2016年01月10日

◆「日本の存在感高めるのが文化外交」

阿比留 瑠比



俳優・津川雅彦インタビュー 「日本の存在感高めるのが文化外交」…安倍首相はこう言った

平成28年の第1回の「極言御免」は新年特別編として、太田明広記者 とともに取材した俳優で、政府の有識者会議「『日本の美』総合プロジェクト懇談会」の座長、津川雅彦氏のインタビュー記事を届けます。


               ◇ 

 安倍晋三首相には常々、「ついているね」と話しています。理屈では安倍さんの勝利が考えられない状況の中で、自民党総裁や首相になったのですから。国政選挙も全部ついている。アベノミクスや安全保障関連法の成立などいろんな画期的なことをしたわけだし、名宰相になれる器だと見込んでいます。でもそれだけではなかなか大衆はついてこないから、これだけの高い支持を得ている安倍さんはついているんだなと。

第1次政権を退いた際のある種の屈辱感や敗北感がプラスに作用していると思います。

さて、価値の体系が文化です。僕は文化人だから「経済、安全保障の次は文化だ」と、ことあるごとに安倍さんに話してきました。一昨年の暮れにメールをもらい、しめたと思いました。そして昨年1月に会食した際、「何よりの朗報は、暮れに安倍さんから『来年は文化でいきますかね』との話をもらった。メールに残っているわけだからぜひ実現してほしい」と話した。安倍さんはにこにこと笑っていましたけれども。

これが、昨年10月にスタートした「日本の美」総合プロジェクト懇談 会につながった。

安倍さんは初会合の際、「日本の存在感を外国で高めるということが、文化外交の何よりの使命だ。それが目的だ」と話された。プロジェクトの第一歩として、今年7月からイタリアで日本の仏像を披露します。国宝級になるとなかなか持っていくのは難しいのですが、約30点のリストがあがっており、たぶんイタリア側も満足するものが行くと思います。

今、世界が自然を畏敬する日本文化に注目しています。(海外の主要都市で)日本文化を紹介する「日本博」や時代劇に加え、国内でも安倍さんが文化宰相として各国大使らを呼び、薪能など日本の美を披露する会の開催を提案しました。

平成3年に英国で「ジャパンフェスティバル」が開催され、歌舞伎や能などの公演が行われた際のカタログを見ると、僕がやりたいことを網羅していました。相撲から歌舞伎、人形浄瑠璃まで。それを安倍さんに見せたところ、日本博について「30年が明治150年だ。そのときに向かって やろう」と言われた。

文化や食、言葉などあらゆるものを日本人は吸収して消化する。その柔軟性が世界平和に最終的に貢献するのではないか。そのことを理解をしてもらうことがプロジェクトの目標です。

平成23年3月の東日本大震災の時、安倍さんと「東北の人々の我慢、忍耐、礼節という美しい心が世界を感動させたことはどういうことか」と議論しました。僕らは日本人として説明できるだろうかと尋ねると、安倍さんは「いや、できない」と言われました。

「外国の人から聞かれると思いますよ。答えられないと日本人として恥ずかしいと思うので勉強会をしませんか」と誘い、安倍さんと「探美会」という勉強会を開きました。

日本人の美というのは大自然の中にある恐ろしさをも美にする。我慢、忍耐、礼節は自然から教わった道徳なんだと。そういうことを勉強してきました。日本は縄文時代から1万年の平和を築き、平安時代の約350年間、江戸時代は約270年間、とにかく平和な時代を記録してきました。

日本人より世界の方が日本は戦わない平和な国だと知っている。ヒットしたディズニー映画「ベイマックス」を見たときに思いましたね。日本の男の子を主人公にして、日本人が作ったロボットは結局戦わない。

また、大震災の際にイギリスのインディペンデント紙は1面いっぱいに日の丸を描き、日本語で「がんばれ日本、がんばれ東北」と載せた。それを見て感動して泣いてしまいました。

日本にそれだけの好意を持つ、尊敬 すらもって励ましてくれている。安倍さんが訪英した際、「新聞をもらっ てきてほしい」とお願いしました。今、「安倍晋三」とサインされたイン ディペンデント紙を自宅に飾っています。

リーマンショック後、生き方に迷っていた世界の人たちが、財産も土地も家族までも失った東北の人たちの我慢、忍耐、礼節を見つけ、感激してくれたのではないか。こうした東北の美しくたくましい心を日本人全員が共有することが、世界の期待に応えることではないか。それも含めて、プロジェクトは指針を持たないと単に「文化だ、結構でございます」で終わってしまう気がします。

安倍さんは口に出すことはないが、平成30年までの今の任期いっぱいで終わろうとは思っていないのでは。想像ですが。当然、何らかの形で32年の東京五輪までやりたいのでないかと思うので、そのための工夫をされることを期待しています。聖火台には縄文時代の火炎土器がいい。けっこうみなさん賛成してくれるんですよ。

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免・特別編】2016.1.9



2016年01月09日

◆外務省は「ヘタレ」の巣窟

平井 修一



日本のインテリの半分以上は自虐史観に洗脳されたままで、それは外務省も同様で、「日本は悪者だったから、諸外国とは贖罪意識をもって付き合うべきだ」という、ほとんど狂気じみた思考に呪縛されている。

結果的に日本外交は「事なかれ主義」「相手の顔色をうかがう下手からの折衝」「お詫びとODA」「とにかく友好・親善第一」「喧嘩、ダメ、絶対!」となっている。一言で言えば「ヘタレ外交」だ。まったく進歩して
いない。

「“反日国”元駐在大使対談 変わる中国・韓国とどう付き合うべきか 元駐中国大使・宮本雄二×元駐韓国大使・武藤正敏」(ダイヤモンドオンライン2015/12/28)を読んで、小生は嘔吐しそうになった。完全に腐っている。

<──中国は超大国になりましたが対日姿勢に変化はありませんか。

宮本 いや実はね、変わり始めたんですよ、歴史観が。

歴史観というのは、中国共産党が中国を統治するために必要なものなんです。だから統治の状況によって変わります。

第2次世界大戦後、毛沢東の時代の中国は、日本にも国民党(現在の台湾の与党)にも勝ったため、勝者の歴史観を持っていました。共産党の求心力も盤石でした。

でも、独裁的な統治に次第に不信感が募り、天安門事件が起こった。そこで、共産党が統治する理由が再び必要になったのです。

ここで被害者の歴史観に変わりました。戦争の被害者である中国を救ったのが共産党だという論理をつくったのです。そして、その悪役が日本でした。

*中国で薄れる悪役・日本 韓国はガス抜きに必要

武藤 なるほど、非常に面白いです。でも今、中国は世界の大国になった。

宮本 そうです。経済も発展し、オリンピックでも一番多く金メダルを取れるようになった。「今の強い中国を造ったのは共産党だ」──。そんなメッセージを伝えるべく、習近平国家主席は、再び勝者の歴史観に変えているんです。だから、中国は日本を悪役にする必要が薄れてきているんですよ。

武藤 一方で韓国の政治はまだまだ日本を悪役にする傾向が強いです。経済成長は実現しましたが、教育にお金が掛かったり、退職が早かったり余裕がありません。

さらに、サムスン電子に代表される輸出型企業も成長に陰りが見えだし、足元の韓国経済は厳しい。

若者を中心に国民に不満がたまっていて、そのガス抜きが必要。その矛先が日本なんですね。

宮本 そういう意味だと、中国は国民レベルの感情も悪くはない。確かに、不満はありますよ。でも、全体として国民の生活ははるかに豊かになった。

格差が拡大しているといわれますが、高所得者層の所得の伸びが低所得者層のそれに比べて速いからです。ボトム層の所得が下がっているわけでは決してない。だから韓国より余裕を持って日本に接することができるんでしょう。

武藤 そうでしょうね。ところで、われわれはどうやって中国・韓国と接すればよいのでしょう。韓国でいうと、もっと両国がお互いの国益を考えた戦略的な付き合いが必要です。

そのために、まずは、日本が過去の歴史に対するトラウマを払拭しないといけません。政府が過去の反省をした上で、新しい日本を築いていく姿勢を対外的に示せば、日本国民の受け止め方も変わると思います。

宮本 ご指摘の通りです。自分の反省も込めて言うと、日本はもっと早くに新しい時代の外交スタイルを確立しておくべきでした。

日本の戦後の近隣外交は、戦争の贖罪意識の上に行われてきました。戦争で悪いことをしたにもかかわらず、先に経済発展を遂げた。だから、いわば罪滅ぼし的に、できる限り中国・韓国の主張に歩み寄ったのです。

しかし、その贖罪意識を理解できる世代が日本国民に少なくなっている。私だって戦後生まれだからピンときませんよ。ましてや若い人はもっと分からない。

そんな状況下では、新しい時代や世代にふさわしい付き合い方が必要ですね。歴史は過去の教訓として忘れませんよ。だけど時代は変わったんです。中国はそういう考えに乗ってくると思いますよ。

武藤 韓国も変わらざるを得ないと思います。反日ではいられない環境に世界が変わっていますから。例えば、TPP(環太平洋経済連携協定)の大筋合意により、国境を越えた経済圏が構築されようとしています。韓国も急きょ、参加を表明しました。反日だから入らないだなんて言えば、輸出市場から取り残されてしまいますから。日本と中国・韓国の関係が大人の付き合いに変わるのを期待したいです>(以上)

