2016年04月05日

◆中国の5大銀行の不良債権率

宮崎 正弘 


<平成28年(2016)4月4日(月曜日)弐 通算第4800号 >

 〜中国の5大銀行の不良債権率は30%から70%も増加していた
  とりわけ最悪は中国農業銀行で不良債権は2129億元(3兆8000億円)〜

いずれも公式発表である。実態は、この数字の十倍と考えていた方が理にかなっているが、いまはそのことは問わない。

中国経営報が伝えるところでは、5大銀行の不良債権率が急上昇しており、なかでも経営危機に近いのが中国農業銀行であるという。 五大銀行の不良債権額は次の通り。

  銀行名      不良債権額       前年比増加率
 ====      =======     =====
 中国銀行     1309億元       30・25%
 中国農業銀行   2129         70・33
 中国工商銀行   1795         44・19
 中国建設銀行   1660         46・66
 中国交通銀行    526         30・66

これらの中国発表数字は、西側このノミスト等の推測統計とは、天と地ほどの差違があり、ジョン・タルボット(サブプライム危機を予測した)などは『中国の債務は30兆ドル(3450兆円)』だと言う。

もし中国経済が「ハードランディング」した場合を仮定すると、最悪でこれら債務残高うちの四割が不良債権化すると見られるから、邦貨換算で1380兆円もの不良債権が生じる。日本のバブル破綻の比ではない。
       
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◆沖縄は“歴史戦”の最前線

平井 修一



ウィキによれば――

<琉球国は、1429年から1879年の450年間、沖縄本島を中心に存在した王国。正式には琉球國(沖縄方言:ルーチュークク)と称した。

最盛期には奄美群島と沖縄諸島及び先島諸島までを統治した。この範囲の島々の総称として琉球列島(琉球弧)ともいう。勢力圏は小さな離島の集合で、総人口17万に満たない小さな王国であった。

琉球の初期の表記である「流求」の語は、636年に「隋書東夷伝」に記述があるのが史書における初出である。

琉球国の正史『中山世鑑』を編纂した羽地朝秀は、摂政就任後の1673年3月の仕置書(令達及び意見を記し置きした書)でこう書いている。

「琉球の人々の祖先は、かつて日本から渡来してきたのであり、また有形無形の名詞はよく通じるが、話し言葉が日本と相違しているのは、遠国のため交通が長い間途絶えていたからである。王家だけでなく琉球の人々の祖先が日本からの渡来人である」

沖縄学の研究者の伊波普猷は、琉球の古語や方言に、支那文化の影響が見られない7世紀以前の日本語の面影が残っているため、支那文化流入以前に移住したと見ている。

(平井:諸説あり。カミサンの故郷、奄美大島でも大昔の日本語がずいぶん残っているそうだ。また、琉球国に支配されて苦しんだことが伝承されている)

遺伝子研究では、沖縄県民は遺伝子的に支那人や台湾人とはとても遠く、九州以北の本土住民と近く、同じ祖先を持つという研究結果も複数出ている。

琉球国は外交的に貿易上の理由から、明及びその領土を継承した清の冊封を受けたりしていたが、1609年に薩摩藩の侵攻を受けて以後は、薩摩藩による実質的な支配下に入った。

ただし対外的には独立した王国として存在し、支那大陸、日本の文化の影響を受けつつ、交易で流入する南方文化の影響も受けて独自の文化を築き上げた。

1871年、明治政府は廃藩置県によって琉球国の領土を鹿児島県の管轄とし、1872年には琉球藩を設置し、琉球国王尚泰を琉球藩王にして華族に列した。

明治政府は、廃藩置県に向けて清国との冊封関係・通交を絶ち、明治の年号使用、藩王自ら上京することなどを再三にわたり迫ったが、琉球は従わなかった。

そのため1879年3月、処分官松田道之が随員・警官・兵あわせて約600人を従えて来琉、武力的威圧のもとで3月27日に首里城で廃藩置県を布達、首里城明け渡しを命じた。

4月4日に琉球藩の廃止および沖縄県の設置がなされ、沖縄県令として前肥前鹿島藩主の鍋島直彬が赴任するに至り、王統の支配は終わった(琉球処分)。琉球の王族は、日本の華族とされた。

しかし琉球士族の一部(平井:不平士族)はこれに抗して清国に救援を求め、清国も日本政府の一方的な処分に抗議するなど問題は尾を引いた。

外交交渉の過程で、清国への先島分島問題が提案され、米国大統領グラントの熱心な調停もあって調印の段階まで進展したが、最終段階で清国が調印を拒否して分島問題は流産、のちの日清戦争における日本側の完勝をもって琉球全域に対する日本の領有権が確定した>(以上)

なお、沖縄(由来は諸説ある)はもともとは沖縄本島を指す言葉だったが、支那語由来の琉球に対し、沖縄のほうがより日本帰属の意思が明確になるため選ばれたようだ。

以上のことを頭に入れておくと、仲村覚氏の論考「日本民族再興のチャンス、沖縄の“歴史戦”」(世界日報4/1)が分かりやすい。以下転載。

【仲村覚氏プロフィール】昭和39年(1964年)、那覇市生まれ。埼玉県在住。昭和54年、陸上自衛隊少年工科学校(横須賀)入校、卒業後の航空部隊に配属。平成3年退官。複数の企業勤務を経て平成21年、日本は沖縄から中国の植民地になるという強い危機感から民間団体「沖縄対策本部」を設立し活動中。著書に『そうだったのか!沖縄』(示現社)。

<沖縄出身の筆者が沖縄の危機に気が付き、活動を始めて8年目になる。活動を始めた頃、沖縄と本土の情報空間は完全に断絶されていて、東京の保守の活動家の間では「沖縄には左翼しかいない。」と思われていた。

今では嘘のような話だが本当の話である。東京の保守と沖縄の保守との間ではほとんど交流がない状態だったのである。

しかし、現在は沖縄でも多くの若者が保守活動、愛国活動に立ち上がり、インターネットでも情報を大量に発信し、また、多くの保守活動家も実際に沖縄に足を運び、かなり正確に沖縄の実態が全国に伝わるようになってきた。これは大きな前進である。

おそらく、全国47都道府県の中で、ここ5年、10年の間で最も保守活動が活発になってきたのは沖縄県ではないだろうか。

沖縄のこの期間は、戦後長い間、ほぼ完璧に成功していた“沖縄プロパガンダ”を打ち破った歴史であり大きな成果である。この沖縄プロパガンダを一言で言うと、「沖縄県民は反日、反米、親中」であるという固定観念である。

もし、沖縄県民が地元マスコミの圧力に逆らって、東京に届くような声をあげず、このプロパガンダが放置されていたのなら、間違いなく沖縄と本土との関係は、現在の日本と韓国のようになっていたであろう。

つまり、「嫌韓論」ならぬ「嫌琉論」や「嫌沖論」が本土の保守層で流行り、「沖縄は切り捨てるしか無い!」という諦めと蔑視の声が広がっていたはずである。

実際に沖縄では8年前には全くなかった「琉球独立学会」が発足し、「沖縄の自己決定権」や「米軍基地の押し付けは沖縄差別」という声があがり、沖縄県知事には反日勢力の操り人形のような翁長雄志氏が就任してしまった。その結果、沖縄県庁が反政府闘争の基地となってしまったのだ。行政レベルでは、沖縄の反日の姿勢は韓国と寸分違わない。

それでも「嫌琉論」や「嫌沖論」の声があがらなかったのは、奇跡としか言いようがない。それは、全国に琉球独立や沖縄の反日の声は“作られた世論”であり、本当の沖縄の声でないことが伝わったからである。つまり、沖縄分断のために沖縄プロパガンダを仕掛けた反日勢力の試みは見事に失敗したのである。

*民族統一の歴史を琉球侵略の歴史にすりかえる沖縄の歴史戦

しかし、これで安心してはならない。前述したプロパガンダは「現在の嘘」でありいわゆる「情報戦」「心理戦」によるプロパガンダである。この洗脳は解けつつある。

しかし、沖縄プロパガンダの中心は何と言っても「歴史戦」であり、その最大のカードは「琉球王国450年(1429年〜1879年)の歴史」という嘘である。

まず、沖縄県外の読者の皆様に伺いたい。沖縄の人々は日本人ですか? 間違いなく、99%以上は「沖縄県民は当然日本人だ」と答えてくださるであろう。

では、少し質問を変えて、「琉球王国の人々は日本人だったでしょうか?」と聞くとどのように答えるであろうか? また、「琉球文化は日本文化ですか?」と聞くとどうであろうか? 

本来なら自信を持って「沖縄の人々は古来より日本民族の一員である」「だから琉球王国の人々は当然、日本人であった」「だから琉球文化も日本文化の一部である」と答えなければならない。

しかし、そのように答えることの出来る人はほとんどいないのではないないだろうか?

実は、ほとんどの国民が「沖縄はいつから日本なのか?」明確に答えることができないのである。

ここに沖縄の歴史戦の争点がある。日本国民全体に「明治12年の沖縄県設置まで、琉球王国は独立国だった」という誤った認識が浸透しているのだ。沖縄県の設置は近代国家における日本民族統一の歴史である。

しかし、それを「琉球処分」と称し、「明治政府の強制併合(侵略)により琉球王国は滅びた」という洗脳により180度逆の歴史にすり替えられてしまった。

沖縄の歴史戦の本質は、日本民族統一の歴史を日本による琉球王国への侵略とするすり替えなのである。しかし、現在の日本では、日本民族を侵略者と被侵略者に分断する危険な歴史観に対して誰も反論しなくなってしまっているのである。

沖縄の歴史は学べば学ぶほど、沖縄は日本である、いや、日本の中の最も日本的な存在であるという確信が強くなる。沖縄の人々は、言語学的にもDNA的にも信仰形態も民族性も日本人そのものである。

その根拠提示や説明は別の機会に譲るとして、今回は、一人でも多くの日本国民に沖縄の歴史戦への参戦を願って、歴史戦の実態の説明を進める。

*沖縄県民先住民論の根拠となる琉球王国の存在

何が何でも「江戸時代には琉球王国が存在していた」ということにしたがっている勢力がある。それは中国共産党である。その一つの理由は、日本はファシズム国家で侵略国家であると批判するためである。

つまり「明治時代に日本は軍国主義国家になり、中国、朝鮮を侵略したが、真っ先に侵略されたのが琉球である。日本は現在も琉球を植民地支配している」と批判したいからである。

もうひとつの理由は、琉球独立工作をしかける最も重要な仕掛けだからである。中国の国内メディアでは、2010年頃から「日本軍は沖縄戦で撤退する前に玉砕令を出して琉球人民を27万人大虐殺した」という新たなプロパガンダ報道を始めている。

更に「琉球人は古来より血肉を分けた中華民族の一員であり、1972年以来、反米、反日の琉球独立運動を休むこと無く続けており、同胞である中国人民は琉球独立を支援するべきだ」とまで述べている。

このプロパガンダと翁長知事の反日・反米県政は裏で連携しているように見える。人民解放軍は侵略ではなく、琉球人民の独立支援という大義で沖縄に上陸することを考えているはずである。

このような歴史戦と沖縄の政治工作の存在を最も知らないのは、当の沖縄県民である。沖縄県民の全く知らない間に事態は更に深刻な状況になっている。

国連の人権理事会を始めとする国連の各委員会では、2008年より「日本政府は、琉球沖縄の人々は先住民であることを公式に認め、文化や言語を保護するべき」との勧告を出し続けているのだ。

この時以来、国連では沖縄県民は日本のマイノリティーであり、日本に植民地的支配を受けている被害者だということになってしまっているのだ。

*「琉球王国」の歴史研究を絶対に避けることができない日本の保守

国連を舞台に行われている歴史戦は沖縄問題よりも従軍慰安婦プロパガンダ問題のほうが広く知られている。朝日新聞が誤りを認めて以降、更に多くの知識人や保守活動家がその問題に取り組んでいる。

それは、先人に濡れ衣を着せたまま放置していると、日本民族は子々孫々謝罪をし続けることになってしまうという危機感を持っており、今の世代で何とか解決し日本の誇りを取り戻そうという気概があるからだ。

では、「琉球、沖縄の人々は先住民族」という国連勧告を放置している日本はどうなるだろうか? 当たり前であるが、沖縄県民は日本の先住民族という認識が世界に広がる。それは、日本は琉球王国を滅ぼして植民地統治している侵略国家であるという認識が広がることになるのである。

