野口 裕之
わが国のアフリカ向け貿易・投資を促進すべくケニアの首都ナイロビで開
かれた第6回アフリカ開発会議(TICADVI)の関連行事の合間を縫い、安倍
晋三首相(61)はケニア大統領と会談したが、日本政府は大統領発言の背
景を分析したであろうか。
中国が闇に葬ったと小欄が感じる「スパイ事件」が、ケニア大統領の発言
の背景に、どうしても透けて見えるのだ。
安倍首相が、中国の東・南シナ海における海洋侵出を念頭に「一方的な現
状変更は認められない」と懸念を表明すると、大統領は「日本の立場を尊
重すると」応じた。
中国が嫌がる安全保障関連法をはじめとする「積極的平和主義」の意義を
首相が説明すると、大統領は日本の取り組みを評価した。さらに、日本が
提唱する国連安全保障理事会の改革にも理解を求め、迅速な進展が必要と
の認識で両者は一致した。
「国連」の二文字と、後述するが、チャイナ・マネーを「熱烈大歓迎」し
ていた姿勢を気味が悪いほど封じたケニア大統領の「日本理解」で思い出
した、とある事件を求めスクラップした資料をめくった。事件のあらまし
は以下-。
《ケニア警察当局は2014年11月、ナイロビの高級住宅地など7カ所の一戸建
てを拠点にしていた77人の『中国人』を拘束した。室内の様子がわからぬ
よう、部屋の窓は全て防音材でふさがれ、インターネットに接続したコン
ピューターがあった。
ケニア政府のサイトをハッキングしていた可能性が浮上、スパイ活動の疑
いでも捜査が進められた》
《一方、キャッシュカードのマイクロチップを偽造した形跡を発見。
ネット詐欺やマネーロンダリング(資金洗浄)の容疑も強まった》
結局、「中国人」は「大規模な国際詐欺集団」として裁判にかけられた。
しかも、中国人 に加え台湾人も一味だったことが発覚したが、中国人と
一緒くたに中国に強制送還された。台湾当局が猛烈に抗議し、むしろ、こ
の強制送還の方が注目された事件だった。
しかし、幾つもの不可解な点はいまだ解消されていない。
(1)高等裁判所は台湾人の台湾送還を命じたが、警察当局は台湾当局
の引渡し要求を無視し、送還を強行した。
(2)ケニア外務省は事件直後、現地の中国大使を呼び出し、「中国政
府が事態を事前に把握していたか」説明を求めた。ところが、だいぶたっ
て《中国側が捜査の端緒をつかみ、ナイロビの拠点を突き止め、ケニア政
府に協力依頼した。中国福建省公安局の捜査では、省内の女性が1億円だ
ましとられた》との報道が唐突に流れる。
「国連」の二文字に戻る。小欄の興味は、犯行拠点の近くには国連ナイロ
ビ事務局や米国大使館が所在する点。特に国連ナイロビ事務局は、ニュー
ヨークの国連本部や国連ジュネーブ事務局、国連ウィーン事務局ととも
に、主要4事務局の一つだ。ナイロビ国連事務局がサポートする国連機関
が、ナイロビに本部を構える《国連環境計画=UNEP》なのである。UNEPは、
希少な野生動植物の国際取引を規制する《ワシントン条約》の管理も担う。
結論から言おう。中国人らの犯行組織は、象牙密輸にからみ、UNEPなどを
監視・盗聴対象としていた…
■象牙の「爆買い」
事件発覚前、ロンドンを中心に活動する環境保護団体《環境調査エージェ
ンシー=EIA》は、ケニアの南隣タンザニアで起きた、ワシントン条約で国
際取引が規制されている象牙の密輸実態をまとめた報告書を発表していた。
報告書によると-
EIAの覆面調査員は2014年9月、最大都市ダルエスサラームで象牙密売人2
