2018年09月11日

◆目が離せない中国共産党内の権力闘争

櫻井よしこ



「人権は軽視されるのか改善に向かうのか 目が離せない中国共産党内
の権力闘争」

「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が、ノーベル平和賞受賞者で中国政
府に弾圧され、昨年7月に事実上獄死した劉暁波氏について『私たちは中
国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(ビジネス社)で書いている。

文化大革命の最中、都会の「知識青年」たちは農民に学べと指示され農村
に下放された。毛沢東に心酔し紅衛兵として暴れまわった血気盛んな若者
たちを、毛は当初は利用し、後に体よく農村に追い払ったのだ。下放され
た約2000万人の中に劉氏、今や国家主席の習近平、首相の李克強、外相の
王毅の各氏らもいた。

毛の死で文革が終わり、知識青年は都市に戻り、大学への入学をようやく
許された。しかし戻るには下放された村の革命委員会主任である村長の許
可が要る。それには賄賂が必要だった。

劉氏も親戚中からおカネを掻き集めて200元もする高級時計を村長に贈っ
たというので、あの劉氏も賄賂を使ったのかと、私は意外の感に打たれ
た。ところが、許可をもらい、全ての荷物を馬車に積み込み、出発する段
になって、劉氏は村長の家に取って返し、斧を手に村長に迫った。

「あなたには3つの選択肢がある。1つ目はこの斧で私を殺す。2つ目は私
がこの斧であなたを殺す。3つ目は時計を返せ」(『世界で一番幸せ』)

感動した。この烈しさ、芯の強さ。劉氏のかもし出すおだやかな人物像と
はまた別の姿がある。長く産経新聞北京特派員として幾度も劉氏と語り
合ってきた矢板氏は語る。

「彼は非常に温厚な人間です。吉林省なまりが強くて喋りは巧くない。少
し発音が不自由なために言葉が出てこない。しかし、秘めた闘志を感じさ
せる落ち着いた人でした」

天安門事件後、厳しく弾圧され始めた一群の民主化リーダーの中で劉氏が
突出して人々の支持を得ている理由は、単に彼がノーベル平和賞を受けた
からではない。彼は決して中国から逃げ出さず、現場で闘ったからだ。

劉氏にも海外に逃避する機会は幾度もあった。中国当局はむしろ、劉氏を
海外に追い払いたいと考えた時期もあった。だが、劉氏は拒否し続けた。
矢板氏はあるときなぜ逃げないのか、尋ねたそうだ。

「子供たちが殺されたのに、ヒゲの生えたやつが生き残っているのは理不
尽だ」と、劉氏は答えたという。

天安門事件で拘束される前、彼は北京師範大学の人気者の教授だった。彼
の講義を聞くために他大学からも学生が集まった。学生たちに向かって彼
は中国の民主化を説き、感化された学生らは天安門でのデモに参加し、多
くが殺害された。そのことに責任を感じていたのだ。

長い獄中生活で癌を患う中、劉氏はそれまで拒絶していた海外行きを当局
に訴えるようになる。それはずっと自宅で軟禁されている妻の劉霞さんを
自由にするためだった。

暁波氏の死から約1年、今年の7月、劉霞さんは突如、出国を許されドイツ
に渡った。両親は亡くなっているが、弟の劉暉氏は北京にとどめられ逮捕
された。劉霞さんの出国で、人質にされたのはほぼ間違いない。

矢板氏は言う。

「いま、中国は米国との貿易戦争の真っ只中です。以前から人権問題に強
い関心を示していたドイツに譲歩し、関係を深めることで、対米関係を有
利に進めたいという思惑でしょう。加えて習主席の力が少し弱まり、李首
相の立場が少し強まっています。つまり、中国共産党の内部の権力争いが
劉霞さんへの出国許可の背景にあるのです」

習氏が勢力を盛り返せば、人権は軽視される。李氏が力を手にすれば、中
国の人権状況も少しは改善される。この意味からも中国共産党内の権力闘
争から目が離せない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月8日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1246

2018年09月08日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図

櫻井よしこ



「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

2018年09月07日

◆「中国は世界一」の幻想を脱した二人

櫻井よしこ



題名を見て思わず笑い、中身を読んで慄然とする。いま、盛んに日本に微
笑み、「日中友好」を印象づける習近平国家主席の甘い罠に誘われ、前の
めりになっている日本の政治家や経営者全員に読んでほしい警告の書が、
『私たちは中国が世界で一番幸せな国だと思っていた』(石平、矢板明夫
著、ビジネス社)である。

周知のように中国人だった石氏は天安門事件などを機に中国への疑問が決
定的になり日本国籍を取得した。矢板氏は中国残留孤児2世で15歳の時に
日本に引き揚げた。慶應大学国文科で和歌を学び、松下政経塾、中国社会
科学院などを経て産経新聞の記者となった。

一定の年齢まで中国人として育ち中国を見詰めた両氏の中国理解と、両氏
が打ち出す対中政策は、日本の中国研究者のおよそ誰よりも本質を突いて
いる。

それにしても、何という書名か。悪い冗談だと思って手に取ったが、両氏
は本当に自分たちが中国に生まれ育って世界一幸せだと信じていたのである。

人が餓死するのを目の前で見ても、ゴミ箱から拾った毛沢東の写真が載っ
た新聞紙で大根を包んだだけのお婆さんが、「反毛主席」の大罪で公開銃
殺されても、中国は世界一素晴らしいと信じきっていた。中国は世界一と
幼い頃から繰り返し教え込まれ、情報がコントロールされている国家で
は、いとも簡単に人々は騙される。

お婆さんの命を奪った公開処刑は娯楽のない民衆にはストレス発散の好機
だったという指摘も恐ろしい。文化大革命の頃は、共産党創立記念日など
祝日の前日には全国の大小都市で必ず公開処刑が行われ、石氏のいた成都
では50人の処刑をローマのサーカスを見る形で群衆が見物した。

「殺人ショーを見た翌日は祝日です。国慶節には特別にひとり0.5キロの
豚肉を供給されました。(中略)0.5キロの豚肉を口に入れて『ああ、こ
れで幸せ』という世界だったのです」と石氏は語っている。

中国当局の色メガネ

毛沢東の死で文革が終わりケ小平の時代になると、公開処刑は一旦中止さ
れた。だが矢板氏はそれが習政権下で復活していると指摘する。現在の中
国のおぞましさである。

矢板氏は幼い頃から国際政治に興味があったという。1979年のイランの米
大使館人質事件、その翌年のイラン・イラク戦争、80年のジョン・レノン
射殺事件などを、氏は中国で見ている。中国当局の色メガネを通している
ため、中国共産党と同じ見方になる。

