2018年11月28日

◆米中対立、中国の逃れられない弱み

櫻井よしこ


「米中対立、中国の逃れられない弱み」

11月9日にワシントンで米中外交・安全保障対話がもたれた。米国側から
ポンペオ国務長官、マティス国防長官、中国側から楊潔篪(ようけっち)共
産党政治局員、魏鳳和(ぎほうわ)国防相が参加した。

この閣僚会議は、昨年、習近平主席が米国を訪問した際に、トランプ大統
領と合意して設置したものだ。昨年6月に第1回目が開かれ、今回が2回目
となる。

ポンペオ氏が、「米国は中国との新冷戦を望んでいないし、封じこめるつ
もりもない」と発言し、楊氏が「中国は改革と平和発展の道にとどまり続
ける」と答えたこの対話は、互いに関係を損なわないよう、相手の意図を
探り合い、それなりに繕ったことを窺わせる。しかし、内容に踏み込んで
みれば、現在の米中関係の厳しさは明白だ。

明らかな対立点は、南シナ海、台湾、人権、北朝鮮の各問題である。南シ
ナ海問題では米国側は中国による島々の軍事拠点化に強い懸念を示した。
国務省はメディア向けの説明の中で、以下のように重要なことを明らかに
している。

「米国は、中国が南沙諸島の人工島に配備したミサイルシステムを取り除
くよう要求し、全ての国々は問題解決に強制や恫喝という手法をとっては
ならないことを確認した」

中国がフィリピンなどから奪った南沙諸島を埋め立てて軍事拠点を作って
以来、このようにミサイル装備を取り外せと具体的に要求したのは、恐ら
く初めてだ。トランプ政権が一歩踏み込んで要求したと見てよいだろう。

そのうえで、米国側は従来どおり、国際法に基づいて南シナ海の航行と飛
行を続けると明言している。

これに対して楊氏は、南シナ海に配備した施設の大部分は民間用だと、
白々しくも主張し、米国が「航行の自由」を掲げて軍艦を派遣するのはや
めるべきだと反論している。

異常に男児が多い

台湾問題について、中国が台湾と国交を結んでいる国々に働きかけ、次々
に断交させて台湾を孤立させている手法を、米国は批判した。すると、楊
氏は「台湾は中国の不可分の領土の一部だ」と主張し、魏氏も「中国は如
何なる犠牲を払っても祖国統一を維持する。米国が南北戦争で払ったよう
な犠牲を払ってでもだ」と強い口調で語っている。

南北戦争は、1861年から4年間も続いた激しい内戦だった。犠牲者は60万
人以上とされる。それ程の犠牲を払っても、中国は台湾の独立を許さない
と力んだのだ。

イスラム教徒であるウイグル人に対する弾圧、虐殺についても米中両国の
溝は全く埋まっていない。北朝鮮の核に関しても、明確な核の放棄までは
北朝鮮に見返りを与えないとする米国と、核廃棄と援助を同時進行で行い
条件を緩和することもあり得るとする中国側の立場は、完全に合致するこ
とはない。

11月末に予定される米中首脳会談への瀬踏みの米中閣僚会議だったが、両
国の基本的対立が解決に向かうとは思えない。

習主席は、自身にその力さえあれば、終身、中国の国家主席の地位にとど
まることができる道を開いた。選挙によって指導者が入れ替わる民主主義
国と較べて、優位に立っていると、習氏は思っているであろう。だが、11
月の中間選挙でトランプ氏の共和党が下院で民主党に過半数を奪われ相対
的に力を弱めたとはいえ、民主党は共和党よりはるかに保護主義的で人権
問題にも厳しい。トランプ政権以降に希望をつなぐのは早計というもので
あろう。

10月4日にペンス副大統領が行った演説の対中批判の厳しさについては、
10月18日号の本誌当欄でもお伝えしたが、米国で超党派勢力が結束して中
国に本気で怒っている理由は、習氏が高らかに謳い上げた「中国製造
2025」という大目標にある。

中国は経済的にも軍事的にも世界最強の国となり、科学、技術の全分野に
おいて世界最先端の地位を確立すると誓った。だがそのための手段は知的
財産の窃盗であり、騙しであり、恫喝に他ならない。こんな不公正な中国
に、世界最強国の地位を明け渡してはならない、という米国の闘争心が掻
き立てられたのだ。

中国が米国に取って代り、中国風の支配構造の中に組み込まれることな
ど、我々日本にとっても願い下げだ。だが、そんな時代は恐らくやってく
るまい。

フランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は今年5月、シンクタ
ンク「国家基本問題研究所」創立10周年の記念シンポジウムで、全世界の
人口学者の一致した見方だとして、中国は基本的に異常事態の中に在る
と、以下のように語った。

長年の一人っ子政策と女児よりも男児優先の価値観により、中国では女児
100人に対して男児118人が生まれている。通常の100対105乃至106に較べ
て異常に男児が多い。結果、人口学的な不均衡が生じ、現時点でも3000万
人の男性が結婚相手を見つけることができないでいる。

「非常に脆い国」

他方中国の教育水準は全体的に見れば低く、若い世代の高等教育進学率は
6%だ。日本や欧米先進国のそれに較べれば非常に低い。

人口の出入りで見ると、すべての欧州諸国、加えて日本も、流入人口が流
出人口を上回っている。だが中国は違う。中国の統計は信頼できない面も
あるが、通常使われる数字によると、毎年150万人が中国から外国に流出
している。彼らの多くが中国には戻らない。だが流出する彼らこそ、中国
人の中で最も活力があり、開明的な人々である。

トッド氏が結論づけた。

「こうして考えると、中国は大国ですが、非常に脆い国なのです。将来的
に危機を回避できない国であると、考えています」

北京発、原田逸策記者の非常に興味深い記事が11月10日の「日経新聞」に
掲載されていた。中国が産児制限の撤廃を検討中という記事だ。中国の現
在の出生率1.3が続くと、今世紀末までに中国の総人口は現在の13億人強
から約6億人に半減する。他方、現在3億2000万人の米国の総人口は4億
5000万人に増えるというのだ。

となると、習氏が高らかに謳い上げたように、2030年前後までには経済
(GDP)で米国を追い抜くことができるとしても、今世紀後半には再び
逆転される可能性があるという。

