2016年02月05日

◆「5大戦区」の概要が明らかになった

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)2月4日(木曜日)弐 通算第4799号 >
 
〜「5大戦区」の概要が明らかになった
   陸海空の連携を主眼、本部と拠点に、空軍基地を調整中〜


 さきに人事が発表された中国人民解放軍の組織改編で、具体的に5大戦区の本部、拠点が明示された。

 東部戦区の陸軍拠点は福州(福建省)
 南部戦区の陸軍拠点は南寧(広西省)
 西部戦区の陸軍拠点は蘭州(甘粛省)
 中部戦区の陸軍拠点は石家庄(河南省)
 北部戦区の陸軍拠点は済南(山東省)

各戦区の「連合指揮部」は東部が南京、南部は広州、西部は成 都、北部は瀋陽、中部は北京と従来の拠点が指定され、残る作業は各戦区 に空軍基地の拠点を何処にするか、通信本部との連携のあり方、緊急展開 部隊との整合性など、まだ調整される組織改編作業が残っていると見られる。

◆「春節」支那に春は来るか

平井 修一



支那では春節の民族大移動が始まっている。多くの人が都会から故郷に帰るのだが、都会でも製造業や建設土木業は不景気だから、Uターンしない人も少なくないのではないか。

大紀元1/19「中国最新報告書『貧富格差が危険ラインに』」から。

<北京大学の最新の家庭追跡調査シリーズ「中国人生活発展報告2015」により、同国の貧富の差がいっそう拡大していることが改めて確認された。同報告書によると、全体の1%の世帯が国民総資産の約3分の1を保有し、全世帯数の25%を占める最下層世帯が所有する資産はわずか1%前後、貧富の格差を示すジニ係数は危険ラインに迫っている。

報告書が発表した中国の種類別ジニ係数で、所得のジニ係数は80年代初頭の0.3前後から現在は0.45以上に、資産のジニ係数は95年の0.45から12年の0.73に上昇している。

ジニ係数とは、国民全体の所得や資産分配の不平等さ、あるいは格差を測るための指標の一つである。値の範囲は0から1で、値が大きいほど格差が大きい、それにより社会の不満も高まることから、一般に社会騒乱多発の警戒ラインは0.4、危険ラインは0.6とされている。

2012年9月に中国当局が発表した初の「社会管理に関する政府報告書・中国社会管理革新レポート」は、中国における社会格差が既に同警戒ラインに迫っていると記した。

また、北京大学の今回の報告書によると、教育、医療保障等の面における格差も一層顕著になった。健康状態が比較的に劣る低所得者層より、高所得者層が充実した医療保障を受けており、収入が低い農村部の住民が自己負担する医療費の割合は、都市部の住民より明らかに高いという。

報告書は「こうした社会格差は今後、より一層広がる兆しを見せているため、早急に解決しないと、深刻な社会不安を引起しかねない」と警鐘を鳴らした。

15年5月10日、米国営放送ボイス・オブ・アメリカ(VOA)は、中国出身で米国在住の経済学者・何清漣氏の論文を引用し、富の分配が大きく偏っている根本的な原因は、ここ20年で中国の権力者層が好き勝手に富の独占を進めてきたことにあると報じ、何氏の見方として、低所得者層が中国人口に占める割合は60%に上ると伝えた。

香港の政論誌「争鳴」の15年10月号によると、8月下旬から9月下旬にかけて、習近平国家主席は指導部の内部会議などで、政府幹部及びその一族が不当な手段で莫大な利益を得ていることが、党内・社会・政局の安定を脅かしていると再三警告したという>(以上)

習近平は当然ながら今の経済状況が良いとは思っていないから、とっくにカビの生えた「小康社会」などというスローガンを持ち出したが、確かに「生活保護」のセイフティネットは向上している。そういう面からみると、冒頭に書いたように「今さら都会へ戻っても仕事はないし・・・」という人は増えるはずだ。

習の経済改革は、大きな国有企業同士を合併させて、世界で戦える巨大企業にしようというものだ。昨年は2大鉄道車両企業を合併させた(多分、失敗するだろう)。

ところが、習のやりかただと、中小の企業、特に民間企業は潰れていくしかない。競争にならないからだ。多分、個人商店のようなニッチ企業しか生き残れないだろう。

巨大企業だって合併すれば余剰人員はある程度カットする。つまり全土で失業者が急増することになる。それを生活保護ですべて救えるわけはない。原資がないのだから。

中共を呪う不満ガスは全土に満ち、小さな騒動が広域の大暴動になる可能性は高まりこそすれ、収まることはないだろう。

本来、経済改革はムダとムリを排除し、市場経済で成り立つ企業へ再生することが核心だ。ところがムダとムリばかりの国有企業は中共の財布だから、民営化はまったくできない。形ばかりの人員整理はしても、相変わらずの利権の巣窟のままだ。

現場で真面目にリストラに取り組めば、リストラされる人々の恨みを買うことは避けられない。そもそも失敗すれば責任を取らされて追放されるのだから、誰も本気で企業再生には取り組まない。

つまり支那経済は落ちるところまで落ちるしかない。

今年は申年。春節で人民は新年を祝っていることだろう。「申」は猿、転じて騒ぎ、江沢民派・上海閥の上海の意でもある。この字をひっくり返して土に置けば「由」、切り株から出た芽、ひこばえを表す。支那大陸の焦土、荒野のなかから本物の資本主義が芽吹くかもしれない。(2016/2/4)

2016年02月04日

◆アメリカに強要された日本国憲法

加瀬 英明



日本国憲法の出自(うまれ)は、きわめていかがわしい。

今日まで日本のマスコミや識者が、日本国憲法を「平和憲法」と呼んでいるが、日本が先の戦争に敗れた直後に、アメリカの占領軍が日本に押し付けたものだった。

アメリカという外国のために、つくられたものだ。

日本は陸海軍が完全に武装解除され、国土が灰塵(かいじん)と化し、国を守る軍という楯を失っていたので、占領軍が無理じいするのを、受け入れざるをえなかった。

アメリカは日本を占領すると、まだ、半年――6ヶ月もたっていないうちに、マッカーサー元帥の総司令部が書いた日本国憲法案を日本政府に示して、有無(うむ)をいわさずに受諾することを強要した。そのなかで、第9条が日本が「戦争を放棄」し、「戦力」――軍隊を永久に保有することを、禁じていた。

いったい、アメリカは日本という国の国益を考えて、日本に日本国憲法を与えたのだろうか?

もちろん、そのようなことはなかった。アメリカの国益のみ考えて、日本に日本国憲法を強要したのだった。

日本が軍隊を持つことを許されず、未来永劫(みらいえいごう)にわたって丸裸になれば、アメリカによる保護に、永久に身を委ねるほかない。日本をアメリカの属領のような属国とすることを、はかったものだった。

昭和天皇は日本国憲法案を御覧になって、流石(さすが)に不安になられて、日本国憲法が公布される前に、マッカーサー元帥と会見された時に、「アメリカはいつまでも、これからずっと、日本を守ってくれるのだろうか」と、御下問されている。マッカーサーは「日本をいつまでも守る」と、答えている。

日本国憲法は敗戦の翌年の11月に、公布された。

繰り返すが、日本国憲法は日本の国益を思って、制定されたものではなかった。アメリカのために、日本に押しつけたものだった。

私は40年以上も、アメリカに通って日本国憲法の制定の経緯(いきさつ)について、調べた。

アメリカのルーズベルト政権は、昭和16(1941)年2月だったが、国務省のなかに極秘裡に「特別研究部(スペシャル・リサーチ・ディビジョン)」(SR)を設置して、日本と戦って、日本を壊滅させた後に、日本をどのように処理するか、研究するチームを発足させた。日本が追い詰められて真珠湾を攻撃する、10ヶ月も前のことだった。

ルーズベルト大統領は、日本を憎んでいた。開戦のはるかに前から、日本に戦争を強いて叩きのめすことを、決めていた。(詳しくは、拙著『なぜアメリカは、対日戦争を仕掛けたのか』〈祥伝社新書〉を読まれたい。)

