2018年06月01日

◆米国はリビア方式を貫けるか

        櫻井よしこ


約3週間後に予定されている米朝首脳会談を前に、朝鮮労働党委員長の金
正恩氏が、またもや恫喝外交を展開中だ。北朝鮮の得意とする脅しとすか
しの戦術に落ち込んだが最後、トランプ大統領はこれまでのブッシュ、オ
バマ両政権同様失敗するだろう。

いま大事なことは2つである。国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョ
ン・ボルトン氏のいわゆる「リビアモデル」の解決策を貫くことと、「制
裁解除のタイミングを誤れば対北交渉は失敗する」という安倍晋三首相の
助言を忘れないことだ。

北朝鮮の恫喝は米中貿易摩擦に関する協議が行われるタイミングで発信さ
れた。5月16日、北朝鮮第一外務次官の金桂冠氏が、米国が一方的な核放
棄を強要するなら、米朝首脳会談開催は再考せざるを得ないと言い、ボル
トン氏を、「我々は彼に対する嫌悪感を隠しはしない」と名指しで批判し
た。ボルトン氏はホワイトハウス内の対北朝鮮最強硬派と位置づけられて
いる。

翌日、トランプ氏は大統領執務室でこう反応した。

「北朝鮮の核廃棄についてのディール(取引)ができれば、金氏はその地
位にとどまることができるだろう。そうでなければ、『完全崩壊』の運命
を覚悟すべきだ」

同時に、ホワイトハウスのサンダース大統領報道官もトランプ氏も、リビ
ア方式は考えていないとのメッセージを発信した。サンダース氏は、「リ
ビアモデルではなくトランプモデルだ」とも語った。

ここで見逃せないのは、「リビアモデル」という言葉を用いながらも、そ
の正確な意味をトランプ氏が理解していないと思われることだ。トランプ
氏は北朝鮮へのリビア方式の適用は考えていないとして、次のように語っ
ている。

「米国は(リビアの)カダフィを存続させるなどというディールはしな
かった。しかし、米朝で合意が成立すれば、金氏は米国による安全の確約
と十分な保護を得て彼の国を統治し続けるだろう。彼の国はとても豊かに
なるだろう」

日朝会談にも負の影響

この他にもトランプ氏は、米軍はカダフィを滅ぼすためにリビア入りし
た、などとも語っている。しかしカダフィ氏は核を廃棄したから殺害され
たのではない。反対に、彼は核廃棄によってクビをつないだのだ。8年間
生き延びた果てに2011年に、リビア国民に殺害されたのである。

ここは大事な点だ。この点の理解なくしては米朝会談にも、いずれ開かれ
るであろう日朝会談にも負の影響が及ぶだろう。

03年12月、地下の穴蔵に潜んでいたイラクのサダム・フセイン大統領が米
軍に発見された。それを見てカダフィ氏は震え上がった。3日後、カダ
フィ氏は英国政府経由で米国政府に「これまで行ってきた核開発をすべて
止める」と伝えた。

米英両国は中央情報局(CIA)と秘密情報部(MI6)の要員を直ちに
リビアに送り込んで、秘密の核開発施設など全ての拠点を開示させた。そ
の上で翌年1月に米空軍がリビア入りし、濃縮ウラニウムやミサイルの制
御装置などを米国に運び出した。3月には艦船を送り、遠心分離機をはじ
め核開発に関する装置のすべてを搬出したのである。

一連の作業は3か月で終了した。すべてが終わった時点で初めて米国はリ
ビアに見返りを与え始めた。米国とリビアの国交正常化は06年5月。カダ
フィ氏は核放棄を伝えてから8年後に殺害されたが、これは核放棄とは無
関係だ。

10年から中東に吹き荒れた民主化運動、「アラブの春」がカダフィ氏の惨
めな死の直接的な原因である。リビア国民が民主化運動に触発されて、長
年続いたカダフィ家による専制支配に抗して立ち上がったのだ。その結
果、カダフィ氏も子息達も、殺害された。これが11年10月だった。

日本でも、ボルトン氏の主張するリビア方式と、アラブの春での殺害を混
同してとらえる向きがある。しかし両者は無関係である。トランプ氏の先
述の発言は、氏がその違いを理解していないことを示している。

理解していなければ、トランプ氏は正恩氏に、「米国は北朝鮮の体制転換
を考えているわけではない。従ってリビアモデルはとらない」と言い続け
るだろう。そこに浮上するのが、「段階的核廃棄と、段階ごとにそれに見
合う経済援助を北朝鮮に与える」という方式だ。これこそ北朝鮮と中国が
主張する方式で、元の木阿弥である。アメリカは失敗し、トランプ氏が日
本のために発言し続けている拉致問題も解決されないだろう。だからこ
そ、03年からのリビア方式による核問題解決と、11年のカダフィ氏殺害の
背景の相違をまずトランプ氏に、次に正恩氏に認識させることが非常に大
事なのである。

対北政策で微妙な違い

トランプ氏の下で、米国の北朝鮮政策を担っているのがボルトン氏とマイ
ク・ポンペオ国務長官である。両氏の間には対北政策で微妙な違いが見て
とれる。5月9日、2度目の平壌訪問で米国人3人の身柄を取り戻してワ
シントンに連れ帰ったポンペオ氏は、その直後の11日、「正しい道を選べ
ば北朝鮮には繁栄があるだろう」と語った。非核化の成果が何も見えてい
ないにも拘わらず、制裁緩和に言及するのは早すぎる。同じ日、ボルトン
氏は対照的な発言をした。

「完全、検証可能、不可逆的な核廃棄(CVID)だけでなく、ミサイ
ル、生物化学兵器の廃棄が実行され、日本人と韓国人の拉致被害者問題も
解決されなければならない」と語ったのだ。

北朝鮮との交渉でどちらの方針が失敗するか、過去の事例から、ポンペオ
氏の方針であることが明らかだ。成功はボルトン方式の中にしかない。

トランプ氏はこうも語っている。「中朝首脳の2回目の会談以降、(正恩
氏の側に)大きな変化が起きた」「習(近平)主席が金正恩に影響を与え
ている」と。そのとおりである。

北朝鮮の態度の豹変は米中貿易摩擦を巡る高官級協議の時期に重なる。中
国が有利な条件を勝ちとるために北朝鮮を取り引き材料に使おうとしたの
が見てとれる。

そうした中、トランプ氏は「自分のように強い貿易圧力を中国に加えた大
統領はいない」とも語っている。中国に対米貿易黒字を1年で約20兆円も
削減せよと迫り、それができなければ大幅に関税を引き上げるという強硬
策を突きつけたことを誇っているのだ。

圧力には圧力を、力には力を以て対抗するという姿勢である。そうでなけ
れば、中国も北朝鮮も動かない。その点で揺るがなかったからこそ、トラ
ンプ外交はここまで辿り着けたといえる。

しかし、リビア方式についての誤解に見られるように、トランプ外交には
危うさがつきまとう。その危うさを修正するのが安倍首相であろう。

『週刊新潮』 2018年5月31日 日本ルネッサンス 第804回


2018年05月29日

◆北朝鮮が中国援助の下で生き延びる

櫻井よしこ


「北朝鮮が中国援助の下で生き延びる最悪の事態もあり得ると認識すべきだ」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は5月16日、部下の第一外務次官、金桂
冠氏に、「米国が圧力ばかりかけるのでは米朝首脳会談に応じるか否か、
再検討せざるを得ない」と発言させた。

桂冠氏はジョン・ボルトン米大統領補佐官が北朝鮮に「完全で、検証可能
で、不可逆的」を意味するリビア方式の非核化のみならず、ミサイル及び
生物・化学兵器の永久放棄も要求していること、制裁緩和や経済支援はこ
れらが完全に履行された後に初めて可能だと言明していることに関して、
個人名を挙げて激しく非難した。

