2018年10月15日

◆バラ色に描く韓国の悲劇

櫻井よしこ


「南北協力の道をバラ色に描く韓国の悲劇 偏向報道が目に余る日本の韓
国化も心配だ」

韓国の著名な言論人、趙甲濟氏がこんなことを呟いた。「韓国人の考える
能力、理解力が低下しています。わが国が直面する危機について、どれだ
け発信してもわかってもらえない」。

趙氏は昭和20年、日本で生まれたが、家族と共に韓国に引き揚げた。私は
折に触れ、氏と対談をしたり意見交換したりしてきたが、氏が生まれ故郷
の日本に対して、好意とわだかまりを混在させていると感ずることがある。

日本へのわだかまりは、韓国への思いの深さと朝鮮民族としての誇りと背
中合わせなのだと感ずる。その趙氏が、韓国人の考える能力が劣化してい
ると、日本人の私に語ったことに、痛ましさを感じずにはいられなかった。

なぜ、彼はそのように言うのか。それは彼らの祖国、大韓民国を消滅に追
いやってしまうかもしれない政策を文在寅大統領が次々に実施しているに
も拘わらず、韓国民がそのことに気づかないからだ。言論人として、趙氏
がどれだけ警告を発しようが、韓国民はそんなことにお構いなく、文氏に
高い支持を与え続けているからでもある。

文氏の支持率は、氏が南北朝鮮首脳会談を行い、北朝鮮の金正恩朝鮮労働
党委員長との親密な関係を宣伝する度に上がってきた。まるで北朝鮮のメ
ディアであるかのような韓国のテレビ局や新聞社は金、文両氏の笑顔と抱
擁を大きく報じ、南北協力の道をバラ色に描き、民族統一の夢を抱かせ
る。しかし、二度行われた首脳会談の合意、「板門店宣言」(4月27日)
も「平壌共同宣言」(9月19日)も決してバラ色ではない。むしろ一方的
に北朝鮮に有利で、韓国の悲劇を招く内容だと断じてよいだろう。

4月の板門店宣言をより具体化し、強調したのが9月の平壌共同宣言だが、
その中で最も重要視されているのが、南北間の軍事的敵対関係の解消であ
る。そのために彼らは軍事分野に関する合意文書を別に作成し、10月1
日、早くも実施に移したのだ。

なんと、非武装地帯(DMZ)や板門店の共同警備区域(JSA)で地雷
の除去を始めたのだ。20日以内にすべての地雷を取り除き、それから5日
以内に監視所や火力兵器を撤収し、10月末までに完全に非武装化する。さ
らに11月からは軍事境界線の上空を飛行禁止区域とし、この一帯での軍事
演習はすべて取りやめるともいう。

朝鮮問題専門家である西岡力氏が警告した。

「韓国側が一方的に武装解除するのに対して、北朝鮮側はミサイルも核も
基本的に保有したままです。北朝鮮は軍事境界線に沿ってすくなくとも長
距離砲340門を配備済みです。首都ソウルは十分射程の範囲内です。これ
まで韓国軍は情報監視能力を備えた哨戒機を飛ばし、北朝鮮側の不穏な動
きをキャッチしてきました。

必要なら精密打撃能力を誇るミサイルで攻撃可能な態勢が整っていまし
た。しかし哨戒機の飛行をやめるわけですから、万が一、北朝鮮が攻撃を
かけてきても分かりませんから、防ぎようもありません。北朝鮮には哨戒
能力はまったくないのですから、一方的に韓国側が譲って、ソウルを明け
渡すわけです」

こんな状況が眼前に出現しているのに、なぜ韓国の国民はおかしいと思わ
ないのかと、趙氏は嘆くわけだ。氏は韓国人の考える能力を問題視した
が、実は韓国メディアの発信する情報の偏りこそが問題だ。韓国のメディ
ア界は偏向報道の見本のような状況に陥っている。正恩氏が恰も心優しい
優れた指導者であるかのような報道しかしない。北朝鮮の脅威も伝えない
ために、韓国人は事実を認識できないのだ。

私は韓国情勢を心配しながら、日本の現状についても同様の危惧を抱く。
日本のメディアの目に余る偏った報道で日本が韓国化しつつあるのではな
いかと、心底心配だ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年10月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1251

2018年10月14日

◆要は翁長氏の陰に隠れた

櫻井よしこ


当欄の原稿執筆中の9月30日、沖縄では県知事選挙の投票が続いている。
大型の強い台風24号が通りすぎ、それはいま、本土を襲っているのだが、
沖縄もまだ台風の余波の中だ。

28日の金曜日には、インターネット配信の言論テレビに、沖縄の我那覇真
子氏をゲストに迎えた。

「知事選は事実上、佐喜眞淳氏と玉城デニー氏の一騎打ちですが、おかし
なことに佐喜眞対翁長雄志の戦いになったのです。玉城氏は翁長氏の弔い
合戦を意識して、専ら、翁長氏の遺志を継ぐと訴え続けました。政策はあ
まり語らず、要は翁長氏の陰に隠れたのです」

死去した翁長氏を前面に立てて、選挙を弔い合戦にする。このような場
合、有権者は亡くなった人物とその遺志を継ぐ人物に同情しがちである。
玉城氏は選挙を、自民党が恐れた戦いのパターンに持ち込んだ。琉球新報
と沖縄タイムスがその路線に乗って玉城氏の応援部隊となった。我那覇氏
が琉球新報と沖縄タイムスの両紙意見広告を見せた。

まん中に翁長氏の、癌でやせた写真が印刷され、その上に「あなたの遺志
は私たち県民が継ぐ」と書かれている。手書きの書体で「翁長知事ありが
とう」という言葉も目につく。玉城氏の写真は隅の方に小さく印刷されて
いるだけだ。

我那覇氏が目を丸くして語った。

「一体誰の選挙ポスターかと一瞬、思います。それ程、翁長氏のイメージ
に頼っている。沖縄には翁長氏の遺影が溢れているのです。車で走ってい
ても、大きく引き伸ばした翁長氏の写真をポスターにして通り過ぎる車に
見せている人達がいます。如何にも活動家という感じの人達ですが、一日
中、沿道で頑張っているのです」

玉城氏は政策論を戦わせるのではなく、有権者の情に訴える戦法に徹した
が、それでも政策論争から逃げることはできない。再び我那覇氏の説明だ。

「玉城・佐喜眞両氏の公開討論は2回行われました。いずれも佐喜眞氏圧
勝といえる内容で、玉城支持の人々も、それは認めざるを得ませんでし
た。そもそも玉城氏の掲げる政策そのものがおかしいのです。矛盾だらけ
です」

夢見るドリーマー

玉城氏は、知事選挙の争点は辺野古への普天間飛行場の移設問題であり、
移設を認めるか否かだとしている。明らかに認めないという立場だ。

沖縄の島々への自衛隊の配備にも、反対だ。理由は、島の住民たちの合意
もなく、地域に分断を持ち込む強硬配備だからだというものだ。

だが、辺野古移転も自衛隊配備も認めないのであれば、日米安保体制も自
衛隊も十分には機能できない事態に陥るだろう。そのとき、尖閣諸島はど
のようにして守るのか。氏は外交と国際法で解決すると公約している。

軍事力の裏づけがない話し合いや外交が国際社会で通じないのは、南シナ
海における中国の行動を見れば明らかだ。常設仲裁裁判所は、南シナ海で
中国がフィリピンから島々を奪ったのは明確な国際法違反だという判決を
下した。その判決文を中国は紙クズだとして否定し、横暴にも島々の軍事
要塞化を進めている。外交手段も国際法も、中国には何の効果もない。に
も拘わらず、玉城氏は夢見るドリーマーのような政策しか掲げていない。

我那覇氏が声を強めて言った。

「玉城氏はとんでもないことを言っているのです。尖閣諸島問題を外交で
解決するということは、相手との話し合いの席につくということです。で
も、尖閣諸島はそもそも日本の領土です。領土問題など存在しないのです
から、話し合いなんて必要ない。あんた、何言ってるので終わる話です。
それなのに、外交で話し合って決めるというのは、国の政策とも合わな
い。相手の土俵に易々と乗ることで、それ自体、大きな敗北です。国会議
員だったにも拘わらず、基礎の基礎がわかっていないんです」

