2021年03月03日

◆日本は価値観共有で危機を乗り越えよ

櫻井よしこ


朝鮮半島情勢に詳しい韓国観察者の鈴置高史氏が興味深いことを語ってい
た。2月4日に行われたバイデン・文在寅両首脳による電話会談について、
青瓦台(大統領府)が3種類の情報を出していたというのだ。

「米韓会談直後の発表では青瓦台は両国の海上協力については全く触れて
いません。つまり、米国は韓国を北朝鮮との関係における協力相手とのみ
見做していたという意味です。しかし間もなく発表された2回目の情報
は、米韓は北東アジア地域での協力で合意したという内容でした。3回目
の発表では両国は朝鮮半島を超えてインド・太平洋において協力するとさ
れました」

日本は韓国より1週間も前にバイデン氏との首脳会談を済ませており、米
国とインド・太平洋における協力体制推進で合意していた。にも拘わら
ず、米国は韓国に日豪並みの協力を求めなかった。如何にも韓国が軽く見
られているとの思いを文氏及び韓国政府が抱いたのであろう。その結果、
次々に発表内容を変えたと見られるのだ。

この首脳会談以前に米国政府が示した朝鮮半島政策は、一言でいえばかな
り関心が薄いものだった。

ブリンケン国務長官は、1月27日、長官就任後初の記者会見では北朝鮮問
題に全く触れなかった。国家安全保障問題担当大統領補佐官のサリバン氏
も1月29日、日米豪印による集団安全保障協議体(クアッド)の会議で4か
国の協力体制強化を謳いながら朝鮮半島に全く触れなかった。こうした事
情の中、文氏は米韓関係を米国も重視しているとの印象を与えたかったと
思われる。

文大統領はバイデン氏との会談前の1月26日、中国の習近平主席との電話
会談に応じたが、文氏のメッセージは一貫性を欠き、言動も一致していな
い。習氏との会談では、習氏が「(朝鮮半島)非核化の実現は(両国の)
共通の利益になる」「中国は(非核化への取り組みを)積極的に支持す
る」と述べ、文氏は習氏の積極的な支援を歓迎したという。

秘密ファイル

北朝鮮の非核化は中韓のみならず日米両国も強く望むところだ。その共通
の目的に向かって、1994年の米朝枠組み合意に基づいた「朝鮮半島エネル
ギー開発機構」(KEDO)への協力に始まり、六か国協議は2008年まで
繰り返し北朝鮮への支援を実施した。だが、肝心の韓国、文氏の側に裏切
り工作の疑惑が浮上したのだ。

1月28日、韓国SBSテレビが文政権による北朝鮮への原発支援計画を示
す秘密ファイルについて報じた。『産経新聞』の久保田るり子氏が2月7日
の「朝鮮半島ウォッチ」で詳報したが、それによると、検察捜査で、産業
通商資源省の「60pohjois」と記されたフォルダから多数の秘密ファイル
が発見された。pohjoisはフィンランド語で「北」を意味する。ファイル
作成は2018年5月だった。

周知のように同年4月27日、文氏は北朝鮮の金正恩委員長(現在は総書
記)との初会談を行った。そのとき文氏は、自らの経済発展構想や南北共
同プロジェクトの概要をおさめたUSBメモリーを金氏に渡したことが知
られている。また世界が注目する中、二人は屋外で44分間も話し込んだ。
その映像を読唇術で解読した結果、「発電所」「原子力」という言葉が読
みとれたと報じられた。

久保田氏は、秘密ファイルには韓国の北朝鮮エネルギー支援として3案が
示されていたと指摘する。➀KEDOが軽水炉建設を進めた場所に原発を
建設する、➁非武装地帯(DMZ)に建設する、➂建設中止となっている韓
国の原発、新ハヌル3・4号機を完成させて北朝鮮に送電する、である。

事実なら、朝鮮半島の非核化で中国及び米国と協力するという文氏の公式
立場は全面的に虚偽になる。国連安保理の対北制裁、米韓原子力協定にも
違反する裏切りである。

文政権は即、秘密ファイルへの関与を全面否定したが、このような重要な
意味を持つ国家プロジェクトを、役所が単独で描けるとは思えず、疑惑は
深まっている。

文氏との連携は確かではないが、金氏は今年1月5日開始の労働党大会で、
突然、「新たな原子力潜水艦の設計研究が終わり、最終審査段階にある」
と発表した。また、水中発射の核戦略兵器保有を目標として設定したとも
語った。

遡ること約1年、19年12月末の労働党中央委員会では、金氏は「世界はわ
が共和国の保有する新たな戦略兵器を目撃することになる」と予告してい
た。北朝鮮の大胆な核戦略への支援に文政権が前向きなのではないかとの
疑惑は拭えない。

革命の国

文氏は大統領就任直後から顕著な民族優先主義を唱えてきた。氏の朝鮮半
島の未来図の基本となるのが民族主義である。『反日種族主義との闘争』
(文藝春秋)の著者、李栄薫元ソウル大学経済学部教授は、文氏の信奉す
る民族主義は北朝鮮を民族・民主革命を遂行したとして高く評価するとこ
ろから始まるものだと語る。

文氏が人生の師と仰いだ盧武鉉元大統領は、左翼革命思想家たちのバイブ
ル、『解放前後史の認識』という6冊のシリーズ本の思想の申し子だ。

彼らの精神世界では、中国は人本主義に溢れる革命の国で、将来、米国に
代わって世界をリードする先進文明の国と位置づけられている。北朝鮮
は、物質的には苦しくとも精神的には豊かな国で、韓国の物質と北朝鮮の
精神を統合すれば、日本など一気に追い抜ける強国となるとする。

これが、文氏が政権発足直後から幾度か口にしてきた、南北間の低い段階
から始める連邦政府なのである。それが民族統一、平和統一の第一歩だ
と、文氏が考えているのは確かだろう。

この考えを突き詰めると、世界に君臨すべき大国は、米国ではなく中国と
なる。文氏の韓国は、最終ゴールとして中国が世界の中心に立つ中華帝国
の一員を目指していると見るべきだろう。

この文政権とどう向き合うか。米国の朝鮮半島への関心が希薄であること
は先述した。対照的に中国はじっと狙いを定めて、完全掌握の機を窺って
いる。

日本に出来ることは、まず、韓国が中国に引き寄せられる状況に備え、あ
らゆる意味で日本の力を強化することだ。その先に、クアッドの体制強化
の必要性を関係国に説き、参加意欲を見せる英国を急ぎ招き入れるべき
だ。英国にはTPPへの道も急ぎ開くのがよい。次に韓国内で広がる反文
在寅の国民運動と連携し、1年と3か月後に迫った政権交代でより親日的、
親米的政権が生まれる方向へ、全ての努力を傾注するのがよい。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 日本は価値観共有で危機を乗り越えよ 」

       

2021年02月27日

◆米政権、危うい教条的正しさ

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2021年2月18日号
日本ルネッサンス 第938回

バイデン政権発足から約3週間、彼らが何を目指しているのかが、ようや
く少し見えてきた。2月5日の「言論テレビ」でジャーナリストの木村太郎
氏が指摘した。

「バイデン政権の閣僚に極左は入っていませんが、強く左に傾くと確信し
たのが1月26日のスーザン・ライス氏の声明です。彼女の『人種公正構
想』(Racial Equity Initiative)で、そう思いました」

ライス氏は国内政策会議委員長として国内政治の全てに口出しできる。彼
女は会見で、連邦政府全省が米国の全家族に対する「公正な扱い」を政策
の基本に置かなければならないと語ったのである。

鍵になるのがこの「公正」という言葉だ。英語ではequityである。equity
の説明は後述するとして、彼女はこう述べた。

「バイデン大統領も、公正さを高めることが(連邦政府職員)全員の仕事
だと仰った。私の主張にはホワイトハウスと全省の支持がある」「この挑
戦は私にとって個人的な挑戦でもある」と述べて、彼女は「私はジャマイ
カ移民と奴隷の子孫であり、祖父母、両親、そして私自身、アメリカン・
ドリームの恩恵を受けてきた」とも語った。

だが、いま、経済・司法・社会機構における制度的人種差別と不平等が多
くの米国人をアメリカン・ドリームから遠ざけていると言うのだ。

ライス氏は、「コロナウイルス禍で食べるものに事欠く黒人とヒスパニッ
クの家族は白人家族に較べて2倍も多い」「コロナウイルスによる同様の
比較では死亡率は2.8倍だ」と指摘する。米国の全ての人種が公正に扱わ
れることで経済は活性化し、5年間で雇用は600万人、経済効果は5兆ドル
に及び、しかしながら過去20年間は人種的不公正ゆえに米国は16兆ドルも
失ったと強調した。

ライス演説と同じ日に、バイデン大統領は大統領令、“人種公正法”に署名
した。ここでもキーワードはequityだ。木村氏は「エクイティ」こそ、民
主党を特徴づけていると喝破した。

「言葉狩り」改革

「ライス氏はequity(公平、平等)を強調して、これを全ての政策の根幹
に据える、全省庁の政策がそれに沿っているか、モニターしますと言いま
した。equityに似ているものにequalityがあります。これは人間は生まれ
ながらにして全て平等だという意味で、アメリカの独立宣言の精神です。
でも独立宣言にはequityとは書いていない。equityは結果平等という意味
です」

ライス氏の主張に沿えば、「黒人は不平等に扱われているのだから、最終
的にそれを是正して人工的に平等にすべきだ」ということになる。それが
equityなのである。

ライス氏は民主党政治の根幹にこの「結果平等」を置く。対して2月3日の
「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙で、著名なコラムニ
ストのジェイソン・ライリー氏が次のように反論した。

「ミルトン・フリードマンは、もし社会が自由よりも平等を優先すれば、
その社会は自由も平等も実現できないだろう。反対に平等よりも自由を優
先すれば、両方をより良く実現できるだろう、と語っている」

ライリー氏はさらに、バイデン大統領やライス氏が批判するトランプ前大
統領の施策についてこう書いた。

「コロナウイルス襲来の前、トランプ政権下における黒人やヒスパニック
の貧困率及び失業率は記録的に低かった」「歴史に学べば黒人が政府に求
めるのは(自由な生き方の)邪魔をしないでくれということだ」

ライリー氏は多くの具体例をあげて、バイデン政権の推進する結果平等の
施策が黒人たちの成功を妨げていると説く。ちなみに氏は『我々への援助
を停止せよ リベラル派が黒人の成功を妨げる』などの著者で、黒人である。

人種平等を目指すバイデン政権の理想は無論、高く評価すべきだ。他方、
結果平等政策は真に自由な才能の発露を妨げ、世の中を歪めてしまいかね
ないと危惧する。木村氏が語った。

「ライス発言は早速、東部の名門、イェール大学に波及しました。イェー
ルはかつて人種的バランスを考えて入学者の割当制を実行していた。トラ
ンプ政権は逆差別だとして訴えていたが、バイデン政権になって司法省は
その訴えを取り下げました」

民主党政権の米国は、結果平等志向を強めていくのであろう。そういえば
もう一点、注目すべきことがあった。1月4日、ナンシー・ペロシ下院議長
が率いる下院の規則として、性差に関わる言葉の使用を禁止する、「言葉
狩り」改革を決定したことだ。

