2019年10月30日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪?氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが?国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も?氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光?牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏と?氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る?氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。?氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月29日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月28日

◆再考すべき「習主席」の国賓待遇

櫻井よしこ


いま香港で「香港に栄光あれ」という歌が歌われている。合唱者も楽器奏
者も全員が黒装束に黒マスクだ。

「なぜ涙が止まらないの なぜ怒りに震えるの 頭をあげ沈黙を破り叫べ
 自由よここに舞い戻れ(後略)」

彼らは「自由で輝く香港」を取り戻すために、歌い続ける。

6月9日に香港住民750万の内100万人が逃亡犯条例の改悪反対のデモをし
て、それから4か月がすぎた。それでも香港人の抵抗は鎮まらない。香港
人と、香港行政府・北京政府との戦いは逆により本質的な対立へと激化し
つつある。

デモをする人々の要求は、当初、逃亡犯条例の完全撤回だった。それが香
港行政長官・林鄭月娥氏の辞任要求になり、いまでは中国共産党及び国家
主席習近平批判へと質的に変化している。

林鄭氏の指示や決定はすべて北京政府の意向を反映したもので、それを時
系列で追うと、この先に彼らが何を考えているかが透けて見える。

中華人民共和国建国70周年の祝賀行事に向けて、北京政府の準備が進んで
いた9月29日、香港警察はいきなり140人の若者を拘束した。香港政府によ
る逮捕、拘留者はすでに1000人を超える。逮捕者リストには、逮捕された
人々の年齢として「14歳、15歳、16歳」という記述が続き、その横に「学
生」「女学生」などと書かれている。如何に多くの若者たちが戦っている
か、胸を衝かれる思いだ。

多くの若者が逮捕された翌30日、香港行政府は警官の武器使用基準を緩和
した。毎年香港では10月1日の中国建国記念日に反中デモが行われる。6月
以来の抵抗運動が続く中、今年は大規模なデモが予想されていた。香港行
政府はそれに合わせて武器使用基準を緩和したのだ。

10月1日、早速武器は使用された。4か所で警官が実弾を込めた銃を発砲
し、16歳の高校2年生が重傷を負った。幸い少年は命を取りとめたが、実
弾攻撃から予想されるのは限りなく暗い香港の未来だ。

強硬姿勢は全方位

北京政府による建国70周年の祝賀行事は習氏の教条主義的政治姿勢が確認
された場だった。氏は中国共産党の揺るぎない指導体制に固執し、毛沢東
の強権政治を真似て戦い続ける姿勢を明らかにした。

習氏が天安門楼上から軍事パレードを観閲する中、儀仗隊が真っ先に掲げ
て行進したのが中国共産党の党旗だった。中国国旗が先頭に掲げられ、軍
旗と党旗が続くこれまでの形が変更されていた。習氏の共産党至上主義の
表れであろう。氏はパレードに先立つ演説でこう語った。

「いかなる勢力も中国人民と中華民族の前進を阻止できない」「それには
中国共産党による指導の堅持が必要だ」と。

行政も司法も立法も共産党の指導下にある中国で、共産党総書記の習氏は
全権力を掌握する。氏は党中央軍事委員会主席として世界第二の人民解放
軍(PLA)の掌握者でもある。

氏の軍重視、力による支配権の確立への思い入れは歴代主席の中でも際
立っている。今年7月に発表された国防白書で、習政権下のPLAは極め
て戦闘的な姿勢を打ち出した。

米国を「世界の安定を損ねる国」と名指しし、「戦闘を準備する」と明記
した。同記述の背景に米国をも凌ごうという最新兵器があり、過日の軍事
パレードでも堂々と披露された。

また、「台湾独立勢力」は許さない、戦って阻止するとの趣旨で4度も触
れている。わが国の尖閣諸島を「中国固有の領土」と断じ、「法に基づい
て国家主権を行使する」と敵対意識も打ち出した。

強硬姿勢は全方位だ。香港も例外ではない。それが表れたのが、10月4
日、約50年ぶりに発動された緊急法であろう。議会の決議も承認もなしに
行政長官に絶大な権限を与えて香港を取り締まる法律である。緊急法に基
づいて林鄭氏は覆面禁止法を翌5日施行した。デモ参加に当たってマスク
の着用を禁ずるというものだ。

香港人は直ちに反撃した。より多くの人々がマスクをつけ始めた。「上に
政策あれば、下に対策あり」で、彼らはマスクに代わる「新しい髪型」や
「化粧」を持ち出した。10月11日の「言論テレビ」で映像を紹介したのだ
が、若い女性達は長く美しい髪を三つ編みにして前の方にもっていき、目
と鼻と口を残して顔全体を編んだ髪で覆う離れ技を披露した。男性達は京
劇風の化粧をした。

だが林鄭氏は意に介さないだろう。緊急法に基づいて、次々に新しい締め
つけ、たとえば夜間外出禁止法、インターネット接続禁止法を施行し、11
月の香港区議会議員選挙を中止することなどが考えられる。さらに林鄭氏
は8日、「状況が悪化すれば、中央政府への支援要請の選択肢も排除でき
ない」と語り、北京政府とPLAの介入もあり得ると表明した。

異常な国

そうした中、香港では自由選挙の要求、共産党及び習近平批判が溢れ始め
た。覆面禁止法制定時には、香港臨時政府樹立宣言がインターネット上で
出回った。だが、これは北京政府に介入の口実を与えかねず、香港問題は
完全に別の性質を帯び始めている。

香港は極限に近づいている。米国議会は新疆ウイグル自治区のウイグル人
弾圧と共に香港問題に厳しい目を向けているが、かといって、国際社会に
は中国政府とわたり合って香港を助ける勢力は見当たらない。

香港中文大学の9月の調査で、香港人の42%が移住を考え始め、内4分の1
が具体的に準備中であることが判明した。蔡英文台湾総統は香港人受け入
れを表明し、6〜8月で1030人が台湾移住の手続きをした。

