2013年06月25日

◆SELF DEFENCEでは国を守れない

加瀬 英明


怪しげな和製英語が、多く横行している。

その代表的なものが、「マンション」だ。英語で「マンション」というと、壮麗な大邸宅のことだ。

私は英語を生業にしてきたから、若者からしばしば「どうしたら、英語が上達するでしようか?」という質問を受ける。

暗記が一番よい。私は中学から高校にかけて、シェクスピアの『ジュリアス・シーザー』や、『マクベス』の台詞を暗記した。今でも、譜んじることができる。

“Come, gentle night. (略)Give me my Romeo, and when he shalldie, I will cut him into little stars. He shall make the face ofheaven so fine…”

「優しい夜よ、来ておくれ。私にロメオを下さい。もし、あの人が死ぬことがあったら、細く刻んで、夜の面(おもて)を満天の星のように、美しく飾りましよう‥‥」

『ロメオとジュリエット』のなかで、ジュリエットが露台に立って、独りでロメオを懸想する場面である。

“Oh! I have bought a mansion of love!”
 「あゝ、わたしは恋のマンションを手に入れたわ!」と、台詞が終わっている。

これが、日本でいうアパートのマンションだったら、ぶち壊しだ。ましてや「恋のワンルーム・マンションを手に入れた」のでは、人情噺にもなるまい。

困ったことに、恥しい和製英語が跋扈している。

前号で憲法を改める前に、自衛隊の階級や、兵科、装備などの擬い物の呼称を改めたいと提案したところ、自衛隊員やOBから賛成する電話や手紙が寄せられた。

自衛隊の英語の呼称であるJAPAN SELF-DEFENSE FORCESも、国際的に通用しない恥かしい例の1つである。セルフディフェンス・フォーセスからSELFを外して、JAPAN DEFENSE FORCEに正したい。

ディフェンスは、自衛を含んでいる。軍事用語で「セフルデイフェンス」といえば、部隊、基地、人員、施設の防護しか意味しない。

「セルフディフェンス・フォース」というと、国際的に判じ物だ。

英語でin selfdefenseといったら、「自己防衛」のことだし、selfdefense classesは、女性向けの柔道か、空手の「護身術講座」だ。「セルフディフェンス」では、国家、国民、領土を守る「国軍」のイメージが、伝わらない。これでは、軽くみられることになる。

私は外国の軍関係者から、何回か「セルフディフェンス・フォースというと、基地や、施設を守る部隊のことか?」と、質問されたことがある。

きっと、保安隊が自衛隊になった時に、生半かな英語しかできない役が、そう訳したに違いない。

戦後の日本は「専守防衛」とか、「国連中心主義」といった、内容がまったくない言葉は、英訳することができない。「専守」といっても、防衛するためには相手を攻撃しなければならない。

敵から侵攻されたら、自国の領域の外で阻止したい。かつて攻撃的な兵器は許されないといって、F4戦闘機から爆撃装置を外したが、外国からF4JのJは“欠陥機”を意味すると、笑われたものだった。

国連は中心がない。中心がないものを、中心にしようとするのは、無理な話だ。

<「頂門の一針」から転載>  

  

2013年06月23日

◆国防軍・徴兵制・治安維持法

山堂コラム 475


安倍・自民党が「憲法改正はまず96条の改憲規定から取り組む」と表明した。憲法論議が俄(にわか)に盛り上がってきた。結構なこと。各社復刻版の「日本国憲法」が書店に平積みされている―――

居並ぶ与野党各会派の中で単純改憲反対というのはオモニ福島・社民党くらいのもの。日共もこのごろ護憲派ぶるようになったがこの党は違う。口先だけの擬態、敵は国体・本能寺。

無党派層を含む大部分の国民はというと、これは未だ無関心。憲法が変わるなどということはこれまでずっと想定外のことだったのだ。しかし戦後70年近く経って内外情勢も変わった。想定外だった原発も爆発した。

晋三の「戦後レジームからの脱却」は本気のようである。更なる立派な憲法が出来るというのであればまあ反対することでもなかろうかと。

かくして世の中は改憲ムードへと進む。問題はその方向と中身ということになる―――

しかしこれまで発表された自民党をはじめ、一部新聞も出した改正案。これがどれもこれも悉(ことごと)くお粗末。内容は現行憲法に遠く及ばない。旧・陸海軍の暴走、亡国寸前の大戦を齎した大日本帝国憲法よりも劣化ウラン。日本国の将来に相応(ふさわ)しい新しい基本法の体(てい)を為しているものはひとつもない。

自民党が今度の参院選へ掲げた公約のうち「改憲主張」の元としたのは保利耕輔座長が去年4月にとりまとめた「憲法改正草案(保利草案)」である。平成17年に森喜朗委員長の下で取りまとめた「第一次素案」を下敷きにしている。

骨格や文言、ちょっと目には現憲法とあまり変わらないように見える。そこが味噌。しかし草案各条文を子細に点検すると一段と国家主義・軍国主義的色彩が強くなっているのが分かる。

そもそもこの草案を主として執筆したのが元・自治官僚(磯崎陽輔・事務局長)。取りまとめたのが元・自衛官(中谷元・委員長)だから当然と言えば当然。

第9条、所謂平和条項。同条に国防軍創設を付加する――これが出発点。今の自衛隊では役不足というのだろう。せめて韓国軍なみの体裁を整え、軍備を増強して中共の人民解放軍に対峙できるようなものにしたと・・・

そうなると当然のことながら軍法会議や憲兵も必要になる。勿論徴兵制も視野に入ってくる。少子化で、それでなくても自衛官に成ろうという者が少ないのだ。徴兵制にしなければ若者を集めて軍備を増強することなど出来ぬ相談トテチテタよ・・・

残る各条項もそれに辻褄を合せるために手直しせざるを得ない。例えば言論・結社の自由。規定した第21条。「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する」(現憲法)

これに[2]として余計なものを付加。「前項の規定にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない――」

ん?これって何だ。保障するとの文言を認められないという文言で否定する。真逆の条文、その併記だ・・・付加した後段の[2]ははっきり言って戦前の悪名高き治安維持法そのものである。

どう解釈しても「公益、公の秩序」とは「治安」と同義語。思想弾圧をやりまくった昭和前期への回帰。

同・付加文を作ったとされる起草委員の一人は宣(のたま)う。「反国家的行動を取締ったり、反政府デモを規制する意図があるわけではない」(片山さつき参議院議員・元大蔵官僚)。しかし取締まる気が無いのなら初めからこんな条文付加する必要、全くネエ。

一歩譲って、自民党やさつき女史、アカをしょっ引いたりはしないとしよう。しかし政権政党が変わって大日本極右党や、いやマル共だって分からんぞ。政権取ったらこの条文を盾に政府批判の記事や反政府デモなどは徹底的に弾圧するだろう。その取り締まりのための特高やKGBといった組織も作るだろう。

憲法は一党派の党利党略・その目的などのためであってはならない。昔ながらの自民党支持者でも96条変更の所謂「毛鉤り」になかなか引っ掛かって来ないのはそうした良識が働くから。戦争を体験した年寄りはまだまだ日本に残っているのである。(了)

<「頂門の一針」から転載>

2013年06月22日

◆靖国問題への内政干渉を排せ!

