2017年06月19日

◆情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国

櫻井よしこ



「情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国の現状を日本は注視すべき」

46年前の1971年に、東京・渋谷で沖縄返還協定反対デモがあり、警備に当
たった新潟県警の中村恒雄警部補、当時21歳が殺害された。「渋谷暴動事
件」である。その犯人と思われる大坂正明容疑者が6月7日、逮捕された。
実に46年間も逃げ続けていたのだ。
 
人々が忘れ去っても、ずっと事件を追い続けた公安と警察の働きがあって
初めて、大坂容疑者の逮捕となった。国や社会の安全は、このような地道
な息の長い努力によって守られていることを改めて認識する。
 
いま、欧州、中東、南アジアなどではテロが続発し、国内治安を守るのは
容易でない。国内の不穏な動きを厳しく監視できなければ、安全な国民生
活は守りきれないといってよい。
 
とりわけ南北に分断されている朝鮮半島では、韓国は北朝鮮の対南工作に
晒されてきた。他のどの国と較べても、国内治安維持のための監視体制が
必要な国だ。ところが、文在寅氏が大統領に就任して日も浅い6月1日、早
くも非常に憂うべき決定が下された。
 
国家情報院(国情院)を「改変」するというのだ。第一報を、私は6月5
日付の「産経新聞」櫻井紀雄記者による、ソウル発の記事によって知っ
た。国情院は北朝鮮の独裁政権から韓国を守るために、あらゆる謀略工作
に目を光らせる機関である。

国家保安法を執行する、日本でいえば公安調査庁と警察を合わせたような
組織だ。その国情院院長に就任した徐薫氏が、これまで、国情院のみなら
ず各種の機関で情報収集に当たってきた国内情報担当官(IO)制度の廃
止を指示したという。もし、実行されれば、日本でいえば公安調査庁、警
察を筆頭とする全情報機関の調査機能が一掃される事態が生ずる。

「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が語る。

「もし、そのようなことを実行したら、スパイ捜査もできなくなります。
全ての公安関係の組織活動が根底から切り崩されます。果たしてそんなこ
とができるのか、疑問です」
 
実は、金大中、盧武鉉、金泳三各氏ら歴代の左翼系大統領は皆同じ提案
をした。しかし、流石に国家の基盤である情報組織を解体することはでき
なかった。今回も同じ展開になるのではないかと、洪氏は見る。
 
一方で懸念すべきは、これまで北朝鮮の工作員など韓国に害をなすと思
われる勢力に向けられていた情報機関の活動が、逆に国民の方に、とりわ
け、保守勢力に向けられてくるのではないかということだ。洪氏の解説で
ある。

「日本からでは韓国の実態はわかりにくいかもしれません。朴槿恵前大統
領があっという間に弾劾、逮捕され、収監された背景を頭に入れておく必
要があります。民労総(全国民主労働組合総連盟)や全教組(全国教職員
労働組合)などの勢力が反朴運動を支えましたが、これらは日本の自治労
や日教組をもっとずっと激しい極左にしたような組織です。彼らの支持の
上に現在の文政権があるのです」
 
彼らは文氏も含めて、北朝鮮の破綻が明らかな現在も、金日成氏の主体
思想を信奉する人々である。
 
文氏は盧政権下の秘書室長(官房長官)だった。盧大統領は事実上、国
情院によって、北朝鮮に従う余り韓国を裏切ることになった行動を暴露さ
れている。今回の措置は、文氏が盧氏の失敗に学んで、まず、韓国内の情
報機関の潰滅を狙った可能性も考えられる。隣国の状況の深刻さが窺える。
 
こんなときこそ、日本国内の状況への目配りが重要だ。沖縄での反米軍基
地運動をはじめ、慰安婦問題で政府を追及する会合などが、日本各地で驚
くような頻度で開催されている。少なからぬ朝鮮半島の人々や中国人が参
加している。外国籍の運動家の、日本における政治活動の実態の危険度に
注視し、日本は韓国の現状から学びとるべきではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1186 


2017年06月18日

◆情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国

櫻井よしこ



「情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国の現状を日本は注視すべき」

46年前の1971年に、東京・渋谷で沖縄返還協定反対デモがあり、警備に当
たった新潟県警の中村恒雄警部補、当時21歳が殺害された。「渋谷暴動事
件」である。その犯人と思われる大坂正明容疑者が6月7日、逮捕された。
実に46年間も逃げ続けていたのだ。
 
人々が忘れ去っても、ずっと事件を追い続けた公安と警察の働きがあって
初めて、大坂容疑者の逮捕となった。国や社会の安全は、このような地道
な息の長い努力によって守られていることを改めて認識する。
 
いま、欧州、中東、南アジアなどではテロが続発し、国内治安を守るのは
容易でない。国内の不穏な動きを厳しく監視できなければ、安全な国民生
活は守りきれないといってよい。
 
とりわけ南北に分断されている朝鮮半島では、韓国は北朝鮮の対南工作に
晒されてきた。他のどの国と較べても、国内治安維持のための監視体制が
必要な国だ。ところが、文在寅氏が大統領に就任して日も浅い6月1日、早
くも非常に憂うべき決定が下された。
 
国家情報院(国情院)を「改変」するというのだ。第一報を、私は6月5
日付の「産経新聞」櫻井紀雄記者による、ソウル発の記事によって知った。

国情院は北朝鮮の独裁政権から韓国を守るために、あらゆる謀略工作に目
を光らせる機関である。国家保安法を執行する、日本でいえば公安調査庁
と警察を合わせたような組織だ。その国情院院長に就任した徐薫氏が、こ
れまで、国情院のみならず各種の機関で情報収集に当たってきた国内情報
担当官(IO)制度の廃止を指示したという。もし、実行されれば、日本
でいえば公安調査庁、警察を筆頭とする全情報機関の調査機能が一掃され
る事態が生ずる。

「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が語る。

「もし、そのようなことを実行したら、スパイ捜査もできなくなります。
全ての公安関係の組織活動が根底から切り崩されます。果たしてそんなこ
とができるのか、疑問です」
 
実は、金大中、盧武鉉、金泳三各氏ら歴代の左翼系大統領は皆同じ提案
をした。しかし、流石に国家の基盤である情報組織を解体することはでき
なかった。今回も同じ展開になるのではないかと、洪氏は見る。
 
一方で懸念すべきは、これまで北朝鮮の工作員など韓国に害をなすと思
われる勢力に向けられていた情報機関の活動が、逆に国民の方に、とりわ
け、保守勢力に向けられてくるのではないかということだ。洪氏の解説で
ある。

「日本からでは韓国の実態はわかりにくいかもしれません。朴槿恵前大統
領があっという間に弾劾、逮捕され、収監された背景を頭に入れておく必
要があります。民労総(全国民主労働組合総連盟)や全教組(全国教職員
労働組合)などの勢力が反朴運動を支えましたが、これらは日本の自治労
や日教組をもっとずっと激しい極左にしたような組織です。彼らの支持の
上に現在の文政権があるのです」
 
彼らは文氏も含めて、北朝鮮の破綻が明らかな現在も、金日成氏の主体
思想を信奉する人々である。
 
文氏は盧政権下の秘書室長(官房長官)だった。盧大統領は事実上、国
情院によって、北朝鮮に従う余り韓国を裏切ることになった行動を暴露さ
れている。今回の措置は、文氏が盧氏の失敗に学んで、まず、韓国内の情
報機関の潰滅を狙った可能性も考えられる。隣国の状況の深刻さが窺える。
 
こんなときこそ、日本国内の状況への目配りが重要だ。沖縄での反米軍基
地運動をはじめ、慰安婦問題で政府を追及する会合などが、日本各地で驚
くような頻度で開催されている。少なからぬ朝鮮半島の人々や中国人が参
加している。外国籍の運動家の、日本における政治活動の実態の危険度に
注視し、日本は韓国の現状から学びとるべきではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1186

2017年06月17日

◆世界の安定剤、マティス長官の安全観

櫻井よしこ




毎年シンガポールで開催される「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダ
イアローグ)」は、世界の安全保障戦略で何が一番の問題になっているか
を知り、大国の思惑がどのように交錯しているかを知る、極めて有意義な
場である。今年は米国防長官、ジェームズ・マティス氏が演説を行った。
 