日本は米中の戦いに、そこまで考えて対処しなければならない。日本の選
択は短期的に見て米国との協調、同盟路線を続ける以外にないのだが、
中・長期的展望を考えてみても、やはり答えは同じになる。

隣国中国とのつき合い方は、中国が共産党一党支配をやめない限り、最大
限の警戒心を持って対処するということに尽きる。

『週刊新潮』 2018年11月22日 日本ルネッサンス 第828回

2018年11月27日

◆禍根残しかねない入管法改正案

櫻井よしこ


「将来に禍根残しかねない入管法改正案 日本は外国人政策の全体像を
見直す時だ」
>
> 安倍晋三首相も自民党も一体どうしたのか。まるで無責任な野党と同じ
ではないか。
>外国人労働者受け入れを大幅に拡大する出入国管理法改正案についての
国会論戦を聞

いていると、普段は無責任な野党の方がまともに見える。それ程、自民・
公明の政権
与党はおかしい。
>
> 11月2日の閣議決定に至るまで、同法について自民党の部会で激しい議
論が何日間も

続き、発言者の9割が法案に強く反対した。しかし結局、外国人労働者の
受け入れを大

枠で了承し、法律の詳細は省令で決定するという異例の決着を見た。
>
>深刻な人手不足ゆえに倒産が相ついでいるといわれる建設業界や介護業
界の悲鳴のよ
うな要請を無視できないという事情はあるにしても、この法改正は将来に
深刻な禍根を
残しかねない。
>
>今回の改正で受け入れる外国人の資格として「特定技能1号」と「2号」
が設けられ、

「1号」の労働者の「技能水準」は「相当程度の知識又は経験を必要とす
る技能」とさ

れた。「2号」の労働者の技能水準は「熟練した技能」とされた。
>
>前者の「相当程度」とはどんな程度なのか。後者の「熟練」とはどの程
度か。いずれ
も定義されていない。
>
>眼前の人手不足解消のために何が何でも外国人を入れたいという姿勢が
見てとれる。

あえていえば政府案は外国人の野放図な受け入れ策でしかない。
>
>外国人は単なる労働者ではない。誇りも独自の文化も家族もある人間
だ。いったん来日

して3年、5年と住む内に、安定した日本に永住したくなり、家族を呼び寄
せたくなる人

がふえるのは目に見えている。その時彼らが機械的に日本を去るとは思え
ない。すると

日本社会にどんな影響が出るだろうか。欧州諸国は移民を入れすぎて失敗
した。政府は

今回の受け入れは移民政策ではないと繰り返すが、5年間で最大34万人と
みられる労働者

が事実上の移民にならないという保証はない。
>
>日本にはすでに258万人の外国人が住んでいるのである。その中で目立つ
のは留学生の急

増だ。2013年末に19万人だったのが17年末までの4年間に31万人にふえ
た。技能実習生は

16万人から27万人に、一般永住者は66万人から75万人にふえた。
>
> 日本には特別永住者と一般永住者の2種類がある。前者は戦前日本の統
治下にあった朝

鮮半島や台湾の人々、その子孫に与えられている地位である。彼らは日本
に帰化したり

日本人と結婚したりで、日本への同化が進み、その数はこの4年間で37万
人から33万人に

減少した。
>
> 問題は一般永住者である。シンクタンク「国家基本問題研究所」研究員
の西岡力氏の調

査によると、17年末で75万人の一般永住者の3分の1、25万人が中国人だ。
一般永住者は

日本人と同等の権利を与えられた外国人と考えてよい。滞在期間は無制限
で、配偶者や

子供にも在留資格が与えられる。活動も日本国民同様、何ら制限もない。
彼らが朝鮮総

連のような祖国に忠誠を誓う政治組織を作ることも現行法では合法だ。
>
> 他方中国政府は10年に国防動員法を制定し、緊急時には海外在住の中国
国民にも国家

有事の動員に応ずることを義務づけた。仮に、日中両国が紛争状態に陥っ
た時、在日

中国人が自衛隊や米軍の活動を妨害するために後方を攪乱する任務に就く
ことも十分に

考えられる。
>
> 一般永住資格はかつて日本に20年間居住していなければ与えられなかっ
たが、98年に

国会審議もなしに、法務省がガイドラインで「原則10年以上の居住」に緩
和した。その結

果、20年間で9万人から75万人へと、8倍以上にふえた。今回の外国人労働
者の扱いだけで

なく、一般永住者の資格も含めて日本国として外国人政策の全体像を見直
す時であろう。
>

2018年11月26日

◆将来に禍根残しかねない入管法改正案

櫻井よしこ


「将来に禍根残しかねない入管法改正案 日本は外国人政策の全体像を見
直す時だ」
安倍晋三首相も自民党も一体どうしたのか。まるで無責任な野党と同じで
はないか。

外国人労働者受け入れを大幅に拡大する出入国管理法改正案についての国
会論戦を聞いていると、普段は無責任な野党の方がまともに見える。それ
程、自民・公明の政権与党はおかしい。

11月2日の閣議決定に至るまで、同法について自民党の部会で激しい議論
が何日間も続き、発言者の9割が法案に強く反対した。しかし結局、外国
人労働者の受け入れを大枠で了承し、法律の詳細は省令で決定するという
異例の決着を見た。

深刻な人手不足ゆえに倒産が相ついでいるといわれる建設業界や介護業界
の悲鳴のような要請を無視できないという事情はあるにしても、この法改
正は将来に深刻な禍根を残しかねない。

今回の改正で受け入れる外国人の資格として「特定技能1号」と「2号」が
設けられ、「1号」の労働者の「技能水準」は「相当程度の知識又は経験
を必要とする技能」とされた。「2号」の労働者の技能水準は「熟練した
技能」とされた。

前者の「相当程度」とはどんな程度なのか。後者の「熟練」とはどの程度
か。いずれも定義されていない。

眼前の人手不足解消のために何が何でも外国人を入れたいという姿勢が見
てとれる。あえていえば政府案は外国人の野放図な受け入れ策でしかない。

外国人は単なる労働者ではない。誇りも独自の文化も家族もある人間だ。
いったん来日して3年、5年と住む内に、安定した日本に永住したくなり、
家族を呼び寄せたくなる人がふえるのは目に見えている。その時彼らが機
械的に日本を去るとは思えない。すると日本社会にどんな影響が出るだろ
うか。欧州諸国は移民を入れすぎて失敗した。政府は今回の受け入れは移
民政策ではないと繰り返すが、5年間で最大34万人とみられる労働者が事
実上の移民にならないという保証はない。

