2015年12月23日

◆自衛隊も早急に総点検を

野口 裕之



中国製部品内蔵で自爆誘導される米軍兵器 

米シリコンバレーで研究・開発を続ける台湾系米国人技術者、K氏の求めに応じ、1回目の接触を試みたのは2014年夏であった。場所は、K氏が都内に設立したベンチャー企業R社。K氏の依頼は「開発技術が中国軍に狙われている。

恐ろしさを知らせたいので、○△省のしかるべき人物を紹介してほしい」との趣旨だった。K氏はFBI(米連邦捜査局)の保護下に置かれているが、不思議ではない。

■アナログ戦法で技術窃取

手掛けた開発は最新鋭戦闘機F-35や無人偵察機の画像システムで、標的を瞬間捕捉し距離を正確に測定する、無人偵察機や「米空母キラー」=対艦弾道ミサイルの「目」に当たる。

「目」が有ればGPSを必要とせず、自ら索敵することで電波妨害が支援する防衛網を突破できる。当然、米国家機密で、性能抑制した合法的民生品を開発すべくR社を設立した。R社は2020年の東京五輪・パラリンピックで、3D眼鏡なしで見られる次世代立体テレビ放送を目指す独立行政法人などの要請で、3D立体画像のリアルタイム伝送システムを受注した。

間もなく、R社と関係する複数の日米企業に中国軍系通信機器大手の“社員”が接触してくる。技術は奪われなかったが、小欄の今次興味はここから先。

中国軍総参謀部第3部隷下で北米担任の2局(61398部隊)か日韓担任の四局(61419部隊)辺りの、サイバー戦部隊の仕業と思ったら驚くほどアナログな戦法だった。

そういえば米国家安全保障局(NSA)が《サイバー攻撃を防ぐ堅固な守りを、大昔のラジオ電波技術で撃破した》。米軍も「外国製」を擬装する中国製電子部品購入に因る戦力低下を許している。サイバー空間では攻撃が防御に比べ圧倒的に有利とはいえ防御力も向上しており、「人間」も現場投入する諜報戦はまだまだ続く。

R社は3D画像処理用基本データを、特殊な半導体に書き込む予定だった。が、K氏も知らぬ間に、別の場所に移動→保管された半導体の真空包装は破られていた。

中国軍系通信機器大手の“社員”が直接手に取り、読み取り器でコピーせんと謀った、とも考えられる。幸い書き込み前だったが、R社保有の機器にはサイバー攻撃を受けた痕跡が残り、防御壁に阻まれてアナログ作戦に変更したのかもしれない。

今なお有効な手法だ。ドイツはリニア建設で中国に有償技術提供したが、高度技術は秘匿した。ところが2004年11月26日夜、秘匿技術の窃取目的で“中国人技術者”らが上海の独工場に侵入し、設備を無断測定している場面を見つけられた。

■在米スパイ企業は数千社

油断も隙もない中国も念頭に、米国の航空宇宙関連施設は1990年代、身分が確かな同盟国研究・技術者以外、外国人は立ち入り禁止措置に。FBIは2005年、米国には擬装したスパイ企業が3000社在り、中国のスパイ活動が毎年、前年比20〜30%増加中だと、経営者に異例の注意喚起を行った。

ロシアは、凄腕のプロが1人で「バケツ1杯の砂」を持参するが、中国流は“アマチュア”も投入する。中国の教範《西側軍事科学技術の収集利用に関する長期計画》などによると《4000団体が政治・経済・軍事・医学・社会・教育・文化…全正面で、プロではないがスパイ教育を施した各分野の専門家を使い少しずつ情報を集める》。

つまり、1人が「砂1粒」を集め、組織で「バケツ1杯」にする。

中国は倒産やリストラ、定年で企業を出た日本人技術者を高報酬で招聘し、短期技術指導に誘う。社に内密での訪中は社内規則違反で、帰国後は協力者に成らざるを得ない。

広東省では06年、全宿泊客の身元をチェックイン後3時間以内に公安当局に通報する義務が課せられた。工作する技術・研究者らのリストアップのためだ。

中国系スパイや自国の技術・研究者だけに気を付けても安全ではない。米上院軍事委員会の2009〜10年調査では、少なくとも1800事例=100万点もの「米国製」などを装うニセ電子部品が発見された。70%が中国製で、暗視装置▽無線機器▽GPS付き砲弾▽哨戒・輸送機▽各種ヘリコプター、果ては主力を含む各種戦闘機▽早期警戒管制機▽迎撃ミサイル・システム内のコンピューター-にまで混入されていた。ミサイルに粗悪な中国製ICチップを使えば、20%も命中精度を落とすという。

■自衛隊も総点検が不可欠

「さすが海賊版王国」などと“感心”してはならぬ。自衛隊も同型や派生型を配備しているのだ。防衛装備庁はサプライチェーン(部品供給網)調査を始めたが、大手企業が協力的でも困難が伴う。防衛産業は下請け→孫請け…などピラミッド状に数百〜数千の企業が絡み、細かな部品入手先まで掌握できない。

米国も似た悩みを抱える。予算の減少傾向で、米軍調達部門は大手企業により安い兵器を求め、個人輸入者を含む門外漢企業も商機とみて飛び付いた。たどり着いたのが中国製マイクロチップなどだった。

門外漢業者に対中危険認識は希薄で、米軍に粗悪品が拡散した。好機を見逃さぬのが中国。「海賊版」を取り締まらず、むしろ学習して米軍需企業と取引関係にある中国軍系在外トンネル会社に自称「非中国製」納品を促した。

中国製粗悪品が原因と観測される米軍兵器の事故は少なくない。しかし中国軍介入で、最先端技術を駆使した非中国製を装う部品が「人間の口利き」で納品される、ある種の「ハイローミックス」脅威が生起した。米国家情報長官室は《不正侵入経路を構築するバックドアが仕掛けられた》と、FBIの軍需業界向け通達は《偽造ルーターにより、中国工作員が米軍システムに侵入できるようになった》と、それぞれ警告する。

もっとも、NSAも08年以降中国軍を最大標的に、メーカー内の協力者や工作員が出荷するコンピューターのハードやUSBの接続部分に超小型無線機を埋め込んでいた。無線機はデータを13キロ先の小型中継器に送信。逆に遠隔操作ウイルス(マルウエア)埋め込みも可能で、自爆装置を備える兵器を遠隔操作で誤作動させれば、兵器を内側から吹き飛ばせる。米中お互い様、ではある。

 自衛隊兵器に潜む「中国伝来部品」の総点検は不可欠だが、圧倒的多数を占める真正米国製部品も気になる。日米関係の変質で、米軍は戦闘力を削ぐ自衛隊兵器内の秘密装置をオン…(政治部専門委員 野口裕之/SANKEI
 EXPRESS)


産経ニュース【野口裕之の軍事情勢】2015.12.21
                (採録:松本市 久保田 康文)

2015年12月22日

◆奢れる白人よ 君たちの世界支配はもう終わった

石原 慎太郎



人間は今身のすぐ周りに起こっていることには気をとられるが、往々その背景にあるさらに大きな事柄には気がつかない。最近世界を震撼させているイスラム国の過激な暴力沙汰に誰しもが戦慄しているが、この未曾有な現実を理解し対処するためにこの現実の背景にあるさらに大きな現実を把握しなくてはなるまい。

ヘーゲルは歴史は人間にとって何にも勝る現実 だと説いたが現実に起こっているイスラム国とそれに深く関わるヨーロッ パの混乱と衰退を理解するためにこそ、我々は人間の歴史をさらに大つか みに理解し見直す必要があると思う。

共産党中国の国父毛沢東はその方法 論『矛盾論』の中で目の前の厄介な問題、つまり矛盾を解決するためにそ の背景にあるさらに大きな矛盾『主要矛盾』を認知してかからなければな らぬと説いているが、これは全ての厄介ごとへの正しい認識とその解決の ためには不可欠なことに違いない。

世界の歴史を振り返ってみると、長く 暗黒だった中世が終わった後の世界の歴史は白人による有色人種の国土の 一方的植民地化と富の収奪だった。アメリカはその典型的な実例の一つと いえる。

そうした白人の奢りは本来何にもましてフェアであるべきスポーツの祭典のオリンピックにもさまざまに露呈していて、奢ったIOCに対する招致決定のゲイムは招致運動など体ではなしにまさに懇願運動の体たらくでしかありはしない。

白人の奢りは今日まで続いてきたので、それに対する反発がこの現代に勃発するのは、過去の歴史が主要矛盾として証すことで歴史的な強い蓋然性があるといわざるを得ない。

アメリカにおける大規模な連続テロの首謀者のビンラディンがアメリカが彼の祖国アフガンの爆撃を始めた時「我々はこの80年来の屈辱を晴らす」と言明したのは八十年前に第一次大戦が終わった時、イギリスとフランスが中東に従来の伝統や民族の関わりを無視して一方的に国境線を定めアラブやアフリカを分割支配してきたことへの遺恨に他なるまい。

人はこれを新しい宗教戦争ともいうが、今日のこの深刻な混乱の資質は単に宗教という範疇より極めて複雑なもので宗教を超えて、大国の資源獲得や政治力の拡大への野心が絡んでより複雑深刻な態様を示している。

しかしこの危険な混乱の背景には毛沢東が指摘したように、中世以来一方的に続いてきた白人による有色人種への支配と略奪の歴史が存在していたということを歴史の現実として知ることこそが、これから混乱の色を深めるに違いない世界とその中に身を置くこの国の立ち位置と将来を見極めるための大切なよすがに他なるまい。

唯一の例外はトインビーが奇蹟と称した日本という近代国家の存在だった。それが引き金となり第二次世界大戦は起こり、さらにそれが引き金となって戦後あらゆる植民地は独立を果たし国連にも参加を許されるようにはなった。

大江健三郎はかつてノーベル賞の受賞記念講演で何にへつらい おもねったのか『日本は所詮ヨーロッパの周辺の国です』と述べたがこれ は歴史的無知としかいいようない。

 中世以後の白人による支配がいかに無慈悲一方的だったかを明かす事例にはことかかない。比類ない文化を誇ったインカ帝国は侵入したスペイン人が持つわずか3挺の鉄砲によって滅ぼされ支配に屈した。

