2013年10月16日

◆台湾の民運

Andy Chang


今年は台湾で大きな反政府運動が相次いだが、いまだに中華民国を倒す運動に至っていない。第4原子発電所の建設中止と核発電反対運動、大埔事件と呼ぶ土地強制買収と家屋取り壊し事件、洪仲丘兵士虐殺と軍の虐待証拠隠蔽に対する25万人の抗議など、続いて9月の馬英九と王金平の政争が起きた。

これらの事件で目立った変化は台湾の抗議運動が民進党や台聯党、党外組織などと関係のない大衆運動となったことである。白シャツ軍と呼ぶ若者たちが民進党の親中路線や派閥闘争に飽きて独自の反政府運動を始めた。

民衆運動(民運)は党外独立派とも違う。大衆は民運に期待をかけているが、民運は今のところリーダー不在で主張が不明瞭である。

●複雑な台湾の政治環境と政治意識

民運の目標が決まらないのは台湾の政治事情が複雑で明確な意識がないためだ。中華民国が台湾を統治している現状は台湾人の望むところではないし、8割以上の台湾人は独立意識を持っている。民進党が独立を放棄して中華民国を認めたから混乱が起きた。

(1)台湾は中華民国独裁で68年も苦しんでいるのに、李登輝が台湾は民主国家だと言ったから多くの台湾人が台湾(中華民国)は民主国家であると言い出した。李登輝は中華民国の総統だったから中華民国を民主化したと自慢したのだ。だが中華民国は今でも独裁国である。

(2)中華民国は台湾人の国ではなく人民は独立願望が強い。民進党は自党のため、中華民国政権を勝ち取るために独立を放棄して中華民国を認め、選挙で政権を取ると主張する。政権を取っても中華民国は滅亡した国である。

(3)台湾人は中国人ではない。中国人が台湾人は漢民族だと言い出し、漢民族は一つの国しかもてないように宣伝した。台湾人意識は強くなったが、今でも中国人と台湾人の区別意識が明確でない。

(4)馬英九が勝手に中国とサービス貿易協定にサインした。この協定が実施されれば中国人の移民が増えて台湾人意識が薄れる恐れがある。これに加えて中国の武力統一の脅威があり、人民は台湾独立も中華民国打倒を主張する勇気がなく一致した目標がない。

●目標が決まらない台湾の政治

政争が起きて馬英九の敗北が決定的となったが、台湾人はこの時期になっても政権打倒の目標が定まらない。人民の主張と政党の主張が一致せず、政党の目標も一致しないから達成の見込みがない。

第一の目標は、政争の張本人である馬英九を罷免することだが、総統を罷免するには公民投票が必要で、中華民国の公民投票制度は達成不能の制限がある。民運と体制外派は馬英九罷免に熱心だが、罷免は不可能だから掛け声だけである。

第二に国会で内閣総辞職(倒閣)の提案がある。民進党は倒閣案を推進しているが、無記名投票なら国民党員が賛成するかもしれないが、記名投票なら国民党員の寝返りは期待できず、返って国民党議員の結束を招く。

しかも王金平は国民党だから倒閣に賛成するはずがない。被害者本人が国民党のために倒閣に反対という矛盾が生じる。倒閣を主張して国民党員が結束したら逆効果だ。

第三に特務組織の解体と検察総長の罷免要求だが、これも国会で歩調が一致していない。特務組織を解体できるなら台湾人民は大歓迎するだろう。しかし国会で少数派の民進党が提案しても国民党員が賛成票を投じるかどうか。

最後に、馬英九が最も恐れるのは民運が群衆に呼びかけて大規模な街頭デモで政府を倒すことだが、民進党は街頭デモに介入していないし、体制外派も一致が見られない。民運は大きな反政府運動だが主張がハッキリしていない。

打倒中華民国の主張が明確でなく、単なる反政府である。政府が改善を約束したら民運は満足するのか、政府を倒すのが目標でないのか。

●民進党の倒閣は逆効果

民進党の倒閣案は火曜日に投票すると決まったが、投票しても過半数は得られないことは明らかである。これまで国民党内部では台湾人党員や古参国民党員などが馬英九に反対だったから馬英九罷免案の方が有利だったが、罷免案は通らない。

倒閣が立法院で通れば馬英九は国会を解散して立法委員総選挙に持ち込む。総選挙で民進党が過半数議員を獲得することは出来ない。逆に総選挙になって国民党が過半数を取れば立法院長選挙で王金平を降ろすことが出来る。薮をつついて蛇を出すとはこのことだ。

議会ではいつも記名投票だから国民党員は国民党を離脱する気持ちがなく国民党の結束を招く。政争が馬英九に不利になったのに民進党が倒閣を主張したため馬英九有利となった。

罷免も倒閣も、政権を持たない少数派の民進党は中華民国の制度の下で政治闘争をしても勝ち味はない。民進党が民運や体制外派と合作しなければ独立目的は達成できない。いまのところ民進党、体制外派、民運の合作する動きは見られない。

●民運と独立運動

民運、街頭運動は時間的に継続する可能性が薄い。民間のエネルギーは一時的に盛り上がってもチュニジアやエジプト、リビアなどのような大規模な反独裁、反政府運動ほどではない。台湾人民は長年の白色恐怖で恐怖心が強く、特務の監視下にあって反対を表現することさえ出来なかった。特務制度を廃止できれば民主運動は大きく前進する。

二ヶ月前の洪仲丘兵士殺害で起きた白シャツ軍街頭運動は25万人の自動的参加があった。今回の政争も街頭デモを呼びかけているが、ロートル政治家の参与がなく、民運リーダーの主張が明確でない。街頭デモが脅威となるには明確な主張が必要である。

民運の指導者は従来の政治運動に見切りをつけて街頭抗議を続ける傾向が強い。ロートル政治家と合作せず街頭抗議を続けると言うが、主張と行動方針が不明瞭である。一般大衆は民進党の親中路線を支持しないが選挙のほかに反中華民国の方法がなかった。

民運は民衆の要求に応える動きだが、単なる反政府抗議に終われば打倒中華民国は達成できない。民運が大きく成長して人民の独立願望に応える運動になることを願う。 

<「頂門の一針」から転載>

2013年10月15日

◆勧善懲悪の作家、山崎豊子

平井 修一


作家の山崎豊子が9月29日に亡くなった。享年88で、天寿を全うしたのだが、作家として見事な戦死だったようだ。NEWSポストセブン(10月4日)がこう報じている。

<「山崎さんは、1作品書き上げるたびに“もう作家をやめる”と言っていました。取材対象者を200時間以上インタビューするなんてこともザラで、他の作家と比べても圧倒的な取材量でしたから、その分、精神的、肉体的な負担も尋常ではなかったんです。

でも“やめる”と言うたびに、恩師であり新潮社の名物編集者・斎藤十一さん(享年86)に“作家は棺に入るまで書き続けろ。書くのをやめたら、お前は終わりだ”と諭されて、再び書き始めるんです。彼女の人生は、その繰り返しでした」(山崎さんの知人)

5年前からは歩行が不自由になるとともに、全身に激痛が走る原因不明の疼痛症に悩まされ、車椅子生活を余儀なくされていた。

遺作となったのは、8月から『週刊新潮』に連載中の小説『約束の海』。冷戦期の海上自衛隊員の物語である。

「山崎さんは、痛みに耐えながらも山のように積み上げた資料を読み、体調が良いときには自ら車椅子で駆け回り、関係者に取材していました。また体力が落ちてペンも思うように扱えなくなったため、筆圧がなくても書ける細い筆ペンを用意して、自らの力で書くことにこだわっていました。

最後は、ペンを持てなくなり、口述筆記になることもありましたが、“どんなことをしてでも書き上げる”という山崎さんの執念を感じました」
(同)>

小生は「白い巨塔」「不毛地帯」「沈まぬ太陽」しか読んでいないが、「沈まぬ太陽」は日本航空(JAL、作中では国民航空)をテーマにしており、小生は旅行業界の記者だったのでしょっちゅうJALに出入りしていたので、「この作品はずいぶんと労組寄り、アンチJALだなあ」と思ったものである。

