文書は1500件以上にものぼります。

また、内閣総理大臣を任命する内閣総理大臣親任式や、最高裁判所長官を任命する親任式、国務大臣や特命全権大使などの任命を行う認証官任命式はあわせて年間40回を超えます。

さらに、天皇陛下の大切なお役割の一つとして、外交関係のお仕事が挙げられます。

まず、外国使節の接受があります。外国から日本へ来任する大使・公使は、宮内庁の用意する馬車で皇居に参内した後、本国の元首から「日本国天皇」に宛てた「信任状」を捧呈(ほうてい)して、天皇陛下からお言葉を賜ります。

天皇陛下に各国元首からの信任状を捧呈する信任状捧呈式は年間30回を超えます。外国から日本へ来任した大使・公使は本国に戻る際も、天皇陛下よりご挨拶を賜ります。それも同じく、年間30回に達します。

また天皇陛下は、日本から外国へ赴任する大使夫妻にもお会いになります。さらに、任期を終え、日本へ帰国した大使夫妻ともお会いになります。日本と大使を交換する国は百数十ヶ国にのぼりますが、その回数は年間で各30回になります。

つまり、日本と外国の大使・公使とお会いになる機会だけでも年間120回を超えるのです。およそ3日に1度という計算になり、これだけでかなりお忙しい様子がうかがえますね。

ちなみに、天皇陛下が外国の元首クラスとの間で慶弔などのために交わされる親電(電報)・親書(お手紙)は、毎年数100通に達します。

さらに、両陛下は国王や大統領など、外国の元首が国賓として来日すると、どの国に対しても晩餐会を催しになります。第二次世界大戦以来50年間で昭和天皇および今上天皇(現在の天皇陛下)が応対なさった国賓はすでに300組を超えます。また、国賓の他、公賓や公式実務などで来日する賓客についてもおもてなしになります。これは、年間40〜50回行われます。

外国からの賓客をおもてなしになるだけではなく、両陛下が自ら御外遊なさることもあります。平成18年6月には、東南アジア3カ国をご訪問になりました。外交関係樹立40周年を迎えるシンガポールと、タイ国王の即位60周年記念式典への参列のためにタイにお出ましになり、両国訪問の間の週末にはマレーシアでお過ごしになりました。

外国使節の接受から御外遊まで、天皇陛下が日本国の象徴として海外との交流に御尽力なさっていらっしゃることが伺えます。

また、天皇陛下は国事行為として、国家的な儀式・行事にも臨席なさいます。こういった行事は、テレビで放送されることもあるので、イメージしやすいのではないでしょうか。

天皇陛下と皇族方が7回長和殿のベランダにお出ましになり、国民からの祝意をお受けになる毎年1月2日の新年一般参賀、1月中旬に行われる宮中歌会始の儀、そして12月23日の天皇誕生日祝賀の儀などです。その他、年間を通して数々の儀式・行事があります。また、こうしたものとは別に、不定期で行われる行事(オリンピックや万国博覧会など)にも臨席なさいます。

そして、天皇陛下が毎年お会いになる人の数は、我々の感覚では想像もつかないほどです。

陛下は、春と秋に勲章・褒章を受章した各界の功績者とお会いになります。春と秋を通じて勲章関係の拝謁はおよそ30回、褒章は10回行われます。天皇陛下がお会いになる勲章、褒章受章者は、年間1万5000人以上にものぼります。

天皇陛下がお会いになる人々はこれだけではありません。

天皇陛下は、様々な分野で功績のあった人物と、宮殿やお住まいの御所でお会いになります。国会議員や、各県の自治大臣はじめ知事、また、高等裁判所長官・検事長・最高裁判所長官などとも毎年お話しになります。

その他にも、農林水産祭で表彰された人々(農林水産祭天皇盃受賞者)から、少年の補導にあたる職員(全国少年補導職員)、航海の安全のため灯台を守る人々(運輸大臣表彰の航路標識職員)まで、挙げれば枚挙に暇がありません。

また、全国各地から皇居内の清掃活動を行うため訪れる、皇居勤労奉仕団ともお会いになります。平成10年には、305団体、およそ1万5000人の人々が奉仕に訪れました。

つまり、天皇陛下が1年間にお会いになる人の数は、一般参賀を除いても、およそ4万人を超えてしまうのです。

天皇陛下がどれだけお忙しいのかお分かりいただけたでしょうか。しかし、これだけではありません。国民のために行われる国事行為とともに、陛下の大切なお役割として、「宮中祭祀」があります。

宮中祭祀は、天皇家で伝統的に行われている、神道形式の祭儀ことをいいます。毎年恒例のもので19回行われます。その内容は、おおまかには、祖先に感謝し、国家の安泰を願うものと、農作物に関するものとに分かれます。

以上のような恒例の祭儀以外にも、毎月1日・11日・21日の「旬祭」には、天皇自ら宮中三殿を順拝なさいます。また、毎朝宮中三殿に日供(にっく)を捧げます。これは、平安前期(9世紀末)に第59代宇多天皇が始められた「毎朝四方拝」(まいちょうしほうはい)に由来します。

宮中祭祀だけでも、儀式の数はなんと年間400回をはるかに超えるのです。

また、天皇陛下は昭和天皇がお始めになった稲作の行事を続けていらっしゃいます。毎年の春、皇居内でモミをおまきになり、稲をお植えになります。ご公務の合間を縫って稲の生育を見守られ、秋には稲刈りをなさいます。また、皇后陛下も、香淳皇后がお続けになっていらっしゃった御養蚕をお引き継ぎになっていらっしゃいます。

もうお分かりかとは思いますが、天皇陛下のスケジュールは、御用邸でお休みになる時以外は、全て埋まっているのです。

宮殿を舞台に繰り広げられる、こうした様々な行事や儀式は、私たちは日ごろあまり目にすることもなければ、意識することもありません。それを知る機会がとても限られているからです。しかし、今この時も、天皇陛下はお忙しくお過ごしになっていらっしゃるのです。「国民とともにあること」――以上のような忙しさは、ひとえに国民のためなのです。                 (2013/11/26)

