2015年12月26日

◆入手困難:貴重なお歳暮に感動!

浅野 勝人 (安保政策研究会理事長)  

奇妙なお歳暮が届きました。縦横35p、深さ10pの変形立方体のカバンが2個。旅行にはもってこいの立派なものです。

開けてビックリ玉手箱! 出てきたのは終戦直後の1940年代後半から50年代の何冊かの「毎日グラフ」「アサヒグラフ」と「画報 近代百年史―国際文化情報社」第一集(1850〜1863)から第18集(1946〜1950)まで100年間の全編(巻)18冊がそろい踏み。

セロテープで入念に補修しながら目を通して再度ビックリ。こんな画報(解説付きの写真集)が日本にあったとは驚きです。

“ 知らぬは仏ばかりなり”か、国立国会図書館に聞いたところ、全編2セット保存されており「1989年に複製されたので、それをご覧になっている方はあると思いますが、原本が18冊、全編そろっているケースは稀です」という事でした。

ちなみに、アマゾンで検索してみたら、18冊、全巻(編)そろいの原本は38,880円で、6セット販売されていました。これにて品切れ、再入荷の見込みなし。と注釈がありました。

第一集は、「東亜に警鐘は響く」の見出しで、列強の中国侵略100年戦争の端緒となったアヘン戦争(1840年)の模様が生々しく伝えられています。敗北した清朝が、香港の割譲を決めた南京条約を締結した調印現場の写真は得難いでしょう。

「黒船は江戸にまで入ってきた」では、来日2度目のペルーが日本側全権と会談のため、横浜村に上陸(1854年3月8日、安政元年2月10日)した瞬間の写真が貴重です。

興味深いのは、第十三集(1931〜1933)です。

「嵐を呼ぶ満蒙の大地」では、「満洲事変(著者註:中国名9・18事変)起る。平和は遂に破られた」の見出しで、1931年9月18日、夜10時半、突如として奉天郊外柳條溝(著者註:柳条湖)の満鉄路線爆破事件が起った。これをきっかけに日支两軍戰端を開くとあります。


爆破事件を主導した関東軍参謀石原莞爾中佐(1889〜1949)については、写真入りで「作戦主任参謀として満洲事変を立案遂行した」と明記しています。石原莞爾の顔写真を始めて見ました。


満洲事変續報、上海事変―肉弾三勇士―、満洲國誕生、問答無用の五・一五事件など軍事がらみ一色の報道の中で、「文化運動に対する弾圧。小林多㐂二殺さる」が大きく取り上げられています。

蟹工船の著者の死体と共に「プロレタリア作家同盟の書記長として、困難な情勢下に、献身的に活動していた小林多喜二は、1933年2月20日、築地署員に逮捕され、その夕刻、言語に絶する拷問とテロによって虐殺された」と解説して、「告別式に集まった知人たちは片っ端から検挙された」と報じています。

軍国主義華やかなりし第十四集(1934〜1937)。

見開き1ページに「勅命下る軍旗に手向うな = 前代未聞のアドバルーン」と全面に写真を載せて「二・二六事件(1936年)、翌々日の28日、芝田村町飛行館の屋上たかく掲げられた戒嚴司令官のアドバルーン」とコメントして公然と軍部を批判しています。

報道規制、マスコミ弾圧によって反戦思想の取締りが熾烈を極める時代背景の中で、「あたら青春をいけにえとして」と見出しをつけて、小学生の木剣訓練、永平寺雲水たちの軍事訓練、軍人会舘サービス嬢の早朝なぎなた訓練などの写真を紹介し「誰か嫌悪と苦悩なしに軍国調に塗りつぶされた時代を想起するものがあろうか」と堂々の論陣を張っています。

これが、あの暗黒の時代の報道ぶりです。半端な覚悟では出来ない編集方針の決断です。今どき「政府が右といっているものを左とはいえない」と発言する類の報道姿勢は、ジャーナリズムではありませんし、国家のためにもなりません。強いて申せば、政府のためにもマイナスです。

個人的には、メキシコへ亡命する船上のトロッキー、八路軍の根拠地となった延安全景、兵士に演説する青年・毛沢東と朱徳、その他、数多(あまた)の特ダネ写真に魅(ひ)かれます。

この貴重な資料を送り届けてくれたのは、相模原市でティ&エムカンパニーという会社を経営している友人の社長です。添え書きに「古いモノが好きで、車から蓄音機、真空管ラジオ、ブリキのおもちゃ等々長年にわたって収集したモノ、モノ、モノで、我が家では置き場がなくなりました。

暇をみて整理をしているのですが、雑誌は懐かしくて見入ってしまっていっこうに片付きません。多分、アサヒグラフ、毎日グラフは全巻あったと思います。それらの一部を送らせていただきました。押し付けみたいになってしまいましたが、不要でしたら、ご面倒でもほかのゴミと一緒に処分して下さい」とありました。

(2015/12月24日 元内閣官房副長官)




2015年12月25日

◆菅元首相、もう一度お答えしますが…

阿比留 瑠比



福島第1原発1号機への海水注入の経緯

10日付当欄で、東京電力福島第1原発の事故対応をめぐり、菅直人元 首相が安倍晋三首相を東京地裁に訴えたものの全面敗訴した問題を取り上げたところ、菅氏は同日付の自身のブログで「産経新聞の『極言御免』の事実誤認」という反論を書いてきた。

そこで、17日付当欄でそれへの返 答を記すと、菅氏は、今度は20日付ブログで「恥知らず」「卑怯(ひ きょう)」とさらにボルテージを上げてきた。

あなたにそう言われてもと当惑を禁じ得ないが、「紙面上で返答されたい」とのことなので、もう一回だけ書くこととする。

菅氏の主張は、産経新聞の平成23年5月21日付「首相激怒で海水注 入中断」という記事は、虚偽報道であり、当欄がその点を黙殺していると いうものだ。記事はこう書いている。

「東電は原子炉への海水注入を開始したにもかかわらず菅直人首相が『聞いていない』と激怒したとの情報が入り、約1時間中断した」

「東電側は首相の意向を受けてから判断すべきだとして、同(午後)7時25分に海水注入を停止した」

確かに、実際には第1原発の吉田昌郎所長が東電本店の指示に逆らい、独断で海水注入を続けたため、中断はなかった。だが、記事が出た段階ではその事実は判明しておらず、政府・東電統合対策室自体が午後7時25分のいったん停止を公式に発表していた。

また、産経は菅氏自身が直接停止を指示したとは書いておらず、あくまで菅氏の意向を受けとめた東電が停止したと指摘している。この点は政府事故調による聴取記録の中で、吉田氏自身がこう証言している。

「注入した直後に官邸にいる武黒(一郎・東電フェロー)から電話がありまして、(首相)官邸では海水注入は了解していないと。だから海水注入を停止しろという指示でした」

菅氏が官邸での会議で、海水を入れることによる再臨界への懸念を示したことは、当欄だけでなく、当時の海江田万里経済産業相や細野豪志首相補佐官、貞森恵祐首相秘書官、武黒氏らがそれぞれ政府事故調や国会事故調に証言している。

だからこそ、東京地裁は3日の判決でこう事実認定したのである。

「首相である原告(菅氏)に東電において開始した海水注入を中断させかねない振る舞いがあった」

つまり、海水注入の継続は吉田氏の英断による「結果オーライ」にすぎない。菅氏が持ち前の猜疑(さいぎ)心と「イラ菅」ぶりによって、重大な危機を招きかねなかったことは疑いようのない事実だといえる。

これに対し、菅氏は5日付ブログで「東電の『おもんばかり体質』が混乱を起こしたのだ」と東電にすべての責任を押し付けているが、国のトップである首相の発言の重さをまるで理解していないようだ。国会事故調はこう指摘している。

「東電側が、政府の代表者である菅首相ら官邸政治家の発言に過剰反応したり、あるいはその意向をおもんぱかった対応をする事態は十分に予期される。首相が、注水停止の原因を過剰反応した者の対応に求めることは違和感がある」

本人が否定しているため名前は伏せるが、官邸政治家の1人が吉田氏に直接電話し、海水注入を止めるよう要請していたとの関係者の証言もある。

菅官邸のイレギュラーな現場介入については、各事故調はこう指摘している。

「無用な混乱と事故がさらに発展するリスクを高めた可能性も否定できない。場当たり的で泥縄的な危機管理」(民間)

これに対し、菅氏は5日付ブログで「東電の『おもんばかり体質』が混乱を起こしたのだ」と東電にすべての責任を押し付けているが、国のトップである首相の発言の重さをまるで理解していないようだ。国会事故調はこう指摘している。

「東電側が、政府の代表者である菅首相ら官邸政治家の発言に過剰反応したり、あるいはその意向をおもんぱかった対応をする事態は十分に予期される。首相が、注水停止の原因を過剰反応した者の対応に求めることは違和感がある」

