2019年11月18日

◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回


2019年11月16日

◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回

2019年11月15日

◆萩生田氏の心優しい本質を見よ

櫻井よしこ


「朝日新聞」の萩生田光一文部科学大臣に対する批判が凄まじい。大学入
学共通テストの内、英語のテストで活用予定だった民間試験に関する発言
への批判だ。

周知のように萩生田氏は今月1日、英語の民間試験の利用を2024年度実施
に向けて延期すると発表した。歴代の文科大臣らが決定に関わり、準備が
進んでいた中での延期決定には、文科省事務局側の反対も強かったが、正
しい選択だったと思う。

朝日も2日の社説で決断は遅すぎたとしながらも、「見送りの結論は妥
当」と評価した。他方、翌日同紙の看板コラム「天声人語」は論難した。

「(萩生田氏は)裕福な家庭の子が腕試しできることを認めつつ『自分の
身の丈に合わせて、頑張ってもらえば』と述べた」「教育に格差があるの
はしかたない、そんな社会の気分を萩生田氏はグロテスクに示しただけか
もしれない」

天声人語は朝日新聞の顔と言ってよい堂々たるコラムだ。イデオロギーや
価値観の差を超えて注目されている。天声人語子は、例えば産経新聞の石
井英夫氏、毎日新聞他で名コラムを物してきた徳岡孝夫氏、また、亡く
なってしまったが「週刊新潮」の山本夏彦氏らと同様、正に日本メディア
界の大御所と位置づけられる。

普通の記者がどんなに背伸びしても「天声人語」のコラム担当になるのは
至難の業であろう。同コラムに期待されているのは、目の前の事象の表面
の薄い皮一枚を論ずることではなく、背景も歴史も心得たうえで、寸鉄人
を刺す批判、或いは本当に心をあたためてくれるような励ましを表現する
ことではないのか。左の人であれ右の人であれ、読者はそんな渋い味をコ
ラムに求めていると思う。

全体像を汲みとった内容であれば、批判であったとしても納得できるだろ
う。的を射た批判に脱帽さえするやもしれぬ。天声人語子はそんな堂々た
るコラムを書く立場にあると思うのは、私だけではあるまい。

剥き出しの敵意

そうした視点から読むと、先の萩生田批判には味わいがない。剥き出しの
敵意ばかりが突き刺さる。その表現は、天声人語子の言葉を借りればむし
ろグロテスクだった。

改めて萩生田氏の「身の丈」発言の全文を読んだ。一体この発言の何が問
題なのか、わからない。氏はたしかに「裕福な家庭の子が回数受けて、
ウォーミングアップができるみたいなことは、もしかしたらあるかもしれ
ない」と語っている。

しかしその後こう言っている。

「そこは、自分の身の丈に合わせて、2回をきちんと選んで勝負して頑
張ってもらえば。できるだけ近くに会場を作れるように今、業者や団体の
皆さんにはお願いしています」

世の中が全ての面で平等であるなどと大人は考えていない。しかし、良識
ある大人は、平等の足らざるところを何とか埋めようとし、全ての人々に
平等のチャンスを与えられる社会の構築を目指している。萩生田氏も全く
同じだ。だからこそ、氏は業者側にできるだけ近くに会場を作ってほしい
と要望している。

さらに「できるだけ負担がないようにいろいろ知恵を出していきたい」
「離島なんかはもう既に予算措置しました」と明言している。

こうした氏の発言を、貧しい家庭の子供たちに対する上からの冷たい目線
だと非難するのは間違っている。そのことは萩生田氏のこれまでの働き振
りを見れば一目瞭然であり、その背景をも含めて書くのがコラムニストで
はないだろうか。

14年4月に自民党の馳浩会長、民主党の笠浩史事務局長の形で「夜間中学
等義務教育拡充議員連盟」が発足したが、この課題にとりわけ熱心に取り
組んだのが自民党の幹事長代行となった萩生田氏だった。同件に関して自
民党政権は文科省よりも積極的な姿勢を打ち出した。

夜間高校、夜間大学に較べて公立の夜間中学はまだ少なく、貧困、親の理
解不足、引揚帰国、外国人などといった理由で修学の機会を逃し続け、義
務教育の中学教育を受けられなかった人々がわが国には存在する。

そのような人々のために、萩生田氏は同僚議員らと共に汗をかき公立夜間
中学拡充に奔走した。恵まれない国民に対する氏の目線は決して「上か
ら」でも「グロテスク」でもない。むしろ非常に心優しい。国民、とりわ
け困った立場の人々への思いの深さは、氏自身の人生と深く関わっている
のではないか。

氏は東京都八王子の普通のサラリーマンの家庭に生まれた。なぜ政治を志
したのかと問うたことがある。大学在学中から八王子市議会議員の秘書を
務めた体験に加えて、当時の八王子市が生活基盤の整備で非常に遅れてい
たことが背景にあった。

「身の丈に合った」闘い

「たとえばトイレです。水洗ではなく汲み取り式でした。周辺部に較べて
こんなに遅れている。八王子市民の生活を改善したい。そう思ったので
す」と、氏は破顔一笑した。

政界入りに必要とされる地盤・看板・鞄のいずれも氏にはなかった。それ
でも八王子市議選挙に挑み、地元の仲間の応援を受けて議席を得た。10年
間市議を務めて都議となり、すぐに衆院選に挑んだ。03年の衆院選から
ずっと国政選挙を闘ってきた。

