2016年01月12日

◆安倍首相への敢えての苦言

池田 元彦
 


安倍首相は、戦後歴代首相中高く評価されるべき総理だ。議員立法を30件以上も成立させた田中角栄も流石だが、第1次内閣1年間で戦後歴代自民党内閣が放置してきたGHQの恣意的、反日的主要法令を次々に改訂し、徐々にGHQの悪巧みを是正してきたのは、驚異に値する。

憲法改正手続き具体化の国民投票法、現日本国憲法の欠陥を意識した旧教育基本法・学校教育法・教育改革関連3法の改訂、日本防衛力強化の為の防衛庁・省昇格法、不祥事多発の国民年金行政の日本年金機構(移管)法・国民年金法改正等々、戦後放置・山積みのゴミ掃除をした。

第2次内閣以降の3年間は異次元緩和、大幅財政出動による円安・株高誘導とデフレマインドの払拭、特定秘密保護法、安保法制諸法、国家安全保障会議(日本版NSC)等の諸施策、民主党の原発ゼロから原発推進への転換、五輪招致成功等に加え外交活動も目覚しい程の奮戦だ。

外交音痴・無能のオバマ米国を含め就任以来訪問国(地域)は3年間で63ヶ国、延数では毎年30ヶ国訪問した。日本の国威高揚、友好国増強、ビジネス拡大に邁進した。米国議会での演説で日本軽視オバマ政権を劇的に反転させ、70年談話も含め世界に日米同盟を強固ならしめた。

しかし経済面、特に消費税増税をデフレ段階での再度実施は絶対に避けるべきだ。一般論の増税自体は必要と考えるが、デフレ未離脱の段階ではデフレへの逆戻・逆効果だ。積上げた経済活性化努力が台無しだ。3%値上は失敗だった。現時点では追加2%は絶対にすべきではない。

黒田日銀総裁を選び、三橋清貴、田村秀男氏等の信頼すべき提言が身近にあったのに、竹中前大臣や財務省の詭弁に、これ以上誑かされてはならない。消費増税でも景気の落込みは「軽微」とした伊藤隆敏、吉川洋、土居丈朗や武田洋子のような無責任評論家厚顔無恥、反省もない。

給与値上要請は善いが、契約・派遣社員を増やすのは将来の日本に禍根を残す。この政策は竹中前大臣のマヤカシ国際基準政策ではないか。米国社会の一部富裕層への富の偏在は将来の社会崩壊に繋がる。契約社員では安心して仕事が出来ない。企業への貢献意識が生まれない。

女性の社会進出も米国の押付だ。30年程前米国勤務したが、日本比女性管理職が多く、彼女達に働く理由を尋ねたら、多くは生活水準維持を第1に挙げた。GDP反映がなくとも出産家事育児は古来より女性の最適役割で母性は幼児生育に必須の要素だ。男性が必ずしも代替し得ない。

出生率向上を言うなら、妊婦・母親の負担軽減施策が第1で、働く母の保育所増設等はその次だ。外国人等の労働力増強でのGDP維持は本末転倒だ。共産理論の破綻理由の1つは技術革新による1人当りの労働生産性の向上ではないか。安易な外国人大量導入は災禍を招くだけだ。

今回の日韓合意は大いに問題だ。妥協や10億円出資だけなら政治判断と許容出来るが、「軍の関与を認め」「謝罪し」「10億円を出資する」なら「強制連行を認めた」と世界は、中韓のみならず世界は喜ぶ。

共同コミュニケがなければ単なる口約束に過ぎない。既に約束反故が見え隠れする。

ならば首相は党内を説得してでも河野洋平を国会に召喚し、事実解明に尽力すべきだ。また韓国の日韓合意の履行が確認出来るまで、一切出資すべきでない。そもそもが韓国側の事情、有りもしない言掛り、告口外交、慰安婦像25カ所設置迄されての、不愉快な政治的決断ではないか。

安倍首相には後5年間でGHQの痕跡を是非一掃頂きたいが為、敢えて苦言を申し上げる。


       

◆「アジアの声」は日本の戦いを高く評価

井上 和彦


いま中国が仕掛けている歴史戦、韓国が仕掛けてくる歴史戦、皆さん頭にきますでしょう。でも、韓国や中国の批判で歴史に注目することで、日本の本当の姿がわかってくるという部分がある。これからお話することは、恐らく学校や、あるいは戦後の教育のなかで教えられてこなかったことです。

まずはタイですが、過去には日本と一緒に第二次世界大戦を戦った同盟国です。だから8月15日に「アジアの声が-」などというなら、タイは(その批判勢力 から)省かなければならない。タイ駐屯軍司令官だった中村明人中将は、戦争10年後の昭和30年にタイに赴き、空港で大歓迎を受けている。“侵略”したら、こんなに歓迎されるのではありえない。

 シンガポールでは

またシンガポールでは、山下奉文将軍率いる部隊が55日間で1100キロを進撃し陥落させた。その山下将軍の等身大の像が、シンガポールのセントーサ島の博 物館にある。“侵略”されたはずのシンガポールにあるのです。

山下将軍は日本軍戦没者慰霊碑を建てただけでなく、敵兵を弔うために全高約13メートルともいわれる巨大な十字架を建てたが、こうしたことはシンガポール の中学校の歴史教科書にも載っているのです。こうなるとシンガポールも、日本を非 難する「アジアの声」から省かないといけない。

 モディ首相が感謝

マレー半島のF機関については知らない人も多いが、兵庫県出身の藤原 岩一少佐が率いた組織です。藤原少佐は戦後、陸上自衛隊の第1師団長を務めた方で す。F機関は戦争中、英国の植民地政策に反対するインド人を集めた「インド国民軍」 の創設に大きな役割を果たしました。

一昨年9月、インドのモディ首相が来日して安倍首相と会談しました が、その翌日の、とある会談がインドで大ニュースとなりました。モディ首相は、日本 とともに英国と戦ったインド独立の英雄チャンドラ・ボースの同僚であった三角佐一 郎氏と面会し、ひざまずいて手を握ったのです。

またフィリピンでは、画家のダニエル・ディソンさんという方が「神風特別攻撃隊」について、自らの命を犠牲にしてアジアのために戦ったと高く評価し ています。

彼は「カミカゼは白人の横暴に対する最後の抵抗だった」といいます。

 飛虎将軍廟

台湾では「飛虎将軍廟」という神社があり、台湾沖航空戦で敵戦闘機に体当たりして散った操縦士の杉浦茂峰兵曹長を神様として祀っている。台湾の南端、 高雄市の東方工商専科学校では、現在も教育勅語を教育に取り入れています。

インドネシアでもオランダの約350年にわたる植民地統治を日本軍が終 わらせ、PETA(郷土防衛義勇軍)を作った。国立英雄墓地には、第2次大戦終結後 もインドネシアに残り、独立のために戦った日本兵も葬られています。

 第1次大戦の「戦勝国」

最後に地中海のマルタ共和国。第1次大戦の際、連合国の一員としてマルタ島に派遣された日本海軍の第2特務艦隊は、連合国客船などの護衛任務で連合国 から高い評価を得た。

特にドイツ潜水艦の雷撃で英国客船「トランシルヴァニア」が 撃沈された際は、同艦隊の駆逐艦「榊」が僚艦とともに約3000人の英国将兵を救助し ました。

国王ジョージ5世はこのことを英国国会で聞き、国会では日本語で「バンザ イ」の三唱が起きたといいます。

「榊」はこの後、ドイツ潜水艦の攻撃を受け、艦長以下59人が戦死します。その方々を祀った石碑がマルタ島にあります。

第1次大戦で日本は戦勝国だったということを忘れてはならない。皆さん、平成30年、2018年は第1次大戦の戦勝100周年です。そのときに、われわれは戦 勝国だった、われわれは世界の秩序と人種平等を訴えた最初の国であるということ を言って出ればいいのです。

産経ニュース【井上和彦氏講演会詳報】2016.1.10
                 

(採録:松本市 久保田 康文)

◆必要な歴史の学び直しと冷 静な反論

櫻井よしこ


韓国の憲法裁判所が2015(平成27)年12月23日、1965(昭和40)年の日韓基本条約にう請求権協定で、韓国人の個人請求権も含めて「完全かつ最終的に解決された」と定めたことは違憲だとする訴えを却下した。
 
却下の理由は請求権協定の内容は「合憲だ」と認めたからではない。訴え自体が法的要件を満たしていない、手続きに問題ありとする却下である。
 
結果、当面の摩擦は緩和されるかもしれないが、対日賠償請求が蒸し返される可能性がある。韓国の最高裁判所は3年前に元徴用工の個人請求権を認めており、日本企業に賠償を命ずる判決も続いている。
 
朝鮮半島の徴用工について、「日本がひどい扱いをした」というイメージが日本人の間にも存在する。だが事実は必ずしもそうではない。日本人が知っておくべきこうしたことを佐谷正幸氏が教えてくれる。
 
氏は32(昭和7)年、福岡県飯塚市に生まれ、九州大学工学部採鉱学科を卒業し、三菱鉱業(現在の三菱マテリアル)に勤めた。幼友達にも朝鮮の子供たちが いて、朝鮮人労働者が日本人労働者と一緒に働いた炭鉱問題を研究してきた。2015年 6月19日の

「日本時事評論」誌上で語っている。

 ・「三菱飯塚炭鉱史」には、42(昭和17)年当時、定住労務者の確保は朝 鮮人による
しかないと記されており、石炭増産は朝鮮半島出身者に依存していた。

 ・会社は、労務者に長期に働いてもらうために社宅を整備し、給料も日本 人と同等に
支払っていた。

 ・詳細な記録が残っている明治赤池炭鉱の45(昭和20)年1月から5月まで の労務月報によると、力仕事である炭鉱夫の日当は5カ月平均で、内地人(日本人)が4円65銭、朝鮮人が4円66銭だった。わずかだが朝鮮人の方が高く、事実上同等だった。

