2013年03月31日

◆好調安倍政権、課題は国防力と情報力

櫻井 よしこ


国民がどれだけ自主独立のまともな国を欲しているかが、安倍晋三首相への高い支持率に反映されている。

政府主催で3月11日に行われた東日本大震災2周年の追悼式典で、安倍自民党は国名を読み上げる指名献花の列に台湾を加えた。1000年に1度といわれるあの災害に襲われた日本に、国民総がかりでどの国よりも多大な援助をしてくれた台湾に感謝を伝えるのは、日本国民全員にとって、本当に当然のことだった。

だが、民主党政権は中国の思惑を気にする余り、大震災から1年後の追悼式典で台湾に指名献花を許さなかった。この非礼を国民の多くは我がこととして恥じた。

日本国と日本人を恥ずべき不名誉な立場に置いた民主党政権に、どれほど多くの人が憤ったことか。そうした憤りと、この国は中国の気に入らないことは何ひとつ出来ないのではないかという憂いが、今年の式典で漸く晴れたのである。安倍政権への信頼が高まる強力な要素であろう。

中国政府は無論ひどく反発し、「追悼式で台湾の関係者を外交使節や国際機構と同等に扱った」、「日本のすべての行いに強烈な不満と抗議を表す」との談話を発表して、式典を急遽欠席した。これは予想の範囲内であるし、中国の独善にすぎる価値観に私たちが合わせる必要はないのである。

14日には安倍首相がスリランカのラジャパクサ大統領に「中国の海洋活動活発化は地域の共通の懸念事項だ。力を背景とした現状変更の試みには冷静かつ毅然と対応する」と発言した。

軍事戦略上、非常に大きな意味をもつハンバントータの港を中国の援助で整備してもらったスリランカの指導者に、中国の海洋侵出を地域に共通する懸念として説明し、日本は毅然と対処するとの発言には主権国家としての、地域全体を見た戦略が反映されている。

中国はインド洋でインド包囲網を築きつつあり、その要の軍港のひとつがハンバントータなのである。

■戦争に打ち勝てる強い軍

対して、習近平氏は17日、中国全国人民代表大(全人代)の閉幕式で国家主席として初めての演説をした。そこには穏やかならざる表現が並んでいる。

習主席は、軍に対して「戦争に打ち勝てる強い軍にするとの目標に基づき、国家主権や安全、発展がもたらす利益を断固守り抜かねばならない」と語ったのである。

中国の歩みは「平和的発展」だという表現も忘れてはいないが、主席としての初演説で「戦争」という言葉を真っ正面から用いたことに、警戒心を抱かざるを得ない。

中国共産党自体がどれほど追い詰められているか、その反動としてどれほど強硬な政策に走り得るかということが、習氏が演説にちりばめた語彙からも見えてくる。

「中国の夢」、「愛国主義」、「民族精神」、「興国の魂」、「強国の気魄」、「中国の道」など、ナショナリズムを鼓舞する言葉が繰り返し使われている。そうした言葉を「戦争に打ち勝てる強い軍」と重ね合わせると、対外強硬策、とりわけ尖閣諸島と東シナ海問題を抱える日本に対する強硬策が想像される。

すでに中国国家測量地理情報局は3月8日、尖閣諸島の測量を行うとの意図を明らかにしている。中国の国家公務員がわが国領土に上陸して測量を行う。即ち、公然たる主権侵害を予告したととってよいだろう。

こうした強硬策を可能にするために、中国は軍事費の大幅増にとどまらず、海洋戦力の強化に努めてきた。たとえば中国国家海洋局は2020年までに監視船を、11年の280隻から560隻に、海洋監視隊を9000人から1万6000人体制にほぼ倍増中である。

対して安倍政権は日米関係の緊密化を以て、対策の第一歩とした。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への交渉参加表明がその一例である。TPP担当相となった甘利明氏は17日、TPPについて、「アジア太平洋から東アジアに向けての安定化要因になっていく。安全保障の役割も果たし、東アジアの不安定要因を取り除く新しいルールづくりになる」と述べた。

TPPが経済を超えて、民主的な国々の共通ルールの枠組みとなり、中国に対して抑止力を発揮していくのは明らかである。日米両国だけで世界のGDPの約3割を占める。

TPP参加国すべてを合わせれば約4割を占める経済圏が安全保障上、非常に大きな力を保有するに至るのは当然である。そのことを国民が感じとっているからこそ、たとえば「読売新聞」の調査で、TPP交渉参加表明を60%の人々が支持し、安倍内閣への支持率は72%に上昇した。経済成長戦略のみならず、対中国戦略としてのTPPが支持されていると考えてよいだろう。

日米安保条約の緊密化は中国を念頭におけば必須である。インド及びアジア太平洋諸国との、海上保安庁、海上自衛隊を通しての協力関係の構築に象徴される国防体制の形成も同様だ。しかし、日本にとって肝心なのは、何よりも自主独立の精神を形にしてみせることである。

■情報機関の喪失

日本が戦後失った国家機能に、国防力がある。まず、国軍の再生を目指し、国防能力を強化することが求められる。集団的自衛権の行使に踏み込むことは、一歩前進ではあるが、しかし、自衛隊を警察官職務執行法で縛ったまま、集団的自衛権に踏み込むことは、現場での行動基準を今よりさらに複雑化することになる。

いわゆるポジティブリストを新たに増やす結果になるのだ。ルールの複雑化を避けるためにも、自衛権を個別的と集団的とに分ける、日本の特異な国防の壁も打破すべきだ。憲法改正を具体的に論ずることが求められる。

もうひとつ、戦後の日本が失った機能が情報力、情報機関である。

情報機関というと、おどろおどろしいイメージを描く人は少なくないだろう。しかし、まともな国はどれも皆、情報機関をもち、日々、情報力を高める努力をしている。

横田めぐみさんや増元るみ子さんはなぜ拉致されたのかを考えれば、情報機関を喪失したことによって日本国民が受けている被害の深刻さがわかるはずだ。北朝鮮の工作員の動向さえ把握していれば、拉致事件があれほど立て続けに発生することはなかったと思えるからだ。

拉致に限らず、日本の運命を決する情報戦に敗れるわけにはいかないのだ。情報機関の再生は容易ではないが、兎も角もその一歩を踏み出し、月日がかかっても情報に秀でた国作りを目指さなければならない。国民が安倍政権に求めているのは、このような国家として当然の基盤を備えた普通の民主主義国に日本を仕立て上げていくことである。(週刊新潮)

<「頂門の一針」から転載>

2013年03月30日

◆沖縄に住む?小沢一郎氏の別荘

古澤 襄


<生活の党の小沢一郎代表(70)が、沖縄県宜野座村(ぎのざそん)に所有している土地に、「太平洋を一望できる豪華別荘を建築している」という情報が入った。

地元では評判になっており、夕刊フジは外観を撮影した写真も入手した。小沢氏はかつて、「老後に(沖縄に)住みたい」と発言している。今年夏の参院選に向けて、小沢氏は着々と動き出しているが、故郷・岩手県から遠く離れた南の島に別荘を建てる真意とは。 

沖縄本島の玄関である那覇空港から自動車で約2時間、政府が米軍普天間飛行場の移設先に想定する名護市辺野古から南に約9キロ。本島中部の東海岸に、エメラルドグリーンの海と白い砂浜が印象的なリゾート地がある。その海岸近くの岬の先端に、建設中の建物とクレーン車が見える。

沖縄を訪れたジャーナリストは、「宜野座村に、小沢さんが別荘をつくっている」との話を聞き、さっそく向かったという。登記簿によると、一帯は、2005年に小沢氏が入手した約5200平方メートルの「原野」だった。

畑の間を抜け、墓地に至る舗装道路を過ぎ、草木が両側に茂った未舗装道路を数百メートル走ると、出入りを禁じる柵もないまま、いきなり建設現場にたどり着いた。高級感漂う平屋の建物はほぼ完成しており、4、5人の作業員が内装や植樹を行っているのが見えたという。

夕刊フジの取材に対し、地元の不動産関係者が語る。

「ビーチを見下ろせる場所にはプールもあり、植栽として沖縄三味線などに使う黒檀(こくたん)も植えられているようだ。建築は数カ月前から始まっており、『4月に引き渡し』といわれている。土地代で約5000万円、原野を切り開いて建てているので、生活インフラ整備も含めて建物代は5000万円は下らないでしょう」

宜野座村役場に所有者を問い合わせると、「建物が建設中であることは知っているが、個人情報でいえない」(建築課)と返答。ただ、同村関係者は「小沢先生の秘書がビーチの景観を懸念して役場に相談にきた。『別荘にしたい』と話していた」と証言した。漁業組合関係者も「村では『小沢さんが来る』と話題になっている」と語った。

この土地について、小沢氏は昨年1月10日、陸山会裁判の被告人質問で「老後に住みたいと思って購入した」と証言している。小沢氏は「釣り好き」として知られる。沖縄で釣りといえば、カジキやシイラなどを狙うトローリングが有名だが、同村でも「アジやイカ釣りを楽しめる」(産業振興課)。

小沢氏は現在、「国民生活を立て直す」「原発ゼロで経済成長を実現する」などの政策を掲げる生活の党を率いて、今年夏の参院選での勝利を目指して日々活動している。ただ、国会議員生活も43年を超えて、その後の「自分の生活」も考えているのか。

夕刊フジは25日午後、小沢氏の議員会館事務所に、別荘建築の経緯や用途などを尋ねる質問状をファクスで送った。返答がないため、数回にわたって電話で問い合わせたところ、「留守番」と名乗る男性は「名前はいえないが上の者に質問状を渡してある。返答がないなら『答えない』ということだ」と語った。(夕刊フジ)>

<「頂門の一針」から転載>

2013年03月29日

◆防衛予算増のできない臆病日本

加瀬 英明


「チュテンティエニャオプトンチン(遮天鉄鳥撲東京)! クシュサントウヤンハンチ(富士山頭揚漢旗)!」

「東京の上空をわが空軍機が覆い、富士山頂上に漢旗(五星紅旗)を高く掲げる!」

人民解放軍の軍歌だ。昨年末に、中国のネットに載った。「東京大爆炸(トンチンタパオチャ)」(東京大爆撃)が、今年の春節(旧正月)で、北京でもっとも売れた爆竹の商品名だ。

