2020年03月27日

◆武漢肺炎、制圧に向けさらに力を尽くそう

櫻井よしこ


小中高全校休校などの緊急措置はいつ解除できるのか。武漢ウイルスとの国を挙げての戦いについて、3月9日、政府の専門家会議は、あと10日間、19日頃まで「大規模イベントの自粛など感染防止措置は続けてほしい」と、呼びかけた。

加藤勝信厚労大臣も専門家会議の意見を踏まえて、15日を目途に次の段階を示す方針を発表する予定だ。

現在までの所、日本と日本国民は頑張っている。初動段階で対策が遅れたことは否めない。しかし、クルーズ船を除けば、3月10日時点で日本の死者は9名、感染者は530名だ。他方、イタリア、フランスの死者は各々463名と30名、感染者は四桁台である。米国の有力紙「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)は日本の対応が悪いと批判したが、米国での死者22名も感染者754名も日本のそれを超えている。数字で見る日本の対応は一応評価に値するのではないか。

但し、問題はこれからだ。私たちは武漢ウイルスの蔓延を防げるのか、その瀬戸際に立たされている状況に変化はない。これからもう少しの期間が本当に頑張り時だ。国民全員が協力し合い、とりわけ、感染した場合の危険が大きいお年寄りや基礎疾患のある人たちを守りきることが最重要課題だ。まさに私たちの力が試されている。

そこで強調したい。こういう時こそ、全てのエネルギーと時間を前向きに活用しよう、と。不平不満や文句を、前向きの提言に変えていこう。不平不満は往々にして不毛の結果しか生まない。文句ばかり言う人は人の心を打たず、従って他者に前向きの動きを促すこともできない。その一例が元外務審議官の田中均氏ではあるまいか。

厳しい政権批判

氏は3月9日、BSフジの「プライムニュース」で政府の全校休校措置を批判した。大事なのは子供よりも高齢者への措置だというのだ。

前述のように高齢者のリスクは高い。従って氏の指摘は正しい。しかし、周りを見ると、お年寄りを預かる各種施設や病院はすでに対策をとっている。2月の早い段階で外来の見舞いを断り、家族でさえも会えなくなっているケースが圧倒的だ。

田中氏は安倍晋三首相の一連の措置は不適切で、説明責任を果たしていないと再三批判したが、私は釈然としない想いでそれを聞いた。氏は安倍首相にお年寄りのための施策を打ち出すよう前向きに提言すればよいだけだろう。すでに多くの手が打たれてはいるが、不足の分は補われていくに違いない。氏の不平だらけの姿勢からは物事を前に進める力は生まれてこないのではないかと思う。そして私はつい、昔のことを思い出す。

小泉純一郎政権当時、氏は外務省アジア大洋州局長として、北朝鮮の代理人である「ミスターX」らと非公式に30回近く交渉した。2006年頃、安倍氏は日朝交渉の全記録を読もうとしたが、2回分が欠落していた。欠落部分について質された田中氏は「私は知らない」と答えたが、その2回分の記録の中に、日朝国交正常化に当たって1兆円規模の経済協力資金を提供するとの重要な合意が記載されていたのではないかという疑念が持たれている。「知らない」で済まされるような事案ではないが、氏は未だに説明責任を果たしていない。このような人物だから、安倍首相が不信感を抱き氏を重用しなかったのは当然であろう。

田中氏がいま武漢ウイルスの件でとりわけ厳しい政権批判を展開しているのにはこうした背景も、或いは影響しているのかと、考えてしまう。少なくとも、氏の非難一方の論調からは、武漢ウイルス禍に力を合わせて戦おうという今、日本に必要な前向きの力は感じられない。

立憲民主党の枝野幸男氏も蓮舫氏も同様だ。両氏は居丈高に首相の措置を非難するが、インターネット上の「Dappiさん」の国会分析を見ると、彼らこそ反省が必要だと思えてくる。Dappiさんは各党がどんな質問にどれくらいの時間を費やしているかを円グラフにした。

それによると、1月27日から30日までの間、立憲民主党は衆参両院で国会質問時間の58%、約6割を「桜を見る会」の質問に当てているが、これは共産党と共に突出している。さらに2月17日の衆議院予算委員会では、3時間1分の質問時間の全てを「桜」に費やした。

2月17日は政府のチャーター機第5便が到着しててんやわんやの日だった。しかし、立憲民主党はそんなことは全く気にしないのか。ひたすら「桜を見る会」を追及した。国民の命を脅かす武漢ウイルスへの危機感はあったのか、疑問である。

中国ベタ褒めのWHO

ようやく武漢ウイルスに取り組む姿勢を見せ始めたのはよいが、立憲民主党も田中氏も反対のための反対、批判のための批判に終始するのでなく、もっと与党に協力したらどうか。3.11の大悲劇が発生したとき、当時野党だった自民党は全面的に民主党政権に協力した。

武漢ウイルスに関して、眼前のマスクやトイレットペーパーも大事かもしれないが、政治家、とりわけ首相は同時にもうひとつの大事なことに目を向ける必要がある。日本国の危機管理だ。

中国は武漢ウイルスは中国発ではないという、黒を白と言いくるめる虚偽宣伝を展開中だ。「人民網」は3月8日、中国の新たな感染者は4人にとどまり、全員が海外からの輸入症例だと報じた。彼らは、中国は「人類運命共同体」の理念で「世界保健機関(WHO)や国際社会と情報を共有し、感染の世界的拡大を防いできた」と主張する。WHO事務局長のテドロス氏は「中国の講じた大規模な感染予防・抑制行動によって世界はより安全になった」、国連事務総長のグテーレス氏は「中国国民は正常な生活を犠牲にすることで全人類に貢献した」と各々称賛した。

中国ベタ褒めのWHOに、中国政府は7日、2000万ドルの寄付を発表したが、資金力で国連を自家薬籠中の物としつつ、いまやウイルスを持ち込んだのは米国だとの情報さえ流布している。ウイルス抑制に成功した中国と失敗した日本という対比も強調する。

武漢ウイルスを含めて中国渡来の少なからぬ禍で、最も直接的な影響を受けるのがわが国だ。だからこそ、中国と助け合うにしても日本は虚偽宣伝に負けないよう情報発信能力を高め、自らの国益を守らなくてはならない。国際社会で生き残るには、日本をきちんと理解できる味方が必要であるから、情報発信が鍵となる。

加えて、緊急時において「要請」どまりになってしまう現在の政府権限ではウイルス対策は機能しない。政府に強制力を持たせるべく法を整備し、根拠を憲法に定めるべきだ。

『週刊新潮』 2020年3月19日号
日本ルネッサンス 第893回

2020年03月24日

◆武漢肺炎、制圧に向けさらに力を尽くそう

櫻井よしこ


小中高全校休校などの緊急措置はいつ解除できるのか。武漢ウイルスとの国を挙げての戦いについて、3月9日、政府の専門家会議は、あと10日間、19日頃まで「大規模イベントの自粛など感染防止措置は続けてほしい」と、呼びかけた。

加藤勝信厚労大臣も専門家会議の意見を踏まえて、15日を目途に次の段階を示す方針を発表する予定だ。

現在までの所、日本と日本国民は頑張っている。初動段階で対策が遅れたことは否めない。しかし、クルーズ船を除けば、3月10日時点で日本の死者は9名、感染者は530名だ。他方、イタリア、フランスの死者は各々463名と30名、感染者は四桁台である。米国の有力紙「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)は日本の対応が悪いと批判したが、米国での死者22名も感染者754名も日本のそれを超えている。数字で見る日本の対応は一応評価に値するのではないか。

但し、問題はこれからだ。私たちは武漢ウイルスの蔓延を防げるのか、その瀬戸際に立たされている状況に変化はない。これからもう少しの期間が本当に頑張り時だ。国民全員が協力し合い、とりわけ、感染した場合の危険が大きいお年寄りや基礎疾患のある人たちを守りきることが最重要課題だ。まさに私たちの力が試されている。

そこで強調したい。こういう時こそ、全てのエネルギーと時間を前向きに活用しよう、と。不平不満や文句を、前向きの提言に変えていこう。不平不満は往々にして不毛の結果しか生まない。文句ばかり言う人は人の心を打たず、従って他者に前向きの動きを促すこともできない。その一例が元外務審議官の田中均氏ではあるまいか。

厳しい政権批判

氏は3月9日、BSフジの「プライムニュース」で政府の全校休校措置を批判した。大事なのは子供よりも高齢者への措置だというのだ。

前述のように高齢者のリスクは高い。従って氏の指摘は正しい。しかし、周りを見ると、お年寄りを預かる各種施設や病院はすでに対策をとっている。2月の早い段階で外来の見舞いを断り、家族でさえも会えなくなっているケースが圧倒的だ。

田中氏は安倍晋三首相の一連の措置は不適切で、説明責任を果たしていないと再三批判したが、私は釈然としない想いでそれを聞いた。氏は安倍首相にお年寄りのための施策を打ち出すよう前向きに提言すればよいだけだろう。すでに多くの手が打たれてはいるが、不足の分は補われていくに違いない。氏の不平だらけの姿勢からは物事を前に進める力は生まれてこないのではないかと思う。そして私はつい、昔のことを思い出す。

小泉純一郎政権当時、氏は外務省アジア大洋州局長として、北朝鮮の代理人である「ミスターX」らと非公式に30回近く交渉した。2006年頃、安倍氏は日朝交渉の全記録を読もうとしたが、2回分が欠落していた。欠落部分について質された田中氏は「私は知らない」と答えたが、その2回分の記録の中に、日朝国交正常化に当たって1兆円規模の経済協力資金を提供するとの重要な合意が記載されていたのではないかという疑念が持たれている。「知らない」で済まされるような事案ではないが、氏は未だに説明責任を果たしていない。このような人物だから、安倍首相が不信感を抱き氏を重用しなかったのは当然であろう。

田中氏がいま武漢ウイルスの件でとりわけ厳しい政権批判を展開しているのにはこうした背景も、或いは影響しているのかと、考えてしまう。少なくとも、氏の非難一方の論調からは、武漢ウイルス禍に力を合わせて戦おうという今、日本に必要な前向きの力は感じられない。

立憲民主党の枝野幸男氏も蓮舫氏も同様だ。両氏は居丈高に首相の措置を非難するが、インターネット上の「Dappiさん」の国会分析を見ると、彼らこそ反省が必要だと思えてくる。Dappiさんは各党がどんな質問にどれくらいの時間を費やしているかを円グラフにした。

