2020年01月24日

◆裁判官の原発潰しが日本の活力を削ぐ

櫻井よしこ

日本のエネルギー政策を歪め、電気料金を押し上げ、消費者と中小企業に負担させている元凶は原子力規制委員会だけではなかった。三条委員会として強大な権限を有する規制委の決定を覆し、公平・公正とはいえない一方的理屈で原子力発電所の運転差し止めを決定する裁判官も、もうひとつの元凶である。

健全で公正な司法が確立されて初めて社会も国も安心な場所であり得る。だが、原発訴訟を見る限り、日本の司法の現状は憂慮せざるを得ない。その最も理不尽な事例が1月17日の広島高等裁判所の決定であろう。山口県東部の三つの島に住む住民3人が四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めていた裁判で、広島高裁の森一岳裁判長が運転を認めない仮処分を決定したのである。

同裁判の経過、担当した裁判長、審尋の実態、判決内容などは約5年前の福井地方裁判所のケースと非常に似通っている。当時の福井地裁裁判長は樋口英明氏だった。氏は関西電力高浜原発3・4号機の運転差し止めの仮処分を下した人物だ。

森氏も樋口氏も原発の運転を差し止めた時、定年もしくは異動間際だった。森氏は今回の仮処分決定8日後の1月25日に定年で退官するために、本誌が出る頃は広島高裁にはもういないのであろう。他方、福井地裁裁判長だった樋口英明氏は15年4月の異動で名古屋家裁への左遷が決まっており、それにも拘わらず運転差し止めを決定した。

森、樋口両氏はいわば最後の場面で世間に注目される決定を下したわけだが、どう見ても多くの疑問を抱かざるを得ない。第一点が差し止めの仮処分決定に至る過程で当事者の主張を十分に聞いたとは思えないことだ。たとえば森氏が四国電力の意見を聞いたのは90分の審尋1回のみである。樋口氏の関西電力に対する審尋は2回のみだった。いずれのケースでも電力会社側の要請した専門家の意見聴取は却下されている。

判決文の中に間違い

二つの裁判に共通するもうひとつの要素が「人格権」の乱用である。実は私は5年前の樋口氏の仮処分決定の内容に疑問を抱き、インターネット配信の「言論テレビ」に北海道大学教授の奈良林直氏と民法の権威である名古屋大学名誉教授の森嶌昭夫氏を招き、樋口判決について論じたことがある。

樋口氏は判決に「原子力規制委員会の新しい規制基準は緩やかすぎて、それに合格しても安全性は確保されない。従って住民の人格権を侵害する具体的危険がある」との主旨を書いていた。森嶌氏は「人格権」という極めて広く解釈できる用語の使用に以下のように疑義を呈した。

「高浜原発を稼働させたからといって、すぐさま住民の生命自体が侵害される急迫な事態ではないわけです。そこに個人情報から名誉毀損まで幅広い意味が入ってしまう人格権という言葉を当てはめるのであれば、原発を差し止めなければ急迫に侵害されようとしているのが、具体的にどの権利なのかを明確に示さなければなりません」

「人格権」は法律用語としてきちんと定義されているわけではない。にも拘わらず、その曖昧な用語を、ひとつひとつの言葉を厳格に定義したうえで事実認定しなければならないはずの法廷で使用する理由は、本当に急迫した危険な状況であると説明出来ないからではないか、と森嶌氏は疑問視したわけだ。今回の広島高裁の判決にも同様の疑問を抱く。

両判決のもうひとつの共通点は判決文の中に間違いが目立つ点である。高浜原発差し止めを決定した樋口氏の間違いは極めて初歩的であるために分かり易い。

氏は、高浜原発では電源喪失、つまり停電からわずか5時間で炉心損傷に至ると書いている。これは全くの間違いだ。奈良林氏が指摘した。

「福島第一原発はそれに近い状況でしたが、高浜原発では種々の対策がとられていて、全電源が失われても18日から19日間は給水可能、炉心冷却も継続できるのです。特に福島事故の後は巨大タンクを作り、冷却用の水源量を増やしていました」

つまり高浜原発が5時間ほどで炉心損傷に至ることはないのである。この点を樋口氏は高浜原発で事実誤認しただけでなく、その1年前に運転差し止めを命じた大飯原発に関しても同様の誤認をしていた。裁判長たる者が2回も、重要な技術的、科学的な問題点について同じ間違いを犯して公正に裁けるはずがない。

樋口氏はまた、使用済み核燃料プールの給水配管と計測器を、強度の耐震設計を施したSクラスにすべきだと判決文で批判した。

「電力会社の説明を全く聞いていないとしか思えませんね。樋口氏の指摘した部分は元々Sクラスと同等の設計になっていました。最高水準の設計で、使用済み核燃料プールもSクラスです」と、奈良林氏。

国民のツケになる

まだある。樋口氏は、緊急時には免震重要棟が必要であるのに、その建設に猶予期間があるのはおかしい、つまり、免震重要棟が出来ていないではないかと指摘していた。

「免震重要棟は福島第一原発で有名になりましたが、免震のゴムに尋常ならざる圧力がかかりますから、いまは耐震重要棟に切り替わりつつあります。高浜原発には耐震Sクラスの建屋があり、緊急時対策所が設けられています。樋口氏はそのことを認識できていない。猶予期間については全くの思い違いです。猶予期間は重要免震棟ではなく、テロに備えるための『特定重大事故等対処施設』の建築に対するものです。それを樋口氏は免震重要棟の建築と取り違えていたのです」(同)

事実を誤認したまま運転させないという仮処分を下した樋口氏は余りに無責任だが、今回の森判決にも以下のような驚くべき指摘がある。

佐田岬半島瀬戸内海側の沿岸部に活断層があれば、伊方原発に強い地震がくる。だが、四国電力は十分な調査をしないまま、活断層は存在しないと主張し、それを問題なしと判断した原子力規制委員会の側に過誤ないし欠落があった、というものだ。

四国電力は与えられたたった1度の90分の審尋で、指摘箇所の活断層について十分な調査を行ったことをデータを含めて説明した。だが、森氏は電力会社側の説明に殆んど耳を貸さなかったのであろう。その上で、世界一厳しい日本の規制委の安全審査に踏み込んだわけだ。裁判官は活断層の専門家ではない。それがどういう資格でか、一応、専門家集団である規制委の安全審査を否定してみせた。

住民側の主張のみを取り入れている点で森氏は樋口氏と同じである。公正さを欠いた司法判断で伊方原発が止まり、少なくとも毎月35億円の費用が膨らみいずれ国民へのツケになるだろう。経済的痛みと共に国の土台である司法が蝕まれ続けている。

『週刊新潮』 2020年1月23日号日本ルネッサンス 第885回

2020年01月19日

◆中国が覇権を握ると、世界はこうなる

櫻井よしこ


令和2年、日本の道は平坦ではあり得ず厳しい1年になるだろう。世界の 秩序を揺るがす二大国の前で日本の覚悟が求められている。

米国がアメリカ第一主義を追求し続け、中国がその真空を埋め続けるとし たら、中国主軸の世界はどんな世界になるのか、そのとき日本の対応はど うあるべきなのか。

中国が米国にとって代わる可能性は決して高くない。だが、そのときの世 界を想像してみよう。?小平以降、江沢民、胡錦濤の歴代指導者と交流が あり、中国共産党の考えや性格を深く理解していたシンガポール建国の 父、故リー・クアンユー元首相はこんなことを語っていた。

「産業化し力をつけた中国は東南アジア諸国に1945年以来の米国のように 慈悲深く接するだろうか。シンガポールは確信が持てない。ブルネイ・イ ンドネシア・マレーシア・フィリピン・タイ・ベトナムなども同じだろ う。中国がより自信に満ちており、強硬な構えをとりたがっているのを、 我々はすでに承知している」(グラハム・アリソン他著『リー・クアン ユー』BCSIA)。

リー氏は次のようにも語っていた。

「中国は我々シンガポール人に、自らの影響力が強くなるにつれてもっと 敬意を払うよう求めた。大小にかかわらずどの国も対等で、中国は覇権を 求めないと言った。しかし我々が彼らの気に入らないことをすると、13億 人に不快な思いをさせた、立ち位置をわきまえろと言う」(同)

どれ程美しい言葉で飾ったとしても、中国には「どの国とも対等」という 考え方はないのである。

リー氏がまだ健在で子息のシェンロン氏に首相職を譲る2004年、シェンロ ン氏が首相就任前に「個人的かつ非公式に」台湾を訪問した。それ以前に も訪台したことがあり、本人は中国の本当の恐ろしさを読みとれていな かったのだ。次期首相の行動に中国側は激しく反応し、「重大な結果を招 く」と恫喝した。

怯えた氏は、同年8月の独立記念集会の演説で「台湾独立を支持しない」 と宣言した。

習氏が訪日

10年のASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議では、当時の楊潔? 外相が他の国々の外相を睨みつけながら言い放った。「中国は大国で、他 の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

リー氏が15年3月に死去し、同年5月にシンガポールで開催されたアジア安 全保障会議では、「覇権を求めない」はずの中国が覇権国の強圧的な振る 舞いを暴露してしまった。

当時、オバマ政権の無策が続き、中国が凄まじい勢いで南シナ海を埋め立 てていたため、基調演説をする立場にあったシェンロン氏は南シナ海問題 に言及せざるを得なかった。国際社会が注目する中、氏は中国の大規模埋 め立ては非難せず、ベトナムやフィリピンの小規模な埋め立てを非難し た。中国の怒りを恐れての演説だったのは明らかだ。

その前年の5月には、習近平国家主席が「アジア信頼醸成措置会議」 (CICA)で47カ国の代表を前に「アジアの安全はアジアの人民が守ら なければならない」、「いかなる国家も安全保障を独占し、他国の正当な 権益を侵害することはできない」と語った。世界人口の約6割を占めるア ジアの覇権は中国が握るとの宣言であり、米国のアジア太平洋重視のリバ ランス(再均衡)政策を牽制したのである。

17年10月には中国共産党第19回全国代表大会で、習氏が「中国の特色ある 社会主義」を掲げ、「偉大なる中華民族の復興」を公約した。建国100年 には、中国が世界の諸民族の中にそびえ立つとも誓った。

そのとき、中国はどんな国になっているのだろうか。豊かで強くなった中 国は民主主義国になっていると思うかと問われたリー氏は、即座に 「ノー」と答えている。民主主義が中国共産党の支配を崩壊させるのは明 らかだからだ。

