2018年07月24日

◆敵味方の区別つかないトランプ外交

櫻井よしこ


「敵味方の区別つかないトランプ外交で欧州情勢が激変する可能性に現実味」

6月上旬、カナダでの先進7カ国首脳会議(G7)に出席したトランプ米大
統領は孤立した。「6対1」のサミットと表現されたG7の2日目午後の会合
を欠席して、トランプ氏は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に会うため
にシンガポールに向かった。

7月11、12日の両日、ベルギーでのNATO(北大西洋条約機構)首脳会
議に臨んだトランプ氏は、ここでも多くの問題を残した。会議の前には、
NATO各国首脳に宛てて「貴国の国防費がなぜこんなに少ないのか、米
国国民に説明できない」「米国とNATOの関係はもはや持続可能ではな
い」など、類例のない表現で相手国を非難する手紙を出していた。

首脳会議では、「米国が世界の貯金箱と思われている状況を止める」決意
を、改めて示した。

NATO諸国は2014年、ロシアがクリミア半島を奪ったことに警戒を強め
軍事力を高めるために、少なくとも各々のGDPの2%を軍事費に充てる
と決定したが、その2%条項が守られていないとして、トランプ氏は
NATO諸国を非難していたのだが、今回の首脳会議で、4%という新し
い数字を突然打ち出した。

NATO首脳の間には、トランプ氏がどこまで本気なのかと疑う声もある
が、4%以前の、もっと深刻な問題があるのではないか。

前述のように、カナダでのG7では価値観を共有するはずの先進諸国を非
難して、価値観の全く異なる正恩氏に会いに行った。ベルギーでの首脳会
議では同盟国を非難して、最終的にロシアのプーチン大統領に会いに行
く。集団安全保障の考え方で成り立つ世界最大規模のこの軍事同盟はそも
そも旧ソ連(ロシア)を共通の敵と位置づけて組織されたものだ。トラン
プ氏は完全に味方と敵の区別がつかなくなっていると思われる。

トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、これでは「アメリカ・アロー
ン」になってしまう。米国は同盟国、あるいは友邦国として信ずるに足る
国かとの疑問が、米国にコミットし頼ってきた国々から出始めたことを、
最も喜んでいるのは中国とロシアであろう。

そうした中、ロシアはハイブリッド戦争を進める。これは「非対照的」で
「非伝統的」な力の行使によって、相手国の民主主義的体制を破壊してい
く戦争のことだ。具体的にはサイバーアタックや偽情報の拡散、政治的プ
ロパガンダの拡散などである。NATO諸国にとってロシアの脅威は、も
はや軍事力だけではないのである。

国際社会が直面する新たな戦いは「文化が戦場」となり、音楽や映画がそ
の有力手段となるといわれている。たとえばNATOの一員であるラトビ
アを見てみよう。

小国ラトビアは歴史的にソ連に支配され、次にドイツ、そして再びソ連の
支配下に置かれた。ラトビアが民族国家として自立したのはソ連崩壊後の
4半世紀ほど前のことで、安定した国民生活が可能になったのは、
NATOの枠内に入って以降にすぎない。

ラトビアの人口の約3割が人種的にはロシア人だ。彼らはロシア語を母国
語とし、ロシア文化を守りつつ暮らしている。プーチン氏はラトビアはロ
シア領だと主張し続ける。ロシア、そして中国も全く同様だが、「自国民
擁護」の旗を掲げて他国を脅かすのが常だ。人口の3割がロシア人という
事実は、クリミアに多くのロシア人が住んでいることが侵略の口実のひと
つになったように、ラトビアを再びロシアの支配下に置く理由として十分
活用されるだろう。

こうした中、トランプ氏は、クリミアはロシア領、理由はそこに多くのロ
シア人が住んでいるからと語っている。トランプ外交で欧州情勢が激変す
る可能性が現実となりつつある。
『週刊ダイヤモンド』 2018年7月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1240 

2018年07月23日

◆トランプ外交で欧州情勢が激変

櫻井よしこ



「敵味方の区別つかないトランプ外交で欧州情勢が激変する可能性に現実味」

6月上旬、カナダでの先進7カ国首脳会議(G7)に出席したトランプ米大
統領は孤立した。「6対1」のサミットと表現されたG7の2日目午後の会合
を欠席して、トランプ氏は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に会うため
にシンガポールに向かった。

7月11、12日の両日、ベルギーでのNATO(北大西洋条約機構)首脳会
議に臨んだトランプ氏は、ここでも多くの問題を残した。会議の前には、
NATO各国首脳に宛てて「貴国の国防費がなぜこんなに少ないのか、米
国国民に説明できない」「米国とNATOの関係はもはや持続可能ではな
い」など、類例のない表現で相手国を非難する手紙を出していた。

首脳会議では、「米国が世界の貯金箱と思われている状況を止める」決意
を、改めて示した。

NATO諸国は2014年、ロシアがクリミア半島を奪ったことに警戒を強め
軍事力を高めるために、少なくとも各々のGDPの2%を軍事費に充てる
と決定したが、その2%条項が守られていないとして、トランプ氏は
NATO諸国を非難していたのだが、今回の首脳会議で、4%という新し
い数字を突然打ち出した。

NATO首脳の間には、トランプ氏がどこまで本気なのかと疑う声もある
が、4%以前の、もっと深刻な問題があるのではないか。

前述のように、カナダでのG7では価値観を共有するはずの先進諸国を非
難して、価値観の全く異なる正恩氏に会いに行った。ベルギーでの首脳会
議では同盟国を非難して、最終的にロシアのプーチン大統領に会いに行
く。集団安全保障の考え方で成り立つ世界最大規模のこの軍事同盟はそも
そも旧ソ連(ロシア)を共通の敵と位置づけて組織されたものだ。トラン
プ氏は完全に味方と敵の区別がつかなくなっていると思われる。

トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、これでは「アメリカ・アロー
ン」になってしまう。米国は同盟国、あるいは友邦国として信ずるに足る
国かとの疑問が、米国にコミットし頼ってきた国々から出始めたことを、
最も喜んでいるのは中国とロシアであろう。

そうした中、ロシアはハイブリッド戦争を進める。これは「非対照的」で
「非伝統的」な力の行使によって、相手国の民主主義的体制を破壊してい
く戦争のことだ。具体的にはサイバーアタックや偽情報の拡散、政治的プ
ロパガンダの拡散などである。NATO諸国にとってロシアの脅威は、も
はや軍事力だけではないのである。

国際社会が直面する新たな戦いは「文化が戦場」となり、音楽や映画がそ
の有力手段となるといわれている。たとえばNATOの一員であるラトビ
アを見てみよう。

小国ラトビアは歴史的にソ連に支配され、次にドイツ、そして再びソ連の
支配下に置かれた。ラトビアが民族国家として自立したのはソ連崩壊後の
4半世紀ほど前のことで、安定した国民生活が可能になったのは、
NATOの枠内に入って以降にすぎない。

ラトビアの人口の約3割が人種的にはロシア人だ。彼らはロシア語を母国
語とし、ロシア文化を守りつつ暮らしている。プーチン氏はラトビアはロ
シア領だと主張し続ける。ロシア、そして中国も全く同様だが、「自国民
擁護」の旗を掲げて他国を脅かすのが常だ。人口の3割がロシア人という
事実は、クリミアに多くのロシア人が住んでいることが侵略の口実のひと
つになったように、ラトビアを再びロシアの支配下に置く理由として十分
活用されるだろう。

こうした中、トランプ氏は、クリミアはロシア領、理由はそこに多くのロ
シア人が住んでいるからと語っている。トランプ外交で欧州情勢が激変す
る可能性が現実となりつつある。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1240 

2018年07月22日

◆敵味方の区別つかないトランプ外交

櫻井よしこ


「敵味方の区別つかないトランプ外交で欧州情勢が激変する可能性に現実味」

6月上旬、カナダでの先進7カ国首脳会議(G7)に出席したトランプ米大
統領は孤立した。「6対1」のサミットと表現されたG7の2日目午後の会合
を欠席して、トランプ氏は北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長に会うため
にシンガポールに向かった。

7月11、12日の両日、ベルギーでのNATO(北大西洋条約機構)首脳会
議に臨んだトランプ氏は、ここでも多くの問題を残した。

会議の前には、NATO各国首脳に宛てて「貴国の国防費がなぜこんなに
少ないのか、米国国民に説明できない」「米国とNATOの関係はもはや
持続可能ではない」など、類例のない表現で相手国を非難する手紙を出し
ていた。

首脳会議では、「米国が世界の貯金箱と思われている状況を止める」決意
を、改めて示した。

NATO諸国は2014年、ロシアがクリミア半島を奪ったことに警戒を強め
軍事力を高めるために、少なくとも各々のGDPの2%を軍事費に充てる
と決定したが、その2%条項が守られていないとして、トランプ氏は
NATO諸国を非難していたのだが、今回の首脳会議で、4%という新し
い数字を突然打ち出した。

