2017年11月27日

◆習近平皇帝に屈服、トランプ大統領

櫻井よしこ

トランプ敗れたり。

これが北京での米中首脳会談、それに続くベトナム・ダナンでのアジア太
平洋経済協力会議(APEC)におけるドナルド・トランプ、習近平両首
脳の発言を聞いての結論である。

私たちの眼前で起きているのは、米中どちらが世界のルールメーカーにな
るかの、熾烈な闘いだ。かつて東西の冷戦でアメリカはソ連に勝利した。
いま米中の闘いは米ソのそれのようにイデオロギーで割りきれる単純なも
のではない。

どれ程中国のやり方が嫌でも、どうしても切り離せない所まで相互に織り
込み合った経済関係の中に世界全体があり、しかし掲げる価値観はあくま
でも相容れないという状況下で、米中どちらが覇権を奪うかは周辺諸国に
とってこの上なく深刻な問題だ。アメリカにとっては超大国の座と国運を
賭けた闘いである。

この闘いの真の意味を理解しているのは中国側である。トランプ氏以下、
大統領に助言を与え続けていると思われるヘンリー・キッシンジャー氏も
含めて、アメリカ側はそのことについて理解が及んでいないのではない
か。従ってアメリカには大戦略がない。あるのは眼前の利害を重視する戦
術だけではないか。

中国で盛んに喧伝されているのが「中国5000年の歴史」である。中国共産
党と習政権が作り上げる新たな歴史物語は、国民を鼓舞し、中国共産党の
権威を高めるために是非必要なフィクションだ。

中国の歴史は他国の及ばない規模であるためには、5000年でなければなら
ないのである。トランプ大統領はアメリカの歴史の20倍以上も長い中国の
歴史について聞かされ、壮大な建築物や見事な歴史遺産を見せられ、さ
ぞ、印象を深めたことだろう。

国賓以上のもてなしはトランプ氏を圧倒的に魅了するためであり、紫禁城
の貸し切りも、習夫妻直々の案内も同様だったはずだ。

歯の浮くような賛辞加えて、中国が提示した28兆円に上る種々の契約は、
ディール好きで、ディールの名人と自称するトランプ氏の心を掴んだこと
だろう。確かに誰しもが驚いた金額だが、すでに始まった詳細な分析で
は、28兆円は従来の中国の対米投資を含めた累計で、その衝撃的な数字は
真水の数字ではないこと、割り引いて考えなければならないこと、種々の
契約が確約されたと考えるのも楽天的にすぎることなどが指摘され始めた。

全容の実態はまもなくわかるはずだ。しかしその前にトランプ氏は明らか
にこの額に目が眩んだ。訪中2日目の11月9日、人民大会堂での米中首脳の
共同記者会見は、両首脳の姿勢の違いと共に、トランプ氏が目眩ましをく
らったことが明らかになった場面だった。

習氏は一帯一路の経済効果と未来に及ぼす大きな影響について説き、太平
洋は米中2カ国を容れるに十分な大きさの海だと述べている。今更指摘す
る必要もないが、これは中国が年来求めてきた大戦略、「新型大国関係」
と「太平洋分割統治論」の繰り返しである。中国側はあくまでも米中で世
界を仕切る体制を作りたいのだ。その先に、中華民族が世界の諸民族の中
にそびえ立つ日を目指していると、習氏は先の共産党大会で述べている。

記者会見で習氏は、両国は双方の国からの亡命者の避難の地となってはな
らないという点で一致したとも述べた。これは、中国の民主化を求める
人々、民主化運動に参加した結果、中国にいられなくなり、アメリカに逃
れた人々にとっては深刻な合意だ。アメリカが思想信条の自由を守る砦と
しての役割、亡命者の受け入れを拒否するのかと疑わせる。

習主席が中国の戦略に従って主張し、取るべきものを取ったと思わせる演
説をしたのに対し、トランプ大統領は習氏への賛辞に終始した印象だ。無
論、トランプ氏は北朝鮮、麻薬、経済、知的財産権などについても言及し
たが、28兆円に喜んだ結果、個々の問題には深く入らずに、サラッと通り
過ぎたという印象だ。発言の最初と最後には習氏に歯の浮くような賛辞を
贈っている。

「中国国民は自分たちが何者であるか、何を築き上げてきたかについて誇
りを抱いている。彼らはまた、あなた(習氏)のことを、非常に誇り高く
思っている」

このような賛辞の連続を聞けば、トランプ氏は本当に習氏に心酔してし
まったのかと感じさせられる。

北京からベトナムのダナンに移ってAPECで行った演説は耳を塞ぎたく
なる内容だった。ここで期待されていたのは、国際法を無視して南シナ海
をわが物顔に占拠し軍事拠点化し、ASEAN諸国に分断政策を適用し
て、彼らの抗議にまともに対処しようとしない中国に対して、アメリカが
抑止力を発揮してくれることだった。

アメリカが国際法を擁護し、法による秩序の確立を主張し、問題の解決に
武力ではなく平和裡の多国間の協議を以てし、航行の自由を守り、どの国
も安心して南シナ海で活動できるように、軍事的手段も用いて主導権を握
る決意を示すことが期待されていた。

トランプ氏のアジア歴訪直前に、ティラーソン国務長官はインド・太平洋
の平和構築について語った。日本、インド、オーストラリアと共にアメリ
カは広大なインド・太平洋圏の擁護者にならなければならないという主張
である。

危機感と戦略的思考の欠落

これは、2016年に安倍首相がアフリカ開発会議(TICAD)で提唱した
考えだ。アメリカ国務省が安倍首相の提言を取り込んだ。それをトランプ
大統領も口にした。日本国の首相の外交・戦略論をアメリカが採用したこ
とは未だかつてなかったことで、もし、トランプ政権が本気でインド・太
平洋圏構想を実現するのであれば、中国の一帯一路やアジアインフラ投資
銀行(AIIB)よりはるかにすばらしい大戦略をこちら側が構築でき
る。その意味でもトランプ氏の発言が注目された。

しかし、トランプ演説は失望以外の何物でもなかった。トランプ氏は、こ
れ以上の不公平な貿易や不条理な赤字には耐えられないなどと繰り返し、
ひたすらアメリカの利益について語ったのだ。インド・太平洋という言葉
は登場はしたが、その肉付けとなる具体策は何も示さなかった。何よりも
足下の危機である南シナ海については、その固有名詞は遂に一度も登場し
なかった。危機感と戦略的思考の欠落を示してトランプ氏の演説は行われた。

内向きになりつつあるトランプ氏とは対照的に習氏は広く門戸を開くこ
と、国際協調の重要性を指摘した。語った言葉だけを聞けば、習氏の方が
世界の指導者たる資格を備えているように思える。これ以上の皮肉はない
だろう。言葉とは裏腹の中華思想の世界に、私たちは引き込まれていって
はならないのである。

『週刊新潮』 2017年11月23日号 日本ルネッサンス 第779回

2017年11月26日

◆習近平皇帝に屈服、トランプ大統領

櫻井よしこ


トランプ敗れたり。

これが北京での米中首脳会談、それに続くベトナム・ダナンでのアジア太
平洋経済協力会議(APEC)におけるドナルド・トランプ、習近平両首
脳の発言を聞いての結論である。

私たちの眼前で起きているのは、米中どちらが世界のルールメーカーにな
るかの、熾烈な闘いだ。かつて東西の冷戦でアメリカはソ連に勝利した。
いま米中の闘いは米ソのそれのようにイデオロギーで割りきれる単純なも
のではない。

どれ程中国のやり方が嫌でも、どうしても切り離せない所まで相互に織り
込み合った経済関係の中に世界全体があり、しかし掲げる価値観はあくま
でも相容れないという状況下で、米中どちらが覇権を奪うかは周辺諸国に
とってこの上なく深刻な問題だ。アメリカにとっては超大国の座と国運を
賭けた闘いである。

この闘いの真の意味を理解しているのは中国側である。トランプ氏以下、
大統領に助言を与え続けていると思われるヘンリー・キッシンジャー氏も
含めて、アメリカ側はそのことについて理解が及んでいないのではない
か。従ってアメリカには大戦略がない。あるのは眼前の利害を重視する戦
術だけではないか。

中国で盛んに喧伝されているのが「中国5000年の歴史」である。中国共産
党と習政権が作り上げる新たな歴史物語は、国民を鼓舞し、中国共産党の
権威を高めるために是非必要なフィクションだ。中国の歴史は他国の及ば
ない規模であるためには、5000年でなければならないのである。トランプ
大統領はアメリカの歴史の20倍以上も長い中国の歴史について聞かされ、
壮大な建築物や見事な歴史遺産を見せられ、さぞ、印象を深めたことだろう。

