2018年02月02日

◆米大統領の対中政策を活用せよ

櫻井よしこ


ドナルド・トランプ氏の大統領就任から丸1年が過ぎた。アメリカのメ
ディアは新聞もテレビもトランプ政権1年を振り返り、論評に明け暮れて
いる。CNNはそのリベラル志向ゆえに徹底した反トランプの論調が目立
つメディアである。

そのことを念頭に置いて割り引いて視聴しても、徹頭徹尾のトランプ批判
には、いささか疲れる。ちなみに、アメリカでは「リベラル」という言葉
は余りにも手垢のついた印象が強く、左の人々も、もはや自身を「リベラ
ル」とは呼ばず、「進歩主義者」(progressive)を自称することが多い
そうだ。

保守的な「ウォール・ストリート・ジャーナル」(WSJ)から、進歩的
な「ニューヨーク・タイムズ」(NYT)、「ワシントン・ポスト」
(WP)までを読み較べると、左右関係なく、どのメディアもトランプ氏
の性格分析や人物評価にかなりのスペースを割いているのが面白い。それ
だけトランプ氏の言動が予測し難いということだ。

WSJが1月19日の紙面で、トランプ氏に実際に会ったことのある50人に
よる印象をまとめていた。彼らは以下のような特徴を語っていた。

◎話題が突如、あらぬ方向に変わる。◎演説の最中に他の話題をさし挟んだ
り、聴衆の中に知人を見つければ呼びかけたりして一貫した話にならない。

◎非常にあけすけに対象人物を侮辱する。◎説得されて考えを変えることも
ある。◎説得するにはトランプ氏の直感は正しいという大前提に立ち、実
際には彼の考えとは正反対の助言をすると、その方向で考えを変えること
もある。◎トランプ氏の指示を実行するのに時間をかけると、その間に考
えが変わることもある。◎率直な助言には耳を傾ける。

◎共和党の重鎮議員には国賓用の椅子を用意する。

◎議員の子供にもエアフォースワンのロゴ入りチョコレートを与えるなど
優しい。◎ゴルフコースで、どの木が枯れていて、どの木のどの枝を切る
べきで、どの植物がどんな菌類に侵されているかなど、わかりにくいこと
を喋る。

略奪的経済政策

このようなコメントを並べても、トランプ氏の戦略や政策の理解にどこま
で役立つか、わからない。だが、トランプ氏が歴代大統領と較べて型破り
であることは明確に伝わってくる。

米ヴァンダービルト大学名誉教授で、同大日米研究協力センター所長の
ジェームス・アワー氏の助言を思い出す。トランプ氏の言葉やツイッター
での発言には気をとられず、彼が実際に行っている政策を見るべきだ、と
いうのである。

その意味で、昨年12月にトランプ大統領が発表した「国家安全保障戦略」
と、今年1月19日にジェームズ・マティス国防長官が発表した「国家防衛
戦略」は明確な判断基準となる。

「国家安全保障戦略」を現場の戦術に置き換えて説明したものが「国家防
衛戦略」である。その内容は中国とロシアの脅威を言葉を尽くして強調す
るものだ。

「中国はアメリカの戦略的競争相手で、彼らは南シナ海の軍事化を進めつ
つ、略奪的経済政策で周辺諸国を恫喝し続ける」「ロシアは国境を侵し、
経済、外交、安全保障の問題で拒否権を用いて近隣諸国の利益を損ねる」。

略奪的経済政策とはよく言ったものだ。トランプ政権らしい「あけすけ」
な表現で中露を責めている。ブッシュ、オバマ両政権が「テロとの戦い」
こそアメリカの最大の課題とした路線を、トランプ政権は大きく変えたこ
とになる。

とりわけ中国への警戒心は強く、彼らは地球規模でアメリカの優位性を奪
おうとしていると警告し、アメリカは打撃力を更に強める必要があると断
じている。

マティス国防長官が署名したこの文書には、強い殺傷能力を示す
「lethal」という言葉が、度々登場する。米国防総省は真の脅威は国際テ
ロリスト勢力ではなく、北朝鮮の背後に控える中国だとして、中国に対し
てlethalな能力を持つべきだと言っているのである。オバマ政権とは何と
いう違いであろうか。その現実認識は正しいのであり、日本にとっては歓
迎すべきものだ。

