2019年02月16日

◆米国は貫徹できるか

櫻井よしこ


「米国は貫徹できるか、厳しい対中政策」

2日間にわたる米中閣僚級貿易協議が終わった1月31日、トランプ米大統領
は中国代表団を率いる劉鶴副首相と会談した。トランプ氏は、「極めて大
きな進展があった」とし、中国が米国の大豆500万トンの輸入を約束した
ことについて「アメリカの農家がとても喜ぶだろう」と上機嫌で語った。

中国による大量のオピオイド系鎮静剤、フェンタニルの密輸出阻止につい
ても、トランプ氏は習近平主席が対策を講じると約束したと、語ってい
る。この約束は、実は昨年12月の米中首脳会談で決めたことだ。酒も煙草
も嗜まないといわれるトランプ氏は、習慣性が強く最悪の場合過剰使用で
死に至るこの種の薬剤がとても嫌いなのである。

現時点では、トランプ氏の喜びは中国の苦しみだ。今回、米通商代表部の
ライトハイザー代表がぎりぎりまで詰めた主要事項は、米国の貿易赤字削
減、中国による技術移転の強要阻止、同じく中国による知的財産の窃盗の
阻止などである。こうした点についての合意を如何に確実に実施するか、
そのための監視システムの構築も焦点だった。

トランプ氏が喜んだ大豆は、全体の問題のごく一部にすぎない。現に、米
国内では大豆や天然ガス、その他の対中輸出拡大は大きな問題ではなく、
「中国製造2025」に代表される中国の産業、技術政策を阻止することこそ
大事なのだという意見が強い。

1月31日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙に、元来アメリカが
最も得手とするサービス分野こそ中国におけるシェアを高めるべきだが、
そこには厚い障壁があると解説する記事が目についた。金融、保険、エン
ジニアリング、コンサルティング、ソフトウエアの開発などで中国市場を
もっと開かせよというのだ。しかし、フェイスブック、グーグル、ユー
チューブなどの苦い体験を思い出せば、これらのサービス分野こそ、中国
が最も開放したくないと考えていることは明らかだ。こうした分野でアメ
リカの要求を受け入れてしまえば、人々の意識も生活も大きく変わりかね
ない。中国共産党一党支配の崩壊が猛スピードで進む結果になるだろう。

構造的な景気減速

中国人民大学米国研究センター主任の時殷弘(じいんこう)教授が、米側
の要求である究極の構造改革やその実行を担保する監視メカニズムは、中
国の主権への侵犯や国内秩序への干渉となる可能性が高い、とのコメント
を「産経新聞」に寄せていたが、それこそが米国の狙いであり、中国の恐
れる点であろう。

米国の対中政策は凄まじく厳しい。貿易に関する米中閣僚級協議開催直前
に、米司法省はファーウェイの孟晩舟副会長兼最高財務責任者をニュー
ヨークの連邦大陪審が起訴したと発表し、孟氏の身柄引き渡しをカナダ当
局に正式に要請した。

カナダ政府は米国との協定に従って要請に応じざるを得ないであろう。孟
氏が米国に引き渡された場合、彼女は最高で60年の刑を受ける可能性があ
ると、福井県立大学教授の島田洋一氏は語る。

「米国当局は長期刑をチラつかせながら、孟氏にファーウェイと中国共産
党が行ってきた全ての不法行為を自白させようとするでしょう。協力しな
ければ、彼女は100歳をすぎてもまだアメリカの刑務所に入れられている
ことになりかねません。協力すれば、彼女と彼女の息子のために、一生米
国で安全に暮らせる環境も、そのための資金も用意するでしょう。アメリ
カはなんとしても中国に5G(第5世代移動通信システム)の分野で主導権
を取られたくないのです」

孟氏のケースは、米中間で進行する貿易交渉と同じく、否、それ以上に深
刻な問題だと、島田氏は強調する。いま、米国は貿易、軍事、人権、外交
などで中国締め上げに力を注いでいる。米中の戦いで中国に勝ち目はある
のか。

中国経済の2018年の成長率は6.6%と発表された。28年ぶりの低い伸びだ
と発表されたが、実はもっと低く1.67%だったという資料もあると、人民
大学国際通貨研究所副所長の向松祚(こうしょうそ)氏が指摘している。
向氏は別の試算方法ではGDPはマイナス成長になるとの見解さえ示して
いる。

向氏の言を俟たずとも中国の統計の信頼性の低さは余りにも有名で、中国
経済が公式発表の数字よりもはるかに深刻な低成長に落ちていることは十
分に考えられる。

中国のGDPの約25%を生み出す不動産業界の不況も甚しい。去年1年間
で、大手不動産会社は住宅価格を30%といわれる幅で引き下げたという。
今年もかなりの値下げが懸念されており、銀行は大量の不良債権を抱え込
んでいる。地方政府は過剰債務に陥っており、中小企業にはお金が回らな
い。構造的な景気減速に入ってしまっているが、打つ手がないのが中国経
済だ。

四面楚歌の中国

国内経済の減速に加えて、対外事業としての一帯一路への信頼を、中国は
すでに失ってしまった。債務の罠のカラクリは見破られ、中国と協力した
いという国はなくなりつつある。国際戦略の専門家、田久保忠衛氏が「言
論テレビ」で語った。

「中曽根康弘氏の名言ですが、外交で大切なことは筋を通すとか通さない
ということではなく、国際世論を敵にしないことだというのです。いまの
中国は世界のほぼすべての国を敵に回しています」

中国が他国の領土を奪う手法は債務の罠だけではない。南シナ海での振る
舞いが示しているのは、中国は軍事力の行使もためらわないということ
だ。世界はこのことをすでに十分理解した。だからこそ、米国の「航行の
自由」作戦に、英国とフランスは、昨年夏から合流し始めた。

