2017年08月12日

◆戦略も価値観も失くした米政権

櫻井よしこ



アメリカ共和党のジョン・マケイン上院議員が7月19日、脳腫瘍を患って
いると発表した。同情報をアメリカ各紙は大きく報じ続けている。その詳
細な報道振りから、改めてマケイン氏の政治的影響力の程を認識した。

氏はベトナム戦争で負傷し、北ベトナムの捕虜として5年間拘束された。
解放の機会は幾度かあったが、同僚の軍人たちを残しての解放には応じら
れないとして最後まで頑張り通した。このような経歴に加えて、共和党員
でありながら、共和党に対してさえも言うべきことは言う正論の人として
の姿勢が、党派を超えて高く評価されている。

マケイン氏が6月18日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」
(WSJ)紙のインタビューにこう語っている。

「もし我々が人権についての主張を放棄すれば、我々は歴史において興亡
を繰り返す(そしてやがて滅びていく)その辺の国と何ら変わらない」

「人間を変えることはできない。人間は自由を求める存在である。世界の
人々はロールモデルとして、精神的支柱として、我々を見ている」

氏が念頭に置いているのはドナルド・トランプ大統領である。トランプ氏
は最初の外遊先に中東を選んだ。その中で、女性の人権について非常に問
題のある国だとされているサウジアラビアでの会談で、人権問題に全く触
れなかった。その点に関して、マケイン氏はこう述べた。

「アメリカはユニークな国家だ。我々は失敗や間違いも犯したが、人々の
ために立ち上がった。信ずるところに従って立ち上がらなければ、我々は
他の国と同じになる」

アメリカのメディアはこれをトランプ氏への「痛烈な批判」と報じた。だ
が、トランプ氏はその後も各国の人権状況には殆ど無頓着であり続けてい
る。中国共産党政権下で拘束されていた劉暁波氏が死去した7月13日、ト
ランプ氏はパリでマクロン仏大統領と首脳会談を行った。ここでもトラン
プ氏には人権という概念が全く欠落していると思わせる発言があった。

プーチン大統領を称賛

共同記者会見で中国について問われ、トランプ氏は習近平国家主席を「偉
大な指導者だ。才能に溢れた好人物だ」と称賛したのである。習政権に
よって逮捕、拘留され、まさに死に追いやられた民主化運動の精神的支
柱、劉暁波氏には、一言も触れなかったのである。

このような姿勢への批判が高まり、ホワイトハウスは5時間後、大統領の
コメントを発信する羽目に陥った。だが、それはごく通常の「お悔やみ」
の言葉にすぎず、抑圧された人々の自由と権利のために、アメリカの影響
力を最大限行使する気概は全く見てとれなかった。

マケイン氏が指摘するように、アメリカを大国たらしめ、国際社会の中心
軸たらしめた要因は、単に世界一の軍事力と経済力だけではない。「アメ
リカが己の信条に忠実に、人類普遍の価値観を守ろうとし続けたから」で
ある。

アメリカの歴史を振りかえると、大国への道程のひとつが1861年から4年
間続いた南北戦争だといえる。その戦いの軸のひとつは、黒人奴隷の解放
という、人権、普遍的価値観を巡る信念だった。北部諸州の勝利はアメリ
カが普遍的価値観に目覚め始めたことを意味する。そのときから約150
年、さらに第一次世界大戦から約100年、アメリカは経済、軍事の双方に
おいて大英帝国を凌駕し、世界最強国への階段を駆け上がり続けた。

第二次世界大戦直後には、ギリシャ及びトルコ防衛、つまり地中海を旧ソ
連の脅威から守るために北大西洋条約機構(NATO)を創設し、第二次
世界大戦で疲弊した欧州及びアジアの再生を促すべくマーシャル・プラン
を実施した。

アメリカは「自由世界」の盟主として、民主主義、人間の自由、弱者救済
など、誰もが賛成せざるを得ない普遍的価値観を基盤にして共産主義、社
会主義陣営と戦った。

アメリカの政策を具体的に見れば、たとえば対日占領政策に関しては、日
本人としては大いなる不満がある。欺瞞も指摘しなければならない。それ
でも、当時、世界が直面していたソビエトの共産主義・社会主義に対峙す
べく、あらゆる力をもって備えようとしたアメリカの戦略は正しかったと
思う。

アメリカを「偉大な国」の地位に押し上げた要因は、この大戦略を持って
いたこと、人類普遍の価値観を基盤としたことの二つであろう。

しかしいま、戦略、価値観共に揺らいでいる。戦略が欠落している結果、
トランプ氏はNATOを「時代遅れ」と呼び、年来アメリカの敵と位置づ
けられてきた独裁専制政治を実践するロシアのプーチン大統領を称賛する
のである。

眼前の利益

7月24日付の「タイム」誌の表紙を飾ったのはトランプ大統領の長男の
ジュニア氏だった。氏を真正面からとらえた顔写真の上に、氏が公表した
eメールの文面を重ねた表紙で、「Red Handed」(赤い手に捕われて)と
いう鮮やかな黄色文字で書かれた特集タイトルが目を引いた。

大統領選挙の最中、クリントン氏に不利な情報、従ってトランプ氏に有利
な情報を提供できると称するロシア側の連絡を受けて、ジュニア氏は、そ
の人物にトランプタワーで会った。ジュニア氏は、「会ってみたら何も役
立つ情報はなかった」「一刻も早く面談を打ち切りたいと思った」と弁明
するが、タイム誌が指摘するまでもなく、大統領選挙に勝つために、ロシ
アと力を合わせようとしたこと自体が問題である。

ロシアの協力を得て目的を達成しようと考えたこと、実際にそのような機
会が申し入れられたとき、それに乗ろうとしたこと自体が問題だというの
は常識だが、トランプ氏も、氏の身内も、この点を明確に認識していると
は思えない。

タイム誌は、「結局大金持ちを(大統領に)選ぶということはこういうこ
となのだ」と書いたが、それは誰が敵か誰が味方かを判断できず、眼前の
利益だけを追い求める人物を指導者に戴く危険を指してもいるだろう。

