2018年11月15日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史から
脱せるか」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。

2022年の冬期五輪の 開催地に予定されている北京を他の都市に変更する
よう、国際オリンピッ ク委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役
の判決を受けて獄中にあ るイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和
賞に推薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。日米安保条約によって同
盟国として結ばれている日本にとって、価値観の闘いで、米国と共同歩調
をとらない理由はない。その意味で日本の政府も国会議員も、いま、ウイ
グル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷
いや り方はもはやどの世界にも受け入れられない。

一人のジャーナリストの殺 害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビ
ン・サルマン氏の地位を危うく している。米国とサウジの関係に亀裂が
生じ、サウジの影響力が低下し、 イスラエルとの連携も弱まり、イラン
が得をし、結果として中東情勢が揺 らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろ
う。そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を
奪うことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。
米中貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害
について、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254

2018年11月14日

◆改憲案の提示が国民主権の一丁目一番地

櫻井よしこ


「改憲案の提示が国民主権の一丁目一番地 国会は国民に投票の機会を与
えるべきだ」

臨時国会は10月24日に始まったばかりだが、その様子を見ていて、国会議
員も現実を見ていない、余りに無責任だと、腹立たしい思いになる。とり
わけ焦眉の急である憲法改正について、なぜ、こうも無責任でいられるのか。

国際情勢の厳しさは、日本よ、急ぎ自力をつけよと警告している。国民、
国家、国土は自国が守るという原点を思い出せと告げている。国民の命や
安全に責任をもつべきは政府であるにも拘わらず、日本国政府には国民、
国家を守る有効な手段を取ることができにくい。国の交戦権さえ認めない
恐らく世界でたったひとつの、変な憲法ゆえである。

憲法改正を急ぐべしと問題提起を続けているのは、安倍晋三首相ばかりの
ように見える。首相は、「自民党の憲法改正案をこの臨時国会に提出でき
るように取りまとめを加速すべきだ」と幾度となく旗を振ってきたが、周
りの動きはなぜかにぶい。

首相は繰り返し語っている。憲法改正は国会が決めるのではない。最終的
に国民が決める、と。そのとおりだ。日本国憲法の三大原則は「平和主
義」「人権尊重」「国民主権」である。国士舘大学特任教授の百地章氏
は、「現行憲法で唯一、具体的に国民主権を発揮できる場は憲法改正のた
めの国民投票だけです」と指摘する。

主権を行使する機会は、国会が憲法改正を提示(発議)して国民投票に踏
み切るとき、初めて、国民に与えられる。国会が国民に改憲案を提示しな
ければ何も始まらない。改憲案を国民に示すことが、主権が国民にあるこ
とを証す1丁目1番地なのである。

だが、公明党はこう語っている。

「国民の関心は高まっているが、具体的にどう改正するか議論は熟して
いない。衆参両院の憲法審査会で議論を活性化し、与野党で幅広い合意を
作る。その過程で国民的コンセンサスを作らなければならない」(井上義
久副代表)

憲法調査会が2000年に設置され、07年に憲法改正の原案作成を任務とする
憲法審査会ができた。憲法改正作業は約20年も続いているのだ。公明党は
議論は熟していないというが、この20年間、一体政治家として何をしてき
たのか。少なくとも自民、公明の間では議論は核心に触れるところまで熟
しているではないか。

そもそも公明党は国民をバカにしているのではないか。安倍首相が提唱し
た9条1項と2項を維持したまま、自衛隊を憲法に書き込む案は公明党の案
だった。

公明党が「加憲」を言い出したのは04年だ。10年後、彼らは「自衛隊の存
在を明記」する加憲案を公約とした。安倍首相が17年5月に提唱した、自
衛隊を憲法に書き込むという案は、再度強調するが、公明党の案そのもの
である。

公明党案を自民党が取り入れたのである。なぜ公明党はそこから議論を進
めないのか。なぜまだ時期尚早だなどというのか。

公明党は驕っていないか。憲法改正が必要か否かは政治家が決める。国民
には問わないし、決定もさせない。政治家の判断力が国民の判断力より優
れており、国民に判断を任せることはしない、とでも考えているのではな
いか。このような国民不信の極みともいえる尊大さを、公明党の姿勢に見
て取るのは間違いだろうか。

安倍首相が繰り返し指摘しているように、憲法改正は通常の法律改正とは
異なる。法律は国民の代表である政治家が国会で議論して決める。憲法は
国会が発議し、国民が投票で決定する。私たちは戦後一度も、国の基(も
とい)である憲法について意思表示する権利を行使し得ていない。国会が
その機会を奪い続けてきたからだ。しかし、いま、国会は国民を信じて発
議し、国民に決定させるべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1255

2018年11月13日

◆友好の中でも、中国に塩を送り過ぎるな

櫻井よしこ


米中新冷戦が進行する中で、対米関係で窮地に陥った中国との日中首脳会
談が10月26日に行われた。これまでの首脳会談では、およそいつも日本が
攻めこまれていた。今回は初めて日本が中国に注文をつけ得る立場で臨ん
だ。安倍晋三首相は日本優位へと逆転したこの状況を巧く活用したと、評
価してよいだろう。

日中間には日本国の主権に関わる案件として尖閣諸島や東シナ海のガス田
問題等がある。日本の名誉に関わるものとして慰安婦問題をはじめとする
歴史問題がある。安全保障及び経済問題として、米国共々膨大な被害を
蒙っている最先端技術や情報などの知的財産の窃盗問題がある。事実この
問題ゆえに、米国は中国に貿易戦争を仕掛けた。同盟国との協調という点
からも、日本が中国に厳しく言わなければならない立場だ。

産経新聞外信部次長の矢板明夫氏は、これらに加えて人権問題こそが最重
要案件だと指摘する。

「米国議会は共和・民主の超党派で、イスラム教徒のウイグル人100万人
以上が強制収容され、拷問や虐待で多くが死に追いやられている現状を指
摘し、中国政府の行為は人道に対する罪だと主張しています。安倍首相
も、ウイグル人に対する人権弾圧について習近平国家主席に抗議すべきで
す。その前に8人の日本人に対する人権弾圧に抗議すべきです」