彼女は、玉城氏が4回も選挙に勝ってずっと国会議員を務めていたことが
信じられないという。

玉城氏に較べて佐喜眞氏の政策の方が説得力がある。氏は経済政策を真っ
正面に掲げているが、それでも沖縄の島々に中国の脅威が迫ってくる場
合、島々を守る力を保有しておくことが大事だと主張する。自衛隊の配備
も辺野古への移転も全て現実を見て対処するということだ。尖閣諸島につ
いても、領海を脅かす行為には断固抗議すると表明したのは当然でまとも
である。

玉城氏についてはもっとおかしなことがある、と我那覇氏は言う。

「9月23日付けの八重山日報が報じたのですが、玉城氏が『日米から沖縄
を取り戻す』と演説したのです。日本と沖縄は別々の主体で、沖縄は日本
の一部ではないというわけです。翁長氏も沖縄の自己決定権という言葉を
使っていました。この主張は琉球独立論につながります」

沖縄自身の責任放棄

沖縄には「構造的沖縄差別」という表現がある。『沖縄の不都合な真実』
(新潮新書)に篠原章氏らが書いているのだが、「沖縄人」と「日本人」
を対置し、「日本人」が沖縄における米軍基地の本土移転を拒絶している
のは、「日本人」の「沖縄人」に対する歴史的な差別意識が背景にあると
して、日本政府だけでなく、日本国民全体を批判する考え方だという。

米軍基地が沖縄に集中しているのは事実だが、そこには地理的、政治的、
歴史的な背景もあり、差別意識だけに原因を求めるのには無理がある。基
地縮小を政府が進めようとすると、反対論が沖縄の側から起きるという事
実にも見られるように、基地の偏在は沖縄の経済体質や社会構造の問題と
も密接に結びついている。

従って、米軍基地の偏在の責任を、「日本人」にのみ求めるのは、沖縄自
身の責任放棄である。

篠原氏らは差別についても、沖縄自身が重層的に考えなければならないと
問題提起している。「日本」による沖縄差別を問題視するのであれば、沖
縄本島による奄美・宮古・八重山地方に対する差別と収奪の歴史にも「落
とし前」をつけよとして、構造的沖縄差別論、または日本批判はむしろ沖
縄内部の問題点や矛盾を覆い隠すための議論だと指摘する。

さてこの原稿を書いている内に、知事選の結果が少しずつ、見えてきた。
午後8時すぎ、投票を終えて暫くしてから、NHKが当確ではないが、玉
城氏優勢を伝えた。

当選が確定されれば、沖縄は翁長氏に続いて、構造的沖縄差別を言い立て
る人物を知事に選んだことになる。外交と国際法の力を以て日本の領土で
ある尖閣諸島を守るというドリーマーだ。沖縄問題での迷走が、また、4
年間続くのだろうか。

『週刊新潮』 2018年10月11日号 日本ルネッサンス 第822号


2018年10月13日

◆波高し、沖縄新知事の行く末

櫻井よしこ


当欄の原稿執筆中の9月30日、沖縄では県知事選挙の投票が続いている。
大型の強い台風24号が通りすぎ、それはいま、本土を襲っているのだが、
沖縄もまだ台風の余波の中だ。

28日の金曜日には、インターネット配信の言論テレビに、沖縄の我那覇真
子氏をゲストに迎えた。

「知事選は事実上、佐喜眞淳氏と玉城デニー氏の一騎打ちですが、おかし
なことに佐喜眞対翁長雄志の戦いになったのです。玉城氏は翁長氏の弔い
合戦を意識して、専ら、翁長氏の遺志を継ぐと訴え続けました。政策はあ
まり語らず、要は翁長氏の陰に隠れたのです」

死去した翁長氏を前面に立てて、選挙を弔い合戦にする。このような場
合、有権者は亡くなった人物とその遺志を継ぐ人物に同情しがちである。
玉城氏は選挙を、自民党が恐れた戦いのパターンに持ち込んだ。琉球新報
と沖縄タイムスがその路線に乗って玉城氏の応援部隊となった。我那覇氏
が琉球新報と沖縄タイムスの両紙意見広告を見せた。

まん中に翁長氏の、癌でやせた写真が印刷され、その上に「あなたの遺志
は私たち県民が継ぐ」と書かれている。手書きの書体で「翁長知事ありが
とう」という言葉も目につく。玉城氏の写真は隅の方に小さく印刷されて
いるだけだ。

我那覇氏が目を丸くして語った。

「一体誰の選挙ポスターかと一瞬、思います。それ程、翁長氏のイメージ
に頼っている。沖縄には翁長氏の遺影が溢れているのです。車で走ってい
ても、大きく引き伸ばした翁長氏の写真をポスターにして通り過ぎる車に
見せている人達がいます。如何にも活動家という感じの人達ですが、一日
中、沿道で頑張っているのです」

玉城氏は政策論を戦わせるのではなく、有権者の情に訴える戦法に徹した
が、それでも政策論争から逃げることはできない。再び我那覇氏の説明だ。

「玉城・佐喜眞両氏の公開討論は2回行われました。いずれも佐喜眞氏圧
勝といえる内容で、玉城支持の人々も、それは認めざるを得ませんでし
た。そもそも玉城氏の掲げる政策そのものがおかしいのです。矛盾だらけ
です」

夢見るドリーマー

玉城氏は、知事選挙の争点は辺野古への普天間飛行場の移設問題であり、
移設を認めるか否かだとしている。明らかに認めないという立場だ。

沖縄の島々への自衛隊の配備にも、反対だ。理由は、島の住民たちの合意
もなく、地域に分断を持ち込む強硬配備だからだというものだ。

だが、辺野古移転も自衛隊配備も認めないのであれば、日米安保体制も自
衛隊も十分には機能できない事態に陥るだろう。そのとき、尖閣諸島はど
のようにして守るのか。氏は外交と国際法で解決すると公約している。

軍事力の裏づけがない話し合いや外交が国際社会で通じないのは、南シナ
海における中国の行動を見れば明らかだ。常設仲裁裁判所は、南シナ海で
中国がフィリピンから島々を奪ったのは明確な国際法違反だという判決を
下した。その判決文を中国は紙クズだとして否定し、横暴にも島々の軍事
要塞化を進めている。外交手段も国際法も、中国には何の効果もない。に
も拘わらず、玉城氏は夢見るドリーマーのような政策しか掲げていない。

我那覇氏が声を強めて言った。

「玉城氏はとんでもないことを言っているのです。尖閣諸島問題を外交で
解決するということは、相手との話し合いの席につくということです。で
も、尖閣諸島はそもそも日本の領土です。領土問題など存在しないのです
から、話し合いなんて必要ない。あんた、何言ってるので終わる話です。
それなのに、外交で話し合って決めるというのは、国の政策とも合わな
い。相手の土俵に易々と乗ることで、それ自体、大きな敗北です。国会議
員だったにも拘わらず、基礎の基礎がわかっていないんです」

彼女は、玉城氏が4回も選挙に勝ってずっと国会議員を務めていたことが
信じられないという。

玉城氏に較べて佐喜眞氏の政策の方が説得力がある。氏は経済政策を真っ
正面に掲げているが、それでも沖縄の島々に中国の脅威が迫ってくる場
合、島々を守る力を保有しておくことが大事だと主張する。自衛隊の配備
も辺野古への移転も全て現実を見て対処するということだ。尖閣諸島につ
いても、領海を脅かす行為には断固抗議すると表明したのは当然でまとも
である。

玉城氏についてはもっとおかしなことがある、と我那覇氏は言う。

「9月23日付けの八重山日報が報じたのですが、玉城氏が『日米から沖縄
を取り戻す』と演説したのです。日本と沖縄は別々の主体で、沖縄は日本
の一部ではないというわけです。翁長氏も沖縄の自己決定権という言葉を
使っていました。この主張は琉球独立論につながります」

沖縄自身の責任放棄

沖縄には「構造的沖縄差別」という表現がある。『沖縄の不都合な真実』
(新潮新書)に篠原章氏らが書いているのだが、「沖縄人」と「日本人」
を対置し、「日本人」が沖縄における米軍基地の本土移転を拒絶している
のは、「日本人」の「沖縄人」に対する歴史的な差別意識が背景にあると
して、日本政府だけでなく、日本国民全体を批判する考え方だという。

