2016年03月04日

◆先が読めない世界経済

平井 修一



金融市場は実体経済、政治動向などの分析に基づく理性や損得で動くものであったはずなのに、今の世界は「恐怖心」だけで動いている、動かされているようだ。連日の乱高下。

ベテランのヘッジファンド経営者が「もうやってられない」と会社を畳んでしまった。マーク・ギルバート氏のコラム「6400%リターンの運用者も白旗掲げた今の市場」(ブルームバーグ1/12)から。

<ウェブサイトに、マーティン・テーラー氏のネブスキーキャピタル新興市場ファンドと幾つかのMSCI*の指数を比較したチャートが載っている。(平井:*米国のMSCI Inc.が算出・公表している株価指数の総称)

それによると、パフォーマンス最良の指数の1995年3月以降のリターンは300%弱だが、テーラー氏のファンドは6400%余り。ベンチマークの20倍以上のリターンを達成した40代後半の運用者のキャリアは盤石だと思うだろう。

しかしテーラー氏は先週、ファンドの閉鎖を決めた。理由として挙げたのは、現在の市場環境と、それが相当期間続くとの見通しだ。このような状況下では、満足のいくリターンの達成という目標を満たせないという。

テーラー氏はさまざまな投資の阻害要因を挙げる。一つには、中国とインドの世界での重要性が増しているにもかかわらず、両国の経済指標の信頼性が低いため世界経済の予測が立てにくくなっていると指摘。

また、コンピューターによる取引が市場の不合理を高めているほか、ロシアや南アフリカ共和国などでの国家主義の台頭によって、ますます予想不可能な形で政治が経済に優先する可能性があるとも分析した。

つまり、ちょっとした事象が大きな変化を引き起こすバタフライ効果が恒常化し、「市場が不合理であり続ける期間を破産せずに乗り切るのが無理な、ファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)重視の投資家は締め出される」という。

ある意味で、テーラー氏が運用をやめようと決めた理由の分析で一番心配なのは同氏の気持ちの部分だ。不合理な市場のトレンドが投資家が耐えられる以上の長期に及ぶ恐れがあるため、「私たちが何よりも楽しんできたこと、つまり経済指標や企業財務を分析して予測するという作業がもはや楽しめるものではなくなった」という。

運用が心の底から好きでなかったら、6400%超のリターンは出せないだろう。そのテーラー氏が市場を出し抜くための日々の戦いへの意欲を失い、そしてそのような受け入れ難い環境が何年も続くと考えているなら、株価が急落した今年最初の週に投資家は今後1年の間に味わう経験を垣間見たかもしれない>(以上)

「バタフライ効果」とは、非常に些細な小さなことが様々な要因を引き起こし、だんだんと大きな現象へと変化することだという。「一犬虚を吠ゆれば万犬実に伝う」ということわざもある。

<一匹の犬が幻に慄き吠えると、それを聞いた犬たちがつぎつぎに吠え出すこと。相場格言として用いる場合は、ひとつ材料がでると、それを聞いた人々に瞬く間伝わる状態を指す。

ワン!ワン、ワン、ワン・・・聞けば誰かに喋りたい、わからなければ訊きたくなる。「早耳は早損」でこうした話しに乗ると、ほとんどの場合は失敗する>(サイト「【極上の相場格言】カネがなくても知恵がある!」)

幻聴、幻覚、妄想、プロパガンダ、流言飛語、虚報に踊らされると、結局は高ころびする。今の株式市場はテロに怯える支那人民、パリ市民みたいで、誰かが「あっ!」と叫ぶと皆が一斉に逃げ出すのだ。まさに「不合理な市場」だ。

支那の株式市場は元々が実体経済に基づいているものではない。東京市場はそろそろ理性を取り戻すべきだろうが、鉄火場のような乱高下はチャンスでもあるから、なかなかそうはならないかもしれない。支那の減速、資源国家の低調など不安要因ばかりで、冒頭のファンド経営者でも世界経済の先が読みにくい時代なのだ。

今日の明るいニュースはこれくらいか。

<朝日新聞社は2日までに、山梨県内での夕刊発行を31日付で終了すると明らかにした。同社は「読者のライフスタイルの変化などにより夕刊の読者が減少しており、朝夕刊を含めた紙面構成を見直すことにした」としている。同社が夕刊発行地域で夕刊を廃止するのは佐賀、大分に次いで3県目>(時事3/2)

小生にとってはいい報せだが、不景気なことではある。春よ来い!
(2016/3/2)

◆切らずに治せるがん治療

田中 正博



がん治療の3本柱といえば、手術、化学療法(抗がん剤)と放射線療法です。副作用なく完治する治療法が理想ですが、現実にはどの治療法も多かれ少なかれ副作用があります。

がんの発生した部位と広がりにより手術が得意(第一選択)であったり、化学療法がよかったりします。
 
また病気が小さければ、負担の少ない内視鏡手術で治ることもあります。 放射線療法は手術と化学療法の中間の治療法と考えられています。 手術よりも広い範囲を治療できますし、化学療法よりも強力です。

昔から放射線療法は耳鼻咽喉科のがん(手術すると声が出なくなったり、食事が飲み込みにくくなる、など後遺症が強い。)や子宮頚がん(手術と同じ程度の治療成績)は得意でした。 最近は抗がん剤と放射線療法を同時に併用することで、副作用は少し強くなりますが、治療成績が随分と向上しています。

食道がんでは手術と同程度の生存率といわれるようになってきました。手術不可能な進行したがんでも治癒する症例がでてきました。

また、手術と放射線療法を組み合わせることもしばしば行われています。 最新鋭の高精度放射線療法装置や粒子線治療装置を用いれば、副作用が少なく、T期の肺がん、肝臓がん、前立腺がんなどは本当に切らずに治るようになってきました。

また、残念ながら病気が進行していたり、手術後の再発や転移のため、今の医学では完治が難しいがんでも、放射線療法を受けることで、延命効果が期待できたり、痛みや呼吸困難などの症状が楽になることが知られています。

放射線療法以外の治療が一番いいがんも沢山ありますので、この短い文章だけで放射線療法がよいと判断することは危険ですが、がん治療=手術と決めつけずに、主治医の先生とよく相談されて、必要に応じてセカンドオピニオン(他病院での専門医の意見)を受けられて、納得できる治療を受けられることをお勧めします。(完)       医師

2016年03月03日

◆トランプ、南部諸州で大差リード

宮崎 正弘 


<平成28年(2016)3月2日(水曜日)通算第4836号 >

<速報>
 〜トランプ、テキサス州で失点。南部諸州で大差リード
    クリントン陣営はやくも、共和党はトランプと標的を見定めた〜

ヴァージニア州と地元アーカンソウを抑えたヒラリー・クリントン陣営は、もはや党内レースでの優位は揺るがず、対立候補サンダース攻撃より、本場の対決相手はトランプと予測し、対策専門チームを発足させた。

日本時間3月2日午前11時現在、トランプはヴァージニア州とマサチューセッツ州で勝利し、フロリダの開票をまっているが、人口大州テキサス州では、テッド・クルーズに敗れた。クルーズが40%に対し、トランプは28%だった。

テキサス州はもともと独立色の濃い、保守本流の地域であり、ここで勝利出来なかったことはトランプにとっては手痛い一撃を食らったことになる。

いずれにせよ、スーパーチューズディの結果を受けて、本戦はクリントン vs トランの争いになることが確定したと見て良いだろう。

◆中共はもう「末期症状」

平井 修一



経営者は大企業であれ泡沫零細企業であれ、数字をもとに経営方針を決める。たとえば、3〜6か月後の入金はいくらなのか、支払いはいくらかなのかとかをいつもチェックし、「え!? マジ、ヤバ! とりあえずキャッシュを得るためにおいしくない仕事でもやらざるを得ないなー」なんていうことは皆やっている。

給料の遅配は絶対できないし、下請け、協力会社への支払いが滞ったら「ヤバイ会社」の風評が瞬く間に業界に広まって、とてもビジネスはできなくなる。

だから経営者は必死だ。経営判断の元となる数字が不正確だと取り返しがつかない失敗になるのは、東芝を見ても分かる。

支那は大昔から数字はすべてデタラメだ。実際は真っ赤な赤字でも、「黒字だ」と報告しないと身の破滅、出世から確実に外される。「数字で出世する」のが支那官僚のやり方だから、全部嘘の数字を出す。いいか悪いかは関係ない、そうしないと食っていけないのだから。

支那の地方政府はデベロッパーに1000億円で土地(借地権)を売る。デベロッパーは地方政府関連の金融機関から資金を調達するが、「完成後3年から地方政府=金融機関へ返済します」とかになる。

ところが完成しても誰も買わない。結局、ゴーストタウン、不良在庫、不良債権になる。

地方政府は、本来はデベロッパーの倒産=特別損失として処理すべきだが、それをしたらクビになるから、「デベロッパーは元気です、生きています、きっちり債権はあります」と北京に報告する。赤字が隠蔽され、GDPは+7%前後なんていう嘘八百になっている。

今や北京は地方や現場から上がる数字をチェックするのを諦めた、カネをかけてチェックする意味がないのだ、まったく嘘だらけ、信頼できる数字がない。

かくして国家経営をどうすべきかの判断材料である数字がまったくない。嘘に基づいてGDP6.5〜7%成長なんて言っていたから、今さら「実はマイナス成長」なんて言えやしない。その数字の根拠さえもないのだし。これではお仕舞だ。

いよいよ中共は末期症状的になってきた。相当まずい情況だろう。タガを締め直すのでヒーヒーやっているが、笛吹けど誰も踊らず・・・人民はすっかり白けているような感じがする。

「“合格党員になれ”と指示=党内異論を引き締め 習主席、全人代控え」から。

<【北京時事】29日付の中国共産党機関紙・人民日報によると、習近平指導部は、党規約と習総書記(国家主席)講話の二つを学習し、「合格党員」になるよう全党員に指示する政治キャンペーンを展開している。

北京では3月3日から全国政治協商会議(政協)、5日から全国人民代表大会(全人代=国会に相当)を開催。2013年から言論統制を強めているが、党内の穏健な「異論」も徹底的に抑え、習主席の求心力が高まるよう引き締めを強化する狙いだ。

北京の共産党筋は、党指導部の方向性として

(1)党内であろうが、異論に対して断固たる対応を取る

(2)習氏を「党中央の核心」と持ち上げる動きが加速する

と解説した。

その背景には、急進的な反腐敗闘争や軍改革に対する党・軍内の不満のほか、経済成長の鈍化、南シナ海問題での対外関係の緊張などを受け、「習主席の政策がうまく進んでいない」ことへの党内の批判が潜んでいる。

こうした課題は、国際社会も注目する全人代でも主要議題となる。習主席は批判の声に危機感を持っており、2月19日には党機関紙・人民日報や国営の新華社通信、中央テレビを相次ぎ視察。

「官製メディアは党・政府の宣伝の陣地であり、党を代弁しろ」と命じ、共産党による世論支配を強化して世論から異論を排除する意向を示した>

一人勝手に“ラストダンス”、パートナーはゼロ。ほとんどお仕舞の世界だ、「君、寂しからずや?」。(2016/3/2)


◆ナチス青少年 部や紅衛兵にソックリ

野口 裕之



東京・渋谷の繁華街で安全保障関連法反対を叫びデモ行進する女子高生の制服が、《ヒトラー・ユーゲント》の若者が誇らしげに身を包んだ茶色の開襟シャツと重なった。

ヒトラー・ユーゲントは1920年代にナチス・ドイツが「製造」したナチ党青少年部(後に国家機関)で、最後は国防軍や武装親衛隊に編入され、戦場の露と消えた。

ナチズムの熱狂に引きずられた犠牲者だ。民主/共産/維新/社民など安保関連法廃止を目指す野党が、学生団体《SEALDs(シールズ)》の若さを利用して今夏の参議院選挙で党勢拡大を謀る手口は、ナチ党に通じる。

