2016年08月16日

◆人種差別と奴隷制

伊勢 雅臣


ヨーロッパ人の強欲非道の歴史を隠してしまえば、真実の世界史も日本史
も見えなくなってしまう。


■1.ボストン公共図書館の半旗

ボストンの中心街に聳えるボストン公共図書館は1848年創設、その面積は
東京ドームより広く、いかにもアメリカの国力を誇示するような広壮な建
物だが、その正面に何本も並ぶ星条旗がすべて半旗になっていた。

最近、白人警官が無抵抗の黒人を射殺する事件が相次ぎ、全米各地で抗議
デモが広がる中、ダラスで黒人容疑者に狙撃されて死亡した5人の白人警
官に弔意を示したものだろう。

一方でボストンでは街中で白人と黒人のカップルをよく見かけた。ハー
バード大学やマサチューセッツ工科大学など一流大学があるせいか、なん
となく黒人も知的な顔立ちの人が多いような気がする。しかし、こういう
進んだ光景は全米でもごく一部の地域だけで、人種差別はいまだに米国全
体を悩ませている宿痾である。

ただ米国人の名誉のために付け加えれば、米国ほど人種差別の問題に悩ま
されつつ、その解消のために努力してきた国もない。

アメリカの13の植民地は1776年に独立宣言を発し、連邦国家として出発し
たが、その当初から、黒人奴隷に依存したプランテーション農園を経済基
盤とする南部諸州と、黒人の少ない北部諸州では奴隷制に関して対立して
いた。

建国の父たちは、この点にこだわっていては一つの国家としてスタートす
ることは不可能と判断し、憲法では奴隷制を表立って取り上げることな
く、南部諸州の既存の制度を守ることを憲法上の権利として、国家統合を
優先したのである。

この矛盾が表面化した1860年代の南北戦争、その最中のリンカーン大統領
による奴隷解放宣言、1950年代からの公民権運動と、200年にわたる努
力がなされてきた。それでも根絶し得ないほど、人種差別の問題は根深い
と言わざるを得ない。

実は我が国も、明治維新以降、人種差別の渦巻く近代世界に漕ぎ出し、差
別されている有色人種による唯一の近代国家として戦ってきた。この視点
なくしては、我が国の近代史における苦闘の足跡は見えてこない。

この足跡に関しては、拙著『世界が称賛する 日本人の知らない日本』の
中で述べたが、今回はそれを補完するために岩田温氏の『人種差別から読
み解く大東亜戦争』[1]をご紹介しよう。

この書は書名の通り、人種差別との戦いが大東亜戦争の発端であったこと
を述べている。その本論は、同書に直接あたって貰うこととして、ここで
は同書の前段となっている、人種差別と奴隷制が常に西洋とともにあった
という史実を見ておきたい。


■2.奴隷制と共存していたギリシャの民主主義

ギリシャは西洋文明の源流、特に民主主義の発祥の地として高く評価され
ているが、実はその民主政治は奴隷制と共存したものであった。哲学者ア
リストテレスは著書『政治学』で次のように奴隷制を擁護している。

自然によって或る人々は自由人であり、或る人々は奴隷であるというこ
と、そして後者にとっては奴隷であることが有益なことでもあり、正しい
ことでもあるということは明らかである。[1, p44]

人間には生まれながらに知性に欠けた人々がおり、そうした人々は「奴隷
であることが有益」で「正しい」ことだ、とまで言っているのである。

ちなみに、奴隷を英語では“Slave”と言うが、これは中東欧のスラブ語で
の「スラブ(言語)」を語源とする。ギリシアとの戦争に負けたスラブ人
の捕虜が戦利品として奴隷とされたために、ギリシャ語で「スラブ」が
「奴隷」の意味となり、そこからローマ帝国のラテン語経由で、ヨーロッ
パの諸言語に広まった。

そのような奴隷は当然、市民には含まれず、民主主義の対象とも考えられ
ていなかったのである。


■3.「神が真黒な肉体のうちに善良な魂を宿らせたはずはない」

ヨーロッパ人はアフリカ大陸の黒人と接触することで、この人種差別を一
層強めたようだ。近代的な司法、行政、立法の三権分立の原則を説いたモ
ンテスキューですら、著書『法の精神』で次のように述べている。

現に問題となっている連中は、足の先から頭まで真黒である。そして、彼
らは、同情してやるのもほとんど不可能なほどぺしゃんこの鼻の持主である。

 極めて英明なる存在である神が、こんなにも真黒な肉体のうちに、魂
を、それも善良なる魂を宿らせた、という考えに同調することはできな
い。[1, p55]


ヨーロッパ人は、科学やキリスト教などを持つ自分たちが「足の先から頭
まで真黒」な黒人よりも優れた存在である事は当たり前の事だと考えた。

ローマ教皇ニコラウス5世は1452年、アフリカの地中海沿岸部を征服して
アフリカ王と呼ばれたポルトガル王アルフォンソ5世に対して、異教徒を
永遠の奴隷にする許可を与えている。人種差別と奴隷化に、キリスト教の
お墨付きが与えられたのである。


■4.「キリスト教徒たちの暴虐的で極悪無慙な所業」

西洋人の強欲非道ぶりは、コロンブスによって新大陸に展開された。コロ
ンブスがバハマで出会ったタノイ族は温和で、武器の存在すら知らなかっ
た。コロンブスは感激して、次のように記している。

さほど欲もなく・・・こちらのことになんでも合わせてくれる愛すべき人
びとだ。これほどすばらしい土地も人もほかにない。隣人も自分のことと
同じように愛し、言葉も世界で最も甘く、やさしく、いつも笑顔を絶やさ
ない。[1, p80]

この「愛すべき人々」をコロンブスは捕らえて、奴隷としてスペインに連
れていった。さらに圧倒的な武力で脅して、タノイ族に金の採掘を命ず
る。採掘作業のために、畑作業が出来なくなった結果、深刻な饑餓が起こ
り、5万人の原住民が餓死した。

同様の強欲非道は、その後、さらに大規模にくり返された。1532年、フラ
ンシスコ・ピサロ率いる200人未満のスペイン人の一隊がインカ帝国に
やってきた。彼らは奸計をもって、皇帝アタワルパを捕らえ、莫大な金銀
を身代金として巻き上げた上で、処刑してしまう。さらに住民たちを搾取
し、虐待、殺戮した。

ピサロによって傀儡皇帝とされたマンコ・インカは次のようにスペイン人
に語ったと伝えられている。

私は心から君たちに好意を寄せ、友人になりたいと願って数々の親切をし
てきたのに、君たちはそれをすっかり忘れ去り、わずかばかりの銀のため
に私の願いを無視し、挙句の果て、君たちの飼っている犬に対するよりも
酷い仕打ちを加えたのだ。・・・結局、銀を欲するあまり、君たちは私と
私の国のすべての人びとの友情を失い、一方、私や私の部下は君たちの執
拗な責め立てや甚だしい欲望のために宝石や財産を失った。(ティトゥ・
クシ・ユパンギ「インカの反乱」)[1, p74]

ピサロらの悪行を、従軍司祭として見たラス・カサスは「この四○年間に
キリスト教徒たちの暴虐的で極悪無慙な所業のために男女、子供合わせて
1200万人以上の人が残虐非道にも殺されたのはまったく確かなことで
ある」と述べている。(ラス・カサス『インディアスの破壊についての簡
潔な報告』)[1, p76]

ヨーロッパ人たちは愛を唱えるキリスト教を信奉しつつ、その仮面の下で
は、ローマ帝国の崩壊以降、何世紀にも渡って内部抗争や、異教徒との戦
争をくり返しており、その過程で他には例を見ない強欲非道ぶりを身に付
けたように思われる。


■5.「彼らは自分と肌の色が違うものを隷属させ」

強欲非道ぶりに関しては、北米に入植したイギリスも負けてはいない。
1606年、144人の入植者をバージニアに送り込んだが、多くが病や寒さで
死亡してしまう。彼らにトウモロコシの栽培を教えて、助けたのがイン
ディアンだった。

インディアンの族長が「武器を船においていらっしゃい。ここでは武器は
要らない。われわれはみな友人なのだから」と言ったが、返ってきた言葉
は「トウモロコシを船に積め。さもないとお前等の死体を積むぞ!」

彼らはインディアンを「人間」とは見なしていなかった。インディアンの
村々を襲撃し、食べ物を強奪していった。1610年に、植民地の住人2人が
インディアンによって殺害されると、イギリス人は報復措置として二つの
村を焼き尽くし、女子供に至るまで殺戮した。こうして、血で血を洗う復
讐合戦が始まったのである。

入植者たちは、神によって新大陸が与えられたと信じていたので、異教徒
のインディアンを殺す事は神の意思に従うと考えた。

キリスト教の指導者コトン・マザーは、ピクォート族の戦士たちを殺戮
し、生き残った女子供を奴隷として西インド諸島に売却した。彼は誇らし
げに「この日、われわれは600人の異教徒を地獄に送った」と記している。

以下のインディアンの言葉を読めば、ヨーロッパ人の強欲非道ぶりがよく
分かる。

白人の中にも善良な人間がいることは認める。しかし、その数は悪意を
持った白人の数に比べると比較にならない。白人たちは圧倒的な力で支配
した。彼らはやりたい放題のことをやった。人間はみな同じように大いな
る精霊によって作られたのにもかかわらず、彼らは自分と肌の色が違うも
のを隷属させ、従わないものたちを殺した。白人の誓いはいかなるものも
守られたためしがない。(デラウェア族パチガンチルヒラス)

■6.大西洋奴隷貿易

17世紀中葉には、キューバやハイチなど、カリブ海諸島でサトウキビのプ
ランテーション(大規模農園)が広まった。ヨーロッパで飲茶の風習が広
がり、砂糖の需要が高まったからである。

しかし、このプランテーションには大量の労働力が必要であり、地元の原
住民人口が激減していたことから、熱帯の気候に強いアフリカの黒人が奴
隷として大量に連れてこられた。

アフリカの奴隷商人たちが、ヨーロッパ人から購入した銃で大陸内部の
村々を襲撃し、捕まえた原住民を海岸部でヨーロッパ商人に売り渡す。奴
隷は奴隷船にすし詰めにされて大西洋を越えてカリブ海まで運ばれた。

その後、北米大陸の南部でも綿花のプランテーションで黒人奴隷を輸入す
るようになった。16世紀から18世紀の300年間で、奴隷貿易により
大西洋を渡ったアフリカ黒人は900万人から1100万人と学界で推定
されている。まさに世界史的な悪行である。


■7.日本の植民地化も狙ったポルトガル

ポルトガル人は、日本にもやってきて、布教を始めた。マカオなどと同様
に、最終的には植民地にする事を狙っていたのだ。しかし戦国時代で戦い
慣れていた信長や秀吉、家康は、彼らの企みを見抜いた。

信長は宣教師たちがキリシタン大名を育てているのを知り、布教を許した
のは「我一生の不覚也」と後悔したが、鉄砲部隊や鉄製軍艦などで宣教師
を威嚇して、「日本は征服が可能な国土ではない」と諦めさせた。[a,b]

ポルトガル人たちは布教のかたわら、日本人奴隷を海外に売り払ってい
た。秀吉はイエズス会の宣教師ガスパール・コエリョに対し、「何故ポル
トガル人は日本人を購い奴隷として船に連れていくや」と詰問している。
さらに教宣教師たちが、九州のキリシタン大名を焚きつけて寺社を焼かせ
ているのに激怒し、宣教師追放令を出した。[c]

キリシタンとの冷戦は、その後の徳川幕府にも引き継がれて、キリシタン
禁制と鎖国の政策がとられた。島原の乱[d]という戦闘もあったが、ヨー
ロッパ人の毒牙から我が国の独立を守ったのは、この反キリシタン政策の
功績であった。


■8.西洋の強欲非道と戦った日本の400年

18世紀以降の産業革命によって、ポルトガル、スペインに替わって、イギ
リスやフランス、オランダなどが台頭し、アジア、アフリカを植民地化し
ていった。またカリフォルニアまで開拓したアメリカは太平洋を越えて、
アジアへの触手を伸ばしつつあった。

