2019年08月31日

◆8・15文演説、反日の嘘と歪曲

櫻井よしこ


日韓関係は戦後最悪だ。有体に言って責任は文在寅大統領とその政権にあ
る。この状況を直視して、日本政府は関係正常化の好機ともすべく、冷静
で毅然とした現在の政策を堅持するのがよい。

文氏の日韓関係についての考えは、8月15日の氏の演説が雄弁に語ってい
る。演説に込められていたのは深く頑迷な反日思想である。いまはまず、
文氏の本心を正しく読み取ることが重要だ。

文氏は「光復節慶祝式」の祝辞の冒頭、南北朝鮮の協力で繁栄する「誰も
揺さぶることのできない新たな国」を創ると語った。文氏の語った夢は、
北朝鮮側からも侮蔑的に拒否されたように、実現性に欠けている。元駐日
韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏は「文氏は妄想家だ」と批判を浴
びせた(「言論テレビ」8月16日)。

文氏は日本の敗退でもたらされた「光復」は韓国だけでなく東アジア全体
にとって嬉しいことだったとして、こう説明した。

「日清戦争と日露戦争、満州事変と日中戦争、太平洋戦争まで六十余年間
の長い長い戦争が終わった日であり、東アジア光復の日でした」

文氏の歴史観では、「長い長い戦争」とは、日清戦争以降、大東亜戦争で
日本が敗れるまでの60年間に限られるのだ。その5年後に始まった朝鮮戦
争も、韓国が望んで参戦したベトナム戦争も入っていない。

朝鮮戦争は韓国人と朝鮮人、同胞同士が血みどろになって戦った大悲劇
だった。北朝鮮の共産主義勢力による侵略戦争で、未だに分断が続いてい
る。さらにそのあとのベトナム戦争では、韓国は共産主義と戦うという大
義を掲げたが、ベトナム国民に多くの被害をもたらした。そうしたことに
全く触れず、日本の戦争のみを取り上げ、それが終わったから平和がもた
らされたという歴史観は、偏りと反日の、為にするものだ。

日本だけに焦点を合わせる文氏の歴史観の不幸で不勉強な歪みは、朝鮮半
島の歴史を振りかえることで炙り出せる。古代には漢の武帝が盛んに朝鮮
半島を侵略した。隋は毎年のように兵を出した。唐は新羅を先兵として高
句麗に攻め込み、滅した。新羅の次の高麗は契丹や女真に侵略され続け
た。元は200回にも及ぶ侵略を繰り返し、朝鮮全土を蹂躙した。

究極の事実歪曲

確かに秀吉も文禄・慶長の役で2度にわたって攻めた。だが、その約40年
後、今度は清が侵略した。明、清の時代を通して約500年間、日清戦争で
日本が清を打ち破るまで、朝鮮は属国だった。

多くの戦いの舞台となった朝鮮半島はその意味では悲劇の国だ。しかし文
氏は、日本以外の国々がもたらした被害には言及しない。ひたすら日本を
非難する。まさに心の底からの反日演説が8月15日の演説だった。にも拘
らず、日本の多くのメディアはなぜ、文演説の日本批判は抑制的だったと
評価したのか、理解に苦しむものだ。

文氏は「誰も揺さぶることのできない国」作りに向けて三つの目標を掲げ
たが、その中に「大陸と海洋の橋梁国家」さらに「平和経済の実現」がある。

文氏の本音はここにあるのではないか。ちなみに平和経済は8月5日に文氏
が打ち上げた目標である。日本政府が韓国を「ホワイト国」のリストから
外したのに対し、南北朝鮮が協力して平和経済を実現すれば一気に日本に
追いつける、南北は一体化に向かって突き進みたいという願望である。

しかし、1948年の建国以来、韓国の発展と繁栄は、米韓同盟と日韓協力が
あって初めて可能だった。

朝鮮問題専門家の西岡力氏が語る。

「韓国は海洋国家として日米との三角同盟の中で民主主義、市場経済、反
共により発展してきました。大陸国家とは中国共産党、ロシアの独裁政
権、北朝鮮の世襲独裁政権のことです。文氏はこの二つのブロックの間を
行き来したいという。即ち、日米韓の三角同盟から抜けると宣言したわけ
です」

文政権誕生以来、日を追って明らかになってきたのが文氏の社会主義革命
とでも呼ぶべき路線である。文政権は信頼できないとの分析は、不幸に
も、いまやかなり説得力を持ち始めているが、今回の演説で文氏の本音は
さらに明らかになったのではないか。日本に重大な危機が訪れたことを告
げる深刻な演説だったのだ。

さらに、文演説を貫いているのが厚顔無恥というべき究極の事実歪曲であ
る。氏は次の点を語っている。

➀どの国でも自国が優位にある部門を武器にするならば、平和な自由貿易
秩序は壊れるしかない。

➁先に成長した国が後から成長する国のハシゴを外してはならない。

➂今からでも日本が対話と協力の道に出てくるのならば韓国は快く手を握る。

反文在寅デモ

日本が韓国をホワイト国から外したのは、日本が韓国に輸出してきた大量
破壊兵器などに使用可能な戦略物資が大量に行方不明になっている件につ
いて、韓国側の説明がこの3年以上、ないからである。従って➀は責任転嫁
である。

