2018年10月24日

◆米中対立は中長期にわたり本格化する

櫻井よしこ


「米中対立は中長期にわたり本格化する 日米の連携を一層強めていくの
がよい」

米国が遂に中国の本性に気づいた──。10月4日、マイク・ペンス米副大統
領が有力シンクタンク「ハドソン研究所」で行った演説のメッセージがこ
れだった。

米国の「覚醒」は遅すぎるとも思えるが、それでも彼らが中国の長期的国
家戦略の意図を正しく認識するのは日本にとって歓迎すべきことだ。

ペンス氏は約1時間、およそ全分野にわたって中国批判を展開した。不公
正貿易、知的財産の窃盗、弱小国への債務の罠、狡猾な米中間選挙への介
入、豊富な資金による米言論機関、シンクタンク、大学、研究者への影響
力行使、米国世論を動かす中国メディアの一方的情報、さらに、南シナ
海、インド洋、太平洋での軍事的席巻など、ペンス氏は果てしなく具体例
を挙げた。

諸外国だけでなく自国民にも苛烈な圧力を中国共産党は加え2020年までに
ジョージ・オーウェル的社会の実現を目論んでいるとも非難した。

この一連の異常な中国の行動を見逃す時代はもはや終わりだと、トランプ
政権の決意を、ペンス氏は語ったのだ。米国はいまや対中新冷戦に突入し
たと考えてよいだろう。

とりわけ印象深いのは、演説でペンス氏がマイケル・ピルズベリーという
名前に二度、言及したことだ。現在ハドソン研究所の中国戦略センター所
長を務めるピルズベリー氏は1969年、大学院生のときにCIA(米中央情
報局)にスカウトされ、以来、CIA要員として中国問題に関わってきた。

親中派の中の親中派を自任する氏は三年前、ベストセラーとなった
『China 2049』を書いて、自分は中国に騙されていたと告白
し、氏がそのほぼ一生を費やして研究した中国人の考え方を詳述した。中
国人は、米国を横暴な暴君ととらえ、中国の最終決戦の相手だと認識して
いるが、米国はそのことをほとんど理解しておらず、むしろ中国は米国の
ような国になりたいと憧れていると勝手に思い込み、結果として騙され続
けてきたというのだ。

一例として氏は米中接近の事例を示している。私たちは、米中接近はニク
ソン大統領が旧ソ連を孤立させるために中国を取り込んだ大戦略だと理解
してきた。しかしピルズベリー氏の見方は異なる。60年代末に中国は国境
を巡ってソ連と対立、新疆国境でソ連軍と大規模な衝突を起こした。軍の
タカ派の元帥らはソ連に対して米国カードを使うべきだ、台湾問題を不問
にしても米国に接近すべきだと毛沢東に進言、毛はそれを受け入れたという。

ニクソン大統領の訪中で、米中関係は劇的に改善されたが、それは中国が
支援と保護を必要とする無力な嘆願者を装い、武器装備をはじめ、中国が
対立していたインドやソ連の情報まで、世界が驚く程の貴重な支援を米国
から手に入れた構図だったと、ピルズベリー氏は明かしている。

明らかに中国は米国の力を借りて力をつけた。それは彼らが日本から膨大
な額のODA(政府開発援助)をせしめ、鉄鋼をはじめとする基幹産業技
術を移転してもらって力をつけたのと同じ構図だ。

ピルズベリー氏はさらに中ソ関係も分析した。中国はソ連に対しても米国
に対するのと同様に弱い国を演じて最大限の援助を受け、力をつけ、最終
的に米国の側につくことでソ連と訣別し、ソ連を潰したというのだ。

そしていま、中国は米国に対しても覇権を目指す意図を隠さなくなった。
米国がもはや太刀打ちできないところまで、状況は中国有利に変化したと
中国が判断した結果だというのだ。ペンス氏もそのピルズベリー氏の分析
を共有しているのであろう。それがハドソン研究所でのスピーチではない
か。米中の対立は中・長期にわたり本格化していくと考えるひとつの理由
である。導き出される結論は日米連携を一層強めるのが日本の国益だとい
うことだ。

週刊ダイヤモンド 2018年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1252


2018年10月23日

◆米中対立は中長期にわたり本格化する

櫻井よしこ


「米中対立は中長期にわたり本格化する 日米の連携を一層強めていくの
がよい」
米国が遂に中国の本性に気づいた──。10月4日、マイク・ペンス米副大統
領が有力シンクタンク「ハドソン研究所」で行った演説のメッセージがこ
れだった。

米国の「覚醒」は遅すぎるとも思えるが、それでも彼らが中国の長期的国
家戦略の意図を正しく認識するのは日本にとって歓迎すべきことだ。

ペンス氏は約1時間、およそ全分野にわたって中国批判を展開した。不公
正貿易、知的財産の窃盗、弱小国への債務の罠、狡猾な米中間選挙への介
入、豊富な資金による米言論機関、シンクタンク、大学、研究者への影響
力行使、米国世論を動かす中国メディアの一方的情報、さらに、南シナ
海、インド洋、太平洋での軍事的席巻など、ペンス氏は果てしなく具体例
を挙げた。

諸外国だけでなく自国民にも苛烈な圧力を中国共産党は加え2020年までに
ジョージ・オーウェル的社会の実現を目論んでいるとも非難した。

この一連の異常な中国の行動を見逃す時代はもはや終わりだと、トランプ
政権の決意を、ペンス氏は語ったのだ。米国はいまや対中新冷戦に突入し
たと考えてよいだろう。

とりわけ印象深いのは、演説でペンス氏がマイケル・ピルズベリーという
名前に二度、言及したことだ。現在ハドソン研究所の中国戦略センター所
長を務めるピルズベリー氏は1969年、大学院生のときにCIA(米中央情
報局)にスカウトされ、以来、CIA要員として中国問題に関わってきた。

親中派の中の親中派を自任する氏は三年前、ベストセラーとなった
『China 2049』を書いて、自分は中国に騙されていたと告白し、氏
がそのほぼ一生を費やして研究した中国人の考え方を詳述した。中国人
は、米国を横暴な暴君ととらえ、中国の最終決戦の相手だと認識している
が、米国はそのことをほとんど理解しておらず、むしろ中国は米国のよう
な国になりたいと憧れていると勝手に思い込み、結果として騙され続けて
きたというのだ。

一例として氏は米中接近の事例を示している。私たちは、米中接近はニク
ソン大統領が旧ソ連を孤立させるために中国を取り込んだ大戦略だと理解
してきた。しかしピルズベリー氏の見方は異なる。60年代末に中国は国境
を巡ってソ連と対立、新疆国境でソ連軍と大規模な衝突を起こした。軍の
タカ派の元帥らはソ連に対して米国カードを使うべきだ、台湾問題を不問
にしても米国に接近すべきだと毛沢東に進言、毛はそれを受け入れたという。

ニクソン大統領の訪中で、米中関係は劇的に改善されたが、それは中国が
支援と保護を必要とする無力な嘆願者を装い、武器装備をはじめ、中国が
対立していたインドやソ連の情報まで、世界が驚く程の貴重な支援を米国
から手に入れた構図だったと、ピルズベリー氏は明かしている。

明らかに中国は米国の力を借りて力をつけた。それは彼らが日本から膨大
な額のODA(政府開発援助)をせしめ、鉄鋼をはじめとする基幹産業技
術を移転してもらって力をつけたのと同じ構図だ。

ピルズベリー氏はさらに中ソ関係も分析した。中国はソ連に対しても米国
に対するのと同様に弱い国を演じて最大限の援助を受け、力をつけ、最終
的に米国の側につくことでソ連と訣別し、ソ連を潰したというのだ。

そしていま、中国は米国に対しても覇権を目指す意図を隠さなくなった。
米国がもはや太刀打ちできないところまで、状況は中国有利に変化したと
中国が判断した結果だというのだ。ペンス氏もそのピルズベリー氏の分析
を共有しているのであろう。それがハドソン研究所でのスピーチではない
か。米中の対立は中・長期にわたり本格化していくと考えるひとつの理由
である。導き出される結論は日米連携を一層強めるのが日本の国益だとい
うことだ。