米軍基地が沖縄に集中しているのは事実だが、そこには地理的、政治的、
歴史的な背景もあり、差別意識だけに原因を求めるのには無理がある。基
地縮小を政府が進めようとすると、反対論が沖縄の側から起きるという事
実にも見られるように、基地の偏在は沖縄の経済体質や社会構造の問題と
も密接に結びついている。

従って、米軍基地の偏在の責任を、「日本人」にのみ求めるのは、沖縄自
身の責任放棄である。

篠原氏らは差別についても、沖縄自身が重層的に考えなければならないと
問題提起している。「日本」による沖縄差別を問題視するのであれば、沖
縄本島による奄美・宮古・八重山地方に対する差別と収奪の歴史にも「落
とし前」をつけよとして、構造的沖縄差別論、または日本批判はむしろ沖
縄内部の問題点や矛盾を覆い隠すための議論だと指摘する。

さてこの原稿を書いている内に、知事選の結果が少しずつ、見えてきた。
午後8時すぎ、投票を終えて暫くしてから、NHKが当確ではないが、玉
城氏優勢を伝えた。

当選が確定されれば、沖縄は翁長氏に続いて、構造的沖縄差別を言い立て
る人物を知事に選んだことになる。外交と国際法の力を以て日本の領土で
ある尖閣諸島を守るというドリーマーだ。沖縄問題での迷走が、また、4
年間続くのだろうか。

『週刊新潮』 2018年10月11日号 日本ルネッサンス 第822号


2018年10月12日

◆波高し、沖縄新知事のゆくすえ

櫻井よしこ


当欄の原稿執筆中の9月30日、沖縄では県知事選挙の投票が続いてい
る。大型の強い台風24号が通りすぎ、それはいま、本土を襲っているのだ
が、沖縄もまだ台風の余波の中だ。

28日の金曜日には、インターネット配信の言論テレビに、沖縄の我那覇真
子氏をゲストに迎えた。

「知事選は事実上、佐喜眞淳氏と玉城デニー氏の一騎打ちですが、おかし
なことに佐喜眞対翁長雄志の戦いになったのです。玉城氏は翁長氏の弔い
合戦を意識して、専ら、翁長氏の遺志を継ぐと訴え続けました。政策はあ
まり語らず、要は翁長氏の陰に隠れたのです」

死去した翁長氏を前面に立てて、選挙を弔い合戦にする。このような場
合、有権者は亡くなった人物とその遺志を継ぐ人物に同情しがちである。
玉城氏は選挙を、自民党が恐れた戦いのパターンに持ち込んだ。琉球新報
と沖縄タイムスがその路線に乗って玉城氏の応援部隊となった。我那覇氏
が琉球新報と沖縄タイムスの両紙意見広告を見せた。

まん中に翁長氏の、癌でやせた写真が印刷され、その上に「あなたの遺志
は私たち県民が継ぐ」と書かれている。手書きの書体で「翁長知事ありが
とう」という言葉も目につく。玉城氏の写真は隅の方に小さく印刷されて
いるだけだ。

我那覇氏が目を丸くして語った。

「一体誰の選挙ポスターかと一瞬、思います。それ程、翁長氏のイメージ
に頼っている。沖縄には翁長氏の遺影が溢れているのです。車で走ってい
ても、大きく引き伸ばした翁長氏の写真をポスターにして通り過ぎる車に
見せている人達がいます。如何にも活動家という感じの人達ですが、一日
中、沿道で頑張っているのです」

玉城氏は政策論を戦わせるのではなく、有権者の情に訴える戦法に徹した
が、それでも政策論争から逃げることはできない。再び我那覇氏の説明だ。

「玉城・佐喜眞両氏の公開討論は2回行われました。いずれも佐喜眞氏圧
勝といえる内容で、玉城支持の人々も、それは認めざるを得ませんでし
た。そもそも玉城氏の掲げる政策そのものがおかしいのです。矛盾だらけ
です」

夢見るドリーマー

玉城氏は、知事選挙の争点は辺野古への普天間飛行場の移設問題であり、
移設を認めるか否かだとしている。明らかに認めないという立場だ。

沖縄の島々への自衛隊の配備にも、反対だ。理由は、島の住民たちの合意
もなく、地域に分断を持ち込む強硬配備だからだというものだ。

だが、辺野古移転も自衛隊配備も認めないのであれば、日米安保体制も自
衛隊も十分には機能できない事態に陥るだろう。そのとき、尖閣諸島はど
のようにして守るのか。氏は外交と国際法で解決すると公約している。

軍事力の裏づけがない話し合いや外交が国際社会で通じないのは、南シナ
海における中国の行動を見れば明らかだ。常設仲裁裁判所は、南シナ海で
中国がフィリピンから島々を奪ったのは明確な国際法違反だという判決を
下した。その判決文を中国は紙クズだとして否定し、横暴にも島々の軍事
要塞化を進めている。外交手段も国際法も、中国には何の効果もない。に
も拘わらず、玉城氏は夢見るドリーマーのような政策しか掲げていない。

我那覇氏が声を強めて言った。

「玉城氏はとんでもないことを言っているのです。尖閣諸島問題を外交で
解決するということは、相手との話し合いの席につくということです。で
も、尖閣諸島はそもそも日本の領土です。領土問題など存在しないのです
から、話し合いなんて必要ない。あんた、何言ってるので終わる話です。
それなのに、外交で話し合って決めるというのは、国の政策とも合わな
い。相手の土俵に易々と乗ることで、それ自体、大きな敗北です。国会議
員だったにも拘わらず、基礎の基礎がわかっていないんです」

彼女は、玉城氏が4回も選挙に勝ってずっと国会議員を務めていたことが
信じられないという。

玉城氏に較べて佐喜眞氏の政策の方が説得力がある。氏は経済政策を真っ
正面に掲げているが、それでも沖縄の島々に中国の脅威が迫ってくる場
合、島々を守る力を保有しておくことが大事だと主張する。自衛隊の配備
も辺野古への移転も全て現実を見て対処するということだ。尖閣諸島につ
いても、領海を脅かす行為には断固抗議すると表明したのは当然でまとも
である。

玉城氏についてはもっとおかしなことがある、と我那覇氏は言う。

「9月23日付けの八重山日報が報じたのですが、玉城氏が『日米から沖縄
を取り戻す』と演説したのです。日本と沖縄は別々の主体で、沖縄は日本
の一部ではないというわけです。翁長氏も沖縄の自己決定権という言葉を
使っていました。この主張は琉球独立論につながります」

沖縄自身の責任放棄

沖縄には「構造的沖縄差別」という表現がある。『沖縄の不都合な真実』
(新潮新書)に篠原章氏らが書いているのだが、「沖縄人」と「日本人」
を対置し、「日本人」が沖縄における米軍基地の本土移転を拒絶している
のは、「日本人」の「沖縄人」に対する歴史的な差別意識が背景にあると
して、日本政府だけでなく、日本国民全体を批判する考え方だという。

米軍基地が沖縄に集中しているのは事実だが、そこには地理的、政治的、
歴史的な背景もあり、差別意識だけに原因を求めるのには無理がある。基
地縮小を政府が進めようとすると、反対論が沖縄の側から起きるという事
実にも見られるように、基地の偏在は沖縄の経済体質や社会構造の問題と
も密接に結びついている。

従って、米軍基地の偏在の責任を、「日本人」にのみ求めるのは、沖縄自
身の責任放棄である。

篠原氏らは差別についても、沖縄自身が重層的に考えなければならないと
問題提起している。「日本」による沖縄差別を問題視するのであれば、沖
縄本島による奄美・宮古・八重山地方に対する差別と収奪の歴史にも「落
とし前」をつけよとして、構造的沖縄差別論、または日本批判はむしろ沖
縄内部の問題点や矛盾を覆い隠すための議論だと指摘する。

さてこの原稿を書いている内に、知事選の結果が少しずつ、見えてきた。
午後8時すぎ、投票を終えて暫くしてから、NHKが当確ではないが、玉
城氏優勢を伝えた。

当選が確定されれば、沖縄は翁長氏に続いて、構造的沖縄差別を言い立て
る人物を知事に選んだことになる。外交と国際法の力を以て日本の領土で
ある尖閣諸島を守るというドリーマーだ。沖縄問題での迷走が、また、4
年間続くのだろうか。

