2012年05月27日

◆木津川だより 上津道の散策

白井繁夫

この度、訪ねる東大寺転害門(てがいもん)は、泉津からの上津道と藤原京から平城京への上ツ道との接点であり、平城京の東端の東七坊大路に面し(地図Z:4番)、京方面から東大寺を訪れる人々を最初に出迎える大門でした。
  地図Z:http://chizuz.com/map/map127235.html

この国宝の転害門は、度重なる戦乱に遭いながらも天平の東大寺創建時の場所で焼失せずに残っている数少ない建造物です。ですから、当時の平城京の復元図を作成する場合の測量などの時、定点となる重要な遺構です。
 
ところで、東大寺の歴史は皆様良くご存じと思いますので、短絡して記述します。

聖武天皇が、天平15年(743)、大仏造顕の詔を近江国紫香楽宮で発して大仏造立工事を始めましたが、その後、天皇は(難波宮を経て)平城京へ帰ってきました。天平17年に再開工事を平城京で着手し、天平勝宝4年(752)4月に大仏開眼供養が執り行われました。

しかし、台座をはじめ色々な建物が最終的に完成するのに、宝亀2年(771)までの歳月を要したのです。
 
当時の東大寺の寺地は平城京の条坊のサイズで計ると50町と云われていた広大な地所でした。そして、明治の廃仏毀釈で分離した手向山八幡宮も、元々は東大寺の鎮守でした。
「九州の宇佐八幡を勧請(天平勝宝元年:749)した。」と云われています。
但し、現在の手向山神社は創建時の地点から1237年に現在地に移転しています。

 下記の写真は国宝の転害門です。
P1000995.JPG

「転害門」は三間一戸、八脚門(柱間が前後三つで中央が戸口)の形式を持った堂々たる大門です。屋根は切妻造り、本瓦葺で創建以来立ち続けている門です。天平時代の雄大な伽藍建築が想像できる遺構です。

八脚門は格式の高い門であり、現存する天平時代の門では法隆寺の東大門とこの転害門だけだと云われています。

ところで、「転害門」の名称の由来には次のような説があります。
★ 東大寺の大仏殿(金堂)の西北にこの門があるので、吉祥の位置で害を転ずる意から「転害門」と云う。
★ 東大寺の鎮守八幡宮(手向山神社)が催行する10月5日の祭礼(転害会:手掻会)「宇佐八幡神が東大寺に影向の時、諸神を手招きし、手掻門より入る」のお旅所であったことに由来する。碾磑門(てんがいもん)→転害門(てがいもん)→手貝門

東大寺は治承4年(1180)12月、平重衡の兵火で巨大な伽藍は灰燼となり、寺地の周辺部の法華堂.開山堂.転害門などを残すのみで一面が焼け野原となりました。

(俊乗房)重源は、建築事業を学ぶため、三度渡宋した経験を見込まれ東大寺勧進職に任命されて大仏鋳造を開始し、文治5年(1185)大仏開眼供養を行い、それから10年後、金堂、中門などの完成を得て、建久6年(1195)3月、天皇の行幸を仰ぎ、鎌倉の将軍:頼朝も参加する盛大な金堂落慶供養が催行されました。

「転害門」の鎌倉期改修は、建久6年の大仏殿竣工式に合わせ、京街道側の東大寺への入口門をもっと雄大で立派な体裁に整えるための改造で、大きく改修した所は組物(くみもの)を平三斗から出組(でぐみ:一手先)に改造:組物を一段だけ「斗(ます):と肘木」高くして建物が立派に見えるように屋根を高くし、軒先も前に伸ばした大門です。

その後の戦乱:永禄10年(1567)の松永久秀の兵火で東大寺の伽藍はまた灰燼となりましたが、周辺地にあった「転害門」は焼失を免れて残りました。

「転害門」は別名:景清門とも云われています。(源頼朝を暗殺しようとして、平景清が潜んだとの伝説に由来)

参考文献: 国宝 東大寺転害門調査報告書   (2003年3月)
                        奈良文化財研究センター
      古寺巡礼奈良  東大寺       淡交社

次回は話題を近代(明治時代)の幻の大仏鉄道や中世の山城(鹿背山城:NHKで昨年放映)などに変えて散策しようと思っています。
                          (郷土愛好家)

2012年05月06日

◆ミャンマーの民主化は本物か

田島 高志(元駐ミャンマー大使)


ミャンマーでは、昨年3月新憲法に基づく新政権が発足した。

新政権は、民主主義による国家建設を標榜し、政治犯の釈放、アウン・サン・スー・チー女史との対話、政党登録法の改正、労働組合法の成立、補欠選挙におけるスー・チー女史の当選と野党「国民民主連盟」(NLD)の圧倒的勝利を受け入れるなど、急速に民主化を具体化させつつある。

それに呼応して欧米は長年続けた経済制裁を徐々に解除しつつある。既に報道されたとおり、4月下旬に日本も早速テイン・セイン大統領一行を公式に招請し、ミャンマーの民主化の進捗を後押しする姿勢を明白にした。
 
私は、1993年から95年まで駐ミャンマー大使を勤めた。当時は軍事政権であり、欧米から批判されていた。しかし、各閣僚が真面目に国家再建を目指して土日も休まず働いている姿を発見し、本国に報告。保健衛生等の人道的援助を増やすと共に、アウン・サン・スー・チー女史の釈放を首脳会談や外相会談の機会に促す政策を本国に提言した。

その後釈放された同女史を外国大使の中では私が最初に公邸での昼食に招き、その後彼女とは数回会見し意見交換を行った。

その後、1998年に駐カナダ大使を最後に退官したが、ミャンマーに対する関心を持ち続け、2,3年おきに何度か同国を訪問した。今回は、去る2月下旬3年ぶりにミャンマーの民主化の現状を観るために訪問したが、この間の変貌振りは想像を超えるものであった。

中心都市ヤンゴン市内は、以前よりも建物の姿が整然とし、自動車の数が増え、より賑やかになっていた。特に驚いたのは外国からの訪問者が激増しており、空港での入国手続きに1時間以上かかるのが普通の情況であった。観光旅行客の増加に加え、民主化による開放化の進むことを見越してビジネスチャンスを逃すまいと世界中からのビジネスマンが急増しているためだ。

ホテルは1ヶ月以上前に予約しないと宿所がない。事務所ビルも払底して空室はない。既に進出済みの企業も事務所賃貸料の大幅値上げに音をあげているとのことだった。

一般にミャンマー人の性格は、温和で慎み深く勤勉で、極めて親日的である。街を行く人々の表情は以前から明るく、特に変わらなかったが、若い女性のモダンな服装に眼を見張った。新聞やテレビは報道の自由化が進み、内容が豊富でTVチャネル数も増えた。

 今回のミャンマー訪問の間、政治の情況についてミャンマーの知人、友人の話を聞くと、新政権の人事も民主化方針も、前軍政のタンシュエ議長自身が引退前に指示したものであるとの見方でほぼ一致していた。タンシュエ前議長は、引退後の自分と家族の生活が安全で平穏であることを願い、そのために民主化と経済再建を志向したという見方であった。

多くの駐ミャンマー外交団の見方はこうだ。前軍政は、自国経済がベトナム、タイ、マレーシア等周辺国に比べ余りにも遅れていることに気づいた。中国だけに依存する政策には限界がある。経済制裁の解除により先進国及び国際機関からの支援を得て経済を発展させ、アセアン共同体と共に行く道を選ぶことがやはり必要であると考えた。

そこで民主化方針を発表した。スー・チー女史が大統領を信頼すると明言したので、政治犯を釈放しても混乱の生じる恐れはないと判断し、その後の急速な民主化実現への動きになった、という見方だった。

新政権のテイン・セイン大統領は、現在真剣に民主化のための具体的施策を実施しつつあり、スー・チー女史も同大統領を信頼すると発言した。いまや両者は互いに協力しつつあると私は見る。政府や議会も大統領の方針に従い諸施策の実施や審議にそれぞれ精力的に取り組んでいる。議会の審議の模様が連日TVで直接放映されていた。