国賓以上のもてなしはトランプ氏を圧倒的に魅了するためであり、紫禁城
の貸し切りも、習夫妻直々の案内も同様だったはずだ。

歯の浮くような賛辞

加えて、中国が提示した28兆円に上る種々の契約は、ディール好きで、
ディールの名人と自称するトランプ氏の心を掴んだことだろう。確かに誰
しもが驚いた金額だが、すでに始まった詳細な分析では、28兆円は従来の
中国の対米投資を含めた累計で、その衝撃的な数字は真水の数字ではない
こと、割り引いて考えなければならないこと、種々の契約が確約されたと
考えるのも楽天的にすぎることなどが指摘され始めた。

全容の実態はまもなくわかるはずだ。しかしその前にトランプ氏は明らか
にこの額に目が眩んだ。訪中2日目の11月9日、人民大会堂での米中首脳の
共同記者会見は、両首脳の姿勢の違いと共に、トランプ氏が目眩ましをく
らったことが明らかになった場面だった。

習氏は一帯一路の経済効果と未来に及ぼす大きな影響について説き、太平
洋は米中2カ国を容れるに十分な大きさの海だと述べている。今更指摘す
る必要もないが、これは中国が年来求めてきた大戦略、「新型大国関係」
と「太平洋分割統治論」の繰り返しである。中国側はあくまでも米中で世
界を仕切る体制を作りたいのだ。その先に、中華民族が世界の諸民族の中
にそびえ立つ日を目指していると、習氏は先の共産党大会で述べている。

記者会見で習氏は、両国は双方の国からの亡命者の避難の地となってはな
らないという点で一致したとも述べた。これは、中国の民主化を求める
人々、民主化運動に参加した結果、中国にいられなくなり、アメリカに逃
れた人々にとっては深刻な合意だ。アメリカが思想信条の自由を守る砦と
しての役割、亡命者の受け入れを拒否するのかと疑わせる。

習主席が中国の戦略に従って主張し、取るべきものを取ったと思わせる演
説をしたのに対し、トランプ大統領は習氏への賛辞に終始した印象だ。無
論、トランプ氏は北朝鮮、麻薬、経済、知的財産権などについても言及し
たが、28兆円に喜んだ結果、個々の問題には深く入らずに、サラッと通り
過ぎたという印象だ。発言の最初と最後には習氏に歯の浮くような賛辞を
贈っている。

「中国国民は自分たちが何者であるか、何を築き上げてきたかについて誇
りを抱いている。彼らはまた、あなた(習氏)のことを、非常に誇り高く
思っている」

このような賛辞の連続を聞けば、トランプ氏は本当に習氏に心酔してし
まったのかと感じさせられる。

北京からベトナムのダナンに移ってAPECで行った演説は耳を塞ぎたく
なる内容だった。ここで期待されていたのは、国際法を無視して南シナ海
をわが物顔に占拠し軍事拠点化し、ASEAN諸国に分断政策を適用し
て、彼らの抗議にまともに対処しようとしない中国に対して、アメリカが
抑止力を発揮してくれることだった。アメリカが国際法を擁護し、法によ
る秩序の確立を主張し、問題の解決に武力ではなく平和裡の多国間の協議
を以てし、航行の自由を守り、どの国も安心して南シナ海で活動できるよ
うに、軍事的手段も用いて主導権を握る決意を示すことが期待されていた。

トランプ氏のアジア歴訪直前に、ティラーソン国務長官はインド・太平洋
の平和構築について語った。日本、インド、オーストラリアと共にアメリ
カは広大なインド・太平洋圏の擁護者にならなければならないという主張
である。

危機感と戦略的思考の欠落

これは、2016年に安倍首相がアフリカ開発会議(TICAD)で提唱した
考えだ。アメリカ国務省が安倍首相の提言を取り込んだ。それをトランプ
大統領も口にした。日本国の首相の外交・戦略論をアメリカが採用したこ
とは未だかつてなかったことで、もし、トランプ政権が本気でインド・太
平洋圏構想を実現するのであれば、中国の一帯一路やアジアインフラ投資
銀行(AIIB)よりはるかにすばらしい大戦略をこちら側が構築でき
る。その意味でもトランプ氏の発言が注目された。

しかし、トランプ演説は失望以外の何物でもなかった。トランプ氏は、こ
れ以上の不公平な貿易や不条理な赤字には耐えられないなどと繰り返し、
ひたすらアメリカの利益について語ったのだ。インド・太平洋という言葉
は登場はしたが、その肉付けとなる具体策は何も示さなかった。何よりも
足下の危機である南シナ海については、その固有名詞は遂に一度も登場し
なかった。危機感と戦略的思考の欠落を示してトランプ氏の演説は行われた。

内向きになりつつあるトランプ氏とは対照的に習氏は広く門戸を開くこ
と、国際協調の重要性を指摘した。語った言葉だけを聞けば、習氏の方が
世界の指導者たる資格を備えているように思える。これ以上の皮肉はない
だろう。言葉とは裏腹の中華思想の世界に、私たちは引き込まれていって
はならないのである。

『週刊新潮』 2017年11月23日号 日本ルネッサンス 第779回

2017年11月23日

◆北朝鮮情勢や中国の脅威こそ 

櫻井よしこ


「北朝鮮情勢や中国の脅威こそ重要なのにより大きな危機を後回しにす
る韓国政府」

ドナルド・トランプ米大統領歓迎の晩餐会で韓国政府が「独島エビ」を献
立に、元慰安婦をゲストに加えたのにはいささか驚いた。菅義偉官房長官
は、「外国が他国の要人をどのように接遇するかについて政府としてコメ
ントを差し控えるが、どうかとは思う」と語った。本当に、どうかと思う。

歴史を振りかえれば、竹島は間違いなくわが国の領土で韓国が不法に占拠
しているにすぎない。他国の領土問題には介入しないのが米国の建前だ
が、実は竹島は日本国の領土であるとの立場は共有している。

わが国は大東亜戦争で敗北、占領された。占領が終わりに近づいた昭和
26(1951)年、どの範囲を日本国の領土とするかについて連合国側は調査
に入った。米国案は主な4つの島に加えて竹島も日本の領土として認めて
いた。これがサンフランシスコ講和条約の第2条(a)である。

その内容を察知した韓国は、早速駐米大使を時のトルーマン政権の国務長
官特別顧問、ジョン・フォスター・ダレスの元に派遣し、済州島、巨文
島、鬱陵島の他に竹島(独島)と波浪島を韓国の領土としてほしい旨、要
請した。

要請を受けてさらに調査を進めたダレスは韓国政府に書簡をもって「我々
の情報によればリアンクール岩(現在の竹島)が朝鮮の領土として扱われ
たことは一度もない」として、韓国の要請を却下した。波浪島に至っては
存在を確認することもできなかった。

その時点で米国政府は、竹島は日本国の領土だとの立場に、明確に立った
のである。このままなら翌昭和27(52)年4月には日本は主権を回復し、
竹島も日本国の領土とされてしまう。焦った韓国は52年1月18日、突如、
李承晩ラインを設定し、力で竹島を奪い、韓国領に編入した。

以来、竹島は彼らに不法占拠され、今日に至る。不法占拠の海で捕獲した
エビは控えめに言っても不法捕獲である。誇りをもって国賓にお出しでき
るようなものではないだろう。

元慰安婦、李容洙氏(88歳)の晩餐会への招待は何よりも文在寅大統領の
反日歴史戦争の姿勢を示す。文氏は2015年12月の慰安婦問題の日韓合意を
「(これで)慰安婦問題が解決したというのは正しくない」と批判した。
合意を見直したいという本音が透視される発言だ。

おまけに文氏の支持勢力は皆、左翼勢力だ。慰安婦問題で反日を強める
程、彼らは満足する。そのような背景が今回の招待につながったのであろう。

ピンクの衣装の李氏はトランプ大統領に自分から手を差しのべ抱擁した。
抱擁の写真はトランプ大統領が慰安婦問題で韓国の主張に共鳴し、女性に
同情したというメッセージとしてこれから多くの場面で活用されていくだ
ろう。

晩餐会にこの女性を招くと決めた段階でこれらのことはある程度予想でき
たはずだ。提案したのは韓国側であろうが、米国側が受け入れた。慰安婦
問題で渦巻く非常に複雑な感情の中で、米国務省が韓国側の感性を受け入
れたといえるのではないか。

問題のむつかしさがここにある。誰しも元慰安婦の女性は気の毒だと同情
する。当時は公娼だった、もっと多くの日本人女性が慰安婦だったと言っ
て正面からぶつかるようなことはしたくない。たとえ真実でも、気の毒な
元慰安婦の女性という情緒の壁の前で事実は打ち砕かれる。それでも日本
側は客観的な事実については語り続け、その一方で政治問題化を避けよう
と配慮してきた。