NATO首脳の間には、トランプ氏がどこまで本気なのかと疑う声もある
が、4%以前の、もっと深刻な問題があるのではないか。

前述のように、カナダでのG7では価値観を共有するはずの先進諸国を非
難して、価値観の全く異なる正恩氏に会いに行った。ベルギーでの首脳会
議では同盟国を非難して、最終的にロシアのプーチン大統領に会いに行
く。集団安全保障の考え方で成り立つ世界最大規模のこの軍事同盟はそも
そも旧ソ連(ロシア)を共通の敵と位置づけて組織されたものだ。トラン
プ氏は完全に味方と敵の区別がつかなくなっていると思われる。

トランプ氏の「アメリカ・ファースト」は、これでは「アメリカ・アロー
ン」になってしまう。米国は同盟国、あるいは友邦国として信ずるに足る
国かとの疑問が、米国にコミットし頼ってきた国々から出始めたことを、
最も喜んでいるのは中国とロシアであろう。

そうした中、ロシアはハイブリッド戦争を進める。これは「非対照的」で
「非伝統的」な力の行使によって、相手国の民主主義的体制を破壊してい
く戦争のことだ。具体的にはサイバーアタックや偽情報の拡散、政治的プ
ロパガンダの拡散などである。NATO諸国にとってロシアの脅威は、も
はや軍事力だけではないのである。

国際社会が直面する新たな戦いは「文化が戦場」となり、音楽や映画がそ
の有力手段となるといわれている。たとえばNATOの一員であるラトビ
アを見てみよう。

小国ラトビアは歴史的にソ連に支配され、次にドイツ、そして再びソ連の
支配下に置かれた。ラトビアが民族国家として自立したのはソ連崩壊後の
4半世紀ほど前のことで、安定した国民生活が可能になったのは、
NATOの枠内に入って以降にすぎない。

ラトビアの人口の約3割が人種的にはロシア人だ。彼らはロシア語を母国
語とし、ロシア文化を守りつつ暮らしている。プーチン氏はラトビアはロ
シア領だと主張し続ける。ロシア、そして中国も全く同様だが、「自国民
擁護」の旗を掲げて他国を脅かすのが常だ。人口の3割がロシア人という
事実は、クリミアに多くのロシア人が住んでいることが侵略の口実のひと
つになったように、ラトビアを再びロシアの支配下に置く理由として十分
活用されるだろう。

こうした中、トランプ氏は、クリミアはロシア領、理由はそこに多くのロ
シア人が住んでいるからと語っている。トランプ外交で欧州情勢が激変す
る可能性が現実となりつつある。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月21日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1240

2018年07月21日

◆認識せよ、力が支配する世界への変化を

櫻井よしこ


ドナルド・トランプ米大統領は、6月8、9日にカナダ・ケベック州で開
かれた先進7か国首脳会議(G7)に遅れて現われたうえ、2日目は午後の
会議に出席せずに早く帰った。

鉄鋼・アルミの輸入制限拡大、制裁関税問題などで、他の6か国と相容れ
ず「6+1」の対立となったのは周知のとおりだ。居心地の悪さから抜け出
したその足で、トランプ氏は朝鮮労働党委員長の金正恩氏に会うためシン
ガポールに向かった。

首脳会談を終えて、「私は彼(金正恩氏)をとても信頼している」とコメ
ントし、会談翌日には「もはや北朝鮮の核の脅威はない」とSNSで呟いた。

米韓合同軍事演習中止にまでつながったトランプ氏の楽観は、しかし、物
の見事に粉砕された。6月29日、NBCテレビは、北朝鮮の非核化の意思
に疑問ありとして、米政府当局者の「北朝鮮が米国を騙そうとしている明
確な根拠がある」との声を報じた。衛星写真から北朝鮮の核関連施設が拡
張され、建設が進んでいるのが明らかになった。

そうした中、ポンペオ国務長官が7月6日、北朝鮮を三度訪れ2日にわたる
協議に臨んだ。平壌の順安(スナン)空港で会見したポンペオ氏は一連の
会談はすべて「非常に生産的」だったと語った。

しかし氏が飛び立ったあと、北朝鮮の朝鮮中央通信は「米国側の『強盗的
な要求』を北朝鮮が受け入れざるを得ないと考えているなら、それは(ア
メリカの)致命的な誤りだ」という、ポンペオ氏の説明とは正反対の論評
を発表した。

自身の発言が「強盗的な要求」と非難されたにもかかわらず、平壌から日
本に直行したポンペオ氏は、こう弁明した。

「北朝鮮は誠実だった。実際にそうだった。報道を、いちいち気にしてい
たら気が狂う。ギャングスターのような要求をしたと言われたが、世界は
ギャングスターだらけだ」

「敵と味方」の区別

今回の協議でも北朝鮮が完全な非核化(CVID)に応じないであろうこ
とは明確になった。非核化実現の意思があれば核兵器解体についての議論
が当然なされるはずだ。だがポンペオ氏は「騙された」ことを認めない。
「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は7月2日の社説で
「ヨンビョンでの活動拡大は金(正恩)が首脳会談での果実を、非核化に
踏み出すことなしに手にしたことを示す」としてトランプ外交の失敗を指
摘した。

トランプ氏は今月の11日から2日間、ベルギーでNATO(北大西洋条約
機構)首脳会議に出席するが、氏はNATO諸国に軍事費増額を要求する
手紙を送付済みだ。

NATOはロシア(旧ソ連)の脅威に対処するために西側諸国が1949年に
創設した。どの国であれ加盟国への攻撃は自国への攻撃と見做して、全加
盟国が互いに守り合う集団的安全保障の仕組みがNATOだ。

トランプ氏は、そのNATOは米国におんぶに抱っこだ、自国防衛なのに
十分な軍事費を払っていない、と非難する。2014年3月、ロシアがクリミ
ア半島を奪い、東ウクライナに軍事侵攻したとき、NATO諸国は自国の
GDPの2%を国防費に回し、うち20%以上を軍備や装備の充実に使うと
合意した。合意を守ったのは、米国(3.57%)、ギリシャ(2.36%)、英
国(2.12%)、エストニア(2.08%)の4か国で、EUの盟主、ドイツは
1・24%、フランス1.79%、カナダ1.29%などにとどまる。

こうした状況にトランプ氏は怒り、NATO諸国の首脳になぜ基準を満た
せないのかと、非難する書簡を出した。世界最大規模の軍事予算を使って
いる米国としては当然の不満であろうが、その怒りを認めても解せないの
は、NATO諸国との首脳会議後に、ヘルシンキで米露首脳会談を行うこ
とだ。

トランプ氏はカナダでのG7に先立って、ロシアをG7に復帰させるべきだ
と語った。フランス政府高官は、クリミア半島はロシアに併合されたまま
でロシア復帰の条件は整っていないと批判し、メルケル独首相もメイ英首
相も同意見を表明した。

前述のようにGDP比2%の条項はそもそもウクライナ侵略で、ロシアが
クリミアを奪ったことが直接のきっかけだった。トランプ氏はこの2%条
項を守らないといってNATO諸国を非難する一方、その原因を作った
プーチン大統領とは「うまくやれそう」だとして首脳会談に臨むというの
である。

G7で対立して正恩氏に会いに行く。NATO諸国を叱りとばしてプーチ
ン氏に会いに行く。共通の矛盾が見てとれないか。トランプ氏には「敵と
味方」の区別がつかないということだ。

日本ができること

いま世界で起きているのは大きな価値観の戦いである。トランプ氏の頭の
中では秋の中間選挙が最も重要なのだろうが、国際社会は約100年振り
に、自由を掲げるアメリカの価値観が専制政治を掲げる中国の価値観に
取って代わられようとする局面に直面しているのだ。アメリカ主導のパッ
クス・アメリカーナが揺らぎかけ、中国主導のパックス・シニカの時代に
引き摺り込まれようとしている。ルールを基本とする世界から、力を基本
とする世界へのシフトが起こりつつあるのだ。中国的な価値観を受け入
れ、自由や民主主義を弾圧しているのが北朝鮮やロシアである。

従って米朝関係も中国ファクターを入れて考えると分かり易い。正恩氏は
「朝中はひとつの家族のように親密で友好的」で、「朝中はひとつの参謀
本部の下で緊密に協力」すると語っている。トランプ氏も「中国との貿易
問題を協議するときは北朝鮮のことも考える」と語っている。

米国が北朝鮮問題で梃摺(てこ)ずることは中国にとって大歓迎だ。北朝
鮮が無茶な要求をすればするほど、アメリカは中国の協力を必要とする。
今回の北朝鮮によるポンペオ氏に対する強盗呼ばわりも、中朝が示し合わ
せて行った可能性がゼロではないだろう。折しも米中両国は、互いに制裁
関税に踏み切った。まさに戦争である。

