2021年01月09日

◆新年の読書は『天皇の国史』だ

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2020年12月31日・2021年1月7日合併号
日本ルネッサンス 第932回

冬至がすぎ、新年が近づいてきた。新しい年がどんな年になるか、それは
私たち日本人次第だ。

世界情勢の大混乱はどの国をもいためつけている。日本だけが武漢ウイル
スの攻撃に晒されているわけではない。他方、ウイルスを撒き散らした中
国は、いち早く経済再生をはかり、一番得をしているように見える。だ
が、彼らは武漢ウイルスをきっかけに国際社会に正体を見られてしまっ
た。世界の混乱を利用して、中国こそ善なる医療大国であるかのように装
い、他方で香港人やウイグル人を弾圧し、支配し、沈黙させている。その
嘘にまみれた醜い姿を、ウイルスが次々に明らかにした。そして国際社会
の主要国に中国の友人はいなくなった。まさに天網恢恢、疎にして漏らさ
ずなのである。

令和3年、米中のせめぎ合いはこれまで以上に深刻化するだろう。中国は
孫子の兵法を駆使し、世界の覇権国となるための大戦略に基づいて次々に
新たな戦術を繰り出してくるはずだ。わが国は中国の攻勢を防ぎ、米国に
は、日本と同盟関係にあることが米国にとって非常に価値あることだと、
精神的にも物理的にも示さなければならない。

そのために日本の本領を発揮することだ。日本は幾千年も穏やかな文明を
育んできた。記憶にないほど太古の昔から万民平等の哲理を自然の内に実
践してきた。その中心に天皇がいらした。

天皇の存在を理解するには、東京の皇居ではなく、京都御所を想い起こす
のがよい。明治維新で江戸城が無血開城され、明治天皇は東京に移られた
が、それ以前は京都御所におられた。

京都御所は江戸城とは異なり、敵の襲来から御所を守る堀もない。頑丈な
城壁のかわりに簡素な築地塀しかない。賊は侵入しようと思えばいつでも
できるだろう。だが長い歴史の中でそんな不埒なことは起きなかった。世
界でこのような国は本当に珍しいはずだ。天皇と国民のこの穏やかな関係
は、天皇が常に民と国のために祈り、民もまた天皇と皇室に敬愛の情を抱
いてきたからであろう。

幸福を願う心

日本の歴史は、天皇と民が共に歩んできた歴史であることを、多くの事例
を引きながら、見事にまとめたのが竹田恒泰氏の『天皇の国史』
(PHP)である。武漢ウイルスでお正月休みを静かに読書して過ごそう
と考えている方も多いと思うが、668頁のこの大部の書、『天皇の国史』
をお勧めしたい。

竹田氏は日本の特徴を、宏大な宇宙はどのようにして生まれたのかという
大きな謎の話から始めている。一神教のキリスト教では、天地創造の物語
は「初めに神(ゴッド)が天と地とを創造した」という言明から始まる。
つまり偉大な神が大宇宙を創られたという説だ。

対照的に日本国の成り立ちを記した「古事記」は、先に宇宙空間があり、
そこに神々が出現したと記述している。一神教の偉大なる神が宇宙を創っ
たのではなく、全ての生命の源である宇宙が神を創ったというのが古事記
の世界観だ。

キリスト教の世界観においては、強きもの、尊きもの、正しきもの、善き
ものは全智全能の神であり、神に従うことで人間は導かれ、救われる。
従って序列は「神→人→自然」となる。他方、古事記では神は時には間違
い、時には悩み、時には他の神々に助言を求める。一神教の絶対的に正し
く賢い存在とは正反対の、むしろ人間味のある神である。従って古事記、
即ち日本文明の根底を成す世界観は「自然→神→人」の序列となると竹田氏
は説く。

どちらが正しいと言うつもりは全くないが、生命や人の根源が自然である
ことは正しい摂理であろうから、古事記即ち日本の世界観の方が無理がな
いと感ずる。

古事記の世界観は日本人の精神性の根本を描いたものと言ってよい。そう
考えれば、山や森、大きな岩や海、さらに一木一草の中にも日本人が神を
見出したのは自然なことだっただろう。大自然を神々の宿るところと感じ
取る感性はこの国の原始の時代から、国の成り立ちの初めからの感性なのだ。

古事記や日本書紀では、地上の国を統治することを、「知らす」「治ら
す」と表現していると竹田氏は指摘する。その上で、天皇が国を治めるこ
とは天皇が国の事情を知ることと同義だと解説する。ここに日本国の本質
がある。支配するのではなく、知ることを重視するのである。対象を知る
ことは理解と共感、親愛の情につながる。その人の幸福を願う心につなが
る。それが天皇の祈りであろう。

歴代の天皇が常に国民・国家のために祈って下さっているそのお姿は、ま
さに古事記が描いた「日本は天皇の知らす国」という実態の反映なのである。

先人達の真実の歴史

もう一点、読みながら嬉しく感じたのは、日本は世界の四大文明からはる
かに遅れていたと、たしか中学生の頃に教わった古代史が全くの間違いで
あるという指摘だった。竹田氏はアマチュア研究家、相沢忠洋氏の発掘し
た岩宿(いわじゅく)遺跡の磨製石器の歴史から説き起こし、日本民族の驚
くべき足跡を明らかにした。

人類が最初に用いた道具は石器である。石器の中で、単に打ち砕いたので
なく、加工したものが道具としての磨製石器である。磨製石器の有無は文
明成立の条件のひとつだが、世界最古の磨製石器は日本列島で発見されて
いるというのだ。

岩宿遺跡の磨製石器は3万5000年前のものだった。その後も長野県、熊本
県、岩手県などからさらに古い3万8000年前まで遡る磨製石器が数多く発
見された。

他方、世界で磨製石器が使用されるようになるのは1万年前、日本列島の
文化は世界よりも2万8000年も進んでいたことになる。近隣諸国で言え
ば、中国の最古の磨製石器は1万5000年前のもので、朝鮮半島は7000年前だ。

であれば当然の疑問が湧く。古代、文明は中国から日本に伝わったのでは
なく、日本から中国、朝鮮半島に伝わったのではないか、と。

科学はまさに日進月歩、古代史も新しい科学的知見で年代が改められたり
することは珍しくない。日本列島に住んだ先人達の真実の歴史がもっと掘
り出され、日本は本当に凄い国であると明らかにされる日を楽しみにしたい。

竹田氏は『天皇の国史』で初代の神武天皇から、令和の今上天皇までを描
き切った。織田信長の意外な姿、明治天皇、昭和天皇のご決断。胸に迫る
場面は少なくない。

日本国の歴史を天皇を中心に見つめ直すことは、さまざまな歴史の事象か
ら日本文明の本質を掬い上げ、理解し、心にしみこませる作業につなが
る。是非、皆さんにも楽しんでほしいと願うものだ。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 新年の読書は『天皇の国史』だ 」

2021年01月07日

◆中国に試されている首相

櫻井よしこ
     
美しき勁き国へ】

 中国の王毅国務委員兼外相は令和2年を「中国外交の道のりの中で新
時代を切り開く、意義のある1年だった」と振り返った(2020年12月
11日)。

 雑誌「正論」が令和3年2月号でスクープした中国の国家衛生健康委員
会弁公庁(厚生労働省)の秘密文書は、中国が昨年1月3日時点で新型コ
ロナウイルスがヒトに感染する「重大伝染病」だと認識していたことを暴
露した。秘密書類には症例の「生物サンプルを直ちに隠滅、あるいは国家
が指定する機構に送れ」との指示が明記されていた。

 右の通達と同じ日に、武漢市は「ヒト感染はない」と発表。中国政府が
ヒトへの感染を認めたのは1月20日だった。中国政府はその後も500万
人規模の武漢市民の移動を許し、世界に「武漢ウイルス」を拡散させた。
にもかかわらず彼らはこの1年を「新時代を切り開く、意義ある年だっ
た」と自賛する。

 今年1月4日の年頭記者会見で、菅義偉首相は緊急事態宣言再発出の検
討を約した。日本や世界を有史以来の厄災に直面させ、多くの人々の命を
奪い、悲しみのどん底に突き落としたことへの反省は中国には全くない。

 彼らの開き直り思想はどこからくるのか。中国共産党機関紙「求是」の
令和3年元日号にその答えがある。いまや誰も物を言えない専制独裁者、
習近平国家主席の講話、「共に人類運命共同体を築こう」が源泉だろう。

 人類はおよそ皆、中国共産党主導の下にまとまり、共同体を創るのが理
想だという習近平思想は、もはや世界中が知っている。だが、米国に保証
された平和に慣れ切って、自らを守ることの重要性を忘れた日本人は、全
人類の運命共同体を支える軸が非人間的で暴力的であり得ることを見てい
ない。誰も唱えたことのない人類運命共同体の実現に向けて中国共産党が
まず取り組んだのが自国の国力強化である。その中心軸はむき出しの軍事
力の強化だ。軍事力の効用を政治・経済・社会・外交の全分野に及ぼすと
の中国共産党の決意を知るべきだ。

 昨年12月11日、習氏は党政治局の集団学習の場で、中国共産党は国家と
しての弱点を克服したと語っている。2012年11月の第18回党大会で
「全体的国家安全保障観を堅く持ち続ける思想」を「中国の特色ある社会
主義の堅持・発展」の基本方針に組み入れ、経済の発展と安全保障を一体
として捉え、それを2021〜25年の中期経済目標「第14次5カ年計画」
に初めて取り入れたというのだ。

 党と国家の全活動において、安全保障の重要性を前面に押し出す考え
だ。中国のいう発展はどれほど美しい衣をまとっていても、強い軍事力、
従わない民族や国を打ち砕く暴力と結びついていることの確認である。

 中国の脅威をわが国はどうとらえているか。全国紙五紙はいずれも新年
の社説でコロナ禍からの回復の重要性に言及したが、中国の世界戦略を支
え、強大化する軍事力の脅威について警告し、日本よ、国防力強化せよと
訴えたところは一紙もなかった。脆弱(ぜいじゃく)極まるわが国は最低
限、国土、国民を守るための軍事力の強化をどの国よりも急がなければな
らないというのに、このありさまだ。

 菅義偉(スガヨシヒデ)首相は4日の年頭記者会見で「自由で開かれたインド
太平洋」の実現に取り組むと語った。しかしこの壮大な戦略は経済力だけ
では推進できない。憲法改正と国防力の強化が欠かせないが、菅首相はそ
れを素通りする。

 官民あげての日本の油断を中国は見逃さない。混乱の中で米国の行動が
限定されていることも見逃してはならない。

 一連の危機の中で国防上、蟻(あり)の一穴になろうとしているのが尖閣
諸島だ。同諸島を所管する沖縄県石垣市の中山義孝市長は、危機は一段と
高まり、状況はこれまでと全く異なる、と言葉を強める。元日夜から中国
海警局の船4隻が接続水域に入った。人民解放軍と一体化した海警局の船
は昨年333日間、ほとんど1年中わが国の海を脅かしていた。自民党外
交部会長の佐藤正久氏が憤る。