ヨーロッパの 白人が15世紀にアラブ人から習った航海技術によって初めて大西洋を渡 り発見した西インド諸島でゲイムとして猟犬を使って無慈悲な人間狩りを した頃、彼等はキリスト教の本山のバチカンにお伺いをたて彼等有色人種 を人間と見なすべきかそれとも獣とすべきかを質(ただ)し、時のパウロ 三世は「本来は獣であるが、キリスト教に改宗したら人間と見なす」との 御宣託を与えている。

そうした白人の奢りは本来何にもましてフェアであるべきスポーツの祭典のオリンピックにもさまざまに露呈していて、奢ったIOCに対する招致決定のゲイムは招致運動など体ではなしにまさに懇願運動の体たらくでしかありはしない。

白人の奢りは今日まで続いてきたので、それに対する反発がこの現代に勃発するのは、過去の歴史が主要矛盾として証すことで歴史的な強い蓋然性があるといわざるを得ない。

アメリカにおける大規模な連続テロの首謀者のビンラディンがアメリカが彼の祖国アフガンの爆撃を始めた時「我々はこの80年来の屈辱を晴らす」と言明したのは80年前に第一次大戦が終わった時、イギリスとフランスが中東に従来の伝統や民族の関わりを無視して一方的に国境線を定めアラブやアフリカを分割支配してきたことへの遺恨に他なるまい。

人はこれを新しい宗教戦争ともいうが、今日のこの深刻な混乱の資質は単に宗教という範疇より極めて複雑なもので宗教を超えて、大国の資源獲得や政治力の拡大への野心が絡んでより複雑深刻な態様を示している。

しかしこの危険な混乱の背景には毛沢東が指摘したように、中世以来一方的に続いてきた白人による有色人種への支配と略奪の歴史が存在していたということを歴史の現実として知ることこそが、これから混乱の色を深めるに違いない世界とその中に身を置くこの国の立ち位置と将来を見極めるための大切なよすがに他なるまい。
            

◆広東省深センの工業団地で大規模な地滑り

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)12月22日(火曜日)通算第4759号 > 

(速報)
  〜広東省深センの工業団地で大規模な地滑り
    59人が行方不明、22棟の高層ビルが倒壊〜

12月20日午前11時42分、広東省深セン郊外の工業団地(光明地区紅幼村柳渓工業団地)で大規模な地滑りがおこり、ガス管が爆発、またたく間に付近は泥に埋まり、新華社などによれば、22棟の高層ビルが倒壊し、59人が行方不明となっている(20日夕方の当局発表数字)。

被害はおそらく数百人に達すると予測されている。

現場は泥沼、湿地帯にパイルを打ち込んだだけの杜撰な地盤改良をなし、そのうえに高層ビルを建てていた。

被災面積は10万平方キロにもおよび、東京ドーム2個分が泥に沈没、現地紙は、これは「山体滑波」と表現した。日本語なら「山津波」であろう。

深センは香港に隣接する新興都市で、人口は1千万人を越える。新幹線が乗り入れ、地下鉄も走る。

街は高層ビル、急造したマンション、工場がひしめく大都会。印象としては急遽バラックを継ぎ足した映画のロケ現場のようで、全国から無数のギャングも入り込み治安は乱れている。

日本人相手のぼったくりバアも多く、土地の速成、でたらめな工事による造成団地の土地が柔らかく液状化現象や道路陥没などが頻繁に報告されてきた。

 日本企業も数百社進出しており、居住者も多い。香港よりマンションが安いので、ここにマンションを買って香港に通う労働者もあるが、他方で日本人などは単身赴任、家族は香港で日本人学校に通わせる組も目立つ。

◆私の「身辺雑記」(294)

平井 修一



■12月20日(日)、朝は室温13.5度、快晴、2/3散歩。腰の調子は悪い。腰痛。特に左足はびっこを引いている。無理は禁物だ。

「学問」は英語でサイエンス。科学的アプローチで物事の真実を解明しようということだ。「教育」、エデュケーションとは体系化された知識を学ぶ過程で、学問の前段階、基礎学習と言えるだろう。

いずれにせよ、先人の知恵を学び、さらに真実を求めていくことが学問であり教育だ、と小生は思うが、世界はいろいろだから、そうは思わない国や民族はあるものである。

世界日報12/18「教育の貧困がテロを生む」から。

<エジプトに長年住んでいると、日本人やその家族、子供たちの様子を知りたくなるもので、カイロ日本人学校が毎年主催する「学習発表会」を何回か参観した。今年は、日本が無償供与で建設した「カイロオペラハウス」の小講堂で「感動を伝えよう!」をテーマに、20人前後の同校で学ぶ小学1年から中学3年までの生徒たちが、歌や演奏、劇、パネルデスカッションなどを披露、日ごろの学習成果を発表した。

エジプトと日本の教育の比較をしてもらうために、エジプト人の友人にも参観してもらったが、友人は、日本の学校教育をとてもうらやましく思うと語り、嘆息した。

エジプトでは、学芸会や運動会など、みんなで一緒に何かを協力して行うことは皆無だという。ただ黙々と暗記し、試験があるだけで、体育も図工も音楽もない。高校や大学でさえ限られたスポーツ以外のクラブ活動は何もないという。

多人数が任意で集まることは基本的に禁止されているからだ。

エジプトの小中学校は学校数が少なく、人口が多いこともあり、ほとんどが二部制だ。限られた時間では、音楽や美術、体育の時間が取れないこともあるのだろうが、イスラムの考え方自体が、芸術を評価しない傾向があるのも理由だ。

日本がアラブ・イスラム世界に貢献できる最高のことの一つは「教育」ではないだろうか。教育の貧困が、豊富で客観的な知識の取得を阻害し、テロリスト輩出の一つの重要な原因になっている>(以上)

果たしてそうか。イスラム教はイスラム教以外を邪宗教と決めつけており、ひたすらそれを信じろという。「豊富で客観的な知識の取得」なんて神への冒涜でしかないだろう。

アルカイダ(母体はムスリム同胞団)のビンラディンはサウジの王族に繋がらる裕福な財閥家庭に育ち、キング・アブドゥルアズィーズ大学経済管理学部卒である。貧困や教育・学問のなさがテロリストを産むわけではない。他宗教、他宗派を許さないというイスラム教自体がテロリストを産むのである。

韓国紙「セゲイルボ」12/18「日本から学んでこそ“克日”」から。

<ある元銀行員の経験談だ。20年前のこと。韓国の銀行のニューヨーク駐在員に緊急伝言が入った。「頭取が国際通貨基金(IMF)総会出席のためワシントンに行くので、支障なく準備せよ」という韓国本店からの指示だ。

非常事態になった。駐在員は最高級リムジンを借り、最高級ホテルを予約し、道順もあらかじめ調べた。当日、駐在員は自ら運転し頭取を車に乗せてワシントンに向かった。昼食で立ち寄ったレストランに知り合いの日本人銀行駐在員がいた。彼も自行の頭取を案内していた。

そこで日本人がした話は衝撃だった。日本人はリムジンを2台も借りていた。1台に頭取が乗り、もう1台は空で走らせた。万が一の不測事態への措置だった。運転手もベテランを雇っていた。

ホテル予約もやはり次元が違った。頭取が泊まる日数の前後に1日ずつ余分に予約を入れた。滞留期間延長の可能性に備えるものだった。もちろん、事前に試泊をして不便はないか点検したという。

韓国人駐在員と日本人駐在員は隣同士だ。米国生活が初めての韓国人は隣の日本人に助けを求めることが多かった。ある日、日本人が言った。「あなたの前任者も同じ質問をしたが、なぜ繰り返すのか」と。

日本人は革表紙のファイルを見せた。1000ページに及ぶそれには米国生活で得た生活ノウハウがぎっしりと記されていた。レンタカー、レストラン予約、ゴミ分別のような些末なことまで…。駐在員が変わる度に添削し、気がついたら相当な分量になっていたという。

韓国人駐在員は感動と恥辱を同時に感じた。その日から自分が経験で得たノウハウを整理し始めた。5年の任期が終わるころには彼のファイルも300ページに膨らんでいた。彼は得意満面で後任者にファイルを渡した。

銀行を退職した後、彼はニューヨークを再訪した。後輩に会った席でファイルの話を出した。今頃分量がさらに増えているだろうという期待を抱いて。後任者は「何のファイルですか?」といった。駐在員が何度か変わり、ファイルがまるごと消えていた。

この話が韓国人と日本人の生活態度を全部代弁するわけではない。良薬が口に苦いように良い忠告は耳に痛い。われわれは非良心の日本に向かってしばしば怒る。だがそれが全部では困る。そのような方式で日本に勝つことができないからだ。憎い日本といっても習うことは習わなければならない。克日の真の力はそこから出てくる>(以上)

韓国人は重篤な反日病で、今さら何を言ったところで無意味だが、韓国は絶対的な善であり、日本は絶対的な悪だと信じているから、日本から学ぶことはしないし、学ぶ能力もない。教育・学問の素養がない。

「慰安婦問題」と言われても、日本人は困惑するだけだ。多くは只の売春婦で、親とか男に女衒に売られたとか騙されたというケースはあるだろうが、高給取りだったからほとんどは進んで娼婦になったのである。日本でも同様だった。娼婦の多くは実家に送金して兄弟姉妹の教育費や生活費を支えたのだ。

歴史を正面から検証すると韓国にとって不都合な真実がどっさり出てくる。これからも最高法規の“国民感情法”で言論出版を圧迫し続けるのだろう。成長するわけがない。

■12月21日(月)、朝は室温14度、曇。奇妙な夢を2つも見た。

平壌空港で受け取った荷物からほんの少し目を離したら無くなっていた。事情をよく知っている人と来るべきだったと悔やんでみても後の祭り。困り抜いたところで目覚めた。悪夢だ。

中朝関係が再び険悪になっているという記事を読んだ影響だろう。

そう言いえば昔、米国出張した人がロス空港につき、パイロットケースを両足の間において日本本社に無事到着した旨電話しているすきに置き引きにあったそうだ。ずいぶん往生したろう。

警戒心を緩めるとひどい目に遭うということだ。

もう一つの夢は、修学旅行の高校生が群れており、ほとんど知性のかけらもないような顔つきをしている。モラトリアムで高校へ行っている感じ。その中でワルがいて、毒蛇で同級生を脅している。「この野郎!」と蛇を殺して、そいつもボコボコにしてやったが、周囲の話では近くの街道にもっとワルがいて、金品を脅し取っているのだという。

現場へ行ってみると2匹の毒蛇を操って人々から金を巻き上げている。どういうわけか刺青だらけの白人のヂヂイだ。暴走族上がりだろう。蛇を叩き潰して、そいつの顔面もへこましてやったから死んだろう。