SRの若き一員に、戦後、コロンビア大学で教鞭をとったヒュー・ボートン教授があった。私はボートン教授のもとに通って、真相を語ってもらった。

SRは日米開戦後に軍部が加わって、対日講和条約案を作製した。これは、じつに苛酷なものだった。

日本に軍備を保有することも、いっさいの軍需産業も、航空機については1機すら持つことを、永久に禁じるものだった。

日本が降伏すると、占領軍総司令官となったマッカーサー元帥に、この講和条約案を盛り込んだ憲法を、日本に強要するように指令が発せられた。


◆外務省に名誉回復は任せられぬ

櫻井よしこ



2月15日からジュネーブで開かれる国連女子差別撤廃委員会で政府がようやく、「慰安婦は強制連行ではない」と反論する。これは昨年7月、同委員会から「慰安婦の強制連行はないとの主張がある、見解を述べよ」と問われた件への回答である。

わが国への執拗で根深い歴史非難は、外務省が国際社会に向けて一度もまともに反論しなかったことが最大の原因である。国益を深く傷つけた従来の沈黙に比べれば、今回は最小限の反論ながら、反論した点で一応評価してよい。

しかしここに至るまでの深刻な対立を見れば、日本の真の名誉回復は外務省ではおぼつかないと考えざるを得ない。差別撤廃委員会への回答は、実は、昨年11月までに完成していた。

クマラスワミ報告書をはじめ国際的対日非難の勧告に、「一方的で裏打ちのない内容が記載され」たと反論し、客観的事実に基づく日本理解を求めるしっかりした内容だった。

慰安婦強制連行に関する日本側の証言者、吉田清治氏の記事を『朝日新聞』が取り消したこと、1990年代初頭以降の日本政府の調査は軍や官憲による強制連行を示す記述には行き当たらなかったこと、20万人の数字は慰安婦と女子挺身隊の混同で具体的裏づけはないことなども、明記していた。

ところが、昨年12月28日、日韓外相が慰安婦問題は「最終的かつ不可逆的に解決される」と合意すると、外務省が右の回答に難色を示した。「一方的で裏付けのない内容」などの「強い」表現の反論では国内の強硬論と向き合わざるを得ない尹炳世外相がもたないとして、「最終的かつ不可逆的」という合意と、国際社会では非難し合わないとの合意だけを書いた一
枚紙を代替案として出してきた。

猛然と異論を唱えたのが首相補佐官の衛藤晟一氏らである。国連の問いにまともに答えない正当な理由は何か。事実の客観的陳述は、非難し合わないとの合意には反しない、という氏らの主張は全てもっともだ。そこで出された折衷案が冒頭の回答だった。

強制連行は否定しているが、文書では20万人、性奴隷などの非難には全く触れていない。それらは、ジュネーブの会議で杉山晋輔外務審議官が口頭
で述べるそうだ。

状況の厳しさを外務省はどこまで理解しているのだろうか。口頭説明だけで日本への根強い歴史非難を打ち消せるのか。そもそも、今回反論の機会に恵まれたのも、外務省の働きによるものではない。

前衆議院議員の杉田水脈氏らが昨年7月、同委員会準備会合で強制連行説には根拠がないと訴えたのがきっかけである。委員らは「初耳だ」と驚き、日本政府に問い合わせた。国際社会に向けて外務省がいかに何も発信していないかを示している。

昨年暮れの日韓合意は確かに両国関係を改善し、日米韓の協力を容易にした。しかし、それは短期的外交勝利にすぎない。「保守派の安倍晋三首相さえも強制連行や性奴隷を認めた」と逆に解釈され、歴史問題に関する国際社会の日本批判の厳しさは変わっていない。

長期的に見れば安倍首相発言で日本は以前よりさらに重い課題を背負い込んだのである。だからこそ、いま、楽観を排して、以前よりずっと賢い永続的な情報発信をする重い責務を負っているのである。

首相が国会で日本のこころを大切にする党の中山恭子氏の質問に答えて、「性奴隷あるいは20万人といった事実はない」「政府としてはそれは事実ではないとしっかり示していきたい」と明言したのは、その点を踏まえているのであろうと、私は推察した。

「軍の関与の下」との発言は「慰安所の設置、管理および慰安婦の移送」に間接直接に関与したという意味で、強制連行ではないとの発言についても同様である。

国会という最も公の場における首相の重要発言に外務省はなぜもっと真剣に向き合わないのか。国益を守る信念を首相の言葉から読みとり、国益を守る闘いにどこまでもコミットする気概を、なぜ外務省はもっと明確にしないのか。まさか、首相ひとりを前面に立たせて孤独な戦いを続けさせるつもりではあるまい。

萩生田光一官房副長官は日韓が互いを非難しないことと客観的事実の説明は全く別次元と明言したが、外務省がその意味を理解しない間に、韓国でも世界でも、日本をおとしめる計画がさらに進むのである。

合意の日、岸田文雄外相は韓国側が国連教育科学文化機関(ユネスコ)に慰安婦問題を世界記憶遺産として申請することはないとの認識を語ったが、韓国側は翌日、真っ向から否定した。

現在、中国は、韓国、インドネシア、台湾などに呼びかけ2年後の共同申請に向けて準備中である。慰安婦像も撤去どころか韓国内外で増えつつある。

いま全力で闘わなければ日本に対して植えつけられた「本性はけだもののように残虐」(中山恭子氏)との曲解を解くことなど到底、難しい。だが交渉しても闘わないのが外務省の習性である。

マイク・ホンダ氏、朝日新聞、クマラスワミ報告、いずれにも、外務省は実質的反論をしなかった。日本の名誉をかけた闘いから逃げ続けてきた。

外務省は自らの使命は外交交渉にあり、歴史情報の発信や祖国の名誉擁護は任ではないと考えているのか。であれば、歴史情報の発信は他の組織に任せるしかないではないか。歴史の事実を武器に、知的に果敢に闘う新体制づくりが首相の責任である。

産経ニュース【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】祖国の名誉のために闘わぬ外務省に「性奴隷の国」からの名誉回復は任せられぬ 2016.2.1

                 (採録:松本市 久保田 康文)

◆英霊のみなさん!ありがとう

MoMotarou

いま現実に、中国が南沙諸島まで出てきてシーレーンを侵している。あそこはかつて日本領だった。(高山正之 元産経新聞)

               ★

平成28年1月27日より5日間、両陛下はフィリピンを訪問されました。国交正常化60週年と云う事で慰霊の旅をされました。我が国では単に「慰霊の旅」風のニュース扱いですが、たいへん大きな外交的意味を持っていると思います。

■フィリピンの悲劇

フィリピンは最初スペインの植民地にされた。それを米国が1898年の米西戦争のドサクサに紛れて乗っ取った。あまりの手際の良さに世界は怪しみました。その7年前ハワイを米国は懐に入れていた。

*米西戦争

1898年のアメリカとスペインの帝国主義戦争。米国が「ケイン号の叛乱」を演出。勝利してキューバを支配下にした。また太平洋でスペイン領だったフィリピンも手際よく米領にする。

ここで日本軍が大東亜戦争で出現。マッカーサーをフィリピンから追い出す。1945年マッカーサーが、性懲りも無く又戻ってくる。

1991年火山の大噴火でクラーク基地が使用不能になる。スービック海軍基地もまた、その年の9月にフィリピン上院で中国華僑の暗躍により、米比基地協定の延長を否決。翌年、米軍は撤退した。

中国が直ちに出しゃばって南シナ海で暴れだし現在に至るわけであります。


■日本軍が帰ってきた。

今回のご訪問は、偶然か、タイミング(時機)がおもしろい。フィリピン政府としては安倍政権に拠る迅速な巡視艇等の供与等で中国に対応している。

天皇陛下のご訪問で大変心強くなったのでは無いだろうか。昔でいう、あの「大日本帝国」が帰って来たようなものだ。今度は援軍として。空母の一隻や二隻以上の価値があります。日本が隣に引っ越してきたようなもの。

日本の報道陣は中国がどのように思っているかの報道は全く有りません。2676年も続き、嘗て「特攻隊」を産んだ国の“皇帝陛下”が紛争相手の国に来た。心穏やかなものではないでしょう。況して経済がガタガタになって来ている折です。