今回、そうした努力は文政権には伝わらないことが明らかになった。だ
が、もっと大事なことは北朝鮮情勢だ。その背後の中国の脅威だ。より大
きな危機を後回しにするかのような韓国政府の視野は余りに狭く、危機の
深刻さを自覚していない。

週刊ダイヤモンド』 2017年11月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1207 

2017年11月19日

◆「偉大なる指導者」の地位目指す習近平

    櫻井よしこ


「偉大なる指導者」の地位目指す習近平 厄介な中国との対峙に向けて憲
法改正を

中国共産党第19回全国代表大会での習近平国家主席の演説を日本語訳で読
んだ。「中華民族は世界の民族の中にそびえ立つ」などの表現をはじめ、
国民の愛国・民族感情に訴えつつ、世界にそびえ立つ超大国を目指してい
ることがどの文節からも伝わってくる。習氏が謳い上げた中国の本質は、
中国は呑み込む国だということだ。周辺諸国は中国と関わることで呑み込
まれてしまう。

習氏は演説冒頭で「小康社会」を実現し、「中華民族の偉大な復興という
夢を実現する」と国民に呼びかけた。

小康社会とは「経済、民主、科学、教育、文化がいっそう発展、充実し、
社会が調和的になり、人民の生活がいっそう豊かになった」社会だとい
う。その目標を2020年までに達成し、その後、30年間奮闘して新中国建国
から100周年(49年)までに「社会主義現代化国家」を築き上げるという。

社会主義現代化国家とは、中国が経済、科学技術において優れた大国の地
位を占め、国民が平等に発展し、法治国家の基本を守り、中華文化が世界
に広く影響力を行使する国だそうだ。このような方向に現在の中国が向
かっているとは思えず、習演説に溢れているのは自画自賛の美辞麗句だと
言ってよいだろう。

習氏は今年から来年が「2つの100周年の奮闘目標の歴史的合流期だ」とも
語った。中国共産党創立100周年(2021年)までに前述の小康社会を実現
し、中華人民共和国建国から100年目に社会主義現代化国家を完成させる
と言う。

偉大なる中華民族の夢を実現する柱の一つが「中国の特色ある軍隊の強
化」である。20年までに「国防・軍隊建設」を質的に高め効率化し、情報
化を進めて戦略能力を大幅に向上させ、35年までに人民解放軍をあらゆる
面で世界一流の軍隊に構築すると表明している。

国家が富み強くなることと、軍隊が強くなることは全く同じことだと、習
氏は強調し、軍人は除隊後も家族共々、権利、利益を守られる国にするそ
うだ。精神的にも軍人が社会全体から尊敬される職業にしていくとしている。

国家を担うのは、結局、人材だという認識に立ち、共産党の党幹部たるた
めの基準を定めている。たとえば「才徳兼備・徳の優先」「津々浦々・賢
者優先」「事業至上・公明正大」だ。

習氏を取り巻く幹部らを含めて、中国共産党の党員全員が不正蓄財してい
ると見るべき現在の中国社会で、徳の優先がどこまで通用するのか。果た
してそのような価値観がこれから根づいていくのか。汚職などの嫌疑をか
けられて自殺した官吏は、文化大革命の嵐が吹きすさんだときより習氏の
五年間の統治のいまの方が多い。それだけ徹底している腐敗体質の中国共
産党が変わり得るのか、見詰めていきたい点だ。

幹部養成教育と並行して行われるのが一般国民の教育である。教育の柱と
して「愛国主義、社会主義の旗印」が明記されている。中国の愛国主義は
反日主義と同義語だ。当然、日本人としては不安を覚えざるを得ない。

中国に内包されてしまった民族を含めて、周辺民族や近隣国家にとって非
常に気になるのは「人類運命共同体」や「各民族がザクロの実のように寄
り集って共に発展する」というスローガンだ。多民族の上にそびえ立つ中
華民族の下で、ザクロの実の一つのように包摂されたり、運命共同体にさ
れたりするのは真っ平だからだ。

習氏は毛沢東やケ小平(とう・しょうへい)に並ぶ「偉大なる指導者」の
地位を目指している。わが国はその習氏の中国と協力或いは対峙していか
なければならない。この厄介な国を避けることはできないのだ。であれ
ば、自民党が大勝したいま、国としての基盤を整えること、そのためにも
憲法改正が必要なのは明らかだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1205

2017年11月18日

◆めぐみさん拉致から40年、母の想い

                      櫻井よしこ

北朝鮮相手の過去20年余の交渉の歴史は常に北朝鮮の騙し勝ちに終わって
きた。拉致問題の解決も非常に厳しい。解決の可能性があるとすれば、そ
れはやはり、安倍政権下でのことだろう。

11月6日、横田早紀江さんら拉致被害者10家族17人の皆さんがドナルド・
トランプ大統領と面会した。同日の夕方、早紀江さんと電話で語った。彼
女の声がかすれている。

「主人がいまデイ・ケアから戻ってきました。ソファで一休みしてもらっ
ています。私も大統領や総理とお会いして先程戻ったばかりです」

めぐみさんがいなくなって来週で40年になる。北朝鮮による拉致が判明
し、家族会を結成してから20年だ。13歳のめぐみさんが53歳になり、早紀
江さんも滋さんも年を重ねた。長い年月の余りにも多くの悲しみや絶望、
怒りや祈りが、横田さん夫妻の健康に影を落とす。そうした中、早紀江さ
んは同日、トランプ大統領に伝えたという。

「国連で拉致問題を取り上げ世界中に発信して下さったことに本当に驚
き、感謝したこと、ご多忙の中で私たち家族にお会い下さって心からお礼
を言いたかったことを話しました。1人1分が目途でしたので、私はその2
点を申し上げました」

トランプ夫妻も安倍晋三夫妻も、非常に近い距離で車座になるような形で
話を聞いてくれたそうだ。トランプ大統領はめぐみさんの弟の拓也さんが
持っていた写真を手に取り、メラニア夫人と共にずっと見入っていたという。

早紀江さんの次に曽我ひとみさんが今も行方の知れない母のミヨシさんに
ついて語ったが、拉致被害者本人の話をアメリカの大統領が聞くのは初め
てのはずだ。

「トランプさんはテレビで見るような猛々しいイメージの人では全くあり
ませんでした。むしろ、とてもあたたかい、家族想いの人だと感じまし
た。大統領も夫人も大きくて、152センチの私はまるで小人のように感じ
ました」

「北朝鮮は悪魔の国」

語る早紀江さんは、これまで3人のアメリカの現職大統領に会っている。
ブッシュ、オバマ、そして今回のトランプの各大統領だ。ブッシュ大統領
にはホワイトハウスに招かれた。明るい性格で、早紀江さんを「マム」と
呼び肩を抱き寄せた。

オバマ大統領とは東京の迎賓館で会った。仲々姿を見せず会談は遅れて始
まったが、オバマ氏は最後まで立ちっ放しで語った。冷静で感情を表に出
さないという印象を残した。

トランプ大統領はそうした中、国連でのスピーチで拉致問題に言及するな
ど、これまでよりも心情的に多くを共有してくれている印象だ。

「めぐみちゃんの拉致からここまで必死で来ましたが、長い道のりです
ね。北朝鮮は悪魔の国です。向こうの国民も可哀想です。私は何十年も同
じことを訴えてきました。最初は聞いてもらえませんでしたが、今、アメ
リカの大統領も耳を傾け、世界に発信して下さる。北朝鮮の異様な在り方
も世界の前に、明らかになってきました。この40年は信じ難い程、長かっ
たのですが、ここまで来るのに40年が必要だったということでしょうか」

早紀江さんは自身の人生を宿命だと受けとめているという。めぐみさんの
人生も同じく宿命だと早紀江さんは考える。そのうえで大変な人生だと、
深い息を吐くように語った。

早紀江さんも他の家族の皆さんも、トランプ大統領には肉親を奪われた一
人の家族としての思いを伝えたという。この点について、20年間拉致問題
に関わり続けてきた「救う会」会長の西岡力氏が語った。

「アメリカの圧力は日本にとって大きな支援ですが、家族の皆さんはよく
理解しているのです。拉致問題はアメリカの問題ではなく、あくまでも日
本の問題だということを。従って、大統領には拉致問題の深刻さを聞いて
もらうのがよいのであり、アメリカ政府に何かしてほしいと頼むのは筋違
いだと、皆さん認識していました。その意味では、家族の皆さん方は本当
に立派な大人であり、立派な日本人です」

