平井 修一
■1月7日(木)、朝は室温14度、快晴。ここしばらく好天だが、そろそろお湿りが欲しい感じだ。まあ、勝手な言い草だが。
散歩はいつもと逆に下流(東)方面へ。1年振りくらいに「緑化セター」を散策した。ここは犬は入れないので自然に行かなくなったのだが、犬亡き今は入れるのがちょっと寂しい。
小生が子供の頃、ここは農業試験場で、豚の品種改良もしており、ときどき巨大な豚を見に行ったものだ。「巨大なハム」という感じで迫力満点だった。
緑化センターは今の時期だと花は極端に少ない。水仙、花キャベツ、葉ボタン、ロウバイ、スミレ、寒ツバキ、サザンカなど。黄色のロウバイは旬でとても美しかった。温室ではシクラメンやハイビスカス、アッサムなどが咲いていた。
緑化センターで作業をしているのはシルバー人材センターから派遣されたヂイヂだろう、皆おっとりして行儀がいい。挨拶を交わす。半分は暇つぶしかもしれない。
帰路に街の花壇を覗いたら菜の花がぽつぽつと咲いていた。お花畑とは程遠いが・・・日本呆送協会、それとも疱瘡教会か。
古森義久氏の論考「NHK解説委員の歪んだテロ観 原因は『貧困と較差』のみ?」(Japan In-depth 1/5)から。
<NHKの解説委員たちはテロリズムの原因はすべて「貧困と格差」にあると断じていた。無差別の大量殺戮が目前で起きていても、その残虐な犯罪行為を単なる経済問題としてしかみないのだ。
テロをめぐる事実関係をみても、国際的常識をみても、まったく現実から遊離し、テロの危険性をみない点では逆に危険な認識である。
1月5日の午前零時すぎからのNHKテレビ「時論公論」という番組をみていて、こんな実感を禁じえなかった。国内政治や国際問題に経験を積んできたというベテランの解説委員4人が並んで、2016年の内外の課題を語る番組だった。
その番組でパリで起きたイスラム過激派テロ組織IS(イスラム国)の無差別大量殺人行為などについてNHK解説委員たちは次のような発言をしていたのだ。
「貧困と格差をなくさない限り、テロリストはなくならない」
「ISを潰してもまた別のテロ組織が出てくるだけ」
「いわゆるテロとの戦いは軍事だけであってはならない」
「日本でも社会の貧困と格差がテロリストを生み出すのだ」
「日本は島国だが、ホームグロウン(自国育ち)のテロリストが貧困と格差で生まれる」
「先進国と他の諸国の経済格差をなくさないと、テロが増える」
以上のような解説を島田敏男氏という委員が中心になって繰り返していた。テロのその解説には「イスラム」「過激派」「イデオロギー」「宗教」「殺戮」「暴力」などというテロリズムの核心に関する言葉や概念はまったく出てこなかった。
すべて「貧困と格差」がテロの原因であり、その経済問題に対処することがテロ対策のすべてであるかのように語るのだった。
大規模な無差別殺人と戦うことさえにも否定的な言辞を浴びせる。これは偽善を通り越しての、暴力の助長の犯罪に近い態度に思えるのである>(以上)
まあ、NHKも所詮中2レベルだし、宗教に触れると問題視される恐れもあるから上記のようなトンデモ痴呆番組になったのだろうが、解説委員のオツムのレベルが相当低いことはよく分かった。
9.11テロを指揮したビンラディンは富豪の息子だったし、実行犯も貧困や格差とは無縁だった。そう言えば去年の今日はシャルリー・エブド襲撃事件が起きた。
昨秋11月のパリ無差別乱射テロや12月の米国サンバーナディーノ乱射テロでも、テロリストと「貧困と格差」の因果関係は不明だ。ジハーディ・ジョンことモハメド・エムワジはロンドンのウエストミンスター大卒だ。
要はイスラム聖戦主義に洗脳された者の蛮行だということで、財布や所得とはまったく関係ないのではないか。
世界銀行は2015年10月、国際貧困ラインを1日1.90ドルと設定したが、それによると貧困層は2015年は7億200万人(世界人口の9.6%)と予測している。