それによると、1月27日から30日までの間、立憲民主党は衆参両院で国会質問時間の58%、約6割を「桜を見る会」の質問に当てているが、これは共産党と共に突出している。さらに2月17日の衆議院予算委員会では、3時間1分の質問時間の全てを「桜」に費やした。

2月17日は政府のチャーター機第5便が到着しててんやわんやの日だった。しかし、立憲民主党はそんなことは全く気にしないのか。ひたすら「桜を見る会」を追及した。国民の命を脅かす武漢ウイルスへの危機感はあったのか、疑問である。

中国ベタ褒めのWHO

ようやく武漢ウイルスに取り組む姿勢を見せ始めたのはよいが、立憲民主党も田中氏も反対のための反対、批判のための批判に終始するのでなく、もっと与党に協力したらどうか。3.11の大悲劇が発生したとき、当時野党だった自民党は全面的に民主党政権に協力した。

武漢ウイルスに関して、眼前のマスクやトイレットペーパーも大事かもしれないが、政治家、とりわけ首相は同時にもうひとつの大事なことに目を向ける必要がある。日本国の危機管理だ。

中国は武漢ウイルスは中国発ではないという、黒を白と言いくるめる虚偽宣伝を展開中だ。「人民網」は3月8日、中国の新たな感染者は4人にとどまり、全員が海外からの輸入症例だと報じた。彼らは、中国は「人類運命共同体」の理念で「世界保健機関(WHO)や国際社会と情報を共有し、感染の世界的拡大を防いできた」と主張する。WHO事務局長のテドロス氏は「中国の講じた大規模な感染予防・抑制行動によって世界はより安全になった」、国連事務総長のグテーレス氏は「中国国民は正常な生活を犠牲にすることで全人類に貢献した」と各々称賛した。

中国ベタ褒めのWHOに、中国政府は7日、2000万ドルの寄付を発表したが、資金力で国連を自家薬籠中の物としつつ、いまやウイルスを持ち込んだのは米国だとの情報さえ流布している。ウイルス抑制に成功した中国と失敗した日本という対比も強調する。

武漢ウイルスを含めて中国渡来の少なからぬ禍で、最も直接的な影響を受けるのがわが国だ。だからこそ、中国と助け合うにしても日本は虚偽宣伝に負けないよう情報発信能力を高め、自らの国益を守らなくてはならない。国際社会で生き残るには、日本をきちんと理解できる味方が必要であるから、情報発信が鍵となる。

加えて、緊急時において「要請」どまりになってしまう現在の政府権限ではウイルス対策は機能しない。政府に強制力を持たせるべく法を整備し、根拠を憲法に定めるべきだ。

『週刊新潮』 2020年3月19日号
日本ルネッサンス 第893回

2020年03月21日

◆武漢肺炎、制圧に向けさらに力を尽くそう

櫻井よしこ


小中高全校休校などの緊急措置はいつ解除できるのか。武漢ウイルスとの国を挙げての戦いについて、3月9日、政府の専門家会議は、あと10日間、19日頃まで「大規模イベントの自粛など感染防止措置は続けてほしい」と、呼びかけた。

加藤勝信厚労大臣も専門家会議の意見を踏まえて、15日を目途に次の段階を示す方針を発表する予定だ。

現在までの所、日本と日本国民は頑張っている。初動段階で対策が遅れたことは否めない。しかし、クルーズ船を除けば、3月10日時点で日本の死者は9名、感染者は530名だ。他方、イタリア、フランスの死者は各々463名と30名、感染者は四桁台である。米国の有力紙「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)は日本の対応が悪いと批判したが、米国での死者22名も感染者754名も日本のそれを超えている。数字で見る日本の対応は一応評価に値するのではないか。

但し、問題はこれからだ。私たちは武漢ウイルスの蔓延を防げるのか、その瀬戸際に立たされている状況に変化はない。これからもう少しの期間が本当に頑張り時だ。国民全員が協力し合い、とりわけ、感染した場合の危険が大きいお年寄りや基礎疾患のある人たちを守りきることが最重要課題だ。まさに私たちの力が試されている。

そこで強調したい。こういう時こそ、全てのエネルギーと時間を前向きに活用しよう、と。不平不満や文句を、前向きの提言に変えていこう。不平不満は往々にして不毛の結果しか生まない。文句ばかり言う人は人の心を打たず、従って他者に前向きの動きを促すこともできない。その一例が元外務審議官の田中均氏ではあるまいか。

厳しい政権批判

氏は3月9日、BSフジの「プライムニュース」で政府の全校休校措置を批判した。大事なのは子供よりも高齢者への措置だというのだ。

前述のように高齢者のリスクは高い。従って氏の指摘は正しい。しかし、周りを見ると、お年寄りを預かる各種施設や病院はすでに対策をとっている。2月の早い段階で外来の見舞いを断り、家族でさえも会えなくなっているケースが圧倒的だ。

田中氏は安倍晋三首相の一連の措置は不適切で、説明責任を果たしていないと再三批判したが、私は釈然としない想いでそれを聞いた。氏は安倍首相にお年寄りのための施策を打ち出すよう前向きに提言すればよいだけだろう。すでに多くの手が打たれてはいるが、不足の分は補われていくに違いない。氏の不平だらけの姿勢からは物事を前に進める力は生まれてこないのではないかと思う。そして私はつい、昔のことを思い出す。

小泉純一郎政権当時、氏は外務省アジア大洋州局長として、北朝鮮の代理人である「ミスターX」らと非公式に30回近く交渉した。2006年頃、安倍氏は日朝交渉の全記録を読もうとしたが、2回分が欠落していた。欠落部分について質された田中氏は「私は知らない」と答えたが、その2回分の記録の中に、日朝国交正常化に当たって1兆円規模の経済協力資金を提供するとの重要な合意が記載されていたのではないかという疑念が持たれている。「知らない」で済まされるような事案ではないが、氏は未だに説明責任を果たしていない。このような人物だから、安倍首相が不信感を抱き氏を重用しなかったのは当然であろう。

田中氏がいま武漢ウイルスの件でとりわけ厳しい政権批判を展開しているのにはこうした背景も、或いは影響しているのかと、考えてしまう。少なくとも、氏の非難一方の論調からは、武漢ウイルス禍に力を合わせて戦おうという今、日本に必要な前向きの力は感じられない。

立憲民主党の枝野幸男氏も蓮舫氏も同様だ。両氏は居丈高に首相の措置を非難するが、インターネット上の「Dappiさん」の国会分析を見ると、彼らこそ反省が必要だと思えてくる。Dappiさんは各党がどんな質問にどれくらいの時間を費やしているかを円グラフにした。

それによると、1月27日から30日までの間、立憲民主党は衆参両院で国会質問時間の58%、約6割を「桜を見る会」の質問に当てているが、これは共産党と共に突出している。さらに2月17日の衆議院予算委員会では、3時間1分の質問時間の全てを「桜」に費やした。

2月17日は政府のチャーター機第5便が到着しててんやわんやの日だった。しかし、立憲民主党はそんなことは全く気にしないのか。ひたすら「桜を見る会」を追及した。国民の命を脅かす武漢ウイルスへの危機感はあったのか、疑問である。

中国ベタ褒めのWHO

ようやく武漢ウイルスに取り組む姿勢を見せ始めたのはよいが、立憲民主党も田中氏も反対のための反対、批判のための批判に終始するのでなく、もっと与党に協力したらどうか。3.11の大悲劇が発生したとき、当時野党だった自民党は全面的に民主党政権に協力した。

武漢ウイルスに関して、眼前のマスクやトイレットペーパーも大事かもしれないが、政治家、とりわけ首相は同時にもうひとつの大事なことに目を向ける必要がある。日本国の危機管理だ。

中国は武漢ウイルスは中国発ではないという、黒を白と言いくるめる虚偽宣伝を展開中だ。「人民網」は3月8日、中国の新たな感染者は4人にとどまり、全員が海外からの輸入症例だと報じた。彼らは、中国は「人類運命共同体」の理念で「世界保健機関(WHO)や国際社会と情報を共有し、感染の世界的拡大を防いできた」と主張する。WHO事務局長のテドロス氏は「中国の講じた大規模な感染予防・抑制行動によって世界はより安全になった」、国連事務総長のグテーレス氏は「中国国民は正常な生活を犠牲にすることで全人類に貢献した」と各々称賛した。

中国ベタ褒めのWHOに、中国政府は7日、2000万ドルの寄付を発表したが、資金力で国連を自家薬籠中の物としつつ、いまやウイルスを持ち込んだのは米国だとの情報さえ流布している。ウイルス抑制に成功した中国と失敗した日本という対比も強調する。

武漢ウイルスを含めて中国渡来の少なからぬ禍で、最も直接的な影響を受けるのがわが国だ。だからこそ、中国と助け合うにしても日本は虚偽宣伝に負けないよう情報発信能力を高め、自らの国益を守らなくてはならない。国際社会で生き残るには、日本をきちんと理解できる味方が必要であるから、情報発信が鍵となる。

加えて、緊急時において「要請」どまりになってしまう現在の政府権限ではウイルス対策は機能しない。政府に強制力を持たせるべく法を整備し、根拠を憲法に定めるべきだ。

『週刊新潮』 2020年3月19日号
日本ルネッサンス 第893回

2020年03月18日

◆ウイルス・経済・外交、行き詰まった習近平

櫻井よしこ


中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス封じで、安倍晋三首相が矢継ぎ早に対策を打ち出した。

2月25日には基本方針を決定し、各種イベントの一律自粛は求めないが、各団体は開催の必要性を再検討してほしいと要請した。

26日、日本が武漢ウイルス蔓延を防げるか否か、今後2週間が岐路になるとの専門家の意見を容れて、首相は多数の観客が集まるスポーツ・文化事業の主催団体に対し、同期間の行事の中止、延期、規模縮小などを明確に要請した。

「首相要請」の影響は大きく、朝日新聞はこれを同日夕刊の1面トップで報道し、以降、全国にイベント中止の動きが広がった。

27日、首相はすべての小・中・高及び特別支援学校に週明けの3月2日から春休みまで臨時休校にするよう要請した。

一連の首相判断があって初めて、世の中全体が武漢ウイルスと戦う形ができたといえる。いまは日本全体が小異を捨て、一致して首相判断に基づきウイルス蔓延を防ぐときだ。

無論批判もある。「唐突で急拵えだ」(岸田文雄政調会長)、「撤回すべきだ」(立憲民主党副代表・蓮舫氏)などを筆頭に地方自治体の首長らからも不満や批判の声があるが、本気か。ウイルス襲来に十分な体制で臨めるのであればそれが最善だ。が、首相も言っている。「判断に時間をかけているいとまがない中、政治的判断をしなければならない」と決意したと。