ボルトン氏はトランプ政権内の最強硬論者として知られる。氏は核・ミサ
イル、化学兵器を全て廃棄しても、それらを作る人材が残っている限り、
真の非核化は不可能だとして、北朝鮮の技術者を数千人単位(6000人とす
る報道もある)で国外に移住させよとも主張しているといわれる。

拉致についても、米朝会談で取り上げると言い続けているのが氏である。

正恩氏にとって最も手強い相手がボルトン氏なのである。だから桂冠氏が
「我々はボルトン氏への嫌悪感を隠しはしない」と言ったのであろう。

それにしても米朝首脳会談中止を示唆する強い態度を、なぜ正恩氏はとれ
るのか。理由は中国の動きから簡単に割り出せる。桂冠発言と同じ日、中
国の習近平国家主席が北朝鮮の経済視察団員らと会談した。中国の国営通
信社、新華社によると、北朝鮮経済視察団は中国が招待したもので、北朝
鮮の全ての「道」(県)と市の代表が参加し、「中国の経済建設と改革開
放の経験に学び、経済発展に役立てたい」との談話を発表した。

中国が北朝鮮の後ろ盾となり、経済で梃子入れし、米国の軍事的脅威から
も守ってやるとの合意が中朝の2人の独裁者間で成立済みなのは明らかだ。

米国はどう反応したか。ホワイトハウス報道官のサラ・サンダース氏は、
北朝鮮の反応は「十分想定の範囲内」「トランプ大統領は首脳会談が行わ
れれば応ずるが、そうでなければ最大限の圧力をかけ続ける」と述べると
共に、非常に重要な別のことも語っている。

ボルトン氏のリビア方式による核放棄について、彼女はこう語ったのだ。

「自分はいかなる議論においてもその部分は見ていない、従ってそれ(リ
ビア方式)が我々の目指す解決のモデルだという認識はない」

同発言を米ニュース専門テレビ局「CNN」は「ホワイトハウスはボルト
ン発言を後退させた」と報じた。

トランプ大統領の北朝鮮外交を担うボルトン氏とポンペオ米国務長官の間
には微妙な相違がある。

正恩氏は、習氏と5月7、8の両日、大連で会談した直後の9日にポンペオ氏
を平壌に招き、3人の米国人を解放し、「満足な合意を得た」と述べた。

ポンペオ氏は米国に戻るや「金(正恩)氏が正しい道を選べば、繁栄を手
にするだろう」などと述べ、早くも米国が制裁を緩和し、正恩氏に見返り
を与えるのかと思わせる発言をした。

ボルトン氏は対照的に、核・ミサイル、日本人拉致被害者について強い発
言を変えてはいない。

国務長官と大統領補佐官の間のこの差を正恩氏は見逃さず、ボルトン氏排
除を狙ったのであろう。米国を首脳会談の席につかせ、段階的な核・ミサ
イル廃棄を認めさせ、中国の経済援助を得、中国の抑止力で米国の軍事行
動を封じ込める思惑が見てとれる。

「制裁解除のタイミングを誤れば対北朝鮮交渉は失敗する」と安倍晋三首
相は警告し続けている。トランプ氏がその警告をどこまで徹底して受け入
れるかが鍵だ。同時に認識すべきことは、北朝鮮が中国の援助の下、核・
ミサイルを所有し、拉致も解決せず、生き延びる最悪の事態もあり得る、
まさに日本の国難が眼前にあるということだ
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1232 

2018年05月28日

◆北朝鮮が中国援助の下で生き延びる

櫻井よしこ


「北朝鮮が中国援助の下で生き延びる最悪の事態もあり得ると認識すべきだ」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は5月16日、部下の第一外務次官、金桂
冠氏に、「米国が圧力ばかりかけるのでは米朝首脳会談に応じるか否か、
再検討せざるを得ない」と発言させた。

桂冠氏はジョン・ボルトン米大統領補佐官が北朝鮮に「完全で、検証可能
で、不可逆的」を意味するリビア方式の非核化のみならず、ミサイル及び
生物・化学兵器の永久放棄も要求していること、制裁緩和や経済支援はこ
れらが完全に履行された後に初めて可能だと言明していることに関して、
個人名を挙げて激しく非難した。

ボルトン氏はトランプ政権内の最強硬論者として知られる。氏は核・ミサ
イル、化学兵器を全て廃棄しても、それらを作る人材が残っている限り、
真の非核化は不可能だとして、北朝鮮の技術者を数千人単位(6000人とす
る報道もある)で国外に移住させよとも主張しているといわれる。

拉致についても、米朝会談で取り上げると言い続けているのが氏である。

正恩氏にとって最も手強い相手がボルトン氏なのである。だから桂冠氏が
「我々はボルトン氏への嫌悪感を隠しはしない」と言ったのであろう。

それにしても米朝首脳会談中止を示唆する強い態度を、なぜ正恩氏はとれ
るのか。理由は中国の動きから簡単に割り出せる。桂冠発言と同じ日、中
国の習近平国家主席が北朝鮮の経済視察団員らと会談した。

中国の国営通信社、新華社によると、北朝鮮経済視察団は中国が招待した
もので、北朝鮮の全ての「道」(県)と市の代表が参加し、「中国の経済
建設と改革開放の経験に学び、経済発展に役立てたい」との談話を発表した。

中国が北朝鮮の後ろ盾となり、経済で梃子入れし、米国の軍事的脅威から
も守ってやるとの合意が中朝の2人の独裁者間で成立済みなのは明らかだ。

米国はどう反応したか。ホワイトハウス報道官のサラ・サンダース氏は、
北朝鮮の反応は「十分想定の範囲内」「トランプ大統領は首脳会談が行わ
れれば応ずるが、そうでなければ最大限の圧力をかけ続ける」と述べると
共に、非常に重要な別のことも語っている。

ボルトン氏のリビア方式による核放棄について、彼女はこう語ったのだ。

「自分はいかなる議論においてもその部分は見ていない、従ってそれ(リ
ビア方式)が我々の目指す解決のモデルだという認識はない」

同発言を米ニュース専門テレビ局「CNN」は「ホワイトハウスはボルト
ン発言を後退させた」と報じた。

トランプ大統領の北朝鮮外交を担うボルトン氏とポンペオ米国務長官の間
には微妙な相違がある。

正恩氏は、習氏と5月7、8の両日、大連で会談した直後の9日にポンペオ氏
を平壌に招き、3人の米国人を解放し、「満足な合意を得た」と述べた。

ポンペオ氏は米国に戻るや「金(正恩)氏が正しい道を選べば、繁栄を手
にするだろう」などと述べ、早くも米国が制裁を緩和し、正恩氏に見返り
を与えるのかと思わせる発言をした。

ボルトン氏は対照的に、核・ミサイル、日本人拉致被害者について強い発
言を変えてはいない。

国務長官と大統領補佐官の間のこの差を正恩氏は見逃さず、ボルトン氏排
除を狙ったのであろう。米国を首脳会談の席につかせ、段階的な核・ミサ
イル廃棄を認めさせ、中国の経済援助を得、中国の抑止力で米国の軍事行
動を封じ込める思惑が見てとれる。

「制裁解除のタイミングを誤れば対北朝鮮交渉は失敗する」と安倍晋三首
相は警告し続けている。トランプ氏がその警告をどこまで徹底して受け入
れるかが鍵だ。同時に認識すべきことは、北朝鮮が中国の援助の下、核・
ミサイルを所有し、拉致も解決せず、生き延びる最悪の事態もあり得る、
まさに日本の国難が眼前にあるということだ。