トランプ大統領が、ロシア問題で追及され、身内のジャレッド・クシュ
ナー大統領上級顧問までもが疑惑を取り沙汰されている。そうした中、軍
人として培った揺るぎない安全保障観を披露したマティス国防長官は、国
際社会の安定装置として機能しているかのようだ。
 
6月3日に行われた氏の演説の内容は予想を超える率直さだった。敢えてポ
イントを2つに絞れば、➀アジアの同盟諸国への固い絆の再確認、➁中国に
は断固たる姿勢を取る、ということになるだろう。
 
まず、アジアの安全保障についてマティス氏は、アメリカが如何に国際法
順守を重視しているかを強調した。
 
アジアの安全保障が国際法に基づいて担保されるべきだとの考えは、世界
恐慌とそれに続く第二次世界大戦の凄まじい体験から学びとった教訓だ
と、マティス氏は強調する。氏は演説で人類の戦いの歴史にさり気なく触
れたが、蔵書6000冊を有し、その大半が戦史に関する著作だといわれる氏
の、国家と国家の摩擦としての戦いや、その対処の原理についての、奥深
い理解を感じさせる。
 
氏は語っている。国の大小、その貧富に拘らず、国際法は公平に適用され
るべし、と。海の交通路は全ての国々に常に開かれ、航行及び飛行の自由
が保たれるべきだという価値観は、時代を通して守られてきたとマティス
氏は語る。その自由で開かれた世界を、アメリカはこれからも担保するの
だと。
 
同じ趣旨を、表現を変えながら、マティス氏は繰り返した。講演録を読む
と、国際法の重要性を説いた段落が幾つも続いている。

「航行の自由」作戦
 
それらの発言が中国に向けられているのは明らかである。マティス氏がこ
れ程、或る意味で執拗に、国際法や航行の自由について語ったのは、アメ
リカは北朝鮮問題で中国に協力を求めても、南シナ海、東シナ海、台湾な
どの他の重要な地域問題で従来の基本的立場を譲るつもりは全くないと示
しているのである。マティス氏は、中国について前向きに丁寧に言及しな
がらも、要所要所で釘をさしている。

「トランプ政権は、朝鮮半島の非核化に向けての国際社会の努力に中国が
コミットメントを再確認したことに安堵している」「(4月の米中首脳会
談で)習近平主席は、全ての関係国が各々の責任を果たせば、朝鮮半島の
核の問題は解決されるはずだと語った」と、紹介したうえで、マティス氏
は述べた。

「自分は習近平主席に全く同意する。大事なのは、そうした言葉は行動に
よって本物であることが確認されなくてはならないということだ」
 
中国に強い口調で迫っているのである。中国よ、言葉はもういい。実行
によって証明せよ、制裁を強化せよと要求しているのである。
 
約30分の演説の中で、マティス氏は南シナ海の問題についても、中国の
建設した人工島を批判しながら言及した。主旨は、➀中国の行動は国際社
会の利益を侵し、ルールに基づく秩序を揺るがすもので、受け入れること
はできない。➁人工島の建設とその軍事化は地域の安定を損ねる。
 
氏の一連の発言に、質疑応答で、多くの質問者が率直な謝意を表した。
国防長官の発言は「希望をもたらす」とまでコメントした人がいた。膨張
する中国が恐れられ、嫌われているのとは対照的に、強いアメリカが望ま
れているということだ。
 
トランプ政権発足以来約4か月が過ぎた5月下旬、ようやく南シナ海で「航
行の自由」作戦を行った。北朝鮮問題で中国に配慮して南シナ海とバー
ターするのではないかという懸念の声さえささやかれていたときに行われ
た「航行の自由」作戦は、オバマ政権のときには見られなかったアメリカ
の断固たる意志を示すものだった。
 
スプラトリー諸島のミスチーフ礁に建設された人工島の近く、中国が自国
の領海だと主張している12カイリ内の海で、「航行の自由」作戦は、中国
への「事前通告」なしに行われた。オバマ政権時代に4回行われた「航行
の自由」作戦と、今回のそれには全く異なる意味があった。今回は、通常
は公海で行う海難救助訓練を行ったのだ。

「米中接近」はない
 
中国の主張など全く認めないという姿勢を示したのだが、この訓練には
中国も反対しづらい。なぜなら、それは「人道的な」海難救助だったからだ。
 
非常に慎重に考え抜かれた緻密な作戦を決行したことでアメリカは、人
工島を建設しても中国は領海を拡大することはできないと示したのだ。ア
メリカの考えは、まさに常設仲裁裁判所がフィリピン政府の訴えに対して
出した答えと同じものだった。
 
もうひとつ、非常に大きな意味を持っているのが、マティス氏がパート
ナー国との関係を継続していくとする中で、インド、ベトナムなどに続い
て台湾に触れたことだ。

「国防総省は台湾及びその民主的な政府との揺るぎない協力を継続し、台
湾関係法の義務に基づいて、台湾に必要な防衛装備を提供する」と、マ
ティス氏は語った。
 
トランプ大統領が北朝鮮の核及びミサイル問題で中国に配慮する余り、南
シナ海や台湾への配慮が薄れて、台湾も事実上見捨てられるのではないか
という懸念さえ、生れていた。そのような疑念をマティス氏の発言はさっ
と拭い去った。
 
米国防長官としては異例のこの発言と、それを支える戦略的思考が、ト
ランプ政権の主軸である限り、台湾や日本にとっての悪夢、「米中接近」
はないと見てよいだろう。
 
会場の中国軍人が直ちに質問した。「中国はひとつ」という米中間の合
意を覆すのかと。マティス氏は「ひとつの中国」政策に変更はないと答え
たが、蔡英文総統は独立志向が高いと見て、台湾に軍事的圧力を強めるよ
うなことは、アメリカが許さないという強いメッセージを送ったというこ
とだ。
 
アメリカの政策は読み取りにくい。マティス発言に喜び、トランプ発言に
不安を抱く。トランプ氏は基本的にマティス氏らの進言を受け入れている
かに見えるが、究極のところはわからない。だが、マティス氏ら手練れの
兵(つわもの)が政権中枢にいる間に、わが国は急いで憲法改正などを通
して、国の在り方を変えなければならないと、心から思う。

『週刊新潮』 2017年6月15日号 日本ルネッサンス 第757回


2017年06月13日

◆自衛隊は違憲のまま放置すべきでない

櫻井よしこ



「自衛隊は違憲のまま放置すべきでない 国際情勢の厳しい今こそ改正へ
歩みを」

安倍晋三首相が、憲法改正の直球を投げた。現実主義の極みを行くその提
言で、停滞しきっていた憲法改正論議が賛否両論共に、俄かに活性化した。
 
首相は5月3日の「読売新聞」紙上で単独インタビューとして改正への斬新
な考えを披瀝した。同日午後には「民間憲法臨調」などが主催する「公開
憲法フォーラム」へのビデオメッセージで、「読売」に語ったのと同じ内
容を繰り返した。
 
首相が自民党総裁として述べた点は3点である。(1)東京五輪の行われる
2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、(2)9条1項
と2項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、(3)国の基は立派な人
材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、である。
 
発言の主旨はこうだ。災害救助を含め、命がけで24時間、365日、領土領
海、日本国民の命を守り抜く任務を果たしているのが自衛隊である。9割
を超える国民が信頼している。他方、多くの憲法学者や政党の一部に、自
衛隊は違憲の存在だと主張する議論がある。「自衛隊は違憲かもしれない
けど、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、余りに無責任だ。
 
こう述べて首相は、「私の世代が何をなし得るかと考えれば、自衛隊を合
憲化することが使命ではないか」と強調した。自衛隊違憲論が生まれる余
地をなくすために、自分の世代で自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置
づけたい。ただし、9条1項と2項をそのまま維持するという提案は大方の
意表を突くものだったはずだ。
 
9条1項は、周知のように「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武
力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
という平和主義の担保である。
 