こうした状況下で日本国政府は来年春、習氏を国賓として迎えようとして
いる。国賓となれば天皇、皇后両陛下は心からあたたかくお迎えして下さ
るだろう。だが、習氏はウイグル人弾圧と虐殺、香港への力ずくの支配を
実行中の人物だ。わが国の尖閣諸島海域に常時中国艦船を不法に侵入させ
ている張本人だ。中国がわが国最大の貿易相手国で、経済的に大事な存在
であっても、力を恃んでやまない中国共産党の支配者を国賓として迎え、
晩餐会で共に盃を上げるのか。そのような日本を、国際社会は異常な国と
見做すのではないか。国際社会の視線以前に、習氏の国賓待遇は国民感情
にそぐわないだろう。

安倍晋三首相はなぜ習氏の国賓待遇での来日に傾いているのか。国際社会
を広く見渡す首相の視点の確かさを思うとき、理解し難い。或いは外務省
が正しい情報を入れていないのではないかとさえ疑う。国賓招待は6月の
ことだった。その後、香港問題が激化し事情は変わった。招待の再考を中
国側に提案してこその日本外交であろう。

『週刊新潮』 2019年10月24日号 日本ルネッサンス 第873回

2019年10月26日

◆再考すべき「習主席」への国賓待遇

櫻井よしこ


いま香港で「香港に栄光あれ」という歌が歌われている。合唱者も楽器奏
者も全員が黒装束に黒マスクだ。

「なぜ涙が止まらないの なぜ怒りに震えるの 頭をあげ沈黙を破り叫べ
 自由よここに舞い戻れ(後略)」

彼らは「自由で輝く香港」を取り戻すために、歌い続ける。

6月9日に香港住民750万の内100万人が逃亡犯条例の改悪反対のデモをし
て、それから4か月がすぎた。それでも香港人の抵抗は鎮まらない。香港
人と、香港行政府・北京政府との戦いは逆により本質的な対立へと激化し
つつある。

デモをする人々の要求は、当初、逃亡犯条例の完全撤回だった。それが香
港行政長官・林鄭月娥氏の辞任要求になり、いまでは中国共産党及び国家
主席習近平批判へと質的に変化している。

林鄭氏の指示や決定はすべて北京政府の意向を反映したもので、それを時
系列で追うと、この先に彼らが何を考えているかが透けて見える。

中華人民共和国建国70周年の祝賀行事に向けて、北京政府の準備が進んで
いた9月29日、香港警察はいきなり140人の若者を拘束した。香港政府によ
る逮捕、拘留者はすでに1000人を超える。逮捕者リストには、逮捕された
人々の年齢として「14歳、15歳、16歳」という記述が続き、その横に「学
生」「女学生」などと書かれている。如何に多くの若者たちが戦っている
か、胸を衝かれる思いだ。

多くの若者が逮捕された翌30日、香港行政府は警官の武器使用基準を緩和
した。毎年香港では10月1日の中国建国記念日に反中デモが行われる。6月
以来の抵抗運動が続く中、今年は大規模なデモが予想されていた。香港行
政府はそれに合わせて武器使用基準を緩和したのだ。

10月1日、早速武器は使用された。4か所で警官が実弾を込めた銃を発砲
し、16歳の高校2年生が重傷を負った。幸い少年は命を取りとめたが、実
弾攻撃から予想されるのは限りなく暗い香港の未来だ。

強硬姿勢は全方位

北京政府による建国70周年の祝賀行事は習氏の教条主義的政治姿勢が確認
された場だった。氏は中国共産党の揺るぎない指導体制に固執し、毛沢東
の強権政治を真似て戦い続ける姿勢を明らかにした。

習氏が天安門楼上から軍事パレードを観閲する中、儀仗隊が真っ先に掲げ
て行進したのが中国共産党の党旗だった。中国国旗が先頭に掲げられ、軍
旗と党旗が続くこれまでの形が変更されていた。習氏の共産党至上主義の
表れであろう。氏はパレードに先立つ演説でこう語った。

「いかなる勢力も中国人民と中華民族の前進を阻止できない」「それには
中国共産党による指導の堅持が必要だ」と。

行政も司法も立法も共産党の指導下にある中国で、共産党総書記の習氏は
全権力を掌握する。氏は党中央軍事委員会主席として世界第二の人民解放
軍(PLA)の掌握者でもある。

氏の軍重視、力による支配権の確立への思い入れは歴代主席の中でも際
立っている。今年7月に発表された国防白書で、習政権下のPLAは極め
て戦闘的な姿勢を打ち出した。

米国を「世界の安定を損ねる国」と名指しし、「戦闘を準備する」と明記
した。同記述の背景に米国をも凌ごうという最新兵器があり、過日の軍事
パレードでも堂々と披露された。

また、「台湾独立勢力」は許さない、戦って阻止するとの趣旨で4度も触
れている。わが国の尖閣諸島を「中国固有の領土」と断じ、「法に基づい
て国家主権を行使する」と敵対意識も打ち出した。

強硬姿勢は全方位だ。香港も例外ではない。それが表れたのが、10月4
日、約50年ぶりに発動された緊急法であろう。議会の決議も承認もなしに
行政長官に絶大な権限を与えて香港を取り締まる法律である。緊急法に基
づいて林鄭氏は覆面禁止法を翌5日施行した。デモ参加に当たってマスク
の着用を禁ずるというものだ。

香港人は直ちに反撃した。より多くの人々がマスクをつけ始めた。「上に
政策あれば、下に対策あり」で、彼らはマスクに代わる「新しい髪型」や
「化粧」を持ち出した。10月11日の「言論テレビ」で映像を紹介したのだ
が、若い女性達は長く美しい髪を三つ編みにして前の方にもっていき、目
と鼻と口を残して顔全体を編んだ髪で覆う離れ技を披露した。男性達は京
劇風の化粧をした。

だが林鄭氏は意に介さないだろう。緊急法に基づいて、次々に新しい締め
つけ、たとえば夜間外出禁止法、インターネット接続禁止法を施行し、11
月の香港区議会議員選挙を中止することなどが考えられる。さらに林鄭氏
は8日、「状況が悪化すれば、中央政府への支援要請の選択肢も排除でき
ない」と語り、北京政府とPLAの介入もあり得ると表明した。