週刊ダイヤモンド 2018年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1252

2018年10月22日

◆米中対立は中長期に及ぶ

櫻井よしこ


「米中対立は中長期にわたり本格化する 日米の連携を一層強めていくの
がよい」
米国が遂に中国の本性に気づいた──。10月4日、マイク・ペンス米副大統
領が有力シンクタンク「ハドソン研究所」で行った演説のメッセージがこ
れだった。

米国の「覚醒」は遅すぎるとも思えるが、それでも彼らが中国の長期的国
家戦略の意図を正しく認識するのは日本にとって歓迎すべきことだ。

ペンス氏は約1時間、およそ全分野にわたって中国批判を展開した。不公
正貿易、知的財産の窃盗、弱小国への債務の罠、狡猾な米中間選挙への介
入、豊富な資金による米言論機関、シンクタンク、大学、研究者への影響
力行使、米国世論を動かす中国メディアの一方的情報、さらに、南シナ
海、インド洋、太平洋での軍事的席巻など、ペンス氏は果てしなく具体例
を挙げた。

諸外国だけでなく自国民にも苛烈な圧力を中国共産党は加え2020年までに
ジョージ・オーウェル的社会の実現を目論んでいるとも非難した。

この一連の異常な中国の行動を見逃す時代はもはや終わりだと、トランプ
政権の決意を、ペンス氏は語ったのだ。米国はいまや対中新冷戦に突入し
たと考えてよいだろう。

とりわけ印象深いのは、演説でペンス氏がマイケル・ピルズベリーという
名前に二度、言及したことだ。現在ハドソン研究所の中国戦略センター所
長を務めるピルズベリー氏は1969年、大学院生のときにCIA(米中央情
報局)にスカウトされ、以来、CIA要員として中国問題に関わってきた。

親中派の中の親中派を自任する氏は三年前、ベストセラーとなった
『China 2049』を書いて、自分は中国に騙されていたと告白
し、氏がそのほぼ一生を費やして研究した中国人の考え方を詳述した。中
国人は、米国を横暴な暴君ととらえ、中国の最終決戦の相手だと認識して
いるが、米国はそのことをほとんど理解しておらず、むしろ中国は米国の
ような国になりたいと憧れていると勝手に思い込み、結果として騙され続
けてきたというのだ。

一例として氏は米中接近の事例を示している。私たちは、米中接近はニク
ソン大統領が旧ソ連を孤立させるために中国を取り込んだ大戦略だと理解
してきた。しかしピルズベリー氏の見方は異なる。60年代末に中国は国境
を巡ってソ連と対立、新疆国境でソ連軍と大規模な衝突を起こした。軍の
タカ派の元帥らはソ連に対して米国カードを使うべきだ、台湾問題を不問
にしても米国に接近すべきだと毛沢東に進言、毛はそれを受け入れたという。

ニクソン大統領の訪中で、米中関係は劇的に改善されたが、それは中国が
支援と保護を必要とする無力な嘆願者を装い、武器装備をはじめ、中国が
対立していたインドやソ連の情報まで、世界が驚く程の貴重な支援を米国
から手に入れた構図だったと、ピルズベリー氏は明かしている。

明らかに中国は米国の力を借りて力をつけた。それは彼らが日本から膨大
な額のODA(政府開発援助)をせしめ、鉄鋼をはじめとする基幹産業技
術を移転してもらって力をつけたのと同じ構図だ。

ピルズベリー氏はさらに中ソ関係も分析した。中国はソ連に対しても米国
に対するのと同様に弱い国を演じて最大限の援助を受け、力をつけ、最終
的に米国の側につくことでソ連と訣別し、ソ連を潰したというのだ。

そしていま、中国は米国に対しても覇権を目指す意図を隠さなくなった。
米国がもはや太刀打ちできないところまで、状況は中国有利に変化したと
中国が判断した結果だというのだ。ペンス氏もそのピルズベリー氏の分析
を共有しているのであろう。それがハドソン研究所でのスピーチではない
か。米中の対立は中・長期にわたり本格化していくと考えるひとつの理由
である。導き出される結論は日米連携を一層強めるのが日本の国益だとい
うことだ。
週刊ダイヤモンド 2018年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1252

2018年10月21日

◆米中対立は中長期に及ぶ

櫻井よしこ


「米中対立は中長期にわたり本格化する 日米の連携を一層強めていくの
がよい」

米国が遂に中国の本性に気づいた──。10月4日、マイク・ペンス米副大統
領が有力シンクタンク「ハドソン研究所」で行った演説のメッセージがこ
れだった。

米国の「覚醒」は遅すぎるとも思えるが、それでも彼らが中国の長期的国
家戦略の意図を正しく認識するのは日本にとって歓迎すべきことだ。

ペンス氏は約1時間、およそ全分野にわたって中国批判を展開した。不公
正貿易、知的財産の窃盗、弱小国への債務の罠、狡猾な米中間選挙への介
入、豊富な資金による米言論機関、シンクタンク、大学、研究者への影響
力行使、米国世論を動かす中国メディアの一方的情報、さらに、南シナ
海、インド洋、太平洋での軍事的席巻など、ペンス氏は果てしなく具体例
を挙げた。

諸外国だけでなく自国民にも苛烈な圧力を中国共産党は加え2020年までに
ジョージ・オーウェル的社会の実現を目論んでいるとも非難した。

この一連の異常な中国の行動を見逃す時代はもはや終わりだと、トランプ
政権の決意を、ペンス氏は語ったのだ。米国はいまや対中新冷戦に突入し
たと考えてよいだろう。

とりわけ印象深いのは、演説でペンス氏がマイケル・ピルズベリーという
名前に二度、言及したことだ。現在ハドソン研究所の中国戦略センター所
長を務めるピルズベリー氏は1969年、大学院生のときにCIA(米中央情
報局)にスカウトされ、以来、CIA要員として中国問題に関わってきた。

親中派の中の親中派を自任する氏は三年前、ベストセラーとなった
『China 2049』を書いて、自分は中国に騙されていたと告白
し、氏がそのほぼ一生を費やして研究した中国人の考え方を詳述した。中
国人は、米国を横暴な暴君ととらえ、中国の最終決戦の相手だと認識して
いるが、米国はそのことをほとんど理解しておらず、むしろ中国は米国の
ような国になりたいと憧れていると勝手に思い込み、結果として騙され続
けてきたというのだ。

一例として氏は米中接近の事例を示している。私たちは、米中接近はニク
ソン大統領が旧ソ連を孤立させるために中国を取り込んだ大戦略だと理解
してきた。しかしピルズベリー氏の見方は異なる。60年代末に中国は国境
を巡ってソ連と対立、新疆国境でソ連軍と大規模な衝突を起こした。軍の
タカ派の元帥らはソ連に対して米国カードを使うべきだ、台湾問題を不問
にしても米国に接近すべきだと毛沢東に進言、毛はそれを受け入れたという。

ニクソン大統領の訪中で、米中関係は劇的に改善されたが、それは中国が
支援と保護を必要とする無力な嘆願者を装い、武器装備をはじめ、中国が
対立していたインドやソ連の情報まで、世界が驚く程の貴重な支援を米国
から手に入れた構図だったと、ピルズベリー氏は明かしている。

明らかに中国は米国の力を借りて力をつけた。それは彼らが日本から膨大
な額のODA(政府開発援助)をせしめ、鉄鋼をはじめとする基幹産業技
術を移転してもらって力をつけたのと同じ構図だ。

ピルズベリー氏はさらに中ソ関係も分析した。中国はソ連に対しても米国
に対するのと同様に弱い国を演じて最大限の援助を受け、力をつけ、最終
的に米国の側につくことでソ連と訣別し、ソ連を潰したというのだ。