2項は、「前項の目的を達するため」、即ち、国際紛争解決のための武力
行使はしないという確約のために、「陸海空軍その他の戦力は、これを保
持しない。国の交戦権は、これを認めない」であり、軍事力の不保持、即
ち非武装を明確に謳っている。
 
大半の改憲派にとっても1項の維持に異論はないであろう。むしろ1項に
込められた日本国の平和志向を、1項を残すことで積極的に強調すべきだ
と考える。
 
注目すべきは2項である。「前項の目的を達するため」、つまり侵略戦争
をしないためとはいえ、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない」と定めた2項を維持したままで、いかに
して軍隊としての自衛隊の存在を憲法上正当化し得るのかという疑問を、
誰しもが抱くだろう。
 
矛盾を含む発言を「読売」で読んだとき、既視感が生まれた。私の主宰す
るインターネット配信の「言論テレビ」で、昨年暮れ、首相に最も近い記
者の一人といわれる「産経新聞」の石橋文登氏が、自衛隊の存在を3項と
して書き加えることも選択肢の内であると語っていた。
 
憲法で認められない存在という形を、とにかく解消すべきであり、公明党
がどこまで歩みよれるかが、最大の焦点であると氏は指摘し、具体的に3
項のつけ加えに言及したのだ。私は「言論テレビ」でのその発言を、今年
1月14日号の「週刊ダイヤモンド」で報じているが、首相発言と通底する。
 
少々の矛盾は大目的の前には呑み込むのが政治家であり、大目的を達成す
ることが何よりも大事なのだという現実主義が際立つ。
 
国際情勢の厳しさは私たちに現実を見よと教えている。「ウォール・スト
リート・ジャーナル」紙は「憲法9条が日本の安全を妨げる」と書いた。
自衛隊を違憲の存在として放置し続けるのは決して国民の安全に資するこ
とではない。今、改正に取り組みたいものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年5月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1183 

2017年06月12日

◆「自分ファースト」に映る小池都知事

櫻井よしこ



「自分ファースト」に映る小池都知事 言葉に信を置けない同氏の実 行
力を注視


飯島勲氏といえば長年小泉純一郎元首相に仕えた人物として名高い。
 
小池百合子氏といえば、政党を渡り歩き、多くの政界実力者に接近してき
たことで名高い。都知事就任以降の氏は、敵を作って対立構造に仕立て、
相手を悪者、自身を改革の旗手と位置づけて、高い支持率を保つ。
 
次から次へと敵を作り出してはケンカを売り続ける小池氏の手法は、ケン
カ上手の小泉氏を師として学んだものか。私は或る日、飯島氏にそのよう
に尋ねた。すると、強い調子で飯島氏が反論した。

「とんでもない。全く似ていません。正反対です」
 
間髪を入れない勢いと声音の強さに私は驚いた。氏はさらに強調した。

「政(まつりごと)においては誰もが納得する公平さが大事なんです。争
点が深刻な時ほど、目配りが必要になる。私が小泉首相にお仕えした時に
は、どんなことでも、必ず、対立相手の意見も本人に聞かせるようにしま
した。そうすることで、何かが見えてくる。そこが大事なんです。でも、
小池さんは、そうじゃないでしょ」
 
小池氏の唱えるスローガン、「都民ファースト」は、実は「自分ファース
ト」ではないかと私は感じている。調査によっては、70%という高い支持
率にも私は違和感を抱いている。氏の行動を見詰めれば見詰める程、氏の
言動への拒否感は強くなる。
 
今年4月1日、氏は東京都東村山市の国立ハンセン病療養所「多磨全生園
(ぜんしょうえん)」を訪れた。多くのテレビカメラの前で、氏はハンセ
ン病患者の方と握手し、納骨堂で献花し、手を合わせた。鮮やかなブルー
のパンツスーツ姿の小池氏は格好の報道素材となり、事実、メディアは大
いに報じた。
 
長年社会の一隅に追いやられ、辛い日々をすごしてきた方々に思いを致
し、救済の施策を進めることは、政治家の責任であり、美しい行動である。

「いまだに残るハンセン病への差別や偏見をどのように無くすのか。国立
施設ではあるが、都として解消に努めたい」と小池氏は述べた。
 
立派である。その決意は是非実行してほしい。全生園で暮らしている
人々は180人で、平均年齢は85歳近い。施策は急がねばなるまい。小池氏
はどんな指示を出したのか。
 
ここで思い出すのは氏が環境大臣だったときのことだ。水俣病が公式に確
認されて50年を迎えたにもかかわらず、救済されずにいわば放置されてい
る患者は、当時少なくなかった。そこで小池氏は柳田邦男、屋山太郎、加
藤タケ子各氏ら錚々たる10人の委員を選んで私的懇談会を設置した。
 
柳田氏らは1年4カ月をかけて、水俣病患者らの声に耳を傾け、現地を訪
れて調査し、2006年9月19日、提言書を提出した。60ページを超える提言
書は、国民の命を守る「行政倫理」の確立と遵守を迫り、眼前で水俣病に
苦しむ人々を患者として認定する基準の緩和を求めていた。患者救済が進
まない最大の障害は、環境省がまだ庁だった時代に設定した認定基準だっ
た。2つ以上の症状がなければならないとする基準を1つでもよいとすべき
だと、柳田氏や屋山氏は主張した。
 
結論からいえば、小池氏は自らが設けた私的懇談会の提言を無視した。
彼女は、柳田氏らの調査が進行中の06年3月16日、参議院環境委員会で
「(水俣病患者か否かの)判断条件の見直しということについては考えて
いない、この点をもう一度明らかにしておきたいと思います」と答弁して
いる。
 
錚々たる人々を招集し、水俣病患者救済に取り組む姿勢をアピールした
が、行動は伴わなかったのだ。
 
だから私は、小池氏の言葉に信を置かない。あくまでも行動を見たい。5
月下旬の現在、彼女は全生園で語ったことに関して何の指示も出していない。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1184



2017年06月11日

◆市場経済も軍事力も拡大中の北朝鮮

櫻井よしこ



「市場経済も軍事力も拡大中の北朝鮮 日本は国民守る手立ての早期整
備を」


「北朝鮮はわれわれが考えていた以上に強い国力を有していて、経済は成
長を続けています。市場経済が発達して、恐らく、国民の生活水準は過去
になかった程、高くなっていると思います」
 
米国のジョンズ・ホプキンス大学の北朝鮮分析サイト「38ノース」の編集
長兼プロデューサーを務めるジェニー・タウン氏が、都内で開かれた小規
模の勉強会で語った。

「38ノース」もタウン氏も、北朝鮮の核ミサイル開発が進む中で、衛星写
真の詳細な分析によって、国際社会の注目を浴びている。氏は、街で見掛
ければ「若いOL」にでも間違われそうな佇まいの女性だ。
 
彼女がジョンズ・ホプキンス大で朝鮮半島研究を始めたのは2006年、
「38ノース」の立ち上げは10年だ。氏はさらに次のように語った。

「多くの市民が携帯電話を持っています。ファッションにも聡いことが服
装から見てとれます。多くのビジネスが生まれており、市民の経済活動の
幅が広がり、競争の原理が働く市場が生まれているのが見てとれます」
 
かつて統制経済の下で、ピョンヤンは選ばれた人々の住む特別な地域とし
て、食糧など必要な物資はおよそ全て「金王朝」によって支給された。だ
が金正日時代の末期から配給が止まり、ピョンヤン市民、即ち、政府・軍
の高官までも「自活」を迫られた。タウン氏の指摘する「ビジネス活動の
普及」は、その結果である。
 
北朝鮮全土の市場は約400カ所にふえたと氏は指摘する。朝鮮問題の専門
家、麗澤大学客員教授の西岡力氏も、ピョンヤンなどに新たなガソリンス
タンドができて繁盛していること、市場経済の中で「金持ち」が生まれて
いることは事実だと指摘する。タウン氏は、金正恩朝鮮労働党委員長はこ
うした経済活動を許容し、一連の経済活動から生ずる利益が、金正恩氏の
核・ミサイル実験をはじめとする軍事開発コストを賄っているとの見方を
示した。
 