中国政府は日本人8人をスパイ容疑で逮捕しているが、どう見ても彼らが
スパイであるとは思えない。百歩譲って、たとえスパイであったとして
も、彼らは日本のために働いたのであるから、安倍首相は彼らの早期釈放
を中国側に求めるべきだと、矢板氏は強調する。

中国政府はこれまで何人もの日本人をスパイ容疑で逮捕してきたが、逮捕
された人々が本当にスパイであると納得できる十分な情報を日本側に提示
したことはない。「日本人スパイ」の摘発は政治的要素が大きいと指摘さ
れているだけに、安倍首相は同件をまっ先に持ち出さなくてはならないと
の指摘は正しい。

日中外交の重要な転換点

今回安倍首相は李克強首相との会談でウイグル人弾圧に関して、「中国国
内の人権状況について日本を含む国際社会が注視している」と注文をつけ
た。中国政府の血走った人権弾圧を明確に問題提起したことは、これまで
の対中外交にはなかった。日中外交の重要な転換点となるだろう。

邦人8人の安全についても、習氏との会談で前向きの対応を求め、「中国
国内の法令に基づき適切に対処する」との言葉を引き出した。恐らく、早
期の解放が期待されるのではないか。

尖閣諸島問題については、中国公船が尖閣の排他的経済水域(EEZ)に
侵入し続けていることについて状況改善を要求した。

中国が海警局を設置して、尖閣諸島周辺海域への侵入を激化させたのは
2013年だ。今回の首脳会談は海警局の公船がわが国の海に侵入し始めて以
降、初めての公式訪問だ。この機会に何も言わなければ、中国の領海侵犯
を黙認することになる。首相が状況改善の要求をつきつけるのは当然なの
だが、非常に大事なことだった。

首脳会談の発言は、その後の外交の基本となる。首相が指摘した件は今
後、日中間の議題となり続ける。とりわけ、習氏の来年の訪日は今後の日
中関係における重要事項だ。さまざまな条件が話し合われるとき、尖閣の
海の状況改善という日本の要求は、必ず取り上げられ続ける。中国側の無
謀、無法な侵入をその度に批判し続けることが大事だ。

知的財産権についても、安倍首相は習、李両氏に問題提起した。興味深
かったのは、知的財産権について更なる改善を図ることが重要だと安倍首
相が中国側に求めたその席で、安倍、李両首相が高齢化社会への対応につ
いて大いに話が合ったという点だ。つまり、知的財産権の侵害という根本
的かつ最重要の厳しい問題を提起しても、日中首脳の対話が盛り上がっ
た、波長が合ったということは評価してよいのではないか。

中国の少子高齢化は、日本よりもはるかに厳しい。わが国は高齢国家の最
先端を走っているが、国民皆保険も、年金制度や福祉制度も一応整えてい
る。中国はこれらの準備が殆んど整わないまま、世界最大規模の少子高齢
化を最速で迎える。富裕層以外の中国人をざっと10億人とすると、彼らの
老後は真に厳しく惨めなものとなると予測され、大国中国の土台を蝕む要
因となる。

中国経済の舵取り役である李氏が大いに参考にしたいのが日本の事例であ
るに違いない。そして、多くの人は忘れているかもしれないが、安倍首相
はもともと厚生族だ。社会保障や年金制度について恐らく誰よりも詳し
い。その安倍首相の話に、習氏よりずっと合理的な思考の持ち主だと言わ
れる李氏は、熱心に耳を傾けたに違いない。両首脳の話が弾んだのは、今
後の日中関係に一筋の明るい光を投げかけている。

米国はどう受けとめるか

他方、懸念すべきは一帯一路への日本の協力である。一帯一路は「第三国
民間経済協力」と名前を変えて登場し、日本の企業各社がコミットしたか
に見える。

日中双方の企業が共同で第三国にインフラ投資をするという覚書が52件も
交わされ、その合計金額は180億ドル(約2兆160億円)と報じられた。さ
らに、安倍首相は3兆円をこえる大規模通貨スワップ協定を結んでしまった。

3.1兆ドル(約348兆円)の外貨を保有するといいながらも、対外負債を引
くと中国の外貨準備は実質マイナスだ(『産経新聞』10月26日、田村秀男
氏)。

スワップ協定が実際に発動されるような事態とは、中国経済が潰滅状態に
陥るということで、スワップ協定は政治的な意味合いが強いものの、習氏
は日本の姿勢を心強く思うだろう。片や中国と冷戦を戦い、中国の力を殺
ぎたいと願う米国はどう受けとめるか。日本にとって米国は最重要の国だ
けに、米国への事前事後の説明とその理解が欠かせない。

新冷戦の中での日本の生き残りの必須条件は、同盟国であり価値観を同じ
くする米国との関係を緊密に保つことだ。他方、中国は共産党が潰れない
限り恐らく本質的には変わらない。日本の路線とも決して交わることはな
い。だからこそ、中国とは必要な関係は維持しつつも、彼らに塩を送り過
ぎないことだ。

日本も米国も、旧ソ連でさえ、中国が演じ続けた「か弱い存在の振り」を
信じて中国を援助してきた。だが彼らは十分に自力をつければ、助けてく
れた国に対しても牙を剥く。安倍首相と日本への厳しい非難から笑顔へと
急転換した中国の思惑は明らかだ。彼らの笑顔はうすい表面の皮一枚のも
のと心得て、日本は戦略を読み違えてはならない。中国への過度の肩入れ
は国益を損なう。

『週刊新潮』 2018年11月8日号 日本ルネッサンス 第826回

2018年11月12日

◆「改憲案の提示が国民主権の一丁目一番地 

櫻井よしこ


国会は国民に投票の機会を与えるべきだ」

臨時国会は10月24日に始まったばかりだが、その様子を見ていて、政党も
国会議員も現実を見ていない、余りに無責任だと、腹立たしい思いにな
る。とりわけ焦眉の急である憲法改正について、なぜ、こうも無責任でい
られるのか。

国際情勢の厳しさは、日本よ、急ぎ自力をつけよと警告している。国民、
国家、国土は自国が守るという原点を思い出せと告げている。国民の命や
安全に責任をもつべきは政府であるにも拘わらず、日本国政府には国民、
国家を守る有効な手段を取ることができにくい。国の交戦権さえ認めない
恐らく世界でたったひとつの、変な憲法ゆえである。

