2019年02月06日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265

2019年02月05日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265 

2019年02月04日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。
その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265 

2019年02月03日

◆対露外交は希望的観測を持つことなく

櫻井よしこ


「対露外交は希望的観測を持つことなく厳しい要素を過小評価しないのが
大事だ」

「心配が現実になった」と感じた日露首脳会談だった。1月22日、日本時
間の夜8時45分から小1時間遅れで始まった日露首脳会談は、約3時間続いた。

その後、安倍晋三首相とウラジーミル・プーチン大統領の共同記者会見が
行われたが、中継画像で両首脳が会見場に入った姿と表情から不首尾は瞬
時に見てとれた。

会見ではまずプーチン氏が、「たったいま、会談が終わりました。非常に
ビジネスライクな建設的なものでした」と素っ気なく語り始めた。氏の話
は二点に大別される。日露経済協力の具体的プロジェクトの進展具合と、
平和条約締結についてである。

明らかに前者には力が入っており、全体の約4分の3を占めた。貿易はこれ
から数年間で1.5倍の300億ドル(約3兆3000億円)にするなどの具体的目
標も語った。

他方、平和条約締結についての話は全体の4分の1でしかない。その内容
も、「私たちは平和条約の締結を目指します。調整担当として外務省高官
と外務大臣を任命しました」などというものだ。

日本側は平和条約と領土の問題は、外務省ルートでは実際の話は進まない
ため、別ルートでの交渉に期待をかけてきた。そのうえで最終的に安倍・
プーチン両首脳の決断によってのみ、解決できると考えている。プーチン
氏の発言はそうした日本の腹づもりに応えるものではないだろう。

安倍首相が日露間の往来者数がふえて、昨年は過去最高だったと発言し
た。昨年ロシアから日本への訪問者数は年間10万人に達し、逆もほぼ同水
準だったという。いま関係がギクシャクしている韓国からでさえ、毎日2
万人以上が訪日している。日露間の交流の貧弱さは、日本人の対ロシア観
を反映しているのである。

首脳会談を最も前向きに報じたのは「産経新聞」だった。ロシア相手の非
常に難しい交渉だが、それでも推進しなければならないのは「中露の蜜
月」を避けるためだとの内容だった。

中露の連携は日本にとってのみならず、米国にとっても、たしかに厄介
だ。しかし、注意すべき点は、ロシアは本当のところ、中国をどのように
考えているかである。

力をつけた中国は中央アジア諸国を手始めにユーラシア大陸の北に西にと
勢力を広げつつある。北極圏にも明確な位置を占めるべく戦略的に動いて
いる。中国の勢力拡大の動きの中で、ロシアは日本が期待する程、中国を
退けようとはしていないのではないか。

たとえば北極圏開発だ。中国は自らを「極地強国」であり、北極の利害関
係国だと位置づけている。一帯一路に北極海を組み込み、「氷のシルク
ロード」などと呼んでいる。この中国の方針にロシアは基本的に協調的で
ある。2017年にロシアで開催した「国際北極フォーラム」でも、ロシアは
北極海航路とシベリア鉄道を結ぶプロジェクトへの中国の投資を呼びかけた。

中国の北極圏進出の狙いは資源エネルギーに加えて、米国に対する核抑止
力の構築にある。防衛研究所の主任研究官、山口信治氏は、中国が戦略原
子力潜水艦を北極海に進出させることができれば探知は殆ど困難で、米国
に対して確実な反撃能力を獲得すると指摘する。米国のみならず、ロシア
も警戒すること必至だが、中国はロシアに警戒感を抱かせないように巧く
立ち回っているというのだ。