市議から始まるこのプロセスは、二世三世議員の歩みと較べると、不利な
こと、口惜しいことが多数あって当然だ。政界で大きな力を持つ前述の三
つの要素がなくとも氏は、その都度、与えられた立場で、いわば「身の丈
に合った」闘いでベストを尽くしてきた。そのような自身の体験があるか
らこそ、生徒達を励ましたかったのではないか。残念だが、世の中は平等
ではない。大人として政治家として、自分は差別のない国造りに努力する
が、他方、皆も頑張って欲しい。なぜなら頑張ることで、必ず、道は開け
るのだから、と。天声人語子がその点を全く察していないのは驚きである。

だが、一連の朝日新聞の報道の中で、納得できた記事もある。3日の開成
中学・高等学校長、柳沢幸雄氏の言葉だった。氏はざっと以下のように
語っている。

「日本の大学入試は、入り口で厳格、出口はズルズルというところがそも
そも問題だ。国公立大であっても、各々、入試についての考えがある。そ
れぞれの大学の方針に合った、緩やかで多様な入試であっていい」

今回問題とされた経済や地域の格差について、柳沢氏は国や大学が受験生
向けの奨学金を出すことを提唱するが、それもひとつの案であろう。

24年度まで先延ばししたとはいえ、萩生田氏には英語試験の見直しをはじ
め、日本の教育の土台を担う重い責務が課せられている。身長180セン
チ、体重95キロ。かつてはこの体で100メートルを11秒3で走り、明治大学
ラグビー部にも属した。その体力と志で、萩生田氏には果敢に働き続けて
ほしい。

『週刊新潮』 2019年11月7日 日本ルネッサンス 第876回

2019年11月13日

◆文氏の横暴を止められるか 

櫻井よしこ


「 国民革命デモ、文氏の横暴を止められるか 」

韓国国民が闘っている。ソウルでは10月3日の「開天節」(韓国の建国記
念日)に続いて、9日の「ハングルの日」にも文在寅大統領の内外政策す
べてに反対する大規模デモが行われた。25日夜から26日にかけても国民各
層が集結し文政権打倒を叫んだ。

彼らの要求は、娘の不正入学をはじめ数々のスキャンダルを抱える曹国氏
の法務大臣辞任から文政権打倒へと一段と強まった。多くの国民が、曹氏
辞任だけでは文政権の悪事は終わらない、文政権の狙いは韓国という国
家、その価値観の粉砕だと、ようやく気付いたのだ。

韓国デモのこの質的変化は、デモをする人々がつい先頃まで「保守派デ
モ」と自称していたのが、「国民革命」と呼び始めたことにも表れてい
る。韓国言論界の重鎮、趙甲濟氏はこう説明する。

「文政権などの左翼勢力は『民族』や『民衆』という言葉を使って大韓民
国を否定してきました。韓国は自由と民主主義を国是としています。なの
に、種々の制度を変えてそうした価値観を抹殺しようとするのは憲法違反
です。国が憲法を守らないなら、主権者の国民が立ち上がり憲法を守る。
それが国民革命の意味です」

趙氏らの国民革命には反日スローガンはひとつもない。朝鮮問題専門家の
西岡力氏はこれを、理不尽な反日主義から脱け出した「自由と全体主義の
戦い」だと言い切った(「言論テレビ」10月25日)。

周知のように曹氏は法相就任から35日で辞任した。多くのメディアが保守
派デモ、国民の厳しい批判、検察に追い詰められた末の辞任だと分析し
た。だが真の理由は他にあるのではないか。

辞任に当たって曹氏は「私は自らに課せられた役割を果たした」と語っ
た。彼が果たしたと主張する「役割」とは、辞任表明の3時間前に発表し
た「検察改革」を含めて、長年構想を練ってきた左翼革命実現の道筋をつ
けたということであろう。曹氏や文大統領のいう検察改革の本質は、曹氏
が発案した「政治検察」、韓国型ゲシュタポの創設である。

逮捕は時間の問題

今年4月末に遡る。文政権はこのとき「高位公職者犯罪捜査処」(公捜
処)の設置法案を「迅速処理案件」に指定した。日本にはないこの制度
は、迅速処理案件に指定された法案は提出後330日が経過すれば必ず採決
すべしという制度だ。仮に法案審議の委員会が抵抗して審議が進まなくて
も、議長権限で委員会の頭越しに本会議で採決が出来る。

迅速処理案件に指定された「公捜処」設置法案は、捜査、逮捕、起訴など
の権限を検察から取り上げ、大統領直属の公捜処に移すというものだ。公
捜処のトップは大統領が直接任命するため、大統領権限が異常に強大化す
る。政治検察と呼ばれるゆえんである。捜査対象となるのは高位公職者約
6000人で、法案には以下のように詳述されている。

「大統領、国会議長と国会議員、大法院長と大法官(最高裁判所長官と最
高裁判事)、憲法裁判所長と憲法裁判官……」

その他にも高位の軍人、高位の警察官など国家の政策決定や秩序維持に携
わるあらゆる分野の高位者が対象とされている。大統領は捜査対象の一番
手に明記されているが、公捜処長官は大統領が任命するため、事実上大統
領は捜査対象にはならない。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪
熒氏が指摘した。