異常な国

そうした中、香港では自由選挙の要求、共産党及び習近平批判が溢れ始め
た。覆面禁止法制定時には、香港臨時政府樹立宣言がインターネット上で
出回った。だが、これは北京政府に介入の口実を与えかねず、香港問題は
完全に別の性質を帯び始めている。

香港は極限に近づいている。米国議会は新疆ウイグル自治区のウイグル人
弾圧と共に香港問題に厳しい目を向けているが、かといって、国際社会に
は中国政府とわたり合って香港を助ける勢力は見当たらない。

香港中文大学の9月の調査で、香港人の42%が移住を考え始め、内4分の1
が具体的に準備中であることが判明した。蔡英文台湾総統は香港人受け入
れを表明し、6〜8月で1030人が台湾移住の手続きをした。

こうした状況下で日本国政府は来年春、習氏を国賓として迎えようとして
いる。国賓となれば天皇、皇后両陛下は心からあたたかくお迎えして下さ
るだろう。だが、習氏はウイグル人弾圧と虐殺、香港への力ずくの支配を
実行中の人物だ。わが国の尖閣諸島海域に常時中国艦船を不法に侵入させ
ている張本人だ。中国がわが国最大の貿易相手国で、経済的に大事な存在
であっても、力を恃んでやまない中国共産党の支配者を国賓として迎え、
晩餐会で共に盃を上げるのか。そのような日本を、国際社会は異常な国と
見做すのではないか。国際社会の視線以前に、習氏の国賓待遇は国民感情
にそぐわないだろう。

安倍晋三首相はなぜ習氏の国賓待遇での来日に傾いているのか。国際社会
を広く見渡す首相の視点の確かさを思うとき、理解し難い。或いは外務省
が正しい情報を入れていないのではないかとさえ疑う。国賓招待は6月の
ことだった。その後、香港問題が激化し事情は変わった。招待の再考を中
国側に提案してこその日本外交であろう。

『週刊新潮』 2019年10月24日 日本ルネッサンス 第873回

2019年10月25日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月24日

◆再考すべき「習主席」への国賓待遇

櫻井よしこ


いま香港で「香港に栄光あれ」という歌が歌われている。合唱者も楽器奏
者も全員が黒装束に黒マスクだ。

「なぜ涙が止まらないの なぜ怒りに震えるの 頭をあげ沈黙を破り叫べ
 自由よここに舞い戻れ(後略)」

彼らは「自由で輝く香港」を取り戻すために、歌い続ける。

6月9日に香港住民750万の内100万人が逃亡犯条例の改悪反対のデモをし
て、それから4か月がすぎた。それでも香港人の抵抗は鎮まらない。香港
人と、香港行政府・北京政府との戦いは逆により本質的な対立へと激化し
つつある。

デモをする人々の要求は、当初、逃亡犯条例の完全撤回だった。それが香
港行政長官・林鄭月娥氏の辞任要求になり、いまでは中国共産党及び国家
主席習近平批判へと質的に変化している。

林鄭氏の指示や決定はすべて北京政府の意向を反映したもので、それを時
系列で追うと、この先に彼らが何を考えているかが透けて見える。

中華人民共和国建国70周年の祝賀行事に向けて、北京政府の準備が進んで
いた9月29日、香港警察はいきなり140人の若者を拘束した。香港政府によ
る逮捕、拘留者はすでに1000人を超える。逮捕者リストには、逮捕された
人々の年齢として「14歳、15歳、16歳」という記述が続き、その横に「学
生」「女学生」などと書かれている。如何に多くの若者たちが戦っている
か、胸を衝かれる思いだ。

多くの若者が逮捕された翌30日、香港行政府は警官の武器使用基準を緩和
した。毎年香港では10月1日の中国建国記念日に反中デモが行われる。6月
以来の抵抗運動が続く中、今年は大規模なデモが予想されていた。香港行
政府はそれに合わせて武器使用基準を緩和したのだ。

10月1日、早速武器は使用された。4か所で警官が実弾を込めた銃を発砲
し、16歳の高校2年生が重傷を負った。幸い少年は命を取りとめたが、実
弾攻撃から予想されるのは限りなく暗い香港の未来だ。

強硬姿勢は全方位

北京政府による建国70周年の祝賀行事は習氏の教条主義的政治姿勢が確認
された場だった。氏は中国共産党の揺るぎない指導体制に固執し、毛沢東
の強権政治を真似て戦い続ける姿勢を明らかにした。

習氏が天安門楼上から軍事パレードを観閲する中、儀仗隊が真っ先に掲げ
て行進したのが中国共産党の党旗だった。中国国旗が先頭に掲げられ、軍
旗と党旗が続くこれまでの形が変更されていた。習氏の共産党至上主義の
表れであろう。氏はパレードに先立つ演説でこう語った。

「いかなる勢力も中国人民と中華民族の前進を阻止できない」「それには
中国共産党による指導の堅持が必要だ」と。

行政も司法も立法も共産党の指導下にある中国で、共産党総書記の習氏は
全権力を掌握する。氏は党中央軍事委員会主席として世界第二の人民解放
軍(PLA)の掌握者でもある。

氏の軍重視、力による支配権の確立への思い入れは歴代主席の中でも際
立っている。今年7月に発表された国防白書で、習政権下のPLAは極め
て戦闘的な姿勢を打ち出した。

米国を「世界の安定を損ねる国」と名指しし、「戦闘を準備する」と明記
した。同記述の背景に米国をも凌ごうという最新兵器があり、過日の軍事
パレードでも堂々と披露された。

また、「台湾独立勢力」は許さない、戦って阻止するとの趣旨で4度も触
れている。わが国の尖閣諸島を「中国固有の領土」と断じ、「法に基づい
て国家主権を行使する」と敵対意識も打ち出した。

強硬姿勢は全方位だ。香港も例外ではない。それが表れたのが、10月4
日、約50年ぶりに発動された緊急法であろう。議会の決議も承認もなしに
行政長官に絶大な権限を与えて香港を取り締まる法律である。緊急法に基
づいて林鄭氏は覆面禁止法を翌5日施行した。デモ参加に当たってマスク
の着用を禁ずるというものだ。