これまでアメリカの大統領が家族に会うとき、日程はギリギリまで発表さ
れず、家族も待たされた。だが、今回は対照的だった。大統領の正式日程
に、安倍晋三首相主催の家族との面会の席に参加すると明記されていた。
家族との面会が、自衛隊や在日米軍と会うのと同列の公式行事になったの
だ。これだけで北朝鮮には大きな圧力となる。再び西岡氏が語る。

「このように正式な形で家族の話を聞こうという気持にトランプ大統領が
なった。そういう気持に安倍首相がトランプ大統領をさせた。これは大変
なことです。これで、たとえば追い詰められた金正恩が、或いは金正恩を
除去した次の政権が、核よりも拉致を先に解決したいと言ってきたとき、
日本政府は核解決の前に拉致解決で動くことができます」

日本独自の制裁

これまでは核が解決されていないのに拉致問題で日本が動けば、アメリカ
は日本が裏切ったと疑う可能性があった。だが、ここまで大統領に家族の
声を聞いてもらえば、そのようには考えないだろうというのだ。

加えて、日本が北朝鮮の核問題でアメリカの意図に反する行動をとること
は、理性的に考えればあり得ない。北朝鮮の核は、アメリカ以前に日本に
とってより深刻な脅威であるからだ。

これから嵐が吹き荒れるかもしれない北朝鮮問題で、拉致解決につながる
どんな細い道筋も、日本政府は逃すことはできない。安倍首相はその細い
ひと筋の、解決への道をたぐり寄せるためにアメリカをはじめとする国際
社会を動かして強い圧力をかけ、金正恩氏が命乞いをしてくるところまで
追い詰めようとしてきた。

こう書くと、朝日新聞などは、即、「もっと北朝鮮と話し合うべきだ」と
主張するのであろう。だが、昨年9月に安倍首相が国連で行った演説を読
んでみることだ。90年代前半以降、今日まで、日本のみならず世界が北朝
鮮に騙されてきたことを、具体的にきちんと説明している。首相の、事実
を踏まえた説得に、世界が納得して制裁を科したのだ。

6か国協議などで、北朝鮮の言葉を信じて資金や石油を渡してきた。その
結果、94年段階で核も弾道ミサイルもなかった北朝鮮がいま、水爆と
ICBMを手にしようとしている。であれば、解決の道はもはや話し合い
ではなく、圧力で北朝鮮に悟らせるしかない。

自身の命を守るには核とミサイルを諦め、拉致被害者を日本に戻すしかな
いと、金正恩氏に悟らせるところまで追い詰めることが必要なのだ。安倍
首相は6日、北朝鮮の35団体・個人を特定して資産凍結するという、日本
独自の制裁を加えることにした。それがめぐみさんたちを救う道だと思う。

『週刊新潮』 2017年11月16日号 日本ルネッサンス 第778回

2017年11月17日

◆北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き

                       櫻井よしこ

「北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き 中国支配の朝鮮半島へ守り
方問われる日本」

朝鮮半島問題でいつも深い示唆を与えてくれる「統一日報」論説主幹の洪
熒(ホン・ヒョン)氏がこのところ頻りに繰り返す。

「韓国も北朝鮮もレジームチェンジが必要だ」と。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がその国民を幸せにせず、周辺諸国に重
大な危機をもたらしていることから考えれば、北朝鮮のレジームチェンジ
に多くの反対はないのではないか。では、韓国の文在寅政権の場合はどう
か。洪氏が語る。

「文氏では大韓民国は消滅します。韓米同盟もなくなります。結果とし
て、朝鮮半島は中国が握る。そんな世界にしないために、レジームチェン
ジが必要なのです」

北朝鮮有事が目前に迫っている。11月中旬以降は何が起きても驚かない。
明らかなのは、トランプ米大統領が金氏の斬首作戦をひとつの柱として軍
事作戦の準備を進めつつあることだ。

軍事攻撃よりも話し合い路線での解決を目指しているティラーソン国務長
官は10月15日、「最初の爆弾が落とされるまで外交交渉を諦めない」と
語った。交渉にかける熱意と共に、軍事行動に出るというトランプ大統領
の決定は動かないことを強く示唆した言葉だった。

ティラーソン氏の努力が奏効して、最後の最後で金氏が核を放棄すれば軍
事攻撃は回避できる。だがそうでない場合、洪氏の懸念が実現しかねない。

朝鮮半島問題の専門家で国家基本問題研究所の西岡力氏が説明した。

「米国の北朝鮮攻撃は海軍と空軍による攻撃に限定されると思われます。
トランプ大統領は決して米陸軍を投入しない。米軍も韓国の陸軍で北朝鮮
は十分、片づけられると見ています。問題は文大統領です。彼が出動を拒
否する可能性があります」

文氏の政治姿勢は徹底した親北朝鮮である。国連安全保障理事会は9月11
日、全会一致で対北朝鮮でこれまでになく強い経済制裁を採決した。だ
が、10日後の21日、文政権は北朝鮮に計800万ドル(約8億9000万円)を支
援すると発表して顰蹙を買った。文氏の真の祖国は韓国ではなく北朝鮮で
はないかと思わせる。

そんな文氏であれば、対北朝鮮軍事攻撃の下命を拒否するかもしれない。
西岡氏が続けた。

「その場合は中国の人民解放軍が進軍します。米国が金氏を殺害し、核関
連施設も含めて北朝鮮の軍事施設の殆どを破壊したあと、中国が北朝鮮に
展開する。そしてそこを支配する。悪夢のような現実に私たちは向き合う
ことになるかもしれません」

中国が支配する北朝鮮も悪夢だが、もうひとつの悪夢も考えられる。文氏
が北朝鮮への進軍を拒否すれば、米韓同盟は破棄される。米軍は韓国から
撤退する。北朝鮮的体質の朝鮮半島を中国が取り、これから幾世紀も日本
と敵対する朝鮮半島が生まれるのだ。北朝鮮の核の危機の先に、新たな、
もっと深刻な危機が待ち受けていると考えなければならない。

北朝鮮有事で、わが国が最優先すべきは、拉致被害者の救出である。自衛
隊が救出に出動しなければならないのは勿論だ。

それだけでなく、本来なら、日本の未来を見据えて自由と民主主義の価値
観を共有する米韓両国と共に、自衛隊も戦うのがよい。しかし、韓国がお
かしくなり、米軍は地上戦に消極的だ。おまけに当欄でも指摘してきたよ
うに、自衛隊は憲法で縛られていて拉致被害者救出さえ儘ならない。いず
れにしても米韓両国軍と共に戦うことは不可能だ。

かといって中国に朝鮮半島を奪われてよいのか。何もしない、できない国
のままで、これからの日本を守れるのか。自ら努力しなければ守れないの
である。そのことを問うていたのが今回の選挙だ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年10月28日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1204 

2017年11月16日

◆ユネスコ巡る日本外交は

                    櫻井よしこ



「ユネスコ巡る日本外交は3連勝も中韓との歴史戦争はまだこれから」

久々にほっとするニュースだ。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国際
諮問委員会(IAC)が、中韓両国等9カ国15団体が「世界の記憶」とし
て共同申請した慰安婦資料の登録の見送りを10月31日、正式決定した。

彼らの申請資料は2744点、慰安婦を「強制連行の被害者」「性奴隷」とと
らえて日本を非難するものだ。

2年前、中国によって「南京大虐殺」が登録された。30万人もの大虐殺が
存在しなかったことは、学術的研究によってすでに明らかだ。にもかかわ
らず、中国は登録に成功した。

当時の日本の外務省もユネスコの担当省である文部科学省も寝耳に水で、
虚を突かれた隙に登録申請は進んだ。

だが非常におかしいのは、今日に至るまで、何をもって「30万人大虐殺の
記憶」とするのか。目録のみで資料が全く開示されていないことだ。

日本側の開示請求に中国側は応えない。恐らく、中国側の主張を支える資
料はないのだろう。では、なぜこんな正体不明の、「日本軍は南京で大虐
殺を行った」という大スローガンだけが、根拠も存在さえも明らかではな
い形で登録されたのか。ユネスコの「世界の記憶」登録制度に深刻な欠陥
がある、と考えて日本政府は対策に乗り出した。これが南京事件登録のあ
と、つまり2年前のことだ。

日本側は、直接南京事件や慰安婦問題に触れることなく、人類が共有すべ
き貴重な記憶が、政治的に偏ったり、利用されたりしてはならない、政治
利用されがちな案件では必ず当事国全ての意見を聞き、当事国全ての理解
が得られるまで登録しないという点を柱に主張を展開した。

働きかける対象を、ユネスコ全体を取り仕切る執行委員会に絞った。執行
委員会は日本の趣旨をよく理解し、全会一致で日本の制度改革案を決議し
て受け入れた。これが10月18日だった。執行委員会は、ユネスコの事務局
長以下、「世界の記憶」登録を直接決定するIACの上部組織である。