この局面で日本にできることは多い。アメリカが成し遂げようとしている
ことは、不公正な貿易で利益を上げる中国的手法の排除であろう。そのよ
うなことはTPP(環太平洋経済連携協定)にとどまりさえすれば、多国
間の枠組みの中で出来たことだ。

だが、トランプ氏はそのことに気づかない。それだけに安倍晋三首相の役
割は大きい。欧州連合(EU)は日本との経済連携協定(EPA)に11
日、署名すると正式決定した。日本が主導したTPPは合意済みだ。これ
らの枠組みを早く発効させて、中国中心になりかねないRCEP(東アジ
ア地域包括的経済連携)に先行し、価値観を同じくする国々との連携を広
めることが大事だ。
『週刊新潮』 2018年7月19日号  日本ルネッサンス 第810回

2018年07月20日

◆認識せよ、力が支配する世界への変化を

櫻井よしこ


ドナルド・トランプ米大統領は、6月8、9日にカナダ・ケベック州で開か
れた先進7か国首脳会議(G7)に遅れて現われたうえ、2日目は午後の会
議に出席せずに早く帰った。

鉄鋼・アルミの輸入制限拡大、制裁関税問題などで、他の6か国と相容れ
ず「6+1」の対立となったのは周知のとおりだ。居心地の悪さから抜け出
したその足で、トランプ氏は朝鮮労働党委員長の金正恩氏に会うためシン
ガポールに向かった。

首脳会談を終えて、「私は彼(金正恩氏)をとても信頼している」とコメ
ントし、会談翌日には「もはや北朝鮮の核の脅威はない」とSNSで呟いた。

米韓合同軍事演習中止にまでつながったトランプ氏の楽観は、しかし、物
の見事に粉砕された。6月29日、NBCテレビは、北朝鮮の非核化の意思
に疑問ありとして、米政府当局者の「北朝鮮が米国を騙そうとしている明
確な根拠がある」との声を報じた。衛星写真から北朝鮮の核関連施設が拡
張され、建設が進んでいるのが明らかになった。

そうした中、ポンペオ国務長官が7月6日、北朝鮮を三度訪れ2日にわたる
協議に臨んだ。平壌の順安(スナン)空港で会見したポンペオ氏は一連の
会談はすべて「非常に生産的」だったと語った。

しかし氏が飛び立ったあと、北朝鮮の朝鮮中央通信は「米国側の『強盗的
な要求』を北朝鮮が受け入れざるを得ないと考えているなら、それは(ア
メリカの)致命的な誤りだ」という、ポンペオ氏の説明とは正反対の論評
を発表した。

自身の発言が「強盗的な要求」と非難されたにもかかわらず、平壌から日
本に直行したポンペオ氏は、こう弁明した。

「北朝鮮は誠実だった。実際にそうだった。報道を、いちいち気にしてい
たら気が狂う。ギャングスターのような要求をしたと言われたが、世界は
ギャングスターだらけだ」

「敵と味方」の区別

今回の協議でも北朝鮮が完全な非核化(CVID)に応じないであろうこ
とは明確になった。非核化実現の意思があれば核兵器解体についての議論
が当然なされるはずだ。だがポンペオ氏は「騙された」ことを認めない。
「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)紙は7月2日の社説で
「ヨンビョンでの活動拡大は金(正恩)が首脳会談での果実を、非核化に
踏み出すことなしに手にしたことを示す」としてトランプ外交の失敗を指
摘した。

トランプ氏は今月の11日から2日間、ベルギーでNATO(北大西洋条約
機構)首脳会議に出席するが、氏はNATO諸国に軍事費増額を要求する
手紙を送付済みだ。

NATOはロシア(旧ソ連)の脅威に対処するために西側諸国が1949年に
創設した。どの国であれ加盟国への攻撃は自国への攻撃と見做して、全加
盟国が互いに守り合う集団的安全保障の仕組みがNATOだ。

トランプ氏は、そのNATOは米国におんぶに抱っこだ、自国防衛なのに
十分な軍事費を払っていない、と非難する。2014年3月、ロシアがクリミ
ア半島を奪い、東ウクライナに軍事侵攻したとき、NATO諸国は自国の
GDPの2%を国防費に回し、うち20%以上を軍備や装備の充実に使うと
合意した。合意を守ったのは、米国(3.57%)、ギリシャ(2.36%)、英
国(2.12%)、エストニア(2.08%)の4か国で、EUの盟主、ドイツは
1・24%、フランス1.79%、カナダ1.29%などにとどまる。

こうした状況にトランプ氏は怒り、NATO諸国の首脳になぜ基準を満た
せないのかと、非難する書簡を出した。世界最大規模の軍事予算を使って
いる米国としては当然の不満であろうが、その怒りを認めても解せないの
は、NATO諸国との首脳会議後に、ヘルシンキで米露首脳会談を行うこ
とだ。

トランプ氏はカナダでのG7に先立って、ロシアをG7に復帰させるべきだ
と語った。フランス政府高官は、クリミア半島はロシアに併合されたまま
でロシア復帰の条件は整っていないと批判し、メルケル独首相もメイ英首
相も同意見を表明した。

前述のようにGDP比2%の条項はそもそもウクライナ侵略で、ロシアが
クリミアを奪ったことが直接のきっかけだった。トランプ氏はこの2%条
項を守らないといってNATO諸国を非難する一方、その原因を作った
プーチン大統領とは「うまくやれそう」だとして首脳会談に臨むというの
である。

G7で対立して正恩氏に会いに行く。NATO諸国を叱りとばしてプーチ
ン氏に会いに行く。共通の矛盾が見てとれないか。トランプ氏には「敵と
味方」の区別がつかないということだ。

日本ができること

いま世界で起きているのは大きな価値観の戦いである。トランプ氏の頭の
中では秋の中間選挙が最も重要なのだろうが、国際社会は約100年振り
に、自由を掲げるアメリカの価値観が専制政治を掲げる中国の価値観に
取って代わられようとする局面に直面しているのだ。アメリカ主導のパッ
クス・アメリカーナが揺らぎかけ、中国主導のパックス・シニカの時代に
引き摺り込まれようとしている。ルールを基本とする世界から、力を基本
とする世界へのシフトが起こりつつあるのだ。中国的な価値観を受け入
れ、自由や民主主義を弾圧しているのが北朝鮮やロシアである。

従って米朝関係も中国ファクターを入れて考えると分かり易い。正恩氏は
「朝中はひとつの家族のように親密で友好的」で、「朝中はひとつの参謀
本部の下で緊密に協力」すると語っている。トランプ氏も「中国との貿易
問題を協議するときは北朝鮮のことも考える」と語っている。

米国が北朝鮮問題で梃摺(てこ)ずることは中国にとって大歓迎だ。北朝
鮮が無茶な要求をすればするほど、アメリカは中国の協力を必要とする。
今回の北朝鮮によるポンペオ氏に対する強盗呼ばわりも、中朝が示し合わ
せて行った可能性がゼロではないだろう。折しも米中両国は、互いに制裁
関税に踏み切った。まさに戦争である。

この局面で日本にできることは多い。アメリカが成し遂げようとしている
ことは、不公正な貿易で利益を上げる中国的手法の排除であろう。そのよ
うなことはTPP(環太平洋経済連携協定)にとどまりさえすれば、多国
間の枠組みの中で出来たことだ。

だが、トランプ氏はそのことに気づかない。それだけに安倍晋三首相の役
割は大きい。欧州連合(EU)は日本との経済連携協定(EPA)に11
日、署名すると正式決定した。日本が主導したTPPは合意済みだ。これ
らの枠組みを早く発効させて、中国中心になりかねないRCEP(東アジ
ア地域包括的経済連携)に先行し、価値観を同じくする国々との連携を広
めることが大事だ。

『週刊新潮』 2018年7月19日号  日本ルネッサンス 第810回

2018年07月19日

◆中国が進めるパックス・シニカの道

櫻井よしこ


7月1日、東京で東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の閣僚会合が開
催され、年内の大筋合意を目指すとの点で一致した。

RCEPは日中韓豪印にニュージーランドと東南アジア諸国連合
(ASEAN)10か国の、計16か国で構成される。実現すれば世界人口の
約半分、GDPで約3割を占める巨大広域経済圏となる。

日本がRCEPに求めるのは高水準の自由化、知的財産権の保護に代表さ
れる国際法の順守に加え、公正さや透明性だ。すでに米国が知財権侵害で
中国を世界貿易機関(WTO)に提訴したように、世界の知財権窃盗の8
割は中国によると言われる。悪質な知財権侵害は、とりわけ先進国にとっ
て共通の深刻な問題である。

今回、RCEPでは年内合意を目指すとされたが、日本と中国の価値観は
大きく異なる。中国の価値観に引っ張られることなく、RCEPをいかに
自由な経済圏にしていくかが死活的に重要だ。中国に譲ることになれば彼
らの価値観に基づく彼ら主導の大経済圏が出現する。日本人も世界も望ま
ない形になりかねないRCEPに日本は非常に慎重だった。