まさに四面楚歌の中国である。このままいけば、米国は中国の横暴を止め
るだろう。だが、物事はそれ程うまくいかないかもしれない。最大の不安
要因がトランプ氏である。

1月31日、トランプ氏の中東政策に共和党上院議員、53名中43名という圧
倒的多数が反対した。シリアからひと月以内に撤退すると、トランプ氏が
唐突に言い出し、反対したマティス国防長官の更迭を発表したのが昨年末
だった。状況不利と見たのであろう。トランプ氏は、メラニア夫人を伴っ
て突然イラクを訪れ、米軍関係者を慰問した。撤退時期などで多少、軌道
修正をはかったとしても、シリア及びアフガニスタンからの撤退という基
本方針は変えないと見られている。

イラクからの早すぎる撤退で失敗したのがオバマ大統領だった。トランプ
大統領も同じ轍を踏みかけている。それは中東の混乱を増大させ、トラン
プ氏の政治基盤を崩しかねない。そのとき、笑うのは中国であり、世界は
本当の危機に陥る。

『週刊新潮』 2019年2月14日号 日本ルネッサンス 第839回

2019年02月15日

◆米国は貫徹できるか、厳しい対中政策

櫻井よしこ


2日間にわたる米中閣僚級貿易協議が終わった1月31日、トランプ米大統領
は中国代表団を率いる劉鶴副首相と会談した。トランプ氏は、「極めて大
きな進展があった」とし、中国が米国の大豆500万トンの輸入を約束した
ことについて「アメリカの農家がとても喜ぶだろう」と上機嫌で語った。

中国による大量のオピオイド系鎮静剤、フェンタニルの密輸出阻止につい
ても、トランプ氏は習近平主席が対策を講じると約束したと、語ってい
る。この約束は、実は昨年12月の米中首脳会談で決めたことだ。酒も煙草
も嗜まないといわれるトランプ氏は、習慣性が強く最悪の場合過剰使用で
死に至るこの種の薬剤がとても嫌いなのである。

現時点では、トランプ氏の喜びは中国の苦しみだ。今回、米通商代表部の
ライトハイザー代表がぎりぎりまで詰めた主要事項は、米国の貿易赤字削
減、中国による技術移転の強要阻止、同じく中国による知的財産の窃盗の
阻止などである。こうした点についての合意を如何に確実に実施するか、
そのための監視システムの構築も焦点だった。

トランプ氏が喜んだ大豆は、全体の問題のごく一部にすぎない。現に、米
国内では大豆や天然ガス、その他の対中輸出拡大は大きな問題ではなく、
「中国製造2025」に代表される中国の産業、技術政策を阻止することこそ
大事なのだという意見が強い。

1月31日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙に、元来アメリカが
最も得手とするサービス分野こそ中国におけるシェアを高めるべきだが、
そこには厚い障壁があると解説する記事が目についた。金融、保険、エン
ジニアリング、コンサルティング、ソフトウエアの開発などで中国市場を
もっと開かせよというのだ。しかし、フェイスブック、グーグル、ユー
チューブなどの苦い体験を思い出せば、これらのサービス分野こそ、中国
が最も開放したくないと考えていることは明らかだ。こうした分野でアメ
リカの要求を受け入れてしまえば、人々の意識も生活も大きく変わりかね
ない。中国共産党一党支配の崩壊が猛スピードで進む結果になるだろう。

構造的な景気減速

中国人民大学米国研究センター主任の時殷弘(じいんこう)教授が、米側
の要求である究極の構造改革やその実行を担保する監視メカニズムは、中
国の主権への侵犯や国内秩序への干渉となる可能性が高い、とのコメント
を「産経新聞」に寄せていたが、それこそが米国の狙いであり、中国の恐
れる点であろう。

米国の対中政策は凄まじく厳しい。貿易に関する米中閣僚級協議開催直前
に、米司法省はファーウェイの孟晩舟副会長兼最高財務責任者をニュー
ヨークの連邦大陪審が起訴したと発表し、孟氏の身柄引き渡しをカナダ当
局に正式に要請した。

カナダ政府は米国との協定に従って要請に応じざるを得ないであろう。孟
氏が米国に引き渡された場合、彼女は最高で60年の刑を受ける可能性があ
ると、福井県立大学教授の島田洋一氏は語る。

「米国当局は長期刑をチラつかせながら、孟氏にファーウェイと中国共産
党が行ってきた全ての不法行為を自白させようとするでしょう。協力しな
ければ、彼女は100歳をすぎてもまだアメリカの刑務所に入れられている
ことになりかねません。協力すれば、彼女と彼女の息子のために、一生米
国で安全に暮らせる環境も、そのための資金も用意するでしょう。アメリ
カはなんとしても中国に5G(第5世代移動通信システム)の分野で主導権
を取られたくないのです」

孟氏のケースは、米中間で進行する貿易交渉と同じく、否、それ以上に深
刻な問題だと、島田氏は強調する。いま、米国は貿易、軍事、人権、外交
などで中国締め上げに力を注いでいる。米中の戦いで中国に勝ち目はある
のか。

中国経済の2018年の成長率は6.6%と発表された。28年ぶりの低い伸びだ
と発表されたが、実はもっと低く1.67%だったという資料もあると、人民
大学国際通貨研究所副所長の向松祚(こうしょうそ)氏が指摘している。
向氏は別の試算方法ではGDPはマイナス成長になるとの見解さえ示して
いる。

向氏の言を俟たずとも中国の統計の信頼性の低さは余りにも有名で、中国
経済が公式発表の数字よりもはるかに深刻な低成長に落ちていることは十
分に考えられる。

中国のGDPの約25%を生み出す不動産業界の不況も甚しい。去年1年間
で、大手不動産会社は住宅価格を30%といわれる幅で引き下げたという。
今年もかなりの値下げが懸念されており、銀行は大量の不良債権を抱え込
んでいる。地方政府は過剰債務に陥っており、中小企業にはお金が回らな
い。構造的な景気減速に入ってしまっているが、打つ手がないのが中国経
済だ。