また、沖縄では昨年秋からこの国連勧告を根拠にして沖縄の方言教育を全ての学年で義務化を図ろうという動きが始まっている。「沖縄では明治政府の琉球侵略後、皇民化教育により母国語を話せる人がほとんどいなくなった。母国語を話すのは少数民族権利であり、それを取り戻すために学校教育で方言教育の義務化をするべきだ」という考え方である。

これは笑い話ではない。このような考え方を持っている沖縄の人はごく一部だが、翁長雄志氏が知事でいる限り、現実化する可能性はかなり高い。これが実現してしまうと、沖縄の子どもたちの日本人としてのアイデンティティーが破壊され、反日琉球人が育て上げられてしまうのである。

このような愚かな事は止めなければならない。しかし、前述したように「琉球王国450年」の存在が既成事実となると反論することが困難になってしまうのである。

このように、国連沖縄県民先住民勧告を放置していると沖縄が日本から切り離されチャイナにもっていかれてしまう。それにもかかわらず、日本の保守全体で、この問題に取り組む動きがほとんど見られないことに筆者は大きな危機感を持っている。

それは沖縄問題に対する苦手意識や沖縄県民に対する遠慮から来るものだと推測するが、その本当の理由は日本の保守理論の中で「琉球王国」の位置づけが明確に定義されていないことにあると認識している。

よく「保守」とは伝統と文化を大切にすることだと言われている。沖縄に集結している反日勢力は沖縄の歴史をよく勉強して「琉球王国」を反日のカードとして利用している。

一方、自民党などの保守勢力は、経済振興と安全保障などの現実的な問題だけで沖縄問題を語っているのが現状だ。このようなやり方は、沖縄の保守は自分たちの歴史伝統を忘れて現実だけを見て生きるべきだといっているように受け止められてもしょうがない。それは本来あるべき保守の精神とはほど遠い。

沖縄の歴史戦を真正面から受け止めた時、日本の保守にとって「琉球王国」の歴史研究は絶対に避けられない。

何故なら、もし、琉球王国の歴史が日本史の中に含まれていないのなら、琉球文化が日本文化の中に含まれていないのなら、そして、もし沖縄の人がその前提で保守の精神を忠実に実践したなら、琉球独立、琉球復国こそが正しい保守の精神だということになってしまうからだ。

極論をいうと、琉球王国が日本ではない別の国だという認識を放置したまま保守運動を推進すると沖縄の独立運動を招き、日本を分裂させてしまうことになるかもしれないということである。

*民族とは歴史と使命を共有した運命共同体である

このように沖縄の歴史戦の実態を考察すると、沖縄問題とは日本民族の問題、それも日本民族の存亡がかかった最重要の問題だということが分かってくる。

筆者は沖縄問題を通して「民族とは何か」と考えつづけた。その結果、一つの結論にたどり着いた。

「民族とは歴史と使命を共有した運命共同体」という結論である。

民族とは歴史を共有するからこそ一体感が生まれ、同じ日本を作ってきた先人や守ってきた先人の志を引き継ぐことが出来、同じ使命感を持って国造りに励むことができるのである。

沖縄県民にとっても神武建国以来の歴史は自分の歴史であり、沖縄における本土決戦も日本民族の総力をあげて戦った尊い歴史である。

また、サンフランシスコ講和条約締結後に共に米軍と戦った沖縄の同胞が米軍の施政権下におかれた日本民族分断統治の歴史も日本民族共通の歴史である。更に、そのわずか20年後に施政権返還を果たした沖縄県祖国復帰も日本民族の誇りある歴史である。

また、前述してきた琉球王国の歴史も日本の一つの外交や文化で特色のある日本のひとつの地方の歴史である。

このように、日本国民全員が日本の歴史を共有することこそ、日本民族の団結と再興に必要不可欠なのである。

また、民族とは運命共同体であるという認識も非常に重要である。沖縄だけが独立して繁栄することもなく、沖縄だけがチャイナの植民地になることも無いのである。

繁栄するのも没落するのもチャイナの属国になるもの一緒なのである。そうであるなら、民族一丸となって繁栄する国造りを目指す以外に選択肢はないのである。

チャイナの仕掛けた沖縄の歴史戦は単なる危機ではなく、日本民族が繁栄するためには、沖縄の歴史を日本の歴史と統合することが重要だと教えてくれたのである。

これは、日本民族が今後1000年、2000年と繁栄するための基礎づくりを始める大きなチャンスだと捉えたい>(以上)

「琉球国は7世紀以前から移住を続けた日本民族が造った地方政権であり、17世紀には薩摩藩の支配下にあり、19世紀には廃藩置県で正式に日本国の版図に加えられた。沖縄人は先住民族ではなく、歴とした日本民族である」

ということだ。

沖縄人が先住民族なら江戸っ子も先住民族で、「我々は日本民族により支配され、植民地とされた、江戸弁も奪われた、今こそ独立を」という「東京独立論」がまかり通ってしまう。

そんな理論というか屁理屈がとおれば、アメリカは南部共和国と北部共和国に分断されるし、カナダではケベック州が独立、英国ではスコットランド、アイルランド、ウェールズ、イングランドに分裂するだろう。EUなんて総崩れだ。

マキャベリ曰く「強権だが秩序のある国と、自由だが秩序のない国のどちらがいいか。もちろん前者だ」。国家に秩序がなくなるとシリア、イラクなどになる。アカどもはよく考えるのだな。(2016/4/3)


◆米中の闘い、中国は死に物狂いだ

櫻井よしこ



アメリカのオバマ大統領が3月10日、ホワイトハウスのローズガーデンでの会見で語った。候補者指名争いで彼らが互いを非難し合う様は「不快(nasty)」で「私はそうしたこととは無関係」だ、と。
 
すると16日の「ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)」紙に、大統領は自身の責任に口を拭っているとの批判が掲載された。
 
民主党のバーニー・サンダース、共和党のテッド・クルーズ、ドナルド・トランプ3氏を含めて、候補者らの汚い罵り合いはオバマ政治への失望と憤りの反映であることに、当の本人が知らぬ顔をしているというのだ。
 
右のコメントを読みながら、私はあることを思い出した。オバマ大統領は自身が打ち立てた戦略の意味を理解しているのかと思わず疑ったケースである。
 
話は少し遡る。昨年10月、オーストラリア北部準州の州都、ダーウィンの一帯を、中国企業のランドブリッジ社が99年間のリース契約で手に入れた。価格は430億円余り、他の入札者よりかなり高額での落札だった。

驚いたのは米豪両国の軍関係者である。なぜならここは、東南アジア諸国の島々や海を奪い続ける中国を牽制するため、南シナ海を窺う拠点として2011年11月、オバマ政権が米海兵隊の駐留拠点に選んだ戦略的要衝だった
からだ。
 
当時、オバマ大統領はオーストラリアを訪れ、豪州議会で演説し、世に言われるアジアピボット(アジアに重点を置く外交)政策を高らかに謳い上げた。主要ポイントは3点だった。

アメリカは中東のアフガニスタン及びイラクから撤兵してアジア太平洋地域を最優先する、アメリカは太平洋国家である、アメリカ外交は「核心的原則」に基づく、である。
 
核心的原則とは、国際法や国際規約を尊重すること、航行の自由を守り通すこと、問題発生時には武力に訴えず平和的解決に徹することで、全て中国への牽制球である。

当事者意識の欠落
 
中国牽制を行動においても示すために、オバマ大統領はダーウィンを選んだ。南シナ海を侵略する中国を監視し、抑止し、有事の際には直ちに駆けつけられる格好の位置にダーウィンはあるからだ。その戦略拠点に、選りに選って中国企業が手を出してきたのだった。

この企業のホームページには「強い企業は祖国への恩返しを忘れず、利潤豊かな企業は祖国防衛を忘れない」と明記されている。つまり、同社は中国共産党とほぼ一体の存在であると見てよいだろう。
 
99年というリース期間の長さも、あまり開発されていない港地域を高値で入手した経緯も、リース契約が商業目的より、(中国の)国家戦略上の思惑からなされたことを示唆している。
 
アジア回帰を成し遂げ、中国抑止の目的で、ダーウィンを海兵隊の拠点に選んだオバマ大統領は、本来ならこの取引に疑問を抱き、反対してもおかしくないのだが、取引から約ひと月後、マニラでターンブル豪首相と首脳会談を行った際、次のように述べたそうだ。

「次回は、前もって知らせてほしい」

「次回」はいつ来るのだろうか。それにしても、と私は思う。アジアピボット政策は、アジア諸国の信頼を細らせているアメリカを、それでも信頼していこうと思わせる強力な政策である。それを謳い上げたのはオバマ大統領自身である。

その政策の意義を忘れたかのような、無関心に近い「次回は……」という反応は、ほぼ1世紀にもわたって港をリースするという中国の戦略の深刻さを見抜けないためであろうか。
 
オバマ大統領の危機意識の薄さ、或いは当事者意識の欠落とでも言えば良いのか、虚しさがどこかに残る。中国がアメリカに挑戦状をつきつけていること、習近平主席らは死に物狂いだということをもっと厳しく認識すべきであろう。
 
ダーウィンの一件から約ひと月後の11月下旬、今度はアフリカ東部のジブチで、民間企業ではなく中国外務省が前面に出る形でアメリカに挑戦状がつきつけられた。

彼らはジブチに燃料補給施設を建設すべくジブチ政府と協議中だと発表したのである。
 
ジブチはソマリア半島の付け根に位置し、紅海からアデン湾に出る要衝である。アメリカはこれまで同地を中東、北アフリカにまたがるアラブ諸国の情報収集センターとして、また原油など重要物資の積み出し港があるアデン湾や紅海を睨む拠点として重視してきた。

そのアメリカの鼻先に「国際社会及び地域の平和と安定のために中国軍が果たす役割をさらに広げる」として、中国が拠点を築くのだ。

実効支配の確立
 
ソマリア沖では多くの国の海軍が海賊退治で力を合わせている。それは国際協力の範囲内だが、一方で国際協力は常に協力と競合、情報収集と相手方の分析など、決して油断できないオペレーションの連続でもある。

紅海、アデン湾、ホルムズ海峡といずれも戦略的重要性の高い海域を見晴らすアメリカ軍の拠点近くに、中国も自らの拠点を築くのだ。アメリカに対する大胆な挑戦であろう。米中の戦いは熾烈な形で進行中だ。

「偉大なる中華民族の復興」という「夢」を掲げる中国は、南シナ海支配を強化するため、現在も埋め立てを続けているパラセル諸島の中で最大のウッディー島に、HQ−9地対空ミサイルを配備した。スプラトリー諸島にも早い段階で同様の配備をするだろう。

その場合、中国はとり立てて防空識別圏など宣言しなくても、事実上防空識別圏を設けたことになるのだ。中国はこのような実効支配の確立を得意としてきた。
 
対してアメリカ側は最強のステルス爆撃機B−2を3機配備した。相手に行動を慎ませるには具体的にどのような軍事行動と配備が必要なのか。米中もASEAN諸国もこの眼前の問いに日々向き合い、厳しい判断を重ねている。

国際政治の厳しさについて、どの国の政府も国民も、考えなければならない状況が生まれているのである。日本も例外ではあり得ない。日本には憲法の制約があるが、それでも考えなくてはならない局面である。
 
大事なことについて国民に知らせず、#拠#よ#らしめて従わせるのが中国である。ただ有無を言わせぬ習政権の足下で不安定要因が高まっている。習主席に辞任を要求したとされる5人のジャーナリストらの失踪について、幅広い国民から批判が生まれている。

香港の書店関係者も、ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏も、人権派弁護士も皆、拘束され酷い扱いを受けている。明らかに人心は離れつつある。中
国とは正反対の日本の在り方や価値観を、いまこそ、日本の強味や武器と
すべきときだ。

『週刊新潮』 2016年3月31日号 日本ルネッサンス 第698回

                  (採録:松本市 久保田 康文)



           

2016年04月04日

◆殺人犯と死刑囚に甘くないか

池田 元彦



殺人発生率の統計が有る。国別で日本は211番目に低い。2013年統計で10万人あたり0.28件だ。日本より下位はルクセンブルグ等の欧州小国5か国や、ニウエのような南太平洋の小島国2か国のみだ。相応の人口・国土がある国としては、日本は事実上1番殺人件数率が低い国なのだ。

日本の殺人被害者数は、昭和始めの頃は年間2,500人前後、昭和10年から敗戦迄は急速に減少し1,000人を下回るものの、戦後の混乱、食糧事情もあり逆に急増し、昭和30年頃には3,000人を超え以降なだらかに減少、近年は千数百人、平成22年度は、1,094人に至っている。