■英霊と共に

今上陛下は大日本帝国の教育を受けた最後の“現職”であられます。その雰囲気も昭和天皇を感じさせられます。陛下の外国訪問時の国軍閲兵はたいへん見事なものです。今回も堂々となされました。閲兵された兵士の感想も聞きたいですね。世界中のどの国にも負けない品のあるものでしょう。これが“我が国”だ。


(付録)
■スプラトリー諸島(南沙諸島)の帰属
 実は昔、我が国が領有していた。

 (WIKIより)
1907年に日本漁船が現在の太平島付近で操業開始。1929年4月に日本人が太平島での硫黄採掘事業が開始。世界恐慌の影響を受け間もなく採掘は中止となり、日本の業者は離島する。1933年4月にフランス軍が太平島を占拠し、日本人を退去させる。

1936年12月に開洋興業が太平島で硫黄採掘調査を実施。1938年にフランス軍やベトナム漁民を追い出し占領した日本が領有を宣言し、「新南群島」と命名する。

1939年(昭和14年)3月30日付の台湾総督府令第31号により、新南群島が大日本帝国の領土として、台湾高雄市に編入される。1945年の第2次世界大戦終結まで日本が支配を続ける。

 1952年(昭和27年)発効のサンフランシスコ講和条約により、新南群島(南沙群島)および西沙諸島に関する権利、権原および請求権の放棄を国際社会に向けて明言した。

◆自民と無党派が並ぶ

〜「支持不支持」再逆転を裏付け!〜
 
浅野 勝人(安保政策研究会理事長)



安保関連法案が、百家争鳴の渦中の去年7月のブログで、次のような指摘をしました。

毎日新聞は、世論調査の結果について「安倍内閣不支持上回る」と1面トップで伝えました。

5月の前回調査から支持率は3ポイント落ちて42%。問題なのは不支持率が7ポイント増えて43%になった結果、支持不支持が逆転したことです。たった1%の逆ザヤとみくびると世論の深層を見誤ります。

私は、ある時期から政権の勢いを測るには支持率より不支持率の方が、世論の実勢をより正確に示していると気づきました。不支持率の動向は、その政権の行方を比較的正確に予測します。

メデイアは、通常、支持率が何パーセントかによって政局の動向を占う判断としています。勢い不支持率の分析を蔑(ないがし)ろにしがちです。
心理学者の見解通り、人は賛成すると決める気軽さよりも、反対を決心する時の方がより強度の意識を伴います。従って、支持不支持の逆転現象は、賛成者の中のかなりの人が強い認識をもって思考を転換したことを示しています。

ブログはさらに続けて、

直近の調査で、久しぶりに無党派層と呼ばれる「支持政党なしグループ」が自民党に代わって第1党に返り咲いたことが、この事情を裏付けています。

無党派の多数を占める「政治的無関心層」は高学歴層によって構成されています。

無党派には、もともと政治に無頓着で全く関心のない層も含まれていますが、政治学の分野で、ポリティカル・アパシー:政治的無関心層という場合、知的レベルが高く、政治的社会的現象に強い関心と理解力があって独自の見解を持ち合わせているけれども、現状の政治情況に失望ないしは飽き足らず、関心がない振りをしている層のことをいいます。
現代の政治情況にピッタリ当てはまる政治学の理論です。

ですから、第1党となった無党派層は、ビクともしないと思っている「不動の山」を一挙に動かす不気味な政治的マグマです。そして、この巨大なマグマは、ある一定の限界を超えると突然爆発し、公明党が指摘する「オウンゴール」程度ではとても収まりません。


数字の比較ですから、同じ新聞(毎日新聞)の世論調査(2016/1月30、31日実施)で分析するのが適当でしょう。

毎日新聞、2016/2月1日の報道によりますと、
内閣支持率は、去年12月の調査時点から8%上昇して51%。
不支持率は、7%下がって30%でした。甘利前大臣の手際のいい進退が、むしろ支持率を押し上げたのかもしれません。
 
支持・不支持の逆転現象は、すでに前回調査でも43対37で明らかになっていますが、今回はまるでダブル・スコアの様相です。

従って、政権のゆくえを比較的正確に予測するデータの変化によれば、この格差は安倍政権の安定ぶりを明確に予測しています。

 実は、これまで「安倍安泰」の指摘に慎重だったのは、両輪のもう一方、無党派層(支持する政党なしグループ)が、依然、第1党で、2位の自民党を凌いでいました。無党派層の塊は法外に大きく、しかも一般的に時の政権に批判的なパーセンティジが高く、その時々に選挙の帰趨を左右します。

今回の調査で、自民党の支持率が4%増えて34%となり、無党派層と同率となりました。この変化は、非常に大きな意味があります。

もちろん問題点がないわけではありません。

年が明けて、2週間で日経平均が3,000円も下落して、リーマンショック以上の大暴落を演じた不安定なマーケットは、失望感を世界同時株安のせいにできましたが、今後、アベノミクスのゆくえを暗示する存在に変わりはありません。

共産党が丸裸になる形で、野党統一候補のとりまとめが進んだ場合、参院選挙の帰趨を決める1人区の動向がどうなるか、一挙に波乱含みの情勢になります。

それらの課題を慎重に見極めながら、「いばらず、おごらず、へつらわない」(筆者の人生訓)政局運営が維持される限り、政権にはっきりモノいう毎日新聞が、政府・与党安泰の卦を、はからずも証明したと思っています。(2016/2月1日、元内閣官房副長官)

2016年02月03日

◆腑甲斐ない男たちを叱ってください

加瀬 英明



いまの日本人は、人生が楽の連続であるべきで、全員が幸福になる権利を持っていると、思っている。

人々が「幸福を求める罪」によって、蝕まれている。幸せを安易に求めてはなるまい。

幸せは、あくまでも努力した結果として、もたらされる。

文久3年といえば、あと5年で明治元年となる。

日本は亡国の危機に直面していた。坂本龍馬といえば、未曽有の危機によって見舞われていた日本を救うために、立ち上った志士の一人だった。

この年に、龍馬は姉の乙女に手紙を送って、「日本を今一度せんたくいたし申候」と、記した。

龍馬は「乙姉」と呼んだが、乙女と志を分かちあい、慕っていた。幕末の志士を支えた女の一人だった。

いまの日本は、戦後70年の垢がたまって、塵芥にまみれている。

私が少年だった時代には、夢にもみられなかった、物質的な豊かさが人々を狂わせ、足もとを見ようとしない。

このままゆけば、日本は亡国の奈落へ転落しようとしている。

私たちは幕末以来の大きな国難に、腕を組んで、立ち向かうことを求められている。

老人も、おとなたちも、子どもも、我儘に振る舞うことが、当然だと思っている。芯のない国は、滅びるほかない。

先人たちが、日本の長い歴史を通して、徳目としてこの国のしっかりとした背骨をつくってきた、自律心、規律、向上心、忍耐心が失われようとしている。

躾けのない社会となってしまった。躾けは、日本の宝だ。躾けこそが、美しい心を持った日本人――近代日本を創りあげて、全世界が賞讃してやまなかった、幕末から明治の日本人という傑作を、育てたのだった。

いま一度、日本を洗濯して、70年の垢と塵芥を、さっぱりと洗い流さなければならない。

(躾の専門誌〈伊藤尚子会長〉『ふれあい』2月号から)

◆私の「身辺雑記」(309)

平井 修一


■1月31日(日)、朝は室温11.5度、寒い、雲間から日射し、曇/晴と書くのか、ハーフ散歩。

昨日から長男一家も来て孫5人そろい踏み。猿山だ。通常で120デシベル時々150デシベル。かなり慣れた、というか「諦めが肝心」。耐えられないとPC部屋に閉じこもるが、ここには小猿が大好きな懸垂器があるから「入るな」とも言えず、結局、小生はキッチンに避難する。

昨日の夕食は手巻き寿司、豚汁、里芋などの煮しめ。大好評で完食。食後に長女夫婦は子供をカミサンに預けて帰ったが、長女曰く「夫婦の会話が1週間で15分しかない」、あれこれ話したいことがあるのだろう。長女の旦那(会計士)は過労死戦争をしているから疲労が募っている様子。家庭のことまで頭も体もかかわる余裕がないみたいだ。