四面楚歌の中国

国内経済の減速に加えて、対外事業としての一帯一路への信頼を、中国は
すでに失ってしまった。債務の罠のカラクリは見破られ、中国と協力した
いという国はなくなりつつある。国際戦略の専門家、田久保忠衛氏が「言
論テレビ」で語った。

「中曽根康弘氏の名言ですが、外交で大切なことは筋を通すとか通さない
ということではなく、国際世論を敵にしないことだというのです。いまの
中国は世界のほぼすべての国を敵に回しています」

中国が他国の領土を奪う手法は債務の罠だけではない。南シナ海での振る
舞いが示しているのは、中国は軍事力の行使もためらわないということ
だ。世界はこのことをすでに十分理解した。だからこそ、米国の「航行の
自由」作戦に、英国とフランスは、昨年夏から合流し始めた。

まさに四面楚歌の中国である。このままいけば、米国は中国の横暴を止め
るだろう。だが、物事はそれ程うまくいかないかもしれない。最大の不安
要因がトランプ氏である。

1月31日、トランプ氏の中東政策に共和党上院議員、53名中43名という圧
倒的多数が反対した。シリアからひと月以内に撤退すると、トランプ氏が
唐突に言い出し、反対したマティス国防長官の更迭を発表したのが昨年末
だった。状況不利と見たのであろう。トランプ氏は、メラニア夫人を伴っ
て突然イラクを訪れ、米軍関係者を慰問した。撤退時期などで多少、軌道
修正をはかったとしても、シリア及びアフガニスタンからの撤退という基
本方針は変えないと見られている。

イラクからの早すぎる撤退で失敗したのがオバマ大統領だった。トランプ
大統領も同じ轍を踏みかけている。それは中東の混乱を増大させ、トラン
プ氏の政治基盤を崩しかねない。そのとき、笑うのは中国であり、世界は
本当の危機に陥る。

『週刊新潮』 2019年2月14日号 日本ルネッサンス 第839回


2019年02月14日

◆脆くも崩れ去りかねない日露外交

櫻井よしこ


「脆くも崩れ去りかねない日露外交 河井発言は軽率のそしりを免れない」

この一言で元々脆い日露交渉が積木崩しのようになっていくかもしれな
い。そう感じたのが自民党総裁外交特別補佐、河井克行氏の発言だ。

氏は1月8日、米ワシントンの政策研究機関で「中国に対抗するため」日露
平和条約が必要で、同条約締結に米国の理解を求める旨、語ったという。

安倍晋三首相は、米国の対中包囲とでもいうべき厳しい外交の前で、日中
関係の改善を目指している。従って安倍氏の外交戦略目標が河井氏の言う
中国封じ込めにあるかどうかはわからない。仮にそうだとしても、戦略と
は黙って遂行するのが常道だろう。世界の政治の中心地で、安倍氏の特別
補佐が講演すれば、発言は首相の考えを示すものとして瞬時に世界を駆け
巡る。ロシアと中国の怒りは如何程か。河井発言は軽率のそしりを免れない。

まず、ロシア外務省のザハロワ情報局長がロシア国営テレビの番組で、
「対露交渉で日本はなぜ米国の支持を求めるのか、理解できない」と反
発。14日には日露外相会談後の単独記者会見で、ラブロフ外相がこう語った。

「今日何が起きたか、語っておく必要があると思い(記者会見を開い
た)」、平和条約締結に関して両国の立場は「正反対」だ、「南クリール
諸島の主権は第二次世界大戦の結果としてロシアにあることを日本が全面
的に認めることが前提だ」。

ラブロフ氏は従来の厳しい主張を繰り返しただけでなく、「(北方領土を
含む)クリール諸島の主権問題は議論の対象ではない。これはロシアの領
土だ」とまで言い出した。領土交渉には応じないという意味だ。氏はこの
点を河野太郎外相に言い渡したという。

「北方領土」の表現も受け入れないとの発言が、このあとに続いた。

1956年の日ソ共同宣言に基づいて交渉するという安倍・プーチン合意が生
きているのなら、平和条約と北方領土問題は切り離せない。にも拘わら
ず、島の主権問題は話し合いの議題から除くというのでは交渉は行き詰ま
りではないか。日本側はロシアに好き放題言われてしまっている。

ラブロフ氏はその後、現在進行中の経済協力は「全くロシアの心に響かな
い(very unimpressive)」、日本はもっと投資できる
はずだとし、さらに深刻なことを要求した。

「国連でのロシア提案に関する日本の投票行動は日露両首脳が達成を望む
信頼関係を、全く反映していない」

北朝鮮への制裁をはじめ、ロシアや中国と日本が立場を同じくするのは難
しい。日本の外交基軸は価値観を同じくする米国との協調にある。それを
念頭に国連で日本はもっとロシア寄りになれとラブロフ氏は要求している
のだ。

河井氏は日本の戦略としての中露分断を語ったが、ロシアはそのような日
本への怒りの表現として日米分断を声高く主張していると見てよいだろう。

ラブロフ氏は間違いも堂々と語る。

「1956年の日ソ共同宣言が署名されたとき、日米安全保障条約は存在しな
かった。条約が60年に署名されると、日本は日ソ共同宣言から距離を置き
始めた」

「(日米同盟が中露に)安保上のリスクを投げかけている」とも非難した。

滅茶苦茶だ。米軍の占領が終わりに近づいた1951年、日本はサンフランシ
スコ講和条約に調印し、52年に発効した。独立したが非武装国の日本に、
米軍駐留の継続を定めた安保条約が、そのとき同時に成立した。60年は安
保改定の年にすぎない。

ロシアの間違いや不条理な主張を百も承知で安倍首相はウラジーミル・
プーチン大統領と会談を重ねてきたはずだ。その内容については知るべく
もないが、安倍首相が何らかの前向きな反応をプーチン氏から得ていると
仮定しても、河井発言で交渉はさらに難しくなると懸念するものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1266 

