2013年01月23日

◆食品を捨てるドイツ人

永冶ベックマン啓子


ドイツ人は節約精神に富み食糧品は大切にして再利用し、捨てる事などないと思っていましたが、それはどうやら戦争を知る世代にのみ当てはまる事だったようです。

2年ほど前ですが、意外にも美味しそうな大量のパンがゴミ箱に捨てられている写真付きの新聞記事にまさかと言う驚きの声が出ました。

アフリカでは飢死があり、気候変動の食糧難が考えられ食料品や種の値上がり、ロマの子供達は毎日ゴミ捨て場にゆき食料を探すのが日課という現実が近隣緒国にあります。

国連報告ではアジアとアフリカが深刻で8人に1人が慢性的な栄養不足との報告がある中で、ドイツでは3人に一人が太りすぎ、豊かな物があふれる使い捨て社会となりスキャンダルな出来事が起きていたわけです。

スーパーのゴミ箱から十分食べられる食料品を故意に拾い生活している元東ドイツの若者達がこれで全部生活出来てしまうとテレビで紹介されていました。

輸入物のバナナやオレンジが年一度クリスマスの時期にしか手に入らなかった元東ドイツでは「もったいない」という価値観を忘れていないドイツ人達もいました。

またパリのヨーロッパ最大の魚市場では売り残ったものが廃棄されているなど、メディアで色々と食品に関する問題が取り上げられていました。

以前と比べて、スーパーの数も野菜や果物販売の屋台も最近増え、どこに行っても食料品があふれしかも一般の店は食品がとても安いと私自身も感じていました。

連邦政府農林大臣(女性)のイルゼ・アイグナーさん(CSU)は、これは大変な問題なので調査する必要があるという意見が余りにも多くなり、実情を昨年シュトゥットガルト大学の農業食糧消費者保護の担当部に科学的な調査を委託させましたが、その結果は実に驚くべき事実が判明しました。

ドイツは食糧自給率は90%位と高く、一部の気候的に生産が無理な野菜や果物は輸入していますが、お肉や乳製品はかなり輸出もしている国です。

ドイツはゴミの分類やリサイクルが進み、ゴミの量が減ると共にゴミ処理料金も下がる中で、一方食糧品ごみは大変多く1100万トン廃棄する国になっていました。

調査によりますとドイツ人1人頭、年間81、6kg(バイエルン州では64kg)の食料品をゴミ箱に捨て、これは毎日225gの食品、つまりほぼ平均的な家庭の朝食を捨てている事になります。

金額に換算しますと、年間1人頭235ユーロ、4人家族では940ユーロもの金額になり、国としましても膨大な額の浪費になります。これらの食品廃棄物の61%に当たる667万トンは個人の家庭から出され、次に17%の190万トンをレストランや食堂などの大消費者、同じ17%が食品販売製造産業由来、そして残りの5%は量にしますと55万トンが流通運送経由となっていました。

これは食糧品を積んだトラックが50万台分の量ですが、ベルリンと北京の間を繋ぐ列ができまして、大変な長さと量になります。

家庭由来の廃棄食品の中で一番多い物が野菜26%、果物18%となり半分近い44%にもなっています。

研究では、野菜と果物は形がいびつで大きさがそろわない場合は、全て商品にならなくゴミ箱行き、15%のパンや焼き菓子、12%の食べ残し、8%の乳製品、7%の飲み物、6%のお肉と魚、 5%のパスタ類、その他が3%です。

この野菜や果物パンやお菓子を満載したトラックを想像するドイツ人は、誰も驚きショックを受け、反省した事でしょう。

以前、ミュンヘン市民の出すゴミは袋に詰めて並べるとモスクワまで到達する長さになり、一人の人が1年間で出すゴミを透明のプラスチックの箱に入れて市庁舎前マリエン広場に設置して視覚的に市民に訴え、ゴミを買わない作らないように日常生活で努力すればゴミ処理料金が減りますとキャンペーンを行い、ゴミの大幅な減少に成功しました。

パンだけをを見ましても20%余分に製造され、夕刻6時にスーパーはパンの棚に商品が十分あることを要求しているので、捨てざるを得ないようです。数%は新しいパン製造にも使えますが、木材と同でよい燃料とされている所もありました。

ジャガイモ農家で収穫した時大きさの選別がなされ、その時大きすぎる物、形がいびつなもの、また小さすぎるものは販売できず、近所の方に分けるか、農家の直売店で販売するか、売れないものは農地に放置して肥料にするんだそうです。

中世では人生35年のヨーロッパ人飢餓を救い、寿命を獲得させたジャガイモは今半分近くは捨てられています。当然、廃棄された食料品の65%は各方面で対策を講ずれば予防できるものだそうです。

ヨーグルトなどは賞味期限が過ぎても十分問題なく食べられますし、賞味期限のつけ方にも問題があり、賞味期限が近づきますと人々は購入しませんから捨てるか寄付しかなくなりますが、法的な考慮も必要とされます。スーパーに並ぶ半分の食料品は捨てられる運命にあるそうです。自由経済社会での生産調整も難しい面があるそうです。

ヨーロッパ人が捨てる食料品で、世界の飢餓人口の2倍を救う事が出来るとも言われています。アイグナーさんは、200以上のレシピーも集めて国民に紹介され、2020年までに食糧品廃棄物を半分に減らそうというプロジェクトが今ドイツで始まっています。食料品の自給自足率が比較的低い日本では一体どうなんでしょう? 
(ミュンヘン在住)   
 <「頂門の一針」から掲載>

2013年01月22日

◆太陽光発電の買取価格

泉 幸男


わたしの勤務先の職場でも、十数メートル離れたところにいる同僚らが、国内の太陽光発電事業を担当していて、あちこち出張で飛び回っている。

太陽光発電の電力は、1キロワット時あたり「40円+消費税」で20年にわたり電力会社が買い取ってくれる。 だからビジネスになる。

一般家庭の電気代は1キロワット時が20円台の前半だから、電力会社にとっては完全な逆ザヤだ。もちろん、電力会社が黙って損をかぶるわけはなく、ツケはやがて消費者へ回される。

高コストの電力は、景気にはマイナス要因だ。商社として太陽光発電でショボショボ儲けたとしても、景気を悪くしては元も子もない。

■ 開発途上の技術 ■

1キロワット時あたり「40円+消費税」という買取価格が去年発表されたときにはビックリした。

あまりに高い。事業者にここまで儲けさせてよいのかと。

世界的な相場は、1キロワット時あたり30円そこそこだ。だから、政府が決める固定価格も30円台の前半だろうというのが大方の予想だったのだが。

わたしの勤務先がやるかどうかは別として、中国製の安い太陽光パネルを使えば30円台の前半でもビジネスとして成り立つはずだった。

太陽光発電は、まだまだ開発途上の技術である。昨年12月に「次世代太陽光発電」のシンポジウムが横浜で行われ、わたしも傍聴したのだが、その副題にいわく≪発電コスト14円/kWh の太陽光発電技術の普及に向
けて≫

7年後の2020年に、1キロワット時あたり14円の発電コストを実現しようというわけだ。業界としては、2030年に1キロワット時あたり7円を目指している。

原料となるシリコン。いまは 100%輸入品であり、うち80%は中国からの輸入だ。

国産のシリカ(二酸化珪素)が使えれば原料輸入に頼らなくて済む。国富の流出が防げる。そういう技術も懸命に開発中という。


■ 未来にツケと悔いを残すな ■

太陽光パネルは20〜30年にわたって使われる。現在の遅れた技術に基づく高価格のパネルを、今日ただ今何を焦って国じゅうに敷こうとするの
か。

7年待って2020年あたりから、国産シリカを原料にした低価格のパネルを一気に普及させるほうが、国民経済にとってプラスではないか。

2020年になって、後悔したくない。そのときになって、7年前の2013年に敷きつめた高コストの太陽光パネルをにらみつけ、2013年に結んだ理不尽な電力買取契約を恨みに思っても、詮ない話だ。