国連援助機関のある代表は「労働組合法案起草について、政権側から相談を受けた。政権側起草の案を大幅に直したところ、これを全て受け入れた上で、『国際水準に合う法律にしたいので、何でも教えて欲しい』と言われた」と打ち明けた。

首都ネピードーで会談した政権指導層のひとりは、私に長々と真剣にこう訴えた。

「ミャンマーは独立当初から議会制民主主義を採った。その後困難な事情により紆余曲折を経たが、前軍政も民主化の実現が本来の方針であり、国内がようやく安定した2003年に着実な民主化を目指すために7段階のロードマップを発表した。政府も党も国民もこれまで頑張ってきた。現在ようやくその花が開いて新政府が成立した。この道は、逆戻りはできない。簡単に壊れることはない。自分達が描いた夢に近づいて来たのだ。民主化の達成には国内平和の維持が肝心であり、その基盤の上に立ち経済成長と人材育成を達成して行く方針である。」。

スー・チー女史の活動については、「国の発展のためであれば問題はない。補欠選挙で当選すれば、それは結構なことであり、政府に入ることもあり得よう。国民から支持を得ているならばそれも問題ない。」と当然のような面持ちで語った。

しかし、今後の道程には問題が少なくはない。民主化への動きはまだ始まったばかりだ。法整備も制度構築も依然不十分である。過去半世紀間も民主主義の経験のないミャンマーでは、それら法律や制度が出来ても、それらの意味や運用方法の理解と能力に欠けているため、適切に運用ができない恐れもある。運用を巡っての対立もあり得る。

政権の与党側においても、スー・チー女史率いる野党NLD側においても、内部は必ずしも1枚岩ではなく、改革派(柔軟派)と保守派(強硬派)などの意見の相異があると見られている。もし何れかの側の強硬派の意見が表面化した動きが起る場合には、混乱が発生しないとも限らない。民主化への基盤はまだ脆弱であり、何が起きても不思議ではないという指摘は留意しておくべきだ。

最近、私が一瞬憂慮したのは、先の補欠選挙で当選したNLD議員達が議会登院に際しての宣誓を拒否するという予想外の事態である。現行憲法の下での選挙で当選したのであるから「憲法を守る」との宣誓は自然のことである。しかしそれは、憲法改正を議会で主張できなくなるということではない。

政権側がどんな反応を示すかに注目したが、テイン・セイン大統領が日本での記者団の質問に「登院するかしないかは、スー・チー女史の決めることだ」と答えて冷静な対応を示した。スー・チー女史も結局「選挙民支持者の期待に応えるため」との理由を述べて登院を決め、混乱の発生を未然に防ぐことができた。

今後も与野党が忍耐と冷静さを保ち話し合い、妥協しつつ進むしか民主政治の進展はないであろう。

現在のミャンマーは、国民の生活水準を上げるための経済発展を実現するには、資金、技術、及び人材いずれもが不十分であり、諸外国からの支援が不可欠である。国内での歴史的な問題である少数民族と中央政府との対立関係もまだ残っている。それを克服するためには少数民族地域の開発に対しても十分支援する必要があるだろう。

対外関係で注目されたのは、中国の支援によるミッソン大規模水力発電所建設の突然の中止発表である。ミャンマー・中国間で今後の扱いについて話し合いが行なわれているようだ。両国の関係が切れるというものではなく、ミャンマー新政権のよりバランスの取れた全方位外交への転換を示すものであろうと駐ミャンマー外交団は見ている。

ミャンマーの民主化を目指す動きは、本物だと私は見た。

民主化を後戻りさせないためには、日本を含む国際社会が民主化への動きを最大限支援し、定着させ、その成果をミャンマー国民に感じさせることが何よりも重要である。

日本政府は、先のテイン・セイン大統領訪日に際して、民主化支援のための経済援助方針を発表し、諸合意文書に署名したが、何れも十分に的を得た内容であったと思われる。それらが着実に実行に移されることを期待したい。(了)


2012年04月10日

◆野田は“譲歩戦略”で谷垣を追い込め

杉浦 正章



まるで忠臣蔵の浅野内匠頭をいじめる吉良上野介のように見える。自民党総裁・谷垣禎一だ。次々に難題を持ち出し「消費増税法案成立前の解散」に首相・野田佳彦を追い込もうとする。その手段として消費税の政局化を狙っているとしかみえない。


野田からの党首会談の申し入れも拒否した。その代わりに11日に党首討論に応ずるという。野田にとっては党首討論が消費増税実現を左右しかねない正念場となった。このさい野田は“抱きつき”ついでに、最低保障年金など譲歩できるものは徹底的に譲歩して、谷垣を追い込むという手もある。


谷垣は、何かの一つ覚えのように「消費増税マニフェスト違反」と「増税前の解散」を繰り返していたかと思えば、 交付国債、最低保障年金の撤回を要求。「小沢切り」を主張して、今度は消費増税法案早期審議入りに難色だ。揚げ句の果てに8日の記者会見で「対立点はたくさんある。その一つを引っ込めたらどうだという議論は問題の矮小(わいしょう)化だ」と述べハードルを次々に高く設定して行く構えだ。


これでは2月25日の“極秘党首会談効果”もどこかにすっ飛んでしまいかねない。これに対して自民党内では元首相・森喜朗をはじめとして、前政調会長・石破茂らが妥協論を繰り返し主張。元幹事長・古賀誠が独自ルートで大連立への動きを水面下で始めている。野田が小沢グループという獅子身中の虫を抱えているように、谷垣の抱える時限爆弾も深刻だ。
 

谷垣はこの際消費増税実現前の解散などにこだわるべきではない。いずれにしても解散はもう時間の問題であり、前か後かは時間的には無意味だ。同じ「話し合い解散」でも消費税成立前でなく、成立後の解散確約でも自民党にとって十分有利なポジションを獲得できるものだろう。


既に指摘したように一番遅れても秋の臨時国会冒頭解散も含めた早期解散の約束であれば問題はないはずだ。野田を増税前の破れかぶれ解散に追い込んで、一過性の旋風に過ぎない「維新の会」などという鬼っ子に漁夫の利を占めさせてはなるまい。


だいいち自民党は9日発表した衆院選マニフェストで、消費税率を「当面10%」とする方針を打ち出しているではないか。谷垣の姿勢は矛盾撞着に満ちている。この際、党首会談でじっくりと意思疎通を図るときなのに、党首討論という衆人環視の場で議論をすれば、極秘会談で積み上げた信頼関係が脆くも崩れ去る可能性も否定出来ない。
 

一方野田も、これまで牙を隠してきた幹事長・輿石東が、「継続審議」狙いとも受け取れる微妙な動きを生じさせ、対応を迫られている。法案の早期審議入りにこだわらない感触を見せ始めたのだ。連休明けの審議入りを明らかに容認する発言をしているのだ。肝心の幹事長が小沢戦略に組み入れられていたとすれば、野田の立場は風前の灯となる。


当然野田は民・自党首会談で小沢・輿石に巻き返しをしたいところだろう。しかし、党首討論でも活用の仕方によってはかなりの効果を生じさせることが可能だ。それはこの際譲歩すべきは思い切って徹底的に譲歩するのだ。


小の虫などはいくらでも殺してよい。大の虫を生かすのだ。先に党内を説得したときに、やる気など全くない再増税法案を大綱に紛れ込ませておいて、最終的に譲歩の材料に使ってこれを撤回したように、既に組み込まれている政策で“お家芸”の譲歩に踏み切るのだ。
 

まず7万円の最低保障年金と年金一元化の主張撤回だ。もともと年金制度を根本的に変えることなど付け焼き刃でできるものではない。ましてや来年法案提出など不可能に近い。これを撤回するのだ。つぎに誰が見ても粉飾予算にみえる「交付国債」などという事実上の赤字国債を撤回することだ。


年金財源2.6兆円を一般会計に計上せず、赤字国債の新規発行額を11年度並みの約44兆円に抑えた悪評高い“やりくり国債”だ。もともと政府・与党内には予算関連法案成立のための譲歩案として組み込んだという説があり、これを削除してしまうことには何の抵抗もないはずだ。


