2016年03月28日

◆私の「身辺雑記」(327)

平井 修一



■3月25日(金)、カミサン休み、朝7:30は室温14度、トリプルAの素晴らしい快晴、風は冷たいがハーフ散歩。客の少なくなった農協市場(水、金)で野菜を買う。

市場ではいつもババア、時にヂヂイが行列をなして狂気のように買い漁っている。小生は「美味いものは日本中、世界中から東京に集まるから静かにしていればいい。『名物に美味いものなし』、全国区になれなかったB、C級物産が地方特産だと騒いでいるが、それに群がるのは小4のガキだ、本当にあさましい連中だ」と冷ややかに見ているが・・・テレビ脳、民度が低すぎる、脳みそ不満足。

五体不満足でも六番目のアッチが元気で良かった。みなホッとしているのではないか。隠し立てせず、奥さんもサポート。半年もすればブランド力は戻る。小生の講演料は15万円だったが、五体不満足レベルの客寄せパンダは最低100万円だろう。奥さんが速攻で旦那を擁護したのは打ち出の小槌を守るためだ。「金目でしょ?」そんなもんだろう。

毀誉褒貶。話題になるうちが華、誰も追いかけてこなくなればオシマイ。ヤクザな商売、損得勘定はどうなんだろう。パンツ脱がされて積木崩しになりかねない。割が悪いと小生は思うが・・・(子供が上手く育たん)

目立ちたい人、隠れたい人。小生は中核派の兵隊だったから、本能的に「地下深く潜って爆弾を仕掛けたい」という匿名性の思いがあるが(このブログもそんなものかも知れない)、猿山のトップに立ちたいという人も多いようだ。

辣椒(ラージャオ、王立銘)氏の論考「「トランプと習近平が築く“高い壁”」(ニューズウィーク3/23)から。

<昨日ベルギーの首都ブリュッセルで発生し、世界を震え上がらせた連続爆破事件はすでにIS(自称イスラム国)が犯行声明を出した。

今年1月、アメリカ大統領選の共和党指名レース候補者ドナルド・トランプは、貧困地区がテロリストの温床となっているブリュッセルが「地獄のような場所」だと批判した。彼の批判はベルギーメディアに嘲笑されたが、その懸念は2カ月後に現実になった。

アメリカで新たな孤立主義が台頭し始めたのには理由がある。もしトランプが本当に大統領に当選して選挙公約を実現したら、アメリカは自国の高い壁の中に引きこもることになるだろう。

世界の警察官としてのアメリカがいなくなり、ヨーロッパと極東の防衛が放棄されたら、ISや中国共産党、ロシア、北朝鮮のような危険な政権に脅される国は自分たちを守るすべはあるのだろうか。

中国はかなり前からネット上に高い壁を築き、国民が世界と自国の真相を知ることを妨害してきた。景気後退が深刻化するにつれ、中国で数年内に社会危機が起きる可能性が徐々に大きくなっているが、習近平政権はそれを見越してドル流出と、公務員の海外旅行の自由を制限。

増えるばかりのデモと抗議活動に対応するため、弁護士とNGO組織、政府と意見の異なる人々への前例のない弾圧を続けている。

また経済の難局を切り抜け、崩壊寸前の中国をコントロールするため、習近平は計画経済への回帰を選択しようとしている。未来の中国は北朝鮮のような閉鎖的な国家になるかもしれない。

一方、アメリカではメディアこそ激しいトランプ批判を繰り広げているが、ISのヨーロッパでのテロが続くに連れ、トランプの孤立主義政策を支持する有権者が増えている。

2つの目的の異なる高い壁が2つの国家の果てしなく長い国境線に築かれようとしている。1つは国民の行動の自由を妨げるものだ。習近平は中国の人権問題を非難する人に対して、堂々とこう語っている。「これは我が国の内政問題だ。あなた方には関係ない!」。

もう1つの壁は人々が自由にアメリカに入ることを拒否するものだ。トランプは世界に向かってこう語った。「それはあなた方の問題だ。われわれには関係ない!」

この2つの壁はそれぞれの国家の未来だけでなく、日本の未来に影響しかねない>(以上)

習もトランプも孤立主義? 習は追い込まれて、トランプは戦術として?・・・そんなものかもしれないが・・・トランプは頭がいい。

「トランプは4回も破産したじゃないか」と言うバカがいるが、米国企業はチャプターイレブン=会社更生法をしょっちゅう申請する。一流のGM、デルタ航空などなども。七転び八起きなんて珍しくない。

で、君は何回チャレンジしたの? 一度もピッチに出たことがない? You are fired!

習近平は頭が悪い。「計画経済への回帰」・・・1950年代の、スローガンだけはいっぱいあるけれど食糧をはじめナイナイヅクシの時代へ戻れってか。完全に頭がイカレテいる。年内ももたないのではないか。

さて、同じく完全に頭がイカレテいるISをいかにせん。強硬論が出始めたのは大いに結構なことだ。フレデリック・ホフ/大西洋評議会中東センター上級研究員の論考「【ブリュッセル・テロ】アメリカは地上部隊投入でISの“本国”を叩け」(ニューズウィーク3/23)から。ホフはオバマ政権の前シリア問題上級顧問。軟弱オバマとはソリが合わなかったろう。

<CIA(米中央情報局)のジョン・ブレナン長官はこれまでも、ISはヨーロッパだけでなく北米でもテロ攻撃を行おうとしていると警告してきた。ラッカの「偽のカリフ」ら一派にその準備時間を与えるのは、選択肢としてあり得ない。

その提案は、ここ1年ほど検討対象に挙げられてきた。アメリカ主導の有志連合による地上部隊を組織し、シリア東部に進軍してISメンバーを殺害することだ。

戦争及び戦後の安定化計画に同意するあらゆるシリア反体制派を糾合すれば、ISの壊滅後、同国東部に行政機構を築くこともできるだろう。シリアでISを壊滅させれば、難民危機は緩和され、隣国イラクで活動するISの消滅も早まるだろう。そして、ISのような負け犬と手を組めば破滅への片道切符を手にするだけだと、信じやすいテロ志願者たちも理解するはずだ。

時間の猶予はない。シリア和平協議がうまく行ってシリアの独裁者バシャル・アサド大統領さえ退陣すれば、新生シリア政府はISから同国東部を取り戻すことができる、という楽観派の考え方も理論的には正しいかもしれない。だがロシアとイランはアサド体制を支持し、軍事支援も行ってきており、アサド退陣はほとんどあり得ないシナリオと言わざるをえない。

ISがアメリカ本土を攻撃してくるのを待ち、アメリカ単独で報復するのもひとつの手だろう。だが、なぜ待つのか。なぜ、アメリカ単独でなければならないのか。

本格的な有志連合を組織するための外交努力を惜しんではならない。これまで何カ月も議論されてきたが、一刻も早く組織し、血に飢えた犯罪者たちを殺害すべきだ。

ブリュッセルから届いたのは、「敵は時なり」というメッセージなのだ>(以上)

ぐずぐずせずにさっさと殺せ、ということだ。まるで小生のように過激だ。しかし、保安官バッジを外したオバマがランボーになってM60機関銃を撃ちまくるなんていうことは、残念ながら、まあ「あり得ないシナリオと言わざるをえない」。アカ脳が除染されているのは結構だが、この辺がまだまだ甘いな。

軟弱日本ができるのはせいぜい警備を強化するぐらいだが、米国の諜報機関から重要テロ情報を得られるようにしておくことだ。ISへ参加しようとしたMMの情報も捕捉できなかった。ザル。大丈夫か?

100人くらい殺されないと政府も国民も目覚めないだろうな。慢性重度平和ボケ症候群・・・70年間病膏肓だから眠りっぱなしかも知れない。先覚者が大声を上げ続けるしかないか・・・憂鬱。地下に仕掛けた腹腹時計、そのうち大音響で爆発し、民共、連合のアカを駆逐するだろう。

それで多少は目覚めるか。自民党は「無党派層は寝ていてもらった方がいい」。治まる御代はそんなものか。ただアカは駆除する。中共のような大きいアカも、代々木やイオンのような小さなアカも、完璧に除染する。

この戦争は必勝だ。現場の兵隊の勘、皮膚感覚。英国オッズも我に賭けるだろう。♪いざ戦わん、いざ、奮い立て、いざ、インターナショナル、我らがもの

独ではAfD大躍進、仏ではルペン元気、アジアでは越比など無数の柴犬モドキがドラゴンのあちこちに噛みついている。マレーシアも尻尾に噛みつき始めた。カンガルーも蹴飛ばし始めた。羊も警戒感を強めている。日英同盟は復活するだろう。

習こけて 七つに分国 北京晴(修一)

中南海除染後、来年の秋には、高層ビル裏の胡同、四合院を観光し、申ちゃん(長女の友達)お勧めの店で北京料理を楽しみたいと思っている。

習夫妻の墓はどこにあるのだろう。習の原籍は父・習仲勲(副総理)の故郷・陝西省富平県だが、父の中央宣伝部長在任中の1953年に北京で生まれている。もしかしたら習の小便塚が北京にあるかもしれない。その際にはたっぷり供養したい。

■3月26日(土)、朝6:30は室温14.5度、今日も花曇/晴、ハーフ散歩。遊歩道にはブルーシートが6つほど。花見にはちと寒い。

おお、ついに日本でもこういう論考が出るようになった。時代は大きく変わったのだ。日本戦略研究フォーラム政策提言委員/軍事・情報戦略研究所長・西村金一氏の論考「テロ事案に遭遇した場合、自分の命を守るためどうすべきか」3/23から。

<テロによる銃の射撃に直面した場合には、とにかく、テロリストの視界から瞬時に消えることだ。つまり、物陰に隠れ、あるいは地面に伏せることだ。

最近のテロの事案をみると、テロリストがチュニジアでバスを狙った場合ではバスのボディでなく窓ガラスを、シャルリーエブドの事件でもパトカーの窓ガラスだけに銃弾が当たっていた。