『週刊ダイヤモンド』 2018年5月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1232 

2018年05月27日

◆北朝鮮が中国援助の下で

                         櫻井よしこ


「北朝鮮が中国援助の下で生き延びる最悪の事態もあり得ると認識すべきだ」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長は5月16日、部下の第一外務次官、金桂
冠氏に、「米国が圧力ばかりかけるのでは米朝首脳会談に応じるか否か、
再検討せざるを得ない」と発言させた。

桂冠氏はジョン・ボルトン米大統領補佐官が北朝鮮に「完全で、検証可能
で、不可逆的」を意味するリビア方式の非核化のみならず、ミサイル及び
生物・化学兵器の永久放棄も要求していること、制裁緩和や経済支援はこ
れらが完全に履行された後に初めて可能だと言明していることに関して、
個人名を挙げて激しく非難した。

ボルトン氏はトランプ政権内の最強硬論者として知られる。氏は核・ミサ
イル、化学兵器を全て廃棄しても、それらを作る人材が残っている限り、
真の非核化は不可能だとして、北朝鮮の技術者を数千人単位(6000人とす
る報道もある)で国外に移住させよとも主張しているといわれる。

拉致についても、米朝会談で取り上げると言い続けているのが氏である。

正恩氏にとって最も手強い相手がボルトン氏なのである。だから桂冠氏が
「我々はボルトン氏への嫌悪感を隠しはしない」と言ったのであろう。

それにしても米朝首脳会談中止を示唆する強い態度を、なぜ正恩氏はとれ
るのか。理由は中国の動きから簡単に割り出せる。桂冠発言と同じ日、中
国の習近平国家主席が北朝鮮の経済視察団員らと会談した。中国の国営通
信社、新華社によると、北朝鮮経済視察団は中国が招待したもので、北朝
鮮の全ての「道」(県)と市の代表が参加し、「中国の経済建設と改革開
放の経験に学び、経済発展に役立てたい」との談話を発表した。

中国が北朝鮮の後ろ盾となり、経済で梃子入れし、米国の軍事的脅威から
も守ってやるとの合意が中朝の2人の独裁者間で成立済みなのは明らかだ。

米国はどう反応したか。ホワイトハウス報道官のサラ・サンダース氏は、
北朝鮮の反応は「十分想定の範囲内」「トランプ大統領は首脳会談が行わ
れれば応ずるが、そうでなければ最大限の圧力をかけ続ける」と述べると
共に、非常に重要な別のことも語っている。

ボルトン氏のリビア方式による核放棄について、彼女はこう語ったのだ。

「自分はいかなる議論においてもその部分は見ていない、従ってそれ(リ
ビア方式)が我々の目指す解決のモデルだという認識はない」

同発言を米ニュース専門テレビ局「CNN」は「ホワイトハウスはボルト
ン発言を後退させた」と報じた。

トランプ大統領の北朝鮮外交を担うボルトン氏とポンペオ米国務長官の間
には微妙な相違がある。

正恩氏は、習氏と5月7、8の両日、大連で会談した直後の9日にポンペオ氏
を平壌に招き、3人の米国人を解放し、「満足な合意を得た」と述べた。

ポンペオ氏は米国に戻るや「金(正恩)氏が正しい道を選べば、繁栄を手
にするだろう」などと述べ、早くも米国が制裁を緩和し、正恩氏に見返り
を与えるのかと思わせる発言をした。

ボルトン氏は対照的に、核・ミサイル、日本人拉致被害者について強い発
言を変えてはいない。

国務長官と大統領補佐官の間のこの差を正恩氏は見逃さず、ボルトン氏排
除を狙ったのであろう。米国を首脳会談の席につかせ、段階的な核・ミサ
イル廃棄を認めさせ、中国の経済援助を得、中国の抑止力で米国の軍事行
動を封じ込める思惑が見てとれる。

「制裁解除のタイミングを誤れば対北朝鮮交渉は失敗する」と安倍晋三首
相は警告し続けている。トランプ氏がその警告をどこまで徹底して受け入
れるかが鍵だ。同時に認識すべきことは、北朝鮮が中国の援助の下、核・
ミサイルを所有し、拉致も解決せず、生き延びる最悪の事態もあり得る、
まさに日本の国難が眼前にあるということだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月26日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1232 

2018年05月26日

◆日本よ自立せよ、米国は保護者ではない

櫻井よしこ


朝鮮半島を巡って尋常ならざる動きが続いている。金正恩朝鮮労働党委
員長は、3月26、27の両日、北京で習近平国家主席と初の首脳会談をし
た。5月7日と8日には、大連で再び習氏と会談した。5月14日には平壌から
重要人物が北京を訪れたとの情報が駆け巡った。

北朝鮮はいまや中国の助言と指示なくして動けない。正恩氏は中国に命乞
いをし、中国は巧みに窮鳥を懐に取り込んだ。

米国からは、3月末にマイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官が平壌
を訪れ、5月9日には国務長官として再び平壌に飛んだ。このときポンペオ
氏は、正恩氏から完全非核化の約束とそれまで拘束されていた3人の米国
人の身柄を受け取り、13時間の滞在を満面の笑みで締めくくった。

その前日にトランプ大統領はイランとの核合意離脱を発表した。14日には
在イスラエル米大使館をテルアビブからエルサレムに移した。

一連の外交政策には国家安全保障問題担当大統領補佐官、ジョン・ボルト
ン氏の決意が反映されている。

中国はこの間、海軍力強化を誇示した。4月12日には中国史上最大規模の
観艦式を南シナ海で行い、習氏が「強大な海軍を建設する任務が今ほど差
し迫ったことはない。世界一流の海軍建設に努力せよ」と檄を飛ばした。
5月13日には中国初の国産空母の試験航海に踏み切り、当初2020年の就役
予定を来年にも早める方針を示した。

2月に米国が台湾旅行法を上院の全会一致で可決し、米国の要人も軍人も
自由に台湾を訪れることが出来るようになったが、中国はそうした米国の
意図を力で阻む姿勢を見せていると考えるべきだろう。

こうした状況の下、ボルトン氏は北朝鮮にこの上なく明確なメッセージを
発し続けた。

「リビアモデル」

4月29日、CBSニュースの「フェース・ザ・ネーション」で、5月6日、
FOXニュースで、北朝鮮には「リビアモデル」を適用すると明言した。
カダフィ大佐が全ての核関連施設を米英の情報機関に開放し、3か月で核
のみならず、ミサイル及び化学兵器の廃棄を成し遂げたやり方である。

正恩氏は3月の中朝会談や4月27日の南北首脳会談で非核化は「段階的」に
進め、各段階毎に経済的支援を取りつけたいとの主張を展開していたが、
ボルトン発言はそうした考えを明確に拒否するものだった。

それだけではない。ボルトン氏は日本人や韓国人の拉致被害者の解放と米
国人3人の人質解放を求めた。その要求に応える形で、正恩氏は前述のよ
うにポンペオ氏に3人の米国人を引き渡した。

ポンペオ氏の平壌行きに同行を許された記者の1人、「ワシントン・ポス
ト」のキャロル・モレロ氏が平壌行きの舞台裏について書いている。氏は
5月4日には新しいパスポートと出発の準備をするよう指示を受けた。3日
後、4時間後に出発との報せを受けた。アンドリューズ空軍基地の航空機
には、ホワイトハウス、国家安全保障会議、国務省のスタッフに加えて、
医師と心理療法士も乗り込んでいた。

ポンペオ氏の再度の平壌行きは正恩氏が完全な非核化を告げ人質解放を実
行するためだったわけだ。4月29日と5月6日のボルトン氏の厳しい要求を
聞いて正恩氏がふるえ上がり、対応策と支援を習氏に求めるために5月7~8
日に大連に行ったということであろう。

中朝会談について、5月14日の「読売新聞」朝刊が中川孝之、中島健太郎
両特派員の報告で報じている。それによると、大連会談では正恩氏が「非
核化の中間段階でも経済支援を受けることが可能かどうか」を習氏に打診
し、習氏が「米朝首脳会談で非核化合意が成立すれば」可能だと答えてい
たそうだ。