憲法改正を急ぐべしと問題提起を続けているのは、安倍晋三首相ばかりの
ように見える。首相は、「自民党の憲法改正案をこの臨時国会に提出でき
るように取りまとめを加速すべきだ」と幾度となく旗を振ってきたが、周
りの動きはなぜかにぶい。

首相は繰り返し語っている。憲法改正は国会が決めるのではない。最終的
に国民が決める、と。そのとおりだ。日本国憲法の三大原則は「平和主
義」「人権尊重」「国民主権」である。国士舘大学特任教授の百地章氏
は、「現行憲法で唯一、具体的に国民主権を発揮できる場は憲法改正のた
めの国民投票だけです」と指摘する。

主権を行使する機会は、国会が憲法改正を提示(発議)して国民投票に踏
み切るとき、初めて、国民に与えられる。国会が国民に改憲案を提示しな
ければ何も始まらない。改憲案を国民に示すことが、主権が国民にあるこ
とを証す1丁目1番地なのである。

だが、公明党はこう語っている。

「国民の関心は高まっているが、具体的にどう改正するか議論は熟してい
ない。衆参両院の憲法審査会で議論を活性化し、与野党で幅広い合意を作
る。その過程で国民的コンセンサスを作らなければならない」(井上義久
副代表)

憲法調査会が2000年に設置され、07年に憲法改正の原案作成を任務とする
憲法審査会ができた。憲法改正作業は約20年も続いているのだ。公明党は
議論は熟していないというが、この20年間、一体政治家として何をしてき
たのか。少なくとも自民、公明の間では議論は核心に触れるところまで熟
しているではないか。

そもそも公明党は国民をバカにしているのではないか。安倍首相が提唱し
た9条1項と2項を維持したまま、自衛隊を憲法に書き込む案は公明党の案
だった。

公明党が「加憲」を言い出したのは04年だ。10年後、彼らは「自衛隊の存
在を明記」する加憲案を公約とした。安倍首相が17年5月に提唱した、自
衛隊を憲法に書き込むという案は、再度強調するが、公明党の案そのもの
である。

公明党案を自民党が取り入れたのである。なぜ公明党はそこから議論を進
めないのか。なぜまだ時期尚早だなどというのか。

公明党は驕っていないか。憲法改正が必要か否かは政治家が決める。国民
には問わないし、決定もさせない。政治家の判断力が国民の判断力より優
れており、国民に判断を任せることはしない、とでも考えているのではな
いか。このような国民不信の極みともいえる尊大さを、公明党の姿勢に見
て取るのは間違いだろうか。

安倍首相が繰り返し指摘しているように、憲法改正は通常の法律改正とは
異なる。法律は国民の代表である政治家が国会で議論して決める。憲法は
国会が発議し、国民が投票で決定する。私たちは戦後一度も、国の基(も
とい)である憲法について意思表示する権利を行使し得ていない。国会が
その機会を奪い続けてきたからだ。しかし、いま、国会は国民を信じて発
議し、国民に決定させるべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1255

2018年11月11日

◆改憲案の提示が国民主権の一丁目一番地

櫻井よしこ


「改憲案の提示が国民主権の一丁目一番地 国会は国民に投票の機会を
与えるべきだ 」

臨時国会は10月24日に始まったばかりだが、その様子を見ていて、政党も
国会議員も現実を見ていない、余りに無責任だと、腹立たしい思いにな
る。とりわけ焦眉の急である憲法改正について、なぜ、こうも無責任でい
られるのか。

国際情勢の厳しさは、日本よ、急ぎ自力をつけよと警告している。国民、
国家、国土は自国が守るという原点を思い出せと告げている。国民の命や
安全に責任をもつべきは政府であるにも拘わらず、日本国政府には国民、
国家を守る有効な手段を取ることができにくい。国の交戦権さえ認めない
恐らく世界でたったひとつの、変な憲法ゆえである。

憲法改正を急ぐべしと問題提起を続けているのは、安倍晋三首相ばかりの
ように見える。首相は、「自民党の憲法改正案をこの臨時国会に提出でき
るように取りまとめを加速すべきだ」と幾度となく旗を振ってきたが、周
りの動きはなぜかにぶい。

首相は繰り返し語っている。憲法改正は国会が決めるのではない。最終的
に国民が決める、と。そのとおりだ。日本国憲法の三大原則は「平和主
義」「人権尊重」「国民主権」である。国士舘大学特任教授の百地章氏
は、「現行憲法で唯一、具体的に国民主権を発揮できる場は憲法改正のた
めの国民投票だけです」と指摘する。

主権を行使する機会は、国会が憲法改正を提示(発議)して国民投票に踏
み切るとき、初めて、国民に与えられる。国会が国民に改憲案を提示しな
ければ何も始まらない。改憲案を国民に示すことが、主権が国民にあるこ
とを証す1丁目1番地なのである。

だが、公明党はこう語っている。

「国民の関心は高まっているが、具体的にどう改正するか議論は熟して
いない。衆参両院の憲法審査会で議論を活性化し、与野党で幅広い合意を
作る。その過程で国民的コンセンサスを作らなければならない」(井上義
久副代表)

憲法調査会が2000年に設置され、07年に憲法改正の原案作成を任務とする
憲法審査会ができた。憲法改正作業は約20年も続いているのだ。公明党は
議論は熟していないというが、この20年間、一体政治家として何をしてき
たのか。少なくとも自民、公明の間では議論は核心に触れるところまで熟
しているではないか。

そもそも公明党は国民をバカにしているのではないか。安倍首相が提唱し
た9条1項と2項を維持したまま、自衛隊を憲法に書き込む案は公明党の案
だった。

公明党が「加憲」を言い出したのは04年だ。10年後、彼らは「自衛隊の存
在を明記」する加憲案を公約とした。安倍首相が17年5月に提唱した、自
衛隊を憲法に書き込むという案は、再度強調するが、公明党の案そのもの
である。

公明党案を自民党が取り入れたのである。なぜ公明党はそこから議論を進
めないのか。なぜまだ時期尚早だなどというのか。

公明党は驕っていないか。憲法改正が必要か否かは政治家が決める。国民
には問わないし、決定もさせない。政治家の判断力が国民の判断力より優
れており、国民に判断を任せることはしない、とでも考えているのではな
いか。このような国民不信の極みともいえる尊大さを、公明党の姿勢に見
て取るのは間違いだろうか。