つまり、テロリストは人が見えるところを狙っているのだ。

自分の命を守る基本的な教育を、私達日本国民はほとんど受けていない。故に知識がない。また、テロ対策の訓練をしていないので、とっさの時に体が動かない。

では、個人として何ができなければならないか、テロに遭遇した場合の対処法を知っておくべきだ。対処法には拳銃と小銃の違い(平井:パンパンかダダダダか)、小銃の音やその方向や距離によって対応が異なる。また、爆発物や化学剤などによっても対応が異なる。

そこで、それぞれについて、個人としてどうすべきか簡単に説明する。

【小銃射撃の場合】

1:現場の空気感を掴む

通常状態か異常な状態なのか。普段と異なる空気を感じ取れば、危機対応のスイッチをいれる。

2:その方向を見る

何が生起しているのか自分の目で確認する。異常事態であれば、身を隠すか離れる行動を始める。

3:銃声が聞こえれば、遠いのか近いのかを聞き分ける

銃声と反対の方向に逃げる。できれば、拳銃か小銃かを見分ける。拳銃であれば20メートル以上離れていれば当たらない、だから走って逃げる。

4:小銃は狙って射撃すれば命中する可能性が高い

だから、まず近場の物陰に隠れ、視界から消える工夫をする。自分から音や光を出さない。自分が助かりたかったら、「キャー」「わー」の声や、「バタバタ」の足音を出さない。戦場などでは、誰もが声や音に敏感に反応し、その方向を向いてしまう。テロリストの視線を自分に向けさせないことだ。

テロリストが狙って撃つまでには概ね3〜4秒かかるので、3秒走って物陰に隠れる、また3秒走って物陰に隠れるなどして逃げることだ。

5:銃弾は、下よりも上に上がりやすい

小銃射撃の反動で銃口が上を向くからだ。射撃の経験があって銃を腕と腰でしっかりと支えなければ、腰よりも下を撃つことは難しい。だから、できるだけ下の物陰に隠れ、低い姿勢をとると当たる確率が下がる。

6:数人のテロリストが小銃で連射

物陰に隠れて、音を出さないように潜んでいることだ。

【爆発物の場合】

とっさに伏せる。そうすれば、飛んでくる爆発物の破片やガラスが自分に当たる確率が減る。できれば、伏せながら両手で目と耳を覆うこと。目が負傷すると、何もできなくなるからだ。ホテルの部屋などで、厚い布地のカーテンがあると、飛んでくるガラス片などを止めてくれる。

【化学剤・核物質の散布の場合】

人が瞬時に倒れるのであればサリンの可能性があるので、その場から離れ、出来るだけ風下にいないこと。

撒かれたものが油(茶色か茶褐色)のようなものであれば、マスタードガスの可能性があるので、絶対に触らないこと。近くで臭いを嗅がない。それを吸い込むと肺がやられてしまうからだ。

粉状のものは、核物質の可能性があるので絶対に触らず、その場から立ち去ること。

皆さん、上記のことを、一度は訓練してみましょう>(以上)

西村金一氏のプロフィール:

1952年、佐賀県唐津市生まれ。陸上自衛隊少年工科学校生徒(14期)入隊、法政大学(文学部地理学科)卒業、幹部候補生学校修了。幹部学校指揮幕僚課程(33期CGS)修了。

第1特科連隊、第1空挺団、防衛省内局・統幕事務局・陸幕・情報本部等の情報分析官、防衛研究所研究員。第12師団第2部長、少年工科学校総務部長、幹部学校戦略教官等として勤務。

定年退職後、三菱総合研究所国際政策研究グループ専門研究員3年。ディフェンス・リサーチ・センター研究委員3年。平成27年5月「日本安全保障・危機管理学会賞」受賞。

散歩の際にこの訓練をしたら「怪しい老人」と通報されそうだし、アキレス腱を痛めたりして・・・それでも生存率が高まる方がいいわな。伏せろ!隠れろ!現場を離れろ!だな。Let's try!

■3月27日(日)、二度寝の朝9:00は室温15度、ちょい寒い、花曇ときどき晴。朝帰りのニッカボッカー男二人、小さい方は茶髪女をおんぶしている。元気なのはいいが・・・大丈夫なのか。

スーチーは大丈夫なのか、信用できるのか・・・なんぞの時は息子のいる英国へ逃げるような気がするが・・・行政、立法の経験ゼロ、閣僚重要4ポスト独占・・・スーチー独裁政権みたいで・・・かなりヤバイのではないか。胡散臭い。

軍事力を背景にした“強権”でないと治まらない国は多いだろう、タイとかエジプトとか。戦前の日本には選挙と関係ない貴族院、枢密院があり、これが多分、スタビライザーになっていたのだろう。ミャンマーは上手くいくのかどうか。

池永達夫氏の論考「ミャンマー、軍が兵舎に帰る日」(世界日報/3/24)
から。
 
<ミャンマーで軍人出身以外の文民大統領が就任するのは1962年のクーデター以来初めてのことだ。NLD(国民民主連盟)が主導する新政権は民主化された新生ミャンマーとして、とりわけ欧米諸国の期待は高い。

だが、皮肉なことにこれから存立が危うくなるのは、本来の民主化勢力なのかもしれない。拙速を戒め、求め過ぎず自制を利かせることが大事だ。

議会制民主主義の政治形態を取るとはいえ、ミャンマーの政治原則は4権分立だ。「司法、立法、行政」に「国軍」が加わる。とりわけ今もなお、国軍の力は絶大だ。

国軍は国会議員の4分の1の固定枠を持つと同時に、非常事態になれば大統領に代わり国家の全権を掌握する特権を持つ。

その伝家の宝刀を抜くかどうか決めるのが11人のメンバーで構成される「国防治安評議会」だ。この中で軍は国軍司令官が指名できる国防、内務、国境大臣ら6人を掌握している。いわば軍がその気になれば、いつでも非常事態を宣言でき、軍政を敷くことが可能なのだ。

元ミャンマー大使の山口洋一氏は「下手をすると(NLDスーチー政権は)日本の民主党政権になる」と懸念を隠さない。

2009年、民主旋風に乗って総選挙で圧勝した民主党政権は、欠落した統治能力をさらけ出してあっという間に失速していった経緯がある。

スー・チー氏率いるNLD新政権が「安全と自由」を担保しながら「繁栄」へのリーダーシップを発揮する実務能力を示せなければ、日本で自民党政権に回帰したように、伝統的政権担当者であった軍が返り咲く可能性は否定できない。

軍が兵舎に帰る日は、まだまだ遠いと覚悟しないといけない>(以上)

どうも小生もそんな気がしてならない。スーチーが多数派ビルマ族(分断統治の英国統治下で被抑圧民族とされた)と少数民族(英国により支配民族になった)との和解を進めた形跡はないし、むしろ軍は国名を「ビルマ」から「ミャンマー」に変えて、(笹川陽平氏などの力を借りながら)和解へ努力していたと小生は見ている。

スーチー政権は初心者マーク付きだ(それどころか運転したことがない)。事故を起こしかねないと(アカ以外の)世界はヒヤヒヤしながら見ているだろう。オッズはどうなのか、小生は1年もたない方に1万円。

すっかり晴れたので昼にハーフ散歩。花見宴会で遊歩道は歩けず。そこそこの人出。(2016/3/27)

◆「髪毛黒生」駅の大ヒット!

馬場 伯明



正月の産経新聞(2016/1/4)に思わず膝を叩いた。その見出しは《 頭髪が気になる人に御利益?銚子電鉄に「髪毛黒生」駅誕生 》とあった。概要を次に記す。

《 廃線の危機を救った「ぬれ煎餅」で知られる銚子電鉄(千葉県)に、頭髪が気になる人に『御利益』がありそうな駅が誕生した。その名も「髪毛黒生(かみのけくろはえ)」。新たな名所として注目を集めそうだ。

もとの駅名は「笠上黒生(かさがみくろはえ)」。同電鉄が駅に愛称のネーミングライツ(命名権)を売り出し、ヘアケア商品を製造・販売する「メソケアプラス」(東京)が年間150万円で購入した。

平成18年の廃線の危機に社員がHPで「ぬれ煎餅を買って・・」と呼び掛け話題に。鉄道収入を上回るヒット商品となった経緯がある。髪毛黒生駅の誕生を記念し販売した本物の昆布を使った入場券100枚は発売から4日で完売。同電鉄の黒沢崇参与(48)は「発毛、育毛の御利益を期待するお客さんにもぜひ来てもらいたい」と期待する。》(引用、終わり)。

薄毛やハゲの人たちの一部は深刻に悩んでいる。一部ではなく大半かもしれない。「風と共に去りぬ」ではなく、彼の恋が「ハゲと共に去りぬ」状態に陥ってしまった友人もいた。

本誌に何回も書いたように、私も薄い。世に言う「簾(すだれ)」が進みてっぺん(頂門)にはほとんどない。左から被せているが、他人様は面と向かっては言わないだけ、お見通しだ、「あ、ない」と。正面の生え際が残っているのがわずかな救いだ。(しかし、自分の薄毛やハゲを本名で開示する私は「深刻に悩む派」ではなく、「しょうがない諦観派」である。深刻派は無言である)。

かつて「(髪)毛」の漢字に縁(ゆかり)のあるJR駅の切符を利用して「ふさふさ御守」を作った(2006/5/14本誌430号)。そのJR九州からJR北海道までの12駅へ再びご案内する。 

三毛門(みけかど) 日豊本線   ふさふさ入門駅
毛木(けぎ)    可部線    木(の緑が)が、萌える
宿毛(すくも)   土佐黒潮鉄道(高知県経営)ありがたい宿毛神社
河毛(かわけ)   北陸本線   河童の毛は強い

