2020年02月09日

◆裁判官の原発潰しが日本の活力を削ぐ

櫻井よしこ


日本のエネルギー政策を歪め、電気料金を押し上げ、消費者と中小企業に負担させている元凶は原子力規制委員会だけではなかった。三条委員会として強大な権限を有する規制委の決定を覆し、公平・公正とはいえない一方的理屈で原子力発電所の運転差し止めを決定する裁判官も、もうひとつの元凶である。

健全で公正な司法が確立されて初めて社会も国も安心な場所であり得る。だが、原発訴訟を見る限り、日本の司法の現状は憂慮せざるを得ない。その最も理不尽な事例が1月17日の広島高等裁判所の決定であろう。山口県東部の3つの島に住む住民3人が四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めていた裁判で、広島高裁の森一岳裁判長が運転を認めない仮処分を決定したのである。

同裁判の経過、担当した裁判長、審尋の実態、判決内容などは約5年前の福井地方裁判所のケースと非常に似通っている。当時の福井地裁裁判長は樋口英明氏だった。氏は関西電力高浜原発3・4号機の運転差し止めの仮処分を下した人物だ。

森氏も樋口氏も原発の運転を差し止めた時、定年もしくは異動間際だった。森氏は今回の仮処分決定8日後の1月25日に定年で退官するために、本誌が出る頃は広島高裁にはもういないのであろう。他方、福井地裁裁判長だった樋口英明氏は15年4月の異動で名古屋家裁への左遷が決まっており、それにも拘わらず運転差し止めを決定した。

森、樋口両氏はいわば最後の場面で世間に注目される決定を下したわけだが、どう見ても多くの疑問を抱かざるを得ない。第一点が差し止めの仮処分決定に至る過程で当事者の主張を十分に聞いたとは思えないことだ。たとえば森氏が四国電力の意見を聞いたのは90分の審尋1回のみである。樋口氏の関西電力に対する審尋は2回のみだった。いずれのケースでも電力会社側の要請した専門家の意見聴取は却下されている。

判決文の中に間違い

二つの裁判に共通するもうひとつの要素が「人格権」の乱用である。実は私は5年前の樋口氏の仮処分決定の内容に疑問を抱き、インターネット配信の「言論テレビ」に北海道大学教授の奈良林直氏と民法の権威である名古屋大学名誉教授の森嶌昭夫氏を招き、樋口判決について論じたことがある。

樋口氏は判決に「原子力規制委員会の新しい規制基準は緩やかすぎて、それに合格しても安全性は確保されない。従って住民の人格権を侵害する具体的危険がある」との主旨を書いていた。森嶌氏は「人格権」という極めて広く解釈できる用語の使用に以下のように疑義を呈した。

「高浜原発を稼働させたからといって、すぐさま住民の生命自体が侵害される急迫な事態ではないわけです。そこに個人情報から名誉毀損まで幅広い意味が入ってしまう人格権という言葉を当てはめるのであれば、原発を差し止めなければ急迫に侵害されようとしているのが、具体的にどの権利なのかを明確に示さなければなりません」

「人格権」は法律用語としてきちんと定義されているわけではない。にも拘わらず、その曖昧な用語を、ひとつひとつの言葉を厳格に定義したうえで事実認定しなければならないはずの法廷で使用する理由は、本当に急迫した危険な状況であると説明出来ないからではないか、と森嶌氏は疑問視したわけだ。今回の広島高裁の判決にも同様の疑問を抱く。

両判決のもうひとつの共通点は判決文の中に間違いが目立つ点である。高浜原発差し止めを決定した樋口氏の間違いは極めて初歩的であるために分かり易い。

氏は、高浜原発では電源喪失、つまり停電からわずか5時間で炉心損傷に至ると書いている。これは全くの間違いだ。奈良林氏が指摘した。

「福島第一原発はそれに近い状況でしたが、高浜原発では種々の対策がとられていて、全電源が失われても18日から19日間は給水可能、炉心冷却も継続できるのです。特に福島事故の後は巨大タンクを作り、冷却用の水源量を増やしていました」

つまり高浜原発が5時間ほどで炉心損傷に至ることはないのである。この点を樋口氏は高浜原発で事実誤認しただけでなく、その1年前に運転差し止めを命じた大飯原発に関しても同様の誤認をしていた。裁判長たる者が2回も、重要な技術的、科学的な問題点について同じ間違いを犯して公正に裁けるはずがない。

樋口氏はまた、使用済み核燃料プールの給水配管と計測器を、強度の耐震設計を施したSクラスにすべきだと判決文で批判した。

「電力会社の説明を全く聞いていないとしか思えませんね。樋口氏の指摘した部分は元々Sクラスと同等の設計になっていました。最高水準の設計で、使用済み核燃料プールもSクラスです」と、奈良林氏。

国民のツケになる

まだある。樋口氏は、緊急時には免震重要棟が必要であるのに、その建設に猶予期間があるのはおかしい、つまり、免震重要棟が出来ていないではないかと指摘していた。

「免震重要棟は福島第一原発で有名になりましたが、免震のゴムに尋常ならざる圧力がかかりますから、いまは耐震重要棟に切り替わりつつあります。高浜原発には耐震Sクラスの建屋があり、緊急時対策所が設けられています。樋口氏はそのことを認識できていない。猶予期間については全くの思い違いです。猶予期間は重要免震棟ではなく、テロに備えるための『特定重大事故等対処施設』の建築に対するものです。それを樋口氏は免震重要棟の建築と取り違えていたのです」(同)

事実を誤認したまま運転させないという仮処分を下した樋口氏は余りに無責任だが、今回の森判決にも以下のような驚くべき指摘がある。

佐田岬半島瀬戸内海側の沿岸部に活断層があれば、伊方原発に強い地震がくる。だが、四国電力は十分な調査をしないまま、活断層は存在しないと主張し、それを問題なしと判断した原子力規制委員会の側に過誤ないし欠落があった、というものだ。

四国電力は与えられたたった1度の90分の審尋で、指摘箇所の活断層について十分な調査を行ったことをデータを含めて説明した。だが、森氏は電力会社側の説明に殆んど耳を貸さなかったのであろう。その上で、世界一厳しい日本の規制委の安全審査に踏み込んだわけだ。裁判官は活断層の専門家ではない。それがどういう資格でか、一応、専門家集団である規制委の安全審査を否定してみせた。

住民側の主張のみを取り入れている点で森氏は樋口氏と同じである。公正さを欠いた司法判断で伊方原発が止まり、少なくとも毎月35億円の費用が膨らみいずれ国民へのツケになるだろう。経済的痛みと共に国の土台である司法が蝕まれ続けている。

『週刊新潮』 2020年1月30日号
日本ルネッサンス 第886回

2020年02月07日

◆皆で映画「Fukushima50」を観よう

櫻井よしこ

週末、東京・千代田区の東京国際フォーラムで福島の原発事故を描いた映 画「Fukushima50」のワールドプレミアがあった。

1000年に一度と言われたマグニチュード9の大地震とそれに続く大津波に
襲われた東京電力福島第一原発(イチエフ)を守ろうと、現場がどのよう
に戦ったかを描いた作品だ。東電本社のエリート社員と現地採用の職員が 心をひとつにし、原発を守るという使命を果たし、古里と日本を守ろう
と、命を賭けて挑んだ戦いの記録である。

広い会場には多くのメディアが詰めかけ、200倍の応募で客席も満杯だっ
た。上映に先立ち、バイオリニストの五嶋龍氏らがフルオーケストラを バックにテーマ曲を演奏した。世界に名を馳せる五嶋氏を招いた映画製作
の主、角川歴彦氏の思い入れの深さを感じとった。原作者の門田隆将氏が
ポツンとつぶやいた。

「すごいことになっている……」

門田氏は『死の淵を見た男 吉田昌郎と福島第一原発』(角川文庫)でイ
チエフの男たち、女たち、その家族の思いと行動を忠実に再現した。巨大
原発が人間のコントロールの枠を突き抜けて暴走しようとする。その暴走
を止めるために、現場は一体となった。究極の場面でイチエフの所長、吉
田昌郎も中央制御室の長、伊崎利夫も、共に死んでくれる人々の顔を思い 浮かべた。彼らは他者のために自分を犠牲にすることを誇り高く選び取
り、そのとおり行動した。

だからこそ世界は最後の最後まで現場に踏みとどまった50人を「フクシマ
フィフティ」と呼んで敬意を払った。門田氏が描いたのはそうした日本人
の精神だ。

五嶋氏の演奏、主演の佐藤浩市、渡辺謙両氏ら俳優の挨拶に続いて映画が
始まったとき、私の中に思いがけない身体反応が起きた。それは冒頭でい
きなり地震の場面が登場したときだ。物理的に体が動いてしまったのだ。
胸が苦しい。私は知らず知らず、拳をギュッと握りしめていた。あのとき
東京で大変な揺れを感じたのは確かだが、福島や宮城や岩手や震源地に近
い所にいた人たちの受けた衝撃とは似ても似つかぬものだったはずだ。な
のにこの身体反応だ。ならば現地の人たちはこの映画をどのように受けと
めるのだろうか。

「誠実で立派な日本人」

3.11以来、ずっと交流を続けている福島県広野町の西本由美子さんが語っ
た。彼女は身ひとつで避難させられたが、その後、いち早く自宅に戻り古
里再建に取り組んだ。

「震災から今年で10年目に入りますが、いまだに3月11日午後になると、
2011年の3月11日に戻ってしまう。100インチのテレビが倒れ、小皿が飛び
交い、慌てて外に出ると隣家の瓦が飛んできた。砂が強風に巻き上げられ
て灰色の嵐が吹きすさんでいた。私はただ地べたに這いつくばった。その
光景がよみがえってくる。だからあれ以来私はずっと、3月11日はどこに
もいかずに自宅にいます。この映画もまだ恐くて見ていません」

それでも西本さんは映画が事実を忠実に見せてくれるのを期待する。

「一人一人の知っていること、体験は限られています。そうした体験と証
言、思いをまとめて、私たちがしたことは何だったのか、良いことも悪い
ことも含めて記録に残す作品であってほしいと思います」

そうした視点に立つと今更ながら当時の民主党政権、菅直人首相、枝野幸
男官房長官らの「罪」が際立つ。他方、門田氏は語る。

「映画は原発への賛否、政治的立場から離れて作っています。私が本当に
知ってほしいのは現場の人々がどれ程誠実で立派な日本人だったかという
ことです。家族への愛情、古里への愛と共に、自分の仕事への使命感と誇
りゆえです。地元採用のいわば名もなき人々が、東電本社からの所長と一
緒にいかに勇敢に責任を果たしたか。そのことを知らずして、この事故を
語ることは許されません」

勇敢に戦ったフクシマフィフティを、世界は英雄として讃えた。それをし
かし、朝日新聞は「命令に違反して逃げた」と非難した。その非難が全く
の虚偽だったのは周知のとおりだ。