宮本は「中国は日本を悪役にする必要が薄れてきているんですよ」と言うが、まったくの嘘だ。中共独裁の正当性が揺らぐ今、「抗日戦で悪逆非道の日本に勝ったのは中共だ」と宣伝しまくっている。千秋、抗日戦勝利パレードを大々的に行ったばかりだ。宮本は健忘症か。

人民網2015年12月31日から。

<中共中央政治局は12月30日午後、中華民族の愛国主義精神の歴史的形成と発展について第20回集団学習を行った。

学習を主催した習近平中共中央総書記は「偉大な事業には偉大な精神が必要だ。中華民族の偉大な復興という中国の夢を実現することは、現代中国の愛国主義の鮮明なテーマだ。愛国主義精神を発揚するには、愛国主義教育を永久不変のテーマとしなければならない」と指摘した>

愛国主義教育とは反日教育のことだ。反日は中共独裁が続くかぎり変わりはしない。中共が軟化したような素振りを見せるのは、日本との商売がうまく回らなくなったからで、中共が歴史観を変えたためではない。

韓国の場合は最高法規の「国民感情法」でもっとも賞揚されているのは反日を叫ぶことで、もっとも非難されるのは親日である。反日で「我々は正義だ、道徳的に日本より上だ」と常に確認していないと彼らは死んでしまう。反日はアヘンのようなもので、韓国人は中毒患者、反日病なのだ。

クネが日本にすり寄ってきたのも、日本との商売がうまく回らなくなったからで、国民の多くは宿痾の反日病のままだ。

武藤は「政府が過去の反省をした上で、新しい日本を築いていく姿勢を対外的に示せ」というが、戦争で敗けた以外に何を反省しろというのか。

マッカーサー自身が「あの戦争は日本の自衛戦争だった」と米国議会で証言している。自衛戦争は自然権で、すべての法規の上位に位置する。正当防衛である。

宮本や武藤のオツムのレベルの無知蒙昧官僚が外務省に巣食っているわけだ。ヘタレ外交を一変しないと日本は道を誤る。反日のレッドパージ、お花畑のリベラルパージが必要だ。(2016/1/7)

◆とうとう人民元の大暴落が始まった

宮崎 正弘 


<平成28年(2016)1月8日(金曜日)弐 通算第4774号 > 

 〜とうとう人民元の大暴落が始まった
  中国人民銀行が正式に認めたのは「2015年に外貨準備は5127億ドルも減少した」〜

1月7日、中国の中央銀行である人民銀行が公式に外貨準備高の減少を発表した。

2014年末の外貨準備は3兆8400億ドルだった。

2015年末の外貨準備高は3兆3300億ドルになっていた。マイナス5127億 ドルである。これは「公式」数字、実態はおそらく倍だろう。

この人民元安は中国人民銀行の為替操作が、もはや厳重に管理できず、実勢市場では機能しなくなって、外圧と逃亡資金のメカニズムが当局の意図とは異なる方向へ暴走を始めているからだろう。
 
すでに昨夏の株暴落と人民元下落により、海外華僑が中国から一斉に資金を引き揚げており、年明けとともに株式市場で導入された「7%のサーキットブレーカー」が連日発動され、4日連続、しかも7日は開始後わずか30分で取引停止。

人民元のオフショア市場ではすでに10%崩落している。人民元のオ フォショアは香港、シンガポール、倫敦、そしてフランクフルト。。。。

日本の株式市場は人民元安と上海株の暴落への連鎖で2・9%程度下げたが、もっとも無惨は崩落はウォール街である。

これから、未曾有の人民元暴落がおこることが予想される。

◆若者の「情熱」政治利用を慎め

櫻田 淳



 今月上旬、民主、共産、維新、社民の野党4党は、学生団体「SEALDs(シールズ)」など安全保障関連法の廃止を目指す諸団体と提携し、来年夏の参議院議員選挙に際して「安保法廃止」を争点にして臨む方向で動き出したようである。

今夏の安保法制審議の最中、世の耳目を集めたのは、この学生団体を中心とした若者たちが法案反対運動に参集した姿であった。大人世代の「識者」の中には、件(くだん)の学生団体の活動を評して、「素晴らしい」とか「大きな希望」とかといった言葉で称揚する向きがあった。

前に触れた野党4党の対応もまた、そうした学生団体の活動に期待する「空気」の中で浮上したものであろうことは、容易に推測できよう。

 《人間社会の「複雑さ」を知る》

無論、選挙法改正により選挙権付与年齢が18歳に引き下げられることを考えれば、若者たちが政治に関心を持つように誘うことは大事である。政治に対する関心は、民主主義体制を成り立たせる一つの基盤である。

ただし、「政治に関心を持つ」ということと、「デモや選挙立候補という体裁で政治に参加する」ということの間には、越え難い断層があるのだし、その「政治に参加する」にも、相応の「作法」を踏まえなければならないのだということは、強調されなければなるまい。

そして、「政治に参加する『作法』」を考える上で示唆深いのが、エリック・ホッファーが著書『情熱的な精神状態』に残した次の言葉であろう。 「平衡感覚がなければ、よい趣味も、真の知性も、おそらく道徳的誠実さもありえない」

政治は、「異質な他者」と関係を紡ぐ営みである以上、そこで要請されるのは、人間社会の「複雑さ」への理解であり、ホッファーが呼ぶところの「平衡感覚」である。

マックス・ウェーバーが戯曲『ファウスト』に登場する「気をつけろ、悪魔は年取っている。だから、悪魔を理解するためには、お前も年取っていなければならぬ」というせりふを引きながら、「教養」の意義を強調したのも、時代や国情は異なるとはいえ、その説こうとした問題意識は、ホッファーのものと通底していよう。

《不可欠な「思考の蓄積」》

そもそも、ウェーバーが今では政治学上の古典として語られる講演録『職業としての政治』で意図しようとしたのは、「未熟ではあるが一部は真剣な若者たち」に対して、ワイマール体制下における社会改革への「生煮えの情熱」を鎮静させることであった。

 「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではない」という有名な一節は、そうした講演の意図を含み置いて理解されるべきものであろう。

故に、安保法案を含めたさまざまな政治事象を前に対して、若者たちにまず説かれるべきは、「興奮して軽々に振る舞うのではなく、色々な書を読み色々な見聞を広めながら、幅広い『教養』と確かな『平衡感覚』を身に付けよ」ということであったに違いない。

こうしたことが成るためには、相応の時間を費やした上での「思考の蓄積」が要る。前に触れた「政治に参加する『作法』」を支えるのは、そうした「思考の蓄積」に他ならない。

《不可欠な「思考の蓄積」》

そもそも、ウェーバーが今では政治学上の古典として語られる講演録『職業としての政治』で意図しようとしたのは、「未熟ではあるが一部は真剣な若者たち」に対して、ワイマール体制下における社会改革への「生煮えの情熱」を鎮静させることであった。

「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではない」という有名な一節は、そうした講演の意図を含み置いて理解されるべきものであろう。

故に、安保法案を含めたさまざまな政治事象を前に対して、若者たちにまず説かれるべきは、「興奮して軽々に振る舞うのではなく、色々な書を読み色々な見聞を広めながら、幅広い『教養』と確かな『平衡感覚』を身に付けよ」ということであったに違いない。

こうしたことが成るためには、相応の時間を費やした上での「思考の蓄積」が要る。前に触れた「政治に参加する『作法』」を支えるのは、そうした「思考の蓄積」に他ならない。

《不可欠な「思考の蓄積」》

そもそも、ウェーバーが今では政治学上の古典として語られる講演録『職業としての政治』で意図しようとしたのは、「未熟ではあるが一部は真剣な若者たち」に対して、ワイマール体制下における社会改革への「生煮えの情熱」を鎮静させることであった。

「善からは善のみが、悪からは悪のみが生まれるというのは、人間の行為にとって決して真実ではない」という有名な一節は、そうした講演の意図を含み置いて理解されるべきものであろう。

故に、安保法案を含めたさまざまな政治事象を前に対して、若者たちにまず説かれるべきは、「興奮して軽々に振る舞うのではなく、色々な書を読み色々な見聞を広めながら、幅広い『教養』と確かな『平衡感覚』を身に付けよ」ということであったに違いない。

 こうしたことが成るためには、相応の時間を費やした上での「思考の蓄積」が要る。前に触れた「政治に参加する『作法』」を支えるのは、そうした「思考の蓄積」に他ならない。

そうであるとすれば、野党4党に限らず政治勢力一般が、「政治の現場」に若者たちを招くことによって広く見聞を深める機会を提供するのは、大いに奨励されるべきことかもしれない。けれども、自らの政策目的の貫徹や党勢の拡大のために若者たちの「情熱」を利用しようとするのは、厳しく戒められなければならない。

 《禍根を残す野党の対応》

1930年代のナチス・ドイツにおける「ヒトラー・ユーゲント」にせよ、1960年代の文化大革命下の中国における「紅衛兵」にせよ、大人世代が若者たちを煽(あお)り、政治勢力が若者たちの「情熱」を利用しようとした弊害の事例は、史上枚挙にいとまがない。野党4党は、「若者たちに、どこまで政治に関わらせるか」ということについて確たる見極めができているであろうか。

