2017年05月27日

◆経済政策の具体論見えない共産党

櫻井よしこ



経済政策の具体論見えない共産党 共闘の民進党ともに描けぬ明るい展望 」
連休中に読んだ『共産主義の誤謬』(福冨健一著、中央公論新社)がため
になった。民進党が日本共産党と選挙協力を深めようとするいま、共産党
が一体どんな政策を実現しようとしているのか、知っていればきっと役に
立つ。
 
皇室については「一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現
制度は民主主義および人間の平等の原則と両立するものではない」とし
て、否定する。
 
自衛隊については「憲法9条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前
進をはかる」としている。
 
ちなみに( )内の自衛隊の解消という注釈は私がつけたのではなく、共
産党綱領に書いてあるものだ。
 
引用した皇室、自衛隊に関する記述は2004年綱領に明記された内容そのま
まだ。同綱領は現在も維持されていることから、皇室も自衛隊もいずれ廃
止する政党が共産党である。
 
では次に共産党の経済政策はどうか。福冨氏は04年綱領には経済成長のた
めのマクロ経済政策が欠落していると指摘する。経済の大枠を示すことな
く、個々の政策だけを示しても余り意味はない。ロシア経済が破綻しそう
なのも、中国経済が矛盾と問題だらけなのも明らかな中、共産党は綱領に
「旧ソ連の誤りは、絶対に再現させてはならない」と明記するが、共産党
の経済政策とは具体的には何か。
 
その前に彼らがどんな国の形を目指しているのかも知っておきたい。共産
党綱領は、日本の課題は、「資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の
社会への前進をはかる社会主義的変革」を行うことだとしている。
 
社会主義的変革とは、「主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手
に移す生産手段の社会化」だそうで、「社会主義的改革」を推進するに
は、「計画性と市場経済とを結合させた弾力的で効率的な経済運営」が重
要だと結論づけている。
 
こうした文言を読んでも、しかし、具体的な経済政策のイメージは湧いて
こない。福冨氏は「中国で行っているような改革・解放の経済運営なの
か、判然としない」と論評するが、そのとおりだ。氏は、コミンテルン
(共産主義インターナショナル)の日本支部として日本共産党が設立され
た1922年の綱領から04年の綱領まで、全部で7つの綱領(時にテーゼ、或
いは文書、などと表現される)を読んだうえで、共産党が全ての綱領で
「経済の統制を掲げている」ことを指摘する。
 
その一方で、共産党綱領には統制経済の全面的な否定や、私有財産の保障
なども明記されていて、分かりにくい。
 
04年綱領には「主要な生産手段の社会化」が、94年綱領には「大企業の生
産手段の社会化」が謳われているが、具体的にどういうことか。福冨氏
は、共産党幹部会委員長の志位和夫氏が「共産党の統一戦線の対象者」か
ら外す人として「資本金十億円以上の(企業の)役員」と語っているのを
参考に、次のように警告する。

「綱領に具体的記述はないが、仮に資本金十億円以上の企業の国有化を行
えば、株価の暴落、金利の高騰、グローバル企業の撤退、企業の国際競争
力の破綻など、日本経済は壊滅的打撃を受ける危険性がある」
 
共産党は国民に手厚い福祉を保障し、国民が主役の国を目指すと標榜す
る。こうした政策の実現にはしっかりした経済基盤が必要だ。しかし、健
全で成長する経済をどのように実現するのかという点になると、さっぱ
り、展望が見えてこないのが、共産党の問題だ。
 
世界の先進国の中で、共産主義勢力が伸びているのは日本だけだが、理
由として、そのイデオロギーに加えて共産主義経済ではうまくいかないか
らではないか。とまれ、民進党は共産党と共闘するという。私は両党の未
来に全く明るい展望を抱けないでいる。

『週刊ダイヤモンド』 2017年5月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1182

2017年05月26日

◆首相提言で改憲論の停滞を打破せよ

櫻井よしこ




停滞の極みにある憲法改正論議に5月3日、安倍晋三首相が斬り込んだ。
➀2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、➁9条1項と2
項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、➂国の基(もとい)は立派
な人材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、という内容だ。
 
それまで弛緩しきっていた憲法改正に関する政界の空気を一変させた大胆
な提言である。大災害時を想定した緊急事態条項でもなく、選挙区の合区
問題でもなく、緊急時の議員の任期の問題でもなく、まさに本丸の9条に
斬り込んだ。
 
9条1項は、平和主義の担保である。2項は「陸海空軍その他の戦力は、こ
れを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」で、軍事力の不保持、
即ち非武装を謳っている。
 
改憲派にとっても1項の維持に異論はない。むしろ1項に込められた日本
国の平和志向を積極的に強調すべきだと考える。
 
問題は2項だ。2項を維持し、如何にして軍隊としての自衛隊の存在を憲
法上正当化し得るのかという疑問は誰しもが抱くだろう。現に、民進党を
はじめ野党は早速反発した。自民党内からも異論が出た。だが、この反応
は安倍首相にとって想定内であり、むしろ歓迎すべきものだろう。
 
矛盾を含んだボールを憲法論議の土俵に直球に近い形で投げ込んだ理由
を、首相は5月1日、中曽根康弘元首相が会長を務める超党派の国会議員の
会、「新憲法制定議員同盟」で明白に語っている。

「いよいよ機は熟してきました。今求められているのは具体的な提案で
す」「政治は結果です。自民党の憲法改正草案をそのまま憲法審査会に提
案するつもりはありません。どんなに立派な案であっても衆参両院で3分
の2を形成できなければ、ただ言っているだけに終わります」
 
約15分間の挨拶で、首相が原稿から離れて繰り返したのは、どんな立派
な案でも衆参両院で3分の2を形成できなければ、ただ言っているだけ、政
治家は評論家ではない、学者でもない、立派なことを言うところに安住の
地を求めてはならない、ということだった。

首相談話を肯定
 
護憲派の評論家や学者はもとより、改憲派の保守陣営にも首相は切っ先
を突きつけている。「口先だけか。現実の政治を見ることなしに、立派な
ことを言うだけか」と。
 
この構図は、安倍首相が戦後70年談話を発表した2年前の夏を連想させ
る。あのとき、首相の歴史観を巡って保守陣営は2分された。首相の歴史
観は欧米諸国の見方であり、日本の立場を十分に反映しておらず、歴史研
究の立場から容認できないとの批判が噴き出した。その一方で、首相談話
は歴史研究の成果を披露するものではなく、中韓両国が国策として歴史問
題で日本を叩き、日本が国際政治の渦中に置かれている中で、日本の立ち
位置をどう説明し、如何にして国際世論を味方につけるかが問われている
局面で出された政治的談話だととらえて評価する見方もあった。
 
首相談話には、歴史における日本国の立場や主張を十分に打ち出している
とは思えない部分もあった。だが私は後者の立場から、談話の政治的意味
と国際社会における評価を考慮し、談話を肯定した。これと似た構図が今
回の事例にも見てとれる。
 
正しいことを言うのは無論大事だが、現実に即して結果を出せと首相は
説く。その主張は5月9日、国会でも展開された。蓮舫民進党代表が、首相
は国会ではなく読売新聞に改憲の意向を表明したとして責めたのに対し、
首相は、蓮舫氏との質疑応答が行われている予算委員会は行政府の長とし
ての考えを述べる場であり、自民党総裁としての考えを披瀝すべき場所で
はないと説明した。

蓮舫氏は納得せず、その後も憲法の本質、即ち日本が直面する尋常ならざ
る脅威、それにどう対処するかなどとは無関係の、本当につまらない質問
に終始した。
 
首相批判もよいが、民進党は党として憲法改正案をまとめることさえでき
ていない。どうするのか。この点を質されると、蓮舫氏は答えることもで
きなかった。
 
民進党だけではない。「結果を出す」次元とは程遠い政界の現状を踏まえ
て、首相が政党と政治家に問うているのは、憲法審査会ができてすでに10
年、なぜ、無為に過ごしているのかということだろう。なぜ、世界情勢の
大激変の中で、日本を変えようとしないのか、それで、国民の命、国土、
領海を守りきれるのか、ということだろう。

ポスト安倍の資格
 
自衛隊を9条に書き入れ、自立するまともな民主主義の国の形に近づけた
い。結果を出すには、加憲の公明党、教育無償化を唱える日本維新の会も
取り込みたい。蓮舫・野田執行部の下で、重要な問題になればなる程まと
まりきれない民進党の改憲派も取り込みたい。

離党はしたが長島昭久氏や、憲法改正私案を出した細野豪志、自衛隊の9
条への明記を求める前原誠司、笠浩史各氏らをはじめ、少なからぬ民進党
議員も賛成できる枠を作りたい。憲法改正の最重要事項である9条2項の削
除を封印してでも、世論の反発を回避して幅広く改憲勢力を結集したい。
そうした思いが今回の政治判断につながっているのは明らかだ。現実的に
見れば首相提言は評価せざるを得ない。
 
