2018年07月16日

◆国会は一日も早い憲法改正の実現に

櫻井よしこ


「国会は一日も早い憲法改正の実現に向け国民の意思問う機会をつくる
のが責務だ」

7月5日付の「産経新聞」が、与党は憲法改正手続きを定めた国民投票法改
正案の、いまの国会での成立を断念する方針だと報じた。5日の衆議院憲
法審査会で趣旨説明は行うが、実質審議には入らずに、継続審議にすると
いう。

改正案の内容は、一昨年成立した改正公職選挙法をそのまま国民投票法に
反映させるもので、これによって駅や商業施設に共通投票所が設置され、
より多くの人が投票に参加し易くなる。

自公与党は、共産、社民を除く野党と、前述の共同投票所の設置に加えて
テレビCMの規制なども検討することを前提に、5月時点では大筋で合意
していた。それが6月27日、自公と日本維新の会、希望の党などと共に共
同提出した改正案につながった。

だが、いま、枝野幸男氏の立憲民主党、玉木雄一郎氏らの国民民主党など
は憲法審査会の幹事懇談会にさえ、まともに出席しない状況が続いてい
る。こうして時間がなくなり、与党はいまの国会への提出を諦めるに至った。

背景に、憲法審査会は「全会一致」の運営が原則とされているという事情
がある。立民や共産党らは、この原則を盾に、「モリ・カケ」問題などの
説明が不十分だなどとの理由をつけて、審査会の開催そのものを妨げた。

結果としていまの国会では審査会は衆院ではたった1回、参議院では3回開
かれたのみだ。そのうち衆院と、参院における2回の開催は理事の選任手
続きのためで、憲法の内容についての議論は参院での1回だけという。な
んというお粗末さか。

なぜこんなことになるのか。無論、国会議員の「やる気のなさ」が第一の
原因であろう。とりわけ維新と希望を除く野党は支離滅裂である。彼らは
「立憲主義」を唱えながら、憲法改正が必要だという政党が、憲法に定め
たルールをきちんと守って改正案を提出し、国民の判断を問おうとする
と、そのプロセス自体を阻止する。自分たちが改正をしたくないために、
国民の意思を問う機会そのものを潰してしまおうとしている。

格好の道具となっているのが前述の憲法審査会だ。「全会一致」の原則を
自分たちで作り、それを盾に審査会の開催に応じない。審査会さえ開かせ
なければ改正案の国会提出を妨げることができる。発議自体ができないわ
けで、国民に問うまでもなく、改正を阻止できるという計算であろう。

本当に古い話だが、私は美濃部亮吉氏の都政を思い出す。たった一人でも
反対者がいたら、公共工事をはじめ、何もしないという都政だった。圧倒
的多数の人々の意思であっても一人の反対者が阻止できるという極端な路
線だった。いまの野党の一部と体質的に通底するものを、私は感じている。

こんな事態に陥っているのは、「憲法審査会が動かなければ、改正原案の
国会提出さえできない」という誤解があるからではないか。

憲法改正のカギは、ひとりひとりの国会議員が握っているのである。改正
案を上程するのは、政府ではなく、国会議員の役割である。国会法68条の
2は、衆議院で100人以上、参議院で50人以上の賛成で提出できると定めて
いる。いったん改正案が国会に提出されれば、国会法102条の6によって、
憲法審査会には審査を行う責務が生じる。

憲法という国のもといを決めるのは、国民の総意である。国民ひとりひと
りが日本をどのような国にしたいのかを深く考え、決めるのが、まさに民
主主義の真髄であろう。

いま日本はかつてない危機に直面している。日本周辺の状況に対応するに
は、いまのままの日本では力不足だと感じている人は少なくない。1日も
早く、憲法改正を実現するために、国民の意思を問う機会をつくるのが、
国会の責務である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1239

2018年07月15日

◆国会は一日も早い憲法改正の実現に

櫻井よしこ


「国会は一日も早い憲法改正の実現に向け国民の意思問う機会をつくる
のが責務だ」

7月5日付の「産経新聞」が、与党は憲法改正手続きを定めた国民投票法改
正案の、いまの国会での成立を断念する方針だと報じた。5日の衆議院憲
法審査会で趣旨説明は行うが、実質審議には入らずに、継続審議にすると
いう。

改正案の内容は、一昨年成立した改正公職選挙法をそのまま国民投票法に
反映させるもので、これによって駅や商業施設に共通投票所が設置され、
より多くの人が投票に参加し易くなる。

自公与党は、共産、社民を除く野党と、前述の共同投票所の設置に加えて
テレビCMの規制なども検討することを前提に、5月時点では大筋で合意
していた。それが6月27日、自公と日本維新の会、希望の党などと共に共
同提出した改正案につながった。

だが、いま、枝野幸男氏の立憲民主党、玉木雄一郎氏らの国民民主党など
は憲法審査会の幹事懇談会にさえ、まともに出席しない状況が続いてい
る。こうして時間がなくなり、与党はいまの国会への提出を諦めるに至った。

背景に、憲法審査会は「全会一致」の運営が原則とされているという事情
がある。立民や共産党らは、この原則を盾に、「モリ・カケ」問題などの
説明が不十分だなどとの理由をつけて、審査会の開催そのものを妨げた。

結果としていまの国会では審査会は衆院ではたった1回、参議院では3回開
かれたのみだ。そのうち衆院と、参院における2回の開催は理事の選任手
続きのためで、憲法の内容についての議論は参院での1回だけという。な
んというお粗末さか。

なぜこんなことになるのか。無論、国会議員の「やる気のなさ」が第一の
原因であろう。とりわけ維新と希望を除く野党は支離滅裂である。彼らは
「立憲主義」を唱えながら、憲法改正が必要だという政党が、憲法に定め
たルールをきちんと守って改正案を提出し、国民の判断を問おうとする
と、そのプロセス自体を阻止する。自分たちが改正をしたくないために、
国民の意思を問う機会そのものを潰してしまおうとしている。

格好の道具となっているのが前述の憲法審査会だ。「全会一致」の原則を
自分たちで作り、それを盾に審査会の開催に応じない。審査会さえ開かせ
なければ改正案の国会提出を妨げることができる。発議自体ができないわ
けで、国民に問うまでもなく、改正を阻止できるという計算であろう。

本当に古い話だが、私は美濃部亮吉氏の都政を思い出す。たった一人でも
反対者がいたら、公共工事をはじめ、何もしないという都政だった。圧倒
的多数の人々の意思であっても一人の反対者が阻止できるという極端な路
線だった。いまの野党の一部と体質的に通底するものを、私は感じている。

こんな事態に陥っているのは、「憲法審査会が動かなければ、改正原案の
国会提出さえできない」という誤解があるからではないか。

憲法改正のカギは、ひとりひとりの国会議員が握っているのである。改正
案を上程するのは、政府ではなく、国会議員の役割である。国会法68条の
2は、衆議院で100人以上、参議院で50人以上の賛成で提出できると定めて
いる。いったん改正案が国会に提出されれば、国会法102条の6によって、
憲法審査会には審査を行う責務が生じる。

憲法という国のもといを決めるのは、国民の総意である。国民ひとりひと
りが日本をどのような国にしたいのかを深く考え、決めるのが、まさに民
主主義の真髄であろう。

いま日本はかつてない危機に直面している。日本周辺の状況に対応するに
は、いまのままの日本では力不足だと感じている人は少なくない。1日も
早く、憲法改正を実現するために、国民の意思を問う機会をつくるのが、
国会の責務である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1239

2018年07月14日

◆中国が進めるパックス・シニカの道

櫻井よしこ


7月1日、東京で東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の閣僚会合が開
催され、年内の大筋合意を目指すとの点で一致した。

RCEPは日中韓豪印にニュージーランドと東南アジア諸国連合
(ASEAN)10か国の、計16か国で構成される。実現すれば世界人口の
約半分、GDPで約3割を占める巨大広域経済圏となる。

日本がRCEPに求めるのは高水準の自由化、知的財産権の保護に代表さ
れる国際法の順守に加え、公正さや透明性だ。すでに米国が知財権侵害で
中国を世界貿易機関(WTO)に提訴したように、世界の知財権窃盗の8
割は中国によると言われる。悪質な知財権侵害は、とりわけ先進国にとっ
て共通の深刻な問題である。

今回、RCEPでは年内合意を目指すとされたが、日本と中国の価値観は
大きく異なる。中国の価値観に引っ張られることなく、RCEPをいかに
自由な経済圏にしていくかが死活的に重要だ。中国に譲ることになれば彼
らの価値観に基づく彼ら主導の大経済圏が出現する。日本人も世界も望ま
ない形になりかねないRCEPに日本は非常に慎重だった。