香港人は直ちに反撃した。より多くの人々がマスクをつけ始めた。「上に
政策あれば、下に対策あり」で、彼らはマスクに代わる「新しい髪型」や
「化粧」を持ち出した。10月11日の「言論テレビ」で映像を紹介したのだ
が、若い女性達は長く美しい髪を三つ編みにして前の方にもっていき、目
と鼻と口を残して顔全体を編んだ髪で覆う離れ技を披露した。男性達は京
劇風の化粧をした。

だが林鄭氏は意に介さないだろう。緊急法に基づいて、次々に新しい締め
つけ、たとえば夜間外出禁止法、インターネット接続禁止法を施行し、11
月の香港区議会議員選挙を中止することなどが考えられる。さらに林鄭氏
は8日、「状況が悪化すれば、中央政府への支援要請の選択肢も排除でき
ない」と語り、北京政府とPLAの介入もあり得ると表明した。

異常な国

そうした中、香港では自由選挙の要求、共産党及び習近平批判が溢れ始め
た。覆面禁止法制定時には、香港臨時政府樹立宣言がインターネット上で
出回った。だが、これは北京政府に介入の口実を与えかねず、香港問題は
完全に別の性質を帯び始めている。

香港は極限に近づいている。米国議会は新疆ウイグル自治区のウイグル人
弾圧と共に香港問題に厳しい目を向けているが、かといって、国際社会に
は中国政府とわたり合って香港を助ける勢力は見当たらない。

香港中文大学の9月の調査で、香港人の42%が移住を考え始め、内4分の1
が具体的に準備中であることが判明した。蔡英文台湾総統は香港人受け入
れを表明し、6〜8月で1030人が台湾移住の手続きをした。

こうした状況下で日本国政府は来年春、習氏を国賓として迎えようとして
いる。国賓となれば天皇、皇后両陛下は心からあたたかくお迎えして下さ
るだろう。だが、習氏はウイグル人弾圧と虐殺、香港への力ずくの支配を
実行中の人物だ。わが国の尖閣諸島海域に常時中国艦船を不法に侵入させ
ている張本人だ。中国がわが国最大の貿易相手国で、経済的に大事な存在
であっても、力を恃んでやまない中国共産党の支配者を国賓として迎え、
晩餐会で共に盃を上げるのか。そのような日本を、国際社会は異常な国と
見做すのではないか。国際社会の視線以前に、習氏の国賓待遇は国民感情
にそぐわないだろう。

安倍晋三首相はなぜ習氏の国賓待遇での来日に傾いているのか。国際社会
を広く見渡す首相の視点の確かさを思うとき、理解し難い。或いは外務省
が正しい情報を入れていないのではないかとさえ疑う。国賓招待は6月の
ことだった。その後、香港問題が激化し事情は変わった。招待の再考を中
国側に提案してこその日本外交であろう。

『週刊新潮』 2019年10月24日号 日本ルネッサンス 第873回

2019年10月23日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月22日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月19日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただ ろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日
だ。だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒
りで埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月18日

◆文在寅打倒なるか、保守のデモが街を埋めた

櫻井よしこ


10月3日、平穏な年なら韓国は国民こぞって「開天節」を祝っていただろ
う。開天節は朝鮮の神話に出てくる檀君即位の日、韓国の建国記念日だ。
だが、今年のこの日、首都ソウルは文在寅政権に反対する保守派の怒りで
埋まった。

インターネット配信の「言論テレビ」でデモの映像を紹介しながら、朝鮮
問題専門家の西岡力氏がデモの参加人数を面積を基に計算すれば約50万人
になると説明した。

デモに関しては往々にして過大な数字が発表されるが、誇張ではなく、正
味50万人がデモに参加したことの意味は大きい。

「2017年3月1日、保守派勢力が当時の大統領、朴槿恵氏に対する弾劾に反
対してデモをしました。光化門からソウル市庁前、南大門まで人が一杯に
なり、その時はやはり面積比で30万人とされました。今回は南大門からさ
らにソウル駅までの大通りが人で埋まっています。50万人説には信頼性が
あると思います」

と西岡氏。

朴前大統領擁護の保守派デモより、はるかに多い人々が街に繰り出したの
だ。他方、産経新聞ソウル支局の黒田勝弘氏は、朴氏を辞任に追いやった
左翼勢力主導の「ロウソクデモ」よりも今回の人数が多かったと報じている。

2年前の左右のデモを超える人々が、いま、反文在寅の旗を立ててデモを
しているのである。「言論テレビ」で「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説
明した。

「主催、参加団体は多様でした。キリスト教の牧師、YouTubeなどのメ
ディアや言論機関、大学の教授たち、これまで文政権と連携してきた弁護
士、会計士などまでが゙国法相の辞任を求めて、文批判を強めました」

今回のデモは、或いは、韓国世論が大きく変化する予兆ではないのか。普
通の人の姿も目立った。キリスト教会の動員力のせいか、若い男女や主婦
も少なくなかった。

多くの脱北者も座り込んだ

彼らを突き動かしている要因のひとつが香港だという。750万の香港人
が、14億人を擁する中国共産党と戦っている。その気迫に韓国人は目を醒
まされたと洪氏は指摘する。

香港以前に、全世界は、中国共産党が中国本土で国民からあらゆる自由を
奪い取るのを見詰めている。宗教弾圧はとりわけ厳しく、キリスト教徒も
無慈悲な迫害の対象だ。

だが、文氏も゙氏も韓国民の中国共産党支配に対する危機感には鈍感であ
る。むしろ中国共産党に近づくかのように、社会主義革命路線をひた走
る。一般の国民が、そのような彼らに国政を委ねることへの危機感を抱き
始めた。それが、10月3日の大規模デモだ。