トランプ氏を大統領に据えて漂流しかねない国に、日本は無二の同盟国と
して大きく依存している。国家としての足場の危うさを感じざるを得ない。

そうしたいま、わが国は加計学園問題に時間を費やしている。天下りの既
得権益を侵された官僚の、安倍晋三首相に対する挑戦であり、憲法改正に
向かいつつある首相の動きを阻止したい大方のメディアの挑戦であるの
が、加計学園問題の本質だ。不条理な反安倍の猛烈な逆風の中でも、私た
ちは、厳しい世界情勢を乗り切るために安倍首相の下で憲法改正を実現す
るしかないと思う。日本にこそ、戦略と価値観の軸が必要なのだ。そのこ
とになぜ気づかないのかと思う。

『週刊新潮』 2017年8月3日号 日本ルネッサンス 第764回

2017年08月11日

◆ベテラン記者の警告、メディアの驕り

櫻井よしこ



いま読むべき書は廣淵升彦氏の『メディアの驕り』(新潮新書)だと言っ
てよい。

わが国では加計学園問題で、「朝日新聞」「毎日新聞」「東京新聞」をは
じめ、放送法によって公正中立を求められている「NHK」など、いわゆ
る「主流」の報道機関がメディア史に汚点として残るであろう偏向報道に
狂奔中だ。民放各局の報道番組の大半、ワイドショーの殆ども例外ではない。

そんな中、廣淵氏が警告する。「変に使命感に駆られ、存在もしない物事
を興奮気味に伝える報道が、どれほど危険なものか」と。

氏はテレビ朝日のニューヨーク、ロンドン支局長を経て、報道制作部長な
どを歴任した。氏のメディア論は、「ベニスの商人=悪人」論は間違いだ
という指摘に見られるように、豊かな素養に裏づけられている。

どの国でも、メディアは強い力を持つ政治家を倒すのが好きである。優し
く国民に耳を傾ける政治家を持ち上げるのも好きである。政治家を、その
主張が国益に資するか否かより、好悪の情でメディアが判断すれば、国全
体がポピュリズムに陥り、政治家は支持率のためにもっと国民の声に耳を
傾ける。だが、そのことと国益は必ずしも一致しない。

廣淵氏が指摘するフィリピンのアキノ革命がその一例だ。フェルディナン
ド・マルコス政権下で、ベニグノ・アキノ元上院議員が暗殺され、20年近
く続いていたマルコス政権の崩壊が始まった。

約3年後、アキノ夫人のコラソン氏が大統領に就任した。廣淵氏はコラソ
ン氏の「外交音痴」を、彼女が訪日したときに記者会見で語った「ベータ
マックス」という一語から嗅ぎとっている。詳細は前掲書に譲るが、氏の
感覚の鋭さを示すエピソードだ。

廣淵氏はまた、フィリピンの国運を現在に至るまで揺るがし続けている、
コラソン氏の外交政策の過ちについても指摘している。

マルコス政権後に誕生したコラソン大統領をアメリカは非常に大切にした
が、彼女はフィリピン国内の極左勢力が盛り上げた反米感情と、「民衆の
望むことを実行するのが民主主義だ」、「米軍基地はいらない」と喧伝す
るメディアの圧力に負けて、致命的な間違いを犯した。

大衆に迎合

フィリピンは、第二次大戦後、自国防衛のための軍事力を殆ど整備してこ
なかった。国内にはスービック、クラークという、米軍の2大基地があ
り、同国は米軍によって守られていた。その2つの基地を、コラソン氏は1
年以内に閉鎖し、米軍に退去するよう求めたのだ。

本来なら、大統領として、米軍のプレゼンスを保ち続ける場合と米軍が退
去した場合の、メリットとデメリットを忍耐強く大衆に説いて聞かせ、米
軍の駐留を継続させるべき場面だった。しかし彼女は絶対に迎合してはな
らない局面で、大衆に迎合した。

米軍がスッと引いたとき、間髪を容れずに中国の侵入が始まった。以来、
中国の侵略は続き、フィリピンの海や島々は中国海軍の基地となり果てて
いる。

コラソン・アキノ氏の長男が2010年から昨年まで大統領だったベニグノ・
アキノ3世で、彼は母親の不明なる外交政策ゆえに奪われている南シナ海
のフィリピン領土を守るべく、仲裁裁判所に訴えた。

しかし、ロドリゴ・ドゥテルテ現大統領は中国との戦いをほぼ諦めてい
る。フィリピンは中国の力にますます搦めとられていくだろう。米軍の存
在を国家戦略上必須のものと認識できなかったフィリピンが、領土や海を
中国から取り戻すことは至難の業だ。コラソン氏の判断の誤りが中国の侵
略とフィリピンの国運の衰退につながっている。

廣淵氏はアメリカ3大ネットワークのひとつ、CBSとエド・マローも事
例として取り上げている。

日本の「新聞出身のキャスターたちの『私見を言いたい欲望』」がテレビ
ニュースの質を著しく低下させたと指摘する廣淵氏は、その対極としての
マローに言及する。

ドイツがポーランドに侵攻した1939年、マローはロンドンから日々戦況を
報じていた。眼前で起きている現実を私見を交えず冷静に報道し続けたマ
ローはメディアの英雄となる。第二次大戦後に帰国した彼はCBSの顔と
なり、1950年代に入ると上院議員、ジョセフ・マッカーシーと対峙する。
マッカーシーは、国務省は250人の共産党員に蝕まれていると断じて、糾
弾し、疑わしい者を追放し続けた。「赤狩り」旋風が全米に巻き起こった
のだ。

マッカーシーに挑むマローの手法は、徹底して主観を排除した事実報道
だった。マローの番組で反論する機会を与えられたマッカーシーは「汚い
言葉」を連発し、「煽動家の本性」をあらわにした。結果、彼は支持を失
い、政治生命を失った。

真実を知る

こうした経緯を記し、マローが「アメリカの言論の自由を守った」と、廣
淵氏は書いた。たしかにマローはジャーナリズムの学校では、目指すべき
理想の人物として教えられている。だがこの話には続きがある。

マッカーシーが共産主義を告発する前にも、すでにルーズベルトやトルー
マン両大統領の時代に、ソ連の工作員や諜報員が米政府中枢部深くに潜入
していたのである。こうしたことは、ソ連崩壊後にクレムリンから大量の
情報が流出し、或いはアメリカ政府が戦後50年を機に公開を始めた
VENONA文書(米国内でのソ連諜報員の通信文の解読文書)などに
よって明らかにされてきた。

大部の資料は、マッカーシーが警告した共産主義者のアメリカ政府中枢へ
の浸透が事実だったことを示している。悪名高い「赤狩り」の張本人、
マッカーシーは実は正しく、マローが間違っていたということだ。