未来に悔いを残さぬよう、いますぐ軌道修正すべきである。国民経済の限りある資金を投じる先は当分のあいだ、技術開発に絞るべきだ。

■ 太陽光発電事業はローテク ■

いまの技術による太陽光発電は、もはやハイテクではない。ローテクだ。

太陽光発電の電力を高く買い取らせますと政府が音頭取りをしても、国産のパネルは中国製に価格で太刀打ちできない。週刊誌に叩かれてもヘッチャラの事業者は、中国製パネルを使う。

土建・据付け。まちの工務店でやれるローテクの土建である。太陽光発電には広大な土地が必要だ。借地料もコストを左右する。

再生可能エネルギーといったところで、ハイテクの要素は少ない。潤うのは、工務店と地主と素人事業者ではないか。いまの太陽光発電事業をあり姿のままに支援しても、ハイテク支援の要素はとぼしい。

1キロワット時あたり40円+消費税の20年間据置き価格は、未来の世代にツケだけ回す捨てガネだと思う。

■ 社会が納得する「35円+消費税」■

日本経済新聞の1月19日の1面報道記事を読んで、暗い気持ちになった。経済産業省は、いまの割高な長期買取価格を平成25年度の契約分についても引き続き適用する方針でいるらしい。2月中に本決まりとなる。

(ここで解説をしておこう。

平成24年7月に始まった制度では、ひとまず平成24年度のうちに成立した太陽光発電プロジェクトには、1キロワット時 42円を20年にわたり認める。

長期据置価格はプロジェクト成立年度ごとに見直すことになっていて、平成25年度に成立したプロジェクトについては、適用価格は未定とされてきた。)

そもそも再生可能エネルギーの固定価格買取制度から、太陽光発電だけ外してしまえばいい、というのがわたしの本心だ。太陽光発電はコスト高で、技術も未熟だから。

しかし、現実社会ではさすがにそれだけでは通るまい。社会が納得する現実的なタマとして提案したいのが、1キロワット時あたり35円+消費税という買取価格レベル。

(わたしの本心としては「33円+消費税」あたりでもいいと思うが。)

■ 税制を変えて休耕地でやればいい ■

40円を35円に引き下げる条件として、提案したいことがある。休耕地となっている農地で、太陽光発電を行うことを認めるのである。

現行のルールでは発電事業は「工業」にあたるので、農地で太陽光発電を行うと固定資産税が跳ね上がる。農地として支払う固定資産税が、工業用地の固定資産税へと変わるからだ。

経産省・農水省・財務省の間で調整を進めてほしい。休耕地で太陽光発電を行うときには、農地としての固定資産税のままでよいことにしてはどうか。

その代わり、減反などの名目で与えている補助金は無しとする。要は、すべてを簡素化する。すると、解が見つかる。

太陽光発電には複雑なノウハウは要らない。米や蜜柑を作るよりずっと単純だ。農家が遊ばせている土地で、かつかつの利益が出ればそれでいいではないか。

                ===

▲ 後記 ▼
 
太陽光発電所を各地に作って設備能力が「100万キロワット」に達したとしても、100万キロワットの原発とは全然意味が違います。

100万キロワットの発電能力をもった太陽光発電設備といっても、そこで生まれているのは直流の電気です。

実際に電力網に乗せるには交流に変換するのですが、その過程で15〜20%のロスが出ます。

つまり、新聞紙上で見る「100万キロワットの太陽光発電設備」は実をいうと、かんかん照りの昼間でも最大80〜85万キロワットの交流の電気しか送電できない。

原発や火力発電は、定期点検や故障のとき以外は、必要に応じて発電ができます。設備利用率は80%といったところ。

ところが太陽光発電は、当然ながら夜は発電ゼロ。朝や夕方も発電量は減ります。曇りや雨の日も発電量が落ちます。

設備利用率は15%ていど。つまり原子力・火力発電に比べて、6分の1しか働かない。

だから「100万キロワットの太陽光発電設備」といっても、じつは15万キロワットの火力発電所ていどの価値しかないのです。
 
太陽光発電についての新聞記事を読まれるとき、ぜひこれを念頭に置いてください。

◆■■■国際派時事コラム「商社マンに技あり!」■■■◆
http://www.f5.dion.ne.jp/~t-izumi/
    太陽光発電の買取価格を「35円+消費税」に
■■■■第354号■■平成25年1月21日発行■■■◆
                       転載許諾済
                     <「頂門の一針」から転載>


2013年01月21日

◆在日外国人は改名し放題

平井 修一


通名(つうめい)とは、通称名の略。本名ではなく、一つ、もしくは複数の通称名を名乗って生活することは、法律的規制がないため原則自由である。現在、一般に「通名」とは外国籍の者が日本国内で使用する通称名を指す。

通称名で有効な法律行為を行うことは原則としてできないが、例外がある。在日外国人の通名は、居住する区や市町村に登録することで、住民票に記載され、法的効力を持つ。

登記などの公的手続に使用することが認められ、 契約書など民間の法的文書にも使用できる。印鑑登録証明書や運転免許証の氏名欄には、本人の申請により本名に加え、通名の併記が可能である(例:氏名 金美淑(木村淑子))。

<所謂「在日特権」であるという意見もある。例えば、通名による銀行口座開設が可能であり、架空口座としてマネー・ロンダリングなどに使用された例がある。

また、通名の変更には制限がないため、東京23区内では1人が最高で32回の通名変更を行った事例があり、頻繁な通名変更は別人に成り済ますことが可能として、通名制度を犯罪と不信の温床であるとする意見もある>(ウィキ)

報道などでは原則として本名とし、カッコ内で通名を併記すべきだろう。

<ルーシー・ブラックマンさん殺人事件の犯人、織原城二が元在日韓国人「金聖鐘」であるということは、実は事件当時からマスコミでは知られていた。しかし、どこも報じなかった。「金聖鐘」であると最初に報じたのは、TIME誌だった>(オフイス・マツナガのブログ!)

日本のマスコミは一部を除いておかしいのではないか。本名を優先するのが常識だ。

今の日本人は結婚や養子縁組で改姓しない限りは、通常はたった一つの姓名で一生を通す。赤ん坊の平井修一は棺桶に入っても平井修一である。便利は便利だが、味もそっけもない。昔の人は名前がいっぱいあった。ことあるごとに名前を変えた。それがいいことかどうかは分からない。

例えば戦国武将の斎藤道三はこんな具合だったという。峰丸(幼名)→法蓮坊(成長して学問僧)→松波庄九郎(還俗)→奈良屋庄九郎(商人に入り婿)→山崎屋庄九郎(商号変更)→松波庄九郎(再び武士)→西村勘九郎(美濃に仕官)→長井新九郎(名家を継ぐ)
→斎藤左近太夫秀龍(守護代家を継ぐ)→斎藤山城守利政(美濃国主となる)→斎藤道三(出家)。

本人もいちいち憶えていられないくらいだ。

徳川家康は松平元信→元康→徳川家康と名前を変えている。幼名は竹千代、松平元信時代からの通称は次郎三郎。1567年(永禄9)に勅許を得て徳川氏に改姓。

吉田松陰は幼時の名字は杉。幼名は虎之助。吉田家に養子入り後、大次郎と改める。通称は寅次郎。諱(いみな、本名)は矩方(のりかた)。字(あざな、実名以外につけた名)は義卿(よしさと)、号は松陰の他、二十一回猛士。

号(ごう)とは、名や字以外に人を呼ぶ際に使われる称号。自身で名付けたり、他人によって名付けられる。

西郷隆盛は名(諱)は元服時には隆永、のちに武雄、隆盛と改めた。幼名は小吉、通称は吉之介、善兵衛、吉兵衛、吉之助と順次変えた。号は南洲。

一時、西郷三助、菊池源吾、大島三右衛門、大島吉之助などの変名も名乗った。本名は8代目吉之助隆盛と言う。

大久保利通は幼名は正袈裟(しょうけさ)。元服し、通称を正助、諱は利済と名乗るが、後に島津久光から一蔵(いちぞう)の名を賜り通称を改める。慶応元年(1865年)に利通と改諱する。

