2019年08月13日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月12日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月11日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号



2019年08月10日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ

中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を
発表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない。

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号


2019年08月09日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月08日

◆中国国防白書、対米戦勝利への決意

櫻井よしこ


中国が7月24日、4年ぶりに国防白書、「新時代における中国の国防」を発
表した。米国への強烈な対抗意識を剥き出しにした同白書は、2017年12
月、トランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」、続く19年1月に米
国防総省が発表した「中国の軍事力」の報告に、真っ向から対抗するものだ。

トランプ政権は中露両国を米国の安全と繁栄を侵蝕する脅威だと定義し
た。国際法や戦後の世界秩序を否定して、力で現状変更を試みるのが中国
を筆頭とする国々だと名指しで非難し、米国主導の体制を守り通さなけれ
ばならないと謳い上げたその米国に、中国が立ち向かっているのが今回の
白書である。

同白書は、新時代の中国の国防は習近平国家主席の「強軍思想」に全面的
に従うことによって成されるべきだと繰り返し、強調している。

「戦えば必ず勝つ」強い軍を作るために高度の技術革新を行い、情報化を
徹底して「軍事革命」を完遂することを掲げている。

目標は2020年までに戦略構築能力を顕著に磨くこと、35年までに軍事戦
略、軍組織と人材、武器装備体系の近代化を成し遂げること、21世紀半ば
までに世界最高水準の軍を創ることである。

習氏はなぜ、このようにあからさまに軍拡を強調するのか。理由のひとつ
は、国内政治基盤が盤石ではなく、強気の政策で求心力を高めなければな
らないからだとの指摘がある。習氏の強気の構えが、白書では軍拡の責任
をすべて米国に押しつける形となって表れている。以下のように、米国が
一方的な軍拡路線を突き進んでいると非難するのだ。

「米国の挑戦で主要国間の競合が激化した。米国は核能力を増強し宇宙、
サイバー、ミサイル防衛を進め、世界の戦略的安定を損ねている」

そもそも国際社会の軍事的緊張は、中国が過去30年間、世界史の中でどの
国も行ったことがないような大軍拡を続けてきたことに起因するとの自覚
はどこにも見られない。

「一番ダーティな仕事」

台湾情勢についても、台湾が「米国の影響」を虎の威のように借りて頑強
に独立を志向している、と中国は断ずる。台湾は92年合意を認めず、中国
との関係を切り、独立を手にしようとする。憎悪の対立を深めるこれら分
離主義者は中国の安定を最も深刻かつ直接に脅かすと、言葉の限り、非難
している。チベット独立、東トルキスタン(ウイグル)独立も中国の安全
保障と社会の安定において同様に脅威だと非難する。

米国を秩序と安定を乱す勢力として厳しく責めるのとは対照的に、中国自
身の軍事力はあくまでも防衛と平和維持のためだと言い張るのだ。

たとえば第一章の「国際安全保障の状況」の中では、「アジア太平洋諸国
は運命共同体の一員としての自覚を強めている」として、南シナ海の情勢
をバラ色に描いている。

「南シナ海情勢は安定しており、沿岸諸国のリスク管理は適切になされ、
相違は超越され、均衡と安定、開放性を備えたアジア安全保障の枠組みに
多数の国々が包摂されている」という具合だ。

他国の島々を奪い続ける中国に不満を持ちながらも、弱小国であるが故に
十分な抗議ができないベトナムやフィリピンを持ち出すまでもなく、南シ
ナ海情勢が安定しているとは、中国以外の国々は考えないだろう。

ここで私は、静岡大学教授の楊海英氏が雑誌『正論』9月号で語った言葉
に深く納得する。氏は「中国という国はいつも世界で一番美しい言葉を
使って一番ダーティな仕事をします」と喝破したのだ。

中国の内モンゴルに生れた楊氏は、モンゴルの人々が中国共産党から受け
た信じ難い迫害の詳細な調査を長年続けてきた。だからこそ氏の中国観察
には真の力がある。中国の国防白書には楊氏が指摘したように、背後に暗
い闇を隠した美しい言葉がちりばめられている。

再度南シナ海を見てみよう。日本のタンカーは石油を満載してホルムズ海
峡からインド洋を東進し、マラッカ海峡から南シナ海南端部に入り、台湾
海峡またはバシー海峡を通って日本に到達する。

日本の生命線の一部である南シナ海を、中国は均衡と安定を特徴とする開
かれた海だと白書に謳った。だが、約ひと月前の7月2日、中国は同海域で
対艦弾道ミサイル東風(DF)21Dと、東風(DF)26の2発を発射し
た。対艦弾道ミサイルは中国だけが配備する特殊な兵器だ。

中国大陸から発射されたDF21Dに関しては、江蘇(こうそ)省南京と広
東省韶関(しょうかん)に各々一個旅団が配備されている。射程は1500キ
ロ、南シナ海全域はカバーできないが、空母キラーと呼ばれて恐れられて
いる。

台湾の次は尖閣と沖縄

なぜ、空母キラーか。DF21Dはイージス艦に搭載される弾道弾迎撃ミサ
イルのSM3なら撃ち落とせる。だが、イージス艦に搭載できるSM3の数
は限られており、中国が同時に多数のDF21Dを発射すれば、防御は困難
で空母への大きな脅威となるのだ。

DF26も脅威だ。射程4000キロで、南シナ海全域をカバーする。無論、日
本も射程内だ。核弾頭と通常弾頭の両方を搭載可能で、彼らはこれをグア
ムキラーと呼んでいる。

中国軍は彼らの最新兵器であるこの東風ミサイルを正確に撃ち込むため
に、ゴビ砂漠に空母を象(かたど)った目標を建築し、日々、訓練したと
いう。

こうして見ると、「南シナ海情勢は安定」という中国の主張は、南シナ海
が中国の支配する海になりかけているという意味だと思えてくる。万が
一、そうなった場合、日本のタンカーも商船も負の影響を受けずには済ま
ないのは明らかだ。

南シナ海の東北の出入口に当たる台湾はどうか。習氏は今年1月、台湾は
香港と同じく「一国二制度」を受け入れよ、台湾独立の動きには軍事力行
使の選択は除外できないと演説したが、まったく同じ主旨が白書にも明記
された。

「何者かが台湾の分離独立を目論むなら、いかなる代償も惜しまず、国家
統一を守る」と、蔡英文台湾総統に向けて、青白い炎のような恫喝を放っ
た。台湾が中国の手に落ちれば、次は尖閣と沖縄であり、長崎県五島列島
だと考えなければならない。

中国の白書は実に多くの警告を日本に突きつけている。中国は米国と全力
で覇を競い続けるだろう。当面中国に勝ち目はないが、中・長期的に、仮
に中国が覇者となったとして、その支配する世界は日本やアジア諸国に
とって不幸のどん底の世界になるだろう。一国二制度の実態も、民主主義
を約束する中国の言葉の欺瞞性も、私たちは既に知っている。