本人が否定しているため名前は伏せるが、官邸政治家の1人が吉田氏に直接電話し、海水注入を止めるよう要請していたとの関係者の証言もある。

菅官邸のイレギュラーな現場介入については、各事故調はこう指摘している。

「無用な混乱と事故がさらに発展するリスクを高めた可能性も否定できない。場当たり的で泥縄的な危機管理」(民間)

「官邸の政府首脳らから、現場実態からかけ離れた具体的な要求が直接、間接になされた。緊急事態対応の中で無用な混乱を助長させた」(東電)

「現場対応の重要な時間を無駄にしただけでなく、指揮命令系統の混乱を拡大させた」(国会)

 「介入は現場を混乱させ、重要な判断の機会を失し、判断を誤る結果を生むことにつながりかねず、弊害の方が大きい」(政府)

にもかかわらず、菅氏はいまなお、自身のブログや雑誌などメディアで、「私は正しい」「私はよくやった」などと自己正当化に余念がない。菅氏が一方的に「戦友」と呼んだ吉田氏は、政府事故調の聴取でこう厳しく述べている。

「あのおっさん(菅氏)がそんな発言をする権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。そんなおっさんが辞めて、自分だけの考えをテレビで言うのはアンフェアも限りない」

「官邸の政府首脳らから、現場実態からかけ離れた具体的な要求が直接、間接になされた。緊急事態対応の中で無用な混乱を助長させた」(東電)

「現場対応の重要な時間を無駄にしただけでなく、指揮命令系統の混乱を拡大させた」(国会)

「介入は現場を混乱させ、重要な判断の機会を失し、判断を誤る結果を生むことにつながりかねず、弊害の方が大きい」(政府)

にもかかわらず、菅氏はいまなお、自身のブログや雑誌などメディアで、「私は正しい」「私はよくやった」などと自己正当化に余念がない。
菅氏が一方的に「戦友」と呼んだ吉田氏は、政府事故調の聴取でこう厳しく述べている。

「あのおっさん(菅氏)がそんな発言をする権利があるんですか。あのおっさんだって事故調の調査対象でしょう。そんなおっさんが辞めて、自分だけの考えをテレビで言うのはアンフェアも限りない」

「(菅氏は)私も被告ですなんて偉そうなことを言っているけれども、被告がべらべらしゃべるんじゃない、馬鹿野郎と言いたい」

ちなみに菅氏は、20日付ブログで産経が自分の反論に対して「何ら返答していない」「報道機関としての資格はない」などと激しく批判した。だが、当欄が指摘した主題である当時の菅官邸による「廃炉を懸念して嫌がる東電に、菅氏が英断で海水注入させた」などの事故情報の操作、誤発信については一切触れようとしていない。(論説委員兼政治部編集委員)

産経ニュース【阿比留瑠比の極言御免・特別版】2015.12.24


          

◆3つの裁判から考える

宮家 邦彦


今回はある裁判の話をしよう。場所は米国にとって重要な東アジアの同盟国。日本にとっても大切な隣国だ。審査内容は外交問題にも発展しかねない機微な事項。あまりに政治的影響が大きいためか、一度決まった判決公判期日が延期されたほどだ。

あぁ分かった、産経新聞前ソウル支局長の 名誉毀損(きそん)裁判の話だな。いえいえ、残念でした。この裁判、場 所はフィリピンの最高裁判所。争われているのはフィリピンが米国と結ん だ新軍事協定の合憲性だ。判決内容次第では東アジア、なかんずく南シナ 海の安定を左右しかねない極めて重要な裁判だが、なぜか日本ではほとん ど報じられていな
い。まずは事実関係からおさらいしよう。

 2014年4月末、オバマ大統領のフィリピン訪問時に新たな軍事協定が結ばれた。これで米軍はスービック海軍基地などフィリピン国内の多くの軍用基地を再び使用できるようになる、はずだった。

米軍がフィリピン に戻って来るのは91年にフィリピン上院が対米基地供与協定の更新を拒 んで以来、四半世紀ぶりのことだ。当時、外務省北米局にいた筆者は在日 米海軍関係者に「スービックなしで本当に大丈夫なのか」と何度も詰問し た覚えがある。

ちなみに、スービックと聞いて、昔のオロンガポの異様な街並みをニヤニヤ思い出せる人は少ないだろう。今では想像もつかないだろうが、スービックが米海軍基地であった当時のオロンガポは町全体が巨大な歓楽街だった。筆者も一度だけ米軍の公式ツアーで半時間ほど訪れたことがある。

目の前には多数の米海軍水兵とそれ以上の数のフィリピン女性が見えた。米軍関係者が「15分以内に必ずバスまで帰ってこい」と厳命した意味がようやく分かった。それ以上の詳細は言うまい。この手の話は古今東西どこにでもあることを実感させられた、とだけ言っておこう。

それはさておき、爾後(じご)米軍はフィリピンから撤退した。南シナ海に巨大な力の空白が生まれた。その真空を埋めたのが中国人民解放軍だ。それから南シナ海は徐々に中国のものになりつつあった。

状況打開の切り札が新たな米比軍事協定だったのだが、1つ問題が生じた。フィリピンの左派勢力が、米国との合意は憲法違反、新協定は無効だとして同国最高裁に提訴したのだ。

当初判決公判は11月の予定だった が、その後12月16日、来年1月12日と2度も延期された。報道によ れば、15人の判事の中に「新協定は行政取り決めではなく条約であり、 上院の批准が必要」と見る向きがあり、いまだ結論が出ていないらしい。 うーむ、どこかで聞いたような話ではないか。

ほぼ同時期、ソウルでは産経新聞の加藤前支局長に対する判決公判が延期され、先週無罪判決が言い渡された。政治的には妥当な判決だろう。

裁判 に関する筆者のコメントは既に掲載されているので、ここでは繰り返さな い。筆者が注目するのは三権分立と裁判官の中立性に関する議論である。 ソウルとマニラ、いずれの裁判も争点は極めて機微で、外交問題化しかね ない内容だ。

ソウルの判決前には韓国外務省から「善処」を求める文書が 読み上げられたりもした。この過程で韓国内外では「検察の政治化」「司 法は独立していない」との批判が高まった。韓国の裁判官も随分苦労した のではないか。

三権分立の下では司法権も統治機構の一部である。政治的 中立維持の要請は、必ずしも裁判官の「政治判断」を常に排除する趣旨で はない。

似たような裁判は日本にもあった。明治24(1891)年、大津で起 きたロシア帝国皇太子暗殺未遂事件の裁判だ。当時の大審院は内外の政治 的圧力にもかかわらず、司法の独立を維持して無期刑とした。これも立派 な「政治判断」ではないのか。裁判官と政治的中立は永遠のテーマである。

                 ◇

 【プロフィル】宮家邦彦

みやけ・くにひこ 昭和28(1953)年、神奈川県出身。栄光学園 高、東京大学法学部卒。53年外務省入省。中東1課長、在中国大使館公 使、中東アフリカ局参事官などを歴任し、平成17年退官。第1次安倍内 閣では首相公邸連絡調整官を務めた。現在、立命館大学客員教授、キヤノ ングローバル戦略研究所研究主幹。
産経ニュース【宮家邦彦のWorld Watch】2015.12.24

◆台湾新幹線の話

Andy Chang



12月17日の頂門の一針(3871号)にMOMOTAROUさんが「日本諜報工作部員:有本香さん」のことについて書いていて、この中に台湾新幹線について2002年に金美麗さんが時の交通部長と掛け合った話があった。以下:

「金美鈴(日本に帰化)さんが未だ台湾国策顧問だった頃。一緒に台湾に遊 びに行っていた。お茶を飲んでいたら、新幹線事業で来ていた日本人が、 フランスとの共同事業で技術的な問題以外に軋轢あると話をした。

それを聞いた金さんが「私が掛けあってくる」と言われ、実際にそれは台 湾のためには良くないと翌日政府に行ったそうだ。台湾の新幹線プロジェ クトはフランスが受注していました。

それは可怪しいと李登輝さんがひっ くり返す。その後、私(桃)の記憶によれば韓国が線路造成を安値で参入してきた。更にその後、韓国が造成した線路が沈んでいるのが判明した (蛇足)」

台湾新幹線についてはいろいろ調べたこともあったので懐かしい。台湾新幹線はもともとフランスが受注したものである。フランスと台湾のカク柏村(当時の参謀総長でその後行政院長に昇格)と国民党幹部が仕組んだ壮大な汚職の一環である。

フランスから購入した一連の大きな計画は契約には18%のリベートが明記されたほか、多額の用途不明の金が絡んでおり、李登輝でも変更できなかったもので、仮令、金美麗さんが交通部長に掛け合ったところでどうにもならないものだった。読者に知ってもらいたい内情がたくさんある。