他方、金正恩氏の「金庫」と位置づけられている「39号室」の現金が底を
ついているとの情報もある。そのため、金正恩氏の野望を満たすためのさ
まざまな物資の調達は現金ではなく金塊で支払っているとされ、これは脱
北者からのかなり確かな情報だ。この件を尋ねるとタウン氏は次のように
答えた。

「判断は難しいが、ハードカレンシー(他国の通貨に交換可能な通貨)は
北朝鮮にはかなりある。市場では人々はクレジットカードやデビットカー
ドを使用しています」
 
北朝鮮経済が行き詰まっているとの見方は間違いだと氏は結論づける。
北朝鮮は軍事的にも世界が考えるより遙かに先を行っていると指摘した。

「核関連施設は約100カ所あると考えられます。その内、われわれが把握
しているのは約20カ所です。残りは解明できていません」
 
北朝鮮の咸鏡北道吉州郡の豊渓里(ブンゲリ)が核実験場であることは
すでに確認されている。先月そこで作業員らがバレーボールに興じる様子
を、タウン氏はかなり鮮明なVTRで披露した。

「この画像に込められたメッセージについて、われわれは専門家を交えて
分析しました。北朝鮮はいつでも次の実験準備は整っていると伝えたいの
だと思います。彼らは核を放棄しないでしょうし、いまは次なる核実験を
するための機会を窺っていると思います」
 
米国が恐れる北朝鮮の大陸間弾道ミサイル技術に関して、北朝鮮は大気
圏に再突入する技術の確立にも成功したと見られる点を強調したうえで、
タウン氏は、北朝鮮は通常兵器も大幅に増産、改善していることを忘れて
はならないと警告する。
 
切迫した状況が私たちの眼前にあることを見るにつけ、テロ等準備罪や
憲法改正など、日本は国民を守る手立てをできるだけ早く整備すべきであ
ろう。
『週刊ダイヤモンド』 2017年6月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1185

2017年06月10日

◆首相提言で改憲論の停滞を打破せよ

櫻井よしこ



停滞の極みにある憲法改正論議に5月3日、安倍晋三首相が斬り込んだ。
➀2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、➁9条1項と2
項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、➂国の基(もとい)は立派
な人材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、という内容だ。
 
それまで弛緩しきっていた憲法改正に関する政界の空気を一変させた大胆
な提言である。大災害時を想定した緊急事態条項でもなく、選挙区の合区
問題でもなく、緊急時の議員の任期の問題でもなく、まさに本丸の9条に
斬り込んだ。
 
9条1項は、平和主義の担保である。2項は「陸海空軍その他の戦力は、こ
れを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」で、軍事力の不保持、
即ち非武装を謳っている。
 
改憲派にとっても1項の維持に異論はない。むしろ1項に込められた日本国
の平和志向を積極的に強調すべきだと考える。
 
問題は2項だ。2項を維持し、如何にして軍隊としての自衛隊の存在を憲法
上正当化し得るのかという疑問は誰しもが抱くだろう。現に、民進党をは
じめ野党は早速反発した。自民党内からも異論が出た。だが、この反応は
安倍首相にとって想定内であり、むしろ歓迎すべきものだろう。
 
矛盾を含んだボールを憲法論議の土俵に直球に近い形で投げ込んだ理由
を、首相は5月1日、中曽根康弘元首相が会長を務める超党派の国会議員の
会、「新憲法制定議員同盟」で明白に語っている。

「いよいよ機は熟してきました。今求められているのは具体的な提案で
す」「政治は結果です。自民党の憲法改正草案をそのまま憲法審査会に提
案するつもりはありません。どんなに立派な案であっても衆参両院で3分
の2を形成できなければ、ただ言っているだけに終わります」
 
約15分間の挨拶で、首相が原稿から離れて繰り返したのは、どんな立派な
案でも衆参両院で3分の2を形成できなければ、ただ言っているだけ、政治
家は評論家ではない、学者でもない、立派なことを言うところに安住の地
を求めてはならない、ということだった。

首相談話を肯定
 
護憲派の評論家や学者はもとより、改憲派の保守陣営にも首相は切っ先を
突きつけている。「口先だけか。現実の政治を見ることなしに、立派なこ
とを言うだけか」と。
 
この構図は、安倍首相が戦後70年談話を発表した2年前の夏を連想させ
る。あのとき、首相の歴史観を巡って保守陣営は二分された。首相の歴史
観は欧米諸国の見方であり、日本の立場を十分に反映しておらず、歴史研
究の立場から容認できないとの批判が噴き出した。

その一方で、首相談話は歴史研究の成果を披露するものではなく、中韓両
国が国策として歴史問題で日本を叩き、日本が国際政治の渦中に置かれて
いる中で、日本の立ち位置をどう説明し、如何にして国際世論を味方につ
けるかが問われている局面で出された政治的談話だととらえて評価する見
方もあった。
 
首相談話には、歴史における日本国の立場や主張を十分に打ち出している
とは思えない部分もあった。だが私は後者の立場から、談話の政治的意味
と国際社会における評価を考慮し、談話を肯定した。これと似た構図が今
回の事例にも見てとれる。
 
正しいことを言うのは無論大事だが、現実に即して結果を出せと首相は説
く。その主張は5月9日、国会でも展開された。蓮舫民進党代表が、首相は
国会ではなく読売新聞に改憲の意向を表明したとして責めたのに対し、首
相は、蓮舫氏との質疑応答が行われている予算委員会は行政府の長として
の考えを述べる場であり、自民党総裁としての考えを披瀝すべき場所では
ないと説明した。蓮舫氏は納得せず、その後も憲法の本質、即ち日本が直
面する尋常ならざる脅威、それにどう対処するかなどとは無関係の、本当
につまらない質問に終始した。
 
首相批判もよいが、民進党は党として憲法改正案をまとめることさえでき
ていない。どうするのか。この点を質されると、蓮舫氏は答えることもで
きなかった。
 
民進党だけではない。「結果を出す」次元とは程遠い政界の現状を踏まえ
て、首相が政党と政治家に問うているのは、憲法審査会ができてすでに10
年、なぜ、無為に過ごしているのかということだろう。なぜ、世界情勢の
大激変の中で、日本を変えようとしないのか、それで、国民の命、国土、
領海を守りきれるのか、ということだろう。

ポスト安倍の資格
 
自衛隊を9条に書き入れ、自立するまともな民主主義の国の形に近づけた
い。結果を出すには、加憲の公明党、教育無償化を唱える日本維新の会も
取り込みたい。蓮舫・野田執行部の下で、重要な問題になればなる程まと
まりきれない民進党の改憲派も取り込みたい。

離党はしたが長島昭久氏や、憲法改正私案を出した細野豪志、自衛隊の9
条への明記を求める前原誠司、笠浩史各氏らをはじめ、少なからぬ民進党
議員も賛成できる枠を作りたい。憲法改正の最重要事項である9条2項の削
除を封印してでも、世論の反発を回避して幅広く改憲勢力を結集したい。
そうした思いが今回の政治判断につながっているのは明らかだ。現実的に
見れば首相提言は評価せざるを得ない。
 
安倍政権下での好機を逃せば、改憲は恐らく再び遠のく。「立派なことを
言うだけ」の立場は、この際取るべきではない。首相提言を受けて改正論
議はすでに活性化し始めた。2項と、自衛隊を規定する3項の整合性を保つ
にはどんな案文にするかを大いに議論することが、いま為すべきことだろう。
 
こうして改憲の第一段階をクリアしたとして、次の段階では、まさに9条2
項削除の道を切り開くべきで、その責務を担える人物が次のリーダーだ。
誰がその任に値するのか。
 
ポスト安倍を狙う一人とされている石破茂氏は、首相提言直後のテレビ番
組などで年来の議論の積み重ねを跳び越えるとして首相提案を批判した。
何年も議論ばかりしていること自体が問題なのであり、国際情勢を見れ
ば、日本に時間的余裕などないことを、石破氏は忘れていないか。氏の批
判は手続き論に拘る印象を与えるが、そんなことでは次代のリーダーたり
えないであろう。
 
