2019年04月12日

◆穏やかさと優しさの新元号「令和」

櫻井よしこ


資料を午前中一杯で読み終えて午後は執筆にかかろうと、早朝から書斎に
こもっていた。しかしそれどころではない。上空をヘリコプターが飛び交
い、騒然たる状況だ。新元号の決定と発表の日であるから、当然だろう。

落ち着かなくなり遂にテレビをつけた。時々刻々、状況が伝えられ、多く
の人々が発表を待ちわびていた。皆、同じ気持ちなのだ。4月1日は新元号
の発表日で、新天皇のご即位はひと月も先なのに、気のはやい私たちはこ
ぞって新時代の到来を寿(ことほ)いでいる。

秘書たちと一緒に私は官邸の会見室の映像を見つつ、その瞬間を待った。
公益財団法人モラロジー研究所教授の所功氏が出演していたが、元号につ
いて第一人者の解説には安心して耳を傾けられる。

予定を過ぎた11時40分、菅義偉官房長官が会見室に姿を見せた。

「新しい元号は『令和』であります」

はっきりした口調とキリッとした表情には威厳があった。「令和」は万葉
集の「梅花の歌32首の序」に依るとの説明に嬉しさが満ちてきた。

『万葉集』とは、なんと心憎いことか。中国の古典に加えて日本の古典か
らも採用し得ると公にされたとき、「記紀」を想定した人は多かったはず
だ。だが、『万葉集』も日本の誇るべき国書、これこそ国民文学の粋である。

早速書棚から、昭和53年8月15日出版の講談社文庫『万葉集(一)』(中
西進・校注)の初版を取り出して、菅氏の説明の、メモしきれなかった部
分を補った。

そこには「天平二年正月13日に、帥(そち)の老(おきな)の宅(いへ)に萃
(あつ)まりて、宴会を申(ひら)く」とある。

「時に、初春(しよしゆん)の令月(れいげつ)にして、気淑(よ)く風和(や
はら)ぎ、梅は鏡前(きようぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭は珮後(はい
ご)の香を薫(かをら)す」と続いている。

中西氏はこれを次のように現代語訳した。

「時あたかも新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡
の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただ
よわせている」

全国民の歌

典拠となった「序」は大伴旅人が書いたと中西氏は解説し、さらに「序」
は次のように描写する。

「ここに天をきぬがさとし地を座として、人々は膝を近づけて酒杯をくみ
かわしている。すでに一座はことばをかけ合う必要もなく睦み、大自然に
向かって胸襟を開きあっている」

究極の平和と人々の睦み合う美しい風景である。その中で32人は4組に分
かれて円座で歌を廻らせたと思われる。

安倍晋三首相の会見は正午を5分過ぎて始まった。200年振りのご譲位を支
障なくここまでやり遂げ、無事新元号の発表に漕ぎつけた首相には、さぞ
かし感慨深いものがあるはずだ。選んだ「令和」には、男女、階層、職業
の別なく全員が参加する豊かな国民文化への誇りが込められている。

なんといっても1200年前に編纂されたわが国最古の歌集には、天皇や皇族
から農民、防人まで、まさに全国民の歌が4500首も収められているのだ。
首相は語った。

「悠久の歴史と薫り高き文化、四季折々の美しい自然。こうした日本の国
柄をしっかりと次の時代へと引き継いでいく」

自然を愛で人間を大切にする日本の特質は、先の32首が詠み人各人の名前
と肩書きと共に明記されていることにも表れている。そのような扱いは身
分のある人々に限られるものではなく、663年に日本が惨敗した「白村江
の戦い」の後、九州辺要の地の守備にあたった防人たちも同様だったので
ある。戦いから約90年後、約100首が防人たちの名前と、その妻のものさ
え一緒に『万葉集』に編入された。

このようなことは当時の大国、中国の隋や唐でさえありえなかった。彼の
地では農民や兵士は使い捨てだったが、わが国では農民や兵たちは大御宝
(おおみたから)と呼ばれた。彼らは歌を詠み、その歌が歌集に残され、
1200年後の今に伝えられている。

中西氏によると『万葉集』の歌の約半分は作者未詳である。氏の説明だ。

「無名歌を残したような人々が『万葉集』の根幹を構成する人々である。
(中略)多数の人々の歌を、歌として認定し、その中に有名歌人の作も交
えるのが『万葉集』である」

日本が一人一人の人間を大事にして、国造りを進めてきたことの証のひと
つが『万葉集』であろう。

歌は人の心、感性を表現し、神話は民族の心と感性を表現すると言ってよ
い。その神話の性格が、わが国と他国とは根本的に異なると指摘する一人
が『アマテラスの誕生』(岩波新書)の著者、溝口睦子氏である。

大和の道を選んだ

同書によると、日本の神話や伝説には民間の古い創世神話や英雄伝説が大
量に取り込まれているが、たとえば朝鮮半島の神話・伝説の主文献である
『三国史記』や『三国遺事』に記録されているのは「王権や支配者の起源
を語る神話や伝承」だという。重視されていたのは庶民の幸福や楽しみよ
りも、支配者の権力や権威だったと見てよいだろう。

万葉の歌人たちがのびのびと大らかに謳い上げている、迸(ほとばし)る情
熱が特徴でもある『万葉集』から新元号が選ばれ、日本の長い元号の歴史
で初めて漢籍から離れたことは、きっと日本の歴史への深い興味をもう一
度、呼び起こすことだろう。

わが国が未だ文字を持たなかった時代、私たちは中華文明の影響を受けて
文字を学んだ。聖徳太子は中国を尊びながらも、わが国を勝手に属国と見
做す中国に、607年、日本は中国と対等の国だと宣言した。

その誇りと気概は受け継がれ、女帝、斉明天皇は朝鮮半島に兵を出し、唐
と新羅の連合軍と戦う決断をした。日本は唐・新羅連合に敗れはしたが、
唐に和睦を乞わなかった。女帝の皇子たち、天智天皇と天武天皇は撤退し
たものの、唐の脅威に果敢に立ち向かった。

天智天皇は中華帝国に対する軍事的防護を強化し、天武天皇は日本人の日
本人たる精神的支柱を打ち立てた。それが、日本の民間の古い創世神話や
英雄伝説を大量に取り込んだ『古事記』である。

その先に、まさに慈悲と徳を実践した聖武天皇の政治がある。

『万葉集』の編纂は聖徳太子亡き後に始まり、聖武天皇の崩御後、完結し
たと見られる。民族の生き方として中華の道ではなく大和の道を選んだ歴
代天皇の時代を通して編纂されたことになる。

こんな歴史を想い起こさせるのが新元号だ。即位なさる陛下と、国民の心
が固く結ばれ、その歩まれる道が明るく照らされ、良い時代になることを
心から願っている。

『週刊新潮』 2019年4月11日号日本ルネッサンス 第847回

2019年04月11日

◆緊迫した状況が生まれている北朝鮮情勢

櫻井よしこ


「緊迫した状況が生まれている北朝鮮情勢 日米主導の制裁をこのまま続
けるべきだ」

2月末のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談決裂後、金正恩朝鮮労働党委
員長の足下が不穏である。

朝鮮問題の専門家、西岡力氏が3月22日にインターネットの「言論テレ
ビ」で、北朝鮮の平壌を出発した保衛部の幹部5人、部長3人と課長2人が
姿を消したと報じた。彼らは3月19日に平壌を出発し、中国との国境に近
い新義州で昼食をとり、中朝国境の川、豆満江にかかる橋を渡り中国・丹
東に向かった。そこで中国に派遣されている保衛部員らと落ち合い北京に
向かうはずだったが、忽然と消えた。