2019年02月12日

◆脆くも崩れ去りかねない日露外交

櫻井よしこ


 脆くも崩れ去りかねない日露外交 河井発言は軽率のそしりを免れない」

この一言で元々脆い日露交渉が積木崩しのようになっていくかもしれな
い。そう感じたのが自民党総裁外交特別補佐、河井克行氏の発言だ。

氏は1月8日、米ワシントンの政策研究機関で「中国に対抗するため」日露
平和条約が必要で、同条約締結に米国の理解を求める旨、語ったという。

安倍晋三首相は、米国の対中包囲とでもいうべき厳しい外交の前で、日中
関係の改善を目指している。従って安倍氏の外交戦略目標が河井氏の言う
中国封じ込めにあるかどうかはわからない。仮にそうだとしても、戦略と
は黙って遂行するのが常道だろう。世界の政治の中心地で、安倍氏の特別
補佐が講演すれば、発言は首相の考えを示すものとして瞬時に世界を駆け
巡る。ロシアと中国の怒りは如何程か。河井発言は軽率のそしりを免れない。

まず、ロシア外務省のザハロワ情報局長がロシア国営テレビの番組で、
「対露交渉で日本はなぜ米国の支持を求めるのか、理解できない」と反
発。14日には日露外相会談後の単独記者会見で、ラブロフ外相がこう語った。

「今日何が起きたか、語っておく必要があると思い(記者会見を開い
た)」、平和条約締結に関して両国の立場は「正反対」だ、「南クリール
諸島の主権は第二次世界大戦の結果としてロシアにあることを日本が全面
的に認めることが前提だ」。

ラブロフ氏は従来の厳しい主張を繰り返しただけでなく、「(北方領土を
含む)クリール諸島の主権問題は議論の対象ではない。これはロシアの領
土だ」とまで言い出した。領土交渉には応じないという意味だ。氏はこの
点を河野太郎外相に言い渡したという。

「北方領土」の表現も受け入れないとの発言が、このあとに続いた。

1956年の日ソ共同宣言に基づいて交渉するという安倍・プーチン合意が生
きているのなら、平和条約と北方領土問題は切り離せない。にも拘わら
ず、島の主権問題は話し合いの議題から除くというのでは交渉は行き詰ま
りではないか。日本側はロシアに好き放題言われてしまっている。

ラブロフ氏はその後、現在進行中の経済協力は「全くロシアの心に響かな
い(very unimpressive)」、日本はもっと投資できる
はずだとし、さらに深刻なことを要求した。

「国連でのロシア提案に関する日本の投票行動は日露両首脳が達成を望む
信頼関係を、全く反映していない」

北朝鮮への制裁をはじめ、ロシアや中国と日本が立場を同じくするのは難
しい。日本の外交基軸は価値観を同じくする米国との協調にある。それを
念頭に国連で日本はもっとロシア寄りになれとラブロフ氏は要求している
のだ。

河井氏は日本の戦略としての中露分断を語ったが、ロシアはそのような日
本への怒りの表現として日米分断を声高く主張していると見てよいだろう。

ラブロフ氏は間違いも堂々と語る。

「1956年の日ソ共同宣言が署名されたとき、日米安全保障条約は存在しな
かった。条約が60年に署名されると、日本は日ソ共同宣言から距離を置き
始めた」

「(日米同盟が中露に)安保上のリスクを投げかけている」とも非難した。

滅茶苦茶だ。米軍の占領が終わりに近づいた1951年、日本はサンフランシ
スコ講和条約に調印し、52年に発効した。独立したが非武装国の日本に、
米軍駐留の継続を定めた安保条約が、そのとき同時に成立した。60年は安
保改定の年にすぎない。

ロシアの間違いや不条理な主張を百も承知で安倍首相はウラジーミル・
プーチン大統領と会談を重ねてきたはずだ。その内容については知るべく
もないが、安倍首相が何らかの前向きな反応をプーチン氏から得ていると
仮定しても、河井発言で交渉はさらに難しくなると懸念するものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1266

2019年02月10日

◆脆くも崩れ去りかねない日露外交

櫻井よしこ


「脆くも崩れ去りかねない日露外交 河井発言は軽率のそしりを免れ
ない」

この一言で元々脆い日露交渉が積木崩しのようになっていくかもしれな
い。そう感じたのが自民党総裁外交特別補佐、河井克行氏の発言だ。

氏は1月8日、米ワシントンの政策研究機関で「中国に対抗するため」日露
平和条約が必要で、同条約締結に米国の理解を求める旨、語ったという。

安倍晋三首相は、米国の対中包囲とでもいうべき厳しい外交の前で、日中
関係の改善を目指している。従って安倍氏の外交戦略目標が河井氏の言う
中国封じ込めにあるかどうかはわからない。

仮にそうだとしても、戦略とは黙って遂行するのが常道だろう。世界の政
治の中心地で、安倍氏の特別補佐が講演すれば、発言は首相の考えを示す
ものとして瞬時に世界を駆け巡る。ロシアと中国の怒りは如何程か。河井
発言は軽率のそしりを免れない。

まず、ロシア外務省のザハロワ情報局長がロシア国営テレビの番組で、
「対露交渉で日本はなぜ米国の支持を求めるのか、理解できない」と反
発。14日には日露外相会談後の単独記者会見で、ラブロフ外相がこう語った。

「今日何が起きたか、語っておく必要があると思い(記者会見を開い
た)」、平和条約締結に関して両国の立場は「正反対」だ、「南クリール
諸島の主権は第二次世界大戦の結果としてロシアにあることを日本が全面
的に認めることが前提だ」。

