2013年09月19日

◆「日本の電化」事始め

平井 修一


小生が生まれた1951年からのわずか六十余年で日本人の生活はまったく様変わりした。いつでも冷蔵庫には冷たいものがあり、ポットにはいつも熱いお湯がある。スイッチを入れるだけでお風呂も沸くしご飯も炊ける、夏には冷房、冬には暖房で快適だ。

便利、快適に慣れすぎて、もう電力がない生活は考えられない。停電が1か月も続けば、サバイバルの技術も耐性もないから死者が続出するに違いないし、経済も破綻しかねない。ずぶずぶの電力依存症になった。

人類史は電力以前と電力以後に大別できるかもしれない。

人類史において動力のほとんどが「人力」という時代はずいぶん長かったろう。そのうち畑を耕したり荷車を引いたり、移動手段として牛馬などの「獣力」を利用するようになった。

中世になると水車を発明して精米や粉引きは「水力」を利用し、オランダでは干拓地の排水用に「風力」利用の風車が開発された。やがて18世紀の近世には「蒸気力」を利用する機械が発明されて産業革命が始まった。19世紀には蒸気に代わって圧倒的なパワーをもつ「電力」が登場し、21世紀の今もそれが動力の主役になっている。

しかし、それはある程度国力のある国の話であって、現実には電力が世界中に普及しているとはまったく言えない。国際協力機構によると世界中で電気のない暮らしをしている人は15億人、世界人口の20〜25%ほどにもなる。中でもサブサハラ・アフリカ(サハラ砂漠以南の国々)と南アジアの電化率は低く、サブサハラの農村部では5人に4人以上が電力のない地域で生活しているという。

新興国のインドでさえも、国民の4人に1人が電気を利用できず、「2009年の1人当たり消費電力量は779kWhと、日本の消費量の2割に達していない」という(海外電力調査会)。

<アジア(非OECD国)、アフリカ、中東、中南米は、北米(OECD国)や欧州(OECD国)に比べ、1人当たりの電力消費量は依然として低い水準でした。例えば、2008年時点でアジア(非OECD国)の1人当たり電力消費量は、北米(OECD国)地域の6.5%程度にすぎません>(エネルギー白書2011)

電力の恩恵をたっぷり受けていないと経済はなかなか成長できず、後進国から抜け出せないでいる国は実に多いのである。

振り返れば日本でも「三種の神器」と呼ばれた白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫が普及し始めた1950年代後半までは、普通の家にある電気製品は電灯、ラジオ、アイロンくらいで、電灯でさえも日本全国津々浦々、どんな僻地にも灯るようになったのは1970年に近かったのではないか。

<電気は郡部では戦後になってやっと普及した地域もあり、早い地域と遅い地域では50年以上もの差があります。家庭に配電するには電線を敷設する必要があり、それは電力会社にとって初期投資となります。

しかし戦前は現在のような9電力会社体制ではありません。東京電燈の成功を見て、全国各地に雨後の竹の子のように電力会社が設立されましたが、それは弱小資本の乱立でもありました。

電気の使用料を利用者から取り立てるのも大変でした。銀行の口座振替などない時代であり、集金人が一軒一軒戸別訪問で集金する以外にないからです。また当初は使用量を計測する機械もなく、電燈の数で課金するような仕組みでした。

そうした集金システムにしても電線の初期投資にしても、人口密度の高い都市部が電力会社にとって投資効率が高いわけです。都市部ではいくつもの電力会社が大口ユーザーの奪い合いの激烈な競争を繰り広げる一方で、人口密度が低く投資効率の悪い郡部は長年放置され続けてきたのです。

終戦となり現在にいたる9電力会社体制に再編され、電力会社の経営が安定して日本中に電線が引かれるようになったのです>(ヤフー知恵袋)

わが川崎市は京浜工業地帯と呼ばれていた東の東京湾岸臨海部から発展したのだが、西のはずれにある小生の町(昔は田舎)あたりに電気が通じたのは、東京電燈が東京・茅場町から送電を開始した1887年(明治20年)から14年後の1901(明治34)年ころだったろう。この年、隣町に吉澤製紙(後の玉川製紙)工場が設立されているから、電線が引かれていたに違いない。

カミサンが生まれたのは奄美大島本島の秋名(あぎな)という集落である。本島の北端に近く、最大と言うか唯一の町である名瀬(なぜ)からは、30年ほど前に行った時は車で山道をたどり1時間はかかった。カミサンが育った昭和20〜30年代は陸路が整備されていなかったから秋名−名瀬はもっぱらポンポン船に頼っていた。離島のさらなる僻地だったのだ。

奄美大島の電化について調べてみたが、「鹿児島県史」によると東京に遅れること24年の明治44年(1911)、奄美で初の電気事業が名瀬村で開始され、家々に電灯が灯った。本島南部の電化は大正12年に、北部は昭和7年になってからであった。小生と同年配くらいの奄美人がこう書いている。

<(東南部の)住用川発電所は大正8年から平成3年までの71年間電気を作り続けてきた水力発電所です。150kwの出力は現在では標準的家庭の1ヶ月分に満たない程度のものでしょうが、当時電化製品のない時代、ほとんど電灯用として大変貴重なものだったでしょう。

因みに私の父が電力会社に入社した昭和38年、最初の仕事は夜間に村々を回り電気泥棒を探すことだったそうで、当時一軒の家が電気を引くとその線の途中に勝手に分岐して電球をつけることが多々あったらしい。

小学生の時の先生が郵便はがきの当選番号で洗濯機が当たった時にまだコンセントが家になかったという笑い話を思い出します。奄美の全ての村々に電気が行き渡るようになったのは、まだつい最近のことなのです>

ちなみに電気がこれだけ普及しているのに感電事故(労災を除く)は非常に少なく、死傷事故は平成22(2010)年度は67件。関東管内の平成23年度の死者はたったの2人だった。

安くて便利で安全な電気、電力が支えたから今の経済大国日本がある。ただ、その元となる石油やガスは輸入に頼っているから、その面での電力自給率は20%にも満たない。低コストの原発は経済成長のみならずエネルギー安保の観点からも必要なのである。(2013/09/17)


2013年09月18日

◆宇宙の戦力化に注力する中国

茅原 郁生


中国は去る6月、有人宇宙船、神舟10号の打ち上げに成功し、宇宙センター構築に向けた成果が大きく報道された。

今日、急台頭する中国の海洋進出が注目され、我が国とは尖閣諸島をめぐる軋轢(あつれき)に関心が集まり、警戒感が高まっている。しかし中国の戦略領域への進出は海洋のみならず、宇宙や深海、さらにサイバー空間にまで拡大されている事実を看過してはならない。

一般に新興国家が国力を伸張するとき、勢力圏の拡大を志向して、それが既存の秩序への挑戦と映って国際摩擦を起こすという問題は史上、中国に限ったことではない。

しかし中国の場合、その手段として軍事力を重視するという特色があり、その動向が警戒されている。

その観点から中国の宇宙開発の実態を見ておこう。中国の宇宙開発は、月面探査や火星探査など広範にわたるが、宇宙ステーション計画を中心に宇宙の軍事利用が進められている。

その背景には、米軍事力の強大さの原動力は宇宙の活用にあり、突出する軍事的な優位も宇宙の戦力化に依拠しているとの見方に立って、中国も宇宙の戦力化に力を注いでいる。

現に神舟10号の実験も国防科学技術工業委員会が担当し、総指揮は解放軍総装備部長の張又侠上将がとり、打ち上げ作業も第2砲兵部隊によって担われている。また宇宙飛行士も聶海勝少将をトップに3人とも現職軍人だった。

中国による宇宙の戦力化に関しては、2007年1月に自国の気象衛星の破壊実験に成功、その後も衛星攻撃能力の向上は続いている。また国防科学技術工業局が高解像度の地球観測衛星「高分1号」からの画像解析も進めている。

加えて独自の衛星利用測位システム(GPS)網の構築も進めており、アジア諸国向けに商業利用を提供するなど、影響力を拡大させている。

中国の宇宙開発には国家を挙げた努力が投入されている。例えば神舟号の運搬ロケットからコントロール技術まで7系統の行程には、100余の研究単位が参画し、3000余の工場で数万人の従事者が動員されてきた。

中国の海洋進出とそれに伴う関係国との軋轢に目を奪われがちだが、宇宙の戦力化にも着目・監視していく必要がある。そしてこれを我が国の宇宙開発戦略の推進に向けた教訓とすべきだろう。
(フジサンケイビジネスアイ 拓殖大学名誉教授)

