2019年09月17日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号

2019年09月16日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積 

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号

2019年09月15日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号

2019年09月14日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号

  

2019年09月13日

◆NHK終戦報道は相変わらず問題山積

櫻井よしこ


毎年8月になるとNHKのいわゆる“歴史もの特集”が放送される。NHK
の歴史に関する作品には、たとえば2009年4月の「JAPANデ
ビュー」、17年8月の「731部隊の真実~エリート医学者と人体実験~」のよ
うに、偏向、歪曲、捏造が目立つものが少なくない。そのために私は
NHKの歴史ものは見たくないと思って過ごしてきた。

だが、今年はどうしても見ておく必要があると考えて視聴した。視聴した
のは「かくて“自由”は死せり~ある新聞と戦争への道~」、「昭和天皇は何
を語ったのか─初公開・秘録 拝謁記」の2作品である。

前者は8月12日のNHKスペシャルで、戦前に10年間だけ発行されていた
「日本新聞」を取り上げている。後者は17日の放送で、初代宮内庁長官、
田島道治氏の日記によるものである。両作品共に役者を起用したドラマ仕
立てだった。

期待どおりというのは皮肉な表現だが、前者は想定どおりの「NHK歴史
もの」らしい仕上がりだった。後者についても多くの疑問を抱いた。

まず「新聞」の方だが、番組は暗い声音のナレーションで説明されてい
く。日本新聞は大正14(1925)年に司法大臣小川平吉が創刊し、賛同者に
平沼騏一郎や東条英機が名を連ねる。彼らは皆「明治憲法に定められた万
世一系の天皇を戴く日本という国を絶対視する思想を共有していた」との
主旨が紹介される。

明治憲法においても現行憲法においても国柄を表現する基本原理のひとつ
である「万世一系」の血筋が、まるで非難されるべき価値観であるかのよ
うな印象操作だ。

番組のメッセージは、創刊号で天皇中心の国家体制「日本主義」を掲げた
のが日本新聞で、その日本主義が日本全体を軍国主義へと走らせたという
ものだ。

不勉強の極み

だが、番組は説得力を欠く。歴史の表層の一番薄い膜を掬い取ってさまざ
まな出来事を脈絡もなくつなぎ合わせただけの構成で、どの場面の展開も
その因果関係が史料やエビデンスをもって証明されているものはない。飽
くまでも印象だけの馬鹿馬鹿しいこの作品を、NHKが国民から強制的に
徴収する受信料で制作したかと思うと怒りが倍加する。

日本全国に軍国主義の波を起こし、日本を戦争に駆り立てるほどの影響力
を発揮したとされる日本新聞の発行部数はわずか1万6000部程度だった。
しかも先述のように昭和10年までの10年間しか発行されていない。NHK
の主張するとおり、日本新聞に世論と政治を動かすほどの力があったのな
ら、言い換えれば、それだけ国民に熱烈に支持されていたのなら、なぜ10
年で廃刊に追い込まれたのか。

当時もっと影響力のあった新聞のひとつに朝日新聞がある。朝日は日本新
聞よりはるかに早い明治12(1879)年に大阪で創刊、9年後には東京に進
出、日本新聞創刊の1年前には堂々100万部を超える大新聞となっている。
朝日は満州事変などに関して極右のような報道で軍部を煽り部数を伸ばし
たが、なぜNHKは軍国主義を煽ったメディアとして日本新聞にのみ集中
したのか。不勉強の極みである。

この日本新聞の番組があり、8月15日をはさんで田島日記、即ち「拝謁
記」の方が放送された。二つの作品を対にした構成の背後には、軍国主義
の弊害を安倍晋三首相が実現しようとする憲法改正に結びつけ阻止しよう
とする意図があるのではないかと感じた。なぜなら拝掲記は昭和天皇が再
軍備と憲法改正を望んでおられた事実をかつてなく明確にしたからだ。

「拝謁記」の内容にさらに入る前に、NHKは田島道治日記の全容を公開
していないことを指摘しておきたい。私たちにはNHKの放送が全体像を
正しく反映しているのかどうか、判断できないのだ。

NHKは宮内庁記者クラブで田島日記に関する資料を配布したが、配布さ
れたのは日記全体ではなく、NHKが選んだ部分だけだった。田島氏のご
遺族が了承した部分だという説明もあったが、それはNHKが報道した分
にすぎない。新聞メディアをはじめ各社がその後報じた内容は、NHK配
布の資料が各社の持てるすべての素材であるために、NHKと基本的に同
じにならざるを得ず、NHKの視点を拡大することになる。

もう一点、NHKは今回の放送を「初公開」「秘録」と宣伝するが、田島
日記は16年前の03年6月号と7月号の「中央公論」と「文藝春秋」で加藤恭
子氏が紹介済みだ。加藤氏が伝えたのは昭和天皇が頻りに戦争を反省し、
後悔されていたという点で、NHKの番組でもそうした思いを述べるくだ
りが俳優の重々しい口調で演じられている。

天皇の政治利用

16年前の「文藝春秋」には「朕ノ不徳ナル、深ク天下ニ愧ヅ」として「昭
和天皇 国民への謝罪詔書草稿」全文も報じられている。この草稿は吉田
茂首相らの反対で、過去への反省の表現などが「当たり障りのない表現
に」(加藤氏)変えられたことを、加藤氏は、昭和天皇の思いを実現させ
るべく懊悩する田島氏の取り組みを通して紹介した。

NHK報道の新しい側面は、この点を昭和天皇と田島氏の対話形式で明ら
かにしたことだ。

他方、NHK報道で最も印象的なのが先述の憲法改正に関する点だ。これ
まで御製等を通じて推測可能だった再軍備と憲法改正への思いを、昭和天
皇は具体的に語っていらした。

昭和天皇は1952年には度々日本の再軍備や憲法改正に言及され、2月11日
には「他の改正ハ一切ふれずに軍備の点だけ公明正大に堂々と改正してや
つた方がいゝ」と述べられていた。3月11日には「侵略者のない世の中ニ
なれば武備ハ入らぬが侵略者が人間社会ニある以上軍隊ハ不得己(やむを
えず)必要だ」と指摘され、53年6月1日には米軍基地反対運動に「現実を
忘れた理想論ハ困る」と常識的見解を示された。

こうして明らかにされた昭和天皇のお気持を知って、日本国の在り方に責
任を持とうとするそのお姿には感銘を受ける。だが、国民も政府も慎重で
なければならない。日本は立憲君主国で、君主たる天皇は君臨はするが統
治はしない。何人(なんぴと)も天皇の政治利用は慎まなければならない
からである。

そもそも側近の日記がこのように、公開されてよいのかと疑問を抱く。こ
れまでも多くの側近が日記やメモを公開してきたが、天皇に仕えて見聞し
た、いわば職務上知り得た情報の公開には極めて慎重でなければならない
はずだ。公開されれば当然、私たちは強い関心を持って読む。しかし、そ
のようなことは、側近を信頼なさった天皇への裏切りではないか。こんな
ことで皇室、そして皇室を戴く日本は大丈夫か、国柄はもつのかと問わざ
るを得ない。皇室に仕える人々のルール作りが必要だ。

『週刊新潮』 2019年9月12日号 日本ルネッサンス 第866号


2019年09月11日

◆香港危機、日本は北京に厳しく警告せよ

櫻井よしこ


1週間前の8月18日、香港で170万人、住民の約4分の1に当たる群衆が街路
を埋め尽した。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」
改正案に反対するデモだ。参加者数は凄まじかったが、デモは全体的に統
制がとれており、香港人は中国政府の非民主的香港政策を拒否するとの強
いメッセージを、全世界にきちんとした形で伝えた。

人口750万の香港は14億の北京に力で勝てるはずはなく、国際社会の道理
を味方にするしかない。香港人は国際社会の賛同を得るべく、また北京政
府につけ入る隙を与えないよう、街頭活動も暴力的局面に至る前に、さっ
と退いている。

