2016年09月19日

◆パクる蓮舫、土下座の前原、泣きの玉木

千田 恒弥



パクる蓮舫、土下座の前原、泣きの玉木 民進党代表選 珍プレー集を一
挙公開! 

民進党は15日、党代表選の臨時党大会を都内ホテルで開き、新代表に蓮舫
代表代行が選出された。党結成から初めての代表選には蓮舫氏のほか、前
原誠司元外相、玉木雄一郎国対副委員長も立候補した。

13日の選挙戦では野党第一党の存在感を示すべく、3候補ともあの手、こ
の手で自らを猛烈アピールした。だが、中には珍プレーまがいの言動も。
混乱の代表選を振り返る。

今回、新代表に選出された蓮舫氏から始めよう。蓮舫氏は8月5日に立候補
を表明し、岡田克也前代表や野田佳彦元首相らの支援を受けて当初から有
利な戦いを進めてきた。

蓮舫氏は旧民主党政権時代、「仕分けの女王」として名をはせたが、今回
の選挙戦では他の候補者の政策をパクり、そしてぶれまくった。

9月2日の公示日-。20人の推薦人を集めて出馬を表明した蓮舫氏、前原
氏、玉木氏そろって日本記者クラブに集まり、共同記者会見に挑んだ。

まず3候補が選挙戦に臨む意気込みを発表した後、記者から臨時国会で議
論が始まる環太平洋経済連携協定(TPP)への対応と、農業政策について
の質問が出た。

まず蓮舫氏は「政府が出してくるであろうTPP関連法案は、われわれは同
じ土俵に立てない」と述べ、これまでの対決姿勢を強調した。前原氏と玉
木氏もTPPに反対し、足並みをそろえた。

農業政策に精通している玉木氏は「農政局単位に使える交付金を出し、地
域が何に使うかを地方が選べる交付金にしていくことが大切だ」と述べ
て、地域の実体に合わせた交付金の使い方を提案した。

「それ、使わせていただきます」-。間髪入れずパクり宣言したのは蓮舫
氏だ。提案した玉木氏もさすがに口あんぐり、前原氏も目が点になっていた。

その後も蓮舫氏は、日本国籍と父親の出身地の台湾籍を持っている「二重
国籍」問題で、自身の発言に関する説明が二転三転。「台湾籍は抜いてい
る」「生まれたときから日本人」「帰化-」と発言がコロコロと変える“珍
プレー”を連発した。

生活保障と税の一体改革「オール・フォー・オール(みんながみんなのた
めに)」を打ち出し、旧民主党の負のイメージを刷新しようとして出馬を
したのが前原氏だ。

前原氏は9月2日の共同記者会見で、旧民主党政権時代に閣僚や政調会長な
ど党の中枢の一人として、国民の期待に応えられず党に対する信頼を失墜
させたとざんげ。

その上で、「土下座をする先頭に、私は戦犯であるからこそふさわしいの
ではないか」と述べ、5秒間、深々と頭を垂れた。前原氏の“土下座”に会
場は神妙な空気に包まれた。

党のベテランからも「前原氏は変わった。代表の器だ」との声が上がった。

この日から前原氏の「心からのおわび」行脚が始まった。前原氏は街頭演
説や公開討論会などで、マイクを握ると自己批判し、5秒間、頭を深々と
下げる-。こうしたプレーを繰り出し、全国11カ所を回った。

15日の臨時党大会の投票前に行われた立候補者の決意表明でも、「心から
おわびを申し上げたい」と深々と頭を下げた。だが、党内からは「謝り過
ぎはかえってマイナスだ」という意見も多く、会場からはまばらな拍手し
かおきなかった。

当選3回という若さを売りに出馬した玉木氏は当初、熱血漢キャラで売り
出していたが、誰が言ったか、ついた異名は「泣きの玉木」。東大法・
ハーバード大院卒、財務省(旧大蔵省)勤務という絵に描いたようなエ
リートだが、ある意味、その殻を完全に打ち破った。

9月7日、長野市で開かれた民進党代表選の候補者討論会で、前原氏がいつ
ものように旧民主党政権の「失敗」に触れ、深々と頭を下げた。前原氏と
同じグループに所属する玉木氏は謝り続ける先輩の姿にいたたまれなく
なったのか、「(前原さんには)謝ってほしくない」と泣きながら訴えた。

その様子を見た蓮舫代表代行が絶妙なタイミングで「男なら泣くな」と
突っ込んだシーンはかなりレベルの高いコントだった。

討論会で前原氏が国民の期待に応えられなかったと陳謝すると、玉木氏は
「羽田空港の国際化も外国人観光客のビザ緩和も前原さんの閣僚としての
功績だ」と言葉を詰まらせて号泣。

この名場面は、新聞やテレビで取り上げられ、街頭演説などの3候補の“鉄
板ネタ”となった。

玉木氏は本当によく泣いた。9月2日の選対本部の事務所開き、最終日の
11日で池袋で高校生らに「一番良い演説だ」と声を掛けられ、思わず涙が
ほろり…。 次の代表選では聴衆を泣かせる演説を期待したい。
産経ニュース【千田恒弥の野党ウォッチ】2016.9.17
                 (採録:松本市 久保田 康文)


◆アメリカの台湾政策

Andy Chang



戦後から今日まで台湾人の最大の願望とは台湾独立である。大東亜
戦争が終わるとマッカーサーは台湾における日本軍の降伏の受理を
蒋介石に命令し、蒋介石の派遣した陳儀がそのまま台湾に居直って
しまった。

7年後のサンフランシスコ平和条約では日本が台湾の主権を放棄し、
台湾の国際地位は未定となった。つまり台湾の主権は台湾人のもの
となったはずなのに、アメリカはそれ以後一貫して台湾の主権問題
に不干渉を維持し、中国が台湾の主権は承認せず、台湾の地位未定
を現状維持としている。これは台湾人民に不公平、人権無視である。

●米国の台湾政策

1949年に蒋介石が中国大陸から台湾に逃亡して中華民国流亡政権を
維持し、アメリカは中華民国と国交を継続していたが、1978年カー
ターが中華民国と断交して中国と国交を始めた。

だがアメリカは中
国の主張する台湾の領有権について「了解し承認せず」、台湾関係法
を制定して中国の台湾併呑を防いだ。1982年7月14日レーガンは台
湾に対し「6か条確約」(Six Assurances)を約束し、米国国会は2016
年5月16日にレーガンのガイドラインを修正し正式に制定した。


ーガンの「6か条確約」は以下の通りである。

1.台湾への武器提供の停止に日限を付けない。
2.台湾と中華人民共和国間の仲裁をしない。
3.台湾に対し中台交渉に圧力を加えない。
4.米国の長期にわたる台湾の主権問題に変わりはない。
5.米国は「台湾関係法」の改訂をしない。
6.台湾への武器提供について北京と事前協商しない。

この後米国の台湾政策は、台湾関係法、6か条確約と三つのコミュ
ニケに拠ることとしている。つまり米国は台湾の主権問題は台湾関
係法と6か条確約の内容を守り、米国は中台問題で仲裁をしない、
中台交渉による平和的解決を望み、双方の一方的な現状変化に反対、
台湾の自己防衛を援助する、などである。

大切な点は、米国はサンフランシスコ平和条約において台湾の主権
を放置し、中華民国の台湾占領を黙認し、この問題の解決に無責任
な態度を取り、中国の台湾併呑に反対、台湾独立にも反対と言う不
安定な現状維持を中台双方に要求しているのだ。

問題はオバマが現状を維持できなくなったのに諸国に対して現状維
持を求め続けることだ。南シナ海や尖閣諸島における中国の横暴な
拡張に対抗できず萎縮したアメリカが日本や台湾に現状維持を要求
している。

アメリカは中国封じ込め、東南アジアの平和を維持できるかという
と、新しい大統領が誕生するまで何もしないだろうし、気違いトラ
ンプや嘘つきヒラリーが大統領になったらアジア政策がどのように
変わるか誰にも予測できない。

●台湾人の米国政策

このような経緯を検討すると米国の台湾政策をみると、台湾人の米
国に対する見解が不正確であるとわかる。台湾政権の米国政策、執
政党や民間政治家の米国に対する観念も違うし、民間人の米国観に
も疑問がある。

米国は(1)台湾独立を支持せず、中台関係に関与しない。(2)台
湾は中国の領土ではない、台湾人と中国人が違うことに理解がない。
(3)台湾の主権は台湾人にあるが、主権を主張できない責任は米
国にある。

台湾人の米国観はいろいろ違う。ある人は米国が独立を援助してく
れると思い、ある人は米国の台湾政策がわからない、ある人は米国
が台湾の主権を持つと誤解している。台湾独立は米国の援助が無く
ても黙許が必要だ。台湾人のいろいろなグループに一致した米国に
対する政策がなければ出来ないことだ。

●台湾人は何をすべきか

今の蔡英文政権は米国から現状維持を強要されて身動きが出来ない。
だから民間運動に期待する他はない。民間運動は国内向けと国外向
けの二つに分かれている。国内向けでは独立運動だが幾つものグル
ープがあり、その目的は正名制憲と独立である。国外向けのグルー
プは民間運動だが多くはない、現在の動きとは「台湾名義で国連加
盟」ぐらいである。

この二つの動きは共に米国の台湾政策に抵触する。米国は独立、国
民投票、正名制憲などについて中国の反対を怖れて反対している。
つまり独立運動は米国の支持は得られない。台湾の「国連加盟協進
会」は米国に「台湾入連合国宣達団」を派遣して国会議員の了解と
支持を求めたが成果はなかった。台湾と呼ぶ国が存在しないのに国
連加盟は出来ない。米国は台湾人の一方的な「国ではない国の疑似
台湾国」運動に賛成するはずがない。こんな民間運動は時間と労力
の浪費で独立の妨げとなるだけだ。

米国の政策を変更させるのは容易なことではない。台湾独立運動は
何よりも先にに米国が台湾人の主張を理解し援助する事、そのため
には米国の台湾政策を以下のように徐々に変えていくことである。
(1)台湾の主権は台湾人にある。台湾独立は当然のことである。
(2)台湾問題は台湾人が解決すべきである。
(3)台湾人は中国人ではない。
(4)台湾問題は両岸の中国人同士が交渉するものではない。
(5)台湾独立は米国の東アジア政策に有利である。


2016年09月18日

◆アメリカの台湾政策

Andy Chang



戦後から今日まで台湾人の最大の願望とは台湾独立である。大東亜
戦争が終わるとマッカーサーは台湾における日本軍の降伏の受理を
蒋介石に命令し、蒋介石の派遣した陳儀がそのまま台湾に居直って
しまった。

7年後のサンフランシスコ平和条約では日本が台湾の主権を放棄し、
台湾の国際地位は未定となった。つまり台湾の主権は台湾人のもの
となったはずなのに、アメリカはそれ以後一貫して台湾の主権問題
に不干渉を維持し、中国が台湾の主権は承認せず、台湾の地位未定
を現状維持としている。これは台湾人民に不公平、人権無視である。

●米国の台湾政策

1949年に蒋介石が中国大陸から台湾に逃亡して中華民国流亡政権を
維持し、アメリカは中華民国と国交を継続していたが、1978年カー
ターが中華民国と断交して中国と国交を始めた。

だがアメリカは中国の主張する台湾の領有権について「了解し承認
せず」、台湾関係法を制定して中国の台湾併呑を防いだ。1982年7月
14日レーガンは台湾に対し「6か条確約」(Six Assurances)を約束し、
米国国会は2016
年5月16日にレーガンのガイドラインを修正し正式に制定した。レ
ーガンの「6か条確約」は以下の通りである。

1.台湾への武器提供の停止に日限を付けない。
2.台湾と中華人民共和国間の仲裁をしない。
3.台湾に対し中台交渉に圧力を加えない。
4.米国の長期にわたる台湾の主権問題に変わりはない。
5.米国は「台湾関係法」の改訂をしない。
6.台湾への武器提供について北京と事前協商しない。

