2017年12月06日

◆731部隊を巡る中国の対日歴史復讐戦

櫻井よしこ

「731部隊を巡る中国の対日歴史復讐戦 事実の歪曲・捏造阻止へ解明を」

米国と中国の大きな相違は民主主義体制か専制独裁体制かとの点にとどま
らない。米国は呑み込まない国、中国は呑み込む国である。米国は自国の
広大な国土に満足しており、それ以上に植民地や国土を拡張しようとは考
えていない。中国はすでに広大な土地を手に入れているにもかかわらず、
これからも他国の領土領海を奪い膨張しようとする国である。

もうひとつ大事なのは、米国は歴史を乗り越えようとする国、中国は歴史
を恨み復讐する国だということである。

他国の土地を奪う点についての米中の相違は、米国が植民地だったフィリ
ピンの独立を認め、沖縄をわが国に返還したのに対し、中国はチベット、
モンゴル、ウイグルの三民族から奪った国土は絶対に返さないことだ。3
民族の国土は現在の中華人民共和国の60%に当たる。加えて中国は現在も
インド、ブータン、北朝鮮、台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシア、
インドネシア、日本などの国土を自国領だとして奪い取りつつある。

歴史への向き合い方も米中ではおよそ正反対だ。まず私たちはさまざまな
想いを込めてバラク・オバマ前米大統領と安倍晋三首相の広島、及びパー
ルハーバー訪問を想い出すことができるだろう。他方中国は、アヘン戦争
以来、帝国主義諸国に奪われ続けたという視点に立ち、中華民族の偉大な
る復興として、「失ったもの」を取り戻す作業にとりかかっている。

その根底をなすのが復讐の想いであり、それを可能にするのが中国共産党
の指導力という位置づけだ。前置きが長くなったが、その結果何が起きて
いるかが、今回の当欄で指摘したいことだ。

対日歴史復讐戦として仰天する非難がまたもや言い立てられ始めた。「中
国日報」(China Daily)が11月13日付で、旧日本軍の731部隊が少なくとも
3000人の中国人を人体実験して殺害し、30万人以上の中国人を生物兵器で
殺害したと報じたのだ。

また30万人か。「南京大虐殺」の犠牲者30万人は多くの研究によって虚構
であることが明らかにされている。慰安婦30万人を旧日本軍が殺害したと
いうことも、絶対にあり得ない。だが、中国共産党は右の2つの「30万人
被害説」を、国を挙げて主張し、世界に広めてきた。いままた、対日歴史
復讐戦として731部隊の犠牲者30万人説が持ち出された。

中国日報は、黒龍江省のハルビン社会科学院の研究者四人が米国立公文書
館、議会図書館、スタンフォード大学フーバー研究室で2300頁に上る資料
を発見したと報じている。

4人のうちの1人、リュウ・リュージア氏(女性)は「細菌戦における731
部隊と軍の密接な関係を示す研究資料が大量に含まれている。資料には多
くの英語による書き込みがある。誰が何を意味して書いたのかはこれから
の研究だ」と語っている。

リュウ氏は同僚たちとこれまで7年を費やして資料を集めたそうだ。その
結論として30万人が731部隊に殺害されたと主張するわけだ。

731部隊に関する資料の多くは戦後米国に持ち去られた。日本で発表され
た衝撃的な報告として日本共産党などが盛んに取り上げた森村誠一氏の
『悪魔の飽食』が想い出される。

30万人説を早くも打ち出したリュウ氏らの研究は純粋な歴史研究というよ
り対日歴史復讐戦の一環と見るべきだろう。中華民族の偉大なる復興を目
指す習近平主席は自身の体制維持のために、進んで日本を貶める。当然、
731部隊に関しても事実の歪曲や捏造が起きるだろう。それを防ぐには、
日本人にとって触れられたくないテーマだとしても、研究を進め事実の全
容を明らかにすることが必要だ。

このようなことにこそ、外務省に与えた歴史の事実発信のための500億円
を活用することが大事である。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1209 

2017年12月05日

◆731部隊を巡る中国の対日歴史復讐戦

櫻井よしこ

「731部隊を巡る中国の対日歴史復讐戦 事実の歪曲・捏造阻止へ全容
の解明を」

米国と中国の大きな相違は民主主義体制か専制独裁体制かとの点にとどま
らない。米国は呑み込まない国、中国は呑み込む国である。米国は自国の
広大な国土に満足しており、それ以上に植民地や国土を拡張しようとは考
えていない。中国はすでに広大な土地を手に入れているにもかかわらず、
これからも他国の領土領海を奪い膨張しようとする国である。

もうひとつ大事なのは、米国は歴史を乗り越えようとする国、中国は歴史
を恨み復讐する国だということである。

他国の土地を奪う点についての米中の相違は、米国が植民地だったフィリ
ピンの独立を認め、沖縄をわが国に返還したのに対し、中国はチベット、
モンゴル、ウイグルの三民族から奪った国土は絶対に返さないことだ。

3民族の国土は現在の中華人民共和国の60%に当たる。加えて中国は現在
もインド、ブータン、北朝鮮、台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシ
ア、インドネシア、日本などの国土を自国領だとして奪い取りつつある。

歴史への向き合い方も米中ではおよそ正反対だ。まず私たちはさまざまな
想いを込めてバラク・オバマ前米大統領と安倍晋三首相の広島、及びパー
ルハーバー訪問を想い出すことができるだろう。

他方中国は、アヘン戦争以来、帝国主義諸国に奪われ続けたという視点に
立ち、中華民族の偉大なる復興として、「失ったもの」を取り戻す作業に
とりかかっている。その根底をなすのが復讐の想いであり、それを可能に
するのが中国共産党の指導力という位置づけだ。前置きが長くなったが、
その結果何が起きているかが、今回の当欄で指摘したいことだ。

対日歴史復讐戦として仰天する非難がまたもや言い立てられ始めた。「中
国日報」(China Daily)が11月13日付で、旧日本軍の731部隊が少なくとも
3000人の中国人を人体実験して殺害し、30万人以上の中国人を生物兵器で
殺害したと報じたのだ。

また30万人か。「南京大虐殺」の犠牲者30万人は多くの研究によって虚構
であることが明らかにされている。慰安婦30万人を旧日本軍が殺害したと
いうことも、絶対にあり得ない。だが、中国共産党は右の2つの「30万人
被害説」を、国を挙げて主張し、世界に広めてきた。いままた、対日歴史
復讐戦として731部隊の犠牲者30万人説が持ち出された。

中国日報は、黒龍江省のハルビン社会科学院の研究者四人が米国立公文書
館、議会図書館、スタンフォード大学フーバー研究室で2300頁に上る資料
を発見したと報じている。

4人のうちの1人、リュウ・リュージア氏(女性)は「細菌戦における731
部隊と軍の密接な関係を示す研究資料が大量に含まれている。資料には多
くの英語による書き込みがある。誰が何を意味して書いたのかはこれから
の研究だ」と語っている。

リュウ氏は同僚たちとこれまで7年を費やして資料を集めたそうだ。その
結論として30万人が731部隊に殺害されたと主張するわけだ。

731部隊に関する資料の多くは戦後米国に持ち去られた。日本で発表され
た衝撃的な報告として日本共産党などが盛んに取り上げた森村誠一氏の
『悪魔の飽食』が想い出される。

30万人説を早くも打ち出したリュウ氏らの研究は純粋な歴史研究というよ
り対日歴史復讐戦の一環と見るべきだろう。中華民族の偉大なる復興を目
指す習近平主席は自身の体制維持のために、進んで日本を貶める。当然、
731部隊に関しても事実の歪曲や捏造が起きるだろう。それを防ぐには、
日本人にとって触れられたくないテーマだとしても、研究を進め事実の全
容を明らかにすることが必要だ。

このようなことにこそ、外務省に与えた歴史の事実発信のための500億円
を活用することが大事である。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1209 