木戸孝允(桂小五郎)は、「木戸」姓以前の旧姓は、8歳以前が「和田」、8歳以後が「桂」である。小五郎、貫治、準一郎は通称である。命を狙われ続けた幕末には、新堀松輔、広戸孝助など10種以上の変名を使用した。

「木戸」姓は、第2次長州征討前(慶応2年)に藩主毛利敬親から賜ったものである。

「孝允」名は、桂家当主を引き継いで以来の諱であったが、戊辰戦争終了の明治2年(1868年)、東京招魂社(靖国神社の前身)の建立に尽力し、戦いに命を捧げた同志たちを改めて追悼・顕彰して以降、自ら諱の「孝允」を公的な名前として使用するようになった。

現在では使用目的に応じ、筆名、雅号、画号、俳名、芸名、源氏名、狂名、候名などがある。

作家や芸人は筆名や芸名を持つ。夏目漱石の本名は金之助。俳号は愚陀仏。永井荷風の本名は永井壮吉。号に金阜山人(きんぷさんじん)、断腸亭主人(だんちょうていしゅじん)ほか。太宰治の本名は津島修治。辻島衆二、小菅銀吉名義でも文章を書いていた。司馬遼太郎の本名は福田定一。

先頃亡くなった十八代目・中村勘三郎の本名は波野哲明(なみののりあき)。子役時代から五代目・中村勘九郎を46年間名乗っていた。
           <「頂門の一針」から転載>


2013年01月20日

◆米国一部に根強い対日歴史批判

櫻井 よしこ


新年早々、『ニューヨーク・タイムズ(NYT)』紙が安倍晋三首相批判の激しい社説を掲げた。「日本における修正主義」の見出しで「もし首相が戦時の性奴隷(sex slavery)に関する公式謝罪を修正(modifies)するなら、地域の緊張を激化させるだろう」という書き出しだ。

これは昨年12月31日の『産経新聞』紙上の安倍首相の単独インタビューを報じたロイター電を基にした批判である。『産経』で首相は95年の村山富市首相の談話に代えて「21世紀にふさわしい未来志向の談話を発表したい」と語った。対してNYT社説はこう書いた。

「アジアの安定のために日韓関係ほど重要なものはない。にも拘らず、安倍晋三日本国首相はその任期を過ちでスタートするかに見える」、「彼は朝鮮や他の国の女性を性奴隷としたことも含めて第二次世界大戦の侵略(aggression)への謝罪を修正するかもしれない意向を示した」

安倍首相を社説子は「右翼の民族主義者」と断じ、「性奴隷として奉仕した女性たちが強制された(coerced)証拠はないと主張している」、「(日本国の)犯罪の如何なる否定も(日本国の)謝罪の如何なる希薄化も、日本の残忍な(brutal)戦時支配に苦しんだ韓国、中国、フィリピンなどを激怒させるだろう」と書いている。

首相の意向を、「安倍氏の恥知らずな衝動(shameful impulses)」と決めつけ、「日本が過去の歴史のごまかしではなく長年の経済停滞の改善に集中すべきときに、修正主義は当惑以外の何ものでもない」と結論づけている。

全文で35行の社説には「性奴隷」「右翼」「民族主義者」「修正主義」「恥知らず」などの?修辞?が多出する。昨年秋、徹底した取材で中国共産党の凄まじい腐敗問題を暴いたジャーナリズムの雄、高い国際的評価を勝ちとってきたNTYらしからぬ感情論の目立つ社説である。

■日本の主張や説明を無視

ジャーナリズムの基本は取材である。社説は事実に基づいた洞察でなければならない。

だが、安倍首相批判の社説からは歴史の事実関係を調べた痕跡は読みとれず、むしろ知識の欠落が目立つ。当該社説子は安倍首相に突きつけた「衝動」という言葉を自らにこそ重ねて省みてはどうか。

かつて慰安婦問題に関して強調された日本非難は女性たちを日本国政府や軍が強制連行したという点だった。しかし、多くの調査にも拘らず強制連行を示す資料も文書も見つからず、複数の証言もむしろ、強制連行の否定に行きつくものだった。

軍命で朝鮮半島の女性を強制連行したと嘘をついた吉田清治氏も、当の韓国側によって商業主義のでたらめと批判された。

こうして強制連行非難が成り立ちにくくなると、この点についての日本の主張や説明を無視して、韓国も中国も、米国の一部のメディアや要人も女性に性行為を強制したことを非難するのだ。その点を意識したのか否かは不明だが、 NYTの社説も強制連行と言わず、「性奴隷」の「強要」だと非難している。

私も慰安婦を存在させたこと自体が悪いとする価値観を否定はしない。性の売買などさせないほうがよいと私も思う。しかしそこまで主張するなら、では一体どの国とどの軍隊に日本非難の資格があるのかと、問わなければならないのも事実だ。

敗戦の日本を占領したとき、米国はまっ先に「女を用意せよ」と要求した。このことは『毎日新聞』の政治記者で東京本社編集局長、副社長まで務めた住本利男氏が『占領秘録』(中公文庫)に書き残している。

『占領秘録』は昭和27年4月、日本の主権回復と同時に開始した連載をまとめたものだ。それまでは米国の占領下で、新聞、雑誌、ラジオ、演劇などすべてが厳しい検閲を受けており、日本人には表現の自由も報道の自由もなかった。住本氏は占領終了を待ち侘びていたかのように記者としての体験と取材を世に問うた。そこにはこう書かれている。

「米軍が横浜に進駐したその晩に、早くも佐官級の人々がジープを飛ばして東京にきた。そして丸の内警察署を警視庁とまちがえてか、入ってきて、女を世話しろ」と迫った。丸の内警察が「そういうものはないと答えると、あの辺に大勢いるではないかといって、日比谷あたりを歩いている女の人たちを指さした」と。

これは昭和20年夏のことだ。絶対的権力を握った占領者が有無を言わさず女性を要求した様が浮かんでくる。その後各地で起きたことは多くの日本人が心の中にいまも生々しい記憶としてとどめているはずだ。私たちは忘れてはいない。

だが敢えて口にすることもしない。戦いに負けるとはこういうことなのだと自らに言いきかせ、同時にその時代の価値観と背景を考慮するからだ。

■現在の常識で過去を裁く

日米両国の歩みには共通の失敗とより良い未来への共通の志がある。戦時中の慰安所における売買春と同様の事例が戦後もあったことは、すでに前述した。NYTや韓国や中国は戦時中の行為をいま、「性奴隷」として非難するが、奴隷制度の本家本元は米国である。

アフリカ大陸から人々がどのように強制連行されたか。人間としてではなく物として運ばれ、売り捌かれたのではなかったか。黒人奴隷に多くの子供を産ませた大統領も存在していたのではなかったか。

とは言え、私は米国のもうひとつの側面を高く評価する。奴隷制度を作った米国は歴史の経過の中で、あらゆる差別をなくそうと極めて真摯に取り組んできた。性差別も人種差別も含めた差別撤廃に、他のどの国よりも熱心に取り組んできた米国に私は深い敬意を払っている。

このような国柄を創った米国人だからこそ、日本人が米国人と同じ価値観を守るべく、過去も現在も努力していることを、最もよく理解できるはずだと確信もしている。

たとえば日本は1919年、第1次世界大戦後の国際社会の秩序構築に寄与したいと願い、人類で初めて人種平等の原則を提唱した。人種差別の苦しみを知る日本国の提案を取り上げなかったのが、パリ講和会議議長を務めたウッドロー・ウィルソン米大統領だった。

そして現在、日本人は戦前の売買春が当時の常識であったとしても自省し、米国同様、普遍的価値に資するべく努力を重ねている。にも拘らず、実態も調査せずに決して奴隷的扱いではなかったその制度を「性奴隷」と決めつけ、日本は反省していないと非難し続けることには、名誉をかけて異議を唱えるものだ。

米国の良識を代表するNYTはなぜこのような実態を調査しないのか。なぜ事実の検証を疎かにするのか。同盟国日本をなぜもっとよく見詰めないのか。日米は多くの価値観を共有する。こうした事実を米国に伝え、双方で学び合うための情報発信に国家プロジェクトとして取り組むことを、安倍首相に望むものだ。(週刊新潮)

