2016年04月21日

◆世界経済の後退局面に「マイナス金利」は良薬か

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)4月20日(水曜日)弐 通算第4884号 > 

 〜世界経済の後退局面に「マイナス金利」は良薬か
  IMF,世銀、成長率予測を下方修正〜

2016年度の世界経済の成長率をIMFは3・4%から3・2%に下方修正した。世銀はおなじく2・9%から2・5%にした。そして「マイナス金利」は特効薬になるか、という議論を活発化させている。

経済活力の再生と復活のために、2008年以後、先進国は「量的緩 和」という政策を採用した。が、この秘薬は巨額の負債を生じせしめ、新 興国にはバブル、資源国には負債増大というバブルを運んだ。
 
08年以前は金利低下により信用のバブルを創成するというスタイル だったが、以後は「インフレ目標」という妙な語彙が使われ始め、経済学 者やエコノミストが衒学的な、あるいは机上の空論に近い議論をしてきた。

世界経済はマーケットにカネ余り、しかし借り手が不在、商品相場は下落し、株式は乱高下を繰り返し、なにがなんだか、よく判らないと庶民は考える。

「いま世界は頭の切り替えが必要ではないのか。

マイナス金利は短期的な効果をあげたが、結局、成長は阻まれ、いま経済ジャーナリズムは「アベノミクス」の失敗を批判している。

あれだけの衝撃と株高をもたらした「黒田バズーカ」は次第に霞みはじめ、日本経済はふたたび下落傾向に急傾斜しはじめたようだ。
 
ムードが変わっている。

米国はTPPを言いだし、日本は期待して推進派に転じたが、いま米国大統領選挙の論点は「保護貿易主義」が蔓延し、TPP反対の声が強くなった。

あたかも国際連盟を提唱し、土壇場で参加しなかった米国の不如意の再来であり、TPP推進者のひとりだったヒラリーまでTPPに反対している。

「グローバル経済」は瀕死の危殆に陥ったのかも知れず、米国は金利を上げつつあり、日本の金融政策とは真逆、つまりバブル再生に向かっているようである。

グリンスパンFRB議長が牽引したペーパーマネィ経済は世界市場の性格を歪ませた。、金兌換ができない紙幣が世界を覆い、そして構造不況を運び、富の偏在をうみ、いま、これという情勢判断ができないまま、霧につっこんだ機体のようにダッチロールを繰り返す。
 
 中国経済の破綻、資源国経済の墜落、ユーロの危機、原油相場のどん底低迷、展望が開けず、視界五メートル。これでは日本株がもたもたと混迷の度合いを深めていくのは当然の成り行きだろう。
                



2016年04月20日

◆われわれ夫婦は毎日が結婚記念日

加瀬 英明



このところ、どこへ行っても、中年も若者も、座っていても、立っていても、歩いていても、いつも腰を屈めている。

男も女も、スマホを握っている。恐ろしいことに、日本列島が160万年前に戻ってしまったのだ。

今から160万年前に、猿人がはじめて直立して、人類であるピテカントロプス・エレクトゥスが誕生した。

人間を猿から分ける、もっとも大きな特徴といえば、屈んでいるか、直立していることだ。

スマホを凝視している男女は、猿に戻ったにちがいない。

指先を脇目も振らずに動かしているのは、蚤をとっているにちがいない。

私は街に公衆電話がなくなってから、携帯をこちらから掛ける時だけ、使っている。

私は美空ひばりや、コロンビア・ローズをききながら育った世代だが、これまで人生を1日か、1ヶ月を単位にして生きてきた。

ところが、私は時代に大きく遅れて、取り残されてしまったようだ。スマホを手にしている男女は、数分ごとに関心がつぎつぎと移ってゆくから、一分(いっぷん)単位で生きている。

注意持続力が、数分しかもたない人間の時代が、はじめて到来したのだ。

だから、何ごとであれ、あらゆるものを粗末にする。人と人とのあいだの絆も、生まれない。

言葉も、そうだ。そのよい例の1つが、「認知症」だ。「呆け」とか「痴呆症」というと、差別語になるからといって、「認知症」にしたという。

だが、民法では婚姻外の男女に生まれた子を実子として認めて、親子関係とすることを、認知という。非嫡出子を実子として認めるのは、厳粛な行為だ。痴呆症、いや認知症と一緒にしてほしくない。

しばらく前に、警察庁が「婦人警官」「婦警(ふけい)」の婦が女性を蔑視しているといって、「女性警察官」「女警(じょけい)」と言い替えた。

女性が帚(ほうき)を持っているから、蔑んでいるというのだ。私は幼い時から、母が箒を手にして、心をこめて掃除しているのを見て、帚が母の心の延長なのだと思ってきた。

ついこのあいだまでは、毎朝、家を出ると、路面に清々(すがすが)しい箒目(ほうきめ)があった。路地は舗装されていなかった。路地に面した家の主婦たちが、掃いたのだった。「掃(はく)」という字は、手と帚が組み合わさっている。

電気掃除機が心の延長になるだろうか。テレビのコマーシャルに自動掃除機が登場するが、手間よりも、心を省いているのだろう。

一事が万事だ。コンクリートが細やかな心の働きを、封じ込めてしまった。

家電製品はすべて心を省く。心が余計な時代になった。

「婦」が女性を差別しているといって、男女の違いをなくしてよいのか。「男ごころ」「女ごころ」という言葉も、死語となった。

演歌の題やことばに、「女の港」「男の港」「女坂」「男坂」があった。ちょっとした女らしい仕草に、胸を躍らせたものだった。もう女の港も、男の港も消えてしまった。

“ことば狩り”によって、やれ「セクハラ」だ「パワハラ」だ「右寄り」だといって、先祖から受け継いできた文化が否定されて、本音を語ることができない、息苦しい社会をつくってしまっている。

日本では飽食のあまり、頭に血がのぼらなくなったために、うわべばかりに関心を奪われて、肝心な中身がおざなりにされている。

経済閣僚の金銭授受疑惑が、国政を揺るがすような大問題ではないのに、野党が鬼の首を取ったように、国会で大きく取り上げられた。貴重な労力と、時間の浪費だった。

京都選出の与党議員が妻の出産日に、不倫を働いたといって、全国的な話題となった。

議員の辞職会見には、どうでもよいことなのに、新聞、テレビの記者が詰めかけて、テレビ中継までされた。

私があの議員だったとしたら、まず会場を見回してから、開口一番、「みなさんはもちろん、『新約聖書』を御存知でしよう。イエスが不倫を働いたといって、石打ちの刑となる女のところを通りあわせて、『あなたがたのなかで、罪のない者から、石をとって投げなさい』といわれました。みなさんのなかで、罪のない方から質問して下さい」と、いっただろう。
 
それでも、最初の記者が勇気を振り絞って、質問したら、会場が爆笑に包まれたにちがいない。

私は暇なので、社会勉強だと思って、あの記者会見を終わりまで見たが、中年の女性記者が「奥様との結婚記念日を、憶えていますか?」と、質問した。

結婚記念日とか、誕生日を祝うのは、アメリカとか、西洋のもので、そんなことを口にするようになったのは、昭和20年8月以後のことだ。戦争に負けるものではない。

私だったら、薹(とう)が立った婦人記者の質問に、「私たち夫婦にとっては、毎日が結婚記念日ですから、そんな日を憶えている必要はありません」と、かませてやる。

かなり以前のことになるが、愚妻が「お誕生日に、何か買って下さい」とせがんだので、「バカいうな。俺にとっては、毎日がお前の誕生日だ」といって、黙らせたことがあった。

不倫問題は議員とその妻の2人だけの問題であって、1億2千万人がかかわる必要はまったくなかった。それよりも、日本が直面している緊要な問題が、いくらでもあるはずだ。

物が満ち溢れて、人々が使い捨てるのに追いまわされて、昔も、未来もなく、刹那(せつな)だけに生きている。

人間は直立することによって、広い視野を持つようになったが、屈んでばかりいるから、全員が狭窄症になっている。



◆オバマのサウジ歴訪前にリヤド政府が強烈なブロー

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)4月19日(火曜日)通算第4881号 > 

〜オバマのサウジ歴訪前にリヤド政府が強烈なブロー
  米議会が「911法案」を通過させるならサウジは在米資産を引き揚る〜


米議会が上程を予定している「911法案」は、サウジのテロ事件への関与(とくに迂回資金提供)疑惑が深いものがあり、とくにテロリストへの軍事金を間接的に供与した可能性に関して、米国の法廷で容疑者を裁くべきだとする新法である。

米議会では主にユダヤ系議員が立法化しようとしている。

もとよりアルカィーダ構成員はサウジアラビア出身者が多い上、ビンラディンもサウジアラビアから各地へ潜入した。

サウジは、この米議会の動きに先んじて強い警告を発した。

「もし米議会がこの法律を通すならばサウジ政府は、在米資産を売り払う。とくに所有する米国債はすべて売りさばくだろう」と半ば脅しである。

すでにアデル・アル・ジュベール外相は3月に渡米し、議会関係者や国防相高官に、このサウジの意思をつたえており、総額7500億ドルの米国債が売却されるとなると、市場が混乱するばかりか、米国金融政策に多大な影響を与える。

サウジはこれを交渉の武器として活用しようとするわけだ。

20日にオバマ大統領はサウジアラビアを歴訪する。

米国はサウジアラビアとの近年の緊張関係に配慮し、とくにイランとの国交など、サウジが怒りを表明した外交を釈明する必要があると関係筋はみている。

米国はサウジへの比重を、イランと均衡させようとしているのではないかという猜疑心がサウジ政界に拡がり、対米投資のポートフォリオ見直しや、ロシアへの急接近など、逆にワシントンの神経を逆なでする外交を展開してきた。

911テロ直後から米国では在米サウジ高官が計画に関与していたとの観測があり、議会は28ページの秘密報告書を出しているが、サウジ政府はいずれも911テロ事件への関与を公式に否定してきた。

ウォール街関係者は「単なる脅しにすぎない。もし7500億ドルの国債を売却したら世界経済が冷え込むが、一番悪影響をうけるのはサウジアラビア自身であり、またイエーメンの反政府武装勢力への攻撃にサウジが使っているのは米国が供与した兵器だから、もし米国が対サウジ武器供与を控えるとなれば、困るのはサウジであり、国債の売却など恐喝手段の戦術でしかないだろう」

といささか楽観的である。
             

◆GHQ占領憲法の問題点(上)

平井 修一



間もなく5月3日の国辱記念日だが、そもそも憲法/英:constitutionとは何か。諸説あるが、ブリタニカ国際大百科事典はこう説明している。

<憲法の語には、「法ないし掟の意味」と、「国の根本秩序に関する法規範」の意味との2義がある。

聖徳太子の「十七条憲法」は前者の例である。(平井:国体とか国柄の明示だろう。constitutionの和訳は、構成、組織、構造、体質、体格、気質、性質、憲法、政体、国体である。ウォルター・バジョットのTheEnglish Constitution(1867年)は日本語では『英国の国家構造』と翻訳されている)

後者の意味での憲法は、近代国家の登場とともにかかる法規範を1つの法典 (憲法典) として制定することが一般的となった>

島袋悠飛氏の論考「安保法制で日本を守れるのか?」(世界日報4/11)はとても勉強になった。 

氏のプロフィール:平成5年(1993年)11月5日生まれ。沖縄県出身東京都在住。日本大学通信教育部法学部政治経済学科在学中。帝京大学で宇宙工学を学ぶも、鬱病悪化に伴い退学。

竹田恒泰氏の紹介で、国際法学者の青木節子氏と出会い、宇宙法の研究者を志す。現在、学士論文で「日本の安全保障政策と宇宙開発」を研究中。

<2014年に安倍政権は歴代内閣が「踏襲」してきた憲法第9条の解釈を変更し、その憲法解釈をベースにした平和安全法制(以下、安保法制)が昨年成立し、今年3月下旬に晴れて施行された。多くの保守派は、「これで、日本は守られる」と「万歳」した。しかし、私は複雑であった。

当初、私も安保法制には手放しで賛成していた。しかし、防衛大学校に大学のサークルの関係で研修に行った際、個人的に安保法制について防大生に感想を聞いたところ、「正直、中身は理解しにくい」との返事が返ってきた。

それではっとした。「そうか。安保法制の議論や条文の中身は、現場を意識していないのか」と。そして、今年2月に霞ヶ関で行われた防衛省主催の安保法制に関するシンポジウムを聴講してみた。

参加者には「防衛官僚肝いり」の資料が配られたが、いくら概説書といえどさっぱり理解できなかった。シンポジウムの基調講演をしている防衛官僚の講話を聞いても、必要性は理解できるが、自衛隊に何ができるのかさっぱり理解できなかった。

私のような普通の大学生が理解できないのだから、防大生が理解できないのも無理はない。

現在、卒業論文で「日本の安全保障政策と宇宙開発」について研究している。将来、国際宇宙法の研究者になるべく、大学院入試を意識した卒業論文であるが、その中では「集団的自衛権の行使になりうる自衛隊の衛星利用」について論じたいと考えている。

そこで、現在は戦後安全保障史や憲法学、安全保障学などの基礎的内容を勉強中だ。そこで、「基礎的な考え方を整えよう」と思い、ある一冊の本を読んだ。憲法学者の倉山満氏の「軍国主義が日本を救う」である。「なんと過激な……」と思った人もいるだろうが、最初にこの本に出会ったときは、私もそう思った。

しかし、内容は極めてリアリズムで客観的に我が国の憲法体制と安全保障体制の欠陥を指摘し、どうすべきかを提言したものであった。本書で学んだことをベースにして、私の意見を本稿で述べたいと思う。

安保法制を施行するうえで、法的根拠となっているのが日本国憲法第9条の新たな憲法解釈である。これにより、「初めて日本は集団的自衛権を行使できるようになった」と安倍晋三総理は主張し、マスコミもそれに追随しているが、本当にそうだろうか。