「貧困と格差」がテロリストを産むのなら中共では数億人がテロリストになっているだろう。あり得ない話だ。オームのテロリストは皆インテリだった。「貧困と格差」ではなく、皆、洗脳されてテロに及んだのだ。
こういう事実をNHK解説者が知らないのならただの無知蒙昧、知っていて「不都合な真実」に触れないのなら嘘つきである。いずれにしてもろくでもない人々だ。
■1月8日(金)、朝は室温18度(2歳女児が夜泣きした際に居間に連れてきて暖房を入れたようだ)、快晴、ハーフ散歩。
中共はダッチロールしている。「新華網北京1月8日 上海証券取引所、深セン証券取引所、中国金融先物取引所は7日夜、市場の安定維持のため、中国証券監督管理委員会(証監会)の承認を得て、8日から指数サーキットブレーカー制を一時中止すると発表した」。
朝令暮改。1/4〜1/7のたった4日間でお仕舞。末期症状だ。EUも黄昏を迎えつつある。
川口マーン惠美氏著『ヨーロッパから民主主義が消える 難民・テロ・甦る国境』(PHP新書)より(衆知1/5)。
<「ギリシャをEUから追い出すって? そんなことができるわけないよ。僕たちがヨーロッパなんだから」
デフォルトの危機に襲われていた最中、ギリシャではそんなジョークが流行ったという。
ヨーロッパという言葉は、古代ギリシャの女性、エウロペからきている。彼女を手に入れたくなったゼウスは、白い牡牛に変身して近寄っていく。
牡牛とエウロペはクレタ島に向かったが、その前にあちこちを駆け回り、その場所がのちにヨーロッパといわれるようになったとか。クレタ島でエウロペは、ゼウスの息子を3人産んだ。
EUの通貨である2ユーロ硬貨の裏側は、各国が自由にデザインできるが、ギリシャのそれは、エウロペを背に乗せた牡牛の絵だ。そこには、ギリシャのプライドが輝いている。
もっとも、ギリシャこそがヨーロッパの源だという認識は、たんにギリシャ人だけのものではなく、西ヨーロッパ人に共通の認識でもある。ドイツのギムナジウムの国語の授業では、ギリシャ悲劇が扱われる。
ギリシャは、哲学、数学の祖ともいえる人物を輩出している。政治家はさらに多く、ここで民主主義が起こった。「デモクラシー」という言葉は、古代ギリシャが衰えるとまもなく衆愚政治と同義語になっていったというが、それでも今日考えられるなかではいちばんよい政体だ。ギリシャは、いろいろな意味でヨーロッパ文化の礎なのである。
そのギリシャの抱える問題が膨らんでいくにつれ、EU全体の亀裂がどんどん浮き彫りになっていったのはまことに興味深い。ギリシャの金融危機は、EUの内包する根源的な問題が表出するための「一つのきっかけ」であったのか。だとすれば、その根源的な問題とは何だろう?
1981年、ギリシャはEC(欧州共同体)に加盟した。ユーロ加盟は2001年だ。その際、巧みな粉飾があったことは、いまでは皆が知っている。ただ当時、誰も何も知らなかったとは思えない。感づいてはいたが、ヨーロッパの祖であり、民主主義の本家であるギリシャをECに加えたいばかりに、みてみぬ振りをしたのではないか。
忘れてはならないのは、冷戦下において、ギリシャは南欧を共産主義の伸長から防衛する重要な砦であったことだ。当時、ギリシャの隣国は、ことごとく社会主義を標榜していた。
同時にギリシャはイスラム文化圏に対する防潮堤でもあった。1453年から1829年までオスマン帝国に乗っ取られていたこの国が、再びイスラムに引き摺られるなどあってはならない。そのためには、全面的に支援するほかはなかったのだろう。ギリシャの攻防は、十字軍の意地の再現ともいえる。
こうして1981年、ギリシャの加盟によって、ECはようやく「ヨーロッパ」としての体裁を整えたのであった。
1993年、ECはEU(欧州連合)となった。その目的はいうまでもなく、ヨーロッパの統合だ。彼らは祝福されたヨーロッパを信じた。「ヨーロッパは1つ」という言葉には、夢想的な響きがある。