●フランスからの購入計画

台湾の中華民国政府は中国から受ける圧力のため米国も武器販売を渋っていた。70年代は台湾の経済が大幅な発展を遂げた時期だった。

1990年にはじまった大型武器購入は(1)6隻のラファイエット型巡洋艦の購入(Operation Bravo)、(2)付属武器系統(名称不明)、(3)ミラージュ戦闘機60機(Operation Tango)、(4)MICAミサイル(Opeeration Magic)、そして最後に(5)フランス高速鉄道の導入
であった。

フランスは台湾と販売計画を結ぶ際に1+2,2+3、3+4と言う具合に条件付き「サバ契約」を結んでいたので、後から変更することが出来なかった。しかも一連の大型購買計画は本来の値段に2倍以上に相当するリベートや汚職金含み、その汚職金を台湾、フランスと、中国の三国が分け合ったのである。

汚職の酷さはこの次の記事に詳述するが、ラファイェット巡洋艦(Bravo計画)に携わった尹清楓海軍大佐が汚職に呆れて実情を暴こうとしたため殺害されてから初めて調査が進み、いろいろな事実が判明したのであった。

ラファイェット事件は台湾海軍と国民党幹部、フランスと中国の主要政治家が関与した壮大な汚職事件である。2005年にAC通信で報道し、2006年に台湾と日本でラファイェットの軍艦疑惑について講演したことがあった。この次のAC通信で報道する。

●新幹線契約

国民党の大型計画は必ず契約を結んだあと間もなく増資がはじまり、最終的に原計画の二倍三倍になる。新幹線計画の入札が始まった当時、尹?(玉偏に其)と呼ぶ女性は国民党に内通した業者が計画を横取りするのを防ぐため、BOT(Build Operate and Transfer、建設、運営、35年後に引き渡)で約2800億元でを入札して国民党は入札に負けた。2000年に結んだ最終契約は3233億元である。

入札で契約を取れなかった國民黨側は尹?を恨み、国民党の嫌がらせが始まった。鉄道路線の土地、予定駅付近の土地の買収、資金募集に圧力などである。

もっと驚いたのは当時のフランスには高速鉄道の実績がなかった、高速鉄道を建設したことがなかったのである。こうして計画が行き詰まった時になって、李登輝が介入し、国民党資金の参加と日本のT-700型新幹線の導入に変更決定したのだった。

だがフランス側も契約変更に抵抗し、電気系統と新幹線の運転だけは放棄せず、フランスがこの二つを維持することになったのである。このため新幹線の電気系統は日本の新幹線と違い、2007年に運航開始した時は新幹線の運転士はフランス人で、新しく雇った運転士の訓練もフランスであった。

●台湾新幹線は赤字経営

このような紆余曲折のあと発足した「台湾高鉄」は国民党の妨害にも拘らず好成績で、台湾の交通事情を大幅に改善したが、本来のBOT(建設、運営と35年後に資産を移転)は今年6月の報道によると累積赤字が470億元となっていて、借金返済は改善されていない。

本来の計画では台北、板橋、台中、高雄を90分で運行するはずだったが、その後桃園、新竹、嘉義、台南など加え、建設費が膨らんだ。

しかも今年冬になると本来の計画から更に苗粟、彰化、雲林の三駅を加え、本来の90分運航が遅くなっただけでなく、駅の建設費用も増えた。三駅増加は駅付近の土地開発業者が絡んでいるのは明らかである。三駅が乗客の増加と収入増加になる可能性は低い。

経営の累積赤字が470億元となって返済が滞っているため、今年6月の立法院の審議のあと、政府がBOTを中止して政府経営にするとメディアが報道した。誰でもわかることだが政府が経営すれば赤字が増えるだけである。

◆オバマ米政権、行き詰まるテロ対策

櫻井よしこ


12月6日、オバマ米国大統領がホワイトハウスの執務室から全米向けのテレビ演説を行った。画面に映った大統領の表情は精彩を欠いていた。カリフォルニア州サンバーナディーノで起きたテロ事件を受けて、テロと戦う確固たる意思表示のための重大演説だ。力強い眼光が両眼に溢れていなければならない。しかし、大統領は沈んだ目で語った。

「テロの脅威は現実のものだが、我々はそれを克服する。我々は強く賢く、忍耐強く容赦なく攻撃し、勝利する。アメリカの力の全てを注入する」
 
言葉は立派である。しかし、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は、大統領提案は米国内の銃規制とビザ発給手続きの厳格化だけで、新たな軍事的対処はなかったと、手厳しい論評を加えた。
 
WSJ紙は約3週間前の11月15日、「目をさましなさい、大統領閣下」というオバマ批判の社説を書いた。同紙は大統領の外交・安保政策の優柔不断さを一貫して批判してきたが、11月13日に大統領が「ABCニュース」で「我々はイスラム国を封じ込めた」と語った直後、パリの6か所でイスラム国勢力がテロ襲撃事件を起こし130人が殺害されたことを受けて、容赦ない批判を浴びせたのだ。

「封じ込めた」という自身の楽観をあざ笑うかのようなテロに直面して、オバマ大統領は急遽、対テロ戦力を倍増すると発表した。それをWSJは「彼を信じる者などいない」と真っ向から否定したのだ。「大統領の発言は、彼が信じていること、少なくとも彼がアメリカ国民に信じてほしいと思っていることにすぎない」として、大統領に2つ、要求した。
 
➀国防総省に命じてイスラム国勢力をイラクとシリアから、数年ではなく数か月の内に、最速で追い出すこと、➁ジハード勢力を刺激せず、テロを普通の犯罪として扱えば米国の安全が保たれるという間違った考えを改め、国内におけるテロ勢力の監視及び尋問を強化すべく政策を見直すこと、の2点だ。

隠れた過激主義者
 
同紙は、パリとサンバーナディーノにおけるテロの相違は、前者が、少なくとも犯人の一部がテロリストとして当局に把握されていた人物らによるテロだったのに対し、後者は、誰もが普通の市井の夫婦と疑わなかった犯人の凶行だったことだと指摘した。

隠れた過激主義者との戦いの難しさはアメリカだけの問題ではない。イスラム国に共鳴する勢力は、パリ襲撃以降わずか3週間で、マリ、バングラデシュ、イギリス、アメリカと4か国で計500人もの人々を殺害した。恐るべき広い範囲で、恐るべき数の人々を襲撃しているのだ。
 
当然、それに対する反応も強い。オバマ演説が行われたのと同じ日にフランスでは地域圏議会選挙が行われ、マリーヌ・ルペン党首の、極右と言われる国民戦線(FN)が大勝した。

フランス全土は13地域圏に分かれており、FNは6地域圏で首位の座を獲得した。13日の決選投票で最多票をとれば、FNは第1党となり地域圏議長のポストを握る。その勢いは17年5月の大統領選挙につながる。ルペン氏が次期大統領に就任する可能性が現実味を帯びている。
 
FNの政策は移民の受け入れ拒否や、フランスの文化や言語の重視に象徴されるように排外的である。ルペン氏はまた、移民排斥にとどまらず、より強硬なフランスの独自政策、たとえばEU統合で廃止した国境管理を復活させ、現在の自由な人の往来や物流に制限を設けることなどを考えている。

EUの理念に逆行するルペン氏に高い支持が集ったのは、パリを惨劇に突き落とした犯人の一部が、シリア難民に紛れ込んで入国していたこともあろう。
 
目の前で展開されるテロをきっかけに右派勢力が台頭したのは、フランスだけではない。移民受け入れに積極的なドイツのメルケル首相の足下でも、反移民を掲げる「ドイツのための選択肢」(AfD)が支持率3位に上昇した。ポーランドでは10月の総選挙で、難民受け入れに反対の右派政党、「法と正義」が圧勝した。
 
EU諸国にはすでに65万人の難民が入国済みで、依然として230万人が待機中だ。メルケル氏はEU各国が各々の国力に応じて難民を受け入れるべきだと主張する。ルペン氏とは真っ向からぶつかる主張である。
 
国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が語った。

「EUの統合は、ドイツとフランスという2大強国の連携があって初めて維持できます。両国が正反対の政策を掲げれば、EUの基盤は崩れていくでしょう。国際政治は歴史的な地殻変動の真っ只中にあるのです。

中国とロシアが未だ前近代の段階にとどまり、我々とは全く異質の行動をとっています。それに対して先進国は多国間の連携に価値を見出し、国連、EUなどの国際的枠組みで多くの問題の解決を探ってきました。

しかし、その枠組みの前に、テロ勢力が立ち塞がり、従来の国際社会の基本的構図に冷や水を浴びせています。さらに、そのことを尻目に、前近代的国家の中国やロシアが力を振るっている。先行き不透明な、いやな展開になりつつあります」
 
混沌の中で、確かなことはひとつである。どの国も他国に頼っている場合ではないということだ。日本にとっては、最も深刻な脅威として存在する中国にどう対処すべきかが最大の問題であり続ける。

テロによる漁夫の利
 
中国を見れば、テロ事件が発生しても、1番目立たないように行動しているのが彼らであることがよくわかる。テロを利用して漁夫の利を得るには、その方がよい。
 
国際社会の注意はテロとの戦いに向けられており、ウクライナから奪われたクリミア半島については、もはやドイツもフランスも問題にしようとしない。中国が今も着々と要塞化している南シナ海の問題を同じ形で退行させてはならない。

