2017年09月18日

◆日本も周辺国も事態は戦後最大の危機

櫻井よしこ



「日本も周辺国も事態は戦後最大の危機 国防力強化と憲法改正に取り組
むべき」
3日に断行された北朝鮮の水爆実験には世界が驚き、広島の原爆の約10倍
という凄まじい威力だったことに多くの日本人は恐怖心を抱いたことだろう。

北朝鮮の労働新聞は、水爆を着弾させずに高空で爆発させ、広大な地域に
電磁パルス(EMP)攻撃を加えることも可能だと報じた。中国など大国
が秘密裡に備えているこうした悪の極みの能力を、これみよがしに喧伝す
るのは、逆に金正恩氏の恐怖心の裏返しか。

「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏は、EMP攻撃は米国の
トランプ政権を刺激せずにはおかないと警告する。EMP攻撃は直接人間
を殺害するものではないが、コンピューターシステムなどのハイテク装置
を麻痺させて社会の機能を全面的に喪失させる。飛行場の管制機能は失わ
れ、電気、ガス、水道などのインフラ機能、病院を含めた民生を支える生
活機能全ての喪失で、米国では約400万人の犠牲者が出るというシミュ
レーションさえある。

「こんな許容できないことまで口にしたからには、北朝鮮のレジームチェ
ンジが始まると思います」と洪氏。

韓国の宋永武(ソン・ヨンム)国防部長官(大臣)は9月4日、国会の国防
委員会で金氏の暗殺を担う「斬首部隊」を12月1日に創設するとし、現在
それに向けての「概念を確立中」だと語った。

暗殺部隊創設は朴槿恵前大統領のときから始まっていた。韓国国防省は今
年7月には平壌攻撃の仮想映像を公開しており、宋氏は12月の部隊創設に
伴い、即、戦力化が可能だと述べた。

しかし、韓国政府の斬首作戦の目的は何だろうか。文在寅大統領は年来の
主張、さらに大統領就任以降の言動から考えて親北朝鮮の基本は揺らいで
いない。「低レベルの」という条件付きではあるが、南北朝鮮の連邦政府
を作ると明言してきた。

自由と民主主義の韓国風の国家より、北朝鮮風の朝鮮民族のナショナリズ
ムを強調する社会主義的価値を基本にした統一への動きだと思われる。金
氏殺害後に、文氏の下で作る統一朝鮮像は想像しにくいが、必ずしも私た
ちが歓迎する自由な国家にはならないと思える。

中国は韓国の斬首作戦にどう対応するか。彼らにとって最大の悪夢は北朝
鮮の崩壊である。北朝鮮の人々が難民となって押し寄せ、中国の民族問題
に火をつけ、内政に混乱を生じさせることを中国は最も恐れている。

崩壊した北朝鮮に親米政権が誕生することも中国はどうしても避けたい。
従って韓国が斬首作戦に出るとき、中国はどこよりも早く介入しようとす
ると見るべきだろう。

金氏排除後、中国は北朝鮮を中国寄りの国として影響下にとどめるため
に、全力を尽くすはずだ。結局、中国にとって、北朝鮮という国を崩壊さ
せず、現状を保つことが大事なのだ。

一方、米国では斬首作戦という激しい言葉は使われてはいないが、「金氏
除去」、removeという言葉を用いての議論は盛んである。北朝鮮の
核は許容しない、核とミサイル完成の日より前に、金氏を除去する。その
ためにより強い政策を、という主張だ。

しかし制裁はこれまで機能せず、今もそうだ。そのことを米国が公に認め
るのは、そう遠い先のことではないだろう。そのとき、米国もまた、金氏
斬首に猛然と動くと見ておくべきだ。

国防長官はじめ安全保障問題担当補佐官、首席補佐官らトランプ政権中枢
を占める軍人出身の要人たちはあくまでも慎重だが、世論調査では対北軍
事攻撃を半数以上の人々が支持している。トランプ大統領がこのような世
論に乗らないという保証はない。

日本も周辺の国々も事態は戦後最大の危機の中にある。日本国民を守り、
国を守るにはどうすべきか、他国に頼りきりではだめなのだ。国防力の強
化と憲法改正の2つの課題に取り組むことだと思う。

『週刊ダイヤモンド』 2017年9月16日号

2017年09月17日

◆北朝鮮の攻撃へ無力に陥りかねない日本

櫻井よしこ



「北朝鮮の攻撃へ無力に陥りかねない日本 正しく理解したい戦後日 本
の体制の歴史」

8月29日午前5時58分、北朝鮮の弾道ミサイルが北海道上空を越え襟裳岬の
東方、約1180キロメートルの太平洋上に落下した。

Jアラート、つまり空襲警報が影響を受けると予想される各県に早朝鳴り
響いた。その後、国民の反応が報じられたが、「子供をつれてどこに逃げ
ればよいのか、どこが安全なのか、分からない」という若い母親の言葉に
は実感がこもっていた。警察への問い合わせで最も多かったのが避難場所
についてだったという。

それに対して当局が答え得るのは「近くのできるだけ堅固なビルへの避
難」というような内容だ。これでは多くの人はどうしてよいか分からない
だろう。しかしこれが自力で国を守ることを禁じてきた日本の当然すぎる
現実である。

憲法前文には明確に書かれている。「平和を愛する諸国民の公正と信義に
信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」、と。9条2項に
は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを
認めない」と明記されている。

国を守るためであっても、国民を守るためであっても「交戦権」、すなわ
ち国家が戦う権利を認めないのである。国の最重要の責任は国民を守り、
国民の暮らし方の基盤である文明や文化、価値観もみんな包摂する形で国
柄を守ることにある。

にも拘らず、そのために戦うことまで否定した。そんなことはおかしい、
憲法改正が必要だという意見に対して、多くのメディアや言論人はこぞっ
て反対し、憲法改正を目指すことは悪事を企むことだというような主張を
展開する。

なぜ、こんな日本になったのかという疑問を、私は幾十回も繰り返してき
た。明確な答えは見つからないが、色摩力夫(しかまりきお)氏の『日本
人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか』(黙出版)が貴重な示唆を与えて
くれる。氏はまず、日本の、大東亜戦争の戦い方と敗北のし方について次
のように指摘する。

「わが国における降伏は、かつて経験したことのない大事件でありなが
ら、いかなる意味でも国内を混乱、崩壊させるものとはならなかった。そ
して国際社会の中で整然と規律をもって降伏を受諾し、連合国が課した降
伏条件を誠実に履行した。

近代国際社会の歴史を通じても、国民がこれほどの一体性をもちながら、
秩序をもって終戦に対処できた例は、大戦争の敗戦国において稀有と言っ
てよいだろう」

日本は「高度の規律を維持して降伏した」にも拘らず、戦後は国際社会の
中で毅然とした態度をとれずにきた。その理由は日本人が降伏の本質的意
義を正確に認識しなかったからだというのが、色摩氏の指摘だ。

降伏は征服とは異なる双務的な契約である。その契約が成立したのが、東
京湾、戦艦ミズーリ号上で日本代表と連合国代表が降伏文書に署名したと
きである。少なからぬ日本人は誤解しているが、日本の降伏は無条件降伏
ではなかった。敗者ではあるが、降伏という契約を結ぶ立場においては対
等だった。百歩譲って日本の降伏が無条件降伏だったと仮定しても勝者が
敗者に勝手に振舞うことは許されない。

だが「米国は日本占領の初期の段階から『降伏文書』の契約的性格を無視
し、むしろそれには縛られないという立場」をとったと色摩氏は指摘す
る。その最たる例が「東京裁判」だ。

契約破りのマッカーサーの前で、日本人は腰くだけとなった。歴史の事実
に照らしてみれば、日本はドイツに較べても、歴史上敗戦を喫したどの国
に較べても「誇り高き降伏」を実現する資格を持っていた。しかし、「そ
れをみすみす放棄」したと、氏は惜しむ。

北朝鮮の攻撃の前に無力な姿に陥りかねない日本の現状を見るにつけ、戦
後日本を形づくった体制を正しく理解したいと願うものだ。
『週刊ダイヤモンド』 2017年9月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1197 


