2016年02月01日

◆ラファイェット疑惑:群魔の乱舞

Andy Chang



岡山県のMOMOさんから、「フランスの武器を台湾が購入するのに、敵国中共の業者が介入しておりました が、中共政府は問題視しなかったのでしょうか」、と言う質問があった。中国の介入は業者ではなく政府の介入でした。政府が介入したから政府高官に賄賂を渡し、
ようやく中共に屈従するような条件付きで購入できたのです。

ラファイェット疑惑は中国だけでなく米国とフランス政府も介入し、仲介業者(ブローカー)がたくさん介入してリベートがどんどん膨れ上がり、外国だけでなく台湾(中華民国)の高官も多額の賄賂を分捕る群魔の乱舞、悪魔の飽食となった。フランスで裁判になっても関
係者が喋らないので今でも不明な部分がたくさんある。ここでは中国の介入、仲介業者の暗躍、賄賂の行方を説明してみる。

●アメリカの武器提供がストップ

78年にジミー・カーターが中国と国交を開始し台湾と断交したあと、レーガン政権は82年8月17日、「817公報」と呼ぶ米中コミュニケ(817 Communique)を発表した。この結果アメリカは台湾向けの武器提供を制限するようになり、台湾側はアメリカ以外の国から武器を買うためフランスにアプローチした。

当時フランスは不景気だったので台湾のアプローチを大いに歓迎した。89年5月に中華民国の参謀総長カク伯村一行がフランスを訪問して武器購買を打診してフランスは歓迎を表明した。カク伯村はフランスから台湾の海軍本部に「韓国の蔚山艦購買は一時延期せよ」
と打電し、李登輝総統もフランス側と戦闘機、潜水艦、レーダーなどを交渉していると打電した。

これがその後一連のの巡洋艦(Bravo)、戦闘機(Tango)、空対空ミサイル(Magic)、新幹線と繋がった契約となったのである。

フランスは国家の造船局が船を建造して台湾に提供することは出来ないからトムソン社(Thomson-CSF、のち2000年にThalesと改名)名義で建造し、台湾側も海軍ではなく中国造船の会社名義で交渉するとした。更にラファイェット巡洋艦は2隻をフランス、4隻を台湾で建造すると合意(その後大幅に変更)した。89年末のことで、トムソン社はこのをOperation Bravoと名付けた。

だがこの計画は直ちに中国の知るところとなり、北京に駐在していたフランス大使を47回も召喚して抗議したので、ミッテラン総統はBravo計画の中止を命じた(1990年1月)。後述するがミッテランの中止命令は中国だけでなくアメリカの圧力もあった。つまりアメリ
カは台湾の武器提供を独占したいので、フランスが台湾の「美味しいところ」を横取りすることに反対だったのだ。

●仲介業者の乱舞

せっかく手に入れたブラボー計画が頓挫したのでトムソン社の総裁ゴメス(Alain Gomez)は不満で、直ちに三方面の仲介者を使って販売を推進するプランを立てた。

プランAは台湾の仲介人汪傳浦(Andew Wang)の「開泰公司」をトムソン社の台湾代理とすること。汪傳浦は空軍退役軍人でアメリカCIAとの関係もあった人物で、過去に掃雷艦、ソナーの購買などの実績があり、フランス側との関係も良好だった。トムソン社のアルベサール(Jean-Claude Albessard)は汪傳浦と合作する。この二人は尹清楓の殺害に関与したと言われている。

プランBはゴメスと親密な関係があったという劉莉莉(Lily Liu)を起用して中国側と折衝し、同時に汪傳浦を監督する。劉莉莉は台湾岡山の将軍の娘で、神秘な人物で香港、中国、‘フランスで活躍していた仲介人である。中国の高官と親しく、その後中国側に渡したリベートは劉の手で中南海の高官に分配されたと言う。

プランCはフランスの石油関係会社、エルフ社(Elf Aquitaine)の副社長シルバン(Alfred Sirven)を仲介者(自薦とも言う)とし、フランス高官の介入の推進した。シルバンは香港に住む中国の副総理・姚依林の甥であるエドモンド・関(Edmond Kwan)を起用した。

また、シルバンの部下ミアラ(Gilbert Miara)は密友ジョンクール(Christine Deviers-Joncour)に通報。彼女はフランスの外交部長デュマ((Roland Dumas)の情婦だったので、デュマがBravoの販売推進計画に参与した。その後ジョンクールはトムソン社から複数のリベートを受け取ったが、最後にトムソン社がリベートを拒否し、デュマにも捨てられたので「共和国の淫売婦(The Whore of theRepublic)」と言う暴露本を出版(1998年)した。この本のおかげでラファイェット事件が発覚し、国際的な大事件となった。

裁判ではジョンクールもデュマも有罪となたが、デュマはその後無罪となった。シルバンは裁判中に国外逃亡したが、フィリッピンで逮捕(2001年)された。2005年に故郷のツールースで死亡した(?)。

●中国の介入

91年1月にミッテラン総統がBravoの中止を命じたあと、1991年4月に中国の朱鎔基一行がフランスを秘密訪問し、ロカール首相(Michael Rocard)と会談し、「初歩的な了解」を得た。それで4月末にデュマ外相はさっそく情婦ジョンクールを同伴して中国を訪問
し、中国の外交部長銭其?と会見、数人の高官も同席した。翌日、デュマは江沢民と李鵬とも会見した。ジョンクールによると、フランスは中国側に1億ドルのリベートを約束したと言う。

デュマが中国から戻ると間もなく、ロカールから首相を受け継いだ(1991年6月)クレソン首相(Edith Cresson)はBravo計画を批准したが、批准書には「船は武器を含まない」と書いてあった。

中国海軍はフランスが渡したラファイェット巡洋艦の設計図と、台湾が「奉呈」した武器で同型の巡洋艦を6隻建造したことになっている。私は前に「哈爾濱級」の巡洋艦を建造したと書いたが、2人の研究者が哈爾濱級は艦型が違うと否定した。その後の研究による
と中国は「旅滬級」駆逐艦を建造し、第一号艦「哈爾濱号」と第二号艦「青島号」にはトムソン社製造のTAVITAC作戦系統、シーコブラ型ミサイル、レーダーなどを搭載していたと言う。これが台湾の奉呈した武器であると言われている。

●誰がリベートを取ったか

ジョンクールの供述では1991年に訪中した際に中国側に1億ドルのリベートを約束したと言うが、その後の調査ではトムソン社の5億ドルのリベートはフランス、台湾、中国が分け合った、つまり中国は1億7千万ドルを受け取ったのである。誰が取ったのか。

報道(江沢民朱鎔基受賄軍火商:Taiwanus.us。Dec2, 2005)によると、トムソン社が台湾から分捕った5億ドルのリベートは3等分され、中国で1億7千万ドルのリベートを受け取ったのは中央総書記・江沢民、軍委副主席・楊尚昆、劉華清、総理・李鵬、副総理・姚依林、外交部長・錢其?、北京市長・王岐山、および当時の上海市長朱鎔基など8人とされている。

なお、事件が国際大事件に発展したあと、中国高官にBravo の仲介をした劉莉莉は江沢民に庇護を求め、江沢民も同意して彼女に厳密な警護をつけたと言う。

●米国の武器提供

アメリカも黙っていたわけではない。レーガン大統領は1982年7月に台湾に対し、6つの保証(Six Assurances to Taiwan )を約束している。この保証条件には(1)米国は台湾に武器の提供を中止しない、(2)武器の提供について中共に事前相談はしない、などとしているが、この約束は同年8月の817公報と矛盾したものである。

ワシントンポストのパリ駐在記者の報道によると、フランスの武器販売計画を探知したパパブッシュ大統領は89年末に「台湾海峡の安定に鑑み、台湾の使用する武器においては完全にアメリカの提供に依頼すべきである」とミッテラン総統に打電したと言う。

台湾が韓国の2000トン級駆逐艦をフランスの巡洋艦に変更したので、米国は慌てて台湾に150機のF16A/Bを提供し、8隻のKnox Class巡洋艦の租借契約を結んだ。こうして米国とフランスの武器販売合戦は一応終焉したが、おかげで台湾は両国から武器を買わされ、中台双方のシナ人の悪魔の飽食となったのである。


◆台湾新政権、現状維持を日米が支援

櫻井よしこ



台湾の運命だけでなく日本及びアジア全体、ひいては米中関係の行方にも大きな影響を与える台湾の総統選挙は、野党・民進党主席の蔡英文氏の大勝利に終わった。いま、再び「日米台vs中国」の構図が鮮明になりつつある。

「加油台湾! 加油台湾!」「台湾!台湾! 台湾!」
 
1月15日、ざんざん降りの雨の中、民進党の勝利を信じて集った3万人とも4万人とも見られる大群衆が歓喜と期待の大合唱を繰り返す。

「加油」は「頑張れ」の意味だ。
 
翌16日投開票の総統選挙で、民進党は蔡氏が得票率56%で次期総統の座を勝ち取った。同時に行われた立法院(国会)選挙でも113議席中68議席を得て、国民党を35議席の野党へと一挙に追い落とした。

この結果は、外省人(中国人)の馬英九総統が2期8年間の任期中に進めた中国傾斜政策に対する、本省人(台湾人)の深い失望と反発を表しているといってよいだろう。

「蔡氏は大群衆を前に、台湾はデモクラシーだ、デモクラシーは台湾だという表現で、台湾のナショナル・アイデンティティーは民主政治にあると繰り返しました。

彼女が演説で間をとる度に、聴衆は、『加油台湾!』、『台湾! 湾!』とリズムをつけて3度ずつ、繰り返すのです。濃密な感情空間の中で、多くの支持者たちが涙を流していました。

勝利を手にした蔡氏は『皆さんの流した涙を笑顔に変えるために全力を尽くしました。あなたの目にまだ涙がたまっていれば、どうぞ拭いて下さい。台湾の新時代を共に迎えましょう』と呼びかけました。現場で台湾人の歓喜と熱い涙を実感しました」
 
こう語るのは選挙監視団に日本代表の1人として参加し、約1週間台湾を取材した田久保忠衛氏だ。台湾人の選挙と新体制にかける情熱を、氏は2時間、雨の中に立ち尽くし、或いは記者会見の場で体感した。