安倍首相が繰り返し指摘しているように、憲法改正は通常の法律改正とは
異なる。法律は国民の代表である政治家が国会で議論して決める。憲法は
国会が発議し、国民が投票で決定する。私たちは戦後一度も、国の基(も
とい)である憲法について意思表示する権利を行使し得ていない。国会が
その機会を奪い続けてきたからだ。しかし、いま、国会は国民を信じて発
議し、国民に決定させるべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1255

2018年11月10日

◆「新冷戦」の今、中国の正体を見誤るな

櫻井よしこ


「「新冷戦」の今、中国の正体を見誤るな」

世界はまさに「新冷戦」の時代に入っている。トランプ大統領は10月20
日、訪問先のネバダ州でアメリカは中距離核戦力(INF)全廃条約を破
棄するとこう語った。

「ロシアが我々の所にきて、また中国が我々の所にきて、口を揃えて『互
いに賢くなろう、そして我々の中の誰も、あんな武器(中距離核)を開発
するのはやめよう』と言わない限り、アメリカは(中距離核を)開発しな
ければならないだろう」

トランプ氏はさらに「ロシアが賢くなり、他国も賢くなる」こと、即ち
INFを放棄することが大事だと繰り返した。「他国」が中国を意味して
おり、その「他国」がINFを諦める可能性はほぼないと予測しているの
も、間違いないだろう。

メディアから、本当にINF全廃条約から離脱するのかと問われ、「そう
だ。離脱する(pull out)」と述べ「アメリカには7000億ドル(77兆円)
を超える軍事費がある」と強調した。中露両国を相手に、十分な核戦力を
構築できると誇示した。

INF全廃条約は、1987年にレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産
党書記長との間で締結された。核弾頭を搭載する地上発射型の、射程
500〜5500キロのミサイルを全廃するとの内容だ。やがてソ連は崩壊しロ
シアとなったが、両国は廃棄を続け、2001年には双方がINFを全廃した
と確認した。

しかし、プーチン政権が14年に「ノバトール9M729」と呼ばれる巡航ミサ
イルを開発したとき、オバマ大統領はこれをINF全廃条約違反だと断じ
た。無論ロシア側は否定したが、今回、トランプ氏はロシアの否定を認め
ず、正面からその違反行為に対抗すると宣言したわけだ。

ちなみにトランプ氏は、7月16日にヘルシンキでプーチン大統領と首脳会
談を行ったときは、INFについては殆ど理解していなかった。それがい
ま、国防総省や安全保障問題担当大統領補佐官のボルトン氏らの助言に
従ってロシアを非難する。米国の安全保障政策は専門家らによって決定さ
れているのである。

「新しいタイプの核兵器」

トランプ氏の離脱宣言で注目すべき点は、標的がロシアだけではなく、中
国も大いに問題視されていることだ。中国はINF全廃条約の当事国では
ないことを利用して、中距離核ミサイルを含む兵器を着々と開発、配備し
てきた。結果として、中距離核ミサイルを保有していないのは米国だけと
いう状況が生じた。トランプ政権を支える安全保障問題の専門家らは、こ
の点についての懸念を深めていたのである。

今回の発言が単にトランプ氏の思いつきや暴走ではなく、政権の基本政策
であったことが、昨年12月に発表された米国の「国家安全保障戦略」と、
今年2月の「核態勢の見直し」から見えてくる。前者では中露に対して
「アメリカの軍事力、影響力と国益に挑み、アメリカの安全と繁栄を侵食
しようとしている」という非難の言葉を投げかけている。後者では、冷戦
が最も激しかった時期に較べて米国は核弾頭の85%を廃棄したとの主張を
展開し、にも拘わらず、10年の「核態勢の見直し」報告以来今日まで、
「潜在敵国」(potential adversaries)による核の脅威が高まっている
として、次のように強調した。

「米国が核兵器を削減し続けてきたこの間、中露を含む他の国々は正反対
の動きをした。彼らは新しいタイプの核兵器を作り、核戦略を充実させ、
宇宙やサイバースペースに至るまで侵略的に行動した」

非常に興味深く、また説得力もあったのが、報告書の8頁に掲載された
「2010年以降の核運搬手段」の図表である。米中露が10年以降に新たに開
発に着手した、或いは実戦配備した核運搬手段の紹介である。中露の欄に
はかなりの種類が列挙されている反面、米国の部分はほとんどが空白に
なっている。

ロシアの場合、新たに地上に配備された核ミサイルはSS27Mod2(大
陸間弾道ミサイル、ICBM)、SSC08(地上発射巡航ミサイル、
GLCM)がある。潜水艦から撃ち出される海洋配備のミサイルは
SSN32、SSN30などの4種類、空から撃ち込むものはKh102が実戦配
備されたと書かれている。

その他、開発着手済みの地上発射、潜水艦発射或いは爆撃機から撃ち込ま
れるミサイルが7種類も列挙されている。

中国も、地上発射のミサイルは実戦配備済みと開発中のものが、ロシア同
様5種類列挙され、海に関してもロシアとほぼ同じ4種類が記載されている。

一方米国は地上発射、海洋配備の新しいミサイルは10年以降、開発も配備
もしていない。米国が10年以降導入したのは戦闘機のF35Aである。

トランプ氏の決断

対照的に中国は凄まじい。核ミサイル以前に第一列島線、第二列島線を想
定済みだ。有事の際には、西太平洋に米軍の進入を許さない、台湾や尖閣
諸島攻略などの作戦の初期段階で中国が上陸し占拠して目的を達せられる
ように、米軍の進入を遅らせる戦略を描き、準備を進めてきた。

そのために彼らは非対称の戦いを考えてきた。米軍の誇る空母群に中国の
空母をあてるのでなく、弾道ミサイルを搭載した潜水艦を配備するなどが
そうである。建造費も膨大で、艦自体も巨大な空母に対して、建造費がは
るかに少なく、潜ってしまえば探知するのが非常に難しい小さな潜水艦を
あてるのである。このような考えから中国保有の潜水艦はいまや71隻もあ
る。わが国は16隻、米国は69隻である。

中国はINF条約に全く縛られることなく、すでに射程1500キロの東風
(DF)21Dを配備済みだ。これは潜水艦から発射されると、複数の弾頭
が迎撃ミサイルを回避して飛ぶため「空母キラー」として恐れられている。