環太平洋経済連携協定(TPP)をまとめ上げた日本は、TPP並みとま
ではいかなくとも、RCEPにも公正な自由貿易体制の確立を求めてき
た。日本の要求は中国の思惑とは正面からぶつかる。そこで日本や米国は
まずTPPで公正さや透明性、国際法順守といった点で高い水準の枠組み
を作り、そこに中国も入らざるを得ないような広域経済圏を作ることを目
指した。まず自由主義陣営の側の体制を作り、私たちの側が主導権を握る
という構想だ。

だが米国のトランプ大統領の反乱で状況が逆転した。トランプ氏はTPP
は勿論、RCEPにも背を向け、保護主義的政策に走る。氏が多数の国で
話し合って決める多国間協定よりも、一対一の交渉を好んできたのは周知
のとおりだ。

世界の最強国が一対一の交渉で強い要求を出せば、大概の国は屈服せざる
を得ないだろう。「アメリカ第一」の強硬路線は米国の眼前の国益は守る
かもしれない。しかし、すでに米国の誇るハーレーダビッドソンが、製造
拠点の一部を海外に移そうとしているように、眼前の利益だけを見詰める
政策は米国自身をも傷つける。

米国の影響力が低下

もっと深刻なのは米国に対する国際社会の信頼や敬意が殺がれ、米国の影
響力が低下することだ。自由主義陣営にとって決してよいことではない。

中国は昨年10月の第19回中国共産党大会で高らかに謳い上げたように、建
国100年の2049年までに経済的にも軍事的にも米国を凌駕し、「中華民族
はますます潑剌として世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことを目指す。

その目的達成のために中国が準備してきた国際的枠組みの代表例が、昨年
の共産党大会で党規約に正式に盛り込まれた一帯一路構想だ。今世紀半ば
までに世界最強の民族になると誓った中国共産党は全地球に中国による網
を張り巡らせようと、あらゆる分野に手を広げてきた。その結果、もはや
「一帯一路」ではなく、「三帯五路」だなどの声もある。

駒澤大学教授の三船恵美氏の分析は明快だ。一帯一路はパックス・シニカ
(中国による世界の平和維持)を目指す構想であり、もはや明確な地図や
地域はなく、シルクロードの地域を超えて中国の勢力がグローバルに展開
しているというのだ(「中国外交のユーラシア的展開」JFIR
WORLD REVIEW)。

米国による世界秩序の維持、パックス・アメリカーナを脅かす具体例が一
帯一路構想である。その実態を三船氏はざっと以下のように説明する。中
国が各国や各組織(たとえば欧州連合)などと、➀政策面で意思の疎通を
はかり、➁中国と同じ規格のインフラを整備し、➂貿易を円滑に振興し、➃
資金を融通し、➄国民を相互に結びつけることによって、世界の政治経済
秩序を中国が主導する。地球全体に影響を及ぼし「朋友圏」(友邦圏)を
形成し、「人類運命共同体」として、中国が主導していくことを目指して
いる。

中国は影響力拡大のために地政学を見据えた戦略を進めている。たとえ
ば、中国と中欧、東欧の16の国々が構成する国際的枠組み、「中国・中東
欧諸国首脳会議」 (16+1)である。

中国は欧州諸国との2国間関係、欧州連合との関係に加えて「16+1」を構
築した。16か国の内11か国がEUの加盟国だが、中国はそれらの国々をも
含めて、インフラ事業を共に推進し、投資を行い、多層的複層的な関係を
築いて影響力を浸透させていく。地政学的、政治学的な陣取り合戦を巧み
に進めてきたのである。

世界制覇の道

他方、南アジアにおいて中国にとって大事なことはインドを超大国にさせ
ず、地域大国におさえておくことだ。そのために中国はインド包囲網を築
いてきた。「真珠の首飾り」と呼ばれた海からの包囲網は、いま、安倍晋
三首相が提唱した「インド・太平洋戦略」で打ち消されたかに見える。

三船氏はしかし、陸上での事象に注意を促す。ブータンの高原ドクラムに
中国人民解放軍が駐屯地を建設し、1600人とも1800人とも言われる軍人が
駐留していると指摘する。

中国には、ミャンマーもバングラデシュも従順だ。ドクラムの中国軍と共
にこの2か国が手を結べば、挟み打ちになるのがインド東部7州だというの
だ。インド本土と切り離される形になる7州には、水源の州で、中国が自
国領だと主張するアルナチャル・プラデーシュもある。

7つもの州が孤立させられ奪われる危険が生じるとしたら、軍事的に中国
に劣るインドは外交交渉に軸足を置くだろう。そのとき日本が提唱し、ト
ランプ政権も外交戦略に取り入れたインド・太平洋戦略に、インドがどれ
だけ協力するだろうか、という三船氏の問いはもっともだ。

中国は北極海への野心も隠さない。プーチン大統領をパートナーとする氷
のシルクロード構想は発表済みだ。中国の北極海進出には日本海、津軽海
峡、宗谷海峡といった地点における拠点が必要である。日本はこのような
変化の中で一体どういう道を選べるだろうか。

中国が着実に世界制覇の道を進んでいるのである。全世界に張り巡らされ
た一帯一路の網は、世界がすでにパックス・アメリカーナからパックス・
シニカに移ろうとしていることを示していないか。日本にとってこの上な
く深刻なこの状況の前で、政治家のみならず日本人全員が考えなければな
らない。
『週刊新潮』 2018年7月12日号 日本ルネッサンス 第809回

2018年07月17日

◆拉致解決を国交正常化に優先せよ

櫻井よしこ


いったん公約したことはなり振り構わず実行する。パリ協定、TPP、中
国への懲罰的関税、EU諸国や日本にまで関税をふりかざすことも含め
て、良くも悪くも「アメリカ第一」の公約を守る。トランプ米大統領のこ
んな傾向が北朝鮮への脅威になる。

米朝首脳会談における共同声明は、トランプ氏が北朝鮮に「安全の保証を
与えることを約束」し、金正恩委員長は「朝鮮半島の完全非核化への確固
で揺るぎのない約束を再確認した」と謳った。

トランプ氏は首脳会談直後の会見で、米韓合同軍事演習は北朝鮮との対話
が続いている間は行わないと語った。対話が中断されれば、再開するとい
うことだ。

6月14日にはポンペオ国務長官が「北朝鮮の核計画について、できる限り
早く全容を把握することが極めて重要だ。それは数週間以内に行われる取
り組みのひとつ」だと述べ、迅速に事を運ぶ姿勢を強調した。

同氏は17日、韓国の康京和外相との電話会談で、「完全かつ検証可能で不
可逆的な非核化(CVID)」を求め続けることを確認したが、その前
日、安倍晋三首相が「核の脅威がなくなることによって平和の恩恵を受け
る日本などが、(国際原子力機関〈IAEA〉による調査費用を)負担す
るのは当然だ」と語っている。日米の協調を示したのだ。

米韓両政府は19日、正式に8月の米韓合同軍事演習を中止すると発表し、
22日には、米国防総省がさらに2つの演習、米韓の海兵隊による合同訓練
(KMEP)も中止すると発表した。

国防総省は、同決定がマティス国防長官、ポンペオ氏、ボルトン大統領補
佐官の協議の結果だと発表したが、対北最強硬派のボルトン氏も承諾した
ことは、一連の演習中止が安易な妥協ではなく、北朝鮮にCVIDを実行
させるための強固な意思の反映だということを示している。米国が軍事演
習をやめないから北朝鮮は非核化に踏み切れないのだ、という類の口実を
与えないための演習中止だと見てよいだろう。

日本国民を救出

同日、トランプ氏は米議会に、北朝鮮の核は米国の安全保障にとって「な
お脅威である」との書簡を送ったが、これも北朝鮮に完全非核化へ行動を
おこすよう促したものと見るべきだろう。

トランプ氏は北朝鮮が誠実に約束を守れば、爆撃しないだけではなく、
「繁栄する未来」が来るとも語っている。北朝鮮の東海岸の美しいビーチ
は豪華なホテル群を建てればよいと、トランプ氏は述べたが、繁栄する未
来もホテル群も、電力をはじめとするインフラを整備しなければあり得な
い。それには資金が必要だが、米国は出さない。代わりに日本や韓国が出
すというのがトランプ氏の考えだ。とりわけ日本との国交正常化によって
巨額の資金を北朝鮮は手にすることになると、トランプ氏も考えている。

北朝鮮の経済規模はGNPが200億ドルから300億ドルという数字がある。
小泉純一郎氏が訪朝した2002年、氏は100億ドルを約束したと言われてい
る。GNPの半分に達しようという額は北朝鮮にとって夢のようだったは
ずだ。北朝鮮経済は当時と較べて全く改善されていない。だからこそ日本
の援助がどうしても欲しいはずだ。

