2010年02月18日

◆環境破壊による危機

〜今日、ほとんどの人々が環境破壊による危機直面を信じている〜

加瀬英明

昨年の十二月に世界の首脳がコペンハーゲンに集まって、国連気候変動枠組条約第15回締結国会議(COP15)が開催された。

 COPはデンマークのコペンハーゲンだ。この前の二回は一九九二年にブラジルのリオデジャネイロと、九七年に京都で行われた。

 このところ、地球の気候変動が外交の主要なテーマとなっているが、人類の歴史上ではじめてのことだ。東西の冷戦が〃ベルリンの壁〃の倒壊したことによって終わってからのことである。

 気象といえば、人にとってごく身近なものだ。だから世界の注目が集まる。今日、ほとんどの人々が環境破壊の世界的な規模で進むことによる、人類の危機に直面していると信じている。

 大多数の人々が(1)地球温暖化が進行しており、(2)それが人間の活動によって引き起されていて、(3)今や危機的な段階に達しており、(4)二酸化炭素ガスの大気への放出量を削減するために、緊急な措置をとらねばならないと、考えるようになっている。

 だからといって、この気候変動と取り組む会議では、いったい気象の変動がどのような原因によって起っているのか、人類にとってどれほど深刻なものなのかといった基本的な問題について、科学的に討議されることがなかった。(1)から(4)までを、疑うことを許されない既定の事実として、各国がどのように対応したらよいのか、検討された。

 私は一九七〇年代から環境問題や、資源問題と取り組んできた。
 一九七〇年代はじめに、ローマ・クラブの報告書『成長の限界』が、世界を風靡した。

 経済成長をこれ以上続けると、地球上の資源が有限であるうえに、地球環境が破壊されて、人類が滅びるから、「ゼロ成長」にしなければならないと警告して訴えるものだった。

 いま、温暖化説がコンセンサスとなっているように、学界から言論界までこの「成長の限界」論の前にこぞって拝跪して、まるで羊の群れのように共鳴した。

 だが、これはまったくの愚説だった。私は経済成長を停めたら、汚れた空気や、河川などをきれいにするために、必要な投資ができなくなるから、公害がそのまま残るだけではなく、悪化するほかないと反論した。

 コンセンサスはほとんどの場合、科学的な根拠がないものだ。ついこのあいだまで平和憲法さえあれば、どのような恐ろしい国々があっても、日本の平和が守られるという信仰に近いコンセンサスがあったが、典型的なものだ。いま、温暖化説が安直なコンセンサスとなっているが、地球の平均気温は二〇〇一年から今日までまったく上昇していない。

 読者はコペンハーゲンでCOP15が始まる一ヶ月ほど前に、インド洋に浮ぶモルディブ諸島で、モルディブ共和国のナシード大統領が閣僚とともに海中で閣議を催して、海面の水位の上昇を停めるために、地球温暖化が進むのを阻止することを訴えるアピールに署名するところを、テレビで御覧になったことだろう。全員がスキューバダイビングの出で立ちに、酸素ボンベを背負っていた。

 このまま水位が上がると、海没するというのだ。テレビがしばしば島々が沈む危険にさらされている、というニュースを流している。

 海中の閣議はちょっとしたイベントだったが、事実はどうだろうか?モルディブは千二百あまりの島々によって構成され、面積は佐渡島の三分の一しかないが、もっとも高い地点でも、海抜二・五メートルしかない。しかし、モルディブを囲む海面の水位は、過去三十年にわたって、まったく上っていない。一九七〇年代には、二十センチも下っている。

 モルディブをはじめとする島嶼諸国を永年にわたって研究してきた科学調査団によれば、モルディブでは一七九〇年から一九七〇年にかけて、水位が二十センチ上った。十七世紀を通して、水位が五十センチ上昇していた。

 太平洋に浮かぶ島々であるツバルや、バヌアツをとっても、同じことで変わらない。バングラデシュは国土の海抜が低いために、温暖化が進んで海没してしまうといって心配されているが、この三十年ものあいだ水位が上っていない。

 ナシード大統領は国際的な援助欲しさに、閣僚と示し合わせてパフォーマンスを行ったのだった。その映像が全世界にわたって放映されたから、現地のディベヒ語で「やったぞ、やったぞ!」と叫んだにちがいない。

 一九七〇年には、地球冷却化説が学会のコンセンサスとなっていた。冷却化が進んでゆき、異常気象が発生して、多くの地域が  早魃や、集中豪雨、砂漠化や、洪水、飢餓によって見舞われると警告された。アメリカ政府は七〇年代に地球冷却化を警告する報告書を、しばしば発表している。
それが、いつの間にか地球温暖化説によって、取って代わられるようになった。

 だが、温暖化説に異議を唱える専門家はけつして少なくない。気象学の権威であるアメリカのプリンストン大学のフリーマン・ダイソン教授は、地球が冷却化と氷河期へ向かっていると説いている。それどころか、温室効果ガスは氷河期の到来を遅らせることになるから、かえって歓迎するべきだと論じている。

