2015年12月13日

◆「通州事件」のユネスコ登録を目指し活動

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)12月12日(土曜日)通算第4747号>  

〜「通州事件」のユネスコ登録を目指し活動
    文部科学大臣に要望書を提出〜

新しい歴史教科書をつくる会は、12月11日に文部科学省で記者会見を行い、「通州事件」をユネスコの記憶遺産に他団体と連名で登録申請する予定であることを発表しました。

記者会見には、石原隆夫、岡野俊昭、皿木善久、藤岡信勝の4副会長が出席し、「通州事件」が国内外で認知されることの重要性・意義に鑑み、日本政府が既に決定している2件のユネスコ申請を変更してでも対応すべき案件である旨を訴えました。

その後、文科省内のユネスコ関係の担当部署を訪れ、下の要望書を提出しました。

今後は、申請と登録実現に向けて諸団体と連携し、各種調査や資料の準備、各所への働きかけなどの取組みを行ってまいります。
                平成27年12月11日

文部科学大臣 馳 浩 殿

      新しい歴史教科書をつくる会 会長 高池 勝彦

「通州事件」をユネスコ記憶遺産に登録申請するにあたっての声明と要望

新しい歴史教科書をつくる会は、志を共有する諸団体との連名で、「通州事件」をユネスコ記憶遺産に登録申請いたします。締切は来年3月で、登録の可否の決定は2017年(平成29年)10月です。以下、この申請の背景と意義を説明させていただきます。

【1】「通州事件」とは、1937年(昭和12年)7月29日、北京東方の通州で日本人居留民が、暴徒と化した中国人の保安隊兵士に襲撃され、残虐非道に惨殺された事件です。

当会が歴史教科書改善のために推進する自由社の中学校用『新版 新しい歴史教科書』では、「日中戦争」の単元の中で、本文への注記として次のように書かれています。

【北京東方の通州には親日政権がつくられていたが、7月29日、日本の駐屯軍不在の間に、その政権の中国人部隊は、日本人居住区を襲い、日本人居留民385人のうち子供や女性を含む223人が惨殺された(通州事件)。】(233ページ)

簡単な抑えた記述ですが、小中高の歴史教科書の中で、通州事件を載せた教科書はこの自由社版が唯一です。その意義は大きく、日本政府は教科書検定を経た日本の歴史教科書に記載されている以上、事件の存在を否定することはできません。

この事件は、当時現地にいたアメリカ人のジャーナリストが「古代から現代までを見渡して最悪の集団屠殺[虐殺]として歴史に残るだろう」(ウイリアムズ『中国の戦争宣伝の内幕』)と書いたほど、残虐で猟奇的な出来事でした。東京裁判でも、惨劇の状況を検分した日本の軍人の目撃証言が証拠として受理され、惨劇の状況が記録されています。

しかし、戦後の日本は6年半余りという長期にわたりアメリカの占領下にあり、この間厳重な検閲が布かれ、他の連合国への批判と同様に中国への批判も一切禁止されました。

この言語空間が今日に至るまで長く言論・学術の世界を支配し、事件当時日本のほとんどの新聞社が号外を出し、国民的憤激を巻き起こした大事件であったにも関わらず、近現代史の最も詳細を極めた歴史年表にさえ、通州事件について一切記述がない、という状況が長く続きました。未だ通州事件の名を冠した一冊の啓蒙書も出版されていません。

 ところが、今や、事件について忘却状態にある現状を意識的に変えなければならない状況が生まれました。

【2】平成27年10月、ユネスコの記憶遺産として中国が提出した「南京大虐殺文書」が登録されました。「南京大虐殺」については、過去十数年の日本国内の研究によって軍の方針や命令による組織的な市民の殺害はなかったことが実証されています。

この事件そのものが、中国国民党の蒋介石政権によって戦時プロパガンダとして捏造されたものです。ひとことで言えば、「南京戦はあったが、『南京虐殺』はなかった」のです。

今回、中国側が提出した資料を見ても、日本による大虐殺を証明する資料価値はゼロであり、それどころか、逆に虐殺がなかったことを示す資料となっています。

そもそも、日本人がやったこととして日本告発のために捏造された資料は、中国人自身が行った行為を日本人になすりつけたものです。

大殺戮は中国の長い歴史の中で何度となく繰り返され、中国大陸の歴史を特徴づけるものとなっています。

近代において日本人が中国大陸と関わるようになってから、日本人はしばしば徒党を組んだ中国人の残虐行為の被害者だったのであり、この度通州事件を取り上げるのは、通州事件がそれら一連の事件の代表見本であるからに他なりません。

さらに中国は、日本のみならず、チベット、ウイグル、モンゴルなど周辺諸民族に対して、凶暴な暴力の牙をむくことがしばしばありました。モンゴル出身のある研究者は、中国の行為は中国政府が署名した1948年の「ジェノサイド条約」に違反しており、チベット、ウイグル、モンゴル、及び自国民に対する文化大革命時の虐殺についても記憶遺産に登録すべきだと提言しています。(楊海英「Newsweek」 2015.11.27)

私たちの今回の行動は、上記のような良識あるアジアの人々の声に応えるものでもあります。通州事件の残虐行為から日本人が目を背けないで正しく知っておくことは、単に日本人が過去に経験した犠牲を記憶するだけではなく、同じ苦難と犠牲を今も現在進行形で味わい続けているアジアの諸民族の苦境を理解し、それを打破するための行動に連帯するためでもあります。

さらに、中国によって受けた過去の被害を知ることは、日本の今後の移民政策によってもたらされるかも知れない事態を予測し、警鐘を鳴らすことにもつながります。例えば、500万人規模の中国人が日本に移住すれば、重大な事態が起こらないともかぎりません。

日本国内の中国人は、国防動員法によって、一旦緩急あるときは自国のために戦うことが義務づけられています。通州事件を知ることは、日本自身の近い将来の考えられる危険への対処と無関係ではありません。

【3】文科省は来年の3月を期限とする次期の登録申請テーマとして、「杉原千畝」と「下野三碑」を9月段階で決めたとされています。しかし、ユネスコの記憶遺産制度は、政府のみならず、民間団体や個人にも申請資格を認め、申請を歓迎しています。

従って、私たちは、直接、パリのユネスコ本部事務局に「通州事件」を申請します。そして、申請と同時に英訳した資料一式をネット上に公表します。

そこで、この際、私たちは政府=文科省に対し、ユネスコ記憶遺産への対応に関わって、次のことを強く要望し、申し入れます。

中国による「南京」登録は、国際機関を利用し戦時プロパガンダを史実として認めさせようとする中国政府の謀略であり、提出された資料も南京大虐殺をむしろ否定するものであり、手続きにも瑕疵があるため、これを再審議し撤回するようユネスコに働きかけていただきたい。その際、負担金の停止または減額の措置を含めて対応していただきたい。

ユネスコの記憶遺産事業は、法的整備も不十分で、一部の国によるやりたい放題の横暴がまかり通る現状がある。これを是正する改革案を、すでに公表されている民間の改革案も参考にして考えていただきたい。それはユネスコへの最大の分担金支払い国である日本の国家としての責任でもある。

来年3月の締切時にユネスコから1国2件の範囲に絞るように求められる
はずであるが、民間からの発意を生かして私たちの「通州事件」を申請枠
に含めるよう、是非善処していただきたい。

以上のことを、文科大臣並びに関係当局に要望いたします。

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 いよいよ今週日曜日開催!
   ユネスコ「南京」登録に反撃する国際シンポジウム

■日時 12月13日(日)18時30分開会(18時開場)
■場所 東京・牛込箪笥区民ホール (地下鉄大江戸線「牛込神楽坂」1分)
■参加費 1000円(資料代として)
登壇者決定!
○第1部 リレートーク 
      山田宏(前杉並区長・前衆議院議員)、阿羅健一(南京事件
研究家)
菅家一比古(美し国代表)、白石千尋(国際機関職員)
      石 平(評論家)、藤田裕行(ジャーナリスト)
      三浦小太郎(ジャーナリスト)、茂木弘道(世界に史実を発信する会事務局長)
      山本優美子(なでしこアクション代表)