そうでないならば、野党4党の対応は、日本の民主主義体制に甚大な禍根を残すことになろう。前に触れたホッファーが書いたように、「ある理想を実現するために一つの世代を犠牲に供する人は、人類の敵である」というのは、一つの真理である。

筆者は日々、政治を観察し考究するのを生業としているけれども、それでも常々、広く政治に「距離」を置く姿勢は大事であると考えている。再びホッファーの言葉を引くならば「わが国家、人種への誇り、正義、自由、人類等々に対する献身も、われわれの人生の内実であってはならない」という言葉にこそ、共感を覚える。若者たちに対して伝えられるべきは、こうした言葉に表される政治への「距離」の感覚であろう。

           (さくらだ じゅん) ・東洋学園大学教授

産経ニュース【正論】2015.12.29



2016年01月08日

◆憲法違反の安保法制白紙論

宝珠山 昇 



集団的自衛権の主体的・戦略的な行使体制の整備を含む安全保障・国際協 力体制を充実する必要性を、数十年にわたって主張し続けてきた。古くか らの友人・知人たちは、小生のこの姿勢を理解してくれていると思っていた。

しかし、今年の年賀状の一部に「去年は憲法の講座を受講しました。日本 国平和憲法は、国際法の一般原則に沿ったもので、グローバルスタンダー ドに則したものでした。集団的自衛権は間違いなく憲法違反だと確信しま した」、「世の中物騒になってきましたね」、「戦争法を擁護しないで」 などと特記したものがあった。愛国派の常識人が多い小生の友・知人に も、亡国の護憲論などの悪影響が及んでいるのかと残念に思っている。

「頂門の一針」の賢明な読者には、全く不要なことであるが、集団的自衛 権の行使は日本国憲法に違反するものではないこと、これを限定的に行使 できるようにした安全保障・国際協力体制の改正法を「戦争法」などとし て批判する論者・政党の言動は基本的人権を軽視した憲法違反行為であ り、善良な国民を誤った道に誘導していることを、改めて述べさせていた だきます。

日本国憲法の基本的特徴は、国民主権、基本的人権の尊重、戦争の放棄で ある。この中で至高の基本理念は、第97条にも記述されている「人類の多 年にわたる自由獲得の努力の成果である基本的人権」である。これは、人 類が、部族、民族、宗教、国家などの闘争経験などから得た教訓の結晶で ある。

象徴天皇制の採用、戦争の放棄、議院内閣制、司法権の独立、地方自治の 保障などは、第3章に規定している基本的人権を最大限保障・享受するた めの制度・手段の体系である。

戦争の放棄につては、諸説あるが、主権国家で構成されている現在の世界 において、独立国家の憲法が自衛のための武力行使を放棄することはあり 得ない。

しかし、政府は「我が国が国際法上、国連憲章第51条による個別的及び 集団的自衛権を有していることに疑いはないが、我が憲法の下で認められ る自衛権の行使は、我が国に対する急迫不正な侵害に対しこれを排除する ためとられる必要最小限の範囲のものであるから、個別的自衛権の行使に 限られる。すなわち、我が国は、憲法上、集団的自衛権の行使を認めてい ないと解している」などとして、自衛権の行使を制限してきた。

これは、古からの数多の被征服民族、敗戦国などの歴史に見られるよう に、食うや食わずの困窮下に追い込まれている国民を、他国の戦争に動員 し奴隷的に酷使されることを拒み、基本的人権を保障する効果をもった、 この時代の安全保障環境とわが国の実情を踏まえた適切な選択であった。

これらは、また、世界の指導的国家が、特に同盟国の米国が、圧倒的な力 を持っていた戦略環境の中で、その庇護の下で、戦後復興などに諸資源を 傾斜配分する我が儘を許されたことによるものである。しかし、今は違う。

現代は、核兵器、大量無差別破壊殺傷兵器、高性能ミサイル、などの拡散 は続き、戦場は宇宙にまで拡大するなどして、いかなる大国も単独では国 民の基本的人権を保障できない時代である。

わが国の唯一の同盟国・米国の力は相対的・傾向的に低下している。覇権 国家、多民族・移民国家などに特有のテロリストの脅威にも悩まされ、世 界各地、特にアジアで、強大な挑戦を受けている。今も最強国であるとは いえ、諸国から期待されている「世界の警察官」の役割は果たせなくなっ ている。「米国による平和」は細り続けている。

欧・露の諸国は、古くからの地政学的対立を顕在化させ、地域内の内部矛 盾・対立なども孕み、国際的な指導力・対応力は弱まっている。

世界の原油供給基地、中東では、古くからの宗教的対立、イスラーム・ア ラブ諸国のキリスト教諸国の支配からの脱却運動、などが活発化・過激化 し、大国などの資源獲得戦略が絡まり、混迷の様相を深めている。

わが国周辺、アジアでは、中華帝国の再現を夢見ているような巨大な無法 独裁国家、領土拡張、民族浄化も厭わない国、これらに同調する国、わが 国の富、技術、領土などを狙う国家などが存在している。

これらの蛮行の被害を受ける周辺のインド、東南アジア諸国などの対応力 は成長途上である。これらは、我が国の動脈、西太平洋、インド洋などの 海上交通路、交易体制の安全を脅かすものでもある。

これらの脅威を抑止し、秩序を確立する力は誰も持てなくなっている。国 際連合は十分に機能しない。米国を中心とする民主主義諸国などが結束・ 協力して、世界の法秩序を建設して行く以外に道はない。

わが国は、世界有数の裕福な国に復興している。TPP交渉などに見られる ように、主体的・戦略的に諸権利を行使し得る自由民主主義国に到達しつ つある。

このような中で、日本国民が基本的人権を不断に享受して行くには「不断 の備え・努力」が必要、それは単独では不可能なこと、相互協力・援助の 集団安全保障体制の強化が不可欠である。

これを充実しようとしているのが昨年の国会で成立した安全保障・国際協 力関連法である。これらは、我が国に対する侵略などを未然に防止する、
「物騒な世の中」にならないようにするための措置・施策である。

これを「戦争法」などと批判し、「白紙」に戻そうなどとするのは、亡国 の言動、基本的人権を軽視した、憲法第12条、第99条等に違反する行動で ある。

確かに、他国の戦争に巻き込まれるのは防止しなければならない。「存立 危機事態」であるかどうかの判定は、困難なもの、判断が分かれるものも あり得る。その判定の最終的責任は、国権の最高機関が負うべきものである。

他国の戦争への「巻き込まれ防止」は、行政府の安全保障関連法の運用を 監視する能力を向上することによって達成すべきもの、憲法解釈論争など によってではない。(2016年1月7日)



◆すでに13万人が失脚

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)1月7日(木曜日)通算第4772号 > 

 〜2015年11月までに綱紀粛正で落馬は29011名
   中国の公務員は12年の「反腐敗」以来、すでに13万人が失脚〜


刑務所は「腐敗」で満杯、もう収容能力がない、って。

王岐山が習近平の信任の下に推進した「蠅も虎も」という反腐敗キャン ペーンで、12年開始以来、小役人や雑魚を含めると共産党員の13万 名が取り調べをうけ、なにがしかの罰を受けた。13万人、桁が違うなぁ。

中国のメディアが騒いだ直近の「有名人」でも、江西省元副省長。 300万言の収賄が立証され落馬した。安徽省副書記の韓先聡の場合は 「職権濫用」。チャイナテレコムのボスも落馬し、国家資源エネルギー省 副大臣の収賄額は2億元に達していた。

2015年11月までに拘束去れ、取り調べを受けたのは29011名、441の市、  3800の県レベル幹部に捜査対象は及んだ。

拙著『中国壊死』でもしてきたように、汚職体質は中国人のDNA、5年 や10年で変わる筈がないのだが。。。。。。
         

◆中国経済の崩壊が本格化している

石  平



産経ニュース【石平のChina Watch】2015.12.4

倒産ラッシュ、人員削減…中国経済の崩壊が本格化している

9月24日掲載の本欄は、8月と9月に公表された一連の統計数字か ら、 「崩壊へと向かう中国経済」の実態をリポートした。実は10月と 11月に 入ってからも、この国の経済の沈没ぶりを明確に示すような数字 や報道 が続々と出てきている。

まずは10月19日、国家統計局が第3四半期の経済成長率を発表した が、 それは前年同期比6・9%で、今年上半期の7%よりさらに鈍化し て、 2009年第1四半期以来の低水準となった。

もちろん、政府が公表したこの「6・9%」の成長率、あるいは上半期 の「7%成長率」は果たして本当であったかどうかも実に疑わしい。

中国 では、たとえば電力消費量の伸び率がいわゆる「李克強指数」の一 つとし て経済の実態をより適切に反映しているが、今年1月から9月ま での全国 の電力消費量伸び率が0・8%であったことは、10月22日の中 国電力 企業連合会の発表で判明している。