<「頂門の一針」から転載>

2013年09月17日

◆河野洋平氏を提訴へ 署名も3万超

溝上 健良
          
         
慰安婦問題とは直接関係ないはずの米国に慰安婦の碑が建てられるなど、韓国・中国による慰安婦問題を題材とした日本バッシングが繰り広げられる中、今年7月に発足した「慰安婦の真実」国民運動(加瀬英明代表)が10日、参議院議員会館で記者会見し、騒動を泥沼化させた根源といえる「河野談話」の撤廃を求める署名3万867人分を同日、国に提出したことを報告。また近く河野洋平氏個人を提訴する考えも明らかにした。

女性論者7氏も堂々主張「河野談話は撤廃を」会見で、加瀬代表は「慰安婦問題をめぐっては、全世界で日本はぬぐいがたい深刻な汚名を着せられている。これは偏に平成5年、河野官房長官が出した談話に発している」と、河野談話の罪深さに言及。続いて松木国俊幹事長がアピール文を読み上げた。問題の全体像と深刻度を確認するためにも、ここではその全文を紹介しておきたい。

<いわゆる「従軍慰安婦」問題をめぐって、日本バッシングの風潮が世界的に広がっています。日本の慰安婦は代価を払わない「性奴隷」であったとか、「20世紀最大の人身売買事件」だったとか、ナチスのユダヤ人虐殺に匹敵するホロコーストだったとか、事実無根の途方もない言説がばらまかれています。アメリカの公共施設に朝鮮人慰安婦の像や碑が建てられ、地方議会の非難決議も行われています。

韓国、中国、アメリカにロシアまで加わって日本批判を展開しています。アメリカでの慰安婦問題は1990年代初頭から在米中国、韓国人のロビー活動で始まり、2007年にはアメリカ議会下院での日本非難決議がなされ、引き続いてオーストラリア、オランダ、フランス、EU、フィリピン、台湾と続き、今や日本はこの問題で、四面楚歌ともいうべき深刻な状況に置かれています。

このような事態がもたらされた最大の原因は、日本政府が、何一つ証拠がなかったにもかかわらず、慰安婦の「強制連行」を認めたかのように読める「河野談話」を平成5年(1993年)に発表したことにあります。

「河野談話」は、慰安婦の強制連行さえ認めれば事は収まるという韓国側の誘いに乗って、事実を曲げて政治的妥協をはかって作成された文書です。しかし、その結果は全く逆に、「河野談話」こそが強制連行の最大の証拠とされ、各国の日本非難決議の根拠となり、韓国人の妄言に見せかけの信憑性を与えることになったのです。

あるアメリカの有識者は、「古今東西、軍隊と売春婦はつきものであり、それについて謝罪したのは有史以来日本政府だけである」と指摘しました。そして「そのような当たり前の事に謝罪したのは、本当はもっと悪いことをしていて、それを隠すためではないかとさえ勘ぐられている」と言います。日本を貶めようとする外国の謀略に乗せられ、国益を無視して安易に発した「河野談話」が、慰安婦問題で日本を苦境の縁に立たせた元凶なのです。

日本国民がこのいわれのない屈辱に対して怒らないとしたら、それは日本国家の精神の死を意味します。私たちはどんなことがあってもこの汚名を私たちの子々孫々に負わせることはできません。

今年7月、この問題を憂慮する個人・団体が集まり、私たちは〈「慰安婦の真実」国民運動〉を結成しました。今後は日本国内外の多くの同志と広く連携をとり「河野談話」の撤回運動を初めとする、日本の汚名をそそぐための様々な運動を展開していきます。

国民の皆様には、我々の救国運動に深いご理解をいただき、深甚なるご支援を賜りますよう、心よりお願いいたします。

平成25年9月10日 「慰安婦の真実」国民運動 代表 加瀬英明>

国家への裏切り行為

慰安婦問題がここまで反日勢力に利用されることになった元凶は、「韓国側の誘いに乗って、事実を曲げて政治的妥協をはかって作成された文書」である河野談話にある、というわけで、当然ながら出席者からは河野洋平氏に対する厳しい声が相次いだ。

藤岡信勝幹事は「政治家としての国家に対する裏切り行為を、司法の場で問う意義はあるのではないか」として、河野洋平氏に対する民事訴訟を起こす考えを示した。

河野談話氏をめぐっては、石川県在住の諸橋茂一氏がかつて、東京地検に河野氏を刑事告発したものの「時効」を理由に却下された経緯がある。今回は民事で責任を問う方針で準備が進められており、年内にも提訴できる見通しという。

さらに国民運動としては慰安婦問題をあおってきた研究者との公開討論呼びかけも含め、講演会の開催や意見広告の掲載、全国に40以上ある「慰安婦決議」をした自治体への抗議といった活動を進めていく方針が示された。

「なでしこアクション」の山本優美子代表は、慰安婦像が設置された米カリフォルニア州グレンデール市に住む日本人女性が肩身の狭い思いをしている現状を報告し、外務省の無策ぶりを告発した。

それにしても、米ニューヨークの街路を「慰安婦通り」と命名しようとするなど、反日勢力の活動は尋常ではない。もしかして、日本のみならず米国に対しても「軍隊と性」の問題に向き合うよう促しているのかもしれない。

それを止めるつもりはないが、その前に韓国は自らを省みる必要があるはずだ。その内容については『悪韓論』(室谷克実著、新潮新書)に詳しいのでここでは繰り返さない。あわせて『面白いけど笑えない中国の話』(竹田恒泰著、ビジネス社)、『日本人が知っておくべき「慰安婦」の真実』(SAPIO編集部編、小学館)もお勧めだ。

書評『悪韓論』室谷克実著

ジャーナリストの大高未貴氏は、慰安婦問題をあおっている“司令塔”は在米の中国勢力であることを指摘し、「おかげさまで中国・韓国の常軌を逸した嫌がらせによって、普通の日本人も『これはおかしい』と気づきはじめました。今こそ自虐史観から脱却するチャンスを中国・韓国から与えていただいたと感謝して、日本再生のために頑張っていきましょう」と訴えた。中国・韓国は図らずも、日本人の目を覚まさせようとしているのかもしれない。

実は第1次安倍政権の平成19年3月、当時は社民党に所属していた辻元清美衆院議員の質問主意書に答えて、政府は「河野談話」に関連し「政府が発見した資料の中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」とする答弁書を閣議決定している。

閣議決定は官房長官談話よりも重いものであり、この時点で根拠が崩れた河野談話は空文化しているはずなのだが、いまだにその亡霊が猛威をふるっている。

韓国につける薬は… 月刊正論10月号

国民運動では、この閣議決定の再確認や、河野談話の撤廃ないし新談話の発表などを、国や政治家に働きかけていくことにしている。反日勢力の悪質なデマを許さないためにも、その根拠となっている河野談話の「最終処分」が急務だろう。産経ニュース 2013.9.16

<「頂門の一針」から転載>

2013年09月16日

◆シリアへの軍事介入拒絶の背景

古澤 襄


スイス・ジュネーブで行われたケリー米国務長官とロシアのラブロフ外相で、シリアが保有する化学兵器を来年半ばまでに完全廃棄するとの目標で合意した。このこと自体は軍事介入による中東情勢の混乱を回避する意味で大きな前進なのだが、シリアにおけるアサド政権と反政府勢力の内戦状態が終結したわけではない。

欧米メデイアの論調をみると、軍事介入も辞さないアメリカの態度がシリアの妥協を引き出したとする見方が浮上しているが、まさに手前味噌の解釈といえる。むしろ軍事介入を拒絶する国際世論の高まりにアメリカ外交が方針転換を迫られたということではないか。

付言すれば、事態は紛争解決の一里塚に過ぎない。シリア情勢について杜父魚ブログは多くのページを割いてきたが、中東の石油にエネルギー資源の九割を依存している日本は対岸の火事ではない。そして紛争が根本的に解決する道はまだ見通せない。

すこし逆説的な言い方になるが、軍事的な大国は外交が不得手といえる。戦後のアメリカ外交をウオッチしてきた率直な感想であるし、いまの中国がこの傾向を帯びている。外交で懸案を解決する努力を惜しみ、軍事行動で押し切ろうとする。

こんどのシリア問題でアメリカが限定的といいながら、地中海東部に米鑑を終結し、トマホーク数十発をシリアに打ち込み屈服させようとした。まさに19世紀的な”砲艦外交”そのものではなかったか。

対照的だったのは、ソ連時代には軍事偏重だったロシアが外交力によってアメリカの試みを阻止しようとした。それだけロシアはソ連の時のような軍事力を保持しえなくなった現実を反映している。これもロシア外交の勝利と位置づけるのは短絡的である。