2013.01.19 Saturday name : kajikablog
                     <「頂門の一針」から転載>

2013年01月18日

◆中国のデマに踊る日本のメディア

田久保 忠衛


 ■ 憲法改正の時告げる「中国不穏」

いくら宗教を厳しい管理下に置いているとはいえ、説くところが非常識であれば、「淫祠(いんし)邪教だ」と笑い飛ばせないのだろうか。中国政府は昨年暮れ、キリスト教会・宗教集団の「全能神」に大弾圧を加
え、気功集団の法輪功以来の大量摘発を行ったという。

産経新聞北京電によれば、全能神は1980年代 に黒竜江省で生まれた新興宗教で、イエス・キリストを信仰するほか、共産党を「大紅竜」という隠語で呼び、「大紅竜を殺して全能神が統治する国家をつくろう」と主張しているそうだ。

 ≪体制崩壊恐れ攻撃的姿勢も≫

言論、集会、結社の自由が認められている社会で黙示録的終末論を大真面目(まじめ)に説いても、弾圧の対象にはなるまい。さては、中国には体制を揺るがす事態でも切迫しているのかと邪推したくなる。

米中央情報局(CIA)など政府情報機関を統括する米国家情報会議(NIC)が12月10日に公表した、世界情勢の10〜20年先を予想する「世界の潮流2030」の全文を読んでみた。中国に絡む分析で印象に残ったのは3点だ。

第1は国際的なねじれ現象とも表現すべき現実だ。中国と経済的に相互依存関係を強める国々に例外はないが、同時に、軍事力を背景にした外交を展開するこの国に心配を抱く国々は、米国と安全保障関係を結ばざ
るを得ない。米中2国間も、経済では相互依存度を深めつつ、軍事的には互いに警戒的になっている。

 ≪格差と腐敗の拡大打つ手なし≫

第2は、(1)現状が続く(2)米国がアジアから手を引く(3)米国がプレゼンスを続け、中国が政治的な民主化に向かう(4)中国がアジアで支配的な国家になる−という4つのシナリオを提示したことだ。い
ずれも筋道は論理的だが、このシナリオ以外の指摘が重大である。

つまり、第3に中国では富んだ沿海地域と貧しい奥地の差がますます拡大し、そこにチベット人やウイグル人の反感が募った揚げ句、極端な場合、崩壊するかもしれないと明言している箇所だ。

その際に中国指導部は内憂を外患に転化しようとして予測し難い、あるいは対外的に極めて攻撃的な態度に出てくるというのだ。中国がこれで成功すれば、(4)のシナリオが実現する可能性が増すとの記述は、日本人にとって首肯(うなず)けるところが少なくないのではないか。

中国に関する正確な情報は何かを見定めるのは難しいが、米マスメディアの中でもニューヨーク・タイムズ紙の調査報道は一際(ひときわ)、光彩を放っている。

10月と11月、異例なほどの紙面を使って、最も清廉潔白と伝えられてきた温家宝首相一族の蓄財を2度にわたり微に入り細を穿(うが)って報道したうえ、同じ11月には胡錦濤前総書記の懐刀と称されていた令計画・前党中央弁公庁主任の子息による事故死とその背景を詳細に報じた。

報道が示しているのは、中国の腐敗がのっぴきならない限度に達しているという事実であろう。激しい権力闘争の中で一方の勢力が米紙に情報を流して、他方をたたくといった、情報操作の次元だけでとらえられるべきではない。

中国人多数が抱く不満の最たるものは、所得の格差だ。その度合いを0から1までの数値で表したジニ係数の危険ライン(0・4)を上回る、0・61という 中国の数字が公にされたことを知ったが、なぜこのような
数字が公にされたのか不思議なくらいだ。

習近平総書記は就任して以来、繰り返し、腐敗対策を訴えている。だが、所得格差の拡大と腐敗を切り離せるのか。腐敗を本気で暴いていったら自らに火の粉は降ってくる。


 ≪望遠するのに顕微鏡使う愚≫

冷戦下で中国を封じ込めるよりも、国際社会に広く関わらせた方が国益にかなう、との決断を下したのはニクソン米大統領だった。米中国交正常化にはベトナム戦争終結と対ソ戦略という2つの狙いがあったが、独裁国家、中国の民主化を促し、軟着陸させようとの配慮も根底に秘められていた。

それに乗った中国はすぐ矛盾に逢着(ほうちゃく)する。経済成長路線と一党独裁体制の両立は、トウ小平が考えついた「社会主義市場経済」という言葉で辻 褄(つじつま)を合わせるほかない。

世界第2の経済大国、軍事大国は巨大な課題を抱えたまま現在に至った。国際社会にとって最良の選択は、NIC報告が紹介する4つのシナリオのうち第3に違いないが、習近平路線はそれとは逆の方向を歩み始めた
のではないか。

オバマ米大統領が軸足(ピボット)をアジアに置いた戦略を展開している中で、日本の安倍晋三政権、韓国の朴槿恵政権が相次いで誕生した意味はすこぶる大きい。

安倍首相が民主的ルールに則(のっと)って憲法96条の改正手続きを改め、他の民主主義国が有している国防軍を持とうとしていることを、「右傾化」 とか「軍事大国化」とか騒ぎ立てる政治家やマスメディアは、望遠鏡を使用すべき観測に、顕微鏡を持ち出す愚に気付かないのであろうか。年頭にあたって心配なのはこのことである。
      (たくぼ ただえ)杏林大学名誉教授
2013.01.17 Thursday name : kajikablog
                    <「頂門の一針」から転載>



2013年01月17日

◆中国人を憎まぬ韓国人

櫻井 よしこ


なぜ韓国人は日本人を憎むほどに中国人を憎まないのだろうか。

日韓米中で新政権が発足し、2013年のアジア・太平洋地域ではこれら4カ国の外交政策が複雑に交差する。その中で、日本外交の基本は日米関係の修復と緊密化であるが、韓国との関係も重要な変数となる。

韓国外交を観察していてしばしば驚くのが彼らの親中ぶりだ。歴史上、朝鮮半島を最も苦しめたのは中国である。侵略回数は数百回を数え、朝貢制度で中国は毎年、美しい女性や優れた料理人、陶磁器作りの匠などを召し上げた。

そんな屈辱的な扱いをされたにもかかわらず、なぜ、韓国人は日本人を憎むほどには中国人を憎まないのだろうか。

例えば1988年、戦後没交渉だった韓国と中国は、ソウル五輪で久方ぶりの「再会」を果たす。そのとき韓国人は中国人に「非常に好意的態度を示し、まるで長い間会えなかった友人」のように中国チームを応援した。

以来、韓国の親中は今日まで続き、その感情は屈折していまや反米と親北朝鮮感情となり噴き出ている。それはなぜか。

このような歴史的要因を含めて韓国人の中国観を描いたのが『蜃気楼か?中国経済』(金起秀著、洪?(ホン・ヒョン)訳、晩聲社)である。

金起秀氏は韓国政府系シンクタンク世宗研究所国際政治経済研究室長で、これまで「米中経済関係の戦略的理解──相互依存と競争」など多くの論文を発表してきた気鋭の学者である。

氏はまず、韓国の中国コンプレックスの起源を高句麗時代にさかのぼる。高句麗の滅亡(668年)以降、中国は朝鮮半島を一方的に支配した。朝鮮王朝(1392〜1897年)は中国の明および清に朝貢し、中国は高句麗の後に誕生した高麗王朝と朝鮮王朝を属国として扱った。

こうした中、韓民族は中国に「途方もない恐怖とコンプレックス」を抱いて暮らすようになったと、金氏は明確に述べる。

さらに、ここからが興味深いのだが、そうした中で韓民族は独特の「自尊心と生存戦略」を発達させたというのだ。例えば高句麗はただ滅ぼされたのではなく、後に高麗王朝として「転生した」と考える。転生は韓民族が韓国特有の文化を育て、継続したからこそ、可能だったというのだ。