こうして、アメリカからの黒船が来た時に、すでにアジア、アフリカで完
全な独立国と言えるのは、日本とタイぐらいしかなくなっていたのである。

幕末の「攘夷」とは世界を植民地化しつつあるヨーロッパ人の強欲非道か
ら我が国の独立を守る事であった。その戦いは日露戦争から大東亜戦争ま
で続く。国際連盟創設の際は人種平等条項を入れようとして欧米諸国に拒
否され[]、またカリフォルニアの日系移民が差別を受けた。

これらに対する国民的怒りが大東亜戦争の発端となった。この経緯を岩田
温氏の著書は詳しく辿っているので参照されたい。

近代世界史から、ヨーロッパ人の人種差別と奴隷制という強欲非道の行い
を隠してしまえば、キリシタン禁制は宗教弾圧であり、鎖国は文明世界か
ら国を閉ざした愚かな政策であり、幕末の攘夷は無知愚昧なスローガンで
あり、大東亜戦争は軍国主義による近隣諸国侵略としか見えない。それで
は真実の世界史も日本史も見えてこないのである。


■リンク■

a. JOG(497) 冷戦、信長 対 キリシタン(上)〜 信長の危機感
 信者を増やし、キリシタン大名を操る宣教師たちの動きに信長は危機感
を抱いた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogdb_h19/jog497.html

b. JOG(498) 冷戦、信長 対 キリシタン(下)〜 信長の反撃
 信長の誇示する軍事力を見て、宣教師たちは日本の植民地化を諦めた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogdb_h19/jog498.html

c. JOG(154) キリシタン宣教師の野望
 キリシタン宣教師達は、日本やシナをスペインの植民地とすることを、
神への奉仕と考えた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogbd_h12/jog154.html
d. JOG(435) 島原の乱 〜 持ち込まれた宗教戦争の種子
 欧州から持ち込まれた宗教戦争の種子が突然、日本の地で芽を出した。
http://www2s.biglobe.ne.jp/%257Enippon/jogdb_h18/jog435.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 岩田温『人種差別から読み解く大東亜戦争』★★★、彩図社、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4801300871/japanontheg01-22/


2016年08月15日

◆トルコ、大転換を開始した

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016) 8月13日(土曜日)通算第4991号 >  

 〜エルドアンのトルコ、大転換を開始した
 アサド政権を容認、IS空爆は黙認、そしてイスラエルと間もなく復交〜

8月9日のトルコ、ロシア首脳会談以後、トルコの変貌ぶりは驚くばかり
である。

米国駐在だったトルコのNATO代表はムハマド・ゼキ将軍。クーデタ失
敗直後から姿を隠し、米国亡命を希望しているという。

ギリシア駐在武官の軍高官ふたりは家族もろともカーフェリーでイタリア
へ逃亡したことが判明した。

米国亡命中のギュラン師を送還するようトルコがオバマ政権に要求してい
るのに対して、米国は人道上の理由から「クーデタ首謀者という証拠が稀
薄である」として送還に応じていない。

EU諸国はトルコが死刑復活を計画していることを極度に警戒し、エルド
アン批判に転じている。EU加盟国の条件のひとつは死刑廃止である。

またトルコ議会は月末までにイスラエルとの復興を承認する手はずで、ち
かくトルコ外務大臣がエルサレムへ向かう。両国は2011年、ガザ暴動で巻
き添えとなったトルコ人10人の死亡事件以来、大使を召還し、外交的に絶
好状態にあった。

トルコはロシアの勧告に従ってシリアのアサド政権を黙認し、ロシアの
IS空爆を容認する構え、これはトルコ外交の大転換以外の何ものでもな
い。アサド政権打倒を叫び、多くのIS志願兵のトルコ経由シリア入りを
黙認してきた基本方針ががらり変更するわけだ。

従来、トルコはISの石油密輸を手助けし、あるいはIS要員がトルコ経
由でシリア領内に潜入するルートを根絶せず、西側との協調を装いなが
ら、独自の軍事行動を取ってきたのだから。

極めつけがある。

ロシアにとっては「トルコがNATOから脱退する」ことが本音の希望で
ある、ロシアのメディアが一斉にトルコ、NATO離脱かという観測記事
を連続して掲載し始めている。「NATOはトルコを失うだろう。それは
ひとえにNATO同盟のミステイクから起きるのだ」(英文プラウダ、8
月11日)。

非合法に政権を掌握しようとした軍事クーデタは「法治の原理に背く」と
して西側はトルコの民主主義を称賛したが、その後の反対派への弾圧に対
しては一斉にエルドアン批判を展開してきた。

軍人、警官、教職人、公務員およそ7万6000人のパージは「民主主義の手
続きを踏んではいない」として非難してきた。

すっかりつむじを曲げたエルドアンが、これみよがしにロシアとの蜜月を
演出するのは、外交的牽制であり、またNATO諸国への外交カードでも
ある。

だが、最初は小さな歯車の狂いも、修正が遅くなればなるほどに修正不可
能となる。エルドアンの暴走を西側は放置するのか。
  

◆米国の大本営発表

Andy Chang



「わが方の損害軽微」

8月11日木曜、米国国会の共和党の特別調査本部は、国防部のイス
ラム国(IS)との戦いの戦況報告はいつも楽観的に改竄(かいざん)
されていたと発表した。

共和党の「情報、武器、歳出委員会」が複数のアナリストから受け
た苦情によると、ペンタゴン中央本部(CENTCOM)に彼らが報告した
情報が事実より楽観的に変更されて報道されていると言うので、国
会では去年12月から調査を始めたと言う。

CENTCOMとはUS Central Commandの略称、つまり国防部中央司令部で、
第二次大戦の日本軍部の大本営と同じである。アメリカの大本営は
2014年から2015年にかけて情報部員の戦況報告を「一貫してポシテ
ィブ」なように改竄していた」と言う。

思えば私が子供の頃、第2次大戦末期の日本の大本営発表はいつも
「わが方の損害軽微」だった。今回の調査報告によると、アメリカ
大本営が戦況報道を改竄したのはベトナム戦争以来なかったことだ
と言う。

この17ページからなるタスクフォースの報告書には、ホワイトハウ
スが情報操作に関与したとは書かれていない。だが今年4月に引退
したCENTCOMの元主任、オースチン中将(Gen.Lloyd Austin III)を
強く批判している。オースティン中将は2013年5月に引退したJames
Mattis 中将の後任で、彼が着任したあと、情報の改竄は2014年中
期に始まったと言う。

調査報告によると、CENTCOMの報道はいつも複数の上級アナリストの
分析と違っていたそうである。下から上がってくる複数の報告を「米
軍にポシティブなように」報道していたと調査報告は言う。

調査委員会のMike Pompeo国会議員は、「CENTCOMの報道は明らかに
不正操作されていた。これは非常に危険なことである。発表はいつ
もISは弱いチームでアル・カイーダは敗走しているように書かれて
いた。我々はこれまでこのような情報操作を見たことがない」と
Foxnewsnに告げた。

ホワイトハウスはこの報告について、我々は誰にも圧力を加えたこ
とはないと発表した。オバマは常に「綱渡りのような態度で」一方
では米軍の戦果を賞賛し、もう一方ではテロリストの海外における
拡散を警告していた。8月4日のペンタゴンにおける記者会見でオ
バマは「ISILは無敵ではない、いつかは撃滅される。しかし状況は
非常に複雑なので武力だけで解決出来るものではない。」と述べた。

国会は今後も調査を続けると発表している。ペンタゴンも独自にこ
の件について調査するとしている。



◆支那は「内乱前夜」のよう

平井 修一



「中国共産党に転覆の危機?!中国桂林で兵器密造工場が摘発される」か
ら。

<【新唐人2016/7/31】中国広西省で個人が所有する密造兵器工場が見つ
かり、関心を集めている。広東省でもかつて同様の事件が発覚するなど、
中国共産党の統治下で民間武装が広がっていると見られ、政権転覆の危機
にあるとの見方もある。

中国メディアの報道によると、広西省桂林市公安局雁山分局は、24日、銃
器と弾薬の密造・密売事件を摘発し、数千個に及ぶ弾薬と砲弾のほか、銃
器を製造するための鉄パイプなどの部品を押収した。銃器製造の現場はさ
ながら「地下兵器工場」のようだと警察が指摘している。

中国で「地下兵器工場」が発見されたのはこれが初めてではなく、3年前
にも中国広東省でもさらに規模の大きな密造工場が摘発されている。

報道によれば、2014年5月13日未明、中国共産党広東省公安庁が1200人の
警官を動員して一斉取締を起こった結果、18人が逮捕され、銃14丁、弾薬
79発、防弾チョッキ6枚、電気ショック棒3本、トランシーバー5組を押収
している。

統計によると、2014年5月20日までに広東省全域で銃刀法違反で338件が摘
発され、232人が逮捕、銃805丁と弾薬1万1093個、爆薬7739.3キロ、雷管
9130個、模擬銃31万6000丁が押収された。(平井:いつからのデータかは
不明だが、兵器密造は日常茶飯事のようだ)

時事評論家には、中国共産党政権による統治がすでに末路に近づきつつあ
り、民心が変化していること、「地下兵器工場」の出現は中国共産党が転
覆の危機に直面していることを示唆するものとの見方もある>(以上)↓
http://jp.ntdtv.com/news/16653/

砲弾や銃器まで造るのだから兵器密造工場はかなり本格的なものだったろ
う。モデルガンの改造ぐらいしかしない日本ではとても考えられないし、
堂々と市販している米国でもありえないことだ。

「闇で兵器を調達したい」という人はヤクザなどのワル、警察は頼りにな
らないからと自衛する人、権力闘争で「殺されるより殺そう」と決意して
いる人などだろう。

砲弾の需要があるということは大砲などの需要もあるということだが、大
型の兵器は運送に不便だから密造は難しい。中共軍は昔から戦車を含めた
旧式兵器を鉄屑屋に売って小遣い稼ぎをしているが、大砲などはこの過程
で外部に流れたと見ていいだろう。

江沢民の上海閥は瀋陽軍区(現在の北部戦区)とWINWINだから、闇市場で
はなく、直接軍から払い下げを受け、基地に保管してもらっているかもし
れない。軍は袖の下でいかようにも動いてくれる。

習近平・太子党 VS 上海閥&共青団の争いは熾烈を極めているが、習は政
治局常務委員(7人の集団指導体制)を廃止し個人独裁の「大統領制」を
検討しているようだ。こうなると上海閥と共青団は完全に追放されること
になる。

武装蜂起やクーデター、大暴動などの可能性は高まっているとみていい。
支那は「内乱前夜」のようである。(2016/8/7)


          

◆木津川だより 高麗寺跡B

白井 繁夫


飛鳥時代に創建されたと云われている古代寺院の「高麗寺跡こまでら跡」について、@では寺名が「高麗寺:こまでら」となった由来や時代の背景について、高麗寺跡Aでは発掘調査の出土品の中で、出土遺物の数量などが多くて年代を文様などから比較的に区分しやすい瓦(軒丸瓦.軒平瓦)から高麗寺について記述しました。

今回Bでは、昭和13年の第T期発掘調査の結果、国の史跡と認定された高麗寺跡の伽藍配置や瓦以外の出土品を精査して、V期調査まで(平成22年の第10次発掘調査まで)の間に確認された概要を下述します。

★高麗寺の創建は7世紀初頭、伽藍整備は7世紀後半、伽藍配置は法起寺式
  
 主要堂塔が東に仏舎利を祀る塔、西に本尊仏を祀る金堂を並置して、それを囲む回廊
が北の講堂、南で中門に接続している様式(南北回廊200尺:59.4m、東西201尺:
59.7mのほぼ正方形)
 高麗寺の伽藍配置は川原寺式から変化して法起寺式へと移行の初例と思われます。

★南門.中門.金堂が南面して一直線に並び、講堂の基壇が荘厳で特異な伽藍配置

川原寺式伽藍配置から法起寺式への変化の途上か?(添付の「各寺院の伽藍配置」参照)
高麗寺は西金堂の正面が南面し中門.南門と直線状に並びます。川原寺は北講堂.中金堂.中門.南大門は一直線状ですが西金堂は正面が東塔に対面しています。