保衛部はナチスの秘密国家警察、ゲシュタポと似た組織で政治警察部隊の
ことだ。

北朝鮮は直ちに追っ手を出した。保衛部は信用できないとして、軍の工作
部隊である偵察総局の精鋭20人を中国に送り込んだ。元韓国公使で「統一
日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が指摘した。

「幹部の集団逃走は保衛部解体につながる程の衝撃でしょう。5人は家族
を置き去りにして逃げている。家族は間違いなく収容所送りでしょうか
ら、余程切迫した状況だったはずです」

正恩氏は祖父も父もしなかった苛烈な粛清に走っている。叔父の張成沢氏
の処刑、母違いの兄、金正男氏の暗殺、自分を守る役割で自分に最も近い
保衛司令部、さらに党の組織指導部までをも粛清し始めている。

組織指導部とは正恩氏自身が作った党の中の党だ。重要政策の決定から幹
部の人事権、正恩氏に上げる情報の取捨選択まで行う。

5人の逃走から8日、北朝鮮は中国当局にも捜索を依頼し、偵察総局の面々
も、ホテルや食堂、民家まで徹底的に捜索しているが、杳として行方が知
れない。ここまでは事実で、これから先は西岡、洪両氏の推測である。

3月1日に北朝鮮臨時政府を作ったと「自由朝鮮」と名乗る勢力が宣言し
た。彼らは2月22日にスペイン・マドリッドの北朝鮮大使館を襲い、コン
ピュータを持ち去った。米紙「ワシントン・ポスト」が一部始終を詳しく
報道した。自由朝鮮は暗殺された正男氏の長男のハンソル氏をマカオから
脱出させて保護している勢力だが、マカオ脱出は中国当局の協力なしには
不可能だったとされている。

とすれば、保衛部幹部5人が逮捕されていないこととも、中国当局は関係
があるのか。洪氏は次のように憂う。
「仮に自由朝鮮がハンソル氏を担いで臨時政府樹立を画策しているのな
ら、失敗すると思います。それは王朝四代目になり、中国の傀儡ですから」

西岡氏の感想だ。

「もしも自由朝鮮の犯行だとすると、彼らはかなりの組織力を持ってい
る。襲撃事件を起こした、それを米国紙に書かせた、マカオからハンソル
氏を救出した。脱北者だけではできないでしょう。米中共に正恩氏の核保
有を望んでいないことを考えると、一連の事件に何らかの工作がされた可
能性はあると思います」

正恩氏はハノイから戻って、すぐに初級宣伝活動家大会を開き、以下の3
方針を打ち出した。(1)米国とは長期戦になる、(2)自給自足を強め
よ、(3)指導者(自身)の神格化をするな。

ハノイに出かける前は、党幹部らを前に、対米交渉は順調だ、もうすぐ
(日本から)大金をとれる、もう少しの我慢だと言っていたのとは正反対
だ。金一家は常に自分たちを神のように崇めよと命じてきた。それがい
ま、人民は首領を神格化せずに、つまり、首領にたよらず食べていけと
言っている。

北朝鮮の国民は1990年代に金正日氏の悪政で300万人が餓死した。彼ら
は、「今回は黙って死ねない」と誓っている(「自由北朝鮮放送」代表、
キム・ソンジン氏)。何があってもおかしくない緊迫した状況が生まれて
いる。日米主導の制裁が功を奏している。

『週刊ダイヤモンド』 2019年4月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1274

2019年04月10日

◆緊迫した状況が生まれている北朝鮮情勢

櫻井よしこ


「緊迫した状況が生まれている北朝鮮情勢 日米主導の制裁をこのまま続
けるべきだ」

2月末のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談決裂後、金正恩朝鮮労働党委
員長の足下が不穏である。

朝鮮問題の専門家、西岡力氏が3月22日にインターネットの「言論テレ
ビ」で、北朝鮮の平壌を出発した保衛部の幹部5人、部長3人と課長2人が
姿を消したと報じた。彼らは3月19日に平壌を出発し、中国との国境に近
い新義州で昼食をとり、中朝国境の川、豆満江にかかる橋を渡り中国・丹
東に向かった。そこで中国に派遣されている保衛部員らと落ち合い北京に
向かうはずだったが、忽然と消えた。

保衛部はナチスの秘密国家警察、ゲシュタポと似た組織で政治警察部隊の
ことだ。

北朝鮮は直ちに追っ手を出した。保衛部は信用できないとして、軍の工作
部隊である偵察総局の精鋭20人を中国に送り込んだ。元韓国公使で「統一
日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が指摘した。

「幹部の集団逃走は保衛部解体につながる程の衝撃でしょう。5人は家族
を置き去りにして逃げている。家族は間違いなく収容所送りでしょうか
ら、余程切迫した状況だったはずです」

正恩氏は祖父も父もしなかった苛烈な粛清に走っている。叔父の張成沢氏
の処刑、母違いの兄、金正男氏の暗殺、自分を守る役割で自分に最も近い
保衛司令部、さらに党の組織指導部までをも粛清し始めている。

組織指導部とは正恩氏自身が作った党の中の党だ。重要政策の決定から幹
部の人事権、正恩氏に上げる情報の取捨選択まで行う。

5人の逃走から8日、北朝鮮は中国当局にも捜索を依頼し、偵察総局の面々
も、ホテルや食堂、民家まで徹底的に捜索しているが、杳として行方が知
れない。ここまでは事実で、これから先は西岡、洪両氏の推測である。

3月1日に北朝鮮臨時政府を作ったと「自由朝鮮」と名乗る勢力が宣言し
た。彼らは2月22日にスペイン・マドリッドの北朝鮮大使館を襲い、コン
ピュータを持ち去った。米紙「ワシントン・ポスト」が一部始終を詳しく
報道した。自由朝鮮は暗殺された正男氏の長男のハンソル氏をマカオから
脱出させて保護している勢力だが、マカオ脱出は中国当局の協力なしには
不可能だったとされている。

とすれば、保衛部幹部5人が逮捕されていないこととも、中国当局は関係
があるのか。洪氏は次のように憂う。
「仮に自由朝鮮がハンソル氏を担いで臨時政府樹立を画策しているのな
ら、失敗すると思います。それは王朝四代目になり、中国の傀儡ですから」

西岡氏の感想だ。

「もしも自由朝鮮の犯行だとすると、彼らはかなりの組織力を持ってい
る。襲撃事件を起こした、それを米国紙に書かせた、マカオからハンソル
氏を救出した。脱北者だけではできないでしょう。米中共に正恩氏の核保
有を望んでいないことを考えると、一連の事件に何らかの工作がされた可
能性はあると思います」

正恩氏はハノイから戻って、すぐに初級宣伝活動家大会を開き、以下の3
方針を打ち出した。(1)米国とは長期戦になる、(2)自給自足を強め
よ、(3)指導者(自身)の神格化をするな。

ハノイに出かける前は、党幹部らを前に、対米交渉は順調だ、もうすぐ
(日本から)大金をとれる、もう少しの我慢だと言っていたのとは正反対
だ。金一家は常に自分たちを神のように崇めよと命じてきた。それがい
ま、人民は首領を神格化せずに、つまり、首領にたよらず食べていけと
言っている。

北朝鮮の国民は1990年代に金正日氏の悪政で300万人が餓死した。彼ら
は、「今回は黙って死ねない」と誓っている(「自由北朝鮮放送」代表、
キム・ソンジン氏)。何があってもおかしくない緊迫した状況が生まれて
いる。日米主導の制裁が功を奏している。

