浅野 勝人 <(社)安保政策研究会 理事長>
〜闘い終えて日は暮れて、新春は「少しは良く鳴る法華の太鼓」〜
◆「小野のお通の件」・(吉川 英明)
ご無沙汰しています。先日は「安保研リポート」をお送りくださり、ありがとうございました。安保研のホームページも時々覗いています。これを続ける精力、大変だろうと思います。貴兄と仲間の皆さんの熱意には敬服しています。
今度の選挙、雨後の筍のように政党が乱立して戦後最低の様相を呈しています。雨降って地固まるとも言いますが、一度だけの雨ではどうにもならないのではないかと案じています。
長らくご無沙汰してしまいましたが、僕の方にも貴兄にお送りしようと思ったものがあったんです。うちの記念館の資料の中から、柳田国男が昭和14年の文芸誌に書いた「小野のお通」という一文が見つかりました。亡父の「宮本武蔵」の中のお通(これは勿論創作上の人物ですが・・・)からの連想に始まって、伝えられている何人かのお通について所見を述べています。
かなり読みづらい晦渋(かいじゅう)、難解な文章です。結局、真のお通ははっきりとは分からないというものですから、婿殿(註:浅野次女の亭主。重松清著・小説「とんび」を企画・演出したTVドラマでゴールデンニンフ賞を受賞したNHKディレクタ−)の参考にはならないだろうと思いますが、コピーを送ります。
それともうひとつ、これは私が失念していたことで、まことにお恥ずかしいのですが、亡父の「新書太閤記」の最後の部分に、小野のお通(太閤記では於通)が出てきていました。「新書太閤記」は読売新聞連載中に終戦を迎え、その日を境に亡父は連載を中断しました。読者や新聞社からのたっての要請で筆を執り、再び書き始めて1年弱書いたのですが、やはり気が乗らず、結局、未完のままに終わってしまったのはご承知の通りです。
その戦後書き足した部分に於通が出てくるのです。私も改めて読んでみたのですが、晩年、「小野の於通という才女を調べて書きたい」と熱っぽく語っていたのとは裏腹に中途半端に終わっています。そのため、私の記憶から抜け落ちたのだと思います。ですから、こうしたお通もあるということで「新書太閤記」最終2巻も送りますので、婿殿に差しあげて下さい。
この冬は、ことのほか寒さが厳しいですね。わたしも軽い風邪をひいて、それが長引いています。くれぐれも気をつけてお過ごしください。(12月14日)
◆「痛み入ります」 (浅野 勝人)
「お通」について質したのは、貴君の著書・新装版「父 吉川英治」を読んで感動したことと無縁ではありません。「何をとて人は眠るに炭つぎて ものや書くらんこの狂い人」と詠んで、執筆に苦しんでいる文豪の様子を赤裸々に写した秀作がきっかけです。いち生涯で遺したものとは、到底、思えないほどの膨大な超長編大作を書いた歴史作家が、どこかでお通と出会っていたに違いないと思ったからでした。
私には深い知識と意味があったわけではなく、いつか以前から「戦国の才女・小野のお通」の存在が気がかりだっただけです。信長、秀吉、家康と3代にわたって傍近くで生き抜いたらしい才媛が、3人の調略にどんな影響を与えたのだろうかと勝手に想像したからです。そんな無責任な問いかけを忘れずに貴重な資料を送っていただいた由、感謝すると共に訊ねたことさえ失念していた己を恥じ入っています。
雨降って地固まるのことですが、実は、今回、3度目の豪雨です。前々回の「郵政選挙」での小泉チルドレン。前回「政権交代選挙」の小沢チルドレン。今回は「大政翼賛会選挙」になって、どこを向いても右派ばかりになるのでしょうか。
これを改めるには、小選挙区に比例復活というインチキを抱き合わせた今のシステムを変えるしか手がありません。今の制度だと4割の得票率が8割の議席の確保を可能にします。例えば、中選挙区なら有権者の3割を占めるハト派の票が議席に繋がりますが、小選挙区では死票になってしまいます。
