2018年06月16日

◆米国の真の相手は、北を支える中国だ

櫻井よしこ


世界の安全保障問題専門家が集うアジア安全保障会議では、今年もま
た中国への物言いが際立った。シンガポールでの3日間の会議で、6月1
日、基調講演に立ったのはインドのナレンドラ・モディ首相である。

モディ氏はインド・太平洋の在り様が世界の運命を定める重要な要素だと
し、「大洋が開かれているとき海の安全が保たれ、国々は結ばれ、法治が
ゆきわたり、地域は安定し、国家は大小を問わず主権国として栄える」
と、謳った。

どこから聞いても、南シナ海のほぼすべてが自国領だと主張し、第1及び
第2列島線で米国の進入を防ぎ、インド・西太平洋に君臨しようとする中
華大帝国思想への批判である。インドは「東に向かえ」政策(Act East
Policy)の下で、日、米、豪を筆頭にASEAN諸国やロシアを含めた大
同団結で、平和で繁栄するインド・太平洋圏を構築すると語った。

翌日は、ジェームズ・マティス米国防長官が演説した。小野寺五典防衛相
のマティス氏の人物評は、「極めて物静か、人の話に耳を傾ける、控えめ
に話す」である。そのとおりに、マティス氏は冷静な口調ながら、冒頭か
ら鮮やかに切り込んだ。

「私にとって2回目の参加です。専門家が集い、自由で開かれた海として
のインド・太平洋の重要性を共通の認識とする最高の機会です」

「昨年は主として耳を傾けました。今日、私はトランプ政権のインド・太
平洋戦略を共有してもらうために来ました」

無駄な修飾語のひとつもなく、事柄の核心だけを淡々と述べる。それは自
ずと中国への批判となった。

「米国は台湾との協調関係を誠実に守ります。台湾関係法に基づいて台湾
の自主防衛に必要で十分な防衛品を供給し、助力、協力します。如何なる
一方的な現状変更にも反対し、(台湾海峡の)両岸の人々の意思が尊重さ
れなければならないと主張します」

習主席が語った言葉

台湾に対する中国の一方的手出しは看過しないと言明した、この突出した
台湾擁護には、実は背景がある。トランプ大統領は昨年12月、6920億ドル
(約79兆円)の軍事予算を定めた国防権限法案に署名し、台湾への手厚い
対策を実現しようとした。高雄を含む複数の港に米海軍を定期的に寄港さ
せ、台湾海軍も米国の港に定期的に寄港することを許可し、台湾の自主潜
水艦建造、機雷製造など水中戦力の開発を技術的、経済的に支えようとした。

ところが中国が猛烈な巻き返しに出た。米議会への中国のロビー活動は凄
まじく、法案は事実上骨抜きにされた。だがトランプ氏も国防総省も引っ
込みはしない。トランプ氏はすでに台湾の潜水艦の自主建造に必要な部品
の輸出の商談を許可し、シンガポールではマティス長官が前述の台湾擁護
の演説をしたのである。

マティス氏は「南シナ海における中国の政策は我々の『開かれた海』戦略
に真っ向から対立する。中国の戦略目標を疑わざるを得ない」と語り、
「南シナ海の軍事化で対艦ミサイル、対地・対空ミサイルが配備され、電
波妨害装置が導入され、ウッディー島には爆撃機が離着陸した。恫喝と強
制だ。ホワイトハウスのローズガーデンで2015年に(南シナ海人工島は軍
事使用しないと)習(近平)主席が語った言葉と矛盾する。こうした理由
ゆえに我々は先週、環太平洋合同軍事演習(リムパック)への中国の招待
を取りやめた」と、説明したのである。

軍人出身らしい無駄のない極めて短い表現で、事実のみを淡々と披露した
マティス氏に、例の如く中国側は激しく反論した。

今回の会議に中国代表として参加していた人民解放軍軍事科学院副院長の
何雷(ホーレイ)中将は「米軍の航行の自由作戦こそ、南シナ海の軍事化
だ」と反論した。他方、中国外交部は、マティス発言以前に華春瑩(ファ
チュンイン)報道官が米国の南シナ海に関する発言に対して「盗人猛々し
い狡猾さ」だと口汚い非難を展開済みだ。

決して自分の非を認めず必ず他国のせいにするのが中国だが、彼らは昨年
から、大物をアジア安全保障会議に派遣しなくなったと、「国家基本問題
研究所」研究員、太田文雄氏が指摘する。現に今年の代表の階級は中将だ。

「ここ数年、シンガポールに行く度に彼らは国際社会から総スカンを食
らってきました。国際社会の中枢勢力と折り合うのを諦めて、独自の道を
模索し始めたのではないでしょうか。それが香山フォーラムです」

トランプ大統領は大丈夫か

香山フォーラムは06年の創設である。米国、日本、インド、NATO諸国
など、自由と法治を尊ぶ国々の価値観に基づく安全保障論は、どこまで
いっても中国のそれとは折り合わない。そこで、中国が影響力を及ぼし得
る国々を集めて軍事の世界を仕切ろうという意図が見える。中国はアジア
安全保障会議に取って代る、中国主導の安全保障会議を創り出したいので
ある。彼らは64か国が集まったと喧伝する。アジアインフラ投資銀行
(AIIB)や一帯一路(OBOR)構想には中国マネーに魅きつけられ
て多くの国が参加した。しかし中国の軍事力やその安全保障政策に魅きつ
けられる国々は、現時点では多くなく、影響力も小さい。

ただ、中国の意図を過小評価してはならないと思う。彼らはハーグの国際
司法裁判所の中国版の創設も目指している。金融、経済、軍事、司法など
の全ての分野において中国式のルールを打ち立て、それによって世界を支
配しようと考えているのは明らかだ。

まさに価値観の闘いに、中国は本気で挑んでいるのである。そのことに私
たちは気づかなければならない。米国は、少なくとも国防総省や通商代表
部などの行政組織、それに立法府である議会、とりわけ上院は十分に気づ
いているはずだ。

だからこそ、米国と台湾の要人の往来を自由にする台湾 旅行法を、上院
は党派を超えて全会一致で支持したのではないか。地政学 上、台湾擁護
は南シナ海の安定に直結する。インド・太平洋を開かれた海 として維持
するには台湾を死守しなければならないという認識であろう。

米中の価値観は全く異なる。対立の根は深い。その中で北朝鮮問題に関し
てトランプ大統領の姿勢は大丈夫か。トランプ氏は、中国が北朝鮮を支え
始めてから金正恩朝鮮労働党委員長が変化したと批判した。

中国の支援があるからこそ、北朝鮮は朝鮮半島の非核化とは言っても、
「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄」(CVID)とは決して言わない。

北朝鮮の路線に乗る限り、トランプ氏の交渉はそれ以前の政権と同じく失
敗に終わるだろう。トランプ氏はその元凶の中国にこそ厳しく対峙しなけ
ればならないのである。
『週刊新潮』 2018年6月14日号 日本ルネッサンス 第806回



2018年06月13日

◆首相が加計氏に便宜との批判は疑わしい 

櫻井よしこ


「首相が加計氏に便宜との批判は疑わしい 愛媛県職員の作成文書は一体
何なのか」

愛媛県知事の中村時広氏が5月21日に参議院予算委員会に提出した文書は
加計学園問題を蒸し返すきっかけとなるのか。愛媛県職員が作成した文書
には、加計学園側から県担当者に、「2015年2月25日に理事長が首相と面
談(15分程度)」、加計孝太郎氏が首相に「今治市に設置予定の獣医学部
では、国際水準の獣医学教育を目指すことなどを説明」「首相からは『そ
ういう新しい獣医大学の考えはいいね』とのコメントあり」と記されている。

これをスクープしたNHKや「朝日新聞」などは、これまで首相は加計学
園の獣医学部新設について知ったのは17年1月20日だと語ってきた、しか
し県の文書では15年2月段階で知っていたことになる、首相は嘘をついて
いたのかと論難調で報じている。

カケもモリも「もう沢山」だが、ここは事実関係を中心に当時何がおきて
いたか、把握することが大事だろう。

時系列で整理しよう。

(1)15年5月25日、首相の「いいね」発言(愛媛県文書)。

(2)6月4日、加計学園が新しく法制化された「国家戦略特区」に獣医学
部新設を申請。

(3)6月22日、日本獣医師政治連盟が石破茂地方創生大臣に面会。

(4)6月30日、獣医学部新設に関する「石破四条件」が閣議決定。

ちなみに石破四条件とは、獣医学部新設に関して満たすべき条件を定めた
ものだ。骨子はライフサイエンスなど新たに対応すべき分野の需要が明確
になること、それらが既存の獣医学部や大学で対応できない内容であるこ
とが証明されなくてはならないというもので、これは日本獣医師会会長会
議の会議録に、「(これによって)獣医師養成の大学・学部の新設の可能
性はほとんどゼロです」と書かれた程、厳しい要求だ。