毛賀(けが)    飯田線    ケガなく、ケガ生えろ
毛呂(もろ)    八高線    もろもろの毛
稲毛(いなげ)   総武線    稲穂のような豊かな毛
稲毛海岸(いなげかいがん)京葉線 私は稲毛に居住。

上毛高原(じょうもうこうげん)上越新幹線 ずばり、上質の毛
増毛(ましけ)   留萌本線   ますます、増毛(廃駅の予定!)
大楽毛(おたのしけ)根室本線   楽しい増毛。楽(らく)して増毛
新大楽毛(しんおたのしけ)根室本線 さあ、新薬の発売である

さらに悪乗りし駅名を織り込んだ「ふさふさの唄」を作詞した。時々口ずさむ。曲は七五調ならよいので、たとえば「我は海の子」などがいい。じつは「一人カラオケ」で(堂々と)歌ったことがある(笑)。

三毛門(みけかど)出でて     毛木(けぎ)を過ぎ
宿毛(すくも)河毛(かわけ)も  毛賀(けが)もなく
毛呂(もろ)に稲毛(いなげ)で  ふさふさと    
稲毛海岸(いなげかいがん)    波高し

上毛高原(じょうもうこうげん)  雲が飛ぶ
増毛(ましけ)ますます      大楽毛(おたのしけ)
新大楽毛(しんおたのしけ)    ふさふさと
髪毛黒生(かみのけくろはえ)   永遠に

今回歌詞を改訂する。銚子電鉄の横綱級のヒット駅名「髪毛黒生」を結びの一番に登場させる。うん、座りがいいな(笑)。早くも正月から、新駅名の表示に手を合わせる人もいるらしい。新ホットスポットの誕生だ。

2016/3/26の朝日新聞は報じた(千葉版27面)。《 銚子電鉄の客足好調、旅客数先月は前年比36%増。ネーミングライツ(命名権)の導入で観光客が伸びている。「笠上黒生」から「髪毛黒生」。「外川(とがわ)」から「ありがとう」などの駅名変更が話題に・・・》。

同社は4期連続の赤字で2014年度には1億2400万円の経常赤字だった。今季2016/3末は黒字の見通しであるという。ふさふさの「髪毛黒生」様々である。よかった。

だが、冷静に考えなくても、このような命名ごっこで遊んだところで、実際の髪の量などに変化(増加)がないことは冷厳な事実である。ただ、明るい話題は、「深刻に悩む派」の気持ちを和らげ、精神の安定と人生の諦観に辿り着かせる効果があるだろう。

薄毛やハゲは私たちにとり一種の試練であるが、同時に人生の機微を問わず語らずに教えてくれる。「他人のハゲは見えるが自分のハゲは見えない」。含蓄のあるフレーズである。「ハゲ」を「欠点」や「私欲」などに置き換えればよくわかる。

中学生の頃、母に「人は・・・苦髪(くがみ)、楽爪(らくづめ)!」と教わった。(医学的なEBMの真偽は不確かだが)苦労が続くと髪が伸び、楽をすると爪が伸びるという現象のことである。

そうか。私はまだまだ苦労が足りないらしい。今、亡き母の教えをありがたく噛み締めている。
(2016/3/26 千葉市在住)


                 

◆吉田松陰の「留魂」

伊勢 雅臣


国史百景(18) 吉田松陰の「留魂」

「私は、私のあとにつづく人々が、私の生き方を見て、必ず奮い立つような、そんな生き方をしてみせるつもりです」


■1.「吾、今、国の為に死す」

安政6(1859)年、志士を弾圧していた老中・間部詮勝(まなべあきかつ)の要撃を計画した事で、吉田松陰は10月27日に死罪を申し渡された。その時に立ち会った長州藩士・小幡高政は次のような談話を残している。

すぐに死罪を申し渡す文書の読み聞かせがあり、そのあと役人が松陰に、『立ちませい!』と告げます。すると、松陰は立ち上がり、私の方を向いて、ほほ笑みながら一礼し、ふたたび潜戸から出て行ったのです。

すると……、その直後、朗々と漢詩を吟ずる声が聞こえました。それは、『吾、今、国の為に死す。死して君親に背かず。悠悠たり天地の事。鑑照は明神にあり』という漢詩です。

その時、まだ幕府の役人たちは、席に座っていましたが、厳粛な顔つきで襟を正して聞いていました。私は、まるで胸をえぐられるような思いでした。護送の役人たちも、松陰が吟ずるのを止めることも忘れて、それに聞き入っていました。

しかし、漢詩の吟詠が終わると、役人たちは、われに返り、あわてて松陰を駕籠に入らせ、急いで伝馬町の獄に向かったのです。[1,2881]

その後、処刑場でのふるまいに関しても、一人の幕府の役人は「みな感動して、泣いていました」という談話を残している。こうして吉田松陰は、数え年30歳で、生涯を閉じた。


■2.「私は死を前にしても、とてもおだやかな安らかな気持ちでいます」

この前日26日の夕刻に書き終えたのが、自分の門人たちにあてた遺言書とも言うべき『留魂録(りゅうこんろく)』だった。

そこでは、幕府の役人の取り調べの状況を綴りながら、「私は昨年(安政5年)から、心のありようが、さまざまに変化してきました」と、心の揺れ動く様を正直に吐露している。そして、その後、死を前にした心境を次のように語った。

今、私は死を前にしても、とてもおだやかな安らかな気持ちでいます。それは、春・夏・秋・冬という四季の循環について考えて、こういうことを悟ったからです。

・・・稲は、春に種をまき、夏に稲を植え、秋に刈り取り、冬には収穫を蓄えます。・・・

私は今、30歳です。何一つ成功させることができないまま、30歳で死んでいきます。人から見れば、それは、たとえば稲が、稲穂が出る前に死んだり、稲穂が実るまえに死んだりすることに、よく似ているかもしれません。そうであれば、それは、たしかに“惜しい”ことでしょう。

しかし私自身、私の人生は、これはこれで一つの“収穫の時”を迎えたのではないか、と思っています。どうして、その“収穫の時”を、悲しむ必要があるでしょう。[1,2372]


■3.「収穫の時」

「何一つ成功させることができないまま、30 歳で死んでいきます」とは、松陰の外形的な業績に関しては事実である。山鹿流兵学の家を継ぎ、11 歳で毛利藩主に御前講義までして「神童」として将来を嘱望されたが、九州や東北に遊学、その途中で友との約束の期日を守るために、藩の許可を得る前に出発してしまい、結果的に脱藩となる。

その後、ペリーの黒船が浦賀に来航した際に、国防のために西洋文明を学ぼうと乗船を求めたが拒否され[a]、幕府に自首。しばらく長州萩の野山獄に幽囚となった後、生家に蟄居となった、この時に松下村塾を開き、門人の教育に励んだ。

そして今度は、老中・間部詮勝の要撃計画がもとで、死刑の判決を受けたのである。この松陰の人生のどこが“収穫の時”なのか。松陰はこう続ける。

私は、すでに30 歳になります。稲にたとえれば、もう稲穂も出て、実も結んでいます。その身が、じつはカラばかりで中身のないものなのか・・・、あるいは、りっぱな中身がつまったものなのか・・・、それは本人である私にはわかりません。

けれども、もしも同志の人々のなかで、私のささやかな誠の心を“あわれ”と思う人がいて、その誠の心を“私が受け継ごう”と思ってくれたら、幸いです。それは、たとえば一粒のモミが、次の春の種モミになるようなものでしょう。

もしも、そうなれば、私の人生は、カラばかりで中身のないものではなくて、春・夏・秋・冬を経て、りっぱに中身がつまった種モミのようなものであった、ということになります。同志のみなさん、どうか、そこのところを、よく考えて下さい。[1,2402]


■4.「私の魂が七たび生まれ変わることができれば」

「同志が私のささやかな誠の心を受け継ごうと思ってくれたら」という松陰の思いは「七生説(しちしょうせつ)」に基づいている。

「七生説」とは、楠木正成が朝敵・足利高氏に勝ち目のない戦を挑み、最後には弟・正季と差し違えて死ぬ直前に「七生までただ同じ人間に生まれて、朝敵を滅ぼさばや(滅ぼしたい)」と言って、からからと笑ったという史話に依る。[b]

松陰はこの3年前、安政3(1856)年に『七生説』という一文を書いた。そこでは、三度、湊川(兵庫県神戸市)の楠公正成の墓所を参拝して、そのたびに涙が溢れて、止めることができなかったと述べている。

自分と正成は血縁でもなく、会った事すらないのに、なぜ涙が流れるのか。それは自分と楠公の心が一つにつながっているからではないのか。

私はつまらない人間ですが、聖人とか賢人と呼ばれる立派な人々を同じ心をもち、忠義と孝行を実践して生きたいと思っています。現実的には、わが国を盛大な国にして、海外から日本を侵略しようとやってくる欧米列強を撃退したい、という理想を持っています。[1,424]


しかし、行動は失敗し、結果的には不忠、不幸の人になってしまった。しかし、自分は楠公の心を自分の心としている。

私は、私のあとにつづく人々が、私の生き方を見て、必ず奮い立つような、そんな生き方をしてみせるつもりです。そして私の魂が、七たび生まれ変わることができれば、その時、はじめて私は、「それでよし」と思うでしょう。[1,424]


■5.「尊皇攘夷」

松陰が志していた「尊皇攘夷」とは、よく誤解されているように「鎖国を維持して天皇制を守ろう」などというイデオロギーではなかった。「尊皇」とは皇室を中心に日本国が一つにまとまる事であり、「攘夷」とは、それによって欧米諸国の侵略から国を守ろう、ということであった。

20年ほど前に、清帝国がアヘンを売りつける英国と戦端を開いたが、国内の分裂で敗れ、半植民地状態に追い込まれた[c]事は、わが国の朝野に衝撃を与えていた。江戸幕藩体制のもとでは日本は各藩に分立しており、国内の統一が急務であることは誰の目にも明らかであった。