主人公の恩地元(おんちはじめ)は国民航空労組の委員長で、実直で何事にも筋を通す性格であり強い信念の持ち主という設定だ。モデルはJALの反会社側組合の日本航空労働組合委員長だった小倉寛太郎(ひろたろう、1930 - 2002年、東京大学法学部卒)である。

委員長時代の1960年代前半に経営陣と厳しく対決し、JAL初のストライキを指導。その後の人事異動で、社内規定を大幅に超える約10年間の海外勤務を強いられた。

1999年に日共傘下の民青同盟東大駒場班主催の講演会で小倉はこう語っている。

<日本航空に入って、山崎さんも書いているけど、労働組合運動をやるつもりはなかった。10年なら10年みっちり仕事をして考えようと思っていたんですけど、ことのはずみで、なっちゃいまして。というのは出来たての会社だから矛盾があったんです。

(本社と支店の労働条件の差別や)その他にいろんな矛盾がありました。縁故採用も多い。そこでストライキをやるようにしまして。山崎さんは98・何%と書いていますが、確か98%か99%の賛成率でした。

というようなことで労働条件は大分良くなったんですが、2年委員長やって職場に帰ったらカラチに行け、と。当時の内規ではカラチの任期は2年になっている。2年経ったら帰れると思ったら今度はテヘランに行けと。「テヘランは店がない」と言ったら、「お前が開くんだ」と言われ。それで、テヘランに行って。

二度の(海外)勤務の時は1年で帰すというのが内規だったんです。一緒に行ったのがみんな帰った後で、僕だけ帰れない。とうとうテヘランに4年いて、今度はナイロビに行け。「ナイロビには店がない」と言うと「お前が開け」と。そういうことで、ナイロビにまた4年いて、(海外には)合計10年いましたね・・・

私を追い出した後、アメとムチで第二組合をつくったんです。それで御用組合との話し合いで物事を決めて、第一組合は徹底的に差別する。そういうことが少なくとも(御巣鷹墜落)事故の遠因になっているんではないかということが当時、国会で問題になった。

東アフリカで学んだことの一つなんですけど、ライオンが一番襲うのは一発で肉がたくさんとれるシマウマやバッファローなんです。何頭かがかりで襲います。襲うんですけれども、他のバッファローは気がつくとそれを奪回にくるんですよ。

バッファローがライオンをけちらして、そしてバッファローがしつこいんですね、ライオンが木に登るまでおいかけて、そして木の下で幹をゴツンゴツンやるんです。そして他のバッファローは、皮膚を裂かれてよろよろと立ち上がったバッファローを舐めてやるんです。それで、群に収容して動いて行くんです。

チーターは適当な餌がないときにはヌー(牛かもしか)を襲うんです。チーターが俺のほうめがけてきたと思えば、たとえば5頭ががっしりね並んで頭下げてチーターを蹴散らすことができるんですね、やろうと思えば。

だけど、ヌーはそのやり方を知らないし、そんな気もないからバーと逃げるだけ。そしてみすみす、チーターよりも大きな体をしながら、一頭が殺されちゃう。そして他のヌーは「あー、今日は俺の番じゃなかった、よかった」それだけなんだ。

私は、リストラの名の不合理な首切りに抵抗できない日本の労働組合はヌーじゃないかと思うんです。やはりバッファローにならなきゃいけないんだと思うんです。

人間は弱い、「お前ね、第一組合に残っていると出世もできないよ、それから正論はいたって世の中通らないんだから、まあ身のため考えたほうがいいんじゃないか」とかね言われるとどうしてもみんな負けちゃうんですよ。だからこそ、お互い支え合う仲間が必要なんだし、それからお互いの信義も必要なんです。人間は弱い、だから、団結と連帯が必要なんです>

一流のオルグ、アジテーターだ。「万国の労働者、団結せよ!」というわけだが、昔から東大には日共の学生細胞が根を張っており、ナベツネこと読売のドン、渡邉恒雄も党員として一時期そこにいた。

小倉が率いた日本航空労働組合の流れを汲む日航乗員組合と日航キャビンクルーユニオンを支援している全国労働組合総連合の大黒作治議長は「個人として全国労働者日本共産党後援会の代表委員を務めている」という。小倉の著書『自然に生きて』を発行した新日本出版は日共傘下である。小倉も党員ではなかったか。

小倉を善玉、JALを悪玉にした「沈まぬ太陽」は勧善懲悪小説で、そう言えば「白い巨塔」「不毛地帯」もそうだ。現実はそんな単純なものではないが、水戸黄門のような分かりやすい勧善懲悪ものは人気である。しかし、悪玉と断罪された方はたまったものではないだろうなあ、と善玉ではない小生は同情を禁じ得ない。(2013/10/14)

<「頂門の一針」から転載>

2013年10月13日

◆安保政策 公明代表の論拠消滅

阿比留 瑠比


公明党の山口那津男代表は今回、安全保障政策に関する主張の論拠をまた一つ失った−。インドネシアとブルネイを訪問し、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳らとの会談を重ねた安倍晋三首相に同行取材し、そう実感している。

「首相としては、集団的自衛権の見直しを含む自らの安保政策『積極的平和主義』に、各国から理解が得られたのが大きい。否定的反応は全くなかった」

同行筋はこう指摘する。むしろ首相の説明に対し、「日本はもっと積極的に役割を果たしてほしい」と求める声もあったという。

同行筋は、秋の臨時国会での野党による安倍政権の安保政策に関する追及を念頭に語ったようだ。ただ、筆者はこれを聞きながら9月26日の山口氏の記者会見の言葉を連想していた。

集団的自衛権で溝

山口氏は集団的自衛権の見直しについて、「断固反対」と述べた7月段階よりトーンを弱めつつも、こう強調していたからである。

「周辺諸国、近隣諸国および同盟国の理解を促す努力も求められる」

それが今回、首相はASEAN各国のほかオーストラリアやニュージーランドなどの首脳からも理解と支持を得て、「周辺諸国」という条件は難なくクリアできた。

「同盟国」である米国はすでに3日、ケリー国務長官とヘーゲル国防長官が東京を訪れて開催した日米外務・防衛担当閣僚による安全保障協議委員会(2プラス2)の場で、集団的自衛権の行使について正式に歓迎を表明している。

また、山口氏自身が9月に訪米して米国から慎重姿勢を引き出そうとした際も思惑が外れ、会談したリッパート国防長官首席補佐官にこう突き放されていた。

「日本が集団的自衛権の行使を解禁して、国際社会で積極的な役割を果たすことを歓迎する」

結局、残るは「近隣諸国」、つまり中国、韓国の特定2国だ。それに国交のない北朝鮮を含めても3カ国・地域だけなのである。

だが、独立国家が自国の安全保障確保に当たり、なぜ近隣諸国の意向をうかがわなければならないのか。

逆に、中国や北朝鮮の軍事的脅威が際限なく増大してきたからこそ、安保政策の転換が喫緊の課題となったのである。山口氏の主張は現実を見ようとせず、論理が逆立ちしている。

また、韓国の反対はどうみるべきか。北朝鮮有事では、日本が集団的自衛権を行使できる方が韓国にとってもありがたいはずだが、韓国は対日関係で正常な判断力を失っており、気にするだけ無駄だろう。

いたずらな遅延策

「連立政権のあり方も含めて議論していく課題だ。短兵急な、乱暴な進め方は受け入れられない」

 山口氏は9月29日のNHK番組では、連立離脱カードまでちらつかせて問題の引き延ばしを図った。

支持母体である創価学会の事情もあろうが、「アジアの安全保障環境は一層厳しくなっている」(安倍首相)。安保政策でいたずらな遅延策を続けるようでは、山口氏は国民の生命・自由・財産の保護を軽視しているとのそしりを免れない。(政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免】2013.10.12 13:04

<「頂門の一針」から転載>

◆禍根を残しかねないオバマの決断

加瀬 英明


18年前に、私は『総理大臣の通信簿』という本を、出版したことがあった。すると、細川隆一郎氏から何年か後に、「ぼくの新しい本に、あの題名を使わせてもらっていい?」と、頼まれた。