人と接触。密売人は驚きの言葉を口にした。
《13年3月、中国の習近平・国家主席(63)率いる政府高官や財界人の訪
問団がタンザニア公式訪問中、数千キロの象牙を買い付け、1キロ当たり
の卸値は通常の倍(8万円)にまで高騰した。
象牙は税関検査や捜査当局も介入できぬ外交用の荷物に詰められ、政府専
用機で中国に運ばれた》
米国に本拠を置く中国語ニュースサイト《博訊=ボシュン》も、専用機の悪
用は否定しつつ、習氏率いる訪問団の象牙「爆買い」と、中国共産党最高
幹部・政治局常務委員&過去の中国指導者が専用機で象牙密輸を謀ったの
は事実と報じている。
■報告書は続けて-
《中国海軍艦が2013年12月、ダルエスサラームに寄港時、象牙取引が活発
に行われ、取引業者の一人は軍艦乗組員に570万円で売った。中国海軍士
官2人に売却する81本(300キロ超)の象牙をトラックに積載した中国人男
性が、港に入ったところで逮捕された》
博訊も《海軍艦の利用は事実》と断じている。
報告書はまた、2009年2月の胡錦濤・前国家主席(73)の公式訪問でも同
じような手口で、違法取引→密輸が行われたほか、中国大使館の外交官の
関与証言も記した。
報告書によると、世界遺産に登録されるタンザニアのセルース猟獣保護区
では、象が4年間で7割近くも減少し、2013年だけでタンザニア国内の象は
1万頭も殺された。
違法象牙の7割が中国向けとも分析。中国がアフリカ象の「大量殺りく
国」だとの証拠を、改めて突き付けた。
中国では、象牙を加工・彫刻した指輪や置物などの装飾品は富裕層のス
テータスシンボルで人気があり、薬の原料としても使われる。富裕層の増
加と共に需要も激増し、中国内の象牙価格は3倍以上に急騰した。
習政権は、党・政府高官の「腐敗撲滅」を徹底してきたが、習氏率いる訪
問団の象牙密輸で、「腐敗撲滅」が政治的陰謀だと自白してしまった。
EIAの報告書が公表されたころ、象の保護団体《セーブ・ザ・エレファン
ツ》なども、中国の象牙違法取引が、規制取締り能力を超える規模と化し
《制御不能状態》だと警告する報告書を公表予定であった。《象牙価格は北
京で13・5倍に達した》とい
う。
■中国が国連環境機関を盗聴・ハッキング?
次第に強くなる国際団体の対中攻勢に危機感を強め、中国はナイロビの
UNEPの盗聴やハッキングをしていたのではないのか? マネーロンダリン
グも、中国共産党・政府高官と象牙密輸業者とのカネの流れを隠ぺいする
目的だったのではないか? では、台湾人の役割は何か、疑問は残る。小
欄の見立てはこうだ。
《中国が台湾の政財界要人を籠絡するため、象牙を贈る仲介要員だった。
従って、台湾当局と対立してでも、中国人とともに台湾人も中国送還をせ
ざるを得なかった…》
ケニアは、中国の圧力を受け、スパイ活動を不問に付し、詐欺罪に仕立て
上げたのかもしれない。見返りには事欠かぬ。
例えば、中国企業がナイロビとタンザニアとの国境に近いモンバサ港を結
ぶ3870億円もの鉄道建設事業計画を締結・受注したが、総工費の9割を中
国輸出入銀行が特別融資する運びになっている。
モンバサ港の拡張工事も中国路橋工程有限責任公司が行う。鉄道+モンバ
サ港の連結は、東アフリカ最大規模の輸送インフラとなる。
賄賂が日常の光景である中国とアフリカ諸国は、意思の疎通も手っ取り早い。
ただし、中国人はどこまでいっても中国人のまま。札ビラをちらつかせる
傲岸不遜の反り返った態度に、誇りを傷つけられたアフリカ人も多い。
