2018年01月24日

◆文在寅大統領は高麗連邦共和国?を出来るのか

前田 正晶

韓国の文在寅大統領はその秘書官を務めた故盧武鉉大統領以上に親北派で
あると言われている。そして就任後は着々とその方針を推進しており、今
回は遂に DPRKとの合同テイ―ムで平昌オリンピックに出場するところに漕
ぎ着けた。その信念の 通りに行動し、公約を実現していく姿勢はある意
味で立派だと言えるかも知れない。 しかも、合同テイ―ム結成を決定後の
支持率は66%と高止まりしている。

その辺りを観察していると、15年12月に我が国との間に成立した「不可逆
的合意」の見直しなどを予想通りに平然と言い出したのは、我が国では安
倍総理、菅 官房長官、河野外相が取り合わないことなど計算済みで、そ
うすることで我が国との 外交関係が悪化すれば、より親北の姿勢を明確
に出来るし、日米韓の3国の結びつき にくさびを打ち込もうというDPRKと
の暗黙の合意でもあったのではないかと疑いたく なる。

文在寅大統領が出現した時には南北融和策を打ち出し、悲願の韓半島に統
一国家を樹立する意図があるのではないかと言われた。だが、経済的に困
窮している DPRKとの統一では嘗ての東西ドイツのと何時よりも経済的に
悪い状態になるのではな いか、それでは非現実的だとの批判もあった。

だが、一部には「南北が統一されれば、DPRKの過剰な軍備費は韓国が軍備
費を削れば埋められることだし、統一後の高麗連邦共和国(?)にはDPRK
の核兵器と missileがある強力な軍事国家となる」との解説もあった。何
となく説得力があった。

現に、多くの専門家は「南北合同テイームが参加する平昌オリンピックの
期間中は金正恩にとっては時間稼ぎが可能で、核兵器とmissileの完成に
邁進できる のではないか」との説を主張している。門外漢の私が聞いて
もそういうことがあると 見える策だと思えてならない。更に専門家たち
は「このような計画を主導しているの は金正恩で
あり、文在寅大統領ではない」とも指摘している。これも尤ものよう聞
こえる。

文在寅大統領は既に中国というか習近平には邪険に扱われ、対アメリカと
の間柄をハッキリさせろと圧力をかけられたかに見える。しかしながら、
韓国は未 だアメリカの同盟国である。その関係の解消というか離れてい
くようにと金正恩と習 近平から圧力をかけられているのならば、進むべ
き道は公約だったし彼の悲願である 南北統一ということではないのか。
彼は既に「帰らざる河を渡った」かにも見える。

その大目的の第何歩目かに当たる南北合同テイ―ムは結成され、IOCの会長
はお墨付きを与えてしまった。大計画はこのように着々と進行している。
一方の盟 主であるアメリカはDPRKとの間は日増しに難しくなっていく状
態である。全ての選択 がテーブルにあるそうだし、攻撃の準備も整って
いるかに聞こえる発言もある。DPRK はICBMはアメリカに向いているので
あり、同胞の国には向けていないと言っている。

アメリカ対DPRKの事態は非常に危険であり難しくなっていく一方である。
その最中に文在寅大統領がこのまま高麗連邦の確立に邁進していくことを
止める必要 があるのだろうとは思う。だが、私には誰が、どの国がそれ
を阻止すべく立ち上がる のかの見通しなど立てようがない。だが、我が
国には拉致被害者の奪還という長年の 大きな課題がある。DPRKとの対話
の道も残さねばなるまい。

矢張り、トランプ大統領の絶大な信用を得ておられる安倍総理には、色々
な意味で立ち上がって頂く以外ないように思えるのだ。

2018年01月23日

◆「措置入院」精神病棟の日々(83)

“シーチン”修一 2.0

わては今、大阪弁を勉強しておるんやが、これには訳があるんや。父方の
祖父の弟(大叔父)が梅田で手焼きせんべいの「夢や」を営んではったん
やが、商才があって株式投資などで結構な資産家になっておった。わてら
は「ウメダのオジサン」と呼んでおって、オジサンの手土産はもちろん自
家製のせんべいやった。

子がないさかいに小生の父は子どもの頃に「ウメダのオジサン」の養子に
遣られたんやが、辛くて逃げ出したそうや。そやけど父はカネには未練が
あったんやろう、ナント今度は中姉夫婦をオジサンの跡継ぎとして送り込
んだ。カネに色がついているわけやないから結構人は集まるもんや。魔
力、引力があり、「カネは借金苦で首を吊った親の仇だ、早く仇に遭いた
い」という小話もあるで。

中姉夫婦はオジサンに一所懸命に尽くしたんやが、結局はご破算になって
もうた。オジサンは村田蔵六(大村益次郎)もかくやと思うほど粗食で、
夕食でもオカズはほとんど豆腐や。それ以外のオカズは贅沢=敵で、つま
りは蔵六もビックリのケチ、吝嗇やったんやと思う。20代で元気いっぱい
の中姉夫婦は1年も保たずに逃げ帰ってきた。あたりまえや。義兄曰く
「あの経験だけはまったくのムダ、無意味、思い出すのも好かんわ」。

オジサンの奥さんは小生がもの心をつく頃には亡くなっていたんやが、栄
養失調で病気に負けたのかもしれん。結局、オジサンは60歳あたりで40代
後半の結構な美人を嫁さんに貰い(買い?)、周囲は「あっらー、カネは
偉大なり!」とびっくりしたんやが、今さら子作りはならんかった。やは
り豆腐だけではパワーが出んかったんやろ、蔵六も子はなさんかった(ほ
とんど単身赴任やったから睦み合う夜がなかったちゅうのが真実やろうな)。

オジサンは、忍耐強いというか、他に芸がないような無口の弟子という
か、下男のような奉公人を養子にして、これまた無口の下女、ハシタメの
ような嫁さんをもたせたんやが、昨年の暮にオジサンは100歳を前に大往
生した。

後見人(遺言執行者)の弁護士によると、遺言書では養子夫婦は現預金な
どのほとんどを相続し、さっさと上本町に引っ越した。建物と土地は昔の
縁(三度目の正直?)でわてが相続人になっておったのにはびっくりした
が、他に気に入った親類がおらんかったんやろう。

店舗兼用の建物(3F建て)自体は築40年で大したことはなかったんやが、
土地は昔の取引では当たり前だった単位の一反(300坪=600畳)で、借地
人=借地権者が結構多く、かつ代替りや又貸しなどで権利関係が複雑で、
弁護士も困り抜いてしもうた。大体、賃貸借契約書があっても「隣の〇〇
さんと同じにします」の一行で、隣の〇〇さんなんてとうの昔に消えてし
まっている。

周辺は繁華街やさかい市場の坪単価は1000万円、一反で30億円になる。相
続税は路線価を基にするから5億円前後やが、そんな現預金はわてにはあ
らへんさかい、物納にしたいんやが、税務署は「更地にしろ」と言う。と
りあえず500万円で解体業者に頼みオジサンの自宅を更地にして税金は納
めたんやが、借地権者を片付けんと商工中金からカネを引っ張れずビルが
建たん。

弁護士も困って「借地権者とか関係人を巻き込んで『市街地再開発組合』
を立ち上げるしかないんと思いますがな、どうですやろ」。「それしかな
いとわても思うで。市から認定されれば補助金も出るそうやし、商工中金
も安心して金を出すやろ」

「それなら春にも協議会を開催しますから、修一さんは委員長として半年
ほどは梅田あたりに暮らしてもらいますが、ええですか。ビルの設計・施
工業者も決めなあかんし、関係者の説得や工期中の生活保障などもあり、
腰を落ち着けて采配していただかんとスムーズにいかんさかいに」

「そやな・・・3月末までには宿を決めて大阪におるようにするわ。あん
たの事務所は難波やろ、その辺りにするわ」

「そりゃ助かりますわ。それとですな、大阪とか関西では標準語は嫌われ
ておりまっさかい、できれば大阪弁をこなせるようになると交渉が上手く
いきますなあ。中途半端やと『なんや、このオッサン』と嫌われますが」

「そうかいな・・・リスキーやけどネットで勉強できるやろから、ま、ボ
チボチやってみるわ」

以上のようなわけ(半分は本当、半分は創作)で大阪弁を学んでいるのだ
が、小生は大阪弁に触れると結構「共鳴」してほっくりする。

<柳吉は20歳の蝶子のことを「おばはん」と呼ぶようになった。「おばは
ん小遣い足らんぜ」そして3円ぐらい手に握ると、昼間は将棋などして時
間をつぶし、夜は二ツ井戸の「お兄ちゃん」という安カフェへ出掛けて、
女給の手にさわり、「僕と共鳴せえへんか」そんな調子だった・・・>
(織田作之助「夫婦善哉」)

現実は過酷なもので、キチ〇イの小生に共鳴してくれるのはスズメと孫と
食材配達の大原さんだけである。大原さんとはたまにメモで挨拶のような
やりとりをしているが、先日はそのメモを見たKから「アンタは気味が悪
いアホや」と罵倒され、一気に落ち込んだ。

今日はCから以下のメールが来てまた落ち込んだ。

<ブログにKのこと書かない約束したよね。ブログ、Kも見てるから本当に
書かないで下さい。13日のブログの内容、Kが見る前に消してほしい。1
年前の事件で、KとNは酷く傷ついてるから、配慮してほしいです。お願い
します>

こう返信してまたまた落ち込んだ。

<「アンタは気味が悪いアホや」と罵倒されたら仕返しをする、当たり前
のルールやろ。だいたい、父親のブログを見るなんてかなり悪趣味やない
んか。死んでからにしてほしいねん。キチ〇イヂヂイにかまけているより
亭主と子供に目を向けていた方がええと思うがの>

Kは車を買い替えてご機嫌である。結構なことだが、わが家で小生の落ち
着ける居場所はもう隔離室だけだ。もうすぐ67歳になるのに人間、世間、
自分さえも何も分からない。前人未到の「永世七冠」になった羽生善治氏
の言葉はショックだった。

<将棋そのものを本質的にわかっているかというと、まだまだ何もわかっ
ていないというのが実情。これから自分自身強くなるかわからないんです
が、そういう姿勢や気持ちを持ってやっていけたらいいなと思います>

精神病の悩ましい思いの中から人生の何が分かるのか、「何もわかってい
ない」ということが分かるのか、それならそれでいいか、そう割り切るし
かないか・・・stray sheep、発狂亭雀庵の「メーメー、迷迷」病棟日記
から。

【2017/1/25】*10:00〜11:10、作業療法。今日も恐竜の肉体作りで、
明日からは皮をつけていくが、明日が最後の作業療法になり、作品を家に
持ち帰ることになる。

*13:00〜15:20、山麓を散歩し、「まつかげ台」の高台から丹沢山系を
堪能。メジロを見つけたが、やがてウグイスをやってくるだろう。

16:30〜、最後の風呂で、病棟生活のアカを落としてきれいさっぱり。も
うすぐ娑婆だ。

【1/26】*10:00〜11:00、作業療法。恐竜の皮はおおよそできて、あと
は自宅作業になる。とても面白かった。

*13:00〜14:20、荻野川を下流に向かって散歩。トンビ3羽がカラス1羽
を追いかけまわしており、カラスは必死で欅の枝に逃れた。トンビはカラ
スの2倍ほど大きいが、その分、小回りが利かないから枝の多い欅の中に
は入れない。戦力は大>中>小とは限らないし、むしろ絶滅危惧は大>
中>小だろう。

お爺さんが二人(も!)、別々に散歩していたが、入院してから初めて見
る光景だ。老婦人や子連れのママさんは時々見るが、お爺さんは珍しい。
とにかく人を見かけることはとても少ないが、こういう過疎地から都会へ
出ると、人、人、人で気分が悪くなるようだ。「人に酔う」と言うそうだ。

今日は結構遠くまで足を伸ばしたが、スゴイ臭いがしてきたと思ったら牛
舎があり、ホルスタインが1頭だけ見えた。商売にはならないだろうが、
自宅用に搾乳しているのか。それともペットとして飼っているのか。

過疎地に家を新築する人もいるが、リタイアして静かに余生を暮らしたい
ということなのか。静かすぎて、寂しくならないか。小生にはちょっと耐
えられないな。

【1/27】*10:00〜11:30、作業療法で体操とゲーム。昼食は珍しくつっ
かえて、半分食べるのがやっと。トイレでゲーゲーし、疲れ切ったので散
歩はやめにした。明日の退院に備えて荷造りと掃除。

2018年01月22日

◆France(腐乱死)の軍備販売

Andy Chang

1月14日台湾の自由時報は、国際ニュースメディアが報道した、フランス
のエアバスグループ(Airbus SE)が1992年台湾に2種類のミサイル販売
契約で
リベートを受けた案件で、国際仲裁法廷はエアバス社に対し1.04億ユー
ロ(約1.28億ドル)の罰金を命じたと報道した。この報道について台湾の
国防部はノーコメントと発表した。

台湾は199
2
年にフランスのマトラ社(Matra

Defense S.A.S)から2種類のミサイルを購買したが、契約に違反してリ
ベートを受け取った事件である。AgencePresse-Franceの報道によると、
マトラ社は1998年にエアバス社に購買合併されたのでエアバス社が罰金の
支払いを命じられたのである。

台湾は中国の圧力で軍備購買が困難を極めていたが、90年代にフランスと
の武器購買が急速に発展し、フランスのトムソン社(Thomson CFS、その
後Thalesと改名)からフランス政府がOperation Bravoと呼ぶラファイ
エット巡洋艦6隻の購買契約、続いてダッソー社(Dassault Aviation)よ
りOperation Tangoと呼ぶミラージュ戦闘機60機の契約、そしてMatra社
よりMICAと呼ぶ中距離ミサイル及びMAGICと呼ぶ短距離ミサイルの購買契
約を結んだ。これらすべての契約にはリベートを受け取らないと明記して
いるにも拘らず、すべての契約でリベートを受け取っていたのであった。

●フランス(腐乱死)の武器販売汚職

フランスと台湾の契約は全てフランス政府のお膳立てがあったから出来た
ことだからフランス政府がリベートを取ったということだ。例えば最初の
ラファイエット巡洋艦の販売ではリベートを台湾、フランスと中国の高官
が分け合ったことがわかっている。

しかも台湾海軍は2008年にスイス法廷が提供したこの事件に関わる台湾の
汚職高官の資料を没収して闇に葬ったのである。台湾海軍はフランスが
Bravoと命名した6隻のラファイエット巡洋艦の販売計画で26.5億ドルの
契約を結んだ。

同じ時期にシンガポール政府は6隻のラファイエット巡洋艦を12.5億ドル
で購買した。台湾はシンガポールの2倍以上の金を払ったのである。つま
り12億ドルを台仏中の3国の高官が分け合ったのだ。