安倍政権下での好機を逃せば、改憲は恐らく再び遠のく。「立派なこと
を言うだけ」の立場は、この際取るべきではない。首相提言を受けて改正
論議はすでに活性化し始めた。2項と、自衛隊を規定する3項の整合性を保
つにはどんな案文にするかを大いに議論することが、いま為すべきことだ
ろう。
 
こうして改憲の第一段階をクリアしたとして、次の段階では、まさに9条2
項削除の道を切り開くべきで、その責務を担える人物が次のリーダーだ。
誰がその任に値するのか。
 
ポスト安倍を狙う一人とされている石破茂氏は、首相提言直後のテレビ番
組などで年来の議論の積み重ねを跳び越えるとして首相提案を批判した。
何年も議論ばかりしていること自体が問題なのであり、国際情勢を見れ
ば、日本に時間的余裕などないことを、石破氏は忘れていないか。氏の批
判は手続き論に拘る印象を与えるが、そんなことでは次代のリーダーたり
えないであろう。
 
世界の現実を見て、長期的視点に立って日本国憲法を改めていく覚悟が
必要だ。日本周辺の現実の厳しさと国家としての在り方を考えれば、9条2
項の削除こそが正しい道であるのは揺るがない。その地平に辿りつくま
で、あるべき憲法の実現を目指して闘い続ける責任が、政治家のみなら
ず、私たち全員にある。
『週刊新潮』 2017年5月25日号 日本ルネッサンス 第753回


2017年05月22日

◆戦後70年を経て再演された「海道東征」

櫻井よしこ



「戦後70年を経て再演された「海道東征」と根源的な自然の力宿す高千
穂の巡り合わせ 」

過日、偶然が重なって日本をお創りになった神々の世界に触れることがで
きた。感動の重なりで心が充たされる経験だった。
 
4月19日、東京で「産経新聞」主催のコンサートがあり、初めて「海道東
征(かいどうとうせい)」を聴いた。周囲の人たちに尋ねても海道東征の
ことを知っている人は多くはなかった。私とて詳しいわけでは、全くない。
 
これは昭和15年に日本建国2600年を祝って北原白秋作詞、信時(のぶと
き)潔の作曲で作られた交声曲だ。
 
しかし、日本が敗戦すると、この作品は軍国主義に結びつけられ、全く演
奏されなくなった。戦後、海道東征が再び演じられたのは、戦後70年が過
ぎた大阪でのことである。今回は、従って関東では戦後初めての演奏だ。

『古事記』は、日本国の誕生を、伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざ
なみ)の国生みから始まり、天照大御神の孫の瓊瓊杵尊(ににぎのみこ
と)が地上に降り立つ物語として伝えている。
 
神々の住む天上の世界、高天原(たかまのはら)から日向の国の高千穂
の峰に降り立った瓊瓊杵尊のひ孫の神様たちが、高千穂の山を後にし、東
に進んで大和朝廷を開いた。それが日本の皇室の始まりであり、初代天皇
が神武天皇である。海道東征はこの日本誕生、民族生成の物語を描いている。
 
海道東征を堪能した3日後、私は高千穂に出かけた。1年以上前から決
まっていた日程である。それにしてもなんという偶然だろうか。朝一番の
便で熊本空港に飛び、そこから2時間、車で走った。途中、阿蘇連山を見
ながら平野を走り、幾つも山を越え、里を過ぎ、川を渡った。街道沿いに
水仙が咲き乱れ、芝桜が色鮮やかに広がる。八重桜は満開だった。山々は
萌え出る若緑におおわれ笑っていた。その山々の新緑を駆け抜ける道中
だった。
 
そして辿り着いた所が、まさに海道東征の起点、日本の神々の故郷だっ
た。瓊瓊杵尊は天上の世界を離れ「群臣を率いて八重にたなびく雲を押し
わけ、威風堂々と日向の高千穂の二上(ふたがみ)の峰にお降りになっ
た」と『日向国風土記』は伝えている。
 
高千穂神社の宮司、後藤俊彦氏の案内で同神社を参拝した。後藤氏は二
上山に加えて、もうひとつ、「記紀」が伝える降臨の地に「槵触(くじふ
る)岳」があると説明した。高千穂神社は二上山と槵触(くじふる)の峰
を結ぶ中間に位置するそうだ。
 
この神社は、瓊瓊杵尊をはじめ、神武天皇までの神々を御祭神とし、天照
大御神を祭る伊勢神宮と同時代に建てられたという。ということは約1700
年前のことである。
 
高千穂神社は長い長い時を経て、清らかな姿で建っていた。山の上の平
地、即ち山頂であるために境内は決して広くはない。そこに樹齢800年の
杉の大木がどっしりと立っている。思わず木肌に触れてみた。あたたか
い。ずっと日本を見詰め、守ってきてくれた、神宿る大木のあたたかさで
ある。
 
高千穂神社を戴く峰を下って、すぐ隣りの峰といってよい所に槵触(く
じふる)岳がある。登ると、地上に降り立った神々が、高天原を仰ぎ見た
という「高天原遥拝」の地もある。
 
高千穂の街を歩けば、至る所に神話が満ちている。深い山々はそれ自体
が神々の存在を実感させる。清らかな水の湧き出る様子は、人も里も神々
に抱かれていることを感じさせる。
 
高千穂はそれ自体が根源的な自然の力を宿す場所だ。神々の生きた世を
現在に伝える地でもある。敢えて言葉にせずとも、自然と共にある日本の
国柄を実感させてくれる地である。どの人にもぜひ一度ゆっくりと訪ねて
みてほしいと思う。
 
海道東征の鑑賞と高千穂行きが同時に起きたこの巡り合わせは、日本を
お創りになった神々が、もっと深く日本を知りなさい、感じなさいと、励
まし配慮して下さっているからだろうと、私は深く感じ入っている。
『週刊ダイヤモンド』 2017年5月13日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1181


2017年05月21日

◆経済政策の具体論見えない共産党

櫻井よしこ



「経済政策の具体論見えない共産党 共闘の民進党ともに描けぬ明るい
展望」

連休中に読んだ『共産主義の誤謬』(福冨健一著、中央公論新社)がため
になった。民進党が日本共産党と選挙協力を深めようとするいま、共産党
が一体どんな政策を実現しようとしているのか、知っていればきっと役に
立つ。
 
皇室については「一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという
現制度は民主主義および人間の平等の原則と両立するものではない」とし
て、否定する。
 
自衛隊については「憲法9条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての
前進をはかる」としている。
 
ちなみに( )内の自衛隊の解消という注釈は私がつけたのではなく、共
産党綱領に書いてあるものだ。
 
引用した皇室、自衛隊に関する記述は2004年綱領に明記された内容その
ままだ。同綱領は現在も維持されていることから、皇室も自衛隊もいずれ
廃止する政党が共産党である。
 
では次に共産党の経済政策はどうか。福冨氏は04年綱領には経済成長のた
めのマクロ経済政策が欠落していると指摘する。経済の大枠を示すことな
く、個々の政策だけを示しても余り意味はない。ロシア経済が破綻しそう
なのも、中国経済が矛盾と問題だらけなのも明らかな中、共産党は綱領に
「旧ソ連の誤りは、絶対に再現させてはならない」と明記するが、共産党
の経済政策とは具体的には何か。
 
その前に彼らがどんな国の形を目指しているのかも知っておきたい。共産
党綱領は、日本の課題は、「資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の
社会への前進をはかる社会主義的変革」を行うことだとしている。
 
社会主義的変革とは、「主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手
に移す生産手段の社会化」だそうで、「社会主義的改革」を推進するに
は、「計画性と市場経済とを結合させた弾力的で効率的な経済運営」が重
要だと結論づけている。
 
こうした文言を読んでも、しかし、具体的な経済政策のイメージは湧いて
こない。福冨氏は「中国で行っているような改革・解放の経済運営なの
か、判然としない」と論評するが、そのとおりだ。氏は、コミンテルン
(共産主義インターナショナル)の日本支部として日本共産党が設立され
た1922年の綱領から04年の綱領まで、全部で7つの綱領(時にテーゼ、或
いは文書、などと表現される)を読んだうえで、共産党が全ての綱領で
「経済の統制を掲げている」ことを指摘する。
 
その一方で、共産党綱領には統制経済の全面的な否定や、私有財産の保障
なども明記されていて、分かりにくい。
 
04年綱領には「主要な生産手段の社会化」が、94年綱領には「大企業の生
産手段の社会化」が謳われているが、具体的にどういうことか。福冨氏
は、共産党幹部会委員長の志位和夫氏が「共産党の統一戦線の対象者」か
ら外す人として「資本金十億円以上の(企業の)役員」と語っているのを
参考に、次のように警告する。

「綱領に具体的記述はないが、仮に資本金10億円以上の企業の国有化を行
えば、株価の暴落、金利の高騰、グローバル企業の撤退、企業の国際競争
力の破綻など、日本経済は壊滅的打撃を受ける危険性がある」
 