古森 義久


靖国参拝問題へのアメリカ人学者の意見の紹介です。アメリカのジョージタウン大学教授、ケビン・ドーク氏の見解です。このエントリーがこのテーマの最終回です。

<<日本の政治家の靖国参拝が「正しい」理由 中韓の猛批判の狙いを米国人歴史学者が指摘>>

――では韓国の靖国参拝反対はどうでしょうか。

「韓国の反対には別の理由があります。韓国にはキリスト教徒、特にカトリック信徒が多く、靖国参拝はキリスト教の教義に反するのではないか、と誤解している人たちが少なくない。前述のローマ法皇庁の通達など、知らない人が圧倒的に多いのでしょう。

第2には、政治的な理由です。それは、朝鮮半島が2つに分断されていることから生じている。北朝鮮は周知のように共産主義国で、いわゆる『日本帝国主義』に抵抗運動を起こした人たちが創設した国です。一方、韓国は李承晩氏のようなキリスト教徒によって成立した反共産主義国です。

この『反共』という 一点を取ってみても、韓国にはそもそも日本に対する抵抗心や反発心は薄かった、と言わざるを得ない。それを負い目に感じている韓国人もいます。

この歴史的起源から派生して現在、南北朝鮮の間で『日本叩きの競争』が展開されています。日本統治時代の歴史に反発し『反日』を叫ぶことで、どちらが朝鮮民族のアイ デンティティに忠実かを競っているのです」

国立追悼施設での代替は、より全体主義に陥りかねない

――千鳥ヶ淵のような国立追悼施設での代替はどうでしょうか。

「それは中国や韓国の要求に応じて、追悼行為から宗教的要素を一切、排除することにつながりますね。追悼というのは霊や精神の課題です。本来、日本の精神や伝統とは無関係の場所を急に選んで、こここそ追悼の場だと宣言しても、心がついていかないでしょう。

逆に独裁や個人崇拝をもたらす恐れさえあり ます。より全体主義に陥りかねない危険性をはらんでいます。追悼行為に宗教的な枠を設けることは、政治家の道義的責任を判断し、独裁や個人崇拝に一定の歯止めをかける役割を果たしているのです」

――では日本はこの靖国問題ではどう対応すべきだと思いますか。

「民主主義国家である日本の国内で行われている健全な追悼行為に、よその国が口を出すことは、内政干渉にほかなりません。安倍首相は中国や韓国の主張に惑わされず、自分が信じることを貫き通すべきです。米国からの声に対しても同様です」

ドーク教授のこうした見解は日本側でもじっくりと認識しておくことが欠かせないだろう。米国にも日本の「歴史問題」を巡っては多様な意見が存在するのである。(終わり)

<「頂門の一針」から転載>



2013年06月21日

◆中国金融界に粛清の嵐

「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 
   
平成25(2013)年6月21日(金曜日)
        通巻第3969号 
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 鉄腕亮相・王岐山(副首相)が反腐敗キャンペーンで金融界に大なた
 中国金融界、大刷新につながるか。銀行幹部ら千余名を審査、400名を処分
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大嵐が吹いている。ショックを受けた中国金融界、銀行株、証券株、保険株などが大幅に下落して、上海株式指数は2100 を割り込む大暴落を演じ
ている。

習近平から絶対の信用を勝ちとって、金融界の伏魔殿に乗り込んだ王岐山(副総理、政治局常務委員、序列5位)は、ボディガードを多数引き連れて、次々と銀行、証券ならびに3会(銀行監査委員会、証券監査委員会、保険監査委員会)の審査を開始した。

四月以来、怪しげな幹部およそ1000 名あまりを審査し、6月20 日現在すでに400名前後が処分された。

捜査は4大国有銀行(中国工商銀行、建設銀行、中国銀行、農業銀行)ばかりか、中信託、光大、招商銀行などに加えて21 の市銀、7つの省際発展銀行(広東、山東、福建、海南、浙江、雲南、江西省)にも及んだ。

こんどの審査対象は外資系金融機関にも及んでおり、とくに「国際取引」の面妖な部分に捜査の焦点が当てられている。

書類のごまかしで不正は海外送金が行われているからだ。

大銀行の頭取11名、副頭取9名を「停職処分」とし、審査継続中である。くわえて、これまで聖域とされた3会(銀監、証監、保監)の幹部も審査対象としたところがユニークである。

王岐山が「強勢亮相」と渾名される所以でもある。

 ▼政界にも甚大な影響がおよびはじめた

また政界にも捜査はひろがっていて、すでに四川省副書記の李春城、湖北省全人代副主任の呉永文、国家エネルギー局長の劉鉄男らが失脚した。

さらに停職中の幹部に替えて、中央銀行の書記に子飼いの田国立(王が建設銀行頭取時代の部下)、工商銀行頭取に易会満(前副頭取、もともとは王岐山のアシスタント)、招商銀行頭取に田恵宇(王岐山の秘書)、国家開発銀行頭取に胡還邦(王の腹心)をそれぞれ送り込んだ。

また金融担当の国務委員・馬凱、楼継傳(財務相)らは周小川(中央銀行総裁)と金融改革を錦の御旗にチームを組んで、横の連絡を取りながら金融界の大掃除を断行しているが、後者三人はいずれも朱容基(元首相)が培った法経系の人脈である。

なるほど、こうまで背後の人脈がみえてくると、いま中国経済が悲鳴をあげているキャッシュ・クランチ(クレジット・クランチに加えての)に通貨供給を続けない周小川の金融引き締め政策への転換が読めてきた。

銀行間金利が暴騰し、先週来の短期金利急上昇によって、市場は資金枯れ状態に陥っているようだ。

金融界の闇から次は大蛇がでるか?

<樋泉克夫のコラム>

【知道中国 924】         
  ――「喧噪と臭気との他弁別し難い様な人の波だ」(小林の12)「杭州」「満州の印象」他(小林秀雄『世界紀行文学全集』修道社 昭和46年)


 ▽
代金を払ったのは小林だったが、「僕の焼豚は半分は脂の切った奴だが、彼女達の皿は全部肉であった」そうな。そこで小林は「差別がどうもあんまり露骨なので可笑しかった」と半ば呆れ気味に綴る。確かに日本人の感覚や味覚では脂より肉の方がいいに決まっている。だが脂のない肉は、やはりパサパサし過ぎで余り旨いものではなかろうに。

当時の中国である。贅沢が過ぎる現在の日本人のように、やれ脂の刺しが入っている方が旨みがある、やれブランド豚がいいなどと寝言をいっていられる時代ではない。口に入れば何でもよかったはずだ。

だとするなら、あるいは料理屋のおっさんは、小林に旨い焼豚を味わってもらおうと「半分は脂の切った奴」を提供したのかもしれない。いや、よしかりに小林が苦笑するように「差別」であったにしたところで、それが人情というもの。

こういった些細なことで兎角に目くじらを立てない方がいいように思う。一から十まで、いや十から百、千、万までもキチッとしなければ気がすまないのが日本人だが、そんなことを中国に行ってまで求めるようだったら憤怒の自家中毒、今風にいうならストレスが溜まりに溜まって、プッツンだ。ツライしタマラナイ。

こんな時は料理屋のおっさんに、「次は宜しく願うよ」とでも声を掛け、柳に風と受け流してしまえばいい。声を掛けないまでも、ニヤッと笑ってやればいい。そうすれば、きっと次からオマケがつくはずだから。

次に小林が向かうのは蘇州だった。

「蘇州は戦前より人口が増えたという。皇軍大歓迎の飾り付けの色も褪せ、街はもう殆ど平常な状態に復しているらしく見えた」。さて、ここからが微妙な話になる。

「銀行めいた石造りの大きな建物に頑丈な鉄門が開かれ、『慰安所』と貧弱な字が書いてある」。スワッ、例の素人娘を強引に拉致して仕立てたと国際問題にまで拡大している“従軍慰安婦”の囲われている施設かと思いきや、どうもそうではないらしい。