日米同盟や、インド、ベトナム、フィリピン、オーストラリア、インドネシア、さらに台湾との連携で、日本は航行の自由のため、問題の平和的解決と国際法の遵守を従来以上に世界に強調し、中国を抑制し続けることが大事だ。
 
中国が柔軟な姿勢を見せても、言葉でなく行動を見なければならない。中国人民解放軍は230万人体制を30万人削減して近代化を進めつつある。7大軍区を再編して、近代的な陸海空軍及び戦略ミサイル部隊の統合運用に向けて大々的な組織改革に乗り出した。

人民元の国際通貨化にも成功した。12月7日には南京に新たな抗日戦争記念館を開館した。軍事力と経済力を強め、対日歴史戦も強化する意図は不変なのだ。
 
中国の脅威の鉾先は、まっすぐ日本に向いている。その事実の前で、日本の力を経済においても安全保障においても急ぎ強化することだ。

『週刊新潮』 2015年12月17日号 日本ルネッサンス 第684回

                 (採録: 松本市 久保田 康文)
          
           

2015年12月24日

◆私の「身辺雑記」(295)

平井 修一



■12月22日(火)、朝は室温13度、快晴、ハーフ散歩。

「先発は中5日」などという意味がよく分かった。ここ5日間ほど力仕事を止めていたら腰痛はかなり和らいだ。歳をとったら無理は禁物ということ。「できれば90歳でまたエベレスト登頂に挑戦したい」という三浦雄一郎氏(83)のようなバケモノ的筋トレマッチョ老人は確かにいるが、それはほぼ例外的存在だ。

「年内にきれいに掃除して新年を迎えたい」という気持ちは分かるけれど、無理して体を壊したら元も子もない。「テキトーにやる」のがいい。ゴミ屋敷で死ぬ人はいない、日本では。支那では大気汚染だけで毎日4000人が死んでいるとか。

産経2015.8.14「中国、大気汚染禍で1日4千人死亡 発電用の石炭排出が元凶」から。

<中国で深刻な大気汚染の影響によって、一日約4千人が死亡していることが14日までに明らかになった。AP通信が、米カリフォルニア大バークリー校の研究結果として伝えた。研究結果は近く、米科学誌に掲載される予定。

同校の研究チームが、中国当局が定めた新たな大気の監視基準に基づいて算出したところ、中国では年間約160万人が、大気汚染を原因とする心臓や肺の疾患、脳卒中で死亡しているという。

世界保健機関(WHO)が2014年に発表した報告書では、世界中の大気汚染に関連する死者は年間約700万人。そのうち約23%を中国が占めている計算になる。

研究チームによると、13億人を超える中国の人口の38%が、米環境保護局(EPA)の基準で「不健康」とされる大気レベルの地域に居住している。状況が最も深刻なのは北京の南西部という。頻繁に基準値を大幅に超える汚染が報告される河北省石家荘市などが該当するとみられる>

産経2015.9.17「PM2.5による中国の死者数136万人を伝えず 新華社が情報管理か」から。

<中国国営の新華社通信は17日、微小粒子状物質「PM2.5」などによる大気汚染が原因で2010年に世界で300万人以上が早死にしたとの英科学誌ネイチャーに発表された分析結果を報じたが、国別で最多の約136万人という中国の死者数を伝えなかった。

政府に対する国民の不満を増幅させないよう情報管理をしているようだ。中国の新聞はほとんどが国際ニュースは新華社の記事を使用する。

新華社はロンドン発の記事で分析結果を報道。世界で300万人以上という死者数を伝え、「インドだけで毎年約65万人が死亡している」と報じた。(共同)>

中共は不都合な真実は隠蔽するのだ。しかし秘すれば現れるのが常。笹川陽平氏のブログ12/18「「北京の大気汚染とブラックユーモア」から。

<北京では、先月末から今月頭の一週間は大気汚染ウイーク、特に30日と1日、北京は濃いスモッグに覆われ、視界不良度は200メートル以下。PM2.5も30日の夜は一時1000マイクログラムを超えていた(WHO基準値の28倍)。

昨日、今日あたり、大気汚染デー再来。北京市は初めて最高レベルのスモッグ警報を出した。小中学校の休校、車両の通行規制、工事現場の作業停止、一部企業の操業停止・・・

外出を控えている人々は携帯でチャットし、ブラックユーモアで大気汚染の現状を嘆き、社会や当局に対する不満をこぼしている。

米国税関:ミスター、真に残念ですが、アメリカ合衆国への入国を拒否せざるを得ません。

中国人観光客:何故ですか?

米国税関:北京から来たのに、お荷物の中に一枚もマスクが見つからない。帰国する意志がない移民の疑いがあると判断する。

アメリカの駐中国大使のゲーリー・ロック氏(中国系)が離任記者会見での記者とのやり取り。

記者:閣下にとって中国は故郷になるが、離れる際に、故郷の土を記念にアメリカに持って帰りたくないですか?

大使:もうすでに用意しました、僕の肺にいっぱい入っております>

地球に生き残る最後の生物はゴキブリだそうだが、人類では漢族だろう。鍛えに鍛えぬいて耐性ができているはずだ。恐るべし漢族。世界制覇ここに成る。

■12月23日(水)、天皇ご誕生日、国旗掲揚、皇居、靖国遥拝、両陛下のご長寿を祈り、英霊の末席に受け入れてくださいとお願いした。

朝は室温13度、曇、ハーフ散歩。今朝も見知らぬオバサンから「あら、ワンちゃんは?」。男は察する、惻隠の情を示すが、女は遠慮なく聞く、悲しみを共有したがり、それをあちこちに情報拡散する、おしゃべりのネタにする。ナニがなければ男は絶対、女に近づかないだろう。

ああ、ウルウルする。

ペットロスを癒すためにビーグルのぬいぐるみを先日ネットで発注したが、売り切れ・再入荷予定なしとのこと。で、ぬいぐるみもどきを作って犬の定位置のソファーに置いた。少しほっとする。多分みんなが手を加えていくだろうから、結構、それらしくなるだろう。

<東京裁判の被告の死刑は1948年(昭和23年)12月23日に執行された。これについては、水島総・渡部昇一ら自由主義史観の思想派が、「皇太子明仁親王の誕生日に合わせた事で、後の今上天皇の天皇誕生日と同じ日にA級戦犯が処刑されたという記憶を未来永劫国民に残し、天皇や皇族に対する国民感情を悪化させるGHQの巧みな意図(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)があった」と主張している。

しかしその事を意図したアメリカ側の公式文書は発見されておらず、推測の域を出ない>(ウィキ)

大東亜戦争、特に日米戦についての公式最高機密文書のほとんどは100年間の機密指定になっているから、「推測の域」にならざるを得ない面があるのは確かだ。ところが当時のスティムソン米陸軍長官は日記にこう記している。英語原文を意訳してみた。

<1941年11月25日、火曜。ホワイトハウスで会議。主要テーマは日本だった。FDルーズベルト大統領はこう言った。「おそらく来週の火曜日(12月1日)に日本は警告(宣戦布告)なしという不名誉なやり方で攻撃開始するだろう。問題は、米国の甚大な被害なしに最初の一発を日本に撃たせることだ」>(明成社「最新日本史 教授資料」)

米軍は真珠湾からお宝の空母2隻を避難させた。餌食、生け贄は老朽艦の戦艦アリゾナなどと3000人の米国人の命だった。最初の一発を日本に撃たせて、第2次大戦に参戦するために米国はこんな仕掛けをするわけだ。

結果的にローリスク、ハイリターンで、米国はこの70年間、我が世の春を謳歌してきた。

英語ウィキから。

<Ten days before the Attack on Pearl Harbor, Stimson entered inhis diary the following statement: [Roosevelt] brought up theevent that we are likely to be attacked perhaps next Monday, forthe Japanese are notorious for making an attack without warning,and the question was what we should do.