この後米国の台湾政策は、台湾関係法、6か条確約と三つのコミュ
ニケに拠ることとしている。つまり米国は台湾の主権問題は台湾関
係法と6か条確約の内容を守り、米国は中台問題で仲裁をしない、
中台交渉による平和的解決を望み、双方の一方的な現状変化に反対、
台湾の自己防衛を援助する、などである。

大切な点は、米国はサンフランシスコ平和条約において台湾の主権
を放置し、中華民国の台湾占領を黙認し、この問題の解決に無責任
な態度を取り、中国の台湾併呑に反対、台湾独立にも反対と言う不
安定な現状維持を中台双方に要求しているのだ。

問題はオバマが現状を維持できなくなったのに諸国に対して現状維
持を求め続けることだ。南シナ海や尖閣諸島における中国の横暴な
拡張に対抗できず萎縮したアメリカが日本や台湾に現状維持を要求
している。

アメリカは中国封じ込め、東南アジアの平和を維持できるかという
と、新しい大統領が誕生するまで何もしないだろうし、気違いトラ
ンプや嘘つきヒラリーが大統領になったらアジア政策がどのように
変わるか誰にも予測できない。

●台湾人の米国政策

このような経緯を検討すると米国の台湾政策をみると、台湾人の米
国に対する見解が不正確であるとわかる。台湾政権の米国政策、執
政党や民間政治家の米国に対する観念も違うし、民間人の米国観に
も疑問がある。

米国は(1)台湾独立を支持せず、中台関係に関与しない。(2)台
湾は中国の領土ではない、台湾人と中国人が違うことに理解がない。
(3)台湾の主権は台湾人にあるが、主権を主張できない責任は米
国にある。

台湾人の米国観はいろいろ違う。ある人は米国が独立を援助してく
れると思い、ある人は米国の台湾政策がわからない、ある人は米国
が台湾の主権を持つと誤解している。台湾独立は米国の援助が無く
ても黙許が必要だ。台湾人のいろいろなグループに一致した米国に
対する政策がなければ出来ないことだ。

●台湾人は何をすべきか

今の蔡英文政権は米国から現状維持を強要されて身動きが出来ない。
だから民間運動に期待する他はない。民間運動は国内向けと国外向
けの二つに分かれている。国内向けでは独立運動だが幾つものグル
ープがあり、その目的は正名制憲と独立である。国外向けのグルー
プは民間運動だが多くはない、現在の動きとは「台湾名義で国連加
盟」ぐらいである。

この二つの動きは共に米国の台湾政策に抵触する。米国は独立、国
民投票、正名制憲などについて中国の反対を怖れて反対している。
つまり独立運動は米国の支持は得られない。台湾の「国連加盟協進
会」は米国に「台湾入連合国宣達団」を派遣して国会議員の了解と
支持を求めたが成果はなかった。台湾と呼ぶ国が存在しないのに国
連加盟は出来ない。米国は台湾人の一方的な「国ではない国の疑似
台湾国」運動に賛成するはずがない。こんな民間運動は時間と労力
の浪費で独立の妨げとなるだけだ。

米国の政策を変更させるのは容易なことではない。台湾独立運動は
何よりも先にに米国が台湾人の主張を理解し援助する事、そのため
には米国の台湾政策を以下のように徐々に変えていくことである。
(1)台湾の主権は台湾人にある。台湾独立は当然のことである。

(2)台湾問題は台湾人が解決すべきである。
(3)台湾人は中国人ではない。
(4)台湾問題は両岸の中国人同士が交渉するものではない。
(5)台湾独立は米国の東アジア政策に有利である。


2016年09月17日

◆オバマの失策で問われる日本の自覚

櫻井よしこ



9月4日、5日に開催された中国浙江省杭州でのG20(主要20か国・地域)
首脳会議、続いて6日から開催されているラオスでの東南アジア諸国連合
(ASEAN)首脳会議は、オバマ政権の8年間の失策を、残酷なまでに
描き出した。
 
西側社会の価値観に挑戦し続ける中国は、南シナ海問題に関する自身へ
の非難を封じ込めながら、飽くまでも貪欲に自らの道を進む姿勢を明確に
した。異質の国の中国を、オバマ大統領は阻めなかった。
 
中国問題のみならず、ロシア問題もシリア問題も解決できないまま、オ
バマ大統領はあと4か月で世界の表舞台から去る。彼の不作為がアメリカ
の指導力を陰らせ、来たるべき数年で嵐のような世界秩序の大変化が起き
ることも予想される。歴史は一瞬にして変わるが、そのような場面に、私
たちは遭遇しかねない。
 
中国は2001年、WTOに加盟して以来、開かれた自由市場でどの国より
も市場経済の恩恵を受けてきた。西側社会は、中国が資本主義経済の体験
を積み重ねることでより開かれた国となり、公正な競争原理を身につける
と期待した。
 
しかし、その期待は裏切られている。08年のリーマンショックをきっかけ
に創設されたG20の、今年の最大の課題は、各国が協調して経済成長を促
し、世界経済に負の影響を及ぼす事柄を正すことだった。典型例が中国の
過剰な鉄鋼生産である。
 
市場経済の実態からかけはなれた、国有企業中心の体制下で、彼らは15
年段階で8億d、全世界の生産量の約半分もの鉄鋼を作り、過剰在庫を安
値で世界にバラまいている。日本を含めた市場経済諸国に不況と失業を輸
出しつつある。
 
G20はこのような過剰生産を規制するために情報共有の仕組みを作るこ
とになったが、それが機能する保証はない。なぜなら中国は自分たちが輸
出を減らせば他国がその分を埋め合わせると考え、中国の損失につながる
輸出規制をするとは考えにくいからだ。

南シナ海の運命
 
日米が警戒するもうひとつの中国主導の枠組みがAIIB(アジアイン
フラ投資銀行)である。政治に傾きすぎることや運営の不透明さゆえに、
オバマ政権は各国に不参加を説得した。だがEU諸国が一斉に参加し、
G20開催直前にはアメリカの足下のカナダまで加盟を決めた。オバマ大統
領、つまりアメリカの発言力はここまで弱まっている。
 
米中首脳会談はG20に先立つ3日夜に、4時間にわたって行われ、オバマ
大統領は南シナ海問題で、ハーグの常設仲裁裁判所の判断を尊重すべきだ
と強く求めた。安倍晋三首相も東シナ海、南シナ海問題について「日本の
立場を率直に、明確に伝えた」と語った。外交の場で口にする言葉として
は強い表現である。
 
だが現実は、酷いことになっていた。フィリピンのドゥテルテ大統領が2
日、中国がスカボロー礁に8隻の船を出していたことを明らかにしたので
ある。中国の公然たる挑戦だ。
 
中国が展開した8隻の内訳は海警局の公船4隻、平底の荷船(バージ)が2
隻、部隊要員運搬用と見られる船2隻である。フィリピンのロレンザーナ
国防相は平底船の展開は中国の浚渫(しゅんせつ)、埋め立て、(軍事施
設)建造につながる。なぜ、このように多数の船がスカボロー礁に集結し
ているのか説明せよと、中国側に迫った。
 
スカボロー礁は南シナ海の要衝である。台湾に近く、かつてアメリカ海軍
基地があったスービック湾から120マイル(約200`)の距離だ。中国がこ
こを押さえて、パラセル、スプラトリー両諸島と結べば南シナ海の制空権
を、従って制海権をとれる。アメリカは、スカボロー礁に中国が手をかけ
れば見逃さないと言ってきた。そこにいま8隻が集結しているのである。
オバマ大統領は軍の展開に踏み切れるか。
 
中国が米中首脳会談に8隻の船の展開をぶつけたのは、オバマ大統領を見
切っていたからではないか。
 
アメリカの決断が南シナ海の運命を決定づける。その中でドゥテルテ大統
領というユニークな存在が、南シナ海情勢を中国有利にする危険性もあ
る。ラオスでのASEAN首脳会議の場で、米比首脳会談開催が予定され
ていたが、ドゥテルテ大統領の暴言問題で再調整される。米比関係のゆら
ぎもまた、オバマ大統領の決断力のなさが遠因といえる。
 
オバマ大統領は中国を牽制できず、フィリピンとの協調関係も揺らぎ、さ
らに日本と共に打ち立てるはずの国際力学の新機軸、TPP(環太平洋戦
略的経済連携協定)も可決できるかどうか不透明だ。
 
戦後70年余り、国防も外交も基本的にアメリカ頼みだった日本に、アメ
リカの影響力の低下が、いま全く新しいアプローチを迫っている。

国民と共に考える
 
尖閣諸島周辺の海では、9月に入って毎日、中国の公船が侵入を繰り返
し、これまで3隻だった公船が4隻にもなった。
 
中国は尖閣だけを奪う戦略から第1列島線を奪い、第2列島線までを中国
の海とし、米国の接近を拒否する構えだ。それに対してアメリカはいち早
く空母を派遣し、主導権をとり、中国本土を叩いてくれると日本は考えて
きた。それが米戦略のエア・シーバトル (ASB)だと、少なくとも日
本はとらえてきた。
 
ASBはアメリカの核抑止力が有効であることを前提に、通常戦力によ
る軍事バランスを維持して紛争を抑止し、長期戦で中国の国力を疲弊さ
せ、終戦に導く戦略だ。
 
だが、米軍の作戦は変化し、彼らは後退しつつある。中国にミサイル発射
の徴候が確認されれば、米空母も海・空軍も第2列島線の東側に退き、眼
前の敵には日本が立ち向かう構図に、現在なっているのである。
 
日本の防衛の根本的見直しが必要なのは明らかである。自衛隊は装備も
隊員も圧倒的に不足している。憲法も自衛隊法も専守防衛の精神にどっぷ
り浸り、自衛隊の行動と攻撃能力は厳しく制限されている。これでは日本
は守れない。
 
オバマ政権も日本も手をこまねいた結果、中国は多くの分野で優位性を手
にした。2020年の東京オリンピックまでに日中の軍事力の差は1対5に拡大
する。中国圧倒的有利の状況が生まれるのだ。
 
このような危険な状況に日本が直面していることを国民に率直に伝えるの
が政府の役割だ。中国の攻撃力、その膨張の意志の凄まじさを共有できれ
ば、国民は必ず賢く判断する。
 
国民と共に考える状況を作り、そのうえで、恐らく誰よりも一番戦争を
回避したいと念じている自衛隊制服組の声に耳を傾けることが大事だ。戦
争回避のために必要だと、彼らが考える防衛装備と人員を整え、防衛予算
を倍増する程の大規模改革を急ぐときだ。

『週刊新潮』 2016年9月15日号 日本ルネッサンス 第720回

2016年09月15日

◆G20、習近平氏の挫折 対米“大国外交”は幻に

中沢 克二



20カ国・地域(G20)首脳会議が開かれた9月4、5日両日、閉幕後の6
日。900万人の大人口を抱える中国の杭州市は薄曇り、にわか雨だった。


国家主席、習近平の晴れの舞台であるG20の成功を演出するため、周辺の
工場は8月下旬から最大16日間もの全面操業停止を地元政府から言い渡さ
れていた。それでも効果は限られていた。


■習・オバマの微妙な西湖散歩


もう一つ。中国側が、G20の成功を演出するため目玉の一つにしたいイベ
ントがあった。米大統領、オバマの大統領任期中の最後の訪中である。


習近平とオバマは9月3日夜、「人間の楽園」と称される杭州の名勝、西
湖のほとりを2人で散歩した。特別待遇である。その途中で腰を下ろし、
龍井茶で喉を潤した。とはいえ両人の表情は今ひとつさえない。