キリスト教徒に加えて、デモに参加した海兵隊予備役官らも注目を集めた
という。

「彼らは皆、文政権への抗議の意味を込めて剃髪したのです。坊主頭の屈
強な男たちの一群ですから、目立つでしょう」

と洪氏。

大学の教授たちも1万人以上が「正義と真実」を求めて抗議声明に署名
し、デモに合流した。

YouTuberの若者たちはデモの現場で大手メディアに抗議した。西岡氏の説
明だ。

「10.3デモの取材に大手テレビ局のKBSが来ていたのです。大手テレビ
は本当に左傾化しています。保守の言動どころか存在さえ報じません。で
すから若者たちは大型放送車の窓に『本当のことを報道しろ』と書いたプ
ラカードを貼り付けたのです。暴力も破壊もありませんでしたが、KBS
の記者たちには痛烈なメッセージになったでしょう」

10.3デモは、史上最大規模のデモでありながら、香港のような激しい暴力
沙汰は起きなかった。事前に各団体が注意事項を呼びかけたからだ。武器
と誤解されるようなものは一切身につけないこと、台風の影響で雨が懸念
されるため、雨合羽を持参すること、但し、傘は武器と見做されかねない
として禁止した。

「体力のある者は徹夜でデモをして、そのまま青瓦台の前に座り込む。
従って、寝袋と腹ごしらえの食糧を持参するようにという通達も出ました」

と洪氏。

6月から青瓦台前で一人で座り込みをしてきた全光T牧師が指導して、3日
夜、1000人単位の人々が青瓦台前で夜をすごした。週末になっても人数は
減らず、座り込みが続いている。多くの脱北者も一緒に座り込んだ。彼ら
は人間を人間として扱わない北朝鮮から命がけで脱北した。それなのに、
韓国はいま、北朝鮮に同調しようとしている。彼らはそれだけは決して許
せないのである。

政治運動と関わったことのない多様な人々が街に繰り出したのは、文政権
の所業が「臨界値を超えた」からだと洪氏は強調する。

反日が支柱

社会の中間層に属する「大人しい人たち」までもが行動を起こしたことを
どう解釈すべきか。明らかに暫く前とは様子が違う。それを向こう側から
息を詰めるようにして、逆転劇を恐れつつ見詰めているのが文氏ど氏で
はないか。娘の不正入学、不正論文、妻の金銭疑惑、その背後の黒幕であ
る゙氏本人は暴力革命を信奉するレーニン主義者である。゙氏を罷免すれ
ば、文氏への評価は好転するかもしれないが、文氏はそうはしない。ここ
で退けば彼の革命の夢は潰れてしまうことを知っているのだ。

この段階でも文氏にはまだ4割弱の支持がある。理由は主として二つ、第
一の理由を洪氏が説明した。

「共産主義への盲信から目が覚めることは、自分の頭で考える力がどれだ
けあるかということに直結します。文氏支持の左翼たちは盲信が深いため
に、自分の目で見て自分の頭で考えることがなかなかできないのです」

第二の理由を西岡氏が熱を込めて語った。金日成の主体思想を奉ずる人々
が今日まで存在し続けているのは、マルクス・レーニン主義に依拠するか
らではなく、反日民族主義に依拠しているからだという。

金日成の「偉大さ」は「日本と戦った」ことによるが、韓国の主流派は残
虐な日本と手を組んだ。その汚れた親日派が親米派になり、反共派になっ
て韓国を支配した。世界で社会主義が衰退しても関係ない、親日派を倒せ
ば韓国は再生する。そのように信ずる人々は、日本が悪いと言っている間
は大丈夫なのだ。反日が支柱である限り、社会主義や共産主義がすたれて
も、彼らは倒れない。

であれば、韓国再生のためには反日の間違いを正さなければならない。そ
のことを韓国の保守派はようやく悟った。それがベストセラー、『反日種
族主義』を書いた李栄薫教授であり、弟子の李宇衍教授らだというのだ。
ストンと納得のいく分析である。彼らと連帯していくのが日本の正しい道
である。

『週刊新潮』 2019年10月17日号 日本ルネッサンス 第872回

2019年10月17日

◆太平洋で着々と進む中国の覇権戦略

櫻井よしこ


9月16日、中国は太平洋の14の島嶼国のひとつ、ソロモン諸島を台湾から
引き剥がし断交させた。中国の働きかけによって台湾を切り捨て、中国と
国交を樹立した島嶼国はすでに10を数える。台湾は蔡英文総統が就任して
以来7か国から国交断絶を言い渡され、国交のある国はいまや15にまで減
少した。

中国の目的は、「台湾は中国の一部」であることを受け入れない蔡総統を
孤立させ、来年1月の台湾総統選挙で落選させることにあるが、同時にも
うひとつ重要な狙いは太平洋における米軍の覇権に異を唱え、西太平洋及
びインド洋から米国を排除することである。

ソロモン諸島の首都を擁するガダルカナル島で、日本軍はかつて死闘を展
開した。情報も食糧も武器弾薬も極度に不足していた中で米軍相手に壮絶
な戦いを続け、日本軍は実に多くの貴重な命を失った。太平洋の島々を
失った日本がその後苦しい状況で後退に継ぐ後退を続けたのは周知のとお
りだ。その激戦の島嶼国にいま、中国が巧妙な侵略の手を伸ばしている。

かつての日米両軍の戦場でいまや米中二大勢力がせめぎ合う。米国が同海
域をグアムを拠点として防衛するのに対して、中国はつい先頃まで第一列
島線、第二列島線を想定して米海軍をハワイ以東に閉じ込めようとしてき
た。現在は、しかし、西太平洋からインド洋全体を支配するために、この
海域への米海軍の接近を阻止する第一、第二列島線戦略をはるかに越え
て、彼らは第三列島線に進出してきているのである。

第三列島線は、2040年までの目標として中国の国益擁護に必要な海を南緯
35度以北、東経165度以西と定義し、その海域に中国の支配権を確立する
というものだ。中国が支配権を目指すのは豪州南部以北の太平洋であり、
米海軍が遊弋(ゆうよく)し、君臨してきた太平洋である。そこにはマリ
アナ諸島、パラオ、ソロモン諸島などが広がる。

太平洋島嶼国を籠絡

07年に中国側は何気ない会話形式で、米国側に太平洋をハワイを基点とし
て二分し、米国が東太平洋を、中国が西太平洋をとることを提案した。そ
れから12年、彼らは着実に自らの目標達成へと歩を進めている。