『週刊ダイヤモンド』 2019年4月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1274

2019年04月09日

◆緊迫した状況が生まれている北朝鮮情勢

櫻井よしこ


「緊迫した状況が生まれている北朝鮮情勢 日米主導の制裁をこのまま続
けるべきだ 

2月末のベトナム・ハノイでの米朝首脳会談決裂後、金正恩朝鮮労働党委
員長の足下が不穏である。

朝鮮問題の専門家、西岡力氏が3月22日にインターネットの「言論テレ
ビ」で、北朝鮮の平壌を出発した保衛部の幹部5人、部長3人と課長2人が
姿を消したと報じた。彼らは3月19日に平壌を出発し、中国との国境に近
い新義州で昼食をとり、中朝国境の川、豆満江にかかる橋を渡り中国・丹
東に向かった。そこで中国に派遣されている保衛部員らと落ち合い北京に
向かうはずだったが、忽然と消えた。

保衛部はナチスの秘密国家警察、ゲシュタポと似た組織で政治警察部隊の
ことだ。

北朝鮮は直ちに追っ手を出した。保衛部は信用できないとして、軍の工作
部隊である偵察総局の精鋭20人を中国に送り込んだ。元韓国公使で「統一
日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が指摘した。

「幹部の集団逃走は保衛部解体につながる程の衝撃でしょう。5人は家族
を置き去りにして逃げている。家族は間違いなく収容所送りでしょうか
ら、余程切迫した状況だったはずです」

正恩氏は祖父も父もしなかった苛烈な粛清に走っている。叔父の張成沢氏
の処刑、母違いの兄、金正男氏の暗殺、自分を守る役割で自分に最も近い
保衛司令部、さらに党の組織指導部までをも粛清し始めている。

組織指導部とは正恩氏自身が作った党の中の党だ。重要政策の決定から幹
部の人事権、正恩氏に上げる情報の取捨選択まで行う。

5人の逃走から8日、北朝鮮は中国当局にも捜索を依頼し、偵察総局の面々
も、ホテルや食堂、民家まで徹底的に捜索しているが、杳として行方が知
れない。ここまでは事実で、これから先は西岡、洪両氏の推測である。

3月1日に北朝鮮臨時政府を作ったと「自由朝鮮」と名乗る勢力が宣言し
た。彼らは2月22日にスペイン・マドリッドの北朝鮮大使館を襲い、コン
ピュータを持ち去った。米紙「ワシントン・ポスト」が一部始終を詳しく
報道した。自由朝鮮は暗殺された正男氏の長男のハンソル氏をマカオから
脱出させて保護している勢力だが、マカオ脱出は中国当局の協力なしには
不可能だったとされている。

とすれば、保衛部幹部5人が逮捕されていないこととも、中国当局は関係
があるのか。洪氏は次のように憂う。
「仮に自由朝鮮がハンソル氏を担いで臨時政府樹立を画策しているのな
ら、失敗すると思います。それは王朝四代目になり、中国の傀儡ですから」

西岡氏の感想だ。

「もしも自由朝鮮の犯行だとすると、彼らはかなりの組織力を持ってい
る。襲撃事件を起こした、それを米国紙に書かせた、マカオからハンソル
氏を救出した。脱北者だけではできないでしょう。米中共に正恩氏の核保
有を望んでいないことを考えると、一連の事件に何らかの工作がされた可
能性はあると思います」

正恩氏はハノイから戻って、すぐに初級宣伝活動家大会を開き、以下の3
方針を打ち出した。(1)米国とは長期戦になる、(2)自給自足を強め
よ、(3)指導者(自身)の神格化をするな。

ハノイに出かける前は、党幹部らを前に、対米交渉は順調だ、もうすぐ
(日本から)大金をとれる、もう少しの我慢だと言っていたのとは正反対
だ。金一家は常に自分たちを神のように崇めよと命じてきた。それがい
ま、人民は首領を神格化せずに、つまり、首領にたよらず食べていけと
言っている。

北朝鮮の国民は1990年代に金正日氏の悪政で300万人が餓死した。彼ら
は、「今回は黙って死ねない」と誓っている(「自由北朝鮮放送」代表、
キム・ソンジン氏)。何があってもおかしくない緊迫した状況が生まれて
いる。日米主導の制裁が功を奏している。

『週刊ダイヤモンド』 2019年4月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1274

2019年03月20日

◆前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説

櫻井よしこ


「私の印象はむしろ底意地の悪い日本非難だ」

文在寅韓国大統領の「3・1運動記念式」での演説を前向きに報じたメディ
アが多かった。

「時事通信」は「日本批判を控えた」とし、「毎日新聞」は「文大統領
『協力の未来』強調、対日批判避ける」の見出しで「直接の対日批判を控
え、『朝鮮半島の平和のため、日本との協力も強化する』と日韓協調を呼
びかける内容」だと伝え、「朝日新聞」は「外交摩擦を避ける姿勢を示し
た」と報じた。

私の印象は異なる。文演説を貫く思想と論理に「対日批判を控えた」など
の論評は当たらない。むしろ、まつわりつく底意地の悪い日本非難だった
と感ずる。

氏はざっと次のように語っている。

「日帝(大日本帝国)は独立軍を『匪賊』、独立運動家を『思想犯』と見
做し弾圧した。このときに『アカ』という言葉もできた。これは民族主義
者からアナキストまで、全ての独立運動家にレッテルを貼る言葉で、日帝
が民族を引き裂くために用いた手段だった」

日本の敗戦で朝鮮は独立した。彼らはそれを「解放」と呼ぶが、文氏は
「解放された祖国で『日帝警察の出身者』が『独立運動家をアカとして追
及し、拷問』した」と演説している。

日本が「民族を引き裂く手段」を朝鮮社会に埋め込み、それが独立後も生
き続けたと主張したのだ。「多くの人々が『アカ』と規定され」「家族と
遺族は反社会的の烙印を押された中で不幸な人生」を送り、現在もその呪
いが続いているというのが文氏の非難だ。

「今も、攻撃する道具としてアカという言葉が使われており、変形した
『イデオロギー論』が猛威をふるっている。一日も早く清算すべきは、こ
のような代表的な親日残滓です」

どう読んでもこれは、「対日批判を控え」「日韓協調を呼びかける内容」
ではないだろう。文氏の批判は反日にとどまらず反米にも通ずる。朝鮮半
島を巡る国際政治の力学を、従来の「日米韓vs中北」から「日米vs中
北韓」の構図に変える意図が読み取れる。

3月1日のインターネットの「言論テレビ」で朝鮮問題の専門家、西岡力氏
が解説した。

「文演説に先立つ2月27日に、韓国の第一野党である自由韓国党の代表選
挙が行われました。3人の候補者は、文政権は安全保障で北への武装解除
を進め、経済では社会主義政策を取る亡国政権だ、これでは韓国も自由民
主主義体制も滅びると、激しく非難しました。彼らは文政権の思想的基盤
は共産主義に近いと疑っています。そのような中で展開される『アカ』批
判は日帝そのものだという反撃が、先の文氏の3・1演説なのです」

文氏が訴えたのは、日本統治が終わっても憎むべき親日派は清算されずに
韓国に残り、反共勢力、親米勢力に化けて(朴正煕元大統領のような)軍
事政権を作った。自分がその勢力を一掃するのだという決意に他ならない。

それに対して、保守派は文氏の動きの背後には結局、北朝鮮、「アカ」が
いると突きつける。さらにそれに対して、その表現こそ日帝の影響を受け
た親日派の証拠だというのが、文演説の真意だ。文氏は決して日本に配慮
しているのではない。西岡氏の指摘だ。

「文氏は一方で、大きな嘘もついています。1919(大正8)年の3・1独立
運動の参加人数を202万人、死者は7500人だったと演説しました。実は韓
国の国立機関、国史編纂委員会が2月20日に最新の研究成果として、デモ
参加者は103万人、死者は934人と発表しました。文氏は国立機関の調査結
果を無視して、それに倍、または8倍の大きな数字を言ったわけです。対
日歴史戦はまだまだ続ける執念深さがあるのです」

