2018年10月02日

◆支離滅裂に映る細川元首相の

櫻井よしこ


「支離滅裂に映る細川元首相のインタビュー 闇雲な政権批判はメ
ディアの真価にあらず」

雑誌「選択」があらぬ方向に迷走中だ。巻頭インタビューは控え目に言っ
て無意味である。明らかな誤報や歪曲報道も目立つ。

選択の誇りは日本の大戦略を示し、論ずることで言論界に重きをなすこと
だったのではないか。闇雲な政権批判が物言うメディアの真価だと考えて
いるとしたら、無責任な野党並みだ。

9月号の細川護煕元首相の巻頭インタビューはどう読んでも支離滅裂だっ
た。氏は安倍晋三首相は「無私の心がない」「指導者として最も重要な歴
史観を明確に語っていない」などとしたうえで、「地球温暖化防止の『パ
リ協定』に本気で取り組んでいるとは言い難い」とも批判した。

氏は自身の言動の意味を、全くわかっていない。小泉純一郎元首相と共に
氏自身が推進する原発ゼロ政策や再生可能エネルギーをベース電源にする
という主張自体が、日本をパリ協定から遠ざけていることに思いが至らない。

細川氏の「原発再稼働反対と自然エネルギーへの転換」宣言は、実は猛暑
に見舞われた今夏、日本各地で事実上、実現されていた。原発再稼働が進
まない中で、私たちは太陽光発電と火力発電でなんとか乗り切ったのだ。

だが、大きな代償も払っている。太陽光発電の出力は午後4時には半減
し、日没時にはゼロになる。急激な出力低下を他電源で瞬時に補わなけれ
ば大停電を引き起こす。原発が使えないいま、火力発電の登場となる。必
然的にCO2が大量に排出される。かくしてわが国はいま、1キロワット時
の電気を生み出すのに540グラムのCO2を発生させている。スウェーデン
は11グラム、フランスは46グラムだ。わが国は先進国の中の劣等生なのだ。

それでも火力電源で太陽光電源を補えたのは奇跡的だった。太陽光の出力
低下を瞬時に補うには、戦闘機の緊急発進のような緊張のオペレーション
が必要で、その神経をすりへらす操作を、たとえば九州電力では優秀な現
場職員が担った。結果、現場はヘトヘトで、九電は遂に太陽光電力の買い
取り制限を発表した。

将来に向けての再生可能エネルギーの研究開発は無論大事である。そのう
えで強調したいのは、いま日本がCO2排出量を大幅に増やしてパリ協定
に逆行している現象は、細川氏らの主張がもたらす結果でもあるのだ。

細川氏はまた、安倍首相が拉致問題解決を「自分の時代の成果」にした
がっていると論難したが、自己反省に欠ける同発言に、「選択」は全く斬
り込めていない。20年以上拉致問題を取材した立場から、細川氏を含めて
歴代首相の中で安倍首相ほど拉致解決に向けて力を尽くし続けている政治
家はいないと断言できる。

細川内閣の中枢を占めていた社会党系の閣僚や衆参議長は拉致問題に背を
向け、解決に向けての協力など一切しなかったではないか。1988年、梶山
答弁で北朝鮮が日本国民を拉致していると国会で明らかにされたにも拘わ
らず、細川氏も関心を示したことなどなかったではないか。

自身の責任は棚に上げて安倍首相を非難する細川氏に、その矛盾を質しさ
えしない「選択」の姿勢は一体、何なのだ。同じ9月号の99ページには横
田滋氏を病院に見舞った首相への批判記事がある。滋氏の容態悪化で、横
田家は首相の見舞いを「断りたかった」が「仕方なく受け入れた」と書い
ている。取材に妻の早紀江さんが語った。

「ご多忙の中、総理は主人の手を握って、政府も頑張っていますから、
待っていて下さいと励まして下さった。主人は笑顔を見せました。総理の
お見舞いを仕方なく受け入れたとか嫌がったなど、絶対にありません。私
も拓也も哲也も本当に総理には感謝していると、雑誌の方にはっきりとお
伝え下さい」

ニュースの判断基準を単なる反権力、反安倍の地平に置いては漂流する。
「選択」の存在価値の全否定ではないか

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1247

2018年10月01日

◆柿の実をいかにハクビシンから守るか

櫻井よしこ


「柿の実をいかにハクビシンから守るか 臭いで撃退も小鳥が去って思案
の日々」

庭のまん中あたりまで張り出している柿の木の枝にとまって、その小動物
は、じっと私の方を見た。丸い大きなヌレヌレとした黒い瞳。鼻スジが白
くスーッと通っている。かわいらしい顔だ。図鑑で確かめたらハクビシン
だとわかった。これが彼と私の初めての出会い、柿の実が食べ頃に熟す丁
度去年の秋のことだった。

その秋、何年か前に兄と植えた柿の木が初めて実をつけた。兄は亡くな
り、私は柿の木を見ると朗らかだった兄のことを想い出す。柿は春に沢山
の花をつける。

枝々にくちゅくちゅとした若葉のかたまりのような芽が出るが、それを私
は柿の花だと心得ている。それはすぐに実になるのだ。しかし、雨に打た
れ風に吹かれて、小さな実はポロポロと落ちてしまう。昨年、枝に残って
赤ちゃんの拳ほどの小さな、しっかりした実にまで成長したのは、数えて
みると23個もあった。

私は毎日、書斎の窓から柿の実の成長を眺めて暮らした。もう少し大き
く、そして甘くなったら、ひとつふたつもいで、兄に供え、ひとつふたつ
は母と私がたのしんで、あとは庭にやってくる小鳥たちについばんでもら
おうと心づもりしていた。

ところが或る朝、葉も実も無残に食いちぎられてひどいことになってい
た。踏みつけられたような葉が地面一杯に散らばり、かじられた実があち
こちに放り投げられている。辛うじて枝に残った実には、鋭い爪で引っ掻
いた跡がある。犯人はハクビシンに違いない。そういえば彼には鋭い爪が
あった。私はその年の柿の収穫を諦めざるを得なかった。

そんなことがあった後、夕暮れ時、家の北側を通る電線を器用に渡ってい
く小動物の姿を見た。日が暮れてはっきりとは見えないが、見事な技だ。
1本の電線の上を難なく渡っていくのである。猫にできる芸当ではあるま
い。大きな尾でバランスを取っていたから、ハクビシンに違いない。あの
身軽さで木の枝々の、その先端になっている実を取ったのであろう。私は
そのときから、次のシーズン、つまり1年後に柿の実をどのようにしてハ
クビシンの襲撃から守るかを考え始めた。

ハクビシン騒動はその後も続いた。わが家のお隣りには稲荷神社さんがい
らっしゃる。それが大変なことになってしまった。屋根に小さな穴があけ
られて、ハクビシンがそこから屋根裏に出入りしていたのだ。

神社さんはすぐにこの穴を塞いだが、ちょっと油断すると人家にも入って
くるらしい。かわいらしい顔で思わず魅了されるが、一定の距離を保った
方がよさそうだ。しかし、人間の暮らすところには必ず食糧がある。都会
に棲みついた小動物ときっかり区画を分けて住むこと自体が難しいのかも
しれない。

今年もまた柿が実をつけた。そこで調べるとハクビシンを罠にかけて捕獲
する専門家がいた。費用は10万円、とらえて処分するという。そうではな
く、他によい手はないのだろうか。

