2020年10月30日

◆「学術会議の反日、異常な二重基準」

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2020年10月22日号
日本ルネッサンス 第922回

日本は普通の真っ当な国家になってはいけないというかのような日本否定の考え方はもう捨て去る時だ。論理矛盾とダブルスタンダードの日本学術会議を見ての感想である。

日本の学者・研究者は「今後絶対に」軍事研究はしない。なぜなら日本は過去に軍国主義に走ったから、という学術会議の掲げる1950(昭和25)年の「決意表明」は、日本を占領していた連合国軍総司令部(GHQ)の考え方を反映している。

亀山直人初代会長は53年に吉田茂首相(当時)へ、GHQが学術会議設立に「異常な関心を示した」と書き送っている。設立時のGHQの異常な関心は、日本学術会議の理念にもろに反映された。日本が二度と米国に刃向かえないように、およそ全ての軍事力を殺ぎ落とす役割を日本学術会議に担わせようとGHQは考えた。それが前述した軍事研究絶対拒否の誓いにつながっている。

学術会議に相当する世界各国の機関はシンクタンクだ。国によって形態は異なるが、強い影響力を持つ米国のシンクタンクは財政的に独立した民間組織として機能している。GHQはしかし、日本学術会議を自国のシンクタンクとは正反対の立場、国家機関に位置づけた。

日本学術会議法には、同会議を守る枠組みが明記されている。内閣総理大臣が所轄し、全経費は国庫によって賄われる一方で、政府から独立した地位が保証されている。

政府から独立した強い立場で、学術会議はこれまでに三度軍事研究に関する声明を出した。最初のそれは前述の50年、「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」だった。67(昭和42)年の第二の声明は、「絶対に」という表現で「戦争を目的とする科学の研究」を拒否した。2017(平成29)年には第三の声明を発表して右の二つの声明を継承した。第三の声明では「今後絶対に」戦争目的の科学研究は行わないとの決意表明に加えて、次の事例を記している。

苦汁を飲まされてきた

「防衛装備庁の『安全保障技術研究推進制度』(2015年度発足)では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ」ている。しかし「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」。

安保技術促進制度に関して、日本国政府は学術会議に苦汁を飲まされてきた。その当事者でもあった小野寺五典元防衛相が10月9日、「言論テレビ」で語った。

「一度めの防衛大臣の時に、日本の次期戦闘機等、新しい技術の開発は外国の技術に頼るのではなくオールジャパンで進めたい、また、航空機を専門に研究している大学や研究室と共同で行いたいと考え提案しました。ところが大学側は軍事研究は基本的に受け付けないというのです。それどころか日本の大学は防衛大学校卒業生が大学院に入ろうとしても、自衛隊だという理由で入れてくれない。おかしいのは、中国人民解放軍の軍歴を持つ中国人を同じ大学院に受け入れ、技術をどんどん教え、垂れ流しているのです。それなのになぜ、日本を守る防衛大生、或いは防大卒の研究者を拒否するのか。不可解な壁が立ち塞がりました」

そこで小野寺氏らは考えた。学界と防衛省の垣根を低くしようと。その為に安全保障の技術革新を目的とする公募型の研究ファンドを作り、大学や研究機関の専門家たちに応募してほしいと、予算を確保した。

「初めの頃に応募して、いい研究をしていたのが北大でした。ところが学術会議は軍事研究につながるものは許さないと、強硬です。学術会議にはそれなりの権威があります。防衛省の研究費を受けようとした大学の先生方が辞退する例が続きました。納得できないのは学術会議が防衛省の委託研究を禁じながら、米軍の研究費についてはお咎めなしだった点です。大阪大、東京工業大、東北大、京都大などは米軍の研究費を受け入れて成果を出していますが、それらには文句を言わないのです」

米軍の委託研究はよいが防衛省の研究は拒絶せよとは、どういうことか。日本の大学がこんなことでよいのか。それを仕切っているのが日本学術会議だ。だからこそ、小野寺氏はこう語る。

「正直、(名称に)『日本』って付けていいのかなと、そう思います」

中国人民解放軍の委託研究を受けるには至らないが、中国の理系大学や研究機関に協力する日本人教授や研究者もいる。日本学術会議は、日本の国益よりも中国の国益を考えたのかと疑いたくなる意見表明もしている。

先端産業の主導権

そのひとつが国際リニアコライダー(ILC)のプロジェクトだ。

いま世界の素粒子物理学研究の中枢は、スイスとフランスの国境に27キロにわたってまたがる地下深くのトンネル、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)にあると言われる。これは宇宙の成り立ちの解明につながる純粋科学の研究だ。しかし、同研究は超電導技術や、素粒子検出に必要なあらゆる先端技術が凝縮されたもので、この分野を制覇できれば、ほぼ完全に先端産業の主導権を握れると言われている。中国はいまこの一大研究に意欲を燃やしている。この研究で成果をおさめられれば、「中国の夢」を叶え、「世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことができる。

一党独裁体制で世界制覇を目指す中国共産党は、このビッグ・サイエンスのプロジェクトに惜しみなく資金を投入できる唯一の存在であろう。対して西側陣営は一国では対抗できない。連携が必要で、日本と欧米が共同プロジェクトとして考えているのが先述のILCだ。

科学分野での巨大プロジェクトは国と国との関係を左右する。遅れをとれば先んじた国の後塵を拝すのみならず、安全保障上も経済上も従属を強いられかねない。いま米国が国益をかけて宇宙開発に乗り出しているのも、宇宙空間を中国に制覇されてはならないと考えるからだ。

中国はすでに従来の2倍以上の規模の次世代加速器建設を考えており、日本が誘致しようとするILC建設は我が国が科学において一流国に踏みとどまれるか否かの岐路である。だがここに日本学術会議が立ち塞がっている。30年という長期計画と巨額の資金投下は科学者の代表機関として支持できないというのである。彼らは真に科学者の代表機関なのか。

北海道大学名誉教授の奈良林直氏が語る。

「日本学術会議は、人文社会分野までを含む学術団体の推薦者から構成され、最近は自分達で人選しています。海外の巨大研究機関との連携が弱く、国際プロジェクトを主導する組織力もなく、研究成果の産業界への波及といった活動も活発ではありません。評論家的な立場の所見です」

こんな日本学術会議に、日本の未来を左右しかねない大プロジェクトを止める資格はないだろう。


2020年10月21日

◆「学術会議」にモノ申した菅首相の英断」

櫻井よしこ


アカデミズムの権威の衣をまとった日本学術会議に菅義偉首相が物言いをつけた。菅首相の決定は英断であり、高く評価する。評価の理由は後述するが、まず、日本学術会議という組織を見てみよう。

同会議は、日本が米軍の占領統治下にあった昭和24年に設立された。戦時中、日本の学者、研究者、とりわけ科学者が「戦争に協力させられた」として、同会議は政府から独立して政策提言を行う専門家組織と位置づけられた。GHQのお墨つきを得て、東大法学部憲法講座に君臨した宮澤俊義教授以下、今日まで続く東大憲法学者集団と通底する学者集団が創られたと見てよい。

日本学術会議の会員は210人、任期は6年で1期のみ、3年ごとに半数を入れ替える。新会員の候補者は日本学術会議が推薦し、政府が追認する歴史が長く続いた。今回推薦されたのは105人、内、菅首相が任命しなかったのは6名だ。

半数の入れ替えで学問、研究の新気風が巻き起こるかといえばそうではない。推薦者は往々、自分の弟子筋、或いは同系統の学者を推すからだ。真の意味での新しい人材を招き入れる結果には到底ならない。

日本学術会議が政府政策に批判的立場を取ることが少なくないのは、その成り立ちからも自然であろうか。但し、強調したいのは、学界が自由に発想し、研究し、政府に注文をつけるのは大事だということだ。研究者の批判に政府は一定の敬意を払うべきだと私は考える。

しかし、批判が常軌を逸する場合、或いはどう見ても日本国民と日本国の為にならない場合、修正を求めるのは当然だ。日本学術会議には年間10億円の政府予算が注入されており、修正努力は政府の責任でもあろう。政府による修正には幾つかの方法がある。第一は国民の税金から拠出する日本学術会議関連予算の削減、第二は人事である。

政府は今回の任命拒否の理由を明らかにしていない。そのため推測するしかないが、任命されなかった6人の候補者の行動を見ればある程度、理由は推測できるのではないか。

笑止千万

東京慈恵会医科大学教授(憲法学)の小澤隆一氏と早稲田大学法学学術院教授(行政法学)の岡田正則氏は、日本共産党の研究を専門とする雑誌に1999年9月段階で名前が登場する共産党系の学者である。小澤氏は当時静岡大学助教授、岡田氏は金沢大学助教授だった。

両氏の政治活動の実態は華々しい。以下小澤氏の主たる活動歴だ。

◎2002年5月、「有事関連三法案に反対する学者・研究者共同アピール」に賛同。◎04年6月、「憲法改正阻止・9条の会」に賛同署名。◎15年9月、「安保法制の廃止・反対」に署名。◎16年8月、「全国市民アクション9条改憲NO!」に賛同。◎17年7月、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」に賛同。◎19年6月、「安倍9条改憲NO!6月10日全国市民アクション」の会に参加。

小澤氏の極めて活発な政治行動は「赤旗」でも報道されている。氏に加えて今回任命されなかったのは前述の岡田氏ら6名である。全員が15年の「安保法制廃止・反対」の署名者で、彼らの姿勢は憲法9条擁護という宮澤憲法学の根幹に行きつく。

憲法についてどう考えようと、個々人の自由ではある。だからこそ、個々人の思想を問題視したかのような任命拒否は学問・研究の自由を阻害するものだと、当の学者らが言い、日本共産党も立憲民主党も非難するのであろう。立憲民主党の安住淳国対委員長は「(日本学術会議は)『学問の世界の国会』と言われている」と語り、志位和夫日本共産党委員長は「学術会議は、日本の科学者を内外で代表する機関だ」と言う。

笑止千万である。東京大学大学院理学系研究科(天文学)教授の戸谷友則氏は今月2日、「学術会議が『学者の国会』とか『87万人の学者の代表』という言い方はやめて欲しい。学術会議の新会員は学術会議の中だけで決めていて、会員でない大多数の学者は全く関与できないし、選挙権もない」とツイートした。

北海道大学名誉教授の奈良林直氏は「日本学術会議が内外で日本の科学者を代表するというのは虚構にすぎない。彼らの考えに反対する学者は多い」と反論した。

匿名で東京大学理系教授も語る。

「日本学術会議は特定の学者たちが内輪で人事を回しているにすぎない。それなりの力を持ち、学問研究の世界を動かしているが、特定の集団にすぎない彼らにそんな権利はないはずだ」