ちなみに朝日新聞も専門家で構成する国史編纂委員会報告を無視して文氏
同様、死者7500人と報じた。こちらは間違いか、大嘘か。教えてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1271

2019年03月19日

◆前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説

櫻井よしこ


「前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説 私の印象はむしろ底意地の
悪い日本非難だ」

文在寅韓国大統領の「3・1運動記念式」での演説を前向きに報じたメディ
アが多かった。

「時事通信」は「日本批判を控えた」とし、「毎日新聞」は「文大統領
『協力の未来』強調、対日批判避ける」の見出しで「直接の対日批判を控
え、『朝鮮半島の平和のため、日本との協力も強化する』と日韓協調を呼
びかける内容」だと伝え、「朝日新聞」は「外交摩擦を避ける姿勢を示し
た」と報じた。

私の印象は異なる。文演説を貫く思想と論理に「対日批判を控えた」など
の論評は当たらない。むしろ、まつわりつく底意地の悪い日本非難だった
と感ずる。

氏はざっと次のように語っている。

「日帝(大日本帝国)は独立軍を『匪賊』、独立運動家を『思想犯』と見
做し弾圧した。このときに『アカ』という言葉もできた。これは民族主義
者からアナキストまで、全ての独立運動家にレッテルを貼る言葉で、日帝
が民族を引き裂くために用いた手段だった」

日本の敗戦で朝鮮は独立した。彼らはそれを「解放」と呼ぶが、文氏は
「解放された祖国で『日帝警察の出身者』が『独立運動家をアカとして追
及し、拷問』した」と演説している。

日本が「民族を引き裂く手段」を朝鮮社会に埋め込み、それが独立後も生
き続けたと主張したのだ。「多くの人々が『アカ』と規定され」「家族と
遺族は反社会的の烙印を押された中で不幸な人生」を送り、現在もその呪
いが続いているというのが文氏の非難だ。

「今も、攻撃する道具としてアカという言葉が使われており、変形した
『イデオロギー論』が猛威をふるっている。一日も早く清算すべきは、こ
のような代表的な親日残滓です」

どう読んでもこれは、「対日批判を控え」「日韓協調を呼びかける内容」
ではないだろう。文氏の批判は反日にとどまらず反米にも通ずる。朝鮮半
島を巡る国際政治の力学を、従来の「日米韓vs中北」から「日米vs中
北韓」の構図に変える意図が読み取れる。

3月1日のインターネットの「言論テレビ」で朝鮮問題の専門家、西岡力氏
が解説した。

「文演説に先立つ2月27日に、韓国の第一野党である自由韓国党の代表選
挙が行われました。3人の候補者は、文政権は安全保障で北への武装解除
を進め、経済では社会主義政策を取る亡国政権だ、これでは韓国も自由民
主主義体制も滅びると、激しく非難しました。彼らは文政権の思想的基盤
は共産主義に近いと疑っています。そのような中で展開される『アカ』批
判は日帝そのものだという反撃が、先の文氏の3・1演説なのです」

文氏が訴えたのは、日本統治が終わっても憎むべき親日派は清算されずに
韓国に残り、反共勢力、親米勢力に化けて(朴正煕元大統領のような)軍
事政権を作った。自分がその勢力を一掃するのだという決意に他ならない。

それに対して、保守派は文氏の動きの背後には結局、北朝鮮、「アカ」が
いると突きつける。さらにそれに対して、その表現こそ日帝の影響を受け
た親日派の証拠だというのが、文演説の真意だ。文氏は決して日本に配慮
しているのではない。西岡氏の指摘だ。

「文氏は一方で、大きな嘘もついています。1919(大正8)年の3・1独立
運動の参加人数を202万人、死者は7500人だったと演説しました。実は韓
国の国立機関、国史編纂委員会が2月20日に最新の研究成果として、デモ
参加者は103万人、死者は934人と発表しました。文氏は国立機関の調査結
果を無視して、それに倍、または8倍の大きな数字を言ったわけです。対
日歴史戦はまだまだ続ける執念深さがあるのです」

ちなみに朝日新聞も専門家で構成する国史編纂委員会報告を無視して文氏
同様、死者7500人と報じた。こちらは間違いか、大嘘か。教えてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1271

2019年03月18日

◆前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説

櫻井よしこ

「前向きな報じ方が多かった韓国大統領演説 私の印象はむしろ底意地の
悪い日本非難だ」

文在寅韓国大統領の「3・1運動記念式」での演説を前向きに報じたメディ
アが多かった。

「時事通信」は「日本批判を控えた」とし、「毎日新聞」は「文大統領
『協力の未来』強調、対日批判避ける」の見出しで「直接の対日批判を控
え、『朝鮮半島の平和のため、日本との協力も強化する』と日韓協調を呼
びかける内容」だと伝え、「朝日新聞」は「外交摩擦を避ける姿勢を示し
た」と報じた。

私の印象は異なる。文演説を貫く思想と論理に「対日批判を控えた」など
の論評は当たらない。むしろ、まつわりつく底意地の悪い日本非難だった
と感ずる。

氏はざっと次のように語っている。

「日帝(大日本帝国)は独立軍を『匪賊』、独立運動家を『思想犯』と見
做し弾圧した。このときに『アカ』という言葉もできた。これは民族主義
者からアナキストまで、全ての独立運動家にレッテルを貼る言葉で、日帝
が民族を引き裂くために用いた手段だった」

日本の敗戦で朝鮮は独立した。彼らはそれを「解放」と呼ぶが、文氏は
「解放された祖国で『日帝警察の出身者』が『独立運動家をアカとして追
及し、拷問』した」と演説している。

日本が「民族を引き裂く手段」を朝鮮社会に埋め込み、それが独立後も生
き続けたと主張したのだ。「多くの人々が『アカ』と規定され」「家族と
遺族は反社会的の烙印を押された中で不幸な人生」を送り、現在もその呪
いが続いているというのが文氏の非難だ。

「今も、攻撃する道具としてアカという言葉が使われており、変形した
『イデオロギー論』が猛威をふるっている。一日も早く清算すべきは、こ
のような代表的な親日残滓です」

どう読んでもこれは、「対日批判を控え」「日韓協調を呼びかける内容」
ではないだろう。文氏の批判は反日にとどまらず反米にも通ずる。朝鮮半
島を巡る国際政治の力学を、従来の「日米韓vs中北」から「日米vs中
北韓」の構図に変える意図が読み取れる。

3月1日のインターネットの「言論テレビ」で朝鮮問題の専門家、西岡力氏
が解説した。

「文演説に先立つ2月27日に、韓国の第一野党である自由韓国党の代表選
挙が行われました。3人の候補者は、文政権は安全保障で北への武装解除
を進め、経済では社会主義政策を取る亡国政権だ、これでは韓国も自由民
主主義体制も滅びると、激しく非難しました。彼らは文政権の思想的基盤
は共産主義に近いと疑っています。そのような中で展開される『アカ』批
判は日帝そのものだという反撃が、先の文氏の3・1演説なのです」

文氏が訴えたのは、日本統治が終わっても憎むべき親日派は清算されずに
韓国に残り、反共勢力、親米勢力に化けて(朴正煕元大統領のような)軍
事政権を作った。自分がその勢力を一掃するのだという決意に他ならない。

それに対して、保守派は文氏の動きの背後には結局、北朝鮮、「アカ」が
いると突きつける。さらにそれに対して、その表現こそ日帝の影響を受け
た親日派の証拠だというのが、文演説の真意だ。文氏は決して日本に配慮
しているのではない。西岡氏の指摘だ。

「文氏は一方で、大きな嘘もついています。1919(大正8)年の3・1独立
運動の参加人数を202万人、死者は7500人だったと演説しました。実は韓
国の国立機関、国史編纂委員会が2月20日に最新の研究成果として、デモ
参加者は103万人、死者は934人と発表しました。文氏は国立機関の調査結
果を無視して、それに倍、または8倍の大きな数字を言ったわけです。対
日歴史戦はまだまだ続ける執念深さがあるのです」