また、正恩氏が「米国は、非核化を終えれば経済支援すると言うが、米国
が約束を守るとは信じられない」と不満を表明したとも報じられた。

「読売」の報道は、大連会談で中国の支援を得た正恩氏が、中国の事実上
の指示に従ってその直後のポンペオ氏との会談に臨んだことを示唆してい
る。正恩氏が米国の要求を受け入れたことで、米国側はいま、どのように
考えているかを示すのが、5月13日の「FOXニュース」でのポンペオ発
言だ。氏は次のように質問された。

「金氏が正しい道を選べば、繁栄を手にするだろうと、あなたは11日に発
言しています。どういう意味ですか」

ポンペオ氏は、米国民の税金が注ぎこまれるのではなく、米企業が事業展
開することで北朝鮮に繁栄がもたらされるという意味だとして、語った。

「北朝鮮には電力やインフラ整備で非常に大きな需要がある。米国の農業
も北朝鮮国民が十分に肉を食べ、健康な生活を営めるよう手伝える」

天国と地獄ほどの相違

同日、ボルトン氏もCNNの「ステート・オブ・ザ・ユニオン」で語って
いる。

「もし、彼らが非核化をコミットするなら、北朝鮮の展望は信じられない
程、強固なもの(strong)になる」「北朝鮮は正常な国となり、韓国のよ
うに世界と普通に交流することで未来が開ける」

ボルトン氏は、米国が求めているのは「完全で、検証可能で、不可逆的な
核の解体」(CVID)であると述べることも忘れはしなかった。「イラ
ンと同様、核の運搬手段としての弾道ミサイルも、生物化学兵器も手放さ
なければならない。大統領はその他の問題、日本人の拉致被害者と韓国の
拉致された市民の件も取り上げるだろう」と明言した。

ボルトン氏とポンペオ氏の表現には多少の濃淡の差があるが、米中北の三
か国で進行していることの大筋が見えてくる。完全な非核化を北朝鮮が米
国と約束し、中国がその後ろ盾となる。米国はリビアモデルの厳しい行程
を主張しながらも、中国の事実上の介入もしくは仲介ゆえに、北朝鮮が引
き延ばしをしたとしても軍事オプションは取りにくくなる。中国の対北朝
鮮支援が国連決議に違反しないかどうかを、米国も国際社会も厳しく監視
するのは当然だが、中国は陰に陽に、北朝鮮の側に立つ。

これまではここで妥協がはかられてきた。今回はどうか。米国と中国の、
国家としての形や方向性はおよそ正反対だ。両国の国際社会に対するアプ
ローチには天国と地獄ほどの相違がある。台湾、南シナ海、東シナ海、ど
の断面で見ても、さらに拉致問題を考えても日本は米国と共に歩むのが正
解である。ただ、米国は日本の保護者ではない。私たちは米国と協力する
のであって依存するのではない。そのことをいま、私たち日本国民が深く
自覚しなければ、大変なことになると思う。

『週刊新潮』 2018年5月24日号 日本ルネッサンス 第803号

2018年05月25日

◆朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も

櫻井よしこ


「朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も日本の野党は政治責任を果た
していない」
北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の動きが派手派手しい。5月7日から8
日、妹の与正氏と共に中国の大連を訪れた。習近平国家主席と共におさ
まった幾葉もの写真を北朝鮮の「労働新聞」に掲載し、米国に対して「僕
には中国がついているぞ」と訴えるのに懸命である。

懐の窮鳥を庇うように、中国共産党を代弁する国営通信社の新華社は「関
係国が敵視政策と安全への脅威をなくしさえすれば核を持つ必要はない」
と正恩氏が語ったと伝えた。

習氏は8日、トランプ米大統領に電話し、「米国が北朝鮮の合理的な安全
保障上の懸念を考慮することを希望する」と語った。正恩氏を囲い込み、
米国の脅威から守ってやるという中国の姿勢であろう。

9日には北朝鮮の招待でポンペオ米国務長官が平壌を訪れ正恩氏と会談、
北朝鮮に拘束されていた米国人3人は解放されて、ポンペオ氏と共に米東
部時間で10日未明にワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着した。

トランプ大統領から早速、安倍晋三首相に電話があった。米国人3人の解
放に祝意を述べた首相の思いは、日本人拉致被害者の上にあったことだろう。

この間の9日、東京では日中韓の首脳会談が開催されたが、日本と中韓の
間にある大きなギャップは埋めきれていない。会談後の記者会見で安倍首
相は朝鮮半島情勢への対応を三首脳で綿密に話し合ったと述べたが、日米
の主張する「完全で検証可能な、不可逆的な核・弾道ミサイルの廃棄」
(CVID)という言葉も、北朝鮮への圧力という表現も3首脳の口から
は出なかった。

拉致について安倍首相は、「早期解決に向けて、両首脳の支援と協力を呼
びかけ、日本の立場に理解を得た」と述べたが、中韓両首脳は拉致には共
同記者発表の席で言及していない。彼らの発言は徹底して自国の国益中心
である。

中国の李克強首相は朝鮮半島の核に関して、「対話の軌道に戻る」ことを
歓迎し、経済に関しては「自由貿易維持」を強調した。北朝鮮の核問題は
時間をかけて、話し合いで折り合うべきだというもので、軍事力行使をチ
ラつかせる米国への牽制である。自由貿易に関する発言も、米国第一で保
護貿易に傾く米政権への対抗姿勢だ。

韓国の文在寅大統領は、日中双方が板門店宣言を歓迎したと語った。拉致
にも慰安婦にも触れずに言及した板門店宣言は、2分されている朝鮮民族
の再統一を前面に押し出したものだ。「北朝鮮の非核化」ではなく、米韓
同盟の消滅をも示唆する「朝鮮半島の非核化」を強調するものでもある。

今回の首脳会談からは3か国が足並みを揃えて懸案を解決する姿勢より
も、同床異夢の様相が浮き彫りにされた。

10日の電話会談でトランプ氏は、北朝鮮問題で「日本はビッグ・プレー
ヤーだ」と述べたという。いま、朝鮮半島勢力を巡って日清戦争前夜と
いってもよい歴史的な闘いが展開中だ。朝鮮半島を中国が握るのか、米国
が握るのか、そのせめぎ合いの最前線に私たちはいる。

日本の命運を大きく揺るがすこの局面で叡知を集め、対策を練り、何とし
てでも拉致被害者を取り戻し、北朝鮮の核、ミサイル、生物兵器をなくす
べき時だ。日本全体が団結することなしには達成できない課題である。

だが、国会審議を拒否して半月以上も連休した野党は、国会審議に戻った
かと思えば、まだ、加計学園問題をやっている。立憲民主党の長妻昭氏は
「疑惑は深まったというよりも、予想以上に深刻だ。

徹底的に腰を据えて国会でやらないといけない」と語った。だが、獣医学
部新設は既得権益と岩盤規制を打ち破る闘いで、改革派がそれを打ち破っ
ただけのことだ。長妻氏の非難は的外れである。朝鮮半島大激変の最中、
国民を取り戻し、国民の命を守るにはどうすべきかを論じ、実行しなけれ
ばならない。野党の多くは政治の責任を果たしていない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年5月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1231

2018年05月24日

◆朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが

櫻井よしこ


「朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も日本の野党は政治責任を果たし
ていない」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の動きが派手派手しい。5月7日から8
日、妹の与正氏と共に中国の大連を訪れた。習近平国家主席と共におさ
まった幾葉もの写真を北朝鮮の「労働新聞」に掲載し、米国に対して「僕
には中国がついているぞ」と訴えるのに懸命である。