 地球はその長い歴史のなかで、冷却化と温暖化の周期を繰り返してきた。気象変化は太陽の黒点や、海流、磁場の移動をはじめとして、複雑な数多くの要因が重なってもたらされてきた。

 私は「温室効果ガス」と呼ばれる二酸化炭素ガスが、主役を演じていないと思う。

 自然の大きな力を前にして、温暖化や、冷却化が人間の活動によって、ひき起されているとは考えにくい。一九九一年にフィリピンのルソン島のピナツボ火山が大噴火した年には、大量の亜硫酸ガスを放出して、地球を覆ったために、世界の平均気温が摂氏一度近く落ちた。

 人間は昔から、こわいもの見たさといって、ことさら恐ろしい話を好んできた。仏教、キリスト教などの宗教をとっても、世界の終末観が示されている。また、人は罪の意識にとらわれることを好んできた。温暖化が人によって引き起されて、世界が滅びるというのは、人のような性向に適っている。

 だが、温暖化説が誤まっているとしても、歓迎すべきところがある。

 今日の商品や、資源を際限なく浪費する経済は、社会を道徳、倫理的に脅かすものだ。温暖化をきっかけにして、物や、資源を大切にするようになれば、健全な生活文化を取り戻すことができる。

 このままゆくと、限られた資源をめぐる争奪が世界の安定を揺るがすことになる。環境重視は自然の尊厳とともに、生命の尊厳を確立する。地球温暖化の脅威は諸国に一体感をもたらし、国際協調を促すというよい面がある。

 私はインターナショナルなものや、グローバリゼーションを嫌っている。エコロジーを重んじる生活がひろまれば、地産地消が促進され、無駄を排して、小さなものがよいという等身大――ヒューマン・スケールの生活習慣を取り戻すことになるから、歓迎したい。

2010年02月16日

◆「やばいぞ産経」

大谷 英彦

「産経新聞」は2月9日から3日間、福地茂雄NHK会長のインタビュー
を掲載した。

http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/100209/plc1002090358002-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100210/biz1002100254004-n1.htm

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100211/biz1002110301001-n1.htm


福地氏はつい先日も雑誌「プレジデント」にも登場していたが、さほどの内容は無かった。

今度は、NHKの「シリーズJAPAN」の「台湾・捏造問題」「1万人訴訟」などを全く無視している全国紙のあるなかで、最も積極的に取上げてきた「産経新聞」だから、と大いに期待した。

聞き手の佐久間修志さんという名前、私には初見の方だが、業界内輪では「産経新聞文化部」のNHK担当記者は他社に比べ相当弱いと耳にしていたので、新しいエースの登場かなという期待感もあって、この3日間は朝の配達が待ち遠しかった。

しかし3日間、今日出るか、明日出るかの期待は裏切られた。

福地氏が「番組は3回見たが、問題はない」とNHKのホームページで表明していることは周知の事実だ。「台湾は所詮、日本の植民地だった」という意味の発言も表明している。

この見解に対して、歴史的事実に反する偏向と反駁している人は「産経新聞」の読者の中にでも少なくない。むしろ「産経愛読者」なるが故に多いはずだ。

純正保守の立場からペンとカメラを駆使して毎日「世界は腹黒い」というブログを精力的に連打している「花うさぎ」さんは「日本が普通の国になるように、産経新聞を応援しています」という「サブタイトル」までつけている。

「産経新聞」社内にも、コレに応える自負は強いとはずだ。 佐久間なる記者は、読者のそんな期待に気づかなかったのか。思惑か、事情あって「的」をわざとはずしたのか。デスクは何のダメ出しも無く出稿をOKしたのか。

かつての「産経新聞」を思い出す。当時の斉藤勉編集局長は、日本の現状をえぐる記事に「やばいぞ日本」という総合見出しを冠した。

私は思わず口にした。「やばいぞ産経」。

2010年01月30日

◆政治家のd服装学

前田 正晶

谷垣禎一氏の印象が薄いのは何故か。

彼は立派な学歴と経歴の持ち主であり頭脳明晰だろうが、何となく影が薄い気がしてならない。それかあらぬか、彼が総裁に就任して以降の自民党もパットしない。その辺りを服装学の見地から考えてみる。

先日の自民党大会の谷垣総裁の服装を見て「あれではいけない」と、その影が薄い原因が見えてきた。それは、何とあのような公式の場に総裁ともあろうお方が白っぽいスーツ(あるいはジャケットだけか)で登場されたとのことであった。

これは服装学の基本的原則に反している。あのような場合に求められる色は、「濃紺」(=navy blue)か「濃灰色」(=charcoal gray)しかないと言って良いだろう。「それ なのに谷垣総裁は」である。