それは「どんどん中国が強大化する一方で、米国が駄目になっていく」と
いう感覚だったという。少年だった矢板氏にそう感じさせたニュースの送
り手、中国共産党のエリートたちは、まさにより強くそのように理解して
いるはずだと氏は感想を語っているが、恐らく正しいのであろう。

日本に引き揚げた矢板氏は中国で抱いていた見方を修正できた。しかし習
主席を含む共産党幹部はずっとそのままなのではないか。その「自信」が
米国との軋轢の背景にあるのではないか。

オバマ前大統領が5年前に、米国はもはや世界の警察ではないと宣言した
ときから、中国の侵略行為は顕著になった。南シナ海の環礁を奪い、軍事
拠点化した。フィリピンの訴えを仲裁裁判所が全面的に支持し、中国の領
有権を否定したとき、判決を「紙クズ」だと斬り捨てた。トランプ大統領
の「アメリカ第一」を逆手にとり、中国こそが「民主主義」「自由貿易」
「環境重視」の旗手だと宣言し、米国に取って代わる姿勢を強調した。昨
年秋の共産党大会では、世界に君臨するのは中国だと事実上宣言した。そ
れが現在進行中の米国との貿易摩擦につながっているのではないか。

米中の貿易戦争をきっかけに、8月の北戴河会議では習氏の対外強硬路線
への批判が起きた。これ以上の摩擦回避のために習氏は米国に対し、した
たかな妥協策を繰り出すのか。展望は読みにくいが、中国共産党幹部の中
に、米国は衰退する、中国は強大化する、時間は中国に有利に働くとの確
信があるであろうことは肝に銘じておかなければならない。この種の誤解
ほど危険なものはない。

中国経済が確実に悪化し、一帯一路に代表される大戦略もほころび始めた
中で、習氏にとって経済回復の手立ては全く見えていない。

経済回復が不可能なら、民族主義が次なる求心力にならざるを得ない。そ
れは自ずと対外拡張路線につながる。石氏は、習氏が「国内矛盾を克服す
るためにも、戦争を仕掛ける可能性がある」と指摘し、矢板氏は、台湾が
ターゲットだと断言する。台湾奪取のシナリオのために、習氏は、専門家
をロシアに派遣し、2014年にロシアが如何にしてクリミア半島を奪った
か、詳細に研究中だと明かす。

台湾、沖縄が狙われる

サイバーテロから始まり、フェイクニュースを流し、種々の工作で敵側を
混乱に陥れる。クリミアで親ロシア勢力に蜂起させ、政権を取らせる。間
髪を入れずにロシア軍が出兵する。プーチン大統領のシナリオを参考に、
台湾を窺う習氏。20年から25年の間に何らかの行動を習氏は起こす、その
ための準備がすでに台湾ヤクザを利用して始まっている、との矢板氏の明
言を正面から受けとめるべきだ。

台湾の後には沖縄が狙われる。中国の沖縄に対する目論見は日本からの独
立だ。沖縄を中国の朝貢外交に組み入れ、日本を牽制するためだと矢板氏
は説明する。沖縄独立論を唱えるのは少数の日本人だ。彼らと中国側の連
携で、中国や国連で「琉球独立」に関するシンポジウムや会見が行われて
いることを、本欄で私も報じてきた。沖縄独立論者がごく少数派だからと
言って過小評価していてはとんでもないことになる。

両氏は、中国にとっての日本を北京ダックにたとえている。皮は餅皮に包
み少しタレをつけて、肉は炒めて、骨はスープにして食べ尽くす。三度満
喫できる。その心は、第一に中国共産党は日本と国民党を戦わせて政権を
とった。第二に改革開放で日本の資金と技術で中国の経済成長を支えさせ
た。最後に愛国反日教育を徹底して国民を束ねた。骨までしゃぶられてき
たこと、現在も危うい情勢であることに、好い加減気づくべきだろう。

両氏の対話は米中の究極のディールにも及ぶ。米中間で台湾と北朝鮮の交
換、即ち北朝鮮の核とICBMをやめさせる代わり、中国の台湾侵攻に米
国は介入しないというものだ。

まさかと考えてはならない。最悪の可能性をも頭に入れた上で、日本は自
力を強化する以外に生き残れない。北朝鮮が実質核保有国になる場合を想
定して、日本も核武装の是非まで含めた議論をすべきだという主張には、
十分正当性があると思う。
『週刊新潮』 2018年9月6日号  日本ルネッサンス 第816回

2018年09月06日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図

櫻井よしこ


「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

2018年09月05日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾

                          櫻井よし子


「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

2018年09月04日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図

櫻井よしこ


「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

2018年09月02日

◆沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾

櫻井よしこ


「沖縄基地問題を巡る壮大な矛盾の構図 『不都合な真実』の予見は説得
力がある」

沖縄県が熱い政治の渦の中にある。翁長雄志知事の死去で、知事選挙が9
月30日に繰り上がった。氏の後継者として小沢一郎氏の同志で、自由党幹
事長の玉城デニー氏が出馬する可能性が濃厚だ。

自民・公明の候補者は普天間飛行場を擁する宜野湾市の前市長、佐喜眞淳
氏である。宜野湾市議、沖縄県議を経て宜野湾市長に至る足跡は、激しく
ぶれた翁長氏の経歴とは対照的だ。

両氏の一騎打ちが予想される中、沖縄では「弔い合戦」「オール沖縄」な
どの言葉が飛び交う。現地紙の「琉球新報」「沖縄タイムス」は、翁長氏
が辺野古の海を守るべく本土政府と鋭く対立し、命懸けで闘ったと熱く報
じ、知事選挙を氏の遺志を継ぐ弔い合戦だと印象づける。2紙は沖縄県人
が一致して「オール沖縄」で本土政府と闘うという形づくりに懸命である。

しかし、「オール沖縄」は本当に保革両勢力を束ねる政治基盤なのか。翁
長氏はかつての自民党県連幹事長で、普天間飛行場の県内移設を容認して
いた。その保守の政治家が共産党主導の革新勢力と手を結んだために保革
両勢力が結集したかのような印象を与えたが、真実はどうか。翁長氏はな
ぜ突如、辺野古移設に反対し始めたのか。