走りながらの対策が必要なのが今であろう。現場の混乱は十分承知だが、今はウイルス拡散を抑えることが最重要だ。与党も野党もなく、武漢ウイルスを国難ととらえ、全員が努力する時期だ。私は首相の決断を高く評価する。

日本政府、とりわけ厚労省の初動の遅れは中国や中国の影響下にある世界保健機関(WHO)の情報を信じたことが原因のひとつである。中国における武漢ウイルス拡散の実態は発表されているよりはるかに悪い。私はその点を先週当欄で報告したが、中国側から興味深い反応があった。

「ザーサイ指数」

武漢ウイルスの感染拡大を中国当局が隠蔽していると報じた中で、私は、感染が広東省にも広がっていること、そのひとつの証左として病院とはいえない鉄格子つきのプレハブ収容施設が突貫工事で建設されていることを報じた。

同じ内容の情報を私は2月23日、フジテレビの朝の番組「日曜報道 THE
PRIME」でも語ったのだが、私の引用した中国メディアの「21財経」がすぐに「追加取材」して、病院建設は中止されていると報じたのである。広東省での感染拡大を否定しようという意図だろうか。

少なくともこの素早い反応から読みとれるのは、中国側が武漢ウイルスに関する国際社会の報道を隅々まで監視しているという点だ。「独立系メディア」と思われていた「21財経」も、当然といえば当然だが、中国政府の手の内にあることを忘れてはいけないということだ。

中国で育ち、中国社会を知悉している産経新聞外信部次長の矢板明夫氏が中国情報の危うさに関して「ザーサイ指数」という言葉を教えてくれた。ざっと以下のような意味だ。

中国の統計が信じ難いことは、中国経済の責任者である李克強首相も公に認めてきた。地方政府など下から上がってくる数字は全て、中央政府の喜ぶ傾向を示しており、そんなものを信用していたのでは判断を誤る。

そこで李氏らは農民工とザーサイの関係に目をつけた。社会の底辺で働く農民工の増加はすなわち、実体経済が盛んであることを意味する。農民工の増減をどのように調べるか。彼らは貧しく多くが男性で、食事はたっぷりのザーサイをおかずにした山盛りのご飯だ。よって、ザーサイの売り上げ増加は農民工の増加、生産活動の活発化、景気の拡大を意味するとの理屈で中国政府はザーサイの売り上げを参考にするようになった。

しかし、そこから先がいかにも中国らしいと矢板氏は笑う。

「数年前にザーサイ指数について報じられると、地方政府がザーサイ売り上げの水増し報告を始めたのです。結局旧(もと)の木阿弥です」

中国経済の実態を一番正確に示すのが➀中長期貸出残高、➁電力消費量、➂鉄道貨物輸送量の対前年比伸び率を一定の方式で組み合わせて計算された数字だと言われている。この点も矢板氏は疑問視する。

「地方政府は何とか認めてもらおうと、中央政府の聞きたい数字を作成します。基礎的統計でさえもそこに中央政府が注目していると判断すれば、地方政府は当然、手を加えます」

人民の政府への怒り

最も信頼できると言われる統計でさえも全面的に信じることは難しい。中華民族はどこまで行っても融通無碍なのだ。だがいま、中国経済はもはや隠しようもなく大きく落ち込んでいる。「日本経済新聞」が3月1日付で、景気指数で最も信頼できるといわれる製造業の購買担当者景気指数(PMI)が、2月は市場予想の46を大きく下回る35.7だったと報じた。リーマン危機よりもっと深刻だ。

こうした緊急事態で、習近平政権は情報のコントロールにしても、人民の統制にしても、国家の秩序を維持し自身の政権基盤を守るための、より強硬な締めつけ策に走っている。

今回、武漢ウイルス撲滅の現場に中国人民解放軍(PLA)の姿が全く見えない。地震などの場合、いち早くPLAが投入され、国民に奉仕する軍として喧伝されてきたのとは対照的だ。これは、湖北省を捨て、軍は北京を守るために温存するという習氏の決断の反映ではないか。

中国歴代の王朝は、明も清もペストなどの疫病を一つのきっかけとして滅びた。習氏は、疫病を抑制できなかった場合の人民の政府に対する怒り、その結果としての革命と政権交代の恐さを知っているのである。氏が最も恐れるのは人民の怒りであり、今回の武漢ウイルスを、建国以来の大危機ととらえているはずだ。

中国は事実、49年の成立以来の最大の危機に直面している。数年前から経済が悪化する中、トランプ米大統領に貿易戦争を仕掛けられ、経済はさらに落ち込み続けている。ウイグルをはじめとする民族問題について、その非人道的抑圧の実態が、あろうことか中国共産党内部からの告発で国際社会の知るところとなった。ウイグル問題が香港問題につながり、さらに台湾で民進党の蔡英文氏に大勝利をもたらした。中国共産党は深い傷を受けてのた打ち回っている。

米中の対立はこれからも続く。日本がすべきことは、日米両国が他の多くの国々と共有する価値観に基づいて、国際社会を中国化する如何なる動きも抑制していくことだ。武漢ウイルスへの対応で当初見せたように、中国からの情報に惑わされることは決して繰り返してはならない。

『週刊新潮』 2020年3月12日

2020年03月17日

◆ウイルス・経済・外交、行き詰まった習近平

櫻井よしこ


中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス封じで、安倍晋三首相が矢継ぎ早に対策を打ち出した。

2月25日には基本方針を決定し、各種イベントの一律自粛は求めないが、各団体は開催の必要性を再検討してほしいと要請した。

26日、日本が武漢ウイルス蔓延を防げるか否か、今後2週間が岐路になるとの専門家の意見を容れて、首相は多数の観客が集まるスポーツ・文化事業の主催団体に対し、同期間の行事の中止、延期、規模縮小などを明確に要請した。

「首相要請」の影響は大きく、朝日新聞はこれを同日夕刊の1面トップで報道し、以降、全国にイベント中止の動きが広がった。

27日、首相はすべての小・中・高及び特別支援学校に週明けの3月2日から春休みまで臨時休校にするよう要請した。

一連の首相判断があって初めて、世の中全体が武漢ウイルスと戦う形ができたといえる。いまは日本全体が小異を捨て、一致して首相判断に基づきウイルス蔓延を防ぐときだ。

無論批判もある。「唐突で急拵えだ」(岸田文雄政調会長)、「撤回すべきだ」(立憲民主党副代表・蓮舫氏)などを筆頭に地方自治体の首長らからも不満や批判の声があるが、本気か。ウイルス襲来に十分な体制で臨めるのであればそれが最善だ。が、首相も言っている。「判断に時間をかけているいとまがない中、政治的判断をしなければならない」と決意したと。

走りながらの対策が必要なのが今であろう。現場の混乱は十分承知だが、今はウイルス拡散を抑えることが最重要だ。与党も野党もなく、武漢ウイルスを国難ととらえ、全員が努力する時期だ。私は首相の決断を高く評価する。

日本政府、とりわけ厚労省の初動の遅れは中国や中国の影響下にある世界保健機関(WHO)の情報を信じたことが原因のひとつである。中国における武漢ウイルス拡散の実態は発表されているよりはるかに悪い。私はその点を先週当欄で報告したが、中国側から興味深い反応があった。

「ザーサイ指数」

武漢ウイルスの感染拡大を中国当局が隠蔽していると報じた中で、私は、感染が広東省にも広がっていること、そのひとつの証左として病院とはいえない鉄格子つきのプレハブ収容施設が突貫工事で建設されていることを報じた。

同じ内容の情報を私は2月23日、フジテレビの朝の番組「日曜報道 THE
PRIME」でも語ったのだが、私の引用した中国メディアの「21財経」がすぐに「追加取材」して、病院建設は中止されていると報じたのである。広東省での感染拡大を否定しようという意図だろうか。

少なくともこの素早い反応から読みとれるのは、中国側が武漢ウイルスに関する国際社会の報道を隅々まで監視しているという点だ。「独立系メディア」と思われていた「21財経」も、当然といえば当然だが、中国政府の手の内にあることを忘れてはいけないということだ。

中国で育ち、中国社会を知悉している産経新聞外信部次長の矢板明夫氏が中国情報の危うさに関して「ザーサイ指数」という言葉を教えてくれた。ざっと以下のような意味だ。

中国の統計が信じ難いことは、中国経済の責任者である李克強首相も公に認めてきた。地方政府など下から上がってくる数字は全て、中央政府の喜ぶ傾向を示しており、そんなものを信用していたのでは判断を誤る。

そこで李氏らは農民工とザーサイの関係に目をつけた。社会の底辺で働く農民工の増加はすなわち、実体経済が盛んであることを意味する。農民工の増減をどのように調べるか。彼らは貧しく多くが男性で、食事はたっぷりのザーサイをおかずにした山盛りのご飯だ。よって、ザーサイの売り上げ増加は農民工の増加、生産活動の活発化、景気の拡大を意味するとの理屈で中国政府はザーサイの売り上げを参考にするようになった。

しかし、そこから先がいかにも中国らしいと矢板氏は笑う。

「数年前にザーサイ指数について報じられると、地方政府がザーサイ売り上げの水増し報告を始めたのです。結局旧(もと)の木阿弥です」

中国経済の実態を一番正確に示すのが➀中長期貸出残高、➁電力消費量、➂鉄道貨物輸送量の対前年比伸び率を一定の方式で組み合わせて計算された数字だと言われている。この点も矢板氏は疑問視する。

「地方政府は何とか認めてもらおうと、中央政府の聞きたい数字を作成します。基礎的統計でさえもそこに中央政府が注目していると判断すれば、地方政府は当然、手を加えます」

人民の政府への怒り

最も信頼できると言われる統計でさえも全面的に信じることは難しい。中華民族はどこまで行っても融通無碍なのだ。だがいま、中国経済はもはや隠しようもなく大きく落ち込んでいる。「日本経済新聞」が3月1日付で、景気指数で最も信頼できるといわれる製造業の購買担当者景気指数(PMI)が、2月は市場予想の46を大きく下回る35.7だったと報じた。リーマン危機よりもっと深刻だ。

こうした緊急事態で、習近平政権は情報のコントロールにしても、人民の統制にしても、国家の秩序を維持し自身の政権基盤を守るための、より強硬な締めつけ策に走っている。

今回、武漢ウイルス撲滅の現場に中国人民解放軍(PLA)の姿が全く見えない。地震などの場合、いち早くPLAが投入され、国民に奉仕する軍として喧伝されてきたのとは対照的だ。これは、湖北省を捨て、軍は北京を守るために温存するという習氏の決断の反映ではないか。