オバマ大統領が、シリアのアサド政権が住民に化学兵器を使ったからといって、軍事攻撃を加えると宣言した。

私は「大統領の通信簿」をつけることを、思いたった。第2次大戦後の歴代のアメリカ大統領を採点すれば、オバマ大統領は最低点になることだろう。

私はオバマ大統領が異常な人気に乗って誕生した時から、資格を疑っていた。オバマ氏はイリノイ州議会議員をつとめただけで、上院議員に選出されたが、1年生議員になると、すぐに大統領選挙へ向けたレースに加わって、全国を飛びまわり、上院に顔を出すことがなかった。そこで、経験をまったく欠いていた。

シリアは、チュニジアで始まり、リビア、エジプトなどのアラブ諸国にひろがった「アラブの春」が波及して、凄惨な内戦に陥った。チュニジア、エジプト、リビアでは独裁政権が倒れたが、シリアでは今日まで2年にわたる内戦で、10万人以上の死者が発生している。

オバマ政権は、アフガニスタン、イラク戦争の苦い経験から、はじめからシリアに軍事介入するのに、腰が引けてきた。

それなのに、オバマ大統領は、アサド政権が8月21日に首都ダマスカス郊外で、毒ガスを使って1000人あまりを殺したのが、人道的に許容できないといって、シリアに限定的な軍事攻撃を加えると発表したが、10万人もの死者のほうが、はるかに残虐ではないか。

それに、オバマ政権はアサド政権が昨年12月に、シリア中部の都市ホムスで毒ガス兵器を使ったといって、シリアの反乱勢力に食糧援助と、自動小銃などの小火器を供給することを決定したが、いまだに実施されていない。

それに加えて、オバマ政権はシリアに今回軍事攻撃を加えても、「限定的」なものであって、アサド政権を倒すのを目的としないことを、明らかにした。軍事攻撃の目的が、はっきりしない。

アサド政権が崩壊しては、困る。イスラム過激派がいまや反乱勢力の中心となっているために、反政府勢力がシリアの主人公になってほしくない。

それに、アサド政権はイランと、レバノンの反イスラエル民兵ヒズボラによって支援されているから、内戦が続いて、イランとヒズボラが、シリアの泥沼に足をとられているほうが、望ましい。

反政府勢力も、さまざまな部族、宗派によって分裂して、殺し合っている。アサド政権が悪であって、反乱勢力が善であると、単純に区分けすることはできない。

ところが、オバマ大統領は軍事介入すると発表したものの、アメリカ国民の大多数がシリアに軍事介入することに反対し、下院の3分の1の議員が軍事攻撃を加えるのに当たって、議会にはかるように要求したことから、議会の承認を求めることを、決定した。

だが、これまでホワイトハウスが、朝鮮戦争、ベトナム戦争から、2回にわたったイラク進攻、2001年の9・11事件後のアフガニスタン侵攻に至るまで、議会の事前承認を取りつけたことはなかった。

もし、議会がシリアへの軍事介入を否決することになったら、オバマ政権の信頼性が大きく揺らぎ、アメリカの威信が損なわれることになってしまう。アメリカは「張り子の虎」だということに、なりかねない。

オバマ大統領は、愚鈍だ。ロシア、中国はオバマ政権が躓くのを、楽しみに眺めていよう。

毒ガス兵器を使うのが、タブーであると大見得を切ったものの、見過すことになれば、今後、北朝鮮などの諸国が化学兵器を使うのを、躊躇らわなくなるのではないか。


<「頂門の一針」から転載>

2013年10月12日

◆「中国夢」…習主席と李首相は同床異夢

石 平


10月1日は中国の「国慶節」、つまり建国記念日だ。人民日報の1面は恒例の祝賀社説を掲載したが、そのタイトルはずばり、「現代中国のために夢の力を結集せよ」である。

昨年11月の習近平政権発足以来、習国家主席自ら言い出した「中国夢」というスローガンは今や政権の最大のキャッチフレーズとなっている。習主席自身が日々念仏のように唱えている以外に、全国の宣伝機関を総動員して一大宣伝キャンペーンを行い、国民への浸透を図っている。

上述の人民日報社説は、まさに「中国夢」の宣伝キャンペーンに沿ったものである。社説は習主席の言葉を引用しながら「中国夢」の「偉大なる歴史的・未来的意義」を熱っぽく語り、「夢」という言葉を連呼してテンションを上げている。「習主席による、習主席のため」の提灯(ちょうちん)論説そのものである。

だが、同じ1日付の人民日報の2面に掲載されている一通の講話は、それとは趣をまったく異にしている。

9月30日、中国国務院は国慶節のための祝賀会を催した。そこで祝辞を述べたのは国務院総理(首相)の李克強氏である。翌日の人民日報に掲載された祝辞の全文を読むと、中国政治に敏感な読者なら誰もが、その異様さに気付いたであろう。

前述の人民日報社説とは打って変わって、李首相の祝辞は習主席の「中国夢」に極めて冷淡な態度を示しているからである。習主席自身も祝賀会に出席している中で、李首相がこのキャッチフレーズに触れたのは祝辞の最後の一度だけだ。

それは、目の前にいる習主席への最低限の配慮であるにすぎない。祝辞全文を読めば、李首相が注目しているのは社会的不公正の是正など現実的な問題であって、「民族の偉大なる復興」などの壮大なる「夢」にはまったく興味がないことは明白である。

内部の分裂をできるだけ外部に見せないという秘密主義の指導体制の中で、李首相の祝辞はむしろ、許されるギリギリの線で自分と習主席との考えの違いを明らかにしたものだ。共産党最高指導部内の同床異夢は、もはや隠しようのない事実である。

「中国夢」にそっぽを向いた代わりに、李首相が祝辞の中でわざと言及したのは「科学的発展観」である。「科学的発展観」というのは、胡錦濤前国家主席が提唱した政策理念の集約語で、胡錦濤政権の一枚看板である。

それが後にトウ小平理論や「3つの代表」思想と並んで党の指導思想のひとつだと位置づけられているが、習政権の発足以来、「科学的発展観」は早くもお蔵入りにされている。特に習主席自身が今年に入ってから、この言葉をほとんど口にしなくなっていることは注目されている。

したがって、胡前主席が率いる「共青団派」の次世代リーダーとして今の最高指導部の一角を占める李首相が、わざとこのキャッチフレーズを持ち出したことは、「胡錦濤離れ」を鮮明にして独自路線を突き進もうとする習主席に対する牽制(けんせい)であるとも理解できよう。「そのままではわれわれは黙っていられないぞ」との脅しである。

実は同じ日の人民日報1面に、もうひとつ注目すべき記事が出ている。9月30日に共産党政治局が会議を開き、「科学的発展観学習綱領」の草案を審議し、全党への配布を決めたという。

その中で、政治局会議は「科学的発展観」を高く評価した上で党員幹部全員に学習を呼びかけたが、その意味は要するに、習政権になってから冷遇されてきた前政権の「指導思想」が今、「共青団派」の反撃によって見事な復権を果たした、ということであろう。

それに対し、自分中心の指導体制づくりを急ぐ習主席がどう動くかが今後の焦点となるが、党の指導方針をめぐっての最高指導部内の政争は、今後、熾烈(しれつ)さを増してゆきそうである。
                  ◇

【プロフィル】石平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、
神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活
動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。
産経ニュース【石平のChina Watch】 2013.10.10 11:05

  <「頂門の一針」から転載>

2013年10月11日

◆「原爆の子」と「原発の子」

平井 修一


長田新(おさだあらた、1887年−1961年)と言っても今ではほとんどの人が知らないだろうが、「原爆の子」という作品があると言えば多少は記憶がよみがえるかもしれない(注1)。

彼はその序でこう書いている――

<原子エネルギーは、一方では人類を破滅に導くなどの恐るべき破壊力をもってはいるが、一度それを平和産業に応用すれば、運河をうがち、山を崩し、たちまちにして荒野を沃土に変え、さらに動力源とすれば驚くべき力を発揮し得るということをわれわれは聞いている。