ビジネスマンは「真面目、素直、人当たりがいい」VS「要領がいい、悪賢い、キーマンにはべったり」。旦那は前者、小生は後者。のび太 VS スネオ。スネオの方が生存率は高い。

日曜日でも子供は早寝早起きだから今朝も7時前から猿山だ。雑煮とウィンナエッグなど。

正月に嫁さんの実家からいただいた2升の餅は、切ってから冷凍庫で保管していたが、必要な分を自然解凍し、水をくぐらせてビニール袋に入れてレンジで表、裏各30秒、それからトースターで4分ほど焼くと具合がいい。網で焼くよりも手間がかからない。創意工夫で暮らしは快適になる。

ところで難民だが、遠路はるばる押し寄せるだけあって実にタフ。創意工夫で難民キャンプは小さな街になりつつあるようだ。スプートニクニュース1/30から。

<(英仏国境を挟むフランス側の)港湾都市カレーが久しく英仏両政府の頭痛の種となっている。この「ジャングル」にはアフリカ・中東難民数千人が住みつき、その数は増大の一途。既にモスクや学校、商店、美容院が自然発生しているという。

TV放送ロシア・トゥデイの特派員がそれら商店等の経営者らに話を聞いたところ、カレーに難民が集まっている理由について、次のような証言が得られた。

ラマンシュ近郊のユーロトンネルで治安措置が強化され、違法に英国に侵入することが著しく困難になったので、カレーのキャンプにとどまる難民が増えている。キャンプは中東の都市を思わせるものに変貌しつつある。市内には数軒の商店、レストラン、さらにはホテルさえ出現しているという。

キャンプそばの道路に沿ってフランス警察の自動車が停まっている。当局はテント村を一掃し、違法ビジネスを全面撤廃することを決めた。しかし、そこに数千人の人が住み、こうしたサービス、「ジャングル」における商業活動が必要されている限りは、根絶は難しそうだ>

小生が物心ついたころ、川崎駅に近い多摩川河川敷に朝鮮人が住み始め、最初はスラムだったが、だんだんしっかりした家になり、電気も通じ、やがてごく小さいながら街になった。弱り切った川崎市は10年ほど前に、なんと立ち退き料を払って、そこにマンションを建てたが、在日が入居しているのかもしれない。

カレーのキャンプもそうなるのか。そのうち立派なモスクも作られるだろう。欧州に異質な街が誕生しそうだ。対策を誤ると「庇を貸して母屋を取られる」。世論調査によるとメルケルを支持するのは42%、支持しないは40%。そのうち逆転するはずだ。

難民の防波堤になったトルコはEUの足元を見て財政援助を倍増するよう要請しているとか。ドイツの新聞「ウェルト」のインタビューに対し、EUの匿名の外交官は「トルコは50億ユーロ(6500億円)を欲しているが、我々が用意できるのは30億ユーロ(3900億円)だけだ」と伝えた。(スプートニク1/30)

エルドアンも難民ビジネス?、したたかな独裁者だ。プーチンのケツを蹴飛ばしたのだから、プーチンが今一番嫌っているのは間違いなくエルドアンだ。スネオの脳ミソを持つジャイアン、そうでないとリーダーは激動期を乗り越えられないのかもしれない。トランプもそんな雰囲気がある。

アカの毎日1/31「毎日新聞調査 内閣支持率51% 甘利氏問題は影響せず」だと。ちょっと信じられないが、野党があまりにもひどいからだろう。

<毎日新聞は30、31両日、全国世論調査を実施した。安倍内閣の支持率は51%で、昨年12月の前回調査から8ポイント上昇した。支持率が5割を超えたのは2014年3月調査以来。不支持率は30%と前回より7ポイント低下した。

政党支持率は、自民が前回比5ポイント増の34%。このほか民主7%▽公明5%▽共産4%▽おおさか維新4%など>

アカ新聞も安倍叩きでは飯が食えないと、是々非々の論調に変更せざるを得ないだろう。難民問題で欧州リベラル≒アカは凋落しつつあるが、これも影響しているのではないか。大政翼賛的になりそうだが、そうなると産経はもう少し右へ行かざるを得ない。そのうち崖っぷちになったりして・・・ハハハ。

ピザの夕食後、子・孫は全員撤収、皆にお土産を持たせた。小生の脳みそは徐々にクールダウンし、20時には平常に戻った。しばらくは静かな日々になりそうだ。

■2月1日(月)、朝は室温11度、寒い、曇、ハーフ散歩。遊歩道では映画の撮影中だった。

確定申告書類を税理士に郵送して、すっきりした。1時間ほどかけて必要な数字をメモすれば、あとは税理士がやってくれる。蛇の道は蛇。税理士の判子があれば税務署は多分ノーチェックだろう。税理士と税務署はグルである。

看護婦長のカミサンの冬のボーナスはこれまでで最高額だったそうだが、一般の景気はどうなんだろう。スポニチ1/24から。

<大相撲初場所は24日、東京・両国国技館で千秋楽を迎え、東京開催場所は4場所連続で15日間の満員御礼となった。昨年の秋場所(東京)は19年ぶりに入場券の完売を意味する「満員札止め」を全15日間でマークしたが、初場所は11日間だった>

景気判断で「満員御礼」はあまりあてにはならないかもしれない。

<日本相撲協会は満員の基準に明確な基準はないと説明しているが、おおむね入場者数が定員の9割以上に達すれば「満員御礼」を出している。

一時期は入場者数が定員の9割5分を超えても「満員御礼」を出さないなど厳密化していたこともあった。近年は特に11月場所(九州)において「満員御礼」が出にくくなっている。

(大震災のあった)2011年の9月場所(東京)では、相撲離れにより入場者数が低迷。7日目の9月17日には、約75%の入場者数であったが「満員御礼」を出した>(ウィキ)

「満員札止め」の方が確かなようだが、日本の景気はちょっと足踏み、弱含みのようだ。ま、中共禍で当分は好転しまい。

昔からだが、好景気は上流から実感し、下流が実感する頃には終わり始める。下流はあまり美味しい思いはしない。

2004年からJT関連の販社(福岡本社、独立系で最大)が東京進出したいというので東京営業所を立ち上げたが、所長と言っても当初は小生一人だけ。営業から配達まで全部やったが、実質1年で年商1億円を超えた。と言っても粗利はたったの10.5%だからお話にならない。最低でも年商5億円ないとメリットはないだろう。

ビックリしたのはJTの景気の良さ。競争といっても日本ではPM(フィリップモリス、主力のマルボロで有名)、BAT(ブリティッシュアメリカンタバコ、主力はケント)両社合わせてシェア30%だからJTは圧倒的な70%シェアを持っている(今はM&Aで世界でもシェアを伸ばしており、PM、BATに次ぐ世界3位だ)。

JTは民営化したといっても大株主は日本政府だし、独占メーカーだから価格競争もない。値上げしても、客は多少は減るが、喫煙は習慣化しているから売り上げは減らない(生産本数は減っている)。小売マージンも上げる気はまったくない(小売店は免許制で、基本的に国もJTも“売らしてやる”というスタンス)。

こうなれば殿様商売で、接待交際費は潤沢、別世界だった。影響力のある大手販社(自販機を主体としておりタバコオペレーターという)はJTと飲む時は「トーゼン」という感じでJTに払わせていた。小生も何回かお世話になった。タクシーチケットも貰っていたろう。

当時、同級生(部長級)が大手ゼネコンに勤めており、受注額の5%を接待交際費に使えると言っていた。10億円の案件なら5000万円。こうなると一流の料亭や高級クラブ、内外のゴルフ場で接待できるわけだ。同級生は同窓会の二次会費用を全部持ってくれた。

「これで仕事が取れるのなら安い投資だ」と言っていた。スゴイ世界。

小生が学生の頃、やはり大手ゼネコン幹部(本部長級、貴族顔)の妾宅(表札が二つ並んでいた)で小学生の娘さんの家庭教師をしたが、ずいぶん報酬は良かった。仕事が終わると一杯出してくれたが、その際に旦那さんから「料亭遊びは全部やった」と聞いた。

