2017年08月26日

◆徴用工を第二の慰安婦問題にするな

櫻井よしこ



7月26日、韓国で韓国映画『軍艦島』が封切られた。朝鮮問題が専門の西
岡力氏は公開3日目の28日に、ソウルの映画館2か所で見た感想を次のよう
に語った。

「ひとつ目の映画館は180席のところに107人、次の館は同じく180席のと
ころに40人ほどが入っていました。熱狂的な雰囲気はありませんでした」

他方、7月28日付「朝鮮日報」は公開2日で155万人を動員し、初動では過
去最高の滑り出しだと報じた。韓国側の宣伝の一環か。

近代日本の石炭産業の発展を知るうえで貴重な長崎県端島炭坑、通称軍艦
島は、明治日本の産業革命遺産を構成する23資産のひとつとして2年前、
世界遺産に登録された。

映画が、虚偽と捏造に満ちているのは予想どおりだが、そのレベルは想像
をはるかに超える。たとえば徴用工は強制連行され、船底に押し込められ
る。下関では殴られながら下船し、窓のない貨車に詰め込まれて長崎に運
ばれる。

ドイツのユダヤ人に対する仕打ちを連想させるが、韓国では慰安婦問題を
はじめとする歴史戦でドイツと同じ「ホロコーストの国」というレッテル
を日本に貼ってきた。彼らであればこそその意図は分かり易い。

端島に着くや、男たちは牢獄のような宿舎に入れられ自由を奪われる。乏
しい食事と殴打の中で重労働に駆り立てられる。事故が起きると他の坑道
を守るために出口が塞がれ、朝鮮人坑夫は見殺しにされる。

家族連れで島に来た朝鮮の女性や女児は夫や父親と離され、遊郭で働かさ
れる。反抗すれば罰せられ、全身に入れ墨を彫られる。無数の五寸釘が突
き出た戸板の上に女性が転がされ血だらけで殺される場面もある。

余りのひどさに彼らは集団脱走を企て、日本人と壮絶な戦いを展開する。
日本人と朝鮮人は銃で撃ち合い、火炎瓶を投げ合う。まるで戦争である。
私は端島を取材したが、あの小さな島でこのような戦いが始まれば島全体
が機能不全となる。石炭採掘は1970年代まで続いたのであり、そこに残っ
た朝鮮人もいたことを考えれば、映画は荒唐無稽というより他にない。

現代韓国人の作り話

女性が五寸釘の戸板の上を死ぬまで転がされるなどの罰は軍であれ、民間
企業であれ、日本の文化にはない。これは悪名高い国連特別報告者クマラ
スワミ氏の報告書にある北朝鮮の元慰安婦と称する人物の作り話にすぎない。

その他の詳細は省くが、彼らは映画で何としてでも日本を暗黒の国として
描こうとしている。

監督、柳昇完氏は7月28日、日本側の批判に「取材した事実を基にしてい
る」、「朝鮮人強制徴用の悲惨な実態と日本帝国主義の蛮行を描こうとし
た」と語っている。取材したと言いながら、日本人、朝鮮人の区別なく、
共に助け合ったという旧島民の証言には、はじめから耳を貸す気はなかっ
たのである。

このようなでたらめの映画が国際社会に流布されていくそもそもの原因
は、不当な非難を浴びたとき、抗議もせず事実も説明しなかったわが国の
外交にある。クマラスワミ報告には長年全く反論せずに沈黙を守り続け
た。マイク・ホンダ米下院議員らの不条理な慰安婦非難にもまともに反論
しなかった。

それどころか、多くの外務官僚は慰安婦問題では日本軍の強制連行や性奴
隷説を信じているのではないか。だからこそ、河野洋平官房長官談話に外
務省は反論しなかったのではないか。

人間は自分を基準にして物事を判断しがちだ。であれば、外務官僚は己の
心の卑しさゆえに、慰安婦の強制連行や性奴隷説を受け入れてきたのでは
ないか。日本外交の異常とも言うべき敗北主義を長年目にしてきた結果、
私はこのようにさえ、感じ始めている。

こうして「日本軍・慰安婦・性奴隷」というイメージが広がり、それがい
ま、徴用工問題につなげられている。

韓国政府は、徴用工は強制連行で、朝鮮人労働者は不当な非人道的扱いを
受けたとの立場から、日本政府に非を認めさせるべく、猛烈に攻める。非
を認め、日本の蛮行を明らかにする情報センターを設置せよと要求する。

九州大学教授の三輪宗弘氏は、朝鮮人労働者の虐待、虐殺、奴隷労働が現
代韓国人の作り話であることは、昭和20年の段階で一旦朝鮮に帰った労働
者が再び日本に戻ろうとした事実を見れば明らかだと述べる。

氏は、米国立公文書館の「Illegal Entry of Koreans」という統計データ
から、昭和20年段階で1万人近くの朝鮮人が日本に密入国しようとして捕
まり、送り返されていたことが分かると指摘し、「奴隷労働や虐殺が行わ
れていたとしたら、なぜ再び日本に密入国してまで戻ろうとするのか説明
できない」と語る。

日本外交の失敗

ソ連に抑留された日本人が、帰国したあと再び、密入国してまでソ連に戻
ろうとするだろうか。絶対にあり得ない。万単位の朝鮮人が帰国後再び日
本に戻ろうとしたのは、日本での方が豊かに、そして恐らく、より平和に
暮らせると考えたからではないか。奴隷労働や虐殺とは無縁の世界が日本
だったということだ。

にも拘らず、なぜ外務省は日本が朝鮮人労働者を虐待したとして、そのこ
とを発信する情報センターを作るなどと約束したのか。なぜ自ら敗北へと
転んでいくのか。

世界遺産への登録は、ユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモ
ス)の勧告によってなされる。2015年5月、日本は8県にまたがる23施設
(端島含む)のすべての登録を認めてもらえる満額回答を得ていた。しか
し、外務省が「韓国の意向も尋ねなければ」と言い始めた。

世界遺産への登録は各国の思いで申請される。それを判断するのがイコモ
スである。イコモスが満額回答しているときに、なぜ外務省は韓国の意向
を気にするのか、どうしても理解できない。

韓国が、日本の登録阻止に動いたのは予測の範囲内であろう。外務省は韓
国に妥協して、登録の際、「本人の意思に反して労働を強いられた
(forced to work)」と表現した。

外務省はこれを「働かせた」という意味だというが、国際社会では時効の
ない罪、「強制労働」と解釈される。重大な失政である。そのうえ、「日
本の罪」を明確に伝えるための情報センターを作るとまで約束した。慰安
婦問題も徴用工問題もすべて、日本外交の失敗から生れている。

歴史問題で日本を追及しようとする韓国や中国の悪意を日本外務省は認識
すべきだ。韓国が求める情報センターを設置して強制連行があったとする
ことは、慰安婦問題と同じ失政を繰り返すことである。情報センターを作
るなら、日本の歴史の真実を伝える情報こそ発信せよ。