トランプ氏のことがよくわからないと感ずるのはアメリカのメディアだけ
ではないだろう。日本のアメリカ研究者もメディアも、さらには外務省も
同じではないだろうか。だが、政権発足から1年が過ぎて、私たちが見て
いるのは前述の文書である。トランプ政権の正式な戦略方針だ。これに
よって、アメリカは自動的に日本の側に立つなどとは到底言えないが、日
米両国の戦略的基盤には、対中国という視点から共通項がしっかりでき上
がったということだ。

もうひとつ、同時期に発表された米通商代表部(USTR)の中国とロシ
アに関する年次報告書も重要である。中国に関しては161頁、ロシアに関
しては59頁に上る報告書である。

中国政府の介入

両国は世界貿易機関(WTO)への加盟を許されているが、彼らはWTO
に加盟したときに公約した市場経済のルールを守っていないと、USTR
は非難している。その結果、世界の貿易慣行や制度が危機に晒されている
として、中国に関して次のように具体的に踏み込んだ。

WTO加盟から約20年、中国市場へのアクセスは未だに制限され、中国政
府の介入は多岐にわたる。中国政府はアメリカ企業の最先端技術や知的財
産の移転を強要する。中国政府は国家主導の経済体制を築いて、外国企業
に不利な条件を課す。これらは悉くWTO加盟国には馴染みのない不適切
な慣行である。

このように厳しい非難を中国に浴びせたうえで、中露両国のWTO加盟を
アメリカが支持したのは間違いだったと結論づけている。

国防総省の指摘もUSTRの指摘も、現実に基づいたものである。否定す
る材料はないと言っていい。日本にとって大事なことは、トランプ氏の言
葉ではなく、政権が打ち出す基本戦略を見て、中国に対する評価を共有す
ることだ。具体的に問われるのは、「一帯一路」やアジアインフラ投資銀
行(AIIB)へ参加するか否かということでもあろう。

自民党内には、「一帯一路」に積極的に協力すべきという意見もある。だ
が、ここはあくまでも慎重に行動すべきであろう。米中両国が二つの体
制、二つの価値観を掲げてせめぎ合っているのである。日本は、如何なる
意味でも中国に加勢して、中国共産党主導の世界の構築に資するようなこ
とをしてはならない。

トランプ政権の行動を見て、日本の国益に繋げていく判断が必要だ。トラ
ンプ氏の暴言などによって、アメリカへの信頼が失われつつあり、国際政
治に空白が生じている。日本はアメリカと協力し、出来るだけその空白を
埋めていくという発想を持つべきだろう。日本の価値観を打ち出すときで
もある。
『週刊新潮』 2017年2月1日号 日本ルネッサンス 第788回


2018年02月01日

◆庭に猛禽類飛来の大事件

櫻井よしこ


「庭に猛禽類飛来の大事件 愛でる小鳥が狩られた自然の摂理」

わが家の庭には水溜まりのような小さな池がある。竹の樋からチロチロと
流れ込む水がヤゴやおたまじゃくしの寝床をつくる。小鳥たちは樋に止
まって小さな嘴で流水を掬い上げ、喉を潤し、浅い池に飛び込んで水浴び
をする。

このところ度々飛来するのが一群の目白である。無駄のない素早い動きや
抹茶色の美しい姿はいつまで見ていても飽きない。だが、私は締め切りだ
と思い直してまた、原稿に戻る。

そんなのどかな庭で大事件が起きた。1月15日、猛禽類の鳥が突然飛来し
たのだ。

私は夕方の校了時間を目指して原稿を急いでいた。突然、コツンと音がし
た。鳥が書斎のガラス窓にぶつかったのだ。目を上げると、鋭い目をした
その鳥はすでに獲物を足下に捕らえていた。見たこともない鳥だ。目は丸
く、黄色のワッカの真ん中に、意思の強さを思わせる不敵な黒目が光って
いる。

私はその目に吸い寄せられた。少しも恐れていない。なぜだ。じっと見
た。秘書も一緒にじっと見た。鳥も視線を外さずにじっと見返す。

真っ正面からこちらを見続けるその鳥の嘴は鋭く、曲がっている。小型だ
が立派な猛禽類だ。首筋からお腹にかけての羽は美しい白黒模様、太い脚
は羽毛に被われ、先端の足指と爪が黄色だった(ような気がする)。背中
の羽と尾羽は黒味がかった褐色で、尾羽には縞模様が浮き上がっていた。