日本では許されない研究

17年3月24日、日本学術会議は、大学等の研究機関における軍事的安全保障研究は認められないとの声明を出した。軍事研究を禁ずること自体学問・研究の自由の阻害である。さらに声明は日本学術会議のダブルスタンダードを示している。彼らは国内では軍事研究を禁止するが、会員が中国の理系大学や研究所で研究することは何ら禁止しない。

中国は「軍民融合」の国だ。民生用技術も軍事に役立てば全て軍事転用する。民間企業に介入できない民主主義国の日本とは異なるのだ。従って中国での理系研究はどんな名目であろうと、およそ全て軍事研究につながると考えるべきだ。にも拘わらず、日本学術会議は会員が中国の大学や研究機関で中国の研究に貢献することに歯止めをかけていない。

一例が11年に日本学術会議会員になった名城大学教授の福田敏男氏である。福田氏は12年に中国の「外専千人計画」の一員に選ばれた。千人計画とは中国が海外の理系研究者を高い報酬等で広く集めて科学研究に寄与させる遠大な計画である。

福田氏は13年、軍事研究においても優れた成果を出している北京理工大学の専任教授になった。氏について北京理工大ホームページは「マイクロ・ナノロボットや生物模倣ロボットの分野で卓越した人物」、「00年から北京理工大の黄強教授と協力して研究した」と紹介し、「08年から北京理工大学『特殊機動プラットホーム設計製造科学与技術学科創新引智基地』の海外学術講師、10年には『生物模倣ロボット・システム』教育部重点実験室の学術委員会委員に就任、13年に北京理工大学の専任となった」と明記している。

福田氏がこの間、日本学術会議の会員になったことは前述した。軍民融合の中国において、福田氏の研究が中国の軍事につながる可能性は否定できない。氏以外にも中国の理系大学・研究機関で、日本では許されない研究に従事している研究者は少なくない。このことに日本学術会議はなぜ警告を発しないのか。

日中の科学者の交流、中国の千人計画などの間には深い闇があるのではないか。首相判断の是非はこうした懸念を念頭に置いて考えるべきだ。


2020年10月07日

◆在日米軍を標的に中国が軍事訓練

櫻井よしこ


防衛問題とは一部の軍事マニアや軍事オタクのものではなく、常識論だ」

こう喝破するのは4年半にわたって統合幕僚長を務めた河野克俊氏である(『統合幕僚長』ワック)。

「自分は何かあったら友人に助けてもらうが、友人に何かあってもお金は出すが助けないという友人関係は常識的にあり得ない。スポーツでもそうだが、守るだけで攻めることをしなければ試合には勝てない。これも常識だ」

河野氏は日米安保条約の非対称性と、日本に染みついている専守防衛の考え方は非常識そのものだと言っている。全く同感である。

防衛の常識を欠いている日本で実際に起きた恥ずかしい事例を河野氏の本から抜粋してみよう。今更ではあるが、1991年の湾岸戦争に直面して日本が演じた醜態を忘れてはならない。

イラクがクウェートに侵攻し、米国が有志連合を結成してイラク攻撃に踏み切った。日本は中東の油に依存しており、高みの見物は許されない。しかしどんな貢献をするのか、海部俊樹首相(当時)はうろたえた。

まず初めに、民間人を派遣する案が提示された。だが民間海運会社に物資の輸送を依頼すると船員組合が猛反対し、メディアは、自衛隊が行かずに民間海運会社に行かせるのはおかしいと批判した。もっともだ。

次に民間人と自衛官をともに派遣する案が出された。だが憲法九条の壁があるから、派遣地域は分けなければならない。自衛官を危険地域に行かせると、武器を持っているので国権の発動たる武力行使になってしまいかねない。そこで「自衛官を安全地域に、民間人を危険地域に」ということになった。誰が聞いてもおかしな話でこの案も立ち消えた。

続いて海外青年協力隊のような別組織を作ってそこに元自衛官を入れて派遣する案が検討された。だが別組織など簡単には作れず、この案も波の彼方に消えた。

冷たい視線

さらに今度は、自衛官の身分のまま協力隊に所属させ二つの身分を持たせる案が出た。これは法律上無理となって消えた。

その次に出てきたのが予備自衛官の活用案だが、当時の予備自衛官は高年齢層の人たちが中心で、これまた却下された。

残されたのが、自衛隊をそのまま派遣する案だった。しかし、ワイドショーなどで「自衛隊を派遣すれば、日本は軍国主義になる」という声が広がった。「いつか来た道」「蟻の一穴」「軍靴の足音が聞こえる」という言葉が飛び交ってこの案も潰れた。

実はまだこの先にも幾つかの案が提示されては消えていったことを河野氏は書いているのだが、省く。最終的にわが国は1兆8千億円を拠出した。但し、「武器弾薬等には使わないで下さい」などの条件をつけた。湾岸戦争が終わったとき、クウェートも世界も日本に感謝せず、カネで済むと思うなとでも言うべき冷たい視線にわが国は晒されたのだ。

これが憲法九条のもたらした結果である。日本は非常識だったのである。当時と今は、多少、違う。しかし、基本的な状況は余り変わっていないのではないだろうか。

だからトランプ米大統領は昨年6月、3度にわたって「日米安全保障条約は不公平だ」「米国は日本を助けるために戦うが、日本はソニーのテレビで見物するだけだ」「米国の軍事費は膨大なのに日本は十分なカネを払っていない」「不公平な日米安保条約の破棄も考えている」と強烈な不満を口にしたのであろう。

一連の発言はトランプ氏の本心そのものだ。にも拘わらず、日本政府・外務省は「日米政府間では日米安保条約の見直しといった話は全く出ていない」などと否定した。現職の大統領は米国政府の代表だ。米国政府の意思表示ではないとしてトランプ発言を否定することは、まさに非常識だ。

日本政府が現実から逃避している間にも、世界の安全保障環境はさらに厳しくなった。トランプ発言から1か月後、米露が約30年間守ってきた中距離核ミサイル(INF)全廃条約が失効した。


射程500キロから5500キロの地上発射型ミサイルは、米露両国がその全廃を取り決めたが、それ以外の国々は次々に中距離ミサイルを保有し始めた。中国を筆頭に、インド、パキスタン、イラン、イラク、北朝鮮、さらに韓国もである。核保有国はその中距離ミサイルに核を搭載できる。

事実上、好きなだけ戦力を増強できる世界になってしまったのだ。剥き出しの力が物を言う世界である。

そうした中、米国には中距離ミサイルがない。中国の中距離ミサイル攻撃に対処する手段がないのである。日本はどうする。これは、米国の安全保障問題ではなく、日本自身の安全保障問題だ。日本の安全保障環境が非常に危険な状況にあることに気付かなければならない。

戦後最大の危機

防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏が『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房)で、米国の専門家の論文を次のように紹介している。中国のミサイル攻撃能力の高さを窺わせる内容だ。

「中国国内に、日本の嘉手納基地、横須賀基地、三沢基地を模したターゲットが存在しており、(中国人民解放軍は)そこに向けてミサイルの実射試験を行なっている」「それらのターゲットには、横須賀に停泊している艦艇、三沢や嘉手納のバンカーや駐機場さえも再現されており、しかもそれらにピンポイントで弾道ミサイルが弾着している形跡がある」

訓練ではあるが、中国は精密誘導兵器によって、個々の艦や駐機場の航空機まで殲滅しているのである。彼らは明らかに在日米軍基地をターゲットとしている。台湾奪取、尖閣占領などで、中国軍に立ちはだかるのは米軍であるから、当然であろう。中国のミサイル攻撃をどのように阻止するのか、彼らの攻撃から如何にして国民・国土を守るのか、北朝鮮の脅威への対処も含めて戦後最大の危機が日本に迫っている。

日本がどのような安全保障戦略を持つべきか、中国や北朝鮮に対してどのような抑止力を構築すべきかを考えるときに重要なことは、ハードウェアの具体的なスペックや、配備場所を先行して議論することではないと高橋氏は説く。

「兵器の具体的な運用の形態は軍事戦略に従属し、軍事戦略は大戦略に従属するからだ」

個々の兵器の能力や配置について論ずるよりも日米間で補い合いながら中国を抑止する術を考えよというのだ。私たちはかつてない脅威に晒されている。そのことを意識し、日本の国防を確かなものにする為に、あらゆる努力をするという決意を固めなければならないのではないか。

Tweet
トラックバックURL:

櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 在日米軍を標的に中国が軍事訓練 」

2020年09月27日

◆菅新首相に望む、安倍氏の歴史観継続

櫻井よしこ


9月11日の「言論テレビ」で安倍晋三首相と次期首相の菅義偉官房長官について語る内、安倍首相の最大の功績に話題が及んだ。政治ジャーナリストの石橋文登氏が「日本を死の淵から救ったことだ」と語った。

2012年以降も民主党政権が続いていたら、尖閣は今頃中国に奪われている。野田佳彦首相(当時)はよくぞ半年前倒しで解散してくれた。民主党政権下で経済はどん底、国際社会ではどの国からも相手にされず、日本は沈みかけていた。解散・総選挙で安倍氏率いる自民党が大勝利し、日本は蘇ったと、石橋氏は力を込めて語った。

安倍首相の真の功績は日本人の歴史観を正したことだと、私は思う。戦後70年談話で「子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と語り、歴史を公正に見詰めることの大切さを国民に説いた。

反省すべきは反省するが、父母・祖父母の世代の日本人が歩んだ道も十分に認めようというものだ。歴史に正対して評価する姿勢は未来永劫謝罪し続ける偏った道を拒否するもので、歴史観の矯正こそ安倍首相の最大の功績だ。会話がそんな形で深まったとき、石橋氏が言った。

「真ん中層を変えたのですよ。右と左は元々いた。僕が新聞記者になった30年前、君が代を歌う奴は右翼だと言われた。いま、君が代を歌わない奴は左翼だって言われる。

この部分をいじったのが安倍晋三ですよ。総理になる前から歴史教科書の問題に取り組んでいた。それが原因で左傾メディアともぶつかった。

しかし社会の中間層は普通の国民として、君が代を歌うのが正しいのか、歌わないのが正しいのか、ようやく気付いた。歌うのは右翼だというのと、歌わないのは特定の少数派だというのは非常に大きな違い。真ん中にいた人たちの認識を変えたのが安倍晋三の最大の功績ですよ」

そのとおりであろう。

独立国ではない状況

菅氏は安倍氏の路線を引き継ぐと語る。個々の政策ひとつひとつを引き継ぐという意味ではないだろう。安倍政権は選挙の度に国民の圧倒的支持を得て勝ち続けた。国民が支える安倍氏の価値観を引き継ぐという意味だろう。

日本を本来の日本たらしめる、そのための改革を推進するということであろう。それは究極的には歴史観の問題に行き着く。

安倍首相は誰よりも、日本は独立国だという意識を持っている。日本が独立国だなんて当然のことだと思ってはならない。

憲法、安全保障を見ればそうではないのであるから。わが国は実質的に独立国ではない状況に浸りきり、そのことに国民も慣れきっている。石橋氏の指摘した君が代を歌うのは右翼だという感じ方がその背景にあった。日本の過去はおよそ全て間違いで、悪いことばかりだと「反省」し続けるべしという歴史観だ。