安保関連法に反対する高校生組織《T-ns SOWL(ティーンズソウル)》が21日夕、多くの中高年に混じり「戦争反対!」などとラップ調で音頭を取り、参加者がシュプレヒコールを連呼する様を観てそう感じた。

先導する街宣車上でマイクを握り、若者らを扇動するのは法政大学の山口二郎教授(57)。「安倍(晋三首相)をたたき斬ってやる」と、若者に聞かせたくない下品で物騒な表現をいとわぬ活動家である。

いわく-「こんな情けない日本を創ったことについて、私の世代は本当は責任を取らなきゃいけない。みんなに糾弾されても仕方ない」

■ナチス青少年部を想起

若者の情熱や真剣さを政治利用する大人、とりわけ教育に携わる教授の「責任」は問われぬのか。「糾弾」されるべきは若者の経験・学識・自省の積み上げ不足につけ込み、「戦争反対!」の連呼で、戦争を防げると洗脳する大人どもだ。

でも現実は真逆。人類史5000年で主要戦争は1万4000回以上、死者は50億人に達する。過去3400年の内、平和な時代は250年に過ぎぬ。数字は2004年当時で、シリア内戦やウクライナ紛争などでもっと増えている。

戦争と戦争の間《戦間期》で生きている悲しき現実が認識できないと、若者は頑迷な左翼の後継者に堕ちる。戦史や開戦に至るメカニズム、その反省を基に引き出された抑止力といった教訓より若者を遠ざけ、大人がデモ参加を誘導したのなら、怖い。大人の影響力は、大人の自覚以上に大きく実際、日本国の宰相を公然と呼び捨てにする山口センセイに学び?若者が「アベ」「アベ」と気勢をあげている。

弱りかけた権力を再興する際、腹黒い指導者が目を付けるのが若者だ。ドイツ総統アドルフ・ヒトラー(1889〜1945年)がそうだった。クーデター《ミュンヘン一揆/1923年》に失敗し逮捕され、党活動が禁止される。だが、恩赦で釈放され、1925年にナチ党を再結成するや、ナチ党青少年部を復活させ、ヒトラー・ユーゲント(ヒトラーの若者)と命名した。

党勢回復には若者の悪用が最も手っ取り早い。ヒトラーは得意の熱弁で「素晴らしき新生ドイツ建設」を説いた。若者はつかれたごとく引きずられていく。

■復讐に使われた紅衛兵

なるほど、と思う。SEALDsやT-ns SOWLの「政治熱」が自発的なのか、たきつけられたものかはあずかり知らぬ。ただ、共産党以外落ち目で、高齢化も痛々しい日本の左翼・リベラルが起死回生に向け、情熱と真剣さにあふれる若者に飛び付いたのは確かだ。

野党が参院選で、SEALDsなどと提携する動きも戦術の一環。選挙権年齢の18歳引き下げを前に、政党として一見当然の戦略にも見える。否。安保関連法「賛成議員は落選させよう」と叫んでおり、「若者の政治参画」を表看板にできるほどの初々しさはみじんもない。

野党や学者がプロの活動家育成を謀っているのであれば、若者の人生に責任を持つべきだ。一般的に経験・学識・自省が不足する大多数の若者は、デモに象徴されるが、行動に偏ると視野狭さくに陥る。

中国の初代国家主席・毛沢東(1893〜1976年)が既に体験している。毛は農業・工業などの生産において、現実を無視して極端な目標を課す急進的な《大躍進》運動を断行した。失敗し、失脚した毛は復讐に燃え《文化大革命/1966〜76年》を策謀。

革命を支援させるべく、ひそかに高校生を組織化した。《紅衛兵》。富裕層や共産党内の改革派をつるし上げ、文化財や老舗商店を徹底的に破壊した。

文化大革命の死者は数百万〜数千万といわれるが、虐殺に加担した紅衛兵は少なくない。紅衛兵の狂気は、暴力という目に見える形で全土に広がった。狂気の行き着く先は決まっている。

幾つもの派閥に分裂し→「革命過激度」を競い→昨日まで同志だった若者同士が殺し合い→毛ですら統制不能になる。結局、大人に使い棄てられるが、毛と同様に「手負いの左翼」は手段を選ばず、日本の若者に知恵を授け最大限利用するのだろう。

■笑える「反権力ごっこ」

ところで、SEALDsやT-ns SOWLのデモは文字通りの「鳴り物入り」で、若者は楽しむ風であった。警察官は行き交う車より参加者を守っていた。官憲・権力の援助を受ける「官民協力デモ」には笑ったが、「民主主義を否定する暴挙!」などと、民主主義の象徴的風景の中で非難しても響かない。

「戦争したがる総理はいらない!」「安倍は辞めろっ!」と、放言が許される日本社会に、参加者は感謝の念を抱かぬようだ。中国の軍事膨張や北朝鮮の核開発に、目を閉ざしているのだからムベなるかな。

血の粛清を好む中国を敵に回す恐怖心と闘いながら決起した台湾や香港の若者は「お気楽デモ」を見たら仰天するに違いない。台湾の若者は2014年、貿易協定批准に反対し立法院を占拠した。

協定で台中間経済が緊密化すると、台湾が中国に呑み込まれるとの危機感の発露だった。この《ひまわり学生運動》に香港の若者は触発された。

行政長官選挙をめぐり、中国が民主派候補者が出馬できぬよう、規則を14年突如変更。大学生を核に抗議運動《雨傘革命》が起きた。

台湾・香港の若者は中国に利用されるのを恐れ立ち上がった。片やSEALDsの構成員が「野党や大人に利用されてはいない。自発的運動だ」と信じているのなら、それこそが「利用されている」証ではないか。

「反権力ごっこ」にうっとり、自己陶酔していると将来、ロクな大人にはなるまい。デモの主力=中高年をじっくり観察・分析してみてはいかが…(政治部専門委員) 


産経ニュース【野口裕之の軍事情勢】安保法反対デモに見る若者の政治利
用を憂う …2016.2.29

                  (採録:松本市 久保田 康文)


◆歴史を汚す;政治の「特売化」

MoMotarou



呆れる政党・議員達だ。一層のこと党名を「イオン」にしてしまえばスッキリする。国会議事堂は「イオンモール」という手もある。議員は社員になり週末には「安売り」の売り場に立つ。イオンは中国にも半島にも強い。「おにぎり」の"産地偽装"問題の処理も早かった。

東京の維新も元民主だから"出戻り"ということで一件落着。しかし、余りにも日本国民をバカにしております。「維新」という言葉を穢(けが)しました。歴史に泥を塗った。

                 ☆彡

■忘れられた明治の「維新」:(安岡正篤 人間学講話「運命を開く」 プレジデント社より)

(転載開始)
・・・・・本格的に検討・整理されておりませんので、これを神宮当局が厳密に校訂いたしまして、『明治天皇詔勅謹解』(1973年明治神宮 制作)という大著を明治百年記念に出したいということで、大ぜいの専門家を集められまして、数年にわたる非常な苦心努力で昨冬完成いたしました。私もこれに参加いたしました。

●明治天皇の詔勅というものは、、、

明治史の神髄、骨髄になります。初めて、我々の明治の歴史を正しく通観することができまして、私自身も大いに得るところがありました。たいへん学問になりました。そのときにつくづく感じましたことの一つに、明治維新がどうしてあんなに立派に行なわれたか。諸外国の辛辣な学者が、明治維新というものは一つの奇跡的な行績であるとまで礼讃しておりまするが、ああいう立派な明治維新のようなことがどうしてできたか。

●明治が革命にならないで、、、

維新で立派にやれたということ、この問題だけでもたいへんなことなんですけれども、結論を申しますると、やはりこれは人物と教養との問題でありまして、東洋の政治学で言いますと、能率の究極は、「賢を尊んで」、「能を用い」、「俊傑位にあり」

これは『孟子』の中にある有名な言葉でありますが、この三つに帰すると思います。明治維新のあんなに能率・格調等立派にいったのは、なんと申しましても、少なくとも幕府以来の学問・教養・人物のおかげであります。

●つまり、源平の昔に遡るまでもなく、、、

仮に徳川幕府300年といたしまして、あの時代の人物・教学というものがなかったならば明治維新があんなに見事には行なわれませんでした。これは、心ある学者・先人の等しく肯定するところであります。

やはり教学というものと修練、それによるところの人物や学識・識見、それから生ずる思いきった政策の断行、これがあって初めて明治維新が成功した。


●そして、率直に申しますると、、、

明治のエネルギーは日露戦争が絶頂であります。日露戦争を過ぎますると、さすがの明治もおいおい下り坂になってまいります。あるいは表面的には急に下り坂になりまして、それ以後の明治の数年は弛緩して、急激に頽廃、混乱しております。それが明治天皇の崩御によって非常な衝撃を受けて、また引き締められました。


●この成功は、いま申しましたように、、、

 一に、徳川時代、幕府からの教学・人物、それによるところの識見・能力のおかげであります。その、いわば幕府以来の祖宗の遺産を明治の人々が受け継いで、これでどうやらまかなってきたと言えるのであります。それ以後だんだん遺産が乏しくなりまして、今日になると、まことに哀れなことになりました。

この徳川時代、少なくも封建時代に我々が持っておった学問・人物・教学と、その薫化による後進ーこれが明治日本をして成功せしめた最も代表的な本格的な原因であります。・・・・・・(転載 終)

■「日本の安売り」を止めよ!

最近は政府がスーパーマーケットの真似をして「安売り」をやりだした。自動車が売れないからといて古い車に増税し販売促進をする。スーパー等の売り上げを上げる為に「消費税UP」前購入を煽る。

シャープは中国の偽装台湾企業に売り飛ばされた。これは地デジテレビ化を促進するために、政府が「買い替え」需要を仕掛け、一気に液晶テレビを売り、シナや韓国のメーカー等も喜ばせた。その結果未来の需要を「先喰い」させて液晶テレビの不況を招いた。

少子化対策か観光対策か知らねども「国籍」の安売りだけは止めてほしい。偽日本人が増えてきた。

 (「なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」(西行)伊勢神宮参拝の時に詠む)


    
     

2016年03月02日

◆「南シナ海の中国の主権を守る準備は出来た」

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)3月1日(火曜日)弐 通算第4835号> 

 〜中国人民解放軍の南部戦区司令が初会見
      「南シナ海の中国の主権を守る準備は出来た」〜

2月27日からアセアン外相会議がラオスの首都ビエンチャンで開催され、議長国ラオスにしては珍しく中国の軍事的脅威を示唆する議長声明を読み上げた。

「南シナ海での航行と航空の自由の重要性について確認する」という文言がはいった。

しかし声明で中国を名指ししているのではなく、この表現では一般論でしかない。親中派ラオスとしては、加盟国全般に配慮した、政治的打算の産物といえるが、そもそもラオスへの経済投資でトップは中国(53億9600万ドル。89年〜2014年の累計、ジェトロ調べ。以下同じ)。2位は隣国タイの44億5500万ドル。3位がベトナムで、33億9300万ドル。4位以下はぐっと金額がおちて韓国(7・5億)、フランス(4・9億ドル)。6位が日
本で4億3800万ドルである。

これだけを見ても、ラオスがいかに中国に経済を依存しているかがわかる。

このアセアン外相会議の前に、米国で動きがあった。

まず2月23日にケリー国務長官が王毅外相と米中外相会談を行ったが、対北朝鮮制裁で歩み寄りがみられたものの、南シナ海の中国軍事力展開に関して、中国は「あそこは中国領土、とやかく言われる筋合いはない」と強行な態度を崩さなかった。

これを承けて2月24日、下院軍事委員会公聴会で証言したハリー・ハリス米太平洋艦隊司令官は「南シナ海の中国軍の建築は地域の安全航行を脅かす軍事的脅威である」と発言した。