周知のように安倍首相はトランプ氏に会う度に拉致問題について説明して
きた。核、ミサイルだけでなく拉致も解決しなければ日朝国交正常化はあ
り得ない、正常化なしには経済支援もあり得ないと、首相は繰り返してきた。

トランプ氏は首相の言葉を頭に刻み、正恩氏との会談では、明確に伝えた
という。「シンゾーは拉致が解決しなければ一銭も出すつもりはない」と
も言ったはずだ。拉致被害者全員を取り戻すまでは、日本はビタ一文払わ
ないという安倍首相の決意がトランプ氏を介して正恩氏に伝えられたので
ある。このことを、救う会代表の西岡力氏が、ネット配信の「言論テレ
ビ」で興奮気味に語った。

「安倍首相は拉致問題をトランプ大統領のディールに組み込むことに成功
したのです。横田めぐみさんをはじめ、40年以上も北朝鮮に囚われている
日本国民を救出できるとしたら、その可能性に最も近づいているのがいま
なのです」

正恩氏は、自分が完全非核化の約束を守らなければ、トランプ氏は怒り、
斬首作戦を実行するかもしれないと恐れているはずだ。だからこそ、度重
なる中国詣でで身を守ろうとしているのだ。

いまは、何としてでもトランプ外交を成功させなければならない。そのた
めにいま、日本の私たちが国家の大命題である拉致被害者全員の救出に向
けて、強い気持ちで一致団結するときだ。安倍首相が強調するように対北
制裁緩和の時期を間違ってはならないのである。早すぎる緩和は必ず失敗
する。今回は北朝鮮が行動を起こすまで、慎重にタイミングを測るべきだ。

日朝議連

にも拘わらず、おかしな動きがある。6月21日に開かれた日朝国交正常化
推進議員連盟(日朝議連)は早期の日朝会談を求めている。入会者65名
中、本人出席は41名に上った。出席議員は自公与党から社民、共産まで幅
広い。与党からは、議連会長の衛藤征士郎氏と共に、石破茂氏が出席して
いた。北側一雄、竹下亘両氏らも与党議員だ。社民党は福島瑞穂、又市征
治両氏が、立憲民主党は阿部知子、生方幸夫両氏らが、共産党からも複数
が出席した。

国会審議には応じようとしない野党議員が多数顔を見せたことや、与党議
員である石破氏らが、福島氏や又市氏らと一堂に会する姿には、違和感を
禁じ得ない。

同議連は金丸信氏の流れを汲む勢力が自民党に影響力を持っていた時代
に、北朝鮮との国交正常化を大目標に結成されたものだ。金丸氏が訪朝し
た当時、拉致問題はようやく明らかになりはじめていたが、氏は金日成主
席に拉致に関して何も質さなかった。

拉致問題解決を目指す拉致議連会長の古屋圭司氏は、自民党内にも対北宥
和策や経済的うまみを拉致解決より優先する人々が存在すると語った。

「自民党が下野していた時、党政調会の正式会議で安倍さんと日朝議連の
衛藤さんが激論したのを覚えています。衛藤さんが宥和策を主張し、安倍
さんは宥和策では解決できないと激しく反論した。安倍さんが正しかった
のは明らかです。この10年程静かだった日朝議連が最近再び活動し始めま
した。早く日朝首脳会談を行えというのです」

日朝議連が主張するように前のめりになれば、これまでの20年余と同じ結
果になって騙される。それよりも今は、安倍首相に交渉を一任し、国民全
体で支えることが何よりも必要である。
『週刊新潮』 2018年7月5日号 日本ルネッサンス 第809回

2018年07月16日

◆国会は一日も早い憲法改正の実現に

櫻井よしこ


「国会は一日も早い憲法改正の実現に向け国民の意思問う機会をつくる
のが責務だ」

7月5日付の「産経新聞」が、与党は憲法改正手続きを定めた国民投票法改
正案の、いまの国会での成立を断念する方針だと報じた。5日の衆議院憲
法審査会で趣旨説明は行うが、実質審議には入らずに、継続審議にすると
いう。

改正案の内容は、一昨年成立した改正公職選挙法をそのまま国民投票法に
反映させるもので、これによって駅や商業施設に共通投票所が設置され、
より多くの人が投票に参加し易くなる。

自公与党は、共産、社民を除く野党と、前述の共同投票所の設置に加えて
テレビCMの規制なども検討することを前提に、5月時点では大筋で合意
していた。それが6月27日、自公と日本維新の会、希望の党などと共に共
同提出した改正案につながった。

だが、いま、枝野幸男氏の立憲民主党、玉木雄一郎氏らの国民民主党など
は憲法審査会の幹事懇談会にさえ、まともに出席しない状況が続いてい
る。こうして時間がなくなり、与党はいまの国会への提出を諦めるに至った。

背景に、憲法審査会は「全会一致」の運営が原則とされているという事情
がある。立民や共産党らは、この原則を盾に、「モリ・カケ」問題などの
説明が不十分だなどとの理由をつけて、審査会の開催そのものを妨げた。

結果としていまの国会では審査会は衆院ではたった1回、参議院では3回開
かれたのみだ。そのうち衆院と、参院における2回の開催は理事の選任手
続きのためで、憲法の内容についての議論は参院での1回だけという。な
んというお粗末さか。

なぜこんなことになるのか。無論、国会議員の「やる気のなさ」が第一の
原因であろう。とりわけ維新と希望を除く野党は支離滅裂である。彼らは
「立憲主義」を唱えながら、憲法改正が必要だという政党が、憲法に定め
たルールをきちんと守って改正案を提出し、国民の判断を問おうとする
と、そのプロセス自体を阻止する。自分たちが改正をしたくないために、
国民の意思を問う機会そのものを潰してしまおうとしている。

格好の道具となっているのが前述の憲法審査会だ。「全会一致」の原則を
自分たちで作り、それを盾に審査会の開催に応じない。審査会さえ開かせ
なければ改正案の国会提出を妨げることができる。発議自体ができないわ
けで、国民に問うまでもなく、改正を阻止できるという計算であろう。

本当に古い話だが、私は美濃部亮吉氏の都政を思い出す。たった一人でも
反対者がいたら、公共工事をはじめ、何もしないという都政だった。圧倒
的多数の人々の意思であっても一人の反対者が阻止できるという極端な路
線だった。いまの野党の一部と体質的に通底するものを、私は感じている。

こんな事態に陥っているのは、「憲法審査会が動かなければ、改正原案の
国会提出さえできない」という誤解があるからではないか。

憲法改正のカギは、ひとりひとりの国会議員が握っているのである。改正
案を上程するのは、政府ではなく、国会議員の役割である。国会法68条の
2は、衆議院で100人以上、参議院で50人以上の賛成で提出できると定めて
いる。いったん改正案が国会に提出されれば、国会法102条の6によって、
憲法審査会には審査を行う責務が生じる。

憲法という国のもといを決めるのは、国民の総意である。国民ひとりひと
りが日本をどのような国にしたいのかを深く考え、決めるのが、まさに民
主主義の真髄であろう。

いま日本はかつてない危機に直面している。日本周辺の状況に対応するに
は、いまのままの日本では力不足だと感じている人は少なくない。1日も
早く、憲法改正を実現するために、国民の意思を問う機会をつくるのが、
国会の責務である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1239

2018年07月15日

◆国会は一日も早い憲法改正の実現に

櫻井よしこ


「国会は一日も早い憲法改正の実現に向け国民の意思問う機会をつくる
のが責務だ」

7月5日付の「産経新聞」が、与党は憲法改正手続きを定めた国民投票法改
正案の、いまの国会での成立を断念する方針だと報じた。5日の衆議院憲
法審査会で趣旨説明は行うが、実質審議には入らずに、継続審議にすると
いう。

改正案の内容は、一昨年成立した改正公職選挙法をそのまま国民投票法に
反映させるもので、これによって駅や商業施設に共通投票所が設置され、
より多くの人が投票に参加し易くなる。

自公与党は、共産、社民を除く野党と、前述の共同投票所の設置に加えて
テレビCMの規制なども検討することを前提に、5月時点では大筋で合意
していた。それが6月27日、自公と日本維新の会、希望の党などと共に共
同提出した改正案につながった。

だが、いま、枝野幸男氏の立憲民主党、玉木雄一郎氏らの国民民主党など
は憲法審査会の幹事懇談会にさえ、まともに出席しない状況が続いてい
る。こうして時間がなくなり、与党はいまの国会への提出を諦めるに至った。

背景に、憲法審査会は「全会一致」の運営が原則とされているという事情
がある。立民や共産党らは、この原則を盾に、「モリ・カケ」問題などの
説明が不十分だなどとの理由をつけて、審査会の開催そのものを妨げた。