真実を知るとはなんと難しいことか。事実発掘を使命とするジャーナリズ
ムのなんと奥深いことか。半世紀がすぎて公開された資料でどんでん返し
が起きてしまう。ジャーナリズムという仕事に対して粛然とした思いを抱
き畏れを感ずるのは私だけではあるまい。言論人として、報道する者とし
て、どれ程注意深くあらねばならないかということだ。

廣淵氏は偏向報道に傾く日本の現状の中で、「知力」を磨き、理想や理
念、美しい言葉に酔うのをやめることを提言する。「実現不可能な理想を
口にする人々、行政能力がないのに理念だけで国家や組織を動かせると信
じている」リベラル勢力に報道が席巻されてはならないということだろ
う。リベラル勢力の最たる現場であるメディアの、その驕りを抉り出した
著作の出版を、私はとても嬉しく思う。報道の偏りが顕著ないま、ぜひ読
んでほしい。 
『週刊新潮』 2017年8月10日号  日本ルネッサンス 第765回

2017年08月10日

◆強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機

櫻井よしこ



「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は
問題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193


2017年08月09日

◆強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機

櫻井よしこ



「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は問
題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。
『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193 

2017年08月08日

◆強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機

櫻井よしこ



「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は問
題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193 

2017年08月07日

◆周囲は深刻な危機

櫻井よしこ


「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は問
題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193

2017年08月06日

◆強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機

櫻井よしこ



「強硬姿勢の中国はじめ周囲は深刻な危機 獣医学部新設と加計学園は問
題ですらない」

衆院予算委員会の国会閉会中審査で、民進党の櫻井充議員が参考人に、
「出て行け!」と、罵声を浴びせた。

氏の暴言も驚きだが、安倍晋三首相の態度や言葉遣いが傲慢だと批判して
いた「識者」や評論家、ニュース番組の司会者までもが野党議員の暴言に
は全く苦言を呈しなかったことも驚きだった。明らかなダブルスタンダー
ドである。

国会議員もメディアも獣医学部新設問題を岩盤規制打破の観点を置き去り
にして、倒閣運動の材料であるかのように見ているのではないか。メディ
アや言論人の本来の責任を放棄したかのような偏向した議論に日本全体が
熱中する間、日本周辺に危機が迫っている。

7月に入って中国の脅威が新たな段階に入っている。2日には中国海軍の調
査艦が通常と異なるルートで津軽海峡のわが国領海に侵入した。狭い津軽
海峡については全海域を日本の領海・排他的経済水域とすることも可能
だ。しかし、わが国はまん中を公海として開放しており、各国の軍艦の航
行を許しているが、中国艦は日本の陸地にぐっと近づき領海侵犯を続けた。

15日には中国海警局の公船2隻が対馬海峡の東側、東水道で領海侵犯を2度
繰り返した。2日後、この2隻は津軽海峡の領海に2回、侵入した。

対馬東水道及び津軽海峡での領海侵犯は初めてだ。中国の意図を、シンク
タンク「国家基本問題研究所」企画委員、太田文雄氏は北極海航路の開発
に向けた動きだと見る。

米国、ロシアを筆頭に、北極海では凄まじい権益争いが進行中だ。中国に
とって北極海航路は、欧州への航路が現在の南回り航路に比べて約半分に
短縮されるメリットがある。一帯一路を掲げ、海上覇権を西太平洋、イン
ド洋、紅海から地中海に広げる中国は、北極海航路の確保を目指している。

北極海には世界最大の島、デンマーク領のグリーンランドがあり、その東
はレーガン・ゴルバチョフ両首脳会談が行われたレイキャビクを首都とす
るアイスランドだ。人口30万人弱の小国で中国は広大な土地を取得し、北
極海を睨んだ拠点づくりを進めてきた。

北極海からベーリング海峡を下り千島列島を横切る形でオホーツク海に入
り、北海道稚内北の宗谷海峡から日本海に入る。或いはベーリング海峡を
下りそのまま太平洋を南下して津軽海峡経由で日本海に入る。次に対馬海
峡を通って西に進めば目の前が中国だ。中国にとって津軽海峡も対馬海峡
も非常に重要な戦略拠点なのである。

中国の習近平国家主席は外交、安全保障政策で力による支配を強めてい
る。尖閣諸島については、「3・3・2の原則」(月3回、公船3隻が2時間領
海侵入)と言われてきたが、現在は天候が許す限りいつでも、4隻体制
で、自由に領海侵犯する状況が生じている。

中国は尖閣諸島入手が、東シナ海・南シナ海奪取と制海権確立に欠かせな
いと考えている。そのために尖閣諸島は絶対に諦めず、台湾も同様だろう。

その意味で、尖閣諸島海域侵入の規模と頻度を高めていることと、7月25
日、台湾海峡に初めて爆撃機を飛行させたことは、関連する軍事行動とし
て深刻に受けとめなければならない。

中国の対外強硬策は習近平主席の国内政治における闘争と密接に結びつい
ており、今後も続行されるだろう。

目の前に中国の脅威があり、北朝鮮はいつ新たなミサイル発射、又は核実
験に踏み切るやもしれない。韓国の文在寅政権は対日歴史戦争をフルに展
開しつつある。

日本の周囲すべて危機である。この深刻な危機の中で、本来問題ですらな
い獣医学部新設と加計学園を問題視し、安倍政権憎しで歪曲報道を続ける
メディアと言論人。結果として、国の行く末をも危険に陥れかねない偏向
報道が、わが国最大の問題ではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年8月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1193 

2017年08月04日

◆戦略も価値観も失くした米政権

櫻井よしこ



アメリカ共和党のジョン・マケイン上院議員が7月19日、脳腫瘍を患って
いると発表した。同情報をアメリカ各紙は大きく報じ続けている。その詳
細な報道振りから、改めてマケイン氏の政治的影響力の程を認識した。

氏はベトナム戦争で負傷し、北ベトナムの捕虜として5年間拘束された。
解放の機会は幾度かあったが、同僚の軍人たちを残しての解放には応じら
れないとして最後まで頑張り通した。このような経歴に加えて、共和党員
でありながら、共和党に対してさえも言うべきことは言う正論の人として
の姿勢が、党派を超えて高く評価されている。