ケリー米国務長官は、ロシアは本気でシリア擁護には動かないと発言していた。ロシアの外交力を過小評価していた。もっと過小評価していたのは、米政府の強硬方針に米国民の多数が背を向けたことの認識が欠如していたことであろう。英議会が軍事介入に反対の議決をした時点でケリーは方針転換に踏み切る必要があった。

ユダヤ系米人のケリーは、いまここでアメリカがシリアに軍事介入する姿勢をみせなければ、イスラエルは遠からずイランに単独でも軍事攻撃にでると判断したのであろう。シリアへの軍事介入は、イシラエルのイラン攻撃を予防し、イランには核武装を許さない米国のサインを伝える狙いがあった。

アメリカと軍事対決する力が欠けるロシアは、シリアやイラクにS-300(С-300、NATOコードネーム:SA-10 「Grumble」およびSA-12A/B「Gladiator/Giant」。艦載型はSA-N-6 「Grumble」)を供与すると動いた。

Sー300はアメリカのパトリオットに相当するロシア連邦軍の現用のミサイルシステムで、迎撃率が高い防衛型兵器である。亜音速のトマホークに迎撃率は高い。

シリアにとっては、攻撃兵器の化学兵器を放棄してもSー300のミサイルシステムを手に入れれば、悪くないバーター取引になる。ロシアは本気でシリア擁護に回らないとみていたケリーにとって最初の誤算となった。

黒人大統領のオバマは、もともとイスラエルには深入りしてしていない。軍事や外交よりもオバマは内政偏重の姿勢が顕著でいち早く軍事介入から距離を置きだしている。

象徴的なのはジュネーブの米ロ外相会談をみて、オバマ大統領は10月6─12日にインドネシア、ブルネイ、マレーシア、フィリピンを歴訪すると発表した。鮮やかな?変わり身の早さをみせている。

オバマはインドネシア入りして環太平洋連携協定(TPP)協議の参加国首脳と会談、同国で開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の会合に出席する。シリアよりもTPPというわけである。

英ロイターは今週実施した世論調査から、米国民の75%がシリアの化学兵器を国際管理下に置くことで解決を目指す国際社会の取り組みを支持していると報じた。軍事介入よりも外交的解決を米国民の大多数が望んでいた。

<[ワシントン 13日 ロイター]ロイターとイプソスが今週実施した調査から、米国民の75%がシリアの化学兵器を国際管理下に置くことで解決を目指す国際社会の取り組みを支持していることが明らかになった。

今週3日間かけて776人を対象に実施した調査では、シリア情勢の外交的解決に反対したのは25%にとどまった。

シリアでの化学兵器使用に対応することが米国の国益と回答したのは33%で、約47%が国益ではないとした。9―13日に13876人を対象に実施した調査では、約62%がシリアに介入すべきでないと答えた。

米政府とオバマ大統領のシリア情勢の対応に満足していると答えたのは35%程度で、65%は不満と回答した。2週間前は満足との回答が41%、不満は59%だった。(ロイター)>
2013.09.15 Sunday name : kajikablog  

<「頂門の一針」から転載>

◆韓国大統領 朴槿恵の野望

山堂コラム 487

日韓大陸棚協定の批准が揉めていた昭和50年ごろ。国会記者会館の弊社分室に韓国KBS局員と名乗る男から電話がかかって来た。「大陸棚協定に反対している与野党議員の名前を教えてくれ」というのである。その訊き方が可笑しい。「韓国側に賛成の議員タレですか。日本側に賛成の議員タレですか」という言い回し――

「何だテメエKCIAか。日本の国会議員様だで、みな日本に決まっとるわい」と言って電話を切った。が、でも今考えてみると彼の云うことも当たらずとも遠からず。A研とかAA研とかいろいろあったが、日本に「韓国側」という議員様もいたのだ。今でもいる。

この「日韓大陸棚協定」は韓国の朴槿恵・新大統領の父である朴正煕大統領が1970(昭和45)年に韓国領海線を勝手に引いたのが発端。日韓間の難交渉を経て1974年に締結された。

そのあと日本では国会が揉めて発効まで4年かかった(成立は1978年)因縁協定である。

国際協定として締結された日韓共同開発区域を最近の韓国は「自国の大陸棚」だと国連に提案するなど、一方的に無効にするあの手この手の画策に乗り出してきた。

領海策定は「中間線原則」が世界の趨勢であり日本国もこれを原則としている。しかし最近の韓国は違う。「大陸棚延長論」を主張する中共と組んで領海域・権益の拡大になりふり構わずのケンチャナヨ。

しかし今に見ているがいい・・・覇権国家・中共と組んでも結局は何も得るところはない。必ずチャンにやられ離於島も獲られて臍(ほぞ)を噛むから。

これは東シナ海の領海・大陸棚の問題だが朴槿恵・韓国新大統領――米国には勿論、中露、特に中共の習近平に急接近して日本を埒外に置こうと躍起。竹島・慰安婦・徴用を含む「歴史認識」を掲げて安倍・日本国総理を誹謗中傷する。

朴大統領就任以来の韓国外交はそれしかないと云っても過言に非ず。長年に亘る韓国自身の反日教育によって韓国民の間に反日・嫌日感が築きあげられた。嘘八百のハングル・マスコミの最近の煽動もある。而して大統領も政権を維持するためには「反日」ポピュリズムに乗らざるを得ないという事情はあるだろう。

しかし朴槿恵が確信を以て「反日」の行動に打って出ている本当の意図、というか狙いは果たしてそれだけか。彼女の真の意図・野望はもっと違うところにあるのではないか?

オラはそれをズバリ「南北朝鮮統一の野望」と占う。

父親・朴正煕、母親・陸英修ともに拳銃弾に倒れたその娘。嫁にも行かず、志を受け継いでに祖国に殉じようとする悲劇のヒロイン。南北統一のイニシアティブをとってこれを実現し、文字通り朝鮮民族の歴史に輝かしい名を残すコレアン・ジャンヌダルク―――

己の使命に自ら酔って度を越した排日指向。南北共通の敵はイルボン。そのために体制の違う中露への急接近も厭わない。そうした神憑り的な行動。推し量るに単なる目先の韓国の利益、功利主義を狙っているのではないように映る。

今月6日、朴槿恵大統領はG−20サミット開催中の露国・サンクトペテルブルクでドイツのメルケル首相と会談した。会談では朴が一方的に喋りまくったという。

メルケルが第2次大戦中の強制収容所を訪れて犠牲者を追悼したことを褒め称えた上で「歴史の傷を癒そうとせず、度々傷に触れる云々」とドイツには関わりの無い日本の過去を批判。

女同士の独・首相との会談。実は東西の統一を果たした国に肖(あやか)りたいの片思い。押しかけ会談ハングル精神。なりふり構わぬ日本批判・・・

されどメルケル首相、いくら口説かれても第三国の日本批判に同調するわけがない。「なんやねんこのオバはん、どこのドイツや」と呆気にとられただけに違いない。(了)


<「頂門の一針」から転載>

2013年09月15日

◆日本の朝鮮統治、米国知識人の見方

櫻井 よしこ


人間が思い込みや偏見によってどれほど事実を見ることが出来ないでいるか。それでも知性ある存在としての人間は必ず、一定の時を経れば事実に気づき、物事の本質を読みとることが出来るようになる。歴史問題における不条理な日本非難についても、必ず、人間の知性は事実や真実に辿りつく日が来る。

私はそう信じてきたが、漸く人間の知性の証しとしての書物に巡り合った気がする。日本を雁字搦めに縛ってきた歴史問題の深い闇を晴らしてくれると思われるその書は、ハワイ大学名誉教授のジョージ・アキタ氏とコースタル・カロライナ大学准教授のブランドン・パーマー氏の共著、塩谷紘氏訳の『「日本の朝鮮統治」を検証する 1910-1945』(草思社)である。

ジョージタウン大学教授のケビン・M・ドーク氏が序文で同書を「開かれた歴史検証」と鋭く洞察した。朝鮮民族の優秀性を強調する余り、彼らを支配した日本統治及び日本人のおよそ全てを悪し様に非難する民族主義的歴史観から脱却して、公正公平に日本統治を見つめる作業を、アキタ氏は続けてきた。激しい日本非難にも耳を傾け、それらをひとつひとつ丁寧に検証してきた。

ドーク氏が指摘するように、アキタ、パーマー両氏には「朝鮮統治における日本の帝国主義の負の側面まで良しと」する気はない。「日本統治下における植民地朝鮮の体験」という「イデオロギーと感情の両面で最も物議を醸すテーマ」に対して、両氏の研究姿勢はあくまでも開かれている。ドーク氏はそれを「清々しいまでの率直さ、健全な判断力、そしてどこまでも客観的な証拠に依拠して」いると高く評価した。