それに付け加えれば、谷垣氏のヘヤー・スタイルも芳しいとは思えなかった。もう少しキチンとするべきではなかっただろうか。

人それぞれに好みはあるだろうと言うが、私はある程度以上の地位にある人はその人の「印象」(ないしはイメージ)を一定に保って、「この人の色彩感覚はこうである」というものを築き上げて置くべきだと説いてきた。

その点から見ると、谷垣氏は何時もバラバラで「これが谷垣氏」と思わせてくれるような服装をしていないとの印象しかない。麻生前総理・総裁は「良い仕立てで、高価な生地で、薄いグレーか紺系統の服を着ている」というイメージが出来上がっていた。思うに、同じ仕立屋しかお使いではないのだろう。

シャツは何時も白で、我が国では異常に尊ばれている英国系の印象を与えようと意図されていたのか、ボタンダウンであった記憶がない。安倍元総理にはあの世代らしく"Brooks Brothers"のネクタイがお好みだったと いう印象があった。

遺憾ながら、谷垣氏にはそういう印象を与えるような、お好みへの配慮が感じられない。総裁というイメージを確立して「党再生」の先頭に立とうという決意のほどが、私には見えてこないのである。

一方の鳩山総理は妙な(失礼!)コオーディネーターがついておられるせいか、何時の場面にも極めて場違いな感を与える輝く金色のネクタイが、良くも悪くも強烈な存在感をもたらしている。それが一国の総理としてどうかということは、残念ながらコオーディネーターは無頓着であらせられるようだ。

私が強調したいことは、服装次第ではその人物のイメージが強く打ち出せるし、「こういう色彩感覚の人」という印象を広めることが出来るという点である。苟も一国の総理や対立する野党の総裁には、そういう配慮があって然るべきであろう。

その辺りが良くお解りでは人々を世界の舞台に押し出さないよう、周囲が十分に配慮すべきではないか。敢えて言うが、財界人もこの点の配慮が乏しい偉いお方が多いのも、遺憾ながら事実である。

2010年01月17日

◆山科だより 「小京都」

渡邊好造

(社)京都市観光協会を事務局とする「全国京都会議」発行の小冊子『なつかしい日本・小京都』(平成15年発行)によると、日本全国の「小京都」といわれる地域が紹介されている。

広島県の"尾道"、山口県の"萩"などの有名観光地を初め、北は青森県の"弘前"から、南は鹿児島県の"知覧"まで53の「小京都」があげられている。

近畿ブロックでは、文化薫る歴史の街"上野"(三重県)、濠の水に歴史を映す"篠山"、町家造りと現代の建物が共存する街"出石"、童謡の里"龍野"(以上兵庫県)の4ヶ所、関東ブロックでは、"栃木"、"足利"、"佐野"(以上栃木県)、"小川"、"嵐山"(以上埼玉県)、"古河"(茨城県)、"湯河原"(神奈川県)の7ケ所である。東京に該当地区はない。

冊子巻頭の挨拶文によると、 『小京都・・・。わずか三文字の短い言葉に、私たちは不思議な懐かしさと憧憬を覚えます。悠久の歴史と豊かな自然に培われた伝統や文化、季節を彩る風物詩、そこに住まう人々の暮らし、、、。そんな文化を守り伝える小京都を訪ねてみませんか。日々の暮らしのなかで忘れかけていた懐かしい日本の原風景にきっと出会えるはずです』 。地域の選定基準は特に記されていない。

もちろん原点の"京都"についても、”雅びを極めた悠久の都”として、見どころ、行事、工芸品、味・グルメ、交通などを他の地区同様に半ページをさき、表3の1ページには、京都府内の「名所めぐり」、「夜の京めぐり」、「特別コース」といった具合である。

ところが"山科"については、京都のページでもまったく触れていない。京都市が中心になって編集しているのだから、無理やりにでも山科を入れるのが当り前だし、テーマはいくつもある。

もともとあった遺跡や名所旧跡に加えて寺院、神社をはじめ刑務所まで京都の中心部から移転させてきたから、山科は今や博物館のような興味ある存在になっている。他府県の”エセ京都”ばかりを後生大事にとりあげ、どうして同じ京都の"山科"を無視するのか。

"担当者の脳味噌をのぞいてみたい"と悪態をつきたくもなるが、山科が京都市内でありながら”はぐれ京都”となっている理由は、山ひとつ隔てた地理的なことだけでなく、山科の特色を表現できていないこと、そして何よりも当事者の評価能力と認識不足にあるのは間違いない。

”ガウスの法則”で有名なドイツの数学者フリードリッヒ・ガウスの、小学生の頃の足し算の逸話を思い出してもらいたい。

よく知られた話だが、念のため紹介すると、『算数の授業で1〜100までの合計を計算しろとの課題で、両端の数字を足すと100+1、99+2、、51+50といずれも101になり、それが50個あることにガウスは気づきたちどころに5050と解答した』。