「公捜処の捜査対象者は6000人ですが、うち5000人が判事と検事です。法
案をよく読んで下さい。さまざまな公職者には、たとえば『政務職以上』
とか、『特別市長』とか『警務官以上』などと条件がついています。他
方、司法に携わる者については『判事と検事』だけ、即ち、全員です。司
法権限は起訴権も含めて公捜処が全ておさえる。まさに司法クーデターです」

同法案成立を文政権が異常に急いでいる。公捜処設置法案が4月末に国会
に提出され迅速処理案件に指定されたことは前述したが、当時の様子を西
岡氏が語った。

「迅速処理案件に押し込もうとする文氏の与党に、野党第一党の自由韓国
党が反対して議場は激しい殴り合いの修羅場になりました。暴力沙汰で
やっと通したのです。そしていま、天皇陛下(現上皇陛下)の謝罪を求め
たあの国会議長の文喜相氏が330日でなく180日で採決できると言い始めま
した。法律のどこにもそんなことは一言も書かれていません。法的根拠の
全くない超法規的手法です」

文大統領一派の主張する180日目が10月28日だ。従って本稿が皆さんの目
に触れる頃、或いは公捜処設置法案は可決成立しているやもしれない。こ
のように無法を承知でごり押しする背景に曹氏を巡る深い闇があるとの見
方がある。曹氏の妻は10月24日に逮捕された。このまま捜査が続けば曹氏
の逮捕は時間の問題だ。その場合、どのような闇が暴かれるのか。

北朝鮮の麻薬スキャンダル

前述のように曹氏は公捜処を立案した人物だ。韓国を左翼独裁革命で潰そ
うと考えている点で、大統領の文氏とは同志である。思想が同じで、甘い
マスクで国民に人気のある(あった)曹氏を、文氏が後継者に考えていた
のは間違いないだろう。

曹氏を政治家にするには一定の資金が必要だ。曹氏が多額の資金をファン
ドに投資していることは判明済みだが、そのファンドの投資先にソウル市
が大規模発注をしているのである。これは政権全体による闇の政治資金作
りなのではないかとの疑惑が指摘されるゆえんである。

疑惑はまだある。2017年5月、文氏は曹氏を民情首席秘書官に任命した。
検察などの法務行政全体を監督するこの地位には検察出身者が就くのが通
例で、曹氏のような学界出身者の起用は異例だった。

洪氏は、曹氏が民情首席秘書官を務めた2年余りの間に北朝鮮の麻薬に関
する巨大スキャンダルを隠蔽した疑いも浮上していると指摘する。

捜査が進めば、一連の疑惑が文政権の致命傷となりかねない。そのような
事態を防ぐために文政権が公捜処設置法成立を急いでいる可能性もある。

それにしてもこの後ろめたい法案を韓国国会は通すのか。韓国は一院制で
300議席、3名欠員で現状勢力は297、法案可決には過半数の149が必要だ。
文氏の与党「ともに民主党」は128で、与党系無所属の1人を加えて129、
過半数に20議席不足だ。第一野党の「自由韓国党」以外の少数党は左翼政
党で、彼らが文政権に協力すれば公捜処設置法案は可決される。

一方で、国民革命デモは間違いなく勢いを増しつつある。国民革命の前で
左翼政党は文政権に肩入れできるのか。国民は勝てるのか。韓国はまさに
ぎりぎりの戦いの中にある。

『週刊新潮』 2019年11月7日号 日本ルネッサンス 第875号

2019年11月09日

◆国民革命デモ、文氏の横暴を止められるか

櫻井よしこ


韓国国民が闘っている。ソウルでは10月3日の「開天節」(韓国の建国記
念日)に続いて、9日の「ハングルの日」にも文在寅大統領の内外政策す
べてに反対する大規模デモが行われた。25日夜から26日にかけても国民各
層が集結し文政権打倒を叫んだ。

彼らの要求は、娘の不正入学をはじめ数々のスキャンダルを抱える曹国氏
の法務大臣辞任から文政権打倒へと一段と強まった。多くの国民が、曹氏
辞任だけでは文政権の悪事は終わらない、文政権の狙いは韓国という国
家、その価値観の粉砕だと、ようやく気付いたのだ。

韓国デモのこの質的変化は、デモをする人々がつい先頃まで「保守派デ
モ」と自称していたのが、「国民革命」と呼び始めたことにも表れてい
る。韓国言論界の重鎮、趙甲濟氏はこう説明する。

「文政権などの左翼勢力は『民族』や『民衆』という言葉を使って大韓民
国を否定してきました。韓国は自由と民主主義を国是としています。なの
に、種々の制度を変えてそうした価値観を抹殺しようとするのは憲法違反
です。国が憲法を守らないなら、主権者の国民が立ち上がり憲法を守る。
それが国民革命の意味です」

趙氏らの国民革命には反日スローガンはひとつもない。朝鮮問題専門家の
西岡力氏はこれを、理不尽な反日主義から脱け出した「自由と全体主義の
戦い」だと言い切った(「言論テレビ」10月25日)。

周知のように曹氏は法相就任から35日で辞任した。多くのメディアが保守
派デモ、国民の厳しい批判、検察に追い詰められた末の辞任だと分析し
た。だが真の理由は他にあるのではないか。