ラブロフ氏は従来の厳しい主張を繰り返しただけでなく、「(北方領土を
含む)クリール諸島の主権問題は議論の対象ではない。これはロシアの領
土だ」とまで言い出した。領土交渉には応じないという意味だ。氏はこの
点を河野太郎外相に言い渡したという。

「北方領土」の表現も受け入れないとの発言が、このあとに続いた。

1956年の日ソ共同宣言に基づいて交渉するという安倍・プーチン合意が生
きているのなら、平和条約と北方領土問題は切り離せない。にも拘わら
ず、島の主権問題は話し合いの議題から除くというのでは交渉は行き詰ま
りではないか。日本側はロシアに好き放題言われてしまっている。

ラブロフ氏はその後、現在進行中の経済協力は「全くロシアの心に響かな
い(very unimpressive)」、日本はもっと投資できる
はずだとし、さらに深刻なことを要求した。

「国連でのロシア提案に関する日本の投票行動は日露両首脳が達成を望む
信頼関係を、全く反映していない」

北朝鮮への制裁をはじめ、ロシアや中国と日本が立場を同じくするのは難
しい。日本の外交基軸は価値観を同じくする米国との協調にある。それを
念頭に国連で日本はもっとロシア寄りになれとラブロフ氏は要求している
のだ。

河井氏は日本の戦略としての中露分断を語ったが、ロシアはそのような日
本への怒りの表現として日米分断を声高く主張していると見てよいだろう。

ラブロフ氏は間違いも堂々と語る。

「1956年の日ソ共同宣言が署名されたとき、日米安全保障条約は存在しな
かった。条約が60年に署名されると、日本は日ソ共同宣言から距離を置き
始めた」

「(日米同盟が中露に)安保上のリスクを投げかけている」とも非難した。

滅茶苦茶だ。米軍の占領が終わりに近づいた1951年、日本はサンフランシ
スコ講和条約に調印し、52年に発効した。独立したが非武装国の日本に、
米軍駐留の継続を定めた安保条約が、そのとき同時に成立した。60年は安
保改定の年にすぎない。

ロシアの間違いや不条理な主張を百も承知で安倍首相はウラジーミル・
プーチン大統領と会談を重ねてきたはずだ。その内容については知るべく
もないが、安倍首相が何らかの前向きな反応をプーチン氏から得ていると
仮定しても、河井発言で交渉はさらに難しくなると懸念するものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1266

2019年02月09日

◆中国が始める宇宙戦争

櫻井よしこ

 
「月を独り占め、中国が始める宇宙戦争」

都会の真ん中に住んでいても美しい月に見とれる夜がある。38万キロ離れ
た地球から眺める月は、欠けていても満ちていても冴え冴えと美しい。満
月のとき、目を細めてじっと見れば、平凡な言い方だが、そこには明らか
にうさぎがいる。

いまその月面で人工物がひとつ走り回っている。中国の探査車「玉兎」で
ある。

1月3日、中国の月探査機「嫦娥(じょうが)4号」が人類初の快挙、月の裏
面着陸を成し遂げた。少しも嬉しくない。中国は2007年に嫦娥1号を、10
年には嫦娥2号を送り月を周回させた。これで月面の詳細な地図を作成
し、13年に嫦娥3号が月の表側に、今回、嫦娥4号が人類未踏の月の裏側に
着陸し、探査車の玉兎を月面に降ろした。

50年前、アメリカの有人宇宙船アポロ11号が月に降り立ち、アームストロ
ング船長が人類初の一歩を月に刻んだ。そのときの中継画像を当時学生
だった私はカナダ・アルバータ州の友人の家族と共に見た。アメリカ人で
はないカナダ人も日本人の私も皆、釘づけだ。興奮と驚嘆と憧憬、まるで
わがことのような嬉しさを分かち合ったのを覚えている。

今回そんな高揚感はない。中国が宇宙戦争でアメリカの先を行くのかと、
むしろ不安になる。中国の宇宙開発を振りかえれば軍事的野望は明らか
で、人類の平和的発展とは程遠い征服の意図を感じるからである。

21世紀の戦争はサイバー空間と宇宙から始まる。私たちはすでに08年8月
のロシアとグルジア(ジョージア)との戦い、14年3月のロシアとウクラ
イナの戦いで、サイバー戦争が行われたことを知っている。

小野寺五典前防衛相が「言論テレビ」で語ったのだが、ウクライナでは、
まず突然携帯電話がつながらなくなり、テレビ、ラジオ各局の通信が遮断
され、公共の交通機関が止まった。ウクライナ軍の混乱の中、見知らぬ
人々がやってきて街を占拠した。それがロシア軍で、クリミア半島はいと
も簡単に奪われた。

ミサイルで気象衛星を破壊

ロシアはすでに少なくとも二度、人類にサイバー戦争を仕掛け、ロシアに
反対する勢力を倒し、国土を奪ったわけだ。

月に手を掛けた中国は今後、ロシアを上回る規模で本質的に同様の行動に
出ると心得ておくのが正しい。外交・安全保障の専門家で中国問題に詳し
い小原凡司氏も「言論テレビ」で、「宇宙戦争の幕を開けたのは中国」だ
と明言し、その始まりは12年前に遡ると指摘した。

嫦娥1号の月周回と同じ07年、中国は高度850キロにあり、すでに寿命が尽
きていた自国の気象衛星を地上発射のミサイルで破壊してみせた。このと
き世界は本当に驚いた。

「あの驚きは、中国が衛星破壊能力を身につけたためではありません。そ
ういうことを中国は本当にやるのだ、ということで驚いたのです」と、小
原氏。

冷戦後、米露両国は互いの衛星を破壊することはしないという暗黙の了解
に達していたのだという。衛星の破壊は、相手の目や耳を潰すことだ。相
手の状況を見ることができず、通信もできない。自分たちが偵察に行って
も情報も入ってこない。当然、疑心暗鬼に陥り、恐怖心に駆られる。衛星
を破壊されたうえで攻撃されればどうなるか。衛星なしには精密なピンポ
イント攻撃は不可能であるから、まともな反撃はできない。そこで大量破
壊兵器で広い範囲を一挙に潰そうという悪魔のささやきに乗せられてしま
う。かくして核兵器使用の動機が高まり、人類を悲劇に陥れる。