世界の現実を見て、長期的視点に立って日本国憲法を改めていく覚悟が
必要だ。日本周辺の現実の厳しさと国家としての在り方を考えれば、9条2
項の削除こそが正しい道であるのは揺るがない。その地平に辿りつくま
で、あるべき憲法の実現を目指して闘い続ける責任が、政治家のみなら
ず、私たち全員にある。

『週刊新潮』 2017年5月25日号  日本ルネッサンス 第753回

2017年06月09日

◆白村江の戦い、歴史が示す日本の気概

櫻井よしこ



少し古い本だが、夜久正雄氏の『白村江の戦』(国文研叢書15)が非常に
面白い。
 
昭和49(1974)年に出版された同書を、夜久氏が執筆していた最中、日
本と中華人民共和国との間に国交が樹立された。中華民国(台湾)との国
交断絶を、日本政府が北京で宣言する異常事態を、氏は「これは私には国
辱と思へた」と書いている。

72年の田中角栄氏らによる対中外交と較べて、「7世紀の日本が情誼にも
とづいて百済を援けた白村江の戦は、不幸、敗れはしたが、筋を通した義
戦だった」と、夜久氏はいうのだ。

「その結果、日本の独立は承認され、新羅も唐と戦って半島の独立をかち
とるに至った」とする白村江の戦いを、なぜいま振りかえるのか。言うま
でもない。日本周辺の状況が100年に1度といってよい大きな変化を見せて
おり、中国、朝鮮半島との歴史を、私たちが再び、きっちりと理解し、心
に刻んでおくべき時が来たからだ。
 
かつて中華思想を振りかざし、中国は周囲の国々を南蛮東夷西戎北狄など
として支配した。21世紀の現在、彼らは再び、中華大帝国を築こうという
野望を隠さない。中華人民共和国の野望は習近平主席の野望と言い換えて
差しつかえない。
 
習氏は昨年10月、自らを「党の核心」と位置づけた。毛沢東、ケ小平ら
中国の偉大な指導者に、自らを伍したのだ。まず、秋の全国代表大会でそ
の地位を確定するために、党長老を集めて行われる夏の北戴河会議で、自
身の威信を認めてほしいと、習氏は願っている。そのために、いまアメリ
カのトランプ政権と問題を起こす余裕は全くない。習政権が低姿勢を保つ
ゆえんである。
 
アメリカという超大国に対しては低姿勢だが、逆に朝鮮半島は、彼らに
とって支配すべき対象以外の何ものでもない。その延長線上に日本があ
る。日本もまた、中国の視線の中では支配すべき対象なのである。

百済救済のために
 
663年の白村江の戦いを振りかえれば、日本にとってこれが如何に重要な
意味を持つかが見えてくる。アメリカのトランプ政権が如何なる意味で
も、西側諸国の安定や繁栄につながる価値観の擁護者になり得ないであろ
う中で、白村江の戦いでわが国が何を得たのか、何を確立したのかを知っ
ておくことが大事である。
 
白村江の戦いは663年、日本が、すでに滅びた百済救済のために立ち上
がった戦いである。その前段として、隋の皇帝煬帝(ようだい)の高句麗
(こうくり)遠征がある。
 
隋の第2代皇帝煬帝は612年から614年まで毎年、高句麗遠征に大軍を投入
した。夜久氏はこう書いている。

「進発基地には涿郡(たくぐん)(河北省)が指定され、全国から一一三
万八千の兵があつめられた。山東半島では300隻の船を急造し、河南・淮
南・江南は兵車五万台の供出(きょうしゅつ)の命(めい)をうけた。兵
以外の軍役労務者の徴発は二三〇万という数にのぼった。その大半は地理
上の関係から山東地区から徴発された」
 
煬帝の治政は残酷極まることで悪名高い。夜久氏は、「多数の労働力を
とられた農地に明日の不作荒廃がくるのは必然であった」と書いている。

「山東東萊(とうらい)の海辺で行なわれた造船工人は悲惨のきわみで
あった。昼夜兼行の水中作業で腰から下が腐爛(ふらん)して蛆(うじ)
が生じ、一〇人に三、四人も死んでいった。陸上運輸労務者もこれにおと
らず悲惨であった。旧暦五月六月の炎暑の輸送に休養も与えられず、人も
牛馬もつぎつぎに路上にたおれた。『死者相枕(あいまくら)し、臭穢
(しゅうあい)路にみつ』と書かれている」
 
このようにして612年、煬帝の高句麗親征軍は出発した。100万の大軍の進
行はその倍以上の輜重(しちょう)部隊(糧食、被服、武器弾薬などの軍
需品を運ぶ部隊)を伴い、行軍の列は長さ1000里を越えたという。1里は
約400bとして、隊列は400`にも延びていたということだ。白髪3千丈の
中国であるから話半分としても200`の長さである。
 
現在のように、命令伝達の手段が発達している時代ではない。部隊命令
は当然末端までは届かない。そこで途中で行方不明になる部隊、行き先を
間違える部隊が続出した。高句麗軍はピョンヤン近くまで、わざと敵を侵
入させ、隋軍の退路を断って四方から襲ったと書いている。こうしてピョ
ンヤンに侵攻した部隊、30万5000の兵は、引き揚げたときわずか2700に
減っていたという。
 
この大失敗にも懲りず、隋は613年、614年と続けて討伐を企てた。しか
し、軍は飢餓と疫病に見舞われ、煬帝の力は急速に衰えた。
 
隋の朝鮮遠征を夜久氏は「文字が出来てからこのかた、今にいたるま
で、宇宙崩離(ほうり)し、生霊塗炭、身を喪ひ国を滅す、未だかくのご
とく甚しきものあらざるなり」と描いた。

中国と対等に戦い
 
隋はこうして滅び、唐の高祖が台頭して中国を治めた。唐の2代皇帝、太
宗は文字通り、大唐帝国を築き上げた。
 
そして再び、中国(唐)は朝鮮半島を攻めるのである。日本は前述のよう
に百済救援におもむき、唐と戦い敗北する。敗北はしたが、日本はその
後、唐・新羅連合軍の日本侵攻に備えて国内の体制固めを進めた。国防の
気概を強める日本の姿を見て、最も刺激を受けたのが前述の新羅だった。

彼らが如何に日本の在り様に発奮させられたかは、唐と共に日本に迫るべ
きときに、逆に唐に反攻したことからも明らかだ。新羅はこのとき、日本
を蔑称の「倭国」と記さず、「日本」と記したのである。夜久氏はこれを
「七世紀後半の東アジアの大事件」と形容した。
 
日本は中国と対等に戦い、敗れても尚、「和を請わず、自ら防備を厳に
して三十余年間唐と対峙し続けた」「我々今日の日本人は当時の日本人の
剛毅なる気魄を讃嘆すると共に、自ら顧みて愧(は)ずる所なきを得ませ
ん」という滝川政次郎氏の言葉を夜久氏は引用している。
 
日本が思い出すべきは、このときの日本の、国家としての矜恃であろ
う。敗れても独立国家としての気概を保ち続け、朝鮮半島にも大きな影響
を及ぼしたのが、日本だった。
 
中国が再び、強大な力を有し、時代に逆行する中華大帝国の再来を目指
し、周辺国への圧力を強めるいま、日本は、歴史を振りかえり、独立国と
して、先人たちがどのような誇りと勇気を持ち続けたかを思い出さなけれ
ばならない。
 
トランプ政権はいま、先進国首脳会議(G7)に中国とロシアを入れる考
えさえ提示している。世界の秩序は基盤が崩れ、大きくかわろうとしてい
るのである。このときに当たって、わが国日本が歴史から学べることは多
いはずだ。

『週刊新潮』 2017年6月8日号   日本ルネッサンス 第756回



2017年06月05日

◆自分ファーストに映る小池都知事

櫻井よしこ




「自分ファースト」に映る小池都知事 言葉に信を置けない同氏の実
行力を注視」

飯島勲氏といえば長年小泉純一郎元首相に仕えた人物として名高い。
 
小池百合子氏といえば、政党を渡り歩き、多くの政界実力者に接近してき
たことで名高い。都知事就任以降の氏は、敵を作って対立構造に仕立て、
相手を悪者、自身を改革の旗手と位置づけて、高い支持率を保つ。
 