しかしいま、そのEUは緊張と絶望にさいなまれている。ヨーロッパに民主主義の理想郷をつくるという夢は、かなり色褪せてきた。しかも、夢が壊れる引き金となったのが民主主義の元祖ギリシャであったのは、何とも皮肉なことである。
そのギリシャを何とかEUに留めようと、厳しい財政規律と構造改革を求めたドイツは、態度が高圧的であるとして嫌われてしまった。押し寄せる難民に対処すべく「EUの連帯」を打ち出すドイツに対しても、他のEUの国々の反発が強まっている。
とくにEUの弱小国は2011年、流れ着くアフリカ難民のあまりの多さに困り抜いたイタリアがEUに向かってSOSを出したとき、「イタリアに来た難民の保護はイタリアの義務だ」と冷たく突き放したドイツのことを忘れていない。
彼らにしてみれば、「ドイツにEUの連帯などといわれたくはない」というのが本音なのである。
そのうえ、フランス人歴史学者エマニュエル・トッドは「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる」といい、ギリシャでは「第四帝国」が口の端に上る。戦後民主主義の優等生として生きてきたドイツがそう評されることに、30余年、ドイツに住んできた私は複雑な思いにとらわれる。
そこにフォルクスワーゲンの不正ソフト問題が重なり、フランスで起きたテロ事件が拍車をかけた。難民にまぎれてテロリストが潜入する可能性は、以前より問題視されていたが、それを無視するかのように、無制限でシリア難民を受け入れていたのがドイツだった。盤石だったはずのドイツの足元は揺れている。
いまヨーロッパで起こっているのは、共産主義にも匹敵する人類最大の社会実験がガラガラと崩れていく事態である。テロ、難民、財政問題、そしてナショナリズム……ドイツは、そしてEUは現在どうなっているのか、なぜその矛盾は解消されないのか、民主主義はこれからどう進化していくのか。
それは私たち日本人にとって決して「対岸の火事」ではない。ますますグローバル化が進むなかで移民問題や自由貿易の問題など、日本とヨーロッパが直面する課題は本質的に似通っているからである。
ドイツの苦境やフランスの矛盾が指し示すことは何か。それは日本にとって貴重な学びになると同時に、自国の強みをも教えてくれるにちがいないだろう>(以上)
ヨーロッパの悲劇・・・涙腺が緩みそうな文章だ。理想に燃えて始まった壮大な実験が30余年、準備段階を含めれば50余年を経て、今、失敗の瀬戸際に追い詰められている。
「お花畑のリベラルの現実認識の甘さが危機の根源だ、所詮、無理だったのだ」とは思うが、気の毒ではある。国家主権の象徴である通貨政策と国境管理をなくしたのが失敗のもとだった。
小生は「心の道標(みちしるべ)教団」の開祖だが、唯一の信者の犬が逝ってしまったから開祖しかいない。教義の最初はこうだ。
<古人曰く「人を見たら泥棒と思え」。それくらい警戒し、正しく憎悪し、しっかり備えよ。性善説は嘘である。性悪説こそが正しい。殺人事件の被害者のほとんどは知人に殺された。友を徒につくるな、友を選べ。東ローマ帝国はキリスト教を容認して消滅した。宗教は怪しい、しっかり警戒を>
EUは難民流入という「侵略」に慌てふためいている。自ら種を蒔いた禍だ。目の前でソ連が崩壊したにもかかわらず、アカ=共産主義者(社会主義者も社会民主主義者も看板が違うだけ)は「ユーロ・コミュニズム」なんて信じている。ほとんど暗愚だ。その延長がEU。
アカの妄想が生んだEUは、難民流入などで今、つぶれる寸前だ。牧師の娘のメルケル以外はしっかりガードルをつけ始めた。バカはつぶれる、レイプされる、ドイツを見よ、難民が暴れまくっている(注)。警戒心を持ってしっかり備えた国は生き残る。
「大衆扇動罪」で自由な言論を圧殺してきたドイツはブレーキが効かないからお仕舞だろう。イスラムに乗っ取られた「第四帝国」で完璧に消滅する。自業自得。己のバカさ加減を悔いるがいい。
注)追記:川口氏によるとこうだ。