➁も同様だ。日本は韓国に対してハシゴを外したりしていない。反対に大
事な技術を与え続けた。韓国の浦項製鉄は韓国経済を支える力となってい
るが、その技術は新日鉄が全面的に協力して伝授したものだ。

西岡氏によれば、庶民の食を豊かにする韓国の即席ラーメンの技術も、日
本に輸出しないという条件で日本がタダで提供したという。

鉄からラーメンまで日本は技術を提供しこそすれ、ハシゴを外してはいない。

➂は、どちら様の台詞かと逆に質したくなる。2年以上「対話と協力」を拒
否してきたのは、日本でなく文氏である。

文演説は反日のための虚偽と歪曲に満ちている。文氏相手では、まともな
議論も日韓関係の正常な運営も難しいだろう。

戦後最悪といわれるこのような状況の下で、日韓関係も米朝関係も危機に
直面し、日韓の国益が損なわれ、韓国の運命が危機に瀕している。こうし
た状況を生み出したのが文氏だということに、多くの韓国人が気付き始め
た。気付いて行動を起こし始めた。ソウルをはじめ、地方都市でも、文氏
の辞任を求めるデモが広がっている。韓国の主要メディアは報じないが、
その様子はSNSで広く拡散され、多くの映像から反文在寅デモは、文氏
の側に立った反日デモより数倍規模が大きいことが読みとれる。

韓国の国論は二分され、韓国人は戦っている。勢いを得ているのは反文在
寅勢力の方だ。日本人は、隣国のその実態を知ったうえで、これ以上文政
権に騙されないことが肝要だ。文氏の真の意図をいまこそ冷静に見てとる
ことだ。

『週刊新潮』 2019年8月29日 日本ルネッサンス 第865回



2019年08月29日

◆8・15文演説、反日の嘘と歪曲

櫻井よしこ


日韓関係は戦後最悪だ。有体に言って責任は文在寅大統領とその政権にあ
る。この状況を直視して、日本政府は関係正常化の好機ともすべく、冷静
で毅然とした現在の政策を堅持するのがよい。

文氏の日韓関係についての考えは、8月15日の氏の演説が雄弁に語ってい
る。演説に込められていたのは深く頑迷な反日思想である。いまはまず、
文氏の本心を正しく読み取ることが重要だ。

文氏は「光復節慶祝式」の祝辞の冒頭、南北朝鮮の協力で繁栄する「誰も
揺さぶることのできない新たな国」を創ると語った。文氏の語った夢は、
北朝鮮側からも侮蔑的に拒否されたように、実現性に欠けている。元駐日
韓国大使館公使の洪熒(ホンヒョン)氏は「文氏は妄想家だ」と批判を浴
びせた(「言論テレビ」8月16日)。

文氏は日本の敗退でもたらされた「光復」は韓国だけでなく東アジア全体
にとって嬉しいことだったとして、こう説明した。

「日清戦争と日露戦争、満州事変と日中戦争、太平洋戦争まで六十余年間
の長い長い戦争が終わった日であり、東アジア光復の日でした」

文氏の歴史観では、「長い長い戦争」とは、日清戦争以降、大東亜戦争で
日本が敗れるまでの60年間に限られるのだ。その5年後に始まった朝鮮戦
争も、韓国が望んで参戦したベトナム戦争も入っていない。

朝鮮戦争は韓国人と朝鮮人、同胞同士が血みどろになって戦った大悲劇
だった。北朝鮮の共産主義勢力による侵略戦争で、未だに分断が続いてい
る。さらにそのあとのベトナム戦争では、韓国は共産主義と戦うという大
義を掲げたが、ベトナム国民に多くの被害をもたらした。そうしたことに
全く触れず、日本の戦争のみを取り上げ、それが終わったから平和がもた
らされたという歴史観は、偏りと反日の、為にするものだ。

日本だけに焦点を合わせる文氏の歴史観の不幸で不勉強な歪みは、朝鮮半
島の歴史を振りかえることで炙り出せる。古代には漢の武帝が盛んに朝鮮
半島を侵略した。隋は毎年のように兵を出した。唐は新羅を先兵として高
句麗に攻め込み、滅した。新羅の次の高麗は契丹や女真に侵略され続け
た。元は200回にも及ぶ侵略を繰り返し、朝鮮全土を蹂躙した。

究極の事実歪曲

確かに秀吉も文禄・慶長の役で2度にわたって攻めた。だが、その約40年
後、今度は清が侵略した。明、清の時代を通して約500年間、日清戦争で
日本が清を打ち破るまで、朝鮮は属国だった。

多くの戦いの舞台となった朝鮮半島はその意味では悲劇の国だ。しかし文
氏は、日本以外の国々がもたらした被害には言及しない。ひたすら日本を
非難する。まさに心の底からの反日演説が8月15日の演説だった。にも拘
らず、日本の多くのメディアはなぜ、文演説の日本批判は抑制的だったと
評価したのか、理解に苦しむものだ。

文氏は「誰も揺さぶることのできない国」作りに向けて三つの目標を掲げ
たが、その中に「大陸と海洋の橋梁国家」さらに「平和経済の実現」がある。

文氏の本音はここにあるのではないか。ちなみに平和経済は8月5日に文氏
が打ち上げた目標である。日本政府が韓国を「ホワイト国」のリストから
外したのに対し、南北朝鮮が協力して平和経済を実現すれば一気に日本に
追いつける、南北は一体化に向かって突き進みたいという願望である。