○第2部 国際シンポジウム
      ペマ・ギャルポ(チベット)アジア自由民主連帯協議会会長
       オルホノド・ダイチン(南モンゴル)南モンゴル自由民主
運動基金代表
       黄  文雄(台湾)    評論家
       西村 幸祐(日本)    批評家・ジャーナリスト
       藤岡 信勝(日本・司会) 「南京の真実」国民運動副代表
<主催>(共催)
南京の真実国民運動(代表:渡部昇一)/慰安婦の真実国民運動(代表:加瀬英明)
 <事務局・お問い合わせ先>一般社団法人新しい歴史教科書をつくる会  
 
 

◆木津川だより 上人ヶ平遺跡(2)

白井 繁夫



北方に木津川を望む台地で弥生時代から営まれてきた上人ヶ平(しょうにんがひら)遺跡(木津川市州見台8丁目)は古墳時代、奈良時代を通じて栄えた複合遺跡です。

上人ヶ平遺跡の背後地.奈良山丘陵の南麓には佐紀盾列(さきたたなみ)古墳群があり、そこには200m超の巨大な前方後円墳(墳長275mの五社神古墳:伝神功皇后陵を含む)が8基もあります。上人ヶ平遺跡は大和と山城の国境に位置し、木津の平野に突き出た台地上に在る古代から水陸交通の要衝でした。

前回は複合遺跡の為、弥生時代から古墳時代の前期を経てヤマト王朝と木津川地域のいろいろな関りがあり継体天皇になり、更に大和政権と深くつながって行った説明の前置きが長くなってしまいました。

今回は上人ヶ平遺跡の説明を記述いたします。

弥生時代後期から古墳時代前期にかけては、竪穴式住居や穀物などの倉庫をもつ集落が営まれていたと思われる住居跡や弥生土器も出土しました。

古墳時代中期から後期にかけて、この遺跡では17基の古墳が築造されました。形成年代は5世紀中葉から6世紀前葉が中心です。中期以降の木津川市内では前方後円墳の築造はなく、円墳か方墳です。ヤマト王朝の影響を受けたと思われます。

(木津川流域を見ると、5世紀まで平川王家は久津川古墳群:平川車塚(180m).芭蕉塚(166m)などの前方後円墳を築造しましたが、それ以降は築造されなくなりました。)

上人ヶ平遺跡の特徴として前回触れましたが、上人ヶ平1号窯は府下で埴輪を焼いた最古の窯で、近隣の瓦谷遺跡の3基の埴輪窯も同時期です。大和政権と関係する佐紀盾列古墳(前期後半〜中期後半)の円筒埴輪の長方形の透かし穴や河内王朝の古市古墳群にもこの地区で焼いた円筒埴輪と調整手法が5号墳出土と同形の埴輪が出土しています。

上人ヶ平の埴輪窯(トンネル状の登り窯)は全国的にも最古級と云われています。

木津東部の州見山(くにみやま)古墳群:瓦谷古墳群、西山塚古墳群、上人ヶ平古墳群は
小地域の首長墓でもあり、その配下に埴輪製作者を含む造墓集団がいたと推察されます。

上人ヶ平の古墳群は、円墳と小型方墳(10m長前後)が多数を占めますが、当古墳中で最大級の5号墳(円墳)について、簡単に発掘調査内容の概要を下述します。

5号墳は古墳時代中期後半(5世紀後半)に築造された造り出し付円墳(直径25m、高2.3m)で造出部は幅8.5m、長2.6mです。墳墓の周溝(幅約7m)を含む径は33〜36mです。(上人ヶ平遺跡公園内の5号墳は調査後、地表に出ていた状態で保存されています。)

5号墳の墳丘は2段に築かれ、上段(2段目)斜面と造出部に葺石が葺かれ、テラス部と周溝の外側に埴輪列をめぐらせていました。

墳頂の南東部の墳丘に盛土をした上に沢山の中.近世の墓が営まれており、これに伴う石が多数ありました。(上人ヶ平遺跡は室町時代以降中.近世まで神聖な聖地であったか?)

出土遺物は土師器(小型丸底壺.二重口縁壺)、形象埴輪には蓋形(きぬがさがた)埴輪:貴人に差し掛ける傘を模した形や甲冑形埴輪、家形.馬形埴輪など、円筒埴輪、朝顔形埴輪なども出土しました。古墳時代中期後半(川西編年W期前半)の埴輪が出土。

上人ヶ平遺跡は奈良時代になると平城宮造営用の瓦を供給するため、大規模な瓦生産コンビナートの拠点になり、大型の掘立柱建築の瓦生産工場が建設され、6.14.15号方墳は造成により削平され埋没しました。

6.14.15号墳は古墳時代中期後半の一辺が10m前後の小型方墳です。埋葬主体部は破壊されていて不明ですが、川西編年W期後半の埴輪が出土し、5.7.8号墳同様動物埴輪、家形埴輪、器財埴輪などの形象埴輪で祀りが営まれ、円筒埴輪.朝顔形埴輪も出土しました。(上人ヶ平の台地は古墳時代中期〜後期この地域を支配した王者の墓域であったか)

奈良時代の遺構は平成元年(1989)の調査で大規模な瓦工房がみつかりました。

掘立柱建物10棟.井戸.土坑などあり、台地の中央部に南北並列に建つ4棟の掘立柱建物は各棟が9間X4間(柱間各10尺)の大建築物で軒を接し、柱筋を揃え整然と配置されていました。

建物内部の大きな空間を利用して瓦の成形.乾燥などの製造工程を行い南に隣接する谷の斜面にある市坂瓦窯(8基)で焼成されて平城宮へ供給する一貫システムを採った奈良時代の国営瓦工場でした。 『発掘成果速報 1990年府立山城郷土資料館』

元明天皇が藤原京から平城京へ遷都(710年)した事による平城京用建築資材は、木津川左岸の泉津から3本の官道で都へ運ばれたが、奈良山丘陵の北部丘陵では都の宮殿.官衙.寺院.役人の邸宅等の屋根瓦供給に、最先端技術の一大コンビナートが営まれました。

上人ヶ平遺跡の市坂瓦窯跡を含めた奈良山瓦窯跡は国境の奈良市歌姫町と京都の木津川市にある瓦窯跡で、総面積は約3.8万m2になります。平成22年(2010)に歌姫瓦窯跡と京都府木津川市の4ヶ所(音如ヶ谷瓦窯跡.市坂瓦窯跡.梅谷瓦窯跡.鹿背山瓦窯跡)と合わせて国の史跡に指定されました。

木津川市の南西から東へ相楽台の音如ヶ谷瓦窯跡(おんじょがたに)4基は法華寺の創建瓦を供給、州見台(くにみだい)の市坂瓦窯跡8基(上人ヶ平遺跡公園内)は平城京の大膳職(だいぜんしき)へ供給(官窯)、梅見台の梅谷瓦窯跡7基は興福寺創建瓦を供給、鹿背山(かせやま)の鹿背山瓦窯跡2基の4ヶ所です。
(平城京用に丸瓦.平瓦.鬼瓦など屋瓦を造.改築用にも大量生産していました。)

奈良県側は奈良市歌姫町の歌姫瓦窯跡6基からなり、半地下式の平窯で奈良時代末の平城宮用官窯です。平城宮の造.改築用屋瓦を供給。

上人ヶ平遺跡の市坂(いちさか)瓦窯群は幅が約10mの狭い谷の南北両岸斜面に8基あります。発掘調査は保存のため、北の2号と南岸の8号のみでその他は未調査です。
(全てが奈良時代後期の半地下式のロストル式平窯と考えられています。)

瓦を焼く焼成室へ効率よく炎を導入する分焔柱や焼成室床面のロストル(火床)など、
工夫を凝らして均一の品質で大量に製品を生産できる最新技術を編出したと思われます。

2号窯と8号窯は同時期に築造されており、8基ともに時期差なく造られて、上人ヶ平瓦工房と一体になって効率よく運営されていたと思われます。

1.2.3号窯の窯尻には共有する排水溝も検出されており、合理化された効率よい運営方法が採られていたと推察されます。官窯の市坂瓦窯群は8世紀後半の平城宮大膳職の造営に使用されていました。 

上人ヶ平遺跡は竹藪などで覆われていましたが、関西学研都市の建設時、竹林を切り開き整備して、上人ヶ平遺跡公園として、現在は遺跡が保存されています。 (了)        (郷土愛好家)

参考資料: 木津町史 本文篇 木津町。 
      上人ヶ平古墳群.市坂瓦窯跡.上人ヶ平遺跡  木津川市教育委員会
      木津町上人ヶ平5号墳 現地説明会資料 京都埋蔵文化財調査研究センター