辞任に当たって曹氏は「私は自らに課せられた役割を果たした」と語っ
た。彼が果たしたと主張する「役割」とは、辞任表明の3時間前に発表し
た「検察改革」を含めて、長年構想を練ってきた左翼革命実現の道筋をつ
けたということであろう。曹氏や文大統領のいう検察改革の本質は、曹氏
が発案した「政治検察」、韓国型ゲシュタポの創設である。

逮捕は時間の問題

今年4月末に遡る。文政権はこのとき「高位公職者犯罪捜査処」(公捜
処)の設置法案を「迅速処理案件」に指定した。日本にはないこの制度
は、迅速処理案件に指定された法案は提出後330日が経過すれば必ず採決
すべしという制度だ。仮に法案審議の委員会が抵抗して審議が進まなくて
も、議長権限で委員会の頭越しに本会議で採決が出来る。

迅速処理案件に指定された「公捜処」設置法案は、捜査、逮捕、起訴など
の権限を検察から取り上げ、大統領直属の公捜処に移すというものだ。公
捜処のトップは大統領が直接任命するため、大統領権限が異常に強大化す
る。政治検察と呼ばれるゆえんである。捜査対象となるのは高位公職者約
6000人で、法案には以下のように詳述されている。

「大統領、国会議長と国会議員、大法院長と大法官(最高裁判所長官と最
高裁判事)、憲法裁判所長と憲法裁判官……」

その他にも高位の軍人、高位の警察官など国家の政策決定や秩序維持に携
わるあらゆる分野の高位者が対象とされている。大統領は捜査対象の一番
手に明記されているが、公捜処長官は大統領が任命するため、事実上大統
領は捜査対象にはならない。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪
熒氏が指摘した。

「公捜処の捜査対象者は6000人ですが、うち5000人が判事と検事です。法
案をよく読んで下さい。さまざまな公職者には、たとえば『政務職以上』
とか、『特別市長』とか『警務官以上』などと条件がついています。他
方、司法に携わる者については『判事と検事』だけ、即ち、全員です。司
法権限は起訴権も含めて公捜処が全ておさえる。まさに司法クーデターです」

同法案成立を文政権が異常に急いでいる。公捜処設置法案が4月末に国会
に提出され迅速処理案件に指定されたことは前述したが、当時の様子を西
岡氏が語った。

「迅速処理案件に押し込もうとする文氏の与党に、野党第一党の自由韓国
党が反対して議場は激しい殴り合いの修羅場になりました。暴力沙汰で
やっと通したのです。そしていま、天皇陛下(現上皇陛下)の謝罪を求め
たあの国会議長の文喜相氏が330日でなく180日で採決できると言い始めま
した。法律のどこにもそんなことは一言も書かれていません。法的根拠の
全くない超法規的手法です」

文大統領一派の主張する180日目が10月28日だ。従って本稿が皆さんの目
に触れる頃、或いは公捜処設置法案は可決成立しているやもしれない。こ
のように無法を承知でごり押しする背景に曹氏を巡る深い闇があるとの見
方がある。曹氏の妻は10月24日に逮捕された。このまま捜査が続けば曹氏
の逮捕は時間の問題だ。その場合、どのような闇が暴かれるのか。

北朝鮮の麻薬スキャンダル

前述のように曹氏は公捜処を立案した人物だ。韓国を左翼独裁革命で潰そ
うと考えている点で、大統領の文氏とは同志である。思想が同じで、甘い
マスクで国民に人気のある(あった)曹氏を、文氏が後継者に考えていた
のは間違いないだろう。

曹氏を政治家にするには一定の資金が必要だ。曹氏が多額の資金をファン
ドに投資していることは判明済みだが、そのファンドの投資先にソウル市
が大規模発注をしているのである。これは政権全体による闇の政治資金作
りなのではないかとの疑惑が指摘されるゆえんである。

疑惑はまだある。2017年5月、文氏は曹氏を民情首席秘書官に任命した。
検察などの法務行政全体を監督するこの地位には検察出身者が就くのが通
例で、曹氏のような学界出身者の起用は異例だった。

洪氏は、曹氏が民情首席秘書官を務めた2年余りの間に北朝鮮の麻薬に関
する巨大スキャンダルを隠蔽した疑いも浮上していると指摘する。

捜査が進めば、一連の疑惑が文政権の致命傷となりかねない。そのような
事態を防ぐために文政権が公捜処設置法成立を急いでいる可能性もある。

それにしてもこの後ろめたい法案を韓国国会は通すのか。韓国は一院制で
300議席、3名欠員で現状勢力は297、法案可決には過半数の149が必要だ。
文氏の与党「ともに民主党」は128で、与党系無所属の1人を加えて129、
過半数に20議席不足だ。第一野党の「自由韓国党」以外の少数党は左翼政
党で、彼らが文政権に協力すれば公捜処設置法案は可決される。

一方で、国民革命デモは間違いなく勢いを増しつつある。国民革命の前で
左翼政党は文政権に肩入れできるのか。国民は勝てるのか。韓国はまさに
ぎりぎりの戦いの中にある。

『週刊新潮』 2019年11月7日号 日本ルネッサンス 第875号

2019年11月08日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。
『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月30日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪?氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが?国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も?氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光?牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏と?氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る?氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。?氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月29日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月28日