お妾さんはまあ美形だが、とにかく「目から鼻へ抜ける」を地で行くように聡明だった。ちょっと怖いくらい。高級クラブのママさんか売れっ子芸者だったろう。

その妾宅だが、多分、下請け業者が(賄賂的な)安い価格で建てたのかもしれない。結構、そういう話は多いのではないか。余計なことだが、その娘さんを10年振りに見かけたが、すごい美人になっていてびっくりしたものだ。栴檀は双葉より芳し。

一部上場の大企業に入って幹部にのし上がるのはごく一部だが、まさに殿上人の感じがする。ただ、熾烈な競争があるから、ヘタを打つと出世コースから外れ、子飼いの部下も残念な思いをする。

御巣鷹事故で揺れていたJALで幹部が落馬し、その送別会の席で幹部の番頭が大泣きしていたと小生は上司(仲人、その当時は営業部長だったが、最後には社長になった)から聞いた。さもありなん、上がこければ下もこけるのだ。

少年よ大志を抱け――小生の訳では「男の子には山っ気が必要だ、一発にかけてみよ」。多分それは真実だろう。「スネオの脳ミソを持つ狡猾なジャイアン」、こういう異能の男が閉塞状況や混乱を突破するのだろうが、ナポレオン、ヒトラー、スターリン、FDRルーズベルト、毛沢東、メルケルは壮大な災厄ももたらした。

今はそういう“危険をはらんだ”リーダーが生まれやすい情況なのかもしれない。頭一つ抜け出しているのはプーチンとエルドアン。この二人を抑え込めるのはトランプくらいしかいないのではないか。習近平はすっかり黄昏、オバマ同様にレイムダックだろう。

トランプは「粗野」を装っているが、これは選挙で目立つための戦略だろう。ビジネスで大成功した知行合一の人であり、選挙に勝てば各分野の優れたブレインを採用するだろうから、レーガンのような「強い大統領」になる可能性はある。共和党のクルーズ、ルビオ、民主党のヒラリー、共産主義者サンダースはいずれも行儀がよすぎて「強い大統領」にはなれそうもない。

トップナッチ、最強のアメリカを求める茶会系の保守層はトランプを推すのではないか。まあ、一寸先は闇だが。

今朝の「頂門」の「天安門事件の画像制限に懸念 米コービスを中国企業が買収」は気になった。corbisimagesのサイトには生々しい写真が紹介されている。

http://www.corbisimages.com/Search#p=1&q=%E5%A4%A9%E5%AE89%E9%96%80%E4%BA%8B%E4%BB%B6

中共殲滅、支那解放へ、イザ!

■2月2日(火)、朝は室温11度、寒い、曇、ハーフ散歩。ここ数日、町内の掲示板に訃報があり、今日が告別式だという。どうも子供の頃にお世話になった寿司屋のオバサン(79)のようで、電話したが誰も出ない。で、その隣のお茶屋さんに聞いたらその通りだった。

「寒いから俺は車で行くけど、良かったら乗ってかない?

で、乗せてもらったところを元金物屋のオバサンが通りかかり、彼女も同乗した。小さな街だから三丁目の夕日的な人情がまだ残っているのだ。

寿司屋の亡きオジサン、オバサンは小生にとっては第二の両親のようだった。オジサンは週刊新潮を読ませてくれたし、無免許運転をした際には拳骨で殴ってくれた。高1の時に足を骨折した際は1週間ほど学校に迎えにきてくれた。オバサンはトンカツなどおいしい料理を腹いっぱい食べさせてくれた。

5万円の香典ではまったく足りないほど恩義にあずかった。

ご長女によるとオバサンはずいぶん前から両足を骨折して寝たきりになり、施設に入っていたそうだ。アレルギー疾患で若い時から薬を常用していたので、その影響で体力が弱っていたのだろう。

死に化粧できれいになった顔を見ながら「オバサン、可愛がってくれてありがとうございました」と手を合わせると涙が出た。今どき女性で79歳はちょっと早い感じがする。合掌。

読者の「花やっこ」さんからコメントを頂いた。「オリンピックというのは、国のデモンストレーションに成り下がりましたね。 ホント国を滅ぼします。 日本だって例外じゃない。分散開催にしなければいけませんね」

2020東京五輪パラ。猪瀬自滅で白け、枡添当選とクネ擦り寄りで白け、エンブレムで白け、競技場で白け、もうまったく興味が亡くなった、今さら五輪でもなかろうにと。小生のみならず全然盛り上がっていない。皆白けているのだろう。

先頃、岡田民主党が党大会を開いたが、バカなポスターを作って党員は白けっぱなし。お先真っ暗。東洋経済オンライン2/1「民主党、低調な党大会は参院選苦戦の前兆か」から。

<3年前の党大会では、参加者に「起き上がり小法師」が配布された。転がしても必ず起き上がることから、「再生する」という決意表明だったのだろうが、3年を経た今も民主党はいまだ起き上がっていない。

「起き上がり小法師」には恐ろしい因縁がある。2006年の偽メール事件で大失態を演じた前原誠司代表(当時)に渡部恒三氏が励ましの意味で贈ったところ、その「起き上がり小法師」は転んでも起き上がらないものだったのだ。結局、前原氏は代表を辞任し、問題を起こした永田寿康氏は衆院議員を辞職し、2009年に自殺してしまった。

いわば民主党の歴史で最大の悲劇といえるが、この「呪い」がいまだ続いているように見える>

どうやら朝日の記者も白けてきたようだ。週刊ダイヤモンド2/1「高待遇が経営圧迫!朝日新聞ついに給与削減を提案」から。

<朝日新聞社が年初に労働組合に示した、2017年4月からの年収引き下げ案。現在の平均年収1275万円を段階的に引き下げ、1115万円まで減らすというものだ。

無理もない。朝日は14年、いわゆる従軍慰安婦報道や、東京電力福島第1原子力発電所の事故対応をめぐる「吉田調書」報道で批判を浴びた。販売部数はABC協会ベースで、同年9月の721万部から15年12月には662万部へと約60万部減少しているからだ。

また、年収の引き下げに先立って、今年1月から40歳以上を対象に、退職金とは別に年収の40%を最大10年分一括支給する早期退職者の募集を開始した。

だが、朝日の早期退職制度には苦い経験がある。エース級が退社する一方で、「仕事をしない高齢の記者ばかりが残った」(現役記者)という。

さらに一連の問題以降、「経営陣は訴訟や右翼団体とのトラブル回避にきゅうきゅうとし、際どい記事がますます紙面に載らなくなった」(「朝日新聞」関係者)。

確かに業績は厳しく、朝日の16年3月期中間決算は、営業利益が前年同期比30.5%減の21億円となり、14年同期の62億円から激減している。そこで今期の赤字回避のために打ち出した策が、本来4月1日に行う定期人事異動を5月1日にずらすこと。なんと、社員の引っ越し費用を翌期に振り替えるのが狙いだという。

定年を65歳に引き上げる案も組合側に提示しているという。(平井:給与は大幅カットするのが一般的)

だが「地方支局では、60歳を超えていても夜勤や警察取材をすることになりそう」(前出の関係者)だといい、こういった激務を高齢でこなすにはあまりに厳しく、退職する人も少なくないだろう>(以上)

引っ越し代にも不自由するか。新学期早々なのに、子供の転校手続きもしなくてはならない。これでは白けるわな。

日本をおおう白け鳥・・・威勢のいい声を上げる人が急にいなくなった印象だ。株価が2万円前後まで戻らないと元気が出ないか。日本が起き上がらない起き上がり小法師になってはいけない。女が尻を叩けば男は立ち上がる。あやこ、きょうこ、よしこ、えりこ、ゆりこ、さなえ、ともみ、頑張ってくれ。いざ、キック!(2016/2/2)

◆なぜ習近平は急いでいるのか?