しかし、(4)に示したようにこの厳しい内容が6月30日に閣議決定された。

安倍晋三首相を非難する人々は、首相が加計氏に便宜をはかったと主張す
る。しかし、事実を時系列で見れば、本当にそうなのかと疑わざるを得ない。

今治市に新しい大学をつくりたい、四国には獣医学部がひとつもないの
で、新しい大学なら獣医学部を中心とするライフサイエンスが最適だと考
えて尽力した前愛媛県知事の加戸守行氏がこう語った。

「どうか、冷静になって、時系列で見てください。2015年当時、愛媛県も
今治市も、加計学園も、新学部創設を15回も却下され頭を抱えていたので
す。私たちは構造改革特区制度の下で、15回申請して、15回全て却下され
た。その内安倍内閣での却下は5回です。私は世間で言われているのとは
反対に首相は冷たいじゃないかとさえ思っていました。私の言いたいのは
首相には友達に便宜をはかろうという私心はなかったということです」

15回も申請が却下された当時、その暫く前から内閣府が「国家戦略特区」
という制度で、新産業を育てるため岩盤規制を打ち破ろうとしていること
を加戸氏らは報道で知った。調べると、すでに新潟県と京都府が獣医学部
新設を申請していた。愛媛県もそこに活路を求めて、先述のように15年6
月に申請した。すると獣医師連盟がこの動きを察知して早速、石破氏に働
きかけ、厳しい条件を閣議決定にまでもち込んだ。これが事実だ。

ここからは既得権益を守りたい獣医師会の姿は見えてきても、安倍首相が
友人の加計氏のために何かを画策したということではないだろう。では愛
媛県職員の文書は一体何なのだろうか。加戸氏は言う。

「県の職員は真面目ですから嘘は書きません。けれど、書いた情報は伝聞
です。そこが間違っていたのではないでしょうか」

私もそう思うがどうか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年6月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1233

2018年06月12日

◆北をめぐる米中の闘いが激化

櫻井よしこ


6月12日の米朝首脳会談はどうやら開催されそうだ。劇的な展開の中で、
はっきりしなかった展望が、少し明確になってきた。米国が圧倒的優位に
立って会談に臨み、拉致問題解決の可能性にも、安倍晋三首相と日本が一
歩近づくという見込みだ。

5月24日夜、トランプ大統領は6月の米朝会談中止を宣言した書簡を発表
し、朝鮮労働党委員長、金正恩氏の鼻っ柱を叩き潰した。9日にポンペオ
国務長官が3人の米国人を連れ戻してから2週間余り、トランプ氏の考えは
どう変化したのか。

まず、5月16日、北朝鮮の第一外務次官・金桂寛氏が、ボルトン国家安全
保障問題担当大統領補佐官を個人攻撃し、米国が一方的に核放棄を要求す
れば「会談に応じるか再考せざるを得ない」と警告した。

1週間後の23日、今度は桂寛氏の部下の崔善姫外務次官がペンス米副大統
領を「政治的に愚鈍」だと侮蔑し、「米国が我々と会談場で会うか、核対
核の対決場で会うか、米国の決心と行動次第だ」と語った。

トランプ氏は23日夜に暴言を知らされた後就寝し、翌朝、ペンス、ポンペ
オ、ボルトン各氏を集めて協議し、大統領書簡を作成したそうだ。

内容は首脳会談中止と、核戦力における米国の圧倒的優位性について述べ
て、「それを使用する必要のないことを神に祈る」とする究極の恫喝だっ
た。24時間も待たずに正恩氏が音を上げたのは周知のとおりだ。

首脳会談が開催されるとして、結果は2つに絞られた。➀北朝鮮が完全に核
を放棄する、➁会談が決裂する、である。これまでは第三の可能性もあっ
た。それは米本土に届くICBMの破棄で双方が合意し、北朝鮮は核や
中・短距離ミサイルなどについてはさまざまな口実で時間稼ぎをする、そ
れを中韓両国が支援し、米国は決定的な打開策を勝ち取れず、年来のグズ
グズ状態が続くという、最悪の結果である。

不満だらけの発言

今回、第三の可能性はなくなったと見てよいだろう。米国は過去の失敗に
学んで、北朝鮮の自分勝手な言動を許さず、中国への警戒心も強めた。ト
ランプ氏は22日の米韓首脳会談で語っている。

「北朝鮮の非核化は極めて短期間に一気に実施するのがよい」「もしでき
なければ、会談はない」

トランプ氏は米国の要求を明確にし、会談延期の可能性にも言及しなが
ら、正恩氏と会うのは無条件ではないと明確に語ったわけだ。

中国関連の発言は次のとおりだ。

・「貿易問題を巡る中国との交渉においては、中国が北朝鮮問題でどう助
けてくれるかを考えている」

・「大手通信機器メーカー中興通訊(ZTE)への制裁緩和は習(近平)
主席から頼まれたから検討している」

・「金正恩氏は習氏との2度目の会談後、態度が変わった。気に入らな
い。気に入らない。気に入らない」
 トランプ氏は3度繰り返して強い嫌悪感を表現している。

・「正恩氏が中国にいると、突然報道されて知った。驚きだった」

・「習主席は世界一流のポーカー・プレーヤーだ」

北朝鮮問題での中国の協力ゆえに貿易問題で配慮しているにも拘わらず、
正恩氏再訪中について自分には通知がなく、米国が求める短期間の完全核
廃棄に関して、習氏は北朝鮮同様、段階的廃棄を主張しているという、不
満だらけの発言だ。

この時までに、トランプ氏は自分と習氏の考えが全く異なることを実感し
始めていたであろう。中国は国連の制裁決議違反とも思える実質的な対北
朝鮮経済援助を再開済みだ。中朝国境を物資満載のトラックが往き交い、
北朝鮮労働者は通常ビザで中国の労働生産現場に戻っている。

こんな中国ペースの首脳会談はやりたくない、だが、米国の対中貿易赤字
を1年間で約10兆円減らすと中国は言っている。2年目にはもう10兆円減ら
すとも言っている。どうすべきか。こうした計算をしていたところに、善
姫氏によるペンス副大統領への攻撃があり、トランプ氏はこれを利用した
のではないか。

いま、米国では民主、共和両勢力において対中警戒心が高まっている。米
外交に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が指摘した。

「米国の中国問題専門家、エリザベス・エコノミー氏が『中国の新革命』
と題して、フォーリン・アフェアーズ誌に書いています。習氏の中国を、
『自由主義的な世界秩序の中でリーダーシップを手にしようとしている非
自由主義国家である』と的確に分析し、国際秩序の恩恵を大いに受けなが
ら、その秩序を中国式に変え、自由主義、民主主義を押し潰そうとしてい
ると警告しています」

中国に厳しい目

エコノミー氏は、習氏の強権体制の下、あらゆる分野で共産党支配の苛烈
かつ非合法な、搾取、弾圧が進行中で、米国は中国との価値観の闘いの
真っ只中にあると強調する。

米国は本来の価値観を掲げ、同じ価値観を共有する日豪印、東南アジア諸
国、その他の発展途上国にそれを広げよと促している。
「もう一つ注目すべきことは、米国のリベラル派の筆頭であるカート・
キャンベル氏のような人物でさえも中国批判に転じたことです。彼はオバ
マ政権の、東アジア・太平洋担当の国務次官補で、非常に中国寄りの政策
を推進した人物です」

キャンベル氏は、これまで米政府は中国が米国のような開かれた国になる
と期待して助力してきたが、期待は裏切られた、もっと中国の現実を見て
厳しく対処すべきだという主張を同誌で展開している。

米国が全体として中国に厳しい目を向け始めたということだ。米中間経済
交流は余りに大規模なために、対中政策の基本を変えるのは容易ではない
が、変化は明らかに起きている。

5月27日には、米駆逐艦と巡洋艦が、中国とベトナムが領有権を争ってい
る南シナ海パラセル諸島の12海里内の海域で「航行の自由」作戦を実施し
た。同海域で、中国海軍と新たに武装警察部隊に編入された「海警」が初
めて合同パトロールを実施したことへの対抗措置だろう。

それに先立つ23日、米国防総省は環太平洋合同軍事演習(リムパック)へ
の中国軍の招待を取り消した。18日に中国空軍が同諸島のウッディー島
で、複数の爆撃機による南シナ海で初めての離着陸訓練を行ったことへの
対抗措置か。

中国の台湾への圧力を前に、トランプ政権は3月16日、台湾旅行法を成立
させ、米台政府高官の交流を可能にした。トランプ政権の対中認識は厳し
さを増しているのである。

シンガポールで、中国はいかなる手を用いてでも北朝鮮を支えることで、
朝鮮半島の支配権を握ろうとするだろう。それをトランプ氏はもはや許さ
ないのではないか。許さないように、最後の瞬間まで、トランプ氏に助言
するのが安倍首相の役割だ。
『週刊新潮』 2018年6月7日号 日本ルネッサンス 第805回