「2階の石の手摺のついたバルコニイに、真ッ赤な長襦袢に羽織を引ッ掛けた大島田が、素足にスリッパを突ッかけ、煙草を吹かし乍ら、ぼんやりと埃っぽい往来を見下ろしている」。

そこで小林は「同行のA君と顔を見合わせて笑う。何が可笑しくて笑うのか。無責任な見物人の心理は妙なものである」。

確かに見物人としては「心理は妙」だろう。

ここで「従軍慰安婦はいた」と胸を張って主張する人々は、「真ッ赤な長襦袢に羽織を引ッ掛けた大島田」は朝鮮半島やらから拉致された若い素人女性だなどと強弁したいだろう。

十中八、九は。だが、どう考えても、それはムリ筋の屁リクツというものだ。おそらく彼女は“からゆきさん”であり、蘇州駐在の日本軍将校、軍属、あるいは実入りのいい商人向けの高級酌婦でと考えられるのだが、さて「『慰安所』と貧弱な字」を書いたのは、いったい誰なのか。

「街の破壊は殆ど言うに足りない。部隊の宿舎は皆城外にあって、城内の大通りには、下士官以下通行禁止の札があり、兵隊さんの姿はあまり見られず、占領直後の街という印象は受けない。芝居、映画、デパート、其他の商店も皆店を開け、往来する人々の顔を和やかだ」というのが、小林の蘇州に対する第一印象だ。

ここで改めていうが「城」というのは城壁を、「城内」は蘇州市内を、「城外」は郊外を指す。どうやら日本軍は下士官以下を郊外に駐屯させ、市内には入れなかったことになる。

秩序が保たれていたからこそ、「芝居、映画、デパート、其他の商店も皆店を開け、往来する人々の顔を和やかだ」った。だが、そこも戦場であることに変わりはなかった。
《QED》

<「頂門の一針」から転載>

◆なぜかテレビを見なくなった

岩見 隆夫


言葉のインパクトは恐ろしいと思うのである。先々週号に、

〈末期がんの宣告〉

と書いたばかりにお騒がせすることになった。〈末期〉と言えば死はすぐそこ、と世間では受け取る向きが少なくなく、私も半分はそう思っている。

医師団によると、肝臓がん群のうち大きいのが破裂、出血しており、とりあえず止血の応急手術を施した段階だから、危険状態であることに変わりはないが、いろいろと手当ての方法はあり、これからやりましょう、というところなのだ。

手当ての過程で、いつ何が突発するか、これだけは医師にも予見できない。手当ての効果があるかどうかは、

「元気度が大事ですな」
と医師は言う。

「元気度は何ではかるのですか」

「ご飯の食べ方とか、顔色、表情、立ち居振る舞いのメリハリとか、そん
なところでしょうか」

「なるほど……」

いまのところ、病院食はにんじん、ブロッコリー(いずれも嫌い)を除いて全部平らげる。顔色も悪くない、などと当方に都合よく考えたりすが、死を突っぱねるか、近づくにまかせるか、きわどいせめぎ合いだ。

人間は生まれた瞬間から死に向かって進んでいるという悟りは武士道のなかにあるらしいが、だからといって死が目の前にきた時は誰しも恐ろしいのである。たくさんのメール、お手紙をいただいた。私が先々週号で、医師に、アルコール性肝がんと言われた時、

〈声をあげて笑ってしまったのだ〉

と書いたことに触れたのが多く、

〈さすがにと感心した〉

〈すごい豪傑という感じがするが……〉

〈肝がすわっている〉

などお褒めの言葉を頂戴し、正直困ってしまった。私の筆が拙かったのである。笑ったのは確かだが、豪傑笑いなどではもちろんない。では、何笑いか。

気がついたら笑っていた。うれしい、楽しいではなく、呵々大笑、うつろな笑いでもない。あとは笑いの専門家に任せるしかないが、ひとつはっきりしていることは、まったくの無趣味人間の私は、好きな日本酒をたしなむぐらいしか楽しみがなく、

〈酒豪〉

と言われることが多かった。それがまんざらでもない。入院直前は、ビール大びん一本に日本酒三合、その一年前ぐらいまでは五合、さらに何年か前は七、八合が夜ごとの定量だった。品悪く言えば、酒びたり人生である。

だから、アルコール性がんと言われた時、そうだろうなあ、と瞬間おかしかった。わが人生をあざ笑ったのではなく、むしろ酒飲みなんだから、まあ、いいか、に近いサバサバした笑いだった。おわかりいただけるだろうか。

◇新聞がこれほど豊かとは 入院は多彩な発見がある

さて、がんについては、みなさん一家言ある。政界の某長老は電話口でこんな話をした。

「あんたみたいな年(77 歳8カ月)でがんになると、なかなか死ねませんのや。6、7年は付き合わされる。根っこについたコブみたいなもんですわ。私の周りにも元気になった老人がたくさんいるんでねえ、死にたくても死なせてもらえん。

まあ、あんたは週刊誌に書いたから、生き続けたら格好悪いのかもしらんが、仕方ない。寿命だけは自分で決めるわけにはいきませんからなあ」

いろんな励まし方があるものだと感心した。また、テレビ界の某女史は、がんの9割は治療するほど命を縮める、などと主張して売れっ子の近藤誠医師の本を送ってくださり、添えられた手紙には、

〈ご一読ください。手術はまわりの組織を必ず悪くするとのことで、60才すぎたら検診も手術も止めた方が、長生きするそうです……〉

などと書かれていた。ほかにも、異説、極論、面白いほど耳に入ってきたが、イワシの頭も信心から、みたいなところもある。

入院生活1カ月近くなって、気づいたことが2つあった。1つは老老介護の深刻さを垣間見たことだった。

 同年齢の女房は3年ほど前から軽い脳梗塞の既往症があり健康体ではない。しかし、私が倒れてからがぜん張り切り、病室に寝泊まりを始めた。身辺何かと助かるだけでなく、医師との治療問答も私より呑み込みが早い。だが、日がたつにつれ、女房の疲労が蓄積されるのが目に見えてきた。これはいかん、と私は思った。

すぐに自宅に帰って静養するようすすめたが、自宅は自宅で電話攻勢に参ってしまうらしい。自宅と病院2日ずつの往来方式に切り替えてみた。しかし、それもうまくいくのかどうか。知り合いの医師からは、

「奥さんが病院に行ってはだめです。必ず倒れる。共倒れになったらどうするんです」

ときつく忠告された。いまもどうしたらいいか、迷っている。同じような立場の老人夫婦の方々がたくさんいらっしゃるだろう。いい知恵があったらお教えいただきたい。

もうひとつ、テレビをほとんど見なくなった。どの番組も退屈で面白くない。何本かの必見時代劇、そして〈相棒〉シリーズ、一日も欠かしたことがなかったNHK朝の連続テレビ小説〈あまちゃん〉も、入院以後は見ていない。どれも安物のドタバタ劇みたいに思えだして興が乗らないからだ。

入院以前は、テレビ批判をしながらも、仕事の合間を縫うようにして、しょっちゅう見ていた。ほとんど習性のように。病室では時間がたっぷりあるから、テレビ頼みの日々になるだろうと自分で予測していたのだが、まったく逆だった。意外である。

代わって相手してもらっているのが、全国紙3紙。時間をかけしっかり読みこむ。新聞がこれほど広く深く豊かな読み物とは知らなかった、などといえば、

「おまえは本当に新聞出身か」
と叱られそうだが、正直な感想だ。入院暮らしは、多彩な発見がある。

 <今週のひと言>
「家庭内野党」って、菅元首相夫人も言っていた。あまり効き目なさそう。
(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)
(サンデー毎日2013 年6月30 日号)

