2013年06月04日

◆沖縄は中国の領土なのか?

伊勢 雅臣


沖縄が我が国の領土であるのは、多くの先人たちの努力の結果である。

■1.中国の沖縄領有論

中国は尖閣諸島のみならず、沖縄の領有権についても主張し始めた。次のように報じられている。[1]

<8日付の中国共産党機関紙、人民日報は第2次大戦での日本の敗戦により「琉球の領有権」は日本になくなったとした上で、沖縄の「領有権」問題を議論すべきだと訴える論文を掲載した。・・・>

論文は政府系の中国社会科学院の研究員らが執筆。琉球王国が歴代の中国王朝に対して朝貢を行う「冊封国」だった経緯を説明した上で「琉球王国は明清両朝の時期には中国の属国だった」とした。

その上で「(当時は)独立国家だった琉球を日本が武力で併合した」とし、尖閣と同様、日本が敗戦を受け入れた時点で日本の領有権はなくなったとの認識を示した。

領有権論争を沖縄まで広げておいて、尖閣諸島の対立を有利に展開しようという狙いであることは明白だが、こういう問題は一笑に付していてはいけない。国際社会では、日本側が黙っていれば、言った者勝ちになってしまう。

■2.中国領有論の変化球としての沖縄独立論

今回は、菅官房長官がすかさず「(論文が)中国政府の立場であるならば断固として受け入れられない」と反論したが、こういう問題では国民一人ひとりが史実を踏まえた上で、政府の主張を支持する必要がある。

中国も日本の国民世論の反応を見ながら手を打っているので、国民の間で轟々たる非難の声があがれば、それが中国に対する抑止力の一つとなる。逆に国民が醒めた態度でいれば、中国は「隙あり」と見て、さらに攻勢を強めるだろう。

中国の沖縄領有論の根拠については、弊誌393号「超速! 沖縄・琉球史」で吟味した。そこでは、薩摩藩が実質的に琉球を支配下に置きながら、琉球を通じて間接的に対清貿易を行っていた。そして、そのために、形式上、清国の服属国という形をとっていたのだ。しかし、服属国という形式は、その後の日清間の外交で、けりがついている。

中国領有論のバリエーションとして沖縄独立論がある。沖縄はもともと独立国家だったのに、日本に併合されて独立を失った、という史観である。もし沖縄が独立できれば、当然、沖縄経済は自立能力がないので、中国に頼らざるえず、その衛星国として中国の覇権下に組み入れられてしまう。

今回は、沖縄に関する日中の駆け引きを歴史的に辿ってみたい。そこから、国家にとっての領土とは何なのか、が見えてくる。

■3.沖縄の中にあった中国人コロニー

沖縄の歴史が明瞭になってくるのは、12世紀頃からだ。源為朝が沖縄本島南部の豪族の娘との間にもうけた舜天(しゅんてん)が王となり、沖縄を統一したと言われている。沖縄の旧家の長男に「朝」の字が多いのは、「為朝」にあやかりたいという願望からだと言う。[2,p71]

1372年に、舜天の子孫の察度王(さつどおう)が明の光武帝に朝貢を求められ、恐る恐る従ったら、その莫大な返礼を見て驚いた。以後、琉球王国は中国の華夷秩序に依存し、明との朝貢貿易で稼ぐようになる。

明は鎖国政策をとっており、外国船の出入りも朝貢船に限定されていた。明と貿易をしようとすれば、明の服属国として朝貢貿易をするしかなかったのである。さらに明は冊封国に中国人を在留させて、朝貢貿易の政務を担当させた。那覇市内の久米という地域が、中国人の居留区となっていた。

寛永21(1644)年、明が滅び、清が成立したとき、満洲族の支配を忌避して、明人(漢民族)の36姓の部族が亡命してきた。現知事の仲井真弘多氏、前知事の稲嶺恵一氏とも、この36姓の子孫である。

久米では19世紀になっても中国語が話されており、日清戦争の終了まで、沖縄を中国圏に置こうと画策していた。現在も約3千人の県民が中国子孫を自任しており、約10億円の共有預金と会館を運営し、団結は固い。

歴史的に戦乱や飢饉の続く中国大陸から大量の難民が国外に脱出してきたが、その子孫が東南アジアでは多くの国で華僑として経済的実権を握ったり、またサンフランシスコやバンクーバーでも閉鎖的な中国人コロニーを築いて、現地社会との摩擦を起こしたりしている[a]。そのミニ版が沖縄にもあったのである。

■4.薩摩藩の琉球経由の中国貿易

慶長14(1609)年、薩摩軍が約3千人の部隊をもって琉球に進攻した。慶長5(1600)年の関ヶ原の合戦以降、外様となって財政難に陥っていたこともあって、琉球王国の朝貢貿易に着目したのである。

琉球士族は公家のような贅沢な生活に慣れており、簡単に薩摩軍の占領を許した。島津家久は、尚寧王以下、百余名を江戸や駿府に帯同して、徳川家康、将軍秀忠に拝謁させ、島津家は幕府から琉球太守に任ぜられた。

薩摩は琉球経由の間接貿易に力を入れた。沖縄のサトウキビを大阪市場で独占販売し、その利益で本土の文物を沖縄に送り、中国に朝貢させて、その返礼で巨大な利益を上げる、というシステムである。

薩摩の役人が琉球王府役人に扮して進貢船に乗り込んだりもしていて、中国側も気がついていたが、利益のためには目をつぶっていた。

琉球王府は北殿を日本式に、南殿を中国式に建造して、それぞれの使節を歓待していた。王族一門も朝貢貿易から上がる利益で、奢侈な生活を営んでいた。

薩摩藩も、この間接的な中国との貿易で得た経済力を使って、倒幕、明治維新を果たしていくのである。

■5.「これほどまでに不幸な生活をしている人民は見たことがない」

その一方では、中国式官僚国家を築いた琉球王家の支配の下で、人民は悲惨な生活を余儀なくされていた。その一つに、明治の廃藩置県まで4百年間も続いていた「地割制」がある。

これは農民の土地私有を許さず、集落単位で8公2民の重税をかけ、さらに耕作地を2〜3年、離島地域では10年ごとに交代させる一種の原始共産制であった。

台風と干魃(かんばつ)が交互に訪れる沖縄では、本土式農業は定着せず、絶えず深刻な食糧不足に悩まされていた。そして、各地で謀反や一揆が続発していたので、それを抑えるために編み出されたのが、この制度であった。

土地の私有が許されず、しかも数年毎に「地割替え」では、農民は農地を開拓したり、改良したりするはずもない。また、各集落には王府から探偵が配置され、謀反を起こす恐れのある者を徹底的に摘発した。

江戸時代には、すでに本土では識字率男子50%、女子25%と世界最高水準を達成していたが、沖縄では農民は一切、文字も読めず、自分の名前も書けない状況にあった。

嘉永6(1853)年、沖縄に寄港したペリー提督が「メキシコの労働者を除けば、これほどまでに不幸な生活をしている人民は見たことがない」と述べている。

明治34年に、最後の琉球王・尚泰が亡くなった時、当時の奈良原繁沖縄県知事が「喪に服するよう」県民に指示したが、従ったのは旧王都首里の士族だけで、本島北部金武村にいたっては、祝いの綱引き大会を2晩にわたって行ったという。

■6.中国帰化人「支那党」の暗躍

明治4(1871)年、沖縄に廃藩置県、四民平等の太政官令がもたらされた。しかし、中国帰人の「支那党」がことごとく反対し、琉球王を「絶対に日本につくな」と恫喝し、民衆には「(清国の)黄色い軍艦が間もなく沖縄に救援に来る」と説いた。

明治6(1873)年、沖縄の年貢運搬船が台湾に漂着し、乗組員54名が蛮族に殺害された事件が起こった。日本政府は沖縄の統治権を主張して、清国に賠償を要求した。

中国は沖縄への日本統治権を認めながらも、「中国は台湾の領有権を有していない」と賠償を拒否した。このため、日本は明治7年4月、36百名の陸軍部隊を台湾に送って、蛮族を攻撃した。慌てた清国政府は日本の要求を全て呑んだ。

沖縄人民が殺害されて、日本に賠償を支払ったということは、沖縄が日本政府の統治下にあることを認めたことになる。そんな状況下でも、琉球王府は明治7(1874)年11月、独断で北京に朝貢使を派遣した。

さらに廃藩置県にも抵抗を示したので、日本政府は明治12年3月、警官160名、陸軍歩兵400余名を送って、強制執行を行った。王府役人は一人として反抗するものなく、あっさり首里城を明け渡した。しかし、その後も支那党は反日活動を続け、清国総理・李鴻章に琉球救援を依頼したりした。

初代県令・鍋島直彬は教育普及のために、小中学校を設置し、本島には師範学校を創設したが、長きにわたる地割制の愚民政策で県民の向上心は皆無に近く、効果は上がらなかった。

明治18(1885)年には、本土における就学率は男子66%、女子32%に上っていたが、沖縄は明治(1897)年になっても、男子がようやく30%、女子にいたっては5%以下に過ぎなかった。

■7.「沖縄近代化のためには命などは惜しくない」

明治25(1892)年7月、沖縄改革のピンチヒッターとして、鹿児島出身の奈良原繁が宮中顧問官から県知事として着任した。奈良原は生麦事件で英国商人を斬殺した剣豪と噂され、「沖縄近代化のためには誰が何と言ってもあとには退かない。命などは惜しくない」と語って、支那党を戦慄させた。