他の生徒が懸命に足し算しているのに、それとは違った簡単な方法で答えを導き出した彼の能力と個性もさることながら、「なにをしている、手を休めず早く計算しろ!」と叱らず、彼を別の面から観察し評価した教師に注目するべし、と筆者は考える。

優れた能力と個性は、それを発揮する者と評価し前面に押し出してくれる者の両者がうまくかみあってこそ、ガウスのように浮彫りになる。

山科の優れた点、評価できるポイントはこれまで”山科だより”で触れてきたように数多くある。それらを特徴づけ個性化し、そして評価する者がいないことも山科、ひいては京都市の課題なのではないか。

京都市と大津市の間にある目立たない山科盆地、自然と歴史に囲まれたやすらぎの街"山科"。なんとか「小京都」に昇格させたいものだ。                         (完)

2009年12月29日

◆2009年の「ボヤキ20」

渡邊好造

1)民主党のマニフェスト違反で大騒ぎ。自民党、郵政以外のマニフェストの実行度はどうだった、、。
2)「家賃の安い電車ガード下に住み、音がうるさい、事故が怖い、電車を止めろ」に等しい暴論。そして補償金出せ。

3)"子供手当て""高校無償化"に所得制限なし。代りに知能指数の制限を、、。
4)過払い利息の返金受領者は貸付禁止対象者となる。返金相手に二度と貸す気にならない、は当たり前。

5)オリンピック種目は技術以上に体力も必要。冬季オリンピックの"カーリング"。選手の汗かいてるのをみたことない。
6)プロテニス、審判は「クワイエット・プリーズ」という。なのに選手は1打毎にうるさく『グエツ、グエツ』と叫ぶ。

7)理想の”上司・夫・妻・父”の賞をとる著名人。理想の基準てなんだ。
8)「放浪記」舞台公演2000回の老女優・森光子が国民栄誉賞。体力表彰か、、演技力は、、客の入りは、、。

9)森繁久弥に国民栄誉賞。生きているうちにあげればいいのに、、。
10)女優の妻・南田洋子の痴呆症をTV番組でさらしものにした長門裕之。超浮気男がそこまでやるか。

11)歌詞の過激さでNHK歌番組に出演できなかった歌手・忌野清志郎。病死したらNHK夜7時トップニュ-ス。
12)有名人の訃報について「惜しい人を亡くしました」。有名でない人は惜しくない人か、、。

13)何をみても「すご--い!」、食べれば「ジュウシ-」とだけ連呼する女性TVタレント。もっと他に表現できないのか、、。
14)TVバラエテイ番組で"大口開け、目をむき、立上り、手を叩く"賑やかしタレント。これも芸のうち、、

15) 女性TV司会者・上沼恵美子。夫とその母親の悪口をネタにして笑いをとるお粗末。頭のいい人なのに、、。
16)TV番組でタレントの不用意な発言には”擬音”を入れて、会場だけ手を叩き笑っている。撮りなおせ。

17)新聞記事をコピーして赤線引いて読むだけのTV番組。取材費の節約だろうがTVの自爆。
18)証言インタビユーで、声を変え、顔にモザイクをかける。いくらでもヤラセの証言ができる。

19)浅瀬に乗り上げたイルカ、鯨の救助活動。普通に泳いでいれば捕まえて食べるのに、、。
20)日本に100歳以上が4万人、半数は登録ありだけの未確認。死亡届を出さない年金不正受給の可能性あり、、、 (完)
                   <「山科だより」の評論家>

2009年12月17日

◆2番目の素数“3”

渡邊好造

NHKテレビで”素数”をテーマにした番組「素数の魔力に囚われた人々〜リーマン予想・天才たちの150年」を視聴した。内容はこんなものだった。

<素数は、1と自身の数でしか割れない数で、2に始まり3、5、7、11、13、17、19、23、と続き、今では9百万台の素数まで発見されている。こうした素数の現れ方、並び方、間隔は不規則なようだが実はそうではなく、自然界と何らかの繋がりがあるのではないかというのが”リーマン予想”で、ドイツの数学者ベルンハルト・リーマンが今から150年前の1859年に発表した。

これに取り組んだ数学者は数多く、中には頭がおかしくなってしまった人もいる。近年、リーマンの予想どうり素数は単なる整数ではなく、原子物理学と関係が深いとの理論が解明されかけている>。
あらましはこんなところだ。

世の中には、とんでもない学門があるものだなあという思うとともに、”数学”は突き詰めればまさに哲学の分野でもあるなと感じた。

ところで、今回のテレビ視聴をキッカケに私が気づいたのは、”リーマン予想”とはかけ離れたことだが、日本語の中に、2番目の素数”3”という数字にからんだ「言葉」が数多くあり、しかもこの”3”には大きな意味をもっているということだった。