安倍政権はそれでも「冷静に」対応しようと、大人(おとな)の態度をもって臨んでいる。国民として、反対する者はあるまい。

 安倍政権の再発足により11年振りに、防衛予算が微増されることになった。といっても、僅か351億円である。

安倍新内閣の2月の第1回日米首脳会談は、上出来だった。

安倍首相はオバマ大統領に、アメリカはアジア重視戦略をとるようになったが、「強い日本」を必要とすると、述べた。喝采したい。

だが、オバマ政権第2期目のアメリカの世界戦略は、すべてにわたって及び腰だ。すでにイラクから撤兵し、来年末までにアフガニスタンからも撤収する。テロリズムに対する戦いは、中東からアフリカ大陸にわたって、ドローン(無人機)が主役を演じる。

私はワシントンに通っているが、国防総省があるペンタゴン・シティに、ペンタゴンの内部からドローンを操作して、遠く中東、アフリカを攻撃する要員が、仕事を終えると立ち寄って、寛ぐバーがある。軍靴(ブーツ)で現地を踏むよりは、安上りで、気楽だ。

アメリカは向こう10年で連邦予算を、1兆2000億ドル(約108兆円)も削減しなければならない。ちょうど半分が、国防費だ。このなかで、日本列島も守らなければならない。

オバマ政権は「エイシアン・ピボット」(アジア重視戦略)のもとで、2020年までにアメリカ海軍力の60パーセントを、太平洋に集中することになっている。だが、これまで7つの海を制してきた、アメリカ海軍の戦力が弱まってゆく。

諸国が国防費を、大幅に増加している。中国の脅威が募るなかで、アジアで過去10年をとれば、インドネシアが国防予算を3倍にし、タイが3分の2、韓国とオーストラリアが、50パーセントも増している。

そのかたわら「強い日本」を目指すという、わが国はどうなのだろうか。平成14年に防衛予算が4兆9000億円でピークに達したが、今回、ようやく4兆7000億円にまで戻った。防衛省は「一気に引き上げられた」というが、とうてい「一気」とはいえまい。

防衛費を微増することが、「冷静に」向かいあうことなのだろうか。

恐ろしいことを正視できないから、目を瞑ろうとするのだろうか。いつから、日本はそんなに臆病な国になってしまったのか。

一日も早く、戦争ができる軍隊を持たねばならない。

自衛隊は、軍隊として機能できない。私が福田赳夫内閣で防衛庁にいわれて、安保研究所の理事長をつとめた時に、丸山昴事務次官が記者会見で、「かりに北陸海岸に北朝鮮軍が上陸し、すぐわきに陸上自衛隊駐屯地があって、まだ、防衛出勤命令が発せられなかった場合に、部隊として、どうすればよいでしようか?」と、質問された。丸山次官は「逃げ
るほかない」と、答えた。

今でも、この状況は変わっていない。

         <「頂門の一針」から転載>

◆尖閣防衛を放棄した民主党政権

古森 義久


民主党の野田政権が尖閣諸島近くの日本領海に侵入してくる中国艦艇にわが海上自衛隊の艦艇を近づけさせない命令を出していたそうです。

この措置は主権国家の領土や領海の防衛の放棄に等しいといえます。時間が過ぎてしまいましたが、この問題はぜひとも一度、取り上げたいと思っていました。                      

<<「中国刺激するな」 野田政権の尖閣での消極姿勢また判明>>

昨年9月11日の尖閣諸島(沖縄県)の国有化後、周辺海域で挑発を繰り返す中国海軍艦艇への対処について、野田佳彦前政権が中国に過度な配慮をし た指示を出していたことが4日、分かった。

海自艦艇は中国軍艦と15カイリ(約28キロ)の距離を置き、中国側が近づくと後退するよう命じていたほか、領海侵犯の恐れがあっても先回りして警戒するのを禁じた。複数の政府関係者によると、こうした指示を出したのは岡田克也前副総理が中心だったという。

国有化以降、中国海軍艦艇が尖閣北方海域に常時展開するようになった。これを受け昨年10月3日、当時の野田首相は岡田氏や藤村修官房長官、玄葉光一郎外相、森本敏防衛相を集め尖閣に関する関係閣僚会議を開き、対応を協議した。

政府関係者によると、その際、岡田氏は「中国を刺激しないように」と発言。中国軍艦に海自艦艇を15カイリ以内に近づかせないことも求めた。この距離では目視は困難でレーダーによる監視に頼らざるを得ず、領海侵犯を未然に防ぐための措置も遅れかねない。

岡田氏は次いで、中国軍艦の領海侵犯を黙認させるような対応も命じた。他国軍の艦艇の領海侵犯に備えるためには先回りして領海内で待ち構えるのが常道だが、中国軍艦が領海に入るのを確認するまでは海自艦艇も領海に入らず待機するよう指示していた。

        <「頂門の一針」から転載>

2013年03月28日

◆海江田代表と日教組と「前近代」

阿比留 瑠比


さて、ちょっと以前の話ですが、民主党の海江田万里代表は今月17日、岡山市での党会合であいさつし、自民党が昨年まとめた憲法改正案について、次のように批判しました。

「大きな勘違いがある。前近代に戻る考え方だ」

私はこの海江田氏の言葉を、毎日新聞と東京新聞の記事で読み、ずっと心に引っかかるものを覚えてきました。民主党が自民党の改憲案を否定するのは当然だとして、海江田氏のいう「前近代」って何だろうか。随分久しぶりに聞くキーワードだなあと。

一般的には、近代とは封建社会以降、日本の場合は明治以降を指すことが多いので、前近代とはそれ以前ということになりますが、まあ、海江田氏も自民党改憲案が「江戸時代の考え方」と言っているわけではないでしょうね。ざくっと言えば、「古い」と言いたいのだろうという気はします。

ただ、最近は政治家が「前近代」なんて言葉を口にする場面にはとんとお目にかかれないので、かえって海江田氏の「古さ」が印象に残ったようです。

で、その後、この件はすっかり忘れていました。すると先日、元神奈川県教職員組合委員長の小林正元参院議員が、今年2月の日教組第157回中央委員会議案要約を送ってくれたので読んでいたところ、そこにはこんな一文が目を引きました。

「衆議院では、自民党や日本維新の会など改憲勢力が憲法96条『改正』発議要件(総議員の3分の2)を超える4分の3に達しており、参議院選挙結果によっては憲法96条『改正』が俎上にのぼり、戦後最大の憲法危機に直面する。前近代的な理念なき憲法『改正』の政治的結集を許してはならない」

……なんとなく、そうだよね、と得心した次第でした。もともと民主党と日教組は立ち位置が近いというか一緒なんだから当たり前でもあるし。でも面白いなあと。

ちなみに、この日教組の議案には、他にもこんな言葉が記されています。
(※印は阿比留の注釈です)

「7月の参議院選挙は、競争至上主義、押し付けの教育政策からの脱却、学校現場からの教育改革を求める私たち自らの主体的なたたかいである。

参議院での改憲勢力の過半数阻止のためにも、日政連(※日教組の政治団体)『神本みえ子』3選にむけ、法令遵守のもと現退(※現職教員と退職教員)一致、最重要・最優先課題として、組織の総力をあげてとりくまなければならない」

……取って付けたように「法令遵守」を盛り込んでいるところに、日教組が自分たちの違法・脱法の政治活動に対する世間の厳しい目を多少、意識していることがうかがえますね。じゃあ、選挙運動なんかやるなよ、と言ってもやるのでしょうね。

議案には、さらに安全保障政策について「米国追従ではなく、共同の利益を守るための東アジア共同の安全保障政策を追及すべきである」なんて書いてありました。中国や北朝鮮と「共同の利益」って何なんでしょうね。こんなタワケた前近代的な空理空論を作文しているひまがあったら、教育に専念すればいいのに。

    <「頂門の一針」から転載>

2013年03月27日

◆北朝鮮に近い僧侶動く

古澤 襄


〜朝鮮総連本部の落札〜

<公安当局が「対日工作拠点」とみる在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)中央本部の土地・建物が26日、落札された。落札したのは宗教法人最福寺(鹿児島市)で、同寺の池口恵観法主(えかんほっす)(76)は何度も訪朝、総連首脳とも親交があり、公安関係者は「北朝鮮に近い人物」とみている。

北朝鮮は総連首脳だけでなく、政府高官も池口氏に中央本部維持への助力を要請しており、存続に向けた水面下の活動は「貸与」という形になりそうだ。

■29日にも売却許可

「今まで中央本部にいた方を追い出すということではない。(一部を)貸すのはいいのではないか。総連側と今後、話し合いをすることになる」

池口氏は会見でこう話し、総連への貸与に前向きな姿勢を示した。約45億円という高額落札だが、資金については「ある程度のメドは立っている。総連側からお金が入ることはありえない」と述べた。

民事執行法は債務者である総連の買い受けを禁止している。また、最福寺が総連から資金提供を受けていれば売却は許可されない。最福寺が自己資金で落札すれば、総連と賃貸契約を結ぶことができる。

東京地裁は29日、こうした問題がなければ売却を許可する。整理回収機構など利害関係者は不服があれば1週間以内に東京高裁に執行抗告ができる。高裁で審理されれば、その間手続きは停止される。

売却許可決定が確定した場合、地裁は1カ月以内の代金納付期限を指定。納付後、地裁が差し押さえている中央本部の土地・建物の登記は移転される。総連への貸与の可能性が高く、手続きはスムーズに進むとみられ、最短で1カ月程度で最福寺の所有となる。

最福寺関係者によると、池口氏は競売開始前に総連の許宗萬(ホ・ジョン・マン)議長からたびたび中央本部の物件購入を依頼されており、公安関係者は「総連がうまく死守したという感じ」と指摘した。

池口氏はどんな人物なのか。最福寺関係者によると、安倍晋三首相(58)と親交があるほか、政財界や芸能界、スポーツ界に幅広い人脈を持ち、多くの著名人が師事している。

一方、平成21年から5回訪朝し、23年には北朝鮮に「金日成主席観世音菩薩像」を寄贈した。昨年4月には金日成主席の生誕100年を祝う行事に出席するため平壌入り。北朝鮮から勲章を授与されていた。よど号ハイジャックグループとも交友があり、訪朝時にメンバーと会談したこともある。

こうした経緯から、公安関係者は「北朝鮮に近い人物」とみている。

池口氏は会見で、中央本部の物件に関心を抱いたきっかけについて「北朝鮮上層部の話」を挙げた。訪朝の際、最高人民会議幹部から競売を回避するため「中央本部は大使館。なくなると日本と敵対関係になるから、日本政府に話してほしい」と依頼されたという。

