2018年09月19日

◆人権は軽視されるのか改善に向かうのか

櫻井よしこ



「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内
の権力闘争」



「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政
府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中
国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村
に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者
たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され
た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の
王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく
許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許
可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ
たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ
た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段
になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私
がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と
はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り
合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少
し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ
せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が
突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた
からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を
海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。
矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不
尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼
の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼
は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多
くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局
に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを
自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ
に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕
された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強
い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有
利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首
相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが
劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中
国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘
争から目が離せない。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246 

2018年09月18日

◆目が離せない中国共産党内の権力闘争 

櫻井よしこ


「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内の
権力闘争」

「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政
府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中
国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村
に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者
たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され
た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の
王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく
許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許
可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ
たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ
た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段
になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私
がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と
はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り
合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少
し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ
せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が
突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた
からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を
海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。
矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不
尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼
の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼
は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多
くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局
に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを
自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ
に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕
された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強
い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有
利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首
相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが
劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中
国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘
争から目が離せない。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246 

2018年09月17日

◆報ステは福島の風評被害を煽るのか

櫻井よしこ


8月30、31の2日間、福島第一原発(1F)から出るトリチウムを含んだ水
の処分について、福島県富岡町などで公聴会が開かれた。地元在住で、
NPO法人ハッピーロードネット理事長の西本由美子さんが心穏やかなら
ずといった風情で語った。

「マスコミ報道は今回も表面的で事態の混乱を煽り立てるだけでした。地
域の実情や地元の思いを知っているかのように報じる彼らに、何度も苦い
思いをしてきました。原発事故そのものよりも、マスコミが作り出し、い
まも煽り続けている風評に私たちは苦しみ続けています」

実は私は、8月30日のテレビ朝日「報道ステーション」(以下報ステ)の
トリチウム汚染水を巡る報道振りを見て、その一方的な内容に憤ってい
た。報ステは汚染水の処理問題を理解するのに必要な基本的情報を全く伝
えなかった。視聴者に、事柄の全体像の把握と最も重要な問題点の理解に
つながる情報を伝えずして、報道番組たり得るのか。

事の本質を切り出して見せることもなく、表面的な批判に終始するので
は、井戸端会議的なワイドショーと同じではないか。そんな無責任な報道
が、原発問題を乗り越え、地域を再活性化し生活を立て直そうとしている
地元の人達の努力を潰す。西本さんはそのことを「マスコミによる風評被
害」と喝破したのである。

その日、報ステは汚染水問題の公聴会と、高速増殖炉「もんじゅ」で始
まった核燃料取り出し作業を、ひとつの項目で報じた。以下は公聴会の部
分の要旨である。

まずスタジオで女子アナが、1Fの汚染水が「どんどん増え続けている」
「処理された水が入ったタンクは900基」「これを薄めて海に流す案につ
いて、公聴会が開かれた」というリードを読んで、VTRに入った。

トリチウムは事実上無害

冒頭、漁師の小野春雄氏のコメントが炸裂した。

「福島県の海に放出することだけは、絶対に、反対です」

ナレーションで、1Fに大量保管されているトリチウム水は現在100万dを
超えて増え続けており、保管場所の確保は難しく、薄めて海に流す案が検
討中であると伝え、「海洋投棄が経済的にも一番優れた方法だ」という研
究者の見解を紹介。その直後、小野氏がまたもや激しく感情的に、こう語
るのが紹介された。

「トリチウムを海洋放出して、それが安全で(あろうと)なかろうと、そ
れを放出した時点から、さらに風評被害を上乗せされます。賠償金をもら
いたくて賛成するなんて、絶対、そんなことありえません」

別の出席者と傍聴人の、「風評被害は拡大する。そういった海産物を口に
したくない」「いわきに避難中だが、そういうことをやられると、帰って
くるという認識がまた遠のく」という批判が続いて公聴会の報道はここで
一区切りとなった。