『週刊新潮』 2017年8月17・24日号 日本ルネッサンス 第766回

2017年08月24日

◆徴用工を第二の慰安婦問題にするな

櫻井よしこ



7月26日、韓国で韓国映画『軍艦島』が封切られた。朝鮮問題が専門の西
岡力氏は公開3日目の28日に、ソウルの映画館2か所で見た感想を次のよう
に語った。

「ひとつ目の映画館は180席のところに107人、次の館は同じく180席のと
ころに40人ほどが入っていました。熱狂的な雰囲気はありませんでした」

他方、7月28日付「朝鮮日報」は公開2日で155万人を動員し、初動では過
去最高の滑り出しだと報じた。韓国側の宣伝の一環か。

近代日本の石炭産業の発展を知るうえで貴重な長崎県端島炭坑、通称軍艦
島は、明治日本の産業革命遺産を構成する23資産のひとつとして2年前、
世界遺産に登録された。

映画が、虚偽と捏造に満ちているのは予想どおりだが、そのレベルは想像
をはるかに超える。たとえば徴用工は強制連行され、船底に押し込められ
る。下関では殴られながら下船し、窓のない貨車に詰め込まれて長崎に運
ばれる。ドイツのユダヤ人に対する仕打ちを連想させるが、韓国では慰安
婦問題をはじめとする歴史戦でドイツと同じ「ホロコーストの国」という
レッテルを日本に貼ってきた。彼らであればこそその意図は分かり易い。

端島に着くや、男たちは牢獄のような宿舎に入れられ自由を奪われる。乏
しい食事と殴打の中で重労働に駆り立てられる。事故が起きると他の坑道
を守るために出口が塞がれ、朝鮮人坑夫は見殺しにされる。

家族連れで島に来た朝鮮の女性や女児は夫や父親と離され、遊郭で働かさ
れる。反抗すれば罰せられ、全身に入れ墨を彫られる。無数の五寸釘が突
き出た戸板の上に女性が転がされ血だらけで殺される場面もある。

余りのひどさに彼らは集団脱走を企て、日本人と壮絶な戦いを展開する。
日本人と朝鮮人は銃で撃ち合い、火炎瓶を投げ合う。まるで戦争である。
私は端島を取材したが、あの小さな島でこのような戦いが始まれば島全体
が機能不全となる。石炭採掘は1970年代まで続いたのであり、そこに残っ
た朝鮮人もいたことを考えれば、映画は荒唐無稽というより他にない。

現代韓国人の作り話

女性が五寸釘の戸板の上を死ぬまで転がされるなどの罰は軍であれ、民間
企業であれ、日本の文化にはない。これは悪名高い国連特別報告者クマラ
スワミ氏の報告書にある北朝鮮の元慰安婦と称する人物の作り話にすぎない。

その他の詳細は省くが、彼らは映画で何としてでも日本を暗黒の国として
描こうとしている。

監督、柳昇完氏は7月28日、日本側の批判に「取材した事実を基にしてい
る」、「朝鮮人強制徴用の悲惨な実態と日本帝国主義の蛮行を描こうとし
た」と語っている。取材したと言いながら、日本人、朝鮮人の区別なく、
共に助け合ったという旧島民の証言には、はじめから耳を貸す気はなかっ
たのである。

このようなでたらめの映画が国際社会に流布されていくそもそもの原因
は、不当な非難を浴びたとき、抗議もせず事実も説明しなかったわが国の
外交にある。クマラスワミ報告には長年全く反論せずに沈黙を守り続け
た。マイク・ホンダ米下院議員らの不条理な慰安婦非難にもまともに反論
しなかった。

それどころか、多くの外務官僚は慰安婦問題では日本軍の強制連行や性奴
隷説を信じているのではないか。だからこそ、河野洋平官房長官談話に外
務省は反論しなかったのではないか。

人間は自分を基準にして物事を判断しがちだ。であれば、外務官僚は己の
心の卑しさゆえに、慰安婦の強制連行や性奴隷説を受け入れてきたのでは
ないか。日本外交の異常とも言うべき敗北主義を長年目にしてきた結果、
私はこのようにさえ、感じ始めている。

こうして「日本軍・慰安婦・性奴隷」というイメージが広がり、それがい
ま、徴用工問題につなげられている。

韓国政府は、徴用工は強制連行で、朝鮮人労働者は不当な非人道的扱いを
受けたとの立場から、日本政府に非を認めさせるべく、猛烈に攻める。非
を認め、日本の蛮行を明らかにする情報センターを設置せよと要求する。

九州大学教授の三輪宗弘氏は、朝鮮人労働者の虐待、虐殺、奴隷労働が現
代韓国人の作り話であることは、昭和20年の段階で一旦朝鮮に帰った労働
者が再び日本に戻ろうとした事実を見れば明らかだと述べる。氏は、米国
立公文書館の「Illegal Entry of Koreans」という統計データから、昭和
20年段階で1万人近くの朝鮮人が日本に密入国しようとして捕まり、送り
返されていたことが分かると指摘し、「奴隷労働や虐殺が行われていたと
したら、なぜ再び日本に密入国してまで戻ろうとするのか説明できない」
と語る。

日本外交の失敗

ソ連に抑留された日本人が、帰国したあと再び、密入国してまでソ連に戻
ろうとするだろうか。絶対にあり得ない。万単位の朝鮮人が帰国後再び日
本に戻ろうとしたのは、日本での方が豊かに、そして恐らく、より平和に
暮らせると考えたからではないか。奴隷労働や虐殺とは無縁の世界が日本
だったということだ。

にも拘らず、なぜ外務省は日本が朝鮮人労働者を虐待したとして、そのこ
とを発信する情報センターを作るなどと約束したのか。なぜ自ら敗北へと
転んでいくのか。

世界遺産への登録は、ユネスコの諮問機関、国際記念物遺跡会議(イコモ
ス)の勧告によってなされる。2015年5月、日本は8県にまたがる23施設
(端島含む)のすべての登録を認めてもらえる満額回答を得ていた。しか
し、外務省が「韓国の意向も尋ねなければ」と言い始めた。

世界遺産への登録は各国の思いで申請される。それを判断するのがイコモ
スである。イコモスが満額回答しているときに、なぜ外務省は韓国の意向
を気にするのか、どうしても理解できない。

韓国が、日本の登録阻止に動いたのは予測の範囲内であろう。外務省は韓
国に妥協して、登録の際、「本人の意思に反して労働を強いられた
(forced to work)」と表現した。

外務省はこれを「働かせた」という意味だというが、国際社会では時効の
ない罪、「強制労働」と解釈される。重大な失政である。そのうえ、「日
本の罪」を明確に伝えるための情報センターを作るとまで約束した。慰安
婦問題も徴用工問題もすべて、日本外交の失敗から生れている。

歴史問題で日本を追及しようとする韓国や中国の悪意を日本外務省は認識
すべきだ。韓国が求める情報センターを設置して強制連行があったとする
ことは、慰安婦問題と同じ失政を繰り返すことである。情報センターを作
るなら、日本の歴史の真実を伝える情報こそ発信せよ。