また、中央本部が靖国神社の近くにあることも挙げ、「中央本部を民族の融和と英霊の慰霊の拠点にしたい」とも語った。

■「いわくつき物件」

公告によると、中央本部の土地は約2390平方メートルで、地上10階、地下2階建ての延べ床面積は約1万1740平方メートル。JR飯田橋駅から徒歩約4分の好立地にある。

ある不動産大手の担当者は「普通の売買なら、大手不動産会社がマンション建設用地としてのどから手が出るほど入手したい場所」という。鑑定評価による売却基準価額約26億円に対し落札額約45億円が適正かについては「いわくつきの物件なので判断のしようがない」と話した。

朝鮮総連は昭和61年からここに中央本部を置く。公安当局によると、現在は事務総局、宣伝広報局、国際統一局など7局に加え、民族圏委員会や祖国訪問事務所といった部署がある。

外交窓口の役割を担う一方、総連内部の非公然組織が日本や諸外国からの拉致をはじめとした工作活動を行ってきたとされ、公安当局は「対日工作拠点」との見方も示す。

警察当局が捜査した2児拉致事件では、19年に警視庁公安部が総連の徐萬述(ソ・マン・スル)議長(当時)や許議長ら3首脳に参考人として出頭要請。総連は「対応するに値しない」と出頭拒否を表明した。3首脳は事件当時、総連で組織指導統括の局長や、対外活動担当の部長職などを務めていた。

中央本部は、13年に朝銀東京信用組合の旧経営陣らによる信組資金の不正流用事件で、警視庁が朝鮮総連の元財政局長らを逮捕した際に家宅捜索されている。(産経)>

<「頂門の一針」から転載>

◆丹波哲郎の愛妻・貞子さん

古澤 襄


早朝の日課なので216日のブログのアクセス状況を点検してみる。杜父魚ブログの読者は真夜中でもアクセスしてくる。その状況を点検するのは主催者の”礼儀”だと心得ている。時には思わぬ発見をして寝ぼけ眼の私をたたき起こしてくれる。

午前4時現在だから、まだ3000に満たないアクセスなのだが、トップに2006.09.26の私の記事が躍り出ていた。俳優・丹波哲郎の死を悼んだ記事。「何故だろう」と思わず考え込んだ。

その記事は丹波哲郎のことよりも愛妻・貞子さんの想い出。女房の従姉だった貞子さんには尽きせぬ想い出が、いまでも残っている。貞子さんが亡くなって16年の歳月が去ったが、東京・西荻窪の丹波邸で行われた葬儀の情景が目に焼き付いている。

1997年3月14日、貞子さんは入院、4月13日に不帰の人となった。

女房が高校の卒業間近に貞子さんに「これからどうしようかしら」と相談したら「ドレーメーに入って、手に職をつけなさいよ。これからは女でも独り立ちを考える時代」と即座に言った。ドレメーを出た女房は荻窪の商店街にあった洋裁店で貞子さんと2人でミシンを踏む生活。

2階では”売れない俳優”丹波哲郎が本を読んでゴロゴロしていた。”独り立ち”どころか、丹波哲郎を支えて懸命に働いていた女傑。親戚の中で貞子さんは一番頭がいい人だったが、誰にも優しい姉御(あねご)だったから慕われた。貞子さんの実兄は東大を出て静岡県・清水市で弁護士を開業していたが「貞子の方が頭がいいよ」と即座に言っている。

その弁護士と丹波哲郎、貞子さんと私の4人が丹波邸での麻雀メンバー。夕方になると私のところに貞子さんから「来てよ。今夜、場を立てるから・・・」と電話が掛かる。その頃、貞子さんは小児マヒに冒されて下半身が不随となっていた。

そんな不幸を感じさせない貞子さんは家の中で明るく振る舞い、俳優として売れっ子になった丹波哲郎は、地方巡業がないと必ず家にいて、貞子さんを思いやる日々だった。

「愛人がいるらしいの。でもいいの」と明るく貞子さんが言ったことがある。それだけ、この夫婦の絆は深く固かったのだろう。丹波哲郎、貞子さん、兄貴の大蔵弁護士も、すでにこの世にない。貞子さんから「そろそろ彼岸にきてよ。麻雀の場が立たないから・・・」という声が聞こえてくる。

<<愛妻・貞子のもとに旅立った丹波哲郎 古沢襄>>

9月15日に思いつくままに俳優・丹波哲郎の亡妻貞子さんの想い出を書いた。「北一輝や北?吉のDNA」と「丹波貞子さんが亡くなって9年」の2本である。その1週間後に入院していた丹波哲郎は貞子さんのところに旅立った。偶然なのだろうか?何か不思議な予感といったものを感じる。

半身不随の貞子さんを丹波哲郎は大切にしていた。地方ロケがない時は家にいることが多かった。貞子さんも明るく振る舞っていて、オシドリ夫婦のような仲睦まじさ。夜になると陽気な丹波哲郎に寂しい思いをさせないために、貞子さんは麻雀のメンバーを揃える毎日であった。

売れっ子の丹波哲郎だったが、夜の食事は意外と質素なものであった。麻雀の合間にとる夕食ということもあったが、炊きたてのご飯に味噌汁、干物を焼いたおかずといった程度。スクリーンやテレビでみる丹波哲郎は、豪快だが人を人とも思わないユニークなキャラクターで人気がある。

だが素顔の丹波哲郎は細やかな気配りの人であった。妾腹に生まれた丹波哲郎だったから寂しい思いをした時代があったのだろう。家族や身内を大切にして、その仲間を連れて海水浴によく出かけた。

まだ売れない時代だったから、電車賃だけでも大変な出費となる。湘南に行くときは貞子さんと私の女房が一駅前で下車して、最低料金の切符を買ってくる。キセル旅行の海水浴。

霊界ものを手がけた丹波哲郎だが「本当に霊界を信じているの?」と貞子さんに聞いたことがある。「信じている筈がないじゃーないの。趣味よ。趣味、趣味!」と貞子さんは笑い飛ばした。

丹波哲郎にはゴースト・ライターがいない。自分でエッセイを書いた。「たいした文章家」と私が誉めたことがある。「いやー」といって照れた丹波哲郎。貞子さんが亡くなった直後に「私の女房殿は魔法使い」と題した鎮魂のエッセイを私家版で親しい人たちに送っている。

貞子さんのところに旅立った素顔の丹波哲郎に対する供養のために9年後になったが公開したい。

◆  わが妻・貞子が逝った。突然に・・・・・。

私の心にはポッカリと大きな穴が空いてしまった。小さな頃から、広い家には住み慣れているが、こんなに家が広いと感じたことはなかった。ほんとうに空虚なのである。

霊界研究を続けてきた私だから、たとえ妻の死であろうと、そんなにショックは受けないだろう。大方の人は、そうお思いになるかもしれない。実際、霊界研究の立場から言えば、「死ぬ」なんてことは、ただ「ここ」から、地続きの「あそこ」へちょっと移動するだけのこと。そう言い続けてきたし、実際そうだと信じている。

しかし、これは霊界研究者の誰もが感ずる矛盾であるが、理論理屈ではよくわかっていても、現実の空しさには耐え難い。辛い。ひたすら悲しい。感情というものは、理性ではコントロールのきかない、実に厄介なシロモノである。頭で考えることとは遊離して勝手に独り歩きし、私の心はすぐに、妻を失った悲しみでいっぱいになってしまうのである。

◆妻の最期の笑顔

妻が不調を訴えて、検査のため入院したのは3月14日(古澤註 1997年)のことだった。数年前から糖尿病を患っていたのだが、検査の結果、腎臓もかなり悪いことがわかった。一時はよくなり、1週間で退院したのだが、また悪化。自宅で点滴をしていたが、やはり入院したほうがよかろうということになった。

3月30日、病院で治療中、合併症などで容体が急変。意識不明に陥り、ついには心臓が停止した。延命措置のために、歯を砕き、管をのどに差し込んだ。3日目、出血やたんを除くために、今度はのどを切開、口はきけなくなってしまったが、小康状態が続いた。だが、これも長くは続かなかった。4月13日、妻は帰らぬ人となってしまう。

小康状態になったとき、妻の手をさすりながら、私は耳元で、今まで働いた悪事の数々を白状し、懺悔した。罪状が多すぎたからというわけでないが、すべてを告白するのに何日もかかった。もっとも、妻は何もかもお見通しだったろう。

口はきけなくても、妻の思いが私にはわかった。和やかな顔をしていたから・・・。妻は、喜んでくれていたのだ。そう思う。いや、そう思いたい。

あとで聞いたところによると、周りが随分と気をきかせてくれ、私が告白を始めると、2人きりにしてくれていたらしい。私は夢中だったので、申し訳ないことに、まったく気がつかなかった。死ぬ少し前に、名前を呼んだら、妻は目を開けてくれた。

「笑ってくれる?」そうリクエストすると、なんと妻は、ほんとうにニッコリ笑ってくれたのである。この妻の最期の笑顔を、なんと表現したらよいのだろう。どんな言葉よりも饒舌な、私への別れの挨拶。私への最大の賛辞、愛情の発露でもあった。うれしかった。生涯忘れることはできないだろう。私の心に、強烈な感銘を与えてくれた笑顔だった。

◆「女房殿」のすごさ

わが「女房殿」については、常々一目おいてはいたのだが、これほどまでに「すごいヤツ」だったとは思いもよらなかった。死んでしまってから、再確認させられたのである。

ともかく、信じられないぐらい大勢の人から慕われていたことが判明した。お悔やみに来てくださる方々が、口々に妻のことを話してくれるのだが、そのひと言ひと言に、妻への心からの感謝が込められていた。最初は、お世辞半分かと思っていたが、皆、目に涙をため、あまりにも真剣な表情なので、逆にドキマギしたほどである。

それよりも何より、まず「女房殿」のすごさを思い知ったのは、入院したときのことだった。闘病生活が始まるや、妻の親衛隊というか取り巻き連中というのか、20人近くの人たちが懸命に看護してくれた。

親戚、縁者のみならず、遠くから仕事を投げ打って来てくれた人も多かった。ずっと詰めて徹夜になると、からだがもたなくなるからと、自分たちで自発的にスケジュール表を作り、やりくりしてくれていた。

あまりの人数の多さに、病院側が応接間を開放してくれたほどである。それでも収容しきれず、食堂で寝たり、駐車場に停めてある車の中で寝たりした人もいた。

親衛隊の大政格、第一号の浅沼好三は、車に暖房をかけられないから、まるで蓑虫のように、着るものをありったけかけて寝たそうだ。皆、義理で働いているのではない。妻のため、妻が喜んでくれるなら、ただそれだけの純粋な気持ちからだった。