微動だにしない姿には風格が漂う。足下にはがっしりと獲物を掴み続けて
いる。水浴びに来ていた雀や目白はこの怖ろしい光景に飛び去ってしま
い、もうどこにもいない。捕らえられた小鳥は声もあげない。猛禽が鋭い
嘴で獲物をひとつつきした。思わず目を覆ったが、羽がパッと飛び散った。

それでも小鳥はもはや鳴かない。すでに息絶えているのか。小鳥が抵抗で
きなくなったことを確信したのか、猛禽は両脚で獲物を掴んでさっと飛び
去った。

一体彼は何者なのだ。こんな都会の真ん中に飛んでくる猛禽類がいるの
か。すぐさま、鳥類図鑑で調べてみた。図鑑では、あの鳥の特徴に一番近
そうなのがチゴハヤブサだ。チョーゲンボーにも似ている。がっしりした
脚はチゴハヤブサに近い。だが、喉元の羽毛が白くなっている。あの鳥の
喉元は美しい白黒模様だった。喉から胸にかけての羽の色合いを重視すれ
ば、チョーゲンボーだということになる。都会に飛来する猛禽類で調べる
とツミが浮上した。いろいろ考え合わせると、どうもこれが一番正解に近
いようだ。

いずれにしても彼は人間の家の庭で、人間が見ている前で、素早く狩りを
し、見事に獲物を仕とめてみせた。

犠牲になったのは、雀にしては大きく、鳩にしては小さい鳥だった。とな
れば、いつも果物をついばみに来るひよ鳥が捕まったのだろうか。

ひよ鳥は庭の常連だ。常に1羽で飛んできて雀たちの上に君臨する。尾長
やカラスの前では早々に退散するが、自分の体の3分の1程の雀なら、どれ
だけいても1羽で追い散らす。

その日もひよ鳥は事件の起きる少し前まで、池で水浴びをしていた。ひよ
鳥は頭から水に飛び込んで水浴びをするおかしなところがある。彼はその
日も雀たちを追い散らしていた。

「また小さな雀を苛めてる」──そう思いながらも、私は、庭の果物をつい
ばむひよ鳥の姿を愛でていたのだ。それなのに彼はもういない。とても悲
しかった。だが、これは自然の摂理だ。私は原稿に戻った。

こうして締め切りを終えてふと見ると、柿の木の枝にひよ鳥が1羽止まっ
ているではないか。帰ってきたのか!いや違うだろう。あれだけがっしり
掴まれて逃れられるはずがない。ならば、一体このひよ鳥は、どのひよ鳥
なのだろうか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年1月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1216 


2018年01月31日

◆庭に猛禽類飛来の大事件

櫻井よしこ


「庭に猛禽類飛来の大事件 愛でる小鳥が狩られた自然の摂理」

わが家の庭には水溜まりのような小さな池がある。竹の樋からチロチロと
流れ込む水がヤゴやおたまじゃくしの寝床をつくる。小鳥たちは樋に止
まって小さな嘴で流水を掬い上げ、喉を潤し、浅い池に飛び込んで水浴び
をする。

このところ度々飛来するのが一群の目白である。無駄のない素早い動きや
抹茶色の美しい姿はいつまで見ていても飽きない。だが、私は締め切りだ
と思い直してまた、原稿に戻る。

そんなのどかな庭で大事件が起きた。1月15日、猛禽類の鳥が突然飛来し
たのだ。

私は夕方の校了時間を目指して原稿を急いでいた。突然、コツンと音がし
た。鳥が書斎のガラス窓にぶつかったのだ。目を上げると、鋭い目をした
その鳥はすでに獲物を足下に捕らえていた。見たこともない鳥だ。目は丸
く、黄色のワッカの真ん中に、意思の強さを思わせる不敵な黒目が光って
いる。

私はその目に吸い寄せられた。少しも恐れていない。なぜだ。じっと見
た。秘書も一緒にじっと見た。鳥も視線を外さずにじっと見返す。

真っ正面からこちらを見続けるその鳥の嘴は鋭く、曲がっている。小型だ
が立派な猛禽類だ。首筋からお腹にかけての羽は美しい白黒模様、太い脚
は羽毛に被われ、先端の足指と爪が黄色だった(ような気がする)。背中
の羽と尾羽は黒味がかった褐色で、尾羽には縞模様が浮き上がっていた。