「日本3景(天橋立、厳島、松島)」、「日本3大祭(神田、祇園、天神)」、「石の上にも3年」、「3人寄れば文殊の知恵」、「3種の神器(歴代天皇が受継ぐ宝物)」、「徳川ご3家(紀伊、水戸、尾張)」、「3儀(天、地、人)」、「3箇の重事(さんがのちょうじ=朝廷の3大儀式)」、「3帰(さんき=仏・法・僧の3宝に帰依するという仏教語)、「3鏡(大鏡、増鏡、水鏡)」、「3元(上限=1月15日、中元=7月15日、下元=10月15日)」などなどである。

かって、ある大学教授(?)がNHKラジオで、”3”には「非常にたくさん」との意味が含まれている、と言っていたのを聞いたことを思い出し、ここに解答が潜んでいるような気がした。それによるとこうだ。

<その昔、数の勘定は1と2しかなく、3以上はなかった。その名残りは、南太平洋で原始生活をおくる部族に現在でもみられ、「1、2」のあとは全て「たくさん」という。

日本語で「ひとつ、ふたつ、みっつ、」の数え方があるが、「みっつ」は漢字では”満つる”、すなわち一杯になるという意味がある。英語では、「1回、2回、3回、」は「ONCE(ワンス)、TWICE(トウワイス)、THRICE(スライス)、」と表現するが、「THRICE」には”幾度も、十分、たくさん”の訳語がある。

日本語でも英語でも”3”という数字は非常に大きく、すべてを包み込む意味の深いものである>
というものだった。

そういえば、これは現代でも心理的に受け継がれているのではないか。例えば、仕事で何かミスをした場合1回目は「次から気をつけろ!」ですむが、2回目は「またやったか!」、3回目となると「いつもミスばかりしている!」といった具合に、2回目以降はミスの「常習者」になってしまう。

講演会で講演者が「、、、それには3つの条件がある、」などと解説すると、3つ目の条件はなんだろうとつい考えてしまうが、2つだと何故かあまり興味が沸かない。

そう言えば小泉純一郎元首相が「坂には上り坂、下り坂ともうひとつ坂がある。それは”まさか”という坂だ」と3つ目をあげ、なるほどと思わせた。

かって親父から、「初対面の人とは避けるべき話題が3つある。それは政治、宗教、そして犬の悪口」と忠告された。3つ目に、前の2つとは次元の違うことをあげる手法で、聞き手の耳を惹きつける秘訣にもなることを、親父は私に教示したかったのだろう。

ことほど左様に、”3”は面白い。(完)   <エッセイスト>

2009年12月14日

◆民主党を責めるわけではないが A

久保 成行

こんな小沢マジックで世論の支持は高い。小泉が獅子吼した“ 自民党をぶっこわそう”。国民にはその意図するところはぜんぜんわからないのに「カイカク」=現状打破と早とちりした。

小泉の中途半端にこりもせず小沢、鳩山民主党の「カイカク」に再び酔うたのである。

アジアとは深くかかわりを持ち維持することは米国の昔からの国家戦略である。それを無視した対米外交はありえないと、私はそれを何回も指摘している。

鳩山外交のブレーンである寺島実郎は、―「多極化・無極化」という21 世紀初頭の国際情勢を踏まえ、日本外交の基軸である日米関係の再設計が求められている。米中と適切な距離を置け―。その解として日米同盟の「対等」を鳩山、岡田は提唱しているが、むしろ日米同盟の強化こそが解なのにである。

せっかくオバマ大統領が来日し首脳会議をもったにもかかわらず、普天間については「私を信用してください」の浪花節で時間稼ぎの逃げ。大統領と腹を割った日米をとりまく情勢分析、協力関係構築にはいたらなかった。それでもオバマ大統領は「日米は同盟」「米中は提携」と明確に仕分けしてくれたのである。

ところで、いよいよ日本もデフレ経済になった。菅副総理( 経済財政担当相)は、20日経済報告で「ゆるやかなデフレ状況にある」と。日銀は「景気は持ち直しつつある」から「持ち直している」に上方修正した。

どっちやねん? と聞きたいところだが、実感としてデフレだ。給料はあがらずボーナスは最低では、懐はますますさびしく必然的に安いモノを追い求めざるをえない。適正利潤を上乗せした価格ではモノが売れないので値段を下げる、下げても売れないので会社は行きづまり人員整理、倒産と経済がどんどん縮小していくのがデフレである。

世界第2 の経済大国は日本だった。国の景気の動向を示すのは株価である。日本いがいの国は年初来の高値更新が相次いでいる。アカンアカンと言われていた米国市場は1 万437.27 j11 月17 日の年初来の高値をつけた。

なのになぜ日本の株式市場だけがいまだに低迷から抜けきれないのか?おそらく年内に9000 円を割るのではと推測する。

貧すりゃ鈍すで、悪いことは妙に重なる。輸出関連企業はと、いっても日本の製造業は全てが輸出関連である。これでは日本の製造業はグリコの看板「お手上げ」である。

日銀の「持ち直している」の一方、デフレは深刻化するばかり。識者によれば理由は、
@鳩山政権の経済政策の先行きの見えにくさ。
A企業が財務基盤の強化を狙った増資ラッシュ、その結果一株あたりの利益の希薄化を嫌気した売りの続発。
B円高―を指摘している。