2018年06月10日

◆お家騒動の真っ只中にある文藝春秋

櫻井よしこ


「お家騒動の真っ只中にある文藝春秋 論壇の中心を形成する日はくるだ
ろうか」

月刊「文藝春秋」は「中央公論」と共に輝くような雑誌だった。物書きを
目指す者たちが、その両方に毎月でも記事を書きたい、書かせてもらえる
力量を身につけたいと願っていたはずだ。

私はいま、物書きの端くれに連なっているが、私の物書き人生は文藝春秋
から始まっている。初めて記事を載せてもらったのは34年前の1984年だっ
た。「微生物蛋白について」という記事である。それ以前、私は英語で海
外新聞用に記事を書いていたため、微生物蛋白の報告は日本語で書く最初
の大型記事だった。

微生物蛋白は元々、日本の技術で生まれ、海外で家畜の飼料として本格的
に生産されていた。だが、日本では「石油蛋白」として報道されたため
に、印象も評判も悪く、各方面で集中砲火を浴び製品化には至らなかった。

なぜ、この記事を書いたのかといえば、当時私は米ボストンを本拠地とす
る月刊新聞の仕事をしており、その編集会議がルーマニアで開かれた。
チャウシェスク専制政治の下にある社会主義国に初めて行くのであれば、
何かこの国について記事を書こうと考え調査したら、日本と社会主義国間
の合弁事業の第一号がルーマニアにあった。それがこの微生物蛋白だった
のだ。

結論からいえば、先述のように日本発の技術はルーマニアでは活かされて
いたが、日本では潰された。潰したのは、「朝日新聞」だった。松井やよ
り氏の記事を発端として、反微生物蛋白のキャンペーンが展開されたのだ。

私は日本での取材に加えてルーマニアの現地取材を行い、当時シンガポー
ルの特派員になっていた松井氏にも電話で話を聞いた。幅広く網をかけ、
読み込んだ資料は大きな山となっていた。

それらを基に私は80枚の原稿を書いた。文藝春秋の当時の編集長は岡崎満
義氏だ。彼は原稿をバッサバサと切り60枚に縮めた。赤の入った原稿を、
私はまじまじと読んだものだ。あの詳細もこの描写も切られている。この
情報はとても苦労して確認したのに、跡形もなく消されている……。

しかし、ゲラになった文章を読んで深く反省した。スラスラと読める。読
み易くなっている。全体の4分の1が削除されたが、言いたいことは見事に
全部入っている。私の文章が下手だっただけのことなのだ。

大いに反省した後、題について納得できない言葉があった。「朝日新聞が
抹殺した“微生物蛋白”」という題の、「抹殺」は強すぎると言って、私は
抗議した。

だが、編集長は「その言葉がこの記事の本質なんだ」と言って譲らない。
私は編集長を説得できずに引き下がったのである。

その後、堤堯氏など名編集長と呼ばれた多くの編集者に多くのことを教え
てもらって、私は今日に至る。文藝春秋という媒体と、そこで知り合った
編集者諸氏はいわば本当の友人だ。

その文藝春秋がお家騒動の真っ只中だ。現社長は松井清人氏で、6月に退
任するらしい。松井氏が後任に選んだ社長はじめ役員に対して、文藝春秋
の幹部たちが異を唱えている。

人間関係の詳細については、私より詳しい人に任せたい。ただ松井氏に対
する批判が社内にあるのは当然だと思う。松井氏の下で文藝春秋はかつて
の大らかな総合雑誌であることをやめ、イデオロギー色の強いつまらない
雑誌になってしまったからだ。

このところどの号を見ても反安倍政権を謳う記事ばかりだ。安倍晋三氏を
「極右の塊」と呼んで「打倒安倍政権」を目指すと、会合でのスピーチで
語ったのも松井氏だ。文藝春秋が左右の論客を大らかに抱えて日本の論壇
の中心を形成する日はくるのだろうか。6月末に文藝春秋の株主総会が開
かれる。そのとき彼らは新しい出発点に立てるのだろうか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年6月9日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1234 


2018年06月09日

◆北をめぐる米中の闘いが激化

櫻井よしこ


6月12日の米朝首脳会談はどうやら開催されそうだ。劇的な展開の中で、
はっきりしなかった展望が、少し明確になってきた。米国が圧倒的優位に
立って会談に臨み、拉致問題解決の可能性にも、安倍晋三首相と日本が一
歩近づくという見込みだ。

5月24日夜、トランプ大統領は6月の米朝会談中止を宣言した書簡を発表
し、朝鮮労働党委員長、金正恩氏の鼻っ柱を叩き潰した。9日にポンペオ
国務長官が3人の米国人を連れ戻してから2週間余り、トランプ氏の考えは
どう変化したのか。

まず、5月16日、北朝鮮の第一外務次官・金桂寛氏が、ボルトン国家安全
保障問題担当大統領補佐官を個人攻撃し、米国が一方的に核放棄を要求す
れば「会談に応じるか再考せざるを得ない」と警告した。

1週間後の23日、今度は桂寛氏の部下の崔善姫外務次官がペンス米副大統
領を「政治的に愚鈍」だと侮蔑し、「米国が我々と会談場で会うか、核対
核の対決場で会うか、米国の決心と行動次第だ」と語った。

トランプ氏は23日夜に暴言を知らされた後就寝し、翌朝、ペンス、ポンペ
オ、ボルトン各氏を集めて協議し、大統領書簡を作成したそうだ。

内容は首脳会談中止と、核戦力における米国の圧倒的優位性について述べ
て、「それを使用する必要のないことを神に祈る」とする究極の恫喝だっ
た。24時間も待たずに正恩氏が音を上げたのは周知のとおりだ。

首脳会談が開催されるとして、結果は2つに絞られた。➀北朝鮮が完全に核
を放棄する、➁会談が決裂する、である。これまでは第三の可能性もあっ
た。それは米本土に届くICBMの破棄で双方が合意し、北朝鮮は核や
中・短距離ミサイルなどについてはさまざまな口実で時間稼ぎをする、そ
れを中韓両国が支援し、米国は決定的な打開策を勝ち取れず、年来のグズ
グズ状態が続くという、最悪の結果である。

不満だらけの発言

今回、第三の可能性はなくなったと見てよいだろう。米国は過去の失敗に
学んで、北朝鮮の自分勝手な言動を許さず、中国への警戒心も強めた。ト
ランプ氏は22日の米韓首脳会談で語っている。

「北朝鮮の非核化は極めて短期間に一気に実施するのがよい」「もしでき
なければ、会談はない」

トランプ氏は米国の要求を明確にし、会談延期の可能性にも言及しなが
ら、正恩氏と会うのは無条件ではないと明確に語ったわけだ。

中国関連の発言は次のとおりだ。

・「貿易問題を巡る中国との交渉においては、中国が北朝鮮問題でどう助
けてくれるかを考えている」

・「大手通信機器メーカー中興通訊(ZTE)への制裁緩和は習(近平)
主席から頼まれたから検討している」

・「金正恩氏は習氏との2度目の会談後、態度が変わった。気に入らな
い。気に入らない。気に入らない」
 トランプ氏は3度繰り返して強い嫌悪感を表現している。

・「正恩氏が中国にいると、突然報道されて知った。驚きだった」

・「習主席は世界一流のポーカー・プレーヤーだ」

北朝鮮問題での中国の協力ゆえに貿易問題で配慮しているにも拘わらず、
正恩氏再訪中について自分には通知がなく、米国が求める短期間の完全核
廃棄に関して、習氏は北朝鮮同様、段階的廃棄を主張しているという、不
満だらけの発言だ。

この時までに、トランプ氏は自分と習氏の考えが全く異なることを実感し
始めていたであろう。中国は国連の制裁決議違反とも思える実質的な対北
朝鮮経済援助を再開済みだ。中朝国境を物資満載のトラックが往き交い、
北朝鮮労働者は通常ビザで中国の労働生産現場に戻っている。

こんな中国ペースの首脳会談はやりたくない、だが、米国の対中貿易赤字
を1年間で約10兆円減らすと中国は言っている。2年目にはもう10兆円減ら
すとも言っている。どうすべきか。こうした計算をしていたところに、善
姫氏によるペンス副大統領への攻撃があり、トランプ氏はこれを利用した
のではないか。

いま、米国では民主、共和両勢力において対中警戒心が高まっている。米
外交に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が指摘した。

「米国の中国問題専門家、エリザベス・エコノミー氏が『中国の新革命』
と題して、フォーリン・アフェアーズ誌に書いています。習氏の中国を、
『自由主義的な世界秩序の中でリーダーシップを手にしようとしている非
自由主義国家である』と的確に分析し、国際秩序の恩恵を大いに受けなが
ら、その秩序を中国式に変え、自由主義、民主主義を押し潰そうとしてい
ると警告しています」