次から次へと敵を作り出してはケンカを売り続ける小池氏の手法は、ケン
カ上手の小泉氏を師として学んだものか。私は或る日、飯島氏にそのよう
に尋ねた。すると、強い調子で飯島氏が反論した。

「とんでもない。全く似ていません。正反対です」
 
間髪を入れない勢いと声音の強さに私は驚いた。氏はさらに強調した。

「政(まつりごと)においては誰もが納得する公平さが大事なんです。争
点が深刻な時ほど、目配りが必要になる。私が小泉首相にお仕えした時に
は、どんなことでも、必ず、対立相手の意見も本人に聞かせるようにしま
した。そうすることで、何かが見えてくる。そこが大事なんです。でも、
小池さんは、そうじゃないでしょ」
 
小池氏の唱えるスローガン、「都民ファースト」は、実は「自分ファース
ト」ではないかと私は感じている。調査によっては、70%という高い支持
率にも私は違和感を抱いている。氏の行動を見詰めれば見詰める程、氏の
言動への拒否感は強くなる。
 
今年4月1日、氏は東京都東村山市の国立ハンセン病療養所「多磨全生園
(ぜんしょうえん)」を訪れた。多くのテレビカメラの前で、氏はハンセ
ン病患者の方と握手し、納骨堂で献花し、手を合わせた。鮮やかなブルー
のパンツスーツ姿の小池氏は格好の報道素材となり、事実、メディアは大
いに報じた。
 
長年社会の一隅に追いやられ、辛い日々をすごしてきた方々に思いを致
し、救済の施策を進めることは、政治家の責任であり、美しい行動である。

「いまだに残るハンセン病への差別や偏見をどのように無くすのか。国立
施設ではあるが、都として解消に努めたい」と小池氏は述べた。
 
立派である。その決意は是非実行してほしい。全生園で暮らしている人々
は180人で、平均年齢は85歳近い。施策は急がねばなるまい。小池氏はど
んな指示を出したのか。
 
ここで思い出すのは氏が環境大臣だったときのことだ。水俣病が公式に確
認されて50年を迎えたにもかかわらず、救済されずにいわば放置されてい
る患者は、当時少なくなかった。そこで小池氏は柳田邦男、屋山太郎、加
藤タケ子各氏ら錚々たる10人の委員を選んで私的懇談会を設置した。
 
柳田氏らは1年4カ月をかけて、水俣病患者らの声に耳を傾け、現地を訪れ
て調査し、2006年9月19日、提言書を提出した。60ページを超える提言書
は、国民の命を守る「行政倫理」の確立と遵守を迫り、眼前で水俣病に苦
しむ人々を患者として認定する基準の緩和を求めていた。

患者救済が進まない最大の障害は、環境省がまだ庁だった時代に設定した
認定基準だった。2つ以上の症状がなければならないとする基準を1つでも
よいとすべきだと、柳田氏や屋山氏は主張した。
 
結論からいえば、小池氏は自らが設けた私的懇談会の提言を無視した。彼
女は、柳田氏らの調査が進行中の06年3月16日、参議院環境委員会で
「(水俣病患者か否かの)判断条件の見直しということについては考えて
いない、この点をもう一度明らかにしておきたいと思います」と答弁して
いる。
 
錚々たる人々を招集し、水俣病患者救済に取り組む姿勢をアピールした
が、行動は伴わなかったのだ。
 
だから私は、小池氏の言葉に信を置かない。あくまでも行動を見たい。5
月下旬の現在、彼女は全生園で語ったことに関して何の指示も出していない。
『週刊ダイヤモンド』 2017年6月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1184


2017年06月03日

◆吉田清治氏長男、父親の謝罪碑書き換え

櫻井よしこ



『週刊新潮』 2017年6月1日号
日本ルネッサンス 第755回

5月19日、インターネット配信「言論テレビ」の番組「言論さくら組」で
ジャーナリストの大高未貴さんがスクープを披露した。

「言論さくら組」は今年2月に発足した、物言う若手女性たちの一団が出
演する番組である。私自身は若くないが、頼もしく勇気のある女性、世の
中の不条理に疑問を感じ、そのことについて思い込みで判断するのではな
く、まず取材して新事実を掘り起こし、それを世の中に提示する意欲と能
力のある女性、そして人間として魅力的だと私が思った女性(ひと)たち
8人を集めた。歴史問題をひとつの大きな柱とし、毎月、できれば特ダネ
で、そうでなければ独自ネタで問題提起したいと願っている。そのメン
バーの1人が大高さんである。
 
彼女はこれまでに100か国以上を駆け巡って取材してきた。彼女が今回取
り上げたのは、自分は慰安婦を強制連行した加害者だと名乗り出て、今日
の慰安婦強制連行説を生み出す原因となった職業的詐話師、故吉田清治氏
の長男である。
 
長男は、後述する決意をもとに、父親が韓国の忠清南道天安市の「望郷
の丘」に建てた「謝罪碑」の文言を今年3月に書き換えた。吉田氏の元々
の碑には「日本の侵略戦争のために徴用され強制連行され」「貴い命を奪
われ」た朝鮮の人々に、「徴用と強制連行を実行指揮した日本人」として
「潔く反省して」「謝罪」すると刻まれていた。氏は同碑を「元勞務報國
會徴用隊長」の肩書きで建てた。
 
氏は同碑建立の式典で、韓国の人々に土下座し、「朝日新聞」はそれを
1983年12月24日、「たった一人の謝罪」として報じた。
 
大高さんの説明だ。

「この記事も含めて朝日は吉田清治氏を大きく取り上げ、強制連行をはじ
めとする慰安婦問題にまつわる虚偽を国の内外に広げました。慰安婦の虚
偽については90年代から指摘されていたにも拘らず、放置され続け、漸く
朝日が吉田証言を取り消したのは14年8月でした。長男は、父は日本軍人
として勤務した経験もなく、労務報国会徴用隊長の職位も全て虚偽だった
と明言しています。慰安婦問題の元凶は父が作ったけれどその嘘は決して
一人で書いたものではない。何人もの協力者、振付師、演出家がいて、そ
のひとつが朝日新聞だと考えています。朝日が父親の嘘を勝手に盛り上げ
て、梯子を外して、『はい、取り消しました。これで終わり』。それはな
いだろうというのが長男の気持ちでした」

父親の嘘
 
大高さんはさらに強調する。

「長男は言うのです。朝日が取り消しても、父親が韓国に建てた石碑は朽
ち果てることなく、後世まで残る。こんなことは許せない。韓国の方にも
失礼、日本人にも失礼。だから自分は日本人として最後までしっかりと責
任を持って後始末したいと」
 
長男は、可能ならクレーン車で碑を撤去したいと願った。それが難しい
とわかった時点で碑の文言の書き換えを決心し、沖縄県に住む元自衛官、
奥茂治氏(69)を代理人として望郷の丘に派遣し、先の謝罪碑を「慰霊
碑」とし、「吉田雄兎 日本国 福岡」と極めて簡潔な内容にした。雄兎
とは吉田氏の本名である。
 
奥氏が相談を受けたときのことを振りかえった。

「あの碑は清治氏が自費で建立したそうです。であるなら、父親の嘘の碑
を消し去る責任も権利も、長男である自分にあるというのです。日韓の摩
擦の原因である慰安婦問題の偽りを正したいとの願いは、日韓両国を大事
に思う心でもあります。私は日本人として応えるべきだと思いました。断
る理由はありませんでした」
 
奥氏は新しい文言を刻んだ重い大理石の石板を望郷の丘に運び、一人で
古い碑の上に、絶対に#剥#は#がれない接着剤で貼りつけた。その行動の
詳細は大高さんの新著『父の謝罪碑を撤去します』に譲りたい。
 