◆ダンスホールの出逢い

私だけに見せた最期の笑顔のすばらしさは言うに及ばず、わが女房殿の笑顔のきれいな人だった。そもそもの出会いから語れば、話はやたらと長くなるが、まぁ、この際、お許しをいただきたい。

戦争中、私は学徒兵で、立川の航空隊に所属していた。今の私からは想像もできないだろうが、何を隠そう、このとき、私はひどい吃音だった。そのため、最前線に出ることはできなかった。ところが、終戦を迎えたときには、どういうわけか、その吃音がウソのように消えてしまったのだから不思議である。

これは、天の配慮以外の何ものでもない、と考える。つまり、霊界の宣伝マンとしての使命を全うするためには、途中で私が戦死しては困る。最前線に出ると死ぬ確率も高い。

だが、吃音では、部下に命令が下せないため、最前線に出すわけにいかない。吃音は、私の生命を長らえさせるための手段だったに違いない。今はそう思っている。

終戦を迎え、復員した私は、外務省からの要請でGHQの通訳になった。大学で英語研究会(ΕSS)に属していたのだが、如何せん、まったくしゃべれない、聞きとれない。お粗末そのもの。

ただ、耳がよく、発音だけはすばらしかった。皆、これにだまされた。英語の実力のなさがバレないよう、GHQ内で「逃亡生活」をしながら、ごまかしつつ、2年も勤め上げた。我ながら要領のよさだけは大したものである。

街ではすいとんをすすっている時代に、私は将校食堂で、毎日、アイスクリームで終わるようなフルコースを食べていた。そんな贅沢な生活にもそろそろ飽きた頃、自分で勝手に「渉外課長」なんぞという名刺を作り、兄貴のやっていた薬品会社に勝手に入り込んだ。

あるとき、普段はケチなはずの兄貴が、なぜか服地をくれた。今の方はご存知ないかもしれないが、「スフ」という、いわゆる化繊地である。仕立てるのに、高い金を出して仕立て屋に頼むのはバカバカしい、と会社の人が女性のテイラーを紹介してくれた。

その日のうちに会いに行き、できあがったらダンスに一緒に行くという条件で、安く仕立てを頼むことができた。このテイラー、50歳ぐらいに見えたが独身だった。

約束通り、銀座のダンスホールに行くと、そこにもう一人女性が来ていた。若い女性である。かのテイラーが、自分の弟子を連れてきたのだが、これが誰あろう、わが妻となる貞子であった。私も若いから、そりゃあ、50歳すぎの先生と踊るより、若い人と踊るほうがいいに決まっている。何度も彼女と踊った。

そうしたら、今度は彼女のほうから会社に電話がきた。当時はダンスは大流行だったので、友達を誘い合ってパーテイに行ったりした。これが、いわゆる「慣れ初め」というやつだ。彼女との「この世」の縁の始まりである。縁とは実に不思議なものだ。

◆昼は証券会社、夜は洋裁店

ちょうど時を同じうして、私には、母親同士が結婚させようと目論む許嫁の女性がいた。素晴らしい女性ではあったのだが、なぜだか、結婚相手とは違うな、と感じていた。にもかかわらず、この人があまりにもいい人だったため、私にはハッキリと断わりにくかった。

いつ、どのように切り出せば、円満に別れられるか、考えているような状態だった。彼女とは、ある程度の「肉体的接触」、といってもキスにも至らぬほどの純情なものだったが、接触はあった。ところが、このときすでに、貞子とはもう事実上の夫婦になっていた。

ある日、困ったことが起こる。貞子と有楽町を歩いているときだった。向こうから、例の許嫁の彼女が友達とやって来た。なんでも海水浴に行くところだと言う。まさに正面衝突である。彼女は何かを感じたのだろう。突如、海水浴をとりやめ、私は2人の女性にはさまれた形で、自宅に帰ることになった。

当時、私が住んでいたのが荻窪。許嫁の彼女はわが家の100メートル先、貞子は西荻窪だった。3人とも家が近かったのである。3人でバスに乗ると、まず私が降り、次ぎに許嫁、そして最期が貞子という順番だった。これには、さすがの私もホトホト困り果てた。

両手に花なんてもんじゃない。両手にムチ。ほとんど拷問のような気分だった。これをきっかけに、許嫁の彼女とは別れることになった。だが、こんな中でも、私はまだ貞子と結婚する意志はなかった。

世の中はまだまだ混乱を極めている状態。先が見えないのである。ただ生きているような日々だった。だから、貞子は手に職を持ちたい、技術を修得したい、と洋裁を始めたのだろう。昼間は証券会社で働き、夜は友達と小さな洋裁店を開いていた。そんなことが可能な時代でもあったのだ。

私はと言えば、兄貴の会社を追い出されることになるのだが、その日のうちに求人広告を見て、東海自動車という進駐軍の修理会社に就職した。これも英語力を買われてのことだったが、実力が3ヶ月でバレて、あえなく失業。

今度は貞子の親戚筋のコネで、油糖砂糖配給公団に入った。ここも2年勤めた。どんな勤務状態かというと、2年いて、鉛筆の芯を削る必要は一度もなかったし、机の上に置いてある原稿用紙の一番最初のページはチョコレート色に変色しているのだが、2枚目からは真っ白。そんな状態だったから、公団解散の折りには、職員900人のうち、ただ1人失業した。

そんな婆娑羅な生活を送りながら、この頃貞子とはもう同棲を始めていた。できたばかりの荻窪のマーケットに、貞子は友達と店を構えた。ここに、貞子は住んでいたのである。

私の家はマーケットを突っ切って行ったところだったが、つい途中で寄ってしまう。最初にうちは家まで帰っていたが、いつの間にか、居つくようになってしまった。

◆お茶とお菓子で披露

そのうち、身内同士が話し合い、正式に結婚してはどうか、ということになる。「じゃあ」ってことで、兄貴の会社の応接間で、お茶とお菓子で、お互いの家族が承認し合う、ささやかな披露をした。

式を挙げたわけではない。だから、ついこの間、貞子が死ぬ間際に、枕元で「お前が治ったら、結婚式を挙げようね」と言ったのである。

さて、この披露のとき、貞子にはほんとうに悪いことをした。貞子としては、披露のあと、皆で銀ブラでもして食事でもして帰ろうという小さな夢を持っていたらしい。

ところが私は、貞子の夢など気づきもせず、応接間を出ると、そのまんま稽古場に行ってしまったのである。アマチュア劇団を主宰していたので、夜は毎日稽古だった。

その日、帰ってみると、貞子はカンカン。こんなんじゃやってられない、ということで、仲人さんのところに行って、言い分を聞いてもらうことになった。途中、貞子に首根っこをつかまれたりしたものだから、ふり向きざまに貞子の手を激しく払い落とした。運悪く、この一部始終を見ていた人がいて、男が女に暴力をふるっている、と交番に通報されてし
まったのである。

険悪な雰囲気で歩く2人のところに、お巡りさんが駆けけて来た。いくら夫婦だと言っても信じないので、とうとうマーケットの中の家まで連れて行き、やっと納得してもらった。これが、わが夫婦の記念すべき新婚初夜のできごとだったのである。

よく私の下積み時代を貞子が洋裁をし、食うや食わずで支えてくれた、などと書かれるが、これは大きな誤解である。映画はいきなり主役デビューで、下積み時代はなかったし、あまり金に困ったことはなかった。だから、貞子がミシンを踏んで儲けたお金は、遊びのための金になった。

食うものがないのなら、貞子の家に行けばいいし、私の家に行けばいい。それより、マーケットの中で唯一のインテリだった私は、交渉ごとのときなど、とても頼りにされていたため、プリンス的な存在だった。

だから、マーケットを一巡すれば、食べ物なんて余るほど手に入ったのである。よく、貞子とも話したのだが、あのマーケット時代はほんとうに楽しかった。

◆「俳優という職業は心配・・」

貞子を始め、双方の家族全員、俳優なんて趣味でやればいいという考え方だった。貞子は口に出して不賛成と言ったことはないが、快くは思っていなかっただろう。

今思えば、女房殿は私のくだらない女性関係も含めて、何が起ころうとビクともしなかった。先程、「金に困ったことはない」などと豪語してしまったが、金の心配も、私がしらなかっただけで、蔭では苦労していたのかもしれない。

親衛隊の一人、斎藤司はこう語る。「俳優という職業は心配だ、と奥さまはおっしゃっていた。自分は亭主の女に苦労させられる、とも。奥さんは強い人だったから、絶対泣いたことなんかなかった。

それが、入院する1週間ぐらい前だったが、泣いてらした。そのとき、僕は初めて奥さまの涙を見た。どうして泣いたか。『自分の亭主のお世話ができない』。そう言って泣いてらしたんです」

また親衛隊員の一人はこう語る。「奥さまは、丹波哲郎という商品を、いたずらに安く売ることはしなかった。いつも、高く高く売ろうとなさっていた。丹波哲郎には頭を下げさせたくはない。そうおっしゃっていた」

結婚して8年か9年経ったとき、突然、妻がポリオに冒される。息子の義隆がやっと3歳になったくらいのときだった。3日間、熱が下がらなかったのだが、おかしい、おかしいと言っているうちに、朝起きたら足が動かなくなっていた。ポリオと言えば小児マヒである。大人なのに、なぜ小児マヒなのか・・・・・。

熱が下がってみたら、いきなり立てなくなっていたのだ。これには、ほんとうに驚いた。ショックだった。足が蚊に刺されてもどうにもならない、と妻は言っていた。原因がわかれば、理解のしようもあるが、原因はわからずじまいなのである。

最初は手も動かなかったが、リハビリをし、つたい歩きながら、普通の人に劣ることなく生活をしていた。台所にも毎日立ったし、糸紡ぎから編み物まで、それはマメにからだを動かしていた。

親衛隊員たちは、ご飯ができると、台所からテーブルまで運んだり、手伝ってはいたようだが、妻は自分でできることはすべて自分でやっていた。辛かったろうと思うが、一度たりとも暗い表情を見せたことはなかった。いつも明るく元気だった。

◆女王様と下僕

発病後、私と妻のポジションは逆転した。それまで私が王様だったのだが、その日から、妻が女王様となって、私が下僕となった。気持ちの上ではそういうつもりであったが、妻は最後の最後まで、私に尽くし切ってくれた。