<大晦日の深夜、ケルンの中央駅周辺で、1000人以上の若い男性が暴徒と化し、大勢で若い女性を囲んでは、性的嫌がらせ、暴行、そして貴重品やスマホの強奪に及んだ。性的嫌がらせに関しては、触るなどという域は越え、スカートや下着を剥ぎ取るなど、常軌を逸した蛮行が多発したという。強姦の被害届も出ている。
6日の時点で被害届は100件を超えた。被害者の女性の証言では、加害者はドイツ語を話さず、アラブ、もしくは北アフリカ出身と思われる容貌の若い男性で、ほとんどが酒に酔った状態だった>
ドイツのマスコミはアカに乗っ取られているから、この事件はほとんど報道されていないという。1/1に一紙だけがオンライン版で報じたのみだったという。
http://www.rundschau-online.de/home/15184882,15184882.html警察も動きが鈍い。難民非難はタブーなのだ。難民受け入れを煽ってきたマスコミは不都合な真実を「報道しない自由」で黙殺した。沖縄のマスコミそっくり。腐れ切っている。
■1月9日(土)、朝は室温12度、ちょっと冷える、快晴、ハーフ散歩。
現役の頃、帰宅時に新宿小田急デパ地下で刺身はよく買ったが、小生はデパートは「モノはいいが、値段もいい」、分不相応と敬遠してきた。自宅近くに高島屋があるが、20年ほど行っていない。ファッションにも興味がないし、大体、買い物自体が嫌いなのだ。
デパートの不振は昔から続いている。斜陽から復活できるのか。
大西洋(ひろし)三越伊勢丹ホールディングス社長の論考「なぜ、百貨店は衰退したか?」(ダイヤモンドオンライン1/4)から。
<日本の小売業全体では約140兆円の売上規模がある。うち百貨店の売上高は約6.2兆円で、全体の4.4%にすぎない。バブル経済が崩壊する前の1990年頃は、10兆円近くの売上高と6%のシェアがあった。まさに「衰退の四半世紀」であったのだ。
これだけ百貨店が駄目になっていることへの危機感がなさ過ぎるのではないか。長い歴史の上にあぐらをかき、変革というマインドが本当に乏しいのではないか。経営改革に必死に取り組んでいる三越伊勢丹でさえ、「どうしてこれほど保守的でいられるのだろう」と不思議に思うほど体質が改まらない。
かつては経営判断の一つの基準として「55%攻撃論」があった。新事業に挑むとき、成功の確率が55%あれば、残りの45%の失敗リスクがあっても果敢に攻め込もうという考え方だ。しかし現実には、それが実行できていない。
私自身は、「30%攻撃論」を標榜するが、尻込みされるケースが多く、嘆息が絶えない。もちろんこれは経営者である私自身の責任だが、このままでは三越伊勢丹は、世の中から退出命令を下されると思えるほどスピード感が乏しい。
百貨店は自らリスクを取る商売をしてこなかった側面もある。例えば商品の仕入れでも、普通の商売ならば自分のお金で買い取り、それに付加価値を付けて売る。
百貨店にもそのような仕入れ(買取仕入)はある。しかし一方では、販売を委託され、一定期間を経過すると返品できる「委託仕入」や、商品が売れた時点で仕入れがなされたと処理する「消化仕入」などが長い慣行としてある。つまり百貨店は、在庫リスクを取ることも、保管責任を果たすこともない仕入れの形態を維持できたのだ。
またテナントに売り場を貸す仕組みもある。これなどはまさに不動産業だ。利益率は低くてもとりあえずは赤字にはならない。
こうした慣行を続けるなかで、百貨店はいつしか戦うマインドを失い、新たなる挑戦にも及び腰になってしまった。
生き残りのポイントとなるのは、どれだけ独自性と絶対的な価値を提供できるかだ。今ほど、百貨店が扱う商品の価値と価格のバランスが崩れている時代はない。
それはユニクロと比べてみるとはっきりとする。小売業では、商品の仕入れ価格と販売価格の差が「売上総利益」になり、そこから営業経費を差し引くと「営業利益」になる。三越伊勢丹グループの売上高に対する売上総利益の割合は27.9%、売上高に対する営業利益の割合は2.6%だ。一方ユニクロを展開するファーストリテイリングのそれは50.4%と9.7%。