鉄槌を下したから快適な楽しい夢だった。

今朝の産経に石原慎太郎が「白人の世界支配は終わった」という論考を書いている。日本は戦後の欧米主導の秩序の中で著しく成長したから、小生は「西側の世界支配の時代は終わった、あるいは終わりつつある」のなら、日本は欧米諸国とともに現在の「西側秩序」を守るべく戦うべきだろうと思うが、石原は毛沢東とビンラディンの言葉を引用しながら、こう結んでいる。

<この危険な混乱の背景には、中世以来一方的に続いてきた白人による有色人種への支配と掠奪の歴史が存在していたということを歴史の現実として知ることこそが、これから混乱の色を深めるに違いない世界と、その中に身を置くこの国の立ち位置と将来を見極めるための大切なよすが他なるまい>

1932/昭和7年9月生まれの石原は1945年8月の敗戦時には12歳だったから、戦後の混乱が落ち着き始めた1951年生まれの小生とは違って、白人による非道と屈辱を痛切にDNAに刻み込んだろう。早熟な石原は1946年、東京裁判を2度傍聴している。

石原の気持ちは産経読者の多くが共有しているだろう。勤皇か、佐幕か、それとも間に立ってバランサーになるか・・・現実の日本には核を含めて戦略的攻撃兵器がない。その絶対的な弱点を米国による安保に頼っている。そんな脆弱な日本がアジア諸国を糾合して第三局になれるわけがない。

肥前佐賀藩は最強のアームストロング砲を持っていたから薩長土肥の勝者の仲間として遇された。今の日本に何があるのか。資源のほとんどを世界から輸入して、加工して、世界に輸出するという製造業しかない。

日本のボスは誰か。外交・軍事を握っているのは米国だ。米国の51番目の州でしかない。State of Japan。憲法はMade in Americaだ。一蓮托生で西側世界で一番槍をあげる以外の道があるのか。

中世以前の西側世界は常に有色人種に脅かされていた。新大陸発見以前の1294年、モンゴル帝国は西は東ヨーロッパ、アナトリア(現在のトルコ)、シリア、南はアフガニスタン、チベット、ミャンマー、東は中国、朝鮮半島まで、ユーラシア大陸を横断する帝国を作り上げた。

オスマン帝国は東ローマ帝国などの東欧キリスト教諸国、マムルーク朝などの西アジア・北アフリカのイスラム教諸国を征服して、地中海世界の過半を覆い尽くした。17世紀の最大版図は、東西はアゼルバイジャンからモロッコに至り、南北はイエメンからウクライナ、ハンガリー、チェコスロヴァキアに至る広大な領域に及んだ。

スペインやハンガリーがイスラム教を恐れるのはオスマン帝国に支配された悲惨な経験があるからだ。

1700年代半ばから花開いた産業革命により、今度は欧米が世界を支配するようになった。

長い歴史を振り返れば殺されたり殺したり。奪ったり奪われたり。恨まれたり恨んだり。我にも正義、彼にも正義。

今の危機をどうするのか。1000年も前からの歴史を振り返ったところでよすがにはならない。自由・民主・人権・法治・市場経済・政教分離という欧米秩序の側につくのか、それとも中共やISという独裁側に付くのか。日本の選ぶ道は自ずと明らかだ。

「奴は敵だ、敵を殺せ」「正しく敵を憎め」「愛は地球を破壊する」「油断大敵、備えあれば憂いなし」「勝てば官軍、敗ければ賊軍」「永遠の敵も永遠の友もない。永遠の国益のみがある」。普通の国民が持つべき歴史の教訓だ。ま、石原の気持ちは分かるけれど、頭を冷やしたほうがいい。
(2015/12/21)

◆検察当局を動かした韓国支援団体の正体

水野 俊平



韓国のソウル東部地検は11月19日までに、旧日本軍の元従軍慰安婦問題の研究書・『帝国の慰安婦』において元慰安婦女性らの名誉を毀損したとして、著者の朴裕河・世宗大教授を在宅起訴した。

一連の事態の流れを整理し、あわせて報道だけでは知ることができない韓国内の雰囲気についても触れていこうと思う。韓国内の雰囲気を理解しなければ、一連の事態の背景にあるものが見えてこないからである。(

まずは事態の流れから見渡していく。『帝国の慰安婦』(韓国語版)が出版されたのは、2013年8月であった。出版当初は著書に対する批判は少なく、むしろ好意的な評価がほとんどであった。

ところが、昨年6月、元慰安婦女性9人が、『帝国の慰安婦』によって自らの名誉が毀損されたとして、同書の出版差し止めと損害賠償を求めて提訴する。朴教授と著書が批判にさらされるようになったのは、この提訴の後であった。

この訴訟は、実質的には元慰安婦女性が集団で居住する施設「ナヌムの家」の所長が中心になっている、と朴教授は語っている。

さらに朴教授は「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」も同様の訴訟を検討した形跡がある、とも述べている。この団体は元慰安婦女性への謝罪と補償を求め、ソウルの日本大使館前で毎週集会を開いている団体である。

今年の2月にソウル地裁は、原告である元慰安婦女性の訴えを部分的に認め、『帝国の慰安婦』の内容のうち34カ所の削除を求める仮処分を決定した。

また、今年4月から10月までの原告と被告との刑事調停が不成立となった結果を受けて、11月18日、ソウル東部地検は『帝国の慰安婦』の内容が元慰安婦女性の人格・名誉を著しく毀損し、学問の自由を逸脱したと判断し、朴教授を名誉毀損罪で在宅起訴した。これに対して日韓の政治家や研究者から起訴を憂慮する声明が発せられもした。

まず、理解しておかなければならないのは、韓国では元慰安婦女性の発言や意思、元慰安婦女性の支援団体の方針に反する主張は社会的にほとんど容認されない、ということである。

もちろん、韓国でも言論の自由は保障されているから、そうした主張を行うこと自体は自由である。しかし、その結果、日本に利する発言を行った「親日派=売国奴」と認定され、糾弾の対象になるだけではなく、民事・刑事上の責任を問われて訴えられる恐れもあるのである。

少なくとも、このこと自体を否定できる韓国人はいないはずである。過去に起こった事例を振り返ってみれば、それは明らかだからである。

2004年、タレントの李丞涓が慰安婦を題材とした自らのヌード写真集の制作を行ったことから、元慰安婦を支援する市民団体から「苦痛を受けた」と非難され、写真集の販売を中断、ナヌムの家(元慰安婦女性が生活する施設)を訪問して元慰安婦女性に謝罪し、芸能活動を中断するという事件が起こっている。

2012年4月、お笑いタレントの金(キム)グラがインターネットラジオ放送で「娼婦たちが貸し切りバス2台に分かれて乗っているのを見て、過去の従軍慰安婦を見ているようだった」と述べたことが明らかになり、一時、すべての放送から降板するという事件が起こっている(その後、元慰安婦女性への謝罪・奉仕活動を経て、芸能界に復帰)。

李丞涓のケースはどう見ても元慰安婦女性を商業的に利用しようとするものであったし、金グラのケースは元慰安婦女性ばかりか性風俗に従事する女性までをも貶める暴言であったから、批判の対象になるのは当たり前であった。

しかし、事件の当事者が一時的にせよ恒久的にせよ、芸能活動を中断することを余儀なくされ、元慰安婦女性に対する直接的な謝罪がなされるまで糾弾と批判がやまなかったことは、韓国においてこの従軍慰安婦問題がどのように認識されているかを端的にあらわしていると言えよう。

また、ソウル大学校の李栄薫教授は2004年9月に行われた韓国のテレビ討論番組で「朝鮮戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村(風俗街−引用者)に対する韓国人の反省と省察がない」、「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員した事実はない」、「日本は挺身隊を管理した責任があるが、韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」という趣旨の主張を行い、これが騒動となった。

李教授の発言の後、韓国挺身隊問題対策協議会は「李教授の発言は日本の右翼の中でも極右からやっと出てくる主張で、私たちを驚愕と怒りに震えさせる」という声明を出し、李教授の辞職を要求した。李教授は辞職に追い込まれることはなく、告訴されることもなかったが、元慰安婦女性の前で土下座して謝罪と釈明を行わざるを得なかった。

李丞涓のケースはどう見ても元慰安婦女性を商業的に利用しようとするものであったし、金グラのケースは元慰安婦女性ばかりか性風俗に従事する女性までをも貶める暴言であったから、批判の対象になるのは当たり前であった。

しかし、事件の当事者が一時的にせよ恒久的にせよ、芸能活動を中断することを余儀なくされ、元慰安婦女性に対する直接的な謝罪がなされるまで糾弾と批判がやまなかったことは、韓国においてこの従軍慰安婦問題がどのように認識されているかを端的にあらわしていると言えよう。

また、ソウル大学校の李栄薫教授は2004年9月に行われた韓国のテレビ討論番組で「朝鮮戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村(風俗街−引用者)に対する韓国人の反省と省察がない」、「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員した事実はない」、「日本は挺身隊を管理した責任があるが、韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」という趣旨の主張を行い、これが騒動となった。

李教授の発言の後、韓国挺身隊問題対策協議会は「李教授の発言は日本の右翼の中でも極右からやっと出てくる主張で、私たちを驚愕と怒りに震えさせる」という声明を出し、李教授の辞職を要求した。

李教授は辞職に追い込まれることはなく、告訴されることもなかったが、元慰安婦女性の前で土下座して謝罪と釈明を行わざるを得なかった。

李丞涓のケースはどう見ても元慰安婦女性を商業的に利用しようとするものであったし、金グラのケースは元慰安婦女性ばかりか性風俗に従事する女性までをも貶める暴言であったから、批判の対象になるのは当たり前であった。しかし、事件の当事者が一時的にせよ恒久的にせよ、芸能活動を中断することを余儀なくされ、元慰安婦女性に対する直接的な謝罪がなされるまで糾弾と批判がやまなかったことは、韓国においてこの従軍慰安婦問題がどのように認識されているかを端的にあらわしていると言えよう。

また、ソウル大学校の李栄薫教授は2004年9月に行われた韓国のテレビ討論番組で「朝鮮戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村(風俗街−引用者)に対する韓国人の反省と省察がない」、「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員した事実はない」、「日本は挺身隊を管理した責任があるが、韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」という趣旨の主張を行い、これが騒動となった。