このようなことが十分考えられるため、衛星破壊はしないという暗黙の了
解が生まれたと、小原氏は語る。

「その暗黙の了解を破ったのが07年の中国だったのです。彼らは本当に戦
争する気なのかと、国際社会は驚きました。さらに中国は13年までに、高
度3万キロメートルから4万キロメートルの、いま最も高い軌道にある静止
衛星の破壊能力を確立したと言われています。静止衛星も含めて地球を周
回している衛星のほぼすべてを破壊する能力を、彼らは手にしたと見られ
ているのです」

中国共産党中央委員会の政治理論誌『求是』の10年12月号には、次のよう
に書かれている。

「衛星への攻撃は米国を攻撃する最も効果的な手段だ。速やかに宇宙兵器
開発の努力をすべきだ。最終的に人工衛星からミサイルを発射できるよう
になれば、米国はどこにも隠れる場所がないと知るだろう」

アメリカを標的にして屈服させようという意図は明らかだ。このような意
図が、少なくとも中国の軍事戦略の司令塔である中央軍事委員会の下で発
表されている。彼らの「宇宙強国」計画では、20年末までに中国版GPS
「北斗」の35機打ち上げが決定されており、中国は全世界に「監視の目」
を持つことになる。

人民解放軍の能力

全世界、全天候型の地球観測システムの運用について、中国は民間用の衛
星網だと説明する。北斗は測位精度が2.5メートル程度とされており、ア
メリカの衛星に較べれば、能力は落ちる。中国の発表をどのように読み解
くのがよいのか。小原氏の説明だ。

「民間用の衛星網とされる北斗より、地上にある物体の探知、識別能力を
非常に重視している中国人民解放軍(PLA)の衛星の能力はもっと高い
と見てよいと思います。PLAの太平洋上における探知範囲は500万平方
キロメートルに及ぶと、これは彼ら自身が喧伝しています。それほど広い
海域で、米海軍の艦船を対艦弾道ミサイルで攻撃するのに必要な探知能力
を身につけたと言っているわけです」

一群の北斗打ち上げは20年には達成される。それをさらに強化するのが、
22年までに完成予定の中国独自の宇宙ステーション「天宮」だ。有人で長
期滞在型の宇宙ステーションを中国が完成させる構えなのに対して、日米
露など15カ国が参加する国際宇宙ステーション(ISS)の先行きは不安
である。

トランプ米政権は25年までに資金拠出を打ち切り、ISSの運営を民間に
移転するとしている。ロシアはロシア単独の宇宙ステーション建設を模索
中で、欧州は宇宙計画を継続する方向だ。ISSがどのような形で継続さ
れるのか、また、各国の宇宙政策の形もまだ見えてこない。ひとつ明確な
のは、中国だけが宇宙ステーションを持ち宇宙を独占するという最悪の状
況は避けなければならないということだ。

中国の戦略の息の長さ、継続する国家の意志の、真の脅威を実感する。軍
事的要素を忌み嫌い、国防についてまともに考えもしない日本は、自力で
自国を守れない。そんな国など、国家とは言えないということを肝に銘じ
たい。

『週刊新潮』 2019年2月7日号日本ルネッサンス 第838回

2019年02月07日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ 」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265

2019年02月06日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265

2019年02月05日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265 

2019年02月04日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。
その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265 