環太平洋経済連携協定(TPP)をまとめ上げた日本は、TPP並みとま
ではいかなくとも、RCEPにも公正な自由貿易体制の確立を求めてき
た。日本の要求は中国の思惑とは正面からぶつかる。そこで日本や米国は
まずTPPで公正さや透明性、国際法順守といった点で高い水準の枠組み
を作り、そこに中国も入らざるを得ないような広域経済圏を作ることを目
指した。まず自由主義陣営の側の体制を作り、私たちの側が主導権を握る
という構想だ。

だが米国のトランプ大統領の反乱で状況が逆転した。トランプ氏はTPP
は勿論、RCEPにも背を向け、保護主義的政策に走る。氏が多数の国で
話し合って決める多国間協定よりも、一対一の交渉を好んできたのは周知
のとおりだ。世界の最強国が一対一の交渉で強い要求を出せば、大概の国
は屈服せざるを得ないだろう。「アメリカ第一」の強硬路線は米国の眼前
の国益は守るかもしれない。しかし、すでに米国の誇るハーレーダビッド
ソンが、製造拠点の一部を海外に移そうとしているように、眼前の利益だ
けを見詰める政策は米国自身をも傷つける。

米国の影響力が低下

もっと深刻なのは米国に対する国際社会の信頼や敬意が殺がれ、米国の影
響力が低下することだ。自由主義陣営にとって決してよいことではない。

中国は昨年10月の第19回中国共産党大会で高らかに謳い上げたように、建
国100年の2049年までに経済的にも軍事的にも米国を凌駕し、「中華民族
はますます潑剌として世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことを目指す。

その目的達成のために中国が準備してきた国際的枠組みの代表例が、昨年
の共産党大会で党規約に正式に盛り込まれた一帯一路構想だ。今世紀半ば
までに世界最強の民族になると誓った中国共産党は全地球に中国による網
を張り巡らせようと、あらゆる分野に手を広げてきた。その結果、もはや
「一帯一路」ではなく、「三帯五路」だなどの声もある。

駒澤大学教授の三船恵美氏の分析は明快だ。一帯一路はパックス・シニカ
(中国による世界の平和維持)を目指す構想であり、もはや明確な地図や
地域はなく、シルクロードの地域を超えて中国の勢力がグローバルに展開
しているというのだ(「中国外交のユーラシア的展開」JFIR
WORLD REVIEW)。

米国による世界秩序の維持、パックス・アメリカーナを脅かす具体例が一
帯一路構想である。その実態を三船氏はざっと以下のように説明する。中
国が各国や各組織(たとえば欧州連合)などと、➀政策面で意思の疎通を
はかり、➁中国と同じ規格のインフラを整備し、➂貿易を円滑に振興し、➃
資金を融通し、➄国民を相互に結びつけることによって、世界の政治経済
秩序を中国が主導する。地球全体に影響を及ぼし「朋友圏」(友邦圏)を
形成し、「人類運命共同体」として、中国が主導していくことを目指して
いる。

中国は影響力拡大のために地政学を見据えた戦略を進めている。たとえ
ば、中国と中欧、東欧の16の国々が構成する国際的枠組み、「中国・中東
欧諸国首脳会議」 (16+1)である。

中国は欧州諸国との2国間関係、欧州連合との関係に加えて「16+1」を構
築した。16か国の内11か国がEUの加盟国だが、中国はそれらの国々をも
含めて、インフラ事業を共に推進し、投資を行い、多層的複層的な関係を
築いて影響力を浸透させていく。地政学的、政治学的な陣取り合戦を巧み
に進めてきたのである。

世界制覇の道

他方、南アジアにおいて中国にとって大事なことはインドを超大国にさせ
ず、地域大国におさえておくことだ。そのために中国はインド包囲網を築
いてきた。「真珠の首飾り」と呼ばれた海からの包囲網は、いま、安倍晋
三首相が提唱した「インド・太平洋戦略」で打ち消されたかに見える。

三船氏はしかし、陸上での事象に注意を促す。ブータンの高原ドクラムに
中国人民解放軍が駐屯地を建設し、1600人とも1800人とも言われる軍人が
駐留していると指摘する。

中国には、ミャンマーもバングラデシュも従順だ。ドクラムの中国軍と共
にこの2か国が手を結べば、挟み打ちになるのがインド東部7州だというの
だ。インド本土と切り離される形になる7州には、水源の州で、中国が自
国領だと主張するアルナチャル・プラデーシュもある。

7つもの州が孤立させられ奪われる危険が生じるとしたら、軍事的に中国
に劣るインドは外交交渉に軸足を置くだろう。そのとき日本が提唱し、ト
ランプ政権も外交戦略に取り入れたインド・太平洋戦略に、インドがどれ
だけ協力するだろうか、という三船氏の問いはもっともだ。

中国は北極海への野心も隠さない。プーチン大統領をパートナーとする氷
のシルクロード構想は発表済みだ。中国の北極海進出には日本海、津軽海
峡、宗谷海峡といった地点における拠点が必要である。日本はこのような
変化の中で一体どういう道を選べるだろうか。

中国が着実に世界制覇の道を進んでいるのである。全世界に張り巡らされ
た一帯一路の網は、世界がすでにパックス・アメリカーナからパックス・
シニカに移ろうとしていることを示していないか。日本にとってこの上な
く深刻なこの状況の前で、政治家のみならず日本人全員が考えなければな
らない。
『週刊新潮』 2018年7月12日号  日本ルネッサンス 第809回

2018年07月13日

◆中国が進めるパックス・シニカの道

櫻井よしこ


7月1日、東京で東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の閣僚会合が開
催され、年内の大筋合意を目指すとの点で一致した。

RCEPは日中韓豪印にニュージーランドと東南アジア諸国連合
(ASEAN)10か国の、計16か国で構成される。実現すれば世界人口の
約半分、GDPで約3割を占める巨大広域経済圏となる。

日本がRCEPに求めるのは高水準の自由化、知的財産権の保護に代表さ
れる国際法の順守に加え、公正さや透明性だ。すでに米国が知財権侵害で
中国を世界貿易機関(WTO)に提訴したように、世界の知財権窃盗の8
割は中国によると言われる。悪質な知財権侵害は、とりわけ先進国にとっ
て共通の深刻な問題である。

今回、RCEPでは年内合意を目指すとされたが、日本と中国の価値観は
大きく異なる。中国の価値観に引っ張られることなく、RCEPをいかに
自由な経済圏にしていくかが死活的に重要だ。中国に譲ることになれば彼
らの価値観に基づく彼ら主導の大経済圏が出現する。日本人も世界も望ま
ない形になりかねないRCEPに日本は非常に慎重だった。

環太平洋経済連携協定(TPP)をまとめ上げた日本は、TPP並みとま
ではいかなくとも、RCEPにも公正な自由貿易体制の確立を求めてき
た。日本の要求は中国の思惑とは正面からぶつかる。

そこで日本や米国はまずTPPで公正さや透明性、国際法順守といった点
で高い水準の枠組みを作り、そこに中国も入らざるを得ないような広域経
済圏を作ることを目指した。まず自由主義陣営の側の体制を作り、私たち
の側が主導権を握るという構想だ。

だが米国のトランプ大統領の反乱で状況が逆転した。トランプ氏はTPP
は勿論、RCEPにも背を向け、保護主義的政策に走る。氏が多数の国で
話し合って決める多国間協定よりも、一対一の交渉を好んできたのは周知
のとおりだ。

世界の最強国が一対一の交渉で強い要求を出せば、大概の国は屈服せざる
を得ないだろう。「アメリカ第一」の強硬路線は米国の眼前の国益は守る
かもしれない。しかし、すでに米国の誇るハーレーダビッドソンが、製造
拠点の一部を海外に移そうとしているように、眼前の利益だけを見詰める
政策は米国自身をも傷つける。

米国の影響力が低下

もっと深刻なのは米国に対する国際社会の信頼や敬意が殺がれ、米国の影
響力が低下することだ。自由主義陣営にとって決してよいことではない。

中国は昨年10月の第19回中国共産党大会で高らかに謳い上げたように、建
国100年の2049年までに経済的にも軍事的にも米国を凌駕し、「中華民族
はますます潑剌として世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことを目指す。

その目的達成のために中国が準備してきた国際的枠組みの代表例が、昨年
の共産党大会で党規約に正式に盛り込まれた一帯一路構想だ。今世紀半ば
までに世界最強の民族になると誓った中国共産党は全地球に中国による網
を張り巡らせようと、あらゆる分野に手を広げてきた。その結果、もはや
「一帯一路」ではなく、「三帯五路」だなどの声もある。