<「頂門の一針」から転載>

2013年11月30日

◆日本嫌いの朝日新聞

古森 義久


朝日新聞の特定秘密保護法案への反対の大キャンペーンをみると、この新聞は本当に日本を嫌い、日本に不信を抱き、日本を弱くすることに熱意を注いでいるのだ、と痛感させられます。

この秘密保護法案は基本は日本の外敵に対する安全を守るために必要な秘密は守ろう、という趣旨です。外部からの脅威に対する国家の安全、国民全体の保護が必要という大前提を認めれば、そのための手段について、ここだけは公開しないほうがよいという情報の非公開の必要性が必ず出てきます。

法案ですから、枝葉に欠陥はあることでしょう。改善すべき点も多々あるでしょう。

しかしその主眼は「日本のため」だといえます。よりよき日本、より安全な日本、だとも評せましょう。ここでの日本とは日本国、日本国民ということです。

外国のスパイ活動を違法だとする法律自体は日本にはありません。全世界の諸国のなかでも異端です。日本では自衛隊員や国家公務員の側の規定だけで、なんとか外国のスパイ活動を取り締まり、規制しようというのが現状です。安全保障上の守るべき秘密という概念も決められていません。世界でも稀な弱体の国家安全保障なのです。

要するにいま参議院で審議されるこの法案は外部から日本に脅威を与え、侵略や侵食を図る勢力に対して、日本側の安全保障関連の情報の一部を内緒にしておこうということが最大の主眼です。安全や防衛のこちら側の手の内はすべて明かさないほうが効率がよいことは自明でしょう。

ところが朝日新聞の反対キャンペーンはその「外からの脅威」という法案の最大論拠にはまったく触れません。日本の内部だけで、政府が国民を弾圧するために、この法案を成立させようとしているという虚像を必死で描くのです。すぐに「戦前の弾圧」を持ち出し、いまそんな状態がすぐにでも起きそうな虚偽を提示します。

そもそもいまの日本の政府は国民多数の意思で選び出した国民の代表機関です。その政府を「国民を弾圧する権力機構」として描くのが朝日新聞です。だからこの新聞は日本の民主主義否定、日本不信、日本嫌いといわざるを得ません。

朝日新聞はその一方、中国や北朝鮮という外部の脅威勢力が日本の安全保障を弱めようとする基本構図には触れません。

11月27日の朝刊をみて、なるほどと思いました。この日の朝日紙面は一面から三面まですべて秘密保護法案が衆議院を通過したことを敵視し、反対する記述で埋まっています。「民意軽視」「増す疑念」「監視なき権力は危うい」などなど、日本の政府や与党を朝日新聞は日本国民の敵のように位置づけるのです。日本国民の多数派が選んだのがいまの政府や与党であるという基本の現実はそこには反映されません。

そして朝日新聞のこの日の一面から三面までの紙面では他の各紙がこの朝にみな大きく報じている中国の防空識別圏の一方的な宣言による日本への危機をまったく伝えていないのです。そもそもこの特定秘密保護という概念の必要性を迫る外部からの脅威は無視なのです。

こんな朝日新聞の基本スタンスからは、日本の政府を敵視し、不信をぶつけ、中国や北朝鮮の日本への脅威は無視する、という構図がいやでも浮かびます。そしてわが日本が朝日新聞の主張のとおりに動けば、国家としてまちがいなく弱さや欠陥だらけのままとなることを示しています。日本の弱体、安全保障の骨抜き、という結果になってしまうでしょう。

そんな結果を招くことを連日、煽っている「ニュースメディア」が存在すること、よく考えたいと思います。
2013.11.29 Friday name : kajikablog

<「頂門の一針」から転載>

◆レッドラインを厳守せよ

Andy Chang


今月23日、中国が尖閣諸島の上空に防空識別権を設定したことで日本政府は直ちに強烈な抗議を行い、米国もケリー国務長官、ヘーゲル国防長官が中国の覇権行為を譴責し、続けて米空軍のB52機が尖閣空域を飛行した。中国側の反応はなかった。

日本政府は日本航空と全日空に対し、中国に飛行計画を通知する必要はないと通達した。しかし台湾の中華民国政府は中国側に旅客機の飛行計画を通報した。これは降参だけでなくシナの領土主張を認めた重大な過ちである。

中国航空識別権設定は明らかな挑発行為であり、覇権拡張を続け、緊張が高まっている。中国の挑発を懸念の表明だけで済ませるわけには行かない。シナのレッドラインを越える挑発は断固として退けるべき、ラインを厳守しなければ更なる挑発が起きる。

米国がB52を飛ばし、日本の航空会社が旅客機の飛行計画を通報しなかったが中国の反応がなかったからといって安心してはならない。レッドラインは一戦をも辞さない覚悟であり、繰り返し相手に通達すべきである。

●中国の航空識別権は絶対に認めるな

これまでオバマ政権は中国に対し「抑制と協調」を主張していたが、明らかに抑制は効果がないことがわかった。次は抑制が効かなければ米国がどのような処置を取るかである。この度、米国の反応は速やかで断固たる反応であり、続いてバイデン副大統領が中国に対し挑発行為を止めるよう伝達すると言われている。

日本政府も同じ態度を表明すべきである。「尖閣諸島は日本の領土である。協議の必要はない」、「日本領土の上空に侵入すれば侵略行為であり、日本は断じて侵略を許さない、自衛隊は国土防衛のためにいかなる挑発行為も許さない」と発表すべきである。

挑発とはイジメと同じく、相手がどこで引き下がるか、レッドラインを試す行為である。日本政府がレッドラインを決めてこれ以上の挑発は許さないと発表すれば、シナは日本がレッドラインを守ることが出来るか試しにくるだろう。