統計上日本はより安全安心の国だが、最近は件数は減少していても、嫌な事件が多発している。正当な理由がなく、自己中の殺人が増えているようだ。学友や、両親、祖父母、或は夫婦間、恋人間或は無関係の通行人を殺す、恨みも躊躇もなく、後悔・反省も無い殺人事件が目立つのだ。

衝動的、自己中の怨恨殺人も増えている。恋人や妻に対する殺人、或は育に疲れた母親等だ。甘やかされ自己中で自制心なく育った成熟度の足りない犯人達だ。家庭内で道徳が施されていない我慢を知らない大人の餓鬼だ。我儘に育って態度はデカいが、心が大人になっていない。

自暴自棄で無関係の人を殺すことで自身が抱える閉塞感、被抑圧感、敗北感の鬱憤を晴らす無差別殺人もある。被害者にしてみればテロと同じだ。殺される謂れも無い、防ぎようもない。発狂行為とも取れるが、犯行前後は普通の社会人だ。多くが、心の鍛錬がない餓鬼だ。

自己中の殺人犯及びその予備軍が跳梁跋扈しているのが現代日本社会だ。権利だけ教えられ自己責任を知らない、社会に対し甘える、若者だけでなく爺婆も増殖しているのだ。

金欲しさ、怨恨の激情で人を殺める。児童偏愛性癖等で誘拐児童を無残に殺すような奴だ。

昔は名刑事に諭されれば涙を流して自ら白状した。聞かれもしない未発覚の犯罪迄白状し悔悟し罪に服した。最近は、隠蔽工作をし、逮捕されても白状処か一貫して無罪を主張、悪乗りする弁護士は、心神喪失等々様々な屁理屈をつけて無罪で控訴する。おかしくないか。

ロス疑惑の三浦和義あたりから可笑しくなった。妻を保険金目的で殺し、逮捕されても嘘を吐き続け、刑務所から待遇改善の提訴を続けた。手錠をかけられ検挙されるときの映像では、手錠は映像上ぼやかすか映さないのは三浦の功績?だ。要は囚人の権利の主張だ。

犯行を秘匿・隠蔽工作、逮捕されても無罪を主張し、自白を裁判で翻す。死刑が確定しても無罪を主張し、悪乗りする弁護士協会等が再審請求を繰り返し、6カ月処か、50年前の死刑囚が6回目の再審請求で現在も最高裁へ特別抗告中という例もある。可笑しくないか。

要は、捕まった反省はあるが、自身の犯罪には反省がない。罪の意識がない。善悪を弁えない。自己責任感がない。悪知恵がつき、刑法を逆用し、何かあると悪徳弁護士とタッグを組んで、警察の扱いの酷さを訴える。こんな連中は日本社会に不必要だ。悪徳弁護士共々消えてくれ。

これら風潮を醸成した家庭、学校、社会にも問題がある。TV映画、報道機関にも問題が有る。弁護士協会と悪徳弁護士は問題の温床だ。15年以上未執行の死刑囚が22名存在し、全部で125名いる。本来は死刑確定後6カ月以内に法務大臣命令で死刑執行すべきところなのだ。

内93名が再審査請求中で執行出来ない。日本の司法はそれほどいい加減ではないに拘らずだ。


          

◆私の「身辺雑記」(329)

平井 修一



■3月31日(木)、朝6:30は室温16.5度、素晴らしい快晴、ゴミ出し(プラ系)に行ったらナイスバディのチャウチャウ系が散歩していた。もろ、小生の好みである。

コレクションは男の子の本能だな。ドングリ、ビー玉、メンコ、切手、やがてはエロ写真、カネとか。原監督は交流した女の子の写真類をせっせとアルバムに収めて自慢していたとか(クロウとかいう選手が文藝春秋に書いていた)。張作霖は5人の愛妾専用列車を持っていた。

校長先生は1万2000人、14万枚もの写真、病膏肓。年に300人として40年! もう、これは気絶しそうで・・・ギネス・・・人は好き好きとは言うけれど・・・何とも言いようがない。

枕草子時代からチンを可愛いと思う人はいたが、小生はド派手のカントリー系ファッション(ブーツ付き)のチンクシャ大好き。一緒に歩くと恥ずかしいくらいの感じが何とも言えずいい。ま、人はいろいろ、されど1万2000人・・・前人未到。

明日から4月・・・地軸が動いて北から日が昇るようになった。毎年のことだけれど温かくなる、やがて暑くなる。

昨日の法事で小生は酔った勢いで「まったく、あんなお経の上手い坊さんはいないな、ほとんど広沢虎造だ、ゲイジュツ的」と言ったら、喪主の大姉が「修一、御住職が後にいらっしゃるから、控えて」。後ろを見たら御住職がおられた。

小生は通夜5万円、告別式5万円、四十九日2万円を納めたが、本来ならもっと出すべきだった(カミサンが手元不如意)。それでも大姉は感謝してくれて、上座に席を用意し、食事が上手く取れない小生に“わざわざ”合わせて昼餐会は結構軽めにしてくれ、2/3はいただけた。有難いことである。申し訳ない感じもする。

御住職は小生の言葉を聞いている。高校時代は応援団、大学時代はアジテーター、声が大きいから御住職の耳に届いたろう。多分、喜んでいただけたろう。

びっくりしたのは、先代の御住職の読経に母が「すごい、感動した」と言っていたと大姉が教えてくれたことである。そういう“芸”は代々引き継がれるのだろう、歌舞伎の勧進帳みたいに・・・大いに結構なことである。

まあ、日本仏教は主流13派、いろいろだけれどもイスラム教徒のように殺し合わない。背骨は神道で、ケンカしてもあまり深刻にはならないようだ。それでいい。13派+諸派VS池田教・・・日蓮宗のお経は真言宗(父系の寺、わが家の菩提寺)に比べるとすさまじく賑やかで壮行会のよう。

池田教の人民葬なんて完全に『出征兵士を送る歌』、大歓送会だ。戦意高揚、軍艦マーチみたいに威勢がいい、というか、小生には騒々しいが。

(池田教最精鋭の「那津男も黙る」婦人部の方曰く、「友人葬では香典とか香典返し、食事会は一切しないことになったのよ」。寺から破門されたからお坊さんもいないし、位牌もない。なんか味気ない感じがしないでもないが・・・)

散歩に出かけたら本家の三代目から「お、修ちゃん、渡すものがあるから」と呼び止められた。菩提寺の庫裡を新築するから協力を、という寺からの手紙で、10万円くらいは寄進したいが、柔軟体操しながらどうしようかと考えたら、父母が遺していった金貨2枚と大量の銀貨を隣町の質屋に売れば間に合いそうだ。一件落着。AIにはこのセコサはないだろうな。セコサも芸のうち。

桜は街の東側はまあ八分咲きだが、多摩川に近い西側は三分咲き。畑の八十翁に挨拶したら「こっちはいつも開花が遅い。東は建て込んでいて皆暖房を使うから暖かい。こっちは畑もあるし、あまり建て込んでないから寒いのよ」とのこと。なるほどね。

小生が八十翁とそこそこ親しくなったのは、山本夏彦翁が「私が戦中戦後も食糧に困らなかったのは千葉の農家と懇意にしていたからだ」と書いていたのを教訓にしたためだ。

なんぞの時に八十翁は芋や野菜を譲ってくれるかもしれない。コンビニ経営の大姉一家は缶詰を分けてくれるかもしれない。戦略的に交際しているわけ。そのくらい用心しておいた方がいいと思っている。

お寺だって10万円寄進しておけば、なんぞの時に泊めてくれるかもしれないし、一宿一飯・・・セコサは大事だ。

谷崎はカネをばらまいて人脈を作った。荷風はひたすら貯め込んだ。谷崎は国鉄(省線)にもコネがあったから指定席の切符をすぐに手に入れたし、旅館で美味いものも食えた。空襲で焼きだされた荷風は谷崎の世話になったが、カネをばらまいてコネを作る知恵はついぞ身につかなかった。(銀行員だったからカネに細かい、細かすぎる)

陽性と陰性、谷崎は春爛漫の美の中にちょっぴり醜を入れた、ワサビのように。荷風は陋巷の醜の中に切ないくらいの美を詰め込んだ。泥田から儚げな美しい花が咲いた。夏彦翁曰く「美しければすべてよし」、セコクても作品が良ければすべてよし。

カミサンと小生は適度に仲良く、適度に距離を置いている。口に出すと問題だから、バトルは大体メモでやる。

カミサンは2か月前に「コレステロール値が上がったのは解せないわ、どう考えてもパン食が原因だと思うのね、明日から朝は和食にして」と指示を出した。パン食だとどうしてもバター、マーガリン、チーズ、ベーコンエッグなんかになるから、多分、和食系の方がいいかもしれない。

小生はホイキタ、とすぐに和食系朝食にしたが、カミサンはナント納豆にオリーブオイルを入れている(便秘対策のようだ)。で、「ギリシャ、イタリア、スペインはオリーブオイルでみんなデブになった」とメモしておいたら、カミサンは「1日に2本もワインを飲んでみんなアル中になった」と反撃してきた。一種の冷戦だが、このメモは実に正しいのでキッチンに貼ってある。

ロイター3/31「イタリア産オリーブ油が抱える“深い闇”あなたの使っているオリーブ油は大丈夫?」から。

<イタリア警察は昨年12月、オリーブオイル7000トンの偽造を摘発した。この組織的犯罪は、2014年のオリーブ収穫が惨憺たる出来だったのを受けて不正行為が横行し、純度が法定基準に満たないエキストラバージンの製造が推定で4倍に増えたことと無関係ではない。

世界で販売されているイタリア産オリーブオイルの72%が偽装の可能性があり、業界慣行が注目される中で、イタリアは偽装品撲滅の対策を急いでいる>

マフィアの故郷だから、偽装品にはマフィアもからんでいるようだ。偽装品/悪貨が真正品/良貨を駆逐する。ドルは逃げる、人民元は下がる。

莫邦富氏(作家・ジャーナリスト)曰く「この頃、中国政府が制定した政策は安定を欠いている。事前調査が足りないためか、どことなく思いつきで政策の強硬実施に踏み切る傾向がある」

吉田陽介氏(日中関係研究所研究員)曰く「三中全会(2013/11月)から2年余り経過したが、改革の必要性は絶えず強調されているものの、その歩みは遅くなっており、徐々に慎重な態度に変わりつつある。習総書記はマルクス主義経済学を重視しており、今後は社会主義的要素を増やしていくだろう」

マルクス主義経済学、計画経済・・・とっくの昔に破綻している。習が排除されなければ支那は長期的な経済低迷が続く。おそらく永遠の発展途上国のままだろう。ゴールが全然見えない百年マラソン。「もう走れません」。倒れるしかない。

■4月1日(金)、朝6:30は室温17.5度、曇、掃除はルンバに任せてハーフ散歩。

勤め人は6割がマスク、花粉の季節だ。桜は満開、野鳥が群れていて、春を喜んでいるようだ。結構な人出で、週末はすごい賑わいだろう。タンポポ、諸葛菜(紫大根)、ドウダンツツジも開花。

カミサンが「アンタ、髪の毛が増えたんじゃない?」。小生もそう思う。ゴマ塩だった恥毛は今は真っ黒だ。赤ワインの効能としか思えない。小生の体も春の訪れ。これ見よがしの美女のおみ足に目を奪われたりして。

妻思う心にまさる好き心 春の音づれ いかにせんとや(修一)

ところで支那では毎年700万人の大学新卒が生まれるが、まともな職に就くことはとても難しい。好機を待ってアルバイトなどの低賃金労働で生活費を稼ぎ、友だちと集団生活をする大卒浪人は多く、彼らは「アリ族」と呼ばれているそうだ。北京では「ネズミ族」も増えているとか。

北京には虎も蠅もいる。「北京の不思議展」を世界で巡回展示したら結構ドル箱になるのではないか。「100万人が地下暮らし“ネズミ族”の実態は」から。

<(CNN2015/3/15) 住宅価格が高騰している北京で、地下室や防空壕などの狭い空間に住む人々の数が増加している。現地メディアで報じられることはほとんどないものの、こうした人々は「ネズミ族」と呼ばれている。

「ネズミ族」の多くは出稼ぎ労働者で、民間住宅には手が出ない。「戸口」と呼ばれる正規の居住許可証を持っていないため、公営の低コスト住宅に入居することもできず、地下に住むことを余儀なくされているのが現状だ。