赤字国債を追加発行する12年度補正予算案を編成すれば対応は可能なはずだ。つぎに原発再稼働にもつながる「原子力規制庁」設置法案でも、先に自民党がまとめた独自法案に“抱きつく”ことだ。原子力庁の発足には原子力安全改革法の成立が必要だ。妥協で国会審議に入れていない状況を早期に打開するのだ。
 

これだけ譲歩した上で、谷垣の言う「マニフェスト違反」をさっさと認めて謝ってしまうことである。消費増税という大事を成し遂げるためにはこれら一連の譲歩など、些事に過ぎない。これらの譲歩を野田は党首討論で谷垣に示すのだ。


分裂気味の小沢グループの反撃などに気を遣っているひまはない。自民党抱き込みにはこれら一連の譲歩しかない。それも今直ちに譲歩することにより、消費増税法案の早期審議入りを実現するのだ。はやりにはやっている谷垣を、野田の譲歩によって、前につんのめるくらいの立場に置いてしまうのだ。

もちろん全国紙全紙が消費増税を支持しており、譲歩を重ねる野田は支持され、谷垣に批判の矛先が向く可能性が高い。
 

<今朝のニュースより抜粋>  (政治評論家)

2012年04月02日

◆敬老パスに半額負担求めるのか

早川 昭三


大阪市の橋下徹市長が1日、70歳以上の市民が市営地下鉄・バスに無料で乗車できる「敬老パス」を、JRや私鉄でも利用可能にする一方で、「利用額半分の自己負担」を求める考えを表明した。

半額の自己負担に言及したのは初めてだが、半額負担となると70歳以上の高齢者にとっては、大きな負担を背負わされることになる。

敬老パス事業の昨年度負担額は約80億円。市の財政負担を抑えるため、利用限度額を設定する意向を示したもらしい。

<橋下市長は、市長率いる大阪維新の会市議の会合で「どんどん高齢者が増えると、予算にして100億円以上のお金が掛かることは目に見えている」と指摘しJRや私鉄の利用を前提に「半額さえ負担してくれれば、場合によっては東京まで行ける。ただ上限は付ける」と述べた>という。産經ニュース(4.1 19:23)

ところがこれに反発するのは、高齢者たちだろう。大阪市政に長年何かと貢献し、それに対する「市民功労」として受けとった筈の「敬老パス」に、突然「半額自己負担」を背負わせることの不合理さに高齢者たちが目を剥くのは当然だ。

負担が増大するのは、70歳になってから市政からの「恩返し」だと思い込んでいた期待が、見事に裏切られることになるからだ。

中でも反発が集中するのが、「敬老パス」で「赤バス」を利用している高齢者であることは目に見えている。日常生活の利便を図るため「赤バス」を利用している高齢者の不満の声が一段と高まるのは必至だ。

そもそも「赤バス」は、ノンステップの外国製小型バス。02年に地域密着型の路線として既存路線が走らない狭い道や不採算路線を走るという、謂わば「地域優先を第一に、敢て採算性度外視」の、自治体特有の善政実施が狙いだった。

しかも運賃が「100円」と格安な上、とくに歩行に障害のある高齢者にとっては、住まい近くの停留所から楽々乗車できることから、高齢者への優待策として歓迎されてきた。

ところが、本来の採算度外視の「敬老パス」の意義に目を反らし、ただ赤字解消を槍玉に半額値上げを打ち出したのだ。

恐らく市議会でも、「赤字でも市民には必要」「廃止後の代替措置が示されていない」などと、維新の会に批判が集中するだろう。

「敬老パス」半額値上げを、どのようにいて止めさせればいいのか。

とりわけ「批判が爆発する赤バス」を考えてみよう。例えば「毛馬―京橋」路線の場合、確かに地域密着型の路線として、過疎地域をじっくり回って、終点は京阪京橋駅に到着する。地下鉄から離れている同地域の住民にとっては、「赤バス」が生活の足であることに間違いない。

しかし、この「赤バス」路線の最大欠陥のひとつは、同路線が、都心の梅田に向かう便が無いことだ。もし何便かでも「梅田行き」路線を組み込めば、都心に買い物に行きたいとおもう乗客の増加は見込め、値上げせずに増収に繋がるのは誰もが指摘してできる。

しかも、都心に行けば買い物も出来たり、催しにも参加できることになる。市営地下鉄の利用にも繋がり、それが大阪の経済効果になる上、高齢者にとって「赤バス・地下鉄の連携」が、老後の楽しみを喚起させることになる。

なぜ、赤字の責任を利用乗客不足になすり付けようとするのだろうか。むしろ乗客の利用志向をよく考えて、行き先の新設など路線の改善を果たせば、「自己負担増加」という安直な発想に結び付くとは思えない。

橋下市長!一度「赤バス」に乗り、車内で「負担増加」に代わる「新発想」を考えて見たら如何。案外、経験を尊重する橋下市長だから,紙上模索の過ちにすぐに気付き、思考組み立てに奔ると思うがどうだろうか。(了)                       2012.04.01

2012年03月30日

◆自民党は責任政党なら消費増税に賛成せよ

杉浦 正章



首相・野田佳彦が消費増税法案の30日に閣議決定することを決断したことにより、自民党の責任政党としての対応が焦点として浮上した。自民党は、無責任きわまりない「政局」志向の小沢一郎グループや国民新党代表・亀井静香と一線を画し、国家財政の窮地を見据えた大道を選択しなければならない。


それには消費税法案の賛成に踏み切ることだ。国民の信頼を取り戻し、将来の政権復帰への道はこの選択肢しかあり得ない。小沢、亀井と同レベルの“政争”に終始するなら、既成政党への失望感は抜き差しならないものとなり、総選挙で手痛いしっぺ返しを受けるだろう。
 

国民新党の分裂状態などはこのさい大局とは関係ない。かんなくずのようにぺらぺら燃える亀井の窮地も、政局の本筋から外れた政治家の個人的資質の問題だ。ミニ政党が割れてもミクロ政党になるだけだ。野田は無視すればよい。閣議決定後通常国会の中・終盤にかけての焦点は、小沢の造反と自民党の対応に絞られる。


図式は簡単に描ける。野田と自民党と小沢の3角関係の動向で決まることになるのだ。まず小沢だが、当面は政務3役などの辞任を軸に政権に揺さぶりを掛けたいのだろうが、グループ内は割れており、勢いに欠ける。ましてや「命を賭ける」とまなじりを決している野田には利かないだろう。欠員を補充して対処するだけだ。小沢の選択肢には離党はない。離党すれば与野党から袋叩きに遭うだけであり、疑惑の「小沢新党」では総選挙も惨敗だ。


したがって党内にいての条件闘争が本筋だ。消費増税法案の採決に反対するなど、最終的には「野田降ろし」につながる動きを展開してゆくことになる。
 

一方自民党執行部は、まだ消費税に賛成して野田につくか、反対して野田を追い込むかの決断がつかないままで推移している。愚にもつかない防衛相・田中直紀の問責決議案を提出する方針といわれるが、党執行部の政治感覚を疑う。


国民は、いくら田中が愚鈍でも切実感を持って更迭を求めていると思うのが間違いだ。単なる政争の具として血祭りに上げても、誰も自民党を褒めてはくれない。おまけに北東アジア情勢は北朝鮮のミサイル発射予告で緊迫の度を加えている。


敵前で馬を乗り換えるのは、いくら駄馬でも愚策だ。相変わらずの政局狙いの姑息な策を弄せず、自民党はこのさい条件を明確にして消費増税法案成立に向けての与野党話し合いに入るべきだ。
 

幸いにも自民党総裁・谷垣禎一との極秘会談で、野田はとっかかりをつかんでいる。副総理・岡田克也の大連立への動きもプラスに作用する。もともと自民党は10%の消費増税を参院選挙の公約に掲げており、法案自体に反対する根拠を失っている。問題は自民党の基本戦略が早期の解散・総選挙を達成するところにある。


