2018年11月07日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史から脱
せるか 」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。

2022年の冬期五輪の開催地に予定されている北京を他の都市に変更するよ
う、国際オリンピック委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役の判
決を受けて獄中にあるイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和賞に推
薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。日米安保条約によって同
盟国として結ばれている日本にとって、価値観の闘いで、米国と共同歩調
をとらない理由はない。その意味で日本の政府も国会議員も、いま、ウイ
グル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷いや
り方はもはやどの世界にも受け入れられない。

一人のジャーナリストの殺害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビン・
サルマン氏の地位を危うくしている。米国とサウジの関係に亀裂が生じ、
サウジの影響力が低下し、イスラエルとの連携も弱まり、イランが得を
し、結果として中東情勢が揺らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろ
う。そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を
奪うことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。
米中貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害
について、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254

2018年11月06日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史から脱
せるか」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。

2022年の冬期五輪の開催地に予定されている北京を他の都市に変更するよ
う、国際オリンピック委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役の判
決を受けて獄中にあるイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和賞に推
薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。日米安保条約によって同
盟国として結ばれている日本にとって、価値観の闘いで、米国と共同歩調
をとらない理由はない。その意味で日本の政府も国会議員も、いま、ウイ
グル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷いや
り方はもはやどの世界にも受け入れられない。一人のジャーナリストの殺
害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビン・サルマン氏の地位を危うく
している。米国とサウジの関係に亀裂が生じ、サウジの影響力が低下し、
イスラエルとの連携も弱まり、イランが得をし、結果として中東情勢が揺
らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろう。

そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を奪う
ことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。米中
貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害につ
いて、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254

2018年11月05日

◆これからの日中関係を決める首脳会談

櫻井 よしこ


「これからの日中関係を決める首脳会談 騙され続けた長年の歴史か ら
脱せるか」

10月23日、私が理事長を務めるシンクタンク「国家基本問題研究所」は
「中国の人権侵害に、日本の沈黙は許されない」とする意見広告を、複数
の全国紙に掲載した。

中国政府は100万人を超えるイスラム教徒のウイグルの人々を収容所に押
し込め、絶え間ない洗脳を行っており、多くのウイグル人が弾圧され、拷
問を受け、死亡し、廃人にされ、或いは深刻な後遺症に苦しんでいる。

米議会はマルコ・ルビオ上院議員らが中心になって、民主、共和両党が結
束し、中国政府に問題をつきつけた。米議会は中国の凄まじい人権弾圧を
「人道に対する罪」と定義し、国際社会に告発した。

2022年の冬期五輪の開催地に予定されている北京を他の都市に変更するよ
う、国際オリンピック委員会に要請し、中国で国家分裂罪で無期懲役の判
決を受けて獄中にあるイリハム・トフティ氏を来年のノーベル平和賞に推
薦するという。

ルビオ氏らは同盟国にも、中国非難の同じ隊列に加わるよう求めている。
米中間で進行中の貿易戦争の背後には両国の価値観の相違がある。ウイグ
ル人に対する不条理な弾圧はそのひとつである。

日米安保条約によって同盟国として結ばれている日本にとって、価値観の
闘いで、米国と共同歩調をとらない理由はない。その意味で日本の政府も
国会議員も、いま、ウイグル問題で声を上げるべきである。

トルコのサウジアラビア総領事館でジャーナリストのジャマル・カショギ
氏が殺害された。サウジ政府によるカショギ氏殺害の、人権無視の酷いや
り方はもはやどの世界にも受け入れられない。

一人のジャーナリストの殺害事件が、サウジ皇太子のムハンマド・ビン・
サルマン氏の地位を危うくしている。米国とサウジの関係に亀裂が生じ、
サウジの影響力が低下し、イスラエルとの連携も弱まり、イランが得を
し、結果として中東情勢が揺らぐ深刻な展開になりかねない。

人権問題が世界情勢を大きく左右する要素になる中で、中国はサウジより
も遙かに残酷な拷問死の山を築いてきた人権弾圧国家である。日本の政治
家が中国に抗議の声を上げない方がおかしいのである。

たとえウイグル問題がなくとも、日本政府には中国の人権弾圧について発
言しなければならない事情がある。8人もの日本人が中国にスパイとして
囚われている。彼らがスパイであるなどとは信じ難い。中国側は容疑を裏
付ける詳しい情報を全く示していない。これまでにも中国が日本人をスパ
イ容疑で拘束した事例はあるが、いずれも濡れ衣と言ってよい事例だった。

26日(本稿執筆は23日)の、実に7年ぶりの日中首脳会談で安倍晋三首相
が何を語り、何を語らないかで、これからの日中関係が決まる。首相は日
中首脳会談を望みながらも中国が首脳会談実現の条件としてつきつけた要
求に屈しなかった。中国側が欲し、日本側も欲した首脳会談でも、同じよ
うに妥協しないことが日本の国益を守る道だ。

日本側が中国側に求めるべきことは、まず第一に日本国民の人権と命を守
るという意味で、前述の8人の日本人救出である。次に尖閣諸島海域に定
期的に侵入する中国の公船について1ミリも譲らずに抗議することだろう。

そうしなければ尖閣海域における中国の行動を黙認し、中国が領土を奪う
ことを認めることになる。第三に中国の知的財産の窃盗への抗議だ。米中
貿易戦争で米国の側につく意思を示し、同時に日本が被っている損害につ
いて、これ以上許さないとの決意を示すためである。

最低限こうした点をおさえることができれば、首相の対中外交は成功だ。
それができて初めて中国に騙され続けるという長年の日中関係から脱する
ことも可能になる。

『週刊ダイヤモンド』 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1254

2018年11月03日

◆中国の正体を見誤るな

櫻井よしこ


「「新冷戦」の今、中国の正体を見誤るな」

世界はまさに「新冷戦」の時代に入っている。トランプ大統領は10月20
日、訪問先のネバダ州でアメリカは中距離核戦力(INF)全廃条約を破
棄するとこう語った。

「ロシアが我々の所にきて、また中国が我々の所にきて、口を揃えて『互
いに賢くなろう、そして我々の中の誰も、あんな武器(中距離核)を開発
するのはやめよう』と言わない限り、アメリカは(中距離核を)開発しな
ければならないだろう」

トランプ氏はさらに「ロシアが賢くなり、他国も賢くなる」こと、即ち
INFを放棄することが大事だと繰り返した。「他国」が中国を意味して
おり、その「他国」がINFを諦める可能性はほぼないと予測しているの
も、間違いないだろう。

メディアから、本当にINF全廃条約から離脱するのかと問われ、「そう
だ。離脱する(pull out)」と述べ「アメリカには7000億ドル(77兆円)
を超える軍事費がある」と強調した。中露両国を相手に、十分な核戦力を
構築できると誇示した。

INF全廃条約は、1987年にレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産
党書記長との間で締結された。核弾頭を搭載する地上発射型の、射程
500〜5500キロのミサイルを全廃するとの内容だ。やがてソ連は崩壊しロ
シアとなったが、両国は廃棄を続け、2001年には双方がINFを全廃した
と確認した。

しかし、プーチン政権が14年に「ノバトール9M729」と呼ばれる巡航ミサ
イルを開発したとき、オバマ大統領はこれをINF全廃条約違反だと断じ
た。無論ロシア側は否定したが、今回、トランプ氏はロシアの否定を認め
ず、正面からその違反行為に対抗すると宣言したわけだ。

ちなみにトランプ氏は、7月16日にヘルシンキでプーチン大統領と首脳会
談を行ったときは、INFについては殆ど理解していなかった。それがい
ま、国防総省や安全保障問題担当大統領補佐官のボルトン氏らの助言に
従ってロシアを非難する。米国の安全保障政策は専門家らによって決定さ
れているのである。

「新しいタイプの核兵器」

トランプ氏の離脱宣言で注目すべき点は、標的がロシアだけではなく、中
国も大いに問題視されていることだ。中国はINF全廃条約の当事国では
ないことを利用して、中距離核ミサイルを含む兵器を着々と開発、配備し
てきた。結果として、中距離核ミサイルを保有していないのは米国だけと
いう状況が生じた。トランプ政権を支える安全保障問題の専門家らは、こ
の点についての懸念を深めていたのである。

今回の発言が単にトランプ氏の思いつきや暴走ではなく、政権の基本政策
であったことが、昨年12月に発表された米国の「国家安全保障戦略」と、
今年2月の「核態勢の見直し」から見えてくる。前者では中露に対して
「アメリカの軍事力、影響力と国益に挑み、アメリカの安全と繁栄を侵食
しようとしている」という非難の言葉を投げかけている。