菅氏が引き継ぐ安倍路線の一番大事な要素がこの歴史観であることは、繰り返し指摘したい。そして強調したい。歴史観の引き継ぎは理念にとどまっていては不十分だ。眼前にある具体的問題で筋を通すことだ。

一例が韓国を貿易上のホワイト国から外して通常の国と同じ扱いにしたことに関する事案だ。この点で菅氏の一歩も譲らない構えを評価する。もうひとつ、「産業遺産情報センター」問題もある。同センターは今年3月、東京・新宿区に開設され、前内閣官房参与の加藤康子氏がセンター長を務めている。

加藤氏は、鎖国の眠りから醒めた日本が如何にダイナミックに産業革命を進めて明治維新を成功させ、近代国家へと変身したか、先人たちの努力と叡智、その足跡を丁寧にまとめている。それはまさに心を揺さぶる感動の物語である。

一人一人の国民の位置づけ、行政機構、法律、哲学、文学などあらゆる面で日本は猛然と学んだ。鉄鋼、造船、石炭など重工業分野でも飛躍した。日本がほぼゼロの状態から産業革命を成し遂げられたのは、優れた人々の集団が日本に存在したからだ。その中核は紛れもなく誠実で真面目で高い労働倫理を身につけていた一般国民だった。

たとえば日本のエネルギーを賄う石炭採掘において長崎県端島の鉱山があった。軍艦島と呼ばれたこの小さな島では日本人と朝鮮人が心を合わせて働いた。三菱は当時世界最先端を行く近代的鉱山とそこで働く人々のためにこれまた近代的住宅街を造り、日本人と朝鮮人を平等に扱う社の倫理規程を実施した。

だが韓国はこの軍艦島を「強制連行」「奴隷労働」「虐待の限りを尽くした地獄島」と貶め、ユネスコの世界文化遺産登録に大反対の大キャンペーンを展開した。

強力な反対意見

加藤氏は元島民70人以上に会い、一人当たり数時間から数十時間にわたって証言を聞いた。端島で働き、家族と共に島で暮らした人々の証言は、日本人のそれも朝鮮人のそれも拷問、虐待、差別、奴隷労働、強制連行、地獄島などの全てを否定するものだった。

直接の当事者に話を聞くのは、歴史研究の第一歩だ。それを真面目に成し遂げた加藤氏がいま、激しい抗議に晒されている。情報センターに韓国メディアが押し寄せ、在京大使館からも見学者が来る。

それ自体は結構なことだが、彼らはいずれも前述した軍艦島を貶めるような証言が展示されていないことに抗議するのだそうだ。だが、歴史の事実ではないことを展示できるはずはない。

問題は韓国側の理不尽な動きに「朝日新聞」や「共同通信」が連動していると考えられることだ。「月刊Hanada」9月号及び10月号に詳細は譲るが、朝日の清水大輔記者と共同通信の西野秀記者が、「朝鮮人強制労働被害者補償立法をめざす日韓共同行動」事務局長の矢野秀喜氏と共に来館したときの応答は実に興味深い。明らかなのは矢野氏らが多くの間違った情報に依拠して日本非難を繰り返している点だ。

さて、ここからがもっと重要な部分だ。加藤氏に抗議する勢力は韓国や朝日や共同だけではないのだ。

実は彼女が日本の産業革命の足跡を、そこで働く人々の実態も含めて調べ、資料収集していたとき、強力な反対意見が日本の官僚、とりわけ外務省や官邸中枢に陣取る幾人かの有力者たちから表明されたという点だ。

加藤氏の資料・証言収集と情報センター開設は、安倍首相の強い後押しがあって初めて可能だった。それなしには、到底、不可能だった。

加藤氏の手掛けるこの「産業遺産情報センター」がこれからも無事に存続できるように担保し、拡大発展して日本の歩みに光りを当て続けられるように守り、配慮することが、菅氏が安倍政治の継承という約束を果たすことだと思う。

『週刊新潮』 2020年9月24日号
日本ルネッサンス 第918回

2020年09月23日

◆中国対日工作、過小評価は禁物だ 

櫻井よしこ


戦後75年、大きく変わる世界情勢の中で、これからの10年、20年、さらにその先、日本をどんな国にするのか、私たちはどんな価値観を家庭、社会、国の基盤に置きたいのか。いまじっくりと考えて方向性を決めるときだ。

米中の価値観の戦いは行きつく所まで行くだろう。ポンペオ国務長官は7月に中国に関する主要な演説を4回行い、その中で世界各国は米中どちらの側につくのか、どちらの価値観を選ぶのか、明確にせよと迫った。

日本だけでなく英国もドイツも、国際社会に対する影響力は小さくない。米国の影響力が相対的に弱まっているいま、むしろ、日本などの影響力は強まっている。経済、軍事を問わず、力のある国には応分の責任がある。日本は世界に対する責任を果たすためにも、米英などと共に中国とどのように向き合うかを考えなければならない。

そんなとき、米国の有力シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)が7月下旬に発表した調査報告書「日本における中国の影響」を読んだ。「日本に対する中国の影響は他国に較べて限定的」という結論を導き出したこの47頁の報告書は、残念なことに見通しと分析の甘さが目立つ。

右の報告書は、中国は対日影響力拡大のために硬軟とりまぜた手法を駆使してきたが、何ひとつ対日戦略目標を達成していないと書いている。具体例として一帯一路計画への日本の参加、沖縄の独立、日本政府内の親中派勢力育成、日米同盟の弱体化、これらのいずれも実現していないというのである。

右に挙げた事例が実現していたとしたら、日本はどうなっているだろうか。たとえば沖縄独立である。その実現はまさに革命勃発に等しい。日本にとって天地がひっくり返る動乱となろう。

日米同盟の弱体化は、戦後の日本の歩みと近未来の安全保障戦略を根底から変えるものだ。

報告書の目的

トランプ政権、さらにオバマ政権の時から日本が直面している課題が日米同盟の質的変化の必要性である。米国は日本に、より高度の自立を要求し続けている。日本にもそうしなければならないという自覚がある。だが、それはどのような形であっても日米のより強い結束を目指すものであり、同盟の弱体化ではない。

沖縄独立も日米同盟の弱体化も中国が長年狙ってきた戦略だ。そのために彼らは日本の世論をたきつけ、日米を離反させようとしてきた。それらが実現していないからといって、中国の対日情報工作や影響が、他国と較べて弱い、或いは限定的だと結論するのは間違いではないか。

この報告書の目的として「日本特有の事情に加えて他の民主主義国も共有可能な政策を分析し、中国による対日影響工作の失敗の理由を説明すること」と書かれている。

まさに「中国は日本に大きな影響を及ぼし得ていない」という見方が先にあって、そこに到達するための材料を集めたにすぎないのではないか。そう考えれば報告書で一番先に登場する日本の学者が、上智大学教授で親中派の中野晃一氏である理由もわかるというものではないか。

日本に対する中国の影響が限定的だという判断に至ったひとつの証左として、報告書は日本政府の武漢ウイルスへの対処は当初甘かったが、その後、企業に脱中国を勧めるための資金を用意したことを挙げている。

日本政府が用意したのは2435億円。米国は55兆円、独は72兆円である。「デカップリング」(切り離し)に関する日本の覚悟を疑われかねない少額資金だ。これを中国の影響力がそれほど及んでいない証拠とするのは客観的にみて不適切だろう。

報告書には「孔子学院」の記述もあるが、有り体にいって、非常にうすい内容で参考にならない。

中国が他国を弾圧したり影響力を行使したりするときに最も効果の大きいのは経済力の活用だ。貿易も観光も中国政府の匙加減ひとつで相手国に深刻な打撃を与えることができる。豪州政府が武漢ウイルスの発生源について国際社会による科学的調査を提唱したとき、中国は豪州の大麦輸入に80.5%の関税をかけた。韓国が米国の要請で高高度ミサイル防衛(THAAD)を配備する可能性を示したとき、中国人観光客を止めて韓国経済を締め上げた。

こうした事例を私たちは肝に銘じているが、盲点は教育分野であろう。各国の大学には中国人留学生が大量に送り込まれている。殆どの場合、授業料は一括で前払いされ、受け入れ大学にとっては経済的に非常に有難い。そのため大学全体が恰(あたか)も中国に従属するような、中国の批判が出来にくい空間となっている。その間に中国人留学生たちは各研究室で最先端技術の研究や知見を取得し、盗み、中国に持ち帰る。

大学に巨額の利益

教育分野における中国の影響力拡大のもうひとつの柱が孔子学院だ。孔子学院は、漢弁と略称される教育部(文部科学省に相当)の下部組織が始めたもので、中国語教育や中国文化の普及を通して中華圏を世界に広げることを目的としている。もっとあからさまに言えば、中国共産党の影響力を世界中で高めることが目的だ。

『目に見えぬ侵略』(飛鳥新社)で豪州に対する中国の凄まじい侵略ぶりを描いたクライブ・ハミルトン氏は、中国のプロパガンダ部門の長である李長春氏が「孔子学院は中国が海外でプロパガンダを展開するための重要な組織だ」と述べたことを指摘している。

彼らは孔子学院第一号を2004年に韓国に設立して以来、世界162か国に550の孔子学院を設立してきた。日本での第一号は立命館大学だ。余程、よいことがあるのか、立命館は大分県に立命館アジア太平洋大学も設立済みだ。同大の学生の多くが中国人留学生である。名門といわれる早稲田大学にも孔子学院が生まれた。その他12の大学にも孔子学院がある。それらは桜美林、北陸、愛知、札幌、兵庫医科、岡山商科、大阪産業、福山、工学院、関西外語、武蔵野、山梨学院の各大学である。

多くの留学生受け入れと孔子学院設立は相乗効果を生み出しながら受け入れ大学に巨額の利益をもたらす。それは前述した留学生たちの一括前払いの授業料であり、中国側から提供される種々の研究費でもある。その資金は中国教育部から出る建前になっているが、果たしてクリーンな資金なのか。著名な中国研究者、デイヴィッド・シャンボーは、実際には中国共産党中央宣伝部の資金だと指摘している(前掲書)。つまり、日本の多くの大学や研究者が受け入れている資金は共産党中央宣伝部の資金であり、教育部から支出される形で資金洗浄されたものにすぎない可能性があるということだ。