2017年12月04日

◆より大きな危機を後回しにする韓国政府

櫻井よしこ
 
「北朝鮮情勢や中国の脅威こそ重要なのにより大きな危機を後回しにす
る韓国政府」

ドナルド・トランプ米大統領歓迎の晩餐会で韓国政府が「独島エビ」を献
立に、元慰安婦をゲストに加えたのにはいささか驚いた。菅義偉官房長官
は「外国が他国の要人をどのように接遇するかについて政府としてコメン
トを差し控えるが、どうかとは思う」と語った。本当に、どうかと思う。

歴史を振りかえれば、竹島は間違いなくわが国の領土で韓国が不法に占拠
しているにすぎない。他国の領土問題には介入しないのが米国の建前だ
が、実は竹島は日本国の領土であるとの立場は共有している。

わが国は大東亜戦争で敗北、占領された。占領が終わりに近づいた昭和
26(1951)年、どの範囲を日本国の領土とするかについて連合国側は調査
に入った。米国案は主な4つの島に加えて竹島も日本の領土として認めて
いた。これがサンフランシスコ講和条約の第二条(a)である。

その内容を察知した韓国は、早速駐米大使を時のトルーマン政権の国務長
官特別顧問、ジョン・フォスター・ダレスの元に派遣し、済州島、巨文
島、鬱陵島の他に竹島(独島)と波浪島を韓国の領土としてほしい旨、要
請した。

要請を受けてさらに調査を進めたダレスは韓国政府に書簡をもって「我々
の情報によればリアンクール岩(現在の竹島)が朝鮮の領土として扱われ
たことは一度もない」として、韓国の要請を却下した。波浪島に至っては
存在を確認することもできなかった。

その時点で米国政府は、竹島は日本国の領土だとの立場に、明確に立った
のである。このままなら翌昭和27(52)年4月には日本は主権を回復し、
竹島も日本国の領土とされてしまう。焦った韓国は52年1月18日、突如、
李承晩ラインを設定し、力で竹島を奪い、韓国領に編入した。

以来、竹島は彼らに不法占拠され、今日に至る。不法占拠の海で捕獲した
エビは控えめに言っても不法捕獲である。誇りをもって国賓にお出しでき
るようなものではないだろう。

元慰安婦、李容洙氏(88歳)の晩餐会への招待は何よりも文在寅大統領の
反日歴史戦争の姿勢を示す。文氏は2015年12月の慰安婦問題の日韓合意を
「(これで)慰安婦問題が解決したというのは正しくない」と批判した。
合意を見直したいという本音が透視される発言だ。

おまけに文氏の支持勢力は皆、左翼勢力だ。慰安婦問題で反日を強める
程、彼らは満足する。そのような背景が今回の招待につながったのであろう。

ピンクの衣装の李氏はトランプ大統領に自分から手を差しのべ抱擁した。
抱擁の写真はトランプ大統領が慰安婦問題で韓国の主張に共鳴し、女性に
同情したというメッセージとしてこれから多くの場面で活用されていくだ
ろう。

晩餐会にこの女性を招くと決めた段階でこれらのことはある程度予想でき
たはずだ。提案したのは韓国側であろうが、米国側が受け入れた。慰安婦
問題で渦巻く非常に複雑な感情の中で、米国務省が韓国側の感性を受け入
れたといえるのではないか。

問題のむつかしさがここにある。誰しも元慰安婦の女性は気の毒だと同情
する。当時は公娼だった、もっと多くの日本人女性が慰安婦だったと言っ
て正面からぶつかるようなことはしたくない。たとえ真実でも、気の毒な
元慰安婦の女性という情緒の壁の前で事実は打ち砕かれる。それでも日本
側は客観的な事実については語り続け、その一方で政治問題化を避けよう
と配慮してきた。

今回、そうした努力は文政権には伝わらないことが明らかになった。だ
が、もっと大事なことは北朝鮮情勢だ。その背後の中国の脅威だ。より大
きな危機を後回しにするかのような韓国政府の視野は余りに狭く、危機の
深刻さを自覚していない。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1207 

2017年12月02日

◆キッシンジャー氏の助言か

櫻井よしこ

「米外交の敗北はキッシンジャー氏の助言か」

先の米中首脳会談を、世界の多くのメディアが「アメリカの敗北」だと断
じた。単にドナルド・トランプ大統領が習近平国家主席に敗北したのにと
どまらず、世界の大潮流が変化を遂げてゆくとの予測ばかりだ。
 
インターネット配信の「言論テレビ」で、国家基本問題研究所副理事長の
田久保忠衛氏は、トランプ氏のアジア歴訪を「大国の自殺」と表現した。

「実はこの表現はワールド・ポストに寄稿したリチャード・ヘイダリアン
氏の記事に出てきます。アメリカが孤立主義に向かい、中国が21世紀は
『アジア人のためのアジア』を基本に新しい地域秩序を形成すべき時だと
主張し始めました。

アジアからアメリカを排除する考えを公然と打ち上げた。それでもアメリ
カは対抗する戦略を打ち出し得ず、その地位は崩落しつつある。大国の自
殺が起きているというわけです」
 
トランプ氏訪中でアメリカ外交が目に見えて揺らぎ始めた理由のひとつ
に、トランプ氏に助言するヘンリー・キッシンジャー氏の存在があるので
はないか。田久保氏が語る。

「トランプ氏は米中首脳会談の後、習近平氏をベタ誉めし、中国政府の接
遇を賞賛しました。これをトランプ氏の単純さと見るか、キッシンジャー
氏の助言が功を奏したと見るか。私は後者の可能性が大きいと見ています。

中国はトランプ氏に国賓プラスアルファの手厚いもてなしをしました。
キッシンジャー氏は、中国は面子を重んじる大国であるから、特別待遇に
は素直に乗った方がいいと、トランプ氏に助言したと思います」
 
田久保氏のキッシンジャー分析は、ニクソン研究を踏まえたものであ
り、奥深い。氏の説明だ。

「ニクソンは回顧録でキッシンジャー氏をソ連問題専門家として、米ソ関
係に彼ほど精通している人物はいないと評価しているのですが、反対に中
国については何も知らないと手厳しいのです」

中国問題では素人同然
 
ニクソン氏は1971年7月、キッシンジャー氏を密使として北京に送り込ん
だ。ニクソン訪中の地ならしであり、米中接近は世界のパワーバランスを
一変させた。このことについて、ニクソン氏はこう書き残している。田久
保氏の説明だ。

「北京で毛沢東と周恩来に会うときには、それぞれどの点を詰めるべき
か、ニクソンはキッシンジャー氏に明確に指示しているのです。そのうえ
で、キッシンジャー氏は使い走り(errand)だった、とニクソンは書いて
います」
 
中国問題では素人同然で、大統領から使い走りと断じられたキッシン
ジャー氏は、しかし、国務長官の地位を退いた後、「一介のビジネスマ
ン」になった。平たく言えば、中国関係のビジネスに関わり始めたのだ。

「氏の中国ビジネスは大成功しました。巨額の利益を得たと見てよいで
しょう。国務省に在籍してアメリカ外交の責務を担うときの大目標はアメ
リカの国益です。ビジネスにおける利益追求と、政府幹部としての国益擁
護の責務は全く異なるでしょう。キッシンジャー氏の助言はビジネスにお
ける成功体験に基づいたものではないでしょうか。
 
誰も金儲けが悪いとは言わない。しかし、ビジネスにおける成功と外交
におけるそれとは自ずと異なる面がある。中国ビジネスで成功したキッシ
ンジャー氏は、恐らく外交とは異なる角度からトランプ氏に助言したので
はないか。そのように疑われること自体、よくないことです」(同)
 
トランプ大統領が中国に求めたものは北朝鮮非核化への実効的な協力と貿
易赤字解消の手立てだった。ところが、キッシンジャー氏のこれまでの発
言や論文を見ると、北朝鮮問題で最も重要なことは「米中の相互理解だ」
と繰り返している。アメリカの年来の対北政策は失敗だったが、失敗の理
由は米中が目標を摺り合わせ、作戦計画を共有できなかったからだと、
「ウォール・ストリート・ジャーナル」紙への寄稿で語っている。
 