その最初とは無人飛行機であり、無人飛行機を撃墜すれば戦争になると警告しながら挑発するだろう。自衛隊が何もしなければ次に有人飛行機、その次に測量艦、軍艦を派遣するだろう。挑発を止めるなら政府がレッドラインを守る決心を相手にわからせるべきである。から最初の無人飛行機が飛来すれば電波で誘導して進路を混乱させるべきである。

●中華民国政権は大きな間違いを犯した

台湾の中華民国政府は中国の防空識別権の設定に抗議しながら、旅客機の飛行計画を中国に通報した。日本も韓国も通報しないと決めたのに台湾だけが降参したのである。

政府は台湾に飛来する旅客機の安全を守るためと言うが実は中華民国の親中路線のためである。

だがこの決定はシナの侵略行為を認め、中国の尖閣諸島に対する主張を認めるといった徹底的な間違いを犯したのである。

仮に馬英九政権が中国側の主張を認めず、旅客機の飛行計画を通達しなかったら中国は旅客機を撃墜するだろうか?答えはノーである。旅客機を撃墜すれば国際問題になり戦争になる。中国は覇権挑発が何処まで効くか試すのであって、戦争を望んでいるのではない。

中国は尖閣諸島が中国の領土であるから防空識別権の範囲を拡張した。これを認めれば尖閣諸島は中国の領土と認めることになる。

だが次の問題は台湾の領有権である。中国は一貫して台湾を中国の領土と主張している。尖閣諸島を認めれば続けて航空識別圏を台湾全土に拡大して台湾上空を占領し、台湾を空爆できるようになる。そのときになってから抗議しても遅い。馬英九政権は大変な過ちを犯したのである。今でも遅くない。中国の防空識別権を認めないと発表すべきだ。

●経済協調の懸念は愚論である。

シナが覇権侵略を繰り返して居るのに一部のメディアは経済関係が悪化することを懸念し、相手を刺激するなと警告している。これはまったくの愚論である。

中国は世界最大の製造工場であり、中国と関係が悪化すれば経済に影響するに違いない。しかし中国は敵対行為で日本を敵と発表したのである。敵に譲歩すれば挑発は更にエスカレートする。経済悪化を懸念するなら中国投資をベトナムやタイ国に移転すべきである。

中日の経済合作はもう終わった。合作とは相互の発展と継続だが敵対すれば我が方の利益になる事はしない。これまでの中国投資は中国側に有利だったから中国が歓迎したのである。中国が経済的に巨大になったから本性を現して日本に牙を剥いたのだ。

中国が敵対行動を取れば日本政府は各企業に対し中国撤退を勧告すべきである。中国に進出した企業は5万軒を下らないだろう。しかし尖閣諸島で侵略行為があるとすぐに日本人社長や社員を人質に取る中国に企業がいつまで残れるのか。

●今後の発展

いったん防空識別圏を発表したからには、いくら米国や日本が反対しても中国が撤回することはない。これは宣戦布告と同じく戦争の始まりなのだ。撤回しない、返事をしないなどは予期できる。

国際司法裁判に持ち込んでもよいが、国際司法裁判所の判決があっても中国は無視するだろう。中国は3兆ドルも米国国債を買っているので米国が中国に対し経済封鎖することはありえない。世界各国も中国の製造工場に依頼しているので経済封鎖には反対する。日本だけが中国の侵略を受ける国だから、長期計画で中国から撤退するのが最良である。

中国がB52の通過に反応しない、日本のF2スクランブルを黙許しても撤回ではない。中国政府が明確に撤回しなければいつでも問題が再燃する。日本は明確にレッドラインを堅持すべきである。それはアジアの緊張を招く事になるが日本が引っ込んではならない。

戦力の比較とか、戦争になればどちらが勝つかなどの世論はムダである。日本側、中国側、両方で戦争になればどうなると専門家でもないのに勝手なおべんちゃらは空論であり挑発行為である。

この度の中国の敵対行為は日本に有利である。日本が領土防衛権を強化し、憲法改正をするチャンスである。首相も黙っている時ではない。世界が中国を譴責しているチャンスを無駄にしてはならない。

企業は中国の戦争行為を認識しながら投資を続けるような愚行を犯してはならない。いまこそ撤退のチャンスである。中国撤退は難しいかもしれないが、長期計画で中国から東南アジアに転出すべきである。日本の撤退は中国にとって最悪の結果となるだろう。武力戦争だろうと、経済戦争だろうと戦争を始めた責任は中国にあるのだ。

<「頂門の一針」から転載>

2013年11月29日

◆再調査求められる「河野談話」

阿比留 瑠比


あまり注目されていない点だが、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の「河野洋平官房長官談話」は、こう締めくくられている。

「本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい」

なるほどあれから20年余が経つつが、慰安婦問題はいまだに国際的にも関心が寄せられており、民間の研究も進んだ。河野談話がそれらに「十分に関心を払っていく」と強調したのは、国際環境や最新の調査・研究に従い、談話自体も不断の見直しを図るという表明とは読み取れないか−。

折しも27日、問題意識を共有する約10団体でつくる「『慰安婦の真実』国民運動」(加瀬英明代表)が内閣府の担当者に、慰安婦問題の再調査と河野談話撤廃を求める請願書を手渡したので取材した。

請願書は、河野談話の根拠となった韓国での元慰安婦16人の聞き取り調査が極めてずさんな内容だったことを受けて、政府に次の5点を求めている。

 (1)慰安婦問題についての専任大臣を置き、問題を再調査して真相究
明を行う

(2)再調査の一環として国会で河野氏を喚問する

(3)元慰安婦の証言の裏付け調査を行う


(4)他国軍隊の「慰安施設」と旧日本軍のそれとを比較検討する

(5)再調査の結果、「強制連行」が証明されなかった場合、ただちに河野談話を正式撤回する。

いずれも至極もっともな主張であり、河野談話の締めくくり部分の趣旨にも合致する。内閣府の担当者も真剣な表情でメモを取りつつ説明を受け、こんな率直な感想を漏らしていた。