だからこそ、我が国は米国との協調を密にし、一日も早く、軍事を含むあ
らゆる面で日本自体の力を強化しなければならない

『週刊新潮』 2019年8月8日号 日本ルネッサンス 第863号

2019年08月07日

◆憲法改正のために自公枢軸体制を見直せ

櫻井よしこ

日本周辺のあちこちに国際政治上の重要事態が発生し、日本はその危機の
ひとつひとつに対処することが求められている。脅威はヒタヒタと押し寄
せている。にも拘わらず、7月21日の参議院議員選挙は、なんと緊張感を
欠いていたことか。

北朝鮮の核・ミサイル問題、隙あらばと中国が狙う尖閣諸島と台湾、わが
国の石油タンカーも攻撃されたホルムズ海峡の緊迫、米国は有志連合に日
本の参加を打診し、おまけにトランプ米大統領は日米安保条約への疑問を
口にする。どれをとっても戦後日本がひたってきた「守られた平和」を脅
かす。

誰が日本を守るのか。この根本的な問いについて、本当はいま、日本人全
員が考えるときなのだ。参院選の公約の柱に、安倍晋三自民党総裁が憲法
改正を掲げたのは当然のことだった。首相の問題提起はこの危機的状況の
下では、むしろ、もっと強調されてもよかった。

現実には、しかし、友党の公明党代表、山口那津男氏は「憲法改正の熟度
は浅い」と述べて、水を差し続けた。国民は憲法改正を最重要の課題とは
考えていないというのだ。国民が考えていないからといって、危機的状況
に目を瞑って問題提起しないのであれば、政治家の存在意義など無い。
「小さな声に耳を傾ける」と山口氏は選挙中に強調したが、仮に憲法改正
論議が熟しておらず、小さな声にとどまっているのなら、「小さな声」に
耳を傾けるという公約こそ果たしてほしい。

与党に大きな問題があるのと同様、野党の状況も酷いものだ。全国の1人
区で統一候補を立てた立憲民主、国民民主、社民、共産の各党は憲法改正
に関して関心の度合いも姿勢も全く異なる。9条擁護の旗を掲げる共産党
や社民党から、安倍内閣の下での憲法改正には応じないという立憲民主、
議論はすべきだという国民民主まで、この大事な点について、彼らはバラ
バラだ。

節操のない政治家の姿

国家や政治の根幹にかかわる憲法についてこんなにまとまりきれていない
野党の統一候補になった政治家は、いざというときどの政党の政策を掲げ
るのだろうか。

私たちはこれまでに余りにも多くの節操のない政治家の姿を見てきた。た
とえば立憲民主の枝野幸男代表である。集団的自衛権を認め、憲法改正私
案まで月刊『文藝春秋』で発表したかと思えば、いつの間にか正反対の主
張に大転換する。平成27年の平和安全法制に反対していたのが、平和安全
法制を認めるという条件をつけた小池百合子氏に拒絶され、平和安全法制
廃止を主張し続ける。

このような変節は国内の観念論の世界では罷り通っても、国際社会の現実
の前では通用しない。天安門事件やベルリンの壁の崩壊から始まった平成
時代は米国一強の下で世界秩序が保たれ、それゆえに観念論の中で現実に
目を瞑り、空想をたくましくして自己満足することも見逃された時代だっ
た。だが、令和のいま、米国は「世界の警察」の役割を返上し、各国に自
らの問題は自らが解決すべしと言い始めた。

それだけではない。先述のように、日本の平和の後ろ盾となってきた米国
から、トランプ大統領の日米安保条約に関する率直な疑問が伝わってき
た。日米安保条約が如何に不公平であるかを、トランプ氏は、6月24日か
ら29日までの1週間足らずの間に、3度も語ったのだ。その中で安保条約破
棄についてさえも言及したという。

さらに、中東のホルムズ海峡の航行の安全、オイルタンカーを守るための
有志連合結成を米国は呼びかけている。参院選挙が終わった7月22日現
在、国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏が日本を訪
問し、米国の考え方などを日本側に伝えたはずだ。

今回の有志連合はかつてイラクを爆撃し攻撃した有志連合とは根本的に異
なる。海洋の安全と自国のタンカーを守るためだ。日本は石油の約87%を
中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通って運ばれる。日本の
タンカー、乗組員を守り、日本経済を守るのは日本国政府の責任である。
責任を果たすべく、自衛隊派遣の法整備などを急ぐべきだ。それはできな
いので他の国々に守ってほしい、とは到底言えない。

このような現実を見れば、いま日本人全員で日本の安全保障の在り方と憲
法について考えなければならないはずだ。安倍首相の憲法改正重視は、日
本国の安寧と国民の生活を守るためでしかない。にも拘わらず、公明党は
乗ってこない。

公明党を動かす鍵

如何にして日本を守るのか。憲法改正と改革をどう進めるのか。安倍自民
党は戦略の変更を迫られている。どの新聞も大きく見出しに取ったように
自民党は57議席を獲得、14議席の公明党と合わせて与党は71議席を獲得し
た。非改選と合わせて両党で141、日本維新の会の16を足しても157議席で
ある。全体の245議席の3分の2は164だ。とすれば、少なくとも7議席不足だ。

自民、公明、維新が一致協力して憲法改正に取り組むと仮定しても、数が
足りない。それなのに、その苦しい中で公明党の山口氏はどう見ても憲法
改正に後ろ向きだ。こうした状況について、「産経新聞」の前政治部長の
石橋文登氏が語る。

「改憲勢力イコール自民、公明、維新という数式にもはや縛られるべきで
はないのです。共産、立憲民主、社民を外してその他の野党との協力態勢
で改憲勢力を形成する戦略に切り替えるときです。その方が自公で3分の2
を確保するよりも、改憲実現の可能性はあると思います」

自民の113に国民民主の21、維新の16、それに与党系無所属の3を足すと
153議席である。国民民主の全員が自民党と協力することはあり得ないた
めに、これは楽観的すぎる数字だ。それでも、このように自民党が軸足を
公明党以外に移すことが大事なのだ。公明党だけが組む相手ではないこと
を、実際の行動で示すことが、結果として公明党を動かす鍵となるだろう。

安倍首相は選挙戦の後、各社のインタビューに応じ、「2020年には憲法改
正を成し遂げたい」と答えた。このいつもの決意表明に、日本テレビ解説
委員長の粕谷賢之氏が、20年に改正憲法を施行したいという意味かと追加
質問した。総理は、「そうです」と回答した。

「産経新聞」政治部長の佐々木美恵氏は22日1面の記事で、21日夕、首相
が東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理と会談し、「憲法改正をやるつも
りだ」と語ったこと、「今後の1年が勝負の年になる」との認識を共有し
たことを報じている。