中国の歴史にはかつて一度も民主主義の要素など存在しなかった、中国人 民は民主主義など求めていない、ともリー氏は指摘している。

いま私たちが認識しなければならないのは、このような中国の異質さであ る。私たちの価値基準で中国人を推し測るのは愚かなことだ。

今年春には習氏が訪日する。日中両政府は両国関係が非常に良くなってい ると讃え合うが、現実は全く異なるのではないか。

両国間には多くの問題が存在する。中国の異常な軍拡、尖閣諸島、東シナ 海ガス田、靖國神社、歴史認識、知的財産権の窃盗、日本人不当拘束な ど、まさに問題山積である。

中でも日本人拘束と尖閣諸島の両問題は18年10月の安倍首相と習氏の首脳 会談以降、19年6月、11月、12月の首脳会談で安倍首相の側から問題提起 し続けてきた。それに対して中国側はどう対応してきたか。日中関係が 「非常に良好」だと言えるような対応だろうか。

安倍首相の要請を無視

安倍首相は18年10月に訪中して習氏と首脳会談を行った。その後の19年11 月4日、12月23日の首脳会談でも、拘束されている邦人の解放を求めてい る。が、習氏の側からは何ら回答がない。

それどころか、安倍首相の要請を無視して、中国政府は次々に、拘束した 日本人に有罪判決を下し続けた。

18年12月には二人を実刑とした。札幌市の男性に懲役12年、元中国人で日 本に帰化した女性に懲役6年である。

19年5月には別の3人に最高15年の実刑を下した。

同年10月、伊藤忠商事の男性社員に懲役3年の実刑判決を出した。

同年には新たに50代の日本人男性が拘束されたが、同件は11月末になって 公表された。また9月には、中国政府のシンクタンク、中国社会科学院の 招きで訪中した北海道大学教授が拘束され、11月に解放された。

加えて信じ難いのは、どの件でも中国側は判決文を公表しないことだ。日 本側としては、一体どんな罪なのか、どんな根拠があるのかなど、一切わ からない。

安倍首相が直接、習氏に問題提起した後でも、こんな不透明で不条理な拘 束がなされ、実刑が下されている。対日関係改善への中国首脳の熱意も誠 意も感じられない。日本に対する敬意などおよそないのではないか。

尖閣の海にほぼ毎日中国艦が侵入していることは今更言うまでもない。こ れで日中友好などと言えるのだろうか。中国の支配する世界はこのような 事態が基調となるのであろう。

米中がせめぎ合う中、日本は自由と民主主義の価値を重視する米国との協 力、連携に全力を尽くすべきだ。憲法改正を急ぎ、軍事力を強化し、経済 力を強めることだ。

『週刊新潮』2020年1月16日号日本ルネッサンス 第884回

2020年01月18日

◆中国が覇権を握ると、世界はこうなる

櫻井よしこ


令和2年、日本の道は平坦ではあり得ず厳しい1年になるだろう。世界の秩序を揺るがす二大国の前で日本の覚悟が求められている。

米国がアメリカ第一主義を追求し続け、中国がその真空を埋め続けるとしたら、中国主軸の世界はどんな世界になるのか、そのとき日本の対応はどうあるべきなのか。

中国が米国にとって代わる可能性は決して高くない。だが、そのときの世界を想像してみよう。ケ小平以降、江沢民、胡錦濤の歴代指導者と交流があり、中国共産党の考えや性格を深く理解していたシンガポール建国の父、故リー・クアンユー元首相はこんなことを語っていた。

「産業化し力をつけた中国は東南アジア諸国に1945年以来の米国のように慈悲深く接するだろうか。シンガポールは確信が持てない。ブルネイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン・タイ・ベトナムなども同じだろう。中国がより自信に満ちており、強硬な構えをとりたがっているのを、我々はすでに承知している」(グラハム・アリソン他著『リー・クアンユー』BCSIA)。

リー氏は次のようにも語っていた。

「中国は我々シンガポール人に、自らの影響力が強くなるにつれてもっと敬意を払うよう求めた。大小にかかわらずどの国も対等で、中国は覇権を求めないと言った。しかし我々が彼らの気に入らないことをすると、13億人に不快な思いをさせた、立ち位置をわきまえろと言う」(同)

どれ程美しい言葉で飾ったとしても、中国には「どの国とも対等」という考え方はないのである。

リー氏がまだ健在で子息のシェンロン氏に首相職を譲る2004年、シェンロン氏が首相就任前に「個人的かつ非公式に」台湾を訪問した。それ以前にも訪台したことがあり、本人は中国の本当の恐ろしさを読みとれていなかったのだ。次期首相の行動に中国側は激しく反応し、「重大な結果を招く」と恫喝した。

怯えた氏は、同年8月の独立記念集会の演説で「台湾独立を支持しない」と宣言した。

習氏が訪日

10年のASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議では、当時の楊潔篪外相が他の国々の外相を睨みつけながら言い放った。「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

リー氏が15年3月に死去し、同年5月にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議では、「覇権を求めない」はずの中国が覇権国の強圧的な振る舞いを暴露してしまった。

当時、オバマ政権の無策が続き、中国が凄まじい勢いで南シナ海を埋め立てていたため、基調演説をする立場にあったシェンロン氏は南シナ海問題に言及せざるを得なかった。国際社会が注目する中、氏は中国の大規模埋め立ては非難せず、ベトナムやフィリピンの小規模な埋め立てを非難した。中国の怒りを恐れての演説だったのは明らかだ。

その前年の5月には、習近平国家主席が「アジア信頼醸成措置会議」(CICA)で47カ国の代表を前に「アジアの安全はアジアの人民が守らなければならない」、「いかなる国家も安全保障を独占し、他国の正当な権益を侵害することはできない」と語った。世界人口の約6割を占めるアジアの覇権は中国が握るとの宣言であり、米国のアジア太平洋重視のリバランス(再均衡)政策を牽制したのである。

17年10月には中国共産党第19回全国代表大会で、習氏が「中国の特色ある社会主義」を掲げ、「偉大なる中華民族の復興」を公約した。建国100年には、中国が世界の諸民族の中にそびえ立つとも誓った。

そのとき、中国はどんな国になっているのだろうか。豊かで強くなった中国は民主主義国になっていると思うかと問われたリー氏は、即座に「ノー」と答えている。民主主義が中国共産党の支配を崩壊させるのは明らかだからだ。

中国の歴史にはかつて一度も民主主義の要素など存在しなかった、中国人民は民主主義など求めていない、ともリー氏は指摘している。

いま私たちが認識しなければならないのは、このような中国の異質さである。私たちの価値基準で中国人を推し測るのは愚かなことだ。

今年春には習氏が訪日する。日中両政府は両国関係が非常に良くなっていると讃え合うが、現実は全く異なるのではないか。

両国間には多くの問題が存在する。中国の異常な軍拡、尖閣諸島、東シナ海ガス田、靖國神社、歴史認識、知的財産権の窃盗、日本人不当拘束など、まさに問題山積である。

中でも日本人拘束と尖閣諸島の両問題は18年10月の安倍首相と習氏の首脳会談以降、19年6月、11月、12月の首脳会談で安倍首相の側から問題提起し続けてきた。それに対して中国側はどう対応してきたか。日中関係が「非常に良好」だと言えるような対応だろうか。

安倍首相の要請を無視

安倍首相は18年10月に訪中して習氏と首脳会談を行った。その後の19年11月4日、12月23日の首脳会談でも、拘束されている邦人の解放を求めている。が、習氏の側からは何ら回答がない。

それどころか、安倍首相の要請を無視して、中国政府は次々に、拘束した日本人に有罪判決を下し続けた。

18年12月には二人を実刑とした。札幌市の男性に懲役12年、元中国人で日本に帰化した女性に懲役6年である。

19年5月には別の3人に最高15年の実刑を下した。

同年10月、伊藤忠商事の男性社員に懲役3年の実刑判決を出した。

同年には新たに50代の日本人男性が拘束されたが、同件は11月末になって公表された。また9月には、中国政府のシンクタンク、中国社会科学院の招きで訪中した北海道大学教授が拘束され、11月に解放された。

加えて信じ難いのは、どの件でも中国側は判決文を公表しないことだ。日本側としては、一体どんな罪なのか、どんな根拠があるのかなど、一切わからない。

安倍首相が直接、習氏に問題提起した後でも、こんな不透明で不条理な拘束がなされ、実刑が下されている。対日関係改善への中国首脳の熱意も誠意も感じられない。日本に対する敬意などおよそないのではないか。

尖閣の海にほぼ毎日中国艦が侵入していることは今更言うまでもない。これで日中友好などと言えるのだろうか。中国の支配する世界はこのような事態が基調となるのであろう。

米中がせめぎ合う中、日本は自由と民主主義の価値を重視する米国との協力、連携に全力を尽くすべきだ。憲法改正を急ぎ、軍事力を強化し、経済力を強めることだ。

『週刊新潮』 2020年1月16日号日本ルネッサンス 第884回

2020年01月15日

◆韓国崩壊の危機が現実的に

櫻井よしこ


「文在寅の強行策、韓国崩壊の危機が現実的に」

今月16日、日韓間の戦略物資の輸出管理をめぐって東京で日韓の局長級による政策対話が持たれた。日本側はこれを日韓の「対話」と位置づけ、韓国側は「協議」だと主張する。

対話と協議では意味は全く異なる。対話は意見交換であり、相互の立場を相手に十分説明することだ。他方、協議は互いの主張を展開して交渉することを意味する。中部大学特任教授の細川昌彦氏が語った。

「そもそも輸出管理は各国の判断で行うもので、相手国との交渉にはなじまないものなのです」

周知のように、韓国側は輸出管理で優遇を受ける「ホワイト国」から外されたことに反発して、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を終了させると通告していた。米国の圧力でGSOMIA継続をのんだが、その点で国内世論の批判を避けるべく、日本にも譲歩させたように繕うために、対話を協議と言いかえているのである。

同じ16日、韓国ではもうひとつ、非常識な動きがあった。朝鮮人戦時労働者問題で補償基金を設立する法案が国会に提出されたのだ。文喜相(ムンヒサン)国会議長主導の同法案は、日韓双方の企業が資金を出し合って労働者に補償することを柱としている。

日韓議員連盟の幹部、河村建夫氏らは文氏の案に前向きだが、愚かなことだ。朝鮮人戦時労働者問題は1965年に決着済みだ。日本側が資金を出すのは日韓の条約にも道理にも合わない。また問題解決にもつながらない。日本が原則に目をつぶって妥協し、失敗を重ねた典型例が慰安婦問題だ。妥協すれば戦時労働者問題は第二の慰安婦問題となって、日韓関係を悪化させるだけである。

対韓政策に影響を及ぼそうと頻りに動いている日韓議連所属の政治家は、文在寅政権の内政や外交が信ずるに値するのか、きちんと見ることだ。文氏は米国の圧力でGSOMIA維持に転換した後、中国の王毅外相を招いた。王氏は12月5日、文氏に以下の要求を突きつけた。

1米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を徹底排除せよ 2米国の新たな中距離ミサイルを配備してはならない、 3米国主導のインド・太平洋戦略に参加してはならない、4一帯一路に前向きに取り組め、などである。