駒澤大学教授の三船恵美氏の分析は明快だ。一帯一路はパックス・シニカ
(中国による世界の平和維持)を目指す構想であり、もはや明確な地図や
地域はなく、シルクロードの地域を超えて中国の勢力がグローバルに展開
しているというのだ(「中国外交のユーラシア的展開」JFIR
WORLD REVIEW)。

米国による世界秩序の維持、パックス・アメリカーナを脅かす具体例が一
帯一路構想である。その実態を三船氏はざっと以下のように説明する。中
国が各国や各組織(たとえば欧州連合)などと、➀政策面で意思の疎通を
はかり、➁中国と同じ規格のインフラを整備し、➂貿易を円滑に振興し、➃
資金を融通し、➄国民を相互に結びつけることによって、世界の政治経済
秩序を中国が主導する。地球全体に影響を及ぼし「朋友圏」(友邦圏)を
形成し、「人類運命共同体」として、中国が主導していくことを目指して
いる。

中国は影響力拡大のために地政学を見据えた戦略を進めている。たとえ
ば、中国と中欧、東欧の16の国々が構成する国際的枠組み、「中国・中東
欧諸国首脳会議」 (16+1)である。

中国は欧州諸国との2国間関係、欧州連合との関係に加えて「16+1」を構
築した。16か国の内11か国がEUの加盟国だが、中国はそれらの国々をも
含めて、インフラ事業を共に推進し、投資を行い、多層的複層的な関係を
築いて影響力を浸透させていく。地政学的、政治学的な陣取り合戦を巧み
に進めてきたのである。

世界制覇の道

他方、南アジアにおいて中国にとって大事なことはインドを超大国にさせ
ず、地域大国におさえておくことだ。そのために中国はインド包囲網を築
いてきた。「真珠の首飾り」と呼ばれた海からの包囲網は、いま、安倍晋
三首相が提唱した「インド・太平洋戦略」で打ち消されたかに見える。

三船氏はしかし、陸上での事象に注意を促す。ブータンの高原ドクラムに
中国人民解放軍が駐屯地を建設し、1600人とも1800人とも言われる軍人が
駐留していると指摘する。

中国には、ミャンマーもバングラデシュも従順だ。ドクラムの中国軍と共
にこの2か国が手を結べば、挟み打ちになるのがインド東部7州だというの
だ。インド本土と切り離される形になる7州には、水源の州で、中国が自
国領だと主張するアルナチャル・プラデーシュもある。

7つもの州が孤立させられ奪われる危険が生じるとしたら、軍事的に中国
に劣るインドは外交交渉に軸足を置くだろう。そのとき日本が提唱し、ト
ランプ政権も外交戦略に取り入れたインド・太平洋戦略に、インドがどれ
だけ協力するだろうか、という三船氏の問いはもっともだ。

中国は北極海への野心も隠さない。プーチン大統領をパートナーとする氷
のシルクロード構想は発表済みだ。中国の北極海進出には日本海、津軽海
峡、宗谷海峡といった地点における拠点が必要である。日本はこのような
変化の中で一体どういう道を選べるだろうか。

中国が着実に世界制覇の道を進んでいるのである。全世界に張り巡らされ
た一帯一路の網は、世界がすでにパックス・アメリカーナからパックス・
シニカに移ろうとしていることを示していないか。日本にとってこの上な
く深刻なこの状況の前で、政治家のみならず日本人全員が考えなければな
らない。
『週刊新潮』 2018年7月12日号 日本ルネッサンス 第809回

2018年07月11日

◆拉致解決を国交正常化に優先せよ

櫻井よしこ


いったん公約したことはなり振り構わず実行する。パリ協定、TPP、中
国への懲罰的関税、EU諸国や日本にまで関税をふりかざすことも含め
て、良くも悪くも「アメリカ第一」の公約を守る。トランプ米大統領のこ
んな傾向が北朝鮮への脅威になる。

米朝首脳会談における共同声明は、トランプ氏が北朝鮮に「安全の保証を
与えることを約束」し、金正恩委員長は「朝鮮半島の完全非核化への確固
で揺るぎのない約束を再確認した」と謳った。

トランプ氏は首脳会談直後の会見で、米韓合同軍事演習は北朝鮮との対話
が続いている間は行わないと語った。対話が中断されれば、再開するとい
うことだ。

6月14日にはポンペオ国務長官が「北朝鮮の核計画について、できる限り
早く全容を把握することが極めて重要だ。それは数週間以内に行われる取
り組みのひとつ」だと述べ、迅速に事を運ぶ姿勢を強調した。

同氏は17日、韓国の康京和外相との電話会談で、「完全かつ検証可能で不
可逆的な非核化(CVID)」を求め続けることを確認したが、その前
日、安倍晋三首相が「核の脅威がなくなることによって平和の恩恵を受け
る日本などが、(国際原子力機関〈IAEA〉による調査費用を)負担す
るのは当然だ」と語っている。日米の協調を示したのだ。

米韓両政府は19日、正式に8月の米韓合同軍事演習を中止すると発表し、
22日には、米国防総省がさらに二つの演習、米韓の海兵隊による合同訓練
(KMEP)も中止すると発表した。

国防総省は、同決定がマティス国防長官、ポンペオ氏、ボルトン大統領補
佐官の協議の結果だと発表したが、対北最強硬派のボルトン氏も承諾した
ことは、一連の演習中止が安易な妥協ではなく、北朝鮮にCVIDを実行
させるための強固な意思の反映だということを示している。米国が軍事演
習をやめないから北朝鮮は非核化に踏み切れないのだ、という類の口実を
与えないための演習中止だと見てよいだろう。

日本国民を救出

同日、トランプ氏は米議会に、北朝鮮の核は米国の安全保障にとって「な
お脅威である」との書簡を送ったが、これも北朝鮮に完全非核化へ行動を
おこすよう促したものと見るべきだろう。

トランプ氏は北朝鮮が誠実に約束を守れば、爆撃しないだけではなく、
「繁栄する未来」が来るとも語っている。北朝鮮の東海岸の美しいビーチ
は豪華なホテル群を建てればよいと、トランプ氏は述べたが、繁栄する未
来もホテル群も、電力をはじめとするインフラを整備しなければあり得ない。

それには資金が必要だが、米国は出さない。代わりに日本や韓国が出すと
いうのがトランプ氏の考えだ。とりわけ日本との国交正常化によって巨額
の資金を北朝鮮は手にすることになると、トランプ氏も考えている。

北朝鮮の経済規模はGNPが200億ドルから300億ドルという数字がある。
小泉純一郎氏が訪朝した2002年、氏は100億ドルを約束したと言われてい
る。GNPの半分に達しようという額は北朝鮮にとって夢のようだったは
ずだ。北朝鮮経済は当時と較べて全く改善されていない。だからこそ日本
の援助がどうしても欲しいはずだ。

周知のように安倍首相はトランプ氏に会う度に拉致問題について説明して
きた。核、ミサイルだけでなく拉致も解決しなければ日朝国交正常化はあ
り得ない、正常化なしには経済支援もあり得ないと、首相は繰り返してきた。

トランプ氏は首相の言葉を頭に刻み、正恩氏との会談では、明確に伝えた
という。「シンゾーは拉致が解決しなければ一銭も出すつもりはない」と
も言ったはずだ。拉致被害者全員を取り戻すまでは、日本はビタ一文払わ
ないという安倍首相の決意がトランプ氏を介して正恩氏に伝えられたので
ある。このことを、救う会代表の西岡力氏が、ネット配信の「言論テレ
ビ」で興奮気味に語った。

「安倍首相は拉致問題をトランプ大統領のディールに組み込むことに成功
したのです。横田めぐみさんをはじめ、40年以上も北朝鮮に囚われている
日本国民を救出できるとしたら、その可能性に最も近づいているのがいま
なのです」

正恩氏は、自分が完全非核化の約束を守らなければ、トランプ氏は怒り、
斬首作戦を実行するかもしれないと恐れているはずだ。だからこそ、度重
なる中国詣でで身を守ろうとしているのだ。

いまは、何としてでもトランプ外交を成功させなければならない。そのた
めにいま、日本の私たちが国家の大命題である拉致被害者全員の救出に向
けて、強い気持ちで一致団結するときだ。安倍首相が強調するように対北
制裁緩和の時期を間違ってはならないのである。早すぎる緩和は必ず失敗
する。今回は北朝鮮が行動を起こすまで、慎重にタイミングを測るべきだ。

日朝議連

にも拘わらず、おかしな動きがある。6月21日に開かれた日朝国交正常化
推進議員連盟(日朝議連)は早期の日朝会談を求めている。入会者65名
中、本人出席は41名に上った。出席議員は自公与党から社民、共産まで幅
広い。与党からは、議連会長の衛藤征士郎氏と共に、石破茂氏が出席して
いた。北側一雄、竹下亘両氏らも与党議員だ。社民党は福島瑞穂、又市征
治両氏が、立憲民主党は阿部知子、生方幸夫両氏らが、共産党からも複数
が出席した。