さらに調べると、あった。唐辛子やニンニクなどありとあらゆる強烈な臭
いを混ぜ合わせたような液体を塗り込んだ大きな赤い札を木の枝に下げる
のである。費用は3000円。ハクビシンはこの臭いと赤い色が嫌いだそう
だ。その赤い札を三枚、枝々に下げてみた。効果はてきめんだった。

書斎の窓から庭を眺め、シメシメ、ハクビシンはこの臭いで撃退したぞ、
と思いながら原稿を書いていて、気がついた。小鳥の謳う声がきこえな
い。水浴びする愛らしい姿も見えない。1羽も来ていない。庭全体が静ま
りかえっている。こんなことは、わが家ではついぞなかった。原因は強烈
な臭いを発散するあの赤い札に違いない。

私はどうすべきか。兄の想い出である柿の木とその実を守るのか、赤い札
を外して小鳥たちをまたこの庭に招き入れるのか。思案の日々が続いている。

週刊ダイヤモンド 2018年11月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1253

◆八百万の神という神道の宗教観

櫻井よしこ


「八百万の神という神道の宗教観は多様性重視に向かう国際社会の手本に」

友人の伊藤穰一氏が慶應義塾大学から博士号を授与され、お祝いの会が
あった。氏の研究テーマを説明することは私の能力に余るが、お祝いの席
での会話は刺激的で、私の頭の錆を少しずつ剥がしてくれた。

伊藤氏を友人達は皆、親しみをこめて「ジョイ」(Joi)と呼ぶ。彼は
マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボにおける初めての日本
人所長だ。MITは88人ものノーベル賞受賞者を輩出してきた世界屈指の
大学である。2011年の所長就任以来、伊藤氏は「境界線から、ハミ出れば
ハミ出るほど良い」という考えで、概念を打ち破る多数の研究プロジェク
トを進めてきた。

氏は近著、『教養としてのテクノロジー』(NHK出版新書)でこう指摘
している。インターネットの普及からすでに20年、情報革命の時代は終わ
り、テクノロジーが経済や社会を根底から変えようとしている。だからこ
そ、テクノロジーの発達を哲学として理解することが大事だと。

たとえば人工知能(AI)である。AIの技術はあらゆるサービスのイン
フラとして、実用化の域に達しつつある。グーグルの動画サービス「ユー
チューブ」では、日々10億本の動画が字幕付きで発信され、精度は完全で
ないにしても、英語のニュースがワンクリックで日本語に翻訳される。産
業革命で多くの仕事が機械化されたように翻訳も他分野の仕事もAIが人
間に代わって担うことになる。

その中では、働くことの目的は自ずと変化せざるを得ない。生活費のため
ではなく、意味のあることのために人間は働き始めると、伊藤氏はいう。

では生活費はどのようにして手にするのか。ひとつの方法として米サンフ
ランシスコ市やフィンランドですでに実験が始まっている「ユニバーサ
ル・ベーシック・インカム」(UBI)の仕組みが考えられる。生活保護
を含む現行のセーフティネットに代わる制度として、政府が国民全員に一
定額の生活費を支給する。一本化することで支給にかかる費用を抑制し、
貧困対策にも効果を発揮すると期待されている。

UBIで生活できるのであれば、働かない人間も出てくるだろう。だが、
多くの人は自分の人生の意味を考え、生き方の価値を高めるためにどう働
けばよいのかを考え始めると、予測されている。

ビットコインで広く認知された仮想通貨についての氏の指摘も興味深い。
氏は1995年に現在の仮想通貨に通ずるディジタル・キャッシュの概念を打
ち出している。「新しいサイバーな国には新しい通貨が必要だ」という認
識で進めたディジタル・キャッシュは、しかし、バブル崩壊で一旦潰え
た。いま再び仮想通貨が注目を浴びているが、ルールもガバナンスも未整
備だ。最終的に損をする被害者が出るような仕組みの上に成り立っている
状況が解決されれば、仮想通貨が従来の通貨の意味を根本的に変える時が
くるとの示唆は、私にとって衝撃的だ。

テクノロジーの発達が仕事の意味を変え、言葉の壁を取り払い、通貨の在
り方も変えていく。人類社会のインフラの劇的変化の最先端でハミ出るこ
とを是とする伊藤氏が最後に言及しているのが、人間と自然の関係性を西
洋とは全く異なる考え方でとらえる神道である。一神教のキリスト教とは
異なり、八百万の神がいらっしゃる日本、山川草木すべてに神が宿ると考
える宗教観は、国家、財力、権力などの大きな力による一元管理から離
れ、多様性重視に向かおうとする国際社会にとって、ひとつのお手本にな
ると、氏は説く。

人類の在り方を着実に変えつつあるテクノロジーの最先端を走る伊藤氏の
中に、目指すべき地平として、自然との調和の中で育まれてきた神道の概
念の色濃いことに、日本の行くべき一筋の道を見ることができるのではな
いか。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1249 

2018年09月30日

◆八百万の神という神道の宗教観

櫻井よしこ


「八百万の神という神道の宗教観は多様性重視に向かう国際社会の手本に」

友人の伊藤穰一氏が慶應義塾大学から博士号を授与され、お祝いの会が
あった。氏の研究テーマを説明することは私の能力に余るが、お祝いの席
での会話は刺激的で、私の頭の錆を少しずつ剥がしてくれた。

伊藤氏を友人達は皆、親しみをこめて「ジョイ」(Joi)と呼ぶ。彼は
マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボにおける初めての日本
人所長だ。MITは88人ものノーベル賞受賞者を輩出してきた世界屈指の
大学である。2011年の所長就任以来、伊藤氏は「境界線から、ハミ出れば
ハミ出るほど良い」という考えで、概念を打ち破る多数の研究プロジェク
トを進めてきた。

氏は近著、『教養としてのテクノロジー』(NHK出版新書)でこう指摘
している。インターネットの普及からすでに20年、情報革命の時代は終わ
り、テクノロジーが経済や社会を根底から変えようとしている。だからこ
そ、テクノロジーの発達を哲学として理解することが大事だと。

たとえば人工知能(AI)である。AIの技術はあらゆるサービスのイン
フラとして、実用化の域に達しつつある。グーグルの動画サービス「ユー
チューブ」では、日々10億本の動画が字幕付きで発信され、精度は完全で
ないにしても、英語のニュースがワンクリックで日本語に翻訳される。産
業革命で多くの仕事が機械化されたように翻訳も他分野の仕事もAIが人
間に代わって担うことになる。

その中では、働くことの目的は自ずと変化せざるを得ない。生活費のため
ではなく、意味のあることのために人間は働き始めると、伊藤氏はいう。

では生活費はどのようにして手にするのか。ひとつの方法として米サンフ
ランシスコ市やフィンランドですでに実験が始まっている「ユニバーサ
ル・ベーシック・インカム」(UBI)の仕組みが考えられる。

生活保護を含む現行のセーフティネットに代わる制度として、政府が国民
全員に一定額の生活費を支給する。一本化することで支給にかかる費用を
抑制し、貧困対策にも効果を発揮すると期待されている。

UBIで生活できるのであれば、働かない人間も出てくるだろう。だが、
多くの人は自分の人生の意味を考え、生き方の価値を高めるためにどう働
けばよいのかを考え始めると、予測されている。