こうしてみると、報ステが全く触れていないのが、➀トリチウムを含む汚
染水を日本を含む全世界がどのように処理しているか、➁トリチウムは有
害か無害か、という点である。

➀について、1Fから排出される汚染水は多核種除去装置で62種類の危険な
放射性物質を取り除いてトリチウムだけにし、十分に希釈して海に放出す
る。これが国際社会の基準で、中国、韓国、ロシア、米国など、どの国も
その基準で海に放出中だ。過去現在を含めて日本も同様だ。例外が福島な
のである。

➁について、トリチウムは元々、自然界に存在する核種でわずかに放射線
を出すが、水と同じ性質であるため生体内で濃縮されず、十分に薄めれば
人体には全く無害だ。雲などの大気中の水分に、空から降ってくる宇宙線
が衝突して、トリチウムが生まれ、その中で私たちは暮らしているが、ト
リチウムが人体に外部被曝を起こすこともない。体内に入っても体外から
降り注いでも、トリチウムは事実上無害だ。

こうしたことを伝えない報ステの意図は一体何か。トリチウム水の真実か
ら視聴者の目を逸らし、世界の基準である海洋放出という解決策をつぶ
し、反原発運動に弾みをつけさせる試みではないかと疑いたくなる。

もうひとつ、報ステが知らん顔をしていたのが、賠償金欲しさに放出に賛
成することは絶対にないと断じた小野氏の言葉である。現在も続く福島の
混乱と、結果として復興を妨げている後ろ向きな言動は、賠償金問題と密
接に絡み合っている。

東京電力は3.11以降今年7月末までに約8兆3000億円という膨大な額の賠償
を実行済みだ。その多くが福島県に集中している。

メディアに対する警戒心

大災害によって生じる損失への補償に関して、国はその実施期間を、商工
業は2年、農業は3年、漁業は4年以内としている。東電は福島県内の避難
指示区域内等に対して、商工業は国の基準の倍の4年に、将来分としてさ
らに2年間、農業も国の基準の倍の6年に加えてさらに3年間支払い、漁業
については現時点で終期を定めることなく賠償を継続中である。

漁業者への補償は終わりがないのだ。漁業者は商工業者、農業者に較べて
手厚く補償されているといえる。だが事情はもう少しこみ入っており、地
元に行くと、漁業補償が二つの型に大別されていることに気づく。

➀現在も完全に休業している漁民に、3.11以前の漁獲高(収入)と見合う
額を全額賠償しているケース、➁すでに漁に出ているが、以前の漁獲高に
較べて売り上げが不足な場合、その差を賠償するケースである。

3.11から7年余が過ぎたいま、多くの漁師が➁のパターンに戻っていて欲し
いと思うのは当然だろう。元気に働くことによって困難を乗り越える力も
出てくるからだ。しかし、現在も➀のパターンにとどまっている人々がい
る。漁業協同組合は、➀群、➁群の双方を守りつつ、東電との交渉の窓口に
なっている。漁に出ないで補償で暮す生活を続けるケースも、こうした状
況の中で許容されてきた。賠償目当てではないとの主張は、漁業者への手
厚い補償が多くの人の目に明らかな事実として映っているだけに、現地で
さえも必ずしも全面的に支持されていない。こうした微妙な背景も含め
て、報ステは現場取材により公平に伝えるべきだろう。

西本さんは、トリチウム水の放出に反対する福島の本心はメディアに対す
る警戒心だと語る。海への放出をメディアが危険だと煽り、福島産魚介類
が買い控えられ、福島の漁業が再起不能になることを避けてほしいという
メッセージだと言うのだ。
「マスコミは正しく報道することで風評被害をなくしていく責任を果た
せ、という問題提起です。政治がそこから逃げているならば、政治に風評
をなくすよう対応しろと要求する。それがマスコミがすべき『権力との対
峙』なのではないですか」