国際情勢の厳しさをよくよく実感しているからこその首相の決意であろ
う。その決意を私は大切に思う。

『週刊新潮』 2019年8月1日号 日本ルネッサンス 第862回

2019年08月06日

◆憲法改正のために自公枢軸体制を見直せ

櫻井よしこ


日本周辺のあちこちに国際政治上の重要事態が発生し、日本はその危機の
ひとつひとつに対処することが求められている。脅威はヒタヒタと押し寄
せている。にも拘わらず、7月21日の参議院議員選挙は、なんと緊張感を
欠いていたことか。

北朝鮮の核・ミサイル問題、隙あらばと中国が狙う尖閣諸島と台湾、わが
国の石油タンカーも攻撃されたホルムズ海峡の緊迫、米国は有志連合に日
本の参加を打診し、おまけにトランプ米大統領は日米安保条約への疑問を
口にする。どれをとっても戦後日本がひたってきた「守られた平和」を脅
かす。

誰が日本を守るのか。この根本的な問いについて、本当はいま、日本人全
員が考えるときなのだ。参院選の公約の柱に、安倍晋三自民党総裁が憲法
改正を掲げたのは当然のことだった。首相の問題提起はこの危機的状況の
下では、むしろ、もっと強調されてもよかった。

現実には、しかし、友党の公明党代表、山口那津男氏は「憲法改正の熟度
は浅い」と述べて、水を差し続けた。国民は憲法改正を最重要の課題とは
考えていないというのだ。国民が考えていないからといって、危機的状況
に目を瞑って問題提起しないのであれば、政治家の存在意義など無い。
「小さな声に耳を傾ける」と山口氏は選挙中に強調したが、仮に憲法改正
論議が熟しておらず、小さな声にとどまっているのなら、「小さな声」に
耳を傾けるという公約こそ果たしてほしい。

与党に大きな問題があるのと同様、野党の状況も酷いものだ。全国の1人
区で統一候補を立てた立憲民主、国民民主、社民、共産の各党は憲法改正
に関して関心の度合いも姿勢も全く異なる。9条擁護の旗を掲げる共産党
や社民党から、安倍内閣の下での憲法改正には応じないという立憲民主、
議論はすべきだという国民民主まで、この大事な点について、彼らはバラ
バラだ。

節操のない政治家の姿

国家や政治の根幹にかかわる憲法についてこんなにまとまりきれていない
野党の統一候補になった政治家は、いざというときどの政党の政策を掲げ
るのだろうか。

私たちはこれまでに余りにも多くの節操のない政治家の姿を見てきた。た
とえば立憲民主の枝野幸男代表である。集団的自衛権を認め、憲法改正私
案まで月刊『文藝春秋』で発表したかと思えば、いつの間にか正反対の主
張に大転換する。平成27年の平和安全法制に反対していたのが、平和安全
法制を認めるという条件をつけた小池百合子氏に拒絶され、平和安全法制
廃止を主張し続ける。

このような変節は国内の観念論の世界では罷り通っても、国際社会の現実
の前では通用しない。天安門事件やベルリンの壁の崩壊から始まった平成
時代は米国一強の下で世界秩序が保たれ、それゆえに観念論の中で現実に
目を瞑り、空想をたくましくして自己満足することも見逃された時代だっ
た。だが、令和のいま、米国は「世界の警察」の役割を返上し、各国に自
らの問題は自らが解決すべしと言い始めた。

それだけではない。先述のように、日本の平和の後ろ盾となってきた米国
から、トランプ大統領の日米安保条約に関する率直な疑問が伝わってき
た。日米安保条約が如何に不公平であるかを、トランプ氏は、6月24日か
ら29日までの1週間足らずの間に、3度も語ったのだ。その中で安保条約破
棄についてさえも言及したという。

さらに、中東のホルムズ海峡の航行の安全、オイルタンカーを守るための
有志連合結成を米国は呼びかけている。参院選挙が終わった7月22日現
在、国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏が日本を訪
問し、米国の考え方などを日本側に伝えたはずだ。

今回の有志連合はかつてイラクを爆撃し攻撃した有志連合とは根本的に異
なる。海洋の安全と自国のタンカーを守るためだ。日本は石油の約87%を
中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通って運ばれる。日本の
タンカー、乗組員を守り、日本経済を守るのは日本国政府の責任である。
責任を果たすべく、自衛隊派遣の法整備などを急ぐべきだ。それはできな
いので他の国々に守ってほしい、とは到底言えない。

このような現実を見れば、いま日本人全員で日本の安全保障の在り方と憲
法について考えなければならないはずだ。安倍首相の憲法改正重視は、日
本国の安寧と国民の生活を守るためでしかない。にも拘わらず、公明党は
乗ってこない。

公明党を動かす鍵

如何にして日本を守るのか。憲法改正と改革をどう進めるのか。安倍自民
党は戦略の変更を迫られている。どの新聞も大きく見出しに取ったように
自民党は57議席を獲得、14議席の公明党と合わせて与党は71議席を獲得し
た。非改選と合わせて両党で141、日本維新の会の16を足しても157議席で
ある。全体の245議席の3分の2は164だ。とすれば、少なくとも7議席不足だ。

自民、公明、維新が一致協力して憲法改正に取り組むと仮定しても、数が
足りない。それなのに、その苦しい中で公明党の山口氏はどう見ても憲法
改正に後ろ向きだ。こうした状況について、「産経新聞」の前政治部長の
石橋文登氏が語る。

「改憲勢力イコール自民、公明、維新という数式にもはや縛られるべきで
はないのです。共産、立憲民主、社民を外してその他の野党との協力態勢
で改憲勢力を形成する戦略に切り替えるときです。その方が自公で3分の2
を確保するよりも、改憲実現の可能性はあると思います」

自民の113に国民民主の21、維新の16、それに与党系無所属の3を足すと
153議席である。国民民主の全員が自民党と協力することはあり得ないた
めに、これは楽観的すぎる数字だ。それでも、このように自民党が軸足を
公明党以外に移すことが大事なのだ。公明党だけが組む相手ではないこと
を、実際の行動で示すことが、結果として公明党を動かす鍵となるだろう。

安倍首相は選挙戦の後、各社のインタビューに応じ、「2020年には憲法改
正を成し遂げたい」と答えた。このいつもの決意表明に、日本テレビ解説
委員長の粕谷賢之氏が、20年に改正憲法を施行したいという意味かと追加
質問した。総理は、「そうです」と回答した。

「産経新聞」政治部長の佐々木美恵氏は22日1面の記事で、21日夕、首相
が東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理と会談し、「憲法改正をやるつも
りだ」と語ったこと、「今後の1年が勝負の年になる」との認識を共有し
たことを報じている。