「河野談話については、(作成にかかわった)石原信雄元官房副長官もか
なり以前からインタビューなどで事実認定というより政治的文書だったと
いう発言をされていた。個人的な感想では、(談話は)事なかれ主義とい
うかその場を取り繕ったというか…」

そんな河野談話の弊害について、「国民運動」幹事で在米の陶守倶行(すもりともゆき)氏が訴えた言葉が印象的だった。

「米国では、日本人の子供たちがつばを吐きかけられたり、韓国人の子供に取り囲まれて『お前たちの国はひどいことをやった』といわれたり、そういう問題が起きている。子供たちがかわいそうだ」

また、同じく幹事の藤岡信勝拓殖大客員教授は「河野談話によって、日本は世界で相当ひどいことをやったとみられている」と語り、河野談話を引用した2007年の米下院の対日非難決議の問題点を示した。

「決議には慰安婦の四肢切断という残虐な言葉まで出てくる。日本にはそんな慣習はないが、抗議しても米側に『でも、日本政府が認めているじゃないか』と理解してもらえない」

もちろん、河野談話を撤回すれば問題がすべて解決するというわけではない。ただ、一挙にそこまで行かずとも、談話の作成過程とその結論の欺瞞(ぎまん)性を再調査して明らかにすることで、談話が垂れ流す害毒は薄められるはずだ。安倍政権には、いずれその決断を望みたい。(政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】 2013.11.28

<「頂門の一針」から転載>

◆在日特権供与の理由は一切ない

池田 元彦


日本には200万人を超える外国人が居住している。2012年12月統計によれば、中国人が65万人の最大数を占め、韓国人が53万人だ。通常の滞在者・永住者以外に特別永住者が38万人余りいる。その内99%相当の37万7千人が韓国・朝鮮人である。

特別永住者とは、サンフランシスコ条約で日本国籍を喪失した主に朝鮮、台湾、中国人で、本国送還が受容れられずそのまま日本で居住、永久在住資格を認められた人々を指す。

特別永住者(≒在日)は、通称名(=通名)を市町村に登録すれば、住民票等の公的文書に通名が併記され、通名が法的効力を持ことになる。

登記、契約、印鑑登録証明書、運転免許証等に通名の併記が可能だ。正確に言えば、外国人は誰でも通名を登録できる。

が、ローマ字表記の外国人名は、通常通名を必要としない。事実、通名を使うのは殆どが在日朝鮮人である。また通名の法的根拠はなく、行政が運用上恣意的に認めていたのだ。

通名を公的に使えると言うことは、健康保険証や架空銀行口座の開設、マネーロンダリング、成済まし詐欺等犯罪の温床となるし、NHKや朝日新聞等の偏向マスコミが、被疑者名を意図的に通名で偏向報道することもあり、良識人は「公的通名」廃止を要請していた。

通名の変更頻度制限はなく、韓国での2005年大法院判決以降、犯罪経歴証明書がなくとも改名が容易に可能となった為、通名のみならず、本名も頻繁に改名できる。犯罪者には大変都合のいい制度だったが、2012年7月法改正により、外国人登録制度は廃止された。

新たな在留管理制度では、特別永住者には特別永住者証明書、3ヶ月以上の滞在外国人には在留カードが交付され、公的文書における通名併記は、日本人同様不可となった。

運転免許書形式で、カード裏面には居住地変更欄が有り、原登録台帳とカードの相違も防止出来る。再入国手続きや再入国期限も緩和され外国人の利便性も高まったが、一番の改善は「公的認証される通名が廃止されたこと」だ。移行期間は2015年7月迄である。

これで在日特権が全て一掃された訳ではない。在日犯罪者の強制退去は、他の外国人に比して非常に甘い。7年超の凶悪犯が国外退去にされた例もない。又、朝鮮・韓国系の生活保護受給世帯が、全外国人生活保護受給世帯の68%(4万世帯中2万7千)も占めている。

朝鮮人は生活保護受給者の97%は日本人だと反論するが、人口比では日本人は81人に1世帯が受給、韓国・北朝鮮人は19人に1世帯が受給で日本人の4倍以上も受給している。

難民でもない在日が難民条約を楯に国民年金訴訟し、納税者だから地方参政権利があると主張するのは筋違いだ。何故特別永住者という権利を与えたのか。戦前戦中日本に徴用され、酷使されたが戦後帰国も出来ず日本に嫌々住み着いたとの主張を真に受けたのか。

朝日新聞の1959年7月13日外務省発表報道がある。「戦前百万人の朝鮮人は終戦迄に百万人増えた。その内70万人は自ら進んで職を求めた個別渡航者と家族、30万人は土木等の募集に応じたもの」で、「終戦時140万人が帰還したが、残った徴用は245人、その他61万人は犯罪者を除けば自由意思で残留した者」と明快に記載している。

何故に、何を理由に日本政府は過去に、様々な在日特権を許容して来たのか。不思議だ。

<「頂門の一針」から転載>

2013年11月28日

◆防空識別圏に欧米の論調は批判的

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」


平成25(2013)年11月28日(木曜日)
      通巻第4076号 

防空識別圏に欧米の論調は批判的、日本の措置を速報
中国各紙、囂々たる非難は聞こえず、勇ましい論調のみ

世界の主要紙は、どういう伝え方をしたか。
「JAL、中国の防空識別圏、飛行ルート通告に肘鉄(ひじてつ)」
(フィナンシャルタイムズ、27日)

「JALとANA、通告不要に態度変更」(ワシントンポスト) {B52が紛争空域へ}(ニューヨークタイムズ、ワシントンタイムズ)