南シナ海の軍事拠点化を抑止するために米軍は空母弐隻を配備し、最新鋭のズムワルト級ステルス潜水艦の前方展開などを検討しているとした。

豪政府も25日に発表した国防白書で、潜水艦を12隻調達する方針が明らかにされたほか、日本は海上自衛隊艦船をフィリピンに貸与する。

これらの動きを牽制するかのように中国人民解放軍の新設部隊、「南部戦区」の王教成司令員は、『人民日報』(2月27日)の初めての会見に応じ、言い放った。

「南シナ海の中国の主権をいかなる脅威からも守り抜く能力があり、あらゆる挑発にも対応し、主権を守護する準備は出来ている」。

『海域の安全を確保し、海上の防衛を守る』という王教成は、前の瀋陽軍区からの転任、ここは腕の見せ所、王毅外相が強硬な意見をはき続けるのも、国際社会の反応が硬直化しようが、しまいが、北京中央にむけてのごますり発言であり、王司令員の発言も同様である。

王はこう付け足している。「軍の党中央への忠誠は絶対であり、情報戦争を勝ち抜き、あらゆるシナリオを想定し、それに対応できる作戦を準備した」軍システムの改変、とくに7大軍区から5大戦区への改変についても王は続けて発言している。

「前のシステムでは人民解放軍が戦争に勝つためには整合性という文脈で、システム上の障害があった。今度の改変により、軍の統合的な作戦の推進がしやすくなった」

こうした中国軍の硬直姿勢、いつまで持続できるか。或いは対外矛盾と体内矛盾をすり替えるため戦争の打って出るか。
  

◆習近平は賞味期限切れ

平井 修一



在中コンサルタント・田中信彦氏の論考「カネの切れ目が縁の切れ目“利益配分社会”の強みと弱み」(WISDOM2/26)は支那で暮らさないと分からない生の情報を伝えて大変興味深い。以下紹介。

<*「反腐敗」は賞味期限切れ

今年は2月8日が旧暦の元日で、その前後1週間ほどが休日になった。例年のごとく妻の実家である江蘇省無錫に帰って、親戚や友人たちと飲み食いしながら世間話をした。そこで気がついたことのひとつは、習近平政権の人気が急激に落ちていることだった。目玉である反腐敗、汚職摘発に対する評価が非常に厳しくなっている。ある友人は言う。

「反腐敗は良いことだ。成果は認める。ただ汚職の摘発はそれが目的ではなくて、人民の生活を向上するのが政治だろう。ところが現状はどんどん悪くなっている。早く暮らしを良くしてもらいたい」

また別の友人は「反腐敗だと胸を張るが、“汚職をしない”のは海外なら当たり前で、何も褒められた話じゃない」と手厳しい。

要するに新たな指導者が新鮮味を持って迎えられた「反腐敗」の賞味期限が切れ、人々はもっと生活の向上実感を伴った成果を欲しがっているのである。

同政権の誕生は2012年。翌13年初め、党中央の会議で「大トラもハエも一緒にたたく」と宣言、地位の上下を問わず、腐敗を厳しく取り締まることを宣言した。

以来、従来なら想像もつかなかった「雲の上」クラスの人物を次々と汚職容疑で断罪し、大臣や次官、県知事クラスの摘発は数えきれないほどである。報道によれば、汚職容疑で処分された党幹部は13年7700人、14年2万3600人、15年3万4000人にのぼり、この動きは今でも続いている。

こうした大胆な動きは世間の喝采を浴びた。一種の「水戸黄門」現象であろう。同総書記の声望は高まり、「この指導者は違う。何とかしてくれるのではないか」という期待を多くの人が持っていた。ところが政権も4年を超え、「反腐敗」では確かに成果を上げたものの、景気はいっこうに良くなっていない。

*恐れて働かない役人たち

中国には共産党員だけで9000万人近くもいて、多くが政府の幹部を兼ねる。外食産業の市場規模は日本円で40兆円とも60兆円ともいわれる。「反腐敗」の取り締まり、公務員の贅沢禁止令のおかげで高級レストランの客は激減、高級酒やタバコなど贈答品、高額ブランド品などの売り上げが大きく落ち込んだ。

その影響はもちろん甚大だが、人々の現在の不満はもっと深刻なところにある。

インフラ関係の国有企業を顧客に持つ別の友人は、許認可権限を有する地方の役人との付き合いが多い。旧正月前、彼は旧知の役人のところに挨拶に出向いたのだが、改めてわかったことは、とにかく誰も仕事をしていない。

出勤はしているが、働いている風を装っているだけで、新しいことは何もしない。責任が伴うような決定もしない。だから役所の仕事は前に進まない。こんな状態がもう1年以上続いているという。

お役人の立場にしてみれば、仕事をすれば何がしかのリスクが発生する。仕事には予算が必要だから、多かれ少なかれおカネが絡んでくる。「無駄なカネを使った」とか「業者と癒着している」などと痛くもない腹を探られるのは嫌だし、そこに派閥や政治が絡むと何が起きるかわからない。

怖いから、何もしない。上司から現場の担当者まで揃ってそんな様子だから、「何もしない」ことを理由に処分することもできない。そういう状態らしい。

何もしないのだから、確かに悪いことはしていない。以前だったら年末に役所に出向けば、そこにはさまざまな「阿吽の呼吸」があった。ところが今はモノも一切受け取らないし、会食にも行かない。コーヒー一杯すら自腹だという。この友人も「お茶を飲んで雑談して、そのまま帰ってきた」と苦笑していた。

*仕事の「うまみ」とモチベーション

こうした役人の「不作為」の問題は中国のメディアでも取り上げられていて、「やる気のない役人は徹底的に処分する」といった警告も発せられてはいるのだが、なかなか効き目がない。そこにはもちろん前述した「腐敗取り締まり恐怖症」ともいうべき役人の萎縮、自粛という事情もある。

しかし、そのさらに根底には、中国社会に存在する暗黙のルール、モチベーションの在り処みたいなものが、「反腐敗」の徹底で崩壊してしまったという事情が関係している。

しばらく前になるが、この連載の第43回で「リーンな日本、ファットな中国〜中国式利益配分の仕組みを考える」という話を書いた。「リーン(lean)」とは「痩せた、細い、脂肪のない」という意味で、反対語は「ファット(fat)」だろう。

かつて世界を風靡した日本的な生産の仕組みが「リーン生産システム」と呼ばれたように、ムダを極限まで削り、贅肉のない効率の高い仕組みをつくるのが「リーン」である。

日本人はこの「リーン」が好きで、得意であり愛着もあるのだが、中国社会はまさに逆で、極めてファットである。中国では製品の付加機能でもサービスでも、さまざまなものが付け加わって、どんどん華々しく派手になっていく。スラリと光る日本刀の切れ味が日本だとするならば、何でも盛り込んだ賑やかな宝船みたいな感じが中国である。

組織も同じで、日本人は組織の構成はできるだけリーンにして効率を高め、団結して敵陣に切り込んで分配のパイ自体を大きくしようとする。しかし中国の組織は、もちろん究極の目的は同じだが、それにはまず個々の部門や構成メンバーの取り分をきちんと確保し、それぞれに「うまみ」があるようなファットな構造にしないと、そもそもメンバーのやる気が出ない――という傾向が強い。

ここで言う「うまみ」とは必ずしも不正な利得ではない。給与や賞与の額そのもの、ポストに付随する権限、ステイタスとしての部屋や車、出張時の待遇、交際費の額、協力会社からの接待やリベート、キックバックなどの類、家族や親族に対する優遇、社員旅行や運動会、忘年会や誕生会の類、会食の機会――などすべてが含まれる。

こうしたさまざまな「脂肪分」が自分の周囲に漂っていないと、中国の人々は居心地良く感じない。これはどちらが良い、悪いという話ではないが、中国で組織を運営してみてわかるのは、とにかく組織がこういう「おいしい」つくりになっていないと、なかなか人がモチベーションを高く持って働いてくれないということだ。

*壊れた「利益ドリブン」の仕組み

もちろん中国社会でも汚職は悪である。しかし現実には役人の世界もファットな構造になっていて、それが個々の役人の働くモチベーションになってきた面がある。上述した連載第43回の一説を引用する。

仮に道路を100m作るごとに、ある役人の懐に1万元のお金が入る仕組みになっていたとしよう。それが半ば常識化していて、露顕して罰せられる可能性もまずないとなれば、これは一種の仲介手数料のようなものである。

役人たちは競うように道路を作ろうとするだろう。公共事業はものすごい勢いで進むに違いない。もちろん老人ホームの建設でも、小学校の教育機器購入でも構図は同じである。

中国で驚くようなペースで道路や鉄道などインフラの整備が進み、驚くほど立派な公共施設が続々と建っていくのは、地方政府のメンツや大国としての虚栄心みたいな部分もあるが、より多くはこの「汚職という名のインセンティブ」のシステムが機能していることによると見て間違いない。

現政権の苛烈なまでの汚職取り締まりで、こうした役人の世界の「利益ドリブン(利益によって引っ張られた、平井:driven=駆り立てられた)のモチベーション」の仕組みが崩壊してしまった。

もちろんこうした構造に支えられた政府は望ましいものではないが、現実にそうしたやり方が長く機能していた以上、その前提になっていた「やる気」の源泉を取り除いてしまえば、仕事は止まる。

つまり、いま中国の政治・行政のシステムが直面している問題とは、汚職・腐敗という(ファットな)「手数料システム」に支えられた仕組みから、いかに「国家のため」「人民のため」という健全なモラールに依拠した仕組みに切り換えるかということである。

ただ、当然ながら官僚や役人たちは最大の既得権益者であって、自らの利益を支えてきたやり方をそう簡単に改められるはずもない。かといって数千万人に達する役人の総入れ替えもできない。

現場の役人たちの半ば公然たるサボタージュが続く一方、中央にとって最大の拠り所だった民衆の支持がここへ来て急低下してきて、中国の政治は両翼のエンジンが機能不全に陥りつつあるように見える。

*「仕事の配分」と「利権の配分」

日本にも江戸時代には、松平定信の倹約令などによる生活のしづらさを揶揄した「白河の 清きに魚も 住みかねて もとの濁りの 田沼恋しき」などという狂歌もあったそうだし、「水清ければ魚住まず」という言葉もある。過度の清廉な政治が機能しにくいのは万国共通だろう。

しかし中国の「反汚職」が難しいのは、もともと中国社会全体が「利益ドリブン」で動く傾向の強い社会だからである。

中国でさまざまな企業を見ていると、そこにはマネジメントの文化に日本とは大きな違いがあることに気がつく。それは一言で言えば、日本の経営者やマネジャーは社員や部下に「仕事」を配分しているのに対し、中国の経営者やマネジャーは同じく社員や部下に「利権」を配分しているということである。

では「利権の配分」とは何か。

商売の世界で言えば、「仕事」とは「利益を上げるためにやるべきこと」である。日本の経営者はそれを部門や個人に切り分けて、「この部門の仕事はこれ」「あなたの仕事はこれ」と割り振る。そして、部門や個人はその仕事を遂行して、あがった利益の中から分配を受ける――というのが「仕事」を軸にした考え方だ。

一方、「利権」とは、その商売をすることによって得られると想定されているメリット全体を指す。そこには金銭的なもの、役得、名誉などすべてが含まれる。中国の経営者やマネジャーは、この「利権」を各部門や個人に切り分けて、それを割り振るという考え方をする。

*「縄張り」を割り振るという発想

もう少し具体的に説明しよう。仮に1年間に100台の自動車を売る販売会社があったとする。中国のマネジメントでは、これを「100台の車を売る(ことによって利益を上げる)利権」としてまず認識する。そして、その利権を、A課が40台、B課が30台、C課が30台などと部門ごとに分割して、与える。

この「周囲の人間に利権を与えることができる能力」がリーダーとしての力の源泉である。各部門のマネジャーは同様に自分の部下に対して「A君は○台、B君は○台、C君は○台」などと、「車を売る権利」を割り振り、与える。