中国歴代の王朝は、明も清もペストなどの疫病を一つのきっかけとして滅びた。習氏は、疫病を抑制できなかった場合の人民の政府に対する怒り、その結果としての革命と政権交代の恐さを知っているのである。氏が最も恐れるのは人民の怒りであり、今回の武漢ウイルスを、建国以来の大危機ととらえているはずだ。

中国は事実、49年の成立以来の最大の危機に直面している。数年前から経済が悪化する中、トランプ米大統領に貿易戦争を仕掛けられ、経済はさらに落ち込み続けている。ウイグルをはじめとする民族問題について、その非人道的抑圧の実態が、あろうことか中国共産党内部からの告発で国際社会の知るところとなった。ウイグル問題が香港問題につながり、さらに台湾で民進党の蔡英文氏に大勝利をもたらした。中国共産党は深い傷を受けてのた打ち回っている。

米中の対立はこれからも続く。日本がすべきことは、日米両国が他の多くの国々と共有する価値観に基づいて、国際社会を中国化する如何なる動きも抑制していくことだ。武漢ウイルスへの対応で当初見せたように、中国からの情報に惑わされることは決して繰り返してはならない。

『週刊新潮』 2020年3月12日 日本ルネッサンス 第892回


2020年03月13日

◆ウイルス・経済・外交、行き詰まった習近平

櫻井よしこ


中国湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルス封じで、安倍晋三首相が矢継ぎ早に対策を打ち出した。

2月25日には基本方針を決定し、各種イベントの一律自粛は求めないが、各団体は開催の必要性を再検討してほしいと要請した。

26日、日本が武漢ウイルス蔓延を防げるか否か、今後2週間が岐路になるとの専門家の意見を容れて、首相は多数の観客が集まるスポーツ・文化事業の主催団体に対し、同期間の行事の中止、延期、規模縮小などを明確に要請した。

「首相要請」の影響は大きく、朝日新聞はこれを同日夕刊の1面トップで報道し、以降、全国にイベント中止の動きが広がった。

27日、首相はすべての小・中・高及び特別支援学校に週明けの3月2日から春休みまで臨時休校にするよう要請した。

一連の首相判断があって初めて、世の中全体が武漢ウイルスと戦う形ができたといえる。いまは日本全体が小異を捨て、一致して首相判断に基づきウイルス蔓延を防ぐときだ。

無論批判もある。「唐突で急拵えだ」(岸田文雄政調会長)、「撤回すべきだ」(立憲民主党副代表・蓮舫氏)などを筆頭に地方自治体の首長らからも不満や批判の声があるが、本気か。ウイルス襲来に十分な体制で臨めるのであればそれが最善だ。が、首相も言っている。「判断に時間をかけているいとまがない中、政治的判断をしなければならない」と決意したと。

走りながらの対策が必要なのが今であろう。現場の混乱は十分承知だが、今はウイルス拡散を抑えることが最重要だ。与党も野党もなく、武漢ウイルスを国難ととらえ、全員が努力する時期だ。私は首相の決断を高く評価する。

日本政府、とりわけ厚労省の初動の遅れは中国や中国の影響下にある世界保健機関(WHO)の情報を信じたことが原因のひとつである。中国における武漢ウイルス拡散の実態は発表されているよりはるかに悪い。私はその点を先週当欄で報告したが、中国側から興味深い反応があった。

「ザーサイ指数」

武漢ウイルスの感染拡大を中国当局が隠蔽していると報じた中で、私は、感染が広東省にも広がっていること、そのひとつの証左として病院とはいえない鉄格子つきのプレハブ収容施設が突貫工事で建設されていることを報じた。

同じ内容の情報を私は2月23日、フジテレビの朝の番組「日曜報道 THE
PRIME」でも語ったのだが、私の引用した中国メディアの「21財経」がすぐに「追加取材」して、病院建設は中止されていると報じたのである。広東省での感染拡大を否定しようという意図だろうか。

少なくともこの素早い反応から読みとれるのは、中国側が武漢ウイルスに関する国際社会の報道を隅々まで監視しているという点だ。「独立系メディア」と思われていた「21財経」も、当然といえば当然だが、中国政府の手の内にあることを忘れてはいけないということだ。

中国で育ち、中国社会を知悉している産経新聞外信部次長の矢板明夫氏が中国情報の危うさに関して「ザーサイ指数」という言葉を教えてくれた。ざっと以下のような意味だ。

中国の統計が信じ難いことは、中国経済の責任者である李克強首相も公に認めてきた。地方政府など下から上がってくる数字は全て、中央政府の喜ぶ傾向を示しており、そんなものを信用していたのでは判断を誤る。

そこで李氏らは農民工とザーサイの関係に目をつけた。社会の底辺で働く農民工の増加はすなわち、実体経済が盛んであることを意味する。農民工の増減をどのように調べるか。彼らは貧しく多くが男性で、食事はたっぷりのザーサイをおかずにした山盛りのご飯だ。よって、ザーサイの売り上げ増加は農民工の増加、生産活動の活発化、景気の拡大を意味するとの理屈で中国政府はザーサイの売り上げを参考にするようになった。

しかし、そこから先がいかにも中国らしいと矢板氏は笑う。

「数年前にザーサイ指数について報じられると、地方政府がザーサイ売り上げの水増し報告を始めたのです。結局旧(もと)の木阿弥です」

中国経済の実態を一番正確に示すのが➀中長期貸出残高、➁電力消費量、➂鉄道貨物輸送量の対前年比伸び率を一定の方式で組み合わせて計算された数字だと言われている。この点も矢板氏は疑問視する。

「地方政府は何とか認めてもらおうと、中央政府の聞きたい数字を作成します。基礎的統計でさえもそこに中央政府が注目していると判断すれば、地方政府は当然、手を加えます」

人民の政府への怒り

最も信頼できると言われる統計でさえも全面的に信じることは難しい。中華民族はどこまで行っても融通無碍なのだ。だがいま、中国経済はもはや隠しようもなく大きく落ち込んでいる。「日本経済新聞」が3月1日付で、景気指数で最も信頼できるといわれる製造業の購買担当者景気指数(PMI)が、2月は市場予想の46を大きく下回る35.7だったと報じた。リーマン危機よりもっと深刻だ。

こうした緊急事態で、習近平政権は情報のコントロールにしても、人民の統制にしても、国家の秩序を維持し自身の政権基盤を守るための、より強硬な締めつけ策に走っている。

今回、武漢ウイルス撲滅の現場に中国人民解放軍(PLA)の姿が全く見えない。地震などの場合、いち早くPLAが投入され、国民に奉仕する軍として喧伝されてきたのとは対照的だ。これは、湖北省を捨て、軍は北京を守るために温存するという習氏の決断の反映ではないか。

中国歴代の王朝は、明も清もペストなどの疫病を一つのきっかけとして滅びた。習氏は、疫病を抑制できなかった場合の人民の政府に対する怒り、その結果としての革命と政権交代の恐さを知っているのである。氏が最も恐れるのは人民の怒りであり、今回の武漢ウイルスを、建国以来の大危機ととらえているはずだ。

中国は事実、49年の成立以来の最大の危機に直面している。数年前から経済が悪化する中、トランプ米大統領に貿易戦争を仕掛けられ、経済はさらに落ち込み続けている。ウイグルをはじめとする民族問題について、その非人道的抑圧の実態が、あろうことか中国共産党内部からの告発で国際社会の知るところとなった。ウイグル問題が香港問題につながり、さらに台湾で民進党の蔡英文氏に大勝利をもたらした。中国共産党は深い傷を受けてのた打ち回っている。

米中の対立はこれからも続く。日本がすべきことは、日米両国が他の多くの国々と共有する価値観に基づいて、国際社会を中国化する如何なる動きも抑制していくことだ。武漢ウイルスへの対応で当初見せたように、中国からの情報に惑わされることは決して繰り返してはならない。

『週刊新潮』 2020年3月12日日本ルネッサンス 第892回

2020年03月08日

◆日本も世界も知らされない、中国恐怖の実態

櫻井よしこ


中国の習近平政権が最大の危機に直面している。中国の危機からわが国は何を学ぶのか。中国と同じ過ちを犯さないために、わが国は何をすればよいのか、安倍政権の正念場である。

歴史上、中国は日本にとって永遠の艱難である。災いを回避するには、なんとしてでも賢く対処することだ。

いま世界に広がりつつある新型コロナウイルスの流行は東西南北、どの方向からみても中国の中心部といってよい湖北省から始まった。広がりはおさまらず、3月5日に開幕予定だった第13期全国人民代表大会(全人代)の延期が2月24日、正式決定された。全人代に合わせて開幕予定だった国政助言機関の人民政治協商会議も延期された。中国政府はその後の予定については全く何の見通しも示せていない。

習主席の面子をかけて、どうしても開きたかったであろう全人代が最後の最後に延期へと追い込まれたことは、事態の深刻さと、中国全土にどれほど広く新型ウイルスが広がっているかを物語るものだ。当然、4月上旬に予定されている習氏の国賓来日にも、大幅延期などの影響が出るのは避けられないだろう。

中国はあらゆる意味で情報を操ることで国力を強化してきた国だ。自国に不利な情報は本能的に隠す国柄だと心得ていて間違いない。その意味で現在、中国当局が発表している新型コロナウイルスによる肺炎についての情報も、実態を正しく伝えていると考えてはならない。たとえば2月20日の発表では、今回の新型コロナウイルス禍が始まった湖北省の次に感染者が多い省として、広東省が名を連ねている。ここには多くの日本企業が進出しており、香港・マカオが隣接する。

以下、感染者の多い順に河南省、浙江省、湖南省が続いているが、広東省を含め各省の感染者数はいずれも1000人台、死者は各々、5、19、1、4人にとどまっているというありえない内容の発表だ。

民間資源の強制徴用

これら一連の当局の数字は事実の反映ではなく、中国政府が、「事態をこの程度でおさめたい」と考える数字にすぎず、信用に値しないだろう。

米国、その米国と情報を共有する台湾、それに加えて香港は、たとえば広東省に対し2月の早い時期に厳格な措置をとった。米国は外交官だけでなく、広東省滞在の米国市民の多くを脱出させた。台湾は早くも2日に広東省から台湾への入境を禁止し、8日には広東省を湖北省と同じ警戒レベルの「一級疫区」に指定した。