北京では現在、推定100万人以上の人々が地下で暮らしているとされる。

写真家の沈綺穎氏は、こうした「ネズミ族」の生活ぶりを5年にわたり記録してきた。同氏は当初、地下で暮らしているのはごく普通の人々だと予想していた。だが、その実態を調査してみると、彼らはかなりの「変り者」だったという。その多くは上昇志向が強い若者だ。

同氏はまた、地下生活が思いのほか快適であることを指摘する。夏には湿気を排除するため除湿器を使用。北京で寒さが厳しくなる冬は、地上の家よりも暖かいくらいだ。

「地下の住空間は悲惨に見えるし、私自身、哀れみの念をもって取材を始めた。だが、人々はできる限りの工夫を凝らして前向きな地下生活を送っている」と沈氏は語る。

一方、南カリフォルニア大学のアネット・キム教授の調査によると、居住スペースの中央値は9.75平方メートル(平井:6畳)、家賃は平均で月70ドル(約8400円)だった。もっとも、これは条件がかなり良い物件の話だという。

北京で建造されるビルは、その全てに地下室を併設することが義務づけられている。1950年代に国防政策の一環として始まった。2010年まではこうした地下の空間に住むことは、建築基準法に沿っている限り、完全に合法とされていた。

しかし、現在の政策では、人々を退去させるのが公式方針になっている。ただ、政策の履行にばらつきがあり、地下住居の賃貸広告は、同氏が調査を行った2013年の間にむしろ増加した。

地下住居の代わりとなる低コストの選択肢は、北京郊外の「城中村」だ。ただ、長時間をかけて通勤するよりは地下での生活を選ぶ人の方が多いのが現状だという。

アネット教授の調査では、「ネズミ族」が地上に住む人々とほとんど交流を持っていないことも明らかになった。同教授は、「地上に住む人々はできるだけ距離を置こうとしており、ネズミ族に対する恐怖を助長する結果となっている」と話す。

成功をつかみ、地上に「昇格」する例もある。沈氏と最初に親しくなり被写体にもなったペディキュア師の女性の場合、北京東部のコンドミニアムの地下で長年暮らした末、地上に移り住んだ。

ただ、このような成功例は少ない。沈氏は、社会階層を上昇していく「ネズミ族」の例も存在するとしながらも、多くの人々にとって戸口制度が障壁となっている点を指摘する。戸口制度の下では、出稼ぎ労働者が家を買って定住することは難しく、北京に生活の拠点を作り家族を持つ上での妨げとなっている。

同氏によれば、大抵の人は、最終的に故郷に帰り、店を構えるなどして家族を養うことを思い描いているという>(以上)

北京はすっかり春のようだが、春節休暇中に経営者がトンズラする「春節倒産」が今年もずいぶん多かったようだ。農民工が地下から這い上がって出世するというのはまずあり得ない感じだが、鬱屈がやがては体制への不満になり、爆発しかねない。

「習辞めろ!」の2通目がネットに載った。消されても消されてもどんどん出てくるだろう。第2次文革を妄想する習を駆逐しないと14億人は悲惨を免れ得ない。

夜は集団的子育て。明日も忙しいだろう。

■4月2日(土)、朝5:00は室温16.5度、花曇、花見客で歩きにくいが、ハーフ散歩。わが街が一番美しい時季だ。

災厄を招いたEUに春は来るのか。Yahoo!ニュース3/25「襲撃から1年『シャルリ・エブド』の風刺画は挑発し続ける」から。

<パリから遠く離れた海辺の町にその男はいた。白髪を揺らしながら、ペンを走らせる。風刺画の巨匠・ヴィレム氏。75歳になったいまも精力的に描き続け、『シャルリ・エブド』紙に寄稿している。

「毒にも薬にもならないことは描かないよ。俺には言いたいことがある。反応が欲しいんだ。暴力的な反応はごめんだけどね」

*身に迫る危険、それでも描き続ける

風刺画家、編集者など12人が犠牲になった襲撃事件から1年。『シャルリ・エブド』は編集方針を変えることなく過激な風刺画を発信し続けている。

現在、編集部の所在地は極秘事項。24時間態勢で警備が敷かれ、取材は受け付けていない。そんななか、同紙に風刺画を寄稿し続けているヴィレム氏と接触することができた。身の安全を守るため、居場所を明かすことはできない。

「編集部の様子は一変してしまった」とヴィレム氏。『シャルリ・エブド』の新しい編集部は防弾ドアで何重にも保護され、食事に行くときも警備の警官と一緒に車に乗るのが日常だ。「風刺やジョークを考える雰囲気じゃなくなったね。編集部は窮屈だからもう行かないよ」と寂しげに笑う。

なぜ危険を顧みず、風刺画を描くのか?

取材場所に指定されたのは、パリから遠く離れた海辺の町。1960年代から風刺画を仕事としてきたヴィレム氏はこの地に身を隠し、『シャルリ・エブド』に載せるイラストを描き続けていた。

「仲間がたくさん死んだ。彼らのためにも風刺画で反撃したいんだ」

*表現は「挑発してなんぼ」

ヴィレム氏には「風刺画は権力への対抗手段。なくてはならないものだ」という強い使命感がある。

「挑発してなんぼ、人びとの頭を揺さぶってなんぼ。フランスではそうやって風刺画が何世紀も描かれ続けてきたんだ」

自身の作品が名誉毀損で訴えられたこともあるが、そんなことには動じない。それどころか、命を狙われることも恐れない。ヴィレム氏の攻めの姿勢を支えるものは一体なんなのか。

ヴィレム氏を貫いているのは、表現の自由を守り抜くという強い信念。ヴィレム氏にとって「表現の自由に境界線は存在しない」、つまり表現してはいけないことは何もないのだ。

「あなたの意見に反対だ。だが、それを主張する権利は命がけで守る」

2015年1月の襲撃事件直後にはパリで大規模な市民デモが沸き起こった。表現の自由が暴力によっておびやかされることを看過できない。そう思った市民たちは「わたしはシャルリ」と書いたプラカードを掲げて通りや広場を埋め尽くした。その数、370万人。なかには、『シャルリ・エブド』の風刺画はやり過ぎだと感じている人や、再三、風刺のネタにされてきた大統領の姿もあった。

背景には、18世紀以降、市民が権力に抵抗し、多くの血を流して自由を獲得したという歴史がある。250年以上前に哲学者ヴォルテールが著した『寛容論』は、事件後1年間で18万5千部を売り上げた。罪のない人間が狂信者の犠牲になった実際の事件をモチーフにした古典だ。

「わたしはあなたの意見に反対だ。だが、あなたがそれを主張する権利は命がけで守る」。このヴォルテールの言葉が、表現の自由のために立ち上がるフランス人の矜持となっている。

だが、フランスでも「表現の自由」が無制限に認められるというわけではない。『シャルリ・エブド』に関する裁判が起こるたびに、司法の場では表現の自由の境界線をどこに引くべきかの議論が交わされてきた。

*『シャルリ・エブド』裁判“違法”と“合法”の境界は?

1992年以降、掲載された風刺画が人権侵害や名誉棄損にあたるとして『シャルリ・エブド』が訴えられた回数は実に50回。うち40件がシャルリ側の勝訴、8件が敗訴(未決が2件)という判決が出ている。

勝訴と敗訴との境界線は、いったいどこにあるのだろうか。表現の自由と差別の研究を続ける第一人者グエナエル・カルヴェス教授に、シャルリ・エブド裁判を読み解いてもらった。

『シャルリ・エブド』の裁判事例をたどると、訴訟のたびに表現の自由の境界線を決めることに苦慮してきたフランス司法の姿が見えてくる。

たとえばローマ法王を侮辱した風刺画が満載の特集号に対しては、「カトリック信者に対して憎しみを挑発する表現」と判断し、シャルリ・エブドに敗訴の判決を下した。

一方でマホメットらしき人物が「馬鹿どもに愛されるのはつらいよ」とつぶやいている風刺画はシャルリ・エブドの勝訴。争点は「馬鹿」が何を指すのか、だった。

この風刺画には「マホメットは原理主義者で手一杯」のキャプションが添えられている。風刺されているのはマホメットやイスラム教信者ではなく、どの宗教にもいる一部の「原理主義者」であると判断されたのだ。

*権力への攻撃は“表現の自由”

おしなべてフランスの裁判官は「宗教への攻撃はよいが、信者への攻撃はダメ」というスタンスをとっている、とカルヴェス教授は解説する。人々を支配し抑圧しうる宗教は批判してもよいが、ひとりひとりの信者が自由に信仰を持つことは法で守るべき、というわけだ。

だが、「その判断はつねに揺れている」とカルヴェス教授は指摘する。「表現の自由の境界線は明確に引けるものではない。だからこそ、毎回、議論を尽くす必要があるのです」。

*権力に挑んでこその「風刺」

「権力やタブー視されているものに闘いを挑んでこそ、レベルの高い風刺になる。一方でマイナーなものを攻撃することは差別を助長させる可能性があり、レベルの低い風刺と言わざるを得ない」と語るのは、メディア法を研究してきた青山学院大学の大石泰彦教授。

日本における風刺の好例として大石教授は、現代美術家の会田誠やChim↑Pom、コントグループの「ザ・ニュースペーパー」をあげた。サザンオールスターズの一部の楽曲にもレベルの高い風刺が見られるという。

この問題に長年向き合ってきたフランスの司法の場でも、いまだ明確な境界線は引けていない。どこまでが表現の自由で、どこからが人権侵害なのか。誰もが簡単に発信できるソーシャルメディアの普及が、さらに問題を複雑化している。

ネットに書き込まれる悪口、拡散されるヘイトスピーチ動画、有名人をバッシングするツイート……。表現の自由があるからこその多様な発信が、ときに他者を傷つける>(以上)

難しい問題だが、「正義は自分にある、自分を批判する奴は殺す」という人に対しては「目には目を」で殺すしかない。殺し屋の表現の自由=テロを許せば殺されるだけだ。殺されたくないのなら殺される前に敵を殺す。

小生はいつも疑問に思っているが、我々は犯罪者の「更生」を果たして願っているのだろうか。少なくとも小生は殺意をもって瑕疵のない人を殺した殺人者は少年であろうがなかろうが速攻で殺処分すべきだと思っている。年間に300万円もかけて悪意の人殺しを収監するなんて愚の骨頂だ。

殺し屋に甘い社会は殺し屋を増長させる。殺し屋を容赦なく殺す社会は殺し屋予備軍を委縮させる。殺し屋は人間の皮をかぶったエボラ菌である。情け容赦なく駆除すべきではないか。

殺されてもいい、殺し屋の人権を守るのだというのなら、家族を道連れに殺し屋とさっさと心中したらいい。生きていられると迷惑だ。寛容や日和見主義が犯罪を招く。

毛沢東曰く――

「革命戦争は、(平井:メルケルのように)客を招いてごちそうすることでもなければ、文章を練ったり、絵をかいたりすることでもない(平井:理想に酔ったり記念撮影までしている)。そんなにお上品で、おっとりしたものではない。

戦略上は敵を蔑視/憎悪し、戦術上は敵を重視/警戒する。戦いは一戦一戦戦うほかなく、敵を一部分一部分消していくほかはない。これを各個撃破という。

革命戦争は暴動であり、ひとつの階級集団が他の階級集団を打倒す激烈な行動である」

狂気の原理主義を信奉するテロリストとの戦いは激烈な戦争である。過酷な殲滅戦である。各個撃破し、地上から一掃しなくてはならない。敵を激しく憎悪し、冷静に恥多き死を与える。愛は地球をぶっ壊す。憎悪と勇気と戦意と銃が地球を守る。

戦争はお上品なきれいごとではない。「奴は敵だ、敵を殺せ」そういう認識が必要だ。毛沢東は無慈悲にそれを実践し、8000万人を殺しまくって天下を取った。「核戦争で3億人が死んでも構わない。だいたい中国は人口が多すぎるし」と米ソを恫喝した。冷徹な残虐VS無謀な寛容。前者が勝ったのは歴史が証明している。(2016/4/2)


◆トランプ氏を生み出した米国の変貌

櫻井よしこ



ドナルド・トランプ氏の勢いと暴言はどこまで続くのか。3月23日、氏はイスラム国(IS)への戦術核兵器の使用に関して「どんな可能性も排除しない」と驚くべきことを語った。
 