国際情勢の厳しさをよくよく実感しているからこその首相の決意であろそ
の決意を私は大切に思う。

『週刊新潮』 2019年8月1日号日本ルネッサンス 第862回

2019年08月05日

◆憲法改正のために自公枢軸体制を見直せ

櫻井よしこ


日本周辺のあちこちに国際政治上の重要事態が発生し、日本はその危機の
ひとつひとつに対処することが求められている。脅威はヒタヒタと押し寄
せている。にも拘わらず、7月21日の参議院議員選挙は、なんと緊張感を
欠いていたことか。

北朝鮮の核・ミサイル問題、隙あらばと中国が狙う尖閣諸島と台湾、わが
国の石油タンカーも攻撃されたホルムズ海峡の緊迫、米国は有志連合に日
本の参加を打診し、おまけにトランプ米大統領は日米安保条約への疑問を
口にする。どれをとっても戦後日本がひたってきた「守られた平和」を脅
かす。

誰が日本を守るのか。この根本的な問いについて、本当はいま、日本人全
員が考えるときなのだ。参院選の公約の柱に、安倍晋三自民党総裁が憲法
改正を掲げたのは当然のことだった。首相の問題提起はこの危機的状況の
下では、むしろ、もっと強調されてもよかった。

現実には、しかし、友党の公明党代表、山口那津男氏は「憲法改正の熟度
は浅い」と述べて、水を差し続けた。国民は憲法改正を最重要の課題とは
考えていないというのだ。国民が考えていないからといって、危機的状況
に目を瞑って問題提起しないのであれば、政治家の存在意義など無い。
「小さな声に耳を傾ける」と山口氏は選挙中に強調したが、仮に憲法改正
論議が熟しておらず、小さな声にとどまっているのなら、「小さな声」に
耳を傾けるという公約こそ果たしてほしい。

与党に大きな問題があるのと同様、野党の状況も酷いものだ。全国の1人
区で統一候補を立てた立憲民主、国民民主、社民、共産の各党は憲法改正
に関して関心の度合いも姿勢も全く異なる。9条擁護の旗を掲げる共産党
や社民党から、安倍内閣の下での憲法改正には応じないという立憲民主、
議論はすべきだという国民民主まで、この大事な点について、彼らはバラ
バラだ。

節操のない政治家の姿

国家や政治の根幹にかかわる憲法についてこんなにまとまりきれていない
野党の統一候補になった政治家は、いざというときどの政党の政策を掲げ
るのだろうか。

私たちはこれまでに余りにも多くの節操のない政治家の姿を見てきた。た
とえば立憲民主の枝野幸男代表である。集団的自衛権を認め、憲法改正私
案まで月刊『文藝春秋』で発表したかと思えば、いつの間にか正反対の主
張に大転換する。平成27年の平和安全法制に反対していたのが、平和安全
法制を認めるという条件をつけた小池百合子氏に拒絶され、平和安全法制
廃止を主張し続ける。

このような変節は国内の観念論の世界では罷り通っても、国際社会の現実
の前では通用しない。天安門事件やベルリンの壁の崩壊から始まった平成
時代は米国一強の下で世界秩序が保たれ、それゆえに観念論の中で現実に
目を瞑り、空想をたくましくして自己満足することも見逃された時代だっ
た。だが、令和のいま、米国は「世界の警察」の役割を返上し、各国に自
らの問題は自らが解決すべしと言い始めた。

それだけではない。先述のように、日本の平和の後ろ盾となってきた米国
から、トランプ大統領の日米安保条約に関する率直な疑問が伝わってき
た。日米安保条約が如何に不公平であるかを、トランプ氏は、6月24日か
ら29日までの1週間足らずの間に、3度も語ったのだ。その中で安保条約破
棄についてさえも言及したという。

さらに、中東のホルムズ海峡の航行の安全、オイルタンカーを守るための
有志連合結成を米国は呼びかけている。参院選挙が終わった7月22日現
在、国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏が日本を訪
問し、米国の考え方などを日本側に伝えたはずだ。

今回の有志連合はかつてイラクを爆撃し攻撃した有志連合とは根本的に異
なる。海洋の安全と自国のタンカーを守るためだ。日本は石油の約87%を
中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通って運ばれる。日本の
タンカー、乗組員を守り、日本経済を守るのは日本国政府の責任である。
責任を果たすべく、自衛隊派遣の法整備などを急ぐべきだ。それはできな
いので他の国々に守ってほしい、とは到底言えない。

このような現実を見れば、いま日本人全員で日本の安全保障の在り方と憲
法について考えなければならないはずだ。安倍首相の憲法改正重視は、日
本国の安寧と国民の生活を守るためでしかない。にも拘わらず、公明党は
乗ってこない。

公明党を動かす鍵

如何にして日本を守るのか。憲法改正と改革をどう進めるのか。安倍自民
党は戦略の変更を迫られている。どの新聞も大きく見出しに取ったように
自民党は57議席を獲得、14議席の公明党と合わせて与党は71議席を獲得し
た。非改選と合わせて両党で141、日本維新の会の16を足しても157議席で
ある。全体の245議席の3分の2は164だ。とすれば、少なくとも7議席不足だ。

自民、公明、維新が一致協力して憲法改正に取り組むと仮定しても、数が
足りない。それなのに、その苦しい中で公明党の山口氏はどう見ても憲法
改正に後ろ向きだ。こうした状況について、「産経新聞」の前政治部長の
石橋文登氏が語る。

「改憲勢力イコール自民、公明、維新という数式にもはや縛られるべきで
はないのです。共産、立憲民主、社民を外してその他の野党との協力態勢
で改憲勢力を形成する戦略に切り替えるときです。その方が自公で3分の2
を確保するよりも、改憲実現の可能性はあると思います」

自民の113に国民民主の21、維新の16、それに与党系無所属の3を足すと
153議席である。国民民主の全員が自民党と協力することはあり得ないた
めに、これは楽観的すぎる数字だ。それでも、このように自民党が軸足を
公明党以外に移すことが大事なのだ。公明党だけが組む相手ではないこと
を、実際の行動で示すことが、結果として公明党を動かす鍵となるだろう。

安倍首相は選挙戦の後、各社のインタビューに応じ、「2020年には憲法改
正を成し遂げたい」と答えた。このいつもの決意表明に、日本テレビ解説
委員長の粕谷賢之氏が、20年に改正憲法を施行したいという意味かと追加
質問した。総理は、「そうです」と回答した。

「産経新聞」政治部長の佐々木美恵氏は22日1面の記事で、21日夕、首相
が東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理と会談し、「憲法改正をやるつも
りだ」と語ったこと、「今後の1年が勝負の年になる」との認識を共有し
たことを報じている。