さらに氏は、アメリカの対北先制攻撃は中国が許さない、北朝鮮がこれま
で執念を燃やして開発してきた核を諦めるということは、政治的大混乱の
中で政権交代が行われるということだとも指摘する。従って中国の本音
は、北朝鮮の核開発停止を望んでいるが、それによって生じる中国国内へ
の影響と、北東アジア情勢の混乱を、最も恐れているのだと強調している。
 
要は、中国がどれだけ北朝鮮及び朝鮮半島全体の問題に気を配っている
かを、キッシンジャー氏は繰り返し語っているのだ。朝鮮半島問題をもっ
と中国の立場に立って考えよと、トランプ氏に言い聞かせているのである。

対日歴史戦
 
田久保氏が喝破した。

「北朝鮮問題でアメリカは中国を代理人として使うだけでよいのか。アメ
リカはカネも出さず、血も流さず、中国にやらせればよいと考えている。
それでは中国は怒るだろう。中国をもっと対等な地位に引き上げなければ
アメリカ外交は成功しないと、キッシンジャー氏は繰り返しています。ト
ランプ氏に言い聞かせているのです。それが今回、トランプ氏を通じて実
現したということでしょう」
 
田久保氏は「トランプ氏がむしろ気の毒だ」と語った。それ程、トラン
プ陣営には対中外交に関する戦略がなく、キッシンジャー氏が助言した戦
術は根本的に間違っているということだ。今回のトランプ氏のアジア歴訪
を、前出のヘイダリアン氏はこう書いた。

「アメリカの同盟諸国はアメリカの先を見て、『アメリカ後の世界』建設
に動き始めた」
 
如何にアメリカが大国としての影響力を急速に失いつつあるかが窺え
る。中国の長期戦略の前で敗北しかねないのはアメリカだけではない。わ
が国も全く同じである。中国紙の「人民日報」が、日本軍の731部隊のお
ぞましい殺人の資料をアメリカで大量に見つけたという記事を配信した。

「悪名高い日本軍の細菌部隊関連の資料、2300頁を発見」したそうだ。ア
メリカの国立公文書館などで発見したと書いているが、驚くべきはその犠
牲者が30万人に達するというのだ。「南京大虐殺」も「慰安婦強制連行」
も各々30万人の犠牲者だと彼らは主張する。今度も然り。
 
習氏は華麗なる中華民族の復興のためには、日本民族が如何に悪辣であ
るかを周知徹底させなければならないと考えているのであろう。
 
そのための対日歴史戦である。日本人の精神を打ち砕き、中国に抗えない
国に、日本をしてしまうつもりだ。一日も早く、こうしたことに気づい
て、国の根本から築き直さなければならない。いつも同じことを強調する
のだが、自国を自力で守れる国になるための憲法改正を急ぐときだ。

『週刊新潮』 2017年11月30日号 日本ルネッサンス 第780回


2017年11月29日

◆米国と対等の地位を印象づけた中国

櫻井よしこ


「米国と対等の地位を印象づけた中国 日本にとって最悪の国際環境が
到来」


 後世、ドナルド・トランプ米大統領の初のアジア歴訪は、米中の力関係逆
転の明確な始まりと位置づけられるだろう。そこに含まれている歓迎すべ
からざるメッセージは中国共産党の一党独裁が、米国の民主主義に勝利し
たということであろう。中華民族の偉大なる復興、中国の夢、一帯一路な
ど虚構を含んだ大戦略を掲げる国が、眼前の利害に拘り続けるディール
メーカーの国に勝ったということでもある。

日米両国等、民主主義でありたいと願う国々が余程自覚し力を合わせて体
制を整えていかない限り、今後の5年、10年、15年という時間枠の中で国
際社会は、21世紀型中華大帝国に組み込まれてしまいかねない。

孫子の兵法の基本は敵を知り、巧みに欺くことだ。中国側はトランプ氏と
その家族の欲するところをよく分析し、対応した。自分が尊敬されている
ところを形にして見せて貰うことに、過去のいかなる米大統領よりも拘る
性格があると、米紙「ウォールストリート・ジャーナル」が11月10日付で
書いたのがトランプ氏だ。中国側はこの特徴を巧みに利用した。それが紫
禁城の貸し切りと100年以上未使用だった劇場での京劇上演に典型的に表
れた。

トランプ氏は、中国訪問後にベトナムのダナンでアジア太平洋経済協力会
議(APEC)の首脳会議に出席し、その後ハノイに向かったのだが、ダ
ナンからハノイに向かう大統領専用機で行った随行記者団との懇談で、以
下のように語っていた。

「紫禁城のあの劇場は、今回、100年ぶりに使用されたんだ。知ってる
か? 100年間で初めて、彼らは劇場を使ったんだ。なんとすばらしい
(amazing)。我々は相互に凄い友情を築いた」

トランプ氏がどれ程喜んでいるかが伝わってくる。ちなみに氏の話し方の
特徴は、同じ内容を2回、3回と繰り返すことで、辟易する。たとえば、
「習(近平)とは非常にいい関係だ。彼らが準備した接遇は、今までにな
い最大規模のもてなしだ。今まで一度もなかったんだ。彼は『国賓待遇プ
ラス』と言った。彼は言った。『国賓待遇プラスプラス』だと。本当に凄
いことだ」という具合だ。

もう一点、中国が活用した対トランプ原則が「カネの効用」だった。28兆
円に上る大規模契約(スーパービッグディール)で、元々理念のないトラ
ンプ氏は民主、自由、人権、法治などの普遍的価値観に拘る米国の「理念
外交」を捨て去って、彼特有の商談を優先する「ディール外交」に大き
く、わかり易く転じたのである。

ではこれで中国側が得たものは何か。実に大きいと思う。まず、北朝鮮問
題では、中国が最も懸念していた米軍による攻撃が、少なくとも暫くの
間、延期されたと見てよいだろう。日本政府には今年末から来年にかけて
何が起きてもおかしくないとの見通しがあった。しかし、米中が握った
今、軍事紛争に発展する可能性は、金正恩氏が新たな核実験や今まで一度
も行っていない米国東部に到達する大陸間弾道ミサイルの実験に踏み切ら
ない限り、少なくとも、先延ばしされたと見てよいだろう。

孫娘のアラベラさんが中国語で歌う姿をトランプ氏はアイパッドで習近平
夫妻に披露したが、曲目は、「希望の田野の上で」だった。習夫人の彭麗
媛氏が1982年に歌ってスターダムに駆け上がるきっかけとなったものだ。
「満点だ」と習氏は破顔一笑した。米国がまるで教師にほめられた学生の
ように見えた場面だった。

北朝鮮対処という個別案件で「最悪の軍事衝突」を回避したうえに、世界
注視の中で中国は米国と対等の地位を印象づけ、中国の時代の到来を誇示
して見せた。米国圧倒的優位から米中対等関係への変化は、日本にとって
最悪の国際環境であることを肝に銘じたい。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月25日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1208

2017年11月27日

◆習近平皇帝に屈服、トランプ大統領

櫻井よしこ

トランプ敗れたり。

これが北京での米中首脳会談、それに続くベトナム・ダナンでのアジア太
平洋経済協力会議(APEC)におけるドナルド・トランプ、習近平両首
脳の発言を聞いての結論である。

私たちの眼前で起きているのは、米中どちらが世界のルールメーカーにな
るかの、熾烈な闘いだ。かつて東西の冷戦でアメリカはソ連に勝利した。
いま米中の闘いは米ソのそれのようにイデオロギーで割りきれる単純なも
のではない。

どれ程中国のやり方が嫌でも、どうしても切り離せない所まで相互に織り
込み合った経済関係の中に世界全体があり、しかし掲げる価値観はあくま
でも相容れないという状況下で、米中どちらが覇権を奪うかは周辺諸国に
とってこの上なく深刻な問題だ。アメリカにとっては超大国の座と国運を
賭けた闘いである。