しかし、1948年の建国以来、韓国の発展と繁栄は、米韓同盟と日韓協力が
あって初めて可能だった。

朝鮮問題専門家の西岡力氏が語る。

「韓国は海洋国家として日米との三角同盟の中で民主主義、市場経済、反
共により発展してきました。大陸国家とは中国共産党、ロシアの独裁政
権、北朝鮮の世襲独裁政権のことです。文氏はこの二つのブロックの間を
行き来したいという。即ち、日米韓の三角同盟から抜けると宣言したわけ
です」

文政権誕生以来、日を追って明らかになってきたのが文氏の社会主義革命
とでも呼ぶべき路線である。文政権は信頼できないとの分析は、不幸に
も、いまやかなり説得力を持ち始めているが、今回の演説で文氏の本音は
さらに明らかになったのではないか。日本に重大な危機が訪れたことを告
げる深刻な演説だったのだ。

さらに、文演説を貫いているのが厚顔無恥というべき究極の事実歪曲であ
る。氏は次の点を語っている。

➀どの国でも自国が優位にある部門を武器にするならば、平和な自由貿易
秩序は壊れるしかない。

➁先に成長した国が後から成長する国のハシゴを外してはならない。

➂今からでも日本が対話と協力の道に出てくるのならば韓国は快く手を握る。

反文在寅デモ

日本が韓国をホワイト国から外したのは、日本が韓国に輸出してきた大量
破壊兵器などに使用可能な戦略物資が大量に行方不明になっている件につ
いて、韓国側の説明がこの3年以上、ないからである。従って➀は責任転嫁
である。

➁も同様だ。日本は韓国に対してハシゴを外したりしていない。反対に大
事な技術を与え続けた。韓国の浦項製鉄は韓国経済を支える力となってい
るが、その技術は新日鉄が全面的に協力して伝授したものだ。

西岡氏によれば、庶民の食を豊かにする韓国の即席ラーメンの技術も、日
本に輸出しないという条件で日本がタダで提供したという。

鉄からラーメンまで日本は技術を提供しこそすれ、ハシゴを外してはいない。

➂は、どちら様の台詞かと逆に質したくなる。2年以上「対話と協力」を拒
否してきたのは、日本でなく文氏である。

文演説は反日のための虚偽と歪曲に満ちている。文氏相手では、まともな
議論も日韓関係の正常な運営も難しいだろう。

戦後最悪といわれるこのような状況の下で、日韓関係も米朝関係も危機に
直面し、日韓の国益が損なわれ、韓国の運命が危機に瀕している。こうし
た状況を生み出したのが文氏だということに、多くの韓国人が気付き始め
た。気付いて行動を起こし始めた。ソウルをはじめ、地方都市でも、文氏
の辞任を求めるデモが広がっている。韓国の主要メディアは報じないが、
その様子はSNSで広く拡散され、多くの映像から反文在寅デモは、文氏
の側に立った反日デモより数倍規模が大きいことが読みとれる。

韓国の国論は二分され、韓国人は戦っている。勢いを得ているのは反文在
寅勢力の方だ。日本人は、隣国のその実態を知ったうえで、これ以上文政
権に騙されないことが肝要だ。文氏の真の意図をいまこそ冷静に見てとる
ことだ。

『週刊新潮』 2019年8月29日日本ルネッサンス 第865回

2019年08月28日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月26日

◆全体像を欠いた新聞の「萩生田報道」

櫻井よしこ


なるほど、事実とは必ずしも合致しない“情報”はこんなふうに作り上げら
れ広がっていくのか・そんな体験の真っ只中にいま、私はいる。

7月26日、自民党幹事長代行の萩生田光一氏が、私の主宰するインター
ネット配信の「言論テレビ」で衆院議長交代論を展開したとする話が広
がっている。その“情報”は正確ではない。そのように報じたり、批判した
りする人々は、本当に言論テレビの番組全体を見たのかと、問わざるを得
ない。

番組の全体を見れば、参議院議員選挙を受けて秋の政府・与党人事につい
て語ったのは政治ジャーナリストで産経新聞前政治部長の石橋文登氏であ
ること、萩生田氏は石橋発言を受ける形で議長の職責について解説したに
すぎないことがわかるはずだ。

そこで、当の言論テレビの議論の全体、そこに至る過程について、少々長
くなるが語ってみたい。

眼前の国際情勢は、誰がどう見ても日本の危機である。北朝鮮が発射し続
ける弾道ミサイルは米国でさえ防ぐのが難しい軌道修正機能を備えている
といわれる。7月24日に中国は国防白書を発表し、中国の軍事力はおよそ
すべて防衛的性格だと虚偽を語りつつ、これまでにない強い表現で米国に
対抗する姿勢を見せた。日本の領土である尖閣諸島を中国領だと主張し続
け、現に、連日わが国の排他的経済水域に武装船を送り込み、領海侵犯は
いまや日常的に行われている。

一方、トランプ米大統領からは日米安全保障条約は不平等だとの不満が
頻々と伝わってくる。米国はわが国唯一の同盟国であるが、トランプ氏は
日米安保条約破棄の可能性さえ、「友人達」との間で語っていたと報じら
れた。