まだある。台湾が購買したラファイエット巡洋艦は、TAVITACと呼ぶアメ
リカのイージス・システムに相当するレーダーに拠る監視と攻撃システム
の外に艦載ミサイル、速射砲などすべての艦載武器を中国に引き渡し、3
隻の船を受け取り、新たに20億ドルの予算を組んで新しい武器装備を買っ
たのだった。

新装備の購買のためフランスに派遣された尹清楓大佐は、台湾海軍の
売国行為に憤慨して事実を公開しようとし、海軍とトムソンのアジア代表
で東京に駐在していたジョンクロード・アルベサールなどに殺害された。

ラファイエット疑獄の調査に関連して台湾とフランスで各々12名ほどが不
審死を遂げている。アルベサールも東京で不審死を遂げた。一説には彼の
オフイスの椅子の下から放射性物質が検出されたと言うが、日本の警察や
メディアがこれを報道した記録はない。

●台湾側が国際法廷に提訴

ラファイェット疑獄が起きてから台湾政府は国際仲裁法廷にリベートの返
還を提訴したが解決は長引いていた。フランス側はミラージュ戦闘機の性
能を向上させる新契約と台湾が国際仲裁法廷の告訴を取り下げる交換条件
を出したが台湾側は拒絶した。

するとフランスはミラージュ戦闘機の部品の提供や操縦士の訓練を中止し
た。これが数年前のことである。フランスとはこんなに汚い国である。

2017年10月21日の自由時報の報道によると、国際仲裁法廷はDassult
Aviation社、Thales社及びSafranエンジン製造会社に対し、それぞれ1.34
億ユーロ、640万ユーロと2900万ユーロの罰金を命じたと報道した。3社の罰
金は合計して2.27億ユーロと言う。ところが報道の罰金は合計1.6940億ユー
ロとなって数字が合わない。

台湾側の報道によると2002年に台湾政府がフランスを告訴した後、告訴を
一時中止し、2003年に再び仲裁法廷に提訴したと言う。テールス社側の発
表では仲裁法廷が提示した罰金総額は2002年には2.2億ユーロだったが、
2003年6月の最終協議で2.26億ユーロになったと言う。

●不明瞭な台湾国防部の態度

10月にダッソー社が発表した罰金額について、台湾国防部は罰金総額や
金の動向、及び将来の裁判などについて一切評論をしないと発表した。訴
訟は既に20年も長引いているので台湾とフランスで雇った弁護士を合わせ
た訴訟費は既に数千万ドルになった。国防部は去年の予算に「飛竜専案」
と呼ぶ総金額4771万元(159万ドル)の予算を組んでいたと言う。「飛竜計画」
とはフランス側がOperation Tangoと呼んでいたミラージュ売買の台湾側の名
称である。

国防部は実際の訴訟の進展や時間、地点などについては一切沈黙を守っ
ている。つまり1月14日のニュースにあった「マトラ社のミサイル販売契
約のリ
ベート」についてエアバス社が仲裁法廷から受けた1.04億ユーロの罰金に
ついては新しい発展だが、国防部はノーコメントで政府側の発表もない。

台湾がフランスを国際仲裁法廷に提訴した結果が少しずつ進展しているに
お拘らず、台湾政府は2008年に海軍が強引に押収したラファイェット疑獄の
関係者名簿を取り返せない。だからラファイェット疑獄は解明できず、軍艦購
買で武器系統を中国に引き渡した売国奴の名前は今でもわかっていない。
蔡英文政権は(中華民国)軍を制御出来ないのだ。軍が政府の知らないう
ちに中国に寝返っても政府は何もできない、実に恐ろしいことである。



◆「措置入院」精神病棟の日々(83)

               “シーチン”修一 2.0

わては今、大阪弁を勉強しておるんやが、これには訳があるんや。父方の
祖父の弟(大叔父)が梅田で手焼きせんべいの「夢や」を営んではったん
やが、商才があって株式投資などで結構な資産家になっておった。わてら
は「ウメダのオジサン」と呼んでおって、オジサンの手土産はもちろん自
家製のせんべいやった。

子がないさかいに小生の父は子どもの頃に「ウメダのオジサン」の養子に
遣られたんやが、辛くて逃げ出したそうや。そやけど父はカネには未練が
あったんやろう、ナント今度は中姉夫婦をオジサンの跡継ぎとして送り込
んだ。カネに色がついているわけやないから結構人は集まるもんや。魔
力、引力があり、「カネは借金苦で首を吊った親の仇だ、早く仇に遭いた
い」という小話もあるで。

中姉夫婦はオジサンに一所懸命に尽くしたんやが、結局はご破算になって
もうた。オジサンは村田蔵六(大村益次郎)もかくやと思うほど粗食で、
夕食でもオカズはほとんど豆腐や。それ以外のオカズは贅沢=敵で、つま
りは蔵六もビックリのケチ、吝嗇やったんやと思う。

20代で元気いっぱいの中姉夫婦は1年も持たずに逃げ帰ってきた。あたり
まえや。義兄曰く「あの経験だけはまったくのムダ、無意味、思い出すの
も好かんわ」。

オジサンの奥さんは小生がものごころをつく頃には亡くなっていたんや
が、栄養失調で病気に負けたのかもしれん。結局、オジサンは60歳あたり
で40代後半の結構な美人を嫁さんに貰い(買い?)、周囲は「あっらー、
カネは偉大なり!」とびっくりしたんやが、今さら子作りはならんかっ
た。やはり豆腐だけではパワーが出んかったんやろ、蔵六も子はなさん
かった(ほとんど単身赴任やったから睦み合う夜がなかったちゅうのが真
実やろうな)。

オジサンは、忍耐強いというか、他に芸がないような無口の弟子という
か、下男のような奉公人を養子にして、これまた無口の下女、ハシタメの
ような嫁さんをもたせたんやが、昨年の暮にオジサンは100歳を前に大往
生した。

後見人(遺言執行者)の弁護士によると、遺言書では養子夫婦は現預金な
どのほとんどを相続し、さっさと上本町に引っ越した。建物と土地は昔の
縁(三度目の正直?)でわてが相続人になっておったのにはびっくりした
が、他に気に入った親類がおらんかったんやろう。

店舗兼用の建物(3F建て)自体は築40年で大したことはなかったんやが、
土地は昔の取引では当たり前だった単位の一反(300坪=600畳)で、借地
人=借地権者が結構多く、かつ代替りや又貸しなどで権利関係が複雑で、
弁護士も困り抜いてしもうた。大体、賃貸借契約書があっても「隣の〇〇
さんと同じにします」の一行で、隣の〇〇さんなんてとうの昔に消えてし
まっている。

周辺は繁華街やさかい市場の坪単価は1000万円、一反で30億円になる。相
続税は路線価を基にするから5億円前後やが、そんな現預金はわてにはあ
らへんさかい、物納にしたいんやが、税務署は「更地にしろ」と言う。と
りあえず500万円で解体業者に頼みオジサンの自宅を更地にして税金は納
めたんやが、借地権者を片付けんと商工中金からカネを引っ張れずビルが
建たん。

弁護士も困って「借地権者とか関係人を巻き込んで『市街地再開発組合』
を立ち上げるしかないんと思いますがな、どうですやろ」。「それしかな
いとわても思うで。市から認定されれば補助金も出るそうやし、商工中金
も安心して金を出すやろ」

「それなら春にも協議会を開催しますから、修一さんは委員長として半年
ほどは梅田あたりに暮らしてもらいますが、ええですか。ビルの設計・施
工業者も決めなあかんし、関係者の説得や工期中の生活保障などもあり、
腰を落ち着けて采配していただかんとスムーズにいかんさかいに」

「そやな・・・3月末までには宿を決めて大阪におるようにするわ。あん
たの事務所は難波やろ、その辺りにするわ」

「そりゃ助かりますわ。それとですな、大阪とか関西では標準語は嫌われ
ておりまっさかい、できれば大阪弁をこなせるようになると交渉が上手く
いきますなあ。中途半端やと『なんや、このオッサン』と嫌われますが」

「そうかいな・・・リスキーやけどネットで勉強できるやろから、ま、ボ
チボチやってみるわ」

以上のようなわけ(半分は本当、半分は創作)で大阪弁を学んでいるのだ
が、小生は大阪弁に触れると結構「共鳴」してほっくりする。

<柳吉は二十歳の蝶子のことを「おばはん」と呼ぶようになった。「おば
はん小遣い足らんぜ」そして三円ぐらい手に握ると、昼間は将棋などして
時間をつぶし、夜は二ツ井戸の「お兄ちゃん」という安カフェへ出掛け
て、女給の手にさわり、「僕と共鳴せえへんか」そんな調子だっ
た・・・>(織田作之助「夫婦善哉」)

現実は過酷なもので、キチ〇イの小生に共鳴してくれるのはスズメと孫と
食材配達の大原さんだけである。大原さんとはたまにメモで挨拶のような
やりとりをしているが、先日はそのメモを見たKから「アンタは気味が悪
いアホや」と罵倒され、一気に落ち込んだ。

今日はCから以下のメールが来てまた落ち込んだ。

<ブログにKのこと書かない約束したよね。ブログ、Kも見てるから本当に
書かないで下さい。13日のブログの内容、Kが見る前に消してほしい。一
年前の事件で、KとNは酷く傷ついてるから、配慮してほしいです。お願い
します>

こう返信してまたまた落ち込んだ。

<「アンタは気味が悪いアホや」と罵倒されたら仕返しをする、当たり前
のルールやろ。だいたい、父親のブログを見るなんてかなり悪趣味やない
んか。死んでからにしてほしいねん。キチ〇イヂヂイにかまけているより
亭主と子供に目を向けていた方がええと思うがの>

Kは車を買い替えてご機嫌である。結構なことだが、わが家で小生の落ち
着ける居場所はもう隔離室だけだ。もうすぐ67歳になるのに人間、世間、
自分さえも何も分からない。前人未到の「永世七冠」になった羽生善治氏
の言葉はショックだった。

<将棋そのものを本質的にわかっているかというと、まだまだ何もわかっ
ていないというのが実情。これから自分自身強くなるかわからないんです
が、そういう姿勢や気持ちを持ってやっていけたらいいなと思います>

精神病の悩ましい思いの中から人生の何が分かるのか、「何もわかってい
ない」ということが分かるのか、それならそれでいいか、そう割り切るし
かないか・・・stray sheep、発狂亭雀庵の「メーメー、迷迷」病棟日記
から。

【2017/1/25】*10:00〜11:10、作業療法。今日も恐竜の肉体作りで、
明日からは皮をつけていくが、明日が最後の作業療法になり、作品を家に
持ち帰ることになる。

*13:00〜15:20、山麓を散歩し、「まつかげ台」の高台から丹沢山系を
堪能。メジロを見つけたが、やがてウグイスをやってくるだろう。

16:30〜、最後の風呂で、病棟生活のアカを落としてきれいさっぱり。も
うすぐ娑婆だ。

【1/26】*10:00〜11:00、作業療法。恐竜の皮はおおよそできて、あと
は自宅作業になる。とても面白かった。

*13:00〜14:20、荻野川を下流に向かって散歩。トンビ3羽がカラス1羽
を追いかけまわしており、カラスは必死で欅の枝に逃れた。トンビはカラ
スの2倍ほど大きいが、その分、小回りが利かないから枝の多い欅の中に
は入れない。戦力は大>中>小とは限らないし、むしろ絶滅危惧は大>
中>小だろう。

お爺さんが二人(も!)、別々に散歩していたが、入院してから初めて見
る光景だ。老婦人や子連れのママさんは時々見るが、お爺さんは珍しい。
とにかく人を見かけることはとても少ないが、こういう過疎地から都会へ
出ると、人、人、人で気分が悪くなるようだ。「人に酔う」と言うそうだ。

今日は結構遠くまで足を伸ばしたが、スゴイ臭いがしてきたと思ったら牛
舎があり、ホルスタインが1頭だけ見えた。商売にはならないだろうが、
自宅用に搾乳しているのか。それともペットとして飼っているのか。

過疎地に家を新築する人もいるが、リタイアして静かに余生を暮らしたい
ということなのか。静かすぎて、寂しくならないか。小生にはちょっと耐
えられないな。

【1/27】*10:00〜11:30、作業療法で体操とゲーム。昼食は珍しくつっ
かえて、半分食べるのがやっと。トイレでゲーゲーし、疲れ切ったので散
歩はやめにした。明日の退院に備えて荷造りと掃除。(つづく)2018/1/15

ガメラレーダー 日本海の要、接近 中国重鎮の思惑
http://www.sankei.com/politics/news/140406/plt1404060007-n1.html

 新潟県・佐渡島に中国の影がちらつく異変が起きている。航空自衛隊が
誇る高性能警戒管制レーダー、通称「ガメラレーダー」があるこの島を中
国要人が訪 れ、中国と関係が深い男性が経営する学校法人が地元観光施
設を1円で手に入れた。連載第1部で明らかにした長崎県・対馬の韓国経
済への依存と同様、国境離 島の深刻な“不安材料”がここにもあった。

第2部は佐渡島の現状を報告する。(宮本雅史)

 沖縄・尖閣諸島沖で中国漁船による衝突事件が起きた直後の平成22年
10月30日朝。背広姿の男たちが佐渡・妙見山(標高1042メート
ル)中腹の峠の 茶屋「白雲台」で休息を取っていた。山頂にそびえ立つ
航空自衛隊佐渡分屯基地のガメラレーダーとの距離はわずか3キロ。佐渡
の市街地や両津湾も一望でき る。

 一行の中心は中国の唐家璇元国務委員。そのほか、中国在新潟総領事館
の王華総領事(当時)、新潟で絵画教室を運営する学校法人新潟国際芸術
学院(新潟市中央区)の東富有理事長兼学院長、そして佐渡市の甲斐元也
副市長(現市長)の姿もあった。

 前日に佐渡に入り1泊した唐氏はこの日、佐渡金山を見学した後、観光
道路として有名な「大佐渡スカイライン」で紅葉を楽しみながら白雲台に
立ち寄った。 スカイラインはここで、妙見山頂と麓を結ぶ自衛隊管理の
「防衛道路」につながる。防衛道路沿いの標高450メートル地点には
レーダーをつかさどる重要施設 「キャンプサイト」もあるが、4月下旬
から11月中旬までは観光道路として一般にも開放されている。

 当分屯基地は、第46警戒隊と中部航空施設隊で構成。第46警戒隊は
キャンプサイトからガメラレーダーを通して24時間、日本海上空を監視
している。最大 の敵は冬の暴風雪だ。「基地全体がすっぽり雪に埋もれ
てしまう。吹雪で視界が10メートル、ひどいときは1メートルを切ると
きもある」。源田進1等空尉は こう話す。