この闘いの真の意味を理解しているのは中国側である。トランプ氏以下、
大統領に助言を与え続けていると思われるヘンリー・キッシンジャー氏も
含めて、アメリカ側はそのことについて理解が及んでいないのではない
か。従ってアメリカには大戦略がない。あるのは眼前の利害を重視する戦
術だけではないか。

中国で盛んに喧伝されているのが「中国5000年の歴史」である。中国共産
党と習政権が作り上げる新たな歴史物語は、国民を鼓舞し、中国共産党の
権威を高めるために是非必要なフィクションだ。

中国の歴史は他国の及ばない規模であるためには、5000年でなければなら
ないのである。トランプ大統領はアメリカの歴史の20倍以上も長い中国の
歴史について聞かされ、壮大な建築物や見事な歴史遺産を見せられ、さ
ぞ、印象を深めたことだろう。

国賓以上のもてなしはトランプ氏を圧倒的に魅了するためであり、紫禁城
の貸し切りも、習夫妻直々の案内も同様だったはずだ。

歯の浮くような賛辞加えて、中国が提示した28兆円に上る種々の契約は、
ディール好きで、ディールの名人と自称するトランプ氏の心を掴んだこと
だろう。確かに誰しもが驚いた金額だが、すでに始まった詳細な分析で
は、28兆円は従来の中国の対米投資を含めた累計で、その衝撃的な数字は
真水の数字ではないこと、割り引いて考えなければならないこと、種々の
契約が確約されたと考えるのも楽天的にすぎることなどが指摘され始めた。

全容の実態はまもなくわかるはずだ。しかしその前にトランプ氏は明らか
にこの額に目が眩んだ。訪中2日目の11月9日、人民大会堂での米中首脳の
共同記者会見は、両首脳の姿勢の違いと共に、トランプ氏が目眩ましをく
らったことが明らかになった場面だった。

習氏は一帯一路の経済効果と未来に及ぼす大きな影響について説き、太平
洋は米中2カ国を容れるに十分な大きさの海だと述べている。今更指摘す
る必要もないが、これは中国が年来求めてきた大戦略、「新型大国関係」
と「太平洋分割統治論」の繰り返しである。中国側はあくまでも米中で世
界を仕切る体制を作りたいのだ。その先に、中華民族が世界の諸民族の中
にそびえ立つ日を目指していると、習氏は先の共産党大会で述べている。

記者会見で習氏は、両国は双方の国からの亡命者の避難の地となってはな
らないという点で一致したとも述べた。これは、中国の民主化を求める
人々、民主化運動に参加した結果、中国にいられなくなり、アメリカに逃
れた人々にとっては深刻な合意だ。アメリカが思想信条の自由を守る砦と
しての役割、亡命者の受け入れを拒否するのかと疑わせる。

習主席が中国の戦略に従って主張し、取るべきものを取ったと思わせる演
説をしたのに対し、トランプ大統領は習氏への賛辞に終始した印象だ。無
論、トランプ氏は北朝鮮、麻薬、経済、知的財産権などについても言及し
たが、28兆円に喜んだ結果、個々の問題には深く入らずに、サラッと通り
過ぎたという印象だ。発言の最初と最後には習氏に歯の浮くような賛辞を
贈っている。

「中国国民は自分たちが何者であるか、何を築き上げてきたかについて誇
りを抱いている。彼らはまた、あなた(習氏)のことを、非常に誇り高く
思っている」

このような賛辞の連続を聞けば、トランプ氏は本当に習氏に心酔してし
まったのかと感じさせられる。

北京からベトナムのダナンに移ってAPECで行った演説は耳を塞ぎたく
なる内容だった。ここで期待されていたのは、国際法を無視して南シナ海
をわが物顔に占拠し軍事拠点化し、ASEAN諸国に分断政策を適用し
て、彼らの抗議にまともに対処しようとしない中国に対して、アメリカが
抑止力を発揮してくれることだった。

アメリカが国際法を擁護し、法による秩序の確立を主張し、問題の解決に
武力ではなく平和裡の多国間の協議を以てし、航行の自由を守り、どの国
も安心して南シナ海で活動できるように、軍事的手段も用いて主導権を握
る決意を示すことが期待されていた。

トランプ氏のアジア歴訪直前に、ティラーソン国務長官はインド・太平洋
の平和構築について語った。日本、インド、オーストラリアと共にアメリ
カは広大なインド・太平洋圏の擁護者にならなければならないという主張
である。

危機感と戦略的思考の欠落

これは、2016年に安倍首相がアフリカ開発会議(TICAD)で提唱した
考えだ。アメリカ国務省が安倍首相の提言を取り込んだ。それをトランプ
大統領も口にした。日本国の首相の外交・戦略論をアメリカが採用したこ
とは未だかつてなかったことで、もし、トランプ政権が本気でインド・太
平洋圏構想を実現するのであれば、中国の一帯一路やアジアインフラ投資
銀行(AIIB)よりはるかにすばらしい大戦略をこちら側が構築でき
る。その意味でもトランプ氏の発言が注目された。

しかし、トランプ演説は失望以外の何物でもなかった。トランプ氏は、こ
れ以上の不公平な貿易や不条理な赤字には耐えられないなどと繰り返し、
ひたすらアメリカの利益について語ったのだ。インド・太平洋という言葉
は登場はしたが、その肉付けとなる具体策は何も示さなかった。何よりも
足下の危機である南シナ海については、その固有名詞は遂に一度も登場し
なかった。危機感と戦略的思考の欠落を示してトランプ氏の演説は行われた。

内向きになりつつあるトランプ氏とは対照的に習氏は広く門戸を開くこ
と、国際協調の重要性を指摘した。語った言葉だけを聞けば、習氏の方が
世界の指導者たる資格を備えているように思える。これ以上の皮肉はない
だろう。言葉とは裏腹の中華思想の世界に、私たちは引き込まれていって
はならないのである。

『週刊新潮』 2017年11月23日号 日本ルネッサンス 第779回

2017年11月26日

◆習近平皇帝に屈服、トランプ大統領

櫻井よしこ


トランプ敗れたり。

これが北京での米中首脳会談、それに続くベトナム・ダナンでのアジア太
平洋経済協力会議(APEC)におけるドナルド・トランプ、習近平両首
脳の発言を聞いての結論である。

私たちの眼前で起きているのは、米中どちらが世界のルールメーカーにな
るかの、熾烈な闘いだ。かつて東西の冷戦でアメリカはソ連に勝利した。
いま米中の闘いは米ソのそれのようにイデオロギーで割りきれる単純なも
のではない。

どれ程中国のやり方が嫌でも、どうしても切り離せない所まで相互に織り
込み合った経済関係の中に世界全体があり、しかし掲げる価値観はあくま
でも相容れないという状況下で、米中どちらが覇権を奪うかは周辺諸国に
とってこの上なく深刻な問題だ。アメリカにとっては超大国の座と国運を
賭けた闘いである。

この闘いの真の意味を理解しているのは中国側である。トランプ氏以下、
大統領に助言を与え続けていると思われるヘンリー・キッシンジャー氏も
含めて、アメリカ側はそのことについて理解が及んでいないのではない
か。従ってアメリカには大戦略がない。あるのは眼前の利害を重視する戦
術だけではないか。

中国で盛んに喧伝されているのが「中国5000年の歴史」である。中国共産
党と習政権が作り上げる新たな歴史物語は、国民を鼓舞し、中国共産党の
権威を高めるために是非必要なフィクションだ。中国の歴史は他国の及ば
ない規模であるためには、5000年でなければならないのである。トランプ
大統領はアメリカの歴史の20倍以上も長い中国の歴史について聞かされ、
壮大な建築物や見事な歴史遺産を見せられ、さぞ、印象を深めたことだろう。

