平井 修一
■平成28(2016)年1月1日(金)、元旦、国旗掲揚、皇居、靖国遥拝。朝は室温11度、快晴。君が代を聴き、軍艦マーチをBGMに具沢山のお雑煮を食べてハーフ散歩。帰路、八幡神社に初詣。氏子の平穏無事を祈る。
今年もビシバシ行こう。撃ちてしやまん!
『学歴不要!人生は「読書次第」で大きく変わる カリスマ堀紘一さんが語る』(東洋経済12/31)から。堀氏はドリームインキュベータ代表取締役会長。
<あの渡邉恒雄主筆に見いだされて読売新聞社に入社。その後、三菱商事、ボストンコンサルティング社長を経て、55歳で「ドリームインキュベータ」を起業、同社を東証一部上場企業に育て上げた。
カリスマコンサルタントとして名を馳せる堀紘一さんは、幼い頃からの“本の虫”。さまざまな本を読むことで目標を達成し、自己実現をしてきました。そんな堀さんの、仕事に効く戦略的読書術を初公開します――
*教養を身に付け、一流の人間になるためには?
人生を楽しく生きるには3つの方法がある。ひとつは「金持ちに生まれる」、もうひとつは「有名人の子どもに生まれる」。詳しい理由は割愛するが、いずれも自分では決められないことだ。これは運命でしかない。なら、その他の大多数の人はどうやって人生を楽しめばいいのか。
そこで3つ目の方法として挙げたいのが、教養を身に付けて一流の人間になること。
(そう)なるのに「氏」も「育ち」も関係ない。自分の努力で決まることだから、これは誰でもその気になればできること。そのために重要なのが、ほかならぬ「読書」なのだ。
本を読むのにはさほどお金はかからないし、公的な図書館を利用すれば、無料で本を読み、教養を磨くことだってできる。
教養の有無、一流であるかどうかに、学歴はなんら関係がない。いわゆる一流大学卒でも教養のない人はごまんといるし、三流大学卒でも一流の人間は大勢いる。その差を生む要因のひとつは、「どれだけ本を読んでいるか」という読書量の違いだと私は思う。
日本ではまだまだ学歴で人を判断する風潮が強いようだから、学歴偏重主義のバカバカしさについて改めて強調しておきたい。
諸外国における学歴とは、高卒なのか大卒なのか、大卒ならバチュラー(学士)なのか、マスター(修士)なのか、ドクター(博士)なのかの違いを差している。
どこそこの大学卒だから学歴が高いという風潮、つまり大学受験における偏差値で評価する日本の学歴のとらえ方は、諸外国とは大きく異なっていることを知っておくべきだ。だからといって諸外国の学歴に対する認識が正しいとは、私はこれっぽっちも思っていない。「学歴なんてクソくらえ」といってもいい。
学歴はくだらないものだが、「学」と「歴」の間に「習」という漢字を入れるとコペルニクス的転換が起こる。
昔、学歴ではなく「学習歴」こそが重要だと親しい経営者から教わった。
地球上でヒトというちっぽけな動物が「万物の霊長」として威張っていられるのは、言葉を身に付けて知恵の伝承ができるようになり、過去から学んで未来を切り開く学習経験ができるようになったからだ。同様にビジネスパーソンも、学習歴の幅と深さと長さが、その人の人生を決めるといっても過言ではない。
その大事な学習歴を身に付ける方法は2つしかない。ひとつが「読書」であり、もうひとつが人の話を聞いて学ぶ「耳学問」だ。
こう聞くと読書より耳学問のほうが簡単そうに思えるかもしれないが、それは違う。耳学問はそれ相応のレベルの話を聞かなければ意味がなく、そのためには人的ネットワークを構築する必要がある。一般のビジネスパーソンが、おいそれと築ける類のものではない。
それこそ金持ちの家にも、あるいは有名人の家にも生まれるチャンスがなく、1000人に1人、1万人に1人レベルの人たちの話が聞ける機会がなくても、読書なら誰でも学習歴を深め、教養を深めて一流の人間に近づける。
読書には耳学問が持っているような欠点がまるでない。読書は好きなときにできるのだ。
*若い世代は年100冊、それ以外の人は年50冊を目標に
読書をする利点を頭に入れてもらったところで、今回は本を読むのが苦手な人でも読書が身に付く実践的なテクニックについて紹介しよう。
何事も目標は明快なほうがやる気が出てくる。読書に関しても1年間で読破する冊数を決めると、本を読むモチベーションも高まるだろう。
学生と30歳までの若いビジネスパーソンに関しては、年間100冊は読まなくてはならないと思う。