「ひとつの中国」論を回避
 
台湾人のアイデンティティーを突き詰めれば、台湾人は中国人ではない、台湾人は台湾人だ、中国人扱いするなという思いに行き着く。しかし、中国共産党がその思いの前に立ちはだかる。中国が最も警戒するのが、蔡氏が独立志向を強めることだ。
 
馬英九氏の下で台湾の国民党政権は、いわゆる92年合意の存在を中国と確認済みだ。同年に台中双方が「中国はひとつ」と合意し、台湾は、ひとつの中国は中華民国だと言い、中国は中華人民共和国であると主張するというものだ。
 
当時、総統だった李登輝氏に、私は昨年9月、実際に92年合意はあったのかと尋ねた。李元総統は「総統だった私が知らない合意があるはずがありません」と、明確に否定した。
 
蔡氏は92年に台中間の会議が開催されたことは認めているが、合意については明言していない。合意を認めれば、台湾は中国の一部にされてしまう。如何なる形でも台湾を中国の一部へと追い込むことになる「ひとつの中国」論を回避するために、李元総統は、99年に台中関係を「特殊な国と国の関係」であると定義した。

双方が国である。ひとつの国ではない。つまり台湾は中国の一部ではない、という意味だ。
 
右の理論構築に貢献したのが、当時、総統の諮問機関「国家安全会議」の一員だった蔡氏である。このような経歴と能力を持つ蔡氏であればこそ、中国の彼女に対する警戒心も強い。

中国はすでに、台湾が「ひとつの中国」を認めることが全ての前提であるとの立場を明らかにしており、蔡氏に92年合意を認めさせるためにあらゆる圧力をかけてくると予想される。
 
大国中国の圧力に抗するのは容易ではないが、田久保氏は蔡氏の冷静沈着さに注目する。

「演説の間中、彼女の言葉と表情に注目せざるを得ませんでした。大群衆に熱く訴えかけるときも、大衆の熱い連呼が湧き上がるときも、氏は感情の嵐に流されることなく冷静で理性的でした。

彼女は勝利演説で、台湾総統として自分は必ず強くなると宣言しました。困難に立ち向かうとき、総統としての自分は強くあり続ける。自分が強くあり続けることで台湾人も強くあり続けることができると語ったのです。

これから担っていく責務の重さを十分に自覚していると感じました」
 
勝利を受けた記者会見で蔡氏はまず、日本との関係強化を明言し、南シナ海及び東シナ海の現状について質問されて、「航行の自由」「国際法の遵守」の重要性を強調した。

この件りでも氏は、安倍晋三首相と意思の疎通をはかっている旨を語った。2300万人の国の総統が、13億人の国の主席に対するときに、日本の支えが大切だと言っているのである。

主権国家扱い
 
国家の要件は、領土を有し、そこに国民が住み、政府が統治する行政組織を持つことだ。台湾にはこの全てが揃っている。事実上の国家である台湾がその現状を維持できる国際社会こそ、日本の望む民主主義と国際法に依拠する人類の姿である。台湾の現状維持に力を貸すことは、台湾だけでなく日本の理想と国益に通ずるのだ。
 
田久保氏は蔡氏が繰り返し強調した「デモクラシー」に注目する。

「冷静で理性的な蔡氏は、独立などと軽々には言わないでしょう。しかし、デモクラシーを大義として掲げています。独裁国家に対して、公正で自由で平和な民主主義の土台にしっかりと台湾を立てようとしているのです。

大陸中国の前で人類の普遍的原理を唱える台湾が、国際政治の中で或いは人類の歴史の中で、どれ程大きな意味を持っているか、私たちは正確に理解しなければなりません。安倍首相は誰よりも深くそのことを理解していると思います」
 
安倍首相は昨年8月14日、戦後70年談話を発表した。その中で台湾は他のアジアの国々と同列に扱われただけでなく、中国の前に位置づけられていた。田久保氏が強調する。

「安倍首相は台湾を堂々と主権国家扱いしました。蔡氏の演説の内容、記者会見での回答を合わせてみると、日台の目指す方向がぴったり合致していることがわかります。日台協力体制にはアメリカも加わります。日米台vs中国の枠組みが作られてきたということです」
 
こうした中、日本と台湾がすべきことは多い。まず、両国共に軍事力の強化に努めなければならない。中国は突出した軍事力増強路線を走り続けている。周辺諸国として自国の防衛力を増強するのは、各々の国民に対する責務である。

また、台湾は国策として、中国経済への依存度を引き下げる努力をしなければならない。日本は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に台湾を招き入れることだ。加えて、日台間の人的交流を意識的にふやすことだ。日台の国益が重なることを忘れてはならない。

『週刊新潮』 2016年1月28日号 日本ルネッサンス 第689号
                  (松本市 : 久保田 康文)

◆支那人「元よりドルを」

平井 修一



「支那の株式市場は実体経済と無関係」と言われ、カジノに近いと思ったほうがいい。乱高下が激しいうえに政府が介入するので滅茶苦茶で、それは実体経済とは無関係なのに「支那は信用できない、経済は落ちるところまで落ちるのではないか」と世界中から疑念を持たれている。

このために人民元安傾向が進んでいる。ちょっと前まで中共は「元は国際通貨になるぞ」と大口を叩いていたが、どうも怪しくなってきた。

ニューズウィーク1/12「中国製おもちゃ購入もドル建て、人民元取引の実態」から。

<英国ビジネスマンのトニー・ブラウン氏は、中国の工場から可愛らしい玩具や遊園地の景品を仕入れる際、人民元で支払おうとしたが、受け取ってもらえないという。

ブラウン氏は、毎月数百万ポンドに達する調達の決済に現地通貨(人民元)を用いれば、アジアの取引相手にアピールできるだろうと考えていた。誠意を示すことになり、先方としても多分その方が楽だろう、と。

ところが、相手が望むのはドルでの支払いなのだ。

中国の工場や企業と取引するイギリスの中小企業数百社にとって、これはよくある話だ。しかし「人民元が主要通貨として台頭し、ロンドンが元の国際取引において主要なハブになる」という昨年喧伝された説とは矛盾する。

「元建てで払おうとしたが、向こうはその気にならなかった」と、中国系サプライヤーと密接な取引関係を19年にわたって続けるブラウン氏は言う。

人民元は、一部の主要銀行や投機的な金融投資家の間では取引量が急増しており、アジアでの貿易通貨としてもますます盛んに使われるようになっている。しかし、欧米の日常的な経済においては、その存在感はほぼゼロに等しい。

その理由として、定着した慣行を変える困難さや、中国企業が債務返済や国際的な支払いのためにドルを必要としていること、昨年8月以来2度目の大幅な切り下げに苦しむ人民元の現在価値に対する不信感といった点を指摘する声が、中国と定期取引を行う英国経営者の一部から聞こえてくる。

「これまでずっと中国企業はドルを切望しており、それが今でも続いている。現地通貨である人民元での支払いについて協議はした。しかし彼らが持つ人民元のエクスポージャー(平井:市場の価格変動リスクにさらされている資産の割合)は限られており、ドルを選好している」とブラウン氏は言う。

国際通貨基金(IMF)が昨年、ベンチマークとなる通貨バスケットの構成通貨に元を追加することを承認したため、近い将来、元は世界全体の中央銀行準備金のうち10%近くを占めるようになるはずだ。

だが、この2年間で大幅に増大しているとはいえ、国際決済全体のなかでの利用率は、ドルが52%であるのに対して、元はわずか2%だ。財・サービスの貿易においては0.5%にも満たない。

中国企業は依然として約1兆ドル相当のドル建て債務を抱えており、毎月数十億ドル単位で返済・利払いを行っている。その資金の大半はオフショア(国外)口座に入り、中国には流入しない。

ロンドンのウェスタンユニオンで大手企業向けにヘッジやオプション商品を販売しているトビアス・デイビス氏は「元建ての取引はたくさんやっている」と話す。

だがデイビス氏も、中国の顧客は依然としてドルで受け取ることに執着していることを認めている。「昨年来、元はさらに切り下げられるだろうという想定があった。だから少なくとも当面、それが続いている間は、中国企業は元を持ちたがらない。ドルをもらう方がはるかにありがたいだろう」と指摘する>

支那の人民は Made in China を好ましくは思わない。元についても不信感があるようだ。今は支那発の不景気で世界的に景気後退が進んでいるようだが、こういう先の読めない情勢だと「やっぱりドルが信用できる」となる。元が名実ともに国際通貨になるのは当分難しいようだ。(2016/1/19)


2016年01月31日

◆「嫌中台湾」が帰ってきた!