<「頂門の一針」から転載}


2013年06月20日

◆韓國における「慰安婦」

加瀬 英明


橋下大阪市長の「慰安婦」をめぐる發言が内外で大きな波紋をつくった。

いつものやうに、韓國の反日世論が沸き立った。

ことあるごとに、日本に惡態をついて快感に浸る。なぜ、韓國はこのやうにいぢけてゐるのかと思ふ。

だが困ったことに、アメリカでも日本の慰安婦問題となると、中國、韓國の多年にわたる工作によって、日本が先の大戰中に無辜のアジア女性を拉致して、軍の「姓奴隸(sex slave)」となるのを強ひたと、ひろく信じられてゐる。

河野官房長官(当時)による慰安婦についての談話、日本が前大戰に當ってアジアを侵掠したといふ村山首相談話を否定することには、アメリカの國内世論から強い反發を招くことになるので、オバマ政權も日本のなかでそのやうな動きがあることに、反發してゐる。

日本の官憲が人攫ひのやうに、女性の意思に抗って慰安婦となることを強制したやうなことはありえない。

慰安婦であれ、前大戰で侵掠を働いたといふのであれ、南京事件であれ、事實無根であるが、民主主義國で一國の政府がまったく虚僞の事實を、公的に認めるやうな奇想天外なことは、ありえないことだ。そのうへ、謝罪してゐる。全世界が事實だと信じ込んでゐるのも當然だ。

それだけに、河野、村山談話の罪は重い。日本が國家の安全を守るに當って、日本の汚名を雪ぐのを急がねばならない。日本の名譽を囘復することが、日本の價値を高め、日本外交に力を與へることになる。

どの國であっても、軍隊が外地で戰ふ場合には、將兵が性病にかかることがないやうに、兵士の性欲の處理にかかはって、管理するものだ。日本軍も例外ではなかった。日本軍の場合には、賣春宿を經營する事業者に女性を募らせて、慰安所を設けた。

いったい、韓國には、軍人のための慰安婦がゐなかったのだらうか。私は日韓國交樹立の前年に、韓國をヂャーナリストとして訪れてから、足繁く通ったが、『東亞日報』をはじめとする韓國の主要新聞に、米軍のための「慰安婦(ヰアンプ)」を募集する廣告を、よく目にした。「慰安婦」といふ言葉は、舊日本時代から引き繼いでゐた。

韓國における「慰安婦」について、韓國の學者グループによる研究があるが、2年前に『軍隊と性暴力』(現代史料出版)(注1)として譯出刊行された。

同書は「慰安婦」が、朝鮮戰爭の勃發から、國聯軍(米軍)と韓國政府がかかはって管理されたことが、克明に檢證してゐる。

韓國では米兵相手の「慰安婦」を「洋公主(ヤンゴンジュ)」(外人向け王女)、「洋(ヤン)ガルボ」(外人向け賣春婦)、「國聯婦人(UNMadame)」、「國聯夫人(Mrs UN)」と呼んでゐたといふ。米軍向けの賣春地區は、「基地村(キヂチョン)」と呼ばれた。

「慰安婦」の「目的は、第一に一般女性を保護するため、第二に韓國政府から米軍兵士に感謝の意を示すため、第三に兵士の士氣高揚」 のため
と、述べてゐる。

韓國軍にも、慰安婦がゐた。「『慰安婦』として働くことになった女性たちは、『自發的動機』がほとんどなかった。」「ある日、韓國軍情報機關員たちにより拉致され、一日で韓國軍『慰安婦』へと轉落した。」

「國家の立場からみれば、韓國軍『慰安婦』制度はあくまでも軍による性奴隸制度であり、女性自身は性奴隸(sex slave)であった」と、論じてゐる。

2002年に韓國陸軍の『慰安婦』についての研究が發表された直後に、「韓國の國防部資料室にあった韓國軍『慰安婦』關聯資料の閲覽が禁止された。(略)『日本軍「慰安婦」問題でもないのに‥‥』と言葉を濁らせた」といふ。

ソウルの國會と、アメリカ大使館前にも、慰安婦像を設置することになるのだらうか。

(注1)
『軍隊と性暴力---朝鮮半島の20世紀』(宋玉連・金榮編著)(現代史料出版/東京2010年)

(加瀬氏は「史實を世界に發信する會」(SDHF)會長。SDHF NewsletterNo.59 の原文(リンク)を許諾を得て漢字制限と假名字母制限を無視して入力。侵掠は原文では侵略。手元の戰前の漢和辭典では略の訓はヲカス、掠の訓はカスム。常用漢字表には略しか認めてないけれど音のみで訓はない。だから我々は侵略をもっぱら侵の意味でのみ解する。もし侵掠であったなら、つまり侵でありかつヲカスといふ意味だと知ってゐたら村山さんももっと愼重であったのではないかと思はれてならない。kmns)

<「頂門の一針」から転載>


◆奄美大島の歴史と文化

平井 修一


カミサンと出会ったのは1979年(昭和54)、小生が28歳の時だった。カミサンは「大島出身です」と言った。伊豆大島なら東京から飛行機で30分ほど、船で2時間ほどだから、まあ近いのだろうなと思っていたが、後知ったが、奄美大島だった。こちらは船なら48時間、飛行機でも2、3時間以上はかかるからずいぶんと遠い。

「大島」と聞いて、関東の人は伊豆大島を、関西以南の人は奄美大島を思い浮かべるだろう。東京からの距離の違いもあるが、伊豆大島は本土と歴史・文化を共有している一方、奄美大島は全くの別天地だった。

本土から隔絶し、神代の時代から独自の歴史・文化を持っていた。言葉も違うから、初めて訪れたときはまるで外国のように感じた。

カミサンが生まれたのは奄美大島本島の秋名(あぎな)という集落である。今は鹿児島県大島郡龍郷町秋名という。本島の北端に近く、最大と言うか唯一の町である名瀬(なぜ)からは、30年ほど前に行った時は車で山道をたどり1時間はかかった。

カミサンが育った昭和20〜30年代は陸路が整備されていなかったから秋名−名瀬はもっぱらポンポン船に頼っていた。今は海岸沿いの道ができてとても便利になった。

秋名は秋名湾に面した風光明媚なところで、今は過疎化がすすみ見る影もないだろうが、かつては奄美名産の大島紬(つむぎ)発祥地として、周辺でも最大の村だったと聞く。「コナハジマ」(小さい那覇)と呼ばれていたからかなり賑わっていたが、今(平成25年)は人口233人、134世帯にまで縮んでいる。

それでも秋名は年に一度は全島の注目を集める。旧暦8月最初の丙(ひのえ)に行われる祭事「平瀬マンカイ」「ショチョガマ」は、国の重要無形文化財に指定され、毎年多くの見物客が訪れる。

このふたつは「秋名アラセツ(新節?)行事」と呼ばれ、山と海から稲霊(いなだま)を招いて五穀豊穣に感謝し、来年の豊作を祈願する。

「ショチョガマ」は夜明けとともに片屋根の小屋を揺り倒して豊作を祈る。「平瀬マンカイ」は秋名湾西岸にある「神(カミ)ヒラセ」と「女童(メラベ)ヒラセ」と呼ぶ2つの岩で豊作を祈る。

<原初的なカミは非人格、非意志的であって、むしろタマ(霊)と呼ぶにふさわしいものであった。奄美のシチャガマと平瀬マンカイは、イナダマ(稲霊)を招く行事である。田袋(たぶくろ)という広い水田を見下ろす山の中腹に粗末な小屋をこしらえて、その屋根の上に大勢の男たちが乗る。男の神役が二人、