奈良原はその以前から沖縄への思いが深く、明治5年1月に薩摩藩士として琉球王府を訪れ、同藩の琉球への債権5万円を放棄し、それを貧民救済にあてるよう通知している。

奈良原知事の在任3年目の明治27(1894)年8月に日清戦争が始まった。沖縄県内では日清両国の勝算をめぐって支那党と白党(日本党)が衝突し、乱闘事件が頻発した。

支那党は徒党を組んで神社仏閣に詣でて、清国の勝利を祈った。県庁職員や県外出身の商人は自警団を組織し、一時、子女を本島中部の山間部に疎開までさせた。日清戦争での日本の勝利は、奈良原に絶大な追い風として作用した。

奈良原は15年間も沖縄県知事を務め、農地解放と土地私有制の確立、女子を含む教育制度の普及、那覇港などの産業インフラの確立で沖縄の近代化に貢献した。奈良原の知事ぶりに関しては、こう評されている。


<歴代の知事として何れも教育を尊重しない方はもちろんなかったが、奈良原知事は特に教育に重きをおかれ、よく県下の学校を巡視し、学用品を贈与せられ、親しく児童に接して懇諭激励を与えられる。>[1,p93]


奈良原の着任当時の小学校就学率はわずか18%弱だったが、離任時には93%まで上昇した。

明治41年4月、離任した奈良原の功績を顕彰するため、県民は那覇市奥武山公園中央に銅像を建立した。その隣には明治36年に建てられた改租記念碑(地割制廃止記念碑)があった。

■8.沖縄を本土から引き離そうとする策謀

明治41(1908)年以降、沖縄には特別島嶼町村制が施行されていた。「特別」となったのは、いまだ経済基盤が整わず、県財政の70%もの国庫補助を受けていたからである。

それでも大正5(1916)年頃から、「本土並みの地方自治」を訴える県民運動が展開された。廃藩置県に抵抗した沖縄が、今度は本土並みの要求をするまでになった。

県財政を考えれば無理があったが、国民意識の浸透という点では、それまでの日本政府や奈良原知事などの努力の結果と言えるだろう。

沖縄戦では、多くの民間人が軍と一緒になって戦い、犠牲となったが、それも本土との一体化を目指した今までの努力があったからこそである。そして玉砕に際して、沖縄根拠地隊司令官・大田實海軍中将が送った「沖縄県民斯ク戦へり、県民ニ対シ後生特別ノゴ高配ヲ賜ランコトヲ」との電文は、多くの県民の心を慰め、戦後は心ある政治家を動かして、沖縄の祖国復帰の原動力となった。[b,c]

しかし、沖縄を本土から引き離そうとする策謀は、戦後も続く。米軍占領下、「沖縄人連盟」が結成され、7万人の会員を擁して、沖縄独立、地割制の復活を主張した。日本共産党は「沖縄民族は少数民族であり、歴史的に搾取、収奪された民族」として、沖縄独立論を唱えた。

昭和33(1958)年11月、沖縄でも台湾国民党政府の支援の下で琉球国民党が結成され、沖縄独立を画策する。また、沖縄戦で日本軍が沖縄の民間人を虐殺したというプロパガンダが、大江健三郎ら左翼知識人によって流布された。[d,e,f]

今回の中国の沖縄領有論も、こうした流れに乗った動きの一つである。現代の日本人は戦後の温室の中での経験しかないので、「そんな馬鹿な」と思うだろうが、沖縄が日本の一部となっているのは、我が先人たちの必死の努力の結果なのである。

それが一つ間違えれば、今の北朝鮮のような国が沖縄に存在していたかも知れないのである。そうなっていたら、沖縄県民の不幸は言うに及ばず、エネルギー輸入や工業製品輸出のシーレーンの喉元を握られて、戦後日本の高度成長も繁栄もなかったかも知れない。 

そういう日を我々の子孫が迎えなくとも良いように、現時点で最大限の努力をするのは我々の責務なのである。
<「頂門の一針」から転載>

2013年06月03日

◆奇妙な96条改正反対論

櫻井 よしこ


いま、喪(うしな)われた国家観を取り戻さずして、いつ取り戻すのか。いま、日本人の憲法を取り戻すべく力を尽くさず、いつ取り戻すのか。日本を取り巻く安全保障上の危機、日本に突きつけられている歴史観等の不条理な批判に、対応もせず主張もできない国であり続けてよいのか。それとも、日本人であることを自覚し、歴史を知り国柄を理解し、自ら国と国民を守ることに目覚めた国家になりたいのか。

このところの憲法論議を聞いてそんな思いを抱かざるをえない。

安倍晋三首相への支持率の高さは、首相こそこの重大な分岐点に立って、正しい選択をしてくれると多くの国民が期待しているからである。安倍政権の課題は経済再生を筆頭に山積しているが、焦眉の急は、間違いなく、憲法改正である。

各種世論調査でも憲法改正を望む声は過半数から60%に達している。現行憲法では、平和も国も国民も守れない。「3・11」のような自然災害からも、北朝鮮が1970〜90年代に計画していたと本紙で報じられた日本の原発施設へのテロ攻撃からも、国土と国民を守ることはできない。

日本人の価値観が反映されていない憲法は国民が触れることもできない点で民主主義に悖(もと)る。だからこそ、憲法改正が必要で、96条の改正を皮切りに憲法を国民の手に取り戻すというのが安倍首相の考えだった。

ところが思いがけない反対の声が身内からもあがった。たとえば政界を引退した党元幹事長の古賀誠氏である。氏は「赤旗」の6月2日の日曜版で96条改正は「絶対にやるべきではない」と述べ、日本国憲法の平和主義を「『世界遺産』に匹敵する」と讃(たた)え、「自民党と共産党こそが『二大政党』」などと信じ難いことを語っている。

5月20日付『産経』1面での岡本行夫氏の反対論も奇妙である。

氏は私の尊敬する外交問題専門家の一人だが、氏の憲法論には首をかしげざるを得ない。

96条改正について、「下位規範である法律と同じ簡便さで改正発議されるのはどう考えてもおかしい」、「上下両院の3分の2」プラス「全州議会の4分の3の承認」という厳しい条件にも拘(かかわ)らず、米国は戦後6回憲法修正した、必要なのは手続きの緩和でなく政治家の信念と情熱だなどと指摘した。

共産党機関紙で展開された、国際情勢に目をつぶり、国民と国を守る点において無責任と言われても仕方のない旧(ふる)い自民党の考え方や、996条改正についての誤解に対しては、十分な反論と説明が可能である。

古賀氏の論は価値観の違いであるが、岡本氏の主張は必ずしも事実に即していない。

                   ◇

百地章日本大学教授の論をかりれば、米国では議会の定足数(過半数)の3分の2、つまり総数の6分の2で憲法改正発議が可能である。他方、同じ3分の2でも、議会の「総議員の3分の2以上」が日本である。日本の憲法改正基準は米国に比してだけでなく世界一厳しく、基準の緩和は自然なことなのだ。

憲法改正の議論そのものも多分に曲げられつつある。6月2日のNHKの日曜討論で、細野豪志民主党幹事長が「なぜ自民党は表現の自由すら、公益及び公の秩序で制限できるという、大変時代錯誤の」改正案を出し、そのうえ、改正基準を2分の1に緩和しようとするのかと質(ただ)した。氏の主張は同党憲法調査会副会長の長島昭久氏でさえ、「自民党の憲法改正案は復古調だという前提での批判で、選挙に向けたレトリック」と語る。

細野氏は明らかに自民党改正案の21条2項を念頭に語っている。表現の自由を謳(うた)った21条は集会、結社、言論など表現の自由を保障し、第2項で「公益及び公の秩序を害する」場合は、表現の自由は認められないと規定したものだ。

この規定は国際人権規約19条3項のbで認められている内容で、国際社会の常識である。「大変時代錯誤」という細野氏の指摘は見当外れである。だからこそ、長島氏も強調した。「自民党案に奇抜なことが書かれているとは、私は思わない。民主党のためにも、互いにもっとフェアな議論をしていくべきだと考えます」

意図的か否かは別にしてさまざまな誤解や不正確な情報が拡散されていく中で、憲法の欠陥によって日本の危機は深まりつつある。

中国の脅威に海上保安庁及び自衛隊はどこまで対処できるのか。沖縄の領有権にさえ疑問を突きつける中国に対して、海保、自衛隊共に人員、装備の拡充が欠かせない。

だがそれよりも先に、両者が実力を発揮できる制度及び法改正が必要である。中国を牽制(けんせい)し、中国に侵略の意図を抱かせないためにも、日本は必要な手を打たなければならない。それは憲法改正なくしては十分にはできないことだ。

日本の国土を買収する外国資本の約90%が中国系で、彼らに買われた土地や島々の利用に日本はなんの規制もかけられない。世界で唯一のこの信じ難い実情もまた、憲法(29条)が原因である。

こうしたことを考えれば、首相が過度に反対論に配慮して96条改正の先行を前面に出さないとしたら、本末転倒である。首相に長期にわたって落ち着いた政治をしてほしいと願う周囲の人々が、守りの姿勢に入っているとしたら、それもまた本末転倒である。