2013年は政府発表の成長率が7・7%であったが、同じ年の電力消 費量 の伸び率は7・5%であった。しかし上述のように、1〜9月の電力 消 費量伸び率がただの0・8%であったならば、同じ時期の経済成長率は 7%か6・9%であるはずはない。おそらく、0%成長に近い水準にある のではないか。

そして、9月と10月の電力消費量は両方とも前年同期比0・2%減と なって絶望のマイナス成長に転じているから、秋に入ってからの経済状況 はさらに悪化していることがよく分かる。

対外貿易の関連数字も大変悪い。10月13日の中国税関総署の発表に よる と、1月から9月までの輸入は前年同期比で15・3%減となってい ると いう。9月のそれは前年同月比で実に20・4%減となっており、輸 入が 急速に縮小していることがよく分かる。


2016年01月07日

◆挨拶の言葉の中に日本がある

加瀬 英明



日本語のなかに、外国語にひとことで訳せない言葉が、沢山ある。

私は英語屋だ。海外と折衝することによって、糊口(ここう)を凌いできた。

外国語にならない日本語が多いと思うたびに、日本人として生まれてよかったと、深く満足する。

箸をとって食事をはじめる時に「いただきます」というが、中国語、韓国語、英語などのヨーロッパ諸語に、このような表現がない。

英語であれば食卓を囲んでから、主なる神に感謝する、短い祈祷文を唱えたものだ。

いまでは、多くの英語国民の信仰心が薄くなったが、ほかにきまった言葉がないので、フランス語を借りて「ボナペティ」(よい食欲を)という。 

お隣の韓国では「チャルモッケスムニダ」(これからよく食べます)、「チャルモゴスムニダ」(よく食べました)だし、中国語では「開始吃飯(クアイスツーファン)」(これから食べます)、満腹になったら「好吃飯了(ハオツーファンラ)」(よく食べました)という。

 天地の万象に感謝

私たちが「いただきます」「御馳走さま」という時には、天地(あめつち)の万象に感謝する。だから、だされた食事を残してはならない。

心や、和も、英語にない。親しい友人のヘンリー・ストークス氏にたずねたところ、文面で回答をくれた。『ニューヨーク・タイムズ』や、『ロンドン・タイムズ』などの東京支局長を歴任したジャーナリストだ。滞日50年になる。

「『こころ』を、英語でどのように訳したらよいか。1語で、とうてい訳せない。そういってしまうと、『欧米人には「こころ」がないのだ』といわれると癪なので、ずっと考えたが、思い当たらない。

『こころ』の言葉を英語で求めると 『こころ』とまったく同じ英語はないが、『こころ』のような意味で、『ハート』や『マインド』を使っている。辞書で調べると、『ハート』や
『マインド』には、数多くの意味がある。

『マインド』は思考に近い。頭で考える範疇で、そこから『アイディア』が生まれてくる。ほかに『マインド』には、『思考、感情、意志などの働きをする』心、『理性を働かせる』知性、記憶や、考えなどの意味がある。

A strong (weak, clear, shallow) mind 『強い(弱い、明晰な、浅薄な)心』という。A sound mind in a sound body.『健全な精神は健全な肉体に宿る』という格言もある。

『ハート』は心臓だ。心配ごとがあると、心臓の鼓動が乱れて、胸が苦しくなる。

My heart leaps up.(心が躍る)という表現もある。My heart is full.というと、『胸がいっぱい』だ。『心』に近いからだ。英語では Whatthe heart thinks, the mouth speaks. (心に思ったことは、口に出る)という諺もある。

 『和』という言葉も外国語にない

人々のあいだの『和』だが、この『和』も世界のなかで、日本にしかない。

この『和』という言葉も、ひと言で外国諸語に訳することができない。中国にも、インドにも、どこにもない。

英語なら、きっと『ハーモニーharmony』――音や、行為、考え、感情な どの調和、一致――が近いと、思われるだろう。

だが、『ハーモニー』は人々が音や、考えや、行動を調和させるか、一致させようと思いたって、参加している人々がそのように決めた結果として、もたらされるものだ。

 『和』は泉の如く湧き出ずる言葉

だが、日本人にとっての『和』は、つねに日本人のこころのなかにあって、心からごく自然に涌きでるものなのだ」

私が所蔵している、全20巻の『日本国語大辞典』(小学館)によっ て、「こころ」が頭についた言葉をひくと、「心相(こころあい)」から始まって、
「心有(こころある)」「心合(こころあ)わせ」「心意気(こころいき)」「心一杯(こころいっぱい)」「心入(こころい)り」「心得(こころえ)」「心覚(こころおぼ)え」「心堅(こころかたし)」「心掛(こころが)け」「心構(こころがま)え」「心配(こころくば)り」「心化粧(こころげしょう)」「様(こころざま)」「心魂(こころだま)」「心盡(こころづく)し」など、400近い言葉がこれでもか、これでもか、というように でてくる。

 日本人は、心の民なのだ。

ちなみに三省堂の『最新コンサイス英和辞典』で、heartをひくと、heartache(心痛)、heartbeat(心臓の鼓動)から、heartwood(材木の心材)まで、僅か26の熟語しか載っていない。英語をはじめとするヨーロッパ諸語では、「心」は動物の心臓に近いのだ。

世界諸語のなかで、「お猫さん」「お猿さん」「トンボさん」「お寺さん」「新聞屋さん」「飲み屋さん」「御馳走様」「世間様」というように、あらゆるものに「さん」「様」の敬称をつけるのは、日本だけである。人間様だといって、威張ることがない。

 万物は全て神様

私はよく祖母から、「そんなことをしたら、世間様に顔向けできません」「世間様に感謝しなさい」と、たしなめられたものだった。

世間が神になっているのは、日本だけだ。和の心から、発するものである。和が神なのだ。

私は地方を訪れるたびに、駅の構内に駅弁が並んでいるのに、見とれてしまう。仙台駅の「炭焼牛タン弁当」、横川駅の釜に入った「峠の釜めし」、鎌倉駅の「かまくら旬彩弁当」‥‥日本中の主要な駅の数だけある。

 駅弁の数々は日本の心の風景である

世界の2大美術館といえば、ロシアのサンクトペテルブルグのエルミ タージュと、パリのルーブル美術館が有名だが、駅弁は足を停めて、目で 堪能するだけで、エルミタージュや、ルーブルを訪れるのと、同じ価値がある。

盛り付けが美しい。幕末から明治にかけて、ヨーロッパの人々がはじめて日本の浮世絵に出会った時と、同じような衝撃を受ける。

日本は世界のなかで、美的感覚がもっとも突出した文化だ。これほどまで、美にこだわる国民は他にない。

日本人が寡黙なのは、何ごとにつけ、心を大切にするからである。

心が美しいことや、ものを、求める。私たちが論理を疎(うと)んじて、理屈を嫌ってきたのは、美は言葉で説明すべきでないからだ。

私たちは中国人、韓国人や西洋人のように、饒舌に理屈を用いて、 何が正しく、何が悪だときめつけることをせずに、何ごとについても、美 しいか、清くないかということを、尺度とする。言葉は少ないほうがよい。言葉は邪魔になる。

 言葉は主張と弁解により生きる

私は言葉に備わっている最大の機能は自己(エゴ)の主張と、弁解することにあると思う。日本人は和を大切にするから、言葉を信用しない。

言葉は言い争って、相手を負かす道具である。

いま、中東を舞台として、イスラム教の2大宗派であるスンニー派と、シーア派が殺し合いに明け暮れているが、このあいだまでキリスト教が旧教(カトリック)と新教(プロテスタント)に分かれて、ヨーロッパを荒廃させた宗教戦争を再演している。

私たちには、キリスト教や、イスラム教や、その分派である共産主義は、論理を振り翳して諍(いさか)うからなじまない。言葉を乱用すると、心が和まない。

私たちの先人が、世界に類(たぐい)がない寡黙な文化を培ってきたのは、素晴しいことだ。

古来から、日本では言挙(ことあげ)する――声を張りあげて強調していうことを、嫌ってきた。

 和を大切にしてこそ存在がある

私たちは和を大切にして、譲り合って生きてきた。いがみあうのは醜く、美しくない。

日本には外国であれば、あり得ない戒めが多いが、「負けるが勝ち」という言葉も、日本にしかない。外国人にいくら説明してみても、怪訝な顔をして、理解してもらえない。日本の外の世界では、一度負けてしまったら、再び立ち上ることができない。

だから、河野官房長官談話のように、心にないのに詫びたら、外国では通用しない。

日本は「美(うま)し国(くに)そ あきづ島大和の国は」(万葉集、あきつは蜻蛉(とんぼ))というように、諍(いさか)うことを嫌う、美しい心が宿る国なのだ。

◆私の「身辺雑記」(300)

平井 修一



■1月4日(月)、今日から普通の日が始まる。朝は室温12.5度、快晴。ゴミ出し、朝食、洗濯・・・いつもの日常が戻ったとはいえ、主夫業はエンドレスだな。N母子も帰って家はひっそり。久し振りにフル散歩。