2015年12月12日

◆膨張を続ける「イスラム国」

加瀬 英明



「イスラム国」(IS)がイラクとシリアにおいて、勢力を大きく拡げている。

ISはいまや世界にとって、中東における最大の脅威となっている。

ロシアはソ連時代からアサド政権を支援してきたが、シリアの地中海沿岸に海軍基地を保有してきた。10月に入ってからロシア空軍機がアサド政権を守るために、ISや、反政府勢力に対する空爆を開始した。

ISの支配地域はシリアの半分以上と、イラクの大きな部分にわたるようになっている。

どうして、ISは2013年に出現してから、ごく短期間のうちに、このような大きな成功を収めることができたのだろうか。

ISはオバマ政権がイラクから2011年に、アメリカ軍の実戦部隊を完全に撤退させてしまったために、生まれた空白を埋めて、勢力を拡大するようになった。

ISはオバマ政権が生んだ、鬼子である。

イラクでは、現シーア派政権のイラク国軍の戦意が低く、ISから攻撃されると、アメリカから与えられた高価な戦車など捨てて逃げてしまうのと、アル・ノストラと改称したアル・カイーダを含めて、シリアの反政府勢力が70以上の派に分裂しているために、武器、資金が潤沢なISを阻止できない。

そして、ISは何よりも、最高指導者がイスラム教の救世主である、マハディを自称することによって、イラク、シリアだけでなく、アメリカ、ヨーロッパをはじめ、全世界の百ヶ国以上から多くのイスラム青年を戦闘員として引き寄せる、強い力を発揮している。

イスラム教は、ユダヤ・キリスト教を受け継いで、この世の終末に救世主(マハディ)が現れて、善と悪のあいだに凄惨な最後の戦いが繰りひろげられた後に、地上において神の支配が実現すると、教えてきた。

「マハディ」という言葉は、イスラム教徒の胸を揺さぶる。だから、アル・カイーダが全盛期に、アラビア語で「基地」を意味する「カイーダ」を名乗っていたよりも、はるかに大きな訴求力を持っている。

マハディは、ユダヤ・キリスト教で救世主を意味する、キリストに当たる。

これまでISに全世界から、3万人以上の青年が参加したと推定されている。

私たち日本人にとっては、このような宗教的な熱狂を理解することは、難しい。

イスラム教にとって親であるユダヤ・キリスト教も、世界が終末を迎えるに当たって、救世主(キリスト)が地上に再臨(パルーシヤ)した後に、神の国がもたらされると定めている。

イエスが降臨した時に多くのユダヤ人が、イエスが人々にキリストとして、来たりつつある世界の終末が、まじかに迫っていることを伝えるために、現われたと信じた。イエスも新約聖書のなかで、しばしば「神の国は近い。悔い改めよ」と警告している。

このような信仰は、今日でもアメリカのキリスト教徒の一部で、生きている。

アメリカでは、世界の終末が迫っていると真面目に信じて、その日に備えて要塞のような堅固な家や、退避壕をつくって、武器や食糧や、燃料を備蓄している人々が少なくない。

英語で宗教は、レリジョンreligionという。ヨーロッパ諸語は同じ根から発しているが、その語源はラテン語で「束縛する」を意味する、「レリギオ」である。

日本では明治に入るまで、日本語に「宗教」という言葉が存在しなかった。

「宗教」は明治に入ってから、新しく造らねばならなかった訳語の1つである。

宗教は恐しい。それまで日本には、宗派が他宗を排斥することがなく共存したから、宗派、宗門、宗旨という言葉しかなかった。

イスラム教は、まだ1400歳の若い宗教だ。キリスト教がこの年齢だった時には、カトリック(旧教)とプロテスタント(新教)による宗教戦、異端裁判、イスラム教との戦いや、ユダヤ人虐殺に明け暮れていた。


◆杉原千畝の事績

落合 道夫



12/5から杉原領事の映画がはじまりました。しかしこの話の全体が見えないので以下まとめて見ました。

彼がビザ発行を独断でおこなったとか、戦後処罰されたというのは事実ではないと思います。

戦前リトアニアの杉原領事がポーランドのユダヤ人難民に通過ビザを給付し、ナチスの迫害から救った美談は知られている。しかし杉原夫人は日本の外務省がビザ給付に反対した、また戦後そのために解雇されたと日本政府を非難している。史実はどうだったのだろうか。

1940年7月、日本のリトアニア領事館にユダヤ人が殺到した。杉原領事は約40日間という短期間に2千通のビザを発給した。これにより幼児を含めユダヤ人2千 人以上がソ連を横断し、日本経由日本軍占領下の上海に移住できた。

しかし、これ以前にもナチスの迫害と欧米の難民上陸禁止政策を受けた欧州のユダヤ人は、各地の日本領事館からビザを入手し上海に陸路、海路により流入してい た。

当時日本軍が支那事変で占領していた上海は地球上唯一のユダヤ人の避難地だったから である。陸路では1938年多数のユダヤ人が欧州からソ連経州由で満洲国との国境駅に到達し、満洲国側に通過許可を懇願した。これに対してハルピン特務機関長樋口季一郎少将と 安江大佐は参謀総長東條英機の承認を得て、満州国通過を許可した。

このため2人は ユダヤ人を助けた恩人として彼等のゴールデンブックに記録されている。また海路で は1938年晩夏にはイタリア船、コンテボレ号で数千人のユダヤ人が上海に上陸した。これら ユダヤ難民の大量上海移住に対して、日本政府は1938.12.6の最高会議(五相会議)で ユダヤ人を公正に扱うというユダヤ人対策要綱を決定した。日本海軍はユダヤ問題担 当の海軍犬塚機関を通じて上海のユダヤ人協会と交渉し、難民救済事業はユダヤ人協会が行う こととした。

この結果上海に人口約2万人のユダヤ人居住地区(ゲットー)が形成れ、ユダヤ人1.2万人が日本軍警備地区、6千人がフランス租界、共同租界に居住した。

この居住 地区は欧州などと違い塀はなく自由に出入りできた。

しかし難民が急増し、救済金が月27万ドルに上ったので、ユダヤ人協会はこれ以上の難民受け入れを中止するように日本軍に依頼してきた。このため日本軍は1939 年8月ユダヤ難民の受け入れを停止した。フランス租界、共同租界も受け入れを停止し た。

そして約1年後に杉原の事件が起きたのである。

杉原ビザ事件の発端は1940.7に上海でユダヤ人協会の幹部が海軍の犬塚機関を訪ねたことから始まっている。彼等はドイツとソ連秘密警察によって迫害されている ポーランドのユダヤ教神学生救出のために日本通過ビザ給付の許可を懇願したのである。

日本政府が黙認することとしたので、ユダヤ人協会は直ちに現地に連絡、この結果リトア ニアの領事館にポーランドのユダヤ人が殺到したのである。驚いた杉原が外務省に問い合 わせると、外務省の給付条件は行き先の明らかな者に限るなど現在の欧州各国の難民通過 管理と変わらない常識的なものだった。

したがって日本政府が許可したから難民が突然領事館に殺到したのである。宣伝されるような日本政府が給付しないということは事件の因果関係から言ってあり得 ない。

杉原千畝はその後公使に昇格し叙勲まで受けている。まったく罰せられてなどいない。それどころか同期の出世頭だ。

また戦後1947年の外務省退職はGHQの人員整理命令によるものであり他の人も退職している。それなのに何故夫人は日本政府を非難するのだろうか。

ただし杉原千畝にはソ連諜報機関の影があった。杉原は満州でロシア語を勉強し活動し亡命ロシア人の最初の夫人と11年間も結婚生活を送っている。

ソ連、ロシア の専門家だ。テルアビブ大のベン・アミン教授は当時独ソ戦を控え厳重に警戒していたソ 連が何故杉原のビザでユダヤ人を大量通過させたのか、疑問に思っている。ビザは万能で はないのだ。

敗戦時杉原千畝と家族はブカレストでソ連軍の捕虜になったが厚遇され、たった2年で帰国した。この時期他の同胞男女70万人がシベリヤに長期抑留され虐待で7 万人もの犠牲を出していたことは誰もが知っている。これが冷戦の始まったGHQの目を引 いた事は確
かだろう。