もう一つ韓民族が習得したのは、適当に中国の機嫌を取ってやれば、中国をコントロールすることも可能で、また、朝鮮王朝の生命を中国の王朝よりも長引かせることができるという原理の発見だという。確かに、朝鮮王朝は1392年から約500年続いたが、彼らを支配した明も清もそれぞれ300年弱で滅亡している。

文化の蓄積故に韓民族は支配者よりも長い歴史を生き抜いたという誇りが対中面従腹背の姿勢の根底にあると金氏は指摘するのだが、一方で、面従腹背でも、親中路線は揺るぎないのが韓国人一般の傾向だと金氏は分析する。

だがいまこそ、韓国人は、中国の素顔を見なければならないというのが、金氏の言わんとする点なのだ。隣接した国同士は仲よく過ごせない、国々は互いを信じられないということが国際関係の最も大きな特徴であり、

「中国のあらゆる行動は、いかなる場合でも、隣接した国々と仲よく過ごすことは当初から不可能だという仮定に基づく」と氏は喝破してみせる。

資本主義が加味された半西欧式制度の下で成長を続けた中国経済だが、結局は権力の絶対的支配下に置かれ続け、天文学的な貧富の格差と天文学的な腐敗に象徴される社会の矛盾は深まっていく一方だ。

習近平体制の下でもその矛盾の修正は困難であり、計画経済および一党独裁の限界が見えてきたというのだ。

こうしたことはある意味、日本や欧米諸国では周知の事実だが、韓国の政府系シンクタンクからこのような報告がなされたこと自体、私は新鮮な気持ちで受け止めた。朴槿恵大統領にこそ、読んでほしい書物である。(週刊ダイヤモンド)
2013.01.16 Wednesday name : kajikablog

<「頂門の一針」から転載>

2013年01月16日

◆「戦争の準備をせよ」対日想定

矢板 明夫


…中国軍指導部が全軍に指示

【北京=矢板明夫】中国人民解放軍を指揮する総参謀部が全軍に対し、2013年の任務について「戦争の準備をせよ」との指示を出していたことが明らかになった。

14日付の軍機関紙、解放軍報などが伝えた。また、国営中央テレビ(CCTV)など官製メディアは最近、連日のように日本との戦争を想定した特集番組を放送し、軍事的緊張感をあおっている。

沖縄県・尖閣諸島周辺での自衛隊との軍事衝突を意識して、習近平新指導部がその準備と雰囲気作りに着手し始めた可能性がある。

解放軍報によれば、総参謀部が全軍に向けて出した2013年の「軍事訓練に関する指示」の中で、「戦争準備をしっかりと行い、実戦に対応できるよう部隊の訓練の困難度を高め、厳しく行うこと」と記されている。

総参謀部は昨年も訓練指示を出していたが、「軍の情報化や部隊間の横の連携の重要性」などを強調する内容が中心で、今年のような戦争を直接連想させる表現はなかった。

中国指導部が戦争準備に向けて大きく一歩踏み込んだことがうかがえる。

同紙は今年の訓練目標について、昨年11月に就任した習近平・中央軍事委員会主席の重要指示に基づいて作成したと解説している。

また、中国の主要メディアは今年に入って、「尖閣戦争」を想定した番組を連日のように放送している。中国軍事科学学会の副秘書長、羅援少将や、元海軍戦略研究所長の尹卓少将ら多くの軍関係者が出演し、主戦
論を繰り広げている。

そのほとんどは習総書記と同じく太子党(元高級幹部の子弟)のメンバーで、習総書記の意向が反映している可能性が高い。

一方、日本と外交交渉を通じて尖閣問題の解決を主張する学者らはほとんどメディアに呼ばれなくなったという。ある日本研究者によると、最近北京で行われた尖閣問題に関するシンポジウムで、「論争の中心は対
日戦争を小規模にとどめるか、全面戦争に突入するかが焦点になりつつある。小規模戦争を主張する人はハト派と呼ばれ、批判されるようになった」という。

共産党筋によれば、習近平総書記は昨年11月の党大会で、軍人事の主導権を胡錦濤国家主席が率いる派閥に奪われた。習氏は現在、軍内の保守派と連携して、日本との軍事的緊張を高めることで、自身の求心力を高め、主導権を取り返そうとしているとみられる。

産経ニュース 2013.1.14 19:03

<「頂門の一針」から転載>

2013年01月15日

◆石橋湛山元首相のインフレ論

古澤 襄


インフレ・ターゲット論が起こる度に思いだすのは、第55代首相の石橋湛山(いしばし たんざん、明治17年9月25日 - 昭和48年4月25日)氏。戦前は『東洋経済新報』の主幹・社長を歴任して、戦後は吉田首相に乞われて蔵相となり、経済安定本部長官、物価庁長官を兼務して経済再建策を一手に握った。

いわゆる積極財政論者でケインズ経済学の信奉者としても有名だった。GHQの占領政策に対してズケズケものを言い、占領軍の専用ゴルフ場の建設や清浄野菜の温室建設費をバッサリ予算から削る硬骨漢ぶりをみせた。新円切り替えでGHQと対立、怒ったGHQは湛山を追放令で追い出した。

湛山にしてみれば、デフレーションを制する為のインフレーションを進めて、傾斜生産(石炭増産の特殊促進)や復興金融公庫の活用を特徴とする「石橋財政」を推進したから、経済・財政で素人のGHQの横やりは我慢できなかったといえる。

経済学徒として一方の雄だった湛山は、インフレ屋といわれながら、その理論を支えているのは”完全雇用”に置いていた。湛山の学説は『インフレーションの理論と實際』(東京書房 1932年7月8日)がある。

岸信介氏と争った自民党総裁選挙で、漫画家の近藤日出造氏との対談で、近藤氏が「石橋と書いてインフレと読む者がいる」と言ったら

「インフレを歓迎するする奴はいないよ。ただ、ぼくはだね、失業者を出すか、インフレをとるかとなると、むしろインフレをとる方がいいと思うんですよ」と答えている。

湛山の積極財政論は弟子格の池田勇人氏に伝わり、それが田中角栄氏の日本列島改造計画になった。さらに岸信介氏の孫である安倍首相のインフレ・ターゲット論に繋がっている点は興味深い。

湛山の積極財政論に対して、岸信介氏の後継者・福田赳夫氏は安定経済成長政策を主張、池田・高度成長政策に異を唱えて、角栄路線とは”角・福戦争”にまで発展した。

日本経済はバブル崩壊で、福田路線が主流となって長引く不況に対しても、財務省主導の縮小均衡経済の安全運転で今日に至っている。

経済にはズブの素人だった河野一郎氏が「経済は伸ばせる時には目一杯伸ばして、縮むときに目一杯縮む」という”尺取り虫”論を唱えていたが、ジャーナリスト出身らしい論評だったと思っている。

2013.01.14 Monday name : kajikablog
<「頂門の一針」から転載>

2013年01月14日

◆好かれぬ韓国・朝鮮人

平井 修一


これまで小生は4人の韓国・朝鮮人と接したが、1人は好感したものの、3人は二度と接したくない人たちだった。

内閣府の「外交に関する世論調査」(平成24年10月調査)によると、韓国に「親しみを感じる」とする者の割合が39.2%、「親しみを感じない」とする者の割合が59.0%となっている。

前回の調査結果(平成23年10月)と比較すると、「親しみを感じる」(62.2%→39.2%)とする者の割合が低下し、「親しみを感じない」(35.3%→59.0%)とする者の割合が上昇している。

現在の日本と韓国との関係は、「良好だと思う」とする者の割合が18.4%、「良好だと思わない」とする者の割合が78.8%に。前回の調査結果と比較すると、「良好だと思う」(58.5%→18.4%)とする者の割合が低下し、「良好だと思わない」(36.0%→78.8%)とする者の割合が上昇している。