さらに、香港特別行政区政府は中国大陸との境界を一部を除き全て封鎖し、大陸からの入境者全員に2週間の隔離を義務づけた。ちなみに同措置によって、共同通信、朝日、読売の三社は全員が香港に退避した。広東省(広州、深等)に残っているのはNHKと日経のみだ。BBCやCNNなどはここには支局を設けていない。ロイターとAPは深に支局を置いているが、記者は中国専門というよりハイテク産業に特化した報道を得意とする。

広東省で実際に起きていることを見ると、いかにも中国らしい。域内感染は全く終息していないにも拘わらず、中国政府の決定に従って、2月10日、広東省政府は「復工」を実行した。つまり、人々の勤務を通常に戻したのである。これによって、人口約1.1億人の広東省で職場、通勤、食事等を通じたヒトヒト感染が再度爆発する結果となった。

同事態に対して広東省政府は11日、コロナウイルスによる新型肺炎に関する緊急立法を成立させ、即日施行した。その内容は人の移動や町の封鎖、市場活動に関する行政措置を定める権限を、省政府から県級以上の地方政府に移すというものだ。

広東省は同時に、民間資源としての不動産や物資を徴用する戦時体制下同様の強権体制を確立した。省内の移動を制限し、封鎖や管理を可能にする最も強い拘束力を有する緊急立法(広東省通告第55号)も施行した。

有り体にいえば、人の移動制限や地域の封鎖、市場活動についての行政措置や立法権限を、下位の地方政府に移し、省の責任を回避しようとするものだ。同時に、省政府が不動産や各種物資といった民間資源をフリーハンドで利用できるようにするための措置である。

広東省がこのような緊急立法を行ったのに合わせて、省内の大都市である広州市や深市も、民間資源の強制徴用を可能にする戦時下同様の通告を発表した。当局がコロナウイルスに如何に強い危機感を抱き、全ての手段を、それも必要とあらば瞬時に駆使して、何が何でも力で押さえこもうとしているかが見てとれる。

鉄格子付きのプレハブ

こうした非常事態措置をとる一方で、広東省政府は武漢に見習う形でプレハブの隔離収容施設を突貫工事で建設し始めた。武漢をモデルとしたプレハブの隔離収容施設は、報じられているだけで3か所に上る。まず、広州市白雲区にある1000床の隔離施設だ。これは調査報道に強い独立系メディアの「財新」「21財経」が報じた。

2か所目は深市第三人民病院の拡大隔離収容施設だ。

3か所目は中山市の第二人民病院にわずか10日間で新設された200床の病院だ。ちなみにここではさらに300床の建物が追加されつつある。各病室には2名が収容されるが、写真で見るかぎりこの病院は、「病院というより鉄格子付きのプレハブのコンテナ」である。

わかっているだけで右の3か所で突貫工事が行われている。このこと自体、広東省が武漢と同じく制御不能の事態に陥っている事実を証明しているのではないか。

広東省政府は同省の患者収容能力は1万272床に上り、病院のベッド数に不足はないと発表している。仮にそれが事実なら、なぜ1000床のプレハブ隔離施設や、10日間の突貫工事による病院などを作るのだろうか。答えは明らかであろう。広州をはじめとする町々を包摂する広東省全体が、武漢を含む湖北省と同じく、制御不能の事態に陥っている可能性が高いのではないか。

中国の実態は想像以上に酷いとみて間違いないだろう。そこでいまわが国がすべきことは、まず第一に、中国との人の交流を厳しくコントロールする措置により国内の感染者をふやさないことである。次に国内の感染者には全ての情報を開示して、軽症者は自宅で療養してもらい、重症患者は病院で手当てして、重症化させず、その命を救うことである。徹底した情報開示さえ行えば、危機対処能力、他者を思いやる精神を備えている日本国民なら、必ず乗り越えられるはずだ。いま日本国民が団結するときだ。

『週刊新潮』 2020年3月5日号
日本ルネッサンス 第891回

2020年03月06日

◆日本も世界も知らされない、中国恐怖の実態

櫻井よしこ


中国の習近平政権が最大の危機に直面している。中国の危機からわが国は何を学ぶのか。中国と同じ過ちを犯さないために、わが国は何をすればよいのか、安倍政権の正念場である。

歴史上、中国は日本にとって永遠の艱難である。災いを回避するには、なんとしてでも賢く対処することだ。

いま世界に広がりつつある新型コロナウイルスの流行は東西南北、どの方向からみても中国の中心部といってよい湖北省から始まった。広がりはおさまらず、3月5日に開幕予定だった第13期全国人民代表大会(全人代)の延期が2月24日、正式決定された。全人代に合わせて開幕予定だった国政助言機関の人民政治協商会議も延期された。中国政府はその後の予定については全く何の見通しも示せていない。

習主席の面子をかけて、どうしても開きたかったであろう全人代が最後の最後に延期へと追い込まれたことは、事態の深刻さと、中国全土にどれほど広く新型ウイルスが広がっているかを物語るものだ。当然、4月上旬に予定されている習氏の国賓来日にも、大幅延期などの影響が出るのは避けられないだろう。

中国はあらゆる意味で情報を操ることで国力を強化してきた国だ。自国に不利な情報は本能的に隠す国柄だと心得ていて間違いない。その意味で現在、中国当局が発表している新型コロナウイルスによる肺炎についての情報も、実態を正しく伝えていると考えてはならない。たとえば2月20日の発表では、今回の新型コロナウイルス禍が始まった湖北省の次に感染者が多い省として、広東省が名を連ねている。ここには多くの日本企業が進出しており、香港・マカオが隣接する。

以下、感染者の多い順に河南省、浙江省、湖南省が続いているが、広東省を含め各省の感染者数はいずれも1000人台、死者は各々、5、19、1、4人にとどまっているというありえない内容の発表だ。

民間資源の強制徴用

これら一連の当局の数字は事実の反映ではなく、中国政府が、「事態をこの程度でおさめたい」と考える数字にすぎず、信用に値しないだろう。

米国、その米国と情報を共有する台湾、それに加えて香港は、たとえば広東省に対し2月の早い時期に厳格な措置をとった。米国は外交官だけでなく、広東省滞在の米国市民の多くを脱出させた。台湾は早くも2日に広東省から台湾への入境を禁止し、8日には広東省を湖北省と同じ警戒レベルの「一級疫区」に指定した。

さらに、香港特別行政区政府は中国大陸との境界を一部を除き全て封鎖し、大陸からの入境者全員に2週間の隔離を義務づけた。ちなみに同措置によって、共同通信、朝日、読売の三社は全員が香港に退避した。広東省(広州、深等)に残っているのはNHKと日経のみだ。BBCやCNNなどはここには支局を設けていない。ロイターとAPは深に支局を置いているが、記者は中国専門というよりハイテク産業に特化した報道を得意とする。

広東省で実際に起きていることを見ると、いかにも中国らしい。域内感染は全く終息していないにも拘わらず、中国政府の決定に従って、2月10日、広東省政府は「復工」を実行した。つまり、人々の勤務を通常に戻したのである。これによって、人口約1.1億人の広東省で職場、通勤、食事等を通じたヒトヒト感染が再度爆発する結果となった。

同事態に対して広東省政府は11日、コロナウイルスによる新型肺炎に関する緊急立法を成立させ、即日施行した。その内容は人の移動や町の封鎖、市場活動に関する行政措置を定める権限を、省政府から県級以上の地方政府に移すというものだ。

広東省は同時に、民間資源としての不動産や物資を徴用する戦時体制下同様の強権体制を確立した。省内の移動を制限し、封鎖や管理を可能にする最も強い拘束力を有する緊急立法(広東省通告第55号)も施行した。

有り体にいえば、人の移動制限や地域の封鎖、市場活動についての行政措置や立法権限を、下位の地方政府に移し、省の責任を回避しようとするものだ。同時に、省政府が不動産や各種物資といった民間資源をフリーハンドで利用できるようにするための措置である。

広東省がこのような緊急立法を行ったのに合わせて、省内の大都市である広州市や深市も、民間資源の強制徴用を可能にする戦時下同様の通告を発表した。当局がコロナウイルスに如何に強い危機感を抱き、全ての手段を、それも必要とあらば瞬時に駆使して、何が何でも力で押さえこもうとしているかが見てとれる。

鉄格子付きのプレハブ

こうした非常事態措置をとる一方で、広東省政府は武漢に見習う形でプレハブの隔離収容施設を突貫工事で建設し始めた。武漢をモデルとしたプレハブの隔離収容施設は、報じられているだけで3か所に上る。まず、広州市白雲区にある1000床の隔離施設だ。これは調査報道に強い独立系メディアの「財新」「21財経」が報じた。

2か所目は深市第三人民病院の拡大隔離収容施設だ。

3か所目は中山市の第二人民病院にわずか10日間で新設された200床の病院だ。ちなみにここではさらに300床の建物が追加されつつある。各病室には2名が収容されるが、写真で見るかぎりこの病院は、「病院というより鉄格子付きのプレハブのコンテナ」である。

わかっているだけで右の3か所で突貫工事が行われている。このこと自体、広東省が武漢と同じく制御不能の事態に陥っている事実を証明しているのではないか。

広東省政府は同省の患者収容能力は1万272床に上り、病院のベッド数に不足はないと発表している。仮にそれが事実なら、なぜ1000床のプレハブ隔離施設や、10日間の突貫工事による病院などを作るのだろうか。答えは明らかであろう。広州をはじめとする町々を包摂する広東省全体が、武漢を含む湖北省と同じく、制御不能の事態に陥っている可能性が高いのではないか。

中国の実態は想像以上に酷いとみて間違いないだろう。そこでいまわが国がすべきことは、まず第一に、中国との人の交流を厳しくコントロールする措置により国内の感染者をふやさないことである。次に国内の感染者には全ての情報を開示して、軽症者は自宅で療養してもらい、重症患者は病院で手当てして、重症化させず、その命を救うことである。徹底した情報開示さえ行えば、危機対処能力、他者を思いやる精神を備えている日本国民なら、必ず乗り越えられるはずだ。いま日本国民が団結するときだ。

『週刊新潮』 2020年3月5日号
日本ルネッサンス 第891回

2020年03月02日

◆日本人の連帯力がウイルス克服の鍵

櫻井よしこ


新型コロナウイルスの感染が日本国内で広がりつつある。2月14日、東京、神奈川、沖縄、和歌山、北海道、愛知の6都道県で新たに8人の感染が判明した。

気になるのは感染ルートを辿れる場合とできない場合が混在していることだ。たとえば東京の感染者2人は、その前日に感染が確認されたタクシー運転手の男性と濃厚接触があった。タクシー運転手は屋形船で遊覧しており、そこには武漢からの旅行者を世話した屋形船の従業員がいた。