国際情勢の厳しさをよくよく実感しているからこその首相の決意であろ
う。その決意を私は大切に思う。

『週刊新潮』 2019年8月1日号 日本ルネッサンス 第862回

2019年08月04日

◆憲法改正のために自公枢軸体制を見直せ

櫻井よしこ


日本周辺のあちこちに国際政治上の重要事態が発生し、日本はその危機の
ひとつひとつに対処することが求められている。脅威はヒタヒタと押し寄
せている。にも拘わらず、7月21日の参議院議員選挙は、なんと緊張感を
欠いていたことか。

北朝鮮の核・ミサイル問題、隙あらばと中国が狙う尖閣諸島と台湾、わが
国の石油タンカーも攻撃されたホルムズ海峡の緊迫、米国は有志連合に日
本の参加を打診し、おまけにトランプ米大統領は日米安保条約への疑問を
口にする。どれをとっても戦後日本がひたってきた「守られた平和」を脅
かす。

誰が日本を守るのか。この根本的な問いについて、本当はいま、日本人全
員が考えるときなのだ。参院選の公約の柱に、安倍晋三自民党総裁が憲法
改正を掲げたのは当然のことだった。首相の問題提起はこの危機的状況の
下では、むしろ、もっと強調されてもよかった。

現実には、しかし、友党の公明党代表、山口那津男氏は「憲法改正の熟度
は浅い」と述べて、水を差し続けた。国民は憲法改正を最重要の課題とは
考えていないというのだ。国民が考えていないからといって、危機的状況
に目を瞑って問題提起しないのであれば、政治家の存在意義など無い。
「小さな声に耳を傾ける」と山口氏は選挙中に強調したが、仮に憲法改正
論議が熟しておらず、小さな声にとどまっているのなら、「小さな声」に
耳を傾けるという公約こそ果たしてほしい。

与党に大きな問題があるのと同様、野党の状況も酷いものだ。全国の1人
区で統一候補を立てた立憲民主、国民民主、社民、共産の各党は憲法改正
に関して関心の度合いも姿勢も全く異なる。9条擁護の旗を掲げる共産党
や社民党から、安倍内閣の下での憲法改正には応じないという立憲民主、
議論はすべきだという国民民主まで、この大事な点について、彼らはバラ
バラだ。

節操のない政治家の姿

国家や政治の根幹にかかわる憲法についてこんなにまとまりきれていない
野党の統一候補になった政治家は、いざというときどの政党の政策を掲げ
るのだろうか。

私たちはこれまでに余りにも多くの節操のない政治家の姿を見てきた。た
とえば立憲民主の枝野幸男代表である。集団的自衛権を認め、憲法改正私
案まで月刊『文藝春秋』で発表したかと思えば、いつの間にか正反対の主
張に大転換する。平成27年の平和安全法制に反対していたのが、平和安全
法制を認めるという条件をつけた小池百合子氏に拒絶され、平和安全法制
廃止を主張し続ける。

このような変節は国内の観念論の世界では罷り通っても、国際社会の現実
の前では通用しない。天安門事件やベルリンの壁の崩壊から始まった平成
時代は米国一強の下で世界秩序が保たれ、それゆえに観念論の中で現実に
目を瞑り、空想をたくましくして自己満足することも見逃された時代だっ
た。だが、令和のいま、米国は「世界の警察」の役割を返上し、各国に自
らの問題は自らが解決すべしと言い始めた。

それだけではない。先述のように、日本の平和の後ろ盾となってきた米国
から、トランプ大統領の日米安保条約に関する率直な疑問が伝わってき
た。日米安保条約が如何に不公平であるかを、トランプ氏は、6月24日か
ら29日までの1週間足らずの間に、3度も語ったのだ。その中で安保条約破
棄についてさえも言及したという。

さらに、中東のホルムズ海峡の航行の安全、オイルタンカーを守るための
有志連合結成を米国は呼びかけている。参院選挙が終わった7月22日現
在、国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏が日本を訪
問し、米国の考え方などを日本側に伝えたはずだ。

今回の有志連合はかつてイラクを爆撃し攻撃した有志連合とは根本的に異
なる。海洋の安全と自国のタンカーを守るためだ。日本は石油の約87%を
中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通って運ばれる。日本の
タンカー、乗組員を守り、日本経済を守るのは日本国政府の責任である。
責任を果たすべく、自衛隊派遣の法整備などを急ぐべきだ。それはできな
いので他の国々に守ってほしい、とは到底言えない。

このような現実を見れば、いま日本人全員で日本の安全保障の在り方と憲
法について考えなければならないはずだ。安倍首相の憲法改正重視は、日
本国の安寧と国民の生活を守るためでしかない。にも拘わらず、公明党は
乗ってこない。

公明党を動かす鍵

如何にして日本を守るのか。憲法改正と改革をどう進めるのか。安倍自民
党は戦略の変更を迫られている。どの新聞も大きく見出しに取ったように
自民党は57議席を獲得、14議席の公明党と合わせて与党は71議席を獲得し
た。非改選と合わせて両党で141、日本維新の会の16を足しても157議席で
ある。全体の245議席の3分の2は164だ。とすれば、少なくとも7議席不足だ。

自民、公明、維新が一致協力して憲法改正に取り組むと仮定しても、数が
足りない。それなのに、その苦しい中で公明党の山口氏はどう見ても憲法
改正に後ろ向きだ。こうした状況について、「産経新聞」の前政治部長の
石橋文登氏が語る。

「改憲勢力イコール自民、公明、維新という数式にもはや縛られるべきで
はないのです。共産、立憲民主、社民を外してその他の野党との協力態勢
で改憲勢力を形成する戦略に切り替えるときです。その方が自公で3分の2
を確保するよりも、改憲実現の可能性はあると思います」

自民の113に国民民主の21、維新の16、それに与党系無所属の3を足すと
153議席である。国民民主の全員が自民党と協力することはあり得ないた
めに、これは楽観的すぎる数字だ。それでも、このように自民党が軸足を
公明党以外に移すことが大事なのだ。公明党だけが組む相手ではないこと
を、実際の行動で示すことが、結果として公明党を動かす鍵となるだろう。

安倍首相は選挙戦の後、各社のインタビューに応じ、「2020年には憲法改
正を成し遂げたい」と答えた。このいつもの決意表明に、日本テレビ解説
委員長の粕谷賢之氏が、20年に改正憲法を施行したいという意味かと追加
質問した。総理は、「そうです」と回答した。

「産経新聞」政治部長の佐々木美恵氏は22日1面の記事で、21日夕、首相
が東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理と会談し、「憲法改正をやるつも
りだ」と語ったこと、「今後の1年が勝負の年になる」との認識を共有し
たことを報じている。