それもそのはず。これに先立つ、中国での最後の米中首脳会談と習近平・
オバマの夕食会は愉快なものではなかった。


習近平にとって対米関係での最大の課題は、実は南シナ海問題ではない。
2013年6月の訪米時に華々しく打ち出した米国との「新しい形の大国関
係」を米国に受け入れさせるメドをつけることだった。米中両国が互いに
“核心的な利益”を尊重し、事実上、世界を仕切るという野心的な試みだ。


もし、これを半分でも達成できれば、南シナ海問題などは大筋、解決した
も同然である。しかし、ついにオバマの時代には実現しないことがはっき
りした。習近平にとっては大きな挫折だった。


中国の国営メディアの報道は、さも米中の新しい形の大国関係の構築が進
んでいるかのように報じている。だが、オバマはこれに一切、触れていな
い。会談では、南シナ海問題について国際法に基づく解決に言及した。先
の仲裁裁判所による判決の受け入れを中国に迫っていた。


この「大国関係」という課題は、中国の内政上も大きな問題をはらむ。習
近平は、来年の共産党大会の最高指導部人事を主導したい。そのためには
外交上の実績も重要だ。だが、米国との関係を中心にした対外戦略は思う
ように動かない。これでは、自ら掲げた「中国の夢」の実現も危うい。


うかうかしていると、うるさい長老らに習近平の失点として突かれる恐れ
さえある。習近平としては、気候変動問題以外、目立った成果もないの
に、オバマとにこやかに歓談するわけにはいかなかった。


オバマも似ていた。南シナ海問題を巡っては、スカボロー礁で中国のしゅ
んせつ船が動き出したとの情報をフィリピン側が明らかにしていた。笑顔
で習近平と会談していれば、「アジア回帰」を宣言した米国の沽券(こけ
ん)に関わる。


■杭州空港での米中のケンカ


この微妙な米中関係を象徴する事件があった。舞台は、9月3日、オバマ
が大統領専用機、「エアフォースワン」で到着した杭州空港である。


米側の随行職員らが中国側の警備担当者からいわれのない制止を受けた経
緯が大きな話題になった。特に問題化したのは、国家安全保障担当の大統
領補佐官、ライスが専用機から降りてきたオバマに近付いた際、中国の警
備担当の公安要員が強く遮ったことだ。


「ここは我々の国だ! 我々の空港だ!」。さらに中国側の男性警備担当
者は、ホワイトハウスの女性担当職員に声を荒らげた。大統領の外遊時、
同行の記者団は、専用機のタラップの下で大統領を見守るのが慣例である。


だが、中国側は記者らの移動を許さず、退去を求めた。米側担当者が強く
抗議すると、中国の要員は怒鳴り返した。


今回、オバマが「エアフォースワン」で到着した際、中国側は赤じゅうた
んを敷いたタラップを用意していなかった。オバマは専用機に付属するタ
ラップを降ろし、そこから登場した。異例である。


出迎えの方式、警備を巡って米中双方が事前にやり取りしたが、その際に
摩擦が起きたとされる。結果として中国側がタラップを用意しなかったた
め、多くの人々が「中国側の嫌がらせ」と受け止めた。中国側は、中国系
紙などを使って「米側の要請だった」と反論している。


オバマ自身は4日の記者会見で、この問題について「深読みしなくてよい
のではないか」「初めてではないし、中国だけでもない」と語り、受け流
した。米国は他より航空機、ヘリ、車、警備員が多いためホスト国からす
れば多過ぎるように思えるのだろう、という説明である。


真相はなお不明である。いずれにせよ、この後味の悪い一連の経緯は、今
の米中の微妙な関係を表しているのは確かだ。


後日談がある。ライスの制止問題である。「(中国側の)公安の現地担当
者が、オバマ側近であるライスを知らなかったようだ。こんなつまらない
話題にG20が乗っ取られてしまったのは残念だ。大きな失態だ」。中国側
は頭を抱えている。


北京や上海といった国際都市なら、公安担当者ももう少し洗練されてい
る。杭州だからこそ発生した問題だったかもしれない。


国際会議に慣れていない地域ならではの問題は、先に紹介した工場閉鎖も
同じだ。「明日から工場を停止せよ」。ある工場への通告は、なんと操業
停止日の前日だった。


G20が終わるまで合計16日間も操業を止めろという命令なのに、何の補償
措置もない。「中央の命令だから」。その一言だった。G20成功の演出に
は必要という判断だった。


休業による経済的損失は計り知れない。もしも、民主主義国家だったな
ら、政府を相手取った訴訟が起きるのは必至だ。


■閉幕に合わせた北朝鮮のミサイル発射


G20の期間中、風光明媚(めいび)な西湖のほとりはほぼ全てが封鎖さ
れ、一般人の立ち入りが禁止となった。ここは世界遺産に登録されてお
り、その景観は中国の一般人民ばかりか、世界の人々も価値を認める共通
の文化遺産である。


しかし、西湖の湖上を利用した大仕掛けの舞台、花火も一般市民は見るこ
とができなかった。巨額の資金を投入しているのに、である。そればかり
か、市民は一週間の休みを言い渡されて、外地に行くように勧められた。


「全ては最高指導者のため。これはかつての中国皇帝の発想だ」。こんな
恨み節も杭州市民から聞かれた。


強権姿勢はG20の会議の運営自体もそうだった。日本政府が現地のホテル
に設置したプレスセンターでは日中首脳会談などの記者ブリーフなどが行
われた。しかし、わざわざ世界各国から集まった記者らが入れない。



中国政府が警備上の理由を盾に、このホテルに入ることができる人数を一
方的に制限したのだ。杭州空港での米中のトラブルと同種の問題だった。


この姿勢は、今回、習近平が、首相の安倍晋三との日中首脳会談に踏み
切った理由とも重なる。安倍を真の意味で歓待はしない。だが、G20の成
功の演出には、近隣の大国と2国間会談は必要だった。これが日中首脳会
談で余り多くの成果がなかった理由の一つでもある。


習近平による、習近平のためのG20――。一大イベントは5日、「大成功」
という自画自賛の中で閉幕した。


その日、習近平にとってもう一つ、いまいましい事件があった。関係改善
を進めたはずの北朝鮮によるミサイル発射である。G20の閉幕日に合わせ
た中国への厭がらせ。習近平はそう受け止めたに違いない。中国を取り巻

く国際情勢はかくも厳しい。(敬称略)日本経済新聞
               (採録:松本市 久保田 康文)

2016年09月14日

◆隙あらば侵略の機会うかがう中国

櫻井よしこ


隙あらば侵略の機会うかがう中国 冷静かつ力に基づく戦略を取る日本 

悪貨は良貨を駆逐するといわれる。だが、中国が席巻するアジアにしては
ならない。いま、私たちはその岐路に立っていると、強気に出る彼らを見
て思う。
 
8月24日、日中韓外相会談に続いて、岸田文雄外相は東京で中国の王毅外
相と会談した。岸田氏が「中国公船」が尖閣諸島周辺で相次いで領海侵入
していると抗議すると、王外相は尖閣諸島は中国領だと、従来通りの主張
で反論、記者団に「事態は基本的に正常な状態に戻った」と述べた。
 
いかにも中国らしい主張ではないか。駐日大使だった当時、氏は、東京・
有楽町の外国特派員協会などを舞台に尖閣諸島や東シナ海問題について絵
に描いたような偽情報を流し続けた。国際社会に中国の主張を浸透させる
ためのデマゴーグとはいえ、そのあからさまな虚言外交には驚くばかり
だった。
 
そこで王外相の「正常に戻った」との発言の実態を明確に認識する必要が
ある。確かに、リオデジャネイロオリンピックの開会式に合わせて押し寄
せた公船15隻と漁船300隻は、これまで通りの規模、公船三隻と漁船数十
隻に戻っている。だが彼らは25日現在22日連続で尖閣の海を航行中だ。沖
縄県石垣市議会議員で、防衛協会幹部の砥板芳行氏が語った。

「王外相の言う『平常』は中国海警局の公船と海上保安庁の巡視船がにら
み合いを続けている状態なのでしょう」
 
中国が侵略的行動を繰り返し、海上保安庁が警戒し続けるのを、王氏は
「平常」と言うわけだ。

「本土の人たちが考える以上に、沖縄の海は中国に侵食されつつありま
す。中国の調査船はわが物顔で日本の海の調査をします。一群の軍艦が沖
縄本島と宮古島の間を航行して存在感を見せつけます。こうしたことを通
して、彼らは自らのプレゼンスを沖縄の海で常態化しているのです」と砥
板氏。
 
こうした中、8月24日にも尖閣の海に人民解放軍の軍艦が入っていたとの
驚くべき情報がある。しかもそれは久米島周辺の接続水域だという。
 
久米島は尖閣諸島の魚釣島から東に410キロメートル、沖縄本島に近
い。事実なら海上警備行動発令になろう。
 
海保も防衛省もこの情報は全否定したが、6月9日、尖閣諸島周辺海域に
中国の軍艦が初めて侵入したのは記憶に新しい。それまで海警局の公船
だったのを、中国は一気に軍艦を送り込んできた。このことを各全国紙は
一面で伝え、尖閣情勢が新たな緊張の段階に入ったと解説した。
 
中国の動きは止まらず、15日には、鹿児島県口永良部島周辺の領海に、
16日には尖閣諸島の東大東島の接続水域に、中国の軍艦が侵入した。ここ
までは大きく報道されたが、その後、中国軍艦侵入の情報は伝わってこな
い。私の得た情報は前述のように海保も防衛省も否定した。しかし、かと
いって、尖閣の海が平和で安全な海に戻ったということでは、全くない。
 
自衛隊と海保はいかにして日本の海を守っているのか。中国が30万人規
模の海上民兵隊をつくり、隙あらばと侵略の機会をうかがっている中で、
中国の野望を阻止するために、日本が実施しているのは、意外にも力に基
づく戦略である。ただ、日本の対応が極めて冷静かつ沈着であることは、
国民として知っておきたいものだ。

「中国が10隻の船を出せば、わが方は12隻出す。中国が戦闘機2機を出せ
ば四機出すという具合です。力を見せつければ日本は引っ込むという誤解
を、中国に与えないためです」
 
右の関係者の言葉は、各局面で日本は、国防に関して絶対に妥協しない
という決意を示し続けることで、中国に誤解させないということを示して
いる。この姿勢もしかし、海保、自衛隊の予算を増やすことなしには続け
られない。このことこそ、私たち国民は知っておくべきだ。
『週刊ダイヤモンド』 2016年9月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1147

◆待った25年、カープの優勝

馬場 伯明



2016/9/10(土)の夜、東京ドームの左翼外野でカープを応援した。カー
プは2位の巨人に6対4で快勝した。15ゲームの圧倒的な差をつけ25年ぶり
のセリーグ優勝を飾った。(超満員の46,643人、3時間41分の熱闘。詳細
は、新聞・TV・WEBなどで・・)。

「よかった(感激)」「うれしい(満足)」「ありがとう(感謝)」と大
声で叫んだ。しかし、どれも陳腐な言葉である。TV・ラジオ・新聞などが
大々的に詳細な報道する中で、一ファンの私が書く意味があるのだろうか。

小さなことだがせめて他人が知らない「体験(私事)」をいくつか紹介し
たい。待ちに待ったカープの優勝への餞(はなむけ)になればいいなと思う。

耐えて待つこと25年。ほんとに長かった。私がリーグ優勝を球場の現場で
体験したのは優勝7回のうちこれで3回目となった(1984・1986・2016)。

(1回目)1975・巨人・後楽園球場・初優勝、(2)1979・阪神・広島市民
球場、(3)1980・ヤクルト・敗北により優勝、(4)1984・大洋・横浜ス
タジアム、(5)1986・ヤクルト・神宮球場、(6)1991・阪神・広島、そ
して、(7)2016・巨人。東京ドーム)だ。

1984は山本浩二がレフトスタンドに糸を引くようなライナーの逆転3ラン
本塁打を打った。30年前の1986は長嶋清幸が満塁本塁打でヤクルトを粉砕
した。私は三塁内野席の最上段にいた。9/10は鈴木誠也が2ラン本塁打2発
を放ち一気に逆転した。またまた「神ってる」。勝つ場面はいつも劇的で
ある。