地理的に最も近い韓国の文在寅政権は反日の動きを強める一方で、朝鮮半
島が北朝鮮主導での統一にさえ向かいかねない。

国会の実態は実にお粗末

これら一連の事象が日本の安全保障上の危機であるのは今更言うまでもな
い。その危機に対処することが、参院選挙を乗り切った安倍晋三首相と政
府にとっての喫緊の課題である。憲法改正を急ぎ、国防力を強化しなけれ
ば、国民の命も領土領海領空も守りきれなくなるということだ。

そんなことを念頭に私は前述の7月26日、言論テレビで日本の課題につい
て語った。番組ゲストは萩生田、石橋両氏に、雑誌「正論」編集長の田北
真樹子氏だった。

参院選では安倍首相は応援演説の先々で、憲法改正を議論する党か議論し
ない党か、どちらを選ぶのかと問いかけ、かつてないほど憲法改正の公約
を前面に出して戦った。自民公明の与党が勝利したが、改正案の発議に必
要な3分の2に、4議席足りない結果となった。安倍政権は戦後初めて手に
していた衆参両院での3分の2の議席を、当面失った形だ。しかし、萩生田
氏は意外にも非常に前向きだった。

「3分の2を欠いたことで逆に野党の維新や国民民主の人たちに声をかけて
いく(状況が生まれました)」と、柔軟な反応だった。

番組ではその後、憲法改正には肝心の自民党がもっと積極的になるべきだ
という議論になった。選挙で公約に掲げ続けているのであるから、自民党
がもっと積極的になるべきなのは当然である。

それにしても国会の実態は実にお粗末だ。これほど世界が激変する中で、
日本の国防に直接かかわる憲法改正について、それを論じるべき憲法審査
会では議論らしい議論はほとんどなされていない。衆参両院の憲法審査会
には各々10人規模の常勤の職員が配置されているというのに、である。こ
うした状況を踏まえて石橋氏が政府・与党人事の重要性を次のように説いた。

「今回は珍しく、衆院議長人事が最も注目される。憲法審査会は国会の話
で、政府ではない。大島さん(大島理森衆院議長)も随分長いし、本当に
宥和派で動かない。与野党に対してかなり力のある議長でないと駄目かな
と思う。そう考えれば二階さんだ」

時事、日経、毎日、産経も秋の人事の焦点は現在幹事長を務める二階俊博
氏の処遇だと報じており、その意味で右の指摘は目新しいわけではない。
だが石橋氏が、二階氏の衆院議長への就任について語ったのは、憲法改正
という重要案件を推進し日本周辺に押し寄せる脅威を巧みに回避する責務
を托せる人物は、実力者でなければならないということだろう。

そこで私は萩生田氏に、野党にも睨みが利く実力者の議長登用は、総理の
憲法改正への熱意を示すことになるのかと、議長職の役割の重要性に焦点
を合わせて問うた。

朝日流の引用は杜撰で傲慢

この問いに萩生田氏は議長の職責をざっと以下のように説明したのだ。

「憲法改正をするのは総理ではなく国会だ。本来、国会議員が審査会を回
していかなければならず、最終責任者は議長だ。大島議長は立派な方だ
が、調整型だ。野党に気を遣いながらも審査を進めるのも議長の仕事だ。
いまのメンバーでなかなか動かないとすれば、有力な方を議長に置いて、
憲法改正シフトを国会が行うのは極めて大事だ」

踏み込んではいるが、氏の発言はあくまでも議長の役割とは何かを説明し
たものに過ぎない。

だが、朝日新聞は7月30日、大久保貴裕記者の署名原稿を「萩生田氏の議
長交代論 波紋」の見出しで伝えた。同記事では言論テレビの議論の内、
本件前段の石橋発言が削除されている。その結果、議長交代は石橋氏の論
であり、萩生田氏のものではないという事実が薄められた。

全体の流れを踏まえれば、萩生田氏が議長交代論を展開したとして批判す
るのはあたらないだろう。詳細の全体を言論テレビのホームページから
入って、聞いてほしいと思う。

もう一点、朝日のインターネットテレビに対する姿勢には大いなる疑問を
抱かざるを得ない。朝日は言論テレビの配信を元に原稿を書いたが、そこ
には情報元として「インターネット番組」としか書かれていない。「言論
テレビ」とは書かないのである。週刊誌に対しても同様だ。

記者にとっても研究者にとっても情報を引用するとき、情報元を明記する
のは最低限の知的マナーだ。物を書く人々の常識でもある。「インター
ネット番組」という朝日流の引用は杜撰で、傲慢である。同時に、報道倫
理及び著作権法にも反しているのではないか。

今回の件で伊吹文明氏、辻元清美氏らを筆頭に、幾人かの政治家たちが萩
生田氏を批判し、憲法改正の議論に遅れが出かねない旨語っている。全体
の枠組みから一部の発言を切り出した批判論に乗って、行うべき議論も行
わずに、憲法改正議論を遅らせる愚を繰り返すとしたら、国民や国家のた
めにならない。発言の全体を見るべきだ。