 「昨年12月23日、与那国島の瑞宝丸が海警局の船4隻に追尾されたと
き、外務省アジア大洋州局長は中国公使に電話で抗議しました。次にどう
26日から27日にかけて別の漁船が海警局の船に都合2日間、合計12時間近
く追い回されたときも同じ対応でした。こんな抗議は無意味です。

 中国は、米大統領選でサンダース上院議員が撤退し、バイデン前副大統
領が民主党候補に決定した4月8日を機に尖閣における行動を一段、上げ
た。候補者の一本化で親中派バイデン氏勝利の可能性が出てきた。同氏は
トランプ大統領ほど怖くない。軍事力行使にも消極的だ。

 それからひと月後の5月8日、尖閣諸島の領海で「瑞宝丸」が海警局の
船2隻に追尾された。初めてだった。中国は「法執行」を世界に喧伝(け
んでん)したが、これも初めてだった。米国は試され、ここまでなら出て
こないと、中国は見てとったと思う。

 それから半年あまり、中国の「法執行」は強硬さを増している。中山氏
は次の段階で漁船の拿捕(だほ)や日本人の拘束も起こり得ると懸念する。

 今は日米が試されている。菅首相が試されているのだ。菅首相が覚悟す
べきときだ。事実上軍隊である中国海警局の船の侵入を防げるよう、軍隊
としての機能を否定した海上保安庁法第25条を改正し、海保、自衛隊の予
算をそれぞれ大幅に増額し、「自由で開かれたインド太平洋」推進の力と
するのがよい。何よりも憲法改正の議論を進めよ。主張しない国、自ら守
らない国は滅びるだけなのだから。

出典:産経新聞 令和3年1月5日

著者:櫻井よし子 【美しき勁き国へ】

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
松本市 久保田 康文 
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

2020年12月31日

◆「統一朝鮮の核、日本の真の危機だ」

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2020年12月24日号
日本ルネッサンス 第931回

日本が位置する北東アジア地域はいまやミサイルの密度でいえば欧州より
も高く、世界一危険な地域である。核兵器についても同様だ。

中国、ロシア、そして北朝鮮。全て核保有国だ。

一番近い半島国家、韓国と北朝鮮が万が一にでも統一すれば、南北合わせ
て180万の軍隊が出現する。しかも核とミサイルを保有し、日本を射程に
とらえている。統一朝鮮は政治的には米国よりも中国に近くなるだろう。
南北朝鮮が反日感情を国家統一の軸のひとつにすることは容易に考えられ
る。日本に対しては今よりずっと激しい敵意を燃やすのではないか。

もしこんな状況が生まれるとしたら、日本は如何にして国民・国土を守る
のか。米国が同盟国だからといって米国に頼ってばかりでよいのか。

この種の問題提起はこれまで散々なされてきた。その度に日本が自力で国
民と国を守れるように、軍事的基盤の強化や憲法改正の必要性が強調され
た。直近の議論で言えば、イージス・アショアの見直しに関連して、わが
国は敵基地攻撃能力を持たなければならないという議論が生まれかけた。
国際社会では当然の考え方だ。しかし、その議論はいつの間にか消えてし
まったのではないか。憲法改正についても、何年も何年も、何も起きずに
今日に至っている。

そんなとき、米国防総省の副次官を務めたリチャード・ローレス氏が雑誌
「Wedge」12月号に、「核保有国の北朝鮮と日本」と題して、重要な
提案をした。日本は今すぐにでも、日本国の生き残りのために戦略の大転
換を考えなければならない、米国の中距離核戦力(INF)システムの導
入を検討せよという、生々しくも危機意識に溢れた内容である。

日本も米国も中国の脅威の増大に目を奪われがちで、北朝鮮の核・ミサイ
ル開発については警告を発しつつも、それを抑え込む決定的手立てを講ず
ることができないまま、彼らの核保有を許してしまった。

へつらい外交

その結果、北朝鮮は在日米軍のみならず、グアム、ハワイの米軍基地も弾
道ミサイルで核攻撃できる能力を持つに至った。そのため米国は西太平洋
における政治・軍事戦略の全面的見直しを迫られていると、ローレス氏は
指摘する。

氏はまた、南北朝鮮統一のシナリオと、その影響を日本も米国も真剣に考
えよと警告する。日本にいてもはっきりと韓国政治の混乱は見てとれる。
文在寅大統領は、南北統一を実現するためなら米韓同盟も捨てかねず、朝
鮮戦争で韓国を守った米国よりも中国に接近を図っているのは明らかだ。

北朝鮮に対しては信じ難い程に卑屈で従属的だ。今年6月16日、北朝鮮の
金与正氏が南北朝鮮の友好の象徴である南北連絡事務所を爆破し、韓国側
を「ゴミども」「駄犬」などと罵ったとき、文氏は南北関係の溝を埋める
べく国家情報院長の徐薫氏を送ると申し出た。北朝鮮側はその申し出をピ
シャリと拒否した。すると文氏は北朝鮮の回し者と言っていい朴智元氏を
国情院長に任命したのである。

朴智元氏はまさに北朝鮮の工作機関、統一戦線部と一心同体の人物であ
る。その危険な人物を、文氏が韓国の国情院長に任命したことは、韓国を
北朝鮮に売り渡したに等しい。民主主義国の旗を掲げながら、文氏が実際
に行っていることは専制独裁者の金正恩氏への従属外交でしかない。中国
の習近平国家主席に対するへつらい外交も同じである。

南北関係では、北朝鮮に多くの選択肢がある一方で、韓国には相手を宥
(なだ)めるしか手立てがない。韓国の弱さが北朝鮮の挑発を誘い、北朝鮮
は核の切り札を使って韓国を意のままに操る。文政権は明らかに米韓同盟
維持に熱心ではない。むしろ破棄を望んでいると見て差しつかえないだろ
う。文氏は恐らくその先に、北朝鮮に物心両面で尽くして民族統一を成し
遂げたいと願っている。

韓国が米国と共に、北朝鮮の核・ミサイル放棄を迫ることなど考えられな
い。北朝鮮は核を絶対に諦めない。結果、南北朝鮮は統一し、北朝鮮の核
技術に韓国の経済力と技術力が加わって、核を保有する人口7500万の統一
朝鮮が誕生するのは避けられないとローレス氏は言っているのだ。

氏はまた、日本はこの迫り来る危機を察知して、準備せよと言っている。
誰しもが日本が早急に手をつけるべきことは日米同盟の強化だと考える。
ローレス氏は、日米関係の緊密さ、日米同盟には微塵の揺らぎもないこと
を、南北朝鮮及び中国にきちんと見せていくことの重要性を説く。

具体的には、日本は国内に米国の中距離核ミサイルの配備、INFシステ
ムの導入を求めるべきだというのだ。ミサイルの発射は日米の合意による
とし、双方は単独では行動しないことも明確に定めるとする。

核の使用に踏み切る可能性

これは冷戦時代、米欧がソ連に対峙するために取った政策そのものだ。ソ
連が欧州諸国を狙う中距離核を突然配備したのに対し、西ドイツのシュ
ミット首相が米国の中距離核ミサイルを欧州に配備してほしいと要望し
た。当時中距離核ミサイルを保有していなかった米国は大急ぎで製造し、
配備し、ソ連に抑止をかけた。結論を言えば米ソはその後、核軍縮交渉に
入り、両国ともに中距離核ミサイルを全廃した。いま世界で最も多く中距
離核ミサイルを保有しているのは中国である。

中国及び北朝鮮の核ミサイルは間違いなく日本を狙っている。とりわけ北
朝鮮の場合、その挑発行動がエスカレーションを招き、歯止めのきかない
行動の連鎖によって核の使用に踏み切る可能性があると、ローレス氏は指
摘する。その場合、日本には国民と国を守る力はない。ならば米国と共同
で守るしか解決法はないという考えの先に、INFシステム導入という具
体案が提示されたのである。

ローレス提案をどう見るか。氏は北朝鮮の困窮極まる実態や、日本が一文
字の憲法改正もできていないことには触れていない。

北朝鮮の金正恩体制は経済的に追い詰められ危機に直面している。彼が文
大統領を従えて南北統一を主導することは容易ではない。中国と米国がど
う動くか。双方共、黙って見ていることはないだろう。しかし、長期的に
見れば、朝鮮半島が中国の影響下に引き摺りこまれつつあるのは否定でき
ない。

他方、日本は北朝鮮のみならず、中国の脅威に関しても当面日米同盟に依
拠するしかない。その場合も、しかし、今のままの日本を米国は同盟国と
して受け入れ続けるだろうか。日米豪印4か国の協力体制(クアッド)を
北大西洋条約機構のような軍事同盟にせよとの声もある。だが、憲法改正
もできていない日本にそんな議論は絵に描いた餅だ。日本の課題ばかりを
痛感させられたローレス論文だった。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 統一朝鮮の核、日本の真の危機だ 」

2020年12月25日

◆中国のTPP横取りを許すな

櫻井よしこ



『週刊新潮』 2020年12月17日号
日本ルネッサンス 第930回

中国の手法は時代が変わっても変わらない。一番賢いのは策略を巡らして
相手を出し抜くことだと信じる民族は、政治体制が王朝であろうと共産党
独裁であろうと、同じ発想で問題解決に当たる。その中国に、いま、日本
は最大の警戒心を抱かなければならない。

彼らは長い年月をかけて米国を完全に騙した。その結果、念願の世界貿易
機関(WTO)加盟が20年前だった。当時彼らは国有企業は減らす、中国
企業への不公正な補助金も優遇税制もなくすなど、多くの空約束をした。
西側先進諸国が騙され続けた年月に、中国は豊かな国々の経済を中国経済
のサイクルに巻き込み、不公正な手法で自国の利益を貪った。そうして世
界第二の経済大国となり、いまは米国追い落とし戦略に堂々と取り組んで
いる。

中国が米国を完全に屈服させ世界覇者になるためには、しかし、日本を抱
き込まなければならない。日本取り込みの第一歩を、中国はすでに具現化
したのではないか。

11月15日、東南アジア諸国連合(ASEAN)10か国に日中豪韓ニュー
ジーランドの15か国で構成する地域的包括的経済連携(RCEP)に日本
は署名した。署名に至る実情を日本政府中枢の人物が語った。

「ASEAN、特に今年の議長国のベトナムが締結に前向きでした。日本
が反対すれば逆に日本がASEAN諸国から浮き上がる状況をつくられ、
署名せざるを得なかった」

中国中心の経済圏が南シナ海・西太平洋に誕生するのを日本は懸念し続け
た。当初の構成は「ASEAN+日中韓」だったのを、日本が豪印ニュー
ジーランドを入れた。インドはやがて中国を凌駕する人口大国だ。世界最
大の民主主義国家でもある。わが国はインドの参加を得てRCEPの中国
主導を防ぎたかった。