こうしたことを本土側の思い込みで理解しようとすると、必ず間違う。で
はどうしたら沖縄を理解できるのか。

田久保忠衛氏は沖縄返還の前、時事通信那覇支局長だった。氏は沖縄理解
の基本として「沖縄学の父」とも言われる伊波普猷(いはふゆう)を読む
ことだと語る。沖縄・久米島にゆかりのある佐藤優氏も伊波の『おもろさ
うし』を読み通したと、どこかに書いていた。ちなみに伊波は誰も研究す
る人のいなかった時代から琉球の万葉、「おもろ」を研究し『おもろさう
し』をまとめた。

伊波の膨大な著作に加えて、手軽な新潮新書『沖縄の不都合な真実』(大
久保潤、篠原章著)を読めば、かなり沖縄のことがわかる。『不都合な真
実』は現在進行形の事象を中心にしたジャーナリスティックな著述だ。

大部の専門書である伊波の全集と、小振りな新書は沖縄理解の根本におい
て重なっている。両者に通底するのは沖縄へのあたたかな想いと、沖縄の
暗部への深い斬り込みである。

『不都合な真実』は、誰も反論しにくい「沖縄の被害者の立場」を前面に
出した「沖縄民族主義」を冷静に批判し、補助金依存型経済と公務員優位
の社会構造にメスを入れない限り、基地縮小は進まないと断ずる。同批判
は伊波がざっと以下のように指摘した「沖縄人の最大欠点」と本質的に重
なる。

〈日支両国に従属した歴史の中で沖縄人は二股膏薬主義を取らざるを得
ず、生きるために友も師も、場合によっては国も売るという性質を育んだ〉

弱者の立場ゆえに、生存のためにはどっちにも転ぶというのだ。

結論を急げば、翁長氏を支える勢力は「オール沖縄」と称されるようなも
のではない。4年前の知事選挙の得票率は、翁長氏ら辺野古移設反対派が
52.7%、容認派が47.4%だった。実態は「オール沖縄」ではなく「沖縄二
分」なのだ。

『不都合な真実』は翁長氏の突然の変心は「カネと権力」を巡る覇権争い
ゆえだと分析し、本土の私たちのように、翁長氏変心の原因を辺野古移設
を巡る立場の違いに求めるのは「まったく的外れ」だと斬って捨てる。

沖縄問題は難しい。基地縮小の施策はおよそいつも現地の反対で妨げられ
る。同時に、基地負担の見返りに膨大な額の補助金が要求され、政府が応
じる。それが基地縮小へのブレーキとなる。この壮大な矛盾の中で、今
後、沖縄の自衛隊誘致運動が海兵隊の縮小に伴って一大勢力に発展すると
の『不都合な真実』の予見には、十分な説得力がある。表面的な考察での
み沖縄問題を論ずると間違うのである。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月1日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1245

2018年09月01日

◆中国の軍事膨張で正念場の日本

櫻井よしこ


8月16日、米国防総省は、中国の軍事・安全保障の動向に関する年次報告
書を公表した。非常に堅実で説得力のある内容だ。日本がいよいよ正念場
に立たされていることを切実に感じさせられるものでもあった。

ここで重要なのは国防総省や国家安全保障会議(NSC)の考え方と、ト
ランプ大統領自身の考え方がどこで重なり、どこで離れていくのかを知っ
ておくことである。米軍の最高司令官は、無論、大統領だ。

議会の承認も必要だが、大統領は殆んどの重要事項を独自に決めてしまえ
るほどの強い権限を有している。大統領に制度上与えられている一連の強
い権限は、トランプ氏の型破りな人柄によって、一層増幅されていると考
えるべきだ。

トランプ氏は閣僚や補佐官に依存しない。大事なことでも相談さえしな
い。独自に決断してしまいがちだ。今回のように国防総省が中国の軍事的
脅威を分析し、米国の取るべき道として非常にまともな方針や戦略を打ち
出したからといって、大統領がそれに従うわけではないということだ。米
国に依存せざるを得ない同盟国として安心などできないのだ。

今年の年次報告書は、中国が眼前の課題に対処しながら、大戦略を着実に
進めていることを真っ先に記述している。大事な点である。中国は21世紀
最初の20年間を「戦略的好機」の期間ととらえ、世界制覇を実現するため
に多層的な攻略をしかけているが、その長期戦略から目を逸らすなと警告
しているのである。

中国は米国にも世界にも「騙し騙し」の手法でやってくる。弱小国に圧力
をかけるにしても、米国との衝突には至らないようにその直前で攻略を止
めて様子を見る。中国が世界規模で行っていることを見れば侵略や覇権の
意図は明らかなのだが、そこを突かれる直前に、「一帯一路」に代表され
る経済に重点を置いたかのような政策を打ち出すことで、対中警戒心を緩
めさせる。その背後で再び侵略を進める。

中国海兵隊は3万人に拡大

この繰り返しが中国の基本行動型であることを、年次報告書は明記してい
る。圧力、脅迫、甘言、経済支援の罠などを駆使して自らの望むものを奪
うその戦略を、習近平政権は「中国の夢」、「偉大なる中華民族の復興」
などという美しい言葉で宣伝してきた。「ウィンウィンの関係」「人類運
命共同体」などと謳いながら、習氏は中国人民解放軍(PLA)を世界最
強の軍隊にするために組織改革を含む中国軍立て直し計画を断行してきた。

中国の軍事力の驚異的ビルドアップの実態をきっちり押さえたうえで、年
次報告書はPLAの侵略的行動について具体的に警告する。

たとえば、上陸作戦を担う中国海軍陸戦隊(海兵隊)は現在2個旅団で約1
万人だが、これを2020年までに7個旅団、約3万人以上にまで拡大させると
いうのだ。中国陸戦隊は一体どこに上陸しようというのか。台湾か尖閣
か。彼らは両方とも中国の核心的利益だと表明済みだ。

年次報告書には台湾と尖閣を巡る危機も詳述された。たとえば尖閣諸島周
辺の日本領海に、中国船は4隻が一団となって、平均すると10日に1回の頻
度で侵入、などと詳しい。

中国は海からだけでなく空からもやってくる。中国軍機による接近は急増
しており、航空自衛隊の緊急発進も増え続けている。昨年度の実績で全体
の約55%が中国軍機に対するものだ。PLAの爆撃機はいまや沖縄本島と
宮古島の間をわが物顔に往復する。空自の緊急発進はこれまで2機態勢で
行われていたが、現在は4機態勢、まさに尖閣周辺は緊迫の海だ。