ところがその1週間後の25日、香港警察はデモ隊に初めて発砲し、人間を
吹き飛ばす程の水圧で鎮圧する放水車も初めて導入した。

発砲の理由を、香港警察は26日未明の記者会見で、「生命の危険があり、
6人の警官が拳銃を抜いた」、「うち一人が空に向けて威嚇射撃した。必
要で適切な行動だった」とし、発砲を正当化した。だが、説明をそのまま
受け入れることはできない。

北京政府は強い力で香港の自治権と香港人の自由剥奪を試みる。デモ終息
に向けて軍事介入も止むなし、の方向に向かっている。この決定は、8月1
日から11日まで開催された北戴河会議で定められた。「産経新聞」外信部
次長の矢板明夫氏が語る。

「10日余りの会議の前半はかなり紛糾して、長老たちが習近平を批判した
といいます。米中貿易戦争も香港問題も何ひとつ上手くいっていないから
です。しかし長老たちにも名案はない。10月1日の建国70周年も近づいて
くる。それまでに香港問題を解決しなければならない。それで軍介入とい
う強硬手段も仕方がない、という結論になったのです」

その場で反対したのは朱鎔基元首相ただ一人だったという。北戴河会議に
出席する長老たちには香港問題の早期解決を欲するもうひとつの理由がある。

香港人を悪者にする

たとえば温家宝元首相の息子やその妻らが香港利権にどっぷり浸かってい
る事例が2012年10月に「ニューヨーク・タイムズ」紙で特集されたよう
に、長老たち全員が香港利権の受益者だと考えてよい。彼らは甘い利権の
蜜をすする邪魔をされたくない、早く混乱を鎮めてほしいのだ。

北戴河会議終了直後に、二つの顕著な動きがあった。まず、12日、北京政
府は香港に隣接する広東省深圳(しんせん)に10万人規模の武装警察を集
結させ、その映像を国営メディアで報じさせた。同日、中国政府は香港で
の抗議活動に「テロリズムの兆候が現れ始めた」と批判し、香港の裁判所
は抗議運動参加者に撤去命令を発した。命令に従わなければ逮捕も当然と
いう法的条件が整えられたのだ。

第二の動きは楊潔篪(ようけつち)中央政治局委員が訪米し、ポンペオ国
務長官と会談したことだ。楊氏は米国側に、香港問題解決のために強硬手
段もあり得ると説明したと見られる。

この間の8月9日、学生や市民らは香港国際空港に集結し始めた。11日には
香港市内のデモで警官が至近距離から水平に構えて撃ったビーンバッグ弾
が、女性の右目を直撃し、女性は失明したと伝えられる。無残な映像は瞬
時に拡散された。市民らは強く反発し、12日も空港を占拠し、午後全便が
欠航した。警官が市民を装ってデモ隊に潜入し、暴力行為を煽っていたこ
とも判明した。

約1世紀、イギリスの統治下で民主主義を楽しんだのが香港人だ。彼らの
骨身に刻まれた民主主義を踏みにじる習氏の戦略が成功する地合は香港に
はないだろう。矢板氏が語る。

「結論から言えば習近平は悉く失敗したのです。学生や市民らは、北京政
府の思惑を警戒して、13日以降、さっと退いた。米国では、それまで香港
に関心を抱いているとは思えなかったトランプ大統領が、14日になって急
に『香港問題は人道的に解決すべきだ』と発言しました。18日にトランプ
氏は更に踏み込んで『天安門事件のようなことになれば中国との貿易問題
でのディールははるかに難しくなる』と牽制しました。すべて藪蛇になっ
たのです」

北京政府の狙いは、香港人が襲撃したという状況を捏造して、香港人を悪
者にすることだ。そうすれば香港基本法18条を適用できる。18条とは、
「動乱が発生して」「緊急事態に突入」した場合、中央人民政府、つまり
北京政府は中国の法律を香港に適用できるというものだ。

現在の香港の秩序は「一国二制度」の下で守られている。だが、18条を適
用すれば、香港の法秩序全てを白紙にして、中国本土と同じ法の下に置く
ことが可能になる。

最も強い声を発する責任

矢板氏の説明だ。

「抗議行動に参加して拘留されている香港人はいま、700人です。投石な
どはみんな微罪です。彼らはすぐに釈放され、ヒーローになりますから、
北京から見ると逆効果です。中国の国内法を適用すれば何千人も何万人も
逮捕して、中国本土に連行し懲役15年とか20年、無期にしたり、拷問も虐
殺も可能になります。中国共産党はこの種の強硬手段で抗議活動を終息さ
せられると考えているのです」

そうした中、冒頭の170万人参加の8.18抗議行動が行われた。共産党のや
り方を知悉する香港人だから、8.18デモでは一切の暴力行動を慎んだ。卵
やトマトも投げてはならないと申し合わせた。中国に口実を与えないよう
に賢くデモをした。

にも拘わらず、1週間後の8月25日の抗議集会では、警官を「生命の危険」
に突き落とす暴力行為があったという。果たして事実か。

実は、デモ隊の中に香港人ではない大陸の人間が紛れ込んでいて、警官に
殴りかかっていた事例が判明した。その映像もSNSで広く拡散された。
矢板氏は、天安門事件のときも同じだったと語る。

「あのとき市民の中に大量の私服警官が入っていて、天安門で軍の車両や
バスを襲撃し、火をつけたのです。彼らは放火してすぐに逃げ、後に残さ
れた市民や学生が大量に逮捕され殺されました。これが中国共産党の常套
手段です」

天安門事件当時、ケ小平は天安門での動きが中国全土に広がるのを恐れて
弾圧に乗り出した。香港人の民主主義を求める心が中国本土の人々の胸に
届けば届くほど、習氏も弾圧と軍介入に傾くだろう。

ここで日本は何をすべきか。天安門事件後、北京政府をまっ先に許したの
は日本だった。今回、日本は北京政府に30年前と同じ甘い態度をとっては
ならない。最も強い非難と警告の声を発する責任があるのは日本政府だ。
香港は日本に期待し、台湾も日本を見ている。香港の学生や市民の側に立
ち、中国政府に厳しく注文をつけることなしに、価値観外交を唱える資格
など無いのである。

『週刊新潮』 2019年9月5日号 日本ルネッサンス 第866号

2019年09月08日

◆香港危機、日本は北京に厳しく警告せよ

櫻井よしこ


1週間前の8月18日、香港で170万人、住民の約4分の1に当たる群衆が街路
を埋め尽した。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」
改正案に反対するデモだ。参加者数は凄まじかったが、デモは全体的に統
制がとれており、香港人は中国政府の非民主的香港政策を拒否するとの強
いメッセージを、全世界にきちんとした形で伝えた。

人口750万の香港は14億の北京に力で勝てるはずはなく、国際社会の道理
を味方にするしかない。香港人は国際社会の賛同を得るべく、また北京政
府につけ入る隙を与えないよう、街頭活動も暴力的局面に至る前に、さっ
と退いている。

ところがその1週間後の25日、香港警察はデモ隊に初めて発砲し、人間を
吹き飛ばす程の水圧で鎮圧する放水車も初めて導入した。

発砲の理由を、香港警察は26日未明の記者会見で、「生命の危険があり、
6人の警官が拳銃を抜いた」、「うち一人が空に向けて威嚇射撃した。必
要で適切な行動だった」とし、発砲を正当化した。だが、説明をそのまま
受け入れることはできない。

北京政府は強い力で香港の自治権と香港人の自由剥奪を試みる。デモ終息
に向けて軍事介入も止むなし、の方向に向かっている。この決定は、8月1
日から11日まで開催された北戴河会議で定められた。「産経新聞」外信部
次長の矢板明夫氏が語る。