そしていま、中国は米国に対しても覇権を目指す意図を隠さなくなった。
米国がもはや太刀打ちできないところまで、状況は中国有利に変化したと
中国が判断した結果だというのだ。ペンス氏もそのピルズベリー氏の分析
を共有しているのであろう。それがハドソン研究所でのスピーチではない
か。米中の対立は中・長期にわたり本格化していくと考えるひとつの理由
である。導き出される結論は日米連携を一層強めるのが日本の国益だとい
うことだ。

週刊ダイヤモンド 2018年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1252

2018年10月19日

◆米政権を日本は支えよ

櫻井よしこ


「中国と対峙する米政権を日本は支えよ」

マイク・ペンス米副大統領が10月4日、アメリカの有力シンクタンクのハ
ドソン研究所で行った演説は凄まじかった。トランプ政権が中国の脅威を
どれ程深刻にとらえているか、また中国に対してどれ程厳しい戦いを展開
しようとしているかを世界に周知させた演説だった。

米中はまさに「新たなる冷戦」(米クレアモント・マッケンナ大学ケック
国際戦略研究所所長、ミンシン・ペイ氏)の中で鎬を削っていることを示
すもので、日本は政府も民間も、このアメリカの決意を十分に理解し日本
の国益につなげなければならない。

ペンス氏は演説の冒頭、ハドソン研究所中国戦略センター所長のマイケ
ル・ピルズベリー博士の名前を口にして、研究所に招かれたことに謝意を
表明している。

ピルズベリー氏は3年前に、『China2049』を世に問うた。日本語に
も訳された同書はワシントンに一大旋風を巻き起こした。著書の中で氏
は、自身が米政府の一員として長年中国と関わり、一貫して手厚い保護と
援助を中国に与えるようアメリカ政府の政策を立案してきた体験を詳述し
ている。

豊かになれば中国はアメリカのように自由で民主的な国になりたいと望む
に違いないと信じて援助してきたが、中国はアメリカの考え方や価値観に
は反対の立場であり、中国がアメリカのようになりたいと考えることなど
期待できないとの結論を下している。自身も含めてアメリカは中国に騙さ
れていたという痛恨の思いを、援助と裏切りの生々しい具体例を挙げつ
つ、氏はこれでもかこれでもかとばかり書き連ねたのだ。

ピルズベリー氏の個人名を敢えて演説冒頭で口にしたペンス氏は、明らか
にピルズベリー氏の中国体験に学んでいると考えてよいだろう。

余談だが、ピルズベリー氏を最初に日本に招いたのは、私の主宰するシン
クタンク、「国家基本問題研究所」である。2010年の国際セミナー、「イ
ンド洋の覇権争い・21世紀の大戦略と日米同盟」で日米中印の国際会議を
開催し、副理事長・田久保忠衛氏の長年の友人である中国専門家のピルズ
ベリー氏に声をかけたのだ。

トランプ氏の本心

ペンス氏はトランプ大統領と習近平国家主席は過去2年足らずの間に「強
い個人的絆」を築いたと語る一方で、「今日、私は米国民が知るべきこと
を語りに来た」として、「北京は国ぐるみであらゆる政治的、経済的、軍
事的手段を使い、さらに宣伝戦を通して米国内で影響力を強め中国の国益
につなげようとしている」と、約1時間にわたって強烈な非難の言葉を連
ねた。

現在のアメリカの対中政策はトランプ大統領が昨年12月に発表した「国家
安全保障戦略」で明らかなように、それ以前の政権の対中政策とは異なる
と、ペンス氏は強調する。

右の戦略を現場の戦術に置き換えて説明した「国家防衛戦略」は、中国と
ロシアの脅威を、「略奪的経済政策」「周辺諸国を恫喝し続ける」などの
強い表現で非難し、アメリカの敵は、「テロではなく、中露両国」だと位
置づけ、とりわけ中国に対する警戒心を強く打ち出す内容だった。

ここで、多くの人は疑問を抱くに違いない。この戦略報告の前には、トラ
ンプ氏は習氏をカリフォルニアの自身の別荘、マララーゴに招き(昨年4
月6日)、その後の11月8日にはトランプ氏が北京を訪れ、歯の浮くような
賞賛の言葉を習氏に贈った。また、戦略報告の後、今年に入ってからは中
国に制裁的関税をかける一方で、北朝鮮の非核化を巡って中国の助力を期
待し、またもや習氏を度々ほめ上げた。トランプ氏の本心はどこにあるの
か、と迷うのは当然だ。

トランプ氏の言葉と行動が往々にして一致しないために、アメリカの対中
政策の真実が何処にあるのかを測りにくいのは確かだが、この2年間の
「実績」を辿っていくと、トランプ政権はいま、本気で中国と対峙しよう
としていると見てよいだろう。

ペンス氏は、アメリカも賛成して中国を世界貿易機関(WTO)に参加さ
せたのが2001年であり、これまでの17年間にアメリカは中国に巨額の投資
を行い、その結果中国のGDPは9倍に成長したと説明する。

他方、中国共産党は、自由で公正な競争というアメリカが大切にする価値
観とは相容れない関税、割当、自国産業への不公正な補助金、為替操作、
企業への強制的技術移転の要求、知的財産の窃盗などの不公正な手段で応
じてきたとし、いま、「中国製造2025」というスローガンを掲げて、25年
までに世界の最先端産業の90%を中国がコントロールしようとしていると
論難する。

ロボット、バイオ、人工知能

ペンス氏は具体的にロボット、バイオ、人工知能の分野を挙げて、中国が
アメリカに対して優位に立ち、支配を確立するために、如何なる手段を講
じてもアメリカの技術や知的財産を盗み取ろうとしていると、強く反発した。

軍事的にも、中国はかつてない程大胆な挑戦を続けているとして、日本が
施政権をもつ尖閣諸島の事例にまっ先に触れた。南シナ海でアメリカの
イージス駆逐艦「ディケーター」が「航行の自由」作戦を行っていると、
中国海軍の駆逐艦が40メートルの近さにまで異常接近した事例にも言及
し、アメリカはこんなことには屈しないと息巻いた。

中国の言論弾圧、宗教弾圧にも具体的に触れ、国民全員を監視する中国
は、社会をジョージ・オーウェルの世界にしようとしているのだと喝破した。

貧しい発展途上の国々を借金漬けにして、港や鉄道などのインフラを取り
上げてしまう債務の罠についても豊富な具体例を列挙して中国の手法を非
難した。

また、アメリカに対しては、アメリカ国民に影響を与え、トランプ氏以外
の大統領を選ばせようと情報工作をしており、中国政府が「米国社会分断
のために、正確かつ注意深い打撃を加えるよう」指示を出していると語っ
ている。そのために、自由の国アメリカに、中国はラジオ局を30局以上設
立し、中国のテレビ放送は7500万人の視聴者を獲得している、その影響は
大きいと警告する。

中国の許容し難い点をおよそすべて列挙して、トランプ政権はアメリカの
国益を中国の略奪的行動から守る決意だと、ペンス氏は強調した。どう考
えても、アメリカの価値観と中国のそれは合致しない。突き詰めれば突き
詰める程、相違は大きくなる。米中の冷戦は長期化するとの前提に立っ
て、アメリカと歩調を合わせる局面である。それが日本の国益につなが
る。トランプ氏の言葉に惑わされず、アメリカ政府の政策をじっと見るべ
きときだ。
『週刊新潮』 2018年10月18日号日本ルネッサンス 第823回

     

2018年10月17日

◆バラ色に描く韓国の悲劇

櫻井よしこ


「南北協力の道をバラ色に描く韓国の悲劇 偏向報道が目に余る日本の韓
国化も心配だ」

韓国の著名な言論人、趙甲濟氏がこんなことを呟いた。「韓国人の考える
能力、理解力が低下しています。わが国が直面する危機について、どれだ
け発信してもわかってもらえない」。

趙氏は昭和20年、日本で生まれたが、家族と共に韓国に引き揚げた。私は
折に触れ、氏と対談をしたり意見交換したりしてきたが、氏が生まれ故郷
の日本に対して、好意とわだかまりを混在させていると感ずることがある。