他にも「DF26」ミサイルは射程3000〜5000キロ、「グアム・キラー」と
通称される。なんといっても米軍には、中露両国が保有するこれらの中距
離核ミサイルがない。

こうした事情を考えれば、トランプ氏の決断には十分な理由があると言わ
ざるを得ない。今後の展開はまだ定かではないが、米国の離脱論は消えな
いと見るべきだ。

米国の最大限の警戒心がロシアのみならず中国に向けられている現実を、
日米安保条約に依存する日本は弁(わきま)えておかなければならない。米
露、米中新冷戦は米中貿易戦争からも明らかな現実である。

英国のウィリアムソン国防相は「絶対的に揺るがぬ決意でワシントンの側
に立つ」と語った。安倍晋三首相は折りしも10月26日、日中首脳会談に臨
む。中国の本質を見誤って甘い対応をしてはならない。日本の主張をきち
んと表明することだ。

『週刊新潮』 2018年11月1日 日本ルネッサンス 第825回

2018年11月09日

◆友好の中でも、中国に塩を送り過ぎるな

櫻井よしこ


「友好の中でも、中国に塩を送り過ぎるな」

米中新冷戦が進行する中で、対米関係で窮地に陥った中国との日中首脳会
談が10月26日に行われた。これまでの首脳会談では、およそいつも日本が
攻めこまれていた。今回は初めて日本が中国に注文をつけ得る立場で臨ん
だ。安倍晋三首相は日本優位へと逆転したこの状況を巧く活用したと、評
価してよいだろう。

日中間には日本国の主権に関わる案件として尖閣諸島や東シナ海のガス田
問題等がある。日本の名誉に関わるものとして慰安婦問題をはじめとする
歴史問題がある。

安全保障及び経済問題として、米国共々膨大な被害を蒙っている最先端技
術や情報などの知的財産の窃盗問題がある。事実この問題ゆえに、米国は
中国に貿易戦争を仕掛けた。同盟国との協調という点からも、日本が中国
に厳しく言わなければならない立場だ。

産経新聞外信部次長の矢板明夫氏は、これらに加えて人権問題こそが最重
要案件だと指摘する。

「米国議会は共和・民主の超党派で、イスラム教徒のウイグル人100万人
以上が強制収容され、拷問や虐待で多くが死に追いやられている現状を指
摘し、中国政府の行為は人道に対する罪だと主張しています。安倍首相
も、ウイグル人に対する人権弾圧について習近平国家主席に抗議すべきで
す。その前に8人の日本人に対する人権弾圧に抗議すべきです」

中国政府は日本人8人をスパイ容疑で逮捕しているが、どう見ても彼らが
スパイであるとは思えない。百歩譲って、たとえスパイであったとして
も、彼らは日本のために働いたのであるから、安倍首相は彼らの早期釈放
を中国側に求めるべきだと、矢板氏は強調する。

中国政府はこれまで何人もの日本人をスパイ容疑で逮捕してきたが、逮捕
された人々が本当にスパイであると納得できる十分な情報を日本側に提示
したことはない。「日本人スパイ」の摘発は政治的要素が大きいと指摘さ
れているだけに、安倍首相は同件をまっ先に持ち出さなくてはならないと
の指摘は正しい。

日中外交の重要な転換点

今回安倍首相は李克強首相との会談でウイグル人弾圧に関して、「中国国
内の人権状況について日本を含む国際社会が注視している」と注文をつけ
た。中国政府の血走った人権弾圧を明確に問題提起したことは、これまで
の対中外交にはなかった。日中外交の重要な転換点となるだろう。

邦人8人の安全についても、習氏との会談で前向きの対応を求め、「中国
国内の法令に基づき適切に対処する」との言葉を引き出した。恐らく、早
期の解放が期待されるのではないか。

尖閣諸島問題については、中国公船が尖閣の排他的経済水域(EEZ)に
侵入し続けていることについて状況改善を要求した。

中国が海警局を設置して、尖閣諸島周辺海域への侵入を激化させたのは
2013年だ。今回の首脳会談は海警局の公船がわが国の海に侵入し始めて以
降、初めての公式訪問だ。この機会に何も言わなければ、中国の領海侵犯
を黙認することになる。首相が状況改善の要求をつきつけるのは当然なの
だが、非常に大事なことだった。

首脳会談の発言は、その後の外交の基本となる。首相が指摘した件は今
後、日中間の議題となり続ける。とりわけ、習氏の来年の訪日は今後の日
中関係における重要事項だ。さまざまな条件が話し合われるとき、尖閣の
海の状況改善という日本の要求は、必ず取り上げられ続ける。中国側の無
謀、無法な侵入をその度に批判し続けることが大事だ。

知的財産権についても、安倍首相は習、李両氏に問題提起した。興味深
かったのは、知的財産権について更なる改善を図ることが重要だと安倍首
相が中国側に求めたその席で、安倍、李両首相が高齢化社会への対応につ
いて大いに話が合ったという点だ。つまり、知的財産権の侵害という根本
的かつ最重要の厳しい問題を提起しても、日中首脳の対話が盛り上がっ
た、波長が合ったということは評価してよいのではないか。

中国の少子高齢化は、日本よりもはるかに厳しい。わが国は高齢国家の最
先端を走っているが、国民皆保険も、年金制度や福祉制度も一応整えてい
る。中国はこれらの準備が殆んど整わないまま、世界最大規模の少子高齢
化を最速で迎える。富裕層以外の中国人をざっと10億人とすると、彼らの
老後は真に厳しく惨めなものとなると予測され、大国中国の土台を蝕む要
因となる。

中国経済の舵取り役である李氏が大いに参考にしたいのが日本の事例であ
るに違いない。そして、多くの人は忘れているかもしれないが、安倍首相
はもともと厚生族だ。社会保障や年金制度について恐らく誰よりも詳し
い。その安倍首相の話に、習氏よりずっと合理的な思考の持ち主だと言わ
れる李氏は、熱心に耳を傾けたに違いない。両首脳の話が弾んだのは、今
後の日中関係に一筋の明るい光を投げかけている。