国会審議には応じようとしない野党議員が多数顔を見せたことや、与党議
員である石破氏らが、福島氏や又市氏らと一堂に会する姿には、違和感を
禁じ得ない。

同議連は金丸信氏の流れを汲む勢力が自民党に影響力を持っていた時代
に、北朝鮮との国交正常化を大目標に結成されたものだ。金丸氏が訪朝し
た当時、拉致問題はようやく明らかになりはじめていたが、氏は金日成主
席に拉致に関して何も質さなかった。

拉致問題解決を目指す拉致議連会長の古屋圭司氏は、自民党内にも対北宥
和策や経済的うまみを拉致解決より優先する人々が存在すると語った。

「自民党が下野していた時、党政調会の正式会議で安倍さんと日朝議連の
衛藤さんが激論したのを覚えています。衛藤さんが宥和策を主張し、安倍
さんは宥和策では解決できないと激しく反論した。安倍さんが正しかった
のは明らかです。この10年程静かだった日朝議連が最近再び活動し始めま
した。早く日朝首脳会談を行えというのです」

日朝議連が主張するように前のめりになれば、これまでの20年余と同じ結
果になって騙される。それよりも今は、安倍首相に交渉を一任し、国民全
体で支えることが何よりも必要である。
『週刊新潮』 2018年7月5日号 日本ルネッサンス 第809回

2018年07月09日

◆判事と長官が対立する韓国の異常事態

櫻井よしこ


「判事と長官が対立する韓国の異常事態 司法の頂点に立つ最高裁まで
左翼が侵食」

朝鮮問題専門家の西岡力氏が、シンクタンク「国家基本問題研究所」の定
期会合で語った。

「韓国は政治とメディアだけでなく、司法も北朝鮮にやられてしまいまし
た。韓国に残っているまともな保守は在野の言論人だけです」

氏が警告したのは韓国大法院(最高裁判所)の金命洙(キム・ミョンス)
院長(長官)の件だ。

金氏は1959年生まれ、59歳の若さで昨年9月、文在寅大統領によって大法
院院長に抜擢された。「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が
補足した。

「金氏は大法院院長になる前は、春川地方裁判所の所長にすぎませんでし
た。春川地裁は、韓国で最も小さな裁判所です」

そんな小さな地裁の長を務めただけの人物が、高等法院院長出身者の地位
とされる大法院院長になぜ、いきなりなれたのか。再び洪氏が説明した。

「韓国では地方裁判所長が選挙管理委員会の長も兼任します。金氏は(文
氏が大統領に選ばれた)2017年5月の総選挙で、文氏と対立する政党の候
補者、鎮金台氏を強引なやり方で選挙違反の罪に問い、失脚させようとし
ました。

春川地裁は鎮氏を有罪としましたが、高裁は無罪、最高裁は14人の判事の
うち、金長官を除く13人の判事全員が無罪と判断しました。金氏は法の番
人でありながら、法よりも政治的イデオロギーを優先させる。その姿勢が
文大統領に評価されているのです」

北朝鮮の金日成主席は70年代から韓国の左翼勢力を経済的に支え、優秀な
人材に奨学金を与え、教育して、韓国の司法やマスコミ界に送り込み韓国
内部からの革命を画策した。そうした北朝鮮の長期戦略がいま、山場を迎
えようとしていると、西岡氏が言う。

「現職の最高裁長官が、前任の長官、梁承泰(ヤン・スンテ)氏を刑事告
発しようとしているのです。容疑は朴槿恵前政権との司法取引です」

再び洪氏が補足した。

「金長官は梁前長官が朴前大統領と取引したという疑惑を言い立て、最高
裁内部に特別調査委員会を設置しました。同委員会は3度にわたって調査
しましたが、疑惑を裏付ける如何なる証拠も見つかりませんでした。最高
裁の判事は長官を含めて14人、うち、長官を除く13人全員が連名で『裁判
の本質を損なう司法取引疑惑には、全く根拠がなかったことは明確だ』と
断定する報告書を発表しました」

にもかかわらず、事態はさらにねじ曲げられつつある。韓国での保守勢力
潰しの常套手段のひとつが乱訴である。狙った相手を訴え、時間とエネル
ギーとお金を使わせ、潰してしまう。

言いがかりに等しい理由で連続して 裁判を起こされ、身ぐるみはがれた
言論人に「朝鮮日報」論説委員を歴任 し、「韓国論壇」を主宰した李度
珩(イ・ドンヒョン)氏がいる。政治家 では朴前大統領が典型的事例
で、財産どころか名誉も剥奪され、拘束され 続けている。

梁氏も左翼系団体の告発に晒されている。検察は告発状を受 けて調査に
乗り出した。ソウル中央地検特捜一部が粱氏の事案の担当だ。 特捜一部
は左翼労働団体の典型である法院労働組合本部長らから事情を聴 いてい
る。金長官はこのような状況下で進んで検察の調査に協力する姿勢 を見
せているのだ。
 
だが、前述のように最高裁の判事らは長官の行動に異議を唱え、13人の判
事と長官が対立状況を続けている。まさに異常事態である。韓国の政界は
大統領以下大きく左に傾き、マスメディアも悉くと言ってよい程、北朝鮮
寄りだ。国の基本を成す司法の、その頂点である最高裁までも、左翼陣営
に侵食されようとしている。

このままいけば、共産党が司法・立法・行政の三権の上に君臨する中国の
ような国に、韓国もなるだろう。まさに革命が起きたのだ。そのことを自
覚して日本は危機に備えなければならない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1238

2018年07月08日

◆判事と長官が対立する韓国の異常事態

櫻井よしこ


「判事と長官が対立する韓国の異常事態 司法の頂点に立つ最高裁ま で
左翼が侵食」

朝鮮問題専門家の西岡力氏が、シンクタンク「国家基本問題研究所」の定
期会合で語った。

「韓国は政治とメディアだけでなく、司法も北朝鮮にやられてしまいまし
た。韓国に残っているまともな保守は在野の言論人だけです」

氏が警告したのは韓国大法院(最高裁判所)の金命洙(キム・ミョンス)
院長(長官)の件だ。

金氏は1959年生まれ、59歳の若さで昨年9月、文在寅大統領によって大法
院院長に抜擢された。「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が
補足した。

「金氏は大法院院長になる前は、春川地方裁判所の所長にすぎませんでし
た。春川地裁は、韓国で最も小さな裁判所です」

そんな小さな地裁の長を務めただけの人物が、高等法院院長出身者の地位
とされる大法院院長になぜ、いきなりなれたのか。再び洪氏が説明した。

「韓国では地方裁判所長が選挙管理委員会の長も兼任します。金氏は(文
氏が大統領に選ばれた)2017年5月の総選挙で、文氏と対立する政党の候
補者、鎮金台氏を強引なやり方で選挙違反の罪に問い、失脚させようとし
ました。

春川地裁は鎮氏を有罪としましたが、高裁は無罪、最高裁は14人の判事の
うち、金長官を除く13人の判事全員が無罪と判断しました。金氏は法の番
人でありながら、法よりも政治的イデオロギーを優先させる。その姿勢が
文大統領に評価されているのです」

北朝鮮の金日成主席は70年代から韓国の左翼勢力を経済的に支え、優秀な
人材に奨学金を与え、教育して、韓国の司法やマスコミ界に送り込み韓国
内部からの革命を画策した。そうした北朝鮮の長期戦略がいま、山場を迎
えようとしていると、西岡氏が言う。

「現職の最高裁長官が、前任の長官、梁承泰(ヤン・スンテ)氏を刑事告
発しようとしているのです。容疑は朴槿恵前政権との司法取引です」

再び洪氏が補足した。

「金長官は梁前長官が朴前大統領と取引したという疑惑を言い立て、最高
裁内部に特別調査委員会を設置しました。同委員会は三度にわたって調査
しましたが、疑惑を裏付ける如何なる証拠も見つかりませんでした。最高
裁の判事は長官を含めて14人、うち、長官を除く13人全員が連名で『裁判
の本質を損なう司法取引疑惑には、全く根拠がなかったことは明確だ』と
断定する報告書を発表しました」

にもかかわらず、事態はさらにねじ曲げられつつある。韓国での保守勢力
潰しの常套手段のひとつが乱訴である。狙った相手を訴え、時間とエネル
ギーとお金を使わせ、潰してしまう。言いがかりに等しい理由で連続して
裁判を起こされ、身ぐるみはがれた言論人に「朝鮮日報」論説委員を歴任
し、「韓国論壇」を主宰した李度珩(イ・ドンヒョン)氏がいる。政治家
では朴前大統領が典型的事例で、財産どころか名誉も剥奪され、拘束され
続けている。