ビットコインで広く認知された仮想通貨についての氏の指摘も興味深い。
氏は1995年に現在の仮想通貨に通ずるディジタル・キャッシュの概念を打
ち出している。

「新しいサイバーな国には新しい通貨が必要だ」という認識で進めたディ
ジタル・キャッシュは、しかし、バブル崩壊で一旦潰えた。いま再び仮想
通貨が注目を浴びているが、ルールもガバナンスも未整備だ。最終的に損
をする被害者が出るような仕組みの上に成り立っている状況が解決されれ
ば、仮想通貨が従来の通貨の意味を根本的に変える時がくるとの示唆は、
私にとって衝撃的だ。

テクノロジーの発達が仕事の意味を変え、言葉の壁を取り払い、通貨の在
り方も変えていく。人類社会のインフラの劇的変化の最先端でハミ出るこ
とを是とする伊藤氏が最後に言及しているのが、人間と自然の関係性を西
洋とは全く異なる考え方でとらえる神道である。

一神教のキリスト教とは異なり、八百万の神がいらっしゃる日本、山川草
木すべてに神が宿ると考える宗教観は、国家、財力、権力などの大きな力
による一元管理から離れ、多様性重視に向かおうとする国際社会にとっ
て、ひとつのお手本になると、氏は説く。

人類の在り方を着実に変えつつあるテクノロジーの最先端を走る伊藤氏の
中に、目指すべき地平として、自然との調和の中で育まれてきた神道の概
念の色濃いことに、日本の行くべき一筋の道を見ることができるのではな
いか。

『週刊ダイヤモンド』 2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1249 

2018年09月29日

◆金持ち排除を進める習近平主席の影

櫻井よしこ
 

「アリババ集団マー会長退任の背後に金持ち排除を進める習近平主席の影」

中国電子商取引(EC)最大手、アリババ集団のジャック・マー会長が五
四歳の誕生日、9月10日を期し会長職を退くと米「ニューヨーク・タイム
ズ」紙が報じた。

3日後、アリババ集団は、退任は今年ではなく、来年の9月10日だと発表し
た。マー氏が株主に宛てて公開した書簡には「大好きな教育分野に戻りた
い。世界は大きく、私はまだ若く、新しいことに挑戦したい」と書かれて
おり、時期は1年ずれたが、会長退任は間違いなさそうだ。

そこで誰しも思うだろう。マー氏はアリババ集団を一代で時価総額約4000
億ドル(約44兆円)企業に育て上げた。スマホ決済で一気にキャッシュレ
ス社会を出現させ、昨年の決済総額1377兆円の約半分を自社のアリペイが
占めた程の成功もおさめた。その彼が何故、いま、退くのか、と。

中国共産党の下で人々はいかにして富と権力を得るのか、権力の一部とな
ればなったでどれ程の火傷を負い失脚するのかを思えば、マー氏退任の背
景に影を見るのは当然だ。「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。

「習近平国家主席の基本方針は毛沢東路線への回帰です。その特徴のひと
つが金持ち潰しです。毛沢東は全権力を中国共産党に集中させ、その上に
立つ自身の存在を核心と位置づけました。習氏も同じようにしたい。核心
はひとり、中心軸はひとつ。その一本軸の縦構造に並列して、兆円単位の
資産を動かす民間の大金持ちが生まれると、そこにも求心力が動く。核心
は2つは不要、そこで金持ち排除に走るのです」

習政権下で大富豪が次々に逮捕され、消されるケースが続いている。今年
5月にも中国保険業界の一角を占めていた安邦保険集団の元会長、呉小暉
氏が懲役18年の刑を科され失脚した。

呉氏はトランプ米大統領の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏と非常に近い
関係にあった。2016年の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した直
後、クシュナー氏が最初に会食した相手が呉氏だった。

呉氏は中国共産党とのコネをばねにのし上がった。若き日に浙江省杭州市
長の娘と結婚し、自動車販売の利権で財を成し、次に元上海市長の息子の
コネを活用して〓小平(とう・しょうへい)一家に接近、妻と離婚して〓
(とう)の孫娘と再婚した。より大きな共産党へのコネを手に、呉氏は保
険業界に進出、短期間に巨万の富を築いてニューヨークの名門ホテル
「ウォルドルフ・アストリア」を買収した。

だが、米政権に深く食い込み影響力を発揮するような存在を、共産党が許
容し続けることはないのである。当局の調査が始まり、保険監督局が安邦
保険集団を公的管理下に置いたのが今年2月、3月には裁判開始、5月10日
には先述の判決が下された。〓(とう)の孫娘の夫といえども冷酷に切り
捨てられた。

大富豪が得意の絶頂で逮捕、投獄され、あるいは自殺に追い込まれる事例
など掃いて捨てる程あるのが中国だ。矢板氏は中国人大富豪の「寿命」は
10年単位で見るのが妥当だと言う。

「中国共産党の権力にくっついて利権を手にする大富豪は権力者が交替し
て新しい権力層が生まれるときが危機なのです。前任者の人脈や利権はこ
とごとく剥奪されるからです。それが種々の逮捕や自殺事件につながります」

どれ程頑張っても中国人の個人的栄華は10年が目途、20年はもたないとい
うのだ。マー氏は通貨の意味を変える程の大変化を巻き起こし、資本主義
経済の新たな波を中国に起こしたかに見える。しかし、共産党支配の論理
の下では、長続きさせてもらえない。

マー氏はビル・ゲイツ氏のように社会貢献に力を注ぎたいと発言した。果
たして習氏がそれを諒とするのか、まだわからない。少なくとも、このま
ま「盛大な成功」を続ければ、己の命運が尽きるとの自覚が退任予告につ
ながったと見てよいだろう。
『週刊ダイヤモンド』2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1248

2018年09月28日

◆アリババ集団マー会長退任の背後に

櫻井よしこ


「アリババ集団マー会長退任の背後に金持ち排除を進める習近平主席の影」

中国電子商取引(EC)最大手、アリババ集団のジャック・マー会長が五
四歳の誕生日、9月10日を期し会長職を退くと米「ニューヨーク・タイム
ズ」紙が報じた。

3日後、アリババ集団は、退任は今年ではなく、来年の9月10日だと発表し
た。マー氏が株主に宛てて公開した書簡には「大好きな教育分野に戻りた
い。世界は大きく、私はまだ若く、新しいことに挑戦したい」と書かれて
おり、時期は1年ずれたが、会長退任は間違いなさそうだ。

そこで誰しも思うだろう。マー氏はアリババ集団を一代で時価総額約4000
億ドル(約44兆円)企業に育て上げた。スマホ決済で一気にキャッシュレ
ス社会を出現させ、昨年の決済総額1377兆円の約半分を自社のアリペイが
占めた程の成功もおさめた。その彼が何故、いま、退くのか、と。

中国共産党の下で人々はいかにして富と権力を得るのか、権力の一部とな
ればなったでどれ程の火傷を負い失脚するのかを思えば、マー氏退任の背
景に影を見るのは当然だ。「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。

「習近平国家主席の基本方針は毛沢東路線への回帰です。その特徴のひと
つが金持ち潰しです。毛沢東は全権力を中国共産党に集中させ、その上に
立つ自身の存在を核心と位置づけました。習氏も同じようにしたい。核心
はひとり、中心軸はひとつ。その一本軸の縦構造に並列して、兆円単位の
資産を動かす民間の大金持ちが生まれると、そこにも求心力が動く。核心
は2つは不要、そこで金持ち排除に走るのです」

習政権下で大富豪が次々に逮捕され、消されるケースが続いている。今年
5月にも中国保険業界の一角を占めていた安邦保険集団の元会長、呉小暉
氏が懲役18年の刑を科され失脚した。