そうした中、あとわずか2年、東京五輪までに中国海兵隊は3倍になる。彼
らの狙いが台湾にあるのは確かであろうが、尖閣諸島占拠の優先度も同様
に高いと見ておかなければならないだろう。

習氏は国家主席に就任する直前の13年1月に、PLA全軍に「戦争の準備
をせよ」と指示を下した。同年3月にはロシアを、6月には米国を訪れ、尖
閣問題について中国の主張を展開し、両国の支持を求めた。習氏の試みは
失敗したが、尖閣奪取の執念はカリフォルニアでのオバマ大統領との首脳
会談で浮き彫りにされた。なんと習氏は1時間半にわたって尖閣問題にお
ける中国の立場を説明したのだ(矢板明夫『習近平の悲劇』産経新聞出版)。

ギラギラした目で尖閣も台湾も狙う習政権の戦略に対して日本版海兵隊、
水陸機動団は今年3月に2100人態勢で発足したばかりだ。五輪後の21年頃
には3000人に拡充予定だが、中国陸戦隊の3万人には到底見合わないだろう。

トランプ氏の考え方

にも拘わらず、日本に危機感が溢れているわけでもない。日米同盟が抑止
力となり、中国を思いとどまらせることができるとの考えが根強いせい
か。現在の日米安保体制の緊密かつ良好な関係ゆえに、一朝有事には米軍
も日本を大いに扶(たす)けてくれるに違いないと考える人々が多いせいだ
ろうか。しかし真に重要なのはトランプ氏の考え方なのである。

ロシアのプーチン大統領は敵ではなく競争相手だと言い、北大西洋条約機
構(NATO)諸国を悪し様に非難するトランプ氏は、そもそも同盟関係
をどう考えているのか。7月のNATO首脳会議にはどのような考え方で
臨もうとしていたのか。これらの疑問についてトランプ氏の考えを正確に
読みとっておかなければ大変なことになる。

8月11、12日付の「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙が「米政府事
務方がトランプからNATOを守り通した」と報じていた。トランプ氏は
6月の先進7か国首脳会議(G7)で、カナダのトルドー首相を痛罵し、共
同声明に署名しないと宣言した。前代未聞のことだった。NATO首脳会
議が同様の失敗に終わることだけは避けようと、ボルトン国家安全保障問
題担当大統領補佐官がNATO各国と緊急に話し合った。万が一にでも、
トランプ氏がNATO脱退を言い出さないように、「肉がしっかり詰まっ
た」NATO軍強化策を大急ぎで取りまとめたのだ。

柱は「4つの30構想」とした。「30機械化大隊、30飛行群、戦闘艦30隻が
30日以内に反撃開始可能」な軍事力を20年までに完成させるため、全加盟
国が具体的目標を設定し、直ちに取りかかると合意した。

合意を、トランプ氏がブリュッセルに到着する前に成し遂げて、米国脱退
の道を塞いでしまったのだ。今回は29か国が力を合わせてここまで漕ぎつ
けた。しかし、世界全体がどの方向に行くのか定かでない地平に立ってい
ることに変わりはない。この間、中国の世界制覇の野望は不変である。わ
が国はこれまでに見たこともない速度と規模で国防能力を高めなければな
らないのである。

『週刊新潮』 2018年8月30日号 日本ルネッサンス 第816回



2018年08月31日

◆中国の軍事膨張で正念場の日本

櫻井よしこ


8月16日、米国防総省は、中国の軍事・安全保障の動向に関する年次報告
書を公表した。非常に堅実で説得力のある内容だ。日本がいよいよ正念場
に立たされていることを切実に感じさせられるものでもあった。

ここで重要なのは国防総省や国家安全保障会議(NSC)の考え方と、ト
ランプ大統領自身の考え方がどこで重なり、どこで離れていくのかを知っ
ておくことである。米軍の最高司令官は、無論、大統領だ。議会の承認も
必要だが、大統領は殆んどの重要事項を独自に決めてしまえるほどの強い
権限を有している。大統領に制度上与えられている一連の強い権限は、ト
ランプ氏の型破りな人柄によって、一層増幅されていると考えるべきだ。

トランプ氏は閣僚や補佐官に依存しない。大事なことでも相談さえしな
い。独自に決断してしまいがちだ。今回のように国防総省が中国の軍事的
脅威を分析し、米国の取るべき道として非常にまともな方針や戦略を打ち
出したからといって、大統領がそれに従うわけではないということだ。米
国に依存せざるを得ない同盟国として安心などできないのだ。

今年の年次報告書は、中国が眼前の課題に対処しながら、大戦略を着実に
進めていることを真っ先に記述している。大事な点である。中国は21世紀
最初の20年間を「戦略的好機」の期間ととらえ、世界制覇を実現するため
に多層的な攻略をしかけているが、その長期戦略から目を逸らすなと警告
しているのである。

中国は米国にも世界にも「騙し騙し」の手法でやってくる。弱小国に圧力
をかけるにしても、米国との衝突には至らないようにその直前で攻略を止
めて様子を見る。中国が世界規模で行っていることを見れば侵略や覇権の
意図は明らかなのだが、そこを突かれる直前に、「一帯一路」に代表され
る経済に重点を置いたかのような政策を打ち出すことで、対中警戒心を緩
めさせる。その背後で再び侵略を進める。

中国海兵隊は3万人に拡大

この繰り返しが中国の基本行動型であることを、年次報告書は明記してい
る。圧力、脅迫、甘言、経済支援の罠などを駆使して自らの望むものを奪
うその戦略を、習近平政権は「中国の夢」、「偉大なる中華民族の復興」
などという美しい言葉で宣伝してきた。「ウィンウィンの関係」「人類運
命共同体」などと謳いながら、習氏は中国人民解放軍(PLA)を世界最
強の軍隊にするために組織改革を含む中国軍立て直し計画を断行してきた。

中国の軍事力の驚異的ビルドアップの実態をきっちり押さえたうえで、年
次報告書はPLAの侵略的行動について具体的に警告する。

たとえば、上陸作戦を担う中国海軍陸戦隊(海兵隊)は現在2個旅団で約1
万人だが、これを2020年までに7個旅団、約3万人以上にまで拡大させると
いうのだ。中国陸戦隊は一体どこに上陸しようというのか。台湾か尖閣
か。彼らは両方とも中国の核心的利益だと表明済みだ。

年次報告書には台湾と尖閣を巡る危機も詳述された。たとえば尖閣諸島周
辺の日本領海に、中国船は4隻が一団となって、平均すると10日に1回の頻
度で侵入、などと詳しい。