懐の窮鳥を庇うように、中国共産党を代弁する国営通信社の新華社は「関
係国が敵視政策と安全への脅威をなくしさえすれば核を持つ必要はない」
と正恩氏が語ったと伝えた。習氏は8日、トランプ米大統領に電話し、
「米国が北朝鮮の合理的な安全保障上の懸念を考慮することを希望する」
と語った。正恩氏を囲い込み、米国の脅威から守ってやるという中国の姿
勢であろう。

9日には北朝鮮の招待でポンペオ米国務長官が平壌を訪れ正恩氏と会談、
北朝鮮に拘束されていた米国人3人は解放されて、ポンペオ氏と共に米東
部時間で10日未明にワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着した。

トランプ大統領から早速、安倍晋三首相に電話があった。米国人3人の解
放に祝意を述べた首相の思いは、日本人拉致被害者の上にあったことだろう。

この間の9日、東京では日中韓の首脳会談が開催されたが、日本と中韓の
間にある大きなギャップは埋めきれていない。会談後の記者会見で安倍首
相は朝鮮半島情勢への対応を三首脳で綿密に話し合ったと述べたが、日米
の主張する「完全で検証可能な、不可逆的な核・弾道ミサイルの廃棄」
(CVID)という言葉も、北朝鮮への圧力という表現も三首脳の口から
は出なかった。

拉致について安倍首相は、「早期解決に向けて、両首脳の支援と協力を呼
びかけ、日本の立場に理解を得た」と述べたが、中韓両首脳は拉致には共
同記者発表の席で言及していない。彼らの発言は徹底して自国の国益中心
である。

中国の李克強首相は朝鮮半島の核に関して、「対話の軌道に戻る」ことを
歓迎し、経済に関しては「自由貿易維持」を強調した。北朝鮮の核問題は
時間をかけて、話し合いで折り合うべきだというもので、軍事力行使をチ
ラつかせる米国への牽制である。自由貿易に関する発言も、米国第一で保
護貿易に傾く米政権への対抗姿勢だ。

韓国の文在寅大統領は、日中双方が板門店宣言を歓迎したと語った。拉致
にも慰安婦にも触れずに言及した板門店宣言は、二分されている朝鮮民族
の再統一を前面に押し出したものだ。「北朝鮮の非核化」ではなく、米韓
同盟の消滅をも示唆する「朝鮮半島の非核化」を強調するものでもある。

今回の首脳会談からは3か国が足並みを揃えて懸案を解決する姿勢より
も、同床異夢の様相が浮き彫りにされた。

10日の電話会談でトランプ氏は、北朝鮮問題で「日本はビッグ・プレー
ヤーだ」と述べたという。いま、朝鮮半島勢力を巡って日清戦争前夜と
いってもよい歴史的な闘いが展開中だ。朝鮮半島を中国が握るのか、米国
が握るのか、そのせめぎ合いの最前線に私たちはいる。

日本の命運を大きく揺るがすこの局面で叡知を集め、対策を練り、何とし
てでも拉致被害者を取り戻し、北朝鮮の核、ミサイル、生物兵器をなくす
べき時だ。日本全体が団結することなしには達成できない課題である。

だが、国会審議を拒否して半月以上も連休した野党は、国会審議に戻った
かと思えば、まだ、加計学園問題をやっている。立憲民主党の長妻昭氏は
「疑惑は深まったというよりも、予想以上に深刻だ。

徹底的に腰を据えて国会でやらないといけない」と語った。だが、獣医学
部新設は既得権益と岩盤規制を打ち破る闘いで、改革派がそれを打ち破っ
ただけのことだ。長妻氏の非難は的外れである。朝鮮半島大激変の最中、
国民を取り戻し、国民の命を守るにはどうすべきかを論じ、実行しなけれ
ばならない。野党の多くは政治の責任を果たしていない。
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1231 


2018年05月23日

◆ 野党は政治責任を果たしていない 

櫻井よしこ


「朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も日本の野党は政治責任を果たし
ていない」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の動きが派手派手しい。5月7日から8
日、妹の与正氏と共に中国の大連を訪れた。習近平国家主席と共におさ
まった幾葉もの写真を北朝鮮の「労働新聞」に掲載し、米国に対して「僕
には中国がついているぞ」と訴えるのに懸命である。

懐の窮鳥を庇うように、中国共産党を代弁する国営通信社の新華社は「関
係国が敵視政策と安全への脅威をなくしさえすれば核を持つ必要はない」
と正恩氏が語ったと伝えた。習氏は8日、トランプ米大統領に電話し、
「米国が北朝鮮の合理的な安全保障上の懸念を考慮することを希望する」
と語った。正恩氏を囲い込み、米国の脅威から守ってやるという中国の姿
勢であろう。

9日には北朝鮮の招待でポンペオ米国務長官が平壌を訪れ正恩氏と会談、
北朝鮮に拘束されていた米国人3人は解放されて、ポンペオ氏と共に米東
部時間で10日未明にワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着した。

トランプ大統領から早速、安倍晋三首相に電話があった。米国人3人の解
放に祝意を述べた首相の思いは、日本人拉致被害者の上にあったことだろう。

この間の9日、東京では日中韓の首脳会談が開催されたが、日本と中韓の
間にある大きなギャップは埋めきれていない。会談後の記者会見で安倍首
相は朝鮮半島情勢への対応を三首脳で綿密に話し合ったと述べたが、日米
の主張する「完全で検証可能な、不可逆的な核・弾道ミサイルの廃棄」
(CVID)という言葉も、北朝鮮への圧力という表現も三首脳の口から
は出なかった。

拉致について安倍首相は、「早期解決に向けて、両首脳の支援と協力を呼
びかけ、日本の立場に理解を得た」と述べたが、中韓両首脳は拉致には共
同記者発表の席で言及していない。彼らの発言は徹底して自国の国益中心
である。

中国の李克強首相は朝鮮半島の核に関して、「対話の軌道に戻る」ことを
歓迎し、経済に関しては「自由貿易維持」を強調した。北朝鮮の核問題は
時間をかけて、話し合いで折り合うべきだというもので、軍事力行使をチ
ラつかせる米国への牽制である。自由貿易に関する発言も、米国第一で保
護貿易に傾く米政権への対抗姿勢だ。

韓国の文在寅大統領は、日中双方が板門店宣言を歓迎したと語った。拉致
にも慰安婦にも触れずに言及した板門店宣言は、二分されている朝鮮民族
の再統一を前面に押し出したものだ。「北朝鮮の非核化」ではなく、米韓
同盟の消滅をも示唆する「朝鮮半島の非核化」を強調するものでもある。

今回の首脳会談からは3か国が足並みを揃えて懸案を解決する姿勢より
も、同床異夢の様相が浮き彫りにされた。

10日の電話会談でトランプ氏は、北朝鮮問題で「日本はビッグ・プレー
ヤーだ」と述べたという。いま、朝鮮半島勢力を巡って日清戦争前夜と
いってもよい歴史的な闘いが展開中だ。朝鮮半島を中国が握るのか、米国
が握るのか、そのせめぎ合いの最前線に私たちはいる。日本の命運を大き
く揺るがすこの局面で叡知を集め、対策を練り、何としてでも拉致被害者
を取り戻し、北朝鮮の核、ミサイル、生物兵器をなくすべき時だ。日本全
体が団結することなしには達成できない課題である。

だが、国会審議を拒否して半月以上も連休した野党は、国会審議に戻った
かと思えば、まだ、加計学園問題をやっている。立憲民主党の長妻昭氏は
「疑惑は深まったというよりも、予想以上に深刻だ。徹底的に腰を据えて
国会でやらないといけない」と語った。

だが、獣医学部新設は既得権益と岩盤規制を打ち破る闘いで、改革派がそ
れを打ち破っただけのことだ。長妻氏の非難は的外れである。朝鮮半島大
激変の最中、国民を取り戻し、国民の命を守るにはどうすべきかを論じ、
実行しなければならない。野党の多くは政治の責任を果たしていない。
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1231