 キャンプサイトから雪上車で山頂に向かう途中、白雲台にも立ち寄っ
た。ここからはガメラレーダーがはっきりと大きく見えた。

 そのレーダーの重要性は、拡大路線を続ける中国との関係悪化でさらに
高まっている。

 中国吉林省の延辺朝鮮族自治州の日刊紙、延辺日報などによると、中国
は日本海に面する北朝鮮の羅津港を租借して50年間の使用権を獲得、平
成24年には羅津港から100キロ離れた清津港を30年間使用する権利 も確
保したという。

 当時と違い、北朝鮮は張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の処
刑以降、中国との関係が悪化しているとみられている。ただ、羅津港と清
津港はいずれ も針路を東に取れば津軽海峡に、南下すれば佐渡島に行き
着く。防衛省幹部によると、中国の空母・遼寧の動向が大きな懸念材料だ
という。「60機、70機の 戦闘機を搭載できるので、1つの航空団並
みの大きさになる。それがそのまま、日本海を動いているのと同じように
なり、脅威になる。中国は今、太平洋進出を 狙っているので気が抜けない」

 この幹部はさらに危険なシナリオも口にした。「中国が佐渡島や新潟に
拠点を作ると、日本海が中国の内海化する危険性がある」

          × ×

 唐家璇氏の佐渡訪問の目的は何だったのか。唐氏は白雲台に立って何を
感じたのか。

 唐家璇氏の同行メンバーで現在の佐渡市長、甲斐氏は「唐氏は金山とト
キの森公園の見学が目的だった。佐渡を一望したいというので、白雲台に
立ち寄って休憩した だけ。ガメラレーダーは話題にもならなかった。佐
渡が乗っ取られるんじゃないかといわれるが、その形跡は全くない」と説
明する。

一方で、中国共産党に詳しい関係者はこう指摘する。「唐氏クラスになる
と党中央書記局の指示がないと自由に動けない」

 唐家璇氏が佐渡を訪れたころ、新潟市と佐渡市では中国が絡んだ2つの
“プロジェクト”が動いていた。

          ◇

道の駅、研修施設に 「1円売却」 深まる中国依存

 佐渡島の表玄関・両津港から約3キロ。県道65号を車で10分ほど走
ると、道の駅「芸能とトキの里」(佐渡市吾潟)に着く。ところが、目立
つ場所に「学校法人 新潟国際芸術学院佐渡研究院」の看板が掲げられ、
レストランも土産店もない。

 この施設はもともと、JA佐渡と佐渡汽船グループが設立した「佐渡能
楽の里」が運営していたが、観光客の減少で経営不振となり解散。絵画教
室などを運営 する学校法人新潟国際芸術学院(東富有理事長、新潟市中
央区)が、建物部分(延べ床面積約3600平方メートル)を1円で購入
した。同学院は土地もJA佐 渡から無償で借り受け、23年6月から研
修施設として利用している。

 「持っていても税金がかかるだけ。二束三文でも手放したかった」。地
元のベテラン市議は、“1円売却”の経緯をこう話した。

 新潟国際芸術学院が佐渡に進出したころ、新潟市内では、中国在新潟総
領事館の移設問題が起きていた。

 新潟に総領事館が開設されたのは22年6月。当初、商業ビルに入居し
たが、同年10月に新潟市の学校法人NSGグループとの間で、専門学校
の旧校舎を5年間借りる契約を結んで移転、現在もそこを使用している。

 ただ、この間、中国側は「単独使用できる土地と建物」の取得にこだわ
り、地元の活性化につながる「大中華街構想」も打ち出して新潟市に要望
してきた。市 が一度、市立万代小跡地の約1万5千平方メートルを候補
地として提示したが中国への不動産売却に対する市議会などの反発で23
年3月に頓挫したこともあ る。

 そして同年12月、中国側は突然、県庁近くにある新潟市中央区新光町
の民有地約1万5千平方メートルを購入した。登記簿に経営内容が不明瞭
な企業名が登場 するなど、売買過程に不透明さも残る。関係者による
と、簿価は7億円前後だが、売買価格は15億円前後と推定されるという。

 日本政府がこの売買を認知したのは翌24年1月。中国側はこの広大な
土地に総領事館のほか、総領事公邸や職員宿舎、市民との交流施設、駐車
場などをつくると説明しているが、所有権の移転登記はまだ行われておら
ず、建設時期も不明なままだ。

 この売買をめぐっては、国会で質問が行われたこともある。24年3月
22日の参院国土交通委員会で、地元選出で自民党の中原八一議員が「安
全保障の観点か ら、政府全体として土地規制の在り方について検討すべ
きだ」と外国資本の不動産買収に規制を求めた。その一方で、中原氏は新
潟の問題に限っては「中国側か らしっかり総領事館建設の中身を聞い
て、それが妥当であるというのであれば外務省がしっかりと仲介に立って
ぜひ進めていただきたい。新潟県としては建設に 反対するものではな
い」と早期の総領事館移設を訴えた。

 新潟は日中国交正常化を実現させた田中角栄元首相の地元。佐渡にトキ
の提供も受けている。官民を問わず中国との交流は深い。「新総領事館が
完成すると、治外法権で対応できない場所が拡大される」(元県議)と批
判的な声も根強いが、大きなうねりにはなっていない。

 総領事館の開設と不動産取得。佐渡での新潟国際芸術学院進出と唐家璇
氏の訪問。この時期、中国では有事の際に国と軍が民間のヒトやモノを統
制する国防動員法が施行され、北朝鮮の羅津港や清津港の長期租借が決
まった。

 東理事長は「私はもう日本人なのだから、中国とは関係ない。私は中国
は好きじゃない。特に政府は好きじゃない」と中国政府とのかかわりを強
く否定する。

 その一方で新たな動きもある。地元の大手ホテル会社の社長が説明す
る。「総領事館と東先生、市で、道の駅の場所に国際美術大学を作る計画
がある。中国から学生を集めることが前提で、すでに中国の大学2校が学
生を送り込むことが決まっている。佐渡を世界に発信できる」
 
 これについて佐渡市長の甲斐氏も「新しい大学は、東さんの学院の(中
国の)提携校とも提携して学生を連れてくる」と中国との連携に期待して
いる。地域振興のために中国を活用しようとする佐渡。その思いに歩調を
合わせる中国。佐渡の中国依存が深まっている

民主党時代にどんどん中国が日本の一等地や広範囲な地方の土地、新潟、
名古屋など購入をしはじめたことについてです。日本は中国にある領事館
の土地も買えないそうです。

https://www.youtube.com/watch?v=jvzzvAFVbqc
中国が麻布5677m2土地購入!しかも無税!?外務大臣が容認【小野寺五典】
Uploaded on May 16, 2011

 平成23(2011)年5月13日、衆議院外務委員会の国会中継より 自民党小野
寺五典議員の質問です。

 被災地復旧には遅く、売国・反日政策に早い民主党。とにかく潰さない
と日本は滅びます¬。

         --------

浜田和幸氏のブログ
http://ameblo.jp/hamada-kazuyuki/

 東北の被災地に労働力の提供を申し出る一方で、東京都内の一等地を大
使公邸と大使館員¬の宿舎用として、いとも簡単に手に入れてしまった。
売却された物件は国家公務員共済組¬合連合会(KKR)が所有していたもの。

 中国大使館に隣接する5677平方メートルの土地。わが国の外務省が
お膳立てをしたと¬いわれる、今回の一般競争入札。

 結局、中国大使館が60億円強で落札した。

 潤沢な資金を持つようになった中国政府は東北地方のみならず首都圏に
も食指を伸ばし始¬めている。

 また、地元住民の反対で棚上げ状態にあるが、名古屋や新潟でも市内の
一等地を中国領事¬館が買い取る交渉を進めている。

 民間の商取引ならいざ知らず、国有地を外国に平気で売りさばこうとす
る菅政権の姿勢に¬はあきれはてる他ない。

 まさに「日本は日本人だけのものではない」と名(迷)言を残した鳩山
前総理の遺言を実¬行しているようなもの。

 日本は中国において大使館や領事館の土地はすべて賃貸しかできず所有
は認められていな¬い。

 外交上の平等の原則から逸脱した、中国からの要求をはねつけるどころ
か、自ら国土を献¬上するような行動をとる菅総理と外務省。

しかも、震災直後の混乱という夜陰に乗じての動き。国益上の観点から、
決して容認する¬わけにはいかない。

 -------------

わが国には「外国政府の不動産に関する権利の取得に関する政令」があ
り、外国政府が日¬本国内の土地を取得する際には財務大臣の許可を得な
ければならない 決まりになっていま¬す。ところが、驚くべきことに、昭
和27年の大蔵省告示によって中国は「指定対象」か¬ら外されているの
です。

このことを理由に、菅政権は「中国大使館が日本の土地を買っても問題に
できない」と強¬弁。

もし、こうした取引が認められれば、大震災に襲われた東日本の土地も政
府が買い上げた¬後、一定期間が過ぎて、払い下げ時には、外国政府が根
こそぎ買い占める可能性も出てく¬るでしょう。

今、目の前にある危機すら管理していない菅政権にとって、復興後の国有
地処分のことな¬ど想像できないだろうが、中国、日本収奪戦略を描いて
いる様子です¬。

来週の委員会に野田財務大臣、松本外務大臣、江田法務大臣の出席を要請
していたのです¬が、本日、何と皆さん欠席の返事が戻ってきました。

「他の委員会で拘束されている」と「自らの所管ではないため」との理由。

腰の引けている大臣ばかりですね。

 こうした問題について、以前「検討する」と約束した前原前外務大臣
は、どうしておられ¬るのやら。
 https://www.youtube.com/watch?v=jvzzvAFVbqc

 ジャーナリストの櫻井さんも・・・・
http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/30268206.html

櫻井よしこさんのお話を伺いました。

 「中国は友好国ではありません。日本にとって敵国です」とはっきり
仰っていました。そして、シナの遠大なる野望と脅威を諄々と説いて下さ
いました。特に新潟で育った櫻井さんは多くの日本国民に知って頂きたい
とこのように語りました。

金正日が亡くなり金正恩になった北朝鮮は極端な食料不足にあり、その支
援をシナに頼りました。シナは北朝鮮の依頼を受けコメ100万トンを支援
します。シ ナ政府が何の見返りを求めず親切にするはずがない。その見
返りに北朝鮮の羅津(らじん)港(左写真の赤字)の第4〜第6埠頭を50年
間租借しました。所謂 バーターであります。

日本の報道は片方しか報道しないのでその意味することがわかりにくいも
のです。シナは羅津の第一埠頭をすでに10年間租借していました。

“租借”という言葉。今ではもう聞かれなくなりましたが、かつての軍国主
義時代の名残である租借という形で貰い受けたのです。

これによりシナは日本海と直接つながりました。この日本海から太平洋な
どへ進出するためにどうしても日本海の拠点が欲しくなります。それが佐
渡島と新潟です。佐渡ヶ島や新潟では近頃中国の土地買収に当たりきな臭
い話が持ち上がっています。

かつて佐渡ヶ島は島流しの島であり、流された貴族や文化人が都振りをこ
の地に伝え、能楽などが盛んになった土地柄でありました。その佐渡ヶ島
で破たんした 「佐渡能楽の里」。この土地を新潟国際芸術学院(東富有
理事長:下動画参照)が1円で買い取ったのです。この東富有は日本に帰
化した大連出身のシナ人で す。櫻井さんは彼を“隠密”であると断言して
いました。つまりシナ共産党の工作員であると。

この売却が決まるとシナ外務大臣で駐日公使でもあった唐家センがすぐに
やって来て佐渡ヶ島を視察しました。佐渡ヶ島には弾道ミサイル追尾レー
ダー施設があ り、我が国にとっても防衛上重要なところです。この時、
唐家センは佐渡にシナ留学生3000人を計画していると発言しました。これ
らは純粋な留学生である はずがありません。櫻井さんは既に佐渡ヶ島は
シナの拠点になったと言っております。

さて、シナ政府が北京の日本大使館の移転を認めなかったのは一部報道で
ありました。ご存知の方も多いと思います。しかし、これも片方しか報道
しないので事 実が見えてきません。日本の報道は肝腎心なことをきちん
と伝えない本当に日本のためにならない報道だといえます。だから国民の
知らない間に日本が浸食されて いくのです。

2011年3月、新潟市のシナ総領事館移転に伴う万代小学校跡地売却を住民
の声に動かされた新潟市議会が阻止しました。しかし、新潟市は2011年12
月 23日付でシナ領事館として5000坪の民有地売却の契約が完了していた
のです。これが北京の日本大使館と大いに関係あるのです。

シナ政府が北京の日本大使館の移転を「設計図と違う」として認めていな
かったのを今年2月に外務省はシナに示した「交換条件」を飲んだことで
解決をはかったのです。

床面積オーバーで日本大使館が完成して半年も放置されてきたのをシナは
一転して許可した。その取引が「東京の支那大使館、名古屋と新潟の総領
事館の移転が それぞれ円滑に進むよう努力する」という内容の口上書を
日本側が提出するというものです。つまり、これらの施設の移転を日本政
府が事実上認めるという約束 があったのです。

名古屋と新潟の総領事館の移転をめぐっては地元で反対運動が起きていま
す。名古屋城のすぐそばにある8000平方メートルの国有地は総領事館の移
転先としてシナに売却する計画がありましたが、近隣住民の反対で売却は
保留となっており、名古屋の河村市長も反対しています。

しかし新潟は親中派の篠田市長、シナ領事館に前向きで、シナとの経済文
化交流を掲げ新潟州というシナ、ロシア、北朝鮮、韓国の4カ国と共和国
建設を目論む 泉田知事。彼らは外務省と結託してシナに新潟の5000坪の
民有地の売却の契約を済ませたのです。外務省には新潟市から「登記が済
むまでは公表しないでほ しい」との要請があったといいます。

シナが公館に使用すればそこは治外法権、日本の法の届かない他国が日本
に出来るということになります。我が国日本が日本国民の知らぬ間に浸食
されているのです。それをマスコミは報道せず、政治家も官僚も暗黙の了
解なのです。恐るべき事態であります。

シナの「日本解放工作」は確実に進んでいます。チベット人で日本に帰化
したペマ・ギャルポ氏も『最終目標は天皇の処刑』という著書で日本人に
警告しています。

「私自身、シナがいかに巧妙にチベットを侵略していったかを肌身にしみ
て知っている。そして、今、日支関係の水面下で推移している事態は、チ
ベットの過去 と非常に類似しているのです。私がこのように警鐘を鳴ら
すことを、『ことさら嫌シナ感情を煽っている』と批判する人がいます。
しかし、そうではありませ ん。私は日本政府と日本国民にはチベットと
同じ轍を踏まないよう、しっかりと現実を民指揮してほしいだけなのです」

チベットは鎖国政策により文化は成熟したが平和が続くことで視野が狭く
なり、内ばかりに目が向いてしまい、身の回りの権益だけを守ることにと
らわれてしまい、平和ボケを生んだ。