日本にはすでに258万人の外国人が住んでいるのである。その中で目立つ
のは留学生の急増だ。2013年末に19万人だったのが17年末までの4年間に
31万人にふえた。技能実習生は16万人から27万人に、一般永住者は66万人
から75万人にふえた。

日本には特別永住者と一般永住者の2種類がある。前者は戦前日本の統治
下にあった朝鮮半島や台湾の人々、その子孫に与えられている地位であ
る。彼らは日本に帰化したり日本人と結婚したりで、日本への同化が進
み、その数はこの4年間で37万人から33万人に減少した。

問題は一般永住者である。シンクタンク「国家基本問題研究所」研究員の
西岡力氏の調査によると、17年末で75万人の一般永住者の3分の1、25万人
が中国人だ。一般永住者は日本人と同等の権利を与えられた外国人と考え
てよい。滞在期間は無制限で、配偶者や子供にも在留資格が与えられる。
活動も日本国民同様、何ら制限もない。彼らが朝鮮総連のような祖国に忠
誠を誓う政治組織を作ることも現行法では合法だ。

他方中国政府は10年に国防動員法を制定し、緊急時には海外在住の中国国
民にも国家有事の動員に応ずることを義務づけた。仮に、日中両国が紛争
状態に陥った時、在日中国人が自衛隊や米軍の活動を妨害するために後方
を攪乱する任務に就くことも十分に考えられる。

一般永住資格はかつて日本に20年間居住していなければ与えられなかった
が、98年に国会審議もなしに、法務省がガイドラインで「原則10年以上の
居住」に緩和した。その結果、20年間で9万人から75万人へと、8倍以上に
ふえた。今回の外国人労働者の扱いだけでなく、一般永住者の資格も含め
て日本国として外国人政策の全体像を見直す時であろう。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1257

2018年11月24日

◆中国の逃れられない弱み

櫻井よしこ


「米中対立、中国の逃れられない弱み」

11月9日にワシントンで米中外交・安全保障対話がもたれた。米国側から
ポンペオ国務長官、マティス国防長官、中国側から楊潔篪(ようけっち)共
産党政治局員、魏鳳和(ぎほうわ)国防相が参加した。

この閣僚会議は、昨年、習近平主席が米国を訪問した際に、トランプ大統
領と合意して設置したものだ。昨年6月に第1回目が開かれ、今回が2回目
となる。

ポンペオ氏が、「米国は中国との新冷戦を望んでいないし、封じこめるつ
もりもない」と発言し、楊氏が「中国は改革と平和発展の道にとどまり続
ける」と答えたこの対話は、互いに関係を損なわないよう、相手の意図を
探り合い、それなりに繕ったことを窺わせる。しかし、内容に踏み込んで
みれば、現在の米中関係の厳しさは明白だ。

明らかな対立点は、南シナ海、台湾、人権、北朝鮮の各問題である。南シ
ナ海問題では米国側は中国による島々の軍事拠点化に強い懸念を示した。
国務省はメディア向けの説明の中で、以下のように重要なことを明らかに
している。

「米国は、中国が南沙諸島の人工島に配備したミサイルシステムを取り除
くよう要求し、全ての国々は問題解決に強制や恫喝という手法をとっては
ならないことを確認した」

中国がフィリピンなどから奪った南沙諸島を埋め立てて軍事拠点を作って
以来、このようにミサイル装備を取り外せと具体的に要求したのは、恐ら
く初めてだ。トランプ政権が一歩踏み込んで要求したと見てよいだろう。

そのうえで、米国側は従来どおり、国際法に基づいて南シナ海の航行と飛
行を続けると明言している。

これに対して楊氏は、南シナ海に配備した施設の大部分は民間用だと、
白々しくも主張し、米国が「航行の自由」を掲げて軍艦を派遣するのはや
めるべきだと反論している。

異常に男児が多い

台湾問題について、中国が台湾と国交を結んでいる国々に働きかけ、次々
に断交させて台湾を孤立させている手法を、米国は批判した。すると、楊
氏は「台湾は中国の不可分の領土の一部だ」と主張し、魏氏も「中国は如
何なる犠牲を払っても祖国統一を維持する。米国が南北戦争で払ったよう
な犠牲を払ってでもだ」と強い口調で語っている。

南北戦争は、1861年から4年間も続いた激しい内戦だった。犠牲者は60万
人以上とされる。それ程の犠牲を払っても、中国は台湾の独立を許さない
と力んだのだ。

イスラム教徒であるウイグル人に対する弾圧、虐殺についても米中両国の
溝は全く埋まっていない。北朝鮮の核に関しても、明確な核の放棄までは
北朝鮮に見返りを与えないとする米国と、核廃棄と援助を同時進行で行い
条件を緩和することもあり得るとする中国側の立場は、完全に合致するこ
とはない。

11月末に予定される米中首脳会談への瀬踏みの米中閣僚会議だったが、両
国の基本的対立が解決に向かうとは思えない。

習主席は、自身にその力さえあれば、終身、中国の国家主席の地位にとど
まることができる道を開いた。選挙によって指導者が入れ替わる民主主義
国と較べて、優位に立っていると、習氏は思っているであろう。だが、11
月の中間選挙でトランプ氏の共和党が下院で民主党に過半数を奪われ相対
的に力を弱めたとはいえ、民主党は共和党よりはるかに保護主義的で人権
問題にも厳しい。トランプ政権以降に希望をつなぐのは早計というもので
あろう。

10月4日にペンス副大統領が行った演説の対中批判の厳しさについては、
10月18日号の本誌当欄でもお伝えしたが、米国で超党派勢力が結束して中
国に本気で怒っている理由は、習氏が高らかに謳い上げた「中国製造
2025」という大目標にある。

中国は経済的にも軍事的にも世界最強の国となり、科学、技術の全分野に
おいて世界最先端の地位を確立すると誓った。だがそのための手段は知的
財産の窃盗であり、騙しであり、恫喝に他ならない。こんな不公正な中国
に、世界最強国の地位を明け渡してはならない、という米国の闘争心が掻
き立てられたのだ。