中国に厳しい目

エコノミー氏は、習氏の強権体制の下、あらゆる分野で共産党支配の苛烈
かつ非合法な、搾取、弾圧が進行中で、米国は中国との価値観の闘いの
真っ只中にあると強調する。

米国は本来の価値観を掲げ、同じ価値観を共有する日豪印、東南アジア諸
国、その他の発展途上国にそれを広げよと促している。
「もう一つ注目すべきことは、米国のリベラル派の筆頭であるカート・
キャンベル氏のような人物でさえも中国批判に転じたことです。彼はオバ
マ政権の、東アジア・太平洋担当の国務次官補で、非常に中国寄りの政策
を推進した人物です」

キャンベル氏は、これまで米政府は中国が米国のような開かれた国になる
と期待して助力してきたが、期待は裏切られた、もっと中国の現実を見て
厳しく対処すべきだという主張を同誌で展開している。

米国が全体として中国に厳しい目を向け始めたということだ。米中間経済
交流は余りに大規模なために、対中政策の基本を変えるのは容易ではない
が、変化は明らかに起きている。

5月27日には、米駆逐艦と巡洋艦が、中国とベトナムが領有権を争ってい
る南シナ海パラセル諸島の12海里内の海域で「航行の自由」作戦を実施し
た。同海域で、中国海軍と新たに武装警察部隊に編入された「海警」が初
めて合同パトロールを実施したことへの対抗措置だろう。

それに先立つ23日、米国防総省は環太平洋合同軍事演習(リムパック)へ
の中国軍の招待を取り消した。18日に中国空軍が同諸島のウッディー島
で、複数の爆撃機による南シナ海で初めての離着陸訓練を行ったことへの
対抗措置か。

中国の台湾への圧力を前に、トランプ政権は3月16日、台湾旅行法を成立
させ、米台政府高官の交流を可能にした。トランプ政権の対中認識は厳し
さを増しているのである。

シンガポールで、中国はいかなる手を用いてでも北朝鮮を支えることで、
朝鮮半島の支配権を握ろうとするだろう。それをトランプ氏はもはや許さ
ないのではないか。許さないように、最後の瞬間まで、トランプ氏に助言
するのが安倍首相の役割だ。
『週刊新潮』 2018年6月7日号 日本ルネッサンス 第805回

2018年06月08日

◆北をめぐる米中の闘いが激化

櫻井よしこ


6月12日の米朝首脳会談はどうやら開催されそうだ。劇的な展開の中で、
はっきりしなかった展望が、少し明確になってきた。米国が圧倒的優位に
立って会談に臨み、拉致問題解決の可能性にも、安倍晋三首相と日本が一
歩近づくという見込みだ。

5月24日夜、トランプ大統領は6月の米朝会談中止を宣言した書簡を発表
し、朝鮮労働党委員長、金正恩氏の鼻っ柱を叩き潰した。9日にポンペオ
国務長官が3人の米国人を連れ戻してから2週間余り、トランプ氏の考えは
どう変化したのか。

まず、5月16日、北朝鮮の第一外務次官・金桂寛氏が、ボルトン国家安全
保障問題担当大統領補佐官を個人攻撃し、米国が一方的に核放棄を要求す
れば「会談に応じるか再考せざるを得ない」と警告した。

1週間後の23日、今度は桂寛氏の部下の崔善姫外務次官がペンス米副大統
領を「政治的に愚鈍」だと侮蔑し、「米国が我々と会談場で会うか、核対
核の対決場で会うか、米国の決心と行動次第だ」と語った。

トランプ氏は23日夜に暴言を知らされた後就寝し、翌朝、ペンス、ポンペ
オ、ボルトン各氏を集めて協議し、大統領書簡を作成したそうだ。

内容は首脳会談中止と、核戦力における米国の圧倒的優位性について述べ
て、「それを使用する必要のないことを神に祈る」とする究極の恫喝だっ
た。24時間も待たずに正恩氏が音を上げたのは周知のとおりだ。

首脳会談が開催されるとして、結果は2つに絞られた。➀北朝鮮が完全に核
を放棄する、➁会談が決裂する、である。これまでは第三の可能性もあっ
た。それは米本土に届くICBMの破棄で双方が合意し、北朝鮮は核や
中・短距離ミサイルなどについてはさまざまな口実で時間稼ぎをする、そ
れを中韓両国が支援し、米国は決定的な打開策を勝ち取れず、年来のグズ
グズ状態が続くという、最悪の結果である。

不満だらけの発言

今回、第三の可能性はなくなったと見てよいだろう。米国は過去の失敗に
学んで、北朝鮮の自分勝手な言動を許さず、中国への警戒心も強めた。ト
ランプ氏は22日の米韓首脳会談で語っている。

「北朝鮮の非核化は極めて短期間に一気に実施するのがよい」「もしでき
なければ、会談はない」

トランプ氏は米国の要求を明確にし、会談延期の可能性にも言及しなが
ら、正恩氏と会うのは無条件ではないと明確に語ったわけだ。

中国関連の発言は次のとおりだ。

・「貿易問題を巡る中国との交渉においては、中国が北朝鮮問題でどう助
けてくれるかを考えている」

・「大手通信機器メーカー中興通訊(ZTE)への制裁緩和は習(近平)
主席から頼まれたから検討している」

・「金正恩氏は習氏との2度目の会談後、態度が変わった。気に入らな
い。気に入らない。気に入らない」
 トランプ氏は3度繰り返して強い嫌悪感を表現している。

・「正恩氏が中国にいると、突然報道されて知った。驚きだった」

・「習主席は世界一流のポーカー・プレーヤーだ」

北朝鮮問題での中国の協力ゆえに貿易問題で配慮しているにも拘わらず、
正恩氏再訪中について自分には通知がなく、米国が求める短期間の完全核
廃棄に関して、習氏は北朝鮮同様、段階的廃棄を主張しているという、不
満だらけの発言だ。

この時までに、トランプ氏は自分と習氏の考えが全く異なることを実感し
始めていたであろう。中国は国連の制裁決議違反とも思える実質的な対北
朝鮮経済援助を再開済みだ。中朝国境を物資満載のトラックが往き交い、
北朝鮮労働者は通常ビザで中国の労働生産現場に戻っている。

こんな中国ペースの首脳会談はやりたくない、だが、米国の対中貿易赤字
を1年間で約10兆円減らすと中国は言っている。2年目にはもう10兆円減ら
すとも言っている。どうすべきか。こうした計算をしていたところに、善
姫氏によるペンス副大統領への攻撃があり、トランプ氏はこれを利用した
のではないか。

いま、米国では民主、共和両勢力において対中警戒心が高まっている。米
外交に詳しい国家基本問題研究所副理事長の田久保忠衛氏が指摘した。

「米国の中国問題専門家、エリザベス・エコノミー氏が『中国の新革命』
と題して、フォーリン・アフェアーズ誌に書いています。習氏の中国を、
『自由主義的な世界秩序の中でリーダーシップを手にしようとしている非
自由主義国家である』と的確に分析し、国際秩序の恩恵を大いに受けなが
ら、その秩序を中国式に変え、自由主義、民主主義を押し潰そうとしてい
ると警告しています」

中国に厳しい目

エコノミー氏は、習氏の強権体制の下、あらゆる分野で共産党支配の苛烈
かつ非合法な、搾取、弾圧が進行中で、米国は中国との価値観の闘いの
真っ只中にあると強調する。

米国は本来の価値観を掲げ、同じ価値観を共有する日豪印、東南アジア諸
国、その他の発展途上国にそれを広げよと促している。
「もう一つ注目すべきことは、米国のリベラル派の筆頭であるカート・
キャンベル氏のような人物でさえも中国批判に転じたことです。彼はオバ
マ政権の、東アジア・太平洋担当の国務次官補で、非常に中国寄りの政策
を推進した人物です」

キャンベル氏は、これまで米政府は中国が米国のような開かれた国になる
と期待して助力してきたが、期待は裏切られた、もっと中国の現実を見て
厳しく対処すべきだという主張を同誌で展開している。

米国が全体として中国に厳しい目を向け始めたということだ。米中間経済
交流は余りに大規模なために、対中政策の基本を変えるのは容易ではない
が、変化は明らかに起きている。

5月27日には、米駆逐艦と巡洋艦が、中国とベトナムが領有権を争ってい
る南シナ海パラセル諸島の12海里内の海域で「航行の自由」作戦を実施し
た。同海域で、中国海軍と新たに武装警察部隊に編入された「海警」が初
めて合同パトロールを実施したことへの対抗措置だろう。

それに先立つ23日、米国防総省は環太平洋合同軍事演習(リムパック)へ
の中国軍の招待を取り消した。18日に中国空軍が同諸島のウッディー島
で、複数の爆撃機による南シナ海で初めての離着陸訓練を行ったことへの
対抗措置か。