経堂の家から今の家に越して来てしばらくした頃、台所で足元に小さい犬がまとわりついて、妻は足の骨を折ってしまう。それから、妻は車椅子の生活になった。

今の家を造ってくれたのは、親衛隊第一号。だから、妻のことを第一義に考えてくれた造りになっている。妻の部屋に毎朝、犬たちが庭から挨拶に行けるように、ぐるりを大きなガラス窓にしたり、這っても膝に負担のかからない、厚手の絨毯を特注して敷いてもらった。

気分転換できるようにと、替えの絨毯も作ってもらった。妻が快適に暮らせるように、というのは私の、また親衛隊員たちの何よりの願いであった。

貞子は、立派だった。我々にハンデキャップがあることなど、感じさせることはなかった。私のスケジュールはきっちり把握しているし、経理もすべて妻の仕事であった。私の趣味の囲碁や将棋のビデオを録ることも忘れたことはない。お付き合いの面でも完璧にこなしてくれていた。

妻の周りには、いつも男がゴロゴロしていた。麻雀をしに来たり、ご飯を食べに来たり。いつも笑顔があふれていた。親衛隊員、斎藤が言う。

「誰だって、奥さまにお会いすれば、きっとフアンになりますよ。ホッとするんです。いつもそばにいたくなる。この人のためなら、と思わせるものがあるんです」

この男は、妻が桜の花が大好きだったのをよく心得ていて、危篤の妻を喜ばせようと、公園の桜の枝をぶった切り、通報されて始末書を書かされたそうである。「二、三本ならよかったんでしょうが、私は部屋中、桜でいっぱいにしたかったから・・・」こんな連中が何人もいるのである。貞子というのは大した人物だったのだ。

◆よく皆で旅行に行った

マーケットの時代から、よく皆で旅行に行った。それこそ、ミシン踏んで二千円、三千円という時代だったが、江ノ島のパン屋の裏に部屋を借りて、何日か過ごしたことがあった。このときは、その日のうちに予定人数の倍になり、日が経つにつれて人がどんどん増えてしまい、とうとう三十人ぐらいになった。床の間にも廊下にも寝た。

少し裕福になってくると、一軒家を借りたり、部屋にプールのある旅館に行ったりもした。なんで、あんなに人が来たのだろう。妻の人徳以外の何ものでもない。もちろん、からだが不自由になってからも旅行は続いた。

ある年、花火を見に行ったことがあった。家族ぐるみで来るので、小さな子どもも来ていた。妻は花火の見やすいほうへと、這って移動する。そのとき、ある子が「犬みたい」と言ったのである。子どもに悪気はないし、妻も聞き流していたようである。だが、私はハッと思った。心ない言葉でどれだけ妻は傷つくことだろう。以来、子ども連れはご遠慮い
ただいている。

15、六,6年前からはハワイに行くようになった。貞子はハワイがお気に入りだった。買い物も楽しかったようである。私は買い物は勘弁だが、親衛隊グループがハリキッて連れ出してくれる。

洋服を買うときなど、妻は試着ができないため、むくつけき親衛隊員が試着して見せていたらしい。想像しただけでも愉快である。車椅子で行けないところは、男たちがおぶって行く。親衛隊員の浅沼は、おぶうときに失礼があってはと、いつもきれいに洗髪し、コロンをふりかけてからおぶうと言う。私も、おぶうのも車椅子を押すのも平気だが、妻は私
が車椅子を押すことすら嫌がっていた。

「丹波哲郎」には、そんなことはしてもらいたくなかったのかもしれない。でも、たまにおぶったりすることがあると、うれしそうにしていた。妻はこうやって旅をして、皆が楽しそうにしているのを見るのが、何よりの喜びだったようである。

◆恋愛のピークと妻の死

妻の葬式は、無宗教で自宅で執行した。読経もなく、戒名もなく、好きだった「夕焼け小焼け」と「人生いろいろ」の歌で送った。ここから出してやれたことは、よかったと思う。彼女の希望通りだったから・・・。
 

妻は私を送ってから逝きたかったらしいが、それだけは叶わなかった。弔問に訪れてくださった1000名近くの皆さんには、ただただ、そのご厚意に謝するのみである。

私は今、貞子と結婚して、ほんとうによかったと思っている。考えてみれば、不思議な縁である。結婚するときが「恋愛」のピークだったわけではない。

むしろ、淡々としたものだった。それが、結婚してから、こんないいところがあったのか、あんないいところがあったのか・・・。そうやって一つ一つ気づかせてくれた。新しい発見の連続だった。

その静かで穏やかな2人の「恋愛」のピークは、貞子が死ぬときに訪れた。結婚したときに端を発した、ゆるやかな恋愛上昇曲線の最高到達点は死ぬ間際。私に笑ってくれた瞬間だった。私ほど幸せ者はいないかも
しれない。ありがとう、貞子。ありがとう。

おまえが最期に、すばらしいプレゼントをくれて死んだもんだから、私はなかなか立ち直れそうもないよ。私の霊界研究には一切関心を示したことがなかったおまえだが、今、どうしているのか。

私は感じたり見えたりしないけれど、周りの人が次々と霊界通信を届けてくれている。30歳ぐらいの髪の長い姿で現れたと聞いた。通信はことごとく明るい情報ばかりだから、安心しているよ。

今頃は、棺の中に入れたダンスシューズを履いて、踊っているのか。外出用と普段ばきの靴も入れておいたから、あちらで困ることもないだろう。思う存分、のびのびと歩いたり走ったり飛んだりと楽しんでくれ。私も近いうちに行くからね。それまで、しばしのサヨナラ、だ。

(杜父魚ブログ 2006.09.26 Tuesday)

<「頂門の一針」から転載」

2013年03月20日

◆中国に蚕食される日本列島

伊勢 雅臣


■1.中国企業が買い漁る日本の山林

中国企業による日本国土の買い漁りが進んでいる。たとえば平成22(2010)年7月、北海道伊達市と壮瞥町の境界に広がる700ヘクタール(東京ドーム150個分)以上の森林を所有・運営していた日本のゴルフ場企業が経営に行き詰まり、中国人実業家の企業に買収された。

これでこの土地は実質的に中国企業のものとなったが、国土法によって所有者を届け出る必要があるのは、「新たな所有者が土地を取得したとき」のみである。この森林の場合は、買収されても所有企業の名前が変わらなかったので届け出の必要がなかった。

林野庁からの指示で北海道が調査した結果、平成20(2008)年までの3年間に取引された30ヘクタール以上の森林などの不動産は7万ヘクタール。取引を行った企業139社のうち、上記のように中国企業が偽装して山林を買い取っている例がどれだけあるのか、その資本関係まではつかみきれないが、正真正銘の中国企業が一社見つかった。

北海道倶治安町の57ヘクタールの山林の所有者は父親から遺産相続した山林の売買を不動産屋に依頼していたら、いつのまにか香港の企業に売られてしまったという。そのうちの32ヘクタールが水源機能を持つ保安林だった。同じく北海道ニセコ町では町内にある5つの水源のうち2つが外国資本の敷地内にあった。[2]

北海道ばかりではない。鹿児島県奄美大島一帯の山林の買収を進めている海運会社グループは、もともと日本人の同族経営だったのが、中国人役員が経営に参画し、その後、事業拡大が図られている。

三重県の大台町は、1000メートル級の山並みが続き、伊勢神宮を流れる宮川の源流として名高いが、この「水の聖地」も平成20(2008)年1月に中国企業に買い取られた。一人の中国人が町役場に来て、250ヘクタールの山林を登記していった。しかし、実際に買い取ったのは1000ヘクタールを超えるとも言われている。

■2.中国の危機的な水資源

中国企業と言っても、日本や欧米のような私企業を想像してはいけない。
国や地方政府、軍が直接、経営している企業もあれば、個人経営でも、背後に政府や軍がバックアップしている企業もある。中国企業が海外で活動している場合、その背後には中国共産党がいると考えた方がよい。

中国共産党はなぜ日本の山林を買収するのか。日本の国会にあたる全国人民代表大会のメンバーがこう語ったと伝えられている。

<北京の水資源は危機であるが、この事実を国家指導者だけが知っていて北京市民には知らされていない。長江は世界一長い下水道と呼ばれ、地下水は90パーセントが汚染されている。北京に住む外国人も市民も逃げ出せば、全国の13億人は大混乱に陥る。>[1,p139]


10年以上連続で旱魃に(かんばつ)に見舞われている北京市では、1960年代から建設された80カ所以上のダムにもほとんど水がない。また全国の主要都市660カ所の中で、400カ所以上の都市で水不足となっている。

工場用地や住宅用地を作るための無計画な自然破壊で北京からわずか70キロまで砂漠が近づいている。我が国を襲う黄砂もこれが原因だ。[a]

■3.日本の水資源を狙う中国共産党

この問題に対処する手っ取り早い方法は、日本の山林を買収して、その水資源を確保することだ。

もっとも中国共産党は十数億の人民全体を救おうなどとは考えない。なにしろ1パーセントの特権階級が全中国の41・4パーセントの富を手中に収め(世界銀行の報告)、国民の賃金収入の総額は、GDP(国民総所得)の8パーセントと世界最低の国なのである。中国人民は、中国共産党の搾取の対象であっても、守るべき存在ではない。

おそらく、党や政府、軍の幹部たち特権階級が、自分たちの飲み水を確保し、さらには安全でおいしい日本の水を高く売って儲けようとしているのだろう。

我が国としては、美しい森林が乱開発されるだけではない。一朝事ある時に、上流で毒物でも流されたら、下流の都市部では大変なことになる、という安全保障上のリスクも伴う。

オーストラリア、カナダ、ロシアなどでは、外国人が森林・水源などの不動産を買うことを規制する法律を制定している。これは中国人による資源買い漁りを防ぐためだ。我が国でも森林法の改正など一部の動きはあるが、早急に法律の整備を進めるべきだ。

■4.東京ドーム3個分の「領事館」用土地取得

山林だけでなく、都市部の土地買い漁りも進んでいる。たとえば中国政府は領事館建設という名目で、新潟駅から徒歩8分の中心部に1万5千平米もの土地取得を進めてきた。

ちょうど平成22(2010)年の尖閣諸島沖での中国船衝突事件の後、地元住民の強い反対運動があって、同年11月には売却が凍結された。

しかし平成24(2012)年3月には民主党政権の方針もあって、新潟県庁から徒歩数分の中心部でやはり約1万5千平米の売買契約が中国政府と交わされたことが判明している。