かつてはジェイムズ・ワットの蒸気機関の改良によってあの偉大な産業革命が推進されたが、原子力の平和産業への応用は、平和的な意味におけるいわゆる「原子力の時代」を実現して、人類文化の一段と飛躍的な発展をもたらすことは疑う余地がない。

初代原子力委員会委員長のリリエンソールはこう言っている。

「原子力を新しい動力源として利用すること、これはおそらく10年ないし25年先のことではないだろう」

動力源に極めて乏しいわが日本にとって、原子力の動力化は特に興味を引く。ブラッケット教授は「原子力発電単価の最も楽観的な予想は、石炭発電のどれよりも低く、また最も悲観的な予想すらイギリスの石炭発電の原価と等しく、アルゼンチンのそれよりはるかに低いことが判る」と言っている。

われわれは原子力発電が具体化された暁には、現在の数百分の一の安価な電力を得ることができる。原子力は「悪をもたらす性質」としてのみとらえるべきではなくて、「偉大な善をもたらす道」としての原子力の平和利用に向かって、人類は前進しなくてはならないし、またそれは可能である>

これが書かれた1951年は小生の生年である。当時はこれが原子力(核)開発をめぐる日本と世界の「空気、潮流」で、岩波などの共産主義者やおそらくすべてのマスコミも「平和利用」の明るい未来を一点の曇りもなく信じていた。

原子力事故は少なくない(注2)。世界に知られる大事故としては1979年の米国ペンシルベニア州スリーマイル島原発事故、1986年のソ連チェルノブイリ原発事故、そして2011年3月11日の福島第一原発事故がある。

スリーマイルとチェルノブイリの事故は人為的ミス、福島は未曽有の大地震による津波という自然災害による。いずれも当時は想定外の原因で、だからこそ大事故になった。

長田が発言を引用した「リリエンソール」は David E. Lilienthal。米原子力委員会の初代委員長(1946−1950年)だが、スリーマイル島事故の原因についてこう書いている。

「結論じみた調査が多く行われるなかで、おもな原因を“操作ミス”に帰する傾向がみられている。しかし“操作ミス”の可能性、さらには必然性を考慮に入れて発電所を設計するのが設計者の責任である。

いかによく訓練され、強い意志をもった人であっても、やはり人間であり必ずミスをしうるのであるから、そのような人間が運転することを考えて発電所は設計すべきである」(注3)

チェルノブイリの事故後だろう、彼は「原子力発電はキメラ(怪物)であるかもしれない。石炭、石油、水力などに対する価格競争力をもっているにしても、良い選択なのかどうか」と疑うようになっていたという(注4)。

第一線を担ったプロでさえ「原発の是非」を判断しかねているのだから、「脱原発」を唱える人々がいるのは理解はできる。ただ、まったくの素人の小生の管見だが、原発を停めたら日本経済は確実に失速するとは断言できる。

貿易立国である日本が原発を停めれば、これまで1000円で輸出していたものが1300円になるかもしれない。原発を盛んに新設している中韓(注5)が安い電力を使って700円で輸出するとすれば、日本の国際競争力は最早ない。

日本経済は瀕死状態となり、油もガスも輸入する金がなくなり、一流国から三流国へ転落する。われわれの快適な暮らしも終わりになる。太陽光発電などがコスト面を含めて実用化されるのはまだまだ先で、今のところは脱原発も再生可能エネルギーも「夢想」のレベルで、とても当てにはできない。

山本夏彦翁は「一度なったら、ならぬ昔には戻れない」と言った。原発のみならずケータイやネットがなかった時代へは戻れないのである。経済成長し続けなければ脱落するのが資本主義で、それに代わる経済システムがないのだから、われわれ「原発の子」は「世界一安全な原発」という理想を目指して走り続けるしかないのだ。               ・・・

注1)長田新は教育学者。広島文理科大学(現広島大学)教授在任中、1945年8月6日の原爆に被爆し重傷を負ったが、家族や教え子の看護で九死に一生を得た。

後に原爆が人間、特に感受性の強い児童の精神にどのような影響を与えたかに強い関心を持ち、被爆した児童の手記を集めて平和教育の研究資料として「原爆の子−広島の少年少女のうったえ」を1951年10月に刊行した(初出は岩波書店「世界」1951年8月号)。

注2)原子力事故は公表されているものだけでも1945年の米国ニューメキシコ州ロスアラモス国立研究所での事故がある。ここは米、英、カナダが原子爆弾開発・製造をすすめる「マンハッタン計画」の拠点だった。それ以後も1952年のカナダ・オンタリオ州のチョークリバー研究所原子炉爆発事故、1957年のソ連ウラル核惨事などがある。

注3)Atomic energy : A New Start, Harper & Row、1980

注4)Steven M. David Neuse, David E. Lilienthal: The Journey of anAmerican Liberal、1996

注5)IAEA(国際原子力機関)によれば、2013年7月時点で世界で運用中の原発は432基、建設中は65基、計画中は167基ある。中でも日本経済のライバルである中韓は原発開発を盛んに進めており、中国は15基の原発を持ち、建設中は30基、計画中は200基近くもある。

韓国は20基の原発を持ち、建設中は5基、計画中は7基あり、日本の3分の1の価格で消費者への電力供給を実現しているという。
<「頂門の一針」から転載>

2013年10月10日

◆消費税率と景気

泉 幸男


消費税を上げると不景気になるという単純論がある。

「では景気回復のために消費税率を下げる国がないのはなぜか?」と、かねてから疑問を呈しているのだが、これに答えられる反消費税論者にいまだにお目にかからない。

消費税1%分は、ざっくり2.5兆円。消費税を上げても、カネが消えるわけではない。政府がポンプの役目を果たして、日本国内でカネの回り方が変わるだけである。

一方、原子力発電所を稼働させず、火力発電用に余分に天然ガスや石油を買うために、国外へ流出するカネ。平成22年と25年を比べると、5兆円の増(為替レート差も含む)。
http://www.jri.co.jp/MediaLibrary/file/report/researchfocus/pdf/6752.pdf

消費税2%分、5兆円の国富が新たに国外流出している。(5兆円のうち若干は、われわれ総合商社が日本国内へ取り戻して株主に還元している。もし総合商社が国外で資源開発をせず、日本がまるまる外国企業から天然ガスや石油を買っていたら、さらに悲惨なことになったろう。)

消費税2%分の国富流出の割に、日本経済はびくともせぬように見えるから、反原発も健在だ。

■わたしの疑問■

「消費税2%分の国富流出」が日本経済に与えるマイナス効果は、消費税を何%引き上げたマイナス効果に相当するのだろう。

たとえば消費税を5%から10%に上げたとき、引き上げられた消費税5%分のカネは消滅するわけではなく、政府がポンプ役になって日本国内を新たな形で巡るわけである。

福島原発用地内の地下水対策に膨大な費用をかけるとしても、そのカだって消滅するわけではなく、東京電力がポンプ役になって日本国内を新たな形で巡るだけだ。

それと「国富流出」は根本的に異なる。国富流出こそは日本経済へのボディブローになる。

「消費税2%分の国富流出」が日本経済に与えるマイナス効果は、消費税を何%引き上げたマイナス効果に相当するのか、わたしの疑問に誰か答えてくれないだろうか。

*    *     *

「景気回復のために消費税率を下げる国がないのはなぜか?」と、かねての疑問を8日の配信で書いたら、さっそく賢明な読者からメールが入った。

経済へのカンフル剤効果を狙って、消費税率を暫定的に引き下げた例がいくつかある。それを示す3つのサイトをご教示いただいた。

◆ 英国 VAT減税に消費拡大効果

http://nna.jp/free_eu/news/20090414gbp002A.html

平成20年12月から13ヶ月の期間限定で付加価値税を17.5%から15%に引き下げたという例。下げても、15%だ。

日本並みに5%に引き下げたらもっと景気はよくなる?