シナのチベット侵略前には多くのシナ工作員をチベット寺院内に送り込
み、「宗教の敵アメリカ」と言ってキリスト教を利用してアメリカを敵と
した。そしてチベット人に人民解放軍を受け入れやすい環境作りをしてい
たのです。

今の沖縄はこの通りではないか。

シナの軍艦などが沖縄と宮古の間を通過しても危機と感じずに無視をす
る。しかし米軍に対しては早く出て行けと言ってシナを 受け容れ易い環
境を作っているのです。このままではそのうち沖縄もシナのものになるだ
ろう。そして台湾も。そうなると日本はシーレーンが危機にさらされ、
原油の確保は困難になり行き詰ることになるでしょう。

 日本はこのままでいいのか、よく考えてほしい。(情報収集 中山)

2018年01月21日

◆音読・暗記・暗唱だけではなかった

前田正晶

私の英語教育法論や英語の勉強法は余りアクセス数の増加に寄与していな
いようなので、ここに読者諸賢の不安を少しで減らそうかとばかりに、私
がどのように英語の勉強をしてきたかをもう一度振り返ってみよう。それ
は決して音読・暗記・暗唱だけではなく、単語帳もカードも作ったことも
なければ、英文和訳のようなこともやってこなかった。

既に何度も触れたように旧制中学1年の終わり頃、即ち昭和20年(1945
年)にはGHQで秘書をしておられたハワイ大学出身の日系二世の方に「英
語で話すこと」を厳しく教え込まれていた。その方を仮にHelenとして置
くが、彼女が私に厳しくいわれたのは大要下記の通りである。

Helenに最初に言われたことは

*英語のままで覚え、日本語にしようなどと考えないこと。
*これから言いたいことを日本語で考えて、それを訳そうとしないで、
知っているだけの表現を自然に思い出して並べること。
*話の中に“you know”を挟んではいけない。(これは要注意で、これを多
用することは決して貴方が「有能」であることを示すことにはならないのだ)
*もしも言葉に詰まったら“Well.”か“Let me see.”と言って間を持たせる
ように」だけでした。

だけだった。但し、Helenは文法的にでも何でも間違えたことを言うと返
事もしてくれなかったし、取り合ってくれなかった。また、こちらが解ら
ないで反応しないでいると、繰り返してくれることもあったが、絶対に日
本語では言ってくれなかった。因みに、彼女は日本語も完璧で漢字を崩し
た書体でも筆で書けるなど、日本人以上のものがあった。

このような形で、彼女が当時我々が住んでいた鵠沼海岸に毎週末に遊びに
来る度に英語でしか話してはならないと決められたので、当時から優れた
英語教育で知られていた湘南中国での英語の勉強と並行して「会話」まで
学べたのだから、悪い影響が出る訳がなかった。しかしながら、私は生来
の怠け者で、単語帳を作ったり、教科書に書き込んだりすることが面倒で
「覚えてしまえば良いだろう」と開き直って音読・暗記・暗唱を続けたの
だった。

この音読・暗記・暗唱には優れた点があり、高校3年の時に英語を教えて
頂いた鈴木先生には「そうすることで頭の中に英語が入っており、読む時
でも話す時でも文法的に誤った文章やおかしな言葉遣いなどは間違っても
口から出なくなるし、頭の中に浮かんでくることがなくなるものだ」と長
所を指摘されて、自信を持つに至った。鈴木先生も単語だけを覚えること
に否定的だったが、私の持論は「単語は部品に過ぎない。それバラバラに
覚えてお自動車は組み立てられない」のであって、「飽くまでも流れの中
で覚えるのが肝腎なのだ」なのである。

しかし、現代のようにTOEICだのTOEFLだの英検だのと資格試験(なのか
な?)が万能のようになると、音読・暗記・暗唱でそれらの試験を無事に
突破出来ないのではないかとの不安感が湧いてきたとしても、別段不思議
ではないと思う。そこで自慢話めいて好ましくないが、一言申し上げてお
けば、私はこの勉強法で押し通しただけで、中学から大学卒業までの間
で、無数の英語の試験の成績が90点以下だったことは2回しかなかったのだ。

それで未だ不安だと言われそうな方には、私は大学卒業後の16年間は英語
とは全く縁がない紙・板紙流通の国内市場担当の営業マンだったのだった
のだが、偶然の積み重ねでその16年目の終わり頃に、UKの大手製紙会社の
研究院の日本市場調査のお手伝いをせねばならなくなり、英語で話さねば
ならなくなった。するとどうだろう。子供の頃にキチンと基礎を学んでい
たお陰か、昨日まで英語で話していたかのように、自然に英語が口から出
ていたのだった。

「それは、貴方だけの例外的なことだろう」と言いたい方には、では家庭
教師として音読・暗記・暗唱に単語帳なし、書き込みなし、解らない言葉
に出会ったらその都度辞書を引く等々の方法で2年ほど教えた中学1年生の
男子は私の手を離れた高校卒業までの間に、英語の成績はずっと「オール
5」だったことは何と言って否定されるのだろう。

また、某商社でこの方法で個人指導する機会を与えられた若手は2年も経
たないうちに、その課で一番の英語の使い手に成長した。これなどは「24
歳を過ぎてからでも十分の間に合う」という格好の例である。もう一つ言
わせて貰えば、彼は中学から高校・大学と我が国の英語教育の下で育って
きたのだが、社会人になってからでも矯正は可能だったという例でもある。

なお、私は39歳からアメリカの会社に移ったのだが、上記の勉強法で覚え
た英語をアメリカ人は社交辞令を巧みに操るとは言え、彼らから直された
り、教えられる機会は数多くあったが、一度も批判されたことはなかった
のだった。


2018年01月20日

◆アメリカの失業率の中身を探れば

前田 正晶

我が国でも現在は有効求人倍率が上がってきているが、中には相変わらず
人手不足に悩んでいる介護職のような分野もある。18日夜のPrime Newsで
も古森義久氏はアメリカの失業率は4%にまで下がってきた良い状態だと
指摘していた。

私は元の同僚で技術サーヴィスマネージャーだったL氏とアメリカの雇用
の状況について、丁度1年前に意見を交換していた。L氏の意見には興味深
い点があるので、あらためて紹介する次第で、下記のようなものだった。

>引用開始

「我が国の大都市圏の労働市場には最早博士や経営学修士は不足していな
い。我々が最も求めており尚且つ不足しているのが十分な教育を受けた才
能あるブルーカラーなのである。十分な教育を受けていなければ良い職
(注:これはjobであって、トランプ氏の言われる雇用とは意味が違う)
を得られず、動もすると失業し犯罪や薬物に走ってしまう結果を生んでい
る」との指摘だった。

<引用終わる

彼は私の在職中からこの件を言い続けており、その具体的な問題点はと言
えば即ち、先ず垂直上昇して偉くなるこ可能性は先ずないポジションを望
んで入社を希望する若者は少なく、その上に採用してみても堪え性がな
く、直ぐにより高い給与を求めて転
¥職する傾向が顕著だった。故に、会社側も育てる時間も取れずに
“unskillful”な事務職しかおらず、また工場には管理職の補助的な技術者
が育たないのだ。それだけでも人手不足を来たし、会社側の管理職の負担
が激増するのであった。

彼の言いたいことは職、即ち仕事というか雇用を増やすことに意義はある
ものの、嘗てカーラ・ヒルズ大使が指摘されたような初等教育の充実こそ
がブルーカラー等の層に求められているのだという点である。

即ち、増やされていく職(雇用)がどの分野で働く人たちを求めているか
が重要だということ。その質を高めることが、アメリカの製品の質を高め
国際競争力を増すことに貢献すると考えた次第。トランプ次期大統領にも
是非ご配慮願いたい分野である。

このL氏の意見とは一寸異なる意見を聞かせてくれたのが、昨年の春に一
時帰国したSM氏だった。そのホワイトカラーと言うべきか管理職層の話
は、私にとってもかなり衝撃的だった。それは「アメリカでは弁護士や医
師は過当競争で今や生存競争が激化している。企業においても生存競争は
激化する一方で、その中にあってはMBAやPh.D.を持っている方が生存競争
に勝てる確率が高いという時代になった」というものだった。

ある30歳になったばかりの女性でUCLAでMBAを持つ者が既に管理職に任命
されており、年俸は13万ドルで、その他に3〜5万ドルのボーナスまで貰っ
ているという話なのだ。これらの年俸を合計して円換算しても精々
1,600〜1,700万円にしかならないが、これはアメリカでは大変な高給の部
類に入るのだ。彼女はその為に4年生の大学を終えてから一旦就職して実
務の経験を積んでから、ビジネススクールに入学してMBAを取得したので
ある。

UCLAの例を挙げれば、州立大学でありながらカリフォルニア州が財政破綻
した為にその授業料は今ではIvy Leagueの私立大学並みに上がっており、
2年間の学費は総計で1,000万円にも達するのである。即ち、彼女は管理職
になるというか、支配階層に入って職を確保する為に1,000万円の投資を
していたということだ。

これも容易ならざる生存競争の世界の話である。大手企業においてはそう
多くの管理職というか、経営の責任を負う本部長や副社長の職に就く人材
を必要としているわけでもないので、先ずはビジネススクールに入って出
世街道に乗れるチャンスを狙える用意をせねばならないのだ。

しかも、何度も述べてきたように経営者は I don’t like you. などとい
う簡単明瞭な理由の他に、管理職でも副社長でも、働きが悪ければ馘首す
る権利を持っているのだ。地位が上がり、年俸が増えるほど馘首される危
険性が高まってくる世界であるとご承知置き願いたい。

そういうアメリカでは今やトランプ大統領の下に好景気を謳歌し、失業率
が4%ギリギリにまで下がっている。だが、実態では激しい競争もあれ
ば、人材不足を嘆いている分野もあるのだ。

2018年01月19日

◆「措置入院」精神病棟の日々(83)

 “シーチン”修一 2.0

わては今、大阪弁を勉強しておるんやが、これには訳があるんや。父方の
祖父の弟(大叔父)が梅田で手焼きせんべいの「夢や」を営んではったん
やが、商才があって株式投資などで結構な資産家になっておった。わてら
は「ウメダのオジサン」と呼んでおって、オジサンの手土産はもちろん自
家製のせんべいやった。

子がないさかいに小生の父は子どもの頃に「ウメダのオジサン」の養子に
遣られたんやが、辛くて逃げ出したそうや。そやけど父はカネには未練が
あったんやろう、ナント今度は中姉夫婦をオジサンの跡継ぎとして送り込
んだ。カネに色がついているわけやないから結構人は集まるもんや。魔
力、引力があり、「カネは借金苦で首を吊った親の仇だ、早く仇に遭いた
い」という小話もあるで。

中姉夫婦はオジサンに一所懸命に尽くしたんやが、結局はご破算になって
もうた。オジサンは村田蔵六(大村益次郎)もかくやと思うほど粗食で、
夕食でもオカズはほとんど豆腐や。それ以外のオカズは贅沢=敵で、つま
りは蔵六もビックリのケチ、吝嗇やったんやと思う。20代で元気いっぱい
の中姉夫婦は1年も持たずに逃げ帰ってきた。あたりまえや。義兄曰く
「あの経験だけはまったくのムダ、無意味、思い出すのも好かんわ」。

オジサンの奥さんは小生がものごころをつく頃には亡くなっていたんや
が、栄養失調で病気に負けたのかもしれん。結局、オジサンは60歳あたり
で40代後半の結構な美人を嫁さんに貰い(買い?)、周囲は「あっらー、
カネは偉大なり!」とびっくりしたんやが、今さら子作りはならんかっ
た。やはり豆腐だけではパワーが出んかったんやろ、蔵六も子はなさん
かった(ほとんど単身赴任やったから睦み合う夜がなかったちゅうのが真
実やろうな)。

オジサンは、忍耐強いというか、他に芸がないような無口の弟子という
か、下男のような奉公人を養子にして、これまた無口の下女、ハシタメの
ような嫁さんをもたせたんやが、昨年の暮にオジサンは100歳を前に大往
生した。

後見人(遺言執行者)の弁護士によると、遺言書では養子夫婦は現預金な
どのほとんどを相続し、さっさと上本町に引っ越した。建物と土地は昔の
縁(三度目の正直?)でわてが相続人になっておったのにはびっくりした
が、他に気に入った親類がおらんかったんやろう。

店舗兼用の建物(3F建て)自体は築40年で大したことはなかったんやが、
土地は昔の取引では当たり前だった単位の一反(300坪=600畳)で、借地
人=借地権者が結構多く、かつ代替りや又貸しなどで権利関係が複雑で、
弁護士も困り抜いてしもうた。大体、賃貸借契約書があっても「隣の〇〇
さんと同じにします」の一行で、隣の〇〇さんなんてとうの昔に消えてし
まっている。

周辺は繁華街やさかい市場の坪単価は1000万円、一反で30億円になる。相
続税は路線価を基にするから5億円前後やが、そんな現預金はわてにはあ
らへんさかい、物納にしたいんやが、税務署は「更地にしろ」と言う。と
りあえず500万円で解体業者に頼みオジサンの自宅を更地にして税金は納
めたんやが、借地権者を片付けんと商工中金からカネを引っ張れずビルが
建たん。

弁護士も困って「借地権者とか関係人を巻き込んで『市街地再開発組合』
を立ち上げるしかないんと思いますがな、どうですやろ」。「それしかな
いとわても思うで。市から認定されれば補助金も出るそうやし、商工中金
も安心して金を出すやろ」

「それなら春にも協議会を開催しますから、修一さんは委員長として半年
ほどは梅田あたりに暮らしてもらいますが、ええですか。ビルの設計・施
工業者も決めなあかんし、関係者の説得や工期中の生活保障などもあり、
腰を落ち着けて采配していただかんとスムーズにいかんさかいに」

「そやな・・・3月末までには宿を決めて大阪におるようにするわ。あん
たの事務所は難波やろ、その辺りにするわ」

「そりゃ助かりますわ。それとですな、大阪とか関西では標準語は嫌われ
ておりまっさかい、できれば大阪弁をこなせるようになると交渉が上手く
いきますなあ。中途半端やと『なんや、このオッサン』と嫌われますが」

「そうかいな・・・リスキーやけどネットで勉強できるやろから、ま、ボ
チボチやってみるわ」

以上のようなわけ(半分は本当、半分は創作)で大阪弁を学んでいるのだ
が、小生は大阪弁に触れると結構「共鳴」してほっくりする。

<柳吉は二十歳の蝶子のことを「おばはん」と呼ぶようになった。「おば
はん小遣い足らんぜ」そして三円ぐらい手に握ると、昼間は将棋などして
時間をつぶし、夜は二ツ井戸の「お兄ちゃん」という安カフェへ出掛け
て、女給の手にさわり、「僕と共鳴せえへんか」そんな調子だっ
た・・・>(織田作之助「夫婦善哉」)