微動だにしない姿には風格が漂う。足下にはがっしりと獲物を掴み続けて
いる。水浴びに来ていた雀や目白はこの怖ろしい光景に飛び去ってしま
い、もうどこにもいない。捕らえられた小鳥は声もあげない。猛禽が鋭い
嘴で獲物をひとつつきした。思わず目を覆ったが、羽がパッと飛び散った。

それでも小鳥はもはや鳴かない。すでに息絶えているのか。小鳥が抵抗で
きなくなったことを確信したのか、猛禽は両脚で獲物を掴んでさっと飛び
去った。

一体彼は何者なのだ。こんな都会の真ん中に飛んでくる猛禽類がいるの
か。すぐさま、鳥類図鑑で調べてみた。図鑑では、あの鳥の特徴に一番近
そうなのがチゴハヤブサだ。チョーゲンボーにも似ている。がっしりした
脚はチゴハヤブサに近い。だが、喉元の羽毛が白くなっている。あの鳥の
喉元は美しい白黒模様だった。喉から胸にかけての羽の色合いを重視すれ
ば、チョーゲンボーだということになる。都会に飛来する猛禽類で調べる
とツミが浮上した。いろいろ考え合わせると、どうもこれが一番正解に近
いようだ。

いずれにしても彼は人間の家の庭で、人間が見ている前で、素早く狩りを
し、見事に獲物を仕とめてみせた。

犠牲になったのは、雀にしては大きく、鳩にしては小さい鳥だった。とな
れば、いつも果物をついばみに来るひよ鳥が捕まったのだろうか。

ひよ鳥は庭の常連だ。常に1羽で飛んできて雀たちの上に君臨する。尾長
やカラスの前では早々に退散するが、自分の体の3分の1程の雀なら、どれ
だけいても1羽で追い散らす。

その日もひよ鳥は事件の起きる少し前まで、池で水浴びをしていた。ひよ
鳥は頭から水に飛び込んで水浴びをするおかしなところがある。彼はその
日も雀たちを追い散らしていた。

「また小さな雀を苛めてる」──そう思いながらも、私は、庭の果物をつい
ばむひよ鳥の姿を愛でていたのだ。それなのに彼はもういない。とても悲
しかった。だが、これは自然の摂理だ。私は原稿に戻った。

こうして締め切りを終えてふと見ると、柿の木の枝にひよ鳥が1羽止まっ
ているではないか。帰ってきたのか!いや違うだろう。あれだけがっしり
掴まれて逃れられるはずがない。ならば、一体このひよ鳥は、どのひよ鳥
なのだろうか。
『週刊ダイヤモンド』 2018年1月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1216 


2018年01月29日

◆庭に猛禽類飛来の大事件

櫻井よしこ


「庭に猛禽類飛来の大事件 愛でる小鳥が狩られた自然の摂理」

わが家の庭には水溜まりのような小さな池がある。竹の樋からチロチロと
流れ込む水がヤゴやおたまじゃくしの寝床をつくる。小鳥たちは樋に止
まって小さな嘴で流水を掬い上げ、喉を潤し、浅い池に飛び込んで水浴び
をする。

このところ度々飛来するのが一群の目白である。無駄のない素早い動きや
抹茶色の美しい姿はいつまで見ていても飽きない。だが、私は締め切りだ
と思い直してまた、原稿に戻る。

そんなのどかな庭で大事件が起きた。1月15日、猛禽類の鳥が突然飛来し
たのだ。

私は夕方の校了時間を目指して原稿を急いでいた。突然、コツンと音がし
た。鳥が書斎のガラス窓にぶつかったのだ。目を上げると、鋭い目をした
その鳥はすでに獲物を足下に捕らえていた。見たこともない鳥だ。目は丸
く、黄色のワッカの真ん中に、意思の強さを思わせる不敵な黒目が光って
いる。

私はその目に吸い寄せられた。少しも恐れていない。なぜだ。じっと見
た。秘書も一緒にじっと見た。鳥も視線を外さずにじっと見返す。

真っ正面からこちらを見続けるその鳥の嘴は鋭く、曲がっている。小型だ
が立派な猛禽類だ。首筋からお腹にかけての羽は美しい白黒模様、太い脚
は羽毛に被われ、先端の足指と爪が黄色だった(ような気がする)。背中
の羽と尾羽は黒味がかった褐色で、尾羽には縞模様が浮き上がっていた。