ちなみに朝日新聞も専門家で構成する国史編纂委員会報告を無視して文氏
同様、死者7500人と報じた。こちらは間違いか、大嘘か。教えてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1271

2019年03月16日

◆米朝決裂、追い詰められた金正恩

櫻井よしこ


2月28日、ベトナムの首都ハノイで米朝首脳会談が決裂した。北朝鮮の大
いなる誤算による決裂を、わが国の拉致問題解決の糸口にするには何をす
べきか。首脳会談初日から2日目朝まで、うまくいっていた会談が突然決
裂したのは何故か。

3月1日夜、私は「言論テレビ」特別番組で、前防衛大臣で自民党安全保障
調査会会長の小野寺五典氏、朝鮮問題で第一線をひた走る「国家基本問題
研究所」研究員の西岡力氏、気鋭の作家である門田隆将氏、毎号完売の実
績を続ける「月刊Hanada」編集長の花田紀凱氏と共に、大いに語っ
た。決裂の主因を小野寺氏が喝破した。

「金正恩氏がトランプ氏を甘く見ていたのです。両氏はハノイ到着後の27
日に短いテタテ(一対一の会談)をし、その後夕食会に臨んでいます。翌
朝、再びテタテをした。その時点まで金氏は、トランプ氏を経済制裁解除
に導けると読んでいたと思われます。ところがその後に人数をふやして会
議に入った。そこから雰囲気が変わったのです」

全体会議の写真には、米国側にトランプ大統領、ポンペオ国務長官らと共
に、国家安全保障問題担当大統領補佐官のジョン・ボルトン氏の姿があ
る。小野寺氏が続けた。

「それまで参加していなかったボルトン氏が交渉の席に入ったことが、ト
ランプ氏の『急いでやるより正しくやる方がずっといい』というコメント
につながったのだと思います」

ボルトン氏はブッシュ政権で国務次官として国家安全保障及び軍備管理を
担当、リビアの大量破壊兵器の放棄を実行した。国連大使を務め、拉致問
題にも理解が深い。氏は核、ウラン濃縮、ミサイル開発などの専門家で、
それだけに北朝鮮に騙されはしない。また、原則を重視し、希望的観測に
基づく安易な妥協を嫌う、米国保守派の中核的存在と言ってよい。

ボルトン氏の出席が米国側の原則堅持の姿勢を強めたとして、首脳会談決
裂の具体的理由は何か。トランプ氏は28日午後2時(現地時間)からの記
者会見で、北朝鮮は寧辺の核施設破壊の見返りに、経済制裁の全面解除を
求めた、それは受け入れられない条件だったと述べている。

異例の会見

同会見から約10時間後、未明の0時43分に、北朝鮮の李容浩外相と崔善姫
外務次官が茫然自失の体で異例の会見に臨んだ。

「我々が要求したのは全面的制裁解除ではなく、一部の解除だ。国連制裁
決議11件の内、2016年から17年に決定された5件で、民需経済と人民生活
に支障をきたすものだけだ」と、李氏は説明した。

同じ会談にいた片方の国の大統領と、もう一方の国の外相が異なる主張を
する。正しいのはどちらかと迷うのは当然だが、ある意味、両方共、正し
いのだ。西岡氏が説明した。

「国連制裁決議は李氏の言うように11項目にわたります。最初の頃の制裁
は、北朝鮮への贅沢品の輸出禁止などで金王朝にとって痛くも痒くもな
い。鮪でも高級車でも金一家は手に入れていました。いま彼らを追い詰め
ているのは17年に決定された制裁です。これで輸出の9割までが止められ
ました。だから、これらを解除せよというのは実質的に全て解除せよとい
うことなのです」

17年に採択された制裁の骨子は➀石炭・海産物の全面輸出禁止、➁繊維製品
の輸出禁止、➂加盟国による北朝鮮労働者受け入れの禁止である。北朝鮮
の主要輸出品目が全て禁輸となった。制裁違反の国や企業は、米国の第二
次制裁の対象として米銀行との取引停止などの処分を受けかねない。

中露も賛成せざるを得なかったこれらの制裁の結果、北朝鮮の輸出総額は
29億ドル(3190億円)から4億ドル(440億円)に減少した。それがどれ
程の痛手か、制裁は効いていないとして強気で通してきた北朝鮮が遂に2
月21日、国連に人道支援を求めたことからも明らかだ。

明らかに金氏は、寧辺の核兵器製造施設の恒久的破壊でトランプ氏が満足
すると考えていた。だが、米国を甘く見ていた金氏を震えあがらせるよう
なことをトランプ氏が語っている。

「我々は北朝鮮を1インチ単位でくまなく知っている。必要なことはやっ
てもらわなければならない」「まだ知られていないことで我々が掴んでい
ることがある」

記者が、2か所目のウラン濃縮施設以外にもあるということかと尋ねる
と、「その通りだ」、「我々は多数のことを取り上げた。彼らは我々がそ
んなことまで知っているのかと驚いたと思う」と答えた。

「木を森の中に隠した」

「言論テレビ」で西岡氏が明らかにした情報も、トランプ氏の自信を支え
る米国の情報力の一端を示している。

「米国を含む西側の情報機関は濃縮ウラニウムの設備として、3か所を
疑っていました。原子炉はなかなか地下ではできませんが、濃縮ウラニウ
ムの製造には電気があればよいので、衛星写真で見つかりにくい地下に作
るはずだと考えたのです。そこで西側情報機関は疑わしい3か所の砂や土
を取らせて分析した。しかし、何も兆候はない。周辺の住民にそれらしい
怪しいことを言わせていたのですが、全てダミーだったのです。

ところが、平壌に近い地上の製鉄所の建物群の中に濃縮施設があることを
米国はつきとめました。降仙の千里馬製鉄所内です」

衛星写真に写る製鉄所の敷地に何気ない建物がひとつ増えた。北朝鮮は
「木を森の中に隠した」のだ。それでも米国はこの中で何がなされている
かを正確につきとめた。

「ヒューミント(人的諜報)を持っているのです。地下工場だと疑った3
か所の土や砂を運び出させて分析し、ダミーだと判断できたのも、ヒュー
ミントゆえです」と西岡氏。

まんまと欺きおおせたと考えていたであろう金氏の耳に届くのを意識し
て、トランプ氏は、先述のように、まだ公にされていない施設を米国は掴
んでいると語ったのだ。金氏にとってどれ程の恐怖だったか。

「時間は間違いなく北朝鮮に不利に働きます。中国の支援を受けることも
容易でない。習近平氏の中国は、貿易や先端技術問題で米国から尋常なら
ざる圧力を受けており、米国に非常に気を遣わなければならない局面で
す。北朝鮮は、あまり擦り寄ってこられても困る厄介な存在になっている
と思います」と小野寺氏。

金氏は習氏に会わずに帰国した。そうした状況下で金氏が米国との対決に
向かえば命取りになる。

金氏の選択肢は限られている。米国と平和裡に交渉を行い非核化を進める
こと、拉致被害者の即時一括帰国を実現して日本の経済援助を受けること
だ。日本は米国と共に、結果が出なければ制裁解除なし、という堅い路線
を続けることが大事だ。

『週刊新潮』 2019年3月14日号 日本ルネッサンス 第843回


2019年03月15日

◆米朝決裂、追い詰められた金正恩

櫻井よしこ


2月28日、ベトナムの首都ハノイで米朝首脳会談が決裂した。北朝鮮の大
いなる誤算による決裂を、わが国の拉致問題解決の糸口にするには何をす
べきか。首脳会談初日から2日目朝まで、うまくいっていた会談が突然決
裂したのは何故か。