昨年まで日本案は順調に進展していたが、中国との間の貿易赤字拡大を嫌
うインドが、中印国境紛争などの国内問題もあって不参加に転じた。日本
はインドの翻意を説得できないまま、RCEPを締結した。

メチャクチャな主張

RCEPは経済連携体としては基準は高くない。関税撤廃率も全体として
91%にとどまり、国有企業優先などの不公平な慣習に対する基準も曖昧
だ。日本主導でまとめた環太平洋戦略的経済連携(TPP)の関税撤廃率
が99.3%で、国有企業撤廃にも厳しいのに較べれば、両者の違いは大き
い。だが、世界人口の30%、22億人と、世界のGDPの30%、26.2兆ドル
の大きな塊がRCEPだ。その中心に中国が座ることの意味は非常に深刻
である。

中国の李克強首相は11月18日、早速、その意義を語った。

「RCEPはアジア太平洋地域諸国の多国間主義と自由貿易を守る共通意
思の体現」で、「産業チェーン、供給チェーンの安定に役立つ」。

米国への明確な挑戦である。世界諸国を「アメリカ第一」の視点でしか見
ない米国と中国は違う、中国こそが真の国際社会の指導国となり得る、米
国の時代は終わり中国の時代だと、宣言したに等しい。

だが、米国に取って替わるにはもっと多くの課題がある。RCEPで南シ
ナ海・西太平洋の支配を固め、さらにTPPに入って、中国支配圏を拡大
しなければならない。11月20日、習近平国家主席がTPP参加の意向を示
したのは、まさにその乗っ取りのサインと読むのが正しい。

インド抜きのRCEP、アメリカ抜きのTPPこそ中国の世界経済支配の
道だろう。大戦略実現のカギが、TPPもろとも日本を取り込むことなの
だ。私たちの国と産業がいま、中国の最大のターゲットになっていること
を、日本政府、産業界、そして私たち自身も識(し)らなければならない。

中国は10月に輸出管理法を定めた。「国の安全と利益」に反する経済行
動、輸出入に対しては、報復措置を取るとした(48条)。同規定は域外で
の経済活動にも適用される(44条)ため、日本企業も対象である。報復措
置は刑事罰も含む。

中国は自国民が殺害されたり領土が奪われた場合だけでなく、国家の利益
が脅かされる場合、戦争に踏み切る法律案を公表済みである。利益に反す
る経済活動に「域外」、つまり中国以外の地域、即ち全世界の全企業に刑
事罰まで科すという。中国の国内法を国際社会に適用するというメチャク
チャな主張はこれが初めてではない。中国の正体がこんなものだとは誰も
想像できなかっただろう。

世界経済を中国が悪用し始めた第一歩がWTO加盟である。彼らの加盟交
渉の経緯を辿ると、中国人の熱意、戦略、戦術が見えてくる。一連の交渉
を担った朱鎔基氏は、ケ小平と共に毛沢東に粛清されて約20年間、死と隣
り合わせの厳しい時代を過ごした。試練を不屈の精神で生き抜いた兵(つ
わもの)は、1991年から2003年まで副首相、そして首相としてWTO問題
に取り組んだ。

日米分断を戦略目標

加盟交渉の最終段階、99年4月の訪米で、朱氏は米政財界の聴衆を前に
語っている。

ブッシュ大統領(父)の安全保障問題担当補佐官を務めたスコークロフト
氏が真っ先に、台頭した中国は米国のライバル、敵になるかと尋ねると、
朱氏は長い答えを返した。中・米の差は大きい。中国は核戦力もGDPも
小さい。差は何十年も埋まらないが、中国の成長は大きな市場を意味す
る。中国の台頭は米国の利益だ。米国は中国脅威論を中国好機論に変える
べきだ、と力強く語っている。

朱氏は米国要人に会う度に、米国の貿易赤字は中国の所為ではない、中国
側の利益は全体のごく一部にとどまる、中国よりも中間に介在する日本こ
そ大きな利潤を得ていると繰り返している。当時も今も中国は日米分断を
戦略目標としているのである。

頭の切れる朱氏も、しかし、中国人の枠を超えることはできず、幾つか、
馬脚を露す反論をしている。

99年4月2日、「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙の発行
人、ピーター・カン氏との会談で、天安門事件で戦車の前に立ち塞がった
若い男性について訊かれた。朱氏は直ちに言い放った。「私にも想い出す
映像がある。米軍の爆撃でベトナムの少女が裸で逃げる映像だ。(中・
米)両者には基本的な相違点がある。天安門ではタンクは青年を轢かずに
回り込んだ」

WSJの発行人は何も反論できなかったが、ベトナム少女の悲劇は両国の
血みどろの戦争の中で起きた。天安門では中国政府が国民を殺した。青年
は逃れたが、幾千幾万の中国国民が政府に殺害され、私たちは今もその正
確な数を知らない。カン氏が指摘すべきは政府による自国民大虐殺の非で
ある。

日中関係も要注意だ。記者会見で尖閣問題を好き放題に言われて反論でき
なかった茂木敏充外相も外務省も、もっと厳しく構えることだ。


2020年12月12日

◆米新政権下、日本の気概が問われる

櫻井よしこ


米国大統領選挙の結果はまだ正式には確定されていない。とはいえ、
ジョー・バイデン前副大統領は人事を筆頭に政権構想を次々に発表し始め
た。他方、トランプ大統領は選挙での不正投票を巡る法廷闘争に関して弱
気に転じており、巻き返しの見通しは明るくない。

この間の11月12日、菅義偉首相はバイデン氏と電話会談をし、バイデン氏
は尖閣諸島に日米安保条約第5条を適用する旨語った。同件は日本では大
きく扱われたが、バイデン氏側の発表文には尖閣の文字はなかった。

明らかにバイデン氏が中国に遠慮したのであろう。中国が弱小国を脅かし
領土や島を奪うことに明確に反対し、中国の圧力下にある国々を護ると、
ポンペオ国務長官は明言した。このトランプ政権の対中政策と鮮やかな対
照をなすのが、バイデン氏の対中配慮外交であろうか。

菅・バイデン対話のもうひとつの重要点は「インド・太平洋戦略」に冠
(かぶ)せた形容詞だ。バイデン氏は菅首相に「安全で繁栄するインド・太
平洋」と語った。韓国、豪州、インドの首脳にも同じ表現を使っている。

「安全で繁栄する」は中国が使う表現で、「自由で開かれた」とは全く異
なる意味が込められている。中国には「A2AD」(接近阻止・領域拒
否)という戦略がある。南シナ海も西太平洋もインド洋も中国が席巻する
海とし、米国の進入と自由な航行を締め出すのがA2ADだ。中国が「自
由で開かれた海」に反対なのは明らかだ。インド・太平洋を中国が主導
し、その限りにおいて安全が担保されての繁栄こそ望ましいと考える。

中国の思惑そのものの表現をバイデン氏は各国首脳との電話会談で使った
ことになる。バイデン氏は選挙戦でも、「2020年民主党プラットフォー
ム」でも、「自由で開かれた」「インド・太平洋戦略」という表現は全く
使用していない。氏は安倍・トランプ両氏のインド・太平洋戦略を確信的
に変えるつもりだと見るべきだろう。

拉致問題に冷淡

安倍前首相は07年8月にインドを訪れて「二つの海の交わり」というすば
らしい演説をした。太平洋とインド洋を、従来の地理的境界を突き破る拡
大アジアの戦略的舞台ととらえ、二つの海を「広々と開き、どこまでも透
明な海として豊かに育てていく」という構想だ。日本とインドにはその構
想を実現する力があり責任もあると強調する内容だった。

それから5年後、第二次安倍政権発足直後に、安倍前首相は「民主的安全
保障のダイヤモンド構想」を発表した。インド・太平洋域内の民主主義国
家の協力こそ大事だとして、豪州、インド、日本、米・ハワイがダイヤモ
ンドの形を作ってインド洋から西太平洋に広がる公共の海を守るという戦
略だ。安倍前首相のこの一連の考えから「自由で開かれたインド・太平洋
構想」が生まれた。

同構想は13年9月に習近平国家主席が打ち上げた「一帯一路」構想への対
案となり、やがてトランプ政権が米国の戦略に取り入れた。トランプ氏は
17年11月、ベトナムのダナンで開催されたアジア太平洋経済協力会議
(APEC)で右の戦略を正式に発表した。
 
安倍・トランプ両政権の推進するインド・太平洋戦略を貫く考えは、両
地域は世界経済の最大の原動力で、インド・太平洋の平和と繁栄に全世界
の利害関係がかかっているからこそ、二つの海は自由で開かれていなけれ
ばならないというものだ。地政学的にインド・太平洋の中心は南シナ海で
ある。その南シナ海を自国領として力で現状変更を迫る中国への、強烈な
対抗の枠組みがインド・太平洋戦略なのだ。

しかし、前述のようにバイデン氏の政策構想からは「自由で開かれた」と
いう表現の一切が消えている。

バイデン氏は「フォーリン・アフェアーズ」誌の20年3・4月号に「なぜ米
国は再び主導しなければならないか」と題して寄稿し、トランプ氏は民主
主義も同盟関係も破壊したなどと厳しく批判した。バイデン論文の特徴は
米国に対立する国として中露両国を論じながら、ロシアに厳しく、中国に
寛容なことだ。

ロシアを侵略勢力と呼び、同盟国共々軍事力の強化を含めて多様な対抗手
段を講ずるべきだとする。他方中国は経済・貿易面での競合による知財窃
盗を批判しながらも、気候変動などで協力すべきだと説く。

バイデン氏が副大統領だったオバマ政権をつい想い出す。オバマ政権は拉
致問題に冷淡だった。トランプ大統領が金正恩と3回会談し、3回とも真っ
先に拉致問題を持ち出し、解決を促したのとは好対照だ。

疑惑を生んだ訪中

オバマ政権は尖閣に日米安保条約第5条を適用すると言明するのに非常に
慎重だった。ポンペオ国務長官の発言は先述したが、トランプ政権は第5
条適用を言明した。

オバマ政権は中国の南シナ海侵略も丸々4年間、黙認した。結果、中国が
同海域のほぼ全域に実効支配に至る基盤整備を許してしまった。

もう一点、日本も直接被害を受けるのが、東シナ海上空に中国が設定した
防空識別圏(ADIZ)である。13年11月、中国国防省は突如、当該空域
を管理する、圏内を飛ぶ航空機は飛行計画を中国側に提出せよ、従わない
航空機には中国軍が「防御的緊急措置を講じる」と発表した。

無法な要求に屈してオバマ政権は民間航空各社に中国の意図を尊重せよと
指示した。安倍政権は反対に一切無視せよと指示した。日本の対応の方が
はるかに理に適っている。

そのようなことがあった翌12月にバイデン氏は中国を訪れた。同行した子
息のハンター氏はこの訪問の直後に中国の投資会社の役員に就いた。

ちなみに大統領選挙期間中にハンター氏所有とされるコンピュータが修理
に出され、そこからハンター氏の中国及びウクライナを巡る疑惑が報じら
れた。疑惑を生んだハンター氏の訪中は中国のADIZ設定の時期とほぼ
重なる。国際社会に敵対的な措置を講じた中国に、なぜ、バイデン氏は副
大統領として訪問し、子息を伴ったのか。なぜハンター氏は中国の会社の
役員に就いたのか。トランプ氏ならずとも、バイデン一家と中国の関係に
注目するのは当然だろう。