そのような姿勢で見る日本の朝鮮統治の実態はどうなのか。

歴史の真実

本書の冒頭で、アキタ氏は童元摸教授や韓国系米国人外交官のアンドリュー・ハク・オウ氏らが、民族主義史観に基づく厳しい対日非難の論を展開する具体例を取り上げ、続く章で、アキタ氏は自身、かつて日本の朝鮮統治に関する悪評を全面的に信じていたと告白する。

氏はしかし、本書の共著者となったパーマー氏が大学院生時代に書いた論文、「第二次日中戦争時における日本軍の中の朝鮮人たち─1937─43年の朝鮮人対象の特別志願兵制度」を読んだとき、問題意識が芽生えたという。

アキタ氏は日本の徴兵令の起草者である山縣有朋の研究を30年以上続けている近代日本政治史の世界的泰斗である。

パーマー氏が論文で、「絶大な権力を誇り、独裁主義的と目された日本の支配体制下で、朝鮮人に対して大量殺戮的な行動が取られたことを暗示するものは何も見当たらない」「特別志願兵制度と徴兵制度を実施するにあたって総督府が選んだ手順と行動は、日本の植民地政策は日本の国益にかなうかたちで施行されたとはいうものの、比較的穏健なものであった」と指摘したとき、それを冷静にとらえる十分な知的土台がアキタ氏の側にあった。

だからこそ、山縣の研究がアキタ氏の中でパーマー論文と共鳴し始めた。以降、氏は10年の長きにわたって、日本の朝鮮統治の実態を探りあてるべく研究を重ね、そうして生まれたのが本書である。

アキタ氏は民族主義史観に立った日本非難の研究の中に、歴史の真実を見落としている点があるのではないかと、精緻な分析を行ってきた。たとえば前述の童氏は論文で、1936年の朝鮮での世論調査を引用している。それによると、「朝鮮は独立すべし」と8.1%が答え、「朝鮮に有利な時期に独立すべし」が11%、「独立を諦める」が32.6%、「どちらでも構わない」が48.3%である。

別の調査では日本政府への姿勢について、「反日的」が11.1%、「改革を求める」が14.9%、「満足」が37.7%、「無関心」が36.1%だ。

アキタ氏は、当時の政府主導で行われた調査の解釈は慎重にとしながらも、右の世論調査から、「朝鮮人民が当時、『つねに独立すべしと考えている』と正直に回答しても身に危険は迫らないと感じていたこと」が見えてくるのであり、「日本側が彼らのこうした回答を記録した点」こそ注目すべきだと指摘する。

『九分どおり公平』

本書には多くの証言がおさめられているが、日本統治下の朝鮮民族の記憶を辿った女性のひとりが米国在住のヒルディ・カン氏だ。彼女は在米コリアンの大家族の長男と結婚し、夫のカン・サンウク氏と共に51人の在米コリアンの聞き書きを『Under the black umbrella』(コーネル大学出版)にまとめた。これは2006年、日本語訳『黒い傘の下で』としてブルース・インターアクションズから出版された。彼女の著述をアキタ氏は次のように紹介する。

「彼女の義父がいかにも懐かしげに語っていた体験談は、すべて『日本の過酷な統治時代に起こったこと』だったと気づいて(彼女は)感銘を受けた(中略)彼女は自問する。『私が聞けると期待していた(日本の)残虐行為に関する話が出ないのはなぜなのだろうか』」

アキタ氏は、「面談した人々は、日本の朝鮮統治の中に複雑さ、陰影、矛盾、そして正常な部分を見ていたのと同時に、一般の日本人のみならず警察官まで含めて、ときには好意的にすら受け止めていた」こと、「『面談した人々はいずれも《私は辛いことは何も体験していません》の類の前置きをしてから回想を始めた』というカン女史の記述」に注目するのだ。

カン氏の著作には、3.1抗日運動に関して、警察はデモ参加者を逮捕し始めたが年長の男たちへの「警察署長の……ものの言い方は丁寧」で、「彼らを縛っていた縄を解き、帰宅を許してくれた」などの記述もある。或る朝鮮の女性が「要するに、日本人も、私たちも、同じ人間だったということよ」と語っている。

アキタ氏はこのような言葉を紹介し、日本統治下で朝鮮人が限りなく虐待され搾取されたとする民族主義史観と比較して考えるよう読者に促しているのだ。

慰安婦についての貴重な研究も本書に紹介されている。サンフランシスコ州立大学の人類学教授、C・サラ・ソウ氏の、大半の女性が騙されて慰安婦となり売春を始めたという主張は間違いという指摘については既に5月号の小欄で紹介した。

アキタ教授の結論は「日本の植民地政策は、汚点は確かにあったものの、同時代の他の植民地保有国との比較において(中略)『九分どおり公平almost fair』だったと判断されてもよいのではないか」というものだ。

本書はやがて英文で米国でも出版される予定である。私はこの開かれた客観的な研究が日本の未来を支えてくれると信じている。
『週刊新潮』 2013年9月12日号 日本ルネッサンス 第573号

<「頂門の一針」から転載>

2013年09月14日

◆亀井節「日本人は生体反応失った」

岩見 隆夫


このところ、天下の傘張り浪人を自称する亀井静香さんの姿を目にしない。声も聞くことがない。どうしているのだろう。そうだれにも思わせる魅力を持ち合わせた老政治家だけに気になる。1936年生まれの76歳、衆院の年長は34年生まれの保利耕輔さん、32年生まれの石原慎太 郎さんの2人だけだ。

しかし、まだ男性の平均寿命にも達していない。たまには気炎を吐いてもらわないと困る。論客にもいろいろいるけれど、亀井さんの真似(まね)はだれにもできない。

いったん口を開くと、政界は当然、政治、経済、国際問題を撫で斬りにし、斬りっ放しかというとそうではなく、あと に憂国、愛国の情がしみじみと残る。ほかにこんな論客はいない。褒めす ぎだと言われるかもしれないが、約半世紀、政治記者として政治家の品定 めをしてきた私の率直な感想だ。

そんなわけで、久しぶりに亀井節を聞きたいと思っていたところ、『月刊日本』9月号の巻頭インタビューに亀井さんが登場していることを知った。さっそく読んでみる。終戦特集の一環だが、亀井インタビューには、

〈靖国神社にもの申す 西郷ら賊軍もお祀りせよ!〉

という見出しがついている。幕末・維新の敗軍、賊軍合祀論は以前からあった。国のために戦い命を落とした点では同じで、A級戦犯合祀についても、〈亡くなればみんな同じ〉という日本的宗教思想が合祀を正当とする理由の一つとされてきた。

しかし、亀井さんによる西郷隆盛らの合祀論はそれだけでない。

「明治維新以来の日本政治の問題点が、靖国神社の歴史に凝縮されている。そもそも明治四年に東京招魂社として設立されてから、靖国神社はお国のために命を落とした方々の霊を慰めるための施設だ。その原点には「五箇条の御誓文」(1868年、明治天皇が宣布した明治新政府の基本 政策)に込められた維新の理念がある。それは『万民平等』、お国のため
に戦った人間に差別などない」

さらに、

「しかし、実際には、靖国神社には戊辰戦争(1868年から翌年まで行 われた新政府軍と旧幕府軍との戦い)で賊軍とされた会津藩はじめ奥羽列藩同盟の人々や彰義隊(明治新政府に反抗して上野寛永寺に立てこもった部隊)、西南の役を戦った西郷隆盛なども祀られていない。結果はどうであれ、どちらも国を想う尊皇の心ゆえに戦ったことに変わりはないのだ」

そして、こう結論づける。

「結局、靖国神社は明治新政府内の権力闘争をそのまま反映した施設になっている。つまり、官軍である長州藩中心の慰霊施設、いわば長州神社というべきものだ。大鳥居を入るとすぐに長州藩の大村益次郎像が立っているが、彼は(自身が指揮して討滅した)彰義隊が立てこもっていた上野の山を睨みつけている。これが長州神社の性格をよく表しているではないか」

 ◇江戸城は政治権力の象徴 皇居は京都がふさわしい

巨大な大村像。私も何度か見上げたことがある。なぜ大村か、幕末・維新に倒れた偉人はほかにもたくさんいるのに、とも思った。大村は長州の軍事指導者で戊辰戦争などに活躍し、日本陸軍を創設、1869年、守旧 派に暗殺された。亀井さんの言うとおり〈長州の顔〉の一人であることは間違いない。