つまり中国的マネジメントでは、個々の成員が自分の力で利益を上げられる「縄張り」をボスが割り振る――と言ってもいい。そこでどのような方法で利益を上げるか、それは個々の裁量に任されている部分が大きい。そういう発想に中国人は慣れている。

それに対して日本のマネジメントでは、個々の成員に割り与えられるのは「役割」であって、その仕事の進め方も一定の枠組みが決められている。その役割を演じさえすれば、場合によっては成果が出なくてもある程度の報酬がもらえたりもする。

前述の自動車を100台売るという例で言えば、「車を5台売る」という行為を前にして、中国の営業パーソンは「自分はこの“利権”を使って稼ぐ権利を与えられた」と認識し、定められた“上納金”さえ払えば、どうやって売るかは自分の範疇の話だ」と理解する。

一方、日本の営業パーソンは「5台売るのが組織の中の自分の役割だ。この仕事を完遂すれば会社から報酬がもらえる」と認識する――ということだ。

自動車には一定の相場があるから、この2つの売り方は終わってみれば似たような収益構造になるかもしれない。しかしそこにおける個人のモチベーションの在り様は相当に異なる。

車を売ることが「利権」だと考えれば、自分が車を売る「権利」を確保し、なんとか利権を伸長しようと考えるだろう。しかし車を売ることが「役割」だと考えれば、販売量を増やすよりは「その仕事を達成する」ことや「自分の職責を果たす」ことに第一の優先順位を置くようになる。

日本人にとって中国でのマネジメントが難しいのは、まさにここに理由がある。

*「カネの切れ目が縁の切れ目」

役人の汚職の問題は、根底部分でこうした中国社会の発想に基づいている。中国では役人であっても、その部門、各個人に割り与えられているのは「仕事」というより「利権」であるとの発想になりやすい。

「利権」というと薄汚れた語感がともなうが、先に言ったように給与や賞与だけでなく、地位に付随する権限、ステイタスとしての部屋や車、交際費など、そのポジションに付随するメリット全てという意味である。

自分がこの「利権」の活用を任された以上、必要なのは求められた成果を出すことであって、どのような形で事を進めるかに口を挟んでくれるな――という発想になるのである。

官か民かを問わず、こうした「利権の集合体」としての組織は、目的(多くはお金)が明確なので、そこに潤沢な利権が供給されているうちは構成員の動きが非常に活発で、反応も早い。あっと言う間に成果が出る。

かつての役人に対する賄賂や付け届け、接待・饗応などは――是非はともかく――そうした役割を果たしていた。ところがこうした組織は、そこに利権がなくなれば途端に無力になってしまうという弱点を持つ。要は「カネの切れ目が縁の切れ目」で、あっと言う間に人心は離散してしまう。

役人の汚職の話をしてきたが、実はさらに心配なのは民間である。「カネの切れ目が…」の理屈は民間企業だって同じなのだから、景気がいま以上に落ち込んで社会のカネまわりが悪くなると、中国社会のモラールは急速に低下する可能性がある。

中国の集団は勢いに乗っているうちはやたらと強いが、いったん旗色が悪くなると堪え性がなく、一気に崩れる傾向が強い。「利権」を配分できないリーダー、組織には誰も寄りつかないのである。

もちろんこれは「国」のレベルでも同じであって、統治者が国民に利権を潤沢に分配できなくなったら、その指導者はもはや死に体である。そういう事態に陥ることを恐れ、この国の為政者はまさに必死の努力をしているように見える>(以上)

支那は大昔から利権に群がって「いい思いをする」のがDNAであり生き甲斐だ。それが習近平により「利権、ダメ、絶対!」になった。結果的に大物にかぶりつく大虎は減ったろうが、小物にたかる小蠅は大層増えたという。そして役人は権限が大きい幹部になるほど「痛い腹」を探られたくないから何も決定しないということになる。結局、役所は機能不全になる。

軍隊という、とてつもない利権集団に習近平は「利権、ダメ、絶対!」と手を突っ込んだ。軍隊は武力があるし、「毛沢東曰く、政権は銃口から生まれる。中共を産んだのは俺たちだ、余計なちょっかいを出すな、中南海に北からミサイルをぶち込むぞ!」と反発する。

こうなると習近平は手足のなくなったダルマだ。何もできない。無知蒙昧な人民の支持もかげってきた。

「虎退治サーカスよりもパンをくれ! どうなっているんだ、パンはまずくなるし量も増えない、楽しみにしていた春節のCCTV特番は習近平に従えというばかりでちっとも面白くなかった。中共が人民のパンを保証するから我々は中共独裁に甘んじている。その社会契約を反故にするのなら我々にも考えがあるぞ!」

人民はそういう気分だろう。習近平核心は必ず習近平乱心、習近平革新(習近平降ろし)になり、習近平が辞任しない限り大混乱になるはずだ。年内はもたないのではないか。オバマがいるうちに米国へ亡命するしかないのではないか。

ポスト習近平は軍閥ごとの国家による軍事独裁連邦になるだろうが、民主化、民営化しなければ支那は二度と立ち上がれない。その今を我々は目撃している。(2016/2/28)


     

2016年03月01日

◆私の「身辺雑記」(318)

平井 修一



■2月27日(土)、朝6:30は室温12度、ちょっと寒いが快晴、ハーフ散歩。

朝から小1女児を預かる。一人で遊んだりピアノを練習したりしているから、小生は食餌の世話だけ。夕方には部屋はグチャグチャだが・・・カミサンが片づけるだろうかと思ったが、「もう夕食だから、ちゃんと片づけないさい」と言ったら9割は片づけた。まあ行儀がいい方だ。

(信賞必罰の小生を子・孫は畏怖している。そういう存在は必要なのだ)

在米の渡辺由佳里氏/エッセイストは多分、お行儀のよいリベラルで、「政治家には品性が必要だ」と思っている。小生は「リーダーは“腕白でもいい”、先頭に立って強引なくらい皆を引っ張っていく勇気、行動力、狡猾なほどの知性が必要だ」と思い、小生自身も経営者としてそのように生きたいと努めた(7勝7敗1引分だったが)。

オバマはプーチンや習近平、トランプより品性があるかもしれない。ところが外交ではお行儀のよさや品性は「弱さ」と受け止められるのだろう。オバマは舐められ、米国の国益を損ねた。Yes, we can から No, wecan't 、警察官は辞ーめた、となった。

こういう現実をリベラルは分からない。アカのサングラスをかけているから赤信号が見えない、そもそも見ない、見たくないのだ。渡辺氏の論考「トランプの巧妙な選挙戦略、炎上ツイートと群がるメディア」(ニューズウィーク2/23)は、リベラル≒アカの愚かさをさらけ出している。

<大統領選予備選の開幕戦とも言えるアイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナの3州は、ここで実力を発揮できなかった候補がドロップアウトする「足切り」としても機能する。特にニューハンプシャー州の予備選は特徴的なため、共和党が重視している。

ニューハンプシャーでのタウンホール・ミーティング(小規模集会)に最も力を入れたのは、オハイオ州知事のジョン・ケーシックで、なんと106回も行ったという。

対照的なのがドナルド・トランプだ。彼がニューハンプシャーで行ったタウンホール・ミーティングは、候補者の中でもっとも少ない8回で、そのかわりに数千人規模の大集会「ラリー」を11回も開いている。ケーシックは選挙前夜と当日以外には一度もラリーは開いていない。

共和党のニューハンプシャー予備選の結果は、1位は世論調査で予想されていたとおりトランプだったが、2位は、直前まで確実だと見られていたマルコ・ルビオではなく、ダークホースのケーシックだった。この善戦で、ケーシックは突然メディアや共和党エリートから注目された。

(ケーシック、トランプ)両陣営の戦略の違いは、20世紀後半のアメリカの国民性と、インターネット時代の国民性の違いも象徴している。

インターネット時代の群集心理を最大限に活用しているのがトランプだ。彼は、移民、女性、イスラム教徒、ライバルなどへの暴言を繰り返すが、これは彼自身の意見を反映しているだけでなく、資金を効果的に使うための戦略でもある。

「自分の資金だけで選挙運動をしている」というトランプの主張には誇張があるが、キャンペーンのコストパフォーマンスが良いのは事実だ。

アイオワ州の予備選では、ジェブ・ブッシュが1票の獲得に費やしたコストが5200ドルだったのに対し、トランプは共和党のライバル候補の中で最少の300ドルだった 。トランプは、ほとんど何もキャンペーンをせずにアイオワの予備選で2位になっている。そして、その武器はツイッターを中心にしたソーシャルメディアだ。

(トランプの)ツイートは必ず炎上するので、テレビ番組はトランプの動向を連日何時間も語り、インターネットにもトランプの記事があふれる。ライバルたちが、あまり効果がないコマーシャルに数百万ドルもかけているあいだに、トランプはタダでメディアに無料PRをしてもらっているようなものだ。

日本でも、暴言や他人との言い争いが多い人のほうがツイッターのフォロワーは多くなるが、トランプは大統領選に出馬する前から経験としてそれを知っている。無料のツイッターでフォロワーを集め、マスメディアに無料のPRをさせ、1回で数千人を集めることができるラリーで時間とコストの節約をする。それがトランプの巧妙な戦略だ。

トランプの強みは、弱点でもある。

ソーシャルメディアは広まるのも速いが、忘れられるのも速い。トランプはそれを知っているから、毎日のように炎上するネタを探している。だが、政策よりもパフォーマンスに惹かれて集まったファンは、似たようなパフォーマンスを繰り返されると飽きてしまう。

20日のサウスカロライナ州予備選でも勝ったトランプの人気は、当初考えられていたような一時的なものではなさそうだ。しかし彼の戦略の危うさを考えると、たとえ予備選で勝ったとしても、有権者の目がさらに厳しくなる本選でトランプが持ちこたえられるかどうか、疑念を抱かざるを得ない>(以上)

渡辺氏は「トランプは品性がない、そのうち化けの皮がはがれる、本選では勝てまい」と思っている。

小生は「トランプはプーチン、エルドアン並に狡知に長けている、野性を演じている、米国民は強い大統領、強い米国を求めている、すでに口先だけのリベラルは化けの皮がはがれ、騙される国民は日々少なくなっているだろう。有権者の目がさらに厳しくなる本選でリベラルが持ちこたえられるかどうか、疑念を抱かざるを得ない」と思っている。

さてさて、どちらが正論か。ノーベル平和賞を受賞し、保安官を辞任して世界秩序を破壊したリベラル屋を、米国民が再び選ぶとはとても思えないのだが。

夕食後に女児とカミサンはPCでシコシコやっている小生の足元で寝そべりながらキャッキャッとじゃれ合っている。ほとんど子犬。

子・孫に畏怖される(いささか狂気じみている)小生は、敵を殺すことも自分が殺されることも覚悟している(正しくは「そんなことは当たり前すぎて興味がない」、カミサンを看取る以外は全部やり終えた)から、まあ強いヂイヂ、強い主夫で、子犬はその庇護下で安心しているのだろう。

仇敵を二度と立ち上がれないようにする――GHQの最大のテーマだったが、小生は「敵を絶滅する」、日本、支那、朝鮮の伝統である「九属、一族郎党皆殺し」で絶対に報復できないようにする。

平家はそれをしなかったから源氏に絶滅された、奄美にも落人伝説があるくらいだ。家康は豊臣系を残酷なほど殺したから250年安泰だった。正義がどうかは知らないが、歴史に学べばどちらが王道か、自明である。

実に嫌なものだが、小生は言論戦でも実戦でも情け容赦なくアカ、リベラル、容共反日屋は殺す、絶滅する。

(平気でそれをやりそうなので自分でも自分を怖れている、何をしでかすか分かったものではない・・・何しろ中核派の兵隊だったし、暴力発動への抵抗感があまりないし・・・ああホントに怖い)

そういう主義、オツムだから、それは顔つきや言動にも現れて、抑止力にもなる。主夫にも大統領にも必要な演技、ブラフである。米国が今必要なのは、スネオの狡猾さとジャイアンのパワーだ。