1954年のラストロボフ事件では日本人ソ連スパイが多数検挙され外 務省の日暮信則事務官は東京検察庁の窓から飛び降り自殺している。

杉原は退職後1960年代から70年代にかけてモスクワで貿易業務に 携わっている。

ソ連KGBの厳重な管理下にあった事は言うまでもない。

ベン・アミン教授は、ビザ発給については杉原領事は職責を果たしたのであり日本政府の方針に反対したわけではない。しかしユダヤ人としては短期間に大量にビ ザを発行してくれたことには感謝していると記している。

こうした史実をゆがめるのは、外国の反日工作であろう。何でも戦前の日本が悪いという結論だ。日本人は日本悪者論に欺されてはならない。

2015年10月15日付け読売紙によると、モスクワでロシアのユダヤ人が杉原の事績について講演会を開いた。彼と働いたことのある川村秀氏は、杉原氏はユダヤ人 のビザについは何も語らず武士のような人だったという。

戦前の米英はユダヤ難民を受け入れなかった。1939年5月のセントルイス号事件では、欧州のユダヤ難民が米国に向かったが、ハル長官に上陸を拒否され、ドイツ に戻りナチスに殺された。このためユダヤ人は日本軍占領下の上海に向かったのだ。

終戦時の上海のユダヤ人の人口は2.5万人であるから杉原ビザで6千人が救出されたという意見もある。日本軍のユダヤ民族研究は1918年のシベリヤ出兵が始まりで ある。陸軍では安江仙弘大佐、海軍では犬塚惟重大佐が担当した。二人とも軍人ではある が外語学校の出身で学究肌の人である。

戦後安江大佐はソ連のシベリヤ抑留で死亡、犬塚 大佐はフィリピンで戦犯容疑を受けたが、米軍担当官がユダヤ系であることを知り、上海 でユダヤ協会から贈呈された感謝文の刻まれた銀のシガレットケースを示すと一週間で釈 放された。

ユダヤ人の恩返しである。このシガレットケースは現在イスラエルのヤッドバシェム記念館にある。

ユダヤ人は一般に弱い民族とされるが、強靱な民族である。貴族層は欧米の金融分野で有力であり、ユダヤ人の9割を占める庶民層はロシア、欧州に広がって各分 野で活躍している。

ソ連共産党の当初の最高幹部はほとんどがユダヤ人であった。ソ連ス パイにもユダヤ人が国籍を越えて多い。ただ彼等が世界を動かしていたとはいえないだろ う。実際、米英はユダヤ人避難民の受け入れを禁止していたからだ。日本は、ナチスドイツ が有能なユダヤ民族を滅ぼそうとしたのに対して、英米政府の反日敵視方針を緩和するた めに彼等の力を利用しようとした。

それは悪い事ではなく、ユダヤ人もまた日本人を利用 したのであるユダヤ人救出の動機には人道に加えて国際政治面の理由があった事は確か だろう。

なおベン・アミン先生によると、両民族は互いの能力を過大評価しているという。面白い。

<参考書紹介>:

1.「日本の強さの秘密」ベン・アミン著(日新報道)。よく整理されている。アミン教授は日本でも教鞭をとり勲2等瑞宝章を受章している親日家である

2.「ユダヤ人救済に当たった日本人」犬塚きよ子著「証言の昭和史」3巻(学研)なぜ7月下旬、ユダヤ人がリトアニアの日本領事館に突然多数出現したの か、上海の事情を述べている。著者は犬塚大佐の夫人で元読売記者。犬塚大佐は第1 次大戦中地中海で被雷した駆逐艦榊の乗員で奇跡的に生還した人である。

3.「ユダヤ問題と日本の工作」犬塚きよ子著 日本工業新聞社

4.「六千人の命のビザ」杉原幸子著 大正出版、

以上
                   (東京近代史研究所 代表)

◆ロシア人の爆買いツアーは70%も急減

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)12 月11日(金曜日)通算第4746 号 > 
 
〜ロシア人の爆買いツアーは70%も急減
  いずれ「中国人の爆買いツアー」突然死の前兆になるだろう〜


すでに昨年からその傾向は顕著だった。

原油安でロシア人の懐が凹んだことも大きな要因だが、欧州各国の対ロ制裁がじわりと響いた。

しかしロシア人の外国旅行が突然死のように冷え切った最大の理由はテロだという。

ロシア人の海外旅行の目的地は34%が西欧、それもスペイン、ギリシア、クロアチアなど比較的物価が安く、治安が安定している場所である。ついで人気が高かったのはエジプトとトルコである。

キプロスやインドのゴアもロシア人がリゾートを求めて夥しくやってくる。モスクワから直行便も乗り入れている。

激減の発端はエジプトのシャルム・エル・シェイクから飛び立ったロシア機がテロリストの仕掛けた爆弾で犠牲になった事件以来である。

ついでトルコで起きたロシア戦闘機撃墜によってロシアが発動した「旅行延期勧告」で、トルコへ行く観光ツアーは軒並みキャンセルされた。

タス通信(12月9日)に拠れば、海外旅行専門代理店は2050社から650社へと激減した。

さらに2016 年には350社が閉鎖され、残るのは300社に淘汰される打倒と悲観的予測が語られている。

このロシアの動き、明日の中国に当てはまるだろう。

既にマカオは旅客(というより博打客だが)が半減し、香港では中国から買い物ツアーが息切れ、売れ行きが不振となった。

日本でもすでにビッグカメラ、マツキヨ、コーセーの株価が失速し始めているのも、その前兆であろう。
   

◆習氏の豹変 対日秋波の思惑

中澤 克二



中国国家主席、習近平は11月30日、パリでの国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP21)の会場で首相の安倍晋三と立ち話をした。

2人の意見交換は2014年11月の北京(アジア太平洋経済協力会議=APEC=首脳会議)、15年4月のインドネシア(バンドン会議60周年記念首脳会議)以来で、時間は4分間ほどだった。

話しかけたのは安倍から。だが微妙な長さの立ち話に応じた習の言葉には、日本への秋波と、安倍へのけん制が交錯している。

「中日両国は『共通の利益』を有する。我々が引き続き良好な雰囲気を深めるのが重要で、互いに敏感(センシティブ)な問題に正しく対応し、関係を大事にしていきたい」

「2国間関係が変わってきている兆候が見られる」

けん制は、習が「敏感な問題」と口にした歴史認識などだ。一方、分析を要するのは「2国間関係の変化の兆候」と表現した秋波の方である。中国の対日姿勢は変化している。その証拠は10月以降、中国側の主導で突然、活発化した人的往来だ。

■日本の地方・経済界に照準

12年秋、沖縄県の尖閣諸島の国有化を巡って中国側は一方的に対日交流を停止した。14年11月の日中首脳会談の実現で底を打ったとはいえ、関係の修復は道半ば。不透明な状態が続いていた。

ところが習は10月中旬、外交政策を統括する国務委員の楊潔篪を突如、日本に送り、安倍と会談させた。副首相級の要人の訪日は習政権発足後、初めてだった。これを号砲に様々な交流が中国側主導で始まった。主なターゲットは日本の経済界と地方自治体だ。

中国の元副首相、曽培炎は11月中旬、中国の有力企業約50社の首脳を引き連れて訪日した。中国石油天然気集団、宝鋼集団など、習の「反腐敗運動」で血祭りにあげられていた企業も目立つ。とりわけ中国石油天然気は無期懲役になった最高指導部経験者、周永康の出身母体だ。習の裁可なしには実現不可能な特別な訪日団だった。

その少し前には、中国の大手国有銀行の中堅幹部らが突然、日本視察を命じられていた。直前まで欧米視察を想定していたのに、上からの急な指示で、まさかの隣国訪問になった。関係者は「がっかりした幹部も多かった」と苦笑いする。中国では全て上意下達である。

中国は従来と打って変わって日本からの客も丁重にもてなし始めた。11月初旬、訪中した経団連会長の榊原定征会長ら経済界代表団には首相の李克強が会った。経済界の訪中団が中国の首相と会談するのは実に6年ぶりだった。昨年まで最高指導部メンバーではない副首相の汪洋だったのと比べても豹変(ひょうへん)だ。

同じ11月の半ば、長崎県知事、中村法道は中国側の招きで北京と上海を訪問。北京では「統一戦線戦略」を担当する副首相、劉延東が会談に応じた。習政権下で副首相級が訪中した日本の県知事らに会うのは異例だった。

そこには理由があった。習は国家副主席だった2010年夏、北京で中村に会っている。習が地方幹部として17年間近くを過ごした福建省は長崎県と姉妹関係にある。鎖国時代の江戸期でも長崎・出島が窓口の対中貿易が続いた長い交流史を背景としている。