クリミア半島強奪以降、国際社会の経済制裁に苦しむロシアにとって中国
の占める位置は日本で考えるより遙かに大きく重要である。

日本のロシア外交は、希望的観測を一旦横に置き、厳しい要素を過小評価
しないことが大事だ。一方的に経済協力だけさせられて終わってはならな
いであろう。

『週刊ダイヤモンド』 2019年2月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1265

2019年02月02日

◆ 原発輸出を助け、技術を継承せよ

櫻井よしこ

>
> 日本国の土台のあちこちが液状化し始めているのではないか。危惧すべき ことの筆頭が中央省庁の官僚の劣化である。
>
> 厚生労働省の勤労統計調査が15年間も不適切に集計されていた。同統計は 月例経済報告など政府の経済分析に関わる基幹統計で、雇用保険の失業給 付もこれを基に算定される。それが2004(平成16)年以降ごまかされてい たというのだ。
>
> 従業員500人以上の事業所は全て調査しなければならないところを、東京 都の場合、対象事業所1400社の内、実際に調査していたのは約3分の1にと どまる。悪質なのは、全数調査に見せかけるために、統計上の処理が自動 的に行われるようプログラミングした改変ソフトまで作成されていたこと だ。当事者たちは不正をよく認識していたのだろう。
>
> この悪しきごまかしは04年度の自民党小泉政権のときに始まり、民主党政 権時代も経て、現在の安倍政権で見つかったということだ。
>
> 国の政策の基礎となる統計をごまかすとは、誇り高かったはずの日本の中 央省庁は中国並になりつつあるのか。政権が代わっても、日本は官僚が優 秀だから揺るぎないと言われた時代は、過去のものだというのか。
>
> 米国では政権交代の度に公務員が入れ替わる。重要な地位にある人ほど交 代する。日本では自民党政権でも民主党政権でも官僚はほぼ代わらない。 だからこそ中央官僚は責任をより深く自覚しなければならない。彼らが国 家国民に対する責任を果たそうとせず、隠蔽やごまかしに走れば、日本の 未来は確実に蝕まれる。
>
> 官僚の無責任と政治家の無責任が重なり合えば、事態は絶望的だ。いまそ のような危機が生じているのがエネルギー政策、電力政策である。
>
> 気概無き政治家
>
> 産業基盤も民生の安定も、電力の安定的供給に大きく依存する。電力の安 定供給が断たれたとき、たとえば昨年9月、北海道地震で何が起きたか。 全道が電力停止(ブラックアウト)に陥り、畜産農家の乳牛の3分の1が死 ぬなど、損害を蒙った。当時の、泊原子力発電所が稼働していれば全道ブ ラックアウトなど起きなかっただろう。だが、泊原発を再稼働させよとい う声は出てこなかった。
>
> なぜか。まず政治家は、票にならないどころか、落選の要素にさえなりか ねない原発問題で発言などしないからだ。気概無き政治家の下では、資源 エネルギー庁や経済産業省の官僚も身の安全を優先し、発言しない。原発 反対の日本のメディアの多くは泊原発が存在することさえ報道したくない ようで、実質無視した。
>
> 現在、日本の原発は、原子力規制委員会の不条理な規則によって、動けな い状況下に置かれている。国のエネルギー計画にも原発についての明確な 方針は盛り込まれず、再稼働は進まず、新設は計画さえされない。
>
> これでは、日本の原発技術者は働く場所を失う。技術の継承が止まり、原 子力産業は基盤を失う。わが国はエネルギー供給の安定性を失い、産業基 盤は崩壊する。停電が度重なり民生は不安定化し、世界の潮流とは真逆に CO2を大量に排出し続ける。
>
> それでも政府は問題の本質に向き合おうとせず、ごまかしの一手を打っ た。高速増殖炉「もんじゅ」の件である。政府は16年12月、もんじゅの廃 炉を決定し、フランスの次世代高速炉「アストリッド」の開発に協力する ことで技術継承を可能にすると説明した。
>
> 東京大学大学院教授の岡本孝司氏は、そもそももんじゅとアストリッドで は目的やシステムが異なると、指摘する。もんじゅは発電しながらプルト ニウム燃料を生産するが、アストリッドは発電ではなく高レベルの放射性 廃棄物処理のための設備だ。
>
> アストリッドで日本の高速増殖炉技術を継承すると強弁したのは、日本の 技術断絶への懸念や、そのことへの批判を封じるためだったのであろう。 その証拠に、18年11月、フランス政府がアストリッド計画の凍結を伝えて きたとき、エネ庁も経産省も後継炉をどうするのかについて説明さえしな かった。高速増殖炉の技術を、日本はこのまま放棄するのか。
>
> 国内で原発技術を継承できなければ海外にプラント輸出して、輸出先で日 本人技術者を温存すればよいとも、政府は説明する。しかし、その道もい ま、閉ざされつつある。
>
> 今月17日、日立製作所が、イギリスのアングルシー島で進めていた2基の 原発新設計画を凍結する方針を発表した。総事業費約3兆円のうち、2兆円 を英国側が負担し、残りは日立と日本の電力会社、英国企業の三者が出資 して補う計画だった。それが今回、日本で資金が集まらず、断念せざるを 得ないという。
>
> 原発建設のコスト
>
> 日本の原発輸出はおよそ悉(ことごと)く挫折している。三菱重工のベトナ ム及びトルコへの原発輸出も厳しく、日立のアラブ首長国連邦(UAE) への輸出は韓国に奪われ、リトアニアへの輸出も凍結された。これ以上、 後退する余裕は日本にはない。ここで政府が後押しするべきだ。
>
> 日本政府が動かないのは、政府もメディアも、従って世論も、海外におけ る原発建設のコストについて誤解しているからではないか。東京工業大学 特任教授の奈良林直氏が説明する。
>
> 「日本では原発1基の建設費は数千億円、それが生み出す電力は数兆円 で、メーカーのリスクは低いのです。一方、海外では原発建設費とその後 の数十年の設備維持費、人件費を含む費用の合計、つまり総事業費の交渉 となります。ここをごちゃまぜにして数兆円に膨らんだなどとメディアが 報道し、結果、政府も企業も尻込みし、世論も反対に傾くのです。建設費 と総事業費を峻別することが大事です。そのうえで総事業費は政府が債務 保証しなくては輸出は進みません。UAEで日本が韓国に敗れたのは、韓 国政府が債務保証をしてわが国政府はしなかったからです」
>
> 政府の後押しなしには海外での競争には勝てないのである。
>
> いまわが国は膨大なお金を太陽光発電に費やしている。総発電量のわずか 5%しか供給できていない太陽光発電に、今年度私たちは電力料金に上乗 せして3.1兆円を支払う。固定価格買い取り制度の下、太陽光発電はまだ 増えるため、太陽光電力には2050年度までの総額で90兆円を支払うと予想 されている。こんな膨大な額を、国際標準よりはるかに高い太陽光電力に 払うことは合理的なのか。
>
> 日立の原発輸出に必要なのはわずか9000億円だった。原発輸出を国益の視 点でとらえ、政府は支援に踏みきるべきであろう。
>
> 世界原子力協会は、50年までに世界には1000基の原発が稼働し、うち200 基が中国だと予想する。世界は脱化石燃料で原発に移行しているのだ。日 本は全力でわが国の原子力産業の崩壊を防ぐべきだ

> 『週刊新潮』 2019年1月31日号 日本ルネッサンス 第837回

2019年02月01日

◆原発輸出を助け、技術を継承せよ

櫻井よしこ


日本国の土台のあちこちが液状化し始めているのではないか。危惧すべき
ことの筆頭が中央省庁の官僚の劣化である。

厚生労働省の勤労統計調査が15年間も不適切に集計されていた。同統計は
月例経済報告など政府の経済分析に関わる基幹統計で、雇用保険の失業給
付もこれを基に算定される。それが2004(平成16)年以降ごまかされてい
たというのだ。

従業員500人以上の事業所は全て調査しなければならないところを、東京
都の場合、対象事業所1400社の内、実際に調査していたのは約3分の1にと
どまる。悪質なのは、全数調査に見せかけるために、統計上の処理が自動
的に行われるようプログラミングした改変ソフトまで作成されていたこと
だ。当事者たちは不正をよく認識していたのだろう。

この悪しきごまかしは04年度の自民党小泉政権のときに始まり、民主党政
権時代も経て、現在の安倍政権で見つかったということだ。

国の政策の基礎となる統計をごまかすとは、誇り高かったはずの日本の中
央省庁は中国並になりつつあるのか。政権が代わっても、日本は官僚が優
秀だから揺るぎないと言われた時代は、過去のものだというのか。

米国では政権交代の度に公務員が入れ替わる。重要な地位にある人ほど交
代する。日本では自民党政権でも民主党政権でも官僚はほぼ代わらない。
だからこそ中央官僚は責任をより深く自覚しなければならない。彼らが国
家国民に対する責任を果たそうとせず、隠蔽やごまかしに走れば、日本の
未来は確実に蝕まれる。

官僚の無責任と政治家の無責任が重なり合えば、事態は絶望的だ。いまそ
のような危機が生じているのがエネルギー政策、電力政策である。

気概無き政治家

産業基盤も民生の安定も、電力の安定的供給に大きく依存する。電力の安
定供給が断たれたとき、たとえば昨年9月、北海道地震で何が起きたか。
全道が電力停止(ブラックアウト)に陥り、畜産農家の乳牛の3分の1が死
ぬなど、損害を蒙った。当時の、泊原子力発電所が稼働していれば全道ブ
ラックアウトなど起きなかっただろう。だが、泊原発を再稼働させよとい
う声は出てこなかった。