バラク・オバマ大統領もヒラリー・クリントン氏も直ちに、「非生産的で米国の価値観に反する」「全てのイスラム教徒を悪魔扱いする攻撃的で扇動的発言」と批判した。
 
暴言で敵をつくり、対立構図の中で支持を獲得するトランプ氏の手法は顰蹙(ひんしゅく)ものだ。いまや米国の多くの家庭で、親たちは子供たちにトランプ氏のよう¥な汚い言葉遣いで他者をおとしめてはならないと言い聞かせていると、福井県立大学教授の島田洋一氏が指摘する。
 
米国の伝統的価値観を大事にする保守的な人々が党員の多くを占める共和党は、大統領選挙のみならず、同時に行われる上院議員および下院議員選挙でもトランプ氏の負の影響を被りかねない。現在、両院で優勢を保つ共和党にとって、トランプ氏は党の破滅につながる存在になりつつある。
 
なぜ、このような人物が支持を得るのか。それはオバマ大統領の7年間の無策への反動だとの分析が、いまや主流である。超大国の指導者のオバマ大統領が国際社会に対する責任を引き受けなかったところから、中国とロシアの蛮行が始まった。ISをはじめとするテロ勢力の跋扈も同様である。
 
いま、私たちは次の米国大統領が誰になるのか、戦々恐々の思いで見守っている。誰が大統領になっても問題の核心は1つ、オバマ大統領が事実上拒否し続けた国家の軍事力を「正しく」行使できるか否かである。
 
中国やロシアが侵略的攻勢をやめない背景には、周辺国を圧倒する軍事力を有していることがある。対する米国は世界最強の自らの軍事力を抑止力として活用すべきだったのだ。
 
南シナ海で中国が埋め立てを開始した2014年2月時点で、米国が断固たる拒否の意思を艦船派遣を通して見せていれば、南シナ海が中国の海になりつつある今日の事態はなかった可能性がある。
 
果たして次期大統領は、軍事力を抑止力として活用できるか。そのためには次期大統領は軍事を正しく理解していなければならない。
 
核兵器は戦争回避の手段である。あまりに危険であるために使えない兵器なのだ。トランプ氏のように、いきなり戦術核兵器の使用を示唆するなどもっての外である。
 
大統領候補指名争いに参加している人々の経歴を見て気が付くのは、全員に軍歴がない点だ。民主党のヒラリー氏もバーニー・サンダース氏も、共和党のトランプ氏もテッド・クルーズ氏も、全員そうだ。12年のオバマ氏対ミット・ロムニー氏の闘いは、1944年以来68年ぶりの軍歴のない政治家同士の闘いだった。

かつては軍歴のない政治家、とりわけ大統領は批判されがちだったが、世界最強の軍事大国、米国は様変わりしたのである。
 
軍に志願すれば一般社会に出るのはその分遅れ、実績づくりも出世も遅れがちだ。それでも多くの米国人は、なぜ強大な軍事力が必要か、軍事力の究極の目的は抑止にあり、軍事力を抑止力として生かすにはどのような慎重さが必要かを実地で学んだ。

そのような体験をした人物が1人も候補者の中にいない。
 
ISへの核使用という軍事力むき出しの考えを示唆するトランプ氏を生み出した背景に、いかなる軍事力の活用にも否定的だったオバマ大統領の存在がある。両氏共に指導者としては失格だと思うが、中国やロシア、ISはこの米国の混乱を利用しようと身構えている。

このような時代だからこそ、私たちはこれから自国の防衛をどうすべきかを真剣に考え、自衛力を強化しなければならないのである。

『週刊ダイヤモンド』 2016年4月2日号 新世紀の風をおこす オピニオ
ン縦横無尽 1127
                 (採録:松本市 久保田 康文)


◆『そうだ難民しよう!』の衝撃

伊勢 雅臣



サヨク・プロパガンダの嘘を暴き、真実を伝えるホワイト・プロパガンダ。

■1.「そうだ 難民しよう』

『そうだ難民しよう!』というインパクトのあるタイトルの本が売れている。その中のイラストでは、上目遣いの何かを企んでいるような美少女が大きく描かれ、こんなセリフが掲げられている。

 安全に暮らしたい
 清潔な暮らしを送りたい
 美味しいものが食べたい
 自由に遊びに行きたい
 おしゃれがしたい
 贅沢がしたい
 何の苦労もなく
 生きたいように生きていきたい
 他人の金で。
 そうだ
 難民しよう! [1,p26]

著者のはすみとしこ氏は、この次のページで「より豊かな暮らしを求めて欧州へ移動する『偽装難民』を椰楡した作品」と解説している。

その文章の下には、次のような注釈が書かれている。

賛否両論の声 自称反差別団体のメンバーたちは「ヘイトスピーチ」などとレッテルを貼って、この絵に対するバッシングを繰り返した。さらに日本の反日英字新間が批判的な記事を書いたことで「海外からも批判を浴びている」と主張している。

しかし、英国BBC放送などは両論併記しており、読者の大半は好意的な意見を寄せている。彼らも偽装難民の被害者だから当然である。[1,p27]

■2.「難民への侮辱だし、人権への挑戦ではないか」

ネットでの「バッシング」の様を見てみよう。日本共産党との関係があるSEALDs[a]の奥田愛基氏の「難民の話で、こういうのがFacebookでシェアされてた。あり得ないでしょ。見つけたらFBに報告で。」という発言から、次のような意見が発信されていた。[2]

「まあもう日本滅べっていいたくなる五秒前だな。」

「これ作った奴とか、これをシェアしている奴を全員日本から追い出して、代わりに難民を受け入れたら、日本はさぞかしいい国になるだろうと思う。」

「難民を憎悪してしまう倒錯した被害者意識ってやっぱし病気としか思えないな…これ作る奴や面白がってシェアする奴らはどんな世界に生きているんだ。」

「これは、しゃれにならん 難民への侮辱だし、人権への挑戦ではないか」

というような発言が延々と続く。その内容には事実や論理はまるでなく、「擬装難民がいる」という指摘への反論にはなっていない。感情的な「バッシング」そのものである。


■3.「偏見と憎悪の扇動に加担すべきではありません」

さらに「ヘイトスピーチと排外主義に加担しない出版関係者の会」なる団体が、この本の出版計画を事前に知って、抗議声明を出した。「人権侵害のおそれのある出版物に関しては慎重な流通が求められます」「偏見と憎悪の扇動に加担すべきではありません」と、業界団体と書店に呼びかけた。[3]

同会の事務局・岩下結さんは、新聞の取材に対して、次のように説明している。

我々は差別思想の流布、宣伝を問題視しているので、この本が書店に並んだ段階で差別扇動が達成されてしまうと考え、本が出た後に批判するのでは遅い、先手を打つべきだと考えた。[2]

さらに「表現の自由は最大限に尊重されるべきだが、野放しの自由ではない。人権侵害は許されない」とも語っている。


■4.「そうだ 在日しよう!」

この記者会見では、在日韓国人3世で、のりこえねっと (ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク)共同代表の辛淑玉(シンスゴ)氏も登場し、在日コリアンがターゲットにされているとして、「悪質なデマ以上のもの」と訴えた。

『そうだ 難民しよう!』の最初の章が「そうだ 在日しよう!」である。これまた美少女が、モザイク処理された韓国のパスポートをかざして、うすら笑っているイラストに、こんなメッセージが添えられている。

 特別永住資格
 被害者利権
 カンタンに生活保護
 逮捕されても通名報道
 犯罪しても強制送還なし
 何か困れば通名変えて
 人生リセット
 こんな特権 手放す馬鹿がいるものか
 そうだ
 在日しよう![1,p4]


この章で、はすみ氏は「在日特権」について、次のように述べている。

「通称名」という在日特権が存在する。在日は犯罪を犯しても日本人風の偽名(通称名)で報道され、実名報道はされないことが多い。一方、日本人は犯罪を犯せば容赦なく実名報道されてしまう。これを「特権」と言わずして何と言うべきか。[1,p5]

はすみ氏の指摘は事実であり、なぜこれが「悪質なデマ以上のもの」なのか、辛淑玉氏は根拠も理由も示していない。


■5.「『売るな』という圧力は許せない」

ネットでのバッシングや抗議声明の一方で、アマゾンでは五つ星で4.5の高評価であり、多数の好意的なレビューが寄せられている。2千人以上の人々が「役に立った」とするトップ・カストマーレビューはこう評している。

「売るな」という圧力は許せない。 投稿者 KBブリッジ

賛否がある刺激的な表現であるのは明らかですが、少なくとも自称難民の実質経済移民が大勢混じっていて、あまつさえテロや強盗を行っている現実に、「何かおかしい」と感じている人たちが大勢居るのは事実です。

そういった人たちの少なからぬ本心をまとめたものがはすみさんで、その出版自体を許さないとする運動には絶対に共感することは出来ません。・・・

文句があるなら堂々と言論で戦えばいい。イラストで戦えばいいはずです。その結果はすみさんがおかしいなら、自然と社会から支持を失い、忘れられていくでしょう。にも関わらず、どうして「出版するな、本屋は取り次ぐな」となるのか。本当に理解が出来ません。

度重なる恐喝や嫌がらせに負けず、出版を刊行された著者と出版社に敬意を表します。何度でも言います。「売るな」という圧力は絶対に許せない。[4]


■6.「ドイツか大都市に連れて行け!」

「文句があるなら堂々と言論で戦えばいい」という点は、弊誌も同感である。はすみ氏の本では、イラストとセリフだけではなく、その主張の根拠となっている事実についても言及している。

例えば、シリア難民の問題に関して、「そうだ 難民しよう!」の次に登場するのが「だって私は難民様」で、なにやら企んでいるような上目遣いのイスラム難民母子のイラストに次のような解説がついている。

スウエーデンに移住することになったシリア難民。難民申請の審査が行なわれる間の滞在場所が田舎の村だと判明した途端、「寒い!」「医者がいない!」「ドイツか大都市に連れて行け!」などと言い出し、バスから降りることを拒否するという騒ぎがあった。・・・

スウェーデンは善意で迎え入れようと準備していたのに、まったく失礼な話である。中には「こんな待遇だったら祖国に帰る!」と言い出す人もいたから驚きだ。可哀想なことに難民様に住居を奪われた住民もいる。そのうち職も奪われるだろう。あきらめよう、欧州はもう難民様のものなのだ。[1,p29]

はすみ氏が揶揄したのは、こういう『偽装難民』なのである。これが「ヘイトスピーチ」に当たるのだろうか?

ウィキペディアでは「ヘイトスピーチ」を次のように定義している。

ヘイトスピーチ(英: hate speech)とは、人種、国籍、宗教、性的指向、性別、障害などに基づいて個人または集団を攻撃、脅迫、侮辱し、さらには他人をそのように煽動する言論等を指す。 ̄

「シリア難民はみな怠け者のろくでなしだ。叩き出せ」と言ったらヘイトスピーチそのものだが、「難民の中には、他国の金をあてにして、より良い生活をしようとする『偽装難民』がいる」というのは事実の表明であって、「攻撃、脅迫、侮辱」ではない。

逆に、この本を「ヘイト・スピーチ」だとバッシングする人々こそ、事実も根拠も示さずに「攻撃、脅迫、侮辱」をしているのである。こういう人々が権力を握ると、自分に?合の悪い言説をする人間を逮捕・拷問したり、死刑にしたりする。今の中国のように。


■7.真実を伝えるツール

はすみ氏の「難民の中には偽装難民がいる」という主張は、もし普通の文章として発せられたのなら、これほどのバッシングを受けなかったろう。人目を引くイラストと「そうだ 難民しよう!」というインパクトのあるメッセージの訴求力を、一部の人々が恐れたからこそ、バッシングが起きたと弊誌は推測する。

ある政治的主張を、一般大衆にも分かりやすいスローガンや絵で訴える宣伝手法は「プロパガンダ」と呼ばれる。はすみ氏は「あとがき」でこう述べている。

プロパガンダとは、特定の思惑へ人を誘導する意図を持った宣伝行為の事です。従来サヨク達は、このプロパガンダを巧みに操り、自分たちの利する世の中へと民衆を誘導してきました。音楽やドラマ・映画など、感覚に訴えかけるツールを用いてプロパガンダを行なっていくその手法は、敵ながら天晴れとしか言いようがありません。

人は困難なものより、楽しいもののほうを受け入れる傾向にあります。そして理論より感情が優先されるのです。このため、・・・感情に訴えかける簡単なキャッチコピーに耳を傾けてしまうのです。したがって真実は非常に伝播されにくいのが現状です。[1,p51]

はすみ氏は次のように結んでいる。

プロパガンダで非常に効果的な手法は絵だと考えます。絵は視覚に訴え、一目で様々な情報を脳に伝達し、物事をイメージで捉えさせることができるからです。単純明快、最良最適のプロパガンダツールといえます。

