馬場 伯明
2014/10/29の本誌3470号に拙稿「強姦犯天国・被害者地獄の日本」を掲載 していただいた。日本の強姦、強制わいせつ罪の犯罪数に「暗数(*1)」 が多く、欧米に比べ刑罰も軽いなどと指摘し、厳罰化を含む抜本的な法改 正を訴えた。(*1)認知件数と実際の発生件数との差を暗数(あんすう) という。
2016/6/17、朝日新聞の朝刊が報じた。《 法相の諮問機関「法制審議会」 の性犯罪部会が16日、性犯罪の厳罰化に向けて刑法を改正する答申案をま とめた。法務省は今後、答申を受けて国会に提出する法改正案づくりを進 める》と。要点は次の4つである。
(1)強姦罪(刑法177条)の法定刑を「懲役3年以上」から殺人罪の下限 と同じ「懲役5年以上」とする。厳罰化である。
(2)被害者による告訴は「必要(親告罪)」から「不要(非親告罪)」 とする。「被害者には処罰の必要性を十分説明する。ただし、被害者が望 んでいなければ勝手に起訴しない」(検察官委員談)。
(3)「男性が加害者、女性が被害者」という性差をなくす。性交に類似 する行為も強姦として扱う(たとえば、肛門性交など)。
(4)18歳未満の子供への親などの「監護者」が「影響力に乗じて」わい せつ行為や性交をすることを罰する罪を新設する。被害者が抵抗をしたか どうかに関係なく処罰する。
大きな前進である。100年以上続いてきた刑法の規定が見直される。法制 審議会の性犯罪部会の委員の方々の労をねぎらいに感謝したい。
(1)について:厳罰化は今回の答申の最も重要な部分である。世界の先 例からすれば遅きに失した。日本の強姦犯罪の(公式の)認知件数は1410 人、10万人中1.11人!日本は世界に冠たる強姦極少国なのだ。10万人中で 見ると、豪81、カナダ78、米国32、英国16、仏14、韓国13、独9、露5、伊 4、日本2(1.78)。日本の少なさが際立っている(データが古いが2009 年。整数に四捨五入)した。
民間等の各種アンケートの数字とは大きな隔たりがある。それを暗数と言 う。つまり、被害者が「被害に遭っても届けない」数字である。
「被害に遭っても届けない」という日本の実態は深刻である。強姦犯(加 害者)は「お前(被害者)が告訴し俺が有罪になっても(日本の)刑罰は 軽い。初犯だから執行猶予だ(常習犯であっても犯行現場ではそう言 う)」。「俺を待っていろ、必ずまた強姦(や)る、報復する」と脅す。
報復への恐怖から泣き寝入りする被害者が多い。その最大の理由が、100 年間以上続いた強姦罪の刑罰の軽さと言われてきた。今回これが改正へ向 かう。性犯罪の厳罰化は緊急を要し、男女差別の是正や刑罰の公平性から も厳罰化は不可欠である。
(2)について:今は被害者が自分で告訴しなければ強姦罪は成立しな い。刑罰が軽く報復を恐れ、外聞も悪いので、被害者が泣き寝入りするこ とが多い。それを、窃盗、殺人など一般の刑法犯のように自動的に(要件 を満たせば)起訴することになる。世界の趨勢である。
ただし、「それでも被害者が望んでいなければ勝手に起訴しない」と検察 官委員は回答しているらしい。有識者会議で意見を述べた性犯罪被害者の 小林美佳さん(40歳)は「事件後、加害者や裁判とは一切関わりたくない と思う人もいる。自分もそうだった。本人が望まなければ、立件しない運 用を強く求めたい」と話しているらしい。効果的な運用が望まれる。
(3)について:加害者は男性、被害者は女性という定義をやめ性差なく 適用する。また、肛門性交などの性交類似行為への強姦罪適用は妥当だ。 しかし「強姦」の文字を廃止する意見があるというが残すべき。今でも 「強姦」を「暴行」や「いたずら」とマスコミ等はゆるめて報道する。
(4)18歳未満の子供への親などの「監護者」が「影響力に乗じて」わい せつ行為や性交を罰する罪の新設、および、被害者の抵抗を問わないこと には全面的に賛成である。調査(*1)では、無理やり性交されたときの強 姦犯は「面識がある人(男)が76.9%」とある。近親者や知人に強姦され る事例が多いのだ。(2011年、半数未満・内閣調査2012/4:*1)