共産党は国民に手厚い福祉を保障し、国民が主役の国を目指すと標榜す
る。こうした政策の実現にはしっかりした経済基盤が必要だ。しかし、健
全で成長する経済をどのように実現するのかという点になると、さっぱ
り、展望が見えてこないのが、共産党の問題だ。
 
世界の先進国の中で、共産主義勢力が伸びているのは日本だけだが、理
由として、そのイデオロギーに加えて共産主義経済ではうまくいかないか
らではないか。とまれ、民進党は共産党と共闘するという。私は両党の未
来に全く明るい展望を抱けないでいる。


『週刊ダイヤモンド』 2017年5月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1182

2017年05月19日

◆離党後、真価が問われる長島氏

櫻井よしこ



「言論テレビ」で衆議院議員の長島昭久氏が語った。これまで幾度か、離
党の意向を示して揺れた氏が本当に民進党を離党した。決断は如何にして
なされたか。

「蓮舫氏が代表選挙に出た昨年9月、私は共産党との関係を白紙に戻すこ
となどを要請しました。しかし、蓮舫氏は何もしませんでした」
 
民進党は「次の選挙」や「国会の次の質問」など、眼前の課題や、蓮舫氏
の二重国籍問題にとらわれ、長期戦略を考えられないと指摘する。

「日米安保、自衛隊、皇室、私有財産、エネルギー、テロ等準備罪。共産
党と折り合えない事案を全部曖昧にして選挙協力する。政権を共に担うこ
とはしないから、受け入れてほしいというのは通用しない。有権者に対し
て不誠実です。これが私の最終決断の理由です」

「2009年に政権をとるまでは、当時の民主党は現実的でした。政権を担う
ため政策を練り、賛否を決めた。03年の有事法制は与党と折り合って賛成
した。しかし、2年前の安保法制は完全に政局にしてしまった。テロ等準
備罪も反対、TPPも消費税も自分たちが提案したのに反対。全て、何で
も反対になっていった」
 
そう語る長島氏自身、安保法制に反対した。政治家としての信条を曲げた
と批判されても仕方がない行動だったのは事実だ。氏は語る。

「僕らは以前は、共産党を外して自民党と競った。いまは共産党に引っ張
られて、かつてのような現実を見詰めた議論はなくなっています。安倍首
相が右なら、民進党は左というふうに、反安倍を旗印にした全員集合体制
で、議論は不毛な二極分化に突き進んでいます」
 
共産党との選挙協力について、党内議論は殆んどないとも氏は語る。

「選挙を有利に戦いたいという思いばかりが先行しています。私の選挙区
(東京21区)では前回、共産党候補者が3万5000票とりました。共産党候
補が不出馬なら、その票は恐らく民進党により多く流れるだろうという期
待、これだけなんです」

「そのようなまとまり方で、もう一度政権交代だ、2大政党制を実現する
と考えるのが民進党現執行部でしょう。完全な空回りです。私は2大政党
制はすでに幻想だと思います」

共産主義化を目的
 
では長島氏はこれからどのような政治活動を目指すのか。

「日本は、ドイツのような複数政党による連立政権に向かうのがよいと考
えます。自分は、保守の枠組みの中で現実直視の政策を推進する力になり
たい」
 
月刊誌『正論』6月号に、氏は「真の保守を標榜する立場から言論空間に
おける左右と国会における与野党の主張を包摂し」「中庸の思想」を実践
したい旨、書いている。
 
長年の交流がある氏だけに、非常に違和感を覚えると言わなければなら
ないのが残念だ。右と左を「足して2で割る」という単純な話ではない
と、氏は断っているが、世界情勢が大変革を遂げる中で、いま、日本が行
うべきことは、中庸ではないだろう。「真の保守」という言葉にどんな意
味を込めているのか、改めて、政治家としての氏の覚悟を聞きたいと感ず
る次第である。
 
それにしても、迷走を続ける民進党を去るという意味で、氏に続く政治家
はいないのか。鷲尾英一郎、吉良州司、北神圭朗各氏らの顔が浮かぶ。民
進党の現状に不満を持つ原口一博、前原誠司、細野豪志各氏らはどうか。
 
彼らが民進党に、いまより危機感を強め離党に傾く時は意外と早いかも
しれないと、実は私は考える。理由は明白だ。民進党が共産党に接近すれ
ばする程、民進党は変質し、食われてしまうからだ。
 
党員30万人、党支部2万、地方議員2800人超という基盤をもつ共産党に比
べて、民進党の組織は脆弱極まる。一旦協力すれば飲み込まれるのは確実
だ。飲み込む共産党は『日本共産党研究』(産経新聞政治部著、産経新聞
出版)で指摘されたように、「普通の野党ではない」。彼らは、1922年、
旧ソ連のモスクワに本部を置くコミンテルン(共産主義インターナショナ
ル)の日本支部として誕生した。全世界の共産主義化を目的とするコミン
テルンの「日本支部」である。
 
他の政党とは異質な共産党の本質を、『共産主義の誤謬』(中央公論新
社)で、福冨健一氏が非常にわかり易く描いている。氏はまず、世界の先
進国でいまも共産党が躍進しているのは日本だけであり、日本共産党の綱
領は「コミンテルンで承認された内容」だと警告する。他党、たとえば自
民党が自民党の政治家と党員の意見を反映させて党綱領を決定するのとは
異なるのだ。

危険な安全保障政策
 
日本共産党はどのような国の形を目指しているのか。5月3日、BSフジ
の「プライムニュース」で小池晃共産党書記局長は「天皇のいない日本国
は想像できない」という趣旨の発言をした。一方、共産党の04年綱領に
は、「一人の個人が世襲で『国民統合』の象徴となるという現制度は、民
主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、天皇の制度は憲
法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意
によって解決されるべき」だと書かれている。
 
不破哲三氏は『日本共産党綱領を読む』(新日本出版社)で「民主主義
の徹底のためには天皇制はない方がいい」と明記し、志位和夫委員長は12
年1月10日、共産党本部の「綱領教室」で「日本の将来の発展の方向とし
ては、天皇の制度のない、民主共和制を目標とする」と語った。
 
小池氏の発言とは裏腹に、共産党が党として、皇室廃止を確たる目的と
して掲げているのは明らかだ。
 
次に自衛隊についての共産党の方針である。福冨氏はそれを、➀日米安保
条約の廃棄、アメリカ軍とその軍事基地の撤退、➁いかなる軍事同盟にも
不参加、➂憲法第9条の完全実施(自衛隊の解消)に向かって前進、とまと
めた。
 
これでは日本は全く無防備になってしまう。こんな危険な安全保障政策を
採用するのは、コミンテルンの日本支部として誕生した日本共産党の闘う
相手は、外国でなく日本だからなのだという説明が、共産党の本質を抉り
出しているのではないか。
 
立花隆氏も『日本共産党の研究(二)』(講談社文庫)で、共産党は
「日ソ戦が起きたら、日本が敗北しソ連が勝つように全力をつくし、その
ためには赤軍に協力し、国内で赤軍の攻勢に呼応して内乱を起こし、その
内乱の成功のためには赤軍の協力を求める」と書いた。
 
ソフトなイメージ戦略の背後に、コミンテルン由来の綱領がある。民進党
はこのような共産党と共同歩調をとるのか。そのことに抗して除名された
長島氏は、政治生命を賭けて激しく闘い続けるしかないだろう。
『週刊新潮』 2017年5月18日号 日本ルネッサンス 第753回


2017年05月17日

◆国益重なる蔡総統の台湾と日台関係強化を

櫻井よしこ




「国益重なる蔡総統の台湾と日台関係強化を 関係法の議論だけでも現政
権の支えに」

台湾総統の蔡英文氏の試練が続いている。2016年初めの総統選挙で台湾
(本省)人の政党である民進党を率いて、外省人の政党、国民党に歴史的
勝利をおさめた。16年5月に総統に就任以降、国民党政権の負の遺産を振
り払おうと攻勢をかけてきた。

昨年12月2日には、その前の月に米大統領選挙で勝利したドナルド・トラ
ンプ氏と電話会談を実現させて国際社会の注目を浴びた。安倍晋三首相と
も近い関係にある。台湾を中国の脅威から守るために、日米両国と緊密な
関係を構築すべく、蔡氏は余念がない。
 
だが、支持率が下がっている。総統就任時の69・9%が、いま、どの調査
でも約半分に落ちている。なぜか。蔡氏を支持してきた元駐日台湾代表の
許世楷氏が語る。

「ひとつは人事に問題があるかもしれません。折角台湾人の、しかも初の
女性総統となったのに、閣僚にライバル政党の国民党の人材が少なからず
入っています」
 
行政院長(首相)の林全氏、外交部長(外相)の李大維氏、それに国防部
長(国防相)の馮世寛氏も皆、国民党に所属する。中国関係を担当する大
陸委員会主任(代表)の張小月氏は国民党員ではないが、馬英九政権の人
材である。

「台湾人が勝利して本省人の政権ができたのに、なぜ、外省人を重用し続
けるのか。外省人が重要ポストを占めているため、中国の脅威に抗い、台
湾の立場を強化するための日本やアメリカとの関係強化が思うように進ん
でいないと見る人もいます。そうしたことへの不満は強いと思います」
(許氏)