呉氏はトランプ米大統領の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏と非常に近い
関係にあった。2016年の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した直
後、クシュナー氏が最初に会食した相手が呉氏だった。

呉氏は中国共産党とのコネをばねにのし上がった。若き日に浙江省杭州市
長の娘と結婚し、自動車販売の利権で財を成し、次に元上海市長の息子の
コネを活用して〓小平(とう・しょうへい)一家に接近、妻と離婚して〓
(とう)の孫娘と再婚した。より大きな共産党へのコネを手に、呉氏は保
険業界に進出、短期間に巨万の富を築いてニューヨークの名門ホテル
「ウォルドルフ・アストリア」を買収した。

だが、米政権に深く食い込み影響力を発揮するような存在を、共産党が許
容し続けることはないのである。当局の調査が始まり、保険監督局が安邦
保険集団を公的管理下に置いたのが今年2月、3月には裁判開始、5月10日
には先述の判決が下された。〓(とう)の孫娘の夫といえども冷酷に切り
捨てられた。

大富豪が得意の絶頂で逮捕、投獄され、あるいは自殺に追い込まれる事例
など掃いて捨てる程あるのが中国だ。矢板氏は中国人大富豪の「寿命」は
10年単位で見るのが妥当だと言う。

「中国共産党の権力にくっついて利権を手にする大富豪は権力者が交替し
て新しい権力層が生まれるときが危機なのです。前任者の人脈や利権はこ
とごとく剥奪されるからです。それが種々の逮捕や自殺事件につながります」

どれ程頑張っても中国人の個人的栄華は10年が目途、20年はもたないとい
うのだ。マー氏は通貨の意味を変える程の大変化を巻き起こし、資本主義
経済の新たな波を中国に起こしたかに見える。しかし、共産党支配の論理
の下では、長続きさせてもらえない。

マー氏はビル・ゲイツ氏のように社会貢献に力を注ぎたいと発言した。果
たして習氏がそれを諒とするのか、まだわからない。少なくとも、このま
ま「盛大な成功」を続ければ、己の命運が尽きるとの自覚が退任予告につ
ながったと見てよいだろう。
『週刊ダイヤモンド』2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1248

2018年09月27日

◆アリババ集団マー会長退任の背後に

櫻井よしこ


「アリババ集団マー会長退任の背後に金持ち排除を進める習近平主席の影」

中国電子商取引(EC)最大手、アリババ集団のジャック・マー会長が五
四歳の誕生日、9月10日を期し会長職を退くと米「ニューヨーク・タイム
ズ」紙が報じた。

3日後、アリババ集団は、退任は今年ではなく、来年の9月10日だと発表し
た。マー氏が株主に宛てて公開した書簡には「大好きな教育分野に戻りた
い。世界は大きく、私はまだ若く、新しいことに挑戦したい」と書かれて
おり、時期は1年ずれたが、会長退任は間違いなさそうだ。

そこで誰しも思うだろう。マー氏はアリババ集団を一代で時価総額約4000
億ドル(約44兆円)企業に育て上げた。スマホ決済で一気にキャッシュレ
ス社会を出現させ、昨年の決済総額1377兆円の約半分を自社のアリペイが
占めた程の成功もおさめた。その彼が何故、いま、退くのか、と。

中国共産党の下で人々はいかにして富と権力を得るのか、権力の一部とな
ればなったでどれ程の火傷を負い失脚するのかを思えば、マー氏退任の背
景に影を見るのは当然だ。「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。

「習近平国家主席の基本方針は毛沢東路線への回帰です。その特徴のひと
つが金持ち潰しです。毛沢東は全権力を中国共産党に集中させ、その上に
立つ自身の存在を核心と位置づけました。習氏も同じようにしたい。核心
はひとり、中心軸はひとつ。その一本軸の縦構造に並列して、兆円単位の
資産を動かす民間の大金持ちが生まれると、そこにも求心力が動く。核心
は2つは不要、そこで金持ち排除に走るのです」

習政権下で大富豪が次々に逮捕され、消されるケースが続いている。今年
5月にも中国保険業界の一角を占めていた安邦保険集団の元会長、呉小暉
氏が懲役18年の刑を科され失脚した。

呉氏はトランプ米大統領の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏と非常に近い
関係にあった。2016年の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した直
後、クシュナー氏が最初に会食した相手が呉氏だった。

呉氏は中国共産党とのコネをばねにのし上がった。若き日に浙江省杭州市
長の娘と結婚し、自動車販売の利権で財を成し、次に元上海市長の息子の
コネを活用して〓小平(とう・しょうへい)一家に接近、妻と離婚して〓
(とう)の孫娘と再婚した。より大きな共産党へのコネを手に、呉氏は保
険業界に進出、短期間に巨万の富を築いてニューヨークの名門ホテル
「ウォルドルフ・アストリア」を買収した。

だが、米政権に深く食い込み影響力を発揮するような存在を、共産党が許
容し続けることはないのである。当局の調査が始まり、保険監督局が安邦
保険集団を公的管理下に置いたのが今年2月、3月には裁判開始、5月10日
には先述の判決が下された。〓(とう)の孫娘の夫といえども冷酷に切り
捨てられた。

大富豪が得意の絶頂で逮捕、投獄され、あるいは自殺に追い込まれる事例
など掃いて捨てる程あるのが中国だ。矢板氏は中国人大富豪の「寿命」は
10年単位で見るのが妥当だと言う。

「中国共産党の権力にくっついて利権を手にする大富豪は権力者が交替し
て新しい権力層が生まれるときが危機なのです。前任者の人脈や利権はこ
とごとく剥奪されるからです。それが種々の逮捕や自殺事件につながります」

どれ程頑張っても中国人の個人的栄華は10年が目途、20年はもたないとい
うのだ。マー氏は通貨の意味を変える程の大変化を巻き起こし、資本主義
経済の新たな波を中国に起こしたかに見える。しかし、共産党支配の論理
の下では、長続きさせてもらえない。

マー氏はビル・ゲイツ氏のように社会貢献に力を注ぎたいと発言した。果
たして習氏がそれを諒とするのか、まだわからない。少なくとも、このま
ま「盛大な成功」を続ければ、己の命運が尽きるとの自覚が退任予告につ
ながったと見てよいだろう。
『週刊ダイヤモンド』2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1248

2018年09月26日

◆アリババ集団マー会長退任の背後に

櫻井よしこ


「アリババ集団マー会長退任の背後に金持ち排除を進める習近平主席の影」

中国電子商取引(EC)最大手、アリババ集団のジャック・マー会長が五
四歳の誕生日、9月10日を期し会長職を退くと米「ニューヨーク・タイム
ズ」紙が報じた。

3日後、アリババ集団は、退任は今年ではなく、来年の9月10日だと発表し
た。マー氏が株主に宛てて公開した書簡には「大好きな教育分野に戻りた
い。世界は大きく、私はまだ若く、新しいことに挑戦したい」と書かれて
おり、時期は1年ずれたが、会長退任は間違いなさそうだ。

そこで誰しも思うだろう。マー氏はアリババ集団を一代で時価総額約4000
億ドル(約44兆円)企業に育て上げた。スマホ決済で一気にキャッシュレ
ス社会を出現させ、昨年の決済総額1377兆円の約半分を自社のアリペイが
占めた程の成功もおさめた。その彼が何故、いま、退くのか、と。