そうした戦略目標達成のために、中国は悪名高い資金攻勢で太平洋島嶼国
を籠絡する。典型的事例がトンガであろう。人口11万人弱、王室が強い力
を有する。

明らかに中国は王室への接近に成功したのであろう。「フィナンシャル・
タイムズ」のキャサリン・ヒル氏の、「太平洋島嶼国・米中の新たな敵
対」によると、中国は08年にトンガサット社に5000万ドル(約55億円)を
支払い、赤道上空の静止軌道の使用権を得た。

米国のGPSに相当する中国の衛星測位システム「北斗」をミサイル誘導
など軍事的に使用するには静止軌道が必要で、それを提供したトンガは中
国の軍事戦略上非常に重要な拠点となったわけだ。トンガは見返りに55億
円を受け取ったが、国庫に納入されるべき資金の半分がトンガサット社に
入金されていたという。

同社にはトンガ王室のプリンセスが関係していると報じられた。中国得意
の資金も含めたおもてなし外交でプリンセスの心を射止めたと解釈された
のは自然なことだ。

この年以降10年までの3年間で、トンガは中国から1億1400万ドル(約125
億円)、トンガのGDPの実に43%に相当する融資を受けている。この規
模の債務返済は至難の業で、連想するのは、借金のカタにハンバントタ港
を99年間も奪われてしまったスリランカの悲劇、債務の罠である。

中国と国交を樹立した先述のソロモン諸島は人口61万人、太平洋島嶼国
中、最大級である。その国がいまや中国経済に搦め捕られている。また、
近年急増した移住中国人は約5000人に上り、ビジネス上手の彼らは小売店
の大方を経営し、殆どすべての消費財を提供していると、ヒル氏は報告する。

他方、中国政府は後述する海底ケーブルをはじめ、大規模な公共工事に資
金を集中投下し、これら小さな国のインフラを中国式に作り上げてしま
う。資金も技術も労働者も、定型どおり中国からやってくる。労働者は工
事完了後も現地に残留し、力をつけ、その国の事実上の支配者となるのが
お定まりの道だ。

ソロモン諸島政府は豪州政府の協力を得てソロモン諸島・シドニー間を海
底ケーブルで結ぶところだった。公開入札で受注した企業はしかし、突
如、外され、ソロモン諸島政府は中国のファーウェイに工事を発注した。
ファーウェイは中国人民解放軍と一体だと見做されており、豪州政府が驚
き、安保上の懸念を抱いたのは当然だろう。豪州政府はソロモン諸島政府
に代わって海底ケーブルを建設し、費用の3分の2を負担したそうだ(同前)。

それでもファーウェイは諦めず、次にバヌアツからの海底ケーブル建設を
提案中だという。ファーウェイとその背後の中国政府の、世界制覇にかけ
る執念を感じさせる働きかけではないか。

中国のマネー攻勢

現在、太平洋島嶼国で台湾と国交を保っているのはツバル、マーシャル諸
島、パラオ、ナウルの4か国だけであるが、これらの国々も中国のマネー
攻勢に晒されている。

ツバルは人口1万1000人、議会は予算ほしさに台湾寄りの首相を交代させ
る可能性がある。パラオは人口2万2000人、マーシャル諸島は5万3000人、
ナウルは1万4000人である。

どの国も本当に小さい国だ。人々の性格は穏やかで、生活は貧しい。だが
彼らが保有する海洋面積は広大である。日米豪にとって、そこに広がる海
は自由貿易を担保する開かれた海である。国益上も安全保障上も譲れない
海だ。中国による独占は無論、彼らが小さな国々に強い影響力を発揮し
て、支配する海にしてはならない。

だが、小さな弱い国々は、自由や民主主義への中国共産党の弾圧には余り
関心を抱かない。米国か中国か、と迫られるのも恐れる。中国の威力の前
で、台湾と断交をすれば、それがやがて自らにはね返ってくるとも考えな
い。彼らも生き残り、国民を経済的に養わなければならない。日本や米国
が中国に対抗して取り得る道は、国や民族の生き残りと、国民生活の豊か
さを支える、中国よりも優れた策を打ち出すことだ。

中国は地球全体に欲の網を張り、その網を広げ続ける。中国の手法とは全
く異なる手法で、価値観を共有できる国々と連携して、中国の野望を打ち
消していくのがよい。日本は軍事力の効用を活用できない。その分、合理
的で人道的な賢い道を提唱しなければならない。価値観の戦いの先頭を行
くべきだ。

『週刊新潮』 2019年10月10日号 日本ルネッサンス 第871回

2019年10月16日

◆太平洋で着々と進む中国の覇権戦略

櫻井よしこ


9月16日、中国は太平洋の14の島嶼国のひとつ、ソロモン諸島を台湾から
引き剥がし断交させた。中国の働きかけによって台湾を切り捨て、中国と
国交を樹立した島嶼国はすでに10を数える。台湾は蔡英文総統が就任して
以来7か国から国交断絶を言い渡され、国交のある国はいまや15にまで減
少した。

中国の目的は、「台湾は中国の一部」であることを受け入れない蔡総統を
孤立させ、来年1月の台湾総統選挙で落選させることにあるが、同時にも
うひとつ重要な狙いは太平洋における米軍の覇権に異を唱え、西太平洋及
びインド洋から米国を排除することである。

ソロモン諸島の首都を擁するガダルカナル島で、日本軍はかつて死闘を展
開した。情報も食糧も武器弾薬も極度に不足していた中で米軍相手に壮絶
な戦いを続け、日本軍は実に多くの貴重な命を失った。太平洋の島々を
失った日本がその後苦しい状況で後退に継ぐ後退を続けたのは周知のとお
りだ。その激戦の島嶼国にいま、中国が巧妙な侵略の手を伸ばしている。

かつての日米両軍の戦場でいまや米中二大勢力がせめぎ合う。米国が同海
域をグアムを拠点として防衛するのに対して、中国はつい先頃まで第一列
島線、第二列島線を想定して米海軍をハワイ以東に閉じ込めようとしてき
た。現在は、しかし、西太平洋からインド洋全体を支配するために、この
海域への米海軍の接近を阻止する第一、第二列島線戦略をはるかに越え
て、彼らは第三列島線に進出してきているのである。