結論から言うと、我が国は戦前も戦後も変わりなく集団的自衛権を行使している。とくに、戦後は70年以上ずっと行使している。それは、米軍に基地を提供するという形で提供しているのだ。国際法上、基地の提供も自衛権の行使に含まれるのである。

また、日米安全保障条約では、我が国は有事の際に在日米軍の基地を防衛することになっている。これも集団的自衛権だ。

要するに、日米安全保障条約は集団的自衛権の行使を前提にして成立しているのであり、今回の安保法制で“初めて解禁になった”のではないのだ。また、湾岸戦争では日本は多国籍軍に戦費を多額に拠出したが、これも集団的自衛権の行使である。

「初めて集団的自衛権が解禁された」というのは嘘であり、また我が国の戦後史から逃げているだけに過ぎないのである。

さらに言うならば、政府の憲法解釈も、もともとは集団的自衛権の行使を合憲としていた。鳩山一郎内閣時代の杉原荒太防衛庁長官は、昭和30年7月26日の参議院外務委員会で、「日本としては集団防衛、集団自衛ということは、やはり日本を守っていくために必要である」と答弁している。

岸内閣時代の藤山愛一郎外務大臣は、「日本の基地におります米軍を攻撃することは(中略)当然自衛権の発動がありますし、またアメリカが攻撃されれば、それに対してアメリカとしても自衛権を発動しなければならぬ状態にあろうと思います。したがってお互いに共同動作をとるということは、当然の帰結」「共同動作をとって参りますことは、集団的な自衛権を行使することになろう」と答弁しているのである。

もし、「集団的自衛権は保有すれども行使せず」という憲法解釈を変更したいならば、「変更」ではなく「戻す」が正解だったであろう。安倍総理の口で「岸内閣での政府解釈に戻します」とただ一言いえばよかったのである。しかも、ご自身の祖父の内閣というある種の「運命」もあるのだから。

そのようにすれば、安保法制反対派や反戦平和主義者からの攻撃も最小限だっただろうし、迎合するマスコミも反論できず、世論もついてきたはずである。

また、安保法制反対派が「憲法違反だ」と声高に叫び、かつて改憲派だった小林節慶應義塾大学名誉教授も、なぜか左派に転向して「違憲立法だ」としているが、そもそも我が国のアメリカから押し付けられた日本国憲法自体が「憲法違反」であり、とくに「憲法第9条自体が違憲」であることを知らないのだろうか。

これには説明がいる。まず、憲法(平井:国体の明示)と憲法典(平井:憲法に沿った法律)を分けて考える必要がある。

憲法とは、憲法学の専門用語でいうところの実質的意味の憲法であるが、「国家の不文の慣習法」のことである。つまり、我が国の伝統的な統治の仕方や皇室のあり方など、歴史や国体そのもののことをいう。

そして、憲法典とは、なぜか「悪魔の憲法」とされている大日本帝国憲法や、日本国憲法(こちらのほうが悪魔だが)のことである。つまり、不文の慣習法を明文化、法典化したものを憲法典という。

我が国は、古来より自衛権を行使してきたといえる。あの元寇なども、元という侵略者に対して自衛権を行使したといえるだろう。古来より行使し、保有してきた自衛権は日本の国権として発動したのだから、実質的意味の憲法つまり「憲法」(平井:国体の明示)となっており、現代においても違憲ではないのだ。

憲法典で自衛権を禁じるというのは、それ自体が「憲法違反」であり、よって憲法9条は憲法違反なのである。

私は、これは無効と判断して、集団的自衛権は限定ではなく「全面行使容認」という立場でよいと考える。保守派の改憲派も、左派の護憲派もただ罵りあっているだけで、茶番劇である。不文の憲法に立脚した「真の憲法典改正論議」をしたいものである。

話題を変えよう。保守派の多くは「自衛隊が軍隊である」と誇らしげに唱え、左派も「軍隊」だとして廃止論を唱えている。かつて、民主党政権では「暴力装置」と吐き捨てた愚かな官房長官もいたが。しかし、その自衛隊だが、果たして軍隊といえるのだろうか。

ここで私が論じたいのは、現在の「自衛隊は軍隊ではなく実力組織」という頓珍漢な政府解釈ではない。軍隊としての「要素」があるかどうかだ。

軍隊の要素を列挙していこう。

1)国家の防衛が任務
2)物質的自己完結能力
3)組織的自己完結能力
4)統制される存在
5)人を殺害することを前提としている

1)は自衛権の行使を任務としていることだ。しかし勘違いしてはいけないのは、国民を直接的に守る国民保護ではないということである。よく、沖縄戦を引き合いにして「軍隊は国民を守らない」と批判するが、私は「そもそも主たる任務ではないので、そうですが何か?」と返答したい。

そもそも、国民保護を任務としているのは、警察や消防である。いまの我が国であれば、海上保安庁もそのうちに入る。

そもそも沖縄戦で住民が大量に死亡したのは、大日本帝国憲法に戒厳令の規定があるのにも関わらず、それを軍が布告せず、それにより従順で日本軍を信頼していた県民が、わざわざ日本軍についていった結果である。まさに、戦場に民間人なのに自ら赴いて自殺したようなものだ。

国際法では、軍人の側に民間人がいたとしても、それを殺害しても国際法違反にはならない。なぜなら、便衣兵(平井:ゲリラ。支那国民党軍は制服の下に普段着を着ていた事例がある。必要なら制服を脱いでゲリラになる)を攻撃するためにある規定だからだ。

敵の米軍からみれば軍人なのか民間人なのか判別できず、むしろゲリラと判断するのである。だから、軍隊は直接国民を守ってはいけないのだ。

2)は、必要な物資をすべて軍で用意し、補給体制も整っており、現地の国民に頼ることはいないということだ。しかし、これは自衛隊は満たしているようで満たしていない。

東日本大震災でのことだが、自衛隊のレーション(野戦食)に赤飯があったそうだが、隊員は「こんな悲惨なときに食べてはならない」とし、拒否したという。

美談のように語られているが、「軍人」ならばあるまじき行動だ。与えられたレーションを必要な分だけしっかり消費し、体力を保って任務を遂行してもらわないと、かえって国民にとって迷惑だ。この時点で、物質的自己完結能力は一部かけていると言える。

3)は、政府機能を回復する能力だ。裏を返せば、クーデターをもできる能力を持っているかどうかということだ。大災害や有事の際、政府要人までが安否不明、もしくは死亡していて政府機能が麻痺している場合、軍隊が軍政を敷いて臨時政府を打ち立て秩序を保つなど国家としての役割を果たすことである。

これを悪用したのが、蒋介石の中国国民党である。だからこそ、政軍関係が重要で、その政軍関係に常に腐心しなければならない。

4)は、英国でいうシビリアン・シュプレマシーである。よく耳にするシビリアン・コントロールとは全く別物である。シビリアン・コントロールは、悪くいえば政府・政治家にいちいち軍が行動するために確認をする制度である。

シビリアン・シュプレマシーは、政府と政治家と軍隊の役割を分担し、政府は宣戦布告するかどうかを判断し、政治家が予算など必要事項を集めて決め、軍隊が実力行使をするという関係だ。

つまり、軍隊は政府が一度国権を発動すれば、国際法上違法でない行為以外は、すべて行っていいのである。

5)は、いうまでもないので説明はしない。

果たして、我が国の自衛隊はこれら全てを満たしているだろうか、甚だ疑問である。それに、軍法会議や軍刑法もないのだから軍隊とはいえない。悪く言うならば、中国の武装警察、アイスランドの警察軍のようなもので、警察予備隊時代から何も変わっていない。結局、司法警察権のない警察といえるだろう。

これら諸問題を含めて、我が国の防衛政策・防衛体制には致命的欠陥がある。これを解決するには憲法改正しかないのだが、これもまた厄介だ。我が国には現在のところ「日本国憲法の焼き直し案」以外、まともな改憲案が存在しないのである。

自民党案も、産経新聞案も、日本青年会議所案も、読売新聞案も。主語に「天皇」がないのだから、我が国の憲法典としてふさわしくない。

二・二六事件(昭和11年、1936年)を思い出してほしい。あれは、右翼の軍人がクーデターを計画し、軍隊を勝手に動かして天皇親政国家を建てようとした。しかし、天皇は統帥権を行使し鎮圧した。つまり、天皇大権の行使である。

だが、現在提示されている改憲試案のどれをみても、軍隊の最高指揮権は内閣総理大臣と明記されており、「天皇の軍隊」ではなく「内閣総理大臣の軍隊」となっている。

これでは、コミンテルンのような内閣総理大臣が誕生した場合(片山内閣も実際誕生した)、勝手に軍隊を動かして天皇を殺害して、革命軍として利用することも法的には可能になってしまう。現在の自衛隊法でも、そのようになっている。

軍隊というのは、統帥権は天皇が持っており、実際に行使するのが内閣という存在である。英国は、この「憲政の常道」を守っている。

また、国家緊急権の議論が話題となっているが、これもまた浅い議論である。国家緊急権の発動は、内閣総理大臣の権限とか内閣の閣議決定により発動などと諸改憲案には明記されているが、関東大震災のような首都直下型地震の場合、政府要人の安否が不明の場合は発動できないではないか。

大日本帝国憲法では、非常大権を天皇が持っているし、勅令も発することもできる。もし、このような状況を想像することができない方は、映画「ホワイトハウス・ダウン」を観てほしい。

これまで述べてきたように、保守派は全く現実を直視し、歴史を直視した議論をしていない。左派は、もはや論外だ。

私は、日本国憲法第96条(憲法の改正手続)と国民投票法に則って、大日本帝国憲法を現代に合わせて改正したような憲法典を制定すべきだと考える。

しかし、それは安倍政権にはできないだろう。まずは、防衛費の増額と敵基地攻撃能力の保有、芦田修正に立脚した憲法解釈または、鳩山一郎内閣時代の憲法解釈に戻ることから始めてはどうか>(以上)

氏は22歳、いやはや大変な勉強家だ。映画「ホワイトハウス・ダウン」はテロリストに米国議会議事堂が爆破され、それを率いたのがなんとベテランのシークレットサービスで、ホワイトハウスも占拠されるというストーリー。

「若殿に 兜取られて 負け戦」

二・二六事件の「理論的指導者」として逮捕され、軍法会議で死刑になった北一輝の辞世の句だという。若殿、天皇陛下の決断でクーデターは抑え込まれた。「カスミガセキ・ダウン」、続いて「センカク・ダウン」「オキナワ・ダウン」の時に天皇陛下は非常大権を発動できるのだろうか。
(2016/4/17)

2016年04月19日

◆私の「身辺雑記」(334)

平井 修一



■4月15日(金)、朝5:00は室温18度、ヌルイ感じ、快晴、ハーフ散歩。

八重桜は満開、枝垂桜は三分咲き。薫風香る5月の陽気、初夏のよう。あと2週間でGW。小生は毎日がGW。ベンチではヂイサンが「氷結」(ウオツカ系で8%、口当たりがいいので素晴らしく効く、二日酔い確実)の横で眠っていた。

朝から飲むとかなりヤバイぜよ(家で飲むと叱られるから散歩を口実に外で飲む)。5年間の観測では、そういう老人は1年もたずに皆消えた。

キヤノン研の栗原研究主幹によると、東大の松方冬子准教授は「幕府が政策を誤ったのは通詞がきちんと情報を伝えなかったからだ」と言っているそうだが、ウィキにはこうあった。

<松方冬子(1967年 - )は日本史学者(専門は日本近世史)。東京大学史料編纂所准教授。東大大学院人文科学研究科博士後期研究科中退。学位は文学博士(東京大学)。旧姓名は徳川冬子。

オランダ風説書に関する研究を行い、2008年『オランダ風説書と近世日本』で角川源義賞受賞。

夫の松方純(1957年 - 2007年)は公爵松方正義の玄孫で情報工学者、国立情報学研究所准教授>

松方冬子氏は“なんと”徳川家の「お姫様」だった。“なんと”皇太子徳仁親王(浩宮様)のお妃候補だったという。もろ貴種。それなら「オランダと通詞が悪かった」とご先祖様、幕府を擁護するのは当然“普通の感覚”だ。

小生が論考を引用する際には論者のプロフィールを紹介するようにしているが、これは下部構造(経済=胃袋)が上部構造(政治=脳ミソ)を規定するというマルクスに由来する。

実業家エンゲレスに寄生していた、つまりスポンサー頼りの一種の芸術家、万年貧乏人、かつ淫乱の男が共産主義理論を完成させたのだ。論者の背景を知ることは大事だ。共産主義=貧者・愚者・狂者・クズの独裁。みな失敗した。

栗原研究主幹は論考を鵜呑みにしないで、しっかり論者の背景をチェックすべきである。

夕べは「ガツン!」とすごい地震があったが、本来地震のない九州で震度7、これはまったくの想定外だ。一般的に震度5強には備えているが、震度6以上は建物が倒壊する危険がある(小生が晩年に関わった自販機は震度5強では倒れないが、震度6以上は建物自体が倒壊するから、それ以上の耐震性は無意味、諦めるしかないという判断だった)。

まったく世界一の地震大国。中韓に輸出したい。(・・・耐震技術を)。死者、火災が少なく津波がなかったのは不幸中の幸いだ。

朝鮮半島は南も相当きしんできた。震度6以上、お姫様は沈没寸前。

“不通の変人”クネの与党は惨敗、クネはレームダックになり、経済も含めてどん底になるだろう。“毛モドキの狂人”習近平に助けを求めても瀋陽軍区が飼っている狂犬=北が中南海にミサイルをぶち込みそうなので、習は負け犬クネの世話どころではない。

第一、支那の経済もボロボロだし、全国で「給料払え」「退職金払え」の集会デモが頻発、習は暗殺の恐怖に怯えている。

クネも習も自ら蒔いた種、自業自得で地獄行き。せめて「反日連合」で一緒にくたばるんだな。「中韓亡き世界」、東亜はずいぶん風通しが良くなるだろう。北とロシアも道連れにどうぞ。

北は南進の絶好機だが、米韓合同演習が4月30日まで続くから何もできない。金北豚(支那では 「三胖子」=金3代目の豚)一派は悔しいと思うか、ホッとしているか。当然後者だ。誰も死にたくない。言うだけ番長の「三胖子」。