国賓以上のもてなしはトランプ氏を圧倒的に魅了するためであり、紫禁城
の貸し切りも、習夫妻直々の案内も同様だったはずだ。

歯の浮くような賛辞

加えて、中国が提示した28兆円に上る種々の契約は、ディール好きで、
ディールの名人と自称するトランプ氏の心を掴んだことだろう。確かに誰
しもが驚いた金額だが、すでに始まった詳細な分析では、28兆円は従来の
中国の対米投資を含めた累計で、その衝撃的な数字は真水の数字ではない
こと、割り引いて考えなければならないこと、種々の契約が確約されたと
考えるのも楽天的にすぎることなどが指摘され始めた。

全容の実態はまもなくわかるはずだ。しかしその前にトランプ氏は明らか
にこの額に目が眩んだ。訪中2日目の11月9日、人民大会堂での米中首脳の
共同記者会見は、両首脳の姿勢の違いと共に、トランプ氏が目眩ましをく
らったことが明らかになった場面だった。

習氏は一帯一路の経済効果と未来に及ぼす大きな影響について説き、太平
洋は米中2カ国を容れるに十分な大きさの海だと述べている。今更指摘す
る必要もないが、これは中国が年来求めてきた大戦略、「新型大国関係」
と「太平洋分割統治論」の繰り返しである。中国側はあくまでも米中で世
界を仕切る体制を作りたいのだ。その先に、中華民族が世界の諸民族の中
にそびえ立つ日を目指していると、習氏は先の共産党大会で述べている。

記者会見で習氏は、両国は双方の国からの亡命者の避難の地となってはな
らないという点で一致したとも述べた。これは、中国の民主化を求める
人々、民主化運動に参加した結果、中国にいられなくなり、アメリカに逃
れた人々にとっては深刻な合意だ。アメリカが思想信条の自由を守る砦と
しての役割、亡命者の受け入れを拒否するのかと疑わせる。

習主席が中国の戦略に従って主張し、取るべきものを取ったと思わせる演
説をしたのに対し、トランプ大統領は習氏への賛辞に終始した印象だ。無
論、トランプ氏は北朝鮮、麻薬、経済、知的財産権などについても言及し
たが、28兆円に喜んだ結果、個々の問題には深く入らずに、サラッと通り
過ぎたという印象だ。発言の最初と最後には習氏に歯の浮くような賛辞を
贈っている。

「中国国民は自分たちが何者であるか、何を築き上げてきたかについて誇
りを抱いている。彼らはまた、あなた(習氏)のことを、非常に誇り高く
思っている」

このような賛辞の連続を聞けば、トランプ氏は本当に習氏に心酔してし
まったのかと感じさせられる。

北京からベトナムのダナンに移ってAPECで行った演説は耳を塞ぎたく
なる内容だった。ここで期待されていたのは、国際法を無視して南シナ海
をわが物顔に占拠し軍事拠点化し、ASEAN諸国に分断政策を適用し
て、彼らの抗議にまともに対処しようとしない中国に対して、アメリカが
抑止力を発揮してくれることだった。アメリカが国際法を擁護し、法によ
る秩序の確立を主張し、問題の解決に武力ではなく平和裡の多国間の協議
を以てし、航行の自由を守り、どの国も安心して南シナ海で活動できるよ
うに、軍事的手段も用いて主導権を握る決意を示すことが期待されていた。

トランプ氏のアジア歴訪直前に、ティラーソン国務長官はインド・太平洋
の平和構築について語った。日本、インド、オーストラリアと共にアメリ
カは広大なインド・太平洋圏の擁護者にならなければならないという主張
である。

危機感と戦略的思考の欠落

これは、2016年に安倍首相がアフリカ開発会議(TICAD)で提唱した
考えだ。アメリカ国務省が安倍首相の提言を取り込んだ。それをトランプ
大統領も口にした。日本国の首相の外交・戦略論をアメリカが採用したこ
とは未だかつてなかったことで、もし、トランプ政権が本気でインド・太
平洋圏構想を実現するのであれば、中国の一帯一路やアジアインフラ投資
銀行(AIIB)よりはるかにすばらしい大戦略をこちら側が構築でき
る。その意味でもトランプ氏の発言が注目された。

しかし、トランプ演説は失望以外の何物でもなかった。トランプ氏は、こ
れ以上の不公平な貿易や不条理な赤字には耐えられないなどと繰り返し、
ひたすらアメリカの利益について語ったのだ。インド・太平洋という言葉
は登場はしたが、その肉付けとなる具体策は何も示さなかった。何よりも
足下の危機である南シナ海については、その固有名詞は遂に一度も登場し
なかった。危機感と戦略的思考の欠落を示してトランプ氏の演説は行われた。

内向きになりつつあるトランプ氏とは対照的に習氏は広く門戸を開くこ
と、国際協調の重要性を指摘した。語った言葉だけを聞けば、習氏の方が
世界の指導者たる資格を備えているように思える。これ以上の皮肉はない
だろう。言葉とは裏腹の中華思想の世界に、私たちは引き込まれていって
はならないのである。

『週刊新潮』 2017年11月23日号 日本ルネッサンス 第779回

2017年11月23日

◆北朝鮮情勢や中国の脅威こそ 

櫻井よしこ


「北朝鮮情勢や中国の脅威こそ重要なのにより大きな危機を後回しにす
る韓国政府」

ドナルド・トランプ米大統領歓迎の晩餐会で韓国政府が「独島エビ」を献
立に、元慰安婦をゲストに加えたのにはいささか驚いた。菅義偉官房長官
は、「外国が他国の要人をどのように接遇するかについて政府としてコメ
ントを差し控えるが、どうかとは思う」と語った。本当に、どうかと思う。

歴史を振りかえれば、竹島は間違いなくわが国の領土で韓国が不法に占拠
しているにすぎない。他国の領土問題には介入しないのが米国の建前だ
が、実は竹島は日本国の領土であるとの立場は共有している。

わが国は大東亜戦争で敗北、占領された。占領が終わりに近づいた昭和
26(1951)年、どの範囲を日本国の領土とするかについて連合国側は調査
に入った。米国案は主な4つの島に加えて竹島も日本の領土として認めて
いた。これがサンフランシスコ講和条約の第2条(a)である。

その内容を察知した韓国は、早速駐米大使を時のトルーマン政権の国務長
官特別顧問、ジョン・フォスター・ダレスの元に派遣し、済州島、巨文
島、鬱陵島の他に竹島(独島)と波浪島を韓国の領土としてほしい旨、要
請した。

要請を受けてさらに調査を進めたダレスは韓国政府に書簡をもって「我々
の情報によればリアンクール岩(現在の竹島)が朝鮮の領土として扱われ
たことは一度もない」として、韓国の要請を却下した。波浪島に至っては
存在を確認することもできなかった。

その時点で米国政府は、竹島は日本国の領土だとの立場に、明確に立った
のである。このままなら翌昭和27(52)年4月には日本は主権を回復し、
竹島も日本国の領土とされてしまう。焦った韓国は52年1月18日、突如、
李承晩ラインを設定し、力で竹島を奪い、韓国領に編入した。

以来、竹島は彼らに不法占拠され、今日に至る。不法占拠の海で捕獲した
エビは控えめに言っても不法捕獲である。誇りをもって国賓にお出しでき
るようなものではないだろう。

元慰安婦、李容洙氏(88歳)の晩餐会への招待は何よりも文在寅大統領の
反日歴史戦争の姿勢を示す。文氏は2015年12月の慰安婦問題の日韓合意を
「(これで)慰安婦問題が解決したというのは正しくない」と批判した。
合意を見直したいという本音が透視される発言だ。

おまけに文氏の支持勢力は皆、左翼勢力だ。慰安婦問題で反日を強める
程、彼らは満足する。そのような背景が今回の招待につながったのであろう。

ピンクの衣装の李氏はトランプ大統領に自分から手を差しのべ抱擁した。
抱擁の写真はトランプ大統領が慰安婦問題で韓国の主張に共鳴し、女性に
同情したというメッセージとしてこれから多くの場面で活用されていくだ
ろう。