しかし、上野の山を睨みつけているとは気がつかなかった。もしそうなら〈長州神社〉と言われても仕方なく、靖国神社は亀井さんの意見を容(い)れ、改革を断行すべきだ。西郷らの合祀はもとより、大村像も移設した方がいい。

このインタビューで亀井さんはもう一つ、重要な提案をしている。皇室問題だ。

「つまるところ、明治維新以来、国内の権力闘争が日本を誤らせたのだ。日本の天皇陛下を中心とする皇室は、ヨーロッパの王室とも中東の王室ともまったく異なり、政治権力とは離れて、建国以来長く存続してきた。

それが明治以来、権力の道具とされ、危うく戦争責任を追及されそうになってしまった。さすがに戦後は今のところそのようなことはない。

だから、今上陛下には、徳川将軍の居城であり、政治権力の象徴である江戸城などにお住まいにならずに、京都にお戻りになられるよう願っている。このことは、恐れ多くも、今上陛下に直接申し上げたこともある」

以前から私も同じことを主張してきた。国民感情としてもその方がしっくりいく。日本の象徴が政治権力中枢の東京を離れ伝統の京都に居を定めることによって、さまざまなことがほぐれ、滑らかになっていくのではなかろうか。

しかし、いまの日本は、すぐにでもやればいいことができない。決定システムがあやふやで、首相の手にも負えない。こちらも深刻である。

さて、亀井節の本番はこれからだ。まあ、お聞きください。

「いまの日本社会は、昭和初期と同じなんだ。右翼、左翼というイデオロギーではなく、持てるもの、持たざるものという格差の拡大で、社会構造が上下に分裂し始めている。

だが、いまの日本人は生体反応を失っているね。普通、身体のどこかを針で刺されれば、『痛い!』と悲鳴を上げるものだ。しかし、刺されても、刺されていることにも気づいていないのが、いまの日本人なんだ。だから政府がむちゃくちゃやっても怒るということがない。

痛みに対して鈍感になっているから、権力者のなすがままになり、生き血を吸われ続ける。TPPにしろ、消費増税にしろ、自分たち国民を苦しめるようなことをする政党を選挙で圧倒的に支持している。

いまの政権は 株高を維持するために、国民の年金基金すら投入している。その株式市場 の投資家の6割はアメリカ人なのだ。

つまり、安倍政権はわれわれ国民の資産をアメリカ人投資家に差し出している状況が続いている。それに対して日本人は何も言わない。生体反応を完全に失ってしまった……」

最近は、核心に触れたことをズバリ言ってのける政治家が少なくなった。亀井さん、さらに続きを。

<今週のひと言>

 シリアはシリアス(切実)。

(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)

サンデー時評:2013年09月11日
(サンデー毎日2013年9月22日号)

<「頂門の一針」から転載>

2013年09月13日

◆「ネット世論」にすくむ中韓指導者

阿比留 瑠比


外交とは、国家の命運をかけた冷徹なパワーゲームであると同時に、それぞれの国の愚かしくも子供っぽくも見える国内事情が、そのまま反映する人間くさいドラマなのだと感じる。特に、自らが長年利用してきた「反日」に自縄自縛となり、身動きがとれなくなっている中国、韓国の現状がそれを表している。

「中国では、役人や軍人の汚職、腐敗問題など内政上の混乱が外交の混乱につながっている。さらに指導部は、中国版ツイッターなどインターネット上の声に過敏になっている」

このほど意見交換する機会があった中国のある改革派知識人はこう語った上で、中国の言論空間のちぐはぐさを指摘した。

「中国は民主主義ではないし、(新聞、テレビなどの)言論の自由も完全じゃない。一方でネットメディアは非常に発達している」

中国共産党幹部にすれば、コントロール下に置いてきた既存メディアと異なり、過激な言説や内部告発情報が飛び交うネットは制御不能な「怪物」に思えるのだろう。最近では、ネット上のオピニオンリーダーが、明確な理由も示されないまま逮捕される事例も目立つという。

過敏な対応は中国当局の「おびえ」を表している。ただでさえ「13億の民を統治していくことは大変」(安倍晋三首相)なのに、国内では権力闘争が続き、習近平国家主席の政権基盤は「いつ体制固めができるか全く分からない」(改革派知識人)。連日のように党幹部のスキャンダルが明らかになる中で、頼みの経済成長は減速気味だ。

そこでネット上の「世論」が対日強硬姿勢を求めたならば、指導部はそれに引きずられざるを得ない。中国指導部はそんな受動的立場にあるのではないか。

ロシアで5日に開かれた20カ国・地域(G20)首脳会合で、安倍首相に声をかけられた習氏は、握手には応じたものの「まるでロボットみたいに」(関係者)じっと固まってしまい、なかなか言葉が出なかった。

虚を突かれたという部分もあろうが、そもそも中国側には日本と関係改善を話し合う十分な準備も心の余裕もなかったのかもしれない。これは韓国も同じだ。

G20で安倍首相は、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領とも立ち話をした。韓国メディアはこの時の朴氏の対応を「冷淡」だったとのニュアンスで報じているが、実は朴氏は非常ににこやかで会話の中身も常識的で、握手も交わしていたと聞く。

8月に東南アジアで開催された国際会議で、韓国の外務省高官と隣り合わせた鈴木俊一外務副大臣は、延々と「本当は韓国政府は反日ではない」という趣旨の釈明を受けた。要は国内メディアが怖いので表向き日本批判を続けたいが、「真意を理解してほしい」という勝手な言い分である。

結局、中韓両国とも国内世論の前に立ちすくみ、政権の事情で日本との関係改善を拒んでいる側面が大きい。日本はこれまで通り「対話のドアは開いている」と第三国にアピールしつつ、中韓両国は当面放っておくのが正しいのだろう。(政治部編集委員)

産経ニュース 【阿比留瑠比の極言御免】2013.9.12

<「頂門の一針」から転載>

2013年09月12日

◆「中央党校」から反乱の狼煙

石 平


中国には「中央党校」という特別な学校がある。共産党中央委員会直属の教育機関で、党の高級幹部の養成を主な任務としている。かつて毛沢東もその校長を兼任したことがあり、中央党校は党の思想教育の総元締という位置づけである。

だが最近、この中央党校から「思想」にかかわる重要問題に関し、党中央の方針に真っ正面から対抗するという前代未聞の動きが見られたのである。

たとえば今月2日、民間企業運営の「共識網」というサイトが、中央党校の女性教師、蔡霞教授の講演録を掲載した。彼女は講演の中で「憲政こそは国家安定維持の大計」だと訴えて、持論の憲政擁護論を展開した。

7月18日掲載の本欄が記しているように、中国では今、いわゆる「憲政論争」が巻き起こっている。民間知識人の多くが「憲法を基本とする政治」を求めているのに対して、「党の指導的立場が否定される」と危惧する党直属宣伝機関は批判のキャンペーンを始めた。共産党中央委員会機関紙の人民日報も8月5日から3日連続で「憲政批判」の論評を掲載し、キャンペーンの展開に力を入れている。

だが、党中央直属の人民日報が「憲政批判」を展開している中で、同じ党中央直属の中央党校の教師が堂々とそれに対抗して憲政擁護論をぶち上げている。共産党のいわば「中枢神経」において、分裂が始まっているのだ。

同じ今月2日、中央党校機関紙の『学習時報』が衝撃的な内容をもつ論評を掲載した。

書いたのは中央党校の宋恵昌教授である。中国周王朝きっての暴君の●(=がんだれに萬)王が民衆の不満の声を力ずくで封じ込めた結果、自分自身が追放される憂き目にあったとの故事を引用しながら、「民衆の口をふさいではいけない」と説いた内容。昨今の中国の政治事情を知る者なら、この論評の意図するところが即時に理解できたはずだ。

習近平国家主席率いる指導部は今、ネット世論を中心とする「民衆の声」を封じ込めようと躍起になっている。

今月4日、国営新華社通信の李従軍社長が人民日報に寄稿して「旗幟(きし)鮮明に世論闘争を行う」と宣言し、軍機関誌の解放軍報も同じ日に「ネット世論闘争の主導権を握ろう」との論評を掲載した。党と軍を代弁する両紙が口をそろえて「闘争」という殺気のみなぎる言葉を使って、ネット世論への宣戦布告を行っているのだ。

こうしてみると、上述の学習時報論評は明らかに、党指導部が展開する世論封じ込めに対する痛烈な批判であることがよく分かる。論評は、「いかなる時代においても、権力を手に入れれば民衆の口をふさげると思うのは大間違いだ。

それが一時的に成功できたとしても、最終的には民衆によって権力の座から引き下ろされることとなる」と淡々と語っているが、誰の目から見てもそれは、最高権力者である習近平氏その人への大胆不敵な警告なのである。