湯浅 博



中国が米軍の接近を阻止する第1列島線の真ん中に、「嫌中台湾」が帰ってきた。この列島線はかつての最高実力者、トウ小平の懐刀、劉華清上将の戦略に沿った仮想ラインだ。2つの列島線のうち、第1列島線が日本列島の南端から台湾を経由してフィリピンあたりまで伸びている。

ここで米海軍の接近を阻み、台湾の防衛を弱体化させるという戦略である。その要の台湾で、民主進歩党の蔡英文主席が総統選挙に勝ち、党は一気に立法院の過半数を制した。台湾政治で初めてみる地滑り的な大勝利だった。

中国の習近平国家主席は、核心的利益の“序列第2位”の南シナ海で、人工島を埋め立てているうちに、肝心の“第1位”たる台湾を失った。思うに、脅しのパワーは使いこなせても、民意をくみ取るセンスに欠けていた。

台湾の意識調査では「自分は中国人である」と答える人が数%しかいないのに、習主席は中国国民党の馬英九総統に首脳会談なみの外交サービスをした。“国共合作”の中台関係をアピールしたつもりが、かえって台湾の人々からそっぽを向かれてしまった。


手練れの政治家である蔡主席は「台湾独立」も「一つの中国」もいわずに、現状維持の曖昧戦略で押し通した。ふつうの台湾人の皮膚感覚は、中国に飲み込まれるのは御免という「嫌中」なのだ。同時に、彼らのホンネは、蔡主席の勝利演説に唱和した「われわれは台湾人だ」という強烈な自己認識にある。

蔡主席としては当面、「独立」を封印して、「独立なら武力行使」と脅す中国の拳を避ける構えだ。彼女の勝利会見は「一つの中国」という踏み絵を避けつつも、「国際法を守る」と国際社会との協調を十分に意識させた。

中国は、台湾の行政府も議会も民進党にさらわれ、民主主義のボディーブローを受けて、痛みを広げていよう。

今後、習政権は、これまでの中台のビジネス面で揺さぶりをかけ、蔡新政権もまた中国経済への依存度を下げてくる。その分、日米は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)や自由貿易協定(FTA)などで、台湾の受け皿を用意することが迫られる。

仮にも中国が台湾を飲み込めば、核ミサイル基地が大陸から移動し、台湾沿岸は原潜の出撃拠点になる。日米にとって台湾は安全保障に直結するだけに、経済、安全保障の両面から支える必然性が高くなった。

米紙ウォールストリート・ジャーナルのデビッド・ファイス論説委員がいうように、米国が台湾を見捨てれば「米国のアジアにおける同盟が砕け散る」ことになる。だから、中国が台湾に圧力をかければ、米国は動かざるを得なくなる。

ハザノウィッチと出会う

 ハリエット・ストウ夫人の著書『アンクルトムの小屋』は、米国南部の奴隷たちの悲惨な境遇を扱った小説である。小説が発行された1852年当時の米国は、奴隷問題で南北分裂の危機を抱えていたため大きな反響を呼び、南北戦争の引き金の一つになった。

 河合栄治郎はストウ夫人の小説が奴隷廃止につながったように、工場労働者を描いた影響力のある書物を探していた。栄治郎がニューヨークの書店で、手にしたのはエリザベス・ハザノウィッチという女性が書いた『彼等の中の1人』であった。偶然とはいえ、最初のページをめくると、たちまち夢中にさせられた。

 ある日、訪問先の「婦人衣服製造職工組合」でプライス博士と話しているうちに、話題が著者のハザノウィッチのことに及んだ。すると、博士が「彼女なら隣室で、工場監督係として勤務していますよ」といって、すぐに紹介してくれた。

 ハザノウィッチは26、27歳だろうか。ウクライナ出身のユダヤ人である。人種的な迫害に苦しんで一人カナダに逃れ、まもなく米国にやってきた。高い教養を持ちながら満足な仕事に就けず、「異国での貧困と病気の絶望的な日々」から組合の設立に奔走し、その体験を基にこの本を書いた。第1候補は東京財政経済時報の主幹で財政学者の本多精一博士、第2候補が東大経済学部の高野岩三郎教授、さらに、鳥羽造船所技師長で工学博士の桝本卯平であった。友愛会はこれら官選の3人に代表辞退を勧告した。これを受けて本多は辞退し、代わりに高野が浮上した。高野は友愛会の顧問でもある。

 「ここらで見切れ」との声

 栄治郎の立ち上がりは早い。この情報を得ると、素早く車を飛ばして高野を訪ね、受け入れを懇請した。東京帝大の同僚教授の矢作栄蔵や吉野作造らも受け入れに賛成した。

 高野は「助教授の森戸辰男を伴いたい。君も政府代表の随員として行くだろうから、現地で会おう」と乗り気だった。

 「いや、私は辞職するかもしれません」

 高野は「まさか」と本気で取り合おうとしない。

 ところが事態は急展開する。高野に決まったはずの労働代表だったが、就任わずか1週間で流産してしまった。

 友愛会が「労組内から出すべきだ」と反対したためである。吉野は顧問の形で参加するよう高野に勧めたが、友愛会の支持が取り付けられなかった。同行させようと考えた弟子の森戸辰男からも辞退を勧奨される始末であった。

難産の末に代表は桝本に決まった。桝本は横浜を出航する際に、弔旗や位牌(いはい)を持って押しかけた労働者のデモで妨害され、小舟でひそかに乗船せざるを得なかった。ワシントンの会議でも、米国総同盟から労組を代表しているか否かで資格審査の要求まで出された。

 高野はいったん受諾の意思表明をしながら一転、辞任したことから、責任をとって帝大経済学部教授も辞任した。高野はその後、大原孫三郎の依頼に応えて大原社会問題研究所を主宰することになる。

 栄治郎もまた、「ここらで見切れと云う声とすっかり往く所まで往こうと云う声と双方が聞こえる」(日記、9月24日)と葛藤と闘っていた。

 栄治郎は「半生の心血を賭したる問題」が退けられた以上、もはや、官職にとどまることはできないと考えた。国際労働会議の代表団がワシントンに向けて出発した数日後の10月29日、栄治郎はかねて覚悟のとおり、辞表を出した。およそ4年あまりの官僚生活に自らケジメをつけたのである。=敬称略(特別記者 湯浅博)

              ◇
 
■独立不羈(どくりつふき) 束縛や制約を受けずに自分の意思に従って自由に行動する。「羈」は馬のたづなの意味。
産経ニュース【湯浅博の世界読解】216.1.27 16:30


◆私の「身辺雑記」(308)

平井 修一


■1月28日(木)、朝は室温9度、寒い、快晴、ハーフ散歩。

昨日は昼ごろに小学校の保健室から電話。小1女児が38度の熱でぐったりしているという。カミサンからNに連絡してもらって、Nは早退し女児を連れてき、小児科へ行った。わが家はシェルターだ。

産めよ殖やせよ、就職しろ・・・こういうことを言う人は子育てがいかに大変か、いかに大事な仕事かが分かっていない。男は外で戦い、女は家をしっかり守る、戦場から「一筆啓上 火の用心 お仙泣かすな 馬肥やせ」と奥さんに手紙を出し、留守を頼んだのだ。

今は核家族化が進んで、隣近所との付き合いもない。昔は近所に子守を頼めるお婆さんがいたが、今はほとんど聞かない。専業主婦なら2人か3人の子供は持てる。わが家の本家(資産家)の4代目は5人の子持ち、奥さんは最初から専業主婦だ。

小生の父は12人きょうだいだ! 皆集まると壮観だった。

ヂヂババがいればお母さんは就職もできるだろうが、3世代同居の家は少ない。「スープの冷めない」ところにヂヂババがいれば御の字だ。

大体、死んだら負けという「過労死戦争」をしている旦那に「家事を手伝え、育児を手伝え」というのは無理筋。戦争と家事育児を両立させている男を見たことも聞いたこともない。疲労困憊して「今日は早目に帰ろう」と思っていたら、大事なお得意さんから「修ちゃん、遊びに来ない?」、財布を持って来いというお誘いだ。

嵐だろうが男どもは二つ返事、「いいですねー、6時ごろに行きますよ」。で、帰宅は早くて11時。これが戦士の日常だ。

夫婦ともども家の内外で必死に奮闘しているのだ。それを「奥さん、外で働きなさいよ、光り輝け!」だと。バカか。

育児は女の天職、聖職なのだ、外の仕事は他者に任せられても、育児は母親が一番いいのだ。家は航空母艦、旦那は戦闘機、戦い終えて日が暮れて、帰艦しようと思ったら艦長である奥さんが留守――こんなことでは戦争できない。「戦争できない国」にしたいのか。

男も女も超人にはなれやしない。超人になれというのなら、まずは自分でやって見せよ。3人子供を持って、奥さんもフルタイムで働かせよ。最低でも40歳以下の自公の国会・地方議員は全員3人以上の子供を持て。10年ももたずに一家全滅するだろう。(落選すれば専業主夫/主婦になって家内を支えることはできるが)

セイフティネットとしての家を強固にすれば育児や介護という問題の多くは解決できる。今必要なのは専業主婦を支援することだ。奥さんをドンパチの前線に送ることではない。

現実をしっかり見て政策を進めるべきである。方向性を間違えると国を誤る。

今朝の産経によると甘利氏をハメた一色は相当のワルのようだ。ブログ「ZOOT」が週刊新潮を引用し、一色は稲川会系右翼に所属していたと書いている。また、公設秘書の清島は、以前はアカモドキの江田憲司の秘書をしていたそうだ。

政治家は擦り寄ってくる人物の個人調査をすべきである。ガードが甘いとハメられる。

産経のベタ記事で「イラク戦、視聴率は18.7%」とあり、政府軍とISの戦闘を生中継でもしたのかと思ったらサッカーだった。「無知の涙」、恥をかく。

いろいろなスポーツの国際大会があるのだから、4年に1度の五輪祭典は歴史的使命を終えたのではないか。主催国の負担が大きすぎるし、ロシアの財政悪化の一因はソチ五輪だったとか。五輪やサッカーのように「4年ごと」に意味があるのなら、種目ごとに各国の既存施設で時期をずらして開催したらいい。

それにしても「五輪を開催した独裁国家は10年以内に体制崩壊する」というのは信憑性がある。無理して大盤振る舞いをするから寿命を縮めるのだろう。ブラジルの財政難も五輪が一因ではないか。

ドイツは避難民に大盤振る舞いをしている。財政破綻、治安悪化は免れず、亡国に向かうだろう。

■1月29日(金)、朝は室温13度、それほど冷えない、曇、ハーフ散歩。小1女児は元気になって学校へ。

「介護保険証」が届いた。利用するまで長生きはできまい。曽野綾子氏曰く「保険料が人のために使われるのはよいこと」。大したものだ。本来ならヂヂババにカネを回すよりも子育てを応援した方がいいのだが。

世界日報1/28「ロシア:目減りする『母親資本』」から。「あらーっ!カネの力は偉大なり」という記事だ。安倍氏ら政治家はこういう記事から学ぶべきである。

<経済の後退感が否めない新年のロシア。欧米の経済制裁が続き、原油価格の下落も止まらない。原油輸出から得られる税収を基盤としたロシアの準備基金も、いよいよ枯渇するのとの予測もある。

昨年ロシア政府は準備基金を1兆5600億ルーブル(約2兆4400億円)取り崩し、赤字を補填した。このままだと3年後には基金が底をつくだろう。

プーチン大統領は2006年、2人以上の子供を持つ母親に対し、25万ルーブル(約70万円)を給付する「母親資本」制度を導入した。これは平均的なロシア人の年収を超える額であり、出生率は見事に改善した。ルーブル高が進んだ2011年には、日本円換算で110万円にもなった。