『週刊新潮』 2017年8月17・24日号 日本ルネッサンス 第766回


2017年08月23日

◆ベテラン記者の警告、メディアの驕り

櫻井よしこ



いま読むべき書は廣淵升彦氏の『メディアの驕り』(新潮新書)だと言っ
てよい。

わが国では加計学園問題で、「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」をは
じめ、放送法によって公正中立を求められている「NHK」など、いわゆ
る「主流」の報道機関がメディア史に汚点として残るであろう偏向報道に
狂奔中だ。民放各局の報道番組の大半、ワイドショーの殆ども例外ではない。

そんな中、廣淵氏が警告する。「変に使命感に駆られ、存在もしない物事
を興奮気味に伝える報道が、どれほど危険なものか」と。

氏はテレビ朝日のニューヨーク、ロンドン支局長を経て、報道制作部長な
どを歴任した。氏のメディア論は、「ベニスの商人=悪人」論は間違いだ
という指摘に見られるように、豊かな素養に裏づけられている。

どの国でも、メディアは強い力を持つ政治家を倒すのが好きである。優し
く国民に耳を傾ける政治家を持ち上げるのも好きである。政治家を、その
主張が国益に資するか否かより、好悪の情でメディアが判断すれば、国全
体がポピュリズムに陥り、政治家は支持率のためにもっと国民の声に耳を
傾ける。だが、そのことと国益は必ずしも一致しない。

廣淵氏が指摘するフィリピンのアキノ革命がその一例だ。フェルディナン
ド・マルコス政権下で、ベニグノ・アキノ元上院議員が暗殺され、20年近
く続いていたマルコス政権の崩壊が始まった。約3年後、アキノ夫人のコ
ラソン氏が大統領に就任した。廣淵氏はコラソン氏の「外交音痴」を、彼
女が訪日したときに記者会見で語った「ベータマックス」という一語から
嗅ぎとっている。詳細は前掲書に譲るが、氏の感覚の鋭さを示すエピソー
ドだ。

廣淵氏はまた、フィリピンの国運を現在に至るまで揺るがし続けている、
コラソン氏の外交政策の過ちについても指摘している。

マルコス政権後に誕生したコラソン大統領をアメリカは非常に大切にした
が、彼女はフィリピン国内の極左勢力が盛り上げた反米感情と、「民衆の
望むことを実行するのが民主主義だ」、「米軍基地はいらない」と喧伝す
るメディアの圧力に負けて、致命的な間違いを犯した。

大衆に迎合

フィリピンは、第2次大戦後、自国防衛のための軍事力を殆ど整備してこ
なかった。国内にはスービック、クラークという、米軍の2大基地があ
り、同国は米軍によって守られていた。その2つの基地を、コラソン氏は1
年以内に閉鎖し、米軍に退去するよう求めたのだ。

本来なら、大統領として、米軍のプレゼンスを保ち続ける場合と米軍が退
去した場合の、メリットとデメリットを忍耐強く大衆に説いて聞かせ、米
軍の駐留を継続させるべき場面だった。しかし彼女は絶対に迎合してはな
らない局面で、大衆に迎合した。

米軍がスッと引いたとき、間髪を容れずに中国の侵入が始まった。以来、
中国の侵略は続き、フィリピンの海や島々は中国海軍の基地となり果てて
いる。

コラソン・アキノ氏の長男が2010年から昨年まで大統領だったベニグノ・
アキノ3世で、彼は母親の不明なる外交政策ゆえに奪われている南シナ海
のフィリピン領土を守るべく、仲裁裁判所に訴えた。

しかし、ロドリゴ・ドゥテルテ現大統領は中国との戦いをほぼ諦めてい
る。フィリピンは中国の力にますます搦めとられていくだろう。米軍の存
在を国家戦略上必須のものと認識できなかったフィリピンが、領土や海を
中国から取り戻すことは至難の業だ。コラソン氏の判断の誤りが中国の侵
略とフィリピンの国運の衰退につながっている。

廣淵氏はアメリカ3大ネットワークのひとつ、CBSとエド・マローも事
例として取り上げている。

日本の「新聞出身のキャスターたちの『私見を言いたい欲望』」がテレビ
ニュースの質を著しく低下させたと指摘する廣淵氏は、その対極としての
マローに言及する。

ドイツがポーランドに侵攻した1939年、マローはロンドンから日々戦況を
報じていた。眼前で起きている現実を私見を交えず冷静に報道し続けたマ
ローはメディアの英雄となる。第2次大戦後に帰国した彼はCBSの顔と
なり、1950年代に入ると上院議員、ジョセフ・マッカーシーと対峙する。
マッカーシーは、国務省は250人の共産党員に蝕まれていると断じて、糾
弾し、疑わしい者を追放し続けた。「赤狩り」旋風が全米に巻き起こった
のだ。

マッカーシーに挑むマローの手法は、徹底して主観を排除した事実報道
だった。マローの番組で反論する機会を与えられたマッカーシーは「汚い
言葉」を連発し、「煽動家の本性」をあらわにした。結果、彼は支持を失
い、政治生命を失った。

真実を知る

こうした経緯を記し、マローが「アメリカの言論の自由を守った」と、廣
淵氏は書いた。たしかにマローはジャーナリズムの学校では、目指すべき
理想の人物として教えられている。だがこの話には続きがある。

マッカーシーが共産主義を告発する前にも、すでにルーズベルトやトルー
マン両大統領の時代に、ソ連の工作員や諜報員が米政府中枢部深くに潜入
していたのである。こうしたことは、ソ連崩壊後にクレムリンから大量の
情報が流出し、或いはアメリカ政府が戦後50年を機に公開を始めた
VENONA文書(米国内でのソ連諜報員の通信文の解読文書)などに
よって明らかにされてきた。

大部の資料は、マッカーシーが警告した共産主義者のアメリカ政府中枢へ
の浸透が事実だったことを示している。悪名高い「赤狩り」の張本人、
マッカーシーは実は正しく、マローが間違っていたということだ。

真実を知るとはなんと難しいことか。事実発掘を使命とするジャーナリズ
ムのなんと奥深いことか。半世紀がすぎて公開された資料でどんでん返し
が起きてしまう。ジャーナリズムという仕事に対して粛然とした思いを抱
き畏れを感ずるのは私だけではあるまい。言論人として、報道する者とし
て、どれ程注意深くあらねばならないかということだ。

廣淵氏は偏向報道に傾く日本の現状の中で、「知力」を磨き、理想や理
念、美しい言葉に酔うのをやめることを提言する。「実現不可能な理想を
口にする人々、行政能力がないのに理念だけで国家や組織を動かせると信
じている」リベラル勢力に報道が席巻されてはならないということだろ
う。リベラル勢力の最たる現場であるメディアの、その驕りを抉り出した
著作の出版を、私はとても嬉しく思う。報道の偏りが顕著ないま、ぜひ読
んでほしい。 
『週刊新潮』 2017年8月10日号 日本ルネッサンス 第765回

2017年08月22日

◆日米韓連携を覆しかねない朝鮮半島情勢

櫻井よしこ



「日米韓連携を覆しかねない朝鮮半島情勢 韓国が危うくなれば日本に必
ず負の影響」


平和の内に夏休みを迎えている日本とは対照的に、朝鮮半島情勢が厳し
い。南北双方の事情は日米韓の連携を根底から覆しかねない。その結果生
ずる新しい事態へ備えを急がなければ、日本は窮地に陥る。