結果としていまの国会では審査会は衆院ではたった1回、参議院では3回開
かれたのみだ。そのうち衆院と、参院における2回の開催は理事の選任手
続きのためで、憲法の内容についての議論は参院での1回だけという。な
んというお粗末さか。

なぜこんなことになるのか。無論、国会議員の「やる気のなさ」が第一の
原因であろう。とりわけ維新と希望を除く野党は支離滅裂である。彼らは
「立憲主義」を唱えながら、憲法改正が必要だという政党が、憲法に定め
たルールをきちんと守って改正案を提出し、国民の判断を問おうとする
と、そのプロセス自体を阻止する。自分たちが改正をしたくないために、
国民の意思を問う機会そのものを潰してしまおうとしている。

格好の道具となっているのが前述の憲法審査会だ。「全会一致」の原則を
自分たちで作り、それを盾に審査会の開催に応じない。審査会さえ開かせ
なければ改正案の国会提出を妨げることができる。発議自体ができないわ
けで、国民に問うまでもなく、改正を阻止できるという計算であろう。

本当に古い話だが、私は美濃部亮吉氏の都政を思い出す。たった一人でも
反対者がいたら、公共工事をはじめ、何もしないという都政だった。圧倒
的多数の人々の意思であっても一人の反対者が阻止できるという極端な路
線だった。いまの野党の一部と体質的に通底するものを、私は感じている。

こんな事態に陥っているのは、「憲法審査会が動かなければ、改正原案の
国会提出さえできない」という誤解があるからではないか。

憲法改正のカギは、ひとりひとりの国会議員が握っているのである。改正
案を上程するのは、政府ではなく、国会議員の役割である。国会法68条の
2は、衆議院で100人以上、参議院で50人以上の賛成で提出できると定めて
いる。いったん改正案が国会に提出されれば、国会法102条の6によって、
憲法審査会には審査を行う責務が生じる。

憲法という国のもといを決めるのは、国民の総意である。国民ひとりひと
りが日本をどのような国にしたいのかを深く考え、決めるのが、まさに民
主主義の真髄であろう。

いま日本はかつてない危機に直面している。日本周辺の状況に対応するに
は、いまのままの日本では力不足だと感じている人は少なくない。1日も
早く、憲法改正を実現するために、国民の意思を問う機会をつくるのが、
国会の責務である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月14日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1239

2018年07月14日

◆中国が進めるパックス・シニカの道

櫻井よしこ


7月1日、東京で東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の閣僚会合が開
催され、年内の大筋合意を目指すとの点で一致した。

RCEPは日中韓豪印にニュージーランドと東南アジア諸国連合
(ASEAN)10か国の、計16か国で構成される。実現すれば世界人口の
約半分、GDPで約3割を占める巨大広域経済圏となる。

日本がRCEPに求めるのは高水準の自由化、知的財産権の保護に代表さ
れる国際法の順守に加え、公正さや透明性だ。すでに米国が知財権侵害で
中国を世界貿易機関(WTO)に提訴したように、世界の知財権窃盗の8
割は中国によると言われる。悪質な知財権侵害は、とりわけ先進国にとっ
て共通の深刻な問題である。

今回、RCEPでは年内合意を目指すとされたが、日本と中国の価値観は
大きく異なる。中国の価値観に引っ張られることなく、RCEPをいかに
自由な経済圏にしていくかが死活的に重要だ。中国に譲ることになれば彼
らの価値観に基づく彼ら主導の大経済圏が出現する。日本人も世界も望ま
ない形になりかねないRCEPに日本は非常に慎重だった。

環太平洋経済連携協定(TPP)をまとめ上げた日本は、TPP並みとま
ではいかなくとも、RCEPにも公正な自由貿易体制の確立を求めてき
た。日本の要求は中国の思惑とは正面からぶつかる。そこで日本や米国は
まずTPPで公正さや透明性、国際法順守といった点で高い水準の枠組み
を作り、そこに中国も入らざるを得ないような広域経済圏を作ることを目
指した。まず自由主義陣営の側の体制を作り、私たちの側が主導権を握る
という構想だ。

だが米国のトランプ大統領の反乱で状況が逆転した。トランプ氏はTPP
は勿論、RCEPにも背を向け、保護主義的政策に走る。氏が多数の国で
話し合って決める多国間協定よりも、一対一の交渉を好んできたのは周知
のとおりだ。世界の最強国が一対一の交渉で強い要求を出せば、大概の国
は屈服せざるを得ないだろう。「アメリカ第一」の強硬路線は米国の眼前
の国益は守るかもしれない。しかし、すでに米国の誇るハーレーダビッド
ソンが、製造拠点の一部を海外に移そうとしているように、眼前の利益だ
けを見詰める政策は米国自身をも傷つける。

米国の影響力が低下

もっと深刻なのは米国に対する国際社会の信頼や敬意が殺がれ、米国の影
響力が低下することだ。自由主義陣営にとって決してよいことではない。

中国は昨年10月の第19回中国共産党大会で高らかに謳い上げたように、建
国100年の2049年までに経済的にも軍事的にも米国を凌駕し、「中華民族
はますます潑剌として世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことを目指す。

その目的達成のために中国が準備してきた国際的枠組みの代表例が、昨年
の共産党大会で党規約に正式に盛り込まれた一帯一路構想だ。今世紀半ば
までに世界最強の民族になると誓った中国共産党は全地球に中国による網
を張り巡らせようと、あらゆる分野に手を広げてきた。その結果、もはや
「一帯一路」ではなく、「三帯五路」だなどの声もある。

駒澤大学教授の三船恵美氏の分析は明快だ。一帯一路はパックス・シニカ
(中国による世界の平和維持)を目指す構想であり、もはや明確な地図や
地域はなく、シルクロードの地域を超えて中国の勢力がグローバルに展開
しているというのだ(「中国外交のユーラシア的展開」JFIR
WORLD REVIEW)。

米国による世界秩序の維持、パックス・アメリカーナを脅かす具体例が一
帯一路構想である。その実態を三船氏はざっと以下のように説明する。中
国が各国や各組織(たとえば欧州連合)などと、➀政策面で意思の疎通を
はかり、➁中国と同じ規格のインフラを整備し、➂貿易を円滑に振興し、➃
資金を融通し、➄国民を相互に結びつけることによって、世界の政治経済
秩序を中国が主導する。地球全体に影響を及ぼし「朋友圏」(友邦圏)を
形成し、「人類運命共同体」として、中国が主導していくことを目指して
いる。

中国は影響力拡大のために地政学を見据えた戦略を進めている。たとえ
ば、中国と中欧、東欧の16の国々が構成する国際的枠組み、「中国・中東
欧諸国首脳会議」 (16+1)である。

中国は欧州諸国との2国間関係、欧州連合との関係に加えて「16+1」を構
築した。16か国の内11か国がEUの加盟国だが、中国はそれらの国々をも
含めて、インフラ事業を共に推進し、投資を行い、多層的複層的な関係を
築いて影響力を浸透させていく。地政学的、政治学的な陣取り合戦を巧み
に進めてきたのである。

世界制覇の道

他方、南アジアにおいて中国にとって大事なことはインドを超大国にさせ
ず、地域大国におさえておくことだ。そのために中国はインド包囲網を築
いてきた。「真珠の首飾り」と呼ばれた海からの包囲網は、いま、安倍晋
三首相が提唱した「インド・太平洋戦略」で打ち消されたかに見える。

三船氏はしかし、陸上での事象に注意を促す。ブータンの高原ドクラムに
中国人民解放軍が駐屯地を建設し、1600人とも1800人とも言われる軍人が
駐留していると指摘する。

中国には、ミャンマーもバングラデシュも従順だ。ドクラムの中国軍と共
にこの2か国が手を結べば、挟み打ちになるのがインド東部7州だというの
だ。インド本土と切り離される形になる7州には、水源の州で、中国が自
国領だと主張するアルナチャル・プラデーシュもある。

7つもの州が孤立させられ奪われる危険が生じるとしたら、軍事的に中国
に劣るインドは外交交渉に軸足を置くだろう。そのとき日本が提唱し、ト
ランプ政権も外交戦略に取り入れたインド・太平洋戦略に、インドがどれ
だけ協力するだろうか、という三船氏の問いはもっともだ。

中国は北極海への野心も隠さない。プーチン大統領をパートナーとする氷
のシルクロード構想は発表済みだ。中国の北極海進出には日本海、津軽海
峡、宗谷海峡といった地点における拠点が必要である。日本はこのような
変化の中で一体どういう道を選べるだろうか。

中国が着実に世界制覇の道を進んでいるのである。全世界に張り巡らされ
た一帯一路の網は、世界がすでにパックス・アメリカーナからパックス・
シニカに移ろうとしていることを示していないか。日本にとってこの上な
く深刻なこの状況の前で、政治家のみならず日本人全員が考えなければな
らない。
『週刊新潮』 2018年7月12日号  日本ルネッサンス 第809回