「佐仁(さに)や用仁(やに)の稲霊も、西、東、伊津部(いつべ)の稲霊も、みな秋名の田袋に、より集まり給え、はち切れるほど実って田袋の名をあげ給え」

と祈る。そのあと屋根に上ったものはみんなで、

「西からも揺りゆり、東からも揺りゆり、西東の稲霊、招き寄しろ」

と言いながら小屋を揺りつぶす。イナダマ(穀霊)の再生をうながすのだという。

その日の午後、秋名の人たちは平瀬のある砂浜に集まる。平瀬は、波打ち際の海潮の上に出ている平たい岩で、神平瀬と女童平瀬が十数メートル離れて向かい合っている。両方の岩に立った人たちは、

「玉の石のぼて、何の祝(いえ)取りゆる、西東の稲霊様(いにかな
し)、招き寄しろ」

などと歌い、舞う。マンカイが終わると、海の彼方の原郷であるネリヤのほうを向いて拝み、稲霊を招き寄せる>(谷川健一「日本の神々」)

ネリヤは「海の彼方の、豊穣や生命の源である神界」だという。この神代を思わせるような古式蒼然とした祭りだけでも奄美の歴史・文化のユニークさがうかがえるが、どのようにして培われてきたのだろう。郷土史家など研究によると――

奄美は古くはヤマト政権の直轄地であったが、12世紀末には壇ノ浦で敗れた平家の落ち武者がたどり着き、平氏文化を伝えた。ノロ(神女)による祭礼や年中行事のほとんどが平家武者たちから伝承されたものと言われている。

その後、1440年前後から1609年までの約170年間は琉球王朝の支配に入り、これによりヤマトと琉球の両方の文化が出会うが、独自性は失われていない。すなわち、奄美文化のベースにはヤマトと平氏の文化があり、その上に琉球文化がかぶさった形で多様性をもつようになる。

続いて1609年から1871年までの約260年間は薩摩藩の統治下に置かれた。薩摩藩ではキリスト教と浄土真宗を禁止する宗教統制を行ったが、信者がほとんどいなかったことから、これは問題はなかったようだ。しかし、薩摩支配は苛烈を極め、重税を課された島民たちの生活は苦渋に満ちていた。

ヤマト、平氏、琉球、薩摩、そして明治政府と、支配者は代わったものの、長い歴史の中で独特の文化や慣習が形成されていったことが、集落(シマ)の祭礼や年中行事、音楽や舞踊を見てもうかがえる。秋名など大島本島北部は琉球色が少ない分、奄美の原風景が残っているようだ。

カミサンによると奄美の信仰は基本的に神道であり、これにノロ(神女)やユタ(民間巫者)などの民俗信仰が交じり、仏教の影響をほとんど受けていない。

冠婚葬祭は神道で行い、彼女が子供の頃まで、葬式では会葬後に死者をいったん土葬し、数年経ってから遺骨を掘り起こし、海で洗骨してから瓶(かめ)に入れて海岸の洞窟に安置する習慣だったという。

「仏教の影響をほとんど受けていない」というのは驚異的である。実際に仏教が奄美に進出したのはつい最近、明治維新以降で、「奄美大島における近代仏教の布教過程の特質」(鹿児島大学)にはこうある。

<1878年、浄土真宗本願寺派(西本願寺)によって、奄美大島の中心地の名瀬に名瀬説教所が開設された。この説教所は、西本願寺における鹿児島県下での近代布教の一端を担っていただけでなく、県内離島地域への布教を開始する役割を果していた。仏教に続いて1892年にカトリック、その翌年には天理教が奄美大島での布教を開始した。

こうした近代以降の奄美大島の宗教史を整理すれば、名瀬説教所が開設された1878年を基準にして、それ以前を「民俗信仰中心の時代」、それ以後を日本本土から入ってきた組織的な「既成宗教の伝播・布教の時代」に分けることができる。

現在は、宗教法人の登録数で言えば神道系が最も多く、次いでキリスト教系(カトリック)、仏教系という情勢になっている。しかし、ノロやユタなどの民俗信仰も残っていることから、諸宗教の混在期にあると言えよう>

奄美はシマ(集落)ごとに宗教も異なるし、北部と南部では互いの言葉が通じないほど文化も異なり、カミサンは「ひとつ山を越えた隣の集落とも言葉が違った」と言っている。閉鎖的だったかもしれないが、これが独自の文化を醸成するには有効だったのだろう。(2013/06/18)

<「頂門の一針」から転載>

2013年06月19日

◆安倍首相「FB発言」の重大性

阿比留 瑠比


安倍晋三首相が交流サイト「フェイスブック」への投稿で、小泉政権時代の田中均元外務審議官による対北朝鮮外交を批判し、「彼に外交を語る資格はありません」と記したことが波紋を広げている。これに民主党の細野豪志幹事長や朝日新聞が「個人攻撃だ」と噛み付き、首相に自制を促すという展開になっている。

18日付朝日社説は田中氏を擁護しこう書いた。

「この批判は筋違いだ。田中氏は外交官として、政治家が決断するための選択肢を示した…」

だが、細野氏や朝日は首相の投稿の一番重大な部分を、読み落とすか無視するかしているようだ。首相は「外交を語る資格はない」と書いた直前のセンテンスで、こう指摘している。

「そもそも彼は交渉記録を一部残していません」

首相は、田中氏が主導した北朝鮮との秘密交渉の記録の一部が欠落していることを初めて公にし、その前提の上で田中氏の問題点を問うているのである。

筆者は過去に複数の政府高官から、次のような証言を得ている(平成 20年2月9日付産経紙面で既報)。

田中氏が北京などで北朝鮮側の「ミスターX」らと30回近く非公式折 衝を実施したうち、14年8月30日に政府が当時の小泉純一郎首相の初 訪朝を発表し、9月17日に金正日総書記と日朝首脳会談を行うまでの間 の2回分の交渉記録が外務省内に残されていない−というのがその概要で ある。

通例、外交上の重要な会談・交渉はすべて記録に残して幹部や担当者で情報を共有し、一定期間を経て国民に公開される。そうしないと、外交の継続性や積み上げてきた成果は無に帰するし、どんな密約が交わされていても分からない。

当時、取材に応じた高官の一人は「日朝間で拉致問題や経済協力問題についてどう話し合われたのかが分からない」と困惑し、別の一人は「記録に残すとだれかにとって都合が悪かったということ」と語った。

田中氏自身は取材に「私は今は外務省にいる人間ではないし、知らない。外務省に聞いてほしい」などと答えた。その後、日朝交渉や拉致問題 に関する産経の取材には応じていない。

産経の報道に対し、当時の高村正彦外相はコメントを避けたが、今回、安倍首相が自ら言及した形だ。

外交ジャーナリスト、手嶋龍一氏の小説「ウルトラ・ダラー」には、田中氏がモデルとみられる「瀧澤アジア大洋州局長」が登場し、日朝交渉を取り仕切る。作中で瀧澤が交渉記録を作成していないことに気付いた登場人物が、こう憤るシーンが印象的だった。

「外交官としてもっとも忌むべき背徳を、しかも意図してやっていた者がいた」

首相の指摘は単なる「個人攻撃」や「筋違い」ではない。
(政治部編集委員)
【阿比留瑠比の極言御免】産経ニュース2013.6.19 08:10


<頂門の一針」から転載>

2013年06月18日

◆安倍首相 民主の改憲勢力取り込みへ

古澤 襄


安倍晋三首相がポーランドでの同行記者団との懇談で、7月の参院選後の結集を目指す「改憲勢力」に民主党議員の一部を含める考えを初めて示した。

背景には日本維新の会の失速により、参院(定数242)でみんなの党を合わせた「自維み」で発議に必要な162議席の確保が微妙になったことがある。

一方で首相は、秋の臨時国会で改憲に必要な「3つの宿題」解決のための国民投票法改正案の成立よりも成長戦略に集中すると強調。参院選に向け、経済政策に最重点を置く決意も示した。