ユニクロは、価格が安いから売れているのではない。商品の価値と価格のバランスが取れているから消費者の支持を受けているのだ。そして自ら品づくりを行い、リスクを負いながらムダのないサプライチェーンを構築しているので利益率も高い。
三越伊勢丹が、今のような状態を放置すれば、小売業界で戦い続ける基礎体力もなくしてしまうだろう。
小売業としての戦いでの最大の敵はeコマースだ。現在の売上規模は15兆円を超え、シェアも10%を超えた。アメリカではeコマースのシェアは3割に達している。日本でもアメリカ並みのシェアを獲得するとしたら、少なくとも20兆円ぐらいはリアルな店舗から減っていくことになる。
eコマース以外にもコンビニがあり、セレクトショップや専門店がある。コンビニはすでにお中元やお歳暮などのギフト、またお節料理なども当たり前のように扱っている。消費者のニーズを徹底して汲み上げ、飽くなきまでに商品改良を続けている。それはセレクトショップや専門店も同じだ。
こうなると、どこが競合であるかという話ではなくなる。自分たちが提案する環境や空間、そして商品を、お客さまにどれだけ高く評価していただけるものにできるか。自分たちできちんと提案していけるかという問題だ。
日本橋本店のリモデルでは新しいお客さまの獲得が命題になる。つまりリモデルは、新しいお客さまに向けてメッセージを発信できる店への転換を図ろうとするものだ。
日本橋本店は、特異な立地条件にある。日本でもビジネス街の中心にある百貨店は珍しい。20〜40代の若い勤め人が多い街にもかかわらず、そのポテンシャルを有効に開拓できないで来た。
リモデルは、壊すものと新しく創るものを明確にして実行しなければ絶対にうまくいかない。中途半端なリモデルが成功したためしはない。「3割のお客さまは来てくださらなくても結構です。でも3割の新しいお客さまに来ていただきます」。それぐらいの覚悟がないとリモデルは成功しない。
だから今のお客さまが「え、日本橋の三越って、こんな風になっちゃたの」と反発され、離反していく。それぐらいのことをやらないと変われないのだ。
従来はロイヤルティーの高いお客さまからどうしても離れられず、そこばかり見てやってきたから伸びなかった。だから断固としてやるしかないの
である>(以上)
伊勢丹出身の同僚が「デパートは女の園だから社内恋愛が盛んだ、倉庫で乳繰り合ったりする」と言っていた。三越事件という醜聞もあったっけ。
小生も美人の三越ガールといい感じになったことがあるが、美人過ぎる、妖艶過ぎる、人生を誤るだろうと避けたものだ。「毛を見てせざるは勇なきなり」「君子仰向けに近寄らず」という感じ。
これはユニクロが躍進する以前のバブルの頃の話で、デパートは今は恋愛どころじゃない、生き残りで必死だろう。どこの業界もそうだが、イノベーション、オンリーワン、世界最先端を目指さないと置いてけ堀になってしまう。
せめて8勝7敗、毎年勝ち越さないと客から見離される。不景気なデパートでは買い物をしてもらえない。三越の包装紙はバリューが(多分今でも)あるが、潰れそうだなどとなったら「縁起が悪い」となってしまう。
2005年頃に三越本店の車寄せにいたら、運転手つきの高級車で老齢の夫人が次から次へと訪れていた。金持というのはいるんだなあと大いに感心したものだ。
少子高齢化でこういうお得意様は天国か介護施設に行ってしまう。若者を開拓するしかないわけだ。消費は「一人十色」でTPOに従うのが常だ。普段着はユニクロでも、イザという時は三越で勝負服をオーダーしようとか。いいものであれば高くても買うという若者は少なくない。
「大西洋」いい名前だ。Atlantic Ocean。語源はギリシア神話に登場する神アトラスである。「支える者」の意だ。縁起がいい。訪日客向けに市中空港型免税店の出店にも意欲を見せている。三越伊勢丹のチャレンジ成功を祈る。(2016/1/9)