日本へのわだかまりは、韓国への思いの深さと朝鮮民族としての誇りと背
中合わせなのだと感ずる。その趙氏が、韓国人の考える能力が劣化してい
ると、日本人の私に語ったことに、痛ましさを感じずにはいられなかった。

なぜ、彼はそのように言うのか。それは彼らの祖国、大韓民国を消滅に追
いやってしまうかもしれない政策を文在寅大統領が次々に実施しているに
も拘わらず、韓国民がそのことに気づかないからだ。言論人として、趙氏
がどれだけ警告を発しようが、韓国民はそんなことにお構いなく、文氏に
高い支持を与え続けているからでもある。

文氏の支持率は、氏が南北朝鮮首脳会談を行い、北朝鮮の金正恩朝鮮労働
党委員長との親密な関係を宣伝する度に上がってきた。まるで北朝鮮のメ
ディアであるかのような韓国のテレビ局や新聞社は金、文両氏の笑顔と抱
擁を大きく報じ、南北協力の道をバラ色に描き、民族統一の夢を抱かせ
る。しかし、2度行われた首脳会談の合意、「板門店宣言」(4月27日)
も「平壌共同宣言」(9月19日)も決してバラ色ではない。むしろ一方的
に北朝鮮に有利で、韓国の悲劇を招く内容だと断じてよいだろう。

4月の板門店宣言をより具体化し、強調したのが9月の平壌共同宣言だが、
その中で最も重要視されているのが、南北間の軍事的敵対関係の解消であ
る。そのために彼らは軍事分野に関する合意文書を別に作成し、10月1
日、早くも実施に移したのだ。

なんと、非武装地帯(DMZ)や板門店の共同警備区域(JSA)で地雷
の除去を始めたのだ。20日以内にすべての地雷を取り除き、それから5日
以内に監視所や火力兵器を撤収し、10月末までに完全に非武装化する。さ
らに11月からは軍事境界線の上空を飛行禁止区域とし、この一帯での軍事
演習はすべて取りやめるともいう。

朝鮮問題専門家である西岡力氏が警告した。

「韓国側が一方的に武装解除するのに対して、北朝鮮側はミサイルも核も
基本的に保有したままです。北朝鮮は軍事境界線に沿ってすくなくとも長
距離砲340門を配備済みです。首都ソウルは十分射程の範囲内です。これ
まで韓国軍は情報監視能力を備えた哨戒機を飛ばし、北朝鮮側の不穏な動
きをキャッチしてきました。必要なら精密打撃能力を誇るミサイルで攻撃
可能な態勢が整っていました。

しかし哨戒機の飛行をやめるわけですから、万が一、北朝鮮が攻撃をかけ
てきても分かりませんから、防ぎようもありません。北朝鮮には哨戒能力
はまったくないのですから、一方的に韓国側が譲って、ソウルを明け渡す
わけです」

こんな状況が眼前に出現しているのに、なぜ韓国の国民はおかしいと思わ
ないのかと、趙氏は嘆くわけだ。氏は韓国人の考える能力を問題視した
が、実は韓国メディアの発信する情報の偏りこそが問題だ。韓国のメディ
ア界は偏向報道の見本のような状況に陥っている。正恩氏が恰も心優しい
優れた指導者であるかのような報道しかしない。北朝鮮の脅威も伝えない
ために、韓国人は事実を認識できないのだ。

私は韓国情勢を心配しながら、日本の現状についても同様の危惧を抱く。
日本のメディアの目に余る偏った報道で日本が韓国化しつつあるのではな
いかと、心底心配だ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年10月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1251 

2018年10月15日

◆バラ色に描く韓国の悲劇

櫻井よしこ


「南北協力の道をバラ色に描く韓国の悲劇 偏向報道が目に余る日本の韓
国化も心配だ」

韓国の著名な言論人、趙甲濟氏がこんなことを呟いた。「韓国人の考える
能力、理解力が低下しています。わが国が直面する危機について、どれだ
け発信してもわかってもらえない」。

趙氏は昭和20年、日本で生まれたが、家族と共に韓国に引き揚げた。私は
折に触れ、氏と対談をしたり意見交換したりしてきたが、氏が生まれ故郷
の日本に対して、好意とわだかまりを混在させていると感ずることがある。

日本へのわだかまりは、韓国への思いの深さと朝鮮民族としての誇りと背
中合わせなのだと感ずる。その趙氏が、韓国人の考える能力が劣化してい
ると、日本人の私に語ったことに、痛ましさを感じずにはいられなかった。

なぜ、彼はそのように言うのか。それは彼らの祖国、大韓民国を消滅に追
いやってしまうかもしれない政策を文在寅大統領が次々に実施しているに
も拘わらず、韓国民がそのことに気づかないからだ。言論人として、趙氏
がどれだけ警告を発しようが、韓国民はそんなことにお構いなく、文氏に
高い支持を与え続けているからでもある。

文氏の支持率は、氏が南北朝鮮首脳会談を行い、北朝鮮の金正恩朝鮮労働
党委員長との親密な関係を宣伝する度に上がってきた。まるで北朝鮮のメ
ディアであるかのような韓国のテレビ局や新聞社は金、文両氏の笑顔と抱
擁を大きく報じ、南北協力の道をバラ色に描き、民族統一の夢を抱かせ
る。しかし、二度行われた首脳会談の合意、「板門店宣言」(4月27日)
も「平壌共同宣言」(9月19日)も決してバラ色ではない。むしろ一方的
に北朝鮮に有利で、韓国の悲劇を招く内容だと断じてよいだろう。

4月の板門店宣言をより具体化し、強調したのが9月の平壌共同宣言だが、
その中で最も重要視されているのが、南北間の軍事的敵対関係の解消であ
る。そのために彼らは軍事分野に関する合意文書を別に作成し、10月1
日、早くも実施に移したのだ。

なんと、非武装地帯(DMZ)や板門店の共同警備区域(JSA)で地雷
の除去を始めたのだ。20日以内にすべての地雷を取り除き、それから5日
以内に監視所や火力兵器を撤収し、10月末までに完全に非武装化する。さ
らに11月からは軍事境界線の上空を飛行禁止区域とし、この一帯での軍事
演習はすべて取りやめるともいう。

朝鮮問題専門家である西岡力氏が警告した。

「韓国側が一方的に武装解除するのに対して、北朝鮮側はミサイルも核も
基本的に保有したままです。北朝鮮は軍事境界線に沿ってすくなくとも長
距離砲340門を配備済みです。首都ソウルは十分射程の範囲内です。これ
まで韓国軍は情報監視能力を備えた哨戒機を飛ばし、北朝鮮側の不穏な動
きをキャッチしてきました。

必要なら精密打撃能力を誇るミサイルで攻撃可能な態勢が整っていまし
た。しかし哨戒機の飛行をやめるわけですから、万が一、北朝鮮が攻撃を
かけてきても分かりませんから、防ぎようもありません。北朝鮮には哨戒
能力はまったくないのですから、一方的に韓国側が譲って、ソウルを明け
渡すわけです」

こんな状況が眼前に出現しているのに、なぜ韓国の国民はおかしいと思わ
ないのかと、趙氏は嘆くわけだ。氏は韓国人の考える能力を問題視した
が、実は韓国メディアの発信する情報の偏りこそが問題だ。韓国のメディ
ア界は偏向報道の見本のような状況に陥っている。正恩氏が恰も心優しい
優れた指導者であるかのような報道しかしない。北朝鮮の脅威も伝えない
ために、韓国人は事実を認識できないのだ。

私は韓国情勢を心配しながら、日本の現状についても同様の危惧を抱く。
日本のメディアの目に余る偏った報道で日本が韓国化しつつあるのではな
いかと、心底心配だ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年10月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1251

2018年10月14日

◆要は翁長氏の陰に隠れた

櫻井よしこ


当欄の原稿執筆中の9月30日、沖縄では県知事選挙の投票が続いている。
大型の強い台風24号が通りすぎ、それはいま、本土を襲っているのだが、
沖縄もまだ台風の余波の中だ。