3月1日夜、私は「言論テレビ」特別番組で、前防衛大臣で自民党安全保障
調査会会長の小野寺五典氏、朝鮮問題で第一線をひた走る「国家基本問題
研究所」研究員の西岡力氏、気鋭の作家である門田隆将氏、毎号完売の実
績を続ける「月刊Hanada」編集長の花田紀凱氏と共に、大いに語っ
た。決裂の主因を小野寺氏が喝破した。

「金正恩氏がトランプ氏を甘く見ていたのです。両氏はハノイ到着後の27
日に短いテタテ(一対一の会談)をし、その後夕食会に臨んでいます。翌
朝、再びテタテをした。その時点まで金氏は、トランプ氏を経済制裁解除
に導けると読んでいたと思われます。ところがその後に人数をふやして会
議に入った。そこから雰囲気が変わったのです」

全体会議の写真には、米国側にトランプ大統領、ポンペオ国務長官らと共
に、国家安全保障問題担当大統領補佐官のジョン・ボルトン氏の姿があ
る。小野寺氏が続けた。

「それまで参加していなかったボルトン氏が交渉の席に入ったことが、ト
ランプ氏の『急いでやるより正しくやる方がずっといい』というコメント
につながったのだと思います」

ボルトン氏はブッシュ政権で国務次官として国家安全保障及び軍備管理を
担当、リビアの大量破壊兵器の放棄を実行した。国連大使を務め、拉致問
題にも理解が深い。氏は核、ウラン濃縮、ミサイル開発などの専門家で、
それだけに北朝鮮に騙されはしない。また、原則を重視し、希望的観測に
基づく安易な妥協を嫌う、米国保守派の中核的存在と言ってよい。

ボルトン氏の出席が米国側の原則堅持の姿勢を強めたとして、首脳会談決
裂の具体的理由は何か。トランプ氏は28日午後2時(現地時間)からの記
者会見で、北朝鮮は寧辺の核施設破壊の見返りに、経済制裁の全面解除を
求めた、それは受け入れられない条件だったと述べている。

異例の会見

同会見から約10時間後、未明の0時43分に、北朝鮮の李容浩外相と崔善姫
外務次官が茫然自失の体で異例の会見に臨んだ。

「我々が要求したのは全面的制裁解除ではなく、一部の解除だ。国連制裁
決議11件の内、2016年から17年に決定された5件で、民需経済と人民生活
に支障をきたすものだけだ」と、李氏は説明した。

同じ会談にいた片方の国の大統領と、もう一方の国の外相が異なる主張を
する。正しいのはどちらかと迷うのは当然だが、ある意味、両方共、正し
いのだ。西岡氏が説明した。

「国連制裁決議は李氏の言うように11項目にわたります。最初の頃の制裁
は、北朝鮮への贅沢品の輸出禁止などで金王朝にとって痛くも痒くもな
い。鮪でも高級車でも金一家は手に入れていました。いま彼らを追い詰め
ているのは17年に決定された制裁です。これで輸出の9割までが止められ
ました。だから、これらを解除せよというのは実質的に全て解除せよとい
うことなのです」

17年に採択された制裁の骨子は➀石炭・海産物の全面輸出禁止、➁繊維製品
の輸出禁止、➂加盟国による北朝鮮労働者受け入れの禁止である。北朝鮮
の主要輸出品目が全て禁輸となった。制裁違反の国や企業は、米国の第二
次制裁の対象として米銀行との取引停止などの処分を受けかねない。

中露も賛成せざるを得なかったこれらの制裁の結果、北朝鮮の輸出総額は
29億ドル(3190億円)から4億ドル(440億円)に減少した。それがどれ
程の痛手か、制裁は効いていないとして強気で通してきた北朝鮮が遂に2
月21日、国連に人道支援を求めたことからも明らかだ。

明らかに金氏は、寧辺の核兵器製造施設の恒久的破壊でトランプ氏が満足
すると考えていた。だが、米国を甘く見ていた金氏を震えあがらせるよう
なことをトランプ氏が語っている。

「我々は北朝鮮を1インチ単位でくまなく知っている。必要なことはやっ
てもらわなければならない」「まだ知られていないことで我々が掴んでい
ることがある」

記者が、2か所目のウラン濃縮施設以外にもあるということかと尋ねる
と、「その通りだ」、「我々は多数のことを取り上げた。彼らは我々がそ
んなことまで知っているのかと驚いたと思う」と答えた。

「木を森の中に隠した」

「言論テレビ」で西岡氏が明らかにした情報も、トランプ氏の自信を支え
る米国の情報力の一端を示している。

「米国を含む西側の情報機関は濃縮ウラニウムの設備として、3か所を
疑っていました。原子炉はなかなか地下ではできませんが、濃縮ウラニウ
ムの製造には電気があればよいので、衛星写真で見つかりにくい地下に作
るはずだと考えたのです。そこで西側情報機関は疑わしい3か所の砂や土
を取らせて分析した。しかし、何も兆候はない。周辺の住民にそれらしい
怪しいことを言わせていたのですが、全てダミーだったのです。

ところが、平壌に近い地上の製鉄所の建物群の中に濃縮施設があることを
米国はつきとめました。降仙の千里馬製鉄所内です」

衛星写真に写る製鉄所の敷地に何気ない建物がひとつ増えた。北朝鮮は
「木を森の中に隠した」のだ。それでも米国はこの中で何がなされている
かを正確につきとめた。

「ヒューミント(人的諜報)を持っているのです。地下工場だと疑った3
か所の土や砂を運び出させて分析し、ダミーだと判断できたのも、ヒュー
ミントゆえです」と西岡氏。

まんまと欺きおおせたと考えていたであろう金氏の耳に届くのを意識し
て、トランプ氏は、先述のように、まだ公にされていない施設を米国は掴
んでいると語ったのだ。金氏にとってどれ程の恐怖だったか。

「時間は間違いなく北朝鮮に不利に働きます。中国の支援を受けることも
容易でない。習近平氏の中国は、貿易や先端技術問題で米国から尋常なら
ざる圧力を受けており、米国に非常に気を遣わなければならない局面で
す。北朝鮮は、あまり擦り寄ってこられても困る厄介な存在になっている
と思います」と小野寺氏。

金氏は習氏に会わずに帰国した。そうした状況下で金氏が米国との対決に
向かえば命取りになる。

金氏の選択肢は限られている。米国と平和裡に交渉を行い非核化を進める
こと、拉致被害者の即時一括帰国を実現して日本の経済援助を受けること
だ。日本は米国と共に、結果が出なければ制裁解除なし、という堅い路線
を続けることが大事だ。

『週刊新潮』 2019年3月14日号 日本ルネッサンス 第843回

2019年03月14日

◆韓国の現政権は事実上の敵対勢力

櫻井よしこ


「韓国の現政権は事実上の敵対勢力 日本はあらゆる面から備えるべきだ」

韓国大統領の文在寅氏が、1919(大正8)年3月1日に起きた反日独立の
「3・1運動」の100周年記念日を前に、2月26日、独立運動の活動家、金九
の記念館で閣議を開いた。戦時を除き、政府庁舎以外での閣議開催は初め
てだ。

文氏は、「国家的な意味を込め」た同閣議に先立ち、金九の墓をはじめ、
日本の初代首相、伊藤博文公を暗殺した安重根や日本の要人2人を殺害し
死刑になった尹奉吉ら、日本から見ればテロリストらの墓を続けて参拝し
たと、「産経新聞」が2月27日付で報じている。

他方、康京和韓国外相もスイスの国連人権理事会で異例の演説をした。
2015年に日韓両政府が慰安婦問題で最終的な合意をしたのは周知のとおり
だ。だが康氏は、その内容は「不十分」で、「被害者中心の取り組みを進
める必要がある」と、自国の前政権が誓約した合意を全面的に否定した。