さて、報ステはどう答えるか。

『週刊新潮』 2018年9月13日号 日本ルネッサンス 第817回

2018年09月16日

◆支離滅裂に映る細川元首相

櫻井よしこ


「支離滅裂に映る細川元首相のインタビュー 闇雲な政権批判はメディア
の真価にあらず」

雑誌「選択」があらぬ方向に迷走中だ。巻頭インタビューは控え目に言っ
て無意味である。明らかな誤報や歪曲報道も目立つ。

選択の誇りは日本の大戦略を示し、論ずることで言論界に重きをなすこと
だったのではないか。闇雲な政権批判が物言うメディアの真価だと考えて
いるとしたら、無責任な野党並みだ。

9月号の細川護煕元首相の巻頭インタビューはどう読んでも支離滅裂だっ
た。氏は安倍晋三首相は「無私の心がない」「指導者として最も重要な歴
史観を明確に語っていない」などとしたうえで、「地球温暖化防止の『パ
リ協定』に本気で取り組んでいるとは言い難い」とも批判した。

氏は自身の言動の意味を、全くわかっていない。小泉純一郎元首相と共に
氏自身が推進する原発ゼロ政策や再生可能エネルギーをベース電源にする
という主張自体が、日本をパリ協定から遠ざけていることに思いが至らない。

細川氏の「原発再稼働反対と自然エネルギーへの転換」宣言は、実は猛暑
に見舞われた今夏、日本各地で事実上、実現されていた。原発再稼働が進
まない中で、私たちは太陽光発電と火力発電でなんとか乗り切ったのだ。

だが、大きな代償も払っている。太陽光発電の出力は午後4時には半減
し、日没時にはゼロになる。急激な出力低下を他電源で瞬時に補わなけれ
ば大停電を引き起こす。原発が使えないいま、火力発電の登場となる。必
然的にCO2が大量に排出される。かくしてわが国はいま、1キロワット時
の電気を生み出すのに540グラムのCO2を発生させている。スウェーデン
は11グラム、フランスは46グラムだ。わが国は先進国の中の劣等生なのだ。

それでも火力電源で太陽光電源を補えたのは奇跡的だった。太陽光の出力
低下を瞬時に補うには、戦闘機の緊急発進のような緊張のオペレーション
が必要で、その神経をすりへらす操作を、たとえば九州電力では優秀な現
場職員が担った。結果、現場はヘトヘトで、九電は遂に太陽光電力の買い
取り制限を発表した。

将来に向けての再生可能エネルギーの研究開発は無論大事である。そのう
えで強調したいのは、いま日本がCO2排出量を大幅に増やしてパリ協定
に逆行している現象は、細川氏らの主張がもたらす結果でもあるのだ。

細川氏はまた、安倍首相が拉致問題解決を「自分の時代の成果」にした
がっていると論難したが、自己反省に欠ける同発言に、「選択」は全く斬
り込めていない。

20年以上拉致問題を取材した立場から、細川氏を含めて歴代首相の中で安
倍首相ほど拉致解決に向けて力を尽くし続けている政治家はいないと断言
できる。細川内閣の中枢を占めていた社会党系の閣僚や衆参議長は拉致問
題に背を向け、解決に向けての協力など一切しなかったではないか。

1988年、梶山答弁で北朝鮮が日本国民を拉致していると国会で明らかにさ
れたにも拘わらず、細川氏も関心を示したことなどなかったではないか。

自身の責任は棚に上げて安倍首相を非難する細川氏に、その矛盾を質しさ
えしない「選択」の姿勢は一体、何なのだ。同じ9月号の99ページには横
田滋氏を病院に見舞った首相への批判記事がある。滋氏の容態悪化で、横
田家は首相の見舞いを「断りたかった」が「仕方なく受け入れた」と書い
ている。取材に妻の早紀江さんが語った。

「ご多忙の中、総理は主人の手を握って、政府も頑張っていますから、
待っていて下さいと励まして下さった。主人は笑顔を見せました。総理の
お見舞いを仕方なく受け入れたとか嫌がったなど、絶対にありません。私
も拓也も哲也も本当に総理には感謝していると、雑誌の方にはっきりとお
伝え下さい」