マケイン氏が6月18日の「ウォール・ストリート・ジャーナル」
(WSJ)紙のインタビューにこう語っている。

「もし我々が人権についての主張を放棄すれば、我々は歴史において興亡
を繰り返す(そしてやがて滅びていく)その辺の国と何ら変わらない」

「人間を変えることはできない。人間は自由を求める存在である。世界の
人々はロールモデルとして、精神的支柱として、我々を見ている」

氏が念頭に置いているのはドナルド・トランプ大統領である。トランプ氏
は最初の外遊先に中東を選んだ。その中で、女性の人権について非常に問
題のある国だとされているサウジアラビアでの会談で、人権問題に全く触
れなかった。その点に関して、マケイン氏はこう述べた。

「アメリカはユニークな国家だ。我々は失敗や間違いも犯したが、人々の
ために立ち上がった。信ずるところに従って立ち上がらなければ、我々は
他の国と同じになる」

アメリカのメディアはこれをトランプ氏への「痛烈な批判」と報じた。だ
が、トランプ氏はその後も各国の人権状況には殆ど無頓着であり続けてい
る。中国共産党政権下で拘束されていた劉暁波氏が死去した7月13日、ト
ランプ氏はパリでマクロン仏大統領と首脳会談を行った。ここでもトラン
プ氏には人権という概念が全く欠落していると思わせる発言があった。

プーチン大統領を称賛

共同記者会見で中国について問われ、トランプ氏は習近平国家主席を「偉
大な指導者だ。才能に溢れた好人物だ」と称賛したのである。習政権に
よって逮捕、拘留され、まさに死に追いやられた民主化運動の精神的支
柱、劉暁波氏には、一言も触れなかったのである。

このような姿勢への批判が高まり、ホワイトハウスは5時間後、大統領の
コメントを発信する羽目に陥った。だが、それはごく通常の「お悔やみ」
の言葉にすぎず、抑圧された人々の自由と権利のために、アメリカの影響
力を最大限行使する気概は全く見てとれなかった。

マケイン氏が指摘するように、アメリカを大国たらしめ、国際社会の中心
軸たらしめた要因は、単に世界一の軍事力と経済力だけではない。「アメ
リカが己の信条に忠実に、人類普遍の価値観を守ろうとし続けたから」で
ある。

アメリカの歴史を振りかえると、大国への道程のひとつが1861年から4年
間続いた南北戦争だといえる。その戦いの軸のひとつは、黒人奴隷の解放
という、人権、普遍的価値観を巡る信念だった。北部諸州の勝利はアメリ
カが普遍的価値観に目覚め始めたことを意味する。そのときから約150
年、さらに第一次世界大戦から約100年、アメリカは経済、軍事の双方に
おいて大英帝国を凌駕し、世界最強国への階段を駆け上がり続けた。

第二次世界大戦直後には、ギリシャ及びトルコ防衛、つまり地中海を旧ソ
連の脅威から守るために北大西洋条約機構(NATO)を創設し、第二次
世界大戦で疲弊した欧州及びアジアの再生を促すべくマーシャル・プラン
を実施した。

アメリカは「自由世界」の盟主として、民主主義、人間の自由、弱者救済
など、誰もが賛成せざるを得ない普遍的価値観を基盤にして共産主義、社
会主義陣営と戦った。

アメリカの政策を具体的に見れば、たとえば対日占領政策に関しては、日
本人としては大いなる不満がある。欺瞞も指摘しなければならない。それ
でも、当時、世界が直面していたソビエトの共産主義・社会主義に対峙す
べく、あらゆる力をもって備えようとしたアメリカの戦略は正しかったと
思う。

アメリカを「偉大な国」の地位に押し上げた要因は、この大戦略を持って
いたこと、人類普遍の価値観を基盤としたことの二つであろう。

しかしいま、戦略、価値観共に揺らいでいる。戦略が欠落している結果、
トランプ氏はNATOを「時代遅れ」と呼び、年来アメリカの敵と位置づ
けられてきた独裁専制政治を実践するロシアのプーチン大統領を称賛する
のである。

眼前の利益

7月24日付の「タイム」誌の表紙を飾ったのはトランプ大統領の長男の
ジュニア氏だった。氏を真正面からとらえた顔写真の上に、氏が公表した
eメールの文面を重ねた表紙で、「Red Handed」(赤い手に捕われて)と
いう鮮やかな黄色文字で書かれた特集タイトルが目を引いた。

大統領選挙の最中、クリントン氏に不利な情報、従ってトランプ氏に有利
な情報を提供できると称するロシア側の連絡を受けて、ジュニア氏は、そ
の人物にトランプタワーで会った。ジュニア氏は、「会ってみたら何も役
立つ情報はなかった」「一刻も早く面談を打ち切りたいと思った」と弁明
するが、タイム誌が指摘するまでもなく、大統領選挙に勝つために、ロシ
アと力を合わせようとしたこと自体が問題である。

ロシアの協力を得て目的を達成しようと考えたこと、実際にそのような機
会が申し入れられたとき、それに乗ろうとしたこと自体が問題だというの
は常識だが、トランプ氏も、氏の身内も、この点を明確に認識していると
は思えない。

タイム誌は、「結局大金持ちを(大統領に)選ぶということはこういうこ
となのだ」と書いたが、それは誰が敵か誰が味方かを判断できず、眼前の
利益だけを追い求める人物を指導者に戴く危険を指してもいるだろう。

トランプ氏を大統領に据えて漂流しかねない国に、日本は無二の同盟国と
して大きく依存している。国家としての足場の危うさを感じざるを得ない。

そうしたいま、わが国は加計学園問題に時間を費やしている。天下りの既
得権益を侵された官僚の、安倍晋三首相に対する挑戦であり、憲法改正に
向かいつつある首相の動きを阻止したい大方のメディアの挑戦であるの
が、加計学園問題の本質だ。不条理な反安倍の猛烈な逆風の中でも、私た
ちは、厳しい世界情勢を乗り切るために安倍首相の下で憲法改正を実現す
るしかないと思う。日本にこそ、戦略と価値観の軸が必要なのだ。そのこ
とになぜ気づかないのかと思う。
『週刊新潮』 2017年8月3日号  日本ルネッサンス 第764回

2017年08月02日

◆世界の指導者になれない残酷な中国

櫻井よしこ



これまで多くの首脳会議の集合写真を見てきたが、アメリカの大統領が端
に立っている場面は思い出せない。その意味でドイツ・ハンブルクで7月7
日から開かれた主要20か国・地域首脳会議(G20サミット)の集合写真は
印象的である。