第三列島線は、2040年までの目標として中国の国益擁護に必要な海を南緯
35度以北、東経165度以西と定義し、その海域に中国の支配権を確立する
というものだ。中国が支配権を目指すのは豪州南部以北の太平洋であり、
米海軍が遊弋(ゆうよく)し、君臨してきた太平洋である。そこにはマリ
アナ諸島、パラオ、ソロモン諸島などが広がる。

太平洋島嶼国を籠絡

07年に中国側は何気ない会話形式で、米国側に太平洋をハワイを基点とし
て二分し、米国が東太平洋を、中国が西太平洋をとることを提案した。そ
れから12年、彼らは着実に自らの目標達成へと歩を進めている。

そうした戦略目標達成のために、中国は悪名高い資金攻勢で太平洋島嶼国
を籠絡する。典型的事例がトンガであろう。人口11万人弱、王室が強い力
を有する。

明らかに中国は王室への接近に成功したのであろう。「フィナンシャル・
タイムズ」のキャサリン・ヒル氏の、「太平洋島嶼国・米中の新たな敵
対」によると、中国は08年にトンガサット社に5000万ドル(約55億円)を
支払い、赤道上空の静止軌道の使用権を得た。

米国のGPSに相当する中国の衛星測位システム「北斗」をミサイル誘導
など軍事的に使用するには静止軌道が必要で、それを提供したトンガは中
国の軍事戦略上非常に重要な拠点となったわけだ。トンガは見返りに55億
円を受け取ったが、国庫に納入されるべき資金の半分がトンガサット社に
入金されていたという。

同社にはトンガ王室のプリンセスが関係していると報じられた。中国得意
の資金も含めたおもてなし外交でプリンセスの心を射止めたと解釈された
のは自然なことだ。

この年以降10年までの3年間で、トンガは中国から1億1400万ドル(約125
億円)、トンガのGDPの実に43%に相当する融資を受けている。この規
模の債務返済は至難の業で、連想するのは、借金のカタにハンバントタ港
を99年間も奪われてしまったスリランカの悲劇、債務の罠である。

中国と国交を樹立した先述のソロモン諸島は人口61万人、太平洋島嶼国
中、最大級である。その国がいまや中国経済に搦め捕られている。また、
近年急増した移住中国人は約5000人に上り、ビジネス上手の彼らは小売店
の大方を経営し、殆どすべての消費財を提供していると、ヒル氏は報告する。

他方、中国政府は後述する海底ケーブルをはじめ、大規模な公共工事に資
金を集中投下し、これら小さな国のインフラを中国式に作り上げてしま
う。資金も技術も労働者も、定型どおり中国からやってくる。労働者は工
事完了後も現地に残留し、力をつけ、その国の事実上の支配者となるのが
お定まりの道だ。

ソロモン諸島政府は豪州政府の協力を得てソロモン諸島・シドニー間を海
底ケーブルで結ぶところだった。公開入札で受注した企業はしかし、突
如、外され、ソロモン諸島政府は中国のファーウェイに工事を発注した。
ファーウェイは中国人民解放軍と一体だと見做されており、豪州政府が驚
き、安保上の懸念を抱いたのは当然だろう。豪州政府はソロモン諸島政府
に代わって海底ケーブルを建設し、費用の3分の2を負担したそうだ(同前)。

それでもファーウェイは諦めず、次にバヌアツからの海底ケーブル建設を
提案中だという。ファーウェイとその背後の中国政府の、世界制覇にかけ
る執念を感じさせる働きかけではないか。

中国のマネー攻勢

現在、太平洋島嶼国で台湾と国交を保っているのはツバル、マーシャル諸
島、パラオ、ナウルの4か国だけであるが、これらの国々も中国のマネー
攻勢に晒されている。

ツバルは人口1万1000人、議会は予算ほしさに台湾寄りの首相を交代させ
る可能性がある。パラオは人口2万2000人、マーシャル諸島は5万3000人、
ナウルは1万4000人である。

どの国も本当に小さい国だ。人々の性格は穏やかで、生活は貧しい。だが
彼らが保有する海洋面積は広大である。日米豪にとって、そこに広がる海
は自由貿易を担保する開かれた海である。国益上も安全保障上も譲れない
海だ。中国による独占は無論、彼らが小さな国々に強い影響力を発揮し
て、支配する海にしてはならない。

だが、小さな弱い国々は、自由や民主主義への中国共産党の弾圧には余り
関心を抱かない。米国か中国か、と迫られるのも恐れる。中国の威力の前
で、台湾と断交をすれば、それがやがて自らにはね返ってくるとも考えな
い。彼らも生き残り、国民を経済的に養わなければならない。日本や米国
が中国に対抗して取り得る道は、国や民族の生き残りと、国民生活の豊か
さを支える、中国よりも優れた策を打ち出すことだ。

中国は地球全体に欲の網を張り、その網を広げ続ける。中国の手法とは全
く異なる手法で、価値観を共有できる国々と連携して、中国の野望を打ち
消していくのがよい。日本は軍事力の効用を活用できない。その分、合理
的で人道的な賢い道を提唱しなければならない。価値観の戦いの先頭を行
くべきだ。

『週刊新潮』 2019年10月10日号 日本ルネッサンス 第871回

2019年10月09日

◆サウジ攻撃に見る世界戦争の劇的変化

櫻井よしこ


せいぜい数万円の無人機が数十億円、或いは数百億円のミサイル防衛網
をかいくぐって壊滅的な被害をもたらした。9月14日、サウジアラビア東
部の石油施設アラムコへの攻撃は戦争の形が根本から変わっていくことを
示している。サウジ攻撃こそ、恐るべき新型戦争の始まりなのではないか。

サウジは一挙に日量生産能力の半分以上に相当する570万バレル、実に世
界生産量の5%の生産停止に追い込まれた。株価は地政学的リスクや世界
経済の減速懸念を反映して16日の市場で142jも下がった。小型無人機に
よる攻撃が石油大国サウジの生産量を激減させ、世界経済に動揺を与えた
ことは大方の人々の虚を衝いた。