後者では、冷戦が最も激しかった時期に較べて米国は核弾頭の85%を廃棄
したとの主張を展開し、にも拘わらず、10年の「核態勢の見直し」報告以
来今日まで、「潜在敵国」(potential adversaries)による核の脅威が
高まっているとして、次のように強調した。

「米国が核兵器を削減し続けてきたこの間、中露を含む他の国々は正反対
の動きをした。彼らは新しいタイプの核兵器を作り、核戦略を充実させ、
宇宙やサイバースペースに至るまで侵略的に行動した」

非常に興味深く、また説得力もあったのが、報告書の8頁に掲載された
「2010年以降の核運搬手段」の図表である。米中露が10年以降に新たに開
発に着手した、或いは実戦配備した核運搬手段の紹介である。中露の欄に
はかなりの種類が列挙されている反面、米国の部分はほとんどが空白に
なっている。

ロシアの場合、新たに地上に配備された核ミサイルはSS27Mod2(大
陸間弾道ミサイル、ICBM)、SSC08(地上発射巡航ミサイル、
GLCM)がある。潜水艦から撃ち出される海洋配備のミサイルは
SSN32、SSN30などの4種類、空から撃ち込むものはKh102が実戦配
備されたと書かれている。

その他、開発着手済みの地上発射、潜水艦発射或いは爆撃機から撃ち込ま
れるミサイルが7種類も列挙されている。

中国も、地上発射のミサイルは実戦配備済みと開発中のものが、ロシア同
様5種類列挙され、海に関してもロシアとほぼ同じ4種類が記載されている。

一方米国は地上発射、海洋配備の新しいミサイルは10年以降、開発も配備
もしていない。米国が10年以降導入したのは戦闘機のF35Aである。

トランプ氏の決断

対照的に中国は凄まじい。核ミサイル以前に第一列島線、第二列島線を想
定済みだ。有事の際には、西太平洋に米軍の進入を許さない、台湾や尖閣
諸島攻略などの作戦の初期段階で中国が上陸し占拠して目的を達せられる
ように、米軍の進入を遅らせる戦略を描き、準備を進めてきた。

そのために彼らは非対称の戦いを考えてきた。米軍の誇る空母群に中国の
空母をあてるのでなく、弾道ミサイルを搭載した潜水艦を配備するなどが
そうである。建造費も膨大で、艦自体も巨大な空母に対して、建造費がは
るかに少なく、潜ってしまえば探知するのが非常に難しい小さな潜水艦を
あてるのである。このような考えから中国保有の潜水艦はいまや71隻もあ
る。わが国は16隻、米国は69隻である。

中国はINF条約に全く縛られることなく、すでに射程1500キロの東風
(DF)21Dを配備済みだ。これは潜水艦から発射されると、複数の弾頭
が迎撃ミサイルを回避して飛ぶため「空母キラー」として恐れられている。

他にも「DF26」ミサイルは射程3000〜5000キロ、「グアム・キラー」と
通称される。なんといっても米軍には、中露両国が保有するこれらの中距
離核ミサイルがない。

こうした事情を考えれば、トランプ氏の決断には十分な理由があると言わ
ざるを得ない。今後の展開はまだ定かではないが、米国の離脱論は消えな
いと見るべきだ。

米国の最大限の警戒心がロシアのみならず中国に向けられている現実を、
日米安保条約に依存する日本は弁(わきま)えておかなければならない。米
露、米中新冷戦は米中貿易戦争からも明らかな現実である。

英国のウィリアムソン国防相は「絶対的に揺るがぬ決意でワシントンの側
に立つ」と語った。安倍晋三首相は折りしも10月26日、日中首脳会談に臨
む。中国の本質を見誤って甘い対応をしてはならない。日本の主張をきち
んと表明することだ。

『週刊新潮』 2018年11月1日 日本ルネッサンス 第825回

2018年11月02日

◆中国の正体を見誤るな

櫻井よしこ


「「新冷戦」の今、中国の正体を見誤るな」

世界はまさに「新冷戦」の時代に入っている。トランプ大統領は10月20
日、訪問先のネバダ州でアメリカは中距離核戦力(INF)全廃条約を破
棄するとこう語った。

「ロシアが我々の所にきて、また中国が我々の所にきて、口を揃えて『互
いに賢くなろう、そして我々の中の誰も、あんな武器(中距離核)を開発
するのはやめよう』と言わない限り、アメリカは(中距離核を)開発しな
ければならないだろう」

トランプ氏はさらに「ロシアが賢くなり、他国も賢くなる」こと、即ち
INFを放棄することが大事だと繰り返した。「他国」が中国を意味して
おり、その「他国」がINFを諦める可能性はほぼないと予測しているの
も、間違いないだろう。

メディアから、本当にINF全廃条約から離脱するのかと問われ、「そう
だ。離脱する(pull out)」と述べ「アメリカには7000億ドル(77兆円)
を超える軍事費がある」と強調した。中露両国を相手に、十分な核戦力を
構築できると誇示した。

INF全廃条約は、1987年にレーガン米大統領とゴルバチョフ・ソ連共産
党書記長との間で締結された。核弾頭を搭載する地上発射型の、射程
500〜5500キロのミサイルを全廃するとの内容だ。やがてソ連は崩壊しロ
シアとなったが、両国は廃棄を続け、2001年には双方がINFを全廃した
と確認した。

しかし、プーチン政権が14年に「ノバトール9M729」と呼ばれる巡航ミサ
イルを開発したとき、オバマ大統領はこれをINF全廃条約違反だと断じ
た。無論ロシア側は否定したが、今回、トランプ氏はロシアの否定を認め
ず、正面からその違反行為に対抗すると宣言したわけだ。

ちなみにトランプ氏は、7月16日にヘルシンキでプーチン大統領と首脳会
談を行ったときは、INFについては殆ど理解していなかった。それがい
ま、国防総省や安全保障問題担当大統領補佐官のボルトン氏らの助言に
従ってロシアを非難する。米国の安全保障政策は専門家らによって決定さ
れているのである。

「新しいタイプの核兵器」

トランプ氏の離脱宣言で注目すべき点は、標的がロシアだけではなく、中
国も大いに問題視されていることだ。中国はINF全廃条約の当事国では
ないことを利用して、中距離核ミサイルを含む兵器を着々と開発、配備し
てきた。結果として、中距離核ミサイルを保有していないのは米国だけと
いう状況が生じた。トランプ政権を支える安全保障問題の専門家らは、こ
の点についての懸念を深めていたのである。

今回の発言が単にトランプ氏の思いつきや暴走ではなく、政権の基本政策
であったことが、昨年12月に発表された米国の「国家安全保障戦略」と、
今年2月の「核態勢の見直し」から見えてくる。

前者では中露に対して「アメリカの軍事力、影響力と国益に挑み、アメリ
カの安全と繁栄を侵食しようとしている」という非難の言葉を投げかけて
いる。後者では、冷戦が最も激しかった時期に較べて米国は核弾頭の85%
を廃棄したとの主張を展開し、にも拘わらず、10年の「核態勢の見直し」
報告以来今日まで、「潜在敵国」(potential adversaries)による核の
脅威が高まっているとして、次のように強調した。

「米国が核兵器を削減し続けてきたこの間、中露を含む他の国々は正反対
の動きをした。彼らは新しいタイプの核兵器を作り、核戦略を充実させ、
宇宙やサイバースペースに至るまで侵略的に行動した」

非常に興味深く、また説得力もあったのが、報告書の8頁に掲載された
「2010年以降の核運搬手段」の図表である。米中露が10年以降に新たに開
発に着手した、或いは実戦配備した核運搬手段の紹介である。中露の欄に
はかなりの種類が列挙されている反面、米国の部分はほとんどが空白に
なっている。

ロシアの場合、新たに地上に配備された核ミサイルはSS27Mod2(大
陸間弾道ミサイル、ICBM)、SSC08(地上発射巡航ミサイル、
GLCM)がある。潜水艦から撃ち出される海洋配備のミサイルは
SSN32、SSN30などの4種類、空から撃ち込むものはKh102が実戦配
備されたと書かれている。

その他、開発着手済みの地上発射、潜水艦発射或いは爆撃機から撃ち込ま
れるミサイルが7種類も列挙されている。

中国も、地上発射のミサイルは実戦配備済みと開発中のものが、ロシア同
様5種類列挙され、海に関してもロシアとほぼ同じ4種類が記載されている。

一方米国は地上発射、海洋配備の新しいミサイルは10年以降、開発も配備
もしていない。米国が10年以降導入したのは戦闘機のF35Aである。

トランプ氏の決断

対照的に中国は凄まじい。核ミサイル以前に第一列島線、第二列島線を想
定済みだ。有事の際には、西太平洋に米軍の進入を許さない、台湾や尖閣
諸島攻略などの作戦の初期段階で中国が上陸し占拠して目的を達せられる
ように、米軍の進入を遅らせる戦略を描き、準備を進めてきた。