ニュースの判断基準を単なる反権力、反安倍の地平に置いては漂流する。
「選択」の存在価値の全否定ではないか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1247

2018年09月15日

◆報ステは福島の風評被害を煽るのか

櫻井よしこ


8月30、31の2日間、福島第一原発(1F)から出るトリチウムを含んだ水
の処分について、福島県富岡町などで公聴会が開かれた。地元在住で、
NPO法人ハッピーロードネット理事長の西本由美子さんが心穏やかなら
ずといった風情で語った。

「マスコミ報道は今回も表面的で事態の混乱を煽り立てるだけでした。地
域の実情や地元の思いを知っているかのように報じる彼らに、何度も苦い
思いをしてきました。原発事故そのものよりも、マスコミが作り出し、い
まも煽り続けている風評に私たちは苦しみ続けています」

実は私は、8月30日のテレビ朝日「報道ステーション」(以下報ステ)の
トリチウム汚染水を巡る報道振りを見て、その一方的な内容に憤ってい
た。報ステは汚染水の処理問題を理解するのに必要な基本的情報を全く伝
えなかった。視聴者に、事柄の全体像の把握と最も重要な問題点の理解に
つながる情報を伝えずして、報道番組たり得るのか。

事の本質を切り出して見せることもなく、表面的な批判に終始するので
は、井戸端会議的なワイドショーと同じではないか。そんな無責任な報道
が、原発問題を乗り越え、地域を再活性化し生活を立て直そうとしている
地元の人達の努力を潰す。西本さんはそのことを「マスコミによる風評被
害」と喝破したのである。

その日、報ステは汚染水問題の公聴会と、高速増殖炉「もんじゅ」で始
まった核燃料取り出し作業を、ひとつの項目で報じた。以下は公聴会の部
分の要旨である。

まずスタジオで女子アナが、1Fの汚染水が「どんどん増え続けている」
「処理された水が入ったタンクは900基」「これを薄めて海に流す案につ
いて、公聴会が開かれた」というリードを読んで、VTRに入った。

トリチウムは事実上無害

冒頭、漁師の小野春雄氏のコメントが炸裂した。

「福島県の海に放出することだけは、絶対に、反対です」

ナレーションで、1Fに大量保管されているトリチウム水は現在100万dを
超えて増え続けており、保管場所の確保は難しく、薄めて海に流す案が検
討中であると伝え、「海洋投棄が経済的にも一番優れた方法だ」という研
究者の見解を紹介。その直後、小野氏がまたもや激しく感情的に、こう語
るのが紹介された。

「トリチウムを海洋放出して、それが安全で(あろうと)なかろうと、そ
れを放出した時点から、さらに風評被害を上乗せされます。賠償金をもら
いたくて賛成するなんて、絶対、そんなことありえません」

別の出席者と傍聴人の、「風評被害は拡大する。そういった海産物を口に
したくない」「いわきに避難中だが、そういうことをやられると、帰って
くるという認識がまた遠のく」という批判が続いて公聴会の報道はここで
一区切りとなった。

こうしてみると、報ステが全く触れていないのが、➀トリチウムを含む汚
染水を日本を含む全世界がどのように処理しているか、➁トリチウムは有
害か無害か、という点である。

➀について、1Fから排出される汚染水は多核種除去装置で62種類の危険な
放射性物質を取り除いてトリチウムだけにし、十分に希釈して海に放出す
る。これが国際社会の基準で、中国、韓国、ロシア、米国など、どの国も
その基準で海に放出中だ。過去現在を含めて日本も同様だ。例外が福島な
のである。

➁について、トリチウムは元々、自然界に存在する核種でわずかに放射線
を出すが、水と同じ性質であるため生体内で濃縮されず、十分に薄めれば
人体には全く無害だ。雲などの大気中の水分に、空から降ってくる宇宙線
が衝突して、トリチウムが生まれ、その中で私たちは暮らしているが、ト
リチウムが人体に外部被曝を起こすこともない。体内に入っても体外から
降り注いでも、トリチウムは事実上無害だ。