だがもっと悪いのは首相の菅氏だった。映画では佐野史郎氏が首相の役を
演じたが、未曾有の大危機の中で現場の事情に全く配慮せず、自身の能力
を過信して次々と無理難題を突きつけた愚かな人物だ。彼が現場を視察し
たタイミングが原発の制御に如何に大事な時間帯であったか。その前後の
様子は何時何分まで正確に刻まれて描かれており、これは永遠に記録とし
て、また人々の心の中に記憶として残るだろう。

大震災から10年目

門田氏らは作品作りで原発の賛否、政治への批判を焦点にしないように注
意を払ったが、事実が菅氏や枝野氏まで含めてその罪を雄弁に語っている
のだ。西本さんが強調した。

「福島県人として実感するのは菅さん、枝野さんたちの政策がどれ程私た
�ちの生活を、今も路頭に迷わせているかということです。民主党政権は
原発のことも、事故への対応も、その後の復興策もわかっていない人たち です。ならば学ばなければならない。にも拘わらず、彼らは学びもしな
かった」

西本さんの厳しい批判は自民党にも向けられる。自民党は民主党政権の後
始末の一端として、これからの日本の原発政策をどうしたいのか、はっき
り説明し方針を示すべき立場であるにも拘わらず、それをしていないから
である。

「Fukushima50」の試写は福島から始まった。多くの地元の人が見た。映
画に登場する「福島民友」の記者はいま、県会議員になっている。西本さ
んは県議となった元記者や、その家族の皆さん、試写会場に出向いた友人
たちと語り合った。

「皆、言っていました。自分たちの知る限り、事実は正確だ、と」

西本さんは大震災から10年目に入る今年、もう少し強くなりたいと願って
いる。これまで3月11日は家に閉じこもってきたが、今年からその日の午
後を普通に暮らせるようになりたいという。そしてようやく映画を見に行
く気になった。

私は映画を見ながら泣いた。左隣の男の人も右隣の男の人も泣いていた。
立派な日本人の精神に触れさせてもらったからだ。フクシマフィフティは
朝日が言うように逃げたのではない。菅氏がなじったように逃げようとし
たわけではない。立派に戦った人々である。そのことを世界にわかっても
らうためにこの映画はある。角川氏が嬉しそうに語った。

「世界73か国の上映が決まりました」

世界の多くの人々に見てほしい。その前に多くの日本人に見てほしい映画
だった。もうひとつ言えば、原作『死の淵を見た男』を一読するのもよい。

『週刊新潮』 2020年2月6日号
日本ルネッサンス 第887回

2020年02月02日

◆蔡英文大勝利の中に今後の課題山積

櫻井よしこ


1月11日、台湾の運命を決める選挙は民進党総統、蔡英文氏が怒濤の勝利
をおさめた。開票最終局面で同氏の得票が台湾史上初の800万票超えと
なったとき、民進党本部前の広場では花火が弾け、群衆の叫びが地鳴りと
なった。

勝者は蔡氏、もう一方の主役で敗者は中国国家主席の習近平氏だった。

今回の台湾選挙は「中国に対する国民投票」だった。蔡氏の得票率 57.13%は習氏がゴリ押しした「一国二制度」への峻烈な「ノー」であ
り、弾圧されている香港人への強烈な連帯意識の表明である。

11日午後9時半を回った頃に始まった勝利宣言で蔡氏はかつてないほど、
国際社会の注目を集めたこの選挙の意味を説いた。台湾の主権と民主主義
が潰されそうになるとき、台湾人は大声で決意を新たにし、叫び返す人々
だと、今迄の氏にしては珍しい笑顔で語った。大衆もどっと笑ったが、大
中国を相手に圧勝した会心の笑みだった。

だが、彼女はすぐに冷静な表情に戻り、民進党は台湾の主権に関しては揺
るがない、中国とは健全な交流を望むと、中国に呼びかけた。中国は全く
受け入れ不可能な条件と圧力で「一国二制度」を押しつけてきたが、台湾
には平和、均衡、民主主義と対話の4原則がある。選挙で選ばれた台湾政
府と台湾の民主の力は、中国の如何なる圧力にも恫喝にも屈しない。その
ことを北京は理解すべきだと、蔡氏は重ねた。

彼女はさらに香港の若者たちが悲しみの涙と怒りの血を流しながら戦って
いる事例を語った。集会参加者の少なからぬ人々の頬を涙が伝い始め、私
のすぐ近くにいた高齢の小柄な女性が大声で叫んだ。「香港、加油!(香
港ガンバレ!) 香港、加油!」。同じ叫び声がすぐにあちこちで弾け、
こだました。中国共産党の支配、弾圧と抑圧への拒否感情が蔡氏支持者ら
の原動力であることを強く感じさせた場面だ。北京と香港の激しい対立、
習氏と香港人こそが蔡氏を勝たせた要因である。

国民統合を守れるか

台湾史上初の817万余の大量得票は、台湾の若者たちがまさに香港に自ら
の運命を重ねて見て投票所に足を運んだ結果である。彼らは「台湾の主 権」を守ってくれるのは一国二制度拒否の蔡氏であり、同制度受け入れに
傾いた国民党候補者の韓国瑜氏ではないと賢明に見てとったのだ。

一方、台湾人の投票行動のもうひとつの側面に注目すれば、半年ほど前、
即ち、香港問題発生以前は、殆ど勝ち目のなかった蔡氏のこれからの道程
が容易でないことも見てとれる。

113議席の立法院で民進党は過半数の61議席を確保し、行政・立法双方を
堂々と制したが、得票数では国民党も善戦したのである。民進党系シンク
タンクの幹部が語った。

「4年前の総統・議会選挙と比べて国民党は明らかに得票を伸ばしまし
た。総統選では381万票から552万票へ、171万票も増やしました。立法院
選挙では民進党も得票を伸ばしましたが、国民党は少し劣勢なだけで実質
互角の戦いです。蔡氏は総統選で韓氏に得票率で18%以上の差をつけまし
たが、立法院選の差は5%にすぎません」

一連の数字から読みとれることは二つある。➀蔡氏の歴史的大勝利の理由
は前述したように、悪役としての中国の存在によるということ。➁中国共
産党の脅威を別にすれば、蔡氏以下民進党の国内政策は必ずしも受け入れ
られていないことである。従って➁の克服が以降4年間の政権基盤維持に非
常に重要となる。

台湾安全保障協会副理事長の李明峻氏が語った。

「民進党支持者は元々農民と労働者です。ところが民進党は蔡総統の下
(もと)で、主に都市部のエリート向けの先進的政策をリベラルな理念に基
づいて実施しました。一例が同性婚です。考え方として受け入れるのはよ
いのですが、法律まで変えて徹底させ、台湾をアジア初の同性婚国家にし
ました。都会の台北では受け入れられても、田舎の南の方では今も反対が
根強いのです。元々民進党支持勢力だったキリスト長老教会も反対に回り
ました」

台湾人の団結が何よりも必要ないま、学者でリベラル志向の強い蔡氏の理
論先行型政治で国民統合を保てるか、政権のアキレス腱にならないか、注
意が必要だ。

民進党圧勝で平手打ちされた中国の出方を、李氏が説明した。

「もし国民党が勝利していたら、中国はより徹底した強硬路線で、国民党 を従わせ目的を達成しようとしたでしょう。しかし、民進党勝利の前で
は、少なくとも表面的にはそうはできないと考えます」

中国は日本に接近中

中国共産党は媚びる者や弱い者に対しては強く出る。反論する者には下手
に出る。たとえば蔡氏が国民党に圧勝した16年、北京は台湾に対して静観
の姿勢を維持した。しかし18年11月に、地方自治体の首長選挙で民進党が
惨敗すると、中国はあからさまに台湾政策を硬化させた。19年1月2日の習
氏の年頭演説では、「台湾統一は必須であり必然だ、一国二制度の実現が
大事だ」、「軍事力行使の選択肢も放棄していない」と恫喝した。

蔡氏は直ちに「一国二制度は断じて受け入れない」と反撃し、支持率を一
挙に7ポイントも上昇させた。それでも約1年間、今回の選挙まで中国共産
党は台湾海峡に空母を派遣したり、南太平洋の島嶼国を台湾との断交に追
いやったりした。

「日本に対するのと基本的に同じですよ。相手の方が有利だと見れば、静
かな振りをして時を稼ぐ。それでも本心は絶対に変えません。実際の行動
と表面的な動きは無関係です。騙されてはなりません」と李氏。

安倍晋三氏が首相に就任した12年12月以降、中国は日本に強硬政策を取り
続けた。安倍首相は「中国が首脳会談に条件を付けるようなら、会談に応
じる必要はない」として屈せず譲らず、選挙にも勝ち続けた。すると最後
に何の条件も付けずに首脳会談に応じたのが習氏だった。

米中貿易戦争で窮した中国が日本に接近中のいま、日本こそ中国の本質を
想起すべきだ。靖国参拝、尖閣諸島、東シナ海、日本人拘束など、中国の
対日姿勢は不変だ。彼らは表面の薄い膜一枚の色合いを変えて印象操作を
企んでいるだけである。

中国の本質を知り、厳しく長い戦いを予想しているためか、蔡氏は大勝利
の興奮の中でもはち切れるような笑みはほとんど見せない。氏は米国にさ
らなる武器売却と軍事技術の供与を要請し、台湾防衛の力を強化する意思
を示した。天晴れではないか。台湾と民主主義が勝てるように、日本は最
大限の支援をしなければならない。台湾の戦いは、日本にとっての戦いで
もあるからだ。

『週刊新潮』 2020年1月23日号 日本ルネッサンス 第885回

2020年02月01日

◆中国が覇権を握ると、世界はこうなる

櫻井よしこ


令和2年、日本の道は平坦ではあり得ず厳しい1年になるだろう。世界の秩序を揺るがす二大国の前で日本の覚悟が求められている。

米国がアメリカ第一主義を追求し続け、中国がその真空を埋め続けるとしたら、中国主軸の世界はどんな世界になるのか、そのとき日本の対応はどうあるべきなのか。

中国が米国にとって代わる可能性は決して高くない。だが、そのときの世界を想像してみよう。ケ小平以降、江沢民、胡錦濤の歴代指導者と交流があり、中国共産党の考えや性格を深く理解していたシンガポール建国の父、故リー・クアンユー元首相はこんなことを語っていた。

「産業化し力をつけた中国は東南アジア諸国に1945年以来の米国のように慈悲深く接するだろうか。シンガポールは確信が持てない。ブルネイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン・タイ・ベトナムなども同じだろう。中国がより自信に満ちており、強硬な構えをとりたがっているのを、我々はすでに承知している」(グラハム・アリソン他著『リー・クアンユー』BCSIA)。