友人のパーベル君(33歳)は子供が4人。彼の家庭は「大家族」と認定され、さらに高額の給付金を受け取っている。地下鉄やバスも家族全員が無料。動物園などの公共施設もフリーパスである。

給付金の用途は決められているものの、家計に大きな余裕ができることに違いはない。パーベル君はホクホク顔で40インチの大型液晶テレビを買ったり、高性能パソコンを買ったりしていた。

しかし、この「母親資本」給付金も、ルーブルの暴落により、日本円換算で50万円程度となった。

それだけではない。これら給付金を支える準備基金が底をつけば、「母親資本」制度もなくなってしまうかもしれない。

経済危機の中でもロシア人たちは楽観的だったが、これからは変わるだろう。準備基金の枯渇とともに、彼らの本音が露見してくるかもしれない>
(以上)

具体策もなく出生率1.8なんて言っているが、プーチンを真似て「母親資本」を導入したらどうか。枯れ木に水遣りするより、若木に栄養たっぷりの液肥を与える方がはるかに生産的だ。支持率も高まるだろう。

財源は軽減税率を白紙にする、在日への生活保護を止める、総連の資産を没収する、原発規制委を解体して原発再稼働し、原油輸入を抑制するなどで捻出できるだろう。

ブログ「Argus Akita」1/27から。

<安倍首相は同一労働同一賃金を持ち出してきた。全く間違った施策だと筆者は感じる、少なくとも日本では。

筆者はどちらかというと新自由主義に近いので必ずしも恒久的に必要だとは思わないが、現在拡大しつつある格差是正、貧困層救済を時限的に考えるなら、若年層、新婚、子育て中の層に対しては最低賃金の5割増しや10割増しといった最低賃金のupを法制化したらどうなのだろう。

労働保障制度による所得再分配というのも『富の再分配』の一つであると同時に、ささやかながら結婚や出産のインセンティブにも資するはずだ>

重要事項はいっぱいあるが、その中から優先事項を決めろということ。トリアージ。まずは若い世代を支援しろ、ヂヂババは後回し。そういう決断をすべきである。

甘利氏辞任。ご苦労様でした。魑魅魍魎の世界、一寸先は闇・・・後任は「金目でしょ」の“舌禍”石原。安倍政権は危機を乗り越えられるか。

午後から氷雨、明日は雪だろう。

■1月30日(土)、朝は室温10.5度、寒い、雪にはならず氷雨、散歩不可。

朝雲1/28「徴兵制復活を検討 スウェーデン」から。

<スウェーデンがかつて廃止した徴兵制の復活について検討を始めた。ロシアの脅威の高まりで防衛力の強化が求められ、テロや難民への対応などでも軍の活用を求める声が上がる一方で、軍の各部門で兵員や特殊技能者が不足しているためだ。世論調査でも高い支持が得られており、今後、具体的な議論が進められることになる。

同国の徴兵制は中道右派政権の下、2010年に廃止されたが、現在は社会民主労働党と緑の党の連立による中道左派政権に代わっている。

バルストローム外相は「軍に必要な人材確保のために、あらゆる可能性を検討する」としており、男女平等の原則に基づき、自然災害への対応、捜索・救援活動、環境汚染対策など、防衛と民間の両分野に貢献できる新たな制度を構築したい考えだ。

軍は16年までに常備、予備を含めた9000〜1万人の定員を埋める必要があるが、現在、1000〜1200人が不足。特に予備役は6000〜7000人に対して、1000人余りが足りない状況だ。徴兵制の廃止後、3〜11カ月の志願制を採用しているが、軍の職業化が進み、期限付きの契約では募集が難しくなっている。

人口1千万人のスウェーデンは昨年、16万人の難民を受け入れ、1人当たりの人数は欧州で最高。急激な難民の増加により、治安維持などで難しい対応を迫られているのが現実だ。1月4日に実施された世論調査によると72%が徴兵により防衛力が向上すると考えており、反対は16%にすぎなかった。

北欧ではノルウェー、フィンランド、デンマークで徴兵制が採用されているが、良心的な兵役拒否は可能。ノルウェーでは今年夏、男女平等の観点から欧州では初めて女性にまで対象を広げることになっている>(以上)

皆、プーチン禍、難民禍に必死で対応している。静かだった牧場に狼、ハイエナ、熊、虎が侵入してきたのだ。駆逐、駆除、排除するしかない。

在英国際ジャーナリスト・木村正人氏(元産経)によるとデンマーク議会は26日、警察が難民申請者の所持品を検査し、現金や所持品が1万クローネ(約17万2千円)を超える場合、超過分を没収し、難民の食費や住居費に使えるようにする法案を賛成多数で可決した。

<嫌がらせとしか思えない法案です・・・居住許可の期間が5年から2年に短縮されました。難民認定者はこれまで1年で家族を祖国から呼び寄せることができましたが、期間が3年に延長されました。家族を呼び寄せる手続きにはさらに数年を要します。

この法案は数日中に同国女王のが署名して法律として成立する見通しです。「難民嫌がらせ法案」には「デンマークはこんなに難民に意地悪な国なんだよ」「思いやりのかけらもない国ですよ」と世界中に知らせて、シリアやアフガニスタンから難民が来ないようにする狙いが込められています>(木村氏)

氏はリベラルだから「こうした排外主義ポピュリズムが欧州を覆いだすと、問題がさらに悪化するのは必至です」と怒っているが、飛んでくる火の粉を払わなければ家、国は炎上してしまう。選挙と民主主義に則って上記の措置を決めたのであり、リベラルの気に入らないからと非難するのはどうかと思うが。

ご先祖様が血と汗と涙を流しながら命懸けで創ってきた「良き国」を次代に手渡すのが我々の使命ではないのか。木村氏などリベラルは自宅に避難民を何人受け入れているのだろう。まさか自分は安全地帯にいて「避難民を受け入れないのは排外主義だ」などと言っているはずはない。違うか。

市井の庶民はバカではないぜ。秩序を破壊するメルケルなどリベラルの胡散臭さを肌で知り始めたのだ、「もううんざり、もう騙されない」と。庶民を舐めたらいかんぜよ、リベラルの諸君。君たちの時代は終わったのだ。(2016/1/30)

        

◆民意の強靱性を証した台湾・総統選

渡辺 利夫



台湾の総統選、立法院選における民進党の圧勝、国民党の大敗は、昨年11月の統一地方選の結果ならびに馬英九総統の国民党主席引責辞任の時点から予想されていたことではあった。しかし、これが現代台湾政治における画期であることはまちがいなかろう。

 ≪台湾住民に抱かせた危機感≫

今回の民進党勝利により、1996年台湾初の総統民選で国民党・李登 輝 氏が総統となって以来、2000年には民進党・陳水扁氏、08年には 国民 党・馬英九氏、16年には民進党・蔡英文氏と、2大政党の政権交代 が順次 進められ、自由と民主主義が台湾において完全に定着したことが証 され たのである。

膨張する中国のいよいよ強まる風圧のもとで「小国寡民」の台湾が、自らの生存空間を確保し、中国を牽制(けんせい)し、さらに国際社会からの支持を取り付けるには住民の「民意」にもとづく民主主義ほど強力なものはない。

実際のところ、民意である台湾の「現状維持」願望に逆らって 昨年末にシンガポールで開かれた中台首脳会談は、形は国共分裂後初の歴 史的会談ではあったものの、馬総統が習近平国家主席から得たものはほと んどなかった。

台湾の対中貿易・対中投資依存は馬政権下で急速な深化をみせ、これを促す「両岸経済協力枠組協議」(ECFA)と称される自由貿易協定(FTA)を結んで対中経済関係の制度化にまで踏み込んだ。これが台湾企業のビジネスフロンティア拡大に資したことは確かだが、近年の中国の成長減速は台湾に手ひどい負の影響を与えている。

何より、後退不能なまでに深い対中経済依存は台湾が中国にのみ込まれる政治的要因にもなりかねないという危機感を住民に抱かせてしまった。

「両岸サービス貿易協定」に反対する大学生が大挙して立法院(国会)に乱入、占拠したという一昨年春のできごとは記憶に新しい。協定が成立すれば多くの産業分野への中国企業の参入により台湾の雇用が奪われ、対中依存が決定的になることへの人々の拒否反応を誘い出し、これが学生の「ひまわり運動」に対する支持を大きく広げる要因となった。

 ≪蔡氏は中国の手ごわい存在に≫

馬氏は「92年コンセンサス(合意)」をもって中台首脳会談に臨んだ のだが、民進党はそのような合意は存在しないという立場である。92年 合意とは、双方が「一つの中国」を求めるものの、その内容については台湾側が「中華民国」を、中国側が「中華人民共和国」を意味するという内容のものだといわれる。

合意文書もなく当時の総統・李登輝氏や、台湾側 代表として92年会談での交渉に当たった辜振甫(こ・しんぽ)氏もその 存在を認めていない。習氏は合意が存在するとして首脳会談に臨んだ。

総統選で民進党大勝が予想されていた昨年11月時点での首脳会談である。交渉の陰の主役はまぎれもなく蔡氏であった。習氏は蔡氏に向けて中国は「一つの中国」の原則に立っており、この原則を否定するのであれば蔡氏は対中政策において困難に逢着(ほうちゃく)するという警告を発したのであろう。

92年合意を民進党が認めなければ台湾の「現状維持」も 難しくなろうという威圧を蔡氏に加えたつもりかもしれない。蔡氏が選挙 戦に際して自陣営の不利化を回避し、92年合意を争点としなかったのは 賢明であった。

蔡氏は習氏から中台首脳会談開催の根拠たる92年合意の承認をいずれ迫られる可能性がある。しかし、蔡氏には「民進党を支持する強靱(きょうじん)な民意が存在する、民意こそが最終的な決定者だ」と主張できる民主主義の論理がある。