若い頃は時間も比較的自由であり、生涯で最も本が読める。そこで年間100冊も本を読まないと「少年老いやすく学成り難し」でろくな大人になれない。「学成り難し」ではなく「学成らず」で終わるのが関の山なのだ。
若い世代が電車でスマートフォン(スマホ)のゲームに夢中になっているのを見ると、なんともったいない時間の使い方をしているのだろうとあきれてしまう。知人にそうこぼしたら「いやいや、堀さんはそうおっしゃるけれど、必ずしもそうではありません。パチンコ、パチスロの代わりにスマホでゲームをやっているのだから、お金の節約になるし、タバコの煙がない分、健康的なものです」と教えてくれた。
でも、パチンコもパチスロもスマホゲームも時間の無駄使いであるという点ではなんら違いはないのではないか。時間を無駄に使い、輝かしい将来をドブに捨てているようなものだ。
30代になると仕事も忙しくなる。年100冊読もうと思うとちょっと努力が要るが、年50冊ならいけるだろう。30代以降も年50冊を最低ラインとしてほしい。
読書の習慣がない人には、年50冊、100冊の本を読むのは大変なことのように思えるかもしれない。だが、それは未経験者特有の誤解だ。
私のまわりの若い人たちに読書をすすめると、「忙しくて本を読む時間がありません」という答えが返ってくることもあるが、それはヘタな言い訳にすぎない。本を読む時間は、いくらでも生み出せるはずだ。
読書が身に付いていないと、本というものはある程度のまとまった時間を確保して、腰を落ち着けて一気に読むものだと思い込みがちだ。そう考えてしまうから平日は本を読む時間がないように思えるのかもしれない。でも、細切れの時間ならどうだろう。ちゃんと考えてみると、結構時間はあるものだとわかるだろう。
細切れの時間で、本はいくらでも読める。実際、私はいまでも年100冊以上の本を読んでいるが、読書の大半は細切れの時間にしている。
私はどこへいくにも、カバンのなかに2、3冊の本を忍ばせている。そして移動中、細切れの時間を見つけては本を読んでいる。起床後、就寝前、移動中、打ち合わせが始まるまでのちょっとした時間……。1日のなかで本が読めないタイミングを探すのが難しいくらいだ。そういう半端な時間をつなぎ合わせるだけで、読書のための時間をまとめて設けなくても1日20ページくらいは読めてしまう。
あとは週末に少し時間を見つけて本を開くクセをつけておけば、週1冊はラクに読めるから、年50冊の読破なんていとも簡単なのである。
電車でスマホゲームに夢中になったり、無料通話アプリで友達同士のやりとりに没頭したりする暇があったら、その時間を読書にあてるだけでも、本を読む時間は生まれるものだ。
*「4:3:3の法則」で読書する
どういう種類の本を読むべきかは、その人の置かれた立場によっても変わってくる。仮にビジネスパーソンの読書を前提にすると、私は「4:3:3」というバランスがよいと思っている。つまり「ビジネス書40%、小説30%、その他30%」ということである。
ビジネスパーソンだから、読書の柱になってくるのはビジネス書だ。しかし、自慢話とサル知恵が詰まったハウツー本はいくら読んでも百害あって一理なし。貴重な時間を浪費するだけで終わる可能性大である。
小説は単なる気分転換の道具ではない。小説を読むと語彙や言い回しが広がる。それがコミュニケーション力やストーリー構築力といった表現力の向上につながってくる。
その他のジャンルとしては生物学、歴史、軍事学、哲学の4つを挙げたい。ほかにも、ノンフィクション、エッセイの類いが入ってくる。
年100冊ペースなら、小説とその他がそれぞれ30冊。月1、2冊といったところだから、細切れの時間の寄せ集めでも余裕で読破できるだろう>(以上)
若い時に読書の習慣をつけないと、ほとんど一生、読書と無縁になる。そうであっても仕事を通じて教養、知見を身に付けて人格も立派な人がいるが、これは例外的だ。
一生は1回きりで、その体験や学習は高が知れている。読書をすることは多くの人生を学ぶことになる。その効果は大きいのではないか。人格が軽佻浮薄から重厚長大になる可能性がある。
何を読むか。小生の場合はベストセラーは避けた。口当たりがいいからベストセラーになるのであり、ほとんど勉強にならない。長い間読み継がれてきたロングセラーや古典がお勧めだ。