中国の台湾への圧力を前に、トランプ政権は3月16日、台湾旅行法を成立
させ、米台政府高官の交流を可能にした。トランプ政権の対中認識は厳し
さを増しているのである。

シンガポールで、中国はいかなる手を用いてでも北朝鮮を支えることで、
朝鮮半島の支配権を握ろうとするだろう。それをトランプ氏はもはや許さ
ないのではないか。許さないように、最後の瞬間まで、トランプ氏に助言
するのが安倍首相の役割だ。
『週刊新潮』 2018年6月7日号  日本ルネッサンス 第805回

2018年06月01日

◆米国はリビア方式を貫けるか

        櫻井よしこ


約3週間後に予定されている米朝首脳会談を前に、朝鮮労働党委員長の金
正恩氏が、またもや恫喝外交を展開中だ。北朝鮮の得意とする脅しとすか
しの戦術に落ち込んだが最後、トランプ大統領はこれまでのブッシュ、オ
バマ両政権同様失敗するだろう。

いま大事なことは2つである。国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョ
ン・ボルトン氏のいわゆる「リビアモデル」の解決策を貫くことと、「制
裁解除のタイミングを誤れば対北交渉は失敗する」という安倍晋三首相の
助言を忘れないことだ。

北朝鮮の恫喝は米中貿易摩擦に関する協議が行われるタイミングで発信さ
れた。5月16日、北朝鮮第一外務次官の金桂冠氏が、米国が一方的な核放
棄を強要するなら、米朝首脳会談開催は再考せざるを得ないと言い、ボル
トン氏を、「我々は彼に対する嫌悪感を隠しはしない」と名指しで批判し
た。ボルトン氏はホワイトハウス内の対北朝鮮最強硬派と位置づけられて
いる。

翌日、トランプ氏は大統領執務室でこう反応した。

「北朝鮮の核廃棄についてのディール(取引)ができれば、金氏はその地
位にとどまることができるだろう。そうでなければ、『完全崩壊』の運命
を覚悟すべきだ」

同時に、ホワイトハウスのサンダース大統領報道官もトランプ氏も、リビ
ア方式は考えていないとのメッセージを発信した。サンダース氏は、「リ
ビアモデルではなくトランプモデルだ」とも語った。

ここで見逃せないのは、「リビアモデル」という言葉を用いながらも、そ
の正確な意味をトランプ氏が理解していないと思われることだ。トランプ
氏は北朝鮮へのリビア方式の適用は考えていないとして、次のように語っ
ている。

「米国は(リビアの)カダフィを存続させるなどというディールはしな
かった。しかし、米朝で合意が成立すれば、金氏は米国による安全の確約
と十分な保護を得て彼の国を統治し続けるだろう。彼の国はとても豊かに
なるだろう」

日朝会談にも負の影響

この他にもトランプ氏は、米軍はカダフィを滅ぼすためにリビア入りし
た、などとも語っている。しかしカダフィ氏は核を廃棄したから殺害され
たのではない。反対に、彼は核廃棄によってクビをつないだのだ。8年間
生き延びた果てに2011年に、リビア国民に殺害されたのである。

ここは大事な点だ。この点の理解なくしては米朝会談にも、いずれ開かれ
るであろう日朝会談にも負の影響が及ぶだろう。

03年12月、地下の穴蔵に潜んでいたイラクのサダム・フセイン大統領が米
軍に発見された。それを見てカダフィ氏は震え上がった。3日後、カダ
フィ氏は英国政府経由で米国政府に「これまで行ってきた核開発をすべて
止める」と伝えた。

米英両国は中央情報局(CIA)と秘密情報部(MI6)の要員を直ちに
リビアに送り込んで、秘密の核開発施設など全ての拠点を開示させた。そ
の上で翌年1月に米空軍がリビア入りし、濃縮ウラニウムやミサイルの制
御装置などを米国に運び出した。3月には艦船を送り、遠心分離機をはじ
め核開発に関する装置のすべてを搬出したのである。

一連の作業は3か月で終了した。すべてが終わった時点で初めて米国はリ
ビアに見返りを与え始めた。米国とリビアの国交正常化は06年5月。カダ
フィ氏は核放棄を伝えてから8年後に殺害されたが、これは核放棄とは無
関係だ。

10年から中東に吹き荒れた民主化運動、「アラブの春」がカダフィ氏の惨
めな死の直接的な原因である。リビア国民が民主化運動に触発されて、長
年続いたカダフィ家による専制支配に抗して立ち上がったのだ。その結
果、カダフィ氏も子息達も、殺害された。これが11年10月だった。

日本でも、ボルトン氏の主張するリビア方式と、アラブの春での殺害を混
同してとらえる向きがある。しかし両者は無関係である。トランプ氏の先
述の発言は、氏がその違いを理解していないことを示している。

理解していなければ、トランプ氏は正恩氏に、「米国は北朝鮮の体制転換
を考えているわけではない。従ってリビアモデルはとらない」と言い続け
るだろう。そこに浮上するのが、「段階的核廃棄と、段階ごとにそれに見
合う経済援助を北朝鮮に与える」という方式だ。これこそ北朝鮮と中国が
主張する方式で、元の木阿弥である。アメリカは失敗し、トランプ氏が日
本のために発言し続けている拉致問題も解決されないだろう。だからこ
そ、03年からのリビア方式による核問題解決と、11年のカダフィ氏殺害の
背景の相違をまずトランプ氏に、次に正恩氏に認識させることが非常に大
事なのである。

対北政策で微妙な違い

トランプ氏の下で、米国の北朝鮮政策を担っているのがボルトン氏とマイ
ク・ポンペオ国務長官である。両氏の間には対北政策で微妙な違いが見て
とれる。5月9日、2度目の平壌訪問で米国人3人の身柄を取り戻してワ
シントンに連れ帰ったポンペオ氏は、その直後の11日、「正しい道を選べ
ば北朝鮮には繁栄があるだろう」と語った。非核化の成果が何も見えてい
ないにも拘わらず、制裁緩和に言及するのは早すぎる。同じ日、ボルトン
氏は対照的な発言をした。

「完全、検証可能、不可逆的な核廃棄(CVID)だけでなく、ミサイ
ル、生物化学兵器の廃棄が実行され、日本人と韓国人の拉致被害者問題も
解決されなければならない」と語ったのだ。

北朝鮮との交渉でどちらの方針が失敗するか、過去の事例から、ポンペオ
氏の方針であることが明らかだ。成功はボルトン方式の中にしかない。

トランプ氏はこうも語っている。「中朝首脳の2回目の会談以降、(正恩
氏の側に)大きな変化が起きた」「習(近平)主席が金正恩に影響を与え
ている」と。そのとおりである。

北朝鮮の態度の豹変は米中貿易摩擦を巡る高官級協議の時期に重なる。中
国が有利な条件を勝ちとるために北朝鮮を取り引き材料に使おうとしたの
が見てとれる。

そうした中、トランプ氏は「自分のように強い貿易圧力を中国に加えた大
統領はいない」とも語っている。中国に対米貿易黒字を1年で約20兆円も
削減せよと迫り、それができなければ大幅に関税を引き上げるという強硬
策を突きつけたことを誇っているのだ。

圧力には圧力を、力には力を以て対抗するという姿勢である。そうでなけ
れば、中国も北朝鮮も動かない。その点で揺るがなかったからこそ、トラ
ンプ外交はここまで辿り着けたといえる。

しかし、リビア方式についての誤解に見られるように、トランプ外交には
危うさがつきまとう。その危うさを修正するのが安倍首相であろう。

『週刊新潮』 2018年5月31日 日本ルネッサンス 第804回


2018年05月29日

◆北朝鮮が中国援助の下で生き延びる

櫻井よしこ


「北朝鮮が中国援助の下で生き延びる最悪の事態もあり得ると認識すべきだ」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は5月16日、部下の第一外務次官、金桂
冠氏に、「米国が圧力ばかりかけるのでは米朝首脳会談に応じるか否か、
再検討せざるを得ない」と発言させた。

桂冠氏はジョン・ボルトン米大統領補佐官が北朝鮮に「完全で、検証可能
で、不可逆的」を意味するリビア方式の非核化のみならず、ミサイル及び
生物・化学兵器の永久放棄も要求していること、制裁緩和や経済支援はこ
れらが完全に履行された後に初めて可能だと言明していることに関して、
個人名を挙げて激しく非難した。

ボルトン氏はトランプ政権内の最強硬論者として知られる。氏は核・ミサ
イル、化学兵器を全て廃棄しても、それらを作る人材が残っている限り、
真の非核化は不可能だとして、北朝鮮の技術者を数千人単位(6000人とす
る報道もある)で国外に移住させよとも主張しているといわれる。