◆再考すべき「習主席」の国賓待遇

櫻井よしこ


いま香港で「香港に栄光あれ」という歌が歌われている。合唱者も楽器奏
者も全員が黒装束に黒マスクだ。

「なぜ涙が止まらないの なぜ怒りに震えるの 頭をあげ沈黙を破り叫べ
 自由よここに舞い戻れ(後略)」

彼らは「自由で輝く香港」を取り戻すために、歌い続ける。

6月9日に香港住民750万の内100万人が逃亡犯条例の改悪反対のデモをし
て、それから4か月がすぎた。それでも香港人の抵抗は鎮まらない。香港
人と、香港行政府・北京政府との戦いは逆により本質的な対立へと激化し
つつある。

デモをする人々の要求は、当初、逃亡犯条例の完全撤回だった。それが香
港行政長官・林鄭月娥氏の辞任要求になり、いまでは中国共産党及び国家
主席習近平批判へと質的に変化している。

林鄭氏の指示や決定はすべて北京政府の意向を反映したもので、それを時
系列で追うと、この先に彼らが何を考えているかが透けて見える。

中華人民共和国建国70周年の祝賀行事に向けて、北京政府の準備が進んで
いた9月29日、香港警察はいきなり140人の若者を拘束した。香港政府によ
る逮捕、拘留者はすでに1000人を超える。逮捕者リストには、逮捕された
人々の年齢として「14歳、15歳、16歳」という記述が続き、その横に「学
生」「女学生」などと書かれている。如何に多くの若者たちが戦っている
か、胸を衝かれる思いだ。

多くの若者が逮捕された翌30日、香港行政府は警官の武器使用基準を緩和
した。毎年香港では10月1日の中国建国記念日に反中デモが行われる。6月
以来の抵抗運動が続く中、今年は大規模なデモが予想されていた。香港行
政府はそれに合わせて武器使用基準を緩和したのだ。

10月1日、早速武器は使用された。4か所で警官が実弾を込めた銃を発砲
し、16歳の高校2年生が重傷を負った。幸い少年は命を取りとめたが、実
弾攻撃から予想されるのは限りなく暗い香港の未来だ。

強硬姿勢は全方位

北京政府による建国70周年の祝賀行事は習氏の教条主義的政治姿勢が確認
された場だった。氏は中国共産党の揺るぎない指導体制に固執し、毛沢東
の強権政治を真似て戦い続ける姿勢を明らかにした。

習氏が天安門楼上から軍事パレードを観閲する中、儀仗隊が真っ先に掲げ
て行進したのが中国共産党の党旗だった。中国国旗が先頭に掲げられ、軍
旗と党旗が続くこれまでの形が変更されていた。習氏の共産党至上主義の
表れであろう。氏はパレードに先立つ演説でこう語った。

「いかなる勢力も中国人民と中華民族の前進を阻止できない」「それには
中国共産党による指導の堅持が必要だ」と。

行政も司法も立法も共産党の指導下にある中国で、共産党総書記の習氏は
全権力を掌握する。氏は党中央軍事委員会主席として世界第二の人民解放
軍(PLA)の掌握者でもある。

氏の軍重視、力による支配権の確立への思い入れは歴代主席の中でも際
立っている。今年7月に発表された国防白書で、習政権下のPLAは極め
て戦闘的な姿勢を打ち出した。

米国を「世界の安定を損ねる国」と名指しし、「戦闘を準備する」と明記
した。同記述の背景に米国をも凌ごうという最新兵器があり、過日の軍事
パレードでも堂々と披露された。

また、「台湾独立勢力」は許さない、戦って阻止するとの趣旨で4度も触
れている。わが国の尖閣諸島を「中国固有の領土」と断じ、「法に基づい
て国家主権を行使する」と敵対意識も打ち出した。

強硬姿勢は全方位だ。香港も例外ではない。それが表れたのが、10月4
日、約50年ぶりに発動された緊急法であろう。議会の決議も承認もなしに
行政長官に絶大な権限を与えて香港を取り締まる法律である。緊急法に基
づいて林鄭氏は覆面禁止法を翌5日施行した。デモ参加に当たってマスク
の着用を禁ずるというものだ。

香港人は直ちに反撃した。より多くの人々がマスクをつけ始めた。「上に
政策あれば、下に対策あり」で、彼らはマスクに代わる「新しい髪型」や
「化粧」を持ち出した。10月11日の「言論テレビ」で映像を紹介したのだ
が、若い女性達は長く美しい髪を三つ編みにして前の方にもっていき、目
と鼻と口を残して顔全体を編んだ髪で覆う離れ技を披露した。男性達は京
劇風の化粧をした。

だが林鄭氏は意に介さないだろう。緊急法に基づいて、次々に新しい締め
つけ、たとえば夜間外出禁止法、インターネット接続禁止法を施行し、11
月の香港区議会議員選挙を中止することなどが考えられる。さらに林鄭氏
は8日、「状況が悪化すれば、中央政府への支援要請の選択肢も排除でき
ない」と語り、北京政府とPLAの介入もあり得ると表明した。

異常な国

そうした中、香港では自由選挙の要求、共産党及び習近平批判が溢れ始め
た。覆面禁止法制定時には、香港臨時政府樹立宣言がインターネット上で
出回った。だが、これは北京政府に介入の口実を与えかねず、香港問題は
完全に別の性質を帯び始めている。