国民が求めているのは、この危機を突破し、日本を真の意味で自主独立の国にすることだ。96条改正への反対論の非合理性や論旨の誤りは明らかである。反対論を冷静に論破し、日本が変わらなければならない理由を熱く語るべき局面である。安倍首相本来の価値観でこそ国民のより強い支持を得られることを知ってほしい。(産経)
               <「頂門の一針」から転載>

2013年05月26日

◆いつまで許すのか、外資の国土買収

櫻井 よしこ


5月10日、私がキャスターを務めるネットテレビ、「君の一歩が朝を変える!」で「奪われる日本の国土」をテーマに取り上げた。「言論テレビ」が配信するこの番組の、元気のよい名前は品川女子学院の生徒たちがつけた。番組では毎週ゲストを招いて小一時間、地上波のテレビ報道や新聞報道よりもずっと深く問題を掘り下げ、本質に迫る議論を重ねていると自負している。

過日お招きしたのが東京農大客員教授の平野秀樹氏である。氏はこれまでに『奪われる日本の森』(共著)、『日本、買います』(いずれも新潮社)などを上梓した。

日本の土地、とりわけ水源地や森林を外国資本が買い漁っていることは広く知られている。平野氏の報告はそうしたことを知りながら手を拱いてきた日本政府及び国民に冷や水を浴びせかけるものだった。

氏は対談の冒頭、北海道から沖縄まで、○や△印をつけた日本列島全図を示してみせた。○は売却済み、△は現在交渉中の土地を示す。○や△印の島々が目に入る。

北海道日本海側の奥尻島、本州に下がって佐渡島、対馬、東シナ海側に移って長崎県の高島と五島列島、鹿児島県の沖永良部島、沖縄県の石垣島などの土地が外資の手に落ちたか、落ちつつある。

島ではないが、重要な土地を抱えている地方自治体として、北海道では日本海側の岩内町に△印、千歳市と倶知安町には両方○印、青森県三沢市が△印、新潟市、東京港区の南麻布、山口県柳井市には各々しっかりと、○印がつけられている。

この他、奪われた島や土地は無数にある。平野氏が語った。

「防衛施設や原発施設周辺の土地か、或いは国境の島々であるかを基準として拾ったのがこれです。いずれも安全保障上、外資に取られてしまえば深刻な結果を招くと思われます」

■ 真珠の首飾り戦略

これらの土地や島々はリゾートにも森林業にも適さないところもあり、経済原理上投資には向かないが、安全保障上の重要性は非常に高い。

たとえば北海道岩内町の近くには原発関連施設がある。佐渡島は中国が租借権を得た北朝鮮の日本海側最北の港、羅津から近く、日本海に目配りを利かすのに欠かせない。長崎県高島はこれまで殆ど話題にならなかったが、この島の重要性を平野氏は次のように説明した。


「長崎県には高島という名前の島が4つあります。売却交渉が進行中なの
はその内の佐世保基地にとても近い一番小さな島です」

東シナ海の守りの最前線にある佐世保近くの島を中国が手に入れれば、日本の国防体制の妨げとなる。他の自衛隊基地周辺の土地も中国が買えばどうなるか。数百メートルの距離から電子情報を盗み取る技術が確立されている現在、日本の国防関連情報は容易に盗まれかねない。有事の際、どう利用されるかもわからない。

日本買いを進める外資の9割は中国資本だと平野氏は見る。であれば印のついた島々や土地を線でつなげると日本包囲網のように浮かび上がるその形から或る意図が見えてくる。

連想されるのが、インド封じ込めに中国が展開する真珠の首飾り戦略である。ユーラシア大陸から三角形に突き出るインドを包囲する形で中国がインド洋の島々を手に入れ軍事拠点を築いた。

各拠点を真珠の粒に見立てて線でつなぐと、まるでインドをグルリと囲む首飾りのようだ。必要なとき、中国はこの首飾りでインドを締め上げる態勢をとれるわけだ。

北海道、本州、九州、沖縄を網羅する島々の土地買収は、必要な時には対日攻略、或いは封じ込めの拠点となる。その戦略遂行の力となっているのが中国資本なのだ。

平野氏は長年、こうしたことに警鐘を鳴らしてきた。しかし日本政府による外資規制は遅々として進んでいない。

「林野庁は現在、日本の国内の森林約800ヘクタール、ゴルフ場6個分が、外国つまり中国に買われたと発表しています。実際はその10倍、20倍は買われているはずです。極めて深刻です。しかし正確な数字は出てきません。買収しても表に出さなくて済むのが日本の制度ですから」

表に出ないのは、中国の代理を務める日本企業や日本人が買収し、届け出も登記もせずそのまま所有し続けているからだと平野氏はいう。土地売買は1998年までは事前の届け出が必要だった。しかし規制緩和で基本的に事後の届け出で済むようになり、同時に国の業務が県の業務になって、監視が緩くなった。

地方自治体側は、これでは到底国土の管理も防御も出来ない、自治体の力には限界があると主張する。規制する法律を整えてほしいという悲鳴にも似た陳情は100件に上る。

「民主党が与党だったとき、国土を守るプロジェクト・チーム(PT)が出来ました。その会合で、ある女性議員が地方自治体の陳情に対し国の見解を示せと迫ったのです。そのときの外務省の担当者は、『懸念懸念と仰るが、何を困っているのか、個人的にはわからない』と答えました。切迫感がないのです」

■ 各国は三重四重の規制

PTの作業はそこで終わった。議論も作業も全く先に進まなかった。理由を平野氏はこう推測する。

「民主党ですからね、仕事が増えるということで全て先送りされ、不作為のまま今日に至っています」

民主党の下で不作為が目立ったのは事実であろう。同時に、中国などに土地取得を許す無防備な制度を作ったのは自民党である。自民党親中派議員の中には中国に気兼ねして土地取引の規制に及び腰の人物もいる。

では、この危機をどう乗り越えるのか。まず、政治家も国民も、国土に関する国際社会の常識と日本の異常さを認識することが大事だ。国土売却になんの規制もないのは、世界でおよそ日本一国のみとされる。買われた国土をどう使われようが規制出来ないのも日本一国のみという。

外資を土地売買及びその使用で規制することは、世界貿易機関(WTO)の一員として困難だという意見がいまだに存在する。お役所には、規制をかけられないのは財産権を侵してはならないと定める憲法29条のためだという声も強い。

しかし、WTO加盟の中国は一寸の土地さえ売らない。韓国、シンガポール、豪州、インドなどは外国資本の土地取得に厳しい条件がある。米英独仏では買収は可能だが、戦略上重要な地域の売買は許されない。事前に買収目的を明らかにしなければならず、買収後は厳しく監督される。政治判断で売買の取り消しも可能だ。WTO加盟国でありながら、各国は三重四重の規制をかけている。

この厳しい政策は当然である。国土を売ることは国家を売ることだ。売買も使用も制限しない日本の在り方を、急ぎ、変えなければならない。(週刊新潮)

<「頂門の一針」から転載>   

2013年05月25日

◆「北」局長が習近平国家主席と会談

古澤 襄


新華社によると、北朝鮮の金正恩第1書記の特使として訪中した朝鮮人民軍の崔竜海総政治局長は、中国の習近平国家主席と会談した。

22日午前に北京に到着した崔竜海氏は、中国共産党の王家瑞中央対外連絡部長と会談している。金第1書記の腹心である崔竜海氏との会談で、北朝鮮が対話路線にカーブを切る確かな手応えを中国側が掴んだのであろう。

それが異例ともいえる習近平国家主席と会談になったのではないか。単なる儀礼的な表敬会談なのか、金正恩第1書記の訪中を約束する会談だったのか、内容はまだ分からない。

<【ソウル】北朝鮮の金正恩第1書記の特使として訪中した崔竜海・軍総政治局長は22日、北京で中国高官と会談した。この訪中は、最近数週間にわたって緊張していた中国との関係を修復しようとする北朝鮮の努力と受け止められている。

北朝鮮との関係に精通した中国当局者によると、金第1書記の腹心である崔局長は22日午前に北京に到着した後、中国共産党の王家瑞中央対外連絡部長と会談した。

討議内容の詳細や崔氏の訪中の目的は公表されていないが、訪中の直前には中国漁船と乗組員が北朝鮮当局に拿捕され、最終的に釈放されるなど両国間の関係がぎくしゃくした。中国政府はまた、北朝鮮による2月12日の核実験に対する国連の制裁強化を支持することによって、北朝鮮に圧力をかける意欲を示した。

北朝鮮にとって中国の支持取り付けは不可欠だ。他に主要な同盟国がいないし、援助と石油の大半を中国に頼っているからだ。中国にとっても北朝鮮の体制の安定は何よりも重要だ。北朝鮮体制が崩壊すれば、難民が大量に流入し、潜在的に在韓米軍の中国国境への進出につながりかねないからだ。