そしていま、梁氏も左翼系団体の告発に晒されている。検察は告発状を受
けて調査に乗り出した。ソウル中央地検特捜一部が粱氏の事案の担当だ。
特捜一部は左翼労働団体の典型である法院労働組合本部長らから事情を聴
いている。金長官はこのような状況下で進んで検察の調査に協力する姿勢
を見せているのだ。
 
だが、前述のように最高裁の判事らは長官の行動に異議を唱え、13人の判
事と長官が対立状況を続けている。まさに異常事態である。韓国の政界は
大統領以下大きく左に傾き、マスメディアも悉くと言ってよい程、北朝鮮
寄りだ。国の基本を成す司法の、その頂点である最高裁までも、左翼陣営
に侵食されようとしている。

このままいけば、共産党が司法・立法・行政の三権の上に君臨する中国の
ような国に、韓国もなるだろう。まさに革命が起きたのだ。そのことを自
覚して日本は危機に備えなければならない。
『週刊ダイヤモンド』 2018年7月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1238 

2018年07月05日

◆日本が非難浴びる国連の慰安婦問題議論

櫻井よしこ



「日本が非難浴びる国連の慰安婦問題議論 資金力活かし道理や公正さ
を説くべきだ」

トランプ米政権が6月19日、国連人権理事会からの脱退を表明した。パレ
スチナ問題でイスラエルに対する偏見の度合いが過ぎているという理由だ。

「朝日新聞」は6月20日夕刊の1面トップで同件を、「また国際協調に背」
という見出しで報じた。パレスチナ対イスラエルの問題に踏み込むつもり
はないが、朝日流の批判だけで済む問題ではないだろう。国連人権理事会
に日本も言いたいことは少なくないはずだ。

クマラスワミ報告はその一例だ。国連人権委員会(国連人権理事会は2006
年に国連人権委員会が改組されてできた)の特別報告者であるクマラスワ
ミ氏は、日本軍は慰安婦を「性奴隷」にし、反抗する女性たちをトラック
で山に運び、池を掘り、毒蛇で一杯にし、女性たちを裸にして池に突き落
として死なせたと報告した。完全な作り話だ。

その2年後、同委員会はマクドゥーガル報告「現代的形態の奴隷制」を承
認したが、クマラスワミ報告に輪をかけた酷い内容だった。慰安所を「レ
イプ・センター」と断じ、「奴隷にされた女性たちの多くは11才から20
才」「厳しい肉体的虐待」で「生き延びた女性はわずか25%」と報告し
た。マクドゥーガル氏も国連人権委員会特別報告者である。

日本人としてこのようないわれのない非難を浴びるのは耐え難い。しか
し、国連での慰安婦問題の議論では、いつも右の両報告が土台になってい
る。結果として日本は屈辱的かつ不条理な非難を浴びることになる。

この他にも昨年は国連人権理事会特別報告者のジョセフ・ケナタッチ氏が
「テロ等準備罪」は表現の自由を不当に制約する悪法だと、日本政府を非
難した。圧倒的多くの国々では日本よりはるかに厳しい法律を備えている
が、彼はそのことには触れない。

同じく特別報告者のデービッド・ケイ氏は慰安婦問題を含む歴史問題の
「解釈」に日本政府が介入し、事実を曲げていると非難した。事実を曲げ
たのは彼ら特別報告者であり、彼らに誤った情報を吹き込む運動家や左翼
系弁護士であり、彼らの活躍の主舞台となっている国連人権理事会である。

こんな状況に日本はどう対処すべきか。埼玉大学名誉教授の長谷川三千子
氏は、国連人権理事会に蔓延する活動家の悪質な言説に学者や研究者は
引っ張られてはならないと訴える。その上で希望は若い世代だと語る。

「たとえば朝日新聞に寄稿したり、旧民主党系政治勢力を支持する若手学
者や研究者の中に、少数ですがイデオロギーよりも事実に基づこうとする
人々がいます。彼らは運動家の言説に引っ張られる人々ではない。迂遠か
もしれませんが、彼らに働きかけたい」

確かに正道だが、時間がかかるだろう。国連人権理事会に度々足を運び
「慰安婦は性奴隷だ」と吹聴してまわる日本人の学者、弁護士、運動家ら
と対決してきた衆議院議員の杉田水脈氏は、より直接的な行動が必要だと
語る。

「日本政府は国連人権理事会への対処を真剣に考えるべきです。人権理事
会の背後で、中国や韓国政府の資金が使われ、反日決議を後押ししている
と感じます。日本人は国連や国際条約の『権威』に弱く、そのまま受け入
れがちです。国際条約ゆえに外国人の日本国土の買収を阻止できないと考
える結果、国土は奪われ続けるのです」

力がある米国は力に任せて脱退もできる。安全保障を米国に頼り、拉致問
題解決にも国連の決議を必要とする日本には、逆立ちしても脱退する力は
ない。国民気質から見てもその道は支持されないだろう。しかし、日本は
高額の資金を国連人権理事会にも国連にも拠出している。その力を使うの
だ。その上で国連はじめ国際社会に、道理や公正さという価値観を説く日
本に、まず、なることだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年6月30日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1237 

2018年07月02日

◆日本が非難浴びる国連の慰安婦問題議論

櫻井よしこ


「日本が非難浴びる国連の慰安婦問題議論 資金力活かし道理や公正さを
説くべきだ」

トランプ米政権が6月19日、国連人権理事会からの脱退を表明した。パレ
スチナ問題でイスラエルに対する偏見の度合いが過ぎているという理由だ。

「朝日新聞」は6月20日夕刊の1面トップで同件を、「また国際協調に背」
という見出しで報じた。パレスチナ対イスラエルの問題に踏み込むつもり
はないが、朝日流の批判だけで済む問題ではないだろう。国連人権理事会
に日本も言いたいことは少なくないはずだ。

クマラスワミ報告はその一例だ。国連人権委員会(国連人権理事会は2006
年に国連人権委員会が改組されてできた)の特別報告者であるクマラスワ
ミ氏は、日本軍は慰安婦を「性奴隷」にし、反抗する女性たちをトラック
で山に運び、池を掘り、毒蛇で一杯にし、女性たちを裸にして池に突き落
として死なせたと報告した。完全な作り話だ。

その2年後、同委員会はマクドゥーガル報告「現代的形態の奴隷制」を承
認したが、クマラスワミ報告に輪をかけた酷い内容だった。慰安所を「レ
イプ・センター」と断じ、「奴隷にされた女性たちの多くは11才から20
才」「厳しい肉体的虐待」で「生き延びた女性はわずか25%」と報告し
た。マクドゥーガル氏も国連人権委員会特別報告者である。

日本人としてこのようないわれのない非難を浴びるのは耐え難い。しか
し、国連での慰安婦問題の議論では、いつも右の両報告が土台になってい
る。結果として日本は屈辱的かつ不条理な非難を浴びることになる。

この他にも昨年は国連人権理事会特別報告者のジョセフ・ケナタッチ氏が
「テロ等準備罪」は表現の自由を不当に制約する悪法だと、日本政府を非
難した。圧倒的多くの国々では日本よりはるかに厳しい法律を備えている
が、彼はそのことには触れない。

同じく特別報告者のデービッド・ケイ氏は慰安婦問題を含む歴史問題の
「解釈」に日本政府が介入し、事実を曲げていると非難した。事実を曲げ
たのは彼ら特別報告者であり、彼らに誤った情報を吹き込む運動家や左翼
系弁護士であり、彼らの活躍の主舞台となっている国連人権理事会である。

こんな状況に日本はどう対処すべきか。埼玉大学名誉教授の長谷川三千子
氏は、国連人権理事会に蔓延する活動家の悪質な言説に学者や研究者は
引っ張られてはならないと訴える。その上で希望は若い世代だと語る。

「たとえば朝日新聞に寄稿したり、旧民主党系政治勢力を支持する若手学
者や研究者の中に、少数ですがイデオロギーよりも事実に基づこうとする
人々がいます。彼らは運動家の言説に引っ張られる人々ではない。迂遠か
もしれませんが、彼らに働きかけたい」

確かに正道だが、時間がかかるだろう。国連人権理事会に度々足を運び
「慰安婦は性奴隷だ」と吹聴してまわる日本人の学者、弁護士、運動家ら
と対決してきた衆議院議員の杉田水脈氏は、より直接的な行動が必要だと
語る。