微動だにしない姿には風格が漂う。足下にはがっしりと獲物を掴み続けて
いる。水浴びに来ていた雀や目白はこの怖ろしい光景に飛び去ってしま
い、もうどこにもいない。捕らえられた小鳥は声もあげない。猛禽が鋭い
嘴で獲物をひとつつきした。思わず目を覆ったが、羽がパッと飛び散った。

それでも小鳥はもはや鳴かない。すでに息絶えているのか。小鳥が抵抗で
きなくなったことを確信したのか、猛禽は両脚で獲物を掴んでさっと飛び
去った。

一体彼は何者なのだ。こんな都会の真ん中に飛んでくる猛禽類がいるの
か。すぐさま、鳥類図鑑で調べてみた。図鑑では、あの鳥の特徴に一番近
そうなのがチゴハヤブサだ。チョーゲンボーにも似ている。がっしりした
脚はチゴハヤブサに近い。だが、喉元の羽毛が白くなっている。あの鳥の
喉元は美しい白黒模様だった。喉から胸にかけての羽の色合いを重視すれ
ば、チョーゲンボーだということになる。都会に飛来する猛禽類で調べる
とツミが浮上した。いろいろ考え合わせると、どうもこれが一番正解に近
いようだ。

いずれにしても彼は人間の家の庭で、人間が見ている前で、素早く狩りを
し、見事に獲物を仕とめてみせた。

犠牲になったのは、雀にしては大きく、鳩にしては小さい鳥だった。とな
れば、いつも果物をついばみに来るひよ鳥が捕まったのだろうか。

ひよ鳥は庭の常連だ。常に1羽で飛んできて雀たちの上に君臨する。尾長
やカラスの前では早々に退散するが、自分の体の3分の1程の雀なら、どれ
だけいても1羽で追い散らす。

その日もひよ鳥は事件の起きる少し前まで、池で水浴びをしていた。ひよ
鳥は頭から水に飛び込んで水浴びをするおかしなところがある。彼はその
日も雀たちを追い散らしていた。

「また小さな雀を苛めてる」──そう思いながらも、私は、庭の果物をつい
ばむひよ鳥の姿を愛でていたのだ。それなのに彼はもういない。とても悲
しかった。だが、これは自然の摂理だ。私は原稿に戻った。

こうして締め切りを終えてふと見ると、柿の木の枝にひよ鳥が1羽止まっ
ているではないか。帰ってきたのか!いや違うだろう。あれだけがっしり
掴まれて逃れられるはずがない。ならば、一体このひよ鳥は、どのひよ鳥
なのだろうか。

『週刊ダイヤモンド』 2018年1月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1216 

2018年01月28日

◆庭に猛禽類飛来の大事件

櫻井よしこ

「庭に猛禽類飛来の大事件 愛でる小鳥が狩られた自然の摂理」

わが家の庭には水溜まりのような小さな池がある。竹の樋からチロチロと
流れ込む水がヤゴやおたまじゃくしの寝床をつくる。小鳥たちは樋に止
まって小さな嘴で流水を掬い上げ、喉を潤し、浅い池に飛び込んで水浴び
をする。

このところ度々飛来するのが一群の目白である。無駄のない素早い動きや
抹茶色の美しい姿はいつまで見ていても飽きない。だが、私は締め切りだ
と思い直してまた、原稿に戻る。

そんなのどかな庭で大事件が起きた。1月15日、猛禽類の鳥が突然飛来し
たのだ。

私は夕方の校了時間を目指して原稿を急いでいた。突然、コツンと音がし
た。鳥が書斎のガラス窓にぶつかったのだ。目を上げると、鋭い目をした
その鳥はすでに獲物を足下に捕らえていた。見たこともない鳥だ。目は丸
く、黄色のワッカの真ん中に、意思の強さを思わせる不敵な黒目が光って
いる。