現実は過酷なもので、キチ〇イの小生に共鳴してくれるのはスズメと孫と
食材配達の大原さんだけである。大原さんとはたまにメモで挨拶のような
やりとりをしているが、先日はそのメモを見たKから「アンタは気味が悪
いアホや」と罵倒され、一気に落ち込んだ。

今日はCから以下のメールが来てまた落ち込んだ。

<ブログにKのこと書かない約束したよね。ブログ、Kも見てるから本当に
書かないで下さい。13日のブログの内容、Kが見る前に消してほしい。一
年前の事件で、KとNは酷く傷ついてるから、配慮してほしいです。お願い
します>

こう返信してまたまた落ち込んだ。

<「アンタは気味が悪いアホや」と罵倒されたら仕返しをする、当たり前
のルールやろ。だいたい、父親のブログを見るなんてかなり悪趣味やない
んか。死んでからにしてほしいねん。キチ〇イヂヂイにかまけているより
亭主と子供に目を向けていた方がええと思うがの>

Kは車を買い替えてご機嫌である。結構なことだが、わが家で小生の落ち
着ける居場所はもう隔離室だけだ。もうすぐ67歳になるのに人間、世間、
自分さえも何も分からない。前人未到の「永世七冠」になった羽生善治氏
の言葉はショックだった。

<将棋そのものを本質的にわかっているかというと、まだまだ何もわかっ
ていないというのが実情。これから自分自身強くなるかわからないんです
が、そういう姿勢や気持ちを持ってやっていけたらいいなと思います>

精神病の悩ましい思いの中から人生の何が分かるのか、「何もわかってい
ない」ということが分かるのか、それならそれでいいか、そう割り切るし
かないか・・・stray sheep、発狂亭雀庵の「メーメー、迷迷」病棟日記
から。

【2017/1/25】*10:00〜11:10、作業療法。今日も恐竜の肉体作りで、
明日からは皮をつけていくが、明日が最後の作業療法になり、作品を家に
持ち帰ることになる。

*13:00〜15:20、山麓を散歩し、「まつかげ台」の高台から丹沢山系を
堪能。メジロを見つけたが、やがてウグイスをやってくるだろう。

16:30〜、最後の風呂で、病棟生活のアカを落としてきれいさっぱり。も
うすぐ娑婆だ。

【1/26】*10:00〜11:00、作業療法。恐竜の皮はおおよそできて、あと
は自宅作業になる。とても面白かった。

*13:00〜14:20、荻野川を下流に向かって散歩。トンビ3羽がカラス1羽
を追いかけまわしており、カラスは必死で欅の枝に逃れた。トンビはカラ
スの2倍ほど大きいが、その分、小回りが利かないから枝の多い欅の中に
は入れない。戦力は大>中>小とは限らないし、むしろ絶滅危惧は大>
中>小だろう。

お爺さんが二人(も!)、別々に散歩していたが、入院してから初めて見
る光景だ。老婦人や子連れのママさんは時々見るが、お爺さんは珍しい。
とにかく人を見かけることはとても少ないが、こういう過疎地から都会へ
出ると、人、人、人で気分が悪くなるようだ。「人に酔う」と言うそうだ。

今日は結構遠くまで足を伸ばしたが、スゴイ臭いがしてきたと思ったら牛
舎があり、ホルスタインが1頭だけ見えた。商売にはならないだろうが、
自宅用に搾乳しているのか。それともペットとして飼っているのか。

過疎地に家を新築する人もいるが、リタイアして静かに余生を暮らしたい
ということなのか。静かすぎて、寂しくならないか。小生にはちょっと耐
えられないな。

【1/27】*10:00〜11:30、作業療法で体操とゲーム。昼食は珍しくつっ
かえて、半分食べるのがやっと。トイレでゲーゲーし、疲れ切ったので散
歩はやめにした。明日の退院に備えて荷造りと掃除。(つづく)2018/1/15

2018年01月02日

◆台湾民進黨の沈没?

Andy Chang

民主主義は独裁よりましと言うが、民主主義で自由があれば言論や主張が
多くなるので、俗に言う「百花斉放」となって政治が纏まりを失う。言論
主張には善いのも悪いのもある。メディアはどんな勝手な放言でも報道す
るので、結果として民衆を惑わせ政治はサヨクに偏る。

台湾の民主主義はまだ初歩の段階で、言論が自由になったとは言え、国民
党の洗脳教育を受けた民衆は中国に対する認識が曖昧だ。在台中国人と
中国スパイの思想侵略が影響して打倒国民党の主張が空転している。

中央社が発表した調査によると、民意調査で民進黨の好感度は11月の
32.1%から12月の30.7%に下落し、反感度は45.3%から47.8%に上昇した。そ
して国民党の好感度は11月の26.5%から12月の3.6%に上昇し、反感度は
47.8%から12月の45.1%まで下がった。

両党の好感度はほぼ同じなのに、民進黨に対する反感度が国民党に対す
る反感度より高いとは驚くほかない。

この状態が続けば2018年の中間選挙で民進黨が敗北し、更に2020年の統
一選挙で国民党が政権を取り戻すかもしれない。

蔡英文総統が現状維持を厳守しているため外交、内政、ともに進展がない
のが人民の失望の主因だ。中国の爆撃機が毎日のように台湾の周囲を飛
行し、中南米でコスタリカとパナマが断交しても抗議できない。金融汚
職、海軍の軍艦汚職が起きても調査が有耶無耶でいずれ闇に葬られるかも
しれない。

現政権の無能は国民党時代とあまり違わないと人民が思うようになった。
こんな時に民進黨は中間選挙の候補者が選挙運動に明け暮れている。民
進黨は政治よりも選挙を重視している。しかし民衆が離反すれば選挙は負
ける。中間選挙で国民党が勝てば2020年の総選挙に大きく影響する。

●失策が多すぎる民進黨政権

台湾人民は民進党政権が台湾に大きな変化を齎すことを期待していた。と
ころが新政権は外交面でも内政面でも失策や無策が多すぎ、民進黨を見
放すようになった。この2年間に起きた大きな事件が3つある。

2016年8月にパナマ文書が公開され、兆豊国際商業銀行のニューヨーク支
店が米当局から銀行秘密違反で1億8000ドルの罰金を課された事件が起
きた。台湾では台北地方法院検察署が調査に乗り出した。台湾の政界人物
や企業などが兆豊銀行を使ってマネーローンダリングでニューヨーク支店に
送金したあと世界各地のタックスヘイブンに秘密口座を作った事件である。
事件から一年半も過ぎたのに誰も処罰されていないし新聞も報道しなくなっ
た。汚職した金をタックスヘイブンに入れた人物の名前、金額などは発表さ
れていない。蔡政権は国民党の大物を処分する能力がないのだ。

今年秋の慶邦造船会社の掃雷艦汚職疑惑も2か月ほど騒いだ結果、海軍
は慶邦の契約を破棄しただけで、汚職に関わった人物の調査結果がわから
なくなった。立法院調査委員会の最新報道によると、委員会が海軍に掃雷
艦の資料を要求しても海軍側は「機密資料はみんな検察署が持って行っ
た」と答えたのみで、資料がないので委員会は調査報告も書けないと言う。
検察署は関係者を起訴せず闇に葬ってしまうかもしれない。この事件は海
軍(チンパン)の人物が絡んでいる事件で本気に調査すれば台湾海軍と中
国の秘密関係がハッキリするはずだが台湾の検察はやる気がない。

もう一つの事件は外交部が二日前に発表した新パスポート発行の失敗であ
る。新しいパスポートを作成したけれど、パスポート内のビザページに印
刷された桃園空港(第一ターミナル)の写真を間違えてワシントンのダレ
ス空港の写真を使ったのだ。元を糺せばダレス空港をソックリ真似たター
ミナルを作ったから間違いが起きたのだ。

パスポートのデザインは外交部の職員から主任、外交部長、印刷会社の責
任者などたくさんの人が審査したのに、誰も間違いに気付かなかったと言う。

政府は新パスポートを50万冊作り、すでに20万冊を発行したと言う。間違
いに気が付いた外交部長は既に発行した20万冊を全て取り返して再発行す
ると発表した。政府はこの事件で50億元(約150億円)の損失を計上した
と言う。このようなことが起きるとはまったく呆れた政府だ。

●民衆の失望と彷徨

國民黨政権は無能で汚職が酷かったから民進黨政権になって民衆は大い
に期待した。ところが新政権が発足して2年経っても事件が続出し、転型
正義は口先だけである。こんな具合では国民党政府とあまり違わないと人
民が失望すれば再び政権交代が起きるかもしれない。

大部分の台湾人は国民党政権の再来を拒否するから失望しても国民党に
投票しないはずだが、民進黨に失望した人が多ければ政権を失うかもしれ
ない。そうなったら民進黨の沈没となる。

●民進黨の沈没?

民進黨の沈没は蔡英文の現状維持と民進黨員の責任である。中央社の民
意調査によると民衆は蔡英文と民進黨に失望して国民党に好意を持ち始
めている。更に今回の調査では若年層と高学歴の民進黨離れが起きている
ことがわかったと言う。国民党政権は台湾独立に絶対不利である。民進黨
に失望しても国民党を再起させてはならない。

これは中華民国を打倒するチャンスである。民進黨の沈没が独立運動を加
速する。民進黨の敗退で台湾独立に期待したい。

民進黨は中華民国制度を維持し2大政党政治を理想として国民党を温存
する政党だ。民進黨は台湾独立を阻む政党、政治より選挙を重視するだけ
の政党である。民進黨が敗退しても恐れることはない。

昔のことだが、2000年の総選挙で陳水扁が政権を取ったあと、アメリカ政
府が陳水扁に「四不一没有」で現状維持を強要したため陳水扁政権は困難
を極めた。私が「台湾丸の沈没?」を発表したのはその年の秋だった。今
の台湾は当時の状況と似ている。2020年の総統選挙で国民党が勝てば民進
黨は沈没する。その前に中華民国を倒して独立を達成すべきである。
(在米台湾人地球物理学者)

2017年12月31日

◆「措置入院」精神病棟の日々(79)

 “シーチン”修一 2.0

12/24はXマスパーティで賑やかだった。毛沢東曰く「政権は銃口から生ま
れる」、古人からの教えは「子供はピストルから生まれる」・・・

ヨセフが鍬を担いであぜ道を畑に向かっていると従妹のヘレンが急ぎ足で
やってきた。吐く息が白い。

「おはよ、ヨセフ、あんた足が速いな、もう鋤起こしかいな」
「まあな、日が沈むのが早いさかい、早起きせにゃならん」

「早起きね・・・あんた早起きし過ぎ、手も速過ぎるんやないんか、マリ
アちゃん、『ヘレン、どないしよう、うちジャムパンが4か月もないん
や』言うて嘆いておったで」

「ジャムパン? なんやそれ」

「月のもん、生理のことや。あんたも多少は知っとるやろ」

「まあ・・・しっかし“ジャムパン”言うんはえげつない感じやなあ・・・
マリアから生理が3か月ないさかい、一緒に産婆さんに行ってくれる?と
言われておってたんやが、もう4か月もないんか・・・どないしたらええ
んか、うちも決断つかんで困っとるところや」

「“ジャムパン”はなあ、マリアちゃんが言い出したんや、おもろい言い方
やなあてうちの村の若い子はあのことをみんな“ジャムパン”言うんや。
“ジャムパン”はどうでもよろしが、4か月もないっちゅうことは確実にヤ
ヤコができているっていうことやで。どないするんや」

「許婚や言うても挙式前にハラボテやとまずいのは分かっておるんや
が・・・」
「伯父さん・・・あんたのお父ちゃんに相談したらどうや、伯父さんは頭
がいいし、篤農家としても有名やさかい、長老を説得してくれるんやないか」

「そやなあ・・・それしかあらへんか・・・」
・・・

「というわけでなあ、父ちゃん、わてどないしたらええんやろ」

「今さらあれこれグチったところで仕方ないわい・・・お前来年18で赤紙
やろ、わての親友、お前もよう知ってるメロスが軍に顔が効くさかい、来
年早々に挙式して、すぐに徴兵、1年間の遠洋航海で村を離れる、という
んはどうや。赤ん坊はカアチャンかバアチャンに預けておけばええやら」

「大丈夫やろか」

「人の口に戸は立てらへんから悪く言うもんもあるやろが・・・そやな
あ、『赤ん坊は神様の子や、それで処女のマリアが見もごったんや』とい
うことにしておけばええやろ。

この辺の人は信心深いさかい、宮司さんに『この子は神の子や、天照大神
の弟の須佐之男命の子や』言うてもらったらええやろ。たっぷり寄進すれ
ばちゃんと言うてくれはるわ。なーに、宮司も今は偉そうにしておるが、
わしの幼馴染やさかい問題はないわ」

「父ちゃん、ほんまに助かったわ、これからはちゃんと親孝行しますわ」
「親孝行なんぞええから、マリアと赤ん坊のために必死で働くことや。え
えか、お前は神の子と聖母を預かったんやで。

わしは一篤農家で終わるやろうが、それでも必死でやらないかん、怠け心
を押さえ込んでいるんや。お前もな、必死で神の子と聖母を守り抜くんや
で。そうすることで2人の名もお前の名も歴史に刻まれるんや。

人のやらんことをやる、それをやり通す、それでなければ生まれた甲斐が
ないやろうて。まあ、父ちゃんとしてはそういう生き方をしたいと思って
るんやが、お前も自分の信じた道を一途に生きたらよかろうとは思うがな」

「わて、やってみますわ・・・マリアと赤ん坊がもしかしたら世界を変え
るかも知れまへんなあ、なんやワクワクしてきましたわ」

・・・

ま、瓢箪から駒、かくしてキリスト教は繁栄し、ついでイスラム教、その
他もろもろの宗教も生まれて繁栄(あるいは消滅)し、それを信じている
信徒は世界を覆ったのである。

宗教(含:〇〇主義)を絶対的価値観と信じる信徒は幸福になったり不幸
になったり、社会を前進させたり後退、沈滞させたり、平和を得たり戦争
をもたらしたりしたから、宗教は概ね功罪相半ばなのだろう。

幕末/維新当時に来日したフランス軍将校のスエンソンは、浅草寺の賑わ
いに驚き、「日本では神社仏閣などの宗教施設は観光地であり、日本人に
は真の意味で宗教心はない」(「江戸幕末滞在記」)と腰を抜かすほど驚
いているが、大方の日本人にとってはそんなものだろう、イワシの頭も信
心から、と。

フランス革命で政教分離、世俗主義なり、スエンソンによるとXマスでも
軍隊としてはまったく行事がないので、内輪で飲み会をするそうだ。今、
「海に浮かぶ教会」として世界中から観光客を呼び寄せているモンサン
ミッシェルも革命後は永らく倉庫だったという。坊主憎けりゃ袈裟まで憎
い、となったようだ。

小生の菩提寺が庫裏の新築で1億円の寄付を募ったが、1億4000万円集まっ
た。小生も10万円寄進したが、小生は檀家ではあっても信者ではない。先
祖代々この寺に墓を持っていたから、「いつもお世話になっています」と
いう感謝の気持から寄進したに過ぎない。他の檀家もそうだろうと思う。

宗教心はたとえなくとも歴史、伝統を重んじるのが日本の善男善女で、
あっという間に1億4000万円。地元のヂヂババは金持でケチで質素だが、
使うときは使うのだ。

大体、自分自身さえ信じていない小生にとって社会も他者も自分さえも胡
散臭い存在である。曹洞宗の寺の長男坊が札ビラをひけらかし、真っ白の
ベンツを乗り回して遊び歩いているのを見ていたから、今は住職になって
偉そうなこと(「住職なのにベンツを乗り回すなんて許せない!」だと)
を言っていても小生には「バカが何言ってやがる」としか感じない。悲観
論者というか、自分と社会に愛想をつかした変人なのだ、小学生の昔から。

横浜市立大学の学友“Sam”から以下のメールをいただいた。

<その後リハビリはどうですか?