7月4日と28日の2回、北朝鮮はミサイルを発射した。米国本土中枢部、た
とえばワシントンに到達する飛距離1万キロメートルを超える大陸間弾道
ミサイル(ICBM)の完成に、彼らは急速に近づいている。

北朝鮮抑制に真剣に取り組まない中国に米国が苛立つ。危機感から韓国へ
の戦域高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を急ぐが、文在寅韓国大統
領の揺らぎも米国の苛立ちを加速させる。

北朝鮮が先月2度目のミサイル発射を深夜に決行した当日、実は文氏は
THAAD配備を事実上遅らせることになる一般環境影響評価(アセスメ
ント)の実施を発表していた。

米国は韓国に既に2基のTHAADを配備済みだ。別に4基を韓国に運び込
んだが、配備には至っていない。文氏はこの4基のみならず、配備済みの2
基も、排除するつもりで環境アセス実施を指示したのだ。

ところが同日深夜、金正恩氏がミサイルを発射すると、文氏は残る4基の
配備を急ぐとして、従来と逆の決断をした。文氏は遂にTHAAD配備を
認めたが、米韓同盟が長期的に強化されるか否かは定かではない。

有事の際の戦時作戦統制権を巡って米韓両国はいずれ韓国が統制権を持つ
ことに合意しており、その路線に変化はない。文氏は6月29日のドナル
ド・トランプ米大統領との首脳会談で同問題を取り上げ、韓国への統制権
「早期」返還を求め、トランプ大統領もこれを了承した。結果として
THAAD配備を急ぐ間にも、ソウルに駐留する米軍の南後方への移動が
着実に進められている。

7月11日、米第8軍司令部はソウル中心部の竜山基地から南の平沢への移転
を完了した。第8軍司令部は朝鮮半島有事の際の米韓両軍の司令塔になる
組織だ。日本にたとえれば座間に駐屯するシアトルの第1軍団前方司令部
に相当する組織で、有事の際に全体の作戦を指揮する中枢部隊だ。日米韓
3国が北朝鮮や中国の脅威に対処しなければならないとき、その頭脳とし
て機能するのが第8軍司令部だ。

朝鮮半島有事の際、韓国防衛には在日米軍基地からの応援が欠かせない。
在日米軍基地は日本の協力なしには機能しない。日米両国との良好な関係
なしには、韓国の自国防衛は困難だ。

片や日本は2年前の安保法制で米国軍やオーストラリア軍に後方支援を行
えるようになった。だが、韓国との安全保障上の協力体制はとても不十分
で、加えて日韓両国に信頼関係が確立されているとは言えない。

そのような中で文政権が戦時作戦統制権を米国から取り戻し、そのときに
有事が生じたら一体どうなるか。作戦の指揮権を手放した第8軍司令部が
韓国防衛の戦いを指揮することは、無論、ない。のみならず、米韓連合軍
司令部は恐らく解体に至るだろう。つまり、北朝鮮あるいはその背後の中
国を相手に、韓国は非常に難しい戦いを強いられることになる。

他方、日本は米国への後方支援は行うが、安全保障上の基本的協力関係も
形成されていない韓国軍を直接支援することはできない。その先にどんな
結果が韓国を待ち受けているのか、想像するだに気の毒だ。

文氏の作戦統制権の早期奪還計画は、北朝鮮への屈服とより強い中国の支
配を受けることにつながってしまうだろう。韓国が危うくなるとき、日本
は必ず負の影響を受ける。加計学園問題などにかまけるのではなく、じっ
くり世界を見渡し、いかにして日本周辺に迫る危機を乗り越えるか、その
ことをわが事として考える夏休みにしてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月12・19日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1194

2017年08月20日

◆日米韓連携を覆しかねない朝鮮半島情勢

櫻井よしこ



「日米韓連携を覆しかねない朝鮮半島情勢 韓国が危うくなれば日本に
必ず負の影響」


 平和の内に夏休みを迎えている日本とは対照的に、朝鮮半島情勢が厳し
い。南北双方の事情は日米韓の連携を根底から覆しかねない。その結果生
ずる新しい事態へ備えを急がなければ、日本は窮地に陥る。

7月4日と28日の2回、北朝鮮はミサイルを発射した。米国本土中枢部、た
とえばワシントンに到達する飛距離1万キロメートルを超える大陸間弾道
ミサイル(ICBM)の完成に、彼らは急速に近づいている。

北朝鮮抑制に真剣に取り組まない中国に米国が苛立つ。危機感から韓国へ
の戦域高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を急ぐが、文在寅韓国大統
領の揺らぎも米国の苛立ちを加速させる。

北朝鮮が先月2度目のミサイル発射を深夜に決行した当日、実は文氏は
THAAD配備を事実上遅らせることになる一般環境影響評価(アセスメ
ント)の実施を発表していた。

米国は韓国に既に2基のTHAADを配備済みだ。別に4基を韓国に運び込
んだが、配備には至っていない。文氏はこの4基のみならず、配備済みの2
基も、排除するつもりで環境アセス実施を指示したのだ。

ところが同日深夜、金正恩氏がミサイルを発射すると、文氏は残る4基の
配備を急ぐとして、従来と逆の決断をした。文氏は遂にTHAAD配備を
認めたが、米韓同盟が長期的に強化されるか否かは定かではない。

有事の際の戦時作戦統制権を巡って米韓両国はいずれ韓国が統制権を持つ
ことに合意しており、その路線に変化はない。文氏は6月29日のドナル
ド・トランプ米大統領との首脳会談で同問題を取り上げ、韓国への統制権
「早期」返還を求め、トランプ大統領もこれを了承した。結果として
THAAD配備を急ぐ間にも、ソウルに駐留する米軍の南後方への移動が
着実に進められている。

7月11日、米第8軍司令部はソウル中心部の竜山基地から南の平沢への移転
を完了した。第8軍司令部は朝鮮半島有事の際の米韓両軍の司令塔になる
組織だ。日本にたとえれば座間に駐屯するシアトルの第1軍団前方司令部
に相当する組織で、有事の際に全体の作戦を指揮する中枢部隊だ。日米韓
3国が北朝鮮や中国の脅威に対処しなければならないとき、その頭脳とし
て機能するのが第8軍司令部だ。

朝鮮半島有事の際、韓国防衛には在日米軍基地からの応援が欠かせない。
在日米軍基地は日本の協力なしには機能しない。日米両国との良好な関係
なしには、韓国の自国防衛は困難だ。

片や日本は2年前の安保法制で米国軍やオーストラリア軍に後方支援を行
えるようになった。だが、韓国との安全保障上の協力体制はとても不十分
で、加えて日韓両国に信頼関係が確立されているとは言えない。

そのような中で文政権が戦時作戦統制権を米国から取り戻し、そのときに
有事が生じたら一体どうなるか。作戦の指揮権を手放した第8軍司令部が
韓国防衛の戦いを指揮することは、無論、ない。のみならず、米韓連合軍
司令部は恐らく解体に至るだろう。つまり、北朝鮮あるいはその背後の中
国を相手に、韓国は非常に難しい戦いを強いられることになる。