神奈川県の感染者はダイヤモンド・プリンセス号の乗客の搬送などに携わった消防局職員だ。

沖縄の女性タクシー運転手はダイヤモンド・プリンセス号の乗客を乗せて観光案内をしていた。

他方、北海道の感染者は感染ルートがはっきりしない。愛知の男性感染者は2月7日までハワイ旅行をしていたが、やはり感染ルートは不明だ。

中国人との接触も中国への渡航歴もなく感染が起きたとすれば、それは三次感染以上の感染が国内で起きている、つまり日本にはすでに感染が広がっているということだ。私たちは新たな段階に入ってしまったと考えるのが正しいだろう。

そこで大事なのは、大感染のパニックを引き起こさずに、ウイルスを管理していくことだ。目に見えない敵のコントロールは極めて難しい。だが、ウイルスの性質と日本人の資質を考えれば、可能だと私は思う。

まず、新型コロナウイルスの性質を見ておこう。これまでに判明しているのは、新型コロナウイルスの感染力は一般のインフルエンザウイルスと異なり、未発症の段階でもヒトヒト感染を起こすが、致死率は0.6%から1%と見られることだ。これはSARS(重症急性呼吸器症候群)の致死率10%より低く、インフルエンザの0.1%より高い。

助け合いの精神

東京大学医学部教授の橋本英樹氏は「たちの悪いインフルエンザと考えればよいでしょう」と、語る。

であれば、新型コロナウイルスは、十分注意しなければならないが、かといって過度に恐れる相手ではない。新型コロナウイルスの決定打となる治療薬はまだ開発されていないため、現在は対症療法しかない。それでも普通に健康で普通に体力のある人は、基本的なルールを守ることでウイルスに打ち勝てるという。

そのためには外出から戻ったらまず、十分な手洗い、うがいを欠かさないことだ。余り無理をせず睡眠と栄養をとり、ウイルスと戦う体力を維持することに尽きる。医療水準だけでなく、一人一人の行動と心構えが大事な要素であり、その意味で私は日本人は大丈夫だと考えている。

2009年に日本列島を襲った新型インフルエンザのことを想い出したい。感染力は強く、とりわけ高齢者の致死率が高いとして恐れられた。私は当時百歳近い母と暮らしていたために、この新型インフルエンザウイルスから母を守るべく心掛けたことなどを鮮明に記憶している。

当初政府は、今回と同じく新型インフルエンザウイルスの上陸を阻止する水際作戦に力点を置いていた。しかしそうした中で海外渡航歴のない人々の集団感染が判明したのだ。その時点で政府の対処方針は、今回と同様、水際作戦から重症化を防ぐ作戦へと転換した。軽症患者には十分な注意と指導を徹底して、地元の病院、或いは自宅で療養してもらい、重い症状の人をふやさないという作戦である。

当時、私も即、母の生活パターンを変えた。週3回から4回に上っていた母の外出を減らして自宅ですごしてもらうようにしたのだ。その上で私も、そしてわが家に出入りする人々全員に、手洗い、うがいを徹底してもらった。橋本氏は「まず、自分が感染源にならないようにすることが大事」だと強調したが、私もこうして自身を守り、周囲の高齢者や弱い存在を守れるよう心掛けた。そしてそれは成功した。

自分の健康と周りの人、他者、さらに社会全体の健康を重ね合わせて考えることが大事である。それは連帯意識と助け合いの精神に直結する。

あの3.11の東日本大震災で大地震と大津波に襲われたとき、東北地方の人々を中心に、日本人は全員が助け合った。自分の身を守ったうえで、自分より弱い人たち、お年寄りを、皆が助けた。一緒に頑張った。こうした日本人の資質から見ても、このコロナウイルスを管理していくことは、日本人には出来るはずだ。

高齢者は感染すれば、20%から30%の確率で重症に陥り易いという。とりわけ糖尿病などの基礎的疾患のある高齢の人はリスクが高い。

万が一、感染すれば、呼吸器をつけたりして全身を管理する必要も生じてくる。感染者がどっとふえて集中すれば、大病院といえども限界にぶつかる。高度の治療を供給できる十分な病室の準備は容易でなくなるだろう。このウイルスには前述のような感染力があって広がり易いのである。それだけに爆発的な流行を抑えることが大事である。

中国人は本当に気の毒

そのために何をしたらよいのか。前述のように自身の健康管理の徹底が第一だが、感染した場合、私たちは保健所や厚労省に殺到するのでなく、地元の医師や病院を活用することが大事になる。そしてここに政府のリーダーシップが求められる。十分な情報を国民に提供し、感染しても、どこでも良質な医療が受けられる態勢を、各地域の医療機関を有機的に結んで作り上げることだ。そのことへの信頼や安心感さえ築くことができればパニックは起こらない。症状が軽い場合、普通のインフルエンザの患者同様に各地の病院が治療し、或いは患者は自宅で静養して、コロナウイルスに打ち勝てるのではないか。それができるのが日本の文明・文化の本当の力ではないかと思う。

武漢で何が起きているのか、正確には見えてこないが、武漢に封じ込められている中国人は本当に気の毒だ。いま、武漢では夜から朝までの「アルバイト」募集が盛んに行われているという。夜を徹して「死体」を搬送するのだそうだ。新型コロナウイルスで亡くなった人々の遺体である。火葬場は一日中フル回転しても間に合わないといわれる。

国民のための医療などが整っていない国では弱い人ほど真っ先に犠牲になる。それでも中国の惨状の実態は外部世界には説明されない。国民のための情報開示よりも、習近平国家主席や中国共産党を守るための情報隠蔽が先行するからだ。しかし隠しても隠しきれない。習氏も共産党も、決定的に国民の、そして国際社会の信頼を失いつつある。

日本にも新型ウイルスの感染が広がるいま、わが国は国民、人間中心の体制を作り上げよう。国民の資質、政府の在り方、国柄の違いでこの危機を乗り越えよう。

『週刊新潮』 2020年2月27日号
日本ルネッサンス 第889回

2020年02月29日

◆日本人の連帯力がウイルス克服の鍵

櫻井よしこ


新型コロナウイルスの感染が日本国内で広がりつつある。2月14日、東京、神奈川、沖縄、和歌山、北海道、愛知の6都道県で新たに8人の感染が判明した。

気になるのは感染ルートを辿れる場合とできない場合が混在していることだ。たとえば東京の感染者二人は、その前日に感染が確認されたタクシー運転手の男性と濃厚接触があった。タクシー運転手は屋形船で遊覧しており、そこには武漢からの旅行者を世話した屋形船の従業員がいた。

神奈川県の感染者はダイヤモンド・プリンセス号の乗客の搬送などに携わった消防局職員だ。

沖縄の女性タクシー運転手はダイヤモンド・プリンセス号の乗客を乗せて観光案内をしていた。

他方、北海道の感染者は感染ルートがはっきりしない。愛知の男性感染者は2月7日までハワイ旅行をしていたが、やはり感染ルートは不明だ。

中国人との接触も中国への渡航歴もなく感染が起きたとすれば、それは三次感染以上の感染が国内で起きている、つまり日本にはすでに感染が広がっているということだ。私たちは新たな段階に入ってしまったと考えるのが正しいだろう。そこで大事なのは、大感染のパニックを引き起こさずに、ウイルスを管理していくことだ。目に見えない敵のコントロールは極めて難しい。だが、ウイルスの性質と日本人の資質を考えれば、可能だと私は思う。

まず、新型コロナウイルスの性質を見ておこう。これまでに判明しているのは、新型コロナウイルスの感染力は一般のインフルエンザウイルスと異なり、未発症の段階でもヒトヒト感染を起こすが、致死率は0.6%から1%と見られることだ。これはSARS(重症急性呼吸器症候群)の致死率10%より低く、インフルエンザの0.1%より高い。

助け合いの精神

東京大学医学部教授の橋本英樹氏は「たちの悪いインフルエンザと考えればよいでしょう」と、語る。

であれば、新型コロナウイルスは、十分注意しなければならないが、かといって過度に恐れる相手ではない。新型コロナウイルスの決定打となる治療薬はまだ開発されていないため、現在は対症療法しかない。それでも普通に健康で普通に体力のある人は、基本的なルールを守ることでウイルスに打ち勝てるという。

そのためには外出から戻ったらまず、十分な手洗い、うがいを欠かさないことだ。余り無理をせず睡眠と栄養をとり、ウイルスと戦う体力を維持することに尽きる。医療水準だけでなく、一人一人の行動と心構えが大事な要素であり、その意味で私は日本人は大丈夫だと考えている。

2009年に日本列島を襲った新型インフルエンザのことを想い出したい。感染力は強く、とりわけ高齢者の致死率が高いとして恐れられた。私は当時百歳近い母と暮らしていたために、この新型インフルエンザウイルスから母を守るべく心掛けたことなどを鮮明に記憶している。

当初政府は、今回と同じく新型インフルエンザウイルスの上陸を阻止する水際作戦に力点を置いていた。しかしそうした中で海外渡航歴のない人々の集団感染が判明したのだ。その時点で政府の対処方針は、今回と同様、水際作戦から重症化を防ぐ作戦へと転換した。軽症患者には十分な注意と指導を徹底して、地元の病院、或いは自宅で療養してもらい、重い症状の人をふやさないという作戦である。

当時、私も即、母の生活パターンを変えた。週3回から4回に上っていた母の外出を減らして自宅ですごしてもらうようにしたのだ。その上で私も、そしてわが家に出入りする人々全員に、手洗い、うがいを徹底してもらった。橋本氏は「まず、自分が感染源にならないようにすることが大事」だと強調したが、私もこうして自身を守り、周囲の高齢者や弱い存在を守れるよう心掛けた。そしてそれは成功した。

自分の健康と周りの人、他者、さらに社会全体の健康を重ね合わせて考えることが大事である。それは連帯意識と助け合いの精神に直結する。

あの3.11の東日本大震災で大地震と大津波に襲われたとき、東北地方の人々を中心に、日本人は全員が助け合った。自分の身を守ったうえで、自分より弱い人たち、お年寄りを、皆が助けた。一緒に頑張った。こうした日本人の資質から見ても、このコロナウイルスを管理していくことは、日本人には出来るはずだ。