 ・技術を要する仕操夫は日本人が4円64銭、朝鮮人が4円40銭だった。1日 に24銭の差
があるが、これは新参の朝鮮人の技能が未熟だったためと思われる。

 ・44(昭和19)年の九州一帯の炭鉱では、日当に各種手当が加算された。 結果として月収は150円から180円、勤務成績の良い労働者は200円から300円も取る ケースもあった。

 ・当時の巡査の初任給は月額40円、事務系の大学卒業者は75円だった。上 等兵以下の兵隊の平均俸給は10円弱だった。比較すれば朝鮮人労務者の給与は悪くない。
 
日本が彼らを搾取し続けたという非難はこうした基礎的情報では根拠を欠く。佐谷氏は、当時の炭鉱の所長の話を紹介してこうも語っている。

 ・労務者が死亡した場合は、会社は遺骨を朝鮮の遺族に届け、扶助料と弔 慰金も渡して「戦死者と同様の扱い」をした。
 
現場に基づく生の情報を知ってみれば、日本人が朝鮮人をひどい目に遭わせたという負のイメージはかなり修正されるのではないか。事実をもって語らしめる ことが大事であるゆえんだ。
 
日本の高齢者は、いまこそそうした記憶を次の世代やそのまた次の世代に伝え、実像に近い歴史観を若い世代が抱けるようにすべき時だ。なぜなら来年も再来 年も、中韓両国は必ず熾烈な「歴史戦」を日本に仕掛けてくるからだ。中国はすでに 「日本の蛮行」は「歴史の定説」だと繰り返し表明している。

彼らの挑戦に、日本側 が事実をもって冷静に反論できるように、歴史の学び直しと戦争の記憶を持つ世代 の導きが必要な局面である。 同時に私たちは事実に対して謙虚でもありたい例えば幾つかの炭鉱では朝鮮人労務者の死亡率がかなり高かったという統計もある。こうした負の側面も含め て歴史を論ずることが隣国のむちゃな主張を退ける賢い道である。

『週刊ダイヤモンド』 2016年1月9日号 新世紀の風をおこす オピニオ
ン縦横無尽1115 
                (採録:松本市 久保田 康文)


     

◆北は中共瀋陽軍区のカイライ!?

平井 修一



政策提言委員/拓殖大学海外事情研究所教授・澁谷司の論考「北朝鮮の『水爆』実験をめぐる疑問」(日本戦略研究フォーラム1/8)は小生にとっては新しい発見があった。こうだ。

<朝鮮半島研究者は、しばしば中国をひとまとめにして論じる傾向がある。中国が“一枚岩”という認識である。けれども、現在の「太子党」中心の現習近平政権と「上海閥」の瀋陽軍区(同軍区は、近い将来、北京軍区と合併して「東北戦区」となる予定)は分けて考える必要があるのではないか。

金正恩第一書記が、いくら“好き勝手”を行っても、北京が経済制裁を行えないのは、ひとえに瀋陽軍区が金正恩体制を支えているからに他ならない。「水爆」実験後、中朝間で国境は閉鎖されることもなく、普段通りの交易が行われている。

ひょっとして、今回、北の「水爆」実験は瀋陽軍区が金正恩に命じてやらせたのではないか。なぜなら、目下、習近平政権が実施している人民解放軍「改編」に不満を持つ将軍らが多いからである。

特に、瀋陽軍区には徐才厚(制服組トップ)が君臨していたが、2014年に失脚した(翌15年3月、北京の病院で死亡)。同軍区は、その不満から金正恩を使って「水爆」実験を行い、習近平政権に揺さぶりをかけても不思議ではないだろう(実際、徐才厚が失脚する寸前の14年3月、瀋陽軍区ではクーデター未遂事件が発生している)。

周知のように、2013年12月、金正恩は叔父の張成沢を処刑した。張成沢は北京政府に近く、金正日の長男 金正男を正恩の代わりに北のトップへ据えようと企てたからである。

一方、2015年10月、労働党創建70周年の際、習近平政権は、「共青団」の李源潮国家副主席を北へ派遣する予定だった。ところが、金正恩はそれを断り、「上海閥」の劉雲山(党内序列5位)を指名している。いかに、金正恩が「上海閥」に近いかがうかがわれよう>(以上)

北のバックに江沢民・上海閥の瀋陽軍区あり!? 瀋陽軍区は中ロ国境及び中朝国境など中国の東北の守りを固めている。ネットで調べると――

<戦車、ミサイル、歩兵から構成される機械化軍団は一個軍が約十万人だが、人民解放軍がもつ5個軍のうち個軍が瀋陽軍区に配備されている。

瀋陽軍区は金正日政権以来、北朝鮮を軍事的、政治的、経済的に援助してきていて、北朝鮮は北京政府ではなく瀋陽軍区のコントロール下に置かれている。

北朝鮮がしばしば行なう軍事パレードで登場するミサイルや戦車などのほとんどは瀋陽軍区からのレンタルだとも言われている。

北朝鮮が準備している核実験も、瀋陽軍区の幹部が指導して進めている。北朝鮮が核兵器を持つならば、それは実態としては瀋陽軍区の核保有である。

瀋陽軍区の有する戦力は他の大軍区に比べて格段に大きいから、瀋陽軍区が反乱を起こしたとき、中央政府は対抗できない>(「NAVERまとめ」など)

北は40万人の中共最精鋭部隊のカイライ・・・これが本当であれば習近平が北への制裁で何もできない理由、北が習近平を恐れない理由、国際的な経済制裁にも平気な理由、金正日から金正恩へ政権がスムースにバトンタッチした理由が分かる。

北が中共瀋陽軍区のカイライであれば、瀋陽軍区の“仮想敵”である北京政府(当時は胡錦涛主席)が金を出して作った中朝国境の橋「新鴨緑江大橋」が北による無期限開通延期で放置されている理由も分かる。瀋陽軍区が北京に「俺の縄張りに手を出すな」と脅しているのだろう。

9月の習近平の軍事パレードで上海閥の親玉、江沢民がはしゃいで、習が元気がなかった理由も分かる。習は軍を把握できていない。「瀋陽軍区は習近平の命令など聞かない」と2014年1月に中島孝志氏は著書「中国と韓国、北朝鮮の動きが15分でわかる本」に書いている。

習が進めている軍事制度改革は習による軍の把握を進めるためだが、瀋陽軍区は頑強に抵抗するだろう。北の唐突な「水爆実験」は瀋陽軍区による習への脅しかもしれない。(2016/1/10)

◆木津川だより 古代大和への玄関港(泉津)

白井 繁夫


京都と奈良をむすぶ国道24号線の「木津川に架かる橋(泉大橋)」を挟んで、北岸(山城町側)の西100m下流に「泉橋寺」があります。

この寺院は、天平時代の「高僧行基」が建立した五畿内49院の1院と云われています。当時は(天平12年)、「泉橋院」と称して七堂伽藍を有した大寺院でした。

当寺院は、「行基」によって架けられた大橋を守護、管理し、もともと平城京や大仏殿等の造営用の木材などの搬入中に不慮の事故や、水難等に遭遇し死亡した人々の供養を執り行っていた寺院でした。しかし平重衡の乱、元弘の乱等により焼失して仕舞ったのです。

現在の寺院は、境内に光明皇后(聖武天皇の皇后)の遺髪を御祀りする為に建立したと云われる重文の五輪塔を残すのみで、往時の隆盛を極めた面影などは留めておりません。

当寺院の門前に、石造の地蔵としては日本一大きい高さ4.58mの地蔵石仏があります。
この石仏建立には永仁3年(1295)から13年の歳月がかかり、1308年に地蔵堂が上棟され、般若寺の真円が願主となり供養されました。しかし、ここも応仁の乱による被災で、文明3年(1471)地蔵堂が焼失し、石仏も同じく焼損しました。

現在の石仏は元禄3年(1690)に頭部と両腕が補修されましたが、「露座」のままです。

その「露座のお地蔵」さんですが、人々の信仰心は厚く今も綿々と受け継がれています。穏やかで、慈愛に満ちた石仏を朝夕礼拝し、境内の雑草などを黙々と除去している近隣の人の姿を見かけると、私自身日頃の喧噪など忘れ、心が洗われ、安らかで穏やかな気持ちになります。

さて、ここから山背古道(やましろこどう)に沿って「泉大橋」を渡ると、「行基」に関する説話のある南岸(木津町)の「大智寺」へ通じます。

「大智寺」は、泉大橋の西側(下流側)にあり、西大寺中興の祖:叡尊(弘安年間1278−88)が創立した真言律宗西大寺の末寺でした。

当寺院の重文の本尊『文殊菩薩』に関する伝承ですが、天平13年(741)に「行基」が泉川に架けた泉大橋が、正応元年(1288)についに流れ落ちました。その後、「行基」の泉大橋より200m余下流に、西大寺の「慈真」(当寺院の開基.1307年)が橋を架けましたが、元の橋柱が一本残りました。

その橋柱が水中で不思議な光を発するということで、「慈真」の薦めでこの橋柱から仏像を刻んだのです。その仏像が本尊の文殊菩薩坐像(鎌倉時代の作)であり、脇役の十一面観音立像(当寺院より古い平安時代後期)も、重文に指定されています。

この寺院は、たびたび霊験を現わした橋柱を刻んだ仏像を安置するため伽藍を建立して
文保2年(1316)「橋柱寺」と称して落慶供養をしました。その後、後水尾天皇の皇后:東福門院の下賜により、寛文9年(1669)「本寂」が再興した時、「大智寺」と改名しています。

さて、「大智寺」の伽藍(京都府登録有形文化財)のお話をしましょう。

境内は西方の山門から入ると参道正面に本堂、北側に鐘楼堂、本堂の北側から渡り廊下で庫裏を南面に配置した小規模な構成です。その他に本堂の前に石灯篭、東側に十三重塔があり、南山城地方で江戸中期(寛文期)の伽藍がこれだけ残っているのは貴重だと云われています。