しかし最近数週間、中国が北朝鮮に不満を抱いている兆候が増えた。北朝鮮は昨年12月に人工衛星を打ち上げたが、長距離ミサイル技術の実験と受け止められた。

また北朝鮮は最近、米国や韓国などへの戦争の威嚇を続けた。これに対し中国の習近平国家主席は4月、北朝鮮の挑発的な言動をやんわりと警告するという異例の動きをみせた。

習氏はフォーラムの演説で「誰も、自己の利益のためにこの地域や世界全体を混乱に陥れてはならない」と語った。

北朝鮮はまた、中国最大級の国有商業銀行である中国銀行が北朝鮮の朝鮮貿易銀行との取引を停止する決定を下したことで圧迫を受けている。朝鮮貿易銀行は北朝鮮の兵器企業や核開発計画に関与する機関を代行して何百万ドルという取引に便宜を図ったと米国から疑われている。

インターナショナル・クライシス・グループ(ICG)の朝鮮アナリスト、ダニエル・ピンクストン氏は「(崔氏の訪中には)包括的なアジェンダが存在している」と述べ、「中国は北朝鮮の人工衛星打ち上げ、核実験、そして漁船の拿捕に不満を抱いていた」と語った。

同氏はその上で「また北朝鮮は経済・安全保障の分野で多くの問題を是正したいと思っている。たとえば核保有国として国際的に認知されたいと考えている。そして北朝鮮は食料在庫が乏しくなっている季節だ」と語った。

中国外務省の洪磊・副報道局長は22日の定例記者会見で、崔氏と王中央対外連絡部長との会談を確認した。ただし金第1書記の訪中の可能性を話し合ったかどうかは言及を避けた。

同副報道局長はまた、朝鮮半島を非核化するとの中国の長期的な立場を繰り返すとともに、現在停滞している6カ国協議の再開を促した。

朝鮮中央通信は、崔氏には軍と党の高官が随行していると伝えた。崔氏がいつまで中国に滞在するのか、また誰と会談するのかなど詳細は不明だ。

朝鮮中央通信の配信したこの記事では、北朝鮮の軍総参謀長に金格植氏(前人民武力相)が就任したことが判明した。アナリストによれば、金氏は2010年に韓国に対する2度の攻撃(哨戒艦沈没事件、延坪島砲撃)を指揮した将軍とみられている。

これは軍指導部の幾つかの人事異動の最新の動きで、軍が金正日総書記時代に牛耳っていた支配的な役割を制御しようとする努力の一環かもしれない、とアナリストたちはみている。

訪中した崔氏は近年、北朝鮮指導部の中で急速に昇格した。10年9月には、軍に所属したことは一度もなかったにもかかわらず、人民軍大将に任命された。金正恩氏の大将任命と同じ日だった。昨年に崔氏は大将から次帥に昇格し、軍の総政治局長になった。公式行事の際、金第1書記の傍らに崔氏がいる場合が通例だ。(ウォール・ストリート・ジャーナル)>
      
         <「頂門の一針」から転載>

2013年05月24日

◆台湾人は国なき民

Andy Chang


フィリッピンの領海でマグロ漁をしていた漁船がフィリッピン巡視船の停船命令を無視して逃げたので、巡視船が発砲し、台湾人の漁民が一人死亡した事件があった。台湾の中華民国政府はフィリッピンに抗議したが、フィリッピン政府は中華民国を認めないと返答し、双方の非公式代表が事件の調査交渉を行う事になった。

事件の是非は今後の調査に任せるとして、この事件で台湾人民は中華民国は世界が認めない政府であることがわかった。台湾国は存在しない。台湾人は国なき民である。台湾人は中華民国を打倒して建国しなければならない。

台湾人の建国を阻む因素は3つある。(1)中華民国政権が非合法ながら台湾を統治している、(2)中国は台湾独立に反対で、独立すれば武力攻撃すると恫喝している、(3)アメリカは独立に反対で中国との対話を勧め、現状維持を主張している。

●台湾人の間違った国家意識

以上の困難のため台湾が独立宣言、建国宣言をする事も困難を極めている。また、大多数の台湾人は独立建国の心情があるにも拘らず方策がない。

今回の漁民射殺事件についてある台湾人政治家は、「政府が国の主権と尊厳を発揮するよう要求する」と述べた。大きな間違いである。彼の言う政府とは中華民国政府のことだが、中華民国の主権と尊厳を発揮してどうするのか。

彼は中華民国政権が台湾人民を代表できると思うのは間違いだ。彼と同じく多くの知識人も同じ間違いを犯しているから台湾独立が困難なのだ。

●台湾の自由民主

台湾は民主国家である、独立する必要はないと主張する人がいる。これほど台湾人を誤った方向に導いた主張はない。台湾国は存在しない、中華民国は存在しないと各国が認めているのに、台湾は民主国家だから独立する必要はないと言うのは中華民国を認め、世界各国から見放されるという事だ。

中華民国とは蒋介石の亡命政権だが、中華民国が台湾人を代表する権利はアメリカを始めとする世界各国も認めていない。だがこの間違った主張のために台湾人は中華民国の選挙に熱中し、中国の脅威から逃れることが出来ないのだ。

台湾国は存在しないのに台湾は民主国で、民進党が(中華民国の選挙)で政権をとれば独立建国が出来るという。しかし存在しない中華民国政権をとったところで、世界は台湾を認めない。今の台湾人は、体制外、体制内と騒ぎながらみんな選挙が唯一の解決の道と思っている。民進党が政権を取っても中華民国体制は変らない。

自由民主があるから台湾の名義で国連加盟を推進する団体もある。台湾国がないのに国連に加盟はできない、それなのに台湾名義を使えば加盟が可能だと宣伝し、それを信じる人もいる。これも同じく人民を間違った方向に向けているのだ。

●民進党は中華民国の政党である

台湾人も日本人の多くも、台湾では選挙が唯一の建国の道だと思い、選挙とは民進党を支持することだと信じているが、これは大きな思い違いだ。

民進党は独立建国をしないと明言し、選挙で政権を取る事しか主張していない。民進党の主張とは、国民党よりもっと中国に接近すれば政権を取れると主張する政党である。民進党の主張とは、台湾は中華民国である、統一も選択肢の一つであるなどという。このような主張は台湾人には受け入れる事が出来ない。

民進党の主張は選挙に勝つ事だけだ。だが、これまでの選挙で民進党は治国政策を掲げた事がない。これは驚くべきことである。治国政策のない政党が政権を取ってどうするか、中華民国の制度を維持するだけではないか。

台湾は中華民国である、独立主張は票が取れない、中国が民進党を支持すれば国民党に勝てるなど、いずれも治国政策ではない。治国政策とは政治、経済、外交、司法などについての施行方針だが、民進党にはそれがない。

馬英九は無能だといいながら馬英九の治国政策、例えばECFAをどうするか、中国人の入国政策などをどのように変更するか、不公平な司法裁判、核発電反対などの政策発表がないのは馬英九より無能の証拠である。

●人民もまた無策である

民進党はダメだが、台湾人民にも独立方針がない。体制外運動派は中華民国を倒すと言いながら、選挙に勝つ事を主張している。

台湾の選挙とは中華民国の選挙であり、勝っても負けても中華民国である。しかも国民党は里町村長、農會などを完全に把握して金で選票を買う方法が実に巧妙である。退職金、ボーナスなど公務員の優遇で国民党は選挙では絶対に負けない。

その上に竹聯幇、ホンパン、チンパンなどと特務や警察などの監視が行き届いている。このような実情があるのに民主がある、選挙が出来ると人民を騙している。

●台湾人は国なき民である

台湾人は国がない。台湾が建国するには米国と東南アジア諸国の支援が必要である。アメリカは独立建国に反対で、現状維持を推進し、敬和的な解決を望むと言うが、アメリカにも政策がない。

台湾人に独立建国の政策がなく、選挙に頼るのは悲しいことだ。台湾人は近隣諸国の人民と連合しなければならない。今回の漁民射殺事件はフィリッピンとの関係が悪化る事となったが、ある意味では中華民国政権を打倒すべきと悟るチャンスでもある。

中華民国が台湾を統治しているかぎり台湾人民が建国して世界諸国の承認を得ることはできない。それを可能にするには台湾人民の覚醒と、アジア諸国の人民連合(PASEA)が必要である。

              <「頂門の一針」から転載>

2013年05月23日

◆憲法改正の前にやるべきこと

加瀬 英明


日本が独立を回復してから、61年もたつが、憲法改正へ向かって、ようやく動きだした。

大多数の日本国民が中国が乱暴に振る舞い、アメリカの力が相対的に衰えさせているなかで、現行憲法によっては国を守れないことを、認めるようになっている。

私はアメリカが占領下で押し付けた憲法は、憲法としてまったくふさわしくないものだから、「偽憲法」と呼んでいる。

それでも、憲法改正まで、まだ道は遠い。第96条を改めてから、新しい憲法案をつくって、国民投票に問わなければならない。

改正憲法の目玉は何といっても、自衛隊を国防軍につくりかえることだ。

憲法改正を待つまで、自衛隊をどの国も持っている軍に、できるだけ近づけることをはかりたい。

まず、集団的自衛権の行使が内閣法制局の憲法解釈によって、禁じられてきたことだ。内閣の判断一つによって、改めることができる。自衛隊法も現実にそぐわない制約が多くて、軍として機能しない。

そして自衛隊員の階級や、兵科、装備などの擬い物の呼称を改めたい。

一佐、二佐、一尉、三尉、二等陸曹、陸士長という階級の呼称を、理解できる国民がどれだけいるものだろうか。

正解は、大佐、中佐、大尉、少尉、軍曹、上等兵だ。マスコミも、外国の軍人の階級については、旧軍の階級を用いているから分かりやすい。全国民に親しまれている、アニメの『ガンダム』をとっても、同じことだ。