そのやり口がいかにも悪辣(あくらつ)だ。中国政府は前年7月に北京の日本大使館を違法建築として使用を認めない措置をとった。そして、この大使館の使用を許可する代わりに、日本国内の土地を取得できるよう圧力をかけたのである。こういう卑劣なやり口に易々と屈してしまう外務省や民主党に国土が守れるはずもない。

しかし1万5千平米もの広さを何のために使うのか。東京ドーム3個分と言えば、野球場のようにグランドを広くとっても15万人は収容できる。地方の領事館の通常の用途で、こんな広さを必要とするはずがない。しかし中国が領事館として取得した土地は治外法権となるため、そこで何が行われても我が国は手出しができない。

これに関連して注目すべきは、日本海の対岸である北朝鮮の羅津港の50年間の使用権を中国が得たことだ。ここに7万トン級(戦艦大和並み)船舶の出入り可能な埠頭を建設し、中国側からの鉄道も敷設するという計画がある。

たとえば難民に扮した数万人規模の人民解放軍兵士が大型漁船などで新潟市に流れ着いて、それを中国領事館が「保護・収容」したとしたら、日本政府として何か手が打てるだろうか。

■5.「棄民」政策

実は自然環境を破壊尽くした中で、十数億の大量の人口を抱える中国の特権階級が生き延びる手段として、外国の資源買い漁りのほかに「棄民」という手がある。余分な人間を海外に移住させることだ。


その典型的な例が、移民に寛容であったカナダである。バンクーバーを中心とする都市圏人口は210万人とされるが、そのうち約18パーセントが中国系で、さらに市内では30パーセント近くが中国系住民となっている。いまや香港にひっかけて「ホンクーバー」とも呼ばれるほどである。

周辺のリッチモンド市に至っては半数以上が中国系で、街の看板も中国語の方が英語より多い。中国人は運転も荒く、交通事故は増加中。カードや紙幣の偽造事件も多発している。

これは他人事ではなく、我が国にも同様の事態が生じている。埼玉県南部には、住民の40パーセントが中国人という団地があるが、階段には汚物がまき散らされ、窓からは生ゴミが降ってくる。これは中国人にとっては普通の生活スタイルなのである。

我が国で、正式に外国人登録をしている中国人だけでも80万人を超えるが、これは鳥取県や島根県の人口よりも多い。さらに不法滞在者や密入国者を加えると、100万人を超すと言われている。

■6.「人民が外に出て行くように指導する」

中国大陸から海外への人口流出は、中国共産党の政策でもあるようだ。中国共産党の中央軍事委員会副主席・国防部長だった遅浩田は、2005年4月に「アメリカ打倒、日本殲滅」という講演の中で、次のような発言をしたと流布されている。

<第2次天安門事件という騒乱を平定した後、我々は、同事件のような武力によらない政権転覆をどのように防止して共産党の指導権を維持するかについてずっと考え続けています。

我が党が深い省察を加えた結果、我々はついに結論を得ましたが、それは、発展し始めた国力を、外に打って出る力に変え、人民が外に出て行くように指導することの他には、・・・人民が共産党なしにはいられず永遠に共産党と共に歩むことを心から願うようにすることはできないという結論でした。>[1,p235]

確かに、自然を破壊尽くした中国大陸に、十数億の人間が押し合いへし合いして暮らしていれば、その不満は共産党に向かうが、「人民が外に出て行くように指導」して、海外植民地を作れば異国の中で暮らす中国人社会にとっては中国共産党を頼りにするようになる。棄民政策は、中国共産党が生き延びるための一石二鳥のアイデアなのである。

その棄民政策の一環が、人員整理された軍人を送り込むことだ。中国では膨大な退役軍人が1ヶ月200元(約2500円)の年金だけで生活しなければならず、その不満から2010年8月1日の共産党軍設立記念の日には、数十万人規模のデモが発生している。

彼らの不満や失業率を打開する作戦として、若くして退役させられた軍人などを日本に留学生、結婚、研修生、残留日本人孤児家族などの形で毎週500人のペースで送り込んでいる。[1,p196]

平成20(2008)年4月26日の長野オリンピック聖火リレーでは、4000人もの中国人学生が集まり、一部は暴徒化して数十人の日本人が負傷している。

日本国内に居住する中国人の相当部分は、中国共産党にコントロールされているとみるべきだ[b]。これらの学生に、さらに退役軍人までが加わったらどうなるのか。

■7.沖縄の「独立闘争に手を差し伸べるべき」

香港の雑誌『前哨』など中国系の新聞や雑誌に「2011年9月15日付けで『中華民族琉球特別自治区委員会』が成立した」という広告が掲載された。

これは沖縄は日本の一部ではなく「琉球」という別の国であり、しかもチベットやモンゴルと同様、「特別自治区」として中国に属す、という宣伝工作なのである。

中国共産党の機関紙である人民日報系の情報誌『環球時報』でも、「中国は琉球独立運動を支持すべき」という記事を掲載している。

それによれば、1879年に琉球王朝が廃止されてから、1945年の敗戦まで日本は沖縄に対して残酷な統治を行い、終戦間際には「米軍占領の直前に日本軍は26万人を殺し、虐殺の規模は南京大虐殺に次ぐものとなった」などと言いたい放題。

さらに沖縄住民の祖先は福建からの移民が多く、大半のルーツは中国にあるとして、沖縄を「同胞」と呼び、「同胞が苦難に直面している時、我々はその独立闘争に手を差し伸べるべきだ」と主張している。

日本人から見れば、バカバカしい限りだが、これはかつて中国が東トルキスタンを侵略して、新疆ウイグル自治区として取り込んだやり方と同じである。

まず「ここは中国の領土だ」と世界中に宣伝して、次に委員会を作り、漢民族を大量に移住させて、弾圧、粛正、民族浄化を行うという方法である。[c,d]

中国の狙いは尖閣諸島のみならず、すでにその先の沖縄に向けられているのである。

■8.中国共産党と連動した国内の動き

以上の中国共産党の戦術から見れば、国内での動きがそれとよく連動していることが見てとれる。

たとえば「移民1000万人移住計画」。公明党、民主党から自民党の一部にまで支持者がいるようだが、中国共産党側の「人民が外に出て行くように指導する」方針と、それを積極的に迎え入れようとする動きがぴたりと合致している。

ドイツはトルコからの移民政策がうまく行かず、大きな社会問題を抱えているが[d]、中国からの「棄民」を大量に受け入れたら、それどころではない。

文科省の「留学生30万人計画」も、「卒業後の雇用の促進」まで謳っており、同様の狙いだろう。平成23年時点の13万8千人の留学生のうち、中国人がすでに63・4パーセントを占め、その比率も上昇を続けている[3]。そもそも就職に苦労している多くの日本人学生をさらに苦しめるような政策をなぜとるのか。

こうして移民や留学生の形で多数の中国人を国内に引き込み、彼らに地方参政権を与えてしまえば、国内政治の実権を渡してしまうことになる。

鳩山元首相は「日本列島は日本人だけのものではない」と言ったが、それは中国共産党の本音をつい漏らしてしまったのだろう。「ルーピー(クルクルパー)ハトヤマ」には、中国共産党も舌打ちしていたのではないか。

鳩山氏は沖縄の米軍基地を「最低でも県外」と公約して、日米同盟を迷走させた。「琉球特別自治区」を作ろうとする中国共産党の最大の障害が沖縄の米軍であることを考えれば、沖縄の基地反対運動も、中国側の狙いと連動しているものと考えるべきだ。

こういう内外からの侵略に屈して、我々の子供たちにチベット人やウイグル人のような悲惨な運命を辿らせて良いものか。そういう事態を防ぐ責任は今の我々にある。


■リンク■
a. JOG(469) 人類を襲う水飢饉
 水飢饉から人類を守るために、日本の「緑と水」の技術が求められて
いる。
http://bit.ly/VxV1HA

b. JOG(563) 哀しい中国工作員

 中国の秘密工作活動は、有為の青年たちの夢を断ち、自らの健全な発
展の芽を摘んでいる。
http://bit.ly/11zc60W

c. JOG(523) シルクロードに降り注ぐ「死の灰」
 中国に植民地支配されたウイグル人の土地に、核実験の死の灰が降り
注ぐ。
http://bit.ly/XVMJnS

d. W1367 中国のウイグル民族浄化政策
http://bit.ly/VwMZvp

e. JOG(143) 労働移民の悲劇
 ぼくたちには何のチャンスもありません。ドイツに夢を抱いていたこ
とが間違いでした
http://bit.ly/XOzOn6

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 鳴霞『日本掠奪―知ったら怖くなる中国政府と人民解放軍の実態』★
★★、桜の花出版、H24
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4434169033/japanontheg01-22/

2. 「『内なる脅威』にさらされる日本の国土」、『明日への選択』H24.3

3. 独立行政法人日本学生支援機構「平成23年度外国人留学生在籍状況調
査結果」
http://www.jasso.go.jp/statistics/intl_student/data11.html


<「頂門の一針」から転載>

2013年03月18日

◆怖い「単独で70議席も」の囁き

古澤 襄


上げ潮ムードに乗る自民党大会が17日開かれた。大会後に親しい議員たちから、まったく異なる感想がもたらされている。いずれも7月の参院選で自民党が勝利し、政局を安定化させる点では変わりない。

6年前の2007参院選で自民党は37議席しか獲得できず、60議席を獲得した民主党に惨敗している。比例区得票数は自民党が1654万票、民主党の2325万票に遠く及ばなかった。

自民党にとって2013参院選は、その雪辱戦となった。安倍首相は大会の挨拶で「来るべき参院選は負けるわけにはいかない。この選挙で勝ち抜いて、誇りある国、日本を取り戻す」と決意を表明した。

朝日新聞社の全国定例世論調査(電話)で自民の政党支持率が44%に上り、2001年4月に現在の調査方法となって以来、最高となった。また読売新聞系のNNN電話世論調査でも安倍内閣の支持率は先月よりわずかに上昇して65・4%となった。

たしかにメデイアの調査報道をみるかぎり、安倍政権は順風満帆。週刊誌の中には自民党が「1人区で全勝、単独で70議席も夢でない」と提灯をつけるところも現れた。

しかし選挙を取り仕切る石破幹事長は、決して楽観視していない。まず自民・公明両党で改選過半数を獲得するために比例区の候補者を前回参院選よりも絞った。1人区でも岩手、山梨、三重、滋賀、奈良、沖縄の6選挙区は苦戦するとみて、25勝6敗を視野に入れている。