たとえば、お母さん、お父さん、お姉さん、お兄さん、息子、娘などの替
わりに親、子供などとしなければならないそうだ。他国のことなのに余計
なお節介かもしれないが、語彙の豊富さは感受性の豊かさや深さと密につ
ながっている。多様な言葉をこのように選別してふるい落とすことには賛
成できない。

ミャンマーが中国に近づく

バイデン政権は正しさを求めることで、教条的かつ硬直的になるのではな
いか。それが外交に反映されるとどうなるだろうか。ミャンマーを事例に
考えてみよう。

2月1日に軍事クーデターが起こりアウンサン・スーチー氏らが自由を奪わ
れた。ミャンマーは中国にとって戦略上、地政学的に極めて重要だ。ミャ
ンマーを押さえれば雲南からベンガル湾にパイプラインを通し、中東の油
を南シナ海を経由せずに中国に輸入できる。米国にとって、ミャンマーが
中国陣営に取り込まれることはインド・太平洋、南シナ海戦略上、どうし
ても避けたい。

2011年にヒラリー・クリントン国務長官(当時)がミャンマーを訪れ、
スーチー氏と歴史的会談を行った。翌年、オバマ氏が現役米大統領として
初めてミャンマーを訪れた。米国との接近の中で、ミャンマーは中国と合
意していた巨大なミッソンダムの建設を中止した。

その間中国は忍耐強く、ミャンマー政府要人、とりわけスーチー氏の支持
基盤である「国民民主連盟」(NLD)の幹部らを、全額、中国持ちで招
き続けた。その回数は1000回を超えると言われている。そうした中で、イ
スラム教徒のロヒンギャの人々への弾圧が始まった。米国とスーチー氏と
の関係は冷え込み、バイデン政権を試すかのように軍事クーデターが発生
した。

ブリンケン国務長官は早速、厳しい制裁措置を取る姿勢を打ち出した。問
題は、米国が厳しく対処すればミャンマーが一層中国に近づいてしまうこ
とだ。それだけは避けるべきだ。

政治は「正しさ」だけで目的を達成することはできない。中国を相手にし
たたかに立ち回り、ミャンマーをこちらの陣営に引き留められるか。「正
しさ」の旗を掲げるバイデン政権を懸念せざるを得ない。


2021年02月23日

◆見えてこない米国のインド太平洋戦略

櫻井 よしこ


トランプ、バイデン新旧米政権の国家安全保障問題担当大統領補佐官が、
党派を超えて対中政策で幅広く合意した。ジェイク・サリバン新大統領補
佐官は、正式に日米豪印4か国が構成する「自由で開かれたインド・太平
洋戦略」の軍事的枠組み(クアッド)が、米国の国防政策の基本であると
認めた。また、いくつかの前提を置いたうえでのことだが、ウイグル人、
香港、台湾への好戦的な恐喝に対して、米国は中国に対価を払わせる、そ
の準備を進めていることを、明確かつ継続的に伝えるとも語った。

一連の発言は1月29日に、米シンクタンク「米国平和研究所」のオンライ
ン対話でロバート・オブライエン前大統領補佐官を相手に発信された。両
氏はこれから先、幾世代にもわたって中国が最大の脅威だという点でも意
見の一致を見た。

ポンペオ前国務長官が、中国共産党政府のウイグル人弾圧を「ジェノサイ
ド」(民族大量虐殺)と認定したのが退任前日の1月19日だ。同日、民主
党の国務長官候補として上院の公聴会に臨んだブリンケン氏も財務長官候
補のイエレン氏も、ポンペオ氏の認定を受け入れた。

ブリンケン氏はさらに、中国共産党は新疆ウイグル自治区でウイグル人を
強制労働させており、強制労働による製品の輸入禁止に向けて米国はあら
ゆる対策を講ずると踏み込んだ。

公聴会でのブリンケン氏の発言は興味深く、米国東部のエリート家族の出
身である氏が人権に非常に強い拘りをもっていることがよくわかる。氏の
妻、エヴァン・ライアン氏は教育文化担当次官補である。伯父はベルギー
大使、父はハンガリー大使、母はハンガリーからの亡命者で、祖父はロシ
アからの亡命者だ。すでに亡くなっているブリンケン氏の継父はホロコー
ストの生存者だ。

彼はポーランドの収容所を脱出し、森に逃げた。戦車の音が迫ってきたと
き、見上げると戦車には星条旗がはためいていた。彼は必死に駆け寄り、
黒人のGIが彼を見つけた。彼はひざまずき、母に習った英単語3つを大
声で言った。「God Bless America」。GIは彼を引っ
張り上げ戦車に保護した。

中国批判の本気度

「これがわが一族です。わが家族の物語は、不完全ではあっても最善を尽
くし続ける米国の姿を世界に示すものです」と、ブリンケン氏は語った。

氏が家族の物語を語ったことからは、中国批判の本気度が伝わってくる。
人間を人間として遇さない中国共産党、中国式法解釈を国際法にとって替
わらせようとする独善的な習近平国家主席、力による外交の根拠となって
いる中華帝国主義の全てに対し、本気で憤っている。

バイデン政権の対中政策はこれら担当者の言葉を信ずる限り、非常に厳し
いものだ。しかし問題はここからだ。バイデン氏は武漢ウイルス、経済の
停滞、人種差別と社会の分断など国内問題に集中せざるを得ず、外交、安
全保障問題は自ら陣頭指揮するのではなくベテランに任せた。外交の目玉
としての環境問題はジョン・ケリー氏に、安全保障問題はカート・キャン
ベル氏に託した。

米国や日本、その他諸国が安全保障の危機に直面している元凶は中国だ。
彼らの横暴な振舞いが最も顕著なのは南シナ海、東シナ海、インド洋、太
平洋、つまり広い意味でのアジアである。そのアジア全域とほぼ同義のイ
ンド・太平洋地域における調整官に任命されたのがキャンベル氏だ。

ケリー氏もキャンベル氏も、他の閣僚たちより20歳ほども年長である。若
い閣僚たちがベテランを巧くコントロールできるのか。またベテラン達は
本当に機能するのか、疑問を抱く幾つかの理由がある。

キャンベル氏はヒラリー・クリントン国務長官に国務次官補として仕え
た。様々な意味で経験豊かな氏ではあるが、評価は米国でも二分されてい
る。批判する人々はキャンベル氏はビジネスマンだという。中国との利害
関係があるのではないかというニュアンスを伴った批判である。

もうひとつ、政策上の成果がないという点だ。ヒラリー氏とオバマ政権
は、米国の国防の軸足を中東からアジアに引き戻す「Pivot to Asia」
(アジア基軸への転換)を提唱した。同戦略の考案者がキャンベル氏だと
言われている。同戦略の特徴は中国の脅威を強調しはしたが、実際には具
体策を講じなかったことだ。言っていることは正しいが、言い放しで終わ
り、何ひとつ実行されなかった。

キャンベル氏ひとりの責任ではないが、オバマ政権と同じ有言不実行、口
ばかりの失敗の型に、再びバイデン政権で陥ることはないか。

キャンベル氏は2018年3・4月号の外交専門誌「フォーリン・アフェアー
ズ」に寄せた「中国収支 北京は如何に米国の期待を裏切ったか」で、米
国の中国に対する関与政策の誤りを指摘した。豊かになれば中国は米国の
ように民主的で開かれた国になると信じ、支援してきた長年の対中宥和策
への批判だった。

対中政策に不安

だが、キャンベル氏の批判よりずっと前にマイケル・ピルズベリー氏が中
国の正体を指摘し、氏の著書はベストセラーになった。17年1月にはトラ
ンプ政権が誕生し、同年12月には、中国を米国の脅威と見做す国防戦略も
発表済みだった。キャンベル氏はワシントンの風向きの変化を受けとめた
論文を書いただけか。

バイデン政権ではキャンベル氏がインド・太平洋全般の安全保障問題を
「調整」する。氏は1月12日に電子版フォーリン・アフェアーズに「米国
は如何にしてアジアの秩序を支えられるか」を寄稿した。

ヘンリー・キッシンジャー氏が若き日に、19世紀の欧州事情について書い
た論文を元に現在の米中関係の在り方を説いた内容だが、正直に言って参
考にならない。何よりも注目すべき点は、キャンベル調整官は「インド・
太平洋」を論じながら、一度も「自由で開かれたインド・太平洋」とは書
いていないことだ。

キャンベル氏は、調整官として国防総省、国務省を中心に省をまたぐ広い
視野で中国問題に取り組む立場にあるが、冒頭で紹介した新旧二人の安全
保障問題担当大統領補佐官が「自由で開かれたインド・太平洋」こそ米国
防政策の基本だとする立場とは対照的だ。これで大丈夫か。

「アジアに軸足を」との氏の政策提言は言葉だけに終わった。だがいま、
インド・太平洋調整官として、氏は政策提言さえも満足にできていないと
いうのは、言いすぎか。

キッシンジャー氏はその全収入の5%を中国から得ているそうだ。5%とい
う数字の正確さは私にはわからないが、中国とのビジネス上の関係が深い
ことは想像できる。そのような人物を尊敬しているとするキャンベル氏、
ひいてはキャンベル氏に依存するバイデン政権の対中政策に不安を抱く次
第である。

『週刊新潮』 2021年2月11日号
日本ルネッサンス 第937回

2021年02月01日

◆米新政権、中国に圧倒される懸念

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2021年1月28日号
日本ルネッサンス 第935回

本稿が皆さんのお目にとまる頃、米国ではバイデン氏が大統領に就任し、
民主党政権の政策が矢継ぎ早に発表されているだろう。それでも共和党政
権のポンペオ国務長官をはじめロス商務長官らは、残りわずかな時間の中
で厳しい対中政策を打ち出し続けている。

先週報じたように、ポンペオ国務長官は1月9日、長年米国の対中政策の基
本であり続けた「中国はひとつ」の原則に基づき米台間の人的交流を制限
する自主規制を全て撤廃した。11日には米国務次官補のクーパー氏が、米
国駐在の台湾代表・蕭美琴氏と会見した。

13日からはクラフト米国連大使が台湾を訪問し、蔡英文総統をはじめとす
る台湾政府要人と会談する予定だった。クラフト訪台は、しかし前日の12
日になって、米国務省がポンペオ国務長官以下週内に予定されていた外遊
計画全ての中止を発表し、実現はしなかった。

外遊中止の背景は説明されていないが、トランプ大統領の支持者らによる
米議会議事堂への乱入事件が影響したと解説された。クラフト大使の訪台
中止も恐らくそれ以上の理由ではないと思われる。翌13日にビデオ会談
で、クラフト氏と蔡英文氏が極めて友好的に対話していることからも明ら
かだ。

クラフト氏は、米国は常に台湾の側に立ち、友人、パートナーとして、手
を取り合って民主主義の柱となり支え合う、と最上級の賛辞を贈り、中国
政府の妨害で台湾がWHO(世界保健機関)に入れないのは不当である
と、蔡氏と台湾を元気づけた。蔡氏は米国の心強い支えに深い感謝を伝えた。