「一平二太郎」。藤沢周平、司馬遼太郎、池波正太郎のことだそうだが、いずれも人気者だった。藤沢と池波は「時代小説」が、司馬は「歴史小説」が多いようだ。

時代小説は、戦国時代とか江戸時代とかを背景にした創作。藤沢はエッセイ「時代小説の可能性」(1979年)のなかで大要こう書いている。

<時代や状況を超えて、人間が人間である限り不変なものが存在する。(これを)「人情」と呼んでもいい。現代は、どちらかと言えば不人情が目立つ時代だろう。親は子を捨て、子は親を捨てる。

だがそういうことは、今に始まったことではないだろう。昔も行われたことが、今も行われているのである。

いったいどういう世の中が来るのかと思うような今の状況も、歴史に照らしてみれば、こういう価値観の混乱は、戦後の一時期にも現れたし、また明治の初期にも現れたことだと思いあたる。

まして人間そのものがどれほど変わったろうかと思う。一見すると時代の流れの中で、人間もどんどん変わるかに見える。だが、人間の内部、本音ということになると、むしろ何も変わっていないというのが真相だろう。

小説を書くということは、こういう人間の根底にあるものに問いかけ、人間とはこういうものかと、仮に答えを出す作業であろう。

時代小説で今日的状況をすべて掬い上げることは無理だが、そういう小説本来の働きという点では、現代小説を書く場合と少しも変わるところがないと私は考えている>(以上)

池波はしばしば「人間はいいこともするし、同時に悪いこともする」と書いている。田中角栄など「毀誉褒貶の人」はいっぱいる。大物になればなるほどそういうものだろう。結局、時代小説でも「人間とは何か」がテーマなのだろう。

歴史小説はある程度、史実(のようなもの)をちりばめた(ベースにした)創作で、時代小説と境界がはっきりしているわけではなさそうだ。ところが歴史小説を史実のように思ってしまうと、とんでもないことになる。

たとえば新撰組副長だった土方歳三。司馬の「燃えよ剣」を読むと、「土方はカッコイイな、信念を貫いたんだ」なんて思ってしまう。「これからは鉄砲、大砲の時代だ」と新撰組の武器の洋式化を図ったのだ、「すごい
なあ」なんて思ってしまう。

ところが調べてみると、かなり違うようだ。

<慶応4年(1868年)1月3日、鳥羽・伏見の戦いに始まる戊辰戦争が勃発し、歳三は墨染事件で負傷した近藤の代わりに新選組を率いて戦うが、新政府軍の銃撃の前に敗北する。

その後、江戸城に登城した歳三は、佐倉藩江戸留守居役の依田学海に戦況を尋ねられると、「戎器は砲に非ざれば不可。僕、剣を帯び槍を執り、一も用うるところなし」と語り、洋式軍備の必要性を痛感した。

もっとも、歳三は鳥羽・伏見の戦い以前の慶応元年頃から、これからは刀で戦ができない時代であると悟り、洋式軍備を進め始めてはいた。

鳥羽・伏見の戦いで敗れた幕府軍が大坂から江戸へ撤退した後、近藤は大久保大和、歳三は内藤隼人と名乗って「甲陽鎮撫隊」を結成、甲斐国(甲府)に向かう。しかし3月6日、甲州勝沼の戦いで敗戦>(ウィキ)

(平井:官軍・西郷と手打ちした勝海舟が新撰組を呈よく江戸から追い払うために甲府100万石を餌に近藤に甲府行きを使嗾したそうだ)

この際に土方は断髪し、マント、ブーツという出で立ちであった。余程うれしかったのか記念写真を撮っている(永倉新八の回顧録)。無邪気!

甲陽鎮撫隊は6600両の軍資金と大砲5門、小銃500丁も与えられたが、実際に持参した大砲は2門のみだった。甲陽鎮撫隊は3月6日に甲州街道の観音坂に保塁を築いて大砲を据えようとしたが、分解して運んだために組み立てなければならない。

ところが組み立て担当者が農兵募集で出かけており、一人もいない。どうにか組み立てたものの、砲手の経験者がいない。剣豪たちも大砲についてはまったく素人だった。官軍はどんどん迫ってくる。「幕末維新・あの人のその後」(PHP文庫)から。

<作戦では、街道をやってくる官軍には炸裂弾、岩崎山の官軍には散弾を撃ち込むはずだったのだが、砲弾を間違えて撃ったり、火口を切らずに撃ったため、弾丸がまともに飛ばなかったり、ついには砲口からすとんと落ちて、谷底に転がり落ちてしまう始末であった。

大砲も銃も命中しないまま、官軍により正面と左翼から銃撃を受けると、甲陽鎮撫隊は潰走した。戦いは正午ごろに始まって、勝負が決したのは午後2時ごろ。

せっかくの西洋の武器も、取り扱いができなかったばかりに、戦いはわずか2時間ほどで甲陽鎮撫隊の完敗に終わったのである>

カッコイイどころか大間抜けだ。同情的に解釈すれば、土方は頭では銃砲の威力を知っていたが、知識もなく使い方も知らなかった。隊士もろくな訓練をしていなかったのだろう。猫に小判、司馬に戦車だ。大いなる無駄、無意味。

この不都合な真実を司馬は「燃えよ剣」でまったく触れていない。歴史小説は時に大嘘まがいを書く(不都合なことは書かない)から、かなり注意した方がいい。騙されると目がくらんで本当のことが分からなくなる。

ところで今朝の産経に、司馬の再婚相手の福田みどり(旧姓松見、ともに産経大阪文化部出身)が「家事がまったくできなかった」と書いてあった(松坂慶子、作家・宮城谷昌光の対談)。家事は女中さんがやっていたのだろうか。

司馬が先妻となした長男は今はどうしているのだろう。司馬遼太郎記念財団のサイトには「評議員 福田尚平 司馬家親族」とあった。検索したら平成26年3月10日発行の東大阪市立小阪小学校の「学校通信 小阪小だより」にこうあった。

<小学校の校長もしておられた福田尚平先生に来ていただき、ご自身の体験やお父さんの司馬遼太郎さんのこと、「21世紀に生きる君たちへ」のことなど、3回にわたって学習しました。貴重なお話から学んだこと、自分の生き方に生かしてほしいと思います>

尚平は9億円相続したものの真面目に教育者として過ごしたようだ。両親が離婚し母親が追い出された当時、尚平は1歳ほどだったが、司馬は(仕事にかまけて)家に帰ることは少なかったようで、司馬の両親が長男の面倒を見ていたのかもしれない。

司馬は膨大な著作があるが、先妻や長男のことはまったく書いていない。「不都合な真実は隠す」のが初期設定のようだ。

「対談・維新の人間像」(司馬「歴史と小説」所載)から。

<戦国から幕末に至るまでの日本人は、「人間というのはどう行動すれば美しいのか」ということばかり考えていたような感じがありますね。「燃えよ剣」の土方歳三の方が(竜馬よりそれが)端的なんです。だから私の創作態度というか人間の捉え方というか、それに一番至当している感じが「燃えよ剣」にはするんです・・・

(乃木希典を主題とした「殉死」は乃木の生き方の)おかしさや滑稽さ、というよりも、むしろ憎悪で書いたような気がしますね>

司馬は愛憎の念がかなり強かったようだ。女性的な感じがする。そうであるなら「話を聞かない男、地図が読めない女」という本のタイトルがストンと腑に落ちる。

戦車隊長の司馬(福田)は方向音痴で地図が読めないのだろう、朝鮮半島で「すいませーん、ソウルへはこの道でいいですか」と朝鮮人に尋ねている。土方同様の間抜けというか、ほとんど女の感覚だ。

荷風散人は芸者を落籍(ひ)かせて「家に納(い)れて箕帚(きそう、ほうきとはたき)を執(と)らせたこともあったが」まったく役立たずで別れたと書いている。家事のできない女を普通の男は受け入れない。

福田みどりは家事はできないが、おしゃべりはできる。司馬は出張先からみどりにしばしば電話したようだ。おしゃべりの相手としてみどりは良かったのだろう。普通の男は妻とおしゃべりはあまりしない。

司馬が女性的ならみどりは素敵なおしゃべり相手だ。おしゃべり友達。そういう関係だったのではないか。

司馬には男臭さがない。男のエゴ、価値観を女に押しつける男(細川ガラシャの旦那や乃木)を激しく憎悪している。

司馬は本質的に女なのかもしれない。一種のLGBT。濡れ場を描くのが恐ろしく下手である。不潔だと思っているのではないか。

そう言えば司馬は父親に頭が上がらなかったようだ。一種のファザコン? ウィキには「父親と距離を置くような厳格な家庭で育った場合、厳しい父親に表面的な愛情表現をされないまま成長してしまったために、その欠落感を埋めるために父性的なものに憧れ、ファザー・コンプレックスが形成される」とある。

みどりが父性役? それなら家事はできなくてもいいわけだ。

う「尚平」? 「平和を貴ぶ」の意だろう。それなら「青い山脈」、マルクスボーイ、岩波ボーイの戦後9条民主主義「お花畑」世界だ。2月12日の司馬の命日「菜の花忌」、なるほどね。