それ以外に「国内で人を雇うコストが高くなっている」という理由で、企業は製造設備をどんどん海外に移してきた。つまり、最適地生産・最適地販売それをジでいっているのがトヨタをはじめとする企業だ。

一方、重厚長大とコケにされた造船業での巨大商船、スーパータンカーの受注、車両会社の外国向け車両の受注などの利益は、すべて国内に還元され国外に出ない。いまさら重厚長大にもどれないが、国内空洞化といわれるほど海外進出にうつつを抜かしたその跳ね返りがデフレである。

いきなりの政権交代で党内に経済に通暁したメンバーがいないのはわかる。民主党は、面子を捨て、官僚・民間一体となって、現在の窮状を打開する対策を、緊急に国民に示すべきである。(完)       
<神戸市雑誌主宰>

2009年12月06日

◆民主党を責めるわけではないが@

久保 成行

韓国は金大中、盧武鉉と2 代続いた左傾政権から、長年続いた同国ほんらいの保守政権に回帰、つまり李明博政権へと政権交代を経験した。後学のために交代の是非を韓国国民から聞きたいがそのスベがない。

アメリカでは新大統領が就任して100 日間は、議会もメディアも「ハネムーン(蜜月)期間」として、あげあし取りは自粛して暖かく見守るらしい。鳩山政権は8 月30 日307 議席獲得の大勝で誕生した。まあ!お手並み拝見。アメリカのように新政権を暖かく見守ろうではないか。

しかし、八っ場ダムでの前原国交相のマニフエストありきの発言、普天間についての首相、外相、防衛大臣三者三様のバラバラ発言などで、アタヽカクなど悠長なことではすまされなくなった。

党は小沢幹事長、内閣は鳩山首相と、二人の親分によって仕切られることになっている。選挙区が神戸の石井ピンチャンは絵に画いたような自民党的代議士なのに、なんで? セイレンケッパク民主党に鞍替えしたのか、理由がわからなかったが、小沢の子分ということでわかった。

そりのアワない菅、岡田、仙石、前原を内閣に送り込み、最高会議である党役員会は日教組出身輿石東幹事長職務代行、石井一選挙対策委員長、山岡賢次国会対策委員長ら側近を配し、陳情の窓口も幹事長室、つまり自らに一本化した。共産圏の党支配を思わせる党高政低の権力構造は明らかだ。―( フォーサイト12 月号)。

小沢の師匠は、田中角栄だ。金集めをはじめ何かにつけ角栄的だが、角栄には大風呂敷と「夢」があった。小沢にはそれがない。彼の政治哲学はただ一筋に“選挙に勝つ”だけである。すべてをそれに収斂させるためには、言行不一致なぞくそくらえ。夢より現実に迎合だ。

たとえば、自民党幹事長時代の対米発言と現在のとくらべての変わり様である。さらに、自民党もそうであったから小沢を責めるわけにはいかないが、自民党に勝るとも劣らない「バラマキ」は迎合そのものである。財源などは二の次だ。国民11も財政悪化などアナタマカセだから、始末がわるい。(つづく)  <神戸市雑誌。主宰>

2009年12月05日

◆「眩いばかりの大阪城」景観

河崎勝二


毎朝、5時から大阪城周辺を散歩しているが、春の桜の時とこの時期が、1年間で最高の景色が眺められる。

夜もたまにライトアップされた「大阪城」を見に行くが、初冬の姿はまた格別。

寒くならないうちに是非足をお運びください。

(完)  <コラムニスト>

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◎大阪城ブルーのライトアップ 

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◎大阪城菊花展

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◎大川飛翔橋近辺の桜の紅葉

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◎大阪城内堀の桜の紅葉

2009年12月04日

◆最近の風潮に思うこと(その四)

真鍋 峰松

前回まで「最近の風潮に思うこと」として取り上げてきた背景には、間違いなく今年の行われたマニュフェスト選挙の実施とその後の政治情勢が影響している。

華々しく喧伝された政党のマニュフェストではあるが、いざ実行という段になって、その内容に共感して投票した国民の期待を裏切る事態が多々見られることは、最近のマスコミ報道で日々伝えられている通り。

これでは率直に言って、公約を並び立てきた従来の選挙と何処が違うのか、私には釈然としない。
 
勿論、政治上のこと、ましてや選挙活動中でのこと、“いい””悪い“を極めつけられない部分があることも現実であり、もともとその幅の中をゆるやかに往還するのが実際の政治である、との考えには変わりはない。 

むしろ、仮に黒白が判然とするにしても、その判断には相当の期間を必要とすることは常であり、場合によってはより長期的な歴史判断を待たねばならぬことも当然のこと、と思う。