「10日余りの会議の前半はかなり紛糾して、長老たちが習近平を批判した
といいます。米中貿易戦争も香港問題も何ひとつ上手くいっていないから
です。しかし長老たちにも名案はない。10月1日の建国70周年も近づいて
くる。それまでに香港問題を解決しなければならない。それで軍介入とい
う強硬手段も仕方がない、という結論になったのです」

その場で反対したのは朱鎔基元首相ただ一人だったという。北戴河会議に
出席する長老たちには香港問題の早期解決を欲するもうひとつの理由がある。

香港人を悪者にする

たとえば温家宝元首相の息子やその妻らが香港利権にどっぷり浸かってい
る事例が2012年10月に「ニューヨーク・タイムズ」紙で特集されたよう
に、長老たち全員が香港利権の受益者だと考えてよい。彼らは甘い利権の
蜜をすする邪魔をされたくない、早く混乱を鎮めてほしいのだ。

北戴河会議終了直後に、二つの顕著な動きがあった。まず、12日、北京政
府は香港に隣接する広東省深圳(しんせん)に10万人規模の武装警察を集
結させ、その映像を国営メディアで報じさせた。同日、中国政府は香港で
の抗議活動に「テロリズムの兆候が現れ始めた」と批判し、香港の裁判所
は抗議運動参加者に撤去命令を発した。命令に従わなければ逮捕も当然と
いう法的条件が整えられたのだ。

第二の動きは楊潔篪(ようけつち)中央政治局委員が訪米し、ポンペオ国
務長官と会談したことだ。楊氏は米国側に、香港問題解決のために強硬手
段もあり得ると説明したと見られる。

この間の8月9日、学生や市民らは香港国際空港に集結し始めた。11日には
香港市内のデモで警官が至近距離から水平に構えて撃ったビーンバッグ弾
が、女性の右目を直撃し、女性は失明したと伝えられる。無残な映像は瞬
時に拡散された。市民らは強く反発し、12日も空港を占拠し、午後全便が
欠航した。警官が市民を装ってデモ隊に潜入し、暴力行為を煽っていたこ
とも判明した。

約1世紀、イギリスの統治下で民主主義を楽しんだのが香港人だ。彼らの
骨身に刻まれた民主主義を踏みにじる習氏の戦略が成功する地合は香港に
はないだろう。矢板氏が語る。

「結論から言えば習近平は悉く失敗したのです。学生や市民らは、北京政
府の思惑を警戒して、13日以降、さっと退いた。米国では、それまで香港
に関心を抱いているとは思えなかったトランプ大統領が、14日になって急
に『香港問題は人道的に解決すべきだ』と発言しました。18日にトランプ
氏は更に踏み込んで『天安門事件のようなことになれば中国との貿易問題
でのディールははるかに難しくなる』と牽制しました。すべて藪蛇になっ
たのです」

北京政府の狙いは、香港人が襲撃したという状況を捏造して、香港人を悪
者にすることだ。そうすれば香港基本法18条を適用できる。18条とは、
「動乱が発生して」「緊急事態に突入」した場合、中央人民政府、つまり
北京政府は中国の法律を香港に適用できるというものだ。

現在の香港の秩序は「一国二制度」の下で守られている。だが、18条を適
用すれば、香港の法秩序全てを白紙にして、中国本土と同じ法の下に置く
ことが可能になる。

最も強い声を発する責任

矢板氏の説明だ。

「抗議行動に参加して拘留されている香港人はいま、700人です。投石な
どはみんな微罪です。彼らはすぐに釈放され、ヒーローになりますから、
北京から見ると逆効果です。中国の国内法を適用すれば何千人も何万人も
逮捕して、中国本土に連行し懲役15年とか20年、無期にしたり、拷問も虐
殺も可能になります。中国共産党はこの種の強硬手段で抗議活動を終息さ
せられると考えているのです」

そうした中、冒頭の170万人参加の8.18抗議行動が行われた。共産党のや
り方を知悉する香港人だから、8.18デモでは一切の暴力行動を慎んだ。卵
やトマトも投げてはならないと申し合わせた。中国に口実を与えないよう
に賢くデモをした。

にも拘わらず、1週間後の8月25日の抗議集会では、警官を「生命の危険」
に突き落とす暴力行為があったという。果たして事実か。

実は、デモ隊の中に香港人ではない大陸の人間が紛れ込んでいて、警官に
殴りかかっていた事例が判明した。その映像もSNSで広く拡散された。
矢板氏は、天安門事件のときも同じだったと語る。

「あのとき市民の中に大量の私服警官が入っていて、天安門で軍の車両や
バスを襲撃し、火をつけたのです。彼らは放火してすぐに逃げ、後に残さ
れた市民や学生が大量に逮捕され殺されました。これが中国共産党の常套
手段です」

天安門事件当時、ケ小平は天安門での動きが中国全土に広がるのを恐れて
弾圧に乗り出した。香港人の民主主義を求める心が中国本土の人々の胸に
届けば届くほど、習氏も弾圧と軍介入に傾くだろう。

ここで日本は何をすべきか。天安門事件後、北京政府をまっ先に許したの
は日本だった。今回、日本は北京政府に30年前と同じ甘い態度をとっては
ならない。最も強い非難と警告の声を発する責任があるのは日本政府だ。
香港は日本に期待し、台湾も日本を見ている。香港の学生や市民の側に立
ち、中国政府に厳しく注文をつけることなしに、価値観外交を唱える資格
など無いのである。

『週刊新潮』 2019年9月5日号 日本ルネッサンス 第866号


2019年09月07日

◆香港危機、日本は北京に厳しく警告せよ

櫻井よしこ


1週間前の8月18日、香港で170万人、住民の約4分の1に当たる群衆が街路
を埋め尽した。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」
改正案に反対するデモだ。参加者数は凄まじかったが、デモは全体的に統
制がとれており、香港人は中国政府の非民主的香港政策を拒否するとの強
いメッセージを、全世界にきちんとした形で伝えた。

人口750万の香港は14億の北京に力で勝てるはずはなく、国際社会の道理
を味方にするしかない。香港人は国際社会の賛同を得るべく、また北京政
府につけ入る隙を与えないよう、街頭活動も暴力的局面に至る前に、さっ
と退いている。

ところがその1週間後の25日、香港警察はデモ隊に初めて発砲し、人間を
吹き飛ばす程の水圧で鎮圧する放水車も初めて導入した。

発砲の理由を、香港警察は26日未明の記者会見で、「生命の危険があり、
6人の警官が拳銃を抜いた」、「うち一人が空に向けて威嚇射撃した。必
要で適切な行動だった」とし、発砲を正当化した。だが、説明をそのまま
受け入れることはできない。

北京政府は強い力で香港の自治権と香港人の自由剥奪を試みる。デモ終息
に向けて軍事介入も止むなし、の方向に向かっている。この決定は、8月1
日から11日まで開催された北戴河会議で定められた。「産経新聞」外信部
次長の矢板明夫氏が語る。

「10日余りの会議の前半はかなり紛糾して、長老たちが習近平を批判した
といいます。米中貿易戦争も香港問題も何ひとつ上手くいっていないから
です。しかし長老たちにも名案はない。10月1日の建国70周年も近づいて
くる。それまでに香港問題を解決しなければならない。それで軍介入とい
う強硬手段も仕方がない、という結論になったのです」

その場で反対したのは朱鎔基元首相ただ一人だったという。北戴河会議に
出席する長老たちには香港問題の早期解決を欲するもうひとつの理由がある。

香港人を悪者にする

たとえば温家宝元首相の息子やその妻らが香港利権にどっぷり浸かってい
る事例が2012年10月に「ニューヨーク・タイムズ」紙で特集されたよう
に、長老たち全員が香港利権の受益者だと考えてよい。彼らは甘い利権の
蜜をすする邪魔をされたくない、早く混乱を鎮めてほしいのだ。