覇王の要求

まるで宗主国のような王氏の態度に、私はつい、2010年のASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議を思い出した。当時の外相、楊潔篪氏が他の国々の外相を「睨みつけながら」言い放ったのだ。

「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

王氏の横柄な対韓圧力も全く同じ、中華思想に基づく覇王の要求である。だが、王氏の前で文氏は自らを卑下してみせた。習近平国家主席の国賓待遇での訪韓を要請したのである。今年8月15日の「光復節」で、日米韓3か国連合から統一朝鮮と中露の3か国連合への移行を示唆した文氏の本質を表わしているではないか。

その2日後、トランプ米大統領が文氏に電話し、30分間話している。信頼もしておらず、頼りにもしていない文氏に、トランプ氏が頼みごと、たとえば北朝鮮との関係の仲介などを頼むはずがない。中国、北朝鮮について、米国がどれ程厳しく構えているかを明確に伝え、文氏を牽制したと考えて間違いないだろう。

両首脳の電話会談について、いつも「平和が訪れた」などと夢見るような言辞を弄する文政権が「最近の朝鮮半島情勢が厳しい状況にあるとの認識で一致した」と発表したこと自体、会談の内容の厳しさを示したとして注目された。米韓関係の現状を産経新聞編集委員の久保田るり子氏が「言論テレビ」で語った。

「11月28日以来、米軍の偵察機が毎日、朝鮮半島上空を飛んでいます。通信傍受、地上監視などを同時展開しています。今月11日にはB-52爆撃機も飛びました。通常は隠密に行っているこれらの軍事活動を、米国は意図的に公開しています。エスパー国防長官は、今月8日、今夜にでも行動を起こし、相手を完全に破壊する準備も整っている、とまで語りました。まさに米軍が臨戦態勢を敷いていることを強調しているわけです」

トランプ氏が文氏に告げたのは対北朝鮮軍事介入の可能性も含めて、あらゆる意味で厳しい内容だったはずだ。過度の対中傾斜に警告を発したと考えてよいだろう。

文氏はしかし、米中双方の圧力を受けながら、自身の思い描く革命遂行に全力を傾けている。日本ではほとんど報道されていないが、文氏は韓国転覆につながる重大事に、ここにきて、具体的に手をかけたのである。選挙制度改革法案を11月27日に、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)新設法案を12月13日に国会に上程した。群小野党と手を組んで両法案を実現できれば、文政権は自由と民主主義の大韓民国を根底から変質させ、事実上、消滅させることができる。

北朝鮮との統一

韓国は日本とは異なり、一院制で議席数は300だ。小選挙区が253、比例は47で、現在欠員が3名。総数297の過半数は149議席である。国家基本問題研究所研究員の西岡力氏が言論テレビで解説した。

「文氏は小選挙区を225議席に減らして比例を75に増やし、比例分については群小野党に有利な50%連動型の導入を提案しています」

現在、与党で左翼の「共に民主党」系は129で過半数に20議席足りない。野党第一党で保守の「自由韓国党」は108だ。以下、正しい未来党や正義党など15議席から1議席までの小政党が7党存在する。この内6党は殆んど極左に近い。

再び西岡氏が説明した。

「国会に提出された法案では、第3党以下の弱小群党が非常に有利になります。仕組みは複雑で、有権者の一票の行方がわからなくなるとまで批判されていますが、両法案は迅速処理指定を受けています。つまり、審議なしで、議長権限で採決を強行できるのです」

文氏の狙いはまず選挙制度を変えて左翼勢力が3分の2以上の議席を取れるようにする。その上で憲法を改正し、今は禁じられている連邦制による北朝鮮との統一を憲法上、可能にすることだろう。第二に検察の上に、捜査権と起訴権を持つ大統領直属の第2検察(政治検察)を設置し、文政権の不正を捜査している現在の検察をつぶし、司法を支配下に置くことであろう。

韓国の国会は12月10日に閉会されたが、文氏は法案の議決を急ぐため11日、13日、16日と、国会再開を試みた。保守系の自由韓国党と国民有志が物理的に抵抗して国会再開を阻止した。それでも文氏の革命への動きは止まらない。左翼全体主義に走る文政権に日本の妥協は有害無益だ。文政権と対立する民主勢力への応援こそが日本の国益である。

『週刊新潮』 2019年12月26日号 日本ルネッサンス 第882回


2020年01月12日

◆しつけと体罰を混同してはならない

櫻井よしこ


令和2年4月から、家庭における子供の教育に法律が関わってくる。本来な ら両親の責任で行うべき子育てとしつけが法律で規制される。

発端は、しつけと称して親が幼子を虐待し死に至らしめるという、余りに も酷い事件の多発である。これ以上幼い命を犠牲にしてはならないとの政 府の決意を反映して、令和元年6月、「改正児童虐待防止法」が可決・成 立した。それに伴って厚生労働省は、体罰に関する指針案を12月3日に示 した。広く国民の意見を聴いたうえで、何が体罰で何がそうでないのかを 具体的に示すことになるこの指針は年度内にまとめられる。

恵泉女学園大学学長の大日向雅美氏が座長となってまとめた「指針」に は、「たとえしつけのためだと親が思っても、身体に何らかの苦痛又は不 快感を引き起こす行為(罰)である場合は、どんなに軽いものであっても 体罰に該当し、法律で禁止されます」と明記されている。

具体的事例として「口で3回注意したけど言うことを聞かないので、頬を 叩いた」「大切なものにいたずらをしたので、長時間正座をさせた」「友 達を殴ってケガをさせたので、同じように子どもを殴った」「他人のもの を盗んだので、罰としてお尻を叩いた」「宿題をしなかったので、夕ご飯 を与えなかった」などを示し、これら全てを「体罰」としている。

体罰をなくすとの決意は尊重する。だが、本当にこのような内容の法律を 家庭内に持ち込んでよいのか。

「何らかの不快感」を引き起こせばどんなに軽いものでも体罰であり法で 禁止するというが、子供の自律心や忍耐心を育てるには、子供の心に不快 感を引き起こしてでも教えることが必要である。かつて会津藩で実践され ていた、子弟教育における「什の掟」のように、「ならぬことはならぬも のです」という不動の真理の教えは放棄してはならないだろう。

体罰としつけは全く異なる。両者の相違を明確にした指針でなければ、す でに大きく綻んでいる日本の家庭教育を、政府の策がさらに退化させるこ とになりかねない。

「情動教育」

そもそも子供への体罰や虐待はなぜおきるのか、その原因を分析し、根本 的な対策を探らなければ、体罰禁止を法制化しても、真の解決などあり得 ないだろう。教育問題の専門家でモラロジー研究所教授の高橋史朗氏は、 日本の親の保護能力が著しく低下していると指摘する。

「必要なのは優しさと厳しさのバランスがとれた子育て支援なのです。体 罰に関する指針案が、体罰の名の下に子供に対するしつけや指導そのもの を否定するような誤解につながれば、教育の荒廃に拍車がかかり、教育再 生を逆行させかねません」

親が子供にしてやれることの第一は、子供が一人の人間として自らの人生 を切り開いていけるよう、その能力を育む下地を作ってやることだ。人生 を前向きにとらえ自らを律する自制心、忍耐心、他者に共感し協調する能 力、人間としての思いやりや優しさ、豊かな感受性を育む教育が大事であ る。このような資質を「非認知能力」と言い、高橋氏はそうした能力を育 む教育を「情動教育」と呼ぶ。

計算やものおぼえがよいという知的能力以前に、人間としての感受性や優 しさを育むのが情動教育だ。「情動」能力はどのようにすれば育つのか。 日本でも世界でも、この点について科学の知見を導入する努力がなされて いる。

2001年の国連児童基金(ユニセフ)「世界子供白書」には、スリランカの 二つの家庭の子育て事例が紹介されている。電気も水道もなく、土の床に ワラのござを敷いて休むという貧しさにおいて、二つの家族は同じ境遇に ある。しかし、各々の家庭で子供の成育状態は大きく異なっているという のだ。

一方の家庭はユニセフの専門家の指導を受け、親が子供たちを抱きしめ、 肌で触れ、話しかけ、歌い、おもちゃの家をつくってやり、将来の夢を語 りきかせながら育てている。結果子供たちは活発な明るい子に育ってい る。もう一方の家庭はそうした機会に恵まれずに子育てをした。幼い兄妹 二人は仲がよいが、他者に対しては「刺すような黒い眼」で、「まるで口 をきか」ないと書いてある。

「白書」は右の二家族を紹介した後、「0~3歳の時期の重要さ」という 小題を掲げている。

「乳児は抱かれ、触れられ、愛撫されると、よく成長する」として「子ど もに応える暖かいケア」の重要性を指摘しているのだ。これこそ日本の子 育ての常識だった。古来、日本人は「三つ子の魂百まで」と言いならわし てきた。子供は少なくとも3歳までは家庭でしっかり育てることが何より も大事で、3歳までの育て方で子供の心の成育が定まり、その先の人生に 大きな影響を及ぼすことを、私たちの先輩世代は体験で知っていたのである。

「1000億個の脳細胞」

ユニセフが白書で強調したことのひとつが、子供の脳の健康な発達を促す には最重要のタイミングがある、3歳頃までの幼い時期だという点であ る。白書はざっと以下のように書いている。

「脳内の細胞の接合は生後3年間に爆発的に増殖し、子どもは目覚めてい る事実上すべての瞬間に新しい事柄を発見している。新生児は1000億個の 脳細胞をもつが、大部分はまだ互いに接合されておらず、脳が機能するた めには神経細胞の相互間の何兆もの接合部(シナプス)によって脳細胞が ネットワークに組織されなければならない」

子供の脳は胎内にいるときからさまざまな刺激を受けて育っている。脳科 学の研究は、生後5日の乳児が早くも言葉を聞きとっていることもつきと めた。だからこそ、生まれたばかりの赤ちゃんに親の愛を伝えることが大 事なのだ。

それを日本人は実践してきた。子供を抱いておぶって肌と肌の接触を重 ね、赤ちゃんの目を見詰めて言葉をかけ、優しい表情であたたかい気持 ち、子供を大切に思っているという感情を伝えてきた。脳科学の研究は、 こうした親と子の触れ合いが子供の脳に大きな刺激を与え、何兆ものシナ プスが生まれ一瞬の内に脳の発達が促されることを証明した。幼な子の脳 の柔軟性や成長の無限性には人智を超えたものがあるが、逆に言えば、必 要なケアを受けられず、飢餓、虐待、放置を経験すると、幼な子の脳の発 達は損なわれ得ることを意味する。

本来、家庭教育は、このような理解と認識に根ざすべきだと高橋氏は強調 する。「法律で体罰を禁ずる以前に、昔ながらの『しっかり抱いて、下に 降ろして、歩かせろ』という家庭での子育てを可能にする施策こそが大事 です」。