このように日本国民の韓国イメージは大きく悪化しているが、世界的に見ても良いイメージを持たれていないようだ。

2011年のBBC調査「世界が好きな国ランキング」では、
1位 ドイツ
2位 イギリス
3位 日本
4位 EU
5位 カナダ
6位 フランス

一方、「世界が嫌いな国ランキング」では、

1位 イラン
2位 北朝鮮
3位 パキスタン
4位 イスラエル
5位 ロシア
6位 韓国

同じくBBCが調査した「世界に良い影響を与えている国」ランキング2012で、日本が世界1位となったが、韓国は12位だった。

また、「世界平和度指数」は、イギリスのエコノミスト紙が24項目にわたって144カ国を対象に分析し、各国や地域がどれくらい平和かを相対的に数値化することを試みたものだが、2012年の評価では日本5位、韓国42位だった。

台湾・鴻海科技集団(フォックスコン)の郭台銘会長は昨年、「私は日本人を尊重している。日本人は決して後ろから刺したりしない。しかし、『高麗棒子』(カオリーバンズ=韓国人に対する蔑称)は違う」と語って物議をかもした。

なぜ、韓国、韓国人は評価されないのだろうか。

現代韓国人の国民性格について、ソウル大学教授の李符永著「現代韓国人の国民性格」がこう記している。

(1)依頼心が強い
(2)すべきことをせず他人に期待し裏切られると恨んだり非難する
(3)相手も自分と同じ考えだと思い「違う」と分かると裏切られたと思う
(4)せっかちで待つことを知らず「今すぐ」とか「今日中」とよく言う
(5)すぐ目に見える成果をあげようとし効果が出ないと我慢せず別の事をやろうとする
(6)計画性がない
(7)自分の主張ばかりで他人の事情を考えない
(8)見栄っ張りで虚栄心が強い
(9)大きなもの・派手なものを好む
(10)物事を誇張する
(11)約束を守らない
(12)自分の言葉に責任をもたない、云々

「ヤフー知恵袋」にはこんな手厳しい投稿があった。
<私は韓国に住んでいましたし、その前は欧州で多くの韓国人と接して
きました。誓って断言できます。

ネット上で言われてる、彼らのねじ曲がった根性、異常な自尊心、何の取り柄も無いくせに上から目線で根拠のない自信、虚栄心を満たすためならどんな汚い手も使う、日本へのコンプレックスの塊、超自己中心的な性格で反省をしない、約束を8割守らない、息をするように嘘をついてばれると逆切れする、日本人相手なら犯罪犯しても栄誉だと思っている・・・等の噂はすべて事実です。

もちろん一部の女性や知識人はまともに付き合える人もいますが、基本的に海外に住んだことの無い韓国人は、皆さんが思う以上に反日で狂った愛国主義者です・・・いずれにせよ類まれな劣悪民族だということでしょう>

在日韓国・朝鮮人は54万5401人(2011年12月末)いる。韓国支持の在日本大韓民国は約45万人(民団発表)、北朝鮮支持の朝鮮総連は家族なども含めて10万人弱(公安当局調べ)だ。「反日で狂った愛国主義者」と「爆殺、拉致も辞さぬテロリスト支持者」である彼らとどう付き合うべきか、頭の痛い問題である。
<「頂門の一針」から転載>

◆体罰高2自殺事件:橋下市長を支持!

浅野 勝人


大阪市立高校のバスケット部の主将が、47才の教諭から体罰を受けて自殺した。運動部の猛者が自殺するほどだからよくよくのことだろう。恐らく、度重なる屈辱的な体罰の結果としか思えない。

学校は、自殺後、生徒や保護者に対してアンケート調査を実施している。それにもかかわらず、校長は体罰が行われていたことは知らないとTVインタビューに言いきった。暗に体罰はしていないと臭わせていた。

橋下・大阪市長は「学校、市教委、大阪市に100%責任がある」と認めて、遺族に謝罪した。当然の認識だが、それなら責任をどうとるかだ。

私は国会議員の現職の折、特に自民党の政策審議委員だった際、事あるごとに、教育委員会の存廃を含めて根本的な改革を繰り返し求めた。行政府も議員も聴いているだけで何ひとつやろうとしなかった。

ある時、教育委員会が児童のいじめを隠ぺいして、学校と校長をかばった出来事があったので(こんなケースはこれまでしばしばある)、遂に切れて「教育委員会なんか、屁の突っ張りにもならん。何とかしよう」と叫んだら、出席者からゲラゲラ笑われて会議は終いになった。

橋下市長は、まず、刑事事件として捜査を徹底するよう求め、当該校長を懲戒免職するだけではなくて、大阪市の教育委員を全員辞めさせることから始めるべきだ。

教育委員会は教職員の持ち回り再就職ポストだから、委員は何もしないで任期を終えることしか考えていない。これでは、真面目に真剣に勤務している大多数の先生方が救われない。

橋下市長は、総選挙の大詰めで、時代錯誤の右翼と組んで政治路線の選択を誤った。折角の日本改革を放棄して、多くの人々の期待を裏切った。政局感が未熟なことを露呈してしまった。もっとも政治的な経験不足は、時間的空間によって補うしかないから無理もない。

周りに集まったブレーンの立場の人も政策通はいても政局の分かる人は皆無のようだ。

総選挙が終わって、行政官に戻った橋本市長は、改めて改革の期待を抱かせるに十分の切れだ。庶民感覚からズレていない。

国会議員でいえば、自分の所属する自民党にタテついて果敢に挑む河野太郎を思わせる。最近、出番がないせいか切れ味がにぶっているようだが、同じ世代で改革の方向が一致しており、けっして曲げないところは「そっくりさん」だ。

橋下の政治感覚が惜しまれる。

(1/13  安保研理事長・浅野勝人)




◆安倍さん、選挙制度改革を本気で

岩見 隆夫


暮れに選挙をしたばかりなのに、年明け早々からまた選挙の話か、と煙たがられるかもしれないが、何と言われようとも放っておくわけにはいかない。選挙制度の改革は避けて通ろうと思えば通れるが、それでは日本の政治は確実にパンクするからだ。

昨年の春だったと思う。私は自民党の加藤紘一元幹事長に、
「話がある」

と誘われ、新宿の一杯飲み屋で会った。加藤さんは当時、超党派の〈衆議院選挙制度の抜本改革をめざす議員連盟〉の代表世話人をしていた。前年、中選挙区制の復活を意図して作られた会だ。

「マスコミもひとつ応援してくれないか。われわれは本気でやるつもりなんだ」

と加藤さんのはずんだ話である。中選挙区制復活論は私もかねて、繰り返し訴えてきたことだから、もちろんOKだ。

選挙制度の改革は政界だけでは手に負えない。世論、マスコミもその気になってくれなければ、という趣旨で、とりあえず政治記者の古株の私に持ちかけたのだろう。

まもなく議員連盟の勉強会が開かれ、出掛けてみた。もう一つの代表世話人席に民主党の渡部恒三最高顧問が座っている。森喜朗元首相をはじめ自民党から共産党まで約百人の幹部、ベテランが続々詰めかけ、大変な熱気だった。

講師の河野洋平元衆院議長は、1994年1月、現行の小選挙区比例代表並立制の導入を決めた主役(当時、自民党総裁)の一人だが、

「小選挙区にしたのは間違いだった。状況認識が正しくなく、不明を詫びる」
と率直に謝ったりした。

この雰囲気から、軌道に乗るな、と私は思った。しかし、その後議論はあっても、結局一票の格差是正や議員定数削減に矮小化されていく。

選挙が終わってみると、加藤さんは落選、渡部さん、森さんは引退、あの時勉強会に出席していた顔ぶれを思い起こしても、樽床伸二民主党幹事長代行(当時)は落選、古賀誠、武部勤両元自民党幹事長は引退と、歯が抜けたようだ。

中選挙区制なら、加藤さん、樽床さんもゆうゆう当選していたのに。これでは改革のほうも進みそうにない。与党(自民、公明)はとりあえず三二五議席にふくらみ、これに安住して改革意欲も削がれそうだ。政党、政治家の習性である。