上の和文サイトのモトネタと思われるBBCのサイトも発見した:
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/7995850.stm

その英国の後日談が JETRO のサイトにあった。以下のページの下のほう、「注2」をご覧いただきたい:
http://www.jetro.go.jp/world/europe/eu/qa/02/04A-000910

≪英国では、景気後退に伴い、2008年12月1日からVAT標準率を17.5%から 15.0% に 引き下げましたが、2010年1月1日に 17.5%、2011年1月4日には 20%に変更されました。≫

日本並みに5%に引き下げたらもっと景気はよくなる?

◆ タイ VAT税率7%に据置き
http://ameblo.jp/bangken/entry-11348091683.html

タイでは平成4年に10%の付加価値税を導入したが、平成11年に暫定的に7%へと引き下げられた。理由は、経済危機への対応のため。

上の報道は、平成24年10月1日から平成26年9月30日までの2年間、付加価値税の税率が引き続き7%に据え置かれるというもの。

理由は、大洪水後の購買力アップと民間投資の促進。一時的な引き下げのはずが、15年間も7%で据え置き。日本並みに5%に引き下げたらもっと景気はよくなる?

◆ EU財務相会合:付加価値税引き下げを容認
http://www.bloomberg.co.jp/article/2009-03-11/aJwBsjhjhMNs.html

平成21年3月の記事である。

≪欧州連合(EU)財務相会合は2009年3月10日、各国政府が付加価値税(VAT)の税率を引き下げることを容認することで合意した。ただし、適用分野は外食産業や住宅改築などの労働集約型産業に限定される。≫

景気回復というより、雇用促進のためのピンポイント的カンフル剤効果を狙ったもののようだ。

そのEUだが、さきのJETROのサイトの「注1」によれば

≪欧州理事会は2015年12月31日までは加盟国の標準税率が最低15%以上であることを決定しています。≫

日本並みに5%に引き下げたらもっと景気はよくなる?

◆ 英国 VAT減税に消費拡大効果
http://nna.jp/free_eu/news/20090414gbp002A.html

平成20年12月から13ヶ月の期間限定で付加価値税を17.5%から15%に引き下げたという例。下げても、15%だ。

日本並みに5%に引き下げたらもっと景気はよくなる?

上の和文サイトのモトネタと思われるBBCのサイトも発見した:
http://news.bbc.co.uk/2/hi/business/7995850.stm

その英国の後日談が JETRO のサイトにあった。

以下のページの下のほう、「注2」をご覧いただきたい:
http://www.jetro.go.jp/world/europe/eu/qa/02/04A-000910

≪英国では、景気後退に伴い、2008年12月1日からVAT標準税率を17.5% から 15.0% に 引き下げましたが、2010年1月1日に 17.5%、2011年1月4日には 20%に変更されました。≫

日本並みに5%に引き下げたらもっと景気はよくなる?

◆ タイ VAT税率7%に据置き
http://ameblo.jp/bangken/entry-11348091683.html

タイでは平成4年に10%の付加価値税を導入したが、平成11年に暫定的に7%へと引き下げられた。理由は、経済危機への対応のため。

上の報道は、平成24年10月1日から平成26年9月30日までの2年間、付加価値税の税率が引き続き7%に据え置かれるというもの。理由は、大洪水後の購買力アップと民間投資の促進。

一時的な引き下げのはずが、15年間も7%で据え置き。日本並みに5%に引き下げたらもっと景気はよくなる?

<「頂門の一針」から転載>

2013年10月09日

◆独裁者オバマと米国の衰退

Andy Chang


国連参国家は1951年の成立当時の51カ国から現在の193カ国で、60年の間に4倍になった。参加国の多くは共和国を名乗り、大多数の国の憲法で民主自由を唱え、国際関係において平和と協調を唱えている。しかし国家間紛争と国内闘争は増えるばかりである。

60年で51カ国から193カ国に増えた理由は、人民が民主主義闘争で独立果たしたからだが、民主国家になったはずの国々の半分以上はすでに指導者独裁となり、再度の国内紛争と革命の原因となっている。

民主から独裁になり、独裁から民主になるのが過去半世紀の人類の歴史と言える。アメリカでさえ独裁者が生まれるのである。

●民主国家から独裁者が生まれる

民主国家では言論と行動の自由がある。言論が自由になるといろいろな意見が出てきて政治政策の決定が難しくなる。政策決定は多数決によるから意見が続出すれば政党を作り、政党政治、選挙政治となる。

選挙になると政党は一致投票を強行して個人の意見を抑え、政党の主張に服従を強要する。こうして民主国がだんだんと政党独裁、指導者独裁となる。

アメリカは世界で最も民主的な国と言われていたが、オバマが大統領になると急速に独裁的になった。いま問題になっている政府デフォルトはオバマの責任だが、オバマとリース議長(民主党)はデフォルトを共和党の責任と言い張り、民主党贔屓のメディアも追従して共和党を攻撃している。

●民主国家アメリカの独裁化

先週の火曜日、10月1日から始まったアメリカ政府のデフォルト騒ぎは、国会(下院)が3回、オバマケア以外の全予算を通したが、オバマは否決権を行使すると宣言し、リース上院議長はオバマケアに固執して予算を3回とも否決した。

オバマの独裁ぶりは外国ではあまり知られてない。アメリカのメディアは一貫して民主党贔屓だが、黒人大統領オバマの悪口はほとんど報道しない。メディアが実情を報道できないほどオバマ独裁が徹底していると言える。

オバマ独裁はこれまでにベンガジ事件やIRS政敵監視事件など、幾つかスキャンダルを抱えている。国力衰退、中東政策の失敗、政府デフォルトなどはすべてオバマ独裁の結果である。スキャンダルは別としてオバマの失敗は、オバマケアと赤字予算と債務増加にある。

●独裁者オバマの実態

オバマが当選した2008年、米国国会は下院、上院ともに民主党多数だった。この優勢を利用してオバマは就任して一ヶ月で3000ページ、3.6兆ドルの政府予算を国会に提出し、一週間以内に通せと強要した。

この予算は歳入よりも1兆ドルの超過があるにも拘らず、民主党優勢の下院と上院はすんなりと予算を通したのである。国会の審議を通さず、1週間で民主党が通したものだからその後は赤字が急速に増大する結果となった。

議会は法案を討論し投票する場所だが、議会大多数を擁して法案を討論せずに通せと強要したオバマは史上最低の大統領である。

●オバマケアは悪法である

連邦政府の予算を通したあと、オバマは続いてオバマケアと呼ぶ、2700ページの国民皆保険法案を提出し、これもまた一週間の期間制限でゴリ押しに通したのである。ところがオバマケアは問題が続出し、既に2万ページの修正案(法案の10倍)を発表している。

オバマケアは2014年度から実施されるが、国民や大企業の反対があるので、オバマは一部の大企業や国会議員に対し、一年の実施延期を決定した。

つまり一般国民や小企業はこの恩恵に預からないが大企業や国会議員などは一年延期の恩恵がある。2014年11月には中間選挙があるのでオバマケアの不人気で民主党敗北となるのを防ぐのがオバマの一部延期の目的で、不公平でしかも議会を通さないで行ったオバマの勝手な法案変更である。

●アメリカ連邦債務の問題

アメリカ連邦の債務はオバマの就任当時9兆ドルだった。この債務赤字はアメリカ歴代大統領の時代から続いてきたものであるが、オバマが就任したら5年間で赤字が9兆ドルから16.7兆ドルとなり、あと2週間で国会が制限した17兆ドルの債務上限を越えるのは確実である。オバマは債務上限の無条件増加を要求している。

ブッシュ時代の2006年当時、赤字予算の追加を討論したとき上院議員だったオバマは「国の赤字を無制限に増加させるのは犯罪行為」と主張して反対票を投じた。

ところがオバマは大統領になったら5年で連邦債務が9兆ドルから17兆ドルになり、止まるところを知らない。この分で行けばオバマの任期完了の2016年までに連邦債務が20兆ドルを超えるのは明らかである。

2008年に民主党優勢で強引に通した連邦政府予算は、当時から政府歳入を1兆ドル以上超過する予算だった。このため2010年の中間選挙で下院が共和党多数、上院が民主党多数のレイムダック国会となり、それ以後は下院で通した政府予算削減案は上院で却下される結果となった。