蔡氏はタフな政治家であり、中台は「特殊な国と 国との関係」だという李登輝氏の「二国論」の起草に深く関与した人物で もある。しかし「台独綱領」などを表面化させていざこざの種を蒔(ま) く稚拙な政治家ではもちろんない。住民の広範な支持を取り付けた蔡氏は 中国にとって手ごわい存在となろう。

≪日台新時代を拓く好機到来≫

中国との絶妙な間合いを取りつつ、日米との連携強化を求める動きを蔡氏は既に始めている。オバマ政権は昨年12月、ミサイルフリゲート艦2隻を含む総額18億3千万ドル相当の台湾への武器売却を議会に通知した。台湾は日本のシーレーンにおいて波高い東シナ海の南、南シナ海の北を扼(やく)する決定的に重要な戦略的位置にある。中国とは異なり台湾は台湾以外に主権を要求する存在ではない。

台湾では世代交代が進み「台湾人アイデンティティー」は強まりこそすれ弱まる気配はない。それに台湾はいずれの国に比べても親日的である。

安保関連法案の可決も成った。台湾に対する日本の政治・外交的視線がこれまでのように冷たいものであっていいはずがない。安倍晋三首相もまたタフな外交を展開する希有(けう)な政治家である。

歴史的にも地政学 的にみても日台は運命共同体である。日台新時代を拓(ひら)く好機到来 なのであろう。(わたなべ としお・ 拓殖大学学事顧問 )
               産経ニュース【正論】2016.1.19

2016年01月30日

◆「解」求め悶絶する中共中央

平井 修一



香港拠点の国際弁護士・村尾龍雄氏の論考「香港大富豪との対話−中国経済の未来(その3)」1/19から。

<大富豪:現在でも中共中央や中央政府は中国経済を安定化させようとしていますが、その政策のすべてが奏功しているわけではないでしょう?

現在の局面は名目GDPがアメリカの3分の2に達した中国経済というマンモスは小象時代と異なり、中共中央や中央政府が希望すれば、すべてをコントロールできるわけではなくなったことを彼らが改革開放後、初めて学んでいる最中なのです。

今後も中国経済は緩やかに巨大化を続けますが、一層肥大化したマンモスは現在より一層コントロールしにくくなり、何時かどこかのタイミングで軟着陸を困難にする局面が到来することは間違いがありません。

でも、それは習近平政権下ではなく、今から10年以上経過する次期政権以降になる公算が高いのではないかと思います。

村尾:そうすると、日本企業は中国市場を捨てて逃げ出すのではなくて、中国市場に踏み止まって戦うのが妥当であるということになりますか?

大富豪:そうですね。

でも、日本企業は何でもかんでも中国で商品を生産するのは止めて、日本で生産する商品を中国に輸出するビジネスを重視するのがよいかもしれません。

村尾:それはなぜですか?

大富豪:訪日中国人は炊飯器でもクスリでも日用雑貨でも何でも「爆買い」するでしょう? 中国人は中国人の弱みをよく知っているのです。

例えば生産技術レベルは世界最高なのに、それをネズミの肉を使って見分けがつかないほど精密な「牛肉」や「羊肉」に仕上げる一方で、日本の精密な炊飯器を組み立てることなど簡単なはずなのに、そこまでクオリティを上げることに誰も執念を燃やさない。

要するに世界市場で流通する製品の模倣ばかりやっていた時代の名残と偽物製造の名残が今なお支配的で、それが豊かになった中国の消費者の警戒心を解くことができずにいるのです。

だから、同じ「資生堂」の化粧品でも、高くても日本製を求め、中国製を信用しない。

この中国人の消費者の生理をもっともっと研究して、ネットを通じて日本製品を販売するのと、高い日本製を決して購入できない消費者層へ向けた中国製商品の役割分担論をより緻密に検討することで、日本企業は中国市場において一層儲けることができるのではないでしょうか。

村尾:なるほど。

中国が不景気だと言っても、あなたが述べるように高級すぎないレストランが何時も満員御礼である様子を見ていると、高度経済成長期時代の恩恵で中国の消費者の財布には人民元が今なおたくさん詰まっている様子が窺えますものね。

彼らの消費動向を研究することには一考の価値があるように思えます。

最後に、2016年に中国経済で注目のトピックスを1つ教えていただけませんか?

大富豪:前向きのトピックスでなくて恐縮ですが、私自身が懸念していることがあります。

2014年頃から様々な分野で大胆な規制緩和が進行しています。

そのうちに金融分野における規制緩和があり、市井の中小投資家から資金を募集して運用する投資ファンドに、以前は不動産仲介専業であったりコンサルティング会社であったりが、深く物事を考えずに参入するという事例が相次いでいます。

そして、彼らの一部は2014年11月以降のA株市場に全資金を投入したり、あろうことか、信用取引まで行って、その後の暴落局面で弱い投資家のお金をスッカラカンにしてしまうというけしからん輩が横行しています。

すぐに倒産するようなところばかりではなく、2015年下半期には言を左右にして、何とか大損害をごまかしてきた輩も2016年にはごまかすことができなくなり、多くの中小投資家が大きな被害に遭っている事実が露見するかもしれません。

今まで長い間、中国は何でもかんでも政府が規制をかける国家でしたが、政府主導の限界に直面した現在、規制緩和は「硬道理(絶対原理)」に違いないのですが、規制による保護がはずれていく中で、弱い消費者や投資家が犠牲になる局面が2016年は急増するはずです。

中共中央と中央政府は民間主導の経済活性化のための規制緩和と、従前型の何でもかんでも規制のメリットの狭間で、前者をどこまで大胆に進め、後者をどこまで残存させるべきかに大いに悩むことになるでしょう。

“自己責任の領域拡大”vs”国家後見的役割の残存”ともいえるこの拮抗の匙加減は、誰がやろうとも困難な課題であり、2016年以降は中共中央と中央政府がその困難に気付き、悶絶しながら「新常態」新時代における新たな回答を模索する時代の幕開けとしての意味を有するのではないか、と思っています>(以上)

この大富豪は「人の行く裏に道あり花の山」タイプの方だ。日本証券業協会のサイトに解説が載っていた。

<株式投資の格言といえば、何をおいてもまず出てくるのが、この言葉である。投資家は、とかく群集心理で動きがちだ。いわゆる付和雷同である。が、それでは大きな成功は得られない。むしろ他人とは反対のことをやった方が、うまくいく場合が多いと説いている。

大勢に順応すれば、確かに危険は少ないし、事なかれ主義で何事によらず逆らわないのが世渡りの平均像とすれば、この格言、多分にアマノジャク精神に満ちている。

だが、人生の成功者は誰もやらないことを黙々とやってきた人たちであり、欧米では「リッチマンになりたければ“孤独”に耐えろ」と教えるのが通例。人並みにやっていたのでは、人並みの結果しか得られないというわけだ。

株式相場は、上げばかりでもなければ、下げばかりが続くこともない。どこかで転機を迎える。その転機を、どうしたらつかめるか。四囲の環境や材料から続み取るのは、むろん大切なことだが、大勢があまりにも一方へ偏り過ぎたときなどには、この格言を思い出すことだ>

「失敗は成功の母」と言うが、「成功は失敗の母」でもある。中共中央はこれまで規制や介入でとにもかくにも経済大国になったわけだが、だからこそその政策がこれからも成功すると思い込んでしまう。

リーマンショック時に巨額のインフラ投資でいち早く不況から脱出したような成功体験が忘れられず、「規制や介入」で株の暴落を解決できると思ってしまった。

<【新唐人2016/1/27】中国証券会社のトップの自殺事件が起こりました。中国長江証券の楊沢柱会長は規律違反により当局から停職調査をうけてから20日後の26日午前、湖北省武漢市の自宅に遺書を残し、投身自殺を図りました。

これは昨年の株価大暴落後の国信証券 陳鴻橋総裁の首つり自殺に次ぐ証券会社トップの自殺です。今年、メディアが伝えた6人目の官僚の自殺事件となりました>

新唐人によると「2016中国危機」という共産党崩壊への道を示した文章がネットに出回っているという。この文章では、中国に内戦が無い事を前提とした上で、債務危機→金融不安→経済危機→社会危機につながり、国民の不満、抗議の頻発から政治危機が引き起こされ、一夜のうちに中国共産党政府が崩壊すると説明されている。

中共は今は有効な手を打てずに悶絶しながら「解」を模索しているのだろう。「規制や介入」を極力減らして、国有企業に痛みを伴うリストラをさせ、近代化を進める・・・中共にとってこれは権力、利権の自己否定でもあるから、とてもできまい。それならゲームオーバーだ。(2016/1/29)


◆それでも”傾中”の英国頼み

中沢 克二



香港で自営業を営む長年の友人、孫亮(仮名、49)から香港の歴史と国際政治の複雑さを思い知らされるメールが届いた。

「あの銅鑼湾書店の“連れ去り”事件でイギリスのパスポートをもう一度、取ろうと思う。中国にこびるあの国は当てにできない。だが、1年前の事件もあったので決断した」

中国政府に批判的な書籍を出版、販売する香港の著名書店「銅鑼湾書店」。その関係者5人が消えた事件はいまだ解決をみていない。友人が既に期限が切れた英国旅券を再取得したいという気持ちは十分に理解できる。だが、大きな矛盾がある。必ずしも役に立つわけではないからである。

銅鑼湾書店関係者の釈放を求める香港民主派のデモに参加した市民は「一国二制度を守れ」と訴えた(1月10日)

銅鑼湾書店の親会社大株主、李波は仕事中に倉庫に行くと言い残したまま姿をくらました。彼は英国旅券の保持者だ。家族には中国広東省から「中国には自ら来た。騒がないでほしい」と伝えてきた。香港警察によると、李波は大陸内におり、既に妻と面会した。

■無視された英外相の抗議

多くの香港人が持つのは英国海外市民(BNO=British National Overseas)旅券と呼ばれるものだ。1997年の 香港返還に備えて英政府が導入したもので、香港市民であれば取得できた。イギリスへの居住権はないが海外旅行の際、英政府の領事保護を受けられる。

しかし、中国大陸に入る場合は違う。中国政府はBNO旅券を認めていないため、中国入境には「回郷証」が必要になる。不可解なのが、李波の回郷証が香港に残されていた点だ。これでは自分一人では深圳などの入管を通過できない。