だが、今回、小選挙区の得票のうち、56%が死に票になっていることを誰もが知っている。現行制度のもとですでに6回衆院選が行われ、そのたび死に票問題がやかましくいわれながら、すぐに忘れてしまう。あるいは忘れたように装い、次の選挙を迎える。情けない繰り返しである。

衆院480人は自覚を! 欠陥制度での当選だと

とにかく、小選挙区制は最悪だ。制度改革は中選挙区制に限ったことではない。暮れに、塩じいこと塩川正十郎元財務相が示した改革案も結構魅力的だった(12月14日付『産経新聞』)。それによると、

(1)衆院はいまの定数480を300に減らし、比例代表をなくす。選挙区を小選挙区から都道府県単位に改め、定数は人口比で、例えば東京都42議席、大阪府20議席、高知2議席という具合にすれば、人材が集まるのではないか。

(2)当然、地方の声が国会に反映されなくなる、という批判が出るだろうから、参院は47都道府県に各2議席ずつ割り振り、定数94として、地方の意見を代表させる。良識の府として再生できるはずだ─。

というのである。いまの定数は衆院480、参院242の計722だから、塩川の394だと半分強、いい線だ。しかし、衆参の比例代表に頼っている中小政党は納得しないだろう。

今回も自民だけが小選挙区(237)で比例(57)の約4倍をとったが、民主、維新、公明、みんな、未来、共産の中小6党を合計すると、逆に小選挙区(56)は比例(121)の半分以下である。比例分を都道府県単位の大選挙区でカバーできるか、激論になって収拾がつかないと思われる。だが、塩川案は十分に議論の刺激剤になる。

要は質のいい人材を国会に送り込んで、落選を気にせずに思い切った政治活動をしてもらうには、どんな制度が最適か、だ。一区一人の小選挙区制はもっとも不適である。議員はたえず落選を恐れ、政治活動は二の次で選挙区にクギづけになる。

先の議員連盟の勉強会では、河野さんが、
「私の気持ちはいまにして思えば、100選挙区、定数3(の中選挙区300人)だった」
と告白し、森さんも、

「いつまで議論しても仕方ない。次は150(選挙区)×3(定数)にしたらいい」
と述べた。

二人とも定数3で共通している。かつて、公明党も150×3(の中選挙区450人)を提唱したことがあったが、いまは別の案になった。

定数3は微妙である。選挙後の衆院新勢力でみると、自民、民主、維新の順で、あと公明、みんな、未来、共産と続く。この順番はいつ入れ替わるかわからない。

未来が結成されるまでは公明が第三党だったが、選挙後は未来が第六党に転落、維新が第三党に割り込んだ。定数3で固めるには、各党の利害が激しく衝突して、調整が大変だろう。

だが、大変なことをまとめるのが政治の仕事である。言うまでもなく、選挙制度は議会制民主政治のベースであり、民意を反映しない欠陥制度では民主主義が衰退し、新たな危機を生む。

年初から、こんなイロハみたいなことを書くのは本意ではなく、情けなくもあるが、実態から目をそらすわけにはいかない。衆院の480人は、当選を喜ぶだけでなく、欠陥制度のもとで国会入りした自覚を持ってもらわないと困る。

安倍晋三首相は、内外の新政策展開に意欲的なのは結構だが、手がける最優先事項の一つに何としても選挙制度改革を加えてもらいたい。いずれ次の衆院選がやってくるが、その時に定数削減ぐらいでお茶を濁したのではやりきれない。安倍さん、しかと頼みますよ。

<今週のひと言>

こんな年になりそう、でなく、こんな年にしよう、でいこうじゃないか。
(いわみ・たかお=毎日新聞客員編集委員)

(サンデー毎日2013年1月20日号)
サンデー時評:2013年01月09日
<「頂門の一針から転載>

2013年01月12日

◆民主落選組 参院への鞍替え?

古澤 襄

日刊ゲンダイが7月の参院選で、民主党の田中真紀子前文科相ら落選組が復活を狙って立候補すると予測している。

<国会議員は選挙に落ちればタダの人。自民党が圧勝した先の衆院選では、民主党から大量に「タダの人」が生まれたが、一度やったらやめられないのが政治家稼業だ。当然、夏の参院選で復活を狙う落選議員は少なくない。

真っ先に名前が挙がるのが田中真紀子前文科相。父・角栄の時代に築いた「田中王国」もついに崩壊し、女帝が議員バッジを失った。

「あの真紀子さんがこのまま黙っているはずがないと、誰もが思っています。幸い、今夏の参院選なら夫の直紀氏とカブらない。改選を迎える森裕子議員が離党してしまい、まだ民主党の公認候補は決まっていません。

全国比例で現職の風間直樹参院議員が新潟選挙区からの出馬を希望していますが、まだ1回生。現執行部とも関係が深い真紀子氏が公認される可能性は高いと思います」(地元関係者)

衆院選の前からガタガタだった民主党は、参院でも離党者が続出。後継が決まっていない選挙区はいくつもある。山形も、改選組の舟山康江議員が「みどりの風」に移り、民主党の公認候補者が未定の“空白区”だ。ここに鹿野道彦元農相が出てくるという話もある。

「惨敗した愛知でも、離党してみどりの風を立ち上げた谷岡郁子議員が抜けた穴を狙っている落選組がいるし、米長晴信議員が離党した山梨は、輿石幹事長のお膝元。勝てる候補を落選組から引っ張ってくるのではないか。

松井孝治議員が今期で引退する京都はちょっとフクザツで、公明党前衆院議員の次女で華道家の池坊美佳氏が民主党から立候補予定ですが、党内では、落選した北神圭朗前衆院議員を推す声が高まっている。

2人区なので2人立てるかもしれません。他にも、藤村前官房長官や城島前財務相、仙谷元官房長官、鉢呂元経産相ら“大物”も参院クラ替えが取り沙汰されています」(民主党関係者)

<4年間の浪人生活には耐えられない>

城島のような労組出身者は、参院選の全国比例の方が当選しやすいともいわれる。次の総選挙では区割り変更によって選挙区がなくなりそうな仙谷は、参院へのクラ替えがかなわなければ、このまま引退が濃厚だ。

政治評論家の有馬晴海氏が言う。

「次の総選挙は4年後と見るのが妥当でしょう。それまで待っていたら過去の人になってしまうかもしれないし、その間の生活だってある。

多くの落選議員が、引退して別の仕事を探すか、参院選に打って出るかという選択を迫られています。実際は選挙区事情で参院へのクラ替えが難しいケースが多いのですが、大物といわれる人たちが、このまま終わるワケにいかないでしょう。

今は参議院と衆議院のすみ分けがなくなり、参院議員でも幹事長や党首候補になれる。各党とも、いい候補者がなかなか見つからないという事情もあり、選挙のたびに衆院と参院を行き来する議員は増える一方です」

09年の衆院選では“小泉チルドレン”を中心に自民党候補が軒並み討ち死にしたが、片山さつき議員や佐藤ゆかり議員は直後の参院選でちゃっかり当選、デカい顔をしている。

次の参院選では、民主党崩壊の“戦犯”たちがカムバックしてくるのか。
                     (日刊ゲンダイ)>

2013.01.12 Saturday name : kajikablog
<「頂門の一針」から転載>

2013年01月11日

◆毛沢東=中共の暴虐史

平井 修一


中共政権下の中国には史実に基づく歴史が公表されていない。中共にとって「不都合な真実」は全て伏せられ、1989年の天安門事件さえも隠蔽されている。現在、中国では、汚職、腐敗にまみれた改革開放路線への反発から「毛沢東時代が良かった」という人々が少なくない。彼らはその時代に何があったのか、ほとんど知らないのである。

事実はどうであったのか。反中共紙「大紀元」社説シリーズ『共産党についての九つの論評』(九評)から毛沢東=中共の暴虐史をまとめてみた。

■序文

暴政と言えば、中国人は秦の始皇帝による苛政を連想する。「虎狼の秦」と比較しても、共産党の暴虐は勝るとも劣らない。共産党の哲学は闘争の哲学であり、共産党の統治も「階級闘争」「路線闘争」「思想闘争」で作り上げたものである。