李教授の発言の後、韓国挺身隊問題対策協議会は「李教授の発言は日本の右翼の中でも極右からやっと出てくる主張で、私たちを驚愕と怒りに震えさせる」という声明を出し、李教授の辞職を要求した。李教授は辞職に追い込まれることはなく、告訴されることもなかったが、元慰安婦女性の前で土下座して謝罪と釈明を行わざるを得なかった。

李丞涓のケースはどう見ても元慰安婦女性を商業的に利用しようとするものであったし、金グラのケースは元慰安婦女性ばかりか性風俗に従事する女性までをも貶める暴言であったから、批判の対象になるのは当たり前であった。しかし、事件の当事者が一時的にせよ恒久的にせよ、芸能活動を中断することを余儀なくされ、元慰安婦女性に対する直接的な謝罪がなされるまで糾弾と批判がやまなかったことは、韓国においてこの従軍慰安婦問題がどのように認識されているかを端的にあらわしていると言えよう。

また、ソウル大学校の李栄薫教授は2004年9月に行われた韓国のテレビ討論番組で「朝鮮戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村(風俗街−引用者)に対する韓国人の反省と省察がない」、「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員した事実はない」、「日本は挺身隊を管理した責任があるが、韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」という趣旨の主張を行い、これが騒動となった。

李教授の発言の後、韓国挺身隊問題対策協議会は「李教授の発言は日本の右翼の中でも極右からやっと出てくる主張で、私たちを驚愕と怒りに震えさせる」という声明を出し、李教授の辞職を要求した。李教授は辞職に追い込まれることはなく、告訴されることもなかったが、元慰安婦女性の前で土下座して謝罪と釈明を行わざるを得なかった。

李丞涓のケースはどう見ても元慰安婦女性を商業的に利用しようとするものであったし、金グラのケースは元慰安婦女性ばかりか性風俗に従事する女性までをも貶める暴言であったから、批判の対象になるのは当たり前であった。

しかし、事件の当事者が一時的にせよ恒久的にせよ、芸能活動を中断することを余儀なくされ、元慰安婦女性に対する直接的な謝罪がなされるまで糾弾と批判がやまなかったことは、韓国においてこの従軍慰安婦問題がどのように認識されているかを端的にあらわしていると言えよう。

また、ソウル大学校の李栄薫教授は2004年9月に行われた韓国のテレビ討論番組で「朝鮮戦争当時、韓国人による慰安所や米軍部隊近くのテキサス村(風俗街−引用者)に対する韓国人の反省と省察がない」、「朝鮮総督府が強制的に慰安婦を動員した事実はない」、「日本は挺身隊を管理した責任があるが、韓国民間人の問題も取り上げるべきだ」という趣旨の主張を行い、これが騒動となった。

李教授の発言の後、韓国挺身隊問題対策協議会は「李教授の発言は日本の右翼の中でも極右からやっと出てくる主張で、私たちを驚愕と怒りに震えさせる」という声明を出し、李教授の辞職を要求した。李教授は辞職に追い込まれることはなく、告訴されることもなかったが、元慰安婦女性の前で土下座して謝罪と釈明を行わざるを得なかった。

言うまでもないことであるが、李教授は「日本の右翼(極右)」などではない。李教授の著書を読めば分かるように、李教授は朝鮮に対する日本の植民地支配を肯定しているわけでもないし、従軍慰安婦問題において日本を免責しているわけでもない。

「日本の右翼(極右)」ならば、間違っても著書にそうしたことを書かないだろう。しかし、従軍慰安婦問題に対して、元慰安婦女性や支援団体の意に染まない発言をした場合、容易に「日本の右翼(極右)=売国奴」と認定され、糾弾の対象となるということは認識しておく必要がある。

こうした事情があるため、挺対協をはじめとする支援団体は民間団体でありながら、従軍慰安婦問題に関して大きな影響力を持っている。

毎日新聞元ソウル支局長の澤田克己氏は、その著書である『韓国「反日」の真相』(文春新書)の中で、2012年に日本国政府が韓国政府に提示した解決策に対し、韓国外交部は「日本の国家責任を認めていない案を被害者と関連団体が受け入れるとは思えない」として拒否したと述べている。

ここで述べられている「関連団体」が「挺対協」をはじめとする支援団体を指す。澤田氏は「一市民団体であるはずの挺対協が、事実上の拒否権を持つにいたったということだ。ただ、民主化以降の韓国社会の動きを考えて見ると、それは必然の流れのように思える」と述べている。

朴教授も前述の李教授の場合と同様、日本の植民地支配を肯定しているわけでもないし、従軍慰安婦問題において日本政府の主張を支持しているわけではない。

しかし、かといって韓国政府の主張に同調しているわけではないし、挺対協の主張を支持しているわけでもない。このことは教授の著書やフェイスブック上にUPされた教授の主張を読めば誰でもすぐに理解できるだろう。例えば、朴教授がネット上で公開した「帝国の慰安婦−植民地支配と記憶の闘い(要約)」には次のように書かれている。

韓国のソウル東部地検は11月19日までに、旧日本軍の元従軍慰安婦問題の研究書・『帝国の慰安婦』において元慰安婦女性らの名誉を毀損したとして、著者の朴裕河・世宗大教授を在宅起訴した。一連の事態の流れを整理し、あわせて報道だけでは知ることができない韓国内の雰囲気についても触れていこうと思う。韓国内の雰囲気を理解しなければ、一連の事態の背景にあるものが見えてこないからである。(iRONNA)

 まずは事態の流れから見渡していく。『帝国の慰安婦』(韓国語版)が出版されたのは、2013年8月であった。出版当初は著書に対する批判は少なく、むしろ好意的な評価がほとんどであった。ところが、昨年6月、元慰安婦女性9人が、『帝国の慰安婦』によって自らの名誉が毀損されたとして、同書の出版差し止めと損害賠償を求めて提訴する。朴教授と著書が批判にさらされるようになったのは、この提訴の後であった。この
訴訟は、実質的には元慰安婦女性が集団で居住する施設「ナヌムの家」の所長が中心になっている、と朴教授は語っている。さらに朴教授は「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」も同様の訴訟を検討した形跡がある、とも述べている。この団体は元慰安婦女性への謝罪と補償を求め、ソウルの日本大使館前で毎週集会を開いている団体である。

今年の2月にソウル地裁は、原告である元慰安婦女性の訴えを部分的に認め、『帝国の慰安婦』の内容のうち34カ所の削除を求める仮処分を決定した。朝鮮慰安婦の一部は、最前線においても行動を共にしながら、銃弾の飛び交うような戦場の中で兵士のあくなき欲望の対象になり、銃撃や爆弾の犠牲になるような過酷な体験をした。つまり、たとえ契約を経てお金を稼いだとしても、朝鮮の女性たちをそのような境遇においたのは「植民地化」であった。したがって、朝鮮人慰安婦に対する日本の責任は、「戦争」責任以前に「植民地支配」責任として問われるべきである。

 朴裕河教授の主張の特徴は、従軍慰安婦問題における韓国政府の対応や支援団体である挺対協の主張にも批判を加えている点である。特にアジア女性基金からの償い金受け取りを妨害したこと、償い金を受け取った元慰安婦女性を背信者として排斥したこと、挺対協が日本に対して主張している補償要求の内容が根拠と実現性に乏しいことを批判している。また、ソウルの日本大使館前に建てられた従軍慰安婦像と関連して、「(慰安婦の銅像が)韓国に好意的だった日本人にも韓国に背を向けさせ、無関心にさせた」と批判してもいる。

 さらに、朴教授は従軍慰安婦に関して韓国社会一般に信じられている誤った俗説についても検証し、批判を加えている。例えば、韓国では「強制的に従軍慰安婦にさせられた女性が20万人だった」と広く信じられているが、これについて次のように述べている。

言うまでもないことであるが、李教授は「日本の右翼(極右)」などではない。李教授の著書を読めば分かるように、李教授は朝鮮に対する日本の植民地支配を肯定しているわけでもないし、従軍慰安婦問題において日本を免責しているわけでもない。「日本の右翼(極右)」ならば、間違っても著書にそうしたことを書かないだろう。しかし、従軍慰安婦問題に対して、元慰安婦女性や支援団体の意に染まない発言をした場合、容易に「日本の右翼(極右)=売国奴」と認定され、糾弾の対象となるということは
認識しておく必要がある。

 こうした事情があるため、挺対協をはじめとする支援団体は民間団体でありながら、従軍慰安婦問題に関して大きな影響力を持っている。毎日新聞元ソウル支局長の澤田克己氏は、その著書である『韓国「反日」の真相』(文春新書)の中で、2012年に日本国政府が韓国政府に提示した解決策に対し、韓国外交部は「日本の国家責任を認めていない案を被害者と関連団体が受け入れるとは思えない」として拒否したと述べている。

ここで述べられている「関連団体」が「挺対協」をはじめとする支援団体を指す。澤田氏は「一市民団体であるはずの挺対協が、事実上の拒否権を持つにいたったということだ。ただ、民主化以降の韓国社会の動きを考えて見ると、それは必然の流れのように思える」と述べている。

 朴教授も前述の李教授の場合と同様、日本の植民地支配を肯定しているわけでもないし、従軍慰安婦問題において日本政府の主張を支持しているわけではない。しかし、かといって韓国政府の主張に同調しているわけではないし、挺対協の主張を支持しているわけでもない。このことは教授の著書やフェイスブック上にUPされた教授の主張を読めば誰でもすぐに理解できるだろう。例えば、朴教授がネット上で公開した「帝国の慰安婦−植民地支配と記憶の闘い(要約)」には次のように書かれている。

言うまでもないことであるが、李教授は「日本の右翼(極右)」などではない。李教授の著書を読めば分かるように、李教授は朝鮮に対する日本の植民地支配を肯定しているわけでもないし、従軍慰安婦問題において日本を免責しているわけでもない。「日本の右翼(極右)」ならば、間違っても著書にそうしたことを書かないだろう。しかし、従軍慰安婦問題に対して、元慰安婦女性や支援団体の意に染まない発言をした場合、容易に「日
本の右翼(極右)=売国奴」と認定され、糾弾の対象となるということは認識しておく必要がある。
 
こうした事情があるため、挺対協をはじめとする支援団体は民間団体でありながら、従軍慰安婦問題に関して大きな影響力を持っている。毎日新聞元ソウル支局長の澤田克己氏は、その著書である『韓国「反日」の真相』(文春新書)の中で、2012年に日本国政府が韓国政府に提示した解決策に対し、韓国外交部は「日本の国家責任を認めていない案を被害者と関連団体が受け入れるとは思えない」として拒否したと述べている。