(仏舎利を納めた塔より仏像を祀る金堂を重視する考え方か?
飛鳥時代から天平時代へと伽藍配置が変化する過程の先駆けではと思われます。)

高麗寺の講堂の基壇は三層構造の豪華さで、丁度川原寺の中金堂と同じ位置にあります。
高麗寺の初期設計時には講堂の場所に中金堂を予定していたのか?と思われるほど
基壇は荘厳な造りでした。
  
飛鳥時代、高麗寺が創建された時期には七堂伽藍を完備した寺院は飛鳥寺が国内では
唯一の寺院でした。その他の寺は一.二堂程度の草堂段階?(捨宅寺院?)であったと考えられています。

★高麗寺の南門の屋根には鴟尾があり、最古の築地塀が原形の状態で検出されました。

  南門跡は桁行20尺(5.94m)x 梁間12尺(3.56m)、屋根は切妻造りで鴟尾を
置いた八脚門、南門に接続する築地塀が南辺築地跡から原形を留めた、極めて良好な
状態で検出されました。

7世紀に築地塀が構築された例はいまだ検出されていません。8世紀の奈良時代になって  寺院の外画施設とする築地塀が一般的に用いられるようになったのです。

高麗寺の築地塀は7世紀後半のものであり、検出遺物は国内最古の出土物の例です。
白鳳時代の築地塀が残っていた事だけでも極めて珍しいのに、ラッキーにも壊れ方が建物の内側で原形を留めていたことです。

 (飛鳥寺南辺、川原寺南辺、東辺にも築地塀の存在説がありますが、現在も出土例は有りません。)

★高麗寺の終焉時期の推測

  文献上では廃絶が不明の寺院ですが、出土遺物の中から、平安時代の土器である灰釉陶器が見つかりました。この陶器から平安時代の末期頃(12世紀末から13世紀初)まで存続していたのではないかと云われています。

天武天皇は壬申の乱で功績のあった狛氏一族の氏寺の創建を認め、白鳳時代から奈良時代にかけて全盛期を迎えた高麗寺の状況ですが、聖武天皇が高麗寺の東方約3kmの瓶原(みかのはら)に恭仁宮を造営して、恭仁京(木津川市)へ遷都した頃(天平12年)、木津川の船上から見える高麗寺は南門の屋根には鴟尾が在り、当時は珍しい築地塀越に東塔が聳え西の輝く金堂など、当時の人々はこの大寺院を畏敬の念で仰ぎ見たことと思われます。

参考資料: 山城町史  本文篇  山城町
   南山城の寺院.都城 第106回 埋蔵文化財セミナー資料 京都府教育委員会
   木津川市埋蔵文化財調査報告書 第3.第4.第8集   木津川市教育委員会

2016年08月14日

◆私の「身辺雑記」(373)

平井 修一



■8月10日(水)、朝6:00は室温30度、今季最高、快晴、今日も噛みつく
ような、殴り飛ばすような日射し、猛暑になりそう。朝からクーラー。老
人は熱中症に注意しないと「おらは死んじまっただー」。

ま、それも天寿だから・・・唯物論で言えば「役目を終えたら舞台下手へ
去る」のが道理だし・・・新撰組ならこうなるね。

「長生きしたい? 君、それは未練だろう。志に殉ずる、士道は畢竟、大
義に死ぬことと覚悟してわが隊に参じたはずだ。局中法度の『士道ニ背キ
間敷事』を君も十分心得ているはずだ。徒に長生きするのは士道にもとる
だろう。君、自裁せよ、私が介錯仕る」

蒸留酒は度数が高まり危険だが、比較的に安全な醸造酒はやがて濁って飲
めなくなる。栗原潤/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹の論考「東
京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第88号(2016年8月)
から。

<7月中旬、欧州で多くの友人達と意見交換を行う機会を得た・・・今後
とも内外の様々な関連した専門家と対話を続けつつ、学際的研究の進化を
観察してゆくつもりだ。

出張中、EU離脱(Brexit)に関しても意見を交わした。友人達は殆どがEU残
留派だが、彼等を通じて対立する離脱派(Brexisteers)の見解を詳細に
知った事が、筆者の頭の中を整理するという点からは有益であった。

英国人は誰もが大陸的な国家統制主義(étatisme)が我慢出来ないという。
確かに、ケンブリッジ大学のブレンダン・シムズ教授は、近著(Britain's
Europe: A Thousand Years of Conflict and Cooperation, April 2016)
の中で、英国と大陸欧州との思想的軋轢を論じた。

筆者(栗原)は次のように語った――

《大陸にも昔からヴォルテールやモンテスキュー等、英国の姿勢を理解す
る人がいた。それを人々が想起すれば英仏関係は協調的になるだろう。だ
が肝心な点は、もはや今の英国は偉大な帝国ではない。しかも今やグロー
バル時代。

EU創設直前の1950年に、大陸側は英国の参加を促したが、当時の労働党政
権は固辞した。その時、野党側にいたチャーチルはフランスの諺に触れて
英国の将来を嘆いた。"会合を欠席した者はいつも悪者だ(Les absents
ont toujours tort))"。

それ以後、"もはや英国は取るに足らない(L'Angleterre, ce n'est plus
grand chose)"と言うドゴール大統領等に阻まれて英国のEC加盟は20年以
上の歳月を要した。今回、英国は昔と同じ過ちを犯したのではないか?と》

海外へと通じる扉を閉じる事は国家戦略上の致命的失策だ。勿論、無防
備・無警戒に扉を開放する事も誤りである。ヒト・モノ・カネや情報、更
にはviruses (病原菌に加えcomputer virusesやviral terrorists)の出
入りを注意深く監視しつ、平和と繁栄のために海外との交流を推進するこ
とこそ、我々の責務である>(以上)

まあ、リベラルは理想に走って現実を見るのが不得手だから、話半分とい
うことで・・・ズロースを脱いでviruses、難民、テロを呼び込んでグ
チャグチャ。自分は頭がいいと思い込んでいるリベラル≒バカ≒アカモドキ
の仕業だ。

理想に酔うお人好しリベラルの最後がいかに悲惨だったかはデュ・ガール
「チボー家の人々」を読めばわかる。「絶望の書」「反共の書」だから栗
原氏を含めてリベラルはまず読まないだろう。現実を拒否して防音部屋に
閉じこもり、思い出に浸ったプルースト「失われた時を求めて」はフラン
スのどうしようもない「病理」、そして屈服せざるを得ないほどの「美」
を描いている。

この2冊(文庫本にすれば30巻ほどになるが)は欧州理解に必須だ。文武
両道、文系+理系でいかないと世界は見えない。

釈迦に説法だが、外交の現実はこうだ。(外務省、米国では国務省は国防
省などからバカにされているそうだ。彼らは握手とワインでWINWINになれ
ると思っている。ワインを飲まないイスラム教徒を説得はできない。見方
が甘いのだ)

「国際ルールを守る」という価値観を共有する相手との交流は結構だが、
国際ルールを力で破壊するならず者の中共や北、“妄想迷走暴走逆走”韓国
とはそもそも交流は成り立たない。相手を一方的に責めるだけで、こちら
の意見を聞く耳をまったく持たないのだから、意見交換も議論もあり得な
い。彼らとは「一応挨拶はするだけ」の関係で十分だ。

彼らは結果的に孤立し、経済も低迷し、進退窮まるだろう。窮まった末に
「ごめんなさい」とは絶対言わないから、問題を起こし、ますます嫌わ
れ、最後は内乱などで自滅していくはずだ。独裁国家、妄想国家は自浄作
用がないから、ソ連のような大国でもヒビが入るとあっという間に消滅する。

パーレビ国王のイラン、カダフィ大佐のリビア、フセインのイラク、アサ
ドのシリア・・・次から次へと消滅していった。中共と北(多分アフガ
ン、パキスタン、トルコも)はその途上にある。われわれは間もなくドラ
スティックな歴史の瞬間を目撃するはずだ。

中韓北、そして欧州リベラル、日本の反日狂も風前の灯だ。神よ、願わく
は恥多き死を賜り給え。

【今朝の産経から】1面大原康男氏「生前退位 『ご存在』継続が大切、
曰く「 国民が想像している以上に、ご公務に対して持たれている陛下の
強い責任感は誠にありがたいことである。ただ象徴としてのご公務より
も、同じ天皇陛下がいつまでもいらっしゃるという「ご存在」の継続が国
民の精神的な統合の象徴として大切ではなかろうかという気持ちがある」。

いろいろな考えがあるが、これも道理だ。一番気を付けたいのは、日共な
どのリベラル≒アカモドキ≒国体破壊を狙う層につけいる隙を与えないこと
だ。安部氏は皇室の藩屛強靭化にも積極的に取り組むべきである。

2面主張「国境離島 抑止力維持へ無人化防げ」、曰く「中国が海洋進出
の動きを強めるなかで、海域保全の活動拠点としての国境離島の重要性は
いっそう高まっている」。正論なり。

2面「外相、中国に抗議」「8分待たせ無言の怒り」。無意味。もうそのレ
ベルではない。

7面、山谷えりこ氏「『獣身成す』子供たちの夏に」。元気でタフな体。
サバイバルを教えた父親の影響がかなり強かったようだ、三つ子の魂百ま
でも。

9面「露・トルコ再接近誇示」。同病相憐れむ、類は友を呼ぶ。政敵を追
放・殺害できる独裁はよほど美味しいのだろう。習近平もそれに憧れている。

10面「マック2年ぶりの黒字」。苦肉の策でどうにか数字上は1億円の純益
に。♪今さらマック 戻ればマック しないわきっと 昔は昔 今は今

カナダ出身のサラ・カサノバ社長は軍人のような表情で迫力満点。

<1988年 - グエルフ大学商学部ホテル食品管理学科卒業、1990年12月 -
マックマスター大学経営修士課程修了>(ウィキ)

マックマスター大学は創立1887年、マックとは無関係だが、なにか縁が
あったのかどうか、彼女は1991年からマック一筋25年。嗜好が多様化して
いるから大変だろうな。

10面「初の『山の日』売り込め」。今年から8/11は祝日だと。まったく知
らなかった。

<盆休みと連続させやすい利点があるとしてお盆前の8月12日を祝日とす
る案が採用された。しかし、8月12日は日本航空123便墜落事故と同日のた
め群馬県選出の小渕優子らが「日航機墜落事故が起きた日をお祝いするの
は違和感を覚える」と懸念を示し、群馬県知事大澤正明が日付見直しを求
めたことを受け、議員連盟は総会で最終的に8月11日を山の日とすること
を決定した>(ウィキ)

要は「始めに『山の日』ありき」みたい。変な感じ。不思議の国の何でも
アリス。

11面「陰る太陽光 倒産急増」、どう考えて投資を回収できるはずがな
かったが、“地球にやさしい”お花畑のおバカさんが太陽光を煽って、煽ら
れてバカを見た。ドイツもまったく同じ。リベラルの言うことを鵜呑みに
してはいけない。

22面「芥川賞に決まって 村田沙耶香」、受賞作「コンビニ人間」、どこ
のコンビニなのだろう、ちょっと気になる。誰か「ネトウヨ老人」を書か
ないか。

■8月11日(木)、「山の日」でカミサン公休。朝6:00は室温28度、快
晴、とても涼しい。カミサンはスーパー銭湯へ、海保は毎日「海の日」、
今日も大荒れの東シナ海へ。

産経ネット8/11「【緊迫・東シナ海】尖閣諸島沖で中国漁船と大型貨物船
が衝突 海上保安庁が漁船の6人を救助 漁船操業200隻超」から。

<11日午前5時半ごろ、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺海域で、海上保安
庁の巡視船が遭難通信を受信し、魚釣島北西約67キロの排他的経済水域
(EEZ)上でギリシャ籍の大型貨物船から事情を聴いた。同船は「中国漁
船と衝突した。漁船は沈没した」と説明しており、巡視船は海上から中国
漁船の乗組員6人を救助した。