私はその目に吸い寄せられた。少しも恐れていない。なぜだ。じっと見
た。秘書も一緒にじっと見た。鳥も視線を外さずにじっと見返す。

真っ正面からこちらを見続けるその鳥の嘴は鋭く、曲がっている。小型だ
が立派な猛禽類だ。首筋からお腹にかけての羽は美しい白黒模様、太い脚
は羽毛に被われ、先端の足指と爪が黄色だった(ような気がする)。背中
の羽と尾羽は黒味がかった褐色で、尾羽には縞模様が浮き上がっていた。

微動だにしない姿には風格が漂う。足下にはがっしりと獲物を掴み続けて
いる。水浴びに来ていた雀や目白はこの怖ろしい光景に飛び去ってしま
い、もうどこにもいない。捕らえられた小鳥は声もあげない。猛禽が鋭い
嘴で獲物をひとつつきした。思わず目を覆ったが、羽がパッと飛び散った。

それでも小鳥はもはや鳴かない。すでに息絶えているのか。小鳥が抵抗で
きなくなったことを確信したのか、猛禽は両脚で獲物を掴んでさっと飛び
去った。

一体彼は何者なのだ。こんな都会の真ん中に飛んでくる猛禽類がいるの
か。すぐさま、鳥類図鑑で調べてみた。図鑑では、あの鳥の特徴に一番近
そうなのがチゴハヤブサだ。チョーゲンボーにも似ている。

がっしりした脚はチゴハヤブサに近い。だが、喉元の羽毛が白くなってい
る。あの鳥の喉元は美しい白黒模様だった。喉から胸にかけての羽の色合
いを重視すれば、チョーゲンボーだということになる。都会に飛来する猛
禽類で調べるとツミが浮上した。いろいろ考え合わせると、どうもこれが
一番正解に近いようだ。

いずれにしても彼は人間の家の庭で、人間が見ている前で、素早く狩りを
し、見事に獲物を仕とめてみせた。

犠牲になったのは、雀にしては大きく、鳩にしては小さい鳥だった。とな
れば、いつも果物をついばみに来るひよ鳥が捕まったのだろうか。

ひよ鳥は庭の常連だ。常に1羽で飛んできて雀たちの上に君臨する。尾長
やカラスの前では早々に退散するが、自分の体の3分の1程の雀なら、どれ
だけいても1羽で追い散らす。

その日もひよ鳥は事件の起きる少し前まで、池で水浴びをしていた。ひよ
鳥は頭から水に飛び込んで水浴びをするおかしなところがある。彼はその
日も雀たちを追い散らしていた。

「また小さな雀を苛めてる」──そう思いながらも、私は、庭の果物をつい
ばむひよ鳥の姿を愛でていたのだ。それなのに彼はもういない。とても悲
しかった。だが、これは自然の摂理だ。私は原稿に戻った。

こうして締め切りを終えてふと見ると、柿の木の枝にひよ鳥が1羽止まっ
ているではないか。帰ってきたのか!いや違うだろう。あれだけがっしり
掴まれて逃れられるはずがない。ならば、一体このひよ鳥は、どのひよ鳥
なのだろうか。

『週刊ダイヤモンド』 2018年1月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1216

2018年01月27日

◆己への信頼を憲法改正で勝ち取れ

櫻井よしこ

世界が大きな変化を遂げつつあるのはもはや言うまでもない。70年余
りも日本が頼ってきたアメリカは強大ではあるが普通の民主主義国へと変
化していくだろう。

日本は価値観を共有するそのアメリカを大事にしなければならない。頼る
ばかりでなく、助け合わなければならない。日本にできることはもっと実
行していかなければならない。

アメリカが世界の現場から少しでも後退すれば、そこに生ずる政治的空白
に、中国やロシアがさっと入り込み、私たちとは全く異なる価値観で席巻
しようとするだろう。そのような悪夢を上手に防ぐことも日本のやるべき
ことになるだろう。

そのとき、日本が担うべき課題が国際社会のルール作りだ。わが国はこれ
までそんなことは他国の仕事だと考えていた節がある。だが、やろうと思
えば日本はきちんとやれる国なのだ。

昨年末にも、日本とEUが経済連携協定(EPA)で合意した。現在はア
メリカ抜きの環太平洋経済連携協定(TPP)で、11か国をまとめようと
している。合意したEPAについて安倍晋三首相が答えた。