李波の問題では、1月初旬、訪中した英外相、ハモンドが「(失踪した)男性は英国旅券を持っており、英国は大変憂慮している」と指摘した。中国外相、王毅は全く取り合わず、こう説明した。「男性は第一に中国国民だ。根拠のない推測をすべきでない」。英政府はその後、目立った動きを見せていない。

そもそも今の英国は、人権問題で中国に注文を付ける力に欠ける。英首相のキャメロンは2012年、訪英したダライ・ラマ14世との会談もためらわなかった。だが、中国からの露骨な圧力に抗しきれず、経済面の対中関係を重視する路線に転換した。

 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)には14年3月、欧州勢の先頭を切って参加を表明した。その後も原発建設さえ中国に任せるなど中英蜜月が目に付く。李波の失踪事件が起きた後だった北京でのAIIB開業式にも当然のように出席した。

■「雨傘運動」の挫折響く

2014年秋からの「雨傘運動」では79日間にもわたって香港の学生らが「真の普通選挙」を求めて道路などを占拠した

2014年秋からの「雨傘運動」では79日間にもわたって香港の学生らが「真の普通選挙」を求めて道路などを占拠した。

頼りにならない英国なのに、なぜ孫亮はその旅券を再度、取ろうというのか。そこには深い理由があった。中国が約束したはずの香港の高度な自治を認める「一国二制度」が本当にほごにされるのではないか、という不安だ。重要なのが、孫亮が言及した「1年前の事件」。いわゆる「雨傘運動」だ。

17年に実施予定だった香港トップの行政長官選びは、有権者1人1票による画期的な直接選挙になるはずだった。だが、中国側が提示したのは事実上、「親中派」しか立候補できない仕組みだった。香港の市民、学生らは「真の普通選挙」ではないと大反発し、79日間にわたって中心部の道路などを占拠した。

中国側は制度を改善する気はなく、香港行政長官の梁振英も市民の突き上げを受けて窮地に立つ。最後は香港警察の手で「雨傘運動」のバリケード、テントが完全撤去された。「真の普通選挙」は実現のメドが立たない。

昨年、19歳の学生だった孫亮の息子は「雨傘運動」に参加していた。経緯をつぶさに観察していた親としては、息子の将来を憂えざるをえない。「将来、どんな事態になっても香港から逃げ、外で暮らせる手段が必要だ」。それが英国旅券だった。

日本人にはうかがい知れない旧植民地の住民ならではの感覚だ。彼らはアヘン戦争以来の歴史に翻弄されてきた。BNO旅券があれば、英国が無理でも、他の 欧州連合(EU)諸国などが居住を受け入れてくれる可能性が高い。

「台湾が少しうらやましい」。孫亮はこうつぶやく。台湾でも似た学生運動があった。対中依存の強まりを懸念する台湾の学生らが、日本の国会に相当する立法院を占拠した「ひまわり学生運動」だ。

14年春の運動は2年近くを経て今回の台湾総統選、立法院選を動かした。中国共産党総書記(国家主席)習近平との中台首脳会談に踏み切った国民党は惨敗。中国と距離を置く民進党の蔡英文勝利につながった。「ひまわり学生運動」を直接の基盤とする新党も立法院選で議席を得た。香港とは対照的だ。

■「超法規的措置」を公然と肯定する中国メディア

香港の一連の事件に関して、香港人の不安を一層、あおった中国内の報道があった。「世界の『強力部門』は超法規的手段を持ち、調査に協力させている」。中国共産党機関紙、人民日報の傘下の国際情報紙、環球時報の社説だった。

強力機関とは、強い力を持つ治安維持、公安関係組織を指す。これを読んだ香港人は「事実上、中国当局の超法規的措置による香港人調査、拘束があり得ると認めた」と受け止めた。香港で大騒ぎになったため「さすがに中国共産党宣伝部もインターネットからの社説の削除を指示し、事実上、訂正するのでは」との噂まで出回った。しかし、現状では閲覧できる。

銅鑼湾書店の関係者では、親会社大株主の桂民海もタイ・パタヤで行方不明になった。彼はいきなり中国国営テレビに登場。自ら過去に中国内で犯した罪を悔いて自首したと独白する映像が流された。香港人は、わざわざタイの保養地から中国に入った経緯になお疑問を抱いている。

桂民海はスウェーデン国籍を持つ。他にも非政府組織( NGO)関係者でスウェーデン人のピーター・ダーリンが別件で中国で拘束されたが、釈放され国外退去処分となった。スウェーデン外相バルストロムは声明で、ダーリン氏の釈放を歓迎。桂民海に関しては「非常に憂慮している」とした。

習国家主席が15年12月に香港行政府トップの梁振英行政長官と会談した際の形式が波紋を呼んでいる(中国国営中央テレビから)

習国家主席が15年12月に香港行政府トップの梁振英行政長官と会談した際の形式が波紋を呼んでいる(中国国営中央テレビから)

香港の騒動は台湾総統選と同時進行した。中国は「一国二制度」による中台統一を念頭に置く。だが、台湾の民意は、党の綱領に「台湾共和国」樹立を掲げてきた民進党の蔡英文を選んだ。

 香港の事件は現在進行中だ。問われているのは習近平の姿勢でもある。決着の仕方によっては香港の空洞化を招くばかりではなく、今後の台湾政局にも影響を与える。まさに中国のいう「一国二制度」への信頼性の問題である。(敬称略)

中沢克二(なかざわ・かつじ) 1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞日本経済新聞 電子版 【激震 習政権ウオッチ】2016/1/27 3:30
                 (松本市:久保田 康文)


          

◆習主席「軍再編」 もう一つの狙いは…

石  平



今月11日、人民解放軍は「軍再編」の第2弾として、今までの「4総部」体制を改組し、軍の最高機関・中央軍事委員会に15部門を設ける新体制を発足させた。

再編前の「4総部」体制とは、中央軍事委員会の下で、総参謀部(作戦・指揮担当)、総政治部(政治思想教育担当)、総後勤部(物資補給担当)、総装備部(装備調達担当)が設けられ、それぞれの分野の軍務を担当する体制だ。その中で、とりわけ総参謀部は作戦の計画作りや実行、諜報など重要な仕事を担当する軍の要であった。

今回の再編のポイントは、今まで相対的に独立した機関として機能してきた上述の「4総部」を、中央軍事委員会直属の1部門として統合する一方、「4総部」の持つ本来の機能を分散させ、軍事委員会の中の15部門として再編したことにある。

日本の会社体制に例えれば、本社の下の4つの子会社が本社の中の1部署として吸収された上で15の部署に分解された、ということだ。

この再編の意味は「4総部」の力を弱め、それを中央軍事委員会の直接指揮下に置くことにあるが、習近平主席がこのような改革を断行した背後には、実はもう一つの狙いが隠されているのだ。

実は、今回の再編劇で習主席が狙い撃ちにしたのは、解放軍総参謀長の房峰輝氏である。

房氏はもともと広州軍区の参謀長であった。2005年に当時の胡錦濤軍 事委員会主席(前国家主席)が多くの軍人の階級昇進を実行したとき、房氏は少将から中将へ昇進を果たした。

その後、房氏は胡主席に近い軍人の 一人として出世を重ね、07年には重要な北京軍区の司令官に就任。さら に09年、中国が建国50周年を記念して盛大な閲兵式を執り行ったと き、「閲兵指揮官」として胡主席のそばに立ったのは房氏であった。それ 以来、彼は数少ない「胡錦濤の軍人」として認知されるようになった。

そして12年10月、胡主席は、軍の総参謀長に房氏を任命。同年11 月には胡主席はさらに軍人2人を党の中央軍事委員会副主席に任命した。

 胡主席が行ったこの軍人事は異例であった。なぜなら彼は同月中に開催される党大会で引退する予定だったからである。本来なら、軍事委員会の新しい副主席や総参謀長任命の人事は、党大会後に誕生する新しい総書記・軍事委員会主席(すなわち習近平氏)の手で行われるべきだが、胡主席はそうさせなかった。

自分の引退が決まる党大会開催の直前に、彼は大急ぎで次期中央軍事委員会の主要メンバーを決め、軍の心臓部門となる総参謀部を自分の腹心で固めた。それによって、ポスト胡錦濤における胡錦濤派の軍掌握は完成された。

今の習主席にとって、軍の中枢部におけるこのような「胡錦濤人事」は邪魔以外の何ものでもない。いずれそれを潰さなければならないと思っていたはずだ。しかし房氏などの首を切ることで決着をつけようとすると、胡錦濤派との「全面戦争」は避けられないし、必ずしも習主席に勝ち目があるわけでもない。

そこで習主席の取った方法が、「軍改革」の大義名分の下、総参謀長の房氏の首を切らずに、総参謀部そのものの力をそいで軍事委員会の直接指揮下におくことだ。これでは胡錦濤派も反対できない。

自分の引退が決まる党大会開催の直前に、彼は大急ぎで次期中央軍事委員会の主要メンバーを決め、軍の心臓部門となる総参謀部を自分の腹心で固めた。それによって、ポスト胡錦濤における胡錦濤派の軍掌握は完成された。

今の習主席にとって、軍の中枢部におけるこのような「胡錦濤人事」は邪魔以外の何ものでもない。いずれそれを潰さなければならないと思っていたはずだ。しかし房氏などの首を切ることで決着をつけようとすると、胡錦濤派との「全面戦争」は避けられないし、必ずしも習主席に勝ち目があるわけでもない。

そこで習主席の取った方法が、「軍改革」の大義名分の下、総参謀長の房氏の首を切らずに、総参謀部そのものの力をそいで軍事委員会の直接指揮下におくことだ。これでは胡錦濤派も反対できない。

これで軍内の「胡錦濤人事」が骨抜きにされるという計算であろうが、今後の展開は習主席の思惑通りになるとはかぎらない。「再編」が実現したとしても、胡錦濤派の軍人たちが依然、健在だから、今後、軍内における習主席と胡錦濤派との権力闘争がますます激しくなってくるだろう。