そのために彼らは非対称の戦いを考えてきた。米軍の誇る空母群に中国の
空母をあてるのでなく、弾道ミサイルを搭載した潜水艦を配備するなどが
そうである。建造費も膨大で、艦自体も巨大な空母に対して、建造費がは
るかに少なく、潜ってしまえば探知するのが非常に難しい小さな潜水艦を
あてるのである。このような考えから中国保有の潜水艦はいまや71隻もあ
る。わが国は16隻、米国は69隻である。

中国はINF条約に全く縛られることなく、すでに射程1500キロの東風
(DF)21Dを配備済みだ。これは潜水艦から発射されると、複数の弾頭
が迎撃ミサイルを回避して飛ぶため「空母キラー」として恐れられている。

他にも「DF26」ミサイルは射程3000〜5000キロ、「グアム・キラー」と
通称される。なんといっても米軍には、中露両国が保有するこれらの中距
離核ミサイルがない。

こうした事情を考えれば、トランプ氏の決断には十分な理由があると言わ
ざるを得ない。今後の展開はまだ定かではないが、米国の離脱論は消えな
いと見るべきだ。

米国の最大限の警戒心がロシアのみならず中国に向けられている現実を、
日米安保条約に依存する日本は弁(わきま)えておかなければならない。米
露、米中新冷戦は米中貿易戦争からも明らかな現実である。

英国のウィリアムソン国防相は「絶対的に揺るがぬ決意でワシントンの側
に立つ」と語った。安倍晋三首相は折りしも10月26日、日中首脳会談に臨
む。中国の本質を見誤って甘い対応をしてはならない。日本の主張をきち
んと表明することだ。

『週刊新潮』 2018年11月1日 日本ルネッサンス 第825回

2018年11月01日

◆韓国の左翼革命政権に、妥協は無用

櫻井よしこ


親しい韓国人の友人のひとり、洪熒氏が憤って言った。

「日本の人達は文在寅政権と韓国を同一視しています。保守勢力を中心
に、多くの韓国人が文政権のやり方に怒っていることを、日本のメディア
は伝えてくれません。我々は文政権の下で起きている異常事態に、日本人
と同じくらい怒っているのです」

洪氏は現在、日本で刊行されている新聞、「統一日報」の論説主幹を務め
ているが、かつて、在日韓国大使館の公使だった。日本との関わりはかれ
これ40年になる。

10月30日、韓国大法院(最高裁)が新日鉄住金(旧新日本製鉄)に、「元
徴用工」4人への損害賠償金として4億ウォン(約4000万円)の支払いを命
じた判決、10月11日の国際観艦式に日本の海上自衛隊の旗を掲げないよう
に要求した一方で、豊臣秀吉軍を破った李舜臣(イスンシン)の旗(抗日
旗)を韓国軍艦に飾ったこと、2015年末に国際社会が注目する中で日韓両
外相が発表した、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的」な解決の蒸し返し
など、文政権の横紙破りは非常識極まる。

洪氏は、心ある韓国人は皆、文政権の暴挙を恥じている、日本の政府も国
民も、韓国国民と文政権を同一視しないで対韓政策を考えるべきで、そう
しなければ事態はますます悪い方向に進む、と懸念する。

まず、明確にしておくべき点は、今回の韓国人元労働者への補償に日本の
政府も企業も全く責任はないということだ。1965年の日韓請求権・経済協
力協定の第2条は、「国及びその国民(法人を含む)」の請求権問題は、
「完全かつ最終的に解決されたこと」を日韓両国が確認すると明記してい
る。賠償などの請求権問題は、個人のものも法人のものも全て解決済みだ
と両国政府が確認したのである。

日本政府は当時、念には念を入れて日韓間の議事録も交わした。その中
に、請求権に含まれるもの、つまり、全て解決済みとされるものは何かに
ついて八項目にわたる説明がある。戦時徴用労働者の未払い賃金と補償も
含まれており、解決済みであることを二重三重に明記している。

徴用工ではなかった

安倍晋三首相が、判決直後に間髪を入れず、「国際法に照らしてあり得な
い判断だ」と述べたのは当然なのである。一方で首相は重要なことを指摘
した。この裁判の原告4人は徴用工ではなく、「旧朝鮮半島出身の労働
者」だと語った。これこそ大事な点である。

これまで、韓国側は無論、私も含めた日本のメディアはみな、4人の原告
を「元徴用工」だとしてきた。日韓両政府もそのように呼んできた。司法
の場で徴用工と言われてきたことをそのまま信用してきたわけだ。

徴用とは「国家権力により国民を強制的に動員し、一定の業務に従事させ
ること」(広辞苑)だ。一旦発せられれば国民は拒否出来ない。

朝鮮半島での戦時労働動員には三つの形態があった。第一は1939〜41年に
企業の募集担当者が朝鮮に渡り実施した「募集」である。

第二が42年から44年9月までの期間、朝鮮総督府が各市・郡などに動員数
を割り当て、行政の責任で募集し民間企業に割り振った「官斡旋」であ
る。お役所が仲介した募集だが、職場や職種について納得いかなければ断
る自由があった。

第三が、44年9月から45年3月ごろまで発動した「徴用」である。

原告4人はいずれも募集に応じた労働者だった。4人の内の二人は43年9月
に平壌で日本製鉄(新日鉄住金の前身)の工員募集広告を見て応募し、面
接に合格して、募集担当者に引率されて渡日し、大阪製鉄所の訓練工と
なった。

もう一人は41年、大田(テジョン)市長の推薦で勤労奉仕の「報国隊」に入
り、日本製鉄の募集に応じ、担当者に引率されて渡日し、釜石製鉄所の工
員となった。

最後の一人は43年1月、群山府(現在の群山市)の指示で募集に応じ、日
本製鉄募集担当者の引率で渡日、八幡製鉄所工員となった。

つまり、4人とも徴用の始まる44年9月以前に、募集に応じて日本に働きに
来た労働者である。彼らは民間企業と契約を結んで渡日した。戦争が長引
くにつれて日本の男性の多くが徴兵され、国内産業を支える人手不足が顕
著になっていた状況の下、彼らに対する待遇は総じてよかった。

4人が徴用工ではなかったことをつきとめたのは、シンクタンク「国家基
本問題研究所」研究員で朝鮮問題の専門家、西岡力氏である。氏はこの事
実を韓国大法院の判決書で発見した。日本の常識で判断すれば、間違った
事実に基づく韓国大法院の判決は無効なはずだ。ただそう考えるのは日本
人だけで、韓国側は募集も官斡旋も全て強制的な徴用だと主張しているた
め、全く、話が通じない。

一切の妥協は不要

それでも、安倍首相が国会の場でこの事実を明らかにしたことは非常に重
要である。黒を白と言いくるめる韓国のやり方と、そのような手法を駆使
する文在寅政権のいかがわしさを、鋭く抉り出して見せたからだ。

文政権下の韓国で進行中の事態は教育、軍、司法、外交のいずれにおいて
も通常の法治国家では考えられない異常なものだ。一連の事柄は韓国がも
はや真っ当な民主主義の国などではなく、社会主義革命のまっ只中にある
と認識すれば納得がいく。

革命勢力は、秩序の全て、条約も契約も常識も紙クズのように破り捨て
る。現在、文政権が行っているのがまさしくそれだ。彼らは日本に不当な
判決をつきつけ巨額の資金をむしり取り、日本を貶めようとする。

洪氏は、革命政権の文氏が日本を不条理に責めたてるように、韓国の大半
の国民に対しても親北朝鮮社会主義革命を押しつけると指摘する。

このような文政権に対し、韓国内で反対の狼煙が上がり始めた。

「大将(ジェネラル)の会である星友会が、このままでは北朝鮮に韓国が席
巻されるとして、文政権の対北宥和策に警告を発しました。9月21日には
民間人3000人が文氏を与敵罪で告発しました。有罪になれば死刑しかない
重い告発です。

元大使の外交官らが文政権は韓国の安保体制を蹂躙しているとして『弾
劾』の声明文を発表しました。当初大使30人で始まった告発ですが、参加
希望の元大使らが次々に集まり、50人までふえました。いざとなると弱腰
の外交官でさえ、文政権に反対表明をするようになったのです。日本のメ
ディアはなぜこうした事を伝えないのでしょうか」