香港は極限に近づいている。米国議会は新疆ウイグル自治区のウイグル人
弾圧と共に香港問題に厳しい目を向けているが、かといって、国際社会に
は中国政府とわたり合って香港を助ける勢力は見当たらない。

香港中文大学の9月の調査で、香港人の42%が移住を考え始め、内4分の1
が具体的に準備中であることが判明した。蔡英文台湾総統は香港人受け入
れを表明し、6〜8月で1030人が台湾移住の手続きをした。

こうした状況下で日本国政府は来年春、習氏を国賓として迎えようとして
いる。国賓となれば天皇、皇后両陛下は心からあたたかくお迎えして下さ
るだろう。だが、習氏はウイグル人弾圧と虐殺、香港への力ずくの支配を
実行中の人物だ。わが国の尖閣諸島海域に常時中国艦船を不法に侵入させ
ている張本人だ。中国がわが国最大の貿易相手国で、経済的に大事な存在
であっても、力を恃んでやまない中国共産党の支配者を国賓として迎え、
晩餐会で共に盃を上げるのか。そのような日本を、国際社会は異常な国と
見做すのではないか。国際社会の視線以前に、習氏の国賓待遇は国民感情
にそぐわないだろう。

安倍晋三首相はなぜ習氏の国賓待遇での来日に傾いているのか。国際社会
を広く見渡す首相の視点の確かさを思うとき、理解し難い。或いは外務省
が正しい情報を入れていないのではないかとさえ疑う。国賓招待は6月の
ことだった。その後、香港問題が激化し事情は変わった。招待の再考を中
国側に提案してこその日本外交であろう。

『週刊新潮』 2019年10月24日号 日本ルネッサンス 第873回

2019年10月26日

◆再考すべき「習主席」への国賓待遇

櫻井よしこ


いま香港で「香港に栄光あれ」という歌が歌われている。合唱者も楽器奏
者も全員が黒装束に黒マスクだ。

「なぜ涙が止まらないの なぜ怒りに震えるの 頭をあげ沈黙を破り叫べ
 自由よここに舞い戻れ(後略)」

彼らは「自由で輝く香港」を取り戻すために、歌い続ける。

6月9日に香港住民750万の内100万人が逃亡犯条例の改悪反対のデモをし
て、それから4か月がすぎた。それでも香港人の抵抗は鎮まらない。香港
人と、香港行政府・北京政府との戦いは逆により本質的な対立へと激化し
つつある。

デモをする人々の要求は、当初、逃亡犯条例の完全撤回だった。それが香
港行政長官・林鄭月娥氏の辞任要求になり、いまでは中国共産党及び国家
主席習近平批判へと質的に変化している。

林鄭氏の指示や決定はすべて北京政府の意向を反映したもので、それを時
系列で追うと、この先に彼らが何を考えているかが透けて見える。

中華人民共和国建国70周年の祝賀行事に向けて、北京政府の準備が進んで
いた9月29日、香港警察はいきなり140人の若者を拘束した。香港政府によ
る逮捕、拘留者はすでに1000人を超える。逮捕者リストには、逮捕された
人々の年齢として「14歳、15歳、16歳」という記述が続き、その横に「学
生」「女学生」などと書かれている。如何に多くの若者たちが戦っている
か、胸を衝かれる思いだ。

多くの若者が逮捕された翌30日、香港行政府は警官の武器使用基準を緩和
した。毎年香港では10月1日の中国建国記念日に反中デモが行われる。6月
以来の抵抗運動が続く中、今年は大規模なデモが予想されていた。香港行
政府はそれに合わせて武器使用基準を緩和したのだ。

10月1日、早速武器は使用された。4か所で警官が実弾を込めた銃を発砲
し、16歳の高校2年生が重傷を負った。幸い少年は命を取りとめたが、実
弾攻撃から予想されるのは限りなく暗い香港の未来だ。

強硬姿勢は全方位

北京政府による建国70周年の祝賀行事は習氏の教条主義的政治姿勢が確認
された場だった。氏は中国共産党の揺るぎない指導体制に固執し、毛沢東
の強権政治を真似て戦い続ける姿勢を明らかにした。

習氏が天安門楼上から軍事パレードを観閲する中、儀仗隊が真っ先に掲げ
て行進したのが中国共産党の党旗だった。中国国旗が先頭に掲げられ、軍
旗と党旗が続くこれまでの形が変更されていた。習氏の共産党至上主義の
表れであろう。氏はパレードに先立つ演説でこう語った。

「いかなる勢力も中国人民と中華民族の前進を阻止できない」「それには
中国共産党による指導の堅持が必要だ」と。

行政も司法も立法も共産党の指導下にある中国で、共産党総書記の習氏は
全権力を掌握する。氏は党中央軍事委員会主席として世界第二の人民解放
軍(PLA)の掌握者でもある。

氏の軍重視、力による支配権の確立への思い入れは歴代主席の中でも際
立っている。今年7月に発表された国防白書で、習政権下のPLAは極め
て戦闘的な姿勢を打ち出した。

米国を「世界の安定を損ねる国」と名指しし、「戦闘を準備する」と明記
した。同記述の背景に米国をも凌ごうという最新兵器があり、過日の軍事
パレードでも堂々と披露された。