『週刊新潮』 2018年10月11日号 日本ルネッサンス 第822号

2018年10月11日

◆中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」

櫻井よしこ


「中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」 「第二のスリランカ」阻止
への正念場だ」

広域経済圏構想「一帯一路」を推進して、世界に覇権を打ち立てるという
中国の思惑が、またひとつ崩れ去るのか。日本や米国、インドやオースト
ラリアは中国の横暴な世界戦略に修正を加えることができるのか。

インド洋に浮かぶリゾートの島国、モルディブで9月23日、大統領選挙が
行われ、親中派のアブドラ・ヤミーン氏が敗北した。野党統一候補のイブ
ラヒム・モハメド・ソリ氏が58%の得票で勝利したことで、これまでの親
中路線が修正される可能性が生まれた。それ自体、歓迎すべきことだが、
多くの困難が待ち受けているだろう。

前政権のヤミーン氏は2013年の大統領就任以降、いち早く一帯一路構想に
賛同し、積極的に中国マネーを導入した。無謀なインフラ工事を進め、ヤ
ミーン氏自身も腐敗の極みにあり、現時点で中国に対するモルディブの債
務は20億ドルに上る。IMF(国際通貨基金)の統計では同国GDP(国
内総生産)は45億ドルで、対中債務はGDPの実に45%を占めている。

モルディブが、「債務の罠」にはまったのは明らかで、モルディブ国民が
今回の選挙で親中派を排除した最大の理由である。実は彼らの危機意識
は、モルディブ同様、一帯一路の要衝にあたり、債務の罠にはまってし
まったスリランカの事例によって高まった。

スリランカでも、親中派政権が巨額の中国マネーを導入し、ハンバントタ
港の大規模整備を進めた。国民は膨れ上がる債務と6.8%の高金利のもた
らす悲劇を直感し、親中派を退けた。

新政権は追加の開発を凍結したが、中国が損害賠償を要求すると窮地に
陥った。どうあがいてもスリランカには賠償金の支払いも債務の返済も無
理だ。足下を見た中国は、それまでの微笑みをかなぐり捨ててハンバント
タ港の99年間のリース権を要求した。

こうしてスリランカ政府は、事実上、半永久的に港を中国に奪われてし
まった。この間の経緯をじっと見ていたのがモルディブ国民だった。

港や戦略的に重要な拠点を奪われているのは、スリランカだけではない。
オーストラリアも同様である。

同国の北に位置するダーウィン港は米海軍が定期的に寄港する軍港であ
る。そこに隣接する広大な土地の99年間のリース権を、オーストラリアは
なんと中国に許してしまったのだ。15年、中国が支払ったのはわずか約
460億円である。オーストラリア政府はこの取引を阻止せず、アメリカの
オバマ政権(当時)は事後になるまでこの件について知らされていなかった。

独占的権利を得た中国は、米海軍が拠点とするこの軍港の大規模拡張計画
を発表済みだ。今年5月、アメリカは太平洋軍を「インド・太平洋軍」と
改称したが、インド洋に睨みをきかせようとするアメリカに中国は堂々と
挑んでいるのである。

ダーウィンからインドネシアの南側を北西に進むとスリランカに行きつ
く。インドの鼻先に位置する同国のハンバントタ港については前述したと
おりだ。

ハンバントタから南西に下がった所に、今回、中国に反旗を翻したモル
ディブがあり、さらに西に進めば紅海の入り口にジブチがある。ジブチに
は、中国が初めて海外に築いた軍事基地がある。

ジブチに対しても中国はすでに債務の罠を仕込んでいる。同国のGDPは
20億ドルとされるが、そこに中国はアフリカ最大規模の自由貿易区を、35
億ドルかけて建設したのだ。

ジブチの辿るであろう運命はすでに明らかだ。世界各地で進行中のこの悪
魔のような債務の罠に絡めとられた国々をどのようにして助けていくのか
が問われている。とりわけ日米豪印はモルディブを第2のスリランカにし
ないために最大限の協力をしなければならない。まさに正念場である。
『週刊ダイヤモンド』 2018年10月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1250

2018年10月10日

◆中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」

櫻井よしこ


「中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」 「第二のスリランカ」阻止
への正念場だ」

広域経済圏構想「一帯一路」を推進して、世界に覇権を打ち立てるという
中国の思惑が、またひとつ崩れ去るのか。日本や米国、インドやオースト
ラリアは中国の横暴な世界戦略に修正を加えることができるのか。

インド洋に浮かぶリゾートの島国、モルディブで9月23日、大統領選挙が
行われ、親中派のアブドラ・ヤミーン氏が敗北した。野党統一候補のイブ
ラヒム・モハメド・ソリ氏が58%の得票で勝利したことで、これまでの親
中路線が修正される可能性が生まれた。それ自体、歓迎すべきことだが、
多くの困難が待ち受けているだろう。

前政権のヤミーン氏は2013年の大統領就任以降、いち早く一帯一路構想に
賛同し、積極的に中国マネーを導入した。無謀なインフラ工事を進め、ヤ
ミーン氏自身も腐敗の極みにあり、現時点で中国に対するモルディブの債
務は20億ドルに上る。IMF(国際通貨基金)の統計では同国GDP(国
内総生産)は四五億ドルで、対中債務はGDPの実に45%を占めている。

モルディブが、「債務の罠」にはまったのは明らかで、モルディブ国民が
今回の選挙で親中派を排除した最大の理由である。実は彼らの危機意識
は、モルディブ同様、一帯一路の要衝にあたり、債務の罠にはまってし
まったスリランカの事例によって高まった。

スリランカでも、親中派政権が巨額の中国マネーを導入し、ハンバントタ
港の大規模整備を進めた。国民は膨れ上がる債務と6.8%の高金利のもた
らす悲劇を直感し、親中派を退けた。

新政権は追加の開発を凍結したが、中国が損害賠償を要求すると窮地に
陥った。どうあがいてもスリランカには賠償金の支払いも債務の返済も無
理だ。足下を見た中国は、それまでの微笑みをかなぐり捨ててハンバント
タ港の99年間のリース権を要求した。

こうしてスリランカ政府は、事実上、半永久的に港を中国に奪われてし
まった。この間の経緯をじっと見ていたのがモルディブ国民だった。

港や戦略的に重要な拠点を奪われているのは、スリランカだけではない。
オーストラリアも同様である。

同国の北に位置するダーウィン港は米海軍が定期的に寄港する軍港であ
る。そこに隣接する広大な土地の99年間のリース権を、オーストラリアは
なんと中国に許してしまったのだ。15年、中国が支払ったのはわずか約
460億円である。オーストラリア政府はこの取引を阻止せず、アメリカの
オバマ政権(当時)は事後になるまでこの件について知らされていなかった。

独占的権利を得た中国は、米海軍が拠点とするこの軍港の大規模拡張計画
を発表済みだ。今年5月、アメリカは太平洋軍を「インド・太平洋軍」と
改称したが、インド洋に睨みをきかせようとするアメリカに中国は堂々と
挑んでいるのである。

ダーウィンからインドネシアの南側を北西に進むとスリランカに行きつ
く。インドの鼻先に位置する同国のハンバントタ港については前述したと
おりだ。

ハンバントタから南西に下がった所に、今回、中国に反旗を翻したモル
ディブがあり、さらに西に進めば紅海の入り口にジブチがある。ジブチに
は、中国が初めて海外に築いた軍事基地がある。

ジブチに対しても中国はすでに債務の罠を仕込んでいる。同国のGDPは
20億ドルとされるが、そこに中国はアフリカ最大規模の自由貿易区を、35
億ドルかけて建設したのだ。

ジブチの辿るであろう運命はすでに明らかだ。世界各地で進行中のこの悪
魔のような債務の罠に絡めとられた国々をどのようにして助けていくのか
が問われている。とりわけ日米豪印はモルディブを第二のスリランカにし
ないために最大限の協力をしなければならない。まさに正念場である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年10月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1250

2018年10月09日

◆中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」

櫻井よしこ


「中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」 「第二のスリランカ」阻止へ
の正念場だ」

広域経済圏構想「一帯一路」を推進して、世界に覇権を打ち立てるという
中国の思惑が、またひとつ崩れ去るのか。日本や米国、インドやオースト
ラリアは中国の横暴な世界戦略に修正を加えることができるのか。