中国が米国に取って代り、中国風の支配構造の中に組み込まれることな
ど、我々日本にとっても願い下げだ。だが、そんな時代は恐らくやってく
るまい。

フランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は今年5月、シンクタ
ンク「国家基本問題研究所」創立10周年の記念シンポジウムで、全世界の
人口学者の一致した見方だとして、中国は基本的に異常事態の中に在る
と、以下のように語った。

長年の一人っ子政策と女児よりも男児優先の価値観により、中国では女児
100人に対して男児118人が生まれている。通常の100対105乃至106に較べ
て異常に男児が多い。結果、人口学的な不均衡が生じ、現時点でも3000万
人の男性が結婚相手を見つけることができないでいる。

「非常に脆い国」

他方中国の教育水準は全体的に見れば低く、若い世代の高等教育進学率は
6%だ。日本や欧米先進国のそれに較べれば非常に低い。

人口の出入りで見ると、すべての欧州諸国、加えて日本も、流入人口が流
出人口を上回っている。だが中国は違う。中国の統計は信頼できない面も
あるが、通常使われる数字によると、毎年150万人が中国から外国に流出
している。彼らの多くが中国には戻らない。だが流出する彼らこそ、中国
人の中で最も活力があり、開明的な人々である。

トッド氏が結論づけた。

「こうして考えると、中国は大国ですが、非常に脆い国なのです。将来的
に危機を回避できない国であると、考えています」

北京発、原田逸策記者の非常に興味深い記事が11月10日の「日経新聞」に
掲載されていた。中国が産児制限の撤廃を検討中という記事だ。中国の現
在の出生率1.3が続くと、今世紀末までに中国の総人口は現在の13億人強
から約6億人に半減する。他方、現在3億2000万人の米国の総人口は4億
5000万人に増えるというのだ。

となると、習氏が高らかに謳い上げたように、2030年前後までには経済
(GDP)で米国を追い抜くことができるとしても、今世紀後半には再び
逆転される可能性があるという。

日本は米中の戦いに、そこまで考えて対処しなければならない。日本の選
択は短期的に見て米国との協調、同盟路線を続ける以外にないのだが、
中・長期的展望を考えてみても、やはり答えは同じになる。

隣国中国とのつき合い方は、中国が共産党一党支配をやめない限り、最大
限の警戒心を持って対処するということに尽きる。

『週刊新潮』 2018年11月22日号 日本ルネッサンス 第828回

2018年11月23日

◆中国の逃れられない弱み

櫻井よしこ


「米中対立、中国の逃れられない弱み」

11月9日にワシントンで米中外交・安全保障対話がもたれた。米国側から
ポンペオ国務長官、マティス国防長官、中国側から楊潔篪(ようけっち)共
産党政治局員、魏鳳和(ぎほうわ)国防相が参加した。

この閣僚会議は、昨年、習近平主席が米国を訪問した際に、トランプ大統
領と合意して設置したものだ。昨年6月に第1回目が開かれ、今回が2回目
となる。

ポンペオ氏が、「米国は中国との新冷戦を望んでいないし、封じこめるつ
もりもない」と発言し、楊氏が「中国は改革と平和発展の道にとどまり続
ける」と答えたこの対話は、互いに関係を損なわないよう、相手の意図を
探り合い、それなりに繕ったことを窺わせる。しかし、内容に踏み込んで
みれば、現在の米中関係の厳しさは明白だ。

明らかな対立点は、南シナ海、台湾、人権、北朝鮮の各問題である。南シ
ナ海問題では米国側は中国による島々の軍事拠点化に強い懸念を示した。
国務省はメディア向けの説明の中で、以下のように重要なことを明らかに
している。

「米国は、中国が南沙諸島の人工島に配備したミサイルシステムを取り除
くよう要求し、全ての国々は問題解決に強制や恫喝という手法をとっては
ならないことを確認した」

中国がフィリピンなどから奪った南沙諸島を埋め立てて軍事拠点を作って
以来、このようにミサイル装備を取り外せと具体的に要求したのは、恐ら
く初めてだ。トランプ政権が一歩踏み込んで要求したと見てよいだろう。

そのうえで、米国側は従来どおり、国際法に基づいて南シナ海の航行と飛
行を続けると明言している。

これに対して楊氏は、南シナ海に配備した施設の大部分は民間用だと、
白々しくも主張し、米国が「航行の自由」を掲げて軍艦を派遣するのはや
めるべきだと反論している。

異常に男児が多い

台湾問題について、中国が台湾と国交を結んでいる国々に働きかけ、次々
に断交させて台湾を孤立させている手法を、米国は批判した。すると、楊
氏は「台湾は中国の不可分の領土の一部だ」と主張し、魏氏も「中国は如
何なる犠牲を払っても祖国統一を維持する。米国が南北戦争で払ったよう
な犠牲を払ってでもだ」と強い口調で語っている。

南北戦争は、1861年から4年間も続いた激しい内戦だった。犠牲者は60万
人以上とされる。それ程の犠牲を払っても、中国は台湾の独立を許さない
と力んだのだ。

イスラム教徒であるウイグル人に対する弾圧、虐殺についても米中両国の
溝は全く埋まっていない。北朝鮮の核に関しても、明確な核の放棄までは
北朝鮮に見返りを与えないとする米国と、核廃棄と援助を同時進行で行い
条件を緩和することもあり得るとする中国側の立場は、完全に合致するこ
とはない。

11月末に予定される米中首脳会談への瀬踏みの米中閣僚会議だったが、両
国の基本的対立が解決に向かうとは思えない。

習主席は、自身にその力さえあれば、終身、中国の国家主席の地位にとど
まることができる道を開いた。選挙によって指導者が入れ替わる民主主義
国と較べて、優位に立っていると、習氏は思っているであろう。だが、11
月の中間選挙でトランプ氏の共和党が下院で民主党に過半数を奪われ相対
的に力を弱めたとはいえ、民主党は共和党よりはるかに保護主義的で人権
問題にも厳しい。トランプ政権以降に希望をつなぐのは早計というもので
あろう。

10月4日にペンス副大統領が行った演説の対中批判の厳しさについては、
10月18日号の本誌当欄でもお伝えしたが、米国で超党派勢力が結束して中
国に本気で怒っている理由は、習氏が高らかに謳い上げた「中国製造
2025」という大目標にある。