『当本堂に安置されている重文の文殊菩薩などを拝観する場合は、安福寺本堂の阿弥陀如来(平重衡の引導仏)同様、其々の寺院に拝観希望日時等を申し込んでおいてください』。

ところで、山門を辞して木津川の西(下流)へ徒歩数分で次の目的地、和泉式部の墓に着きます。

和泉式部の墓は全国各地に有りますが、京都市の誠心院が一番有名です。しかしその墓も絶対的な極め手は無いと云われています。

和泉式部の名前は、父(越前守大江雅到)の官職と、夫(和泉守橘道貞)の任国から付けたと云われていますが、ここの地は昔から泉郷と呼ばれる『古代(記紀の物語)よりイズミ(伊杼美イドミ→伊豆美→泉)と云われる』ことに関連して、彼女はここの小さな御堂で尼となって晩年を過ごしたと云われているのです。

他方、中世の木津和泉守の墓とも云われています。真偽のほどはわかりませんが、彼女の人柄を慕い墓は、今も大事に守られています。和泉式部は平安時代中期の代表的な歌人として、清少納言.紫式部とともに並び称せられています。

また一方では、冷泉天皇の皇子、為(ため)尊(たか)親王(しんのう)や敦(あつ)道(みち)親王(しんのう)との恋愛など当時の女性としては才色兼備な人でした。彼女は素晴らしい女性と私は思いますが、一般的には評価が二分していると思われています。
 
古代泉津の中津道の起点近く、木津川に沿った式部の墓で彼女の恋愛経験の物語『和泉式部日記』と、元気に活躍していた時代の歌集『和泉式部集』を思いながら、(式部の真の墓は日本のどこに有り、彼女の生没などいまだに判明していませんが)本当に何歳で亡くなられたのかなあと、つい考え込んでしまいます。

次回は「古代大和の玄関港(泉津)から大和への道の下津道起点周辺を散策」して見ようと思っています。     (郷土愛好家)


2016年01月11日

◆新聞「紙」の時代は終わりに

平井 修一




先日、正午過ぎに床屋へ行ったが、小生を含めて65〜70歳ほどのヂイヂ4人が順番待ちをしていた。本棚にはスポーツ紙、週刊ポスト、週刊フライデー、週刊ゴルフダイジェスト、自動車の月刊誌、ラーメン店や居酒屋のムックなどが並んでいたが、それらに手を出していたのは小生のみだった。

70歳あたりの人はひたすら眠っていた。夜も十分に寝ているだろうに、よく眠るものだと唖然とした。67歳あたりの人は何もせずにいるが退屈そうではない。瞑想しているのか。65歳あたりで小生と同年配のような人はスマホをじーっと見ていた。

活字離れというより、「紙」離れという方が正確だろう。出版物も斜陽だ。孫たちは絵本よりもDVDでアニメを見る方が多い。デジタルの時代、ネットの時代なのだ。

磯山友幸氏の論考『なんと総計1000万部減!新聞はやっぱり「消えるメディア」なのか?』(現代ビジネス1/6)はそんな小生の思いを裏付けていた。以下要旨。

<*読売新聞が丸ごと消えたのと同じ

日本の新聞の凋落が止まらない。日本新聞協会が集計した2015年10月時点での新聞の総発行部数(一般紙とスポーツ紙の合計)は4424万部と1年前に比べて111万部も減少した。

ピークは1997年の5376万部だったから、18年で950万部減ったことになる。日本最大の発行部数を誇る読売新聞が一紙丸ごと消えたのと同じ減少である。

部数の減少はまさに「つるべ落とし」だ。2000年から2005年までの5年間の減少部数は114万部だったが、2005年から2010年の5年間では324万部、2010年から2015年の5年では508万部も減った。

今年中に、ピークから1000万部減になるのは確実だが、下げ止まる気配はまったくみえない。

なぜ、新聞が読まれなくなったのか。改めて言うまでもないが、人々の情報の取り方に劇的な変化が起きたことが大きい。新聞の「紙」という優位性がインターネットの登場によって急速に失われていったのだ。

新聞がピークを付けた翌年の1998年に米グーグルが設立され、2002年にはブログが急拡大、2006年ごろからツイッターやフェイスブックといったSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が急速に普及した。

このころから新聞の発行部数の急落が始まったのは決して偶然ではない。

2010年以降、スマートフォンが普及し始めると、新聞の部数減少の傾向に拍車がかかった。ここで「紙」を上回る利便性を持った「ツール」が登場したとみていいだろう。ツールがどんどん進化し続ける中で、新聞の優位性はどんどん後退しているのだ。

筆者が2011年に新聞社を辞めて、ジャーナリストとして自立するのを決めた時、前述のような時代の大変化を頭では考えていた。組織ではなく個人でも戦える時代が来そうだと感じていたのだ。だが実際には、思っていた以上の変化のスピードである。

新聞は今までの形では到底生き残れないところまで変化が進んでいる。

この5年の間に、世界の新聞業界では、紙を廃止するところがいくつも出てきた。紙を止めてネットに特化するわけである。あるいは、紙に掲載する情報を、紙が読者に届くよりも前に、ネットの流すのは当たり前になってきている。いわゆるネットファーストだ。

情報の受け手の視点に立てば、しごく当たり前のことだ。

ある日本の新聞社で、紙を廃止すべきだと思うかというアンケートを現場の記者らに取ったのだという。結果は「廃止すべき」が過半を占めたらしい。だが問題は、それで経営が成り立つかどうかだ。

日本の新聞も電子新聞を始めているが、新聞とデジタルの併用が原則で、デジタルだけの場合も紙の新聞と遜色ない代金を取っている。課金さえできれば、紙からデジタルに切り替え可能だとみるのは早計だ。

新聞事業の場合、収入は購読料だけではない。ほぼそれに匹敵する規模の広告料収入を得ている。紙の新聞に全面広告を出せば1回1000万円は下らない広告料がかかる。ところがデジタルになると広告料金は劇的に低い。

つまり、紙からデジタルにシフトした場合、広告収入が激減してしまうのだ。また、紙を止めてデジタルだけにした場合、購読料も現状の水準を維持できるかどうか微妙だ。

新聞の総発行部数の減少は今後もさらに大きくなる可能性が高い。スマートフォンの進化などデバイスの利便性が高まり、紙からのシフトが一段と進むことも大きい。

加えて日本の場合、新聞の熱心な読者であり続けた「団塊の世代」が、ついに新聞を読まなくなる時が近づいている。ここでの紙の新聞へのニーズの変化はこれまでになく大きいものになるだろう。

昨年末、新聞業界は消費税率を引き上げる際の軽減税率の対象に、新聞を含めるよう大合唱した。だが、今後も部数が激減していく新聞代の消費税をオマケしてもらっても、それで新聞業が復活するわけではない。

情報を求めるという人々の欲求に変化がない限り、情報を伝達するメディアの存在意義は失われない。間違いなく、新しい時代に即した、より便利な形のツールが生まれてくる。2016年は新しい形のメディアが生まれてくる年になるかもしれない。

本来ならば500年の栄光の歴史を持つ新聞が知恵を絞る時なのだが、どうもそうした動きにはなっていない。衰退産業である新聞社どうしが買収・合併しても、残念ながら新しい形は生まれない>(以上)

「新聞紙」のニーズがなくなることはないだろうが、部数減は止めようもない。広告料は1部1円が相場で、900万部なら全面広告で900万円、700万部なら700万円、調べたら部数の少ない産経は240万円だった。これらは建値で、実際は値引きされる。

部数がどんどん減れば広告料も低くなる。購読料も減る。多くの記者と内外の取材拠点を必要とする「新聞紙」ビジネスはそのうち成り立たなくなる。

報道や解説記事、評論などのニーズは不変だが、1万部だろうが900万部だろうがネタのコストはそれほど変わらない。

ネット併用、あるいはネットに特化しても課金は難しい。世界で成功しているのは数社しかないのではないか。元ブンヤとしては「新聞紙」への愛着はあるが、加速度的な衰退は止まらない。

大型コンピュータはパソコン(PC)にとって代わられた。PCは今スマホなどにとって代わられつつある。わが娘2人もPCを持っていない。プリント発注などで必要な時には小生のPCを使っている。子供は3人とも新聞を購読していない。時代の流れには抗い得ない。

世界の新聞界は新しいビジネスモデルを創れないでいる。恐竜のように亡びるのだろう。(2016/1/9)


           

◆重慶市長に金融界の注目集まる

宮崎 正弘 


<平成28年(2016)1月10 日(日曜日)弐 通算第4777号 >

 〜黄奇帆(重慶市長)に金融界の注目集まる
  次期中央銀行総裁とみられた肖剛が株暴落で更迭〜
 
習近平がことし最初の視察地は重慶特別市だった。視察に陪席したのは黄奇帆市長だった。

重慶は全土がGDP失速に悩むおりに、GDP成長率11%を記録している。

重慶はかつて習近平最大の政敵だった薄煕来が書記を務め、失脚後のリリーフをしばし張徳江が勤めたが、団派のライジングスター孫政才に替わった。

この孫の下で重慶市長兼党委員会副書記が黄奇帆である。

黄奇帆はもともと上海人脈に属するとされ、江蘇省紹興生まれ、1990年に上海の浦東開発プロジェクトで弁公室副主任に任ぜられ、以後18年間を上海の経済開発に尽くした。

2001年に重慶副市長に転出し、当時の重慶書記は賀国強だったが、2010年から市長、党委員会副書記となり、中央政治局員でもある。

薄護来騒ぎのおりは、副市長のひとり、王立軍が成都のアメリカ領事館へ亡命をもとめて逃げ込んだとき、タフな交渉人として説得に当たった。

上海株式暴落、人民元崩落で中国経済は失速中。なかでも責任を取らされて、まもなく更迭の噂がでているのが「三会」のトップ肖剛である。

肖剛は、次期中央銀行総裁とみられていたが、予期せぬ伏兵で出世を棒に振らされそう。代わりに三会トップに就任しそうなのが、この黄奇帆というわけだ。

「三会」とは証券、保険、銀行の監査を担当する機構で、証監会、銀監会、保監会のみっつを総称する。GDP11%達成の推進役を果たした黄奇帆に、この金融方面での辣腕を期待するのも中国共産党中枢にほかに人材がいないからだろう。