「日本政府の指示により中国側に通告しないと日系航空」(多維新聞網)「(日本の対応は)偽善的で厚かましい」(環球時報)

今回の急な措置は中国空軍が、尖閣の海域に頻繁に領海侵犯を繰り返す海軍に突き上げられての行動と受け取られる。党中央軍事委員会の許副主任も馬暁天委員も、空軍出身であり、ミサイル、宇宙、航空開発で予算をふんだんに取って、のし上がったが、尖閣に関しては張り切りすぎの海軍を横目に空軍は無人機を飛ばし、偵察飛行を繰り返したばかりで、おそらく海軍の突き上げに遭遇しての見切り発車だった可能性がある。

<「頂門の一針」から転載>

◆日本非難の本ばかり(4)

平井 修一


何事も表裏がある。歴史は正史と裏面史がある。個人でも公にしていいことと、あまり触れたくないことがある。「歴史家の義務は第一に一切の事実を描き出す努力を続けることだ」と哲学者の適菜収は言い、こう続ける。

<歴史は現在の目を通して過去を見ることで、“歴史的事実”は歴史家の評価によって決まる。その歴史家も社会状況や時代に縛り付けられている。歴史家自体が中立ではあり得ないのだ。

だから第二に大事なことは、歴史家自体を研究することである。歴史家の判断を生み出した社会的、時代的背景を明らかにすることだ>

日本人が子孫に伝えていく正史として「日本人の物語」を書く際には、先祖が体験、見聞した事柄や、歴史家が収集した事柄をできるだけ多く集めて比較検証し、同時にその歴史家の素性を検証することが必要になるということだ。

小生の場合は、その歴史家が何によってメシを食っているかということをまず考える。下部構造(経済)が上部構造(オツム)を規定するとマルクスも言っている。だから誰が彼のスポンサーなのかと詮索するのだ。彼のタニマチは岩波書店か、朝日新聞か、大月書店か、青木書店か、共産党か、民主党か、社民党か、連合か・・・

共産主義者から金をもらって書いているのであれば、「こいつは怪しい、書いていることをチェックしないとダメだ、鵜呑みにはできないぞ」と思うのである。そういう判断力がないとコロリと洗脳されてしまう。

総じて日本人は人が良過ぎる、甘過ぎる、疑うことを知らな過ぎる、無防備過ぎる、インテリに弱すぎる。眉に唾して聞くべきなのに、すぐに信じて騙される。オレオレ詐欺なんて日本特有のものではないか。

「大東亜戦争の総括」には佐藤和男・青山学院大法学部教授の講演も掲載されている。こう語っている――

<私は今四つの大学で国際法を講義しておりますが、総じて学生たちがあまりにも近代史、現代史の認識に乏しく、しかも乏しい日本近現代史に関する知識の内容がきわめて歪曲されていることを慨嘆せざるを得ないような状況でございます。

私は40年近く大学で教えておりますが、一体どうしてこういう風に歪曲された歴史観がますます横行してきたのかと不信に思わざるを得ません。アメリカの学者やヨーロッパの学者などと話しても、とても納得できないと彼らさえも言うような、非常に歪んだ自虐的な歴史観を現代の日本人、特に若い世代は教えられて、洗脳されて持ち続けているのです。

私はこのような事態の出現には3つの大きな原因があったと思います。

簡単に申しますと、第一は、我が国は国際法上「有条件終戦」をしたにもかかわらず、国家ないし政府が無条件降伏したというふうにマッカーサーによってすっかり誤魔化されてしまったことです。

二番目は、戦闘状態が終わりまして7年間に及ぶ連合軍の軍事占領が続きましたが、この期間に、占領軍の検閲制度を通じて日本国民の表現活動に抑圧が加えられて、言論の自由が完全に奪われたことであります。

三番目には、そういう言論の自由のないところで、特に「東京裁判」の批判は絶対に許さないという厳しい検閲がおこなわれた体制のもとで、(国際法上非常に疑問が多い)「東京裁判」が昭和21年から23年にかけて行われまして、最終的にその判決の中で東條英機元首相以下7名の方に絞首刑を宣告し、かつその判決の主文の前の理由の部分で、いわゆる“東京裁判史観”といいまして、日本が昭和3年以来、国家的に侵攻意思をもって、いろいろと共同謀議をたくましくしてきて、そしてアジア各地に侵攻戦争の惨禍をもたらした、日本は犯罪国であると独善的に断定したことであります。

このような無条件降伏説の強弁と、検閲による言論の自由の弾圧と、さらには「東京裁判」を通ずるいわゆる“東京裁判史観”による日本国民の洗脳、これらが、非常に歪められた歴史の見方を、特に今の若い世代が持つにいたった原因であろうと思っております・・・

東京大学法学部に戦時中、二人の国際法学者がいらっしゃった。横田喜三郎先生、それから安井郁先生。お二人とも戦時中、命を賭してまでとは申しませんが、少なくとも職を賭してまで大東亜戦争の遂行に反対されたとは聞いておりません。公務員という立場でお二人とも戦争遂行に協力したと見られても当然であります。

それがどうでしょう。日本が負けると、横田博士は「東京裁判」の翻訳係になられたと聞いております。安井教授はマルクス主義者に転向して、現在都内の某私立大学に弟子の某教授がいますが、(某教授は)「愚直な弟子からすると、どうして敗戦の途端に恩師がマルクス主義に転向しなければならない必然性があったのか皆目わからなかった、ついていけなかった」と述懐しております。

一人はアメリカに、一人はソ連に顔を向けてしまった。横田先生は読売新聞に「昭和天皇(当時の今上天皇)は退位なさるべきだ。軍国主義の責任を取れ」とまでお書きになりました(昭和23年8月26日)。