中国は経済的にも軍事的にも世界最強の国となり、科学、技術の全分野に
おいて世界最先端の地位を確立すると誓った。だがそのための手段は知的
財産の窃盗であり、騙しであり、恫喝に他ならない。こんな不公正な中国
に、世界最強国の地位を明け渡してはならない、という米国の闘争心が掻
き立てられたのだ。

中国が米国に取って代り、中国風の支配構造の中に組み込まれることな
ど、我々日本にとっても願い下げだ。だが、そんな時代は恐らくやってく
るまい。

フランスの歴史人口学者、エマニュエル・トッド氏は今年5月、シンクタ
ンク「国家基本問題研究所」創立10周年の記念シンポジウムで、全世界の
人口学者の一致した見方だとして、中国は基本的に異常事態の中に在る
と、以下のように語った。

長年の一人っ子政策と女児よりも男児優先の価値観により、中国では女児
100人に対して男児118人が生まれている。通常の100対105乃至106に較べ
て異常に男児が多い。結果、人口学的な不均衡が生じ、現時点でも3000万
人の男性が結婚相手を見つけることができないでいる。

「非常に脆い国」

他方中国の教育水準は全体的に見れば低く、若い世代の高等教育進学率は
6%だ。日本や欧米先進国のそれに較べれば非常に低い。

人口の出入りで見ると、すべての欧州諸国、加えて日本も、流入人口が流
出人口を上回っている。だが中国は違う。中国の統計は信頼できない面も
あるが、通常使われる数字によると、毎年150万人が中国から外国に流出
している。彼らの多くが中国には戻らない。だが流出する彼らこそ、中国
人の中で最も活力があり、開明的な人々である。

トッド氏が結論づけた。

「こうして考えると、中国は大国ですが、非常に脆い国なのです。将来的
に危機を回避できない国であると、考えています」

北京発、原田逸策記者の非常に興味深い記事が11月10日の「日経新聞」に
掲載されていた。中国が産児制限の撤廃を検討中という記事だ。中国の現
在の出生率1.3が続くと、今世紀末までに中国の総人口は現在の13億人強
から約6億人に半減する。他方、現在3億2000万人の米国の総人口は4億
5000万人に増えるというのだ。

となると、習氏が高らかに謳い上げたように、2030年前後までには経済
(GDP)で米国を追い抜くことができるとしても、今世紀後半には再び
逆転される可能性があるという。

日本は米中の戦いに、そこまで考えて対処しなければならない。日本の選
択は短期的に見て米国との協調、同盟路線を続ける以外にないのだが、
中・長期的展望を考えてみても、やはり答えは同じになる。

隣国中国とのつき合い方は、中国が共産党一党支配をやめない限り、最大
限の警戒心を持って対処するということに尽きる。

『週刊新潮』 2018年11月22日号 日本ルネッサンス 第828回

2018年11月22日

◆韓国の徴用工問題の背後に

櫻井よしこ


「韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を
伝えたい」

ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。
本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、
ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。

11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高
裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の
判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法
な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)
の支払いを命ずるものだった。

1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」の
であり、日本にとっては受け入れられない判決だ。

加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工では
ない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研
究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。

朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年
9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間
ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたこ
とだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に
朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかった
ということであろう。

今回の裁判の原告四人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応
募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼
ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。

だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴
用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担って
きたと、西岡氏は語る。

「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているので
す。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった
朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生に
なったりしています」

彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究
し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本
を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西
岡氏は語る。

「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て
日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判
でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っていま
す。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起
こした、と」

日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告
が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見ら
れるように状況は異なってくる。

関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。

「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約
は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。こ
れは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根
本は崩れます。それが彼らの狙いです」

韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力
が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内
容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまっ
た。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持
つネットを駆使して伝えていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256

2018年11月21日

◆問題の背後に広がる深い闇

櫻井よしこ


「韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を
伝えたい」

ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。
本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、
ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。

11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高
裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の
判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法
な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)
の支払いを命ずるものだった。

1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」の
であり、日本にとっては受け入れられない判決だ。

加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工では
ない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研
究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。

朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年
9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間
ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたこ
とだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に
朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかった
ということであろう。

今回の裁判の原告四人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応
募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼
ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。

だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴
用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担って
きたと、西岡氏は語る。

「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているので
す。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった
朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生に
なったりしています」

彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究
し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本
を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西
岡氏は語る。

「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て
日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判
でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っていま
す。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起
こした、と」

日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告
が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見ら
れるように状況は異なってくる。

関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。

「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約
は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。こ
れは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根
本は崩れます。それが彼らの狙いです」

韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力
が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内
容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまっ
た。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持
つネットを駆使して伝えていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256

2018年11月20日

◆韓国の徴用工問題の背後に

櫻井よしこ


「韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を
伝えたい」

ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。
本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、
ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。

11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高
裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の
判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法
な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)
の支払いを命ずるものだった。

1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」の
であり、日本にとっては受け入れられない判決だ。

加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工では
ない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研
究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。

朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年
9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間
ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたこ
とだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に
朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかった
ということであろう。

今回の裁判の原告4人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応
募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼
ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。

だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴
用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担って
きたと、西岡氏は語る。

「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているので
す。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった
朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生に
なったりしています」

彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究
し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本
を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西
岡氏は語る。

「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て
日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判
でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っていま
す。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起
こした、と」

日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告
が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見ら
れるように状況は異なってくる。

関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。

「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約
は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。こ
れは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根
本は崩れます。それが彼らの狙いです」

韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力
が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内
容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまっ
た。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持
つネットを駆使して伝えていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256

2018年11月19日

◆韓国の徴用工問題の背後

櫻井よしこ


「韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を
伝えたい」

ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。
本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、
ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。

11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高
裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の
判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法
な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)
の支払いを命ずるものだった。

1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」の
であり、日本にとっては受け入れられない判決だ。

加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工では
ない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研
究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。

朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年
9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間
ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたこ
とだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に
朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかった
ということであろう。

今回の裁判の原告4人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応
募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼
ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。

だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴
用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担って
きたと、西岡氏は語る。

「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているので
す。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった
朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生に
なったりしています」

彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究
し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本
を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西
岡氏は語る。

「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て
日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判
でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っていま
す。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起
こした、と」

日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告
が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見ら
れるように状況は異なってくる。

関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。

「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約
は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。こ
れは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根
本は崩れます。それが彼らの狙いです」

韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力
が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内
容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまっ
た。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持
つネットを駆使して伝えていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256