こうしたことに、先進国で最も鈍感なのが日本である。強く警告を発したい。



2020年09月19日

◆日本が知るべき米国の対中強硬姿勢

櫻井よしこ


新首相の最大の課題は対中政策において誤りなきを期することだ。合わせ鏡の論として、これまで以上に対米関係の実質的強化に努めることでもある。

中国とは人間の常識に基づいて向き合うのが最善である。許容範囲を遥かに超えたウイグル人への弾圧や香港に関する英中合意の破棄。

その結果として香港から自由、民主主義、人権等を奪い尽くす意図は、穏やかな文明を育み、人間一人一人を大事にしてきた日本の国柄に鑑みて、到底受け容れられない。

そのような隣国のあり方に強く抗議するというメッセージを、日本国として発することが大事だ。

9月8日の『産経新聞』が一面トップで伝えたスクープの意味を噛みしめたい。

民主党政権当時、尖閣諸島沖の領海内で中国漁船が海上保安庁の巡視船に体当たりした。わが国は船長を逮捕したが、菅直人首相(当時)が「釈放」を命じたと、前原誠司元外相が語っている。

なぜ釈放させたのか。予定されていた横浜でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)に、胡錦濤国家主席(当時)が来なくなると困るという理由だったという。未だに習近平国家主席の国賓訪問を切望する人々がいるが、次期政権は民主党政権の愚を繰り返さないことが肝要であろう。

田久保忠衛氏は「国際社会で最も恐れるべきは孤立である」という中曽根康弘元首相の言葉を政府首脳は心に刻むべきだと語る。国際社会における日本の位置を確保する際、日本本来の価値観を忘れてはならない。

私たちが望む自由な世界、人権が尊重され法秩序が保たれる世界は米国一国だけの力では守り通せなくなっている。国際社会が連帯して異形の大国中国に抑止をかけなければならない。価値観を共有する国々との連携が必須で、連携の要になることが日本の最大の国益だ。

全米の孔子学院を全廃

日本には中国の侵略から守らなければならないものが多くある。目に見えるその第一が尖閣諸島である。尖閣諸島の防衛は南シナ海の岩礁を守ることと基本は同じだ。

中国は南シナ海のサンゴ礁を中国領として、人工島と軍事基地を造り領有権を主張する。中国の国際法無視は許さないという国際世論を米欧諸国と共に作るのだ。

世界の秩序を異質、異形の勢力、中国共産党の下に差し出して勝手にさせてはならない。だからこそ、日本はもっと強く、南シナ海の中国支配に異を唱えるのがよい。

中国との闘いの先頭に立つ米国の、日々厳しさを増す一連の政策・行動には瞠目する。戦略を打ち立てたが最後、総力を挙げて突進する。大東亜戦争に至る過程で米国が如何に周到な対日攻略策を構築し、実行したかを思えば、現在の米国の対中政策に米国の本質が見てとれる。米国の中国に対する怒りの深さを、新首相は肝に銘じておくべきだろう。

9月1日、ポンペオ国務長官はFOXビジネス・ネットワークの「今夜のロウ・ダブ」という番組に出演し、現時点で少なくとも75の大学等に設置されている孔子学院について問われ、今年末には、「ゼロになっていることを希望する」と述べた。

あと3か月余りで全米の孔子学院を全廃させるというのだ。表向き中国語や中国文化の普及を目的として、中国政府の資金で海外に設置している孔子学院を、米政府が外交使節団に認定したのは8月13日だった。

孔子学院を中国共産党の戦略指導の下で活動する機関に位置づけたのだ。事実、孔子学院は世界において中国共産党の影響力を高めるために設置され、資金は中国共産党中央宣伝部から出ている(クライブ・ハミルトン『目に見えぬ侵略』飛鳥新社)。

トランプ政権は各大学の各教授の各研究プロジェクトにどれだけ中国資金が入っているか、全て報告させた。情報公開という民主主義社会を支える力を活用することで米国の知的空間に対する中国マネーの侵略工作に終止符を打ったのだ。

日本では早稲田大学をはじめ孔子学院を擁する大学が存在するが、このことに無関心であってはならない。中国マネーに関する情報公開をわが国も早急に義務づけるべきであろう。

米国の対中対抗策は日々刻々、強化されている。息つく暇もない程の実態を十二分に意識しなければ新政権は選択を誤りかねない。

その一部を見てみると、5月、中国が全国人民代表大会で香港への国家安全維持法の導入を決定すると、翌29日、トランプ大統領は米国市場に上場している中国企業の財務を精査し、上場廃止を可能にすることや香港への特別措置の撤廃を含む対抗措置を発表した。7月14日には対香港優遇措置廃止の大統領令に署名し、同法を施行した。

打つ手がない

香港金融市場が中国経済に持つ意味が限りなく大きいのは周知のとおりだ。2019年1〜8月の統計では外資による対中投資の70%が香港経由で行われた。

18年には中国企業は香港金融市場で1000億ドル(10兆8000億円)の資金を調達した。香港金融市場の締め上げは米企業にとっても痛手だが、米政府は敢えてそこに踏み込んだ。対中取引から得る現在の利益よりも、中・長期的視点に立った国益を重視した。

この米政府の政策を日本も十分、勘案しなければ米国市場で日本企業は生きていけなくなりかねない。

7月8日、ポンペオ氏は尖閣諸島に具体的に言及して「世界は中国の弱い者苛めを受け入れない」と断言した。

世界中で進行中の領土紛争に関して、アメリカが初めて中国の主張を否定し、非難した。中国の領有権の主張は国際法の根拠を欠き、事実関係においても間違っているとして、日本を含めて中国の侵略を受けている国々の側に立った。

7月24日には米ヒューストンの総領事館が閉鎖され、8月6日にはトランプ大統領が中国系動画アプ「TikTok」を運営するバイトダンスとの取引を45日後から禁止すると発表した。13日にはファーウェイなど中国のハイテク企業5社の製品を扱う企業を、米政府調達から外すと発表した。

これら中国のハイテク企業は19年に米政府調達から外されていたが、今回は民間企業にも中国製品の排除を迫り、米国政府か中国企業かと選択を迫った。

8月9日には厚生長官のアザー氏が台湾を訪れ、蔡英文氏を大統領と呼び、台湾を独立国として扱った。米国はどこまでもやる気である。対して中国は反撃らしい反撃をしていない。

中国政府から発信される対米メッセージはひたすら対話の呼びかけである。彼らには当面打つ手がないのである。

日本は米国と共に、自由世界の中心軸を目指し、中国が私たちの価値観を受け入れざるを得ないところまで頑張るのだ。

『週刊新潮』 2020年9月17日号
日本ルネッサンス 第917回

2020年09月17日

◆政治家「安倍晋三」に残された使命

櫻井よしこ


8月28日金曜日、早朝からシンクタンク「国家基本問題研究所」の研究会に出席し、午後1時過ぎに事務所に戻った。その日の夜の「言論テレビ」に向けて準備を始めたとき、そのメールは飛び込んできた。

「安倍首相、まもなく辞任表明」というものだった。

「あー、遂に」という想いと「やはりそうか」という想いが同時にこみ上げてきた。しかし、感慨に耽ってはいられない。慌ただしくメールと電話が行き交い始めた。即決したのが言論テレビの番組差し替えである。

その日夜、文在寅政権の混乱振りを伝える予定だったのを、安倍総理辞任の特別番組に切り換えた。情報収集しながら「産経新聞」の元政治部長、有元隆志氏と石橋文登氏に連絡し、両氏の番組出演を要請した。

公表された日程を見ると、その間の午後1時57分に安倍晋三首相は官邸を出発し、自民党本部に向かっている。それまでは武漢ウイルス対策本部の会合に出ており、自民党本部行きは突然の動きだった。

だが総理が自民党本部に向かったことで、永田町のベテラン達は即座に「辞任決定」と覚悟した。私がメールを受けたのはこのタイミングだった。

さまざまな想いが渦巻く中、私は言論テレビのプロデューサー、安藤信充氏との打ち合わせに入った。首相辞任は多くの人にとって本当に残念なことだ。日本の国益にとってあらゆる意味で大きなマイナスだ。

安倍首相だから出来たことは山程ある。だがまだ果たしていない課題もある。安倍首相抜きの日本の政治はどうなるのか。日本の命運を左右する日米関係はどうなるのか。虎視眈々と日本を狙う中国に相対峙していけるのか。頭の中でそんなことを整理していたその時、携帯電話が鳴った。安倍首相からだった。

首相は短く語った。

「すみません、御心配下さったのに。新薬が効いたんですが、定期的に治療が必要ということで。ギリギリまで待つと、13年前のようになります。途中で辞めるのでなく、自分で区切りをつけました。辞任を決めました」

要点だけの短い会話だった。確認すると2時52分、3時からの自民党臨時役員会の直前だった。

「総理辞任」と聞いたその瞬間、半分信じられない面もあった。他方、もう半分のところで予想をしていたといえば、後づけの理屈と思われるだろうか。少し状況を振り返ってみる。

総理は6月の定期検診で再発の兆候を指摘された。7月中頃から体調に異変が生じ、体力をかなり消耗する状況に陥った。このことは辞任表明の会見で述べている。その後の8月17日の慶応大学病院での診察・治療は7時間半にわたった。首相は会見でこのときに「潰瘍性大腸炎の再発が確認された」と語っている。

この病気の大変さを、13年前の突然の辞任から暫く時間が過ぎたとき、2008年2月号の『文藝春秋』で首相自身が語っている。発病は17歳の高校生の時だったという。自分の免疫が自分の腸の壁を攻撃し、腸壁が剥落して潰瘍となりただれる。激しい腹痛と夥しい下血が続く。夜中もほぼ30分毎に下血が続き到底熟睡できない。

こんな辛い症状が新しい薬によってようやくおさまった。にも拘わらず何年もの間コントロールできていた難病指定の病がぶり返した。それを確認したのが8月17日の検診だったと総理は明かしたのだ。

安倍事務所はその翌日、私も関係する大きな会合をキャンセルした。その理由について、この病気は1週間休んだからといって治るものではない、総理自身が一番よく識っている。新薬投与の効果はあったが、継続的な処方が必要で、病気が快方に向かうという保証はない、予断は許さないという説明を受けていた。信じたくはなかったが、そのとき私はある意味、覚悟した。

そのときの説明と、28日の総理の短い電話連絡の内容は丁度重なる。間違いなく首相はこの8月17日に辞任を決意したのだ。

思いがけない勇気

さて、首相辞任が明らかにされた28日、私は再び同じような考えに引き戻されていた。総理にはとにかく体を大事にして十分に休んで回復してほしい。しかし、これからの日本が心配だ。相対的に弱くなっている米国の影響力を安倍首相は豪州やインドを巻きこみながら戦略的に補完してきた。日欧の経済連携協定、及び環太平洋経済連携協定(TPP)もまとめて強い指導力を発揮した。その安倍首相後の日本も世界もどうなるのか。よく見通せない。そんな想いで作業をする内に、夕方5時からの会見が始まった。

首相の辞任表明会見は実に印象的だった。冒頭発言で首相は二度にわたって国民に心からの感謝を表明したうえで、辞職することを心より詫びた。質疑には最後まで非常に謙虚で丁寧に応えた。