かくして中韓はずるずると「中進国の罠」にはまっていく。革新的技術がないから突破できない。北は独裁者が余計なことをしなければ草の根資本主義は育つだろう。

ロシアは・・・人材流出、資源安で衰退するだけだろう。「震度6だから仕方がない」、スラブの民はプーチンと心中する覚悟だろう。トルストイの最後のように悲壮だが一種の美しさはある。北方4島を返せば助けないことはないぜ。プーチンはよく考えることだ。

■4月16日(土)、朝5:00は室温18度、晴。

“言うだけ番長”の嘘つき反日アサヒも弱り目に祟り目が続き、公取から「注意」のイエローカード。幸田泉氏(作家)の論考「発行部数を“水増し”してきた朝日新聞、激震!業界“最大のタブー”についに公取のメスが入った」(現代ビジネス4/11)から。

ちなみに氏は毎日新聞出身らしい(古巣の毎日を敵にしたくないから必死で隠している、金玉隠しの似非宦官みたい)。

<*新聞業界「最大のタブー」

今年に入り、大幅な賃金カットを盛り込んだ中期経営計画に社内が揺れている朝日新聞社だが、ここへ来てさらなる「難題」が浮上した。

新聞発行本社が販売店に余分な新聞を買わせる「押し紙」をめぐり、3月末、実は朝日新聞社(平井:以下、朝日)は公正取引委員会(平井:以下、公取)から「注意」を受けていたのだ。

押し紙は、独占禁止法の特殊指定で明確に禁止されているにもかかわらず、新聞業界では長年にわたり行われてきた。新聞業界「最大のタブー」と言われる押し紙問題に公取が踏み込むのは異例のことで、朝日新聞社が今後どのような販売政策を実行していくのか、業界の先例として注目に値する。

朝日新聞社広報部によれば、公取から注意を受けたのは、販売担当の営業社員と販売店との数年前のやりとりに関してのこと。販売店が「新聞の注文部数を減らしたい」と申し入れをしたにもかかわらず、営業社員は再考を促し、こうした中で「営業活動としてやや行き過ぎた言動があった」と公取より指摘されたという。

公取の注意とは、違法行為を認定したわけではなく「違反につながる恐れがあるので注意しなさい」という程度のものであるが、朝日新聞社は「真摯に受け止めている」(広報部)としている。

そもそも新聞社は販売店からの「注文部数」の新聞を配送しているが、販売店は必要部数を超えて押し紙も含めた部数を注文するのが業界の慣例である。販売店は押し紙の負担で経営が苦しくなると、注文部数を減らして必要部数に近づけたくなるのは当たり前のことで、朝日新聞の一件もそういうケースだったと思われる。

無料のネットニュースの普及などで新聞の読者離れが進み、販売店収入は減少傾向が止まらない。「押し紙を切れ(押し紙を減らせ)」と迫る販売店と、それを阻止しようとする新聞社との綱引きは各地で起こっている。

実際、ある全国紙では昨年、地域の販売店が集団となって一斉に注文部数を減らすという事態が発生し、本社の販売担当社員が呼び集められ対応に追われた。新聞社と販売店はメーカーと下請け企業のような取引先というよりも、車の両輪のような立場で新聞の普及を進めてきた歴史がある。

このような関係性の中で、押し紙をめぐる販売店と新聞社の対立が頻発し、朝日新聞のように公正取引委員会に申告する販売店まで出て来たというのは、ぶくぶくに水膨れさせた偽りの発行部数を維持する新聞社の「押し紙政策」がそろそろ限界を迎えている証左といえるだろう。

*問題の根幹は「経営方針」にある

朝日は公取の注意を受けて、販売部門の社員に独占禁止法順守のための研修を行った。

これ自体は指摘を「真摯に受け止めた」対応なのだろうが、押し紙は新聞社の経営方針で行われているので、経営方針が変わらなければ販売担当社員らはいくら独占禁止法を順守したくてもできない。販売店からの要求と社の方針との板挟みになるだけである。

私自身も全国紙に記者として入社し、退職までの最後の2年間は販売局で勤務していた。発行部数はある程度、水増しされた部数だという認識はあったものの、販売局で働くうちに想像以上に押し紙の量が多いことを知り驚いた。膨らました偽装部数を支えるために、販売店に支払う補助金、無駄な新聞を印刷、輸送する経費などが社の経営を圧迫していた。

一方で、販売店には新聞発行本社から補助金が支給されているが、押し紙による損失が全額、補填されるわけではない。会社は押し紙が元で販売店主から起こされた訴訟を常に抱えている状況だった。

社内でも販売局は「伏魔殿」と言われ、「どうせ販売は汚れ役だ」と開き直った販売局員の金の使い込みなど不祥事が後を絶たなかった。そんな悲惨な事態なのに、販売局から経営陣の責任を問う声が上がらないのが不思議だった。

まず、「押し紙をする」という経営方針があり、販売局は具体的にどの販売店に何部の新聞を押し込むのかという実務をしているに過ぎない。しかし、販売局は社内で立場が悪くなるのを恐れてこの問題を抱え込み、経営陣は現場の苦労から目を逸らして押し紙の方針を維持し続けてきたのだ。

今回、公取が朝日に対し、行政指導や法的措置ではなく「注意」でとどめたのは、朝日に自らの手で押し紙を解消するよう促すためであるように思う。

だが、朝日が一販売担当社員の不適切な発言だとして問題を矮小化し、経営方針に反映させないのであれば、次はより厳正な処分が下ることもあり得るだろう。

*朝日以外も「他人事」ではない

公取は昨秋ごろから、朝日側から事情を聴いていたが、朝日はそのタイミングで販売制度を変更している。新聞社から販売店に対して様々な名目で支払われている「補助金」を、昨年末、「押し紙1部当たり1500円」という制度に変え、販売店が「押し紙を止めろ」とか「押し紙を減らせ」と要求しづらくなるようにした。

もちろん、すべての押し紙に1500円の補助金が支給されるわけではなく、一方で販売店が注文部数を減らせば1部当たり1500円の補助金を失う仕組みだ。まさに目の前の売り上げだけを考えた小手先の制度変更である。

(朝日は一時期押し紙をやめ)新聞業界の優等生だったのに押し紙に手を染め、10年間で300万部もの「生きた部数」を殺してしまったことを検証すれば、このような発想にはならないはずだ。この制度変更には「公取の動きを受けて、販売店が注文部数を減らせないように先回りした」と販売店の間で反発が強い。

公取の「注意」を朝日が受けたという話は、朝日新聞の販売店の間に急速
に広がりつつある。「押し紙がなくなる」と胸をなで下ろす販売店主がい
る一方で、「今の販売政策をどう変えていくのかが肝心で、公取から注意
されたから押し紙を切るだけでは、経営の立て直しにはならない」とみる
店主もいる。

朝日は公取の指摘を踏まえ「すべての販売所に弊社の法令順守の姿勢を周
知する」(広報部)としており、販売網との信頼関係回復はこれからと言
える。

実は今年2月、公取の杉本和行委員長が日本記者クラブで記者会見した際、「新聞業界では独占禁止法違反の押し紙が横行しているのをどう考えるのか」という質問が出ていた。

杉本委員長は「そういう実態があるなら必要な措置を当然やっていかなくてはならないと思っている」と回答し、「国民の知る権利に応え、民主主義を支える公共財」を標榜する新聞社のしていることだからといって目こぼしするものではないという態度を表明していたわけだ。

朝日以外の新聞社も「他人事」と知らんぷりしている場合ではない。地方紙も含めてほとんどの新聞社が「みんなでわたればこわくない」とばかりに押し紙を行ってきた。販売店が公取に訴え出れば、対処することが分かったわけで、いずれの新聞社も「明日は我が身」なのである>(以上)

そう言えばわが家に産経を届ける朝日販売店(ASA)は昨年、隣町のASAと合併した。部数減で単独では成り立たなくなったのだろう。古紙回収でもトイレ紙は1袋に1個だったが、最近は1戸に1個になった。売り上げは減る一方だからコストを切り詰めるしかないのだ。包丁研ぎなどの副業もしている。

以前から読売、朝日、毎日の実売部数は発行部数の8割、7割、6割と言われていたが、氏も同上論考でこう書いている。

<現在、朝日新聞系統の複数の販売店関係者によると、同紙の約3割が押し紙だという。発行部数が約670万部なので、うち200万部前後が読者のいない押し紙ということになる。

今の発行部数は10年前から100万部ちょっと減っているが、この10年で200万部前後が押し紙になったのだとすると、結局、300万部ぐらいの新聞が読者を失ってしまったことになる>

折しも春の新聞週間が、4月6日の「新聞をヨム日」から始まっている。新聞協会は「多彩なイベントで無購読者に新聞の魅力を伝える」というが、若い世代は「新聞を読むのは奇人変人、キモイ」と思うそうだ。紙離れは止めようもない。新聞業界が輝く時代はとっくに終わったのだ。ノー・リターン。

習もプーチンも傍若無人に威張っていられた時代は終わったのだ。満つれば欠ける。ああ、最後を見たい! 見たらもうこの世に未練はない、あの世でオーエ真理教を追撃することにする。レッドパージ・イン・ヘブン。マッカーシーの無念を晴らす、仇をとる。

11時に散歩に出かけようとしたらフワフワして嘔吐感もあり、低血糖で血圧も下がったのか、手の甲は透明のように血の気がない。しばらく眠ったら多少回復したが、歳をとるとはこういうことか。満つれば欠ける・・・小生の方が先にくたばりそうだ。今日は散歩断念。

夕方に風邪薬を飲んだら気分が落ち着いてきた。今冬は4、5回も風邪気味だった。

■4月17日(日)、朝6:00は室温19.5度、曇、肌寒いのは強風のせいか、散歩不可。10時ころには雨も交じって嵐のよう。

ストーミー中共が暴れまくるからアジア諸国はストッパーとして日本にずいぶん期待しているようだ。静岡大学教授・大野旭(楊海英、モンゴル出身)氏の論考「日本は旧勢力圏の問題に積極的関与を」(国家基本問題研究所4/11) から。

<先行きが見通せない国際情勢の中で、中国とどう向き合うかは西太平洋世界の死活問題となってきた。

それは同時に、日本が旧植民地などかつて勢力下に置いた地域といかに関わるべきかの問題でもある。世界史的な視点から考えた時に、日本はもっと積極的に旧勢力圏の問題に関与すべきだ、と私は主張する。

*中国のモンゴル人弾圧

まず、第2次世界大戦終了後、中国は日本の旧勢力圏を搾取し、抑圧してきた。近代的なインフラが整えられていた満洲(今日の中国東北部)と南モンゴル(今日の内モンゴル自治区)から資源を略奪し、日本が残した設備を破壊し、これら地域が健全に発展するための投資をしてこなかった。

政治的には知識人を弾圧し、特に南モンゴルでは「対日協力をした罪」を口実にモンゴル人の大量虐殺を行った。その結果、内モンゴル自治区には深刻な民族問題が残った。

日本は中国が犯した反人道の罪を追及すべきである。日本の旧勢力圏に対する中国の統治が失敗しているので、内モンゴルの民族問題は国際化しており、日本国民もこれに真摯に対応すべきではないか。

次に、中国が南シナ海を自国の海だと主張しているのも、台湾を占領し、次いで沖縄県尖閣諸島を奪うためである。

台湾の人々は日本統治時代の近代化を高く評価しており、横暴な中国流の支配を拒絶している。中国共産党と同じように、モンゴル、チベット、ウイグル人などが住む辺境地域を「中華の一部」と見なし、「抗日」を正統支配の根拠とする国民党政権による「二・二八虐殺事件」(1947年)を経験した台湾の人々は、日本と中国を比較できる国際的な視点を持っている。

日本は国民党から政権を奪った民進党の蔡英文次期台湾総統を力強く支えていく必要がある。それは、日本自身の生命線を維持するためだけでなく、国際社会の平和構築への寄与でもある。

第三に、かつて日本が併合した朝鮮半島においても、いま北半分を治める政権は心底、中国の干渉に嫌悪感を抱いている。そもそも、半島が分断状況に陥ったのは、中国が歴史的に南北離間政策を進めて大陸に都合の良い傀儡政権を北に建ててきたからである。

*英仏の旧植民地姿勢に倣え

「日本は敗戦国だから、戦勝国の英国やフランスのように旧植民地や旧勢力圏の問題に関与できない」と謙虚に思う識者もいるだろう。しかし、控えめな態度は日本的な美徳であっても、国際社会では中国の横暴を抑止する防波堤にならない。

日本が残した近代化の恩恵にあずかりながら、一向に正当な評価をせず、徹底した反日思想を国民に植え付けてきた中国の政治姿勢は不健全である。

旧勢力圏の人々は戦後70年間にわたって日本と中国を比較してきた。日本は国際問題と化した旧勢力圏の問題に道義的にも関与すべきである>(以上)

♪こまっちゃうナ 戦にさそわれて どうしよう まだまだはやいかしら うれしいような こわいような ドキドキしちゃう 私の胸 オバマに聞いたら 何にも言わずに笑っているだけ こまっちゃうナ 戦にさそわれて

ここは孫子の兵法で「戦わずして勝つ」のが一番だ。

<第二十四計 仮道伐カク(道を借りてカクを撃つ):小国が存続を願う心理を利用すれば、速やかに勢力を拡大できる

敵と自国に挟まれている小国に敵が攻撃を仕掛けてきたら、自国も救援名目で小国を支配下に置く。ただ行動に出なければ、いくら言葉を発しても信じてもらえない>

なら、どうすべきか。

<第十九計 釜底薪抽(釜の底より薪をぬく):大敵は直接攻撃より、まずは補給路を断て

敵の勢を奪うことが後の勝利につながる>

すなわち「中共包囲網を創れ」ということだ。連合軍で沿岸を包囲して中共軍の艦船、航空機が外に出られないようにする。封じ込め、欧州で大流行のフェンス作戦。前線は日本主導の連合軍、第二線は米英軍。当面はこれがいいだろう。中共はそのうち自滅する。