毛沢東は「始皇帝など取るに足らない。彼は460人の儒学者を殺し、私達は4万6千人の儒学者を殺した。人は私達を独裁統治だと、始皇帝のようだと罵るが、それも認める。しかしながら、それでは言い足りてはいない。言ってみれば、それどころではないのである」と率直に言った。

共産党統治下の中国の苦難に満ちた55年を振り返ってみよう。中国共産党が政権を奪い取った後に、いかにして政府の構造を利用し、階級闘争の理論で階級を絶滅させたのか、また、どのように暴力革命の理論で恐怖の統治を実行したのか。

中国共産党政権の成立から55年間の歴史は、血と嘘で記された歴史である。その流血の裏にある事実は、残酷非道であるばかりでなく、ほとんど世間に知られてない。中国人の6千万ないし8千万もの罪のない人々の命が犠牲となり、更に多くの家庭が迫害された。

「人を殺し」「心を殺す」ことで、共産党以外のすべての信仰を弾圧して、自らを美化した。共産党の階級闘争と暴力革命の理論によって、反体制の社会階級と異分子を粛清し、それと同時に暴力と欺瞞により、中国人民を専制支配下の従順な民としていった。

■土地改革――「地主階級消滅」

建国してわずか3ヶ月後、共産党は全国一斉に土地改革を展開して、「耕す者に土地を与える」というスローガンを掲げ、耕作地を持たない小作農に地主との闘争を煽り、手段を選ばず、放縦に任せ、道義性などは無視した。

そして、土地改革路線の中で、明確に「地主階級消滅」を謳い、農村で階級区別を行い、全国に身分(階級制度)を設け、2千万人に「地主、富農、反革命的分子、悪人」のレッテルを貼り付け、社会的に差別し、弾圧し、公民権さえない「賤民」とし、10万人近くの地主の命を奪った。

土地を得た小作農にとって、「耕す者が土地を得る」という状況は、長くは続かなかった。2年のうちに共産党は、農業従事者に互助組、初級合作社、高級合作社、人民公社などを強引に押しつけた。

更に居住登録制度を設け、農業従事者が都市へ出て働き、居住することを禁止した。中国3億6千万の農村戸籍所持者は、二級の公民とされたのである。

■商工業の改造――資産階級の消滅

もう1つの消滅させられた階級は、都市と農村の民間資産階級である。商工業改革で共産党は、“資産階級と労働階級は本質的に不一致だ。1つは搾取階級、1つは搾取される階級である。

資産階級の搾取は生まれついてのものであり、死しても変らず、消滅させることはできても、改造することはできない”と公言した。この前提で、資本家と商人に対する改造は更に重くなり、「殺人」と「心を殺す」二つの方法が併用された。

屈辱に耐え切れず自殺した人も多数いる。当時の上海市長・陳毅は、「今日はどれだけのパラシュート兵がいたか?」と毎日尋ねていたという。つまりどれだけの資本家が、飛び降り自殺したのかという意味である。このように、中国共産党は私有制を一気に消滅させた。

■反右派運動――全国規模の洗脳で手下にする

毛沢東は1957年、中国で「百花斉放、百家争鳴」をスローガンに、中国の学者と大衆に「共産党の整風(綱紀粛正)を助けよう」と呼びかけた。その意図は、「党に反対する者」を引き出すことであった。毛沢東は、各省の党委員会書記への手紙の中で、整風を言いつつ「蛇を穴から引き出す」という意図を伝えていた。

その時、人々に自由に発言させるために作られたスローガンがある。「弱点につけこまない、打撃を加えない、帽子(レッテル)をかぶせない、後から追求しない」。結局、一度の反右派闘争で55万人の「右派分子」が確定した。27万人が公職を失った。23万人が「中右分子」と「反党反社会主義者」と決められた。

こうして、一部の学者は日和見的となり、権力になびく二重人格となった。常に「赤い太陽」に追随して、共産党の「御用学者」となり、中共の言われるままとなった。他の学者は、孤高を保ち、政治からは距離を置いた。国家に対して、伝統的に強い責任感を抱いていた中国の知識人たちは、それ以来沈黙を続けている。

■大躍進――集団嘘の大爆発

反右派運動の後、中国は事実を恐れるようになった。嘘に耳を傾け、出鱈目な話をでっち上げ、デマと偽りの行為で真実を避け、覆い隠していた。大躍進は、全国範囲の集団嘘の大爆発であった。全国民は、共産党という邪霊の導きに従い、馬鹿げたことをするようになった。

嘘をつく者も騙される者も、自らを欺き人をも騙すようになった。この嘘と愚行の中で、共産党の暴虐な邪気は、全国民の精神にまで入り込んでいった。それによって深刻な大飢饉となり、餓死者が野に溢れ人民は生きた心地がしなかったのである。

誰もが毛沢東の大躍進は荒唐無稽で、独断専行だと知っていた。 しかし、毛沢東を支持するかどうかは、「忠」と「奸」を分ける生と死の境界線であった。

■文化大革命――天地が逆転する

文化大革命は、共産党という邪霊が全中国に取り付いて起した大事件であった。1966年から中国大陸を暴虐の嵐が襲い掛かった。赤色恐怖が荒れ狂い、山は震え、河は凍えた。作家の秦牧はかつて、中国の文化大革命を次のように絶望的に表現している。

「これは本当に前例のない大災害だ。数百万人が巻き添えになり、数百万人は恨みを持ったまま死に、多くの家庭はばらばらに崩れ、少年たちは悪辣な浮浪者になり、書籍は焼かれ、名所旧跡は破壊され、先賢の墓は暴かれ、革命の名の下で罪悪が行なわれていた」。

控え目にみても、文化大革命中の虐殺被害者は773万人に達している。
1966年8月、北京紅衛兵は「送還」を名目に運動を展開、悪人、右派、資産家、反革命とみなされた者を、強制的に北京から農村へ追い払った。

政府の不完全な統計でも、当時3万3695戸の北京市民が家財を差し押さえられ、8万5196人は本籍所在地に戻された。この手口は急速に全国の大都市に広がり、40万人の都市住民が農村へと送還された。地主出身の共産党幹部の親でさえ、免れることがなかった。

文化大革命中の暴力、殺戮に関する重大事件は、すべて国家機関の行為であり、共産党の指導者による暴力迫害を放任し、利用した結果、庶民が惨殺されたのだ。

人々はその時に熱狂的に興奮するか、あるいは無感覚になるかで、完全に共産党の邪霊にコントロールされていた。嘘を捏造し、嘘を我慢し、嘘に頼ることは、すでに中国人の生活方式になっていた。

■全国規模の洗脳

共産党統治の残酷さは、肉体に対するものだけではない。人間独自の判断能力を奪い、または独立な見解を持っていても発言できなくし、「国民を生活の平穏さのみを求める弱者」にすることに重点がある。

社会の一人一人を洗脳することにより、共産党と同じことを思い、同じ話題で話し、共産党の思うままに操られる。あることわざのように、「共産党の政策は月と同じで、一日と十五日は形が違う」とあるが、政策が目まぐるしく変わったとしても、人民はそれに追随しなければならない。

55年に及ぶ暴虐的な統治を経験した今日の中国人は、思想面で「地面に丸を書いて牢とする」状態にあって、共産党が規定した固い枠にはめられているとも言える。枠より少しでもはみ出れば、命の危険に曝される。数多くの革命・運動の後、中国では愚昧が知恵とされ、忍ぶことが生きていく為の術となっている。

このように共産党の馬鹿げた、残酷、卑怯な洗脳は、あらゆる面に満ちている。それが中国社会の価値観を倫理道徳観念の根底から壊し、中華民族が古来有していた行動基準と生活方式を崩した。共産党は、自分たちの思想に唯一の正当性を与えるために、国民に対して、肉体と精神面での侵害を絶えず行ってきたのである。 ・・・

中共が存続する限り、自由、民主、人権、法治はもたらされない。史上最大の悪の帝国を一日も早く崩壊させることが世界の使命である。
               <「頂門の一針」から転載>