翌9/11スポーツ新聞4紙(報知新聞を除く)を駅で買い写真見て記事を読
む。勝ち試合、まして優勝の新聞はファンにとりまさに至福の時間である。

ついでに「新井直筆サイン入りバット・サイン色紙(抽選1・2人・デイ
リースポーツ)」「菊池特製タオル(抽選5人・デイリー)」「田中・菊
池・丸色紙プレゼント(抽選3人・スポニチ)」を申し込んだ。また「優
勝記念Tシャツ(球団・2000円)」の購入申し込みも。

2016のカープの上昇・爆発現象はどう表現(呼称)すればいいのか。2016
の球団のキャッチフレーズは「真赤激(まっかげき)Burn it up!」である。

たとえば、「赤い稲妻」、「赤い超特急」、「赤いハリケーン」、「赤ロ
ケット」・・・などだろうか。「赤いミサイル」は北の某国に似ておりダ
メだ。9/10の朝、先発の黒田投手を(ひそかに)激励するため、メル友6
人に「黒田は今日『赤田』になれ!」と送信したらけっこう受けた(笑)。

私の赤い応援服は今風のものとは違う。ふつうは胸に「Hiroshima15」背
には「KURODA(大きく)15」などであるが、胸に「Carp」、背には、カー
プ坊やが右手を広げてジャンプし左指はVサイン。「勝利を見たけりゃ 
会いに鯉 関東限定」の文字が躍っている。勝負Tシャツなのだ(勝率が
いい!)。

カープファンの観戦・応援風景のうち、新聞・TVでは珍しい場面を紹介す
る。まず、日常風景(定番)は次。「♪宮島さん・・」「(球団歌)♪それ
行けカープ」「(個人ごとの応援メッセージ)の♪エール」などが絶え間
なく続く。

この日は、9回表の攻撃。「優勝するぞ カープ」を4回繰り返し、続い
て、ドームの屋根が割れるような、地響きの「ひろしま ワッショイ」が
続き、球場の三塁側・左翼から巨人に圧力をかけた。また、9回裏は、ク
ローザーの中崎翔太投手を応援する「中崎コール」が続き、続く。さら
に、続く・・・。

「中崎・中崎・中崎・・・」が怒号のようなうねりの波となった。何と連
続30回の呼号が巨人に襲いかかった。そして、亀井義行のショートゴロ
で、ついに試合終了となり、カープの優勝が決まった。21:41。

緒方孝市監督の胴上げ(宙に7回)と黒田博樹の胴上げ(同5回)がよかっ
たなあ。そして、新井・中崎も。緒方監督の挨拶も感動的なものであった
(詳細は省略)。選手らは両手を振り応援席の祝福に応え東京ドームを
去った。

その後、先発選手にひとり一人に対するリーダーのエールに合わせ唱和し
た。一塁側・右翼席席には、散見される赤い応援服の他にはもう誰もいな
かった。

三塁側・左翼席から興奮した赤い顔のカープファンがどっと噴き出されて
くる。その一部は三々五々JR水道橋などの居酒屋などに向かっている。

名古屋市から応援に上京したという隣の若いMさん(30代・男性)と水道
橋の居酒屋「酔っ手羽(YOTTEBA)」へ入った。ここには2台の大画面TVが
ある。先客はTV観戦・応援者だった。東京ドームでの(実)応援者は羨望
の眼で見られるととともにいろいろ訊かれ重宝がられた。

ビールや焼酎での乾杯のジョッキの音が跳ねる。TVで感激の勝利の瞬間の
場面が放送された。「♪・・・今日のカープは、勝ち勝ち勝〜ち勝〜
ち」。「♪それ行け、カープ」をみんなで歌い店内に響き渡る。

誰かが店の外の道路で「ビールかけがあるぞ」という。3本持って飛び出
すともう宴(ビールかけ)たけなわ。対面の居酒屋からも飛び出してきた
人たちと合わせ10数人。ビールの泡が消火器の放射のように飛び交う。

「バカなカープファンとお笑いでしょうが・・・」というような自虐セリ
フも、自分で言っておきながら、今夜はあっけらかんと笑い飛ばしている。

夜は更け23:00。JR水道橋へ・・。行き交う人たちとハイタッチ(この時
刻、カープファンしかいない!)。「おめでとう」「ありがとう」「よ
かった」で交歓する。見ず知らずの人たちなのに即座に共感する、カープ
ファンって、おもしろいな。

清水へ祇園をよぎる桜月夜今宵会う人みな美しき(与謝野晶子)

京都の夜桜を巡った与謝野晶子には酒が入っていたのか。熱狂冷めぬカー
プファンの心境は何となく彼女のうきうき感に似ている。秋めいてきた夜
風が顔の火照りに心地よく、深夜の水道橋では女も男もいい顔をしていた。

しかし「浮かれ気分」はいっときのことだ。カープは2016/10/12(水)か
らクライマックス・シリーズ(CS)を勝ち抜く。最終目標は2016/10
/22(土)からの日本シリーズを制覇し、32年ぶりの日本一である。

カープを信じ応援する。僕らの前に道はできる。(千葉市在住)


        

◆米国人は死ぬために食べる

平井 修一



「米国人は生きるためではなく、死ぬために食べる」と言われている。気
になっていたが、たまたま以下の記事を読んで大いに納得した。

クーリエジャポン「異色の訪問記『硫黄島からのメール』第4回 フラン
クな米兵たち、礼儀正しい自衛隊員たち」から。↓
https://courrier.jp/columns/55888/

著者の日野光春氏は1974年生まれ、編集者。雑誌・書籍の出版やウェブマ
ガジンへの寄稿などで活動中。ライフワークは世界各地への旅行。

このシリーズの発端はこうだ。2008年のことである。著者は久しぶりに休
みが取れて、いかに過ごすかを考えていると、知人から「硫黄島の自衛隊
基地の食堂が2週間のバイトを募集しているから、行かないか。めったに
行けるところではないから」と誘われ、都心から南へはるか1250qの、日
米激戦の将兵の霊が宿る島を訪れたのだ。以下、本文から抜粋。

<*米兵たちが好む「偏った食事」

食堂のお客はもちろん自衛隊員たちだが、それだけではなかった。米軍の
兵士たちもいた。

米軍関係者が硫黄島にいることは聞いていたが、少数だと私は思ってい
た。ところが予想よりかなり多くて驚いた。100人近くはいただろうか。
(平井:日米合同訓練の時に硫黄島基地に米軍が来るそうだ)

夕方の食事時間になり、佐藤君と私はそのままコンビを組んで働くことに
なった。テーブルを拭き、調味料を置く。そしてお客が次々とやってくる
と、食事を出すのにてんてこ舞いになる。

まず、ご飯が入った青いボックス、スープと味噌汁がそれぞれ入った鍋
と、何種類ものおかずが盛られたいくつかのトレイを調理場から持ってく
る。もちろん、ボックスも鍋もトレイも一般家庭ではお目にかかれないほ
ど大きい。

そして私たちの前には、自衛隊員と米兵がプレートを持って一列に並ぶ。
佐藤君と私は、彼らのチョイスに応じて食事を皿に盛り、出し続けた。

驚いたのは、自衛隊員と米兵の食事の選び方の違いである。

自衛隊員はおおむね、「ご飯、味噌汁、おかず(肉または魚)、サラダ、
飲み物」という組み合わせでバランスよく食事を選んでいく。

ところが、米兵のチョイスはあまりにも偏っていた。彼らはとにかく、肉
とポテトフライとコーラを異様なほど好むのだ。

米兵は平均すると自衛隊員よりも体格が大きい。その巨漢たちが「肉、
肉、ポテトフライ、ポテトフライ、コーラ、コーラ」という風に、大雑把
かつ一律的にオーダーしていくのである。

飲み食いする量にも驚愕した。誇張ではなく、米兵たちは肉とポテトフラ
イを山のように皿に盛り、大量のコーラで流し込むように食べていた。ま
さに鯨飲馬食だ。

「アメリカ人はなんでこんなに肉とイモが好きなんだろう?」

こっそり佐藤君に話しかけると、彼も呆れた様子で答えた。

「これ、ヤバいですよねえ。日本人ならだいたい常識として知っている栄
養の基本的な知識を、アメリカ人ってまったく教えられてないんじゃない
ですか」

「こんな調子で偏った飲み食いを続けていたら、病気になったり早死にし
たりする可能性はかなり高くなるはずだよな」

「軍隊にいる間は、訓練とかがあってカロリーを消費するからいいですけ
ど、普通の日常生活に戻ってからもこの調子で飲んだり食べたりしていた
ら、すぐに肥満体になるでしょうね。もともとアメリカには太った人が多
いって言われてますけど」

若い佐藤君は、自分が考えたことを臆せずハキハキと喋る。それが面白く
て、私も意見を言ってみた。

「でもさ、アメリカには一方で、ベジタリアンをはじめ、健康な食事にこ
だわる人たちもいるんだろう。そういう客層を対象にするレストランもア
メリカでずいぶんできているって、何かの記事で読んだよ」

「それはたぶん高等教育を受けたインテリとか、ある程度裕福な暮らしを
している大都市の住民とか、社会の上の方のクラスにいる一部の人たちの
話じゃないですか。現場の兵士として軍隊に入るような普通の人たちとは
違うと思いますよ」

「なるほど」

佐藤君の推測に私は納得した。

ベジタリアンとまでは行かなくても、アメリカで栄養に気を遣い、「食」
への高い意識を持っているのは、エリートとかインテリなどと呼ばれる人
たちが多く、一般国民にはあまり縁がないのかもしれない。

社会の格差がもたらす「食の知識」の格差は、日本よりアメリカの方がか
なり大きいのだろうか──などと私も考えてみた。すると、佐藤君がぽつり
とこう漏らした。

「とりあえず、この食堂にはサラダがちゃんとあるんだから、せめて生野
菜くらいもう少し食べてもいいんじゃないかと思うんですけどね」

確かに米兵はあまりサラダを頼もうとしなかった。サラダを食べるのは
もっぱら自衛隊員ばかりだったのだ。

やっぱり日本人は、栄養バランスの大切さは学校でも教わるし、役所や病
院も強調するしで、これは日本の強みだよな……などと考えていると、急に
目の前から英語が飛んできた。

「コーラをもらえるかな?」

身長190pはあろうかという白人の大男が、機嫌良さそうにニコニコしな
がらオーダーしてきたのだ。さっそく出そうとしたが、すでにこれまでの
注文で、冷蔵庫に入れておいたコーラの缶はすべてなくなっていた。

私は慌てて、少し待ってくれるよう巨漢の米兵に頼み、裏の倉庫に走る
と、コーラの缶が詰まった段ボール箱を持ち上げて食堂に運んできた。重
さのため、途中で何度かよろけてしまった。

冷えていないのを申し訳ないと思いつつ、コーラの缶を一本出して米兵に
渡した。彼はそれを取り上げると、ぬるいことなど気にする様子もなく、
笑顔で「サンキュー」と礼を言って席に戻った>(以上)

「11 Facts About American Eating Habits」によると、米国人の52%は
「健康な食事」に無頓着で、4人に1人は毎日ファストフードを食べ、年間
100億個のドーナツを食べ(1人当たり30個)、「肥満の原因は炭水化物、
砂糖、脂肪分」と思っており、「カロリーのとり過ぎが肥満になる」と認
識しているのはわずか33%に過ぎないという(米国農務省調査)。

日経電子版2014/1/10「アメリカ人を太らせたあの政策 外国人の不思議」
から。↓
http://style.nikkei.com/article/DGXZZO64645120X21C13A2000000

2016年09月13日

◆朴槿恵政権と朝鮮日報の間で何が起きたのか?