2018年11月18日

◆韓国の徴用工問題の背後

櫻井よしこ


「韓国の徴用工問題の背後に広がる深い闇 ネット媒体も駆使して実態を
伝えたい」

ネット配信の「言論テレビ」を始めてよかったと思うことがふえている。
本が好きで、雑誌も新聞も紙で読むことが一番しっくりする私でさえも、
ネットの力、その可能性に驚かされる毎日である。

11月2日に配信した言論テレビの2時間の特別番組では韓国大法院(最高
裁)判決を論じ、多くの視聴者に届けた。元徴用工問題に関する韓国側の
判決は周知のとおり、日本企業(新日鐵住金)に戦時中、非人道的で不法
な労働を強要されたと訴え出ていた労働者4人に4億ウォン(約4000万円)
の支払いを命ずるものだった。

1965年の協定によって、請求権問題は「完全かつ最終的に解決された」の
であり、日本にとっては受け入れられない判決だ。

加えて、安倍晋三首相が国会で明言したように、原告4人は元徴用工では
ない。これは朝鮮問題専門家でシンクタンク「国家基本問題研究所」の研
究員である西岡力氏が、韓国大法院の資料を読み解く中で発見した。

朝鮮半島の人々を日本企業が募集し始めたのは1939年である。徴用は44年
9月に始まり、翌年3月頃まで約半年間続いた。注目すべきことは、この間
ずっと、募集枠を大きく超えて万単位の労働者が日本に働きに来ていたこ
とだ。統計を見ると、少なくとも1万6000人の労働者が不正渡航を理由に
朝鮮半島に送り返されている。それだけ日本における労働条件がよかった
ということであろう。

今回の裁判の原告四人も企業の募集広告を見たり、役場から勧められて応
募したりして、民間企業の賃金、待遇の諸条件に納得して働きに来た。彼
ら全員が徴用の始まる44年9月以前に渡日しており徴用とは無関係だ。

だが、韓国の司法は民間企業の募集で渡日した労働者も含めて全員を「徴
用」と見做す。その理論構成の少なからぬ部分を、日本の知識人が担って
きたと、西岡氏は語る。

「60年代に日本の朝鮮統治は犯罪だったという研究が始まっているので
す。その典型が『朝鮮人強制連行の記録』という朝鮮大学校の教員だった
朴慶植氏が書いた本です。彼の弟子だった人が、いま東京大学の先生に
なったりしています」

彼らは日本の朝鮮半島統治が如何に不法であり犯罪的であったかを研究
し、そうした主張に共鳴する弁護士や運動家が90年代に韓国に渡り、日本
を訴えるための原告を探した。この構図は慰安婦問題と酷似している。西
岡氏は語る。

「日本に来て、日本で裁判を起こす。費用は日本側が持ち、手続きも全て
日本側が行う。日本も旅行できるということで始まったのが戦後補償裁判
でした。しかし、日本では全て敗訴だった。この原告たちは言っていま
す。日本の運動家の皆さんが励ましてくれて、もう一回、韓国で裁判を起
こした、と」

日本は法治国家であり、条約も法律も厳格に守られるために、韓国の原告
が勝利する余地はなかったが、韓国での裁判となると、今回の事例に見ら
れるように状況は異なってくる。

関連して、菅直人氏が首相の時、怪し気な動きがあったと、西岡氏は言う。

「左派的な日韓知識人の連帯の中で、菅氏に談話を出させ、日朝併合条約
は無効、つまり日韓併合は非合法的だったと言わせようとしたのです。こ
れは実現しませんでしたが、併合条約が無効だとされれば、日韓関係の根
本は崩れます。それが彼らの狙いです」

韓国には常に、日本による併合は違法で無効だと決めつけようとする勢力
が存在する。しかし、反日政権だった盧武鉉氏でさえ日韓請求権協定の内
容は否定できなかった。それがいま最高裁で否定される次元にきてしまっ
た。この背後にある深い闇の実態を、紙媒体だけでなく大きな広がりを持
つネットを駆使して伝えていきたい。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1256

2018年11月17日

◆韓国の左翼革命政権に、妥協は無用

櫻井よしこ


親しい韓国人の友人のひとり、洪熒氏が憤って言った。

「日本の人達は文在寅政権と韓国を同一視しています。保守勢力を中心
に、多くの韓国人が文政権のやり方に怒っていることを、日本のメディア
は伝えてくれません。我々は文政権の下で起きている異常事態に、日本人
と同じくらい怒っているのです」

洪氏は現在、日本で刊行されている新聞、「統一日報」の論説主幹を務め
ているが、かつて、在日韓国大使館の公使だった。日本との関わりはかれ
これ40年になる。

10月30日、韓国大法院(最高裁)が新日鉄住金(旧新日本製鉄)に、「元
徴用工」4人への損害賠償金として4億ウォン(約4000万円)の支払いを命
じた判決、10月11日の国際観艦式に日本の海上自衛隊の旗を掲げないよう
に要求した一方で、豊臣秀吉軍を破った李舜臣(イスンシン)の旗(抗日
旗)を韓国軍艦に飾ったこと、2015年末に国際社会が注目する中で日韓両
外相が発表した、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決の蒸し返し
など、文政権の横紙破りは非常識極まる。

洪氏は、心ある韓国人は皆、文政権の暴挙を恥じている、日本の政府も国
民も、韓国国民と文政権を同一視しないで対韓政策を考えるべきで、そう
しなければ事態はますます悪い方向に進む、と懸念する。

まず、明確にしておくべき点は、今回の韓国人元労働者への補償に日本の
政府も企業も全く責任はないということだ。1965年の日韓請求権・経済協
力協定の第2条は、「国及びその国民(法人を含む)」の請求権問題は、
「完全かつ最終的に解決されたこと」を日韓両国が確認すると明記してい
る。賠償などの請求権問題は、個人のものも法人のものも全て解決済みだ
と両国政府が確認したのである。

日本政府は当時、念には念を入れて日韓間の議事録も交わした。その中
に、請求権に含まれるもの、つまり、全て解決済みとされるものは何かに
ついて八項目にわたる説明がある。戦時徴用労働者の未払い賃金と補償も
含まれており、解決済みであることを二重三重に明記している。