『週刊新潮』 2019年8月16・22日号 日本ルネッサンス 第864回

2019年08月25日

◆全体像を欠いた新聞の「萩生田報道」

櫻井よしこ


なるほど、事実とは必ずしも合致しない“情報”はこんなふうに作り上げら
れ広がっていくのか・そんな体験の真っ只中にいま、私はいる。

7月26日、自民党幹事長代行の萩生田光一氏が、私の主宰するインター
ネット配信の「言論テレビ」で衆院議長交代論を展開したとする話が広
がっている。その“情報”は正確ではない。そのように報じたり、批判した
りする人々は、本当に言論テレビの番組全体を見たのかと、問わざるを得
ない。

番組の全体を見れば、参議院議員選挙を受けて秋の政府・与党人事につい
て語ったのは政治ジャーナリストで産経新聞前政治部長の石橋文登氏であ
ること、萩生田氏は石橋発言を受ける形で議長の職責について解説したに
すぎないことがわかるはずだ。

そこで、当の言論テレビの議論の全体、そこに至る過程について、少々長
くなるが語ってみたい。

眼前の国際情勢は、誰がどう見ても日本の危機である。北朝鮮が発射し続
ける弾道ミサイルは米国でさえ防ぐのが難しい軌道修正機能を備えている
といわれる。7月24日に中国は国防白書を発表し、中国の軍事力はおよそ
すべて防衛的性格だと虚偽を語りつつ、これまでにない強い表現で米国に
対抗する姿勢を見せた。日本の領土である尖閣諸島を中国領だと主張し続
け、現に、連日わが国の排他的経済水域に武装船を送り込み、領海侵犯は
いまや日常的に行われている。

一方、トランプ米大統領からは日米安全保障条約は不平等だとの不満が
頻々と伝わってくる。米国はわが国唯一の同盟国であるが、トランプ氏は
日米安保条約破棄の可能性さえ、「友人達」との間で語っていたと報じら
れた。

地理的に最も近い韓国の文在寅政権は反日の動きを強める一方で、朝鮮半
島が北朝鮮主導での統一にさえ向かいかねない。

国会の実態は実にお粗末

これら一連の事象が日本の安全保障上の危機であるのは今更言うまでもな
い。その危機に対処することが、参院選挙を乗り切った安倍晋三首相と政
府にとっての喫緊の課題である。憲法改正を急ぎ、国防力を強化しなけれ
ば、国民の命も領土領海領空も守りきれなくなるということだ。

そんなことを念頭に私は前述の7月26日、言論テレビで日本の課題につい
て語った。番組ゲストは萩生田、石橋両氏に、雑誌「正論」編集長の田北
真樹子氏だった。

参院選では安倍首相は応援演説の先々で、憲法改正を議論する党か議論し
ない党か、どちらを選ぶのかと問いかけ、かつてないほど憲法改正の公約
を前面に出して戦った。自民公明の与党が勝利したが、改正案の発議に必
要な3分の2に、4議席足りない結果となった。安倍政権は戦後初めて手に
していた衆参両院での3分の2の議席を、当面失った形だ。しかし、萩生田
氏は意外にも非常に前向きだった。

「3分の2を欠いたことで逆に野党の維新や国民民主の人たちに声をかけて
いく(状況が生まれました)」と、柔軟な反応だった。

番組ではその後、憲法改正には肝心の自民党がもっと積極的になるべきだ
という議論になった。選挙で公約に掲げ続けているのであるから、自民党
がもっと積極的になるべきなのは当然である。

それにしても国会の実態は実にお粗末だ。これほど世界が激変する中で、
日本の国防に直接かかわる憲法改正について、それを論じるべき憲法審査
会では議論らしい議論はほとんどなされていない。衆参両院の憲法審査会
には各々10人規模の常勤の職員が配置されているというのに、である。こ
うした状況を踏まえて石橋氏が政府・与党人事の重要性を次のように説いた。

「今回は珍しく、衆院議長人事が最も注目される。憲法審査会は国会の話
で、政府ではない。大島さん(大島理森衆院議長)も随分長いし、本当に
宥和派で動かない。与野党に対してかなり力のある議長でないと駄目かな
と思う。そう考えれば二階さんだ」

時事、日経、毎日、産経も秋の人事の焦点は現在幹事長を務める二階俊博
氏の処遇だと報じており、その意味で右の指摘は目新しいわけではない。
だが石橋氏が、二階氏の衆院議長への就任について語ったのは、憲法改正
という重要案件を推進し日本周辺に押し寄せる脅威を巧みに回避する責務
を托せる人物は、実力者でなければならないということだろう。

そこで私は萩生田氏に、野党にも睨みが利く実力者の議長登用は、総理の
憲法改正への熱意を示すことになるのかと、議長職の役割の重要性に焦点
を合わせて問うた。

朝日流の引用は杜撰で傲慢

この問いに萩生田氏は議長の職責をざっと以下のように説明したのだ。

「憲法改正をするのは総理ではなく国会だ。本来、国会議員が審査会を回
していかなければならず、最終責任者は議長だ。大島議長は立派な方だ
が、調整型だ。野党に気を遣いながらも審査を進めるのも議長の仕事だ。
いまのメンバーでなかなか動かないとすれば、有力な方を議長に置いて、
憲法改正シフトを国会が行うのは極めて大事だ」