「EPAで関税が下がることよりも、21世紀のルール作りで日本が中心に
なれたのは大きかったと思います」

ルール作りとは、どのような価値観を掲げるかという問題である。日欧
EPAは、中国を念頭に、彼ら流の価値観でこちら側の経済や生き方、法
律の解釈などを仕切られるのは絶対に避けたいとして、決めたものだ。

世界の国内総生産(GDP)の約3割を占める巨大経済圏は、不透明な中
国方式の世界と向き合う為に誕生したのである。TPP11が加わればさら
に事態は明るくなる。

習近平主席は中国に立地する外国企業に、会社の中に共産党支部(細胞組
織)を設けよと要請する。企業経営でも共産党の指導を受けよという意味
だ。それだけではない。彼らは国際政治のやり方、国際法、領土領海の
ルール、歴史さえ変えようとする。中国は歴史修正主義の権化である。

根絶の政策

日本が中国に相対峙し、アメリカを助け、共に自由や民主主義を守る役割
を担うとしたら、どうしても改めなければならないことがある。それは日
本人が祖国や歴史を真っ当に評価しない、或いはできないという現状を変
えることである。

アメリカが「根絶の政策」として日本に与えたのが現行憲法だ。アメリカ
の国際政治学者サミュエル・ハンチントンは『軍人と国家』でこう指摘し
たが、70年間一文字も変えることができないのは、日本が悪い戦争をした
と心中、思っているからではないか。

だが、そうではないのだ。大東亜戦争は「好戦的な日本」が無謀にも始め
た邪悪な戦争ではないのだ。なぜ日米は戦ったのかを理解するには3冊の
本を読めばよい。@アメリカ歴史学会会長、チャールズ・ビーアド博士の
『ルーズベルトの責任』、Aハーバート・フーバー大統領の『裏切られた
自由』、Bコーデル・ハルの『ハル回顧録』である。

ビーアドの書は1948年に出版された。ルーズベルト大統領はすでに死亡し
ていたが、評価はまだ高かった。そのような中で、ビーアドはルーズベル
トには日米開戦の責任があると明確にした。

アメリカ社会は、学界も含めてビーアドを非難した。彼は出版から4か月
後に亡くなったが、その後の展開は彼の指摘と分析が正しかったことを示
している。

ビーアドは、たとえば、昭和16(1941)年11月26日にハル国務長官が日本
に手交した10項目の要求、通称「ハルノート」についてこう書いた。

「1900年以来、アメリカのとったいかなる対日外交手段に比べても先例を
みない程強硬な要求であり、どんなに極端な帝国主義者であろうと、こう
した方針を日本との外交政策に採用しなかった」。

ビーアドは野村吉三郎駐米大使や来栖三郎特使が日米戦争回避の道を探
り、暫定措置を決めて、そこから本交渉に入ろうと懇願しても、ハルは相
手にしなかったと、公表された政府資料、報道などを入念に分析して、詳
述している。

敗戦した日本を裁いた「東京裁判」で、ただ一人、戦犯とされた日本人全
員の無罪を主張したインドのラダ・ビノード・パール博士は、ハルノート
を「外交上の暴挙」と喝破した。それまでの8か月にわたる交渉の中で一
度も話し合われたこともない過激な条項が、理解し難い形で日本に突きつ
けられていたからだ。

祖国の歪んだ基盤

昨年夏に日本で訳本が出版されたフーバーの『裏切られた自由』(草思
社)は、ビーアドとは異なる情報源によるものだが、開戦の責任はルーズ
ベルトらにあると、同じ結論に達している。

同書には生々しい会話が頻繁に登場する。たとえばハルノートを日本に手
交する前日、41年11月25日に、ルーズベルトはハル国務長官、スチムソン
陸軍長官、ノックス海軍長官らを招集した。その会議でルーズベルトは
「問題は、いかにして彼ら(日本)を、最初の一発を撃つ立場に追い込む
かである。それによって我々が重大な危険に晒されることがあってはなら
ないが」と語っていた。

11月28日の戦争作戦会議では、日本に突きつけた10項目の条件についてハ
ル自身がこう述べていた。「日本との間で合意に達する可能性は現実的に
見ればゼロである」。日本が絶対にのめない条件を突きつけたのだ。

もうひとつの事例は、12月6日、ルーズベルトが天皇陛下にあてて送った
平和を願う公電である。公電の文案を下書きしながらハルが語った言葉を
フーバーは次のように明かしている。