また、「台湾独立勢力」は許さない、戦って阻止するとの趣旨で4度も触
れている。わが国の尖閣諸島を「中国固有の領土」と断じ、「法に基づい
て国家主権を行使する」と敵対意識も打ち出した。

強硬姿勢は全方位だ。香港も例外ではない。それが表れたのが、10月4
日、約50年ぶりに発動された緊急法であろう。議会の決議も承認もなしに
行政長官に絶大な権限を与えて香港を取り締まる法律である。緊急法に基
づいて林鄭氏は覆面禁止法を翌5日施行した。デモ参加に当たってマスク
の着用を禁ずるというものだ。

香港人は直ちに反撃した。より多くの人々がマスクをつけ始めた。「上に
政策あれば、下に対策あり」で、彼らはマスクに代わる「新しい髪型」や
「化粧」を持ち出した。10月11日の「言論テレビ」で映像を紹介したのだ
が、若い女性達は長く美しい髪を三つ編みにして前の方にもっていき、目
と鼻と口を残して顔全体を編んだ髪で覆う離れ技を披露した。男性達は京
劇風の化粧をした。

だが林鄭氏は意に介さないだろう。緊急法に基づいて、次々に新しい締め
つけ、たとえば夜間外出禁止法、インターネット接続禁止法を施行し、11
月の香港区議会議員選挙を中止することなどが考えられる。さらに林鄭氏
は8日、「状況が悪化すれば、中央政府への支援要請の選択肢も排除でき
ない」と語り、北京政府とPLAの介入もあり得ると表明した。

異常な国

そうした中、香港では自由選挙の要求、共産党及び習近平批判が溢れ始め
た。覆面禁止法制定時には、香港臨時政府樹立宣言がインターネット上で
出回った。だが、これは北京政府に介入の口実を与えかねず、香港問題は
完全に別の性質を帯び始めている。

香港は極限に近づいている。米国議会は新疆ウイグル自治区のウイグル人
弾圧と共に香港問題に厳しい目を向けているが、かといって、国際社会に
は中国政府とわたり合って香港を助ける勢力は見当たらない。

香港中文大学の9月の調査で、香港人の42%が移住を考え始め、内4分の1
が具体的に準備中であることが判明した。蔡英文台湾総統は香港人受け入
れを表明し、6〜8月で1030人が台湾移住の手続きをした。

こうした状況下で日本国政府は来年春、習氏を国賓として迎えようとして
いる。国賓となれば天皇、皇后両陛下は心からあたたかくお迎えして下さ
るだろう。だが、習氏はウイグル人弾圧と虐殺、香港への力ずくの支配を
実行中の人物だ。わが国の尖閣諸島海域に常時中国艦船を不法に侵入させ
ている張本人だ。中国がわが国最大の貿易相手国で、経済的に大事な存在
であっても、力を恃んでやまない中国共産党の支配者を国賓として迎え、
晩餐会で共に盃を上げるのか。そのような日本を、国際社会は異常な国と
見做すのではないか。国際社会の視線以前に、習氏の国賓待遇は国民感情
にそぐわないだろう。

安倍晋三首相はなぜ習氏の国賓待遇での来日に傾いているのか。国際社会
を広く見渡す首相の視点の確かさを思うとき、理解し難い。或いは外務省
が正しい情報を入れていないのではないかとさえ疑う。国賓招待は6月の
ことだった。その後、香港問題が激化し事情は変わった。招待の再考を中
国側に提案してこその日本外交であろう。

『週刊新潮』 2019年10月24日 日本ルネッサンス 第873回

2019年10月25日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月24日

◆再考すべき「習主席」への国賓待遇

櫻井よしこ


いま香港で「香港に栄光あれ」という歌が歌われている。合唱者も楽器奏
者も全員が黒装束に黒マスクだ。

「なぜ涙が止まらないの なぜ怒りに震えるの 頭をあげ沈黙を破り叫べ
 自由よここに舞い戻れ(後略)」

彼らは「自由で輝く香港」を取り戻すために、歌い続ける。

6月9日に香港住民750万の内100万人が逃亡犯条例の改悪反対のデモをし
て、それから4か月がすぎた。それでも香港人の抵抗は鎮まらない。香港
人と、香港行政府・北京政府との戦いは逆により本質的な対立へと激化し
つつある。

デモをする人々の要求は、当初、逃亡犯条例の完全撤回だった。それが香
港行政長官・林鄭月娥氏の辞任要求になり、いまでは中国共産党及び国家
主席習近平批判へと質的に変化している。

林鄭氏の指示や決定はすべて北京政府の意向を反映したもので、それを時
系列で追うと、この先に彼らが何を考えているかが透けて見える。

中華人民共和国建国70周年の祝賀行事に向けて、北京政府の準備が進んで
いた9月29日、香港警察はいきなり140人の若者を拘束した。香港政府によ
る逮捕、拘留者はすでに1000人を超える。逮捕者リストには、逮捕された
人々の年齢として「14歳、15歳、16歳」という記述が続き、その横に「学
生」「女学生」などと書かれている。如何に多くの若者たちが戦っている
か、胸を衝かれる思いだ。

多くの若者が逮捕された翌30日、香港行政府は警官の武器使用基準を緩和
した。毎年香港では10月1日の中国建国記念日に反中デモが行われる。6月
以来の抵抗運動が続く中、今年は大規模なデモが予想されていた。香港行
政府はそれに合わせて武器使用基準を緩和したのだ。