地域経済の底上げが使命の自治体トップや、高い技術力を持つ地方企業を呼び込むため、過去の人脈、縁をフル活用する手法だ。

 12月に入ると自民党幹事長の谷垣禎一らが訪中。中国共産党との日中与党交流協議会が6年ぶりに再開した。中国による対日攻勢である。

■胡耀邦、胡錦濤時代のブレーン“復活”

中国はなぜ豹変したのか。それは習の政治的な指示によるものだ。9月、ワシントンでの米中首脳会談が南シナ海の埋め立て問題を巡る中国の強硬姿勢で失敗。習は国際的な孤立を恐れ、近隣国との関係修復へ急にカジを切った。米国の同盟国で、東南アジア諸国に影響力を持つ日本も重要だった。

「中国には真の友達が少ない。皆、中国マネー目当てにすぎない。なんとかしたい」。国際派といわれる中国幹部が語った本音だ。

国際的な「友人づくり」に向けて、習が再び起用した人物がいる。83歳になった老知識人の鄭必堅。学生デモへの対処の甘さを責められて失脚した元共産党総書記、胡耀邦の政治秘書だった。

習がパリでの立ち話で安倍に説いた「共通の利益」という言葉も、鄭必堅が提起した「利益共同体」の概念そのものだ。国際協調イメージが強い鄭必堅の最近の演説は11月中旬、党機関紙、人民日報にも掲載された。習指導部のお墨付きを得ている証拠だった。

韜光養晦(とうこう・ようかい)の対外政策を継承していた胡錦濤前国家主席(左、四川大地震の記念館展示から)と胡耀邦元総書記の秘書だった鄭必堅氏(近著から)

韜光養晦(とうこう・ようかい)の対外政策を継承していた胡錦濤前国家主席(左、四川大地震の記念館展示から)と胡耀邦元総書記の秘書だった鄭必堅氏(近著から)

鄭必堅は、前国家主席、胡錦濤の時代には党幹部の養成機関、中央党校の常務副校長を務めた。2000年代前半には、国際協調に軸を置きつつ中国の国際的な役割を拡大する「平和台頭論」を提唱し、注目を集めた。

だが、軍や元国家主席、江沢民派の抵抗もあり、突然、その言葉は使われなくなった。人民日報評論員だった馬立誠らが訴えた「対日新思考」と呼ばれる日本との関係改善戦略も似た理由からお蔵入りになった。複雑な権力闘争が絡んでいた。

鄭必堅は今、10年に発足した中国政府のシンクタンク「国家創新と発展戦略研究会」(国創会)の会長を務めている。中国の実情を理解してもらう国際宣伝と、先端技術を持つ海外企業の引き込みで中国経済の質的充実を図る2つの使命を帯びる。

政経一体の総合戦略の重点は、上海・虹橋地区だ。新設した広大な国際展示場では今年から「現代科学技術創新成果展」と銘打った展示会を長期にわたって開催する。日米独など各国企業の参加を想定している。豊富な中国政府の資金が投入され、施設利用は無料としている。

中国経済が減速する中、海外の経済界を巨大市場である中国に再び引き込むことは重要だ。しかも、元国家主席、江沢民のお膝元の上海で、習が主導するプロジェクトが進むのも面白い。上海では反腐敗で江派に連なる面々の摘発が続く。新事業の結果、上海でも習の求心力が高まるのは間違いない。

■安倍首相を警戒、日本批判は制限

12年にトップに立った習は、爪を隠して力を養うケ小平以来の外交戦「韜光養晦(とうこう・ようかい)」を事実上、捨てた。当然、米国や近隣国との摩擦が激化し、危うい状況に陥った。すると方向を微修正した。

とはいえ中国は、米国と歩調を合わせ南シナ海問題に言及し続ける安倍への警戒感は隠さない。党宣伝部の管理下にある中国の公式メディアは今、安倍批判の記事掲載は一定の範囲で許されている。だが、一般の日本人社会、経済界を標的にする記事は厳しく制限されている。

習の変化は便宜上の見せかけにすぎないのか、それとも戦略的な方向修正なのか。南シナ海での中国の行動を含め、じっくり観察する必要がある。                        (敬称略)

中澤克二(なかざわ・かつじ) 1987年日本経済新聞社入社。98年から3年間、北京駐在。首相官邸キャップ、政治部次長、東日本大震災特別取材班総括デスクなど歴任。2012年から中国総局長として北京へ。現在、編集委員兼論説委員。14年度ボーン・上田記念国際記者賞受賞、2015/12/9 日本経済新聞 編集委員

採録: 松本市 久保田 康文)

2015年12月11日

◆菅官邸の明るみに出た実態

阿比留 瑠比



原発事故で情報操作 

東京電力福島第1原発の事故対応をめぐり、菅直人元首相が安倍晋三首相に損害賠償などを求める訴訟を起こし、東京地裁が請求をいずれも棄却した件では、判決で興味深い指摘がなされていた。水素爆発した1号機への海水注入に関する当時の菅官邸のあり方を、こう認定したのである。

「東京電力は、準備でき次第、海水注入を行うことを早々に決めていたが、官邸は、その後の午後6時に『真水による処理はあきらめ海水を使え』との首相指示が出されたと発表し、あたかも海水注入を渋る東京電力に対して海水を使うように原告(菅氏)が指示したと受け取ることができる情報を発信した」

「(安倍首相のメールマガジンの)海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したことについても、その重要な部分は、真実であった」


地裁が事実認定

つまり、地裁は菅官邸がメディアに対し、情報操作を行っていたと事実認定したのだ。これは政治と報道の関係を考える上で、もっと注目されるべき点だ。

東京電力福島第1原発の事故対応をめぐり、菅直人元首相が安倍晋三首相に損害賠償などを求める訴訟を起こし、東京地裁が請求をいずれも棄却した件では、判決で興味深い指摘がなされていた。水素爆発した1号機への海水注入に関する当時の菅官邸のあり方を、こう認定したのである。

「東京電力は、準備でき次第、海水注入を行うことを早々に決めていたが、官邸は、その後の午後6時に『真水による処理はあきらめ海水を使え』との首相指示が出されたと発表し、あたかも海水注入を渋る東京電力に対して海水を使うように原告(菅氏)が指示したと受け取ることができる情報を発信した」

 「(安倍首相のメールマガジンの)海水注入の実施を決定したのは原告であるとの虚偽の事実を原告の側近が新聞やテレビに流したことについても、その重要な部分は、真実であった」


混乱原因を東電に

これに対し、菅氏自身は不満たらたらで、5日付のブログ「海水注入事件の真実」では、混乱の原因を「東電の責任逃れ体質」に求め、こう記している。

「淡水がなくなった後の海水注入も東電の判断で行わる(※ママ、行わ れる?)ことには何ら問題なかった」「東電の『おもんばかり体質』が混乱を起こしたのだ」

筆者は東日本大震災時も官邸を担当しており、当時の官邸政治家や政府高官らの言動をよく覚えている。彼らは事故発生直後から、取材記者らにこんな情報を流していた。

「菅氏が渋る東電にベント(排気)をさせた」

「原子炉の廃炉を懸念して嫌がる東電に対し、菅氏が英断で海水注入させた」 どちらも事実とは異なる。東電は早くベントをしようと懸命だったし、菅氏の言動が始まっていた海水注入を止める危険があったことも後に分かった。

極限状況の中で、官邸政治家らも事故の現状を正確に把握できていなかった部分はあるにしろ、当時も「彼らは都合の悪いことは全部東電のせいにしようとしているな」と感じたことも記憶している。

こうした菅官邸による情報の誤発信や誘導については、国会や政府など各事故調査委員会の報告書でもあまり触れられておらず、判決の意味は大きい。

混乱原因を東電に

これに対し、菅氏自身は不満たらたらで、5日付のブログ「海水注入事件の真実」では、混乱の原因を「東電の責任逃れ体質」に求め、こう記している。

「淡水がなくなった後の海水注入も東電の判断で行わる(※ママ、行わ れる?)ことには何ら問題なかった」「東電の『おもんばかり体質』が混乱を起こしたのだ」

だが実際は、官邸で一部始終を目撃した関係者によると、速やかな海水注入を求める専門家らに対し、菅氏はこう怒鳴っていた。

「海水を入れると再臨界するという話があるじゃないか。君らは水素爆発はないと言っていたじゃないか。それが再臨界はないといえるのか。そのへんの整理をもう一度しろ!」

当時の東電は官邸に「指示なく勝手なことはするな」と厳命されていた。判決が、菅氏に「海水注入を中断させかねない振る舞いがあった」と指摘したように、当時の吉田昌郎所長が菅氏の意をくんだ東電本店の指示に逆らい、独断で注水を続けていなければ、事故はさらに深刻な局面を迎えていたかもしれない。