2018年05月22日

◆朝鮮半島勢力巡る歴史的闘い

櫻井よしこ


「朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も日本の野党は政治責任を果たし
ていない」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の動きが派手派手しい。5月7日から8
日、妹の与正氏と共に中国の大連を訪れた。習近平国家主席と共におさ
まった幾葉もの写真を北朝鮮の「労働新聞」に掲載し、米国に対して「僕
には中国がついているぞ」と訴えるのに懸命である。

懐の窮鳥を庇うように、中国共産党を代弁する国営通信社の新華社は「関
係国が敵視政策と安全への脅威をなくしさえすれば核を持つ必要はない」
と正恩氏が語ったと伝えた。

習氏は8日、トランプ米大統領に電話し、「米国が北朝鮮の合理的な安全
保障上の懸念を考慮することを希望する」と語った。正恩氏を囲い込み、
米国の脅威から守ってやるという中国の姿勢であろう。

9日には北朝鮮の招待でポンペオ米国務長官が平壌を訪れ正恩氏と会談、
北朝鮮に拘束されていた米国人3人は解放されて、ポンペオ氏と共に米東
部時間で10日未明にワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着した。

トランプ大統領から早速、安倍晋三首相に電話があった。米国人3人の解
放に祝意を述べた首相の思いは、日本人拉致被害者の上にあったことだろう。

この間の9日、東京では日中韓の首脳会談が開催されたが、日本と中韓の
間にある大きなギャップは埋めきれていない。会談後の記者会見で安倍首
相は朝鮮半島情勢への対応を三首脳で綿密に話し合ったと述べたが、日米
の主張する「完全で検証可能な、不可逆的な核・弾道ミサイルの廃棄」
(CVID)という言葉も、北朝鮮への圧力という表現も三首脳の口から
は出なかった。

拉致について安倍首相は、「早期解決に向けて、両首脳の支援と協力を呼
びかけ、日本の立場に理解を得た」と述べたが、中韓両首脳は拉致には共
同記者発表の席で言及していない。彼らの発言は徹底して自国の国益中心
である。

中国の李克強首相は朝鮮半島の核に関して、「対話の軌道に戻る」ことを
歓迎し、経済に関しては「自由貿易維持」を強調した。北朝鮮の核問題は
時間をかけて、話し合いで折り合うべきだというもので、軍事力行使をチ
ラつかせる米国への牽制である。自由貿易に関する発言も、米国第一で保
護貿易に傾く米政権への対抗姿勢だ。

韓国の文在寅大統領は、日中双方が板門店宣言を歓迎したと語った。拉致
にも慰安婦にも触れずに言及した板門店宣言は、二分されている朝鮮民族
の再統一を前面に押し出したものだ。「北朝鮮の非核化」ではなく、米韓
同盟の消滅をも示唆する「朝鮮半島の非核化」を強調するものでもある。

今回の首脳会談からは3か国が足並みを揃えて懸案を解決する姿勢より
も、同床異夢の様相が浮き彫りにされた。

10日の電話会談でトランプ氏は、北朝鮮問題で「日本はビッグ・プレー
ヤーだ」と述べたという。いま、朝鮮半島勢力を巡って日清戦争前夜と
いってもよい歴史的な闘いが展開中だ。朝鮮半島を中国が握るのか、米国
が握るのか、そのせめぎ合いの最前線に私たちはいる。

日本の命運を大きく揺るがすこの局面で叡知を集め、対策を練り、何とし
てでも拉致被害者を取り戻し、北朝鮮の核、ミサイル、生物兵器をなくす
べき時だ。日本全体が団結することなしには達成できない課題である。

だが、国会審議を拒否して半月以上も連休した野党は、国会審議に戻った
かと思えば、まだ、加計学園問題をやっている。立憲民主党の長妻昭氏は
「疑惑は深まったというよりも、予想以上に深刻だ。徹底的に腰を据えて
国会でやらないといけない」と語った。

だが、獣医学部新設は既得権益と岩盤規制を打ち破る闘いで、改革派がそ
れを打ち破っただけのことだ。長妻氏の非難は的外れである。朝鮮半島大
激変の最中、国民を取り戻し、国民の命を守るにはどうすべきかを論じ、
実行しなければならない。野党の多くは政治の責任を果たしていない。

『週刊ダイヤモンド』 2018年5月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1231 

2018年05月20日

◆朝鮮半島勢力巡る歴史的闘い

櫻井よしこ


「朝鮮半島勢力巡る歴史的闘いが展開中も日本の野党は政治責任を果た
していない」

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の動きが派手派手しい。5月7日から8
日、妹の与正氏と共に中国の大連を訪れた。習近平国家主席と共におさ
まった幾葉もの写真を北朝鮮の「労働新聞」に掲載し、米国に対して「僕
には中国がついているぞ」と訴えるのに懸命である。

懐の窮鳥を庇うように、中国共産党を代弁する国営通信社の新華社は「関
係国が敵視政策と安全への脅威をなくしさえすれば核を持つ必要はない」
と正恩氏が語ったと伝えた。習氏は8日、トランプ米大統領に電話し、
「米国が北朝鮮の合理的な安全保障上の懸念を考慮することを希望する」
と語った。正恩氏を囲い込み、米国の脅威から守ってやるという中国の姿
勢であろう。

9日には北朝鮮の招待でポンペオ米国務長官が平壌を訪れ正恩氏と会談、
北朝鮮に拘束されていた米国人3人は解放されて、ポンペオ氏と共に米東
部時間で10日未明にワシントン郊外のアンドルーズ空軍基地に到着した。

トランプ大統領から早速、安倍晋三首相に電話があった。米国人3人の解
放に祝意を述べた首相の思いは、日本人拉致被害者の上にあったことだろう。

この間の9日、東京では日中韓の首脳会談が開催されたが、日本と中韓の
間にある大きなギャップは埋めきれていない。会談後の記者会見で安倍首
相は朝鮮半島情勢への対応を三首脳で綿密に話し合ったと述べたが、日米
の主張する「完全で検証可能な、不可逆的な核・弾道ミサイルの廃棄」
(CVID)という言葉も、北朝鮮への圧力という表現も三首脳の口から
は出なかった。

拉致について安倍首相は、「早期解決に向けて、両首脳の支援と協力を呼
びかけ、日本の立場に理解を得た」と述べたが、中韓両首脳は拉致には共
同記者発表の席で言及していない。彼らの発言は徹底して自国の国益中心
である。

中国の李克強首相は朝鮮半島の核に関して、「対話の軌道に戻る」ことを
歓迎し、経済に関しては「自由貿易維持」を強調した。北朝鮮の核問題は
時間をかけて、話し合いで折り合うべきだというもので、軍事力行使をチ
ラつかせる米国への牽制である。自由貿易に関する発言も、米国第一で保
護貿易に傾く米政権への対抗姿勢だ。

韓国の文在寅大統領は、日中双方が板門店宣言を歓迎したと語った。拉致
にも慰安婦にも触れずに言及した板門店宣言は、二分されている朝鮮民族
の再統一を前面に押し出したものだ。「北朝鮮の非核化」ではなく、米韓
同盟の消滅をも示唆する「朝鮮半島の非核化」を強調するものでもある。

今回の首脳会談からは3か国が足並みを揃えて懸案を解決する姿勢より
も、同床異夢の様相が浮き彫りにされた。

10日の電話会談でトランプ氏は、北朝鮮問題で「日本はビッグ・プレー
ヤーだ」と述べたという。いま、朝鮮半島勢力を巡って日清戦争前夜と
いってもよい歴史的な闘いが展開中だ。朝鮮半島を中国が握るのか、米国
が握るのか、そのせめぎ合いの最前線に私たちはいる。日本の命運を大き
く揺るがすこの局面で叡知を集め、対策を練り、何としてでも拉致被害者
を取り戻し、北朝鮮の核、ミサイル、生物兵器をなくすべき時だ。日本全
体が団結することなしには達成できない課題である。