なぜか。まず政治家は、票にならないどころか、落選の要素にさえなりか
ねない原発問題で発言などしないからだ。気概無き政治家の下では、資源
エネルギー庁や経済産業省の官僚も身の安全を優先し、発言しない。原発
反対の日本のメディアの多くは泊原発が存在することさえ報道したくない
ようで、実質無視した。

現在、日本の原発は、原子力規制委員会の不条理な規則によって、動けな
い状況下に置かれている。国のエネルギー計画にも原発についての明確な
方針は盛り込まれず、再稼働は進まず、新設は計画さえされない。

これでは、日本の原発技術者は働く場所を失う。技術の継承が止まり、原
子力産業は基盤を失う。わが国はエネルギー供給の安定性を失い、産業基
盤は崩壊する。停電が度重なり民生は不安定化し、世界の潮流とは真逆に
CO2を大量に排出し続ける。

それでも政府は問題の本質に向き合おうとせず、ごまかしの一手を打っ
た。高速増殖炉「もんじゅ」の件である。政府は16年12月、もんじゅの廃
炉を決定し、フランスの次世代高速炉「アストリッド」の開発に協力する
ことで技術継承を可能にすると説明した。

東京大学大学院教授の岡本孝司氏は、そもそももんじゅとアストリッドで
は目的やシステムが異なると、指摘する。もんじゅは発電しながらプルト
ニウム燃料を生産するが、アストリッドは発電ではなく高レベルの放射性
廃棄物処理のための設備だ。

アストリッドで日本の高速増殖炉技術を継承すると強弁したのは、日本の
技術断絶への懸念や、そのことへの批判を封じるためだったのであろう。
その証拠に、18年11月、フランス政府がアストリッド計画の凍結を伝えて
きたとき、エネ庁も経産省も後継炉をどうするのかについて説明さえしな
かった。高速増殖炉の技術を、日本はこのまま放棄するのか。

国内で原発技術を継承できなければ海外にプラント輸出して、輸出先で日
本人技術者を温存すればよいとも、政府は説明する。しかし、その道もい
ま、閉ざされつつある。

今月17日、日立製作所が、イギリスのアングルシー島で進めていた2基の
原発新設計画を凍結する方針を発表した。総事業費約3兆円のうち、2兆円
を英国側が負担し、残りは日立と日本の電力会社、英国企業の三者が出資
して補う計画だった。それが今回、日本で資金が集まらず、断念せざるを
得ないという。

原発建設のコスト

日本の原発輸出はおよそ悉(ことごと)く挫折している。三菱重工のベトナ
ム及びトルコへの原発輸出も厳しく、日立のアラブ首長国連邦(UAE)
への輸出は韓国に奪われ、リトアニアへの輸出も凍結された。これ以上、
後退する余裕は日本にはない。ここで政府が後押しするべきだ。

日本政府が動かないのは、政府もメディアも、従って世論も、海外におけ
る原発建設のコストについて誤解しているからではないか。東京工業大学
特任教授の奈良林直氏が説明する。

「日本では原発1基の建設費は数千億円、それが生み出す電力は数兆円
で、メーカーのリスクは低いのです。一方、海外では原発建設費とその後
の数十年の設備維持費、人件費を含む費用の合計、つまり総事業費の交渉
となります。ここをごちゃまぜにして数兆円に膨らんだなどとメディアが
報道し、結果、政府も企業も尻込みし、世論も反対に傾くのです。建設費
と総事業費を峻別することが大事です。そのうえで総事業費は政府が債務
保証しなくては輸出は進みません。UAEで日本が韓国に敗れたのは、韓
国政府が債務保証をしてわが国政府はしなかったからです」

政府の後押しなしには海外での競争には勝てないのである。

いまわが国は膨大なお金を太陽光発電に費やしている。総発電量のわずか
5%しか供給できていない太陽光発電に、今年度私たちは電力料金に上乗
せして3.1兆円を支払う。固定価格買い取り制度の下、太陽光発電はまだ
増えるため、太陽光電力には2050年度までの総額で90兆円を支払うと予想
されている。こんな膨大な額を、国際標準よりはるかに高い太陽光電力に
払うことは合理的なのか。

日立の原発輸出に必要なのはわずか9000億円だった。原発輸出を国益の視
点でとらえ、政府は支援に踏みきるべきであろう。

世界原子力協会は、50年までに世界には1000基の原発が稼働し、うち200
基が中国だと予想する。世界は脱化石燃料で原発に移行しているのだ。日
本は全力でわが国の原子力産業の崩壊を防ぐべきだ。

『週刊新潮』 2019年1月31日号 日本ルネッサンス 第837回

2019年01月31日

◆法を無視する「力治」思想の国家に対し

櫻井よしこ


「法を無視する「力治」思想の国家に対し日本は力なき国である限り苦し
い立場だ」

1月14日、河野太郎外相とロシアのラブロフ外相が、安倍・プーチン会談
の前座としてモスクワで会った。ラブロフ氏の表情は硬く、視線は険し
く、まるで領土返還への日本の期待を憎んでいるかのようだった。

ラブロフ氏は2004年の外相就任以来、河野氏を含め日本の外相11人と協議
してきたベテランである。片や河野氏は祖父の一郎が日ソ交渉に携わり、
当時の日本の国力の貧弱さ、ソ連に抑留されていた幾万の日本軍兵士の身
柄返還のこともあり、ソ連側に事実上屈服した。

「産経新聞」は、今回ラブロフ氏が国境画定問題に入る前に、歴史的経緯
や国際法の解釈などあらゆる角度から攻めてきたとして、「日本の北方領
土という呼称は受け入れ難い。日本の国内法に北方領土という呼称が規定
されている問題をどう解釈していく考えか」と質したと報じた。

安倍晋三首相が1月4日の年頭記者会見で、北方領土交渉に関連して「ロシ
ア人の住民に帰属が変わることを納得、理解してもらうことも必要だ」と
述べた件では、駐ロシア日本大使を呼びつけて「日本のシナリオを押しつ
けようとするもの」だと非難した。

この一方的主張や姿勢こそ日本側は受け入れ難いが、こんな厳しい雰囲気
が全てなら、安倍首相とロシアのプーチン大統領が24回も会うことはな
かったのではないか。表に出ない部分でより深い相互理解が生まれ、それ
ゆえに交渉は継続されてきたと考えられる。