と洪氏は語る。

今回の「旧朝鮮半島出身労働者問題」は、このような全体像の中でとらえ
るべきで、革命志向の文政権に一切の妥協は不要なのだ。同時に日本は、
韓国が近未来には敵対する存在となることを肝に銘じ、憲法改正をはじ
め、日本の地力を強める施策を急ぐのがよい。

『週刊新潮』 2018年11月15日号 日本ルネッサンス 第827回

2018年10月31日

◆中国と対峙する米政権を日本は支えよ

櫻井よしこ


マイク・ペンス米副大統領が10月4日、アメリカの有力シンクタンクのハ
ドソン研究所で行った演説は凄まじかった。トランプ政権が中国の脅威を
どれ程深刻にとらえているか、また中国に対してどれ程厳しい戦いを展開
しようとしているかを世界に周知させた演説だった。

米中はまさに「新たなる冷戦」(米クレアモント・マッケンナ大学ケック
国際戦略研究所所長、ミンシン・ペイ氏)の中で鎬を削っていることを示
すもので、日本は政府も民間も、このアメリカの決意を十分に理解し日本
の国益につなげなければならない。

ペンス氏は演説の冒頭、ハドソン研究所中国戦略センター所長のマイケ
ル・ピルズベリー博士の名前を口にして、研究所に招かれたことに謝意を
表明している。

ピルズベリー氏は3年前に、『China2049』を世に問うた。日本語に
も訳された同書はワシントンに一大旋風を巻き起こした。著書の中で氏
は、自身が米政府の一員として長年中国と関わり、一貫して手厚い保護と
援助を中国に与えるようアメリカ政府の政策を立案してきた体験を詳述し
ている。

豊かになれば中国はアメリカのように自由で民主的な国になりたいと望む
に違いないと信じて援助してきたが、中国はアメリカの考え方や価値観に
は反対の立場であり、中国がアメリカのようになりたいと考えることなど
期待できないとの結論を下している。

自身も含めてアメリカは中国に騙されていたという痛恨の思いを、援助と
裏切りの生々しい具体例を挙げつつ、氏はこれでもかこれでもかとばかり
書き連ねたのだ。

ピルズベリー氏の個人名を敢えて演説冒頭で口にしたペンス氏は、明らか
にピルズベリー氏の中国体験に学んでいると考えてよいだろう。

余談だが、ピルズベリー氏を最初に日本に招いたのは、私の主宰するシン
クタンク、「国家基本問題研究所」である。2010年の国際セミナー、「イ
ンド洋の覇権争い・21世紀の大戦略と日米同盟」で日米中印の国際会議を
開催し、副理事長・田久保忠衛氏の長年の友人である中国専門家のピルズ
ベリー氏に声をかけたのだ。

トランプ氏の本心

ペンス氏はトランプ大統領と習近平国家主席は過去2年足らずの間に「強
い個人的絆」を築いたと語る一方で、「今日、私は米国民が知るべきこと
を語りに来た」として、「北京は国ぐるみであらゆる政治的、経済的、軍
事的手段を使い、さらに宣伝戦を通して米国内で影響力を強め中国の国益
につなげようとしている」と、約1時間にわたって強烈な非難の言葉を連
ねた。

現在のアメリカの対中政策はトランプ大統領が昨年12月に発表した「国家
安全保障戦略」で明らかなように、それ以前の政権の対中政策とは異なる
と、ペンス氏は強調する。

右の戦略を現場の戦術に置き換えて説明した「国家防衛戦略」は、中国と
ロシアの脅威を、「略奪的経済政策」「周辺諸国を恫喝し続ける」などの
強い表現で非難し、アメリカの敵は、「テロではなく、中露両国」だと位
置づけ、とりわけ中国に対する警戒心を強く打ち出す内容だった。

ここで、多くの人は疑問を抱くに違いない。この戦略報告の前には、トラ
ンプ氏は習氏をカリフォルニアの自身の別荘、マララーゴに招き(昨年4
月6日)、その後の11月8日にはトランプ氏が北京を訪れ、歯の浮くような
賞賛の言葉を習氏に贈った。また、戦略報告の後、今年に入ってからは中
国に制裁的関税をかける一方で、北朝鮮の非核化を巡って中国の助力を期
待し、またもや習氏を度々ほめ上げた。トランプ氏の本心はどこにあるの
か、と迷うのは当然だ。

トランプ氏の言葉と行動が往々にして一致しないために、アメリカの対中
政策の真実が何処にあるのかを測りにくいのは確かだが、この2年間の
「実績」を辿っていくと、トランプ政権はいま、本気で中国と対峙しよう
としていると見てよいだろう。

ペンス氏は、アメリカも賛成して中国を世界貿易機関(WTO)に参加さ
せたのが2001年であり、これまでの17年間にアメリカは中国に巨額の投資
を行い、その結果中国のGDPは9倍に成長したと説明する。

他方、中国共産党は、自由で公正な競争というアメリカが大切にする価値
観とは相容れない関税、割当、自国産業への不公正な補助金、為替操作、
企業への強制的技術移転の要求、知的財産の窃盗などの不公正な手段で応
じてきたとし、いま、「中国製造2025」というスローガンを掲げて、25年
までに世界の最先端産業の90%を中国がコントロールしようとしていると
論難する。

ロボット、バイオ、人工知能

ペンス氏は具体的にロボット、バイオ、人工知能の分野を挙げて、中国が
アメリカに対して優位に立ち、支配を確立するために、如何なる手段を講
じてもアメリカの技術や知的財産を盗み取ろうとしていると、強く反発した。

軍事的にも、中国はかつてない程大胆な挑戦を続けているとして、日本が
施政権をもつ尖閣諸島の事例にまっ先に触れた。南シナ海でアメリカの
イージス駆逐艦「ディケーター」が「航行の自由」作戦を行っていると、
中国海軍の駆逐艦が40メートルの近さにまで異常接近した事例にも言及
し、アメリカはこんなことには屈しないと息巻いた。

中国の言論弾圧、宗教弾圧にも具体的に触れ、国民全員を監視する中国
は、社会をジョージ・オーウェルの世界にしようとしているのだと喝破した。

貧しい発展途上の国々を借金漬けにして、港や鉄道などのインフラを取り
上げてしまう債務の罠についても豊富な具体例を列挙して中国の手法を非
難した。

また、アメリカに対しては、アメリカ国民に影響を与え、トランプ氏以外
の大統領を選ばせようと情報工作をしており、中国政府が「米国社会分断
のために、正確かつ注意深い打撃を加えるよう」指示を出していると語っ
ている。そのために、自由の国アメリカに、中国はラジオ局を30局以上設
立し、中国のテレビ放送は7500万人の視聴者を獲得している、その影響は
大きいと警告する。

中国の許容し難い点をおよそすべて列挙して、トランプ政権はアメリカの
国益を中国の略奪的行動から守る決意だと、ペンス氏は強調した。どう考
えても、アメリカの価値観と中国のそれは合致しない。突き詰めれば突き
詰める程、相違は大きくなる。米中の冷戦は長期化するとの前提に立っ
て、アメリカと歩調を合わせる局面である。それが日本の国益につなが
る。トランプ氏の言葉に惑わされず、アメリカ政府の政策をじっと見るべ
きときだ。

『週刊新潮』 2018年10月18日号 日本ルネッサンス 第823回

2018年10月30日

◆首相は中国の人権問題に言及せよ

櫻井よしこ


米中新冷戦が深まりつつある。

10月10日、米共和党上院議員のマルコ・ルビオ氏と同党下院議員のクリ
ス・スミス氏が「中国に関する議会・行政府委員会」の年次報告書を発表
した。

ルビオ氏らは中国政府が100万人以上の少数民族、とりわけウイグル人を
再教育施設に強制的に収容している、中国は北朝鮮と並ぶ弾圧国家で、南
アフリカのアパルトヘイトさながらの人種差別国家であると激しく非難した。

さらに、習近平国家主席の下で人権を巡る状況は幾何級数的に悪化してお
り、2022年に予定されている北京での冬季五輪開催を見直すよう国際オリ
ンピック委員会に申し入れ、獄中にある経済学者のイリハム・トフティ氏
を来年のノーベル平和賞候補に推薦する予定だと語った。

318頁に上る大部の報告書は、中国は経済大国になっても一党独裁をやめ
ず、民主化もしない国だと、歴史的経緯を辿りながら告発している。その
ような国に対してアメリカは、「常に政治犯について言及せよ」、「米中
2国間協議では必ず人権を議題に加えよ」、「相互主義を強調せよ」など
と17項目にわたって、中国との戦い方を詳述している。