だが、国会審議を拒否して半月以上も連休した野党は、国会審議に戻った
かと思えば、まだ、加計学園問題をやっている。立憲民主党の長妻昭氏は
「疑惑は深まったというよりも、予想以上に深刻だ。徹底的に腰を据えて
国会でやらないといけない」と語った。だが、獣医学部新設は既得権益と
岩盤規制を打ち破る闘いで、改革派がそれを打ち破っただけのことだ。長
妻氏の非難は的外れである。朝鮮半島大激変の最中、国民を取り戻し、国
民の命を守るにはどうすべきかを論じ、実行しなければならない。野党の
多くは政治の責任を果たしていない。
『週刊ダイヤモンド』 2018年5月19日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1231 

2018年05月19日

◆国民の支持が期待できない

櫻井よしこ



「国民の支持が期待できない、国民民主」

民進党代表の大塚耕平氏と希望の党代表の玉木雄一郎氏が「穏健保守から
リベラルまでを包摂する中道改革政党」として、「国民民主党」を結成す
る。私はこの原稿を5月7日の国民民主党設立大会前に書いているのだが、
新党の綱領や政策の一言一句を読まずとも、これまでの経緯から彼らは期
待できない絶望的な存在だと感じている。

今回、新党に参加せず、無所属になった笠浩史衆議院議員(神奈川9区)
は語る。

「昨年10月の衆議院選挙で私が民進党から希望の党に移ったのは、安保政
策と憲法改正について、民進党よりもよほど現実的で、日本の国益に適う
方向で対処しようとする政党だったからです。あの時、希望の党に移った
民進党議員全員が、玉木氏も含めて『政策協定書』に署名しました。希望
の党の公認を受けて衆議院選挙に立候補する条件として、安全保障法制に
ついては、憲法に則り適切に運用する、つまり、安保法制は認めると誓約
した。また憲法改正を支持し、憲法改正論議を幅広く進めることも誓約し
ました。民進党とはおよそ正反対の政策でしたが、私はその方が正しいと
考えた。玉木氏もそう考えたから署名したのでしょう。しかし、玉木氏ら
は事実上、元の政策に戻るわけです。希望の党で私たちは1000万近い比例
票をいただいた。その人たちに一体どう顔向けできるのか。これでは信頼
は失われます」

長島昭久衆議院議員(東京21区)も無所属を選んだ。氏は語る。

「国民民主党結成には三つの『ありき』があります。連合ありき、期限あ
りき、参院選ありきです。連合は、民進や希望の、政党としての理念や政
策よりも、国会における連合の勢力を保つために、とにかく旧民進党勢力
を再結集しようとした。この連合の思惑が非常に強く働きました。しかも
連合は両党合併の方向をメーデーまでに明確にさせたかった。その先にあ
るのは参院選です。労組代表の議席を守りたい連合と、連合の票がどうし
てもほしい議員。後援会組織がしっかりしていない政治家ほど、実際にど
れだけあるかわからなくても連合票に頼ってしまう。こうした事情が国民
民主党結成の背後にあります」

現実に根ざしていない

玉木、大塚両氏を見ていると不思議な気持ちになる。両氏共に優れた頭脳
の持ち主なのに、政治家としてはなぜこんなに定まらない存在なのか。玉
木氏は東大法学部からハーバードの大学院で学んだ。財務省ではエリート
コースの主計局で、主査を最後に、政界に転じた。

大塚氏は早稲田で博士号を取り、日銀に奉じたエリートだ。人間的に嫌味
は全く無い。玉木氏とは異なり、語り口も穏やかだ。

エリートでしかも若い世代の両氏が並んで新党構想を披露しても、一筋の
光さえも感じさせないのはなぜか。両氏の周りにさえ、財務省出身者と日
銀出身者の組み合わせから、政治を統べる能力など生まれるものかと侮る
声がある。しかし、政治史を振り返れば、岸信介の後任は大蔵事務次官を
務めた池田勇人だった。池田から始まる宏池会政治を私は評価しないが、
財務省や日銀出身ゆえに希望が持てないというわけではない。玉木、大塚
両氏に期待できないのは、安全保障、福祉、加計学園に関わる岩盤規制、
憲法改正などおよそ全てにおいて、両氏の議論が現実に根ざしていないか
らである。理念先行の、頭の中での空回りなのだ。

両氏の議論で私が本当に驚いた発言があった。今年1月17日、BSフジの
「プライムニュース」でのそれである。時間にしてみればごく短い発言
だったが、私はこれを聞いて、この人たちのような政治家は真っ平御免だ
と、心底、思ったものだ。以下に再現してみよう。

大塚:あのぜひプライムでもキャンペーン張っていただきたいことがあり
ましてね

反町理キャスター(以下反町):何ですか

大塚:それは憲法改正はね、最後は国民の皆さんが国民投票でお決めにな
ることなので……(後略)

最終的に国民が決めるというのは正論である。だが、氏は続いて次のよう
に語ったのだ。

大塚:ところが、もし国民投票を逐条でやらずに安倍さんお得意のパッ
ケージでマルペケ付けさせられたら、これはね、かなりあのまずいことに
なるし、これは私も厳しく……

反町:あ、そうか。そこはまだルールが決まってないんでしたっけ

玉木:いやあの、国民投票法上は基本的には……

反町:(かぶせるように)ひとつひとつのはずですよね

玉木:あのー……ひとつひとつ……やることが一応、義務づけられていたと思
いますが、ただ、ちょっと、詳細、いま私も忘れてしまったのですが……

大塚:あのー、そこは、確認、しますが、そのとにかくね、逐条であればね

「旧社会党のようになる」

このあと議論は他のテーマに移ったが、傍線(斜体)部分に注目していた
だきたい。どう考えても大塚氏も玉木氏も、憲法改正は「パッケージ」で
などできないということを知らなかった、或いは極めてあやふやな理解
だったとしか思えない。

憲法改正に関しては、第一次安倍内閣で国民投票法が成立し、国会法が改
められた。国会法第六章の二「日本国憲法の改正の発議」の第六十八条の
三に「区分発議」がある。それは、「前条の憲法改正原案の発議に当たっ
ては、内容において関連する事項ごとに区分して行うものとする」と定め
ている。

つまり、項目毎の改正しかできないのである。だからこそ、自民党の改正
案は4項目に絞られているのではないか。野党第一党としての民進党は党
としての改正案もまとめられなかった。右から左まで意見が分かれすぎて
いて政党としてまとまりきれなかったことに加えて、玉木、大塚両氏に見
られるように改正の手続きさえ、よく理解していない、つまり真剣に取り
組むことがなかったという結果ではないのか。

国会法改正から約10年、一括して憲法全体を改正できるとでも思っていた
のか。この数年、憲法改正は日本国にとっての重要課題であり続けてき
た。賛成でも反対でも、その基本ルールも知らずに議論する政治家の主張
や理屈など、信じられるものだろうか。

これ程不見識な彼らの近未来を、長島氏が厳しく語った。

「国民民主党が求心力を高められるとは思いません。行き詰まって、結局
枝野さんの立憲民主党に吸収される人々がふえると思います。そのとき彼
らは旧社会党のようになるのではないでしょうか」

私もそんな気がしてならない。
『週刊新潮』 2018年5月17日号 v 日本ルネッサンス 第802回

2018年05月17日

◆平和憲法重視の宏池会の外交方針では

櫻井よしこ



「平和憲法重視の宏池会の外交方針では国際政治の大きな変化に対応で
きない」

米朝関係を背後から操るのは中国である。米中関係の中で翻弄されるのは
韓国である。米中韓朝の四カ国が狙うのは日本国の財布である。他方、日
本は北朝鮮の核やミサイル問題も、そして拉致問題も解決しなくてはなら
ない。日本がどの国よりもしっかりと足場を固めるべき理由である。