「(安倍首相は)混乱の責任をすべて私に押し付けようとしたのだ」

ブログでこう結論付けた菅氏は4日、東京高裁に控訴している。高裁審理を通じ、さらに菅官邸の実態周知が進むことを期待する。

                 (論説委員兼政治部編集委員)

◆ロシアは核兵器使用を検討

宮崎 正弘
 

<平成27年(2015)12月10日(木曜日)通算第4745号>  

 〜露土戦争が本格化した場合、ロシアは核兵器使用を検討
  クリミア戦争のかたちを想定しがちだが、NATO介入の前にけりをつけろ〜


シリア空爆作戦でトルコ上空を侵犯したロシア戦闘機をトルコが撃墜するという事件以後、トルコと露西亜関係は際立って険悪化し、おたがいに非難合戦をエスカレートさせ、経済制裁に踏み切った。

経済的にみると、密かに喝采を挙げているのは中欧と南欧諸国ではないか。

EU主要国のウクライナ問題をめぐるロシア制裁で、中欧向けのプロジェクトだった「サザン・ストリーム」をキャンセルし、ロシアは急遽、トルコルートに踏み切る決定をしたばかり。

それさえ、今回のロシア vs トルコ対立で台無しになりそうなのだから。ロシアのメディアはさかんにエルドアン大統領を攻撃し、これまで良好だった露土関係に鮮明な亀裂が入った。

もし、現在の対決状況から本格的な「露土戦争」となった場合のシナリオを提示し、その場合、西側がトルコに味方する前に、すなわちNATOの一員であるトルコは「NATO条約第五条」により、防衛協力を得られるのだから、「緒戦とNATOの組織化動員にもたついている間に、ロシアはただちに核攻撃し、トルコの軍事インフラ、工業地帯を壊滅させる方法をとるべきだ」

などとする強硬論がロシアの専門家によって語られている。

こういう物騒なことを提唱するのは軍事政治研究センターのミハイル・アレキサンドロフである。

彼はこう続ける。

「トルコ軍は強い。通常の戦闘となるとアフガニスタンでロシアはカンダハルを落とせず撤退したように、苦戦を強いられるうえ、NATOがもし団結すれば、もっと苦境に立たされる上、現時点ではロシアにとって軍事的な有利なシリアの空軍基地もトルコには近すぎて使えない」(英語版プラウダ、12月2日)。

黒海やカスピ海、あるいは地中海の潜水艦からのミサイル発射によって、戦局を有利に運べても長い泥沼に入ることは目に見えている。ともかくロシアの軍事筋では、こうしたシナリオ論議まで飛び出しているのである。
 

◆移民問題 国家安全保障の観点

池田 元彦



移民問題は人種差別問題ではない。受容れ国の文化・風俗・習慣や歴史を尊重し、その国の法令・道徳基準を遵守し、当該国の地域社会に貢献する心構えと意欲があるかどうか、そして一番重要なことは、受容れ国の国益に反する言動を弄し反政府的運動の意思の有無の問題である。

日本帰化なら皇室・国旗・国歌を素直に尊重し、同化の心があるのかどうかが第1番目に問われることだ。次に日本の歴史・伝統を尊重することだ。勿論出身国での歴史解釈等が異なっていても、帰化する以上は最低条件として、異論は個人内に留置き、公的には日本国家に忠誠を誓うべきだ。

現行の日本帰化条件は、@継続して5年以上の日本在住、A原則20歳以上(家族同伴、日本国籍者との婚姻者は緩和)、B原則的に刑法上の前科(犯罪歴)がないこと、C生計が独自で、或は家族等により営めること、D出身国の国籍を離脱すること、だ。日本語の読書きも望まれる。

中国籍から帰化した石平氏は、余りにあっけない帰化審査で拍子抜けしたとの旨述懐されたことは、有名な話だ。

本来、日本に忠誠を誓う、或は宣誓する等の儀式も、その証としての署名記録を取る審査もないというのは、反日帰化日本人を増殖させるリスクを、今日現実化しつつあるのだ。

江沢民の通訳経験がある吉林省朝鮮族で中国籍から日本人に帰化した張恵子は「外国旅行ビザが簡単に取れるので日本に帰化した」と言いつつ「帰化したが自分は中国人だ。」「参政権を取る為に帰化した」と公言する。親中反日思想の(帰化)日本人なのだ。現帰化審査は無きに等しい。

日本国憲法上、帰化日本人は日本人なので一旦帰化すれば強制(送還)退去出来ない。在住諸外国人は、刑法等で懲役又は禁錮に処せられたら1年以下の刑期であっても退去強制(追放)対象となる。しかし所謂「特別永住者」は、そもそも優遇する理由が一切ないのに、在日権益がある。

特別永住者は、@内乱・外患罪、A国交関連罪、B外国元首・使節・公館への犯罪で禁固以上の刑に処せられた者で、日本の外交上重大な利益損害を与えたもの、C無期・7年以上の懲役か禁固に処せられ、日本の国益を大きく損ねたと法務大臣が認定しなければ、国外追放は出来ない。

これは外国人間を逆差別する規定で即刻廃止し、諸外国人と同等の権利義務を課すべきだ。結論的には帰化日本人か在日諸外国人かの如何に関わらず、国益を棄損し日本社会や精神を徐々に法律改訂で破壊意図のある純粋日本人であっても、全ての反日人種は排除するしかない。

その為には、帰化審査では日本への忠誠・誓約、永住者に於いては特別永住者の特権剥奪が急務である。又通名(通称)は公的機関では昨年漸く公的に廃止されたが、一部メディアは犯罪報道で依然として通名報道をしている。帰化姓氏は出身国が判り易い、本国姓氏を原則とすべきだ。

未だ問題は残る。中韓は2010年に相次いで中国国防動員法、韓国国籍法・兵役法改正を制定した。一見国内法だが、実際には国外にいる中国人・韓国人は、日本への帰化・在日・在住如何に関わらず、有事あらば中韓各国軍隊の指揮下に入ると言う恐るべき魂胆ありの法律なのだ。

即ち日本との戦争になれば、日本国内にいる中韓出身者は帰化の有無に関係なく中韓の立場で日本攻撃に動員される。韓国に至っては本国に戻れない(本国が日本からの強制送還を拒否していた)在日ヤクザや犯罪人迄動員されることになる。

彼ら在日は、通名で今日本の防犯協会、交通安全協会、店舗や団地の自治会、PTA等に潜り込み、外国人参政権の推進を企んでいる。

◆支那から逃げ出す人民元

平井 修一



中共建国以来、支那大陸は汚染され続け、人民は金をもって逃げ出している。汚染のレベルが半端ではない。何清漣女史が11/2の論考「中国農村の惨状 帰りたくても帰れない」でこう書いている。

<2014年4月、中国政府の発表した「全国土壌汚染状況調査公報」は調査範囲の630万平方kmの土地(国土面積の3分の2)で約5000万ムー(平井:333万ヘクタール=東京ドーム70万個分)の耕地が重金属汚染を被って耕作には不適とされています。こうした土地は主に中国の長江デルタ、珠江デルタなど経済発展した地域にあります。

中国の水資源は2つの痛みを抱えています。水資源不足と水質汚染です。「2014中国環境状況公報」のデータですと、政府の控えめな見積もりでも3分の2の地下水と3分の1の地上水が人間が直接触われないという残念な結果です。

水の汚染が工業、農業、健康などにあたえる経済的損失は毎年2400億元に達します。空気汚染は毒スモッグ現象があきらかなように各地に深刻な汚染物質を含む黒い雨や赤い雨を降らせています。

汚染物質は農業用水を通じて農産物に蓄積されます。その上過度の農薬使用で中国の有機農薬は標準を20%越えております(2014年中国農業部総経済師・銭克明の明らかにしたデータ)。これは中国の農産物が国際市場で全く競争力を持たないということになります。

汚染と生産コストの上昇などの原因で中国の食料品は質が悪くかつ価格は国際市場より2、3割高いのです。もし政府の補助金と農産物の輸入制限がなければ中国の農業はとっくに崩壊していたでしょう。