18日までには、米商務省が中国の第五世代通信大手の華為(ファーウェ
イ)に部品を提供している企業4社に対して、部材提供の免許取り消しを
通知した。4社の中に米国のインテル及び日本のキオクシア(旧東芝メモ
リ)も含まれている。商務省がファーウェイ向け輸出ライセンス申請の多
くを拒否する意向であることも報じられた。

「10大リスク」のトップ

最後まで対中警戒を強め続ける共和党政権への中国側の攻撃は、まるで行
儀の悪い子供のように乱暴な言葉の羅列でしかない。ポンペオ氏らに関し
ては「台湾海峡地域で彼らを水に落ちた犬として打たねばならない」「現
在はむしろ中国大陸が台湾問題でやるべきことをやる絶好のチャンスだ」
「台湾海峡は危機を迎え、さらに嵐に見舞われた方がよい」(『環球時
報』1月11日社説)などと書いた。ポンペオ氏と台湾の動き次第によって
は「戦争だ!」と煽った彼らは、最終的に軍事力で台湾を奪うぞという恐
喝のつもりなのであろう。

強い言葉で恫喝し、場合によっては強大な軍事力を行使しかねない構えを
見せる中国にどう対峙するのかが、いまや世界共通の課題である。最大の
脅威が中国という構図は親中派といわれるバイデン政権にも当てはまる。
氏がどこまで中国の意図を読みとりきちんと向き合えるかが、これからの
世界情勢を決定する。

私たちは果たしてバイデン政権に期待できるのか。21世紀は「Gゼロ」の
時代となり、リーダー国不在の世界が来ると予測したのが、米国の国際政
治学者、イアン・ブレマー氏だった。氏が主導する研究所「ユーラシア・
グループ」は、今年世界が直面する「10大リスク」のトップに「バイデン
大統領」を挙げた。バイデン氏の下でも米国社会の分断は埋まらずに、米
国は強力なリーダーシップを発揮できない。従ってリーダー不在の国際情
勢は不安定なまま続いていくというのである。

不安定な国際情勢は不安定な米中関係に置き換えられる。バイデン氏は国
際社会のリーダーとして「アメリカは戻ってきた」と宣言し、同盟国を重
視するとも強調した。にもかかわらず諸国は安心もできず、氏自身が10大
リスクのトップに置かれるのは、米政権に大戦略が見えてこないからだ。

しかし、米国に戦略がないはずがない。現に12日に公開されたトランプ政
権のインド太平洋戦略に関する機密文書とオブライエン大統領補佐官の声
明を読めば、共和党政権下で国防総省や国務省が如何に堅固な戦略を考え
ていたかがよくわかる。同文書は国家安全保障局の機密文書に分類され、
本来なら30年間は非公開だったのを、政権交替を前に急遽ホワイトハウス
が公開した。民主党政権の対中宥和策への牽制とも読める。

A4で10頁、中国の脅威に対する米国の危機感の深さが伝わってくる。日
豪印さらに韓国や台湾を視野に入れた大戦略が書かれている。問題はこう
した危機感や分析をバイデン政権が受け入れるのかである。

交渉を前面に立てる

日米欧州諸国とは異なる中国の価値観によって侵食され傷ついた国際秩序
の立て直しは、中国の脅威の実態から目を逸らすのでは不可能だ。トラン
プ政権は稚拙な手法ではあったが、少なくとも中国の脅威を認識して対峙
しようとした。

米国一人に中国問題を解いてほしいと期待する時代がすぎたことは、日本
を含む欧州のいわゆる中級国(ミドルパワー)と呼ばれる国々は皆自覚し
ている。米国に求められているのはその道筋を示すことだ。それがバイデ
ン氏にできるか疑わしいと思う理由のひとつが、バイデン政権の人事である。

たとえば気候変動問題大統領特使のジョン・ケリー氏である。一度は強力
な大統領候補となったケリー氏には今回特別の地位が与えられる。氏はバ
イデン政権の閣僚会議にも国家安全保障会議(NSC)にも出席する資格
を与えられ、軍用機で外遊する権利も認められた。氏は、気候変動問題こ
そ、中国の経済侵略や軍事的膨張への警戒よりもなお重要で全てに優先す
べき課題だと考えていると言われる。しかも中国との協調なしには米国も
世界も気候変動問題を解決できないとも考えているというのだ。であれ
ば、ケリー氏は必ず、中国と深く交流し、交渉によって問題を解決しよう
とするだろう。

中国は気候変動や地球環境問題を常に経済、軍事、覇権問題に搦めてく
る。交渉を前面に立てるケリー氏はそこで落とし穴に落ちかねない。「中
国製造2025」の目標を掲げ、目的達成に巨額の投資をつぎ込んだ中国は経
済と軍事を明確に一体化し、中国の国家安全を図ると宣言した。

国家安全を政権安全に置き換え、自身の終身皇帝制度の安全を達成するの
が習近平氏の意図だ。人類愛でも民族愛でもなく自己愛ゆえに、中・長期
的に国際社会を、経済・軍事の両面で中国共産党の影響下に置くことを目
論む習氏の政権に対しては、如何なる交渉も厳しすぎる程の検証を伴わな
ければ騙される。そんな危険をバイデン政権は認識し回避できるか。疑問
である。

2021年01月29日

◆ポンペオ氏、米中関係転換の決定打

櫻井よしこ



『週刊新潮』 2021年1月21日号
日本ルネッサンス 第934回

任期が残り11日に迫った1月9日、ポンペオ米国務長官が鮮やかにケジメを
つけた。米国はこれまで、「中国はひとつ」と中国政府が主張しているこ
とを承知し、米国と台湾の政治家、外交官や軍関係者の接触を「自主的に
制限」してきたが、それらすべてを撤廃したのだ。

氏はこう述べている。

「台湾は活力に溢れた民主主義国で信頼すべき米国のパートナーだ。しか
しこれまで数十年間にわたって米国は北京の共産主義政権を宥(なだ)める
ために台湾との交流を自主規制してきた。だが、もうしない」

「ノーモア」と言い切ったのである。米上院は3年前の2018年2月28日、共
和、民主両党が全会一致で台湾旅行法案を可決した。閣僚級も含め米政府
の全職員が台湾を訪れ各自の相手と会談するのを許可する内容だ。

その後、台湾を巡る情勢は大きく変わった。中国が香港を弾圧し、国際社
会の同情と支持は香港や台湾に集まった。中国の弾圧が続く中、昨年1月
の台湾総統選挙で民進党の蔡英文総統が圧倒的強さで再選された。中国寄
りの国民党は潰滅的打撃を受け、現在米国との国交樹立を唱えて、民進党
よりも過激である。

総統選直後に武漢ウイルスが広がり、台湾は見事に防いだ。そして米国は
昨年8月にアザー厚生長官を台湾に派遣、9月にはクラック国務次官が、そ
して本稿が活字になっている頃にはクラフト国連大使が台湾を訪問してい
るはずだ。つまり1979年の米中国交樹立以来39年間続いた自己規制は事実
上すでに撤廃されていたのだ。今回、ポンペオ氏はそれを明確に言葉で表
現し、米国政府の政策として発表し、ケジメをつけたのだ。

中国は烈しく反応した。中国共産党の対外向け機関紙「環球時報」は10
日、バイデン次期政権は現政権の行動を無効化するのか、それに対してポ
ンペオは―とポンペオ氏を呼び捨てにし―自身の台湾訪問など、さらなる挑
発的行動に出るのかと問うている。

米国は台湾の側に立つ

バイデン政権が現政権に迫られる形で「ひとつの中国」政策の根底をつき
崩す行動に出ないように、中国側は断固たる意思を示すべきだと環球時報
は警告する。クラフト国連大使の訪台はポンペオ氏が中国を試している
ケースだと見て、中国政府は決定的に強い意思表示で反対しなければなら
ないとする。

その上で、万が一、ポンペオ氏が任期切れ前に台湾を訪問する事態になれ
ば、人民解放軍(PLA)空軍の戦闘機は直ちに台湾上空に飛び、かつて
ない形で中国の主権を宣言すると警告してみせた。「米国と台湾が過剰に
反応すれば、即ち戦争だ」、とまで書いた。

日程が発表されたクラフト大使訪台を中止させるのは厳しいと観念してい
るものの、ポンペオ氏の訪台だけは何としてでも阻止したいとの思いが透
けて見える。恫喝はまだ続く。

「アメリカ国民に見捨てられた政権の気が狂ったような最後の足掻きを頼
りに、台湾が分離独立を果たせると考えてはならない。そんなことをすれ
ば全滅の運命が待っている」

彼らの反応こそまさに「気が狂ったよう」ではないか。憤懣やる方ないの
か、彼らはポンペオ氏及びトランプ大統領を以下のように貶める。

「バイデン陣営と多くの米国民は、余りにも愚かな現政権が核兵器を使っ
てでも目的を達成しようとするのではないかと懸念している」

台湾を狙う、核弾頭を含むミサイル約2000基を実戦配備しているのは他な
らぬ中国だ。いざとなったら核があるぞと脅し続けている自国の「狂気」
を、彼らは忘れているのか。共和党政権への常軌を逸した攻撃が、彼らの
衝撃の強さを示している。中国共産党が死ぬほど懸念しているのは、バイ
デン政権がポンペオ氏の決定を継承することだろう。果たしてバイデン氏
はポンペオ氏の決定とどう向き合うだろうか。

バイデン氏は米国が中国と国交を樹立した79年、上院議員として台湾関係
法に賛同している。中国による台湾併合に断固反対し、米国は台湾の側に
立ち台湾の独立を守ると宣言したのが台湾関係法である。その延長線上に
あるのがトランプ政権による台湾旅行法で、ポンペオ氏の決定は台湾旅行
法を別の表現で語ったにすぎない。

筋立てて考えれば、そしてバイデン氏が信念の政治家であるのなら、ポン
ペオ氏の決定を否定することはあり得ないはずだ。

日本にもポンペオ氏の重大決定は必ず跳ね返ってくる。日本は台湾問題に
関して迷う余地はないだろう。罷り間違って北京側についたりすれば、89
年の天安門事件のときと同じ間違いを繰り返すだろう。

悪霊のような勢力

あのとき日本外務省は二つの大きな柱を立てた。➀絶対に中国を刺激して
はならない。天安門での弾圧を批判するなら決して中国の面子を損なわな
い形にする、➁中国はケ小平の改革開放政策を推進中で日本はこれを助け
るべきだ。さもなければ中国の混乱はアジアにおける撹乱要因になる、で
ある。

日本政府即ち宇野宗佑、海部俊樹の両首脳は当時の欧米諸国とは反対に対
中制裁に抑制的姿勢を取り続けた。しかし日本政府の対応は結果として間
違っていた。中国共産党は人間の自由も民族の独自性も受け入れず、ひた
すら自らの支配を強めようとする悪霊のような勢力だ。そのような勢力を
信じたツケがいま、回ってきている。

バイデン政権の対中政策についてはまだ不透明な部分が多い。しかし、ひ
とつ明確なのは力強いリーダーシップは発揮できないだろうということ
だ。力で統率する中国共産党のぶれない外交の前で、バイデン氏が劣勢に
なることも十分にあると覚悟しておいた方がよい。しかし、そうであれば
ある程、日本が発奮しなければならないだろう。米国との協力体制を強め
日本なりの知恵を出すことが日本の国益である。