晩餐会にこの女性を招くと決めた段階でこれらのことはある程度予想でき
たはずだ。提案したのは韓国側であろうが、米国側が受け入れた。慰安婦
問題で渦巻く非常に複雑な感情の中で、米国務省が韓国側の感性を受け入
れたといえるのではないか。

問題のむつかしさがここにある。誰しも元慰安婦の女性は気の毒だと同情
する。当時は公娼だった、もっと多くの日本人女性が慰安婦だったと言っ
て正面からぶつかるようなことはしたくない。たとえ真実でも、気の毒な
元慰安婦の女性という情緒の壁の前で事実は打ち砕かれる。それでも日本
側は客観的な事実については語り続け、その一方で政治問題化を避けよう
と配慮してきた。

今回、そうした努力は文政権には伝わらないことが明らかになった。だ
が、もっと大事なことは北朝鮮情勢だ。その背後の中国の脅威だ。より大
きな危機を後回しにするかのような韓国政府の視野は余りに狭く、危機の
深刻さを自覚していない。

週刊ダイヤモンド』 2017年11月18日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1207 

2017年11月19日

◆「偉大なる指導者」の地位目指す習近平

    櫻井よしこ


「偉大なる指導者」の地位目指す習近平 厄介な中国との対峙に向けて憲
法改正を

中国共産党第19回全国代表大会での習近平国家主席の演説を日本語訳で読
んだ。「中華民族は世界の民族の中にそびえ立つ」などの表現をはじめ、
国民の愛国・民族感情に訴えつつ、世界にそびえ立つ超大国を目指してい
ることがどの文節からも伝わってくる。習氏が謳い上げた中国の本質は、
中国は呑み込む国だということだ。周辺諸国は中国と関わることで呑み込
まれてしまう。

習氏は演説冒頭で「小康社会」を実現し、「中華民族の偉大な復興という
夢を実現する」と国民に呼びかけた。

小康社会とは「経済、民主、科学、教育、文化がいっそう発展、充実し、
社会が調和的になり、人民の生活がいっそう豊かになった」社会だとい
う。その目標を2020年までに達成し、その後、30年間奮闘して新中国建国
から100周年(49年)までに「社会主義現代化国家」を築き上げるという。

社会主義現代化国家とは、中国が経済、科学技術において優れた大国の地
位を占め、国民が平等に発展し、法治国家の基本を守り、中華文化が世界
に広く影響力を行使する国だそうだ。このような方向に現在の中国が向
かっているとは思えず、習演説に溢れているのは自画自賛の美辞麗句だと
言ってよいだろう。

習氏は今年から来年が「2つの100周年の奮闘目標の歴史的合流期だ」とも
語った。中国共産党創立100周年(2021年)までに前述の小康社会を実現
し、中華人民共和国建国から100年目に社会主義現代化国家を完成させる
と言う。

偉大なる中華民族の夢を実現する柱の一つが「中国の特色ある軍隊の強
化」である。20年までに「国防・軍隊建設」を質的に高め効率化し、情報
化を進めて戦略能力を大幅に向上させ、35年までに人民解放軍をあらゆる
面で世界一流の軍隊に構築すると表明している。

国家が富み強くなることと、軍隊が強くなることは全く同じことだと、習
氏は強調し、軍人は除隊後も家族共々、権利、利益を守られる国にするそ
うだ。精神的にも軍人が社会全体から尊敬される職業にしていくとしている。

国家を担うのは、結局、人材だという認識に立ち、共産党の党幹部たるた
めの基準を定めている。たとえば「才徳兼備・徳の優先」「津々浦々・賢
者優先」「事業至上・公明正大」だ。

習氏を取り巻く幹部らを含めて、中国共産党の党員全員が不正蓄財してい
ると見るべき現在の中国社会で、徳の優先がどこまで通用するのか。果た
してそのような価値観がこれから根づいていくのか。汚職などの嫌疑をか
けられて自殺した官吏は、文化大革命の嵐が吹きすさんだときより習氏の
五年間の統治のいまの方が多い。それだけ徹底している腐敗体質の中国共
産党が変わり得るのか、見詰めていきたい点だ。

幹部養成教育と並行して行われるのが一般国民の教育である。教育の柱と
して「愛国主義、社会主義の旗印」が明記されている。中国の愛国主義は
反日主義と同義語だ。当然、日本人としては不安を覚えざるを得ない。

中国に内包されてしまった民族を含めて、周辺民族や近隣国家にとって非
常に気になるのは「人類運命共同体」や「各民族がザクロの実のように寄
り集って共に発展する」というスローガンだ。多民族の上にそびえ立つ中
華民族の下で、ザクロの実の一つのように包摂されたり、運命共同体にさ
れたりするのは真っ平だからだ。

習氏は毛沢東やケ小平(とう・しょうへい)に並ぶ「偉大なる指導者」の
地位を目指している。わが国はその習氏の中国と協力或いは対峙していか
なければならない。この厄介な国を避けることはできないのだ。であれ
ば、自民党が大勝したいま、国としての基盤を整えること、そのためにも
憲法改正が必要なのは明らかだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月4日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1205

2017年11月18日

◆めぐみさん拉致から40年、母の想い

                      櫻井よしこ

北朝鮮相手の過去20年余の交渉の歴史は常に北朝鮮の騙し勝ちに終わって
きた。拉致問題の解決も非常に厳しい。解決の可能性があるとすれば、そ
れはやはり、安倍政権下でのことだろう。

11月6日、横田早紀江さんら拉致被害者10家族17人の皆さんがドナルド・
トランプ大統領と面会した。同日の夕方、早紀江さんと電話で語った。彼
女の声がかすれている。

「主人がいまデイ・ケアから戻ってきました。ソファで一休みしてもらっ
ています。私も大統領や総理とお会いして先程戻ったばかりです」

めぐみさんがいなくなって来週で40年になる。北朝鮮による拉致が判明
し、家族会を結成してから20年だ。13歳のめぐみさんが53歳になり、早紀
江さんも滋さんも年を重ねた。長い年月の余りにも多くの悲しみや絶望、
怒りや祈りが、横田さん夫妻の健康に影を落とす。そうした中、早紀江さ
んは同日、トランプ大統領に伝えたという。

「国連で拉致問題を取り上げ世界中に発信して下さったことに本当に驚
き、感謝したこと、ご多忙の中で私たち家族にお会い下さって心からお礼
を言いたかったことを話しました。1人1分が目途でしたので、私はその2
点を申し上げました」

トランプ夫妻も安倍晋三夫妻も、非常に近い距離で車座になるような形で
話を聞いてくれたそうだ。トランプ大統領はめぐみさんの弟の拓也さんが
持っていた写真を手に取り、メラニア夫人と共にずっと見入っていたという。

早紀江さんの次に曽我ひとみさんが今も行方の知れない母のミヨシさんに
ついて語ったが、拉致被害者本人の話をアメリカの大統領が聞くのは初め
てのはずだ。

「トランプさんはテレビで見るような猛々しいイメージの人では全くあり
ませんでした。むしろ、とてもあたたかい、家族想いの人だと感じまし
た。大統領も夫人も大きくて、152センチの私はまるで小人のように感じ
ました」

「北朝鮮は悪魔の国」

語る早紀江さんは、これまで3人のアメリカの現職大統領に会っている。
ブッシュ、オバマ、そして今回のトランプの各大統領だ。ブッシュ大統領
にはホワイトハウスに招かれた。明るい性格で、早紀江さんを「マム」と
呼び肩を抱き寄せた。

オバマ大統領とは東京の迎賓館で会った。仲々姿を見せず会談は遅れて始
まったが、オバマ氏は最後まで立ちっ放しで語った。冷静で感情を表に出
さないという印象を残した。

トランプ大統領はそうした中、国連でのスピーチで拉致問題に言及するな
ど、これまでよりも心情的に多くを共有してくれている印象だ。

「めぐみちゃんの拉致からここまで必死で来ましたが、長い道のりです
ね。北朝鮮は悪魔の国です。向こうの国民も可哀想です。私は何十年も同
じことを訴えてきました。最初は聞いてもらえませんでしたが、今、アメ
リカの大統領も耳を傾け、世界に発信して下さる。北朝鮮の異様な在り方
も世界の前に、明らかになってきました。この40年は信じ難い程、長かっ
たのですが、ここまで来るのに40年が必要だったということでしょうか」