The question was how we should maneuver them into the position offiring the first shot without allowing too much danger toourselves>(Richard N. Current, "How Stimson Meant to 'Maneuver'the Japanese," Mississippi Valley Historical Review Vol. 40, No. 1
(Jun., 1953), pp. 67-74 in JSTOR)

Maneuverとは策略、謀略、工作、罠。日本は嵌められてしまった。東京インチキ裁判で東条英機は嘆いた。「暗号が解読されていたとは思いもよらなかった」。諜報戦で完全に後れを取った(今も同じ、バカは何も学ばない)。

米国独立記念日の7月4日、日本は「人種・宗教差別反対記念日」として世界にアピールすべきだろう。米国「独立宣言」の起草者、ジェファソンはバージニアの大農園主で多数の奴隷を所有していた。一般的に当時の白人にとって黒人は家畜であり、あるいは類人猿だった。

ポルトガルのカトリック・イエズス会士の司祭・宣教師であるルイス・フロイスが来日したのは1563年(永禄6年)、31歳の時だった。松田毅一、エンゲルベルト・ヨリッセン共著「フロイスの日本覚書」から。

<日本人はヨーロッパ人と出会うことによって、それまでの三国(日本・唐・天竺)世界観をあっけなく放棄させられたが、ヨーロッパ人も亦、日本人と考証し始めて、それまで新大陸のインディオやアフリカの黒人らに接してもまだ容易に変えようとしなかった人種観なり世界観を大転換することを余儀なくされた。

日本という、地球の裏側とも言えるところに、ヨーロッパとほとんどまったく異質な文化県があり、かつそれが相当に、あるいはみずからと対等くらいに高度であることを認めざるを得なかったときに、ヨーロッパ人の多くは周章狼狽したに違いない。

17世紀の初めに来日したフィリピン前臨時総督ドンロドリゴ・デ・ヴィヴェーロは、「日本人の政治は、私が知る限り、世界で最も優れており、彼らが神(ゼウス)を知らないにもかかわらず、まことに完全に数多くの法律を有することは心にくい」と告白している>

一神教ではないからこそ「自分だけが偉い、他者はダメだ」などと思わずに上手くやってきたのである。キリスト教やイスラム教は宗派間で殺し合ってきたが、日本では宗教戦争はまずなかったのではないか。

米国では今でも人種間で殺し合いをしている。融和ではなく、テンデバラバラに暮らしている。1776年の独立から240年たっても変わらないのだから永遠に殺し合うのだろう。イスラム圏も同じだ。

人種の違いで差別するなと世界に初めてアピールした日本が、今、改めて「人種・宗教差別反対」を唱えることは意義あることだろう。100年後のパクス・ジャポニカを目指そう。(2015/12/23)

◆ナイジェリア過激派「ボゴハラム」はスンニ派

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)12月21日(月曜日)通算第4758号>  

 〜ナイジェリアの過激派「ボゴハラム」はスンニ派 外国人戦闘員含め15000名、       ISほど目立たないが、凶暴性は同質なうえ、武器はハイテク兵器が多い〜

 
ISは戦闘員がまだ20000名近く、原油の密輸、誘拐、拉致。そして産油国からの身代金で懐は豊かだとされる。しかし原油密売ルートが空爆され、石油からの収入は顕著に減った。

 ボゴハラムは、日本のメディアがたまにしか報道しないが、IS(イスラム国)と変わらない規模の兵力と軍事金を誇り、ナイジェリアばかりか近隣のニジュール、チャドなどにその聖戦思想の影響力がある。 外国からも志願兵が多く、立場はスンニ派。規模は15000名前後とされ、ナイジェリア北東部が拠点、首都のアビジャンでも過激派自爆テロをおこなった。

軍事金はムスリムからの献金、ナイジェリアの富豪からの「みかじめ料」、そして誘拐の身代金であるとされ、政府軍との戦闘でろかくした近代的兵器を使う。なかには装甲車、戦車、対空ロケットも装備しているとされる。

米国はナイジェリア政府から要請のでていた武装攻撃ヘリ「AH―1 コプラ」の供給を拒絶している。理由はナイジェリア政府軍が弱く、せっかくのハイテク兵器がボゴハラムに簡単に亘ってしまう懼れがあるからだ。イラクでは米軍が訓練したイラク正規軍があまりにも弱くISに攻撃されるやハイテク兵器を大量に於いて逃げ去ったように。

くわえてナイジェリアのジョナサン政権は腐敗していて、国民から怨嗟の的になっており、政府軍は凶暴で強盗、強姦、虐殺をおこなっても「あれはボゴハラムの仕業」と言いつくろっていることが国際NGO「ヒューマンウォッチ」などが告発している。

このボゴハラムは2002年頃にナイジェリアで結成され、組織名は「西洋の教育の罪」という意味である。とくに西洋のダーウィニズムを否定し、イスラム法の国を作ろうという目標はISに酷似する。

昨年まではアルカィーダ傘下とされたが、いまではISに忠誠を誓っており、他方では「ナイジェリアのタリバン」と異名を取る理由は、ナイジェリア北東部を事実上、おさえているからである。ナイジェリア政府の実効支配が及んでいないのだ。

指導者には7万ドルの懸賞金がかかっているが、創設者は死亡しており、いまの指導者も本物なのか、影武者なのか、不明である。

 各地でテロ、政府設備、学生寮を襲撃し、大量の虐殺をおこなったほか、14年には200名以上の女子学生を誘拐し「奴隷として売った」と報じられた。かれらはこれを否定し、兵士と結婚させたなどと言っている。

このテロリストの跳梁跋扈ぶりを西側の価値基準で報道する日本のメディアだけを読んでいると、かれらテロリストがなぜ、これほど強く、地元民衆の支持を得ているか、つまり過去に虐待されてきたイスラムのキリスト教文明への挑戦であることがなかなか了解できない状況を産んでいるようである。

◆沖縄2紙は実は『権威』そのもの」

仲新城 誠



産経ニュース【八重山日報・仲新城誠編集長インタビュー】「沖縄2紙は反権威のようで実は『権威』そのもの」「中国の国営放送そっくり」2015.12.19

石垣島を拠点とする日刊紙、八重山日報の編集長を務めています。部数は6千部と、琉球新報、沖縄タイムスの沖縄県の2大紙とは比べるべくもありませんが、2紙では報じられない八重山の実情の報道に努めています。

 沖縄では、この2大紙のシェアが圧倒的です。本土であれば産経、読売、朝日、毎日とさまざまな新聞があり、読者にとっては、自分の考えを論理的に裏付け、活字で表現してくれる多様な選択肢がある。

しかし、沖縄には2紙が唱える「反米軍基地」「反自衛隊」という一つの論調しか存在しません。

選択肢が存在しないため、県民はその論調が正しいと信じ込まされている。2大紙は翁長雄志知事とタッグを組み、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設に反対する運動の事実上の「核」になっています。反権威のようで、実は「権威」そのものなのです。

本土でも、2大紙の発信する「県民は基地のない島を望んでいるのに、日米両政府に弾圧されている」という「虚構の沖縄」の姿が流布されているように思います。

先日、東京で武蔵野市議会を取材しました。市議会が9月に辺野古移設に反対する意見書を可決したことに対し、沖縄県民たちから意見書の取り下げを求める請願が提出され、その審査があったのです。

しかし、請願の採択に反対する市議の意見を聴いていると、「やはり、通り一遍の沖縄への理解しかないのか」と感じずにはいられませんでした。

「基地の島で不条理な圧力に苦しんでいる沖縄」という、一種の被害者史観です。中国の脅威にさらされる尖閣諸島(沖縄県石垣市)についても、ほとんど質問がなかったのは残念でした。

尖閣を抱える石垣、八重山の住民には「自分たちが国防の最前線に立っている」という危機感があります。中国公船の領海侵入が常態化し、漁業者が追跡されたり、威嚇されたりすることも日常茶飯事。八重山日報では毎日、中国公船の動向を1面に掲載しています。

しかし、2大紙はそうした国境の島の危機感をほとんど報じてくれません。それどころか、漁船が中国公船を挑発していると言わんばかりの記事や、中国が唱える「尖閣棚上げ論」に同調するような社説が掲載されている。中国の国営放送とそっくりです。

翁長知事は9月にジュネーブで開かれた国連人権理事会で演説し、「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と訴えました。

自己決定権という言葉は、反基地活動家が「沖縄独立」の文脈で使う言葉です。県民の安全に責任を持つ知事であるにもかかわらず、中国に対して尖閣周辺での挑発をやめるよう訴えることもしませんでした。

演説直前に開かれたシンポジウムでは、琉球新報の編集局長がパネリストとして、翁長知事と並んで辺野古移設反対を訴えていました。取材中だった沖縄タイムスの記者もスピーチを始めました。これでは記者なのか、反基地活動家なのか分かりません。

私自身、以前はそうした2大紙に疑問を感じつつ、積極的に声を上げることはなかった。「そう感じる自分がおかしいのだ」と思い込まされていた
のです。

転機はやはり、尖閣問題でした。現実に遭遇したことで、反基地、反自衛隊を唱える2大紙の主張は何ら処方箋にならないと分かったからです。

私と同じような疑問を持つ県民は少なからず存在します。文字通りのサイレント・マジョリティー(静かな多数派)です。

石垣市もかつては「革新の牙城」と言われてきた土地柄でしたが、この10年で大きく転換しました。保守系市長の誕生が一つの契機となり、柔軟な考えの若手市議が続々と誕生し、状況は雪崩のように変化しました。

サイレントマジョリティーは確実に存在し、石垣では声を上げ始めている。かつて「革新の闘士」だった人ですら「自衛隊配備も仕方ない」と話すようになりました。

一つのきっかけで変わる。沖縄本島でも同じように声が上がり始めれば、状況は劇的に変わる可能性があります。

まずは、沖縄県民が毎日読まされている新聞の欺(ぎ)瞞(まん)性に気づくことが重要です。私自身も記者なので、記事の裏に込められている情報操作、県民を特定の方向に誘導しようとする意図が分かる。