1月9日に在日米軍司令官、マルティネス氏が「現時点で米軍が(北方領土
に)基地を置く計画はない」と発言した。司令官一人の判断でできる発言
ではなく、国防総省、ホワイトハウスの了承があったと考えるのが普通
だ。つまり、北方領土への米軍の展開に対するロシア側の根強い不安を解
消するために、安倍首相がトランプ米大統領にあらかじめ説明し、要請し
た結果ではないのか。だとすれば、両首脳の話し合いはそこまでは進んで
いると見てよいということか。

ロシアは「力治国家」だ。法や道義よりも力を優先させる国、という意味
だ。力治国家の実態をわが国はまさに北方領土の不幸な体験で承知してい
るが、国際社会も同じように実感したのはクリミア半島奪取の時であろう。

小野寺五典前防衛相が1月11日、「プライムニュース」で、ロシアがウク
ライナからクリミアをどのようにして奪ったかについて、ざっと以下のよ
うに語っていた。

14年3月、ウクライナ全土で突然携帯電話がつながらなくなった。次に
GPSが狂った。その直後にSNS及びラジオで偽情報が流され始めた。
軍を含めてウクライナ全体が右往左往している内に、クリミア半島に知ら
ない集団が入ってきた。気がつくとそれはロシア軍で、あっという間に占
領されてしまった。ウクライナ軍は出来得る限りのドローンを飛ばした
が、どんどん落とされた。ドローン積載の爆弾も信管を電磁波で破壊さ
れ、どれも全て不発弾になって落とされた、と。

実は小野寺氏は、ロシアが従来のミサイルや砲を前面に出す方法から、サ
イバー攻撃などを先行させる方法に戦い方を変えたので日本も対応しなけ
ればならないという文脈で右のように語ったのだが、このような攻め方は
すでにロシアがグルジア(現在はジョージア)に侵攻した08年に実証済み
だった。サイバー攻撃で相手の機能を全滅させたうえでロシア軍はグルジ
アに侵攻し、力任せに奪った。理屈は如何様にもつけられる。

法を無視する力治の思想はロシアだけではない。中国、北朝鮮、韓国も同
じだ。領土も拉致も、日本が力なき国にとどまる限り、交渉では非常に苦
しい立場にある。日本人はそうしたことを覚悟しなければならない

『週刊ダイヤモンド』 2018年1月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1264 

2019年01月29日

◆法を無視する「力治」思想の国家に対し

櫻井よしこ


「法を無視する「力治」思想の国家に対し日本は力なき国である限り苦し
い立場だ」

1月14日、河野太郎外相とロシアのラブロフ外相が、安倍・プーチン会談
の前座としてモスクワで会った。ラブロフ氏の表情は硬く、視線は険し
く、まるで領土返還への日本の期待を憎んでいるかのようだった。

ラブロフ氏は2004年の外相就任以来、河野氏を含め日本の外相11人と協議
してきたベテランである。片や河野氏は祖父の一郎が日ソ交渉に携わり、
当時の日本の国力の貧弱さ、ソ連に抑留されていた幾万の日本軍兵士の身
柄返還のこともあり、ソ連側に事実上屈服した。

「産経新聞」は、今回ラブロフ氏が国境画定問題に入る前に、歴史的経緯
や国際法の解釈などあらゆる角度から攻めてきたとして、「日本の北方領
土という呼称は受け入れ難い。日本の国内法に北方領土という呼称が規定
されている問題をどう解釈していく考えか」と質したと報じた。

安倍晋三首相が1月4日の年頭記者会見で、北方領土交渉に関連して「ロシ
ア人の住民に帰属が変わることを納得、理解してもらうことも必要だ」と
述べた件では、駐ロシア日本大使を呼びつけて「日本のシナリオを押しつ
けようとするもの」だと非難した。

この一方的主張や姿勢こそ日本側は受け入れ難いが、こんな厳しい雰囲気
が全てなら、安倍首相とロシアのプーチン大統領が24回も会うことはな
かったのではないか。表に出ない部分でより深い相互理解が生まれ、それ
ゆえに交渉は継続されてきたと考えられる。

1月9日に在日米軍司令官、マルティネス氏が「現時点で米軍が(北方領土
に)基地を置く計画はない」と発言した。司令官一人の判断でできる発言
ではなく、国防総省、ホワイトハウスの了承があったと考えるのが普通
だ。つまり、北方領土への米軍の展開に対するロシア側の根強い不安を解
消するために、安倍首相がトランプ米大統領にあらかじめ説明し、要請し
た結果ではないのか。だとすれば、両首脳の話し合いはそこまでは進んで
いると見てよいということか。

ロシアは「力治国家」だ。法や道義よりも力を優先させる国、という意味
だ。力治国家の実態をわが国はまさに北方領土の不幸な体験で承知してい
るが、国際社会も同じように実感したのはクリミア半島奪取の時であろう。

小野寺五典前防衛相が1月11日、「プライムニュース」で、ロシアがウク
ライナからクリミアをどのようにして奪ったかについて、ざっと以下のよ
うに語っていた。

14年3月、ウクライナ全土で突然携帯電話がつながらなくなった。次に
GPSが狂った。その直後にSNS及びラジオで偽情報が流され始めた。
軍を含めてウクライナ全体が右往左往している内に、クリミア半島に知ら
ない集団が入ってきた。気がつくとそれはロシア軍で、あっという間に占
領されてしまった。ウクライナ軍は出来得る限りのドローンを飛ばした
が、どんどん落とされた。ドローン積載の爆弾も信管を電磁波で破壊さ
れ、どれも全て不発弾になって落とされた、と。

実は小野寺氏は、ロシアが従来のミサイルや砲を前面に出す方法から、サ
イバー攻撃などを先行させる方法に戦い方を変えたので日本も対応しなけ
ればならないという文脈で右のように語ったのだが、このような攻め方は
すでにロシアがグルジア(現在はジョージア)に侵攻した08年に実証済み
だった。サイバー攻撃で相手の機能を全滅させたうえでロシア軍はグルジ
アに侵攻し、力任せに奪った。理屈は如何様にもつけられる。

法を無視する力治の思想はロシアだけではない。中国、北朝鮮、韓国も同
じだ。領土も拉致も、日本が力なき国にとどまる限り、交渉では非常に苦
しい立場にある。日本人はそうしたことを覚悟しなければならない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年1月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1264 