中・長期的に見れば、人間の自由を抹殺する中国に未来はない。自由主義
陣営の私たちは必ず、勝つ。彼らよりずっと好ましい未来を築ける。そう
信じて揺るがず、いまは目の前の台湾の独立維持を力強く支え、守ること
が大事だ。

たとえば、日本はすでに中国と対峙する日米台の産業構造の構築に参加し
ているのだ。米国抜きのサプライチェーン構築に躍起の中国に対して、日
本は中国抜きのサプライチェーン構築の重要メンバーだ。世界最大手の台
湾の半導体メーカー、台湾積体電路製造(TSMC)はすでに米国での工
場建設を決定したが、今年、彼らは茨城県つくば市で日本企業との共同開
発にも入る。北九州に工場もできる。ポンペオ氏の政策こそ、正しいと思
う。そのような台湾擁護の政策づくりに日本政府は知恵を絞り、勇気を
もって実行すべきだ。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 ポンペオ氏、米中関係転換の決定打 」

2021年01月21日

◆他人事ではない中国の「見えない手

櫻井よしこ



『週刊新潮』 2021年1月14日号
日本ルネッサンス 第933回

米国の歴代大統領は退任後すぐに回顧録を出すのが習性となっている。読
者は世界中に存在し、最初からミリオンセラーが約束されている。出版契
約料が日本の標準では考えられないほど高額なのも当然かもしれない。た
とえばオバマ前大統領夫妻は6500万ドル(約68億円)を得た。私はこの余
りの高額に驚きを超えて笑ってしまったが、それでも各大統領の回顧録は
読んでみるのがよい。

歴代米大統領の中で中国の工作を最も深刻な形で受けていた一人は、間違
いなく民主党のクリントン氏であろう。ヒラリー氏があれ程頑張っても初
の女性大統領になれなかった原因のひとつに、中国マネーの影響があるの
ではないか。クリントン夫妻の中国マネーにまみれたイメージが、ヒラ
リー氏の道を閉ざした可能性は高いだろう。その中国の魔の手が民主党だ
けでなく共和党にものびていたという衝撃的な事実を『見えない手』(飛
鳥新社)が見事に報じた。

著者はクライブ・ハミルトン氏とマレイケ・オールバーグ氏だ。ハミルト
ン氏は豪州への中国の侵略を詳述した『目に見えぬ侵略』の著者である。

中国共産党の工作を描き尽くす作品第二弾としての『見えない手』は、侵
略の舞台を北米大陸と欧州に絞っている。どの国の事例も深刻だが、米国
共和党の取り込み、とりわけブッシュ家への工作は凄まじい。

ジョージ・W・ブッシュ氏の回顧録、『決断のとき』(Decision
Points)には、両親の愛情を一杯に受けて育った素直な人物像がにじみ出
ている。大酒飲みで、失敗も仕出かした若きブッシュ氏が結婚し、40歳で
酒を断ち、キリスト教への信仰を深めていく姿は素朴で実直な人間像その
ものだ。

ブッシュ氏の大統領としての評価には様々あろうが、私の疑問のひとつは
ブッシュ家と中国の関係だった。父ブッシュは1974年から76年まで北京連
絡事務所長、76年から77年まで中央情報局(CIA)長官を務めた。レー
ガン大統領に副大統領として奉じ、89年から93年まで大統領として、中国
の天安門事件に対処し、湾岸戦争を戦った。彼は天安門事件で中国が国際
社会の経済制裁を受け締め出されたとき、事件からひと月後の89年7月に
秘密の使節団を北京に送り込み善後策を話し合っている。

甘い誘惑

国際社会による経済制裁の輪を突き破ったのは表面上わが国の海部俊樹政
権だったが、実際はいち早く中国救済に動いたのは米国で、その立役者が
父ブッシュだった。

中国は父ブッシュを「古い友人」と呼ぶ。右の呼称は中国に多大な貢献を
した世界的な人物に与えられるもので、キッシンジャー氏らが受けてい
る。このように父が中国と親しい関係にあったにも拘わらず、息子ブッ
シュ氏は大統領に就任するや、前任のクリントン大統領による米中は戦略
的パートナーという定義を否定し、中国を戦略的ライバルと位置づけた。
米国の甘い対中政策を変えようとしたかに見えた息子ブッシュ氏の路線は
大統領就任1年目、2001年の9・11事件で大きく変更された。ブッシュ氏は
中国の江沢民国家主席をテキサス州クロフォードにある自分の別荘に招
き、ライバル路線から共にテロと戦う協調路線に切り替えていった。

その間中国側が息子ブッシュ氏の弟たちに注目していたことが、その後の
展開から見てとれる。フロリダ州知事だった弟のジェブ氏が16年の大統領
選挙に出馬したとき、中国は130万ドルを献金した。実際に献金したのは
カリフォルニアの不動産開発会社経営者のゴードン・タンとシンガポール
に拠点を置く陳懐丹で、二人はパートナーとされている。

ジェブは早々に選挙戦から脱落し、中国の当ては外れたかに見えた。しか
し、二人の中国人富豪はそれ以前の13年から、ブッシュ家の三男、ニール
氏を彼らの会社「新海逸」の非常勤会長として囲いこんでいた。

ニール氏は「ジョージ・H・W・ブッシュ(父ブッシュ)中米関係財団」
を創設、会長に就任し、ブッシュ家の中国資産を引き継いだ(『見えない
手』)。財団は「中国人民対外友好協会」と連携関係にあるが、同協会は
中国共産党の統一戦線工作団体である。

ニール氏が中国側からさまざまな働きかけ、甘い誘惑を受けたであろうこ
とは容易に想像できる。たとえば19年6月24日、中国共産党機関紙の「人
民日報」はニール氏の発言を熱狂的に報じたという。

伝えられるところによると、ニール氏は、➀中国はより成熟しつつある
が、米国の民主制度には欠陥がある➁米国の政治家たちは米国人が中国を
問題視するように洗脳している➂米国は貿易障壁を中国を責め立てるため
の政治的武器として利用している、などと語っている。

エリートと娘を結婚

ハミルトン氏はニール氏のさらなる発言も紹介している。たとえば、国営
放送の中国国際電視台の取材で「中国の人々の自然な優しさと贈り物を贈
る習慣」に感嘆したと語ったが、これは自分を手なずけた中国の手法を白
状するものだ。

ニール氏はさらに「中国で人々が享受している自由の台頭を見れば、米国
人は中国に対する見方を変えるはずだ」などとも語っている。

ブッシュ家は共和党を支える名門政治家一族である。無論、米国の政治の
変化はダイナミックで、ブッシュ一族の影響力がどれ程大きく長く続くか
は保証の限りではない。しかし、中国の浸透工作は極めて巧みに構築さ
れ、注ぎ込まれる経済的資源は莫大である。米国のみならずカナダ、欧州
諸国の事例をみると、各国のエリート層を取り込む手法では巨額のカネと
利権に加えて女性が活用されている。これと見込んだエリートと娘を結婚
させる手法だ。

もちろん結婚には互いに愛情が必要だ。それにしても共和党のミッチ・マ
コーネル上院議員のケースには考えさせられた。上院の与党リーダーとし
て大統領に次ぐ強い力を持つ氏は、かつて対中強硬派だった。それが1990
年代以降、「有名な対中融和派」になったと分析されている。

氏は93年に中国系米国人で江沢民の同級生ジェームズ・チャオの娘、イ
レーン・チャオ氏と結婚した。ジェームズ氏の所有する海運会社は中国の
国有企業と密接な関係にある。娘のイレーン氏は息子ブッシュ政権で労働
長官を、トランプ政権で運輸長官を務めた。ジェームズ氏は2008年、娘夫
婦に数百万ドルを贈与し、マコーネル氏は最も裕福な議員の一人となり、
共和党を親中路線に導くべく働いてきたと分析されている。

中国の深い企み、考え抜かれた戦術・戦略に、私たちが晒されているのは
明らかだ。しかし、世界を中国の価値観で染められてたまるものかと思
う。そして改めて日本の現実を見つめると、黒い不安が広がる。孔子学
院、千人計画、親中派議員と財界人。日本にも伸びているはずの「見えな
い手」の実態を抉り出す時だ。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 他人事ではない中国の「見えない手」 」
        “シーチン”修一 2.0

2021年01月14日

◆新年の読書は『天皇の国史』だ

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2020年12月31日・2021年1月7日合併号
日本ルネッサンス 第932回

冬至がすぎ、新年が近づいてきた。新しい年がどんな年になるか、それは
私たち日本人次第だ。

世界情勢の大混乱はどの国をもいためつけている。日本だけが武漢ウイル
スの攻撃に晒されているわけではない。他方、ウイルスを撒き散らした中
国は、いち早く経済再生をはかり、一番得をしているように見える。だ
が、彼らは武漢ウイルスをきっかけに国際社会に正体を見られてしまっ
た。世界の混乱を利用して、中国こそ善なる医療大国であるかのように装
い、他方で香港人やウイグル人を弾圧し、支配し、沈黙させている。その
嘘にまみれた醜い姿を、ウイルスが次々に明らかにした。そして国際社会
の主要国に中国の友人はいなくなった。まさに天網恢恢、疎にして漏らさ
ずなのである。

令和3年、米中のせめぎ合いはこれまで以上に深刻化するだろう。中国は
孫子の兵法を駆使し、世界の覇権国となるための大戦略に基づいて次々に
新たな戦術を繰り出してくるはずだ。わが国は中国の攻勢を防ぎ、米国に
は、日本と同盟関係にあることが米国にとって非常に価値あることだと、
精神的にも物理的にも示さなければならない。

そのために日本の本領を発揮することだ。日本は幾千年も穏やかな文明を
育んできた。記憶にないほど太古の昔から万民平等の哲理を自然の内に実
践してきた。その中心に天皇がいらした。

天皇の存在を理解するには、東京の皇居ではなく、京都御所を想い起こす
のがよい。明治維新で江戸城が無血開城され、明治天皇は東京に移られた
が、それ以前は京都御所におられた。

京都御所は江戸城とは異なり、敵の襲来から御所を守る堀もない。頑丈な
城壁のかわりに簡素な築地塀しかない。賊は侵入しようと思えばいつでも
できるだろう。だが長い歴史の中でそんな不埒なことは起きなかった。世
界でこのような国は本当に珍しいはずだ。天皇と国民のこの穏やかな関係
は、天皇が常に民と国のために祈り、民もまた天皇と皇室に敬愛の情を抱
いてきたからであろう。

幸福を願う心

日本の歴史は、天皇と民が共に歩んできた歴史であることを、多くの事例
を引きながら、見事にまとめたのが竹田恒泰氏の『天皇の国史』
(PHP)である。武漢ウイルスでお正月休みを静かに読書して過ごそう
と考えている方も多いと思うが、668頁のこの大部の書、『天皇の国史』
をお勧めしたい。

竹田氏は日本の特徴を、宏大な宇宙はどのようにして生まれたのかという
大きな謎の話から始めている。一神教のキリスト教では、天地創造の物語
は「初めに神(ゴッド)が天と地とを創造した」という言明から始まる。
つまり偉大な神が大宇宙を創られたという説だ。