私は日本政府の対中政策も懸念する。安倍政権の終わりにかけて政府は
「インド・太平洋戦略」を「インド・太平洋構想」と言い変えた。中国へ
の配慮か。そんな小手先の技が効くと思うのか。着々と軍事力強化を進め
る中国の脅威の前では、日本を守る真の力を強化することが正しい。それ
は尖閣を守る海保の力を強化し、自衛隊の力を強化し、日米豪印の軍事協
力を強め、インド・太平洋戦略により多くの国々を招き入れて、大同団結
することだ。

『週刊新潮』 2020年12月10日号
日本ルネッサンス 第929回

櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 米新政権下、日本の気概が問われる 」

2020年12月05日

◆官邸に乗り込んだ韓国高官の赤い影

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2020年12月3日
日本ルネッサンス 第928回

政治が激しく動くとき、怪しい勢力が暗躍するのは世の習いだ。

11月8日に来日した韓国の国家情報院(国情院)院長、朴智元(パクチウォ
ン)氏はその典型だ。朴国情院長は4日間滞在し、まず二階俊博自民党幹事
長、次に菅義偉首相に面会した。

国情院は韓国の情報機関だ。そのトップが他国の首脳に会うとき、通常は
秘密裏に行動する。ところが今回、朴国情院長は、官邸側が裏口からの来
訪を検討したにも拘わらず、正面玄関から入り、会談後に記者団の取材に
応じてみせた(「毎日新聞」11月12日朝刊)。

朴智元氏とは何者か。11月20日の「言論テレビ」でシンクタンク「国家基
本問題研究所」研究員の西岡力氏が以下のように説明した。

氏は韓国全羅道出身で金大中元大統領の同志だった。金大中政権で観光大
臣に就任、この頃に、日本の観光業界の実力者、二階氏との親交を持った
といわれている。

朴氏は金大中の密使として北朝鮮と裏交渉を行い、2000年6月の金大中・
金正日の南北首脳会談を実現させた。そのとき金大中側が4億5000万ドル
(約450億円)の現金と5000万ドル(50億円)相当の物資を金正日に貢いだ。

西岡氏の指摘だ。

「朴智元氏の北朝鮮の交渉相手は対南工作機関の統一戦線部と見られてい
ます。金大中一行の平壌入りの映像には朴氏が金正日から耳打ちされてい
る場面があります。彼が行った工作とは、金と物資を北の39号室、つまり
金正日の対南工作の中枢機関で韓国制圧を目指して、長年凄まじい攻勢を
かけ続けた機関に送ったことです。韓国への裏切りです。後に一連の悪事
が明らかになって、有罪判決を受けて収監されました」

ちなみに二階氏は08年4月22日のブログ、「がんばってます」で、収監さ
れ、病気療養で刑の執行が停止された朴氏を見舞ったこと、運輸大臣だっ
た当時、朴氏との間で「兄弟の契り」を結んだことを書いている。

義兄弟の面目躍如か、昨年8月19日、朴氏が文喜相国会議長の特使として
来日した際、朴氏は二階氏と5時間以上会談している(「読売新聞」19年8
月21日朝刊)。

2500億円の秘密文書

朴氏は金大中の系譜でありながら文在寅大統領らとは折り合いが悪かっ
た。理由は朴氏が裏金献金工作の責任をとらされて獄に下ったとき、盧武
鉉大統領は守ってくれず、文在寅氏は朴氏の選挙地盤である全羅道を乗っ
取ろうとしたからだ。ところが今年7月、文氏はそれまでの国情院長、徐
薫氏をスライドさせ、朴氏に頭を下げて国情院長就任を要請した。

「統一日報」論説主幹の洪熒氏が説明した。

「朴智元は複雑な人生を歩んできました。彼の父もその兄弟も日本統治時
代にスターリンの指令で創られた南朝鮮労働党という共産主義革命党の党
員でした。日本の敗戦で米軍が朝鮮半島に入ると彼らは獄中にあった共産
主義者を全て解放しました。朴の家族は南朝鮮労働党の党員になりました
が、1950年に朝鮮戦争が勃発すると、父もその兄弟も韓国軍に処刑された
のです。彼は韓国を深く恨んでいると思います」

朴氏はその後米国に渡り、全斗煥政権当時、米国で事実上の亡命生活を
送っていた金大中と知り合った。その後の両者の歩みは前述した。

朴氏の国情院長任命に戻ろう。国会での人事公聴会で金大中・金正日会談
に先立って、朴氏が4億5000万ドルの現金とは別に、25億ドル(2500億
円)の対北経済協力の秘密文書に署名していたことが判明した。西岡氏の
説明だ。

「署名の筆跡は本人の自筆に間違いないと鑑定されましたが、本人は知ら
ぬ存ぜぬで通しました。文氏は疑惑に蓋をしたまま、7月末に彼を国情院
長に任命しました。そして何が起きたか。南北朝鮮関係が劇的に改善され
たのです」

たとえば9月8日、文氏が北朝鮮への災害に見舞いの手紙を出すと、4日後
に「大韓民国大統領文在寅貴下」という宛名の返事が来た。

北朝鮮は元来、大韓民国を認めず、いつも南朝鮮と呼ぶ。だから文氏はへ
りくだって、2018年9月、初めての平壌訪問では、「南側の大統領文在寅
です」と自己紹介した。だが今回、金正恩氏が「大韓民国大統領貴下」と
書いてきた。驚くべき豹変である。

9月22日、韓国の公務員が海上で北朝鮮軍に殺害され遺体を焼かれた。す
ると3日後、金正恩氏の謝罪文を朴智元氏が受け取った。

何故急変したのか。韓国情報機関のトップとしてあらゆる秘密情報を手に
する立場に立った朴氏を活用して、韓国を手玉にとれると金正恩氏が考え
たからではないのか。朴氏の動きはおよそ全て北朝鮮の利益をはかるため
と考えておくべきで、その画策は対日政策にも深刻な影響を及ぼすだろ
う。朴氏の背後の勢力と見られる北朝鮮の統一戦線部は朝鮮総連の上部機
関だ。朝鮮総連の幹部が足しげく二階氏の幹事長室に出入りしていること
は深く懸念される。

最も危険な人脈

西岡氏の話だ。

「これまでは安倍前総理が北朝鮮外交を指揮していました。菅政権下で二
階氏の発言力が強まったらどうなるか。『義兄弟』と言われる情報機関の
長とどんな話をしたのか。私には分かりませんが『朝鮮日報』は東京五輪
に合わせた日米南北朝鮮の4首脳会談を画策したと報じました」

菅首相は安倍晋三前首相と同じく、拉致問題解決を最優先し、金正恩氏と
の直接会談を考えている。朴国情院長が、金氏への太いパイプがあるとい
う触れ込みで接触してきた場合、菅首相がその話に乗る可能性はあるかも
しれない。しかし、西岡氏はそれこそ最も危険な人脈だという。

「朴氏がつながっている統一戦線部は横田めぐみさんらは死亡と言い、偽
の遺骨を出してきた機関です。日朝の交渉は統一戦線部を外して首脳同士
が会い、被害者の全員帰国に向けて直談判しなければなりません。統一戦
線部に任せれば、もう一度、死亡説を主張され、日本側が納得しないなら
合同調査委員会を作ろう、東京と平壌に連絡事務所を設置しようと言い始
めるでしょう。これまでの失敗の繰り返しになります」

経済制裁で疲弊しきった金正恩氏が統一戦線部の戦略に沿って、二階氏の
巻き込みを図り、制裁の輪を緩める脱出の道として日本に狙いを定めた可
能性がある。思惑があるため拉致問題が動く可能性もある。だが、経済支
援だけをとられ、核もミサイルも開発され、拉致被害者は戻ってこないと
いう失敗を繰り返さないために、菅首相にはしっかりしてほしい。朴智元
氏のような人物を、日本政府はもっと厳しくスクリーニングする必要があ
ろう。

2020年11月16日

◆米大統領選と絡んだ習近平強硬路線

桜井よしこ
   

本稿執筆時点で米国大統領選挙の予測はつきかねるが、中国のこれからの
世界戦略は10月下旬の中央委員会第5回総会(5中全会)である程度見え
てきた。習近平国家主席は対米強硬策に向かうだろう。

そもそも習氏は5中全会で何を達成しようとしたのか。産経新聞台北支局
長の矢板明夫氏は、事前に乱れ飛んだ尋常ならざる量の人事情報から習氏
の意図が透視できるという。

「多くの情報の中で最も注目されたのが、共産党主席ポストの復活と同ポ
ストへの習氏の就任に関する報道。習氏が毛沢東のように全権を握り、あ
と15年間82歳まで、つまり終身、主席でいたいと考え、世論誘導目的で
リークしたと考えられます」(「言論テレビ」10月30日)

毛沢東は➀国家主席として国全体を司り、➁党中央軍事委員会委員長として
全軍指揮の権力を持ち、➂共産党主席として党に君臨した。

誰も逆らえないオールマイティの権力を握った毛沢東はやがて暴走し始め
た。しかし、毛の権限は余りに強くその暴走は誰も止めることができな
かった。

強すぎる独裁への反省からケ小平らは党主席ポストを設けずにきた。それ
を復活させ、習氏は毛沢東になろうとしている。今回、習氏は自分の望む
人事を固めきれなかったが、その背景に熾烈な権力闘争があると見てよい
だろう。しかし、彼にはあと2回、チャンスがある。

ここで中国の政治の仕組みをみておこう。中国共産党の最高決定機関は党
大会で、5年に1度開かれる。党大会が閉幕すると、中央委員会の全体会議
がすべてを取り仕切る。中央委員会全体会議は1期ごとに7回開かれる。

まず中央委員会第1回総会(1中全会)が党大会閉幕直後に開かれる。1中
全会では党執行部人事を決める。翌年春に2中全会が開かれ、新体制の国
務院(政府)人事を決める。

3中全会は新政権発足の約1年後に開かれ、主として経済政策を議論する。
以降、1年ごとに4中全会、5中全会、6中全会が毎年秋に開かれ、その時々
の重要課題が議論される。次期党大会開幕直前に7中全会が開かれるが、
そこでは5年間を総括し、次回党大会の準備に入る。

大統領選の大スキャンダル

従来のルールでは習氏は2022年の党大会で引退しなければならなかった。
だが、氏がその先も、また更にその先も国家主席として君臨する野望を抱
いているのは明らかだ。

中国共産党のトップ人事に関するルール変更という大それた野望は、今回
は実現しなかった。しかし、この後の6中全会、7中全会を利用して一歩ず
つ進むことも可能だ。

習氏が戦っているのは国内の反習近平勢力だけでなく、アメリカでもあ
る。習氏の直近の動きを見ると、対米融和路線と対米強硬・中国自立経済
路線の間で大きく揺れたのが見てとれる。敢えて大枠でいえば、ケ小平路
線か毛沢東路線かである。