前列ほぼ中央にアンゲラ・メルケル独首相が立ち、その左に中国の習近平
主席、さらに左にロシアのウラジーミル・プーチン大統領が立った。ドナ
ルド・トランプ米大統領は前列の端から2人目、中央から離れて立った。
自由主義陣営の旗手が片隅に立つ姿は現在の世界の実情を投影しているよ
うに私には思えた。

G20で改めて明らかになったのが、大国主義で傍若無人の中国の強気と、
中国に目立った抗議をしない各国の対応である。トランプ大統領はドイツ
入りする直前、ポーランドを訪れ、「ポーランド国民の自由、独立、権利
と国家の運命」について語り、固い絆で支援すると演説した。

G20を、自 由主義陣営とそうでない中国・ロシア陣営との価値観のぶつ
かり合いの場 ととらえての演説だったのか。だがその言は果たしてどの
程度まで行動に 反映されているのか。ノーベル平和賞受賞者で、服役中
に肝臓ガンにかか り、今や重体に陥った劉暁波氏の案件を、このG20で
アメリカも欧州も取 り上げてはいない。

中国が劉氏の病状を発表した6月26日、氏はすでに末期だった。たとえ助
からなくても、外国で治療を受けたいと氏は願ったが、中国政府が出国を
許さない。7月8日までに米独の専門家が劉氏を診察し、氏の容態の「急速
な悪化」が報じられた。化学療法も停止されたという。

欧米諸国、とりわけアメリカは人権問題に強い関心を持ち、中国にも厳し
く対処してきた歴史がある。それが世界の尊敬と信頼を集める理由でも
あった。しかし、トランプ政権からは、人権問題に真剣に取り組む姿勢は
見えない。欧州を牽引するドイツもまた、人権問題よりも中国との経済協
力に、強い関心を示している。ドイツが主催した今回のG20でも人権問題
は殆ど表面化せず、習主席はさぞ満足したことだろう。

知識人を拷問・殺害

中国歴代の政権が、最も恐れている民主化運動のリーダーが劉氏である。
「産経新聞」外信部次長の矢板明夫氏が語る。

「劉氏は自由のために戦い続けてきました。いまや、民主化勢力にとって
神のような精神的リーダーです。もう1人、習氏が恐れる政敵が薄熙来氏
です。彼は民衆のために戦った政治家として、いまも根強い支持がありま
す。両氏が中国の左派と右派、両陣営の精神的求心力になっているので
す。その2人が揃って肝臓ガンになった。尋常ならざる事情が裏にあると
思います」

ちなみに薄氏は酒、煙草は一切のまない。趣味はマラソンという健康人で
ある。酒も煙草も大いに好み、趣味はマッサージという習主席とは対照的
だ。にも拘らず、薄氏が肝臓ガンにかかったことに、中国の残忍さを知悉
する矢板氏は疑問を抱く。

劉氏に関して中国当局は病状を知っていながら必要な治療を施さなかった
のであろう。治療しても到底、助からないことを見越しての公表だったの
であろう。

死亡後に釈放するより、末期の氏を手厚く治療する様子を発信 すれば、
習体制の悪魔のような人権弾圧や拷問の印象が薄れると踏んだ可 能性も
ある。中国での人権弾圧の事例を矢板氏が説明した。

「2015年7月10日、『暗黒の金曜日』に人権派弁護士約200人が拘束されま
した。その中に李和平氏がいます。非常に優秀な勇気ある男で、彼は当局
が強要して認めさせようとした罪を一切認めなかった。

服役中に拷問さ れ、血圧を急上昇させるような食事や薬剤を投与され
て、殆ど目が見えな くなった。逮捕から約2年間収監され、今年5月に釈
放されたときは、健康 で頭脳明晰だったかつての姿ではなく、髪は真っ
白、呆けて別人になり果 てていたのです」

中国で行われる拷問のひとつに、袋をかぶせて呼吸困難にする手法がある。

「頭部をビニール袋でスッポリ覆って暫く放置すると酸素が欠乏して脳に
影響が出ます。死ぬ直前で袋を開けて息をさせる。そしてまた、袋をかぶ
せる。これを繰り返すと、完全に廃人になります」と矢板氏。

カンボジアのポル・ポト政権が、毛沢東に倣って同じ方法で知識人を拷
問・殺害していたことが知られている。習政権はいまもそのようなことを
行っているわけだ。だが、習主席がこの件についてG20で注文をつけられ
たり論難されたりすることはなかった。自由を謳い上げたトランプ大統領
はどうしたのか。

無実の日本人を拘束

欧米諸国が中国に物を言わないのであれば、日本が自由や人権などの普遍
的価値観を掲げて発言すべきだ。今からでもよい、劉氏の治療を日本が引
き受けると表明すべきである。日本は中国と距離的に近い。

欧州に移送す るより日本に移送する方が、劉氏にとってずっと負担が少
ない。理由はも うひとつある。日本人12人が現在中国に「スパイ」とし
て拘束されている ではないか。12人中6人は、千葉県船橋市の地質調査会
社「日本地下探 査」の技術者4人と、彼らが中国で雇った日本人2人である。

社長の佐々木吾郎氏が、4人は「まじめで一生懸命な社員ばかり」だと
語っている。全員、中国語は全くわからない。そんな人たちが郊外で温泉
を掘ろうと地質調査をしていて、どんなスパイ活動ができるのか。完全な
冤罪であろう。即ち、これは中国が日本に仕掛けた外交戦だと、断定して
よいだろう。

無実の日本人をいきなり拘束してスパイ扱いし、対日交渉の材料にする中
国のやり口を、私たちは2010年に拘束されたフジタの社員4人の事件から
学んだ。あのときは中国漁船が尖閣諸島海域で海上保安庁の巡視船に体当
たりして、日中関係が非常に厳しくなっていた。中国はレアアースの対日
輸出を一時止めて世界貿易機関(WTO)のルールも踏みにじった。だ
が、結局日本は譲歩した。

今回、中国が勝ち取りたいのは日本の経済協力であろうし、南シナ海問題
に警戒感を強め、台湾の蔡英文政権について発言、接近する動きを見せる
安倍首相への牽制があるだろう。来年は習主席が訪日する。その前に安倍
首相が訪中する。中国にとって好ましい形で対日外交を乗り切り、大国と
しての地位を確立するために日本を従わせようとしているのではないか。