歴史に学べば、切った張ったの実業界で横綱になった“ミスター毀誉褒貶”トランプしかいない。手元にクルーズ国防長官、ルビオ国務長官を置けばいい。歴史を学ばなければ最悪の場合はアカのサンダースになる。サンダース大統領、ヒラリー国務長官・・・アメリカは完全に没落する。

■2月28日(日)、朝5:00は室温14度、その割には冷えているが快晴、ハーフ散歩。

ロイター2/26「共和党指名争い、トランプ氏『勝率9割』の理由」から。

<(不満を抱え、将来への不安を抱いている)世間一般の懸念は、共和党支持層に根強い「米国優先主義」の傾向とも相まり、トランプ氏のポピュリズムを一段と魅力的なものにしている。

これがトランプ氏にとって良い基盤となっている。同氏は大衆の言葉を話し、彼らの不安を理解する。そのお返しに、大衆は「疑わしきは罰せず」の原則を同氏に適用するのだ。

全体的にみれば、トランプ氏が共和党候補の指名を獲得する可能性を示す証拠は非常に有力である。「何もかもが変わり得る」と、反対する人もいるかもしれない。こうした意見については、水晶玉を持つ人は誰もいないとしか言いようがない。

だが、勝者は誰かと問われれば、われわれはトランプ氏に賭けるだろう>(以上)

ロイターはドイツ人が英国で創業した国際的な情報企業で、経済情報が主体のためかイデオロギー色があまり付いていない感じがする。「カネ命」、刺青しているのではないか。

(ドイツ=一流だったが、今は=バカになった。80年周期で発狂するようだ。発達障害)

一方で米国マスコミはほとんどがリベラル≒アカである。(「自由の国」だから不偏不党とか公正報道という価値観はまったくない)

上記ロイターのような観測も出るようになり、米国のアカ・マスコミはかなり焦りだした。「トランプ氏の指名獲得阻止を=米有力紙が異例の社説」から。

<【ワシントン時事2/26】米有力紙ワシントン・ポストは25日、大統領選について「思いも寄らなかったことが不可避になりつつある。不動産王ドナルド・トランプ氏が共和党の指名候補になりそうだ」と危機感を示し、トランプ氏の指名を阻止するため、共和党指導者はあらゆる手段を講じるべきだと主張する異例の社説を掲載した。

ポスト紙はこれまでのトランプ氏の言動を挙げながら「トランプ政権の危険性」を指摘。特に不法移民1100万人の強制送還を言明している点に触れ、「(旧ソ連とカンボジアの独裁者)スターリンかポル・ポト以来のスケールの強制措置だ」と非難した>

中共独裁を容認してきたアカ・マスコミは、自分のやってきたことには「知らぬ顔の半兵衛」をきめこんで、自分の意に染まないと「スターリンだ、ポル・ポトだ」と非難するわけだ。「毛沢東だ、トウ小平だ、習近平だ」となぜ問わぬ。

戦時中はスターリン、毛沢東を米国マスコミは支持していたのではないか。狂気、暗愚のイカレポンチ。反共防波堤の日本を潰し、結果的に今の混乱を招いた。

「ネチズンに つぶされそうな アカメディア マッカーシーの 反撃始まる」

アカを非難して孤立無援、非業の中で死んだマッカーシー。今こそ逆襲する機会だ。アカ・マスコミをしっかり「殺す」時期が来た。デング熱、エボラ、マーズ、ジカ熱・・・アカも完全に除染、駆除する。二度と発生しないようにする。九属殺戮。

朝日、岩波、共同、NHK、中日、NYTの朝鮮系“大西”よ・・・首を洗って待っていろ。廃刊インディペンデント「紙」はお前らの明日である。ネチズン版の山田浅右衛門九世修一がしっかり斬首する。

松陰を斬った七世は松陰を「さすが」と感服していたが、その息子、八世吉亮(よしふさ)曰く――

<人を斬る呼吸ですな、これはとても一朝一夕にお話はできませんし、先祖伝来の秘伝もありますが、素より万物の霊長の首を斬るんですから、気合呼吸、こいつに真念覚悟という事が何より大事なのです・・・

用意万端整うと、いきなり罪人の側へ出まして、ハッタと睨み付け「汝は国賊なるぞッ」といって一歩進める、途端に柄に右手をかけます。

コレは今まで誰にも口外しませんでしたが、この時「涅槃経」の四句を心の中で誦むのです。

第一、柄に手をかけ、右手の人差し指を下す時「諸行無常」、中指を下す時「是生滅法」、無名指(くすりゆび)を下す時「生滅滅已」、小指を下すが早いか「寂滅為楽」という途端に首が落ちるんです>(篠田鉱造「明治百話」)

いろはにほへどちりぬるを(諸行無常)わがよたれぞつねならむ(是生滅法)うゐのおくやまけふこえて(生滅滅已)あさきゆめみじゑひもせず(寂滅為楽)

「汝は国賊なるぞッ」!、関孫六兼光二尺三寸五分を味わうがいい。

(もっとも小生は一尺の刺身包丁を相手の腹に突っ込んで、そこでグリッと回すことしか考えていないが。「これをやると確実に死ぬ」と、確か司馬遼(あるいはヤクザで山本夏彦翁に私淑した安倍譲二)が言っていた。“セブンティーン”山口乙矢君はグリッと回したろうか、国賊浅沼は地獄へ堕ちた。

大江は寂聴同様の賞味期限切れだから、まあそういうことにはならないだろう、第一、刀の穢れでしかないから。大江君、良かったね)

夕食は7人で宅配「銀の皿」の寿司。以前はジャンクだったが今は相当進化した。街の寿司屋は宅配能力はないし、品質は不安定だし、値段は高いし、近く絶滅するだろう。

諸行無常、盛者必滅・・・小生もくたばるが、中共、朝日、北朝鮮の葬式には参列するつもりだ。老後の大いなる楽しみ、生き甲斐である。

■2月29日(月)、朝5:00は室温15度、大分緩んだが寒い感じ、微雨/晴、ハーフ散歩。コブシが咲き始めた。

♪白樺 青空 南風 こぶし咲く あの丘 北国の ああ北国の春季節が都会ではわからないだろと 届いたおふくろの小さな包みあの故郷へ帰ろかな 帰ろかな

日本人以上に支那の農民工は感動した。この歌通りの人生なのだ。春節でみな田舎に帰った。

習近平は相変わらず権力闘争の毎日だ。党の喉口である中央メディアはチャイナセブン序列3位の劉雲山(江沢民派)が握っていたが、この奪権を狙っている。辣椒(ラージャオ、王立銘)氏の論考「習近平が振り回す“絶対権力”の危うさ」(ニューズウィーク2/26)から。

<先日、習近平はCCTVと人民日報、新華社の3社を視察し、こう強調した。

「党のニュース・世論監督業務は党の原則を堅持しなければならない。最も根本的なのは、ニュース・世論監督業務における党の指導性を守ることだ。党・政府のメディアは党と政府の宣伝のための陣地であり、党の子供でなければならない。

党メディアのあらゆる業務は党の意志を体現し、党の主張を反映し、党中央の権威を守り、党の団結を守り、党を愛し、党そのものを守り、党のためにならなければならない」

中国メディアは一貫して共産党の宣伝道具だった。人民解放軍はその創設時からずっと国家の軍隊でなく党の軍隊であり、司法も独立したことはない。警察は党の治安維持の道具で、教育、医療、金融、国営企業など中国のあらゆる重要部門はすべて共産党の指揮に従わなければならない。

習近平が統治する中国で、メディアは完全に臣下として屈服するほかなく、いかなる法律もすべて滞りなく実行される。習近平に反対する大胆な者は全員、警察によって口を閉じさせられる。

このような絶対的権力は、安倍首相の目にうらやましく映るかもしれない。しかし中国国民と中国社会は痛ましい代価を払っている。独裁者も、彼自身の行為のためにいずれ代価を払うだろう>(以上)

習の狙い通りにいくかどうか。江沢民派/上海閥は当然反撃するはずだし、人民の不満も募っており、いつ爆発してもおかしくはない。何清漣女史曰く――

<*身分型社会の特徴は「社会の階層を上がる道がない」こともう十数年前に私は「身分型社会」という用語を使って中共統治下の中国を描写しました。この「身分型社会」というのは、つまり一個人の社会的地位が血縁関係によって決まり、個人の努力で変えることが大変難しい、ということです。

どんな社会にも貧富の差はありますが、中国の特色は、権力貴族階級が非常に短い30年の間(平井:トウ小平が改革開放を唱えた1978年から2008年のリーマンショックあたりまで)に権力の独占と資源配分の独占によって巨大な貧富の差を生み出し、(さらに農民などの下層階級が)社会的に浮上するパイプまで独占したことが社会階層を固定化してしまいました。

そしてこの種の社会はかならずや非民主的革命のもっとも良き土壌となっていくでしょう>(2/20)

中南海炎上、習近平処刑・・・老い先短いから年内にしてくれ。(2016/2/29)



◆米大統領選候補の棚卸

池田 元彦
 


民主党ヒラリー前国務長官はウォーレン・バフェット等からも強い支持が有り、当初から最有力候補だ。共和党は混迷で、強いて言えばブッシュ家の最高傑作(≒一番出来が良い)のジェブ・ブッシュ フロリダ州知事が本命視されていたが、本年2月に入り、2つの州で敗戦、早々に脱落した。ヒラリーは、オハイオ時代から疑惑のデパートだ。

国家機密の私的メール問題、ベンガジ事件等々もあり、今もFBIが調査中だ。外交はタカ派、内政はリベラルだが、一番の問題は日和見、時として立場を翻す、個人的には信用出来ない候補者だ。日本よりは親中派であることも気になる。

3月1日のスーパーチューズデー迄の予備選で、民主党はヒラリーとサンダース、共和党ではトランプ、クルーズ、ルビオに絞られてきた。当原稿は2月29日脱稿で、スーパーチューズデーの結果は知る由もない。混迷要因はトランプだが、敢えて各候補者の直前の棚卸を試みたい。

トランプはドイツ系父親とスコットランド系母親の間に生まれの長老派なので、厳密にはWASPはヒラリーだけだ。サンダースはユダヤ人、クルーズとルビオは共にキューバ系で、夫々バプティスト右派とカソリックだ。オバマの唯一の功績は、大統領候補の人種・宗教の多様化を促進したことだ。

サンダースは自ら民主社会主義者と名乗るようにアメリカでは極左と見做され、大統領候補には残れない。民主ではヒラリーが残るが、疑惑のヒラリーでは大統領選は勝てない。結果は共和党勝利で、多少非現実的だが、ルビオ大統領、クルーズ副大統領を期待するのが、棚卸の結論だ。

テッド・クルーズは古き良き時代のアメリカ保守の再来だ。小さな政府・自由主義・自由貿易、イスラエルとの同盟強化、均等税導入・死刑支持で、銃規制・妊娠中絶・LGBT・マリファナ反対、不法移民合法化反対だ。生物進化論に反対との、最近には珍しいキリスト教原理主義者と言える。

ルビオは数年前迄教育ローン10万ドルを完済出来なかった貧困層出身だが、意外とクルーズと政策が近い。違いは不法移民の合法化・市民権賦与に賛成なところだ。安倍首相とも面識があり、尖閣諸島は日本領土だと明言する唯一大統領候補だ。ウォール街、ティーパーティが支持基盤だ。

風雲児トランプ程マスコミに嫌われる候補者もいない。発言毎に人権派を刺激し、WP、NTY、WSJ、NW全てがヒットラー、ポル・ポト、スターリンと非難する。ローマ法王さえトランプを批判した。

奔放な言動もあるが、対外的にはモンロー孤立主義・保護貿易のようだ。酒もたばこも嗜まない。

共和党候補なのに富裕層への課税強化、ウォール街・国際金融資本の規制強化、累進課税強化、格差是正・社会福祉の拡充を主張する。リビア、イラク、シリアも全てオバマの失政だとし、プーチンを評価する。