日本が執行委員会というユネスコのトップ組織に働きかけたのは正解だっ
たが、逆に見れば時間がない中ではその選択しかなかったとも言える。

どの申請資料が「世界の記憶」に値するのかを第一段階で審査するのは登
録小委員会だ。14人で構成されるが、全員がアーキビスト、公文書の記録
や保管の専門家であり、歴史問題についての専門性は全くない。

登録小委員会は審査の結論をIACに提出する。IACにも14人の委員が
いるが、歴史問題の専門家はおらず、議論は全て非公開である。彼らが登
録小委員会の勧告をそのまま受け入れる事例が多いため、決定的に重要な
のが登録小委員会だと言われている。

中韓両国は長年この2つの委員会に働きかけていた。彼らは反日情報の拡
散、浸透に努め、中国は南京事件登録に成功した。その間のユネスコ事務
局長はイリナ・ボコバ氏、ブルガリア出身の共産党員、名うての親中派だ。

日本は巻き返しに出たものの、次の登録までには2年しかない。登録小委
員会やIACの計28人の委員に個別に働きかける時間も人材もない。そこ
で執行委員会に的を絞った。トップでは日本の正論は受け入れられたが、
親中派の共産党員のボコバ氏が最終決定権を持つのだ。日本側は手に汗を
握る思いで見詰めていた。そして成功した。

外務省、民間の専門家、有志団体が一体となって反撃した成果である。

慰安婦資料登録の阻止、制度改革の実現、次期ユネスコ事務局長の座を中
国に与えずフランスを勝たせた。日本外交の3連勝だ。やれば出来るでは
ないか。これは、しかし、安倍晋三首相が明確な旗を立てたから可能だっ
た。政治主導の重要性と共に、中韓両国との歴史戦争はまだこれからだと
強調したい。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月11日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1206 


2017年11月15日

◆ユネスコ巡る日本外交は

                       櫻井よしこ


「ユネスコ巡る日本外交は3連勝も中韓との歴史戦争はまだこれから」

久々にほっとするニュースだ。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国際
諮問委員会(IAC)が、中韓両国等9カ国15団体が「世界の記憶」とし
て共同申請した慰安婦資料の登録の見送りを10月31日、正式決定した。

彼らの申請資料は2744点、慰安婦を「強制連行の被害者」「性奴隷」とと
らえて日本を非難するものだ。

2年前、中国によって「南京大虐殺」が登録された。30万人もの大虐殺が
存在しなかったことは、学術的研究によってすでに明らかだ。にもかかわ
らず、中国は登録に成功した。

当時の日本の外務省もユネスコの担当省である文部科学省も寝耳に水で、
虚を突かれた隙に登録申請は進んだ。

だが非常におかしいのは、今日に至るまで、何をもって「30万人大虐殺の
記憶」とするのか。目録のみで資料が全く開示されていないことだ。

日本側の開示請求に中国側は応えない。恐らく、中国側の主張を支える資
料はないのだろう。では、なぜこんな正体不明の、「日本軍は南京で大虐
殺を行った」という大スローガンだけが、根拠も存在さえも明らかではな
い形で登録されたのか。ユネスコの「世界の記憶」登録制度に深刻な欠陥
がある、と考えて日本政府は対策に乗り出した。これが南京事件登録のあ
と、つまり2年前のことだ。

日本側は、直接南京事件や慰安婦問題に触れることなく、人類が共有すべ
き貴重な記憶が、政治的に偏ったり、利用されたりしてはならない、政治
利用されがちな案件では必ず当事国全ての意見を聞き、当事国全ての理解
が得られるまで登録しないという点を柱に主張を展開した。

働きかける対象を、ユネスコ全体を取り仕切る執行委員会に絞った。執行
委員会は日本の趣旨をよく理解し、全会一致で日本の制度改革案を決議し
て受け入れた。これが10月18日だった。執行委員会は、ユネスコの事務局
長以下、「世界の記憶」登録を直接決定するIACの上部組織である。

日本が執行委員会というユネスコのトップ組織に働きかけたのは正解だっ
たが、逆に見れば時間がない中ではその選択しかなかったとも言える。

どの申請資料が「世界の記憶」に値するのかを第一段階で審査するのは登
録小委員会だ。14人で構成されるが、全員がアーキビスト、公文書の記録
や保管の専門家であり、歴史問題についての専門性は全くない。

登録小委員会は審査の結論をIACに提出する。IACにも14人の委員が
いるが、歴史問題の専門家はおらず、議論は全て非公開である。彼らが登
録小委員会の勧告をそのまま受け入れる事例が多いため、決定的に重要な
のが登録小委員会だと言われている。

中韓両国は長年この2つの委員会に働きかけていた。彼らは反日情報の拡
散、浸透に努め、中国は南京事件登録に成功した。その間のユネスコ事務
局長はイリナ・ボコバ氏、ブルガリア出身の共産党員、名うての親中派だ。

日本は巻き返しに出たものの、次の登録までには2年しかない。登録小委
員会やIACの計28人の委員に個別に働きかける時間も人材もない。そこ
で執行委員会に的を絞った。トップでは日本の正論は受け入れられたが、
親中派の共産党員のボコバ氏が最終決定権を持つのだ。日本側は手に汗を
握る思いで見詰めていた。そして成功した。

外務省、民間の専門家、有志団体が一体となって反撃した成果である。

慰安婦資料登録の阻止、制度改革の実現、次期ユネスコ事務局長の座を中
国に与えずフランスを勝たせた。日本外交の3連勝だ。やれば出来るでは
ないか。これは、しかし、安倍晋三首相が明確な旗を立てたから可能だっ
た。政治主導の重要性と共に、中韓両国との歴史戦争はまだこれからだと
強調したい。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月11日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1206 


2017年11月14日

◆政府高官が語る、北朝鮮有事近し

櫻井よしこ


米朝間の緊張は緩む気配がない。朝鮮半島有事が現実のものとなる日が極
めて近いことが読みとれる。政府中枢にいる人物が匿名で語った。

「米軍の攻撃は今年末から来年早々だと思います」

同じく匿名で自民党幹部も語った。

「米軍の攻撃は2日で完了すると、日本に伝わってきています」

別々に取材した両氏の証言は、アメリカの北朝鮮攻撃が近いこと、軍事攻
撃がないと断言できるのはドナルド・トランプ大統領が11月5日から日
本、韓国、中国を歴訪し、ベトナムのダナンでAPEC首脳会議に出席す
るなどして帰国する11月中旬までであるという点で一致した。

アメリカはそれまで外交交渉で、金正恩朝鮮労働党委員長が核兵器とミサ
イルを放棄するよう働きかける。アメリカの望む結果が得られない場合、
北朝鮮情勢は「未知の領域に入る」と、政府高官は断言する。つまり北朝
鮮有事は、早ければ11月半ば以降にもあり得るのだ。

アメリカでは、9月18日にジェームズ・マティス国防長官が、ソウルを無
傷のまま守りながら北朝鮮を攻撃できると断言した。トランプ大統領は10
月1日、北朝鮮との外交交渉に言及したレックス・ティラーソン国務長官
に対し、「小さなロケットマンとの交渉は時間の無駄だと伝えた」とツ
イートした。

他方日本では、9月8日、インターネット配信の「言論テレビ」で小野寺五
典防衛相が敵基地攻撃について詳しく語った。氏は自民党の弾道ミサイル
防衛に関する検討チームの座長として、敵基地攻撃に関する党の案をまと
めた。

「従前の専守防衛論は戦闘機や爆撃機が飛来して、或いは軍艦が近寄って
きて攻撃する、それに対して日本を守るというのが前提の議論でした。し
かし、自民党は弾道ミサイルを撃ち落とすことも専守防衛の一環だととら
えました」

核攻撃もあり得る

では一番撃ち落とし易いのはどの時点か。小野寺氏は語る。

「いま、日本が撃とうとしているのは、ミサイルが高く上がったあと落下
してくるところです。しかし、これはむしろ撃ちにくい。狙い易いのは、
ミサイル発射前か、発射後のブースト・フェーズ、ミサイルがグーッと上
がってくるところです。ゆっくり上がってきますから、ここが一番撃ち落
とし易いのです」

「日本に飛んでくるミサイルを食い止めるのが専守防衛で、たまたまそれ
が発射前には北朝鮮の領土にある。発射後はブースト・フェーズでは北朝
鮮の領空にある。これを落とすには、北朝鮮の領土に届く装備が必要にな
ります。このことを議論すべきだというのが自民党の考えです」(同)