国際情勢の厳しさをよくよく実感しているからこその首相の決意であろ
う。その決意を私は大切に思う。

『週刊新潮』 2019年8月1日号 日本ルネッサンス 第862回

2019年08月03日

◆憲法改正のために自公枢軸体制を見直せ

櫻井よしこ


日本周辺のあちこちに国際政治上の重要事態が発生し、日本はその危機の
ひとつひとつに対処することが求められている。脅威はヒタヒタと押し寄
せている。にも拘わらず、7月21日の参議院議員選挙は、なんと緊張感を
欠いていたことか。

北朝鮮の核・ミサイル問題、隙あらばと中国が狙う尖閣諸島と台湾、わが
国の石油タンカーも攻撃されたホルムズ海峡の緊迫、米国は有志連合に日
本の参加を打診し、おまけにトランプ米大統領は日米安保条約への疑問を
口にする。どれをとっても戦後日本がひたってきた「守られた平和」を脅
かす。

誰が日本を守るのか。この根本的な問いについて、本当はいま、日本人全
員が考えるときなのだ。参院選の公約の柱に、安倍晋三自民党総裁が憲法
改正を掲げたのは当然のことだった。首相の問題提起はこの危機的状況の
下では、むしろ、もっと強調されてもよかった。

現実には、しかし、友党の公明党代表、山口那津男氏は「憲法改正の熟度
は浅い」と述べて、水を差し続けた。国民は憲法改正を最重要の課題とは
考えていないというのだ。国民が考えていないからといって、危機的状況
に目を瞑って問題提起しないのであれば、政治家の存在意義など無い。
「小さな声に耳を傾ける」と山口氏は選挙中に強調したが、仮に憲法改正
論議が熟しておらず、小さな声にとどまっているのなら、「小さな声」に
耳を傾けるという公約こそ果たしてほしい。

与党に大きな問題があるのと同様、野党の状況も酷いものだ。全国の1人
区で統一候補を立てた立憲民主、国民民主、社民、共産の各党は憲法改正
に関して関心の度合いも姿勢も全く異なる。9条擁護の旗を掲げる共産党
や社民党から、安倍内閣の下での憲法改正には応じないという立憲民主、
議論はすべきだという国民民主まで、この大事な点について、彼らはバラ
バラだ。

節操のない政治家の姿

国家や政治の根幹にかかわる憲法についてこんなにまとまりきれていない
野党の統一候補になった政治家は、いざというときどの政党の政策を掲げ
るのだろうか。

私たちはこれまでに余りにも多くの節操のない政治家の姿を見てきた。た
とえば立憲民主の枝野幸男代表である。集団的自衛権を認め、憲法改正私
案まで月刊『文藝春秋』で発表したかと思えば、いつの間にか正反対の主
張に大転換する。平成27年の平和安全法制に反対していたのが、平和安全
法制を認めるという条件をつけた小池百合子氏に拒絶され、平和安全法制
廃止を主張し続ける。

このような変節は国内の観念論の世界では罷り通っても、国際社会の現実
の前では通用しない。天安門事件やベルリンの壁の崩壊から始まった平成
時代は米国一強の下で世界秩序が保たれ、それゆえに観念論の中で現実に
目を瞑り、空想をたくましくして自己満足することも見逃された時代だっ
た。だが、令和のいま、米国は「世界の警察」の役割を返上し、各国に自
らの問題は自らが解決すべしと言い始めた。

それだけではない。先述のように、日本の平和の後ろ盾となってきた米国
から、トランプ大統領の日米安保条約に関する率直な疑問が伝わってき
た。日米安保条約が如何に不公平であるかを、トランプ氏は、6月24日か
ら29日までの1週間足らずの間に、3度も語ったのだ。その中で安保条約破
棄についてさえも言及したという。

さらに、中東のホルムズ海峡の航行の安全、オイルタンカーを守るための
有志連合結成を米国は呼びかけている。参院選挙が終わった7月22日現
在、国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏が日本を訪
問し、米国の考え方などを日本側に伝えたはずだ。

今回の有志連合はかつてイラクを爆撃し攻撃した有志連合とは根本的に異
なる。海洋の安全と自国のタンカーを守るためだ。日本は石油の約87%を
中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通って運ばれる。日本の
タンカー、乗組員を守り、日本経済を守るのは日本国政府の責任である。
責任を果たすべく、自衛隊派遣の法整備などを急ぐべきだ。それはできな
いので他の国々に守ってほしい、とは到底言えない。

このような現実を見れば、いま日本人全員で日本の安全保障の在り方と憲
法について考えなければならないはずだ。安倍首相の憲法改正重視は、日
本国の安寧と国民の生活を守るためでしかない。にも拘わらず、公明党は
乗ってこない。

公明党を動かす鍵

如何にして日本を守るのか。憲法改正と改革をどう進めるのか。安倍自民
党は戦略の変更を迫られている。どの新聞も大きく見出しに取ったように
自民党は57議席を獲得、14議席の公明党と合わせて与党は71議席を獲得し
た。非改選と合わせて両党で141、日本維新の会の16を足しても157議席で
ある。全体の245議席の3分の2は164だ。とすれば、少なくとも7議席不足だ。

自民、公明、維新が一致協力して憲法改正に取り組むと仮定しても、数が
足りない。それなのに、その苦しい中で公明党の山口氏はどう見ても憲法
改正に後ろ向きだ。こうした状況について、「産経新聞」の前政治部長の
石橋文登氏が語る。

「改憲勢力イコール自民、公明、維新という数式にもはや縛られるべきで
はないのです。共産、立憲民主、社民を外してその他の野党との協力態勢
で改憲勢力を形成する戦略に切り替えるときです。その方が自公で3分の2
を確保するよりも、改憲実現の可能性はあると思います」

自民の113に国民民主の21、維新の16、それに与党系無所属の3を足すと
153議席である。国民民主の全員が自民党と協力することはあり得ないた
めに、これは楽観的すぎる数字だ。それでも、このように自民党が軸足を
公明党以外に移すことが大事なのだ。公明党だけが組む相手ではないこと
を、実際の行動で示すことが、結果として公明党を動かす鍵となるだろう。

安倍首相は選挙戦の後、各社のインタビューに応じ、「2020年には憲法改
正を成し遂げたい」と答えた。このいつもの決意表明に、日本テレビ解説
委員長の粕谷賢之氏が、20年に改正憲法を施行したいという意味かと追加
質問した。総理は、「そうです」と回答した。

「産経新聞」政治部長の佐々木美恵氏は22日1面の記事で、21日夕、首相
が東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理と会談し、「憲法改正をやるつも
りだ」と語ったこと、「今後の1年が勝負の年になる」との認識を共有し
たことを報じている。