「日本政府は国連人権理事会への対処を真剣に考えるべきです。人権理事
会の背後で、中国や韓国政府の資金が使われ、反日決議を後押ししている
と感じます。日本人は国連や国際条約の『権威』に弱く、そのまま受け入
れがちです。国際条約ゆえに外国人の日本国土の買収を阻止できないと考
える結果、国土は奪われ続けるのです」

力がある米国は力に任せて脱退もできる。安全保障を米国に頼り、拉致問
題解決にも国連の決議を必要とする日本には、逆立ちしても脱退する力は
ない。国民気質から見てもその道は支持されないだろう。しかし、日本は
高額の資金を国連人権理事会にも国連にも拠出している。その力を使うの
だ。その上で国連はじめ国際社会に、道理や公正さという価値観を説く日
本に、まず、なることだ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年6月30日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1237 

2018年07月01日

◆日本が非難浴びる国連の慰安婦問題議論

櫻井よしこ



「日本が非難浴びる国連の慰安婦問題議論 資金力活かし道理や公正さを
説くべきだ」

トランプ米政権が6月19日、国連人権理事会からの脱退を表明した。パレ
スチナ問題でイスラエルに対する偏見の度合いが過ぎているという理由だ。

「朝日新聞」は6月20日夕刊の1面トップで同件を、「また国際協調に背」
という見出しで報じた。パレスチナ対イスラエルの問題に踏み込むつもり
はないが、朝日流の批判だけで済む問題ではないだろう。国連人権理事会
に日本も言いたいことは少なくないはずだ。

クマラスワミ報告はその一例だ。国連人権委員会(国連人権理事会は2006
年に国連人権委員会が改組されてできた)の特別報告者であるクマラスワ
ミ氏は、日本軍は慰安婦を「性奴隷」にし、反抗する女性たちをトラック
で山に運び、池を掘り、毒蛇で一杯にし、女性たちを裸にして池に突き落
として死なせたと報告した。完全な作り話だ。

その2年後、同委員会はマクドゥーガル報告「現代的形態の奴隷制」を承
認したが、クマラスワミ報告に輪をかけた酷い内容だった。慰安所を「レ
イプ・センター」と断じ、「奴隷にされた女性たちの多くは11才から20
才」「厳しい肉体的虐待」で「生き延びた女性はわずか25%」と報告し
た。マクドゥーガル氏も国連人権委員会特別報告者である。

日本人としてこのようないわれのない非難を浴びるのは耐え難い。しか
し、国連での慰安婦問題の議論では、いつも右の両報告が土台になってい
る。結果として日本は屈辱的かつ不条理な非難を浴びることになる。

この他にも昨年は国連人権理事会特別報告者のジョセフ・ケナタッチ氏が
「テロ等準備罪」は表現の自由を不当に制約する悪法だと、日本政府を非
難した。圧倒的多くの国々では日本よりはるかに厳しい法律を備えている
が、彼はそのことには触れない。

同じく特別報告者のデービッド・ケイ氏は慰安婦問題を含む歴史問題の
「解釈」に日本政府が介入し、事実を曲げていると非難した。事実を曲げ
たのは彼ら特別報告者であり、彼らに誤った情報を吹き込む運動家や左翼
系弁護士であり、彼らの活躍の主舞台となっている国連人権理事会である。

こんな状況に日本はどう対処すべきか。埼玉大学名誉教授の長谷川三千子
氏は、国連人権理事会に蔓延する活動家の悪質な言説に学者や研究者は
引っ張られてはならないと訴える。その上で希望は若い世代だと語る。

「たとえば朝日新聞に寄稿したり、旧民主党系政治勢力を支持する若手学
者や研究者の中に、少数ですがイデオロギーよりも事実に基づこうとする
人々がいます。彼らは運動家の言説に引っ張られる人々ではない。迂遠か
もしれませんが、彼らに働きかけたい」

確かに正道だが、時間がかかるだろう。国連人権理事会に度々足を運び
「慰安婦は性奴隷だ」と吹聴してまわる日本人の学者、弁護士、運動家ら
と対決してきた衆議院議員の杉田水脈氏は、より直接的な行動が必要だと
語る。

「日本政府は国連人権理事会への対処を真剣に考えるべきです。人権理事
会の背後で、中国や韓国政府の資金が使われ、反日決議を後押ししている
と感じます。日本人は国連や国際条約の『権威』に弱く、そのまま受け入
れがちです。国際条約ゆえに外国人の日本国土の買収を阻止できないと考
える結果、国土は奪われ続けるのです」

力がある米国は力に任せて脱退もできる。安全保障を米国に頼り、拉致問
題解決にも国連の決議を必要とする日本には、逆立ちしても脱退する力は
ない。国民気質から見てもその道は支持されないだろう。しかし、日本は
高額の資金を国連人権理事会にも国連にも拠出している。その力を使うの
だ。その上で国連はじめ国際社会に、道理や公正さという価値観を説く日
本に、まず、なることだ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年6月30日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1237

2018年06月30日

◆極東情勢大転換、日本の正念場だ 

櫻井よしこ


全世界が注目した6月12日の米朝首脳会談の共同声明を読んで、つい、
「耐震偽装」という言葉を思い出した。スカスカで強度が足りない。「北
朝鮮の完全非核化」を達成させるといっても、そこに至る具体的取り決め
が盛り込まれていない、これで大丈夫かと、疑問を抱く。 

共同声明には、「完全で検証可能、不可逆的な核の廃棄」(CVID)と
いう言葉はない。「北朝鮮の非核化」もない。代わりに「朝鮮半島の非核
化」が3度繰り返されている。

朝鮮半島の非核化は、北朝鮮が非核化を達成する前提として、韓国が米国
の核の傘から外れることを想定するものだ。つまり、米韓同盟の解消が前
提で、中国や北朝鮮が長年主張してきたことに他ならない。

韓国は長年、米韓同盟によって守られてきた。歴代政権も同盟を重視して
きた。だが、文在寅大統領の下の、今日の韓国は必ずしもそうではない。
韓国は驚く程大きな政治的変化を遂げてしまったのである。

米朝首脳会談という史上初の派手な出来事の陰に隠れて、韓国では6月13
日に統一地方選挙が行われた。米朝会談の翌日に行われたこの選挙につい
て、なぜか日本では殆ど報道されていないが、文大統領の与党で左翼政党
の「共に民主党」が圧勝した。文氏は昨年、経験も不十分な左翼の判事を
いきなり大法院(最高裁)長官に抜擢した。新長官は前長官の「非合法な
行為」をあげつらい、前長官を刑事告訴しようとして、他の判事と対立中
である。

統一日報論説主幹の洪熒(ホンヒョン)氏は、「司法の左傾化が決定的に
なるかもしれず、熾烈な戦いが進行中です」と語る。

韓国では左派勢力が、文大統領と共に行政府を握った。マスコミ界、教育
界も親北朝鮮の左派勢力が席巻している。いま、議会(立法府)が左翼勢
力に席巻され、司法も危ういのだ。結果として韓国は本当に別の国のよう
になりつつある。このことを、日本人はもっとはっきり認識しておくのが
よい。

「戦争ゲーム」

そもそも、6月13日の選挙前日に米朝首脳会談が設定されたのはなぜか。
韓国では文氏と朝鮮労働党委員長の金正恩氏が共謀したという見方が濃厚
だ。事実、選挙前日に行われた米朝首脳会談の効果は絶大だった。米朝会
談への流れを作ったのは文氏だと喧伝され、支持率は70%を超え、決定的
な追い風となった。こうして文氏の左翼政党が圧勝し、正恩氏に批判的な
保守勢力は潰滅的敗北を喫して力を失った。韓国の保守論壇の中心人物と
もいえる趙甲濟(チョガプジェ)氏は「韓国は国家自殺の道を進んでい
る」と警告した。

権力基盤を固めた文氏は、かねてより掲げていた南北朝鮮の連邦政府樹立
をはじめとする対北宥和策を加速させるだろう。米韓同盟の後退もしくは
破棄は、中朝両国のみならず、文氏をはじめとする韓国左派勢力が長年渇
望してきたことだ。無論、ロシアも大歓迎であろう。

こうした状況を知ってか知らずか、米朝首脳会談直後の記者会見でトラン
プ大統領は、米韓合同軍事演習を「戦争ゲーム」と呼んで、中止を示唆し
たのである。中止の理由は、「恐ろしく金がかかる」「(軍事演習は)挑
発的だ」からだそうだ。グアムからB─1B爆撃機を北朝鮮上空付近まで飛
行させた件についても、トランプ氏は「6時間半の飛行だ。非常に金がか
かる」と批判した。