大高さんの取材は産経新聞出版の瀬尾友子さんの尽力で単行本として来
週、出版される。瀬尾さんも「言論さくら組」で語った。

「長男は『吉田家最後の人間』という言葉を繰り返しました。自分が父親
の間違いを正さなければ、大理石上の嘘はいつまでも残る。だからいま、
消し去ると言うのです」
 
産経新聞官邸サブキャップの田北真樹子さんが強調した。

「長男がこういう風に書き換えたことに、よくぞやって下さったと感謝し
ます。韓国のメディアは、吉田氏の長男の意思と決断に、衝撃を受けてい
るようです」
 
儒教では父親の権威は絶大である。伝統的に儒教の影響が強い韓国人に
とって、長男が公然と父親の言動を嘘だと宣言し、父親の嘘から始まった
慰安婦問題を否定したことは、相当なショックのようだ。韓国メディアが
あまり報じないのは、報道すれば、吉田清治氏が本当に嘘つきだったこと
が韓国国民に周知徹底されるからか。氏の嘘を報じた「朝日」の記事取り
消しもより広く伝わる。吉田・朝日の虚偽に依拠する韓国の挺身隊問題対
策協議会をはじめとする運動体の人々の反日の根拠も揺らぎかねない。大
高さんの指摘だ。

「朝日」も酷い

「韓国側は騒ぎたくないのではないですか。自分たちの反日に跳ねかえっ
てきますから。挺対協をはじめ、彼らの最終目的は反日問題を終わらせな
いこと。従って、次には徴用工問題を提起するでしょう。未来永劫日本政
府に謝罪させ、企業から償い金を受け取り、基金を創設して反日を続ける
ことを考えているのです」
 
韓国も事実を見ようとしないが、「朝日」も酷い。5月22日現在、朝日は
この件を全く報じていない。吉田氏の長男も語ったように、朝日が吉田氏
の嘘を内外に拡散した。その責任をも問うている長男の行動に、朝日は見
て見ぬ振りか。とすれば、これ以上の無責任はない。
 
番組の最後で、元衆議院議員の杉田水脈(みお)さんが報告したことも
驚きだった。フランスの大統領選挙の取材中、パリで目にとまったのが
「ZOOMJAPON」というフリー雑誌だった。高倉健さんの「鉄道員
(ぽっぽや)」の紹介など文化的な記事と一緒に、沖縄の基地反対運動が
特集され、日本中から国民が沖縄に集まり基地は要らないと運動している
と報じている。上智大学教授、中野晃一氏への取材記事の中で、日本会議
批判に続いて稲田朋美防衛大臣に言及し、日本では女性は二級市民で、安
倍晋三首相もそう考えている。女性蔑視を覆い隠すために、閣僚に女性を
登用しているのだなどと書いている。
 
この雑誌は広告費で成り立っているが、一番大きな広告を載せているの
が、NHKワールドだ。詳しくは「言論さくら組」を検索して御覧いただ
きたいが、こんなフリー雑誌に視聴者から強制的に徴収する受信料を充て
てよいわけはないだろう。

◆首相提言で改憲論の停滞を打破せよ

櫻井よしこ




停滞の極みにある憲法改正論議に5月3日、安倍晋三首相が斬り込んだ。
➀2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、➁9条1項と2
項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、➂国の基(もとい)は立派
な人材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、という内容だ。
 
それまで弛緩しきっていた憲法改正に関する政界の空気を一変させた大胆
な提言である。大災害時を想定した緊急事態条項でもなく、選挙区の合区
問題でもなく、緊急時の議員の任期の問題でもなく、まさに本丸の9条に
斬り込んだ。
 
9条1項は、平和主義の担保である。2項は「陸海空軍その他の戦力は、こ
れを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」で、軍事力の不保持、
即ち非武装を謳っている。
 
改憲派にとっても1項の維持に異論はない。むしろ1項に込められた日本
国の平和志向を積極的に強調すべきだと考える。
 
問題は2項だ。2項を維持し、如何にして軍隊としての自衛隊の存在を憲法
上正当化し得るのかという疑問は誰しもが抱くだろう。現に、民進党をは
じめ野党は早速反発した。自民党内からも異論が出た。だが、この反応は
安倍首相にとって想定内であり、むしろ歓迎すべきものだろう。
 
矛盾を含んだボールを憲法論議の土俵に直球に近い形で投げ込んだ理由
を、首相は5月1日、中曽根康弘元首相が会長を務める超党派の国会議員の
会、「新憲法制定議員同盟」で明白に語っている。

「いよいよ機は熟してきました。今求められているのは具体的な提案で
す」「政治は結果です。自民党の憲法改正草案をそのまま憲法審査会に提
案するつもりはありません。どんなに立派な案であっても衆参両院で3分
の2を形成できなければ、ただ言っているだけに終わります」
 
約15分間の挨拶で、首相が原稿から離れて繰り返したのは、どんな立派
な案でも衆参両院で3分の2を形成できなければ、ただ言っているだけ、政
治家は評論家ではない、学者でもない、立派なことを言うところに安住の
地を求めてはならない、ということだった。

首相談話を肯定
 
護憲派の評論家や学者はもとより、改憲派の保守陣営にも首相は切っ先
を突きつけている。「口先だけか。現実の政治を見ることなしに、立派な
ことを言うだけか」と。
 
この構図は、安倍首相が戦後70年談話を発表した2年前の夏を連想させ
る。あのとき、首相の歴史観を巡って保守陣営は二分された。首相の歴史
観は欧米諸国の見方であり、日本の立場を十分に反映しておらず、歴史研
究の立場から容認できないとの批判が噴き出した。

その一方で、首相談話は歴史研究の成果を披露するものではなく、中韓両
国が国策として歴史問題で日本を叩き、日本が国際政治の渦中に置かれて
いる中で、日本の立ち位置をどう説明し、如何にして国際世論を味方につ
けるかが問われている局面で出された政治的談話だととらえて評価する見
方もあった。
 
首相談話には、歴史における日本国の立場や主張を十分に打ち出している
とは思えない部分もあった。だが私は後者の立場から、談話の政治的意味
と国際社会における評価を考慮し、談話を肯定した。これと似た構図が今
回の事例にも見てとれる。
 
正しいことを言うのは無論大事だが、現実に即して結果を出せと首相は説
く。その主張は5月9日、国会でも展開された。蓮舫民進党代表が、首相は
国会ではなく読売新聞に改憲の意向を表明したとして責めたのに対し、首
相は、蓮舫氏との質疑応答が行われている予算委員会は行政府の長として
の考えを述べる場であり、自民党総裁としての考えを披瀝すべき場所では
ないと説明した。蓮舫氏は納得せず、その後も憲法の本質、即ち日本が直
面する尋常ならざる脅威、それにどう対処するかなどとは無関係の、本当
につまらない質問に終始した。
 
首相批判もよいが、民進党は党として憲法改正案をまとめることさえでき
ていない。どうするのか。この点を質されると、蓮舫氏は答えることもで
きなかった。
 
民進党だけではない。「結果を出す」次元とは程遠い政界の現状を踏まえ
て、首相が政党と政治家に問うているのは、憲法審査会ができてすでに10
年、なぜ、無為に過ごしているのかということだろう。なぜ、世界情勢の
大激変の中で、日本を変えようとしないのか、それで、国民の命、国土、
領海を守りきれるのか、ということだろう。

ポスト安倍の資格
 
自衛隊を9条に書き入れ、自立するまともな民主主義の国の形に近づけた
い。結果を出すには、加憲の公明党、教育無償化を唱える日本維新の会も
取り込みたい。蓮舫・野田執行部の下で、重要な問題になればなる程まと
まりきれない民進党の改憲派も取り込みたい。

離党はしたが長島昭久氏や、憲法改正私案を出した細野豪志、自衛隊の9
条への明記を求める前原誠司、笠浩史各氏らをはじめ、少なからぬ民進党
議員も賛成できる枠を作りたい。憲法改正の最重要事項である9条2項の削
除を封印してでも、世論の反発を回避して幅広く改憲勢力を結集したい。
そうした思いが今回の政治判断につながっているのは明らかだ。現実的に
見れば首相提言は評価せざるを得ない。
 
安倍政権下での好機を逃せば、改憲は恐らく再び遠のく。「立派なことを
言うだけ」の立場は、この際取るべきではない。首相提言を受けて改正論
議はすでに活性化し始めた。2項と、自衛隊を規定する3項の整合性を保つ
にはどんな案文にするかを大いに議論することが、いま為すべきことだろう。
 