高橋氏の助言こそ、貴重である。

『週刊新潮』 2020年1月2・9日号 日本ルネッサンス 第883回

2020年01月02日

◆韓国崩壊の危機が現実的に

櫻井よしこ


「文在寅の強行策、韓国崩壊の危機が現実的に」

今月16日、日韓間の戦略物資の輸出管理をめぐって東京で日韓の局長級に
よる政策対話が持たれた。日本側はこれを日韓の「対話」と位置づけ、韓
国側は「協議」だと主張する。

対話と協議では意味は全く異なる。対話は意見交換であり、相互の立場を
相手に十分説明することだ。他方、協議は互いの主張を展開して交渉する
ことを意味する。中部大学特任教授の細川昌彦氏が語った。

「そもそも輸出管理は各国の判断で行うもので、相手国との交渉にはなじ
まないものなのです」

周知のように、韓国側は輸出管理で優遇を受ける「ホワイト国」から外さ
れたことに反発して、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を
終了させると通告していた。米国の圧力でGSOMIA継続をのんだが、
その点で国内世論の批判を避けるべく、日本にも譲歩させたように繕うた
めに、対話を協議と言いかえているのである。

同じ16日、韓国ではもうひとつ、非常識な動きがあった。朝鮮人戦時労働
者問題で補償基金を設立する法案が国会に提出されたのだ。文喜相(ムン
ヒサン)国会議長主導の同法案は、日韓双方の企業が資金を出し合って労
働者に補償することを柱としている。

日韓議員連盟の幹部、河村建夫氏らは文氏の案に前向きだが、愚かなこと
だ。朝鮮人戦時労働者問題は1965年に決着済みだ。日本側が資金を出すの
は日韓の条約にも道理にも合わない。また問題解決にもつながらない。日
本が原則に目をつぶって妥協し、失敗を重ねた典型例が慰安婦問題だ。妥
協すれば戦時労働者問題は第二の慰安婦問題となって、日韓関係を悪化さ
せるだけである。

対韓政策に影響を及ぼそうと頻りに動いている日韓議連所属の政治家は、
文在寅政権の内政や外交が信ずるに値するのか、きちんと見ることだ。文
氏は米国の圧力でGSOMIA維持に転換した後、中国の王毅外相を招い
た。王氏は12月5日、文氏に以下の要求を突きつけた。

➀米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を徹底排除せよ、➁米国の
新たな中距離ミサイルを配備してはならない、➂米国主導のインド・太平
洋戦略に参加してはならない、➃一帯一路に前向きに取り組め、などである。

覇王の要求

まるで宗主国のような王氏の態度に、私はつい、2010年のASEAN地域
フォーラム(ARF)外相会議を思い出した。当時の外相、楊潔篪氏が他
の国々の外相を「睨みつけながら」言い放ったのだ。

「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

王氏の横柄な対韓圧力も全く同じ、中華思想に基づく覇王の要求である。
だが、王氏の前で文氏は自らを卑下してみせた。習近平国家主席の国賓待
遇での訪韓を要請したのである。今年8月15日の「光復節」で、日米韓三
か国連合から統一朝鮮と中露の三か国連合への移行を示唆した文氏の本質
を表わしているではないか。

その2日後、トランプ米大統領が文氏に電話し、30分間話している。信頼
もしておらず、頼りにもしていない文氏に、トランプ氏が頼みごと、たと
えば北朝鮮との関係の仲介などを頼むはずがない。中国、北朝鮮につい
て、米国がどれ程厳しく構えているかを明確に伝え、文氏を牽制したと考
えて間違いないだろう。

両首脳の電話会談について、いつも「平和が訪れた」などと夢見るような
言辞を弄する文政権が「最近の朝鮮半島情勢が厳しい状況にあるとの認識
で一致した」と発表したこと自体、会談の内容の厳しさを示したとして注
目された。米韓関係の現状を産経新聞編集委員の久保田るり子氏が「言論
テレビ」で語った。

「11月28日以来、米軍の偵察機が毎日、朝鮮半島上空を飛んでいます。通
信傍受、地上監視などを同時展開しています。今月11日にはB-52爆撃機
も飛びました。通常は隠密に行っているこれらの軍事活動を、米国は意図
的に公開しています。エスパー国防長官は、今月8日、今夜にでも行動を
起こし、相手を完全に破壊する準備も整っている、とまで語りました。ま
さに米軍が臨戦態勢を敷いていることを強調しているわけです」

トランプ氏が文氏に告げたのは対北朝鮮軍事介入の可能性も含めて、あら
ゆる意味で厳しい内容だったはずだ。過度の対中傾斜に警告を発したと考
えてよいだろう。

文氏はしかし、米中双方の圧力を受けながら、自身の思い描く革命遂行に
全力を傾けている。日本ではほとんど報道されていないが、文氏は韓国転
覆につながる重大事に、ここにきて、具体的に手をかけたのである。選挙
制度改革法案を11月27日に、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)新設法案を
12月13日に国会に上程した。群小野党と手を組んで両法案を実現できれ
ば、文政権は自由と民主主義の大韓民国を根底から変質させ、事実上、消
滅させることができる。

北朝鮮との統一

韓国は日本とは異なり、一院制で議席数は300だ。小選挙区が253、比例は
47で、現在欠員が3名。総数297の過半数は149議席である。国家基本問題
研究所研究員の西岡力氏が言論テレビで解説した。

「文氏は小選挙区を225議席に減らして比例を75に増やし、比例分につい
ては群小野党に有利な50%連動型の導入を提案しています」

現在、与党で左翼の「共に民主党」系は129で過半数に20議席足りない。
野党第一党で保守の「自由韓国党」は108だ。以下、正しい未来党や正義
党など15議席から1議席までの小政党が7党存在する。この内6党は殆んど
極左に近い。

再び西岡氏が説明した。

「国会に提案された法案では、第三党以下の弱小群党が非常に有利になり
ます。仕組みは複雑で、有権者の一票の行方がわからなくなるとまで批判
されていますが、両法案は迅速処理指定を受けています。つまり、審議な
しで、議長権限で採決を強行できるのです」

文氏の狙いはまず選挙制度を変えて左翼勢力が3分の2以上の議席を取れる
ようにする。その上で憲法を改正し、今は禁じられている連邦制による北
朝鮮との統一を憲法上、可能にすることだろう。第二に検察の上に、捜査
権と起訴権を持つ大統領直属の第2検察(政治検察)を設置し、文政権の
不正を捜査している現在の検察をつぶし、司法を支配下に置くことであろう。

韓国の国会は12月10日に閉会されたが、文氏は法案の議決を急ぐため11
日、13日、16日と、国会再開を試みた。保守系の自由韓国党と国民有志が
物理的に抵抗して国会再開を阻止した。それでも文氏の革命への動きは止
まらない。左翼全体主義に走る文政権に日本の妥協は有害無益だ。文政権
と対立する民主勢力への応援こそが日本の国益である。

『週刊新潮』 2019年12月26日号日本ルネッサンス 第882回

2019年12月31日

◆韓国崩壊の危機が現実的に

櫻井よしこ


「 文在寅の強行策、韓国崩壊の危機が現実的に 」

今月16日、日韓間の戦略物資の輸出管理をめぐって東京で日韓の局長級に よる政策対話が持たれた。日本側はこれを日韓の「対話」と位置づけ、韓 国側は「協議」だと主張する。

対話と協議では意味は全く異なる。対話は意見交換であり、相互の立場を 相手に十分説明することだ。他方、協議は互いの主張を展開して交渉する ことを意味する。中部大学特任教授の細川昌彦氏が語った。

「そもそも輸出管理は各国の判断で行うもので、相手国との交渉にはなじ まないものなのです」

周知のように、韓国側は輸出管理で優遇を受ける「ホワイト国」から外さ れたことに反発して、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を 終了させると通告していた。米国の圧力でGSOMIA継続をのんだが、 その点で国内世論の批判を避けるべく、日本にも譲歩させたように繕うた めに、対話を協議と言いかえているのである。

同じ16日、韓国ではもうひとつ、非常識な動きがあった。朝鮮人戦時労働 者問題で補償基金を設立する法案が国会に提出されたのだ。文喜相(ムン ヒサン)国会議長主導の同法案は、日韓双方の企業が資金を出し合って労 働者に補償することを柱としている。

日韓議員連盟の幹部、河村建夫氏らは文氏の案に前向きだが、愚かなこと だ。朝鮮人戦時労働者問題は1965年に決着済みだ。日本側が資金を出すの は日韓の条約にも道理にも合わない。また問題解決にもつながらない。日 本が原則に目をつぶって妥協し、失敗を重ねた典型例が慰安婦問題だ。妥 協すれば戦時労働者問題は第二の慰安婦問題となって、日韓関係を悪化さ せるだけである。

対韓政策に影響を及ぼそうと頻りに動いている日韓議連所属の政治家は、 文在寅政権の内政や外交が信ずるに値するのか、きちんと見ることだ。文 氏は米国の圧力でGSOMIA維持に転換した後、中国の王毅外相を招い た。王氏は12月5日、文氏に以下の要求を突きつけた。

?米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を徹底排除せよ、?米国の 新たな中距離ミサイルを配備してはならない、?米国主導のインド・太平 洋戦略に参加してはならない、?一帯一路に前向きに取り組め、などである。

覇王の要求

まるで宗主国のような王氏の態度に、私はつい、2010年のASEAN地域 フォーラム(ARF)外相会議を思い出した。当時の外相、楊潔?氏が他 の国々の外相を「睨みつけながら」言い放ったのだ。

「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

王氏の横柄な対韓圧力も全く同じ、中華思想に基づく覇王の要求である。 だが、王氏の前で文氏は自らを卑下してみせた。習近平国家主席の国賓待 遇での訪韓を要請したのである。今年8月15日の「光復節」で、日米韓三 か国連合から統一朝鮮と中露の三か国連合への移行を示唆した文氏の本質 を表わしているではないか。

その2日後、トランプ米大統領が文氏に電話し、30分間話している。信頼 もしておらず、頼りにもしていない文氏に、トランプ氏が頼みごと、たと えば北朝鮮との関係の仲介などを頼むはずがない。中国、北朝鮮につい て、米国がどれ程厳しく構えているかを明確に伝え、文氏を牽制したと考 えて間違いないだろう。

両首脳の電話会談について、いつも「平和が訪れた」などと夢見るような 言辞を弄する文政権が「最近の朝鮮半島情勢が厳しい状況にあるとの認識 で一致した」と発表したこと自体、会談の内容の厳しさを示したとして注 目された。米韓関係の現状を産経新聞編集委員の久保田るり子氏が「言論 テレビ」で語った。