矢板氏の説明だ。

「10月14日、習近平氏は深セン経済特区設置40周年を祝って深センを訪
れ、改革開放の指導者、ケ小平の銅像に献花しました。まるでケ小平路線
を継承すると宣言したかのようでした。

深センにはその後も2~3日とどまる予定だったと言われていますが、突
然、北京に戻ったのです。そして異常なことが起きました。16日からの1
週間で、常務委員会を4回も開いたのです」

常務委員会は日本の閣議に当たる。通常、週に1回程度開催されるが、た
て続けに4回開かれた。

習氏が北京に戻ったのは、米国の大統領選挙に関連する大スキャンダルが
メディアに報じられる直前のタイミングだった。

民主党大統領候補・バイデン氏子息のハンター氏のスキャンダルの証拠
が、メールや音声や映像の形で残っているコンピュータがFBIの手に渡
り、内容が報じられたのだ。

このスキャンダルには、ハンター氏と人民解放軍や中国の情報機関との間
で交わされた取引情報に加えて、破廉恥なビデオ映像も含まれていたという。

ケ小平の像に献花した段階では、習氏はバイデン優勢と見て、次期バイデ
ン政権とは中国の情報機関が撮ったと思われるビデオなどをネタに、取引
しようと考えていたのではないか。

だが、情報が曝露されてしまえば、もはや取引はなしだ。それどころか、
バイデン氏は子息をこんな形で追い込んだ中国に凄まじい怒りを抱くに違
いなく、トランプ大統領以上に中国に強硬になりかねない。

「習氏は大急ぎで北京に戻り、会議を重ね、米国には対決姿勢を取ると決
めたと思います。経済は米国にも国際社会にも依存しないとして自力更生
路線を強く打ち出しました。米国との関係修復は当分ないとの見方です」
と、矢板氏。

工作員が暗躍

ハンター氏のスキャンダル曝露の背後にはインテリジェンスの世界の恐ろ
しい闇がある。一体どの国のどの勢力がハンター情報を曝露したのかは分
からない。その中でロシア或いは中国が疑われている。

まず中国だ。ハンター氏を貶める情報の中には、中国でなければ知り得な
い中国企業とのやり取りの詳細が含まれていたという。当然、反習近平側
から出されたはずだ。バイデン氏を貶め、トランプ氏に勝たせて習氏の力
を殺ぎたい勢力だと考えられる。

ロシアの工作員ならトランプ氏に勝たせる為の工作だろう。トランプ氏に
中国と戦わせて、その間にロシアは世界で好き勝手にできる。

無論、その他にもさまざまなケースが考えられる。米国大統領選を舞台に
世界中の工作員が暗躍しているのだ。中国もロシアも当のアメリカも、血
眼になって自国の利益を守ろうと戦っている。まさに戦争である。

習氏が拘った国防法の改正からも、対外強硬路線が見えてくる。「中国の
発展の利益が脅かされた場合、全国総動員または一部の動員を行う」、
「国家の海外での利益を守る」などの条文が入ったのである。

同改革案は間違いなく法制化されるであろう。その場合、たとえば中国が
まだ作れないICチップを特定の国が輸出禁止にした場合、中国の利益を
損なうとして内外の中国人に総動員をかける、つまり戦争を仕掛けること
もあり得るということだ。

日本では非常に広大な土地が中国人に買われている。豪州の事例に見られ
るように、国土を売ることはとても危険だ。

敵対国に対してでなくとも、国土を売ることは国を売ることだ。日本国民
として、北海道や沖縄の土地の中国人への売却は心配でならない。

もし日本の土地を買った中国人の国土の利用を日本政府が制限する場合、
中国の利益を損なうという理由で中国政府が自国民を決起させることも可
能になる。この法改正によって恐ろしい事態が発生する可能性は否定でき
ない。前例のない強硬路線を突き進もうとする習近平体制が見える。

『週刊新潮』 2020年11月12日号
日本ルネッサンス 第925回

2020年11月13日

◆設立当初から「赤い巨塔」の学術会議

櫻井よしこ

『週刊新潮』 2020年11月5日号
日本ルネッサンス 第924回

日本学術会議は一体どんな組織なのか。歴史を辿ると設立当初から、日本
を占領統治した連合国軍総司令部(GHQ)及び日本共産党と、深い関係
にあったことが見えてくる。

10月23日、シンクタンク「国家基本問題研究所」で東京大学名誉教授、唐
木英明氏の話を聞いた。唐木氏は2000年に学術会議の会員となり、08
年〜11年の3年間、同会副会長を務めた。

氏によると、1946年6月、GHQ科学技術部は東大の茅誠司氏らに科学渉
外連絡会を設立し、日本のあるべき科学研究体制を研究するよう勧めた。
5か月後、GHQ科学技術部は科学者の新体制作りを指示した。唐木氏の
説明だ。

「占領軍は日本の原子力研究を禁止したのに加えて、理研、阪大、京大の
サイクロトロン(加速器)を破壊したりしました。この極めて荒っぽい政
策は米国内でも批判されました」

ひたすら日本の底力を破壊しようとする蛮行を見て、GHQの側に科学を
理解する人材を加えるべきだという認識が生まれ、48年に物理学者のH・
C・ケリー氏が招聘された。ケリー氏の指示で誕生したのが日本学術会議
だったという。

それでも当初の学術会議はGHQ内部で暗躍したニューディーラー(その
多くはアメリカ共産党員だった)の考えを受けて、世界的に例のない過激
な政策を掲げた。

再び唐木氏の説明だ。

「たとえば、最高科学者会議を設けて、彼らが科学および教育に関するあ
らゆる政策、研究費の予算配分を決定し、国会決議を得たうえで政府にそ
の執行を命令し、監督する権限を持つ。最高科学者会議のメンバーは科学
者が直接選挙で選ぶなどという過激な案でした」

科学者による絶対支配体制を提唱したわけだが、当時、科学者の多くはア
メリカを帝国主義の国と見做し、彼らの資本主義が日本に浸透することに
反感を持っていた。

共産主義者の後ろ盾

日本学術会議は1949年1月に発足したが、前年12月に学術会議の会員210名
を選挙で選んだ。唐木氏は『通史 日本の科学技術』の第1巻『占領期
1946─1952』(学陽書房 中山茂・他編)を引用し、ざっと以下のように
説明した。

210名の定員に944名の候補者が立った。共産党候補者は61人、内26人が当
選。加えて40名ほどの同調者も当選した。共産党の影響下にあった民主主
義科学者協会(民科)の候補者は、総会員数の1割(21名)以上を占めて
いた。

民科系候補者の正確な当選者数は定かではないが、共産党及び同系統の学
者たちは学術会議の3分の1に迫る66名ほどの勢力を形成したことになる。
彼らは頭もよく、論も立つ人々であったろう。その一群が絶対的権力者で
あったGHQ内の共産主義者の後ろ盾を得ていたのだ。どれ程強力な影響
力を持っていたことか。そうした中で50年、「戦争を目的とする科学の研
究には絶対従わない決意の表明」という声明が出された。

他方、政府は新しいエネルギー源を目指して55年に原子力関連の研究に乗
り出した。学術会議会長の茅誠司氏、国立大学協会会長の矢内原忠雄氏ら
は反対し、原子力委員会設置法に「原子力利用に関する経費には、大学の
研究経費は含まない」との付帯決議をつけさせ、わが国の原子力研究の道
を狭めた。

現在に至るまで学術会議は国防研究も禁じているが、原子力研究の制限
も、学問の自由への挑戦であることに変わりはない。

政府は対抗して56年に原子力委員会をつくり、同時に科学技術庁も設置し
た。その上で原子力委員会を科技庁の所管とした。

「政府は左翼系科学者の影響下にある学術会議への対抗策として、学術行
政の支配権を取り戻すために科技庁を創ったのです」と唐木氏。

学術会議がもっていた科学技術に対する司令塔としての役割及び研究助成
を全て、科技庁に移した。続いて59年には科学技術会議が設置され、学術
会議の中心議題も全てこちらに移された。67年には文部省が学術審議会を
設置、科学技術だけではなく、人文・社会科学についても全ての学術審議
が移された。80年代には各省庁が審議会を設置し始め、学術会議はするこ
とがなくなってしまった。

長年学術会議の会員を務め副会長も務めた唐木氏は、69年から77年にかけ
て日本学術会議は自己点検をし、改善すべきところは改善しようとしたと
語る。が、結論からいえば彼らは政府との全面的対決を選んでしまったのだ。

82年、中山太郎総務長官が学術会議の改革を提議したが、学術会議側は
突っぱねた。その後、政府、学術会議の双方が有識者会議を次々に開いて
対抗する非常に厳しい対立の時代が続いた。この間の詳細は割愛せざるを
得ないが、国民の視点から言えば、学術会議は自らの利益のために活動す
る一方で、国民全体、或いは国に対する貢献は考えなくなったとしか見え
ない。

自民党の油断

90年代から00年代にかけての行政改革では学術会議も対象になり、彼らは
05年に改革を打ち出した。➀社会全体に関わる問題について専門性を持っ
た科学者が集まって総合的・俯瞰的な視点から提言する、➁欧米主要国の
アカデミーの在り方に学び、10年以内、つまり15年には、より適切な設置
形態を検討する、などである。

菅義偉総理の言う「総合的・俯瞰的視点」の意味が分からないなどと学術
会議側は言うが、それは自分達が言い出した表現であろう。

多少反省し軌道修正に向かったかに見えた学術会議は、しかし、09年に民
主党政権が誕生すると、またもや改革の歩みを緩めた。民主党は学術会議
に非常に好意的で、諮問もせず、ただ学者の皆さん頑張ってという姿勢で
学術会議にとってはラクな期間だったという。

そして見直しをする15年が来たとき、驚くことに自民党政権下の有識者会
議が学術会議の現状維持を諒としたのだ。有識者会議には多くの学術会議
関係者が入っていて、ほとんどお手盛り会議だったとの批判はあるが、自
民党の油断である。

民主党政権は原子力規制委員会と規律の緩んだ学術会議という悪しき遺産
を残した。いずれも、自民党は根本から変えるチャンスがあったのに何も
しなかったのは事実である。

学術会議側は、菅首相が6人を任命しなかったのは学問の自由の侵害だと
言う。とんでもない間違いだと唐木氏は強調する。学問の自由とは研究の
自由、発表の自由、教育の自由を指す。だが学術会議は研究機関ではない
ため研究も教育もしない。発表するのは学術会議の中での検討事項だけ
で、学問の自由と学術会議は全く無関係だ。ここまでくれば学術会議は民
営化するのが一番だ。

2020年11月07日

◆設立当初から「赤い巨塔」の学術会議 

櫻井よしこ


日本学術会議は一体どんな組織なのか。歴史を辿ると設立当初から、日本
を占領統治した連合国軍総司令部(GHQ)及び日本共産党と、深い関係
にあったことが見えてくる。