外務省は11日、海上保安庁が中国漁船の乗員を救助したことを中国政府に
外交ルートを通じて伝えた。中国側は謝意を表明した。

海上保安庁によると、大型貨物船は「ANANGEL COURAGE」(10万6727ト
ン)で、乗組員23人にけがはない。衝突した中国漁船は「ミンシンリョウ
05891」で、現場周辺に船体は見当たらず、沈没したとみられる。中国漁
船の乗組員で行方不明者がまだいる可能性があるため、海上保安庁は巡視
船2隻と航空機1機で捜索・救助にあたっている。

尖閣周辺では5日以降、中国の公船と漁船の動きが活発化しており、海上
保安庁が警戒を強めていた。

海上保安庁によると、10日午前に、尖閣諸島(沖縄県石垣市)周辺の領海
外側の接続水域で、中国公船10隻が航行しているのを確認。午後にも7隻
の公船が一時航行しているのを海保の巡視船が見つけた。公船の周辺では
200隻を超える漁船が操業しているもよう。

第11管区海上保安本部(那覇)によると、中国公船は船体に「海警」や
「海監」と書かれており、海保の巡視船が、領海に近づかないよう警告し
ている。

一方、接続水域より外側の日本のEEZでは10日未明、漁船が公船に横付け
し、漁船の乗員が公船に入るのを巡視船が発見。海保は公船に「貴船が漁
船に関する管轄権を行使しているのであれば、これを認めることはできな
い」と警告した。

漁船が多数現れている接続水域や周辺のEEZは、日中間の協定で双方の漁
船の操業が認められている>(以上)

救助した海上民兵=捕虜を厳しく調べるべし。安易に返すな。

【今朝の産経から】1面「水陸両用車 国産開発へ 防衛省 離島奪還作
戦念頭」。海上民兵=準軍事部隊が複数の島に上陸し、それを守るように
中共武装公船が遊弋したら、まずは公船をミサイルで攻撃、排除、漁船も
破壊し、機雷で包囲し島を孤立させる。食糧が尽きれば投降するだろう
が、その際に水陸両用車を使うのだろう。

米豪軍は皇軍の投降を許さず餓死させたが、その方が危険が少なく、捕虜
を抱える面倒もないからだ。使える手を大いに研究してほしい。

2面「ベトナム、ロケット弾配備か 南シナ海 中国を警戒、防衛強
化」、曰く「ロケット弾発射装置は、ベトナムがイスラエルから調達した
最新鋭のEXTRAロケット弾発射システム(最大射程150キロ)とみられ、数
カ月前にベトナム本土から同国が実効支配する岩礁など5カ所の拠点に船
で移送された。数日中に稼働を開始できるという。

一方、インドからの報道では、モディ首相は9月に訪越し、南シナ海問題
などを協議する見通し。インドは中国を牽制する思惑から、ベトナムに最
新式の巡航ミサイルや対潜魚雷を供与する方向で協議を進めると予想され
ている」。

2面「尖閣周辺 連日の挑発 外交:抗議に加え対外発信 海保:専従船
数の増強視野、自衛隊:海上警備行動発令も」。まったく戦争前夜だ。

5面、瑠比ボナパルト「『ゴジラ』が映す日本の縮図」、曰く「『日本、
いや人類はもはやゴジラと共存するしかない』」

(自衛隊が総力を挙げてゴジラに向かう映画「シン・ゴジラ」)登場人物
のこの言葉が印象的だった。この映画でゴジラが象徴しているものは何
か。人には防ぎようのない自然災害への畏怖なのか、東電福島第1原発事
故をはじめとする原発事故への警鐘なのか、それとも日本の法制上の不備
や、「平和ボケ」といわれて久しい国防意識の弱さをついてくる巨大な近
隣国なのか。

どれも正解ではないのかもしれない。ただ、いずれにしても登場人物の次
の訓示が本質を示している。

「自衛隊は、この国を守ることができる最後のとりでです」

防衛費を「人を殺すための予算」と言い放ったどこかの議員にこそ、見て
ほしい映画である」(以上)。

日中共産党は永らく罵り合っていたが、1998年に手打ちをしてから日共は
「日中友好」を掲げ、中共の狗、尖閣奪取の尖兵になった。だから代々
木・日共は自衛隊、日本国が大嫌いである。

ところが機関紙「赤旗」8/11が(多分)数年ぶりに尖閣問題を取り上げ、
「中国公船の領海侵入 尖閣で過去最多のペース 領土問題 平和的解決
に逆行」と見出しを打ち、こう報じた。

<沖縄県石垣市の尖閣諸島沖で8月に入り、中国公船が過去最多のペース
で領海に侵入しています。背景には中国公船の大幅な勢力増強があり、物
理的な力での対応を強めています。外交ではなく力による日中間の緊張を
めるものであり、事態の平和的解決に逆行する動きです>

赤旗は8/7まではこんな記事まで書いていたのだ、「日中友好 歌い続け
る 南京の花に平和の願い込め『東京紫金草合唱団』15年」。

<「紫金草(しきんそう)」という花を知っていますか。日本の菜の花に
似た薄紫色の中国原産の花です。この花に平和と日中友好の願いを込めて
歌う「東京紫金草合唱団」が今年15周年を迎えました>

日共が、国民の8割以上が嫌っている中共離れを始めたのだ。日中友好で
はちっとも票が取れないからだ。ここは情に竿をさして波に乗ろうと政策
を転換した。参院選、都知事選、若者票狙いのシールズ作戦の失敗が契機
になったのだろう。「これからは是々非々で行こう」と舵を切った。

大体、日中友好に拍手するのはほとんどが朝日、岩波系の老婦人で、彼ら
はやがて旅立つ。「牛=老人=親中」を「馬=若者=反中」に乗り換えな
いと自滅する、社会党の二の舞になる、と日共は危機感を持ったのだ、自
民の親中派の大ボスである二階幹事長まで中共に苦情を呈した。それが潮流。

7面、石平氏「China Watch 民間投資が激減したわけ」、曰く「先月下旬
あたりから「民間投資の急落」が中国国内で大きな話題となっている。一
部経済紙は「民間投資、断崖絶壁からの急落」という切迫した表現を使っ
ており、事態の深刻さが伝わってくる・・・

中国の民間企業は結局、習政権下の中国から一日も早く脱出し、資産と事
業を海外へ持っていこうと躍起になっているのである。その行く末にある
のは、中国経済そのものの土台崩れであろう。

習近平政権が今やっていることのすべては、中国という国を破滅の道へと
導いているようである>(以上)

9面「あす天津大爆発から1年 爆心地 埋まらぬ穴」。公式発表では死
者・行方不明者173人、負傷者数は発表なしだ。実際は死者・不明者は
1000人ほど、負傷者は数千人だったろう。「穴」の所は軍の砲弾、ミサイ
ル倉庫だったらしい。習近平暗殺をもくろんでいたという説もある。

10面「人権活動家・スベトラーナ・ガヌシキナ(4)「侵略国家」の国民
になった日」、曰く「ロシアがウクライナでの戦争を始めたとき、私は深
い絶望を感じました。

併合後にクリミアを訪れると、多くの人々は給与や年金が10倍になり、ロ
シアのプーチン大統領が秩序をもたらしてくれると信じて、意気揚々とし
ていました。しかし今年1月に訪問した際には、人々はひどい失望に陥っ
ているようでした。

私はウクライナの同僚と目を合わせることを恥ずかしく思います。しかし
ありがたいことに、私との関係を閉ざそうとする人はいませんでした。

ただ面識がないウクライナ人のなかには、私が手を差し伸べても握手をす
ることすらためらう人がいました。なぜなら私たちがロシア人だからで
す。私たちは彼らの国の主権を侵害したからです。

ロシアは再び危険な国になりました。「侵略国家」の国民でいるというこ
とは非常に気分の悪いものです」。

祖国を誇れないなんて、とても悲しいことだ。

29面「命救った名もなき山」。大いに感動した。いつか津波が来るぞと警
鐘を発し、13年前から小さな山に山道と避難小屋をつくり、奇人変人扱い
されながら70人の命を救った佐藤老人。今その山は「佐藤山」と呼ばれて
いる。

警鐘を鳴らし、警戒しろ、備えよとクライシスコールを発信しているカナ
リア・小生の論考も多少は役に立つかもしれない。

31面「大阪・女児焼死 母親ら再審無罪確定」。借金を抱えた苦しい生活
の中で子供二人に保険をかけていたが・・・真実は闇の中。天網恢恢疎に
して漏らさず、神様、仏様、天子様、叡慮を給わりたまえ。

■8月12日(金)、朝6:00は室温27度、快晴、高原リゾートのようにとて
も涼しい。カミサンは早起きして頭にカーラーを巻いて、元気に朝食。リ
ポDも飲んだ。これでいい。

50歳前の頃、堀内君は「アレは奉仕活動、慈善事業だ」、山田君は「女は
10倍もいい思いをしている、男に尽くすのは当然だ」。実は小生は3000発
ながら気絶するほどの昇天はたったの1回である。カミサン(ら)は昇天
率は7割だ。まあ、男/雄は女/雌に仕えているのが世の中の安寧ではある
が・・・

チンチンは 良くも悪くも 燃料棒 上手く使えば 家中安泰(修)

「下手に使えば 一家崩壊」・・・この塩梅がなかなか難しいが、塩梅が
分かったころに「役立たずになる」というのは人生の妙味だなあ、神様は
あちこちに仕掛けをしている。ジンセイGO、最初はみな夢中になり、その
うち飽きて、やがて役立たず。ここは笑うべし。

ポケGOは早くも飽きられてきたような・・・昨日は夕方に散歩したが、薔
薇族系カップルがポケGOで遊んでいたくらいしか見なかった。ブーム、熱
狂、急速に伝播して、徐々に冷め、やがて誰も見向きもしない。

小生が現認した最初のブームは1960年、9歳の時の「ダッコちゃん」だっ
た。今なら差別だとかであり得ないだろうが。敗戦からたったの15年で
「もはや戦後ではない」、国民は平和と繁栄を謳歌し始め、60年安保で憂
さを晴らし、「政治の季節は終わった、これからは経済だ」と一気呵成に
高度成長へ驀進していく。「イケイケドンドン」ブームが始まった。

今はすっかりED、「イケナイイカナイ、カネもない」、シケタ花火みたいな。

【今朝の産経から】1面「尖閣沖 中国漁船沈没 貨物船と衝突 海保が
救助、捜索」「中国当局批判 ネット相次ぐ」。中国ネチズンは「肝心な
時に中国公船はどこに行った」などと怒っている。

1面「中国海軍 ハワイで一般公開 自衛官の艦艇見学拒否」。これは北
村淳氏の論考「リムパックで海上自衛隊を露骨に侮辱した中国海軍 海軍
の信義を再びないがしろに」(JBプレス8/4)が詳しい。

2面「岸田外相、比大統領と一致 中国に仲裁裁定尊重求める」。ミサイ
ルも提供すべし。

5面「メール絡み また疑惑報道 クリントン氏側口利きか」。昔から 
ゼニに汚い クリ金トン もっともっとの 強欲一家(修)

5面「中国、反米韓で北接近」。北は上海閥(旧瀋陽軍区)の傀儡で、
「ミサイルで米韓を脅せ、弱気の習のケツを叩け」と煽っているわけだ。
THAADがよほど怖いようで。

5面「湖北省 発電所爆発20人超死亡」。天津大爆発1周年記念花火なのだ
ろう、それにつけても命の軽さ。

6面、櫻田淳氏の論考「国民投票 最終的な意思決定にふさわしいか」。
国民は6割が中2以下レベルのテレビ脳で、これは感性で動く。比較的理性
で動く中3以上は4割だ。世界中がそんなものだろう。

直接民主主義は危険であり、ローマ帝国では納税・徴兵に応えられる者の
みに参政権を付与した。議会制民主主義の方が安定している。

7面正論、竹内洋氏「蝕まれる『草の根保守』の遺産」。「そんなうまい
話はない」「調子に乗るな」と養父(叔父さん)に言われながら育ったと
いう。小生は「罰が当たるぞ」「嘘は泥棒の始まりだ」「他山の石とせ
よ」「世間に笑われるな」などと言われたものだ。そういう社会人として
の生きる知恵、『草の根保守』の遺産とかが個人主義が進むにつれて希薄
化しているのだろう。