私は私の絵が、真実を伝えるツールとして、皆様に訴えかけ、伝わっていくことを願ってやみません。[1,p51]

この願いのためであろう、はすみ氏は自身の肩書きを「ホワイト・プロパガンダ漫画家」としている。


■8.サヨク・プロパガンダ 対 ホワイト・プロパガンダ

「従軍慰安婦」も「南京大虐殺」も、サヨク・プロパガンダの代表作である事は、弊誌も何度も論じてきた[b]。 サヨク・プロパガンダの最近の好例は「戦争法案」だろう。中国に対する抑止力を高める「平和安全法制」を、冒頭に登場したSEALDsの奥田愛基氏は「戦争法案」と嘘のレッテルを貼って、反対デモを扇動した。

こうしたサヨク・プロパガンダと、はすみ氏のホワイト・プロパガンダには、本質的な違いがある。それは前者は「嘘」で大衆を洗脳しようとするツールであり、後者は「真実を伝えるツール」だという点である。

一般大衆を「嘘」で洗脳しようとするサヨク・プロパガンダと、真実の声に対して「ヘイトだ」とするバッシングは全体主義の両輪である。前者で独裁者は民衆を騙し、後者で真実を伝える言論や報道を封じる。その行き着く先が、かつてのソ連や、現在の中国のような共産主義社会だ。

はすみ氏の「真実を伝えるツール」としてのホワイト・プロパガンダは、我が国の自由民主主義を守るための有効な手段である。

「度重なる恐喝や嫌がらせに負けず、出版を刊行された著者と出版社に敬意を表します」という賛辞を弊誌も贈りたい。

■リンク■

a. JOG(941)日本共産党小史 〜 国民政党なのか、外国工作機関なのか 日本共産党は世界共産化を狙うコミンテルンによって設立され、その資金と指示で武闘路線を歩んできた。
http://blog.jog-net.jp/201603/article_1.html

b. JOG Step 「歴史プロパガンダとの戦い」
http://blog.jog-net.jp/201505/article_5.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. はすみとしこ『そうだ難民しよう! はすみとしこの世界』★★★、青林堂、H27
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4792605377/japanontheg01-22/

2.FB画像投稿「そうだ、難民しよう」
http://togetter.com/li/880547

3. 「こちら人権情報局 『難民しよう!』『在日しよう!』のイラスト本に抗議」、朝日新聞Digital、H28.02.05
http://digital.asahi.com/special/kotoba/jinken/SDI201602028290.html

4. Amazon カスタマーレビュー
http://amzn.to/1PBuzCg

2016年04月03日

◆北朝鮮ついに崩壊…その時日本は

宮家 邦彦



先週末、筆者が所属するキヤノングローバル戦略研究所が政策シミュレーションを実施した。テーマは北朝鮮の金正恩体制崩壊。近未来、同国でクーデターが発生し、内戦の末新政権が発足するという想定だ。

この種の演習は22回目だが、今回は大手SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)企業の全面的協力を得て、さらにリアルなゲームとなった。

参加者は現役官僚から企業関係者や学者、ジャーナリストまで30人を 超えた。各人は日米中韓露の各政府とメディアチームに分かれ、24時間 仮想空間での政治軍事危機を体感した。今回も多くの教訓が得られたが、本稿ではその一部を筆者の責任でご紹介する。

今回は2021年を想定したが、金正恩政権は決して盤石でない。中国 が本気で北朝鮮の政権交代を望めば、それは実現し得ると直感した。

地の利を持つ中国の戦略と行動は明確だった。彼らの戦略目標は北朝鮮国家の維持である。中国チームは北朝鮮新政府の支持と親中派政権の確立に腐心した。軍事面では、北朝鮮内安定化のための迅速な出兵、核・ミサイル確保のための特殊部隊派遣などにより、米韓軍事介入の阻止を最優先していた。

朝鮮半島に派遣される国連軍の中核たる米韓両軍はあらかじめ定められた作戦計画に基づき行動するはずだった。休戦が破られれば、米韓は軍事行動をほぼ自動的に始める。在日米軍は後方部隊として活動を開始、自衛隊もその後方支援を行うことが想定されていた。だが今回の事態は北朝鮮の内戦だ。米国は本格的軍事行動を躊躇(ちゅうちょ)し、半島の現状維持を最優先する。

かくして今回米韓作戦計画は発動されず、米韓日の初動は遅れた。日本はもちろん、米韓間でも、何が戦略的利益かにつき認識のズレがあった。現実の世界でも、欧州や中東で忙殺される米国が北朝鮮内戦に慎重対処し、初動が遅れる恐れは十分あると感じた。

米韓が国連軍として行動できない中、中国は北朝鮮新政権からの要請を理由に、中朝友好協力相互援助条約に基づく派兵を正当化した。危機の際の軍事行動には、常に国際的大義名分を詰めておく必要があることを痛感した。

残念ながら、主要国政府は日本など眼中になかった。北朝鮮政変に際し、日本チームの時間の大半は邦人保護、拉致問題など国内問題に費やされ、国益に関する議論に明確な結論は出なかった。新安保法制があるにも関わらず、自衛隊による軍事力行使の議論は進まず、日本の初動は大幅に遅れた。

しかも、今回のように米国が朝鮮半島危機に慎重に対応する場合は日本としても動きにくい。結果的に、日本は「蚊帳の外」に置かれることが多かった。

最後に、今回のシミュレーションで得られた教訓を幾つか挙げておこう。

日本の国益は、邦人保護だけでなく、中長期的利益を含むことを国民は知るべきだ。

迅速かつ果敢な軍事的決断が全ての結果を左右することを国民は銘記すべきだ。

そうした迅速な決断には政治レベルで、健全かつ正確な軍事知識が不可欠となる。

残念だが危機の際、日本ができることには限界がある。今回も日本チームの議論は、邦人・拉致被害者の保護、サイバーテロによる停電への対処などに多くの時間が費やされた。動きの慎重な米政府に対し日本側から積極的に働き掛けることもなかった。

東アジアが世界最大の経済圏となりつつある今、日本が果たすべき責任の大きさを痛感させられた。

最後に、このシミュレーションに参加・協力いただいた各方面の関係者の方々に対し、心より御礼申し上げる。

【プロフィル】宮家邦彦 みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。

産経ニュース【宮家邦彦のWorld Watch】2016.4.2

◆習近平は支那の災厄

平井 修一



福井県立恐竜博物館によるとこうだ。

<人間よりも大きい脳を持つ恐竜はいません。ティラノサウルスは人間の何倍も大きな頭の骨をもっているのに、脳が入る空間はたいへん小さいのです。ティラノサウルスの大きな頭のほとんどは、物をかむための筋肉が付くための場所なのです。

ティラノサウルスの頭骨内の空間(頭蓋腔/とうがいくう)いっぱいに脳が詰まっていたとしても、530g程度です。人間の成人の脳は平均で1400gありますから、ティラノサウルスの脳は人間のものとはくらべものにならないほど小さいのです>

習近平の脳ミソには「毛沢東選集」しか入っていないから、普通の人の1/3とか1/4しかないだろうなあと思う。小4程度の暗愚だから、やることなすこと全部裏目に出るとは何回も書いてきたが、米国の教授もそういう見方だ。

古森義久氏の論考「中国のアジア戦略が失速、日本への態度も軟化? 強硬な戦略がもたらした“不都合な結果”とは」(JBプレス3/19)から。

<(先に)ジョージ・ワシントン大学のロバート・サター教授による3月9日の講演の内容を紹介した。

サター教授は米国務省、中央情報局(CIA)、国家情報会議などの中国専門官として30年以上を過ごし、中国の対外戦略研究では米国で有数の権威とされている。

サター教授によると、表と裏を使い分ける中国の対米戦略に対して、オバマ大統領がついに正面から批判を表明するようになったという。サター教授はこの講演で、米中関係だけでなく、日本にとっても重要な意味を持つ中国のアジア戦略についても見解を語っていた。

まず中国にとってアジアでの活動はどれほど重要なのか。サター教授は次の諸点を挙げる。

・中国の対外政策は、これまで一貫してアジア地域に主要な注意を向け、アジアでの影響力の行使を最大限に試みてきた。

・中国はアジアで安全保障と主権に関する様々な問題を抱えてきた。なかでも台湾問題を最も重視してきた。

・アジアでの経済活動は、中国の経済全体のなかで最大の比重を占めてきた。

・中国自身は、アジアで確固たる力の基盤を築いていないと他の地域でリーダーの役割を果たせないと判断している。

*強引な戦略によって立場はかえって不利に

サター教授は、以上のような中国のアジア戦略の特徴を挙げた上で、戦略の大きな目標は、米国に対抗し、アジアでの米国の力を後退させる「パワーシフト」だと説明する。

そして、その戦略がこの2年ほどの間にどのような結果をもたらしたのかについて、以下の諸点を挙げていた。

・中国の強引な領有権主張、国内のナショナリズム、軍事力増強、一党独裁体制、一方通行の投資規制などが、アジア諸国のネガティブな反応を強めた。

・習近平主席の「新シルクロード構想」は計画どおりに進まず、パキスタンやインドネシアでの鉱山事業が失敗した。中東と北アフリカへの投資も莫大な損失を生じた。

・東南アジア諸国連合(ASEAN)各国との貿易と投資が伸び悩んでいる。

・韓国、オーストラリア、ミャンマー、台湾との貿易や投資は高い水準にあるが、中国の影響力の増大にはつながっていない。

・アジア諸国の多くが中国との有事を想定した軍事面での「ヘッジ(防御)」作戦を開始し、中国の影響力拡大にとってさらなる障害となってきた。

・オバマ政権の対アジア政策は欠陥もあるが、米国の開かれた国際経済システムやアジア諸国との軍事協力の強化が、中国の立場を不利にしつつある。

*安倍首相「悪魔化」計画は頓挫?

サター教授の見解によると、中国のアジア戦略には以上のような障害が立ち塞がっている。習近平政権は、アジア戦略のこうした「不都合な結果」を修正する必要があると判断し、これまでの大胆な政策や攻勢的な姿勢をある程度緩和させることを最近目指すようになったという。

習政権がアジア戦略をどの程度まで修正するのかは不明だが、中国がアジアでパワーシフトを遂行する能力は決して十分ではないことが、ほぼ立証されたというわけだ。

そのうえでサター教授は、習近平政権が現在アジアで着手していると思われる修復措置を次のように列挙する。

・日本との距離を縮める。
・ベトナムとの緊張を緩める。
・北朝鮮との緊張の緩和を試みる。
・南シナ海での米国やその他の紛争当事国との緊張緩和を試みる。

サター教授は、とくに中国の対日戦略について、「習政権はここ1年半ほど対日姿勢を硬化させ、とくに安倍首相に極端にネガティブなレッテルを貼る『悪魔化』キャンペーンを展開してきた。しかし、その効果があまりないとみてか、安倍非難を減速させてきたようだ」と述べた。

習近平主席の大胆で野心的な姿勢にもかかわらず、現在、中国の対アジア戦略はいくつもの壁にぶつかっている、というのがサター教授による総括である>(以上)

脳ミソがいっぱいあればいいというものではないだろうが、習は恐竜並に「少なすぎる」のだ。発達障害で、対人関係をうまく保てない。他者は敵か、味方か、使用人の3つしかない。田中真紀子と一緒。習は広汎性発達障害の「積極・奇異型」だろう。その症状は――

<他の人に積極的に関わろうとしますが、自分本位な一方的である場合が多いです。自分の好きな話を一方的に話し続けたり、同じことを何度も繰り返して話続けたりします>(発達障害療育の糸口)

支那はこういう病人をCEOに戴いている。排除しなければ潰れるしかない。(2016/4/1)

◆NHK受信料は支払う義務なし

伊勢 雅臣



■朝日への集団訴訟

昨日「朝日新聞を糺す国民会議」が結成された。会場の砂防会館は日本を憂うる人達で満杯。発起人代表は渡邊昇一先生。20人を超える発起人が演壇に立った。私は朝日はまだ本気で謝罪していない。今やインテリが読む新聞ではなくなった、部数が減れば路線変更する、若手の奮起に期待する旨話した。2014年10月26日(日) 中山なりあき@nakayamanariaki

◇◆◇朝日新聞を糺す国民会議◇◆◇朝日新聞を訴えよう!!あなたも紙1枚郵送で参加できる!!2月6日(金)の時点で 17,133通
http://www.asahi-tadasukai.jp http://twitter.com/asahitadasukai
https://pic.twitter.com/qClAYQoO2P 2015年02月09日(月) 稲垣@皇紀2676年 日本国万歳!@inagaki_kt