拉致についても、米朝会談で取り上げると言い続けているのが氏である。

正恩氏にとって最も手強い相手がボルトン氏なのである。だから桂冠氏が
「我々はボルトン氏への嫌悪感を隠しはしない」と言ったのであろう。

それにしても米朝首脳会談中止を示唆する強い態度を、なぜ正恩氏はとれ
るのか。理由は中国の動きから簡単に割り出せる。桂冠発言と同じ日、中
国の習近平国家主席が北朝鮮の経済視察団員らと会談した。中国の国営通
信社、新華社によると、北朝鮮経済視察団は中国が招待したもので、北朝
鮮の全ての「道」(県)と市の代表が参加し、「中国の経済建設と改革開
放の経験に学び、経済発展に役立てたい」との談話を発表した。

中国が北朝鮮の後ろ盾となり、経済で梃子入れし、米国の軍事的脅威から
も守ってやるとの合意が中朝の2人の独裁者間で成立済みなのは明らかだ。

米国はどう反応したか。ホワイトハウス報道官のサラ・サンダース氏は、
北朝鮮の反応は「十分想定の範囲内」「トランプ大統領は首脳会談が行わ
れれば応ずるが、そうでなければ最大限の圧力をかけ続ける」と述べると
共に、非常に重要な別のことも語っている。

ボルトン氏のリビア方式による核放棄について、彼女はこう語ったのだ。

「自分はいかなる議論においてもその部分は見ていない、従ってそれ(リ
ビア方式)が我々の目指す解決のモデルだという認識はない」

同発言を米ニュース専門テレビ局「CNN」は「ホワイトハウスはボルト
ン発言を後退させた」と報じた。

トランプ大統領の北朝鮮外交を担うボルトン氏とポンペオ米国務長官の間
には微妙な相違がある。

正恩氏は、習氏と5月7、8の両日、大連で会談した直後の9日にポンペオ氏
を平壌に招き、3人の米国人を解放し、「満足な合意を得た」と述べた。

ポンペオ氏は米国に戻るや「金(正恩)氏が正しい道を選べば、繁栄を手
にするだろう」などと述べ、早くも米国が制裁を緩和し、正恩氏に見返り
を与えるのかと思わせる発言をした。

ボルトン氏は対照的に、核・ミサイル、日本人拉致被害者について強い発
言を変えてはいない。

国務長官と大統領補佐官の間のこの差を正恩氏は見逃さず、ボルトン氏排
除を狙ったのであろう。米国を首脳会談の席につかせ、段階的な核・ミサ
イル廃棄を認めさせ、中国の経済援助を得、中国の抑止力で米国の軍事行
動を封じ込める思惑が見てとれる。

「制裁解除のタイミングを誤れば対北朝鮮交渉は失敗する」と安倍晋三首
相は警告し続けている。トランプ氏がその警告をどこまで徹底して受け入
れるかが鍵だ。同時に認識すべきことは、北朝鮮が中国の援助の下、核・
ミサイルを所有し、拉致も解決せず、生き延びる最悪の事態もあり得る、
まさに日本の国難が眼前にあるということだ
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1232 

2018年05月28日

◆北朝鮮が中国援助の下で生き延びる

櫻井よしこ


「北朝鮮が中国援助の下で生き延びる最悪の事態もあり得ると認識すべきだ」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は5月16日、部下の第一外務次官、金桂
冠氏に、「米国が圧力ばかりかけるのでは米朝首脳会談に応じるか否か、
再検討せざるを得ない」と発言させた。

桂冠氏はジョン・ボルトン米大統領補佐官が北朝鮮に「完全で、検証可能
で、不可逆的」を意味するリビア方式の非核化のみならず、ミサイル及び
生物・化学兵器の永久放棄も要求していること、制裁緩和や経済支援はこ
れらが完全に履行された後に初めて可能だと言明していることに関して、
個人名を挙げて激しく非難した。

ボルトン氏はトランプ政権内の最強硬論者として知られる。氏は核・ミサ
イル、化学兵器を全て廃棄しても、それらを作る人材が残っている限り、
真の非核化は不可能だとして、北朝鮮の技術者を数千人単位(6000人とす
る報道もある)で国外に移住させよとも主張しているといわれる。

拉致についても、米朝会談で取り上げると言い続けているのが氏である。

正恩氏にとって最も手強い相手がボルトン氏なのである。だから桂冠氏が
「我々はボルトン氏への嫌悪感を隠しはしない」と言ったのであろう。

それにしても米朝首脳会談中止を示唆する強い態度を、なぜ正恩氏はとれ
るのか。理由は中国の動きから簡単に割り出せる。桂冠発言と同じ日、中
国の習近平国家主席が北朝鮮の経済視察団員らと会談した。

中国の国営通信社、新華社によると、北朝鮮経済視察団は中国が招待した
もので、北朝鮮の全ての「道」(県)と市の代表が参加し、「中国の経済
建設と改革開放の経験に学び、経済発展に役立てたい」との談話を発表した。

中国が北朝鮮の後ろ盾となり、経済で梃子入れし、米国の軍事的脅威から
も守ってやるとの合意が中朝の2人の独裁者間で成立済みなのは明らかだ。

米国はどう反応したか。ホワイトハウス報道官のサラ・サンダース氏は、
北朝鮮の反応は「十分想定の範囲内」「トランプ大統領は首脳会談が行わ
れれば応ずるが、そうでなければ最大限の圧力をかけ続ける」と述べると
共に、非常に重要な別のことも語っている。

ボルトン氏のリビア方式による核放棄について、彼女はこう語ったのだ。

「自分はいかなる議論においてもその部分は見ていない、従ってそれ(リ
ビア方式)が我々の目指す解決のモデルだという認識はない」

同発言を米ニュース専門テレビ局「CNN」は「ホワイトハウスはボルト
ン発言を後退させた」と報じた。

トランプ大統領の北朝鮮外交を担うボルトン氏とポンペオ米国務長官の間
には微妙な相違がある。

正恩氏は、習氏と5月7、8の両日、大連で会談した直後の9日にポンペオ氏
を平壌に招き、3人の米国人を解放し、「満足な合意を得た」と述べた。

ポンペオ氏は米国に戻るや「金(正恩)氏が正しい道を選べば、繁栄を手
にするだろう」などと述べ、早くも米国が制裁を緩和し、正恩氏に見返り
を与えるのかと思わせる発言をした。

ボルトン氏は対照的に、核・ミサイル、日本人拉致被害者について強い発
言を変えてはいない。

国務長官と大統領補佐官の間のこの差を正恩氏は見逃さず、ボルトン氏排
除を狙ったのであろう。米国を首脳会談の席につかせ、段階的な核・ミサ
イル廃棄を認めさせ、中国の経済援助を得、中国の抑止力で米国の軍事行
動を封じ込める思惑が見てとれる。

「制裁解除のタイミングを誤れば対北朝鮮交渉は失敗する」と安倍晋三首
相は警告し続けている。トランプ氏がその警告をどこまで徹底して受け入
れるかが鍵だ。同時に認識すべきことは、北朝鮮が中国の援助の下、核・
ミサイルを所有し、拉致も解決せず、生き延びる最悪の事態もあり得る、
まさに日本の国難が眼前にあるということだ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年5月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1232 

2018年05月27日

◆北朝鮮が中国援助の下で

                         櫻井よしこ


「北朝鮮が中国援助の下で生き延びる最悪の事態もあり得ると認識すべきだ」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は5月16日、部下の第一外務次官、金桂
冠氏に、「米国が圧力ばかりかけるのでは米朝首脳会談に応じるか否か、
再検討せざるを得ない」と発言させた。

桂冠氏はジョン・ボルトン米大統領補佐官が北朝鮮に「完全で、検証可能
で、不可逆的」を意味するリビア方式の非核化のみならず、ミサイル及び
生物・化学兵器の永久放棄も要求していること、制裁緩和や経済支援はこ
れらが完全に履行された後に初めて可能だと言明していることに関して、
個人名を挙げて激しく非難した。

ボルトン氏はトランプ政権内の最強硬論者として知られる。氏は核・ミサ
イル、化学兵器を全て廃棄しても、それらを作る人材が残っている限り、
真の非核化は不可能だとして、北朝鮮の技術者を数千人単位(6000人とす
る報道もある)で国外に移住させよとも主張しているといわれる。

拉致についても、米朝会談で取り上げると言い続けているのが氏である。

正恩氏にとって最も手強い相手がボルトン氏なのである。だから桂冠氏が
「我々はボルトン氏への嫌悪感を隠しはしない」と言ったのであろう。

それにしても米朝首脳会談中止を示唆する強い態度を、なぜ正恩氏はとれ
るのか。理由は中国の動きから簡単に割り出せる。桂冠発言と同じ日、中
国の習近平国家主席が北朝鮮の経済視察団員らと会談した。中国の国営通
信社、新華社によると、北朝鮮経済視察団は中国が招待したもので、北朝
鮮の全ての「道」(県)と市の代表が参加し、「中国の経済建設と改革開
放の経験に学び、経済発展に役立てたい」との談話を発表した。