ん、自滅しない? 国際弁護士・村尾龍雄氏(龍雄=燃えよドラゴンみたい)の論考「中国の負の側面ばかり見ていては本質を見過ごす」4/15から。

<このところ平素の「多忙」に「超」がつく生活が続き、ブログの執筆もままなりません。その主たる理由は、毎月250時間前後は必ず請求可能な稼動をする私の弁護士、税理士としての稼動量に、中国企業の日本詣での訪問先アレンジ及び通訳業務が上乗せされているからです。

例えば本日も上海からとある著名上場企業のCFOが訪日中なので、上海から付き人となる律師(弁護士)1名に日本出張してもらい、アテンドさせる一方で、私自身も3つの訪問先に同行し、その間基本的に通訳をこなすはずです。

しかし、訪日中国人が500万人規模となり(2015年)、中国企業による日本詣でが活況を呈する現在こそ、改革開放(1978年12月)以来、初の双方型経済交流の好機であって、徹底した日中友好論者である私としては1000の理屈よりも1つの幸せな日中合作成功事例を作り出すことで、双方の国民の心情を改善できる得がたい機会であると確信しており、短時間でどこでも爆睡できる体質もあって、疲労感は一切なしです。

さて、このプロセスで痛感させられるのは、日本詣でしてくる中国企業の元気一杯さです。

確かにA株上場企業である彼らの直近決算を見ると、減収減益や大幅為替差損(外貨建て借入れの規模が比較的大きく、2015年の人民元安で巨額の為替損を蒙る)に苦しむところもないではないのですが、手にはそれよりも前にしこたま溜め込んだ巨額資金を抱えており、新たなプロジェクトを展開するのに何ら苦労しないようです。

そういえば、現在交渉中の中国の超著名企業は出てくる交渉担当者は全員20代か30代かで、若いときから大きな仕事をポンポン任されていますし、本日アテンドするCFOも40歳前後でしょう。

また、4月12日に東京で開催された上海白玉蘭会でも、中国大使館幹部が「昨年は名目GDPに占める個人消費が50.5%に達した模様であり、いよいよ中国でも個人消費がGDPの過半数を占める新時代が到来した」旨のご発言をされており、なるほどこれが日本での「爆買い」や日本から中国への電子商取引を通じての輸出ビジネス活況の背景的理由かと得心させられました。

このように金はある、若くて意思決定が速い、それに個人消費が異常な勢いで伸びている中国のプラスの面を見ないで、過剰生産に苦しむ鉄鋼や石炭のゾンビ企業の苦境にばかり目をやっていても、物事の本質を見失います。

中国市場はここでバブル崩壊などしないし、中共中央の指導体制がここで揺らぐことなど命を懸けてもいいですが、絶対にありません。

それが仮にあるとしても、まだずっと先のお話です。

今なお伸び行く中国個人消費市場を背景に、中国企業も中国人も過去に例がないほど日本と日本人のことを大好きになってくれ、興味を持ってくれるようになっている現在を好機と理解するだけのセンサーが壊れた日本企業、日本人ばかりでは、国家100年の計を誤ります。

マイナスばかり偏向報道するメディア、マスコミにはいい加減に見切りをつけて、自分の眼で観察し、自分の頭で何が真実であるのかをしっかりと考えましょう。

百聞不如一見(百聞は一見に如かず)、本当かなと疑うのであれば、一泊二日だけでいいので、北京、上海、深センの三大エンジンのどこかへ視察旅行へ出掛けることを勧めます>(以上)

バブル崩壊中なのではないか。

経済評論家・田中直毅氏の論考「エリート幹部も懸念する“中所得国の罠”」(日経4/11)は氏の著作『中国大停滞』(日本経済新聞出版社、2016年)序章「中国経済 危機の構図」からの引用。

楼継偉財政部長(財務大臣)は文革で10年間大学が閉鎖されたのちの1978年、10年振りの超激烈な入試を突破した「78年組」のエリート。

<楼継偉財政部長は、2015年4月24日の清華大学設立104周年記念講演で、中国社会の現実について、きわめて興味深い枠組みを提示した。この講演からは、現在の中国社会が挑戦しなければならない課題が見事に浮かび上がる。

(講演の)第3段で彼はさらに2つの問題点を取り上げる。ひとつは中国社会が全体として債務過多に陥ったため、これの解消のためのデレバレッジ(債務削減)が重要だという点だ。

債務過多に陥った要因の一端は、国際金融危機(リーマンショック)に臨んで中国が行った巨額の投資プロジェクトと、その後のバブル崩壊にある。不良債権処理の重大性は、日本のバブル崩壊後の状況を考えればよく理解できる。

楼部長が提起したのは、中国は今後5年から10年にわたって「中所得国の罠」からの脱却について真剣に考えざるをえない、という点である。しかも彼は、中国がその罠に陥る可能性は五分五分だとまで述べる。

罠に陥らないためには労働市場を再び柔軟なものにし(平井:移動や賃金を自由化させる)、知的財産権を保護し、土地の流動性や開放的な経済体制をとるべきだと言う。(平井:改革開放をさらに進めることであり、習近平とは真逆)

習近平率いる現在の中国は、健全な経済社会の発展という点で、きわめて困難な問題を抱えており、劇的な社会体制の転換を遂げないかぎり、深刻な罠に陥る可能性はきわめて高いと考えざるをえない>(以上)

在北京ジャーナリスト・陳言氏によるとG20の財務相・中央銀行総裁会議がこの2月26日〜27日上海で行なわれた際、楼継偉部長は「中国は今のところまだ財政政策の余地があり、今年の財政赤字がさらに拡大するかもしれない」と、こう発言したという。

<経済が比較的不況にあるときには、もしその余地があれば、まず拡張性のある、素早い効果が見込める措置を選択すべきで、それはたとえば行政審査・許認可の簡潔化、狙いを定めた減税、労働力市場活性化の増強、出稼ぎ農民の都市住民化の推進などである>

財政トップが「比較的不況」だと認識し、さらなる改革開放が必要だと言っているわけだ。

景気の良し悪しの判断は本人の懐事情に左右されることが多いだろう。ドラゴン村尾氏は書き入れ時だから「メディア、マスコミはマイナスばかり偏向報道する」と怒っているが、深セン在住フリーランサーの日本人はこの1/21にこう書いている。

<香港でも中国でも、どこのショッピングモールもスーパーも人であふれかえっています。そしてどこのレストランも満員です(平井:上記は誇張し過ぎ、春節から高級店は閑古鳥、新設SCはテナントが入らない)。個々の人の買い物に対する意欲は旺盛のようです。

しかし現地生活が長い日本人の友人によると、変化を感じるようです。

彼が言うには、レストランなどの営業時間が短くなっているのでは?ってことです。確かに夜10時ごろのバスに乗ると結構すいています。言われてみれば以前は11時ごろでもバスの中にはお酒でご機嫌になった人であふれていたようにも思えます。

景気は気持ちからといいますが、人々の心理にも変化が生じてきているのでしょうか?>

表面的には活況だが、よく見ると「比較的不況」、このままだと「かなり不況」になりかねない、赤字覚悟で財政出動が必要だという状況だろう。

日本のバブルは1989、90年にピークを迎えたが、余熱で95年あたりまでそこそこ温かかった。中共バブルは2014年で終わったが、今はまだ余熱(貯蓄、内部留保)で温かいのだろう。やがて冷めて「失われた20年」に入るのかもしれない。

今は支那14億市場に魅力的な日本産品を輸出する時であり、大型投資は控える方がいい、あるいは撤収、転進したほうがいいというのが大方の経済人の見方だろう。

産経4/16<中国国家統計局は15日、物価変動の影響を除く実質ベースで、今年1〜3月期の国内総生産(GDP)が前年同期比6・7%増になったと発表した。四半期ではリーマンショックの影響を受けて6・6%増となった2009年1〜3月期以来、7年ぶりの低い伸びだった。

中国で経済成長の柱だった輸出は人件費高騰による国際競争力の低迷で、今年1〜3月の累計で前年同期比9・6%のマイナス。成長エンジンと期待された個人消費も力強さを欠いている。米国に次ぐ第2の経済大国は苦しい足踏み状態を続けている>

いずれにしてもピークは終わって、減速していくしかない。夏が終わって“今はもう秋”、その後には永い永い冬が来る。

日本はどうやら初春だが、初夏にはまだまだ時間がかかりそうだ。
(2016/4/17)

◆菅直人政権を思い出してはいかがか

阿比留 瑠比



果たして民進党は「立憲主義」の守護者なのか? 

「自由と民主主義に立脚した立憲主義を断固として守る」

民進党の綱領はこう高らかにうたっている。一時は、「立憲民主党」とう党名も模索しただけに、よほど立憲主義に強い思い入れがあるのだろう。

以前は、新聞紙面でほとんど見かけなかったこの言葉だが、昨年の安全保障関連法審議と憲法解釈の議論などをきっかけに、メディアに頻繁に登場するようになった。

定義はいろいろできるにしろ、おおよそ「政府による統治行為を憲法にのっとって行う原理」「権力者の恣意(しい)によってではなく、法に従って権力が行使されるべきだとの原則」といった意味である。

民進党をはじめ野党や一部メディア、憲法学者らは、例えば安倍晋三首相の憲法観を語る際に「立憲主義に真っ向から反する」(菅直人元首相)などと批判する文脈で多用する。安倍首相やその政権が憲法を軽視しているとレッテルを貼るのに、使い勝手がよい言葉でもあるようだ。とはいえ、民進党がまるで立憲主義の守護者か、忠実な履行者であるかのように振る舞うのには違和感を覚える。民進党の前身である民主党の政権担当時は、果たしてどうだったか。

試みに、菅政権当時のことを少し振り返ってみたい。菅氏という「憲法には三権分立だなんてどこにも書いていない」と三権分立の原則を否定し、「民主主義とは期限を区切った独裁」を持論とする為政者をいただいた時代である。

菅氏は、首相就任3カ月の時点で起きた平成22年9月の中国漁船衝突 事件では、海上保安庁の巡視船に体当たりした中国人船長を超法規的に釈放・不起訴とさせた。

天皇陛下に習近平・中国国家副主席(当時)とのルール破りの「特例会見」を強いた鳩山由紀夫政権と合わせ、中国に日本は恫喝(どうかつ)すれば法をねじ曲げて対応する「人治国家」であると思わせた弊害は大きい。

翌23年3月に起きた東日本大震災をめぐっては、菅氏の順法精神の決定的な欠落がいよいよ顕著に表れた。

原子力災害対策特別措置法は首相に、原発で重大事故発生の報告があったときは直ちに「原子力緊急事態」を宣言し、自治体首長らに避難指示を行うべきことを定めている。ところが菅氏は、野党との党首会談後に宣言を後回しし、さらに法律の文言にこだわっていたずらに初動を遅らせた。

震災と原発事故が、安全保障会議設置法で「会議に諮らなければならない」と規定される「重大緊急事態」に該当するにもかかわらず安保会議は開かなかった。

5月には法的根拠のないまま中部電力に浜岡原発の停止を無理強いし、7月には担当相である海江田万里経済産業相の「安全宣言」をひっくり返し、原発へのストレステスト(耐性検査)導入を言い出した。

かと思うと、閣議にも諮らずに記者会見でいきなり「脱原発宣言」を打ち出し、閣内で批判されると「個人の考えだ」と引っ込めた。当時、取材先の官僚からこんな愚痴を聞いたのを覚えている。

「菅政権の人たちは、法律や条令を守ろうという意識が全くない」

厳格な法によって国家を治める法家思想の大成者とされる韓非子は、指導者が国を危うくする政治手法の最たるものとして、次のように指摘している。

「第一は、規則があるのにその中で勝手な裁量をすること。第二は、法規をはみ出してその外で勝手な裁断を下すこと」

当時の菅氏の姿そのものであり、立憲主義とははるかに遠い。民進党が政権担当時の自分たちの所業について、反省も見せずに立憲主義を言い募っても、しらけてしまうのである。

論説委員兼政治部編集委員・阿比留瑠比(あびる るい)

産経ニュース【阿比留瑠比の視線】2016.4.18


◆NATOへの米軍関与は強まっている

宮崎 正弘 



<平成28年(2016)4月18 日(月曜日)弐 通算第4880号>  

 〜NATOへの米軍関与はむしろ強まっている
  ルーマニア、ブルガリアに戦車旅団を配置へ〜


トランプは米軍のNATO関与を減らすべきで経費を75%も米国が負担しているのは間違いと述べているが、実際には25%程度である。

これをロシアから見ると、かつてのワルシャワ条約機構の加盟国で、チェコもハンガリーも、ブルガリアもルーマニアもソ連軍が駐屯していた。東ドイツにも大量のソ連軍が配置されていた。

撤退費用を西ドイツが支払い、引き上げ後のソ連に於ける兵舎まで設営し、やっとソ連軍は去った。ワルシャワ条約機構は雲散霧消した。

ソ連が引き揚げたあと、東欧諸国はつぎつぎとNATOに加盟し、米軍の駐在を認め、ウクライナと目と鼻のルーマニアに、そしてブルガリアにミサイル基地も設営してきた。

これをロシアから見ると、嘗ての衛星圏が崩落し、敵側に寝返ったことになる。

ペンタゴンは2017年2月を目標に戦車250両、ブラドレィ装甲車に自走砲などからなる戦車旅団4000名を配置すると発表した。

合計34億ドルにもおよぶこれらの計画は議会の承認をまって、実行に移されるが、さて東欧諸国はこれをすんなり受け入れるか、どうかが焦点と思っている。

すでにポーランドとバルト3国(リトアニア、ラトビア、エストニア)には米軍が駐屯しており、この列にルーマニア、ブルガリアが加わる。

モスクワの反論は「近隣諸国の安全と言っても、ならばロシアはキューバ、ベネズエラ、メキシコにロシア軍は駐屯していない」と拡大した比喩を用いているが、「これは換言すれば『米軍の東欧軍事占領』であり、ローマ帝国のパターンを真似た行為である」とする。

ロシアは、NATOへの関与削減を唱えるトランプを朋友のように支持しているのである。

2016年04月18日

◆「在日特権」という不幸

伊勢 雅臣



「在日特権」が在日の人々を「宙ぶらりん」の不幸に追いやっている。


■1.「我々虐げられてきた在日同胞の権利拡大の始まり」!?