踏み込んではいるが、氏の発言はあくまでも議長の役割とは何かを説明し
たものに過ぎない。

だが、朝日新聞は7月30日、大久保貴裕記者の署名原稿を「萩生田氏の議
長交代論 波紋」の見出しで伝えた。同記事では言論テレビの議論の内、
本件前段の石橋発言が削除されている。その結果、議長交代は石橋氏の論
であり、萩生田氏のものではないという事実が薄められた。

全体の流れを踏まえれば、萩生田氏が議長交代論を展開したとして批判す
るのはあたらないだろう。詳細の全体を言論テレビのホームページから
入って、聞いてほしいと思う。

もう一点、朝日のインターネットテレビに対する姿勢には大いなる疑問を
抱かざるを得ない。朝日は言論テレビの配信を元に原稿を書いたが、そこ
には情報元として「インターネット番組」としか書かれていない。「言論
テレビ」とは書かないのである。週刊誌に対しても同様だ。

記者にとっても研究者にとっても情報を引用するとき、情報元を明記する
のは最低限の知的マナーだ。物を書く人々の常識でもある。「インター
ネット番組」という朝日流の引用は杜撰で、傲慢である。同時に、報道倫
理及び著作権法にも反しているのではないか。

今回の件で伊吹文明氏、辻元清美氏らを筆頭に、幾人かの政治家たちが萩
生田氏を批判し、憲法改正の議論に遅れが出かねない旨語っている。全体
の枠組みから一部の発言を切り出した批判論に乗って、行うべき議論も行
わずに、憲法改正議論を遅らせる愚を繰り返すとしたら、国民や国家のた
めにならない。発言の全体を見るべきだ。

『週刊新潮』 2019年8月16・22日号 日本ルネッサンス 第864回

2019年08月24日

◆全体像を欠いた新聞の「萩生田報道」

櫻井よしこ


なるほど、事実とは必ずしも合致しない“情報”はこんなふうに作り上げら
れ広がっていくのか・そんな体験の真っ只中にいま、私はいる。

7月26日、自民党幹事長代行の萩生田光一氏が、私の主宰するインター
ネット配信の「言論テレビ」で衆院議長交代論を展開したとする話が広
がっている。その“情報”は正確ではない。そのように報じたり、批判した
りする人々は、本当に言論テレビの番組全体を見たのかと、問わざるを得
ない。

番組の全体を見れば、参議院議員選挙を受けて秋の政府・与党人事につい
て語ったのは政治ジャーナリストで産経新聞前政治部長の石橋文登氏であ
ること、萩生田氏は石橋発言を受ける形で議長の職責について解説したに
すぎないことがわかるはずだ。

そこで、当の言論テレビの議論の全体、そこに至る過程について、少々長
くなるが語ってみたい。

眼前の国際情勢は、誰がどう見ても日本の危機である。北朝鮮が発射し続
ける弾道ミサイルは米国でさえ防ぐのが難しい軌道修正機能を備えている
といわれる。7月24日に中国は国防白書を発表し、中国の軍事力はおよそ
すべて防衛的性格だと虚偽を語りつつ、これまでにない強い表現で米国に
対抗する姿勢を見せた。日本の領土である尖閣諸島を中国領だと主張し続
け、現に、連日わが国の排他的経済水域に武装船を送り込み、領海侵犯は
いまや日常的に行われている。

一方、トランプ米大統領からは日米安全保障条約は不平等だとの不満が
頻々と伝わってくる。米国はわが国唯一の同盟国であるが、トランプ氏は
日米安保条約破棄の可能性さえ、「友人達」との間で語っていたと報じら
れた。

地理的に最も近い韓国の文在寅政権は反日の動きを強める一方で、朝鮮半
島が北朝鮮主導での統一にさえ向かいかねない。

国会の実態は実にお粗末

これら一連の事象が日本の安全保障上の危機であるのは今更言うまでもな
い。その危機に対処することが、参院選挙を乗り切った安倍晋三首相と政
府にとっての喫緊の課題である。憲法改正を急ぎ、国防力を強化しなけれ
ば、国民の命も領土領海領空も守りきれなくなるということだ。

そんなことを念頭に私は前述の7月26日、言論テレビで日本の課題につい
て語った。番組ゲストは萩生田、石橋両氏に、雑誌「正論」編集長の田北
真樹子氏だった。

参院選では安倍首相は応援演説の先々で、憲法改正を議論する党か議論し
ない党か、どちらを選ぶのかと問いかけ、かつてないほど憲法改正の公約
を前面に出して戦った。自民公明の与党が勝利したが、改正案の発議に必
要な3分の2に、4議席足りない結果となった。安倍政権は戦後初めて手に
していた衆参両院での3分の2の議席を、当面失った形だ。しかし、萩生田
氏は意外にも非常に前向きだった。

「3分の2を欠いたことで逆に野党の維新や国民民主の人たちに声をかけて
いく(状況が生まれました)」と、柔軟な反応だった。

番組ではその後、憲法改正には肝心の自民党がもっと積極的になるべきだ
という議論になった。選挙で公約に掲げ続けているのであるから、自民党
がもっと積極的になるべきなのは当然である。