しかし黄奇帆現在63才、第19回党大会で、政治局入りできるか、どうかは微妙な年齢でもある。

      

◆盛り上がらぬ台湾の選挙

Andy Chang



あと10日で台湾の総統と立法院議員の選挙投票が行われる。いよいよラストスパートとなったが、どうも選挙気分が盛り上がらない。

総統選挙は民進党の蔡英文がダントツで国民党の朱立倫と大幅な違いがあるので当選確実と言われているが、総統よりも立法院(国会)の選挙が大切で、民進党が過半数を取らなければレイムダック総統となる。今のところ立法委員選挙はまさに群雄割拠で、誰が勝つのか全く予測がつかない。

民進党が過半数を取れなくても台湾意識の強固な野党と合作すれば過半数は取れる。ところが選挙では民進党と野党が選挙で対立する状況も見られる。

一方、國民黨は過半数をとれないばかりか重要法案で拒否権を発揮できる3分の1も疑問視されている。これまで国民党は濁水渓以北と東部台湾で圧倒的に強かったがヒマワリ学生運動と2年前の選挙で惨敗したあと北部台湾でも勢力の衰えがみられるようになり、最
近では台北市と新北市でも優勢とは言えなくなった。

新竹と桃園でも国民党候補者の苦戦が報じられている。もともと国民党の勢力が強かった台中市はすでに陥落したと言われ、彰化県、苗栗県も苦戦している。

●群雄割拠の原因は政治不信

台湾には200以上の政党がある。今回の総統選挙で比例代表政党は5つあるが、立法委員選挙には29の政党候補者が名乗りを上げている。国民党と民進黨の2大政党時代は多数政党の戦国時代に取って代わられた。

選挙が群雄割拠の状態となった原因は政治不信にある。つまり国民党も民進黨も信用しない、しかも民間の主義主張が一致しないからたくさんの政党が出現したのである。

民衆は民進党の勝利に期待するのではなく、独立意識の強い第3党、第4党が国会に参加して影響力を発揮することである。つまり民進党は人気がない。民進党の議員も蔡英文も「国民党よりまし」だけ、人民が期待する政治改革は独立志向の強い野党議員に頼るほかはない。

もともと国民党と民進黨が共同で小選挙区比例代表制を導入したのは小政党を潰して国民党と民進黨の二大政党で政治を牛耳るためだった。この数年の間に200余りの政党が成立した理由は人民が国民党も民進党も信用しないからである。

国民党は無能で馬英九の8年執政は経済衰退が顕著になり、馬英九は中国との統一を推進してきた。民進党も党員が中国に投資し、新潮流派は親中路線を推進してきた。台湾人民は中台統一に反対で独立志向が強いから国民党に反対、民進党も信用しない。

人民は何を望んでいるのかというと、独立建国、反中国である。この理想を満足させれない民進党に不満である。四年前に蔡英文が、「台湾=中華民国、中華民国=台湾」、「中台統一も一つの選択肢」と述べたことで人民は大反対した。今回は台湾=中華民国と言わな
くなったが人民は忘れていない。

●台湾人には選択肢がない

台湾人には選択肢がない。反中国であっても中国の脅威を防ぐにはアメリカの傘に頼るしかない、しかもアメリカは台湾の戦略的位置の重要性を熟知していながら中国と事を構える気はない。オバマはこの8年のあいだ兵力を削減し、中東から撤退し、中国や北朝鮮、
南シナ海などでも口先ばかりで中国に軽く見られている。

アメリカは台湾に現状維持を強要するから、いくら台湾独立を叫んでも中国も反対、アメリカも反対、蔡英文だけでなく誰が総統になっても現状維持しかない。だが蔡英文、民進黨が政権を取れば少しずつ独立を推進していく可能性がある。早急に独立ではない。

蔡英文が台湾=中華民国と言ったから蔡英文候補に反対を叫んでも結果は国民党に有利なマイナス効果しかない。総統選挙で台湾人は国民党に反対だから民進党を選ぶしかない。民進党には蔡英文の外にリーダーはいない。蔡英文に投票するしか選択肢がない。

アメリカも中国も独立反対だから選挙で民進党が政権を取り、国会で過半数を制し、公民投票法や憲法改正などの法改正を一つずつ進め、理想の正名制憲は数年後になる。オバマが引退し、共和党が政権を取れば中国の覇権進出を抑えるだろう。ヒラリーが当選したら
中国がアジアの覇者となる。

その代り立法委員選挙では独立志向の強い政治家が当選して民進党と國民黨に圧力をかけるしかない。これが多くの政党が立法委員選挙に立候補するわけである。

●ヒマワリ学生と台湾独立党

立法委員の選挙区では民進党とヒマワリ学生、民進党と独立台湾党と民進党が当選を争う区域も出てきて、民進黨が単独で過半数を制するのは困難になった。

國民黨は過半数を取れないだけでなく3分の1も取れなくなる恐れも出てきた。また、台聯党や新党、親民党などの古い小政党はヒマワリ学生の立ち上げた時代力量党に負けて泡沫政党となる可能性がある。立法委員選挙は予測が難しいが結果が台湾の将来に大きく影
響すると思われる。

つまり台湾の将来は人民が主体で民進党と共に建設していくべきである。民進党を批判しても利益は無く、国民党の復興を助けるばかりだから冷静に結果を見守るだけである。


◆怠惰な国民性も「日本統治のせい」だと

野口 裕之



「日本人だけは必ず絶滅させなければならぬ」と書いた韓国人記者 怠惰な国民性も「日本統治のせい」だと…

近所に「すぐ激高し、何でも他人のせいにする、プライドだけは異様に高い」一家と、「バレるウソをついても顔色一つ変えず、自らが町内一偉いと信じて疑わず、他家の敷地にわがもの顔で家を建てる」一家の、2家族が住んでいたなら、一刻も早く引っ越したいと願うはず。しかし、国家は引っ越せない。

■「怠惰な国民にさせた」

《…地球上で必ず絶滅させなければならぬ唯一の民族だと再確認している》

最初は斜め読みしたので、ドイツ総統アドルフ・ヒトラー(1889〜1945年)のユダヤ人絶滅宣言だと思ったら、冒頭に《日本人だけは…》とあった。マトモではないと感じたら、韓国のニュースサイト《デイリージャーナル》の編集委員だった。

《倹約の美風を奪い、怠惰な国民にさせた》のも、日本統治の結果、だとか。真に誇り高い民族は、自らを卑しめるこの種の言葉は決して口にしない。

皇室への暴言も平気で、島根県・竹島を《日本領と主張するのは帝国主義を放棄していないためで、日本はサルのように卑怯な国家だ。東日本大震災に続き、富士山を中心にもう1度天罰が下る》と書ける、常人とは異なる神経を持つ。ジャーナリスト?にしては表現力も乏しい。

直情径行で品性を欠く姿は、キレて暴走する不良少年のようだが、落ち着き払って壮大なウソをつく、老獪な長者気取りの方が格段に警戒が必要だ。例えば、2015年12月開催の《世界インターネット大会》での演説。

「サイバー攻撃やネットを悪用したテロ活動は全世界の害悪に成っている/各国とネット犯罪を取り締まる司法協力メカニズムを整え、ネット空間の平和と安全を守る」

声の主はまさしく「被害者」に違いない。サイバー攻撃対策で「世界の守護神」を宣言してもいる。2016年に伊勢志摩サミット(主要国首脳会議)、20年に東京五輪パラリンピックを控えるわが国としては大歓迎すべき、実に頼もしい発言だ。

が、声の主は「加害者」にして「世界の疫病神」。そう、中国の習近平・国家主席(62)である。米連邦職員&元職員2150万人の個人情報と数千億円分の米企業秘密をハッキングした、史上最大の巨大窃盗事件の主犯が「どの口」で? もはや「この口」が発する言葉は真偽の判定が不可能だ。

■中国もウソまみれが伝統

15年11月には西アフリカ・マリで起きた襲撃で中国人3人が殺されたテロに「残虐行為を強烈に非難する/罪のない命を奪うテロ活動を断固として打ち砕き、世界の平和と安寧を守る」だって。

新疆ウイグルやチベットの少数民族虐殺は「残虐」ではないのか? 民主主義者や法輪功・キリスト教などの宗教信者への弾圧・拷問で「罪のない命」を奪ってはいないのか? 東シナ海や南シナ海での侵略行為は「世界の平和と安寧」を乱しているのではないのか? 