2016年は、双方にとって天下分け目の「天王山」の闘いとなる。

【プロフィル】石平 せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、日本国籍を取得。

産経ニュース【石平のChina Watch】2016.1.28

2016年01月29日

◆仏教を共産党のためだけ に使う国

櫻井よしこ


チベット亡命政府首相、ロブサン・センゲ氏の話は思いがけない内容だった。チベット、つまり、中国に併合され土地も資源も奪われて今日に至るチベット自治区では、漢民族に破壊された寺院の修復が進みチベット仏教が静かに着実に復活しつつあるというのだ。

センゲ氏は1月9日から13日まで、首相として2度目の訪日を果たしたが、状況の苦しさとは対照的に意気盛んだった。

「年間、2000人から3000人のチベット人が中国から私たちのいる北部インド、ダラムサラの亡命政府の下に逃れてきます。僧、尼僧、一般のチベット人など様々です。

私たちは彼らを迎え、僧にはチベット仏教をより深く教え、世俗の人々にも同様にチベットの文化、伝統、価値観を教えます。彼らはダラムサラでチベット人であることの意味を深く体得すると思います。こうしてチベット人の自覚を深めた彼らがまた中国に戻っているのです」
 
なぜ戻るのか。逮捕されれば長い長い拷問の日々、苦しみ、最悪の場合、死が待ち受ける。センゲ氏が答えた。

「漢民族はチベット仏教の寺院の95%、6000余りを破壊し尽くしました。残された寺院は毛沢東語録の学びの場とされ、監視カメラが設置されています。漢人がチベット人の心の支えであるチベット仏教を破壊しようとしている現状に立ち向かうために、ダラムサラから中国に戻ったチベット人は寺の再建に取り組むのです」
 
センゲ氏はこれまでに僧、尼僧3万人、一般のチベット人も合わせると9万人が中国に戻ったと語る。だが、このことを国際社会に発信して中国共産党が知れば、ただでさえ苛酷なチベット人の状況はさらに悪化するのではないか。私の懸念に氏はこう応じた。

「すでに漢民族・共産党政権はこれ以上ないほどの非人間的な弾圧をしています。あらゆる手段で彼らは私たちを苦しめ、死に追い込んでいます。それでも私たちは平和的反撃を続けています。チベット人は絶対に諦めません」
 
北京五輪の開かれた2008年、チベット全土で若者たちが一斉に抗議運動に立ち上がった。それから足かけ9年、彼らはあらゆる弾圧に耐え、諦めることなく今日も闘い続けている。

「チベットの若者の精神的基盤はしっかりしています。立派な若者が多く育っています。チベット仏教の歴史は2500年、中国共産党はわずか100年です。私たちはこれからさらに2500年続き、必ず共産党に勝利します」
 
チベット人がチベット人として生きることのできる日が来るまでチベットを応援したいと私は切望する。その一方、中国共産党を侮ってはならないとも実感する。中国は仏教の力を十分に理解し、どの国よりも巧みに政治利用してきた。センゲ氏の警告である。

「中国は『世界仏教徒連盟』(The World Fellowship of Buddhists)を長年中国の影響力増大に利用してきました。有力な僧たちを中国に招き、歓待し、親中派に育てるのです。僧たちは母国でいざというときに影響力を発揮します。そのような国が約50もあります」
 
国内では仏教徒のチベット人を殺害、弾圧しながら海外の仏教徒を歓待して手なずける。道義的には最低だが、政治戦略としての効果は絶大だ。仏教国のインドや日本が仏教の力にあまり刮目しない中で、宗教を認めない共産主義中国は仏教の利用に余念がない。
 
センゲ氏の問題提起もあり、日印両国もようやく3年前から「国際仏教会議」を開催。仏教再興を目指し、仏教圏諸国の関係を深める試みを始めた。どちらが真の仏教信奉国か、仏教を真に人類の幸福につなげることのできるのは中国共産党か、日印両国か、私たちは明確に示さなければならない局面にある。それにしても中国の致命的欠陥は、その優れた戦略観を共産党の幸福のためだけに使うことではある。

『週刊ダイヤモンド』 2016年1月23日号  新世紀の風をおこす 
オピニオン縦横無尽 1117
                  (松本市:久保田 康文)

◆天皇と「般若波羅蜜多心経」

大江 洋三


理系の解析力は素晴らしい。

数学出身の小室直樹氏著「日本人のための宗教言論」に拠ると、仏教経典は釈迦入滅後、数百年にわたり積み重なった膨大なお教である。ここら辺りが旧約書系の宗教(キリスト教、イスラム教、ユダヤ教)とは異なる。

膨大だから、部分として抜き取ると浄土宗などキリスト教と重なる部分がある。ただし、宗教は個人救済を目的としているから重なるのは当たり前である。

薬師寺の坊主殿から教わった話では、「般若波羅蜜多心経」は日本仏教の共通テキストだそうだ。266文字しかないから仏教を凝縮したテキストに相当する。

ただし、ウイキペディアに拠ると浄土真宗、日蓮宗、法華宗はこのテキストを用いない。それでも必携みたいな存在である。坊主以外に保持している方が多いし、事実、筆者も持っている。という訳で「色即是空空即是色」に格闘した男子は多いと思われる。因みに、我が家は浄土真宗である。

回りを正確に記すと「空空不異色色即空空即是色」
空(から)念仏は止めて、小室氏の空の解釈の「まとめ」を紹介すると下

記の通りである。ただし、仏教の碩学・故中村元博士の引用からなる。

「空は有でもなければ無でもない。それと同時に、有でもあり無でもある。有と無とを超えて、これらを統合している。「有」と「無」とは「結ぶ」ことによって、たちまち自由に変換されるものである」ここまで来ると、数学のゼロ(0)を思い起こす人も多いだろう。
事実、ゼロも空と同様インドで発見された概念である。数学者の藤原正彦氏によると、数直線を用いて「概念ゼロの可視化」をしたのはドイツの紀元後の大数学者ガウスである。

数直線によると、ゼロはマイナス数とプラス数を結ぶ場であり、どちらにも属さない。

同じくガウスによれば、ゼロは実数と虚数を繋ぐ場であり、どちらにも属さない。

(虚数iの平方はー1)

そうすると、ゼロは「ど真ん中」のことになる。
暇人と思われるだろうが、般若心経から空の文字を数えてみた。すると、たったの6文字しかない。圧倒的に多いのが「無」で21字もある。因みに「有」は2文字しかない。

羯諦(ギャテイ)が最後の行に4ケ所も出てくる。辞書に拠ると「羯」の旁(つくり)部は「厳しく求める」「止めを刺す」になる。

一喝の意味もあるから、羯諦は「有」を諦めるのは当たり前、「無」まで徹底的に諦めよとなる。そうすると、空は「悟り」或いは「涅槃」のことで、ど真ん中を指すと思考する。

かなり前、林秀臣氏の講義を得て、ストンと府に落ちた事柄ある。「天皇陛下のご存在は具体的存在。天皇は概念であって常に在り続ける存在」

現行憲法でも、天皇は国民統合の象徴である。つまり天皇という概念の存
在をもって各種の人が日本国民として繋がる。

そうすると、天皇は現実世界の空なる存在ということになる。

おそらく、未来では随神(かむながら)神道は仏教やキリスト教と同じくイスラム教も成り立たせるだろう。

小室氏は、マックス・ヴェーバーの説を借りて、大きく言えば「宗教=生活習慣の素」と述べている。

宗教は、年月をかけて地域風土に土着すものである。土着の素は何か?再考を要するところである。

日本共産党は頭の良い集団にも拘わらず「ゼロ」を理解していないようである。

◆ロシアは今も昔も「暗殺国家」

平井 修一



「荘子」に、「有機械者必有機事 有機事者必有機心」(機械あるものは必ず機事あり 機事あるものは必ず機心あり)という言葉がある。

新漢和中辞典によれば――

機械:仕掛けのある器具、兵器の総称、いつわり、たくらみ機事:機密の事柄、秘密、巧みに偽ること、機心:偽りたくらむ心、はかりごとをめぐらす心

日本語にすれば「企みがあれば秘密がある。秘密があれば謀略がある」といった意味だろう。

水面下で諜報活動をし、時には謀略をめぐらしたり、暗殺もするのが諜報機関だ。どこの国の諜報機関も絶対に表に出せない裏仕事をしているはずだが、暗殺はロシアの得意技だ。

プーチンはKGBのスパイだった。どう見ても「人を殺した人の顔」で、不気味である。産経ロンドン支局の岡部伸記者は20年ほど前にロシア情報機関から脅されたという。

産経新聞1/22「元露スパイ毒殺事件 猛毒は核閉鎖都市で製造…暗殺国家の闇浮き彫り 戦慄の報告書」から。

<ロシアの「毒殺」は小説より奇なり−。2006年に元ロシア連邦保安庁(FSB)中佐、リトビネンコ氏(当時43歳)が暗殺された事件の真相を解明する英国の独立調査委員会(公聴会)が最終報告書でロシア政府の関与の可能性を示し、リトビネンコ氏のほかにポロニウム210で毒殺された人物を特定したことなどからロシアが政敵をいとも簡単に毒殺する「暗殺国家」であることを改めて裏付けた。(ロンドン 岡部伸)

■ボルシチに睡眠薬

プーチン大統領が毒殺を「承認した可能性が高い」とする英国の調査委員会の結論に妥当性があると判断した。筆者自身、モスクワ特派員時代にロシア情報機関から飲食物に睡眠薬を混入された経験があるからだ。

赴任して間もない1997年4月か5月ごろ、投宿したサンクトペテルブルクのホテルでルームサービスのボルシチを取って食べたところ、衣服を着たまま熟睡してしまい、翌朝起きると財布の中から、米ドル札だけが抜き取られていた。

パスポートやルーブル札は残っていた。不審に思い、外務省の知人に相談すると、しばらくしてロシア情報機関から次のような回答が来たと伝えてくれた。

「あなたの行動をずっと見張っている。今回はそのことを知らす警告だ」

入り口の鍵とチェーンロッカーはかけていた。連中はボルシチに睡眠薬を混入して眠らせた上で、コネクティングルームの隣から侵入したようだった。薬物をいとも簡単に混入させ相手を意のままに操ろうとするロシア国家の本質を垣間見て背筋が寒くなった。