10月23日、シンクタンク「国家基本問題研究所」で東京大学名誉教授、唐
木英明氏の話を聞いた。唐木氏は2000年に学術会議の会員となり、08
年〜11年の3年間、同会副会長を務めた。

氏によると、1946年6月、GHQ科学技術部は東大の茅誠司氏らに科学渉
外連絡会を設立し、日本のあるべき科学研究体制を研究するよう勧めた。
5か月後、GHQ科学技術部は科学者の新体制作りを指示した。唐木氏の
説明だ。

「占領軍は日本の原子力研究を禁止したのに加えて、理研、阪大、京大の
サイクロトロン(加速器)を破壊したりしました。この極めて荒っぽい政
策は米国内でも批判されました」

ひたすら日本の底力を破壊しようとする蛮行を見て、GHQの側に科学を
理解する人材を加えるべきだという認識が生まれ、48年に物理学者のH・
C・ケリー氏が招聘された。ケリー氏の指示で誕生したのが日本学術会議
だったという。

それでも当初の学術会議はGHQ内部で暗躍したニューディーラー(その
多くはアメリカ共産党員だった)の考えを受けて、世界的に例のない過激
な政策を掲げた。

再び唐木氏の説明だ。

「たとえば、最高科学者会議を設けて、彼らが科学および教育に関するあ
らゆる政策、研究費の予算配分を決定し、国会決議を得たうえで政府にそ
の執行を命令し、監督する権限を持つ。最高科学者会議のメンバーは科学
者が直接選挙で選ぶなどという過激な案でした」

科学者による絶対支配体制を提唱したわけだが、当時、科学者の多くはア
メリカを帝国主義の国と見做し、彼らの資本主義が日本に浸透することに
反感を持っていた。

共産主義者の後ろ盾

日本学術会議は1949年1月に発足したが、前年12月に学術会議の会員210名
を選挙で選んだ。唐木氏は『通史 日本の科学技術』の第1巻『占領期
1946─1952』(学陽書房 中山茂・他編)を引用し、ざっと以下のように
説明した。

210名の定員に944名の候補者が立った。共産党候補者は61人、内26人が当
選。加えて40名ほどの同調者も当選した。共産党の影響下にあった民主主
義科学者協会(民科)の候補者は、総会員数の1割(21名)以上を占めて
いた。

民科系候補者の正確な当選者数は定かではないが、共産党及び同系統の学
者たちは学術会議の3分の1に迫る66名ほどの勢力を形成したことになる。
彼らは頭もよく、論も立つ人々であったろう。その一群が絶対的権力者で
あったGHQ内の共産主義者の後ろ盾を得ていたのだ。どれ程強力な影響
力を持っていたことか。そうした中で50年、「戦争を目的とする科学の研
究には絶対従わない決意の表明」という声明が出された。

他方、政府は新しいエネルギー源を目指して55年に原子力関連の研究に乗
り出した。学術会議会長の茅誠司氏、国立大学協会会長の矢内原忠雄氏ら
は反対し、原子力委員会設置法に「原子力利用に関する経費には、大学の
研究経費は含まない」との付帯決議をつけさせ、わが国の原子力研究の道
を狭めた。

現在に至るまで学術会議は国防研究も禁じているが、原子力研究の制限
も、学問の自由への挑戦であることに変わりはない。

政府は対抗して56年に原子力委員会をつくり、同時に科学技術庁も設置し
た。その上で原子力委員会を科技庁の所管とした。

「政府は左翼系科学者の影響下にある学術会議への対抗策として、学術行
政の支配権を取り戻すために科技庁を創ったのです」と唐木氏。

学術会議がもっていた科学技術に対する司令塔としての役割及び研究助成
を全て、科技庁に移した。続いて59年には科学技術会議が設置され、学術
会議の中心議題も全てこちらに移された。67年には文部省が学術審議会を
設置、科学技術だけではなく、人文・社会科学についても全ての学術審議
が移された。80年代には各省庁が審議会を設置し始め、学術会議はするこ
とがなくなってしまった。

長年学術会議の会員を務め副会長も務めた唐木氏は、69年から77年にかけ
て日本学術会議は自己点検をし、改善すべきところは改善しようとしたと
語る。が、結論からいえば彼らは政府との全面的対決を選んでしまったのだ。

82年、中山太郎総務長官が学術会議の改革を提議したが、学術会議側は
突っぱねた。その後、政府、学術会議の双方が有識者会議を次々に開いて
対抗する非常に厳しい対立の時代が続いた。この間の詳細は割愛せざるを
得ないが、国民の視点から言えば、学術会議は自らの利益のために活動す
る一方で、国民全体、或いは国に対する貢献は考えなくなったとしか見え
ない。

自民党の油断

90年代から00年代にかけての行政改革では学術会議も対象になり、彼らは
05年に改革を打ち出した。➀社会全体に関わる問題について専門性を持っ
た科学者が集まって総合的・俯瞰的な視点から提言する、➁欧米主要国の
アカデミーの在り方に学び、10年以内、つまり15年には、より適切な設置
形態を検討する、などである。

菅義偉総理の言う「総合的・俯瞰的視点」の意味が分からないなどと学術
会議側は言うが、それは自分達が言い出した表現であろう。

多少反省し軌道修正に向かったかに見えた学術会議は、しかし、09年に民
主党政権が誕生すると、またもや改革の歩みを緩めた。民主党は学術会議
に非常に好意的で、諮問もせず、ただ学者の皆さん頑張ってという姿勢で
学術会議にとってはラクな期間だったという。

そして見直しをする15年が来たとき、驚くことに自民党政権下の有識者会
議が学術会議の現状維持を諒としたのだ。有識者会議には多くの学術会議
関係者が入っていて、ほとんどお手盛り会議だったとの批判はあるが、自
民党の油断である。

民主党政権は原子力規制委員会と規律の緩んだ学術会議という悪しき遺産
を残した。いずれも、自民党は根本から変えるチャンスがあったのに何も
しなかったのは事実である。

学術会議側は、菅首相が6人を任命しなかったのは学問の自由の侵害だと
言う。とんでもない間違いだと唐木氏は強調する。学問の自由とは研究の
自由、発表の自由、教育の自由を指す。だが学術会議は研究機関ではない
ため研究も教育もしない。発表するのは学術会議の中での検討事項だけ
で、学問の自由と学術会議は全く無関係だ。ここまでくれば学術会議は民
営化するのが一番だ。

『週刊新潮』 2020年11月5日号
日本ルネッサンス 第924回

2020年10月31日

◆宗教心なき中曽根元首相の葬送

櫻井よしこ


戦後日本の歴史に大きな功績を残した故中曽根康弘元首相の内閣・自民党合同葬が今月17日、東京・港区のグランドプリンスホテル新高輪で営まれた。昨年11月の死去から約1年後の準国葬である。

亡くなった人をどれだけ心をこめて葬送できるか、どこまで深くその人の想いに共感できるかは、残された功績をどれだけ未来に生かせるか、私たちが未来の道をどう歩むかに関わってくる。その意味で合同葬は自民党の精神の芯を見せる機会でもあった。

武漢ウイルスの未だ治まらない中、雨模様も重なってか、広く寒い会場には空席が目立っていた。早めについて着席し、見渡すと、「中曽根行革」が旧来の陋習を破るべく高く旗を立てて社会を揺るがしていた当時、中曽根内閣に深く食い込んでいた兵(つわもの)たち、屋山太郎氏、橋本五郎氏、田原総一朗氏らの姿もあった。

中曽根行革の目玉のひとつが国鉄改革だった。私は旧国鉄を米紙東京支局の助手として取材したが、彼らの顧客軽視、劣悪なサービス、異常な労使関係、不潔極まる列車や駅施設は民営化で一変した。

労働組合の中に革マル派系や中核派系の活動家も暗躍していた旧国鉄は闇を暴かれ、分割民営化されて現在のJR各社に生まれ変わった。

中曽根行革は、それを指揮した経団連の土光敏夫会長の質素な生活振りもあり、国民の熱烈な支持を得た。個人の栄耀栄華や働かない労働組合の既得権益のためにではなく、社会・国全体の水準の向上を優先し、国民のためになる事業体に生まれ変わらせようとする中曽根氏の改革努力を国民は後押しした。容易ではない大改革を成し遂げた氏の政治的手腕と叡智、理想追求の熱意を私は高く評価する。

外交における成果も大きい。それ以前は国際社会で存在感を示し得なかった日本が、一人前の国として認められ始めたのも中曽根氏の功績である。私は氏に、国際外交の基本を尋ねたことがある。氏はこう答えた。

「右手に禅、左手に円。日本の精神文化を高く掲げ、日本の強味である経済力と合わせて、国際社会に確かな地位を築きたい」

靖国神社を見限った

日本と日本人への信頼を外交の基礎に置き、氏は日本を背負って力を尽くした。日本人であることを誇りとして振る舞った。その面でも中曽根外交を大いに評価したい。

そう言いながらも、私には中曽根氏に対する拭いきれない残念な思いもある。戦後40年目の1985年8月15日、靖国神社に「公式参拝」と銘打って参拝し、中国共産党に非難されるや、以降、靖国参拝を完全にやめてしまったことである。この間の事情を氏は後に「靖国参拝をやめたのは、胡耀邦が私の靖国参拝を理由に弾劾されるという危険もあったからです」(『天地有情』)と説明している。

胡耀邦総書記は当時中国共産党内部の権力闘争で追い詰められつつあった。日本に理解を示した開明的な胡耀邦氏を守るためとして、中曽根氏は祖国日本に命を捧げた246万余の英霊が眠る靖国神社を見限ったことになる。

中国共産党総書記の胡耀邦擁護か、日本国に殉じた人々の魂に感謝を捧げ、礼を尽くすための靖国神社参拝か。日本国としての優先順位は余りにも明白だが、中曽根氏はそれをとり違えた。

結論を言えば中曽根氏が靖国神社と訣別したにも拘わらず、胡耀邦氏は失脚した。加えて、以来、日本国の総理大臣の靖国神社参拝は中国によって常に非難される事態となり、首相は自由に参拝できなくなった。私はこの点を、中曽根氏の日本国に対する最大の背信だと考えている。

その点を厳しく指摘しつつ、それでも私は先述の功績も含めて中曽根氏の足跡に敬意を払うものだ。

正負両面ある中曽根氏のための合同葬は丁寧な形で営まれた。

中曽根氏の御遺骨は、前後を警護の車に守られ、孫の衆院議員、康隆氏に抱かれてホテルに到着した。自衛隊の儀仗隊に迎えられ、御遺骨をおさめた純白の清らかな包みは康隆氏から菅義偉総理を経て儀仗兵に手渡された。捧げ銃の儀仗兵に前後を守られ、御遺骨は瑞々しい生花で飾られた壇上に静々と安置された。