謙虚であるだけでなく首相は冷静で忍耐強かった。己れを無にして国家・国民の為に働く姿がそこにあった。謙虚、冷静、忍耐強さは武士道精神の核を成す資質である。これらが一体となったとき人間には思いがけない勇気が湧いてくる。自分の力以上の力が与えられる。

私はこの会見に無私の境地にある首相の真摯さを読みとった。多くを成し遂げたとはいえ、道半ばで辞職する無念さが、国民と日本国の安寧を願う純粋な気持ちと共に伝わってきた。

だが首相会見を見ていてどうにも納得できないことがあった。難病をコントロールしながら、最善を尽くした首相とは対照的な、官邸詰めの記者の姿だった。彼らの質問は彼らの問題意識の在り方を示している。記者としての矜恃も能力も質問から明らかになる。彼らは首相の努力も功績も殆ど認めていない。個々の記者が首相の成し遂げたことの意義を知ったうえで認めないのであればそれもいいだろう。しかし、会見での彼らの質問は、安倍首相の功績を真に理解した結果発せられたというより、単に勉強不足だったり視野が狭いからではないかと思えてならない。

必要とされる日

世界はいま米中二大国の尋常ならざる対立局面に陥っている。にも拘わらず、記者の中でなぜ一人も、米中問題や北朝鮮のミサイル問題、中国の脅威などについて質問しないのか。100年に一度と言われる厳しい国際情勢に関するわが国の備えについての質問がなぜ、出てこないのだ。

日本の中枢に陣取る官邸記者クラブはジャーナリズムの役割を果たしているのかと、疑ったのも当然だろう。彼らは総裁選挙の細々とした情報について多くの質問をした。政局の詳細情報も大事だ。しかし、安倍首相が実践してきた地球を俯瞰する外交や、日々刻々と変化する安全保障環境について質さないのは、どう考えても奇妙だ。官邸記者クラブ所属なら、もっと誇りと知性を示せ。大局から見た日本国の針路を問い、首相の掲げる国家戦略を議論するくらいの力を見せよ。

また、日本国の中心で働く記者であれば、日本人らしい配慮や礼節も示してほしい。会見終盤で中国新聞社の下久保記者が「総理、お疲れさまでした」と労(ねぎら)ったのがせめてもの救いだったが、身心をすりへらして歴代最長政権になるまでに勤め上げた首相に対して、その他の社のどの記者も感謝と労いの言葉を発しなかった。取材者以前に人間として、或いは社会人としての常識の欠落だ。

木を見て森を見ない類いの質問に終始する彼らの、時に不条理な批判に晒されながら、7年8か月、安倍晋三首相は獅子奮迅の働きをした。無論、首相の足跡の全てが100点満点とはいえない。それでも首相は8年近く、日本国と国民の為に本当によく働いて下さった。私は国民の一人として、心から労い、感謝したいと思う。

そして感ずるのだ。激動の国際社会で日本のみならず世界の道しるべとして安倍首相の視点と力量が必要とされる日が必ず、また来る。首相は退いても世界から求められる貴重な日本の政治家であり続けるだろう。

『週刊新潮』 2020年9月10日号
日本ルネッサンス 第916回

2020年09月10日

◆首相最大の功績は歴史観

櫻井よしこ


8月28日、辞任を表明した安倍晋三首相は13年前とは別人だった。事後への懸案への対策を打ち、余力を残した退き方は首相が難病に負けていないこと、以降も強い力を維持することを示していた。

 政界の動きは速く10日前の辞任表明が随分と前のことのように思える。その分、旧聞に属するかもしれないが、きちんと書いておきたい。

 7年8カ月、病を押して獅子奮迅の働きをした安倍首相の辞任表明会見における内閣記者会の記者たちの非礼ぶりは言語道断だった。メディアの役割は大きく、記者の資質が記事の質に反映され、世論を動かす。だから記者の資質を問うのは当然である。

 会見で、約8年にわたる安部首相の健闘をねぎらったのは中国新聞社の下久保聖司記者一人にとどまった。TPP11(環太平洋戦略的経済連携協定)や日欧EPA(経済連携協定)、中国に備える日米豪印のインド太平洋戦略など、以降の世界政治の軸となる協調の枠組みはおよそ全て安倍首相が主導した。そのことや日本の命運に即跳ね返る米中の攻防をただした記者はなんと一人もいなかった。日本は日本一国で完結するのではないぞ。

 中曽根康弘元首相は国家が最も恐れるべきことは国際社会での孤立だと語った。国際社会でどんな立場を確保するのか自体が国益だ。安倍首相の顕著な功績は国際社会における日本の立場をこれまでになく強化したことだ。その点に全く触れない官邸記者などあり得るのか。

 また、記者は記者である前に1人の人間である。去り行く宰相に感謝やいたわりの言葉ひとつかけられずに、社会の営みを取材し、人間の心の痛みや喜びを書けるのか。こんな彼らが日本国中枢の記者クラブに陣取り「モリ・カケ」や「サクラ」を報じた年月の深刻なる喪失を痛感する。

 だが、国民の目は節穴ではなかった。辞任表明直後の共同通信の調査では安倍首相の支持率は20ポイント以上跳ね上がった。続く朝日新聞の調査では安倍内閣評価が71%だった。朝日はさぞ仰天しただろう。

 首相が日本と日本国民のために精魂こめて努力したことを国民は識(し)っているのだ。だからこそ強調したい。安倍首相の7年8カ月に心より感謝する、と。十分な休養後、首相が内外の政治において重きをなす日が必ずまた来ると、私は考えている。

 安倍首相の功績の最たるものは歴史観の見直しだ。平成27年8月14日、戦後70年談話で安倍首相は語った。「私たちの子や孫、その先の世代の子供たちに、謝罪を続ける宿命を負わせてはなりません」

 歴史は、その当時の状況の中で考えるものだ。首相談話はこの常識を踏まえていた。日本全面否定の戦後の歴史観を打ち砕く健全な視点への転換点となった。

 米中のせめぎ合いが日々激化する今日、歴史観や国柄をどのように評価し、日本社会に伝わるどの価値観を守るのかという判断が大事になる。健全な歴史観を持てば、日本人は自らをより深く信頼し国際社会においてもっと勇気をふるって重要な役割を果たせると思う。

 中国の振る舞いに対して日本はもっとはっきりと自由主義、民主主義、国際法、人道、人権を軸とする国際秩序養護の旗を米国とともに立て、行動できるだろう。歴史観、人間社会はいかにあるべきかという価値観は、勁(つよ)い精神を支える柱である。日本人が日本人らしさを発揮する上で最も重要な要素が歴史観であろう。

 中国はいま、海洋権益、陸上支配、国際法、国際社会の価値観も含めて、世界を中国式の考えで作り直そうとしている。その脅威の前で日米同盟強化の手立てを急いだのが安部晋三首相だった。憲法改正が進まなかったのはまさに痛恨の極みだが、首相は憲法改正に替わる現実的施策を急いだ。

 防衛予算を削減から増加に転じ、情報ダダ漏れの穴を特定秘密保護法で埋めた。平和安全法制で国連憲章が認める集団的自衛権の限定的行使を可能にした。経済政策を安全保障の重要な一翼と位置づけた。省庁の縦割りを超えて国家安全保障局を設けた。

 それでも十分でないのが現実だ。5月29日、トランプ米大統領が打ち出した対中対抗措置は中国企業の財務の透明性に踏み込み、米国での上場廃止も可能にする厳しさだった。ポンペオ国務長官ら主要閣僚が相次いで、安全保障、経済、政治、外交など全分野にわたって講演したが、その徹底した中国非難は、米国と共に行動するかと世界に迫る踏み絵に等しかった。

 そうした中、9月1日の米国防総省の発表は米国の切迫感を示して余りある。中国海軍の軍艦・潜水艦は350隻となり、293隻の米海軍を抜いて世界最大規模となって、米中の海軍力が逆転したと認めたのだ。中国はまた地上配備の中距離ミサイルを1250発以上保有するが、米国はゼロだ。経済においてもあと10年で中国は国内総生産(GDP)で米国を抜く。

 日本が米国に頼り続けてよい状況でないのは明らかだ。昨年6月、トランプ氏は日米安全保障条約は不公平だとして「破棄」を口にしたと報じられた。破棄発言はすぐに否定されたが、トランプ氏はそれ以降も日米安保条約への不満を繰り返した。トランプ氏の警告を無視することは日本の国益を決定的に損ねることである。米国の強い不満を日本の自立に結びつける前向きの努力を倍加する必要がある

 安倍首相に続く新たな首相の役割は、米国の意図をこれまで以上に真剣に受け止めることだ。米中の対立がいかに深刻かを鋭く認識し、日本が打つべき手を急ぐことだ。自民党の二階俊博幹事長や公明党も、祖国日本を強くし、それによって国際社会により良く貢献する道としての憲法改正に反対する理由はないはずだ。米中のはざまにあって、日本が生き残る道は、一に自力強化、二に日米同盟強化であることを認識したい。

【産経ニュース】【美しき勁き国へ】桜井よしこ 
           令和2年9月7日

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
松本市 久保田 康文 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

2020年09月09日

◆なぜ日本人は半沢直樹を好むのか

櫻井よしこ



時折り本欄でご紹介する「言論テレビ」は、私が日本テレビでニュースキャスターを務めていた時からの古い友人たちとの共同作業から生まれた。スタッフとのつき合いはかれこれ40年だ。皆、歳月を重ねて今日に至っている。その「老兵」の輪の中に、畏友、花田紀凱氏も入って下さり「言論テレビ」はいま、開設9年目である。

私たちの基本は「伝えるべきことを伝える」「事実をして語らしめる」である。そんな気持で地上波のテレビ番組とはかなり異なる番組を、毎週金曜日夜9時から生放送で送り出している。地上波テレビが伝えない物事の全体像を伝えることで視聴者の方々の視野を広げるのに役立ちたいと願って続けているが、その中で気付いたことがある。

これこそ重要だと思って報じた番組がいつも多くの人に見てもらえるわけではなく、視聴者の好みに一定の傾向があることだ。

たとえば、眼前で進行中の香港大事件への視聴者の関心は、必ずしも高くない。台湾、中国問題にも大きな関心があるようには思えない。

香港に対する中国共産党の弾圧は近未来に日本への弾圧となり得る意味で、日本人こそ深い関心を持たなければ大変な事になると思うのだが、朝鮮半島問題、とりわけ韓国の文在寅政権に対する関心と較べると、香港・台湾・中国へのそれはとても低調なのである。

その印象は当たっているのか、親しい雑誌の編集者に尋ねてみた。週刊誌も月刊誌も世間一般の文字離れで販売部数は減少傾向にあり、彼らも読者の関心の向くところに敏感である。

限られた範囲内での会話にすぎないが、彼らも大体私と同じような感触を得ていることが判明した。産経新聞社の「正論」編集長・田北真樹子氏は「そのとおりなんです」と膝を打った。なぜそうなるのか。彼女の率直な表現を借りれば、「中国はヤクザで韓国はチンピラだから」ということになる。