しかし、その時に日本の国際法学者はこういう人ばかりではありませんでした。たとえば京都大学の田岡良一博士、早稲田大学の一又正雄教授、一橋大学の大平善教授、こういう先生方が厳しく「東京裁判」の国際法上の不当性を批判して「一体国際法上の根拠のない裁判をどうしてやるのだ」と私ども若い学徒に示してくださいました。

ところがこういう先生方の批判的論考は、学術誌といえども載せられないのです。占領軍の検閲制度のゆえでした>

勝ち負けは兵家の常だから戦争に負けることはある、占領されるのも仕方がない、勝者に都合のいい歴史を押し付けられたのもやむを得ない。しかし、1952年に占領解除、主権回復して60年たってもインチキ「東京裁判」史観に騙され続けているのは「思考停止」の愚の骨頂としか言いようがない。

蟷螂の斧ではあるけれど命ある限り「目覚めよ、日本人!」と言い続けるしかない。
(おわり)(2013/11/21)

<「頂門の一針から転載>

◆エネルギー政策の未来

佐藤 鴻全


小泉純一郎元首相の原発ゼロ発言が波紋を呼んでいる。
11月12日には、日本記者クラブで、即時ゼロが望ましいと安倍首相に 呼びかけた。

◆小泉発言の理由◆

何故、小泉氏が今の時期に一連の発言をしたのかについては、概ね下記の理由が推察される。

●汚染水漏れ等の余りのマネジメント破綻ぶりに、米国エスタブリッシュメントの総意として懸念が伝えられた。

●米国石油メジャー=共和党中枢筋から、シェールガス売り込みの為に働き掛けがあった。

●小泉氏は使用済み核燃料の最終処理場問題を純粋に考えると同時に、デメリットが顕在化してきた郵政民営化に代わり、原発ゼロで歴史に名を残したいと考えている。

●原発ゼロをショック療法として使い、逆に使用済み核燃料の最終処理場決定を国民に向かって促している。

今後の展開を見なければ、断定的な事は言い難いが、恐らくこれら複数の要素が合わさって小泉原発ゼロ発言が為されたと思われる。凡そ人の言動の動機は、複数の要素や背景が合わさって行われ、時にはそれらが相矛盾している事すらある。

小泉発言に於けるそれぞれの要素の割合や関係は、現時点では明確ではない。

実は小泉発言に先だって、小泉政権で実質的に具体的な政策決定を行っていた竹中平蔵氏は、福島第一原発事故直後から折に触れて原発ゼロ発言を行っている。その理由として、竹中氏は予備電源装置を機密性のない地下階に設置した合理的思考の欠如や、原発運側と監督側が癒着した体質を挙げ、日本社会は現時点で原発を運用する資格が無いと述べた。

なお、これはフランスの経済学者・思想家、ジャック・アタリ氏の考えとほぼ同様だ。
(但し、アタリ氏は、合理的対策を講じた上で日本は原発を再開すべきとの考えだ。)

何れにせよ、政権時代の小泉氏と竹中氏の一蓮托生ぶり及び米国益実現への尽力から見て、今回もマイケルグリーン氏等の米国対日工作筋を通し米国から何らかの指令が出ている事はほぼ間違いないだろう。

◆エネルギー政策の未来◆

さて、小泉発言とその今後の広がりは兎も角、日本は原発を含めたエネルギー全般について今後どのような政策を採るべきなのか?

言わずもがなだが、日本に限らず全ての国家社会の存在意義は、国民に「安全で豊かな暮らし」を提供する事に有る。そして安全には、各分野での安全保障を含む。日本のエネルギー及び原発政策については、下記の点が考慮されなければならないだろう。

(1)原発事故の可能性と万一発生した時のリスクが、最小化されなければならない事。

(2)石油ガスの輸入ルートが断たれないようにすると共に、万一断たれた場合に備えエネルギー自給率を高める事。(エネルギー安全保障)

(3)発電コストと輸入燃料代による海外への資金流出を最小化する事。

(4)核武装の潜在的可能性を持つ事により、他国による日本への核兵器使用と核拡散を牽制する事。(軍事的安全保障)

上記(4)について述べれば、核兵器への無条件アレルギーは別としても、米国の核の傘に入っている以上自国の核武装は不要だとの考えや、「レンタル核」で米国から核ミサイルボタンを借りればよいとの構想や、そもそも使用済み核燃料の捨て場に困っているのだから現存のそれを核兵器開発に使用すればよいとの考えもある。

もしこれらが半永久的に政治的にも技術的にも成り立つのであれば、日本の原発維持と核武装の潜在的可能性は切り離して議論が可能であるが、半ばタブー化されて原発維持論者側からも原発廃止論者側からも殆ど具体的な意見が出ておらず、霞が掛ったような状態であり、即ち日本では原発問題の半分が論じられていない状況だ。

上記の各項目は、相矛盾する部分がある。

しかし、これらを踏まえて、即時原発ゼロから原発促進の中で選択しなければならない。

理想を言えば、早期に画期的な代替エネルギーが開発され、中国を含めた国際情勢が安定し、世界が急速に核兵器廃止へ向かうならば即時原発ゼロもあり得るが、現実はそうなっていない。

一方、前述の無責任体制の中での福島第一原発事故や、事故後に仮設冷却電源の配電盤がネズミに齧られた件、度々起こる高濃度汚染水漏れ、高速増殖炉もんじゅから国の「緊急時対策支援システム」へのデータ送信停止等々を見ると、原発の安全性が合理的に確保されているとは言い難い。

トルコ等による日本の原発導入選択も、福島第一原発事故から教訓を学び対策を講じて日本の原発は安全性が高まっているとの期待が作用しているが、現状を見る限り美しき誤解と言わざるを得ない。

しかしながら、そこを乗り越えて何としても合理的安全確保を果たした上での当面の原発再稼働と、代替エネルギー開発・火力発電の高効率化を図り原発依存度を下げて行くのが日本のエネルギー政策の現実的な選択肢だと言うのが、月並みながら各点をトータルで考慮した上での筆者の結論である。