許氏の懸念は政策にも及ぶ。現在、台湾議会で審議されている年金制度
改革がそれである。台湾の公務員、教師、軍人などは、定年まで無事に務
め上げて退職金を得た場合、銀行に預ければ、18%という極めて高い利子
を受け取れる仕組みになっている。
 
これは国民党が台湾のエリート層を取り込むために導入した制度だが、同
制度を享受している人々にとって、蔡氏の改革は受け入れ難いであろう。
だが、非現実的な高額の支払いを継続すれば年金制度自体が破綻しかねな
い。そこで蔡氏は同制度の廃止を提案した。これに対して、警察発表でも
12万人という大規模デモが発生した。
 
台湾問題に詳しい門田隆将氏はこう語る。

「蔡さんは非常に頭がよく高潔な人物ですが、庶民の暮しに密着する年金
問題に手をつけることの政治的リスクをまだ十分には知らないのではない
か。このままでは年金制度が破綻して長期的には台湾人が苦しむことにな
る。だから改革だという論理は正しいのですが、それは学者の論です」
 
こうした状況を、百戦錬磨の国民党は巧みに利用して反蔡氏の宣伝を強化
する。殆どのメディアは国民党の資本であり、反民進党だ。加えて国民党
にとって政治宣伝は得意中の得意の分野だ。反蔡氏の情報戦にはまた、中
国本土が陰に陽に介入していると考えるべきで、彼らの手法は巧みかつ陰
湿だ。
 
台湾人で日本国籍を取得した金美齢氏は、「政治は日本も台湾も同じ。長
い目で見ることが大事」と笑う。

「トップが変わっても、その下は中々変わりません。それでも日本は国力
があり、官僚機構もしっかりしていますが、台湾はずっと国民党の支配下
にあったのです。蔡政権が国民党の人材を登用せざるを得ないのも、野党
であり続けた民進党に人材が不足しているからで、必要なことなのです」
(金氏)
 
日本ができることは何か。日本と蔡氏の台湾で、国益が重なる部分が多
いのは自明だ。であれば、こんな時こそ、日台関係強化策として、台湾関
係法の議論を進めるべきではないか。議論するだけでも台湾の蔡政権への
大きな支えとなるのは明らかだ。
『週刊ダイヤモンド』 2017年4月29日・5月6日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1180

2017年05月15日

◆若い世代へ贈る、「海道東征」と「海ゆかば」

櫻井よしこ




4月19日、池袋の東京芸術劇場で、関東では戦後初めて、「海道東征(か
いどうとうせい)」が歌われた。大阪では「産経新聞」の主催でこれまで
に2度、演奏されているが、残念乍ら私は聴く機会がなかった。
 
今回も主催は産経。東京公演だというので早速申し込んで驚いた。2000席
分の切符が完売だそうだ。そんなに多くのファンがいるのか。私は張り
切って、私より一世代若い女性たちにも声を掛けた。

「海道東征」は、日本建国の神話を交声曲で描いた名曲である。昭和15年
に「皇紀2600年奉祝行事」のために書かれた。詩は北原白秋、曲は信時
(のぶとき)潔である。
 
民族生成の美しい歌でありながら、昭和20年の敗戦で、軍国主義などに結
びつけられて長年葬り去られていた。作品は、戦後全くと言ってよい程、
世に出ることがなかったのであるから、私もそうだが、声を掛けた70年
代、80年代生まれの若い人たちが「海道東征」について知らないのも当然
である。

なんといっても、米軍の占領が終わって独立を回復してから、日本では、
社会でも学校でも家庭でも、わが国の歴史や神話、民族の成り立ちなど、
ほとんど教えてこなかったのだから。
 
コンサートは、結論から言えば、本当にすばらしかった。堪能した。
 
プログラムの前半で「管弦楽のための『神話』〜天の岩屋戸の物語によ
る〜」が演奏された。
 
天照大御神が天岩屋戸の中にお隠れになり、世界が闇に閉ざされてしま
う。ちなみに古事記にはこのとき、天上も地上も共に闇に包まれたと書か
れている。天照大御神は両方の世界を照らしておられるのだ。神々は大い
に困り、何とか天照にお出になっていただきたいと工夫を凝らす。
 
ここでナガナキドリが一声、高く大きく鳴くのである。それをトランペッ
トが巧みに表現していた。

日本の始まり
 
伊勢神宮の20年毎のご遷宮では、古いお社から新しいお社に神様がお移り
になるとき、まず、鳥が一声、鳴く。ご遷宮ではその場面は「カケコー」
と声を発することで表現されるが、コンサートでは、トランペットだっ
た。神様と鳥はご縁が深い。
 
さて、鳥の声を合図に神々が肌も露わに踊り始め、賑やかな宴が始まる。
岩の向こう側から楽し気な笑いさざめく声が聞こえる。岩屋戸の中にお隠
れだった天照大御神は何事かと好奇心をそそられ、思わず、ちょっとだけ
岩屋戸を押し開け、覗いてしまうのだ。
 
その瞬間に、力持ちの神、天手力男神(あめのたぢからおのかみ)が岩の
隙間に手を差し込んで天照大御神が戻らないように腕をとり、もう一度、
お出ましを願う。すると陽光は戻り、天上も地上も、世の中は再び明るく
なる。天照は機嫌をなおし、心優しい日本の神々と共に、この大和の国を
再びお見守りになるのだが、演奏にはこの場面でボンゴなどが使われていた。
 
天照大御神が戻って下さったうれしさに神様たちが喜んで歌い踊る場面
が、絵になって浮かんでくるような楽しい演奏だった。
 
第2部が、いよいよ、「海道東征」である。神々がおわす天上の国、高天
原(たかまがはら)から、天照大御神の孫の神様、瓊瓊杵尊(ににぎのみ
こと)が日向の国の高千穂の峰に降臨なさった。
 
北原白秋はこの日本の始まりを「海道東征」の第1章とし、「高千穂」と
題した。格調高く、バリトンの原田圭氏が、瓊瓊杵尊の高千穂の峰への降
臨を歌い上げた。
 
第2章は「大和思慕」である。
 
「大和は国のまほろば、
たたなづく青垣山。
東(ひむがし)や国の中央(もなか)、
とりよろふ青垣山」
 
その旋律に心が引き込まれる。
 
第3章は「御船出」である。瓊瓊杵尊から数えて3代目、4人の皇子が日向
を発って大和平定の旅に出た場面である。
 
「日はのぼる、旗雲(はたぐも)の豊(とよ)の茜(あかね)に、
いざ御船出(みふねい)でませや、
うまし美々津(みみつ)を」
 
光の中に船出する皇子たちの姿が目に浮かぶ。東へ向かう途中で荒ぶる
神々との戦いがあり、嵐があり、4人の皇子の3人までもが命を落とす。
末っ子の神倭伊波礼毘古命(かむやまといわれびこのみこと)が大和に到
達し、東征の事業を成し遂げるが、この神様が日本国の初代天皇、神武天
皇になられた。
 
こうして「海道東征」は第8章まで続く。時に美しく、時に力強く、清く
澄みきった喜びに満ちた交声曲である。「海道東征」について何も知らな
かった若い女性たちも、楽しんでいた。彼女たちはきっと、これから日本
の神話や歴史に、また新たな角度から興味を抱くのではないかと、私はう
れしく感じたことだ。

先人たちの言葉
 
最後にアンコール曲として「海ゆかば」が演奏された。大伴家持の詩に信
時が曲をつけた。多くの人が立ち上がり、合唱した。私の隣りの方は朗々
と歌った。

「海ゆかば 水漬(みづ)く屍(かばね)
山ゆかば 草むす屍
大君の辺(へ)にこそ死なめ
かえりみはせじ」
 
教育勅語は、天皇のために死なせる教育だという的外れな批判が生まれる
いま、「海ゆかば」の詩に、スンナリ入っていけない人も多いかもしれな
い。山折哲雄氏が『「海ゆかば」の昭和』(イプシロン出版企画)で「屍
とは何か」と題して書いている。
 
掻い摘まんで言えば、万葉集の挽歌でわかるように、死者の屍とは「たん
なる魂の抜け殻」だというのだ。人はひとたび死ねば、その魂は亡骸から
離脱し、山の頂や海の彼方、空行く魂となって、この国の行方を静かに見
守ってくれる。あとに残された屍には何の執着も見せない。それがかつて
の日本人の、人の最期をみとるときの愛情であり、たしなみであった、と。
 
同書で谷川俊太郎氏は「子どもの私はそれまでも音楽がきらいではなかっ
たが、音楽にほんとうにこころとからだを揺さぶられたのは、『海ゆか
ば』が最初だった」「私が愛聴したのが北原白秋詩・信時潔曲の『海道東
征』だ」と書いた。
 