「11月28日以来、米軍の偵察機が毎日、朝鮮半島上空を飛んでいます。通 信傍受、地上監視などを同時展開しています。今月11日にはB-52爆撃機 も飛びました。通常は隠密に行っているこれらの軍事活動を、米国は意図 的に公開しています。エスパー国防長官は、今月8日、今夜にでも行動を 起こし、相手を完全に破壊する準備も整っている、とまで語りました。ま さに米軍が臨戦態勢を敷いていることを強調しているわけです」

トランプ氏が文氏に告げたのは対北朝鮮軍事介入の可能性も含めて、あら ゆる意味で厳しい内容だったはずだ。過度の対中傾斜に警告を発したと考 えてよいだろう。

文氏はしかし、米中双方の圧力を受けながら、自身の思い描く革命遂行に 全力を傾けている。日本ではほとんど報道されていないが、文氏は韓国転 覆につながる重大事に、ここにきて、具体的に手をかけたのである。選挙 制度改革法案を11月27日に、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)新設法案を 12月13日に国会に上程した。群小野党と手を組んで両法案を実現できれ ば、文政権は自由と民主主義の大韓民国を根底から変質させ、事実上、消 滅させることができる。

北朝鮮との統一

韓国は日本とは異なり、一院制で議席数は300だ。小選挙区が253、比例は 47で、現在欠員が3名。総数297の過半数は149議席である。国家基本問題 研究所研究員の西岡力氏が言論テレビで解説した。

「文氏は小選挙区を225議席に減らして比例を75に増やし、比例分につい ては群小野党に有利な50%連動型の導入を提案しています」

現在、与党で左翼の「共に民主党」系は129で過半数に20議席足りない。 野党第一党で保守の「自由韓国党」は108だ。以下、正しい未来党や正義 党など15議席から1議席までの小政党が7党存在する。この内6党は殆んど 極左に近い。

再び西岡氏が説明した。

「国会に提案された法案では、第三党以下の弱小群党が非常に有利になり ます。仕組みは複雑で、有権者の一票の行方がわからなくなるとまで批判 されていますが、両法案は迅速処理指定を受けています。つまり、審議な しで、議長権限で採決を強行できるのです」

文氏の狙いはまず選挙制度を変えて左翼勢力が3分の2以上の議席を取れる ようにする。その上で憲法を改正し、今は禁じられている連邦制による北 朝鮮との統一を憲法上、可能にすることだろう。第二に検察の上に、捜査 権と起訴権を持つ大統領直属の第2検察(政治検察)を設置し、文政権の 不正を捜査している現在の検察をつぶし、司法を支配下に置くことであろう。

韓国の国会は12月10日に閉会されたが、文氏は法案の議決を急ぐため11 日、13日、16日と、国会再開を試みた。保守系の自由韓国党と国民有志が 物理的に抵抗して国会再開を阻止した。それでも文氏の革命への動きは止 まらない。左翼全体主義に走る文政権に日本の妥協は有害無益だ。文政権 と対立する民主勢力への応援こそが日本の国益である。

『週刊新潮』 2019年12月26日号 日本ルネッサンス 第882回

2019年12月27日

◆文在寅の強行策、韓国崩壊の危機が現実的に

櫻井よしこ


今月16日、日韓間の戦略物資の輸出管理をめぐって東京で日韓の局長級に よる政策対話が持たれた。日本側はこれを日韓の「対話」と位置づけ、韓 国側は「協議」だと主張する。

対話と協議では意味は全く異なる。対話は意見交換であり、相互の立場を 相手に十分説明することだ。他方、協議は互いの主張を展開して交渉する ことを意味する。中部大学特任教授の細川昌彦氏が語った。

「そもそも輸出管理は各国の判断で行うもので、相手国との交渉にはなじ まないものなのです」

周知のように、韓国側は輸出管理で優遇を受ける「ホワイト国」から外さ れたことに反発して、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を 終了させると通告していた。米国の圧力でGSOMIA継続をのんだが、 その点で国内世論の批判を避けるべく、日本にも譲歩させたように繕うた めに、対話を協議と言いかえているのである。

同じ16日、韓国ではもうひとつ、非常識な動きがあった。朝鮮人戦時労働 者問題で補償基金を設立する法案が国会に提出されたのだ。文喜相(ムン ヒサン)国会議長主導の同法案は、日韓双方の企業が資金を出し合って労 働者に補償することを柱としている。

日韓議員連盟の幹部、河村建夫氏らは文氏の案に前向きだが、愚かなこと だ。朝鮮人戦時労働者問題は1965年に決着済みだ。日本側が資金を出すの は日韓の条約にも道理にも合わない。また問題解決にもつながらない。日 本が原則に目をつぶって妥協し、失敗を重ねた典型例が慰安婦問題だ。妥 協すれば戦時労働者問題は第二の慰安婦問題となって、日韓関係を悪化さ せるだけである。

対韓政策に影響を及ぼそうと頻りに動いている日韓議連所属の政治家は、 文在寅政権の内政や外交が信ずるに値するのか、きちんと見ることだ。文 氏は米国の圧力でGSOMIA維持に転換した後、中国の王毅外相を招い た。王氏は12月5日、文氏に以下の要求を突きつけた。

?米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を徹底排除せよ、?米国の 新たな中距離ミサイルを配備してはならない、?米国主導のインド・太平 洋戦略に参加してはならない、?一帯一路に前向きに取り組め、などである。

覇王の要求

まるで宗主国のような王氏の態度に、私はつい、2010年のASEAN地域 フォーラム(ARF)外相会議を思い出した。当時の外相、楊潔?氏が他 の国々の外相を「睨みつけながら」言い放ったのだ。

「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

王氏の横柄な対韓圧力も全く同じ、中華思想に基づく覇王の要求である。 だが、王氏の前で文氏は自らを卑下してみせた。習近平国家主席の国賓待 遇での訪韓を要請したのである。今年8月15日の「光復節」で、日米韓三 か国連合から統一朝鮮と中露の三か国連合への移行を示唆した文氏の本質 を表わしているではないか。

その2日後、トランプ米大統領が文氏に電話し、30分間話している。信頼 もしておらず、頼りにもしていない文氏に、トランプ氏が頼みごと、たと えば北朝鮮との関係の仲介などを頼むはずがない。中国、北朝鮮につい て、米国がどれ程厳しく構えているかを明確に伝え、文氏を牽制したと考 えて間違いないだろう。

両首脳の電話会談について、いつも「平和が訪れた」などと夢見るような 言辞を弄する文政権が「最近の朝鮮半島情勢が厳しい状況にあるとの認識 で一致した」と発表したこと自体、会談の内容の厳しさを示したとして注 目された。米韓関係の現状を産経新聞編集委員の久保田るり子氏が「言論 テレビ」で語った。

「11月28日以来、米軍の偵察機が毎日、朝鮮半島上空を飛んでいます。通 信傍受、地上監視などを同時展開しています。今月11日にはB-52爆撃機 も飛びました。通常は隠密に行っているこれらの軍事活動を、米国は意図 的に公開しています。エスパー国防長官は、今月8日、今夜にでも行動を 起こし、相手を完全に破壊する準備も整っている、とまで語りました。ま さに米軍が臨戦態勢を敷いていることを強調しているわけです」

トランプ氏が文氏に告げたのは対北朝鮮軍事介入の可能性も含めて、あら ゆる意味で厳しい内容だったはずだ。過度の対中傾斜に警告を発したと考 えてよいだろう。

文氏はしかし、米中双方の圧力を受けながら、自身の思い描く革命遂行に 全力を傾けている。日本ではほとんど報道されていないが、文氏は韓国転 覆につながる重大事に、ここにきて、具体的に手をかけたのである。選挙 制度改革法案を11月27日に、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)新設法案を 12月13日に国会に上程した。群小野党と手を組んで両法案を実現できれ ば、文政権は自由と民主主義の大韓民国を根底から変質させ、事実上、消 滅させることができる。

北朝鮮との統一

韓国は日本とは異なり、一院制で議席数は300だ。小選挙区が253、比例は 47で、現在欠員が3名。総数297の過半数は149議席である。国家基本問題 研究所研究員の西岡力氏が言論テレビで解説した。

「文氏は小選挙区を225議席に減らして比例を75に増やし、比例分につい ては群小野党に有利な50%連動型の導入を提案しています」

現在、与党で左翼の「共に民主党」系は129で過半数に20議席足りない。 野党第一党で保守の「自由韓国党」は108だ。以下、正しい未来党や正義 党など15議席から1議席までの小政党が7党存在する。この内6党は殆んど 極左に近い。

再び西岡氏が説明した。

「国会に提案された法案では、第三党以下の弱小群党が非常に有利になり ます。仕組みは複雑で、有権者の一票の行方がわからなくなるとまで批判 されていますが、両法案は迅速処理指定を受けています。つまり、審議な しで、議長権限で採決を強行できるのです」

文氏の狙いはまず選挙制度を変えて左翼勢力が3分の2以上の議席を取れる ようにする。その上で憲法を改正し、今は禁じられている連邦制による北 朝鮮との統一を憲法上、可能にすることだろう。第二に検察の上に、捜査 権と起訴権を持つ大統領直属の第2検察(政治検察)を設置し、文政権の 不正を捜査している現在の検察をつぶし、司法を支配下に置くことであろう。

韓国の国会は12月10日に閉会されたが、文氏は法案の議決を急ぐため11 日、13日、16日と、国会再開を試みた。保守系の自由韓国党と国民有志が 物理的に抵抗して国会再開を阻止した。それでも文氏の革命への動きは止 まらない。左翼全体主義に走る文政権に日本の妥協は有害無益だ。文政権 と対立する民主勢力への応援こそが日本の国益である。

『週刊新潮』 2019年12月26日号日本ルネッサンス 第882回
        

2019年12月21日

◆世界基準に大きく遅れた原子力規制委

櫻井よしこ


2019年が暮れると、年明けの1月14日に国際原子力機関(IAEA)の調
査チームが来日する。16年1月、彼らは原子力に関する国際社会の権威と
して上級専門家19人から成るチームを12日間にわたって日本に派遣した。
原子力規制委員会(規制委)と原子力規制庁の仕事振りを検証して、約
130頁の報告書を発表した。そこには厳しい意見が満載されていた。

再来日は、3年前に指摘した規制委の問題がどこまで解決されているのか
を、調査するためだ。

原発政策に関して日本はいま、世界に類例のない異常な状況に陥ってお
り、規制委が事実上差配する原発行政は到底評価できない。その主な原因
は、更田(ふけた)豊志氏以下、5人で構成する規制委が専門家集団として
世界水準に達していないことだ。

IAEAは3年前、規制委について次のように論評した。

「規制委の人的資源、管理体制、特にその組織文化は初期段階にある」、
「課された任務を遂行するのに能力ある職員が不足して」いる。

最大級の厳しい批判であろう。

規制委の使命は原発の安全性を科学的、合理的、迅速に審査することだ。
電力各社には不足のところを補わせて稼働させ、安定した電力供給で産業
基盤を支え、豊かな国民生活の実現に寄与することだろう。