現在のアメリカ国家予算は2009年予算を延長し、1兆ドル以上の赤字増大を防ぐようになっている。つまり連邦政府予算は2009年度の予算を続けて赤字増加を防いでいるのである。

●協調を拒否するオバマ

10月1日から始まった政府の一部機能停止(デフォルト)は民主党多数の上院が下院の通したオバマケア以外の総予算を却下した結果である。アメリカのルー財務長官は17日までに債務上限を突破する。

国会(下院)が債務上限引上げ法案を通さなければアメリカは債務不履行で破産し、アメリカが破産すれば世界的な経済衰退となると警告した。

4日、ウォールストリート紙が「ホワイトハウスの(誰かさん)が、われわれは共和党と協調しない、われわれは勝っている」と言ったと報道した。

この新聞を読んだ共和党のベイナー議長は憤慨して記者会見をして「国家予算と債務赤字は重大事で、勝負事ではない。こんなバカな事を言えば全国民が迷惑する」と譴責したので、これを聞いたオバマは「これには勝ち負けではない」と発表した。いったい(誰かさん)は誰でしょう。

だがオバマもルー長官もアメリカの債務増加の責任を回避して国会が債務上限を引き上げなければ世界的な影響となる、と恫喝を繰り返し、協調を拒否している。

これに対しベイナー下院議長は、「下院は無条件で国家の債務上限を引き上げることはしない」と述べた上で、「大統領は、我々との会話を拒否することで、債務不履行(デフォルト)の危険を冒している」と言い、オバマが共和党との交渉に応じるよう求めた。

アメリカはオバマ独裁のおかげで民主の低下と国力衰退を招いた。しかもオバマは共和党の協調呼びかけを拒否し、オバマケアと債務上限の無条件引き上げを要求している。オバマは史上最悪の大統領だが、民主党のリース議長も同じくアメリカ史に残る最悪の議長である。

 <「頂門の一針」から転載>

◆維新敗北 敗戦に善みな者は滅びず

<産經新聞:編集長・堀川晶伸>

〜堺市長選 〜 
 
一つのエピソードから始めたい。

堺市長選が後半を迎えた9月23日、市内の中学校で大阪維新の会の公認候補の講演会が開かれた。聴衆は約600人。日本維新の会の石原慎太郎・共同代表も姿を見せ、応援に立った大阪維新の会の橋下徹代表(大阪市長)は語気を強めた。

「今、朝日も産経も大阪都構想について、いろんな説明をしています。ただ、説明しようと思ったら千ページぐらい必要。朝日や産経がやっていることなんて、2行分ぐらいですよ」

橋下氏はこの演説会の後、石原氏に「戦況はかなり不利です」と打ち明けている。
大阪都構想への参画を争う選挙で、有権者への理解が進んでいないといういらだちが新聞批判になったことは想像に難くない。

しかし実際の聴衆の反応は、橋下氏の受け止め方より、さらに厳しいものだった。講演会を途中で退席した40代の男性はこう言い放った。

「『2行分しかない』って言っていたけど、じゃあ橋下さんが都構想を説明してくれたんか?って言いたいわ」

前述の通り、堺市長選は大阪市と大阪府を再編する大阪都構想に堺市が加わるかどうかが争点だった。選挙が終わった今、現職が再選を果たした理由として「都構想に入れば堺がなくなる。堺をなくすな」というフレーズを訴え続けたことが「自治・自由の街」として歴史を育んできた堺市の有権者にアピールした−という見方が一般的だ。

橋下氏自身、開票日の29日夜の記者会見で「都構想で堺がなくなるという全く間違ったメッセージが市民に広がったのは残念」と語った。「堺市を特別区に分ける手続きなどを、きちんと説明すれば勝敗はわからなかった」という思いがにじんでいる。

だが説明が足りなかったのは「堺市がなくなるかどうか」という単純な事柄だけだったのか。そこには、都構想が抱える重要な問題が潜んでいる。

◆打ち消しあった切り札

大阪市立大大学院の砂原庸介准教授は、著書「大阪−大都市は国家を超えるか」(中公新書)のなかで、大阪都構想は「都市官僚制の論理」と「納税者の論理」という2つの論理を内包していると分析している。

前者は強力なリーダーシップのもとでインフラなどを整備し、大都市としての成長を追求する考え方。後者は金の無駄遣いをなくし、民営化でコストカットを図ることで、住民の支持を得る考え方を指す。単純化すれば「強力な行政」と「住民の目線」という考え方と言い換えてもよいだろう。

ここで重要なのは、砂原氏が「財源が制約されている現代では、2つの論理は一方を追求すれば、他方を犠牲にせざるを得ないトレードオフ(二律背反)の関係になりがちである」と指摘していることだ。

ところが、大阪維新の会は、都構想について、これまで2つの考え方が両立することを前提としてきた。「強力な行政」で、経済などの閉塞(へいそく)状況を打ち破ることを旗印に掲げる一方、「住民の目線」は、公務員の厚遇問題など市民の支持を得やすい問題を強調。

選挙では、2つの考え方をともに訴えることで、有権者に「都構想にイエスかノーか」を迫る“必勝パターン”をつくり出してきた。

だが今回の堺市長選では、「住民の目線」に、堺市の分割という現実の課題が具体的に浮上し、大阪全体の発展を目指す「強力な行政」と対立する結果となった。

今回、大阪維新が敗北した真の原因は、これまで有効に機能してきた2枚の“切り札”の効果が、初めて打ち消し合ってしまったことにあるといってよいだろう。
 
「強力な行政」と「住民の目線」の考え方が対立した場合、都構想というシステムでは、どちらが優先され、どのような手続きで解決されるのか。行政に対し、住民側からの「異議申し立て」はどこまで可能なのか−。

今回の堺市長選で橋下氏が本当に説明すべきだったのは、こうした有権者の疑問や漠然とした不安に対する丁寧な回答だったのではないだろうか。

◆「現実」を示すときだ

記者として大阪府庁を担当していた頃、年末になると当時の大蔵省の新年度予算の原案内示や復活折衝の取材で東京に出張した。正直、優先順位が到底高いとは思えない地方の道路や施設などの整備に巨額の経費が計上される一方、国家として取り組むべきインフラ関連の予算が見送られる状況を目の当たりにして「霞が関の壁」は現実に存在することを痛感した。

そうした文脈において、都市型の地域政党として誕生した大阪維新の会の存在意義が、今回の選挙だけで直ちに失われたと見るのは尚早だろう。大阪の地盤沈下は現実であり、行政として解消を図る取り組みは欠かせないと考えるからだ。

都構想だけがクローズアップされているが、現在、府と大阪市が広域行政について協議を進めている「府市統合本部」を、より積極的に活用する方法などもあるだろう。

橋下氏は平成27年4月の都移行を目指す日程に変更はないとしている。だとすれば、今回の選挙結果を踏まえ、今後予定される府、市議会での論議や住民投票に向け、都構想において、大都市の発展と身近な地域の自治のバランスをどのように取るのかを、明らかにしていくことが不可欠だ。
 
「戦いに善(たく)みな者は敗れず、敗戦に善みな者は滅びず」(「漢書」刑法志)
 
看板施策を「理念」だけで語ることができた時期は終わった。その「現実」を明らかにし、住民の理解と納得を得る努力こそが、大阪維新の存亡に直結している。<産経新聞:10月8日(火)15時6分配信>

2013年10月08日

◆GHQ「焚書図書開封」読書メモC

平井 修一


西尾幹二著「GHQ焚書図書開封 - 米占領軍に消された戦前の日本」で紹介されている焚書図書のサワリ。今回とりあげる「濠州聯邦」とは豪州(オーストラリア)連邦のこと。英連邦王国の一国である。

小生がオーストラリアへ行ったのは10年以上前で、観光資源の視察が目的だった。関係者が言うには「オーストラリアは若い国だから過去にとらわれない斬新な発想をする」そうで、ホテルの厨房でコックさんの仕事ぶりを見ながらディナーを楽しむというのも同国が最初だったから、「なるほど斬新なんだなあ」と思ったものである。