高齢者は感染すれば、20%から30%の確率で重症に陥り易いという。とりわけ糖尿病などの基礎的疾患のある高齢の人はリスクが高い。

万が一、感染すれば、呼吸器をつけたりして全身を管理する必要も生じてくる。感染者がどっとふえて集中すれば、大病院といえども限界にぶつかる。高度の治療を供給できる十分な病室の準備は容易でなくなるだろう。このウイルスには前述のような感染力があって広がり易いのである。それだけに爆発的な流行を抑えることが大事である。

中国人は本当に気の毒

そのために何をしたらよいのか。前述のように自身の健康管理の徹底が第一だが、感染した場合、私たちは保健所や厚労省に殺到するのでなく、地元の医師や病院を活用することが大事になる。そしてここに政府のリーダーシップが求められる。十分な情報を国民に提供し、感染しても、どこでも良質な医療が受けられる態勢を、各地域の医療機関を有機的に結んで作り上げることだ。そのことへの信頼や安心感さえ築くことができればパニックは起こらない。症状が軽い場合、普通のインフルエンザの患者同様に各地の病院が治療し、或いは患者は自宅で静養して、コロナウイルスに打ち勝てるのではないか。それができるのが日本の文明・文化の本当の力ではないかと思う。

武漢で何が起きているのか、正確には見えてこないが、武漢に封じ込められている中国人は本当に気の毒だ。いま、武漢では夜から朝までの「アルバイト」募集が盛んに行われているという。夜を徹して「死体」を搬送するのだそうだ。新型コロナウイルスで亡くなった人々の遺体である。火葬場は一日中フル回転しても間に合わないといわれる。

国民のための医療などが整っていない国では弱い人ほど真っ先に犠牲になる。それでも中国の惨状の実態は外部世界には説明されない。国民のための情報開示よりも、習近平国家主席や中国共産党を守るための情報隠蔽が先行するからだ。しかし隠しても隠しきれない。習氏も共産党も、決定的に国民の、そして国際社会の信頼を失いつつある。

日本にも新型ウイルスの感染が広がるいま、わが国は国民、人間中心の体制を作り上げよう。国民の資質、政府

『週刊新潮』 2020年2月27日号
日本ルネッサンス 第889回

2020年02月28日

◆日本人の連帯力がウイルス克服の鍵

櫻井よしこ


新型コロナウイルスの感染が日本国内で広がりつつある。2月14日、東京、神奈川、沖縄、和歌山、北海道、愛知の6都道県で新たに8人の感染が判明した。

気になるのは感染ルートを辿れる場合とできない場合が混在していることだ。たとえば東京の感染者2人は、その前日に感染が確認されたタクシー運転手の男性と濃厚接触があった。タクシー運転手は屋形船で遊覧しており、そこには武漢からの旅行者を世話した屋形船の従業員がいた。

神奈川県の感染者はダイヤモンド・プリンセス号の乗客の搬送などに携わった消防局職員だ。

沖縄の女性タクシー運転手はダイヤモンド・プリンセス号の乗客を乗せて観光案内をしていた。

他方、北海道の感染者は感染ルートがはっきりしない。愛知の男性感染者は2月7日までハワイ旅行をしていたが、やはり感染ルートは不明だ。

中国人との接触も中国への渡航歴もなく感染が起きたとすれば、それは3次感染以上の感染が国内で起きている、つまり日本にはすでに感染が広がっているということだ。私たちは新たな段階に入ってしまったと考えるのが正しいだろう。そこで大事なのは、大感染のパニックを引き起こさずに、ウイルスを管理していくことだ。目に見えない敵のコントロールは極めて難しい。だが、ウイルスの性質と日本人の資質を考えれば、可能だと私は思う。

まず、新型コロナウイルスの性質を見ておこう。これまでに判明しているのは、新型コロナウイルスの感染力は一般のインフルエンザウイルスと異なり、未発症の段階でもヒトヒト感染を起こすが、致死率は0.6%から1%と見られることだ。これはSARS(重症急性呼吸器症候群)の致死率10%より低く、インフルエンザの0.1%より高い。

助け合いの精神

東京大学医学部教授の橋本英樹氏は「たちの悪いインフルエンザと考えればよいでしょう」と、語る。

であれば、新型コロナウイルスは、十分注意しなければならないが、かといって過度に恐れる相手ではない。新型コロナウイルスの決定打となる治療薬はまだ開発されていないため、現在は対症療法しかない。それでも普通に健康で普通に体力のある人は、基本的なルールを守ることでウイルスに打ち勝てるという。

そのためには外出から戻ったらまず、十分な手洗い、うがいを欠かさないことだ。余り無理をせず睡眠と栄養をとり、ウイルスと戦う体力を維持することに尽きる。医療水準だけでなく、一人一人の行動と心構えが大事な要素であり、その意味で私は日本人は大丈夫だと考えている。

2009年に日本列島を襲った新型インフルエンザのことを想い出したい。感染力は強く、とりわけ高齢者の致死率が高いとして恐れられた。私は当時百歳近い母と暮らしていたために、この新型インフルエンザウイルスから母を守るべく心掛けたことなどを鮮明に記憶している。

当初政府は、今回と同じく新型インフルエンザウイルスの上陸を阻止する水際作戦に力点を置いていた。しかしそうした中で海外渡航歴のない人々の集団感染が判明したのだ。その時点で政府の対処方針は、今回と同様、水際作戦から重症化を防ぐ作戦へと転換した。軽症患者には十分な注意と指導を徹底して、地元の病院、或いは自宅で療養してもらい、重い症状の人をふやさないという作戦である。

当時、私も即、母の生活パターンを変えた。週3回から4回に上っていた母の外出を減らして自宅ですごしてもらうようにしたのだ。その上で私も、そしてわが家に出入りする人々全員に、手洗い、うがいを徹底してもらった。橋本氏は「まず、自分が感染源にならないようにすることが大事」だと強調したが、私もこうして自身を守り、周囲の高齢者や弱い存在を守れるよう心掛けた。そしてそれは成功した。

自分の健康と周りの人、他者、さらに社会全体の健康を重ね合わせて考えることが大事である。それは連帯意識と助け合いの精神に直結する。

あの3.11の東日本大震災で大地震と大津波に襲われたとき、東北地方の人々を中心に、日本人は全員が助け合った。自分の身を守ったうえで、自分より弱い人たち、お年寄りを、皆が助けた。一緒に頑張った。こうした日本人の資質から見ても、このコロナウイルスを管理していくことは、日本人には出来るはずだ。

高齢者は感染すれば、20%から30%の確率で重症に陥り易いという。とりわけ糖尿病などの基礎的疾患のある高齢の人はリスクが高い。

万が一、感染すれば、呼吸器をつけたりして全身を管理する必要も生じてくる。感染者がどっとふえて集中すれば、大病院といえども限界にぶつかる。高度の治療を供給できる十分な病室の準備は容易でなくなるだろう。このウイルスには前述のような感染力があって広がり易いのである。それだけに爆発的な流行を抑えることが大事である。

中国人は本当に気の毒

そのために何をしたらよいのか。前述のように自身の健康管理の徹底が第一だが、感染した場合、私たちは保健所や厚労省に殺到するのでなく、地元の医師や病院を活用することが大事になる。そしてここに政府のリーダーシップが求められる。十分な情報を国民に提供し、感染しても、どこでも良質な医療が受けられる態勢を、各地域の医療機関を有機的に結んで作り上げることだ。そのことへの信頼や安心感さえ築くことができればパニックは起こらない。症状が軽い場合、普通のインフルエンザの患者同様に各地の病院が治療し、或いは患者は自宅で静養して、コロナウイルスに打ち勝てるのではないか。それができるのが日本の文明・文化の本当の力ではないかと思う。

武漢で何が起きているのか、正確には見えてこないが、武漢に封じ込められている中国人は本当に気の毒だ。いま、武漢では夜から朝までの「アルバイト」募集が盛んに行われているという。夜を徹して「死体」を搬送するのだそうだ。新型コロナウイルスで亡くなった人々の遺体である。火葬場は一日中フル回転しても間に合わないといわれる。

国民のための医療などが整っていない国では弱い人ほど真っ先に犠牲になる。それでも中国の惨状の実態は外部世界には説明されない。国民のための情報開示よりも、習近平国家主席や中国共産党を守るための情報隠蔽が先行するからだ。しかし隠しても隠しきれない。習氏も共産党も、決定的に国民の、そして国際社会の信頼を失いつつある。

日本にも新型ウイルスの感染が広がるいま、わが国は国民、人間中心の体制を作り上げよう。国民の資質、政府の在り方、国柄の違いでこの危機を乗り越えよう。

『週刊新潮』 2020年2月27日号
日本ルネッサンス 第889回

2020年02月20日

◆ウイルスが切り崩す、中国独裁政権

櫻井よしこ


14億人の国民の上に君臨する絶対的権力者、21世紀の終身皇帝を目指す習近平国家主席の実相を、新型コロナウイルスがこれでもかこれでもかと抉り出している。

中国中部、武漢で発生したこのウイルスは中国共産党一党独裁体制と習近平氏の退場を促すきっかけになるやもしれない。たとえそこまで行かずとも、世界第2の大国の基盤の緩みは国際政治の力学を大きく変化させずにはおかないのではないか。

習政権は今回のウイルスへの対応で、中国共産党が全く進歩していなかったことを世界に曝露する結果となった。彼らは17年前の重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から何も学んでいない。むしろ当時よりも後退している。

当時、中国政府はSARSに関する情報を「隠蔽」したとして国際社会の強い非難を浴びた。それでも当時の胡錦濤国家主席は、今回の習氏の大失態との比較において、それなりに努力したと評価されている。

SARSの感染症例第一号は2002年11月に広東省で確認され、すぐに隣接する香港に、翌03年3月には北京市にも広がった。このとき、著名なウイルス研究者、鍾南山氏が香港メディアの取材を受けて中国政府が情報を隠蔽していることを曝露した。

ちなみに鍾氏は、今回も当局が隠していた新型コロナウイルスが「ヒトからヒトへ感染している」という重要情報をメディアに発表した人物だ。

SARSの危険性を知らされた胡氏は、情報隠しの中心にいた北京市長と保健衛生大臣を更迭し、情報開示を急がせた。産経新聞の外信部次長、矢板明夫氏が当時の状況を説明した。

「SARS発生の当初段階で情報は隠されていましたが、胡錦濤は責任者を明確な形で処分し、情報開示に踏み切りました。結果として広東省のメディア『南方週末』などが積極的にSARSの危険性を報じるようになりました。今回、中国政府の手元にはSARSの経験を踏まえた対策があったはずです。しかし、習政権は基本的に何の対応もしていないのです」