イスラエルも支持する。大統領になれば、意外と真面な政治をするかもしれない。

日本にとっては、出来ればルビオかクルーズが望ましい。但しクルーズは国益追求に邁進し、厄介な相手になる可能性はある。トランプも日本との蜜月は難しそうだ。トランプは自滅も有り得るし、ルビオ・クルーズが正副大統領候補として提携し共同作戦に至れば、トランプの芽は消える。

何れの候補も、オバマの軟弱、日和見7年間に愛想を尽かした候補者だ。強くて豊かな米国を再生することを目標にしている。そしてサンダースやトランプの支持は、景気が回復しても、少数の富裕層と少しも生活が豊かにならない一般市民の欲求不満が根底にある。3月1日の結果が楽しみだ。

7月には両党とも候補者確定、11月8日に次期大統領投票、12月に正式決定となる。

◆反党意見を吠える「中国のトランプ」

宮崎 正弘 


<平成28年(2016)3月 1日(火曜日)通算第4834号>  

〜共産党内で反党意見を吠える「中国のトランプ」
   任志強の言いたい放題、3700万読者の人気ブログに閉鎖命令〜

任志強は中国共産党の党内にあって際立っての異端児。しかも不動産デベロッパーとして有数の実業家でもあった。

北京市政府経営の不動産企業CEOとして辣腕をふるったが、先ごろ不動産業界からは引退した。

かねてから、その歯に衣を着せぬ大胆な言論には注目が集まっていたのも、共産党員でありながら、共産党の遣り方をぼろくそに批判してきたからだ。

彼のブログは3700万人の読者がついた。

2013年には「庶民が住宅を買えないという(党の)住宅政策は誤っている」と発言し、党中央を非難した。14年には「不動産価格は50%暴落するだろう」と言ってのけ、庶民の喝采を浴びた。

この頃は「任大砲」という渾名が付いた。

最近は不動産ビジネスで成功した経歴を綴った、自伝『野心伏雅』(江蘇省出版社)を出版し、各界の有名人がその出版記念会に駆けつけるなど話題性も豊富、『中国のドナルド・トランプ』を呼ばれるようになった(『サウスチャイナ・モーニングポスト』、2016年2月29日)。

任志強は北京8中から名門35中へ進む。35中出身の有名人は王岐山だ。15才で共青団は入り、熱心な共産主義運動を展開し、改革重視路線で、当時の首相=朱容基の考え方に共鳴していたという。
 
したがって任志強の鋭角的なコメントは金融・財政・社会政策全般の批判だが、ときに真っ正面から共産党の政策と対立してきた。

習近平の名指しの批判はないものの、メディアのあり方についても一部の特権階級のための報道は間違いで、納税者の立場を忘れるな等と党の言論統制を批判し、当局からフルマークとなった。

2月19日、習近平は新華社、人民日報、中央電視台(CCTV)など党主要メディア(というより党プロパガンダ機関)を集め、党中央に忠実にしたがう報道をおこなえと厳命した。

その夜、任志強は「報道が党中央の方針に忠実に従えとは何事か。人民の意見を反映するメディアでなかれば誰も見向きもしない」と激烈に批判し、カチンと頭に来た党中央は、とうとう彼のブログ閉鎖を命じたのだった。
 

2016年02月29日

◆トランプ独走と言っても

宮崎 正弘 



<平成28年(2016)2月26日(金曜日)弐通算第4829号> 

 〜トランプ独走と言っても、まだ81票、必要な票数は1237票
   共和党主流派と財界は、スーパーチューズディ前後に何を企む?〜

ドナルド・トランプ大統領閣下 ?

「トランプのアメリカ」? レーガンの再来となる可能性がある、と随分と高い可能性が展望されるようになってきている。欧州を襲う移民に対してEU指導者たちの無策への怒りが、フランスのルペン率いる国民戦線の大躍進、英国のEU脱退の流れ、ドイツのペギータ運動の勃興を産んだ。そしてドイツの付録のようなオーストリアも、親米派とされたマケドニアも国境にフェンスを築き、移民の流入を阻止した。

民衆のエスタブリシュメントへの怒りである。

左翼のメディアが慌てて「極右」などと酷評しているのは、民衆の心の動きを読めず、自らがイデオロギーのプリズムを通して、表面だけをなぞり、物事の真実を見極めようとしないからでもあり、欧米のメディアは朝日新聞の信じがたい極左的体質と変わりがないのである。

欧州の怒濤のような反エスタブリシュメントの流れが、たしかにトランプを米国でも押し上げてブームを引き起こしている。1年前は「道化師」とからかわれたトランプになぜ、大衆が強い支持を示すのか。ワシントンのアウトサイダーであり、大富豪や、ウォール街からの献金をうけていないからでもある。

しかし、2月24日時点で言えば、トランプが先頭ランナーを驀進しているとは言っても、ニューハンプシャー予備選やネバダ州で獲得できた代議員数は81票。7月18日からの共和党大会で大統領の指名を獲得するには最低1237票だから、まだまだ勝負はついていないし、はっきりとトランプの当確マークを打てるわけでもない。

次の票田はオハイオ州とフロリダ州である。

とりわけフロリダ州選出のマルコ・ルビオ上院議員にとって、もしフロリダを落とせば、レース脱落となる天下分け目の闘い。だが、ワシントンタイムズ(2月25日)に拠れば地元の大学の世論調査で、トランプ44%、ルビオは28%と出ている。

スーパーチューズディの奮闘次第では共和党主流派や有力政治家が雪崩を打ってトランプ支持に回るだろう。「共和党主流のなかでも想定外にトランプ支持が拡がっている」(フィナンシャルタイムズ、2月25日)。

現在、連邦議会現職のなかで、トランプを支持すると表明したのはクリス・コリンズ下院議員、ダンカン・ハンター下院議員の二人だけだが、今後、有力政治家がメカニズム上からもトランプ支持に走るという可能性は、トランプを好きか嫌いかはべつとして、誰も否定できないだろう。


 ▼アメリカ財界はまで様子を見ている

しかし当面の米国大統領予備選は次の五つの要素が絡み合って、まだまだ複雑な動きを見せるだろう。
 
第一にトランプ支持を明確にした大富豪がまだいない。

ロバート・マナー、ポール・シンガーら穏健派はどの陣営にも満遍なく献金している。明確に「アンチ・トランプ」の立場を鮮明にしている富豪は、コッチ兄弟くらいである。

スーパーチューズディに要するテレビコマーシャル、その優秀なディレクター等が作り出す映像が、選挙戦の勝敗をきめる鍵でもあり、いつまでのトランプ個人の資金力だけではまかなえなくなる筈である。

第二にテッド・クルーズ(テキサス州選出上院議員)とルビオが依然として二位と三位を競っているものの、スーパーチューズディ前後に「想定外の連合」を組む可能性が取りざたされ始めた。

両人ともに共和党保守派の支持を得ており、フィクサーの仲介で、強力な2位3位連合が組まれ、つづいてケーシック知事とベン・カーソンが、撤退と引き替えに主流派との取引をすることが考えられる。

第三はトランプの失言、暴言が、思わぬ事態を引き起こす可能性で、ポピュリズムというのは基盤が脆く、支持者は移り気であり、すっとブームが去るというシナリオも描いておく必要があるだろう。たぶん、スーパーチューズディで勝てば、トランプの発言は、いまより遙かに穏健になるだろう。

第四にトランプは数々の失言でブッシュ陣営に恨みを残してしまった。もし彼が候補者となっても保守本流は選挙に協力しない可能性がある。意地の張り合いが続けば、共和党の挙党一致体制の構築は難しい。

共和党リベラルは独自候補としてタイミングを狙うブルームバーグへの相乗りも検討するかも知れない。まだまだ流動的なのである。

第五はユダヤ人とウォール街の動きである。

前者は民主党支持が多く、共和党の支持基盤としてはウォール街がどちらの支持に回るか、財務長官のポストはウォール街の「指定席」でもあり、今後の駆け引きによっては、ウォール街の主力銀行、証券、ファンド筋がまとまるというシナリオも描ける。どちらにまとまるかも、またスーパーチューズディの後の話である。

◆「千日回峰行」のすさまじさ

平井 修一



ネットは小4向けから大学総長向けまで実に多彩な情報を提供してくれる。小生のようなヒッキーはPCで多くの情報に接することができるので、とても助かるし、勉強になる。びっくりすることがとても多い。以下もそ
んな情報だ。

現代ビジネス1/6「大阿闍梨が明かす、千日回峰行の苦しみ“爪はボロボロ、血尿は出る。ところがある日、不思議な感覚が芽生えてくるのです”」島地勝彦×塩沼亮潤 【第1回】から。

<店主前曰:世の中にはもの凄い人がいるものである。

現存する僧侶になかで吉野の大峯千日回峰行をやり遂げた唯一の大阿闍梨、塩沼亮潤さんが目の前にいらっしゃる。お顔がじつに爽やかである。こころが澄み切っているのだろう。

一方わたしといえば、欲望の塊のような人間である。偉そうに“シマジ教”の教祖を自認しているが、こころは濁り切って、 顔は年齢不詳を目指して極めて妖しい雰囲気を醸し出している。

担当編集者のヒノがいみじくもいったものである。「今日は清と濁の顔合わせとなりましたね。面白くないはずがありません」と。

           * * *

――本日、塩沼大阿闍梨にお目にかかるにあたり、塩沼さんが小学5年生のときに観て感銘を受けたという、酒井雄哉さんの修行に密着したNHKドキュメンタリーをDVDで観ました。千日回峰行っていうのはただごとでは
ないですね。

あの番組を小学5年生のときに観て、「よし、おれもやろう」と決心なされたとのことですが、やっぱり塩沼さんは常人ではありませんね。学生時代はスポーツマンだったんですか?

塩沼 高校時代はテニスをやっていました。あと、学校までの4キロの道のりを毎日走って通っていました。その当時から「近い将来、千日回峰行をするんだ!」という気持ちでいましたから、勝手に準備期間と考えてい
たんですね。

――毎日走って通学していたんですか! わたしにはとても考えられません。そして千日回峰行を成し遂げたいま、次の夢はどんなものですか?

塩沼 そうですね、将来は、大きな世界を飛び回るお坊さんになりたいですね。

――そのために語学も勉強なさっているんですか。

塩沼 いま泣きながら教わっているところです(笑)。

――英語がある程度できれば世界中で話が通じますものね。

塩沼 はい。あと、フランス語も習っています。

――へえ〜、フランス語までやっているんですか! それは驚きました。

塩沼 みっちり絞られています(笑)。やっぱり何歳になっても挑戦していきたいなと思っているんです。わたしはずっとそういう気持ちでいますので、千日回峰行をしたときよりも、もしかするといまの情熱のほうが上かもしれません。朝起きると「さあ、いくぞー!」という気持ちになります。

――それは真面目に千日回峰行をやってこられたからでしょうね。

塩沼 はい。あのとき手を抜かなかったから、いまがあるのだと思っています。

――今東光大僧正から比叡山の千日回峰行の話は聞いて知っていましたが、じつは奈良の吉野山のほうが比叡山よりもきついらしいですね。

塩沼 そうかもしれませんね。体力的なきつさでいうと、比叡山の2日分が吉野の1日だともいわれています。

――酒井さんは比叡山のお山を毎日40キロ回っていましたよね。塩沼さんの場合はどれくらいだったんですか?