#朝日新聞を糺す国民会議 原告団14000人突破!!すごいぞ皆、まだまだ募集中だよ!!紙一枚郵送するだけ!!http://www.asahi-tadasukai.jp
http://twitter.com/asahitadasukai
https://pic.twitter.com/JESq1qOYG2 2015年03月24日(火) 稲垣@皇紀2676年 日本国万歳!@inagaki_kt

朝日の集団訴訟で原告団が2万人を越えた。「反省してない」「許せない」という人が集結。慰安婦報道が尖鋭化してるが、朝日の罪はそんな断片的なものではない。つぐない切れない己の罪深さを知れ。

http://www.zakzak.co.jp/society/domestc/news/20150218/dms1502181830013-n1.htm
https://pic.twitter.com/jw8z0TPrQZ 2015年02月19日(木)
KJ@cool_japan1016

まずはこういう運動が起きている事を世間の人に知らしめたい ◆朝日新聞不買運動 https://pic.twitter.com/nEEXLZ71wi 2014年07月28日(月) 丘田@okada014


■朝日への広告は逆効果

朝日新聞信頼度調査 ネット調査母数1366朝日新聞への広告は逆効果 になると答えたの78% 企業イメージの低下につながると答えたのは 80,3%朝日新聞とのタイアップに否定的なのが88.7% 約8割の人が広告 効果を否定し企業は朝日新聞と関わるべきではないと回答 2014年08月28 日(木)渡邉哲也@daitojimari

朝日新聞の売り上げ減少 次のポイントは6月の株主総会 媒体が多様化している中で、企業イメージの悪化と不買リスクがある朝日新聞になぜ広告をいれるのかと株主に質問されて答えられる役員は少ないでしょう。経営者は株主総会のリスクをかかえているのです。 2015年02月13日(金) 渡邉哲也@daitojimari

拡散 ”@JP_Quest: 朝日の広告主に電凸するぞ!朝日新聞を許すな!廃刊まで追い詰めるぞ!朝日新聞大手スポンサーリスト&対応マニュアル
http://ch.nicovideo.jp/spin/blomaga/a602703
https://pic.twitter.com/zw8GXGS6wt”2014年08月31日(日) 日本を愛する日本国民(フォローRT歓迎)@ashitaninareba7

現在、朝日の広告は年間700億円の目標に対し2,30億円足りないと 聞いている。広告局員は営業先で「いま、おたくに広告を出すと社内で問 題になるんだよ」と言われる。知り合いの広告マンが真夜中に「近所の公園でブランコに乗っています」と沈んだ声で電話してきた。Voice26.11川村二郎 2014年11月20日(木)

この朝日新聞の紙面は凄い事態が進行しているということです。土曜日の全15段の広告が自社広告になることはあり得ません。
https://twitter.com/tsuchie88/stats/510669931776446465… 西村幸祐@kohyu1952

支那産毒入り冷凍餃子以降、野菜を100%国産に切替えたリンガーハット。反日捏造報道機関朝日新聞への広告を出さないと発信したアパ。これらへの支援姿勢は一過性で終わらせてはならない。保守派の影響力を示す絶好の機会を無にしてはならない。 https://pic.twitter.com
/wlOuYYmM1b 2014年11月15日(土) kami_joe@kami_joe999

ビジネスホテルに滞在中です。フロント前でよく見かける、朝日新聞の無料配布です。山のように積んでます。余って困ってるのね…
https://pic.twitter.com/vb2EHiMKkf 2014年08月24日(日) すみれ@4sumire


■NHK受信料は支払う義務なし

【拡散】NHKとの受信契約など書いてる人は少ないと思うからこれは画期的な判断!
◆NHKが裁判で「完敗」テレビを持っていても契約書がなければ払わなくていい
http://www.nikkan-gendai.com/articles/view/ews/159102/2
https://pic.twitter.com/QG61o9k5Sb 2015年04月18日(土) 丘田@okada014

【そうだったのか!】裁判官「NHK受信料は契約書がなければ支払う必要ナシ」http://news.livedoor.com/article/detail10020510/… 「テレビを持っていれば支払い義務は生じる」というNHKの主張は裁判で否定された。 https://pic.twitter.com/fl6Ozjom78 2015年04月20日(月) ライブドアニュース@livedoornews

【四面楚歌】朝日新聞が文春の広告掲載を拒否、ボロクソに叩かれる 週刊文春「売国のDNA」 週刊新潮「1億人が報道被害者」読売新聞「朝日虚構検証」 天声嘘語「人は真実を暴かれると怒る」https://pic.twitter.com/rUkFMS2vi5 2014年08月28日(木) 空?日本のこころ@tyo21sky


2016年04月02日

◆領土問題における警察権の行使

大江 洋三



3月29日に安全保障関連法が施行された。

自衛隊は専守防衛組織なので、新たに攻撃訓練が必要で即実施される訳ではない。

「攻撃」は物騒な言葉だが、攻撃のない防御はありえないから、今までの自衛隊訓練が歪だったことになる。

平たくいえば「やられる」と解っていても先に発砲してはならなかった。南沙諸島の現状をみると、中共は単なる埋め立てを通り越して軍事用滑走路まで作ってしまった。これを実力排除しようとすれば、文字通り軍事衝突を招き戦争を招来する。

これには米国政府も及び腰だから、既に南沙諸島は中共の実効支配体制に入ったと解するべきであろう。

慌てたフリピン政府は比・米軍事同盟を強化したが、それこそ泥縄式で何の役にもたたなかった経緯もある。フリピンが同盟秩序を怠った漬けである。

教訓とすれば、尖閣諸島はそうなる前に実力排除せねばならない。

つまり、実効支配される前に実力排除することが自衛隊の新しい任務の一つとなる。

いま自衛隊は上陸訓練をしているが、実力による領土奪還を目指した訓練であることに違いはない。

もちろん、出動の命令権者は内閣総理大臣にある。

一昨年の、大量の中国漁船の小笠原諸島侵犯を見ると、海上保安庁の警察権は単体の不審船排除には効果があるが、集団で押し寄せられるとどうにもならない。それこそ手も足もでなかった。

この漁船の中に実力部隊が交じっていたらと考えると恐い話である。

今後このような事案が発生すると、巡視船の後ろに海上自衛隊の護衛艦がつき、領土保全という警察権を補強することになるであろう。

個別的自衛権で、領土保全は可能という声もあるが、領土的争いを2国間に限定すると意地と意地の張り合いで際限がなくなる。

それに、周辺諸国も他所の争いに巻き込まれたくはない。

というわけで、領土保全は保証人を立てるという意味を込めて、日米軍事同盟という集団的自衛権の行使が望ましい。

因みに「自衛の措置としての武力の行使の新3要件」を採録しておきたい。

* 我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること

* これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと

* 必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと
                     以上

現行憲法から逸脱しないよう配慮した細やかのもので「戦いたくないが戦う」とも読めるが、国防にあたり自衛隊が米軍に代わり第一線を務める宣言書に変わりはない。保証人である、強固な日米軍事同盟が後ろ盾にあることは言うまでもない。
                      (H28,3,30)


◆アカ亡びても思考は残る

平井 修一



日本のアカ=共産主義者は高齢化もあって衰退する一途だ。若者はアカにならない。なぜか。

・共産主義で経済を成功させた国はゼロだ。国際市場で資本主義の製品に完敗した。だから共産主義の国民はいつも貧しかった。貧乏に憧れる人はいない。

・共産主義は一党独裁、個人独裁で、反対者を殺しまくる。自由、民主などの価値観はゼロだ。圧政に憧れる人はいない。

・共産主義はコネ社会である。上層部とコネがなければ、いくら才能があっても浮上できない。機会不均等、夢のない世界に憧れる人はいない。

・共産主義は強烈な監視社会である。常に密告され、収監される恐怖が付きまとう。息苦しい社会に憧れる人はいない。

まあ、こんなものだろう。共産主義=亡国である。歴史が証明している。

(共産主義をイスラム原理主義に置き換えてもぴったりくる。メルケルがイスラム難民もどきを抱きしめるのは根本的な思考=互助・共生とかが似ているからではないか。キリスト教もイスラム教も同根だし)

魅力がなければ若者は寄ってこない。しかし思想傾向としてアカ色は残っている。共生、相互扶助、結果平等を叫んだり、国家・民族否定あるいは軽視、安保軽視とか。

自分は共産主義者です、などと言うと総スカンを食うから、オブラートにくるんで社会主義者です、とか、社会民主主義者ですとか自称するが、実はアカの残党であり、中共の狗や信奉者だったりする。

欧米では近年、1980年以降生まれのミレニアルズ世代が左傾化しているらしい。在英のブレイディみかこ氏の論考3/25「左派に熱狂する欧米のジェネレーションY:日本の若者に飛び火しない理由」から。

<*「努力をすれば成功する」が通用しなくなった若者世代

英紙ガーディアンが「ミレニアルズ:ジェネレーションYの試練」という特集を組んでいる。ミレニアルズまたはジェネレーションY(英国ではこの二つは同義語として使われることが多い)というのは、ジェネレーションXの次の世代、つまり1980年代から2000年にかけて生まれた人たちのことである。

同紙が3月6日に発表した統計によると、過去30年のあいだに米、英、豪、加、西、伊、仏、独の8か国で、25〜29歳の独身者たちの可処分所得が、全国平均のそれと比較して大幅に減少している。

例えば、英国では1979年から2010年までの全国平均の可処分所得の伸びは71%だが、25〜29歳の独身者では38%だ。米国では可処分所得の伸びの全国平均13%に対し25歳〜29歳の独身者では−6%、スペインでは全国平均68%に対し25〜29歳の独身者では−12%になる。

さらに、米、独、加、仏、西の5か国で、25〜29歳の可処分所得が30年前と比較して実質的に減少していることも明らかになった。

また、Ipsos MORIが行った調査では、英国の人々の54%が、今日の若者たちの将来の生活水準は前の世代より低くなっているだろうと答えている。

これらの調査結果を受け、政府の社会的流動性調査委員会の代表、アラン・ミルバーンは、「このままでは英国は永久に分断された国になる」と警告する。「上の世代より下の世代の未来のほうが明るい」「努力をすれば成功する」という中高年が信じてきた考え方は完全に過去のものになったという。

保守党政権の委員会の代表でさえ以下のようなことを言う時代だ。

「残念ですが、それはもはや通用しないということを示す非常に説得力のあるデータがあります。これは国の社会的一体性に重大な影響をもたらします。この国は、どんな社会になりたいのかという実存的危機に直面しているのではないかと思います」

オズボーン財務相は2020年までには9ポンドの「LIVING WAGE(生活賃金)」を導入すると言っているし、昨年、大きな物議を醸したタックスクレジット(低所得者保護の税額控除)削減も、拍子抜けするほどあっさり取りやめた。

「保守党がだんだん赤くなってきた」と揶揄される背景には、前述のようなデータの数字に加え、泡沫候補として笑い者にされながら大勝利をおさめて労働党党首になったコービンの存在もある。

*なぜ「選挙にいかない世代」だった若者が左派に熱狂するのか

「選挙に行かない世代」と言われて政治に放置プレイされていた若者たちが、大西洋の両側で不気味な政治勢力になりつつある。英国のコービンをはじめ、スペインには結党2年目で第三政党になったポデモス、米国にも大統領候補指名レースで思わぬ善戦をして多くの人々を驚かせているサンダースがいる。

彼らを熱狂的に支持しているのがジェネレーションYだ。

就職難、将来性のない仕事、ハウジング・クライシス(平井:住宅難?)、借金、下落する生活水準、結婚や子供なんて望めない。先進国では、どこの国の若者も同じような問題を抱えている。

ガーディアン紙のオーウェン・ジョーンズは、若者はけっして「政治なんてどうでもいい」と思っているわけではないという。ただ、あまりにも長い間、彼らに関係のある事柄が政策メニューに上らなかったため、自分が抱えている問題と政治をリンクさせることができなくなったのだという。

しかし、コービンやポデモスやサンダースが、彼らの問題をダイレクトに解決する政策(「大学授業料無料化」「手頃な家賃の住宅の大規模提供」など)を打ち出してきたため、「こんなに自分が辛かった理由は政治だったんだ」と気付いたのである。

また、ジョーンズは、ジェネレーションYが左派を支持する理由は、「若いから理想に走っている」ということではないし、「人は加齢すると保守的になる」という説も怪しいと考察している。