他方、日本は米国への後方支援は行うが、安全保障上の基本的協力関係も
形成されていない韓国軍を直接支援することはできない。その先にどんな
結果が韓国を待ち受けているのか、想像するだに気の毒だ。

文氏の作戦統制権の早期奪還計画は、北朝鮮への屈服とより強い中国の支
配を受けることにつながってしまうだろう。韓国が危うくなるとき、日本
は必ず負の影響を受ける。加計学園問題などにかまけるのではなく、じっ
くり世界を見渡し、いかにして日本周辺に迫る危機を乗り越えるか、その
ことをわが事として考える夏休みにしてほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月12・19日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1194

2017年08月19日

◆戦略も価値観も失くした米政権

櫻井よしこ



アメリカ共和党のジョン・マケイン上院議員が7月19日、脳腫瘍を患って
いると発表した。同情報をアメリカ各紙は大きく報じ続けている。その詳
細な報道振りから、改めてマケイン氏の政治的影響力の程を認識した。

氏はベトナム戦争で負傷し、北ベトナムの捕虜として5年間拘束された。
解放の機会は幾度かあったが、同僚の軍人たちを残しての解放には応じら
れないとして最後まで頑張り通した。このような経歴に加えて、共和党員
でありながら、共和党に対してさえも言うべきことは言う正論の人として
の姿勢が、党派を超えて高く評価されている。

マケイン氏が6月18日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」
(WSJ)紙のインタビューにこう語っている。

「もし我々が人権についての主張を放棄すれば、我々は歴史において興亡
を繰り返す(そしてやがて滅びていく)その辺の国と何ら変わらない」

「人間を変えることはできない。人間は自由を求める存在である。世界の
人々はロールモデルとして、精神的支柱として、我々を見ている」

氏が念頭に置いているのはドナルド・トランプ大統領である。トランプ氏
は最初の外遊先に中東を選んだ。その中で、女性の人権について非常に問
題のある国だとされているサウジアラビアでの会談で、人権問題に全く触
れなかった。その点に関して、マケイン氏はこう述べた。

「アメリカはユニークな国家だ。我々は失敗や間違いも犯したが、人々の
ために立ち上がった。信ずるところに従って立ち上がらなければ、我々は
他の国と同じになる」

アメリカのメディアはこれをトランプ氏への「痛烈な批判」と報じた。だ
が、トランプ氏はその後も各国の人権状況には殆ど無頓着であり続けてい
る。中国共産党政権下で拘束されていた劉暁波氏が死去した7月13日、ト
ランプ氏はパリでマクロン仏大統領と首脳会談を行った。ここでもトラン
プ氏には人権という概念が全く欠落していると思わせる発言があった。

プーチン大統領を称賛

共同記者会見で中国について問われ、トランプ氏は習近平国家主席を「偉
大な指導者だ。才能に溢れた好人物だ」と称賛したのである。習政権に
よって逮捕、拘留され、まさに死に追いやられた民主化運動の精神的支
柱、劉暁波氏には、一言も触れなかったのである。

このような姿勢への批判が高まり、ホワイトハウスは5時間後、大統領の
コメントを発信する羽目に陥った。だが、それはごく通常の「お悔やみ」
の言葉にすぎず、抑圧された人々の自由と権利のために、アメリカの影響
力を最大限行使する気概は全く見てとれなかった。

マケイン氏が指摘するように、アメリカを大国たらしめ、国際社会の中心
軸たらしめた要因は、単に世界一の軍事力と経済力だけではない。「アメ
リカが己の信条に忠実に、人類普遍の価値観を守ろうとし続けたから」で
ある。

アメリカの歴史を振りかえると、大国への道程のひとつが1861年から4年
間続いた南北戦争だといえる。その戦いの軸のひとつは、黒人奴隷の解放
という、人権、普遍的価値観を巡る信念だった。北部諸州の勝利はアメリ
カが普遍的価値観に目覚め始めたことを意味する。そのときから約150
年、さらに第一次世界大戦から約100年、アメリカは経済、軍事の双方に
おいて大英帝国を凌駕し、世界最強国への階段を駆け上がり続けた。

第二次世界大戦直後には、ギリシャ及びトルコ防衛、つまり地中海を旧ソ
連の脅威から守るために北大西洋条約機構(NATO)を創設し、第二次
世界大戦で疲弊した欧州及びアジアの再生を促すべくマーシャル・プラン
を実施した。

アメリカは「自由世界」の盟主として、民主主義、人間の自由、弱者救済
など、誰もが賛成せざるを得ない普遍的価値観を基盤にして共産主義、社
会主義陣営と戦った。

アメリカの政策を具体的に見れば、たとえば対日占領政策に関しては、日
本人としては大いなる不満がある。欺瞞も指摘しなければならない。それ
でも、当時、世界が直面していたソビエトの共産主義・社会主義に対峙す
べく、あらゆる力をもって備えようとしたアメリカの戦略は正しかったと
思う。

アメリカを「偉大な国」の地位に押し上げた要因は、この大戦略を持って
いたこと、人類普遍の価値観を基盤としたことの二つであろう。

しかしいま、戦略、価値観共に揺らいでいる。戦略が欠落している結果、
トランプ氏はNATOを「時代遅れ」と呼び、年来アメリカの敵と位置づ
けられてきた独裁専制政治を実践するロシアのプーチン大統領を称賛する
のである。

眼前の利益

7月24日付の「タイム」誌の表紙を飾ったのはトランプ大統領の長男の
ジュニア氏だった。氏を真正面からとらえた顔写真の上に、氏が公表した
eメールの文面を重ねた表紙で、「Red Handed」(赤い手に捕われて)と
いう鮮やかな黄色文字で書かれた特集タイトルが目を引いた。

大統領選挙の最中、クリントン氏に不利な情報、従ってトランプ氏に有利
な情報を提供できると称するロシア側の連絡を受けて、ジュニア氏は、そ
の人物にトランプタワーで会った。ジュニア氏は、「会ってみたら何も役
立つ情報はなかった」「一刻も早く面談を打ち切りたいと思った」と弁明
するが、タイム誌が指摘するまでもなく、大統領選挙に勝つために、ロシ
アと力を合わせようとしたこと自体が問題である。

ロシアの協力を得て目的を達成しようと考えたこと、実際にそのような機
会が申し入れられたとき、それに乗ろうとしたこと自体が問題だというの
は常識だが、トランプ氏も、氏の身内も、この点を明確に認識していると
は思えない。

タイム誌は、「結局大金持ちを(大統領に)選ぶということはこういうこ
となのだ」と書いたが、それは誰が敵か誰が味方かを判断できず、眼前の
利益だけを追い求める人物を指導者に戴く危険を指してもいるだろう。