北戴河会議終了直後に、二つの顕著な動きがあった。まず、12日、北京政
府は香港に隣接する広東省深圳(しんせん)に10万人規模の武装警察を集
結させ、その映像を国営メディアで報じさせた。同日、中国政府は香港で
の抗議活動に「テロリズムの兆候が現れ始めた」と批判し、香港の裁判所
は抗議運動参加者に撤去命令を発した。命令に従わなければ逮捕も当然と
いう法的条件が整えられたのだ。

第二の動きは楊潔篪(ようけつち)中央政治局委員が訪米し、ポンペオ国
務長官と会談したことだ。楊氏は米国側に、香港問題解決のために強硬手
段もあり得ると説明したと見られる。

この間の8月9日、学生や市民らは香港国際空港に集結し始めた。11日には
香港市内のデモで警官が至近距離から水平に構えて撃ったビーンバッグ弾
が、女性の右目を直撃し、女性は失明したと伝えられる。無残な映像は瞬
時に拡散された。市民らは強く反発し、12日も空港を占拠し、午後全便が
欠航した。警官が市民を装ってデモ隊に潜入し、暴力行為を煽っていたこ
とも判明した。

約1世紀、イギリスの統治下で民主主義を楽しんだのが香港人だ。彼らの
骨身に刻まれた民主主義を踏みにじる習氏の戦略が成功する地合は香港に
はないだろう。矢板氏が語る。

「結論から言えば習近平は悉く失敗したのです。学生や市民らは、北京政
府の思惑を警戒して、13日以降、さっと退いた。米国では、それまで香港
に関心を抱いているとは思えなかったトランプ大統領が、14日になって急
に『香港問題は人道的に解決すべきだ』と発言しました。18日にトランプ
氏は更に踏み込んで『天安門事件のようなことになれば中国との貿易問題
でのディールははるかに難しくなる』と牽制しました。すべて藪蛇になっ
たのです」

北京政府の狙いは、香港人が襲撃したという状況を捏造して、香港人を悪
者にすることだ。そうすれば香港基本法18条を適用できる。18条とは、
「動乱が発生して」「緊急事態に突入」した場合、中央人民政府、つまり
北京政府は中国の法律を香港に適用できるというものだ。

現在の香港の秩序は「一国二制度」の下で守られている。だが、18条を適
用すれば、香港の法秩序全てを白紙にして、中国本土と同じ法の下に置く
ことが可能になる。

最も強い声を発する責任

矢板氏の説明だ。

「抗議行動に参加して拘留されている香港人はいま、700人です。投石な
どはみんな微罪です。彼らはすぐに釈放され、ヒーローになりますから、
北京から見ると逆効果です。中国の国内法を適用すれば何千人も何万人も
逮捕して、中国本土に連行し懲役15年とか20年、無期にしたり、拷問も虐
殺も可能になります。中国共産党はこの種の強硬手段で抗議活動を終息さ
せられると考えているのです」

そうした中、冒頭の170万人参加の8.18抗議行動が行われた。共産党のや
り方を知悉する香港人だから、8.18デモでは一切の暴力行動を慎んだ。卵
やトマトも投げてはならないと申し合わせた。中国に口実を与えないよう
に賢くデモをした。

にも拘わらず、1週間後の8月25日の抗議集会では、警官を「生命の危険」
に突き落とす暴力行為があったという。果たして事実か。

実は、デモ隊の中に香港人ではない大陸の人間が紛れ込んでいて、警官に
殴りかかっていた事例が判明した。その映像もSNSで広く拡散された。
矢板氏は、天安門事件のときも同じだったと語る。

「あのとき市民の中に大量の私服警官が入っていて、天安門で軍の車両や
バスを襲撃し、火をつけたのです。彼らは放火してすぐに逃げ、後に残さ
れた市民や学生が大量に逮捕され殺されました。これが中国共産党の常套
手段です」

天安門事件当時、ケ小平は天安門での動きが中国全土に広がるのを恐れて
弾圧に乗り出した。香港人の民主主義を求める心が中国本土の人々の胸に
届けば届くほど、習氏も弾圧と軍介入に傾くだろう。

ここで日本は何をすべきか。天安門事件後、北京政府をまっ先に許したの
は日本だった。今回、日本は北京政府に30年前と同じ甘い態度をとっては
ならない。最も強い非難と警告の声を発する責任があるのは日本政府だ。
香港は日本に期待し、台湾も日本を見ている。香港の学生や市民の側に立
ち、中国政府に厳しく注文をつけることなしに、価値観外交を唱える資格
など無いのである。

『週刊新潮』 2019年9月5日号  日本ルネッサンス 第866号


2019年09月06日

◆香港危機、日本は北京に厳しく警告せよ

櫻井よしこ


1週間前の8月18日、香港で170万人、住民の約4分の1に当たる群衆が街路
を埋め尽した。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」
改正案に反対するデモだ。参加者数は凄まじかったが、デモは全体的に統
制がとれており、香港人は中国政府の非民主的香港政策を拒否するとの強
いメッセージを、全世界にきちんとした形で伝えた。

人口750万の香港は14億の北京に力で勝てるはずはなく、国際社会の道理
を味方にするしかない。香港人は国際社会の賛同を得るべく、また北京政
府につけ入る隙を与えないよう、街頭活動も暴力的局面に至る前に、さっ
と退いている。

ところがその1週間後の25日、香港警察はデモ隊に初めて発砲し、人間を
吹き飛ばす程の水圧で鎮圧する放水車も初めて導入した。

発砲の理由を、香港警察は26日未明の記者会見で、「生命の危険があり、
6人の警官が拳銃を抜いた」、「うち一人が空に向けて威嚇射撃した。必
要で適切な行動だった」とし、発砲を正当化した。だが、説明をそのまま
受け入れることはできない。

北京政府は強い力で香港の自治権と香港人の自由剥奪を試みる。デモ終息
に向けて軍事介入も止むなし、の方向に向かっている。この決定は、8月1
日から11日まで開催された北戴河会議で定められた。「産経新聞」外信部
次長の矢板明夫氏が語る。

「10日余りの会議の前半はかなり紛糾して、長老たちが習近平を批判した
といいます。米中貿易戦争も香港問題も何ひとつ上手くいっていないから
です。しかし長老たちにも名案はない。10月1日の建国70周年も近づいて
くる。それまでに香港問題を解決しなければならない。それで軍介入とい
う強硬手段も仕方がない、という結論になったのです」

その場で反対したのは朱鎔基元首相ただ一人だったという。北戴河会議に
出席する長老たちには香港問題の早期解決を欲するもうひとつの理由がある。

香港人を悪者にする

たとえば温家宝元首相の息子やその妻らが香港利権にどっぷり浸かってい
る事例が2012年10月に「ニューヨーク・タイムズ」紙で特集されたよう
に、長老たち全員が香港利権の受益者だと考えてよい。彼らは甘い利権の
蜜をすする邪魔をされたくない、早く混乱を鎮めてほしいのだ。

北戴河会議終了直後に、二つの顕著な動きがあった。まず、12日、北京政
府は香港に隣接する広東省深圳(しんせん)に10万人規模の武装警察を集
結させ、その映像を国営メディアで報じさせた。同日、中国政府は香港で
の抗議活動に「テロリズムの兆候が現れ始めた」と批判し、香港の裁判所
は抗議運動参加者に撤去命令を発した。命令に従わなければ逮捕も当然と
いう法的条件が整えられたのだ。

第二の動きは楊潔篪(ようけつち)中央政治局委員が訪米し、ポンペオ国
務長官と会談したことだ。楊氏は米国側に、香港問題解決のために強硬手
段もあり得ると説明したと見られる。