数年前からネットで話題になっている「怪文書」がある。民主党が平成19(2007)年の参議院選挙で大勝した際に、ヤフー掲示板に「スヒョン」という名の在日の人によって投稿されたとされる「スヒョン文書」である。その一部を紹介しよう。

計画通り民主党が参院選で過半数を獲得。いよいよ始まりますね。自民党独裁弾圧政治の終わりの始まり。我々虐げられてきた在日同胞の権利拡大の始まり。・・・

・・・生活保護に関してはもうすでに問題なく支給してもらえる状態を勝ち獲っています。同じ条件の日本人がいたら我々の方が有利なやりかたです。これは申請の時にどうやればいいかがマニュアルになっていますからまだ知らない人がいる地域は各支部から配布をお願いします。[1,48]


在日を貶めるための「偽文書」だという声もあるが、その真義は不明にしても、上記の「生活保護に関してはもうすでに問題なく支給してもらえる状態を勝ち獲っています」という記述をデータで検証してみよう。

■2.在日世帯の15 .1%が生活保護を受給

在日の総世帯数は約19万(平成22年度「国勢調査」)、そのうちの生活保護受給世帯数は2万9千弱(平成23年度「被保護者全国一斉調査」)で、15 .1%の世帯が生活保護を受けている。日本の総世帯数519万余世帯のうちの受給世帯数163万2千世帯、受給率3.1%の約5倍である。

「在日は国籍で差別されて職に就けないから、生活保護受給率が高くなるのは仕方がない」と主張する向きがあるが、在日中国人は1.9%、在日外国人全体は3.9%なので、在日韓国人・朝鮮人の受給率15.1%は、在日中国人の約8倍、在日外国人全体の4倍近くにもなる。

生活保護は在日韓国・朝鮮人だけでなく、どこの国からの在留外国人も受給することができるので、それ自体は「在日特権」ではないが、この受給率の異常な高さには、それを生み出している特殊な構造があるはずだ。

この点で「生活保護に関してはもうすでに問題なく支給してもらえる状態を勝ち獲っています。同じ条件の日本人がいたら我々の方が有利なやりかたです」というのは、現実を反映していると考えられる。


■3.生活保護の不正受給

さらに問題なのは、所得が十分あるのにそれを隠して、生活保護を不正受給しているケースだ。厚生労働省の発表では、平成23 (2011)年に摘発された不正受給件数を3万5千余件、金額にして173億円。平成19(2007)年は1万6千件弱だったので、民主党政権期を主としたわずか4年で2.2倍にも増えている。

不正受給のうちのどれだけかが在日によるものかは、厚生労働省の統計では報告されていないが、「関係者は最低でも在日生活保護受給者の3割は不正受給だろうと推測する」[3,p83]。たとえば以下のようなケースが紹介されている。[1,30]

2008年6月、埼玉県深谷市の元暴力団員で韓国籍の崔鳳海(チェ・ボンヘ)が、生活保護を不正受給していたとして逮捕された。崔鳳海は職員を暴力行為で脅して、約1800万円の生活保護費を不正に受給していた。

2013年5月、東京都新宿区歌舞伎町で韓国人クラブを経営する許愛栄(ホ・エヨン)(韓国籍)が収入のあることを隠して生活保護費総額1390万円を不正受給していたとして逮捕された。

2015年7月、無登録で営む貸金業(闇金融)の収入があるにもかかわらず生活保護費を不正受給したとして、詐欺容疑で神戸市東灘区の康貴人(韓国籍)が逮捕された。

元暴力団員、クラブ経営者、闇金融など、闇社会に生きる在日が収入を隠して、生活保護を受けていたのである。

■4.「住民税半額」という特権

生活保護の不正受給と並んで、脱税の問題もある。三重県伊賀市は在日のみ「住民税半額」という措置をとっていた。

事件の経緯はこうだ。伊賀市在住で住民税半額という在日特権の恩恵を受けていた在日韓国人が、日本に帰化すること検討していた。しかし日本国籍を取得して在日の身分を失えば、同時に在日特権も失うことになり、これまで半額だった住民税が本来の金額になってしまう。

そこでこの在日韓国人は、市役所の総務部長だった長谷川に「帰化して日本国籍になった後も住民税半額の在日特権を使い続けたい」という趣旨の相談をしたという。・・・

長谷川はその要求を受けて「帰化後も住民税は半額のままでいいが、直接自分のところに来て納税するように」と指示し、それをそのまま着服していたということだ。

この長谷川が「納税」分、約1800万円を着服していた事が発覚して逮捕され、「住民税半額」が明るみに出た。

伊賀市によると、詳しい記録は残っていないが、1960年代後半には在日本韓民団(民団)、在日朝鮮人総連合会(総連)との交渉で始まったようだ。その後の調査で、三重県桑名市や三重郡楠町(現・四日市市楠地区)でも、同様の特権があったことが明らかになっている。

住民税半額の在日特権は現時点では三重県以外には見つかっていないが、全国規模の民団や総連が関わっていただけに、「全国規模で住民税減免を要求する在日特権獲得運動が展開されたと考えるべきだろう」と[1]は述
べている。
■5.「約200人の朝鮮人が区役所に乱入、、、」

在日がどのように生活保護や住民税半減という特権を獲得していったかについては、いくつかの事件から推測できる。

・長田区役所襲撃事件(1950年11月20日〜27日)

生活保護などを要求する約200人の朝鮮人が区役所に乱入し、警官隊と乱闘。約900人の朝鮮人が朝鮮学校に武装して終結し、警官隊と衝突。

・下里村役場事件(1951年10月22日)

兵庫県河西郡の下里村役場に押しかけた約200人の在日が生活保護などを要求し、職員を取り囲んで集団暴行を加えた。

・半田・一宮事件(1951年12月3日〜11日)

愛知県の半田税務署に朝鮮人集団が乱入し税務署長らを監禁。半田市役所、名古屋市港区役所、一宮税務署、名古屋市役所なども襲撃を受けた。

この時期に在日韓国・朝鮮人の生活保護受給者は激増している。厚生省社会局の発表では、1951年の6万2千余人が、1955年には13万9千人弱となり、在日の4人に一人が生活保護を受給していた事になる。その後の調査で不正受給していた在日が大勢いたことも発覚している。では次のように総括している。

在日は暴力的手段、あるいは「強制連行の被害者」「差別をやめろ」などと恫喝して、職員に圧力をかけて日本各地で生活保護を認めさせていったのだ。実際に在日に監禁されたり、暴行されて重傷を負った職員が何人も存在しているのだから、全国の生活保護担当の職員などは在日が来ただけで恐怖に震えてしまったろう。

こうした暴力行為は現在も尾を引いてる。平成20(2008)年には山口県の下関市役所で、朝鮮学校への補助金削減に抗議する約60人の在日集団が乱入し、市役所施設の一部を占拠するという事件が発生している。


■6.「国籍以外は日本人と変わらないのに」

平成26(2014)年、中国籍の80代女性が永住外国人にも生活保護を支給すべきとして裁判を起こしたが、最高裁は「永住外国人は生活保護の対象ではない」との判決を下した。

この女性は日本で生まれ育ち、中国語も話せないことから、代理人弁護士は「国籍以外は日本人と変わらず、きちんと生活してきた人には法律上の保護も認めるべきだ」と語った。こういう意見が出ること自体、現在の日本社会が国籍の本質を忘れている証左である。

生活保護は、憲法第25条の「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」に規定された「国民の権利」を保障するための手段である。

「国民の権利」であるから、外国民に同じ権利を保障する義務は日本国にはない。韓国籍の人々は韓国政府が面倒を見るべき、というのが国際社会の常識である。

これは次のような例で考えれば、分かりやすいだろう。ある家に、そのうちの子どもと下宿人が同居していたとする。子どもが困窮すれば親は助ける義務があるが、下宿人が食うに困っても、大家として助ける義務はない。「下宿代を払っているのに」とか「戸籍以外には、そのうちの子どもと違いはないのに」と言っても通らない。

親は戸籍上の子どもを扶養する義務はあるが、戸籍上、赤の他人である下宿人を養う必要はない。戸籍の違いが、扶養の義務の有無を決める。下宿人が生活に困ったら、自分の戸籍上の親に助けを求めるべきなのだ。

国家も家族も、お互いに助け合うべき共同体である。日本で生まれようが、税金をいくら納めようが、共同体の一員でなければ、助け合いの義務は生じない。

この意味で、在日韓国人・朝鮮人が韓国籍・北朝鮮籍のまま、日本国民と同様の生活保護を受けているのは、日本政府や地方自治体の「義務」ではなく、「善意」によるものに過ぎない。そして不正受給している輩は、その善意を悪用しているのである。


■7.国籍をとるという事

日本で生まれ、日本語しか話せず、「国籍以外は日本人と変わらない」のなら、日本国籍をとって帰化すればよいはずである。しかし、国籍をとるという事は、どういう事かを我々は理解する必要がある。

たとえば、世界中から移民を受け入れているアメリカで国籍をとろうと思ったら、次のような要件を満たさなければならない。


1. 永住資格を取得後5年間居住すること
2. 道徳的人格を備えた者であること(素行が善良であること)
3. 米国文化を理解するために必要不可欠な読み、書き、話し、聴く、と
いう英語能力を身につけていること
4. 国旗に敬意を払う、国歌を歌う、戦没者に追悼の意を捧げるなどの米
国文化と米国政府の仕組みの知識を取得すること
5.「母国への忠誠を放棄し、もし要請があれば武器を持って合衆国軍の一
員として戦うことを誓う」忠誠宣言をすること


特に5項は国籍の本質を表している。すなわち、ある国の国籍をとるという事は「その国への忠誠を誓う」ということである。

東日本大震災で、福島原発の危機が伝えられると、大勢の在日外国人が引き揚げた。外国人ならそれで良い。日本国民には、何が起ころうと共同体としての日本と命運を共にするという覚悟が求められている。


■8.どちらの国を選ぶのか、という覚悟

当然の事ながら、在日には脱税や生活保護の不正受給をせずに真面目に生活している人々の方が多い。在日の15 .1%が生活保護を受給をしているという事は、逆に言えば84 .9%は自立してやっているのである。すでに日本国籍をとって、日本国民として生きている人も多い。

脱税、生活保護の不正受給などで、一番迷惑しているのは、真面目に生きている在日や帰化した人々だろう。課税や生活保護支給での法や行政の抜け穴が、一部の在日を不正行為に走らせ、その「在日特権」が多くの真面目な在日の人々にも汚名を着せている。

そういう意味で、現在、法や行政の抜け穴を小さくするという措置が採られつつあるのは正しい方向である。たとえばマイナンバー制度によって、在日が複数の通名による銀行口座を使い分けて資産や収入を隠す事ができなくなり、脱税や不正受給の道を塞ぐ。

我が国は法治国家である。在日という特殊な立場を利用して不正な脱税や生活保護受給をする道は許してはならない。法や行政の抜け穴で、一部の在日を犯罪に誘導するような事があってはならない。

同時に、我が国は古来から、南北端、そして朝鮮半島を経由していろいろな民族を受け入れてきた、いわば多民族国家であったことを思い出そう。

我が国は、出自は問わず、日本への忠誠、具体的には国家統合の象徴たる皇室を仰ぐ人々を日本国民として受け入れてきた。現在も大陸や半島出身で日本国民として活躍している人も多い。

在日という特殊な身分の解消には、あと数世代かかるだろうが、いずれ日本国民として生きていくのか、あくまで祖国への忠誠を誓って祖国に帰るのか、どちらかの道を選ぶよう決断を求めて、この宙ぶらりんの不幸な立場を無くしていくのが原則である。



     

◆何でも盗む中国人、種も標的

平井 修一



「ライ麦畑でつかまえて」という小説があったが、以下は「モロコシ畑でつかまえて」だ。「トウモロコシの種盗む中国人、米国は農業スパイ警戒」から。

<[アーリントン(米アイオワ州)4/11ロイター] - 米アイオワ州北部で農業を営むティム・ブラック氏は、44回目の種まきシーズンを迎える300エーカー(約1.2平方キロ)に及ぶ遺伝子組み換えトウモロコシの畑の付近で、見知らぬ車両がうろうろしていないか監視を怠らない。

莫海龍被告を含む中国人7人が、アイオワの農家からトウモロコシの種子を盗み、中国に送り込もうとした疑いで、米司法当局に2013年に起訴されて以来、ブラック氏はこの広大な農作地域の他の農家と同様、警戒を強めてきた。

莫被告が自らの罪状を認めた1月の公判では、中国人13億6000万人を含めた世界人口70億人の食に貢献する、先端的な食糧生産技術の価値とともに、その脆弱性も露呈した。

こうした事件は、米国の農業セクターに対する経済的及び、国家的安全保障の脅威が高まっていることの証左だとして、米司法当局は農業セクターの幹部や警備担当者に対して、監視を強め、疑わしい活動については報告するよう促している。

しかし、先月30日にアイオワ州を訪問した米司法省の担当者は、こうした泥棒行為を防ぐためのアドバイスを与えることができなかった。これは、コンピューターのネットワークや工場フロアに比べ、開放された耕作地にある農業技術が、いかに脆弱かを如実に示している。

「フェンスといった伝統的な障壁を設けたり、人間がパトロールしたりすることで、何が起きているかをよく把握できるようにすることだろう」。米司法省国家安全保障担当のジョン・カーリン司法次官補はアイオワ州立大学を訪問した際にこう語った。