28日の金曜日には、インターネット配信の言論テレビに、沖縄の我那覇真
子氏をゲストに迎えた。

「知事選は事実上、佐喜眞淳氏と玉城デニー氏の一騎打ちですが、おかし
なことに佐喜眞対翁長雄志の戦いになったのです。玉城氏は翁長氏の弔い
合戦を意識して、専ら、翁長氏の遺志を継ぐと訴え続けました。政策はあ
まり語らず、要は翁長氏の陰に隠れたのです」

死去した翁長氏を前面に立てて、選挙を弔い合戦にする。このような場
合、有権者は亡くなった人物とその遺志を継ぐ人物に同情しがちである。
玉城氏は選挙を、自民党が恐れた戦いのパターンに持ち込んだ。琉球新報
と沖縄タイムスがその路線に乗って玉城氏の応援部隊となった。我那覇氏
が琉球新報と沖縄タイムスの両紙意見広告を見せた。

まん中に翁長氏の、癌でやせた写真が印刷され、その上に「あなたの遺志
は私たち県民が継ぐ」と書かれている。手書きの書体で「翁長知事ありが
とう」という言葉も目につく。玉城氏の写真は隅の方に小さく印刷されて
いるだけだ。

我那覇氏が目を丸くして語った。

「一体誰の選挙ポスターかと一瞬、思います。それ程、翁長氏のイメージ
に頼っている。沖縄には翁長氏の遺影が溢れているのです。車で走ってい
ても、大きく引き伸ばした翁長氏の写真をポスターにして通り過ぎる車に
見せている人達がいます。如何にも活動家という感じの人達ですが、一日
中、沿道で頑張っているのです」

玉城氏は政策論を戦わせるのではなく、有権者の情に訴える戦法に徹した
が、それでも政策論争から逃げることはできない。再び我那覇氏の説明だ。

「玉城・佐喜眞両氏の公開討論は2回行われました。いずれも佐喜眞氏圧
勝といえる内容で、玉城支持の人々も、それは認めざるを得ませんでし
た。そもそも玉城氏の掲げる政策そのものがおかしいのです。矛盾だらけ
です」

夢見るドリーマー

玉城氏は、知事選挙の争点は辺野古への普天間飛行場の移設問題であり、
移設を認めるか否かだとしている。明らかに認めないという立場だ。

沖縄の島々への自衛隊の配備にも、反対だ。理由は、島の住民たちの合意
もなく、地域に分断を持ち込む強硬配備だからだというものだ。

だが、辺野古移転も自衛隊配備も認めないのであれば、日米安保体制も自
衛隊も十分には機能できない事態に陥るだろう。そのとき、尖閣諸島はど
のようにして守るのか。氏は外交と国際法で解決すると公約している。

軍事力の裏づけがない話し合いや外交が国際社会で通じないのは、南シナ
海における中国の行動を見れば明らかだ。常設仲裁裁判所は、南シナ海で
中国がフィリピンから島々を奪ったのは明確な国際法違反だという判決を
下した。その判決文を中国は紙クズだとして否定し、横暴にも島々の軍事
要塞化を進めている。外交手段も国際法も、中国には何の効果もない。に
も拘わらず、玉城氏は夢見るドリーマーのような政策しか掲げていない。

我那覇氏が声を強めて言った。

「玉城氏はとんでもないことを言っているのです。尖閣諸島問題を外交で
解決するということは、相手との話し合いの席につくということです。で
も、尖閣諸島はそもそも日本の領土です。領土問題など存在しないのです
から、話し合いなんて必要ない。あんた、何言ってるので終わる話です。
それなのに、外交で話し合って決めるというのは、国の政策とも合わな
い。相手の土俵に易々と乗ることで、それ自体、大きな敗北です。国会議
員だったにも拘わらず、基礎の基礎がわかっていないんです」

彼女は、玉城氏が4回も選挙に勝ってずっと国会議員を務めていたことが
信じられないという。

玉城氏に較べて佐喜眞氏の政策の方が説得力がある。氏は経済政策を真っ
正面に掲げているが、それでも沖縄の島々に中国の脅威が迫ってくる場
合、島々を守る力を保有しておくことが大事だと主張する。自衛隊の配備
も辺野古への移転も全て現実を見て対処するということだ。尖閣諸島につ
いても、領海を脅かす行為には断固抗議すると表明したのは当然でまとも
である。

玉城氏についてはもっとおかしなことがある、と我那覇氏は言う。

「9月23日付けの八重山日報が報じたのですが、玉城氏が『日米から沖縄
を取り戻す』と演説したのです。日本と沖縄は別々の主体で、沖縄は日本
の一部ではないというわけです。翁長氏も沖縄の自己決定権という言葉を
使っていました。この主張は琉球独立論につながります」

沖縄自身の責任放棄

沖縄には「構造的沖縄差別」という表現がある。『沖縄の不都合な真実』
(新潮新書)に篠原章氏らが書いているのだが、「沖縄人」と「日本人」
を対置し、「日本人」が沖縄における米軍基地の本土移転を拒絶している
のは、「日本人」の「沖縄人」に対する歴史的な差別意識が背景にあると
して、日本政府だけでなく、日本国民全体を批判する考え方だという。

米軍基地が沖縄に集中しているのは事実だが、そこには地理的、政治的、
歴史的な背景もあり、差別意識だけに原因を求めるのには無理がある。基
地縮小を政府が進めようとすると、反対論が沖縄の側から起きるという事
実にも見られるように、基地の偏在は沖縄の経済体質や社会構造の問題と
も密接に結びついている。

従って、米軍基地の偏在の責任を、「日本人」にのみ求めるのは、沖縄自
身の責任放棄である。

篠原氏らは差別についても、沖縄自身が重層的に考えなければならないと
問題提起している。「日本」による沖縄差別を問題視するのであれば、沖
縄本島による奄美・宮古・八重山地方に対する差別と収奪の歴史にも「落
とし前」をつけよとして、構造的沖縄差別論、または日本批判はむしろ沖
縄内部の問題点や矛盾を覆い隠すための議論だと指摘する。

さてこの原稿を書いている内に、知事選の結果が少しずつ、見えてきた。
午後8時すぎ、投票を終えて暫くしてから、NHKが当確ではないが、玉
城氏優勢を伝えた。

当選が確定されれば、沖縄は翁長氏に続いて、構造的沖縄差別を言い立て
る人物を知事に選んだことになる。外交と国際法の力を以て日本の領土で
ある尖閣諸島を守るというドリーマーだ。沖縄問題での迷走が、また、4
年間続くのだろうか。

『週刊新潮』 2018年10月11日号 日本ルネッサンス 第822号


2018年10月13日

◆波高し、沖縄新知事の行く末

櫻井よしこ


当欄の原稿執筆中の9月30日、沖縄では県知事選挙の投票が続いている。
大型の強い台風24号が通りすぎ、それはいま、本土を襲っているのだが、
沖縄もまだ台風の余波の中だ。

28日の金曜日には、インターネット配信の言論テレビに、沖縄の我那覇真
子氏をゲストに迎えた。

「知事選は事実上、佐喜眞淳氏と玉城デニー氏の一騎打ちですが、おかし
なことに佐喜眞対翁長雄志の戦いになったのです。玉城氏は翁長氏の弔い
合戦を意識して、専ら、翁長氏の遺志を継ぐと訴え続けました。政策はあ
まり語らず、要は翁長氏の陰に隠れたのです」

死去した翁長氏を前面に立てて、選挙を弔い合戦にする。このような場
合、有権者は亡くなった人物とその遺志を継ぐ人物に同情しがちである。
玉城氏は選挙を、自民党が恐れた戦いのパターンに持ち込んだ。琉球新報
と沖縄タイムスがその路線に乗って玉城氏の応援部隊となった。我那覇氏
が琉球新報と沖縄タイムスの両紙意見広告を見せた。

まん中に翁長氏の、癌でやせた写真が印刷され、その上に「あなたの遺志
は私たち県民が継ぐ」と書かれている。手書きの書体で「翁長知事ありが
とう」という言葉も目につく。玉城氏の写真は隅の方に小さく印刷されて
いるだけだ。