なおそのためには、福島第一原発事故の官民の責任者処罰が不可欠だろう。

人間の知恵には限界があるが、過去の失敗について虚心坦懐に反省し、それに対し最大限合理的な対策を講じた上で、種種の選択をして行かなければならない。

人類の未来はそこにある。

<「頂門の一針」から転載>

2013年11月26日

◆日本への戦争準備完了宣言か

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」
 

平成25(2013)年11月25日(月曜日)
      通巻第4071号  
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 中国の一方的な「防空識別圏」の設定は日本への戦争準備完了宣言か
  危機を高め、緊張を煽る中国軍ははたして何処まで本気なのだろう?
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2013年11月23日、中国政府は突如、東シナ海上空に戦闘機による緊急発進(スクランブル)をするかどうかの基準=「防空識別圏」の一方的な設定を発表した。

しかも同日午前10時(日本時間同11時)から施行した。

この恣意的で身勝手な「防空識別圏」には尖閣諸島(沖縄県石垣市)上空周辺が含まれ、日本が既に設けている防空識別圏と重なり合う。即ち戦争の一歩手前の状態を宣言することに等しく、一触即発の緊張を伴うのが「防空識別圏」であり、軍事的な脅威のレベルが高まる。

嘗て台湾が「防空識別圏」を設定したとき、たとえば香港行きのJALはフィリピン上空を迂回する羽目に陥った。このため飛行時間が1時間ていど遅れた。JALは、後日「日本アジア航空」を設定した。
 
中国が主張する「防空識別圏」は朝鮮半島の南側から台湾の北側まで、日本の南西諸島に沿うように設定されており、この防空識別圏を飛ぶ航空機は飛行計画を中国外務省または航空当局に提出する義務を負うとされている。

日本政府はただちに反駁し、強く抗議した。
 
米政府もすぐに反応した。外交と軍事双方のルートを通じて「強い懸念」を中国政府に伝えたが、これは米政府の抗議である。

ケリー国務長官とヘーゲル国防長官、ならびに国家安全保障会議(NSC)は一斉に声明を発表した。

産経新聞に従うと、「ヘーゲル長官は、防空識別圏の設定を「地域の現状を変更し、不安定化させる試みだ。一方的な行動は誤解と誤算(による不測の事態)の危険性を増大させる」と非難し、「日本を含む同盟・友好国と緊密に協議する」と強調した。

さらに、尖閣諸島が日米安全保障条約第5条の適用対象であることを「米国は再確認する」と中国にくぎを刺し、防空識別圏の設定でも「この地域における米軍の軍事作戦の遂行に、一切変更はない」と警告した。

米政府は「尖閣諸島は日米安保条約の適用対象」と繰り返し表明しており、その外交的経緯をまったく無視した中国の防空識別圏設定は「米国と日米同盟へのあからさまな挑戦」(米国ペンタゴン筋)である。つまり米国は、自分の国が馬鹿にされたと怒っているのである。

<「頂門の一針」から転載」

2013年11月25日

◆大東亜会議70周年記念日

池田 元彦


1943(昭和18)年11月5日有色人種による世界で初の大会「大東亜会議」が東京で開催された。日本は主催国、それに中華民国(南京:汪兆銘)、満洲国(張景恵)、フィリピン(ホセ・ラウレル)、ビルマ(バー・モウ)、タイ(ワイワイタヤコーン)が参加した。 

インド仮政府は、陪席参加した。1943年と言えば、開戦後6ヶ月の華々しい戦果に陰りが出始め、ミッドウエー敗北、山本五十六戦死、アッツ島全滅等戦況見通しが厳しく、タイ首相は病気理由で参加せず、日本の現地政策を批判する国もあったことも確かだ。

しかし、一旦会議が始まれば、欧米白人からの圧政、虐待からの独立の光と勇気を与えてくれたのは、間違いなく日露戦争を勝利した日本であることを再確認、共通認識し、昭和天皇拝謁の機会を得た参加各国首脳は感激で高揚し、独立の希望を改めて日本に託した。

翌6日に「大東亜共同宣言」が発表された。英米の侵略搾取、東亜隷属化が大東亜戦争の原因であり、大東亜各国は相提携して大東亜戦争を完遂し、英米の桎梏から解放、自尊自衛を全うするため、共同して?共存共栄、?独立親和、?伝統民族文化の昂揚、?経済繁栄、そして?人種差別撤廃と世界の進運に貢献することを高らかに宣言したのである。

教科書等では、この2年前のチャーチル・FDRの大西洋憲章を評価するが、勘違いも甚だしい。?英米は領土拡大の意図なし、?領土変更・政治形態は人民の意思・権利を尊重等8項目の宣言は、単に英米2ヶ国による欧州諸国への対ドイツ保証・約束に過ぎない。

欧米の植民地支配否定、人種平等実現、東亜諸国独立を掲げたのが大東亜共同宣言だ。人種差別も植民地も放棄する意思もない欧米は、彼らの既得権益の壊滅を狙う日本を許容出来ない有色人種の敵国として、大東亜戦争以前から日本壊滅を狙っていたことは確かだ。

敗戦したが、英米を相手に日本が国運を賭して戦ったことは、アジア諸国の指導者に強い感銘を与えた。1955年反帝国・反植民地・民族自決を掲げる非白人種29ヶ国参加の国際会議がバンドンで開催された。敗戦後10年足らずの日本も招待され、大歓迎を受けた。 
 
「日本の大東亜戦争の犠牲がなければ、我々は今も英仏欄の植民地のままだった」と。

マレーシアのマハティール首相は「もし日本が居なければ、世界は全く違う様相を示していたであろう。(中略)欧州諸国は、永遠に世界を支配したことだろう。」と後日発言した。