いささか脱線したが、歴史小説には気を付けた方がいいということ。騙される方がバカということになる。千三つとは言わないが、せめて話半分、眉唾物と心得た方がいい。

■1月5日(火)、朝は室温12.5度、快晴、ハーフ散歩。

新年早々、中近東の大国、スンニ派サウジ(アラブ)とシーア派イラン(ペルシャ)が周辺国を巻き込んで大喧嘩を始めた。仁義なき戦い。今年も殺しまくるのだろう。

イスラム教には30以上の宗派があり、アッラーも1号から30号がいるのだろう。天上では神様同士が殺し合っているのか。地上では「神のために死ぬ」こそイスラム教徒の最高の名誉であり、殉教者になる道だ、神は偉大なり「アッラーフ・アクバル」と叫んで自爆する。それが信者の生き甲斐なのだ。

山本夏彦翁「かいつまんで言う」から。

<生き甲斐とは何かと、藪から棒に聞かれたことがある。真面目な若者の中には、こうした質問をして人を困らす者がある。生き甲斐論が盛んだから、それに左右されて聞いたのだとすれば、その真剣な顔にもかかわらず出来心だろうし、思いつめて聞いたのだとすれば、何を思いつめたのか気味が悪い>

翁は若かりしころ欧州で2回自殺にトライしたが死にきれなかった。「死神にも見放されたので、以来、自殺は試みない」と書いている。

自殺する理由の半分は「病苦」、次いで「貧困」「男女問題」「家庭問題」などで、哲学的な問題で自殺する人は少数派だ。戦後、「人生は不可解なり」と書き置きして自殺した若者がいて話題になった。昔からそういう人は珍しかったのである。

翁は「ダメの人」で、自殺もしくじった。そういう人に「生き甲斐とは何か」「生きる意味は何か」「なぜ生きるのか」と聞くのは失礼だし、酷である。確かに「思いつめて聞いたのだとすれば、何を思いつめたのか気味が悪い」。「誰でもよかった」と事件を起こしそうだ。人に迷惑をかけずに一人で勝手に自殺してくれ。

人間が生物として生きる意味ははっきりしている。子孫を残すことだ。独身の青春時代はあれこれ悩ましいが、結婚して子をなせば必死で餌を運んでこなければならないから、悩みなんか吹っ飛んでしまう。小生は「結婚して救われた」とつくづく思う。

ところでWHO(2004年)の10万人当たりの自殺者の国際比較がある。上位はリトアニア44.7人、ロシア38.7人、ベルラーシ33.2人、ウクライナ29.8人、カザフスタン28.8人。いずれも住みにくそうな国だ。日本は24.1人で堂々の10位。

リトアニアはEU加盟国だが、1人当たりの国民所得はEU平均の半分だという。失業率も高い。貧困ではないが暮らし向きは悪そうだ。EUの中で殺人発生率も最も高い。

上位5か国は旧ソ連だったからウォッカを愛飲するのだろう。ライブドアニュース2015/1/6から。

<ロシア男性の25%が、ウォッカが原因で55歳までに亡くなっていることが、オックスフォード大学の研究によって明らかになりました。

15万人を対象にした調査によると、ロシア人男性のアルコール摂取を原因とした死亡率が非常に高いことが判明しました。

特に週3本以上のウォッカを飲む人に顕著で、肝臓がんなどの病気だけでなく、事故や暴力、自殺なども含まれ、特にこの30年ほどは、大統領の政策によって死亡率が大きく上下してきたこともわかっています。

1985年のゴルバチョフ時代にはアルコールが制限されたことで摂取量が25%減少し、それに比例するように死亡率も減少しています。

その後ソビエト連邦の崩壊によりアルコールの摂取量は上昇し、同時に死亡率も上がっています。

2006年にはアルコール政策が見直され、アルコール摂取量が3分の1になった結果、55歳までの男性の死亡率も下がりました。

このことからウォッカの摂取量を減らすことによって、早期死亡のリスクを減らせると結論付けています>

アル中は「慢性的自殺」と昔から言われている。人にもよるだろうが、酒を飲んで陽気になったり、逆に飲めば飲むほど陰々滅々になったりする。ウォッカ、焼酎など強い酒ほど陰々滅々になりやすいようだ。

「酒と泪と男と女」河島英五作詞・作曲:

忘れてしまいたいことや
どうしようもない寂しさに
包まれたときに男は
酒を飲むのでしょう
飲んで飲んで 飲まれて飲んで
飲んで飲みつぶれて 眠るまで飲んで
やがて男は 静かに眠るのでしょう

小生は焼酎を永年愛した。夏場はアイスで、冬場はホットで痛飲した。陰々滅々、人生に疲れ果てて「もういいや」と自殺も1回試みた。子供3人が独立したので餌を運ぶ義務が軽くなったことも大きい。「生きる意味」が薄くなってきたのである。(3年以上前から焼酎を止めてワインにしたら脳みそを含めて体調は良くなった)

こんな感じでウォッカ中毒の男どもはこの世にオサラバするのだろう。酒は危険なキチガイ水。イスラム教が酒を禁じるのも分かる。

「イスラム教徒は酒で鬱屈を晴らせないからテロに走る」と先輩が言っていたが、これも一理ある。原理主義、聖戦主義は純度と度数の高い酒のようだ。信者はそれに酔うのだろう。

ゴルバチョフのソ連版「禁酒法」は国民から大反発された。生産性向上のためにウォッカ生産と流通を著しく制限し、飲酒行為までも制限する法令を施行しキャンペーンも展開した。当時のアネクドートから。

<*モスクワの酒屋の前にて

「一体どうしてあの男はウォッカの販売を禁止したんだ!ゴルバチョフを殴ってくる!」と酒屋に並ぶ行列から一人の男がゴルバチョフの所へ向かった。しかし暫くしてその男は戻ってきた。

別の男が「一体どうしたんだ?」と聞くと「この店の行列よりゴルバチョフを殴ろうとする奴の行列が長かった」と言った。

*女性秘書と執務室で

「君と一緒だと仕事が上手く進むんだ。喜ばしいから今日はウォッカで乾杯しようじゃないか!」「お酒を飲んではマズイわ…」「じゃ、裸で『肉体的友好』を図ろうじゃないか!」「いいわよ!」(二人は下着姿に。秘書があわててドアを閉めようとする)

「あ、ドアは開けておきなさいよ。中で酒を飲んでいると思われたら困るから」>

ゴルバチョフが失脚したのは飲兵衛の怨念、祟りか。エリツィンが大統領になれたのはウォッカ好きだったからか。酔っぱらいの弊害を間近で見ていたプーチンは「ウオッカやコニャックを1、2杯飲む程度で、これまで酒に酔ったことがないほど優れた自己コントロール力で知られている」(韓国中央日報2013/11/15)

プーチンはビールも好きなようだが、最高でアルコール度数96度などというウォッカを愛する人々からすれば5%、10%のビールは酒のうちには入らないそうだ。

今朝の産経の石原慎太郎インタビューは面白かった。

<――日本の政治家の中に人物と呼べる人は

「日本の政治家はみんな官僚みたいになりました。大学の教授に『田中角栄のことを一人称で書いたらどうですか』って言われ、なるほどな、と思って書きました。田中角栄とは天才ですね。郵政大臣の時に43のテレビ局全部を認可しました。新幹線も高速道路も、飛行場もそうです。すごい。こんな政治家いませんね」

「ロッキード事件は完全にでっち上げです。よく分かりました。角さんが総理大臣をやっていた昭和49年の参院選。あのとき自民党の公認料は1人3千万円ですよ。選挙で使ったお金は300億円です。だから、ロッキード事件の5億円は角さんにしたら選挙費用の中で、はした金。金集めたら偉いと思わないけど。それに彼が作った個人立法が33本あるんですよ。政治家1人が個人的に作った法律がそんなに通用している政治家はいませんよ」

――田中角栄さんがいたら東京五輪は

「やはり、ものがバタバタ決まっていったでしょう、早く」>

世界を見渡すと、毀誉褒貶だろうが剛腕で国益のために政策を進めていく政治家はプーチン、トルコのエルドアンくらいか。ヘビー級の曲者だ。この二人がにらみ合っているのは何か象徴的である。

総じて世界の政治家も国民もミドル級以下で覇気がない。地域の安定をまとめられずにタガが外れ放題だ。アジアの安定に安倍ジャパンは積極的に関与すべきではないか。ミドル級なりにやれることはある。大東亜共栄圏再び!