そういう隠された意図に気付いてほしいと思い、自分なりに情報発信に努めているところです。(千葉倫之)

なかしんじょう・まこと 昭和48年、沖縄県石垣市出身。平成11年、石垣島を拠点とする日刊紙「八重山日報」に入社し、22年から同紙編集長。著書に月刊「正論」での連載をまとめた「翁長知事と沖縄メディア」(産経新聞出版)、「国境の島の『反日』教科書キャンペーン」(同)など。
                 (採録:松本市 久保田 康文)

◆マエケンはアメリカ、黒田はカープ

馬場 伯明



プロ野球の広島球団(カープ)がエース、マエケン(前田健太・27歳)のポスティングシステム(*1)による米国メジャー移籍を容認した。譲渡金は上限2,000万ドル(約24億円)だという。

(*1)「ポスティングシステム(入札制度)」海外FA権を取得する前の選手が、MLB球団に移籍できる制度。日本球団が譲渡金(上限2,000万ドル:約24億円)を設定し、支払意思がある全米団が選手と30日間交渉できる。期間は11/1〜翌年2/1。

現在、ドジャース、ジャイアンツ、ダイヤモンドバックスなどが争奪戦中。落札球団との交渉役はダルビッシュや岩隈らが契約する大手エージェント「ワッサーマン・メディア・グループ」のA・カッツ氏とJ・ウルフ氏の敏腕代理人に依頼済とのこと(前田のマネジメント事務所発)。

私は幼い頃からずっと60年以上の古手のカープファンである。友人たちから「筋金入りのカープファン」とか「赤く曇ったレンズの眼鏡をかけた男」言われることもある(笑)。マエケンの移籍について記す。

(1)移籍には賛成だ。人生は一回きり。自分の力が通用するかどうか果敢にその可能性を試してほしい。また、当然に、最高の年俸も得てほしい。(張本勲氏の「人身売買論」などは無視してよい。球団は得た譲渡金をチームの強化に効果的に使ってほしい)。

(2)2015年国内では外角の速球とスライダーが抜群だった。15勝7敗。沢村賞受賞。しかし、メジャーでは内角の速球・シュートのコントロールをさらに磨き、フォークも必要だろう。完投第一ではなく6〜7回の責任回数を全うしローテーションを守る。目標は10勝以上。

(3)MLBへ行くからには10年間を目途に名を残してほしい。(黒田のように)カープに戻るかどうかは考えなくてもよい。それでも、私たちはマエケンが投げる試合をBSなどで観戦し必ず応援する。

カープファンは心優しい。FA、PTなどで出て行ってもその選手の活躍を願っている。金本知憲・新阪神監督に対しても、カープ戦以外では勝ってほしいと私はひそかに思っている。

さて、もう一つの重大なテーマ。黒田博樹投手(40歳)が来年もカープで投げるかどうか、先月までわからなかった。2015年は11勝8敗である。しかし、2015/12/17にその不安が消えた。黒田は6億円(推定)で契約更改し、来季の続投が決まった。よかった!

2015年、男!黒田の奮投には心から感謝する。文句なしの成績である。2016年、カープの優勝のために若い投手の精神的な支柱ともなり、自らは静かに頑張ってほしい。

そこで、緒方監督と畝龍実投手コーチに提案する。2016年の起用は「サンデー:Sunday)黒田」とすること。登板間隔を1週間とし万全の体調で日曜日に投げ確実に勝ってもらう。来季は個人記録もあと7勝で日米通算200勝であるが軽く達成するだろう。

だが、計算できる黒田はいいけれども、2015年にマエケンが達成した15勝の穴は2016年に誰が勝って埋めるのか?(赤く曇った眼鏡?!ではあるが)優勝への確かな予想をしたい。

先発投手では、ジョンソン(2015:14勝→2016:15勝)、黒田(11→10勝)、福井(9→10勝)、大瀬良(2→10勝。先発へ復帰!私の故郷長崎県出身)、岡田(10勝。新人ドラフト1位)、野村(5→10勝)戸田(3→5勝)ここまでで70勝。

2015年は中継ぎ(middle relief pitcher)・抑え(closerまたはclosingpitcher)投手が弱かった。投入の時期(回)も不適切な采配が少なくなかった。中継ぎは、今村、久本(2016復帰)、一岡、ザガースキー、さらに新外人に頑張ってもらいたい。抑えは中崎の奮起を期待する。全員で10勝。チーム合計は80勝。

2015年リーグ優勝のヤクルトの真中満監督が笑いながら言った。「(マエケンがいなくなるのは)(球団は)ありがたい。(監督は)助かりますけどね」(TBS「サンデーモーニング」2015/12/6))。カープ投手陣に告ぐ。「絶対にそうなってはならない。真中監督を見返せ!」。

打線の補強では中日のルナの獲得は大ヒットだ。1億円は安い。ルナは3年間で、打率0.316、本塁打34本、打点184の3塁手。ルナ・エルドレッド・新井でクリーンアップの安定感が増した。熱血漢の石井啄朗の打撃コーチ就任もよかった。緒方監督をどんどん突き上げてほしい。

2015年は緒方監督の采配のおかげで勝った試合はほとんどなかった(私の判定!)。逆に残念ながら、その采配により負けた試合が数多くあった。2016年の采配で緒方監督にお願いしたいことを次に記す。

(1)カープの2016年一軍首脳陣は「軽量級だ」と誰かが揶揄した。確かに玉木朋孝・河田雄祐内外野守備走塁コーチの選手時代の実績は少ない。迎祐一郎打撃コーチ補佐の「指導」を選手は無視しないだろうか。高信二ヘッドコーチもどうかなあ・・・。緒方監督は気を引き締めエンジン全開の機関車となり全軍を牽引してもらいたい。

(2)投手起用については、ジョンソン、黒田、大瀬良には完投を要求する。3失点までは交代させない。2015年の救援の失敗から真摯に学んでほしい。(OBの北別府学氏は2015/10/15に出版した「カープ魂」光文社新書で強調している)。

(3)接戦では高校野球のような小ずるい采配でもいい。とにかく早く確実に1点を取る。ノーアウトからは即送りバント。投手のバント練習を強化。下位打線のときランナー3塁になったらスクイズも多用する。

(4)クリーンアップも大砲も2ストライク以降は中堅から右狙い(右打者のとき)に徹する。4番のエルドレッドには外角球のスイングは原則として禁止する(落ちる球でほとんど空振りである:笑)。

2015/11/23、カープ球団と緒方監督は来季2016年の新キャッチフレーズを発表した。1975(昭和50)年の初優勝(赤ヘル)の原点に立ち返り、球団のカラーを極める「真赤激」(まっかげき)である。 

私たちカープファンの渇望は2016年の「優勝」の二文字だけだ。球団・選手・ファンが一体となり、新しい「真赤激」を掲げ優勝へ一直線だ。

2016年のカープに栄えあれ!(2015/12/23千葉市在住)



◆実態公式統計では分からぬ中国経済

矢板 明夫



公式統計では分からぬ中国経済がザーサイで分かる!?かつて周恩 来は毎朝アレをチェックしていた…

中国メディアで最近、よく出てくる言葉として「ザーサイ指数」というのがある。中国を代表する漬け物、ザーサイ(搾菜)の各地の消費量から、その地域の出稼ぎ労働者を推測し、景気状況を判断するときの指標である。背景には、中国各地政府が発表する経済数値にはねつ造されたものが多く、公式データだけでは正しい経済状況を判断できない事情がある。

いまの中国には計2億6000万人の農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者が おり、そのほとんどは建設業か製造業に従事しているといわれている。仕事があれば同じ地域に出稼ぎ労働者が一気に集中するが、仕事が減ればすぐに別の場所に移る。単身赴任の男性が多い農民工が最も好む食べ物の一つがザーサイだ。

 各地のスーパーで70グラムの袋入りのザーサイは約1元(約19円) で売られている。1袋があれば、昼と夜の2回のご飯のおかずにもなるので、収入の少ない農民工にとって有り難い存在となっている。ある都市でのザーサイの消費量が急増すれば、その地域に農民工が殺到し、景気が良くなっていることを意味する。

 直接選挙のない中国では、各地域の経済成長が同地域の指導者の能力を評価する重要な指標になるため、景気が減速すれば、指導者は数字を水増しして報告することが一般的とされ、中央政府は報告された数字が正しいかどうかはなかなか判断できない。
 
しかし、各漬け物メーカーが発表している各地のザーサイの売り上げと一緒にみれば、その地域の本当の景気がみえてくるという。数字を大きく発表すると税金が高くなるので漬け物メーカーは数字を水増しして発表することは考えにくいからだ。