「尊皇」とは、天皇を中心として日本を一つの国家にまとめようということで、そのためには徳川幕府を倒して新政府を作ろうという「倒幕」の道と、幕府と朝廷の力を合わせて国家をまとめようとする「佐幕」の二つの道があった。ともに「尊皇」という点では同じである。

「攘夷」も、「鎖国」を続けたまま戦うという道もあれば、「開国」して西洋の技術を導入しつつ防衛を強化するという道もあった。どちらにしても「攘夷」という点では同じである。結局、明治新政府は「倒幕」による「尊皇」と、「開国」による「攘夷」という道をとったのである。

神道思想家の葦津珍彦(あいづ・うずひこ)氏は、「攘夷」の意義について、こう指摘している。

日本民族が国際交通を始める前に、まず攘夷の精神によって独立と抵抗の決意を鍛錬したことは、決して無意味だったのではない。この精神的準備の前提なくしては、おそらく明治の日本は、国の独立を守りぬくことができなかったであろうし、植民地化せざるをえなかっただろう。『大アジア主義と頭山満』[1,2720]

■6.「たとえ松陰の肉体は死んで仕舞うとも」

「私は、私のあとにつづく人々が、私の生き方を見て、必ず奮い立つような、そんな生き方をしてみせるつもりです」という松陰の遺志は、その通りに松下村塾の門下生らに引き継がれた。高杉晋作は、こう手紙に書いている。

松陰先生の首が、とうとう幕府の役人の手にかかりました。そうさせてしまったということ自体、まことに長州藩の恥というほかありません。そのことを口にするだけで、私は顔から汗が出てきそうです。先生と私は、師弟としての交わりを結びました。ですから私は、先生の仇を討たないままでは、心安らかに暮らしていくことなど、とてもできません。[1,2923]

この後、高杉晋作は元治元(1865)年の「功山寺挙兵」で勝利し、「禁門の変」のあと幕府への恭順を主張する「俗論派」を排斥して、長州藩の実権を握った。その上で、薩摩との盟約を結び、慶応2(1866)年の第二次長州征伐(四境戦争)では、ほぼ10倍の兵力を持つ幕府軍を破り、明治維新への道を開く。

明治新政府が発足すると、松下村塾で学んだ伊藤博文が初代の内閣総理大臣となり、大日本帝国憲法の発布、日清・日露戦争の勝利と、日本国の独立維持の主柱となった。同じく塾で学んだ山県有朋も日本陸軍の基礎を築いて、「国軍の父」と称された。

松陰は生前、門人たちに「たとえ松陰の肉体は死んで仕舞うとも、魂魄(こんぱく)は此の世に留って、お前たちの身に添うて、必ず私の此の精神を貫く」と断言していた。[1,2934]

この言葉通り、松陰の魂は高杉晋作や伊藤博文、山県有朋らの身に沿って、日本が天皇の下に一つにまとまり、欧米諸国の侵略から独立を維持するという「尊皇攘夷」の志を実現させたのである。


■7.「けふの音(おと)ずれ 何ときくらん」

しかし、その松陰も人の子、自分が死罪となった事を親が聞けば、どれほど悲しむだろうか、と思わざるを得なかった。処刑の7日ほど前には家族あての手紙に、次のような歌を贈っている。

親思う心にまさる親ごころけふの音(おと)ずれ何ときくらん(子が親を思う心以上に、子を思う親は、今日の報せをどのように聞くのだろう)

この頃、萩の実家では、長男の梅太郎と三男の敏三郎が病床にあり、看病に疲れ切って仮眠をとっていた両親は、同時に目が覚めた。母親はこう父親にこう言った。

私は今、とても妙な夢を見ました。寅次郎が、とてもよい血色で、そう……昔、九州の遊学から帰ってきた時よりも、もっと元気な姿で帰ってきたのです。『あら、うれしいこと、珍しいこと……』と声をかけようとしましたら、突然、寅次郎の姿は消えてしまい、目が覚めて、それで夢だったとわかったのです。[1,3114]


「もしかしたら寅次郎(松陰)の身に何かあったのではないか」と心配していたら、それから20日あまりも経って、江戸から松陰が「刑場の露と消えた」という報せが来た。指折り数えてみると、まさに夢を見たその時に松陰が処刑されていた。

松陰が野山獄から江戸に送られる際に、一晩だけ家に帰る許しを得て、家族と最後の面会をした際に、母親が「もう一度、江戸から帰ってきて、機嫌のよい顔を見せておくれよ』と言うと、松陰は「お母さん、そんなことは、何でもありませんよ。私は、きっと元気な姿で帰ってきて、お母さんの、そのやさしいお顔をまた見にきますから……』と言った。

母親はその言葉を思い出して、後にこう語っていた。「たぶん寅次郎は、その時の約束を果たそうとして、私の夢のなかに入ってきて、血色のよい顔を見せてくれたのだろうね。親孝行な寅次郎のことだから、たぶん、ほんとうにそうなのだろうと、私は思っているよ」 [1,3127]


■8.「愛(かな)しき命積み重ね」

昭和の歌人・三井甲之(こうし)は次の絶唱を遺した。

ますらをの愛(かな)しき命積み重ね積み重ねまもる大和島根を(男たちが悲しい命を幾重にも積み重ねつつ守り続けてきた、この大和の国を)

松陰や高杉晋作らをはじめとする幕末に殉じた志士たちをお祀りするために創建されたのが「招魂社」、のちの「靖国神社」である。そこには「国を靖んずる」ために積み重ねられてきた「愛(かな)しき命」が250万柱近くも祀られている。

正成や松陰の志は幾世代もの世代に継承されて、我が国を護ってきた。これからも日本を護っていけるかどうかは、今後の我々の生き方にかかっている。



■リンク■

a. JOG(038) 欧米から見た日本の開国−吉田松陰
 ペリーの船に乗り込んで海外渡航を目指した吉田松陰の事件は、スティーヴンソンをして「英雄的な一国民」と感嘆させた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h10_1/jog038.html

b. JOG(264) 楠木正成 〜 花は桜木、人は武士
 その純粋な生き様は、武士の理想像として、長く日本人の心に生きつづけた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog264.html

c. JOG(173) アヘン戦争〜林則徐はなぜ敗れたのか?
 世界の中心たる大清帝国が、「ケシ粒のような小国」と戦って負けるとは誰が予想したろう。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h13/jog173.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 松浦 光修『[新訳]留魂録』★★★、PHP研究所、H23
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4569800025/japanontheg01-22/

(本文中の引用での[]内の番号は、Kindle版での位置No.です。全体で360頁、位置No.3620ですので、例えば位置No.500は、書籍版では、500/3620x360=ほぼ50頁あたり、と計算ください。)


◆SHARP、東芝の危機を活かせ

平井 修一


人も企業も「信用第一」である。信用を失ったら顧客は寄り付かないし、協力企業は「前払いなら」となる。信用を取り戻すには莫大な費用と時間がかかる。築城8年、落城一日。実に恐ろしいことになるから経営者は「信用第一」を常に心がけるのだ。

argusakita氏の論考3/23「SHARPや東芝の破綻を期待」から。

<どうやら鴻海によるSHARPの買収が相当な延期あるいは白紙になりそうな模様だ。一方の東芝は証取委が事情聴取などを始めたようで、粉飾決算による虚偽の有価証券報告書で5,000億を超える資金を集めたことで、ひょっとすると東京地検特捜部なども腰を上げる可能性が出てきた(当然である)。

筆者はこの2つの企業に恨みも何も無いが、破綻(更生法適用や再生法適用なども含めて)を大いに(ワクワクして)期待している。しかし、破綻によって生まれる失業者や下請けの破綻によって発生する不幸をメシウマと喜ぶために期待しているわけではない。

大企業、特にこういった技術をウリにした製造業が破たんするということは、人的資源、物的資源、子会社、関連会社、取引先を含めた商売のネットワークなどの経営資源が一斉に『解放』されることであって、それらがゼロになるのではない。そこに大きな可能性があるから期待なのである。

解放された各種の資源がどれだけの社会的、経済的、技術的インパクトがあるか・・・

また、SHARPのように貸し倒れの痛みを食らう金融機関シンジケートが破たんをさせなかったり、東芝の粉飾決算をウヤムヤにして再融資やつなぎを行うなどムラ社会あるいは護送船団方式で株式を維持するといった不透明なスキームは日本の株式市場に対する信認に疑義が生じ、株式市場に対する投資家達の動向に大きな影響を与えることになる。

さっさと会社更生法なり民事再生法なりを適用する等でSHARPや東芝といったブランドをリスペクトしながらも“レジェンド”にしてしまうのが中長期的に見て日本全体にとってどれほど有意義なことか。

SHARPや東芝といった大企業の場合、保有するそれらの資源は多岐に亘るはずで、技術的なものだけを考えても、特許や実用新案も膨大な数が保有されているはずである。

例えば、もし、それらを一旦公的な機関(あるいは清算会社)で管理することができれば、それらを他の大企業よりも様々なベンチャー(当然日本企業優先)に優先的に廉価で使用させたりしたなら新たな製品や市場が出てくるに違いない。

地方のベンチャーならさらに有利といったインセンティブを付加したら、地方での起業や企業誘致にも活用できだろう。

図体の大きな大企業では発生する各種間接経費(営業所、支店、本部経費等)のせいで、良いモノであっても生かせなかったニッチなものを小規模なベンチャーなら実現できる可能性は大いにあるはずだ。筆者のマイクロな企業ですらSHARPのある特許については非常に関心があるくらいだ。

生産設備を切り売りすることは難しいかもしれないが、流行りのIoTや欧州で言われるところのインダストリー4.0を用いてフレキシブルな生産設備を複数の企業が共有することもあり得るだろう。