マンションでも表札がない。どこの馬の骨とも知らない個人の群。群れて
いてもテンデンバラバラ。そう言えば父が「いいか悪いかはともかく、戦
前には一体感があった」と言っていた。基層に共通の価値観、伝統保守的
なるものがあった。今はそれが希薄になり、それを取り戻す過程に入りつ
つあるのではないか。中3以上の4割国民に期待したい。

26面、上高地での「山の日式典 皇太子ご一家ご臨席」。ご一家3人、ア
ルピニストファッションで決めた。皇室は国民を一体化する絆でもある。

夕方から施餓鬼法要、墓参り、お盆の準備。当分忙しいだろう。閑居して
不善をなすよりいい。(2016/8/12)


◆シャープ買収は3888億円

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)8月12日(金曜日)弐通算第4990号 >   

〜台湾企業「鵬海」のシャープ買収は3888億円
  67%株主に、ようやく「中国」が送金を許可した〜

 
奇妙な話である。
 
「台湾」の鵬海精密工業が、日本のシャープを買収するという決定は2月
のことである。それから半年、契約は成立しなかった。ひとえに「中国」
の当局が独禁法抵触のおそれありと審査しており、送金を止めていたから
である。

8月11日、中国当局はようやく鵬海のシャープ買収を認めて、送金を許可
した。買収額は3888億円。これで同社はシャープの67%株主となる。

結局、鵬海は「台湾の」経営者だが「中国の」企業であることが歴然とし
てきたわけで、日本のメディアが報じていたように台湾企業の日本企業買
収というM&Aではなく、性格が異なることが分かった。

米国では中国が薦めたハイテク企業の買収をすべて認めていない。国家安
全保障上、由々しき問題、すなわち技術の移転が行われるからである。
 日本のは、このようなハイテク企業の買収を手をこまねいてみていて良
いのだろうか。
              

◆木津川だより 高麗寺跡A

白井 繁夫



「史跡 高麗寺(こまでら)跡」は木津川の右岸の棚田の中(山城町上狛)で、建物がないためか、観光客も少なく、飛鳥時代に創建された国内最古の仏教寺院「飛鳥寺」と同笵の瓦が出土した国の史跡の古代寺院跡と思われずに千年の時が経って来たのです。

この高麗寺跡の第T期発掘調査(昭和13年)から第V期(平成22年度の第10次発掘調査)までの調査で出土した遺物や伽藍跡から皆様と高麗寺の建立の様子や歴史を観て行こうと思います。

高麗寺は渡来氏族の狛氏の氏寺として7世紀初(610年頃)には存在していただろうが、出土遺物などから、12世紀末から13世紀初期ごろに消滅したと推察されています。

高麗寺跡の出土遺物には金銅製の破風(はふ)拝み金具、円盤等の建造物の装飾金具、南
門の屋根の鴟尾や最古の築地塀などがあり、更に各時代を現す文様の瓦や三層基壇の講堂など高麗寺の伽藍は驚嘆するような荘厳さで、文明の先端を行く寺院と推察されます。

最初に年代を調べるために、高麗寺の出土遺物で数量が多くて比較的に年代を決めやすい文様瓦(軒丸瓦.軒平瓦)を中心に4期に分けた瓦から始めます。

T期の瓦 飛鳥時代の瓦(軒丸瓦:十葉素弁蓮華文じゅうようそべんれんげもん)
   
  日本最古の寺院「飛鳥寺」の創建時の瓦と同じ型で作られている。京都府下では当然
  最古の瓦ですが、高麗寺から4点しか出土していません。(飛鳥時代に瓦葺の建物が確実に存在していたのか?堂宇は萱葺だったのか?)

U期の瓦 白鳳時代の瓦(軒丸瓦:八葉複弁ふくべん蓮華文、軒平瓦:重弧じゅうこ文)
     川原寺式の瓦と同笵でもあり出土量が圧倒的に多種大量です。

  川原寺式の瓦:古代瓦では最も文様が華麗で日本各地に普及した。地域文化の指標にもなった瓦ですが、高麗寺の瓦は原初的な川原寺創建時と同じ型の瓦から始まり、さらに発展した瓦など多種類が出土しています。(高麗寺は660年頃本格的に造営された伽藍建築の寺院となったのです。)

(川原寺は天智天皇が母(斉明天皇)の冥福を祈るため建立した寺で、飛鳥4大寺の一つ、
 壬申の乱で勝利した天武天皇が崇敬していた寺院であり、天武天皇に味方した各地の豪
族に恩賜として瓦の使用許可が与えられました。山城国では南山城に集中しており、地方では尾張、美濃、伊勢などが特に多い。)

南山城:木津川市の古代寺院では高麗寺と蟹満寺が有名です。
(前代の古墳時代:各豪族は氏族の権威の象徴として大古墳を築きましたが、飛鳥時代以降は氏族の権威となるモニュメントが大寺院の建立に変化しました。)

壬申の乱では渡来氏族の狛氏一族が大海人皇子に味方して大変貢献したため、高麗寺が
最初に川原寺の創建時の瓦(同笵瓦)の使用許可を得たのです。その後、川原寺式瓦は
高麗寺を核として南山城の3郡にも広がりました。

「蟹満寺:国宝の白鳳仏が有名」から川原寺式瓦の破片が出土したことから、白鳳時代
末期(7世紀末から8世紀初)に創建されたと云われているのです。
蟹満寺は前代に平尾城山古墳.稲荷山古墳を築いた豪族の後裔氏族が建立したのでは?と云われています。

V期の瓦 奈良時代の瓦(軒丸瓦:蓮華文、軒平瓦:均整唐草文)平城宮式瓦や「中臣」
   と文字がある平瓦、恭仁宮式軒瓦など恭仁京造営時に製造した瓦も出土しました
が多種少量のため、高麗寺の修理用として八世紀に使用した瓦と思われます。

W期の瓦 平安時代前期の瓦(軒丸瓦:蓮華文、軒平瓦:唐草文)修理用に高麗寺独特の瓦が少量作られた。(この時代以降の瓦は出土していないので、高麗寺の大伽藍は平安時代以降修理など出来ずに荒廃にまかされたか? 法蓮寺の棟札では金堂などが室町時代まで存在していたようですが?)

高麗寺を軒瓦から観た場合、飛鳥時代(610年頃)萱葺の堂?が創建され、白鳳時代、
川原寺式に準じた七堂伽藍の本格的寺院の造営(7世紀後半)が施工され、法起寺式伽
藍建築へ繋がって行きました。

奈良時代(8世紀)に聖武天皇が恭仁京(木津川市)へ遷都(740年)して都城の造営
時には高麗寺も独特の瓦を作り、他寺院にも供給しました。

しかし、平安時代初期の修理用の瓦の出土が最後でそれ以降の瓦の出土は有りません。
瓦から調べた高麗寺の創建時期の推測や隆盛時代は分りますが、歴史(終焉)は何世紀
か判断は困難です。

瓦以外の出土遺物や伽藍跡の発掘調査、昭和13年の第T期からV期(平成22年の10
次調査)まで、から高麗寺の概要を視ようと思います。(つづく)

参考資料:山城町史 本文篇 山城町、
南山城の寺院.都城 京理セミナー資料No.0106−327
史跡 高麗寺跡 第10次発掘調査概報 木津川市教育委員会
   

2016年08月13日

◆天皇陛下「生前退位」とNHK

竹田 恒泰



「御意向」報道の憲法的問題 

陛下とて、種々の政治課題について個人的なご感想をお持ちになること
はあろう。ご家族やお身内とそのような政治的な会話をなさることもあろ
う。しかし、それはあくまでも内々でのことであり、決して公におっしゃ
らないのである。

日本国憲法は第4条で、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為
のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と定め、内閣の助言と承認に
基づく計12項目の国事行為を列挙している。これを根拠に、天皇が政治
活動を行い、あるいは政治発言をなさることは憲法を逸脱するものと解さ
れ、また同時に、天皇を政治的に利用する行為も憲法の趣旨に反するもの
とされている。

したがって、今般、「宮内庁の関係者」がNHKに情報をリークし、陛
下の「御意向」が単独スクープ報道として表に出たことが、果たして陛下
の御心にかなったものであるのか、私には甚だ疑問に思えるのである。

政治的スクープ?

報道各社は、総理官邸と宮内庁の間で内々に譲位に向けた調整が進めら
れていたと報じているが、もしそれが事実なら、陛下を含め、それに関わ
る人たちの意思に反して、陛下の「御意向」が発表されてしまったのでは
ないか、と思う。宮内庁も一枚岩ではなく、この流れに反発する誰かが、
その流れを妨害するために暴露した可能性も排除できない。

もし、それが 事実なら、このたびのスクープ報道自体が譲位実現を阻む
壁となった可能 性もある。

他方、皇室典範改正が思うように進まないと感じた誰かが、一石を投じる
つもりで「御意向」をリークした可能性もある。今のところ真相は誰にも
分からないが、極めて政治的な思惑が絡んでいるのは間違いないであろう。

とはいえ、断定はできないものの、伝えられたことは本当に陛下のご意向
である可能性が高い。宮内庁は表面上は否定しているものの、NHKに抗
議をしていない。ことあるたびに報道機関に抗議をしている宮内庁が、今
回だけそれをしないのはいかにも不自然である。

このスクープ報道は本来、公表されないはずの陛下の内心、もしくは公表
されない前提の陛下の「つぶやき」が何者かによって公表されてしまった
ことが問題なのである。

では、どうすればよいか。憲法の趣旨からして、天皇陛下の「御意向」が
政治を動かすことは許されない。だからこそ、スクープは真偽不明なもの
とした上で、それとは別に政府が独自の判断で譲位を実現させる動きをす
るか否かにかかっている。

陛下の内心は議論する対象でなければ、断定すべきものでもない。一人一
人が忖度(そんたく)して、陛下の御心にかなうことを願い、静かにお見
守りすることこそが肝要と思う。

             ◇

 iRONNAは、産経新聞と複数の出版社が提携し、雑誌記事や評論家
らの論考、著名ブロガーの記事などを集めた本格派オピニオンサイトで
す。各媒体の名物編集長らが参加し、タブーを恐れない鋭い視点の特集
テーマを日替わりで掲載。ぜひ、「いろんな」で検索してください。


              ◇

【プロフィル】竹田恒泰

たけだ・つねやす 作家。昭和50年、旧皇族・竹田家に生まれる。慶応大
法学部卒。平成18年、『語られなかった皇族たちの真実』(小学館)で第
15回山本七平賞受賞。他にも『日本はなぜ世界でいちばん人気があるの
か』など多数の著書。全国各地で講演活動も行う。


産経ニュース【iRONNA発】 2016.8.10 17:01更新


◆私の「身辺雑記」(372)

平井 修一



■8月7日(日)、朝6:00は室温29度、快晴、今日も噛みつくような日射
し、大いに暑くなりそうだ。朝からクーラー。そうしないと皆死ぬ。

カミサンとN母子は朝からお出かけ。11時には長男坊一家来。

【今朝の産経から】1面「尖閣周辺に中国漁船230隻 2日連続 公船と共
同行動」「中国の挑発 新段階に」。南シナ海で暴れているのは南海艦隊
で、それに対抗して目立ちたいのが東海艦隊。「俺らも暴れて存在感を誇
示しよう、予算を増やせ」というわけだ。五輪で浮かれている場合ではない。

2面「原爆の日 広島 核なき世界誓う」。印パ紛争などは核兵器の抑止
力でどうにか小さな衝突ですんでいる。核兵器がなくなれば戦争だらけに
なる。これが現実だ。夢を見るな、現実を見よ。