こうしたことを伝えない報ステの意図は一体何か。トリチウム水の真実か
ら視聴者の目を逸らし、世界の基準である海洋放出という解決策をつぶ
し、反原発運動に弾みをつけさせる試みではないかと疑いたくなる。

もうひとつ、報ステが知らん顔をしていたのが、賠償金欲しさに放出に賛
成することは絶対にないと断じた小野氏の言葉である。現在も続く福島の
混乱と、結果として復興を妨げている後ろ向きな言動は、賠償金問題と密
接に絡み合っている。

東京電力は3.11以降今年7月末までに約8兆3000億円という膨大な額の賠償
を実行済みだ。その多くが福島県に集中している。

メディアに対する警戒心

大災害によって生じる損失への補償に関して、国はその実施期間を、商工
業は2年、農業は3年、漁業は4年以内としている。東電は福島県内の避難
指示区域内等に対して、商工業は国の基準の倍の4年に、将来分としてさ
らに2年間、農業も国の基準の倍の6年に加えてさらに3年間支払い、漁業
については現時点で終期を定めることなく賠償を継続中である。

漁業者への補償は終わりがないのだ。漁業者は商工業者、農業者に較べて
手厚く補償されているといえる。だが事情はもう少しこみ入っており、地
元に行くと、漁業補償が二つの型に大別されていることに気づく。

➀現在も完全に休業している漁民に、3.11以前の漁獲高(収入)と見合う
額を全額賠償しているケース、➁すでに漁に出ているが、以前の漁獲高に
較べて売り上げが不足な場合、その差を賠償するケースである。

3.11から7年余が過ぎたいま、多くの漁師が➁のパターンに戻っていて欲し
いと思うのは当然だろう。元気に働くことによって困難を乗り越える力も
出てくるからだ。しかし、現在も➀のパターンにとどまっている人々がい
る。漁業協同組合は、➀群、➁群の双方を守りつつ、東電との交渉の窓口に
なっている。漁に出ないで補償で暮す生活を続けるケースも、こうした状
況の中で許容されてきた。賠償目当てではないとの主張は、漁業者への手
厚い補償が多くの人の目に明らかな事実として映っているだけに、現地で
さえも必ずしも全面的に支持されていない。こうした微妙な背景も含め
て、報ステは現場取材により公平に伝えるべきだろう。

西本さんは、トリチウム水の放出に反対する福島の本心はメディアに対す
る警戒心だと語る。海への放出をメディアが危険だと煽り、福島産魚介類
が買い控えられ、福島の漁業が再起不能になることを避けてほしいという
メッセージだと言うのだ。
「マスコミは正しく報道することで風評被害をなくしていく責任を果た
せ、という問題提起です。政治がそこから逃げているならば、政治に風評
をなくすよう対応しろと要求する。それがマスコミがすべき『権力との対
峙』なのではないですか」

さて、報ステはどう答えるか。

『週刊新潮』 2018年9月13日号 日本ルネッサンス 第817回

2018年09月14日

◆目が離せない中国共産党内の権力闘争

櫻井 よしこ



「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内の
権力闘争」


「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政
府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中
国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村
に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者
たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され
た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の
王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく
許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許
可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ
たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ
た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段
になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私
がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と
はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り
合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少
し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ
せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が
突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた
からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を
海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。
矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不
尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼
の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼
は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多
くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局
に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを
自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ
に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕
された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強
い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有
利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首
相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが
劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中
国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘
争から目が離せない。

 『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246
             

2018年09月13日

◆人権は軽視されるのか改善に向かうのか

櫻井よしこ


「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内の
権力闘争」

「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政
府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中
国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村
に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者
たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され
た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の
王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく
許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許
可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ
たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ
た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段
になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私
がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と
はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り
合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少
し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ
せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が
突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた
からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を
海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。
矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不
尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼
の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼
は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多
くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局
に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを
自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ
に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕
された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強
い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有
利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首
相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが
劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中
国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘
争から目が離せない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246 