天皇・皇后両陛下、及び上皇・上皇后両陛下はいずれも特使を遣わし、一礼を捧げられた。秋篠宮皇嗣殿下、同妃殿下他、皇室の皆様方は献花なさった。葬儀委員長は菅首相が務め、歴代総理も三権の長も参列した。各国大使も列をなした。

この間、御遺骨は同じ手順を逆に辿って康隆氏の胸に抱かれ、再び前後を儀仗兵に守られながら車に到着。その一連の動きを会場の私たちは大スクリーンで見た。御遺骨が車に入ると、礼砲が三発鳴り響き、車は静かに滑り出した。

献花の「流れ作業」

式典の型はどこから見ても美しく整っていた。その意味で政府・自民党は誠を尽くしていた。にも拘わらず、会場で感じたのは合同葬全体に心がこもっていないということだった。

なぜだろうか。ひとつの理由は中曽根氏に捧げられた弔詞であろうか。とりわけ三権の長による弔詞は、型を踏まえたものではあろうが、いずれも短く、紋切り型だった。山東昭子参院議長の弔詞は107文字。これが参院の伝統なのだろうか。流石に忍びなかったのであろう。氏は中曽根氏の伴をしてフランスに出張したときの印象を冒頭につけ加え、人間として、また政界の後輩として、中曽根氏を悼んだ。

大谷直人最高裁長官の弔詞も同様だ。一分程度で読み上げられた短い弔詞は官僚的で、好悪も是非もない。言葉の響きは無機質で、この弔詞を一体誰が嬉しく思うのか、疑うものだ。

たしかに前例は大事かもしれず、世間は前例だらけだ。それを踏襲することの重要性も理解できないわけではない。されどされど、どこを触ってもプラスチックのようにツルンとしていて、掌には何も残らないようなこんな送り言葉でよいのかと強く思った。

心がこもっていないと感じたもうひとつの理由は、式典のどこにも宗教の香りさえなかったことだ。祈りのない式典だったと言ってよい。三権の長も総理経験者も、末席の私たちも皆、順番に白菊を献花したが、遺影に深々と一礼する人、チョコッと頭を下げる人、色々である。だが、献花の「流れ作業」で式典は終わる。

仏教、キリスト教、神道、何でもよい。その人の生と死を深く受けとめ、人間の存在を超える大きな力ゆえにその人に命が与えられたことに、限りない感謝を捧げる宗教心があってこそ、送ることの意味があるのではないか。人間の生死に対する深い感謝と祈りの心、宗教心を失ったかのような合同葬に、わが日本民族の未来に不安を感じた一日だった。

『週刊新潮』 2020年10月29日号
日本ルネッサンス 第923回

2020年10月30日

◆「学術会議の反日、異常な二重基準」

櫻井よしこ


『週刊新潮』 2020年10月22日号
日本ルネッサンス 第922回

日本は普通の真っ当な国家になってはいけないというかのような日本否定の考え方はもう捨て去る時だ。論理矛盾とダブルスタンダードの日本学術会議を見ての感想である。

日本の学者・研究者は「今後絶対に」軍事研究はしない。なぜなら日本は過去に軍国主義に走ったから、という学術会議の掲げる1950(昭和25)年の「決意表明」は、日本を占領していた連合国軍総司令部(GHQ)の考え方を反映している。

亀山直人初代会長は53年に吉田茂首相(当時)へ、GHQが学術会議設立に「異常な関心を示した」と書き送っている。設立時のGHQの異常な関心は、日本学術会議の理念にもろに反映された。日本が二度と米国に刃向かえないように、およそ全ての軍事力を殺ぎ落とす役割を日本学術会議に担わせようとGHQは考えた。それが前述した軍事研究絶対拒否の誓いにつながっている。

学術会議に相当する世界各国の機関はシンクタンクだ。国によって形態は異なるが、強い影響力を持つ米国のシンクタンクは財政的に独立した民間組織として機能している。GHQはしかし、日本学術会議を自国のシンクタンクとは正反対の立場、国家機関に位置づけた。

日本学術会議法には、同会議を守る枠組みが明記されている。内閣総理大臣が所轄し、全経費は国庫によって賄われる一方で、政府から独立した地位が保証されている。

政府から独立した強い立場で、学術会議はこれまでに三度軍事研究に関する声明を出した。最初のそれは前述の50年、「戦争を目的とする科学の研究には絶対従わない決意の表明」だった。67(昭和42)年の第二の声明は、「絶対に」という表現で「戦争を目的とする科学の研究」を拒否した。2017(平成29)年には第三の声明を発表して右の二つの声明を継承した。第三の声明では「今後絶対に」戦争目的の科学研究は行わないとの決意表明に加えて、次の事例を記している。

苦汁を飲まされてきた

「防衛装備庁の『安全保障技術研究推進制度』(2015年度発足)では、将来の装備開発につなげるという明確な目的に沿って公募・審査が行われ」ている。しかし「政府による研究への介入が著しく、問題が多い」。

安保技術促進制度に関して、日本国政府は学術会議に苦汁を飲まされてきた。その当事者でもあった小野寺五典元防衛相が10月9日、「言論テレビ」で語った。

「一度めの防衛大臣の時に、日本の次期戦闘機等、新しい技術の開発は外国の技術に頼るのではなくオールジャパンで進めたい、また、航空機を専門に研究している大学や研究室と共同で行いたいと考え提案しました。ところが大学側は軍事研究は基本的に受け付けないというのです。それどころか日本の大学は防衛大学校卒業生が大学院に入ろうとしても、自衛隊だという理由で入れてくれない。おかしいのは、中国人民解放軍の軍歴を持つ中国人を同じ大学院に受け入れ、技術をどんどん教え、垂れ流しているのです。それなのになぜ、日本を守る防衛大生、或いは防大卒の研究者を拒否するのか。不可解な壁が立ち塞がりました」

そこで小野寺氏らは考えた。学界と防衛省の垣根を低くしようと。その為に安全保障の技術革新を目的とする公募型の研究ファンドを作り、大学や研究機関の専門家たちに応募してほしいと、予算を確保した。

「初めの頃に応募して、いい研究をしていたのが北大でした。ところが学術会議は軍事研究につながるものは許さないと、強硬です。学術会議にはそれなりの権威があります。防衛省の研究費を受けようとした大学の先生方が辞退する例が続きました。納得できないのは学術会議が防衛省の委託研究を禁じながら、米軍の研究費についてはお咎めなしだった点です。大阪大、東京工業大、東北大、京都大などは米軍の研究費を受け入れて成果を出していますが、それらには文句を言わないのです」

米軍の委託研究はよいが防衛省の研究は拒絶せよとは、どういうことか。日本の大学がこんなことでよいのか。それを仕切っているのが日本学術会議だ。だからこそ、小野寺氏はこう語る。

「正直、(名称に)『日本』って付けていいのかなと、そう思います」

中国人民解放軍の委託研究を受けるには至らないが、中国の理系大学や研究機関に協力する日本人教授や研究者もいる。日本学術会議は、日本の国益よりも中国の国益を考えたのかと疑いたくなる意見表明もしている。

先端産業の主導権

そのひとつが国際リニアコライダー(ILC)のプロジェクトだ。

いま世界の素粒子物理学研究の中枢は、スイスとフランスの国境に27キロにわたってまたがる地下深くのトンネル、大型ハドロン衝突型加速器(LHC)にあると言われる。これは宇宙の成り立ちの解明につながる純粋科学の研究だ。しかし、同研究は超電導技術や、素粒子検出に必要なあらゆる先端技術が凝縮されたもので、この分野を制覇できれば、ほぼ完全に先端産業の主導権を握れると言われている。中国はいまこの一大研究に意欲を燃やしている。この研究で成果をおさめられれば、「中国の夢」を叶え、「世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことができる。

一党独裁体制で世界制覇を目指す中国共産党は、このビッグ・サイエンスのプロジェクトに惜しみなく資金を投入できる唯一の存在であろう。対して西側陣営は一国では対抗できない。連携が必要で、日本と欧米が共同プロジェクトとして考えているのが先述のILCだ。

科学分野での巨大プロジェクトは国と国との関係を左右する。遅れをとれば先んじた国の後塵を拝すのみならず、安全保障上も経済上も従属を強いられかねない。いま米国が国益をかけて宇宙開発に乗り出しているのも、宇宙空間を中国に制覇されてはならないと考えるからだ。

中国はすでに従来の2倍以上の規模の次世代加速器建設を考えており、日本が誘致しようとするILC建設は我が国が科学において一流国に踏みとどまれるか否かの岐路である。だがここに日本学術会議が立ち塞がっている。30年という長期計画と巨額の資金投下は科学者の代表機関として支持できないというのである。彼らは真に科学者の代表機関なのか。

北海道大学名誉教授の奈良林直氏が語る。

「日本学術会議は、人文社会分野までを含む学術団体の推薦者から構成され、最近は自分達で人選しています。海外の巨大研究機関との連携が弱く、国際プロジェクトを主導する組織力もなく、研究成果の産業界への波及といった活動も活発ではありません。評論家的な立場の所見です」

こんな日本学術会議に、日本の未来を左右しかねない大プロジェクトを止める資格はないだろう。


2020年10月21日

◆「学術会議」にモノ申した菅首相の英断」

櫻井よしこ


アカデミズムの権威の衣をまとった日本学術会議に菅義偉首相が物言いをつけた。菅首相の決定は英断であり、高く評価する。評価の理由は後述するが、まず、日本学術会議という組織を見てみよう。

同会議は、日本が米軍の占領統治下にあった昭和24年に設立された。戦時中、日本の学者、研究者、とりわけ科学者が「戦争に協力させられた」として、同会議は政府から独立して政策提言を行う専門家組織と位置づけられた。GHQのお墨つきを得て、東大法学部憲法講座に君臨した宮澤俊義教授以下、今日まで続く東大憲法学者集団と通底する学者集団が創られたと見てよい。

日本学術会議の会員は210人、任期は6年で1期のみ、3年ごとに半数を入れ替える。新会員の候補者は日本学術会議が推薦し、政府が追認する歴史が長く続いた。今回推薦されたのは105人、内、菅首相が任命しなかったのは6名だ。

半数の入れ替えで学問、研究の新気風が巻き起こるかといえばそうではない。推薦者は往々、自分の弟子筋、或いは同系統の学者を推すからだ。真の意味での新しい人材を招き入れる結果には到底ならない。

日本学術会議が政府政策に批判的立場を取ることが少なくないのは、その成り立ちからも自然であろうか。但し、強調したいのは、学界が自由に発想し、研究し、政府に注文をつけるのは大事だということだ。研究者の批判に政府は一定の敬意を払うべきだと私は考える。

しかし、批判が常軌を逸する場合、或いはどう見ても日本国民と日本国の為にならない場合、修正を求めるのは当然だ。日本学術会議には年間10億円の政府予算が注入されており、修正努力は政府の責任でもあろう。政府による修正には幾つかの方法がある。第一は国民の税金から拠出する日本学術会議関連予算の削減、第二は人事である。