この戦略は消費増税法案の処置と密接に絡まざるを得ないのが実情だ。しかし、野田は消費税か早期解散かのぎりぎりの選択になった場合には、早期解散で妥協してでも消費増税法案を選ぶだろう。問題はその選び方だ。谷垣との会談で、成立を前提とする話し合い解散が俎上(そじょう)に上ったが、これが重要な選択肢だろう。


また、大連立による対応も考えられる。現行小選挙区制においては本格的大連立は無理にしても、期間限定の大連立か、昔大平正芳の言った「パーシャル連合」もあり得る。消費増税だけの部分連合だ。自民党の閣外協力もあり得る。すべて早期解散を前提としたものだ。
 

いずれの方策も、野田と谷垣との間に信頼関係が生まれないと成立しない。その関係が今後親密化するかどうかは、小沢の動きにかかってくる。ところが小沢の造反姿勢は鮮明であり、今後激しさを増しこそすれ衰えることはない。したがって3角関係の常として、一方の関係が冷えれば、他方との関係は親密になる。


谷垣は野田に対して「小沢切り」を勧めており、野田は谷垣が増税法案に賛成すれば「小沢切り」に動くだろう。谷垣周辺には民・自党首会談を画策する動きがあり、これは早期に実現して小沢の「逆流」を防ぐべきだろう。


野田は、自民党の主張する最低保障年金の撤回に、もったいぶらずに応じるべきだ。できもしない年金制度に固執する余裕などないはずだ。
 

間違っても自民党が取ってはならない方策は、消費税法案反対の路線である。この路線は「小沢切り」どころではなく、小沢との“協調路線”になってしまう。野党の反対に小沢グループが同調すれば、消費増税法案は否決され得るからだ。野田は政治生命をかけると言っている以上、法案否決を内閣不信任案の否決に等しいものとして、解散に踏み切る公算が大きい。


自民党にとってみれば早期解散を獲得できることになるが、消費増税は先延ばしになる。急を告げる国家財政は、政党の党利党略と小沢の個利個略を許す余裕などないのだ。 


【筆者より】春休みのため来週は休筆とします。再開は10日(火)より。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年03月29日

◆亀井孤立、進むも退くも“地獄”の様相

杉浦 正章
 

「野田君は地獄に落ちる」とすごんだ国民新党代表・亀井静香だったが、気がついてみると地獄に落ちていたのはなんと自分自身であった。消費増税法案反対で政権離脱を唱えて突っ走ったはいいが、党内で政権離脱反対論が続出、分裂状態に陥ったのだ。


民主党小沢グループの反対論に呼応したまではいいが、同グループの敗退で、置いてけ堀を食らった。自らがリークした「石原新党」もままならず、75歳のオオカミ老人もそろそろ焼きが回ってきた状態だ。
 

ところが本人は焼きが回ったと思っていないから度し難い。虎の威を借る狐ならまだいいが、たった衆院5人、参院3人の政党を背景に自分が虎だと思って吠えているのだから始末に負えない。


その象徴がNHK記者に対する会見拒否事件だ。28日の記者会見でNHK記者の出席を拒否したが、その理由が討論番組での時間の割り当てが少ないことだという。何様だと思っていると言いたいが、殿様だと思っているのだろう。
 

亀井は1996年の橋本内閣の消費増税の時にも、自民党組織広報本部長でありながら総選挙で消費税に反対して、党内に混乱を生じさせている。おそらく消費税を不倶戴天の敵だと思うDNAを抱えているに違いない。


今回の反対の根拠も、「連立の際に消費増税をしないと確認した」ということだけで、危機に瀕した国家財政への言及など全くない。また立党の原点である郵政民営化法改正案の成立が実現しないまま政権離脱が困難な現実への配慮なども全くない。
 

党首がこれだから、国民新党のコップの中の嵐も止みそうもない。閣議決定反対となれば金融相・自見庄三郎の法案署名を拒否させなければならない。しかし自見はかねてからどっちつかずの様相を示していたが、官邸筋によると28日になって「大きくぐらついて署名しそうになってきた」という。野田サイドの“工作”が浸透したようだ。


亀井は自見の説得に懸命だという。朝日によると自見は支援者に「閣議決定に署名する」と伝えたという。署名しなければ連立離脱となるのだが、肝心のポイントが揺らいでしまっているのだ。


加えて幹事長・下地幹郎は賛成の方向で党内をまとめようとしており、国対委員長代理・中島正純は「郵政民営化法改正案を成立が先決」と公然と反旗を翻した。亀井に同調しているのは亀井伯爵家の直系姫君である政調会長・亀井亜紀子ほか少数にとどまっている。要するに党は分裂状態になってしまったのだ。
 

一方、亀井はリークして朝日に新年早々「石原新党3月旗揚げ」と書かせたまではいいが、慎太郎自身が渋っているとみえてなかなか動かない。それもそうだろう79歳にもなって、「おれがおれが」の政界カムバックでもあるまい。「3月新党」は当分先延ばしで様子を見ざるを得なくなっている。


慎太郎は息子の伸晃がいみじくも指摘しているように「都知事だから輝ける」のだ。だいいち消費増税について石原は推進論者だ。「消費税は税制学的に言うと、一番経済に悪い影響を与えない税。日本のような高福祉低負担では財政は持ちっこない。消費税は通さなきゃいけない」と断言している。新党といっても肝心の政策が一致しないではないか。
 

亀井は石原に加えて小沢グループにも働きかけをしているが、小沢は自分を民主党の原点ととらえており、亀井の口車に乗るほど馬鹿ではない。こうして亀井は政界でまぎれもなく孤立状態となった。党内の亀裂は深まル一方だ。


したがって亀井は、30日の閣議決定に向けて、これまでそうしてきたように、何か「へ理屈」をつけて連立離脱の旗を降ろすか、党分裂を選択するかの二者択一を迫られる結果となった。進むも地獄退くも地獄ののっぴきならない立場に陥っているのだ。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年03月28日

◆小沢戦略の限界が露呈した

・消費税法案閣議決定確定

杉浦 正章



民主党の消費増税法案事前審査は、政調会長・前原誠司への一任“強行”で、30日の消費増税法案の閣議決定が確定した。これにより、消費税政局は国会の場に焦点が移行した。同法案をめぐる党内抗争は首相・野田佳彦が元代表・小沢一郎に対し第1ラウンドは勝利を占めた形となった。


今後は法案採決時における決着を目指して、野田は小沢と対野党工作の二正面作戦を強いられる方向となった。しかし、閣議決定阻止の造反が不発に終わったことから、小沢の強気一辺倒の戦略の“限界”が見え始めた。
 

要するに小沢の「脅し」が利かなかったということだ。閣議決定阻止に向けて小沢は、グループ所属の政務三役12人が一斉に辞任することも視野に入れて、強気の戦略を組んだ。小沢自身も法案に「修正しても反対」と表明、一切の妥協を拒否した。


しかし、国家財政が破たんの危機にあることは小沢グループにも浸透しており、8回にわたる事前審査も回を重ねるごとに条件闘争の側面が生じてきた。小沢の反対論を煎じ詰めれば、解散を先延ばしにして自己勢力の温存を図るところにあり、「邪心」が当初から見え見えだったのだ。落選必至のチルドレンをけしかけても、事前審査では説得力が出ないのだ。
 

こうした小沢の限界を見据えたのか、野田は法案閣議決定に向けて一切ぶれなかった。それどころか発言の勢いを増していった。「不退転の決意」が「政治生命を賭ける」となり、「51対49の党内世論でも頑張る」を経て、しまいには「命を賭ける」とまでエスカレートさせた。


この間2月25日には自民党総裁・谷垣禎一との極秘会談で「話し合い解散」をほのめかし、小沢をけん制した。小沢はこのままいけばそれこそ「切られる」と恐怖を感じたに違いない。背景には小沢の側近であるはずの幹事長・輿石東が、反対へと動かなかったことが大きい。


輿石は一時は野田と反対派の調整に回ったほどであり、基本的に消費増税法案を政局の具とすることには慎重であった。小沢は27日の昼になって側近議員に「今回の議論は終わりだろう」と漏らし、早々と掲げたZ旗を降ろしている。
 