リー氏は次のようにも語っていた。

「中国は我々シンガポール人に、自らの影響力が強くなるにつれてもっと敬意を払うよう求めた。大小にかかわらずどの国も対等で、中国は覇権を求めないと言った。しかし我々が彼らの気に入らないことをすると、13億人に不快な思いをさせた、立ち位置をわきまえろと言う」(同)

どれ程美しい言葉で飾ったとしても、中国には「どの国とも対等」という考え方はないのである。

リー氏がまだ健在で子息のシェンロン氏に首相職を譲る2004年、シェンロン氏が首相就任前に「個人的かつ非公式に」台湾を訪問した。それ以前にも訪台したことがあり、本人は中国の本当の恐ろしさを読みとれていなかったのだ。次期首相の行動に中国側は激しく反応し、「重大な結果を招く」と恫喝した。

怯えた氏は、同年8月の独立記念集会の演説で「台湾独立を支持しない」と宣言した。

習氏が訪日

10年のASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議では、当時の楊潔篪外相が他の国々の外相を睨みつけながら言い放った。「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

リー氏が15年3月に死去し、同年5月にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議では、「覇権を求めない」はずの中国が覇権国の強圧的な振る舞いを暴露してしまった。

当時、オバマ政権の無策が続き、中国が凄まじい勢いで南シナ海を埋め立てていたため、基調演説をする立場にあったシェンロン氏は南シナ海問題に言及せざるを得なかった。国際社会が注目する中、氏は中国の大規模埋め立ては非難せず、ベトナムやフィリピンの小規模な埋め立てを非難した。中国の怒りを恐れての演説だったのは明らかだ。

その前年の5月には、習近平国家主席が「アジア信頼醸成措置会議」(CICA)で47カ国の代表を前に「アジアの安全はアジアの人民が守らなければならない」、「いかなる国家も安全保障を独占し、他国の正当な権益を侵害することはできない」と語った。世界人口の約6割を占めるアジアの覇権は中国が握るとの宣言であり、米国のアジア太平洋重視のリバランス(再均衡)政策を牽制したのである。

17年10月には中国共産党第19回全国代表大会で、習氏が「中国の特色ある社会主義」を掲げ、「偉大なる中華民族の復興」を公約した。建国100年には、中国が世界の諸民族の中にそびえ立つとも誓った。

そのとき、中国はどんな国になっているのだろうか。豊かで強くなった中国は民主主義国になっていると思うかと問われたリー氏は、即座に「ノー」と答えている。民主主義が中国共産党の支配を崩壊させるのは明らかだからだ。

中国の歴史にはかつて一度も民主主義の要素など存在しなかった、中国人民は民主主義など求めていない、ともリー氏は指摘している。

いま私たちが認識しなければならないのは、このような中国の異質さである。私たちの価値基準で中国人を推し測るのは愚かなことだ。

今年春には習氏が訪日する。日中両政府は両国関係が非常に良くなっていると讃え合うが、現実は全く異なるのではないか。

両国間には多くの問題が存在する。中国の異常な軍拡、尖閣諸島、東シナ海ガス田、靖國神社、歴史認識、知的財産権の窃盗、日本人不当拘束など、まさに問題山積である。

中でも日本人拘束と尖閣諸島の両問題は18年10月の安倍首相と習氏の首脳会談以降、19年6月、11月、12月の首脳会談で安倍首相の側から問題提起し続けてきた。それに対して中国側はどう対応してきたか。日中関係が「非常に良好」だと言えるような対応だろうか。

安倍首相の要請を無視

安倍首相は18年10月に訪中して習氏と首脳会談を行った。その後の19年11月4日、12月23日の首脳会談でも、拘束されている邦人の解放を求めている。が、習氏の側からは何ら回答がない。

それどころか、安倍首相の要請を無視して、中国政府は次々に、拘束した日本人に有罪判決を下し続けた。

18年12月には二人を実刑とした。札幌市の男性に懲役12年、元中国人で日本に帰化した女性に懲役6年である。

19年5月には別の3人に最高15年の実刑を下した。

同年10月、伊藤忠商事の男性社員に懲役3年の実刑判決を出した。

同年には新たに50代の日本人男性が拘束されたが、同件は11月末になって公表された。また9月には、中国政府のシンクタンク、中国社会科学院の招きで訪中した北海道大学教授が拘束され、11月に解放された。

加えて信じ難いのは、どの件でも中国側は判決文を公表しないことだ。日本側としては、一体どんな罪なのか、どんな根拠があるのかなど、一切わからない。

安倍首相が直接、習氏に問題提起した後でも、こんな不透明で不条理な拘束がなされ、実刑が下されている。対日関係改善への中国首脳の熱意も誠意も感じられない。日本に対する敬意などおよそないのではないか。

尖閣の海にほぼ毎日中国艦が侵入していることは今更言うまでもない。これで日中友好などと言えるのだろうか。中国の支配する世界はこのような事態が基調となるのであろう。

米中がせめぎ合う中、日本は自由と民主主義の価値を重視する米国との協力、連携に全力を尽くすべきだ。憲法改正を急ぎ、軍事力を強化し、経済力を強めることだ。

『週刊新潮』 2020年1月16日号
日本ルネッサンス 第884回

2020年01月31日

◆裁判官の原発潰しが日本の活力を削ぐ

櫻井よしこ


日本のエネルギー政策を歪め、電気料金を押し上げ、消費者と中小企業に負担させている元凶は原子力規制委員会だけではなかった。三条委員会として強大な権限を有する規制委の決定を覆し、公平・公正とはいえない一方的理屈で原子力発電所の運転差し止めを決定する裁判官も、もう ひとつの元凶である。

健全で公正な司法が確立されて初めて社会も国も安心な場所であり得る。だが、原発訴訟を見る限り、日本の司法の現状は憂慮せざるを得ない。その最も理不尽な事例が1月17日の広島高等裁判所の決定であろう。山口県東部の三つの島に住む住民3人が四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方 町)の運転差し止めを求めていた裁判で、広島高裁の森一岳裁判長が運 転を認めない仮処分を決定したのである。

同裁判の経過、担当した裁判長、審尋の実態、判決内容などは約5年前の福井地方裁判所のケースと非常に似通っている。当時の福井地裁裁判長は樋口英明氏だった。氏は関西電力高浜原発3・4号機の運転差し止めの仮処分を下した人物だ。

森氏も樋口氏も原発の運転を差し止めた時、定年もしくは異動間際だった。森氏は今回の仮処分決定8日後の1月25日に定年で退官するために、本誌が出る頃は広島高裁にはもういないのであろう。他方、福井地裁裁判長だった樋口英明氏は15年4月の異動で名古屋家裁への左遷が決まってお り、それにも拘わらず運転差し止めを決定した。

森、樋口両氏はいわば最後の場面で世間に注目される決定を下したわけだが、どう見ても多くの疑問を抱かざるを得ない。第一点が差し止めの仮処分決定に至る過程で当事者の主張を十分に聞いたとは思えないことだたとえば森氏が四国電力の意見を聞いたのは90分の審尋1回のみであ る。樋口氏の関西電力に対する審尋は2回のみだった。いずれのケースでも電力会社側の要請した専門家の意見聴取は却下されている。

判決文の中に間違い

二つの裁判に共通するもうひとつの要素が「人格権」の乱用である。実は私は5年前の樋口氏の仮処分決定の内容に疑問を抱き、インターネット配信の「言論テレビ」に北海道大学教授の奈良林直氏と民法の権威である名古屋大学名誉教授の森嶌昭夫氏を招き、樋口判決について論じたこと がある。

樋口氏は判決に「原子力規制委員会の新しい規制基準は緩やかすぎて、それに合格しても安全性は確保されない。従って住民の人格権を侵害する具体的危険がある」との主旨を書いていた。森嶌氏は「人格権」という極めて広く解釈できる用語の使用に以下のように疑義を呈した。

「高浜原発を稼働させたからといって、すぐさま住民の生命自体が侵害される急迫な事態ではないわけです。そこに個人情報から名誉毀損まで幅広い意味が入ってしまう人格権という言葉を当てはめるのであれば、原発を差し止めなければ急迫に侵害されようとしているのが、具体的にど の権利なのかを明確に示さなければなりません」

「人格権」は法律用語としてきちんと定義されているわけではない。にも拘わらず、その曖昧な用語を、ひとつひとつの言葉を厳格に定義したうえで事実認定しなければならないはずの法廷で使用する理由は、本当に 急迫した危険な状況であると説明出来ないからではないか、と森嶌氏は 疑問視したわけだ。今回の広島高裁の判決にも同様の疑問を抱く。

両判決のもうひとつの共通点は判決文の中に間違いが目立つ点である。高浜原発差し止めを決定した樋口氏の間違いは極めて初歩的であるために分かり易い。

氏は、高浜原発では電源喪失、つまり停電からわずか5時間で炉心損傷に至ると書いている。これは全くの間違いだ。奈良林氏が指摘した。

「福島第一原発はそれに近い状況でしたが、高浜原発では種々の対策がとられていて、全電源が失われても18日から19日間は給水可能、炉心冷却 も継続できるのです。特に福島事故の後は巨大タンクを作り、冷却用の水源量を増やしていました」

つまり高浜原発が5時間ほどで炉心損傷に至ることはないのである.この点を樋口氏は高浜原発で事実誤認しただけでなく、その1年前に運転差し止めを命じた大飯原発に関しても同様の誤認をしていた。裁判長たる者が 2回も、重要な技術的、科学的な問題点について同じ間違いを犯して公正に裁けるはずがない。

樋口氏はまた、使用済み核燃料プールの給水配管と計測器を、強度の耐震設計を施したSクラスにすべきだと判決文で批判した。

「電力会社の説明を全く聞いていないとしか思えませんね。樋口氏の指摘した部分は元々Sクラスと同等の設計になっていました。最高水準の設計で、使用済み核燃料プールもSクラスです」と、奈良林氏。

国民のツケになる

まだある。樋口氏は、緊急時には免震重要棟が必要であるのに、その建設に猶予期間があるのはおかしい、つまり、免震重要棟が出来ていないではないかと指摘していた。

「免震重要棟は福島第一原発で有名になりましたが、免震のゴムに尋常ならざる圧力がかかりますから、いまは耐震重要棟に切り替わりつつあります。高浜原発には耐震Sクラスの建屋があり、緊急時対策所が設けられています。樋口氏はそのことを認識できていない。猶予期間について は全くの思い違いです。猶予期間は重要免震棟ではなく、テロに備えるための『特定重大事故等対処施設』の建築に対するものです。それを樋口氏は免震重要棟の建築と取り違えていたのです」(同)

事実を誤認したまま運転させないという仮処分を下した樋口氏は余りに無責任だが、今回の森判決にも以下のような驚くべき指摘がある。

佐田岬半島瀬戸内海側の沿岸部に活断層があれば、伊方原発に強い地震がくる。だが、四国電力は十分な調査をしないまま、活断層は存在しないと主張し、それを問題なしと判断した原子力規制委員会の側に過誤ないし欠落があった、というものだ。