■凶器 ポロニウム210

今回のリトビネンコ氏暗殺事件では、睡眠薬ではなく致死に至る放射性物質、ポロニウム210が使用されていたが、報告書でロシア政府関与の可能性が高い根拠としたのが、ポロニウム210の入手ルートだった。

サセックス大学のドムベイ名誉教授の研究成果から、殺害の「凶器」ポロニウム210は、大変レアで致死量を製造できるのは核兵器を製造するロシア西部の核閉鎖都市で、ロシア政府の管理下で製造されたことを突き止めた。

しかも事前テストとして2004年にロシア南西部ボルゴグラードで収監していたチェチェンの反体制活動家のイスラモフ氏ら2人にもポロニウム210を飲ませ、殺害していた。

さらにモスクワからロンドンにポロニウム210を3回持ち込み、事件があった約1カ月前の6年10月にもリトビネンコ氏はポロニウム210を盛られた可能性が高いと指摘した。

そこでポロニウム210を製造、使用できるロシア政府が殺害に関わった可能性が高いと結論づけた。

■毒殺の伝統

ロシアでは毒物によって暗殺する伝統がある。古くは暗殺者たちを生み出す原点となった帝政ロシア末期に、人心を乱すとして怪僧ラスプーチンに青酸カリを飲ませ、殺害を試みたことはよく知られている。

そしてロシア革命の父、レーニンが1917年の10月革命後、政敵に対するテロ暗殺のために設立した国家保安委員会(KGB)の前身である「チェカー」(秘密警察組織の通称)の毒物研究が発端となり、ジェルジンスキーらが裁判なしに反革命派を逮捕・処刑、最後の皇帝ニコライ2世一家殺害にも関与した。

78年、ロンドンでブルガリアの反体制活動家が傘の先に仕掛けられた猛毒、リシンによって殺害された。KGBの対外防諜局長で米国に亡命したオレグ・カルーギンが、亡命先でKGBの犯行であったことを暴露している。

スターリン時代に規模が拡大され、ソ連崩壊後はFSBが研究を引き継いだ。ロシア西部サロフの国家施設アヴァンガルド・プラントで開発された放射性物質ポロニウム210は最新の「凶器」といえる。サロフは、旧ソ連時代には「アルザマス16」の名前で呼ばれていた秘密核兵器開発都市だ。

■動機 モスクワアパート連続爆破事件

報告書は暗殺の動機を「FSBの腐敗を告発するなど、リトビネンコ氏はロシアに多くの敵を作った」とした。

具体的には99年に300人の死者を出したモスクワアパート連続爆破事件の “内幕”を暴露したことにあり、背景にプーチン氏とリトビネンコ氏の浅からぬ因縁があったと指摘した。

プーチン氏が、第2次チェチェン戦争の引き金となったアパート連続爆破事件を契機に絶大な権力を握るようになったのは有名だ。

リトビネンコ氏は98年11月、政商ベレゾフスキー氏の暗殺を命じられながら、その命令を内部告発して逮捕された。その上司であるFSB長官がプーチン氏だった。リトビネンコ氏は無罪となるが、翌年再逮捕され、再び釈放され2000年に家族を連れて英国に亡命した。 

ロンドンでリトビネンコ氏は、モスクワの一連のアパート爆破事件とプーチン氏の大統領就任を結びつける告発本「ロシア爆発。内からのテロ」を出版する。アパート爆破事件はチェチェンの犯行と決めつけたプーチン氏はそれを理由にチェチェン弾圧を行い、国民から圧倒的な支持を得た。病弱なエリツィン大統領(当時)はプーチン氏を後継者に指名、99年12月に引退。チェチェン平定を果たしたプーチン氏は2000年3月大統領選挙で圧
勝する。

権力を掌握したチェチェン弾圧とそのきっかけとなったアパート爆破事件が、チェチェンのテロリストの犯行ではなくFSBのプーチン勢力による自作自演だったとリトビネンコ氏は内部告発したことがプーチン氏の逆鱗に触れたと報告書は分析している。

報復と見せしめの可能性が強い。リトビネンコ氏自身は、死のベッドで書いた遺書で、プーチンとFSBにやられたと記している。

リトビネンコ氏と連絡を取り、FSB関与疑惑を調査した野党のユシェンコフ下院議員は2003年4月、射殺されている。

また次期大統領候補といわれたレベジ元安保会議書記もアパート連続爆破事件は「治安機関が関与している疑いがある」と発言して、ヘリコプターが突然墜落する不審な事故で死亡している。

99年にモスクワに赴任していた筆者も第二次チェチェン戦争の引き金となったアパート連続爆破事件がチェチェンのテロと結論付けることに疑念を抱いたことを覚えている。あまりにも証拠に乏しく唐突に思えたからだ。ロシアの暗殺を巡る闇は深い。

*ポロニウム210 ポーランド出身のノーベル物理・化学賞受賞のキュリー夫人が1898年に発見した放射性物質。ポーランドのラテン語が語源になっている。強い放射線を出すとされ、放射性元素の中で最も有毒とされている。

*リトビネンコ事件 プーチン政権を批判していたFSB元幹部のアレクサンドル・リトビネンコ氏が2006年11月、亡命先のロンドンで急に体調を崩して死亡。体内から放射性物質ポロニウム210が検出され、毒殺されたことが判明した。

英検察当局は翌07年5月、ロンドンでリトビネンコ氏と接触した旧ソ連国家保安委員会(KGB)元職員の実業家、ルゴボイ容疑者の犯行と断定したが、ロシア政府は身柄の引き渡しを拒否している>(以上)

いやはや、まるで早川ミステリーの世界だ。諜報員は血も涙もない冷血漢という感じだが、「正義と思えば何でもできる」のが人間だからターゲットを冷静に殺すのだろう。邪魔者は殺せ。

支那も伝統的に毒殺が好きだ。主人と賓客が宴会で大皿からとって食べるのは「毒は入っていませんよ」というメッセージだったという。習近平は会議でお茶に毒を盛られるのを恐れていた。

盗聴したり、盗聴されたり、殺したり、殺されたり。政治・外交の世界は表裏の乖離がすさまじい。「真実は闇の中」、ヒラリーが国務長官時代に起きた米領事館襲撃事件(ベンガジ事件、2012年9月)も闇の中か。それとも・・・(2016/1/24)

    
          

◆甘利辞任に思うこと

〜 嗜(し)欲(よく)喜怒(きど)の情、賢愚皆同じ!〜
 
浅野 勝人 <(社)安保政策研究会理事長>



「貞観十年、太宗、侍臣に謂(い)いて曰く、帝王の業、草創と守文と孰(いず)れが難き、」と「事を起こして成就させることと、出来上がった体制を維持していくこととどちらが難しいか」という唐2代目の名君・太宗の問いは、中国古典の名著「貞(じょう)観(がん)政要」の存在を知らない人でも聞いたことのある問答です。

 ちなみに貞観政要とは、中国史上、理想的な統治が行われ、後世の模範とされた唐の皇帝・太宗の「貞観の治」を硬骨の史家・呉競が書き記した歴史書です。洋の東西で優れた「リーダー学」の書として重宝されてきました。

 この中に「嗜(し)欲(よく)喜怒(きど)の情は、賢愚皆同じ」(7章)という魏(ぎ)徴(ちょう)(諌(かん)議(ぎ)大夫(たいふ) = 皇帝特別補佐官)のことばがあります。

たしなみ 好む心。喜んだり、悲しんだりする心は、賢者も愚者も変わりありませんと言っています。違うのは「賢者は能(よ)く之を節して、度に過ぎしめず、愚者は之を縦(ほしいまま)にして、多く所を失うに至る」という点だけですと教えています。

山本七平は、著書「帝王学―貞観政要の読み方」の中で、この言葉を解説して、
  
私(山本七平)は、収賄事件を耳にするたびに魏徴のこの言葉を思い出す。というのは収賄者の中に、日々の生活に困っている人は、新聞などで見る限り皆無だからである。
 
それもそのはず、賄賂をとれるのは、とれる位置にいるからであり、そうゆう位置にいる人は、必ず相当な収入があるからである。そうゆう権力・権限をもちうる位置まで昇れる人は、愚者であるはずがない。
ものすごい競争に勝って一流大学に入り、さらにむずかしい試験を通って国家公務員、一流会社の会社員、大学の教授となった人たちが「愚」であることはあり得ない。だが、そうゆう人が、さまざまな事件を起こして新聞紙上に登場する。
 
医大の教授が、権限に絡んで500万円受け取ったの、そのうちいくらかは返したのといった事などは、まことに不思議な話だといえる。教授の月給は決して少なくはない。さらに、聞くところによれば、特別診療による別途の収入のある人もいるという。どう考えても、生活に困っているとは思えない。そして大学の医科を出た人は、みな秀才すなわち「賢者」のはずである。

こんなことを思うと、魏徴の言葉は、まさにその通りだなと思わざるを得ない。

ものすごい競争に勝って権力・権限をもちうる位置についたという部分を、「激烈な選挙戦を勝ち抜いて国会議員になり、さらに熾烈な競争に競り勝って閣僚になった」と読み替えたら、政治家に当てはまる。


とりわけ、甘利大臣の場合は、近年、国際社会のため、国益のために優れた成果を残した超ド級の政治家です。TPPの調印式には出席したかったという発言は、痛いほどわかります。
50万円で全てを失い、ポスト安倍の総裁レースからも脱落してしまいました。
それが人間なのでしょうか。「まことに人間とは、何とも奇妙な動物だと言わざるを得ないという気がして来る」(山本七平)

私のような元職の立場でなくても、切ない思いのする方は少なくないでしょう。

もっと大切なことを付言しますと、
「これは、常に自戒の言葉とすべきであろう。とはいえ、人間は他人のことは正しく批評できても、自分のこととなるとわからなくなるものである」という教えです。

私もそのうちの一人と自覚はしていますが、ホントに大丈夫かどうか甚だ心もとない気がします。
(2016/1月28日、元内閣官房副長官)