日本側は菅義偉官房長官が「慰安婦問題の最終的で不可逆的な解決を日韓
政府間で確認した。政権が代わっても責任を持って実施されないといけな
い。合意の着実な実施は、わが国はもとより国際社会に対する責務だ」と
述べた。岩屋毅防衛相も自衛隊と韓国軍の関係について「韓国軍から緊張
を高めるような発信がなくなってきている」「緊張は徐々に解消に向かっ
ている」と語ったが、これ以上事を荒立てたくないとの思いで日本側が発
信するこれら警告や見方は通用していない。

戦時朝鮮人労働者問題、自衛隊機へのレーダー照射とその後も続く対日対
立姿勢、慰安婦問題での卓袱台返し、安重根ら礼讃の異例の閣議などは文
在寅政権の反日路線の表明だ。韓国全体の路線でなくとも、軌道修正は非
常に困難だと心得ておくべきだろう。

朝鮮半島全体を、歴史を縦軸とし、現在進行形の国際情勢を横軸として眺
めさえすれば、文氏がこれから直面する深刻な問題も、日本が進めるべき
対策も、明らかだ。

まず、文氏が直面する問題である。文氏は反日を意識する余り、日本を貶
め、日本に協力した人々(たとえば朴正煕元大統領やその長女の朴槿恵前
大統領)を貶め、「親日派」の清算に力を注ぐ。また現在の大韓民国の起
源を前述の100年前の反日独立運動に求め、そのときの政府は大韓民国臨
時政府だとの立場をとる。

文氏はそのうえで、北朝鮮との連邦政府構築に向けて走りたいと考えてい
る。だが、北朝鮮に求愛する文政権に対して、朝鮮労働党委員長の金正恩
氏は全く異なる考えを持つ。

金氏は3・1運動の意義など全く認めていない。従って、その日を祝ったり
もしない。金氏にとって記念すべきは故金日成主席の樹立した朝鮮民主主
義人民共和国の足跡である。祝うべき建国は1948年9月なのであり、1919
年も3・1運動も無意味だ。

この北朝鮮の主張及び公式の立場と、自らのそれをどのように整合させて
いくのかが、文氏の問題だ。文氏は金氏の持論を受け入れて、従来の自ら
の主張や現在の「パフォーマンス的な反日」を放棄するのだろうか。でき
るのだろうか。金氏に認めてもらうのに、そこまで自身を否定し、卑下で
きるのだろうか。そこまでできるのであれば逆に、文氏の大韓民国を滅ぼ
すという信念は本物だと言ってよいだろう。

朝鮮半島の現政権は、ここまで反日である。国民の半分は政権と激しく対
立してはいるが、現政権は日本にとって事実上の敵対勢力であることを日
本は冷静に見て取り、この新たな事態に軍事面を含めてあらゆる面で備え
ることだ。

米国はかつて米国の安全を守る防衛線として、朝鮮半島を除いたアチソン
ラインを引いた。その歴史が繰り返される体制がつくられていく可能性に
具体的に対応するときだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1270

2019年03月13日

◆韓国の現政権は事実上の敵対勢力

櫻井よしこ


「韓国の現政権は事実上の敵対勢力 日本はあらゆる面から備えるべきだ」

韓国大統領の文在寅氏が、1919(大正8)年3月1日に起きた反日独立の
「3・1運動」の100周年記念日を前に、2月26日、独立運動の活動家、金九
の記念館で閣議を開いた。戦時を除き、政府庁舎以外での閣議開催は初め
てだ。

文氏は、「国家的な意味を込め」た同閣議に先立ち、金九の墓をはじめ、
日本の初代首相、伊藤博文公を暗殺した安重根や日本の要人2人を殺害し
死刑になった尹奉吉ら、日本から見ればテロリストらの墓を続けて参拝し
たと、「産経新聞」が2月27日付で報じている。

他方、康京和韓国外相もスイスの国連人権理事会で異例の演説をした。
2015年に日韓両政府が慰安婦問題で最終的な合意をしたのは周知のとおり
だ。だが康氏は、その内容は「不十分」で、「被害者中心の取り組みを進
める必要がある」と、自国の前政権が誓約した合意を全面的に否定した。

日本側は菅義偉官房長官が「慰安婦問題の最終的で不可逆的な解決を日韓
政府間で確認した。政権が代わっても責任を持って実施されないといけな
い。合意の着実な実施は、わが国はもとより国際社会に対する責務だ」と
述べた。岩屋毅防衛相も自衛隊と韓国軍の関係について「韓国軍から緊張
を高めるような発信がなくなってきている」「緊張は徐々に解消に向かっ
ている」と語ったが、これ以上事を荒立てたくないとの思いで日本側が発
信するこれら警告や見方は通用していない。

戦時朝鮮人労働者問題、自衛隊機へのレーダー照射とその後も続く対日対
立姿勢、慰安婦問題での卓袱台返し、安重根ら礼讃の異例の閣議などは文
在寅政権の反日路線の表明だ。韓国全体の路線でなくとも、軌道修正は非
常に困難だと心得ておくべきだろう。

朝鮮半島全体を、歴史を縦軸とし、現在進行形の国際情勢を横軸として眺
めさえすれば、文氏がこれから直面する深刻な問題も、日本が進めるべき
対策も、明らかだ。

まず、文氏が直面する問題である。文氏は反日を意識する余り、日本を貶
め、日本に協力した人々(たとえば朴正煕元大統領やその長女の朴槿恵前
大統領)を貶め、「親日派」の清算に力を注ぐ。また現在の大韓民国の起
源を前述の100年前の反日独立運動に求め、そのときの政府は大韓民国臨
時政府だとの立場をとる。

文氏はそのうえで、北朝鮮との連邦政府構築に向けて走りたいと考えてい
る。だが、北朝鮮に求愛する文政権に対して、朝鮮労働党委員長の金正恩
氏は全く異なる考えを持つ。

金氏は3・1運動の意義など全く認めていない。従って、その日を祝ったり
もしない。金氏にとって記念すべきは故金日成主席の樹立した朝鮮民主主
義人民共和国の足跡である。祝うべき建国は1948年9月なのであり、1919
年も3・1運動も無意味だ。

この北朝鮮の主張及び公式の立場と、自らのそれをどのように整合させて
いくのかが、文氏の問題だ。文氏は金氏の持論を受け入れて、従来の自ら
の主張や現在の「パフォーマンス的な反日」を放棄するのだろうか。でき
るのだろうか。金氏に認めてもらうのに、そこまで自身を否定し、卑下で
きるのだろうか。そこまでできるのであれば逆に、文氏の大韓民国を滅ぼ
すという信念は本物だと言ってよいだろう。

朝鮮半島の現政権は、ここまで反日である。国民の半分は政権と激しく対
立してはいるが、現政権は日本にとって事実上の敵対勢力であることを日
本は冷静に見て取り、この新たな事態に軍事面を含めてあらゆる面で備え
ることだ。

米国はかつて米国の安全を守る防衛線として、朝鮮半島を除いたアチソン
ラインを引いた。その歴史が繰り返される体制がつくられていく可能性に
具体的に対応するときだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1270

2019年03月12日

◆韓国の現政権は事実上の敵対勢力

櫻井よしこ


「韓国の現政権は事実上の敵対勢力 日本はあらゆる面から備えるべきだ」

韓国大統領の文在寅氏が、1919(大正8)年3月1日に起きた反日独立の
「3・1運動」の100周年記念日を前に、2月26日、独立運動の活動家、金九
の記念館で閣議を開いた。戦時を除き、政府庁舎以外での閣議開催は初め
てだ。