2018年07月13日

◆中国が進めるパックス・シニカの道

櫻井よしこ


7月1日、東京で東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の閣僚会合が開
催され、年内の大筋合意を目指すとの点で一致した。

RCEPは日中韓豪印にニュージーランドと東南アジア諸国連合
(ASEAN)10か国の、計16か国で構成される。実現すれば世界人口の
約半分、GDPで約3割を占める巨大広域経済圏となる。

日本がRCEPに求めるのは高水準の自由化、知的財産権の保護に代表さ
れる国際法の順守に加え、公正さや透明性だ。すでに米国が知財権侵害で
中国を世界貿易機関(WTO)に提訴したように、世界の知財権窃盗の8
割は中国によると言われる。悪質な知財権侵害は、とりわけ先進国にとっ
て共通の深刻な問題である。

今回、RCEPでは年内合意を目指すとされたが、日本と中国の価値観は
大きく異なる。中国の価値観に引っ張られることなく、RCEPをいかに
自由な経済圏にしていくかが死活的に重要だ。中国に譲ることになれば彼
らの価値観に基づく彼ら主導の大経済圏が出現する。日本人も世界も望ま
ない形になりかねないRCEPに日本は非常に慎重だった。

環太平洋経済連携協定(TPP)をまとめ上げた日本は、TPP並みとま
ではいかなくとも、RCEPにも公正な自由貿易体制の確立を求めてき
た。日本の要求は中国の思惑とは正面からぶつかる。

そこで日本や米国はまずTPPで公正さや透明性、国際法順守といった点
で高い水準の枠組みを作り、そこに中国も入らざるを得ないような広域経
済圏を作ることを目指した。まず自由主義陣営の側の体制を作り、私たち
の側が主導権を握るという構想だ。

だが米国のトランプ大統領の反乱で状況が逆転した。トランプ氏はTPP
は勿論、RCEPにも背を向け、保護主義的政策に走る。氏が多数の国で
話し合って決める多国間協定よりも、一対一の交渉を好んできたのは周知
のとおりだ。

世界の最強国が一対一の交渉で強い要求を出せば、大概の国は屈服せざる
を得ないだろう。「アメリカ第一」の強硬路線は米国の眼前の国益は守る
かもしれない。しかし、すでに米国の誇るハーレーダビッドソンが、製造
拠点の一部を海外に移そうとしているように、眼前の利益だけを見詰める
政策は米国自身をも傷つける。

米国の影響力が低下

もっと深刻なのは米国に対する国際社会の信頼や敬意が殺がれ、米国の影
響力が低下することだ。自由主義陣営にとって決してよいことではない。

中国は昨年10月の第19回中国共産党大会で高らかに謳い上げたように、建
国100年の2049年までに経済的にも軍事的にも米国を凌駕し、「中華民族
はますます潑剌として世界の諸民族の中にそびえ立つ」ことを目指す。

その目的達成のために中国が準備してきた国際的枠組みの代表例が、昨年
の共産党大会で党規約に正式に盛り込まれた一帯一路構想だ。今世紀半ば
までに世界最強の民族になると誓った中国共産党は全地球に中国による網
を張り巡らせようと、あらゆる分野に手を広げてきた。その結果、もはや
「一帯一路」ではなく、「三帯五路」だなどの声もある。

駒澤大学教授の三船恵美氏の分析は明快だ。一帯一路はパックス・シニカ
(中国による世界の平和維持)を目指す構想であり、もはや明確な地図や
地域はなく、シルクロードの地域を超えて中国の勢力がグローバルに展開
しているというのだ(「中国外交のユーラシア的展開」JFIR
WORLD REVIEW)。

米国による世界秩序の維持、パックス・アメリカーナを脅かす具体例が一
帯一路構想である。その実態を三船氏はざっと以下のように説明する。中
国が各国や各組織(たとえば欧州連合)などと、➀政策面で意思の疎通を
はかり、➁中国と同じ規格のインフラを整備し、➂貿易を円滑に振興し、➃
資金を融通し、➄国民を相互に結びつけることによって、世界の政治経済
秩序を中国が主導する。地球全体に影響を及ぼし「朋友圏」(友邦圏)を
形成し、「人類運命共同体」として、中国が主導していくことを目指して
いる。

中国は影響力拡大のために地政学を見据えた戦略を進めている。たとえ
ば、中国と中欧、東欧の16の国々が構成する国際的枠組み、「中国・中東
欧諸国首脳会議」 (16+1)である。

中国は欧州諸国との2国間関係、欧州連合との関係に加えて「16+1」を構
築した。16か国の内11か国がEUの加盟国だが、中国はそれらの国々をも
含めて、インフラ事業を共に推進し、投資を行い、多層的複層的な関係を
築いて影響力を浸透させていく。地政学的、政治学的な陣取り合戦を巧み
に進めてきたのである。

世界制覇の道

他方、南アジアにおいて中国にとって大事なことはインドを超大国にさせ
ず、地域大国におさえておくことだ。そのために中国はインド包囲網を築
いてきた。「真珠の首飾り」と呼ばれた海からの包囲網は、いま、安倍晋
三首相が提唱した「インド・太平洋戦略」で打ち消されたかに見える。

三船氏はしかし、陸上での事象に注意を促す。ブータンの高原ドクラムに
中国人民解放軍が駐屯地を建設し、1600人とも1800人とも言われる軍人が
駐留していると指摘する。

中国には、ミャンマーもバングラデシュも従順だ。ドクラムの中国軍と共
にこの2か国が手を結べば、挟み打ちになるのがインド東部7州だというの
だ。インド本土と切り離される形になる7州には、水源の州で、中国が自
国領だと主張するアルナチャル・プラデーシュもある。

7つもの州が孤立させられ奪われる危険が生じるとしたら、軍事的に中国
に劣るインドは外交交渉に軸足を置くだろう。そのとき日本が提唱し、ト
ランプ政権も外交戦略に取り入れたインド・太平洋戦略に、インドがどれ
だけ協力するだろうか、という三船氏の問いはもっともだ。

中国は北極海への野心も隠さない。プーチン大統領をパートナーとする氷
のシルクロード構想は発表済みだ。中国の北極海進出には日本海、津軽海
峡、宗谷海峡といった地点における拠点が必要である。日本はこのような
変化の中で一体どういう道を選べるだろうか。

中国が着実に世界制覇の道を進んでいるのである。全世界に張り巡らされ
た一帯一路の網は、世界がすでにパックス・アメリカーナからパックス・
シニカに移ろうとしていることを示していないか。日本にとってこの上な
く深刻なこの状況の前で、政治家のみならず日本人全員が考えなければな
らない。
『週刊新潮』 2018年7月12日号 日本ルネッサンス 第809回

2018年07月11日

◆拉致解決を国交正常化に優先せよ

櫻井よしこ


いったん公約したことはなり振り構わず実行する。パリ協定、TPP、中
国への懲罰的関税、EU諸国や日本にまで関税をふりかざすことも含め
て、良くも悪くも「アメリカ第一」の公約を守る。トランプ米大統領のこ
んな傾向が北朝鮮への脅威になる。

米朝首脳会談における共同声明は、トランプ氏が北朝鮮に「安全の保証を
与えることを約束」し、金正恩委員長は「朝鮮半島の完全非核化への確固
で揺るぎのない約束を再確認した」と謳った。

トランプ氏は首脳会談直後の会見で、米韓合同軍事演習は北朝鮮との対話
が続いている間は行わないと語った。対話が中断されれば、再開するとい
うことだ。

6月14日にはポンペオ国務長官が「北朝鮮の核計画について、できる限り
早く全容を把握することが極めて重要だ。それは数週間以内に行われる取
り組みのひとつ」だと述べ、迅速に事を運ぶ姿勢を強調した。

同氏は17日、韓国の康京和外相との電話会談で、「完全かつ検証可能で不
可逆的な非核化(CVID)」を求め続けることを確認したが、その前
日、安倍晋三首相が「核の脅威がなくなることによって平和の恩恵を受け
る日本などが、(国際原子力機関〈IAEA〉による調査費用を)負担す
るのは当然だ」と語っている。日米の協調を示したのだ。

米韓両政府は19日、正式に8月の米韓合同軍事演習を中止すると発表し、
22日には、米国防総省がさらに二つの演習、米韓の海兵隊による合同訓練
(KMEP)も中止すると発表した。

国防総省は、同決定がマティス国防長官、ポンペオ氏、ボルトン大統領補
佐官の協議の結果だと発表したが、対北最強硬派のボルトン氏も承諾した
ことは、一連の演習中止が安易な妥協ではなく、北朝鮮にCVIDを実行
させるための強固な意思の反映だということを示している。米国が軍事演
習をやめないから北朝鮮は非核化に踏み切れないのだ、という類の口実を
与えないための演習中止だと見てよいだろう。