桜井 紀雄



韓国紙、朝鮮日報の主筆が接待を受け宿泊したとされるローマの豪華ホテ
ルの写真を示す与党議員の金鎮台氏=8月29日、ソウルの韓国国会(聯
合=共同)

韓国の朴槿恵(パク・クネ)政権の「応援団」とみられてきた保守系最大
手紙、朝鮮日報と大統領府の関係がこじれにこじれている。同紙が朴大統
領の最側近にまつわる疑惑を最初にスクープしたのに対し、親朴派議員ら
が同紙主筆と企業の“癒着”を暴露、主筆は辞職に追い込まれた。

スクープした記者や、最側近への捜査を検察に要請した特別監察官が、逆
に捜査を受けるという異例の事態ともなっている。韓国メディアは互いに
非難し合うばかりで、「報道の自由」への危機に一致して対抗するという
意思は感じられない。産経新聞前ソウル支局長が在宅起訴された揚げ句、
無罪となった事件の教訓は生かされなかったのか-。

■「先進国ではあり得ない」記者への強制捜査

《権力側が嫌がる報道をしたことを理由に、取材記者に対して家宅捜索を
行うという行為は、メディアを敵対視した左派政権時代にもなかったこと
だ。権力とメディアとの関係をめぐる重大なあしき前例として、今後も長
く語り継がれるだろう》

朝鮮日報は8月30日、同紙社会部次長が前日に検察の強制捜査を受け、携
帯電話を押収されたことに対し、こう朴政権を痛烈に批判する社説を掲載
した。

同紙が7月、朴大統領の最側近とされる禹柄宇(ウ・ビョンウ)大統領府
民情首席秘書官の妻の実家の不動産取引をめぐる疑惑を報じたことが発端
だった。

検事長が収賄容疑で逮捕された事件で、贈賄側のオンラインゲーム大手の
ネクソンから不動産取引で便宜を受けたというのだ。

他のメディアも追随し、兵役で機動隊に務める息子の特別待遇や、家族の
会社を通じた脱税・横領といった疑惑が次々報じられた。

大統領の親族や大統領府高官の不正を調べる李碩洙(イ・ソクス)特別監
察官が8月、禹氏の疑惑を捜査するよう検察に依頼。民情首席秘書官は、
司法機関も管轄し、捜査の進捗(しんちょく)に関する報告も受ける立場
なため、「公正な捜査に支障を来す」として、禹氏は辞任すべきだとする
世論が高まっていた。

29日に禹氏の関係先への家宅捜索が行われたが、同じ日に、李監察官や疑
惑を最初にスクープした朝鮮日報次長に対する家宅捜索も行われた。同紙
が李監察官に電話取材した内容をテレビ局がスッパ抜き、監察内容を漏洩
(ろうえい)した特別監察官法違反容疑がかけられたのだ。李監察官は辞
表を提出した。

テレビ局を通じた暴露を受け、大統領府側が「重大な違法行為であり、国
の根幹を揺るがす」と怒りをあらわにしていた。

朝鮮日報は、社説で「先進国では、政府高官の不正をめぐる取材を問題視
し、捜査機関が記者の携帯電話を押収するなど、絶対にあり得ない」と
し、「この国の時計はいま、完全に逆回転をしているのだろうか」と猛反
発を示した。

■「腐敗既得権勢力」が朴政権を見限り?

同じ8月29日には、朝鮮日報を揺るがす別の動きもあった。

朴大統領の「親衛隊」ともいえる与党、セヌリ党議員が記者会見し、巨額
の粉飾決算を行ったとして捜査を受けた造船大手の大宇(テウ)造船海洋
から、豪華チューター機で欧州を巡る接待旅行を受けていたメディア幹部
として、同紙の宋煕永(ソン・ヒヨン)主筆の実名を公表した。

宋氏はその日のうちに辞意を表明し、同紙も解任を発表。翌30日には辞職
した。左派紙、ハンギョレによると、議員が26日に接待疑惑を匿名で発表
した後には、宋氏は同紙の編集幹部の会議で「根拠がない」と言い張って
いたというが、数日で自ら特定企業との不適切な関係を認める結果となった。

これに追い打ちをかけるように、30日には、通信社の聯合ニュースが、大
統領府関係者の話として、宋氏が大統領府高官に対して、粉飾決算で起訴
された大宇造船海洋の前社長の再任を求めるロビー活動を過去に行ってい
たと報じた。

朝鮮日報に対する狙い撃ちとしか取りようのない一連の動きの背景には、
何があったのか-。

別の保守系大手紙の中央日報は、社説で、来年の大統領選を前に「『一部
のメディア』が親朴勢力で保守政権の再創出は難しいとみて、朴政権の力
を失わせるため、『禹柄宇たたき』に動いた」との大統領府関係者の見方
を伝えている。「任期末政権のレームダック(死に体)をあおる腐敗既得
権勢力の不純な意図がある」ともみているとしている。

禹氏をめぐる疑惑が立て続けに報じられた後には、「腐敗した既得権勢力
と左派勢力による大統領への揺さぶりだ」との大統領府高官の主張が伝え
られていた。

ここでいう「一部のメディア」や「腐敗既得権勢力」が朝鮮日報を指すの
は明らかだ。つまり、これまで朴政権寄りの論調が強かった同紙が朴大統
領を見限り、最側近の禹氏の追い落としに動いた-というのが大統領府側
の見立てだというのだ。

これが事実かどうかよりも、大統領府側がそうした“被害者意識”を抱いた
ことが、朴政権と保守系最大手紙の「蜜月関係」に亀裂をもたらした根底
にあるようだ。

■公約の監察制度を骨抜きにした「疑心暗鬼」

朝鮮日報による「禹氏たたき」に対する大統領府側の「報復」として、主
筆が享受した不適切接待の暴露や、記者に対する強制捜査が行われた-と
いうのが、朝鮮日報だけでなく、大方の韓国メディアの見方だ。

「宋前主筆と大宇造船海洋の癒着が明るみに出ることを恐れた朝鮮日報
が、司法機関を総括する禹首席秘書官を『攻撃』することで覆い隠そうと
した」といった大統領関係者が描く筋書きも報じられている。

これに対して、朝鮮日報は社説で、禹氏をめぐる疑惑は「社会部記者らが
自らの足で取材」した結果であり、「主筆が取材記者に記事について直接
指示することはあり得ない」と反論。

「特定の人物による道徳的な逸脱行為と結び付けて、陰謀論のような攻撃
を繰り広げるのは、大統領府がやることではない」と大統領府側の主張を
批判した。

主筆と特定企業との癒着は、言論人として、あるまじきことだが、それを
隠蔽するため、大統領府高官に関するスクープを現場記者らが血眼になっ
て追うというのは、常識では考えられない。

大統領府側のそんなうがった観測を忖度(そんたく)して、検察が強制捜
査に動き、記者の携帯電話まで押収されたとすれば、「報道の自由」は危
機にひんしていると言わざるを得ない。

テレビ局側に流出した朝鮮日報と李監察官の通話のやり取りは、取材メモ
として一部の記者だけがSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービ
ス)で共有したもので、ハンギョレは「記者らに対する盗聴やハッキング
を疑わざるを得ない。そうした能力を持つ機関は限られている」として、
当局の関与やリークの可能性を指摘した。

通話内容からして、そもそも既に報道されている禹氏の疑惑に関するやり
取りと調査が進まないことへの李監察官のぼやきが大半であり、強制捜査
まで受ける類いのものとはいえない。

特別監察官制度は、大統領の家族や高官による不正を一掃しようと、朴大
統領が公約に掲げ、鳴り物入りで導入し、禹氏の疑惑調査は第1号事案と
なるものだった。それを初代監察官の李氏の辞意表明にまで追い込み、政
権側が台無しにしたことになる。

大統領を取り巻く不正を暴く制度を「被害者妄想」にがんじがらめにされ
て、疑心暗鬼を生み、骨抜きにしてしまったのだ。

■前ソウル支局長在宅起訴と異なる情景

大統領府側の被害者意識から、記者に対する検察の捜査に至った事件とし
ては、朴大統領に対する名誉毀損(きそん)に問われ、産経新聞の加藤達
也前ソウル支局長が在宅起訴された問題がある。

2014年の旅客船セウォル号沈没事故当日の朴大統領の動静をめぐり、コラ
ムで男女関係に絡んだ噂を取り上げたことが問題視された。この際も、政
権周辺者からは「朴大統領を攻撃しようとする政治的意図」が勘繰られ、
大統領府高官が「法的措置を取らせる」と公言。大統領府側の意思を忖度
し、検察が在宅起訴まで突き進んだとみられている。

だが、裁判所は、政治的意図ではなく、「日本の読者に伝えよとする公益
性があった」と認め、無罪判決を下した。

朝鮮日報記者への強制捜査と推移は重なる部分もあるが、大きく異なる状
況もある。

前ソウル支局長の在宅起訴では、取材や報道手法で批判があっても、日本
の報道機関はそろって「報道の自由」の観点から、刑事罰にまで問おうと
した韓国当局の姿勢を厳しく批判した。

欧米メディアや国際的な団体も韓国政府への非難を強め、無罪判決後に
は、韓国メディアも一斉に検察捜査を批判した。問題になった記事の主な
引用元は朝鮮日報のコラムだったが、最後まで産経批判に終始し、報道の
自由という立場から政権批判を行わなかったのが唯一、朝鮮日報だった。

その同紙が、政権側から報道の自由を脅かされる事態に直面している。記
者への強制捜査に対しては、他の韓国メディアからも「報道の自由に関わ
る」と懸念が表明されながらも、主筆の癒着の暴露が重なったこともあ
り、報道機関が足並みをそろえて政権側に対抗するという状況にない。

保守系の東亜日報は、宋主筆の辞職を受けた謝罪について、「朝鮮日報の
謝罪の純粋性が疑わしい」といった大統領内部の声を伝えるなど、朝鮮日
報の立場とは一線を画している。

■メディア同士の政治闘争がもたらす災い

特に、朝鮮日報に対する非難を強めているのが、左派系紙のハンギョレだ。

《この状況は、朝鮮日報自らが招いたものだ。マスコミの道義から大きく
外れ、法の上に立つ権力として君臨してきたのが朝鮮日報の過去数十年の
歴史だ》

9月1日の社説では、こうこき下ろした。この2紙は、左派と保守という論
調の違いを超え、ハンギョレが盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権など左派政権
支持、朝鮮日報が李明博(ミョンバク)、朴槿恵両政権など保守政権支持
と、それぞれの政治的スタンスから“政治闘争”を繰り広げてきたといって
も過言ではない。

報道をめぐってハンギョレも朴政権から提訴されるなどしており、「報道
の自由」という普遍的価値から見れば、立場を共有しているはずだ。禹氏
の疑惑報道では「左派勢力」として、大統領府側から目のかたきにもされ
ている。

それでも、「朝鮮日報はこれまで言論の権力として万能に近い力を振りか
ざしてきた。大統領選になると、お気に入りの候補を当選させるため、強
大な影響力を悪用していると非難されたのは一度や二度ではない」と朝鮮
日報批判に終始。「仲間とみられた大統領府に対立して」主筆が辞職する
事態に至ったことについては「後頭部を殴られたようなショック」だろう
と突き放した。

朝鮮日報の援護射撃に回る他のメディアも見当たらない。テレビ局が朝
鮮日報と監察官の通話内容をスッパ抜くなど、政権周辺からのリークとみ
られる独自 情報をいち早く報じることに目を奪われている。情報につら
れ、いいように“各個撃 破”されているとの印象が拭えない。

聯合ニュースが宋前主筆のロビー活動を報じると、朝鮮日報は、社説で
「大統領府の『匿名の関係者』による攻撃は、多くが政府からの支援金を
受けている 通信社を通じて行われている。前例のないことだ」といらだ
ちをあらわにした。「い くつかの報道機関には、本紙を攻撃するあらゆ
る内容が出回っているという。全て政 権が関与しているといっても過言
ではない」と孤立無援ぶりへの焦りをにじませた。