トランプ氏を大統領に据えて漂流しかねない国に、日本は無二の同盟国と
して大きく依存している。国家としての足場の危うさを感じざるを得ない。

そうしたいま、わが国は加計学園問題に時間を費やしている。天下りの既
得権益を侵された官僚の、安倍晋三首相に対する挑戦であり、憲法改正に
向かいつつある首相の動きを阻止したい大方のメディアの挑戦であるの
が、加計学園問題の本質だ。不条理な反安倍の猛烈な逆風の中でも、私た
ちは、厳しい世界情勢を乗り切るために安倍首相の下で憲法改正を実現す
るしかないと思う。日本にこそ、戦略と価値観の軸が必要なのだ。そのこ
とになぜ気づかないのかと思う。
『週刊新潮』 2017年8月3日号  日本ルネッサンス 第764回

2017年08月15日

◆強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機

櫻井よしこ



「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は問
題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193 


2017年08月14日

◆加計学園報道は反安倍倒閣運動だ

櫻井よしこ



愛媛県今治市に加計(かけ)学園の獣医学部を新設する問題で7月10日、
国会閉会中審査が衆参両院で行われた。

この日の審査について「朝日新聞」や「毎日新聞」は、今や彼らの習い性
となったかのような徹底した偏向報道を行った。

両紙は、官邸の圧力で行政が歪められたと繰り返す前川喜平前文部科学事
務次官の証言を主に伝え、氏とは反対の立場から、安倍晋三首相主導の国
家戦略特区が歪められた行政を正したのだと主張した加戸守行前愛媛県知
事の証言は、ほとんど報じなかった。こうして両紙は一方的に安倍首相を
悪者に仕立てた。

大半のテレビ局の報道も同様に偏向しており、報道は今や、反安倍政権・
倒閣運動の様相さえ帯びている。

閉会中審査で証言したにも拘らず、殆ど報じてもらえなかったもう一人の
参考人、内閣府・国家戦略特区ワーキンググループ(WG)委員の原英史
氏が憤る。7月14日、インターネット配信の「言論テレビ」で開口一番、
こう語った。

「加計学園についての真の問題は、獣医学部新設禁止の異様さです。数多
ある岩盤規制の中でも、獣医学部新設の規制はとりわけ異様です。まず、
文部科学省の獣医学部新設禁止自体が異様です。通常の学部の場合、新設
認可の申請を受けて文科省が審査しますが、獣医学部に関しては新規参入
計画は最初から審査に入らない。どれだけすばらしい提案でも、新規参入
は全て排除する。こんな規制、他にはありません」

公務員制度改革も手掛けた原氏は忿懣(ふんまん)やる方ないといった趣
きだ。

「異様の意味はもうひとつあります。既得権益の塊のようなこの岩盤規制
が、法律ではなく文科省の告示で決められていることです。国会での審議
も閣議決定もなしに、文科省が勝手に決めた告示です」

獣医の絶対的不足

文科省の独断の表向きの理由は、獣医の需給調整、即ち獣医が増えすぎる
のを防ぐためと説明されている。だが実際は、競争相手がふえて既得権益
が脅かされることへの日本獣医師会側の警戒心があると見られている。大
学も同様だと、原氏が語る。

「獣医系学部・学科があるのは現在16大学です。志望者は多く、入試倍率
は平均で15倍、学生はどんどんきます。定員は全国で930人ですが、実際
の入学者は1200から1300人と、水増ししています」

定員の50%増で学生を受け入れる程ニーズがあるのに新設させない理屈は
何か。獣医師会側はあくまで、獣医は余っている、これ以上養成する必要
はないと主張する。

加戸氏は、知事として愛媛県の畜産農家の実情を見詰めてきた。その体験
から、獣医師は絶対的に不足していると強調する。

「私の知事時代、鳥インフルエンザが発生しました。感染拡大を防ぐため
に獣医という獣医に集合してもらいました。県庁職員の産業動物獣医に
は、獣医の絶対的不足の中、定年を延長して働いてもらっています。70代
の獣医さんをかき集めても、それでも足りない。獣医学部新設を許さない
鉄のような岩盤規制をどれだけ恨めしく思ったかしれません」

「現場はおよそどこでも獣医不足です。現場を見ることなしに発言してほ
しくないと思います」と原氏。

実際に何が起きていたのか。原氏が異様だと非難した実態は如何にして生
れたのか。こうした問いの答えにつながる情報を、7月17日の「産経新
聞」がスクープした。その中で日本獣医師会と石破茂氏の会話が報じられ
ている。

2年前の9月9日、地方創生担当大臣だった石破氏を、「日本獣医師政治連
盟」委員長の北村直人氏らが訪ね、石破氏がこう語ったという。

「今回の成長戦略における大学学部の新設の条件については、大変苦慮し
たが、練りに練って誰がどのような形でも現実的に参入は困難という文言
にした」

絶対に獣医学部新設を阻むべく、規制を強めたと言っていることがうかが
える。具体的にはそれは「石破4条件」を指すとされ、獣医学部新設の
ハードルを上げて極めて困難にしたと報じられた。

石破氏に連絡がつかず、この点について直接確認できなかったが、産経の
取材に、氏は右の発言も含めて全面的に否定した。ただ右の言葉は日本獣
医師会のホームページに石破氏との対話として公開されている。

こうした中で、加計学園に獣医学部の新設が認められたのはなぜか。原氏
が説明した。

「獣医学部新設は、平成26(2014)年からWGで議論していました。当時
議論していたのは、新設の提案があった新潟のケースです。しかし、肝心
の大学(新潟食料農業大学、2018年開学予定)がついてこず、具体化しま
せんでした。他方、今治の提案は平成27年末に受け入れられました」

天下りの土壌

加戸氏が語る。

「私は知事になって2000年頃からずっと、今治市と協力して地元の熱意と
夢を担って、獣医学部新設を働きかけてきました。私たちの特区申請は何
回も門前払いを食らい、口惜しかった。一番強く反対したのが日本獣医師
会でした」

加戸氏は特区申請を認めてもらえるように教授陣を充実させ、ライフサイ
エンス分野で新しい研究を進めること、感染症対策にも積極的に取り組む
ことなどを盛り込み、提案を練り上げた。

「四国4県のどこにも獣医学部はありません。今治市だけでなく四国全体
の夢として準備を重ねましたから、今治が最適だという自負があります。
安倍首相と加計さんが友人であることは全く無関係です」(加戸氏)

原氏が加えた。

「獣医学部新設の提案は、新潟市、今治市と京都の綾部市からありまし
た。綾部市は京都産業大学を念頭に置いていたのですが、7月14日に京産
大が正式に提案を撤回しました。新潟は申請自体が具体化していません。
結局、充実した案を示したのが今治市と加計学園のチームだった。熟度が
全く違いますから、彼らが選ばれるのは当然です。安倍首相の思いや友人
関係など個人的条件が入り込む余地など全くありません」

先述のように、加戸氏は国家戦略特区で今治市と加計学園が認められたこ
とで、歪められた行政が正されたと語り、官邸が行政を歪めたという前川
氏の主張を真正面から否定した。行政を歪めた張本人は、前川氏の言う官
邸ではなく加戸氏が指摘したように獣医師会と文科省ではないのか。

その動機に天下りがあるのではないか。強い規制は天下りの土壌を生む。
大学は文科官僚の絶好の再就職先だ。大事にしなければならない。加計学
園問題は今や事の本質から離れ、文科省、前川氏、朝日新聞などの思惑が
渦巻いて反安倍政権と倒閣の暗い熱情で結ばれているのではないか。