2019年01月28日

◆法を無視する「力治」思想の国家に対し

                         櫻井 よしこ


「法を無視する「力治」思想の国家に対し日本は力なき国である限り苦し
い立場だ」

1月14日、河野太郎外相とロシアのラブロフ外相が、安倍・プーチン会談
の前座としてモスクワで会った。ラブロフ氏の表情は硬く、視線は険し
く、まるで領土返還への日本の期待を憎んでいるかのようだった。

ラブロフ氏は2004年の外相就任以来、河野氏を含め日本の外相11人と協議
してきたベテランである。片や河野氏は祖父の一郎が日ソ交渉に携わり、
当時の日本の国力の貧弱さ、ソ連に抑留されていた幾万の日本軍兵士の身
柄返還のこともあり、ソ連側に事実上屈服した。

「産経新聞」は、今回ラブロフ氏が国境画定問題に入る前に、歴史的経緯
や国際法の解釈などあらゆる角度から攻めてきたとして、「日本の北方領
土という呼称は受け入れ難い。日本の国内法に北方領土という呼称が規定
されている問題をどう解釈していく考えか」と質したと報じた。

安倍晋三首相が1月4日の年頭記者会見で、北方領土交渉に関連して「ロシ
ア人の住民に帰属が変わることを納得、理解してもらうことも必要だ」と
述べた件では、駐ロシア日本大使を呼びつけて「日本のシナリオを押しつ
けようとするもの」だと非難した。

この一方的主張や姿勢こそ日本側は受け入れ難いが、こんな厳しい雰囲気
が全てなら、安倍首相とロシアのプーチン大統領が24回も会うことはな
かったのではないか。表に出ない部分でより深い相互理解が生まれ、それ
ゆえに交渉は継続されてきたと考えられる。

1月9日に在日米軍司令官、マルティネス氏が「現時点で米軍が(北方領土
に)基地を置く計画はない」と発言した。司令官一人の判断でできる発言
ではなく、国防総省、ホワイトハウスの了承があったと考えるのが普通だ。

つまり、北方領土への米軍の展開に対するロシア側の根強い不安を解消す
るために、安倍首相がトランプ米大統領にあらかじめ説明し、要請した結
果ではないのか。だとすれば、両首脳の話し合いはそこまでは進んでいる
と見てよいということか。

ロシアは「力治国家」だ。法や道義よりも力を優先させる国、という意味
だ。力治国家の実態をわが国はまさに北方領土の不幸な体験で承知してい
るが、国際社会も同じように実感したのはクリミア半島奪取の時であろう。

小野寺五典前防衛相が1月11日、「プライムニュース」で、ロシアがウク
ライナからクリミアをどのようにして奪ったかについて、ざっと以下のよ
うに語っていた。

14年3月、ウクライナ全土で突然携帯電話がつながらなくなった。次に
GPSが狂った。その直後にSNS及びラジオで偽情報が流され始めた。
軍を含めてウクライナ全体が右往左往している内に、クリミア半島に知ら
ない集団が入ってきた。気がつくとそれはロシア軍で、あっという間に占
領されてしまった。ウクライナ軍は出来得る限りのドローンを飛ばした
が、どんどん落とされた。ドローン積載の爆弾も信管を電磁波で破壊さ
れ、どれも全て不発弾になって落とされた、と。

実は小野寺氏は、ロシアが従来のミサイルや砲を前面に出す方法から、サ
イバー攻撃などを先行させる方法に戦い方を変えたので日本も対応しなけ
ればならないという文脈で右のように語ったのだが、このような攻め方は
すでにロシアがグルジア(現在はジョージア)に侵攻した08年に実証済み
だった。サイバー攻撃で相手の機能を全滅させたうえでロシア軍はグルジ
アに侵攻し、力任せに奪った。理屈は如何様にもつけられる。

法を無視する力治の思想はロシアだけではない。中国、北朝鮮、韓国も同
じだ。領土も拉致も、日本が力なき国にとどまる限り、交渉では非常に苦
しい立場にある。日本人はそうしたことを覚悟しなければならない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年1月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1264 

2019年01月27日

◆法を無視する「力治」思想の国家に対し

櫻井よしこ


「法を無視する「力治」思想の国家に対し日本は力なき国である限り
苦しい立場だ」

1月14日、河野太郎外相とロシアのラブロフ外相が、安倍・プーチン会談
の前座としてモスクワで会った。ラブロフ氏の表情は硬く、視線は険し
く、まるで領土返還への日本の期待を憎んでいるかのようだった。

ラブロフ氏は2004年の外相就任以来、河野氏を含め日本の外相11人と協議
してきたベテランである。片や河野氏は祖父の一郎が日ソ交渉に携わり、
当時の日本の国力の貧弱さ、ソ連に抑留されていた幾万の日本軍兵士の身
柄返還のこともあり、ソ連側に事実上屈服した。

「産経新聞」は、今回ラブロフ氏が国境画定問題に入る前に、歴史的経緯
や国際法の解釈などあらゆる角度から攻めてきたとして、「日本の北方領
土という呼称は受け入れ難い。日本の国内法に北方領土という呼称が規定
されている問題をどう解釈していく考えか」と質したと報じた。

安倍晋三首相が1月4日の年頭記者会見で、北方領土交渉に関連して「ロシ
ア人の住民に帰属が変わることを納得、理解してもらうことも必要だ」と
述べた件では、駐ロシア日本大使を呼びつけて「日本のシナリオを押しつ
けようとするもの」だと非難した。

この一方的主張や姿勢こそ日本側は受け入れ難いが、こんな厳しい雰囲気
が全てなら、安倍首相とロシアのプーチン大統領が24回も会うことはな
かったのではないか。表に出ない部分でより深い相互理解が生まれ、それ
ゆえに交渉は継続されてきたと考えられる。

1月9日に在日米軍司令官、マルティネス氏が「現時点で米軍が(北方領土
に)基地を置く計画はない」と発言した。司令官一人の判断でできる発言
ではなく、国防総省、ホワイトハウスの了承があったと考えるのが普通
だ。つまり、北方領土への米軍の展開に対するロシア側の根強い不安を解
消するために、安倍首相がトランプ米大統領にあらかじめ説明し、要請し
た結果ではないのか。だとすれば、両首脳の話し合いはそこまでは進んで
いると見てよいということか。

ロシアは「力治国家」だ。法や道義よりも力を優先させる国、という意味
だ。力治国家の実態をわが国はまさに北方領土の不幸な体験で承知してい
るが、国際社会も同じように実感したのはクリミア半島奪取の時であろう。