この間の8月9日、学生や市民らは香港国際空港に集結し始めた。11日には
香港市内のデモで警官が至近距離から水平に構えて撃ったビーンバッグ弾
が、女性の右目を直撃し、女性は失明したと伝えられる。無残な映像は瞬
時に拡散された。市民らは強く反発し、12日も空港を占拠し、午後全便が
欠航した。警官が市民を装ってデモ隊に潜入し、暴力行為を煽っていたこ
とも判明した。

約1世紀、イギリスの統治下で民主主義を楽しんだのが香港人だ。彼らの
骨身に刻まれた民主主義を踏みにじる習氏の戦略が成功する地合は香港に
はないだろう。矢板氏が語る。

「結論から言えば習近平は悉く失敗したのです。学生や市民らは、北京政
府の思惑を警戒して、13日以降、さっと退いた。米国では、それまで香港
に関心を抱いているとは思えなかったトランプ大統領が、14日になって急
に『香港問題は人道的に解決すべきだ』と発言しました。18日にトランプ
氏は更に踏み込んで『天安門事件のようなことになれば中国との貿易問題
でのディールははるかに難しくなる』と牽制しました。すべて藪蛇になっ
たのです」

北京政府の狙いは、香港人が襲撃したという状況を捏造して、香港人を悪
者にすることだ。そうすれば香港基本法18条を適用できる。18条とは、
「動乱が発生して」「緊急事態に突入」した場合、中央人民政府、つまり
北京政府は中国の法律を香港に適用できるというものだ。

現在の香港の秩序は「一国二制度」の下で守られている。だが、18条を適
用すれば、香港の法秩序全てを白紙にして、中国本土と同じ法の下に置く
ことが可能になる。

最も強い声を発する責任

矢板氏の説明だ。

「抗議行動に参加して拘留されている香港人はいま、700人です。投石な
どはみんな微罪です。彼らはすぐに釈放され、ヒーローになりますから、
北京から見ると逆効果です。中国の国内法を適用すれば何千人も何万人も
逮捕して、中国本土に連行し懲役15年とか20年、無期にしたり、拷問も虐
殺も可能になります。中国共産党はこの種の強硬手段で抗議活動を終息さ
せられると考えているのです」

そうした中、冒頭の170万人参加の8.18抗議行動が行われた。共産党のや
り方を知悉する香港人だから、8.18デモでは一切の暴力行動を慎んだ。卵
やトマトも投げてはならないと申し合わせた。中国に口実を与えないよう
に賢くデモをした。

にも拘わらず、1週間後の8月25日の抗議集会では、警官を「生命の危険」
に突き落とす暴力行為があったという。果たして事実か。

実は、デモ隊の中に香港人ではない大陸の人間が紛れ込んでいて、警官に
殴りかかっていた事例が判明した。その映像もSNSで広く拡散された。
矢板氏は、天安門事件のときも同じだったと語る。

「あのとき市民の中に大量の私服警官が入っていて、天安門で軍の車両や
バスを襲撃し、火をつけたのです。彼らは放火してすぐに逃げ、後に残さ
れた市民や学生が大量に逮捕され殺されました。これが中国共産党の常套
手段です」

天安門事件当時、ケ小平は天安門での動きが中国全土に広がるのを恐れて
弾圧に乗り出した。香港人の民主主義を求める心が中国本土の人々の胸に
届けば届くほど、習氏も弾圧と軍介入に傾くだろう。

ここで日本は何をすべきか。天安門事件後、北京政府をまっ先に許したの
は日本だった。今回、日本は北京政府に30年前と同じ甘い態度をとっては
ならない。最も強い非難と警告の声を発する責任があるのは日本政府だ。
香港は日本に期待し、台湾も日本を見ている。香港の学生や市民の側に立
ち、中国政府に厳しく注文をつけることなしに、価値観外交を唱える資格
など無いのである。

『週刊新潮』 2019年9月5日号  日本ルネッサンス 第866号

2019年09月03日

◆8・15文演説、反日の嘘と歪曲

櫻井よしこ


日韓関係は戦後最悪だ。有体に言って責任は文在寅大統領とその政権にあ
る。この状況を直視して、日本政府は関係正常化の好機ともすべく、冷静
で毅然とした現在の政策を堅持するのがよい。

文氏の日韓関係についての考えは、8月15日の氏の演説が雄弁に語ってい
る。演説に込められていたのは深く頑迷な反日思想である。いまはまず、
文氏の本心を正しく読み取ることが重要だ。

文氏は「光復節慶祝式」の祝辞の冒頭、南北朝鮮の協力で繁栄する「誰も
揺さぶることのできない新たな国」を創ると語った。文氏の語った夢は、
北朝鮮側からも侮蔑的に拒否されたように、実現性に欠けている。元駐日
韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏は「文氏は妄想家だ」と批判を浴
びせた(「言論テレビ」8月16日)。

文氏は日本の敗退でもたらされた「光復」は韓国だけでなく東アジア全体
にとって嬉しいことだったとして、こう説明した。

「日清戦争と日露戦争、満州事変と日中戦争、太平洋戦争まで六十余年間
の長い長い戦争が終わった日であり、東アジア光復の日でした」

文氏の歴史観では、「長い長い戦争」とは、日清戦争以降、大東亜戦争で
日本が敗れるまでの60年間に限られるのだ。その5年後に始まった朝鮮戦
争も、韓国が望んで参戦したベトナム戦争も入っていない。

朝鮮戦争は韓国人と朝鮮人、同胞同士が血みどろになって戦った大悲劇
だった。北朝鮮の共産主義勢力による侵略戦争で、未だに分断が続いてい
る。さらにそのあとのベトナム戦争では、韓国は共産主義と戦うという大
義を掲げたが、ベトナム国民に多くの被害をもたらした。そうしたことに
全く触れず、日本の戦争のみを取り上げ、それが終わったから平和がもた
らされたという歴史観は、偏りと反日の、為にするものだ。

日本だけに焦点を合わせる文氏の歴史観の不幸で不勉強な歪みは、朝鮮半
島の歴史を振りかえることで炙り出せる。古代には漢の武帝が盛んに朝鮮
半島を侵略した。隋は毎年のように兵を出した。唐は新羅を先兵として高
句麗に攻め込み、滅した。新羅の次の高麗は契丹や女真に侵略され続け
た。元は200回にも及ぶ侵略を繰り返し、朝鮮全土を蹂躙した。

究極の事実歪曲

確かに秀吉も文禄・慶長の役で2度にわたって攻めた。だが、その約40年
後、今度は清が侵略した。明、清の時代を通して約500年間、日清戦争で
日本が清を打ち破るまで、朝鮮は属国だった。

多くの戦いの舞台となった朝鮮半島はその意味では悲劇の国だ。しかし文
氏は、日本以外の国々がもたらした被害には言及しない。ひたすら日本を
非難する。まさに心の底からの反日演説が8月15日の演説だった。にも拘
らず、日本の多くのメディアはなぜ、文演説の日本批判は抑制的だったと
評価したのか、理解に苦しむものだ。

文氏は「誰も揺さぶることのできない国」作りに向けて三つの目標を掲げ
たが、その中に「大陸と海洋の橋梁国家」さらに「平和経済の実現」がある。

文氏の本音はここにあるのではないか。ちなみに平和経済は8月5日に文氏
が打ち上げた目標である。日本政府が韓国を「ホワイト国」のリストから
外したのに対し、南北朝鮮が協力して平和経済を実現すれば一気に日本に
追いつける、南北は一体化に向かって突き進みたいという願望である。

しかし、1948年の建国以来、韓国の発展と繁栄は、米韓同盟と日韓協力が
あって初めて可能だった。

朝鮮問題専門家の西岡力氏が語る。

「韓国は海洋国家として日米との三角同盟の中で民主主義、市場経済、反
共により発展してきました。大陸国家とは中国共産党、ロシアの独裁政
権、北朝鮮の世襲独裁政権のことです。文氏はこの二つのブロックの間を
行き来したいという。即ち、日米韓の三角同盟から抜けると宣言したわけ
です」