中国が北朝鮮の後ろ盾となり、経済で梃子入れし、米国の軍事的脅威から
も守ってやるとの合意が中朝の2人の独裁者間で成立済みなのは明らかだ。

米国はどう反応したか。ホワイトハウス報道官のサラ・サンダース氏は、
北朝鮮の反応は「十分想定の範囲内」「トランプ大統領は首脳会談が行わ
れれば応ずるが、そうでなければ最大限の圧力をかけ続ける」と述べると
共に、非常に重要な別のことも語っている。

ボルトン氏のリビア方式による核放棄について、彼女はこう語ったのだ。

「自分はいかなる議論においてもその部分は見ていない、従ってそれ(リ
ビア方式)が我々の目指す解決のモデルだという認識はない」

同発言を米ニュース専門テレビ局「CNN」は「ホワイトハウスはボルト
ン発言を後退させた」と報じた。

トランプ大統領の北朝鮮外交を担うボルトン氏とポンペオ米国務長官の間
には微妙な相違がある。

正恩氏は、習氏と5月7、8の両日、大連で会談した直後の9日にポンペオ氏
を平壌に招き、3人の米国人を解放し、「満足な合意を得た」と述べた。

ポンペオ氏は米国に戻るや「金(正恩)氏が正しい道を選べば、繁栄を手
にするだろう」などと述べ、早くも米国が制裁を緩和し、正恩氏に見返り
を与えるのかと思わせる発言をした。

ボルトン氏は対照的に、核・ミサイル、日本人拉致被害者について強い発
言を変えてはいない。

国務長官と大統領補佐官の間のこの差を正恩氏は見逃さず、ボルトン氏排
除を狙ったのであろう。米国を首脳会談の席につかせ、段階的な核・ミサ
イル廃棄を認めさせ、中国の経済援助を得、中国の抑止力で米国の軍事行
動を封じ込める思惑が見てとれる。

「制裁解除のタイミングを誤れば対北朝鮮交渉は失敗する」と安倍晋三首
相は警告し続けている。トランプ氏がその警告をどこまで徹底して受け入
れるかが鍵だ。同時に認識すべきことは、北朝鮮が中国の援助の下、核・
ミサイルを所有し、拉致も解決せず、生き延びる最悪の事態もあり得る、
まさに日本の国難が眼前にあるということだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1232 

2018年05月26日

◆日本よ自立せよ、米国は保護者ではない

櫻井よしこ


朝鮮半島を巡って尋常ならざる動きが続いている。金正恩朝鮮労働党委
員長は、3月26、27の両日、北京で習近平国家主席と初の首脳会談をし
た。5月7日と8日には、大連で再び習氏と会談した。5月14日には平壌から
重要人物が北京を訪れたとの情報が駆け巡った。

北朝鮮はいまや中国の助言と指示なくして動けない。正恩氏は中国に命乞
いをし、中国は巧みに窮鳥を懐に取り込んだ。

米国からは、3月末にマイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官が平壌
を訪れ、5月9日には国務長官として再び平壌に飛んだ。このときポンペオ
氏は、正恩氏から完全非核化の約束とそれまで拘束されていた3人の米国
人の身柄を受け取り、13時間の滞在を満面の笑みで締めくくった。

その前日にトランプ大統領はイランとの核合意離脱を発表した。14日には
在イスラエル米大使館をテルアビブからエルサレムに移した。

一連の外交政策には国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルト
ン氏の決意が反映されている。

中国はこの間、海軍力強化を誇示した。4月12日には中国史上最大規模の
観艦式を南シナ海で行い、習氏が「強大な海軍を建設する任務が今ほど差
し迫ったことはない。世界一流の海軍建設に努力せよ」と檄を飛ばした。
5月13日には中国初の国産空母の試験航海に踏み切り、当初2020年の就役
予定を来年にも早める方針を示した。

2月に米国が台湾旅行法を上院の全会一致で可決し、米国の要人も軍人も
自由に台湾を訪れることが出来るようになったが、中国はそうした米国の
意図を力で阻む姿勢を見せていると考えるべきだろう。

こうした状況の下、ボルトン氏は北朝鮮にこの上なく明確なメッセージを
発し続けた。

「リビアモデル」

4月29日、CBSニュースの「フェース・ザ・ネーション」で、5月6日、
FOXニュースで、北朝鮮には「リビアモデル」を適用すると明言した。
カダフィ大佐が全ての核関連施設を米英の情報機関に開放し、3か月で核
のみならず、ミサイル及び化学兵器の廃棄を成し遂げたやり方である。

正恩氏は3月の中朝会談や4月27日の南北首脳会談で非核化は「段階的」に
進め、各段階毎に経済的支援を取りつけたいとの主張を展開していたが、
ボルトン発言はそうした考えを明確に拒否するものだった。

それだけではない。ボルトン氏は日本人や韓国人の拉致被害者の解放と米
国人3人の人質解放を求めた。その要求に応える形で、正恩氏は前述のよ
うにポンペオ氏に3人の米国人を引き渡した。

ポンペオ氏の平壌行きに同行を許された記者の1人、「ワシントン・ポス
ト」のキャロル・モレロ氏が平壌行きの舞台裏について書いている。氏は
5月4日には新しいパスポートと出発の準備をするよう指示を受けた。3日
後、4時間後に出発との報せを受けた。アンドリューズ空軍基地の航空機
には、ホワイトハウス、国家安全保障会議、国務省のスタッフに加えて、
医師と心理療法士も乗り込んでいた。

ポンペオ氏の再度の平壌行きは正恩氏が完全な非核化を告げ人質解放を実
行するためだったわけだ。4月29日と5月6日のボルトン氏の厳しい要求を
聞いて正恩氏がふるえ上がり、対応策と支援を習氏に求めるために5月7~8
日に大連に行ったということであろう。

中朝会談について、5月14日の「読売新聞」朝刊が中川孝之、中島健太郎
両特派員の報告で報じている。それによると、大連会談では正恩氏が「非
核化の中間段階でも経済支援を受けることが可能かどうか」を習氏に打診
し、習氏が「米朝首脳会談で非核化合意が成立すれば」可能だと答えてい
たそうだ。

また、正恩氏が「米国は、非核化を終えれば経済支援すると言うが、米国
が約束を守るとは信じられない」と不満を表明したとも報じられた。

「読売」の報道は、大連会談で中国の支援を得た正恩氏が、中国の事実上
の指示に従ってその直後のポンペオ氏との会談に臨んだことを示唆してい
る。正恩氏が米国の要求を受け入れたことで、米国側はいま、どのように
考えているかを示すのが、5月13日の「FOXニュース」でのポンペオ発
言だ。氏は次のように質問された。

「金氏が正しい道を選べば、繁栄を手にするだろうと、あなたは11日に発
言しています。どういう意味ですか」

ポンペオ氏は、米国民の税金が注ぎこまれるのではなく、米企業が事業展
開することで北朝鮮に繁栄がもたらされるという意味だとして、語った。

「北朝鮮には電力やインフラ整備で非常に大きな需要がある。米国の農業
も北朝鮮国民が十分に肉を食べ、健康な生活を営めるよう手伝える」

天国と地獄ほどの相違

同日、ボルトン氏もCNNの「ステート・オブ・ザ・ユニオン」で語って
いる。

「もし、彼らが非核化をコミットするなら、北朝鮮の展望は信じられない
程、強固なもの(strong)になる」「北朝鮮は正常な国となり、韓国のよ
うに世界と普通に交流することで未来が開ける」

ボルトン氏は、米国が求めているのは「完全で、検証可能で、不可逆的な
核の解体」(CVID)であると述べることも忘れはしなかった。「イラ
ンと同様、核の運搬手段としての弾道ミサイルも、生物化学兵器も手放さ
なければならない。大統領はその他の問題、日本人の拉致被害者と韓国の
拉致された市民の件も取り上げるだろう」と明言した。

ボルトン氏とポンペオ氏の表現には多少の濃淡の差があるが、米中北の三
か国で進行していることの大筋が見えてくる。完全な非核化を北朝鮮が米
国と約束し、中国がその後ろ盾となる。米国はリビアモデルの厳しい行程
を主張しながらも、中国の事実上の介入もしくは仲介ゆえに、北朝鮮が引
き延ばしをしたとしても軍事オプションは取りにくくなる。中国の対北朝
鮮支援が国連決議に違反しないかどうかを、米国も国際社会も厳しく監視
するのは当然だが、中国は陰に陽に、北朝鮮の側に立つ。