小野寺五典前防衛相が1月11日、「プライムニュース」で、ロシアがウク
ライナからクリミアをどのようにして奪ったかについて、ざっと以下のよ
うに語っていた。

14年3月、ウクライナ全土で突然携帯電話がつながらなくなった。次に
GPSが狂った。その直後にSNS及びラジオで偽情報が流され始めた。
軍を含めてウクライナ全体が右往左往している内に、クリミア半島に知ら
ない集団が入ってきた。気がつくとそれはロシア軍で、あっという間に占
領されてしまった。ウクライナ軍は出来得る限りのドローンを飛ばした
が、どんどん落とされた。ドローン積載の爆弾も信管を電磁波で破壊さ
れ、どれも全て不発弾になって落とされた、と。

実は小野寺氏は、ロシアが従来のミサイルや砲を前面に出す方法から、サ
イバー攻撃などを先行させる方法に戦い方を変えたので日本も対応しなけ
ればならないという文脈で右のように語ったのだが、このような攻め方は
すでにロシアがグルジア(現在はジョージア)に侵攻した08年に実証済み
だった。サイバー攻撃で相手の機能を全滅させたうえでロシア軍はグルジ
アに侵攻し、力任せに奪った。理屈は如何様にもつけられる。

法を無視する力治の思想はロシアだけではない。中国、北朝鮮、韓国も同
じだ。領土も拉致も、日本が力なき国にとどまる限り、交渉では非常に苦
しい立場にある。日本人はそうしたことを覚悟しなければならない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年1月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1264 

2019年01月26日

◆現在革命続行中、文在寅政権の異常さ

櫻井よしこ


個人的な感想だが、韓国の文在寅大統領は「信用できない男」の典型では
ないか。とりわけ1月10日、韓国大統領府で開かれた年頭の記者会見での
発言や表情は、知的に耐えきれないものだった。

韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊の哨戒機に、日本の排他的経済水域
(EEZ)内で、火器管制用レーダーを照射した問題でも、「朝鮮人戦時
労働者問題」(自称徴用工問題)でも、文氏以下韓国側は自らの非を認め
ず、逆ギレを続けている。

レーダー照射問題に関して、韓国は、自衛隊機が低空で威嚇的に飛行した
と言った。ではなぜ、その場で抗議しなかったのか。日本側が低空飛行な
どしていなかったから、抗議できなかったのであろう。

加えて、彼らは当初、レーダー照射をしなかったとは言っていない。低空
飛行を持ち出して問題をすり替えたのは、なぜか。

日本のEEZ内で韓国の大きな艦船が2隻も目視され、しかもまん中に漁
船らしき小さな船をはさんでいるとなれば、日本の海や空を守る哨戒任務
についている自衛隊機が、上空から様子を見るべく接近しないほうがおか
しい。当然の責務として近づいた自衛隊機にレーダーを照射して追い払お
うとしたのは、韓国側に隠したいことがあったからだろう。

どうしても見られたくない現場がそこにあったために、レーダーを照射し
たのではないか。隠したいことはよほど重要なことである可能性も高い。
その点も含めて韓国側は重大な嘘をついていると考えてよいだろう。

もう一方の朝鮮人戦時労働者問題を、文氏は、「韓国政府がつくり出した
のではなく、不幸な歴史のために生じた問題」だと語り、日本政府に「も
う少し謙虚になるよう」求めた。

韓国大法院(最高裁)が下した判断を、韓国は三権分立の国であるが故
に、韓国政府は尊重せざるを得ない、そのことを日本政府も認識せよと、
文氏は言ったが、同問題の背景に、文氏の遠大な企みがあったと見るのは
決して深読みのしすぎではないだろう。

親北朝鮮の完全な左翼集団

日本企業に慰謝料の支払いを命ずる判決を下した大法院長は金命洙(キム
ミョンス)氏だ。一昨年9月に文氏が大抜擢した。金氏は「ウリ法研究会」
の一員で「親北朝鮮、反日反韓国」の極左思想の持ち主だ。金氏を大法院
長に任命したときに、すでに今回の判決の流れが決まったといえる。

韓国で朝鮮人戦時労働者問題の訴訟を支えるのは「法務法人ヘマル」の弁
護士達だ。「太平洋戦争犠牲者補償推進協議会」や「民族問題研究所」が
支援組織として名を連ねている。

「ヘマル」の中心人物、張完翼(チャンワンイク)弁護士は、2000年に元朝
日新聞の松井やより氏(故人)らと共に、昭和天皇を裁き有罪にした女性
国際戦犯法廷を開催し、検事役を務めた。また、民族問題研究所は親北朝
鮮の完全な左翼集団である。

留意しておくべきことは、文氏が大統領選挙に出馬したとき、法務法人ヘ
マルが全面的に支えたという事実だ。後述するように、朴槿恵前大統領を
弾劾して行った選挙はまさに「革命」と呼ぶべき異常なものだった。その
異常な選挙を乗り切るのに法的支援をしたのが法務法人ヘマルだった。両
者はまさに一心同体と言えるのではないか。

こうしてみると大法院を支配する価値観と、戦時労働者訴訟の原告団を支
援する勢力の価値観は重なる。私たちはこうした人々相手の尋常ならざる
闘いに直面しているのだ。

右のような陣容で裁判をおこし、その中で下された判決を、韓国側は三権
分立を盾にして日本も尊重せよと言う。だが日本にも最高裁が存在する。
日本の最高裁は朝鮮人戦時労働者の件はすべて解決済みと判断した。日本
も三権分立の国だ。日本政府も日本の最高裁判決に従わなければならな
い。その事実を、韓国政府こそ、認識すべきであろう。

現在の韓国政府にはいちいち違和感を覚えるが、日本で発行されている韓
国の週刊新聞、『統一日報』の1月1日版に韓国の常識派の論文が複数、掲
載されていた。そのひとつが、ソウル大学経済学部教授を経て、昨年から
「李承晩学堂」の校長を務める李栄薫(イヨンフン)氏の講演である。

李氏は「反日種族主義を打破しよう」という題で語っている。李氏は「精
神文化の遅滞が、20世紀の韓国史を貫通してきた」と断じ、20世紀の韓国
の近代化を、韓国人は「無賃乗車」で成し遂げたと指摘する。「近代文明
の法、制度、機構は日本の支配と共にこの地(韓国)に移植された」ので
あり、国が滅びたのも国を建てたのも「自力」ではなかったと、韓国人が
一番聞きたくないことを、李氏は語っている。