四国電力は与えられたたった1度の90分の審尋で、指摘箇所の活断層について十分な調査を行ったことをデータを含めて説明した。だが、森氏は電力会社側の説明に殆んど耳を貸さなかったのであろう。その上で、世 界一厳しい日本の規制委の安全審査に踏み込んだわけだ。裁判官は活断 層の専門家ではない。それがどういう資格でか、一応、専門家集団であ る規制委の安全審査を否定してみせた。

住民側の主張のみを取り入れている点で森氏は樋口氏と同じである。公正さを欠いた司法判断で伊方原発が止まり、少なくとも毎月35億円の費用が膨らみいずれ国民へのツケになるだろう。経済的痛みと共に国の土台である司法が蝕まれ続けている。

『週刊新潮』 2020年1月30日号
日本ルネッサンス 第886回

2020年01月29日

◆蔡英文大勝利の中に今後の課題山積 

櫻井よしこ


1月11日、台湾の運命を決める選挙は民進党総統、蔡英文氏が怒濤の勝利 をおさめた。開票最終局面で同氏の得票が台湾史上初の800万票超えと なったとき、民進党本部前の広場では花火が弾け、群衆の叫びが地鳴りと なった。

勝者は蔡氏、もう一方の主役で敗者は中国国家主席の習近平氏だった。

今回の台湾選挙は「中国に対する国民投票」だった。蔡氏の得票率 57.13%は習氏がゴリ押しした「一国二制度」への峻烈な「ノー」であ り、弾圧されている香港人への強烈な連帯意識の表明である。

11日午後9時半を回った頃に始まった勝利宣言で蔡氏はかつてないほど、 国際社会の注目を集めたこの選挙の意味を説いた。台湾の主権と民主主義 が潰されそうになるとき、台湾人は大声で決意を新たにし、叫び返す人々 だと、今迄の氏にしては珍しい笑顔で語った。大衆もどっと笑ったが、大 中国を相手に圧勝した会心の笑みだった。

だが、彼女はすぐに冷静な表情に戻り、民進党は台湾の主権に関しては揺 るがない、中国とは健全な交流を望むと、中国に呼びかけた。中国は全く 受け入れ不可能な条件と圧力で「一国二制度」を押しつけてきたが、台湾 には平和、均衡、民主主義と対話の4原則がある。選挙で選ばれた台湾政 府と台湾の民主の力は、中国の如何なる圧力にも恫喝にも屈しない。その ことを北京は理解すべきだと、蔡氏は重ねた。

彼女はさらに香港の若者たちが悲しみの涙と怒りの血を流しながら戦って いる事例を語った。集会参加者の少なからぬ人々の頬を涙が伝い始め、私 のすぐ近くにいた高齢の小柄な女性が大声で叫んだ。「香港、加油!(香 港ガンバレ!) 香港、加油!」。同じ叫び声がすぐにあちこちで弾け、 こだました。中国共産党の支配、弾圧と抑圧への拒否感情が蔡氏支持者ら の原動力であることを強く感じさせた場面だ。北京と香港の激しい対立、 習氏と香港人こそが蔡氏を勝たせた要因である。

国民統合を守れるか

台湾史上初の817万余の大量得票は、台湾の若者たちがまさに香港に自ら の運命を重ねて見て投票所に足を運んだ結果である。彼らは「台湾の主 権」を守ってくれるのは一国二制度拒否の蔡氏であり、同制度受け入れに 傾いた国民党候補者の韓国瑜氏ではないと賢明に見てとったのだ。

一方、台湾人の投票行動のもうひとつの側面に注目すれば、半年ほど前、 即ち、香港問題発生以前は、殆ど勝ち目のなかった蔡氏のこれからの道程 が容易でないことも見てとれる。

113議席の立法院で民進党は過半数の61議席を確保し、行政・立法双方を 堂々と制したが、得票数では国民党も善戦したのである。民進党系シンク タンクの幹部が語った。

「4年前の総統・議会選挙と比べて国民党は明らかに得票を伸ばしまし た。総統選では381万票から552万票へ、171万票も増やしました。立法院 選挙では民進党も得票を伸ばしましたが、国民党は少し劣勢なだけで実質 互角の戦いです。蔡氏は総統選で韓氏に得票率で18%以上の差をつけまし たが、立法院選の差は5%にすぎません」

一連の数字から読みとれることは二つある。?蔡氏の歴史的大勝利の理由 は前述したように、悪役としての中国の存在によるということ。?中国共 産党の脅威を別にすれば、蔡氏以下民進党の国内政策は必ずしも受け入れ られていないことである。従って?の克服が以降4年間の政権基盤維持に非 常に重要となる。

台湾安全保障協会副理事長の李明峻氏が語った。

「民進党支持者は元々農民と労働者です。ところが民進党は蔡総統の下 (もと)で、主に都市部のエリート向けの先進的政策をリベラルな理念に基 づいて実施しました。一例が同性婚です。考え方として受け入れるのはよ いのですが、法律まで変えて徹底させ、台湾をアジア初の同性婚国家にし ました。都会の台北では受け入れられても、田舎の南の方では今も反対が 根強いのです。元々民進党支持勢力だったキリスト長老教会も反対に回り ました」

台湾人の団結が何よりも必要ないま、学者でリベラル志向の強い蔡氏の理 論先行型政治で国民統合を保てるか、政権のアキレス腱にならないか、注 意が必要だ。

民進党圧勝で平手打ちされた中国の出方を、李氏が説明した。

「もし国民党が勝利していたら、中国はより徹底した強硬路線で、国民党 を従わせ目的を達成しようとしたでしょう。しかし、民進党勝利の前で は、少なくとも表面的にはそうはできないと考えます」

中国は日本に接近中

中国共産党は媚びる者や弱い者に対しては強く出る。反論する者には下手 に出る。たとえば蔡氏が国民党に圧勝した16年、北京は台湾に対して静観 の姿勢を維持した。しかし18年11月に、地方自治体の首長選挙で民進党が 惨敗すると、中国はあからさまに台湾政策を硬化させた。19年1月2日の習 氏の年頭演説では、「台湾統一は必須であり必然だ、一国二制度の実現が 大事だ」、「軍事力行使の選択肢も放棄していない」と恫喝した。

蔡氏は直ちに「一国二制度は断じて受け入れない」と反撃し、支持率を一 挙に7ポイントも上昇させた。それでも約1年間、今回の選挙まで中国共産 党は台湾海峡に空母を派遣したり、南太平洋の島嶼国を台湾との断交に追 いやったりした。

「日本に対するのと基本的に同じですよ。相手の方が有利だと見れば、静 かな振りをして時を稼ぐ。それでも本心は絶対に変えません。実際の行動 と表面的な動きは無関係です。騙されてはなりません」と李氏。

安倍晋三氏が首相に就任した12年12月以降、中国は日本に強硬政策を取り 続けた。安倍首相は「中国が首脳会談に条件を付けるようなら、会談に応 じる必要はない」として屈せず譲らず、選挙にも勝ち続けた。すると最後 に何の条件も付けずに首脳会談に応じたのが習氏だった。

米中貿易戦争で窮した中国が日本に接近中のいま、日本こそ中国の本質を 想起すべきだ。靖国参拝、尖閣諸島、東シナ海、日本人拘束など、中国の 対日姿勢は不変だ。彼らは表面の薄い膜一枚の色合いを変えて印象操作を 企んでいるだけである。

中国の本質を知り、厳しく長い戦いを予想しているためか、蔡氏は大勝利 の興奮の中でもはち切れるような笑みはほとんど見せない。氏は米国にさ らなる武器売却と軍事技術の供与を要請し、台湾防衛の力を強化する意思 を示した。天晴れではないか。台湾と民主主義が勝てるように、日本は最 大限の支援をしなければならない。台湾の戦いは、日本にとっての戦いで もあるからだ。

『週刊新潮』 2019年1月23日号
日本ルネッサンス 第885回

2020年01月24日

◆裁判官の原発潰しが日本の活力を削ぐ

櫻井よしこ

日本のエネルギー政策を歪め、電気料金を押し上げ、消費者と中小企業に負担させている元凶は原子力規制委員会だけではなかった。三条委員会として強大な権限を有する規制委の決定を覆し、公平・公正とはいえない一方的理屈で原子力発電所の運転差し止めを決定する裁判官も、もうひとつの元凶である。

健全で公正な司法が確立されて初めて社会も国も安心な場所であり得る。だが、原発訴訟を見る限り、日本の司法の現状は憂慮せざるを得ない。その最も理不尽な事例が1月17日の広島高等裁判所の決定であろう。山口県東部の三つの島に住む住民3人が四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の運転差し止めを求めていた裁判で、広島高裁の森一岳裁判長が運転を認めない仮処分を決定したのである。

同裁判の経過、担当した裁判長、審尋の実態、判決内容などは約5年前の福井地方裁判所のケースと非常に似通っている。当時の福井地裁裁判長は樋口英明氏だった。氏は関西電力高浜原発3・4号機の運転差し止めの仮処分を下した人物だ。

森氏も樋口氏も原発の運転を差し止めた時、定年もしくは異動間際だった。森氏は今回の仮処分決定8日後の1月25日に定年で退官するために、本誌が出る頃は広島高裁にはもういないのであろう。他方、福井地裁裁判長だった樋口英明氏は15年4月の異動で名古屋家裁への左遷が決まっており、それにも拘わらず運転差し止めを決定した。

森、樋口両氏はいわば最後の場面で世間に注目される決定を下したわけだが、どう見ても多くの疑問を抱かざるを得ない。第一点が差し止めの仮処分決定に至る過程で当事者の主張を十分に聞いたとは思えないことだ。たとえば森氏が四国電力の意見を聞いたのは90分の審尋1回のみである。樋口氏の関西電力に対する審尋は2回のみだった。いずれのケースでも電力会社側の要請した専門家の意見聴取は却下されている。

判決文の中に間違い

二つの裁判に共通するもうひとつの要素が「人格権」の乱用である。実は私は5年前の樋口氏の仮処分決定の内容に疑問を抱き、インターネット配信の「言論テレビ」に北海道大学教授の奈良林直氏と民法の権威である名古屋大学名誉教授の森嶌昭夫氏を招き、樋口判決について論じたことがある。

樋口氏は判決に「原子力規制委員会の新しい規制基準は緩やかすぎて、それに合格しても安全性は確保されない。従って住民の人格権を侵害する具体的危険がある」との主旨を書いていた。森嶌氏は「人格権」という極めて広く解釈できる用語の使用に以下のように疑義を呈した。

「高浜原発を稼働させたからといって、すぐさま住民の生命自体が侵害される急迫な事態ではないわけです。そこに個人情報から名誉毀損まで幅広い意味が入ってしまう人格権という言葉を当てはめるのであれば、原発を差し止めなければ急迫に侵害されようとしているのが、具体的にどの権利なのかを明確に示さなければなりません」