米国はどう受けとめるか

他方、懸念すべきは一帯一路への日本の協力である。一帯一路は「第三国
民間経済協力」と名前を変えて登場し、日本の企業各社がコミットしたか
に見える。

日中双方の企業が共同で第三国にインフラ投資をするという覚書が52件も
交わされ、その合計金額は180億ドル(約2兆160億円)と報じられた。さ
らに、安倍首相は3兆円をこえる大規模通貨スワップ協定を結んでしまった。

3.1兆ドル(約348兆円)の外貨を保有するといいながらも、対外負債を引
くと中国の外貨準備は実質マイナスだ(『産経新聞』10月26日、田村秀男
氏)。

スワップ協定が実際に発動されるような事態とは、中国経済が潰滅状態に
陥るということで、スワップ協定は政治的な意味合いが強いものの、習氏
は日本の姿勢を心強く思うだろう。片や中国と冷戦を戦い、中国の力を殺
ぎたいと願う米国はどう受けとめるか。日本にとって米国は最重要の国だ
けに、米国への事前事後の説明とその理解が欠かせない。

新冷戦の中での日本の生き残りの必須条件は、同盟国であり価値観を同じ
くする米国との関係を緊密に保つことだ。他方、中国は共産党が潰れない
限り恐らく本質的には変わらない。日本の路線とも決して交わることはな
い。だからこそ、中国とは必要な関係は維持しつつも、彼らに塩を送り過
ぎないことだ。

日本も米国も、旧ソ連でさえ、中国が演じ続けた「か弱い存在の振り」を
信じて中国を援助してきた。だが彼らは十分に自力をつければ、助けてく
れた国に対しても牙を剥く。安倍首相と日本への厳しい非難から笑顔へと
急転換した中国の思惑は明らかだ。彼らの笑顔はうすい表面の皮一枚のも
のと心得て、日本は戦略を読み違えてはならない。中国への過度の肩入れ
は国益を損なう。

『週刊新潮』 2018年11月8日号 日本ルネッサンス 第826回

2018年11月08日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史から脱
せるか」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。2022年の冬期五輪の
開催地に予定されている北京を他の都市に変更するよう、国際オリンピッ
ク委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役の判決を受けて獄中にあ
るイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和賞に推薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。日米安保条約によって同
盟国として結ばれている日本にとって、価値観の闘いで、米国と共同歩調
をとらない理由はない。その意味で日本の政府も国会議員も、いま、ウイ
グル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷いや
り方はもはやどの世界にも受け入れられない。一人のジャーナリストの殺
害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビン・サルマン氏の地位を危うく
している。米国とサウジの関係に亀裂が生じ、サウジの影響力が低下し、
イスラエルとの連携も弱まり、イランが得をし、結果として中東情勢が揺
らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろ
う。そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を
奪うことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。
米中貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害
について、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254

2018年11月07日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史から脱
せるか 」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。

2022年の冬期五輪の開催地に予定されている北京を他の都市に変更するよ
う、国際オリンピック委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役の判
決を受けて獄中にあるイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和賞に推
薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。日米安保条約によって同
盟国として結ばれている日本にとって、価値観の闘いで、米国と共同歩調
をとらない理由はない。その意味で日本の政府も国会議員も、いま、ウイ
グル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷いや
り方はもはやどの世界にも受け入れられない。

一人のジャーナリストの殺害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビン・
サルマン氏の地位を危うくしている。米国とサウジの関係に亀裂が生じ、
サウジの影響力が低下し、イスラエルとの連携も弱まり、イランが得を
し、結果として中東情勢が揺らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろ
う。そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を
奪うことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。
米中貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害
について、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254

2018年11月06日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史から脱
せるか」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。

2022年の冬期五輪の開催地に予定されている北京を他の都市に変更するよ
う、国際オリンピック委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役の判
決を受けて獄中にあるイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和賞に推
薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。日米安保条約によって同
盟国として結ばれている日本にとって、価値観の闘いで、米国と共同歩調
をとらない理由はない。その意味で日本の政府も国会議員も、いま、ウイ
グル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷いや
り方はもはやどの世界にも受け入れられない。一人のジャーナリストの殺
害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビン・サルマン氏の地位を危うく
している。米国とサウジの関係に亀裂が生じ、サウジの影響力が低下し、
イスラエルとの連携も弱まり、イランが得をし、結果として中東情勢が揺
らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろう。

そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を奪う
ことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。米中
貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害につ
いて、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254

2018年11月05日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井 よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史か ら
脱せるか」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。

2022年の冬期五輪の開催地に予定されている北京を他の都市に変更するよ
う、国際オリンピック委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役の判
決を受けて獄中にあるイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和賞に推
薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。

日米安保条約によって同盟国として結ばれている日本にとって、価値観の
闘いで、米国と共同歩調をとらない理由はない。その意味で日本の政府も
国会議員も、いま、ウイグル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷いや
り方はもはやどの世界にも受け入れられない。

一人のジャーナリストの殺害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビン・
サルマン氏の地位を危うくしている。米国とサウジの関係に亀裂が生じ、
サウジの影響力が低下し、イスラエルとの連携も弱まり、イランが得を
し、結果として中東情勢が揺らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろう。

そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を奪う
ことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。米中
貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害につ
いて、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254

2018年11月03日

◆中国の正体を見誤るな

櫻井よしこ


「「新冷戦」の今、中国の正体を見誤るな」

世界はまさに「新冷戦」の時代に入っている。トランプ大統領は10月20
日、訪問先のネバダ州でアメリカは中距離核戦力(INF)全廃条約を破
棄するとこう語った。

「ロシアが我々の所にきて、また中国が我々の所にきて、口を揃えて『互
いに賢くなろう、そして我々の中の誰も、あんな武器(中距離核)を開発
するのはやめよう』と言わない限り、アメリカは(中距離核を)開発しな
ければならないだろう」

トランプ氏はさらに「ロシアが賢くなり、他国も賢くなる」こと、即ち
INFを放棄することが大事だと繰り返した。「他国」が中国を意味して
おり、その「他国」がINFを諦める可能性はほぼないと予測しているの
も、間違いないだろう。

メディアから、本当にINF全廃条約から離脱するのかと問われ、「そう
だ。離脱する(pull out)」と述べ「アメリカには7000億ドル(77兆円)
を超える軍事費がある」と強調した。中露両国を相手に、十分な核戦力を
構築できると誇示した。