ウソまみれは伝統文化。新興一族が王朝を武力で倒す《易性革命》の繰り返しをたどれば明らかだ。新興王朝の最初の大仕事は歴史の改竄で、自分の王朝の正当性を羅列し悪政を隠すべく、前王朝の歴史を徹底的に悪者として書き残し、都合の悪い歴史は《稗史》として葬るのだ。

もっとも、ウソまみれを説明するため王朝時代に遡る必要もなく、中国建国以降で十分ではないか。支那事変初期の1937年、大日本帝國陸軍が中国人30万人を殺したと“南京大虐殺”をでっち上げた。南京の人口は当時20万人程度。中国人は「緻密なウソ」が苦手なようだ。1989年の《天安門事件》も然り。

2015年11月20日は胡耀邦・総書記生誕100周年だった。経済・政治改革を目指し、民主化運動にも理解が有った胡は失脚させられ、共産党の腐敗に抗議し1989年、憤死を遂げた。

胡を悼み天安門広場に献花に訪れた学生・人民を、党指導部は「動乱」と決めつけ、人民解放軍の発砲などで殺戮する。米政府は死者1万454人を含む死傷者4万人との情報を入手したが、共産党の発表は死者319人。

少なく粉飾したつもりだろうが、民主主義国家で319人を殺せば政権崩壊につながる。《反腐敗運動》の美名の下、反対派を粛清している習氏にしても、一族・一派は汚れ、腐り果てている。中国社会で真実を見付ける努力はかくも難しい。

■空しく響く憲法前文

ここで日本国憲法前文の一部をお復習(さら)いしたい。

《日本国民は、恒久の平和を念願し》ても、中国は望まない。従って《平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意》しても、「南京大虐殺」や「帝國陸軍による慰安婦の強制連行=性奴隷」などを捏造され裏切られ続ける。《専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会》に、中国や北朝鮮、ロシアなどは到底含まれぬ。中朝露《国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する》可能性もゼロ。

ところで2015年9月、中国共産党が演出する「ウソのオンパレード」を、目に見える形で堪能できたのは僥倖だった。北京で「挙行」された“抗日戦争勝利70周年”を祝う軍事「パレード」は、露骨な「虚構」であった。

大東亜戦争(1941〜45年)において、わが国が負けたのは米国の軍事力である。それ以前の支那事変(37〜41年)を入れても、帝國陸海軍は国民党軍と戈を交えたのであり、しかも連戦連勝で、敗戦の年でも中国大陸では優勢だった。その間、共産党軍は「遊撃戦」と称して引きこもり、主要な対日戦闘より逃げまくる。

朴槿恵・大統領(63)が天安門城楼にすまし顔で立ち、軍事パレードを観兵した韓国の場合、中国共産党と比べさらに連合国資格がない。日本に併合された朝鮮は枢軸国として戦った。国際法上も実態上も連合国詐称は無理スジだ。狂ったように工作したが、サンフランシスコ講和会議(51年)へのオブザーバー参加すら拒絶された。

朴氏は、韓国軍が朝鮮戦争(1950〜53年休戦)で死闘を繰り広げた人民解放軍を、どんな思いで観兵したのだろうか。あるいは、長いモノに巻かれる事大主義なる遺伝子上の病が再発し…(政治部専門委員) 

産経ニュース【野口裕之の軍事情勢】2016.1.4
             (採録: 松本市 久保田 康文)

◆安倍晴明(あべのせいめい)の実母?

河崎 勝二(エッセイスト)
 


山登りや名所旧跡巡りの仲間のサークル「歩こう会」が、予期もしなかった驚きと感動を与えて呉れたのは、つい先日のことだ。

大阪城を散策中に知り合った仲間同士の会「大阪城歩こう会」に参加して、日曜ごとに10数人が連れ立ち近畿の著名な山々に登ったり、歴史に包まれた名所に出掛けるようになって久しい。

季節の移ろい、新鮮な空気と絶景、出会った人達との交流、その土地の産物の味などに接する楽しみは、実際に汗を掻き、五体の筋肉を酷使して歩き回る者だけしか味合えない産物だと信じている。

最年長のリーダー格の80余歳の仲間は、お年を感じさせない軽妙な足取りと訪ねる先への道筋は勿論、そこに纏わる地縁の知識に長けておられるのには、頭が下がる。

さて今回の驚きの出来事のキッカケは、たまには気楽に行ける平地の名所に行こうとの女性の提案で、大阪和泉市の「信太の森」に出掛けたことだった。

その「信太の森」は平安時代の清少納言の「枕草子」の中で「もりは信太の森」と称えられていることで知られているということで、麓を熊野古道がはしる古代から参詣の道の側ということでも広く知られているという。

朝鮮半島から5世紀ごろ伝えられた須恵器釜跡があり、わが国最古の釜跡も見付かっているという。なかなか深みのある歴史の里である。

現地に実際足を踏み入れると、流石に周囲は信太山丘陵に囲まれ、裾野まで広がる多種多彩な樹木景観は、素晴らしさの一言だった。

早速、現地博物館「信太の森ふるさと館」を訪ねた。ここの歴史や成り立ちを知る上では、それが最適だからだ。

建物1階の右手にある80坪ほどの「信太の森ふるさと館」に入り、次々と見回っている内、浮世絵風の数枚の異様な「版画絵」が目に入って仰天した。子供を膝の前に座らせた母親らしき女性が、手に持つ筈の筆を口に咥えて、和歌の文字を障子に向かって書いている姿の絵だ。

文字は「恋しくばたずねきて」と書いてある。ところが女性のギョロッとした目線は横向きに何かを見据えている。表情も厳しく尋常ではない。この絵は、一体何を語ろうとしているものなのか。隣には、大木の下に2匹の白狐が闇の上にある白き物体を見上げている、思わしげな別の「絵」が並べられている。

背中に言い知れぬ寒気を感じたので、館員を呼んで説明を受けることにした。館員は、懇切丁寧にこの「絵」について語ってくれた。この「絵」は、古浄瑠璃などでも伝えられる「葛の葉物語」の一場面だそうだ。

<その昔、大阪の摂津の国に安倍保名(あべのやすな)という若者が、信太大明神を参詣に来た時、狩人に追われた深手の傷を負った白狐を匿い逃がした。これに腹を立てた狩人が保名を責め、大怪我をさせ立ち去った。

すると傷で苦しむ保名の所に「葛の葉」と名乗る女性が現れ介抱した。この女性は助けた白狐の化身だったのだが、保名はそれとは知らず、二人はやがて一緒に暮らす仲となり、男子を儲けた。子の名は「童子丸」。

6年後のある日、葛の葉は庭に咲いた菊の花に見とれてわが身を忘れ、うっかり現わした尻尾を「童子丸」に見付けられてしまった。葛の葉は、もはやこれまでと一首を障子に書き残して森へ消え去った>。(版画絵がこの模様を伝える)。

その一首とは、「恋しくばたずねきてみよ和泉なら 信太の森のうらみ葛の葉」だったのだ。

<保名と童子丸は恋しい母を求めて探し回り、やっと森の奥で涙を流しながら二人を見つめている一匹の白狐と出合う。ハッと気づいた保名が「母の元の姿になっておくれ」と哀願すると、白狐は傍らの池に己の姿を映し出し、たちまち葛の葉の姿となった。

しかし、葛の葉は泣き叫ぶわが子を諭しながら、形見に白い玉を与えて最後の別れを惜しみつつ、再び白狐になって森の奥に消えていった>。

これが「葛の葉物語です」と職員は説明を締めくくった。悲しい言伝えに心を痛めて聞き入っていた筆者に、この館員は追い討ちを掛けるようなショッキングなことを告げた。

「この童子丸が、実はかの有名な陰陽道の祖の安倍晴明(あべのせいめい)だといわれているのですよ」。

筆者の出生地は大阪阿倍野区で、安倍晴明を祀る「安倍神社」は目と鼻の先のところにあった。

子供の頃から親に連れられ足繁くお参りした神社だ。「安倍晴明の出所」などに思いを馳せた事も無かったが、まさかこの「版画絵」に描かれた「葛の葉物語」の童子だったのかと考えると、頭が真っ白になった。

今は、「安倍神社」とは離れたところに住んでいるため縁が薄れたが、この伝説を知った以上、お参りに行ってみたくなった。

それにしても仲間と共に方々を「歩く」ことは、時空を超えた様々な楽しみと感動の舞台に接遇させてくれるものだとつくづく思い知らされ、改めて有り難さを痛感する。   (了)

2016年01月10日

◆「日本の存在感高めるのが文化外交」

阿比留 瑠比



俳優・津川雅彦インタビュー 「日本の存在感高めるのが文化外交」…安倍首相はこう言った

平成28年の第1回の「極言御免」は新年特別編として、太田明広記者 とともに取材した俳優で、政府の有識者会議「『日本の美』総合プロジェクト懇談会」の座長、津川雅彦氏のインタビュー記事を届けます。


               ◇ 

 安倍晋三首相には常々、「ついているね」と話しています。理屈では安倍さんの勝利が考えられない状況の中で、自民党総裁や首相になったのですから。国政選挙も全部ついている。アベノミクスや安全保障関連法の成立などいろんな画期的なことをしたわけだし、名宰相になれる器だと見込んでいます。でもそれだけではなかなか大衆はついてこないから、これだけの高い支持を得ている安倍さんはついているんだなと。

第1次政権を退いた際のある種の屈辱感や敗北感がプラスに作用していると思います。

さて、価値の体系が文化です。僕は文化人だから「経済、安全保障の次は文化だ」と、ことあるごとに安倍さんに話してきました。一昨年の暮れにメールをもらい、しめたと思いました。そして昨年1月に会食した際、「何よりの朗報は、暮れに安倍さんから『来年は文化でいきますかね』との話をもらった。メールに残っているわけだからぜひ実現してほしい」と話した。安倍さんはにこにこと笑っていましたけれども。

これが、昨年10月にスタートした「日本の美」総合プロジェクト懇談 会につながった。

安倍さんは初会合の際、「日本の存在感を外国で高めるということが、文化外交の何よりの使命だ。それが目的だ」と話された。プロジェクトの第一歩として、今年7月からイタリアで日本の仏像を披露します。国宝級になるとなかなか持っていくのは難しいのですが、約30点のリストがあがっており、たぶんイタリア側も満足するものが行くと思います。

今、世界が自然を畏敬する日本文化に注目しています。(海外の主要都市で)日本文化を紹介する「日本博」や時代劇に加え、国内でも安倍さんが文化宰相として各国大使らを呼び、薪能など日本の美を披露する会の開催を提案しました。

平成3年に英国で「ジャパンフェスティバル」が開催され、歌舞伎や能などの公演が行われた際のカタログを見ると、僕がやりたいことを網羅していました。相撲から歌舞伎、人形浄瑠璃まで。それを安倍さんに見せたところ、日本博について「30年が明治150年だ。そのときに向かって やろう」と言われた。