2019年02月03日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265

2019年02月02日

◆ 原発輸出を助け、技術を継承せよ

櫻井よしこ

>
> 日本国の土台のあちこちが液状化し始めているのではないか。危惧すべき ことの筆頭が中央省庁の官僚の劣化である。
>
> 厚生労働省の勤労統計調査が15年間も不適切に集計されていた。同統計は 月例経済報告など政府の経済分析に関わる基幹統計で、雇用保険の失業給 付もこれを基に算定される。それが2004(平成16)年以降ごまかされてい たというのだ。
>
> 従業員500人以上の事業所は全て調査しなければならないところを、東京 都の場合、対象事業所1400社の内、実際に調査していたのは約3分の1にと どまる。悪質なのは、全数調査に見せかけるために、統計上の処理が自動 的に行われるようプログラミングした改変ソフトまで作成されていたこと だ。当事者たちは不正をよく認識していたのだろう。
>
> この悪しきごまかしは04年度の自民党小泉政権のときに始まり、民主党政 権時代も経て、現在の安倍政権で見つかったということだ。
>
> 国の政策の基礎となる統計をごまかすとは、誇り高かったはずの日本の中 央省庁は中国並になりつつあるのか。政権が代わっても、日本は官僚が優 秀だから揺るぎないと言われた時代は、過去のものだというのか。
>
> 米国では政権交代の度に公務員が入れ替わる。重要な地位にある人ほど交 代する。日本では自民党政権でも民主党政権でも官僚はほぼ代わらない。 だからこそ中央官僚は責任をより深く自覚しなければならない。彼らが国 家国民に対する責任を果たそうとせず、隠蔽やごまかしに走れば、日本の 未来は確実に蝕まれる。
>
> 官僚の無責任と政治家の無責任が重なり合えば、事態は絶望的だ。いまそ のような危機が生じているのがエネルギー政策、電力政策である。
>
> 気概無き政治家
>
> 産業基盤も民生の安定も、電力の安定的供給に大きく依存する。電力の安 定供給が断たれたとき、たとえば昨年9月、北海道地震で何が起きたか。 全道が電力停止(ブラックアウト)に陥り、畜産農家の乳牛の3分の1が死 ぬなど、損害を蒙った。当時の、泊原子力発電所が稼働していれば全道ブ ラックアウトなど起きなかっただろう。だが、泊原発を再稼働させよとい う声は出てこなかった。
>
> なぜか。まず政治家は、票にならないどころか、落選の要素にさえなりか ねない原発問題で発言などしないからだ。気概無き政治家の下では、資源 エネルギー庁や経済産業省の官僚も身の安全を優先し、発言しない。原発 反対の日本のメディアの多くは泊原発が存在することさえ報道したくない ようで、実質無視した。
>
> 現在、日本の原発は、原子力規制委員会の不条理な規則によって、動けな い状況下に置かれている。国のエネルギー計画にも原発についての明確な 方針は盛り込まれず、再稼働は進まず、新設は計画さえされない。
>
> これでは、日本の原発技術者は働く場所を失う。技術の継承が止まり、原 子力産業は基盤を失う。わが国はエネルギー供給の安定性を失い、産業基 盤は崩壊する。停電が度重なり民生は不安定化し、世界の潮流とは真逆に CO2を大量に排出し続ける。
>
> それでも政府は問題の本質に向き合おうとせず、ごまかしの一手を打っ た。高速増殖炉「もんじゅ」の件である。政府は16年12月、もんじゅの廃 炉を決定し、フランスの次世代高速炉「アストリッド」の開発に協力する ことで技術継承を可能にすると説明した。
>
> 東京大学大学院教授の岡本孝司氏は、そもそももんじゅとアストリッドで は目的やシステムが異なると、指摘する。もんじゅは発電しながらプルト ニウム燃料を生産するが、アストリッドは発電ではなく高レベルの放射性 廃棄物処理のための設備だ。
>
> アストリッドで日本の高速増殖炉技術を継承すると強弁したのは、日本の 技術断絶への懸念や、そのことへの批判を封じるためだったのであろう。 その証拠に、18年11月、フランス政府がアストリッド計画の凍結を伝えて きたとき、エネ庁も経産省も後継炉をどうするのかについて説明さえしな かった。高速増殖炉の技術を、日本はこのまま放棄するのか。
>
> 国内で原発技術を継承できなければ海外にプラント輸出して、輸出先で日 本人技術者を温存すればよいとも、政府は説明する。しかし、その道もい ま、閉ざされつつある。
>
> 今月17日、日立製作所が、イギリスのアングルシー島で進めていた2基の 原発新設計画を凍結する方針を発表した。総事業費約3兆円のうち、2兆円 を英国側が負担し、残りは日立と日本の電力会社、英国企業の三者が出資 して補う計画だった。それが今回、日本で資金が集まらず、断念せざるを 得ないという。
>
> 原発建設のコスト
>
> 日本の原発輸出はおよそ悉(ことごと)く挫折している。三菱重工のベトナ ム及びトルコへの原発輸出も厳しく、日立のアラブ首長国連邦(UAE) への輸出は韓国に奪われ、リトアニアへの輸出も凍結された。これ以上、 後退する余裕は日本にはない。ここで政府が後押しするべきだ。
>
> 日本政府が動かないのは、政府もメディアも、従って世論も、海外におけ る原発建設のコストについて誤解しているからではないか。東京工業大学 特任教授の奈良林直氏が説明する。
>
> 「日本では原発1基の建設費は数千億円、それが生み出す電力は数兆円 で、メーカーのリスクは低いのです。一方、海外では原発建設費とその後 の数十年の設備維持費、人件費を含む費用の合計、つまり総事業費の交渉 となります。ここをごちゃまぜにして数兆円に膨らんだなどとメディアが 報道し、結果、政府も企業も尻込みし、世論も反対に傾くのです。建設費 と総事業費を峻別することが大事です。そのうえで総事業費は政府が債務 保証しなくては輸出は進みません。UAEで日本が韓国に敗れたのは、韓 国政府が債務保証をしてわが国政府はしなかったからです」
>
> 政府の後押しなしには海外での競争には勝てないのである。
>
> いまわが国は膨大なお金を太陽光発電に費やしている。総発電量のわずか 5%しか供給できていない太陽光発電に、今年度私たちは電力料金に上乗 せして3.1兆円を支払う。固定価格買い取り制度の下、太陽光発電はまだ 増えるため、太陽光電力には2050年度までの総額で90兆円を支払うと予想 されている。こんな膨大な額を、国際標準よりはるかに高い太陽光電力に 払うことは合理的なのか。
>
> 日立の原発輸出に必要なのはわずか9000億円だった。原発輸出を国益の視 点でとらえ、政府は支援に踏みきるべきであろう。
>
> 世界原子力協会は、50年までに世界には1000基の原発が稼働し、うち200 基が中国だと予想する。世界は脱化石燃料で原発に移行しているのだ。日 本は全力でわが国の原子力産業の崩壊を防ぐべきだ

> 『週刊新潮』 2019年1月31日号 日本ルネッサンス 第837回

2019年02月01日

◆原発輸出を助け、技術を継承せよ

櫻井よしこ


日本国の土台のあちこちが液状化し始めているのではないか。危惧すべき
ことの筆頭が中央省庁の官僚の劣化である。

厚生労働省の勤労統計調査が15年間も不適切に集計されていた。同統計は
月例経済報告など政府の経済分析に関わる基幹統計で、雇用保険の失業給
付もこれを基に算定される。それが2004(平成16)年以降ごまかされてい
たというのだ。

従業員500人以上の事業所は全て調査しなければならないところを、東京
都の場合、対象事業所1400社の内、実際に調査していたのは約3分の1にと
どまる。悪質なのは、全数調査に見せかけるために、統計上の処理が自動
的に行われるようプログラミングした改変ソフトまで作成されていたこと
だ。当事者たちは不正をよく認識していたのだろう。