2018年09月11日

◆目が離せない中国共産党内の権力闘争

櫻井よしこ



「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内
の権力闘争」

「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政
府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中
国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村
に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者
たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され
た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の
王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく
許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許
可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ
たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ
た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段
になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私
がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と
はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り
合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少
し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ
せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が
突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた
からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を
海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。
矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不
尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼
の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼
は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多
くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局
に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを
自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ
に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕
された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強
い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有
利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首
相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが
劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中
国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘
争から目が離せない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246

2018年09月08日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図

櫻井よしこ



「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

2018年09月07日

◆「中国は世界一」の幻想を脱した二人

櫻井よしこ



題名を見て思わず笑い、中身を読んで慄然とする。いま、盛んに日本に微
笑み、「日中友好」を印象づける習近平国家主席の甘い罠に誘われ、前の
めりになっている日本の政治家や経営者全員に読んでほしい警告の書が、
『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(石平、矢板明夫
著、ビジネス社)である。

周知のように中国人だった石氏は天安門事件などを機に中国への疑問が決
定的になり日本国籍を取得した。矢板氏は中国残留孤児2世で15歳の時に
日本に引き揚げた。慶應大学国文科で和歌を学び、松下政経塾、中国社会
科学院などを経て産経新聞の記者となった。

一定の年齢まで中国人として育ち中国を見詰めた両氏の中国理解と、両氏
が打ち出す対中政策は、日本の中国研究者のおよそ誰よりも本質を突いて
いる。

それにしても、何という書名か。悪い冗談だと思って手に取ったが、両氏
は本当に自分たちが中国に生まれ育って世界一幸せだと信じていたのである。

人が餓死するのを目の前で見ても、ゴミ箱から拾った毛沢東の写真が載っ
た新聞紙で大根を包んだだけのお婆さんが、「反毛主席」の大罪で公開銃
殺されても、中国は世界一素晴らしいと信じきっていた。中国は世界一と
幼い頃から繰り返し教え込まれ、情報がコントロールされている国家で
は、いとも簡単に人々は騙される。

お婆さんの命を奪った公開処刑は娯楽のない民衆にはストレス発散の好機
だったという指摘も恐ろしい。文化大革命の頃は、共産党創立記念日など
祝日の前日には全国の大小都市で必ず公開処刑が行われ、石氏のいた成都
では50人の処刑をローマのサーカスを見る形で群衆が見物した。

「殺人ショーを見た翌日は祝日です。国慶節には特別にひとり0.5キロの
豚肉を供給されました。(中略)0.5キロの豚肉を口に入れて『ああ、こ
れで幸せ』という世界だったのです」と石氏は語っている。

中国当局の色メガネ

毛沢東の死で文革が終わりケ小平の時代になると、公開処刑は一旦中止さ
れた。だが矢板氏はそれが習政権下で復活していると指摘する。現在の中
国のおぞましさである。

矢板氏は幼い頃から国際政治に興味があったという。1979年のイランの米
大使館人質事件、その翌年のイラン・イラク戦争、80年のジョン・レノン
射殺事件などを、氏は中国で見ている。中国当局の色メガネを通している
ため、中国共産党と同じ見方になる。

それは「どんどん中国が強大化する一方で、米国が駄目になっていく」と
いう感覚だったという。少年だった矢板氏にそう感じさせたニュースの送
り手、中国共産党のエリートたちは、まさにより強くそのように理解して
いるはずだと氏は感想を語っているが、恐らく正しいのであろう。

日本に引き揚げた矢板氏は中国で抱いていた見方を修正できた。しかし習
主席を含む共産党幹部はずっとそのままなのではないか。その「自信」が
米国との軋轢の背景にあるのではないか。