高度かつ複雑な技術の集大成である原発の安全性を高めるにはまず、規制
自体が科学的、合理的なものでなければならない。また、それは世界の専
門家が認める国際基準に合致するものでもなければならない。

規制される電力会社に新たな規制や措置の意味を十分に伝え納得させるこ
とも欠かせない。規制委と電力各社の意思の疎通が十分でなければ、高度
で複雑でおまけに大規模な運転がうまくいくはずもないからである。

この点について、IAEAは次のようにも勧告していた。「意識啓発研修
又は意識調査などの具体策導入を検討」せよ、と。

情けない人々

原発の安全性を高めるために、まず規制委が「意識」を変えよ、というの
だ。そのための「啓発研修」を行う必要があり、規制委及び規制庁職員の
「意識調査」を実施して自らを省みる具体策を導入せよと指示したわけだ。

ここまで言われる情けない人々に、日本は国民生活及び産業基盤を支える
エネルギー、その中の太い柱である原子力発電の在り方を規定させている
のだ。こんなことで日本の未来が大丈夫なはずがないだろう。

IAEAの厳しい指摘の背景には立派な理由がある。それを示したのが、
昨年6月、規制委が全ての電力会社に命じた原子力発電所の火災感知器設
置に関する新しいルールだ。

原子力発電所は原子炉等規制法に基づいて、火災感知器を潤滑油やケーブ
ルなど可燃物があるところに重点的に設置し、可燃物のないところには設
置していない。これは国際標準であり、日本も以前から国際標準に従って
十分な対策を講じている。

だが規制委はここに突然、消防法を持ち込んだ。消防法は民家やビルなど
の部屋毎に、火災感知器の感知範囲を元に設置基準を定めている。その消
防法に従って各原子力発電所は新たに1500から2000個の火災感知器を追加
設置せよと、規制委は指示したのだ。

電力事業者は全社が反論した。すでに各原発には必要な所に約1000個に上
る火災感知器を設置済みで、国際標準を十分に満たしている。安全性も保
たれている。1500〜2000個の新設は原発の安全性を強化せず、むしろ、リ
スクを高めると具体論で反論した。だが、規制委は耳を貸さなかった。

ちなみに規制委は元々、菅直人氏の発想で生まれた三条委員会だ。三条委
員会は首相も介入できない強い独立性と権限を有している。与えられた権
限が強ければ強いほど、本来は、関係者に対して丁寧な説明をし、謙虚に
意見に耳を傾けなければならない。しかし、規制委にはそのような発想も
謙虚さもないのであろう。電力会社は膨大な数の火災感知器の設置とケー
ブルを通す作業を開始せざるを得なかった。

少しばかり具体的に考えてみよう。ケーブルは火災感知制御盤に接続され
て初めて機能する。つまり、新たに導入する約2000本のケーブルを中央の
制御盤につながなければならない。

原子力発電所は、作業員の被曝を避けるために厚さ1〜2メートルのコンク
リート製の遮蔽壁や耐震壁を随所に設けている。それらの壁は太い鉄筋が
多数配筋された強化壁なのだが、ここにケーブルを通すためにドリルを突
き刺すのだ。

とんでもない事態

また原発には20メートルを超える城砦のような防潮堤も建設されている。
万一津波が防潮堤をこえても建屋は高水密性で完全防水態勢だ。3.11後の
大規模工事で世界一過剰と言ってよい安全対策がとられたところに、火災
感知器の電線管の穴を幾千も開けさせるのである。まるで潜水艦の船体
を、火災感知器のケーブルを通すために穴だらけにするようなものではな
いか。炉心損傷や被曝線量上昇のリスクは逆に高まる。

電力各社は当然そう訴えた。だが、規制委は自らの指示が国際的に確立さ
れたルールに違反していることにさえ気が付かない。結果、現場はいまと
んでもない事態に陥っている。

ケーブルを貫通させる工事は原発の運転中はできない。運転停止する定期
検査期間に行わざるを得ないため、その期間のすべてを使っても4年越し
の大工事になる。あらゆる意味で鉄壁の安全策を施した原子力発電所にこ
れから4年間、穴を開け続けるという異常事態が生じているのである。規
制委のこの尋常ならざる強権支配は三条委員会に与えられた絶対権力故で
あろう。だが、法治国家であるわが国においては、如何なる権力も法の上
には立てない。

行政手続法は、審査条件を明確に呈示し、審査条件を途中で変更しないこ
と、概ね2年で速やかに審査を行う、などと定めている。規制委の初代委
員長・田中俊一氏は当初、審査期間は半年ほどと語っていた。だが、半年
どころか、2年、さらに7年がすぎても多くの原発審査は終わっていない。
当然であろう。次から次に、前述したような無茶苦茶な審査条件が新たに
加えられるからだ。

田中氏は「日本の原子力政策は嘘だらけ」「結果論も含め本当に嘘が多
い」と、原子力業界を厳しく非難する(「選択」19年11月号)。では規制
委委員長としての氏の言動はどうだったのか。現委員長の更田氏もその余
の規制委員も、行政組織の一員として、行政手続法を守っているのか。答
えは明らかに否ではないか。その点を厳しく指摘し、私は来年1月の
IAEAの調査結果を見届けようと考えている。

『週刊新潮』 2019年12月19日号 日本ルネッサンス 第881回

2019年12月17日

◆中国の弾圧に日本こそ物申せ

櫻井よしこ


香港問題にどう対処するかは、日本がどんな国でありたいかという問いと
表裏一体である。

米国では、上下両院がほぼ全会一致で可決、トランプ大統領が署名して11
月27日、香港人権・民主主義法が成立した。一国二制度の下で香港人の高
度な自治が守られているかを調べ、人権侵害に関わった当局者の在米資産
の凍結や米国への入国禁止を大統領が決定するという内容である。

少なからぬ中国共産党幹部が米国に資産を有しているとみられるため、同
法には一定の効果が期待される。香港人は勇気づけられ、
星条旗を高く掲げた。反政府デモは再び激化する様相を見せている。一
方、北京政府は人民解放軍によるデモ隊制圧の訓練の様子を広く報道し、
これ以上の「自由な動き」は許容しない構えだ。米国への報復として米艦
船の香港寄港拒否なども発表した。

そうした状況下で日本の行動が問われている。周知のように、安倍晋三首
相は習近平国家主席を来春、国賓として迎える予定だ。同方針には強い反
対がある一方で、最終局面での方針転換は最悪の結果を招くとの外務省系
の主張もある。それは以下のような理屈に基づいている。

 ◎本気で介入し、香港を助ける気は米国政府にはない

 ◎介入すれば、香港経済は悪化し、香港との取引で大幅な黒字を得てい
る米国も利益を失う

 ◎日本人も日本国も所詮、香港問題に手出しはできない

 ◎従って香港人を無闇に煽り、期待を持たせることは却って問題を深刻
化させる

要は第三国は香港を助けることができない、香港は中国共産党の圧力に従
うしかないというわけだ。

確かに中国が「国内問題だ」と強弁し、他国の介入を極度に警戒する案件
で、わが国のみならず第三国ができることは限られている。世界第二の軍
事・経済大国の中国の壁は厚いからだ。

しかし、国際社会の価値観も、各国政府の中国に対する視線も、変化して
いる。そのことに日本こそ敏感でありたい。より良い方向に向かおうとす
る国際社会の変化と歩調を一にすることが日本の国益である。いま、ここ
で日本らしい価値観に立脚せずに、日本はどのような立場にこれから立ち
得るのかと思う。

中国の黒い支配

香港もウイグルも国内問題だとして野蛮な弾圧を加える中国政府への批判
を強めているのは米国だけではない。英国もフランスも、親中姿勢が目
立っていたドイツも同様だ。

国家が領域内の住民の「保護責任」を果たさず、「人類の良心に衝撃を与
える」危機的状況が発生した場合、たとえそれが国内問題ではあっても、
「人道的に介入できる」という方向に国際社会の潮流は明確に変化してい
るのだ。1999年、コソボ紛争において国連が主導した和平計画も、2004年
の国連北朝鮮人権法もその具体例だ。わが国こそ、国連よりも厳しい内容
の北朝鮮人権法を作ったではないか。中国に無為無策であり続けるのは、
国家として辻褄が合わず、道理も立たない。

この際、香港の状況を深く心に刻もう。彼の地では6月のデモ以来9月まで
の4カ月間で、自殺案件は256件、その他に2537件の死因不明の遺体が発見
された。

これは11月13日付の香港保安局発表の統計である。公式発表で、死因不明
の遺体が日々平均して21体も発見されているというのだ。中国出身の評論
家、石平氏が、香港は既に第二の天安門になったと断じたが、そのとおり
であろう。

これが共産党一党支配の中国のやり方である。眼前で進行中の非常事態
を、中国の国内問題だとして放置することは断じて許されないだろう。そ
んなことをした日には、必ず、近未来にわが国にも災いが、つまり中国の
黒い支配が及ぶ。

モンゴル出身の静岡大学教授、楊海英氏が新間聡氏と共に世に問うた『モ
ンゴル最後の王女』(草思社文庫)で訴えている点もまさに同じだ。氏は
同書で、民族問題は決して中国の国内問題ではなく、すべて国際問題だと
繰り返す。中国は「内政」を盾に、他国の介入を強く牽制するが、モンゴ
ル人弾圧を見過すことは、後述するように間接的にモンゴル人と日本人の
歴史を清算することであり、日中関係そのものにはねかえるというのだ。

同様に、チベット人への迫害はダライ・ラマ法王とその亡命政府を擁護す
るインドへの挑戦であり、ウイグル人虐殺は万単位のウイグル人を抱える
トルコ及び中央アジア諸国にとっての非常に厳しい国際問題だと、説明する。

香港の件に戻れば、香港問題は即、台湾問題である。台湾問題は即日本に
はねかえる。中国の言う国内問題は、日本に密接につながる国際関係連立
方程式なのだ。

少数民族自治の実態

それにしても中国は彼らの言う「国内問題」を、どのように片付けてきた
のか。楊氏は、チンギス・ハーンの末裔でモンゴル最後の王女、スチンカ
ンルの一生を辿ることで、中国の残虐的手法を描いてみせた。

王女スチンカンルは1927(昭和2)年に生れた。女児は聡明で美しく、10
歳になった頃、北京郊外の盧溝橋で日中戦争が始まった。やがて日本は敗
戦し、満蒙政策に協力したモンゴル人たちを後ろに残して引き揚げた。戦
後、モンゴル人を襲った悲劇の大きな原因のひとつが日本に協力したこと
だった。もうひとつの原因は彼らが中国から独立しようとしたことだった。