だが、政党責任者の断言的な物言いからして、“それにしても”という思いは拭えない。 これはある本からの受け売りだが、こんな皮肉な記述があった。
          
「浪花商人の契約書には、次のような但し書きをつけるのを常とした。“この約定に決して背いたしません。 万一、それにそむくことがありましたら、満座の中でお笑い下さってもすこしもうらみとは存じません”。 

それは信用を旨とする商人にとって最高の罰だった。 商人精神とは、こうして何よりも面子を重んじる精神でもある。」というのである。 

そこに窺えるのは、当時の一般庶民の間で息付く、名誉を重んじる心、恥を知る心であり、まして時の為政者たる武士階級の中においてはより重きを為したこと、言うまでもあるまい。
 
よく、日本の国柄は「恥の文化」、西欧は「罪の文化」と言われる。 

この視点から分析した典型的な書物が、アメリカが第二次世界大戦中に交戦国日本と日本人を理解・解読するために社会人類学者のルース・ベネディクトに研究させた成果の書「菊と刀」である。

このベネディクトの分析もかなり断片的・一面的なものだという気がするのだが、江戸時代に用いられた契約書に見られる浪花商人の面子を重んじる精神からみると、日本の国柄は「恥の文化」という結論は、当らずとも遠からずとも思う。 

シェイクスピーアの有名な「ベニスの商人」に描かれた、西欧風の契約万能の思想とは大違いである。

現代日本のギスギスした人間の心と感情的な二者択一的な議論ばかりの政治や社会に思いを致せば、やはりその底流は、西欧風というより米国流の自己本位の利潤と、効率一点張りの契約万能思想や市場経済至上主義の行き過ぎた影響の結果だと思わざるを得ない。 

最近ようやくにして、過去の日本独特の歴史風土や精神構造を見直し再評価せねばならないという風潮も起こってきたようにも思う。

その顕著な表れの一つが「〜〜の品格」や「〜〜の見識」といった著書ブームであり、ここ数年のNHKの大河ドラマの題材選択の流れにも大きな影響を及ぼしているような気がする。

松原泰道老師は、その著書の中で「心の背骨の退化と軟化は自分で努力して防ぎ、鍛えなければ、誰も鍛えてはくれません。心の背骨の軟化を防ぐには、つねに“莫煩悩(おもいわずらうな)”と自分に呼びかけなさい。多くの先輩は、この莫煩悩の自分への呼びかけで、自分の背骨を太く鍛えたのですから―」と教示される。

私は、老師の“莫煩悩”の教えを大切に守り、これからも人生を過したいと思う。と同時に、社会全体で再度、名誉を重んじる心、恥を知る心を保持することの重要性を改めて認識し共感することにより、始めて人間の・社会の背骨を太く鍛えることに繋がるのではないかと考える。 

そして、これが日本再生の一つの糸口となることを期待したいのである。(完)<評論家>


2009年12月03日

◆「山科だより」

渡邊好造

〜「清水焼」、「土器竈跡、古墳などの遺跡」〜
         
”山科区川田(かわだ)”は東西に細長いエリアで、16ある"川田"の中心となるのは「川田清水焼団地町(きよみずやきだんちちょう)」である。

町名の "清水焼"は京都の代表的陶磁器焼物で、伏見桃山時代に始まり江戸時代にとくに発展し、緑と青が主体となる優美な色調の作風で知られる。

もともと京都市東山区五条坂から北の清水寺へ続く坂道一帯の"登り竃(山の斜面に沿って階段状に築いた竈で下から上へ順に焼く)"でつくられていたが、昭和37年(1962年)辺りの住宅過密で山科へ集団移転し、新しい町名が生まれた。

現在の五条坂はビルが建ち並び昔の面影はないが、”陶器まつり”は8月初めに通り500メートルにわたって現在も開催されている。

山科では、 昭和50年(1975年)から毎年”陶器まつり”が開催され、現在は7月第4週の金、土、日曜日。焼物用の土は滋賀県信楽(しがらき)や熊本県天草から取寄せていて、近年はガス、電気の竃で焼いている。

ところで、山科には"清水焼"をはじめ神社、仏閣など京都の中心から移転させられてきたものが多く、歴史的な史跡はほとんど借り物ではないか、と思われるムキもあるかも知れない。しかし、山科は御陵の天智天皇陵(第38代・7世紀)だけでなく、それよりもはるか昔に遡る古代埋蔵文化財の宝庫でもある。

山科の中心地で"川田"から約1キロ南の「栗栖野(くりすの・同町名は4)」台地辺りには縄文時代(1万年前〜紀元前3世紀頃)からの集落跡や、弥生時代(紀元前3世紀〜紀元3世紀頃)の竪穴式住居跡が発掘され、ここでは多数の土器が出土している。