2017年09月16日

◆崩壊へ突き進む北朝鮮と韓国

櫻井よしこ



9月3日正午すぎ、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水素
爆弾の実験を行った。「朝鮮中央テレビ」は国際社会の怒りを尻目に、
「実験は完全に成功した」と報じた。

核実験という最大のタブーに踏み込んだことで、米朝関係もアジア情勢も
全く新たな次元に突入した。最終的に北朝鮮のみならず韓国のレジーム
チェンジにまで連鎖していく可能性がある。

シンクタンク『国家基本問題研究所』の西岡力氏がソウルで入手した北朝
鮮の内部情報は、金正恩朝鮮労働党委員長が、トランプ大統領を相手に何
を目標として、どこまで戦うつもりなのかを示唆するものとして興味深
い。西岡氏が語る。

「金正恩が7月か8月に、人民軍作戦部に『米国に最大限の圧力をかけよ。
核実験もせよ。ミサイルももっと発射せよ。潜水艦発射弾道ミサイル
(SLBM)も撃て。SLBMを搭載できる大型潜水艦(まだ原子力潜水
艦の製造技術はないので、原潜ではない)を造れ。100発同時に撃てば米
国も迎撃できない。米国に軍事的圧力を徹底してかけ、交渉の場に引き出
せ』と指示したのです」

金正恩氏は人民軍作戦部に、目的はアメリカと談判し、北朝鮮を核保有国
と認めさせ、平和協定を結ぶことだと語ったそうだ。

同情報をもたらした人物は、北朝鮮が100キロトン級のこれまでにない威
力の、小型化された核爆弾の実験を行う準備を整えていたこと、実験に成
功すれば核弾頭の小型化が完成することを、5月の段階で述べていた。今
回のICBM搭載用の核爆弾の威力は、わが国の防衛省の推定で70キロト
ン、5月の情報はほぼ信頼できるものだった。今回の金氏の発言とされる
情報も信頼できるのではないか。

だが、それにしても、トランプ大統領が交渉に応じて平和協定を結ぶな
ど、あり得ない。平和協定は、不可侵条約でもある。北朝鮮の核をそのま
まにして、アメリカが朝鮮半島から撤退することを意味する。それ自体、
明らかなアメリカの敗北であり、世界秩序の崩壊につながる。アジア諸国
が無秩序の世界に放り出されれば、どうなるか。その内の何か国かは、自
衛のための核武装に走りかねないだろう。

斬首作戦への恐怖

そのような道をアメリカが選ぶ可能性はゼロだ。にも拘わらず、なぜ、金
氏は前述の指示を出したのか。なぜ矢継ぎ早にミサイルや、核の実験に
走っているのか。「統一日報」論説主幹の洪熒(ホンヒョン)氏はそれを金
氏の焦りと見る。

「彼は追い込まれていると思います。世界中で彼の側に立ってくれる指導
者はロシアのプーチン大統領くらいでしょう。それもたいした助けにはな
りません。日本が入国を禁止した万景峰号を、ロシアは入国させました
が、入港料が払えず入港できなくなりました。金正恩の懐(ふところ)は相
当苦しいのでしょう。資金が枯渇しかかっているのかもしれません。この
ところずっと、各国の在外公館に上納金を納めるようにとの指示が飛んで
います」

麻薬密売をはじめ、あらゆる工作をして外貨を獲得する機関、「39号室」
の資金が底をつきつつあるということは、金氏にとって支配力の源泉を失
うということだ。この上なく不安であろう。

南北朝鮮の現状を冷静に分析すれば、長期的には北朝鮮に有利に働く状況
であるのが容易に見てとれる。なんといっても文在寅大統領は親北朝鮮
だ。文大統領は韓国国内に浸透している北朝鮮工作員を取り締まってきた
国家情報院の事実上の解体に乗り出している。国家情報院が解体され、捜
査権を縮小されれば、北朝鮮の工作員は自由に動ける。韓国は自ずと北朝
鮮の手に落ちる。それは決して遠い未来のことではないだろう。それを待
てないのは、金氏が持ち堪えられないほどの切迫した状況下にあるからだ
ろう。

資金枯渇に加えて考えられるのは「斬首作戦」への恐怖心である。彼の父
親の金正日氏もアメリカが本気で怒って攻撃を仕掛けてくると悟ったと
き、妥協した。西岡氏の説明だ。

「1994年6月に、北朝鮮がIAEA(国際原子力機関)の査察官の立会い
なしに寧辺の黒鉛減速炉からプルトニウムの抽出につながる燃料棒取り出
しを強行したことなどで、彼らが核の開発を目指していると、当時のクリ
ントン大統領は確信し、北朝鮮爆撃を決定したのです。かなりの犠牲者が
出ても仕方がない、金正日を殺害するという決意です。アメリカの決意に
金正日は引っ込み、金日成が前面に出てきました。ジミー・カーター元大
統領と交渉して、結局アメリカの意向に従うことにしたのです」

“北朝鮮王朝”の面々は、他人の命は平然と奪っても自分たちの命が狙われ
たり、運命が暗転させられたりすることは極度に恐れる。このところの金
氏の性急かつ攻撃的な姿勢は、斬首作戦への氏の恐怖心の表われであろう。

レジームチェンジ

西岡氏は金正恩体制は末期に近く逃亡者が絶えないという。

「北朝鮮の労働党や国家保衛省(秘密警察)の幹部らから、韓国側に毎日
といってよいほど頻繁に連絡があるのです。脱北して韓国に亡命した場
合、自分の身柄は守ってもらえるのか、処遇はどうかなど、具体的な問い
合わせだそうです。皮肉なのは韓国の文政権は北朝鮮に対する工作部門を
縮小しているのです」

朴槿恵前大統領は北朝鮮の体制転覆を考えて、北朝鮮に向け多くの情報を
発信し、亡命を勧めた。持参した資金は全て当人のものとして認め、韓国
政府は没収しないなどと呼びかけた。これで少なからぬ政府高官や軍幹部
が亡命したが、文大統領はその種の措置を縮小しているのだ。だが対照的
に北朝鮮からの問い合わせは増え続けている。それだけ北朝鮮情勢に彼ら
が不安を感じているということだろう。

金氏は誰も支持しない自分のためだけの闘いで緊張を高める。北朝鮮の崩
壊を防ぎたいと考えても金氏を守るという発想は、中国を含めておよそど
の国にもない。

レジームチェンジは避けられないだろう。そのとき、文政権も崩壊の道を
辿り始める可能性が高い。北朝鮮の崩壊に伴って多くの情報が流出すれ
ば、悪事が露見して自殺に追い込まれた盧武鉉元大統領のように、文大統
領の北朝鮮との暗い関わりも白日の下に晒されるからだ。

南北ともにレジームチェンジの可能性がある今、わが国の課題はまず、拉
致被害者の救出だ。朝鮮半島の統一を自由主義の旗の下に成し遂げること
にも貢献すべきだ。そのために国際社会の連帯を実現し、先頭に立たなけ
ればならない。アメリカとの緊密な連携を保ち、政治的にも軍事的にも従
来にない貢献をして、初めてそれは可能になる。現実に軸足を置いた議
論、役に立たない専守防衛の考えから脱し、敵基地攻撃を含めて積極策を
採用することが必要だ。

『週刊新潮』 2017年9月14日号 日本ルネッサンス 第769回

2017年09月13日

◆北朝鮮の攻撃へ無力に陥りかねない日本

櫻井よしこ
 


 「北朝鮮の攻撃へ無力に陥りかねない日本 正しく理解したい戦後日本
の体制の歴史」

8月29日午前5時58分、北朝鮮の弾道ミサイルが北海道上空を越え襟裳岬の
東方、約1180キロメートルの太平洋上に落下した。

Jアラート、つまり空襲警報が影響を受けると予想される各県に早朝鳴り
響いた。その後、国民の反応が報じられたが、「子供をつれてどこに逃げ
ればよいのか、どこが安全なのか、分からない」という若い母親の言葉に
は実感がこもっていた。警察への問い合わせで最も多かったのが避難場所
についてだったという。