報告書の約半分が人権問題に割かれ、人権弾圧の具体例が列挙された。
ぎっしりと書き込まれた中に、世界ウイグル会議総裁のドルクン・エイサ
氏の母、アヤン・メメットさん(78歳)が、今年5月収容所で亡くなった
ことも記されていた。

エイサ氏が世界ウイグル会議の事務総長を務めていた2012年、私はシンク
タンク「国家基本問題研究所」の「アジアの自由と民主化のうねり 日本
は何をなすべきか」と題した国際シンポジウムに、ウイグル、チベット、
モンゴルの三民族の代表を招いた。そのとき、世界ウイグル会議を代表し
て参加したのがエイサ氏だった。氏は中国から逃れ、ドイツ国籍を取得し
て、現在ドイツに住んでいる。

息子が海外で中国政府を非難しているという理由で、78歳の母を中国は収
容所に追いやるのである。エイサ氏を罰するためであるのは明らかで、高
齢のメメットさんは劣悪な環境の中で息絶えた。他の多くの高齢者たち、
幼い子供たち、病気を患っている人々も収容所で次々に命を落としてい
く。年次報告書はそうした事例を生々しく書き連ねている。

メメットさんは人生の最後の段階でどれほどの苦しみを味わったことだろ
うか。エイサ氏の悲しみと怒りは如何ばかりか。国際社会はこのような仕
打ちを許さない。ルビオ氏らは習近平政権によるウイグル人らイスラム教
徒弾圧を、「人道に対する罪」ととらえて糾弾を続けている。

対中強硬策

ルビオ氏らが記者会見した同じ日に、米司法省も対中強硬策に踏み切っ
た。中国の情報機関である国家安全省の幹部、シュ・ヤンジュン氏を起訴
したのだ。彼は4月1日にベルギーで逮捕、収監されていたが、米国の要求
で10月9日、米国に引き渡された。日本ではあまり報じられなかったが、
この事件は米中関係を大きく変えるものとして専門家の間で注目された。

産経新聞外信部次長で中国問題専門家の矢板明夫氏が語る。

「米国が第三国に中国人犯罪者の引き渡しを要求したのは、これが初めて
です。米国が引き渡し条約を結んでいる国では、今後、中国は諜報活動が
できなくなるわけです。中国は極めて深刻にとらえていると思います」

矢板氏の説明はざっと以下のとおりだ。シュ氏は2013年12月頃からGEア
ビエーションなどに狙いを定め、技術者らを費用丸抱えで中国に招き、最
新技術の窃盗につなげようとした。GEアビエーションはGEの子会社だ
が、他にも航空産業最大手の企業など数社が工作対象にされていたという。

矢板氏はなぜシュ氏がベルギーに行き、逮捕されたかに注目する。シュ氏
を監視していたアメリカの情報工作員が、今年春、ベルギーでアメリカの
技術者に会い情報を盗むという話を持ちかけ、シュ氏を呼び出すことに成
功したのだという。アメリカがシュ氏をおびき出したのだ。それだけ積極
的に攻めの手を打って、中国人スパイを摘発したのはなぜか。

現在進行中の米中貿易戦争では、アメリカは主に三つの要求を中国に突き
付けている。➀為替操作の禁止、➁アメリカを含む諸外国の情報や技術の窃
盗の禁止、➂労働者を安い賃金で働かせる奴隷労働の禁止である。

産業スパイ活動

右の三要素によって中国は輸出製品を安く製造し、アメリカをはじめ世界
の強豪と競っているが、これこそ途方もなく不公正、不公平だと、トラン
プ大統領は考えている。だからトランプ氏は中国製品に制裁関税をかける
のだ。

三つの要求のうち・が不可能になれば、独自の技術を生み出す能力がない
中国は壊滅的打撃を受ける。中国の製品はおよそ全て、日本やアメリカな
どから奪った技術により製造されており、中国は経済的に行き詰まる。

トランプ政権はまさにそこを狙っているのである。シュ氏をアメリカに連
行し、中国の産業スパイ活動は断じて許さないという強い姿勢を誇示した
のと同じ日、トランプ政権は対米投資規制の詳細を発表した。

8月には外資によるアメリカへの投資を規制する新たな法律が成立してい
たが、航空エンジン・部品、アルミニウム精錬、石油化学、ナノテクノロ
ジーなど、情報通信や軍事などの27産業にわたって米企業を保護する内容
だ。たとえ少額出資であっても、外資は事前に申請しなければならない。
その意図は明らかに中国マネーから米企業を守ることである。

こうした矢継早の措置を10月4日のペンス副大統領の厳しい演説に重ねる
と、米国が中国に対してどれほど強い警戒心を抱いているか、明白に見て
とれる。

そしていま、米議会がウイグル人に対する中国の人権弾圧を「人道に対す
る罪」として糾弾しているのである。同盟国の日本が米国と同一歩調を取
るべき場面である。

他方、中国は日本に的を絞って微笑外交を展開中だ。天安門事件の当時を
想い出す。世界から経済制裁を受け、追い詰められた中国は、「制裁の環
の最も弱い部分」が日本だと見定めて微笑外交を展開、日本はまっ先に制
裁を解除し、天皇皇后両陛下にご訪中をお願いした。中国は日本を利用し
て世界の制裁を打ち破り、その後、尖閣諸島を中国領とする法律を作るな
ど、今日の横暴な中国の正体を見せ始めた。

日本は同じ間違いを犯してはならない。安倍首相は、いまこそ米国とより
強く協調せよ。今月の訪中では、首相はウイグル人弾圧について言及する
ことを避けてはならない。

『週刊新潮』 2018年10月25日号 日本ルネッサンス 第824回

2018年10月29日

◆中国と対峙する米政権を

櫻井よしこ


「中国と対峙する米政権を日本は支えよ」

マイク・ペンス米副大統領が10月4日、アメリカの有力シンクタンクのハ
ドソン研究所で行った演説は凄まじかった。トランプ政権が中国の脅威を
どれ程深刻にとらえているか、また中国に対してどれ程厳しい戦いを展開
しようとしているかを世界に周知させた演説だった。

米中はまさに「新たなる冷戦」(米クレアモント・マッケンナ大学ケック
国際戦略研究所所長、ミンシン・ペイ氏)の中で鎬を削っていることを示
すもので、日本は政府も民間も、このアメリカの決意を十分に理解し日本
の国益につなげなければならない。

ペンス氏は演説の冒頭、ハドソン研究所中国戦略センター所長のマイケ
ル・ピルズベリー博士の名前を口にして、研究所に招かれたことに謝意を
表明している。

ピルズベリー氏は3年前に、『China2049』を世に問うた。日本語に
も訳された同書はワシントンに一大旋風を巻き起こした。著書の中で氏
は、自身が米政府の一員として長年中国と関わり、一貫して手厚い保護と
援助を中国に与えるようアメリカ政府の政策を立案してきた体験を詳述し
ている。

豊かになれば中国はアメリカのように自由で民主的な国になりたいと望む
に違いないと信じて援助してきたが、中国はアメリカの考え方や価値観に
は反対の立場であり、中国がアメリカのようになりたいと考えることなど
期待できないとの結論を下している。自身も含めてアメリカは中国に騙さ
れていたという痛恨の思いを、援助と裏切りの生々しい具体例を挙げつ
つ、氏はこれでもかこれでもかとばかり書き連ねたのだ。

ピルズベリー氏の個人名を敢えて演説冒頭で口にしたペンス氏は、明らか
にピルズベリー氏の中国体験に学んでいると考えてよいだろう。

余談だが、ピルズベリー氏を最初に日本に招いたのは、私の主宰するシン
クタンク、「国家基本問題研究所」である。2010年の国際セミナー、「イ
ンド洋の覇権争い・21世紀の大戦略と日米同盟」で日米中印の国際会議を
開催し、副理事長・田久保忠衛氏の長年の友人である中国専門家のピルズ
ベリー氏に声をかけたのだ。

トランプ氏の本心

ペンス氏はトランプ大統領と習近平国家主席は過去2年足らずの間に「強
い個人的絆」を築いたと語る一方で、「今日、私は米国民が知るべきこと
を語りに来た」として、「北京は国ぐるみであらゆる政治的、経済的、軍
事的手段を使い、さらに宣伝戦を通して米国内で影響力を強め中国の国益
につなげようとしている」と、約1時間にわたって強烈な非難の言葉を連
ねた。

現在のアメリカの対中政策はトランプ大統領が昨年12月に発表した「国家
安全保障戦略」で明らかなように、それ以前の政権の対中政策とは異なる
と、ペンス氏は強調する。