国民が理解できる呼称に戻すことによって、自衛隊員の士気が向上する。

かつて自衛隊の創生期に、戦車は「特車」と呼ばれたが、いまでも砲兵は「特科」、歩兵は「普通科」のままだ。判じ物である。航空自衛隊の攻撃機は「対地支援機」だし、海上自衛隊の軍艦は「護衛艦」だ。

将校は「幹部」と、言い替えられている。マスコミが暴力団の幹部を呼ぶのにも、用いている。作戦は「運用」だし、戦闘服は「迷彩服」と呼ばれる。自衛隊の用語のなかに「兵」はもちろんのこと、「戦死」も存在していない。

自衛隊を偽軍としている例を、いくらでもあげることができる。自衛隊の任務が後ろめたいものだとして誤魔化すために、このような言い替えが行われてきた。

これでは自衛隊員が、胸を張ることができない。

戦後の日本は自らを騙して、敗戦を終戦、占領軍を進駐軍、平和憲法というように、現実から逃れるために、言葉を摩り替えてきた。

もっとも、言葉を快いものにするためにいい替えるのは、日本民族のお家芸であってきた。猪を山鯨といって堪能してきたし、兎は四つ足なのに、1羽1羽と数える。徳川幕府が葦原と呼ばれた、葦が群生していた埋立地に売春街を造った時に、葦原が「悪し原」に通じるので、吉原と命名した。

陸海空自衛隊の小林一佐といっても、ほとんどの国民が俳人を連想しよう。

小林一茶に、「其(そ)の場のがれの正月言葉など必ずのたまふまじきもの也(なり)」という句があるが、正月のあいだだけ験(げん)をかついで、耳に快い言葉にいい替えたものだった。

自衛隊の呼称を改めるのには、たいした予算を必要としない。7月の参院選で与党と友党が圧勝したら、ぜひ取り組んでほしい。

          <「頂門の一針」から転載>

2013年05月22日

◆中国、強まる“毛沢東の呪縛”

矢板 明夫


改革派経済学者の言論を記念日まで封殺

北京市と湖南省の共産党宣伝部が管理下にある各メディアに対し、毛沢東生誕120周年記念日(12月26日)まで、毛沢東の批判者として知られる改革派経済学者、茅于軾氏(84)を一切取り上げないよう通達を出していたとが、19日までに分かった。複数のメディア幹部が明らかにした。

反体制派ではない著名学者の言論封殺は近年では異例。習近平指導部による言論弾圧の一層の強化を示唆している。

複数の大手紙編集者によると、通達は5月中旬、党宣伝部の幹部が各メディア責任者に対し口頭で伝えた。19日現在、確認されたのは北京と湖南省だけだが、共産党中央宣伝部は全国に同様の指示を出した可能性がある。

保守路線を強めている習近平指導部は毛沢東生誕120周年にあわせ、毛沢東を持ち上げる一連の盛大なイベントを計画しており、茅氏への措置はその雰囲気作りのためとみられる。

中国国内の経済学者の中で大御所的な存在である茅氏はこれまで、中国社会科学院研究員や天則経済研究所所長などを歴任した。改革・開放初期に欧米の経験を国内に紹介し、中国の市場経済の推進に大きな役割を果たした。茅氏は現在も政治、福祉など経済以外の分野でも積極的に提言を行っている。

文化大革命(1966〜76)中に紅衛兵から激しい迫害を受けた経験があるため、文革を起こした毛沢東を批判する言論が多く「国と人民に大きな災いをもたらした毛沢東の肖像画がいまだに天安門楼上に掲げられ、みんなが毎日使うお札に印刷されていることは、茶番劇というほかない」との内容文章をインターネットで発表し、左派から「漢奸(国賊)」などと罵倒されたこともあった。

今年になってから、当局の意向を受けたとみられる毛沢東の支持者による茅氏への嫌がらせが急増しており、4月から5月にかけて、遼寧省、北京市などで予定されていた3つの講演が激しい妨害を受け、そのうち2つは中止に追い込まれた。

主催団体の関係者は「現場の警察官は妨害活動を黙認していた」と証言している。また、共産党機関紙、人民日報傘下の国際情報紙、環球時報は5月8日、茅氏を「中国主流政治思想への挑戦者」と批判する文章を載せた。

茅氏は自身のブログで、自宅への「嫌がらせや脅迫電話が増えている」と明らかにし、「学者として自分の意見は隠さない。私の文章にはすべて事実の裏付けがある」と記し、圧力に屈しない姿勢をみせている。

 産経ニュース 【北京=矢板明夫】2013.5.20 12:30

            <「頂門の一針」から転載>


2013年05月21日

◆反撃の時はいま

濱田  實


橋本発言の波紋を観察するに、相変わらずマスコミの偏向もさることながら、島国根性から抜け出れない政治家、保守側の貧相な言葉遣いに呆れる。

なぜ、海外からの攻撃に対して、すぐ安直で瑣末な議論・説明に乗ってしまうのか!瑣末な説明は、いくら巧みに言っても、それは彼らの土俵上での言い訳にしか受け取られない。それでは相対化されてお仕舞い。いつまでもこの西高東低の構図は変わらない。

もっと大局を見るべきではないか。もっと巨視的歴史を語れ。大東亜戦争の意義を堂々と語れ(政治家はそうはストレートにはいかないだろうが、民間は隠すことはない)。

中韓両国の、問題点と異質を徹底的に世界に発信せよ。ついでにチャイナ(中国という呼び名も止めるべき)の弱点は何か。

非近代文明国家、いびつな科挙社会の残滓、非民主主義独裁国家、異質な中華思想、近代の歴史で誇れるものが Nothing の国家 国家スキームは古代社会と変わっていない・・・・日本語という借り物で成り立っているエセ近代国家・・・人のいのちを、 いのちと思わない国 ・・・・歴史捏造国家・・・・いくらでもある。

科挙ということでは、かつて毛沢東は下放運動で科挙官僚、知識人の一斉放逐を行った。しかし、いつも間にか同じ構造が復活しているのが今のチャイナではなかろうか。

韓国はどうか。

典型的なチャイナの隷属国家、小中華主義が隷属(奴隷)国家の証拠、歴史捏造国家、日韓併合時の最貧相な国家はどこか?

世界にも稀なコンプレックスの塊、日本の批判、日本を辱めることでかろうじて成り立っている惨めな国家・韓国・・・幾らでもある。

近代はおろか、この国には建国以来、世界に誇るべき歴史はチャイナと同じく Nothing である。子供たちに、まともな歴史の事実を教えたら、国がもたない。

若者はみな自国を軽蔑し、世界に散って行くだろう。ゆえに、彼らは日本というオメデタイ国を未来永劫、辱めることによって、エセ国家を温存しようとしているのである。(偏った)文化的優越意識・・・ヴェトナム参戦で侵した厖大な性犯罪、今でも世界に対する多数の売春婦プロバイダー/この方面のチャンピオン⇒「ほっかむり」、

両国に共通することは、共に「世界のガン」的存在、・・・・情けない民族に成り下がっている(ただし、立派な人たちも居ることは忘れてはならない)。

さらには、慰安婦問題も南京問題も、ある時期、一斉に社会問題化されたということ。しかもその先導役を果たしたのが反日日本人であること。

(いま進行中の「夏淑琴裁判」も、火付け役は原告代理人となっている日本人弁護士H.Yとその左翼グル−プである)

日本は、こんな低劣国家と一緒にされてはかなわない。もっと言挙げして、怒らねばならない。(沈黙の弊は皇室問題でも現れている)。 

これだけ歴史の材料がありながら利用せずに、隣国からちょっと批判されると、すぐうなだれて、真面目に、誠実に言葉を返そうとする、これだけで負けである。なんという、この人の良さ、オメデタさ!

日本人はサッチャーの教訓を全く学んでいない。敗戦国といえども情けない。⇒「イギリスはインドに文明の光を与えたのです!」(サッチャー)・・と。 あまりの堂々たるスピーチに、インド人ジャーナリストは何も言えなかったという。

なぜ日本に、それができない! コンフリクトが怖いのだろう。この腰抜け日本人こそが占領軍に魂までも奪われた、なれの果ての姿ではないか。

「大東亜戦争」の意義を忘れたか!