この悪しきごまかしは04年度の自民党小泉政権のときに始まり、民主党政
権時代も経て、現在の安倍政権で見つかったということだ。

国の政策の基礎となる統計をごまかすとは、誇り高かったはずの日本の中
央省庁は中国並になりつつあるのか。政権が代わっても、日本は官僚が優
秀だから揺るぎないと言われた時代は、過去のものだというのか。

米国では政権交代の度に公務員が入れ替わる。重要な地位にある人ほど交
代する。日本では自民党政権でも民主党政権でも官僚はほぼ代わらない。
だからこそ中央官僚は責任をより深く自覚しなければならない。彼らが国
家国民に対する責任を果たそうとせず、隠蔽やごまかしに走れば、日本の
未来は確実に蝕まれる。

官僚の無責任と政治家の無責任が重なり合えば、事態は絶望的だ。いまそ
のような危機が生じているのがエネルギー政策、電力政策である。

気概無き政治家

産業基盤も民生の安定も、電力の安定的供給に大きく依存する。電力の安
定供給が断たれたとき、たとえば昨年9月、北海道地震で何が起きたか。
全道が電力停止(ブラックアウト)に陥り、畜産農家の乳牛の3分の1が死
ぬなど、損害を蒙った。当時の、泊原子力発電所が稼働していれば全道ブ
ラックアウトなど起きなかっただろう。だが、泊原発を再稼働させよとい
う声は出てこなかった。

なぜか。まず政治家は、票にならないどころか、落選の要素にさえなりか
ねない原発問題で発言などしないからだ。気概無き政治家の下では、資源
エネルギー庁や経済産業省の官僚も身の安全を優先し、発言しない。原発
反対の日本のメディアの多くは泊原発が存在することさえ報道したくない
ようで、実質無視した。

現在、日本の原発は、原子力規制委員会の不条理な規則によって、動けな
い状況下に置かれている。国のエネルギー計画にも原発についての明確な
方針は盛り込まれず、再稼働は進まず、新設は計画さえされない。

これでは、日本の原発技術者は働く場所を失う。技術の継承が止まり、原
子力産業は基盤を失う。わが国はエネルギー供給の安定性を失い、産業基
盤は崩壊する。停電が度重なり民生は不安定化し、世界の潮流とは真逆に
CO2を大量に排出し続ける。

それでも政府は問題の本質に向き合おうとせず、ごまかしの一手を打っ
た。高速増殖炉「もんじゅ」の件である。政府は16年12月、もんじゅの廃
炉を決定し、フランスの次世代高速炉「アストリッド」の開発に協力する
ことで技術継承を可能にすると説明した。

東京大学大学院教授の岡本孝司氏は、そもそももんじゅとアストリッドで
は目的やシステムが異なると、指摘する。もんじゅは発電しながらプルト
ニウム燃料を生産するが、アストリッドは発電ではなく高レベルの放射性
廃棄物処理のための設備だ。

アストリッドで日本の高速増殖炉技術を継承すると強弁したのは、日本の
技術断絶への懸念や、そのことへの批判を封じるためだったのであろう。
その証拠に、18年11月、フランス政府がアストリッド計画の凍結を伝えて
きたとき、エネ庁も経産省も後継炉をどうするのかについて説明さえしな
かった。高速増殖炉の技術を、日本はこのまま放棄するのか。

国内で原発技術を継承できなければ海外にプラント輸出して、輸出先で日
本人技術者を温存すればよいとも、政府は説明する。しかし、その道もい
ま、閉ざされつつある。

今月17日、日立製作所が、イギリスのアングルシー島で進めていた2基の
原発新設計画を凍結する方針を発表した。総事業費約3兆円のうち、2兆円
を英国側が負担し、残りは日立と日本の電力会社、英国企業の三者が出資
して補う計画だった。それが今回、日本で資金が集まらず、断念せざるを
得ないという。

原発建設のコスト

日本の原発輸出はおよそ悉(ことごと)く挫折している。三菱重工のベトナ
ム及びトルコへの原発輸出も厳しく、日立のアラブ首長国連邦(UAE)
への輸出は韓国に奪われ、リトアニアへの輸出も凍結された。これ以上、
後退する余裕は日本にはない。ここで政府が後押しするべきだ。

日本政府が動かないのは、政府もメディアも、従って世論も、海外におけ
る原発建設のコストについて誤解しているからではないか。東京工業大学
特任教授の奈良林直氏が説明する。

「日本では原発1基の建設費は数千億円、それが生み出す電力は数兆円
で、メーカーのリスクは低いのです。一方、海外では原発建設費とその後
の数十年の設備維持費、人件費を含む費用の合計、つまり総事業費の交渉
となります。ここをごちゃまぜにして数兆円に膨らんだなどとメディアが
報道し、結果、政府も企業も尻込みし、世論も反対に傾くのです。建設費
と総事業費を峻別することが大事です。そのうえで総事業費は政府が債務
保証しなくては輸出は進みません。UAEで日本が韓国に敗れたのは、韓
国政府が債務保証をしてわが国政府はしなかったからです」

政府の後押しなしには海外での競争には勝てないのである。

いまわが国は膨大なお金を太陽光発電に費やしている。総発電量のわずか
5%しか供給できていない太陽光発電に、今年度私たちは電力料金に上乗
せして3.1兆円を支払う。固定価格買い取り制度の下、太陽光発電はまだ
増えるため、太陽光電力には2050年度までの総額で90兆円を支払うと予想
されている。こんな膨大な額を、国際標準よりはるかに高い太陽光電力に
払うことは合理的なのか。

日立の原発輸出に必要なのはわずか9000億円だった。原発輸出を国益の視
点でとらえ、政府は支援に踏みきるべきであろう。

世界原子力協会は、50年までに世界には1000基の原発が稼働し、うち200
基が中国だと予想する。世界は脱化石燃料で原発に移行しているのだ。日
本は全力でわが国の原子力産業の崩壊を防ぐべきだ。

『週刊新潮』 2019年1月31日号 日本ルネッサンス 第837回