徴用工ではなかった

安倍晋三首相が、判決直後に間髪を入れず、「国際法に照らしてあり得な
い判断だ」と述べたのは当然なのである。一方で首相は重要なことを指摘
した。この裁判の原告4人は徴用工ではなく、「旧朝鮮半島出身の労働
者」だと語った。これこそ大事な点である。

これまで、韓国側は無論、私も含めた日本のメディアはみな、4人の原告
を「元徴用工」だとしてきた。日韓両政府もそのように呼んできた。司法
の場で徴用工と言われてきたことをそのまま信用してきたわけだ。

徴用とは「国家権力により国民を強制的に動員し、一定の業務に従事させ
ること」(広辞苑)だ。一旦発せられれば国民は拒否出来ない。

朝鮮半島での戦時労働動員には三つの形態があった。第一は1939〜41年に
企業の募集担当者が朝鮮に渡り実施した「募集」である。

第二が42年から44年9月までの期間、朝鮮総督府が各市・郡などに動員数
を割り当て、行政の責任で募集し民間企業に割り振った「官斡旋」であ
る。お役所が仲介した募集だが、職場や職種について納得いかなければ断
る自由があった。

第三が、44年9月から45年3月ごろまで発動した「徴用」である。

原告4人はいずれも募集に応じた労働者だった。4人の内の二人は43年9月
に平壌で日本製鉄(新日鉄住金の前身)の工員募集広告を見て応募し、面
接に合格して、募集担当者に引率されて渡日し、大阪製鉄所の訓練工と
なった。

もう一人は41年、大田(テジョン)市長の推薦で勤労奉仕の「報国隊」に入
り、日本製鉄の募集に応じ、担当者に引率されて渡日し、釜石製鉄所の工
員となった。

最後の一人は43年1月、群山府(現在の群山市)の指示で募集に応じ、日
本製鉄募集担当者の引率で渡日、八幡製鉄所工員となった。

つまり、4人とも徴用の始まる44年9月以前に、募集に応じて日本に働きに
来た労働者である。彼らは民間企業と契約を結んで渡日した。戦争が長引
くにつれて日本の男性の多くが徴兵され、国内産業を支える人手不足が顕
著になっていた状況の下、彼らに対する待遇は総じてよかった。

4人が徴用工ではなかったことをつきとめたのは、シンクタンク「国家基
本問題研究所」研究員で朝鮮問題の専門家、西岡力氏である。氏はこの事
実を韓国大法院の判決書で発見した。日本の常識で判断すれば、間違った
事実に基づく韓国大法院の判決は無効なはずだ。ただそう考えるのは日本
人だけで、韓国側は募集も官斡旋も全て強制的な徴用だと主張しているた
め、全く、話が通じない。

一切の妥協は不要

それでも、安倍首相が国会の場でこの事実を明らかにしたことは非常に重
要である。黒を白と言いくるめる韓国のやり方と、そのような手法を駆使
する文在寅政権のいかがわしさを、鋭く抉り出して見せたからだ。

文政権下の韓国で進行中の事態は教育、軍、司法、外交のいずれにおいて
も通常の法治国家では考えられない異常なものだ。一連の事柄は韓国がも
はや真っ当な民主主義の国などではなく、社会主義革命のまっ只中にある
と認識すれば納得がいく。

革命勢力は、秩序の全て、条約も契約も常識も紙クズのように破り捨て
る。現在、文政権が行っているのがまさしくそれだ。彼らは日本に不当な
判決をつきつけ巨額の資金をむしり取り、日本を貶めようとする。

洪氏は、革命政権の文氏が日本を不条理に責めたてるように、韓国の大半
の国民に対しても親北朝鮮社会主義革命を押しつけると指摘する。

このような文政権に対し、韓国内で反対の狼煙が上がり始めた。

「大将(ジェネラル)の会である星友会が、このままでは北朝鮮に韓国が席
巻されるとして、文政権の対北宥和策に警告を発しました。9月21日には
民間人3000人が文氏を与敵罪で告発しました。有罪になれば死刑しかない
重い告発です。元大使の外交官らが文政権は韓国の安保体制を蹂躙してい
るとして『弾劾』の声明文を発表しました。当初大使30人で始まった告発
ですが、参加希望の元大使らが次々に集まり、50人までふえました。いざ
となると弱腰の外交官でさえ、文政権に反対表明をするようになったので
す。日本のメディアはなぜこうした事を伝えないのでしょうか」

と洪氏は語る。

今回の「旧朝鮮半島出身労働者問題」は、このような全体像の中でとらえ
るべきで、革命志向の文政権に一切の妥協は不要なのだ。同時に日本は、
韓国が近未来には敵対する存在となることを肝に銘じ、憲法改正をはじ
め、日本の地力を強める施策を急ぐのがよい。

『週刊新潮』 2018年11月15日号 日本ルネッサンス 第827回


2018年11月16日

◆韓国の左翼革命政権に

櫻井よしこ


「韓国の左翼革命政権に、妥協は無用」

親しい韓国人の友人のひとり、洪熒氏が憤って言った。

「日本の人達は文在寅政権と韓国を同一視しています。保守勢力を中心
に、多くの韓国人が文政権のやり方に怒っていることを、日本のメディア
は伝えてくれません。我々は文政権の下で起きている異常事態に、日本人
と同じくらい怒っているのです」

洪氏は現在、日本で刊行されている新聞、「統一日報」の論説主幹を務め
ているが、かつて、在日韓国大使館の公使だった。日本との関わりはかれ
これ40年になる。

10月30日、韓国大法院(最高裁)が新日鉄住金(旧新日本製鉄)に、「元
徴用工」4人への損害賠償金として4億ウォン(約4000万円)の支払いを命
じた判決、10月11日の国際観艦式に日本の海上自衛隊の旗を掲げないよう
に要求した一方で、豊臣秀吉軍を破った李舜臣(イスンシン)の旗(抗日
旗)を韓国軍艦に飾ったこと、2015年末に国際社会が注目する中で日韓両
外相が発表した、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決の蒸し返し
など、文政権の横紙破りは非常識極まる。

洪氏は、心ある韓国人は皆、文政権の暴挙を恥じている、日本の政府も国
民も、韓国国民と文政権を同一視しないで対韓政策を考えるべきで、そう
しなければ事態はますます悪い方向に進む、と懸念する。