「そもそも1回の参院選で自民、公明両党で『3分の2』ということは全く目指していない。選挙の勝敗とは全く関係ない話だ」

首相は懇談でこう述べ、選挙結果に関わりなく、民主党内で改憲に積極的な保守系議員の協力も含めて憲法改正の国会発議に必要な3分の2以上の勢力確保に強い意欲を見せた。

今年5月1日、首相はサウジアラビアでの同行記者団との懇談で参院選後に自民、維新、みんななどの改憲勢力で「3分の2」の確保を目指すとしていた。しかし、同月13日、維新共同代表の橋下徹大阪市長の慰安婦発言で同党は急激に支持を失っている。

首相が民主党の一部との連携に触れたのは、長島昭久、渡辺周両元防衛副大臣らの「改憲派」に秋波を送り、同党にくさびを打ち込む狙いもありそうだ。

ただ、同党の海江田万里代表は17日の記者会見で「政党の中のことをあれこれ言うのはフェアでない。放っておいてほしい」と強い不快感を表明した。

民主党改憲派との連携で公明党との連立に影響が出る可能性があるが、首相は憲法96条改正による発議要件の過半数への緩和について「平和主義や基本的人権、国民主権に関わるものは3分の2のまま据え置くべきだとの議論もある。そうしたことも含めて議論する」と述べた。公明党幹部はこれを「配慮してくれている」と評価した。

菅義偉官房長官も17日の記者会見で「自公連立の上に立って政策ごとに連携するのが基本的な考え方だ」と語り、民主党の一部との連携は部分連合にとどまると強調。

その上で「今、国民にとって大事なことは日本経済の再生だ。経済を成長軌道に乗せることが極めて大事だ」と述べ、政策の優先順位について首相と歩調を合わせた。
(産経・加納宏幸、ワルシャワ 赤地真志帆)
2013.06.18 Tuesday name : kajikablog

<「頂門の一針」から転載>

2013年06月17日

◆アベノミクス第3の矢

佐藤 鴻全


政府は14日、アベノミクス第3の矢となる「成長戦略」と経済財政運営の方向性を示す「骨太方針」を併せて閣議決定した。

◆ヘッジファンドの売り浴びせ◆

先月末から、これまでのアベノミクスへの肯定的評価に対し逆転現象が続いていたマーケットは、規制改革を主な内容とした成長戦略の第3弾を発表した5日には更なる日本株売り浴びせと円高で「祝福」し、14日時点で戻していない。

国際経済にも影響され、また外国人投資家が先導する言わば鉄火場であるマーケットの動きに一喜一憂する必要はないが、政府が7月の参院選を前に利益団体の票欲しさに、小出し・曖昧・先送り戦略を取ったところを、ヘッジファンドに狙い撃ちされた形だ。

規制改革の内容は、医薬品のネット販売の原則解禁や、投資減税、国家戦略特区を創設し、国際的なビジネス環境を整備するといったものだ。(〔情報BOX〕日本再興戦略の主なポイント2013年06月14日 09:44 JSTロイター
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPL3N0EP2RB20130614

5日の首相のスピーチでは、その筆頭が医薬品のネット販売の原則解禁であったが、元よりこれにより消費者が2倍薬を飲むわけではなく、これが目玉として取り上げられた事自体、他の規制緩和策が具体性に欠ける証左となった。

また、労働規制の緩和として金銭補償による解雇、医療分野では混合診療の原則解禁、農業では株式会社の農地取得、税制では法人実効税率引き下げ等が見送られた。

秋には法案化に向け、投資減税の中身や規制緩和の具体策を詰めるという事で、それに備え早くもマスコミにより「既得権益者 VS 規制緩和派」の戦い図式が作られつつある。

恐らく、ヘッジファンドは次の大勝負を参院選終了後と見込み、その時に強烈な売り浴びせで安倍政権に規制緩和の積み増しを要求してくるだろう。

それにビックリした安倍政権が、竹中平蔵氏等の主導で規制緩和を一気に進めるシナリオになりそうである。

しかし、規制緩和は必要であるが、単純に規制撤廃をしたり、逆に既得権益者と妥協し足して2で割る方法では真の経済成長には結びつかない。

◆規制緩和の条件◆

前述のように、「解雇の金銭解決ルール」については、サラリーマンには刺激が強過ぎるのか盛り込まれなかった。

労働政策の改革は、衰退分野から成長分野への労働力のスムーズな移動が真の目的で在るべきである。

もし単に雇用者側が首切りをし易くするのを目的とするなら、却ってサラリーマンを委縮させ消費を冷え込ませるだけに終わるだろう。

これまでの日本の終身雇用制に対し解雇規制緩和の北風を吹かせるのであれば、その前に(少なくとも同時に)太陽として単に職業訓練の充実等の従来政策の延長に留まらず、雇用拡大に向けドラスティックに「同一労働同一賃金」、「給付付き税額控除」、「恒久的雇用減税」等の導入でカウンターを打ちながら徐々に雇用流動化を図るべきである。

減税政策について、外国人投資家や海外メディアが、分かり易い法人実効税率引き下げを要求してくるのは、ある意味当然だ。

しかし、最も景気浮揚効果があるのは、法人実効税率引き下げでもなく、投資減税でもなく、恒久的雇用減税である。

一定条件下で比較的低賃金でも沢山雇っていた方が税金が安ければ、企業はその方向に動き、中低所得者は高所得者より消費性向が高く、雇用のパイが広がれば国内消費に資するだろう。

なお、そうすれば運用次第で如何様にもなりかねない新設の「限定正社員」制度や、一部の超大企業社員や公務員以外は恩恵に預かれそうもない浮世離れした「3年間抱っこし放題」の育児休暇のような事は、そもそも不要になる。

若者、老人、女性の就業率と再就職の機会が高まれば、生活保護、年金、子育て、少子化等多くの問題が改善され、財政赤字を圧縮するだろう。

医療分野の改革として、混合診療の原則解禁も盛り込まれなかった。患者にとって、混合診療により治療の選択肢が増える事は、元より望ましい事である。

一方、それにより公的健康保険制度が骨抜きになる事が懸念され、医師会等も反対している。

しかし、これは一定の新治療方法が健康保険対象に迅速にかつ強制的に取り入れられる仕組み等があれば、解決する話だ。

これらの具体的要件や手続きを透明に決める仕組みを、中央社会保険医療協議会の中あるいは外に作るべきである。

株式会社による農地所有も盛り込まれなかった。

投機や安易な撤退を生まないのであれば、株式会社が農地所有をする事に本質的な問題はない。

弊害を防ぐ規制やペナルティー或いは国籍条項を具体化し、是非を問うべきである。

また、本来の目的は、株式会社が農業経営に意欲を持って大規模に安定的に参画出来る事なのであるから、もし本当に機能するのであれば、政府が5月に発表した公的管理組合による農地の集約貸借でも不足はないが、それを担保する仕組みが必要である。

上記のように、規制緩和を行うに当たっての原則は大凡以下のようでなければならないだろう。

●規制緩和の目的と効果を明確にする事

●規制緩和のデメリットやインパクトに対し、それを防ぐカウンターの政策を打つ事

●これらにより、規制墨守でも、単純規制撤廃でも、足して2で割る中途半端なものでもなく、人体における交感神経と副交感神経の様に、互いに牽制し合いながら機能する構造的仕組みを作り上げる事