手堅い石破幹事長に対して党内から不満の声も出ている。

しかし執行部サイドは手綱を緩める気はない。参院の非改選は自民49,公明9で過半数には達していない。改選数の121議席で公明が11議席とるとみても、自民党は58議席獲得が最低目標になる。参院議長を自民党から出し、予算委員長人事などを考えると妥当な目標であろう。

これまでも自民党が楽勝と伝えられながら手痛い取りこぼしをした例があるから、石破幹事長の采配はかなり慎重である。「1人区で全勝、単独で70議席も夢でない」の声に踊らされると、参院で自民党が主導権を握る”夢”は一朝にして崩れる。

              <「頂門の一針」から転載>

2013年03月17日

◆米国リベラル派の親中的安倍批判

櫻井 よしこ


外交専門雑誌『フォーリン・アフェアーズ』(以下FA)の3,4 月号に日本通で知られるジェラルド・カーチス氏が「日本の慎重なタカ派達(Japan’s Cautious Hawks)」という題で論文を寄せている。

氏は大分出身の政治家、佐藤文生氏を密着取材して『代議士の誕生』(1971 年、サイマル出版会)を世に問い、流暢な日本語もあって、人気を博した。

コロンビア大学で日本政治を研究した氏の10頁にわたる論文に通底するのは、安倍政権への警戒心と、日本の真の自主独立国家を目指す動きへの拒否感だと言える。

氏は昨年の選挙の自民党勝利を、安倍晋三氏もしくは自民党への支持ではなく、民主党への失望の結果だったと指摘したうえで、「大衆の動機が何であれ、選挙によって日本は右傾化する政府と、自衛隊の憲法上の制約を破棄し、日本の若者により強い愛国心を植えつける教育制度改革を行い、東京(日本)が地域及び国際情勢においてより大きな指導力を保持することを目指す首相を生み出した。多くの日本研究者にとって、日本は先鋭的右傾化の転換点にあると思える」と書いた。

参議院でも過半数を勝ちとれば、安倍首相は「歴史修正の動きを押し進めるかもしれない」と予測したうえで、「しかし如何なる挑発的な動きも結果を伴うだろう」として、氏は次のように警告する。

「もし、彼(安倍首相)がこれまで表明してきたように、第2次世界大戦の過ちを詫びた前政権等の談話を無効にする場合、中国、韓国との危機を招くだけでなく、米国の強い非難にも直面するだろう」

歴史問題で日本の主張を認めないのと同様、氏は尖閣諸島を巡る中国の横暴な振る舞いに関して、日本の立場を認めない。

氏は「ワシントンは尖閣諸島の日本の主権を認めていないが、紛争発生時には東京を支える義務がある」としたうえで、「最近の危機の激化(flare-up)は中国によってではなく、日本側の行動によって引き起こされた」と断定するのだ。

■中国の主張への全面的同調

さらに石原慎太郎前都知事を「国粋主義者(nationalist)」と呼び、氏の尖閣購入宣言自体を問題視する。これら一連のカーチス氏の主張は中国共産党の主張とピッタリ重なる。

石原氏の尖閣購入宣言は、中国が日本の領有権を無視して年々侵略の度合いを強める一方だったのに対して、日本政府の無策が続いた結果、止むに止まれぬ思いから生まれたものだ。カーチスの論評は、中国の侵略が先で、それが危機激化の原因であることに目をつぶっている。

現在、中国は連日のように公船を日本の領海や接続水域に侵入させ、背後にフリゲート艦を、空には戦闘機を展開して軍事的に日本の主権を脅かし続けている。この緊張を緩和するために、カーチス氏は米国が2つのことをすべきだと説く。

「第一に米国が同盟国日本の側にしっかりと立たなければならない。紛争の際、ワシントンが日本支持にためらいを見せれば、東京は非常に狼狽する」、その場合、「日本の右翼(Japanese right)」が、その機に乗じるだろうと警告する。

次に、日中双方に尖閣問題を激化させないよう米国政府の影響力を行使せよとして、こう書いている。

「状況改善の第一ステップは、安倍がまず尖閣諸島をめぐる争いは存在しないという虚構(fiction)を諦めることだ」「日本が好むと好まざるとに拘らず、尖閣論争は日中二国間の議論すべき問題である。安倍首相が議論に前向きの意を示せば、中国の対立的立場を後退させるきっかけとなり、日米の政策調整もより巧くいく」

日本国の領土である尖閣諸島に領土問題が存在すると認めること自体、中国の根拠なき領有権の主張に一歩譲ることである。にも拘らず、まず、安倍首相に領有権問題の存在を認めよというのは、中国の主張への全面的同調と言わざるを得ない。

氏は、安倍政権の下で自衛隊に関する憲法上もしくは法律上の改正がなされることへの危惧も表明する。日本が大規模な再軍備に踏み切れば、アジアで軍拡レースが起き、日本と韓国との関係を含めて、地域関係が緊張し、アメリカが紛争に巻き込まれる危険が生じるというのだ。

しかし、アジアはすでに中国の異常な軍拡によって緊張の中にある。弱い日本こそ中国の暴走を誘う要因となり得る。だからこそ、過日の日米首脳会談で日本が集団的自衛権の行使を前向きに検討していることを米国側は好感した。

加えて、米国内にも日本の憲法改正を望む声は常にある。カーチス氏のリベラルな立場がすべてではないことを確認しておきたい。

FA誌のカーチス論文を英文和文で較べてみて、今回、FA誌の日本語版に大きな問題があることに気づかされた。

■不明な編集意図

カーチス論文の日本語版は「2013 No.3」に掲載されているが誤訳と意訳が目立つ。たとえば先出の「最近の危機の激化(flare-up)は中国によってではなく日本側の行動によって引き起こされた」が、日本語版では「最近における危機の深刻化は、中国だけではなく、日本の行動によって引き起こされている部分もある」と訳されている。

緊張激化を引き起こしたのは日本であるというカーチス氏の一方的日本断罪が、なぜこのように緩和して訳されたのか。カーチス論文への日本の読者の批判を回避するためか。いずれにせよ著者に対しても、読者に対しても、出版社として説明する責任があるだろう。

また次の訳は一体どういうことか。日本語版は「現在、東京が心配しているのは、米中衝突のリスクではなく、むしろ米中間の戦略的対立だ」と書いているが、原文は「現在、東京を悩ませているのは米中共謀の可能性ではなく、戦略的対立の可能性である」である。

「米中共謀の可能性」が「米中衝突のリスク」になぜ、なるのか。

また編集意図は不明だが、日本語版にはカーチス論文に続いて、2007年3,4月号に掲載されたマイケル・グリーン氏によるケネス・パイル著『台頭する日本』の書評が再び掲載されている。

優れた日本分析だが、同書は、尖閣への中国の領有権主張が激化する前のものだ。北朝鮮の2回目及び3回目の核実験も、李明博前韓国大統領の竹島不法上陸も行われていない時期の本だ。

日本周辺の政治、安全保障の状況はその後大きく変化した。にも拘らず、状況が変化する前の本の書評を、なぜここに並べたのか。日本の立場への理解を示しているパイル氏の本によって、カーチス氏の対日批判を緩和する意図か。いずれにしても理解し難く、FA誌の日本語版にも違和感を抱くゆえんである。(週刊新潮)

<「頂門の一針」から転載>

◆溶けて流れりゃ、みな同じ

馬場 伯明


健康食品やサプリメントの新聞TV広告(CM)を見ていると腹が立ってくる。有名人が「体調がいいんです。ほら!」と不健康な人に押し売る。

広告(CM)に乗せられ、すぐ買う人も多い。ところが、購入し摂取したが大した効能がなく、がくっと来る人も少なくないらしい。

しかし、安易に信じる方が悪いのかも。「♪泣いた女がばかなのか 騙した男が悪いのか」ある友人は各種の商品を毎月3万円以上も購入しているという。健康は貴重な価値であり一方で大きな不安の種なのだ。

「変な錠剤はいい加減に」と息子らに言われ、内心疑問はあるが「効く。体調もいい」と強がりを言ってしまい、後で反省し落ち込む人もいる。

以下、身近な事例を検討する。朝日新聞(2013/3/6)の全面広告:協和発酵バイオ(株)(以下「協和」)の「(リメイク)オルニチン」だ。

島原市出身のキャスターの草野仁さん(69歳)が登場する。(なお、私は、協和や草野さんへの個人的な恨みなどは、もちろん、一切ない)。

「しじみの健康成分である遊離アミノ酸のオルニチンを世界で初めて発酵法により量産に成功した」(協和)。次に草野さんの言葉を抜粋する。

「以前、調子を崩した同僚が、しじみ汁を3ヶ月間飲んで元気を取り戻したのを目の当たりにしたこともありました。そして自分がオルニチンを飲むようになった今、その絶対的な魅力を改めて感じています」

「朝からリズム良く、ハードな撮影も元気いっぱい。若手の方から『草野さんが一番元気ですね』って言われました。まさにオルニチンの力です。負ける気がしませんね」

毎日、朝食後に6粒。この習慣は3年間一度も欠かしたことがなく、今では家族みんなでオルニチンを飲んでいるという。

「周りの人にも100%自信を持っておススメできます。これは間違いありません」それいけ、どんどん!向かうところ敵なしである。

「協和発酵バイオのオルニチンなら1粒でしじみ約300個分相当(のオルニチン)が手軽に摂れます」(協和)。6粒で1800個分、すごい。

草野さんの摂取歴はまだ3年らしい。「飲み始めて2、3日で何かが違ってきたというか、いい実感があったんですね。今ではオルニチンが自分の身体を後ろからしっかり支えてくれている、という感じで安心できます」

「えっ2、3日で、ほんと?」と疑う。だが、草野さんのオールバックの黒髪に端正な顔、その穏やかな表情が私の疑義を消し去るかに思える。

それでも、この広告(CM)を細かく見ていたら、次のことに気付いた。

(1)「効能がある」とは一言も言わない。「効能がある」と思わせる巧妙な洗脳を仕掛ける。両手をパ〜ン、猫だましのようでもある。「思いたったら今すぐお電話で」とあり「おれおれ詐欺」の口上にも似ている。

(2)同年齢層の有名人では随一の元気者である草野仁さんを広告塔として利用している。草野さんもその仕掛けに乗り、いわば共犯に近い。

(3)しじみ汁で元気を取り戻した草野さんの同僚を持ち上げる一方でおとしめる。「1粒でしじみ300個分」と大きく標示し「しじみ汁より(リメイク)オルニチン(が優れている)」と購入者らを暗示にかける。