それにしても国会の実態は実にお粗末だ。これほど世界が激変する中で、
日本の国防に直接かかわる憲法改正について、それを論じるべき憲法審査
会では議論らしい議論はほとんどなされていない。衆参両院の憲法審査会
には各々10人規模の常勤の職員が配置されているというのに、である。こ
うした状況を踏まえて石橋氏が政府・与党人事の重要性を次のように説いた。

「今回は珍しく、衆院議長人事が最も注目される。憲法審査会は国会の話
で、政府ではない。大島さん(大島理森衆院議長)も随分長いし、本当に
宥和派で動かない。与野党に対してかなり力のある議長でないと駄目かな
と思う。そう考えれば二階さんだ」

時事、日経、毎日、産経も秋の人事の焦点は現在幹事長を務める二階俊博
氏の処遇だと報じており、その意味で右の指摘は目新しいわけではない。
だが石橋氏が、二階氏の衆院議長への就任について語ったのは、憲法改正
という重要案件を推進し日本周辺に押し寄せる脅威を巧みに回避する責務
を托せる人物は、実力者でなければならないということだろう。

そこで私は萩生田氏に、野党にも睨みが利く実力者の議長登用は、総理の
憲法改正への熱意を示すことになるのかと、議長職の役割の重要性に焦点
を合わせて問うた。

朝日流の引用は杜撰で傲慢

この問いに萩生田氏は議長の職責をざっと以下のように説明したのだ。

「憲法改正をするのは総理ではなく国会だ。本来、国会議員が審査会を回
していかなければならず、最終責任者は議長だ。大島議長は立派な方だ
が、調整型だ。野党に気を遣いながらも審査を進めるのも議長の仕事だ。
いまのメンバーでなかなか動かないとすれば、有力な方を議長に置いて、
憲法改正シフトを国会が行うのは極めて大事だ」

踏み込んではいるが、氏の発言はあくまでも議長の役割とは何かを説明し
たものに過ぎない。

だが、朝日新聞は7月30日、大久保貴裕記者の署名原稿を「萩生田氏の議
長交代論 波紋」の見出しで伝えた。同記事では言論テレビの議論の内、
本件前段の石橋発言が削除されている。その結果、議長交代は石橋氏の論
であり、萩生田氏のものではないという事実が薄められた。

全体の流れを踏まえれば、萩生田氏が議長交代論を展開したとして批判す
るのはあたらないだろう。詳細の全体を言論テレビのホームページから
入って、聞いてほしいと思う。

もう一点、朝日のインターネットテレビに対する姿勢には大いなる疑問を
抱かざるを得ない。朝日は言論テレビの配信を元に原稿を書いたが、そこ
には情報元として「インターネット番組」としか書かれていない。「言論
テレビ」とは書かないのである。週刊誌に対しても同様だ。

記者にとっても研究者にとっても情報を引用するとき、情報元を明記する
のは最低限の知的マナーだ。物を書く人々の常識でもある。「インター
ネット番組」という朝日流の引用は杜撰で、傲慢である。同時に、報道倫
理及び著作権法にも反しているのではないか。

今回の件で伊吹文明氏、辻元清美氏らを筆頭に、幾人かの政治家たちが萩
生田氏を批判し、憲法改正の議論に遅れが出かねない旨語っている。全体
の枠組みから一部の発言を切り出した批判論に乗って、行うべき議論も行
わずに、憲法改正議論を遅らせる愚を繰り返すとしたら、国民や国家のた
めにならない。発言の全体を見るべきだ。

『週刊新潮』 2019年8月16・22日号 日本ルネッサンス 第864回

2019年08月22日

◆全体像を欠いた新聞の「萩生田報道」

櫻井よしこ


なるほど、事実とは必ずしも合致しない“情報”はこんなふうに作り上げら
れ広がっていくのか・そんな体験の真っ只中にいま、私はいる。

7月26日、自民党幹事長代行の萩生田光一氏が、私の主宰するインター
ネット配信の「言論テレビ」で衆院議長交代論を展開したとする話が広
がっている。その“情報”は正確ではない。そのように報じたり、批判した
りする人々は、本当に言論テレビの番組全体を見たのかと、問わざるを得
ない。

番組の全体を見れば、参議院議員選挙を受けて秋の政府・与党人事につい
て語ったのは政治ジャーナリストで産経新聞前政治部長の石橋文登氏であ
ること、萩生田氏は石橋発言を受ける形で議長の職責について解説したに
すぎないことがわかるはずだ。

そこで、当の言論テレビの議論の全体、そこに至る過程について、少々長
くなるが語ってみたい。

眼前の国際情勢は、誰がどう見ても日本の危機である。北朝鮮が発射し続
ける弾道ミサイルは米国でさえ防ぐのが難しい軌道修正機能を備えている
といわれる。7月24日に中国は国防白書を発表し、中国の軍事力はおよそ
すべて防衛的性格だと虚偽を語りつつ、これまでにない強い表現で米国に
対抗する姿勢を見せた。日本の領土である尖閣諸島を中国領だと主張し続
け、現に、連日わが国の排他的経済水域に武装船を送り込み、領海侵犯は
いまや日常的に行われている。

一方、トランプ米大統領からは日米安全保障条約は不平等だとの不満が
頻々と伝わってくる。米国はわが国唯一の同盟国であるが、トランプ氏は
日米安保条約破棄の可能性さえ、「友人達」との間で語っていたと報じら
れた。