塩沼 48キロの行程でしたが、吉野の山は高低差があるのでかなりしんどかったです。

――なるほど、吉野のほうが山が険しいんですね。

塩沼 標高1500メートルを超えると気温もグッと下がりますし風雨もきつくなります。いわゆる修験道の行場ですね、鎖をつたって岩場をよじ登るようなルートを含めての48キロですから、かなり厳しい道のりです。

――それを1日で行って帰ってくる。しかも毎日。

塩沼 毎晩、深夜0時に出発していました。

――れでお寺に戻ってくるのは夕方ですか。

塩沼 午後3時半ごろですね。そこからさらに行が待っているんですよ。掃除、洗濯から翌日のための雑事を含めて、吉野の場合は、全部自分でしなくてはいけませんから。

――なるほど。ただ山を歩くだけじゃないんですね。塩沼さんが千日回峰行をやろうと思ったのは小学5年生のときでしたが、実際に決行したのは何歳のときだったんですか?

塩沼 23歳のときです。高校卒業後19歳で出家得度しまして、金峯山寺の修業道場に入りました。そこで4年間の小僧生活を経て、師匠の許可をいただき、ようやく山を歩く“行”に入ることができました。

――いままで多くの僧侶が千日回峰行に挑戦されたと思いますが、なかには途中で亡くなられた方もいらっしゃったんでしょうね。

塩沼 おそらく長い歴史のなかではそういう方もいらっしゃるはずです。

――あえて発表もしないだろうし、もしかすると記録も残っていないかもしれない。つまり「仏さま」になったということなんでしょうね。

ヒノ 吉野の山でいままでに千日回峰行をやり遂げたお坊さんは何人ぐらいいたんでしょうか?

塩沼 吉野の大峯千日回峰行は1300年の歴史がありますが、満了したのはわたしで2人目です。百日回峰行をなされた方はたくさんいらっしゃいますけど、千日となると、やはり体力が余程でないと勤まりません。

――体力も大事でしょうが精神力も並々ならぬものが必要なんでしょうね。

塩沼 たしかに精神力も必要です。食べるものは毎日おにぎりです。あとは1日1回の精進料理。タンパク質もカルシウムもほとんど摂取できないので、必ず栄養失調になり、1ヵ月ほどで触るだけで爪がボロボロと砕けて
きます。3ヵ月が過ぎるころからは血尿出てきます。

――そういう過酷な状況で自分を痛めつけて、それでも明るい希望を持てというのは、本当に壮絶な修行ですね。

塩沼 そうなんです。そこでマイナスなことを考えると自分の成長がない。ただ苦しみに耐えて耐えて、その苦しい時期を過ぎると、そうですね、イメージでいいますと、土手っ腹でドンと受け止めて、両の足で一歩
前へ進むと、自分が成長したような感覚が持てるんです。

千日回峰行をはじめたときはまだ23歳でしたから、若かったんでしょうね。「やるぞ」という情熱に燃えて山道を蹴るように歩いていましたが、だんだん日数が経つうちに、山道を愛撫するように優しく歩けるようにな
りました。

――23歳でお山を歩きはじめて、修了までは何年かかったんですか?

塩沼 お山を往復するのは連続122日までと決まっていますので、都合9年かかります。ですからわたしは19歳で金峯山寺に入りまして、いわゆる若者の青春時代もなく、そのままずーっと山のなかにいて、千日回峰行が終わったときには32歳になっていました。青春もなくただバーッと走り切ったとう感じでしょうか。

――そしていまは故郷の仙台に戻られて、慈眼寺を開山して住職さんをやってらっしゃるんですよね。

塩沼 はい。それから、もうお寺は存在しませんが、吉野山の持明院の住職もやっています。

――存在しないというのは、つまり、明治時代初期の廃仏毀釈で壊されたんですか?

塩沼 そうなんです。吉野には塔頭もたくさんあったんですが、全部破壊されてしまいました。残念なことです。

ヒノ 修行中、山道を歩いている最中に、眠くて眠くて我慢できなくなったことはありますか?

塩沼 最初のころはしょっちゅうでしたね。よく歩きながら眠っていました。いつも提灯を持って夜道を歩いているんですが、あるとき突然、足首をガってつかまれたんですね。誰もいないはずなんですが、とにかくそういう感覚に襲われて足が自然に止ったんです。

「あれ、どうしたんだろう」と思って目を凝らしてみたら、まわりにはなにもない。もう30センチほど進んでいたら、その先は何十メートルの断崖絶壁になっていました。その瞬間、たぶん、仏さまがパッとわたしの体を持ち上げてくれたんだ思うんです。

一度そんな怖い思いをすると同じ失敗は二度と繰り返さなくなりまして、それからは歩いて眠ってしまうようなことはなくなりました。

――聞いているだけで鳥肌が立つ恐ろしい話ですね。

*大阿闍梨がみた地獄「修行をはじめた頃、亡霊と餓鬼ばかりが現れました。あれは夢だったのか、幻覚か。それとも…」【第2回】1/13

――今回、お目にかかる前に塩沼大阿闍梨さまのご本はすべて読ましていただきました。いろいろと感動しました。

塩沼 ありがとうございます。どこがいちばん感動されましたか?

――いちばん印象に残っているところは、千日回峰の修行中に寒さや苦しさで涙が出てくるところです。その涙が蒸発して天に昇り、雲になって雨となり、結果、みんなの飲み水になったり、田畑を潤す水になったりするんだという、大阿闍梨さまのスケールの大きな連想飛躍ですね。

塩沼 昨日まで流した涙が雨となり、悟れや悟れと励ましの雨音になる。わたしの流した涙が頬を伝わって地面に落ち、川を流れ海に行き、やがて蒸発して雲になり、ここに降って雨音を立てながら「頑張れ!」と自分を励ましてくれている。そういう気持ちになれたんです。

いま思い出しても涙がにじんできますけど、最悪な状態にあっても不平不満がなくなっている自分を発見しました。

――そういう山中の嵐のなかでも、いつも前向きに希望を持つということは凄いことですし、難行を全うするためには必要な心構えなんでしょうね。

塩沼 たしかに、どんな状態でも、いつも希望は持っていました。テレビを観て千日回峰行をやりたいと思ったのは小学5年生でしたが、出家した19のときにはもう、千日回峰行が終わってからの夢があったんですよ。そ
の夢を追いかけていたので、わたしにとって千日回峰行は「やって当たり前」という感覚でした。

ですから失敗したらどうしようなんて悲観的な考えは微塵もなかったんです。その先の夢があったからこそ、あんな難行を乗り越えられたのかなあと、今では思います。

――比叡山の酒井大阿闍梨は戦後、闇ブローカーをやったり、奥さまが自殺されたりした後、40歳で出家して、そこから千日回峰行をなさっていますが、塩沼大阿闍梨の場合は高校を卒業した翌年、ストレートで吉野山に行かれたんですよね。

塩沼 はい。わたしの場合は人生の辛酸を舐めることもなく、10代で吉野山の金峯山寺に入りました。はじめはわたしも酒井さんがおやりになった千日回峰行しか知りませんでしたから、比叡山にいくしかないと思っていました。ところがたまたま知り合いを通じて「千日回峰行は比叡山ともう一つやっているところあるよ」教えてもらったんですね。それが奈良の吉野山でした。

詳しく調べてみましたら、吉野の千日回峰行のほうが比叡山より過酷なんですね。それがわかったので、どうせやるならより厳しいほうに行こうと決心したわけです。あとあと後悔しないためにも。

――右の道を選べば楽で、左の道を選べば辛く難しいというとき、わたしを
含めて一般人は右に進んでしまうものですが、さすがは塩沼大阿闍梨、そこからちがっていますね。すべての芸術家はあえて難しい道を選んでいます。たとえばモーツァルトやベートーヴェンがそうです。

塩沼 楽だと思ったら成長しないものです。自分に出来るか出来ないかわからないくらいのハードルを設定して、ギリギリのラインを攻めていくのが修行としてはいいかもしれません。

――さきほど真っ暗な山道を半分寝ながら歩いていて断崖絶壁の30センチ手前で目が覚めて助かったという怖い話をお聞きしましたが、歩いていても眠くなるっていうのはよくわかりますね。

DVDを観ると酒井さんは途中でいろんなところに立ち寄ってお経を読んでいました。吉野山の場合はどうなんですか?

塩沼 吉野の場合は、大きな神社も含めて、お寺や祠、お地蔵さん、観音さんなど、立ち寄る場所がぜんぶで118ヵ所あります。

――そこで経文を誦すると、目が覚めたりするんではないですか?

塩沼 はい、目が覚めます。ところが不思議なことに、お経をあげているときに限って怖いものをみたりするんですよ。

――それはまだ塩沼さんが悟りの境地に達していないから、怖いものを怖いものとしてみてしまうんでしょうか?

塩沼 おそらくそういうことかもしれません。はじめは物凄く怖かったでよ。でもしょっちゅうみているうちに慣れてくるんですよ。

――それは亡霊とか餓鬼とか亡者ですか?

塩沼 幻覚のなかで3匹の餓鬼が行く手を阻んで石を投げつけてきました。実際に石がみえて、必死で避けたりするんですけれども、ハッと気がつくと何もない。それから、4メートルはあろうかという大きなイノシシ
が襲ってきて「うわっ、やられる」と思ったら、何もなかったとか。また、後醍醐天皇の南北朝時代の戦場跡では、亡霊を何度もみました。

低いテーブルで握り飯を食べて休憩していると、なんだか霧に包まれたような感じになりまして、バーンと体を倒されたんですね。金縛りのようになって、体が動かない。胸のあたりに武士の手甲があるような感じがし
て、それがだんだん首のほうに上がってきた。

首を絞められるという恐怖から、このままじゃヤバいと思って、意を決してワーッと大声を出しながら体を動かしたんですね。次の瞬間、気がついたら武士の手甲は消えていました。

――それは幻覚というより本当のような話ですね。

塩沼 幻覚なのか夢なのか、何なのかよくわからない世界です。ところが3年目が終わるころから、そういう怖いものは一切みなくなりました。反対に今度は、キレイな世界がみえるようになったんです。

あるとき、金色の光のなかで天女が3人舞い、こちらにいらっしゃいと手招きしていました。近づいてみますと、その天女から袋に入った金剛石を渡されました。天女は何もしゃべらないんですが、「あなたの行くところ
にはまだまだ上がありますよ」という声が聞こえてきて、これはご褒美なのかなと思いました。

ふと上をみると、螺旋階段があって、その先はまたスーッと真っ暗な闇の山道になったいました。そんなことがありつつも、後半の3分の1は何もみなくなりました。

――亡霊からだんだん天女になっていって、そのあとは何にも遭遇しなかったんですか?

塩沼 あ、そういえば、仏さまはよくみました。

――それは塩沼さんという人間がだんだん解脱していく過程だったんでしょうね。

塩沼 そうだと思います。そのころになると、岩場に座っておにぎりを食べていると、小鳥が肩の上に乗ってきたりしました。多分、鳥たちもわたしの存在が怖くなくなったんでしょう。徐々にそういう自分になっていったんだと思います。

明け方、小鳥が数羽わたしの周りに寄ってきて、ごはん粒をあげるとチュンチュンいって一緒に食べたり、あとは、きっと巣に持っていくんでしょうね、わたしの法衣の麻地の糸くずをつまんで、喜んで飛び立っていきました。動物たちがだんだんわたしを怖がらなくなってくるんです。

――小鳥の小さな脳みそで考えて塩沼さんに親しみを感じて寄ってきたんでしょうね。

塩沼 それも行の終盤、3分の2をこなしたころでしたね。それでもやっぱりまだ山のなかだけなんですよ。俗世間に近いふもとの修業道場に降りてみると、そこにはいろんな人間関係があり、ふたたび悩みや迷いの世界に入って行きました。

「山ではあんなにわかったつもりだったのに、どうして出来ないんだろう」と自己嫌悪に陥ります。悶々としている自分がいます。それでまた次の年の行に入り、繰り返しになるんですが、最後には悟りが開けてわかっ
てくるんですね。

繰り返し、繰り返し、同じことを情熱を持って続けていくと、解脱して悟りにたどり着く可能性が出てくるんです。お釈迦さまが仰っていますように、修行とは繰り返し、繰り返し、同じことを情熱を持ってやることなんでしょうね。

――深夜12時に出発するとき持って行くおにぎりはご自分で作るんですか。

塩沼 おにぎりだけはふもとのおばあちゃんが作ってくれます。

――何個持って行かれるんですか?