国際政治の力学が大きく変化するとき、何よりも重要なのは世界全体を見
渡す地政学の視点だ。150年前の明治維新でわが国は大半のアジア諸国と
異なり、辛うじて列強諸国の植民地にされずに済んだ。当時の人々が、わ
が国に足らざるものは経済力と軍事力だと認識し、富国強兵の国家目標を
よく理解し、あらゆる意味で国力強化に力を尽くしたからだ。

しかし、もうひとつ大事な要因があったことを、シンクタンク「国家基本
問題研究所」副理事長の田久保忠衛氏は強調する。

「ペリーが来航した1853年にクリミア戦争が始まり、ロシアと英仏がオス
マン帝国を巻き込んで世界規模の戦いを繰り返しました。8年後、米国で
南北戦争が勃発、日本を窺うペリーらの脳裡には祖国の危機がよぎったは
ずです。明治維新の大業はこのような外圧の弱まりにも扶けられてなされ
たと思います」

政府と国民の意識の高まりと、外圧の弱まりの中で、150年前、日本国は
辛うじて国難を切り抜けた。

現在はどうか。中国の野心的な動きに明らかなように外的脅威が弱まる気
配は全く無い。国民、そして多くの政党にも、危機意識が高まっていると
は思えず、これこそ最大の危機だ。外的内的要因の双方から、現在の危機
はかつてのそれより尚、深刻である。

そう考えていたら宏池会が決意表明した。「宏池会が見据える未来 より
よきバランスをめざして」と題された提言を見て心底驚いた。安倍政権の
下で5年間も外相を務めた岸田文雄氏が長を務めるその派閥の提言がこれ
なのか。岸田氏が外相として展開した日本国の外交と、宏池会が見据える
未来は全く違うではないか。このギャップは何なのか。

宏池会の政策には三つの重要な柱が書かれている。(1)トップダウンか
らボトムアップへ、(2)対症療法から持続可能性へ、(3)自律した個
人、個性、多様性を尊重する社会へ、である。

また「K-WISH」として、Kind、Warm、Inclusive、Sustainable、humaneの
5つの英単語が掲げられた。日本国の総理を目指そうと言う政治家がな
ぜ、自分の思いを英単語の羅列で表現するのか、理解できない。

加えて、「Humaneな外交」の項には「平和憲法・日米同盟・自衛隊の3本
柱で平和を創る」と明記されている。だが、平和憲法の欠陥ゆえに、日本
は国際社会で苦労している。

宏池会の一員である小野寺五典防衛相は、私の尊敬する政治家の1人であ
る。防衛相として米国のみならず各国の軍事や安全保障に関連する実態を
知悉する氏にとって、日報問題に関する日本の国会論議のおかしさは、身
に沁みるものがあるはずだ。それはひとえに「平和憲法」と呼ばれる現行
憲法の虚構と欺瞞に満ちた立てつけゆえであろう。

また平和憲法では日本を守れず、日米同盟も維持できにくいことを、米国
政府首脳、とりわけ軍事専門家との対話で誰よりもよく理解しているの
が、防衛相の小野寺氏であろうに。
 
宏池会の3大課題の筆頭に「トップダウンからボトムアップへ」がある。
安倍氏の力強い「政治主導」の逆を行こうというのであろうか。安倍政権
打倒の政局に入ったのか。だとしても、宏池会の平和憲法路線ではこれか
らの国際社会の荒波は決して乗り越えられないだろうと思うがどうか。

『週刊ダイヤモンド』 2018年5月12日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 Number 1230

2018年05月16日

◆米国が求める形の非核化目指す北朝鮮問題

櫻井よしこ



「米国が求める形の非核化目指す北朝鮮問題 「リビア方式」による
解決可能性を示唆か」

4月17日の日米首脳会談で、ドナルド・トランプ米大統領は安倍晋三首相
に、「極めて高いレベルで北朝鮮と直接対話している」と語り、その後記
者団が「金正恩氏と直接話しているのか」と問うと、「イエス」と答え
た。マイク・ポンペオ中央情報局(CIA)長官が3月30日から4月1日の
復活祭の連休を利用して訪朝したのだという。

いま米国の対北朝鮮外交はトランプ氏の意向を汲むポンペオ氏に加えて、
国家安全保障問題担当大統領補佐官のジョン・ボルトン氏が軸となって構
築されている。3氏共に、非核化の話し合いが失敗すれば、軍事オプショ
ンもあり得るとの考え方だ。

ポンペオ氏は正恩氏と話し合いをした後の4月12日、上院外交委員会で行
われた国務長官への指名承認公聴会で、正恩体制の転換は考えていないと
明言すると同時に、非核化に関して、「見返りを与える前に恒久的かつ不
可逆的な成果を得ることを確実にする」と述べた。

米国側の一連の動きは北朝鮮問題が「リビア方式」による解決に向かう可
能性を示唆するのではないか。

これはリビアの最高指導者、カダフィ大佐が選んだ非核化の道である。カ
ダフィ氏は秘密裏に大量破壊兵器の製造を進めていたが、2003年12月にイ
ラクのサダム・フセイン元大統領が地中に潜んでいたところを米軍に拘束
されたのを見て、震え上がった。カダフィ氏はその3日後に大量破壊兵器
を放棄する意思を世界に宣言した。

CIAと英国の秘密情報組織、MI6の要員を含む専門家集団がリビア入
りし、核兵器、核製造に必要な関連物資、核運搬用のミサイル、製造施
設、一連の計画に関する書類など全てを押収、化学物質はリビア国内で米
英作業部隊の監視の下で破壊され、書類は全て国外に持ち出された。

カダフィ氏は全てを受け入れて生き延びた。但し、彼は10年にチュニジア
でいわゆる中東の春と呼ばれる民主化運動が始まり、その広がりの中で11
年に群衆に殺害された。

正恩氏が核を放棄すれば、カダフィ氏やフセイン氏のように命を奪われる
という言説があるが、右の2つのケースが伝えているのは全く別の教訓で
はないか。フセイン氏は核兵器を持っていなかったが持っている振りをし
て査察を拒否し、米軍に殺害された。カダフィ氏は核兵器製造を明らかに
し、査察を受け入れ、8年間生き延びた。氏を殺害したのは前述したよう
に、リビアの国民であり、それはカダフィ一族による専制恐怖政治が招い
た結果だ。

2人の指導者の異なる運命を正恩氏が把握すれば、どちらを選べば氏の命
脈が守られるかわかるはずだ。

トランプ氏は安倍首相との共同記者会見でも「成果が期待できなければ米
朝首脳会談は実現しない。会談が実現しても実りがなければ退席する」と
語っている。正恩氏に圧力をかけ続け、米国の求める形の非核化実現を促
しているのだ。

安倍首相とトランプ氏は19日午前の共同記者会見で拉致問題についても
語った。トランプ氏は拉致被害者について、「日本に帰れることを大事に
考えている。私はこのことをシンゾーに約束した」と語った。救う会会長
の西岡力氏は語る。

「CIAは北朝鮮の情報当局にも接触しており、拉致被害者についても語
り合っていると思われます。その中で拉致被害者生存情報を得ているので
はないでしょうか。その上で拉致被害者の帰国に言及しているのです。勿
論、甘い期待はできませんが、拉致問題解決に向けてよい兆しだと思います」

国際政治は動いている。多くの日本人の命と運命がかかっている。国とし
てどう動くべきか、正念場である。日本の国会はもっとこうした大事な問
題に向き合うべきだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年4月28日・5月5日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1229