例えば1984年と1988年の米国大統領選では、若い有権者がレーガンや小ブッシュに投票したし、英国でも1983年の総選挙では多くの若者がサッチャーを支持した。つまり、中高年は若い頃の考え方をそのまま維持していると考えるほうが自然で、ジェネレーションYは違う考え方を持っているというのだ。

自らを社会主義者だというサンダースは米国の政治家としては例外的に稀なタイプだ。だが、65歳以上の米国人のうち15%が社会主義に対してポジティヴな見解を持っているのに対し、18歳〜29歳の層では36%に上がる。これは、資本主義に対してポジティヴな見解を持つ同年代より3%少ないだけだ。

*日本の若者にも溜まるマグマ、これに応える経済政策はあるのか
今年の冬は1カ月ほど日本に滞在した。

「欧米のような左派が日本にも現れたら」と複数の人々が言っていたが、少なくとも、コービンやサンダースやパブロ・イグレシアス(西のポデモス、英語で「We can」の党首)が日本に出現している気配はなかった。

とは云え、これらの指導者たちは「きっかけ」になっただけで、その前からジェネレーションYのマグマは地中でぐつぐつと滾り、きっかけさえあれば一気に噴出しそうなムードは2011年(ロンドン暴動、スペインのM15運動の年)ごろからあった。

日本はどうなっているのだろう。

日本滞在中、エキタスのメンバーたちに会った。「最低賃金1500円」という、「民主主義を守れ」より遥かに具体的で、それゆえさらにボロクソに叩かれそうなスローガンで運動している若者たちだ。(平井:日共民青シールズと同類)

わたしはずっと、欧州の若者たちの反緊縮運動のような「金の問題」を訴える運動が日本に出てこないのは、まだみんなリッチだからなんだろうと思っていた。が、どうもそうではないらしい。いろいろ話を聞いていると日本のジェネレーションYを取り巻く状況も欧米と同時進行で推移している。

が、本人たちがそれを意識していないというか、受難の当事者意識がないという。(平井:金が欲しければ必死で働けばいい、と若者も思っているのではないか。これはごく自然なことだ思うが)

エキタスの藤川里恵さんはこう言った。

「『考えたくない』んだと思うんです。考えたら、先を考えたらもう終わってしまうんです。本当は中流じゃなくて貧困なんですけど、貧困っていう現実に向かい合うと終わっちゃうから・・・・。労働問題とかを自分のこととして考えることをすごく嫌がるんです。だから、友達と話をするときに、そういう話題を出せない」

「私は23歳で貧困の当事者なんですけど、『私は貧困だ』ってあえて言ってるんです。そうすると私より収入が低い人とか私と同じぐらいの収入、生い立ちの人はみんな貧困っていう定義になるんじゃないかと思って。どう言えばいいんですかね…」

同じくエキタスの原田仁希くんはこう言った。

「貧困運動とかって(精神的・身体的・金銭的)ケアとか、やっぱり貧困問題いっぱいあるんで、もう(船に)流れ込んでくる水をひたすら掻き出してるような感じなんです。『これじゃ、間に合わない!』。これじゃ間に合わないから、ちょっとインパクトの大きいものにしなくちゃいけない」

日本でもジェネレーションYのマグマはふつふつと湧いていた。(平井:おいおい、ほとんど妄想ではないか)

が、日本の野党はこれに応える経済政策を出しているだろうか。(平井:おいおい、野党はただのバカだぜ、政策は「安倍を引きづり降ろせ」しかないのだから。日本をどうしようという青写真はゼロ。これくらいは基礎知識として知っておかないと・・・)

英国に戻ったわたしを追いかけるように届いたのは松尾匡という学者さんの「この経済政策が民主主義を救う」だった。同著によれば、欧米と日本では、右派と左派の経済政策が見事なほどねじれているらしい。

日本では、左派・リベラルと言われている政党が「緊縮」派で、欧米の左派のような経済政策(金融緩和、政府支出)をやっているのがアベノミクスだという。

確かに、コービンやポデモス、サンダースら欧米の左派たちは大前提として反緊縮派であるから、松尾さんが書かれている通り、金融緩和に反対したり、弱者を犠牲にしてまで健全財政を目指したりしない。それは保守派がやること(英保守党の政策がその典型)だ。

日本では左派がサッチャーの如くに緊縮を志向し、右派は金融緩和と財政出動はやっても若者のためには金は使わない。となれば、ジェネレーションYは捨てられたも同然だ。

日本のNPO界隈で「若者支援」という言葉がふつうに定着していることは20年間海外にいるわたしにはけっこう衝撃的だった(平井:定着なんかしていないって。それはアカの世界のただの妄想。就職率が高まって学生諸君は皆、喜んでいる)

左右の政策がねじれていてもそれが独自の文化なら、何も欧米をコピーすることはない。が、洋の東西を問わず、左派とは本来、社会構造の下敷きになっている者たちの側につくものではなかったのか。

(平井:左派は貧乏人の味方? ハマスみたいに? ハマスは今は何もしていない。彼らはイスラエルと喧嘩しただけ。負けたから今は何の政策もない、第一、エジプトのイスラム同胞団からの資金、武器供与もないから、何もできない、何もしない)

次の世代はオプティミズムを奪われているということだけが悲劇なのではない。そういうものだと諦めさせられているのが悲劇なのだ。

不公平は不可避だという考えを否定せずに、何が左派だ? コレクティヴ(集団的、組織的)な意志でそれは乗り越えられると信じずに、何が左派なのだ?>(平井:左派≒アカは終わったな、バカな思想でEUは難民だらけ、ボロボロになった。左翼の末期症状。以上)

なんと、世界基準で見ると日本はやはり社会主義国だったのか。与党がギリシャのようなバラマキ左派で、野党は緊縮・財政再建派・・・極東情勢は不可解なり。

欧米の若者がアカを支持するのは共産主義に無知だから。恐ろしさを知らない。簡単に言えば「ただのバカ」。

日本の若者が貧困について(多分、ほとんど)考えないのは、そこそこ面白おかしくやっていけるからだろう。彼らは結構のんびり育った。大学はテーマパークだし、いい会社に就職できなくても、結婚して家庭を持つんだ、マイホームを買うんだ、出世するんだという上昇志向を捨てれば(持たなければ)そこそこ快適に暮らせる。

娯楽はいっぱいあるし、一人暮らしを応援するコンビニはあちこちにある、「お一人さま、いらっしゃーい!」。趣味の世界に没頭できる。AVもソープもデリヘリもある。まったく不自由しない。月に20万円もあれば十分だ。

老後はどうするか? 親と同居すればいい。親もそれを求めているだろう。親はそこそこ資産がある。振り込め詐欺に喜んで貢いでいる。親子ともどもただのバカ。

「日本でもジェネレーションYのマグマはふつふつと湧いていた」って・・・みかこさん、「遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけん・・・日本ではジェネレーションYのマグマはちょうどよい湯加減だった」と書くべきだったな。

蛇足ながら、先進国は高度成長の時代は終わったのだ。今は低成長だからパイは増えない。中年層も厳しい。アカの労組のために若者を優先的に雇用することもできない。

若い時に手に職をつけるべき。市場が求める人材になることだ。借金して大卒になっても供給過多。中高卒で職人になった方が余程いいと思うのだが。よく考えた方がいい。デモと集会に明け暮れていたら、まあ、貧困のままだ。当たり前。アカから抜けた方がいい。(2016/3/31)


◆親鸞と『酒井友哉』 E

〜生き仏の講話:シリーズ ― 酒井友哉〜

浅野 勝人  (安保政策研究会理事長) 



一番最初に赤山に下りて行った時に赤山の神社の所で、「本日から赤山苦行に入りました酒井行者でございます。昔からの言い伝え、口伝によりますと苦しみを乗りこえて、この『行』を自分一人で成し遂げますと、来年の京都の大回りの時に赤山明神がものすごいお力になってくれるということを聞いております。

今日からどんな事態がおきましても絶対に人の手を借りず、自分でやり抜きます」というようなことを誓ったわけです。体(てい)のいい願掛けみたいなものです。

ところが本番になったら、自分の不注意から動けないほどの重傷を負って、一人でやり抜くのが難しい事態にぶつかっちゃったわけです。

黙ってても半端な様子じゃないことくらいみんな知ってますから、周りの人たちが手伝いましょうとか、せめて坂を上る時、下(お)りる時に応援したいと言って下さるんですが、神様と仏様に約束したことだから手伝っていただくわけにはいかないんです。

皆さんの申し出をお断りしながら、ずーと自分で突っ張っていたんだけど、その間、さっき言ったようにリンパ管が腫れるわけでもなく、破傷風になるわけでもない。一生懸命がんばっていられるんです。

これは本当に自分以外の自分がどっかにいるんだ。それを人々は神様だとか、仏様だと言うんだ。仏様とか神様っていうにはこうゆうことなんだ。

本当の姿は、これと違うのかもしれないが、詰まるところ神様や仏様は自分の心の中においでになるんだ。だから自分が頑張らなかったら、神様や仏様には出会えないんだと自分で知ることになったわけです。

今でも家(うち)にいろんな人が見えて、いろんな話をしているうちに「阿闍梨さん、わたしネ、コーヒー飲むのやめたんです」「何でやめたの」「なんとかかんとかで願かけてるんです。それでやめたんです」

ある人は「水以外のものしか飲まないことにしたんで、水呑むのやめる願かけた」って言うの。

「ちょっとあんた待ちなヨ。願かける、願かけるっていうけど、知ってんのか、願って。自分の経験から言ったら、願をかけるっていうことは、仏様と自分の命のやりとりなんだヨ。仏様に言うこと聞いてもらおうと思ったら、自分は一生懸命やらないと駄目だ。それに負けちゃったら、自分も命を落としてこの世からいなくなるんだヨ。そうゆうことからいうと、本当の願かけるってぇーのは生涯一回しかないんだ。

あんたはコーヒー1杯で命をやりとりしなきゃなんないのか。水の一杯で命をやりとりしなきゃなんないのか、よく考えてみナ。そんなことを言わないで、お願いしますと言えばええんャ。私はこれこれこうゆう訳で今日からコーヒーとか、お水を断ちますけど、お不動様でもええし、お地蔵様でもいいやナ。どうぞ私にお力をお貸しくださいませって言って、一生懸命やれば、それが一番いいことだ。

願をかけるっていう時は、一生に一回しかないんだから、一回かけて成功したらもうあとは効かないヨ。ダメだった時は、自分が死ななきゃならないんだからネ。」言ったら、「わかりました。今度からもう願かけたって言いません。お願いにまいります」って。

結局、本当に全力尽くしてやるだけのことやったら、初めて自分以外のもう一人の自分の姿が現れて来る。それが仏様とか神様の存在なんだってことですよネ。ですから何事もあきらめないで一歩づつ一歩づつ全力を尽くして進んで行くっていうのが何よりも大切なことなんですネ。

「千日回峰行を何でもう一遍やるんですか」っていうことなんですよネ。

何でもう一遍やるんですかってことじゃなくて、本当のこと言うと、やることがなかったんですヨ。人間っていうのは、得手と不得手のものがある。これをクリアーして次のものをやってくれっていう器量のある人だったら進んでやればいいわけ。

僕には、そうゆうものが何もない。歩く以外に何もなかったわけですヨ。なんで同じことをもう一遍やってんのかって笑われたって、自分がそれを一生懸命やればええんじゃないのか、そうゆう風に思っただけのことです。

それがどこからきたかっていうと、結局、自分の住んでる寺房からですネ。草鞋を履いて、ずーと山を回るでしょ。帰って来てわらじを脱ぐとボロボロになっててもう使い道がない。明日はまた新しいわらじを履いてスタートして行くわけです。

スタートして、動いて、家に帰ってくるまでの間は何だろうかっていうと、それは拝みながら活動している姿なんです。「動」の姿なんです。動きの世界。

一生懸命拝んでるつもりだけど、つまらないことを思い出したり、考えたりしながら歩いてる。

たとえば歩いてるうちに、蝋燭が切れじゃったから新しいろうそくを注文しとかにゃいけないやとか、そんなこと拝む時に関係ありゃしないんだよネ。それから、ああ米が切れてるから米屋に言わなきゃいけないナ。なんてつまらないことを思いながら帰って来る。

帰って来てボロボロの草鞋を脱いだら、その日の行動はすべてそれでお終いなんです。ひと晩休息して、明日また新しいわらじを履いて出て行く。そのくり返しは「動」の後の「静」。動きから静の世界に入ってまた動に連なる。 <続く>