それに対して当局が答え得るのは「近くのできるだけ堅固なビルへの避
難」というような内容だ。これでは多くの人はどうしてよいか分からない
だろう。しかしこれが自力で国を守ることを禁じてきた日本の当然すぎる
現実である。

憲法前文には明確に書かれている。「平和を愛する諸国民の公正と信義に
信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」、と。9条2項に
は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを
認めない」と明記されている。

国を守るためであっても、国民を守るためであっても「交戦権」、すなわ
ち国家が戦う権利を認めないのである。国の最重要の責任は国民を守り、
国民の暮らし方の基盤である文明や文化、価値観もみんな包摂する形で国
柄を守ることにある。

にも拘らず、そのために戦うことまで否定した。そんなことはおかしい、
憲法改正が必要だという意見に対して、多くのメディアや言論人はこぞっ
て反対し、憲法改正を目指すことは悪事を企むことだというような主張を
展開する。

なぜ、こんな日本になったのかという疑問を、私は幾十回も繰り返してき
た。明確な答えは見つからないが、色摩力夫(しかまりきお)氏の『日本
人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか』(黙出版)が貴重な示唆を与えて
くれる。氏はまず、日本の、大東亜戦争の戦い方と敗北のし方について次
のように指摘する。

「わが国における降伏は、かつて経験したことのない大事件でありなが
ら、いかなる意味でも国内を混乱、崩壊させるものとはならなかった。そ
して国際社会の中で整然と規律をもって降伏を受諾し、連合国が課した降
伏条件を誠実に履行した。近代国際社会の歴史を通じても、国民がこれほ
どの一体性をもちながら、秩序をもって終戦に対処できた例は、大戦争の
敗戦国において稀有と言ってよいだろう」

日本は「高度の規律を維持して降伏した」にも拘らず、戦後は国際社会の
中で毅然とした態度をとれずにきた。その理由は日本人が降伏の本質的意
義を正確に認識しなかったからだというのが、色摩氏の指摘だ。

降伏は征服とは異なる双務的な契約である。その契約が成立したのが、東
京湾、戦艦ミズーリ号上で日本代表と連合国代表が降伏文書に署名したと
きである。少なからぬ日本人は誤解しているが、日本の降伏は無条件降伏
ではなかった。敗者ではあるが、降伏という契約を結ぶ立場においては対
等だった。百歩譲って日本の降伏が無条件降伏だったと仮定しても勝者が
敗者に勝手に振舞うことは許されない。

だが「米国は日本占領の初期の段階から『降伏文書』の契約的性格を無視
し、むしろそれには縛られないという立場」をとったと色摩氏は指摘す
る。その最たる例が「東京裁判」だ。

契約破りのマッカーサーの前で、日本人は腰くだけとなった。歴史の事実
に照らしてみれば、日本はドイツに較べても、歴史上敗戦を喫したどの国
に較べても「誇り高き降伏」を実現する資格を持っていた。しかし、「そ
れをみすみす放棄」したと、氏は惜しむ。

北朝鮮の攻撃の前に無力な姿に陥りかねない日本の現状を見るにつけ、戦
後日本を形づくった体制を正しく理解したいと願うものだ。
『週刊ダイヤモンド』 2017年9月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1197
     

2017年09月12日

◆北朝鮮の攻撃へ無力に陥りかねない日本

櫻井よしこ



「北朝鮮の攻撃へ無力に陥りかねない日本 正しく理解したい戦後日 本
の体制の歴史」

8月29日午前5時58分、北朝鮮の弾道ミサイルが北海道上空を越え襟裳岬の
東方、約1180キロメートルの太平洋上に落下した。

Jアラート、つまり空襲警報が影響を受けると予想される各県に早朝鳴り
響いた。その後、国民の反応が報じられたが、「子供をつれてどこに逃げ
ればよいのか、どこが安全なのか、分からない」という若い母親の言葉に
は実感がこもっていた。警察への問い合わせで最も多かったのが避難場所
についてだったという。

それに対して当局が答え得るのは「近くのできるだけ堅固なビルへの避
難」というような内容だ。これでは多くの人はどうしてよいか分からない
だろう。しかしこれが自力で国を守ることを禁じてきた日本の当然すぎる
現実である。

憲法前文には明確に書かれている。「平和を愛する諸国民の公正と信義に
信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」、と。9条2項に
は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを
認めない」と明記されている。

国を守るためであっても、国民を守るためであっても「交戦権」、すなわ
ち国家が戦う権利を認めないのである。国の最重要の責任は国民を守り、
国民の暮らし方の基盤である文明や文化、価値観もみんな包摂する形で国
柄を守ることにある。

にも拘らず、そのために戦うことまで否定した。そんなことはおかしい、
憲法改正が必要だという意見に対して、多くのメディアや言論人はこぞっ
て反対し、憲法改正を目指すことは悪事を企むことだというような主張を
展開する。

なぜ、こんな日本になったのかという疑問を、私は幾十回も繰り返してき
た。明確な答えは見つからないが、色摩力夫(しかまりきお)氏の『日本
人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか』(黙出版)が貴重な示唆を与えて
くれる。氏はまず、日本の、大東亜戦争の戦い方と敗北のし方について次
のように指摘する。

「わが国における降伏は、かつて経験したことのない大事件でありなが
ら、いかなる意味でも国内を混乱、崩壊させるものとはならなかった。そ
して国際社会の中で整然と規律をもって降伏を受諾し、連合国が課した降
伏条件を誠実に履行した。

近代国際社会の歴史を通じても、国民がこれほどの一体性をもちながら、
秩序をもって終戦に対処できた例は、大戦争の敗戦国において稀有と言っ
てよいだろう」

日本は「高度の規律を維持して降伏した」にも拘らず、戦後は国際社会の
中で毅然とした態度をとれずにきた。その理由は日本人が降伏の本質的意
義を正確に認識しなかったからだというのが、色摩氏の指摘だ。

降伏は征服とは異なる双務的な契約である。その契約が成立したのが、東
京湾、戦艦ミズーリ号上で日本代表と連合国代表が降伏文書に署名したと
きである。少なからぬ日本人は誤解しているが、日本の降伏は無条件降伏
ではなかった。敗者ではあるが、降伏という契約を結ぶ立場においては対
等だった。百歩譲って日本の降伏が無条件降伏だったと仮定しても勝者が
敗者に勝手に振舞うことは許されない。

だが「米国は日本占領の初期の段階から『降伏文書』の契約的性格を無視
し、むしろそれには縛られないという立場」をとったと色摩氏は指摘す
る。その最たる例が「東京裁判」だ。

契約破りのマッカーサーの前で、日本人は腰くだけとなった。歴史の事実
に照らしてみれば、日本はドイツに較べても、歴史上敗戦を喫したどの国
に較べても「誇り高き降伏」を実現する資格を持っていた。しかし、「そ
れをみすみす放棄」したと、氏は惜しむ。

北朝鮮の攻撃の前に無力な姿に陥りかねない日本の現状を見るにつけ、戦
後日本を形づくった体制を正しく理解したいと願うものだ。
『週刊ダイヤモンド』 2017年9月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1197 


2017年09月11日

◆正しく理解したい戦後日本の体制の歴史

櫻井よしこ



「北朝鮮の攻撃へ無力に陥りかねない日本 正しく理解したい戦後日本の
体制の歴史」

8月29日午前5時58分、北朝鮮の弾道ミサイルが北海道上空を越え襟裳岬の
東方、約1180キロメートルの太平洋上に落下した。

Jアラート、つまり空襲警報が影響を受けると予想される各県に早朝鳴り
響いた。その後、国民の反応が報じられたが、「子供をつれてどこに逃げ
ればよいのか、どこが安全なのか、分からない」という若い母親の言葉に
は実感がこもっていた。警察への問い合わせで最も多かったのが避難場所
についてだったという。

それに対して当局が答え得るのは「近くのできるだけ堅固なビルへの避
難」というような内容だ。これでは多くの人はどうしてよいか分からない
だろう。しかしこれが自力で国を守ることを禁じてきた日本の当然すぎる
現実である。

憲法前文には明確に書かれている。「平和を愛する諸国民の公正と信義に
信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」、と。9条2項に
は「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを
認めない」と明記されている。