文化や食、言葉などあらゆるものを日本人は吸収して消化する。その柔軟性が世界平和に最終的に貢献するのではないか。そのことを理解をしてもらうことがプロジェクトの目標です。

平成23年3月の東日本大震災の時、安倍さんと「東北の人々の我慢、忍耐、礼節という美しい心が世界を感動させたことはどういうことか」と議論しました。僕らは日本人として説明できるだろうかと尋ねると、安倍さんは「いや、できない」と言われました。

「外国の人から聞かれると思いますよ。答えられないと日本人として恥ずかしいと思うので勉強会をしませんか」と誘い、安倍さんと「探美会」という勉強会を開きました。

日本人の美というのは大自然の中にある恐ろしさをも美にする。我慢、忍耐、礼節は自然から教わった道徳なんだと。そういうことを勉強してきました。日本は縄文時代から1万年の平和を築き、平安時代の約350年間、江戸時代は約270年間、とにかく平和な時代を記録してきました。

日本人より世界の方が日本は戦わない平和な国だと知っている。ヒットしたディズニー映画「ベイマックス」を見たときに思いましたね。日本の男の子を主人公にして、日本人が作ったロボットは結局戦わない。

また、大震災の際にイギリスのインディペンデント紙は1面いっぱいに日の丸を描き、日本語で「がんばれ日本、がんばれ東北」と載せた。それを見て感動して泣いてしまいました。

日本にそれだけの好意を持つ、尊敬 すらもって励ましてくれている。安倍さんが訪英した際、「新聞をもらっ てきてほしい」とお願いしました。今、「安倍晋三」とサインされたイン ディペンデント紙を自宅に飾っています。

リーマンショック後、生き方に迷っていた世界の人たちが、財産も土地も家族までも失った東北の人たちの我慢、忍耐、礼節を見つけ、感激してくれたのではないか。こうした東北の美しくたくましい心を日本人全員が共有することが、世界の期待に応えることではないか。それも含めて、プロジェクトは指針を持たないと単に「文化だ、結構でございます」で終わってしまう気がします。

安倍さんは口に出すことはないが、平成30年までの今の任期いっぱいで終わろうとは思っていないのでは。想像ですが。当然、何らかの形で32年の東京五輪までやりたいのでないかと思うので、そのための工夫をされることを期待しています。聖火台には縄文時代の火炎土器がいい。けっこうみなさん賛成してくれるんですよ。

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免・特別編】2016.1.9



◆その驚くべき腐敗と軍紀の乱れ…

矢板 明夫



中国軍精鋭のはずの「ロケット軍」 

習近平指導部が推進する軍改革で、ロケット軍が新たに発足されたことを日本メディアは大きく報じた。しかし、厳密にいうと、発足ではなく、いままで第2砲兵とよばれていたミサイル部隊の名称を変更しただけだった。予算や定員の変更に関する発表はなく、戦力がどれだけ増強するかは未知数だ。

実は、この第2砲兵は中国軍の中で最も軍記が乱れ、汚職などが横行している部隊といわれている。ロケット軍設立のニュースを聞いて、2年ほど前、およそ3日間行動を一緒にした元軍人の話を思い出した。

この元軍 人は、出張先の河北省で雇った白タクの運転手で、第2砲兵部隊の青海省 の基地で4年も勤務した。雑談の中で、軍現場での状況をいろいろと教え てくれた。その腐敗ぶりにびっくり仰天した。

元軍人は高校時代、喧嘩で同級生を怪我させたため学校を退学させられた。彼の将来を案じた父親は親戚中からお金を借り、5万元(約90万円)を地元の軍人募集担当役人に贈り送り、彼を軍に入れた。

「楽なところにしてくれ」と父親が頼んだため、ミサイル部隊に配属されたという。その後計4年間勤務し、最後は班長にはなったが、退役する前、上司から「20万元を払えば、軍付属の大学で研修を受けさせ、その後小隊長にしてやる」といわれた。しかし、金が足りなかったため、諦めざるを得なかった。

彼によれば、軍の中で昇進するのに、連隊長や大隊長、中隊長などにはすべて相場があるほか、功二級、功三級などの栄誉もすべて金で買える。金でポストを買えば、そのポストの権力を使って金儲けができるシステムになっているという。

彼は班長に過ぎないが、それでも多くのおいしい思いをしたという。彼の班はほかの部隊駐屯地から遠く離れる石油タンクの警護するのが任務だった。定員は12人だが、実際はその半分の6人しかいなかった。

意図 的に定員割れの状況にしている。毎月12人分の生活物資が届き、余った ものを地元の牧民に売ることができるからだ。例えば、市販で一袋200 元の米を150元前後で売り、軍用の靴や靴下なども人気が高く飛ぶよう に売れたという。

「不正について上司は何も言わないのか」と聞くと、「私たちは袋ごとで売っているが、上司はトラックごとで売っているからお互い様だ」と言った。

彼が所属する部隊の副連隊長が、連隊長になるのに100万元を使ったが、1年で投資を回収できたという。儲ける方法はいくつもあるが、最も 金になるのは羊の放牧だという。連隊長はミサイル基地のなかの膨大な草原を管理していた。空気が新鮮で青草も豊だが、軍事部門のため当然外部の人間は立ち入り禁止だ。

連隊長は基地の中での放牧を特定の牧民に許可を与える。その代わりに自分の羊を管理させる。例えば、ある牧民は100匹の羊があれば、連隊長は 自分の分としてさらに100匹を与え、面倒を見てもらう。

環境の良いところ で放牧できるため牧民も喜ぶ。このような牧民を10人見つければ、毎年 1000匹分の羊を収入が得られる。地元の牧民の10倍の年収に相当する。

彼は部隊で4年間、最も好きだった仕事は基地内の巡回だという。青海省は冬虫夏草とよばれる貴重な漢方薬の産地だ。キノコの一種で、免疫力アップ、精力増強の効果があるといわれる。

2センチほどの小さなもので も1000元近くの値段もするという。近くに住む牧民はよく冬虫夏草狩 りのために基地に入ってくる。警らする兵士たちはそうした牧民たちが帰 るタイミングを見計らって彼らを捕まえ、冬虫夏草をすべて没収すること が目的だ。

彼は基地の外へ必死に走って逃げる牧民の後ろから発砲して重傷を負わせたこともあったという。「勝手に軍の施設に入ってきたわけだから、こちらには発砲する権利がある。牧民は射殺されても文句は言えない」と笑いながら言った。ただ、牧民から奪った冬虫夏草の半分以上を、小隊長、中隊長などに上納しなければならないことになっている。

この運転手の話に衝撃を覚え、ほかの数人の軍関係者に話し感想を聞いたが、誰も驚かなかった。ある陸軍関係者は「よくある話だ」と聞き流した後、「軍の中の腐敗が最もひどい部分は新兵訓練の部署だ」と指摘した。

班長や小隊長は新兵に対し賄賂を強要することが横行しており、10元 を渡してタバコに買いに行かせ、90元のおつりを要求する。同じ日に何 回も買いに行かせる。おつりを持ってこなければ殴る蹴るの暴行を加えること日常茶飯事だという。

彼は部隊で4年間、最も好きだった仕事は基地内の巡回だという。青海省は冬虫夏草とよばれる貴重な漢方薬の産地だ。キノコの一種で、免疫力アップ、精力増強の効果があるといわれる。

2センチほどの小さなもので も1000元近くの値段もするという。近くに住む牧民はよく冬虫夏草狩 りのために基地に入ってくる。警らする兵士たちはそうした牧民たちが帰 るタイミングを見計らって彼らを捕まえ、冬虫夏草をすべて没収すること が目的だ。

彼は基地の外へ必死に走って逃げる牧民の後ろから発砲して重傷を負わせたこともあったという。「勝手に軍の施設に入ってきたわけだから、こちらには発砲する権利がある。

牧民は射殺されても文句は言えない」と笑 いながら言った。ただ、牧民から奪った冬虫夏草の半分以上を、小隊長、 中隊長などに上納しなければならないことになっている。

この運転手の話に衝撃を覚え、ほかの数人の軍関係者に話し感想を聞いたが、誰も驚かなかった。ある陸軍関係者は「よくある話だ」と聞き流した後、「軍の中の腐敗が最もひどい部分は新兵訓練の部署だ」と指摘した。

新兵の中で最初に班長になるのは、広東省や上海市など豊かな地域の出身者で、訓練中に“事故死”するのはほとんど河南省や貴州省など貧しい地域出身の兵士だというジンクスがあるという。

理由は実に簡単で、広東省など出身の兵士は実家から送金してもらい上司に賄賂を送ることができる。これに対し河南省の兵士にお金がないから上司に撲殺されたあと「事故死」にされるからだという。

習近平政権は近年、軍内で反腐敗キャンペーンを展開して、元制服組トップを含めて多くの将軍が失脚した。しかし、軍関係者は「あれば権力闘争にすぎない。誰が上司になっても一緒で、現場で全然よくなっていない」と証言する。中国人民解放軍は、すでに首脳から下士官まで腐敗が進み、組織的に機能不全に陥っているのが実態のようだ。
                      (中国総局 所属)
産経ニュース【矢板明夫のチャイナ監視台】2016.1.9

◆私の周辺雑記(301)

平井 修一



■1月7日(木)、朝は室温14度、快晴。ここしばらく好天だが、そろそろお湿りが欲しい感じだ。まあ、勝手な言い草だが。

散歩はいつもと逆に下流(東)方面へ。1年振りくらいに「緑化セター」を散策した。ここは犬は入れないので自然に行かなくなったのだが、犬亡き今は入れるのがちょっと寂しい。

小生が子供の頃、ここは農業試験場で、豚の品種改良もしており、ときどき巨大な豚を見に行ったものだ。「巨大なハム」という感じで迫力満点だった。

緑化センターは今の時期だと花は極端に少ない。水仙、花キャベツ、葉ボタン、ロウバイ、スミレ、寒ツバキ、サザンカなど。黄色のロウバイは旬でとても美しかった。温室ではシクラメンやハイビスカス、アッサムなどが咲いていた。