本社を始め拠点のビルはオフィスビルとして開放したり、大学やベンチャーの研究拠点やサテライトに使わせることも可能なはずだ。何しろネット等のインフラは既に十分揃っているはずだからである。

技術だけではなく、大企業の場合は社員用の福利厚生施設なども保有している場合があり、それらを一般に開放して新しいビジネスにすることもあるだろうし、それこそ待機児童対策の保育施設にという場所もありそうに思える。観光地にある場合には、外国人に特化した宿泊施設や研修施設などアイデアは様々に出そうだ。

そういった様々なベンチャーや新しいビジネスを思いつくのは外部の人間よりもその大企業の様々な資源を熟知しているはずの社員達なのである。

国や自治体はそういった起業をする人やそれらの短期間の生活保障といった部分で支援もできるだろう。

数万人、場合によっては数十万人の社員とその家族を数でみれば、『解放』によって一度にその数だけの人的ネットワークが数的にも地理的にも構築されることになることで、これは凄いことである。

そんな大きな可能性を見ぬふりをして、貸し倒れ損をしたくない金融機関とポジションに執着する経営陣の保身のために若干の不採算部門を分離し延命措置をしたところで、組織の体質が大きく変わるはずはなく、よほどのオリジナルが無い限り、規模の大きな同業に負けるのは明らかで、じり貧に陥ることになる。

金融機関は貸し倒れ引当金を積み増す時間が欲しいだけで、それが達成できればメガバンクなどは特に大きな問題ではないはずで、その元大企業がどうなろうと知ったこっちゃない。金貸しとはそういうものだ。

大企業を『解放』し、その資源を開放・分散しながらも強力な人的・物的ネットワークは人間が必ずkeepする。その後にまたその元大企業の『縁』でまとまってスケールメリットを追及しても良いはずだし、少なくともゼロから始めるよりは圧倒的なスピードが期待できる。

そういったアメーバ的なスクラップ&ビルドが出来ない大企業はグローバリズムというイデオロギーが席巻している現在は生き残れない。それこそ破綻=ゼロに向かうだろう。筆者のマイクロ企業が『公器』などと尊大なことは言えないが、大企業は間違いなく『公器』である。勿体ない>(以上)

企業が破綻すると、再生する可能性がある場合は更生法/再生法で対処する。再生は無理だとなれば破産になる。

破産すると、資産を処分して債権者に返済することになるが、債権者の優先順位がある。一番は国で、滞納した税金を徴収する。二番は労働債権(賃金)で、従業員に払われる。残ったものを一般債権者(取引先)が分けるのだが、通常は債権の2〜3%ほどしか戻らない。そして企業は完全に消滅する。

これだと従業員は路頭に迷うことになるから、国はできる限り再生させようとする。大企業であればあるほど破綻の悪影響が大きいからだ。失業者が出る、地方経済が悪化する、債権者は青くなって連鎖倒産、株主も真っ青。

それなら従業員は人員を整理して、かつ30%賃金カットに応じる、債権者は10%返済で我慢してもらう、株主は全部諦めてもらうとかで納得してもらう。銀行は新たに融資し、国も金を出す。こうして再生を進めるわけだ。

その過程でargusakita氏の言うように、いろいろな企業資産を売却するなり、レンタルするなり有効に活用できれば、日本経済の活性化にもなり得る。自主再建にこだわってぐずぐず時間を潰すよりも、思い切って更生法/再生法で対処する方がいい場合があるだろう。SHARP、東芝の経営者はその選択肢を検討すべき時期に来たと思う。(2016/3/25)

       

◆“トランプ酔い”はいつ醒めるのか?

湯浅 博



その歪んだレトリックの危険性を憂慮する

米国の大統領選の指名候補争いで、ドナルド・トランプ候補の得票が上がるたびに国際社会は一喜一憂している。何といっても言動に品がなく、歴史に逆行し、話す事実すら怪しい。

メキシコ国境に壁をつくり、イラクの石油はタダでいただき、同盟国からは貢ぎ物を出させ、プーチン露大統領のような独裁者とも手を握る。他候補と比べて男性の大きさまで誇示するに至っては、もう酒場のポピュリズムである。酔いに任せた大風呂敷は、面白いが後の始末が悪い。

過去にも、トランプ候補のような孤立主義は、1992年の共和党の指 名争いに名乗りを上げた伝統保守のコラムニストのパット・ブキャナン候 補がいた。彼は「アメリカ・ファースト」(米国優先主義)を掲げ、湾岸危機への介入に反対し、増税路線に転じたブッシュ政権に反対した。彼はレーガン大統領にさえ文句をつけていた。

ブキャナン氏が指名争いで善戦したのは、雇用に不安を抱く下層白人の投票行動にあった。あるいはテキサスの大富豪、ロス・ペロー候補の登場も、変革期の空白に乗じたアウトサイダーの挑戦だったであろう。

トランプ氏が「南の国境沿いに壁をつくり、メキシコに払わせる」とやれば、彼らの留飲は下がる。ついでに「偉大な米国の復活」を掲げて、19世紀の孤立主義に回帰を目指す。

現在までに投票された2035万票のうち、トランプ氏が獲得したのは全体の37%しかない。トランプ陣営の実態は1976年のG・フォード氏以来、トップを走る共和党の候補としては最弱なのだと米紙はいう。獲得代議員数はいまだ過半数に達せず、夏の共和党大会までに統一候補になるかはなお未知数なのだ。

トランプ候補の歪んだ世界観とレトリックは人種、階層、宗教で分解させてしまう危険がある。米国人が「アイデンティティー」という言葉を好んで使うのは、見失いがちな国家の求心力を大統領選を通じて確認するための長い道なのではないか。(東京特派員)
産経ニュース【湯浅博2の世界読解】016.3.23

        

2016年03月27日

◆安保関連法廃止を結集軸とした野党共闘は周回遅れ

阿比留 瑠比



今や野党共闘の中核である共産党について、政府は22日の閣議で「現在も破壊活動防止法に基づく調査対象団体」「『暴力革命の方針』に変更はない」などと指摘する答弁書を決定した。

今夏の参院選に向け、ソフトイメージを演出したい同党や、共同戦線「民共合作」を進める民主党などにとっては、さぞや困った答弁書だったろう。

「共産党も含めて5野党が力を合わせて安倍晋三政権打倒、戦争法廃止を掲げて選挙協力までやろうと今前進している。そういうものに対する不当な攻撃を加えたい意図を感じる」

共産党の山下芳生書記局長は22日の記者会見でこう強く反発したが、政府側は「治安当局がそのようにみているということだ」(菅義偉官房長官)とあっさりかわしていた。

筆者は、この共産党は調査対象団体だとする答弁書を読んで、ある政治家を連想した。警視庁の監視対象だった東工大の学生運動のリーダー時代、機動隊と衝突して逮捕されるのを避けて常に4列目をキープしていたため「第4列の男」と呼ばれていた菅直人元首相のことである。

当時、警視庁警備第1課長を務めていた初代内閣安全保障室長、佐々淳行氏から、菅政権時代の平成23年6月にこんな後悔の言葉を聞いていたからだ。

「捜査対象だった菅氏は人の陰に隠れるのがうまく、3列目まで捕まえたときでもあと一歩で逮捕には至らなかった。しかし、(菅氏が首相に就いて国のかじ取りをしている)今考えると、多少無理してでも逮捕しておくべきだった」

ボタンを一つ掛け違うか外したままにするだけで、後の社会に大きな影響を及ぼすことがあるという事例といえよう。そこで佐々氏に今回の政府答弁書について聞くと、こう指摘した。

「共産党は昭和25年、スターリン指令によって武装蜂起をし、火炎瓶闘争と呼ばれる暴力革命闘争を展開した。そのために、破防法がつくられた。彼らが、当時の行為を真摯に反省し自己批判しているだろうか」

佐々氏の最新著『私を通りすぎたスパイたち』には、実父の政治学者、弘雄氏とソ連のスパイとして処刑された朝日新聞記者、尾崎秀実氏との「友情」から米国で受けたスパイ摘発の訓練まで、さまざまな体験が生々しく描かれている。

外務省研修所で外務官僚らに「美女が近づいてきても、舞い上がってはいけない」と講義し、「ハニートラップ」に注意喚起したエピソードや、ソ連のスパイ事件をめぐり現共産党幹部の親族が自首してきた話など、てんこ盛りの内容だ。

同時に、治安当局にとって他国の謀略や工作・介入が珍しくもない茶飯事なるのが実感でき、危機感の薄い日本社会のあり方が空恐ろしくなる。 ただいずれにしても、共産党の狙いや本音がどうであれ、安全保障関連法の廃止を結集軸とする野党共闘は、筋が悪いと考える。

産経新聞社とFNN(フジニュースネットワーク)の合同世論調査で、安保関連法を「必要」と考える人の割合は同法成立後から増え続け、直近の19、20両日の調査では57・4%に上った。先月の共同通信の調査でも、「廃止すべきでない」(47・0%)が「廃止すべきだ」(38・1%)をはっきり上回っている。

民主党の岡田克也代表はこれまで「(法案に反対する)国民の声を聴いていない」と政府を批判してきたが、周回遅れで国民意識についていけていない。この問題は、もはや「勝負あった」のではないか。
(論説委員兼政治部編集委員)
産経ニュース【阿比留瑠比の極2言御免】016.3.24



◆あのディビッド・シャンボー教授の新作

宮崎 正弘 


<平成28年(2016)3月7日(月曜日)通算第4842号 >
 
 〜あのディビッド・シャンボー教授の新作『中国の未来』(本邦末訳)
  崩壊の扉が開いた。経済繁栄の継続は党改革でしか達成できないだろう〜

 ディビッド・シャンボー教授はパンダ・ハガー(親中派)の代表選手として、キッシンジャーやエズラ・ヴォーゲルの仲間だった。ところが、ある日、一転して中国批判派に転じた。