早紀江さんは自身の人生を宿命だと受けとめているという。めぐみさんの
人生も同じく宿命だと早紀江さんは考える。そのうえで大変な人生だと、
深い息を吐くように語った。

早紀江さんも他の家族の皆さんも、トランプ大統領には肉親を奪われた一
人の家族としての思いを伝えたという。この点について、20年間拉致問題
に関わり続けてきた「救う会」会長の西岡力氏が語った。

「アメリカの圧力は日本にとって大きな支援ですが、家族の皆さんはよく
理解しているのです。拉致問題はアメリカの問題ではなく、あくまでも日
本の問題だということを。従って、大統領には拉致問題の深刻さを聞いて
もらうのがよいのであり、アメリカ政府に何かしてほしいと頼むのは筋違
いだと、皆さん認識していました。その意味では、家族の皆さん方は本当
に立派な大人であり、立派な日本人です」

これまでアメリカの大統領が家族に会うとき、日程はギリギリまで発表さ
れず、家族も待たされた。だが、今回は対照的だった。大統領の正式日程
に、安倍晋三首相主催の家族との面会の席に参加すると明記されていた。
家族との面会が、自衛隊や在日米軍と会うのと同列の公式行事になったの
だ。これだけで北朝鮮には大きな圧力となる。再び西岡氏が語る。

「このように正式な形で家族の話を聞こうという気持にトランプ大統領が
なった。そういう気持に安倍首相がトランプ大統領をさせた。これは大変
なことです。これで、たとえば追い詰められた金正恩が、或いは金正恩を
除去した次の政権が、核よりも拉致を先に解決したいと言ってきたとき、
日本政府は核解決の前に拉致解決で動くことができます」

日本独自の制裁

これまでは核が解決されていないのに拉致問題で日本が動けば、アメリカ
は日本が裏切ったと疑う可能性があった。だが、ここまで大統領に家族の
声を聞いてもらえば、そのようには考えないだろうというのだ。

加えて、日本が北朝鮮の核問題でアメリカの意図に反する行動をとること
は、理性的に考えればあり得ない。北朝鮮の核は、アメリカ以前に日本に
とってより深刻な脅威であるからだ。

これから嵐が吹き荒れるかもしれない北朝鮮問題で、拉致解決につながる
どんな細い道筋も、日本政府は逃すことはできない。安倍首相はその細い
ひと筋の、解決への道をたぐり寄せるためにアメリカをはじめとする国際
社会を動かして強い圧力をかけ、金正恩氏が命乞いをしてくるところまで
追い詰めようとしてきた。

こう書くと、朝日新聞などは、即、「もっと北朝鮮と話し合うべきだ」と
主張するのであろう。だが、昨年9月に安倍首相が国連で行った演説を読
んでみることだ。90年代前半以降、今日まで、日本のみならず世界が北朝
鮮に騙されてきたことを、具体的にきちんと説明している。首相の、事実
を踏まえた説得に、世界が納得して制裁を科したのだ。

6か国協議などで、北朝鮮の言葉を信じて資金や石油を渡してきた。その
結果、94年段階で核も弾道ミサイルもなかった北朝鮮がいま、水爆と
ICBMを手にしようとしている。であれば、解決の道はもはや話し合い
ではなく、圧力で北朝鮮に悟らせるしかない。

自身の命を守るには核とミサイルを諦め、拉致被害者を日本に戻すしかな
いと、金正恩氏に悟らせるところまで追い詰めることが必要なのだ。安倍
首相は6日、北朝鮮の35団体・個人を特定して資産凍結するという、日本
独自の制裁を加えることにした。それがめぐみさんたちを救う道だと思う。

『週刊新潮』 2017年11月16日号 日本ルネッサンス 第778回

2017年11月17日

◆北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き

                       櫻井よしこ

「北朝鮮危機の先に待ち受ける悪夢の筋書き 中国支配の朝鮮半島へ守り
方問われる日本」

朝鮮半島問題でいつも深い示唆を与えてくれる「統一日報」論説主幹の洪
熒(ホン・ヒョン)氏がこのところ頻りに繰り返す。

「韓国も北朝鮮もレジームチェンジが必要だ」と。

北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長がその国民を幸せにせず、周辺諸国に重
大な危機をもたらしていることから考えれば、北朝鮮のレジームチェンジ
に多くの反対はないのではないか。では、韓国の文在寅政権の場合はどう
か。洪氏が語る。

「文氏では大韓民国は消滅します。韓米同盟もなくなります。結果とし
て、朝鮮半島は中国が握る。そんな世界にしないために、レジームチェン
ジが必要なのです」

北朝鮮有事が目前に迫っている。11月中旬以降は何が起きても驚かない。
明らかなのは、トランプ米大統領が金氏の斬首作戦をひとつの柱として軍
事作戦の準備を進めつつあることだ。

軍事攻撃よりも話し合い路線での解決を目指しているティラーソン国務長
官は10月15日、「最初の爆弾が落とされるまで外交交渉を諦めない」と
語った。交渉にかける熱意と共に、軍事行動に出るというトランプ大統領
の決定は動かないことを強く示唆した言葉だった。

ティラーソン氏の努力が奏効して、最後の最後で金氏が核を放棄すれば軍
事攻撃は回避できる。だがそうでない場合、洪氏の懸念が実現しかねない。

朝鮮半島問題の専門家で国家基本問題研究所の西岡力氏が説明した。

「米国の北朝鮮攻撃は海軍と空軍による攻撃に限定されると思われます。
トランプ大統領は決して米陸軍を投入しない。米軍も韓国の陸軍で北朝鮮
は十分、片づけられると見ています。問題は文大統領です。彼が出動を拒
否する可能性があります」

文氏の政治姿勢は徹底した親北朝鮮である。国連安全保障理事会は9月11
日、全会一致で対北朝鮮でこれまでになく強い経済制裁を採決した。だ
が、10日後の21日、文政権は北朝鮮に計800万ドル(約8億9000万円)を支
援すると発表して顰蹙を買った。文氏の真の祖国は韓国ではなく北朝鮮で
はないかと思わせる。

そんな文氏であれば、対北朝鮮軍事攻撃の下命を拒否するかもしれない。
西岡氏が続けた。

「その場合は中国の人民解放軍が進軍します。米国が金氏を殺害し、核関
連施設も含めて北朝鮮の軍事施設の殆どを破壊したあと、中国が北朝鮮に
展開する。そしてそこを支配する。悪夢のような現実に私たちは向き合う
ことになるかもしれません」

中国が支配する北朝鮮も悪夢だが、もうひとつの悪夢も考えられる。文氏
が北朝鮮への進軍を拒否すれば、米韓同盟は破棄される。米軍は韓国から
撤退する。北朝鮮的体質の朝鮮半島を中国が取り、これから幾世紀も日本
と敵対する朝鮮半島が生まれるのだ。北朝鮮の核の危機の先に、新たな、
もっと深刻な危機が待ち受けていると考えなければならない。

北朝鮮有事で、わが国が最優先すべきは、拉致被害者の救出である。自衛
隊が救出に出動しなければならないのは勿論だ。

それだけでなく、本来なら、日本の未来を見据えて自由と民主主義の価値
観を共有する米韓両国と共に、自衛隊も戦うのがよい。しかし、韓国がお
かしくなり、米軍は地上戦に消極的だ。おまけに当欄でも指摘してきたよ
うに、自衛隊は憲法で縛られていて拉致被害者救出さえ儘ならない。いず
れにしても米韓両国軍と共に戦うことは不可能だ。

かといって中国に朝鮮半島を奪われてよいのか。何もしない、できない国
のままで、これからの日本を守れるのか。自ら努力しなければ守れないの
である。そのことを問うていたのが今回の選挙だ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年10月28日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1204 