■1月6日(水)、朝は室温14度、曇、ハーフ散歩。

産経1/5によると前陸上幕僚長の君塚栄治氏の葬儀が大晦日に行われた。

<東北方面総監時代に東日本大震災が発生。10万人を超える陸海空3自衛隊を統括する「統合任務部隊」の指揮官に就任し、被災者の救難支援に当たった。

「最終バッター、最後のとりで。われわれの後はない」。自衛隊史上、空前のオペレーションに際し、そう思い極めていたという。

平成27年12月28日死去。享年63。大みそかの告別式には約300人の参列者が駆けつけた。最後は、儀仗隊による荘厳な演奏によって見送られた>

早すぎる死、死因は不明だ。自殺なのか。

産経2015/12/5によると――

<陸上自衛隊の東部方面総監などを歴任した泉一成・元陸将(64)がロシア大使館のセルゲイ・コワリョフ元駐在武官(50)=帰国=に陸自の内部資料を渡したとして、自衛隊法違反の教唆容疑で書類送検された事件で、元武官が自衛隊や米軍の動向を探ろうと日米が行う「日米共同方面隊指揮所演習」についての情報を求めていたことが5日、捜査関係者への取材で分かった。

捜査関係者によると、元武官は演習での米軍の編成などについて情報を要求。泉元陸将は東部方面総監の平成20年、同演習で日本側の指揮を担当していたが、元武官の要求を拒否した。

事件では、泉元陸将の依頼を受け教範入手に関わったとして陸自富士学校長の渡部博幸陸将(57)らも書類送検されており、防衛省は4日付で渡部陸将を陸上幕僚監部付とした。更迭人事とみられる>

ウィキによると「12月18日、東京地検は、漏洩した文章は秘密であるとしたが『事案の重大性の程度など諸般の情状を考慮した』として、泉をはじめとした7名を起訴猶予とした」。

泉氏は防大18期で20期の君塚氏の先輩にあたる。この事件と君塚氏の死は関係するのか、しないのか。

KGBの元スパイ、プーチンは諜報にも長けている。暗殺や戦争にも躊躇しない、「邪魔者は殺せ!」。経済低迷でも支持率80%、国民は忍耐強い。厳冬でもウォッカがある。キャビアも、日本のお陰でイクラもある。プーチン帝国はずーっと続きそうだ。(2016/1/6)

◆「これほどの落ち込みは・・・」

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)1月6日(水曜日)通算第4771号>  
 
〜「これほどの落ち込みは2003年のSARS騒ぎ以来じゃ」
   香港の小売り、12ヶ月連続の減少、観光客も激減している〜 

2003年に香港から中国全土、韓国、台湾にかけてSARS騒ぎがあった。あのとき、香港でも小売りは通年で2・3%下落した。「あのSARS騒動より、こんどは最悪ではないか。通年で香港の小売業は前年比3%のマイナスだ」と香港小売業界幹部はいう(『サウスチャイナ・モーニングポスト』、16年1月5日)。

とくに何が悪いか? 宝飾品、高級時計、豪華な贈り物などがさっぱり売れない。前年比20・6%ものマイナス。

百貨店の売り上げも服飾品の不振が8・6%のマイナスだという。
 
香港へのツーリズム産業は大陸からやってくる「お上りさん」たちの「爆買い」に支えされてきたが、中国人のインバウンドは5・45%も落ち込み、ほかの海外からのツーリストは僅か1・28%でしかない。

ところが「外国客もヨットなどレジャーと食事を愉しむが、さっぱり買い物をしなくなった」という。

稼ぎ時とされたクリスマス、新年セールでの巻き返しを狙ったが、観光客そのものが143万人も減っていた。

わずかに売り上げ増はスーパーマーケットでの食料、タバコ、アルコールだけという惨憺たる結果となった。

おりしも中国の「ブラックマンディ」と言われる株価大暴落は1月4日に起きた。7%暴落した時点でサーキットブレーカーが掛かり、取引停止となった。
          

◆自民に諌言 @

浅野 勝人 (安保政策研究会理事長)



謹賀新春
あけましておめでとうございます。いつも安保研ネット、永田町竹割ネット、本誌関西ネットにアクセスしていただき有難うございます。ことしも元気で頑張ります。よろしくお願いいたします。

さて本題の、「自民に諌言 @ ― 歴史の勉強は、本来、個人でやるもの!」を述べさせて頂きます

去年の暮(2015年)、自民党は近現代史の勉強会「歴史を学び未来を考える本部」を設置して、初会合を開きました。本部長の谷垣幹事長は「政治家が歴史をろくに勉強しないで、近現代史を振興せよというわけにはいかない」と述べたそうです。

この勉強会は、稲田政調会長を中止とする党内右派が、極東国際軍事裁判(東京裁判)の見直しを求めて設立しようとした「歴史検証機関」の代替え措置です。

だから、谷垣幹事長の発言は「そんなに歴史の勉強がしたいのなら、基本をじっくり学びなさい」と諭したのだろうと思われます。

高村副総裁、谷垣幹事長、二階総務会長ら「もののわかった」党首脳が暴走しがちな一部の姿勢を制していますが、報道威圧発言に限らず、党内の若手にはその後も危うい発言が散見されます。

もちろん思想信条は自由です。憲法で定められた基本的人権の中でも最も重要な権利です。特に、国会議員には院内での発言の自由が保証されています。ですから、言論は多様なほど国会が健全な証拠だといえます。

それを前提に申しあげます。

確かに極東国際軍事法廷は、所詮(しょせん)、戦勝国が敗戦国を裁いた裁判で、一方的な側面があります。

私は、平和主義者の広田弘毅を文官でただ一人、6人の軍人と一緒に絞首刑にしたことは許しがたいと思っています。広田は戦争には反対で、当時、親友の吉田茂駐英大使に秘かに働きかけて、戰爭回避に懸命でした。

しかし、戦争反対の立場から為しうる限りの努力をしても、結局、軍部を抑えられず、現に回避できなかった以上、政府首脳としての責任は免れないと自覚していました。ですから、広田は法廷に立つことを拒み、いっさい弁解しませんでした。

広田を徹底取材した城山三郎は、名著、「落日燃ゆ」の最後に次のように書いています。(307頁)

(先に処刑された4人は)「天皇陛下万歳!」「大日本帝国万歳!」とそれぞれ三唱し、刑場へはいった。
広田ら3人の組は、仏間に連行されていく途中、この万歳の声をきいた。

広田は花山(著者註:死刑執行に立ち会う教誨師(きょうかいし)、仏教学者の花山信勝)にいった。
「今、マンザイをやったんでしょう」
「マンザイ?いやそんなものはやりませんよ。どこか、隣の棟からでも、聞こえたのではありませんか」

仏間に入って読経のあと、広田がまたいった。
「このお経のあとで、マンザイをやったんじゃないか」
花山はそれが万歳のことだと思い、
「ああバンザイですか、バンザイはやりましたよ」といい、「それでは、ここでどうぞ」と促した。

だが、広田は首を横に振り、板垣に、
「あなた、おやりなさい」
板垣と木村は万歳を三唱したが、広田は加わらなかった。
広田は、意識して「マンザイ」といった。広田の最後の痛烈な冗談(著者註:皮肉)であった。

万歳万歳を叫び、日の丸の旗を押し立てて行った果てに、何があったのか、思い知ったはずなのに、ここに至っても、なお万歳を叫ぶのは、漫才ではないか。

万歳!万歳!の声は、背広の男広田の協和外交を次々と突きくずしてやまなかった悪夢の声でもある。生涯自分を苦しめてきた軍部そのものである人たちと、心ならずもいっしょに殺されて行く。このこともまた、悲しい漫才でしかないー

検察側が、アメリカに対する罪状立証のため法廷に出した元駐日アメリカ大使グルーの宣誓口述書には、広田を平和主義者として高く評価し、「軍部によって不運にもその路線を妨げられた」とある。

広田の死刑は、検事団にとってさえ意外であり、キーナン首席検事は「なんというバカげた判決か。絞首刑は不当だ。どんな重い刑罰を考えても、終身刑ではないか」と感想を漏らしています。

こんな出鱈目な東京裁判は見直して、例えば、広田弘毅の名誉を回復してほしいと思います。南京大虐殺の実態分析についても問題なしとはしません。

ですが、ちょっと待ってください。

東京裁判は、高度の政治的判断から「天皇陛下の戦争責任」は問わない配慮をしています。もちろん、アメリカが占領後の日本統治をし易くするために総合的に判断した結果でしょう。

ただ、たとえそれがアメリカにとって都合のいい方針だったとはいえ、戦争責任を負うべき最高責任者の糾弾を避けるべきではないという戦勝国側内部の強い主張を抑えた決定は、発言権が皆無に等しかった当時の日本にとっては極めて重要な事柄でした。

従って、東京裁判の見直しは、昭和天皇の戦争責任の是非に及びます。東京裁判を見直そうという主張は、その覚悟をした上でのことでしょうか。そんな議論は、日本の近現代史をいっそう傷付けるだけです。

私は、東京裁判を改めて俎上に載せて、見直すのは「反対」です。

あの頃、混迷した政局の真っただ中で、超多忙な大平正芳や中曽根康弘、宮澤喜一が、寸時を惜しんで静かに読書をしている姿に畏敬の念を覚えました。

歴史の勉強は、党の部会や調査会で徒党を組んでするものではありません。もともと、政治家個人、個人がするものです。そして、自ら学んだ学識を内政外交に生かすのが政治家のつとめだと私は考えます。(2015/1月6日、元内閣官房副長官)

◆(主宰者より>申し訳ありませんが、石田岳彦先生の 古寺旧跡巡礼 「当麻寺」 Aは、明日、掲載させて頂きます。

2016年01月06日

◆原子力規制委が止めた癌治療

櫻井よしこ

的外れな規制に国会監視を強化せよ

原子力規制委員会の不合理な審査で日本が誇る世界最先端の研究が停止に追い込まれている。年間数十人規模で助けることのできる命が、2年間犠牲にされ続ける許し難い事態が発生している。