中国は海からだけでなく空からもやってくる。中国軍機による接近は急増
しており、航空自衛隊の緊急発進も増え続けている。昨年度の実績で全体
の約55%が中国軍機に対するものだ。PLAの爆撃機はいまや沖縄本島と
宮古島の間をわが物顔に往復する。空自の緊急発進はこれまで2機態勢で
行われていたが、現在は4機態勢、まさに尖閣周辺は緊迫の海だ。

そうした中、あとわずか2年、東京五輪までに中国海兵隊は3倍になる。彼
らの狙いが台湾にあるのは確かであろうが、尖閣諸島占拠の優先度も同様
に高いと見ておかなければならないだろう。

習氏は国家主席に就任する直前の13年1月に、PLA全軍に「戦争の準備
をせよ」と指示を下した。同年3月にはロシアを、6月には米国を訪れ、尖
閣問題について中国の主張を展開し、両国の支持を求めた。習氏の試みは
失敗したが、尖閣奪取の執念はカリフォルニアでのオバマ大統領との首脳
会談で浮き彫りにされた。なんと習氏は1時間半にわたって尖閣問題にお
ける中国の立場を説明したのだ(矢板明夫『習近平の悲劇』産経新聞出版)。

ギラギラした目で尖閣も台湾も狙う習政権の戦略に対して日本版海兵隊、
水陸機動団は今年3月に2100人態勢で発足したばかりだ。五輪後の21年頃
には3000人に拡充予定だが、中国陸戦隊の3万人には到底見合わないだろう。

トランプ氏の考え方

にも拘わらず、日本に危機感が溢れているわけでもない。日米同盟が抑止
力となり、中国を思いとどまらせることができるとの考えが根強いせい
か。現在の日米安保体制の緊密かつ良好な関係ゆえに、一朝有事には米軍
も日本を大いに扶(たす)けてくれるに違いないと考える人々が多いせいだ
ろうか。しかし真に重要なのはトランプ氏の考え方なのである。

ロシアのプーチン大統領は敵ではなく競争相手だと言い、北大西洋条約機
構(NATO)諸国を悪し様に非難するトランプ氏は、そもそも同盟関係
をどう考えているのか。7月のNATO首脳会議にはどのような考え方で
臨もうとしていたのか。これらの疑問についてトランプ氏の考えを正確に
読みとっておかなければ大変なことになる。

8月11、12日付の「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)紙が「米政府事
務方がトランプからNATOを守り通した」と報じていた。トランプ氏は
6月の先進7か国首脳会議(G7)で、カナダのトルドー首相を痛罵し、共
同声明に署名しないと宣言した。前代未聞のことだった。NATO首脳会
議が同様の失敗に終わることだけは避けようと、ボルトン国家安全保障問
題担当大統領補佐官がNATO各国と緊急に話し合った。万が一にでも、
トランプ氏がNATO脱退を言い出さないように、「肉がしっかり詰まっ
た」NATO軍強化策を大急ぎで取りまとめたのだ。

柱は「4つの30構想」とした。「30機械化大隊、30飛行群、戦闘艦30隻が
30日以内に反撃開始可能」な軍事力を20年までに完成させるため、全加盟
国が具体的目標を設定し、直ちに取りかかると合意した。

合意を、トランプ氏がブリュッセルに到着する前に成し遂げて、米国脱退
の道を塞いでしまったのだ。今回は29か国が力を合わせてここまで漕ぎつ
けた。しかし、世界全体がどの方向に行くのか定かでない地平に立ってい
ることに変わりはない。この間、中国の世界制覇の野望は不変である。わ
が国はこれまでに見たこともない速度と規模で国防能力を高めなければな
らないのである。

『週刊新潮』 2018年8月30日号 日本ルネッサンス 第816回

2018年08月30日

◆日本国憲法を「絶対善」とする不可思議

櫻井よしこ


「日本国憲法を「絶対善」とする不可思議 改憲で自由なくなるなら根拠
示すべきだ」

夏休みは、NHKのプロパガンダの季節か。そのように感じさせる戦争に
まつわる番組を、NHKは何本も放映していた。

日本は大東亜戦争で敗北したのである。辛い体験であるのは当然だが、
NHKの報じ方はあえて言えば「軍と政府が悪い」「国民が犠牲にされ
た」という相も変わらぬ短絡な構図だった。

そんな中、加地伸行氏の『マスコミ偽善者列伝 建て前を言いつのる
人々』(飛鳥新社)が痛快である。木っ端微塵にされた筆頭が澤地久枝氏
だ。加地氏は澤地氏を「日本国憲法の条文はこれこそ〈絶対善の本物〉と
反応してそう思い込み、その条文通りに生きるのが正しいとする観念論を
撒き散らしている」と断じた。

この的確な批判に、澤地氏はどのように反応するであろうか。

槍玉に挙げられたのはいわゆる新右翼と言われた一水会の鈴木邦男元顧問
も同様だ。寡聞にして知らなかったのだが、鈴木氏は平成26年3月1日の
「毎日新聞」、同7月18日の「朝日新聞」で「中国や韓国に意図的にけん
かを売って反感を導き出し、求心力を高めようと利用している感じがす
る」と、安倍政権批判を展開していたようだ。

加地氏は問う。「驚いた。逆ではないか。『中国や韓国に』ではなくて、
『中国や韓国が』ではないのか」と。

さて、鈴木氏はどう答えるか。

憲法について鈴木氏は、見直すべきと言いながら、「今の政府で改正すれ
ばもっともっと不自由になり、国民を縛る憲法になる」とも発言していた
そうだ。加地氏はこれを「左翼顔負けの護憲」と斬って捨て、もう一つ、
鈴木氏の次の言葉を紹介している。

「自由のない自主憲法になるよりは自由のある押し付け憲法の方がいい」

「右翼ももう終わりである」と加地氏は書いたが、事はもっと深刻であろ
う。改憲すれば「自由がなくなる」、改憲しなければ「自由がある」と鈴
木氏は対比したが、根拠は何か。根拠を示さずにこの種の乱暴な主張を展
開するのでは、右翼以前に言論人としての存在が終わってしまうであろうに。

深い素養に基づき、加地氏の論は縦横無尽、大胆に展開される。批判の矢
に射抜かれるのは、社会保障を損得勘定で語る「有識者」の愚かさであ
り、一大ブームを巻き起こしたピケティ氏の格差批判でもある。