シドニーではOLが裸足で道を歩いていた。銀座、丸の内を裸足で歩く人はいないから、「ああこれも斬新のひとつか」と妙に感心した。

この国がいつできたのかは曖昧だ。1901年には豪州連邦が成立しているが、1986年のオーストラリア法制定で英国から完全独立をしたというから、ついこのあいだ建国されたと言うこともできる。

オーストラリアが欧米に知られるようになってからの歴史は浅い。1770年に英国人探検家ジェームズ・クックが現在のシドニー郊外、ボタニー湾に上陸して領有を宣言した。

1770年は日本の明和7年で、田沼意次が政権を握っていた田沼時代の真っ盛り、蘭学が始まった頃だった。明治維新の100年前だから古い話ではない。

領有宣言以降は入植が始まったのだが、1788年からアメリカに代わる「流罪植民地」として英国囚人の移民が増えていった。それまではアメリカが英国の流刑地だったが独立によりオーストラリアが流刑地になったのである。初期移民団1030人のうち736人が囚人で、「囚人の総数は6万9000人にもなった」(西尾先生)という。

1800年代から自由移民が増えていったが、今でもオーストラリア人は出自を語るときに「自分の先祖は19世紀に移民してきた」と必ず言い、つまり「囚人の子孫ではない」とアピールするそうである。

1828年に全土が英国の植民地となり開拓が進んだ。内陸を探検し、農牧地を開拓したのだが、その過程で先住民から土地を取り上げて放逐、殺害が相次いだ。1830年までに純血のタスマニア島先住民は絶滅させられた。英国の植民地政策はこのようなもので、アメリカではインディアンを絶滅寸前にまで迫害したことは広く知られている。

現在、オーストラリア住民の90%がヨーロッパ系白人であり、アジア人が7%、アボリジニなどが2%。移民は全体の約2割を占め、出身国はイギリス、ニュージーランド、中国、イタリア、ベトナムが多い。1975年に人種差別禁止法が制定されるまでは白色人種以外の移民を受け入れることを基本的に禁じていた。

住民の主流を占める白人による、先住民アボリジニや有色人種に対する迫害や差別の歴史があり、現在も黄色人種、黒人、中東系などの有色人種に対する優越思想「白豪主義」が一部に存在しているという(注)。

戦前の日本はこうした英国、オーストラリアの植民地支配を非常に恐れていた。「斬新な国」の裏の顏は「残虐な国」だった。今では「日豪は基本的価値と戦略的利益を共有する戦略的パートナー」などと両政府は言っているが、「英豪は油断できないぞ」と警告しているのが「濠州聯邦」という本だった。

■宮田峯一著「濠州聯邦」昭和17年9月、紘文社刊

<(英国植民地オーストラリアの)英人移住地方において、原住民が急激に滅亡したについては、三つの主な原因がある。殺害によるもの、悪病と酒類の伝播によるもの、生活様式の急激な変化のよるものである。最悪なるは殺害で、ブリスベン総督のごときは原住民を一団にして射殺することを許可している。

また移民の中には食物にヒ素を混入して黒人に与えて毒殺するといった悪辣で卑劣極まる殺人を犯すものもあった。これはラング博士も1847年に発行した著書の中に述べている。ジョージ・ロビンソンも毒殺は原住民減少の一原因であると述べている。

原住民族の滅亡の経路は戦慄すべく、嫌悪すべき一大悲劇であって、われわれは湧き上がる義憤を禁じ得ないのである>

■西尾先生曰く、「これらはアングロサクソンの常套手段であった。彼らはタスマニアの原住民を絶滅し、二十万人から百万人いたオーストラリアの原住民をわずか二万人にしてしまった。絶滅を意に介さない一連の行為の中に、昭和二十年三月の東京大空襲や広島・長崎に対する原子爆弾の投下もあったと見るべきだ。

アングロサクソンには白人以外の人間や文化を支配し滅ぼそうという傾きが根源的にあるのではないか。だから、最後まで抵抗しようとした日本民族に対しても徹底的な打撃を与えようとした。それが大東亜戦争の発端であり、帰結だ。誇り高き日本民族はなんとか抵抗しようとしたが、刀折れ矢尽き、力尽きたというのが現実だ」(2013/10/6)

           ・・・

注)白豪主義:白人最優先主義とそれにもとづく非白人への人種差別的な排除政策、およびその思想。ウェスタンシドニー大学の調査によると、オーストラリア国民の10人に1人が「白人至上主義者」であり、人種差別的視点を持つ者が少なくないことが明らかとなった。

<「頂門の一針」から転載>

◆”秋田”は奈良時代から使われていた

古澤 襄


秋田のことは資料を持っているので、追々書くつもりだと言ったが「急増した秋田県の読者」を掲載したら何と4位で読まれている。”追々”どころではない・・・何か書かねばならぬ。

!)隘路に迷い込んだ朴槿恵大統領   古澤襄
!)揺らぐTPP年内妥結シナリオ   古澤襄
!)ゲイ(同性愛者)を公表し社民党党首選へ  古澤襄
!)急増した秋田県の読者    古澤襄
!)北京の大気汚染 再び最悪レベル   古澤襄

まず「アキタ」という地名の呼称はいつから始まったか?

これは驚くほど古い。古代から使われている。日本書紀・斉明天皇4年(658)4月の条に「齶田(アギタ)」の文字が出てくる。国立公文書館蔵の資料だが、阿部臣(阿部比羅夫か?)の蝦夷征討の記述にある。1355年昔から朝廷では「アギタ」の名が知られていた。

「アギタ」が「アキタ」になり「秋田」の文字が使われたのは「続日本紀」。私の資料では天平5年(733)に「出羽柵を秋田村の高清水岡(現在の秋田市)に遷し置く」(続日本紀 巻十一)とある。

出羽(デワ)の呼称も和銅2年(709)から使われていた。(続日本紀  巻4)。「諸国に命じて出羽柵に兵器を運送させる」とある。和銅5年の「続日本紀 巻5」の記述では「9月に出羽国を設置す」とある。

成立当時は出羽の国府は出羽柵に置かれたと比定されているが、遺構はまだ発見されていない。

このように秋田の地名は奈良時代から朝廷に知れ渡っていた。古代国家にとって北の蝦夷征討が最大の事業だったが、まず出羽の鎮撫が主眼となった。当時は日本海に面した諸国が「表日本」であって、朝廷軍は陸路と海路を使って侵攻している。

出羽・秋田の蝦夷は早くから朝廷軍に服属したのも時代の変化をみてとる水路の情報があったのではないか。

この点が太平洋に面する蝦夷・安倍一族の果敢な抵抗と一線を画した。秋田と岩手の違いは幕末の戊辰戦争でも現れた。奥州列藩同盟からいち早く離脱した秋田藩はそれだけ京都や江戸の情報を手にいれている。

最後の賊軍となった盛岡藩は京都や江戸の情報に疎かった恨みが残る。会津藩の悲劇にも同じことがいえる。
2013.10.07

   <「頂門の一針」から転載>

2013年10月07日

◆老化現象早見表26カ条で思う

岩見 隆夫


老化現象早見表のことを知ったのは、亡くなった作家、小島直記さんの本である。『人生まだ七十の坂』(新潮社・1990年刊)を頂戴した時 は私もまだ五十代なかばで、そのうちに、と本棚に収めておいた。

病を得て暇ができたというのもおかしいが、生前何かとお世話になった小島さんのこの本を取り出してみると、男性の老い方徹底研究のような内容で、いまの私にはフィットする。面白いだけでなく、人生勉強になる。なかに次の記述があった。

〈『サンデー毎日』に市川三郎という人の「只今商談中」というのが20年間も連載されていたことがあり、私も愛読したものです。その昭和55年5月11日号にのった老化現象早見表とでもいうべき26カ条の老 人性症候群は……〉

市川さんの人気コラムは私も記憶が鮮明だ。洒脱(しやだつ)でワサビが利き、それでいてどこかとぼけたような文章の味が忘れられない。さっそく、毎日新聞社にお願いして、市川コラムのファクスを送ってもらった。