日本がAIIB(アジアインフラ投資銀行)に前向きな姿勢をとること
も、米国に頼り切れない現状では、戦術上、必要であろう。しかし局面は
いま、日本が人道の国として、普遍的価値観重視の姿勢を、国際社会に鮮
明に打ち出すときだ。そのために6人のみならず、12人の釈放を要求し、
劉氏受け入れも表明するのがよい。
『週刊新潮』 2017年7月20日号 日本ルネッサンス 第762回

2017年08月01日

◆日本こそ劉暁波氏の人権問題について

櫻井よしこ



「日本こそ劉暁波氏の人権問題について中国政府に厳しい意見を言うべき
とき」

7月13日、ノーベル平和賞受賞者で中国の民主化運動の精神的指導者、劉
暁波氏が死去した。中国を愛する故に最後まで中国にとどまって闘った劉
氏の死を、深く悼みたい。

中国当局が劉氏の末期がんを発表したのが6月26日、それからひと月もた
たない死亡だった。中国への厳しい批判が相ついだのは当然だ。劉氏がそ
こでの治療を望んだドイツは、ガブリエル外相が劉氏のがんはもっと早く
発見されるべきだったと批判し、英国もフランスも、劉氏の海外での治療
を許さなかった中国を、明確な言葉で非難した。

日本政府は菅義偉官房長官が14日午前の記者会見で「心から哀悼の意を表
し」「引き続き高い関心を持って、中国の人権状況を注視していく」と
語った。菅氏は「詳細は差し控えるが、さまざまなルートで日本政府の考
え方を中国に伝えていた」とも語ったが、これは日本政府が中国側に、劉
氏の海外移送や治療について、最大限の支援を申し入れたことを指すと思
われる。

萩生田光一官房副長官の説明だ。

「中国からはドイツより、日本の方がずっと近い。移送の際の劉氏への負
担は、日本が引き受ける方がずっと少ない。われわれが支援を申し入れた
のは当然ですが、中国政府は、何もしてもらうことはありませんという
素っ気ない回答でした」

弾圧に苦しむ人々のため、最大限の支援は当然である。日本政府が支援を
申し入れたことは評価したい。しかし、支援申し入れも劉氏の死を悼む言
葉も、なぜこうも控えめなのか。

また日本国全体の反応の何と鈍いことか。国会では野党は7月20日現在も
加計学園問題に拘り続けている。同問題は、前愛媛県知事の加戸守行氏が
7月10日に国会で行った証言で、事実上、終わっている。

しかし、「朝日新聞」「毎日新聞」、NHKなどが、ニュースで加戸氏発
言をほとんど伝えないために問題の本質は理解されていない。メディアは
加計問題の政治利用にかまけて中国の人権問題など二の次ではないか。

日本の国会と米国の議会の相違も際立つ。シンクタンク「国家基本問題研
究所」企画委員で福井県立大学教授の島田洋一氏の指摘だ。

「下院外交委員会のクリス・スミス議員(共和党)は自らが委員長を務め
る小委員会で在米の中国民主活動家らを招いた公聴会を14日に開催しまし
た。共和党のエド・ロイス外交委員長、民主党のナンシー・ペロシ院内総
務も出席して、劉暁波氏の死が超党派の重大関心事であることを印象付け
ました」

「さらに死去前日の12日には、テッド・クルーズ上院議員(共和党)が本
会議場で演説し、『北朝鮮の独裁者金正恩氏ですら、北朝鮮で拘束されて
いた米国人学生、オットー・ワームビア青年を最後に故郷へ帰した。習近
平氏も同程度の人権感覚は示せるはずだ』と演説し、劉暁波夫妻の即時出
国を求めました」

翻って日本では、野田聖子衆院議員を団長に、与党の女性国会議員団9人
が12日、即ち劉氏の危篤が報じられた日に中国の招きで訪中した。深刻な
人権問題として、劉氏の一件を取り上げずに済むタイミングではなかろう
に、野田氏らが取り上げた形跡はない。こんな意識の低さで政治家が務ま
るのか。

米国が国際社会でOdd man(のけ者)視され、求心力を失いつつあ
る一方で、中国が米国に取って代わる動きを見せている。

基本的人権や自由の尊重、民主主義の擁護の価値観と明確な戦略を掲げ
て、世界の秩序を維持してきた米国が後退するいま、日本への期待は価値
観の擁護者としての役割だ。

日本こそ他のどの国よりも劉暁波氏の件について中国政府に厳しい意見を
言うべきときなのである。
『週刊ダイヤモンド』 2017年7月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1192 

2017年07月30日

◆日本こそ劉暁波氏の人権問題について

櫻井よしこ



「日本こそ劉暁波氏の人権問題について中国政府に厳しい意見を言うべき
とき」



7月13日、ノーベル平和賞受賞者で中国の民主化運動の精神的指導者、劉
暁波氏が死去した。中国を愛する故に最後まで中国にとどまって闘った劉
氏の死を、深く悼みたい。

中国当局が劉氏の末期がんを発表したのが6月26日、それからひと月もた
たない死亡だった。中国への厳しい批判が相ついだのは当然だ。劉氏がそ
こでの治療を望んだドイツは、ガブリエル外相が劉氏のがんはもっと早く
発見されるべきだったと批判し、英国もフランスも、劉氏の海外での治療
を許さなかった中国を、明確な言葉で非難した。

日本政府は菅義偉官房長官が14日午前の記者会見で「心から哀悼の意を表
し」「引き続き高い関心を持って、中国の人権状況を注視していく」と
語った。菅氏は「詳細は差し控えるが、さまざまなルートで日本政府の考
え方を中国に伝えていた」とも語ったが、これは日本政府が中国側に、劉
氏の海外移送や治療について、最大限の支援を申し入れたことを指すと思
われる。

萩生田光一官房副長官の説明だ。

「中国からはドイツより、日本の方がずっと近い。移送の際の劉氏への負
担は、日本が引き受ける方がずっと少ない。われわれが支援を申し入れた
のは当然ですが、中国政府は、何もしてもらうことはありませんという
素っ気ない回答でした」

弾圧に苦しむ人々のため、最大限の支援は当然である。日本政府が支援を
申し入れたことは評価したい。しかし、支援申し入れも劉氏の死を悼む言
葉も、なぜこうも控えめなのか。

また日本国全体の反応の何と鈍いことか。国会では野党は7月20日現在も
加計学園問題に拘り続けている。同問題は、前愛媛県知事の加戸守行氏が
7月10日に国会で行った証言で、事実上、終わっている。