中国共産党の下で人々はいかにして富と権力を得るのか、権力の一部とな
ればなったでどれ程の火傷を負い失脚するのかを思えば、マー氏退任の背
景に影を見るのは当然だ。「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。

「習近平国家主席の基本方針は毛沢東路線への回帰です。その特徴のひと
つが金持ち潰しです。毛沢東は全権力を中国共産党に集中させ、その上に
立つ自身の存在を核心と位置づけました。習氏も同じようにしたい。核心
はひとり、中心軸はひとつ。その一本軸の縦構造に並列して、兆円単位の
資産を動かす民間の大金持ちが生まれると、そこにも求心力が動く。核心
は2つは不要、そこで金持ち排除に走るのです」

習政権下で大富豪が次々に逮捕され、消されるケースが続いている。今年
5月にも中国保険業界の一角を占めていた安邦保険集団の元会長、呉小暉
氏が懲役18年の刑を科され失脚した。

呉氏はトランプ米大統領の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏と非常に近い
関係にあった。2016年の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した直
後、クシュナー氏が最初に会食した相手が呉氏だった。

呉氏は中国共産党とのコネをばねにのし上がった。若き日に浙江省杭州市
長の娘と結婚し、自動車販売の利権で財を成し、次に元上海市長の息子の
コネを活用して〓小平(とう・しょうへい)一家に接近、妻と離婚して〓
(とう)の孫娘と再婚した。より大きな共産党へのコネを手に、呉氏は保
険業界に進出、短期間に巨万の富を築いてニューヨークの名門ホテル
「ウォルドルフ・アストリア」を買収した。

だが、米政権に深く食い込み影響力を発揮するような存在を、共産党が許
容し続けることはないのである。当局の調査が始まり、保険監督局が安邦
保険集団を公的管理下に置いたのが今年2月、3月には裁判開始、5月10日
には先述の判決が下された。〓(とう)の孫娘の夫といえども冷酷に切り
捨てられた。

大富豪が得意の絶頂で逮捕、投獄され、あるいは自殺に追い込まれる事例
など掃いて捨てる程あるのが中国だ。矢板氏は中国人大富豪の「寿命」は
10年単位で見るのが妥当だと言う。

「中国共産党の権力にくっついて利権を手にする大富豪は権力者が交替し
て新しい権力層が生まれるときが危機なのです。前任者の人脈や利権はこ
とごとく剥奪されるからです。それが種々の逮捕や自殺事件につながります」

どれ程頑張っても中国人の個人的栄華は10年が目途、20年はもたないとい
うのだ。マー氏は通貨の意味を変える程の大変化を巻き起こし、資本主義
経済の新たな波を中国に起こしたかに見える。しかし、共産党支配の論理
の下では、長続きさせてもらえない。

マー氏はビル・ゲイツ氏のように社会貢献に力を注ぎたいと発言した。果
たして習氏がそれを諒とするのか、まだわからない。少なくとも、このま
ま「盛大な成功」を続ければ、己の命運が尽きるとの自覚が退任予告につ
ながったと見てよいだろう。

『週刊ダイヤモンド』2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1248

2018年09月25日

◆アリババ集団マー会長退任の背後に

櫻井よしこ


「アリババ集団マー会長退任の背後に金持ち排除を進める習近平主席の影」

中国電子商取引(EC)最大手、アリババ集団のジャック・マー会長が五
四歳の誕生日、9月10日を期し会長職を退くと米「ニューヨーク・タイム
ズ」紙が報じた。

3日後、アリババ集団は、退任は今年ではなく、来年の9月10日だと発表し
た。マー氏が株主に宛てて公開した書簡には「大好きな教育分野に戻りた
い。世界は大きく、私はまだ若く、新しいことに挑戦したい」と書かれて
おり、時期は1年ずれたが、会長退任は間違いなさそうだ。

そこで誰しも思うだろう。マー氏はアリババ集団を一代で時価総額約4000
億ドル(約44兆円)企業に育て上げた。スマホ決済で一気にキャッシュレ
ス社会を出現させ、昨年の決済総額1377兆円の約半分を自社のアリペイが
占めた程の成功もおさめた。その彼が何故、いま、退くのか、と。

中国共産党の下で人々はいかにして富と権力を得るのか、権力の一部とな
ればなったでどれ程の火傷を負い失脚するのかを思えば、マー氏退任の背
景に影を見るのは当然だ。「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。

「習近平国家主席の基本方針は毛沢東路線への回帰です。その特徴のひと
つが金持ち潰しです。毛沢東は全権力を中国共産党に集中させ、その上に
立つ自身の存在を核心と位置づけました。習氏も同じようにしたい。核心
はひとり、中心軸はひとつ。その一本軸の縦構造に並列して、兆円単位の
資産を動かす民間の大金持ちが生まれると、そこにも求心力が動く。核心
は2つは不要、そこで金持ち排除に走るのです」

習政権下で大富豪が次々に逮捕され、消されるケースが続いている。今年
5月にも中国保険業界の一角を占めていた安邦保険集団の元会長、呉小暉
氏が懲役18年の刑を科され失脚した。

呉氏はトランプ米大統領の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏と非常に近い
関係にあった。2016年の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した直
後、クシュナー氏が最初に会食した相手が呉氏だった。

呉氏は中国共産党とのコネをばねにのし上がった。若き日に浙江省杭州市
長の娘と結婚し、自動車販売の利権で財を成し、次に元上海市長の息子の
コネを活用して〓小平(とう・しょうへい)一家に接近、妻と離婚して〓
(とう)の孫娘と再婚した。より大きな共産党へのコネを手に、呉氏は保
険業界に進出、短期間に巨万の富を築いてニューヨークの名門ホテル
「ウォルドルフ・アストリア」を買収した。

だが、米政権に深く食い込み影響力を発揮するような存在を、共産党が許
容し続けることはないのである。当局の調査が始まり、保険監督局が安邦
保険集団を公的管理下に置いたのが今年2月、3月には裁判開始、5月10日
には先述の判決が下された。〓(とう)の孫娘の夫といえども冷酷に切り
捨てられた。

大富豪が得意の絶頂で逮捕、投獄され、あるいは自殺に追い込まれる事例
など掃いて捨てる程あるのが中国だ。矢板氏は中国人大富豪の「寿命」は
10年単位で見るのが妥当だと言う。

「中国共産党の権力にくっついて利権を手にする大富豪は権力者が交替し
て新しい権力層が生まれるときが危機なのです。前任者の人脈や利権はこ
とごとく剥奪されるからです。それが種々の逮捕や自殺事件につながります」

どれ程頑張っても中国人の個人的栄華は10年が目途、20年はもたないとい
うのだ。マー氏は通貨の意味を変える程の大変化を巻き起こし、資本主義
経済の新たな波を中国に起こしたかに見える。しかし、共産党支配の論理
の下では、長続きさせてもらえない。

マー氏はビル・ゲイツ氏のように社会貢献に力を注ぎたいと発言した。果
たして習氏がそれを諒とするのか、まだわからない。少なくとも、このま
ま「盛大な成功」を続ければ、己の命運が尽きるとの自覚が退任予告につ
ながったと見てよいだろう。