インド洋に浮かぶリゾートの島国、モルディブで9月23日、大統領選挙が
行われ、親中派のアブドラ・ヤミーン氏が敗北した。野党統一候補のイブ
ラヒム・モハメド・ソリ氏が58%の得票で勝利したことで、これまでの親
中路線が修正される可能性が生まれた。それ自体、歓迎すべきことだが、
多くの困難が待ち受けているだろう。

前政権のヤミーン氏は2013年の大統領就任以降、いち早く一帯一路構想に
賛同し、積極的に中国マネーを導入した。無謀なインフラ工事を進め、ヤ
ミーン氏自身も腐敗の極みにあり、現時点で中国に対するモルディブの務
は20億ドルに上る。IMF(国際通貨基金)の統計では同国のGDP(国
内総生産)は45億ドルで、対中債務はGDPの実に45%を占めている。

モルディブが、「債務の罠」にはまったのは明らかで、モルディブ国民が
今回の選挙で親中派を排除した最大の理由である。実は彼らの危機意識
は、モルディブ同様、一帯一路の要衝にあたり、債務の罠にはまってし
まったスリランカの事例によって高まった。

スリランカでも、親中派政権が巨額の中国マネーを導入し、ハンバントタ
港の大規模整備を進めた。国民は膨れ上がる債務と6.8%の高金利のもた
らす悲劇を直感し、親中派を退けた。

新政権は追加の開発を凍結したが、中国が損害賠償を要求すると窮地に
陥った。どうあがいてもスリランカには賠償金の支払いも債務の返済も無
理だ。足下を見た中国は、それまでの微笑みをかなぐり捨ててハンバント
タ港の99年間のリース権を要求した。

こうしてスリランカ政府は、事実上、半永久的に港を中国に奪われてし
まった。この間の経緯をじっと見ていたのがモルディブ国民だった。

港や戦略的に重要な拠点を奪われているのは、スリランカだけではない。
オーストラリアも同様である。

同国の北に位置するダーウィン港は米海軍が定期的に寄港する軍港であ
る。そこに隣接する広大な土地の99年間のリース権を、オーストラリアは
なんと中国に許してしまったのだ。15年、中国が支払ったのはわずか約
460億円である。オーストラリア政府はこの取引を阻止せず、アメリカの
オバマ政権(当時)は事後になるまでこの件について知らされていなかった。

独占的権利を得た中国は、米海軍が拠点とするこの軍港の大規模拡張計画
を発表済みだ。今年5月、アメリカは太平洋軍を「インド・太平洋軍」と
改称したが、インド洋に睨みをきかせようとするアメリカに中国は堂々と
挑んでいるのである。

ダーウィンからインドネシアの南側を北西に進むとスリランカに行きつ
く。インドの鼻先に位置する同国のハンバントタ港については前述したと
おりだ。

ハンバントタから南西に下がった所に、今回、中国に反旗を翻したモル
ディブがあり、さらに西に進めば紅海の入り口にジブチがある。ジブチに
は、中国が初めて海外に築いた軍事基地がある。

ジブチに対しても中国はすでに債務の罠を仕込んでいる。同国のGDPは
20億ドルとされるが、そこに中国はアフリカ最大規模の自由貿易区を、35
億ドルかけて建設したのだ。

ジブチの辿るであろう運命はすでに明らかだ。世界各地で進行中のこの悪
魔のような債務の罠に絡めとられた国々をどのようにして助けていくのか
が問われている。とりわけ日米豪印はモルディブを第二のスリランカにし
ないために最大限の協力をしなければならない。まさに正念場である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年10月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1250

2018年10月08日

◆中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」

櫻井よしこ


「中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」 「第二のスリランカ」阻止へ
の正念場だ」

広域経済圏構想「一帯一路」を推進して、世界に覇権を打ち立てるという
中国の思惑が、またひとつ崩れ去るのか。日本や米国、インドやオースト
ラリアは中国の横暴な世界戦略に修正を加えることができるのか。

インド洋に浮かぶリゾートの島国、モルディブで9月23日、大統領選挙が
行われ、親中派のアブドラ・ヤミーン氏が敗北した。野党統一候補のイブ
ラヒム・モハメド・ソリ氏が58%の得票で勝利したことで、これまでの親
中路線が修正される可能性が生まれた。それ自体、歓迎すべきことだが、
多くの困難が待ち受けているだろう。

前政権のヤミーン氏は2013年の大統領就任以降、いち早く一帯一路構想に
賛同し、積極的に中国マネーを導入した。無謀なインフラ工事を進め、ヤ
ミーン氏自身も腐敗の極みにあり、現時点で中国に対するモルディブの債
務は20億ドルに上る。IMF(国際通貨基金)の統計では同国GDP(国
内総生産)は四五億ドルで、対中債務はGDPの実に45%を占めている。

モルディブが、「債務の罠」にはまったのは明らかで、モルディブ国民が
今回の選挙で親中派を排除した最大の理由である。実は彼らの危機意識
は、モルディブ同様、一帯一路の要衝にあたり、債務の罠にはまってし
まったスリランカの事例によって高まった。

スリランカでも、親中派政権が巨額の中国マネーを導入し、ハンバントタ
港の大規模整備を進めた。国民は膨れ上がる債務と6.8%の高金利のもた
らす悲劇を直感し、親中派を退けた。

新政権は追加の開発を凍結したが、中国が損害賠償を要求すると窮地に
陥った。どうあがいてもスリランカには賠償金の支払いも債務の返済も無
理だ。足下を見た中国は、それまでの微笑みをかなぐり捨ててハンバント
タ港の99年間のリース権を要求した。

こうしてスリランカ政府は、事実上、半永久的に港を中国に奪われてし
まった。この間の経緯をじっと見ていたのがモルディブ国民だった。

港や戦略的に重要な拠点を奪われているのは、スリランカだけではない。
オーストラリアも同様である。

同国の北に位置するダーウィン港は米海軍が定期的に寄港する軍港であ
る。そこに隣接する広大な土地の99年間のリース権を、オーストラリアは
なんと中国に許してしまったのだ。15年、中国が支払ったのはわずか約
460億円である。オーストラリア政府はこの取引を阻止せず、アメリカの
オバマ政権(当時)は事後になるまでこの件について知らされていなかった。

独占的権利を得た中国は、米海軍が拠点とするこの軍港の大規模拡張計画
を発表済みだ。今年5月、アメリカは太平洋軍を「インド・太平洋軍」と
改称したが、インド洋に睨みをきかせようとするアメリカに中国は堂々と
挑んでいるのである。

ダーウィンからインドネシアの南側を北西に進むとスリランカに行きつ
く。インドの鼻先に位置する同国のハンバントタ港については前述したと
おりだ。

ハンバントタから南西に下がった所に、今回、中国に反旗を翻したモル
ディブがあり、さらに西に進めば紅海の入り口にジブチがある。ジブチに
は、中国が初めて海外に築いた軍事基地がある。

ジブチに対しても中国はすでに債務の罠を仕込んでいる。同国のGDPは
20億ドルとされるが、そこに中国はアフリカ最大規模の自由貿易区を、35
億ドルかけて建設したのだ。

ジブチの辿るであろう運命はすでに明らかだ。世界各地で進行中のこの悪
魔のような債務の罠に絡めとられた国々をどのようにして助けていくのか
が問われている。とりわけ日米豪印はモルディブを第二のスリランカにし
ないために最大限の協力をしなければならない。まさに正念場である。

『週刊ダイヤモンド』 2018年10月6日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1250
            

2018年10月07日

◆中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」

櫻井よしこ


中国が世界各地で仕掛ける「債務の罠」 「第2のスリランカ」阻止への
正念場だ 」

広域経済圏構想「一帯一路」を推進して、世界に覇権を打ち立てるという
中国の思惑が、またひとつ崩れ去るのか。日本や米国、インドやオースト
ラリアは中国の横暴な世界戦略に修正を加えることができるのか。

インド洋に浮かぶリゾートの島国、モルディブで9月23日、大統領選挙が
行われ、親中派のアブドラ・ヤミーン氏が敗北した。野党統一候補のイブ
ラヒム・モハメド・ソリ氏が58%の得票で勝利したことで、これまでの親
中路線が修正される可能性が生まれた。それ自体、歓迎すべきことだが、
多くの困難が待ち受けているだろう。