私の友人でもあった松本健一氏は、同書で、演出家で作家の久世光彦氏の
文章を紹介している。

「『海ゆかば』を目をつむって聴いてみるといい。これを聴いていったい
誰が好戦的な気持ちになるだろう。・・・私は『海ゆかば』の彼方に日本の
山河を見る。・・・美しい私たちの山河を護るために、死んでいった従兄た
ちの面影を見る」
 
松本氏も、久世氏も、亡くなってしまった。けれど、彼らの言葉はどれも
みんな、私の心に沁みる。コンサートホール一杯に広がった「海ゆかば」
の合唱に、静かに感動した。
 
若い女性の友人たちは、「海ゆかば」にとっつきにくいようだった。だか
らこうした先人たちの言葉を、私は彼女たちにそっと捧げてみたい。

『週刊新潮』 2017年5月4・11日合併号 日本ルネッサンス 第752回


2017年05月06日

◆北朝鮮に通じるか、トランプの手法

櫻井よしこ
 


4月6、7の両日、フロリダで開かれた米中首脳会談で、米中関係はどこま
で進展したのか。そのことについてヒントになる事例が目についた。マイ
ク・ペンス米副大統領のソウル訪問に合わせて、4月16日、ホワイトハウ
スが同行記者団に行ったブリーフィングである。
 
ホワイトハウス高官はアメリカが急いできた韓国への高高度防衛ミサイル
(THAAD)の配備及び運用開始の時期について、作業を急がないと
語ったという。「まだいくつか必要な作業があり、韓国の新大統領が決ま
るまで流動的だ」「配備は次期大統領が決定すべきで、5月前半が適当
だ」などと発言したと報じられた。
 
これまで、次期大統領が選ばれる前に、何としてでもTHAAD配備を完
了し、運用を開始して、実績を作りたいとしてきたアメリカが、なぜい
ま、このように変化したのか。北朝鮮のミサイル発射や核実験の危険性は
少しもなくなっていない。
 
中国問題に関して一目も二目も置かれている産経新聞外信部編集委員、
矢板明夫氏は、北朝鮮問題で中国の協力を要請したアメリカが、中国の前
向きな反応を得て、彼らに配慮した可能性を指摘する。アメリカは今も昔
も中国は北朝鮮抑止に力を発揮できると考えている。他方、習近平氏はと
りわけいま、アメリカの協力を必要とし、対立関係に陥ることを最大限回
避している。合意の下地があるということだ。
 
習氏がどれだけアメリカとの対立を回避したかったかは、4月12日に行
われた国連安全保障理事会で、シリアのサリンガス攻撃についての調査に
関する決議案の採決を、中国が棄権したことにも見てとれる。ロシアは拒
否権を行使してアサド大統領を守った。中国もこれまで6回、ロシアと共
に拒否権を行使してきたが、今回は棄権にまわった。トランプ大統領は決
議案採決の前日に電話会談で習氏に協力を依頼したと語っている。中国は
ロシアと距離をおき、アメリカに接近したのだ。

20世紀の個人崇拝

「過去6回もシリアのために拒否権を行使して、アメリカに反対した中国
が、今回、アメリカに従ったことが明確になりました」と矢板氏。
 
氏はさらに説明した。

「米中首脳会談を、どうしても成功させなければならない立場に、習氏は
ありました。8月には最も重要な北戴河会議が、秋には党大会がありま
す。それが終わるまで、アメリカには問題を起こしてほしくない。そのた
めにはトランプ氏とよい関係を構築しなければならない。これが習氏が訪
米した背景です」
 
習氏はいま党組織改革を目論んでおり、8月に河北省の避暑地、北戴河
で開かれる中国共産党長老たちの会議で了承を得なければならない。習氏
は昨年秋、自身を毛沢東に匹敵する党の「核心」として位置づけた。今年
の組織改革では、政治局常務委員会を無力化し、党主席、つまり習氏1人
に権力を集中させる「中央委員会主席」という役職を新設すると報じられ
ている。
 
21世紀の中国を20世紀の個人崇拝の時代に引き戻すと懸念されている組織
改革には、まず長老たちの間に強い反対の声があると言われている。長老
の反対論を抑え、党大会の了承を得るために、習氏は全ての問題を巧く取
り仕切らなければならない状況にある。
 
韓国へのTHAAD配備には、中国全体がとりわけ敏感になっている。
国をあげて韓国製品の不買運動を展開している最中である。旅行者も制限
して韓国を締め上げ、配備を止めさせようとしているのが中国だ。
 
そうした習氏の思惑や中国の事情をトランプ氏が取り引きの材料に使った
のか。
 
習氏が目指した訪米の目的が、党大会まで、アメリカに大人しくしてい
てもらうことだったのであれば、THAAD配備の先延ばしは明確な成果
であろう。しかし、夏、或いは秋まで延ばすことは、北朝鮮のミサイル迎
撃という観点からは考えにくい。となると、アメリカ側は中国の北朝鮮対
策を見ながら、配備のタイミングを調整する可能性もある。
 
このように推測する理由に、トランプ氏の対中国発言が首脳会談後、大い
に和らいでいることがある。4月13日、「ウォール・ストリート・ジャー
ナル」(WSJ)紙は氏の単独インタビューに基づく複数の記事とコラム
を掲載した。「トランプと習、緊張転じて合性よし」というコラムにはト
ランプ氏のこんな発言がある。

「我々の合性は抜群だ。私は彼がとても好きだ。彼の妻もすばらしい」
 
トランプ氏はさらに語っている。

「冒頭の初顔合わせは10分か15分の予定だった。それが、3時間も話し込
んだ」「翌日、また10分のところが2時間も会話した。本当に気が合うんだ」

北朝鮮への支援
 
中国や習氏に対するこの熱く高い評価は、暫く前の発言とは正反対だ。
WSJは、トランプ氏が次々に政策を反転させていると指摘したが、プー
チン氏への評価は負の方向に大逆転させた。
 
70分間のインタビューでトランプ氏は、メディアはプーチン大統領との関
係を書きたてるが「私はプーチンのことなど知らない」と素っ気なく繰り
返している。
 
トランプ氏はかつて為替操作国だとなじった中国に、もはやそのような
レッテルは貼らないと変化した。アメリカの輸出入銀行は不要だと切り捨
てていたのを、中小企業支援のためにこれからも支えるとした。NATO
は無用だと悪口雑言だったのが、いまは非常に重要な同盟だと評価する。
なぜ変わるのかと質問されて、トランプ氏は答えた。

「全ての事案の重要性はとてつもなく大きく、全ての決定がとてつもなく
大きい。わかってるだろ、生か死かの問題なんだ。うまくディールできる
かどうかの話ではないんだ」
 
トランプ氏は、中国は簡単に北朝鮮問題を解決できると考えていたが、習
氏の説明に「最初の10分間で、それほど容易なことではないとわかった」
と語っている。それでも恐らく中国は約束したのではないか。トランプ氏
は中国が直ちに北朝鮮をコントロールできなくとも、暫く待つ姿勢を示し
ているのではないか。もしそうならうまく行かないと、矢板氏は見る。

「中朝関係は制裁では動かない。経済的に締め上げてもダメ。お金を与え
れば別ですが」
 
中国はこのことをよく知っている。アメリカが要求するように北朝鮮へ
の支援を止めれば、そこにロシアが介入して、北朝鮮をロシア陣営に引き
込む。従って中国は支援を止められない。北朝鮮抑止を中国に任せること
自体、何度も失敗してきた。そのことをトランプ政権は、いまから学ぼう
としているのか。

『週刊新潮』 2017年4月27日 日本ルネッサンス 第751回

2017年05月05日

◆日本に及ぼすこの上なき深刻な脅威 

櫻井よしこ



「トランプのシリア攻撃で複雑化した中東情勢が日本に及ぼすこの上な
き深刻な脅威」

ドナルド・トランプ米大統領はシリアの化学兵器使用にも手を打たないの
か。そう考えて、先週、本欄で批判した。ところがその直後の4月7日(日
本時間)、米国は断固たるシリア攻撃に踏み切った。
 
180度の方針転換。それを受けて異例のスピードで展開されたシリア攻撃
は、短時間の準備であったにも拘わらず極めて周到になされており、米国
の力を見せつけた。
 
シリアで化学兵器使用の第一報が入った4日、トランプ氏は、「許せな
い」と発表したものの、シリアやロシアではなく、オバマ前米大統領の
「弱腰」を非難した。その声明には戦略もなければ犠牲になったシリア国
民への同情の言葉もなかったが、その直後、トランプ氏は豹変し、53時間
後には攻撃を開始したのである。
 
断固たる攻撃で、トランプ政権は、力の行使を回避し続けたオバマ外交
と訣別した。この変化を引き起こしたのが、化学兵器で苦しみ、死亡した
犠牲者たちの映像だったという。