精神文化の遅滞

それでも韓国がこの70年間大きな成果をおさめたのは、李承晩、朴正煕両
大統領をはじめとする「創造的少数」の功績だと李氏は続ける。その上で
韓国がいま、失敗の中にあるのは「種族主義」のためだと言う。種族主義
とは何かと、『統一日報』担当者に問い合わせると、民族主義以前の閉鎖
的で遅れた段階を指すとの説明だった。

李氏は、そのような精神文化の遅滞ゆえに、韓国は「国際感覚において不
均衡」、「日本に対しては無期に敵対的である反面、中国に対しては理解
できないほど寛大だ」と分析する。

もうひとつ『統一日報』には、前大統領、朴槿恵氏の弾劾及びその後の有
罪判決に関して、非常に重要な論文が掲載されている。

朴槿恵氏は過日、32年の懲役刑を下された。66歳の氏は、98歳まで獄に留
め置かれるということだ。このような結果になった朴氏弾劾事件を同紙
は、「韓国憲政史上、最も恥辱的な出来事」と痛烈に非難している。弾劾
の引き金となった唯一の物的証拠が「タブレットPC」だったが、これは
後に偽物だと証明された。このPCへの疑惑を提起したジャーナリストは
逮捕され、実刑を言い渡された。

どこを調べても朴氏は一ウォンのお金も不正に得ていなかったが、韓国司
法は朴氏に罰金200億ウォン(約20億円)を宣告した。収賄の証拠が皆無
だったために、裁判官の心証に基づいて「暗黙的請託」という新たな論理
をひねり出し、重罪に処するために韓国の刑法にない「国政壟断罪」も急
遽作り出した。

弾劾から裁判に至る過程を見れば背後に広範な工作があり、それは北朝鮮
との共謀関係の中でこそ可能だったと思わせられる。

論文には「韓国では嘘をつくことは、特に左翼勢力の嘘はほとんど処罰さ
れない」と書かれている。

こんな国が文政権下の隣国だと肝に銘じつつ、常識と良識を備えた韓国人
の存在も忘れないようにしよう。

『週刊新潮』 2018年1月24日号日本ルネッサンス 第836回

2019年01月25日

◆現在革命続行中、文在寅政権の異常さ

櫻井よしこ


個人的な感想だが、韓国の文在寅大統領は「信用できない男」の典型では
ないか。とりわけ1月10日、韓国大統領府で開かれた年頭の記者会見での
発言や表情は、知的に耐えきれないものだった。

韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊の哨戒機に、日本の排他的経済水域
(EEZ)内で、火器管制用レーダーを照射した問題でも、「朝鮮人戦時
労働者問題」(自称徴用工問題)でも、文氏以下韓国側は自らの非を認め
ず、逆ギレを続けている。

レーダー照射問題に関して、韓国は、自衛隊機が低空で威嚇的に飛行した
と言った。ではなぜ、その場で抗議しなかったのか。日本側が低空飛行な
どしていなかったから、抗議できなかったのであろう。

加えて、彼らは当初、レーダー照射をしなかったとは言っていない。低空
飛行を持ち出して問題をすり替えたのは、なぜか。

日本のEEZ内で韓国の大きな艦船が2隻も目視され、しかもまん中に漁
船らしき小さな船をはさんでいるとなれば、日本の海や空を守る哨戒任務
についている自衛隊機が、上空から様子を見るべく接近しないほうがおか
しい。当然の責務として近づいた自衛隊機にレーダーを照射して追い払お
うとしたのは、韓国側に隠したいことがあったからだろう。

どうしても見られたくない現場がそこにあったために、レーダーを照射し
たのではないか。隠したいことはよほど重要なことである可能性も高い。
その点も含めて韓国側は重大な嘘をついていると考えてよいだろう。

もう一方の朝鮮人戦時労働者問題を、文氏は、「韓国政府がつくり出した
のではなく、不幸な歴史のために生じた問題」だと語り、日本政府に「も
う少し謙虚になるよう」求めた。

韓国大法院(最高裁)が下した判断を、韓国は三権分立の国であるが故
に、韓国政府は尊重せざるを得ない、そのことを日本政府も認識せよと、
文氏は言ったが、同問題の背景に、文氏の遠大な企みがあったと見るのは
決して深読みのしすぎではないだろう。

親北朝鮮の完全な左翼集団

日本企業に慰謝料の支払いを命ずる判決を下した大法院長は金命洙(キム
ミョンス)氏だ。一昨年9月に文氏が大抜擢した。金氏は「ウリ法研究会」
の一員で「親北朝鮮、反日反韓国」の極左思想の持ち主だ。金氏を大法院
長に任命したときに、すでに今回の判決の流れが決まったといえる。

韓国で朝鮮人戦時労働者問題の訴訟を支えるのは「法務法人ヘマル」の弁
護士達だ。「太平洋戦争犠牲者補償推進協議会」や「民族問題研究所」が
支援組織として名を連ねている。

「ヘマル」の中心人物、張完翼(チャンワンイク)弁護士は、2000年に元朝
日新聞の松井やより氏(故人)らと共に、昭和天皇を裁き有罪にした女性
国際戦犯法廷を開催し、検事役を務めた。また、民族問題研究所は親北朝
鮮の完全な左翼集団である。

留意しておくべきことは、文氏が大統領選挙に出馬したとき、法務法人ヘ
マルが全面的に支えたという事実だ。後述するように、朴槿恵前大統領を
弾劾して行った選挙はまさに「革命」と呼ぶべき異常なものだった。その
異常な選挙を乗り切るのに法的支援をしたのが法務法人ヘマルだった。両
者はまさに一心同体と言えるのではないか。

こうしてみると大法院を支配する価値観と、戦時労働者訴訟の原告団を支
援する勢力の価値観は重なる。私たちはこうした人々相手の尋常ならざる
闘いに直面しているのだ。

右のような陣容で裁判をおこし、その中で下された判決を、韓国側は三権
分立を盾にして日本も尊重せよと言う。だが日本にも最高裁が存在する。
日本の最高裁は朝鮮人戦時労働者の件はすべて解決済みと判断した。日本
も三権分立の国だ。日本政府も日本の最高裁判決に従わなければならな
い。その事実を、韓国政府こそ、認識すべきであろう。

現在の韓国政府にはいちいち違和感を覚えるが、日本で発行されている韓
国の週刊新聞、『統一日報』の1月1日版に韓国の常識派の論文が複数、掲
載されていた。そのひとつが、ソウル大学経済学部教授を経て、昨年から
「李承晩学堂」の校長を務める李栄薫(イヨンフン)氏の講演である。