攻撃後、イエメンのイスラム教シーア派民兵組織、フーシが犯行声明で無
人機10機で攻撃したと発表したが、これには当初から疑問符がついた。イ
エメンのフーシ支配地域からサウジ東部までは約1300`、小型無人機にそ
れ程の距離が飛べるのかとの基本的疑問だった。

攻撃当日からポンペオ米国務長官は「攻撃がイエメンからだという証拠は
ない」とツイッターで発信し、イランの関与を示唆した。4日後にはサウ
ジアラビアを訪れ、ムハンマド・ビン・サルマン皇太子との会談に先立っ
て、攻撃はサウジに対する「直接の戦争行為」だとしてイランを非難した。

サウジ国防省は米国と歩調を合わせるかのようにイランの関与についての
具体的情報を公開した。攻撃には無人機18機、巡航ミサイル7発が使用さ
れたとし、兵器の破片からミサイルはイラン製の巡航ミサイル「ヤ・ア
リ」、無人機は「デルタ・ウイング無人航空機」だったと断定した。攻撃
はイラン・イラクの北方向から行われており、南のイエメンからではない
とも公表した。「ヤ・アリ」の射程は700`で、イエメンからだと届かない。

対するイランのザリフ外相はサウジや米国がイラン攻撃に踏みきるなら、
全面戦争だと即、警告した。

尖閣や沖縄奪取に投入

「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙によると、米国やサ
ウジの防空システムは「世界で最も高度」だ。にも拘らず、無人機攻撃を
回避できなかった。既存の態勢では防御できない事態が全世界の眼前で進
行中であり、日本はこの事例を対岸の火事と見てはならない。

中国は無人機の開発にかけては世界最前線を走る。すでに1000機以上を保
有し、2017年には119機のマルチコプター無人機を同時に飛ばし、AIを
組み入れた全機が自律的に任務を遂行した。

仮にこれらの無人機が尖閣や沖縄奪取に投入されれば、どうなるか。中国
は今年7月24日発表の国防白書で、これまで触れていなかった「尖閣諸島
の防衛」を明記した。彼らは尖閣・沖縄の先に長崎県五島列島も見据えて
おり、7月25日には五島市沖の排他的経済水域で海底を不法調査し、海上
保安庁の警告を無視して4時間も居座った。日本の領土も資源も狙う中国
の攻撃がないとは断言できないだろう。わが国に防衛、対抗手段はあるの
か。ないではないか。足下に迫る危機を深刻にとらえよと、サウジの事例
が警告している。

それにしても犯人は何者か。安倍晋三首相が6月13日、イランの最高指導
者ハメネイ師と会談した当日、会談を嘲笑するかのようにホルムズ海峡で
日本向けの石油を満載したタンカーが攻撃された。米国は直ちにイラン革
命防衛隊の犯行だと主張したが、サウジのケース同様、イラン側は否定し
た。どの国のどの勢力が犯人なのか、現在まで特定されていない。

イランにおける最強の組織が革命防衛隊だ。安倍・ハメネイ会談に合わせ
て日本のタンカーを攻撃したのが彼らだとすると、最強の暴力組織はハメ
ネイ師の命令を聞かないと見て良いのか。攻撃がハメネイ師の意向だとす
れば、なぜか。私たちはここから何を読み取るべきなのか。

イランも北朝鮮も米国の出方をじっと見詰めている。彼らは押せると判断
すれば押し、待つべしと判断すれば待つ。タンカー及びサウジの石油施設
攻撃には、さらに押せるとのイランの判断があったはずだ。なぜそう判断
したのか。
WSJは9月16日の社説で「ボルトンは正しかった」と見出しをつけて解
説した。

「トランプ氏がテヘランに柔軟対応を考えている最中のサウジ攻撃は偶然
ではない」と。

当のジョン・ボルトン氏が9月18日、プライベートな昼食会で生々しく
語っている。

「今年夏、米国の無人機をイランが攻撃したとき、トランプ氏は報復しな
かった。その失敗がイスラム勢力による攻撃を促した」

イラン側は「彼の自制は我の勝利だ」と見て、安心して事態をエスカレー
トさせたというわけだ。

「中東情勢は激変」

ボルトン氏はいま、「トランプ氏の北朝鮮、イランとの交渉は失敗する運
命にある」と断じている。

トランプ氏は18日、対イラン制裁強化策を48時間以内に発表すると語り、
急いでつけ加えた。「軍事攻撃という究極の選択肢もあるが、それ以下の
選択肢もある」と。恫喝し、同時に恫喝は言葉だけだと打ち明けた。軍事
攻撃に消極的な姿勢を見せることで足下を見られている。

ボルトン氏の後継者、ロバート・オブライエン氏はポンペオ氏の考え方に
近い。ポンペオ氏はトランプ大統領の指示に従う話し合い路線重視派だ。
斯くしてトランプ氏を妨げる人物は消え、トランプ流外交が主流となる
が、これは、氏の弱点、自信過剰で戦略なきディール外交が際立つことと
背中合わせだ。

戦略論に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が語る。

「トランプ大統領がイランにソフトな話し合い路線をとり、イランの核開
発阻止に失敗すれば、中東情勢は激変します。イランはイスラエルを滅ぼ
すと宣言しています。イランの核に対抗するためにイスラエルは反イラン
のサウジやアラブ首長国連邦と連携を強め、この二つの国がイスラエルの
核の傘の下に入る可能性もあります」

米国の影響力は相対的に低下し、ロシア、中国の力がゼロサムゲームで伸
びるだろう。トランプ外交への不安を心に刻みながらも、日本はトランプ
外交のプラスの面を支えていく。それしか選択すべき道はない。一例が中
国に対する強硬策だ。トランプ大統領は2017年12月に堂々たる国家戦略報
告を発表した。それは中国の意図も脅威も過小評価しないという決意表明
だった。同盟諸国を重視する伝統的戦略でもある。戦争の型が激変すると
しても、国防は同盟国との連携強化で当たるのが正しい道だと、日本は行
動で示し続けるのがよい。

『週刊新潮』 2019年10月3日号日本ルネッサンス 第870回