「女性や子供、かわいい赤ちゃんたちまで殺害された」「その悲劇が私の
アサド政権への考えを根本的に変えた」と、トランプ氏は語っている。
 
この真っ当な怒りが米国の国家意思となって、実質2日強という極めて短
時間に、59発の巡航ミサイルの発射につながった。類例のない短期決戦に
関しては、国連決議も得ていない。米国単独で断行した軍事作戦に関して
は、軍事作戦が終了する頃に、マイク・ペンス副大統領らが、米議会要人
や外国の首脳らに、事後報告を行った。それでも、共和・民主両党が、さ
らにはほとんどの国が理解し支持した。強い米国、行動する米国の復活を
米国自身も世界も望んでいたのである。
 
米国は短期的には、揺らいでいた信頼性と強制力をある程度、取り戻し
た。だが問題はこれからだ。

「ウォールストリート・ジャーナル」紙は、攻撃直後の4月7日の社説で
「全ての軍事行動にはリスクがつきまとう。しかし今回のシリア攻撃は、
もし、トランプ氏が攻撃後、力強い外交を展開するなら政治的、戦略的に
大きな国益につながる」と書いた。
 
力強い外交とは具体的に何か。シリアの化学兵器使用を容認しないとい
う意思を軍事行動で示したものの、中東情勢はもはや単純な「力強い外
交」でおさまる状況ではない。
 
かつては「アサド対反政府勢力」の二者対立の構図だった。しかし、シリ
ア内戦の激化をうけて、状況は非常に複雑化している。アサド政権の背後
にはいまや、ロシア、イランが存在する。レバノンのイスラム過激派ヒズ
ボラもアサド大統領の側に立つ。イスラム国(ISIS)は力を失いつつ
あるものの、この間にアルカイダが勢力を盛り返している。
 
一方で米国は、シリア攻撃は北朝鮮への警告だとも語っている。北朝鮮
の核・ミサイル開発抑止に関しては、中国の協力が得られない場合、「中
国抜きで解決する」とトランプ氏は発信した。
 
4月9日には空母、カールビンソンが朝鮮半島周辺海域に向かった。また、
米韓合同演習が史上最大規模で4月末まで続く。トランプ氏の言う「中国
抜きの解決」とは何か。北朝鮮にさらなる制裁を科し、中国の制裁破りを
許さないために、中国銀行に的を絞って制裁を科す可能性さえある。ブッ
シュ政権当時はバンコ・デルタ・アジアという小さい金融機関を標的にし
たが、今回、中国銀行が標的になれば、その影響は非常に大きい。
 
もしくは、北朝鮮の豊渓里核実験基地や、東西両海岸にあるICBM(大
陸間弾道ミサイル)の発射基地への攻撃も考えられる。ロシア、中国の反
応を見ながらの外交・安保政策は、展望が見通しにくい。確かなことは、
日本に迫る脅威はこの上なく深刻だということだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年4月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1178

2017年04月30日

◆テロ等準備罪」は国際常識、成立を急げ

櫻井よしこ



「テロ等準備罪」について「朝日新聞」や「東京新聞」などが相変わらず
全面否定の論陣を張っている。
 
テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案は、日本が「国際組織犯
罪防止条約」を批准するために必要な国内法である。
 
日本周辺の国際情勢の厳しさを見れば、なぜいま同条約を批准しなけれ
ばならないのかがわかるはずだ。北朝鮮の脅威、不安定さの中で左傾化す
る韓国情勢などが懸念されるが、2020年の東京五輪に向けて、日本を狙っ
たテロや犯罪が国内外で発生する危険は高まり続けるだろう。テロや犯罪
防止に最も必要なのはなんといっても情報である。情報は、国際社会との
協力の中でこそスムーズに交換される。
 
こうした事情から、各国は相互に協力し合ってきた。その枠組みが国際組
織犯罪防止条約である。国連加盟国の96%、187か国が締結しており、未
締結国は日本を含めて11か国のみである。
 
政府は同法案を3月21日に閣議決定し、6月中にも成立させたい方針だ
が、国会は森友学園問題などに日程を取られ、議論が進んでいない。

「朝日」をはじめとするメディアは法案の趣旨を歪曲して報道し続ける。
同紙は3月22日、1面トップで「『共謀罪』全面対決へ」との見出しを掲
げた。政府提案の「テロ等準備罪」という名称さえ、「必要に応じて使
用」はするが、「犯罪を計画段階で処罰する『共謀罪』の趣旨が盛り込ま
れて」いるために、「共謀罪」と呼び続けると宣言した。
 
同紙は「内心の自由 踏み込む危険」という小見出しも掲げたが、も
し、今回の法案に個々の人間の内心の自由を抑圧する内容が本当に盛り込
まれているのであれば、私とて許容できない。だが、法案をきちんと読め
ば、その懸念は払拭されている。
 
11年前、自民党と公明党が、「共謀罪」を国会に提案したとき、私は衆議
院法務委員会で参考人として意見を述べた。当時は、現在、朝日が報じて
いるような懸念が、実はあった。従って私は率直に法案に対して抱いてい
た危惧について語った。

明確な歯止め
 
私の発言は主として2点に絞り込める。➀共謀罪は必要である、➁但し、
個々人の心の中にまで入り込んで規制し、言論の自由や思想信条の自由を
阻害する余地のないように、目に見える歯止め、外形的要件を定めるべき
である。そのために与党は民主党(現民進党)の修正案を受け入れるのが
よい。
 
11年前、民主党は立派な修正案を出しており、朝日も民主党と同じような
主張をしていたのだ。
 
改めて当時の私の発言を、議事録を取り寄せて読んでみた。逮捕や強制
捜査が無闇に行われ、内心の自由が脅かされる危険性を、私はとても気に
している。言論人として、そうしたことは受け入れ難いと強調し、捜査や
逮捕に至る外形的要件を定めるよう、求めている。その気持ちは今でも全
く同じである。
 
興味深いことに、私も朝日も、さらに民主党も、捜査権や逮捕権の暴走
に歯止めをかけよと同じように主張していたことになる。
 
但し、私と、朝日及び民主党の間には、共謀罪が日本にとって必要か否
かという点において、決定的な違いがあった。私は必要だと、当時も今も
考えている。現に11年前の発言録では、共謀罪は必要だということを、私
は計6回も繰り返している。
 
さて、11年後の今、政府が提出したテロ等準備罪新設法案は、当時の共謀
罪のものとは大きく異なる。最大の違いは、11年前には「重大な犯罪を行
おうと具体的に合意したこと」を罪に問えた。ところが今回は、「合意に
加えて実行準備行為があること」が、処罰の要件とされた。私が要望し、
朝日も求めていた明確な歯止めが施されたのだ。民主党の要求も容れられ
た。朝日が言う「内心の思い」だけでは処罰されない。今の政府案は以前
と全く変わっていないとの朝日の主張は明確な間違いだ。
 
前回は処罰の対象となる犯罪数は615だったが、今回は277に絞り込まれ
た。インターネット配信の「言論テレビ」で3月31日、参院議員の佐藤正
久氏が語った。

「共謀罪の対象となるのは死刑または4年以上の懲役、禁錮の罪に相当す
る犯罪です。その基準で全てを洗い出して数えたら676もあった。けれど
その中には公職選挙法違反なども含まれていた。これは全く組織犯罪には
当たらない。それで、組織的犯罪集団が関係しそうな麻薬やマネーロンダ
リングなどに関わる犯罪に絞り込んで、277になりました。労働組合な
どは捜査対象組織とはならないことが、以前より、ずっと、はっきりしま
した」

現行法では無理
 
それでも、朝日も民進党も納得しない。現在、日本にある種々の犯罪取締
法で十分取り締まれると主張する。本当にそうか。佐藤氏は、現行法では
無理だと断言する。

「私がテロリスト集団の一員だと仮定します。仲間が刑務所にぶち込まれ
た。救い出したい。そこで一般人を人質に取って、刑務所の仲間と交換し
ようと考えた。今の法律では、テロリストたちがそんな計画を立てても、
手を出せない。彼らが人質を取るために武器を購入しても捕まえられな
い。武器を携行して狙った人のいる家の近くまで行っても逮捕できないの
です。なぜって、まだ犯行に及んでいませんから」
 
日本国の法律では、犯人たちが武器を持って狙った家に侵入した段階で
はじめて、逮捕できるというのだ。しかしそれでは遅すぎる。人質を救う
こと自体、どれだけ大変なことか。犠牲者がでる危険性も十分にある。だ
が日本の法律は、基本的に犯行後に対する処罰であり、本来守れるものも
守れない。
 
佐藤氏は別の事例を語った。

「テロリストが水源に毒を入れて多くの人を殺害し、社会に混乱を起こそ
うと計画したと仮定します。現行法では計画を立てても、毒を購入しても
逮捕できません。毒を持って水源地に行っても何もできません。現行法で
逮捕できるのは、彼らが水源に毒を投げ入れた瞬間なのです」
 
水源はどうなるのか。環境は汚染され、人々は死に追いやられる。そん
な事態が予測されても、事件が起きるまで取り締まれない現行法で万全な
はずはないだろう。

「テロ等準備罪の下では、犯人たちが人質を取るための武器を買ったり、
水源地を汚染する毒を入手した段階で逮捕、取り調べができるようになり
ます。テロ等準備罪が現行法の重大な穴をふさぐ機能を果たすのです」
と、佐藤氏。
 