安全保障戦略や軍事行動のひとつひとつを「金勘定」を基準に評価するの
では、北朝鮮の背後に構える中国に最初から白旗を掲げるようなものだ。
米韓合同軍事演習の中止について、日本政府中枢の安全保障問題の専門家
はこう述べた。

「米国でも専門家は皆、馬鹿げた考えだと言っています」

だが、米大統領の言葉は非常に重い。合同軍事演習は、「北朝鮮が真摯に
非核化に向けての話し合いを続けている限り」との条件つきながら中止す
ることになってしまった。

シンガポールでの6月12日の記者会見で、トランプ氏はさらに在韓米軍撤
退の可能性にまで触れた。米朝首脳会談とは別に、在韓米軍3万2000人を
家に戻すことは大統領選挙のときの自分の公約だと強調したのである。

トランプ氏の国家安全保障問題担当大統領補佐官、ボルトン氏は別の意味
で在韓米軍の撤退を前向きにとらえている。米軍を日本や台湾に移すこと
で、米兵が朝鮮半島で人質にとられている現状を変えられるというのが理
由のひとつだと、氏は説明している。

また、米国内には、朝鮮半島よりも台湾にコミットすべきだとの見方が生
まれている。台湾を中国に奪われれば南シナ海はほぼ完全に中国の海に
なってしまう。戦略的に台湾の重要性は韓国のそれを上回るという分析
だ。その考えに従えば、釜山に戦略的拠点さえ確保できれば、米軍は朝鮮
半島から引き揚げてもよいことになる。

国民を守る

無論、米国内にも反対論は根強い。それでもトランプ氏が決意すれば、日
米中露南北朝鮮の6か国の中で、明確に米軍引き揚げに反対するのは、日
本だけになりそうな状況だ。

朝鮮半島からの米軍の引き揚げは、間違いなく極東情勢を一変させずには
おかない。その場合、日本の姿はどうなるか。米軍の核の傘から韓国が脱
け出し、残るのはわが国だけになる。このような国の在り方でよいのか
と、私たちは問うべきだ。

安倍首相は、いまやトランプ氏以下米国政府が掲げるインド・太平洋戦略
を提起した首脳である。トランプ氏が突然拒否した環太平洋パートナー
シップ協定(TPP)を米国抜きで取りまとめ、欧州連合(EU)との
EPAもまとめ上げた。国連安全保障理事会で北朝鮮に対する制裁決議を
採択に導いたのも、安倍首相だ。

日本が掲げる価値観は、国際社会に遍(あまね)く通用する普遍的価値観
であることを確信して、世界の秩序構築に貢献してきた。日本の進むべき
道筋をきちんと押さえた外交・安保戦略を提示してきた。

だが、それでも、拉致問題は解決されていない。日本国は40年以上も国民
を救出し得ていないのである。どれほど立派な提言ができても、国民を守
るという国家の基本的責務を果たし得ないのでは、日本は国家として立つ
瀬がない。

トランプ大統領は拉致問題交渉のとば口まで、道をつけてくれた。今後の
ことは、韓国からの米軍撤退も含めて何があっても不思議ではない。米朝
交渉で米国が劣勢に立つこともあり得る。極東情勢は大転換してしまった
のだ。そのことを覚悟して、日本が力を発揮して拉致被害者を取り戻すに
は、迂遠かもしれないが憲法改正を含めて力の外交もできる国にならなけ
ればならない。

『週刊新潮』 2018年6月28日号 日本ルネッサンス 第808回

2018年06月29日

◆極東情勢大転換、日本の正念場だ

櫻井よしこ


全世界が注目した6月12日の米朝首脳会談の共同声明を読んで、つい、
「耐震偽装」という言葉を思い出した。スカスカで強度が足りない。「北
朝鮮の完全非核化」を達成させるといっても、そこに至る具体的取り決め
が盛り込まれていない、これで大丈夫かと、疑問を抱く。 

共同声明には、「完全で検証可能、不可逆的な核の廃棄」(CVID)と
いう言葉はない。「北朝鮮の非核化」もない。代わりに「朝鮮半島の非核
化」が3度繰り返されている。

朝鮮半島の非核化は、北朝鮮が非核化を達成する前提として、韓国が米国
の核の傘から外れることを想定するものだ。つまり、米韓同盟の解消が前
提で、中国や北朝鮮が長年主張してきたことに他ならない。

韓国は長年、米韓同盟によって守られてきた。歴代政権も同盟を重視して
きた。だが、文在寅大統領の下の、今日の韓国は必ずしもそうではない。
韓国は驚く程大きな政治的変化を遂げてしまったのである。

米朝首脳会談という史上初の派手な出来事の陰に隠れて、韓国では6月13
日に統一地方選挙が行われた。米朝会談の翌日に行われたこの選挙につい
て、なぜか日本では殆ど報道されていないが、文大統領の与党で左翼政党
の「共に民主党」が圧勝した。

文氏は昨年、経験も不十分な左翼の判事をいきなり大法院(最高裁)長官
に抜擢した。新長官は前長官の「非合法な行為」をあげつらい、前長官を
刑事告訴しようとして、他の判事と対立中である。

統一日報論説主幹の洪熒(ホンヒョン)氏は、「司法の左傾化が決定的に
なるかもしれず、熾烈な戦いが進行中です」と語る。

韓国では左派勢力が、文大統領と共に行政府を握った。マスコミ界、教育
界も親北朝鮮の左派勢力が席巻している。いま、議会(立法府)が左翼勢
力に席巻され、司法も危ういのだ。結果として韓国は本当に別の国のよう
になりつつある。このことを、日本人はもっとはっきり認識しておくのが
よい。

「戦争ゲーム」

そもそも、6月13日の選挙前日に米朝首脳会談が設定されたのはなぜか。
韓国では文氏と朝鮮労働党委員長の金正恩氏が共謀したという見方が濃厚
だ。事実、選挙前日に行われた米朝首脳会談の効果は絶大だった。

米朝会談への流れを作ったのは文氏だと喧伝され、支持率は70%を超え、
決定的な追い風となった。こうして文氏の左翼政党が圧勝し、正恩氏に批
判的な保守勢力は潰滅的敗北を喫して力を失った。韓国の保守論壇の中心
人物ともいえる趙甲濟(チョガプジェ)氏は「韓国は国家自殺の道を進ん
でいる」と警告した。

権力基盤を固めた文氏は、かねてより掲げていた南北朝鮮の連邦政府樹立
をはじめとする対北宥和策を加速させるだろう。米韓同盟の後退もしくは
破棄は、中朝両国のみならず、文氏をはじめとする韓国左派勢力が長年渇
望してきたことだ。無論、ロシアも大歓迎であろう。

こうした状況を知ってか知らずか、米朝首脳会談直後の記者会見でトラン
プ大統領は、米韓合同軍事演習を「戦争ゲーム」と呼んで、中止を示唆し
たのである。中止の理由は、「恐ろしく金がかかる」「(軍事演習は)挑
発的だ」からだそうだ。グアムからB─1B爆撃機を北朝鮮上空付近まで飛
行させた件についても、トランプ氏は「6時間半の飛行だ。非常に金がか
かる」と批判した。

安全保障戦略や軍事行動のひとつひとつを「金勘定」を基準に評価するの
では、北朝鮮の背後に構える中国に最初から白旗を掲げるようなものだ。
米韓合同軍事演習の中止について、日本政府中枢の安全保障問題の専門家
はこう述べた。

「米国でも専門家は皆、馬鹿げた考えだと言っています」

だが、米大統領の言葉は非常に重い。合同軍事演習は、「北朝鮮が真摯に
非核化に向けての話し合いを続けている限り」との条件つきながら中止す
ることになってしまった。

シンガポールでの6月12日の記者会見で、トランプ氏はさらに在韓米軍撤
退の可能性にまで触れた。米朝首脳会談とは別に、在韓米軍3万2000人を
家に戻すことは大統領選挙のときの自分の公約だと強調したのである。

トランプ氏の国家安全保障問題担当大統領補佐官、ボルトン氏は別の意味
で在韓米軍の撤退を前向きにとらえている。米軍を日本や台湾に移すこと
で、米兵が朝鮮半島で人質にとられている現状を変えられるというのが理
由のひとつだと、氏は説明している。

また、米国内には、朝鮮半島よりも台湾にコミットすべきだとの見方が生
まれている。台湾を中国に奪われれば南シナ海はほぼ完全に中国の海に
なってしまう。戦略的に台湾の重要性は韓国のそれを上回るという分析
だ。その考えに従えば、釜山に戦略的拠点さえ確保できれば、米軍は朝鮮
半島から引き揚げてもよいことになる。

国民を守る

無論、米国内にも反対論は根強い。それでもトランプ氏が決意すれば、日
米中露南北朝鮮の6か国の中で、明確に米軍引き揚げに反対するのは、日
本だけになりそうな状況だ。