我那覇氏が目を丸くして語った。

「一体誰の選挙ポスターかと一瞬、思います。それ程、翁長氏のイメージ
に頼っている。沖縄には翁長氏の遺影が溢れているのです。車で走ってい
ても、大きく引き伸ばした翁長氏の写真をポスターにして通り過ぎる車に
見せている人達がいます。如何にも活動家という感じの人達ですが、一日
中、沿道で頑張っているのです」

玉城氏は政策論を戦わせるのではなく、有権者の情に訴える戦法に徹した
が、それでも政策論争から逃げることはできない。再び我那覇氏の説明だ。

「玉城・佐喜眞両氏の公開討論は2回行われました。いずれも佐喜眞氏圧
勝といえる内容で、玉城支持の人々も、それは認めざるを得ませんでし
た。そもそも玉城氏の掲げる政策そのものがおかしいのです。矛盾だらけ
です」

夢見るドリーマー

玉城氏は、知事選挙の争点は辺野古への普天間飛行場の移設問題であり、
移設を認めるか否かだとしている。明らかに認めないという立場だ。

沖縄の島々への自衛隊の配備にも、反対だ。理由は、島の住民たちの合意
もなく、地域に分断を持ち込む強硬配備だからだというものだ。

だが、辺野古移転も自衛隊配備も認めないのであれば、日米安保体制も自
衛隊も十分には機能できない事態に陥るだろう。そのとき、尖閣諸島はど
のようにして守るのか。氏は外交と国際法で解決すると公約している。

軍事力の裏づけがない話し合いや外交が国際社会で通じないのは、南シナ
海における中国の行動を見れば明らかだ。常設仲裁裁判所は、南シナ海で
中国がフィリピンから島々を奪ったのは明確な国際法違反だという判決を
下した。その判決文を中国は紙クズだとして否定し、横暴にも島々の軍事
要塞化を進めている。外交手段も国際法も、中国には何の効果もない。に
も拘わらず、玉城氏は夢見るドリーマーのような政策しか掲げていない。

我那覇氏が声を強めて言った。

「玉城氏はとんでもないことを言っているのです。尖閣諸島問題を外交で
解決するということは、相手との話し合いの席につくということです。で
も、尖閣諸島はそもそも日本の領土です。領土問題など存在しないのです
から、話し合いなんて必要ない。あんた、何言ってるので終わる話です。
それなのに、外交で話し合って決めるというのは、国の政策とも合わな
い。相手の土俵に易々と乗ることで、それ自体、大きな敗北です。国会議
員だったにも拘わらず、基礎の基礎がわかっていないんです」

彼女は、玉城氏が4回も選挙に勝ってずっと国会議員を務めていたことが
信じられないという。

玉城氏に較べて佐喜眞氏の政策の方が説得力がある。氏は経済政策を真っ
正面に掲げているが、それでも沖縄の島々に中国の脅威が迫ってくる場
合、島々を守る力を保有しておくことが大事だと主張する。自衛隊の配備
も辺野古への移転も全て現実を見て対処するということだ。尖閣諸島につ
いても、領海を脅かす行為には断固抗議すると表明したのは当然でまとも
である。

玉城氏についてはもっとおかしなことがある、と我那覇氏は言う。

「9月23日付けの八重山日報が報じたのですが、玉城氏が『日米から沖縄
を取り戻す』と演説したのです。日本と沖縄は別々の主体で、沖縄は日本
の一部ではないというわけです。翁長氏も沖縄の自己決定権という言葉を
使っていました。この主張は琉球独立論につながります」

沖縄自身の責任放棄

沖縄には「構造的沖縄差別」という表現がある。『沖縄の不都合な真実』
(新潮新書)に篠原章氏らが書いているのだが、「沖縄人」と「日本人」
を対置し、「日本人」が沖縄における米軍基地の本土移転を拒絶している
のは、「日本人」の「沖縄人」に対する歴史的な差別意識が背景にあると
して、日本政府だけでなく、日本国民全体を批判する考え方だという。

米軍基地が沖縄に集中しているのは事実だが、そこには地理的、政治的、
歴史的な背景もあり、差別意識だけに原因を求めるのには無理がある。基
地縮小を政府が進めようとすると、反対論が沖縄の側から起きるという事
実にも見られるように、基地の偏在は沖縄の経済体質や社会構造の問題と
も密接に結びついている。

従って、米軍基地の偏在の責任を、「日本人」にのみ求めるのは、沖縄自
身の責任放棄である。

篠原氏らは差別についても、沖縄自身が重層的に考えなければならないと
問題提起している。「日本」による沖縄差別を問題視するのであれば、沖
縄本島による奄美・宮古・八重山地方に対する差別と収奪の歴史にも「落
とし前」をつけよとして、構造的沖縄差別論、または日本批判はむしろ沖
縄内部の問題点や矛盾を覆い隠すための議論だと指摘する。

さてこの原稿を書いている内に、知事選の結果が少しずつ、見えてきた。
午後8時すぎ、投票を終えて暫くしてから、NHKが当確ではないが、玉
城氏優勢を伝えた。

当選が確定されれば、沖縄は翁長氏に続いて、構造的沖縄差別を言い立て
る人物を知事に選んだことになる。外交と国際法の力を以て日本の領土で
ある尖閣諸島を守るというドリーマーだ。沖縄問題での迷走が、また、4
年間続くのだろうか。

『週刊新潮』 2018年10月11日号 日本ルネッサンス 第822号


2018年10月12日

◆波高し、沖縄新知事のゆくすえ

櫻井よしこ


当欄の原稿執筆中の9月30日、沖縄では県知事選挙の投票が続いてい
る。大型の強い台風24号が通りすぎ、それはいま、本土を襲っているのだ
が、沖縄もまだ台風の余波の中だ。

28日の金曜日には、インターネット配信の言論テレビに、沖縄の我那覇真
子氏をゲストに迎えた。

「知事選は事実上、佐喜眞淳氏と玉城デニー氏の一騎打ちですが、おかし
なことに佐喜眞対翁長雄志の戦いになったのです。玉城氏は翁長氏の弔い
合戦を意識して、専ら、翁長氏の遺志を継ぐと訴え続けました。政策はあ
まり語らず、要は翁長氏の陰に隠れたのです」

死去した翁長氏を前面に立てて、選挙を弔い合戦にする。このような場
合、有権者は亡くなった人物とその遺志を継ぐ人物に同情しがちである。
玉城氏は選挙を、自民党が恐れた戦いのパターンに持ち込んだ。琉球新報
と沖縄タイムスがその路線に乗って玉城氏の応援部隊となった。我那覇氏
が琉球新報と沖縄タイムスの両紙意見広告を見せた。

まん中に翁長氏の、癌でやせた写真が印刷され、その上に「あなたの遺志
は私たち県民が継ぐ」と書かれている。手書きの書体で「翁長知事ありが
とう」という言葉も目につく。玉城氏の写真は隅の方に小さく印刷されて
いるだけだ。

我那覇氏が目を丸くして語った。

「一体誰の選挙ポスターかと一瞬、思います。それ程、翁長氏のイメージ
に頼っている。沖縄には翁長氏の遺影が溢れているのです。車で走ってい
ても、大きく引き伸ばした翁長氏の写真をポスターにして通り過ぎる車に
見せている人達がいます。如何にも活動家という感じの人達ですが、一日
中、沿道で頑張っているのです」

玉城氏は政策論を戦わせるのではなく、有権者の情に訴える戦法に徹した
が、それでも政策論争から逃げることはできない。再び我那覇氏の説明だ。

「玉城・佐喜眞両氏の公開討論は2回行われました。いずれも佐喜眞氏圧
勝といえる内容で、玉城支持の人々も、それは認めざるを得ませんでし
た。そもそも玉城氏の掲げる政策そのものがおかしいのです。矛盾だらけ
です」