以前行った自動車部OB会でのメンバーから、かつての部誌のコピーデータ
が送られてきました。中のごく一部ですが、君の書いた自己紹介のページ
の部分だけ送ります>

そこにはこうあった。

<僕が自動車部に入ったのは、遠征がしたいためといっても過言ではあり
ません。大学へ入ったら一生懸命に勉強しようと思っていましたが、市大
では興味の持てるような授業が見つからないので、せめてアルバイトとク
ラブ活動で暇をつぶそうと思っています。

高校の時は応援団に入っていて、大変窮屈な思いをしましたが、大学のク
ラブは何か落ち着きがあって、というより甘く暇でとても楽です。

高校の時は雨が降っている日はたとえ試験の日でもサボったものでした
が、大学では少しでも眠い日は休むことにしています。僕は静かに読書で
きさえすれば満足ですから、バリケード封鎖で授業ができなくても苦にな
りません。まったくのノンポリで、全共闘の連中はやりたいだけやればい
いと思っています。

「他人に迷惑をかけない」というのが僕の主義ですが、これは実際にはな
かなか難しいことだと最近、しみじみ思います。人生なんてつまらぬもの
ですから、せいぜい楽しく過ごしたいとは思うものの、こんな生き方は
「仕方がない」と思いつつも「嫌だ」とも思います。それが僕の本性です>

18歳の自分と半世紀ぶりに出会って、複雑な気持ちである。厭世的であり
ながらも何か光明を模索して揺れている。「人生とは何か」「生きる意味
は何か」「どう生きるべきか」・・・ま、永遠のテーマで解があるわけで
はないだろう。「栴檀は双葉より芳し」とは逆に「漆は双葉より危う
し」、油断していると手や顔がかぶれるぜ、小生は子供の頃から怪しい奴
なのだ。

せいぜい「ファーブルのように老いて貧しくても誇り高く毅然として最期
を迎えたい」と最近は思っている。が、今朝はKと娘2人が義母の見舞いで
奄美へ旅立った。孫も旦那の実家で正月を過ごす。今わが家には誰もいな
い、小生一人だけ、久し振りに静かな年末年始を迎えられる。ものすごい
解放感、まったく塞翁が馬。人生、捨てたものじゃない、いい晦日、いい
正月になりそうだ。皆さん、良いお年を!

料理を含めて飽きもせずに作業療法にいそしむ発狂亭雀庵の病棟日記から。

【2017/1/14】13:00〜14:20、荻野川沿いの未舗装路を下流に向かって
散歩。2つの町内会が「どんど焼き」をやっていた。懐かしいなあ。「ど
んど」は「火や水の勢いが盛んな様子」という意味だ。

*14:20〜15:20、長男が末っ子とともに来。圏央道の「幸手IC」から2
時間ほどのようだ。消防官の長男は現場勤務から事務に異動したため、か
なりの減収の上に、夫婦とも夜勤などもある変則勤務のため、子供2人を
保育園から引き取って家でケアするお手伝いさんを雇わにゃいかんとか。
悩ましい問題だ。

*15:30、Dr.面談、「快復しつつあるね」と喜んでもらった。16日にはK
と面談するとか。

*16:00、風呂。ちょっと喉が痛い、風邪か? うがいを2回し、コー
ヒー、紅茶を飲む。

【1/15】*昨日は寒波だっというが、昨日、息子が「埼玉は朝方に雪が
降った」と言っていたっけ。住民によるとこの辺では丹沢山系が北からの
寒気団をブロックしているそうで、そのために農業が発展したのだろう。

*13:20〜14:20、荻野川沿いに散歩。この辺りには源氏河原、源氏橋、
清源村など源氏ゆかりの地名が多い。清源は「清和源氏」のことだろう。

壇ノ浦で敗れた平氏は九州や南西諸島に逃れたようだが、奄美諸島も平家
落人伝説があるのかもしれない。古い日本語のようなもの(原語?)が多
いし、Kが生まれ育った奄美本島の瀬戸内町には平家を祀った神社もある
とか。Kの叔父さんの名は「和麻呂」で、平家由来ではないのか。時代が
時代ならKは「姫」と呼ばれていたかもしれない。

【1/16】*9:30、同室の“コンチャン”退院。その準備で夕べは一晩中ゴ
ソゴソやっており、小生は熟睡できなかったが、彼はとてもうれしそう
だ。拍手で見送ると皆もつられて拍手した。退院といっても唯一の家族は
85歳ほどの父親だけだから、“コンチャン”は生活保護で介護施設に転院す
るだけなのだろうが、病棟よりはノビノビできるのではないか。

*13:00、K来。あーだこーだの後ろ向きの話なので、渡辺和子著「置か
れた場所で咲きなさい」の一説を読んでもらった。

<(相手への)信頼は98%、あとの2%は相手が間違った時の許しのため
にとっておく。この世に完璧な人間などいない。心に2%のゆとりがあれ
ば、相手の間違いを許すことができる>

「2%か・・・」、Kは少しは気持ちが和らいだようだ。

Dr.、カウンセラー、ナース同席でK面談、その後小生も呼ばれたが、「自
信がないし不安もあるが、悪くなる前に家族に相談するようにしていく」
と言っておいた。自分で自分をまったく信用していない、いつ自爆するか
分かったものではない。老いても心はハラハラ時計、怪人20面相・・・

面談後、Kと二人で荻野川沿いを1時間散歩。退院後、しばらくは月1回通
院することになりそうだが、Kが運転してくれるらしい。(小生は母の介
護のために車を運転していたが、母が老衰で亡くなってからすぐに動体視
力&反射神経の衰えを痛感したのでまったく運転していない)

散歩中に「奄美に平家落人伝説はあるの?」と問うと、K曰く「西郷さん
もそうだけれど、奄美は元々が流人の島だから平氏が逃げてきてもおかし
くない」。

源氏と平氏は皇室、公家を巻き込み100年間も覇権争いをしたが、源氏に
よる平家殲滅戦は熾烈を極めたようだ。なぜなのか・・・清盛が憐憫の情
で幼い頼朝、義経を処刑せずに追放しただけにしたから平家は殲滅され
た。恩を仇で返されたわけだ。頼朝はその轍を踏まぬために平氏を皆殺し
にし、平氏的な価値観(貴族>武士)を持つ義経さえ殺したのだろう。

戦争は過酷だが、戦争が新時代の幕を開ける。雨降って地固まる、か。小
生の晩年は悠々自適どころか逼塞、流刑、隔離あたりになりそうだ。他者
から見れば自業自得だろうが、異常な人、キチ〇イが歴史を先導してきた
のではないか。(つづく)2017/12/29


◆「措置入院」精神病棟の日々(79)

 “シーチン”修一 2.0

12/24はXマスパーティで賑やかだった。毛沢東曰く「政権は銃口から生ま
れる」、古人からの教えは「子供はピストルから生まれる」・・・

ヨセフが鍬を担いであぜ道を畑に向かっていると従妹のヘレンが急ぎ足で
やってきた。吐く息が白い。

「おはよ、ヨセフ、あんた足が速いな、もう鋤起こしかいな」
「まあな、日が沈むのが早いさかい、早起きせにゃならん」

「早起きね・・・あんた早起きし過ぎ、手も速過ぎるんやないんか、マリ
アちゃん、『ヘレン、どないしよう、うちジャムパンが4か月もないん
や』言うて嘆いておったで」

「ジャムパン? なんやそれ」

「月のもん、生理のことや。あんたも多少は知っとるやろ」

「まあ・・・しっかし“ジャムパン”言うんはえげつない感じやなあ・・・
マリアから生理が3か月ないさかい、一緒に産婆さんに行ってくれる?と
言われておってたんやが、もう4か月もないんか・・・どないしたらええ
んか、うちも決断つかんで困っとるところや」

「“ジャムパン”はなあ、マリアちゃんが言い出したんや、おもろい言い方
やなあてうちの村の若い子はあのことをみんな“ジャムパン”言うんや。
“ジャムパン”はどうでもよろしが、4か月もないっちゅうことは確実にヤ
ヤコができているっていうことやで。どないするんや」

「許婚や言うても挙式前にハラボテやとまずいのは分かっておるんや
が・・・」
「伯父さん・・・あんたのお父ちゃんに相談したらどうや、伯父さんは頭
がいいし、篤農家としても有名やさかい、長老を説得してくれるんやないか」

「そやなあ・・・それしかあらへんか・・・」
・・・

「というわけでなあ、父ちゃん、わてどないしたらええんやろ」

「今さらあれこれグチったところで仕方ないわい・・・お前来年18で赤紙
やろ、わての親友、お前もよう知ってるメロスが軍に顔が効くさかい、来
年早々に挙式して、すぐに徴兵、1年間の遠洋航海で村を離れる、という
んはどうや。赤ん坊はカアチャンかバアチャンに預けておけばええやら」

「大丈夫やろか」

「人の口に戸は立てらへんから悪く言うもんもあるやろが・・・そやな
あ、『赤ん坊は神様の子や、それで処女のマリアが見もごったんや』とい
うことにしておけばええやろ。

この辺の人は信心深いさかい、宮司さんに『この子は神の子や、天照大神
の弟の須佐之男命の子や』言うてもらったらええやろ。たっぷり寄進すれ
ばちゃんと言うてくれはるわ。なーに、宮司も今は偉そうにしておるが、
わしの幼馴染やさかい問題はないわ」

「父ちゃん、ほんまに助かったわ、これからはちゃんと親孝行しますわ」
「親孝行なんぞええから、マリアと赤ん坊のために必死で働くことや。え
えか、お前は神の子と聖母を預かったんやで。

わしは一篤農家で終わるやろうが、それでも必死でやらないかん、怠け心
を押さえ込んでいるんや。お前もな、必死で神の子と聖母を守り抜くんや
で。そうすることで2人の名もお前の名も歴史に刻まれるんや。

人のやらんことをやる、それをやり通す、それでなければ生まれた甲斐が
ないやろうて。まあ、父ちゃんとしてはそういう生き方をしたいと思って
るんやが、お前も自分の信じた道を一途に生きたらよかろうとは思うがな」

「わて、やってみますわ・・・マリアと赤ん坊がもしかしたら世界を変え
るかも知れまへんなあ、なんやワクワクしてきましたわ」

・・・

ま、瓢箪から駒、かくしてキリスト教は繁栄し、ついでイスラム教、その
他もろもろの宗教も生まれて繁栄(あるいは消滅)し、それを信じている
信徒は世界を覆ったのである。

宗教(含:〇〇主義)を絶対的価値観と信じる信徒は幸福になったり不幸
になったり、社会を前進させたり後退、沈滞させたり、平和を得たり戦争
をもたらしたりしたから、宗教は概ね功罪相半ばなのだろう。

幕末/維新当時に来日したフランス軍将校のスエンソンは、浅草寺の賑わ
いに驚き、「日本では神社仏閣などの宗教施設は観光地であり、日本人に
は真の意味で宗教心はない」(「江戸幕末滞在記」)と腰を抜かすほど驚
いているが、大方の日本人にとってはそんなものだろう、イワシの頭も信
心から、と。

フランス革命で政教分離、世俗主義なり、スエンソンによるとXマスでも
軍隊としてはまったく行事がないので、内輪で飲み会をするそうだ。今、
「海に浮かぶ教会」として世界中から観光客を呼び寄せているモンサン
ミッシェルも革命後は永らく倉庫だったという。坊主憎けりゃ袈裟まで憎
い、となったようだ。

小生の菩提寺が庫裏の新築で1億円の寄付を募ったが、1億4000万円集まっ
た。小生も10万円寄進したが、小生は檀家ではあっても信者ではない。先
祖代々この寺に墓を持っていたから、「いつもお世話になっています」と
いう感謝の気持から寄進したに過ぎない。他の檀家もそうだろうと思う。

宗教心はたとえなくとも歴史、伝統を重んじるのが日本の善男善女で、
あっという間に1億4000万円。地元のヂヂババは金持でケチで質素だが、
使うときは使うのだ。

大体、自分自身さえ信じていない小生にとって社会も他者も自分さえも胡
散臭い存在である。曹洞宗の寺の長男坊が札ビラをひけらかし、真っ白の
ベンツを乗り回して遊び歩いているのを見ていたから、今は住職になって
偉そうなこと(「住職なのにベンツを乗り回すなんて許せない!」だと)
を言っていても小生には「バカが何言ってやがる」としか感じない。悲観
論者というか、自分と社会に愛想をつかした変人なのだ、小学生の昔から。

横浜市立大学の学友“Sam”から以下のメールをいただいた。

<その後リハビリはどうですか?