前政権のヤミーン氏は2013年の大統領就任以降、いち早く一帯一路構想に
賛同し、積極的に中国マネーを導入した。無謀なインフラ工事を進め、ヤ
ミーン氏自身も腐敗の極みにあり、現時点で中国に対するモルディブの債
務は20億ドルに上る。IMF(国際通貨基金)の統計では同国の
GDP(国内総生産)は四五億ドルで、対中債務はGDPの実に45%を占
めている。

モルディブが、「債務の罠」にはまったのは明らかで、モルディブ国民が
今回の選挙で親中派を排除した最大の理由である。実は彼らの危機意識
は、モルディブ同様、一帯一路の要衝にあたり、債務の罠にはまってし
まったスリランカの事例によって高まった。

スリランカでも、親中派政権が巨額の中国マネーを導入し、ハンバントタ
港の大規模整備を進めた。国民は膨れ上がる債務と6.8%の高金利のもた
らす悲劇を直感し、親中派を退けた。

新政権は追加の開発を凍結したが、中国が損害賠償を要求すると窮地に
陥った。どうあがいてもスリランカには賠償金の支払いも債務の返済も無
理だ。足下を見た中国は、それまでの微笑みをかなぐり捨ててハンバント
タ港の99年間のリース権を要求した。

こうしてスリランカ政府は、事実上、半永久的に港を中国に奪われてし
まった。この間の経緯をじっと見ていたのがモルディブ国民だった。

港や戦略的に重要な拠点を奪われているのは、スリランカだけではない。
オーストラリアも同様である。

同国の北に位置するダーウィン港は米海軍が定期的に寄港する軍港であ
る。そこに隣接する広大な土地の99年間のリース権を、オーストラリアは
なんと中国に許してしまったのだ。15年、中国が支払ったのはわずか約
460億円である。オーストラリア政府はこの取引を阻止せず、アメリカの
オバマ政権(当時)は事後になるまでこの件について知らされていなかった。

独占的権利を得た中国は、米海軍が拠点とするこの軍港の大規模拡張計画
を発表済みだ。今年5月、アメリカは太平洋軍を「インド・太平洋軍」と
改称したが、インド洋に睨みをきかせようとするアメリカに中国は堂々と
挑んでいるのである。

ダーウィンからインドネシアの南側を北西に進むとスリランカに行きつ
く。インドの鼻先に位置する同国のハンバントタ港については前述したと
おりだ。

ハンバントタから南西に下がった所に、今回、中国に反旗を翻したモル
ディブがあり、さらに西に進めば紅海の入り口にジブチがある。ジブチに
は、中国が初めて海外に築いた軍事基地がある。

ジブチに対しても中国はすでに債務の罠を仕込んでいる。同国のGDPは
20億ドルとされるが、そこに中国はアフリカ最大規模の自由貿易区を、35
億ドルかけて建設したのだ。

ジブチの辿るであろう運命はすでに明らかだ。世界各地で進行中のこの悪
魔のような債務の罠に絡めとられた国々をどのようにして助けていくのか
が問われている。とりわけ日米豪印はモルディブを第二のスリランカにし
ないために最大限の協力をしなければならない。まさに正念場である。
『週刊ダイヤモンド』 2018年10月6日号

新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1250

2018年10月06日

◆拉致解決、安倍対北外交で団結せよ

櫻井よしこ


インターネットで配信する「言論テレビ」を始めて6年になった。毎週金
曜日の夜9時から、原則として1時間の番組を2本ずつ放送している。9月21
日は6周年記念の2時間特別番組で拉致問題を取り上げた。

横田めぐみさんが13歳で拉致されて今年で41年、お母さんの早紀江さんが
語った。

「1977年11月15日、朝、普段どおりしっかり食事して、牛乳も飲んで、本
当に元気に出かけました。いつものお友達が迎えにきて『きたきた! 
行ってきます!』と飛んでいったのが最後です」

11月の新潟は日暮れも早い。暗くなっても帰らないめぐみさん。ありとあ
らゆる場所を探した。懐中電灯をかざしてまっ暗な海辺も歩いた。恐怖で
足がふるえる中を、めぐみちゃんめぐみちゃんと叫び続けた。突然、煙の
ように消えてしまった一人娘。母は、誰もいなくなった昼間、畳を掻きむ
しって泣いた。海に身を投げて死んでしまいたいと思った。

そうして19年が過ぎた1996年、元共産党議員秘書の兵本達吉氏から、北朝
鮮にいると伝えられた。

「生きている! 1、2年で帰ってくる!と、なぜか思いました。でも朝日
放送の石高健次さんが、相手は難しい国だから、少なくとも数年はかかる
と言いました」

数年どころか、それから22年が過ぎた。めぐみさんの拉致からは実に41年
が過ぎ、彼女はもうすぐ54歳になる。御両親も同じだけ年を重ね、父の滋
さんは85歳になった。

「一時期、体調を崩しましたが、主人はいま頑張っています。私も新潟に
いたときのように泣き虫ではいられません。毎日、戦いと祈りの中で今日
までやってきました。国民をさらわれて41年間も取り返せない。日本がこ
んな国ではいけないのです」

拉致というテロ

早紀江さんは、国民を救えない日本国に対して、なぜ、救えないのかと問
う。国民の心をひとつにして、安倍晋三首相の下に力を結集して救出して
ほしいと切望する。朝鮮問題の専門家、西岡力氏が指摘した。

拉致問題を巡っていま膠着状態に陥っているかに見えるが、それはすべて
織り込み済みだ、と。安倍首相もトランプ大統領も、北朝鮮に対してこち
ら側の要求を全然降ろしていないから交渉が動かないだけで、動揺しては
ならないと強調する。

「これまでの日本のやり方では、北朝鮮との話し合いが進まないと、その
こと自体が問題だとして、日本側が要求を降ろしてきたのです。交渉の厳
しさに耐えられず、まず日本が譲歩する。すると北朝鮮が少し反応する。
それが何らかの進展であるかのように考える。しかし、それは全く何の解
決にもつながってこなかった。大事なことは、こちら側の要求は一切、降
ろさないことです」

めぐみさんの弟の拓也さんが語る。

「家族会として度々訪米し、拉致について訴えてきました。アーミテージ
元国務副長官にお会いしたとき、どんな解決を望むのか、北朝鮮に決めさ
せるのではなく、日本のあなた方が決めることだと言われました」

国民の命を守ることが政府の責任だという原則を米国は守り続ける。拉致
問題の解決、被害者をどのような形で取り戻すかは、日本人が決めて、そ
れを拉致というテロを犯した北朝鮮に要求すべきだとの指摘は真っ当だ。
拓也氏は、米政府中枢における拉致問題についての理解が急速に広がり、
深まっていると感じている。

「何度も訪米して活動してきた中で一番辛かったのは、拉致問題を毎回最
初から説明しなければならず、そうしてさえ何分の一もわかってもらえな
い時期が続いたことでした。けれど昨年9月には、殆んどの方が本質的課
題を理解していました。国家安全保障会議のアジア上級部長、ポッティン
ジャー氏は、私が話し始めるより先にこう言ってくれました。めぐみさん
をはじめ北朝鮮が死亡と宣言した8人は生きているんでしょ、横田さん御
夫妻の娘に会いたいという気持ちはトランプ大統領が娘さんや奥さんを愛
しているのと同じです、あなた方の辛い気持ちを必ず大統領に伝える、と
約束してくれたのです」

その後、9月19日、トランプ大統領は国連総会での演説で、めぐみさんの
事件に言及した。

「同盟国とはいえ、他国の一人の民間人のことを発信して下さった。世界
中が改めて認識し、北朝鮮には大きな圧力となりました」と拓也氏。

トランプ政権が後押しする中、安倍首相は最終的には自身が金正恩氏に会
い、拉致問題を解決する決意だ。日本が求める解決策は「拉致被害者全員
の即時一括帰国」しかない。

日朝議連

この目標に向かって日本は団結しなければならない。にも拘らず、アメリ
カ政府高官らが拉致に関していま何をすべきかを本質的に理解しているの
に比べて、日本国内には非常におかしな動きがある。日朝国交正常化推進
議員連盟(日朝議連)がその典型だ。西岡氏の指摘は深刻だ。