どちらの要因も中国共産党の憎しみを買い、そのためにとりわけ苛酷な弾
圧の日々がモンゴル人を待ち受けていた。58(昭和33)年に始まった「大
躍進」では王女スチンカンルも、その母の王妃も土中に掘った穴を住居と
した。

大躍進では農民2000万人が餓死したとされる。スチンカンルは灌木林に捨
てられた家畜の死肉を乾燥させて食し、辛うじて生きのびた。

66年に文化大革命が始まると、真っ先に文革の嵐に晒されたのもモンゴル
人だった。王家の血筋を引くスチンカンルにはとりわけおぞましい責め苦
が加えられた。大群衆の前でつるし上げられ、凄じい暴力を振るわれ、心
身共にボロ#裂#きれ#同然となった。彼女はやがて「私は反省する。反省
します」とぶつぶつつぶやき、頭を下げ続けるようになった。

楊氏は書いている。

「内モンゴル自治区では、中国人が一方的にモンゴル人をリンチし、殺害
するというジェノサイドが実行された。これが、少数民族自治という政策
の実態である」

中国共産党政府は心中深く、日本に強い敵愾心を抱いている。彼らの非人
道的手法を止めることは世界のためでもあるが、何よりも日本国のため
だ。日本の武器は価値観と道義である。それをいま、打ち出すのだ。

『週刊新潮』 2019年12月12日号日本ルネッサンス 第880回


2019年12月13日

◆中国の弾圧に日本こそ物申せ

櫻井よしこ


香港問題にどう対処するかは、日本がどんな国でありたいかという問いと
表裏一体である。

米国では、上下両院がほぼ全会一致で可決、トランプ大統領が署名して11
月27日、香港人権・民主主義法が成立した。一国二制度の下で香港人の高
度な自治が守られているかを調べ、人権侵害に関わった当局者の在米資産
の凍結や米国への入国禁止を大統領が決定するという内容である。

少なからぬ中国共産党幹部が米国に資産を有しているとみられるため、同
法には一定の効果が期待される。香港人は勇気づけられ、
星条旗を高く掲げた。反政府デモは再び激化する様相を見せている。一
方、北京政府は人民解放軍によるデモ隊制圧の訓練の様子を広く報道し、
これ以上の「自由な動き」は許容しない構えだ。米国への報復として米艦
船の香港寄港拒否なども発表した。

そうした状況下で日本の行動が問われている。周知のように、安倍晋三首
相は習近平国家主席を来春、国賓として迎える予定だ。同方針には強い反
対がある一方で、最終局面での方針転換は最悪の結果を招くとの外務省系
の主張もある。それは以下のような理屈に基づいている。

 ◎本気で介入し、香港を助ける気は米国政府にはない

 ◎介入すれば、香港経済は悪化し、香港との取引で大幅な黒字を得てい
る米国も利益を失う

 ◎日本人も日本国も所詮、香港問題に手出しはできない

 ◎従って香港人を無闇に煽り、期待を持たせることは却って問題を深刻
化させる

要は第三国は香港を助けることができない、香港は中国共産党の圧力に従
うしかないというわけだ。

確かに中国が「国内問題だ」と強弁し、他国の介入を極度に警戒する案件
で、わが国のみならず第三国ができることは限られている。世界第二の軍
事・経済大国の中国の壁は厚いからだ。

しかし、国際社会の価値観も、各国政府の中国に対する視線も、変化して
いる。そのことに日本こそ敏感でありたい。より良い方向に向かおうとす
る国際社会の変化と歩調を一にすることが日本の国益である。いま、ここ
で日本らしい価値観に立脚せずに、日本はどのような立場にこれから立ち
得るのかと思う。

中国の黒い支配

香港もウイグルも国内問題だとして野蛮な弾圧を加える中国政府への批判
を強めているのは米国だけではない。英国もフランスも、親中姿勢が目
立っていたドイツも同様だ。

国家が領域内の住民の「保護責任」を果たさず、「人類の良心に衝撃を与
える」危機的状況が発生した場合、たとえそれが国内問題ではあっても、
「人道的に介入できる」という方向に国際社会の潮流は明確に変化してい
るのだ。1999年、コソボ紛争において国連が主導した和平計画も、2004年
の国連北朝鮮人権法もその具体例だ。わが国こそ、国連よりも厳しい内容
の北朝鮮人権法を作ったではないか。中国に無為無策であり続けるのは、
国家として辻褄が合わず、道理も立たない。

この際、香港の状況を深く心に刻もう。彼の地では6月のデモ以来9月まで
の4カ月間で、自殺案件は256件、その他に2537件の死因不明の遺体が発見
された。

これは11月13日付の香港保安局発表の統計である。公式発表で、死因不明
の遺体が日々平均して21体も発見されているというのだ。中国出身の評論
家、石平氏が、香港は既に第二の天安門になったと断じたが、そのとおり
であろう。

これが共産党一党支配の中国のやり方である。眼前で進行中の非常事態
を、中国の国内問題だとして放置することは断じて許されないだろう。そ
んなことをした日には、必ず、近未来にわが国にも災いが、つまり中国の
黒い支配が及ぶ。

モンゴル出身の静岡大学教授、楊海英氏が新間聡氏と共に世に問うた『モ
ンゴル最後の王女』(草思社文庫)で訴えている点もまさに同じだ。氏は
同書で、民族問題は決して中国の国内問題ではなく、すべて国際問題だと
繰り返す。中国は「内政」を盾に、他国の介入を強く牽制するが、モンゴ
ル人弾圧を見過すことは、後述するように間接的にモンゴル人と日本人の
歴史を清算することであり、日中関係そのものにはねかえるというのだ。

同様に、チベット人への迫害はダライ・ラマ法王とその亡命政府を擁護す
るインドへの挑戦であり、ウイグル人虐殺は万単位のウイグル人を抱える
トルコ及び中央アジア諸国にとっての非常に厳しい国際問題だと、説明する。

香港の件に戻れば、香港問題は即、台湾問題である。台湾問題は即日本に
はねかえる。中国の言う国内問題は、日本に密接につながる国際関係連立
方程式なのだ。

少数民族自治の実態

それにしても中国は彼らの言う「国内問題」を、どのように片付けてきた
のか。楊氏は、チンギス・ハーンの末裔でモンゴル最後の王女、スチンカ
ンルの一生を辿ることで、中国の残虐的手法を描いてみせた。

王女スチンカンルは1927(昭和2)年に生れた。女児は聡明で美しく、10
歳になった頃、北京郊外の盧溝橋で日中戦争が始まった。やがて日本は敗
戦し、満蒙政策に協力したモンゴル人たちを後ろに残して引き揚げた。戦
後、モンゴル人を襲った悲劇の大きな原因のひとつが日本に協力したこと
だった。もうひとつの原因は彼らが中国から独立しようとしたことだった。

どちらの要因も中国共産党の憎しみを買い、そのためにとりわけ苛酷な弾
圧の日々がモンゴル人を待ち受けていた。58(昭和33)年に始まった「大
躍進」では王女スチンカンルも、その母の王妃も土中に掘った穴を住居と
した。

大躍進では農民2000万人が餓死したとされる。スチンカンルは灌木林に捨
てられた家畜の死肉を乾燥させて食し、辛うじて生きのびた。

66年に文化大革命が始まると、真っ先に文革の嵐に晒されたのもモンゴル
人だった。王家の血筋を引くスチンカンルにはとりわけおぞましい責め苦
が加えられた。大群衆の前でつるし上げられ、凄じい暴力を振るわれ、心
身共にボロ#裂#きれ#同然となった。彼女はやがて「私は反省する。反省
します」とぶつぶつつぶやき、頭を下げ続けるようになった。

楊氏は書いている。

「内モンゴル自治区では、中国人が一方的にモンゴル人をリンチし、殺害
するというジェノサイドが実行された。これが、少数民族自治という政策
の実態である」

中国共産党政府は心中深く、日本に強い敵愾心を抱いている。彼らの非人
道的手法を止めることは世界のためでもあるが、何よりも日本国のため
だ。日本の武器は価値観と道義である。それをいま、打ち出すのだ。

『週刊新潮』 2019年12月12日号日本ルネッサンス 第880回

 

2019年12月12日

◆中国の弾圧に日本こそ物申せ

櫻井よしこ


香港問題にどう対処するかは、日本がどんな国でありたいかという問いと
表裏一体である。

米国では、上下両院がほぼ全会一致で可決、トランプ大統領が署名して11
月27日、香港人権・民主主義法が成立した。一国二制度の下で香港人の高
度な自治が守られているかを調べ、人権侵害に関わった当局者の在米資産
の凍結や米国への入国禁止を大統領が決定するという内容である。

少なからぬ中国共産党幹部が米国に資産を有しているとみられるため、同
法には一定の効果が期待される。香港人は勇気づけられ、
星条旗を高く掲げた。反政府デモは再び激化する様相を見せている。一
方、北京政府は人民解放軍によるデモ隊制圧の訓練の様子を広く報道し、
これ以上の「自由な動き」は許容しない構えだ。米国への報復として米艦
船の香港寄港拒否なども発表した。

そうした状況下で日本の行動が問われている。周知のように、安倍晋三首
相は習近平国家主席を来春、国賓として迎える予定だ。同方針には強い反
対がある一方で、最終局面での方針転換は最悪の結果を招くとの外務省系
の主張もある。それは以下のような理屈に基づいている。

 ◎本気で介入し、香港を助ける気は米国政府にはない

 ◎介入すれば、香港経済は悪化し、香港との取引で大幅な黒字を得てい
る米国も利益を失う

 ◎日本人も日本国も所詮、香港問題に手出しはできない

 ◎従って香港人を無闇に煽り、期待を持たせることは却って問題を深刻
化させる

要は第三国は香港を助けることができない、香港は中国共産党の圧力に従
うしかないというわけだ。

確かに中国が「国内問題だ」と強弁し、他国の介入を極度に警戒する案件
で、わが国のみならず第三国ができることは限られている。世界第二の軍
事・経済大国の中国の壁は厚いからだ。

しかし、国際社会の価値観も、各国政府の中国に対する視線も、変化して
いる。そのことに日本こそ敏感でありたい。より良い方向に向かおうとす
る国際社会の変化と歩調を一にすることが日本の国益である。いま、ここ
で日本らしい価値観に立脚せずに、日本はどのような立場にこれから立ち
得るのかと思う。

中国の黒い支配

香港もウイグルも国内問題だとして野蛮な弾圧を加える中国政府への批判
を強めているのは米国だけではない。英国もフランスも、親中姿勢が目
立っていたドイツも同様だ。

国家が領域内の住民の「保護責任」を果たさず、「人類の良心に衝撃を与
える」危機的状況が発生した場合、たとえそれが国内問題ではあっても、
「人道的に介入できる」という方向に国際社会の潮流は明確に変化してい
るのだ。1999年、コソボ紛争において国連が主導した和平計画も、2004年
の国連北朝鮮人権法もその具体例だ。わが国こそ、国連よりも厳しい内容
の北朝鮮人権法を作ったではないか。中国に無為無策であり続けるのは、
国家として辻褄が合わず、道理も立たない。