『週刊ダイヤモンド』2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1248

2018年09月24日

◆アリババ集団マー会長退任の背後に

櫻井よしこ


「アリババ集団マー会長退任の背後に金持ち排除を進める習近平主席の影」

中国電子商取引(EC)最大手、アリババ集団のジャック・マー会長が五
四歳の誕生日、9月10日を期し会長職を退くと米「ニューヨーク・タイム
ズ」紙が報じた。

3日後、アリババ集団は、退任は今年ではなく、来年の9月10日だと発表し
た。マー氏が株主に宛てて公開した書簡には「大好きな教育分野に戻りた
い。世界は大きく、私はまだ若く、新しいことに挑戦したい」と書かれて
おり、時期は1年ずれたが、会長退任は間違いなさそうだ。

そこで誰しも思うだろう。マー氏はアリババ集団を一代で時価総額約4000
億ドル(約44兆円)企業に育て上げた。スマホ決済で一気にキャッシュレ
ス社会を出現させ、昨年の決済総額1377兆円の約半分を自社のアリペイが
占めた程の成功もおさめた。その彼が何故、いま、退くのか、と。

中国共産党の下で人々はいかにして富と権力を得るのか、権力の一部とな
ればなったでどれ程の火傷を負い失脚するのかを思えば、マー氏退任の背
景に影を見るのは当然だ。「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。

「習近平国家主席の基本方針は毛沢東路線への回帰です。その特徴のひと
つが金持ち潰しです。毛沢東は全権力を中国共産党に集中させ、その上に
立つ自身の存在を核心と位置づけました。習氏も同じようにしたい。核心
はひとり、中心軸はひとつ。その一本軸の縦構造に並列して、兆円単位の
資産を動かす民間の大金持ちが生まれると、そこにも求心力が動く。核心
は2つは不要、そこで金持ち排除に走るのです」

習政権下で大富豪が次々に逮捕され、消されるケースが続いている。今年
5月にも中国保険業界の一角を占めていた安邦保険集団の元会長、呉小暉
氏が懲役18年の刑を科され失脚した。

呉氏はトランプ米大統領の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏と非常に近い
関係にあった。2016年の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した直
後、クシュナー氏が最初に会食した相手が呉氏だった。

呉氏は中国共産党とのコネをばねにのし上がった。若き日に浙江省杭州市
長の娘と結婚し、自動車販売の利権で財を成し、次に元上海市長の息子の
コネを活用して〓小平(とう・しょうへい)一家に接近、妻と離婚して〓
(とう)の孫娘と再婚した。より大きな共産党へのコネを手に、呉氏は保
険業界に進出、短期間に巨万の富を築いてニューヨークの名門ホテル
「ウォルドルフ・アストリア」を買収した。

だが、米政権に深く食い込み影響力を発揮するような存在を、共産党が許
容し続けることはないのである。当局の調査が始まり、保険監督局が安邦
保険集団を公的管理下に置いたのが今年2月、3月には裁判開始、5月10日
には先述の判決が下された。〓(とう)の孫娘の夫といえども冷酷に切り
捨てられた。

大富豪が得意の絶頂で逮捕、投獄され、あるいは自殺に追い込まれる事例
など掃いて捨てる程あるのが中国だ。矢板氏は中国人大富豪の「寿命」は
10年単位で見るのが妥当だと言う。

「中国共産党の権力にくっついて利権を手にする大富豪は権力者が交替し
て新しい権力層が生まれるときが危機なのです。前任者の人脈や利権はこ
とごとく剥奪されるからです。それが種々の逮捕や自殺事件につながります」

どれ程頑張っても中国人の個人的栄華は10年が目途、20年はもたないとい
うのだ。マー氏は通貨の意味を変える程の大変化を巻き起こし、資本主義
経済の新たな波を中国に起こしたかに見える。しかし、共産党支配の論理
の下では、長続きさせてもらえない。

マー氏はビル・ゲイツ氏のように社会貢献に力を注ぎたいと発言した。果
たして習氏がそれを諒とするのか、まだわからない。少なくとも、このま
ま「盛大な成功」を続ければ、己の命運が尽きるとの自覚が退任予告につ
ながったと見てよいだろう。

『週刊ダイヤモンド』2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1248

2018年09月23日

◆アリババ集団マー会長退任

櫻井よしこ


「アリババ集団マー会長退任の背後に金持ち排除を進める習近平主席の影」

中国電子商取引(EC)最大手、アリババ集団のジャック・マー会長が五
四歳の誕生日、9月10日を期し会長職を退くと米「ニューヨーク・タイム
ズ」紙が報じた。

3日後、アリババ集団は、退任は今年ではなく、来年の9月10日だと発表し
た。マー氏が株主に宛てて公開した書簡には「大好きな教育分野に戻りた
い。世界は大きく、私はまだ若く、新しいことに挑戦したい」と書かれて
おり、時期は1年ずれたが、会長退任は間違いなさそうだ。

そこで誰しも思うだろう。マー氏はアリババ集団を一代で時価総額約4000
億ドル(約44兆円)企業に育て上げた。スマホ決済で一気にキャッシュレ
ス社会を出現させ、昨年の決済総額1377兆円の約半分を自社のアリペイが
占めた程の成功もおさめた。その彼が何故、いま、退くのか、と。

中国共産党の下で人々はいかにして富と権力を得るのか、権力の一部とな
ればなったでどれ程の火傷を負い失脚するのかを思えば、マー氏退任の背
景に影を見るのは当然だ。「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。

「習近平国家主席の基本方針は毛沢東路線への回帰です。その特徴のひと
つが金持ち潰しです。毛沢東は全権力を中国共産党に集中させ、その上に
立つ自身の存在を核心と位置づけました。習氏も同じようにしたい。核心
はひとり、中心軸はひとつ。その一本軸の縦構造に並列して、兆円単位の
資産を動かす民間の大金持ちが生まれると、そこにも求心力が動く。核心
は2つは不要、そこで金持ち排除に走るのです」

習政権下で大富豪が次々に逮捕され、消されるケースが続いている。今年
5月にも中国保険業界の一角を占めていた安邦保険集団の元会長、呉小暉
氏が懲役18年の刑を科され失脚した。

呉氏はトランプ米大統領の娘婿、ジャレッド・クシュナー氏と非常に近い
関係にあった。2016年の米大統領選挙でトランプ氏の勝利が確定した直
後、クシュナー氏が最初に会食した相手が呉氏だった。

呉氏は中国共産党とのコネをばねにのし上がった。若き日に浙江省杭州市
長の娘と結婚し、自動車販売の利権で財を成し、次に元上海市長の息子の
コネを活用して〓小平(とう・しょうへい)一家に接近、妻と離婚して〓
(とう)の孫娘と再婚した。より大きな共産党へのコネを手に、呉氏は保
険業界に進出、短期間に巨万の富を築いてニューヨークの名門ホテル
「ウォルドルフ・アストリア」を買収した。

だが、米政権に深く食い込み影響力を発揮するような存在を、共産党が許
容し続けることはないのである。当局の調査が始まり、保険監督局が安邦
保険集団を公的管理下に置いたのが今年2月、3月には裁判開始、5月10日
には先述の判決が下された。〓(とう)の孫娘の夫といえども冷酷に切り
捨てられた。

大富豪が得意の絶頂で逮捕、投獄され、あるいは自殺に追い込まれる事例
など掃いて捨てる程あるのが中国だ。矢板氏は中国人大富豪の「寿命」は
10年単位で見るのが妥当だと言う。

「中国共産党の権力にくっついて利権を手にする大富豪は権力者が交替し
て新しい権力層が生まれるときが危機なのです。前任者の人脈や利権はこ
とごとく剥奪されるからです。それが種々の逮捕や自殺事件につながります」