日本の国土の110倍の植民地化された諸国を解放したのは、どこの国か! かつてバンドン会議宣言で「日本は独立の母」と称賛されたことを忘れている、なんともオメデタイ国である。

かつてアジア、アフリカなど、植民地時代 60数カ国あった世界が、いまや192カ国に増えている。この事実はいったい何か? 黒人オバマ氏がアメリカ大統領になれたのも、遠因は日本の「人種差別撤廃」の呼びかけと解放戦争あったればこそではなかったか。有体にいえば、そういうことである。

もちろん戦争を手放しで喜ぶわけには行かない。戦争は人間社会の迷いと迷いのぶつかり合いである。勝者も敗者もないともいえる。同時に敗者であり、勝者であるともいえる。戦争には負けたが、こと植民地(被人種差別)解放戦争では勝利したということもいえる。

歴史を紐解けば、当時、西洋白人国家の“人種差別”は酷かった。カラードピープルは人間ではなかった。それは会田雄ニの『アーロン収容所』を読めばよく解る。

日本の兵隊も白人女の前でさえイエローモンキー(=単なる動物)だった。この人種差別・白人中心主義の状況を打ち砕くには、矛盾論でいえば、日本の軍国主義も必要であったという意見もある(くらいである)。

だからといって、単純に聖戦だというほどの心臓はない。しかし人間、一寸の虫にも五分の魂という矜持だけは失ってはいけない。最低の精神論まで放擲すると、日本人が人間でなくなる。

大きな歴史を鳥瞰するなかで、壮大な人類進化のパノラマ劇が浮かんでこないだろうか。

日本人は何をうろたえている!うろたえることは、英霊310万柱に対して「あなたたちの死は犬死だった」と言うに等しい。なぜ素直にそう受け取れないのか。

大変悲しい戦争ではあったが、しかし小国日本がアメリカ帝國主義国と相まみえて互角に戦ったという事実は否定できない。

歴史の真実だ。この歴史的事実は未来永劫語り継がれ、消え去ることはない。世界文明の公共財となって行くだろう。その偉業は中韓両国にはない。

彼らは、世界史における日本の偉業を思い浮かべる度、世界史における歴史のパラダイムチェンジに自ら参画できなかった祖先の不甲斐なさを思う。

学問的な人間ほどそこにアンブバレントな屈折した感情が伴う。その感情をぶつける相手が、何でも(もの言わぬ)日本だとすれば、彼らの心根もさもしいが、言ここに至っては犯罪と断ずるべきではないか。下記を読んでも彼らの“情報隠し”は隠微であり徹底している。日本人はなぜ黙っている!

どなたかが紹介くださった、 「朝鮮日報」日本語電子版にある「『ヨーコの話』、米国で教材採択校が増加」というタイトルの記事が目に入った。読んで驚いた。

そこで読者のために「ヨーコの話」を朝鮮日報の記事から紹介する。「米国の小中学校で、日系米国人のヨーコ・カワシマ・ワトキンズ氏(83)が1986年に出版した自伝的小説『ヨーコの話』(原題: 『So Farfrom the Bamboo Grove』)を再び教材として採択する動きが広がっており、在米韓国人たちの間で対策を求める声が出ている」という。 

「同書は、日本の敗戦が濃厚になった1945 年、日本人高官の娘が家族と共に韓半島(朝鮮半島)を離れ日本に引き 揚げるまでの体験を描いた小説で,朝鮮人たちが帰国する日本人に強姦(ごうかん)や暴行を繰り返していたとの内容が描かれている」からだ。

その本は米国の小中学校で教材として使用されたが、在米韓国社会で使用禁止運動が起こり、一時、同本を 教材に使用する学校が減少したが、ここにきて再び増加する傾向が出てきたというのだ。

戦前日本の政治家には本ものの愛国者がいた。なぜか? 日本を一等国にしようとして、精神も充実していたからだ。今は国を利用しようという“生活議員”が国にも地方にも、与野党にもたむろしている。三島由紀夫が忌み嫌ったことは後者の姿勢である。

橋下、石原氏には程度の差こそあれ、それがある。橋下氏は未熟なところも多々あるが、今回の問題については「なぜ日本だけが?」という問題提起をした。これこそが慰安婦問題の「主要矛盾」である。

問題をその他の片言隻句にすり変えるべきではない。歴史認識において石原氏がはるかに優るが、茲は、我が国における一大反撃のときと思い、国家をあげて反撃に体制・仕組みをつくるべきだ。

この問題を、参議員選挙のためにと、姑息な収斂に回るべきではない。少なくとも民間レベルでは、明確な言葉を持って彼らを応援すべきであろう。

もうひとつの主要矛盾がある。

それはいま騒がれている問題は、そもそも戦争あったればこその問題だ。ならば、戦争全体の歴史を通観して語らねば複雑系は解らない。

前記のことを踏まえ、戦争関連でいえば、

1、彼らは日本が呼びかけた、国家としての近代化を拒否した国であること。

2.前項の関係でもあるが、我が国は中朝鮮と相計って、西欧帝国主義に対峙しようと呼びかけたが、我が国の意図を理解しようともせず、それどころか
 
彼らはこともあろうに、植民地帝国主義の外国勢力と手を結び、日本に歯向かおうとしていた(有色民族の裏切り)。

蒋介石政権はアメリカを利用し(=日本との戦争を“アメリカにやらせる”)、朝鮮は、何とシナとロシアに助けを求めた。

昭和18年6月、アメリカはデンヴァーの世論調査所の調査結果によれば、意見の6割までもが、「日本人はいつまでたっても、常に戦争を始める国民だ」と見ていると、こういうことが報道されている。比較的公正な意見は1割程度。これも宋美齢らによる日本を悪者とみる対アメリカ人プロパガンダが大きく影響しているのだろう。(当時の外務省も今と同じく、殆ど何もしていなかかったのだろう)

朝鮮の態度は身の程知らず・・・語るにしのびない。同じアジア解放戦争の共犯であるにも関わらず、白人に共犯者のレッテルをはられると、白人側に寝返った裏切り者であるとは、安濃豊氏の言葉。

「西洋帝國主義国の植民地と違い、日本の朝鮮統治は、未開の地に慈愛をもって当たるものであるといった西郷隆盛の理念が基底にある・・・我が国の“アジア主義”は、西洋の帝國主義とは違う」(石部勝彦氏)の言葉も真実であろう。

<彼らは戦勝国ではない!>

両国は日本が戦った直接の相手国ではない。しかし彼らは、戦勝国(連合国)気分で、様々な勝者特権を振りかざして今に至る。

それは偏った、狂ったとしか言いようのない 歴史的ルサンチマンのはけ口として、ひたすら日本を標的にしているのである。アメリカも、アメリカ人の無知をいいことに、これを利用している。

今後の日本の対応として総合すると、

1.日本は壮大な歴史を語れ・・・歴史の、世界の「主要矛盾」にこそ目を向けるべき。それにより、彼らのポイント攻撃(矮小攻撃)を撃破せよ。

(ポイントのみで対応すると、圧倒的な情報シャワーで相対化され、立場が不利になることもある。今までがその歴史である)

2.無いこと(軍の強制性)は「無い!」と明確に断言せよ!

3.吉田清治の名前をもっと天下にさらすべき

4.日本人特有の「些事対応に熱心」から脱却せよ。この姿勢は今と変わらない。

「状況適応主義」 「対症療法」に通じる。・・・・「巨視」に目を向けよ。

5.中韓は、共にウソ情報を世界中にばら撒き、不安定な自らの国を支えようとしている。それが止まず、ますます増長を加えてきたのは、“ある時期”からであることに注目すべきである。

そこに「政治性」があることを見抜くべきである。ところが、それを見抜けない過去政権の「事なかれ主義」「後回し主義」が禍して彼らを増長させた。彼らは“反撃しない日本の弱さ”を、そこに見たのである。

そして、彼らは日本をして「世界の特殊異端性狂国家」という印象操作を、堂々と繰り返している。 堂々と!・・・・だある。

6.橋本氏の意図をあまり矮小化しないほうがよい。

彼の歴史認識は貧弱だが、弁護士精神である秤の精神で「なぜ日本だけが一方的に」を問題提起している。風俗発言は言葉の弾みだけのこと。

橋本氏は歴史認識が乏しいならば、事前に石原氏、平沼氏、西村氏らに教えを請うてから発言すべきである。

こんなところで、地方議員としての国際性の乏しさを発揮することなかれ。

元慰安婦との会見も、また安直な反応を示して、動議を醸すのではないかと、正直危惧する。

他にも言いたいこともありますが、皆様の言いたいことをまとめてみました。
           以上
         <「頂門の一針」から転載> 


2013年05月20日

◆日本維新の会の支持が急落

古澤 襄


各紙が世論調査を実施したが、いずれも日本維新の会の支持が急落、橋下徹共同代表(大阪市長)の慰安婦発言で党勢の失速を示す結果が浮き彫りとなった。

維新離れした層の行方だが、支持政党の内訳でみると自民党やみんなの党には流れておらず、支持政党なしの無党派層が増えている。

<毎日新聞は18、19両日、全国世論調査を実施した。旧日本軍の従軍慰安婦制度が「必要だった」とした日本維新の会の橋下徹共同代表(大阪市長)の発言について71%が「妥当でない」と回答し、「妥当だ」の21%を大きく上回った。

維新の政党支持率は前回調査(4月20、21日)の7%から4%に急落。参院選比例代表で維新に投票するとの回答も前回の11%から5%に半減し、橋下氏の発言による党勢の失速を示す結果となった。

橋下氏の発言の評価を男女別で見ると、男性の70%、女性の72%が「妥当でない」と回答し、性別に関係なく反発が強かった。

◇安倍内閣支持、横ばい66%

安倍内閣の支持率は前回から横ばいの66%。歴史認識問題では安倍晋三首相や自民党の高市早苗政調会長の発言が野党などから批判されたが、自民党の政党支持率も38%(前回39%)とほぼ変わらなかった。

維新の支持率は昨年12月の衆院選直後の世論調査で民主党を上回って以降、自民党に次ぐ2位の座を守ってきたが、半年ぶりに陥落した。男女別では男性6%(前回10%)、女性2%(前回5%)となり、女性の維新離れが特に激しい。ただ、他党の支持率も民主5%、みんな4%、公明4%、共産2%と横ばいで、支持政党なしの無党派層が4ポイント増の36%となった。