国を守るためであっても、国民を守るためであっても「交戦権」、すなわ
ち国家が戦う権利を認めないのである。国の最重要の責任は国民を守り、
国民の暮らし方の基盤である文明や文化、価値観もみんな包摂する形で国
柄を守ることにある。

にも拘らず、そのために戦うことまで否定した。そんなことはおかしい、
憲法改正が必要だという意見に対して、多くのメディアや言論人はこぞっ
て反対し、憲法改正を目指すことは悪事を企むことだというような主張を
展開する。

なぜ、こんな日本になったのかという疑問を、私は幾十回も繰り返してき
た。明確な答えは見つからないが、色摩力夫(しかまりきお)氏の『日本
人はなぜ終戦の日付をまちがえたのか』(黙出版)が貴重な示唆を与えて
くれる。氏はまず、日本の、大東亜戦争の戦い方と敗北のし方について次
のように指摘する。

「わが国における降伏は、かつて経験したことのない大事件でありなが
ら、いかなる意味でも国内を混乱、崩壊させるものとはならなかった。そ
して国際社会の中で整然と規律をもって降伏を受諾し、連合国が課した降
伏条件を誠実に履行した。近代国際社会の歴史を通じても、国民がこれほ
どの一体性をもちながら、秩序をもって終戦に対処できた例は、大戦争の
敗戦国において稀有と言ってよいだろう」

日本は「高度の規律を維持して降伏した」にも拘らず、戦後は国際社会の
中で毅然とした態度をとれずにきた。その理由は日本人が降伏の本質的意
義を正確に認識しなかったからだというのが、色摩氏の指摘だ。

降伏は征服とは異なる双務的な契約である。その契約が成立したのが、東
京湾、戦艦ミズーリ号上で日本代表と連合国代表が降伏文書に署名したと
きである。少なからぬ日本人は誤解しているが、日本の降伏は無条件降伏
ではなかった。敗者ではあるが、降伏という契約を結ぶ立場においては対
等だった。百歩譲って日本の降伏が無条件降伏だったと仮定しても勝者が
敗者に勝手に振舞うことは許されない。

だが「米国は日本占領の初期の段階から『降伏文書』の契約的性格を無視
し、むしろそれには縛られないという立場」をとったと色摩氏は指摘す
る。その最たる例が「東京裁判」だ。

契約破りのマッカーサーの前で、日本人は腰くだけとなった。歴史の事実
に照らしてみれば、日本はドイツに較べても、歴史上敗戦を喫したどの国
に較べても「誇り高き降伏」を実現する資格を持っていた。しかし、「そ
れをみすみす放棄」したと、氏は惜しむ。

北朝鮮の攻撃の前に無力な姿に陥りかねない日本の現状を見るにつけ、戦
後日本を形づくった体制を正しく理解したいと願うものだ。
『週刊ダイヤモンド』 2017年9月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1197 


2017年09月10日

◆平和ボケの日本人が読むべき1冊

櫻井よしこ



月29日早朝、3日前に続き北朝鮮がまたもやミサイルを発射した。しか
も、今回は日本上空を飛び越え、太平洋上に落下したのだ。北朝鮮の挑発
はやまず、周辺の緊張は続く。そんな今、色摩力夫(しかまりきお)氏の
『日本の死活問題国際法・国連・軍隊の真実』(Good Books)を、啓蒙の
書として勧めたい。

色摩氏は89歳、戦時国際法の第一人者である。仙台陸軍幼年学校から陸軍
予科士官学校に進んで軍人になる予定が、その前に終戦を迎えた。そこで
「国を守ることに変わりはない」と、外交官の道に入り、戦時国際法の権
威となった。

世界で唯一、憲法で自国の「交戦権」を否定している日本の私たちにとっ
て、戦時国際法や戦時法規などと言われてもピンとこないだろう。

なんと言ってもわが国は「いざというときには戦争に訴えてでも自国を守
る権利」、即ち、国家主権の核心をなす交戦権をアメリカ製の憲法で否定
され、一方的に守って貰う屈辱に70年間も甘んじている事実上の被保護国
だ。交戦権をはじめ国防や安全保障の心構えとは無縁で、楽しく過ごして
きた平和ボケの国民である。

氏は、そんな日本人に、パシフィズム(平和主義)こそ戦争誘因の要素で
あること、戦争は悪だと認識し、戦争廃止を熱望し、広く啓蒙すれば戦争
はなくなると信ずるパシフィズムは、歴史の試練の前で敗北してきたと、
懇切丁寧に説明する。

平和の実現とは正反対に、パシフィズムが大戦争を引き起こした悪名高い
事例に1930年代のイギリスの対独政策がある。官民共にパシフィズムに染
まったイギリスは、膨張を続けるヒトラーに対して宥和政策をとり続けた。

独仏の歴史的係争地であるラインラントにヒトラーが手をかけたのが36年
3月だった。パシフィズムの蔓延している英仏両国は軍事行動に出ないと
見ての侵攻だった。ヒトラーの読みは当たり、英仏は対独戦には踏み切ら
ず、ヒトラーの侵攻は大成功した。その後の第2次世界大戦への流れは周
知の通りだ。

「戦争を望む人」

往年のイギリス同様、現在の日本にもパシフィズムが蔓延する。特に
「NHK」「朝日」を筆頭にメディアにその傾向は強い。2年前の安保法
制も、安倍晋三首相の憲法改正もすべて「戦争」につながるとして、彼ら
は批判する。

大事なことは、しかし、独りよがりの素朴な善意を振り回すことではな
い。日本周辺に北朝鮮や中国の脅威が迫っている今こそ、そもそも紛争や
戦争について、国際社会の常識がどうなっているのか、意外な現実を知る
ことだ。色摩氏は書いている。

「文明社会においては実力行使は最終手段(ultima ratio)でなければな
りません。文明の紛れもない兆候のひとつは、暴力が最後の手段に限定さ
れていることです。他方、野蛮の証(あかし)は、暴力が最初の手段
(prima ratio)になっていることです」

実力行使即ち戦争は文明社会では最終手段、野蛮な社会では最初の手段と
されている。どちらの場合も、戦争は否応なく、問題解決の手段とされて
いるのが国際社会の現実だというのだ。

このような説明は、日本では中々受け入れられず、逆に「戦争を望む人」
の言説として受けとめられがちだ。だが氏の指摘は、国際社会では戦争に
関わらないことは容易ではなく、戦争は国際政治の中に組み込まれてい
る、そのことを理解しなければ、国家として生き残るのは難しいというこ
とである。

たとえば、多くの日本人は国連は平和を守る機関であるかのように誤解し
ている。色摩氏は国連は次の4つの戦争を認めていると強調する。

@国連自身の武力行使(国連憲章第42条)、A加盟国の個別的自衛権の行使
(第45条)、B加盟国の集団的自衛権の行使(第51条)、C敵国条項による
旧敵国への武力行使(第53条)
 
AとBは自衛戦争を指すが、戦争が自衛か否かを判断するのは当事国で、ど
んな戦争も自衛戦争として正当化される。

総合すると、国連憲章は事実上、全ての戦争を認めていると言ってよい。
だから世界各地で今日まで、多くの戦争が続いてきた。戦後約70年間で、
戦争などで武力行使をしなかった国は、国連加盟193か国中、日本などわ
ずか8か国に過ぎないとの氏の指摘は重要だ。

世界中で戦争は続いている。しかも日本周辺の危機は高まっている。だか
らこそ、戦争に対する国際社会の考え方やルールを知っておかなければな
らない。近代国際社会は、戦いの惨禍を抑制するためのさまざまなルール
を作っている。それが、戦時国際法である。その中でも最も大事なこと
は、戦争の終わらせ方だという。

戦時国際法への無知

停戦、講和条約締結、批准に至って全ての問題は解決され、勝者も敗者
も、この時点で未来志向で新しい出発点に立つ。この国際ルールから言え
ば、中国や韓国が日本に戦時中の賠償を現在に至るまで求めているのは、
明らかにおかしい。