農業生態系の瓦解と同様に深刻な問題は農村社会のヤクザ・ギャング化で、農村の基層組織の農村員会が基本的にヤクザに支配されるようになってしまっています。2003年に農業税がなくなってから、政府は農村における直接の資源(税収)取得をやめると同時に、農村の社会秩序への関心も放棄してしまいましたので、農村の基層組織は次第にブラックな勢力によってとってかわられました>(以上)

3億人の農民工(新工人)は失業の荒波にもまれ、そして故郷に帰っても農業ができない。都市部で日雇いのような暮らしをしているのだろう。金持ちが外国へ逃げ出すのも無理はないが、人民元も逃げ出している。

上海在の姫田小夏氏の論考「悪用多発!マネーロンダリングに使われる銀聯カード 海外への資金流出が加速、中国にとって脅威のカードに?」(JBプレス12/1)から。

<中国人の海外での“爆買い”を支えているのが、「銀聯(ぎんれん)カード」というデビットカードだ。銀聯カードの発行枚数は46億枚にも達している。中国政府は中国人の外貨の持ち出しを厳しく規制している。それにもかかわらず日本で爆買い現象が見られるのは、この便利なカードが存在するためだ。

2015年第1四半期の銀聯カードの日本国内での取扱高は、加盟店とATMを合わせて約4800億円に達する。

銀聯カードには現金引き出し機能もある。日本にいても銀行のATMを利用すれば中国の銀行口座から預金を引き出せるのである。もちろん、引き出せるのは日本円だ。人民元はその日のレートで日本円に両替される。1日に引き出せる金額の上限は1万元だ(1元=19円とすれば19万円)。

しかしこの秋、この現金引き出しをめぐり、日本でちょっとした混乱が生じた。銀聯カードを利用した現地通貨での引き出しに思いもよらない制限がかけられたのだ。

*規制の裏にはマネーロンダリング

「人民元預金が突然引き出せなくなった」

11月初旬、東京都内に住むある中国人女性は「まさかハッキングにやられたのでは」と肝を冷やした。

調べてみると、銀聯カードを使って海外で引き出せる額が制限されていることが分かった。10月1日から年末までの3カ月間、カード1枚につき最大5万元(約94万円)しか下ろせなくなっていたのだ。その中国人女性は引出枠をすでに使い切っていた。しかも、2016年からは1年の引出額の上限が10万元になるという。

「通知されたのが9月29日で、施行は10月1日から。これでは対策のとりようがない」と女性は不満をのぞかせる。

銀聯カードは中国人観光客の“爆買い”を支えてきたカードだけに、都心部では「旅行消費が冷え込むのでは」と心配する声も聞かれた。なぜ、多くの中国人観光客が日本を訪れるこの時期に、突然規制強化が行われたのか。

背景にあるのは「マネーロンダリング」(資金洗浄、以下「マネロン」)である。最近、銀聯カードを使った海外での多額の引出が急増している。これを中国国家外貨管理局が危険視し、不正所得を海外へ移転させないように動き出したのだ。

中国からの資金移転の“裏技”については、前回、当コラム(「ますます加速!中国人があの手この手で資産逃避」)でもお伝えしたが、銀聯カードもマネロンの一手段として利用されてきた。

別の中国人男性は、銀聯カードの“活用法”を次のように明かす。

「銀聯カード1枚につき1日1万元まで引き出せる。銀聯の機能は銀行カードについているから、銀行ごとにカードを発行すれば、手元に10枚や20枚の銀聯カードを持つことができる。365日、毎日引き出せば、カード1枚で年間365万元(約6860万円)。つまり、10枚のカードを持っていれば年間7億円弱、20枚なら13億円以上を引き出せることになる」

*銀聯カードを世界に広めてきたが・・・

警視庁・刑事局組織犯罪対策部の犯罪収益移転防止対策室は「犯罪による収益の移転の危険性の程度に関する評価書」(2014年12月)という報告書の中で、「訪日外国人の利便性向上の観点から、海外で発行されたカードを使って日本円を現金で引き出せる現金自動預払機の設置を促進する動き」があることを指摘している。

同報告書は名前こそ伏せているものの、「銀聯カード」が世界規模での資金移動を可能にすることを示唆している。報告書はさらにこう指摘する。「このような環境はマネーロンダリング等を企図する国内外の者に対して、マネーロンダリング等に係る様々な手段・方法を提供することとなる」

銀聯カードは中国人旅行者と受け入れ国に大きなメリットや経済効果をもたらす一方で、不正利用されかねない弱点も存在する。

人民元の国際化を狙って銀聯カードの利用を世界に広めてきた中国にとっても、今や“脅威”になっていると言ってよい。150カ国の120万台のATM機で利用可能な銀聯カードが、中国政府が最も危惧する海外への資金流出を促進しているのだ。

10月から施行された銀聯カードの現金引き出し制限は、訪日中国人の観光にはほとんど影響はないと言われている。だが、日本を含めた海外での不動産購入にはブレーキがかかるだろう>(以上)

「上に政策あれば下に対策あり」の国だから、人民は狡猾に人民元を海外に持ち出すに違いない。

ロイター12/1によると、11月30日、国際通貨基金(IMF)は理事会を開き、特別引き出し権(SDR)の構成通貨として人民元を採用することを決めた。来年10月以降、人民元には10.92%の構成比が与えられ、ドル(41.73%)、ユーロ(30.93%)に次ぐ序列第3位の国際通貨としてデビューする。

外貨準備金として人民元は買われるから当面、元高になりそうだが、中国経済は輸出不振となり、中国への直接投資も減るのではないか。一方で元高で人民の海外での消費は拡大しそうだ。つまり人民元はますます支那から逃げ出すに違いない。人民は中国産品にうんざりしているから内需は拡大しそうもない。景気は後退するばかりだろう。やがては元安が常態化しそうだ。(2015/12/8)

2015年12月10日

◆公正化は自民党の 責務である

櫻井よしこ



原子力規制委の独断は許されぬ 

わが国の原子力政策を決めるのは政府であり、原子力規制委員会ではない。だが現状は、ほとんど国民の支持を失った民主党・菅直人政権の残した規制委の独断がまかり通ろうとしているかのようだ。

国家行政組織法による第3条機関として設置された規制委は委員長の任免を天皇が認証し、公正取引委員会同様、内閣総理大臣といえども介入はできない。

強い権限を与えられた分、規制委には、「中立公正」さと運営の「透明性」が設置法によって求められている。だが、田中俊一委員長以下規制委はその法的要件を満たしているだろうか。

田中氏は11月13日、高速増殖炉「もんじゅ」の運営母体である日本原子力研究開発機構の能力を否定し、半年後に機構に代わる専門機関を探せなければもんじゅを根本的に見直せと勧告した。

高速増殖炉を扱える専門家集団は機構以外には見当たらないため、同勧告はもんじゅの廃炉にとどまらず、高速増殖炉を中核とする核燃料サイクルを完成させるというわが国の原子力政策を覆しかねない。

確かにもんじゅの評価は厳しい。約20年間動いておらず、2013(平成25)年には運転再開の準備作業も禁止された。地元の「福井新聞」による今年4月の世論調査では、3人に1人が「廃炉にすべきだ」と答えた。

国民の信頼回復も高速増殖炉の安全確保も最重要課題だ。それでも核燃料サイクルを完成させ、使用済燃料を再処理して、2500年以上にわたってエネルギーを供給するという基本的エネルギー政策を、規制委が覆すのは行き過ぎであろう。

政府は日本のエネルギー政策として、核燃料サイクルの完成を目指す基本計画を続けるのかどうか。国民への明確な意思表示が必要である。

同時に政府には規制委が設置法に基づき正しく機能しているのか否かを検証する務がある。3条委員会といえども独断専行は許されない。活断層問題で露呈したように、規制委による安全審査の在り方には、内容と手続きの両面で深刻な問題がある。

その事実に、なぜ、政府はもっと正面から向き合わないのか。

福井県の日本原電敦賀原発第2号機の安全審査で、規制委は敷地内の破砕帯を活断層だと断じた。反対の立場の専門的・科学的資料を門前払い同様に退け、まともな科学的議論がないまま断定したことに関して、敦賀市の渕上隆信市長は11月25日、公正な議論を求める意見書を規制委に提出した。