文政権誕生以来、日を追って明らかになってきたのが文氏の社会主義革命
とでも呼ぶべき路線である。文政権は信頼できないとの分析は、不幸に
も、いまやかなり説得力を持ち始めているが、今回の演説で文氏の本音は
さらに明らかになったのではないか。日本に重大な危機が訪れたことを告
げる深刻な演説だったのだ。

さらに、文演説を貫いているのが厚顔無恥というべき究極の事実歪曲であ
る。氏は次の点を語っている。

➀どの国でも自国が優位にある部門を武器にするならば、平和な自由貿易
秩序は壊れるしかない。

➁先に成長した国が後から成長する国のハシゴを外してはならない。

➂今からでも日本が対話と協力の道に出てくるのならば韓国は快く手を握る。

反文在寅デモ

日本が韓国をホワイト国から外したのは、日本が韓国に輸出してきた大量
破壊兵器などに使用可能な戦略物資が大量に行方不明になっている件につ
いて、韓国側の説明がこの3年以上、ないからである。従って➀は責任転嫁
である。

➁も同様だ。日本は韓国に対してハシゴを外したりしていない。反対に大
事な技術を与え続けた。韓国の浦項製鉄は韓国経済を支える力となってい
るが、その技術は新日鉄が全面的に協力して伝授したものだ。

西岡氏によれば、庶民の食を豊かにする韓国の即席ラーメンの技術も、日
本に輸出しないという条件で日本がタダで提供したという。

鉄からラーメンまで日本は技術を提供しこそすれ、ハシゴを外してはいない。

➂は、どちら様の台詞かと逆に質したくなる。2年以上「対話と協力」を拒
否してきたのは、日本でなく文氏である。

文演説は反日のための虚偽と歪曲に満ちている。文氏相手では、まともな
議論も日韓関係の正常な運営も難しいだろう。

戦後最悪といわれるこのような状況の下で、日韓関係も米朝関係も危機に
直面し、日韓の国益が損なわれ、韓国の運命が危機に瀕している。こうし
た状況を生み出したのが文氏だということに、多くの韓国人が気付き始め
た。気付いて行動を起こし始めた。ソウルをはじめ、地方都市でも、文氏
の辞任を求めるデモが広がっている。韓国の主要メディアは報じないが、
その様子はSNSで広く拡散され、多くの映像から反文在寅デモは、文氏
の側に立った反日デモより数倍規模が大きいことが読みとれる。

韓国の国論は二分され、韓国人は戦っている。勢いを得ているのは反文在
寅勢力の方だ。日本人は、隣国のその実態を知ったうえで、これ以上文政
権に騙されないことが肝要だ。文氏の真の意図をいまこそ冷静に見てとる
ことだ。

『週刊新潮』 2019年8月29日 日本ルネッサンス 第865回



2019年09月02日

◆8・15文演説、反日の嘘と歪曲

櫻井よしこ

 
日韓関係は戦後最悪だ。有体に言って責任は文在寅大統領とその政権にあ
る。この状況を直視して、日本政府は関係正常化の好機ともすべく、冷静
で毅然とした現在の政策を堅持するのがよい。

文氏の日韓関係についての考えは、8月15日の氏の演説が雄弁に語ってい
る。演説に込められていたのは深く頑迷な反日思想である。いまはまず、
文氏の本心を正しく読み取ることが重要だ。

文氏は「光復節慶祝式」の祝辞の冒頭、南北朝鮮の協力で繁栄する「誰も
揺さぶることのできない新たな国」を創ると語った。文氏の語った夢は、
北朝鮮側からも侮蔑的に拒否されたように、実現性に欠けている。元駐日
韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏は「文氏は妄想家だ」と批判を浴
びせた(「言論テレビ」8月16日)。

文氏は日本の敗退でもたらされた「光復」は韓国だけでなく東アジア全体
にとって嬉しいことだったとして、こう説明した。

「日清戦争と日露戦争、満州事変と日中戦争、太平洋戦争まで六十余年間
の長い長い戦争が終わった日であり、東アジア光復の日でした」

文氏の歴史観では、「長い長い戦争」とは、日清戦争以降、大東亜戦争で
日本が敗れるまでの60年間に限られるのだ。その5年後に始まった朝鮮戦
争も、韓国が望んで参戦したベトナム戦争も入っていない。

朝鮮戦争は韓国人と朝鮮人、同胞同士が血みどろになって戦った大悲劇
だった。北朝鮮の共産主義勢力による侵略戦争で、未だに分断が続いてい
る。さらにそのあとのベトナム戦争では、韓国は共産主義と戦うという大
義を掲げたが、ベトナム国民に多くの被害をもたらした。そうしたことに
全く触れず、日本の戦争のみを取り上げ、それが終わったから平和がもた
らされたという歴史観は、偏りと反日の、為にするものだ。

日本だけに焦点を合わせる文氏の歴史観の不幸で不勉強な歪みは、朝鮮半
島の歴史を振りかえることで炙り出せる。古代には漢の武帝が盛んに朝鮮
半島を侵略した。隋は毎年のように兵を出した。唐は新羅を先兵として高
句麗に攻め込み、滅した。新羅の次の高麗は契丹や女真に侵略され続け
た。元は200回にも及ぶ侵略を繰り返し、朝鮮全土を蹂躙した。

究極の事実歪曲

確かに秀吉も文禄・慶長の役で2度にわたって攻めた。だが、その約40年
後、今度は清が侵略した。明、清の時代を通して約500年間、日清戦争で
日本が清を打ち破るまで、朝鮮は属国だった。

多くの戦いの舞台となった朝鮮半島はその意味では悲劇の国だ。しかし文
氏は、日本以外の国々がもたらした被害には言及しない。ひたすら日本を
非難する。まさに心の底からの反日演説が8月15日の演説だった。にも拘
らず、日本の多くのメディアはなぜ、文演説の日本批判は抑制的だったと
評価したのか、理解に苦しむものだ。

文氏は「誰も揺さぶることのできない国」作りに向けて三つの目標を掲げ
たが、その中に「大陸と海洋の橋梁国家」さらに「平和経済の実現」がある。

文氏の本音はここにあるのではないか。ちなみに平和経済は8月5日に文氏
が打ち上げた目標である。日本政府が韓国を「ホワイト国」のリストから
外したのに対し、南北朝鮮が協力して平和経済を実現すれば一気に日本に
追いつける、南北は一体化に向かって突き進みたいという願望である。

しかし、1948年の建国以来、韓国の発展と繁栄は、米韓同盟と日韓協力が
あって初めて可能だった。

朝鮮問題専門家の西岡力氏が語る。

「韓国は海洋国家として日米との三角同盟の中で民主主義、市場経済、反
共により発展してきました。大陸国家とは中国共産党、ロシアの独裁政
権、北朝鮮の世襲独裁政権のことです。文氏はこの二つのブロックの間を
行き来したいという。即ち、日米韓の三角同盟から抜けると宣言したわけ
です」

文政権誕生以来、日を追って明らかになってきたのが文氏の社会主義革命
とでも呼ぶべき路線である。文政権は信頼できないとの分析は、不幸に
も、いまやかなり説得力を持ち始めているが、今回の演説で文氏の本音は
さらに明らかになったのではないか。日本に重大な危機が訪れたことを告
げる深刻な演説だったのだ。

さらに、文演説を貫いているのが厚顔無恥というべき究極の事実歪曲であ
る。氏は次の点を語っている。

➀どの国でも自国が優位にある部門を武器にするならば、平和な自由貿易
秩序は壊れるしかない。

➁先に成長した国が後から成長する国のハシゴを外してはならない。

➂今からでも日本が対話と協力の道に出てくるのならば韓国は快く手を握る。

反文在寅デモ

日本が韓国をホワイト国から外したのは、日本が韓国に輸出してきた大量
破壊兵器などに使用可能な戦略物資が大量に行方不明になっている件につ
いて、韓国側の説明がこの3年以上、ないからである。従って➀は責任転嫁
である。