京都大学原子炉実験所は原子炉による実験および関連研究の拠点として昭和38年に開設された。以来、ここを舞台に全国の大学研究者が最先端の研究を進めてきた。

2つの原子炉をはじめ各種加速器施設、大強度ガンマ線照射装置などを備える日本最大規模の統合的核エネルギー・放射線関連教育・実験施設である。

世界が注目する京大の研究の核は中性子を使った基礎研究だ。それが規制委の壁の前で完全に中止された状態が続いているのである。

中性子は物質の構造を比類なく正確に探るのに欠かせない。惑星探査機はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワのサンプルの微量な元素の成分も中性子を当て ることで分析できた。京大が中性子を活用して行う研究のひとつが「ホウ素中性子捕 捉療法」(BNCT)という癌治療である。

1990年以降、京大のBNCTの臨床研究は500例以上、症例数および適用範 囲の広さで世界最高水準にある。原子炉実験所・原子力基礎工学研究部門の宇根崎博 信教授は、京大が社会貢献として最重視するのが癌治療のBNCTで、京大は研究の傍ら 週1日をBNCT治療に割き、近年は年間40人から50人を救ってきたと指摘する。

BNCTの治療では、特殊なホウ素を含んだ薬剤を投与し、癌細胞が薬剤を取り込んだタイミングで中性子を当てる。するとホウ素が中性子を吸収して2つにパ ンと割れ、その際の放射線で癌細胞が死滅する。小さな爆竹を癌細胞に送り込むイ メージだ。

BNCTは癌の患部と正常組織がまじり合っている悪性度の強い癌にも有効で従来困難だった治療を可能にした。進化を遂げたBNCTの適用範囲は、当初の脳腫瘍 と皮膚癌の黒色肉腫から舌癌、口腔癌、耳下腺癌、肺癌、肝癌に広がり、いまや癌克 服の決め手として期待されている。

治療の成功には、原子炉を運転して作る中性子を安全に扱う原子力工学、ホウ素を含む薬剤を開発する薬学、放射線治療専門の医学の、3チームによる高度 の連携が欠かせない。それが全てそろっているのは世界でも京大原子炉実験所だけ だ。

ところが、このBNCT治療が中性子を用いた基礎研究とともに規制委に止められて いるのである。

規制委が2013年に商業発電用原発の規制を強化した厳しい新基準を打ち出し、実験・研究用原子炉にも適用したからだ。京大の原子炉は出力5000キロワッ トと100ワット、近畿大のそれは出力わずか1ワット、関西電力大飯原発1基の約30 億分の1、豆電球だ。これは空気で十分冷却される。

にもかかわらず、規制委は大規模商業用発電原子炉と同じ基準をこの研究用小規模炉に当てはめる。地震、津波、竜巻、テロ、航空機、火災、活断層など全 てを網羅した厳しい対処と、数万から40万ページ(九州電力の川内原発)にも上る膨 大な量の書類作成を求める。

京大の宇根崎氏ら教授・研究者は過去2年間、規制委対応に追われ、書 類作りがメーンの仕事となり、本来の研究の遅延遅滞が続いている。

なぜこんなことになるのか。規制委の役割は、現場を一番よく知っている事業者と対話し、原発および原子力利用施設の安全性を高め命を守ることだ。

だが、強大な権限を与えられた3条機関としての独立性を、事業者とは意見交換しないと でも言うかのような孤立と混同しているのではないか。規制委は現場の実情を無視し た見当外れの審査に走り、人命を脅かす結果を招いているのである。

原子炉施設の安全確保が万人共有の目標であるのは論をまたない。しかし現場に十分耳を傾けない規制委は非現実的なまでに厳しい要求をするだけでなく、 具体策になればなるほど彼らの基準は揺らぐのである。

たとえば放射線に関して十分な安全性を要求するのはもっともだが、何をもって十分とするのか、工学的要素やリスクをどう評価するのか、その基準は曖昧 である。

京大は核燃料物質関連の施設改造で補正申請を4回、繰り返させられた。宇根崎氏が「生みの苦しみ」と表現した同プロセスは、最終審査までに1年半かかっ たが、生みの苦しみの主因は規制委の基準が定まっていなかったことにある。

審査に臨むに当たって、規制委は本来、最初に明確な基準を示すべきだ。だが、現実はそうではない。これまでの取材で審査のたびに規制委が新しい要求を 出す事例は幾つも見てきた。規制委は実習しながら規制について学んでいるのかと問 いたくなる。彼らが原子力研究を左右し、放射線医療の進展までも止めている現状 は、日本のみならず人類にとっての不幸である。

癌治療だけではない。研究も教育も停滞中だ。大学の研究用原子炉の運転停止で学生たちが学べなくなり、近畿大学は窮余の策として彼らを韓国水原に送 り、慶煕大学の試験研究炉で学ばせている。

かつて日本は慶煕大学をはじめソウル国立 大学など韓国6大学の精鋭学生約20人を毎年京大原子炉実験所に迎え、教えていた。 現在の逆転を、宇根崎氏ならずとも「情けない」と思うのは当然であろう。

あらゆる研究分野で先駆者としての地位を守り続けることが国益であり、日本人の幸せである。政府は規制委の的外れな規制を正し、彼らが正しく機能する ように、専門家会議を設置し、医療や研究が完全ストップのわなから解き放たれるよ うに、国会の監視機能を強めなければならない。
産経ニュース【櫻井よしこ 美しき勁き国へ】2016.1.4 

                (採録:松本市  久保田 康文)

◆第3次世界大戦へ繋がるか

宮崎 正弘
 

<平成28年(2016)1月5日(火曜日)通算第4770号>  

 〜イラン vs サウジ断交は第3次世界大戦へ繋がるか
        サウジに同調したのはバーレーンとスーダンだけだった〜


イランはサウジアラビアでシーア派指導者が処刑されたことに抗議し、在
テヘランのサウジアラビア大使館を群衆が襲撃、放火した。

対抗してサウジアラビアは、2016年1月4日、在リヤドのイラン大使館に対して48時間以内に閉鎖し、退去せよとし、外交関係の断絶となる。サウジの措置に同調したのはバーレーンとスーダンだった。

もともと中東政治の基幹にあるのはスンニ派vsシーア派の対立であり、シリア内戦も、イスラエルvsパレスチナも、サウジとイランの代理戦争だった。

ISの跳梁跋扈にしても、アサド政権の防衛にしても、すべてはこの構造である。

今後の展開はサウジとイランが戦争状態に陥った場合、どちらが優位に立てるかということだが、サウジの同盟国であるべき米国は、関与しないだろう。

米国はシェールガス生産でエネルギー戦略に余裕がうまれ、サウジを決定的な国益の対象とはみなくなった。

これはニクソン以来の路線変更なのである。

サウジと運命共同体でもあるバーレーンは、現在もイエーメンのシーア派武装星陵への攻撃で共同歩調をとっているが、バーレーンにはイラン系移民がいまや多数派であり、これからもイランの第五列的な策謀や騒乱が引き起こされるだろう。

バーレーンはスンニ派だが、流入した移民の多くはシーア派である。

両国の国力をみても、イランは若々しい国で人口はやがて8千万人に達する。

一方のサウジアラビアは自国民に倍する外国人労働者を含めて、2千万人強。軍事力もイランの方が上である。

サウジは米国がたよりにならないとわかるとロシアに仲介をもとめるシナリオも考えられる。

すでにプーチンの元へはサウジ副皇太子(国防大臣兼任)、バーレーンの皇太子らが、通っており、同時にイスラエルもモスクワ詣でを繰り返すようになった。

オバマは「世界の警察官をおりる」と言ったため、サウジの不安は、外交的にも露骨に表れてきたのだ。

オバマの優柔不断にくわえての中東政策無策、イスラエルとの対立、そしてイランとの宥和という米国外交の流れをみていると、米国はサウジからイランへ軸足を移す可能性が、近未来のシナリオとして急浮上してきたのも無理はない。

さて中東の緊張は次に何をもたらすか。

第1に中東全体が戦域となれば原油価格は暴騰に転じる。せっかくイランが原油輸出を再開する段となって、サウジが減産に踏み切らず、今後も原油価格は低迷しつづけるというエコノミスト等の予測は根底的にひっくりかえる。

第2にシリア内戦は長期化し、ISが再び勢力を盛り返す可能性がある。ISに軍資金を提供してきたのはサウジ、UEA、バーレーン。そして隠密裡に兵站ルートを提供してきたのはトルコだった。

ISの弱体化は、かれらから見ればイランに裨益することとなる。

第3はイランが支援するヒズボラが弱体化し、アサド政権は支援組織のうち、右腕のロシアはともかく、左腕的なイラン代理兵の弱体化を意味し、したがって先にも見たようにシリア内戦は長期化する。世界の不安化は止まらない。難民は増え続けEUの財政負担への悲鳴より、新移民らが引き起こす国内治安の悪化が考えられる。

第4は緊迫したトルコ vs ロシアの対決姿勢にも大きな変化が現れるだろう。ともにイランとは舞台裏で繋がっており、またサウジへの均衡外交維持という矛盾したスタンスにも微妙な変化が兆している。

第五には中東の混乱とイラン vs サウジの対立は中東政治からパレスチナ問題を矮小化させてしまうだろう。

したがってイスラエルが安全保障的にはもっとも裨益することになるだろう。