●既得権者が退場する代わりに、「新既得権者」を発生させない工夫
●国民生活のナショナル・ミニマムの確保

◆官民ファンドの条件◆

一方、規制緩和と並んで、特定の成長分野に国が手助けを行う「ターゲティングポリシー」がある。

その端的な形は、特定分野推進への国家意思と民間の目利き能力を融合させた官民ファンドである。

しかし、各省庁は早くも官民ファンドを乱立させ、天下りの隠れ蓑や隠し金庫に使おうという意図も見え隠れする。

官民ファンドについては、下記の事が原則でなければならない。●官の出資は49%以下とし、民の主体性・目利き能力が優先されなければならない。

●民間を等分出資とせず、筆頭出資社を幹事社として、リーダーシップを取らせる事

●官民ファンド毎の予算・決算の国会報告・承認事項化による透明性の確保

戦略とは、勝つための、差別化され体系化された、実行への決然とした意志を伴う、包括的シナリオ・概略作戦書である。

それに照らせば、アベノミクスの成長戦略は、戦略になり切っていない。成長戦略が体をなしていなければ、第1の矢である「黒田バズーカ砲」の金融緩和で溢れた金は行き場を失い年率2%インフレを起こさず投機に回る。そして、ヘッジファンドに蹂躙され株式と円は乱高下し、日本人の金が吸い取られるだけに終わるだろう。

それを防ぎ真の日本再興を成し遂げるのは、突き詰めて言えば私心を去った政治家の志と、物事の本質を見抜き虚妄に惑わされずに発せられる国民の声以外にはない。

<「頂門の一針」から転載>

2013年06月16日

◆慰安婦で一方的な国連勧告

石川 水穂 


「日本軍の性奴隷」と表記

国連の拷問禁止委員会が慰安婦問題で「政府や公人による事実の否定や被害者を再び傷つける試みに反論」することを日本政府に求める勧告を出した。日本維新の会共同代表、橋下徹大阪市長の慰安婦をめぐる発言を踏まえたものとみられる。

勧告は慰安婦を「日本軍の性奴隷」と決めつけ、元慰安婦への補償が不十分で関係者の訴追が行われていないと指摘した。そのうえで、日本が「法的責任を認め、関係者を処罰」し、すべての歴史教科書に慰安婦を記述するよう求めた。

外務省によれば、日本政府が慰安婦問題を含めて「反省とお詫(わ)び」を繰り返し表明していることや、女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)で元慰安婦1人につき200万円の「償い金」を支払ったことなどを説明したという。

日本側の主張は、ほとんど聞き入れられなかったようだ。

1996(平成8)年、国連人権委員会が出した慰安婦問題に関するクマラスワミ報告も、虚偽の多い内容だった。報告書を作成したクマラスワミ氏はスリランカの女性法律家だ。

「詐話師」の証言を採用

報告は、山口県労務報国会下関動員部長だったという吉田清治氏の「自ら、韓国・済州島で慰安婦狩りを行った」とする証言を取り上げ、日本による強制連行があったと断定した。

吉田氏の加害証言は、朝日新聞などで勇気ある告白として紹介された。

 だが、現代史家、秦郁彦氏の済州島での現地調査により、吉田氏の証言は嘘と分かった。秦氏はクマラスワミ氏と会い、吉田氏を「詐話師」と指摘し注意を喚起したが、無視された。

クマラスワミ報告から2年後に国連から出された米国の女性法律家、マクドゥーガル氏の報告も、慰安所を「レイプ・センター」と表記し、日本が責任者を捜し出して起訴することを求めるなど一方的な内容だった。

いずれも、慰安婦を「日本軍の性奴隷」と表記していた。

もともと、この言葉を国連に持ち込んだのは日本弁護士連合会(日弁連)とされる。

国連の報告や勧告といえば、権威があると思われがちだが、慰安婦問題に関しては悪意と偏見に満ちた内容が多い。日本政府は言われなき非難には、きちんと反論すべきだ。

河野談話批判に絞れ

橋下氏が慰安婦問題に絡み、在日米軍幹部に「風俗業を活用してほしい」などと述べた発言は、女性の尊厳を損ない、米軍や米国民をも侮辱した不適切な表現だった。外国人特派員協会で発言を撤回し、謝罪したのは当然である。

しかし、橋下氏が慰安婦問題に関する平成5年の河野洋平官房長官談話を批判し、「軍が暴行脅迫して拉致して慰安婦にしたということは証拠に裏付けられていない」などと述べた発言は正論である。

繰り返すまでもないが、河野談話は根拠なしに慰安婦強制連行を認めたものだ。

当時の宮沢喜一内閣が内外で集めた200点を超える公文書には、強制連行を示す資料はなかった。しかし、談話発表の直前に行った韓国人元慰安婦からの聞き取り調査だけで「強制」を認め、河野氏も会見で「強制連行」があったと明言した。

橋下氏は昨夏、「河野談話は証拠に基づかない内容で日韓関係をこじらせる最大の元凶だ」と述べた。当時、野党だった自民党の安倍晋三氏は「大変勇気ある発言」と評価していた。

慰安婦問題の本質は、強制連行の有無だ。今回、橋下氏は誤解を招くことを言わず、河野談話批判に絞るべきだった。

第1次安倍内閣は平成19年3月、「政府が発見した資料中には、軍や官憲によるいわゆる強制連行を直接示すような記述は見当たらなかった」との政府答弁書を閣議決定した。第2次内閣では、菅義偉官房長官の下で、有識者ヒアリングを通じて河野談話を再検討する考えを示している。

「遠くない過去の一時期、国策を誤り」と決めつけ、「植民地支配と侵略」に対する反省とお詫びを表明した平成7年の村山富市首相談話についても、それを破棄しないものの、新たに未来志向の安倍談話を発出したい意向だ。談話の内容や発出時期は、有識者会議を立ち上げて検討するとしている。

安倍政権は橋下氏の発言が国際社会に与えた影響を考え、慎重に言葉を選びつつ、手順を踏んで歴史認識の見直しを進めてほしい。(いしかわ みずほ)論説委員
産経ニュース [土・日曜日に書く] 2013.6.16 03:17

<「頂門の一針」から転載>

2013年06月15日

◆96条改正反対論の事実誤認

櫻井 よしこ


自民党の参議院選挙の公約から憲法96条の先行改正が外される見込みである。安倍晋三首相は攻めどころを間違えていないか。

安倍政権の課題は経済再生、安全保障の危機、教育改革など山積し手に余るほどだ。しかし、日本立て直しに必要なのはなんといっても憲法改正である。そのことを十分に認識しているからこそ、首相は96条の改正から始めると明言してきた。

現行の96条は衆参両院の議員総数の3分の2以上の賛成を得て初めて、国会は改正を発議出来る。その上で国民投票で過半数の賛成を得たとき改正が実現される。この改正のハードルは後述するように極めて高い。

米国が作った現行憲法を66年間、一度も改正出来ずにきた結果、日本は重要な問題に全く対処できない国になった。一例が尖閣諸島を危機に陥れ、沖縄本島の日本の領有権にさえ疑問を突きつける中国の脅威に、海上保安庁も自衛隊も十分な対処ができ兼ねていることだ。

中国資本が狙う国境の島々や戦略的に重要な国土の売却及び使用に全く規制をかけられないのも、元を辿れば憲法29条に行きつく。

まさに憲法によって国が喪われ、主権が侵されているにも拘らず、条件が厳しくて改正出来ずにきた。日本国民が憲法に手をつけることが出来ないのでは民主主義に悖る。国民の手に憲法を取り戻すためにも96条の定める議員総数の「3分の2」から「2分の1」に変えようというのが改正の主旨だ。

しかし、96条の改正にはさまざまな反対論が沸き起こった。5月23日には護憲派の憲法学者や政治学者が「96条の会」を結成した。小林節慶大教授までも名を連ねたことに見られるように、改憲は必要と主張する人々までもが96条改正には批判的だ。

■「大変時代錯誤」?