山崎正和氏の平成25年11月号の「潮」における発言は以下のようだったと
加地氏が示している。

「日本人にとって、選択できる道は一つしかない。たとえ個人的には身に
覚えがなくとも、全国民を挙げてかつての被害国に謝罪をつづけることで
ある」

山崎氏がどんな意見を述べようと言論の自由であるとしたうえで、加地氏
は、(1)「道は一つしかない」、(2)「全国民」、(3)「つづけるこ
とである」と主張するのは、「己れの立場という一つのありかたしか許さ
ない」ことで、俗に言うファシズムだと断じている。

人類の歴史における戦争を含む不幸を、私たちはそれまでのことはすべて
水に流すという国際社会の約束事としての講和条約などで乗り越えてき
た。その典型が日米関係だ。

加地氏は『論語』の「八佾(はちいつ)」から引いている。「成事(せい
じ)(できたこと)は説かず。遂事(すいじ)(すんだこと)は諫めず。
既往(過去)は咎めず」。

こうした人類の知惠を学ばず「個人的には身に覚えがなくとも」謝罪をつ
づけよとは、中・韓の回し者のような発言だとは、言い得ているではないか。

加地氏は著書の最後で、日本人のみならず東北アジアの人々にとって、一
神教を理解するのがなぜ難しいのかを語っている。一神教と多神教につい
ての氏の考えを、二度、三度と読んで、人の死を祖先とのつながりの中で
受容し、慰められ、生き続けるということの意味が深く私の実感と重なっ
た。読後感は「感謝」の一言だった。

『週刊ダイヤモンド』 2018年8月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1244

2018年08月29日

◆複雑な欧州情勢に見る日本への教訓

櫻井よしこ

トランプ米大統領は、ブリュッセルで行われたNATO(北大西洋条約機
構)首脳会議に先立つNATO議長との会談で、メルケル独首相を「ロシ
アの捕虜だ」と貶めた。NATO諸国が軍事費を増やして備えを進めてい
るロシアに対して、ドイツは「ノルドストリーム2」と呼ばれる海底ガス
パイプラインの敷設で協力し、ロシアの天然ガスをはじめとするエネル
ギーの欧州向け販売で力を貸し、毎年何十億ドルもの資金をロシアに与え
ることになるとして、氏は怒ったのである。

エネルギーは如何なる国にとっても最重要の戦略物資である。ロシアは、
ウクライナ経由のガスパイプラインで欧州にガスを売ってきた。しかしウ
クライナで反ロシア政権が誕生したり、反ロシア国民運動が高まると、パ
イプラインの元栓を閉めて圧力を加えた。ウクライナはロシアのガスを欧
州諸国に分配するガス通行料収入どころか、ガスの供給を断たれておよそ
全ての経済活動が停止。完全にお手上げだった。

だが、ロシアにとってもガス栓を閉めることは身を切る結果となった。エ
ネルギーの輸出はロシアの輸出全体の約半分を占め、国家予算の40%がそ
れによって賄われているからだ。そこでプーチン氏は、ロシアから直接バ
ルト海の海底にパイプラインを通し、ウクライナを経由せずに欧州へ天然
ガスを移送することを考え、ドイツを中核国としようとした。それが「ノ
ルドストリーム2」だ。

完成すれば、ロシアの欧州向け天然ガス輸出の80%がこのパイプラインで
送られる。ドイツはハブ国として、ロシアのエネルギーを欧州に売り捌
く。前首相のシュレーダー氏はロシア国営企業のロスネフチの会長におさ
まっているが、安全保障で対立する国の国営企業にドイツ前首相が高給で
雇われてよいはずがない。ドイツの行為は利敵行為であり、トランプ氏の
批判は正しいのだ。

ドイツの裏切り

ドイツへのトランプ氏の怒りから過去の日本の体験に思いが移る。日本も
ドイツには酷い目に遭わされている。『日中戦争・戦争を望んだ中国 望
まなかった日本』(北村稔・林思雲、PHP研究所)に詳しいが、日本は
1937年に日独伊防共協定を、40年には日独伊三国同盟を結んだ。日本が当
時戦っていたのは中国国民党政府、蒋介石の軍隊だった。

ドイツは防共協定締結後も三国同盟樹立後も、一貫して日本の敵の国民党
政府に武器を輸出していた。ドイツではほとんど産出されない希少金属の
タングステンが中国には大量にあり、ドイツ軍の軍需産業に欠かせなかっ
たからだ。

それだけではない。日本が蒋介石軍と戦っていたとき、ドイツは蒋介石軍
への武器売却のみならず、ドイツ軍顧問団が幾つかの戦場で指揮をとっ
た。そのような戦場では、普段は蒋介石の軍隊に敗北したことのない日本
軍が大敗を喫している。ドイツの裏切りは41年7月まで続いた。独中関係
が突然終わったのは、ドイツ軍が反省したからではない。蒋介石の側から
国交を断絶した結果だった。

日本人はドイツ人に対して比較的好印象を抱く人が多いが、国と国との関
係に甘い期待など禁物である。

現在に至るまでトランプ氏の外交には筋が通っていないため判断がつきか
ねることも多いが、独露連携に対しては、布石を打っていた。昨年7月、
ポーランドの首都ワルシャワで開催された「3SI」(三つの海構想)の
会議への参加がそれで、トランプ氏はそこで、「天然ガスが必要なら、い
つでも電話してくれ」という表現で潤沢なエネルギーを供給する用意があ
ると強調している。

3SIはバルト海、アドリア海、黒海の三つの海沿いの旧東欧12か国によ
る連合体である。ポーランドとクロアチアが中心になってまとまったこれ
らの国々は、二度と独裁国家ロシアの傘下になど入りたくないと思ってい
る。欧州全域にロシアのガスパイプラインが敷設されれば、ロシアは欧州
に対する圧力を容易にかけられるようになる。欧州全体がエネルギーを通
じてロシアの支配を受けるような事態を、彼らは最も恐れている。

同会議でトランプ氏は、明らかに、ロシアを念頭に置いて、3SI加盟国
がどの国の人質にもならずに済むよう、潤沢で安価なエネルギーの供給を
保証したのだ。米国のエネルギー政策にも、米国で採掘可能になった潤沢
なシェールガスや石油の輸出を進めることが国家戦略として謳われた。ロ
シアの液化天然ガスは割高に価格設定されているが、米国は反対に安価で
潤沢なガスの輸出が可能なのだ。