そのシャンボー教授が新作を出した。題して『中国の未来』。

要旨は時代遅れの諸規制を緩和し、改革を促進しない限り、国家を統御するパワーが失われ、権力の座は安泰ではなくなるだろう、とするもの。換言すれば中国共産党は崩壊の道を歩むしかない、ということである。

この新作で展開されている未来予測に、とりわけ目新しさはないが、チャイナウォッチャーのなかの親中派の転向を象徴する論客だけに、むしろ中国国内、中国語圏で話題となっている。
習近平の側近政治は、「『太子党』から人材を集めたかにみえて、じつは習近平が福建省、江蘇省時代にともに取り組んだ仲間、部下から有能な人材を周囲に固めた。このスタイルは上海派を寄せ集め『江沢民幇』を形成した江沢民、団派から逸材を引き抜いた胡錦濤時代の『団派』という派閥とまったく異なっている」とシャンボー教授は書き出した。

「中国はいまや萎縮と衰退過程にはいった」

「おもいきった政治改革が実現しない限り、この趨勢はつづく」。 「中国共産党は幕引き段階にあり、政治システムは破綻しはじめており、習の専制は中国の制度と社会を破壊へと導くだろう」

「こうして終末に起こりうる暴動、騒擾が顕著にあらわれるようになった」

つまりクリントンが「経済だ。愚か者め」といったように、中国が繁栄を持続させようと本気で考えているのなら、それは「政治体制だ、愚か者め」ということになる。


 ▼中産階級の罠

おおくの新興国が陥ったように「中産階級の罠」にはまった中国は、構造不況が長引き、いずれ古びた発展理論や不動産政策の下で、国有企業は市場原理に傾き続けるだろうが、いまや共産党独裁の疲弊が表面化し、改革へのピッチは上がらず、したがって権力の維持は不可能となる。 

シャンボー教授は1998年から2008年までの主として胡錦濤時代 に行われた諸改革の成果をいくぶん評価しており、それが党の締め付け強 化、人権無視、言論弾圧、人民の抗議活動弾圧という強硬路線に転換し て、社会的混乱が以前よりひどくなった08年以後に中国に失望したので ある。

軍事パレードを目撃した教授は「なぜ人民のための軍が、これほど厳重な警戒のもとにパレードを挙行するのかと疑問を呈した。この軍隊は人民のためではないからである。

しかし結論的にシャンボー教授は一縷の望みをもっている。 それは第十九回党大会で、おそらく習近平はリベラルな、改革派の政治家を登用するだろう。むろん再任が明らかな李克強・首相をはじめ、王洋・副首相と李源潮・国家副主席らを重宝する人事を予測する。
 「でなければ習近平は独政治に舞い戻り、中国に暗い未来に突入するしかない」。

 日本では多くのチャイナウォッチャーによって出尽くした議論をシャンボー教授が何をいまさらという感無きにしも非ずだが、中国で一時厚遇されたパンダハガーのかような転向振りが問題なのである。


◆皆が喜ぶ米国“お笑い劇場”

平井 修一



今回の米国大統領選は歴史に残るだろう。悲劇としてか、それとも喜劇としてか。今のところはまず喜劇だ。産経3/24「米大統領選 トランプ夫人のヌード写真めぐり、“出した、出さない”のののしりあい」から。

<【ワシントン=加納宏幸】共和党候補指名を争う不動産王、ドナルド・トランプ氏(69)の妻で元モデルのメラニアさん(45)のほぼ全裸の写真をめぐり、同氏と2位のテッド・クルーズ上院議員(45)が「出した」「出さない」とののしり合っている。

発端はクルーズ氏を支援する団体が英誌が2000年に掲載したメラニアさんの写真を使い、「次のファーストレディーに会いたいですか。それともクルーズ氏を支持しますか」と呼びかけたことだ。

トランプ氏は23日、ツイッターで「気をつけろ、うそつきテッド。さもなければお前の妻の秘密をばらすぞ」と脅した。

これに対し、クルーズ氏は写真を出したのは自陣営ではないとし、トランプ氏を「妻を攻撃するお前は臆病者だ」と批判した。クルーズ氏の妻、ハイディさん(43)も「トランプ氏がいうほとんどのことには根拠がない」と語った>(以上)美しい写真は↓

http://www.gq.com/story/about-those-nude-photos-of-melania-trump-from-gq

米国民だけでなく世界中がこの芸術写真(or 芸術的ナイスバディ写真)を見ているのだからトランプ夫妻は超有名人に飛躍した。かなり漫才的な“お笑い劇場”は、ツッコミのトランプ、ボケのクルーズで大爆笑をとっている。ふたりは芸能界でも大いに人気者になるだろう。米国は実に人材豊富だ。

ハイディ・クルーズ夫人はゴールドマンサックスの投資マネージャーある。ウォール街の住人であり、そこはきれいごとでは済まない世界なのではないか。不動産デベロッパーのトランプが「クルーズ夫人の秘密をばらすぞ」と脅したのは、多分何事かを知っているからだろう。蛇の道は蛇。

ゴールドマンサックスは世界金融危機につながった住宅ローン担保証券の不正販売を巡り、2016年1月、制裁金等33億ドルと借り手救済金18億ドルで和解したことが明らかになった(日経1/15)。不正とは言わないまでもスキャンダルはどこの業界でもある。金融界ではハイリスク・ハイリターンで、かなり怪しげな投資もあると見るのが普通だろう。

米国映画「マネー・ショート 華麗なる大逆転」が3月に公開されて話題を呼んだ。映画.comから。

<アメリカの住宅ローン市場が崩壊し、2008年、リーマン・ショックに端を発する金融危機が勃発する。そんな結末がわかった上で、それまでに何があったのかを、危機を予測した投資家やトレーダーの視点から描いている。金融危機という爆弾が炸裂するまでに導火線がじりじり燃えていく様子を、スリリングなドラマに仕立てた点が秀逸だ。

投資家のマイケル・バーリが住宅ローン市場の危険性を察知したのは、リーマン・ショックの3年前。彼や彼の動きに追随したトレーダーたちは、金融バブルを謳歌する証券マンの嘲笑を浴びながら、逆張りの投資に打って出る。

そんなトレーダーたちの調査のエピソードを通じて、マイケル・ムーアが「キャピタリズム マネーは踊る」の中で「狂ったカジノ」と呼んだ金融界のハチャメチャぶりが浮かび上がってくるところが面白い。

犬の名義で住宅ローンが組まれていたり、不良債権の合成麻薬のような商品が作り出されたり。何でもありのモラルの低さは笑いを誘う一方、今もこのカジノを中心に世界経済が回っているのかと思うと背筋が寒くなる。

アメリカ経済の「負け」に賭けることで勝利するバーリたち。しかしブラッド・ピット扮するカリスマ・トレーダーが言うように、彼らの勝利は無数の庶民が失業や破産に追い込まれることを意味する。

加えて、自国が戦争に負けて傷つかない国民がいないのと同じように、バーリたちも様々な形で傷を負う。

勝っても負けても人の心を蝕み、周囲に多くの犠牲者を生むマネーゲーム。その空虚な本質に迫っている点が、リーマン・ショックの再来のような金融危機が起こりつつある今、特にタイムリーに感じられる映画だ>(以上)

支那では都市部で不気味な不動産急騰、乱高下の株式市場、人民元安、ドルの海外逃避が進んでいる。支那は売り時か、買い時か・・・投資マネージャーのクルーズ夫人からインサイダー情報を買いたい人は少なくないだろう。(2016/3/26)


◆『自滅する中国』という予言

湯浅 博

中国の習近平国家主席は昨年9月に訪米し、確かに「南シナ海を軍事拠点化しない」といった。果たして、この言葉を素直に信じた沿岸国の指導者はいただろうか。

その数カ月前、米国防総省の年次報告書「中国の軍事力」は、南シナ海の岩礁埋め立てが過去4カ月で面積が4倍に拡大していると書いた。中国の国防白書も、「軍事闘争の準備」を書き込んで、航行の自由を威嚇していた。

かつて、マカオの実業家がウクライナから空母ワリヤーグを購入したとき、中国要人が「空母に転用する考えはない」と語ったのと同様に信用できない。中国の退役軍人がマカオ企業の社長だったから、尻を隠して頭を隠さずというほど明白だった。

漢民族は自らを「偉大なる戦略家である」と思い込んでいる。孫子の兵法を生んだ民族の末裔(まつえい)であるとの自負が誤解の原因かもしれない。米国の戦略国際問題研究所(CSIS)の上級顧問、E・ルトワク氏は、戦略家であるどころか「古いものをやたらとありがたがる懐古的な趣味にすぎない」と酷評する。

実際には、中核部分の「兵は詭道(きどう)なり」というだましのテクニックだけが生きている。

その詐術も足元が乱れることがある。米メディアが南シナ海のパラセル諸島への地対空ミサイル配備を報じた直後、王毅外相が「ニュースの捏造(ねつぞう)はやめてもらいたい」といった。

すると、中国国防省がただちに「島嶼(とうしょ)の防衛体制は昔からだ」と反対の見解を表明して外相発言を打ち消していた。

国家の外交が、ひそかに動く共産党の軍に振り回されている。軍優位の国にあっては、当然ながら国際協調などは二の次になる。

ミサイル配備が明らかになったウッディー島は、南シナ海に軍事基地のネットワークを広げる最初の飛び石になるだろう。早くも22日には、CSISが南シナ海スプラトリー諸島のクアテロン礁に中国が新たにレーダー施設を建設しているとの分析を明らかにした。

やがて、これら人工島にもミサイルを配備して戦闘機が飛来すれば、船舶だけでなく南シナ海全域の「飛行の自由」が侵される。23日訪米の王毅外相はどうにかつじつまを合わせるのだろう。

ルトワク氏はそんな中国を「巨大国家の自閉症」と呼び、他国に配慮することがないから友達ができないと指摘する。例外的に1国だけ、核開発に前のめりの北朝鮮がいるが、それも近年は離反気味である。