以前行った自動車部OB会でのメンバーから、かつての部誌のコピーデータ
が送られてきました。中のごく一部ですが、君の書いた自己紹介のページ
の部分だけ送ります>

そこにはこうあった。

<僕が自動車部に入ったのは、遠征がしたいためといっても過言ではあり
ません。大学へ入ったら一生懸命に勉強しようと思っていましたが、市大
では興味の持てるような授業が見つからないので、せめてアルバイトとク
ラブ活動で暇をつぶそうと思っています。

高校の時は応援団に入っていて、大変窮屈な思いをしましたが、大学のク
ラブは何か落ち着きがあって、というより甘く暇でとても楽です。

高校の時は雨が降っている日はたとえ試験の日でもサボったものでした
が、大学では少しでも眠い日は休むことにしています。僕は静かに読書で
きさえすれば満足ですから、バリケード封鎖で授業ができなくても苦にな
りません。まったくのノンポリで、全共闘の連中はやりたいだけやればい
いと思っています。

「他人に迷惑をかけない」というのが僕の主義ですが、これは実際にはな
かなか難しいことだと最近、しみじみ思います。人生なんてつまらぬもの
ですから、せいぜい楽しく過ごしたいとは思うものの、こんな生き方は
「仕方がない」と思いつつも「嫌だ」とも思います。それが僕の本性です>

18歳の自分と半世紀ぶりに出会って、複雑な気持ちである。厭世的であり
ながらも何か光明を模索して揺れている。「人生とは何か」「生きる意味
は何か」「どう生きるべきか」・・・ま、永遠のテーマで解があるわけで
はないだろう。「栴檀は双葉より芳し」とは逆に「漆は双葉より危う
し」、油断していると手や顔がかぶれるぜ、小生は子供の頃から怪しい奴
なのだ。

せいぜい「ファーブルのように老いて貧しくても誇り高く毅然として最期
を迎えたい」と最近は思っている。が、今朝はKと娘2人が義母の見舞いで
奄美へ旅立った。孫も旦那の実家で正月を過ごす。今わが家には誰もいな
い、小生一人だけ、久し振りに静かな年末年始を迎えられる。ものすごい
解放感、まったく塞翁が馬。人生、捨てたものじゃない、いい晦日、いい
正月になりそうだ。皆さん、良いお年を!

料理を含めて飽きもせずに作業療法にいそしむ発狂亭雀庵の病棟日記から。

【2017/1/14】13:00〜14:20、荻野川沿いの未舗装路を下流に向かって
散歩。2つの町内会が「どんど焼き」をやっていた。懐かしいなあ。「ど
んど」は「火や水の勢いが盛んな様子」という意味だ。

*14:20〜15:20、長男が末っ子とともに来。圏央道の「幸手IC」から2
時間ほどのようだ。消防官の長男は現場勤務から事務に異動したため、か
なりの減収の上に、夫婦とも夜勤などもある変則勤務のため、子供2人を
保育園から引き取って家でケアするお手伝いさんを雇わにゃいかんとか。
悩ましい問題だ。

*15:30、Dr.面談、「快復しつつあるね」と喜んでもらった。16日にはK
と面談するとか。

*16:00、風呂。ちょっと喉が痛い、風邪か? うがいを2回し、コー
ヒー、紅茶を飲む。

【1/15】*昨日は寒波だっというが、昨日、息子が「埼玉は朝方に雪が
降った」と言っていたっけ。住民によるとこの辺では丹沢山系が北からの
寒気団をブロックしているそうで、そのために農業が発展したのだろう。

*13:20〜14:20、荻野川沿いに散歩。この辺りには源氏河原、源氏橋、
清源村など源氏ゆかりの地名が多い。清源は「清和源氏」のことだろう。

壇ノ浦で敗れた平氏は九州や南西諸島に逃れたようだが、奄美諸島も平家
落人伝説があるのかもしれない。古い日本語のようなもの(原語?)が多
いし、Kが生まれ育った奄美本島の瀬戸内町には平家を祀った神社もある
とか。Kの叔父さんの名は「和麻呂」で、平家由来ではないのか。時代が
時代ならKは「姫」と呼ばれていたかもしれない。

【1/16】*9:30、同室の“コンチャン”退院。その準備で夕べは一晩中ゴ
ソゴソやっており、小生は熟睡できなかったが、彼はとてもうれしそう
だ。拍手で見送ると皆もつられて拍手した。退院といっても唯一の家族は
85歳ほどの父親だけだから、“コンチャン”は生活保護で介護施設に転院す
るだけなのだろうが、病棟よりはノビノビできるのではないか。

*13:00、K来。あーだこーだの後ろ向きの話なので、渡辺和子著「置か
れた場所で咲きなさい」の一説を読んでもらった。

<(相手への)信頼は98%、あとの2%は相手が間違った時の許しのため
にとっておく。この世に完璧な人間などいない。心に2%のゆとりがあれ
ば、相手の間違いを許すことができる>

「2%か・・・」、Kは少しは気持ちが和らいだようだ。

Dr.、カウンセラー、ナース同席でK面談、その後小生も呼ばれたが、「自
信がないし不安もあるが、悪くなる前に家族に相談するようにしていく」
と言っておいた。自分で自分をまったく信用していない、いつ自爆するか
分かったものではない。老いても心はハラハラ時計、怪人20面相・・・

面談後、Kと二人で荻野川沿いを1時間散歩。退院後、しばらくは月1回通
院することになりそうだが、Kが運転してくれるらしい。(小生は母の介
護のために車を運転していたが、母が老衰で亡くなってからすぐに動体視
力&反射神経の衰えを痛感したのでまったく運転していない)

散歩中に「奄美に平家落人伝説はあるの?」と問うと、K曰く「西郷さん
もそうだけれど、奄美は元々が流人の島だから平氏が逃げてきてもおかし
くない」。

源氏と平氏は皇室、公家を巻き込み100年間も覇権争いをしたが、源氏に
よる平家殲滅戦は熾烈を極めたようだ。なぜなのか・・・清盛が憐憫の情
で幼い頼朝、義経を処刑せずに追放しただけにしたから平家は殲滅され
た。恩を仇で返されたわけだ。頼朝はその轍を踏まぬために平氏を皆殺し
にし、平氏的な価値観(貴族>武士)を持つ義経さえ殺したのだろう。

戦争は過酷だが、戦争が新時代の幕を開ける。雨降って地固まる、か。小
生の晩年は悠々自適どころか逼塞、流刑、隔離あたりになりそうだ。他者
から見れば自業自得だろうが、異常な人、キチ〇イが歴史を先導してきた
のではないか。(つづく)2017/12/29


◆言語論か私の英語論になってしまったか

前田 正晶

国文学者のKS氏から「英語ネイティヴではない英語ユーザー」が飛躍的に
増え、英語ネイティブを数的に圧倒していく流れは止められないよう印象
も受けます。そこのあたりを、貴方がどのようにお考えなのかお教えいた
だけると嬉しく存じます」との難しい質問が来てしまった。

そこで、何とか答えて見ましたが結局は「言語論」か「私の英語論」に
なってしまったかのように纏めてみたのだった。一寸長くなってしまった
が、敢えてご紹介する次第。

第1部:

私は自分から言うのもどうかと思いつつも、敢えて言わせて貰えれば日本
人には珍しい部類に入るかも知れない高校や大学の頃からの「英語の実践
的ユーザー」の1人として、アメリカ人の会社の中でも20年以上を過ごし
てきました。

その間では何度か申し上げたように「英語で話す時には頭の中のギアを日
本語→英語のようにシフトして一切日本語で考えることなく、極力英語だ
けで考えるようにしていました。

ここでは仕事上で通訳という仕事が入った時が最も面白くもあったと同時
にtressful でしたし、疲労したと思います。面白いという意味は「通訳
という仕事は結局は自己陶酔であり、他の誰にこういうことができるかと
でも思っていないと出来ない仕事だと思っていた」だからです。

話が本筋から逸れるかも知れませんが「通訳は実は楽な仕事である。それ
は自分で考える必要はなく、誰かが考えた事を別な言語に入れ替えれば済
むのだから」とも言っていましたが、そういう状態が何日も続くと
frustration を起こして「好い加減に俺にも考えさせてくれ」となって、
精神状態が不安定になります。

即ち、通訳では頭の中を完全に空白というか真っさらにしておいて、話し
手が言うことを素直に受け入れるようにしないと直ちに別な言語に変えら
れません。それは、如何なる矛盾がある発言でも、その矛盾のままで別な
言語にしてあげるというのは、かなり面倒な作業だからです。自分の感情
を入れたり、反応してはならないという意味です。

そこで英語ユーザーに話を戻せば、私は東南アジア、韓国、中国、アメリ
カ、欧州ではUK、フランス、ドイツ、オーストリア、イタリア(バチカ
ン)、オランダ(Netherlands)、スペインと歩きましたが、南米とアフ
リカにはついぞ行く機会がありませんでした。

結論めいたことを言えば、「ある程度以上英語で自分の思うことが言える
ユーザーになっていれば、兎に角何とかなると言えるだろう」でしょうか。

ここに当てはまる英語の表現は I know how to express myself in
English. であって、I can speak English. とは次元が違うと思います。

欧州では街の中で英語が通じなくて困った経験はドイツのデユッセルドル
フだけでした。フランスでは俗説の「フランス人は英語が出来ない」とい
うのは真っ赤な嘘だと知りました。パリでお世話になった船社の支店長の
秘書さんとは、何不自由なく英語で話していました。

彼女は「フランス政府が外来語の混用を禁じたのは誤りである。フランス
語は言葉の数が少ないので、圧倒的に多い英語から借用しないことには上
手く表現が出来なくなるのだ」という意見を堂々と披露しました。その見
識に感心して聞きました。

イタリア、スペインの両国では買い物でもレストランでも「誰か英語が解
る人は?」と英語で言い続けていれば、必ず誰か出てきて対応してくれま
した。Netherlandsのアムステルダムでは何処に行っても全く英語だけで
通用する国だと知りました。

ラテン系の言語は英語を知っていて形容詞が名詞の後ろに付くという特徴
が解れば、何とか看板や標識の意味が取れるようになりますし、スペイン
語には英語のような不規則な発音がないので比較的真似しやすい言葉だっ
たと思っています。

中国では上海で地下鉄の駅で青年男子に「どの電車に乗るべきか」を路線
図を見せただけで無言で尋ねたら、Are you Japanese? と聞かれて、目的
の駅まで案内してくれる間「英語」での会話の練習台にさせられました。

しかし、彼は別れ際に See youlater. と言ったのには、我が国では教え
ていないだろう事が言えていると、遺憾ながら印象的でした。彼の英語力
は我が国の教育では達し得ない領域にありました。

同じ上海でレストランでまさかと思いつつも「英語が解る人はいるか」と
言っていたら、若いウエイトレスが現れて最後まで我々のテーブルに付き
添ってくれました。彼女は光栄にも私をアメリカ人と勘違いして英会話の
練習の絶好の機会だと思った由でした。彼らは度胸がありましたが、これ
は会話上達の一つの条件でしょう。

韓国人には英語力が高い者たちが海外に出ていますが、ソウルでも何処で
も日本語の方が使い勝手が良いようで、高齢者には日本語で話が出来るの
は歴してから考えて当然でしょう。

韓国では財閥や会社のオウナーたちが子弟を米国に留学させているし、
国家的に英語の教育をする機関を設けていると聞きましたが、市中では余
り英語は普及していないという印象。一般論としては、遺憾ながら我が国
の水準を超えた英語力がある者が多いようです。私は問題点は「我が国の
英語教育の至らなさにある」と断じざるを得ないと思っております。

ここまでで申し上げたことは「世界中何処に行っても英語が話せれば何と
かなる」のは事実だと思うが、その英語が続に侮蔑的に言う車夫馬丁のそ
れか、支配階級にも通じるものかで、その有効性(有用性)が大きく変
わってくると思います。

下層階級が如何なる言葉を使っているかを全く教えていない様子の我が国
から、例えば米国に行くと、私が繰り返して指摘してきた「沢尻エリカの
Oh, shit!」 のように、swearwordに飛びつく結果になるのです。

でなければ、何度も採り上げてきた「例えば grow という言葉を知らずに
Children become big. のような表現をした人がいたように無知か無教養
をさらけ出す英語になる危険性があります。

要するに「学校教育でキチンとしたものを教えていない限り、『何とか通
じた』と喜んでいるような、およそ native speaker とは縁遠いような恥
さらしの英語を English だと思い込んで自信を持って世界中に出歩く結
果のなる」と思うのです。

でも、我が国では「通じれば良い」と思っているようだと、アメリカで軽
蔑されるpidgin English のような英語擬きを話す傾向は続く気がしま
す。それに忘れてはならないことは「native speaker の英語が支配階層
か、トランプ様の支持層のようなプーアホワイト以下かどうかを見抜ける
ように勉強できていないと、海外に出て恥をかく結果になる」というのが
結論かと思います。

第2部:

ここで方向を変えて「駄目な英語」を採り上げてみます。それはJRを始め
として多くの鉄道会社が採用している車内放送のアナウンスをしているク
リステル・チアリ(フランス人で日本生まれか)の酷くて品格に欠けた英
語です。

具体的には Please change your trains here for 何処何処 と言う時に
彼女は for に強烈なアクセントを置いて「フォアー」と言うことです。
冗談じゃありません。ここにはクセントはなく、精々「フ」程度にするの
が本当の英語のイントネーションです。

こんな程度の常識もないフランス人を雇ったJRの英語知らずも問題だと思
いますが、追随した私鉄も英語に関しては無学であり無教養だと思いま
す。この点は私が常連の投稿者の如きである渡部亮次郎氏主宰のメルマガ
「頂門の一針」にヨーロッパに住んでおられる日本の方が一時帰国されて
投稿されて「酷い英語」と酷評されました。

しかしながら、我が国の英語教育では for のような前置詞にアクセント
は来ないとか、動詞の前に来る to にもアクセントを付けずに精々 「t」
だけを言うといったことを教えていないようですから、仕方がないのだと
思っております。これらのアクセントを知らないことが「下層階級の英
語」と見做されかねない危険性があることになる訳です。アメリカ人だっ
て、ここまで心得ている者は支配階層にのみにいると言って誤りではない
と思うのです。

あのクリステル・チアキのアナウンスを聞かされて「国辱的だ!」と思う
者が増えてくるような英語教育が出来る教師がどれほどいるのでしょう
か。尤も、私はあれを真剣に聞いておられる同胞がどれほどおられるかと
思っていますが。

これ以外には「連結音」を知らないことも「英語を知っているか知らない
かの程度」を示します。韓国語には連結音があって、例えば「5千元」は
「オ・チョン・ウオン」なのですが、話す時には「オチョノン」に聞こえ
ます。我が国ではラグビーではturn over を、アナウンサーも解説者も一
様に「ターン・オーバー」と言っています。だが、英語ではnとo を連結
させて「ターン・ノーバー」と聞こえるように言うのが常識です。

この連結音も学校教育では教えていない模様です。例えば、There is 〜.
は「eの前のrとI を繋いで「デアリイズ」のように聞こえるのが普通で
す。これは同じ連結音でも r-linkingと呼ばれています。私は往年の上智
大学で千葉勉教授に「連結音やr-linking を知らないとは無教養を示す」
と厳しく指導されたものでした。

こういう細かいことをnative speaker たちに尋ねても、答えられない場
合が多いと思います。私は彼らに「お前は学者だから知っていると思う
が」と言ってこういう事柄を尋ねられたことが何度かありました。

これは自慢ではなく、自国語の細かい点は教えて貰う機会などなく育った
ということでしょう。私がもしもアメリカ人に「日本語の動詞の活用を教
えてくれ」と言われたら謝ります。