INF全廃条約は、1987年にレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産
党書記長との間で締結された。核弾頭を搭載する地上発射型の、射程
500〜5500キロのミサイルを全廃するとの内容だ。やがてソ連は崩壊しロ
シアとなったが、両国は廃棄を続け、2001年には双方がINFを全廃した
と確認した。

しかし、プーチン政権が14年に「ノバトール9M729」と呼ばれる巡航ミサ
イルを開発したとき、オバマ大統領はこれをINF全廃条約違反だと断じ
た。無論ロシア側は否定したが、今回、トランプ氏はロシアの否定を認め
ず、正面からその違反行為に対抗すると宣言したわけだ。

ちなみにトランプ氏は、7月16日にヘルシンキでプーチン大統領と首脳会
談を行ったときは、INFについては殆ど理解していなかった。それがい
ま、国防総省や安全保障問題担当大統領補佐官のボルトン氏らの助言に
従ってロシアを非難する。米国の安全保障政策は専門家らによって決定さ
れているのである。

「新しいタイプの核兵器」

トランプ氏の離脱宣言で注目すべき点は、標的がロシアだけではなく、中
国も大いに問題視されていることだ。中国はINF全廃条約の当事国では
ないことを利用して、中距離核ミサイルを含む兵器を着々と開発、配備し
てきた。結果として、中距離核ミサイルを保有していないのは米国だけと
いう状況が生じた。トランプ政権を支える安全保障問題の専門家らは、こ
の点についての懸念を深めていたのである。

今回の発言が単にトランプ氏の思いつきや暴走ではなく、政権の基本政策
であったことが、昨年12月に発表された米国の「国家安全保障戦略」と、
今年2月の「核態勢の見直し」から見えてくる。前者では中露に対して
「アメリカの軍事力、影響力と国益に挑み、アメリカの安全と繁栄を侵食
しようとしている」という非難の言葉を投げかけている。

後者では、冷戦が最も激しかった時期に較べて米国は核弾頭の85%を廃棄
したとの主張を展開し、にも拘わらず、10年の「核態勢の見直し」報告以
来今日まで、「潜在敵国」(potential adversaries)による核の脅威が
高まっているとして、次のように強調した。

「米国が核兵器を削減し続けてきたこの間、中露を含む他の国々は正反対
の動きをした。彼らは新しいタイプの核兵器を作り、核戦略を充実させ、
宇宙やサイバースペースに至るまで侵略的に行動した」

非常に興味深く、また説得力もあったのが、報告書の8頁に掲載された
「2010年以降の核運搬手段」の図表である。米中露が10年以降に新たに開
発に着手した、或いは実戦配備した核運搬手段の紹介である。中露の欄に
はかなりの種類が列挙されている反面、米国の部分はほとんどが空白に
なっている。

ロシアの場合、新たに地上に配備された核ミサイルはSS27Mod2(大
陸間弾道ミサイル、ICBM)、SSC08(地上発射巡航ミサイル、
GLCM)がある。潜水艦から撃ち出される海洋配備のミサイルは
SSN32、SSN30などの4種類、空から撃ち込むものはKh102が実戦配
備されたと書かれている。

その他、開発着手済みの地上発射、潜水艦発射或いは爆撃機から撃ち込ま
れるミサイルが7種類も列挙されている。

中国も、地上発射のミサイルは実戦配備済みと開発中のものが、ロシア同
様5種類列挙され、海に関してもロシアとほぼ同じ4種類が記載されている。

一方米国は地上発射、海洋配備の新しいミサイルは10年以降、開発も配備
もしていない。米国が10年以降導入したのは戦闘機のF35Aである。

トランプ氏の決断

対照的に中国は凄まじい。核ミサイル以前に第一列島線、第二列島線を想
定済みだ。有事の際には、西太平洋に米軍の進入を許さない、台湾や尖閣
諸島攻略などの作戦の初期段階で中国が上陸し占拠して目的を達せられる
ように、米軍の進入を遅らせる戦略を描き、準備を進めてきた。

そのために彼らは非対称の戦いを考えてきた。米軍の誇る空母群に中国の
空母をあてるのでなく、弾道ミサイルを搭載した潜水艦を配備するなどが
そうである。建造費も膨大で、艦自体も巨大な空母に対して、建造費がは
るかに少なく、潜ってしまえば探知するのが非常に難しい小さな潜水艦を
あてるのである。このような考えから中国保有の潜水艦はいまや71隻もあ
る。わが国は16隻、米国は69隻である。

中国はINF条約に全く縛られることなく、すでに射程1500キロの東風
(DF)21Dを配備済みだ。これは潜水艦から発射されると、複数の弾頭
が迎撃ミサイルを回避して飛ぶため「空母キラー」として恐れられている。

他にも「DF26」ミサイルは射程3000〜5000キロ、「グアム・キラー」と
通称される。なんといっても米軍には、中露両国が保有するこれらの中距
離核ミサイルがない。

こうした事情を考えれば、トランプ氏の決断には十分な理由があると言わ
ざるを得ない。今後の展開はまだ定かではないが、米国の離脱論は消えな
いと見るべきだ。

米国の最大限の警戒心がロシアのみならず中国に向けられている現実を、
日米安保条約に依存する日本は弁(わきま)えておかなければならない。米
露、米中新冷戦は米中貿易戦争からも明らかな現実である。

英国のウィリアムソン国防相は「絶対的に揺るがぬ決意でワシントンの側
に立つ」と語った。安倍晋三首相は折りしも10月26日、日中首脳会談に臨
む。中国の本質を見誤って甘い対応をしてはならない。日本の主張をきち
んと表明することだ。

『週刊新潮』 2018年11月1日 日本ルネッサンス 第825回

2018年11月02日

◆中国の正体を見誤るな

櫻井よしこ


「「新冷戦」の今、中国の正体を見誤るな」

世界はまさに「新冷戦」の時代に入っている。トランプ大統領は10月20
日、訪問先のネバダ州でアメリカは中距離核戦力(INF)全廃条約を破
棄するとこう語った。

「ロシアが我々の所にきて、また中国が我々の所にきて、口を揃えて『互
いに賢くなろう、そして我々の中の誰も、あんな武器(中距離核)を開発
するのはやめよう』と言わない限り、アメリカは(中距離核を)開発しな
ければならないだろう」