右の戦略を現場の戦術に置き換えて説明した「国家防衛戦略」は、中国と
ロシアの脅威を、「略奪的経済政策」「周辺諸国を恫喝し続ける」などの
強い表現で非難し、アメリカの敵は、「テロではなく、中露両国」だと位
置づけ、とりわけ中国に対する警戒心を強く打ち出す内容だった。

ここで、多くの人は疑問を抱くに違いない。この戦略報告の前には、トラ
ンプ氏は習氏をカリフォルニアの自身の別荘、マララーゴに招き(昨年4
月6日)、その後の11月8日にはトランプ氏が北京を訪れ、歯の浮くような
賞賛の言葉を習氏に贈った。また、戦略報告の後、今年に入ってからは中
国に制裁的関税をかける一方で、北朝鮮の非核化を巡って中国の助力を期
待し、またもや習氏を度々ほめ上げた。トランプ氏の本心はどこにあるの
か、と迷うのは当然だ。

トランプ氏の言葉と行動が往々にして一致しないために、アメリカの対中
政策の真実が何処にあるのかを測りにくいのは確かだが、この2年間の
「実績」を辿っていくと、トランプ政権はいま、本気で中国と対峙しよう
としていると見てよいだろう。

ペンス氏は、アメリカも賛成して中国を世界貿易機関(WTO)に参加さ
せたのが2001年であり、これまでの17年間にアメリカは中国に巨額の投資
を行い、その結果中国のGDPは9倍に成長したと説明する。

他方、中国共産党は、自由で公正な競争というアメリカが大切にする価値
観とは相容れない関税、割当、自国産業への不公正な補助金、為替操作、
企業への強制的技術移転の要求、知的財産の窃盗などの不公正な手段で応
じてきたとし、いま、「中国製造2025」というスローガンを掲げて、25年
までに世界の最先端産業の90%を中国がコントロールしようとしていると
論難する。

ロボット、バイオ、人工知能

ペンス氏は具体的にロボット、バイオ、人工知能の分野を挙げて、中国が
アメリカに対して優位に立ち、支配を確立するために、如何なる手段を講
じてもアメリカの技術や知的財産を盗み取ろうとしていると、強く反発した。

軍事的にも、中国はかつてない程大胆な挑戦を続けているとして、日本が
施政権をもつ尖閣諸島の事例にまっ先に触れた。南シナ海でアメリカの
イージス駆逐艦「ディケーター」が「航行の自由」作戦を行っていると、
中国海軍の駆逐艦が40メートルの近さにまで異常接近した事例にも言及
し、アメリカはこんなことには屈しないと息巻いた。

中国の言論弾圧、宗教弾圧にも具体的に触れ、国民全員を監視する中国
は、社会をジョージ・オーウェルの世界にしようとしているのだと喝破した。

貧しい発展途上の国々を借金漬けにして、港や鉄道などのインフラを取り
上げてしまう債務の罠についても豊富な具体例を列挙して中国の手法を非
難した。

また、アメリカに対しては、アメリカ国民に影響を与え、トランプ氏以外
の大統領を選ばせようと情報工作をしており、中国政府が「米国社会分断
のために、正確かつ注意深い打撃を加えるよう」指示を出していると語っ
ている。そのために、自由の国アメリカに、中国はラジオ局を30局以上設
立し、中国のテレビ放送は7500万人の視聴者を獲得している、その影響は
大きいと警告する。

中国の許容し難い点をおよそすべて列挙して、トランプ政権はアメリカの
国益を中国の略奪的行動から守る決意だと、ペンス氏は強調した。どう考
えても、アメリカの価値観と中国のそれは合致しない。突き詰めれば突き
詰める程、相違は大きくなる。米中の冷戦は長期化するとの前提に立っ
て、アメリカと歩調を合わせる局面である。それが日本の国益につなが
る。トランプ氏の言葉に惑わされず、アメリカ政府の政策をじっと見るべ
きときだ。
『週刊新潮』 2018年10月18日号 日本ルネッサンス 第823回


2018年10月28日

◆米中対立は中長期にわたり本格化する

                          櫻井よしこ


「米中対立は中長期にわたり本格化する 日米の連携を一層強めていくの
がよい」

米国が遂に中国の本性に気づいた──。10月4日、マイク・ペンス米副大統
領が有力シンクタンク「ハドソン研究所」で行った演説のメッセージがこ
れだった。

米国の「覚醒」は遅すぎるとも思えるが、それでも彼らが中国の長期的国
家戦略の意図を正しく認識するのは日本にとって歓迎すべきことだ。

ペンス氏は約1時間、およそ全分野にわたって中国批判を展開した。不公
正貿易、知的財産の窃盗、弱小国への債務の罠、狡猾な米中間選挙への介
入、豊富な資金による米言論機関、シンクタンク、大学、研究者への影響
力行使、米国世論を動かす中国メディアの一方的情報、さらに、南シナ
海、インド洋、太平洋での軍事的席巻など、ペンス氏は果てしなく具体例
を挙げた。

諸外国だけでなく自国民にも苛烈な圧力を中国共産党は加え2020年までに
ジョージ・オーウェル的社会の実現を目論んでいるとも非難した。

この一連の異常な中国の行動を見逃す時代はもはや終わりだと、トランプ
政権の決意を、ペンス氏は語ったのだ。米国はいまや対中新冷戦に突入し
たと考えてよいだろう。

とりわけ印象深いのは、演説でペンス氏がマイケル・ピルズベリーという
名前に二度、言及したことだ。現在ハドソン研究所の中国戦略センター所
長を務めるピルズベリー氏は1969年、大学院生のときにCIA(米中央情
報局)にスカウトされ、以来、CIA要員として中国問題に関わってきた。

親中派の中の親中派を自任する氏は3年前、ベストセラーとなった
『China 2049』を書いて、自分は中国に騙されていたと告白し、氏
がそのほぼ一生を費やして研究した中国人の考え方を詳述した。中国人
は、米国を横暴な暴君ととらえ、中国の最終決戦の相手だと認識している
が、米国はそのことをほとんど理解しておらず、むしろ中国は米国のよう
な国になりたいと憧れていると勝手に思い込み、結果として騙され続けて
きたというのだ。

一例として氏は米中接近の事例を示している。私たちは、米中接近はニク
ソン大統領が旧ソ連を孤立させるために中国を取り込んだ大戦略だと理解
してきた。しかしピルズベリー氏の見方は異なる。60年代末に中国は国境
を巡ってソ連と対立、新疆国境でソ連軍と大規模な衝突を起こした。軍の
タカ派の元帥らはソ連に対して米国カードを使うべきだ、台湾問題を不問
にしても米国に接近すべきだと毛沢東に進言、毛はそれを受け入れたという。

ニクソン大統領の訪中で、米中関係は劇的に改善されたが、それは中国が
支援と保護を必要とする無力な嘆願者を装い、武器装備をはじめ、中国が
対立していたインドやソ連の情報まで、世界が驚く程の貴重な支援を米国
から手に入れた構図だったと、ピルズベリー氏は明かしている。

明らかに中国は米国の力を借りて力をつけた。それは彼らが日本から膨大
な額のODA(政府開発援助)をせしめ、鉄鋼をはじめとする基幹産業技
術を移転してもらって力をつけたのと同じ構図だ。

ピルズベリー氏はさらに中ソ関係も分析した。中国はソ連に対しても米国
に対するのと同様に弱い国を演じて最大限の援助を受け、力をつけ、最終
的に米国の側につくことでソ連と訣別し、ソ連を潰したというのだ。

そしていま、中国は米国に対しても覇権を目指す意図を隠さなくなった。
米国がもはや太刀打ちできないところまで、状況は中国有利に変化したと
中国が判断した結果だというのだ。ペンス氏もそのピルズベリー氏の分析
を共有しているのであろう。それがハドソン研究所でのスピーチではない
か。米中の対立は中・長期にわたり本格化していくと考えるひとつの理由
である。導き出される結論は日米連携を一層強めるのが日本の国益だとい
うことだ。

週刊ダイヤモンド 2018年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1252

2018年10月27日

◆首相は中国の人権問題に言及せよ

櫻井よしこ


米中新冷戦が深まりつつある。

10月10日、米共和党上院議員のマルコ・ルビオ氏と同党下院議員のクリ
ス・スミス氏が「中国に関する議会・行政府委員会」の年次報告書を発表
した。

ルビオ氏らは中国政府が100万人以上の少数民族、とりわけウイグル人を
再教育施設に強制的に収容している、中国は北朝鮮と並ぶ弾圧国家で、南
アフリカのアパルトヘイトさながらの人種差別国家であると激しく非難した。