宮崎 正弘 


<平成28年(2016)2月2日(火曜日)通算第4795号 >

〜中国人民解放軍、7つの軍区から5つの「戦区」へ組織改変を発表したが
  唐突な組織改編をなぜ習近平は急いでいるのか?〜

突然の発表だった。

昨師走に4大総部体制を「改称」し、あらたに15の部門に組織改編をした旨の発表があり、つぎに習近平の「軍師」とされた劉源の「勇退」が発表された。

現在7つある「軍区」を4つ、或いは5つの「戦区」へ改変するとされた事前の情報は実現されず、およそ1ヶ月遅れて「唐突」に2月1日の発表となった。

2月1日に北京の「八一ビル」で「解放軍戦区成立大会」が挙行され、習近平自らが出席し、それぞれの司令員に隊旗を手渡す儀式も行われた。五つの新軍区とは、「東部戦区」「西部戦区」「北部戦区」「南部戦区」、そして「中部戦区」。

 新人事は下記の通り
 「東部」司令員 劉澳軍。政治委員 鄭衛平
 「南部」司令員 王教成 政治委員 魏亮
 「西部」司令員 越宗岐 政治委員 朱福照
 「北部」司令員 宋普選 政治委員 猪益民
 「中府」司令員 韓衛国 政治委員 殷方龍

では中味はどうかと言えば現職の横滑りが殆どである。

東部司令員の劉澳軍は蘭州軍区司令員だった。北部司令員の宋普選は北京軍区から、南部司令員の王教成は瀋陽軍区から。西部の越司令員は済南軍区司令員から、中部戦区の司令員となった韓衛だけが北京軍区副司令からの栄転である。

注目は、南京軍区司令員の蔡英挺だ。

蔡だけが「信任」のポストの発表がないことで(2月2日現在)、習近平がもっとも信頼する軍人と言われるだけに、もっとパワフルな新任ポストが用意されているのではないかと事情通はいう。

理由は蔡英挺が習近平の福建省長時代から、当該軍区幹部として信頼あつく、また2013年に習が初めて新大将人事を任命した際にも習がじきじきに蔡英挺に陸軍大将とした経緯がある。

いずれにしても新人事による幹部は全員が50歳代。一気に軍高層部の若がえり進んだ。

こうなると次に注目すべきは「新軍事ドクトリン」になる。

◆「ドイツは今や鼻つまみもの」

平井 修一



小生はドイツ人と接触したことはほとんどないが、旅行業界では昔から「日本の男はグループで買春するから目立つ。ドイツ人は個人で買春(同性を含む)するから目立たない」と言われていた。

だからドイツ人は頭がいいんだなあと思ったが、最近ではそれ故か「俺は絶対正しい」と傍若無人になりやすい人たちだと思うようになった。

悪知恵を働かせたVW不正問題、そして難民受け入れのドタバタ。ドイツは世界中で評判、信用を落とした。ほとんどビョーキである。最大の病原は「赤いマスコミ」のようだ。

川口マーン惠美氏の論考「ドイツ人はなぜ偏向報道に流されるのか?”難民歓迎”熱から覚めたメディアの欺瞞と矛盾」(現代ビジネス1/29)から<*ドイツはいまや鼻つまみもの

2015年10月、ドイツでは、1月からの難民申請者がとうとう100万人を超えた。困った政府はその対策として、EUに入ってしまった難民をEU全体に振り分けようとしたが、多くの国は難色を示した。皆、難民問題を大きくしたのはドイツだと思っていたからだ。

それに腹を立てたドイツが、非協力的な国には、EUの補助金の削減など制裁措置を考えるべきだと言い出したとき、ドイツは完璧に鼻つまみものとなった。

ドイツメディアの自画自賛報道と、それに対する国民の共感という相乗作用は、奇妙なことにドイツではしばしば起こる。このときも、褒められた国民は自らの人道的行為に深く感動し、(EUの難民政策を定める)ダブリン協定違反などメディアの口の端にも上らなかった。

しかし、このころ、このドイツ人の行動を、信じられない思いで見ていた人たちはたくさんいる。たとえば、9月初め、イギリスの政治学者アンソニー・グリースが、ガーディアン紙のインタビューに応じて言っている。

「目下のところ、ドイツはまるでヒッピー国家のように感情だけで動いている。まるで理性を失ってしまったかのようだ」

キャメロン首相も同様に、こう言った。

「イギリス人にももちろんハートはある。しかし、行動するには頭脳も使わなければならない」

*1月4日を境にドイツの世論が急変した

私が解せないのは、ついこの間まで「難民ようこそ」熱を撒き散らしていた人たちが、今、当たり前のように、EU国境の防衛を唱えていることだ。EUに入ってこなければ難民問題はクリアできる? トルコに溜まってしまった難民はトルコの問題? ドイツ人は何か変だとは感じないのだろうか。このあいだまでの「人道」はどこへいってしまったのか?

ドイツ人の行動には、とかく欺瞞や矛盾が多い。何かの拍子で火がついたように熱狂したかと思うと、突然、反対方向に振れる。メディアがそれを助長しているようにも見える。

今回のメルケル首相の「難民ようこそ」政策に関しても、メディアは手放しで褒め称えたばかりか、難民の受け入れは、少子化と労働力不足に悩むドイツにとってのまたとないチャンスだというアピールを繰り返していた。

一方、「難民ようこそ」政策に懸念を表明した者、不安を感じた者に、「右翼ポピュリズム」とか、「極右のシンパ」という烙印を押していたのもメディアだ。終始一貫、難民は犠牲者で、それを助けているドイツ国民は善人であるという「正しい報道」がなされ続けていたのである。

世論が急変したのは、1月4日以来だ。その4日前の大晦日に、ケルン中央駅前の広場や公道で、大量の難民が女性を取り囲み、性的暴行と窃盗を繰り返すという信じがたい事件が起こったことは、すでにこのコラムで書いた。今では被害届がケルンだけで766件に上っている。

しかし、ドイツの主要メディアがそれを報道したのは、なんと4日も経ってからのことだった。これにより、国民もようやく、何か変だと気がつき始めた。そして、そのあとぼちぼちと、今まで伏せられていた"不都合"も報道され始めた。

それからというもの、典型的なドイツ的反応が起こった。女性を守るため、公共のプールから難民の成人男性を締め出せとか、ディスコ入場も制限しろとか。これらは実行されてはいないが、ドイツ人の考えが大きく反対に振れる例だ。これもまた、違った意味で危険ではある。1月27日には、難民の滞在に関する法律を厳しくすることが決まった。

*ドイツメディアを牛耳っている勢力とは

ドイツ人のこの複雑な思考と行動、理性と感情の凌ぎ合い、そして、メディアの偏向報道について分析した好著がある。『ドイツリスク「夢見る政治」が引き起こす混乱』(三好範英著・光文社新書)。

ドイツ人がときどき世界中の国をびっくりさせるような行動に出る原因を、三好氏は、ドイツ人の持つ「ロマンチシズム」を中核に据えて分析している。

内容は、「偏向したフクシマ原発事故報道」から始まり、エネルギー、ユーロ、ドイツの対ロシア、対中国関係などで、どれも地道な取材と豊富なデータと歴史的背景に基づいて、深く考察されている。

同じ題材を扱っても、私が作家の目でエッセーとして書くのに対して、三好氏はジャーナリストとして違った方向から光を当てて探る。なぜドイツ人が「こういうとき」に「こういう行動」に走るのかということが、論理的に説明されていて興味深い。

ドイツ特派員生活が長かった三好氏が、ドイツの報道に不満を感じていることも明らかで、同書によれば、ドイツメディアを牛耳っている勢力は、かなり左翼のようだ。

「世論調査機関アレンスバッハが2009年に行った、ドイツの政治記者の政党支持に関する調査によると、保守系のCDU・CSUの支持が14%に対し、緑の党が42%」、またヴェルト紙(2011年4月11日)に掲載されたマインツ大学情報学研究所教授(コミュニケーション学)ケプリンガー氏の調査結果では、「今日、ドイツのジャーナリストの35%が緑の党、25%が社民党、14%がCDU・CSUか、リベラル系のFDP支持」とのこと。

メディアの間でここまで緑の党が強ければ、テーマによっては報道のバランスが著しく崩れるはずだと、これを読んで初めて納得した。

ここに書かれていることは、日本の多くの読者にとってはドイツのイメージが変わる内容だと想像するが、私にとっては、日頃から怪訝に思っていた多くの謎がようやく解けた啓蒙の書だった。ドイツの現状について、こういう読みの深い本が出てくることは、大変嬉しい。

難民問題にしても、同書を紐解くと、さもありなんと思えてくる。そういう意味で、「難民問題を予見した本」といえるかもしれない>(以上)

多分、世界中がドイツに呆れたろう。いつ集団発狂するか分からない人々だ。大きくブランドを失墜してしまった。信用を回復するためには長い時間がかかりそうだ。(2016/2/2)