李氏は「反日種族主義を打破しよう」という題で語っている。李氏は「精
神文化の遅滞が、20世紀の韓国史を貫通してきた」と断じ、20世紀の韓国
の近代化を、韓国人は「無賃乗車」で成し遂げたと指摘する。「近代文明
の法、制度、機構は日本の支配と共にこの地(韓国)に移植された」ので
あり、国が滅びたのも国を建てたのも「自力」ではなかったと、韓国人が
一番聞きたくないことを、李氏は語っている。

精神文化の遅滞

それでも韓国がこの70年間大きな成果をおさめたのは、李承晩、朴正煕両
大統領をはじめとする「創造的少数」の功績だと李氏は続ける。その上で
韓国がいま、失敗の中にあるのは「種族主義」のためだと言う。種族主義
とは何かと、『統一日報』担当者に問い合わせると、民族主義以前の閉鎖
的で遅れた段階を指すとの説明だった。

李氏は、そのような精神文化の遅滞ゆえに、韓国は「国際感覚において不
均衡」、「日本に対しては無期に敵対的である反面、中国に対しては理解
できないほど寛大だ」と分析する。

もうひとつ『統一日報』には、前大統領、朴槿恵氏の弾劾及びその後の有
罪判決に関して、非常に重要な論文が掲載されている。

朴槿恵氏は過日、32年の懲役刑を下された。66歳の氏は、98歳まで獄に留
め置かれるということだ。このような結果になった朴氏弾劾事件を同紙
は、「韓国憲政史上、最も恥辱的な出来事」と痛烈に非難している。弾劾
の引き金となった唯一の物的証拠が「タブレットPC」だったが、これは
後に偽物だと証明された。このPCへの疑惑を提起したジャーナリストは
逮捕され、実刑を言い渡された。

どこを調べても朴氏は一ウォンのお金も不正に得ていなかったが、韓国司
法は朴氏に罰金200億ウォン(約20億円)を宣告した。収賄の証拠が皆無
だったために、裁判官の心証に基づいて「暗黙的請託」という新たな論理
をひねり出し、重罪に処するために韓国の刑法にない「国政壟断罪」も急
遽作り出した。

弾劾から裁判に至る過程を見れば背後に広範な工作があり、それは北朝鮮
との共謀関係の中でこそ可能だったと思わせられる。

論文には「韓国では嘘をつくことは、特に左翼勢力の嘘はほとんど処罰さ
れない」と書かれている。

こんな国が文政権下の隣国だと肝に銘じつつ、常識と良識を備えた韓国人
の存在も忘れないようにしよう。

『週刊新潮』 2018年1月24日号 日本ルネッサンス 第836回

             

2019年01月24日

◆米大統領選挙に向け最初に名乗り出た女性

櫻井よしこ


「米大統領選挙に向け最初に名乗り出た女性 ウォーレン氏の出馬表明
が映す米国の分裂」

1月3日、昨年11月の中間選挙で改選された米連邦議員らが初めて議会に招
集された。4日付の米各紙は下院に集った民主党議員団の写真を大きく掲
載したが、女性議員が多いために文句なしのカラフルさだった。若い議員
も多く、子連れ姿も少なくなかった。椅子の数に較べて議場に詰めかけた
人数の方が多く見えたのは、1年生議員たちが嬉しさの余り伴侶を連れて
登院したということだろうか。

改めて振り返ると、民主党が下院435議席中、235議席を占めて多数を取っ
た。女性議員は102人で内、89人が民主党である。選良たちの宗教も多様
化し、宣誓で用いるためにキリスト教、ヒンズー教、仏教などの教典が用
意された。国家、国民のために全力を尽くすと、神や仏に誓うのは大統領
だけではないのである。一人一人の議員も誓ってようやく正式に議員にな
れる。大事なことだと思う。

アフリカ系議員は上下両院で55人、LGBTの人たちも上下両院で10人。
米国社会はさらなる多様性の新しい時代に入ったという印象だ。

8年間の野党暮らしを経て、議長に返り咲いたナンシー・ペロシ氏(78)
は真っ赤なワンピースに身を包んでいた。民主党内からは世代交替を求め
ペロシ氏に反対する声もあったが、彼女は執念を燃やし、党内への説得工
作を続けた。8年間のブランクを経て議長に返り咲いたケースは、彼女が
初めてだ。

民主党応援団の新聞として知られる「ワシントン・ポスト」(WP)紙は
喜びを隠しきれないような報道振りだった。たとえば、最年少の下院議員
となったニューヨーク州選出、アレクサンドリア・オカシオ・コルテス氏
に関連して次のように報じた。

「オカシオ・コルテスがペロシに一票を投じ、共和党陣営の方を向いてに
こやかな表情で『お気の毒ね(sorry)』と口パクで言ったときは、
共和党議員のうめき声が聞こえるようだった」

若くて、女性で、魅力的なオカシオ氏への入れ込み振りは、彼女を含めた
女性議員らへの、WPの熱い期待そのものだ。

そうした中、上院議員のエリザベス・ウォーレン氏(69)が2020年の大統
領選挙への出馬につながる準備委員会を設立した。大統領選挙に向けて名
乗り出た最初の人材も女性だった。まさに米国は女性の時代である。

彼女は反ウォール街のリベラル派だ。弱者の味方としての立場を強調する
ためか、自分には先住民の祖先がいると主張し、昨年秋、DNAの鑑定結
果を公表して話題を集めた。

鑑定結果は、6〜10代前に先住民の祖先がいることを示したが、彼女の地
元の新聞は彼女の血の「64〜1024分の1」が先住民の血だと冷ややかに報
じた。この血の薄さを以て、「先住民の血を受けついでいると言えるの
か」という意味合いであろうか。

彼女が約2年先に行われる大統領選挙で民主党候補に選ばれるのかなど、
現時点では全くわからない。しかし興味深いのは、彼女がいち早く名乗り
を上げたとき、「彼女はどれだけ当選の可能性があるか」という議論が起
き、それがヒラリー・クリントン氏との比較においてなされたことだ。

ヒラリーはあと一歩で史上初めての女性大統領になるところだった。選挙
資金の集金力も抜群で、得票数もトランプ氏を上回った。しかし、落選し
た。そしていま、ウォーレン氏が出馬に向けて走り出した。グラスルーツ
の庶民の味方という姿勢で億万長者を排斥するが、ヒラリー同様、資金集
めには極めて秀でると分析されている。ヒラリーに関して米国社会は熱烈
な支持者と強い拒否層とに二分された。先はまだ長いが、ウォーレン氏の
出馬表明が米国社会の深い分裂を反映しているように思えてならない。

『週刊ダイヤモンド』 2019年1月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1263