当の習氏がこの論評に目を通せば、ショックの大きさで足元が揺れるような思いであろう。本来なら、自分の親衛隊であるはずの中央党校の教師に指をさされるような形で批判されるようでは、党の最高指導者のメンツと権威はなきも同然である。

そして、中央党校の2人の教師が同時に立ち上がって党指導部に反乱ののろしを上げたこの事態は、習近平指導部が党内の統制に失敗していることを示していると同時に、共産党が思想・イデオロギーの面においてすでに収拾のつかない混乱状態に陥っていることを如実に物語っている。

習政権発足当時からささやかれてきた「習近平がラストエンペラーとなる」との予言はひょっとしたら、実現されるのかもしれない。産経ニュース【石平のChina Watch】2013.9.12

◇【プロフィル】 石 平
せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。 

<「頂門の一針」から転載>

2013年09月11日

◆石油派の背後に闇将軍

「宮崎 正弘の国際ニュース・早読み」
 
 


平成25(2013)年9月10日(火曜日)貳
      通巻第4018号    <増刊号>
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
石油派を追い詰めて見れば、背後に中国の闇将軍がいる
周永康を粛正できるか、どうか。石油派討伐作戦は最終段階
********************************

石油派の黒幕だった周永康(前政治局常務委員、政法担当=公安のボス)が自宅軟禁状態にあると英誌『エコノミスト』が伝えた(9月7日号)。

これは事実上の政治失脚で、趙紫陽(元総書記)と同じ扱い。趙紫陽は天安門事件直後に失脚し、その後16年間、北京の自宅で事実上の逮捕状態のまま逝去した。

周永康の子分で、スイスの隠し口座に1億円の不正送金をしていたとされる蒋潔敏の表向きの逮捕理由は「重大な規律違反」。石油派の領袖役を周から受け継いだ蒋潔敏(中国石油天然気集団前会長、国務院国有資産監督管理委員会主任。政治局中央委員)は「周永康の金庫番」であり、石油派の新領袖、その子分たちに采配を振るってきた。

彼は勝利油田出身で同社に22年勤務し、出世階段をのぼった。山東省人脈であるため、これらにつながる幹部が逮捕されている。

とくに昆倫油田系の昆論天然ガス有限公司の陶玉春社長が「謎の失踪」をとげて一年の月日が流れている。

この段階へ来て来歴を総括すると、習近平の「綱紀粛正」「腐敗防止」キャンペーンの狙いの一つが「石油派」退治にあることが鮮明となった。

現在、取り調べをうけている石油派幹部数名の多くが勝利油田系と昆倫油断系であり、捜査対象に大慶油断系、長慶油田系は少ない。しかし捜査当局は後者グループにも捜査の輪を広げるとしている。

周永康(71歳)はもともと資源開発専門、石油畑をあるき、98年に資源部長(閣僚)、2000年に四川省書記に抜擢され、四川省の資源利権を抑えたといわれる。

2002年に中央政治局入りし、公安部長兼任。国内治安対策の責任者であり防諜の任務もある。ハッカー対策の傍ら中国のハッカー部隊を育成し、米国並びに同盟国の政府、軍、企業にさかんにハッカー戦争を仕掛けた。17期党大会で政治局常務委員入りし、胡錦涛執行部の路線に静かに対立した。

それが出来たのも、後ろ盾に江沢民がいたからである。

▼鉄道部が利権の巣窟だったように

石油企業の多くは資源関連企業幹部と太子党が落下傘降下する汚職の巣窟に化けてきた。

したがって石油派への一斉手入れは、「汚職の伏魔殿」といわれた鉄道部につぐ「政治刷新」ドラマが奥の院で進行していたことがわかる。

鉄道部は軍OBらの利権の伏魔殿といわれ、胡錦涛政権が手入れ出来なかった、いはばアンタッチャブルの官庁だった。勝手に鉄道債券を発行し、その累積は9兆円にものぼる。

汚職が蔓延するのは無理もない。それで新幹線を縦横無尽に建設したまでは良かったが、2011年7月の事故以来、批判の矢面にたった。

鉄道部は2013年3月の全人代で、ついに「解体」が決まり、「国家鉄道局」と「中国鉄道総公司」が新設されて、「交通運輸省」の管轄下に入った。前鉄道部長の劉志軍には死刑(執行猶予)という判決がおりた。

さて石油派の巣窟は3つの国有企業からなる。

中国石油天然気集団(CNPC)は、その子会社、孫会社、海外子会社を夥しく設立し、海外に蓄財し、北京郊外にはハーレムのようなラブホを建てて淫乱な接待をしていたうえ、貿易会社(大宗貿易)を経営し、旅行代理店も設立。

ハルビンではロシア美女を多く抱える面妖なナイトクラブも経営していた。周永康の前秘書=李華林(逮捕)らが金庫番、不正送金の指示を蒋潔敏(閣僚級)が直接に取った。この李華林が、失踪した陶玉春と密接な提携関係をもち、また原発企業の筆頭株主でもあった。

逮捕されて厳重な取り調べを受けているのは蒋潔敏のほかに王永春(前CNPC副社長。8月26日に取り調べ中と発表)、郭永祥(四川省元副省長。六月に逮捕を公表)、そしてCNPC副社長の孫龍?、同社役員の王国梁も取り調べ中との報道があり、その配下の中石油集団計画部総経理の呉枚、華油集団社長の王文範も捜査中とされるが詳細は不明。後者ふたりの携帯電話が押収されている(多維新聞網、9月8日付け)。

以前にも指摘したように、これら捜査の進展ぶりから伺えるのは、周永康に代表される石油派の一網打尽を狙っていることであり、これで習近平は「権力の安定化を図っている」(エコノミスト、9月7日号)のである。

▼石油派の台頭を黙認してきた党

周永康が支配した政法委員会は公安の元締め、なにしろ国内治安と反対派弾圧を担当する、この部署についた予算額は国防費よりも多く、年間1100億ドル相当になる。

したがって彼らが国家予算からも盗用したカネは天文学的となる。そのうえ周永康は四川省書記を務めた関係から、現地黒社会(マフィア)との結びつきや四川駐在軍隊の不穏な動きなど、前々から噂されていた。また現地のビジネス世界(「川商」という)との密接な癒着ぶりもつとに有名で、民間商人らの取り調べも進んでいる。

とくに周永康の息子、周文武は服役中のマフィアのボスの保釈を条件に黒社会からも四億元を貢がせたという。また薄煕来と組んで重慶の開発プロジェクトを請け負い、その利益は天文学的となって北京にも数軒の豪邸を建てた。(周文武の「文武」は一文字)。

この周文武はすでに米国滞在8年におよび、その妻の王腕は同13年、しかも王夫人の父母も米国に移住しており、あまつさえ周一家は米国籍を取得していると博訊新聞網が報じている。
 
周は、石油派のボスとして江沢民に激しく取り入り、政治局常務委員(序列九位)という望外のポストを手にして四川省の人脈をつかい、となりの重慶書記に赴任してきた薄煕来とも、きわめて緊密な関係を構築した。好き勝手ができたのも、鉄道部長の劉志軍がそうであったように、江沢民派の厚い庇護があったからだ。

また面妖な海外子会社を通じて蒋潔敏は周永康の息子の周文武が経営する米国のペーパーカンパニィへ100億元以上の不正資金を送金していたことが発覚している(博訊新聞網、9月2日)。 

かくて一連の腐敗粛正、不正追及キャンペーンは、霧のように深かった闇が晴れつつあり、その終局の狙いがみえてきた。

汚職の温床、政治腐敗の元凶=資源派の横暴にメスを入れ、政敵の資金源を絶ち、自派が代替するという、どろどろした権力闘争が本質である。

五月に中国石油(CNPC)最高経営責任者の蒋潔敏が査問されたというニュースが流れたおり、筆者は既に次の指摘をしている2010年度の同社決算で輸出入の数字が操作された形跡があり、輸入金額が不当に高く、反対に輸出金額が安すぎたからだ。原油を輸入し加工した石油製品を輸出するケースで一トンあたり100ドルの価格差があった」

▼面妖な子会社と海外の活動も伏魔殿だった

同社の子会社の一つが「シノペック」。さらにこの子会社が100%出資の孫会社がいくつもあって、とくに海外に設立した子会社「中国石油国際事業有限公司」が、こうした不正行為の操作も元締めといわれた。同社を通じて差益が海外へ隠匿され、ごまかした金額は650億米ドル(6兆5000億円)になるともいう。