政府は今回の任命拒否の理由を明らかにしていない。そのため推測するしかないが、任命されなかった6人の候補者の行動を見ればある程度、理由は推測できるのではないか。

笑止千万

東京慈恵会医科大学教授(憲法学)の小澤隆一氏と早稲田大学法学学術院教授(行政法学)の岡田正則氏は、日本共産党の研究を専門とする雑誌に1999年9月段階で名前が登場する共産党系の学者である。小澤氏は当時静岡大学助教授、岡田氏は金沢大学助教授だった。

両氏の政治活動の実態は華々しい。以下小澤氏の主たる活動歴だ。

◎2002年5月、「有事関連三法案に反対する学者・研究者共同アピール」に賛同。◎04年6月、「憲法改正阻止・9条の会」に賛同署名。◎15年9月、「安保法制の廃止・反対」に署名。◎16年8月、「全国市民アクション9条改憲NO!」に賛同。◎17年7月、「戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会」に賛同。◎19年6月、「安倍9条改憲NO!6月10日全国市民アクション」の会に参加。

小澤氏の極めて活発な政治行動は「赤旗」でも報道されている。氏に加えて今回任命されなかったのは前述の岡田氏ら6名である。全員が15年の「安保法制廃止・反対」の署名者で、彼らの姿勢は憲法9条擁護という宮澤憲法学の根幹に行きつく。

憲法についてどう考えようと、個々人の自由ではある。だからこそ、個々人の思想を問題視したかのような任命拒否は学問・研究の自由を阻害するものだと、当の学者らが言い、日本共産党も立憲民主党も非難するのであろう。立憲民主党の安住淳国対委員長は「(日本学術会議は)『学問の世界の国会』と言われている」と語り、志位和夫日本共産党委員長は「学術会議は、日本の科学者を内外で代表する機関だ」と言う。

笑止千万である。東京大学大学院理学系研究科(天文学)教授の戸谷友則氏は今月2日、「学術会議が『学者の国会』とか『87万人の学者の代表』という言い方はやめて欲しい。学術会議の新会員は学術会議の中だけで決めていて、会員でない大多数の学者は全く関与できないし、選挙権もない」とツイートした。

北海道大学名誉教授の奈良林直氏は「日本学術会議が内外で日本の科学者を代表するというのは虚構にすぎない。彼らの考えに反対する学者は多い」と反論した。

匿名で東京大学理系教授も語る。

「日本学術会議は特定の学者たちが内輪で人事を回しているにすぎない。それなりの力を持ち、学問研究の世界を動かしているが、特定の集団にすぎない彼らにそんな権利はないはずだ」

日本では許されない研究

17年3月24日、日本学術会議は、大学等の研究機関における軍事的安全保障研究は認められないとの声明を出した。軍事研究を禁ずること自体学問・研究の自由の阻害である。さらに声明は日本学術会議のダブルスタンダードを示している。彼らは国内では軍事研究を禁止するが、会員が中国の理系大学や研究所で研究することは何ら禁止しない。

中国は「軍民融合」の国だ。民生用技術も軍事に役立てば全て軍事転用する。民間企業に介入できない民主主義国の日本とは異なるのだ。従って中国での理系研究はどんな名目であろうと、およそ全て軍事研究につながると考えるべきだ。にも拘わらず、日本学術会議は会員が中国の大学や研究機関で中国の研究に貢献することに歯止めをかけていない。

一例が11年に日本学術会議会員になった名城大学教授の福田敏男氏である。福田氏は12年に中国の「外専千人計画」の一員に選ばれた。千人計画とは中国が海外の理系研究者を高い報酬等で広く集めて科学研究に寄与させる遠大な計画である。

福田氏は13年、軍事研究においても優れた成果を出している北京理工大学の専任教授になった。氏について北京理工大ホームページは「マイクロ・ナノロボットや生物模倣ロボットの分野で卓越した人物」、「00年から北京理工大の黄強教授と協力して研究した」と紹介し、「08年から北京理工大学『特殊機動プラットホーム設計製造科学与技術学科創新引智基地』の海外学術講師、10年には『生物模倣ロボット・システム』教育部重点実験室の学術委員会委員に就任、13年に北京理工大学の専任となった」と明記している。

福田氏がこの間、日本学術会議の会員になったことは前述した。軍民融合の中国において、福田氏の研究が中国の軍事につながる可能性は否定できない。氏以外にも中国の理系大学・研究機関で、日本では許されない研究に従事している研究者は少なくない。このことに日本学術会議はなぜ警告を発しないのか。

日中の科学者の交流、中国の千人計画などの間には深い闇があるのではないか。首相判断の是非はこうした懸念を念頭に置いて考えるべきだ。


2020年10月07日

◆在日米軍を標的に中国が軍事訓練

櫻井よしこ


防衛問題とは一部の軍事マニアや軍事オタクのものではなく、常識論だ」

こう喝破するのは4年半にわたって統合幕僚長を務めた河野克俊氏である(『統合幕僚長』ワック)。

「自分は何かあったら友人に助けてもらうが、友人に何かあってもお金は出すが助けないという友人関係は常識的にあり得ない。スポーツでもそうだが、守るだけで攻めることをしなければ試合には勝てない。これも常識だ」

河野氏は日米安保条約の非対称性と、日本に染みついている専守防衛の考え方は非常識そのものだと言っている。全く同感である。

防衛の常識を欠いている日本で実際に起きた恥ずかしい事例を河野氏の本から抜粋してみよう。今更ではあるが、1991年の湾岸戦争に直面して日本が演じた醜態を忘れてはならない。

イラクがクウェートに侵攻し、米国が有志連合を結成してイラク攻撃に踏み切った。日本は中東の油に依存しており、高みの見物は許されない。しかしどんな貢献をするのか、海部俊樹首相(当時)はうろたえた。

まず初めに、民間人を派遣する案が提示された。だが民間海運会社に物資の輸送を依頼すると船員組合が猛反対し、メディアは、自衛隊が行かずに民間海運会社に行かせるのはおかしいと批判した。もっともだ。

次に民間人と自衛官をともに派遣する案が出された。だが憲法九条の壁があるから、派遣地域は分けなければならない。自衛官を危険地域に行かせると、武器を持っているので国権の発動たる武力行使になってしまいかねない。そこで「自衛官を安全地域に、民間人を危険地域に」ということになった。誰が聞いてもおかしな話でこの案も立ち消えた。

続いて海外青年協力隊のような別組織を作ってそこに元自衛官を入れて派遣する案が検討された。だが別組織など簡単には作れず、この案も波の彼方に消えた。

冷たい視線

さらに今度は、自衛官の身分のまま協力隊に所属させ二つの身分を持たせる案が出た。これは法律上無理となって消えた。

その次に出てきたのが予備自衛官の活用案だが、当時の予備自衛官は高年齢層の人たちが中心で、これまた却下された。

残されたのが、自衛隊をそのまま派遣する案だった。しかし、ワイドショーなどで「自衛隊を派遣すれば、日本は軍国主義になる」という声が広がった。「いつか来た道」「蟻の一穴」「軍靴の足音が聞こえる」という言葉が飛び交ってこの案も潰れた。

実はまだこの先にも幾つかの案が提示されては消えていったことを河野氏は書いているのだが、省く。最終的にわが国は1兆8千億円を拠出した。但し、「武器弾薬等には使わないで下さい」などの条件をつけた。湾岸戦争が終わったとき、クウェートも世界も日本に感謝せず、カネで済むと思うなとでも言うべき冷たい視線にわが国は晒されたのだ。

これが憲法九条のもたらした結果である。日本は非常識だったのである。当時と今は、多少、違う。しかし、基本的な状況は余り変わっていないのではないだろうか。

だからトランプ米大統領は昨年6月、3度にわたって「日米安全保障条約は不公平だ」「米国は日本を助けるために戦うが、日本はソニーのテレビで見物するだけだ」「米国の軍事費は膨大なのに日本は十分なカネを払っていない」「不公平な日米安保条約の破棄も考えている」と強烈な不満を口にしたのであろう。

一連の発言はトランプ氏の本心そのものだ。にも拘わらず、日本政府・外務省は「日米政府間では日米安保条約の見直しといった話は全く出ていない」などと否定した。現職の大統領は米国政府の代表だ。米国政府の意思表示ではないとしてトランプ発言を否定することは、まさに非常識だ。

日本政府が現実から逃避している間にも、世界の安全保障環境はさらに厳しくなった。トランプ発言から1か月後、米露が約30年間守ってきた中距離核ミサイル(INF)全廃条約が失効した。


射程500キロから5500キロの地上発射型ミサイルは、米露両国がその全廃を取り決めたが、それ以外の国々は次々に中距離ミサイルを保有し始めた。中国を筆頭に、インド、パキスタン、イラン、イラク、北朝鮮、さらに韓国もである。核保有国はその中距離ミサイルに核を搭載できる。

事実上、好きなだけ戦力を増強できる世界になってしまったのだ。剥き出しの力が物を言う世界である。

そうした中、米国には中距離ミサイルがない。中国の中距離ミサイル攻撃に対処する手段がないのである。日本はどうする。これは、米国の安全保障問題ではなく、日本自身の安全保障問題だ。日本の安全保障環境が非常に危険な状況にあることに気付かなければならない。

戦後最大の危機

防衛研究所防衛政策研究室長の高橋杉雄氏が『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛』(並木書房)で、米国の専門家の論文を次のように紹介している。中国のミサイル攻撃能力の高さを窺わせる内容だ。

「中国国内に、日本の嘉手納基地、横須賀基地、三沢基地を模したターゲットが存在しており、(中国人民解放軍は)そこに向けてミサイルの実射試験を行なっている」「それらのターゲットには、横須賀に停泊している艦艇、三沢や嘉手納のバンカーや駐機場さえも再現されており、しかもそれらにピンポイントで弾道ミサイルが弾着している形跡がある」

訓練ではあるが、中国は精密誘導兵器によって、個々の艦や駐機場の航空機まで殲滅しているのである。彼らは明らかに在日米軍基地をターゲットとしている。台湾奪取、尖閣占領などで、中国軍に立ちはだかるのは米軍であるから、当然であろう。中国のミサイル攻撃をどのように阻止するのか、彼らの攻撃から如何にして国民・国土を守るのか、北朝鮮の脅威への対処も含めて戦後最大の危機が日本に迫っている。

日本がどのような安全保障戦略を持つべきか、中国や北朝鮮に対してどのような抑止力を構築すべきかを考えるときに重要なことは、ハードウェアの具体的なスペックや、配備場所を先行して議論することではないと高橋氏は説く。

「兵器の具体的な運用の形態は軍事戦略に従属し、軍事戦略は大戦略に従属するからだ」

個々の兵器の能力や配置について論ずるよりも日米間で補い合いながら中国を抑止する術を考えよというのだ。私たちはかつてない脅威に晒されている。そのことを意識し、日本の国防を確かなものにする為に、あらゆる努力をするという決意を固めなければならないのではないか。

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櫻井よしこ氏がネット新番組の発表をいたします。
「 在日米軍を標的に中国が軍事訓練 」