オバマ前大統領が5年前に、米国はもはや世界の警察ではないと宣言した
ときから、中国の侵略行為は顕著になった。南シナ海の環礁を奪い、軍事
拠点化した。フィリピンの訴えを仲裁裁判所が全面的に支持し、中国の領
有権を否定したとき、判決を「紙クズ」だと斬り捨てた。トランプ大統領
の「アメリカ第一」を逆手にとり、中国こそが「民主主義」「自由貿易」
「環境重視」の旗手だと宣言し、米国に取って代わる姿勢を強調した。昨
年秋の共産党大会では、世界に君臨するのは中国だと事実上宣言した。そ
れが現在進行中の米国との貿易摩擦につながっているのではないか。

米中の貿易戦争をきっかけに、8月の北戴河会議では習氏の対外強硬路線
への批判が起きた。これ以上の摩擦回避のために習氏は米国に対し、した
たかな妥協策を繰り出すのか。展望は読みにくいが、中国共産党幹部の中
に、米国は衰退する、中国は強大化する、時間は中国に有利に働くとの確
信があるであろうことは肝に銘じておかなければならない。この種の誤解
ほど危険なものはない。

中国経済が確実に悪化し、一帯一路に代表される大戦略もほころび始めた
中で、習氏にとって経済回復の手立ては全く見えていない。

経済回復が不可能なら、民族主義が次なる求心力にならざるを得ない。そ
れは自ずと対外拡張路線につながる。石氏は、習氏が「国内矛盾を克服す
るためにも、戦争を仕掛ける可能性がある」と指摘し、矢板氏は、台湾が
ターゲットだと断言する。台湾奪取のシナリオのために、習氏は、専門家
をロシアに派遣し、2014年にロシアが如何にしてクリミア半島を奪った
か、詳細に研究中だと明かす。

台湾、沖縄が狙われる

サイバーテロから始まり、フェイクニュースを流し、種々の工作で敵側を
混乱に陥れる。クリミアで親ロシア勢力に蜂起させ、政権を取らせる。間
髪を入れずにロシア軍が出兵する。プーチン大統領のシナリオを参考に、
台湾を窺う習氏。20年から25年の間に何らかの行動を習氏は起こす、その
ための準備がすでに台湾ヤクザを利用して始まっている、との矢板氏の明
言を正面から受けとめるべきだ。

台湾の後には沖縄が狙われる。中国の沖縄に対する目論見は日本からの独
立だ。沖縄を中国の朝貢外交に組み入れ、日本を牽制するためだと矢板氏
は説明する。沖縄独立論を唱えるのは少数の日本人だ。彼らと中国側の連
携で、中国や国連で「琉球独立」に関するシンポジウムや会見が行われて
いることを、本欄で私も報じてきた。沖縄独立論者がごく少数派だからと
言って過小評価していてはとんでもないことになる。

両氏は、中国にとっての日本を北京ダックにたとえている。皮は餅皮に包
み少しタレをつけて、肉は炒めて、骨はスープにして食べ尽くす。三度満
喫できる。その心は、第一に中国共産党は日本と国民党を戦わせて政権を
とった。第二に改革開放で日本の資金と技術で中国の経済成長を支えさせ
た。最後に愛国反日教育を徹底して国民を束ねた。骨までしゃぶられてき
たこと、現在も危うい情勢であることに、好い加減気づくべきだろう。

両氏の対話は米中の究極のディールにも及ぶ。米中間で台湾と北朝鮮の交
換、即ち北朝鮮の核とICBMをやめさせる代わり、中国の台湾侵攻に米
国は介入しないというものだ。

まさかと考えてはならない。最悪の可能性をも頭に入れた上で、日本は自
力を強化する以外に生き残れない。北朝鮮が実質核保有国になる場合を想
定して、日本も核武装の是非まで含めた議論をすべきだという主張には、
十分正当性があると思う。
『週刊新潮』 2018年9月6日号  日本ルネッサンス 第816回

2018年09月06日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図

櫻井よしこ


「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

2018年09月05日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾

                          櫻井よし子


「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

2018年09月04日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図

櫻井よしこ


「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245