夢見るドリーマー

玉城氏は、知事選挙の争点は辺野古への普天間飛行場の移設問題であり、
移設を認めるか否かだとしている。明らかに認めないという立場だ。

沖縄の島々への自衛隊の配備にも、反対だ。理由は、島の住民たちの合意
もなく、地域に分断を持ち込む強硬配備だからだというものだ。

だが、辺野古移転も自衛隊配備も認めないのであれば、日米安保体制も自
衛隊も十分には機能できない事態に陥るだろう。そのとき、尖閣諸島はど
のようにして守るのか。氏は外交と国際法で解決すると公約している。

軍事力の裏づけがない話し合いや外交が国際社会で通じないのは、南シナ
海における中国の行動を見れば明らかだ。常設仲裁裁判所は、南シナ海で
中国がフィリピンから島々を奪ったのは明確な国際法違反だという判決を
下した。その判決文を中国は紙クズだとして否定し、横暴にも島々の軍事
要塞化を進めている。外交手段も国際法も、中国には何の効果もない。に
も拘わらず、玉城氏は夢見るドリーマーのような政策しか掲げていない。

我那覇氏が声を強めて言った。

「玉城氏はとんでもないことを言っているのです。尖閣諸島問題を外交で
解決するということは、相手との話し合いの席につくということです。で
も、尖閣諸島はそもそも日本の領土です。領土問題など存在しないのです
から、話し合いなんて必要ない。あんた、何言ってるので終わる話です。
それなのに、外交で話し合って決めるというのは、国の政策とも合わな
い。相手の土俵に易々と乗ることで、それ自体、大きな敗北です。国会議
員だったにも拘わらず、基礎の基礎がわかっていないんです」

彼女は、玉城氏が4回も選挙に勝ってずっと国会議員を務めていたことが
信じられないという。

玉城氏に較べて佐喜眞氏の政策の方が説得力がある。氏は経済政策を真っ
正面に掲げているが、それでも沖縄の島々に中国の脅威が迫ってくる場
合、島々を守る力を保有しておくことが大事だと主張する。自衛隊の配備
も辺野古への移転も全て現実を見て対処するということだ。尖閣諸島につ
いても、領海を脅かす行為には断固抗議すると表明したのは当然でまとも
である。

玉城氏についてはもっとおかしなことがある、と我那覇氏は言う。

「9月23日付けの八重山日報が報じたのですが、玉城氏が『日米から沖縄
を取り戻す』と演説したのです。日本と沖縄は別々の主体で、沖縄は日本
の一部ではないというわけです。翁長氏も沖縄の自己決定権という言葉を
使っていました。この主張は琉球独立論につながります」

沖縄自身の責任放棄

沖縄には「構造的沖縄差別」という表現がある。『沖縄の不都合な真実』
(新潮新書)に篠原章氏らが書いているのだが、「沖縄人」と「日本人」
を対置し、「日本人」が沖縄における米軍基地の本土移転を拒絶している
のは、「日本人」の「沖縄人」に対する歴史的な差別意識が背景にあると
して、日本政府だけでなく、日本国民全体を批判する考え方だという。

米軍基地が沖縄に集中しているのは事実だが、そこには地理的、政治的、
歴史的な背景もあり、差別意識だけに原因を求めるのには無理がある。基
地縮小を政府が進めようとすると、反対論が沖縄の側から起きるという事
実にも見られるように、基地の偏在は沖縄の経済体質や社会構造の問題と
も密接に結びついている。

従って、米軍基地の偏在の責任を、「日本人」にのみ求めるのは、沖縄自
身の責任放棄である。

篠原氏らは差別についても、沖縄自身が重層的に考えなければならないと
問題提起している。「日本」による沖縄差別を問題視するのであれば、沖
縄本島による奄美・宮古・八重山地方に対する差別と収奪の歴史にも「落
とし前」をつけよとして、構造的沖縄差別論、または日本批判はむしろ沖
縄内部の問題点や矛盾を覆い隠すための議論だと指摘する。

さてこの原稿を書いている内に、知事選の結果が少しずつ、見えてきた。
午後8時すぎ、投票を終えて暫くしてから、NHKが当確ではないが、玉
城氏優勢を伝えた。

当選が確定されれば、沖縄は翁長氏に続いて、構造的沖縄差別を言い立て
る人物を知事に選んだことになる。外交と国際法の力を以て日本の領土で
ある尖閣諸島を守るというドリーマーだ。沖縄問題での迷走が、また、4
年間続くのだろうか。

『週刊新潮』 2018年10月11日号 日本ルネッサンス 第822号

2018年10月11日

◆中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」

櫻井よしこ


「中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」 「第二のスリランカ」阻止
への正念場だ」

広域経済圏構想「一帯一路」を推進して、世界に覇権を打ち立てるという
中国の思惑が、またひとつ崩れ去るのか。日本や米国、インドやオースト
ラリアは中国の横暴な世界戦略に修正を加えることができるのか。

インド洋に浮かぶリゾートの島国、モルディブで9月23日、大統領選挙が
行われ、親中派のアブドラ・ヤミーン氏が敗北した。野党統一候補のイブ
ラヒム・モハメド・ソリ氏が58%の得票で勝利したことで、これまでの親
中路線が修正される可能性が生まれた。それ自体、歓迎すべきことだが、
多くの困難が待ち受けているだろう。

前政権のヤミーン氏は2013年の大統領就任以降、いち早く一帯一路構想に
賛同し、積極的に中国マネーを導入した。無謀なインフラ工事を進め、ヤ
ミーン氏自身も腐敗の極みにあり、現時点で中国に対するモルディブの債
務は20億ドルに上る。IMF(国際通貨基金)の統計では同国GDP(国
内総生産)は45億ドルで、対中債務はGDPの実に45%を占めている。

モルディブが、「債務の罠」にはまったのは明らかで、モルディブ国民が
今回の選挙で親中派を排除した最大の理由である。実は彼らの危機意識
は、モルディブ同様、一帯一路の要衝にあたり、債務の罠にはまってし
まったスリランカの事例によって高まった。

スリランカでも、親中派政権が巨額の中国マネーを導入し、ハンバントタ
港の大規模整備を進めた。国民は膨れ上がる債務と6.8%の高金利のもた
らす悲劇を直感し、親中派を退けた。

新政権は追加の開発を凍結したが、中国が損害賠償を要求すると窮地に
陥った。どうあがいてもスリランカには賠償金の支払いも債務の返済も無
理だ。足下を見た中国は、それまでの微笑みをかなぐり捨ててハンバント
タ港の99年間のリース権を要求した。

こうしてスリランカ政府は、事実上、半永久的に港を中国に奪われてし
まった。この間の経緯をじっと見ていたのがモルディブ国民だった。

港や戦略的に重要な拠点を奪われているのは、スリランカだけではない。
オーストラリアも同様である。

同国の北に位置するダーウィン港は米海軍が定期的に寄港する軍港であ
る。そこに隣接する広大な土地の99年間のリース権を、オーストラリアは
なんと中国に許してしまったのだ。15年、中国が支払ったのはわずか約
460億円である。オーストラリア政府はこの取引を阻止せず、アメリカの
オバマ政権(当時)は事後になるまでこの件について知らされていなかった。

独占的権利を得た中国は、米海軍が拠点とするこの軍港の大規模拡張計画
を発表済みだ。今年5月、アメリカは太平洋軍を「インド・太平洋軍」と
改称したが、インド洋に睨みをきかせようとするアメリカに中国は堂々と
挑んでいるのである。

ダーウィンからインドネシアの南側を北西に進むとスリランカに行きつ
く。インドの鼻先に位置する同国のハンバントタ港については前述したと
おりだ。

ハンバントタから南西に下がった所に、今回、中国に反旗を翻したモル
ディブがあり、さらに西に進めば紅海の入り口にジブチがある。ジブチに
は、中国が初めて海外に築いた軍事基地がある。

ジブチに対しても中国はすでに債務の罠を仕込んでいる。同国のGDPは
20億ドルとされるが、そこに中国はアフリカ最大規模の自由貿易区を、35
億ドルかけて建設したのだ。