文氏は、「国家的な意味を込め」た同閣議に先立ち、金九の墓をはじめ、
日本の初代首相、伊藤博文公を暗殺した安重根や日本の要人2人を殺害し
死刑になった尹奉吉ら、日本から見ればテロリストらの墓を続けて参拝し
たと、「産経新聞」が2月27日付で報じている。

他方、康京和韓国外相もスイスの国連人権理事会で異例の演説をした。
2015年に日韓両政府が慰安婦問題で最終的な合意をしたのは周知のとおり
だ。だが康氏は、その内容は「不十分」で、「被害者中心の取り組みを進
める必要がある」と、自国の前政権が誓約した合意を全面的に否定した。

日本側は菅義偉官房長官が「慰安婦問題の最終的で不可逆的な解決を日韓
政府間で確認した。政権が代わっても責任を持って実施されないといけな
い。合意の着実な実施は、わが国はもとより国際社会に対する責務だ」と
述べた。岩屋毅防衛相も自衛隊と韓国軍の関係について「韓国軍から緊張
を高めるような発信がなくなってきている」「緊張は徐々に解消に向かっ
ている」と語ったが、これ以上事を荒立てたくないとの思いで日本側が発
信するこれら警告や見方は通用していない。

戦時朝鮮人労働者問題、自衛隊機へのレーダー照射とその後も続く対日対
立姿勢、慰安婦問題での卓袱台返し、安重根ら礼讃の異例の閣議などは文
在寅政権の反日路線の表明だ。韓国全体の路線でなくとも、軌道修正は非
常に困難だと心得ておくべきだろう。

朝鮮半島全体を、歴史を縦軸とし、現在進行形の国際情勢を横軸として眺
めさえすれば、文氏がこれから直面する深刻な問題も、日本が進めるべき
対策も、明らかだ。

まず、文氏が直面する問題である。文氏は反日を意識する余り、日本を貶
め、日本に協力した人々(たとえば朴正煕元大統領やその長女の朴槿恵前
大統領)を貶め、「親日派」の清算に力を注ぐ。また現在の大韓民国の起
源を前述の100年前の反日独立運動に求め、そのときの政府は大韓民国臨
時政府だとの立場をとる。

文氏はそのうえで、北朝鮮との連邦政府構築に向けて走りたいと考えてい
る。だが、北朝鮮に求愛する文政権に対して、朝鮮労働党委員長の金正恩
氏は全く異なる考えを持つ。

金氏は3・1運動の意義など全く認めていない。従って、その日を祝ったり
もしない。金氏にとって記念すべきは故金日成主席の樹立した朝鮮民主主
義人民共和国の足跡である。祝うべき建国は1948年9月なのであり、1919
年も3・1運動も無意味だ。

この北朝鮮の主張及び公式の立場と、自らのそれをどのように整合させて
いくのかが、文氏の問題だ。文氏は金氏の持論を受け入れて、従来の自ら
の主張や現在の「パフォーマンス的な反日」を放棄するのだろうか。でき
るのだろうか。金氏に認めてもらうのに、そこまで自身を否定し、卑下で
きるのだろうか。そこまでできるのであれば逆に、文氏の大韓民国を滅ぼ
すという信念は本物だと言ってよいだろう。

朝鮮半島の現政権は、ここまで反日である。国民の半分は政権と激しく対
立してはいるが、現政権は日本にとって事実上の敵対勢力であることを日
本は冷静に見て取り、この新たな事態に軍事面を含めてあらゆる面で備え
ることだ。

米国はかつて米国の安全を守る防衛線として、朝鮮半島を除いたアチソン
ラインを引いた。その歴史が繰り返される体制がつくられていく可能性に
具体的に対応するときだ。

2019年03月10日

◆韓国の現政権は事実上の敵対勢力

櫻井よしこ


「韓国の現政権は事実上の敵対勢力 日本はあらゆる面から備えるべきだ」 

韓国大統領の文在寅氏が、1919(大正8)年3月1日に起きた反日独立の
「3・1運動」の100周年記念日を前に、2月26日、独立運動の活動家、金九
の記念館で閣議を開いた。戦時を除き、政府庁舎以外での閣議開催は初め
てだ。

文氏は、「国家的な意味を込め」た同閣議に先立ち、金九の墓をはじめ、
日本の初代首相、伊藤博文公を暗殺した安重根や日本の要人2人を殺害し
死刑になった尹奉吉ら、日本から見ればテロリストらの墓を続けて参拝し
たと、「産経新聞」が2月27日付で報じている。

他方、康京和韓国外相もスイスの国連人権理事会で異例の演説をした。
2015年に日韓両政府が慰安婦問題で最終的な合意をしたのは周知のとおり
だ。だが康氏は、その内容は「不十分」で、「被害者中心の取り組みを進
める必要がある」と、自国の前政権が誓約した合意を全面的に否定した。

日本側は菅義偉官房長官が「慰安婦問題の最終的で不可逆的な解決を日韓
政府間で確認した。政権が代わっても責任を持って実施されないといけな
い。合意の着実な実施は、わが国はもとより国際社会に対する責務だ」と
述べた。岩屋毅防衛相も自衛隊と韓国軍の関係について「韓国軍から緊張
を高めるような発信がなくなってきている」「緊張は徐々に解消に向かっ
ている」と語ったが、これ以上事を荒立てたくないとの思いで日本側が発
信するこれら警告や見方は通用していない。

戦時朝鮮人労働者問題、自衛隊機へのレーダー照射とその後も続く対日対
立姿勢、慰安婦問題での卓袱台返し、安重根ら礼讃の異例の閣議などは文
在寅政権の反日路線の表明だ。韓国全体の路線でなくとも、軌道修正は非
常に困難だと心得ておくべきだろう。

朝鮮半島全体を、歴史を縦軸とし、現在進行形の国際情勢を横軸として眺
めさえすれば、文氏がこれから直面する深刻な問題も、日本が進めるべき
対策も、明らかだ。

まず、文氏が直面する問題である。文氏は反日を意識する余り、日本を貶
め、日本に協力した人々(たとえば朴正煕元大統領やその長女の朴槿恵前
大統領)を貶め、「親日派」の清算に力を注ぐ。また現在の大韓民国の起
源を前述の100年前の反日独立運動に求め、そのときの政府は大韓民国臨
時政府だとの立場をとる。

文氏はそのうえで、北朝鮮との連邦政府構築に向けて走りたいと考えてい
る。だが、北朝鮮に求愛する文政権に対して、朝鮮労働党委員長の金正恩
氏は全く異なる考えを持つ。

金氏は3・1運動の意義など全く認めていない。従って、その日を祝ったり
もしない。金氏にとって記念すべきは故金日成主席の樹立した朝鮮民主主
義人民共和国の足跡である。祝うべき建国は1948年9月なのであり、1919
年も3・1運動も無意味だ。

この北朝鮮の主張及び公式の立場と、自らのそれをどのように整合させて
いくのかが、文氏の問題だ。文氏は金氏の持論を受け入れて、従来の自ら
の主張や現在の「パフォーマンス的な反日」を放棄するのだろうか。でき
るのだろうか。金氏に認めてもらうのに、そこまで自身を否定し、卑下で
きるのだろうか。そこまでできるのであれば逆に、文氏の大韓民国を滅ぼ
すという信念は本物だと言ってよいだろう。

朝鮮半島の現政権は、ここまで反日である。国民の半分は政権と激しく対
立してはいるが、現政権は日本にとって事実上の敵対勢力であることを日
本は冷静に見て取り、この新たな事態に軍事面を含めてあらゆる面で備え
ることだ。

米国はかつて米国の安全を守る防衛線として、朝鮮半島を除いたアチソン
ラインを引いた。その歴史が繰り返される体制がつくられていく可能性に
具体的に対応するときだ。

『週刊ダイヤモンド』 2019年3月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1270