産経新聞前ソウル支局長問題が浮上した際には、引用元となっただけ
に、火の粉がかからないよう、産経批判を繰り返した事情は理解できなく
もない。

た だ、それにと
らわれるあまり、「報道の自由」という普遍的価値からの主張に二の足を
踏み、自ら
に降りかかっくることもあり得ると想定できなかったというなら、残念で
ならない。

 それ以上に、韓国メディアが政治闘争に拘泥し、「報道の自由」がおざ
なりになる
ようなら、権力を監視すべき報道機関の役割、政治の透明性に計り知れな
いマイナス
だ。何よりも、韓国国民にとって、これほどの不幸はない。(外信部記者)
                  (採録:松本市 久保田 康文)


◆教育とルールが国家の基礎

平井 修一



小生はものに動じない、というかあまりビックリしない。2011/3/11の東
日本大震災にはショックを受けたが、人生においてこれは最大の驚きであ
り続けるだろう。まったくの想定外だった。

以下の記事を読んでほしい。小生はいささかショックを受けた。産経9/9
「【千夜一夜】“残骸”と化した信号 運転は『阿吽』の呼吸頼み」から。

<任地のカイロは首都圏人口が2千万人超ともいわれる大都市で渋滞もひ
どい。

にも拘わらず、信号機が極端に少なく、有っても“残骸”と化しているこ
とがほとんど。赴任してから6年余りの間、正常に作動している信号は数
えるほどしか見たことがなかった。

では、どうやって車の通行を整理するのか。

大きな交差点には警察官が立っているが、多くの場合はドライバー同士の
「阿吽(あうん)」の呼吸頼みだ。とはいえエジプト人は譲り合いの精神
が希薄なので、基本的には強引な方が勝つ。それがここでの“おきて”だ。

そんなカイロで最近、相次いで信号機が設置されるようになった。国民の
マナーや順法精神の大切さを説くシーシー大統領の方針を受けてのものだ
ろう。

ただ、これで道路の安全性が高まると楽観する人は少ない。「信号を経験
したことがないドライバーが信号を守れるはずがない」(在留外国人)か
らだ。

案の定、近所で新たに設置された信号は間もなくして点滅するだけにな
り、従来の警官による方式に逆戻りした。点滅しなくなる日も遠くはない
と思う。

教育が十分でなければ、せっかくの機械も宝の持ち腐れ。この国の行政
が、何度も繰り返してきたであろうそんな教訓を生かせる日は来るのだろ
うか。(大内清)>(以上)

ガーン! 教育がない、ルールがない、まるでジャングルのよう。中東の
雄と言われたエジプトでさえこのレベルなのだから、多分、世界の多くの
国も似たようなものなのだろう。

わが国で庶民への教育が本格化し始めたのは江戸時代の1750年頃からのよ
うだ。「柳多留/やなぎだる」は江戸時代後期の川柳集(明和2/1765〜天
保9/1838年刊)だが、そこにこんな句がある。

武でおどし 仁ではすかし 知で教え

「民を支配するためには武力と倫理道徳と教育が必要だとよ」と庶民が支
配層を嗤ったのである。

「すかす」の意味はこうだ(デジタル大辞泉)。

1)機嫌をとって、こちらの言うことを聞き入れるようにさせる。「子供
を―・して寝させる」「おどしたり―・したりして行かせる」

2)言いくるめてだます。「弟を―・しておやつを取り上げる」

3)相手をうまくその気にさせる。おだてる。

北島正元著「江戸時代」から。

<支配者は幕藩体制の動揺に対処して、愚民政策の内容を修正し、民衆に
読み・書き・そろばんの実用的な技能を与える代わりに、儒教的な倫理を
注入し、彼らを従順な年貢負担者に仕立て直そうと努めた。もう武力だけ
では民衆を支配することができなくなったからである。

こうして諸藩では、それまで藩士しかいれなかった藩校に、農工商の子弟
を入学させたり、手習所や教諭場を開いて積極的に民衆の教化に乗り出した。

農村の寺子屋などの私塾の増加も著しかった。特に信州がその数では全国
一を占めたが、東筑摩郡だけでも、文政年間(1818〜29)の702が、慶応
年間(1865〜67)には1380に激増している。

目に一丁字もなかった民衆に、字を書いたり読んだりするものが多くなっ
たことは、支配者の意図に反して彼らに重要な抵抗の武器を与えることに
なった。それは彼らの日常の農業経営を合理化するために役立っただけで
なく、年貢や村費の問題について、領主や村役人の不法・不正を見分ける
能力を与えた。

後期の中下層の農民を主体とする百姓一揆や村方騒動の激化も、一つに
は、こうした民衆の知識の向上に支えられていたともいえよう>(以上)

愚民化か、それとも高等教育推進か、諸刃の剣であり、支配者が大いに悩
むところだろう。

日本は隣組とか連座制もあったから、とにかくルールを実によく守る。わ
が街は2013年9月からゴミの分別を一気に高度化したのだが、住民はまる
で軍隊のように一斉に新ルールに従ったのには驚いた。民度が高いし、国
土の2割しか住居用の土地がないから、快適に暮らすためにはルールに従
う、和を以て貴しとなすしかないという面もあるだろう。

かくして日本は世界有数の理想郷になった。

ところでエジプト。岡崎研究所の論考「エジプトの不幸」(ウェッジ
9/9)から。

<シシ大統領の抑圧と無能がエジプトを駄目にしつつあり、新たな反乱を
生む土壌を作っている、と8月6日付の英エコノミスト誌が警告していま
す。要旨は、次の通りです。

《アラブ世界で鬱屈した若者が増えている。若者人口が多いのは好景気に
繋がるものだが、アラブの専制支配者たちは彼らを脅威と見ている。親世
代より教育があり、SNSで世界とつながり、政治的・宗教的権威に懐疑的
な彼らは、アラブの春では最前線に立ってチュニジア、エジプト、リビ
ア、イエメンの支配者を打倒し、多くの国の国王や大統領を震撼させた。

しかし、今やこれらの国は、チュニジアを除き、内戦もしくは革命の後退
に陥り、若者の状況は悪化しつつある。職を見つけるのは難しく、主たる
選択肢は、貧困、移民、あるいはジハードだ。こうした状況が新たな暴発
を生む土壌を作りつつあるが、中でも懸念されるのがエジプトだ。

エジプトは地域の雄であり、エジプトの成否が中東のあり方を左右する。
しかし、シシ大統領は、ムバラク以上に圧制的、かつモルシ並みに無能
だ。政権は湾岸諸国からの資金注入のおかげで命脈を保っている。莫大な
石油収入にも拘らず、大きな財政赤字と経常赤字を抱え、そのため、ナ
ショナリストを気取るシシもIMFへの資金救済要請を余儀なくされた。

若者の失業率は40%を超えるが、政府は既に公務員で膨れ上がり、麻痺し
た国家統制経済の中にあって民間部門にも大勢の若者を吸収する能力はない。

勿論、エジプトの経済的困難は、政権の制御外の石油価格の低下、戦争と
テロによる観光客の激減、アラブ社会主義の残滓や軍のビジネス利権等に
も原因があるが、シシが事態を一層悪くしている。

彼はインフレや暴動の誘発を避けようと、エジプト・ポンド防衛に固執し
たが、資本規制はドルの闇市場の出現を防げず、結局インフレを煽り、工
業を駄目にし、投資家を怖がらせてしまった。

また、スエズ運河を擁するエジプトは、商業的に非常に有利なはずだが、
拡張したスエズ運河はかえって収入が減り、砂漠にドバイ級の都市を創る
計画も挫折した。

エジプトは戦略的に重要な国なので、シシとは我慢して付き合うしかな
い。しかし、西側は現実主義、説得、そして圧力で彼に対応すべきだろ
う。F-16戦闘機やミストラル型ヘリ空母など、不要で高額の兵器の売却は
止め、経済援助には、変動相場制の導入、公務員の削減、補助金の段階的
廃止等の厳しい条件をつけるべきだ。

ただ、これらは徐々に行う必要がある。ショック療法を行うにはエジプト
も中東も脆弱で不安定すぎる。

もっとも、エジプトの官僚組織は簡単には改革を実行できないだろう。そ
れでも改革への明確な方向性を示せば、エジプト経済への信頼回復につな
がる。湾岸諸国も改革を促し、シシが抵抗するなら援助を控えるべきだ。

今のところ、新たな反乱やクーデターの噂はないが、エジプトの人口動態
的、経済的、社会的圧力は容赦なく高まりつつある。エジプトの政治体制
は再開放される必要があり、それには先ずシシが2018年の大統領選への不
出馬を表明すべきだ》

英エコノミスト誌は、エジプトでは新たな暴発を生む土壌が作られつつあ
り、シシ大統領では安定を提供できないとして、シシをいわば見限ってい
ます。しかし、たとえシシが2018年の大統領選挙での不出馬を表明すると
しても、2年先のことであり、それまでシシ政権が続き、その間何とかし
なければなりません。

一番の問題は経済で、石油価格の下落、戦争とテロによる観光客の激減と
いう政権がコントロールできない要因もありますが、政策が事態を悪化さ
せているのも事実です。

まず、通貨エジプト・ポンド高を維持しようとする政策があります。輸入
品、特にエジプトの生命線ともいえる小麦の価格をおさえようとしたもの
ですが、資本規制はドルの闇市場の出現を防げず、輸入部品、機械の不足
を招き、かえって年14%のインフレをもたらすとともに、工業に害を与
え、投資家をしり込みさせてしまいました。

*肥大化した官僚組織

次に、肥大化した官僚組織に手が付けられないことです。そのため民間部
門の成長が阻害され、また過剰規制、わいろの横行を招いています。世銀
のビジネス環境のランキングでエジプトは121位に低迷しています。ま
た、食料、燃料などについての過剰な補助金が財政の悪化を招いています。

これらの政策の変更は、既得権益者の抵抗が強く容易ではありませんが、
財政と経済全体の破たんを避けるためには実施されなければなりません。
この点については、外部が影響力を行使しえます。

エジプトは財政、経常赤字を補うため、IMFや湾岸の産油国の資金援助を
必要としています。エコノミスト誌が言うように、IMFや湾岸産油国は援
助に、変動相場制の導入、公務員の削減や補助金の段階的廃止などの条件
を付けるべきです。

エジプトの抱える問題で最も深刻なのが、若者の問題でしょう。若者は、
ムバラク政権を倒したアラブの春で中心的役割を果たしましたが、アラブ
の春の夢は砕かれ、若者の状況は極めて悪いです。失業率は40%に達し、
博士号取得者の多くはサウジで職を求めるといわれます。その若者の人口
はさらに増加しています。

職がなく、不満を鬱積させている大量の若者の存在で、エジプトは火薬庫
を抱えているようなもので、エコノミスト誌が新たな暴発を生む土壌が作
られつつあると言っているのは、このような状況を指しています。

若者の問題はエジプトに限ったものではありませんが、エジプトで特に深
刻です。エジプトは中東の大国であり、エジプトの不安定化は、中東の不
安定化に一層の拍車をかけます。エジプトも関係国も、何ができるか知恵
を絞るべきではないでしょうか>(以上)

優れた頭脳は流出する、となれば劣った頭脳の比率は高まるばかりだ。カ
イロの信号機は永遠に機能しないだろう。(2016/9/10)

◆対中国戦略でも高まる重要性 

櫻井よしこ



「対中国戦略でも高まる重要性 大きな可能性を内在するアフリカ外
交」

日本およびアフリカ五四カ国の首脳が集うアフリカ開発会議
(TICAD)が8月27、28日にケニアのナイロビで開かれた。日本主導
の同会議は、5年に1度だったのが、これからは3年に1度となる。