2016年02月02日

◆周小川の沈黙(雲隠れ)が続いている

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)2月1日(月曜日)弐 通算第4794号 >

 〜春節前に5900億元(11兆3000億円強)の資金供給
  それでも中国人民銀行総裁の周小川の沈黙(雲隠れ)が続いている〜

中国人民銀行は1月26日と28日に公開市場操作(オペ)を通じて、実質的に5900億元の資金をばらまいた。

邦貨換算で11兆2000億円の大盤振る舞い、剛胆ですらある。

2月7日からの春節(旧正月)を前に、資金需要の活発化に対応するため、年初来、人民銀行のオペは5回にわけて行われた。こうして資金供給が肥大化すれば、通貨価値が下がる。連動して株も下落する。

先週、香港とマカオを取材したが、爆買いの象徴だった「周大福」(それこそ50メートルおきに1軒、宝飾品、ダイヤモンド、金のコイン)、「周生生」、そして「六福」の何れもがらんと客足がなかった。

マカオの博打場は往年の3分の1、火の消えた静けさだった。

そう、火の消えた静けさを続ける男がもう1人、いる。

こうした重要な時期に、なぜか「ミスター元」と国際的にいわれる周小川総裁が沈黙し続けるのか。周は中国人民銀行総裁ポストに14年間も在職しており、その影響力は計り知れないばかりか、従来は重大な政策決定にともなって公式の場で何回も説明を果たしてきた人物ではないか。

その周小川は公式な発言を回避し続けている。

テレビにも出演せず、国際会議にも出なくなった。ダボス会議に欠席した。

15年8月11日の人民元切り下げ直後の記者会見でも副総裁を出席させ、自らは発言を控えた。

つまり数ヶ月も周小川は公式発言から逃げているのだ。

ラガルドIMF専務理事らは「大事なときに細かなコミュニケーションの取れない中国銀行だ」と批判的である。

消息筋に拠れば、中国の中央銀行は名ばかりであり、実際の政策決定は周小川ら国際的金融システムを理解しているテクノクラートの進言、助言を無視して、習近平の「政治的判断」で決まる。

すなわち歴史解釈と同じように経済政策は政治に縦続する。

テクノクラートの限界であり、現在の中国経済の沈降、停滞、クラッシュを前にして、責任を取らされては叶わないという自責と、中国経済失速後に批判の標的として犠牲の山羊にもされかない政治的環境から、慎重にリスクを判断し、公的発言を忌避しているのだろう、とする。
 
であれば、次の人民元切り下げは誰が最終判定をするのだろう? まさか市場に任せる? 

◆280131発  これを無視してよいのか!?

濱田 實



杉原誠四郎・ハリー・レイ著『日本人の原爆投下論はこのままでよいのか』(日新報道/1800円)について<戦後70年記念出版/原爆投下をめぐる日米の初めての対話>杉原氏:教育学者、レイ氏:米国人・近現代史歴史学者アメリカによる原爆投下問題は未だ解決していない。

被害者である日本は、一向に声を荒げない。一方のアメリカは種々の理由を付けて(レイ氏の立場)「正当論」を維持したまま日本に対しては沈黙を保つ(米国内ではそのように教育)。

杉原教授は、たぶん唯一(といってよいほどに)この問題に一途な執着をもって取組んできた一人であろう。

昨年12月、本書を拝読、自分なりに整理するつもりでいたが、幸いにも窪田伸雄氏が『世界日報』で(1/17)、堤堯氏が『WILL/2016年3月号』で明快な書評を寄せておられるので、それを引用しながら概略を紹介する。

窪田氏は、冷静な議論をしにくい問題、学問的良識をもって情勢を検証。日本からすれば当時、米国からどう見られていたかが教訓となる。米国は責任がないのか?終戦を遅くした要因に、厳格な「無条件降伏」を突きつけた米国側にも瑕疵ありとの杉原氏の論を引用紹介されている。

堤氏は、当時アメリカによるソ連牽制とソ連への見せつけ説、あるいはポツダム宣言の解釈に関する日米の齟齬、さらには開戦通告における在米大使館の事務的ミスと、それによるルーズヴェルトの「騙し打ち」呼ばわり。

杉原氏はなぜ直後にミスを公表謝罪しなかったのか? 50年後に公表したものの、それは詳細をぼやかして、国民、外国に対しても周知を潔しとしない言わば省をあげての「情報隠蔽工作」を、あまりに重大な不作為の、杉原氏の主張を紹介。

杉原氏が外務省に質問書を持参、真摯に対応し回答書をくれた主席は、なぜかのちに左遷され、数年後本省で謎の投身自殺をしたという。ここで読者の興味は外務省の闇的構造問題へと映る。

本書にはレイ氏を通じてアメリカ側の正当論が克明に記されており、アメリカ側の片棒を担ぐとかいう声も一部にあるが、それは誤解である。杉原氏は本書で、そこまでアメリカ側に誤解を与え続けてきた要因として、吉田茂外相(当時)に始まる外務省の「情報隠蔽」工作が厳然としてあり、教科書誤報事件から南京問題、慰安婦問題へと続いて、日米両国による東京裁判史観への呪縛に影響を与えているという。

戦後の歴史に関わる幾多の不毛な論議を振り返るとき慄然としたものを感じる。

想像がつくように、外務省の最も恐れることは一連の隠蔽工作が国内外に漏れわたることである。

そのいい例が、政府のホームページに杉原氏の、外務省にとって都合の悪い著書が収録されていないことである。それは、

●『日米開戦以降の日本外交の研究』(杉原誠四郎著/亜紀書房/1997年)・・公文書館のネット<インターネット展 日米開戦>の<参考文献>から抜けている。

本書は英語版、中国語版、韓国語版も出ており、(ウィキペディア杉原誠四郎)でも、本書が史料研究者にも必須という高い評価を得ていながらあまりにも不自然である。
また、
●『総点検・真珠湾50周年報道』(杉田誠<杉原氏のペンネーム>著/森田出版/1992年)も、英語版もあり外国人学者が周知の本でありながら、同様に<インターネット展 日米開戦>の<参考文献>として収録されていない。

このインターネット展の制作責任は言うまでもなく外務省にあるが、外務省の戦争責任を明確に指摘する本は意図的に排除し、日の目を見ないように操作しているものと考えられる。

その結果は、外務省の戦争責任は免れないに関わらず、日本国民の目には一切意識にも上らない結果となっている。

未だ戦後政治が過般の戦争をめぐって際限のない不毛な論議を繰り返しており、昨今の情報戦をめぐっても、マスコミ、教育界などが自虐体制から抜け出せないのも、ひとえに外務省の「開戦責任に対する隠蔽工作」が存在することに起因するというのが杉原氏の主張である(本書を通読すれば否応なく、それを認めざるを得ないだろう)。

私もこの事実を世に示す必要があると判断せざるを得ない。この問題を、本著上梓に当たり、「杉原さんの学者としての生命はもう終わりですね」とも言われた杉原氏を含む一部知識人の奮闘に対し、見て見ぬフリをするのは、日本国民の重大な不作為と思う。

その態度は、祭日になっても「国旗掲揚」を素知らぬ顔で無視する多くの日本国民(大人)の堕落と卑怯精神ともダブって見える。

各位におかれても、まずは本書を通読されることをお勧めしたい。レイ氏の執拗ともいえる主張は典型的な欧米論理に立脚していると思うが、皆さまなりに客観評価いただきたい。

そこには、原爆投下、幾度となく行われた都市爆撃について、日本人がイメージする非人道的戦争犯罪への反省は微塵もない。あるのは日本海軍による真珠湾攻撃に対する復讐として、当然の反撃としか受け取られていない。

つまり当時の外務省による根本失策が、アメリカ・ルーズベルト政権の「正義論」の口実を与えてしまったのである。「正義論」を当てはめれば、残虐ともいえる復讐攻撃も霞の如く扱われる。

さすが南北戦争で人類最初の「総力戦」をおっぱじめた国ではある(笑い事では済まされないが・・)。さらには、その大失策によって、我が国はアメリカの利用した「罠」と「世論戦」に負けたのである。