26カ条を一読してみて、失笑、苦笑なのだが、昭和55年と言え ばいまから33年前、従って通用するものもあれば、しないものもあ る。この年は、たしか大平正芳首相が急死して、衆参ダブルとか奇妙な選 挙が行われ、政情騒然としていた。しかし世相はそうでもなく、なんとな く浮ついていた記憶がある。

まあ、26カ条の早見表をとりあえずご覧いただこう−−。

(1)二日酔いするほど飲まなくなったとは、思いませんか。

(2)近所の娘さんをお見それするようなことは、ありませんか。

(3)駅の改札口で、駅名を3度ぐらいいわなければ、係員に通じないことはありませんか。

(4)買い物に出かけて、何を買いにきたのか、忘れてしまうようなこ
とはありませんか。

(5)電話のダイヤルをまわしきらないうちに、指をはなしてしまうことはありませんか。

(6)おしゃべりしているBGたちも、あなたの顔を見るとピタリとやめるようなことはありませんか。

(7)会社のあなたのデスクの引き出しに、竹製の耳かきが入っていませんか。

(8)憎まれ役を買って出ようと思ったことは、ありませんか。

(9)奥さんに注意されるまでツメののびているのに、気がつかないことはありませんか。

(10)きのうの新聞を、きょうの新聞だと思って読むようなことはありませんか。

(11)あなたのシャレがバーのマダムにも通じないようなことはありませんか。

(12)バスつきのルームでは温泉へきたような感じがしないと、思ったことはありませんか。

(13)立ち上がるとき「どっこいしょ」と思わずいうようなことはありませんか。

(14)おでん屋のオヤジに「ダンナ、お気をつけなすってッ」とかえりぎわに、いわれたことありませんか。元気な人には絶対にいわないコトバですからね。

(15)「新喜劇でも見に行くか」と、思ったことありませんか。

(16)叱ろうと思いながらも「まァいいさ、いいさ」というような ことはありませんか。

(17)「愛情」ということばより「情愛」ということばに心ひかれるようなことはありませんか。

(18)乾杯の音頭取りをたのまれたことありませんか。

(19)よく気がつく女のコが相手だと、くたびれるようなことはありませんか。

(20)パーティーへ行って、イスがほしいとは思いませんか。

(21)バーやキャバレーに行っても「さァ、ボチボチ引きあげようか」と口火を切って、いちばん先に腰を浮かしたい衝動にかられませんか。

(22)出張費を浮かすよりいい宿でゆっくり休みたくはありませんか。

(23)だまされた経験ばかりだったと、ふと思うようなことはありませんか。

(24)駅のベンチで、ヒトリゴトをいうようなことはありませんか。

(25)宴会に出席しても、芸者に「まァ、ここへすわれ」といわなければ、芸者が素通りしてしまうようなことはありませんか。

(26)「まァ、めずらしく甘いモノをほしがるのね」と、奥さんにいわれることありませんか。

〈以上、自分は達者だと思っていても、老化現象はソコハカトナクしのびこんできたのですぞッ〉

というのが市川さんの締めの言葉。

◇高齢社会を生きる知恵〈老人らしさ〉を教えて

小島さんによると、高名な英文学者の中野好夫さんも、この26カ条 を見ていて、『私の消極哲学』というエッセーのなかで、(1)(5)(13)(16)(18)(20)(23)(25)の8カ条をピック アップし、

〈まことにドンピシャリである。もっとも市川氏によれば、これらはすべて老化現象の初期徴候だそうだから、すでに齢(よわい)喜寿を過ぎた筆者が、一針チクリと刺されるのはむしろ当然かもしれぬ〉

と呑気に書いたそうだ。このうち(5)だけは、いまの若い人にはわからない。だが、中野さんはこの時すでに77歳(1985年81歳で 死去)。老化の初期徴候どころか、老人そのものである。それがどうも曖 昧なまま自覚されていなかったらしい。

26カ条まで引用させてもらいながら恐縮だが、市川さん、小島さん、 中野さんら先輩世代は、あのころ、〈老人〉という年齢的線引きのわきまえがなく、ぼんやり老化現象として眺めていた。だから、早見表を見て楽しむ、日本はまだ結構な時代だった。

いまは人口構成の状況がガラリと一変、65歳以上の高齢者(老人) が総人口のうち3千万人を超えてしまったのだ。老化現象などと言ってる 暇はない。高齢社会を上手に円満に生き抜くには、〈老人らしさ〉のほうが問われているように思う。どなたか、〈らしさ〉の早見表をつくっていただけませんか。

<今週のひと言>

ことのほか、秋がいい。あの夏のあとだから。

2013年10月02日サンデー時評
(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)
(サンデー毎日2013年10月13日号)

  <「頂門の一針」から転載>

2013年10月06日

◆富裕層は笑い止まらぬの消費税

山堂コラム 490


安倍総理が1日、来年度消費税率を8パーセントに引き上げると宣言した。アベちゃん自ら宣言しなくても法律はすでに出来上がっているのに、と思うは素人――それはそれで宣言しなければならない怪しげな事情が数多(あまた)あるのだ。

1年前、前政権の民主党。どぜう内閣が「政治生命をかけて」成立させた消費税引き上げ法。誰に生命を委ねたのか、どぜうの命なんか柳の下か駒形屋の鍋。財務省に踊らされたその挙句、本当に政治生命のかかる選挙に落っこちそうになった。

この頃どぜうのことをあまり聞かない。どこにいるのか船橋どぜう、霧の四馬露か虹口(ホンキュ)の街か。安木節なら魚籠(びく)の中。

どぜう忘れ去られ、同法成立の大前提もすっかり忘れ去られた。忘却とは忘れ去ることなり貧乏人。消費税上げなければ公約違反のような錯覚。当時盛んに煽ったメディア。こちらの方は各社揃って死んだふり。忘れたふり。

新聞代を食品と同じように別枠化しなければ消費税は反対、とのナベ鶴の一声。各社大慌てで大旋回の日本海海戦。旭日軍艦旗の築地方面さえ支離滅裂のジグザグ航行。だから何を書いても信用されず。3Kだけが優良軍人、いや自衛官表彰の朝雲新聞―――

1000兆円にもなんなんとする赤字国債以下の大借金。まずはこれを減らすが同法の本丸。次いで税と福祉の一体化が二の丸で、国の借金減らすのならば子孫のための応分負担。貧乏人も金持ちも我慢すべえが当時野党だった自民党含めての3党合意。

そんな合意など完全に吹き飛んで、財政再建も福祉一体化も蚊帳の外。金持ち優遇のための消費税上げ。貧乏人や中小企業から取るだけ取って大企業には法人税減額。復興法人税は繰り上げ廃止だで。富裕層は笑いが止まらん。

「できたら会社側も労働者の給与を上げて欲しい」の晋ちゃんの、要請は単なる口先。そんなお願い聞くような企業家が一人でもいるなら噴飯もの。儲けは外人CEO、配当は無国籍ハゲタカ・ファンド。

集団自衛権認めて武器を買え!北朝鮮のテポドンにはF−35戦闘機・迎撃パック3がお買い得・・・遺伝子組換えの穀物に、飼料に農薬ならモンサント。TPPで丸儲け。日本国の借金は、じゃじゃ洩れフクイチ汚染水。止めようにも止まらぬ増えるだけ。

アベノミクスの円安・株高。株屋とハゲタカしこたま儲けたそのあとに、控えおりし曲者は解放特区にNISA。カジノ・パチンコ・投資信託・・・酒とバラの日々謳歌する、アベ取り巻きの富士桜。5%の富裕柿。

空にゃ今日もアドバルーン。さぞかし会社で今頃は、汗水流して働くは95%の派遣社員に非正規ら。賃金CEOの千分の1、いや万分の1。いや、それだけに留まらず。金鵄上がって15銭。パンも野菜も牛乳も、ガソリン・電気・ガス代も次々上がる。年金下がる。

美しい国だ愛せよ守れ、そうアベちゃんに言われても、特権階級だけが離れですき焼き。残る95%の貧乏人。マックやKFCのジャンクフード食わされて、その日暮らしの若者ら。そんな国が美しい?ああ1億の民が泣く。(了)
<「頂門の一針」から転載>