日本敗戦後、英仏欄は植民地に舞い戻って来た。が目覚めた大東亜諸国は徹底抗戦した。

インパール作戦に日本軍と共に参戦したインド国民軍将兵4千名を反逆罪で英国が裁判に掛けたため暴動が勃発、これを契機として1947年インドは英国から晴れて独立を果たした。

ビルマは1948年英国から独立。「真の解放者は東条英機大将と大日本帝国だ」とバー・モウは著書に記す。インドネシアは日本敗戦直後に独立宣言をした。日付は「05年8月17日」とある。

「05年」は「皇紀2605年」の下2桁だ。が、オランダの執拗な植民地化侵略が続き、1949年11億ドルの債務負担をインドネシアが支払うことで漸く独立を果たした。

日本との戦争もしていない韓国や北朝鮮が戦後賠償金を要求するとは、朴大統領の欧米への反日行脚と共にこの国の異常性を物語る。支那と半島を除けばアジア諸国は親日なのだ。 

<「頂門の一針」から転載>

◆日本非難の本ばかり(2)

平井 修一


終戦から間もなく70年になろうとしているのに「日本悪者論」「自虐史観」は相変わらずだ。なぜそのような自国を侮蔑、憎悪する論が続いているのだろう。

レーニンはこう言った。

「祖国を“世界一悪い国、恥ずべき国”という史観を各国の青年に植えつけなくてはいけない。愛国心を一掃すれば青年は祖国を憎悪して反逆し、共産主義革命がしやすくなる」

日共の志賀義雄もこう言った。

「日本では武装闘争のない平和革命路線でいい。教師に反日思想を植えつければ青少年も反日になるから自然と革命に向かっていく」

日共は綱領で「日本の社会主義的変革の出発点となるのは、国家権力そのものが不必要になる社会主義・共産主義への前進を支持する国民多数の合意の形成である」としている。

国家を消滅させるためには国民に愛国心を持たれたら困る。だから反日、侮日、憎日で国民を洗脳しているわけだ。まっとうな国史はもとより国旗、国歌も絶対だめなのだ。その思想を植え付ける尖兵が赤い教師と赤い
記者である。

奥野誠亮(せいすけ、せいりょう、元衆議院議員、自民党)は1913年(大正2)生まれの100歳である。1988年(昭和63)に衆議院決算委員会で日中戦争について「あの当時日本に侵略の意図はなかった」と発言して批判を浴び国土庁長官を辞任した。今年の7月に産経新聞の取材にこう語っている。

<若い人たちにお願いしたいことがあります。一つは、自分たちの国は、天皇を頂点に戴(いただ)く国柄だと知ってほしい。戦後復興の大本になったのは昭和天皇の全国ご巡幸です。占領軍は苦虫をかみつぶしたよう
に眺めていましたが、国民は全国津々浦々で本当に喜び、それが復興の意欲になりました。

国柄は歴史を重ねて形成されるもので、作ろうと思ってもできない大切なものなのです。

もう一つは、戦後、自分の国を「悪い国だ、悪い国だ」という風潮が続いているのを改めてほしい。日本は閣議決定で、さきの戦争の呼び名を「大東亜戦争」と決めました。占領軍はこれを禁句にし、今も従っている人たちがいます。日本人は大東亜戦争を戦ったのです。そう呼ばなければあの戦争の意味合いは分かりません。自虐史観から抜け出してほしいのです>
(2013.7.26)

かつて自民党総務会で、野中広務が「創氏改名は朝鮮人が望んだ」と発言した麻生太郎を糾弾したことがある。そのとき奥野がこう言った。

「野中君、君は若いから知らないかもしれないが、麻生君が言うことは100%正解だよ。朝鮮名のままだと商売がやりにくかった。そういう訴えが多かったので、創氏改名に踏み切った。判子をついたのは内務官僚、こ
の私なんだ」

これを聞いて野中は中座して出ていってしまった。居合わせた野呂田芳成(防衛庁長官)は「いや、奥野先生、今日はホントにいい話を聞かせていただきました」と感激していたという。

「大東亜戦争の総括」に収録されている奥野(歴史・検討委員会顧問)と講師として招かれた安村廉(きよし、産経新聞論説委員)のやり取りが興味深いので紹介する。

■奥野 政治部の記者と(大東亜戦争について)話をするとよく分かっているんですが、社会部の記者たちは日本を冒涜することをもって得々としている。どうしてこう政治部と社会部と違うのかなと。

社会部は人の目を引きたい、何か変わったことを書いて引きつけたいのかもしれないけれど、ちょっと差がひどすぎるなと思うんですよ。

かつて参議院の本会議で戦争についての所見をもとめられたから「昭和12年7月7日の盧溝橋事件が発端だと思いますよ。ライシャワー氏の『ジャパン』という本の中に『偶発的な事由によって起こった』と書いてあった。私もそう思っています」と答えたら、記者がワーッと来ちゃった。いい機会だから私は(国土庁長官を)辞めさせてもらった。

マスコミのいろんな方が取材に来られたけれども、どうせまともに書いてくれないだろうと思ったものだから何も言わなかった。そうしたら文藝春秋社から「ぜひ会いたい。言われたとおりに書きます」というので「文藝春秋」だけに申し上げた。

そうしたらマスコミの記者さんが何人か「私たち不勉強です。私たちも勉強しなきゃならんと思いました」と言ってくれた。

今も当時と事情はひとつも変わっていません。日本を悪く言って喜んでいるんだなあ。それで後に続く若者が日本をさらに良くしようという気持ちをもってくれるもんだろうか、やっぱり誇りを失わせないようにしたいんだということはしょっちゅう言っているんですけれども、マスコミや一般的な風潮はあんまり変わっていない。

産経新聞を除いて、特にちゃんとした新聞があるだろうかなという気が時々するんですよね。この辺、どうやったらいいか教えていただけたらありがたいなと。(つづく)(2013/11/22)

<「頂門の一針」から転載>