参院選比例代表の投票先でも、質問を始めた2月から3カ月続けて維新が2位だったが、今回は民主、みんな両党の6%を下回る4位に後退した。自民党は前回比3ポイント減の41%だった。

参院選後は憲法改正での自民党と維新の協力が取りざたされる。世論調査では、改憲へ向けて両党が連立政権を組むことへの賛否も質問。反対が過半数の58%で、賛成は32%にとどまった。安倍内閣の支持層でも53%が反対と回答した。(毎日)>

<「頂門の一針」から転載>

2013年05月19日

◆日本右傾化論への“弁明”法

黒田 勝弘


 “アベちゃん”のおかげでこちらも大忙しだ。安倍晋三首相の発言が出るたびに韓国のメディアに呼び出され、弁明や反論をさせられているので他人とは思えない。韓国メディアがいうところの同じ「日本の極右」のよしみから“アベちゃん”と呼ばせてもらう。

今回の韓国の反日は閣僚や国会議員の靖国神社参拝に対する反発から始まり、憲法改正問題や村山談話にかかわる歴史認識などで広がった。

昨年、李明博大統領(当時)の竹島上陸や「天皇謝罪要求発言」で日本世論の激しい反発を受け守勢に回っていた韓国が、ここぞと巻き返しに出ているのだ。

テレビ、ラジオのインタビューや討論に呼ばれて分かったのだが、靖国問題や憲法改正問題への反論や弁明はそれほど難しくない。靖国問題ではいわゆるA級戦犯の合祀(ごうし)を決まって追及してくるが、これに対してはA級、B級、C級合わせ約1千人が合祀されている。

彼らは刑死ですでに罪をあがなっている、国のために殉じた人の霊をまつるのは当然ではないか、日本では「死ねばみな仏」という、韓国人も日本人の国民感情をもっと理解してはどうか…これでだいたいOKである。

憲法改正問題も「普通の国家になるため自前の憲法を作るのだ」という「普通の国家」論で十分対抗できる。韓国人の多くは今の日本の憲法が米国の手でつくられ、軍隊も持てず交戦権もないことなど知らない。マスコミの扇動で「改憲すれば軍国主義になる」とだけ思い込まされているのだ。

しきりに非難される「右傾化」論もそうだ。「右傾化ではなく正常化です。憲法は自分たちで作り、自分の国は自分で守れるよう韓国のような“普通の国”になりたいということですよ」と反論すればそれでおしまいだ。

慰安婦問題でも「日本は何もしていない!」と追及されるが、日本はすでに官民共同の「アジア女性基金」で61人の元慰安婦に償い金を手渡し首相のおわびの手紙も出していることなど、ほとんど知られていない。こんな話を紹介するだけで討論の幅は広がる。

やっかいなのは村山談話問題だ。安倍発言に対し韓国では「侵略否定発言」として官民挙げて非難キャンペーンが展開されているため「過去の戦争を美化するのか、安倍の真意は何か、クロダ記者はどう思うか?」とくる。

「たしかに侵略の定義は立場によって異なる。ベトナム戦争参戦の韓国もあれを侵略戦争とはいわない。日本の大東亜戦争には東南アジアをヨーロッパの植民地支配から解放した効果もあり、日本人の間には過去を侵略一辺倒で語られることに不満の見方がある。

安倍首相は、村山談話否定というより過去の歴史について彼なりの談話を出したいようだから、もうちょっと見守ってはどうか」−弁明としてはこんなあたりが精いっぱいである。

それにしても韓国は毎日、日本、日本、日本である。一般の普通の人はもうそんなに日本、日本、日本じゃないのにメディアだけが“日本離れ”できず意地になって反日をやっている。ただ相手は李朝時代の“党争”をはじめ、激烈な論争体質を持つ民族である。揚げ足を取られないよう発言には注意した方がいい。

ソウル駐在特別記者・ 【から(韓)くに便り】
産経ニュース2013.5.19 03:16

<「頂門の一針」から転載>

◆岡本綾子の「私の履歴書」

馬場 伯明


日本経済新聞の最終面(文化欄)には人気の「私の履歴書」の連載がある。1956(昭和31)年3月1日から始まり57年を超える長寿の読み物である。

2013/5/15現在掲載者総数は764人(765回・松下幸之助:2回)。当初は1ヶ月に29〜13人。その後1人1ヶ月が定着している。

岡本綾子(62歳。以下「岡本さん」)が2013/5/1から「私の履歴書」に登場した。ゴルファーでは、ジャック・ニクラウス(2006/2)、青木功(2010/2)に続く3人目だ。

連載はすでに5月半ばにさしかかった。文句なしにおもしろい。毎朝引き込まれてしまう。「だんだんよくなる法華の太鼓!」だ。

新聞の性質上対象者は経済界の人が多い。男性総数724人、内男性スポーツ競技者25人。女性総数40人、女性スポーツ競技者は岡本さんが第1号である。(このお宝♪読まなきゃ、損々〜)

岡本さんの顕著な成績は知られている。今回の「私の履歴書」では本人が初めて語る話もあるようだ。前半で私がおもしろいと感じとくに注目したのは、樋口久子(67歳。以下「樋口さん」)とのやり取りである。

樋口さんは斯界の重鎮である。ゴルフの成績も凄いが日本の女子プロゴルフ協会を率い、(前)会長として低迷していた協会の再建を指揮した。その功績は絶大なものである。

岡本さんは、先輩の樋口さんに少し甘えながらも、ちくちく絡み、意識しながら書いているように思われた。いくつかを抜き書きする。

「(マージャンでは)樋口さんとも卓を囲んだ。考える時間がちょっと長い樋口さんに『プレーはちゃっちゃやるのに、マージャンは遅いわ』と軽口をたたいたこともある。(5/12)」

「プロテストの再挑戦は(1975年)10月18日。樋口久子さんに初めて会ったのはその前日のことだ。名前を聞いたことがある程度だったが、澄んだ目は眼光鋭く、一目見ただけで『あっ、この人は違うな』と思った。
(5/10)」 

岡本さんは端から樋口さんを強く意識していたことがわる。しかし(樋口さんの)「名前を聞いたことがある程度だったが」とは恐れ入るなあ。

「プロ初優勝は(1975年)11月15日、美津濃トーナメント〈千葉〉である。私は樋口久子さん、大迫たつ子さんと最終組でプレーした。その試合はギャラリーもロープ内に入れ、ケガで欠場した小林法子さんが樋口さん、大迫さんと並んで、私の5、6歩先を歩いていた。

すると樋口さんが聞こえよがしに、2人に『岡本って、飛ぶ、飛ぶと言われるけど(大迫)たっちゃんより飛ばないじゃん』。これも駆け引きの一つなのだろうが、ちょっとびっくりした。(5/11)」

「ホールアウト後、『握手するところを撮らせて』と言われたが、樋口さんはカメラマンに向かって『嫌よ、なんで握手しなきゃいけないのよ』。結局、握手を交わすのだが、あの言葉は強く印象に残っている。(5/11)」

数年後。「ドライバーショットは、飛ばし屋の大迫さんより10ヤード先に。女王の樋口久子さんと一緒に回ると、最低30ヤードは先を行った。彼女のランで転がったボールを、キャリーで越す。(5/14)」状態になった。

ふんふん、岡本さんの「言うた者(もん)勝ち」である。樋口さんは今頃種々公開されても苦笑するしかない。反論する術がない。「私の履歴書」が今後回ってくるかどうかもわからないし・・。

「(77年4月、ワールドレディスの18番で)私はアプローチを1メートルほどに寄せパー、樋口さんは3パットのボギーだ。樋口さんがパーパットを外して優勝が決まった瞬間、私は思わずガッツポーズをした。

ところが翌日の新聞に写真が載ると非難囂々。『人のミスを喜んで』とプロ仲間やマスコミにたたかれた。・・・弁解するとよからぬ方向に行きそうだから、傷ついたけどぐっと我慢。(それ以降)私は余計に喜怒哀楽を出さないように心がけた。(5/12)」

無口で口下手の岡本さん。一匹(♀)狼になるっきゃないと、そこで深く自覚し、米国行きを決意したのではないか。

「この年(1981年)は28戦して・・・10月の山陽クイーンズ(岡山)のプレーオフ優勝まで8勝を積みあげた。獲得賞金3233万円余り。日本の女子プロ初の3000万円プレーヤーになり、初の賞金女王のタイトルをつかんだ」(5/14)

ところで、山陽クイーンズは私の勤務会社がスポンサーの1社となり、その関係会社が所有する赤坂カントリークラブ(岡山県)で開催された。

岡本さんを追いかけた。1番ホール。堂々たる腰(お尻)だ。間近のギャラリーから驚きの声が洩れた。「ぼっけえ、きょうてえ。でっけえ。(とても、怖い。大きい)。(日焼けで)顔も真っ黒けのけえ」。