こうして小沢にとっては「修正でも反対」は貫けず、事実上前原のペースで事は運んだことになる。第1ラウンドで敗退したものの、グループは「法案採決時の反対で決着をつける」とすごんでいるが、これが可能だろうか。小沢の前に大きく立ちはだかるのは野田サイドの自民党への大接近策だ。


野田自身の極秘会談に加えて、副総理・岡田克也が自民党幹部との会談で大連立を持ちかけるなど、一連の接触が物語るものは「小沢孤立化」であろう。


自民党内には元首相・森喜朗のように消費増税法案賛成論も根強い。森は27日「今、自民党が助け舟を出し、民主、自民の両方一体で立派なものをつくることが、国民に一番安心してもらえる」と発言している。そもそも自民党が参院選挙の公約としたのが10%への増税であり、反対する方が矛盾があるのだ。
 

それでは小沢が今後どう出るかだが、消費増税法案への反対投票を軸にグループをまとめ、内閣不信任案か問責決議が提出されればこれに賛成することも視野に置いた戦略を描いているのだろう。しかし、極秘会談が生んだ自民・民主の話し合いムードはこの小沢戦略を危うくするものである。


国会に法案が提出されれば、審議の過程で妥協の動きも生じてくる。事前審査では執行部が仕掛けた再増税法案提出条項が取引材料になったように、こんどは自民党が反対している7万円の最低保障年金の断念が、消費税法案成立への取引材料になる公算が出てきている。終盤国会での与野党激突を“活用”する小沢戦略が成り立つかどうか疑問となってきたのだ。
 

また4月26日に予定される政治資金規正法違反をめぐる裁判の行方も大きく小沢の動きを左右する。裁判に負ければ小沢の再起は不能状態に陥るだろう。チルドレンの小沢離れが始まる。勝てば、党員資格停止処分も撤回され、公然と党内での主導権争いを展開するだろう。


しかし消費税法案に本当に反対投票をするかと言えば、自民党が賛成すれば小沢は孤立するだけだ。たとえ野党が反対して法案否決となっても、野田は否決と同時に「破れかぶれ解散」に打って出る可能性が強い。


これも小沢戦略の最も嫌うところである。したがって、消費税政局を狙う小沢の戦略はどうもおぼつかなくなってきたというのが実情だろう。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年03月27日

◆橋下扇動政治の“急所”を突く

杉浦 正章



花火の季節にはまだ間があるが、大阪維新の会による「維新政治塾」の開講花火が1発どーんと揚がった。主役の大阪市長・橋下徹による国政進出に向けて号砲だ。関西圏を中心に「維新風」が吹きすさんでいる。この政治現象をどう見るかだが、背景に国民のガバナビリティ(被統治能力)の脆弱さが存在するとしか言いようがない。


国政への“野望”に燃える橋下はその脆弱な脇腹を狙って、狙撃を繰り返す。3年前の総選挙で政党がフルに活用した「風」を、今度はまぎれもない扇動家である個人が巻き起こそうとしているのだ。しかし露出度が激しくなるに従って橋下本人の急所が露呈してきた。
 

ガバナビリティとは簡単に言えば「政治民度」だ。「風」で動く4〜5割に達する浮動層がその象徴である。日本人は知的水準、教育水準、文化水準においては世界に冠たる国民性を有するが、政治的水準は低すぎる。とりわけ中選挙区制を小選挙区制にしてからその傾向が顕著になっている。


2年半前の総選挙で自民党に辟易したのはいいが、民主党に吹いた「風」に踊らされて308議席という大量議席を与えてしまった。その結果内政も外交も失政続き。選挙の公約など全く実行されないというしっぺ返しを受けた。東日本大震災が露呈させた政権の無為無策ぶりは、目も当てられないものがある。


だからといって、今度は懲りもせずにヒトラー的な独裁傾向を有する橋下へとなびいてしまいそうになっている。「風」で投票することへの危険性は学習されていないのだ。まさにこの国民にしてこの政治ありだ。
 

テレビを活用したテレポリティクスが橋下のすべてだ。テレビが囃(はや)すうちだけは生存し、見向きもしなくなればそれで終わりなのだが、見向きもしなくなるまでに解散があればそれなりの議席を獲得するだろう。政治塾開講で何を言うかと注目して分析したが、扇動政治そのものだ。「来たるべき大戦(おおいくさ)に備えしっかりと準備をする」「日本の政治を変える」とまず戦闘開始宣言。


次いで「やるかやらないか2つに1つ。四の五の言う前にやる。それによってしか日本は変えられない」と煽(あお)る。
 

しかし「政治を変える」と言うが、何をどのように変えるのか。「四の五の言う前に何をやるのか」の言及もない。要するに大言壮語なのだが、これほど空疎な大言壮語でも、集まった維新チルドレン候補生たちをうならせ、興奮させるのだから、一種の大衆催眠術なのだろう。


橋下の狙いはチルドレンを扇動して、総選挙に間に合わせるように“促成栽培”することにある。国政への数だけを集めればよいのだ。大阪の「ガバナビリティ欠如人」たちはいまのところ「橋下さんの言うことならすべて賛成」という属人的な礼賛に浸っているから、これが民主党政権と同じ結果か、それ以上の悪い結果を招くことなどつゆほども感じていないのだ。
 

大言壮語なのは、各論に入ると狙い撃ちにされることを避けている戦術でもある。民主党が各論を掲げてことごとく実現できずに失敗したことを、橋下は学習しているのかも知れない。しかしテレビ番組で全身を露出するにしたがって、その政策面での荒唐無稽(むけい)ぶりが露わになっている。


例えば「消費税の地方移管」だ。誰でもすぐに気づくが都道道県ごとに消費税が決まれば、消費者は低い自治体へと流れる。高い県は消費税収が激減して機能しなくなる。富裕者層の多い県は税収が大きく、少ない県との落差が生ずる。橋下は「知事会で税率を決めればよい」と言うが、それこそ四分五裂の論議を招くだけだ。46都道府県それぞれの事情があることが分かっていない。
 

憲法改正についても「まず96条の改正を先にやる。96条があっては議論しても意味がない」と宣うた。改憲は「各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない」とする3分の2条項が邪魔になるからまずこれを改正しようというのだが、それでも弁護士かと言いたい。


96条を変えること自体に3分の2の多数が必要なのであり、最初にできれば世話はないのだ。首相公選制や一院制なども、はやりの言葉で言うなら「言うだけ番長」だ。橋下は「かちっとした制度設計は官僚組織を使わなければできない。政治家は大きな方向性を示せばよい」というが、その大きな方向性に疑問があるのだ。
 

要するに「風」に乗って言いたい放題言いまくっていても、ほころびは重要政策で見え始めているのだ。「政治民度」の低い国民にあえて言うならば、政治は忍耐であり、国民にも忍耐が求められる。橋下が狙うような回天の大事業などは一朝一夕にできるものではない。


民主党政権を選んだ大失敗を橋下政治で繰り返すべきではない。具体論を避け、美辞麗句を並べる政治家ほど信用出来ないものはない。軽佻浮薄なテレポリティクスに踊らされない選択が今ほど求められるときもない。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家・元時事通信編集局長)

◆木津川だより  中津道の散策E−1

白井繁夫


1300年前の和銅3年(710)藤原京から平城京へ都が移り、延暦3年(784)長岡京へまた平安京へと桓武天皇が遷都しました。この中津道(奈良街道)は古来より近世まで歴史上の重要な街道でした。

以前にも記述しましたが、平城京造営時の材木などは木津川(泉川)を利用したため、木津には政庁や諸大寺の木屋が設けられ、東大寺造営にはこの道が使われました。

ここの街道は西の歌姫越え(下津道)に対して「東路」とも云われ、また、この街道沿いにある般若寺によって「般若寺路」と云う別名も有ります。

前回は、安養寺からこの街道の坂道を登り、山城と大和の国境にある峠の法然上人ゆかりの高座や昔の刑場跡などを訪ねました。(地図Z:1番)