中国が脅威を振りまけば、沿岸国など東南アジア諸国連合(ASEAN)は、共同で対処する道を探る。オバマ米大統領が昨年はじめてASEAN大使を任命し、米・ASEAN関係を戦略的パートナーに格上げすることで、その受け皿にした。

中国がアジアインフラ投資銀行(AIIB)を含む札束外交で歓心を買おうとしても、従属を強要する意図が見えれば中国への警戒心はむしろ高まろう。ASEAN首脳が米西海岸サニーランズでオバマ大統領との会談に応じたのも、対中ヘッジ(備え)になってくれると考えるからだ。

オバマ政権のアジア・リバランス(再均衡)に中身がなくとも、中国のごり押しで米国とASEANの緊密化が進み、中国の影響力をそぎ落とす。それがルトワク氏のいう『自滅する中国』という予言なのだろう。(東京特派員)
産経ニュース【湯浅博0の世界読解】2016.2.24

2016年03月26日

◆人民銀行がFEDに緊急な助言を求めていた

宮崎 正弘



<平成28年(2016)3月22日(火曜日)通算第4855号> 

 〜中国人民銀行がFEDに緊急な助言を求めていた
  「1987年のブラックマンディに如何に対処したか」〜
 
2916年1月27日だった。中国の中央銀行「中国人民銀行」がFED(米連邦準備制度)に緊急のeメールを発信し、「貴行はいかにして1987年のブラックマンディの株価暴落に対処したか、助言をいただきたい。それも可能な限り早急に」と助言を要請していたことが分かった」(サウスチャイナモーニングポスト、3月21日)。

中国の株式暴落から半年の時間が流れていた。

要請は北京から中国人民銀行NY支店長を通じ、しかるべきFED高官に伝えられ、「中国株式が8・5%の急落をしているが、貴行の速やかなる助言をわれわれは大いに評価したい」と書いてあったという。

中国中銀とFEDの間にはホットラインは存在しない上、中国はこれまで国際的な場での助言も協議もしたことがなく、この異例の助言要請は、オフィシャルのルートで行われていないため、両行の関係者はコメントを控えている。

1987年のブラックマンディではNYダウが20%前後の暴落となり、世界経済に悪影響を及ぼした。

中国の株価急落以後、やはり世界の株式市場に悪影響が拡がり、FEDはこの点を重視し、「中国の株式暴落は米国経済にも相当な悪影響を及ぼす恐れがある」として数時間以内に、緊急のサマリーを送った。

FEDは256ワードからなる「要約」に添付して、FEDの対処記録のコピィを送付し、ともかく暴落直後に市場に資金供給を絶やさず、銀行、証券の機能を維持させるためには通貨供給を約束する措置をとった。

この経過は当時のFED議長だったアラン・グリーンスパンの回想録に出てくる。

2015年7月27日の上海株式暴落直後、中国はともかく必要な資金を供給し、急場を凌いだが、下落傾向に歯止めはかからなかった。


 ▼いくら助言しても、情報に透明性のない中国の市場なのだ

中国人民銀行は急遽、金利を下げ、8月12日には人民元を2%切り下げるなど緊急な措置を講じ、同時につぎの対策の検討にはいった。しかし大きな障害にぶつかる。

要するに中国人民銀行には政策決定の権限が制限されており、重要な政策変更などの決定と承認は共産党中央委員会常務委員会の「裁可」を待たなければならないというシステム上の欠陥である。

またFEDにも議会の追求が予測されるため「公開された範囲内の情報」しか中国人民銀行に情報を提供できない。

したがってFEDは「市場には情報の透明性がもっとも重要である」として、助言に付け足したという。
 
そう、透明性。それが中国には決定的に欠けている。したがって現在の小康状態の後、ふたたび大暴落がやってくるだろう。

◆消費低迷“修羅場”の支那

平井 修一



消費者は空気とかマインドで動く部分が結構大きい。小生は物欲がほとんどないから「必要なものしか買わない」。ところがカミサンを観察していると「あらおいしそう、あら可愛い、あら素敵、あら安い」という感情で買う。「だって買いたかったんだもん」などとも言う。

まあ、財布に余裕があるからだが、今のところは景気がいいわけでもないが悪いわけでもない。だから女どもの消費スイッチはオンのままだ。

支那人民はどうやらスイッチをオンにしたりオフにしたりするようになってきた。これまではイケイケドンドンムードだったが、「余計なものは買わない、必要なものを買うようにしよう」と慎重になってきたようだ。リストラ、解雇の噂も高じてきて景気の減速を実感するようになったからだろう。

「中国消費者の節約志向が招く“修羅場”」から。

<[上海・香港3/16ロイター] - 中国では、消費者が財布のひもを締めるにつれ、小売業者は人員を削減し、事業拡大計画を遅らせ、在庫を積み上げている。経済成長の原動力として消費者に期待していた同国にとって、大きな悩みの種となっている。

経済成長が四半世紀ぶりの水準に鈍化するなか、中国の消費パターンには変化が見られる。裕福な中間層は高級志向から、より手ごろなブランドへと移行し、貧困層は生活必需品すら切り詰めている。

中国小売業者の上位50社は今年初め、売り上げが6%減少。米調査会社カンター・ワールドパネルによると、即席めんや洗剤といった日用品の売り上げは昨年末、わずか1.8%の増加にとどまった。3年前の9%超増と比べると大幅に伸びが低下している。

とりわけ安価な日用品の消費でさえ低迷していることが、中国の抱える難題を如実に表している。

「以前だったら、欲しいものがあれば買いに行った。だけど今は本当に必要なものしか買わない」と、上海の国有企業で働き、月収1万〜1万5000元(約17万4000〜26万1000円)を稼ぐというYang Shunjieさん(28)は語る。価格の安いインターネットで買い物をすることが多く、新しい服を買う場合はシーズン終わりのセールまで待つという。

豪ウエストパック銀行による最近の消費者調査では、消費者のセンチメントは昨年10月以降で最も低かった。「2月の最新データは、引き続き弱い状況を示しており、失業懸念の高まりが再び消費者のムードに重くのしかかっている」と、同銀のシニアエコノミスト、マシュー・ハッサン氏は語った。

ハッサン氏はまた、消費者需要が勢いを失えば、成長がさらに長く低迷するリスクが高まると指摘した。

<生存競争>

一方、一部の企業はそのような消費低迷をものともしない。スターバックス、ナイキ、アディダスのような「手ごろなぜいたく」を提供する国際的なブランドは依然として業績を伸ばし続けている。アディダスは2020年末までに中国で新たに3000店舗を展開する計画だ。

しかし、中国の景気減速は小売業に打撃を与え、多くの企業は事業の縮小や成長著しい小都市への重点的な取り組み、さらなる値引きを余儀なくされていると、業界幹部や消費財メーカーは指摘する。

「消費の場がオンラインや小さな店に移るなか、対応に苦慮している」と、ある外資系大手消費財メーカーの販売担当幹部は語る。「修羅場に直面している」と同幹部は言う。

この幹部の話では、一部の小売業者の在庫水準は、通常の平均である約2週間分から9カ月分にまで急増したという。

<警告のサイン>

すでに今年、弱い消費者需要のせいで、中国に重点を置く消費財メーカーの業績は大幅な下方修正を迫られている。

即席めん・飲料大手の康師傅、スーパーチェーンの聯華超市、中国服飾、民生珠宝などの企業は、売り上げ低迷について「落ち込む消費」と値下げ予想のせいだとしている。

「今年はかんばしくない。実際のところ、これまで売り上げは伸び悩んでいる」と、上海の雑貨チェーン「エンジョイ・イージー」の店員は語る。昨年は、顧客1訪問当たり100〜200元(約15〜30ドル)を売り上げていたが、今年はそれよりかなり少ないとし、「今ではわずか数ドルしか使わな
い人もいる」という。

大型スーパー運営大手「高キン零售」は先月、2016年は小売業者にとって「厳しい年」になるだろうと説明。同社の2015年利益は16%減少した>(以上)

市場経済の場合は、経済低迷→賃下げ→消費低迷→在庫調整などのリストラ→財政出動・金融緩和→経済復調→賃上げ→消費改善といったパターンをたどるのが常だ。ただ回復までに時間はかかり、日本の場合はバブルの余熱が冷めた1995年から21年たっても好景気には転じない。

大体、先進国は20万トンタンカーみたいなもので速攻で針路を変えられない。じわりじわりと改善すればオンの字だろう。先進国はそれぞれ競争力のあるトップレベルの技術力を持っている。それでも蝸牛の歩だ。

支那には革新的技術はいっぱいある。秘密裏に拘束して刑務所に送り込む技術、天文学的な賄賂で蓄財蓄妾する技術、鼠の肉でステーキを作る技術、自分こそが被害者だと居直る技術、こっそりと盗むサラミ戦術、最新技術を盗む技術、回復不能まで環境汚染する技術・・・いずれも一流だが、いかんせん誰も買わない。

こういう「悪事のデパート」、ほとんどギャングのような国が現在の経済失速から回復できるのだろうか。日本のトンネルが20年なら、支那のそれは100年ではないか。中共を廃絶して市場経済に全面移行しない限り、清朝のように数百年の停滞、眠りを繰り返すのではないか。共産支那に明日はない。(2016/3/24)


        

◆韓国が重ねる歴史研究の「虚偽」

古田 博司



自分たちが作った「韓国史」という偶像を崇め奉る韓国人

最近、第2期日韓歴史共同研究委員会(2007〜10年)日本側委員たちに、当時の韓国側総幹事である鄭在貞氏(ソウル市立大教授)から、著書が送られてきた。『日韓〈歴史対立〉と〈歴史対話〉』(新泉社)という本で、日韓歴史共同研究について多くのページを割いている。