重慶市にある大手漬け物メーカーの数字では、 2011年の広東省のザーサイの売り上げが劇減し、湖南省で大幅に伸び たため、農民工たちは沿海部から内陸部に移動しているという景気動向を 判断できるというわけだ。

中国メディアによれば、中国共産党の指導者も「ザーサイ指数」を重要な参考指標にしているという。実は地方政府だけではなく、中国の中央政府も同じように統計数字がねつ造している。具体例としてよく挙げられるのは失業率の統計だ。

胡錦濤政権がスタートした2002年は4・0%だったが、それ以降 10年以上にわたり、4・0%から4・3%の間で極めて狭い幅のなかで 上下している。国内の経済学者の間で、「永久不滅な4%前半」と揶揄さ れている。

この間、中国ではSARS(新型肝炎)の危機があったほか、 北京五輪前の好景気と米国発金融危機後の製造業倒産ラッシュを経験して いる。上海証券取引所のA株(国内株)の指数は約1000点(2005年12月)から6100点以上(2008年1月)に暴騰したあと、また 2200点前後(2013年9月)に戻るなど乱高下している。

失業率を適正に統計していたら、株価と同じように激しく上下する結果が出るのが自然だが、そうならなかった。中国の政府関係者は「失業率の高い数字が社会不安につながり、低い数字は地方に『景気が良い』という誤ったメッセージを与えてしまうため、4%前半にしている」と説明し、数字を人為的にいじっていることを認めた。

中国で経済指標のねつ造は毛沢東時代に遡ることができる。1950年代末から60年代初めにかけて最も顕著である。元新華社記者、楊継縄氏 の著書『毛沢東?大躍進秘録』(文芸春秋)によれば、河南省のある県の 生産大隊は、農地1ムー(中国の土地面積の単位。6・667アール)当 たりの作物が1000キロあると報告した途端、翌日に隣の大隊は 1700キロと報告し、さらにその翌日、別の大隊は3600キロだと報 告した。

数字がロケットのように吊り上げられ、その年の中国全国の農村 の生産業を合計すると、世界の全農業生産量まで超えてしまったという事 態になった。

周恩来首相(当時)も、各地から報告された数字を信用していなかった。独自の方法でチェックしていたという。当時の北京には水洗トイレがなく、市内のすべてのトイレから回収され糞尿は、馬車やトラックで肥料として農村部に運び出される。周首相は毎日、必ず市外に出る糞尿の量をチェックし、その数字から北京市民が十分に食えているかどうかを判断していたという。

ザーサイ指数が重要視されているいまの中国は、50年前とあまり進歩していないようだ。

産経ニュース【矢板明夫の目】2015.12.23

   

2015年12月23日

◆社民党公認の増山麗奈氏って…

岡田 浩明
    
         

社民党は来年夏の参院選東京選挙区(改選数6)の公認候補として画家、増山麗奈氏(38)=新人=を擁立する。ただ、擁立が固まった12月11日以降、インターネット上では増山氏の過激な言動が話題になり、早くも炎上している。

画家に加え、ジャーナリスト、映画監督、反戦・反原発の活動家。多彩な肩書きを持つ増山氏は一体どんな人物なのか-。

増山氏は千葉市出身。東京芸大中退、現在は2児の母だ。17日の党公認決定に当たって文書でコメントを発表している。「若者が希望を持てる日本、誰も一人にしない日本をつくりたい」と決意を表明。

その上で、社民党公認で立候補する理由について、「護憲」を旗印とする社民党の信念が「私が取り組んできた作品のテーマと重なっており、社民党を応援したいという思いだ」と説明した。

増山氏がアーティストとしてこれまで取り組んできたテーマは反戦や反原発が中心だ。20代だった平成15年から反戦デモに参加しているというが、普通のデモではない。

女性たちで結成したアート集団「桃色ゲリラ」を主宰し、ピンク色のビキニ姿で個性的なパフォーマンスを繰り広げてきた。「女性を売り物にしている」との批判もどこ吹く風。母乳を絵の具と混ぜて絵を描くなど型破りな“母乳パフォーマンス”が売りだ。

これもアート活動の一環と主張する。そんな“異色”の過去が、今回の立候補で蒸し返されている。

母乳パフォーマンスへの批判に対し、増山氏は12月16日、自身のツイッターで「表現に対して性的なものがあるという一点で馬鹿にするのは止めていただきたい」「地球への愛、感謝を伝えるアート。家族の理解を得てのことです」と反論した。

それでもネットユーザーからの批判はやまない。

「家族の理解は得ても国民の理解は得れませんね」

「子供の前で下品な表現を行ったことを深く反省しろ!」

デモやドキュメンタリー映画などを通じた反原発活動に関しても、過去の発言が批判を浴びている。増山氏は平成23年、東京電力福島第1事故を念頭に「てめえら豚はうすぎたねえプルトニウム米でも喰ってな!」とツイッターに投稿していた。

当時は、政府の無策ぶりを乱暴な表現で皮肉りたかったようだが、12月15日になって「言葉遣いの悪さを反省」と釈明している。

それでも、ユーザーの怒りは収らない。

「大人が一度でもあのような言葉を吐けば『反省しました』では通じない。自分の言動に責任を持てない者が政治家になるなど、悪い冗談にもほどがある」

そうした批判は、増山氏に白羽の矢を立てた社民党にも飛び火している。増山氏が15日の投稿で「解党してしまう恐れがある社民党を盛り上げたい」と書き込むと、「社民党の良識を疑う」「もういらない党だと国民は判断しているのに、社民党を盛り上げる必要があるのか」との指摘が相次いだ。

激しいバッシングを浴びる増山氏だが、「選挙の最低目標は比例票を掘り起こすこと。しかし自分も捨て駒になるつもりはありません。勝つつもりです。本気です」(15日)と訴える。

実は、増山氏の祖父、直太郎氏は社会党富山県連の初代会長。社会党結党に参画した人物で、護憲の「DNA」が受け継がれているようだ。

増山氏は、前回参院選の東京選挙区で初当選し、反原発を訴える生活の党と山本太郎となかまたちの山本氏の国会活動を評価しており、今回の参院選では党派を超えて街頭演説などで共闘する場面もありそうだ。

「辺野古基地絶対建設反対! 沖縄の民意を踏みにじる安倍政権に、増山れなパーンチ!」(18日)

怒濤の投稿を続ける「異色系」候補の国政挑戦に有権者は来年夏、どのような審判を下すのか-。

産経ニュース【岡田浩明の野党ウオッチ】 
            (採録: 松本市 久保田 康文)

◆感動的「ニューズウィーク」考 

平井 修一



毎週土曜日の産経は「花田紀凱の週刊誌ウォッチング」を楽しみにしているが、時々ニューズウィーク(NW)をべた褒めしている。新潮や文春と同様に確かに週刊誌ではあるが、新潮、文春、ポスト、現代などは基本的に羊頭狗肉的スキャンダルを売り物にしている。一方でNWはそれ以外の論評、論考を売りにしているオピニオン誌である。

同じ土俵に載せるのは新潮、文春などにとってちょっと酷ではないかと思ってしまう。前者は小4〜中2レベル、NWは高2レベル以上で、同じ「週刊誌ジャーナリズム」と言っても内容、品格が雲泥の差だ。

そのNW12/21「消えゆく日本の『8つのノー』、湾岸戦争が安保政策の転機に」は感動的でさえあった。以下、転載。日本の週刊誌は7S(スキャンダル、セックス、スポーツ、スターなど)を売りにしているから、逆立ちしてもこういう記事は書けないだろう。残念なことだが、日本語媒体の限界だな。

<米国の著名な日本研究者ケネス・パイル氏は、集団的自衛権の行使や武器輸出などを認めない日本の安全保障政策を、かつて「8つのノー」と表現した。指摘のほとんどは、もはや過去のものになりつつある。

関係者の多くは、四半世紀前の湾岸戦争が転機だったと指摘。「小切手外交」と揶揄された日本は平和主義と決別し、徐々に政策を変えていった。

*砂漠で戦う米軍、雪像を造る自衛隊

湾岸戦争さなかの1991年2月、陸上自衛隊の吉富望3佐は都内で米軍との図上演習に参加していた。室内にはテレビモニターが並び、米側の将校はCNNが映し出す砂漠の戦闘に気を取られているようだった。その傍らで、別のテレビが札幌雪祭りで雪像を造る自衛隊の様子を伝えていた。

「本当に同盟国なのか、なぜ砂漠の米軍の隣に自衛隊はいないんだ。そう言われた」──。今年4月に陸将補で退役し、現在は日本大学で教鞭を取る吉富教授は振り返る。中東に原油の9割を依存しながら、憲法の制約で自衛隊を派遣できない日本は、代わりに戦費130億ドルを負担した。

それから4半世紀、日本は自国の領域外でも自衛隊の武力行使を可能にする法制を整備し、長らく堅持してきた武器の禁輸政策も転換した。大きく様変わりした安全保障政策は、強い日本の復活を目指す安倍晋三首相の主導によると思われがちだ。