地理的に最も近い韓国の文在寅政権は反日の動きを強める一方で、朝鮮半
島が北朝鮮主導での統一にさえ向かいかねない。

国会の実態は実にお粗末

これら一連の事象が日本の安全保障上の危機であるのは今更言うまでもな
い。その危機に対処することが、参院選挙を乗り切った安倍晋三首相と政
府にとっての喫緊の課題である。憲法改正を急ぎ、国防力を強化しなけれ
ば、国民の命も領土領海領空も守りきれなくなるということだ。

そんなことを念頭に私は前述の7月26日、言論テレビで日本の課題につい
て語った。番組ゲストは萩生田、石橋両氏に、雑誌「正論」編集長の田北
真樹子氏だった。

参院選では安倍首相は応援演説の先々で、憲法改正を議論する党か議論し
ない党か、どちらを選ぶのかと問いかけ、かつてないほど憲法改正の公約
を前面に出して戦った。自民公明の与党が勝利したが、改正案の発議に必
要な3分の2に、4議席足りない結果となった。安倍政権は戦後初めて手に
していた衆参両院での3分の2の議席を、当面失った形だ。しかし、萩生田
氏は意外にも非常に前向きだった。

「3分の2を欠いたことで逆に野党の維新や国民民主の人たちに声をかけて
いく(状況が生まれました)」と、柔軟な反応だった。

番組ではその後、憲法改正には肝心の自民党がもっと積極的になるべきだ
という議論になった。選挙で公約に掲げ続けているのであるから、自民党
がもっと積極的になるべきなのは当然である。

それにしても国会の実態は実にお粗末だ。これほど世界が激変する中で、
日本の国防に直接かかわる憲法改正について、それを論じるべき憲法審査
会では議論らしい議論はほとんどなされていない。衆参両院の憲法審査会
には各々10人規模の常勤の職員が配置されているというのに、である。こ
うした状況を踏まえて石橋氏が政府・与党人事の重要性を次のように説いた。

「今回は珍しく、衆院議長人事が最も注目される。憲法審査会は国会の話
で、政府ではない。大島さん(大島理森衆院議長)も随分長いし、本当に
宥和派で動かない。与野党に対してかなり力のある議長でないと駄目かな
と思う。そう考えれば二階さんだ」

時事、日経、毎日、産経も秋の人事の焦点は現在幹事長を務める二階俊博
氏の処遇だと報じており、その意味で右の指摘は目新しいわけではない。
だが石橋氏が、二階氏の衆院議長への就任について語ったのは、憲法改正
という重要案件を推進し日本周辺に押し寄せる脅威を巧みに回避する責務
を托せる人物は、実力者でなければならないということだろう。

そこで私は萩生田氏に、野党にも睨みが利く実力者の議長登用は、総理の
憲法改正への熱意を示すことになるのかと、議長職の役割の重要性に焦点
を合わせて問うた。

朝日流の引用は杜撰で傲慢

この問いに萩生田氏は議長の職責をざっと以下のように説明したのだ。

「憲法改正をするのは総理ではなく国会だ。本来、国会議員が審査会を回
していかなければならず、最終責任者は議長だ。大島議長は立派な方だ
が、調整型だ。野党に気を遣いながらも審査を進めるのも議長の仕事だ。
いまのメンバーでなかなか動かないとすれば、有力な方を議長に置いて、
憲法改正シフトを国会が行うのは極めて大事だ」

踏み込んではいるが、氏の発言はあくまでも議長の役割とは何かを説明し
たものに過ぎない。

だが、朝日新聞は7月30日、大久保貴裕記者の署名原稿を「萩生田氏の議
長交代論 波紋」の見出しで伝えた。同記事では言論テレビの議論の内、
本件前段の石橋発言が削除されている。その結果、議長交代は石橋氏の論
であり、萩生田氏のものではないという事実が薄められた。

全体の流れを踏まえれば、萩生田氏が議長交代論を展開したとして批判す
るのはあたらないだろう。詳細の全体を言論テレビのホームページから
入って、聞いてほしいと思う。

もう一点、朝日のインターネットテレビに対する姿勢には大いなる疑問を
抱かざるを得ない。朝日は言論テレビの配信を元に原稿を書いたが、そこ
には情報元として「インターネット番組」としか書かれていない。「言論
テレビ」とは書かないのである。週刊誌に対しても同様だ。

記者にとっても研究者にとっても情報を引用するとき、情報元を明記する
のは最低限の知的マナーだ。物を書く人々の常識でもある。「インター
ネット番組」という朝日流の引用は杜撰で、傲慢である。同時に、報道倫
理及び著作権法にも反しているのではないか。

今回の件で伊吹文明氏、辻元清美氏らを筆頭に、幾人かの政治家たちが萩
生田氏を批判し、憲法改正の議論に遅れが出かねない旨語っている。全体
の枠組みから一部の発言を切り出した批判論に乗って、行うべき議論も行
わずに、憲法改正議論を遅らせる愚を繰り返すとしたら、国民や国家のた
めにならない。発言の全体を見るべきだ

『週刊新潮』 2019年8月16・22日号 日本ルネッサンス 第864回

2019年08月21日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号


2019年08月18日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月17日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月15日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月13日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月12日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号