読書をしない人はテレビを見る。テレビはせいぜい中2レベルだから、何年間見てもそれ以上のレベルにはいかない。大人になっても中2レベルでしかない。小生は高2レベルだが、20年間、会社を経営できたのは、周りの多くが中2レベルだったからだ。競争力、突破力が違う。高2レベルは高給を得る、中2レベルはそれなりでしかない。当たり前だ。
テレビやゲーム、マンガで知恵や教養が身につくはずない。自業自得、自己責任だ。悲惨な晩年を迎えたくないのなら良書をできるだけたくさん、若いうちから読むことだ。
悪知恵もつくぞ。金も女もついてくる。荷風散人のお妾さんは累計10人を超した。情けは人のためならず、読書はもろ自分のためになる。
昼から義弟一族来、赤ん坊を含めて18人で新年会。カミサンは鶏飯を含めて奄美料理で大車輪の活躍。小生と娘2人は片づけのみ。若い人は気持ちよいくらい食べる。結構な元旦だった。
■1月2日(土)、国旗掲揚、皇居、靖国遥拝。朝は室温14度、晴、ハーフ散歩。
翻訳家・脇坂あゆみ氏の論考『日本人が知らないアメリカ的政治思想の正体 自由至上主義の源流に「アイン・ランド」あり』(東洋経済2015/12/4)は面白かった。編集部による前書きはこうだ。ちょっとカッコイイ。
<かのカール・マルクスの『共産党宣言』は「ヨーロッパに幽霊が出る――共産主義という幽霊である」という書き出しで始まる。アメリカにも幽霊が出る。アイン・ランド(1905〜1982年)という幽霊だ。
この思想家・政治家は米国の政治家、企業経営者の中に信奉者が多く、その著作は聖書に次いで多くの若者の思想形成に影響を与えたともいわれ、発行部数は累計3000万部に及ぶ。
アメリカの政治思想を知るためには、起業家精神、そして小さな政府を説いたアイン・ランドを知ることが不可欠だ。にもかかわらず、ほぼ日本では無名である。今回、アイン・ランドの著作の翻訳者である脇坂あゆみ氏に、「現代米国とアイン・ランド」というテーマでリアル・アメリカを解説してもらう>
小生もアイン・ランドは知らなかった。ウィキにはこうある。
<アイン・ランド(Ayn Rand、1905年2月2日 - 1982年3月6日)は、ロシアで生まれロシアで教育を受け、1926年に米国に移住したロシア系アメリカ人。小説家、思想家、劇作家、映画脚本家である。
2つのベストセラー小説『水源』(The Fountainhead、1943年)および
『肩をすくめるアトラス』(Atlas Shrugged、1957年)があり、また自ら
「客観主義」と名付けた思想体系の創出者としても知られる。
ランドは「理性を知識を得る唯一の手段として擁護し、信仰や宗教を拒絶
した。合理的かつ倫理的なエゴイズムを支持し、倫理的利他主義を拒絶し
た。政治においてはInitiation of Force(自分の側からの強制力の行
使)を非難し、集産主義(共産主義など公共の福祉のために中央集権的な
統制の必要を強調する信念や方法)および国家主義に反対した。また無政
府主義にも反対した。
最小国家主義および自由放任(至上)資本主義を、個人の権利を守る唯一
の社会システムと信じ、支持した> (以上)
米国共和党は小さな政府を志向するが、ランドの影響を多大に受けているという。日本人は「清く正しく美しく。清貧に甘んじる」という、いささか禁欲主義的な生き方に肯定的で、麻生太郎氏などの富裕な政治家を嫌う傾向にあるようだが、ランドは資本主義を経済システムとしてベストとし、さらに「金儲け=金をつくる」ことは道徳的にもまったく正しいとした。
つまりランドの思想こそが「アメリカンドリーム」の理論的裏付けになっているのだ。
脇坂あゆみ氏は続編として『日本人が知らない"カネの国"アメリカの美徳 「カネを作る人」がもっとも尊敬される』(同2015/12/31)も書いているが、以下の箇所は小生にとって強烈だった。
<ドナルド・トランプといえば、日本では金ぴかのタワーを建てて自らの名を冠し、強欲で自己顕示欲の強い利己主義者のイメージが強い。日本では、それは一国のリーダーとなる高潔な人格者のありかたからはほど遠いものだ。
アメリカでも今回の大統領選の序盤では単なるナルシストとしてメディアからは現実的な候補者扱いはされてはいなかったのだが、彼の支持者は違う。とくに茶会系の支持者たちは、かれらが信奉するアイン・ランドの理想、資本主義の象徴である成功した実業家として無邪気にトランプの人格と資質を礼賛している。
*トランプが体現しているものとは?