「日朝議連が6月に会合を開き、講師に朝鮮総連の機関紙、『朝鮮新報』
平壌支局長の金志永氏と田中均元外務審議官を招きました」

金氏は拉致問題は解決済みだと、田中氏は連絡事務所を設けて合同調査を
すべきだと、発言したそうだ。

「石破茂氏もこの会に出席しています。朝鮮総連の幹部達は足繁く、日本
の政治家の所に通って彼らの考えを吹き込んでいます。石破氏の自民党総
裁選挙の公約にも、彼らの主張が入っています」と西岡氏。

 石破氏は東京と平壌に公的な連絡事務所の設置を公約に掲げた一方で、
こうも語っている。
「拉致問題の全面解決がなければ、何も進展しないというものからは脱
却しなければならない」

拓也氏が切り捨てた。

「このような宥和論はナンセンスであり、妨害工作でしかない」

北朝鮮は国民一人一人に番号を振って管理している恐怖社会だ。その国に
連絡事務所を設けて、北朝鮮と共に拉致問題を調査するなど、拓也氏の言
うとおりナンセンスだ。

拉致解決には、まだ大きな山場を少なくとも二つ踏み越えなければならな
い。まず、米朝間で北朝鮮の核ミサイルの廃棄を実現しなければならな
い。そのためには圧力をかけ続けることも必要だ。二つ目は日朝交渉であ
る。北朝鮮はまだ、日本の世論をだませると思っている。そんなふうに彼
らに思わせているのが、日朝議連をはじめとした動きである。日本人はも
う北朝鮮の嘘にはだまされない。日朝議連のような考え方を断固、排除
し、国民、政治家、政党が心をひとつにして、拉致被害者全員を一括して
取り戻す決意を固めるときだ。

『週刊新潮』 2018年10月4日号 日本ルネッサンス 第821回

2018年10月05日

◆拉致解決、安倍対北外交で団結せよ

櫻井よしこ



インターネットで配信する「言論テレビ」を始めて6年になった。毎週金
曜日の夜9時から、原則として1時間の番組を2本ずつ放送している。9月21
日は6周年記念の2時間特別番組で拉致問題を取り上げた。

横田めぐみさんが13歳で拉致されて今年で41年、お母さんの早紀江さんが
語った。

「1977年11月15日、朝、普段どおりしっかり食事して、牛乳も飲んで、本
当に元気に出かけました。いつものお友達が迎えにきて『きたきた! 
行ってきます!』と飛んでいったのが最後です」

11月の新潟は日暮れも早い。暗くなっても帰らないめぐみさん。ありとあ
らゆる場所を探した。懐中電灯をかざしてまっ暗な海辺も歩いた。恐怖で
足がふるえる中を、めぐみちゃんめぐみちゃんと叫び続けた。突然、煙の
ように消えてしまった一人娘。母は、誰もいなくなった昼間、畳を掻きむ
しって泣いた。海に身を投げて死んでしまいたいと思った。

そうして19年が過ぎた1996年、元共産党議員秘書の兵本達吉氏から、北朝
鮮にいると伝えられた。

「生きている! 1、2年で帰ってくる!と、なぜか思いました。でも朝日
放送の石高健次さんが、相手は難しい国だから、少なくとも数年はかかる
と言いました」

数年どころか、それから22年が過ぎた。めぐみさんの拉致からは実に41年
が過ぎ、彼女はもうすぐ54歳になる。御両親も同じだけ年を重ね、父の滋
さんは85歳になった。

「一時期、体調を崩しましたが、主人はいま頑張っています。私も新潟に
いたときのように泣き虫ではいられません。毎日、戦いと祈りの中で今日
までやってきました。国民をさらわれて41年間も取り返せない。日本がこ
んな国ではいけないのです」

拉致というテロ

早紀江さんは、国民を救えない日本国に対して、なぜ、救えないのかと問
う。国民の心をひとつにして、安倍晋三首相の下に力を結集して救出して
ほしいと切望する。朝鮮問題の専門家、西岡力氏が指摘した。

拉致問題を巡っていま膠着状態に陥っているかに見えるが、それはすべて
織り込み済みだ、と。安倍首相もトランプ大統領も、北朝鮮に対してこち
ら側の要求を全然降ろしていないから交渉が動かないだけで、動揺しては
ならないと強調する。

「これまでの日本のやり方では、北朝鮮との話し合いが進まないと、その
こと自体が問題だとして、日本側が要求を降ろしてきたのです。交渉の厳
しさに耐えられず、まず日本が譲歩する。すると北朝鮮が少し反応する。
それが何らかの進展であるかのように考える。しかし、それは全く何の解
決にもつながってこなかった。大事なことは、こちら側の要求は一切、降
ろさないことです」

めぐみさんの弟の拓也さんが語る。

「家族会として度々訪米し、拉致について訴えてきました。アーミテージ
元国務副長官にお会いしたとき、どんな解決を望むのか、北朝鮮に決めさ
せるのではなく、日本のあなた方が決めることだと言われました」

国民の命を守ることが政府の責任だという原則を米国は守り続ける。拉致
問題の解決、被害者をどのような形で取り戻すかは、日本人が決めて、そ
れを拉致というテロを犯した北朝鮮に要求すべきだとの指摘は真っ当だ。
拓也氏は、米政府中枢における拉致問題についての理解が急速に広がり、
深まっていると感じている。

「何度も訪米して活動してきた中で一番辛かったのは、拉致問題を毎回最
初から説明しなければならず、そうしてさえ何分の一もわかってもらえな
い時期が続いたことでした。けれど昨年9月には、殆んどの方が本質的課
題を理解していました。国家安全保障会議のアジア上級部長、ポッティン
ジャー氏は、私が話し始めるより先にこう言ってくれました。めぐみさん
をはじめ北朝鮮が死亡と宣言した8人は生きているんでしょ、横田さん御
夫妻の娘に会いたいという気持ちはトランプ大統領が娘さんや奥さんを愛
しているのと同じです、あなた方の辛い気持ちを必ず大統領に伝える、と
約束してくれたのです」

その後、9月19日、トランプ大統領は国連総会での演説で、めぐみさんの
事件に言及した。

「同盟国とはいえ、他国の一人の民間人のことを発信して下さった。世界
中が改めて認識し、北朝鮮には大きな圧力となりました」と拓也氏。

トランプ政権が後押しする中、安倍首相は最終的には自身が金正恩氏に会
い、拉致問題を解決する決意だ。日本が求める解決策は「拉致被害者全員
の即時一括帰国」しかない。

日朝議連

この目標に向かって日本は団結しなければならない。にも拘らず、アメリ
カ政府高官らが拉致に関していま何をすべきかを本質的に理解しているの
に比べて、日本国内には非常におかしな動きがある。日朝国交正常化推進
議員連盟(日朝議連)がその典型だ。西岡氏の指摘は深刻だ。

「日朝議連が6月に会合を開き、講師に朝鮮総連の機関紙、『朝鮮新報』
平壌支局長の金志永氏と田中均元外務審議官を招きました」

金氏は拉致問題は解決済みだと、田中氏は連絡事務所を設けて合同調査を
すべきだと、発言したそうだ。

「石破茂氏もこの会に出席しています。朝鮮総連の幹部達は足繁く、日本
の政治家の所に通って彼らの考えを吹き込んでいます。石破氏の自民党総
裁選挙の公約にも、彼らの主張が入っています」と西岡氏。

 石破氏は東京と平壌に公的な連絡事務所の設置を公約に掲げた一方で、
こうも語っている。
「拉致問題の全面解決がなければ、何も進展しないというものからは脱
却しなければならない」

拓也氏が切り捨てた。

「このような宥和論はナンセンスであり、妨害工作でしかない」

北朝鮮は国民一人一人に番号を振って管理している恐怖社会だ。その国に
連絡事務所を設けて、北朝鮮と共に拉致問題を調査するなど、拓也氏の言
うとおりナンセンスだ。

拉致解決には、まだ大きな山場を少なくとも二つ踏み越えなければならな
い。まず、米朝間で北朝鮮の核ミサイルの廃棄を実現しなければならな
い。そのためには圧力をかけ続けることも必要だ。二つ目は日朝交渉であ
る。北朝鮮はまだ、日本の世論をだませると思っている。そんなふうに彼
らに思わせているのが、日朝議連をはじめとした動きである。日本人はも
う北朝鮮の嘘にはだまされない。日朝議連のような考え方を断固、排除
し、国民、政治家、政党が心をひとつにして、拉致被害者全員を一括して
取り戻す決意を固めるときだ。