トランプ氏はさらに「ロシアが賢くなり、他国も賢くなる」こと、即ち
INFを放棄することが大事だと繰り返した。「他国」が中国を意味して
おり、その「他国」がINFを諦める可能性はほぼないと予測しているの
も、間違いないだろう。

メディアから、本当にINF全廃条約から離脱するのかと問われ、「そう
だ。離脱する(pull out)」と述べ「アメリカには7000億ドル(77兆円)
を超える軍事費がある」と強調した。中露両国を相手に、十分な核戦力を
構築できると誇示した。

INF全廃条約は、1987年にレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産
党書記長との間で締結された。核弾頭を搭載する地上発射型の、射程
500〜5500キロのミサイルを全廃するとの内容だ。やがてソ連は崩壊しロ
シアとなったが、両国は廃棄を続け、2001年には双方がINFを全廃した
と確認した。

しかし、プーチン政権が14年に「ノバトール9M729」と呼ばれる巡航ミサ
イルを開発したとき、オバマ大統領はこれをINF全廃条約違反だと断じ
た。無論ロシア側は否定したが、今回、トランプ氏はロシアの否定を認め
ず、正面からその違反行為に対抗すると宣言したわけだ。

ちなみにトランプ氏は、7月16日にヘルシンキでプーチン大統領と首脳会
談を行ったときは、INFについては殆ど理解していなかった。それがい
ま、国防総省や安全保障問題担当大統領補佐官のボルトン氏らの助言に
従ってロシアを非難する。米国の安全保障政策は専門家らによって決定さ
れているのである。

「新しいタイプの核兵器」

トランプ氏の離脱宣言で注目すべき点は、標的がロシアだけではなく、中
国も大いに問題視されていることだ。中国はINF全廃条約の当事国では
ないことを利用して、中距離核ミサイルを含む兵器を着々と開発、配備し
てきた。結果として、中距離核ミサイルを保有していないのは米国だけと
いう状況が生じた。トランプ政権を支える安全保障問題の専門家らは、こ
の点についての懸念を深めていたのである。

今回の発言が単にトランプ氏の思いつきや暴走ではなく、政権の基本政策
であったことが、昨年12月に発表された米国の「国家安全保障戦略」と、
今年2月の「核態勢の見直し」から見えてくる。

前者では中露に対して「アメリカの軍事力、影響力と国益に挑み、アメリ
カの安全と繁栄を侵食しようとしている」という非難の言葉を投げかけて
いる。後者では、冷戦が最も激しかった時期に較べて米国は核弾頭の85%
を廃棄したとの主張を展開し、にも拘わらず、10年の「核態勢の見直し」
報告以来今日まで、「潜在敵国」(potential adversaries)による核の
脅威が高まっているとして、次のように強調した。

「米国が核兵器を削減し続けてきたこの間、中露を含む他の国々は正反対
の動きをした。彼らは新しいタイプの核兵器を作り、核戦略を充実させ、
宇宙やサイバースペースに至るまで侵略的に行動した」

非常に興味深く、また説得力もあったのが、報告書の8頁に掲載された
「2010年以降の核運搬手段」の図表である。米中露が10年以降に新たに開
発に着手した、或いは実戦配備した核運搬手段の紹介である。中露の欄に
はかなりの種類が列挙されている反面、米国の部分はほとんどが空白に
なっている。

ロシアの場合、新たに地上に配備された核ミサイルはSS27Mod2(大
陸間弾道ミサイル、ICBM)、SSC08(地上発射巡航ミサイル、
GLCM)がある。潜水艦から撃ち出される海洋配備のミサイルは
SSN32、SSN30などの4種類、空から撃ち込むものはKh102が実戦配
備されたと書かれている。

その他、開発着手済みの地上発射、潜水艦発射或いは爆撃機から撃ち込ま
れるミサイルが7種類も列挙されている。

中国も、地上発射のミサイルは実戦配備済みと開発中のものが、ロシア同
様5種類列挙され、海に関してもロシアとほぼ同じ4種類が記載されている。

一方米国は地上発射、海洋配備の新しいミサイルは10年以降、開発も配備
もしていない。米国が10年以降導入したのは戦闘機のF35Aである。

トランプ氏の決断

対照的に中国は凄まじい。核ミサイル以前に第一列島線、第二列島線を想
定済みだ。有事の際には、西太平洋に米軍の進入を許さない、台湾や尖閣
諸島攻略などの作戦の初期段階で中国が上陸し占拠して目的を達せられる
ように、米軍の進入を遅らせる戦略を描き、準備を進めてきた。

そのために彼らは非対称の戦いを考えてきた。米軍の誇る空母群に中国の
空母をあてるのでなく、弾道ミサイルを搭載した潜水艦を配備するなどが
そうである。建造費も膨大で、艦自体も巨大な空母に対して、建造費がは
るかに少なく、潜ってしまえば探知するのが非常に難しい小さな潜水艦を
あてるのである。このような考えから中国保有の潜水艦はいまや71隻もあ
る。わが国は16隻、米国は69隻である。

中国はINF条約に全く縛られることなく、すでに射程1500キロの東風
(DF)21Dを配備済みだ。これは潜水艦から発射されると、複数の弾頭
が迎撃ミサイルを回避して飛ぶため「空母キラー」として恐れられている。

他にも「DF26」ミサイルは射程3000〜5000キロ、「グアム・キラー」と
通称される。なんといっても米軍には、中露両国が保有するこれらの中距
離核ミサイルがない。

こうした事情を考えれば、トランプ氏の決断には十分な理由があると言わ
ざるを得ない。今後の展開はまだ定かではないが、米国の離脱論は消えな
いと見るべきだ。

米国の最大限の警戒心がロシアのみならず中国に向けられている現実を、
日米安保条約に依存する日本は弁(わきま)えておかなければならない。米
露、米中新冷戦は米中貿易戦争からも明らかな現実である。

英国のウィリアムソン国防相は「絶対的に揺るがぬ決意でワシントンの側
に立つ」と語った。安倍晋三首相は折りしも10月26日、日中首脳会談に臨
む。中国の本質を見誤って甘い対応をしてはならない。日本の主張をきち
んと表明することだ。

『週刊新潮』 2018年11月1日 日本ルネッサンス 第825回