「人格権」は法律用語としてきちんと定義されているわけではない。にも拘わらず、その曖昧な用語を、ひとつひとつの言葉を厳格に定義したうえで事実認定しなければならないはずの法廷で使用する理由は、本当に急迫した危険な状況であると説明出来ないからではないか、と森嶌氏は疑問視したわけだ。今回の広島高裁の判決にも同様の疑問を抱く。

両判決のもうひとつの共通点は判決文の中に間違いが目立つ点である。高浜原発差し止めを決定した樋口氏の間違いは極めて初歩的であるために分かり易い。

氏は、高浜原発では電源喪失、つまり停電からわずか5時間で炉心損傷に至ると書いている。これは全くの間違いだ。奈良林氏が指摘した。

「福島第一原発はそれに近い状況でしたが、高浜原発では種々の対策がとられていて、全電源が失われても18日から19日間は給水可能、炉心冷却も継続できるのです。特に福島事故の後は巨大タンクを作り、冷却用の水源量を増やしていました」

つまり高浜原発が5時間ほどで炉心損傷に至ることはないのである。この点を樋口氏は高浜原発で事実誤認しただけでなく、その1年前に運転差し止めを命じた大飯原発に関しても同様の誤認をしていた。裁判長たる者が2回も、重要な技術的、科学的な問題点について同じ間違いを犯して公正に裁けるはずがない。

樋口氏はまた、使用済み核燃料プールの給水配管と計測器を、強度の耐震設計を施したSクラスにすべきだと判決文で批判した。

「電力会社の説明を全く聞いていないとしか思えませんね。樋口氏の指摘した部分は元々Sクラスと同等の設計になっていました。最高水準の設計で、使用済み核燃料プールもSクラスです」と、奈良林氏。

国民のツケになる

まだある。樋口氏は、緊急時には免震重要棟が必要であるのに、その建設に猶予期間があるのはおかしい、つまり、免震重要棟が出来ていないではないかと指摘していた。

「免震重要棟は福島第一原発で有名になりましたが、免震のゴムに尋常ならざる圧力がかかりますから、いまは耐震重要棟に切り替わりつつあります。高浜原発には耐震Sクラスの建屋があり、緊急時対策所が設けられています。樋口氏はそのことを認識できていない。猶予期間については全くの思い違いです。猶予期間は重要免震棟ではなく、テロに備えるための『特定重大事故等対処施設』の建築に対するものです。それを樋口氏は免震重要棟の建築と取り違えていたのです」(同)

事実を誤認したまま運転させないという仮処分を下した樋口氏は余りに無責任だが、今回の森判決にも以下のような驚くべき指摘がある。

佐田岬半島瀬戸内海側の沿岸部に活断層があれば、伊方原発に強い地震がくる。だが、四国電力は十分な調査をしないまま、活断層は存在しないと主張し、それを問題なしと判断した原子力規制委員会の側に過誤ないし欠落があった、というものだ。

四国電力は与えられたたった1度の90分の審尋で、指摘箇所の活断層について十分な調査を行ったことをデータを含めて説明した。だが、森氏は電力会社側の説明に殆んど耳を貸さなかったのであろう。その上で、世界一厳しい日本の規制委の安全審査に踏み込んだわけだ。裁判官は活断層の専門家ではない。それがどういう資格でか、一応、専門家集団である規制委の安全審査を否定してみせた。

住民側の主張のみを取り入れている点で森氏は樋口氏と同じである。公正さを欠いた司法判断で伊方原発が止まり、少なくとも毎月35億円の費用が膨らみいずれ国民へのツケになるだろう。経済的痛みと共に国の土台である司法が蝕まれ続けている。

『週刊新潮』 2020年1月23日号日本ルネッサンス 第885回

2020年01月19日

◆中国が覇権を握ると、世界はこうなる

櫻井よしこ


令和2年、日本の道は平坦ではあり得ず厳しい1年になるだろう。世界の 秩序を揺るがす二大国の前で日本の覚悟が求められている。

米国がアメリカ第一主義を追求し続け、中国がその真空を埋め続けるとし たら、中国主軸の世界はどんな世界になるのか、そのとき日本の対応はど うあるべきなのか。

中国が米国にとって代わる可能性は決して高くない。だが、そのときの世 界を想像してみよう。?小平以降、江沢民、胡錦濤の歴代指導者と交流が あり、中国共産党の考えや性格を深く理解していたシンガポール建国の 父、故リー・クアンユー元首相はこんなことを語っていた。

「産業化し力をつけた中国は東南アジア諸国に1945年以来の米国のように 慈悲深く接するだろうか。シンガポールは確信が持てない。ブルネイ・イ ンドネシア・マレーシア・フィリピン・タイ・ベトナムなども同じだろ う。中国がより自信に満ちており、強硬な構えをとりたがっているのを、 我々はすでに承知している」(グラハム・アリソン他著『リー・クアン ユー』BCSIA)。

リー氏は次のようにも語っていた。

「中国は我々シンガポール人に、自らの影響力が強くなるにつれてもっと 敬意を払うよう求めた。大小にかかわらずどの国も対等で、中国は覇権を 求めないと言った。しかし我々が彼らの気に入らないことをすると、13億 人に不快な思いをさせた、立ち位置をわきまえろと言う」(同)

どれ程美しい言葉で飾ったとしても、中国には「どの国とも対等」という 考え方はないのである。

リー氏がまだ健在で子息のシェンロン氏に首相職を譲る2004年、シェンロ ン氏が首相就任前に「個人的かつ非公式に」台湾を訪問した。それ以前に も訪台したことがあり、本人は中国の本当の恐ろしさを読みとれていな かったのだ。次期首相の行動に中国側は激しく反応し、「重大な結果を招 く」と恫喝した。

怯えた氏は、同年8月の独立記念集会の演説で「台湾独立を支持しない」 と宣言した。

習氏が訪日

10年のASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議では、当時の楊潔? 外相が他の国々の外相を睨みつけながら言い放った。「中国は大国で、他 の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

リー氏が15年3月に死去し、同年5月にシンガポールで開催されたアジア安 全保障会議では、「覇権を求めない」はずの中国が覇権国の強圧的な振る 舞いを暴露してしまった。

当時、オバマ政権の無策が続き、中国が凄まじい勢いで南シナ海を埋め立 てていたため、基調演説をする立場にあったシェンロン氏は南シナ海問題 に言及せざるを得なかった。国際社会が注目する中、氏は中国の大規模埋 め立ては非難せず、ベトナムやフィリピンの小規模な埋め立てを非難し た。中国の怒りを恐れての演説だったのは明らかだ。

その前年の5月には、習近平国家主席が「アジア信頼醸成措置会議」 (CICA)で47カ国の代表を前に「アジアの安全はアジアの人民が守ら なければならない」、「いかなる国家も安全保障を独占し、他国の正当な 権益を侵害することはできない」と語った。世界人口の約6割を占めるア ジアの覇権は中国が握るとの宣言であり、米国のアジア太平洋重視のリバ ランス(再均衡)政策を牽制したのである。

17年10月には中国共産党第19回全国代表大会で、習氏が「中国の特色ある 社会主義」を掲げ、「偉大なる中華民族の復興」を公約した。建国100年 には、中国が世界の諸民族の中にそびえ立つとも誓った。

そのとき、中国はどんな国になっているのだろうか。豊かで強くなった中 国は民主主義国になっていると思うかと問われたリー氏は、即座に 「ノー」と答えている。民主主義が中国共産党の支配を崩壊させるのは明 らかだからだ。

中国の歴史にはかつて一度も民主主義の要素など存在しなかった、中国人 民は民主主義など求めていない、ともリー氏は指摘している。

いま私たちが認識しなければならないのは、このような中国の異質さであ る。私たちの価値基準で中国人を推し測るのは愚かなことだ。

今年春には習氏が訪日する。日中両政府は両国関係が非常に良くなってい ると讃え合うが、現実は全く異なるのではないか。

両国間には多くの問題が存在する。中国の異常な軍拡、尖閣諸島、東シナ 海ガス田、靖國神社、歴史認識、知的財産権の窃盗、日本人不当拘束な ど、まさに問題山積である。

中でも日本人拘束と尖閣諸島の両問題は18年10月の安倍首相と習氏の首脳 会談以降、19年6月、11月、12月の首脳会談で安倍首相の側から問題提起 し続けてきた。それに対して中国側はどう対応してきたか。日中関係が 「非常に良好」だと言えるような対応だろうか。

安倍首相の要請を無視

安倍首相は18年10月に訪中して習氏と首脳会談を行った。その後の19年11 月4日、12月23日の首脳会談でも、拘束されている邦人の解放を求めてい る。が、習氏の側からは何ら回答がない。

それどころか、安倍首相の要請を無視して、中国政府は次々に、拘束した 日本人に有罪判決を下し続けた。

18年12月には二人を実刑とした。札幌市の男性に懲役12年、元中国人で日 本に帰化した女性に懲役6年である。

19年5月には別の3人に最高15年の実刑を下した。

同年10月、伊藤忠商事の男性社員に懲役3年の実刑判決を出した。

同年には新たに50代の日本人男性が拘束されたが、同件は11月末になって 公表された。また9月には、中国政府のシンクタンク、中国社会科学院の 招きで訪中した北海道大学教授が拘束され、11月に解放された。

加えて信じ難いのは、どの件でも中国側は判決文を公表しないことだ。日 本側としては、一体どんな罪なのか、どんな根拠があるのかなど、一切わ からない。

安倍首相が直接、習氏に問題提起した後でも、こんな不透明で不条理な拘 束がなされ、実刑が下されている。対日関係改善への中国首脳の熱意も誠 意も感じられない。日本に対する敬意などおよそないのではないか。

尖閣の海にほぼ毎日中国艦が侵入していることは今更言うまでもない。こ れで日中友好などと言えるのだろうか。中国の支配する世界はこのような 事態が基調となるのであろう。

米中がせめぎ合う中、日本は自由と民主主義の価値を重視する米国との協 力、連携に全力を尽くすべきだ。憲法改正を急ぎ、軍事力を強化し、経済 力を強めることだ。

『週刊新潮』2020年1月16日号日本ルネッサンス 第884回

2020年01月18日

◆中国が覇権を握ると、世界はこうなる

櫻井よしこ


令和2年、日本の道は平坦ではあり得ず厳しい1年になるだろう。世界の秩序を揺るがす二大国の前で日本の覚悟が求められている。

米国がアメリカ第一主義を追求し続け、中国がその真空を埋め続けるとしたら、中国主軸の世界はどんな世界になるのか、そのとき日本の対応はどうあるべきなのか。

中国が米国にとって代わる可能性は決して高くない。だが、そのときの世界を想像してみよう。ケ小平以降、江沢民、胡錦濤の歴代指導者と交流があり、中国共産党の考えや性格を深く理解していたシンガポール建国の父、故リー・クアンユー元首相はこんなことを語っていた。