2番ホールは打ちおろしの右直角ドッグレッグの400ヤード。ショートカットの豪打・・。高い松林の上空からボールがグリーン際へ落ちてきた。

17番は谷越えホールで561ヤード。緩やかな左へS字状の打ちおろしの名物ホール(パー5)である。岡本さんは2オン(同然)で楽々バーディ。

当時のクラブはパーシモン(木製)でボールは糸巻きなのに桁外れの飛距離だった。18番ホールのプレーオフで吉川なよ子の連覇を阻んだ。

この大会には磯村まさ子という長身で美人の選手がいた。21歳、170cm。プロアマ戦で同伴した会社の幹部が「女子プロには『◎』のような人が多いが彼女で変わる」と嬉しそうに言った。だが、磯村さんは早目に結婚し大成することなく第一線から消えた。

世界中で最も美しいと言われた岡本さんのスイングである。安定した土台で、ゆったりしたテイクバックからフィニッシュまでまったく力みがない。しかし、鋭い腰の切れでヘッドが走りボールはぐ〜んと飛んでいく。

功成り名を遂げた岡本さんだが、今は生まれ故郷の東広島市(旧安芸津町)の終の棲家に愛犬と同居し、野菜を作り「半農半ゴルフ」の日々だという。その合間に後輩の女子プロらを教えているらしい。

今、女子プロゴルフ界で岡本綾子門下生が話題になっている。岡本さんの教えを受けた女子プロが、次々と優勝しまた上位に食い込んでいる。直近の5/12にも森田理香子が3日目首位、最終3位になった。

秋に広島へ行く。目的は、仲間と旅行、広島カープ応援、本誌投稿者(故)中村忠之さんの仏前へのお参り。本稿の縁で、岡本さんにワンポイント助言を貰えたら最高だが! 即、畑仕事を精一杯手伝わなきゃ(笑)。

私はゴルフ歴約40年。長いのが取り柄だ。公式ハンディキャップは最高で12。80未満のスコアも何回かは出した。20年前にグロス39:38でホームコースのハンディ戦のコンペで優勝したこともある。

ところがトホホ! 昨日5/14はあるコンペで、岡本さんの真似でゆったり振ろうとしたが、成績はメタメタ。じつは、これまでも何回も何回もそうしてきたのだ(笑)。次の5/26の長崎県でのコンペで再挑戦したい。

岡本さんは右打ち(ゴルフ)であっても、優勝ボールはギャラリーへ黄金の左腕(ソフトボール)で投げていた。今回、「私の履歴書」という直球を「さあ、どうしますか」と広い世間へ投げ込んできた。

「樋口さんからは『行きたいなら行ったほうがいい。後悔するから』と後押しされた。(5/15)」樋口さんは米ツアー本格参戦を応援してくれていたのである。

しかし「(1981年)10月に協会に休会届けを提出すると『アヤコは日本を捨てた』とマスコミに取り沙汰され、すったもんだ。(5/15)」となる。

ともあれ「私の履歴書」のアウトコース(5/1〜5/15)は終了した。さあ、米ツアーのインコース(5/16〜31)ではどんな「ショット」が飛び出すか、後半月、興味しんしんである。

「私の履歴書」の場は、岡本さんの晴れ舞台である。岡本さん、がんがん、飛ばしてください。
(2013/5/15千葉市在住)

<「頂門の一針」から転載>

2013年05月18日

◆橋下流は「賞味期限切れ」か

鹿間 孝一


「橋下さんって、本当はどういう人ですか」。私たちは、よくそうした質問を受ける。実際には「よくわからない」というのが正直なところである。

よく言えば、「本音の政治家」、あえて言えば、膨大な「本音」を発信し続けるがゆえに、「本当は何が本音なのか」「本音の向こうが見えにくい政治家」のような気もするのである。

以上は、大阪府知事時代から橋下徹大阪市長(日本維新の会共同代表)を間近で取材してきた大阪社会部記者たちがまとめた「橋下語録」(産経新聞出版発行)のまえがきである。

膨大な「本音」は、定例の記者会見のほか、朝夕に記者たちが取り囲んでの“ぶらさがり”、テレビ出演、そしてツイッターで発信される。付け加えると、会見や“ぶらさがり”は市長と政党代表の立場を区別して行われる。

これほど発言する政治家は珍しい。しかも、注目度が高くニュースになるから、一言一句、聞きもらすわけにはいかない。

慰安婦発言は13日午前の“ぶらさがり”で飛び出した。記者から安倍晋三首相の「侵略の定義は定まっていない」との発言に対する見解を問われて、「首相が言われている通りだ」と述べた後、唐突に慰安婦制度に触れた。

言いたかったのは「暴行、脅迫して拉致した事実は裏付けられていない」「違うところは違うと言わなければいけない」だと推察するが、「精神的に高ぶっている猛者集団に慰安婦制度が必要なのは誰だってわかる」という表現が刺激的で、メディアはこぞって取り上げ、内外に波紋を広げた。

さらに同日午後に「沖縄の在日米軍は風俗業の活用を」と発言して、火に油を注いだ。

本稿は橋下発言そのものではなく、橋下流の手法を考えたい。

橋下氏は翌14日は公務がなかったので市役所には登庁せず、ツイッターを30回以上更新して、持論、あるいは反論を展開した。ツイッター(twitter)は短文投稿サイトで「つぶやき」と訳されるが、英語では「鳥のさえずり」「興奮してしゃべりまくる」である。

ちぎっては投げで、野球に例えるなら、狙いすましたコントロールよりも相手をのけ反らせる剛速球だ。仮想敵を設定してケンカを売るのが橋下流で、その過激さが人気の源泉になっているが、今回に限っては裏目に出たのではないか。「本音」であり「持論」であるからこそ、慎重に言葉を選ぶべきだった。

結局、持論は撤回しないものの、「在日米軍の風俗業活用」は「国際感覚がなかった」と反省を口にした。一連の発言が反発を招いて、他党との選挙協力など日本維新の会の参院選戦略も見直しを余儀なくされそうだ。

一方、今回の問題とは直接は関係ないが、市長として公約していた大阪市営地下鉄の民営化や府市の水道事業の統合も思惑通りには進んでいない。

橋下流は軌道修正が必要ではないか。自身「あと数年たてば、賞味期限切れになる」と語っていたが、現実になるのは意外に早いかもしれない。
                          (論説委員)
産経ニュース【一筆多論】2013.5.18 11:05

<「頂門の一針」から転載>

◆最速スパコンで何をする

平井 修一


5月14日は真夏のような日射しだった。季節の変わり目は変人が出やすいが、左手にケータイ(or スマホ)、右手にアイスキャンディを持ち、手放しで自転車に乗っているスーツ姿のバカがいた。技術が発展しようがGDPが上向こうが、人間のオツムは向上しないし、幸福になったという話も聞かない。ただ忙しくなった、精神的に貧しくなっただけである。

科学音痴の小生には以下の記事を見ても「だからどうなんだ、幸せになれるのか、少しは利口になれるのか」と思ってしまう。

<「京」の100倍 最速スパコン 文科省、7年後稼働目指す

文部科学省の有識者会議は8日、理化学研究所のスーパーコンピューター「京(けい)」の100倍の性能を持つ次世代スパコンを開発する計画をまとめた。

来年度から開発に着手し、平成32年ごろに稼働させる。計算速度の世界一奪還を目指して総額1千億円規模の開発費を投じる方針だ。

スパコンは研究開発の期間や費用、大規模シミュレーションの解析精度などを左右するため、最先端の研究や製品開発に欠かせない。日本が高度な研究水準と産業競争力を維持していくには、常に世界最高の性能が要求される。

次世代スパコンは毎秒1エクサ(100京)回の性能を目指す。開発費は京の1110億円と同水準を目安にしている。

計画通りの高性能が実現すれば、地震や津波による被害予測の精度が飛躍的に向上するため、文科省は防災分野への活用に大きな期待を寄せる。産業用途でも新素材開発や創薬など幅広い分野に応用できる>(産経2013.5.8)

最速スパコンで天災がなくなるわけではないし、創薬でこれ以上長生きしたところで迷惑なだけである。スパコン開発者、研究者が1000億円を懐に入れて多少幸せになるくらいで、国民のメリットなんて多分ありはしない。

パソコンもケータイもない時代は今よりはるかに幸せだった。飛行機や新幹線がない時代は皆のんびり出張していた。技術の進歩なんてない方がよ
ほどいい。

「出来てしまったものは出来ない昔には戻れない」と山本夏彦翁は言うが、今の技術がない時代に最早戻れないのであれば、少なくとも「技術の進歩=幸福」なんて嘘っぱちだと思うくらいの知恵は持っていた方がいいのではないか。

日本のこの100年を振り返っても、良かったのは飢えがなくなったことくらいである。それは先人の努力によるもので、パソコンのお陰ではない。スパコンが飢えの駆逐以上の貢献をするのかどうか。

所詮「世はいかさま」(夏彦翁)で、マスコミが囃し立てるものは大体がいかさまである。彼らは、今や押し入れの隅に眠っている「全自動餅つき機」を称賛していた。

一事が万事そんなもので、1000億円のスパコンも完成すれば1年もたたずに旧式になり、また1000億円寄こせとなるのだろう。冒頭のように手放しで自転車に乗るバカやらスマホ中毒がいるのだから民度の低さはいかんともしがたく、何を言っても蛙の面に小便、多分ダメ&ムダだろう。満つれば欠けるのが世の習いで、日本も欧米先進国も「技術大国=幸福小国」になるばかりだろう。

<「頂門の一針」から転載>