今回はその先にある奈良豆比古神社(ならづひこじんじゃ)を訪ねます。

この神社は、大和国から見ると平城山(ならやま)の東端、奈良市街地から北へ約一里(4km)の奈良坂越えの最も高所に鎮座し、能楽の『翁舞』で有名な延喜式内社であります。(地図Z:2番)
地図Z:http://chizuz.com/map/map127235.html

さて、街道に面した神社の正面の大きな石灯篭の左側に、平成24年10月4日『式年遷宮』の立札が建ち、石の鳥居の両脇に古風な狛犬の門番がいますので、会釈をして鳥居をくぐります。境内には右手に鏡池があり、両サイドの古灯篭つたいに石畳を進み、拝殿へと向かいます。
P1000911奈良豆神社.jpg
写真:奈良阪町の奈良豆比古神社(上の写真)

祭神は(中央)平城津彦神(ならづひこしん):奈良坂の産土神(うぶすなかみ)
   (北側)志貴皇子  (しきのみこ):田原天皇。春日宮天皇:八幡大神
   (南側)春日王  (かすがのおう):志貴皇子の子。淨人王、安貴王の父。

志貴皇子は、当神社では「八幡さん」ですが、万葉歌人として大変有名な歌人です。

代表作の万葉集巻八−1418『石(イハ)ばしる 垂水のうえの 蕨(サワラビ)の 萠え出づる 春になりにけるかも』(岩の上にほとばしり落ちる滝のそばの蕨が芽を出す春になったのだなあ)は特に有名な歌です。

春日王は当神社の「春日若宮さん」ですが、桓武に続く平城天皇と縁あり「歌舞音曲の司神」とされ、また彼の子、淨人王(きよひとおう)は、『散楽(さんがく)俳優(わざおぎ)
を好み、その芸能で明神に祈り、父の病を治した。

すなわち世にいう「猿楽、芸能の翁、三番叟」等の面は浄人に起る...』(奈良坊目拙解の奈良神社の条)と記述されています。『願の翁』は元々咒師による方固めの神事とも云われています。

国の重要無形文化財に指定されている当神社の宵宮祭(10月8日夜)の神事「翁舞」の翁は、神の化身、春日大明神(老翁の姿)が能楽のなかで大きな位置を占めています。

翁は猿楽の演目とされ、祝言を述べてその場を祝ぐところから、式三番とも呼ばれ、能の番組の最初に演じる儀礼的な曲目、極めて重要な芸能として伝承されてきました。これを「翁舞」と称して演じるこの神社は独特の詞と曲で演じられ、謡曲の源流もここに求めてもよいと云われています。

当神社に伝わる「能狂言面」二十面と装束など普段は奈良国立博物館に保管されています。これらの面にはいずれも仮面としての様式、手法から、室町時代の作と思われるものが数多くあります。

*能面「癋見(ベシミ)」:千草左衛門太夫作、応永廿季二月二十一日の刻銘(1413年)室町初期の最も優れた能面作家十作のなかの一人
*中将面:裏面に『十二』の花押(墨書)、室町中期の能面師十二太夫の作
*平太、怪士:上記面によく似た作風
*翁面のうちの二面:銘はないが室町中期の極めて古様な能面
*尉面:長命次郎太夫と金泥書銘、江戸時代中期の金剛座のツレとして活躍
(年一度の宵宮祭には博物館保管の面や衣装をつけて舞うそうです。)

猿楽能の大成者の観阿弥、世阿弥父子と大和国は深い関係があり、興福寺の薪能、春日若宮御祭など大和は猿楽、猿楽能の成立と発展に大きな役割をはたしました。即ち、猿楽能は勧進猿楽として貴人から庶民まで幅広い支持があり、政権の式楽、神事としての猿楽の翁舞など大和四座の役者に翁舞の演じる機会をあたえました。

さて、話を奈良豆比古神社の境内に戻しましょう。

この神社には奈良県の天然記念物に指定されている「樟(クス)の巨樹」があります。根元幹回り13m弱、樹高約30mのクスは古色蒼然とした巨木です。この巨大さは訪ねた人々に1200年前「田原天皇の王子、春日王が療養の為、大木繁る平城山(ナラヤマ)の一社に隠居さる」との伝説を思い起こさせるに十分なオーラを感じました。

当神社では、昔から20年ごとに御造替(ゴゾウタイ)が氏子等によって欠かさず催行されてきましたので、建物も美しく保たれています、それを見守ってきたこの巨大な樟の神木が古来から続いてきた悠久の歴史を心に刻ませます。
P1000913樟の巨木.jpg
写真:本殿裏の境内の「樟の巨樹」(上の写真)
参考文献:
  *奈良豆比古神社の祭礼と芸能    奈良地域伝統文化保存協議会
  *奈良豆比古神社『翁舞』      翁講.翁舞保存会(奈良市奈良阪町)
 次回は当神社から般若寺を通って東大寺の転害門へと中津道を散策する予定です。
                   (郷土愛好家)

2012年03月26日

◆なし崩しで“原発ゼロ”長期化の危機

杉浦 正章

 

ここに来て超重要政治課題2つが待ったなしの決断を迫られている。1つは消費増税法案の閣議決定。他の一つは福井県大飯原発3,4号機の再稼働問題だ。


同原発再稼働は月内にも首相・野田佳彦が決断する流れだが、問題は首相が決断しただけでは進展しないところにある。政調会長・前原誠司も25日「地元の納得が得られるかどうかが大きなポイント」と新たなハードルを設定している。


この条件を5月5日に予定される北海道・泊原発3号機の停止までにクリヤしなければ、26日午前零時に東電の全原発が停止したことから稼働する原発はゼロになる。稼働原発がゼロとなるか大飯原発の2基でも稼働している状態にするかどうかは、今後のエネルギー政策に決定的な意味合いを持つことは言うまでもない。
 

消費増税法案の閣議決定に関しては野田が「不退転の決意で、政治生命を懸けて、命を懸けて、この国会中に成立をさせる」と述べたことで、元代表・小沢一郎との第1ラウンドの勝負は事実上ついた。野田は間違いなく早期に閣議決定に持ち込み、法案を国会に提出する方向だ。


問題は我が国のエネルギー安全保障に決定的な重要性を持つ原発再稼働だ。第2次大戦前はABCD包囲網で石油の輸入をストップされ、国家破滅に至ったが、今度は自分で自分の首を絞める「脱原発」包囲網の輪が刻々と縮まりつつある。東電柏崎刈羽原発6号機の停止で、残りは北海道の泊原発だけとなった。
 

従ってエネルギー問題の焦点は原発をゼロにする勢力と、2基でも再稼働させて将来への布石とするかどうかの戦いとなる。すべての元凶は昨年7月に窮地に陥った首相・菅直人が、延命策のように玄海原発の再稼働に待ったを掛けたことにある。ストレステストを要求したのだ。脱原発派は、NHKや朝日新聞のキャンペーンに鼓舞されて勢いづき、各地で反対の火の手を挙げた。


菅は首相・鳩山由紀夫が沖縄の普天間移設について「国外すくなくとも県外」と究極の暗愚発言をしてしまったのと勝るとも劣らぬ大失政を繰り返したのだ。
 

原子力安全委員会が関西電力大飯原子力発電所3、4号機のストレステストについて、23日“ゴー”の検証結果を表明しても、なお脱原発キャンペーンの勢いは止まらない。NHKの原発偏向報道の顕著な例に挙げるなら同日午後7時のニュースで地元住民の声を反対論ばかり3例を挙げ、賛成論を紹介しなかったことだ。


テレビの放映する国民の声ほどそのテレビ局の偏向状況を判断する基準となるものはない。都合のよい方向へどうにでも“操作”出来るからだ。現に、おおい町の町長・時岡忍が「一連の安全確認作業で一つ階段をのぼったと受け止めている」と再稼働是認に前向きの発言をしたにもかかわらず反対論ばかりを紹介したのだ。