しかし、振り返ると転機は湾岸戦争だった。あのとき安全保障政策に携わっていた関係者が感じた屈辱が、日本に平和主義からの決別を決意させた。「今起きている変化のルーツはそこ(湾岸戦争)にある」と、吉富教授は話す。

その一方で「今の日本を動かしているのは、中国に対する強い懸念だ」とも指摘する。

*机を叩いて後方支援を迫った米軍

西元徹也氏も、湾岸戦争時の「小切手外交」で苦い思いをした1人だ。「砂漠の嵐作戦」が始まった91年1月17日朝、陸上幕僚監部の副長だった西元氏は、東京南青山の官舎でテレビを見ていた。巡航ミサイルがイラク領内に向けて発射された瞬間、西元氏は迎えの車を待てず、21段変速の自転車に飛び乗った。

当時は六本木にあった防衛庁に向かってペダルをこぎながら「日本は何もできないまま終わるのだろうか」と考え続けたという。「カネは出すが人的な貢献をしないと、国際社会に評価されないことがみんな分かった」と、西元氏は言う。

日本は翌92年、PKO(国連平和維持活動)協力法を成立させ、国際貢献のあり方にひとつの答えを出す。陸上自衛隊トップの幕僚長になっていた西元氏は、内戦が終結したカンボジアの復興支援に600人の隊員を送り出した。「あれが出発点だった」と、同氏は振り返る。

しかし、93年に朝鮮半島危機が起きると、新たな難問に直面した。核開発疑惑が持ち上がった北朝鮮に対し、米国は武力行使を真剣に検討。在日米軍司令官のマイヤーズ中将は、自衛隊トップの統合幕僚議長に就いた西元氏に、部隊の詳細な展開計画を提示した。

輸送や整備、補給、衛生、こうした後方業務を自衛隊が引き受けてくれるなら、米軍はその分の戦力を前線に回せると、日本側に後方支援を迫った。

ところが、当時の日本には、米軍の武力行使を後方で支援する法律がなかった。「民間の輸送業者、整備業者、物品業者と契約してくださいと言わざるを得なかった。本当に情けない思いをした」と、西元氏は振り返る。

米側は西元氏の幕僚に対し「これは日本の防衛そのものだろう。なぜこんな後方支援すらしてくれないのか」と、机を叩いて迫ったという。

このときのやりとりが、97年の日米防衛協力の指針(ガイドライン)の改定につながる。19年ぶりに見直されたガイドラインには、朝鮮半島や台湾海峡の有事を念頭に、米軍に対する自衛隊の後方支援の任務が追加された。99年には、こうした新たな活動を法的に担保する周辺事態法が成立した。

*残るは核武装

2000年に入ると、自衛隊はインド洋に補給艦を派遣し、アフガニスタンのタリバン政権を攻撃する多国籍軍に給油活動を行った。イラク戦争後には復興支援に部隊を送り、ソマリア沖の海賊対処にも加わった。

自衛隊の海外活動は常態化していった。「これまで20年間、PKOや周辺事態法、有事法制を作る中で積み上げていった」と、昨年9月まで防衛相を務めた小野寺五典衆院議員は、日本の安全保障政策の変遷を振り返る。

そして、今年9月。中国が南シナ海や東シナ海への進出を強める中、日本は集団的自衛権の行使を可能にする安全保障法制を成立させた。自国の領域外でも自衛隊の武力行使が可能になり、日本が防衛力の軸足を移す東シナ海を中心に、日米が共同で活動するための条件が整う。

「(湾岸戦争から)背負ってきた荷物をようやく下ろすことができた」と、外務省副報道官を経て、現在は内閣官房参与の谷口智彦氏は話す。

日本研究者のパイル氏が指摘した「8つのノー」とは、海外派兵はしない・集団的自衛権の行使は認めない・戦力投射能力は持たない・宇宙の軍事利用はしない・武器輸出はしない・軍事技術を他国と共有しない・防衛予算は国内総生産(GDP)の1%を超えない・核兵器は持たない――だった。

「『8つのノー』はすっかり過去のものとなった。核武装を除けば」と、パイル氏はロイターに語った>(以上)

核武装、そして並行してテロ対策法の整備。1日も早く「普通の国」にしていかなければならない。(2015/12/21)

◆師走の映画が面白い

馬場 伯明

12月は面白い映画が目白押しである。「忙中閑あり」映画館へ通う。直近では「スター・ウォーズ フォースの覚醒」が満を持して全世界で公開された。第1作(1977年)が空前の大ヒット。10年ぶりのシリーズ第7作目だという。

私は2015/12/18、20:00から千葉市・京成ローザ(EAST)で3D吹き替え版を観た。観客が多く昔の映画館らしい熱気があった。でも、若い観客が多く古稀の私は場違いの場所にいる気もした。

ヒロインのレイ役は無名女優のデイジー・リドリー。抜擢だという。広い額(おでこ)に長くきりっとした眉の目力がある美人。彼女は一瞬で世界のスターになった。

宇宙戦争なのに空気抵抗が大きい古代戦車のような円盤が空をぶんぶん飛び回る。一方、地上では人が(人力で)砂漠を走り、武器を持たず殴り合う。過去と未来の混在・融合だが奇妙な現実感がある。

架空のスター・ウォーズだが、何より人間臭い筋書き、つまり人間の物語という点に、観客は魅力を感じ続けているのであろう。

12月はいい映画が多く6本観た。簡単な紹介と感想を記す。

まず12/5「007スペクター(Spectre)」。私は伝統的な007のファンだ。4人目のD・グレイグのJ・ボンドは中背で線が細いと見えたが演技は凄かった。ボンド・ガールは可憐で妖艶なマドレーヌ・スワン。
    
それにしても、アストンマーチン・DB10と、ジャガー・C-X75のカーチェイスは圧巻だった。撮影には10数台を使ったらしい。
  
12/6「黄金のアデーレ 名画の帰還」。20世紀末ある裁判が世界を震撼させた。クリムトが描いた伯母の肖像画「黄金のアデーレ」を姪のマリア・アルトマン(82歳米国)が返還を求めオーストリア政府を訴えた。

「アデーレ・・」は第2次世界大戦中ナチスに略奪された。裁判をともに闘ったのは弁護士のランディ(ライアン・レイノルズ)。そして、遂に勝利した。主演女優のヘレン・ミレン(70歳)がときに見せたシニカル&コミカルな演技もよかった。

同日12/6「杉原千畝」も観た。第2次世界大戦時、杉原千畝はナチスに迫害されたユダヤ人にビザを発給し救った。「日本のシンドラー」と呼ばれる外交官・杉原の信念と行動を描く。唐沢寿明と小雪が好演。
    
12/10「海難1890」。日本トルコ友好125周年記念、両国合作映画である。1889年エルトゥールル号のオスマン帝国親善使節団は、翌年6月明治天皇への謁見を果たしスルタンの親書を奉じた。

帰路9月、同号は和歌山県紀伊大島樫野崎沖で台風に遭い沈没した。村長・区長を先頭に村民は必至の救助活動で69人を救出した(587人が死亡・行方不明)。海軍機関大尉ムスタファ(ケナン・エジュ)らの胸に日本人の深い真心が刻まれた。

ときは過ぎ1985年のイラン・イラク戦争。S・フセインは48時間後にイラン上空の飛行機への無差別攻撃を宣言。日本人は空港に孤立。トルコ人は95年前の日本人の真心を想起しイラク機への搭乗を譲る。両国の世紀を超えた絆である。
(だが、当時、なぜ、JALや自衛隊機がすぐ日本から飛ばなかったのか。後味が悪かった)。
  
12/13「母と暮らせば」。1948/8/9、長崎市の助産婦(吉永小百合)のもとへ、3年前に原爆で死んだ長崎医大生の息子(二宮和也:幽霊)が現れる。思い出や彼の恋人(黒木華)の話などをして過ごす二人の日々を政治的な主張を控え、淡々と過ぎる日々を描いた。

吉永小百合の映画出演119作目とのこと。私は小百合が好きな「サユリスト世代」である。映画が不出来でも、彼女の大根足が気になってもファンはファンなのだ。では120本目はどういう作品で、いつなのか。
  
12/18は「スター・ウォーズ」。冒頭に記した。なお、1977年・38年前の「スター・ウォーズ」第1作に出演し世界的なスターとなったハリソン・フォード(1942生まれ73歳)が今回もハン・ソロ役で出演した。

だから、71歳の私が堂々と映画館の真ん中の座席に座って観ても全然おかしくないのだ(笑)。ところで、次の第8作目が・・・10年後では、ハリソン・フォードも私もきついな。
 
映画って楽しい。TVの淀川長治さんの解説が懐かしくなった。しかし、映画はやはり映画館で観るものである。大画面と大音響に圧倒されるあの雰囲気がたまらない。

今年の12月は面白い映画が目白押しだった。これで心おきなく年を越すことができる。(2015/12/22千葉市在住)