日本国民を救出

同日、トランプ氏は米議会に、北朝鮮の核は米国の安全保障にとって「な
お脅威である」との書簡を送ったが、これも北朝鮮に完全非核化へ行動を
おこすよう促したものと見るべきだろう。

トランプ氏は北朝鮮が誠実に約束を守れば、爆撃しないだけではなく、
「繁栄する未来」が来るとも語っている。北朝鮮の東海岸の美しいビーチ
は豪華なホテル群を建てればよいと、トランプ氏は述べたが、繁栄する未
来もホテル群も、電力をはじめとするインフラを整備しなければあり得ない。

それには資金が必要だが、米国は出さない。代わりに日本や韓国が出すと
いうのがトランプ氏の考えだ。とりわけ日本との国交正常化によって巨額
の資金を北朝鮮は手にすることになると、トランプ氏も考えている。

北朝鮮の経済規模はGNPが200億ドルから300億ドルという数字がある。
小泉純一郎氏が訪朝した2002年、氏は100億ドルを約束したと言われてい
る。GNPの半分に達しようという額は北朝鮮にとって夢のようだったは
ずだ。北朝鮮経済は当時と較べて全く改善されていない。だからこそ日本
の援助がどうしても欲しいはずだ。

周知のように安倍首相はトランプ氏に会う度に拉致問題について説明して
きた。核、ミサイルだけでなく拉致も解決しなければ日朝国交正常化はあ
り得ない、正常化なしには経済支援もあり得ないと、首相は繰り返してきた。

トランプ氏は首相の言葉を頭に刻み、正恩氏との会談では、明確に伝えた
という。「シンゾーは拉致が解決しなければ一銭も出すつもりはない」と
も言ったはずだ。拉致被害者全員を取り戻すまでは、日本はビタ一文払わ
ないという安倍首相の決意がトランプ氏を介して正恩氏に伝えられたので
ある。このことを、救う会代表の西岡力氏が、ネット配信の「言論テレ
ビ」で興奮気味に語った。

「安倍首相は拉致問題をトランプ大統領のディールに組み込むことに成功
したのです。横田めぐみさんをはじめ、40年以上も北朝鮮に囚われている
日本国民を救出できるとしたら、その可能性に最も近づいているのがいま
なのです」

正恩氏は、自分が完全非核化の約束を守らなければ、トランプ氏は怒り、
斬首作戦を実行するかもしれないと恐れているはずだ。だからこそ、度重
なる中国詣でで身を守ろうとしているのだ。

いまは、何としてでもトランプ外交を成功させなければならない。そのた
めにいま、日本の私たちが国家の大命題である拉致被害者全員の救出に向
けて、強い気持ちで一致団結するときだ。安倍首相が強調するように対北
制裁緩和の時期を間違ってはならないのである。早すぎる緩和は必ず失敗
する。今回は北朝鮮が行動を起こすまで、慎重にタイミングを測るべきだ。

日朝議連

にも拘わらず、おかしな動きがある。6月21日に開かれた日朝国交正常化
推進議員連盟(日朝議連)は早期の日朝会談を求めている。入会者65名
中、本人出席は41名に上った。出席議員は自公与党から社民、共産まで幅
広い。与党からは、議連会長の衛藤征士郎氏と共に、石破茂氏が出席して
いた。北側一雄、竹下亘両氏らも与党議員だ。社民党は福島瑞穂、又市征
治両氏が、立憲民主党は阿部知子、生方幸夫両氏らが、共産党からも複数
が出席した。

国会審議には応じようとしない野党議員が多数顔を見せたことや、与党議
員である石破氏らが、福島氏や又市氏らと一堂に会する姿には、違和感を
禁じ得ない。

同議連は金丸信氏の流れを汲む勢力が自民党に影響力を持っていた時代
に、北朝鮮との国交正常化を大目標に結成されたものだ。金丸氏が訪朝し
た当時、拉致問題はようやく明らかになりはじめていたが、氏は金日成主
席に拉致に関して何も質さなかった。

拉致問題解決を目指す拉致議連会長の古屋圭司氏は、自民党内にも対北宥
和策や経済的うまみを拉致解決より優先する人々が存在すると語った。

「自民党が下野していた時、党政調会の正式会議で安倍さんと日朝議連の
衛藤さんが激論したのを覚えています。衛藤さんが宥和策を主張し、安倍
さんは宥和策では解決できないと激しく反論した。安倍さんが正しかった
のは明らかです。この10年程静かだった日朝議連が最近再び活動し始めま
した。早く日朝首脳会談を行えというのです」

日朝議連が主張するように前のめりになれば、これまでの20年余と同じ結
果になって騙される。それよりも今は、安倍首相に交渉を一任し、国民全
体で支えることが何よりも必要である。
『週刊新潮』 2018年7月5日号 日本ルネッサンス 第809回

2018年07月09日

◆判事と長官が対立する韓国の異常事態

櫻井よしこ


「判事と長官が対立する韓国の異常事態 司法の頂点に立つ最高裁まで
左翼が侵食」

朝鮮問題専門家の西岡力氏が、シンクタンク「国家基本問題研究所」の定
期会合で語った。

「韓国は政治とメディアだけでなく、司法も北朝鮮にやられてしまいまし
た。韓国に残っているまともな保守は在野の言論人だけです」

氏が警告したのは韓国大法院(最高裁判所)の金命洙(キム・ミョンス)
院長(長官)の件だ。

金氏は1959年生まれ、59歳の若さで昨年9月、文在寅大統領によって大法
院院長に抜擢された。「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が
補足した。

「金氏は大法院院長になる前は、春川地方裁判所の所長にすぎませんでし
た。春川地裁は、韓国で最も小さな裁判所です」

そんな小さな地裁の長を務めただけの人物が、高等法院院長出身者の地位
とされる大法院院長になぜ、いきなりなれたのか。再び洪氏が説明した。

「韓国では地方裁判所長が選挙管理委員会の長も兼任します。金氏は(文
氏が大統領に選ばれた)2017年5月の総選挙で、文氏と対立する政党の候
補者、鎮金台氏を強引なやり方で選挙違反の罪に問い、失脚させようとし
ました。

春川地裁は鎮氏を有罪としましたが、高裁は無罪、最高裁は14人の判事の
うち、金長官を除く13人の判事全員が無罪と判断しました。金氏は法の番
人でありながら、法よりも政治的イデオロギーを優先させる。その姿勢が
文大統領に評価されているのです」

北朝鮮の金日成主席は70年代から韓国の左翼勢力を経済的に支え、優秀な
人材に奨学金を与え、教育して、韓国の司法やマスコミ界に送り込み韓国
内部からの革命を画策した。そうした北朝鮮の長期戦略がいま、山場を迎
えようとしていると、西岡氏が言う。

「現職の最高裁長官が、前任の長官、梁承泰(ヤン・スンテ)氏を刑事告
発しようとしているのです。容疑は朴槿恵前政権との司法取引です」

再び洪氏が補足した。

「金長官は梁前長官が朴前大統領と取引したという疑惑を言い立て、最高
裁内部に特別調査委員会を設置しました。同委員会は3度にわたって調査
しましたが、疑惑を裏付ける如何なる証拠も見つかりませんでした。最高
裁の判事は長官を含めて14人、うち、長官を除く13人全員が連名で『裁判
の本質を損なう司法取引疑惑には、全く根拠がなかったことは明確だ』と
断定する報告書を発表しました」

にもかかわらず、事態はさらにねじ曲げられつつある。韓国での保守勢力
潰しの常套手段のひとつが乱訴である。狙った相手を訴え、時間とエネル
ギーとお金を使わせ、潰してしまう。

言いがかりに等しい理由で連続して 裁判を起こされ、身ぐるみはがれた
言論人に「朝鮮日報」論説委員を歴任 し、「韓国論壇」を主宰した李度
珩(イ・ドンヒョン)氏がいる。政治家 では朴前大統領が典型的事例
で、財産どころか名誉も剥奪され、拘束され 続けている。

梁氏も左翼系団体の告発に晒されている。検察は告発状を受 けて調査に
乗り出した。ソウル中央地検特捜一部が粱氏の事案の担当だ。 特捜一部
は左翼労働団体の典型である法院労働組合本部長らから事情を聴 いてい
る。金長官はこのような状況下で進んで検察の調査に協力する姿勢 を見
せているのだ。
 
だが、前述のように最高裁の判事らは長官の行動に異議を唱え、13人の判
事と長官が対立状況を続けている。まさに異常事態である。韓国の政界は
大統領以下大きく左に傾き、マスメディアも悉くと言ってよい程、北朝鮮
寄りだ。国の基本を成す司法の、その頂点である最高裁までも、左翼陣営
に侵食されようとしている。

このままいけば、共産党が司法・立法・行政の三権の上に君臨する中国の
ような国に、韓国もなるだろう。まさに革命が起きたのだ。そのことを自
覚して日本は危機に備えなければならない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年7月7日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1238