10月1日、早速武器は使用された。4か所で警官が実弾を込めた銃を発砲
し、16歳の高校2年生が重傷を負った。幸い少年は命を取りとめたが、実
弾攻撃から予想されるのは限りなく暗い香港の未来だ。

強硬姿勢は全方位

北京政府による建国70周年の祝賀行事は習氏の教条主義的政治姿勢が確認
された場だった。氏は中国共産党の揺るぎない指導体制に固執し、毛沢東
の強権政治を真似て戦い続ける姿勢を明らかにした。

習氏が天安門楼上から軍事パレードを観閲する中、儀仗隊が真っ先に掲げ
て行進したのが中国共産党の党旗だった。中国国旗が先頭に掲げられ、軍
旗と党旗が続くこれまでの形が変更されていた。習氏の共産党至上主義の
表れであろう。氏はパレードに先立つ演説でこう語った。

「いかなる勢力も中国人民と中華民族の前進を阻止できない」「それには
中国共産党による指導の堅持が必要だ」と。

行政も司法も立法も共産党の指導下にある中国で、共産党総書記の習氏は
全権力を掌握する。氏は党中央軍事委員会主席として世界第二の人民解放
軍(PLA)の掌握者でもある。

氏の軍重視、力による支配権の確立への思い入れは歴代主席の中でも際
立っている。今年7月に発表された国防白書で、習政権下のPLAは極め
て戦闘的な姿勢を打ち出した。

米国を「世界の安定を損ねる国」と名指しし、「戦闘を準備する」と明記
した。同記述の背景に米国をも凌ごうという最新兵器があり、過日の軍事
パレードでも堂々と披露された。

また、「台湾独立勢力」は許さない、戦って阻止するとの趣旨で4度も触
れている。わが国の尖閣諸島を「中国固有の領土」と断じ、「法に基づい
て国家主権を行使する」と敵対意識も打ち出した。

強硬姿勢は全方位だ。香港も例外ではない。それが表れたのが、10月4
日、約50年ぶりに発動された緊急法であろう。議会の決議も承認もなしに
行政長官に絶大な権限を与えて香港を取り締まる法律である。緊急法に基
づいて林鄭氏は覆面禁止法を翌5日施行した。デモ参加に当たってマスク
の着用を禁ずるというものだ。

香港人は直ちに反撃した。より多くの人々がマスクをつけ始めた。「上に
政策あれば、下に対策あり」で、彼らはマスクに代わる「新しい髪型」や
「化粧」を持ち出した。10月11日の「言論テレビ」で映像を紹介したのだ
が、若い女性達は長く美しい髪を三つ編みにして前の方にもっていき、目
と鼻と口を残して顔全体を編んだ髪で覆う離れ技を披露した。男性達は京
劇風の化粧をした。

だが林鄭氏は意に介さないだろう。緊急法に基づいて、次々に新しい締め
つけ、たとえば夜間外出禁止法、インターネット接続禁止法を施行し、11
月の香港区議会議員選挙を中止することなどが考えられる。さらに林鄭氏
は8日、「状況が悪化すれば、中央政府への支援要請の選択肢も排除でき
ない」と語り、北京政府とPLAの介入もあり得ると表明した。

異常な国

そうした中、香港では自由選挙の要求、共産党及び習近平批判が溢れ始め
た。覆面禁止法制定時には、香港臨時政府樹立宣言がインターネット上で
出回った。だが、これは北京政府に介入の口実を与えかねず、香港問題は
完全に別の性質を帯び始めている。

香港は極限に近づいている。米国議会は新疆ウイグル自治区のウイグル人
弾圧と共に香港問題に厳しい目を向けているが、かといって、国際社会に
は中国政府とわたり合って香港を助ける勢力は見当たらない。

香港中文大学の9月の調査で、香港人の42%が移住を考え始め、内4分の1
が具体的に準備中であることが判明した。蔡英文台湾総統は香港人受け入
れを表明し、6〜8月で1030人が台湾移住の手続きをした。

こうした状況下で日本国政府は来年春、習氏を国賓として迎えようとして
いる。国賓となれば天皇、皇后両陛下は心からあたたかくお迎えして下さ
るだろう。だが、習氏はウイグル人弾圧と虐殺、香港への力ずくの支配を
実行中の人物だ。わが国の尖閣諸島海域に常時中国艦船を不法に侵入させ
ている張本人だ。中国がわが国最大の貿易相手国で、経済的に大事な存在
であっても、力を恃んでやまない中国共産党の支配者を国賓として迎え、
晩餐会で共に盃を上げるのか。そのような日本を、国際社会は異常な国と
見做すのではないか。国際社会の視線以前に、習氏の国賓待遇は国民感情
にそぐわないだろう。

安倍晋三首相はなぜ習氏の国賓待遇での来日に傾いているのか。国際社会
を広く見渡す首相の視点の確かさを思うとき、理解し難い。或いは外務省
が正しい情報を入れていないのではないかとさえ疑う。国賓招待は6月の
ことだった。その後、香港問題が激化し事情は変わった。招待の再考を中
国側に提案してこその日本外交であろう。

『週刊新潮』 2019年10月24日号 日本ルネッサンス 第873回

2019年10月23日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回