一方の意見への偏りが目立つ規制委の審査は真の安全確保にはつながらない。のみならず、科学立国としてのわが国の力をそぐことになる。

加えて規制委の審査方法は世界で最も非効率、非合理的で、遅れていること、信じ難いものがある。

欧米では検査記録はすべて電子化され、パソコンでの閲覧が可能だが、日本は必ず紙に転記して提出し、説明しなければならない。規制委が原発各社に要求する検査関連書類は概して10万ページに上るであろう。厚さ10センチのキングファイルで150冊分、積み上げると15メートル、言語を絶する量だ。

しかも、高速増殖炉に関してはより多くの書類作成が求められている。

現場の技術者や専門家に他国に例を見ない膨大な書類の山と格闘する負担を課す一方で、審査の目的や優先すべき事柄について、規制委は意思の疎通をはかっているのか。長年経緯を見詰めてきた地元の敦賀市や福井県は明らかに疑問を抱いている。

渕上市長は「(規制委の)適切な指導があれば、勧告という事態にはならなかったのではないか」と述べ、西川一誠知事も「これまでの助言に親切さが欠けている」と、いずれも規制委のコミュニケーション不足を批判した(「福井新聞」11月17日)。

対して、規制委の更田豊志規制委員長代理は「要するに手詰まりだというふうにしか聞こえない」と突き放したが、このような姿勢は妥当なのか。

私たちの眼前で進行中の、高速増殖炉という重要技術に関する規制の在り方を一例として、国際社会のそれと比較し、日本の規制がどれほど異端であるかに、政府は目を向けるべきだろう。

米国の規制では、原子炉の安全や行政手続きの透明性と公正さの確保について、規制委が判断を間違わないように複数の専門家集団が助言する。上院の環境公共事業委員会、下院のエネルギー商業委員会も規制委の監視権限を有し、過度な規制や偏向した判断を抑制する機能を、議会が果たしている。

日本では規制委の行き過ぎを、専門家も国会も抑制できていない。3条委員会を尊重することと、彼らが真に公正な立場で、高い透明性を保ちながら安全審査を行うよう、専門家および国会による助言や抑制を機能させることは両立する。否、両立させなければならない。にもかかわらず、それができていない。このことになぜ政府は心しないのか。

2030年代の原発全廃を念頭に民主党・菅政権が人選した規制委を国会承認したのは政府・自民党である。結果として、国のエネルギー政策が覆されようとしている。民主党の置きみやげである規制委の公正化を目指して、専門家委員会および国会の機能の活用に、急ぎ踏み込むのが、自民党の責務である。

産経ニュース【美しき勁き国へ】2015.12.7
                (採録:松本市 久保田 康文) 

◆安倍総理暗殺を阻止せよ:妄想韓国

MoMotarou



(ソウル=藤本欣也)靖国神社内の公衆トイレで爆発音がした事件に韓国人の男が関与した疑いがあることに関連し、韓国外務省は(12月)4日、日本在住の韓国人と訪日を予定する韓国人に対し、「靖国神社や右翼らのデモ現場に近づくことを自制するなど、身辺の安全に最大限留意するよう望む」と注意喚起した。(sankei)

                ★

やはりそうか。靖国神社公衆便所爆発「音」事件(11月23日)であります。テロリストは韓国人。北か南か在日か分かりませんが、そういうことです。マスコミは爆発「音」と言っておりますが、これは人命には関係なかったか、外交問題に発展する様子があったからでしょうか。直ちに韓国を爆撃せよ!

■犯行の幼稚さ

この事件が起きた時、瞬時に朝鮮民族系の犯行だとわかりました。

2点に注目。1点目は神社を攻撃対象としたこと。日本においては、たとえ過激派でも神社仏閣をテロの対象とした記憶が無い。ところが韓国人系は遠慮がない。最近では全国の神社仏閣に「油」を撒き散らす狂った韓国系米国人が日本で自由に徘徊しておりました。

また、ハングルの「千社札」を遠慮無く貼り付ける。地名表示をハングルで書かせたりして街の景観を汚したりする。ローマ法王が韓国の招待で出かけて行った時、ハッキリと説教の中で「(韓国は)民族的に悔い改めなければなりません」と述べました。異例です。

当時フェリー転覆事故の後でしたが、この“民族的”という表現がしっくりきませんでした。それは事故のことではなく、その通りの民族的な何かが背景にあったのでしょう。カソリックの諜報網は無視できません。

2点目は、あの民族は異常に「糞尿」に拘ること。“まともな”テロリストが靖国神社を狙うなら、本殿か大鳥居でしょう。それが“便所”の天井裏に爆弾を仕掛けた。また神社の池に排尿をしてきたのを誇るネットの書き込みもありました。書くのも憚(はばか)れるような風習が朝鮮半島にはある。

「トンスル」を検索すれば簡単です。カナダや米国が韓国製水産物を輸入禁止にしました。原因は異常な「大腸菌」が検出された事。カナダも米国もマトモな国でしたが、日本の民主党政権では、キムチなどの検査を逆に免除しました。その頃からイオンでは韓国産が増えだす。

豊臣秀吉は朝鮮征伐の時、鮮人が「糞尿」に拘る性質を知り戦術に取り入れました。

■「朝鮮人朝鮮人と云ってばかにするな」

昔、こんな発言も耳に入って来ました。当時、「学校教育」のお陰で何のことかよく分かりませんでした。近頃は納得することが多いです。差別非差別の問題ではなく「常識」の問題であります。「妄想」に付き合っている暇はありません。

この靖国爆発テロの解決を曖昧にすると、“勘違い”をして安倍総理は狙われる。日本政府は「指揮権」発動してでも、断固たる“ハッキリ・明瞭”とした態度を取れ! さもなくば「安倍総理暗殺」は有り得る。

妄想安重根はウヨウヨいる。「第2の伊藤博文暗殺」を阻止せよ!


◆私の「身辺雑記」(288)

平井 修一



■12月5日(土)、朝は室温14度、快晴。散歩どころじゃない。犬も小生もい。ともにやるべきことはやったから、もういいだろう。脳ミソ動かず。犬は17歳、小生は64歳。2人で81歳。十分だ。天が呼んでいる。

武鹿悦子作詞・小村三千三作曲「まっててね」のギャグ、

<♪まっててね まっててね かわいいメルちゃん 開けるわね国境をこわすよ すぐ来てね

まっててね まっててね 十字架法王 来たけれどなにしに来たのか知らないけれど ムスリムも好きなのね
 
まっててね まっててね、どうせお金が目当てでしょ。最後は14億が目当てでしょ。

プーチン、エルド、オランドさん 地上軍なきおにんぎょうなかよくいっしょに まっててね

まっててね それでも オバハはこないわね 欧州は マホちゃんとメルちゃんが仲良くなっておしまいね>

メルケルもヒジャブをかぶるのだろう、ノーズロのバカが欧州をぶっ壊す。欧州人はアメリカへ逃げるんだな。テロリストはどこにでもいるから危険は避けられはしないがね。欧州よりは安全だ。

■12月6日(日)、朝は室温14度、快晴、夕べは犬のトトに添い寝したが、水遣りとトイレと体位交換ぐらいだった。ところが朝に聴診器を当てると非常に弱い。あれれと思う間に心肺停止、死んじゃった。17歳と1週間だった。Nがきれいにして箱に納めてくれた。葬儀会社にも連絡してくれた。

朝はカミサンは長男の娘の七五三へ、長女一家は正月用の写真撮影へ行ったからNしかいない。Nは葬儀用の写真を手配するのに忙しい。犬の寝床(仮の棺)やマットなどを片づけ終わってから午後にハーフ散歩。

終日、片づけで慌ただしかった。犬用のマットやら毛布、枕、ベランダのトイレの掃除。仏壇の用意。

午後4時からセレモニーが始まり、7時ごろからは自宅で告別式。小生は体調不良のために留守番と料理だ。「17年間も一緒に散歩してくれてありがとう。天国ではヂイヂの父母と遊んでおくれ」と見送った。立派な骨壺で戻ってきた。

■12月7日(月)、朝は室温14度、快晴、疲れ果てて起床は9時。残りの3枚のマットを屋上で洗って干し終えたら12時。ホッとしたら涙腺ウルウル。ペットロスとはこのことか。ポタポタ涙が出そうだ。体験しないと分からないことばかりだ。世の中への関心が今はまったくなくなった。

気分転換で1時から散歩しよう。(2015/12/7)