➁も同様だ。日本は韓国に対してハシゴを外したりしていない。反対に大
事な技術を与え続けた。韓国の浦項製鉄は韓国経済を支える力となってい
るが、その技術は新日鉄が全面的に協力して伝授したものだ。

西岡氏によれば、庶民の食を豊かにする韓国の即席ラーメンの技術も、日
本に輸出しないという条件で日本がタダで提供したという。

鉄からラーメンまで日本は技術を提供しこそすれ、ハシゴを外してはいない。

➂は、どちら様の台詞かと逆に質したくなる。2年以上「対話と協力」を拒
否してきたのは、日本でなく文氏である。

文演説は反日のための虚偽と歪曲に満ちている。文氏相手では、まともな
議論も日韓関係の正常な運営も難しいだろう。

戦後最悪といわれるこのような状況の下で、日韓関係も米朝関係も危機に
直面し、日韓の国益が損なわれ、韓国の運命が危機に瀕している。こうし
た状況を生み出したのが文氏だということに、多くの韓国人が気付き始め
た。気付いて行動を起こし始めた。ソウルをはじめ、地方都市でも、文氏
の辞任を求めるデモが広がっている。韓国の主要メディアは報じないが、
その様子はSNSで広く拡散され、多くの映像から反文在寅デモは、文氏
の側に立った反日デモより数倍規模が大きいことが読みとれる。

韓国の国論は二分され、韓国人は戦っている。勢いを得ているのは反文在
寅勢力の方だ。日本人は、隣国のその実態を知ったうえで、これ以上文政
権に騙されないことが肝要だ。文氏の真の意図をいまこそ冷静に見てとる
ことだ。

『週刊新潮』 2019年8月29日  日本ルネッサンス 第865回

2019年08月31日

◆8・15文演説、反日の嘘と歪曲

櫻井よしこ


日韓関係は戦後最悪だ。有体に言って責任は文在寅大統領とその政権にあ
る。この状況を直視して、日本政府は関係正常化の好機ともすべく、冷静
で毅然とした現在の政策を堅持するのがよい。

文氏の日韓関係についての考えは、8月15日の氏の演説が雄弁に語ってい
る。演説に込められていたのは深く頑迷な反日思想である。いまはまず、
文氏の本心を正しく読み取ることが重要だ。

文氏は「光復節慶祝式」の祝辞の冒頭、南北朝鮮の協力で繁栄する「誰も
揺さぶることのできない新たな国」を創ると語った。文氏の語った夢は、
北朝鮮側からも侮蔑的に拒否されたように、実現性に欠けている。元駐日
韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏は「文氏は妄想家だ」と批判を浴
びせた(「言論テレビ」8月16日)。

文氏は日本の敗退でもたらされた「光復」は韓国だけでなく東アジア全体
にとって嬉しいことだったとして、こう説明した。

「日清戦争と日露戦争、満州事変と日中戦争、太平洋戦争まで六十余年間
の長い長い戦争が終わった日であり、東アジア光復の日でした」

文氏の歴史観では、「長い長い戦争」とは、日清戦争以降、大東亜戦争で
日本が敗れるまでの60年間に限られるのだ。その5年後に始まった朝鮮戦
争も、韓国が望んで参戦したベトナム戦争も入っていない。

朝鮮戦争は韓国人と朝鮮人、同胞同士が血みどろになって戦った大悲劇
だった。北朝鮮の共産主義勢力による侵略戦争で、未だに分断が続いてい
る。さらにそのあとのベトナム戦争では、韓国は共産主義と戦うという大
義を掲げたが、ベトナム国民に多くの被害をもたらした。そうしたことに
全く触れず、日本の戦争のみを取り上げ、それが終わったから平和がもた
らされたという歴史観は、偏りと反日の、為にするものだ。

日本だけに焦点を合わせる文氏の歴史観の不幸で不勉強な歪みは、朝鮮半
島の歴史を振りかえることで炙り出せる。古代には漢の武帝が盛んに朝鮮
半島を侵略した。隋は毎年のように兵を出した。唐は新羅を先兵として高
句麗に攻め込み、滅した。新羅の次の高麗は契丹や女真に侵略され続け
た。元は200回にも及ぶ侵略を繰り返し、朝鮮全土を蹂躙した。

究極の事実歪曲

確かに秀吉も文禄・慶長の役で2度にわたって攻めた。だが、その約40年
後、今度は清が侵略した。明、清の時代を通して約500年間、日清戦争で
日本が清を打ち破るまで、朝鮮は属国だった。

多くの戦いの舞台となった朝鮮半島はその意味では悲劇の国だ。しかし文
氏は、日本以外の国々がもたらした被害には言及しない。ひたすら日本を
非難する。まさに心の底からの反日演説が8月15日の演説だった。にも拘
らず、日本の多くのメディアはなぜ、文演説の日本批判は抑制的だったと
評価したのか、理解に苦しむものだ。

文氏は「誰も揺さぶることのできない国」作りに向けて三つの目標を掲げ
たが、その中に「大陸と海洋の橋梁国家」さらに「平和経済の実現」がある。

文氏の本音はここにあるのではないか。ちなみに平和経済は8月5日に文氏
が打ち上げた目標である。日本政府が韓国を「ホワイト国」のリストから
外したのに対し、南北朝鮮が協力して平和経済を実現すれば一気に日本に
追いつける、南北は一体化に向かって突き進みたいという願望である。

しかし、1948年の建国以来、韓国の発展と繁栄は、米韓同盟と日韓協力が
あって初めて可能だった。

朝鮮問題専門家の西岡力氏が語る。

「韓国は海洋国家として日米との三角同盟の中で民主主義、市場経済、反
共により発展してきました。大陸国家とは中国共産党、ロシアの独裁政
権、北朝鮮の世襲独裁政権のことです。文氏はこの二つのブロックの間を
行き来したいという。即ち、日米韓の三角同盟から抜けると宣言したわけ
です」

文政権誕生以来、日を追って明らかになってきたのが文氏の社会主義革命
とでも呼ぶべき路線である。文政権は信頼できないとの分析は、不幸に
も、いまやかなり説得力を持ち始めているが、今回の演説で文氏の本音は
さらに明らかになったのではないか。日本に重大な危機が訪れたことを告
げる深刻な演説だったのだ。

さらに、文演説を貫いているのが厚顔無恥というべき究極の事実歪曲であ
る。氏は次の点を語っている。

➀どの国でも自国が優位にある部門を武器にするならば、平和な自由貿易
秩序は壊れるしかない。

➁先に成長した国が後から成長する国のハシゴを外してはならない。

➂今からでも日本が対話と協力の道に出てくるのならば韓国は快く手を握る。

反文在寅デモ

日本が韓国をホワイト国から外したのは、日本が韓国に輸出してきた大量
破壊兵器などに使用可能な戦略物資が大量に行方不明になっている件につ
いて、韓国側の説明がこの3年以上、ないからである。従って➀は責任転嫁
である。

➁も同様だ。日本は韓国に対してハシゴを外したりしていない。反対に大
事な技術を与え続けた。韓国の浦項製鉄は韓国経済を支える力となってい
るが、その技術は新日鉄が全面的に協力して伝授したものだ。