こうした反対勢力の側に、共産党や社民党が立つのは想定の範囲内だが、民主党はどうか。同党は憲法改正を国会で堂々と論じたいとしながらも、96条の先行改正反対の名目で、事実上、改正そのものに反対していると見られても仕方がない。なによりもその議論は粗雑で、党憲法調査会副会長の長島昭久氏でさえ、「7月の参院選挙を念頭においたレトリック」だと批判する。

民主党の議論がどれほど酷い内容か、3月29日の参議院予算委員会での質疑を見てみよう。同委員会は実は暫定予算を論ずる場だったが、民主党・新緑風会の小西洋之議員が唐突に憲法について問い始めた。

氏は安倍首相に「憲法の中で一番大切な条文をひとつ挙げ」よと問うた。「ひとつだけ挙げることは出来ない」との首相の、或る意味当然の答えに小西氏は尚同じ質問を繰り返し、「包括的な人権規定といわれる条文は何条か」と尋ねたのだ。

暫定予算の審議の場で憲法について「クイズのような質問」をするより、自分で調べたらよいだろうと首相にあっさりあしらわれても尚、小西氏は同じ質問を繰り返した。

自らの言葉に酔ったかのように興奮気味に質問を続ける小西氏に、委員長を務める民主党の石井一氏もたまりかねて注意した。それでも小西氏の興奮はおさまらず、「自民党の改正草案において徴兵制は違憲か合憲か」「闘う政治家の誇りにかけてお答え下さい」と首相に詰めよった。だが自民党の改正案にはそもそも徴兵制は含まれてもいない。

小西氏の論はさらに飛躍して「自民党草案は、かつての治安維持法の(ように)言論や結社の自由、表現の自由、そういうものを全て規制し得る」とまで主張する。

氏の主張は非論理的で本来、小欄で取り上げる意義もないが、それでも取り上げたのはこの種の粗雑な極論が、同党の憲法論の基調をなしているのではないかと思わせる発言が党幹事長の細野豪志氏から飛び出たからだ。細野氏は6月2日のNHK「日曜討論」で、石破茂自民党幹事長をこう批判した。

「なぜ自民党は表現の自由すら公益及び公の秩序で制限出来るというような、正直言いまして大変時代錯誤の憲法案を出しているんですか」

このような考えを露骨に出す一方で改正要件を緩和しようとするのは立憲主義国家として絶対にとるべきではないと、細野氏は言うのだ。

こんな議論を展開して、民主党は大丈夫かしらと思う。氏が自民党案の第21条を問うているのは明らかだ。同条は集会、結社、言論、出版その他一切の表現の自由を保障したうえで、第2項で「公益及び公の秩序を害する」場合は表現及び結社の自由は認められないと定めている。

これは「大変時代錯誤」どころか21世紀のいま、国際人権規約19条3項(b)で明確に定められている国際社会のスタンダードである。小西氏は前述の国会審議で特定の内容が条文の第何項に当たるのかなどとクイズまがいの質問を連発した揚げ句、首相は「何も知らない」と決めつけ続けた。その言葉は民主党幹事長に贈る方が妥当ではないだろうか。

■守りの姿勢

民主党だけでなく、先述の小林節教授らも、96条を変えてはならない、96条は必ずしも厳しい基準ではない、たとえば米国は改正の発議に3分の2を必要とし、その後州議会の4分の3の賛成が必要だ、日本より厳しいのではないかなどと主張する。しかし、このような主張は間違いである。

日本大学教授の百地章氏の論を借りれば、米国の憲法改正の発議は議員定足数(過半数)の3分の2で足りる。つまり6分の2で発議できるのである。他方、日本の場合は「議員総数の3分の2」である。6分の2と3分の2、両者の間には大きな相違がある。

また、もうひとつの批判に、96条を改正したと仮定して、憲法の下位規範である法律と同じ簡便さで憲法を変えることが出来るようになるのは危険であり、おかしいという指摘がある。これも間違った見方である。

法律を変え、新しく立法するには衆議院では議員20人、参議院では10人の賛同が必要である。法律案の可決は定足数(3分の1)の過半数、つまり6分の1超でなされる。つまり、最低、法律は6分の1超の賛成で成立するのだ。そのあと国民投票は不要である。

他方憲法は、改正原案を国会に発議するのに衆議院なら100名以上、参議院なら50名以上の賛同がまず必要だ。これを可決するには議員総数の3分の2以上が賛成し、そのあとさらに国民投票にかけなければならない。このように96条を改正したからといって、法律と同じ簡便さで変えることなど金輪際出来ないのである。

安倍首相はこうしたことを明確に説明し、96条改正の意味を説かなければならない。安倍内閣の最重要課題を消極的な守りの姿勢でやり抜けるとは、到底思えないのである。(週刊新潮)

<「頂門の一針」から転載>

◆中国から逃げ出す富裕層

藤村 幸義


投資先は海外へ 6割が移民を検討

中国の富裕層は、2008年秋のリーマン・ショック後に発生した不動産バブルの中で、資産を一気に拡大させた。ところが過去2年は不動産相場も頭打ちとなり、投資のリスク分散を図らざるを得なくなってきた。とりわけ国内から海外に投資先を移す動きが目立っている。

招商銀行とベイン・キャピタルがこのほど共同で発表した「2013年中国私人財富報告」によると、12年に投資可能な個人の資産規模は80兆元(約1290兆円)に達した。前回調査(10年)に比べると、2年間で18兆元の増加となっている。

1000万元以上の資産家は70万人を超えた。10年に比べると、20万人の増加である。このうち、5000万元以上は約10万人、1億元以上は4万人に達した。

地域別にみると、1000万元以上の資産家が1万人以上いる省・市・自治区は合計20カ所。12年には重慶、黒竜江、山西、陝西、内蒙古といった内陸部が新たに加わっている。一方で、上海や広東といった沿海部の資産比率は減っており、資産が徐々に内陸部に移動していることが分かる。

だが、資産の伸び率そのものは下がっている。個人の投資資産は、08年段階では38兆元だったが、リーマン・ショック後の不動産バブルの中で、10年には一気に62兆元(08年比63%増)にまで膨れ上がった。

ところが11年秋から不動産価格が下がり始め、経済成長率も10%の大台を大きく割り込んできた。このため12年の個人投資資産も、10年比では29%増にまで伸び率が鈍化している。

例えば不動産や株などへの投資をみると、08年から10年の2年間には資産を55%も増やしてきた。ところがその後の2年間は逆に、資産を2%減らしている。

投資目的をみても、これまでは「財産をさらに増やす」という積極的な姿勢が目立っていたが、この2年間で「財産を守る」「高レベルの生活実現」「子女教育」といった守りの姿勢に転じている。

投資先はリスク分散のために、国内での不動産投資を減らし、海外に投資先を求める動きが目立っている。

海外投資先で最大の比率だったのは香港。また、米国への投資も加速している。海外投資と同時に子息を移民させるケースも多い。なんと資産家の6割が投資移民制度を活用して、すでに移民させたり、近い将来の移民を検討しているという。
(拓殖大学国際学部教授)

<「頂門の一針」から転載>