相手から撃たれて犠牲が出てはじめて反撃が許されるのが専守防衛である
との解釈では到底、日本を守り切れない。実際に北朝鮮のミサイル攻撃、
核攻撃もあり得る中で、自民党の議論は現実的であり、評価したい。

但し、安倍首相は自民党が提言した能力や装備については、現在のとこ
ろ、保有は検討しないとしている。

他方、小野寺氏はこうも語った。

「相手に日本攻撃の意図が明々白々にあるとき、攻撃の手順に着手した段
階で、武力攻撃を受けたという事態認定をすれば、自衛隊に武力行使を下
令できる。これが、歴代内閣の考えです」

こうした中、いまアメリカでは「着手論」が議論されていると、前出の政
府高官が指摘した。

9月の段階でアメリカ世論の58%が北朝鮮への軍事行動を支持していた
が、米軍は伝統的に先制攻撃よりも、攻撃を受けて反撃する傾向が強い。
パールハーバーも、日本に先に攻撃させるように流れを作ったと、著名な
歴史学者、チャールズ・ビーアドも指摘している。

「先制攻撃のイメージを避けたいアメリカが着手論を言い始めています。
これは自国への攻撃が明白になり、敵が攻撃の手順に着手したと判断した
とき、反撃が許されるという考えです。何を自国への攻撃と見るのかは、
その国の判断です」と、政府高官。

日本は北朝鮮有事にどう対処するのか、自民党で議論された敵基地攻撃を
可能にする装備などは予算措置をしているのかと質問すると、この人物は
明言した。

「北朝鮮のゴールは遠くないのです。この暮れにも、来年早々にもという
緊急事態です。先のことを考えて具体的に手当するような猶予はないのです」

安倍首相は今月22日の総選挙を国難突破の選挙だと宣言した。そのとおり
の展開になりつつある。北朝鮮に関するアメリカの狙いはこの国から核を
取り除くことだ。アメリカは恐らく金正恩氏の斬首作戦も決行するだろ
う。ここまでは明白だ。その後はどうなるのか。

拉致被害者を救出

まず、北朝鮮有事で日本は何を目指すのか。まっ先に横田めぐみさんをは
じめ拉致被害者を救出することだ。この件の担当は外務省だが、彼らの手
元に拉致被害者についての情報はない。アメリカにも恐らく、ない。

一人ひとりがどこにいるのかを把握することなしには、救出作戦は不可能
である。厳しい現実の中で、国民を救出することさえできない日本の現状
を如何にして変えていくか、私たちは日本国民の責任として考え、実行し
なければならない。それは究極的には憲法改正につながるはずだ。

もう一点、日本が北朝鮮有事の先に見据えるべきは、中国の脅威である。

「中国は北朝鮮問題に世界の注意が集まるのを歓迎しているでしょう。し
かし、北朝鮮問題は中国問題なのです」と、高官氏。

中国はいま、ソマリア沖の海賊対策を名目に、インド洋からアラビア海に
かけての海洋調査を行っている。中国がアメリカの空母に対処するひとつ
の手段が潜水艦の活用である。71隻以上保有しており、それを世界の海に
潜航させてアメリカの動きを牽制するのである。

潜水艦の展開にはしかし、海の調査が欠かせない。海底の地形は無論、海
流、水温、塩分濃度などを季節要因も含めて把握しておかなければならな
い。それを中国は各国の眼前で堂々と行っているというのだ。

「彼らは日本周辺の海域でも同様の調査に余念がありません。日本もアメ
リカも、インドもオーストラリアも皆、中国の意図を読みとっています。
世界に覇権を打ち立てようと、一歩ずつ実行する中国の前で、日印米豪の
連携は着実に進んでいます」

22日の選挙は、小池百合子氏ら野党のいうモリカケ隠しなどという「しょ
ぼい」話ではない。北朝鮮危機、中国の脅威に軍事的にも対応し、国と国
民を守れる国になるための選挙なのだ。

『週刊新潮』 2017年10月26日 日本ルネッサンス 第775回

             

2017年11月12日

◆北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き

櫻井よしこ


「北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き 中国支配の朝鮮半島へ守り
方問われる日本」

朝鮮半島問題でいつも深い示唆を与えてくれる「統一日報」論説主幹の洪
熒(ホン・ヒョン)氏がこのところ頻りに繰り返す。

「韓国も北朝鮮もレジームチェンジが必要だ」と。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がその国民を幸せにせず、周辺諸国に重
大な危機をもたらしていることから考えれば、北朝鮮のレジームチェンジ
に多くの反対はないのではないか。では、韓国の文在寅政権の場合はどう
か。洪氏が語る。

「文氏では大韓民国は消滅します。韓米同盟もなくなります。結果とし
て、朝鮮半島は中国が握る。そんな世界にしないために、レジームチェン
ジが必要なのです」

北朝鮮有事が目前に迫っている。11月中旬以降は何が起きても驚かない。
明らかなのは、トランプ米大統領が金氏の斬首作戦をひとつの柱として軍
事作戦の準備を進めつつあることだ。

軍事攻撃よりも話し合い路線での解決を目指しているティラーソン国務長
官は10月15日、「最初の爆弾が落とされるまで外交交渉を諦めない」と
語った。交渉にかける熱意と共に、軍事行動に出るというトランプ大統領
の決定は動かないことを強く示唆した言葉だった。

ティラーソン氏の努力が奏効して、最後の最後で金氏が核を放棄すれば軍
事攻撃は回避できる。だがそうでない場合、洪氏の懸念が実現しかねない。

朝鮮半島問題の専門家で国家基本問題研究所の西岡力氏が説明した。

「米国の北朝鮮攻撃は海軍と空軍による攻撃に限定されると思われます。
トランプ大統領は決して米陸軍を投入しない。米軍も韓国の陸軍で北朝鮮
は十分、片づけられると見ています。問題は文大統領です。彼が出動を拒
否する可能性があります」

文氏の政治姿勢は徹底した親北朝鮮である。国連安全保障理事会は9月11
日、全会一致で対北朝鮮でこれまでになく強い経済制裁を採決した。だ
が、10日後の21日、文政権は北朝鮮に計800万ドル(約8億9000万円)を支
援すると発表して顰蹙を買った。文氏の真の祖国は韓国ではなく北朝鮮で
はないかと思わせる。

そんな文氏であれば、対北朝鮮軍事攻撃の下命を拒否するかもしれない。
西岡氏が続けた。

「その場合は中国の人民解放軍が進軍します。米国が金氏を殺害し、核関
連施設も含めて北朝鮮の軍事施設の殆どを破壊したあと、中国が北朝鮮に
展開する。そしてそこを支配する。悪夢のような現実に私たちは向き合う
ことになるかもしれません」

中国が支配する北朝鮮も悪夢だが、もうひとつの悪夢も考えられる。文氏
が北朝鮮への進軍を拒否すれば、米韓同盟は破棄される。米軍は韓国から
撤退する。北朝鮮的体質の朝鮮半島を中国が取り、これから幾世紀も日本
と敵対する朝鮮半島が生まれるのだ。北朝鮮の核の危機の先に、新たな、
もっと深刻な危機が待ち受けていると考えなければならない。

北朝鮮有事で、わが国が最優先すべきは、拉致被害者の救出である。自衛
隊が救出に出動しなければならないのは勿論だ。それだけでなく、本来な
ら、日本の未来を見据えて自由と民主主義の価値観を共有する米韓両国と
共に、自衛隊も戦うのがよい。しかし、韓国がおかしくなり、米軍は地上
戦に消極的だ。おまけに当欄でも指摘してきたように、自衛隊は憲法で縛
られていて拉致被害者救出さえ儘ならない。いずれにしても米韓両国軍と
共に戦うことは不可能だ。

かといって中国に朝鮮半島を奪われてよいのか。何もしない、できない国
のままで、これからの日本を守れるのか。自ら努力しなければ守れないの
である。そのことを問うていたのが今回の選挙だ。
『週刊ダイヤモンド』 2017年10月28日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1204 

2017年11月11日

◆日本の悪夢、米中の大取り引きはあるか

櫻井よしこ


11月5日からドナルド・トランプ米大統領がアジアを歴訪する。北朝鮮情
勢が緊迫する中で最も注目したいのが中国訪問である。
 
折しも習近平国家主席は第19回中国共産党大会を乗り切ったばかりだ。
自身への権力集中で専制独裁者並みになった習氏にトランプ氏はどう向き
合うのか。アメリカは価値観の旗を掲げ公正な秩序の形成と維持に貢献し
続けられるか。トランプ・習会談は、間違いなく、アジア、とりわけ日本
の命運を大きく左右する。
 