悪魔のような行動

中国はいやな国だが大国だ。国土も広く人口は日本の10倍強、軍事力は世界第二で、市場も大きく経済力もある。彼らの価値観は文字どおりヤクザの如く、私たちとは相容れない。

国際法、国内法に限らず彼らは法の埒外にある。力の行使も逡巡しない。それだけに面と向かって対立する相手としては手強い。他方韓国は日本攻撃の論理も手法もいわば分かり易(やす)い。

その分、彼らの非を指摘するのも容易だ。彼らを相手とする場合、一言でいえば与(くみ)し易いことが多い。従って韓国報道の方が好まれると、彼女は見る。

WAC株式会社「WiLL」編集長の立林昭彦氏も「明らかに韓国問題の特集の方が中国や香港問題よりも読者に受ける」と語る。

その理由について、「韓国の言動は余りにも奇妙キテレツで、端(はな)から優位に立てる余裕が日本人の側にある」からだと見る。

他方中国は戦狼外交で国際社会にとって許されざることをしているにも拘わらず、巧妙である。彼らはその悪魔のような行動を外部社会に見せない。国際社会の目を一応気にして取り繕う。

ウイグル人の弾圧・拷問・虐殺などはその一例であろう。ウイグルの人は100万人単位で拘束、収容されて、ウイグル人であることを諦めさせられつつある。

中華文化に同化して中国人になるよう、言語も宗教も暮らし方も奪われている。中国共産党に従わなければ拷問が待っているだけだ。

ウイグル人が閉じ込められている地獄の実態は、中国政府が封じ込め政策をとる現在、具体的に示すことは難しい。抽象的に知るだけでは人の心を動かす力が弱いのか。それが香港問題や中国問題への関心の低さにつながっているのだろうか。

他方、韓国文在寅政権の愚かさは、根っからの左翼活動家、゙国(チョグク)氏の法相任命をはじめ、北朝鮮へのへつらい、韓国最高裁による戦時朝鮮人労働者問題での常軌を逸した対日政策など、非常に分かり易い。

その馬鹿馬鹿しいほどの分かり易さゆえに多くの視聴者や読者をひきつけると、立林氏は言う。

花田氏の見方は多少異なる。

「あくまでもタイミングですよ。朝鮮問題も、香港・台湾・中国問題も、どのタイミングで、どんな内容を出すかが決め手です」と。

当にそのとおりだ。氏はさらに言った。

「ウチはどちらを扱っても、おかげさまでよく売れています。読者の皆さんに感謝しています」

ムムムッ。

花田コメントに感心しながら私はTBSの人気ドラマ「半沢直樹」を連想していた。わが家のきれい好きで働き者のお手伝いさんが欠かさず見る番組が2つある。「ポツンと一軒家」と「半沢直樹」である。週末、時々私もつき合って一緒に見る。

百倍返し

「ポツンと」を見ると心がほっこりあたたかくなる。日本人はこんなに親切で愛情深く、誠実で働きものなのだと、熟々(つくづく)納得する。そして母の故郷、新潟県小千谷市真人(まっと)町万年(まんねん)の田舎の人々や私の故郷長岡の友人たちを心底、懐かしむ。そして憧れる。私もあんな深い山の中の「ポツン」に住んでみたいと。その度に「出来ないくせに」と笑われている。

「倍返しだ!」と言って百倍返しする「半沢直樹」は、悪を挫き正義を実現してくれる心強いヒーローだ。「倍返し!」を貫くのは日本社会の基盤となってきた価値観である。

正義、責任、公正さ、弱者への共感など日本人を日本人たらしめてきた大切な価値観が、半沢直樹の戦いを支えている。亡くなった李登輝元総統が日本人に思い出させようとした武士道精神が、現代社会のせめぎ合いのドラマの中にちりばめられている。その爽快さに拍手を送りたくなる。

私がここで知りたいのは、しかし、何故、視聴者はこの番組を好むのかということだ。如何にも悪巧みの頭領のような男がいて、その一派が巡らす陰謀に半沢直樹は打ち負かされそうになりながらも必ず勝つのである。悪は必ず懲罰され、倍返しだ!と半沢が一喝する。単純化されているが故に、安心して見られるのか。

池井戸潤氏の原作、『銀翼のイカロス』には、事の展開にまつわる詳細がぎっしり詰め込まれている。テレビドラマ化の過程で詳細のかなりの部分は省かれ、事の顛末の場面場面が象徴化され強調されている。その山場山場が見る人の胸に深く刻み込まれて、心を揺すぶり続けるのであろう。

私も言葉で表現して伝えようとする言論人だ。日本人はもっと中国の脅威に中・長期的視点で身構えるべきで、香港の運命は台湾、沖縄・日本の運命に重なるという大事なことを伝えたいのであれば、私の発する言葉が読む人、聞く人の心にもっと深く残るよう、努力しよう。

『週刊新潮』2020年9月3日号
日本ルネッサンス 第915回

2020年08月28日

◆中国対日工作、過小評価は禁物だ

櫻井よしこ


戦後75年、大きく変わる世界情勢の中で、これからの10年、20年、さらにその先、日本をどんな国にするのか、私たちはどんな価値観を家庭、社会、国の基盤に置きたいのか。いまじっくりと考えて方向性を決めるときだ。

米中の価値観の戦いは行きつく所まで行くだろう。ポンペオ国務長官は7月に中国に関する主要な演説を4回行い、その中で世界各国は米中どちらの側につくのか、どちらの価値観を選ぶのか、明確にせよと迫った。

日本だけでなく英国もドイツも、国際社会に対する影響力は小さくない。米国の影響力が相対的に弱まっているいま、むしろ、日本などの影響力は強まっている。経済、軍事を問わず、力のある国には応分の責任がある。日本は世界に対する責任を果たすためにも、米英などと共に中国とどのように向き合うかを考えなければならない。

そんなとき、米国の有力シンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)が7月下旬に発表した調査報告書「日本における中国の影響」を読んだ。「日本に対する中国の影響は他国に較べて限定的」という結論を導き出したこの47頁の報告書は、残念なことに見通しと分析の甘さが目立つ。

右の報告書は、中国は対日影響力拡大のために硬軟とりまぜた手法を駆使してきたが、何ひとつ対日戦略目標を達成していないと書いている。具体例として一帯一路計画への日本の参加、沖縄の独立、日本政府内の親中派勢力育成、日米同盟の弱体化、これらのいずれも実現していないというのである。

右に挙げた事例が実現していたとしたら、日本はどうなっているだろうか。たとえば沖縄独立である。その実現はまさに革命勃発に等しい。日本にとって天地がひっくり返る動乱となろう。

日米同盟の弱体化は、戦後の日本の歩みと近未来の安全保障戦略を根底から変えるものだ。

報告書の目的

トランプ政権、さらにオバマ政権の時から日本が直面している課題が日米同盟の質的変化の必要性である。米国は日本に、より高度の自立を要求し続けている。日本にもそうしなければならないという自覚がある。だが、それはどのような形であっても日米のより強い結束を目指すものであり、同盟の弱体化ではない。

沖縄独立も日米同盟の弱体化も中国が長年狙ってきた戦略だ。そのために彼らは日本の世論をたきつけ、日米を離反させようとしてきた。それらが実現していないからといって、中国の対日情報工作や影響が、他国と較べて弱い、或いは限定的だと結論するのは間違いではないか。

この報告書の目的として「日本特有の事情に加えて他の民主主義国も共有可能な政策を分析し、中国による対日影響工作の失敗の理由を説明すること」と書かれている。

まさに「中国は日本に大きな影響を及ぼし得ていない」という見方が先にあって、そこに到達するための材料を集めたにすぎないのではないか。そう考えれば報告書で一番先に登場する日本の学者が、上智大学教授で親中派の中野晃一氏である理由もわかるというものではないか。

日本に対する中国の影響が限定的だという判断に至ったひとつの証左として、報告書は日本政府の武漢ウイルスへの対処は当初甘かったが、その後、企業に脱中国を勧めるための資金を用意したことを挙げている。

日本政府が用意したのは2435億円。米国は55兆円、独は72兆円である。「デカップリング」(切り離し)に関する日本の覚悟を疑われかねない少額資金だ。これを中国の影響力がそれほど及んでいない証拠とするのは客観的にみて不適切だろう。

報告書には「孔子学院」の記述もあるが、有り体にいって、非常にうすい内容で参考にならない。

中国が他国を弾圧したり影響力を行使したりするときに最も効果の大きいのは経済力の活用だ。貿易も観光も中国政府の匙加減ひとつで相手国に深刻な打撃を与えることができる。豪州政府が武漢ウイルスの発生源について国際社会による科学的調査を提唱したとき、中国は豪州の大麦輸入に80.5%の関税をかけた。韓国が米国の要請で高高度ミサイル防衛(THAAD)を配備する可能性を示したとき、中国人観光客を止めて韓国経済を締め上げた。

こうした事例を私たちは肝に銘じているが、盲点は教育分野であろう。各国の大学には中国人留学生が大量に送り込まれている。殆どの場合、授業料は一括で前払いされ、受け入れ大学にとっては経済的に非常に有難い。そのため大学全体が恰(あたか)も中国に従属するような、中国の批判が出来にくい空間となっている。その間に中国人留学生たちは各研究室で最先端技術の研究や知見を取得し、盗み、中国に持ち帰る。

大学に巨額の利益

教育分野における中国の影響力拡大のもうひとつの柱が孔子学院だ。孔子学院は、漢弁と略称される教育部(文部科学省に相当)の下部組織が始めたもので、中国語教育や中国文化の普及を通して中華圏を世界に広げることを目的としている。もっとあからさまに言えば、中国共産党の影響力を世界中で高めることが目的だ。

『目に見えぬ侵略』(飛鳥新社)で豪州に対する中国の凄まじい侵略ぶりを描いたクライブ・ハミルトン氏は、中国のプロパガンダ部門の長である李長春氏が「孔子学院は中国が海外でプロパガンダを展開するための重要な組織だ」と述べたことを指摘している。

彼らは孔子学院第一号を2004年に韓国に設立して以来、世界162か国に550の孔子学院を設立してきた。日本での第一号は立命館大学だ。余程、よいことがあるのか、立命館は大分県に立命館アジア太平洋大学も設立済みだ。同大の学生の多くが中国人留学生である。名門といわれる早稲田大学にも孔子学院が生まれた。その他12の大学にも孔子学院がある。それらは桜美林、北陸、愛知、札幌、兵庫医科、岡山商科、大阪産業、福山、工学院、関西外語、武蔵野、山梨学院の各大学である。