緑化センターで作業をしているのはシルバー人材センターから派遣されたヂイヂだろう、皆おっとりして行儀がいい。挨拶を交わす。半分は暇つぶしかもしれない。

帰路に街の花壇を覗いたら菜の花がぽつぽつと咲いていた。お花畑とは程遠いが・・・日本呆送協会、それとも疱瘡教会か。

古森義久氏の論考「NHK解説委員の歪んだテロ観 原因は『貧困と較差』のみ?」(Japan In-depth 1/5)から。

<NHKの解説委員たちはテロリズムの原因はすべて「貧困と格差」にあると断じていた。無差別の大量殺戮が目前で起きていても、その残虐な犯罪行為を単なる経済問題としてしかみないのだ。

テロをめぐる事実関係をみても、国際的常識をみても、まったく現実から遊離し、テロの危険性をみない点では逆に危険な認識である。

1月5日の午前零時すぎからのNHKテレビ「時論公論」という番組をみていて、こんな実感を禁じえなかった。国内政治や国際問題に経験を積んできたというベテランの解説委員4人が並んで、2016年の内外の課題を語る番組だった。

その番組でパリで起きたイスラム過激派テロ組織IS(イスラム国)の無差別大量殺人行為などについてNHK解説委員たちは次のような発言をしていたのだ。

「貧困と格差をなくさない限り、テロリストはなくならない」

「ISを潰してもまた別のテロ組織が出てくるだけ」

「いわゆるテロとの戦いは軍事だけであってはならない」

「日本でも社会の貧困と格差がテロリストを生み出すのだ」

「日本は島国だが、ホームグロウン(自国育ち)のテロリストが貧困と格差で生まれる」

「先進国と他の諸国の経済格差をなくさないと、テロが増える」

以上のような解説を島田敏男氏という委員が中心になって繰り返していた。テロのその解説には「イスラム」「過激派」「イデオロギー」「宗教」「殺戮」「暴力」などというテロリズムの核心に関する言葉や概念はまったく出てこなかった。

すべて「貧困と格差」がテロの原因であり、その経済問題に対処することがテロ対策のすべてであるかのように語るのだった。

大規模な無差別殺人と戦うことさえにも否定的な言辞を浴びせる。これは偽善を通り越しての、暴力の助長の犯罪に近い態度に思えるのである>(以上)

まあ、NHKも所詮中2レベルだし、宗教に触れると問題視される恐れもあるから上記のようなトンデモ痴呆番組になったのだろうが、解説委員のオツムのレベルが相当低いことはよく分かった。

9.11テロを指揮したビンラディンは富豪の息子だったし、実行犯も貧困や格差とは無縁だった。そう言えば去年の今日はシャルリー・エブド襲撃事件が起きた。

昨秋11月のパリ無差別乱射テロや12月の米国サンバーナディーノ乱射テロでも、テロリストと「貧困と格差」の因果関係は不明だ。ジハーディ・ジョンことモハメド・エムワジはロンドンのウエストミンスター大卒だ。

要はイスラム聖戦主義に洗脳された者の蛮行だということで、財布や所得とはまったく関係ないのではないか。

世界銀行は2015年10月、国際貧困ラインを1日1.90ドルと設定したが、それによると貧困層は2015年は7億200万人(世界人口の9.6%)と予測している。

「貧困と格差」がテロリストを産むのなら中共では数億人がテロリストになっているだろう。あり得ない話だ。オームのテロリストは皆インテリだった。「貧困と格差」ではなく、皆、洗脳されてテロに及んだのだ。

こういう事実をNHK解説者が知らないのならただの無知蒙昧、知っていて「不都合な真実」に触れないのなら嘘つきである。いずれにしてもろくでもない人々だ。

■1月8日(金)、朝は室温18度(2歳女児が夜泣きした際に居間に連れてきて暖房を入れたようだ)、快晴、ハーフ散歩。

中共はダッチロールしている。「新華網北京1月8日 上海証券取引所、深セン証券取引所、中国金融先物取引所は7日夜、市場の安定維持のため、中国証券監督管理委員会(証監会)の承認を得て、8日から指数サーキットブレーカー制を一時中止すると発表した」。

朝令暮改。1/4〜1/7のたった4日間でお仕舞。末期症状だ。EUも黄昏を迎えつつある。

川口マーン惠美氏著『ヨーロッパから民主主義が消える 難民・テロ・甦る国境』(PHP新書)より(衆知1/5)。

<「ギリシャをEUから追い出すって? そんなことができるわけないよ。僕たちがヨーロッパなんだから」

デフォルトの危機に襲われていた最中、ギリシャではそんなジョークが流行ったという。

ヨーロッパという言葉は、古代ギリシャの女性、エウロペからきている。彼女を手に入れたくなったゼウスは、白い牡牛に変身して近寄っていく。

牡牛とエウロペはクレタ島に向かったが、その前にあちこちを駆け回り、その場所がのちにヨーロッパといわれるようになったとか。クレタ島でエウロペは、ゼウスの息子を3人産んだ。

EUの通貨である2ユーロ硬貨の裏側は、各国が自由にデザインできるが、ギリシャのそれは、エウロペを背に乗せた牡牛の絵だ。そこには、ギリシャのプライドが輝いている。

もっとも、ギリシャこそがヨーロッパの源だという認識は、たんにギリシャ人だけのものではなく、西ヨーロッパ人に共通の認識でもある。ドイツのギムナジウムの国語の授業では、ギリシャ悲劇が扱われる。

ギリシャは、哲学、数学の祖ともいえる人物を輩出している。政治家はさらに多く、ここで民主主義が起こった。「デモクラシー」という言葉は、古代ギリシャが衰えるとまもなく衆愚政治と同義語になっていったというが、それでも今日考えられるなかではいちばんよい政体だ。ギリシャは、いろいろな意味でヨーロッパ文化の礎なのである。

そのギリシャの抱える問題が膨らんでいくにつれ、EU全体の亀裂がどんどん浮き彫りになっていったのはまことに興味深い。ギリシャの金融危機は、EUの内包する根源的な問題が表出するための「一つのきっかけ」であったのか。だとすれば、その根源的な問題とは何だろう?

1981年、ギリシャはEC(欧州共同体)に加盟した。ユーロ加盟は2001年だ。その際、巧みな粉飾があったことは、いまでは皆が知っている。ただ当時、誰も何も知らなかったとは思えない。感づいてはいたが、ヨーロッパの祖であり、民主主義の本家であるギリシャをECに加えたいばかりに、みてみぬ振りをしたのではないか。

忘れてはならないのは、冷戦下において、ギリシャは南欧を共産主義の伸長から防衛する重要な砦であったことだ。当時、ギリシャの隣国は、ことごとく社会主義を標榜していた。

同時にギリシャはイスラム文化圏に対する防潮堤でもあった。1453年から1829年までオスマン帝国に乗っ取られていたこの国が、再びイスラムに引き摺られるなどあってはならない。そのためには、全面的に支援するほかはなかったのだろう。ギリシャの攻防は、十字軍の意地の再現ともいえる。

こうして1981年、ギリシャの加盟によって、ECはようやく「ヨーロッパ」としての体裁を整えたのであった。

1993年、ECはEU(欧州連合)となった。その目的はいうまでもなく、ヨーロッパの統合だ。彼らは祝福されたヨーロッパを信じた。「ヨーロッパは1つ」という言葉には、夢想的な響きがある。

しかしいま、そのEUは緊張と絶望にさいなまれている。ヨーロッパに民主主義の理想郷をつくるという夢は、かなり色褪せてきた。しかも、夢が壊れる引き金となったのが民主主義の元祖ギリシャであったのは、何とも皮肉なことである。

そのギリシャを何とかEUに留めようと、厳しい財政規律と構造改革を求めたドイツは、態度が高圧的であるとして嫌われてしまった。押し寄せる難民に対処すべく「EUの連帯」を打ち出すドイツに対しても、他のEUの国々の反発が強まっている。

とくにEUの弱小国は2011年、流れ着くアフリカ難民のあまりの多さに困り抜いたイタリアがEUに向かってSOSを出したとき、「イタリアに来た難民の保護はイタリアの義務だ」と冷たく突き放したドイツのことを忘れていない。

彼らにしてみれば、「ドイツにEUの連帯などといわれたくはない」というのが本音なのである。

そのうえ、フランス人歴史学者エマニュエル・トッドは「『ドイツ帝国』が世界を破滅させる」といい、ギリシャでは「第四帝国」が口の端に上る。戦後民主主義の優等生として生きてきたドイツがそう評されることに、30余年、ドイツに住んできた私は複雑な思いにとらわれる。

そこにフォルクスワーゲンの不正ソフト問題が重なり、フランスで起きたテロ事件が拍車をかけた。難民にまぎれてテロリストが潜入する可能性は、以前より問題視されていたが、それを無視するかのように、無制限でシリア難民を受け入れていたのがドイツだった。盤石だったはずのドイツの足元は揺れている。

いまヨーロッパで起こっているのは、共産主義にも匹敵する人類最大の社会実験がガラガラと崩れていく事態である。テロ、難民、財政問題、そしてナショナリズム……ドイツは、そしてEUは現在どうなっているのか、なぜその矛盾は解消されないのか、民主主義はこれからどう進化していくのか。

それは私たち日本人にとって決して「対岸の火事」ではない。ますますグローバル化が進むなかで移民問題や自由貿易の問題など、日本とヨーロッパが直面する課題は本質的に似通っているからである。

ドイツの苦境やフランスの矛盾が指し示すことは何か。それは日本にとって貴重な学びになると同時に、自国の強みをも教えてくれるにちがいないだろう>(以上)