故に、私は「英語をnative speakerに教わるよりも、私のような現場で苦
しんだ経験者に尋ねる方が意味がある。何故ならば、native speakerたち
は日本人が如何なる事で悩んでいるかは解らないから」と主張するのです。


2017年12月27日

◆「措置入院」精神病棟の日々(78)

 “シーチン”修一 2.0

あっという間の2週間だった。あまり記事を書かないと「あのキチ〇イ、
遂にくたばったか」なんて思われ、知人友人を心配/狂喜させたりしかね
ないので、老体に鞭打ってPCの前に座っている。

まったく忙しい日々が続いた。スカイデッキはさらに2メートル高いとこ
ろにも円柱型の展望台「パノラマデッキ」を設けることにし、今はデザイ
ンや工法を考えながら基礎工事を始めたところだ。「バカは高いところに
登る」というのは真実だな。

本当はもっと高くしたいが安全性を考えるとこれが限界で、まあ5階あた
りからの眺めになる。駅前は大昔からの建築規制で基本的に3階建てまで
しか建てられないので、5階なら駅前周辺は睥睨できるが、東のスカイツ
リーや西の富士山はほんの少しばかり眺望が改善したかな、という程度だ
ろう。ま、ボチボチやっていこう。

この間にやった仕事=作業療法は、

*暴風で吹き飛んだプラ波板庇の修復(頑丈にするのではなく、柳や竹の
ように風を「やり過ごす」ようにした。小生もそんな風に生きるべきだろう)

*エアコン5台の掃除(恐ろしいほどの埃で、きれいにしたらグンと温風
効率が向上した。精神病者は退院後に身だしなみが劣化し、それは再発の
予兆だとナースは言う。掃除は精神衛生上もいいことだ)

*3Fと塔屋の屋上防水塗装(漏れやすいところを中心にした。徐々に全面
を塗っていくつもり)

*3F書庫制作(倉庫をきれいにして2F8畳間=通称おもちゃ部屋の蔵書を
移した。Kは大喜びで模様替え)

*脚立の補強(父が愛用したものだが、鉄製なので錆などで経年劣化。
しっかり直して、スカイデッキへの昇降に利用している。モノには命があ
り、手入れ次第で末永く使えるものは使う。これが仁義だ)

*スカイデッキを筋かいで補強(フェイルセーフ、KY=危険予知、危険予
防を意識し常に安全を向上させていくのが大事。1973年に鳶職をしていた
13階建てのビルで型枠大工が木片を落とし、歩行者が軽傷を負った。監督
署の命令で現場は3日間、工事停止になり、コンクリート打ち込みなどの
作業が遅れて大変なことになった。常にヒヤリハットで事前にKY策をとる
ことは現場の最初の一歩、イロハのイだ)

*自転車の前後のかご塗り(Kは錆びてダサくなった自転車を「もうダメ
だ」と罵倒する。錆びたかごを手入れしてKの好みのベビーブルー色に塗
りなおし、掃除もしたら、「あら新車そっくりさん!」。Kもリフォーム
したいよ、ンッタク。小生自身は修理不可みたいで・・・)

*移動可能な作業用蛍光灯スタンド制作(蛍光灯はミシン作業用に設置し
てあったもの。今の女性はほとんどミシンを使わない、穴が開いても繕い
もしない、「買えばいい」。死蔵/不要電器の1位は餅つき機のようだが、
ミシンは上位に入っているだろう。若いママさんもせいぜいアップリケを
子供服に縫い付けるだけではないか)

*本棚、脱衣所/洗濯機周りの掃除と家具の修復(普段は掃除が行き届か
ないから汚れがひどい)

*洗濯物乾燥機の解体(解体してモーターを外さないと重くて動かせない
ため。この乾燥機はベルトが経年劣化で破断していたが、子供が小さい頃
はオムツ洗いなどで大活躍したもの。以来、幾星霜、今どき布オムツなん
てほとんどなくなった。日本における紙オムツの嚆矢は「ムーニー」(ユ
ニ・チャーム、1981年発売)で、わが家の第一子は1980年生まれだから、
外出時はムーニーで、家では布オムツだった。ムーニーは結構高額だった
のだ。

今、小生は頻尿で、医学的には「過活動膀胱」とか俗に「尿意過敏」とか
いわれているようだが、結構アワテたりする。「そうアワテント、大丈夫
や。わいはアテント、君もアテント、アテントあればアワテント」「シル
バー向け『多い日でも安心』」というのはどうか。いいコピーやろ? 現
役時代はこんなダジャレ的コピーで1本3万円、売れっ子だった糸井重里は
「不思議、大好き」「おいしい生活」で数百万円とか。詐欺師的な感じが
しないでもないが・・・

布オムツが消えてしまって飛び込みセールスのコンドーム屋も消えてし
まった。「ベランダにオムツが干してある家をアタックすれば結構売れた
んや、あっちの方も現役バリバリさかいやから」と豪語していたものだ
が、時代の波に洗われてすっかり消滅してしまった)

*給水管更新工事の見守り(12/11〜19まで経年劣化で爆裂しそうな旧式
の鉄管から新式の塩ビ管への切り替え工事立会い。税込み160万円、「オ
リンピックで職人がそっちへ行っておるさかい人手不足で大変や、うちら
も2か月先、3か月先まで仕事が詰まってるんや」、価格交渉の余地なんぞ
ありゃしないが、とにかく早めに工事をしてもらいたいから(その後に1F
店舗の壁紙と床の修復せにゃあかん)、受け入れるしかない。

もう少し安くしてくれなんて言おうものなら確実に手抜きされる。手間賃
が良ければ職人衆も気持ち良く仕事ができる。米国の圧力で談合/生産調
整はダメよとなったが、日本は「和」の文化で競争とは馴染まないのでは
ないか。入札とかをごり押しすると応札ゼロになりかねない。

暴風雨の雨漏りで保険金が70万円入ったが、水漏れ防止で160万円出てい
く。もうすぐ大晦日、お寺の鐘がゴーン、わが家では来るカネ、行くカ
ネ、ゴーン・ウィズ・ザ・マネーだが、生きたカネの使い方だからいいも
のである)

まあ、以上のような塩梅だったが、「作業療法」(OT:occupational
therapy)は小生のようなキチ〇イにはとても有効だと実感する。この療
法はここ数十年来のものではないかと思っていたが、以下のネット「日本
大百科全書」によると大昔からあったそうだ。

<(1)精神科領城で行われる作業療法とは、精神障害の慢性期または回復
期の患者に対し適切な作業を行うことにより、病気の回復や社会復帰の促
進を図る治療法をいう。すでに紀元前、医聖として名高いヒポクラテスは
精神障害の記述もしており、古くからその治療には、音楽をはじめ各種の
レクリエーションや、農耕、動物飼育、園芸、手芸などの作業が有効であ
るといわれてきた。

現代の精神科治療は薬物療法と精神療法に2大別されるが、作業療法は20
世紀に入ってからその治療理論が見直され、精神療法としての位置づけを
不動のものとした。

すなわち、まず患者の健康な心身の能力を作業によって賦活、強化し、病
的な部分を徐々に克服しようとするが、精神科病院で病棟開放を前提とし
て行う生活療法は、作業指導のみでなく、レクリエーション、それに社会
復帰を目ざす再教育を含む生活指導を総称するもので、広義の精神療法に
あたり、最終的にはリハビリテーションにつながる。

一方、1965年「理学療法士及び作業療法士法」(昭和40年法律137号)が
成立し、日本でも作業療法士に国家資格が与えられるようになり、医師の
指示(処方箋)に基づき、療法士が助手とともに個々の患者に作業活動を
媒介として治療的な人間関係をつくりあげ、種々の心理的メカニズムに
よって患者の自立性、社会性を図るようになった。

なかでも、環境を重視し、対人関係のあり方から患者の心理を分析する力
動精神医学の立場で、技術や能率の向上にとらわれない創造的作業を加
え、精神症状の改善、情緒的な欲求の満足を与えて葛藤の浄化を促し、健
全な人間関係をつくりあげる考え方が重視されている>(以上)

あまりに忙しくて日米開戦記念日の忠魂碑詣でも忘れてしまい、今は「OT
やり過ぎ」(小生はのめり込むタイプ、執着質)で腰痛が悪化、ベッドに
身を横たえるのにも難儀している。

アテントで 蛇口しっかり 当てんとな 寝具に漏れては イカントアカ
ント(修一)

入院中も退院後も躁状態で作業療法にいそしむ発狂亭雀庵の病棟日記から。

【2017/1/11】*10:00〜11:10、作業療法でオートバイ塗装。少しずつ
イメージの色になってきた。作業療法士から十勝岳の大きなポスターを
貰ったので、部屋に飾る。

*13:00〜14:20、近くの小学校、RV中古車販売店などを散策。冬休みな
のか小学校はガラガラ、中古車販売店もガラガラ。そもそも人口が少ない
のでどこでも賑わいがない。

*16:00、カード式ランドリーで初めて洗濯・乾燥。看護助手のオバサン
にやり方を教えてもらうが、慣れないことをするととても興奮する。その
後にお風呂でさっぱり。ああ、忙しかった。

【1/12】*10:00〜11:10、今日も作業療法でオートバイ塗装。60分間、
真剣にやるからグッタリする。手抜きができない性格なのだ。

中庭ではデイケアの人向けに餅つき大会。50人前だからたっぷり2時間も
かかっていた。小生が自宅で餅をついたのは30年ほど前で、つきたての餅
は大根おろしでも粒あん、黄な粉でも美味しい。食べたいが、今はどうし
ようもない。電気餅つき器は「使わない電気器具」No.1だそうだが、簡単
に作れる方法を調べてみよう。

今日のランチは郷土料理で「岩手盛岡じゃじゃ麺」。うどんに鶏ひき肉と
野菜のとろみ味噌味を乗せたもの。アツアツというわけにはいかないが、
結構美味かった。

*13:00〜14:20、散歩。ドラッグストア「クリエイト」を訪ねるつもり
だったが、国道はうるさくて臭いし危ないし、目指した方面にはなかっ
た。偶然、趣ある旧道を見つけたのは幸いだった。

お腹の調子が悪く、草むらに隠れたが、自然がたっぷりあるのは助かる。
地元の人によると、この辺では鹿、猿、猪、熊、さらには山ヒルの害もあ
るという。まったく田舎であり、国道沿いでも1坪10万円ほどと格安だ。
それでも国道沿いの飲食店などは皆つぶれている。過疎化、高齢化でどう
しようもない。

*16:00〜16:30、“ピーコック”による心理面接。「Kとの仲が戻ってき
た、ホッコリし始めてきた、思いやりとか親愛の情が戻りつつある」など
と話した。“ピーコック”曰く「女性は楽しい、悲しい、怒っているとか、
感情で生きているから、理屈とか論理では納得させられないのよ。仮面夫
婦でいたくないということを、ちゃんと伝えないと分かってもらえないわ
よ」。

小生は行動で示せばいいと思うのだが・・・それにしても話し続けるのは
とても疲れる。疲労困憊だ。

【1/13】*毎週金曜日のOTは体操&ゲームだが、外出許可により山歩きが
できるようになったのでスキップした。体操&ゲームは人間観察にはいい
が、完全に壊れているのにはしゃいでいる人を見ると、こちらの気分が滅
入ってくる。出口のないリビランス、MAZE、迷路・・・カフカの世界のよ
うな・・・

*13:00〜14:20、山麓散歩。私営の「相州美術館」を見学してみたが、
マニアなら飛びつきたくなるような美術工芸品などの膨大なコレクション
で、質流れとか見切り処分品も多そうだ。小生のような無趣味人にとって
は、「コレクターの親父から引きついだものの価値が分からないし、買い
手もないし、どう処分していいのか困惑している」という類のガラクタに
見えるが・・・

どう考えてもこの美術館は大地主の資産家の道楽で、1日に数人来館者が
あればいいという感じ。フィリピン(多分)女性が働いており、小生の周
りをうろうろしていたのは万引を警戒していたのだろう。彼女はオーナー
の奥さん、後妻かもしれない。

近くの大地主の古民家風の自宅にはフェラーリとかランボルギーニのよう
な外車が何台もあった。自動車は移動の役に立てばいいと思う小生には別
世界の人のように思える。人生いろいろだ。

散歩で冷えたのか、夕方から悪寒、36.9度。風邪封じで熱い紅茶を飲み、
眠剤を1錠追加してぐっすり。(つづく)2017/12/20

2017年12月22日

◆何処の誰が対話をするのだろうか

前田 正晶

安倍総理のプーテイン大統領との会談でも、ロシアの対DPRKに対するより
一層の経済制裁についての賛同は得られなかったようだ。総理は難航を予
想された上で赴かれたのだろうと見ていたが、プーテイン大統領の姿勢は
変わらなかったようだ。ここでも「対話」が言われたようだが、私はこん
なに具体性を欠いた対策案では金正恩がほくそ笑むだけではないかと思っ
ている。

いや、具体性はあるのかも知れない。即ち、金正恩とDPRKに核兵器を永久
に放棄させることが究極の目的だろう。保留だの一時的閉鎖などで折り
合ってはならないことのようだ。果たして、金正恩が聞く耳を持っている
のだろうかと考えてしまう。

そもそも対話・対話と言ってきたのは新参者で親北の文在寅大統領であ
り、彼の対話の狙いは核の放棄などにある訳がなく、彼が理想乃至は悲願
とする南北朝鮮の統一だろう。また、彼が金正恩を説得して核放棄をさせ
るとは到底考えられないし、そのような考えはないだろう。であれば、文
在寅大統領は対話の不適格者となる。

残るは、アメリカならばトランプ大統領か、テイラーソン国務長官辺りと
なるのだろう。中国ならば習近平なのだろうが、彼が本気で核放棄を説得
するのだろうかと疑ってしまう。残るは我らが安倍晋三総理だが、彼は積
極的制裁強化論の先頭にあるし拉
致問題も抱えておられるので、金正恩が素直に対話に応じてくるかと疑問
に思ってしまう。

ここまで述べてきて対話と言っている連中は、経済制裁の一層の強化が如
何なる結果を生み出すかを嫌って、実現が疑問であり実現したとしても核
の放棄に金 正恩が応じる訳がないと承知の上で責任逃れを図っているの
ではないかと、私は真剣 に疑っている。金正恩がアメリカに核保有国と
して認めさせるのが最終の狙いであれ ば、UNのSCの決定などに従順に素
直に従う訳がないだろう。

私はトランプ大統領が金正恩と対話する以外に残された選択肢はないので
はないかと思う。だが、それが実現するとして、金正恩がのこのことワシ
ントンDCま で出ていくのだろうか。まさか、トランプ大統領が平壌まで
飛んでいくのだろうか。 トランプ大統領がアメリカの威厳も大統領の自
尊心をも忘れられるのだろうか。彼は それが残された限りある選択肢の
一つだとご承知だろうか。