2017年11月16日

◆ユネスコ巡る日本外交は

                    櫻井よしこ



「ユネスコ巡る日本外交は3連勝も中韓との歴史戦争はまだこれから」

久々にほっとするニュースだ。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国際
諮問委員会(IAC)が、中韓両国等9カ国15団体が「世界の記憶」とし
て共同申請した慰安婦資料の登録の見送りを10月31日、正式決定した。

彼らの申請資料は2744点、慰安婦を「強制連行の被害者」「性奴隷」とと
らえて日本を非難するものだ。

2年前、中国によって「南京大虐殺」が登録された。30万人もの大虐殺が
存在しなかったことは、学術的研究によってすでに明らかだ。にもかかわ
らず、中国は登録に成功した。

当時の日本の外務省もユネスコの担当省である文部科学省も寝耳に水で、
虚を突かれた隙に登録申請は進んだ。

だが非常におかしいのは、今日に至るまで、何をもって「30万人大虐殺の
記憶」とするのか。目録のみで資料が全く開示されていないことだ。

日本側の開示請求に中国側は応えない。恐らく、中国側の主張を支える資
料はないのだろう。では、なぜこんな正体不明の、「日本軍は南京で大虐
殺を行った」という大スローガンだけが、根拠も存在さえも明らかではな
い形で登録されたのか。ユネスコの「世界の記憶」登録制度に深刻な欠陥
がある、と考えて日本政府は対策に乗り出した。これが南京事件登録のあ
と、つまり2年前のことだ。

日本側は、直接南京事件や慰安婦問題に触れることなく、人類が共有すべ
き貴重な記憶が、政治的に偏ったり、利用されたりしてはならない、政治
利用されがちな案件では必ず当事国全ての意見を聞き、当事国全ての理解
が得られるまで登録しないという点を柱に主張を展開した。

働きかける対象を、ユネスコ全体を取り仕切る執行委員会に絞った。執行
委員会は日本の趣旨をよく理解し、全会一致で日本の制度改革案を決議し
て受け入れた。これが10月18日だった。執行委員会は、ユネスコの事務局
長以下、「世界の記憶」登録を直接決定するIACの上部組織である。

日本が執行委員会というユネスコのトップ組織に働きかけたのは正解だっ
たが、逆に見れば時間がない中ではその選択しかなかったとも言える。

どの申請資料が「世界の記憶」に値するのかを第一段階で審査するのは登
録小委員会だ。14人で構成されるが、全員がアーキビスト、公文書の記録
や保管の専門家であり、歴史問題についての専門性は全くない。

登録小委員会は審査の結論をIACに提出する。IACにも14人の委員が
いるが、歴史問題の専門家はおらず、議論は全て非公開である。彼らが登
録小委員会の勧告をそのまま受け入れる事例が多いため、決定的に重要な
のが登録小委員会だと言われている。

中韓両国は長年この2つの委員会に働きかけていた。彼らは反日情報の拡
散、浸透に努め、中国は南京事件登録に成功した。その間のユネスコ事務
局長はイリナ・ボコバ氏、ブルガリア出身の共産党員、名うての親中派だ。

日本は巻き返しに出たものの、次の登録までには2年しかない。登録小委
員会やIACの計28人の委員に個別に働きかける時間も人材もない。そこ
で執行委員会に的を絞った。トップでは日本の正論は受け入れられたが、
親中派の共産党員のボコバ氏が最終決定権を持つのだ。日本側は手に汗を
握る思いで見詰めていた。そして成功した。

外務省、民間の専門家、有志団体が一体となって反撃した成果である。

慰安婦資料登録の阻止、制度改革の実現、次期ユネスコ事務局長の座を中
国に与えずフランスを勝たせた。日本外交の3連勝だ。やれば出来るでは
ないか。これは、しかし、安倍晋三首相が明確な旗を立てたから可能だっ
た。政治主導の重要性と共に、中韓両国との歴史戦争はまだこれからだと
強調したい。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月11日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1206 


2017年11月15日

◆ユネスコ巡る日本外交は

                       櫻井よしこ


「ユネスコ巡る日本外交は3連勝も中韓との歴史戦争はまだこれから」

久々にほっとするニュースだ。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の国際
諮問委員会(IAC)が、中韓両国等9カ国15団体が「世界の記憶」とし
て共同申請した慰安婦資料の登録の見送りを10月31日、正式決定した。

彼らの申請資料は2744点、慰安婦を「強制連行の被害者」「性奴隷」とと
らえて日本を非難するものだ。

2年前、中国によって「南京大虐殺」が登録された。30万人もの大虐殺が
存在しなかったことは、学術的研究によってすでに明らかだ。にもかかわ
らず、中国は登録に成功した。

当時の日本の外務省もユネスコの担当省である文部科学省も寝耳に水で、
虚を突かれた隙に登録申請は進んだ。

だが非常におかしいのは、今日に至るまで、何をもって「30万人大虐殺の
記憶」とするのか。目録のみで資料が全く開示されていないことだ。

日本側の開示請求に中国側は応えない。恐らく、中国側の主張を支える資
料はないのだろう。では、なぜこんな正体不明の、「日本軍は南京で大虐
殺を行った」という大スローガンだけが、根拠も存在さえも明らかではな
い形で登録されたのか。ユネスコの「世界の記憶」登録制度に深刻な欠陥
がある、と考えて日本政府は対策に乗り出した。これが南京事件登録のあ
と、つまり2年前のことだ。

日本側は、直接南京事件や慰安婦問題に触れることなく、人類が共有すべ
き貴重な記憶が、政治的に偏ったり、利用されたりしてはならない、政治
利用されがちな案件では必ず当事国全ての意見を聞き、当事国全ての理解
が得られるまで登録しないという点を柱に主張を展開した。

働きかける対象を、ユネスコ全体を取り仕切る執行委員会に絞った。執行
委員会は日本の趣旨をよく理解し、全会一致で日本の制度改革案を決議し
て受け入れた。これが10月18日だった。執行委員会は、ユネスコの事務局
長以下、「世界の記憶」登録を直接決定するIACの上部組織である。

日本が執行委員会というユネスコのトップ組織に働きかけたのは正解だっ
たが、逆に見れば時間がない中ではその選択しかなかったとも言える。

どの申請資料が「世界の記憶」に値するのかを第一段階で審査するのは登
録小委員会だ。14人で構成されるが、全員がアーキビスト、公文書の記録
や保管の専門家であり、歴史問題についての専門性は全くない。

登録小委員会は審査の結論をIACに提出する。IACにも14人の委員が
いるが、歴史問題の専門家はおらず、議論は全て非公開である。彼らが登
録小委員会の勧告をそのまま受け入れる事例が多いため、決定的に重要な
のが登録小委員会だと言われている。

中韓両国は長年この2つの委員会に働きかけていた。彼らは反日情報の拡
散、浸透に努め、中国は南京事件登録に成功した。その間のユネスコ事務
局長はイリナ・ボコバ氏、ブルガリア出身の共産党員、名うての親中派だ。

日本は巻き返しに出たものの、次の登録までには2年しかない。登録小委
員会やIACの計28人の委員に個別に働きかける時間も人材もない。そこ
で執行委員会に的を絞った。トップでは日本の正論は受け入れられたが、
親中派の共産党員のボコバ氏が最終決定権を持つのだ。日本側は手に汗を
握る思いで見詰めていた。そして成功した。

外務省、民間の専門家、有志団体が一体となって反撃した成果である。

慰安婦資料登録の阻止、制度改革の実現、次期ユネスコ事務局長の座を中
国に与えずフランスを勝たせた。日本外交の3連勝だ。やれば出来るでは
ないか。これは、しかし、安倍晋三首相が明確な旗を立てたから可能だっ
た。政治主導の重要性と共に、中韓両国との歴史戦争はまだこれからだと
強調したい。

『週刊ダイヤモンド』 2017年11月11日
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1206