わが国は先の大戦を国際法に則って戦い、国際法に基づいて降伏の手続き
を行い、降伏条件もまじめに履行した。法的にも政治的にも、戦争は完全
に終了している。

日本が近隣諸国の歴史認識問題に振り回されるのはこの認識が不十分なた
めだとの色摩氏の指摘を心に刻みたい。中国、韓国両国に対してだけでは
なく、私たちは大東亜戦争に関してあらゆる意味で引け目を感じている。
それは戦時国際法への無知から生じているのだ。

たとえば真珠湾攻撃である。わが国は攻撃開始30分前に最後通牒をアメリ
カ側に手交する予定だったが、ワシントンの日本大使館は攻撃開始から40
分過ぎて手交した。このことで騙し討ちなどと言われるが、色摩氏は「奇
襲攻撃は今も昔も、国際法上合法でわが国が不当な汚名を甘受するいわれ
はない」と断じている。

たとえば1939年のドイツによるポーランド侵攻、41年のドイツのソ連奇襲
と独ソ戦開始、65年のアメリカの北ベトナム攻撃、4度にわたるイスラエ
ルとアラブの戦争、北朝鮮や中国が韓国に攻め入った50年の朝鮮戦争な
ど、どの国も事前に宣戦布告をしていない。そのことで責められてもいな
い。現在も宣戦布告は国際法上の義務ではない。私たちはこうしたことも
知っておくべきだ。

戦争に関する法理という視点に立てば、「日本は先の大戦を立派に戦い、
そしてある意味で立派に負けた」に過ぎない。色摩氏は、「決して卑屈に
なったり、引きずったりする理由はありません」、「正々堂々と戦後を再
出発すれば良かったのです」と言い切る。国際法や国際社会、国連の現実
を知ることで、日本はもっと前向きな自己認識を持つようになれるのだ。
『週刊新潮』 2017年9月7日号 日本ルネッサンス 第768回

2017年09月09日

◆崩壊へ突き進む北朝鮮と韓国

櫻井よしこ
 


9月3日正午すぎ、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)搭載用の水素
爆弾の実験を行った。「朝鮮中央テレビ」は国際社会の怒りを尻目に、
「実験は完全に成功した」と報じた。

核実験という最大のタブーに踏み込んだことで、米朝関係もアジア情勢も
全く新たな次元に突入した。最終的に北朝鮮のみならず韓国のレジーム
チェンジにまで連鎖していく可能性がある。

シンクタンク『国家基本問題研究所』の西岡力氏がソウルで入手した北朝
鮮の内部情報は、金正恩朝鮮労働党委員長が、トランプ大統領を相手に何
を目標として、どこまで戦うつもりなのかを示唆するものとして興味深
い。西岡氏が語る。

「金正恩が7月か8月に、人民軍作戦部に『米国に最大限の圧力をかけよ。
核実験もせよ。ミサイルももっと発射せよ。潜水艦発射弾道ミサイル
(SLBM)も撃て。SLBMを搭載できる大型潜水艦(まだ原子力潜水
艦の製造技術はないので、原潜ではない)を造れ。100発同時に撃てば米
国も迎撃できない。米国に軍事的圧力を徹底してかけ、交渉の場に引き出
せ』と指示したのです」

金正恩氏は人民軍作戦部に、目的はアメリカと談判し、北朝鮮を核保有国
と認めさせ、平和協定を結ぶことだと語ったそうだ。

同情報をもたらした人物は、北朝鮮が100キロトン級のこれまでにない威
力の、小型化された核爆弾の実験を行う準備を整えていたこと、実験に成
功すれば核弾頭の小型化が完成することを、5月の段階で述べていた。今
回のICBM搭載用の核爆弾の威力は、わが国の防衛省の推定で70キロト
ン、5月の情報はほぼ信頼できるものだった。今回の金氏の発言とされる
情報も信頼できるのではないか。

だが、それにしても、トランプ大統領が交渉に応じて平和協定を結ぶな
ど、あり得ない。平和協定は、不可侵条約でもある。北朝鮮の核をそのま
まにして、アメリカが朝鮮半島から撤退することを意味する。それ自体、
明らかなアメリカの敗北であり、世界秩序の崩壊につながる。アジア諸国
が無秩序の世界に放り出されれば、どうなるか。その内の何か国かは、自
衛のための核武装に走りかねないだろう。

斬首作戦への恐怖

そのような道をアメリカが選ぶ可能性はゼロだ。にも拘わらず、なぜ、金
氏は前述の指示を出したのか。なぜ矢継ぎ早にミサイルや、核の実験に
走っているのか。「統一日報」論説主幹の洪熒(ホンヒョン)氏はそれを金
氏の焦りと見る。

「彼は追い込まれていると思います。世界中で彼の側に立ってくれる指導
者はロシアのプーチン大統領くらいでしょう。それもたいした助けにはな
りません。日本が入国を禁止した万景峰号を、ロシアは入国させました
が、入港料が払えず入港できなくなりました。金正恩の懐(ふところ)は相
当苦しいのでしょう。資金が枯渇しかかっているのかもしれません。この
ところずっと、各国の在外公館に上納金を納めるようにとの指示が飛んで
います」

麻薬密売をはじめ、あらゆる工作をして外貨を獲得する機関、「39号室」
の資金が底をつきつつあるということは、金氏にとって支配力の源泉を失
うということだ。この上なく不安であろう。

南北朝鮮の現状を冷静に分析すれば、長期的には北朝鮮に有利に働く状況
であるのが容易に見てとれる。なんといっても文在寅大統領は親北朝鮮
だ。文大統領は韓国国内に浸透している北朝鮮工作員を取り締まってきた
国家情報院の事実上の解体に乗り出している。国家情報院が解体され、捜
査権を縮小されれば、北朝鮮の工作員は自由に動ける。韓国は自ずと北朝
鮮の手に落ちる。それは決して遠い未来のことではないだろう。それを待
てないのは、金氏が持ち堪えられないほどの切迫した状況下にあるからだ
ろう。

資金枯渇に加えて考えられるのは「斬首作戦」への恐怖心である。彼の父
親の金正日氏もアメリカが本気で怒って攻撃を仕掛けてくると悟ったと
き、妥協した。西岡氏の説明だ。

「1994年6月に、北朝鮮がIAEA(国際原子力機関)の査察官の立会い
なしに寧辺の黒鉛減速炉からプルトニウムの抽出につながる燃料棒取り出
しを強行したことなどで、彼らが核の開発を目指していると、当時のクリ
ントン大統領は確信し、北朝鮮爆撃を決定したのです。かなりの犠牲者が
出ても仕方がない、金正日を殺害するという決意です。アメリカの決意に
金正日は引っ込み、金日成が前面に出てきました。ジミー・カーター元大
統領と交渉して、結局アメリカの意向に従うことにしたのです」

“北朝鮮王朝”の面々は、他人の命は平然と奪っても自分たちの命が狙われ
たり、運命が暗転させられたりすることは極度に恐れる。このところの金
氏の性急かつ攻撃的な姿勢は、斬首作戦への氏の恐怖心の表われであろう。

レジームチェンジ

西岡氏は金正恩体制は末期に近く逃亡者が絶えないという。

「北朝鮮の労働党や国家保衛省(秘密警察)の幹部らから、韓国側に毎日
といってよいほど頻繁に連絡があるのです。脱北して韓国に亡命した場
合、自分の身柄は守ってもらえるのか、処遇はどうかなど、具体的な問い
合わせだそうです。皮肉なのは韓国の文政権は北朝鮮に対する工作部門を
縮小しているのです」

朴槿恵前大統領は北朝鮮の体制転覆を考えて、北朝鮮に向け多くの情報を
発信し、亡命を勧めた。持参した資金は全て当人のものとして認め、韓国
政府は没収しないなどと呼びかけた。これで少なからぬ政府高官や軍幹部
が亡命したが、文大統領はその種の措置を縮小しているのだ。だが対照的
に北朝鮮からの問い合わせは増え続けている。それだけ北朝鮮情勢に彼ら
が不安を感じているということだろう。