ヨーロッパの悲劇・・・涙腺が緩みそうな文章だ。理想に燃えて始まった壮大な実験が30余年、準備段階を含めれば50余年を経て、今、失敗の瀬戸際に追い詰められている。

「お花畑のリベラルの現実認識の甘さが危機の根源だ、所詮、無理だったのだ」とは思うが、気の毒ではある。国家主権の象徴である通貨政策と国境管理をなくしたのが失敗のもとだった。

小生は「心の道標(みちしるべ)教団」の開祖だが、唯一の信者の犬が逝ってしまったから開祖しかいない。教義の最初はこうだ。

<古人曰く「人を見たら泥棒と思え」。それくらい警戒し、正しく憎悪し、しっかり備えよ。性善説は嘘である。性悪説こそが正しい。殺人事件の被害者のほとんどは知人に殺された。友を徒につくるな、友を選べ。東ローマ帝国はキリスト教を容認して消滅した。宗教は怪しい、しっかり警戒を>

EUは難民流入という「侵略」に慌てふためいている。自ら種を蒔いた禍だ。目の前でソ連が崩壊したにもかかわらず、アカ=共産主義者(社会主義者も社会民主主義者も看板が違うだけ)は「ユーロ・コミュニズム」なんて信じている。ほとんど暗愚だ。その延長がEU。

アカの妄想が生んだEUは、難民流入などで今、つぶれる寸前だ。牧師の娘のメルケル以外はしっかりガードルをつけ始めた。バカはつぶれる、レイプされる、ドイツを見よ、難民が暴れまくっている(注)。警戒心を持ってしっかり備えた国は生き残る。

「大衆扇動罪」で自由な言論を圧殺してきたドイツはブレーキが効かないからお仕舞だろう。イスラムに乗っ取られた「第四帝国」で完璧に消滅する。自業自得。己のバカさ加減を悔いるがいい。

注)追記:川口氏によるとこうだ。

<大晦日の深夜、ケルンの中央駅周辺で、1000人以上の若い男性が暴徒と化し、大勢で若い女性を囲んでは、性的嫌がらせ、暴行、そして貴重品やスマホの強奪に及んだ。性的嫌がらせに関しては、触るなどという域は越え、スカートや下着を剥ぎ取るなど、常軌を逸した蛮行が多発したという。強姦の被害届も出ている。

6日の時点で被害届は100件を超えた。被害者の女性の証言では、加害者はドイツ語を話さず、アラブ、もしくは北アフリカ出身と思われる容貌の若い男性で、ほとんどが酒に酔った状態だった>

ドイツのマスコミはアカに乗っ取られているから、この事件はほとんど報道されていないという。1/1に一紙だけがオンライン版で報じたのみだったという。

http://www.rundschau-online.de/home/15184882,15184882.html

警察も動きが鈍い。難民非難はタブーなのだ。難民受け入れを煽ってきたマスコミは不都合な真実を「報道しない自由」で黙殺した。沖縄のマスコミそっくり。腐れ切っている。

■1月9日(土)、朝は室温12度、ちょっと冷える、快晴、ハーフ散歩。

現役の頃、帰宅時に新宿小田急デパ地下で刺身はよく買ったが、小生はデパートは「モノはいいが、値段もいい」、分不相応と敬遠してきた。自宅近くに高島屋があるが、20年ほど行っていない。ファッションにも興味がないし、大体、買い物自体が嫌いなのだ。

デパートの不振は昔から続いている。斜陽から復活できるのか。

大西洋‏(ひろし)三越伊勢丹ホールディングス社長の論考「なぜ、百貨店は衰退したか?」(ダイヤモンドオンライン1/4)から。

<日本の小売業全体では約140兆円の売上規模がある。うち百貨店の売上高は約6.2兆円で、全体の4.4%にすぎない。バブル経済が崩壊する前の1990年頃は、10兆円近くの売上高と6%のシェアがあった。まさに「衰退の四半世紀」であったのだ。

これだけ百貨店が駄目になっていることへの危機感がなさ過ぎるのではないか。長い歴史の上にあぐらをかき、変革というマインドが本当に乏しいのではないか。経営改革に必死に取り組んでいる三越伊勢丹でさえ、「どうしてこれほど保守的でいられるのだろう」と不思議に思うほど体質が改まらない。

かつては経営判断の一つの基準として「55%攻撃論」があった。新事業に挑むとき、成功の確率が55%あれば、残りの45%の失敗リスクがあっても果敢に攻め込もうという考え方だ。しかし現実には、それが実行できていない。

私自身は、「30%攻撃論」を標榜するが、尻込みされるケースが多く、嘆息が絶えない。もちろんこれは経営者である私自身の責任だが、このままでは三越伊勢丹は、世の中から退出命令を下されると思えるほどスピード感が乏しい。

百貨店は自らリスクを取る商売をしてこなかった側面もある。例えば商品の仕入れでも、普通の商売ならば自分のお金で買い取り、それに付加価値を付けて売る。

百貨店にもそのような仕入れ(買取仕入)はある。しかし一方では、販売を委託され、一定期間を経過すると返品できる「委託仕入」や、商品が売れた時点で仕入れがなされたと処理する「消化仕入」などが長い慣行としてある。つまり百貨店は、在庫リスクを取ることも、保管責任を果たすこともない仕入れの形態を維持できたのだ。

またテナントに売り場を貸す仕組みもある。これなどはまさに不動産業だ。利益率は低くてもとりあえずは赤字にはならない。

こうした慣行を続けるなかで、百貨店はいつしか戦うマインドを失い、新たなる挑戦にも及び腰になってしまった。

生き残りのポイントとなるのは、どれだけ独自性と絶対的な価値を提供できるかだ。今ほど、百貨店が扱う商品の価値と価格のバランスが崩れている時代はない。

それはユニクロと比べてみるとはっきりとする。小売業では、商品の仕入れ価格と販売価格の差が「売上総利益」になり、そこから営業経費を差し引くと「営業利益」になる。三越伊勢丹グループの売上高に対する売上総利益の割合は27.9%、売上高に対する営業利益の割合は2.6%だ。一方ユニクロを展開するファーストリテイリングのそれは50.4%と9.7%。

ユニクロは、価格が安いから売れているのではない。商品の価値と価格のバランスが取れているから消費者の支持を受けているのだ。そして自ら品づくりを行い、リスクを負いながらムダのないサプライチェーンを構築しているので利益率も高い。

三越伊勢丹が、今のような状態を放置すれば、小売業界で戦い続ける基礎体力もなくしてしまうだろう。

小売業としての戦いでの最大の敵はeコマースだ。現在の売上規模は15兆円を超え、シェアも10%を超えた。アメリカではeコマースのシェアは3割に達している。日本でもアメリカ並みのシェアを獲得するとしたら、少なくとも20兆円ぐらいはリアルな店舗から減っていくことになる。

eコマース以外にもコンビニがあり、セレクトショップや専門店がある。コンビニはすでにお中元やお歳暮などのギフト、またお節料理なども当たり前のように扱っている。消費者のニーズを徹底して汲み上げ、飽くなきまでに商品改良を続けている。それはセレクトショップや専門店も同じだ。

こうなると、どこが競合であるかという話ではなくなる。自分たちが提案する環境や空間、そして商品を、お客さまにどれだけ高く評価していただけるものにできるか。自分たちできちんと提案していけるかという問題だ。

日本橋本店のリモデルでは新しいお客さまの獲得が命題になる。つまりリモデルは、新しいお客さまに向けてメッセージを発信できる店への転換を図ろうとするものだ。

日本橋本店は、特異な立地条件にある。日本でもビジネス街の中心にある百貨店は珍しい。20〜40代の若い勤め人が多い街にもかかわらず、そのポテンシャルを有効に開拓できないで来た。

リモデルは、壊すものと新しく創るものを明確にして実行しなければ絶対にうまくいかない。中途半端なリモデルが成功したためしはない。「3割のお客さまは来てくださらなくても結構です。でも3割の新しいお客さまに来ていただきます」。それぐらいの覚悟がないとリモデルは成功しない。

だから今のお客さまが「え、日本橋の三越って、こんな風になっちゃたの」と反発され、離反していく。それぐらいのことをやらないと変われないのだ。

従来はロイヤルティーの高いお客さまからどうしても離れられず、そこばかり見てやってきたから伸びなかった。だから断固としてやるしかないの
である>(以上)

伊勢丹出身の同僚が「デパートは女の園だから社内恋愛が盛んだ、倉庫で乳繰り合ったりする」と言っていた。三越事件という醜聞もあったっけ。

小生も美人の三越ガールといい感じになったことがあるが、美人過ぎる、妖艶過ぎる、人生を誤るだろうと避けたものだ。「毛を見てせざるは勇なきなり」「君子仰向けに近寄らず」という感じ。

これはユニクロが躍進する以前のバブルの頃の話で、デパートは今は恋愛どころじゃない、生き残りで必死だろう。どこの業界もそうだが、イノベーション、オンリーワン、世界最先端を目指さないと置いてけ堀になってしまう。

せめて8勝7敗、毎年勝ち越さないと客から見離される。不景気なデパートでは買い物をしてもらえない。三越の包装紙はバリューが(多分今でも)あるが、潰れそうだなどとなったら「縁起が悪い」となってしまう。

2005年頃に三越本店の車寄せにいたら、運転手つきの高級車で老齢の夫人が次から次へと訪れていた。金持というのはいるんだなあと大いに感心したものだ。

少子高齢化でこういうお得意様は天国か介護施設に行ってしまう。若者を開拓するしかないわけだ。消費は「一人十色」でTPOに従うのが常だ。普段着はユニクロでも、イザという時は三越で勝負服をオーダーしようとか。いいものであれば高くても買うという若者は少なくない。

「大西洋」いい名前だ。Atlantic Ocean。語源はギリシア神話に登場する神アトラスである。「支える者」の意だ。縁起がいい。訪日客向けに市中空港型免税店の出店にも意欲を見せている。三越伊勢丹のチャレンジ成功を祈る。(2016/1/9)