ポーランドは既に米国のLNG受け入れターミナルを完成させており、
2022年に満期となるロシアのガスプロムとの契約は更新しない方針を決め
た。彼ら旧東欧諸国にとって、米国によるガス供給に道筋をつけたのは一
つの安心材料だ。しかし、それでも国際社会は厳しい。

トランプ氏の本音

NATO首脳会議でトランプ氏は、昨年NATOに加盟したモンテネグロ
について、つい語ってしまった。モンテネグロが攻撃された場合、米国の
青年がそのために血を流すことはないと、言ってしまったのだ。NATO
の基盤は集団安全保障の理念である。どの国であれ、加盟国に対する攻撃
は全体に対する攻撃だと見做し、全加盟国が力を合わせて反撃するのが
NATOだ。しかし、トランプ氏はそれを否定した。発言はすぐに訂正さ
れたが、これは恐らくトランプ氏の本音であろう。

どの国もさまざまな努力を重ねなければ生き残れないのである。日本はど
うかと考えざるを得ない。

トランプ氏はNATO諸国の国防力強化の努力が足りないとして、信じ難
いほどの悪態をついた。ドイツを最も鋭く厳しい言葉で批判した。日本に
対しても同じように厳しいコメントが発せられる可能性がある。

小野寺五典防衛大臣が7月27日、言論テレビで語った。

「例えば対GDP比の数字だけ言うと、ドイツは1.3%。これはNATO
基準の換算ですから、日本にはそのまま当てはめられませんが、日本は
0.87%です。米軍再編費用を除いた金額ではありますが。安倍政権になっ
てわが国は毎年防衛費を増やしています。経済が成長しGDPも伸びてい
るため、GDP比の数字が小さくなってしまうのです」

この他に日本は在日米軍基地のコストを負担している、或いは高い兵器を
米国から買っているなどと、主張することもできるだろう。しかし、そん
な目先の細目ばかりで言い訳の余地を探しても問題は解決されない。要
は、日本の置かれた状況の厳しさ――米国の内向きへの変化と中国の膨張――
の前で、どう日本を守るかということだ。それには専守防衛の精神を捨て
て、普通の民主主義国の、普通の国防政策を皆で共有することしかないだ
ろう。
『週刊新潮』 2018年8月9日号  日本ルネッサンス 第814回

2018年08月28日

◆中国マネーが席巻する征服と略奪の網

櫻井よしこ


「中国マネーが席巻する征服と略奪の網 日本は負の流れ変える歴史的使
命がある 」

中国で異変が起きている。7月26日、北京の米大使館付近で爆発事件が発
生、中国当局は内蒙古自治区出身の26歳の男を拘束した。情報筋は、少数
民族に対する苛酷な監視の網をくぐってモンゴル系の青年が爆弾を所持し
て北京中心部の米大使館に近づくなど、あり得ないと強調する。

「産経新聞」の藤本欣也記者が7月17日に北京発で報じたのは、(1)7月
第2週、屋内外の習近平中国国家主席の写真やポスターの即刻撤去を命じ
る警察文書がインターネットで拡散した、(2)中国政府系のシンクタン
ク「社会科学院」で習氏の思想及び実績を研究するプロジェクトが中止さ
れた、(3)党機関紙「人民日報」一面から習氏の名前が消え始めたとい
う内容だった。

いずれも権力闘争の明確な兆候と見てよい変化である。

中国の報道では常に鋭い視点を見せる産経の矢板明夫記者も7月18日の紙
面で以下の点を報じた。(1)7月初め、江沢民、胡錦濤、朱鎔基、温家
宝らを含む党長老が連名で党中央に経済・外交政策の見直しを求める書簡
を出した、(2)長老たちは、党内にはいま個人崇拝や左派的急進主義な
どの問題がある、早急に改めよと要請した、(3)習氏の政治路線と距離
を置く李克強首相の存在感がにわかに高まった。

(2)の「個人崇拝」や「左派的急進主義」などの表現は、独裁者、毛沢
東の時代に逆戻りするかのような習氏を念頭に置いた警告であろう。長老
群の習氏に対する強い不満が読みとれる。

8月1日の産経で、中国河北省の北戴河から西見由章記者が報じた。北戴河
は毎夏、中国共産党の指導部や長老が一堂に会し、2週間ほどかけて人事
や重要政策を議論する場として知られる。会議に備えて、渤海に面した北
戴河一帯は数キロにわたって交通が遮断され厳重な警備体制が敷かれる
が、街中で見掛ける看板には、ごく一部を除いて習氏の名前がないという
のだ。

最も顕著なのが、「新時代の中国の特色ある社会主義思想の偉大な勝利を
勝ち取ろう」という大スローガンを書いた看板である。これは昨年10月の
第19回共産党大会で華々しく打ち上げた習氏の思想である。当然、「習近
平による」という枕言葉がつかなければならない。にも拘わらず、沿道沿
いの看板には習氏の名前はないのである。

また、街のどこにも習氏の肖像画や写真が1点もないそうだ。習氏の個人
独裁体制が批判されているのは明らかといえる。

北戴河で長老たちはどんな人事を要求するのか。学生時代の級友たちを重
要閣僚や側近につける習氏の「縁故政治」にストップをかけるのか、憲法
改正まで断行して、習氏は自らの終身主席制度への路線を敷いたが、それ
を阻止するのか。そこまでの力が長老たちにあるのかは不明だが、中国が
尋常ならざる混乱に陥る可能性もある。

習氏の強権政治が牽制されるにしても、警戒すべきは国際社会に対する中
国支配の網が、彼らの言う一帯一路構想の下で着々と進んでいることだ。
一帯一路構想で620億ドル(約6兆8200億円)という最大規模の融資を受け
たパキスタンは、そのプロジェクトのおよそ全てで債務の罠にはまりつつ
ある。

過大借り入れで返済不能に陥るのはもはや避けられないだろう。7月の選
挙で誕生した新政府が、いつ世界銀行などに緊急援助を求めるかが注目さ
れる中で、中国の債務の罠に捕捉された国々はスリランカのように、港や
ダム、重要インフラ、広大な国土を99年間などの長期間、中国に奪われて
しまいかねない。

中国がどうなろうと、中国マネーによる征服と略奪の網は広がっている。
この負の流れを米欧諸国と共に変えていくのが日本の歴史的使命である。
奮起し、世界の秩序構築に貢献する責任を政治には自覚してほしい。