本国より引き連れてくる労働者や労働者の衣食住を目当てに群がる中国企
業が、アフリカ各地にチャイナ・タウンを造り出し、インフラ建設と二重
写しとなって、チャイナ・パワーに侵食されていく祖国に危機感を強める
常識有る指導層も出始めている。中国・国営新華社通信は《経済や政治へ
の『雑念』と海外への軍事拡張の『野心』を隠せない》と、日本主導の
TICADVIを批判したが、自らの『雑念』『野心』をうっかり、表に出して
しまったようだ。
今次TICADVIで、安倍首相は12カ国の首脳に支援を求められ、約束した
が、単なる経済・人道支援ととらえず、中華圏に組み込まれていくアフリ
カの首脳たちが発した悲痛な「SOS」と理解すべきだ。
現に、中国が手掛けるモンバサ港開発に、安倍首相が名乗りをあげると、
ケニア大統領は喜んで賛同した。チャイナ・マネーの手前、中国に面従腹
背するアフリカ諸国は多いが、「スパイ事件」で中国の恐ろしさを目の当
たりにしながらも、圧力をかけられ、事件を黙認した?ケニアは筆頭格だ
ろう。
ここでまた、象牙の密輸に登場してもらおう。
中国外務省は、中国の象牙密輸を暴いた「EIEの報告書には根拠がない。
中国は野生動物の保護を一貫して重視してきた」と反論する。だが、少数
民族や自国民ですら「保護」するどころか、大量虐殺を「一貫して重視し
てきた」加害者が言っても説得力はゼロ。そればかりか、被支援国の紛
争=火に油まで注いでいる。
■ケニア人大量虐殺に手を貸す中国
キリスト教国家と言って差しつかえないケニアが安全保障面で目下、最大
脅威と認識するのは、国境を接するソマリアのイスラム過激派武装集団
《アッシャバーブ》。アッシャバーブの有力資金源の一つが、1本300万円も
する象牙の密売だ。
ケニア国内では2011年以降、ソマリア国境沿いの北東部を中心に、観光客
やNGO(非政府組織)関係者の殺害・誘拐事件が続発。アッシャバーブ掃
討などに向け、ケニア軍はアフリカ連合(AU)多国籍軍の主力の一角とし
てソマリアに派兵した。
報復に出たアッシャバーブは13年、ナイロビの高級ショッピング・モール
を襲撃し、39人を殺し、150人を負傷させた。2015年には、ケニア北東部
の大学にテロ攻撃を加え、学生ら150人を殺りくした。
中国はケニアと、右手で握手しながら、左手は反ケニアのテロ勢力に「資
金援助」しているのだ。国連常任理事国=中国は、国連の勧告に基づき発
効したワシントン条約に違反する象牙密輸を平然と行うのだから、わが国
の領海でも行う密漁など「歯牙」にもかけない。
ケニア近海はインドマグロの好漁場で、中国漁船が犯した密漁の被害は
120億円にものぼり、ケニア海軍は取締りに悲鳴をあげている。
ところで、中国人民解放軍はケニア〜隣国ソマリア沖の海賊退治に海軍艦
を、北西部で国境を接する南スーダンとスーダンにPKO(国連平和維持活
動)のため陸空軍部隊を、それぞれ派遣している。
ケニアは海と大陸に陣取る中国人民解放軍に挟撃された格好だが、中国海
軍艦が密輸象牙の「運び屋」だった事実をお忘れなく。アフリカ諸国は
「まさか…」と思わず、中国海軍がマグロ密漁を、中国陸空軍が象密猟
を、それぞれ支援せぬよう十分な監視をお薦めする。
産経ニュース【野口裕之の軍事情勢】中国の象牙爆買いでアフリカ象絶滅
の危機…タンザニアでは年1万頭殺戮 あげくスパイ活動の無法ぶりにア
フリカ諸国は爆発寸前! 2016.9.5
(採録: 松本市 久保田 康文)