5面「東シナ海 中国、ガス田開発強行」「安倍首相『核保有ありえず』
三原則堅持を強調」。日本をつぶす気か。さっさと核兵器を借りて来い。

6面「ロシア、択捉で愛国集会」。舐められっぱなし。まるでマゾ。

9面、正高信男氏「生前退位報道に募る疑問」。宮内庁の君側の奸とNHK反
日屋の合作ではないか。追求すべし。

9面清湖口敏記者「自身の中に第三者の目を」、曰く「誤解する権利―。実
はこの言葉は哲学者の鶴見俊輔が使ったもので、著書の『ことばと創造』
の中に「誤解する権利を行使して、論争の相手方の言説を自分であつかい
やすいワラ人形にすりかえて、打ち倒して見せている」と示している。

論争にも誤解がつきものなのは疑う余地がないとしても、この文脈での
「誤解する権利」はむしろ、「曲解する権利」と言い換えた方が適切では
ないかと思われる。文学鑑賞の際にはみられない恣意(しい)もしくは私
意が明らかに働いているからだ。

共産党の藤野保史・前政策委員長は、日本の国土と国民を守るための防衛
費を「人を殺すための予算」と言い放った。安保関連法をいまだに「戦争
法」と呼んでいる野党議員も多い。鶴見の言うように「相手方の言説を自
分であつかいやすいワラ人形にすりかえて、打ち倒して見せている」ので
あろうが、このような手合いにかかればマッチ棒だって「放火の道具」と
言われかねない」。

日共の狗、鶴見は昨夏に亡くなっている。次は大江か。

29面「74歳女性と孫2人 車正面衝突で死傷 北海道」。道新によると
「女性の軽乗用車が対向車線にはみ出した」ようだ。小生は4年前の60
歳、母を看取ってからは運転を止めた。反射神経、動体視力が落ちている
ことを「自身の中の第三者の目」で痛感したからだ。

老人の自覚がない老人、狂気の自覚がない狂人、私欲のために戦争を仕掛
ける中共、非核三原則で日本を潰したい総理・・・この世は奇人変人多
く、武人哲人は稀である。

佐藤守閣下が嘆いている。

<*シナ共産党は崩壊前に海外に注意をそらす

河北省秦皇島にある北戴河地区では警備が一層強化されたらしい。高級車
の出入りが激しくなったところから「北戴河会議」が開幕したと見られて
いる。ところが情報によると、今や江沢民の残党狩りで、国内は緊張して
おり、特に江沢民によって昇進した歴代の将軍らが、一斉に失脚したとい
う未確認情報もある。

ところがそんな時、外務省が6日午前、沖縄県・尖閣諸島周辺の接続水域
に中国海警局の公船6隻が侵入したと発表、同時にその周辺で中国漁船約
230隻も確認したという。

(支那)国内の政治状況のすきをついて、ついに彼ら(軍)は行動を起こ
したようだが、これじゃ防衛大臣が口癖のように言っていた『万全の体
制』に疑問符が付く。

北朝鮮のミサイル発射事案も「事前予告がなかった」などと、寝惚けたこ
とを言った高官がいたが、ことほど左様にこの国の“男ども”は“去勢され
て”しまっている。戦いの本能を奪われているのだ。

このブログでは務めて大陸情報を発信してきたが、最近はほとんど効果が
ない、「なるようにしかならない」と虚しさを感じているのだが、外務省
の金杉アジア大洋州局長が「緊張をさらに高めるエスカレーションだ」と
いくら抗議しても、彼らには馬耳東風、聞く耳を持たない相手には効果は
ない。

北朝鮮の“暴挙”についても、日・米・韓が連携して…などと寝惚けたこと
しか言わないのだから、トランプ氏が当選したら、外務省は打つ手がなく
なるのじゃないか?

戦後71年、ついに侍の国も落ちるところまで落ちた感がある。これが「太
刀打ちできない」という事なのだろう…>(8/6、以上)

平和呆けが高じて今や思考停止の痴呆症だ。Made in USA 戦後の日本は劣
化しまくり、上は総理から下は民共までゾンビだらけだ。このままでは憂
国の将兵によるクーデターで暫定軍事政権ができる可能性もあるだろう。

夕方、カミサンと子・孫11人はオニギリをもって「ナイトズーラシア」へ。

泰平の 眠りを覚ます 中共軍 大激突は 指呼の間なり(修)

■8月8日(月)、朝6:00は室温28度、快晴、今日も噛みつくような日射し
だが、風があるのであまり暑くはない。ゴミ出しのついでにハーフ散歩。
PC部屋のクーラーをかけて閉じこもる。

「ナイトズーラシア」は豹など夜行性の動物が動きまくって、昼間とは違
う光景が興味深かったという。カミサンと子供たちは深夜過ぎまでビール
を飲みながら五輪観戦で盛り上がった。わが家も「ナイトズーラシア」。
11人分の洗濯物を干し終えたのは1時だった。

【今朝の産経から】1面「中国公船 領海3度侵入 尖閣周辺に最多13隻」
「習政権 挑発行為で党結束」。習は軍をコントロールできていない。軍
は共産党の軍事部門であり、毛沢東も軍の支配に苦労したようだ。「中国
人民解放軍宣言」(1947/7/10)から。

「人民解放軍は、偉大な中国共産党の指導する軍隊であることを、全軍将
兵は常に銘記しなければならない。たえず党の指示を守っていく限り、
我々は必ず勝利する」

これに先立つ1945年には「軍隊と政府の団結を妨げるすべての現象は、必
ず克服しなければならない」と書いているから、軍はなかなか言うことを
聞かなかったのだろう。軍の母体は強盗団の赤匪で、殺人、強奪、放火の
プロだ。ゴロツキ、嫌われ者で、「赤匪が来るぞ!」となると一帯の町や
村はもぬけのからになったという。

この末裔が中共軍で、蓄財蓄妾美酒美食のために緊張を高め、存在感をア
ピールする。「もっと予算を増やせ!(俺は旨い汁を吸いたいのだ)」と。

1面「天皇陛下 きょう『お気持ち』」。激務にお体と気力がついていけ
なくなられたということだろうか。

2面主張「尖閣に中国漁船団 上陸阻止へ有人化を急げ」。

5面「東シナ海 中国、ガス田にレーダー」。抗議したって無駄。対策を
とれ。

6面、大野敏明記者「韓国を理解するカギ」、曰く「日本と韓国は発想の
原点からしてまったく異なっている。自分で考え行動するという当たり前
のことを2000年間怠ってきた国とどう向き合っていくのか、相手国の歴史
と文化を理解しないと、いつまでも振り回される」、

関わるとろくなことにならないから挨拶するだけでいい。

7面正論、袴田茂樹氏「戦後71年に思う ロシアの本質を知り政策再考
を」、曰く「わが国も対露政策にあたっては、お人よし的な「気配り外
交」や「期待外交」に終始しないで、ロシア政府のシニカルな側面を知悉
した上で、冷静なリアリストとして対応すべきである。ロシアはむしろ、
そのような甘い幻想を抱かないリアリストこそ、尊重もし尊敬もする」。
害務省の抜本的な改革を!

9面「権力恐れぬロシアの女性闘士 人権活動家 スベトラーナ・ガヌシ
キナ(74)」、曰く「プーチン大統領とは数回会いました。最後の面会で
は、5時間待たされました。難民支援者を迫害するような法案を採択する
動きに対し、中止を求めようとした私に彼は「あなたと話すことは面白く
ない。

なぜならあなたは、シャンパンを持っていないからだ」と言いました。
「いいでしょう」と言うと、すぐさま周囲にいた人々が私に一斉にシャン
パンを差し出しました。それは、まるで演劇のような光景でした。

乾杯を交わし、問題について話した私に彼は「法案が採択されるまでに、
考えなくてはならない」と述べました。しかし、何も起きませんでした。
大統領は法案に署名しました。これがプーチンという人です。

彼は赤ん坊のおなかにキスをすることはできるでしょう。しかし、彼の法
律によって悲惨な状況に追い込まれる人がいるということは理解できない
のです」。

辛辣! プーチンも苦手にしている女傑だ。袴田氏の論のように「ロシア
はむしろ、甘い幻想を抱かないリアリストこそ、尊重もし尊敬もする」、
畏敬もするのだ。

孫たちは屋上でプール遊び。ウォータースライダーまである。スイカ割も
楽しんだ。夏本番だ。

■8月9日(火)、朝5:00は室温29度、快晴、今日も噛みつくような日射し
だが、風があるのであまり暑くはない。ゴミ出しのついでにハーフ散歩。

ヒルトンホテルの創業者 Conrad N. Hilton著「Be My Guest」。ネットで
調べたらこうあった。

<Be my guest. 私のゲスト(お客さま)になってください、ということ
ですから、私はあなたに尽くします、というニュアンスです。

「どうぞご自由に」「ご遠慮なく」の意味で、何か頼まれたとき、それを
快諾するときに最後に添える感じ で使うと、とってもエレガントです。

“Can I borrow your pen?”(ペンを貸していただけませんか?) “Of
course. Be my guest.”(もちろん、どうぞご自由に)といった感じ。

あと、相手におごってあげるときにも使います。相手がカードを出そうと
するのを遮りながら、“No please. Be my guest.”のように言います>

米国出張でヒルトンに泊まったら聖書とともにこの本があり、それを読ん
だ方が「『Be My Guest』を日本語にすれば、『ヒルトンホテルをどうぞ
ご利用下さい』となりますが、英語のイデオムとしては、『どうぞ、ご遠
慮なく、ご自由に』という意味ですので、Guest という言葉をうまく使っ
た洒落たタイトルです」というコメントもあった。

永田町の東京ヒルトン(現在はキャピトル東急)は多くの国際派ホテルマ
ンを輩出し、ヒルトン人脈を創っていった。彼らにとって「Be My
Guest」は聖書のようなものだったろう。小生もヒルトン・インターナ
ショナルの広報宣伝にかかわっていたために、ヒルトン人脈に大いに勉強
させてもらった。

さてさて、おもてなし、ホスピタリティ、お接待・・・四国の遍路道に近
い村や町ではお遍路さんを茶菓でもてなすことを「お接待」という。

<お接待 お遍路さんは「尊い人」と四国では昔から扱われています。

お四国でお遍路さんは、「お大師様と同じ」また仏様と同じと扱われま
す。道中で果物やお菓子、路銀などをお接待として手渡されます。ありが
たく頂戴して、納め札を一枚差し上げてお礼をします>(四国遍路)

一時期、小生も四国遍路に憧れていたが、菅直人を見てがっかりし、「ダ
メの人はダメのまま」だとつくづく思ってから、その気が失せた。今では
1時間も歩けば足がつるから肉体的に無理だが。

このところ子・孫全員集合で小生の気分は「Be My Guest」、せっせと
「お接待料理」に努めたが、朝昼晩朝と続くとさすがにくたびれる。料理
は半分趣味なので子・孫が来れば「全力疾走」で頑張るが、昼は想定外な
のでパワーが出ない。ガソリンを補給して昨日はお好み焼きとチャーハン
を作ったが、もうフラフラになった。

今朝はN母子の弁当も用意したから結構なチャレンジだった。思うように
いかないとイライラしてウーウーうなるのだが、そのうち発狂するかもし
れない。境界線上だな。危ない人、怪しい人・・・それをキッチンに幽閉
するのは、わが家に君臨する上皇のカミサンだ。

【今朝の産経から】1面「生前退位 強いご意向 天皇陛下『象徴の務め
困難に』」。陛下のお気持ちは理解できたが・・・

2面主張「天皇陛下お気持ち 国の未来に丁寧な議論を、曰く「退位に
は、解決しなければならない課題が多い。

たしかに歴代天皇のなかでその例は少なくない。だが明治期に制定された
皇室典範は天皇の終身在位を前提とし、譲位の規定は置かなかった。それ
は現行の皇室典範に引き継がれている。

退位を認めることで、天皇の意思に反する譲位など、かえって安定的な皇
位継承が損なわれかねないとの考えからだ」。

明治の皇室典範は伊藤博文などが叡智を集めて制定した。退位した上皇/
法皇/院などが「院政」を布いて、天皇の上に君臨したり、皇位継承で紛
争が起きるなど、生前退位は弊害も少なくなかった。この教訓から明治の
皇室典範には生前退位の規定はない。