今回の答申で残されたいくつかの課題がある。私の関心事を述べる。
まず、(3)監護者以外の者による強姦や強制わいせつ罪にも「『暴行や 脅迫』という成立条件をなくし、「抵抗の有無にかかわらず処罰できるよ うに改めるべき」という被害者側に立った有力な意見があった。
だが、有識者会議では議論の対象にならなかった。「現行でも暴行や脅迫 の程度は(検察や裁判官において)幅広く解釈されている」というのだ。
しかし、これは大いに疑問があり不適切である。強姦罪の最も大事な 「肝」を外している。刑法177条(強姦)では「暴行または脅迫を用い て・・・女子を姦淫した者は、強姦の罪・・」とし、強姦では「暴行また は脅迫」が条件となっている。これが大いに曲者である。
最高裁は「(加害者の)暴行は、相手(女性の被害者)の抵抗を著しく困 難にする程度のもの」とし、「強姦罪の暴行は、強盗罪の暴行に近い強度 のものが必要である」とする(「性暴力と刑事司法*3」大阪弁護士会・性 暴力被害検討プロジェクトチーム2014/2/28発行)。殴る、蹴る、首を絞 めるなどの明らかな「暴行」がないかぎり強姦とはならないのだ。
強姦罪のもう一つの条件の「脅迫」も「相手方の抵抗を著しく困難にする 程度のもの」という。典型事例は「言うことを聞かないと刺すぞ」とナイ フを首筋に当て抵抗できない状態にして姦淫(性交)した場合などだ。
すなわち、被害者は(抵抗要件は法には明記がないのに事実認定では重視 され)死に物狂いで強く抵抗しなければ強姦犯は有罪とならない。しか も、女性が抵抗した痕跡等(証拠)が要求される。殴打の傷・痣、陰部・ 膣の裂傷・出血、切り傷、擦り傷、骨折、捻挫・・・。陰部・膣内への精 液・体液の付着・残留などの証拠である。
ところが、襲われた女性は、ほとんど「ヘビに睨まれたカエル」状態で、 茫然自失、声をあげられない。「殺すぞ」と男に言われたら金縛りになる。
抵抗したら殺される。命だけは助かりたい。早く終わって!と唇を噛み抵 抗せずに耐えるのである。終わったら徹底して陰部や体を洗い流し服や下 着も捨てる人も多いという(肝心の「証拠」が消えてしまう)。「暴行・ 脅迫条項」を削除すべきである。
次に、審議会の議論の中で「厳罰化だけでは抑止力にならない」、(厳罰 より)加害者への薬物や心理療法など「医学的な対応が有効である」など と犯罪者の保安処分についての指摘もあったという。
しかし、その前に大前提がある。犯罪者の再犯の抑止を担保する確かな措 置が不可欠である。
具体的には(1)刑期を延長する(今回答申)。(2)刑期を終えた犯罪者 にGPS付き足輪をつけ監視する(未定)。(3)(確定判決後)犯罪者の個 人情報を公開する。住所・氏名・年齢・顔などをネット等で公開する(未 定)。
「性犯罪の厳罰化」ではないが、被害者支援体制を構築することが重要で ある。被害後の応急治療、事情聴取、法律相談などを、女性専門官中心の 支援機関で一括して担当・実施する。
病院、警察、法廷などでの「2次性的被害」もなくす。被害者は安心して 警察等に届け出るようになり認知件数が増え暗数は大幅な減少となるであ ろう。
現在の日本の実態は、強姦被害者(女性)を支援し救済する道は日暮れて なお遠い。彼女らの心の闇が簡単に晴れることはない。今回の答申は大き な前進の一歩となった。
刑法177条(強姦)の「暴行・脅迫条項」を削除し(今回の答申にはな い)、厳罰主義を採用し(今回答申)、刑期後の犯罪者をGPS監視する (未定)、そして、被害者支援体制を整備・構築する(未定)ことが重要 である。
「強姦犯天国・被害者地獄の日本」から「強姦犯地獄・被害者救済・支 援・の日本」へと、一刻も早く転換させなければならない。(2016/6/28 千葉市在住)