西岡氏によれば、庶民の食を豊かにする韓国の即席ラーメンの技術も、日
本に輸出しないという条件で日本がタダで提供したという。

鉄からラーメンまで日本は技術を提供しこそすれ、ハシゴを外してはいない。

➂は、どちら様の台詞かと逆に質したくなる。2年以上「対話と協力」を拒
否してきたのは、日本でなく文氏である。

文演説は反日のための虚偽と歪曲に満ちている。文氏相手では、まともな
議論も日韓関係の正常な運営も難しいだろう。

戦後最悪といわれるこのような状況の下で、日韓関係も米朝関係も危機に
直面し、日韓の国益が損なわれ、韓国の運命が危機に瀕している。こうし
た状況を生み出したのが文氏だということに、多くの韓国人が気付き始め
た。気付いて行動を起こし始めた。ソウルをはじめ、地方都市でも、文氏
の辞任を求めるデモが広がっている。韓国の主要メディアは報じないが、
その様子はSNSで広く拡散され、多くの映像から反文在寅デモは、文氏
の側に立った反日デモより数倍規模が大きいことが読みとれる。

韓国の国論は二分され、韓国人は戦っている。勢いを得ているのは反文在
寅勢力の方だ。日本人は、隣国のその実態を知ったうえで、これ以上文政
権に騙されないことが肝要だ。文氏の真の意図をいまこそ冷静に見てとる
ことだ。

『週刊新潮』 2019年8月29日 日本ルネッサンス 第865回



2019年08月29日

◆8・15文演説、反日の嘘と歪曲

櫻井よしこ


日韓関係は戦後最悪だ。有体に言って責任は文在寅大統領とその政権にあ
る。この状況を直視して、日本政府は関係正常化の好機ともすべく、冷静
で毅然とした現在の政策を堅持するのがよい。

文氏の日韓関係についての考えは、8月15日の氏の演説が雄弁に語ってい
る。演説に込められていたのは深く頑迷な反日思想である。いまはまず、
文氏の本心を正しく読み取ることが重要だ。

文氏は「光復節慶祝式」の祝辞の冒頭、南北朝鮮の協力で繁栄する「誰も
揺さぶることのできない新たな国」を創ると語った。文氏の語った夢は、
北朝鮮側からも侮蔑的に拒否されたように、実現性に欠けている。元駐日
韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏は「文氏は妄想家だ」と批判を浴
びせた(「言論テレビ」8月16日)。

文氏は日本の敗退でもたらされた「光復」は韓国だけでなく東アジア全体
にとって嬉しいことだったとして、こう説明した。

「日清戦争と日露戦争、満州事変と日中戦争、太平洋戦争まで六十余年間
の長い長い戦争が終わった日であり、東アジア光復の日でした」

文氏の歴史観では、「長い長い戦争」とは、日清戦争以降、大東亜戦争で
日本が敗れるまでの60年間に限られるのだ。その5年後に始まった朝鮮戦
争も、韓国が望んで参戦したベトナム戦争も入っていない。

朝鮮戦争は韓国人と朝鮮人、同胞同士が血みどろになって戦った大悲劇
だった。北朝鮮の共産主義勢力による侵略戦争で、未だに分断が続いてい
る。さらにそのあとのベトナム戦争では、韓国は共産主義と戦うという大
義を掲げたが、ベトナム国民に多くの被害をもたらした。そうしたことに
全く触れず、日本の戦争のみを取り上げ、それが終わったから平和がもた
らされたという歴史観は、偏りと反日の、為にするものだ。

日本だけに焦点を合わせる文氏の歴史観の不幸で不勉強な歪みは、朝鮮半
島の歴史を振りかえることで炙り出せる。古代には漢の武帝が盛んに朝鮮
半島を侵略した。隋は毎年のように兵を出した。唐は新羅を先兵として高
句麗に攻め込み、滅した。新羅の次の高麗は契丹や女真に侵略され続け
た。元は200回にも及ぶ侵略を繰り返し、朝鮮全土を蹂躙した。

究極の事実歪曲

確かに秀吉も文禄・慶長の役で2度にわたって攻めた。だが、その約40年
後、今度は清が侵略した。明、清の時代を通して約500年間、日清戦争で
日本が清を打ち破るまで、朝鮮は属国だった。

多くの戦いの舞台となった朝鮮半島はその意味では悲劇の国だ。しかし文
氏は、日本以外の国々がもたらした被害には言及しない。ひたすら日本を
非難する。まさに心の底からの反日演説が8月15日の演説だった。にも拘
らず、日本の多くのメディアはなぜ、文演説の日本批判は抑制的だったと
評価したのか、理解に苦しむものだ。

文氏は「誰も揺さぶることのできない国」作りに向けて三つの目標を掲げ
たが、その中に「大陸と海洋の橋梁国家」さらに「平和経済の実現」がある。

文氏の本音はここにあるのではないか。ちなみに平和経済は8月5日に文氏
が打ち上げた目標である。日本政府が韓国を「ホワイト国」のリストから
外したのに対し、南北朝鮮が協力して平和経済を実現すれば一気に日本に
追いつける、南北は一体化に向かって突き進みたいという願望である。

しかし、1948年の建国以来、韓国の発展と繁栄は、米韓同盟と日韓協力が
あって初めて可能だった。

朝鮮問題専門家の西岡力氏が語る。

「韓国は海洋国家として日米との三角同盟の中で民主主義、市場経済、反
共により発展してきました。大陸国家とは中国共産党、ロシアの独裁政
権、北朝鮮の世襲独裁政権のことです。文氏はこの二つのブロックの間を
行き来したいという。即ち、日米韓の三角同盟から抜けると宣言したわけ
です」

文政権誕生以来、日を追って明らかになってきたのが文氏の社会主義革命
とでも呼ぶべき路線である。文政権は信頼できないとの分析は、不幸に
も、いまやかなり説得力を持ち始めているが、今回の演説で文氏の本音は
さらに明らかになったのではないか。日本に重大な危機が訪れたことを告
げる深刻な演説だったのだ。

さらに、文演説を貫いているのが厚顔無恥というべき究極の事実歪曲であ
る。氏は次の点を語っている。

➀どの国でも自国が優位にある部門を武器にするならば、平和な自由貿易
秩序は壊れるしかない。

➁先に成長した国が後から成長する国のハシゴを外してはならない。

➂今からでも日本が対話と協力の道に出てくるのならば韓国は快く手を握る。

反文在寅デモ

日本が韓国をホワイト国から外したのは、日本が韓国に輸出してきた大量
破壊兵器などに使用可能な戦略物資が大量に行方不明になっている件につ
いて、韓国側の説明がこの3年以上、ないからである。従って➀は責任転嫁
である。

➁も同様だ。日本は韓国に対してハシゴを外したりしていない。反対に大
事な技術を与え続けた。韓国の浦項製鉄は韓国経済を支える力となってい
るが、その技術は新日鉄が全面的に協力して伝授したものだ。

西岡氏によれば、庶民の食を豊かにする韓国の即席ラーメンの技術も、日
本に輸出しないという条件で日本がタダで提供したという。

鉄からラーメンまで日本は技術を提供しこそすれ、ハシゴを外してはいない。

➂は、どちら様の台詞かと逆に質したくなる。2年以上「対話と協力」を拒
否してきたのは、日本でなく文氏である。

文演説は反日のための虚偽と歪曲に満ちている。文氏相手では、まともな
議論も日韓関係の正常な運営も難しいだろう。

戦後最悪といわれるこのような状況の下で、日韓関係も米朝関係も危機に
直面し、日韓の国益が損なわれ、韓国の運命が危機に瀕している。こうし
た状況を生み出したのが文氏だということに、多くの韓国人が気付き始め
た。気付いて行動を起こし始めた。ソウルをはじめ、地方都市でも、文氏
の辞任を求めるデモが広がっている。韓国の主要メディアは報じないが、
その様子はSNSで広く拡散され、多くの映像から反文在寅デモは、文氏
の側に立った反日デモより数倍規模が大きいことが読みとれる。

韓国の国論は二分され、韓国人は戦っている。勢いを得ているのは反文在
寅勢力の方だ。日本人は、隣国のその実態を知ったうえで、これ以上文政
権に騙されないことが肝要だ。文氏の真の意図をいまこそ冷静に見てとる
ことだ。

『週刊新潮』 2019年8月29日日本ルネッサンス 第865回