対照的に日本国の成り立ちを記した「古事記」は、先に宇宙空間があり、
そこに神々が出現したと記述している。一神教の偉大なる神が宇宙を創っ
たのではなく、全ての生命の源である宇宙が神を創ったというのが古事記
の世界観だ。

キリスト教の世界観においては、強きもの、尊きもの、正しきもの、善き
ものは全智全能の神であり、神に従うことで人間は導かれ、救われる。
従って序列は「神→人→自然」となる。他方、古事記では神は時には間違
い、時には悩み、時には他の神々に助言を求める。一神教の絶対的に正し
く賢い存在とは正反対の、むしろ人間味のある神である。従って古事記、
即ち日本文明の根底を成す世界観は「自然→神→人」の序列となると竹田氏
は説く。

どちらが正しいと言うつもりは全くないが、生命や人の根源が自然である
ことは正しい摂理であろうから、古事記即ち日本の世界観の方が無理がな
いと感ずる。

古事記の世界観は日本人の精神性の根本を描いたものと言ってよい。そう
考えれば、山や森、大きな岩や海、さらに一木一草の中にも日本人が神を
見出したのは自然なことだっただろう。大自然を神々の宿るところと感じ
取る感性はこの国の原始の時代から、国の成り立ちの初めからの感性なのだ。

古事記や日本書紀では、地上の国を統治することを、「知らす」「治ら
す」と表現していると竹田氏は指摘する。その上で、天皇が国を治めるこ
とは天皇が国の事情を知ることと同義だと解説する。ここに日本国の本質
がある。支配するのではなく、知ることを重視するのである。対象を知る
ことは理解と共感、親愛の情につながる。その人の幸福を願う心につなが
る。それが天皇の祈りであろう。

歴代の天皇が常に国民・国家のために祈って下さっているそのお姿は、ま
さに古事記が描いた「日本は天皇の知らす国」という実態の反映なのである。

先人達の真実の歴史

もう一点、読みながら嬉しく感じたのは、日本は世界の四大文明からはる
かに遅れていたと、たしか中学生の頃に教わった古代史が全くの間違いで
あるという指摘だった。竹田氏はアマチュア研究家、相沢忠洋氏の発掘し
た岩宿(いわじゅく)遺跡の磨製石器の歴史から説き起こし、日本民族の驚
くべき足跡を明らかにした。

人類が最初に用いた道具は石器である。石器の中で、単に打ち砕いたので
なく、加工したものが道具としての磨製石器である。磨製石器の有無は文
明成立の条件のひとつだが、世界最古の磨製石器は日本列島で発見されて
いるというのだ。

岩宿遺跡の磨製石器は3万5000年前のものだった。その後も長野県、熊本
県、岩手県などからさらに古い3万8000年前まで遡る磨製石器が数多く発
見された。

他方、世界で磨製石器が使用されるようになるのは1万年前、日本列島の
文化は世界よりも2万8000年も進んでいたことになる。近隣諸国で言え
ば、中国の最古の磨製石器は1万5000年前のもので、朝鮮半島は7000年前だ。

であれば当然の疑問が湧く。古代、文明は中国から日本に伝わったのでは
なく、日本から中国、朝鮮半島に伝わったのではないか、と。

科学はまさに日進月歩、古代史も新しい科学的知見で年代が改められたり
することは珍しくない。日本列島に住んだ先人達の真実の歴史がもっと掘
り出され、日本は本当に凄い国であると明らかにされる日を楽しみにしたい。

竹田氏は『天皇の国史』で初代の神武天皇から、令和の今上天皇までを描
き切った。織田信長の意外な姿、明治天皇、昭和天皇のご決断。胸に迫る
場面は少なくない。

日本国の歴史を天皇を中心に見つめ直すことは、さまざまな歴史の事象か
ら日本文明の本質を掬い上げ、理解し、心にしみこませる作業につなが
る。是非、皆さんにも楽しんでほしいと願うものだ。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 新年の読書は『天皇の国史』だ 」


2021年01月11日

◆新年の読書は『天皇の国史』だ

櫻井よしこ



冬至がすぎ、新年が近づいてきた。新しい年がどんな年になるか、それ
は私たち日本人次第だ。

世界情勢の大混乱はどの国をもいためつけている。日本だけが武漢ウイル
スの攻撃に晒されているわけではない。他方、ウイルスを撒き散らした中
国は、いち早く経済再生をはかり、一番得をしているように見える。

だが、彼らは武漢ウイルスをきっかけに国際社会に正体を見られてしまっ
た。世界の混乱を利用して、中国こそ善なる医療大国であるかのように装
い、他方で香港人やウイグル人を弾圧し、支配し、沈黙させている。

その嘘にまみれた醜い姿を、ウイルスが次々に明らかにした。そして国際
社会の主要国に中国の友人はいなくなった。まさに天網恢恢、疎にして漏
らさずなのである。

令和3年、米中のせめぎ合いはこれまで以上に深刻化するだろう。中国は
孫子の兵法を駆使し、世界の覇権国となるための大戦略に基づいて次々に
新たな戦術を繰り出してくるはずだ。

わが国は中国の攻勢を防ぎ、米国には、日本と同盟関係にあることが米国
にとって非常に価値あることだと、精神的にも物理的にも示さなければな
らない。

そのために日本の本領を発揮することだ。日本は幾千年も穏やかな文明を
育んできた。記憶にないほど太古の昔から万民平等の哲理を自然の内に実
践してきた。その中心に天皇がいらした。

天皇の存在を理解するには、東京の皇居ではなく、京都御所を想い起こす
のがよい。明治維新で江戸城が無血開城され、明治天皇は東京に移られた
が、それ以前は京都御所におられた。

京都御所は江戸城とは異なり、敵の襲来から御所を守る堀もない。頑丈な
城壁のかわりに簡素な築地塀しかない。賊は侵入しようと思えばいつでも
できるだろう。

だが長い歴史の中でそんな不埒なことは起きなかった。世界でこのような
国は本当に珍しいはずだ。天皇と国民のこの穏やかな関係は、天皇が常に
民と国のために祈り、民もまた天皇と皇室に敬愛の情を抱いてきたからで
あろう。

幸福を願う心

日本の歴史は、天皇と民が共に歩んできた歴史であることを、多くの事例
を引きながら、見事にまとめたのが竹田恒泰氏の『天皇の国史』
(PHP)である。武漢ウイルスでお正月休みを静かに読書して過ごそう
と考えている方も多いと思うが、668頁のこの大部の書、『天皇の国史』
をお勧めしたい。

竹田氏は日本の特徴を、宏大な宇宙はどのようにして生まれたのかという
大きな謎の話から始めている。一神教のキリスト教では、天地創造の物語
は「初めに神(ゴッド)が天と地とを創造した」という言明から始まる。
つまり偉大な神が大宇宙を創られたという説だ。

対照的に日本国の成り立ちを記した「古事記」は、先に宇宙空間があり、
そこに神々が出現したと記述している。一神教の偉大なる神が宇宙を創っ
たのではなく、全ての生命の源である宇宙が神を創ったというのが古事記
の世界観だ。

キリスト教の世界観においては、強きもの、尊きもの、正しきもの、善き
ものは全智全能の神であり、神に従うことで人間は導かれ、救われる。

従って序列は「神→人→自然」となる。他方、古事記では神は時には間違
い、時には悩み、時には他の神々に助言を求める。一神教の絶対的に正し
く賢い存在とは正反対の、むしろ人間味のある神である。従って古事記、
即ち日本文明の根底を成す世界観は「自然→神→人」の序列となると竹田氏
は説く。

どちらが正しいと言うつもりは全くないが、生命や人の根源が自然である
ことは正しい摂理であろうから、古事記即ち日本の世界観の方が無理がな
いと感ずる。

古事記の世界観は日本人の精神性の根本を描いたものと言ってよい。そう
考えれば、山や森、大きな岩や海、さらに一木一草の中にも日本人が神を
見出したのは自然なことだっただろう。大自然を神々の宿るところと感じ
取る感性はこの国の原始の時代から、国の成り立ちの初めからの感性なのだ。

古事記や日本書紀では、地上の国を統治することを、「知らす」「治ら
す」と表現していると竹田氏は指摘する。その上で、天皇が国を治めるこ
とは天皇が国の事情を知ることと同義だと解説する。

ここに日本国の本質がある。支配するのではなく、知ることを重視するの
である。対象を知ることは理解と共感、親愛の情につながる。その人の幸
福を願う心につながる。それが天皇の祈りであろう。

歴代の天皇が常に国民・国家のために祈って下さっているそのお姿は、ま
さに古事記が描いた「日本は天皇の知らす国」という実態の反映なのである。

先人達の真実の歴史

もう一点、読みながら嬉しく感じたのは、日本は世界の四大文明からはる
かに遅れていたと、たしか中学生の頃に教わった古代史が全くの間違いで
あるという指摘だった。

竹田氏はアマチュア研究家、相沢忠洋氏の発掘した岩宿(いわじゅく)遺跡
の磨製石器の歴史から説き起こし、日本民族の驚くべき足跡を明らかにした。

人類が最初に用いた道具は石器である。石器の中で、単に打ち砕いたので
なく、加工したものが道具としての磨製石器である。磨製石器の有無は文
明成立の条件のひとつだが、世界最古の磨製石器は日本列島で発見されて
いるというのだ。

岩宿遺跡の磨製石器は3万5000年前のものだった。その後も長野県、熊本
県、岩手県などからさらに古い3万8000年前まで遡る磨製石器が数多く発
見された。

他方、世界で磨製石器が使用されるようになるのは1万年前、日本列島の
文化は世界よりも2万8000年も進んでいたことになる。近隣諸国で言え
ば、中国の最古の磨製石器は1万5000年前のもので、朝鮮半島は7000年前だ。

であれば当然の疑問が湧く。古代、文明は中国から日本に伝わったのでは
なく、日本から中国、朝鮮半島に伝わったのではないか、と。

科学はまさに日進月歩、古代史も新しい科学的知見で年代が改められたり
することは珍しくない。日本列島に住んだ先人達の真実の歴史がもっと掘
り出され、日本は本当に凄い国であると明らかにされる日を楽しみにしたい。

竹田氏は『天皇の国史』で初代の神武天皇から、令和の今上天皇までを描
き切った。織田信長の意外な姿、明治天皇、昭和天皇のご決断。胸に迫る
場面は少なくない。

日本国の歴史を天皇を中心に見つめ直すことは、さまざまな歴史の事象か
ら日本文明の本質を掬い上げ、理解し、心にしみこませる作業につなが
る。是非、皆さんにも楽しんでほしいと願うものだ。
『週刊新潮』 2020年12月31日・2021年1月7日合併号
日本ルネッサンス 第932回

2021年01月09日

◆新年の読書は『天皇の国史』だ

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2020年12月31日・2021年1月7日合併号
日本ルネッサンス 第932回