ここで述べられている「関連団体」が「挺対協」をはじめとする支援団体を指す。澤田氏は「一市民団体であるはずの挺対協が、事実上の拒否権を持つにいたったということだ。ただ、民主化以降の韓国社会の動きを考えて見ると、それは必然の流れのように思える」と述べている。

 朴教授も前述の李教授の場合と同様、日本の植民地支配を肯定しているわけでもないし、従軍慰安婦問題において日本政府の主張を支持しているわけではない。しかし、かといって韓国政府の主張に同調しているわけではないし、挺対協の主張を支持しているわけでもない。このことは教授の著書やフェイスブック上にUPされた教授の主張を読めば誰でもすぐに理解できるだろう。例えば、朴教授がネット上で公開した「帝国の慰安婦−植民地支配と記憶の闘い(要約)」には次のように書かれている。

朝鮮人慰安婦の一部は、最前線においても行動を共にしながら、銃弾の飛び交うような戦場の中で兵士のあくなき欲望の対象になり、銃撃や爆弾の犠牲になるような過酷な体験をした。つまり、たとえ契約を経てお金を稼いだとしても、朝鮮の女性たちをそのような境遇においたのは「植民地化」であった。したがって、朝鮮人慰安婦に対する日本の責任は、「戦争」責任以前に「植民地支配」責任として問われるべきである。
 
朴裕河教授の主張の特徴は、従軍慰安婦問題における韓国政府の対応や支援団体である挺対協の主張にも批判を加えている点である。特にアジア女性基金からの償い金受け取りを妨害したこと、償い金を受け取った元慰安婦女性を背信者として排斥したこと、挺対協が日本に対して主張している補償要求の内容が根拠と実現性に乏しいことを批判している。また、ソウルの日本大使館前に建てられた従軍慰安婦像と関連して、「(慰安婦の銅像が)韓国に好意的だった日本人にも韓国に背を向けさせ、無関心にさせた」と批判してもいる。
 
さらに、朴教授は従軍慰安婦に関して韓国社会一般に信じられている誤った俗説についても検証し、批判を加えている。例えば、韓国では「強制的に従軍慰安婦にさせられた女性が20万人だった」と広く信じられているが、これについて次のように述べている。

朝鮮人慰安婦の一部は、最前線においても行動を共にしながら、銃弾の飛び交うような戦場の中で兵士のあくなき欲望の対象になり、銃撃や爆弾の犠牲になるような過酷な体験をした。つまり、たとえ契約を経てお金を稼いだとしても、朝鮮の女性たちをそのような境遇においたのは「植民地化」であった。したがって、朝鮮人慰安婦に対する日本の責任は、「戦争」責任以前に「植民地支配」責任として問われるべきである。
 
朴裕河教授の主張の特徴は、従軍慰安婦問題における韓国政府の対応や支援団体である挺対協の主張にも批判を加えている点である。特にアジア女性基金からの償い金受け取りを妨害したこと、償い金を受け取った元慰安婦女性を背信者として排斥したこと、挺対協が日本に対して主張している補償要求の内容が根拠と実現性に乏しいことを批判している。また、ソウルの日本大使館前に建てられた従軍慰安婦像と関連して、「(慰安婦の銅像が)韓国に好意的だった日本人にも韓国に背を向けさせ、無関心にさせた」と批判してもいる。
 
さらに、朴教授は従軍慰安婦に関して韓国社会一般に信じられている誤った俗説についても検証し、批判を加えている。例えば、韓国では「強制的に従軍慰安婦にさせられた女性が20万人だった」と広く信じられているが、これについて次のように述べている。

「20万」という数字は、日韓を合わせた、「国民動員」された「挺身隊」の数だったことが、1970年頃の韓国の新聞記事から推測可能だ。新聞は、日本人女性が15万、朝鮮人が5〜6万、と言及している。こうした誤解も手伝ってその後そのまま「慰安婦」の数と理解されてきたものと考えられる。しかもその「慰安婦」の全てが必ずしも「軍が作った」「軍慰安所」にいたわけではないことはこれまで述べてきた通りである。
 
韓国において、従軍慰安婦とはあくまで日本の官憲に強制連行された「性奴隷」であり、その総数は20万人である、というのがゆるぎない「常識」である。そして従軍慰安婦問題の「解決」が膠着状態にあるのは、全面的に日本政府の責任であり、日本政府が誠意ある態度を見せないからだという論調が大勢を占めている。

そうした韓国において、朴教授の主張は非常に挑戦的なものであり、従軍慰安婦運動を主導してきた支援団体にとって、座視できないものであっただろう。朴教授を起訴した検察も支援団体や韓国内の一般世論を無視できなかったことは容易に想像がつく。
 
今回の朴教授の起訴に対して、日韓両国では「言論の自由と学問の発展を阻害する」という憂慮の声が上がっている。しかし、より直接的な影響として、従軍慰安婦問題に関する自由闊達な論議を委縮させる、という結果を生むことは確かだろう。つまり「もの言わば唇寒し」といった状況である。従軍慰安婦問題の「解決」があるとするならば、その「解決」の前提になるのは「真相究明」であろ
う。
「20万」という数字は、日韓を合わせた、「国民動員」された「挺身隊」の数だったことが、1970年頃の韓国の新聞記事から推測可能だ。新聞は、日本人女性が15万、朝鮮人が5〜6万、と言及している。こうした誤解も手伝ってその後そのまま「慰安婦」の数と理解されてきたものと考えられる。

しかもその「慰安婦」の全てが必ずしも「軍が作った」「軍慰安所」にいたわけではないことはこれまで述べてきた通りである。 韓国において、従軍慰安婦とはあくまで日本の官憲に強制連行された「性奴隷」であり、その総数は20万人である、というのがゆるぎない「常識」である。そして従軍慰安婦問題の「解決」が膠着状態にあるの
は、全面的日本政府の責任であり、日本政府が誠意ある態度を見せないからだという論調が大勢を占めている。そうした韓国において、朴教授の主張は非常に挑戦的なものであり、従軍慰安婦運動を主導してきた支援団体にとって、座視できないものであっただろう。朴教授を起訴した検察も支援団体や韓国内の一般世論を無視できなかったことは容易に想像がつく。
 
今回の朴教授の起訴に対して、日韓両国では「言論の自由と学問の発展を阻害する」という憂慮の声が上がっている。しかし、より直接的な影響として、従軍慰安婦問題に関する自由闊達な論議を委縮させる、という結果を生むことは確かだろう。つまり「もの言わば唇寒し」といった状況である。従軍慰安婦問題の「解決」があるとするならば、その「解決」の前提になるのは「真相究明」であろう。

かつて、「河野談話」の前提となった日本政府による「調査結果」の内容が、日韓の政治家の「協議」によって決められた、という経緯があった。このような「調査結果」は到底、真の「真相究明」とは言えない。本当の意味での「真相究明」のためには研究者の真摯で公平な研究姿勢と、客観性と普遍性を備えた研究結果が不可欠である。一般に信じられている俗説を批判したり、持論が特定の民間団体の主張と合致しないという理由だけで売国奴呼ばわりされるのであったら、誰しもそうした研究に尻ごみせざるを得ないだろう。ましてや刑事告訴される可能性があるというのでは、
なおさらである。
 
韓国国内ではそうした状況は広く一般に容認されるであろうが、日本ではそうではない。今回の朴教授の起訴は、これまで従軍慰安婦問題の「解決」を願ってきた日本人からも関心と意欲を失わせ、「真相究明」を彼岸のかなたに押しやってしまう、という否定的な効果を生む恐れがあるのである。

■水野俊平

みずの・しゅんぺい 1968年生まれ。韓国語学者。天理大学外国語学部朝鮮学科へ進学。同大学を卒業後、韓国・全南大学校大学院国語国文学科に学び、博士課程修了。同大学講師を経て、北海商科大学教授。16 年間にわたる韓国在住時では、韓国各局のテレビ番組にレギュラー出演し、「全羅道方言をしゃべる日本人学者」として大ブレイク、「韓国で一番有名な日本人」となった。 2006年に日本に帰国、北海商科大学で教授に就任し、朝鮮語を教えている。著書に『韓国の若者を知りたい』(岩波書店)、『韓国の歴史』(河出書房新社)、『韓VS日「偽史ワールド」』(小学館)など多数。

産経ニュース【iRONNA発】2015.12.19

2015年12月21日

◆「南シナ海に戦雲」米B52,上空を飛行

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)12月20日(日曜日)通算第4757号>  

 
〜「南シナ海に戦雲」(?)。米B52,上空を飛行
  中国は「制裁」を口にして米国を非難しているが。。。。〜

 
「言うだけで、制裁する気があるのか。いつものように張り子の虎じゃないか」 こういう書き込みが中国のメディアにでている。

12月10日に米国はB52戦略爆撃機を、中国が不法占拠し人口の島を造成している地域の上空を飛行させた。

1週間がたって、12月18日に中国外交部スポークスマンの洪磊が記者会見の席上、ようやくにして、B52の飛行事実を認め、「これは中国に対する深刻な軍事的挑発行為であり、必要な制裁措置をとる」と言った。 中国国防部もほぼ同様な記者会見を開催した。

10月末に当該海域に米駆逐艦ラッシンが航行した折も中国は「厳重な抗議」を「必要な制裁」と言ったが、なにも無かった。

むしろ日本の保守論壇からは「単なるジェスチャー」と米軍の中途半端なやり方に不満が聞こえたほどだった。

ロシアのプーチンはウクライナで西側があまりにも身勝手な要求をしたので「核戦争の準備は整った」と発言した。

すると、EUも米国も腰砕けとなり、つぎにシリア問題ではロシアの参戦をむしろ歓迎した。

中国は口だけ、行動を伴わないことを米国は知っての上で、さらなる軍事行動を取るであろうと予測される。

◆「軽減税率」にだまされてはいけない

田村 秀男



一般会計税収とGDP

自民、公明両党は2017年4月の消費税率の10%への引き上げに合わせて、加工食品を含む食料品への軽減税率の導入を決めた。さらに月ぎめ購読の新聞にも適用するという。

と聞くと、税負担が軽くなるような気がするが、だまされてはいけない。消費税率2%分の年5・4兆円の消費者負担が1兆円程度少なくなるだけの話で、れっきとした増税であり、「緊縮財政」路線に変わりない。 (夕刊フジ)