「発表は絶対にウソ」

中国のネット空間では今も新型コロナウイルス蔓延の情報が次々に削除されている。明らかにそれは政権の意向であろう。共産党の代弁者たる中国メディアは、主として共産党指導部が頑張っているという類のニュースを伝えるばかりだ。この言論空間から真実が発信されるとは思えない。

新型ウイルスは本当にどこまで広がっているのか。私たちには推測するしか術がないが、武漢から帰国した日本人のケースがひとつのヒントを与えてくれる。帰国した565人中、感染者は8人である。従って感染率は1.4%だ。この数字を武漢に閉じ込められている約900万の中国人に当てはめると、感染者数は12万6000人になる。2月3日時点で中国政府が発表している約1万7000人とは桁違いだ。

留意すべき点は、帰国した日本人は中国人との接触が特に多かったわけではなく、衛生環境も悪くなかったと考えてよいということだ。従って日本人の1.4%という感染率は武漢の中国人よりも低い可能性がある。その場合、武漢の人々の感染は前述の12万人余りよりもっと多いと考えられるのだ。

中国を知悉している矢板氏が語った。

「中国当局の現在の発表は絶対にウソです。世界は武漢の真実を知ったら、驚愕するでしょう。だからいま、中国共産党は毎日、情報を小出しにしているのです」

中国当局は2月に入って以降、感染者数が日々2000人単位で増えており、死者の数も急増中だと発表している。感染者、死者共にまるで転げ落ちる雪だるまのように増えていると言っているに等しい。それでも中国当局による一連の数字は非常に低く設定されていると考えるべきだ。

インターネット空間の幾つかの映像を見てみよう。ビニールシートでくるまれた死体が、病院ではなくアパートから白い防護服とマスクで重装備した保健員のような男たちによって運び出されている。亡くなった中国人は新型コロナウイルスの犠牲者だと考えてよいだろう。この気の毒な人に一体何が起きたのか。矢板氏が説明した。

「武漢の人々は事実上、見捨てられているのです。まず、武漢では電車もバスも含めて全ての公共交通手段が止められています。ガソリンスタンドも閉店で自動車も動けない。住民には病院に行く足がない。それでも何らかの手段で病院に辿り着いたと仮定して、そこにはすでに長蛇の列があります。医者に診てもらうまでに何時間もかかる。医者に診てもらっても病院にはクスリがありません。本当に悲惨です」

日中関係の展望

習氏は急ピッチで病棟を建てさせたが、そこでどんな治療が可能になるのか、押し寄せる患者を収容するのに十分なのか。大いに疑問視されている。結果として家にとどまる人が多く、感染者も発症者も自宅で静養する。自身の免疫力で治る人もいる。治らずに死亡する人もいる。

自力で治る者は治れ、生き残れない者は死ねと言わんばかりの状況に、900万人を置いていると言ってよいだろう。それ故、中国共産党は武漢の住民を事実上見捨てていると、矢板氏は強調するのだ。これらの人々は当局発表の「感染者」にも「死者」にも数えられない。中国の国民にも国際社会にも、今回のウイルスの犠牲者の実態が正しく伝えられることなど望めないのである。

一党独裁体制の下では必ずといってよいほど、国民の命も幸福も、社会の安寧も、軽んじられる。社会を蝕む異常や不条理に関する情報はみな隠される。国民生活は息苦しくなり、弱い人ほど苦しめられる。党や国の面子の前に、多くの国民は命さえ奪われる。これが一党独裁国家の現実である。

こんな悲惨な状況に陥ったことについて、習氏の責任を問う声はまだ大きくはない。共産党にとって自らの生き残りのためにも今はウイルス制圧が最優先であり、指導者の責任を問う余裕はないのであろう。しかし、ウイルスは共産党の土台を深く切り崩しつつある。中国経済が壊滅的影響を受けつつある。米中貿易戦争で成長が鈍化していたところをウイルスに襲われ、中国経済は凍結されてしまった。中国共産党の力の源泉は経済成長による富の分配にある。それができなくなったときの中国国民の怒りには烈しいものがあろう。下からの革命で政権を倒してきた中国の歴史を振りかえれば習近平体制の展望は暗い。

このような状況で、3月5日開幕予定の全国人民代表大会を開催できるのか。それにより、日中関係の展望も大きく左右されることになる。

『週刊新潮』 2020年2月13日号
日本ルネッサンス 第888回

2020年02月15日

◆ウイルスが切り崩す、中国独裁政権

櫻井よしこ


14億人の国民の上に君臨する絶対的権力者、21世紀の終身皇帝を目指す習近平国家主席の実相を、新型コロナウイルスがこれでもかこれでもかと抉り出している。

中国中部、武漢で発生したこのウイルスは中国共産党一党独裁体制と習近平氏の退場を促すきっかけになるやもしれない。たとえそこまで行かずとも、世界第二の大国の基盤の緩みは国際政治の力学を大きく変化させずにはおかないのではないか。

習政権は今回のウイルスへの対応で、中国共産党が全く進歩していなかったことを世界に曝露する結果となった。彼らは17年前の重症急性呼吸器症候群(SARS)の経験から何も学んでいない。むしろ当時よりも後退している。

当時、中国政府はSARSに関する情報を「隠蔽」したとして国際社会の強い非難を浴びた。それでも当時の胡錦濤国家主席は、今回の習氏の大失態との比較において、それなりに努力したと評価されている。

SARSの感染症例第一号は2002年11月に広東省で確認され、すぐに隣接する香港に、翌03年3月には北京市にも広がった。このとき、著名なウイルス研究者、鍾南山氏が香港メディアの取材を受けて中国政府が情報を隠蔽していることを曝露した。

ちなみに鍾氏は、今回も当局が隠していた新型コロナウイルスが「ヒトからヒトへ感染している」という重要情報をメディアに発表した人物だ。

SARSの危険性を知らされた胡氏は、情報隠しの中心にいた北京市長と保健衛生大臣を更迭し、情報開示を急がせた。産経新聞の外信部次長、矢板明夫氏が当時の状況を説明した。

「SARS発生の当初段階で情報は隠されていましたが、胡錦濤は責任者を明確な形で処分し、情報開示に踏み切りました。結果として広東省のメディア『南方週末』などが積極的にSARSの危険性を報じるようになりました。今回、中国政府の手元にはSARSの経験を踏まえた対策があったはずです。しかし、習政権は基本的に何の対応もしていないのです」

「発表は絶対にウソ」

中国のネット空間では今も新型コロナウイルス蔓延の情報が次々に削除されている。明らかにそれは政権の意向であろう。共産党の代弁者たる中国メディアは、主として共産党指導部が頑張っているという類のニュースを伝えるばかりだ。この言論空間から真実が発信されるとは思えない。

新型ウイルスは本当にどこまで広がっているのか。私たちには推測するしか術がないが、武漢から帰国した日本人のケースがひとつのヒントを与えてくれる。帰国した565人中、感染者は8人である。従って感染率は1.4%だ。この数字を武漢に閉じ込められている約900万の中国人に当てはめると、感染者数は12万6000人になる。2月3日時点で中国政府が発表している約1万7000人とは桁違いだ。

留意すべき点は、帰国した日本人は中国人との接触が特に多かったわけではなく、衛生環境も悪くなかったと考えてよいということだ。従って日本人の1.4%という感染率は武漢の中国人よりも低い可能性がある。その場合、武漢の人々の感染は前述の12万人余りよりもっと多いと考えられるのだ。

中国を知悉している矢板氏が語った。

「中国当局の現在の発表は絶対にウソです。世界は武漢の真実を知ったら、驚愕するでしょう。だからいま、中国共産党は毎日、情報を小出しにしているのです」

中国当局は2月に入って以降、感染者数が日々2000人単位で増えており、死者の数も急増中だと発表している。感染者、死者共にまるで転げ落ちる雪だるまのように増えていると言っているに等しい。それでも中国当局による一連の数字は非常に低く設定されていると考えるべきだ。

インターネット空間の幾つかの映像を見てみよう。ビニールシートでくるまれた死体が、病院ではなくアパートから白い防護服とマスクで重装備した保健員のような男たちによって運び出されている。亡くなった中国人は新型コロナウイルスの犠牲者だと考えてよいだろう。この気の毒な人に一体何が起きたのか。矢板氏が説明した。

「武漢の人々は事実上、見捨てられているのです。まず、武漢では電車もバスも含めて全ての公共交通手段が止められています。ガソリンスタンドも閉店で自動車も動けない。住民には病院に行く足がない。それでも何らかの手段で病院に辿り着いたと仮定して、そこにはすでに長蛇の列があります。医者に診てもらうまでに何時間もかかる。医者に診てもらっても病院にはクスリがありません。本当に悲惨です」

日中関係の展望

習氏は急ピッチで病棟を建てさせたが、そこでどんな治療が可能になるのか、押し寄せる患者を収容するのに十分なのか。大いに疑問視されている。結果として家にとどまる人が多く、感染者も発症者も自宅で静養する。自身の免疫力で治る人もいる。治らずに死亡する人もいる。

自力で治る者は治れ、生き残れない者は死ねと言わんばかりの状況に、900万人を置いていると言ってよいだろう。それ故、中国共産党は武漢の住民を事実上見捨てていると、矢板氏は強調するのだ。これらの人々は当局発表の「感染者」にも「死者」にも数えられない。中国の国民にも国際社会にも、今回のウイルスの犠牲者の実態が正しく伝えられることなど望めないのである。

一党独裁体制の下では必ずといってよいほど、国民の命も幸福も、社会の安寧も、軽んじられる。社会を蝕む異常や不条理に関する情報はみな隠される。国民生活は息苦しくなり、弱い人ほど苦しめられる。党や国の面子の前に、多くの国民は命さえ奪われる。これが一党独裁国家の現実である。

こんな悲惨な状況に陥ったことについて、習氏の責任を問う声はまだ大きくはない。共産党にとって自らの生き残りのためにも今はウイルス制圧が最優先であり、指導者の責任を問う余裕はないのであろう。しかし、ウイルスは共産党の土台を深く切り崩しつつある。中国経済が壊滅的影響を受けつつある。米中貿易戦争で成長が鈍化していたところをウイルスに襲われ、中国経済は凍結されてしまった。中国共産党の力の源泉は経済成長による富の分配にある。それができなくなったときの中国国民の怒りには烈しいものがあろう。下からの革命で政権を倒してきた中国の歴史を振りかえれば習近平体制の展望は暗い。

このような状況で、3月5日開幕予定の全国人民代表大会を開催できるのか。それにより、日中関係の展望も大きく左右されることになる。

『週刊新潮』 2020年2月13日号日本ルネッサンス 第888回