「産業化し力をつけた中国は東南アジア諸国に1945年以来の米国のように慈悲深く接するだろうか。シンガポールは確信が持てない。ブルネイ・インドネシア・マレーシア・フィリピン・タイ・ベトナムなども同じだろう。中国がより自信に満ちており、強硬な構えをとりたがっているのを、我々はすでに承知している」(グラハム・アリソン他著『リー・クアンユー』BCSIA)。

リー氏は次のようにも語っていた。

「中国は我々シンガポール人に、自らの影響力が強くなるにつれてもっと敬意を払うよう求めた。大小にかかわらずどの国も対等で、中国は覇権を求めないと言った。しかし我々が彼らの気に入らないことをすると、13億人に不快な思いをさせた、立ち位置をわきまえろと言う」(同)

どれ程美しい言葉で飾ったとしても、中国には「どの国とも対等」という考え方はないのである。

リー氏がまだ健在で子息のシェンロン氏に首相職を譲る2004年、シェンロン氏が首相就任前に「個人的かつ非公式に」台湾を訪問した。それ以前にも訪台したことがあり、本人は中国の本当の恐ろしさを読みとれていなかったのだ。次期首相の行動に中国側は激しく反応し、「重大な結果を招く」と恫喝した。

怯えた氏は、同年8月の独立記念集会の演説で「台湾独立を支持しない」と宣言した。

習氏が訪日

10年のASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議では、当時の楊潔篪外相が他の国々の外相を睨みつけながら言い放った。「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

リー氏が15年3月に死去し、同年5月にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議では、「覇権を求めない」はずの中国が覇権国の強圧的な振る舞いを暴露してしまった。

当時、オバマ政権の無策が続き、中国が凄まじい勢いで南シナ海を埋め立てていたため、基調演説をする立場にあったシェンロン氏は南シナ海問題に言及せざるを得なかった。国際社会が注目する中、氏は中国の大規模埋め立ては非難せず、ベトナムやフィリピンの小規模な埋め立てを非難した。中国の怒りを恐れての演説だったのは明らかだ。

その前年の5月には、習近平国家主席が「アジア信頼醸成措置会議」(CICA)で47カ国の代表を前に「アジアの安全はアジアの人民が守らなければならない」、「いかなる国家も安全保障を独占し、他国の正当な権益を侵害することはできない」と語った。世界人口の約6割を占めるアジアの覇権は中国が握るとの宣言であり、米国のアジア太平洋重視のリバランス(再均衡)政策を牽制したのである。

17年10月には中国共産党第19回全国代表大会で、習氏が「中国の特色ある社会主義」を掲げ、「偉大なる中華民族の復興」を公約した。建国100年には、中国が世界の諸民族の中にそびえ立つとも誓った。

そのとき、中国はどんな国になっているのだろうか。豊かで強くなった中国は民主主義国になっていると思うかと問われたリー氏は、即座に「ノー」と答えている。民主主義が中国共産党の支配を崩壊させるのは明らかだからだ。

中国の歴史にはかつて一度も民主主義の要素など存在しなかった、中国人民は民主主義など求めていない、ともリー氏は指摘している。

いま私たちが認識しなければならないのは、このような中国の異質さである。私たちの価値基準で中国人を推し測るのは愚かなことだ。

今年春には習氏が訪日する。日中両政府は両国関係が非常に良くなっていると讃え合うが、現実は全く異なるのではないか。

両国間には多くの問題が存在する。中国の異常な軍拡、尖閣諸島、東シナ海ガス田、靖國神社、歴史認識、知的財産権の窃盗、日本人不当拘束など、まさに問題山積である。

中でも日本人拘束と尖閣諸島の両問題は18年10月の安倍首相と習氏の首脳会談以降、19年6月、11月、12月の首脳会談で安倍首相の側から問題提起し続けてきた。それに対して中国側はどう対応してきたか。日中関係が「非常に良好」だと言えるような対応だろうか。

安倍首相の要請を無視

安倍首相は18年10月に訪中して習氏と首脳会談を行った。その後の19年11月4日、12月23日の首脳会談でも、拘束されている邦人の解放を求めている。が、習氏の側からは何ら回答がない。

それどころか、安倍首相の要請を無視して、中国政府は次々に、拘束した日本人に有罪判決を下し続けた。

18年12月には二人を実刑とした。札幌市の男性に懲役12年、元中国人で日本に帰化した女性に懲役6年である。

19年5月には別の3人に最高15年の実刑を下した。

同年10月、伊藤忠商事の男性社員に懲役3年の実刑判決を出した。

同年には新たに50代の日本人男性が拘束されたが、同件は11月末になって公表された。また9月には、中国政府のシンクタンク、中国社会科学院の招きで訪中した北海道大学教授が拘束され、11月に解放された。

加えて信じ難いのは、どの件でも中国側は判決文を公表しないことだ。日本側としては、一体どんな罪なのか、どんな根拠があるのかなど、一切わからない。

安倍首相が直接、習氏に問題提起した後でも、こんな不透明で不条理な拘束がなされ、実刑が下されている。対日関係改善への中国首脳の熱意も誠意も感じられない。日本に対する敬意などおよそないのではないか。

尖閣の海にほぼ毎日中国艦が侵入していることは今更言うまでもない。これで日中友好などと言えるのだろうか。中国の支配する世界はこのような事態が基調となるのであろう。

米中がせめぎ合う中、日本は自由と民主主義の価値を重視する米国との協力、連携に全力を尽くすべきだ。憲法改正を急ぎ、軍事力を強化し、経済力を強めることだ。

『週刊新潮』 2020年1月16日号日本ルネッサンス 第884回

2020年01月15日

◆韓国崩壊の危機が現実的に

櫻井よしこ


「文在寅の強行策、韓国崩壊の危機が現実的に」

今月16日、日韓間の戦略物資の輸出管理をめぐって東京で日韓の局長級による政策対話が持たれた。日本側はこれを日韓の「対話」と位置づけ、韓国側は「協議」だと主張する。

対話と協議では意味は全く異なる。対話は意見交換であり、相互の立場を相手に十分説明することだ。他方、協議は互いの主張を展開して交渉することを意味する。中部大学特任教授の細川昌彦氏が語った。

「そもそも輸出管理は各国の判断で行うもので、相手国との交渉にはなじまないものなのです」

周知のように、韓国側は輸出管理で優遇を受ける「ホワイト国」から外されたことに反発して、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を終了させると通告していた。米国の圧力でGSOMIA継続をのんだが、その点で国内世論の批判を避けるべく、日本にも譲歩させたように繕うために、対話を協議と言いかえているのである。

同じ16日、韓国ではもうひとつ、非常識な動きがあった。朝鮮人戦時労働者問題で補償基金を設立する法案が国会に提出されたのだ。文喜相(ムンヒサン)国会議長主導の同法案は、日韓双方の企業が資金を出し合って労働者に補償することを柱としている。

日韓議員連盟の幹部、河村建夫氏らは文氏の案に前向きだが、愚かなことだ。朝鮮人戦時労働者問題は1965年に決着済みだ。日本側が資金を出すのは日韓の条約にも道理にも合わない。また問題解決にもつながらない。日本が原則に目をつぶって妥協し、失敗を重ねた典型例が慰安婦問題だ。妥協すれば戦時労働者問題は第二の慰安婦問題となって、日韓関係を悪化させるだけである。

対韓政策に影響を及ぼそうと頻りに動いている日韓議連所属の政治家は、文在寅政権の内政や外交が信ずるに値するのか、きちんと見ることだ。文氏は米国の圧力でGSOMIA維持に転換した後、中国の王毅外相を招いた。王氏は12月5日、文氏に以下の要求を突きつけた。

1米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を徹底排除せよ 2米国の新たな中距離ミサイルを配備してはならない、 3米国主導のインド・太平洋戦略に参加してはならない、4一帯一路に前向きに取り組め、などである。

覇王の要求

まるで宗主国のような王氏の態度に、私はつい、2010年のASEAN地域フォーラム(ARF)外相会議を思い出した。当時の外相、楊潔篪氏が他の国々の外相を「睨みつけながら」言い放ったのだ。

「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

王氏の横柄な対韓圧力も全く同じ、中華思想に基づく覇王の要求である。だが、王氏の前で文氏は自らを卑下してみせた。習近平国家主席の国賓待遇での訪韓を要請したのである。今年8月15日の「光復節」で、日米韓3か国連合から統一朝鮮と中露の3か国連合への移行を示唆した文氏の本質を表わしているではないか。

その2日後、トランプ米大統領が文氏に電話し、30分間話している。信頼もしておらず、頼りにもしていない文氏に、トランプ氏が頼みごと、たとえば北朝鮮との関係の仲介などを頼むはずがない。中国、北朝鮮について、米国がどれ程厳しく構えているかを明確に伝え、文氏を牽制したと考えて間違いないだろう。

両首脳の電話会談について、いつも「平和が訪れた」などと夢見るような言辞を弄する文政権が「最近の朝鮮半島情勢が厳しい状況にあるとの認識で一致した」と発表したこと自体、会談の内容の厳しさを示したとして注目された。米韓関係の現状を産経新聞編集委員の久保田るり子氏が「言論テレビ」で語った。

「11月28日以来、米軍の偵察機が毎日、朝鮮半島上空を飛んでいます。通信傍受、地上監視などを同時展開しています。今月11日にはB-52爆撃機も飛びました。通常は隠密に行っているこれらの軍事活動を、米国は意図的に公開しています。エスパー国防長官は、今月8日、今夜にでも行動を起こし、相手を完全に破壊する準備も整っている、とまで語りました。まさに米軍が臨戦態勢を敷いていることを強調しているわけです」

トランプ氏が文氏に告げたのは対北朝鮮軍事介入の可能性も含めて、あらゆる意味で厳しい内容だったはずだ。過度の対中傾斜に警告を発したと考えてよいだろう。

文氏はしかし、米中双方の圧力を受けながら、自身の思い描く革命遂行に全力を傾けている。日本ではほとんど報道されていないが、文氏は韓国転覆につながる重大事に、ここにきて、具体的に手をかけたのである。選挙制度改革法案を11月27日に、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)新設法案を12月13日に国会に上程した。群小野党と手を組んで両法案を実現できれば、文政権は自由と民主主義の大韓民国を根底から変質させ、事実上、消滅させることができる。

北朝鮮との統一

韓国は日本とは異なり、一院制で議席数は300だ。小選挙区が253、比例は47で、現在欠員が3名。総数297の過半数は149議席である。国家基本問題研究所研究員の西岡力氏が言論テレビで解説した。

「文氏は小選挙区を225議席に減らして比例を75に増やし、比例分については群小野党に有利な50%連動型の導入を提案しています」

現在、与党で左翼の「共に民主党」系は129で過半数に20議席足りない。野党第一党で保守の「自由韓国党」は108だ。以下、正しい未来党や正義党など15議席から1議席までの小政党が7党存在する。この内6党は殆んど極左に近い。