『週刊ダイヤモンド』2018年8月11・18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1243 

2018年08月27日

◆朝日英字報道は今も慰安婦で印象操作

櫻井よしこ


慰安婦は日本軍が強制連行したのであり、自分は実際に慰安婦を「狩り出
した」と大嘘をついた故吉田清治氏を、朝日新聞は何十年にもわたって持
ち上げた。

朝日はしかし、吉田氏の話はすべて虚偽であるとして関連記事を取り消し
た。それが4年前の8月だった。

イデオロギーとして慰安婦強制連行を主張し続ける少数の人々や、いまだ
に熱心に朝日を読む人々を除いて、日本国内の殆どの人たちが慰安婦は強
制連行ではなかったし、性奴隷でもなかったということを、今では納得し
ていると思う。

ところが、日本人が余り読まない英字報道において、朝日は今も、女性た
ちは強制連行された、性行為を強いられたという印象を抱かせる報道を続
けている。

英字報道は日本人には余り馴染みがないが、その影響力は大きい。なぜな
ら、日本について世界に向けて報道する特派員やフリーランスの記者ら
が、必ずといってよいほど、参考にするからだ。

大半の日本人が関知しない英字報道で、日本人からはこっそり隠れるよう
にして、しかし世界に対しては堂々と、事実に反する印象操作報道を続け
ているのが朝日新聞だ。

こんな朝日の印象操作を中止させるべく立ち上がったのが米カリフォルニ
ア州の弁護士、ケント・ギルバート氏と、山岡鉄秀氏だ。

山岡氏は『日本よ、情報戦はこう戦え!』(育鵬社)を上梓したばかり
だ。2014年、ビジネスマンとして居住していた豪州のストラスフィールド
市で、中韓反日団体が仕掛けた「慰安婦像設置」計画に遭遇した。地元在
住の日本人のお母さん方は突然降りかかった歴史戦争に困り果てていた。
子供は苛められひどく傷ついて帰ってくる。しかし、自分の英語力ではど
う反論してよいかわからない。このような状況を知った山岡氏は誓ったと
いう。「日本人としての自分の生き方に関わる根本的問題だ。自分は見て
見ぬふりで逃げることはしない」と。

日本に対する情報戦

結論から言えば、氏は現地のオーストラリア人らを巻き込んでコミュニ
ティの一員として市議会に訴えた。さまざまな国籍や人種の人々が仲よく
共存するこの町に慰安婦像を建てて、協調的、平和的な人々の生活を乱す
権利は誰にもないという論法で説得し、遂に慰安婦像設置を阻止すること
に成功した。

このときまで、慰安婦問題にも歴史問題にも特別の関心は抱いていなかっ
たという山岡氏だが、実際に反対運動に関わってみると、日本に対する情
報戦は激しく、かつ多岐にわたることを痛感したという。その意味では日
本はすでに戦時下にあると、氏は断言する。情報戦に疎く、警戒心の薄い
日本人はそのように言われれば驚くかもしれないが、情報戦は侵略戦争の
始まりであり、情報戦が仕掛けられたら宣戦布告に等しいとの警告は、歴
史に照らし合わせてみても正しいと思う。

情報戦に勝つには、必ず、仲間を増やさなければならない。山岡氏がスト
ラスフィールドで実践したように、第三者の支援が大事である。その意味
で、英字報道で朝日がおよそいつも慰安婦について旧日本軍の悪行を印象
づける内容を発信し続けるのは、知らず知らずのうちに海外の読者に「日
本軍は悪い」「日本人は野蛮だ」「女性の敵だ」という考えを植えつけ
る。これではいざというときに日本の味方になってくれる「第三者」はい
なくなる。

8月3日、言論テレビでギルバート氏が語った。

「朝日には2回、申し入れ書を出して2回、回答を受け取りました。結論か
らいえば朝日に対する知的信頼はゼロになったということです。我々は朝
日とのやり取りをきちんと本にして世に問います。英語でも出します。国
際社会の人々が読んだら、もう誰も朝日新聞を信頼しなくなるのではない
でしょうか」

ギルバート氏の憤りは強かったが、そもそも朝日の英字報道はどのような
表現で慰安婦を報じているのか。

再びギルバート氏が説明した。

「日本語では『慰安婦問題』と表現します。それが英語報道になると必
ず、慰安婦についての説明がつくのです。comfort women, who were
forced to provide sex to Japanese soldiers before and during World
War IIとかね」

山岡氏が補足説明した。

「慰安婦を関係代名詞で受けて性行為を強制されたという説明部分を加え
るわけです。慰安婦は、forced to provide sexだというわけです。
forcedとは力で強要されたという意味です。またprovide sexを英語圏の
人が読めば、これは対価を支払った行為とは読めませんね。場所もわから
ない。戦場かもしれない。限りなく性奴隷に近い意味になります」

とんでもない報道

ギルバート氏が強調した。

「英語圏の私たちが読めばprovide sexというのはレイプだったり、奴隷
制度の下であったりという意味です。ですから朝日新聞はとんでもない報
道をしているのです」

もうひとつの問題点は朝日新聞の英字報道が「受動表現」になっているこ
とだという。どの件(くだ)りを見ても慰安婦の説明は確かに受け身の表現
になっている。山岡氏が語る。

「ですから私たちは『誰が』女性たちに性行為を強要したのか、それを明
確にして下さいと要望しました」

どう読んでも女性たちは「軍隊による物理的な強制で性行為を強いられ
た」ととられてしまうと、山岡氏らは考える。だが朝日新聞はこう答えて
いる。

「英語ネイティブスピーカーが読めば、軍隊による物理的な強制で性行為
を強いられたという印象を受けると指摘されていますが、当該表現は、意
に反して性行為をさせられたという意味です」

ギルバート氏が解説した。

「結果としては印象操作になっていくわけです。相手がそれを、軍隊が強
制したと受けとめることを理解しているのに、辞書にこう書いているから
と逃げるのですよね」

山岡氏は、シドニーで過去1年に限っても、朝日新聞は12回、慰安婦に関
する英字報道を行っている、毎回必ず「forced to provide sex」という
説明がついているというのだ。

「ロイター通信の記事を朝日新聞が配信することがあります。その中で、
慰安婦の説明として、朝日の説明文とほぼ同じ表現が使われているので
す。ロイターのような国際的通信社が使う、つまり、朝日新聞の英語報道
が殆どグローバル・スタンダードになっているのです」

朝日は文字どおり、木で鼻をくくったような回答をギルバート、山岡両氏
に返してきたが、この新聞、読みたくないと改めて思う。
『週刊新潮』 2018年8月16・23日合併号  日本ルネッサンス 第815回