この際、香港の状況を深く心に刻もう。彼の地では6月のデモ以来9月まで
の4カ月間で、自殺案件は256件、その他に2537件の死因不明の遺体が発見
された。

これは11月13日付の香港保安局発表の統計である。公式発表で、死因不明
の遺体が日々平均して21体も発見されているというのだ。中国出身の評論
家、石平氏が、香港は既に第二の天安門になったと断じたが、そのとおり
であろう。

これが共産党一党支配の中国のやり方である。眼前で進行中の非常事態
を、中国の国内問題だとして放置することは断じて許されないだろう。そ
んなことをした日には、必ず、近未来にわが国にも災いが、つまり中国の
黒い支配が及ぶ。

モンゴル出身の静岡大学教授、楊海英氏が新間聡氏と共に世に問うた『モ
ンゴル最後の王女』(草思社文庫)で訴えている点もまさに同じだ。氏は
同書で、民族問題は決して中国の国内問題ではなく、すべて国際問題だと
繰り返す。中国は「内政」を盾に、他国の介入を強く牽制するが、モンゴ
ル人弾圧を見過すことは、後述するように間接的にモンゴル人と日本人の
歴史を清算することであり、日中関係そのものにはねかえるというのだ。

同様に、チベット人への迫害はダライ・ラマ法王とその亡命政府を擁護す
るインドへの挑戦であり、ウイグル人虐殺は万単位のウイグル人を抱える
トルコ及び中央アジア諸国にとっての非常に厳しい国際問題だと、説明する。

香港の件に戻れば、香港問題は即、台湾問題である。台湾問題は即日本に
はねかえる。中国の言う国内問題は、日本に密接につながる国際関係連立
方程式なのだ。

少数民族自治の実態

それにしても中国は彼らの言う「国内問題」を、どのように片付けてきた
のか。楊氏は、チンギス・ハーンの末裔でモンゴル最後の王女、スチンカ
ンルの一生を辿ることで、中国の残虐的手法を描いてみせた。

王女スチンカンルは1927(昭和2)年に生れた。女児は聡明で美しく、10
歳になった頃、北京郊外の盧溝橋で日中戦争が始まった。やがて日本は敗
戦し、満蒙政策に協力したモンゴル人たちを後ろに残して引き揚げた。戦
後、モンゴル人を襲った悲劇の大きな原因のひとつが日本に協力したこと
だった。もうひとつの原因は彼らが中国から独立しようとしたことだった。

どちらの要因も中国共産党の憎しみを買い、そのためにとりわけ苛酷な弾
圧の日々がモンゴル人を待ち受けていた。58(昭和33)年に始まった「大
躍進」では王女スチンカンルも、その母の王妃も土中に掘った穴を住居と
した。

大躍進では農民2000万人が餓死したとされる。スチンカンルは灌木林に捨
てられた家畜の死肉を乾燥させて食し、辛うじて生きのびた。

66年に文化大革命が始まると、真っ先に文革の嵐に晒されたのもモンゴル
人だった。王家の血筋を引くスチンカンルにはとりわけおぞましい責め苦
が加えられた。大群衆の前でつるし上げられ、凄じい暴力を振るわれ、心
身共にボロ#裂#きれ#同然となった。彼女はやがて「私は反省する。反省
します」とぶつぶつつぶやき、頭を下げ続けるようになった。

楊氏は書いている。

「内モンゴル自治区では、中国人が一方的にモンゴル人をリンチし、殺害
するというジェノサイドが実行された。これが、少数民族自治という政策
の実態である」

中国共産党政府は心中深く、日本に強い敵愾心を抱いている。彼らの非人
道的手法を止めることは世界のためでもあるが、何よりも日本国のため
だ。日本の武器は価値観と道義である。それをいま、打ち出すのだ。

『週刊新潮』 2019年12月12日号日本ルネッサンス 第880回
 

2019年12月05日

◆桜を見る会の攻防が示す政治の劣化

櫻井よしこ


問題だらけの朝鮮半島、要求する米国、一党独裁の不気味さを偽りの微笑
で隠して膨張する中国。日本はこうした難題に直面している。どれも解決
は容易ではない。そこでいま、一番働かなければならないのが政治家だ。
厳しい国際情勢を理解し、解決策を打ち出し、国益を守り通さずして、政
治家たる意味はない。

にも拘わらず、彼らは一体何をしているのか。日本共産党の田村智子氏が
11月8日の参議院予算委員会で首相主催の「桜を見る会」を取り上げた。
以降、多くの野党は恰(あたか)もこれが日本の最重要問題であるかのよう
に政権を攻め始めた。立憲民主党国会対策委員長、安住淳氏らは「徹底的
に」追及するそうだ。

首相は13日、来年春の会は中止し、招待の基準などを見直すと発表した。
確かに、桜を見る会への招待者は年々ふえており、ここで一旦中止して見
直すのは正しい判断であろう。元民主党衆議院議員で、現在は立憲民主・
国民・社保・無所属フォーラムに属する松原仁氏が批判した。

「我々も枠をもらって招待していましたが、安倍首相の場合、人数が多い
のが際立ちます。事務所が動員をかけたような形になっているのはどう見
てもやりすぎです」

民主党から自民党に移籍した衆議院議員の長島昭久氏はこう見る。

「民主党のとき、我々も全く同じことをしていました。各議員に招待枠が
あって、後援会の人々を招きました。招待客一人一人にどんな功績がある
のか明らかにせよと立憲民主は首相に要求していますが、地域で頑張って
いる方ではあっても特別の功労者ではない人を、私たちも沢山招いた。日
頃お世話になった方たちという意味では支援者の方々です。これは皆、同
じでしょう」

国会で説明すると明言

安住氏らは、安倍後援会は前夜祭を開いたが、1人5000円の参加費は安す
ぎると問題視する。最低「1人1万1000円かかる」と主張し、その差額を首
相側が補填していれば公職選挙法違反だと息巻く。この点についても長島
氏が語った。

「我々がパーティを開くとき、1人2万円の会費で、ホテルに支払う食事代
は精々1人2000〜3000円です。ホテル側にとって、数百人単位のお客が宿
泊し、食事をしてくれるのは大変有難いことで、格安にするのは自然なこ
とでしょう。立憲民主を含めて野党政治家はこのことを十分理解していま
す。にも拘わらず、細かなことに拘り追及し続けるのは、選挙を意識して
いるからです」

立憲民主、国民民主の両党はいまや共産党の支持なしに選挙に打ち勝つの
は難しい。とりわけ、立憲民主の若い政治家達の後援会組織はほとんど無
いに等しく、全国に支援組織を有する共産党の協力なしにはとても選挙を
戦えないとして、長島氏は厳しく分析する。

「旧民主党勢力、とりわけ立憲民主党にとっての共産党は、自民党にとっ
ての公明党よりも重要だと思います」

安倍首相が来春の会の中止と招待基準の見直しを決定しても、野党側は納
得せず、追及チームを11人態勢から3倍規模に拡大した。安住氏の徹底追
及の意向は首相のぶら下がり会見への批判からも読みとれる。「立憲民主
党国会Twitter」の「安住委員長ぶら下がり(総理ぶら下がりの受
け止め)2019年11月15日」から見てみよう。

氏が問題視する総理に対する取材は、15日の昼と夕方の2度、官邸記者ク
ラブの要請で行われた。昼の回で、「国会で説明するか」と問われ、首相
は「国会から求められれば、説明するのは当然です」と答えた。

立ち去りかけた首相に、記者が「集中審議に応じるか」との質問を放っ
た。それで首相は記者達の所に戻り、「当然です」と答えている。

求められれば必ず国会で説明すると明言したのだ。野党が論難する逃げの
姿勢ではない。

夕方、前述したように記者クラブ側の要請で首相は再び対応した。21分間
続いた説明は、「異例の長さ」と報じられた。この場で首相は前夜祭など
の費用は全て参加者の自己負担だったことなどを説明している。質問が途
絶えたとき「何か、ご質問どうぞ」と促してもいる。

さらに14〜15の質問の後、「本日時間がない中ということで、後日会見を
開く予定はあるか」と問われた。それに対して首相は「もし質問されるの
であれば、今、質問された方がよいと思いますよ」と答えた。

「改めて……」と記者が口ごもりながら重ねて問うと、首相は「改めて会見
ということであれば、今質問して下さい」と促した。

安住氏こそ記者を侮辱

昼の短いぶら下がりでは不十分だったとして記者クラブ側が要求し、夕方
に2度目の取材となった経緯を考えれば、夕方の時間までに、否、それ以
前から記者たちは調査し、質問を準備したはずだ。だからこそ首相は、い
ま聞いてくれれば答えますと言っている。首相は答えようとしていたので
あり、そこには他意も悪意もない。だが、安住氏はこのやりとりを以下の
ように批判した。

「大変驚きました。(略)失礼ですけど、総理番の記者のところに、突
然、準備のない記者さんに対して『私の言うことを聞け、私に質問し
ろ』っていう態度は(略)メディアの皆さんに対する冒涜でもあるしね」

どのような思考回路でこんな解釈になるのか。氏は前後の状況を知らずに
発言したのだろうか。繰り返すが、夕方の会見は記者側がもっと問いたい
として要求したものだ。当然、質問は準備されていた。首相は誠実に答え
こそすれ、「私の言うことを聞け」などという態度で臨んではいない。メ
ディアを冒涜してもいない。

安住氏の言う「準備のない記者さん」も事実ではない。記者達はこれまた
前述したが、準備していた。安住氏こそ記者を侮辱している。

安住氏はほかにも官邸の記者について次のように語っている。

「何もそういう準備をしていない、総理番の若い記者さんのところに突然
総理が降りてきて」「何にも知らない記者の前に来て」「何も基礎知識を
持っていない記者さんの前に突然来られて」「余りこのことに基礎知識の
ない記者さんたちを前に」と、延々と繰り返したのである。

官邸詰めの記者達も随分と軽く見られたものだ。立憲民主のたかだか一政
治家にここまで見下されて口惜しくないのか。政治の中枢を取材する記者
らが憤らないとしたら、これまた、なんと誇りなきことか。

日本は本当に多くの深刻な問題を抱えている。政治家なら、桜を見る会の
在り方は見直すとして、日本の運命を左右するより大きな課題に命懸けで
取り組むことだ。その心構えも発想もない野党政治家の存在の余りの無意
味さに、私は戦慄する。

『週刊新潮』 2019年11月21日号 日本ルネッサンス 第877回