政府が民間から税を徴収する一方で、公共事業、社会保障などに支出するが、支出増加額よりも税収の増加額が多ければ緊縮財政、少なければ積極財政となる。

財務省の財政資金の対民間収支統計によると、安倍晋三政権が積極財政に踏み込んだのは14年4月からの消費税増税前の約1年間だけだ。ことし後半では年間で6兆円以上も増えている税収は、社会保障、公共企業、防衛の3大支出合計の増加額1兆円前後を大きく上回っている。

税収は大きく伸びているが、実質GDPは14年度に急下降、財政支出の変動率とほぼ完璧に連動している。

税収が増えた主因は円安にあり、それに伴う企業収益増と株高の副産物である。民間の所得を政府が税によって取り上げたまま、支出を通じて民間に資金を還元しない状態を続けると民間の需要を圧縮する。

「20年デフレ」を引きずった状態での緊縮財政はデフレの泥沼に自ら舞い戻りかねない。

14年度の実質経済成長率はマイナスに落ち込み、さらに15年度も4〜6月期がマイナス、7〜9月期は改定値が何とかプラスになったが、10〜12月期の足取りは重い。原因はまさに緊縮財政である。

日銀は異次元金融政策を堅持しているし、場合によっては追加緩和にも踏み切るとの期待は株式など市場関係者に多い。この緩和策は日銀が民間金融機関保有の国債を買い上げて、日銀資金を年間80兆円程度新規供給するのだが、国際通貨基金(IMF)は民間の売却可能な国債保有額は約220兆円で、今後2〜3年以内に日銀政策は限界にくるというリポートをまとめている。日銀緩和偏重のアベノミクスは持続不可能なのだ。

アベノミクス「第2ステージ」の目玉が法人税実効税率の引き下げだが、税収減を恐れる財務省は赤字の企業にも事業規模に応じて課税する外形標準課税の拡大や設備投資減税の縮小など、事実上の増税を組み合わせる考えだ。何のことはない、これもまた緊縮財政の域を出ない。

海外からのリスクもある。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに踏み切ると、新興国などから資金の逃避が加速する。中国は特に危うい。安倍晋三首相は、名目国内総生産(GDP)をあと5年で600兆円、14年度比で110兆円増やそうと大号令をかけているが、そのためには何よりもまず緊縮路線の廃棄が必要ではないか。 

【お金は知っている】中国が抱える“巨大債務爆弾” たった1年で600兆円も膨れ上がっていた!
                  (採録:松本市 久保田 康文)

◆国民を思う万世一系の祈り

伊勢 雅臣



「天皇陛下は、日々、私どもの幸せのために祈ってくださっている」と知れば、、、


■1.「皇室は祈りでありたい」

「皇室は祈りでありたい」とは皇后陛下のお言葉だが、そのお言葉通り、両陛下が深々と頭を下げていらっしゃるお姿を、我々は何度も目にしてきた。

つい最近の10月1日、両陛下は東日本豪雨の被災地を訪問され、鬼怒川の堤防が決壊して、濁流にのまれ死亡した男性が発見された場所に向かって、冷たい雨が降る中を傘を閉じて、深々と頭を下げられた。両陛下が被災地で黙礼される姿は、東日本大震災でも阪神淡路大震災でも見られた。

本年4月に訪問された先の大戦の激戦地ペリリュー島では、両陛下は西太平洋戦没者の碑と米軍慰霊碑に供花され、黙祷を捧げられた。

ついで海を隔てたアンガウル島に向かって、ほぼ90度に頭を下げられ、戦死した約1200人の日本軍将兵の冥福を祈られた。戦地・戦災地でのお祈りは、広島、長崎、沖縄、硫黄島、サイパンと続けられてきた。

しかし、天皇の祈りはこうした国民の目に触れるものだけではない。皇居内で御自身がお出ましになる儀式だけでも、年間30回ほどもある。国民の知らない所で、陛下は静かに国家と国民の安寧を祈られているのである。


■2.「新嘗祭の折などには、祭祀が深夜に及び」

天皇の祈りには、神主のような装束で深夜や早朝に何時間もかけて行われる儀式もある。たとえば11月23日の新嘗祭(にいなめさい、しんじょうさい)。天皇が五穀の新穀を天地の神々にお供えし、御自らもそれを食して、感謝するという儀式である。

夕方から始まる儀式が終わるのは午前一時頃になるが、紀宮(黒田清子)様のご幼少の頃に御用掛を務めた和辻雅子さんは、次のように記している。

新嘗祭の折などには、祭祀が深夜に及び、皇后様は御装束をお召しになり古式ゆかしいお姿のまま、御拝を終えられた陛下と共にお祭り終了までお慎みの時を過ごされます。

このような祭祀の夜は「およふかし」と御所で呼ばれておりましたが、宮様方も一定のご年令に達されてからは、それぞれにこのお時間を最後まで静かにお過ごしになるようになりました。[a]

11月23日は勤労感謝の日で、我々は休日の一つくらいにしか考えていないが、その日に陛下は深夜まで、国民を養う五穀を戴いた事に感謝の祈りを捧げられているのである。

お正月の初日の出の前にも、天皇はお祀りをされている。午前5時半からの「四方拝(しほうはい)」、その後に「歳旦祭(さいたんさい)」が行われる。平成17(2005)年の歳旦祭に、陛下はこう詠まれてた。

明け初むる賢所(かしこどころ)の庭の面(も)は雪積む中にかがり火赤し

寒気の厳しい元旦に、庭に降り積もった雪にかがり火が赤く映えている、という幻想的な光景であるが、そう詠われる今上陛下は暖房もない宮中三殿で、神々に国家と国民の安寧と豊作を祈られるのである。今年、82歳を迎えられるご老体で。我々も正月には神社に初もうでをして神に祈るが、天皇の祈りはそれとは比べものにならないほどの「激務」なのである。


■3.国民の幸福を願う祈り

天皇の祈りが我々と違う点がもう一つある。皇學館大学の松浦光修教授は、こう記している。

私たちふつうの者は、自分や自分の家族や職場や組織などのために、つまり、「自分のために祈る」ことが少なくありません。それらは結局のところ、自分や自分のまわりの人々の“現世での利益”を求める祈りですが、天皇陛下の「祈り」は、それとはまるでちがっています。

天皇陛下の「祈り」は神武天皇の昔から、ともに生きてきた国民の幸福を、さらには世界の人類の幸福を、ひたすら願う「祈り」です。日に見えない神々の世界と、目に見える国民の世界を結ぶ、果てしなく広い「祈り」です。[1,p55]

歴代の天皇も国民の幸福を祈られてきた。今上陛下で125代となる皇室はずっと一系でつながっているが、その皇統を通じて祈りの伝統が継承されてきた。歴代の天皇が、どのような御心で祈りの伝統を護られてきたのか、を見てみよう。


■4.神武天皇の祈り

天皇の祈りは、初代の神武天皇からすでに始まっている。神武天皇は「天地四方、八紘(あめのした)にすむものすべてが、一つ屋根の下の大家族のように仲よくくらそうではないか」と言われて即位されたのだが[b]、その4年の後、そのような国が出来た事を神々に感謝している。

私の先祖の神々は、天からお降りになり、私を見守りつづけてくださり、ずっと私を助けてくださいました。今、さまざまな反乱は平定され、天下は、なにごともなく治まっています。そこで私は、天の神々をお祭りして、先祖の神々に大きな孝行をしたいと思います。

祭壇を大和の国の鳥見山のなかに設置され、先祖の神々にお祭りをされた。これが現在も続く「皇室祭祀」のはじまりと言われている。

「天からお降りになり」とは、天照大御神が孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)に「宜しく爾皇孫(いましすめみま)、就(ゆ)きて治(しら)せ」と命じて、高天原から地上に下らせたことを指している。神武天皇はその曾孫にあたる。

古代日本語での「しらす(知らす、治らす)」とは、「領(うしは)く(領有する)」とは厳格に区別され、「天皇が鏡のような無私の御心に国民の思いを映し、その安寧を祈る」という意味であった。[c]

したがって天皇が先祖の神々に「孝行」をするということは、「民が幸福に暮らせる国を」という先祖神から与えられた使命を果たすことなのである。


■5.「政治の前に神の祭りを」

大化の改新が行われた大化元(645)年、右大臣となった蘇我石川麻呂(そがのいしかわまろ)は、第36代・孝徳天皇に次のような進言をしたと『日本書紀』に記されている。


蘇我石川麻呂の大臣が、「天皇は、まず天神(あまつかみ)・地祇(くにつかみ)を祭り鎮め、そのあと政治をすすめてください』と、進言しました。[1,p41]

「政治の前に神の祭りを」というのは、民の幸せを願う先祖神の御心を思い起こした上で、それを現実の政治の中に具現していかなればならないからである。古来、「政治」を「まつりごと(祀り事)」と読んだのも、この意味からであった。

「政治の前に神の祭りを」の伝統は、その後も継承されていった。平安時代の中期に「寛平の治」と称えられる政治を行った第59代の宇多天皇(867-931)の日記には、こう記されている。

「わが国は神国です。ですから毎朝、四方の大・中・小の天神・地祇を拝むのです。このことは、今日からはじめて、以後、一日も怠りません。[1,p42]


「神国」とは「神々が護る国」という意味だろう。そして、その神々が民を護らんとする御心を現実の政治に伝えるのが、天皇の役割なのだ。

平安時代には皇居の清涼殿(天皇が起居される建物)の東南の隅に「石灰(いしばい)の壇」が設置されていた。これは板敷きと同じ高さまで床下の土を築きあげ、その上を石灰で塗り固めた場所である。天皇は毎朝、起床されると体を清め、そこで祈りを捧げられた。

土を固めて壇を作ったのは、太古より続く「大地の上で祈る」形を継承したものであり、東南に設けられたのは、天皇の先祖神である天照大神が祀られている伊勢神宮の方向にあたるからだ。

この毎朝の祈りは「毎朝御代拝(まいちょうごだいはい)」として現代まで受け継がれている。毎朝、天皇陛下の代理の侍従が宮中三殿にお参りし、その間は天皇陛下も「おつつしみ」になっている。


■6.「天皇たるもの朝から夜まで、神を敬うことを怠けてはなりません」

鎌倉時代に倒幕を図った承久の変(1221)に加わって佐渡に配流となった第84代・順徳天皇(1197-1142)は、変の以前には王朝時代の有職故実の研究に熱心で『禁秘抄(きんぴしょう』を著した。その中に、次の一節がある。