さらに、習近平国家主席の下で人権を巡る状況は幾何級数的に悪化してお
り、2022年に予定されている北京での冬季五輪開催を見直すよう国際オリ
ンピック委員会に申し入れ、獄中にある経済学者のイリハム・トフティ氏
を来年のノーベル平和賞候補に推薦する予定だと語った。

318頁に上る大部の報告書は、中国は経済大国になっても一党独裁をやめ
ず、民主化もしない国だと、歴史的経緯を辿りながら告発している。その
ような国に対してアメリカは、「常に政治犯について言及せよ」、「米中
2国間協議では必ず人権を議題に加えよ」、「相互主義を強調せよ」など
と17項目にわたって、中国との戦い方を詳述している。

報告書の約半分が人権問題に割かれ、人権弾圧の具体例が列挙された。
ぎっしりと書き込まれた中に、世界ウイグル会議総裁のドルクン・エイサ
氏の母、アヤン・メメットさん(78歳)が、今年5月収容所で亡くなった
ことも記されていた。

エイサ氏が世界ウイグル会議の事務総長を務めていた2012年、私はシンク
タンク「国家基本問題研究所」の「アジアの自由と民主化のうねり 日本
は何をなすべきか」と題した国際シンポジウムに、ウイグル、チベット、
モンゴルの三民族の代表を招いた。そのとき、世界ウイグル会議を代表し
て参加したのがエイサ氏だった。氏は中国から逃れ、ドイツ国籍を取得し
て、現在ドイツに住んでいる。

息子が海外で中国政府を非難しているという理由で、78歳の母を中国は収
容所に追いやるのである。エイサ氏を罰するためであるのは明らかで、高
齢のメメットさんは劣悪な環境の中で息絶えた。他の多くの高齢者たち、
幼い子供たち、病気を患っている人々も収容所で次々に命を落としてい
く。年次報告書はそうした事例を生々しく書き連ねている。

メメットさんは人生の最後の段階でどれほどの苦しみを味わったことだろ
うか。エイサ氏の悲しみと怒りは如何ばかりか。国際社会はこのような仕
打ちを許さない。ルビオ氏らは習近平政権によるウイグル人らイスラム教
徒弾圧を、「人道に対する罪」ととらえて糾弾を続けている。

対中強硬策

ルビオ氏らが記者会見した同じ日に、米司法省も対中強硬策に踏み切っ
た。中国の情報機関である国家安全省の幹部、シュ・ヤンジュン氏を起訴
したのだ。彼は4月1日にベルギーで逮捕、収監されていたが、米国の要求
で10月9日、米国に引き渡された。日本ではあまり報じられなかったが、
この事件は米中関係を大きく変えるものとして専門家の間で注目された。

産経新聞外信部次長で中国問題専門家の矢板明夫氏が語る。

「米国が第三国に中国人犯罪者の引き渡しを要求したのは、これが初めて
です。米国が引き渡し条約を結んでいる国では、今後、中国は諜報活動が
できなくなるわけです。中国は極めて深刻にとらえていると思います」

矢板氏の説明はざっと以下のとおりだ。シュ氏は2013年12月頃からGEア
ビエーションなどに狙いを定め、技術者らを費用丸抱えで中国に招き、最
新技術の窃盗につなげようとした。GEアビエーションはGEの子会社だ
が、他にも航空産業最大手の企業など数社が工作対象にされていたという。

矢板氏はなぜシュ氏がベルギーに行き、逮捕されたかに注目する。シュ氏
を監視していたアメリカの情報工作員が、今年春、ベルギーでアメリカの
技術者に会い情報を盗むという話を持ちかけ、シュ氏を呼び出すことに成
功したのだという。アメリカがシュ氏をおびき出したのだ。それだけ積極
的に攻めの手を打って、中国人スパイを摘発したのはなぜか。

現在進行中の米中貿易戦争では、アメリカは主に三つの要求を中国に突き
付けている。➀為替操作の禁止、➁アメリカを含む諸外国の情報や技術の窃
盗の禁止、➂労働者を安い賃金で働かせる奴隷労働の禁止である。

産業スパイ活動

右の三要素によって中国は輸出製品を安く製造し、アメリカをはじめ世界
の強豪と競っているが、これこそ途方もなく不公正、不公平だと、トラン
プ大統領は考えている。だからトランプ氏は中国製品に制裁関税をかける
のだ。

三つの要求のうち・が不可能になれば、独自の技術を生み出す能力がない
中国は壊滅的打撃を受ける。中国の製品はおよそ全て、日本やアメリカな
どから奪った技術により製造されており、中国は経済的に行き詰まる。

トランプ政権はまさにそこを狙っているのである。シュ氏をアメリカに連
行し、中国の産業スパイ活動は断じて許さないという強い姿勢を誇示した
のと同じ日、トランプ政権は対米投資規制の詳細を発表した。

8月には外資によるアメリカへの投資を規制する新たな法律が成立してい
たが、航空エンジン・部品、アルミニウム精錬、石油化学、ナノテクノロ
ジーなど、情報通信や軍事などの27産業にわたって米企業を保護する内容
だ。たとえ少額出資であっても、外資は事前に申請しなければならない。
その意図は明らかに中国マネーから米企業を守ることである。

こうした矢継早の措置を10月4日のペンス副大統領の厳しい演説に重ねる
と、米国が中国に対してどれほど強い警戒心を抱いているか、明白に見て
とれる。

そしていま、米議会がウイグル人に対する中国の人権弾圧を「人道に対す
る罪」として糾弾しているのである。同盟国の日本が米国と同一歩調を取
るべき場面である。

他方、中国は日本に的を絞って微笑外交を展開中だ。天安門事件の当時を
想い出す。世界から経済制裁を受け、追い詰められた中国は、「制裁の環
の最も弱い部分」が日本だと見定めて微笑外交を展開、日本はまっ先に制
裁を解除し、天皇皇后両陛下にご訪中をお願いした。中国は日本を利用し
て世界の制裁を打ち破り、その後、尖閣諸島を中国領とする法律を作るな
ど、今日の横暴な中国の正体を見せ始めた。

日本は同じ間違いを犯してはならない。安倍首相は、いまこそ米国とより
強く協調せよ。今月の訪中では、首相はウイグル人弾圧について言及する
ことを避けてはならない。

『週刊新潮』 2018年10月25日号 日本ルネッサンス 第824回


 

2018年10月26日

◆首相は中国の人権問題に言及せよ

櫻井よしこ


「首相は中国の人権問題に言及せよ」

米中新冷戦が深まりつつある。

10月10日、米共和党上院議員のマルコ・ルビオ氏と同党下院議員のクリ
ス・スミス氏が「中国に関する議会・行政府委員会」の年次報告書を発表
した。

ルビオ氏らは中国政府が100万人以上の少数民族、とりわけウイグル人を
再教育施設に強制的に収容している、中国は北朝鮮と並ぶ弾圧国家で、南
アフリカのアパルトヘイトさながらの人種差別国家であると激しく非難した。

さらに、習近平国家主席の下で人権を巡る状況は幾何級数的に悪化してお
り、2022年に予定されている北京での冬季五輪開催を見直すよう国際オリ
ンピック委員会に申し入れ、獄中にある経済学者のイリハム・トフティ氏
を来年のノーベル平和賞候補に推薦する予定だと語った。

318頁に上る大部の報告書は、中国は経済大国になっても一党独裁をやめ
ず、民主化もしない国だと、歴史的経緯を辿りながら告発している。その
ような国に対してアメリカは、「常に政治犯について言及せよ」、「米中
2国間協議では必ず人権を議題に加えよ」、「相互主義を強調せよ」など
と17項目にわたって、中国との戦い方を詳述している。

報告書の約半分が人権問題に割かれ、人権弾圧の具体例が列挙された。
ぎっしりと書き込まれた中に、世界ウイグル会議総裁のドルクン・エイサ
氏の母、アヤン・メメットさん(78歳)が、今年5月収容所で亡くなった
ことも記されていた。

エイサ氏が世界ウイグル会議の事務総長を務めていた2012年、私はシンク
タンク「国家基本問題研究所」の「アジアの自由と民主化のうねり 日本
は何をなすべきか」と題した国際シンポジウムに、ウイグル、チベット、
モンゴルの三民族の代表を招いた。そのとき、世界ウイグル会議を代表し
て参加したのがエイサ氏だった。氏は中国から逃れ、ドイツ国籍を取得し
て、現在ドイツに住んでいる。

息子が海外で中国政府を非難しているという理由で、78歳の母を中国は収
容所に追いやるのである。エイサ氏を罰するためであるのは明らかで、高
齢のメメットさんは劣悪な環境の中で息絶えた。他の多くの高齢者たち、
幼い子供たち、病気を患っている人々も収容所で次々に命を落としてい
く。年次報告書はそうした事例を生々しく書き連ねている。