同研究委員会は日韓両国首脳が合意して始められ、日韓の歴史を両国学者が共同で研究する事業である。特に第2期は古代、中近世、近現代に加えて、「教科書小グループ」を新しく設け、両国の歴史教科書の記述ぶりについても検証し、共通認識は教科書編集過程で参考にし、おのおのの教科書制度の枠内で努力することとしたものである。筆者が教科書小グループの日本側のチーフだった。

 ≪政争の材料とされた歴史教科書≫

ところが著作では、「今回の共同研究の目標の重要な一つは、歴史教科書の記述を支援することであった」(249ページ)と、参考程度の教科書記述ぶりの結果が、重要な目標にされてしまった。それならば「日韓歴史共同研究委員会」は「日韓歴史教科書共同研究委員会」になってしまうだろう。

≪親北左翼政権を見越した提案?≫

そもそも韓国が歴史教科書を巡る政争を日本に仕掛けてくるのは、親北左翼政権下の時に限られている。過去2回は01年の金大中氏と05年の盧武鉉氏の政権時であった。

北朝鮮に国家支援や秘密支援を送り、韓国が北の経済を支える時代である。その時代には北に同調する分、国内の不満を積極的に日本へと向けてくるのである。

総幹事・鄭在貞氏は、次が親北左翼政権になることを見越して、第3期日韓歴史共同研究委員会を提言しているのであろうか。政争が起こるたびに関わり、政治的なポジションを高めていくというのは、コリアの学者の行動パターンの一つである。これには李氏朝鮮の儒学者・張維(1587〜1638年)の自己批判がある。

「中国には学者がいるが、わが国にはいない。蓋(けだ)し中国の人材は志が頗(すこぶ)る並みでない。志のある士大夫であれば心から学問に向かい、好むところ学ぶところも同じではない。そこで各々(おのおの)が往々にして実を得るのだが、わが国は違う。齷齪(あくせく)と縛られ、未(いま)だにみな志がない」(『谿谷漫筆』巻之一)

李朝の宮廷では、朱子学の諸説を巡って士大夫(官僚)たちが偉くなろうと政争を繰り返していた。今は植民統治の研究を巡り、政争を繰り返しているのである。

 ≪自ら作った偶像を崇め奉る≫

『帝国の慰安婦』の著作により、韓国憲法で保障されているはずの学問の自由を奪われた朴裕河氏もこのケースだ。

第2期の教科書小グループの委員である重村智計・早稲田大学教授は、報告書の論文に朴裕河氏の著作を引用したところ、「引用するならば論文として認めない」という韓国側の主張により引用を削除された。先の鄭在貞氏の著書で「日本側は自国の歴史教科書はいっさい扱わずに韓国史教科書だけを検討した」(246〜247ページ)というのも虚偽であり、「日本歴史教科書の現代韓国記述ぶり」を書いた重村氏に対して失礼である。

最後に、「ある日本側の委員が約束を破って、右派の大衆雑誌に委員会の進捗(しんちょく)状況を公表して物議を醸した。しかも韓国史と韓国側の委員を批判する内容であった」(249ページ)というのは、私のことらしい。

約束というのは、本研究と直接関係のある内容を予(あらかじ)め公表しないというものだった。ゆえに最終報告書とは関係のない「韓国『正しい歴史認識の虚構と戦略』」を毎日新聞社のアジア調査会『アジア時報』に掲載した。

右派ではないし、委員会の進捗状況など書かれていない。「韓国史を批判した」というが、鄭東愈(てい・とうゆ)という儒者の『晝永編(ちゅうえいへん)』(1805年)を紹介し、李朝には針がなくシナ針がなければ衣も縫えない、舟はあるのになぜ車はないのかと嘆いていると、コリアの技術水準の低さを示しただけだ。

韓国人は自分たちが作った「韓国史」という偶像を崇(あが)め奉る。まるで旧約聖書でモーセが打ち砕いた異教徒の「金の子牛」崇拝のようだ。最後に、日本の実証研究の遺産は韓国よりもむしろ台湾で育っていることを付言しておこう。
(ふるた ひろし・ 筑波大学大学院教授)   
                 産経ニュース【正論】2016.3.17


◆「親鸞」と「酒井友哉」B

〜生き仏の講話:シリーズ ― 酒井友哉〜 

 
浅野 勝人  (安保政策研究会理事長)



それから、夜中にお水取りに行かなきゃならない。200メートル位離れた井戸まで行くのに、最初の頃は7分位で往復できる。ところが、時間が経つにつれて体力が消耗してきて何十分もかかるようになる。おいしいもん食べて休養して、リズムをつくって、リズムに乗ってやればうまいこといくんだろうけれども、リズムを狂わしちゃって、ただひたすら自分が枯れてくるのを待ちながらやっていくやつだから、どうしようもない。

そんなことやってるうちに、自分の体がまたしんどくなってくる。しんどくなってくると、なんでこんなことになっちゃたんだと、もう一人の自分が出て来ちゃう。そんなに辛いんだったらもう止めちゃって、どうにでもなればいいんじゃないのと思いはじめる。

その頃になると体が貧血状態になってくるのに、その時は貧血状態だなんて気づかないわけですヨ。だから立ち上がると、ふわーと目まいがして、暗くなるような感じがする。自分の体の体重の重心が狂ってるもんだから、踏ん張りがきかなくて、揺れてるわけ。

それがネ。雲の上に乗ってるような感じがするわけ。ふわーふわーと、なんとも言えない綿の上に乗っかってるような感じ。それに吸い込まれるような、何か知らないけれど遠い所からスーと滑空しているような感じがするわけ。それでもってどこまで行くのかな、もし行くとこまでいったらどうなるのかなと思いながらやってるうちに、パッとまた自分に引き戻される。

そのくり返しの中でお経をあげ続けていると、死んじゃうのかなと思えてくる。こんなに辛いんなら死んじゃおうかなと思って、それなりの決心がつくと、今度は行くとこまで行かせてもらおうと腹決めて、そのつもりでお経をあげるようになるんです。

そうするとやっぱりうまいこと出来ててネ。トントントントンと合図の音が聞こえてきて、今まで閉じこもっていたのがふっと自分に戻る。そうだ、お水取りに行かなきゃならないと我に返って、お水取りに行くわけです。

背中に桶をかついでそろそろと下へ出て行くのが夜中の2時頃なんです。10月の比叡山の夜中の2時頃っていうと、もう寒いんですヨ。

それにもかかわらず、その時間になってくると下の方から皆んなが上がってきてくれて、行者の無事を祈ってくれたり、昨日あんなに細くなっていたが、今日はどの位になってんだと思って、私の体を心配して大勢の人が出てきてくれるんです。

その人達がお数珠でお不動さんの真言を唱えてくれる。この音が耳に入って来ると不思議とぴしっとします。「ナンマンダ」って言ったり、「ノウマクサンマンダ」と言ってる声が聞こえてくると、これはがんばらなくちゃいけないな、へたっちゃいけないなと思うのネ。そう思った途端に、もう一人の違った自分がのこのこと出て来て、「ここでもうひと踏ん張りして、男を上げなかったら行者じゃないヨ。」なんて言われちゃう。それじゃ頑張りましょうと思って、ふらふらになってんだけども元気があるような顔をして、お水を取って帰って来る。

お堂へ戻って来て、その勢いで一生懸命お経を唱えているうちに、いつの間にか、また吸い込まれるように滑空状態に入っていく。


結局考えてみたら、死のうか生きようかスレスレなんだよネ。大勢の人のお数珠の力だとか、応援団の真言などの念仏の声聞きながら、みんなの前で無様(ぶざま)な格好は出来ないからがんばりましょう。いい格好しよう。俺はこんなになってもまだ元気があるところを見せなきゃならないって、必死で歩いてる自分がいる。

もう一方、スーと吸い込まれて行っちゃって、全てのことを忘れて、これが本当の桃源郷ならこれでいいじゃないの、死んでもいいよっていうもうひとりの自分がいる。詰まるところ、2人の自分の競り合いになってる。

耐えようか、楽しもうか。死のうか、生きようか、生きようか、死のうかという時になって、ハッと気がづくんだネ。何のために自分は行者になったのかとネ。

もうひとつはここまで誰が育ててくれたのか、比叡山へのこのこやって来て、『行』をさせてもらう、『行』をするんでも何もなくて出来るわけじゃありません。

細かいお金がいっぱいいるんです。草鞋(わらじ)を用意しなきゃならないとか、行者の衣類を作らなければならないとか、細かい目に見えないものがいっぱいある。

応援団の人たちが一人増え、二人増えて、みんなが寄進してくれて、これだけの軍資金があるからがんばって下さいって、『行』をしやすいように仕向けてくれてるわけですからネ。そのお金のおかげでお堂入りの時まで漕ぎつけたのに、お堂入りの最中に自分の都合でこのまま行っちゃったら(死んでしまったら)とんでもないことになる。そうゆう人たちに何をもって報いるべきかということを考えますネ。

そうすると絶対どんなことがあっても、この『行』だけは成し遂げなければならない。お堂から出て行った後で、この人たちのために力を十分と発揮しなければいけない。自分がここまでくる間には、身内ばかりか、大勢の知人、友人が亡くなっておいでになる。

そうゆう人たちに対して何をもって報いるか。やっぱり自分が生き延びて、その人たちの供養、回向をすることが行者の務めではないか。

また、元気な人達や幸せな人達には、幸を持続していただき、落ち込んでいる人にはこうゆう生き方があるんだヨということを体で見せてさしあげる。その人達が、ああそうか、あれだけのことがやれるんだったら俺もがんばって生きてやろうじゃないかって、そうゆう気持ちを汲んでいただければええんじゃないか。

そんな思いが先行してきて、どんなことがあっても、この『行』はやり遂げなければならないと決心してやり直すんです。そんな思いと考えでもって、成功するということは不思議だけれども、とにかく無事に満(まん)ずることが出来るわけです。 <続く>