『週刊新潮』 2017年7月27日号 日本ルネッサンス 第763回

2017年08月12日

◆戦略も価値観も失くした米政権

櫻井よしこ



アメリカ共和党のジョン・マケイン上院議員が7月19日、脳腫瘍を患って
いると発表した。同情報をアメリカ各紙は大きく報じ続けている。その詳
細な報道振りから、改めてマケイン氏の政治的影響力の程を認識した。

氏はベトナム戦争で負傷し、北ベトナムの捕虜として5年間拘束された。
解放の機会は幾度かあったが、同僚の軍人たちを残しての解放には応じら
れないとして最後まで頑張り通した。このような経歴に加えて、共和党員
でありながら、共和党に対してさえも言うべきことは言う正論の人として
の姿勢が、党派を超えて高く評価されている。

マケイン氏が6月18日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」
(WSJ)紙のインタビューにこう語っている。

「もし我々が人権についての主張を放棄すれば、我々は歴史において興亡
を繰り返す(そしてやがて滅びていく)その辺の国と何ら変わらない」

「人間を変えることはできない。人間は自由を求める存在である。世界の
人々はロールモデルとして、精神的支柱として、我々を見ている」

氏が念頭に置いているのはドナルド・トランプ大統領である。トランプ氏
は最初の外遊先に中東を選んだ。その中で、女性の人権について非常に問
題のある国だとされているサウジアラビアでの会談で、人権問題に全く触
れなかった。その点に関して、マケイン氏はこう述べた。

「アメリカはユニークな国家だ。我々は失敗や間違いも犯したが、人々の
ために立ち上がった。信ずるところに従って立ち上がらなければ、我々は
他の国と同じになる」

アメリカのメディアはこれをトランプ氏への「痛烈な批判」と報じた。だ
が、トランプ氏はその後も各国の人権状況には殆ど無頓着であり続けてい
る。中国共産党政権下で拘束されていた劉暁波氏が死去した7月13日、ト
ランプ氏はパリでマクロン仏大統領と首脳会談を行った。ここでもトラン
プ氏には人権という概念が全く欠落していると思わせる発言があった。

プーチン大統領を称賛

共同記者会見で中国について問われ、トランプ氏は習近平国家主席を「偉
大な指導者だ。才能に溢れた好人物だ」と称賛したのである。習政権に
よって逮捕、拘留され、まさに死に追いやられた民主化運動の精神的支
柱、劉暁波氏には、一言も触れなかったのである。

このような姿勢への批判が高まり、ホワイトハウスは5時間後、大統領の
コメントを発信する羽目に陥った。だが、それはごく通常の「お悔やみ」
の言葉にすぎず、抑圧された人々の自由と権利のために、アメリカの影響
力を最大限行使する気概は全く見てとれなかった。

マケイン氏が指摘するように、アメリカを大国たらしめ、国際社会の中心
軸たらしめた要因は、単に世界一の軍事力と経済力だけではない。「アメ
リカが己の信条に忠実に、人類普遍の価値観を守ろうとし続けたから」で
ある。

アメリカの歴史を振りかえると、大国への道程のひとつが1861年から4年
間続いた南北戦争だといえる。その戦いの軸のひとつは、黒人奴隷の解放
という、人権、普遍的価値観を巡る信念だった。北部諸州の勝利はアメリ
カが普遍的価値観に目覚め始めたことを意味する。そのときから約150
年、さらに第一次世界大戦から約100年、アメリカは経済、軍事の双方に
おいて大英帝国を凌駕し、世界最強国への階段を駆け上がり続けた。

第二次世界大戦直後には、ギリシャ及びトルコ防衛、つまり地中海を旧ソ
連の脅威から守るために北大西洋条約機構(NATO)を創設し、第二次
世界大戦で疲弊した欧州及びアジアの再生を促すべくマーシャル・プラン
を実施した。

アメリカは「自由世界」の盟主として、民主主義、人間の自由、弱者救済
など、誰もが賛成せざるを得ない普遍的価値観を基盤にして共産主義、社
会主義陣営と戦った。

アメリカの政策を具体的に見れば、たとえば対日占領政策に関しては、日
本人としては大いなる不満がある。欺瞞も指摘しなければならない。それ
でも、当時、世界が直面していたソビエトの共産主義・社会主義に対峙す
べく、あらゆる力をもって備えようとしたアメリカの戦略は正しかったと
思う。

アメリカを「偉大な国」の地位に押し上げた要因は、この大戦略を持って
いたこと、人類普遍の価値観を基盤としたことの二つであろう。

しかしいま、戦略、価値観共に揺らいでいる。戦略が欠落している結果、
トランプ氏はNATOを「時代遅れ」と呼び、年来アメリカの敵と位置づ
けられてきた独裁専制政治を実践するロシアのプーチン大統領を称賛する
のである。

眼前の利益

7月24日付の「タイム」誌の表紙を飾ったのはトランプ大統領の長男の
ジュニア氏だった。氏を真正面からとらえた顔写真の上に、氏が公表した
eメールの文面を重ねた表紙で、「Red Handed」(赤い手に捕われて)と
いう鮮やかな黄色文字で書かれた特集タイトルが目を引いた。

大統領選挙の最中、クリントン氏に不利な情報、従ってトランプ氏に有利
な情報を提供できると称するロシア側の連絡を受けて、ジュニア氏は、そ
の人物にトランプタワーで会った。ジュニア氏は、「会ってみたら何も役
立つ情報はなかった」「一刻も早く面談を打ち切りたいと思った」と弁明
するが、タイム誌が指摘するまでもなく、大統領選挙に勝つために、ロシ
アと力を合わせようとしたこと自体が問題である。

ロシアの協力を得て目的を達成しようと考えたこと、実際にそのような機
会が申し入れられたとき、それに乗ろうとしたこと自体が問題だというの
は常識だが、トランプ氏も、氏の身内も、この点を明確に認識していると
は思えない。

タイム誌は、「結局大金持ちを(大統領に)選ぶということはこういうこ
となのだ」と書いたが、それは誰が敵か誰が味方かを判断できず、眼前の
利益だけを追い求める人物を指導者に戴く危険を指してもいるだろう。

トランプ氏を大統領に据えて漂流しかねない国に、日本は無二の同盟国と
して大きく依存している。国家としての足場の危うさを感じざるを得ない。

そうしたいま、わが国は加計学園問題に時間を費やしている。天下りの既
得権益を侵された官僚の、安倍晋三首相に対する挑戦であり、憲法改正に
向かいつつある首相の動きを阻止したい大方のメディアの挑戦であるの
が、加計学園問題の本質だ。不条理な反安倍の猛烈な逆風の中でも、私た
ちは、厳しい世界情勢を乗り切るために安倍首相の下で憲法改正を実現す
るしかないと思う。日本にこそ、戦略と価値観の軸が必要なのだ。そのこ
とになぜ気づかないのかと思う。