金氏は誰も支持しない自分のためだけの闘いで緊張を高める。北朝鮮の崩
壊を防ぎたいと考えても金氏を守るという発想は、中国を含めておよそど
の国にもない。

レジームチェンジは避けられないだろう。そのとき、文政権も崩壊の道を
辿り始める可能性が高い。北朝鮮の崩壊に伴って多くの情報が流出すれ
ば、悪事が露見して自殺に追い込まれた盧武鉉元大統領のように、文大統
領の北朝鮮との暗い関わりも白日の下に晒されるからだ。

南北ともにレジームチェンジの可能性がある今、わが国の課題はまず、拉
致被害者の救出だ。朝鮮半島の統一を自由主義の旗の下に成し遂げること
にも貢献すべきだ。そのために国際社会の連帯を実現し、先頭に立たなけ
ればならない。アメリカとの緊密な連携を保ち、政治的にも軍事的にも従
来にない貢献をして、初めてそれは可能になる。現実に軸足を置いた議
論、役に立たない専守防衛の考えから脱し、敵基地攻撃を含めて積極策を
採用することが必要だ。

『週刊新潮』 2017年9月7日号 日本ルネッサンス 第768回

2017年09月04日

◆韓国が危うくなれば日本に必ず負の影響

櫻井よしこ




「日米韓連携を覆しかねない朝鮮半島情勢 韓国が危うくなれば日本に
必ず負の影響」

平和の内に夏休みを迎えている日本とは対照的に、朝鮮半島情勢が厳し
い。南北双方の事情は日米韓の連携を根底から覆しかねない。その結果生
ずる新しい事態へ備えを急がなければ、日本は窮地に陥る。

7月4日と28日の2回、北朝鮮はミサイルを発射した。米国本土中枢部、た
とえばワシントンに到達する飛距離1万キロメートルを超える大陸間弾道
ミサイル(ICBM)の完成に、彼らは急速に近づいている。

北朝鮮抑制に真剣に取り組まない中国に米国が苛立つ。危機感から韓国へ
の戦域高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を急ぐが、文在寅韓国大統
領の揺らぎも米国の苛立ちを加速させる。

北朝鮮が先月2度目のミサイル発射を深夜に決行した当日、実は文氏は
THAAD配備を事実上遅らせることになる一般環境影響評価(アセスメ
ント)の実施を発表していた。

米国は韓国に既に2基のTHAADを配備済みだ。別に4基を韓国に運び込
んだが、配備には至っていない。文氏はこの4基のみならず、配備済みの2
基も、排除するつもりで環境アセス実施を指示したのだ。

ところが同日深夜、金正恩氏がミサイルを発射すると、文氏は残る4基の
配備を急ぐとして、従来と逆の決断をした。文氏は遂にTHAAD配備を
認めたが、米韓同盟が長期的に強化されるか否かは定かではない。

有事の際の戦時作戦統制権を巡って米韓両国はいずれ韓国が統制権を持つ
ことに合意しており、その路線に変化はない。文氏は6月29日のドナル
ド・トランプ米大統領との首脳会談で同問題を取り上げ、韓国への統制権
「早期」返還を求め、トランプ大統領もこれを了承した。結果として
THAAD配備を急ぐ間にも、ソウルに駐留する米軍の南後方への移動が
着実に進められている。

7月11日、米第8軍司令部はソウル中心部の竜山基地から南の平沢への移転
を完了した。第8軍司令部は朝鮮半島有事の際の米韓両軍の司令塔になる
組織だ。日本にたとえれば座間に駐屯するシアトルの第1軍団前方司令部
に相当する組織で、有事の際に全体の作戦を指揮する中枢部隊だ。日米韓
3国が北朝鮮や中国の脅威に対処しなければならないとき、その頭脳とし
て機能するのが第8軍司令部だ。

朝鮮半島有事の際、韓国防衛には在日米軍基地からの応援が欠かせない。
在日米軍基地は日本の協力なしには機能しない。日米両国との良好な関係
なしには、韓国の自国防衛は困難だ。

片や日本は2年前の安保法制で米国軍やオーストラリア軍に後方支援を行
えるようになった。だが、韓国との安全保障上の協力体制はとても不十分
で、加えて日韓両国に信頼関係が確立されているとは言えない。

そのような中で文政権が戦時作戦統制権を米国から取り戻し、そのときに
有事が生じたら一体どうなるか。作戦の指揮権を手放した第8軍司令部が
韓国防衛の戦いを指揮することは、無論、ない。のみならず、米韓連合軍
司令部は恐らく解体に至るだろう。つまり、北朝鮮あるいはその背後の中
国を相手に、韓国は非常に難しい戦いを強いられることになる。

他方、日本は米国への後方支援は行うが、安全保障上の基本的協力関係も
形成されていない韓国軍を直接支援することはできない。その先にどんな
結果が韓国を待ち受けているのか、想像するだに気の毒だ。

文氏の作戦統制権の早期奪還計画は、北朝鮮への屈服とより強い中国の支
配を受けることにつながってしまうだろう。韓国が危うくなるとき、日本
は必ず負の影響を受ける。加計学園問題などにかまけるのではなく、じっ
くり世界を見渡し、いかにして日本周辺に迫る危機を乗り越えるか、その
ことをわが事として考える夏休みにしてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月12・19日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1194

2017年09月03日

◆注目される沖縄ローカル紙の本島進出

櫻井よしこ



反安倍政権の偏向報道続く大手メディア 

前愛媛県知事の加戸守行氏の知名度はネットの世界では極めて高い。その
風貌、佇まいに「上品なお爺さん」「正論を言う人」など多くのコメント
が寄せられている。

知事を3期12年務めた加戸氏は国家戦略特区制度の下で獣医学部新設を申
請した加計学園の問題の、当事者である。氏は国会閉会中審査で3度、参
考人として証言し、同問題に安倍晋三首相が介入していなかったこと、介
入の余地は全くなかったことを、申請経過を辿りながら明快にした。前述
のコメントはこのような氏の説明振りに対して寄せられているのだ。

ただし、これはネット空間でのことだ。地上波テレビ局のニュース番組や
ワイドショー番組、「産経」「読売」を除く大手新聞、とりわけ「朝日」
「毎日」「東京」などは、氏を徹底的に無視した。国民のテレビ局として
受信料を徴収するNHKも、明らかな放送法違反といってよい形で氏を無
視した。

従って「産経」「読売」を読まない人、あるいはネットのニュースに接し
ない人にとっては、加戸氏は「存在しない」のである。そのことを氏は興
味深い形で体験した。

8月23日、氏は約1週間のバルカン諸国を巡る旅から帰国した。お嬢さんら
との家族旅行だ。帰国当日、私の主宰する「言論テレビ」への出演、及び
対談に関しての打ち合わせの中で、氏が穏やかな口調で語った。

「家族でパック旅行をしましてね。他の皆さん方と同じテーブルで食事を
したとき、安倍首相を批判する声が少なくないことに気づきました。加計
学園問題などで隠し事をしている、お友達に便宜をはかっている。そろそ
ろ降板時だなどと、テレビの報道やワイドショーの話をそのまま信じてい
るような話し振りでした」

1週間の旅で同行の人たちは加戸氏に気づいたのだろうか。

「いいえ、誰も」と、加戸氏。さらに、「そこで私は控えめに、安倍さん
を擁護しましたけれどね。それにしても大手メディアの伝える誤った情報
がこれだけ浸透している。こわいものですね」とも語った。

前述のように地上波のテレビ局や主要新聞の多くが加戸発言を殆ど伝え
ず、前川喜平前文部科学事務次官の発言や反安倍政権の視点に基づく偏向
報道で染まり続ける限り、多くの人々は加戸氏の顔も知らず、その主張も
知らない。人々は大手メディアの伝える前川発言を信じるばかりで、世論
は間違った方向に導かれていく。こんなメディアの現状に尽々嫌気がさし
ているとき、『偏向の沖縄で「第三の新聞」を発行する』(仲新城誠著、
産経新聞出版)を読んだ。

沖縄県石垣島のローカル紙、「八重山日報」が沖縄本島に進出し、「琉球
新報」「沖縄タイムス」の2大紙に挑んでいる。人口143万人、世帯数約57
万の沖縄で、2紙は計約30万部の圧倒的部数を有す。そんな2紙の牙城に、
「事実を伝えたい」「公正公平な報道を実現したい」と「大望」を掲げて
発行部数6000の弱小体、「八重山日報」が進出した。