『週刊新潮』 2018年10月4日  日本ルネッサンス 第821回

2018年10月04日

◆八百万の神という神道の宗教観

櫻井よしこ


「八百万の神という神道の宗教観は多様性重視に向かう国際社会の手本に」

友人の伊藤穰一氏が慶應義塾大学から博士号を授与され、お祝いの会が
あった。氏の研究テーマを説明することは私の能力に余るが、お祝いの席
での会話は刺激的で、私の頭の錆を少しずつ剥がしてくれた。

伊藤氏を友人達は皆、親しみをこめて「ジョイ」(Joi)と呼ぶ。彼は
マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボにおける初めての日本
人所長だ。MITは88人ものノーベル賞受賞者を輩出してきた世界屈指の
大学である。2011年の所長就任以来、伊藤氏は「境界線から、ハミ出れば
ハミ出るほど良い」という考えで、概念を打ち破る多数の研究プロジェク
トを進めてきた。

氏は近著、『教養としてのテクノロジー』(NHK出版新書)でこう指摘
している。インターネットの普及からすでに20年、情報革命の時代は終わ
り、テクノロジーが経済や社会を根底から変えようとしている。だからこ
そ、テクノロジーの発達を哲学として理解することが大事だと。

たとえば人工知能(AI)である。AIの技術はあらゆるサービスのイン
フラとして、実用化の域に達しつつある。グーグルの動画サービス「ユー
チューブ」では、日々10億本の動画が字幕付きで発信され、精度は完全で
ないにしても、英語のニュースがワンクリックで日本語に翻訳される。産
業革命で多くの仕事が機械化されたように翻訳も他分野の仕事もAIが人
間に代わって担うことになる。

その中では、働くことの目的は自ずと変化せざるを得ない。生活費のため
ではなく、意味のあることのために人間は働き始めると、伊藤氏はいう。

では生活費はどのようにして手にするのか。ひとつの方法として米サンフ
ランシスコ市やフィンランドですでに実験が始まっている「ユニバーサ
ル・ベーシック・インカム」(UBI)の仕組みが考えられる。生活保護
を含む現行のセーフティネットに代わる制度として、政府が国民全員に一
定額の生活費を支給する。一本化することで支給にかかる費用を抑制し、
貧困対策にも効果を発揮すると期待されている。

UBIで生活できるのであれば、働かない人間も出てくるだろう。だが、
多くの人は自分の人生の意味を考え、生き方の価値を高めるためにどう働
けばよいのかを考え始めると、予測されている。

ビットコインで広く認知された仮想通貨についての氏の指摘も興味深い。
氏は1995年に現在の仮想通貨に通ずるディジタル・キャッシュの概念を打
ち出している。「新しいサイバーな国には新しい通貨が必要だ」という認
識で進めたディジタル・キャッシュは、しかし、バブル崩壊で一旦潰え
た。いま再び仮想通貨が注目を浴びているが、ルールもガバナンスも未整
備だ。最終的に損をする被害者が出るような仕組みの上に成り立っている
状況が解決されれば、仮想通貨が従来の通貨の意味を根本的に変える時が
くるとの示唆は、私にとって衝撃的だ。

テクノロジーの発達が仕事の意味を変え、言葉の壁を取り払い、通貨の在
り方も変えていく。人類社会のインフラの劇的変化の最先端でハミ出るこ
とを是とする伊藤氏が最後に言及しているのが、人間と自然の関係性を西
洋とは全く異なる考え方でとらえる神道である。一神教のキリスト教とは
異なり、八百万の神がいらっしゃる日本、山川草木すべてに神が宿ると考
える宗教観は、国家、財力、権力などの大きな力による一元管理から離
れ、多様性重視に向かおうとする国際社会にとって、ひとつのお手本にな
ると、氏は説く。

人類の在り方を着実に変えつつあるテクノロジーの最先端を走る伊藤氏の
中に、目指すべき地平として、自然との調和の中で育まれてきた神道の概
念の色濃いことに、日本の行くべき一筋の道を見ることができるのではな
いか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1249

2018年10月03日

◆八百万の神という神道の宗教観

櫻井よしこ


「八百万の神という神道の宗教観は多様性重視に向かう国際社会の手本に」

友人の伊藤穰一氏が慶應義塾大学から博士号を授与され、お祝いの会が
あった。氏の研究テーマを説明することは私の能力に余るが、お祝いの席
での会話は刺激的で、私の頭の錆を少しずつ剥がしてくれた。

伊藤氏を友人達は皆、親しみをこめて「ジョイ」(Joi)と呼ぶ。彼は
マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボにおける初めての日本
人所長だ。MITは88人ものノーベル賞受賞者を輩出してきた世界屈指の
大学である。2011年の所長就任以来、伊藤氏は「境界線から、ハミ出れば
ハミ出るほど良い」という考えで、概念を打ち破る多数の研究プロジェク
トを進めてきた。

氏は近著、『教養としてのテクノロジー』(NHK出版新書)でこう指摘
している。インターネットの普及からすでに20年、情報革命の時代は終わ
り、テクノロジーが経済や社会を根底から変えようとしている。だからこ
そ、テクノロジーの発達を哲学として理解することが大事だと。

たとえば人工知能(AI)である。AIの技術はあらゆるサービスのイン
フラとして、実用化の域に達しつつある。グーグルの動画サービス「ユー
チューブ」では、日々10億本の動画が字幕付きで発信され、精度は完全で
ないにしても、英語のニュースがワンクリックで日本語に翻訳される。産
業革命で多くの仕事が機械化されたように翻訳も他分野の仕事もAIが人
間に代わって担うことになる。

その中では、働くことの目的は自ずと変化せざるを得ない。生活費のため
ではなく、意味のあることのために人間は働き始めると、伊藤氏はいう。

では生活費はどのようにして手にするのか。ひとつの方法として米サンフ
ランシスコ市やフィンランドですでに実験が始まっている「ユニバーサ
ル・ベーシック・インカム」(UBI)の仕組みが考えられる。生活保護
を含む現行のセーフティネットに代わる制度として、政府が国民全員に一
定額の生活費を支給する。一本化することで支給にかかる費用を抑制し、
貧困対策にも効果を発揮すると期待されている。

UBIで生活できるのであれば、働かない人間も出てくるだろう。だが、
多くの人は自分の人生の意味を考え、生き方の価値を高めるためにどう働
けばよいのかを考え始めると、予測されている。

ビットコインで広く認知された仮想通貨についての氏の指摘も興味深い。
氏は1995年に現在の仮想通貨に通ずるディジタル・キャッシュの概念を打
ち出している。「新しいサイバーな国には新しい通貨が必要だ」という認
識で進めたディジタル・キャッシュは、しかし、バブル崩壊で一旦潰え
た。いま再び仮想通貨が注目を浴びているが、ルールもガバナンスも未整
備だ。最終的に損をする被害者が出るような仕組みの上に成り立っている
状況が解決されれば、仮想通貨が従来の通貨の意味を根本的に変える時が
くるとの示唆は、私にとって衝撃的だ。

テクノロジーの発達が仕事の意味を変え、言葉の壁を取り払い、通貨の在
り方も変えていく。人類社会のインフラの劇的変化の最先端でハミ出るこ
とを是とする伊藤氏が最後に言及しているのが、人間と自然の関係性を西
洋とは全く異なる考え方でとらえる神道である。一神教のキリスト教とは
異なり、八百万の神がいらっしゃる日本、山川草木すべてに神が宿ると考
える宗教観は、国家、財力、権力などの大きな力による一元管理から離
れ、多様性重視に向かおうとする国際社会にとって、ひとつのお手本にな
ると、氏は説く。

人類の在り方を着実に変えつつあるテクノロジーの最先端を走る伊藤氏の
中に、目指すべき地平として、自然との調和の中で育まれてきた神道の概
念の色濃いことに、日本の行くべき一筋の道を見ることができるのではな
いか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1249