すべての皇居で行うことのうち、神を祭る事が、まず先であり、他の事は、すべてその後に行うものです。天皇たるもの朝から夜まで、神を敬うことを怠けてはなりません。[1,p43]


これも「政治の前に神の祭りを」と同じ精神である。

戦国時代の天文9(1540)年、世間で疫病が流行した。第105代の後奈良天皇(1496-1557)は、長く続いた戦乱の余波で経済的にも困窮されていたが、民のために秘かに般若心経(はんにゃしんきょう)を写経し、醍醐寺の三宝院に収められた。その末尾にはこう記されている。

今年は、天下に疫病がはやり、多くの民が死に瀕しています。私の民の父母としての、徳が足りないからである(原文「朕、民の父母として、徳、覆うこと能はず)と思われてならず、私は、とてもつらい思いです。

ですから私は、ここに『般若心経』を金字で写し、義堯(ぎじょう)僧正の手によって、醍醐寺三宝院に納めます。心からこれが、この疫病の妙薬になるよう、祈ってやみません。[1,p47]


「民の父母」とは、まさに親が子の幸せを祈るように、国民の幸せを祈る天皇のあり方を指している。自分の子が不幸になったら、親は自分を責めるだろう。国民の不幸は自分の徳が足りないからだと、つらい思いをされる天皇の姿勢もそれと同じである。


■7.「かならず神事の予定を第一にされて」

歴代天皇の祈りは、近代に入ってからも変わらずに継承されている。

明治天皇が初めて静岡の御用邸に入られた時、「伊勢神官は、どちらの方角か?」、「賢所は、どちらの方角か?」と、お尋ねになった。伊勢神宮や宮中三殿の方角に、自分が背を向けて起居しないように、とのお考えからだった。方角をお知りになった天皇は、「それでは、こうしなければならない」と机と椅子の位置を変えられた。[1,p44]

昭和天皇の侍従を務めた甘露寺受長氏は、こう書き記している。

今上陛下(昭和天皇)は、いろいろなご計画をお立てになる場合、かならず神事の予定を第一にされて、それをはずして他のご計画をあそばされる。たまたま、計画が神事の日にあたるようなことが生じてくると、神事に支障がないかどうかをお確かめになり、支障がないことがわかると、はじめてお許しになる。

また、いつでも御座所やご自分の位置が、賢所をうしろにしないように、細かいところまで気をお配りになっている。[1,p45]


■8.「天皇陛下は、日々、私どもの幸せのために祈ってくださっている…」と知れば、、、

こうして見ると、天皇が国民の幸せを祈るのは皇室の伝統そのものである事が見てとれる。松浦教授は、こう語る。

「天皇陛下は、日々、私どもの幸せのために祈ってくださっている…」、この一つの事実だけでも、全国の学校で教えるようになれば、みちがえるほど日本の子供たちの心は立て直され、やがては混迷をつづける日本にも、希望の光りが差し染めるのではないか…と、私は思っています。[1,p55]


人は誰かが自分の幸せを祈ってくれていたら、嬉しく思い、自分も他の人々のために役に立ちたいと願う。一人の利他心が多くの人々の利他心を呼び覚ます。

天皇が国民の幸せを祈る大御心を知った人々は、政治家なら国民のための政治を行い、実業家なら国に役立つ事業を興す。それが波紋のように広がって、国民一人ひとりが他の人々のために尽くすようになる。

まさに国民が一つ屋根の下の大きな家族のように、互いに思いやり助け合う姿、我が国はそのような理想を実現すべく建国された。そして歴代天皇はその理想を継承して、代々、無私の祈りを捧げてきた。

我が国では、そのような皇室が国民の連帯の中心にあり、国民統合の象徴となっているのである。


■リンク■

a. JOG(427) 皇室という「お仕事」〜 紀宮さまの語る両陛下の歩み
 「物心ついた頃から、いわゆる両親が共働きの生活の中にあり、、、」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h18/jog427.html

b. JOG(074) 「おおみたから」と「一つ屋根」
 神話にこめられた建国の理想を読む。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_1/jog074.html

c. JOG(242) 大日本帝国憲法〜アジア最初の立憲政治への挑戦
 明治憲法が発布されるや、欧米の識者はこの「和魂洋才」の憲法に高い評価を与えた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog242.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 松浦光修『日本は天皇の祈りに守られている』★★★、 致知出版社、H25
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4800910056/japanontheg01-22/


a. JOG(427) 皇室という「お仕事」〜 紀宮さまの語る両陛下の歩み
 「物心ついた頃から、いわゆる両親が共働きの生活の中にあり、、、」
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogdb_h18/jog427.html

b. JOG(074) 「おおみたから」と「一つ屋根」
 神話にこめられた建国の理想を読む。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h11_1/jog074.html

c. JOG(242) 大日本帝国憲法〜アジア最初の立憲政治への挑戦
 明治憲法が発布されるや、欧米の識者はこの「和魂洋才」の憲法に高い
評価を与えた。
http://www2s.biglobe.ne.jp/nippon/jogbd_h14/jog242.html


■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 松浦光修『日本は天皇の祈りに守られている』★★★、 致知出版社、H25
http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4800910056/japanontheg01-22/

2015年12月20日

◆私の「身辺雑記」(293)

平井 修一



■12月18日(金)、朝は室温14度、晴。10時から換気扇の大掃除。完璧にきれいにしたが、昼食にありついたのは2時だった。疲労困憊だったが、風呂場のタイルが剥がれたりひび割れたところも補修した。

今夜も8人で集団的子育て。腰がふらついて、スキヤキ以外は作るパワーがない。歳をとるとはそいうことだと頭では何となく了解していたが、実体験すると想像以上に激しく、かつ厳しいものだ。うんざりしている。さっさと愛犬のもとへ行きたいものだが、鬱病再発か?

根性で大根サラダも作ることにした。トマトとセロリとゆで卵も添えれば子供も喜ぶだろう。デザートは昨日買っておいたアイスモナカ。

韓国で虐待されていた産経の加藤氏が無罪になった。南も北も半島人は異常である。結局は個人独裁なのだ。まともな国ではない。日本は敗戦で半島を失ったが、むしろ幸いではなかったか。「奴は敵だ、敵は殺すべし」の覚悟で付き合うことだ。奴らもそう思っているのだから。

夕食を片づけ終わり、明日の朝食の下ごしらえを終えたら9時半。ところがNが「弁当のおかずも作ってね」。土曜日の学童保育は給食がないからママさんたちの弁当競争になっているのだ。3品の準備をしたら10時。

朝の6時から22時まで16時間労働。ブラック企業並みだ。ブラックキッチン、ブラックホーム。

■12月19日(土)、朝は室温14度、快晴、2/3散歩。膨大な洗濯物を干し終えたら11時になっていた。清潔好きのカミサンはシーツまで出すから5回ほど回さないと処理できない。女は毎日風呂に入らないと気が済まないみたいだ。一種の病気ではあるまいか。

人の細胞は80兆、内に棲みついている菌は100兆。人は菌からなっている。垢で死んだ奴はいない。

風呂釜が追い炊きができなくなった。15年ももったから寿命だろう。カミサンに発注するよう指示したが、このところなんだかんだと金が出ていく。景気が良くなるのは結構なことだ。

自公は来年の選挙目当てで老人にばらまくそうだ。はした金でヂヂババは投票先を選ぶのか。小4とか中2レベルは歳をとっても変わらないということか。恥を知れ、恥を。

そう言えば『中学生の友2年』なんていう学習雑誌があったっけ。何十年間もそれを読んでいたところで、まったく向上しない。レベルは中2のままだからだ。ロバは馬にはなれない。

ま、金を死蔵するより、オレオレ詐欺に騙されて社会に金を還元した方がいいのじゃないか。

産経新聞の広告はヂヂババ向けが多いようだが、他紙はどうなのだろう。若者は新聞をほとんど読まないようだ。ネットで十分なのだろう。仕事に直結する情報は専門紙やセミナーなどで入手するのだろう。

人類のオツムはなかなか発展しない。永井俊哉氏曰く――

<(地動説を唱えた)ガリレオが本当に「それでも地球は動いている」と呟いたかどうかは別としても、彼が、1633年に宗教裁判にかけられたことは史実であり、もし異端誓絶を拒んだならば、33年前にローマで火あぶりになったジョルダノ・ブルーノと同じ運命をたどったであろうことも確かである>

ウィキによれば300年前まで魔女狩りが行われていた。

<セイラム魔女裁判とは、現在のアメリカ合衆国ニューイングランド地方のマサチューセッツ州セイラム村(現在のダンバース)で1692年3月1日にはじまる一連の裁判をいう。

200名近い村人が魔女として告発され、19名が処刑され、1名が拷問中に圧死、5名が獄死した。無実とされる人々が次々と告発され、裁判にかけられたその経緯は、集団心理の暴走の例として引用されることが多い>

一神教はどうしようもないほどの暗愚だ。50億の3乗の星があり、光速で宇宙は拡大しているのに、神様が宇宙を創っていると思っている。ありとあらゆるものに神と精霊が宿っているという日本人は一神教信者より遥かに優れているのではあるまいか。

ま、それでも大方は中2レベルだけれども。小4レベルの妄想的半島人や漢族、ISよりはましだが、人類の未来はどちらかというと暗いのではないか。悪貨が良貨を駆逐する。

慶應大学出身者の研究サイトにはこうあった。

<6500万年前、恐竜は忽然と地球上から姿を消してしまった。この絶滅に関しては様々な説が考えられたが、最近では小惑星衝突説が有力である。直径10km、重さ1兆トンもある隕石の衝突事件が恐竜を滅ぼしたというこの小惑星衝突説は1980年、カリフォルニア大学のアルヴェスらによって発表された。

この説を支える強力な証拠は、恐竜が絶滅した6500万年前の地層から各地で発見されたイリジウムという物質である。イリジウムは地球外起源物質、つまり地球ではできない物質である。よってこの時代に隕石が地球に落下したことはほぼ確実であるといえる。ちなみに、その時の衝撃は核兵器数千個分であったと推測される。

原因はどうあれとにかくこうして1億6500万年もの間続いた恐竜時代は幕を下ろしたのである。そしてその後、生き残った小型のほ乳類や鳥類、トカゲ、ヘビ、ワニなどによって新たな時代が築き上げられていくのである>