どれ程頑張っても中国人の個人的栄華は10年が目途、20年はもたないとい
うのだ。マー氏は通貨の意味を変える程の大変化を巻き起こし、資本主義
経済の新たな波を中国に起こしたかに見える。しかし、共産党支配の論理
の下では、長続きさせてもらえない。

マー氏はビル・ゲイツ氏のように社会貢献に力を注ぎたいと発言した。果
たして習氏がそれを諒とするのか、まだわからない。少なくとも、このま
ま「盛大な成功」を続ければ、己の命運が尽きるとの自覚が退任予告につ
ながったと見てよいだろう。
『週刊ダイヤモンド』2018年9月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1248

2018年09月22日

◆全道停電は原子力規制委の知的怠惰が原因

櫻井よしこ


9月6日未明、北海道が最大震度7の地震に襲われた。9日現在で犠牲者は42
人、1人が行方不明だ。

地震の被害をさらに広げたのが、わが国初のブラックアウトの発生だ。電
力喪失でサーバーも工場のモーターも全て停止し、新千歳空港もJRも物
流も止まった。モーターで汲み上げる水道も止まった。

病院の生命維持装置、透析機器、保育器も動かない。病院などの非常用発
電機の燃料タンクは消防法で強度や素材が限定されており長時間は持たな
い。停電が長引けば命の危機に直結する。事実、非常に危険な事態が発生
していた。

6日午前5時頃、札幌市内の病院から、0歳女児の酸素吸入器が止まり、重
症に陥ったと消防署に連絡があった。札幌市は、女児は別の病院に運ばれ
処置中だと説明したが、9日現在、回復したとの明確な報道はないため、
赤ちゃんの健康が懸念される。

腎臓を患っている人たちは3日間透析できなければ深刻な影響を受ける。
停電は透析に必要な水と電気を奪い患者を命の危機に晒している。

こうした中、「北海道放送(HBC)」が7日19時27分に、「停電の影響
とみられる死者が出た」との情報を伝えた。「北海道文化放送
(UHB)」も同日21時45分に同様の情報を配信した。

それらによると「北海道東部の標津町に住む40代の会社員の男性と、上川
の上富良野町に住む70代の自営業の男性2人が、6日夜、ガソリン式の発電
機を使い、一酸化炭素中毒で死亡した」。男性2人の理不尽な死はまさし
く停電がもたらした。

電力喪失で危険に晒されるのは人間だけではない。北海道の基幹産業であ
る酪農においても同様だ。停電の解消は徐々に進んだが、その間に乳牛の
乳房炎防止のワクチンはほぼ全滅の可能性が高い。人間用も含めて多くの
ワクチンは、2度から8度の間で保管しなければ使えなくなるためだ。

菅直人政権とは違う

乳牛は、毎日、同じ時間に搾乳しなければ乳房が張り、痛みや熱が出て、
半数が1日で乳房炎になるといわれる。最悪の場合、そのまま廃用、つま
り殺処分にされる。ワクチン投与で乳房炎が治まったとしても、生乳の出
荷が禁止される休薬期間が1週間から10日間程度発生する。これだけでも
酪農家にとっては大変な被害だが、今回、乳房炎防止のワクチンがほぼ使
えなくなったということであり、被害の拡大が予想される。

停電によって社会全体のインフラが機能を停止し、トイレの蓋の開閉や水
洗のタイミングでさえも自動で行われる、高度な便利社会となった現代の
日本から、そうした機能を全て奪い取ってみせたブラックアウトが、どれ
程の真の被害をもたらしたかを見極めるには、今少し時間が必要だろう。

このような被害をもたらしている全道停電が起きた要因は、電力供給を一
か所の火力発電所に大きく依存していたからだ。北海道の電力は今回の震
源地近くに立地する苫東厚真(とまとうあつま)発電所が約半分を供給して
いた。165万キロワットの発電能力を持つ道内最大のこの石炭火力発電所
が地震で緊急停止したため、需給バランスが一挙に崩れて全道停電となっ
たのである。東京工業大学特任教授の奈良林直氏が語った。

「電力は常に需要と供給が同量でなければ周波数が安定しません。周波数
が乱れると発電機や電気を使用する機器が壊れる可能性があり、最悪の場
合は大規模な停電になります」

今回、苫東厚真の停止で、電力の供給が一気に落ちた。突然、バランスが
崩れ始め、北海道電力は連鎖的に発電所を停止せざるを得なかったわけ
だ。では火力発電所はなぜ停止したのか。再び奈良林氏の説明だ。

「実は火力発電所は構造的に地震に弱いのです。鋼鉄製の分厚い原子炉圧
力容器に燃料集合体が収納され、耐震補強を徹底的に施した原子力発電と
の違いです。火力発電では、ボイラーで生み出された熱を伝える伝熱管群
と呼ばれる管を、熱膨張を避けるために数十・の長さにわたって上部から
垂直に吊り下げます。この構造は今回のような直下型の縦揺れに弱く、苫
東厚真では1,2号機のボイラーの伝熱管が縦揺れで損傷し、高温高圧の蒸
気が吹き出しました。4号機はタービンで火災が発生し、火柱が上がりま
した。復旧は当初予定の1週間より長くかかるでしょう」

にも拘わらず、政府の対応は速かった。3.11のときの菅直人政権とは明ら
かに違う。苫東厚真の機能停止を受けて、その他の使える水力発電所、火
力発電所を直ちに再稼働させ、民間企業の発電量も組み込んで、驚く程の
スピードでほぼ全世帯に電気を通した。9日現在、節電を呼びかけなけれ
ばならない状況ではあるが、安倍政権の危機対応は高く評価すべきだろう。

原発を活用しないのか

しかし最も重要な点が置き去りにされている。何故、北海道の電力供給の
もう一本の柱となり得る泊原発を活用しないのか。泊原発の発電容量は
207万キロワットで苫東厚真発電所よりも大きい。今回の地震で泊原発は
一時外部電源を喪失したものの、非常用発電が正常に起動した。泊原発を
稼働させていれば、全道停電は起きていなかったと思われる。バランスが
取れていて安定した電力供給の一端を泊原発に担わせることを、少なくと
も議論すべきである。

泊原発の稼働が許されていない現状は、原子力規制委員会(以下規制委)
の専門家集団らしからぬ知的怠惰ゆえではないか。泊原発は2011年の3.11
のときも正常に稼働していたが、2012年5月5日、定期検査のため、運転を
停止した。

同年、民主党政権下で規制委が設置され、田中俊一氏が初代委員長に就任
した。規制委は3.11を受けて新たな規制基準を設け、新基準に基づく安全
審査を始めた。当初審査に必要な期間は「半年程度」とされた。

だが、彼らは次々に新しい審査項目を追加し、基準とすべき数値をなかな
か決められず、迷走を続けた。加えて、安全審査終了後に一般から意見を
聴くパブリックコメントを実施した。「読売新聞」は2014年2月22日付の
社説で「不合理な手続きを取り入れることで、結論がさらに先送りになり
かねない」と批判した。

規制委への評価が厳しいのは、原子力に関する国際社会の権威、国際原子
力機関(IAEA)も同様だ。IAEAは、16年4月23日、次のように日
本に言い渡している。

「(日本の)原子力規制委員会は、その人的資源、マネージメントシステ
ム、及び特にその組織文化において、初期段階にある」と。
 全否定に等しい手厳しい指摘を受けた規制委はいまも、相変わらず
だ。泊原発の敷地内の断層の有無を巡って神学論争をしており、これがあ
と2年は続くといわれている。