山盛りの300個のしじみには「この写真はイメージです」、オルニチン3粒の写真には「しじみ由来ではなく」と極小文字で言い訳をしている。

 (4)しじみ汁の同僚の体験談は事実であろう。しかし、当然とは言え、協和と草野さんは紙上で延々と商売(儲け話)だけを追い求めている。

 (5)しじみ汁に20個のしじみが入っているとすれば、オルニチンの1日の(指定)摂取目安が6粒だから、しじみ汁90杯(300個÷20個/杯×6粒)、しじみ1800個分になる。驚きである。

1杯のしじみ汁は3カ月で効能があったという(草野さんの同僚の事例)。
オルニチンは遊離アミノ酸なので6粒飲んでもタンパク質にはならない。摂取過剰だ。大半は体内を通過し流れ出るのではないか(推測)。

でも無害だから「過ぎたるは猶及ばざるがごとし」ではない。一つだけうまい話が残る。協和と草野さんのもとには購入者の支払金が「溶けて流れる」ことはなく、確実に蓄積される。

オルニチンの広告(CM)の今後などについて、私なりの意見を記す。

 (1)1日6粒は「♪溶けて流れりゃ、みな同じ」、摂取過剰と思われる。協和による摂取目安の科学的なデータによる説明が必要である。(同社の基本方針には、「安全と健康を科学的観点から配慮して・・」とある)

 (2)協和はオルニチンの効能の数値を公表すべきだ。効能不明ならば効能があるかのように人心を惑わす広告(CM)はすぐ中止すべきである。

 (3)草野さんはCMを降板した方がいい。長崎県出身の歳が近い先輩として恥を晒してほしくない。個人ではお飲みになればいい。ただ、1粒がしじみ汁15杯分相当だから1日1粒を少し齧るだけでいいはずだ(笑)。

好きな俳優の三國連太郎(90歳)がヒアルロン酸「皇潤」のCMに出演したので大いに失望した。その後CMから消え「足腰が弱くなった」(ZAKZAK 2012/9/6)と。CM降板とともに皇潤の効能も消えたのか。

 (4)健康食品やサプリメントの飲食・摂取については、公私の専門機関の情報、効能の数値、類似品の情報などを見極め、慎重に選択の判断をすべきである(正しい判断は難しいだろうな・・)。

しかし、「蓼(たで)食う虫も好きずき」だ。自由主義経済の世であり(否定的な)私などがこの商品販売を止めさせることはできない。

ところで、このように書いて来れば、「お前は偉そうなことを言っているが、何を喰っているのだ」と追及されそうだ。自分のことを記す。

 (1)今まで健康食品やサプリメントを摂取したことはない。酒は毎日だが普通の食事である。

(2)定期健康診断や各種のがん検診の数値は許容範囲。ただ、BMI:25.5(177cm・80kg)太目と判定されている。不本意。

(3)大衆薬を含め、薬を定常的に飲んだことはなく、今も飲んでいない。鼻風邪に「ルル」3錠、痛飲後の「正露丸」2錠を年に2、3回必要とする。

(4)これまで医療機関等に入院したことはない。

(5)テニスを週に1日。ゴルフは月に1ラウンド〜。DRは飛ぶ方で、直近のスコアは88である。

幸いに今は元気者。長生きして逝った父(94歳)と母(93歳)に感謝する。だが、元気者という長所は欠点と裏腹である。不健康な他人の悩みや痛みに寄り添い理解する能力に欠けている。自省が必要だ。

2013/3/9(土)久しぶりにTBS「世界ふしぎ発見」を見た。スイスのサンモリッツなどの珍しい風習を紹介していた。草野さんは相変わらず黒々とした立派な髪だったが、目尻や頬の張りが衰えたようにも感じられた。

バリバリ仕事を続けるために、草野さんは、メイクで補うよりも、やはり(リメイク)オルニチン6粒の継続摂取を選択するのだろうな。草野さんならば、セサミンや皇潤でも確かな効能がありそうだけど・・・。

本稿:拙文では、企業等による健康食品やサプリメントの姑息な仕掛け広告(CM)と、世間の人たちの安易な飲食・摂取の傾向に対し、正論の警鐘を鳴らしたつもりである。

が、少し言い過ぎたか。そう、曖昧なことには「持ってけ、泥棒!」の余裕で、他人を理解し、寄り添い、おおらかな気持ちで日々を過ごすのが「長生きの秘訣!」と、誰かが言っていたなあ・・・。

ん、あれれ!今後の自分の生きる姿勢が、何か、腰砕けになってしまったような・・・。(2013/3/16 千葉市在住)
            <「頂門の一針」から転載>

2013年03月16日

◆穴だらけのミサイル防衛システム

古澤 襄


米国羽 44基の迎撃ミサイルを米本土に配備し、北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃する態勢をとった。ひるがえって北朝鮮のノドン・ミサイルの脅威に曝されいる日本のミサイル防衛はどうなのであろうか。

平成10年(1998)小泉内閣が北朝鮮の弾道ミサイル開発を日本の安全保障の脅威とみなして、『日本版弾道ミサイル防衛(BMD)』のシステム導入を決定した。翌年の平成11年度から毎年1000億円から2000億円の予算を計上し続けて、ミサイル防衛体制の構築と研究開発を続けている段階である。

弾道ミサイル迎撃の方法としては?発射直後のブースト段階で破壊するもの?発射後大気圏外で慣性飛行している段階で破壊するもの?着弾前の再突入段階で破壊するものの3つに分けられるが、コストもかかり信頼性も落ちる。100%迎撃成功というのはあり得ない。

一時話題となったイスラエルのアイアンドーム・システムは、ハマスのロケット弾を90%の確率で迎撃破壊して、韓国でもアイアンドームの導入が検討されたが、ハマスのロケット弾は安物、低性能で誘導システムのようなものは一切装備されていないから、北朝鮮の弾道ミサイルとの比較は無意味ではないか。

弾道ミサイルを発射する側に比して、迎撃側のミサイル防衛システムの方が更に極端な高性能化(相手の速度が極大化する)が要求され、技術的な難易度は高くなる難点がつきまとう。

米国の弾道ミサイル迎撃能力を持つミサイルは開発のほかは、イスラエルのアロー(Arrow)や、ロシアのS-300などが知られている。だが基本的には相手国のミサイル発射基地を攻撃し、破壊するしかないというのが現実であろう。

それでミサイル発射側も攻撃され安い固定基地を避けて、移動式ミサイルの開発に力を入れている。北朝鮮のノドン・ミサイルは移動式型になったといわれている。

弾道ミサイルの発射は早期警戒衛星によって探知される。その情報は、アメリカ本土のMCS (Mission Control Station) または日本やドイツ、韓国の米軍基地に配置されたJTAGS (Joint Tactical Ground Station) で受信される。

米イージスBMD艦は、アメリカ四軍の統合情報配布ネットワークIBSに続するための端末・JTT (Joint Tactical Terminal)が配備されており、IBSで配布された早期警戒情報を受信する。

ミサイルの最終着弾の段階は、パトリオットPAC-3システムによって迎撃する。しかし終末速度が極めて高速になる大陸間弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)では対応できないという指摘がある。そこから相手国でミサイル発射の動きがあれば、先制攻撃をかける論が出てくる。

現在、米軍にはイージスBMD3.6と呼ばれるバージョンが実戦配備されつつあるが、日本の海上自衛隊には、その日本版としてイージスBMD3.6JまたはJB1.0と呼ばれるものが開発されている。オリジナルのイージスBMD3.6との主たる相違点は、IBS/JTTを搭載しないことである。

イージスBMD3.6Jは2010年度までにこんごう型護衛艦4隻に搭載され、こんごう型はミサイル防衛能力を獲得した。これにより、2隻の作戦配備艦で南西諸島を除いた日本全土を防衛できることになった。

しかし相手国からの第一撃を半減できても、200基あるといわれるノドン・ミサイルの波状攻撃を受けたら壊滅的な被害を受けるのは避けられない。平和憲法でみずからの手足を縛った日本だから、ひたすら北朝鮮の良識に期待し、神に祈るということなのだろうか。

<「頂門の一針」から転載>

◆中国が恐れる日本の核武装

古森 義久


アメリカ上院での「日本の核武装」論議の紹介を続けます。

<米国上院が日本の核武装を論じた 北朝鮮の核兵器開発への対抗策として浮上>

デービース代表が答える。

「私は国務省に勤務するので、その問題への十分な答えはできないかもしれませんが、私の知る限り、日本では米国の防衛誓約が危機に瀕したという深刻な心配は出ていないと思います。たぶんオバマ政権の『アジアへの旋回』戦略がその種の心配を抑えているのでしょう」

この時点から他の議員たちが加わっての意見の表明や質疑応答がしばらく続き、マルコ・ルビオ議員(共和党)が意見を述べた。ルビオ議員は若手ながら共和党側で次期の大統領候補の1人とも目される気鋭の政治家である。

「私がもし日本、あるいは韓国だとすれば、北朝鮮が核武装を進め、その核兵器保有が国際的に認知された場合、自国も核兵器を保有したいと考えるでしょう。だから北朝鮮の核武装による東アジア地域での核兵器エスカレーションへの恐れは極めて現実的だと思います」

クリストファー・マーフィー議員(民主党)も日本に言及した。

「北朝鮮の核武装が公然の現実となると、東アジア地域の力の均衡は劇的に変わるでしょう。10年、あるいは15年後には日本を含め、4カ国、または5カ国もの核兵器保有国が出てくるかもしれない。中国はそんな展望をどう見るでしょうか」

デービース代表が答えた。

「中国は日本と韓国での一部での核についての議論には細かな注意を払っています。私は日本でも韓国でも核兵器開発を支持するコンセンサスはまったくないと思います。しかし中国は気にしています」

■日本の核武装を極度に恐れる中国

やがてデービース氏が証言と質疑応答を終え、第2の証人グループとしてスティーブン・ボズワース元韓国駐在大使、ロバート・ジョセフ元国務次官、ジョセフ・デトラニ元6カ国協議担当特使の3人が登場した。


委員長のメネンデズ議員が北朝鮮の核武装を防ぐ上での中国の重要性を改めて強調した。

「2005年に北朝鮮がそれまでの強硬な態度を改めて、非核の目標をうたった共同声明に同意したのは、中国が援助の削減をちらつかせたことが大きな原因になったそうですが、これから中国にその種の北朝鮮への圧力を行使させるにはどんな方法があるでしょうか」(つづく)

http://komoriy.iza.ne.jp/blog/entry/3023163/

<「頂門の一針」から転載>