アイン・ランドは今でも多くのアメリカ人を魅了し続けている
大企業で役員を務め、アイン・ランドの哲学である客観主義の研究に30年以上たずさわり、茶会運動にも活発に関与してきたクレイグ・シュルツは早くも8月に保守系のウェブマガジン『アメリカン・シンカー』で、
「トランプはかつての良きアメリカを想起させる。アメリカ人は楽観主義者だ。自分の手を動かし、問題を解決し、創造し、成功を讃える。アメリカ人は独立心旺盛で、誇り高く、おおむね幸福な人たちだ。アメリカは独立独行の男(セルフメイド・マン)の国であり、カネが政治的な配慮や駆け引きでたかられたり獲得されたりするのではなく、作られる国なのだ」
と書いている。
アイン・ランドを読んだことがある人なら誰でもすぐにピンとくるのだが、最後の一文はほとんどが、彼女の代表作『肩をすくめるアトラス』のなかでも有名な「おカネの演説」からの引用である。
演説は物語の中盤、カネに無頓着な博愛主義の経営者タッガートの結婚式で、「金(カネ)は諸悪の根源だ」と語るジャーナリストの言葉を耳にした銅山王ダンコニアが招待客を前に、「それではあなたがたがたは、金(カネ)は諸悪の根源だとお考えなのですね?」と異議を唱えるところから始まる。
そこでダンコニアは、お金が横領や略奪ではなく、ある名誉の象徴、生産と思考の象徴であり、「おカネの根源たる道徳律をおかさない人間がいるという希望の証」だと主張する。そしてアメリカ人が最も誇るべき特徴は、かれらが「おカネを作る」という文句を創った民族であることだと指摘する。
「だがお金は弱者の犠牲の上に強者が作るものだと言われるのでしょうか? 富は考える能力の産物です。ではお金はモーターを発明した男が発明しなかった人びとを犠牲にして作るのでしょうか? 賢者が愚者を犠牲にして? 有能な人間が無能な人間を犠牲にして? 野心家が怠け者を犠牲にして?
お金は作られるのです。すべての正直な人間それぞれの能力に応じた努力によって、横領されたりたかられたりする以前に作られるのです」>(以上)
トランプ人気は一時的なものではなく、彼の主張は茶会系などの共和党支持層の基本的価値観と共鳴、共振しているのである。脇坂氏はトランプと副大統領候補のテッド・クルーズのコンビでヒラリーと戦うことになりそうだと予想する。クルーズ自身もヒスパニック系のアメリカンドリームの体現者だ。
脇坂氏はそれでもヒラリーには勝てないだろうと書いているが、いい勝負になりそうだ。一寸先は闇、事によればサプライズがあったりして・・・
超大国の大統領選という“内戦”で11月まで米国も世界も一喜一憂することになる。日本も夏まではW選挙で“内戦”だ。まったく民主主義は騒々しい。
■1月3日(日)、国旗掲揚、皇居、靖国遥拝。朝は室温12.5度、快晴、ハーフ散歩。
支那は実に多くの国が創られ、多くの国が亡びた。1000年ほど前からの王朝、政権を振り返ると、こんな風だ。( )内は寿命。
「遼」916〜1125、契丹族(209年)
「宋」960〜1279、漢族と突厥人の混合(319年)
「元」1271〜1368、蒙古族(97年)
「明」1368〜1644、漢族(276年)
「清」1616〜1912、満洲族(296年)
「中華民国」1912〜1949、漢族(37年)
「中共」1949〜、漢族(今67年)
元は蒙古=モンゴル帝国である。第5代ハーンのフビライが大都(北京)に遷都して、支那を支配。1279年南宋を滅ぼし、領域は支那全土からモンゴル本土を含み、東欧、中欧、朝鮮、チベットをも服属させた。当時の世界最強の国だった。陸軍=騎馬軍団が機動力を発揮した。
日本も襲撃され、元寇=蒙古襲来として記憶されている。文永の役(1274年)、2度目を弘安の役(1281年)という。弘安の役において日本へ派遣された艦隊は当時の世界最大の艦隊だった。元に元寇を勧めた高麗(韓国)が尖兵となり残虐の限りをつくしたのだ。中韓連合、今とそっくり。
この最強帝国が100年もたなかった。善政もしたが、権力闘争と人民の反乱などで半ば自滅した。
中共は建国100年の2049年には世界最大最強の国家を目指す「100年マラソン」「偉大なる中華民族の復興」を国是としている。あと33年だ。もつのかどうか。
明は対日戦(耶蘇教の明軍を利用した日本侵略に猛反発した秀吉の先制的朝鮮征伐)で経済が破綻し、清は日清戦争で敗北して戦国時代になってしまった。米ソに使嗾された中華民国・蒋介石は対日戦で疲れ果てて中共軍に追い出された。
そして今や四面楚歌の中共は・・・経済低迷の中、権力闘争、人民の反乱、それとも対日戦で消えるのか。今年はその行方が分かるだろう。
午後に年末から連泊していた子・孫はN母子以外は撤収した。5日間戦争が終わった。(2016/1/3)