これまではここで妥協がはかられてきた。今回はどうか。米国と中国の、
国家としての形や方向性はおよそ正反対だ。両国の国際社会に対するアプ
ローチには天国と地獄ほどの相違がある。台湾、南シナ海、東シナ海、ど
の断面で見ても、さらに拉致問題を考えても日本は米国と共に歩むのが正
解である。ただ、米国は日本の保護者ではない。私たちは米国と協力する
のであって依存するのではない。そのことをいま、私たち日本国民が深く
自覚しなければ、大変なことになると思う。

『週刊新潮』 2018年5月24日号 日本ルネッサンス 第803号

2018年05月25日

◆朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も

櫻井よしこ


「朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も日本の野党は政治責任を果た
していない」
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の動きが派手派手しい。5月7日から8
日、妹の与正氏と共に中国の大連を訪れた。習近平国家主席と共におさ
まった幾葉もの写真を北朝鮮の「労働新聞」に掲載し、米国に対して「僕
には中国がついているぞ」と訴えるのに懸命である。

懐の窮鳥を庇うように、中国共産党を代弁する国営通信社の新華社は「関
係国が敵視政策と安全への脅威をなくしさえすれば核を持つ必要はない」
と正恩氏が語ったと伝えた。

習氏は8日、トランプ米大統領に電話し、「米国が北朝鮮の合理的な安全
保障上の懸念を考慮することを希望する」と語った。正恩氏を囲い込み、
米国の脅威から守ってやるという中国の姿勢であろう。

9日には北朝鮮の招待でポンペオ米国務長官が平壌を訪れ正恩氏と会談、
北朝鮮に拘束されていた米国人3人は解放されて、ポンペオ氏と共に米東
部時間で10日未明にワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着した。

トランプ大統領から早速、安倍晋三首相に電話があった。米国人3人の解
放に祝意を述べた首相の思いは、日本人拉致被害者の上にあったことだろう。

この間の9日、東京では日中韓の首脳会談が開催されたが、日本と中韓の
間にある大きなギャップは埋めきれていない。会談後の記者会見で安倍首
相は朝鮮半島情勢への対応を三首脳で綿密に話し合ったと述べたが、日米
の主張する「完全で検証可能な、不可逆的な核・弾道ミサイルの廃棄」
(CVID)という言葉も、北朝鮮への圧力という表現も3首脳の口から
は出なかった。

拉致について安倍首相は、「早期解決に向けて、両首脳の支援と協力を呼
びかけ、日本の立場に理解を得た」と述べたが、中韓両首脳は拉致には共
同記者発表の席で言及していない。彼らの発言は徹底して自国の国益中心
である。

中国の李克強首相は朝鮮半島の核に関して、「対話の軌道に戻る」ことを
歓迎し、経済に関しては「自由貿易維持」を強調した。北朝鮮の核問題は
時間をかけて、話し合いで折り合うべきだというもので、軍事力行使をチ
ラつかせる米国への牽制である。自由貿易に関する発言も、米国第一で保
護貿易に傾く米政権への対抗姿勢だ。

韓国の文在寅大統領は、日中双方が板門店宣言を歓迎したと語った。拉致
にも慰安婦にも触れずに言及した板門店宣言は、2分されている朝鮮民族
の再統一を前面に押し出したものだ。「北朝鮮の非核化」ではなく、米韓
同盟の消滅をも示唆する「朝鮮半島の非核化」を強調するものでもある。

今回の首脳会談からは3か国が足並みを揃えて懸案を解決する姿勢より
も、同床異夢の様相が浮き彫りにされた。

10日の電話会談でトランプ氏は、北朝鮮問題で「日本はビッグ・プレー
ヤーだ」と述べたという。いま、朝鮮半島勢力を巡って日清戦争前夜と
いってもよい歴史的な闘いが展開中だ。朝鮮半島を中国が握るのか、米国
が握るのか、そのせめぎ合いの最前線に私たちはいる。

日本の命運を大きく揺るがすこの局面で叡知を集め、対策を練り、何とし
てでも拉致被害者を取り戻し、北朝鮮の核、ミサイル、生物兵器をなくす
べき時だ。日本全体が団結することなしには達成できない課題である。

だが、国会審議を拒否して半月以上も連休した野党は、国会審議に戻った
かと思えば、まだ、加計学園問題をやっている。立憲民主党の長妻昭氏は
「疑惑は深まったというよりも、予想以上に深刻だ。

徹底的に腰を据えて国会でやらないといけない」と語った。だが、獣医学
部新設は既得権益と岩盤規制を打ち破る闘いで、改革派がそれを打ち破っ
ただけのことだ。長妻氏の非難は的外れである。朝鮮半島大激変の最中、
国民を取り戻し、国民の命を守るにはどうすべきかを論じ、実行しなけれ
ばならない。野党の多くは政治の責任を果たしていない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年5月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1231

2018年05月24日

◆朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが

櫻井よしこ


「朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も日本の野党は政治責任を果たし
ていない」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の動きが派手派手しい。5月7日から8
日、妹の与正氏と共に中国の大連を訪れた。習近平国家主席と共におさ
まった幾葉もの写真を北朝鮮の「労働新聞」に掲載し、米国に対して「僕
には中国がついているぞ」と訴えるのに懸命である。

懐の窮鳥を庇うように、中国共産党を代弁する国営通信社の新華社は「関
係国が敵視政策と安全への脅威をなくしさえすれば核を持つ必要はない」
と正恩氏が語ったと伝えた。習氏は8日、トランプ米大統領に電話し、
「米国が北朝鮮の合理的な安全保障上の懸念を考慮することを希望する」
と語った。正恩氏を囲い込み、米国の脅威から守ってやるという中国の姿
勢であろう。

9日には北朝鮮の招待でポンペオ米国務長官が平壌を訪れ正恩氏と会談、
北朝鮮に拘束されていた米国人3人は解放されて、ポンペオ氏と共に米東
部時間で10日未明にワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着した。

トランプ大統領から早速、安倍晋三首相に電話があった。米国人3人の解
放に祝意を述べた首相の思いは、日本人拉致被害者の上にあったことだろう。

この間の9日、東京では日中韓の首脳会談が開催されたが、日本と中韓の
間にある大きなギャップは埋めきれていない。会談後の記者会見で安倍首
相は朝鮮半島情勢への対応を三首脳で綿密に話し合ったと述べたが、日米
の主張する「完全で検証可能な、不可逆的な核・弾道ミサイルの廃棄」
(CVID)という言葉も、北朝鮮への圧力という表現も三首脳の口から
は出なかった。

拉致について安倍首相は、「早期解決に向けて、両首脳の支援と協力を呼
びかけ、日本の立場に理解を得た」と述べたが、中韓両首脳は拉致には共
同記者発表の席で言及していない。彼らの発言は徹底して自国の国益中心
である。

中国の李克強首相は朝鮮半島の核に関して、「対話の軌道に戻る」ことを
歓迎し、経済に関しては「自由貿易維持」を強調した。北朝鮮の核問題は
時間をかけて、話し合いで折り合うべきだというもので、軍事力行使をチ
ラつかせる米国への牽制である。自由貿易に関する発言も、米国第一で保
護貿易に傾く米政権への対抗姿勢だ。

韓国の文在寅大統領は、日中双方が板門店宣言を歓迎したと語った。拉致
にも慰安婦にも触れずに言及した板門店宣言は、二分されている朝鮮民族
の再統一を前面に押し出したものだ。「北朝鮮の非核化」ではなく、米韓
同盟の消滅をも示唆する「朝鮮半島の非核化」を強調するものでもある。

今回の首脳会談からは3か国が足並みを揃えて懸案を解決する姿勢より
も、同床異夢の様相が浮き彫りにされた。

10日の電話会談でトランプ氏は、北朝鮮問題で「日本はビッグ・プレー
ヤーだ」と述べたという。いま、朝鮮半島勢力を巡って日清戦争前夜と
いってもよい歴史的な闘いが展開中だ。朝鮮半島を中国が握るのか、米国
が握るのか、そのせめぎ合いの最前線に私たちはいる。

日本の命運を大きく揺るがすこの局面で叡知を集め、対策を練り、何とし
てでも拉致被害者を取り戻し、北朝鮮の核、ミサイル、生物兵器をなくす
べき時だ。日本全体が団結することなしには達成できない課題である。

だが、国会審議を拒否して半月以上も連休した野党は、国会審議に戻った
かと思えば、まだ、加計学園問題をやっている。立憲民主党の長妻昭氏は
「疑惑は深まったというよりも、予想以上に深刻だ。

徹底的に腰を据えて国会でやらないといけない」と語った。だが、獣医学
部新設は既得権益と岩盤規制を打ち破る闘いで、改革派がそれを打ち破っ
ただけのことだ。長妻氏の非難は的外れである。朝鮮半島大激変の最中、
国民を取り戻し、国民の命を守るにはどうすべきかを論じ、実行しなけれ
ばならない。野党の多くは政治の責任を果たしていない。
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1231