あちこちで土器竈跡や古墳もみつかっている。6〜8世紀の土器竈跡としては、「牛尾」(音羽)、「大岩」(御陵)、「堤谷」(日ノ岡)、「大峰」(北花山)、「大宅」などがある。御陵の「蹈鞴遺跡(たたらいせき)」は、6〜7世紀頃の製鉄所跡で、"蹈鞴"とは踏みふいごのことである。

古墳は高い墳丘をした塚をいうが、通常は次の4種がある。
@円墳=円形で古墳の原始形式、
A前方後円墳、
B方墳=四角で円墳の変形、
C上円下方墳=地上の上部が円形で下部が四角形で円墳の変形。

Aの前方後円墳は日本固有で、応神天皇(15代=大阪府羽曳野市)、仁徳天皇(16代=大阪府堺市)の陵墓はその代表的なもので、他は中国・韓国でもみられる。

山科の古墳跡としては「大宅」、「六条山」(西野)、「旭山」(上花山)、「芝町」(小山)、「上花山」(いずれも6〜8世紀)などとともに、「西野山中臣町」の折上稲荷神社・稲荷塚にある7世紀前半の”中臣小円群集墳跡”は注目である。

この”群集墳跡”は、もともと13基あった直径10〜20メートルの小型円墳のうち、宅地造成のために12基がなくなり1基だけ残された貴重な存在である。

この辺りは旧石器時代(土器や農牧もなくごく粗末な石器類を使用した無土器文化時代=約3万年位前)の遺跡も重なっている、との説もある。

いずれの遺跡も調査研究は続けられているものの、山科の観光素材として活用されるまでには至っていない。(完)

 

2009年11月26日

反響・「古稀ホールインワン」

◆全国版メルマガ「頂門の一針」(11月25日刊1735号掲載)に、下記の反響記事がありました。

■馬場伯明

「古稀でホールインワン」(毛馬一三氏)という高杉重行氏の快挙を、 無条件に心から祝福します。すばらしい技術と幸運です。

私はゴルフ歴35年、約800ラウンドしていますが、ホールインワンの記念 品は20人ほどからもらっていても、自身の快挙はありません。ピンに当 たったことは何回もあるのですが・・・。

ところで、11/22、長崎帰省の1日を長崎国際ゴルフ倶楽部でゴルフ。たまたまオープン大会となっており参加したところ、期せずして優勝(参 加者:105人)。ダブルペリア方式でハンディキャップ(幸運)に恵まれた のです。グロス:89、ネット:68.6。賞品は豪華なSRIXONのキャディ バッグでした。

この日ショートホールは3ホールで1オンしましたが、ホールインワンの快挙 にはほど遠いものでした。

70歳にはまだ少し間がありますので、それまで に高杉重行氏にぜひともあやかりたいものですが、どうだか・・・。
              (在京ジャーナリスト)


◆外交談議(おじん的―その3)

〜空論的「東アジア共同体」〜
久保 成行

日米は戦争当事国であったが、両国の根底には敵愾心はないに等しい。しかし、中国、北朝鮮、韓国の対日批判の根底にある敵愾心はナショナリズム(愛国心)として絶対無くならない。それぞれの政府の外交的都合で加減しているだけである。

現実の流れへの対応よりも、憲法九条、非武装中立を遵守し教条化する左傾政党、知識人はこの点の認識が、かっての社会党が拉致を見逃し認めなかったように、過去も現在も非常に甘い。つねに性善説論的外交を云々する。甘ちょろい善意で外交はできない。

北鮮に対する刺激をいまだに云々する社民党は―「貨物検査修正法案」を自衛隊を関与させない形に修正した上で、臨時国会に提出する鳩山首相の方針を了承した―毎日10.22。

鳩山首相はオバマ大統領との会談時には言及しなかった東アジア共同体論を、国連総会で、さらに日中韓首脳会談で提言した。東アジア共同体論は橋本首相が元祖であって、なにも目新しい提案ではないが、その前口上で「今までヤヤもすると米国に依存しすぎていた」と語った。

温家宝首相を前にしてのリップサービスであろうが、鳩山政権の対米交渉に神経をとがらせているオバマ政権を考慮すれば、言わずもがなの発言であった。

役者が一枚上の温首相は「既に協力メカニズムがたくさんある」と軽くイナシ。実利主義者の李明博大統領はどうぞどうぞと、日中主導権争いの高見の見物。ASEAN各国首脳からはASEAN軽視とクレームされ、「友愛外交」の底の浅さを露呈した。

アジア外交は援助外交、援助外交はドブに金をすてるようなもの。相手は貰い上手できりがない。かっての経済大国日本は金をばらまいてきたが、何の見返りもなかった。それを中国はやりたがっている。やらせばいいではないか。

外交には外交術策もある。ナポレオン三世を相手にそれをたくみにこなしたのが、ドイツ統一をなしとげた宰相ビスマルクだ。鳩山首相よ、相手は海千山千の中国だ。老練ビスマルクの外交術策を研究されたら。
<神戸「行雲」誌主宰>