『週刊新潮』 2017年8月3日号 日本ルネッサンス 第764回

2017年08月11日

◆ベテラン記者の警告、メディアの驕り

櫻井よしこ



いま読むべき書は廣淵升彦氏の『メディアの驕り』(新潮新書)だと言っ
てよい。

わが国では加計学園問題で、「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」をは
じめ、放送法によって公正中立を求められている「NHK」など、いわゆ
る「主流」の報道機関がメディア史に汚点として残るであろう偏向報道に
狂奔中だ。民放各局の報道番組の大半、ワイドショーの殆ども例外ではない。

そんな中、廣淵氏が警告する。「変に使命感に駆られ、存在もしない物事
を興奮気味に伝える報道が、どれほど危険なものか」と。

氏はテレビ朝日のニューヨーク、ロンドン支局長を経て、報道制作部長な
どを歴任した。氏のメディア論は、「ベニスの商人=悪人」論は間違いだ
という指摘に見られるように、豊かな素養に裏づけられている。

どの国でも、メディアは強い力を持つ政治家を倒すのが好きである。優し
く国民に耳を傾ける政治家を持ち上げるのも好きである。政治家を、その
主張が国益に資するか否かより、好悪の情でメディアが判断すれば、国全
体がポピュリズムに陥り、政治家は支持率のためにもっと国民の声に耳を
傾ける。だが、そのことと国益は必ずしも一致しない。

廣淵氏が指摘するフィリピンのアキノ革命がその一例だ。フェルディナン
ド・マルコス政権下で、ベニグノ・アキノ元上院議員が暗殺され、20年近
く続いていたマルコス政権の崩壊が始まった。

約3年後、アキノ夫人のコラソン氏が大統領に就任した。廣淵氏はコラソ
ン氏の「外交音痴」を、彼女が訪日したときに記者会見で語った「ベータ
マックス」という一語から嗅ぎとっている。詳細は前掲書に譲るが、氏の
感覚の鋭さを示すエピソードだ。

廣淵氏はまた、フィリピンの国運を現在に至るまで揺るがし続けている、
コラソン氏の外交政策の過ちについても指摘している。

マルコス政権後に誕生したコラソン大統領をアメリカは非常に大切にした
が、彼女はフィリピン国内の極左勢力が盛り上げた反米感情と、「民衆の
望むことを実行するのが民主主義だ」、「米軍基地はいらない」と喧伝す
るメディアの圧力に負けて、致命的な間違いを犯した。

大衆に迎合

フィリピンは、第二次大戦後、自国防衛のための軍事力を殆ど整備してこ
なかった。国内にはスービック、クラークという、米軍の2大基地があ
り、同国は米軍によって守られていた。その2つの基地を、コラソン氏は1
年以内に閉鎖し、米軍に退去するよう求めたのだ。

本来なら、大統領として、米軍のプレゼンスを保ち続ける場合と米軍が退
去した場合の、メリットとデメリットを忍耐強く大衆に説いて聞かせ、米
軍の駐留を継続させるべき場面だった。しかし彼女は絶対に迎合してはな
らない局面で、大衆に迎合した。

米軍がスッと引いたとき、間髪を容れずに中国の侵入が始まった。以来、
中国の侵略は続き、フィリピンの海や島々は中国海軍の基地となり果てて
いる。

コラソン・アキノ氏の長男が2010年から昨年まで大統領だったベニグノ・
アキノ3世で、彼は母親の不明なる外交政策ゆえに奪われている南シナ海
のフィリピン領土を守るべく、仲裁裁判所に訴えた。

しかし、ロドリゴ・ドゥテルテ現大統領は中国との戦いをほぼ諦めてい
る。フィリピンは中国の力にますます搦めとられていくだろう。米軍の存
在を国家戦略上必須のものと認識できなかったフィリピンが、領土や海を
中国から取り戻すことは至難の業だ。コラソン氏の判断の誤りが中国の侵
略とフィリピンの国運の衰退につながっている。

廣淵氏はアメリカ3大ネットワークのひとつ、CBSとエド・マローも事
例として取り上げている。

日本の「新聞出身のキャスターたちの『私見を言いたい欲望』」がテレビ
ニュースの質を著しく低下させたと指摘する廣淵氏は、その対極としての
マローに言及する。

ドイツがポーランドに侵攻した1939年、マローはロンドンから日々戦況を
報じていた。眼前で起きている現実を私見を交えず冷静に報道し続けたマ
ローはメディアの英雄となる。第二次大戦後に帰国した彼はCBSの顔と
なり、1950年代に入ると上院議員、ジョセフ・マッカーシーと対峙する。
マッカーシーは、国務省は250人の共産党員に蝕まれていると断じて、糾
弾し、疑わしい者を追放し続けた。「赤狩り」旋風が全米に巻き起こった
のだ。

マッカーシーに挑むマローの手法は、徹底して主観を排除した事実報道
だった。マローの番組で反論する機会を与えられたマッカーシーは「汚い
言葉」を連発し、「煽動家の本性」をあらわにした。結果、彼は支持を失
い、政治生命を失った。

真実を知る

こうした経緯を記し、マローが「アメリカの言論の自由を守った」と、廣
淵氏は書いた。たしかにマローはジャーナリズムの学校では、目指すべき
理想の人物として教えられている。だがこの話には続きがある。

マッカーシーが共産主義を告発する前にも、すでにルーズベルトやトルー
マン両大統領の時代に、ソ連の工作員や諜報員が米政府中枢部深くに潜入
していたのである。こうしたことは、ソ連崩壊後にクレムリンから大量の
情報が流出し、或いはアメリカ政府が戦後50年を機に公開を始めた
VENONA文書(米国内でのソ連諜報員の通信文の解読文書)などに
よって明らかにされてきた。

大部の資料は、マッカーシーが警告した共産主義者のアメリカ政府中枢へ
の浸透が事実だったことを示している。悪名高い「赤狩り」の張本人、
マッカーシーは実は正しく、マローが間違っていたということだ。

真実を知るとはなんと難しいことか。事実発掘を使命とするジャーナリズ
ムのなんと奥深いことか。半世紀がすぎて公開された資料でどんでん返し
が起きてしまう。ジャーナリズムという仕事に対して粛然とした思いを抱
き畏れを感ずるのは私だけではあるまい。言論人として、報道する者とし
て、どれ程注意深くあらねばならないかということだ。

廣淵氏は偏向報道に傾く日本の現状の中で、「知力」を磨き、理想や理
念、美しい言葉に酔うのをやめることを提言する。「実現不可能な理想を
口にする人々、行政能力がないのに理念だけで国家や組織を動かせると信
じている」リベラル勢力に報道が席巻されてはならないということだろ
う。リベラル勢力の最たる現場であるメディアの、その驕りを抉り出した
著作の出版を、私はとても嬉しく思う。報道の偏りが顕著ないま、ぜひ読
んでほしい。 
『週刊新潮』 2017年8月10日号  日本ルネッサンス 第765回

2017年08月10日

◆強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機

櫻井よしこ



「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は
問題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193


2017年08月09日

◆強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機

櫻井よしこ



「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は問
題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。
『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193 

2017年08月08日

◆強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機

櫻井よしこ



「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は問
題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193