こうして改憲の第一段階をクリアしたとして、次の段階では、まさに9条2
項削除の道を切り開くべきで、その責務を担える人物が次のリーダーだ。
誰がその任に値するのか。
 
ポスト安倍を狙う一人とされている石破茂氏は、首相提言直後のテレビ番
組などで年来の議論の積み重ねを跳び越えるとして首相提案を批判した。
何年も議論ばかりしていること自体が問題なのであり、国際情勢を見れ
ば、日本に時間的余裕などないことを、石破氏は忘れていないか。氏の批
判は手続き論に拘る印象を与えるが、そんなことでは次代のリーダーたり
えないであろう。
 
世界の現実を見て、長期的視点に立って日本国憲法を改めていく覚悟が必
要だ。日本周辺の現実の厳しさと国家としての在り方を考えれば、9条2項
の削除こそが正しい道であるのは揺るがない。その地平に辿りつくまで、
あるべき憲法の実現を目指して闘い続ける責任が、政治家のみならず、私
たち全員にある。

『週刊新潮』 2017年5月25日号 日本ルネッサンス 第753回




2017年05月31日

◆自衛隊は違憲のまま放置すべきでない

櫻井よしこ



「自衛隊は違憲のまま放置すべきでない 国際情勢の厳しい今こそ改正へ
歩みを」



安倍晋三首相が、憲法改正の直球を投げた。現実主義の極みを行くその提
言で、停滞しきっていた憲法改正論議が賛否両論共に、俄かに活性化した。
 
首相は5月3日の「読売新聞」紙上で単独インタビューとして改正への斬新
な考えを披瀝した。同日午後には「民間憲法臨調」などが主催する「公開
憲法フォーラム」へのビデオメッセージで、「読売」に語ったのと同じ内
容を繰り返した。
 
首相が自民党総裁として述べた点は3点である。(1)東京五輪の行われる
2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、(2)9条1項
と2項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、(3)国の基は立派な人
材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、である。
 
発言の主旨はこうだ。災害救助を含め、命がけで24時間、365日、領土領
海、日本国民の命を守り抜く任務を果たしているのが自衛隊である。9割
を超える国民が信頼している。他方、多くの憲法学者や政党の一部に、自
衛隊は違憲の存在だと主張する議論がある。「自衛隊は違憲かもしれない
けど、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、余りに無責任だ。
 
こう述べて首相は、「私の世代が何をなし得るかと考えれば、自衛隊を合
憲化することが使命ではないか」と強調した。自衛隊違憲論が生まれる余
地をなくすために、自分の世代で自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置
づけたい。ただし、9条1項と2項をそのまま維持するという提案は大方の
意表を突くものだったはずだ。
 
9条1項は、周知のように「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武
力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
という平和主義の担保である。
 
2項は、「前項の目的を達するため」、即ち、国際紛争解決のための武力
行使はしないという確約のために、「陸海空軍その他の戦力は、これを保
持しない。国の交戦権は、これを認めない」であり、軍事力の不保持、即
ち非武装を明確に謳っている。
 
大半の改憲派にとっても1項の維持に異論はないであろう。むしろ1項に
込められた日本国の平和志向を、1項を残すことで積極的に強調すべきだ
と考える。
 
注目すべきは2項である。「前項の目的を達するため」、つまり侵略戦争
をしないためとはいえ、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない」と定めた2項を維持したままで、いかに
して軍隊としての自衛隊の存在を憲法上正当化し得るのかという疑問を、
誰しもが抱くだろう。
 
矛盾を含む発言を「読売」で読んだとき、既視感が生まれた。私の主宰す
るインターネット配信の「言論テレビ」で、昨年暮れ、首相に最も近い記
者の一人といわれる「産経新聞」の石橋文登氏が、自衛隊の存在を3項と
して書き加えることも選択肢の内であると語っていた。
 
憲法で認められない存在という形を、とにかく解消すべきであり、公明党
がどこまで歩みよれるかが、最大の焦点であると氏は指摘し、具体的に3
項のつけ加えに言及したのだ。私は「言論テレビ」でのその発言を、今年
1月14日号の「週刊ダイヤモンド」で報じているが、首相発言と通底する。
 
少々の矛盾は大目的の前には呑み込むのが政治家であり、大目的を達成す
ることが何よりも大事なのだという現実主義が際立つ。
 
国際情勢の厳しさは私たちに現実を見よと教えている。「ウォール・ス
トリート・ジャーナル」紙は「憲法9条が日本の安全を妨げる」と書い
た。自衛隊を違憲の存在として放置し続けるのは決して国民の安全に資す
ることではない。今、改正に取り組みたいものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年5月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1183 



2017年05月28日

◆自衛隊は違憲のまま放置すべきでない

櫻井よしこ



「自衛隊は違憲のまま放置すべきでない 国際情勢の厳しい今こそ改正
へ歩みを」


安倍晋三首相が、憲法改正の直球を投げた。現実主義の極みを行くその提
言で、停滞しきっていた憲法改正論議が賛否両論共に、俄かに活性化した。
 
首相は5月3日の「読売新聞」紙上で単独インタビューとして改正への斬新
な考えを披瀝した。同日午後には「民間憲法臨調」などが主催する「公開
憲法フォーラム」へのビデオメッセージで、「読売」に語ったのと同じ内
容を繰り返した。
 
首相が自民党総裁として述べた点は3点である。(1)東京五輪の行われる
2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、(2)9条1項
と2項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、(3)国の基は立派な人
材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、である。
 
発言の主旨はこうだ。災害救助を含め、命がけで24時間、365日、領土
領海、日本国民の命を守り抜く任務を果たしているのが自衛隊である。9
割を超える国民が信頼している。他方、多くの憲法学者や政党の一部に、
自衛隊は違憲の存在だと主張する議論がある。「自衛隊は違憲かもしれな
いけど、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、余りに無責任だ。
 
こう述べて首相は、「私の世代が何をなし得るかと考えれば、自衛隊を合
憲化することが使命ではないか」と強調した。自衛隊違憲論が生まれる余
地をなくすために、自分の世代で自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置
づけたい。ただし、9条1項と2項をそのまま維持するという提案は大方の
意表を突くものだったはずだ。
 
9条1項は、周知のように「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武
力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
という平和主義の担保である。
 
2項は、「前項の目的を達するため」、即ち、国際紛争解決のための武力
行使はしないという確約のために、「陸海空軍その他の戦力は、これを保
持しない。国の交戦権は、これを認めない」であり、軍事力の不保持、即
ち非武装を明確に謳っている。
 
大半の改憲派にとっても1項の維持に異論はないであろう。むしろ1項に
込められた日本国の平和志向を、1項を残すことで積極的に強調すべきだ
と考える。
 
注目すべきは2項である。「前項の目的を達するため」、つまり侵略戦争
をしないためとはいえ、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない」と定めた2項を維持したままで、いかに
して軍隊としての自衛隊の存在を憲法上正当化し得るのかという疑問を、
誰しもが抱くだろう。
 
矛盾を含む発言を「読売」で読んだとき、既視感が生まれた。私の主宰す
るインターネット配信の「言論テレビ」で、昨年暮れ、首相に最も近い記
者の一人といわれる「産経新聞」の石橋文登氏が、自衛隊の存在を3項と
して書き加えることも選択肢の内であると語っていた。
 
憲法で認められない存在という形を、とにかく解消すべきであり、公明党
がどこまで歩みよれるかが、最大の焦点であると氏は指摘し、具体的に3
項のつけ加えに言及したのだ。私は「言論テレビ」でのその発言を、今年
1月14日号の「週刊ダイヤモンド」で報じているが、首相発言と通底する。
 
少々の矛盾は大目的の前には呑み込むのが政治家であり、大目的を達成す
ることが何よりも大事なのだという現実主義が際立つ。
 
国際情勢の厳しさは私たちに現実を見よと教えている。「ウォール・スト
リート・ジャーナル」紙は「憲法9条が日本の安全を妨げる」と書いた。
自衛隊を違憲の存在として放置し続けるのは決して国民の安全に資するこ
とではない。今、改正に取り組みたいものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年5月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1183