まず、明確にしておくべき点は、今回の韓国人元労働者への補償に日本の
政府も企業も全く責任はないということだ。1965年の日韓請求権・経済協
力協定の第2条は、「国及びその国民(法人を含む)」の請求権問題は、
「完全かつ最終的に解決されたこと」を日韓両国が確認すると明記してい
る。賠償などの請求権問題は、個人のものも法人のものも全て解決済みだ
と両国政府が確認したのである。

日本政府は当時、念には念を入れて日韓間の議事録も交わした。その中
に、請求権に含まれるもの、つまり、全て解決済みとされるものは何かに
ついて八項目にわたる説明がある。戦時徴用労働者の未払い賃金と補償も
含まれており、解決済みであることを二重三重に明記している。

徴用工ではなかった

安倍晋三首相が、判決直後に間髪を入れず、「国際法に照らしてあり得な
い判断だ」と述べたのは当然なのである。一方で首相は重要なことを指摘
した。この裁判の原告4人は徴用工ではなく、「旧朝鮮半島出身の労働
者」だと語った。これこそ大事な点である。

これまで、韓国側は無論、私も含めた日本のメディアはみな、4人の原告
を「元徴用工」だとしてきた。日韓両政府もそのように呼んできた。司法
の場で徴用工と言われてきたことをそのまま信用してきたわけだ。

徴用とは「国家権力により国民を強制的に動員し、一定の業務に従事させ
ること」(広辞苑)だ。一旦発せられれば国民は拒否出来ない。

朝鮮半島での戦時労働動員には三つの形態があった。第一は1939〜41年に
企業の募集担当者が朝鮮に渡り実施した「募集」である。

第二が42年から44年9月までの期間、朝鮮総督府が各市・郡などに動員数
を割り当て、行政の責任で募集し民間企業に割り振った「官斡旋」であ
る。お役所が仲介した募集だが、職場や職種について納得いかなければ断
る自由があった。

第三が、44年9月から45年3月ごろまで発動した「徴用」である。

原告4人はいずれも募集に応じた労働者だった。4人の内の二人は43年9月
に平壌で日本製鉄(新日鉄住金の前身)の工員募集広告を見て応募し、面
接に合格して、募集担当者に引率されて渡日し、大阪製鉄所の訓練工と
なった。

もう一人は41年、大田(テジョン)市長の推薦で勤労奉仕の「報国隊」に入
り、日本製鉄の募集に応じ、担当者に引率されて渡日し、釜石製鉄所の工
員となった。

最後の一人は43年1月、群山府(現在の群山市)の指示で募集に応じ、日
本製鉄募集担当者の引率で渡日、八幡製鉄所工員となった。

つまり、4人とも徴用の始まる44年9月以前に、募集に応じて日本に働きに
来た労働者である。彼らは民間企業と契約を結んで渡日した。戦争が長引
くにつれて日本の男性の多くが徴兵され、国内産業を支える人手不足が顕
著になっていた状況の下、彼らに対する待遇は総じてよかった。

4人が徴用工ではなかったことをつきとめたのは、シンクタンク「国家基
本問題研究所」研究員で朝鮮問題の専門家、西岡力氏である。氏はこの事
実を韓国大法院の判決書で発見した。日本の常識で判断すれば、間違った
事実に基づく韓国大法院の判決は無効なはずだ。ただそう考えるのは日本
人だけで、韓国側は募集も官斡旋も全て強制的な徴用だと主張しているた
め、全く、話が通じない。

一切の妥協は不要

それでも、安倍首相が国会の場でこの事実を明らかにしたことは非常に重
要である。黒を白と言いくるめる韓国のやり方と、そのような手法を駆使
する文在寅政権のいかがわしさを、鋭く抉り出して見せたからだ。

文政権下の韓国で進行中の事態は教育、軍、司法、外交のいずれにおいて
も通常の法治国家では考えられない異常なものだ。一連の事柄は韓国がも
はや真っ当な民主主義の国などではなく、社会主義革命のまっ只中にある
と認識すれば納得がいく。

革命勢力は、秩序の全て、条約も契約も常識も紙クズのように破り捨て
る。現在、文政権が行っているのがまさしくそれだ。彼らは日本に不当な
判決をつきつけ巨額の資金をむしり取り、日本を貶めようとする。

洪氏は、革命政権の文氏が日本を不条理に責めたてるように、韓国の大半
の国民に対しても親北朝鮮社会主義革命を押しつけると指摘する。

このような文政権に対し、韓国内で反対の狼煙が上がり始めた。

「大将(ジェネラル)の会である星友会が、このままでは北朝鮮に韓国が席
巻されるとして、文政権の対北宥和策に警告を発しました。9月21日には
民間人3000人が文氏を与敵罪で告発しました。有罪になれば死刑しかない
重い告発です。元大使の外交官らが文政権は韓国の安保体制を蹂躙してい
るとして『弾劾』の声明文を発表しました。当初大使30人で始まった告発
ですが、参加希望の元大使らが次々に集まり、50人までふえました。いざ
となると弱腰の外交官でさえ、文政権に反対表明をするようになったので
す。日本のメディアはなぜこうした事を伝えないのでしょうか」

と洪氏は語る。

今回の「旧朝鮮半島出身労働者問題」は、このような全体像の中でとらえ
るべきで、革命志向の文政権に一切の妥協は不要なのだ。同時に日本は、
韓国が近未来には敵対する存在となることを肝に銘じ、憲法改正をはじ
め、日本の地力を強める施策を急ぐのがよい。

『週刊新潮』 2018年11月15日号 日本ルネッサンス 第827回

2018年11月15日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史から
脱せるか」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。

2022年の冬期五輪の 開催地に予定されている北京を他の都市に変更する
よう、国際オリンピッ ク委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役
の判決を受けて獄中にあ るイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和
賞に推薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。日米安保条約によって同
盟国として結ばれている日本にとって、価値観の闘いで、米国と共同歩調
をとらない理由はない。その意味で日本の政府も国会議員も、いま、ウイ
グル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷
いや り方はもはやどの世界にも受け入れられない。

一人のジャーナリストの殺 害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビ
ン・サルマン氏の地位を危うく している。米国とサウジの関係に亀裂が
生じ、サウジの影響力が低下し、 イスラエルとの連携も弱まり、イラン
が得をし、結果として中東情勢が揺 らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろ
う。そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を
奪うことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。
米中貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害
について、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254