国際情勢の厳しさをよくよく実感しているからこその首相の決意であろ
う。その決意を私は大切に思う。

『週刊新潮』 2019年8月1日号 日本ルネッサンス 第862回

2019年08月02日

◆憲法改正のために自公枢軸体制を見直せ

櫻井よしこ


日本周辺のあちこちに国際政治上の重要事態が発生し、日本はその危機の
ひとつひとつに対処することが求められている。脅威はヒタヒタと押し寄
せている。にも拘わらず、7月21日の参議院議員選挙は、なんと緊張感を
欠いていたことか。

北朝鮮の核・ミサイル問題、隙あらばと中国が狙う尖閣諸島と台湾、わが
国の石油タンカーも攻撃されたホルムズ海峡の緊迫、米国は有志連合に日
本の参加を打診し、おまけにトランプ米大統領は日米安保条約への疑問を
口にする。どれをとっても戦後日本がひたってきた「守られた平和」を脅
かす。

誰が日本を守るのか。この根本的な問いについて、本当はいま、日本人全
員が考えるときなのだ。参院選の公約の柱に、安倍晋三自民党総裁が憲法
改正を掲げたのは当然のことだった。首相の問題提起はこの危機的状況の
下では、むしろ、もっと強調されてもよかった。

現実には、しかし、友党の公明党代表、山口那津男氏は「憲法改正の熟度
は浅い」と述べて、水を差し続けた。国民は憲法改正を最重要の課題とは
考えていないというのだ。国民が考えていないからといって、危機的状況
に目を瞑って問題提起しないのであれば、政治家の存在意義など無い。
「小さな声に耳を傾ける」と山口氏は選挙中に強調したが、仮に憲法改正
論議が熟しておらず、小さな声にとどまっているのなら、「小さな声」に
耳を傾けるという公約こそ果たしてほしい。

与党に大きな問題があるのと同様、野党の状況も酷いものだ。全国の1人
区で統一候補を立てた立憲民主、国民民主、社民、共産の各党は憲法改正
に関して関心の度合いも姿勢も全く異なる。9条擁護の旗を掲げる共産党
や社民党から、安倍内閣の下での憲法改正には応じないという立憲民主、
議論はすべきだという国民民主まで、この大事な点について、彼らはバラ
バラだ。

節操のない政治家の姿

国家や政治の根幹にかかわる憲法についてこんなにまとまりきれていない
野党の統一候補になった政治家は、いざというときどの政党の政策を掲げ
るのだろうか。

私たちはこれまでに余りにも多くの節操のない政治家の姿を見てきた。た
とえば立憲民主の枝野幸男代表である。集団的自衛権を認め、憲法改正私
案まで月刊『文藝春秋』で発表したかと思えば、いつの間にか正反対の主
張に大転換する。平成27年の平和安全法制に反対していたのが、平和安全
法制を認めるという条件をつけた小池百合子氏に拒絶され、平和安全法制
廃止を主張し続ける。

このような変節は国内の観念論の世界では罷り通っても、国際社会の現実
の前では通用しない。天安門事件やベルリンの壁の崩壊から始まった平成
時代は米国一強の下で世界秩序が保たれ、それゆえに観念論の中で現実に
目を瞑り、空想をたくましくして自己満足することも見逃された時代だっ
た。だが、令和のいま、米国は「世界の警察」の役割を返上し、各国に自
らの問題は自らが解決すべしと言い始めた。

それだけではない。先述のように、日本の平和の後ろ盾となってきた米国
から、トランプ大統領の日米安保条約に関する率直な疑問が伝わってき
た。日米安保条約が如何に不公平であるかを、トランプ氏は、6月24日か
ら29日までの1週間足らずの間に、3度も語ったのだ。その中で安保条約破
棄についてさえも言及したという。

さらに、中東のホルムズ海峡の航行の安全、オイルタンカーを守るための
有志連合結成を米国は呼びかけている。参院選挙が終わった7月22日現
在、国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏が日本を訪
問し、米国の考え方などを日本側に伝えたはずだ。

今回の有志連合はかつてイラクを爆撃し攻撃した有志連合とは根本的に異
なる。海洋の安全と自国のタンカーを守るためだ。日本は石油の約87%を
中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通って運ばれる。日本の
タンカー、乗組員を守り、日本経済を守るのは日本国政府の責任である。
責任を果たすべく、自衛隊派遣の法整備などを急ぐべきだ。それはできな
いので他の国々に守ってほしい、とは到底言えない。

このような現実を見れば、いま日本人全員で日本の安全保障の在り方と憲
法について考えなければならないはずだ。安倍首相の憲法改正重視は、日
本国の安寧と国民の生活を守るためでしかない。にも拘わらず、公明党は
乗ってこない。

公明党を動かす鍵

如何にして日本を守るのか。憲法改正と改革をどう進めるのか。安倍自民
党は戦略の変更を迫られている。どの新聞も大きく見出しに取ったように
自民党は57議席を獲得、14議席の公明党と合わせて与党は71議席を獲得し
た。非改選と合わせて両党で141、日本維新の会の16を足しても157議席で
ある。全体の245議席の3分の2は164だ。とすれば、少なくとも7議席不足だ。

自民、公明、維新が一致協力して憲法改正に取り組むと仮定しても、数が
足りない。それなのに、その苦しい中で公明党の山口氏はどう見ても憲法
改正に後ろ向きだ。こうした状況について、「産経新聞」の前政治部長の
石橋文登氏が語る。

「改憲勢力イコール自民、公明、維新という数式にもはや縛られるべきで
はないのです。共産、立憲民主、社民を外してその他の野党との協力態勢
で改憲勢力を形成する戦略に切り替えるときです。その方が自公で3分の2
を確保するよりも、改憲実現の可能性はあると思います」

自民の113に国民民主の21、維新の16、それに与党系無所属の3を足すと
153議席である。国民民主の全員が自民党と協力することはあり得ないた
めに、これは楽観的すぎる数字だ。それでも、このように自民党が軸足を
公明党以外に移すことが大事なのだ。公明党だけが組む相手ではないこと
を、実際の行動で示すことが、結果として公明党を動かす鍵となるだろう。

安倍首相は選挙戦の後、各社のインタビューに応じ、「2020年には憲法改
正を成し遂げたい」と答えた。このいつもの決意表明に、日本テレビ解説
委員長の粕谷賢之氏が、20年に改正憲法を施行したいという意味かと追加
質問した。総理は、「そうです」と回答した。

「産経新聞」政治部長の佐々木美恵氏は22日1面の記事で、21日夕、首相
が東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理と会談し、「憲法改正をやるつも
りだ」と語ったこと、「今後の1年が勝負の年になる」との認識を共有し
たことを報じている。

国際情勢の厳しさをよくよく実感しているからこその首相の決意であろ
う。その決意を私は大切に思う。

『週刊新潮』 2019年8月1日号 日本ルネッサンス 第862回

             