3面、櫻井よしこ氏「『大河の流れ』を見るように」、曰く「譲位、退位
については、明治憲法のときも伊藤博文らにより論じられ、『ない方がよ
ろしい』と決まったことも忘れてはならないだろう。日本国の安定した未
来のための選択であったはずだ。

こうした歴史や、過去の歩みに基づいて、国民にも政府にも冷静な判断が
求められる。退位は時に政治的な意味合いを持つ。それをきちんと認識す
べきで、政治的な利用は排除されなくてはいけない。

政府は、悠久の歴史を引き継ぐ、ゆったりと長い大河の流れを見るように
して、このたびのお言葉について考えなくてはならない。軽々な変化は慎
むべきだ。(談)」。

まことに正論だ。

7面正論、渡辺利夫氏「『戦後』はもう終わりにしよう」。戦後の反日ア
カの流れを概説し、大いに怒り、嘆いている。結びは「戦後70年の安倍談
話が出されてもう1年である。来年の8月になって私は同じような嘆息をま
た吐きたくはない」。もうウンザリだと。

国民の6割は中2レベル以下のテレビ脳で、マスコミの6〜8割はリベラル≒
アカだから、氏は来年もまたウンザリしていることだろう。除染、再生に
は何十年もかかる。

11面「中国、貿易失速鮮明に 7月輸出 4か月連続前年割れ」「元安進行
 資金流出を警戒」、曰く「為替施策を含め、中国に対する国際社会の視
線は厳しくなっている」。うれしそうだ。

29面「尖閣周辺に中国公船15隻 同時最多 首脳間の対話調整へ」。安倍
氏と習近平が会ったところで無意味。金欠病の習は軍を大人しくさせるた
めのカネがないのだから。軍の暴走は続くだけだ。

地政学者・奥山真司氏の論考8/9「尖閣で日本がとるべき戦術を『孫子』
的にクリエイティブに考えてみた」から。

<東シナ海の尖閣沖で、中国が日本に大きなプレッシャーを与えてきてい
ることは、みなさんもすでにご存知だと思います。

現実的に考えてみると、日本政府ができることといえば、残念ながら「外
交チャンネルを通じて抗議する」ということくらいでしょうか。

実際に上の記事(略)でもわかるように、日本政府はとりあえず抗議はし
ているみたいですが、本気で尖閣をとりにきている相手には、これもほと
んど意味をなさないでしょう。

かくして私は、尖閣事案については非常に悲観的でありまして、専守防衛
で軍事的脅しの裏付けも低い日本が、このように「サラミスライス」的に
既成事実を積み上げてくる中国側の動きを抑止することは無理だろうと見
ています。

ただし絶対に行われないだろうが、ひとつだけ中国側にとって強力な抑止
効果となる可能性のあることを想像しないわけでもありません。

それは「相手と同じことをすること」です。ちょっとここで話を飛ばします。
「テーラード抑止」という言葉があります。

これは冷戦中にアメリカの国防関係者や戦略家の間で発展させられた抑止
(deterrence)の考え方を踏まえて出てきたものです。

もちろんアメリカにとって、冷戦中の最大の敵は「ソ連」という超大国。
そして相手は核武装をしているわけですが、こちらも核兵器を持っている
ので、お互いに牽制しあってバランスがうまれて戦争を防ぐ、という考え
方が「核抑止」(nuclear deterrence)の土台になってました。

ところがソ連が崩壊して冷戦終了。

そうなると、いままでソ連というドラゴン並の大きな敵を牽制するために
もっていた大量の核兵器が無駄になり、今度はテロリストや「ならずもの
国家」など、いわばヘビのような小規模な敵に対して抑止をすることをア
メリカの国防 関係者たちは考え始めました。

そこで出てきたのが、コリン・グレイと共にシンクタンクをつくるなど活
躍していたキース・ペインという、これまた核戦略の専門家のつくった
「テーラード抑止」(tailored deterrence)という考え方です。

「なんだか専門的な言葉だな・・・」とお感じの方もいらっしゃると思い
ますが、そのアイディアは意外に簡単。

具体的にどういうことかというと、個別の敵に適合させて(仕立てる、
テーラードする)、こちら側がどのような手段で抑止して行くのかを決め
ていこう、ということなのです。

もちろん相手は「ソ連」というたった一つの相手ではなく、アメリカに危
害を及ぼしてくる可能性のある多種多様な潜在的な敵なので、そもそも彼
らが何をしてこようとしているのか、その意図を知らなければなりません。

そうなるとただこちら側の手段だけではなく、必然的にその相手を調べる
ために
インテリジェンスの機能が重視されてきます。

それはとにかく、この「テーラード抑止」という考え方は、孫子でいう
「敵を知り」を徹底して行い、相手のいやがる手段を研究して、それに合
わせてこちらも対抗手段を考えて牽制しましょうね、ということなのです。

さて、これを現在の尖閣周辺に大量の船をよこしている中国に当てはめて
考えた場合はどうなるでしょうか?

ひとつの案ですが、日本も中国の真似をして、たとえば大量の漁船を連れ
た海保(と海自)の船が、日中中間線付近で操業している中国のガス田の
構造物(レーダー搭載)の付近を航行する、というのはどうでしょうか?

もちろん日本政府はこのようなことを実際はできませんし、はじめからす
る気もないでしょう。

ただし中国というのは、以前から「自分たちがやられたらいやがることを
あえてやる」という、なんというか「無理やりなお互いさま」を手段とし
て使ってくることが多いのです。

ならば日本もそれにならって、まさに中国のやり方に適合(テーラード)
させて、同じように大量の漁船を連れて中国の領海付近に行く、というの
も一つの抑止手段となる可能性があるのです。

「いやはや、そんなの無理ですよ、日本にはできませんよ」というのはご
もっともでしょう。

ただしみなさんに戦略的に考えていただきたいのは、ただいたずらに抗議
をするだけでなく、戦線を拡大したり、あえて相手のいやがることを想像
力を働かせて考える、ということなのではないでしょうか?

戦略に特効薬はありません。

ただし柔軟な考えで様々なオプションを考えておくというのも、いまの尖
閣事案に直面する日本政府には必要なのです>(以上)

のび太が「助けてドラえもん」とすがっても米国は助けてくれそうもな
い。ここはスネ夫的発想で中共軍の裏をかき、ガス田あたりを「2000年前
から明確に日本の領土領海だ」と宣言して航行の自由作戦、日本もガス田
を作って基地化したらいい。(2016/8/9)



◆タジキスタンは「シナ化」

宮崎 正弘 



<平成28年(2016) 8月12日(金曜日)通算第4989号 >  

 
〜気がつけば、タジキスタンは「シナ化」していた
   工業も、農地も、水源地もいつしか中国の手にわたっていた〜

忘れられた中央アジアの小さな山岳国家。
 (タジキスタンって、何処でしたっけ?) 

1979年12月25日、クリスマス休暇を愉しんでいたアルノー・ド・ボルシェ
ブレーブ(当時、ニューズウィーク編集長)は緊急の電話でたたき起こされ
た。「ソ連がアフガニスタン侵略」という衝撃のニュースだった。彼には
ソ連との諜報戦をスリリングに書いた『スパイク』(邦訳は早川書房、絶
版)という小説もある。

ソ連はこのタジキスタンから戦車隊を投入し、武装ヘリを飛ばし、以後泥
沼のアフガニスタン侵略戦争が続いた。

モスクワでは母親達が「子供を戦場に送らないで」とデモを行った。

ソ連衰退の引き金ともなったアフガニスタン侵攻だったが、米国、英国の
戦争の遣り方と同じく、白人は温存し、黒人兵を前線に送り込む。負けた
ら白人はさっさと降伏する。ロシア人は優遇され、少数民族の兵士が最前
線で戦った。

この戦争で最前線に送られたのはタジク人、そしてウズベク、カザフ、キ
ルギスなど中央アジアならびにウクライナ、ベラルーシの人々だった。と
くにベラルーシの兵士はアフガニスタン戦争で1万5千人が犠牲となった。

荒廃したアフガニスタン、ソ連が逃げ去り、タリバンの狂信的政権が出現
し、その国土を利用して軍事基地化したアルカィーダはタンザニアとケニ
アの米国大使館を襲撃し、数百の血の犠牲がでた。結局、ソ連は解体し分
裂し、ロシアは再生に忙しく、アフガニスタンがどうなろうとクレムリン
の関心事ではなかった。

米国大使館へのテロは、米国を怒らせるのに十分だった。だから反ソ連の
ムジャヒデンを支援しだが、戦後生まれたのは反米のアルカィーダだった。

最大の敵だったソ連が消えたと思いきや、新しい敵はテロリズム。それも
神出鬼没だ。

ただちに報復にでたクリントンはアフガニスタンのアルカィーダの秘密基
地にトマホーク・ミサイルを50発お見舞いした。アフガニスタン政府は、
そのトマホーク・ミサイルの不発弾を中国に売った。
911テロのあと、ブッシュ政権はアフガニスタンに本格的な軍事介入をし

たが、米軍主体の多国籍軍もタリバン兵士にさんざん悩まされた。ドイツ
はこのとき、戦後初の海外派兵を展開した。

ところがドイツ兵にも四十数名の犠牲をだして、大問題となった。
 
この無法地帯のアフガニスタンに蛮勇を示して「アフガンの工業化のた
め」と鉱山開発に真っ先に乗り込んだのが中国だった。

その中国の鉱山を守っている兵士、警察官の給与の半分を日本が負担して
いる。なんという矛盾した構造だろう。


 ▼キルギス暴動、ベトナムの反中暴動、そしてリビア

中央アジアの美しい山国はキルギスである。

数年前に南部のオシェで暴動が起きたとき、中国は四機の特別機をオシェ
とビシュケクに飛ばして、在留中国人五百余名を引き上げた。
みごとな撤収作戦と言って良かった。

キルギスは牧畜、農業のほかに鉱山資源に恵まれているが、まともな産業
がなく、多くの若者はロシアへ出稼ぎに出ている。首都のビシュケクには
日本食レストランもあるが、駐在日本人は五十名前後。経済援助は日本が
トップクラスだが、存在はなきに等しい。

圧倒的な存在感があるのはロシアについで中国である。

東日本大震災で、福島原発に危機が迫るや、在日中国人18万人がどっと日
本から去った。逃げるのは一流である。

カダフィ大佐が殺害され、トリポリとベンガジが内乱状態となるや、百も
の中国主導のプロジェクトを擲って、中国はフェリー、バス、飛行機を最
大限動員し、リビアからは三万六千の中国人労働者を引き上げさせた。

ベトナムで反中暴動が起きたときは四名の中国人が殺害されたが、直後、
飛行機、艦船、フェリーを派遣し、8000人の中国人労働者、エンジニアを
引き上げた。

しかし、当時から筆者は疑問に思っていた。

なぜ中国は山国のキルギスの、そのまた深奥部のオシェに500人もいたのか?