多くの留学生受け入れと孔子学院設立は相乗効果を生み出しながら受け入れ大学に巨額の利益をもたらす。それは前述した留学生たちの一括前払いの授業料であり、中国側から提供される種々の研究費でもある。その資金は中国教育部から出る建前になっているが、果たしてクリーンな資金なのか。著名な中国研究者、デイヴィッド・シャンボーは、実際には中国共産党中央宣伝部の資金だと指摘している(前掲書)。つまり、日本の多くの大学や研究者が受け入れている資金は共産党中央宣伝部の資金であり、教育部から支出される形で資金洗浄されたものにすぎない可能性があるということだ。

こうしたことに、先進国で最も鈍感なのが日本である。強く警告を発したい。

『週刊新潮』2020年8月27日号
日本ルネッサンス 第914号

2020年08月09日

◆もっと危機感を、逆ニクソン・ショック

櫻井よしこ


7月24日、米国政府がテキサス州ヒューストンの中国総領事館を閉鎖すると、27日、中国政府が四川省成都の米国総領事館閉鎖で応じた。

ヒューストンの中国総領事館は夜を徹して秘密書類などを燃やした結果、火災を引き起こし、放水する事態となった。同総領事館を米国における中国のスパイ活動の拠点だと断じた、ポンペオ米国務長官の言葉が真実味を帯びた事件だった。

米中が在外公館閉鎖の異例の措置を取り合い、対立を深める中で、両国に挟まれている日本は否応なく運命の岐路に立たされる。急変する米中関係は日本の命運を決する一大事である。正しく対応しなければ未来永劫、わが国の国柄も国益も守れない。にも拘わらず、わが国のメディア、政界、世論のなんと静かなことか。

約半世紀前、1971年の「ニクソン・ショック」のとき、日本国中が大騒ぎだった。ニクソン大統領はベトナム戦争に最も深く関わっていたジョンソン前政権を厳しく批判し、ベトナム問題解決のプロセスの中で対中関係を改善し、米国が最大の脅威ととらえていた旧ソビエト連邦に対する切り札として中国を活用した(田久保忠衛『ニクソンと対中外交』筑摩書房)。

それまで全く国交のなかった中国を、ニクソン大統領が翌72年春までに訪問する、とわが国は発表3分前に知らされた。そこから怒濤の報道が始まり、やがて佐藤栄作首相は退陣し、田中角栄首相、大平正芳外相による性急な訪中と国交樹立に至ったのは周知のとおりだ。

当時日本全体を包んだ底の浅い狂乱報道がよいとは言わないが、現在の奇妙に静かな反応にも私は不安を覚える。それは日本が現状維持を基調とする最も安易な、しかし中・長期的に見て、確実に間違った方向を目指している兆候に思えてならないからだ。

先週の当欄でも指摘したが、いま、地球社会は価値観の対立の真っ只中にある。ニクソンは半世紀前、中国を国際社会に誘い開放させたときに語ったという。

「我々は怪物フランケンシュタインを作り出したのではないか」と。

中国共産党を「信ずるな」

以降の対中関与政策で、米国は中華人民共和国70年余の歴史の内、50年間も彼らを助けてきたことになる。そしてニクソンの恐れたフランケンシュタインを作り出したと、ポンペオ国務長官は言っているのである。

7月23日、ニクソン大統領記念図書館でのポンペオ氏の演説はニクソン以来の対中政策の大反転をはかるもので、「信ずるな、そして検証せよ」という一言に凝縮されている。

レーガン大統領はかつてソ連との交渉で「信頼せよ、しかし検証せよ」と言った。いま米国は中国共産党(CCP)を「信ずるな」と断じている。

ニクソン以降、米国は中国が共産主義の国だという事実に目をつぶり、豊かになれば米国と同じような開かれた民主主義国になると信じてきた。イデオロギーの相違を過小評価し、モラルも含めて共産主義中国を見る米国の目がいかに間違っていたかについて、ポンペオ氏は強調している。

「自分は冷戦時を陸軍で過ごした。ひとつ学んだのは共産主義者はいつも嘘をつくということだ。CCPの一番の大嘘は、彼らが14億の国民を代表しているという点だ。現実には国民は監視され、弾圧され、自由に発言することを恐れている。(嘘で固まった)CCPはどの敵よりも人民の正直な声を恐れている」

いま米政権はCCPと中国人民を明確に区別して外交を進めており、ポンペオ氏は「中国国民はCCPとは異なり、自由を愛するダイナミックな人々だ」と賞賛する。

強硬手段だけで米国の望む結果が達成できるはずはないとの考えに基づいて、米国は自由を愛する中国国民と協力し、彼らに力を与えたいと言うのである。

演説後の質疑応答で、ニクソン大統領記念図書館館長でニクソン研究の第一人者であるヒュー・ヒューイット氏が、中国の国民とCCPを分けるのは、恰(あたか)も二つの中国があるかのようだ。

この構図の中では外交は機能しないのではないか。むしろ外交が失敗することを目指しているのではないかと尋ねた。私はドキッとした。米国は中国国民を支援してCCPを打倒させようとしているのかという問いに聞こえたからだ。

ポンペオ氏は、CCPが唯一の党であるからには米国はCCPと交渉するが、同時に中国国民の声を無視することはできない、と答えた。米国は中国共産党潰し、レジームチェンジを視野に入れているとしか考えられないと、私は思う。

日本の国益か否か

ニクソン以来初めて、米国は中国の共産主義イデオロギーに真剣な懸念を抱き始めたのだ。中国人民解放軍(PLA)は中国国民ではなくCCPを守る軍隊で、中国の全ての組織も企業もCCPのために働く機関にすぎないことに気付いたのだ。

国営の中国企業は、利益を度外視してCCPの戦略で動く。自由競争を原則とする米国など西側企業に対しては有利な競争を展開できる。

中国人学生も研究者もCCPの先兵となり、米国の知的財産、研究成果を盗み続ける。こうしたことが現実に横行していることを認め、米国は問うている。なぜ中国の悪行を長い年月許してきたのか、と。

中国が引き摺り続けている共産主義の、西側体制への強い敵対感情に無知であったこと、冷戦における勝利が生んだ慢心、強欲な資本主義、中国の巧みな「平和的台頭」話に目眩ましを食らったことなどを、ポンペオ氏は原因として挙げているが、無知、慢心、強欲、目眩ましの全てが、わが国、とりわけ経済界に当てはまる。

ポンペオ氏はこうも問うている。「我々の精神は望んでいても、我々の肉体は弱いのではないか」と。CCPとの戦いは容易ではない。経済的利益に目をつぶっても、価値観に基づいて正しい道を歩まなければならない。

それは財界をはじめとする人々が最もいやがる道である。しかし、いま、日本は中・長期的な視点に立って国益を考えなければならない。マルクス・レーニン主義の中国を変えるには、彼らの言葉ではなく行動を見て、「行動対行動」の原則で対処しなければならない。

先述の「信ずるな、そして、検証せよ」の心構えこそ、私たち日本が持つべき構えだ。この世紀の大きな危機の前で大事な選択を迫られている。米国か中国かをも含めて、日本の国益となるか否かが私たちの基軸であるべきだ。

尖閣問題を見よ、歴史問題を見よ。国民全体が問題を意識しなければ日本の次の世代、そのまた次の世代は何もかも中国に仕切られる世代になってしまうだろう。日本国民はこの危機を実感し、中華世界の支配を回避して立派に日本の道を歩んできた私たちの歴史を心に刻もう。

『週刊新潮』 2020年8月6日号
日本ルネッサンス 第912回

2020年07月31日

◆日本の好機、米国の対中全面対決姿勢

櫻井よしこ


「ヒマラヤ山系からベトナムの排他的水域、尖閣諸島とその先まで、北京は領土領海紛争を煽動している。世界は中国の弱い者苛めを受け入れない、その継続も許さない」

7月8日、ポンペオ米国務長官の発言は、世界の屋根から南の海まで、ユーラシア大陸をグルリと囲む全域で、米国は中国の専横を許さないという宣言だった。

米国は長年領土領海紛争で中立の立場を貫いてきた。尖閣諸島が明らかに日本領であることを承知していながら―日本占領の約7年間、米軍は尖閣で軍事訓練を行っていた―米政府は尖閣諸島の施政権を日中どちらが有しているかに注目するばかりで、決して同諸島が日本領だとは言明しなかった。

しかしいま、年来の方針を大転回させたのだ。茂木敏充外相が即、歓迎を表明したのは当然だ。米国の方針大転回の新局面で、日本も世界も新たな対応を急ぐときだ。

ポンペオ氏はその後、13日、15日にも続けて中国への全面的対決姿勢を明らかにした。それを一言で氏はこう語っている。

「大事な事は、米中関係が変わったということだ。中国の指導層もそのことを理解している」(15日)

氏は米国民が中国リスクに晒されるのはもはや受け入れられない、余りにも長い間、適正な見返りのない、不公正な中国の行動を米国は許容してきた。

今、全てを反転させるときだとし、「実務において多くの仕事はこれからだ。トランプ政権の2年半は年来の米中関係反転の政策を積み重ねてきた年月だった」と語った。

米国政府の巻き返しには多くの行動が必要だとの認識だが、それはすでに私たちの眼前で展開されている。7月1日から中国は空母遼寧を中心に軍艦数隻を投入して大規模な軍事演習を南シナ海、東シナ海、黄海の3海域で行った。

米国も中国の演習と重なるように、7月4日から空母2隻及び攻撃艦を揃えて大規模演習を実行した。中国の軍事行動を見逃したり、勝手な振舞いを許したりはしないとの意思表示だ。米国の本気度を示している。

「最終判決」

米国の決意の尋常ならざることを私たちはポンペオ氏の発言が7月8、13、15日と続いたこと、他の閣僚たちも同様の発言を続けていることからも読み取っておくべきだろう。

6月24日にはロバート・オブライエン国家安全保障担当大統領補佐官、7月7日にはクリストファー・レイFBI(米連邦捜査局)長官、16日にはウィリアム・バー司法長官らが続けざまに同様の発信をした。

中国に対する強い異議は、中国問題が国際社会全体に広がることへの警戒でもある。香港やウイグル問題に、中国の主張するように国内問題であるから介入しないという姿勢で対処したら、西側諸国も中国の悪しき体質に変えられてしまいかねない。そのことを、ポンペオ氏らは十分に識っているのだ。

たとえば南シナ海問題だ。中国は「長い歴史」を持ち出して2000年前から同海は中国の海だったという。

ポンペオ氏は2016年7月12日の国際常設仲裁裁判所の判決こそ国際法に則った「法的拘束力」のある「最終判決」だと明言した。

中国の主張する「九段線」にも一貫した法的根拠はないと強調した。中国は「国際法を『力が正義』という定理に置き換える」と喝破し、それらは「完全なる違法行為」だと非難した。その上で南シナ海の島々の固有名詞をあげて次のように主張した。

スカボロー礁、スプラトリー諸島、ミスチーフ礁、第二トーマス礁は全てフィリピンの主権に属す。パラセル諸島のヴァンガード堆はベトナム領、ルコニア礁はマレーシア領、ナツナ諸島はインドネシア領、ブルネイも排他的経済水域を有する。