しかし、農業セクター幹部は、高いコストと、何十万エーカーもの土地を警備することの非現実性を踏まえると、フェンス設置や警備員の配置は実行不可能だと話す。

莫被告にトウモロコシの種子を狙われた米企業の1つ、モンサントの知的財産担当弁護士を務めるトム・マクブライド氏は、コンピューターを防御したり、種子に特許を与えたり、ブラック氏所有の畑などを気付かれたりしないようにすることで、遺伝子組み換え生物(GMO)の技術を保護していると語った。

同氏はフェンスや警備員といった物理的な障壁を設けることは検討していないという。

米連邦捜査局(FBI)と司法省は、莫被告が2011年5月にアイオワ州の畑で地面を掘り起こしているのを発見して以来、農業セクターでのスパイ活動が活発化していると指摘。FBIによれば、過去2年間、米企業や政府系研究機関、大学などすべてが標的となっている。

捜査当局者は、中国政府と莫被告グループとの関連性を立証することはできなかった。だがこの事件は、中国やその代理人が行っていると米国が主張する、経済的なスパイ活動や貿易機密の侵害をめぐる米中の摩擦に油を注ぐ結果となった。

法執行当局者の1人は、中国政府と莫被告による事件との関連を調べているとロイターに語った。この当局者は「今回の場合、関連をみることはできる。しかし、法廷で争うには、中国政府が命令したことを示す文書が必要となる」と指摘。「それを入手することは、ほぼ不可能だ」と話した。

中国のバイオテクノロジー企業、北京金色農華種業科技公司で働いていた莫被告は、米企業のモンサント、デュポン種子部門のデュポンパイオニア、LGシーズによって育てられた種子を盗んだ罪を認めた。

莫被告は特に、遺伝子組み換えトウモロコシの複製に必要となる種子親を生育する畑を狙っていた、と捜査当局は指摘する。

単純な犯罪事件というよりは、国家安全保障にかかわる事案として司法省に起訴された莫被告は、最高5年の禁固刑判決を言い渡された。同じ事件で訴追された他の5人は、今もFBIによって指名手配中で、中国やアルゼンチンに逃亡したとみられている。

中国企業が遺伝子組み換えの種子を取得し、トウモロコシの再現に成功すれば、それはモンサントの約8年に及ぶ研究と年間15億ドルの開発費を省略する、濡れ手で粟(あわ)状態だ、とモンサント側は主張する。

ブラック氏の畑で莫被告が地面を掘って見つけ出そうとしていたのは、同氏が育てているモンサントの種子親だった。ブラック氏は今、自宅の前後の2つの畑でトウモロコシを育てている。そこは、同氏の2800エーカーに及ぶ農場の一部だが、彼が常時監視することができる>(以上)

パクル、盗む、騙す・・・これらは孫子の大昔からの漢族のDNAとしか思えない。何年、何十年もコツコツ研究するのではなく、知財を買うよりいっそのこと窃取しようとなる。職業倫理感などない、というより彼らの感覚では「盗まれる方が悪い」のだろう。サイト「恋する中国」から。

<中国人労働者に道徳心はない。日本人なら、たとえ監視の目がなくとも黙々と働くが、中国人は監視が無ければ働かない。上司の前では一生懸命働くが、上司がいなくなれば途端にさぼりだす。

また、私用電話や備品の持ち出しなどは日常当然のように行われる。会社のもの=自分のものである。

職権乱用も当たり前に行われており、これに対する罪悪感など一切なく、むしろ職権を乱用しなければ損であると中国人は考える。当然にして賄賂も横行する>

生きるのが大変な世界だからナンデモアリ、窃取や山塞(模倣、ニセモノ、ゲリラ)が当たり前なのだ。これでは世界に通用するイノベーションは無理だ。

<中国資本主義の第一の特徴は、様々なレベルで自由主義市場経済を上回るような激しい市場競争が存在することである。先進資本主義国においても、激しい市場競争はシステムにビルトインされており、この点では中国と何ら変わるところがない。中国の特徴は、ルールなき、あるいはルールが曖昧な環境のもとで激烈な競争が展開されていることである>(ウィキ)

ルールを守って敗けるのと、ルールを破って勝つのと、どちらを選ぶか。先進国なら「グッド・ルーザー」、支那では「バッド・ウィナー」を選ぶ。そういうことだ。真面目な人が付き合うべき相手ではない。カネに目が眩んではいけない。

良き隣人は安堵安心をもたらし、悪しき隣人は安保意識を高める。支那のお陰で日本人は目覚めたのだから、むしろ感謝すべきか。(2016/4/17)

        

2016年04月17日

◆嫌われ者ドイツにトルコも反発

平井 修一



ゲルマン禍というべきか、ドイツは欧州における中韓のようだ。周辺国と上手く付き合えない。一種の発達障害で、「自分は正義だ、お前らはバカだ、クズだ、俺の邪魔をするな」と暴走して欧州で孤立してしまった上に、今度はトルコと険悪になっている。日本もドイツとは距離を置いた方がいい。近づくとろくなことにならないだろう。

川口マーン惠美氏の論考「ドイツメディアの“悪ふざけ”にトルコ政府が大激怒! 行き過ぎた表現の自由のツケ 頭を抱えるメルケル首相」(現代ビジネス4/15)から。

<*ドイツメディアのトルコ叩き

トルコとドイツの関係が危うい。

最初の原因は、3月に北ドイツ放送(国営の第1テレビARDの傘下)で放映された風刺歌だった。トルコのエルドアン大統領をからかった歌で、歌の背景には実際のニュースの映像、たとえばトルコ警察がデモの参加者をボコボコに殴っているシーンや、シリアでトルコ空軍がクルド人を攻撃しているシーンなどが流れる。

エルドアン大統領のキンキン声も。彼は一時、選挙戦で咽喉を傷め、大切な演説でキンキン声しか出せなかった時期があったのだ。映像の最後では、エルドアン大統領が何かのイベントで暴れ馬から落馬し、それと同時に歌も終わる。

この歌にトルコ政府が噛み付いた。アンカラで外務省が、ドイツ大使を呼び出して抗議した。呼びつけられたドイツ大使は、メルケル首相が風刺された絵を持参したという。しかし、トルコ人に、風刺画とは何かを説明する気だったのだとしたら、勘違いも甚だしい。自国の首相を風刺するのと、他国の元首をからかうのでは話が違う。

ところが、このトルコ政府の抗議に、今度はドイツのメディアが反発した。「トルコには報道の自由がない」「トルコの恥知らずの行動」「ドイツは民主主義国なのだ」といった上から目線の記事から、エルドアン大統領を「ユーモアがわからない男」と皮肉ったものまでトルコ攻撃の満艦飾。「ドイツに住むトルコ人たちは、トルコ政府の反応を過剰だと思って
いる」と主張したメディアもあった。

しかし私には、この歌を聴いてドイツ人とともに笑ったトルコ人がいたとは思えない。彼らはプライドの高い人たちなのだ。エルドアン氏の支持者であろうが、なかろうが、この歌を聴けば気分を害するはずだ。

いったいどんなトルコ人にインタビューしたのだろう。生粋の反エルドアン勢力か、あるいはクルド人? もしもドイツで日本の首相をからかったこんなビデオが出回れば、私だって怒る。

ただ、メディアがトルコ叩きに余念のなかったこのとき、ドイツ政府はそれにあまり加担しなかった。外務大臣が、「EUのパートナー国が、我々と価値観を共有することを期待したい」というような差し障りのないコメントを出したに過ぎない。すると野党がそれを、「ドイツ政府は難民問題の取引でトルコに弱みがあるので及び腰だ」と非難した。

*ついに「悪ふざけ」が一線を越え

ところが数日後、このゴタゴタは形を変えて先鋭化することになる。

3月31日、今度はZDF(第2放送)のバラエティー番組の中で、ビョーマーマンという若いキャスターが、エルドアン大統領を誹謗(ビョーマーマン氏によれば「風刺」)する詩を披露したのだ。

元々この番組は、政治的テーマを扱ってはいるものの、かなりふざけた軽薄な番組だ。それに、目下のところドイツでは、エルドアン大統領やプーチン大統領は常に悪者なので、ビョーマーマン氏は、エルドアン氏のことなら何を言っても大丈夫と勘違いしていたに違いない。

その結果、悪ふざけは一線を越えた。それが、先日来トルコで燻っていた火種に油を注いだ。

放映の翌日、慌てたZDFは問題の部分を、自局のクオリティーに適合しないとして、オンデマンドから削除した。だから今、それを見ることはできないが、放送のあと視聴者からの苦情が殺到したというから、内容はかなり下劣であったと思われる。

また、メルケル首相も声を上げた。該当の詩を、「トルコ大統領を故意に傷つけるもの」であったと非難し、トルコのダウトオール首相に、その気持ちを伝えたという。

ところが事は収まらず、その一週間後、なんとドイツの警察がビョーマーマン氏、およびZDFの捜査を開始した。ただの風刺詩スキャンダルが刑事問題に変身し始めたのである。

ビョーマーマン氏に掛けられるかもしれない容疑は、「外国の機関、もしくは代表に対する侮辱罪」で、有罪が決まれば最高3年の懲役だそうだ。ZDFが問われているのは、番組の内容に対する責任。ZDFは国営放送である。

独シュピーゲル誌には、そのあとビョーマーマン氏が投稿したというツイートの内容が載った。内閣官房長官宛てのそれには、このように書かれていた。

「私は、風刺のリミットを試すことが許され、望まれ、そしてそれが、文明社会における討論の材料であり得る国で暮らしたいと願っています」

要するに、自分の詩を“芸術”と位置付けたアピールだった。事態の深刻さを自覚していなかったと思われる。それに対して内閣官房長官からは返信はなし。

*さらなる「弱み」を握られたメルケル首相

ビョーマーマンの容疑、「外国の機関、あるいは代表に対する侮辱罪」というのは、当該国が公訴を要求し、さらにドイツ政府がそれに同意しない限り成立しないというが、案の定、10日になって、トルコ政府がそれを要求してきた。こうなると、公訴の有無はドイツ政府の判断次第となる。

難民問題によって、トルコとの関係はそうでなくても微妙なので、ドイツ政府としては苦しい立場だ。トルコを怒らせてはいけないが、あまりトルコに歩み寄ると、今度は国民が怒る。巷では、「トルコの横暴を許すな、言論に自由を守れ」という声が高く、すでにビョーマーマン支援の署名がネット上で12万件も集まっているという。

さらに12日には、この騒動が夜8時のトップニュースとなり、ビョーマーマン本人には警察の身辺警護まで付いた。

ドイツ政府がトルコに弱みを握られているという野党やメディアの指摘は嘘ではない。とはいえ、別にトルコが悪いわけではない。ドイツ政府が、ギリシャに溜まっている何十万もの難民をトルコに引き取ってもらおうとして、そういうポジションに自分を追い込んでしまったのである。

メルケル首相は、EUの難民問題をドイツ主導で解決するという希望を今でも捨てていない。そのために考え出したのが、トルコとスクラムを組むという方法だった。EUでほとんど味方がいなくなってしまったメルケル氏にとって、いまやトルコこそが最後の頼みの綱なのだ。

しかしトルコは、EUとは国体の違いが大きい。そのトルコに依存する策には、最初から懐疑の声が高かった。それをメルケル氏が強引に押し進めた。そして、この政治的アクロバットが、今、ビョーマーマン氏のおかげで、メルケル氏の罠となってしまった。

一方、トルコにしてみれば、この成り行きを存分に利用するのは当然のことだろう。エルドアン大統領は、どうせいつも独裁者だの、スルタンだのと非難されているのだから、今さら何と言われようが、平気の平左。怖いものなしだ。

*行き過ぎた「表現の自由」

エルドアン大統領の肩を持つ気は一切ないが、風刺について言うなら、私は、西ヨーロッパの「表現の自由」は行き過ぎだと思っている。ドイツの政治家に対しても、普段からかなりタガの外れた質の悪いジョークがまかり通っている。風刺と名付ければ、何をしてもよいはずなどない。

侮辱や誹謗は、言論の自由とは無関係だ。特に、他国の元首や宗教など、国民の信条や感情に直結している敏感な部分を茶化すのは風刺の領域を逸脱している。そういう意味では、私は去年話題になったフランスのシャルリ・エブド社の「イスラム茶化し」にも賛同しない。自分たちの考えや感じ方だけが正しいというような傲慢な態度には、大いに反発も感じる。

しかし、ドイツにはそうは考えない人が多いらしく、11日、新たにエルドアン大統領をからかう歌を作って、ネットにアップしたコメディアンもいる。「エルドアン、僕の歌も有名にして〜」というその歌詞に、私はユーモアも共感も感じない。これが芸術とは聞いて呆れる。

さて、13日にはこのビョーマーマン騒動がEU議会でも討議された。予想通り、ヨーロッパの報道の自由を抑圧しようとするトルコはけしからんという意見が圧倒的だった。それならZDFは、オンデマンドから慌てて引っ込めたビデオを公開したらどうだろう。

これからドイツ政府はどうするのか。トルコの要請を受け入れるのか、拒絶するのか。トルコは、最高裁まででも争うと意気込んでいる。

いずれにしても、軽率なキャスターのせいで、こんな状況に追い込まれてしまったメルケル首相、まさに怒髪天を衝く心境であろう>(以上)

事の発端は妄想メルケルが難民モドキを歓迎したことにある。彼らはアフリカ系、アラブ系だが、ドイツに以前からいる合法移民は主にトルコ系である。今回の騒動はヘイトスピーチが原因だが、上手く収まらないと、このトルコ系移民が結束して騒乱を起こす可能性がある。小生がトルコ系移民なら「難民を引き受けたのはトルコだ、エルドアンだ! 恩をアダで返すドイツ野郎を叩きのめせ!」と思うだろう。

北ドイツ放送やZDF(第2放送)を包囲し、火炎瓶、投石、放火で周辺一帯を大混乱させる。ソフトターゲットを狙ってテロを起こす。「政府が正式に謝罪するまで我々は許さない」と。