当時、米軍はアフガニスタン戦争の兵站基地としてキルギスのマナス空港
を基地として借用していた。マナス空港には米海兵隊が2000名駐屯してお
り、筆者はわざわざ見に行った。

ビシュケク郊外のケント地区にはロシア軍の駐屯地があった。米軍は撤退
したが、ロシア軍はいまも、キルギスにいる。キルギスは民主化されたと
はいえ政情不安、民主選挙で初代大統領に選ばれたアカエフは、汚職事件
に巻き込まれモスクワへ亡命した。
 
しかし総括的に言えば、中央アジアイスラム国家群はロシアの影響力が希
釈化しており、言語も英語が一部に普及するようになり、キリル文字から
アルファベットへの転換が顕著となった。

米国の文化的・政治的影響力は強く、民主主義、人権なども若い世代の間
では真剣に討議されるようになった。

カザフスタン、キルギス、タジキスタンは中国と国境を接しており、また
一番西側のトルクメニスタンは中国へ4000キロ以上のパイプラインを
敷設して、ガスを輸出しており、経済的結び付きは中国がロシアを代替し
たといえる。

 
 ▼タジキスタンは中国の経済植民地と変わり果てていた

タジキスタンの首都はドシャンベという。

タジク語で「月曜日」という意味の首都は人口が67万人。大都会とはい
え、ウランバートルのようで、これという商業施設も工業地帯も団地も、
何もない。近代的な工場もない。ハイテク企業もない。摩天楼も殆ど建っ
ていない。アフガニスタンの首都カブールの荒廃ぶりと同じだった。経済
的離陸は困難であり、ロシアはとうに見放した。
 (ちみなにタジク語はペルシャ語に近い)。

間隙を衝いて徐々に地下水が染みいるようにタジキスタンに這入り込んで
きたのは、かの国である。

2011年、タジキスタン政府は懸案だった領土係争で、パミール高原の1000
平方を中国に譲渡した。

ラフモン大統領独裁下での取引で金額は明らかにされていない。

最初は札びらで相手の顔をひっぱたき、つぎつぎと農地を49年契約で借り
受け、こうした金融支配がスタートとなった。

ドシャンベ政権はロシアもインドも投資の胴元としては当てにはしておら
ず、また民族的宗教的紐帯があるはずのイランからの投資も限定的。日本
企業など影も形もない。

タジキスタンは水と鉱物資源に恵まれている。筆者は二十年ほど前に、こ
の国の北西部ペンケントという町へ行った。ウズベキスタンのサマルカン
ドから車を飛ばして入国したのだが、当時の混乱で、国境は警備兵もいな
い。国境の看板だけあった。

いま、この国境は閉鎖されている。

 ▼いつもの間にか、タジキスタン在住の中国人は15万人になっていた!

2016年7月現在、タジキスタンにいる中国人は推定150、000人(米
ジェイムズタウン財団『ユーラシア・ディリー・モニター』、 8月2日)。

彼らは農地、水源地を取得し、工場を建て、そして中国から労働者、農民
を招き入れた。気がつけば、タジキスタンは中国の「経済植民地」と化け
ていた。

これを「SINIFICATION」(シナ化)という

現地人を雇用しない、水源地を確保されるとタジキスタンの安全保障はど
うなるのか、住民の抗議行動がおきるや中国企業は多少のタジク人を雇用
したが、奴隷のようにこき使ったため、またも反中暴動の一歩手前の状況
となった。

表だった派手な動きを見せない。しかし中央アジアの嘗てのソ連に所属し
たイスラム国家ではカザフもウズベキスタンもトルクメニスタンも、そし
てキルギスもタジキスタンも、SINFICATIONが静かに進行して
いる。

なぜ静かなのかと言えば嘗ての宗主国ロシアのご機嫌を損ねてはいけない
からである。

中国は長期的戦略に立脚し、地政学にのっとって着々と、陸のサラミ作戦
を展開しているということである。

◆木津川だより 高麗寺跡 @

白井 繁夫



古代の仏教寺院「高麗寺(こまでら)」の創建は不明ですが、「高麗寺跡」の発掘調査から飛鳥時代に創建された日本最古の寺院「飛鳥寺(法興寺)」と同笵の軒丸瓦(十葉素弁蓮華文:じゅうようそべんれんげもん)が発掘されました。

飛鳥寺と同笵の瓦の出土は、この寺院跡「高麗寺跡」は蘇我氏創建の飛鳥寺(日本最古の本格的仏教寺院)と同時期頃の創建か?と歴史的な注目を集めました。

「高麗寺跡」は木津川市山城町上狛高麗、JR奈良線上狛駅より東へ約600m、木津川の右岸の棚田の中に位置しています。

「高麗寺跡」は昭和13年(1938)から本格的な発掘調査(第T期調査)が行われ、回廊に囲まれた主要な堂塔(塔跡、金堂跡、講堂跡)など含む伽藍の一部が75年前の昭和15年(1940)8月30日、国の史跡に認定されました。

(高麗寺は飛鳥時代に創建され白鳳時代に最盛期をむかえ平安時代の末期(12世紀)頃まで存続していた国内最古の寺院の一つ(京都府内では最古の寺院)と推察されています。)

「史跡高麗寺跡」の発掘調査はその後、第V期調査(平成22年度の第10次調査)まで実施され、平成22年史跡地の追加指定を受け、現在は20100m2の指定地です。調査内容については後述しますが、まず寺名(高麗寺)の「由来」からスタートします。

朝鮮半島と日本列島の九州は距離的にみると近畿と九州の数分の一であり、古代、5世紀の初めごろまではあまり強い国家意識を持たずに朝鮮半島南部の百済.新羅.加羅から渡来人が来ました。渡来氏族では漢氏(あやし)や秦氏(はたし)の氏族が優勢でした。

5世紀半ば過ぎからは北部の高句麗が強大化し南部の百済.新羅が戦場化し、戦火を逃れて日本列島に渡る人々が増加しました。

5世紀の後半は日本の古代国家形成にとって重要な時期であり、大王権力を拡大し、畿内政権を支える官司制の構成員として渡来人を採用し、彼等の文筆を持って官吏に執りたて、国家組織の整備や先進的技術の導入に役立てようとしました。

山城国への渡来人:秦氏は北部に多くの史跡を持ち、氏寺は京都の広隆寺(秦河勝が聖徳太子から下賜された仏像:弥勒菩薩半跏思惟像が有名です。)その他、商売の神様、稲荷神社(稲荷大社)、酒の神様、松尾神社(松尾大社)や嵐山の桂川周辺(大堰川)など。

山城国の南部では高句麗系の渡来氏族高麗(狛)氏が相楽.綴喜の南部2郡に集中しています。高麗寺は地名にもなっている高麗(狛)氏の氏寺です。しかし、南部以外でも有名な八坂神社の「祇園さん」(京都市東山区)は高句麗系渡来人の八坂氏の氏神です。

朝鮮半島からの渡来ルートは一般的には九州へ渡り、瀬戸内海を経て難波に来るルートを採りますが、高句麗から北西の季節風を利用して日本列島に渡るルートもありました。
古代の交通は主として水路を利用した結果、大和は木津川と深く関わりました。

木津川市は大阪市内から直径30kmの圏内です。

古代の水路の場合は、難波から淀川を遡上して八幡市(宇治川、木津川、桂川が合流)を経由する約60kmの道程です。別途、日本海の敦賀から近江の琵琶湖北岸に達し、水路で大津から宇治川経由木津に到着し、大和へ向うルートもありました。

『古事記』の仁徳天皇条、皇后石之日売命が天皇の浮気に嫉妬して難波高津宮から木津川の舟旅で出身地(大和の葛城)への途次の詩に「山代河:木津川」が詠まれています。

6世紀継体天皇が樟葉宮から弟国宮(おとくに)へ遷宮(518年)の頃、朝鮮諸国と畿内政権とは関係が緊張状態でした。
欽明天皇31年(570)条、高句麗の使節のため、南山城に高楲館(こまひのむろつみ)や相楽館(さがらかのむろつみ)を設けた。(木津川沿いに渡来人が多く居住していた。)

6世紀末、廃仏派の物部守屋が敗れ、用明天皇2年(587)、蘇我馬子が飛鳥寺(法興寺)の建立発願。飛鳥寺は日本最古の本格的仏教寺院であり、創建は6世紀末〜7世紀初、蘇我氏の氏寺、本尊は重文の飛鳥大仏(釈迦如来)です。

「高麗寺跡」の発掘調査から、南側土檀で仏舎利を祀る塔跡は東側、本尊仏を祀る金堂跡は西側、伽藍は南面しており、北側の土檀が講堂跡の伽藍配置です。

出土した瓦は年代の古い順から第1期は飛鳥寺と同笵の瓦、第2期は天武天皇が崇敬した寺、川原寺式瓦「種類.数量が最多」白鳳時代、第3期は平城宮式瓦、8世紀の修理、「多種.少量」、第4期は高麗寺独特の修理用瓦「少量」、平安時代前期と4時代の瓦でした。

出土品から高麗寺は新興勢力狛氏の氏寺として飛鳥時代(7世紀前半)に創建され、白鳳時代(7世紀後半)に本格的な造営が成されたが、都が平安京に遷都後は平安時代前期の修理が最後で12世紀末から13世紀初期まで高麗寺は存続していたと思われます。


<国の史跡「高麗寺跡」に付いては、新しい想いを込めて、新規に続編を掲載致します。
筆者の「木津川だより」にご関心を頂き、有り難う御座います。これからは以前の本編を、折を見て再掲させて頂きます。>

参考資料:山城町史 本文篇 山城町、
史跡 高麗寺跡 第V期(第8−10次発掘調査)発掘調査報告 木津川市教育委員会

   2015年8月23日 

2016年08月12日

◆アメリカ大統領選の行方

加瀬 英明
 


7月にフィラデルフィアで民主党大会と、クリーブランドで共和党大会が
催されて、このままゆけばそれぞれヒラリー・クリントン夫人と、不動産
王のドナルド・トランプが大統領候補として、指名された。

2人のうち、トランプが、旋風の眼だ。もし、今の時点で2人どちらが11
月の大統領選挙に勝つか、10万円を賭けろといわれたら、私は自信がない
が、ヒラリーに賭けよう。

ヒラリーが大統領として当選する可能性が60%、トランプが40%かなと、
思う。

もし、ヒラリーが金銭スキャンダルか、国務長官時代に私用のeメールを
使って、国家機密を漏洩したことが暴かれるか、6月にフロリダ州オーラ
ンドでイスラム過激派の青年が、50人あまりの男女を殺した乱射事件のよ
うなことが、また起った場合は、トランプのホワイトハウスへの野望に、
強い追い風が吹くことになる。

多くの読者が、もしトランプが大統領となったら、アメリカの外交政策が
大きく変わってたいへんだと、思われていることだろう。

そんなことはない。ヨーロッパのNATO(北大西洋条約機構)諸国や、
アジアの同盟諸国に、もっと防衛費を分担させようとか、クリミア、ウク
ライナはヨーロッパの問題であって、アメリカは係わるべきでない、中東
はどうしようもないから、もう手を引こうといっているのは、オバマ大統
領も、トランプも同じことだ。

2人の違いは、オバマ大統領がおとなしい口調でそういっているのに対し
て、トランプが乱暴きわまりない言葉で喚いているだけのことだ。ただ、
話し方の違いだ。

ヒラリーは八方美人をきめこんで、具体的な政策に触れることを避けてき
たが、オバマの外交路線を継ぐことになる。

もっとも、私の予想が誤まって、このままいっても、トランプがヒラリー
を破るかもしれない。アメリカの地方の小都市へ行っても、スーパーで
ベールを被ったイスラム系女性たちの姿を見かけることが珍しくなくなっ
ており、住民が強い違和感をいだくようになっている。

トランプはアメリカ社会で所得格差が拡がるかたわら、オートメーション
が進むなかで、職を失った者や、低学歴・低所得層の白人による支持をえ
てきた。イスラム系移民や、メキシコからの不法移民の排斥を叫んできた
が、高学歴の合法移民も、高学歴の白人層から白眼視されている。

インドや、中国から高学歴の合法移民がH1B就労ビザで入国して、ハイ
テク企業で白人よりも低い賃金で働くために、多くの高学歴の白人から職
を奪っている。ハイテク企業によっては、技術系社員のほとんどが外国人
となっている。

ヒラリーは金(かね)に穢い、嘘つきだというイメージが強い。“アメリカ
版の舛添前知事”に似ている。

オバマ大統領とトランプの差は、トランプが日本と韓国に核兵器を持たし
たほうが、よいといっている点だ。

中国か、北朝鮮が、日本か、韓国に核攻撃を加えた時に、アメリカが日本
か、韓国に代って、ワシントンや、ニューヨークや、ロスアンジェルスを
犠牲にしてまで、中国か、北朝鮮に核報復攻撃を加えるのは、御免蒙りた
いというのだ。もっとも、これはアメリカの本音だろう。

私はヒラリーのほうが、トランプよりも対外的に冒険する大統領になる可
能性が、高いと思う。アメリカで最初の女性大統領となるが、これまでの
他国の女性リーダーをみても、女だからといってバカにされないように、
“男らしく”振る舞う例が多い。

アメリカが“一国平和主義”の殻に、とじこもろうとしている。はたして日
本の“平和憲法”信者たちは、このようなアメリカの流れをみて、快哉を叫
んでいるだろうか。