冬至がすぎ、新年が近づいてきた。新しい年がどんな年になるか、それは
私たち日本人次第だ。

世界情勢の大混乱はどの国をもいためつけている。日本だけが武漢ウイル
スの攻撃に晒されているわけではない。他方、ウイルスを撒き散らした中
国は、いち早く経済再生をはかり、一番得をしているように見える。だ
が、彼らは武漢ウイルスをきっかけに国際社会に正体を見られてしまっ
た。世界の混乱を利用して、中国こそ善なる医療大国であるかのように装
い、他方で香港人やウイグル人を弾圧し、支配し、沈黙させている。その
嘘にまみれた醜い姿を、ウイルスが次々に明らかにした。そして国際社会
の主要国に中国の友人はいなくなった。まさに天網恢恢、疎にして漏らさ
ずなのである。

令和3年、米中のせめぎ合いはこれまで以上に深刻化するだろう。中国は
孫子の兵法を駆使し、世界の覇権国となるための大戦略に基づいて次々に
新たな戦術を繰り出してくるはずだ。わが国は中国の攻勢を防ぎ、米国に
は、日本と同盟関係にあることが米国にとって非常に価値あることだと、
精神的にも物理的にも示さなければならない。

そのために日本の本領を発揮することだ。日本は幾千年も穏やかな文明を
育んできた。記憶にないほど太古の昔から万民平等の哲理を自然の内に実
践してきた。その中心に天皇がいらした。

天皇の存在を理解するには、東京の皇居ではなく、京都御所を想い起こす
のがよい。明治維新で江戸城が無血開城され、明治天皇は東京に移られた
が、それ以前は京都御所におられた。

京都御所は江戸城とは異なり、敵の襲来から御所を守る堀もない。頑丈な
城壁のかわりに簡素な築地塀しかない。賊は侵入しようと思えばいつでも
できるだろう。だが長い歴史の中でそんな不埒なことは起きなかった。世
界でこのような国は本当に珍しいはずだ。天皇と国民のこの穏やかな関係
は、天皇が常に民と国のために祈り、民もまた天皇と皇室に敬愛の情を抱
いてきたからであろう。

幸福を願う心

日本の歴史は、天皇と民が共に歩んできた歴史であることを、多くの事例
を引きながら、見事にまとめたのが竹田恒泰氏の『天皇の国史』
(PHP)である。武漢ウイルスでお正月休みを静かに読書して過ごそう
と考えている方も多いと思うが、668頁のこの大部の書、『天皇の国史』
をお勧めしたい。

竹田氏は日本の特徴を、宏大な宇宙はどのようにして生まれたのかという
大きな謎の話から始めている。一神教のキリスト教では、天地創造の物語
は「初めに神(ゴッド)が天と地とを創造した」という言明から始まる。
つまり偉大な神が大宇宙を創られたという説だ。

対照的に日本国の成り立ちを記した「古事記」は、先に宇宙空間があり、
そこに神々が出現したと記述している。一神教の偉大なる神が宇宙を創っ
たのではなく、全ての生命の源である宇宙が神を創ったというのが古事記
の世界観だ。

キリスト教の世界観においては、強きもの、尊きもの、正しきもの、善き
ものは全智全能の神であり、神に従うことで人間は導かれ、救われる。
従って序列は「神→人→自然」となる。他方、古事記では神は時には間違
い、時には悩み、時には他の神々に助言を求める。一神教の絶対的に正し
く賢い存在とは正反対の、むしろ人間味のある神である。従って古事記、
即ち日本文明の根底を成す世界観は「自然→神→人」の序列となると竹田氏
は説く。

どちらが正しいと言うつもりは全くないが、生命や人の根源が自然である
ことは正しい摂理であろうから、古事記即ち日本の世界観の方が無理がな
いと感ずる。

古事記の世界観は日本人の精神性の根本を描いたものと言ってよい。そう
考えれば、山や森、大きな岩や海、さらに一木一草の中にも日本人が神を
見出したのは自然なことだっただろう。大自然を神々の宿るところと感じ
取る感性はこの国の原始の時代から、国の成り立ちの初めからの感性なのだ。

古事記や日本書紀では、地上の国を統治することを、「知らす」「治ら
す」と表現していると竹田氏は指摘する。その上で、天皇が国を治めるこ
とは天皇が国の事情を知ることと同義だと解説する。ここに日本国の本質
がある。支配するのではなく、知ることを重視するのである。対象を知る
ことは理解と共感、親愛の情につながる。その人の幸福を願う心につなが
る。それが天皇の祈りであろう。

歴代の天皇が常に国民・国家のために祈って下さっているそのお姿は、ま
さに古事記が描いた「日本は天皇の知らす国」という実態の反映なのである。

先人達の真実の歴史

もう一点、読みながら嬉しく感じたのは、日本は世界の四大文明からはる
かに遅れていたと、たしか中学生の頃に教わった古代史が全くの間違いで
あるという指摘だった。竹田氏はアマチュア研究家、相沢忠洋氏の発掘し
た岩宿(いわじゅく)遺跡の磨製石器の歴史から説き起こし、日本民族の驚
くべき足跡を明らかにした。

人類が最初に用いた道具は石器である。石器の中で、単に打ち砕いたので
なく、加工したものが道具としての磨製石器である。磨製石器の有無は文
明成立の条件のひとつだが、世界最古の磨製石器は日本列島で発見されて
いるというのだ。

岩宿遺跡の磨製石器は3万5000年前のものだった。その後も長野県、熊本
県、岩手県などからさらに古い3万8000年前まで遡る磨製石器が数多く発
見された。

他方、世界で磨製石器が使用されるようになるのは1万年前、日本列島の
文化は世界よりも2万8000年も進んでいたことになる。近隣諸国で言え
ば、中国の最古の磨製石器は1万5000年前のもので、朝鮮半島は7000年前だ。

であれば当然の疑問が湧く。古代、文明は中国から日本に伝わったのでは
なく、日本から中国、朝鮮半島に伝わったのではないか、と。

科学はまさに日進月歩、古代史も新しい科学的知見で年代が改められたり
することは珍しくない。日本列島に住んだ先人達の真実の歴史がもっと掘
り出され、日本は本当に凄い国であると明らかにされる日を楽しみにしたい。

竹田氏は『天皇の国史』で初代の神武天皇から、令和の今上天皇までを描
き切った。織田信長の意外な姿、明治天皇、昭和天皇のご決断。胸に迫る
場面は少なくない。

日本国の歴史を天皇を中心に見つめ直すことは、さまざまな歴史の事象か
ら日本文明の本質を掬い上げ、理解し、心にしみこませる作業につなが
る。是非、皆さんにも楽しんでほしいと願うものだ。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 新年の読書は『天皇の国史』だ 」

2021年01月07日

◆中国に試されている首相

櫻井よしこ
     
美しき勁き国へ】

 中国の王毅国務委員兼外相は令和2年を「中国外交の道のりの中で新
時代を切り開く、意義のある1年だった」と振り返った(2020年12月
11日)。

 雑誌「正論」が令和3年2月号でスクープした中国の国家衛生健康委員
会弁公庁(厚生労働省)の秘密文書は、中国が昨年1月3日時点で新型コ
ロナウイルスがヒトに感染する「重大伝染病」だと認識していたことを暴
露した。秘密書類には症例の「生物サンプルを直ちに隠滅、あるいは国家
が指定する機構に送れ」との指示が明記されていた。

 右の通達と同じ日に、武漢市は「ヒト感染はない」と発表。中国政府が
ヒトへの感染を認めたのは1月20日だった。中国政府はその後も500万
人規模の武漢市民の移動を許し、世界に「武漢ウイルス」を拡散させた。
にもかかわらず彼らはこの1年を「新時代を切り開く、意義ある年だっ
た」と自賛する。

 今年1月4日の年頭記者会見で、菅義偉首相は緊急事態宣言再発出の検
討を約した。日本や世界を有史以来の厄災に直面させ、多くの人々の命を
奪い、悲しみのどん底に突き落としたことへの反省は中国には全くない。

 彼らの開き直り思想はどこからくるのか。中国共産党機関紙「求是」の
令和3年元日号にその答えがある。いまや誰も物を言えない専制独裁者、
習近平国家主席の講話、「共に人類運命共同体を築こう」が源泉だろう。

 人類はおよそ皆、中国共産党主導の下にまとまり、共同体を創るのが理
想だという習近平思想は、もはや世界中が知っている。だが、米国に保証
された平和に慣れ切って、自らを守ることの重要性を忘れた日本人は、全
人類の運命共同体を支える軸が非人間的で暴力的であり得ることを見てい
ない。誰も唱えたことのない人類運命共同体の実現に向けて中国共産党が
まず取り組んだのが自国の国力強化である。その中心軸はむき出しの軍事
力の強化だ。軍事力の効用を政治・経済・社会・外交の全分野に及ぼすと
の中国共産党の決意を知るべきだ。

 昨年12月11日、習氏は党政治局の集団学習の場で、中国共産党は国家と
しての弱点を克服したと語っている。2012年11月の第18回党大会で
「全体的国家安全保障観を堅く持ち続ける思想」を「中国の特色ある社会
主義の堅持・発展」の基本方針に組み入れ、経済の発展と安全保障を一体
として捉え、それを2021〜25年の中期経済目標「第14次5カ年計画」
に初めて取り入れたというのだ。

 党と国家の全活動において、安全保障の重要性を前面に押し出す考え
だ。中国のいう発展はどれほど美しい衣をまとっていても、強い軍事力、
従わない民族や国を打ち砕く暴力と結びついていることの確認である。

 中国の脅威をわが国はどうとらえているか。全国紙五紙はいずれも新年
の社説でコロナ禍からの回復の重要性に言及したが、中国の世界戦略を支
え、強大化する軍事力の脅威について警告し、日本よ、国防力強化せよと
訴えたところは一紙もなかった。脆弱(ぜいじゃく)極まるわが国は最低
限、国土、国民を守るための軍事力の強化をどの国よりも急がなければな
らないというのに、このありさまだ。

 菅義偉(スガヨシヒデ)首相は4日の年頭記者会見で「自由で開かれたインド
太平洋」の実現に取り組むと語った。しかしこの壮大な戦略は経済力だけ
では推進できない。憲法改正と国防力の強化が欠かせないが、菅首相はそ
れを素通りする。

 官民あげての日本の油断を中国は見逃さない。混乱の中で米国の行動が
限定されていることも見逃してはならない。

 一連の危機の中で国防上、蟻(あり)の一穴になろうとしているのが尖閣
諸島だ。同諸島を所管する沖縄県石垣市の中山義孝市長は、危機は一段と
高まり、状況はこれまでと全く異なる、と言葉を強める。元日夜から中国
海警局の船4隻が接続水域に入った。人民解放軍と一体化した海警局の船
は昨年333日間、ほとんど1年中わが国の海を脅かしていた。自民党外
交部会長の佐藤正久氏が憤る。

 「昨年12月23日、与那国島の瑞宝丸が海警局の船4隻に追尾されたと
き、外務省アジア大洋州局長は中国公使に電話で抗議しました。次にどう
26日から27日にかけて別の漁船が海警局の船に都合2日間、合計12時間近
く追い回されたときも同じ対応でした。こんな抗議は無意味です。

 中国は、米大統領選でサンダース上院議員が撤退し、バイデン前副大統
領が民主党候補に決定した4月8日を機に尖閣における行動を一段、上げ
た。候補者の一本化で親中派バイデン氏勝利の可能性が出てきた。同氏は
トランプ大統領ほど怖くない。軍事力行使にも消極的だ。