ですから、選挙制度を中選挙区に戻さない限り、日本の政治はぶれ続けます。(12月15日)
◆「明日はどこに投票したらいいのやら・・・」・(吉川 英明)
いやいや、父親が小野のお通を「太閤記」の中に登場させていたのをすっかり忘れていた私こそ汗顔ものです。前のメールで連絡しましたが、文庫の十巻、111ページから於通が登場します。
実は、橋下徹はまれにみる糞度胸と実行力のある人材だとずっと注目していたのですが、大詰めにきて石原慎太郎を代表に迎えたのでがっくりしました。橋下の素質には他の政治家には見当たらないものがあるので期待していましたが、右翼の老害と組む神経に愛想が尽きました。
維新には入れませんが、それならどこに投票したらいいのか、まだ迷っています。
(12月15日)
◆「あの世で聞きましょう」・(浅野 勝人)
お送りいただいた資料、さっそく拝読しました。「新書太閤記」が於通の父親を美濃の小野政秀としたのはさすがです。於通が、同じ美濃・齋藤家の家中、竹中半兵衛重治の妹の尼と縁あって自然です。入念な調べの結果、行きついた結論だったのではないでしょうか。
完結させていたら、於通にどんな生き方、とりわけ、秀吉と家康の間に立ってどんな役割を果たさせたか。懸命の和平工作が実らず、於通は失意のうちに髪を下ろして隠遁したか。家康の陰で長期安定政権による戦さのない時代作りに成功して生涯を閉じさせるつもりだったか。あの世に逝ったら父君・吉川英治先生に直接聞いてみます。
司馬遼太郎も「新史 太閤記」でお通までは間口を広げませんでしたから、誰か小野のお通(於通でもいい)をノンフィクション的フィクションに仕上げる作家はいないものですかねえ。元政治家としては興味がつきません。
柳田国男は視点が違いました。小野姓を小野小町、小野妹子に結び付けたいという強い思いで歴史を推測していました。戦国の小野のお通への矮小化を避けて、平安にさかのぼる歴史分析ですから、その意味では参考になりません。
私も橋下徹には、当初、日本の改革をやり遂げるかもしれない人材と期待していました。時が経過するに連れて、改革の内容よりも選挙に得か、損かを天秤にかけて判断する政治行動の原点が見えてきました。
龍馬のごとく理想主義をかかげた船中八策もいつの間にかちりじりになって、挙句の果てに帝国主義時代の亡霊と野合して、乗っ取られてしまいました。「橋下劇場」も遂には正体見たり枯れ尾花に終わりました。
真の中道政治勢力は、日本では公明党を残すだけとなりました。時代錯誤の右翼、石原維新は論外としても、自民党の右傾化を阻止できる力があるのは公明党だけです。だから、今日は、選挙区は自民党、比例区は、公明党に投票します。女房と一致しました。彼女らも右傾化アレルギーみたいです。(12月16日)
◆「消去法で決めました」・(吉川 英明)
選挙に行ってそのまま渋谷に出かけ、いま帰ってきました。私は迷った末「みんなの党」へ入れてきました。積極的な支持というより、消去法で残ったからです。
貴兄が、著書「諌める 亡国の政治に警鐘」の中で、民主党のことを「ヤルヤル詐欺」と表現したのをひどい言い方だとは思わなった記憶が蘇(よみがえ)り、真っ先に民主党を除外しました。ちょっと見栄えのいいおばさんを担いで自らの国民の生活、何とやらの政治集団の延命を図ろうとする小沢一郎の謀略には加担できない。
石原慎太郎と野合した段階で維新は圏外。今回は自民党が勝つ番です。安倍政権がどれほど真剣に内外の課題と取り組むかを見定めてから評価することとしました。公明党とみんなの党をどちらにするか迷いに迷いましたが、組織の支援のない「素手のみんな」にしました。
それにしても、小選挙区は2大政党による安定した政治を誘導するはずではなかったですか。日本の政治風土になじみませんね。選挙制度の是正は喫緊の政治課題であるという貴兄の見解に同意します。