もし、この数字が本当なら共産党幹部は自らが国の財宝を食いちぎり、やがて国家そのものを自壊させるつもりなのかも。

不正蓄財の一部は海外の高官を買収し、あるいはリベートならびに鉱区買収の工作費用に使われたと推測される。なにしろ中国の資源会社はアンゴラにスーダンにブラジルに豪にと、世界中至る所で鉱区を買いあさってきた。
 
かくて資源派のなかの石油派は権力闘争に敗北しつつあり、背後の闇将軍、江沢民の影響力は急速に陰ってきた。

また資源派のもうひとつの派閥は石炭派山西人脈)とレアメタル派にわかれ、後者は団派の利権といわれる。

習近平の最終目標は綱紀粛正、国有企業改革が表看板、実際は石油派の利権を自派でもぎ取ることだろう。

<「頂門の一針」から転載>
    

2013年09月10日

◆創価大学の反乱

平井 修一


池田教(創価学会)ウォッチャーというのがいるかと思っていたが、池田大作亡き後の池田教の「今」を伝える声がまったく聞こえてこない一方で、お膝元の創価大学がどうやら池田を葬り始めたようである。創価大学のニュースサイトから「池田」の名が消えたのだ。

<9月4日(水)本学のさらなる人材育成の世界的拠点となる中央教育棟GLOBAL SQUARE の落成式が教職員学生、施工業者の方々などの列席のもと挙行されました。

馬場学長は、「この建物は地球市民育成という本学の教育目標を象徴する建物です。第3回入学式で“創立者”が『創造的人間たれ』と呼びかけて以来、どのような環境にあっても、社会で価値を創造する人材の育成が本学の教育目標です。“創立者”は1996年の講演において、『知恵』と『勇気』と『慈悲』を地球市民の3つの要件として挙げられています」>(“ ”は小生がつけた)

馬場は池田を「先生」ではなく「創立者」と言ってのけた。4月までは「創立者池田大作先生」と以下のように表記していたのだ。

<4月22日(現地時間)南アフリカ共和国・国立クワズール・ナタール大学から、“創立者池田大作先生”に「名誉社会科学博士号」が授与されました>

馬場とは何者か。同大のサイトから。

<創価大学、新学長に馬場善久副学長が就任

創価大学では、山本英夫・前学長の任期満了に伴い、本年4月から新学長に馬場善久副学長が就任しました。新学長の任期は2013年4月1日から2016年3月31日までの3年。

これまで副学長として教育の質の向上やグローバル化への対応など積極的に大学改革を推進してきた馬場新学長は、「転換期の時代にあって、新しき平和社会を構築する人材の輩出こそ高等教育の使命であり、その真価が問われています。これまで山本前学長を中心に取り組んできた創立50周年へのグランドデザインを引き継ぎ、魅力ある大学創りを通して、本学を人間教育の世界的拠点にしたい」と決意を語っています>

馬場は1953年3月富山県生まれ。創価大学経済学部卒。池田の秘蔵っ子である。池田は2008年7月16日の第20回本部幹部会でこうスピーチしている。

<2003年にノーベル経済学賞を受賞したエングル博士の論文には、ある日本人の名前が何度も掲載されていた。その日本人とは、エングル博士の研究に責献した学者である。その経済学者こそ、創価高校・創価大学1期生の馬場善久君である(大拍手)。

馬場君は現在、わが創価大学の副学長を務めている。大きな活躍をしていて、本当にうれしい。

私は馬場君を、学園生の時代から、じっと見守ってきた。彼が学園を卒業する時、彼を含む代表の何人かとともに、帝国ホテルで食事をした。将来、世界的な学者、日本の最高峰の学者になってほしいと期待していた。

私は、長い人生経験の中で、人間の底の底まで見てきた。人の真価は分かるつもりだ。

戸田先生の人物観は鋭かった。先生は、二人きりの時、私に、こう言ってくださった。「信頼できる人間は少ないものだ。本当に信頼できて、何でも話ができるのは、大作、お前だけだよ」 うれしかった。私は先生に尽くした。それはそれは、一心不乱に尽くしぬいた。

さて、馬場君の故郷は北海道である。私は北海道へ行き、函館でご両親とお会いした。ご両親は会場の提供者でもあられた。

馬場君は、私の期待に応えたい、絶対に応えたいと決心した。そのことは、よく分かっている。創大を卒業した後、アメリカで研究し、博士号を取得。1期生として、後輩の道を断じて開く。創価大学を世界の大学に仕上げる、その道をつくる――こうした強い決意をもっていた。

真面目な知性の人である。1期生として堂々と業績を残している。そして今、母校の創大からノーベル賞級の知性を続々と育てたいという決心で、山本学長とともに奮闘している。

次の人材を育てたい――これが、私の強い願いであり、決意である。隠れた、偉大な、素晴らしい玉のような人材が今、創価学会には燦然と輝き始めた。人材の流れは、これからも世界中に広がり、新たな時代へと水かさを増していくだろう。楽しみだ。頑張ろう!(「ハイ!」と力強い返事が上がった)>(聖教新聞)

馬場は親が創価学会という創価2世である。大作への畏敬の念は薄いだろう。大作は「人の真価は分かるつもりだ」と自慢したが、高等教育を受けた者は池田教というよりも、そもそも「宗教に淫することはない」(森鴎外)という常識を知らなかった。彼ら優秀な2世は、巨大組織を利用して大きなことをしたいとか、下世話なレベルでは立身出世したいという者がほとんどで、池田に嫌われたらそれが叶わないから表面上は「先生、先
生」と臣従していたにすぎない。面従腹背だ。

池田のタガが外れて「知性の人」たちは池田から離れ始めたのだ。しかし、巨大組織は温存したいから、派閥均衡で新しい会長を押し立てたいとは思っているだろう。しくじれば分裂になる。信濃町の騒乱はこれからが本番だ。池田教ウォッチャーはディープスロートをフル稼働せよ、急げ!
(2013/09/09)

<頂門の一針」から転載>

◆東京五輪決定で市場も祝賀ムード

古澤 襄


■アベノミクスの起爆剤に

<[東京 9日 ロイター]週明けの東京市場は、2020年夏季五輪の東京開催決定で「祝賀ムード」に包まれている。足踏み感が出ていたアベノミクスの起爆剤になりうるとの期待から、株買い・円売りが先行。

シリア情勢や米量的緩和縮小など海外の不透明要因が強く、売買一巡後は利益確定の売買に押されているが、東京五輪が規制緩和や成長戦略の突破口となれば、海外勢の日本株買いも再開するとみられている。

<経済波及効果への期待は「皮算用」>

日本株市場ではひとまず、インフラ投資の活発化や経済波及効果に期待する買いが入った。日経平均は300円を超える上昇となり、8月6日以来、約1カ月ぶりに1万4200円台を回復。ドル/円も株高を好感し、朝方は一時100円台に乗せた。

東京の2020年オリンピック・パラリンピック招致委員会の試算によると、五輪開催による全国の経済波及効果は、施設建設や地価上昇により20年までの7年間で約3兆円。付加価値誘発推定額の1.4兆円はGDPを7年間で0.3%程度しか引き上げない規模だが、老朽化したインフラの更新などが進めば、波及効果はもっと大きいとの指摘もある。

しかし、大規模なインフラ投資には、それに応じた財源が必要だ。財政問題を抱える日本は大盤振る舞いというわけにはいかない。

日銀の大量国債購入で円債金利は低く抑えられているが、五輪に便乗するような無駄使い投資が紛れ込むようだと、「ギリシャの二の舞になりかねない」(シンクタンク系エコノミスト)危険がある。経済波及効果も過去の五輪開催国をみれば、その国の事情や情勢で大きく変わる。皮算用は所詮、皮算用だ。

株価の押し上げ効果も、過去の例では総じてポジティブだが上昇率はまちまちだ。過去の例をどこまで含むか、期間をどこにとるかでかなり変わってくる。

サンプル数がそれほど多くない五輪の記録を平均して当てはめようとしても、経済やマーケットの状況や背景も全く違うのだから、土台、無理がある。英国ブックメーカーの事前のオッズでは、東京がトップであったことから、「サプライズではない」(外銀)との声も多い。

<千載一遇のチャンス>

しかし、東京五輪への市場の期待が小さいわけではない。むしろ、バブル崩壊以来、日本に吹いていた逆風が追い風へと変わる吉兆だと受け止めている。

投資家が期待するのは、直接的な経済波及効果よりも、五輪決定を千載一遇のチャンスとして、これまで抵抗が強かった分野の規制緩和や成長戦略が前進するのではないかということだ。