再び西岡氏が説明した。

「国会に提出された法案では、第3党以下の弱小群党が非常に有利になります。仕組みは複雑で、有権者の一票の行方がわからなくなるとまで批判されていますが、両法案は迅速処理指定を受けています。つまり、審議なしで、議長権限で採決を強行できるのです」

文氏の狙いはまず選挙制度を変えて左翼勢力が3分の2以上の議席を取れるようにする。その上で憲法を改正し、今は禁じられている連邦制による北朝鮮との統一を憲法上、可能にすることだろう。第二に検察の上に、捜査権と起訴権を持つ大統領直属の第2検察(政治検察)を設置し、文政権の不正を捜査している現在の検察をつぶし、司法を支配下に置くことであろう。

韓国の国会は12月10日に閉会されたが、文氏は法案の議決を急ぐため11日、13日、16日と、国会再開を試みた。保守系の自由韓国党と国民有志が物理的に抵抗して国会再開を阻止した。それでも文氏の革命への動きは止まらない。左翼全体主義に走る文政権に日本の妥協は有害無益だ。文政権と対立する民主勢力への応援こそが日本の国益である。

『週刊新潮』 2019年12月26日号 日本ルネッサンス 第882回


2020年01月12日

◆しつけと体罰を混同してはならない

櫻井よしこ


令和2年4月から、家庭における子供の教育に法律が関わってくる。本来な ら両親の責任で行うべき子育てとしつけが法律で規制される。

発端は、しつけと称して親が幼子を虐待し死に至らしめるという、余りに も酷い事件の多発である。これ以上幼い命を犠牲にしてはならないとの政 府の決意を反映して、令和元年6月、「改正児童虐待防止法」が可決・成 立した。それに伴って厚生労働省は、体罰に関する指針案を12月3日に示 した。広く国民の意見を聴いたうえで、何が体罰で何がそうでないのかを 具体的に示すことになるこの指針は年度内にまとめられる。

恵泉女学園大学学長の大日向雅美氏が座長となってまとめた「指針」に は、「たとえしつけのためだと親が思っても、身体に何らかの苦痛又は不 快感を引き起こす行為(罰)である場合は、どんなに軽いものであっても 体罰に該当し、法律で禁止されます」と明記されている。

具体的事例として「口で3回注意したけど言うことを聞かないので、頬を 叩いた」「大切なものにいたずらをしたので、長時間正座をさせた」「友 達を殴ってケガをさせたので、同じように子どもを殴った」「他人のもの を盗んだので、罰としてお尻を叩いた」「宿題をしなかったので、夕ご飯 を与えなかった」などを示し、これら全てを「体罰」としている。

体罰をなくすとの決意は尊重する。だが、本当にこのような内容の法律を 家庭内に持ち込んでよいのか。

「何らかの不快感」を引き起こせばどんなに軽いものでも体罰であり法で 禁止するというが、子供の自律心や忍耐心を育てるには、子供の心に不快 感を引き起こしてでも教えることが必要である。かつて会津藩で実践され ていた、子弟教育における「什の掟」のように、「ならぬことはならぬも のです」という不動の真理の教えは放棄してはならないだろう。

体罰としつけは全く異なる。両者の相違を明確にした指針でなければ、す でに大きく綻んでいる日本の家庭教育を、政府の策がさらに退化させるこ とになりかねない。

「情動教育」

そもそも子供への体罰や虐待はなぜおきるのか、その原因を分析し、根本 的な対策を探らなければ、体罰禁止を法制化しても、真の解決などあり得 ないだろう。教育問題の専門家でモラロジー研究所教授の高橋史朗氏は、 日本の親の保護能力が著しく低下していると指摘する。

「必要なのは優しさと厳しさのバランスがとれた子育て支援なのです。体 罰に関する指針案が、体罰の名の下に子供に対するしつけや指導そのもの を否定するような誤解につながれば、教育の荒廃に拍車がかかり、教育再 生を逆行させかねません」

親が子供にしてやれることの第一は、子供が一人の人間として自らの人生 を切り開いていけるよう、その能力を育む下地を作ってやることだ。人生 を前向きにとらえ自らを律する自制心、忍耐心、他者に共感し協調する能 力、人間としての思いやりや優しさ、豊かな感受性を育む教育が大事であ る。このような資質を「非認知能力」と言い、高橋氏はそうした能力を育 む教育を「情動教育」と呼ぶ。

計算やものおぼえがよいという知的能力以前に、人間としての感受性や優 しさを育むのが情動教育だ。「情動」能力はどのようにすれば育つのか。 日本でも世界でも、この点について科学の知見を導入する努力がなされて いる。

2001年の国連児童基金(ユニセフ)「世界子供白書」には、スリランカの 二つの家庭の子育て事例が紹介されている。電気も水道もなく、土の床に ワラのござを敷いて休むという貧しさにおいて、二つの家族は同じ境遇に ある。しかし、各々の家庭で子供の成育状態は大きく異なっているという のだ。

一方の家庭はユニセフの専門家の指導を受け、親が子供たちを抱きしめ、 肌で触れ、話しかけ、歌い、おもちゃの家をつくってやり、将来の夢を語 りきかせながら育てている。結果子供たちは活発な明るい子に育ってい る。もう一方の家庭はそうした機会に恵まれずに子育てをした。幼い兄妹 二人は仲がよいが、他者に対しては「刺すような黒い眼」で、「まるで口 をきか」ないと書いてある。

「白書」は右の二家族を紹介した後、「0~3歳の時期の重要さ」という 小題を掲げている。

「乳児は抱かれ、触れられ、愛撫されると、よく成長する」として「子ど もに応える暖かいケア」の重要性を指摘しているのだ。これこそ日本の子 育ての常識だった。古来、日本人は「三つ子の魂百まで」と言いならわし てきた。子供は少なくとも3歳までは家庭でしっかり育てることが何より も大事で、3歳までの育て方で子供の心の成育が定まり、その先の人生に 大きな影響を及ぼすことを、私たちの先輩世代は体験で知っていたのである。

「1000億個の脳細胞」

ユニセフが白書で強調したことのひとつが、子供の脳の健康な発達を促す には最重要のタイミングがある、3歳頃までの幼い時期だという点であ る。白書はざっと以下のように書いている。

「脳内の細胞の接合は生後3年間に爆発的に増殖し、子どもは目覚めてい る事実上すべての瞬間に新しい事柄を発見している。新生児は1000億個の 脳細胞をもつが、大部分はまだ互いに接合されておらず、脳が機能するた めには神経細胞の相互間の何兆もの接合部(シナプス)によって脳細胞が ネットワークに組織されなければならない」

子供の脳は胎内にいるときからさまざまな刺激を受けて育っている。脳科 学の研究は、生後5日の乳児が早くも言葉を聞きとっていることもつきと めた。だからこそ、生まれたばかりの赤ちゃんに親の愛を伝えることが大 事なのだ。

それを日本人は実践してきた。子供を抱いておぶって肌と肌の接触を重 ね、赤ちゃんの目を見詰めて言葉をかけ、優しい表情であたたかい気持 ち、子供を大切に思っているという感情を伝えてきた。脳科学の研究は、 こうした親と子の触れ合いが子供の脳に大きな刺激を与え、何兆ものシナ プスが生まれ一瞬の内に脳の発達が促されることを証明した。幼な子の脳 の柔軟性や成長の無限性には人智を超えたものがあるが、逆に言えば、必 要なケアを受けられず、飢餓、虐待、放置を経験すると、幼な子の脳の発 達は損なわれ得ることを意味する。

本来、家庭教育は、このような理解と認識に根ざすべきだと高橋氏は強調 する。「法律で体罰を禁ずる以前に、昔ながらの『しっかり抱いて、下に 降ろして、歩かせろ』という家庭での子育てを可能にする施策こそが大事 です」。

高橋氏の助言こそ、貴重である。

『週刊新潮』 2020年1月2・9日号 日本ルネッサンス 第883回

2020年01月02日

◆韓国崩壊の危機が現実的に

櫻井よしこ


「文在寅の強行策、韓国崩壊の危機が現実的に」

今月16日、日韓間の戦略物資の輸出管理をめぐって東京で日韓の局長級に
よる政策対話が持たれた。日本側はこれを日韓の「対話」と位置づけ、韓
国側は「協議」だと主張する。

対話と協議では意味は全く異なる。対話は意見交換であり、相互の立場を
相手に十分説明することだ。他方、協議は互いの主張を展開して交渉する
ことを意味する。中部大学特任教授の細川昌彦氏が語った。

「そもそも輸出管理は各国の判断で行うもので、相手国との交渉にはなじ
まないものなのです」

周知のように、韓国側は輸出管理で優遇を受ける「ホワイト国」から外さ
れたことに反発して、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を
終了させると通告していた。米国の圧力でGSOMIA継続をのんだが、
その点で国内世論の批判を避けるべく、日本にも譲歩させたように繕うた
めに、対話を協議と言いかえているのである。

同じ16日、韓国ではもうひとつ、非常識な動きがあった。朝鮮人戦時労働
者問題で補償基金を設立する法案が国会に提出されたのだ。文喜相(ムン
ヒサン)国会議長主導の同法案は、日韓双方の企業が資金を出し合って労
働者に補償することを柱としている。

日韓議員連盟の幹部、河村建夫氏らは文氏の案に前向きだが、愚かなこと
だ。朝鮮人戦時労働者問題は1965年に決着済みだ。日本側が資金を出すの
は日韓の条約にも道理にも合わない。また問題解決にもつながらない。日
本が原則に目をつぶって妥協し、失敗を重ねた典型例が慰安婦問題だ。妥
協すれば戦時労働者問題は第二の慰安婦問題となって、日韓関係を悪化さ
せるだけである。

対韓政策に影響を及ぼそうと頻りに動いている日韓議連所属の政治家は、
文在寅政権の内政や外交が信ずるに値するのか、きちんと見ることだ。文
氏は米国の圧力でGSOMIA維持に転換した後、中国の王毅外相を招い
た。王氏は12月5日、文氏に以下の要求を突きつけた。

➀米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を徹底排除せよ、➁米国の
新たな中距離ミサイルを配備してはならない、➂米国主導のインド・太平
洋戦略に参加してはならない、➃一帯一路に前向きに取り組め、などである。

覇王の要求

まるで宗主国のような王氏の態度に、私はつい、2010年のASEAN地域
フォーラム(ARF)外相会議を思い出した。当時の外相、楊潔篪氏が他
の国々の外相を「睨みつけながら」言い放ったのだ。

「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

王氏の横柄な対韓圧力も全く同じ、中華思想に基づく覇王の要求である。
だが、王氏の前で文氏は自らを卑下してみせた。習近平国家主席の国賓待
遇での訪韓を要請したのである。今年8月15日の「光復節」で、日米韓三
か国連合から統一朝鮮と中露の三か国連合への移行を示唆した文氏の本質
を表わしているではないか。