外国の元首を侮辱すればこういう事態を招きかねないと普通の日本人は思うだろうが、ドイツ人は思わないのだ。なぜなら「自分は正義だ、お前らはバカだ、クズだ、俺の邪魔をするな」と思っているからだ。ほとんどビョーキ。自滅するだろう。あるいは多産の難民モドキに乗っ取られて、少産のゲルマン民族の国ではなくなることは確かだ。30年でそうなるという。(2016/4/15)



2016年04月16日

◆私の「身辺雑記」(333)

平井 修一



■4月12日(火)、朝4:00は室温15度、ずいぶん冷えた。

昨日は夕方、N母子が残り物のピザを引き取りに来たが、ついでにイチゴケーキも食べ、ドラヤキもお土産に持って帰った。

カミサンは夕べ、「ああ、美味しかった、もう食べられない」と言った後で、「あら、賞味期限になりそうだから」とドラヤキを持って部屋に戻った。小生は食事中で、思わずクスクスしたが、カミサンも照れ笑いをしていた。

わが街で女性から圧倒的な支持を得ている店はケーキ屋の「アノーAnnaue」である。女どもは狂気のごとく群れている。体が甘味を求めるのだろう。「暇つぶしニュース!」から。

<多くの女性は甘いものを食べるが大好きだ。ケーキのバイキングは日々多くの女性客で賑わい、新作スイーツやデザートはそのほとんどが女性向けである。一方の男性は甘いものをあまり食べない人が多い。

それらの理由にはいくつかの説が存在する。

どうやら多くの女性が(中には好まない人もいるが)甘いものを好む理由は、生物としての「人間」の本能に関係があるようだ。

甘いものは、そのほとんどが高カロリーで炭水化物を多く含んでいる。それら高カロリーな栄養素は体の中に取り込まれた場合、皮下脂肪に変化するのだが、その皮下脂肪の重要性が女性と男性で全く異なるのである。

その理由は女性ホルモンの存在だ。女性は男性よりも女性ホルモンの割合が多く、女性としての体型や機能を維持するために必要不可欠な物質であると同時に、周期的に女性ホルモンを多く必要とする。

生成された女性ホルモンは皮下脂肪に蓄えられる。皮下脂肪は女性ホルモンを蓄える倉庫のような役割を果たしているのである。

つまり、皮下脂肪は女性にとって女性ホルモンと同じくらいに大切なもので、それを生成するためにカロリーを必要とすることを女性の脳は本能的に知っているのだ。

皮下脂肪を蓄えることは同時に女性らしさを保つためでもあり、女性が「デザートは別腹」であるのも、少しでもカロリーを摂取しようとする脳の働きによるものである。

また女性は定期的に低血糖になるため、それを補うために甘いものを好むとする説や、甘いものを食べた時に、脳に対して男性よりも強い刺激が送られるためという説もある。

一方の男性は、甘いものに積極的でない場合が多い(もちろん好きな人もいるが)。その理由としては、女性との食事の奪い合いを避けるために本能的な部分で甘いものを避ける傾向にあるという説や、本来の狩りをするという立場上、高カロリーの摂取は不向きであるということが本能の中に存在するためではないかとされている。

(平井:狩猟や戦争のために肥満を避けたい、筋肉をつけたい、ということか)

これらをまとめると、女性が甘いものに目が無いのは本能であり、カロリーを取って太りやすいのも人間としての役割を果たす為と考えられるので、決してよく誤解されがちな「自己管理」や「欲が多い」といった精神論ではないのである>(以上)

ふーん、まあ、そういうことかもしれない。こういう説もあった。

<たしかに、女性は甘いもの好きの人が多い。事実、女性は甘いものに弱い。なぜでしょうか。

女性ホルモンの代表である「エストロゲン」「プロゲステロン」が関係しています。ふくらんだ乳房や、子宮の発達、月経などは、すべて女性ホルモンが影響しています。女性が女性らしくなるのは、これらのホルモンのおかげです。

女性には、月1回の月経があります。月経の際は、子宮にためられていた糖分を大量に排出するため、糖分が不足になりがちです。そのため、不足した糖分を補おうと、無意識のうちに甘いものを求めてしまいます。これが、女性が甘いもの好きである理由です>(HappyLifeStyle)

男は食糧を確保し、外敵から女子供を守るために「気は優しくて力持ち」がいい、女は「きれいでしっかり家庭(子供)を守る」がいい。男は度胸、女は愛嬌。これが初期設定だろう。

今は「草食男子、スイーツ男子」「肉食女子、オヤジギャル」なんて言われるが、戦場から武将が妻にあてた手紙「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」が人間のOS、本能だ。♪男は戦場駆けまわり、女はコタツで添い寝する。

これが理想であり、女が戦場(労働市場)に出てくると子供が減る、最賃も上昇しない→共稼ぎ→人口減。先進国は皆これで苦しんでいる。

アカに騙されて男と女の本来の役割から外れると亡国になる。日本もこの道を歩んでいる。「輝いている女性」は子供を産まない(あるいは産めない)。櫻井先生も高市先生もゼロ。曽野先生は1人だけ。稲田先生は2人だけ。

最盛期は米国有数の規模を誇ったシェーカー教(キリスト教系)は「個人として自立すべきだ」と教えていたのだろう、信者が結婚しなくなってわずか100年で亡びた。

結婚し2人になって初めて社会単位になる、2人のセットで一人前になる。子供をたくさん産んで国が発展するのは良いことだ。みんなが同性婚したらどうなる。亡国だ。

出産、子育てを支援するのは良いことだが、出産、子育てという内職(うちしょく)と外で働くという外職(そとしょく)は多くの場合両立しない。二兎追う者は一兎も得ず。男に「イクメンになれ」といっても日本ではその伝統がないのだから無理。男女には生来の役割分担があるのだ。

当たり前のことが非難されたりする。是正しなくてはならない。除染&再生には最低でも20年はかかるだろう。

今晩は集団的子育て。海鮮花散らし寿司、新じゃがの煮物、イカの酒蒸し風、モズク酢、刺身、アサリのお吸い物などを7人で楽しむ。

■4月13日(水)、朝3:00は室温17.5度、暖かい感じがする。真夜中だけれど量が多いので洗濯。日本を洗濯、世界を洗濯したくそうろう。

桜吹雪の中をハーフ散歩、水面も桜でいっぱい、気分がいい。帰りに床屋を覗いたら珍しく客がいないので「ラッキー!」と散髪してもらった。安い、上手い、速いから大人気。カット&シャンプーでたったの1500円、20分。

値上げしろと言っているのだが・・・「50円で客の流れが変わっちゃうんですよ、この街は床屋が多すぎるし、美容院もカットだけで700円とかやっているし」とご主人は言う・・・日本人はいつから貧乏人、ケチになったのか。なんか情けない感じがする。

消費税が5%から8%に上がっただけでキンタマが縮み上がってしまった。そのくせドーデモいいケーキ屋に群がる。頭おかしいんじゃないか。羊の群みたいに右往左往している。すぐに騙されたり洗脳されたり・・・マイナス金利だからタンス預金にしようと金庫が売れているそうだが、泥棒を招いてるようなものだ。愚の骨頂。

バカを洗脳して稼いでいる日共の志位和夫の両親は教員で日共党員、最悪の家庭だ。志位は一人っ子のようだ。志位も子供が一人だけ。これでは日共も亡びるわな。少子高齢化が著しく、集会、デモはノータリン、間もなくノーリターンの“逝ってよし”風ヂヂババばっかり。

志位和夫の伯父さんの志位正二(しい まさつぐ、1920年1月1日 - 1973年3月31日)は陸軍軍人、陸軍少佐。波乱万丈、すごい経歴、すごい人生だ。アカに染まるとひどい目に遭う。ウィキから。

《志位正人陸軍中将の息子として生まれる。

終戦後シベリア抑留にあい、1948年4月にソ連諜報員となる誓約を行い、モンゴルのウランバートルにあった「第7006俘虜収容所」において朝枝繁春、瀬島龍三、種村佐孝らとともに諜報員、共産主義革命のための特殊工作員としての訓練を受ける。

1948年11月、シベリアより復員。帰国後の志位は1949年2月からGHQ参謀第2部(G2)の地理課に勤め、抑留帰還者の尋問調書からソ連や中国の地誌を作成していた。1950年6月、GHQの取調べを受ける。

1951年10月以降、G2在職のままソ連国家保安委員会(KGB)にエージェントとして雇われる。1953年11月、外務省アジア局調査員となるが、「二重スパイ」の活動は継続した。

ユーリー・ラストヴォロフがアメリカに亡命した12日後の1954年2月5日、警視庁公安部に自首し、自身がソ連の工作員(スパイ)であったことを認
めた。

その後、海外石油開発(株)常務となる。1973年3月31日、シベリア上空を飛行中の日本航空ダグラスDC-8型機の機内で死去した》(以上)

海外石油開発は現在はジャパン石油開発(株)のようだ。沿革には「1973年2月 主要石油開発会社9社の出資により当社設立。英国石油(BP)より海外石油開発?が取得したアブダビ沖合のADMA利権を継承」とあるから53歳の志位正二は忙しかったに違いない。世界中を飛び回っていたろう。

志位正二はなぜ自首したのか。ソ連外交官を装ったラストヴォロフは日本におけるソ連スパイの元締めで、在日米軍将校などにも接近していた。1953年3月5日、スターリンが死去して間もなく、内務相のベリヤが逮捕され、国家保安機関内で粛清が始まるとの噂が流れた。

1954年1月、ソ連大使館内の高官による会議が開かれ、米国に接近し過ぎと見られたラストヴォロフのモスクワ召還が決定された。彼は、同年1月25日発の横浜−ナホトカ便で帰国するはずだった。帰国前日の1月24日、工作中に知り合った英語教師(アメリカの防諜員)メリー・ジョーンズ(後の妻)と接触し、CIAの代表部に引き渡された。

志位正二はこの情報を知って戦慄、驚愕したろう。ボス、保護者、スポンサーであるラストヴォロフが亡命すれば、日本でのスパイ網(日本人だけで36人)が明らかになり、逮捕されるのは明白だ。その前に自首するしかない。かくしてボスの亡命を知ると大急ぎで自首したわけだ。「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず」、全部ばらしたろう。

外務省欧米局第5課事務官・日暮信則らが国家公務員法100条(秘守義務)違反の容疑で逮捕され、日暮は事件の取調中、4階の窓から飛び降り自殺した。

志位正二は不起訴だったようだ。公安調査庁の覚え目出度く海外石油開発常務にまで出世した。ソ連の日本人スパイとしては尾崎秀実、瀬島龍三に次ぐような大物だったろう。

なお、この際に外務省国際協力局第1課事務官・庄司宏も逮捕されたが、証拠不十分で無罪判決に。この後、外務省を退官、弁護士となり、「救援連絡センター」を開設して代表に就任。1990年死去。

1972年頃、保釈後の小生は救援連絡センター(実質は中核派)でしばらく用心棒としてゴロゴロしていたが、小生らの被告団の弁護士は現センター代表弁護士である葉山岳夫氏だったから、庄司宏とも会っていたかもしれない。

志位正二は結果的には“労働者の祖国”ソ連を裏切ったことになるが、この頭脳をどうやら志位和夫が引き継いでいるのではないか。和夫は誰を裏切るのだろうか。

結党90年でも革命できず、政権奪取を諦めて今や「確かな野党」で満足している日共。殺し放題の暴力革命、やりたい放題のプロレタリアート独裁。それを希求するアカ信者を見事に裏切ってきたのが日共、志位和夫らだ。

志位正二と志位和夫、共産主義のトップランナーは一周して共産主義の尻に噛みつき、あるいはメシのためにしがみついている。いずれも自己保身のため。恥ずかしくないか。

彼らは平気だ、「自分は正しい、同志以外は無知、バカ、敵」と思っている。信者は所詮は米櫃、財布として利用されるだけだ。

共産主義は間もなく地球から消えるだろう。一掃に寄与して、彼らの最後を見てから昇天したいものである。

今朝の産経の曽野綾子氏の論考は面白かった。曰く――

「世間は東大に入るような秀才がいいと言っているが、個性の強い人ばかりの私の友人の中に、東大出など一人もいないことに気が付いた。世間的秀才は、しばしば退屈な人物なのである。

東大を出ると、サラリーマンとしては最高給取りになれる。しかし性格的魅力はない場合が多い、と私は偏見を持っている。しかし世間にやはり東大出が要ることは確実だ。

どんなできそこないの野菜にも独特の味がある。その味を引き出せば立派に存在の意味がある」

うーん、やはりそうか。東大では「できる奴は官僚か、学者を目指す。民間に行くのはクズ」だそうだ。

まさかと思って志位和夫のサイトを見たら「東京大学工学部物理工学科卒業」とあった。工学部物理工学科とは何か。東大のサイトから。

<私たちが追い求めているのは、流行りの技術や5年後に色褪せてしまう発見ではありません。深遠な物理から立ち上がってくるたくさんの可能性の種が、物理工学の世界には眠っています。物理工学科は、世界になかった新しい物理を生み出す現場なのです。

世界中が社会的閉塞感や限界を感じている現代、自然界の成り立ちを根本から説明し直し、その上で革新的な価値を創造する物理工学的思考は、人類に最も待望される考え方に他なりません。

その研究はやがて、想像を超えた未来に私たちを連れていくことになるでしょう>

まるでマルクス主義だな。「想像を超えた未来」って支那のような共産主義独裁国なのか。発達障害「できそこないの野菜」には捨てるしかないものもある。

■4月14日(木)、朝6:00は室温18度、小雨、生暖かくて梅雨みたい、散歩不可。

情報分析は大切だ。常に真実を探り、言論行動を決めていく。キヤノングローバル戦略研究所研究主幹・栗原潤氏の論考4/8から。

<「東京=ケンブリッジ・ガゼット:グローバル戦略編」第84号(2016年4月)

小誌は大量の資料を網羅的かつ詳細に報告するものではない。筆者が接した情報や文献を1)マクロ経済、2)資源・エネルギー、環境、3)外交・安全保障の分野に関し整理したものである。紙面や時間の制約に加えて筆者の限られた能力という問題は有るが、小誌が少しでも役立つことを心から願っている。

先月初旬、東日本大震災5周年を迎える直前の石巻を訪れた。復興を完了した地区・分野と未だ苦境に喘ぐ地区・分野が混在する現状を直接目にして沈思せざるを得ない。

バーナンキ前米連銀議長は「地震学者は多数の微震よりも一つの大地震から多くを学ぶ。同様に30年代の大恐慌は学ぶべき重要な機会を提供する」と、代表的な論文の冒頭で語った。(『大恐慌論』2013年所収)

だが、我々は果たして「3.11」から多く学んだのであろうか? 地震学者に限らず、政治経済学者や科学者、そして政策担当者や我々一般市民が今一度省察する必要があろう。

歴史に興味の有る方はご存知の通り、世界一周を初めて経験した日本人は江戸時代の石巻の船乗りだ。出航直後に彼等は嵐に遭い難破民となり、ロシア船乗船の4人が西回りで世界一周し、約12年後に石巻に戻る。彼等との縁深い観音寺も「3.11」で本堂や山門等が全壊したと聞き胸が痛む。

この世界一周を記録した本『環海異聞』の中で、著者である大槻玄沢先生は彼等を"野陋無識(ヤロウムシキ)"と批判している。

誤解を招来する危険を覚悟で私見を述べると、真の意味で"野陋無識"なのは鎖国に固執した徳川幕府だ。当時の世界情勢を俯瞰すれば、幕府開闢時、黄金期にあったオランダは、それ以降、航海条例や英蘭戦争、更にはナポレオン戦争を経て19世紀初頭には既に国力を消耗していたのだ。かくして幕府の"野陋無識"について疑問は尽きない。例えば――

1)19世紀初頭の海上覇権が英国に移った事態を、なぜ幕府は理解出来なかったのか? 1820年、英国の外洋航行能力の世界シェアは42%に達していた。

2)18世紀末から19世紀初頭にかけて、オランダ及びその植民地が危険な状況にあった事実を日本は如何なる形で認識していたのか?