一寸先は闇か (2015/12/19)

◆あの「国の恥」を防ぎ救った無罪判決

黒田 勝弘



韓国語に「マンシン(亡身)」という言葉がある。恥をかくという意味だが、もっともよく使われるのは「国(ナラ)の恥」という「ナラ・マンシン」だ。日本人以上に外国での評判を気にする人たちだから、国内でいろんな問題が起きるときまって「ナラ・マンシンだ!」といって騒ぐ。

産経新聞の加藤達也前ソウル支局長に対する名誉毀損(きそん)裁判は無罪判決になったが、そもそも検察(政府)による起訴が無理な話だったため国際社会では「韓国には言論の自由がない」などと厳しい批判や疑問の声が出ていた。国内でも「ナラ・マンシン」として検察の横暴に対する批判が結構あった。

もし有罪判決が出ていたら韓国の国家イメージ失墜は決定的で「ナラ・マンシン」は絶頂に達しただろう。その意味で無罪判決は危機から国を救った“救国の判決”である。韓国は裁判長を愛国者として歴史に残さなければならない。

判決を伝える韓国メディアのなかでいつも愛国を叫んでいる最大手の朝鮮日報が、国の心配はそっちのけで産経新聞批判に熱を上げていたのには驚いた。問題になった産経のネット記事の大部分は朝鮮日報からの引用だった。無罪判決を引き出してあげたのだから感謝してもいいのに。相変わらず反日イコール愛国と思っている。

産経ニュース【ソウルからヨボセヨ】2015.12.19

◆トランプ氏が大統領になろうとも

宮崎 正弘 


<平成27年(2015)12月19日(土曜日)通算第4756号>  

〜「たとえトランプ氏が大統領になろうとも、米国とはうまくやっていける」
  プーチンの記者会見に未曾有の1390人が押しかけた〜


プーチン露西亜大統領は12月17日、モスクワで恒例の長時間記者会見を行ない、ひとりで対応した。

開口一番、中央銀行の政策を指示すると言った上で、「ロシア経済はマイナス3・7%の成長が続くだろうが、気になるインフレ率は12・3%、失業率5・6%にとどまり、2016年の赤字財政はGDPの2・9%以内に納まり、形態的苦境はまもなく終わる」と楽観的見通しを述べた。

ついでシリア空爆参加に関して、「ISISは、いまやマイナーな問題」と断言し、会場を驚かせた。

問題はトルコとの緊張関係への暗転、軍事的な対峙である。しかしプーチンは懸念される軍事的行動のエスカレートについては慎重で、むしろトルコを経由するガス・パイプラインの敷設については中断どころか前向きに捉えている姿勢が印象的だった。

「トルコ人民との友好は不変であり、問題はいまの政府間の対話に展望がないことである。トルコはテロリスト達の最後のリゾートになっており、経済的利権がそうさせている」としてトルコのIS占領地の石油密輸がトルコ与党の財源ともなっていることを示唆し、同時に「シリアの将来はシリア人民がきめることだ」とした。

米国との関係は「これからもうまくやっていけるし、たとえトランプ氏が大統領となろうとも、ロシアは米国との絆を維持し、両国関係の良好な維持発展にかわりはない」とプーチンは協調した。

この記者会見は11回目だが、全世界から1390人もの記者がモスクワに集まった。この数字は新記録だという(英文プラウダ、12月17日)。

◆問う政策あってこその同日選

松本 浩史
                


安倍晋三首相は大勝負を打つのか−。政界では、まだそよ風ほどで しかないけれど、衆院の解散風が吹き始め、来夏の参院選との同日選が取 り沙汰されている。解散権が先触れもなく行使されたらたまったものではないから、衆院議員は押しなべて「首相の存意は奈辺にありや」と気が気ではないようだ。

同日選は戦後、昭和55年と61年の2回行われている。最初は大平正 芳政権下のことで、「ハプニング解散」と後世、評されるように、多くの 政界関係者にとって不意打ちみたいなものだった。まさか通るまいとタカをくくっていた内閣不信任決議が、自民党から欠席者が出て可決となった。

したがって、よしんば、安倍首相が同日選をもくろんでいるのなら、練りに練って主体的に解散に打って出た中曽根康弘政権に倣うのが賢い。言うまでもなく、解散権をいたずらに行使しては、権力の乱用となる。 自民党の事情だけをもって日本の行く末に思いを致さないようでは、言語道断である。日本のことばかりで世界があるのを知らず、というのでも困る。

解散権は「首相の大権」であるからこそ、こうと信じる政策を堂々と掲げることが、何よりも大切となる。そうでなければ、どんな言い訳も立たない。

ところで、このところの安倍首相が置かれている政治環境は、中曽根氏とかなり似ている。

まず指摘すべきは、「一票の格差」是正策に焦点が当たっていたことだ。昭和58年衆院選をめぐる訴訟で最高裁は「違憲」と判断した。このため中曽根氏は「8増7減」の是正策を講じ、国会の正常化を解散の大義に掲げた。

前回衆院選をめぐり、最高裁は先に「違憲状態」と断じている。安倍首相にしても、何らの措置もせずに解散カードはなかなか切れないだろう。衆院では議長の下に選挙制度調査会が設置され、改革案が来年1月に提出される。ほどなく選挙関連法の改正が、政治課題になることは請け合いだ。

総裁任期をめぐる党則改正がくすぶっていた事情も重なる。中曽根氏は、党則を順守するとして「3選」を否定したが、大勝を理由に1年延長となった。安倍首相も平成30年9月までの総裁任期の延長を視野に入れているとの見方は消えない。

選挙直前には、日本でサミット(主要国首脳会議)が開かれ、中曽根氏は、国際社会のひのき舞台で大いに存在感を見せつけた。伊勢・志摩サミットは参院選前の来年5月に開かれる。

同日選については、(1)じっくりと候補を選べず、選挙権の侵害に当たる(2)参院議員が半数になっているのに、緊急集会を開催できるのか(3)そもそも憲法違反である(47条など)(4)参院の独自性が喪失しないか−などの議論がある。それでも2回の同日選は、選挙無効とはなっていない。

中曽根氏は後日、「正月から考えていた。死んだふりをした」と語った。安倍首相も腹の中はおくびにも出さないだろう。実施か否か。年明けの政治の動きは同日選の帰趨(きすう)を抜きに語れない。(論説委員)産経ニュース【一筆多論】2015.12.19

2015年12月19日

◆辺野古は「反対のための反対 運動」

櫻井よしこ


インターネット配信の「言論テレビ」の番組で、前沖縄県知事の仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)氏と石垣市長の中山義隆氏の話を聞いた。「知事退任から1年、体調はかつてなく快調。理由は(偏向報道で知られる)沖縄の新聞を読まないから」と破顔一笑した仲井眞氏は、翁長雄志(おなが・たけし)現知事の辺野古闘争に極めて批判的だ。
 
翁長氏は12月2日、福岡高等裁判所那覇支部で行われた第1回口頭弁論で、「裁判で問われているのは承認取り消しの是非だけではない」「沖縄県にのみ負担を強いる日米安全保障体制は正常か国民に問いたい」と主張した。
 
そもそも氏は、米軍普天間飛行場の辺野古移転に必要な海の埋め立てを承認した前知事の手続きに瑕疵があるとして訴えた。だがいま、訴えの前提を拡大し、沖縄の重い基地負担について、疑問を突き付けている。
 
前知事と現市長はどう考えるか。まず、仲井眞氏が断言した。

「手続きに瑕疵があるとはとんでもない話です。その主張は彼(翁長氏)の友達グループでつくった諮問委員会の結論をそのまま受け入れたものです。私は県庁の担当部署を総動員して約10カ月、あらゆるチェックをしました。政府・防衛局には数100件に上る検討事項を投げて、1つ1つにきちんとした答えを得て初めて埋め立てを承認した。瑕疵などあるはずがありません」
 
中山氏も語った。

「本当に瑕疵があれば、翁長氏の主張は本来もっと具体的であり得るはずです。しかし、訴状を読むと『辺野古埋め立ての必要性に合理性がない』とか『国土利用上の合理性も(普天間の)行き先が辺野古でなければいけないという理由が説明されていない』とか、抽象的です。いくら探しても瑕疵がなかったので、作文したのではないかという感じを受けますね」
 
沖縄だけになぜ重い基地負担を押し付けるのかという翁長氏の問いについても、仲井眞氏は批判した。

「だからこそ、私も知事として長年基地負担の軽減を政府に働き掛けました。政府は米国と交渉して、米軍再編と大幅な基地負担軽減策を打ち出しました。

まず、住宅密集地にある普天間飛行場を辺野古に移す。これで航空機の離発着は全て海上ルート経由となり騒音問題が解決されます。辺野古にすでに存在するキャンプ・シュワブの一角に新滑走路を造るのに必要な面積は、普天間飛行場の3分の1です。

これに伴って海兵隊1万人もグアム島に移り、嘉手納飛行場以南の全米軍基地が沖縄県に返還されます」
 
元米国沖縄総領事のケビン・メア氏は、一連の措置で沖縄の総面積に占める米軍基地の面積は19%から12%へと3分の1以上も減ると説明する。
 
だが、翁長氏はこうした日米両政府の計画を評価しない。むしろ基地縮小計画の頓挫を望んでいるのかと思わせる主張さえ展開する。例えば「(普天間移設)工事をぜひとも続行しなければならない緊急性は存在しない」(代執行訴訟に対する翁長氏の答弁書)などと言う。
 
普天間飛行場を放置するつもりなのか。氏の主張を精査してみたが、氏は普天間の現状をどう改善するのか、全く語っていない。普天間は反政府闘争の材料以上でも以下でもないのかとさえ思わせる。普天間を擁する宜野湾市の住民が普天間の危険性除去を急げとして翁長氏を訴えたのも、そうした思いからであろう。仲井眞氏が語った。

「私は3回、知事選を戦いました。翁長さんは1回目と2回目、私の選挙対策本部長でした。なのにいつから考えが変わったのか、よく分かりません」
 
かつての自民党県連幹事長が共産党や社民党と共闘する姿に、翁長氏の闘争は沖縄県民の基地縮小の願いの実現というより、反対のための反対運動だという声が地元沖縄で強いのも自然なことであろう。


沖縄前知事らが現知事の主張を批判【櫻井よし子】
             『週刊ダイヤモンド』 2015年12月12日号  
              新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1112
              (採録: 松本市 久保田 康文)