まさに亡国のエネルギー政策偏向キャンペーンだ。公共放送が先頭を切って偏向しても、近ごろの国会はだんまりを極め込んでいて、だらしがないの一言に尽きる。朝日もNHKも“編集貴族”らは、反原発キャンペーンが即“電気料金値上げキャンペーン”であることが分かっていない。
 

反対派は菅が首相在任中は、もっぱら自然エネルギーの確保で補えるという誤った見方で盛りあがっていたが、当時から筆者が指摘したようにエネルギー使用量全体の1%を抜け出るような画期的な自然エネルギーなどどこにも見当たらない。いまだに展望も開けない。最初の福島ショックから立ち直った世界の原子力発電は総じて復活の方向となった。


中国などは原子炉200基建造計画にまい進しており、中東や東南アジア諸国も、事故を経験した日本の原発をかえって導入したがる機運が生じているのだ。中国には新幹線事故の例もある。日本の安全な原発を売り込む方が重要だ。いったん原発事故があれば放射能物質が日本に黄砂の如く降り注ぐ。
 

こうした中で野田は、近く大飯原発再稼働を決断する意向を固めている。しかし要注意なのは前原ではないが「言うだけ番長」に逃げ込む危険性があるのだ。というのもたとえ関係閣僚で再稼働を決断しても、地元説得という大問題があるからだ。


加えて4月は予算関連法案、消費税法案にかかりっきりになる可能性の方が大きい。野田は地元説得に経産相・枝野幸男を同月上旬に派遣する方針のようだが、かつて枝野は今夏の原発稼働ゼロを他人事のように予言しており、本気で説得出来るかどうか疑わしい。


野田本人も現地を説得する意気込みを示しているが、事前の根回しで方向が見えないまま地元に入る勇気があるかどうかも疑問だ。したがって事態は53基が停止したままでずるずると推移して5月に至り、ついに泊原発も停止して、国内すべての原発がことりとも音がしなくなるという事態になり得るのだ。
 

冒頭指摘したように原発稼働ゼロか、2基でも稼働しているかどうかの政治的な意味合いは月とすっぽんほどの差がある。ゼロとなれば脱原発勢力はゼロが“既得権”となり、これを死守しようとするに違いない。そのうちに解散・総選挙ともなればますます原発再稼働が争点となり、各政党は無責任にも目先の票獲得にむけて「脱原発」か「非原発」か「停原発」論に陥るだろう。


エネルギーの不足はホルムズ海峡危機ともなれば目も当てられない状況となり、産業の海外移転に拍車がかかる。ゼロか2基稼働かは、原発を含めたエネルギーのベストミックスに向けて不可欠の意味を持つ。野田は消費増税だけでなく原発再稼働にも命を賭けよ。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年03月23日

◆「ポスト谷垣」なら町村か石破がよい

杉浦 正章
 


「ポスト谷垣」がなぜにわかに関心を持たれ始めたかといえば、次期首相候補となり得るからだ。


この激動期の日本を牽引する人物が、立候補に意欲を示す町村信孝(67)、安倍晋三(57)、石破茂(55)、石原伸晃(54)、林芳正(51)の戦いとなる可能性があるのだ。あえてその候補を絞れば人格、識見、切れ味、迫力からいって町村対石破の戦いになることが好ましいと思う。あとはまだ10年早い。
 

せっかく「話し合い解散」ムードを野田との極秘会談で醸し出したのに、かわいそうなのが自民党総裁・谷垣禎一だ。褒められるかと思えば逆で、総裁選への動きや総裁選前倒し論を加速させてしまった。2月25日の極秘会談以前の谷垣は、元首相・森喜朗に面罵されたり、中堅、若手に2度3度と突き上げられるなど散々だった。おそらく谷垣にとっては極秘会談は起死回生策であったに違いない。


谷垣批判は自民党支持率の低迷、その優柔不断さなど総じてリーダーシップの欠如に起因する側面が大きい。よかれと思った「話し合い解散」が、中堅、若手からは「対決回避」とうけとられてしまうのだ。
 

もっとも次期首相候補に谷垣の目が消えたわけではない。今国会中の解散に持ち込めば、一挙に展望は開けて来る可能性がある。恐らく選挙結果は民主党惨敗で、議席の取り合いになるが、維新の会に行く議席はせいぜい20前後だろう。あとは自民、公明、みんななどで分け合い、自民党が過半数は難しいにせよ第一党になる可能性は大きい。


第一党を取り戻した谷垣を「降ろす」ことはあり得ないから、公明などとの連立政権で首班に谷垣が選出される公算はある。従って「話し合い解散」または今国会中の解散が実現すれば、「谷垣首相」もあり得るのだ。
 

解散が実現できなかった場合は、舞台が暗転する。通常国会終了直後から自民党は「谷垣降ろし」のお家騒動となる。そこで前述の候補だが、まず消去法で分析すると最初に林が消える。参院議員でも憲法解釈上は不可能ではないが、実態論としては無理だ。


宮沢喜一が衆院に鞍替えしたのも首相候補を嘱望されてのことだ。能力と人格は申し分ないが山口3区に鞍替えして当選できるかどうかがカギ。例え当選しても当分ぞうきん掛けを求められる。仲のよい石破との会合で石破を「信念を共有できる兄貴分」と形容したことで、最終的には石破を推す意思表示をしたともいえる。
 

石原はどうも首相の器ではないような気がする。発言が軽すぎる。9.11テロを「歴史の必然」、放射線測定を「市民に線量を計らせないようにしないといけない」、反原発を「集団ヒステリー」と失言を繰り返している。ついには胃ろう患者を「意識が全くない人に管を入れて生かしている。まるでエイリアンだ」と述べたものだ。この調子で首相をやったら政権は3か月でつぶれる。まだまだ修業が足りない。


安倍晋三の最大の欠陥は、首相時代にいくら野党から攻められたからといって、半分ノイローゼになってはいけない。首相ほど強靱(きょうじん)な精神力が求められるポジションはない。その精神力の限界を露呈して、こともあろうに首相の座を投げ出しておいて、ほとぼりが冷めたからまた復活では虫がよすぎる。突然政権を投げ出した無責任さは生涯つきまとわざるを得まい。町村派の指南役・森喜朗がどう動くかが注目されるところだが、年の順で町村を支持しそうな気がする。
 

こうみてくると日本のリーダーとしてふさわしいのは町村か石破かということになる。町村は先の総選挙では小選挙区で落選、比例区で当選となったがそのままだったら総裁候補は無理だっただろう。議員を辞職して補欠選挙で勝った結果、総裁候補となり得たのだ。石破とは12歳の年齢差があり、一種の世代間戦争の様相になり得る。論客としては町村も石破も自民党のトップクラスだ。

その発言は石破が政治状況の掌握に独自性があるのに対して、町村は常識的でバランス重視型だ。切れ味は甲乙つけがたい。問題は2人とも党内の人望がいまいちであることだ。漱石の草枕ではないが「智に働けば角が立つ」ところがあるのだ。


しかし、今のところ出馬しそうな5人の候補のなかから首相としてふさわしい人材を判断すれば、町村か石破かということになる。

<今朝のニュース解説から抜粋>   (政治評論家)

2012年03月22日

◆我慢の野田は小沢に熨斗つけて返せるか

杉浦 正章



「顔を洗って出直してこい。このすっとこどっこい」と首相・野田佳彦がたんかを切ったら大変なことになるが、これは8年前の国対委員長時代の発言。今は我慢している。消費増税で元代表・小沢一郎が21日付読売新聞のインタビューで「修正でも反対する」と“ちゃぶ台返し”を宣言しても、我慢の子だ。

勢いづいたチルドレンは、増税法案事前審査でかさにかかって言いたい放題だ。野田は小泉チルドレンに言ったように「小沢チルドレンはチャイルドシートに座ってろ」と言いたいのを我慢しているが、そろそろ限界が来つつあるようだ。待ったなしの財政の健全化と社会保障の安定財源の確保を大義として、野田は閣議決定を強行せざるを得ない段階に月末には至るだろう。
 