その2日後、トランプ米大統領が文氏に電話し、30分間話している。信頼
もしておらず、頼りにもしていない文氏に、トランプ氏が頼みごと、たと
えば北朝鮮との関係の仲介などを頼むはずがない。中国、北朝鮮につい
て、米国がどれ程厳しく構えているかを明確に伝え、文氏を牽制したと考
えて間違いないだろう。

両首脳の電話会談について、いつも「平和が訪れた」などと夢見るような
言辞を弄する文政権が「最近の朝鮮半島情勢が厳しい状況にあるとの認識
で一致した」と発表したこと自体、会談の内容の厳しさを示したとして注
目された。米韓関係の現状を産経新聞編集委員の久保田るり子氏が「言論
テレビ」で語った。

「11月28日以来、米軍の偵察機が毎日、朝鮮半島上空を飛んでいます。通
信傍受、地上監視などを同時展開しています。今月11日にはB-52爆撃機
も飛びました。通常は隠密に行っているこれらの軍事活動を、米国は意図
的に公開しています。エスパー国防長官は、今月8日、今夜にでも行動を
起こし、相手を完全に破壊する準備も整っている、とまで語りました。ま
さに米軍が臨戦態勢を敷いていることを強調しているわけです」

トランプ氏が文氏に告げたのは対北朝鮮軍事介入の可能性も含めて、あら
ゆる意味で厳しい内容だったはずだ。過度の対中傾斜に警告を発したと考
えてよいだろう。

文氏はしかし、米中双方の圧力を受けながら、自身の思い描く革命遂行に
全力を傾けている。日本ではほとんど報道されていないが、文氏は韓国転
覆につながる重大事に、ここにきて、具体的に手をかけたのである。選挙
制度改革法案を11月27日に、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)新設法案を
12月13日に国会に上程した。群小野党と手を組んで両法案を実現できれ
ば、文政権は自由と民主主義の大韓民国を根底から変質させ、事実上、消
滅させることができる。

北朝鮮との統一

韓国は日本とは異なり、一院制で議席数は300だ。小選挙区が253、比例は
47で、現在欠員が3名。総数297の過半数は149議席である。国家基本問題
研究所研究員の西岡力氏が言論テレビで解説した。

「文氏は小選挙区を225議席に減らして比例を75に増やし、比例分につい
ては群小野党に有利な50%連動型の導入を提案しています」

現在、与党で左翼の「共に民主党」系は129で過半数に20議席足りない。
野党第一党で保守の「自由韓国党」は108だ。以下、正しい未来党や正義
党など15議席から1議席までの小政党が7党存在する。この内6党は殆んど
極左に近い。

再び西岡氏が説明した。

「国会に提案された法案では、第三党以下の弱小群党が非常に有利になり
ます。仕組みは複雑で、有権者の一票の行方がわからなくなるとまで批判
されていますが、両法案は迅速処理指定を受けています。つまり、審議な
しで、議長権限で採決を強行できるのです」

文氏の狙いはまず選挙制度を変えて左翼勢力が3分の2以上の議席を取れる
ようにする。その上で憲法を改正し、今は禁じられている連邦制による北
朝鮮との統一を憲法上、可能にすることだろう。第二に検察の上に、捜査
権と起訴権を持つ大統領直属の第2検察(政治検察)を設置し、文政権の
不正を捜査している現在の検察をつぶし、司法を支配下に置くことであろう。

韓国の国会は12月10日に閉会されたが、文氏は法案の議決を急ぐため11
日、13日、16日と、国会再開を試みた。保守系の自由韓国党と国民有志が
物理的に抵抗して国会再開を阻止した。それでも文氏の革命への動きは止
まらない。左翼全体主義に走る文政権に日本の妥協は有害無益だ。文政権
と対立する民主勢力への応援こそが日本の国益である。

『週刊新潮』 2019年12月26日号日本ルネッサンス 第882回

2019年12月31日

◆韓国崩壊の危機が現実的に

櫻井よしこ


「 文在寅の強行策、韓国崩壊の危機が現実的に 」

今月16日、日韓間の戦略物資の輸出管理をめぐって東京で日韓の局長級に よる政策対話が持たれた。日本側はこれを日韓の「対話」と位置づけ、韓 国側は「協議」だと主張する。

対話と協議では意味は全く異なる。対話は意見交換であり、相互の立場を 相手に十分説明することだ。他方、協議は互いの主張を展開して交渉する ことを意味する。中部大学特任教授の細川昌彦氏が語った。

「そもそも輸出管理は各国の判断で行うもので、相手国との交渉にはなじ まないものなのです」

周知のように、韓国側は輸出管理で優遇を受ける「ホワイト国」から外さ れたことに反発して、日本との軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を 終了させると通告していた。米国の圧力でGSOMIA継続をのんだが、 その点で国内世論の批判を避けるべく、日本にも譲歩させたように繕うた めに、対話を協議と言いかえているのである。

同じ16日、韓国ではもうひとつ、非常識な動きがあった。朝鮮人戦時労働 者問題で補償基金を設立する法案が国会に提出されたのだ。文喜相(ムン ヒサン)国会議長主導の同法案は、日韓双方の企業が資金を出し合って労 働者に補償することを柱としている。

日韓議員連盟の幹部、河村建夫氏らは文氏の案に前向きだが、愚かなこと だ。朝鮮人戦時労働者問題は1965年に決着済みだ。日本側が資金を出すの は日韓の条約にも道理にも合わない。また問題解決にもつながらない。日 本が原則に目をつぶって妥協し、失敗を重ねた典型例が慰安婦問題だ。妥 協すれば戦時労働者問題は第二の慰安婦問題となって、日韓関係を悪化さ せるだけである。

対韓政策に影響を及ぼそうと頻りに動いている日韓議連所属の政治家は、 文在寅政権の内政や外交が信ずるに値するのか、きちんと見ることだ。文 氏は米国の圧力でGSOMIA維持に転換した後、中国の王毅外相を招い た。王氏は12月5日、文氏に以下の要求を突きつけた。

?米国のTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)を徹底排除せよ、?米国の 新たな中距離ミサイルを配備してはならない、?米国主導のインド・太平 洋戦略に参加してはならない、?一帯一路に前向きに取り組め、などである。

覇王の要求

まるで宗主国のような王氏の態度に、私はつい、2010年のASEAN地域 フォーラム(ARF)外相会議を思い出した。当時の外相、楊潔?氏が他 の国々の外相を「睨みつけながら」言い放ったのだ。

「中国は大国で、他の国々は小国だ。それは厳然たる事実だ」と。

王氏の横柄な対韓圧力も全く同じ、中華思想に基づく覇王の要求である。 だが、王氏の前で文氏は自らを卑下してみせた。習近平国家主席の国賓待 遇での訪韓を要請したのである。今年8月15日の「光復節」で、日米韓三 か国連合から統一朝鮮と中露の三か国連合への移行を示唆した文氏の本質 を表わしているではないか。

その2日後、トランプ米大統領が文氏に電話し、30分間話している。信頼 もしておらず、頼りにもしていない文氏に、トランプ氏が頼みごと、たと えば北朝鮮との関係の仲介などを頼むはずがない。中国、北朝鮮につい て、米国がどれ程厳しく構えているかを明確に伝え、文氏を牽制したと考 えて間違いないだろう。

両首脳の電話会談について、いつも「平和が訪れた」などと夢見るような 言辞を弄する文政権が「最近の朝鮮半島情勢が厳しい状況にあるとの認識 で一致した」と発表したこと自体、会談の内容の厳しさを示したとして注 目された。米韓関係の現状を産経新聞編集委員の久保田るり子氏が「言論 テレビ」で語った。

「11月28日以来、米軍の偵察機が毎日、朝鮮半島上空を飛んでいます。通 信傍受、地上監視などを同時展開しています。今月11日にはB-52爆撃機 も飛びました。通常は隠密に行っているこれらの軍事活動を、米国は意図 的に公開しています。エスパー国防長官は、今月8日、今夜にでも行動を 起こし、相手を完全に破壊する準備も整っている、とまで語りました。ま さに米軍が臨戦態勢を敷いていることを強調しているわけです」

トランプ氏が文氏に告げたのは対北朝鮮軍事介入の可能性も含めて、あら ゆる意味で厳しい内容だったはずだ。過度の対中傾斜に警告を発したと考 えてよいだろう。

文氏はしかし、米中双方の圧力を受けながら、自身の思い描く革命遂行に 全力を傾けている。日本ではほとんど報道されていないが、文氏は韓国転 覆につながる重大事に、ここにきて、具体的に手をかけたのである。選挙 制度改革法案を11月27日に、高位公職者犯罪捜査処(公捜処)新設法案を 12月13日に国会に上程した。群小野党と手を組んで両法案を実現できれ ば、文政権は自由と民主主義の大韓民国を根底から変質させ、事実上、消 滅させることができる。

北朝鮮との統一

韓国は日本とは異なり、一院制で議席数は300だ。小選挙区が253、比例は 47で、現在欠員が3名。総数297の過半数は149議席である。国家基本問題 研究所研究員の西岡力氏が言論テレビで解説した。

「文氏は小選挙区を225議席に減らして比例を75に増やし、比例分につい ては群小野党に有利な50%連動型の導入を提案しています」

現在、与党で左翼の「共に民主党」系は129で過半数に20議席足りない。 野党第一党で保守の「自由韓国党」は108だ。以下、正しい未来党や正義 党など15議席から1議席までの小政党が7党存在する。この内6党は殆んど 極左に近い。

再び西岡氏が説明した。

「国会に提案された法案では、第三党以下の弱小群党が非常に有利になり ます。仕組みは複雑で、有権者の一票の行方がわからなくなるとまで批判 されていますが、両法案は迅速処理指定を受けています。つまり、審議な しで、議長権限で採決を強行できるのです」

文氏の狙いはまず選挙制度を変えて左翼勢力が3分の2以上の議席を取れる ようにする。その上で憲法を改正し、今は禁じられている連邦制による北 朝鮮との統一を憲法上、可能にすることだろう。第二に検察の上に、捜査 権と起訴権を持つ大統領直属の第2検察(政治検察)を設置し、文政権の 不正を捜査している現在の検察をつぶし、司法を支配下に置くことであろう。

韓国の国会は12月10日に閉会されたが、文氏は法案の議決を急ぐため11 日、13日、16日と、国会再開を試みた。保守系の自由韓国党と国民有志が 物理的に抵抗して国会再開を阻止した。それでも文氏の革命への動きは止 まらない。左翼全体主義に走る文政権に日本の妥協は有害無益だ。文政権 と対立する民主勢力への応援こそが日本の国益である。

『週刊新潮』 2019年12月26日号 日本ルネッサンス 第882回