96%の国々が締結している条約を日本が批准すること、そのための法整備
を進めることが、なぜ、受け入れられないのか。朝日も民進党も反対のた
めの反対はやめるべきだ。

『週刊新潮』 2017年4月13日号 日本ルネッサンス 第748回


2017年04月29日

◆「テロ等準備罪」は国際常識、成立を急げ

櫻井よしこ



「テロ等準備罪」について「朝日新聞」や「東京新聞」などが相変わらず
全面否定の論陣を張っている。
 
テロ等準備罪を新設する組織犯罪処罰法の改正案は、日本が「国際組織犯
罪防止条約」を批准するために必要な国内法である。
 
日本周辺の国際情勢の厳しさを見れば、なぜいま同条約を批准しなけれ
ばならないのかがわかるはずだ。北朝鮮の脅威、不安定さの中で左傾化す
る韓国情勢などが懸念されるが、2020年の東京五輪に向けて、日本を狙っ
たテロや犯罪が国内外で発生する危険は高まり続けるだろう。テロや犯罪
防止に最も必要なのはなんといっても情報である。情報は、国際社会との
協力の中でこそスムーズに交換される。
 
こうした事情から、各国は相互に協力し合ってきた。その枠組みが国際組
織犯罪防止条約である。国連加盟国の96%、187か国が締結しており、未
締結国は日本を含めて11か国のみである。
 
政府は同法案を3月21日に閣議決定し、6月中にも成立させたい方針だ
が、国会は森友学園問題などに日程を取られ、議論が進んでいない。

「朝日」をはじめとするメディアは法案の趣旨を歪曲して報道し続ける。
同紙は3月22日、1面トップで「『共謀罪』全面対決へ」との見出しを掲
げた。政府提案の「テロ等準備罪」という名称さえ、「必要に応じて使
用」はするが、「犯罪を計画段階で処罰する『共謀罪』の趣旨が盛り込ま
れて」いるために、「共謀罪」と呼び続けると宣言した。
 
同紙は「内心の自由 踏み込む危険」という小見出しも掲げたが、も
し、今回の法案に個々の人間の内心の自由を抑圧する内容が本当に盛り込
まれているのであれば、私とて許容できない。だが、法案をきちんと読め
ば、その懸念は払拭されている。
 
11年前、自民党と公明党が、「共謀罪」を国会に提案したとき、私は衆議
院法務委員会で参考人として意見を述べた。当時は、現在、朝日が報じて
いるような懸念が、実はあった。従って私は率直に法案に対して抱いてい
た危惧について語った。

明確な歯止め
 
私の発言は主として2点に絞り込める。➀共謀罪は必要である、➁但し、
個々人の心の中にまで入り込んで規制し、言論の自由や思想信条の自由を
阻害する余地のないように、目に見える歯止め、外形的要件を定めるべき
である。そのために与党は民主党(現民進党)の修正案を受け入れるのが
よい。
 
11年前、民主党は立派な修正案を出しており、朝日も民主党と同じような
主張をしていたのだ。
 
改めて当時の私の発言を、議事録を取り寄せて読んでみた。逮捕や強制
捜査が無闇に行われ、内心の自由が脅かされる危険性を、私はとても気に
している。言論人として、そうしたことは受け入れ難いと強調し、捜査や
逮捕に至る外形的要件を定めるよう、求めている。その気持ちは今でも全
く同じである。
 
興味深いことに、私も朝日も、さらに民主党も、捜査権や逮捕権の暴走
に歯止めをかけよと同じように主張していたことになる。
 
但し、私と、朝日及び民主党の間には、共謀罪が日本にとって必要か否か
という点において、決定的な違いがあった。私は必要だと、当時も今も考
えている。現に11年前の発言録では、共謀罪は必要だということを、私は
計6回も繰り返している。
 
さて、11年後の今、政府が提出したテロ等準備罪新設法案は、当時の共謀
罪のものとは大きく異なる。最大の違いは、11年前には「重大な犯罪を行
おうと具体的に合意したこと」を罪に問えた。

ところが今回は、「合意に加えて実行準備行為があること」が、処罰の要
件とされた。私が要望し、朝日も求めていた明確な歯止めが施されたの
だ。民主党の要求も容れられた。朝日が言う「内心の思い」だけでは処罰
されない。今の政府案は以前と全く変わっていないとの朝日の主張は明確
な間違いだ。
 
前回は処罰の対象となる犯罪数は615だったが、今回は277に絞り込まれ
た。インターネット配信の「言論テレビ」で3月31日、参院議員の佐藤正
久氏が語った。

「共謀罪の対象となるのは死刑または4年以上の懲役、禁錮の罪に相当す
る犯罪です。その基準で全てを洗い出して数えたら676もあった。けれど
その中には公職選挙法違反なども含まれていた。

これは全く組織犯罪には当たらない。それで、組織的犯罪集団が関係しそ
うな麻薬やマネーロンダリングなどに関わる犯罪に絞り込んで、277にな
りました。労働組合などは捜査対象組織とはならないことが、以前より、
ずっと、はっきりしました」

現行法では無理
 
それでも、朝日も民進党も納得しない。現在、日本にある種々の犯罪取締
法で十分取り締まれると主張する。本当にそうか。佐藤氏は、現行法では
無理だと断言する。

「私がテロリスト集団の一員だと仮定します。仲間が刑務所にぶち込まれ
た。救い出したい。そこで一般人を人質に取って、刑務所の仲間と交換し
ようと考えた。今の法律では、テロリストたちがそんな計画を立てても、
手を出せない。彼らが人質を取るために武器を購入しても捕まえられな
い。武器を携行して狙った人のいる家の近くまで行っても逮捕できないの
です。なぜって、まだ犯行に及んでいませんから」
 
日本国の法律では、犯人たちが武器を持って狙った家に侵入した段階で
はじめて、逮捕できるというのだ。しかしそれでは遅すぎる。人質を救う
こと自体、どれだけ大変なことか。犠牲者がでる危険性も十分にある。だ
が日本の法律は、基本的に犯行後に対する処罰であり、本来守れるものも
守れない。
 
佐藤氏は別の事例を語った。

「テロリストが水源に毒を入れて多くの人を殺害し、社会に混乱を起こそ
うと計画したと仮定します。現行法では計画を立てても、毒を購入しても
逮捕できません。毒を持って水源地に行っても何もできません。現行法で
逮捕できるのは、彼らが水源に毒を投げ入れた瞬間なのです」
 
水源はどうなるのか。環境は汚染され、人々は死に追いやられる。そん
な事態が予測されても、事件が起きるまで取り締まれない現行法で万全な
はずはないだろう。

「テロ等準備罪の下では、犯人たちが人質を取るための武器を買ったり、
水源地を汚染する毒を入手した段階で逮捕、取り調べができるようになり
ます。テロ等準備罪が現行法の重大な穴をふさぐ機能を果たすのです」
と、佐藤氏。
 
96%の国々が締結している条約を日本が批准すること、そのための法整備
を進めることが、なぜ、受け入れられないのか。朝日も民進党も反対のた
めの反対はやめるべきだ。
『週刊新潮』 2017年4月13日   日本ルネッサンス 第748回

2017年04月28日

◆北朝鮮に通じるか、トランプの手法

櫻井よしこ



4月6、7の両日、フロリダで開かれた米中首脳会談で、米中関係はどこま
で進展したのか。そのことについてヒントになる事例が目についた。マイ
ク・ペンス米副大統領のソウル訪問に合わせて、4月16日、ホワイトハウ
スが同行記者団に行ったブリーフィングである。
 
ホワイトハウス高官はアメリカが急いできた韓国への高高度防衛ミサイル
(THAAD)の配備及び運用開始の時期について、作業を急がないと
語ったという。「まだいくつか必要な作業があり、韓国の新大統領が決ま
るまで流動的だ」「配備は次期大統領が決定すべきで、5月前半が適当
だ」などと発言したと報じられた。
 
これまで、次期大統領が選ばれる前に、何としてでもTHAAD配備を完
了し、運用を開始して、実績を作りたいとしてきたアメリカが、なぜい
ま、このように変化したのか。北朝鮮のミサイル発射や核実験の危険性は
少しもなくなっていない。
 
中国問題に関して一目も二目も置かれている産経新聞外信部編集委員、
矢板明夫氏は、北朝鮮問題で中国の協力を要請したアメリカが、中国の前
向きな反応を得て、彼らに配慮した可能性を指摘する。アメリカは今も昔
も中国は北朝鮮抑止に力を発揮できると考えている。他方、習近平氏はと
りわけいま、アメリカの協力を必要とし、対立関係に陥ることを最大限回
避している。合意の下地があるということだ。
 
習氏がどれだけアメリカとの対立を回避したかったかは、4月12日に行わ
れた国連安全保障理事会で、シリアのサリンガス攻撃についての調査に関
する決議案の採決を、中国が棄権したことにも見てとれる。