今回初めてアフリカで開催され、安倍晋三首相がナイロビを訪れた。日本
国首相として、15年ぶりのアフリカ訪問である。

多くの問題はあっても非常に大きな可能性を内在しているアフリカの将来
は豊穣な大地のようなものだ。資本と知恵を投入し、きっかけを与えれば
豊かな果実を生み出す。

年来の日本外交ではアフリカ大陸は必ずしも重視されてきたとはいえな
かったが、今回の安倍首相のメッセージには力強いものがある。アフリカ
の掲げる大計画、アジェンダ2063を日本は支援し、2023年までにアフリカ
から国連安全保障理事会の常任理事国を誕生させる国連改革も全面的に支
持するというものだ。

日本のアフリカ貢献の大きな柱の1つが人材育成である。安倍首相は向こ
う3年で5万人の青年たちに職業訓練を提供し、同時に100万人の人づくり
を支援すると約束した。

発展途上国にとっては人づくりこそ、最重要である。人を育て技術を移転
することに関して、日本にはどの国にも負けない実績があり、それは中国
との大きな相違として評価されてきた。

それでも現実は決して甘くない。官房副長官の萩生田光一氏が語る。

「今回、多くの課題を話し合ったわけです。全般的に、日本と各国は非常
に良い関係にあり、絆は深まりました。しかし、南シナ海をはじめ国際社
会の共有財である海、その航行の自由について安倍首相が語ったとき、各
国首脳からの反応がないのです」

日本による人材育成プログラムは前述のように中国とは全く異なるアプ
ローチであり、アフリカ諸国の首脳から大歓迎されている。だが、南シナ
海の一件になると、反応が無くなるというのだ。

「それで首相がもう1度、同じ趣旨の話題を持ち出すのですが、それでも
全く反応がないのです。いかに中国が南シナ海や東シナ海の案件を気にし
て、十分な根回しをしているかが見えてきた一例です」と、萩生田氏。

中国は南シナ海での暴挙が世界に受け入れられないことを、フィリピンと
の争いの中で痛感したはずだ。それでも、傷を最小限にとどめ、あわよく
ば南シナ海のほぼ全てを自国領とする主張を世界に認めさせたい、少なく
とも、世界が国連を舞台にして中国非難決議をする場面などは絶対に阻止
したいということであろう。

国連安保理での中国非難決議は、彼ら自身の拒否権行使で回避できる。し
かし、彼らに国際法を守らせたいと考える日本などが取り得るもう1つの
手、国連総会での非難決議はそうはいかない。

総会決議に関しては常任理事国にも拒否権はなく、出席国の過半数の賛成
で成立する。

アフリカ大陸の50を超える国々に対し、中国非難決議に関して反対の立場
を取らせれば、決議を阻止することができる。国連加盟諸国200のうち、
約4分の1を占めるアフリカを押さえることは、国際政治において大きな力
を得ることなのだ。

国際政治を動かす力としてのアフリカ、また資源供給源としての重要性を
念頭に、中国は早くからアフリカ外交を進めてきた。彼らの戦略性を日本
は謙虚に評価し、彼らに劣らぬ外交を展開しなければならないだろう。

その気になれば、わが国は中国よりもはるかに真にアフリカに貢献する外
交や人材育成を実施することができる。やる気になれば必ずできるのであ
る。いまここで安倍首相の地球儀外交の意味を再度確認し、戦略を強化
し、頑張ることが大事なのである。

『週刊ダイヤモンド』 2016年9月10日号 新世紀の風をおこす オピニ
オン縦横無尽 1148
                (採録:松本市 久保田 康文)

◆「大東亜戦争は継続中だ」

伊勢 雅臣



「大東亜戦争は継続中だ」と語ったインドネシア将軍

日本軍が引揚げた後も、インドネシアは植民地主義・共産主義と戦ってきた。

■1.「我々が取り組まねばならない植民地一掃の大事業」

インドネシアのサンバス将軍は、次のように語ったと伝えられている。

日本の戦争目的は、植民地主義の打倒であった。その目的の大半は達成し
たが、植民地主義国はまだ残っているではないか。ソ連(ロシア)は最後
の植民地主義国だ。中国もチベットやウイグルを併呑した植民地主義国
だ。これから我々が取り組まねばならない植民地一掃の大事業は、中ソが
相手となる。[1, p111]

25年ほど前の発言だが、ソ連こそ打倒されたものの、チャイナによるチ
ベット、ウイグルの弾圧・搾取は酷くなる一方であり、最近の南シナ海の
軍事基地化はそのまま、東南アジア諸国への侵略である。

しかし、この発言の真意を理解するには、インドネシア国民が第二次大戦
後も植民地主義と戦ってきた足跡を知らなければならない。インドネシア
国民から見れば、西洋植民地主義や共産主義と戦ってきた日本が大東亜戦
争の敗戦で引き上げてしまったので、その後の「植民地一掃の大事業」
を、彼らだけで取り組まなければならなくなった、というのである。

戦後のインドネシアの戦いを見れば、大東亜戦争の意義も、日本の今後の
使命も見えてくる。


■2.日本軍の支援を受けて独立準備

1602年から始まったオランダのインドネシア支配は過酷で、各地でコー
ヒーや砂糖の栽培を強制し、その収益はオランダの国家予算の3分の1を
占めたと言われている。貧困に喘ぐインドネシア人の平均寿命は、一説に
よれば、35歳まで低下した。

オランダ支配に抵抗して、インドネシア人民は何度も独立闘争を起こした
が、そのたびに制圧された。そこに登場したのが日本軍だった。日本軍は
同じアジアの民としてインドネシア人に助けられ、わずか七日あまりでオ
ランダ軍を降伏させた。

インドネシアに駐留した第16軍司令官・今村均大将は、独立運動の指導
者スカルノに対し、将来の独立に向けた準備を支援する代わりに、戦争に
協力するよう求めた。スカルノはこの取引に応じ、日本軍に物資や労務を
提供する代わりに、日本軍はインドネシア人による軍隊(PETA)の創設・
訓練、官僚の育成、法制度や教育体制の整備などを進めた。[a, b, c]

 その上で、日本軍が敗れた1945年8月15日の二日後、スカルノは初代
大統領に就任して、独立を宣言したのである。


■3.オランダの「侵略戦争」

しかし、それで過去300年以上の権益をあきらめてしまうようなオランダ
ではなかった。オランダの副総督ファンモークは、スカルノの独立宣言を
無視して、インドネシアの港町スラバヤにイギリス軍とともに、上陸した。

ファンモークは「インドネシア人は、日本軍が降伏してしまった現在、
我々が上陸すれば、彼らは直ちに元通り従順になるに違いない」と考えて
いた。しかし、インドネシアは「日本軍のおかげで羊がトラになった」と
オランダは驚愕した。

イギリス軍は連合軍の管轄として、日本兵の武装解除、本国輸送などの役
割を果たすためにやってきたのだが、インドネシア独立戦争に巻き込ま
れ、大きな犠牲を出した後で、1946年11月に軍隊を撤退させた。

しかし、オランダは諦めず、1947年7月に戦車、飛行機、機関銃で武装し
た部隊約10万人を投入して、大規模な攻撃に出た。インドネシア共和国
軍は兵員こそ2百万人もいたが、武器は日本軍から秘密裏に渡された小銃
4万丁ほどに過ぎず、大半の兵士は竹槍を手に立ち向かった。オランダ軍
は瞬く間にジャワの大部分と、スマトラ油田地帯を含む産業地帯を占領した。

オランダの「侵略戦争」は世界中の非難を浴び、国連安保理も「オランダ
の敵対行動の即時停止」と「平和的手段での解決」を謳った決議案を採択
した。


■4.「植民地主義と戦うには力がなければ勝てない」

オランダは、この決議案を受け入れて、停戦に応じるかと見せかけたが、
占領地域からの軍隊撤退は拒否した。外交交渉が乗り上げ、局地的戦闘が
続く中、1948年12月20日、オランダは空挺部隊による第2次攻撃を開始。

オランダとの独立戦争では、日本軍人数千人が戦後も現地に残ってインド
ネシア軍とともに戦った。そのなかには、インドネシア国立英雄墓地に祀
られている人々もいる。[d]

 国際世論、特にインドを始めとするアジア諸国はオランダによる都市の
無差別爆撃に激しい非難を浴びせかけた。国連安保理も1949年1月28日、
オランダに対して、インドネシアから撤兵するよう勧告する決議案を採択
した。

アメリカ議会の中では、これ以上、軍事行動を続けるならば、マーシャ
ル・プラン(アメリカによる欧州経済復興援助)を打ち切るべきだという
声が出てきて、これが最終的にオランダを諦めさせた。結局、国連による
非難決議は、オランダの侵略に対する有効な阻止手段とはならなかったの
である。

3年半の独立戦争で、インドネシア側が払った犠牲は死者だけで80万
人、負傷者は1千万人を超えた。しかし、オランダは謝罪するどころか、
戦闘を賄うために自ら発行した軍票60億ドルのインドネシア政府による弁
済、オランダ人官吏への恩給支給、オランダ人所有の不動産の権利承認な
どを要求した。

インドネシア政府は独立確保のために、オランダの要求をすべて呑んだ。
そして再侵略の心配がなくなった1963年に、オランダの要求を否認する声
明を出した。その時の外相であったルスラン・アブドルガニー氏は、[1]
の筆者・江崎道朗氏に次のように語った。


我々はようやく力がついてから全世界の見ているところでオランダとの約
束を全部破り捨てました。つまり植民地主義と戦うには力がなければ勝て
ないのです。オランダと戦う力、つまり軍事能力を戦時中、日本が与えて
くれたおかげで我々は独立することができました。[1, p80]

連合国が東京裁判で我が国を「侵略の罪」で裁いている最中に、原告側に
立っていたオランダは露骨な侵略をしていたのである。


■5.共産クーデターとの戦い

オランダからの独立を果たしたのも束の間、インドネシアは今度は共産主
義勢力の標的とされる。ソ連や中国はスカルノを操って、インドネシアを
共産化しようとした。1958年には、スカルノ政権はソ連から10億ドルも
の武器援助を受けとった。

1963年、終身大統領に就任したスカルノへの反感から欧米諸国が援助を控
えると、中国は肩代わりし、共産党の勢力拡大に注力した。インドネシア
共産党は「入党すれば、いい仕事につける」と宣伝し、党員300万人、シ
ンパ1800万人にまで膨張した。

1965年10月1日未明、ついに共産クーデターが勃発。大統領親衛隊の約5
百人の決起部隊が、陸軍将校の邸宅を次々と急襲し、大統領官邸を占拠し
た。俗に「9・30事件」と呼ばれる。

 しかし、陸軍戦略予備軍司令官のスハルト少将が、共産クーデターに呼
応しないよう国軍幹部を説得し、即座に鎮圧に動いた。スハルトを中心と
した陸軍が行動を開始すると、学生とイスラム教徒の民衆は共産党に立ち
向かった。

各地で民衆が左右に分かれて激突し、半年間で死者百万人に上ると言われ
る内戦が繰り広げられた。この結果、共産クーデターが失敗に終わり、周
恩来主導のアジア共産化構想は頓挫した。スカルノは大統領の職位こそ解
かれなかったが、失脚して実権を失った。


■6.「日本にぜひ協力してもらいたい」

9・30事件の翌66年2月、インドネシア軍の司令塔となっていたアリ・ム
ルトポ准将が来日して、福田赳夫外相、佐藤栄作首相と会談した。ムルト
ポは、次のように訴えた。

束南アジアはこれまで、米中ソの代理戦争をしてきました。米中ソを入れ
ないようにASEAN(東南アジア諸国連合)という垣根を作ります。
1967年にその構想を発表します。中国、ソ連、ベトナムに対抗する政治連
合です。

共産国の出方次第では、軍事連合にするかもしれない。しかし、我々が政
治団体とか軍事団体を結成すると言えば、アメリカにぶち壊されてしまう
ので、当分の間は文化、観光、経済の団体という覆面をするつもりです。
日本にぜひ協力してもらいたい。[1, p121]