メメットさんは人生の最後の段階でどれほどの苦しみを味わったことだろ
うか。エイサ氏の悲しみと怒りは如何ばかりか。国際社会はこのような仕
打ちを許さない。ルビオ氏らは習近平政権によるウイグル人らイスラム教
徒弾圧を、「人道に対する罪」ととらえて糾弾を続けている。

対中強硬策

ルビオ氏らが記者会見した同じ日に、米司法省も対中強硬策に踏み切っ
た。中国の情報機関である国家安全省の幹部、シュ・ヤンジュン氏を起訴
したのだ。彼は4月1日にベルギーで逮捕、収監されていたが、米国の要求
で10月9日、米国に引き渡された。日本ではあまり報じられなかったが、
この事件は米中関係を大きく変えるものとして専門家の間で注目された。

産経新聞外信部次長で中国問題専門家の矢板明夫氏が語る。

「米国が第三国に中国人犯罪者の引き渡しを要求したのは、これが初めて
です。米国が引き渡し条約を結んでいる国では、今後、中国は諜報活動が
できなくなるわけです。中国は極めて深刻にとらえていると思います」

矢板氏の説明はざっと以下のとおりだ。シュ氏は2013年12月頃からGEア
ビエーションなどに狙いを定め、技術者らを費用丸抱えで中国に招き、最
新技術の窃盗につなげようとした。GEアビエーションはGEの子会社だ
が、他にも航空産業最大手の企業など数社が工作対象にされていたという。

矢板氏はなぜシュ氏がベルギーに行き、逮捕されたかに注目する。シュ氏
を監視していたアメリカの情報工作員が、今年春、ベルギーでアメリカの
技術者に会い情報を盗むという話を持ちかけ、シュ氏を呼び出すことに成
功したのだという。アメリカがシュ氏をおびき出したのだ。それだけ積極
的に攻めの手を打って、中国人スパイを摘発したのはなぜか。

現在進行中の米中貿易戦争では、アメリカは主に三つの要求を中国に突き
付けている。➀為替操作の禁止、➁アメリカを含む諸外国の情報や技術の窃
盗の禁止、➂労働者を安い賃金で働かせる奴隷労働の禁止である。

産業スパイ活動

右の三要素によって中国は輸出製品を安く製造し、アメリカをはじめ世界
の強豪と競っているが、これこそ途方もなく不公正、不公平だと、トラン
プ大統領は考えている。だからトランプ氏は中国製品に制裁関税をかける
のだ。

三つの要求のうち・が不可能になれば、独自の技術を生み出す能力がない
中国は壊滅的打撃を受ける。中国の製品はおよそ全て、日本やアメリカな
どから奪った技術により製造されており、中国は経済的に行き詰まる。

トランプ政権はまさにそこを狙っているのである。シュ氏をアメリカに連
行し、中国の産業スパイ活動は断じて許さないという強い姿勢を誇示した
のと同じ日、トランプ政権は対米投資規制の詳細を発表した。

8月には外資によるアメリカへの投資を規制する新たな法律が成立してい
たが、航空エンジン・部品、アルミニウム精錬、石油化学、ナノテクノロ
ジーなど、情報通信や軍事などの27産業にわたって米企業を保護する内容
だ。たとえ少額出資であっても、外資は事前に申請しなければならない。
その意図は明らかに中国マネーから米企業を守ることである。

こうした矢継早の措置を10月4日のペンス副大統領の厳しい演説に重ねる
と、米国が中国に対してどれほど強い警戒心を抱いているか、明白に見て
とれる。

そしていま、米議会がウイグル人に対する中国の人権弾圧を「人道に対す
る罪」として糾弾しているのである。同盟国の日本が米国と同一歩調を取
るべき場面である。

他方、中国は日本に的を絞って微笑外交を展開中だ。天安門事件の当時を
想い出す。世界から経済制裁を受け、追い詰められた中国は、「制裁の環
の最も弱い部分」が日本だと見定めて微笑外交を展開、日本はまっ先に制
裁を解除し、天皇皇后両陛下にご訪中をお願いした。中国は日本を利用し
て世界の制裁を打ち破り、その後、尖閣諸島を中国領とする法律を作るな
ど、今日の横暴な中国の正体を見せ始めた。

日本は同じ間違いを犯してはならない。安倍首相は、いまこそ米国とより
強く協調せよ。今月の訪中では、首相はウイグル人弾圧について言及する
ことを避けてはならない。

『週刊新潮』 2018年10月25日号 日本ルネッサンス 第824回

2018年10月25日

◆米中対立は中長期にわたり本格化する

櫻井よしこ


「米中対立は中長期にわたり本格化する 日米の連携を一層強めていくの
がよい」

米国が遂に中国の本性に気づいた──。10月4日、マイク・ペンス米副大統
領が有力シンクタンク「ハドソン研究所」で行った演説のメッセージがこ
れだった。

米国の「覚醒」は遅すぎるとも思えるが、それでも彼らが中国の長期的国
家戦略の意図を正しく認識するのは日本にとって歓迎すべきことだ。

ペンス氏は約1時間、およそ全分野にわたって中国批判を展開した。不公
正貿易、知的財産の窃盗、弱小国への債務の罠、狡猾な米中間選挙への介
入、豊富な資金による米言論機関、シンクタンク、大学、研究者への影響
力行使、米国世論を動かす中国メディアの一方的情報、さらに、南シナ
海、インド洋、太平洋での軍事的席巻など、ペンス氏は果てしなく具体例
を挙げた。

諸外国だけでなく自国民にも苛烈な圧力を中国共産党は加え2020年までに
ジョージ・オーウェル的社会の実現を目論んでいるとも非難した。

この一連の異常な中国の行動を見逃す時代はもはや終わりだと、トランプ
政権の決意を、ペンス氏は語ったのだ。米国はいまや対中新冷戦に突入し
たと考えてよいだろう。

とりわけ印象深いのは、演説でペンス氏がマイケル・ピルズベリーという
名前に二度、言及したことだ。現在ハドソン研究所の中国戦略センター所
長を務めるピルズベリー氏は1969年、大学院生のときにCIA(米中央情
報局)にスカウトされ、以来、CIA要員として中国問題に関わってきた。

親中派の中の親中派を自任する氏は3年前、ベストセラーとなった
『China 2049』を書いて、自分は中国に騙されていたと告白し、氏
がそのほぼ一生を費やして研究した中国人の考え方を詳述した。中国人
は、米国を横暴な暴君ととらえ、中国の最終決戦の相手だと認識している
が、米国はそのことをほとんど理解しておらず、むしろ中国は米国のよう
な国になりたいと憧れていると勝手に思い込み、結果として騙され続けて
きたというのだ。

一例として氏は米中接近の事例を示している。私たちは、米中接近はニク
ソン大統領が旧ソ連を孤立させるために中国を取り込んだ大戦略だと理解
してきた。しかしピルズベリー氏の見方は異なる。60年代末に中国は国境
を巡ってソ連と対立、新疆国境でソ連軍と大規模な衝突を起こした。軍の
タカ派の元帥らはソ連に対して米国カードを使うべきだ、台湾問題を不問
にしても米国に接近すべきだと毛沢東に進言、毛はそれを受け入れたという。

ニクソン大統領の訪中で、米中関係は劇的に改善されたが、それは中国が
支援と保護を必要とする無力な嘆願者を装い、武器装備をはじめ、中国が
対立していたインドやソ連の情報まで、世界が驚く程の貴重な支援を米国
から手に入れた構図だったと、ピルズベリー氏は明かしている。

明らかに中国は米国の力を借りて力をつけた。それは彼らが日本から膨大
な額のODA(政府開発援助)をせしめ、鉄鋼をはじめとする基幹産業技
術を移転してもらって力をつけたのと同じ構図だ。

ピルズベリー氏はさらに中ソ関係も分析した。中国はソ連に対しても米国
に対するのと同様に弱い国を演じて最大限の援助を受け、力をつけ、最終
的に米国の側につくことでソ連と訣別し、ソ連を潰したというのだ。

そしていま、中国は米国に対しても覇権を目指す意図を隠さなくなった。
米国がもはや太刀打ちできないところまで、状況は中国有利に変化したと
中国が判断した結果だというのだ。ペンス氏もそのピルズベリー氏の分析
を共有しているのであろう。それがハドソン研究所でのスピーチではない
か。米中の対立は中・長期にわたり本格化していくと考えるひとつの理由
である。導き出される結論は日米連携を一層強めるのが日本の国益だとい
うことだ。

週刊ダイヤモンド 2018年10月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1252