だが、2紙の威光を恐れてか記者も集まらない。印刷所の手当ても苦労し
た。配達要員も不足、広告も入らない。

ないない尽くしのどん底状態だが、県民はしっかり見ていてくれた。本島
での発行開始から2か月足らずで購読数は2000部に達し、申し込みはまだ
続いている。ただ、悲しいことに配達員不足で対応できていない。

新聞を読む人が減り、ネットで情報を得る人がふえているいま、新聞は新
規購読者ひとりを確保するのも容易ではない。それが2か月でなんと2000
部である。如何に沖縄県民が2紙の偏向報道に辟易しているか、である。

紙面の改善、充実という課題は深刻な問題として残っているが、「八重山
日報」の成功を祈らずにはいられない。

『週刊ダイヤモンド』 2017年9月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1196

2017年09月02日

◆韓国の対日歴史戦の背後に日本人

櫻井よしこ



韓国の文在寅大統領が大胆な歴史修正に踏み切った。8月15日、「光復
節」の式典で、徴用工などの「被害規模の全貌は明らかにされていない」
とし、被害者の名誉回復、補償、真実究明と再発防止が欠かせない、その
ために「日本の指導者の勇気ある姿勢が必要だ」と発言した。日本に補償
を求めて問題提起するということであろう。

左翼志向の盧武鉉元大統領も、戦時中の日本の「反人道的行為」に対して
韓国には個人請求権があると主張した。だが、盧氏は日韓請求権協定の資
料を精査した結果、2005年8月26日、徴用工への補償はなされており、も
はや韓国側に請求する権利はないとの見解を正式に発表した。

文氏は秘書室長として盧元大統領に仕えた人物であり、一連の経緯を承知
しているはずだが、いま再び徴用工問題を持ち出すのだ。その背景に、12
年に韓国大法院(最高裁)が下した特異な判決がある。1910年に始まる日
本の韓国併合を違法とし、違法体制下の戦時動員も違法であり、従って、
日本には改めて補償する責任があるとするものだ。

どうしてこんな無法といってよい理屈が生まれるのか。シンクタンク「国
家基本問題研究所」企画委員の西岡力氏は、8月11日、「言論テレビ」
で、この特異な判決の背景には日本人の存在があると指摘した。

「韓国併合は無効だという論理を構築し、日本政府に認めさせようとした
のは日本人なのです。東大名誉教授の和田春樹氏、津田塾大名誉教授の高
崎宗司氏らが、80年代以降、一貫して韓国併合は国際法上違法だったと主
張し、運動を始めたのです」

80年代といえば82年に第一次教科書問題が発生した。日本側は教科書の書
き換えなど行っていなかったにも拘らず、謝罪した。謝りさえすればよい
というかのような日本政府の安易な姿勢が一方にあり、もう一方には、和
田氏らの理解し難い動きがあった。和田氏らは長い運動期間を経て2010年
5月10日、「『韓国併合』100年日韓知識人共同声明」を東京とソウルで発
表した。日本側発起人は和田氏で、日韓双方で1000人を超える人々が署名
した。

国際法の下で合法

署名人名簿には東大教授らが名前を連ねている。すでに亡くなった人もい
るが、ざっと拾ってみよう。肩書きは名簿に記載されているものだ。

荒井献(東京大学名誉教授・聖書学)、石田雄(東京大学名誉教授・政治
学)、板垣雄三(東京大学名誉教授・イスラム学)、姜尚中(東京大学教
授・政治学)、小森陽一(東京大学教授・日本文学)、坂本義和(東京大
学名誉教授・国際政治)、外村大(東京大学准教授・朝鮮史)、宮地正人
(東京大学名誉教授・日本史)らである。
「朝日新聞」の記者も含めて、その他の署名人も興味深い。これまた目
につく人々を拾ってみよう。

今津弘(元朝日新聞論説副主幹)、大江健三郎(作家)、小田川興(元朝
日新聞編集委員)、佐高信(雑誌『週刊金曜日』発行人)、沢地久枝(ノ
ンフィクション作家)、高木健一(弁護士)、高崎宗司(津田塾大学教
授・日本史)、田中宏(一橋大学名誉教授・戦後補償問題)、鶴見俊輔
(哲学者)、飛田雄一(神戸学生青年センター館長)、宮崎勇(経済学
者・元経済企画庁長官)、山崎朋子(女性史研究家)、山室英男(元
NHK解説委員長)、吉岡達也(ピースボート共同代表)、吉見義明(中
央大学教授・日本史)ら、まさに多士済々である。

それでも、日本政府の立場は一貫して韓国併合は当時の国際法の下で合法
的に行われ、有効だったというものだ。西岡氏が強調した。

「あの村山富市氏でさえも、当時の国際関係等の歴史的事情の中で、韓国
併合は法的に有効に締結され、実施されたと答弁しています。国が異なれ
ば歴史認識の不一致は自然なことです。しかし、和田氏らは国毎に異なっ
て当然の歴史認識を、日本が韓国の考え方や解釈に合わせる方向で、一致
させようとします」

一群の錚々たる日本人による働きかけもあり、韓国大法院は、前述の併合
無効判断を示した。

次に韓国側から出されたのは「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制
動員犠牲者等支援委員会」の「委員会活動結果報告書」(以下、報告書)
である。

右の長たらしい名称の委員会は04年、盧武鉉政権下で発足、報告書は16年
6月に発行された。韓国政府は11年余りの時間を費やし、凄まじい執念で
調査して大部の報告書にまとめ上げた。序文で「ナチスのユダヤ人に対す
る強制収容、強制労役、財産没収、虐待やホロコースト」に関してのドイ
ツの反省や償いを詳述していることから、日本の戦時動員をホロコースト
に結びつける韓国側の発想が見てとれる。

「朴正熙元大統領は立派」

要約版だけでも151頁、違和感は強かったが、「強制動員が確認された日
本企業」2400社余りの社名が明記されていたのは驚きだった。

この報告書作成にも日本人が関わっていた。海外諮問委員として発表され
た中には、歴史問題に関する文献でよく見かける人物名がある。たとえば
殿平善彦(強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム)、上杉
聰(強制動員真相究明ネットワーク)、高實康稔(NPO法人岡まさはる
記念長崎平和資料館)、内海愛子(「対日抗争期強制動員被害調査報告
書」日本語翻訳協力委員)、竹内康人(個人研究者)、樋口雄一(個人研
究者)らである。

「こうした人々が韓国側に協力している間、日本政府は労働者動員問題も
慰安婦問題も放置してきました。仮に彼らの主張や資料が偏って間違って
いても、そのことを証明するにはきちんとした資料を出さなければなりま
せん。その点でこちら側は周回遅れです」と西岡氏。

だが、慰安婦が強制連行されたわけでも性奴隷でもなかったように、徴用
工は強制連行されたわけでも奴隷労働を強いられたわけでもなく、日韓間
では解決済みの問題である。西岡氏は当時の状況を具体的に振りかえるべ
きだと、強調する。

「日本に個人補償させずに、まとめて資金を受けとった朴正熙元大統領は
立派でした。もし日本が個人補償をしたら、朝鮮戦争の戦死者の補償より
も、日本の徴用で死んだ人への補償の方が高くなる。韓国の国が持たない。

だから日本の資金をまとめて受けとり、それで独立運動家や亡くなった人
の遺族に奨学金を出した。一人ひとりに配ると食べて終わりですから、ダ
ム、製鉄所、道路を作り経済成長につなげ、元慰安婦も元徴用工も元独立
運動家も皆を豊かにする漢江の奇跡に結びつけた。66年から75年まで日本
の資金の韓国経済成長への寄与率は20%。日韓双方に良い結果をもたらし
たのです」

文氏にはこうした事実を繰り返し伝え、主張していくしかない。

『週刊新潮』 2017年8月31日号 日本ルネッサンス 第767回


2017年08月28日

◆韓国大統領が再び問題化した「徴用工」

櫻井よしこ



「韓国大統領が再び問題化した「徴用工」 日本は過去の経緯踏まえ
しっかり主張を」
拓殖大学教授の呉善花氏は、「文在寅大統領で韓国は潰れる」と語る。な
ぜか。韓国大統領として向かうべき方向を完全に間違えているからだ。文
大統領は8月15日、「光復節」の記念式典で「強制動員」について語った。