ロシアは拒否権を行使してアサド大統領を守った。中国もこれまで6回、
ロシアと共に拒否権を行使してきたが、今回は棄権にまわった。トランプ
大統領は決議案採決の前日に電話会談で習氏に協力を依頼したと語ってい
る。中国はロシアと距離をおき、アメリカに接近したのだ。

20世紀の個人崇拝

「過去6回もシリアのために拒否権を行使して、アメリカに反対した中国
が、今回、アメリカに従ったことが明確になりました」と矢板氏。
 
氏はさらに説明した。

「米中首脳会談を、どうしても成功させなければならない立場に、習氏は
ありました。8月には最も重要な北戴河会議が、秋には党大会がありま
す。それが終わるまで、アメリカには問題を起こしてほしくない。そのた
めにはトランプ氏とよい関係を構築しなければならない。これが習氏が訪
米した背景です」
 
習氏はいま党組織改革を目論んでおり、8月に河北省の避暑地、北戴河で
開かれる中国共産党長老たちの会議で了承を得なければならない。習氏は
昨年秋、自身を毛沢東に匹敵する党の「核心」として位置づけた。今年の
組織改革では、政治局常務委員会を無力化し、党主席、つまり習氏1人に
権力を集中させる「中央委員会主席」という役職を新設すると報じられて
いる。
 
21世紀の中国を20世紀の個人崇拝の時代に引き戻すと懸念されている組織
改革には、まず長老たちの間に強い反対の声があると言われている。長老
の反対論を抑え、党大会の了承を得るために、習氏は全ての問題を巧く取
り仕切らなければならない状況にある。
 
韓国へのTHAAD配備には、中国全体がとりわけ敏感になっている。
国をあげて韓国製品の不買運動を展開している最中である。旅行者も制限
して韓国を締め上げ、配備を止めさせようとしているのが中国だ。
 
そうした習氏の思惑や中国の事情をトランプ氏が取り引きの材料に使った
のか。
 
習氏が目指した訪米の目的が、党大会まで、アメリカに大人しくしてい
てもらうことだったのであれば、THAAD配備の先延ばしは明確な成果
であろう。しかし、夏、或いは秋まで延ばすことは、北朝鮮のミサイル迎
撃という観点からは考えにくい。となると、アメリカ側は中国の北朝鮮対
策を見ながら、配備のタイミングを調整する可能性もある。
 
このように推測する理由に、トランプ氏の対中国発言が首脳会談後、大い
に和らいでいることがある。4月13日、「ウォール・ストリート・ジャー
ナル」(WSJ)紙は氏の単独インタビューに基づく複数の記事とコラム
を掲載した。「トランプと習、緊張転じて合性よし」というコラムにはト
ランプ氏のこんな発言がある。

「我々の合性は抜群だ。私は彼がとても好きだ。彼の妻もすばらしい」
 
トランプ氏はさらに語っている。

「冒頭の初顔合わせは10分か15分の予定だった。それが、3時間も話し込
んだ」「翌日、また10分のところが2時間も会話した。本当に気が合うんだ」

北朝鮮への支援
 
中国や習氏に対するこの熱く高い評価は、暫く前の発言とは正反対だ。
WSJは、トランプ氏が次々に政策を反転させていると指摘したが、プー
チン氏への評価は負の方向に大逆転させた。
 
70分間のインタビューでトランプ氏は、メディアはプーチン大統領との関
係を書きたてるが「私はプーチンのことなど知らない」と素っ気なく繰り
返している。
 
トランプ氏はかつて為替操作国だとなじった中国に、もはやそのような
レッテルは貼らないと変化した。アメリカの輸出入銀行は不要だと切り捨
てていたのを、中小企業支援のためにこれからも支えるとした。NATO
は無用だと悪口雑言だったのが、いまは非常に重要な同盟だと評価する。
なぜ変わるのかと質問されて、トランプ氏は答えた。

「全ての事案の重要性はとてつもなく大きく、全ての決定がとてつもなく
大きい。わかってるだろ、生か死かの問題なんだ。うまくディールできる
かどうかの話ではないんだ」
 
トランプ氏は、中国は簡単に北朝鮮問題を解決できると考えていたが、習
氏の説明に「最初の10分間で、それほど容易なことではないとわかった」
と語っている。それでも恐らく中国は約束したのではないか。トランプ氏
は中国が直ちに北朝鮮をコントロールできなくとも、暫く待つ姿勢を示し
ているのではないか。もしそうならうまく行かないと、矢板氏は見る。

「中朝関係は制裁では動かない。経済的に締め上げてもダメ。お金を与え
れば別ですが」
 
中国はこのことをよく知っている。アメリカが要求するように北朝鮮へ
の支援を止めれば、そこにロシアが介入して、北朝鮮をロシア陣営に引き
込む。従って中国は支援を止められない。北朝鮮抑止を中国に任せること
自体、何度も失敗してきた。そのことをトランプ政権は、いまから学ぼう
としているのか。
『週刊新潮』 2017年4月27日号  日本ルネッサンス 第751回


    

2017年04月26日

◆日本に及ぼすこの上なき深刻な脅威

櫻井よしこ



「トランプのシリア攻撃で複雑化した中東情勢が日本に及ぼすこの上なき
深刻な脅威」

ドナルド・トランプ米大統領はシリアの化学兵器使用にも手を打たないの
か。そう考えて、先週、本欄で批判した。ところがその直後の4月7日(日
本時間)、米国は断固たるシリア攻撃に踏み切った。
 
180度の方針転換。それを受けて異例のスピードで展開されたシリア攻撃
は、短時間の準備であったにも拘わらず極めて周到になされており、米国
の力を見せつけた。
 
シリアで化学兵器使用の第一報が入った4日、トランプ氏は、「許せな
い」と発表したものの、シリアやロシアではなく、オバマ前米大統領の
「弱腰」を非難した。その声明には戦略もなければ犠牲になったシリア国
民への同情の言葉もなかったが、その直後、トランプ氏は豹変し、53時間
後には攻撃を開始したのである。
 
断固たる攻撃で、トランプ政権は、力の行使を回避し続けたオバマ外交
と訣別した。この変化を引き起こしたのが、化学兵器で苦しみ、死亡した
犠牲者たちの映像だったという。

「女性や子供、かわいい赤ちゃんたちまで殺害された」「その悲劇が私の
アサド政権への考えを根本的に変えた」と、トランプ氏は語っている。
 
この真っ当な怒りが米国の国家意思となって、実質2日強という極めて短
時間に、59発の巡航ミサイルの発射につながった。類例のない短期決戦に
関しては、国連決議も得ていない。米国単独で断行した軍事作戦に関して
は、軍事作戦が終了する頃に、マイク・ペンス副大統領らが、米議会要人
や外国の首脳らに、事後報告を行った。

それでも、共和・民主両党が、さらにはほとんどの国が理解し支持した。
強い米国、行動する米国の復活を米国自身も世界も望んでいたのである。
 
米国は短期的には、揺らいでいた信頼性と強制力をある程度、取り戻し
た。だが問題はこれからだ。

「ウォールストリート・ジャーナル」紙は、攻撃直後の4月7日の社説で
「全ての軍事行動にはリスクがつきまとう。しかし今回のシリア攻撃は、
もし、トランプ氏が攻撃後、力強い外交を展開するなら政治的、戦略的に
大きな国益につながる」と書いた。
 
力強い外交とは具体的に何か。シリアの化学兵器使用を容認しないとい
う意思を軍事行動で示したものの、中東情勢はもはや単純な「力強い外
交」でおさまる状況ではない。
 
かつては「アサド対反政府勢力」の二者対立の構図だった。しかし、シリ
ア内戦の激化をうけて、状況は非常に複雑化している。アサド政権の背後
にはいまや、ロシア、イランが存在する。レバノンのイスラム過激派ヒズ
ボラもアサド大統領の側に立つ。イスラム国(ISIS)は力を失いつつ
あるものの、この間にアルカイダが勢力を盛り返している。
 
一方で米国は、シリア攻撃は北朝鮮への警告だとも語っている。北朝鮮
の核・ミサイル開発抑止に関しては、中国の協力が得られない場合、「中
国抜きで解決する」とトランプ氏は発信した。
 
4月9日には空母、カールビンソンが朝鮮半島周辺海域に向かった。また、
米韓合同演習が史上最大規模で4月末まで続く。トランプ氏の言う「中国
抜きの解決」とは何か。北朝鮮にさらなる制裁を科し、中国の制裁破りを
許さないために、中国銀行に的を絞って制裁を科す可能性さえある。ブッ
シュ政権当時はバンコ・デルタ・アジアという小さい金融機関を標的にし
たが、今回、中国銀行が標的になれば、その影響は非常に大きい。
 
もしくは、北朝鮮の豊渓里核実験基地や、東西両海岸にあるICBM(大
陸間弾道ミサイル)の発射基地への攻撃も考えられる。ロシア、中国の反
応を見ながらの外交・安保政策は、展望が見通しにくい。確かなことは、
日本に迫る脅威はこの上なく深刻だということだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年4月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1178