知的怠惰、無能力と無責任によって再稼働を引き延ばす彼らにこそ、先述
した2人の男性の命を奪った直接の責任があると、私は考えている。
『週刊新潮』 2018年9月20日号 日本ルネッサンス 第819回


2018年09月21日

◆全道停電は原子力規制委の知的怠惰が原因

櫻井よしこ


9月6日未明、北海道が最大震度7の地震に襲われた。9日現在で犠牲者は42
人、1人が行方不明だ。

地震の被害をさらに広げたのが、わが国初のブラックアウトの発生だ。電
力喪失でサーバーも工場のモーターも全て停止し、新千歳空港もJRも物
流も止まった。モーターで汲み上げる水道も止まった。病院の生命維持装
置、透析機器、保育器も動かない。病院などの非常用発電機の燃料タンク
は消防法で強度や素材が限定されており長時間は持たない。停電が長引け
ば命の危機に直結する。事実、非常に危険な事態が発生していた。

6日午前5時頃、札幌市内の病院から、0歳女児の酸素吸入器が止まり、重
症に陥ったと消防署に連絡があった。札幌市は、女児は別の病院に運ばれ
処置中だと説明したが、9日現在、回復したとの明確な報道はないため、
赤ちゃんの健康が懸念される。

腎臓を患っている人たちは3日間透析できなければ深刻な影響を受ける。
停電は透析に必要な水と電気を奪い患者を命の危機に晒している。

こうした中、「北海道放送(HBC)」が7日19時27分に、「停電の影響
とみられる死者が出た」との情報を伝えた。「北海道文化放送
(UHB)」も同日21時45分に同様の情報を配信した。

それらによると「北海道東部の標津町に住む40代の会社員の男性と、上川
の上富良野町に住む70代の自営業の男性2人が、6日夜、ガソリン式の発電
機を使い、一酸化炭素中毒で死亡した」。男性2人の理不尽な死はまさし
く停電がもたらした。

電力喪失で危険に晒されるのは人間だけではない。北海道の基幹産業であ
る酪農においても同様だ。停電の解消は徐々に進んだが、その間に乳牛の
乳房炎防止のワクチンはほぼ全滅の可能性が高い。人間用も含めて多くの
ワクチンは、2度から8度の間で保管しなければ使えなくなるためだ。

菅直人政権とは違う

乳牛は、毎日、同じ時間に搾乳しなければ乳房が張り、痛みや熱が出て、
半数が1日で乳房炎になるといわれる。最悪の場合、そのまま廃用、つま
り殺処分にされる。ワクチン投与で乳房炎が治まったとしても、生乳の出
荷が禁止される休薬期間が1週間から10日間程度発生する。これだけでも
酪農家にとっては大変な被害だが、今回、乳房炎防止のワクチンがほぼ使
えなくなったということであり、被害の拡大が予想される。

停電によって社会全体のインフラが機能を停止し、トイレの蓋の開閉や水
洗のタイミングでさえも自動で行われる、高度な便利社会となった現代の
日本から、そうした機能を全て奪い取ってみせたブラックアウトが、どれ
程の真の被害をもたらしたかを見極めるには、今少し時間が必要だろう。

このような被害をもたらしている全道停電が起きた要因は、電力供給を一
か所の火力発電所に大きく依存していたからだ。北海道の電力は今回の震
源地近くに立地する苫東厚真(とまとうあつま)発電所が約半分を供給して
いた。165万キロワットの発電能力を持つ道内最大のこの石炭火力発電所
が地震で緊急停止したため、需給バランスが一挙に崩れて全道停電となっ
たのである。東京工業大学特任教授の奈良林直氏が語った。

「電力は常に需要と供給が同量でなければ周波数が安定しません。周波数
が乱れると発電機や電気を使用する機器が壊れる可能性があり、最悪の場
合は大規模な停電になります」

今回、苫東厚真の停止で、電力の供給が一気に落ちた。突然、バランスが
崩れ始め、北海道電力は連鎖的に発電所を停止せざるを得なかったわけ
だ。では火力発電所はなぜ停止したのか。再び奈良林氏の説明だ。

「実は火力発電所は構造的に地震に弱いのです。鋼鉄製の分厚い原子炉圧
力容器に燃料集合体が収納され、耐震補強を徹底的に施した原子力発電と
の違いです。火力発電では、ボイラーで生み出された熱を伝える伝熱管群
と呼ばれる管を、熱膨張を避けるために数十・の長さにわたって上部から
垂直に吊り下げます。この構造は今回のような直下型の縦揺れに弱く、苫
東厚真では1,2号機のボイラーの伝熱管が縦揺れで損傷し、高温高圧の蒸
気が吹き出しました。4号機はタービンで火災が発生し、火柱が上がりま
した。復旧は当初予定の1週間より長くかかるでしょう」

にも拘わらず、政府の対応は速かった。3.11のときの菅直人政権とは明ら
かに違う。苫東厚真の機能停止を受けて、その他の使える水力発電所、火
力発電所を直ちに再稼働させ、民間企業の発電量も組み込んで、驚く程の
スピードでほぼ全世帯に電気を通した。9日現在、節電を呼びかけなけれ
ばならない状況ではあるが、安倍政権の危機対応は高く評価すべきだろう。

原発を活用しないのか

しかし最も重要な点が置き去りにされている。何故、北海道の電力供給の
もう一本の柱となり得る泊原発を活用しないのか。泊原発の発電容量は
207万キロワットで苫東厚真発電所よりも大きい。今回の地震で泊原発は
一時外部電源を喪失したものの、非常用発電が正常に起動した。泊原発を
稼働させていれば、全道停電は起きていなかったと思われる。バランスが
取れていて安定した電力供給の一端を泊原発に担わせることを、少なくと
も議論すべきである。

泊原発の稼働が許されていない現状は、原子力規制委員会(以下規制委)
の専門家集団らしからぬ知的怠惰ゆえではないか。泊原発は2011年の3.11
のときも正常に稼働していたが、2012年5月5日、定期検査のため、運転を
停止した。

同年、民主党政権下で規制委が設置され、田中俊一氏が初代委員長に就任
した。規制委は3.11を受けて新たな規制基準を設け、新基準に基づく安全
審査を始めた。当初審査に必要な期間は「半年程度」とされた。

だが、彼らは次々に新しい審査項目を追加し、基準とすべき数値をなかな
か決められず、迷走を続けた。加えて、安全審査終了後に一般から意見を
聴くパブリックコメントを実施した。「読売新聞」は2014年2月22日付の
社説で「不合理な手続きを取り入れることで、結論がさらに先送りになり
かねない」と批判した。

規制委への評価が厳しいのは、原子力に関する国際社会の権威、国際原子
力機関(IAEA)も同様だ。IAEAは、16年4月23日、次のように日
本に言い渡している。

「(日本の)原子力規制委員会は、その人的資源、マネージメントシステ
ム、及び特にその組織文化において、初期段階にある」と。
 全否定に等しい手厳しい指摘を受けた規制委はいまも、相変わらず
だ。泊原発の敷地内の断層の有無を巡って神学論争をしており、これがあ
と2年は続くといわれている。

知的怠惰、無能力と無責任によって再稼働を引き延ばす彼らにこそ、先述
した2人の男性の命を奪った直接の責任があると、私は考えている。
『週刊新潮』 2018年9月20日号 日本ルネッサンス 第819回