さすがに小沢だ。けんかの仕方を知っている。インタビューで事前審査の論議について「条項を修正するとか、公務員給与や議員定数を削減するとか、テクニカルな問題ではない。国民が納得しない」と言い切った。要するに修正でも反対という問答無用の反対論であり、消費税解散で潰されることへの自己保身丸出しの政局論を展開しているのだ。


この発言に乗って小沢グループは攻勢を仕掛けているが、その主張にうなずけるものは少なく、増税反対を口実に次の選挙で落選したくないというこれも無責任な自己保身の論理を展開しているに過ぎない。「増税できない理由」を次から次に探し出して議論をするわけだからとどまるところを知らない。
 

こういうときは、もっと強い言葉で突っぱねないといけないのだが、政調会長・前原誠一は紳士的だし、官房長官・藤村修も頼りない。早くもへなへなとなったのか藤村は21日の記者会見で、「今国会での消費増税法案の成立に不退転の決意で臨むのか」と問われて、「国会の運びの話で、政府の側から必ずしも言える話ではない」と述べ、腰砕けとも受け取れる弱音を吐いた。
 

この調子だから23日に予定していた閣議決定はおぼつかなくなった。事前審査は22日も継続するが、執行部側は、反対派の要求する問題のうち、もともとこだわっていない再増税条項は事実上撤回する流れのようだ。弾力条項への数値挿入については、これに応ずれば消費増税法案の「凍結」に直結するため死守するしかない。


小沢の当面の狙いは法案の閣議決定の阻止だが、野田は昨年のG20で今年度中の法案提出を国際公約にしており、ここで譲歩すればすべてが破局状態となる。虎視眈々(たんたん)と成り行きを注視するハゲタカファンドの「日本売り」が始まりかねない。国内的にも「不退転の決意」を表明しており、野党は内閣不信任案を上程するだろう。従って、野田までが腰砕けになることはあり得ないだろう。
 

事態は遅くても来週中には閣議決定を断行せざるを得ない状況となりつつある。恐らく30日の閣議決定ぎりぎりまでの攻防になるだろう。野田は、この際党首討論で「51対49の党内世論でも、手続きを踏んで決めたら皆で頑張っていく」と公言したとおり、小異を残して大同につく決断をしなければなるまい。


おりから自民党総裁・谷垣禎一は「野田首相に言いたいことがある。小沢民主党元代表と妥協したら何も解決しない、断固反対派を切る決断ができるかどうかだ」と述べ、露骨に「小沢切り」を勧めた。
 

野田にしてみれば好むと好まざるとにかかわらず、小沢が「修正しても反対」の硬直姿勢であれば、「小沢切り」に直面せざるを得ないのだ。しかし、その決断は閣議決定の段階でする情勢にはない。法案決定権は首相にあり、粛々と閣議決定すればよいことだ。


「小沢切り」は、会期末になだれ込んで、小沢グループの反対でにっちもさっちもいかなくなった段階で決断すればよいことだ。野田の昔の言葉をまた再現すれば「まあ、なめんなよ。そのうちしっかりと熨斗(のし)つけてお返ししてやる」。今でも内心そう思っているに違いない。

<今朝のニュース解説から抜粋>  (政治評論家)

2012年03月21日

◆橋下政治に見るヒトラー的思想改造の兆し

杉浦 正章

 

筆者はかねてから大阪市長・橋下徹のヒトラー的な独裁傾向を指摘してきたが、ようやく言論界、政界から警鐘が鳴り始めた。朝日新聞が社説で、読売は主筆が、政党は自民党総裁が異口同音に橋下の全体主義的な政治手法に批判の火の手を挙げている。


朝日も指摘しているが、橋下政治には一般大衆の精神・思想改造につながりかねない危うさがあるのだ。ドイツの小説家トーマスマンがその著書で浮き彫りにしているように、ヒトラーの本質は大衆催眠術的な思想統御にある。何よりも危険な側面なのだ。


全国紙の、それも右と左の雄が一致して批判するのだから危険な存在であることには間違いないのだろう。まず読売主筆の渡辺恒雄は文藝春秋の論文で橋下が選挙について「選挙では大きな方向性を示して訴える。ある種の白紙委任だ」と発言したことについて、「私が想起するのはアドルフ・ヒトラーである。ヒトラーは首相になった途端『全権委任法』を成立させ、これがファシズムの元凶になった。橋本発言が失言ではないとすれば、非常に危険な兆候だと思う」と述べた。


老いたる言論人の健在ぶりを示した。近ごろの評論家はみんなの党のお抱えみたいなのが、橋下礼賛論を展開するなど低レベルで事の本質を読んでいない。
 

一方朝日新聞は2度にわたって社説で批判している。3月16日には社説「大阪の卒業式 口元寒し斉唱監視」で橋下の友人で民間人校長として採用された大阪府立和泉高の校長・中原徹が国歌斉唱の際、口元の動きをチェックしたことを取り上げ、「そもそも卒業式で口元を監視することが優れたマネジメントといえるのだろうか。


卒業生を送り出す祝いの舞台が、校長の管理能力を試す場となっていないか。同僚の口元を凝視させられる教頭らの気持ちはどんなものだろう。教育者より管理者の意識ばかりを徹底させていないか」と批判した。また2月20日の社説「大阪の条例 司法の警告受け止めよ」でも、同じ職務命令に3度違反した公務員はクビにする条例案について「最高裁はいきすぎた制裁に歯止めをかけている。


憲法が定める思想・良心の自由をどう考えているのだろう。やろうとしているのは、つまりは思想改造ではないか。」と指摘して戒めた。
 

政治家では自民党総裁・谷垣禎一が橋下政治を「政党政治が駄目だということで昭和10年代に日本で軍部が出てきた。ヒトラー、ムソリーニが出てきた時もそういう雰囲気だったのだろう」と分析して批判した。谷垣は地元京都で政党支持率が「自民25%、維新13%、民主10%」(読売調査)と維新が無視できぬ存在として台頭していることに危惧を抱いたのだろう。自民党はこれまで橋下との距離をあいまいにしてきたが、谷垣発言は「対峙」への傾斜が見られる。


橋下はこうした批判にいちいちツイッターで反論しているが、総じて民放テレビのコメンテーター並みのレベルである。例えば渡辺の批判に対して「渡辺氏の方が読売新聞社だけでなく政界も財界も野球界も牛耳る堂々たる独裁じゃないですかね」と述べている。これはコメンテーター、とりわけ半可通の女性コメンテーターの発言手法に似ている。


本質をそらして、反論したように見せかけるまやかしだ。事実、2回同種の批判を女性コメンテーターから聞いた。渡辺は少なくとも「政界も財界も牛耳る」ほどの力はない。タレント上がりだけあって橋下はテレビうけする発言をよく知っている。
 

橋下の政治手法が危険なのはマインドコントロール的な色彩が見られることだ。全体主義の恐ろしさは思想改造にあるが、口パク監視にはその兆候が垣間見られるのだ。


ヒトラー台頭著しい1930年、トーマスマンは「マリオと魔術師」でヒトラーを魔術師に例えた。魔術師は舞台から話術と、発言の繰り返しと、脅しと、すかしを交差に取り混ぜ観衆を催眠状態に陥らせる。踊り出す者もいる。魔術師はヒトラーの弁舌そのままであり、思想改造の現場を見る思いがする。全体主義の本質を描写した名作だ。


橋下の国歌斉唱における口パク監視の勧めは、まさにこの人間の精神面にまで入り込む危険性を内包したものに他ならない。
 

橋下は巧みな弁舌でテレポリティクスを掌中に収め、また一見分かりやすいツイッターでウエブポリティクスも見事にこなしている。まさに大衆コントロールの現代版を成し遂げようとしているのだろうか。


近畿地方の「大衆」はこれに踊らされているが、しょせんは現実政治の場では3か月で馬脚を現す政治手法である。3年前に似たような風が民主党に吹き、以来我が国は3年間の“政治空白”に直面している。


後悔先に立たずである。近畿に吹く風は、そのまま吹き続けて国政に大量進出となれば、これこそ後悔どころか、もっと危険な側面を持つものであることを知るべきである。

<今朝のニュース解説から抜粋> (政治評論家)