しかし、「朝日新聞」「毎日新聞」、NHKなどが、ニュースで加戸氏発
言をほとんど伝えないために問題の本質は理解されていない。メディアは
加計問題の政治利用にかまけて中国の人権問題など二の次ではないか。

日本の国会と米国の議会の相違も際立つ。シンクタンク「国家基本問題研
究所」企画委員で福井県立大学教授の島田洋一氏の指摘だ。

「下院外交委員会のクリス・スミス議員(共和党)は自らが委員長を務め
る小委員会で在米の中国民主活動家らを招いた公聴会を14日に開催しまし
た。共和党のエド・ロイス外交委員長、民主党のナンシー・ペロシ院内総
務も出席して、劉暁波氏の死が超党派の重大関心事であることを印象付け
ました」

「さらに死去前日の12日には、テッド・クルーズ上院議員(共和党)が本
会議場で演説し、『北朝鮮の独裁者金正恩氏ですら、北朝鮮で拘束されて
いた米国人学生、オットー・ワームビア青年を最後に故郷へ帰した。習近
平氏も同程度の人権感覚は示せるはずだ』と演説し、劉暁波夫妻の即時出
国を求めました」

翻って日本では、野田聖子衆院議員を団長に、与党の女性国会議員団9人
が12日、即ち劉氏の危篤が報じられた日に中国の招きで訪中した。深刻な
人権問題として、劉氏の一件を取り上げずに済むタイミングではなかろう
に、野田氏らが取り上げた形跡はない。こんな意識の低さで政治家が務ま
るのか。

米国が国際社会でOdd man(のけ者)視され、求心力を失いつつあ
る一方で、中国が米国に取って代わる動きを見せている。

基本的人権や自由の尊重、民主主義の擁護の価値観と明確な戦略を掲げ
て、世界の秩序を維持してきた米国が後退するいま、日本への期待は価値
観の擁護者としての役割だ。

日本こそ他のどの国よりも劉暁波氏の件について中国政府に厳しい意見を
言うべきときなのである。

『週刊ダイヤモンド』 2017年7月29日号
        新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1192 


2017年07月28日

◆加計学園報道は反安倍倒閣運動だ

櫻井よしこ



愛媛県今治市に加計(かけ)学園の獣医学部を新設する問題で7月10日、
国会閉会中審査が衆参両院で行われた。

この日の審査について「朝日新聞」や「毎日新聞」は、今や彼らの習い性
となったかのような徹底した偏向報道を行った。

両紙は、官邸の圧力で行政が歪められたと繰り返す前川喜平前文部科学事
務次官の証言を主に伝え、氏とは反対の立場から、安倍晋三首相主導の国
家戦略特区が歪められた行政を正したのだと主張した加戸守行前愛媛県知
事の証言は、ほとんど報じなかった。こうして両紙は一方的に安倍首相を
悪者に仕立てた。

大半のテレビ局の報道も同様に偏向しており、報道は今や、反安倍政権・
倒閣運動の様相さえ帯びている。

閉会中審査で証言したにも拘らず、殆ど報じてもらえなかったもう一人の
参考人、内閣府・国家戦略特区ワーキンググループ(WG)委員の原英史
氏が憤る。7月14日、インターネット配信の「言論テレビ」で開口一番、
こう語った。

「加計学園についての真の問題は、獣医学部新設禁止の異様さです。数多
ある岩盤規制の中でも、獣医学部新設の規制はとりわけ異様です。まず、
文部科学省の獣医学部新設禁止自体が異様です。通常の学部の場合、新設
認可の申請を受けて文科省が審査しますが、獣医学部に関しては新規参入
計画は最初から審査に入らない。どれだけすばらしい提案でも、新規参入
は全て排除する。こんな規制、他にはありません」

公務員制度改革も手掛けた原氏は忿懣(ふんまん)やる方ないといった趣
きだ。

「異様の意味はもうひとつあります。既得権益の塊のようなこの岩盤規制
が、法律ではなく文科省の告示で決められていることです。国会での審議
も閣議決定もなしに、文科省が勝手に決めた告示です」

獣医の絶対的不足

文科省の独断の表向きの理由は、獣医の需給調整、即ち獣医が増えすぎる
のを防ぐためと説明されている。だが実際は、競争相手がふえて既得権益
が脅かされることへの日本獣医師会側の警戒心があると見られている。大
学も同様だと、原氏が語る。

「獣医系学部・学科があるのは現在16大学です。志望者は多く、入試倍率
は平均で15倍、学生はどんどんきます。定員は全国で930人ですが、実際
の入学者は1200から1300人と、水増ししています」

定員の50%増で学生を受け入れる程ニーズがあるのに新設させない理屈は
何か。獣医師会側はあくまで、獣医は余っている、これ以上養成する必要
はないと主張する。

加戸氏は、知事として愛媛県の畜産農家の実情を見詰めてきた。その体験
から、獣医師は絶対的に不足していると強調する。

「私の知事時代、鳥インフルエンザが発生しました。感染拡大を防ぐため
に獣医という獣医に集合してもらいました。県庁職員の産業動物獣医に
は、獣医の絶対的不足の中、定年を延長して働いてもらっています。70代
の獣医さんをかき集めても、それでも足りない。獣医学部新設を許さない
鉄のような岩盤規制をどれだけ恨めしく思ったかしれません」

「現場はおよそどこでも獣医不足です。現場を見ることなしに発言してほ
しくないと思います」と原氏。

実際に何が起きていたのか。原氏が異様だと非難した実態は如何にして生
れたのか。こうした問いの答えにつながる情報を、7月17日の「産経新
聞」がスクープした。その中で日本獣医師会と石破茂氏の会話が報じられ
ている。

2年前の9月9日、地方創生担当大臣だった石破氏を、「日本獣医師政治連
盟」委員長の北村直人氏らが訪ね、石破氏がこう語ったという。

「今回の成長戦略における大学学部の新設の条件については、大変苦慮し
たが、練りに練って誰がどのような形でも現実的に参入は困難という文言
にした」

絶対に獣医学部新設を阻むべく、規制を強めたと言っていることがうかが
える。具体的にはそれは「石破4条件」を指すとされ、獣医学部新設の
ハードルを上げて極めて困難にしたと報じられた。

石破氏に連絡がつかず、この点について直接確認できなかったが、産経の
取材に、氏は右の発言も含めて全面的に否定した。ただ右の言葉は日本獣
医師会のホームページに石破氏との対話として公開されている。