それが欧米世界であることを、当時の日本人がどれほど認識していたのか?南京事件にしても、当時の欧米、シナの「世論戦」に見事に負けたではないか。その情けない姿は今に至るも続いている。いつも受け身であり、too lateである。

ついでの話だが、

・『ふたつのFORTUNE』(ダイヤモンド社/1993年)によれば、『フォーチュン』誌の生みの親でもあるヘンリー・ルースは当時のアメリカで一大メディア帝国を形成。

彼は長老教会(カルビン主義に基づくキリスト教新教の一派)の伝道師の息子としてシナで誕生。父親の教育も手伝って米国のグローバルな指導性、優位性を確信するに至った。

当時のアメリカにおけるブラックボックスであったシナに焦点をあて、米国民の関心を高める必要を感じていた。その彼が1936年、『フォーチュン日本特集』で、今の日本人からいえば誤解の塊である特集内容であったが、アメリカのエリート層の意識に刻印されて行ったのである。

この内容が当時の日本人に広く知られていたならば、その後の歴史も変わっていたに違いないと思われるが、日本国内の販売・翻訳は天皇への扱いが「不敬罪」に当たるとして日本政府によって*禁じられたようで、日本人の多くがこの事実を知らないままで終わったことは残念なことであった。

ルースの「日本嫌い」は徹底しており、そのメディア王が偏った日本人観を米国民に対し、確実に植え付けたのだった。この「*禁じられた」というのが、どうも杉原氏の指摘する外務省による「情報隠蔽工作」と重なって見えるから不思議である。

その結果たるや、いずれも日本の歴史に「想定外の汚点(いや回復できない精神的、思想的惨禍)」をもたらしたといえるであろう。

戦争とは、勝者も敗者もない。あるのは無明同士の戦いであるというのは、そういう愚かさも含めてのことではないだろうか?

いずれにせよ、杉原氏の指摘する外務省の「隠蔽工作」が看過できないことであることは、いうまでもない。
以上

◆独立不羈の男・河合栄治郎

湯浅 博



農商務官僚を辞任した河合栄治郎は、一転してジャーナリズムへの道に踏み出そうとしていた。著名な在野ジャーナリストには、長谷川如是閑や馬場恒吾がいた。一方、言論活動をする大学人には、一高の恩師で東京帝大教授の新渡戸稲造や、栄治郎と同じ小野塚喜平次門下の先輩、吉野作造もいる。

とくに吉野は、3年前の大正5(1916)年1月号の『中央公論』に発表した論文「憲政の本義を説いて其有終の美を済すの途を論ず」が、大正デモクラシーを代表する評論として名声を博した。現在の平成28年1月が「デモクラシー論100年」ということになる。

吉野と栄治郎の師である小野塚は、欧州の近代化を分析してデモクラシーを「衆民主義」として紹介し、弟子の吉野は帝国憲法下におけるデモクラシーの可能性を「民本主義」と意訳した。

小野塚から後継者と目された栄治郎が、彼らの流れをくむ「自由主義」の言論人になることは自然の流れであった。

民本主義を掲げた吉野の「憲政の本義」は、大正11年の日本共産党創設に参画した山川均らに、帝国憲法の枠内に留まり国民主権にまで高めていないとして批判される。

しかし、明治の帝国憲法には臣民が改正を発議する権利がない以上、天皇主権を国民主権に移行させるには、左派が夢みる暴力革命しかなかった(苅部直論文『中央公論』2016年1月号)。

帝国憲法を前提としているからこそ、吉野は民主主義でなく民本主義としたのである。

栄治郎は農商務省時代を通じて雑誌『改造』はじめ、国民、東京朝日、読売など新聞各紙に執筆した珍しい存在だった。吉野を大学人の講壇ジャーナリストと呼ぶなら、栄治郎は官僚ジャーナリストであった。そこへ降ってわいた官僚辞任だから、世間の耳目をそばだてさせた。

 ■新聞記者か学界か

栄治郎が心を動かしたのは「大正日日新聞」の好条件であった。この新聞は大阪朝日の元主筆、鳥居素川が創刊しており、栄治郎のために英国行きの船室予約キップまで用意して入社を誘った。

栄治郎が英国への留学を熱望していることを察知した鳥居が、巧みに誘い込んだものであろう。

鳥居の提示した条件には、付加価値がついていた。帰朝後も栄治郎が大学などに職を求めたいならそれもよし、ただ、新聞雑誌の執筆に際しては大正日日を優先するという申し分のない提案だった。

先輩の吉野作造や友人の森戸辰男はすぐに賛成した(「教壇生活二十年」『全集第二十巻』)。

ジャーナリズムの世界は、栄治郎が徳富蘇峰に傾倒していた幼少の頃よりの関心領域であった。ところが、思いもかけないところから反対の声が上がった。恩師であり、仲人でもある矢作栄蔵博士であった。

栄治郎の大正日日入りを伝え聞いた矢作は、驚いて栄治郎を訪ねた。矢作は栄治郎が新聞で政府を攻撃したことから、これ以上、急進的になることを心配したのだ。むしろ大学に入ってじっくり研究し、自然な成長を図るべきであると説いた。

「それがあなたの母上の望みであろうし、また外国にいる小野塚先生の志
でもあろう」

だが、栄治郎は即答しない。それをみた矢作も頑として席を立たない。すると、意外にも矢作は、涙声になって翻意を迫った。そこまで考えてくれる矢作に、栄治郎はこうべを垂れざるを得なかった。

「私の進退はお任せします」(「教壇生活二十年」『全集第二十巻』)。ついに、ジャーナリズムの世界に踏み込むことを断念したのである。

これより先、矢作と小野塚は栄治郎のため、ひそかに再就職の道を探っていた。このころ、東京帝大法科大学経済学科は分離独立して、大正8年4月に経済学部になっていた。経済学部長は栄治郎の岳父、金井延(のぶる)であり、金井はかえって栄治郎の帝大入りに積極介入することがはばかられた。

 ■初の赤化教授事件へ

当時の大学は広く人材を外に求めていた。大学卒業後に官庁や民間企業に入り、のちに学界へ転身することは珍しくなかった。経済学部の大内兵衛(大蔵省)、江原萬里(住友総本店)、法学部の田中耕太郎(内務省)、南原繁(内務省)、高木八尺(大蔵省)など、いずれも社会人の転身組である。

矢作や小野塚の売り込みもあり、栄治郎を経済学部の助教授に推薦する案件は、矢内原忠雄とともに教授会ではかられ、2人の任命が可決された。大学で栄治郎が希望する講座「社会政策」は、森戸辰男助教授が担当していた。その森戸が栄治郎を訪ねて、助教授の就任を依頼した。

森戸は将来は交代で講義することもできるし、「この際、ぜひとも入ってくれ」と勧めた。栄治郎は森戸の好意が、身に染みてうれしかった。次いで森戸は、思いもかけないことを口にした。

「河合君、実はわたしの地位は危なくなっているんです。君が傍(そば)にいて呉(く)れると、去るにも心強いから」

森戸の告白は真に迫っていた。栄治郎には遠い未来の話のように思えたが、事件はそのわずか1カ月後にやってきた。森戸のいう「自分の地位が危ない」とは、決して杞憂(きゆう)でも先の話でもなかったのだ(「教壇生活二十年」『全集第二十巻』)。

森戸は大正9年1月、経済学部の機関誌『経済学研究』の創刊号に書いた論文「クロポトキンの社会思想の研究」で、危険思想と名指しされた。揚げ句に大学から休職処分を受け、そのまま電撃的に起訴された。

森戸が機関誌で紹介したクロポトキンの無政府思想が、「公共の秩序を乱した」と見なされ、執筆者として禁錮3月、罰金70円の刑に処せられた。同時に、機関誌の編集発行人である大内兵衛助教授も朝憲紊乱(ちょうけんぶんらん)罪で起訴される。大内もまた禁錮1月、罰金20円を科せられて同10月に失官した。

これが最初の赤化教授事件であり、世に言う「森戸事件」であった。=敬称略(産経新聞特別記者)
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■独立不羈(どくりつふき) 束縛や制約を受けずに自分の意思に従って自由に行動する。「羈」は馬のたづなの意味。

産経ニュース【 全体主義と闘った思想家】206.1.31