ジブチの辿るであろう運命はすでに明らかだ。世界各地で進行中のこの悪
魔のような債務の罠に絡めとられた国々をどのようにして助けていくのか
が問われている。とりわけ日米豪印はモルディブを第2のスリランカにし
ないために最大限の協力をしなければならない。まさに正念場である。
『週刊ダイヤモンド』 2018年10月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1250

2018年10月10日

◆中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」

櫻井よしこ


「中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」 「第二のスリランカ」阻止
への正念場だ」

広域経済圏構想「一帯一路」を推進して、世界に覇権を打ち立てるという
中国の思惑が、またひとつ崩れ去るのか。日本や米国、インドやオースト
ラリアは中国の横暴な世界戦略に修正を加えることができるのか。

インド洋に浮かぶリゾートの島国、モルディブで9月23日、大統領選挙が
行われ、親中派のアブドラ・ヤミーン氏が敗北した。野党統一候補のイブ
ラヒム・モハメド・ソリ氏が58%の得票で勝利したことで、これまでの親
中路線が修正される可能性が生まれた。それ自体、歓迎すべきことだが、
多くの困難が待ち受けているだろう。

前政権のヤミーン氏は2013年の大統領就任以降、いち早く一帯一路構想に
賛同し、積極的に中国マネーを導入した。無謀なインフラ工事を進め、ヤ
ミーン氏自身も腐敗の極みにあり、現時点で中国に対するモルディブの債
務は20億ドルに上る。IMF(国際通貨基金)の統計では同国GDP(国
内総生産)は四五億ドルで、対中債務はGDPの実に45%を占めている。

モルディブが、「債務の罠」にはまったのは明らかで、モルディブ国民が
今回の選挙で親中派を排除した最大の理由である。実は彼らの危機意識
は、モルディブ同様、一帯一路の要衝にあたり、債務の罠にはまってし
まったスリランカの事例によって高まった。

スリランカでも、親中派政権が巨額の中国マネーを導入し、ハンバントタ
港の大規模整備を進めた。国民は膨れ上がる債務と6.8%の高金利のもた
らす悲劇を直感し、親中派を退けた。

新政権は追加の開発を凍結したが、中国が損害賠償を要求すると窮地に
陥った。どうあがいてもスリランカには賠償金の支払いも債務の返済も無
理だ。足下を見た中国は、それまでの微笑みをかなぐり捨ててハンバント
タ港の99年間のリース権を要求した。

こうしてスリランカ政府は、事実上、半永久的に港を中国に奪われてし
まった。この間の経緯をじっと見ていたのがモルディブ国民だった。

港や戦略的に重要な拠点を奪われているのは、スリランカだけではない。
オーストラリアも同様である。

同国の北に位置するダーウィン港は米海軍が定期的に寄港する軍港であ
る。そこに隣接する広大な土地の99年間のリース権を、オーストラリアは
なんと中国に許してしまったのだ。15年、中国が支払ったのはわずか約
460億円である。オーストラリア政府はこの取引を阻止せず、アメリカの
オバマ政権(当時)は事後になるまでこの件について知らされていなかった。

独占的権利を得た中国は、米海軍が拠点とするこの軍港の大規模拡張計画
を発表済みだ。今年5月、アメリカは太平洋軍を「インド・太平洋軍」と
改称したが、インド洋に睨みをきかせようとするアメリカに中国は堂々と
挑んでいるのである。

ダーウィンからインドネシアの南側を北西に進むとスリランカに行きつ
く。インドの鼻先に位置する同国のハンバントタ港については前述したと
おりだ。

ハンバントタから南西に下がった所に、今回、中国に反旗を翻したモル
ディブがあり、さらに西に進めば紅海の入り口にジブチがある。ジブチに
は、中国が初めて海外に築いた軍事基地がある。

ジブチに対しても中国はすでに債務の罠を仕込んでいる。同国のGDPは
20億ドルとされるが、そこに中国はアフリカ最大規模の自由貿易区を、35
億ドルかけて建設したのだ。

ジブチの辿るであろう運命はすでに明らかだ。世界各地で進行中のこの悪
魔のような債務の罠に絡めとられた国々をどのようにして助けていくのか
が問われている。とりわけ日米豪印はモルディブを第二のスリランカにし
ないために最大限の協力をしなければならない。まさに正念場である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年10月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1250

2018年10月09日

◆中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」

櫻井よしこ


「中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」 「第二のスリランカ」阻止へ
の正念場だ」

広域経済圏構想「一帯一路」を推進して、世界に覇権を打ち立てるという
中国の思惑が、またひとつ崩れ去るのか。日本や米国、インドやオースト
ラリアは中国の横暴な世界戦略に修正を加えることができるのか。

インド洋に浮かぶリゾートの島国、モルディブで9月23日、大統領選挙が
行われ、親中派のアブドラ・ヤミーン氏が敗北した。野党統一候補のイブ
ラヒム・モハメド・ソリ氏が58%の得票で勝利したことで、これまでの親
中路線が修正される可能性が生まれた。それ自体、歓迎すべきことだが、
多くの困難が待ち受けているだろう。

前政権のヤミーン氏は2013年の大統領就任以降、いち早く一帯一路構想に
賛同し、積極的に中国マネーを導入した。無謀なインフラ工事を進め、ヤ
ミーン氏自身も腐敗の極みにあり、現時点で中国に対するモルディブの務
は20億ドルに上る。IMF(国際通貨基金)の統計では同国のGDP(国
内総生産)は45億ドルで、対中債務はGDPの実に45%を占めている。

モルディブが、「債務の罠」にはまったのは明らかで、モルディブ国民が
今回の選挙で親中派を排除した最大の理由である。実は彼らの危機意識
は、モルディブ同様、一帯一路の要衝にあたり、債務の罠にはまってし
まったスリランカの事例によって高まった。

スリランカでも、親中派政権が巨額の中国マネーを導入し、ハンバントタ
港の大規模整備を進めた。国民は膨れ上がる債務と6.8%の高金利のもた
らす悲劇を直感し、親中派を退けた。

新政権は追加の開発を凍結したが、中国が損害賠償を要求すると窮地に
陥った。どうあがいてもスリランカには賠償金の支払いも債務の返済も無
理だ。足下を見た中国は、それまでの微笑みをかなぐり捨ててハンバント
タ港の99年間のリース権を要求した。

こうしてスリランカ政府は、事実上、半永久的に港を中国に奪われてし
まった。この間の経緯をじっと見ていたのがモルディブ国民だった。

港や戦略的に重要な拠点を奪われているのは、スリランカだけではない。
オーストラリアも同様である。

同国の北に位置するダーウィン港は米海軍が定期的に寄港する軍港であ
る。そこに隣接する広大な土地の99年間のリース権を、オーストラリアは
なんと中国に許してしまったのだ。15年、中国が支払ったのはわずか約
460億円である。オーストラリア政府はこの取引を阻止せず、アメリカの
オバマ政権(当時)は事後になるまでこの件について知らされていなかった。

独占的権利を得た中国は、米海軍が拠点とするこの軍港の大規模拡張計画
を発表済みだ。今年5月、アメリカは太平洋軍を「インド・太平洋軍」と
改称したが、インド洋に睨みをきかせようとするアメリカに中国は堂々と
挑んでいるのである。

ダーウィンからインドネシアの南側を北西に進むとスリランカに行きつ
く。インドの鼻先に位置する同国のハンバントタ港については前述したと
おりだ。

ハンバントタから南西に下がった所に、今回、中国に反旗を翻したモル
ディブがあり、さらに西に進めば紅海の入り口にジブチがある。ジブチに
は、中国が初めて海外に築いた軍事基地がある。

ジブチに対しても中国はすでに債務の罠を仕込んでいる。同国のGDPは
20億ドルとされるが、そこに中国はアフリカ最大規模の自由貿易区を、35
億ドルかけて建設したのだ。

ジブチの辿るであろう運命はすでに明らかだ。世界各地で進行中のこの悪
魔のような債務の罠に絡めとられた国々をどのようにして助けていくのか
が問われている。とりわけ日米豪印はモルディブを第二のスリランカにし
ないために最大限の協力をしなければならない。まさに正念場である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年10月6日号
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