こうした中で、加計学園に獣医学部の新設が認められたのはなぜか。原氏
が説明した。

「獣医学部新設は、平成26(2014)年からWGで議論していました。当時
議論していたのは、新設の提案があった新潟のケースです。しかし、肝心
の大学(新潟食料農業大学、2018年開学予定)がついてこず、具体化しま
せんでした。他方、今治の提案は平成27年末に受け入れられました」

天下りの土壌

加戸氏が語る。

「私は知事になって2000年頃からずっと、今治市と協力して地元の熱意と
夢を担って、獣医学部新設を働きかけてきました。私たちの特区申請は何
回も門前払いを食らい、口惜しかった。一番強く反対したのが日本獣医師
会でした」

加戸氏は特区申請を認めてもらえるように教授陣を充実させ、ライフサイ
エンス分野で新しい研究を進めること、感染症対策にも積極的に取り組む
ことなどを盛り込み、提案を練り上げた。

「四国4県のどこにも獣医学部はありません。今治市だけでなく四国全体
の夢として準備を重ねましたから、今治が最適だという自負があります。
安倍首相と加計さんが友人であることは全く無関係です」(加戸氏)

原氏が加えた。

「獣医学部新設の提案は、新潟市、今治市と京都の綾部市からありまし
た。綾部市は京都産業大学を念頭に置いていたのですが、7月14日に京産
大が正式に提案を撤回しました。新潟は申請自体が具体化していません。
結局、充実した案を示したのが今治市と加計学園のチームだった。熟度が
全く違いますから、彼らが選ばれるのは当然です。安倍首相の思いや友人
関係など個人的条件が入り込む余地など全くありません」

先述のように、加戸氏は国家戦略特区で今治市と加計学園が認められたこ
とで、歪められた行政が正されたと語り、官邸が行政を歪めたという前川
氏の主張を真正面から否定した。行政を歪めた張本人は、前川氏の言う官
邸ではなく加戸氏が指摘したように獣医師会と文科省ではないのか。

その動機に天下りがあるのではないか。強い規制は天下りの土壌を生む。
大学は文科官僚の絶好の再就職先だ。大事にしなければならない。加計学
園問題は今や事の本質から離れ、文科省、前川氏、朝日新聞などの思惑が
渦巻いて反安倍政権と倒閣の暗い熱情で結ばれているのではないか。

『週刊新潮』 2017年7月27日号 日本ルネッサンス 第763回


2017年07月27日

◆興味深い前川・加戸両氏の正反対の主張

櫻井よしこ



「歪められたのか、歪みが正されたのか 興味深い前川・加戸両氏の正反
対の主張」

7月10日、学校法人「加計学園」の獣医学部新設計画問題に関して、衆参
両院の閉会中審査が実施された。

興味深かったのが前川喜平前文部科学事務次官と加戸守行元文科大臣官房
長の正反対の主張だった。

前川氏は加戸氏の元部下。加戸氏は退官後の平成11(1999)年に愛媛県知
事に就任。3期12年間、氏が一貫して取り組んだ課題が獣医学部を備えた
加計学園の今治市への誘致だった。両氏の証言から前川氏頼みで安倍政権
を揺さぶりたい民進党の主張が透視された。

民進党トップバッターは福島伸享衆議院議員だ。氏の問いに前川氏は、今
治市の国家戦略特区に獣医学部を新設する件では、背景に官邸、とりわけ
和泉洋人首相補佐官の動きがあったと、固有名詞をあげて語った。

特区の諮問会議が獣医学部新設を決定したのは平成28年11月9日だ。にも
拘らず、加計学園の渡邊事務局長が文科省の課長を訪ねて相談したのが同
年10月21日だったのはなぜか。

獣医学部新設が認められるか否か不明な段階で、新設学部は現有の学部を
上回る数の教授を揃える、カリキュラムの内容をふやすなどの会話がなさ
れている。加計学園ありきではないかと、福島氏は質した。対して、常盤
豊文科省高等教育局長がこう回答した。

「構造改革特区の段階からすでに(学部新設に向けての)動きが(加計学
園に)あった。(学部新設決定前に)設置の相談をということはあり得る」

構造改革特区は平成14年、小泉政権が導入した規制緩和のための制度であ
る。安倍政権下で始まった現在の国家戦略特区以前の制度で、その古い制
度の時代から加戸氏や加計学園は獣医学部新設を申請していたということだ。

だが、獣医師会及び文科省は既得権益擁護のために、自治体の要請を「は
ねつけ続け」(加戸氏)、獣医学部新設の要請は実に52年間も受け付けて
もらえていない。常盤局長が言外に言っているのはそういうことだ。

加計学園はずっと前から獣医学部新設に向けて準備していたのであり、そ
の一環としてさまざまな相談があったのは自然なことだと、指摘したわけだ。

それでも福島氏は、加計学園問題や国家戦略特区を総理は岩盤規制の突破
だと言うが、むしろ新たな規制になっていると論難した。獣医学部新設を
希望した大学は他にも京都産業大学や新潟食料農業大学があったが、加計
学園にしか認可がおりないようになっていたというのだ。

だが。京都産業大学が書類を揃えてようやく正式に名乗りを上げたのは去
年10月だ。新潟食料農業大学は結局、申請書類を出さなかった。加戸氏が
語った。

「私は少なくとも10年前に愛媛県民、今治の人々の夢と希望を託されて
(獣医学部新設に)挑戦した。厚い岩盤規制ではね返されたが、やっと
(安倍政権の)国家戦略特区の枠で実現しようとしている。今、本当に嬉
しい」

前川氏は、加計学園問題で官邸、つまり安倍首相や和泉補佐官らが介入
し、「行政が歪められた」と繰り返した。だが、加戸氏は「国家戦略特区
によって、歪められた行政が正されたというのが正しい発言だ」と、前川
発言を真っ向から否定した。

7月10日の審査への私の感想は、まず、民進党などは獣医学部新設という
問題の本質から離れて加計学園問題を安倍政権批判に利用しているにすぎ
ない。2、香川県出身の自民党衆議院議員、平井たくや氏のお粗末な質問
に見られるように、自民党の中には、危機の深刻さを理解していない議員
が少なくないのではないか。

3、先週の当欄でも指摘したが現役事務次官時代に新宿のいかがわしい場
所に数十回も通ったことを貧困女子の実態調査だと言って恥じない前川氏
の人格の低劣さが、またもや際立ったことの3点だ。
『週刊ダイヤモンド』 2017年7月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1191