ジェームズ礁は中国が領土だと主張するが、満潮時には20メートルも水面下になる。中国の領土でも島でもあり得ないと述べ、米国は東南アジアの同盟国、パートナーと共に、国際法に基づいて彼らの領海及び海洋資源を守る側に立つ、と述べた。

目のさめるような力強い発言だ。なんという変化か。ポンペオ発言の重要性、日本に及ぼす限りない前向きの影響を、わが国は見逃してはならない。最大の好機ととらえ、対応してわが国の守りを強固にせよ。

バー司法長官の中国認識の厳しさもよく知っておこう。

「中国はウィン・ウィンの関係を築こうと言う。(当初我々は言葉どおり、互恵の精神だと受けとめていたが)それは中国が二度勝つという意味だと判明した」

実に的を射ているではないか。なぜ、中国は「二度」勝つのか。中国式手法を米国にも広げて、米国をも「接収」してしまうからだ。

ハリウッドの接収

バー氏は「中国に叩頭する」企業のひとつとしてハリウッドの映画会社を挙げた。ハリウッドは当初中国資本を受け入れ、現在は技術部門をはじめおよそ全分野で中国人を受け入れている。中国人は米国が世界に誇る映画産業のノウハウの全てを吸収し、中国国内で活用中だ。

中国の目標はハリウッドとの協力関係強化ではなく、ハリウッドの接収だとバー氏は断ずる。人間のあらゆる自由を尊び、権力への果敢な批判を売り物にしてきたハリウッドの中国支配への恭順振りこそ、卑屈だと氏は言っているのだ。

この間にボリス・ジョンソン英首相は27年までに全てのファーウェイ製品を5G通信網から排除すると決定した。

中国側は強い不満を表明し、駐英中国大使の劉暁明氏が7月18日、「タイムズ」紙の取材に応じた。中国は平和の国だ、全ての国に友好的だと一連の嘘をいつものように披瀝し、英国は25年までに5G通信網を全国に広げる計画だが、英国の力では難しい、だから中国は助力したいと申し出た。

その一方で英国がファーウェイ除外を決定したからには、中国の対英投資はもはやあり得ない、状況は変わったと述べた。中国の投資なしでやっていけるのかと、足下を見透かした発言である。

事実、19日には早速中国の動画投稿アプリ「TikTok」を手掛けるバイトダンスが、ロンドンへの拠点設置計画を棚上げした。

日本はいま、自らの立ち位置を明確に認識して戦略的に動くときだ。英国政府は日本に5G通信網づくりで協力を求めている。

ファーウェイに代わる調達先としてNECや富士通の名前が上がった。日本企業は周回遅れだが、ポンペオ氏はNTTを5G関係の技術を有する世界の企業の中でもクリーンな企業の内のひとつだと評価した。

わが国が直面する中国の脅威は5Gだけでも尖閣諸島だけでもない。南鳥島にも中国は迫っている。米国の側に立ち、行動を伴う協力を進めるときだ。それが日本の国益を守る正しい道であろう。

『週刊新潮』 2020年7月30日号
日本ルネッサンス 第911回

2020年07月25日

◆嘘と力で押し切る中国の「戦狼外交」

櫻井よしこ


本来ならあと27年間は続くはずの香港の民主主義体制を突然終わらせた「国家安全維持法」(以下、国安法)は、異常なプロセスを経て導入された。通常は2か月に一度開催される全人代常務委員会が半月の間に二度開かれた。国安法は6月30日深夜に決定され、1時間後の7月1日午前0時に施行されたのである。

慌しい動きの背景に6月16、17の両日、ハワイにおける米中外交会談の決裂がある。米国側は香港、台湾、ウイグル問題で中国の強権弾圧と人権蹂躙を厳しく攻めた。

会談後、中国外務省は米国に先んじて記者会見を開き、紋切り型の主張を展開した。その直後に配信された中国共産党の海外向け機関紙「グローバルタイムス」は、社説で中国側の悲観的見方を吐露している。

「中米両国が関係を断ち切ることはないと思われる」「しかし合意は困難」「米国は新冷戦や両国関係の切り離しを煽っている」という非難の中には米国が対中姿勢緩和に動くことへの期待はほぼ見られない。この局面で中国側は香港への強権発動を決断したと思われる。

対照的に米国は会見で鋭い中国批判を発信した。スティルウェル国務次官補が中国側は「前向きではない」「一方的で非現実的」「戦狼外交」だなどと言い切った。

氏はまた、世界が武漢ウイルス禍で苦しむ中、元凶国中国が勢力拡大を進めているとし、中国の外交姿勢を手厳しく攻撃した。

私は氏が言及した2014年の中国外交に注目せざるを得なかった。その年、習近平国家主席が初めてインドを訪問したのだが、訪問に合わせて人民解放軍が中印国境の紛争地帯にそれまでになかったほど深く侵攻し、それまでになかったほど長期間占領したと、スティルウェル氏は語ったのだ。

「鼻にパンチを食らわせて中国の優位性を思い知らせる戦術か、本当のところは分からない」と氏は結んだが、中国の攻勢の背後には勝手に歴史を作り上げる嘘つき国家の姿がある。その意味で、2010年12月、温家宝首相の訪印を連想する。あの時も中国側は強烈なパンチを繰り出した。

インドに攻め入る

インド北東部のアルナチャル・プラデシュ州は広さ8万平方キロ、ヒマラヤ山系の上質な水が豊かに流れ込むインド随一の水源の州だ。同州を中国は自国領だと主張し、チベット自治区に編入してしまった。

この州の、中国がチベット自治区に編入した地域に、温氏訪印に合わせて中国軍工兵隊がトンネルを貫通させた。ヒマラヤ山系の下に掘られたトンネルは、有事の際、人民解放軍の戦車を最高速度で走らせるのに十分な幅と強度を備えている。トンネル完成で、人民解放軍はいつでもインドに攻め入ることができる。戦略上重要な意味を持つトンネルの完成を温氏訪印にぶつけたのである。

胡錦濤主席も同様の形で訪印した。温氏の訪印の約4年前だ。インドの戦略研究家、ブラーマ・チェラニー氏の説明だ。

「中国側は胡主席訪印の06年に、それまで休止していたアルナチャル・プラデシュ州の領有権問題を公然と持ち出したのです」

中印国境はネパールとブータンを挟む形で、東西3300キロ余りに達する。ほぼ全域がヒマラヤ山脈を構成する高山地帯だ。国境をめぐって両国は常に争ってきた。1959年から62年までの中印紛争はまさに国境で両軍がぶつかった。中国軍が圧倒的優勢で戦いを展開し、遂にジャンム・カシミール州のアクサイチンを奪い取った。ここはいま、中国が実効支配を続けている。

インドは常に中国に騙され、軍事的にもしてやられてきた。ネルー首相と周恩来首相が会談し、中印両国が平和五原則を打ち立てた54年、ネルーは友好の印として両国を隔てるヒマラヤ山系の地図を周恩来に贈った。地図は国家機密だ。詳細な地形と建造物、その場所と形状は、相手国攻略に必須の知識だ。周恩来は喜んで受け取り、両国の友好を誓った。だが59年にインドに攻め入ったとき、人民解放軍はネルーの贈った地図を存分に活用したのである。

チェラニー氏が指摘する。

「06年に中国がまたもやアルナチャル・プラデシュの領有権を主張し始めたとき、彼らが使ったロジックは噴飯物でした。17世紀にダライ・ラマ6世がアルナチャル・プラデシュ州のタワンという地区で住まれた、従ってアルナチャルはチベットのものだ。チベットは中国の一部であるから、アルナチャルも中国領だというのです」

そのような理屈を使えば、ダライ・ラマ4世は1589年にモンゴルで生まれたためにモンゴルは中国領になる。こんな無茶苦茶はどの世界でも通用しない。加えて、ダライ・ラマ法王は、歴史上、アルナチャルは一度もチベットの一部であったことはないと語っている。

恥辱の歴史への恨み

習近平、温家宝、胡錦濤と、中国歴代の主席や首相の外交を振りかえると常に脅しと騙しの混合スタイルであることに気付く。こんな悪い癖をもつ中国が、いま、米国に公然と挑戦している。それがスティルウェル氏の言う「戦狼外交」であろう。

戦狼外交の定義ははっきりしないが、王毅外相が国際社会における中国の国益と評価を高めよ、積極攻勢に出よと指示を出したのは、武漢ウイルス発生とほぼ同時期だった。

「おそらく米軍が疫病を武漢に持ち込んだ」とツイッターで発信した中国外務省の趙立堅副報道局長をはじめ、4月12日に在仏中国大使館が公式サイトで、フランスの高齢者施設の職員が職場放棄し「入居者らを飢えと病気で死なせた」との非難など、中国の強硬論が溢れた。

なぜ、無理筋の強硬論が発信されるのか。米クレアモント・マッケナ大学教授、ミンシン・ペイ氏は、中国人の歴史に対する恨みと自己イメージの誇大妄想化が背後にあると見ている。前者は「恥辱の一世紀」「勿忘国恥」(国恥を忘れることなかれ)などの言葉に象徴される歴史認識であり、清朝が欧米列強及び日本に蹂躙されたことへの恨みである(6月25日号の本欄を参照下さい)。後者は中華民族は世界諸民族の中にそびえ立つと豪語する習氏に、あらゆる人々がへつらうところから生じる自己肥大化現象だとペイ氏は指摘する。

恥辱の歴史への恨みから生まれるナショナリズムと、中華民族こそ世界に君臨すべき優れた存在だとの強烈な自意識は、いかなる批判も受け付けない。撥ねつけ反撃し、戦狼外交の波が起きる。政治家、財界、国民全員は、その中国に筋の通った厳しい姿勢で接しなければならない。一瞬の隙、心にもない微笑、卑屈な友好は、固く禁ずべきだ。
『週刊新潮』 2020年7月23日号
日本ルネッサンス 第910回

◎真夜中の随想(令和2年7月23日):北村維康

今夜はベートーヴェンの交響曲1番と3番を聴いた。指揮は、カール・シューリヒト、録音は1952〜1953年頃の、モノラルである。古い録音ながら、その迫力は凄い。

特に3番(英雄)の葬送行進曲は、荘重であり、聴いてゐる自分まで、悲壮ながら崇高な境地へと、引き上げられる感がする。世の中がコロナに引っ掻き回されてゐる今、力づけられたひと時であった。

さて、チャイナの三峡ダムの決壊騒ぎは、チャイナ共産党がこの膨大な国土を、いやしくも管理できるのか否かといふ根源的な疑念に発展せざるを得ないだらう。洪水に罹災しつつある無数の民は、こんな国に生まれたことの不運をかこつ暇もなく、必死に泳ぎ、家族を助けてゐるのだらうが、まことに気の毒なことである。彼らの大難が小難になり、小難が無難になるやうに、祈って止まない。