 それからひと月後の5月8日、尖閣諸島の領海で「瑞宝丸」が海警局の
船2隻に追尾された。初めてだった。中国は「法執行」を世界に喧伝(け
んでん)したが、これも初めてだった。米国は試され、ここまでなら出て
こないと、中国は見てとったと思う。

 それから半年あまり、中国の「法執行」は強硬さを増している。中山氏
は次の段階で漁船の拿捕(だほ)や日本人の拘束も起こり得ると懸念する。

 今は日米が試されている。菅首相が試されているのだ。菅首相が覚悟す
べきときだ。事実上軍隊である中国海警局の船の侵入を防げるよう、軍隊
としての機能を否定した海上保安庁法第25条を改正し、海保、自衛隊の予
算をそれぞれ大幅に増額し、「自由で開かれたインド太平洋」推進の力と
するのがよい。何よりも憲法改正の議論を進めよ。主張しない国、自ら守
らない国は滅びるだけなのだから。

出典:産経新聞 令和3年1月5日

著者:櫻井よし子 【美しき勁き国へ】

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
松本市 久保田 康文 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

2020年12月31日

◆「統一朝鮮の核、日本の真の危機だ」

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2020年12月24日号
日本ルネッサンス 第931回

日本が位置する北東アジア地域はいまやミサイルの密度でいえば欧州より
も高く、世界一危険な地域である。核兵器についても同様だ。

中国、ロシア、そして北朝鮮。全て核保有国だ。

一番近い半島国家、韓国と北朝鮮が万が一にでも統一すれば、南北合わせ
て180万の軍隊が出現する。しかも核とミサイルを保有し、日本を射程に
とらえている。統一朝鮮は政治的には米国よりも中国に近くなるだろう。
南北朝鮮が反日感情を国家統一の軸のひとつにすることは容易に考えられ
る。日本に対しては今よりずっと激しい敵意を燃やすのではないか。

もしこんな状況が生まれるとしたら、日本は如何にして国民・国土を守る
のか。米国が同盟国だからといって米国に頼ってばかりでよいのか。

この種の問題提起はこれまで散々なされてきた。その度に日本が自力で国
民と国を守れるように、軍事的基盤の強化や憲法改正の必要性が強調され
た。直近の議論で言えば、イージス・アショアの見直しに関連して、わが
国は敵基地攻撃能力を持たなければならないという議論が生まれかけた。
国際社会では当然の考え方だ。しかし、その議論はいつの間にか消えてし
まったのではないか。憲法改正についても、何年も何年も、何も起きずに
今日に至っている。

そんなとき、米国防総省の副次官を務めたリチャード・ローレス氏が雑誌
「Wedge」12月号に、「核保有国の北朝鮮と日本」と題して、重要な
提案をした。日本は今すぐにでも、日本国の生き残りのために戦略の大転
換を考えなければならない、米国の中距離核戦力(INF)システムの導
入を検討せよという、生々しくも危機意識に溢れた内容である。

日本も米国も中国の脅威の増大に目を奪われがちで、北朝鮮の核・ミサイ
ル開発については警告を発しつつも、それを抑え込む決定的手立てを講ず
ることができないまま、彼らの核保有を許してしまった。

へつらい外交

その結果、北朝鮮は在日米軍のみならず、グアム、ハワイの米軍基地も弾
道ミサイルで核攻撃できる能力を持つに至った。そのため米国は西太平洋
における政治・軍事戦略の全面的見直しを迫られていると、ローレス氏は
指摘する。

氏はまた、南北朝鮮統一のシナリオと、その影響を日本も米国も真剣に考
えよと警告する。日本にいてもはっきりと韓国政治の混乱は見てとれる。
文在寅大統領は、南北統一を実現するためなら米韓同盟も捨てかねず、朝
鮮戦争で韓国を守った米国よりも中国に接近を図っているのは明らかだ。

北朝鮮に対しては信じ難い程に卑屈で従属的だ。今年6月16日、北朝鮮の
金与正氏が南北朝鮮の友好の象徴である南北連絡事務所を爆破し、韓国側
を「ゴミども」「駄犬」などと罵ったとき、文氏は南北関係の溝を埋める
べく国家情報院長の徐薫氏を送ると申し出た。北朝鮮側はその申し出をピ
シャリと拒否した。すると文氏は北朝鮮の回し者と言っていい朴智元氏を
国情院長に任命したのである。

朴智元氏はまさに北朝鮮の工作機関、統一戦線部と一心同体の人物であ
る。その危険な人物を、文氏が韓国の国情院長に任命したことは、韓国を
北朝鮮に売り渡したに等しい。民主主義国の旗を掲げながら、文氏が実際
に行っていることは専制独裁者の金正恩氏への従属外交でしかない。中国
の習近平国家主席に対するへつらい外交も同じである。

南北関係では、北朝鮮に多くの選択肢がある一方で、韓国には相手を宥
(なだ)めるしか手立てがない。韓国の弱さが北朝鮮の挑発を誘い、北朝鮮
は核の切り札を使って韓国を意のままに操る。文政権は明らかに米韓同盟
維持に熱心ではない。むしろ破棄を望んでいると見て差しつかえないだろ
う。文氏は恐らくその先に、北朝鮮に物心両面で尽くして民族統一を成し
遂げたいと願っている。

韓国が米国と共に、北朝鮮の核・ミサイル放棄を迫ることなど考えられな
い。北朝鮮は核を絶対に諦めない。結果、南北朝鮮は統一し、北朝鮮の核
技術に韓国の経済力と技術力が加わって、核を保有する人口7500万の統一
朝鮮が誕生するのは避けられないとローレス氏は言っているのだ。

氏はまた、日本はこの迫り来る危機を察知して、準備せよと言っている。
誰しもが日本が早急に手をつけるべきことは日米同盟の強化だと考える。
ローレス氏は、日米関係の緊密さ、日米同盟には微塵の揺らぎもないこと
を、南北朝鮮及び中国にきちんと見せていくことの重要性を説く。

具体的には、日本は国内に米国の中距離核ミサイルの配備、INFシステ
ムの導入を求めるべきだというのだ。ミサイルの発射は日米の合意による
とし、双方は単独では行動しないことも明確に定めるとする。

核の使用に踏み切る可能性

これは冷戦時代、米欧がソ連に対峙するために取った政策そのものだ。ソ
連が欧州諸国を狙う中距離核を突然配備したのに対し、西ドイツのシュ
ミット首相が米国の中距離核ミサイルを欧州に配備してほしいと要望し
た。当時中距離核ミサイルを保有していなかった米国は大急ぎで製造し、
配備し、ソ連に抑止をかけた。結論を言えば米ソはその後、核軍縮交渉に
入り、両国ともに中距離核ミサイルを全廃した。いま世界で最も多く中距
離核ミサイルを保有しているのは中国である。

中国及び北朝鮮の核ミサイルは間違いなく日本を狙っている。とりわけ北
朝鮮の場合、その挑発行動がエスカレーションを招き、歯止めのきかない
行動の連鎖によって核の使用に踏み切る可能性があると、ローレス氏は指
摘する。その場合、日本には国民と国を守る力はない。ならば米国と共同
で守るしか解決法はないという考えの先に、INFシステム導入という具
体案が提示されたのである。

ローレス提案をどう見るか。氏は北朝鮮の困窮極まる実態や、日本が一文
字の憲法改正もできていないことには触れていない。

北朝鮮の金正恩体制は経済的に追い詰められ危機に直面している。彼が文
大統領を従えて南北統一を主導することは容易ではない。中国と米国がど
う動くか。双方共、黙って見ていることはないだろう。しかし、長期的に
見れば、朝鮮半島が中国の影響下に引き摺りこまれつつあるのは否定でき
ない。

他方、日本は北朝鮮のみならず、中国の脅威に関しても当面日米同盟に依
拠するしかない。その場合も、しかし、今のままの日本を米国は同盟国と
して受け入れ続けるだろうか。日米豪印4か国の協力体制(クアッド)を
北大西洋条約機構のような軍事同盟にせよとの声もある。だが、憲法改正
もできていない日本にそんな議論は絵に描いた餅だ。日本の課題ばかりを
痛感させられたローレス論文だった。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 統一朝鮮の核、日本の真の危機だ 」

2020年12月25日

◆中国のTPP横取りを許すな

櫻井よしこ



『週刊新潮』 2020年12月17日号
日本ルネッサンス 第930回

中国の手法は時代が変わっても変わらない。一番賢いのは策略を巡らして
相手を出し抜くことだと信じる民族は、政治体制が王朝であろうと共産党
独裁であろうと、同じ発想で問題解決に当たる。その中国に、いま、日本
は最大の警戒心を抱かなければならない。

彼らは長い年月をかけて米国を完全に騙した。その結果、念願の世界貿易
機関(WTO)加盟が20年前だった。当時彼らは国有企業は減らす、中国
企業への不公正な補助金も優遇税制もなくすなど、多くの空約束をした。
西側先進諸国が騙され続けた年月に、中国は豊かな国々の経済を中国経済
のサイクルに巻き込み、不公正な手法で自国の利益を貪った。そうして世
界第二の経済大国となり、いまは米国追い落とし戦略に堂々と取り組んで
いる。

中国が米国を完全に屈服させ世界覇者になるためには、しかし、日本を抱
き込まなければならない。日本取り込みの第一歩を、中国はすでに具現化
したのではないか。

11月15日、東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国に日中豪韓ニュー
ジーランドの15か国で構成する地域的包括的経済連携(RCEP)に日本
は署名した。署名に至る実情を日本政府中枢の人物が語った。

「ASEAN、特に今年の議長国のベトナムが締結に前向きでした。日本
が反対すれば逆に日本がASEAN諸国から浮き上がる状況をつくられ、
署名せざるを得なかった」

中国中心の経済圏が南シナ海・西太平洋に誕生するのを日本は懸念し続け
た。当初の構成は「ASEAN+日中韓」だったのを、日本が豪印ニュー
ジーランドを入れた。インドはやがて中国を凌駕する人口大国だ。世界最
大の民主主義国家でもある。わが国はインドの参加を得てRCEPの中国
主導を防ぎたかった。

昨年まで日本案は順調に進展していたが、中国との間の貿易赤字拡大を嫌
うインドが、中印国境紛争などの国内問題もあって不参加に転じた。日本
はインドの翻意を説得できないまま、RCEPを締結した。

メチャクチャな主張

RCEPは経済連携体としては基準は高くない。関税撤廃率も全体として
91%にとどまり、国有企業優先などの不公平な慣習に対する基準も曖昧
だ。日本主導でまとめた環太平洋戦略的経済連携(TPP)の関税撤廃率
が99.3%で、国有企業撤廃にも厳しいのに較べれば、両者の違いは大き
い。だが、世界人口の30%、22億人と、世界のGDPの30%、26.2兆ドル
の大きな塊がRCEPだ。その中心に中国が座ることの意味は非常に深刻
である。