お通について丁寧なメールをありがとうございました。於通は「太閤記」の続きを書け書けと新聞社にせっ突かれて書き始めたストーリーの中に登場させただけに、於通に関しては準備不足だったような気がします。折角書き始めた「太閤記」の続編を途中で止めてしまったのも、於通だけを取り上げて、改めて書き直したい気持ちが湧いてきたからかもしれないという気さえします。
その後、小学校高学年か、中学に入り立ての私に「小野のお通(於通)」という女性を書きたいと漏らしていたくらいです。もう、4〜5年生きていたら書いていたかもしれませんね。貴兄が「お通」にこだわるのが、なぜか亡父を想い出させてくれます。
(12月16日)
◆「闘い終えて日は暮れて」・(浅野 勝人)
見渡せば 鷹ばかり棲む 寒い朝
安倍が君子豹変することを期待するのみの政治の風景になりました。
経済の底上げと雇用の充実(景気の回復)。子育ての安心(出生率といじめ)。老後の不安解消(年金、介護)。日米関係の再構築 を怠る懸念はもちません。短期間で民主党政権よりも実績を上げるのは確実だと思います。
問題はアジア外交。何より大切なことは、中国のためは日本のため、日本のためは中国のため、日中のためはアジアの平和と繁栄のためという至極簡単な立ち位置を間違えないでほしいという思いです。そもそも行き詰っている日中関係を打開して、余計なことをすると思う人はいないでしょう。
それから、大政翼賛会チルドレンが占める480人のなかに、せめて5人か、10人、長老の存在が必要だと思いませんか。折を見て、ゆるりと語る冬の夜を楽しみにしています。
(12月17日)
◆「それでも鷹内閣に期待したい」・(吉川 英明)
幸か不幸か、貴兄命名の大政翼賛会選挙になりました。内閣も谷垣法務大臣を除いておおむね鷹ばかり。確信的な右派をことさら何羽か入閣させた意図が世論に迎合して、参議院選挙を意識したつもりだとしたらいかがなものか首をかしげます。
もっとも鷹ばかり棲む原野から選ばざるを得ませんから、不思議な顔触れではないのかもしれません。もし、新内閣に不満があるとしたら、責めは有権者が負うべきでしょう。
明くれば新春! 経済の実態を伴わない「見せかけの株高」で世論に阿る(おもねる)のではなくて、失った時間を取り戻す果敢な政策の推進を期待したいと願っています。 (12月28日)
◆「右よりの政権は左寄りに振れる ?」・(浅野 勝人)
「小野のお通 論」のつもりが、いつの間にか楽しげな政治批評になりました。もっとも、お通の影響と時節柄のせいでしょう。
フランスの政治学者で、はじめて政党論を世に表したパリ大学のモーリス・デュベルジェ教授は「右寄りの政権の政策は左に振れ、左寄りの政権の政策は右寄りにぶれる」と記述しています。至言です。
世論が右一色と錯覚して右傾化を鮮明にしたら、貴君のおっしゃる通り、参議院選挙で痛い目に会うにちがいありません。
この政権は、自公連立であると同時に実態は「A―A連立」でしょう。安倍、麻生とも根っからの中道右派ですが、ふたりとも、なぜ、自らの政権が短命に終わったか、今は思うところが少なくないはずです。
我がままの通る「お友だちクラブ」の 轍を踏む愚は犯さないでしょう。
右派振りを示しても目立たないほどの政治環境の中で、右傾化促進リーダーを演じるのは愚かな選択です。A―Aラインのどちらが右傾化を諌めるか見ものの年となりました。
国益を害する情緒的なナショナリズムへの傾斜を戒める政治家がアジアの真のリーダーだからです。 (12月31日)
・<註> 吉川英明は、文豪・吉川英治の長男。吉川英治記念館館長。浅野と吉川は、半世紀前、NHKで同期の記者。(浅野 勝人)
・序でながら毛馬一三もは、ご両人とNHKで同期記者です。