気になる記事が10月28日号の「ニューズウィーク」誌に掲載された。同誌
や雑誌「タイム」の執筆者として知られるビル・パウエル氏による米中関
係の分析である。
 
トランプ大統領が北朝鮮問題で中国と「大取り引き」(grand bargain)
するのではないかというのだ。氏の分析はヘンリー・キッシンジャー元国
務長官が10月にホワイトハウスを訪れたことに端を発している。
 
キッシンジャー氏の親中振りは周知のことだ。「年老いて弱くなったキッ
シンジャー氏がホワイトハウスに入ったそのタイミングが重要だ」と、パ
ウエル氏は書いた。トランプ政権がアジア歴訪を前にアメリカのアジア政
策を検討中に、大統領に助言することの意味は大きい。
 
パウエル氏の書く中国との大取り引きとは、➀中国は全ての手段を用いて
金正恩氏に核計画を諦めさせる、➁アメリカが検証し納得する、➂アメリカ
が北朝鮮を正式に認め経済援助する、➃在韓米軍2万9000人を撤退させる、
である。
 
在韓米軍の撤退は北朝鮮だけでなく、中国にとっても願ってもないこと
だ。反対に、韓国の安全にとっては危険を意味し、日本にとっては最悪の
事態である。
 
米中のこのような取り引きの前提と見做されているのが、ティラーソン
国務長官が繰り返し表明してきた「4つのノー」の原則である。
 
つまり、➀北朝鮮の政権交代(レジームチェンジ)は望まない、➁北朝鮮の
政権は滅ぼさない、➂朝鮮半島統一は加速させない、➃米軍を38度線の北に
派遣しない、である。

米韓同盟は消滅する
 
米軍が北朝鮮に入らない、つまり北朝鮮における中国の権益は侵害しな
いと言っているのであり、中国側が4つのノー政策に強い関心を寄せるの
も当然だ。いま北京を訪れるアメリカの要人は皆、4つのノー政策に関し
て国務長官はトランプ大統領の承認を得ているのか、どこまで真剣な提案
なのか、トランプ大統領はこれを正式な政策にするのかなど、質問攻めに
あうそうだ。
 
キッシンジャー氏も、別の表現で、アメリカは中国の思いを掬い上げるべ
きだとの主張を展開している。たとえば今年8月11日の「ウォール・スト
リート・ジャーナル」紙への寄稿である。その中で、年来のアメリカの対
北外交は全く効果を生んでいない、その原因は「米中の目的を融合させる
ことができなかったから」だと指摘している。
 
米中は核不拡散で原則的に一致していても、各々の主張の度合は異なる
として、キッシンジャー氏は中国の2つの懸念を説明している。ひとつは
北朝鮮の分裂又は混乱がもたらす負の影響への中国側の恐れである。もう
ひとつは、半島全体を非核化したい、国際社会の合意形成はともかくとし
て、朝鮮半島全体を非核化地域として確定したいとの中国の思いについて
の指摘だ。
 
ティラーソン氏の4つのノーに従えば、米軍は朝鮮半島から撤退する。即
ち米韓同盟は消滅する。当然、中国の影響力は格段に強まる。アメリカは
それを受け入れ、さらに朝鮮半島からの難民の流入や多くの少数民族への
影響を中国が恐れていることに留意してやるべきだと、キッシンジャー氏
は言っているのである。
 
氏の中国への配慮は非常にきめ細やかだが、日本に対してはどうか。朝
鮮半島の非核化を固定化したいという中国とそれに同調するキッシン
ジャー氏の頭の中には、その先に、日本には未来永劫核武装を許さないと
いう信条があると考えるべきだ。この寄稿を読んで、私は1971年に周恩来
首相に、在日米軍は中国に向けられたものではなく、日本の暴走を許さな
いための配備だと氏が語っていたことを思い出した。
 
斯様にキッシンジャー氏は論文で中国の主張を代弁しているのであり、
氏は同じようなことをトランプ大統領に助言したはずだ。
 
北京の代弁者としてのキッシンジャー氏が中国政府にとって如何に重要
な人物かは容易に推測できる。そのことを示すスピーチが、今年6月にロ
ンドンで行われていた。

最悪の事態
 
マーガレット・サッチャー元首相の名を冠した安全保障関連のセミナーで
のことだ。氏はサッチャー氏の先見性のある戦略論を讃えた後、中国につ
いて論じ、習氏を20世紀初頭の大戦略家、ハルフォード・マッキンダーに
とって替わる存在と位置づけた。一帯一路構想で習氏が世界の中心を大西
洋からユーラシア大陸に移行させたと持ち上げた。古代文明、帝国、グ
ローバル経済と発展した中国が、西洋哲学とその秩序に依拠していた世界
を新たな世界へと転換させていると評価した。

「この進化は中国の過去半世紀間での3つ目の大転換だ。毛沢東が統一
を、ケ小平が改革を、習近平が2つの100年を通して中国の夢を実現しよう
としている」と、氏は語った。
 
中国共産党成立100年に当たる2021年、中華人民共和国建国100年に当た
る2049年、2つの100年で、中国はそれまでの人類が体験したこともない程
強力な国家となり、並び立つものがない程豊かな国民1人当たりの富を実
現すると、描写している。
 
共産党大会で中華民族の復興の夢を3時間余りも語った習氏の主張と、
キッシンジャー氏の演説は重なっている。高揚した気分も同様だ。注目す
べきことは、この演説が今年6月27日に行われていることだ。習氏の第19
回共産党大会での演説は10月18日であるから、習演説の約4カ月も前に、
その内容を先取りして行われたのだ。氏は習氏の考え方の全容をずっと前
から聞いていたのだ。
 
田久保忠衛氏が語る。

「習体制と一心同体のようなキッシンジャー氏が、トランプ氏がアジア外
交を考えている最中にホワイトハウスに招かれ耳打ちをした。米中関係が
氏の思い描く方向に行けば、米朝の軍事衝突などあり得ない。日本は取り
残され拉致被害者救出も含め、中・長期的に日本の出番はないでしょう。
日本にとっての最悪の事態です」
 
自力で国も国民も守れない日本はどうするのか。もう遅いかもしれない
と思う。それでも、強調したい。1日も早く、独立不羈の精神を取り戻
し、憲法改正を実現することだ。それが安倍晋三首相の使命である。
『週刊新潮』 2017年11月9日 日本ルネッサンス 第777回

2017年11月08日

◆先に待ち受ける悪夢の筋書き

櫻井よしこ

「北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き 中国支配の朝鮮半島へ守り
方問われる日本」

朝鮮半島問題でいつも深い示唆を与えてくれる「統一日報」論説主幹の洪
熒(ホン・ヒョン)氏がこのところ頻りに繰り返す。

「韓国も北朝鮮もレジームチェンジが必要だ」と。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がその国民を幸せにせず、周辺諸国に重
大な危機をもたらしていることから考えれば、北朝鮮のレジームチェンジ
に多くの反対はないのではないか。では、韓国の文在寅政権の場合はどう
か。洪氏が語る。

「文氏では大韓民国は消滅します。韓米同盟もなくなります。結果とし
て、朝鮮半島は中国が握る。そんな世界にしないために、レジームチェン
ジが必要なのです」

北朝鮮有事が目前に迫っている。11月中旬以降は何が起きても驚かない。
明らかなのは、トランプ米大統領が金氏の斬首作戦をひとつの柱として軍
事作戦の準備を進めつつあることだ。

軍事攻撃よりも話し合い路線での解決を目指しているティラーソン国務長
官は10月15日、「最初の爆弾が落とされるまで外交交渉を諦めない」と
語った。交渉にかける熱意と共に、軍事行動に出るというトランプ大統領
の決定は動かないことを強く示唆した言葉だった。

ティラーソン氏の努力が奏効して、最後の最後で金氏が核を放棄すれば軍
事攻撃は回避できる。だがそうでない場合、洪氏の懸念が実現しかねない。

朝鮮半島問題の専門家で国家基本問題研究所の西岡力氏が説明した。

「米国の北朝鮮攻撃は海軍と空軍による攻撃に限定されると思われます。
トランプ大統領は決して米陸軍を投入しない。米軍も韓国の陸軍で北朝鮮
は十分、片づけられると見ています。問題は文大統領です。彼が出動を拒
否する可能性があります」

文氏の政治姿勢は徹底した親北朝鮮である。国連安全保障理事会は9月11
日、全会一致で対北朝鮮でこれまでになく強い経済制裁を採決した。だ
が、10日後の21日、文政権は北朝鮮に計800万ドル(約8億9000万円)を支
援すると発表して顰蹙を買った。文氏の真の祖国は韓国ではなく北朝鮮で
はないかと思わせる。