「(徴用工などの問題で)被害規模の全ては明らかにされておらず、十分
でない部分は政府と民間が協力し、解決せねばならない。今後、南北関係
が改善すれば、南北共同での被害の実態調査を検討する」、解決には、被
害者の名誉回復と補償、真実究明と再発防止が欠かせず、「日本の指導者
の勇気ある姿勢」が必要だ(「産経新聞」8月16日)。

仁川にはすでに徴用工の像が設置され、その数がふえる兆しは濃厚であ
る。北朝鮮危機の中、韓国にこんなことをしている余裕はあるのか。第
一、徴用工は韓国映画「軍艦島」に描かれたような強制動員ではない。
『朝鮮人徴用工の手記』(鄭忠海(チョン・チュンヘ)著、井下春子訳、
河合出版)などがその実態を伝えてくれる。

同書の出版は1990年10月だが、鄭氏が自身の徴用体験をまとめたのは70年
12月だった。約20年後、訳者の井下さんに会って、初めて日本語になっ
た。つまり鄭氏が体験を手記にした時期は、日本人らが火をつけて始まっ
た戦後補償の要求がでてくる前だった。従って手記には現在の日韓関係を
歪めている政治的思惑は反映されておらず、その分史料的価値も高い。

鄭氏は1944(昭和19)年11月に徴用令状を受け、12月11日に博多港につい
た。氏の働き先、東洋工業の「野口氏」が出迎え、「非常にお疲れでしょ
う」とねぎらってくれた。

会社では新しい木造2階建てが「朝鮮応徴士」の寄宿舎に充てられた。20
畳の部屋に、「新しく作った絹のような清潔な寝具が10人分、きちんと整
頓されていた」、「明るい食堂には大きな食卓が並」び、「飯とおかずは
思いの外十分で、口に合うものだった」と書かれている。

宿舎も食事も悪くなく、給料は月額140円だった。当時の巡査の初任給の
45円、上等兵以下兵士の平均給与の10円弱に較べれば、非常に高い。

手記には徴用工が自由に移動し、街で酒や肉、あわびなどを購入して宴会
をする様子も描かれている。日本人による残虐な扱いどころか、日本人が
朝鮮人に気を遣っているのが明らかだ。日本国の人口統計も渡日した人々
の多くが、自らの意思で来た出稼ぎ移住だったことを示している。数字を
『日韓「歴史問題」の真実』(西岡力著、PHP研究所)から拾ってみる。

終戦当時、国内の事業現場にいた朝鮮人労務者は約32万3000人、朝鮮人の
軍人、軍属が約11万3000人、計約43万6000人である。他方、終戦時の在日
朝鮮人人口は約200万人だ。つまり、朝鮮人人口の8割が戦時動員ではなく
自らの意思で渡日した出稼ぎ移住だったということだ。

もう一点重要なのは、敗戦後朝鮮人徴用工への手当ができないまま年月が
すぎたことに関して、日本政府は日韓請求権交渉で前向きに対処しようと
したことだ。

同志社大学教授の太田修氏による『日韓交渉 請求権問題の研究』(クレ
イン)には、日本政府が朝鮮人徴用工一人一人への援護措置を考えていた
のに対し、韓国側は「国内問題として措置する。(個々の労務者への)支
払いはわが国の手で行う」と主張、結果、日本政府は当時15億ドルきり
だった日本国の外貨から有償・無償合わせて5億ドルを支払ったとある。

交渉の経過を精査した盧武鉉大統領はその反日姿勢にも拘わらず、日本政
府に徴用工問題で請求はできないと判断した。それを文大統領は再び問題
化し、第2の慰安婦問題にしようとしている。日本側は過去の経緯を踏ま
えて今度こそ、しっかり主張すべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1195 


2017年08月27日

◆韓国大統領が再び問題化した「徴用工」

櫻井よしこ



「韓国大統領が再び問題化した「徴用工」 日本は過去の経緯踏まえしっ
かり主張を」


拓殖大学教授の呉善花氏は、「文在寅大統領で韓国は潰れる」と語る。な
ぜか。韓国大統領として向かうべき方向を完全に間違えているからだ。文
大統領は8月15日、「光復節」の記念式典で「強制動員」について語った。

「(徴用工などの問題で)被害規模の全ては明らかにされておらず、十分
でない部分は政府と民間が協力し、解決せねばならない。今後、南北関係
が改善すれば、南北共同での被害の実態調査を検討する」、解決には、被
害者の名誉回復と補償、真実究明と再発防止が欠かせず、「日本の指導者
の勇気ある姿勢」が必要だ(「産経新聞」8月16日)。

仁川にはすでに徴用工の像が設置され、その数がふえる兆しは濃厚であ
る。北朝鮮危機の中、韓国にこんなことをしている余裕はあるのか。第
一、徴用工は韓国映画「軍艦島」に描かれたような強制動員ではない。
『朝鮮人徴用工の手記』(鄭忠海(チョン・チュンヘ)著、井下春子訳、
河合出版)などがその実態を伝えてくれる。

同書の出版は1990年10月だが、鄭氏が自身の徴用体験をまとめたのは70年
12月だった。約20年後、訳者の井下さんに会って、初めて日本語になっ
た。つまり鄭氏が体験を手記にした時期は、日本人らが火をつけて始まっ
た戦後補償の要求がでてくる前だった。従って手記には現在の日韓関係を
歪めている政治的思惑は反映されておらず、その分史料的価値も高い。

鄭氏は1944(昭和19)年11月に徴用令状を受け、12月11日に博多港につい
た。氏の働き先、東洋工業の「野口氏」が出迎え、「非常にお疲れでしょ
う」とねぎらってくれた。

会社では新しい木造2階建てが「朝鮮応徴士」の寄宿舎に充てられた。20
畳の部屋に、「新しく作った絹のような清潔な寝具が10人分、きちんと整
頓されていた」、「明るい食堂には大きな食卓が並」び、「飯とおかずは
思いの外十分で、口に合うものだった」と書かれている。

宿舎も食事も悪くなく、給料は月額140円だった。当時の巡査の初任給の
45円、上等兵以下兵士の平均給与の10円弱に較べれば、非常に高い。

手記には徴用工が自由に移動し、街で酒や肉、あわびなどを購入して宴会
をする様子も描かれている。日本人による残虐な扱いどころか、日本人が
朝鮮人に気を遣っているのが明らかだ。日本国の人口統計も渡日した人々
の多くが、自らの意思で来た出稼ぎ移住だったことを示している。数字を
『日韓「歴史問題」の真実』(西岡力著、PHP研究所)から拾ってみる。

終戦当時、国内の事業現場にいた朝鮮人労務者は約32万3000人、朝鮮人の
軍人、軍属が約11万3000人、計約43万6000人である。他方、終戦時の在日
朝鮮人人口は約200万人だ。つまり、朝鮮人人口の8割が戦時動員ではなく
自らの意思で渡日した出稼ぎ移住だったということだ。

もう一点重要なのは、敗戦後朝鮮人徴用工への手当ができないまま年月が
すぎたことに関して、日本政府は日韓請求権交渉で前向きに対処しようと
したことだ。

同志社大学教授の太田修氏による『日韓交渉 請求権問題の研究』(クレ
イン)には、日本政府が朝鮮人徴用工一人一人への援護措置を考えていた
のに対し、韓国側は「国内問題として措置する。(個々の労務者への)支
払いはわが国の手で行う」と主張、結果、日本政府は当時15億ドルきり
だった日本国の外貨から有償・無償合わせて5億ドルを支払ったとある。

交渉の経過を精査した盧武鉉大統領はその反日姿勢にも拘わらず、日本政
府に徴用工問題で請求はできないと判断した。それを文大統領は再び問題
化し、第2の慰安婦問題にしようとしている。日本側は過去の経緯を踏ま
えて今度こそ、しっかり主張すべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1195