3)19世紀中葉になっても、日本がオランダ語を学び続けたのはなぜか? 明らかに時代がPax Britannicaに移行した1816年に、蘭和辞典『ヅーフ・ハルマ』を編纂し、多くの優れた洋学者が当時のworking language(英語)、更には当時のlingua franca(仏語)よりも寧ろ蘭語を学び続けたのはなぜか?

こうした疑問に関して、一つの有益な視点を東京大学の松方冬子准教授が提供して下さっている。即ち、

「通詞は、オランダとの貿易が存続しなければ生計が成り立たなかった。自分たちの生活を守るため長崎でのオランダ貿易を存続させようと情報を操作することがあった。江戸の幕府にすべてをそのまま伝えたのでは、幕府とオランダ人の間に軋轢が生じて大問題になるかもしれない。彼らは、オランダ人ではなく、自分たちを守るために情報を操作した」(『オランダ風説書: 「鎖国」日本に語られた「世界」』2010年)。

昔も今も警戒すべきは、海外と常に接していながらその情報を正確に理解・伝達出来ない"通詞"である>(以上)

大槻玄沢著 『環海異聞』文化4(1807)年について国立公文書館ではこう説明している。

<『環海異聞』は、レザーノフ来航の際に帰国した津太夫(つだゆう)ほか漂流者の見聞を蘭学者の大槻茂質(おおつきしげかた、通称は玄沢)がまとめたもの。文化4年(1807)成立。全16冊。

寛政5年(1793)11月に石巻港(宮城県石巻市)を出た津太夫の船は、翌年アリューシャン列島の島に漂着。ロシアに8ヶ年滞留したのち、ロシア残留を希望する6名を除く津太夫ら4名が、レザーノフに伴われて、世界周航をめざすクルーゼンシュテルン提督の船に乗り込みました。

聖ペテルスブルグの外港を出帆した船は、大西洋を横断し、マゼラン海峡、ハワイ、カムチャッカを経て長崎に至りました。津太夫らは世界を船で一周したことになり、書名もこれに由来しています。本書はロシアの社会や風俗等を絵入りで紹介するほか、長崎における日露間のやりとりについても記しています。

*アヘン戦争の戦慄

(幕府の鎖国政策により)オランダを除く西欧諸国に対する徹底排除の政策がとられるなか、漂流民の送還を機に通商を求めて浦賀沖に現れたアメリカ船モリソン号が砲撃を受けて退去を余儀なくされ(1837年、モリソン号事件)、このような幕府の姿勢を批判した高野長英・渡辺崋山らもまた罰せられました(1839年、蛮社の獄)。

幕府は江戸近海の防備体制を再検討し、長崎の町年寄で洋式砲術を学んだ高島秋帆に徳丸が原(東京都板橋区高島平)で演習を行わせるなど海防と軍事力の充実を図りますが、特段の成果を見ないまま、「アヘン戦争の衝撃」によって政策の変更を迫られることになります。

アへン戦争は、アへンの密輸を禁じる清国政府がイギリス商人が持ち込む大量のアヘンを焼却したことに対してイギリスが反発、強大な軍事力を行使した戦争(1840-42)。

惨敗した清国は1842年、巨額の賠償金や香港の割譲、領事裁判権等を内容とする南京条約を締結して中国半植民地化への道を開きました。

このようなイギリスの圧倒的軍事力は、日本の幕府当局者や全国の知識人に大きな衝撃を与えました。天保13年(1842)7月、幕府は異国船打払令をより穏便な薪水給与令に改め、異国船来航の折は薪(燃料)や食料、水を与えて引き取らせることとしました>(以上)

栗原氏は「幕府の"野陋無識"、通詞の情報操作」が世界情勢判断を誤らせ、国政を誤らせたと言うのだが、まるで幕府や日本人が1639年の鎖国の完成以来「泰平の眠り」で眠りこけていたのかどうか。

林子平がロシアの脅威を説き『海国兵談』などの著作を著し「およそ日本橋よりして欧羅巴に至る、その間一水路のみ」と喝破して当時の人びとを驚かせたのは1786年である。明治維新の100年前だ。

「日本人の歴史教科書」に年代別外国船来航・目撃件数が記載されている。

1778〜79:1、1780〜89:1で、この頃は外国船を見ることはまずなかった。1790〜99:7、これにはロシア使節ラックスマンの来航が含まれている。林子平は見事にこれを予見していたのだから大したものだ。1800〜09:11で、幕末の1840〜49:63である。

幕府は少なくとも1786年には外国からの危機がひたひたと押し寄せそうなことを承知していたと見るのが自然だろう。1778〜1852年の「目撃された船の国籍」はイギリス31、ロシア18、アメリカ16、フランス8など。これが列強なのだと警戒心を強め、海防を強化、アヘン戦争の15年前の1825年には異国船打ち払い令を出している。

幕府は拙い点もあったろうが、"野陋無識"、野蛮なバカではなかった。1863年8月の薩英戦争はこうだった。

<当時の世界最強のイギリス海軍が事実上勝利をあきらめ横浜に敗退した結果となったのは西洋には驚きであり、当時のニューヨーク・タイムズ紙は

「この戦争によって西洋人が学ぶべきことは、日本を侮るべきではないということだ。彼らは勇敢であり西欧式の武器や戦術にも予想外に長けていて、降伏させるのは難しい。英国は増援を送ったにもかかわらず、日本軍の勇猛さをくじくことはできなかった」とし、さらに、「西欧が戦争によって日本に汚い条約に従わせようとするのはうまくいかないだろう」とも評している。

本国のイギリス議会や国際世論は、戦闘が始まる以前にイギリス側が幕府から(生麦事件で)多額の賠償金を得ているうえに、鹿児島城下の民家への艦砲射撃は必要以上の攻撃であったとして、キューパー提督を非難している>(ウィキ)

日露戦争で観戦武官を務めたイギリス軍将校はこの薩英戦争に参加しており、皇軍の薩摩出身将校に「這う這うの体で逃げた」と語っている。

<損害

イギリス軍:戦死13名、負傷者50名、負傷者の死亡7人、艦船大破1隻中破2隻

薩摩藩

砲台の戦死1名、負傷者9名、大砲8門、弾薬庫x2市街の死傷者9人> (ウィキ)

小生はバカだから小さなオツムで事実真実に迫ろうとする。インテリは自分に自信があり自分の価値観は絶対正しいと目が曇っているから頓珍漢になる。ルーピー鳩山も東大出だ。

栗原氏は京大大学院修士課程修了(農林経済学専攻)。京大出も発達障害かどうかは知らないが、いささか"野陋無識"の気があるのではないか。
                              (2016/4/14)


◆トランプ、共和党保守派を取り込む妙案

宮崎 正弘 



<平成28年(2016)4月15日(金曜日)弐 通算第4877号 >

〜トランプ、共和党保守派を取り込む妙案
   ケーシックに「副大統領」チケットをオファーか?〜

ワシントンタイムズ(4月13日)が伝えた。

ニューヨーク予備選は事前調査でトランプの圧勝が展望されている。トランプ50%、ついでケーシックが27%、第三位がクルーズで17%、もしトランプがNYを抑えると代議員は95票である。

現時点で明らかANのは党大会(7月18日、クリーブランド)前にトランプの指名獲得はあり得ず、そして党大会にもつれ込んだ場合、特別代議員制度に阻まれ、トランプが指名を獲得できないシナリオがあって、それを共和党主流派のあいだで練られていることだ。

その場合、茶会の推すテッド・クルーズでは党内はまとまらず、落下傘候補としてライアン下院議長がベストだが、本人が固辞しており、のこる選択はケーシックとなる。

ケーシックはウォール街が強く推す自由貿易推進者だ。『バロン』誌は諸手を挙げて彼がふさわしいという特集まで組んだ。そのうえ、彼は党大会のクリーブランドが地盤である。

トランプ陣営はケーシック(オハイオ州知事)という保守本流ならびに共和党穏健派からウケの良い政治家を「副大統領」チケットとしてうまく取り込めば、党全体が安堵し、本戦に望めるという打算から、本気でアプローチを開始したという。

NYの次に共和党予備選はペンシルバニア、メリーランドに移るが、いずれもトランプの勝利が展望されており、ケーシックとしては、「全てを失うか」、それとも「副大統領」か、という選択に迫られてきた。

ケーシックが大統領になるチャンスはいまやゼロに近く、ならば副大統領というポストが目の前に選択肢としてぶら下がったわけだ。

トランプとケーシック? まるで水と油ではないか。

しかし1980年のレーガンは、まったく体質の異なるブッシュを副大統領のチケットに撰んだように、あるいはブッシュ・シニアが88年にはダン・クエールというタカ派を副大統領に選ばざるを得なかったように、92年のクリントンーーゴアも、2000年のブッシュ・ジュニアとチェイニー、08年のオバマとバイデンのように、正副チケットは水と油の関係なのである。

◆軽舟已過萬重山

Andy Chang


台北でこれを書いている。

思えば私が「台湾丸の沈没?」と発表した時、末尾に李白の詩を引用して「両岸猿声啼不住、軽舟已過萬重山」と書いたのが2000年の9月だった。

あれから16年経って台湾丸はようやくいろいろな困難を越えて新政権の発足はあと1か月となった。新政権の閣僚もほぼ確定し5月20日の就任式を待つのみとなった。この長い16年の間に台湾はどれほど変わったのだろうか。

●陳水扁政権から今まで

陳水扁政権が発足すると国会は国民党が大多数で台湾人の総統が就任しても国会で妨害され続け、陳総統が退任するとすぐに冤罪で有罪判決を受け監獄では酷い虐待を受け、今でも裁判が続いている。新政権は国会も台湾人多数となって真の自由民主が期待される。し
かし戦後70年の国民党独裁で台湾の政治改革の責務は実にたくさんある。

閣僚の顔ぶれは大体そろったが、やるべき仕事は山積しているので国民の新政権に対する期待は大きくても将来4年の間にどれだけの改革が成功するか、期待に沿った成果を上げることが出来るかもわからない。

●台湾の発展

この16年を振り返ってみると台湾はかなりの発展を遂げたと言える。台北市内の交通は大変便利になった。車の量も増えたし、国民の服装もよくなった。衣食住のうち服装、食事は大幅によくなったが経済はほぼ16年前と同じぐらい、給料もあまり改善したとは言え
ないらしく台北市内は不動産価格の高騰で若者の生活についての苦情が多い。

台湾に来て実感することは民情が良いことと、人民の政治と政界情勢の無関心である。

地下鉄の出退勤の大混雑の群衆の大半がスマホをいじっている。混雑した電車の中でもスマホを見ている人は半分以上、しかも彼らは新聞を読むのではなく、ゲームとか芸能プログラムを見ている。政治に関心のある人は少ない。友人知人と話していても世界情勢に詳
しい人はあまりいない。

その代り、混雑してぎゅう詰めの車内でスマホをいじっていても、シルバーシートに座る若者は殆どいない。シルバーシートはたいてい空けたままで、普通の席でも老人を見るとすぐに席を譲ってくれる。これは本当に素晴らしいことだ。

●新政権と独立運動

民間の政治意識はかなり薄く、スマホでゲームをいじっている若者は台湾が独立するか、中国に侵略されるかなどは関心がないように見える。もちろん新聞には政治問題は報道しているが、市民はスマホでゲームを遊んでも新聞を読まない。

台湾では今でも中国と台湾の関係を「両岸」と呼んで中国と台湾の関係とは言わない。正に「両岸猿声啼きてやまず」である。一部の人、政治に関心のあるグループ以外はあまり関心がないように思われる。

台湾は中華民国ではないと言うが国民の関心は薄い。独立に関心のある人たちは台湾の「現状維持」に大きな関心を持ち、蔡英文総統が独立問題を放置するのではないかと心配しているが、一般民衆が新政権に期待するのは台湾独立より「転型正義」で過去の国民党政権の暴政を糾すことにあると思われる。

新政権はまだ始まっていないしやるべきことは実にたくさんある。国内のみならずアメリカは平和な現状を維持し動乱を招かないことを望んでいる。台湾が中華民国の名義を変更して正名制憲を実施するのは何時になるかわからない。