日本政府は察知していなかったが、9・30事件以降、インドネシアやマ
レーシア、シンガポールなど東南アジアのリーダーたちは、「もうこれ以
上、巨大な象(米中ソ)に我々の士地を荒らされてはかなわない」と考え
て、ピースゾーン(平和地域)としてのASEAN建設に向けて一致して
動いていたのだ。

日本政府は、スハルト大統領体制が発足すると、直ちに大規模な
ODA(政府開発援助)を供与しインドネシア政府を支援した。

ムルトポ准将の言葉通り、1967年、タイ、フィリピン、マレーシア、イン
ドネシア、シンガポールと反共を国是とする5カ国でASEANが誕生した。

昭和51(1976)年に総理大臣に就任した福田赳夫は、翌52年、東南アジア諸
国を歴訪し、マニラで、ASEANを全面的に支援する事を約束した。こ
の演説は「福田ドクトリン」としてASEAN諸国から、今も高く評価さ
れている。


■7.日本を助けたインドネシア指導者たち

インドネシアをはじめとするASEAN諸国は、日本を頼りにするばかり
でなく、日本をできる限り助けようとした。アイゼンハワー政権のダレス
国務長官が、日本が講和独立後に、朝鮮戦争特需に代わる新たな経済市場
が必要と考えた時に目をつけたのが東南アジア市場だったが、東南アジア
諸国の指導者たちも、この方針を支持し、日本企業の東南アジア進出を支
援した。

1973(昭和48)年にOPEC(アラブ石油輸出機構)が中東戦争を有利に運
ぶために、石油供給を削減して、石油ショックが起こった。

この時、日本政府は内密にOPECのリーダーであるサウジアラビアの
フェイサル国王に日本向け石油の供給増加を依頼したのだが、その際に同
じイスラム教徒として、国王との仲介をしてくれたのが、アラムシャ副首
相やモハメッド・ナチール首相らインドネシアの指導者だった。彼らはこ
う語って、日本への支援を求めた。

__________
(大東亜戦争によって)キリスト教徒(オランダ)に支配されていた我々
イスラムの民を救い、その独立を支援してくれたのが日本であり、日本は
イスラムの味方だ。[1, p90]
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

 平成17(2005)年、小泉首相の靖国参拝に関して、中国政府がヒステ
リックな批判を繰り返していた際にも、ちょうど訪日していたインドネシ
アのバンバン・ユドヨノ大統領は「国のために戦った兵士のお参りをする
のは当然のことだと思う」と参拝を支持した。


■8.「たった一度の敗戦で大切な目的を忘れてしまったのは遺憾だ」

 戦後も続いた日本とインドネシアの橋渡しをしたのが、中島慎三郎氏と
いう一民間人だった。中島氏は戦時中は日本陸軍の防疫給水部衛生兵とし
て、インドネシア各地で伝染病対策を行って、大歓迎を受けつつも、疲弊
した人々の生活に心を痛めた。

 終戦後に帰国し、東京新橋駅前で花屋を始めた。そこに出入りするよう
になったのが、戦時中に陸軍士官学校や早稲田大学に留学していたインド
ネシアの青年たちだった。彼らは帰国できないまま、母国の発展には日本
の協力が必要だと考え、日本との関係を築こうとしていた。彼らは中島氏
を父とも仰ぐようになり、やがて母国に戻って、政財界で活躍するように
なる。

 アリ・ムルトポ准将を福田外相に引き合わせたのが、この中島氏であ
る。ユドヨノ首相が靖国参拝を支持してくれたのも、中島氏がツテを辿っ
て依頼したのである。

 冒頭の「我々が取り組まねばならない植民地一掃の大事業」と語ったサ
ンバス将軍の言葉は、実は海部首相が行った大東亜戦争に関する謝罪演説
に激怒して、中島氏に国際電話で語ったものだった。それはこう続く。

 そんなときに行つた海部演説は、植民地主義打倒の悲願を放棄したこと
になる。海部さんは日本の果たしてきた歴史を踏まえ、アジア・アフリカ
の悲願を代表して、まだ残っている植民地主義を攻撃すべきだった。大東
亜戦争は継続中だ。たった一度の敗戦で大切な目的を忘れてしまったのは
遺憾だ。[1, p111]


 このサンバス将軍の発言を、中島氏は次のように解説した。

要するに、戦争に負けたからと言って、その戦争で自ら掲げていた理想
まで否定するのは無責任ではないかと、サンバス将軍は言っているのだ
よ。その無責任さが結局、現在の日本の東南アジア政策のお粗末さになっ
て現れているのだ。[1, p111]


「植民地解放」という理想を忘れてしまった現代日本が、現状維持だけを
旨とする「お粗末な外交」に堕(だ)してしまったのも当然である。それ
を歯噛みして見ている国々がある。草葉の陰の我が先人たちも同様であろ
う。日本が戦った植民地主義・共産主義との戦いとしての「大東亜戦争」
は、今も続いているのである。


■リンク■

a. JOG(045)「責任の人」今村均将軍(上)
 インドネシアでは、民族独立を目指すスカルノとの友情を貫き、ラバウ
ルでは、陸軍7万人の兵を統率して、玉砕も飢えもさせずに、無事に帰国
させた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h10_2/jog045.html

b. JOG(046) 「責任の人」今村均将軍(下)
 戦犯として捕まった部下を救うために、自ら最高責任者として収容所に
乗り込み、一人でも多くの部下を救うべく奮闘した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h10_2/jog046.html

c. JOG(193) インドネシアの夜明け
 インドネシア独立を担った人々が語る日本人との心の交流。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h13/jog193.html
d. JOG(036) インドネシア国立英雄墓地に祀られた日本人たち
 多くの日本の青年たちがインドネシアを自由にするために独立の闘士た
ちと肩を並べて戦ってくれました。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257enippon/jogbd_h10_1/jog036.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 江崎道朗『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾―迫り来る反日包
囲網の正体を暴く』★★★、展転社、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4886563805/japanontheg01-22/

2016年09月12日

◆イスラムは自己改革できない

平井 修一



世界日報8/26「イスラム指導者らのテロの責任逃れ」から。

<エジプトに十数年滞在して、目に余り、怒りさえ覚えることの一つにイ
スラム指導者の、テロなどイスラムの教理に触発されて起こる事件に対し
て、一切の責任を持とうとしない怠慢で不誠実な姿勢がある。

ムバラク元大統領時代に、長くイスラム教スンニ派最高権威アズハルのグ
ランド・イマームを務めたタンタウィ師にインタビューで、9.11事件後の
イスラム教徒によるテロ激化の責任を問いただしたところ、「責任は私に
ではなく、政府にある」との答えだった。

エジプトのシシ大統領が、穏健派を装いながら過激派の背後にあって全イ
スラム勢力をまとめ、イスラム法適用による国家と世界のイスラム化を推
し進める(聖戦主義の)「ムスリム同胞団」の根絶に向け、過激思想の取
り締まりを目指して打ち出したのは、「過去のイスラム思想から暴力表現
を一掃せよ」ということだった。

命令を受けたアズハルは当初、自分たちの教育責任を認め、イスラム教徒
教育を積極的に進める決意を表明したが、現在は、テロ事件発生のたび
に、「イスラム過激派はイスラム教徒ではない」と宣言、イスラム教と聖
典と自分にはテロの責任はないとして、責任逃れに徹している。

まず、彼らをイスラム教徒と認め、彼らによるテロを自分の責任と捉え
て、全世界に謝罪し、教育責任を果たす決意を示す誠実なイスラム指導者
は皆無なのだろうか。イスラム教徒である自分にも責任の一端があると認
めた人物は、私が出会った人では、ある人民議会議員一人だけだった>
(以上)

以下は昨年にも書いたが、ある(日本人?)ムスリムのブログから引用する。

<(平井:日本人ムスリムの投稿にはこうあった、ということらしい)

「いま、フランス在住に限らず、世界のムスリムの指導者達がやらなけ
ればいけないのは、ISなんてイスラムじゃない、と口々に主張することで
はない。自称だろうとなんだろうと、あれはムスリムから出てきた。その
病とどう向き合うのか、どう治すのかの知恵をだすこと」

ISIS(イスラム国)、タリバーン、アル・カーイダ、ボコ・ハラムその他
イスラミスト(原理主義=ジハード主義者)の出現及び台頭は、ムスリム
の責任なのかと問われれば、答えは「はい、全くその通り」である。ムス
リム、ノン・ムスリムを問わず誰が何と言って弁護しようと、ああいう脳
足りんの邪悪な馬鹿共を生み出しのさばらせたのは、残念ながら我々ムス
リム自身であることに間違いはない>

このように(日本人?)ムスリムの中にはテロリストを生んでしまったこ
とに対する反省も聞かれるが、多くの(欧米のリベラルを自称するキリス
ト教系だろう)識者も世界中のムスリムも「圧倒的多数のイスラム教徒は
穏やかに暮らしており、テロに走るのはごく一部。ごく一部の所業を以て
イスラム全体を非難、忌避するのは間違っている」と言う。

ムスリムは「自分たちも被害者だ」と言いたいようだ。つまり反省も悔悟
もないのだ。

比大統領のドゥテルテは「超法規殺人」を非難されて、「奴ら犯罪者は人
間ではない」と言ったそうだ。人間ではないのだから彼らを殺すのは殺人
ではない、害獣を駆除しただけだ、という論理なのだろう。

「ワルは人間ではない、害獣だ」とレッテルを貼れば殺していいのなら、
「イスラム過激派はイスラム教徒ではない」と言えばムスリムは全く責任
をとる必要もないし、宗教改革の必要もないということだ。

これではとても(西側価値観による)近代国家の法治主義とは言えない。
(政教一致のイスラム教国を近代国家とは言えそうもないが)

ドゥテルテのやり口は国民の圧倒的支持を集めているという。一気に前時
代のマルコス独裁国家に戻ってしまったようだ。いつか(多分近い将来)
比国民は後悔するだろう。

圧倒的多数のムスリムはテロに対してまったく責任をとる気がない。つま
りイスラムは自己改革できない、1000年以上もそうだったのだから、それ
は多分永遠にそうなのだろう。利害利権が輻輳しすぎているから身動きが
できないのだろう、と思う。

そもそも宗教やイデオロギーは蒸留酒と同じで「純粋」なほど魅力的であ
る。純粋であればあるほど他宗派とは1ミリも妥協できない。妥協したら
最低でも破門追放され、最悪なら殺される。そういう世界だ。

イスラムの礼拝のルールを読んだら、ほとんど「箸の上げ下ろし」の世界
だった。小生みたいなアバウトな奴は、「いいじゃん、信仰があれば。そ
れぞれが最低限の礼をもって礼拝すれば」と思うが、イスラム教や共産主
義は絶対許さない。

日本の神社仏閣などでは皆が思い思いに礼拝しているが、彼らには信じら
れない世界だろう。

「大晦日は、まずは菩提寺でご先祖様に感謝、それから靖国神社へ行って
英霊に感謝し、皇居遥拝、午後は明治神宮か池上本門寺あたりかな、夜は
川崎大師で蛤鍋を食って、除夜の鐘、時間があればお茶の水のニコライ堂
とか代々木上原のモスクへ行ってみるか。ハシゴすればご利益も多いだろ
うよ」

多分、世界から見れば「アンビリーボー!」、皆が卒倒するだろう。神道
ベースの八百万の神様の国、和を以て貴しとなす国だから、この芸当がで
きる。日本人が祈るのは家族を含めた世界の安寧平和と繁栄だ。特定宗
教、宗派の興隆ではない。

イスラム教徒という微塵もアバウトさを許さない信者といかに付き合うべ
きか。警戒心をもって、できるだけ彼らには近づかない、彼らを近づけな
い、という以外に方策はあるのだろうか。トランプを安易に批判はできな
いのではないか。(2016/9/9)