2019年08月01日

◆憲法改正のために自公枢軸体制を見直せ

櫻井よしこ


日本周辺のあちこちに国際政治上の重要事態が発生し、日本はその危機の
ひとつひとつに対処することが求められている。脅威はヒタヒタと押し寄
せている。にも拘わらず、7月21日の参議院議員選挙は、なんと緊張感を
欠いていたことか。

北朝鮮の核・ミサイル問題、隙あらばと中国が狙う尖閣諸島と台湾、わが
国の石油タンカーも攻撃されたホルムズ海峡の緊迫、米国は有志連合に日
本の参加を打診し、おまけにトランプ米大統領は日米安保条約への疑問を
口にする。どれをとっても戦後日本がひたってきた「守られた平和」を脅
かす。

誰が日本を守るのか。この根本的な問いについて、本当はいま、日本人全
員が考えるときなのだ。参院選の公約の柱に、安倍晋三自民党総裁が憲法
改正を掲げたのは当然のことだった。首相の問題提起はこの危機的状況の
下では、むしろ、もっと強調されてもよかった。

現実には、しかし、友党の公明党代表、山口那津男氏は「憲法改正の熟度
は浅い」と述べて、水を差し続けた。国民は憲法改正を最重要の課題とは
考えていないというのだ。国民が考えていないからといって、危機的状況
に目を瞑って問題提起しないのであれば、政治家の存在意義など無い

「小さな声に耳を傾ける」と山口氏は選挙中に強調したが、仮に憲法改正
論議が熟しておらず、小さな声にとどまっているのなら、「小さな声」に
耳を傾けるという公約こそ果たしてほしい。

与党に大きな問題があるのと同様、野党の状況も酷いものだ。全国の1人
区で統一候補を立てた立憲民主、国民民主、社民、共産の各党は憲法改正
に関して関心の度合いも姿勢も全く異なる。9条擁護の旗を掲げる共産党
や社民党から、安倍内閣の下での憲法改正には応じないという立憲民主、
議論はすべきだという国民民主まで、この大事な点について、彼らはバラ
バラだ。

節操のない政治家の姿

国家や政治の根幹にかかわる憲法についてこんなにまとまりきれていない
野党の統一候補になった政治家は、いざというときどの政党の政策を掲げ
るのだろうか。

私たちはこれまでに余りにも多くの節操のない政治家の姿を見てきた。た
とえば立憲民主の枝野幸男代表である。集団的自衛権を認め、憲法改正私
案まで月刊『文藝春秋』で発表したかと思えば、いつの間にか正反対の主
張に大転換する。平成27年の平和安全法制に反対していたのが、平和安全
法制を認めるという条件をつけた小池百合子氏に拒絶され、平和安全法制
廃止を主張し続ける。

このような変節は国内の観念論の世界では罷り通っても、国際社会の現実
の前では通用しない。天安門事件やベルリンの壁の崩壊から始まった平成
時代は米国一強の下で世界秩序が保たれ、それゆえに観念論の中で現実に
目を瞑り、空想をたくましくして自己満足することも見逃された時代だっ
た。だが、令和のいま、米国は「世界の警察」の役割を返上し、各国に自
らの問題は自らが解決すべしと言い始めた。

それだけではない。先述のように、日本の平和の後ろ盾となってきた米国
から、トランプ大統領の日米安保条約に関する率直な疑問が伝わってき
た。日米安保条約が如何に不公平であるかを、トランプ氏は、6月24日か
ら29日までの1週間足らずの間に、3度も語ったのだ。その中で安保条約破
棄についてさえも言及したという。

さらに、中東のホルムズ海峡の航行の安全、オイルタンカーを守るための
有志連合結成を米国は呼びかけている。参院選挙が終わった7月22日現
在、国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルトン氏が日本を訪
問し、米国の考え方などを日本側に伝えたはずだ。

今回の有志連合はかつてイラクを爆撃し攻撃した有志連合とは根本的に異
なる。海洋の安全と自国のタンカーを守るためだ。日本は石油の約87%を
中東に依存しており、その多くがホルムズ海峡を通って運ばれる。日本の
タンカー、乗組員を守り、日本経済を守るのは日本国政府の責任である。
責任を果たすべく、自衛隊派遣の法整備などを急ぐべきだ。それはできな
いので他の国々に守ってほしい、とは到底言えない。

このような現実を見れば、いま日本人全員で日本の安全保障の在り方と憲
法について考えなければならないはずだ。安倍首相の憲法改正重視は、日
本国の安寧と国民の生活を守るためでしかない。にも拘わらず、公明党は
乗ってこない。

公明党を動かす鍵

如何にして日本を守るのか。憲法改正と改革をどう進めるのか。安倍自民
党は戦略の変更を迫られている。どの新聞も大きく見出しに取ったように
自民党は57議席を獲得、14議席の公明党と合わせて与党は71議席を獲得し
た。非改選と合わせて両党で141、日本維新の会の16を足しても157議席で
ある。全体の245議席の3分の2は164だ。とすれば、少なくとも7議席不足だ。

自民、公明、維新が一致協力して憲法改正に取り組むと仮定しても、数が
足りない。それなのに、その苦しい中で公明党の山口氏はどう見ても憲法
改正に後ろ向きだ。こうした状況について、「産経新聞」の前政治部長の
石橋文登氏が語る。

「改憲勢力イコール自民、公明、維新という数式にもはや縛られるべきで
はないのです。共産、立憲民主、社民を外してその他の野党との協力態勢
で改憲勢力を形成する戦略に切り替えるときです。その方が自公で3分の2
を確保するよりも、改憲実現の可能性はあると思います」

自民の113に国民民主の21、維新の16、それに与党系無所属の3を足すと
153議席である。国民民主の全員が自民党と協力することはあり得ないた
めに、これは楽観的すぎる数字だ。それでも、このように自民党が軸足を
公明党以外に移すことが大事なのだ。公明党だけが組む相手ではないこと
を、実際の行動で示すことが、結果として公明党を動かす鍵となるだろう。

安倍首相は選挙戦の後、各社のインタビューに応じ、「2020年には憲法改
正を成し遂げたい」と答えた。このいつもの決意表明に、日本テレビ解説
委員長の粕谷賢之氏が、20年に改正憲法を施行したいという意味かと追加
質問した。総理は、「そうです」と回答した。

「産経新聞」政治部長の佐々木美恵氏は22日1面の記事で、21日夕、首相
が東京・富ケ谷の私邸で麻生太郎副総理と会談し、「憲法改正をやるつも
りだ」と語ったこと、「今後の1年が勝負の年になる」との認識を共有し
たことを報じている。

国際情勢の厳しさをよくよく実感しているからこその首相の決意であろ
う。その決意を私は大切に思う。

『週刊新潮』 2019年8月1日号 日本ルネッサンス 第862回