中国の李克強首相は11月18日、早速、その意義を語った。

「RCEPはアジア太平洋地域諸国の多国間主義と自由貿易を守る共通意
思の体現」で、「産業チェーン、供給チェーンの安定に役立つ」。

米国への明確な挑戦である。世界諸国を「アメリカ第一」の視点でしか見
ない米国と中国は違う、中国こそが真の国際社会の指導国となり得る、米
国の時代は終わり中国の時代だと、宣言したに等しい。

だが、米国に取って替わるにはもっと多くの課題がある。RCEPで南シ
ナ海・西太平洋の支配を固め、さらにTPPに入って、中国支配圏を拡大
しなければならない。11月20日、習近平国家主席がTPP参加の意向を示
したのは、まさにその乗っ取りのサインと読むのが正しい。

インド抜きのRCEP、アメリカ抜きのTPPこそ中国の世界経済支配の
道だろう。大戦略実現のカギが、TPPもろとも日本を取り込むことなの
だ。私たちの国と産業がいま、中国の最大のターゲットになっていること
を、日本政府、産業界、そして私たち自身も識(し)らなければならない。

中国は10月に輸出管理法を定めた。「国の安全と利益」に反する経済行
動、輸出入に対しては、報復措置を取るとした(48条)。同規定は域外で
の経済活動にも適用される(44条)ため、日本企業も対象である。報復措
置は刑事罰も含む。

中国は自国民が殺害されたり領土が奪われた場合だけでなく、国家の利益
が脅かされる場合、戦争に踏み切る法律案を公表済みである。利益に反す
る経済活動に「域外」、つまり中国以外の地域、即ち全世界の全企業に刑
事罰まで科すという。中国の国内法を国際社会に適用するというメチャク
チャな主張はこれが初めてではない。中国の正体がこんなものだとは誰も
想像できなかっただろう。

世界経済を中国が悪用し始めた第一歩がWTO加盟である。彼らの加盟交
渉の経緯を辿ると、中国人の熱意、戦略、戦術が見えてくる。一連の交渉
を担った朱鎔基氏は、ケ小平と共に毛沢東に粛清されて約20年間、死と隣
り合わせの厳しい時代を過ごした。試練を不屈の精神で生き抜いた兵(つ
わもの)は、1991年から2003年まで副首相、そして首相としてWTO問題
に取り組んだ。

日米分断を戦略目標

加盟交渉の最終段階、99年4月の訪米で、朱氏は米政財界の聴衆を前に
語っている。

ブッシュ大統領(父)の安全保障問題担当補佐官を務めたスコークロフト
氏が真っ先に、台頭した中国は米国のライバル、敵になるかと尋ねると、
朱氏は長い答えを返した。中・米の差は大きい。中国は核戦力もGDPも
小さい。差は何十年も埋まらないが、中国の成長は大きな市場を意味す
る。中国の台頭は米国の利益だ。米国は中国脅威論を中国好機論に変える
べきだ、と力強く語っている。

朱氏は米国要人に会う度に、米国の貿易赤字は中国の所為ではない、中国
側の利益は全体のごく一部にとどまる、中国よりも中間に介在する日本こ
そ大きな利潤を得ていると繰り返している。当時も今も中国は日米分断を
戦略目標としているのである。

頭の切れる朱氏も、しかし、中国人の枠を超えることはできず、幾つか、
馬脚を露す反論をしている。

99年4月2日、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙の発行
人、ピーター・カン氏との会談で、天安門事件で戦車の前に立ち塞がった
若い男性について訊かれた。朱氏は直ちに言い放った。「私にも想い出す
映像がある。米軍の爆撃でベトナムの少女が裸で逃げる映像だ。(中・
米)両者には基本的な相違点がある。天安門ではタンクは青年を轢かずに
回り込んだ」

WSJの発行人は何も反論できなかったが、ベトナム少女の悲劇は両国の
血みどろの戦争の中で起きた。天安門では中国政府が国民を殺した。青年
は逃れたが、幾千幾万の中国国民が政府に殺害され、私たちは今もその正
確な数を知らない。カン氏が指摘すべきは政府による自国民大虐殺の非で
ある。

日中関係も要注意だ。記者会見で尖閣問題を好き放題に言われて反論でき
なかった茂木敏充外相も外務省も、もっと厳しく構えることだ。


2020年12月12日

◆米新政権下、日本の気概が問われる

櫻井よしこ


米国大統領選挙の結果はまだ正式には確定されていない。とはいえ、
ジョー・バイデン前副大統領は人事を筆頭に政権構想を次々に発表し始め
た。他方、トランプ大統領は選挙での不正投票を巡る法廷闘争に関して弱
気に転じており、巻き返しの見通しは明るくない。

この間の11月12日、菅義偉首相はバイデン氏と電話会談をし、バイデン氏
は尖閣諸島に日米安保条約第5条を適用する旨語った。同件は日本では大
きく扱われたが、バイデン氏側の発表文には尖閣の文字はなかった。

明らかにバイデン氏が中国に遠慮したのであろう。中国が弱小国を脅かし
領土や島を奪うことに明確に反対し、中国の圧力下にある国々を護ると、
ポンペオ国務長官は明言した。このトランプ政権の対中政策と鮮やかな対
照をなすのが、バイデン氏の対中配慮外交であろうか。

菅・バイデン対話のもうひとつの重要点は「インド・太平洋戦略」に冠
(かぶ)せた形容詞だ。バイデン氏は菅首相に「安全で繁栄するインド・太
平洋」と語った。韓国、豪州、インドの首脳にも同じ表現を使っている。

「安全で繁栄する」は中国が使う表現で、「自由で開かれた」とは全く異
なる意味が込められている。中国には「A2AD」(接近阻止・領域拒
否)という戦略がある。南シナ海も西太平洋もインド洋も中国が席巻する
海とし、米国の進入と自由な航行を締め出すのがA2ADだ。中国が「自
由で開かれた海」に反対なのは明らかだ。インド・太平洋を中国が主導
し、その限りにおいて安全が担保されての繁栄こそ望ましいと考える。

中国の思惑そのものの表現をバイデン氏は各国首脳との電話会談で使った
ことになる。バイデン氏は選挙戦でも、「2020年民主党プラットフォー
ム」でも、「自由で開かれた」「インド・太平洋戦略」という表現は全く
使用していない。氏は安倍・トランプ両氏のインド・太平洋戦略を確信的
に変えるつもりだと見るべきだろう。

拉致問題に冷淡

安倍前首相は07年8月にインドを訪れて「二つの海の交わり」というすば
らしい演説をした。太平洋とインド洋を、従来の地理的境界を突き破る拡
大アジアの戦略的舞台ととらえ、二つの海を「広々と開き、どこまでも透
明な海として豊かに育てていく」という構想だ。日本とインドにはその構
想を実現する力があり責任もあると強調する内容だった。

それから5年後、第二次安倍政権発足直後に、安倍前首相は「民主的安全
保障のダイヤモンド構想」を発表した。インド・太平洋域内の民主主義国
家の協力こそ大事だとして、豪州、インド、日本、米・ハワイがダイヤモ
ンドの形を作ってインド洋から西太平洋に広がる公共の海を守るという戦
略だ。安倍前首相のこの一連の考えから「自由で開かれたインド・太平洋
構想」が生まれた。

同構想は13年9月に習近平国家主席が打ち上げた「一帯一路」構想への対
案となり、やがてトランプ政権が米国の戦略に取り入れた。トランプ氏は
17年11月、ベトナムのダナンで開催されたアジア太平洋経済協力会議
(APEC)で右の戦略を正式に発表した。
 
安倍・トランプ両政権の推進するインド・太平洋戦略を貫く考えは、両
地域は世界経済の最大の原動力で、インド・太平洋の平和と繁栄に全世界
の利害関係がかかっているからこそ、二つの海は自由で開かれていなけれ
ばならないというものだ。地政学的にインド・太平洋の中心は南シナ海で
ある。その南シナ海を自国領として力で現状変更を迫る中国への、強烈な
対抗の枠組みがインド・太平洋戦略なのだ。

しかし、前述のようにバイデン氏の政策構想からは「自由で開かれた」と
いう表現の一切が消えている。

バイデン氏は「フォーリン・アフェアーズ」誌の20年3・4月号に「なぜ米
国は再び主導しなければならないか」と題して寄稿し、トランプ氏は民主
主義も同盟関係も破壊したなどと厳しく批判した。バイデン論文の特徴は
米国に対立する国として中露両国を論じながら、ロシアに厳しく、中国に
寛容なことだ。

ロシアを侵略勢力と呼び、同盟国共々軍事力の強化を含めて多様な対抗手
段を講ずるべきだとする。他方中国は経済・貿易面での競合による知財窃
盗を批判しながらも、気候変動などで協力すべきだと説く。

バイデン氏が副大統領だったオバマ政権をつい想い出す。オバマ政権は拉
致問題に冷淡だった。トランプ大統領が金正恩と3回会談し、3回とも真っ
先に拉致問題を持ち出し、解決を促したのとは好対照だ。

疑惑を生んだ訪中

オバマ政権は尖閣に日米安保条約第5条を適用すると言明するのに非常に
慎重だった。ポンペオ国務長官の発言は先述したが、トランプ政権は第5
条適用を言明した。

オバマ政権は中国の南シナ海侵略も丸々4年間、黙認した。結果、中国が
同海域のほぼ全域に実効支配に至る基盤整備を許してしまった。

もう一点、日本も直接被害を受けるのが、東シナ海上空に中国が設定した
防空識別圏(ADIZ)である。13年11月、中国国防省は突如、当該空域
を管理する、圏内を飛ぶ航空機は飛行計画を中国側に提出せよ、従わない
航空機には中国軍が「防御的緊急措置を講じる」と発表した。

無法な要求に屈してオバマ政権は民間航空各社に中国の意図を尊重せよと
指示した。安倍政権は反対に一切無視せよと指示した。日本の対応の方が
はるかに理に適っている。

そのようなことがあった翌12月にバイデン氏は中国を訪れた。同行した子
息のハンター氏はこの訪問の直後に中国の投資会社の役員に就いた。

ちなみに大統領選挙期間中にハンター氏所有とされるコンピュータが修理
に出され、そこからハンター氏の中国及びウクライナを巡る疑惑が報じら
れた。疑惑を生んだハンター氏の訪中は中国のADIZ設定の時期とほぼ
重なる。国際社会に敵対的な措置を講じた中国に、なぜ、バイデン氏は副
大統領として訪問し、子息を伴ったのか。なぜハンター氏は中国の会社の
役員に就いたのか。トランプ氏ならずとも、バイデン一家と中国の関係に
注目するのは当然だろう。

私は日本政府の対中政策も懸念する。安倍政権の終わりにかけて政府は
「インド・太平洋戦略」を「インド・太平洋構想」と言い変えた。中国へ
の配慮か。そんな小手先の技が効くと思うのか。着々と軍事力強化を進め
る中国の脅威の前では、日本を守る真の力を強化することが正しい。それ
は尖閣を守る海保の力を強化し、自衛隊の力を強化し、日米豪印の軍事協
力を強め、インド・太平洋戦略により多くの国々を招き入れて、大同団結
することだ。

『週刊新潮』 2020年12月10日号
日本ルネッサンス 第929回

櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 米新政権下、日本の気概が問われる 」