朝鮮半島からの米軍の引き揚げは、間違いなく極東情勢を一変させずには
おかない。その場合、日本の姿はどうなるか。米軍の核の傘から韓国が脱
け出し、残るのはわが国だけになる。このような国の在り方でよいのか
と、私たちは問うべきだ。

安倍首相は、いまやトランプ氏以下米国政府が掲げるインド・太平洋戦略
を提起した首脳である。トランプ氏が突然拒否した環太平洋パートナー
シップ協定(TPP)を米国抜きで取りまとめ、欧州連合(EU)との
EPAもまとめ上げた。国連安全保障理事会で北朝鮮に対する制裁決議を
採択に導いたのも、安倍首相だ。

日本が掲げる価値観は、国際社会に遍(あまね)く通用する普遍的価値観
であることを確信して、世界の秩序構築に貢献してきた。日本の進むべき
道筋をきちんと押さえた外交・安保戦略を提示してきた。

だが、それでも、拉致問題は解決されていない。日本国は40年以上も国民
を救出し得ていないのである。どれほど立派な提言ができても、国民を守
るという国家の基本的責務を果たし得ないのでは、日本は国家として立つ
瀬がない。

トランプ大統領は拉致問題交渉のとば口まで、道をつけてくれた。今後の
ことは、韓国からの米軍撤退も含めて何があっても不思議ではない。米朝
交渉で米国が劣勢に立つこともあり得る。極東情勢は大転換してしまった
のだ。そのことを覚悟して、日本が力を発揮して拉致被害者を取り戻すに
は、迂遠かもしれないが憲法改正を含めて力の外交もできる国にならなけ
ればならない。
『週刊新潮』 2018年6月28日号 日本ルネッサンス 第808回

2018年06月28日

◆米国の真の相手は、北を支える中国だ

櫻井よしこ


世界の安全保障問題専門家が集うアジア安全保障会議では、今年もまた中
国への物言いが際立った。シンガポールでの3日間の会議で、6月1日、基
調講演に立ったのはインドのナレンドラ・モディ首相である。

モディ氏はインド・太平洋の在り様が世界の運命を定める重要な要素だと
し、「大洋が開かれているとき海の安全が保たれ、国々は結ばれ、法治が
ゆきわたり、地域は安定し、国家は大小を問わず主権国として栄える」
と、謳った。

どこから聞いても、南シナ海のほぼすべてが自国領だと主張し、第1及び
第2列島線で米国の進入を防ぎ、インド・西太平洋に君臨しようとする中
華大帝国思想への批判である。インドは「東に向かえ」政策(Act East
Policy)の下で、日、米、豪を筆頭にASEAN諸国やロシアを含めた大
同団結で、平和で繁栄するインド・太平洋圏を構築すると語った。

翌日は、ジェームズ・マティス米国防長官が演説した。小野寺五典防衛相
のマティス氏の人物評は、「極めて物静か、人の話に耳を傾ける、控えめ
に話す」である。そのとおりに、マティス氏は冷静な口調ながら、冒頭か
ら鮮やかに切り込んだ。

「私にとって2回目の参加です。専門家が集い、自由で開かれた海として
のインド・太平洋の重要性を共通の認識とする最高の機会です」

「昨年は主として耳を傾けました。今日、私はトランプ政権のインド・太
平洋戦略を共有してもらうために来ました」

無駄な修飾語のひとつもなく、事柄の核心だけを淡々と述べる。それは自
ずと中国への批判となった。

「米国は台湾との協調関係を誠実に守ります。台湾関係法に基づいて台湾
の自主防衛に必要で十分な防衛品を供給し、助力、協力します。如何なる
一方的な現状変更にも反対し、(台湾海峡の)両岸の人々の意思が尊重さ
れなければならないと主張します」

習主席が語った言葉

台湾に対する中国の一方的手出しは看過しないと言明した、この突出した
台湾擁護には、実は背景がある。トランプ大統領は昨年12月、6920億ドル
(約79兆円)の軍事予算を定めた国防権限法案に署名し、台湾への手厚い
対策を実現しようとした。

高雄を含む複数の港に米海軍を定期的に寄港させ、台湾海軍も米国の港に
定期的に寄港することを許可し、台湾の自主潜水艦建造、機雷製造など水
中戦力の開発を技術的、経済的に支えようとした。

ところが中国が猛烈な巻き返しに出た。米議会への中国のロビー活動は凄
まじく、法案は事実上骨抜きにされた。だがトランプ氏も国防総省も引っ
込みはしない。トランプ氏はすでに台湾の潜水艦の自主建造に必要な部品
の輸出の商談を許可し、シンガポールではマティス長官が前述の台湾擁護
の演説をしたのである。

マティス氏は「南シナ海における中国の政策は我々の『開かれた海』戦略
に真っ向から対立する。中国の戦略目標を疑わざるを得ない」と語り、
「南シナ海の軍事化で対艦ミサイル、対地・対空ミサイルが配備され、電
波妨害装置が導入され、ウッディー島には爆撃機が離着陸した。恫喝と強
制だ。ホワイトハウスのローズガーデンで2015年に(南シナ海人工島は軍
事使用しないと)習(近平)主席が語った言葉と矛盾する。

こうした理由ゆえに我々は先週、環太平洋合同軍事演習(リムパック)へ
の中国の招待を取りやめた」と、説明したのである。

軍人出身らしい無駄のない極めて短い表現で、事実のみを淡々と披露した
マティス氏に、例の如く中国側は激しく反論した。

今回の会議に中国代表として参加していた人民解放軍軍事科学院副院長の
何雷(ホーレイ)中将は「米軍の航行の自由作戦こそ、南シナ海の軍事化
だ」と反論した。他方、中国外交部は、マティス発言以前に華春瑩(ファ
チュンイン)報道官が米国の南シナ海に関する発言に対して「盗人猛々し
い狡猾さ」だと口汚い非難を展開済みだ。

決して自分の非を認めず必ず他国のせいにするのが中国だが、彼らは昨年
から、大物をアジア安全保障会議に派遣しなくなったと、「国家基本問題
研究所」研究員、太田文雄氏が指摘する。現に今年の代表の階級は中将だ。

「ここ数年、シンガポールに行く度に彼らは国際社会から総スカンを食
らってきました。国際社会の中枢勢力と折り合うのを諦めて、独自の道を
模索し始めたのではないでしょうか。それが香山フォーラムです」

トランプ大統領は大丈夫か

香山フォーラムは06年の創設である。米国、日本、インド、NATO諸国
など、自由と法治を尊ぶ国々の価値観に基づく安全保障論は、どこまで
いっても中国のそれとは折り合わない。そこで、中国が影響力を及ぼし得
る国々を集めて軍事の世界を仕切ろうという意図が見える。

中国はアジア安全保障会議に取って代る、中国主導の安全保障会議を創り
出したいのである。彼らは64か国が集まったと喧伝する。アジアインフラ
投資銀行(AIIB)や一帯一路(OBOR)構想には中国マネーに魅き
つけられて多くの国が参加した。しかし中国の軍事力やその安全保障政策
に魅きつけられる国々は、現時点では多くなく、影響力も小さい。

ただ、中国の意図を過小評価してはならないと思う。彼らはハーグの国際
司法裁判所の中国版の創設も目指している。金融、経済、軍事、司法など
の全ての分野において中国式のルールを打ち立て、それによって世界を支
配しようと考えているのは明らかだ。

まさに価値観の闘いに、中国は本気で挑んでいるのである。そのことに私
たちは気づかなければならない。米国は、少なくとも国防総省や通商代表
部などの行政組織、それに立法府である議会、とりわけ上院は十分に気づ
いているはずだ。

だからこそ、米国と台湾の要人の往来を自由にする台湾旅行法を、上院は
党派を超えて全会一致で支持したのではないか。地政学上、台湾擁護は南
シナ海の安定に直結する。インド・太平洋を開かれた海として維持するに
は台湾を死守しなければならないという認識であろう。

米中の価値観は全く異なる。対立の根は深い。その中で北朝鮮問題に関し
てトランプ大統領の姿勢は大丈夫か。トランプ氏は、中国が北朝鮮を支え
始めてから金正恩朝鮮労働党委員長が変化したと批判した。

中国の支援があるからこそ、北朝鮮は朝鮮半島の非核化とは言っても、
「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄」(CVID)とは決して言わない。

北朝鮮の路線に乗る限り、トランプ氏の交渉はそれ以前の政権と同じく失
敗に終わるだろう。トランプ氏はその元凶の中国にこそ厳しく対峙しなけ
ればならないのである。

『週刊新潮』 2018年6月14日号 日本ルネッサンス 第806回