そんな文氏であれば、対北朝鮮軍事攻撃の下命を拒否するかもしれない。
西岡氏が続けた。

「その場合は中国の人民解放軍が進軍します。米国が金氏を殺害し、核関
連施設も含めて北朝鮮の軍事施設の殆どを破壊したあと、中国が北朝鮮に
展開する。そしてそこを支配する。悪夢のような現実に私たちは向き合う
ことになるかもしれません」

中国が支配する北朝鮮も悪夢だが、もうひとつの悪夢も考えられる。文氏
が北朝鮮への進軍を拒否すれば、米韓同盟は破棄される。米軍は韓国から
撤退する。北朝鮮的体質の朝鮮半島を中国が取り、これから幾世紀も日本
と敵対する朝鮮半島が生まれるのだ。北朝鮮の核の危機の先に、新たな、
もっと深刻な危機が待ち受けていると考えなければならない。

北朝鮮有事で、わが国が最優先すべきは、拉致被害者の救出である。自衛
隊が救出に出動しなければならないのは勿論だ。それだけでなく、本来な
ら、日本の未来を見据えて自由と民主主義の価値観を共有する米韓両国と
共に、自衛隊も戦うのがよい。しかし、韓国がおかしくなり、米軍は地上
戦に消極的だ。おまけに当欄でも指摘してきたように、自衛隊は憲法で縛
られていて拉致被害者救出さえ儘ならない。いずれにしても米韓両国軍と
共に戦うことは不可能だ。

かといって中国に朝鮮半島を奪われてよいのか。何もしない、できない国
のままで、これからの日本を守れるのか。自ら努力しなければ守れないの
である。そのことを問うていたのが今回の選挙だ。
『週刊ダイヤモンド』 2017年10月28日

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1204 

2017年11月07日

◆米国の日本核武装論の正体

                     櫻井よしこ



アメリカのテレビネットワークNBCは10月4日午前、国務長官のレック
ス・ティラーソン氏がドナルド・トランプ大統領を「moron」と評し、辞
任も考えていたと報じた。moronはidiot同様、バカ者、或いは知能の低い
者の意味だ。

同日、ティラーソン氏は突然記者会見を開き、辞任は考えたこともないと
否定し、トランプ氏を激賞した。トランプ氏もティラーソン氏への「全面
的な信頼」を表明した。だが、アメリカのメディアは一斉に、ティラーソ
ン氏がトランプ氏との政策上の対立ゆえに辞任する、或いは解任されると
の推測記事を報じた。

「ワシントン・ポスト」紙は5日、政権関係者19人への取材をまとめて報
じたが、全員匿名で登場した19人は、国務長官は遅かれ早かれ辞任に追い
込まれるという点で意見が一致していた。有力シンクタンク、外交問題評
議会会長のリチャード・ハース氏は「政権内での意思の疎通がはかれない
ティラーソン氏は辞任すべきだ」とコメントを出した。

ティラーソン氏の身の処し方は、対日外交も含めてアメリカの外交政策に
大きな影響を与える。

トランプ、ティラーソン両氏がイラン核合意、ペルシャ湾岸諸国の覇権争
い、パリ協定など重要問題で対立しているのは明らかだ。日本も深刻な被
害を避けられない北朝鮮問題で両氏の考え方は正反対だ。

9月30日、ティラーソン氏は訪問先の北京で「アメリカは北朝鮮政府と直
接接触(direct contact)している」「アメリカには2〜3のルートがあ
る」として、北朝鮮との話し合い路線を強調した。

するとトランプ大統領が翌日のツイッターで「小さなロケットマンとの交
渉は時間の無駄だ」とティラーソン氏に告げたと公表、「レックス、エネ
ルギーを温存して、やるべきことをやろう」と呼びかけた。

前述の「moron」報道は、このやりとりの直後に出たことになる。

有事発生もあり得る

そうした中、上院外交委員長で共和党の重鎮の1人、ボブ・コーカー氏は
ティラーソン氏を高く評価し、国防長官のジェームズ・マティス氏、ホワ
イトハウスの首席補佐官ジョン・ケリー氏と彼の三氏のお陰でアメリカは
混乱に陥らずにすんでいると語った(「ウォール・ストリート・ジャーナ
ル」(WSJ)10月5日)。

伝統的な共和党の政策を重視する人々と、前例に全く縛られないトランプ
大統領とのせめぎ合いである。

トランプ政権内の外交・軍事政策の亀裂は日本の核武装についても顕著
だ。約ひと月前の9月5日、ハドソン研究所研究員でバード大学教授のウォ
ルター・ラッセル・ミード氏がWSJに、日本の核武装についてトランプ
政権の考え方が二分されているとの論説を寄稿した。

第一の勢力は日本の核武装はアメリカの国益だと考えるトランプ氏自身
で、日本が核武装すれば韓国も台湾も日本に倣い、アメリカの軍事費は削
減され、中国に対してより強固な抑止力を構築できるという考え方だ。

ここで私たちが忘れてならないのは、北朝鮮の核に対して日韓両国は自前
の核保有をひとつのオプションとして考えよと大統領選挙で主張したトラ
ンプ氏を、アメリカの有権者が選んだという事実だ。

トランプ大統領にも強い影響を与えている「アメリカ第一主義」の元祖、
パット・ブキャナン氏は、アメリカが考えるべきことを以下のように書い
ている。

GDPで日本は北朝鮮の100倍、韓国は40倍。北朝鮮はGDPの25%を軍
事費に回し、韓国は2.6%、日本は1%だ。日韓両国は対米貿易で巨額の利
益を得ながら、アメリカに、隣の小国、北朝鮮の脅威から守ってくれと言う。

眼前の北朝鮮危機が一段落するとき、日韓両国はアメリカ同様、国防の努
力をせよ。自力で核抑止力を持て。そうすることで中国のアジアを席巻す
る勢いも止まる、という主張だ。このような考え方にトランプ氏は影響を
受けていると思われる。

これに対して、ミード氏のいう第二の勢力は、日本のみならず、韓国、台
湾の核武装にも反対する人々だ。アメリカが核の傘を担保し、現状維持で
核拡散を防げという意見だ。

ティラーソン、マティス、ケリー三氏らがこの第二勢力に当たる。しか
し、彼らは閣僚で、人事権を持つのはトランプ氏だ。両者間に齟齬がある
場合、最終的に任命権者のトランプ氏の判断が優先されるのは明らかだ。
従って、北朝鮮には話し合いではなく強硬な軍事戦略が選択され、日本に
は核保有のオプションを含む国防力の顕著な強化が要求されると考えてよ
いだろう。

北朝鮮情勢は日々変化している。年末或いは年明け早々の有事発生もあり
得る。そのとき日本は国として国民を守れるのか。行動できるのか。ミー
ド氏は、数か月で核爆弾を作る能力を日本は有していると書いた。技術的
にはそうかもしれない。しかし日本国民は憲法の一文字を変えることにさ
え後ろ向きのまま今日に至る。核武装を日本人が許容することなど予想で
きない。

安倍自民党しかない

日本人の究極のパシフィズム(平和主義)を見透かしたかのようなアメリ
カの日本核武装論は、同盟国日本への究極の軽視の表現にも思える。ミー
ド氏も含めてアメリカの戦略研究家の多くは、日本の核武装を対中カード
として使う。北朝鮮が核保有国になれば、日本は防衛のために核武装す
る。日本の核保有は中国への大きな脅威となる。日本をとめるために中国
の影響力で北朝鮮の核・ミサイル開発をやめさせろという主張である。

価値観を共有し、信頼関係を築いてきた同盟国日本の核武装を阻止するた
めに、政治体制も価値観も異なり、「偉大なる中華民族の復興」を掲げる
野望大国、中国と手を結ぼうというのが日本核武装に関してのアメリカの
姿勢である。同盟国の核武装をあってはならないことのように位置づけ、
中・長期的に見て事実上の敵である中国と協力するというアメリカに、日
本は提言すべきだ。

日本はアメリカの誠実な同盟国だ。これからもそうありたいと願ってい
る。国際社会にも誠実に貢献してきた。日本は侵略戦争をしない。憲法を
改正するのは、強固な軍事力を整備して日本国民を守り、世界に貢献する
ためだ。強い日本はアメリカの国益でもある。核武装も含めての議論こ
そ、北朝鮮への抑止力となる、と。このように議論できる信頼関係を、日
米両国はすでに築いているはずだ。

今月の総選挙は、こうした危機的問題にどう対応すべきかという国家とし
ての根本を問う選挙だ。北朝鮮有事近しという状況下で日本国民の命と日
本を任せられるのは、事実上の旧民進党と小池百合子氏ではあるまい。安
保法制反対の枝野幸男氏でも、日本共産党でもあるまい。やはり安倍自民
党しかないであろう。

『週刊新潮』 2017年10月19日号  日本ルネッサンス 第774回