塩沼 2個です。

――大きさは?

塩沼 これくらいですかね。

――かなり大きいですよね。

塩沼 はい、大きめのおにぎりを弁当箱に入れて毎晩持って出ました。

――おにぎりの中身はなんですか?

塩沼 梅干しが入っています。

――海苔は?

塩沼 ナシです。1つが梅干しで、もう1つが天むすです。

――え、天むすですか!?

塩沼 すみません、これは冗談です。ハッハッハッハ。

――なんだ、真に受けて想像しちゃいましたよ。アッハッハ。

塩沼 本当に天むすだったらうれしいんですけどね。梅干しも食べると胃を壊してしまいますので、防腐剤代わりに入っているだけなんですよ。

――なるほど。うだるような夏の夜もあるんですものね。

塩沼 そうなんです。その2つのおにぎりを食べ繋いで、黙々と登って行くわけです。

――往って帰って48キロを、たったそれだけで食い繋ぐわけですか?

塩沼 いえいえ、24キロです。大峯の山頂には宿坊がありますから。

――その宿坊には誰か人が住んでいるんですか?

塩沼 はい、人がいます。大峯山寺という大きなお寺がありまして、1719メートルの山のてっぺんに200人が泊まれる宿坊が5軒もあるんですよ。

――へえー!

塩沼 いまはお坊さんは常時1人しかいませんで、他には宿坊のお手伝いをしてくださる方が十数人いらっしゃるだけですが、明治時代までは「講」が盛んで、字(あざ)ごとに大峯山に登る講社がありまして、近畿
地方では年に一度の大峯詣りとうのが流行っていたみたいです。成人したら、大峯山に登らないと一人前じゃない、というようなことで。

――江戸でいうところの「大山詣り」みたいな感じですかね。

*大阿闍梨が明かす少年時代「中学校に入ってからは、パチンコ屋さん通いがやめられませんでした。なぜなら…」【第3回】1/20

――幻聴や幻覚の怖い話も凄いですが、現実の体験で怖かったことはなにかありますか?

塩沼 そうですね、山道でいちばん怖かったのはマムシとの遭遇でしょうか。

深夜、雑草が生い茂った狭い山道を錫杖でトントンやりながら提灯の明かりだけで進んでいくわけですが、体が疲れているので、マムシがいるかもしれないなんて考える余裕もなくなり、つい一気にバーッと駆け降りてしまうんですね。運を天に任せて走ったりする場合もあります。

ある日、明るくなった山を下ってきたときのことです。ふと足元をみると太いマムシが死んでいました。きっと夜中にわたしが頭を踏みつけて殺してしまったのだと思います。でも、偶然にもピンポイントで頭を踏んだからよかったものの、もしも尻尾を踏んでいたら、確実に足を噛まれていたでしょう。

そしてあっという間に毒が回り、わたしの方が死んでいたかもしれません。この時も仏さまが守ってくれたんだと思います。

――夜中ですし、そもそも山の中に病院なんかありませんものね。そんな命がけの修行を全うされた大阿闍梨に対して尾籠な話で恐縮なのですが、これだけは聞かせてください。やっぱり排泄は野糞なんですよね?

塩沼 はい、野糞です。山のなかではそれしか方法がありませんから。都合1500回くらいはしていると思います。おそらく現代の日本で、いちばんたくさん野糞をしたお坊さんじゃないでしょうか(笑)。

――それだけ歩いて運動しているわけですから、腸も動きも活発になるでしょうね。しかも食べるのはおにぎり2個だけでしょう。すぐに消化されて出てきそうです。

塩沼 毎日ほぼおにぎりだけなので、便の色も、おみせしたいぐらいなきれいなんですよ。黄金色というか、黄土色ってやつです。しかも必ず同じ時刻に同じ場所で催すんです。食べる時刻も量も決まっているからですかね。オシッコもそうです。飲む水の量が決まっているからでしょうか。

――何時ごろに催すんですか?

塩沼 明け方ですね。そうだ、こんなことがありました。まだ初年度のころです。いつもの場所にしゃがんで用を足そうとしたそのとき、普段なら誰もくるはずのない時間に、白装束を着けたおばちゃん2人が錫杖を持っ
て、わたしの目の前に現れたんですよ

――それはマムシより驚いたでしょうね。

塩沼 しかもそのおばちゃんたちと目が合ってしまった。みないふりしてそのまま通り過ぎてくれればいいものを、あろうことか「あ、行者さんだ!」といってわたしを拝みはじめたんですよ。

一同 アッハッハッハッハ

塩沼 わたしもさすがに困り果てて「すみません、先に行ってください。ここは拝むところではありません。ごめんなさい」って、おばちゃんたちを拝み返しました。

――おばさまたちも、まさか野糞をしている最中とは想像もしなかったでしょうね。千日回峰行にもそんな恐ろしい冗談があったんですね。

塩沼 これも修行の1つだったんでしょうか。あのときは本当に焦りました。

――きっと仏さまのお導きだったんじゃないですか。仏教には「遊戯三昧(ゆげざんまい)」という言葉があるくらいですからね。仏さまが塩沼阿闍梨にイタズラしたんでしょう。

塩沼 そうかもしれませんね。

――話題を変えましょう。塩沼さんの子供のころの話を聞かせてくれませんか。

塩沼 子供のころは、いたって普通の子でした。ただ、とても貧しい家庭に育ちまして、母親からいつもいわれていた言葉がありました。それは「お前がどんなに偉くなっても、人の下から行きなさい。みなさんにお仕
えさせていただくという気持ちだけは忘れてはいけません」ということでした。

立木 いい言葉ですね。シマジはこの言葉をかみしめたほうがいいんじゃないの。

――なるほど、地べたからもの申すという姿勢ですね。わたしもこれからこころして、その姿勢で生きていきたいと思います。

塩沼 わたしの子供のころは、米や味噌がないと「ちょっと隣に行って借りてきて」と親からいわれたものです。それで「おばちゃん、お米貸して」と頼みに行くにがわたしの役目でした。

そうしたことが普通に出来たのも、ご近所同士の絆が強かったからでしょう。しかしいまはそういう近所づきあいもなくなってしまいましたよね。

ヒノ とくに東京のような大都会では隣に住んでいる人とも会話すらありませんからね。

塩沼 わたしが高校に進学出来たのも、知人や親戚のみなさんから助けていただいたお蔭です。「せめて高校までは行かせないと」と、知人や母親の兄弟たちがみんなで手伝ってくれたんです。

でもご厚意に甘えてばかりではいられませんでしたので、わたしも家計を助けるために中学2年生からアルバイトをはじめました。

――どんなアルバイトをやっていたんですか?

塩沼 知り合いの方が喫茶店をやっていて、毎週日曜日に3時間働いて1200円いただいていました。ある日、カップルのお客さまがいらして、コーラを注文されたんですが、アルバイトで入ったばかりのわたしはコー
ラの出し方もわかりません。

そこでマスターに「コーラはどうやってだせばいいんですか?」と訊くと、「いつもやっとるようにやっとけ」といわれました。わたしはまかないでカツ丼とコーラをいただいていたですが、そのときと同じように氷
も入れず生ぬるいコーラを自分たちが飲む普通のコップに注いでそのまま出してしまいました。

――それはなんとも微笑ましいエピソードじゃないですか。

塩沼 デート中のふたりがわたしの出したコーラをみたときのキョトンとした顔を、いまでもよく覚えています。わたしはなにもわからなかったので、どうしてふたりがそんな顔をするのか見当もつきませんでした。いまにして思えば、本当に申し訳なことをてしまいました。

それから中学のころはパチンコ屋さんによく通っていました。パチンコ屋さんに行くと、まず小さな箱を持って床に落ちているパチンコ玉を拾います。子供のやることですから誰も怒りません。拾った玉が箱の底に一列に集まると、それでパチンコを打ちはじめるわけです。

当時「飛行機」という台がありまして、一気に打つと玉がすぐなくなってしまいますが、コツがあるんですね。最初に角のいちばん目のところに当てて、それから間をあけて打つと、開いたところにバンバン入ります。それで必ず2箱か3箱ぐらいいっぱいにして、米や味噌、醤油、砂糖などに換えて家に持って帰っていました。

――そんなことをしてパチンコ屋の店員から怒られなかったんですか?

塩沼 店員さんもわたしが拾った玉で打っていたことは百も承知だったと思います。でも交換する景品が米や味噌や醤油でしたから、この子の家はよっぽど生活に困っているんだろうと思ったようで、ときどき「開放台」という開きのいい台を教えてくれることもありました。

開放台で打つと大きな箱がいっぱいになることもありました。常連のおじさんたちとも仲良くなって、玉を分けてくれることもよくありましたね。

立木 そうか、だから大阿闍梨さまはいまでも「パチンコ屋さん」といい、「店員さん」といっているんですね。シマジが「パチンコ屋」「店員」と呼び捨てするのとはえらいちがいだね。

塩沼 パチンコ屋さんには本当に助けてもらいました。高校に入ってからもパチンコ屋さん通いは続きました。悪いことだという意識はまったくありませんでしたから、制服のままでお店に入って打っていました。

――一家の生活がかかっていたんですものね。

塩沼 でも、ある日、学校の先生にみつかってしまったんですよ。その先生もパチンコが大好きだったらしく、たまたま同じパチンコ屋さんにきていたんですね。2、3度わたしが玉を拾って打って景品を持って帰るのをみていたようです。

先生としてはわたしが現金に換えたところを捕まえるつもりだったようですが、わたしが持って帰るのはいつも米や味噌や醤油でしたから、「どういうわけだろう?」と不審にはおもっていたようです。

ところがあるとき、見かねた先生から「次にやったら停学だぞ」と警告されました。そうはいっても、わたしも生活がかかっていますので、おいそれとやめるわけにはいきません。

――まあ、先生も立場上そういわざるを得ないですしね。

塩沼 でも、そのうちに先生もわたしの家庭の事情がわかってきたようで、パチンコ屋さんで会うと「今日は出ているか?」といって肩をポンと叩かれたりしました。仕舞いには、もの凄く仲良くなって、わたしから
「家に遊びにきてください」と誘いして、うちで一緒にご飯を食べるまでになりました。

――まるで小説のような、感動的なお話ですね。その先生の惻隠の情が目にみえるようです。涙が出そうです。

立木 シマジ、泣くな。泣くなよ。お前の濁った涙が蒸発して天に昇って雨になり、川に流れて水道の水になったとしたら、おれはそんな水は絶対に飲みたくないし顔も洗いたくない。シマジの涙で出来た水は邪悪な味がするに決まっている。

――タッチャンにそこまでいわれると泣きたくても泣けなくなるじゃないですか。本当にいまの大阿闍梨のお話を聞いて涙がジ〜ンと滲んできたんですがね。

どんなに家が貧しくても胸を張って明るく生きる塩沼少年の姿が目に浮かびます。こころまで貧しくなっていない証拠ですね。「貧すれば鈍する」というのは塩沼さんには通じない言葉だったようですね>(以上)

いやはやすさまじい修行、すごい人生だ。水泳選手から「スイマーズ・ハイ」の話は聞いたことがあるが、過酷な修行においてもそういう恍惚というか瞑想、無我、解脱の境地になるのかもしれない。

職人、芸術家、スポーツ選手なども、レベルが高度になると宗教家のように解脱するようである。

「オレは監督としても、自分のためにやってる人が結果的にチームのためになると思う。自分のためにやる人がね、一番、自分に厳しいですよ」「ときには嵐のような逆風が人を強くする」「敵と戦う時間は短い。自分
との戦いこそが明暗を分ける」

以上は王貞治氏の言葉だが、過酷な修行があってこそ人生の真実に到達するのだろう。まことに「艱難汝を玉にす」だ。(2016/2/27)