「デフレや社会保障など日本が抱える問題は、世代間のギャップが大きかったが、オリンピックは全世代が共有できる目標だ。2020年までに何が必要かということが共通認識になれば、構造改革や規制緩和、成長戦略の突破口になりうる」とニッセイ基礎研究所チーフエコノミストの矢嶋康次氏は期待する。

日本には、国と地方のプライマリー・バランス(基礎的財政収支)赤字対GDP比は、2010年度の水準から2015年までに半減させ、五輪開催の2020年度までに黒字化するという目標がある。構造改革と成長戦略の両輪がうまく回れば、達成困難との見方もある同目標をクリアできる可能性も高まる。

日本株は利益確定売りに伸び悩む場面もあったが、崩れることなく、上値追いの様相をみせた。市場では「海外勢はいったん五輪関連株をはずそうとしているが、ポジションが軽くなれば、再び日本株買いに向かう可能性が大きい。五輪のインパクトは大きくわかりやすい。海外勢も資金を日本に向けやすくなる」(大手証券トレーダー)との声も出ている。

<オリンピックだけでは足りない>

東京証券取引所がまとめた2市場投資主体別売買内容調査によると、海外投資家は8月に日本株を1194億円売り越した。月間トータルでの売り越しは2011年9月(149億円)以来、11カ月ぶりだ。アベノミクス相場では初めてとなる。「物足りない成長戦略や消費増税の混迷で、アベノミクスは足踏みしていると海外勢は受け止めている」(外資系証券)という。

シリア情勢や米国の量的緩和縮小など海外要因は不透明感を増している。「8月米雇用統計は非常に悩ましい結果となった。非農業部門雇用者数が思うように伸びない一方で、労働参加率の低下で失業率が低下している。

米雇用情勢の判断は難しい」(三菱東京UFJ銀行シニアマーケットエコノミストの鈴木敏之氏)という。グローバル経済の不透明感が強いなかで、海外投資家の目を日本に向けさせるには、相応のアピールが必要になる。

HSBCの香港在住の日本担当エコノミスト、デバリエいづみ氏は、海外投資家が日本株投資を再開するにはオリンピック開催決定だけでは足りないと指摘する。「五輪の経済効果はそう大きいものではない。

10月からの臨時国会が重要だ。五輪決定の勢いに乗って、消費増税を決定する一方で、規制緩和や法人税減税など大胆な政策を具体化することができれば、海外投資家も日本は本当に変わったとみるだろう」と話している。(ロイター)>
2013.09.09

<「頂門の一針」から転載>

2013年09月09日

◆東京オリンピック招致と放射能

西村 眞悟


まず、8日早朝、2020年のオリンピックが東京で行われることがブ エノスアイレスで決まったことを知った。1964年の東京オリンピック が、敗戦の焼け野が原から19年目にして日本の完全復興の象徴となった ように2020年の東京オリンピックが、日本の歴史と誇りを奪われた戦 後体制からの完全脱却と復活の象徴となるように決したい。

東京オリンピック開会式の国立競技場に響きわたった昭和天皇の開会を告げるお言葉を覚えている。

天皇陛下は、オリンピックではなく、「オリンピアード」と言われた。7年後の東京オリンピックに於いて、その時の皇太子であられた今上陛下の開会を告げるお言葉が、同じ競技場に高く響きわたらんことを切に願い申し上げる。

この夏、欧州方面に旅行して帰国した方々に、彼の地の毎日の主なニュースは何かと聞くと、シリアとフクシマだという。前者は内戦、後者は放射能だ。欧州や米国では、現在もフクシマの原発は連日のニュースなのだ。

これに加えて6日は、韓国が日本産の魚介類の輸入を、「放射能汚染」の故に禁止した。 これは日本が放射能汚染された危険地帯だというレッテルと風評を世界に広める、卑しいがまことに効果的な我が国に対する韓流のイメージ攻撃である。

これによって7日の晩まで、私は東京オリン ピック実現にはかなり悲観的だった。世界は、風評を受けて東京を回避す るのではないかと。それが、一夜明けて東京オリンピック実現を知り、ま ことに嬉しい。

さてこのオリンピック招致活動をおおっていた暗雲はフクシマの放射能であるが、これは、実に、菅直人内閣の自作自演から始まった自業自得である。つまり、菅直人内閣は、フクシマの放射能は全て危険だと広報宣伝に相務め、放射能が測定されたら、即「放射能漏れ」、「汚染」と言いまくった。

菅直人内閣が為すべきだった事は総理や官房長官や通産大臣が如何に左翼で無能で錯乱しても、福島原発の現場の人々と自衛隊そして消防隊の叡智と勇気と沈着な努力によって危機は克服された、一人の犠牲者もでていない、これが日本の底力だ、と世界に公表し、現場における決死の努力の象徴的人物である吉田昌郎福島原発所長に国民英雄勲章を授与することだった。

オリンピック招致を争っていたスペインは、フクシマの決死の人々に勲章を授与してくれたではないか。スペインがしてくれたことを、何故、菅は率先して自国民にしなかったのか。そうしておれば、隣国に未だにフクシマの危険性を煽られ風評被害を流される事態は生起する隙もなかったのに。

政府もマスコミも、いつも東日本で放射能が出されたら「汚染」というが、そもそも放射能があれば、「汚染」なのか。放射能は地球上のあらゆるところにある。それは太陽から来ている。

では太陽は地球を汚染しているのか。そうではない。太陽こそ生命の源である。太陽のもたらす放射能によって生命は海で生まれた。その海に、フクシマ原発の放射能が戻っていったしこれからも戻ってゆく。

さらに東日 本一帯で、除染、除染といって屋根や道路や山や野原に水をかけたその水 も、そこに降った雨も、下水道・雨水道・小川を経て海に戻っていく。

死者が続々と出ている危険地帯の陸から流れでる水が海に入っているのではない。一人の健康被害ももたらしていない陸の水が、東日本から広大な命の海に戻っていくのである。

その水がかえって海の魚介類の生命力を増強し、それを食する人の生命力を増強するありがたい糧になる。

昭和20年に広島に原子爆弾が投下された直後に「黒い雨」が広島に降った。その雨は、放射能による死者がおびただしく出ている陸を洗い流し河から瀬戸内海に流れ出た。

それで瀬戸内海の魚介類に何かあったか。何もない。閉鎖海域の瀬戸内海でも何もない。いわんや福島沖は太平洋だ。安全だ。

巨大地震直後の2年前の4月、私は福島第一原発に仲間と共に行き安全を確認し「ここは安全だ」とアピールをしようと計画をたて始めた。

すると同じ4月、札幌医科大学教授の高田 純さんが、北海道から青森に渡って、各地で放射能を測定し子ども達の甲状腺を検診しながら東日本を南下して、福島第一原発の正門にワイシャツ姿で立ってテレビカメラに向かって「ここは安全です」と言っていた。

放射能専門家が自ら現場で平服 で「安全だ」と言っているので、私などの素人の出る幕はない。加えて菅 直人内閣は、付近を立ち入り禁止にしてしまったので計画実行は困難と なった。

この高田 純教授が、発災直後に、科学的根拠によって自ら実証してみせた「フクシマの安全」は非常に貴重な「事実」だったのだ。学者の実践とは、科学的事実を摘出して世に問うことであり、この時、高田教授は、真の意味で学者だった。

しかしこの「事実」に基づく住民避難地域の策定や食の安全に関する施策が何も実施されず、反対に菅直人内閣は、いたずらに地域や食品の危険性を煽り住民を投網をかぶせたように大まとめにして郷里から追い出し移住させた。その果てに菅は己の反日政権の延命のために、「反原発」運動に火を付けて人気取りを狙った。

そして、この出発点における不純な動機に基づく菅直人内閣による「放射能悪」そして「反原発」のプロパガンダは、この度の東京オリンピック招致にも影響を与えたのである。

この菅直人内閣による、福島原発事故にかこつけた左翼的反原発プロパガンダが、以後現在に至るも、どれほど国富を消尽させ続けているか計り知れない。また郷里を追われた人々の被った不自由を思うと、言葉が出ない。

地震の年の7月、猪苗代湖のホテルでお会いした双葉町の900人の皆様は、お元気だろうかといつも思う。お年寄りが多かった。

従ってこの度の東京オリンピック実現を、菅直人が世界に垂れ流した中韓が喜ぶ「日本危険地帯の風評」と国内の「反原発と反放射能運動」からの脱却の切っ掛けにしなければならない。

電力が豊富に供給されなくては、国土強靱化の公共事業も七年後の東京オリンピック開催準備もデフレからの脱却もできないのだから。(にしむらしんご氏は衆議院議員)

<「頂門の一針」から転載>