「この公電は効果の疑わしいものだ。ただ公電を送ったという事実を記録
に残すだけのものだ」

ハルも回顧録を書いている。だが、日米開戦やハルノートについては殆ど
触れていない。日本側が再三再四、和平交渉を求めたことも、自身がそれ
を無視したことにも触れず、こう書いている。

「われわれとしては手段をつくして平和的な解決を見出し、戦争をさけた
い、あるいは先にのばしたいと考えた。(中略)一方日本は対決を求めて
いた」「最後まで平和をあるいは少くとも時を求めて(われわれは)必死
の努力をつづけた」

ハルの回想は、ビーアド、フーバーなどの研究によって偽りであると明ら
かにされた。ドイツと結んだのは日本の間違いではあったが、日米開戦に
関して日本が一方的に、好戦的だ、帝国主義的だといって責められるべき
ではないのである。ビーアドやフーバーらの書き残した歴史の真実を知れ
ば、日本人は賢くなり、自身への信頼も強化できる。祖国の歪んだ基盤を
直す第一歩、憲法改正も可能になるだろう。

『週刊新潮』 2018年1月18日号 日本ルネッサンス 第786回

2018年01月26日

◆中国マネーの後には死屍累々

櫻井よしこ

1月8日、成人の日のニュースに驚いた。東京23区の新成人、約8万3000人
の内、1万人余り、8人に1人が外国人だというのだ。

とりわけ外国人比率が高いのが新宿区で46%、以下、豊島区38%、中野区
27%、荒川区26%、台東区26%だった。国籍による内訳は示されていない
が、留学生に占める比率などから、新成人の多くが中国籍の若者だと見て
よいだろう。

日本が広く開かれた国であるとはいっても、区によっては新成人の約半分
が外国人という現実の意味を、深く考えなければならない。とりわけ中国
の人々はどこにいても、中国共産党の指導の下にある。その、中国はどん
な方向に向かっているのか。

1月12日、中国共産党の政治局会議で「習近平の新時代の中国の特色ある
社会主義思想」が中国憲法に盛り込まれることが確認された。

現役の主席の思想が憲法に書き込まれるのは毛沢東以来のことだ。習氏は
自らを毛沢東に並ぶ権力の座に押し上げ、中華民族が「世界の諸民族の中
にそびえ立つ」ことを目指している。

その手段は強い経済力と強い軍事力である。貧しい国には返済しきれない
程の巨額の資金を提供し、返済が滞ると国土や港を取る。相手国で中国へ
の反発が高まりそうになると、金の力で、或いは知識人や留学生を総動員
して、政治の力で封じ込める。軍事的圧力もかける。

だが、そのような中国の帝国主義的横暴に世界各国が、小さなアジアの
国々も含めて、気づき始めている。最も警戒心の薄いのが日本ではないだ
ろうか。その意味で以下の事例を日本人は心に刻んでおきたい。

昨年11月、25億ドル(約2750億円)に上るネパールのブディガンダキ水力
発電所の建設計画が突然、キャンセルされた。利益の殆んど全てが中国企
業に吸い取られ、ネパールは得るものがないという理由からだった。

欧州連合(EU)は、中国企業によるハンガリーからセルビアに至る高速
鉄道建設計画に関して、ハンガリーがEUのルールに反して中国企業と契
約したとして調査を開始、事業は中断に追い込まれた。

破綻への道

親中派のアウン・サン・スー・チー氏が率いるミャンマーでも異変が起き
ている。中国企業が取りかかった30億ドル規模の石油精製工場建設を、
ミャンマー側が拒否したのだ。

パキスタンは中国を「鉄の兄貴」(Iron Brother)と呼ぶが、中国が力を
入れていたディアメル・バシャ・ダム建設計画を中断した。中国がダムの
所有権を要求したのが理由だ。

同ダムは、パキスタンとインドが領有権を争う戦略的に重要な地域、カシ
ミール地方に立地するが、これを中国は自国領にしようと企んだと思われる。

トランプ米大統領が今年1月4日に軍事援助を停止したこともあり、パキス
タンは中国への傾斜を強めるが、彼らは元々中国への依存度が高く、総額
600億ドル(約6兆6000億円)のさまざまなプロジェクトを組んでいる。そ
の中で中断されたのは前述のダムだけではない。

ホルムズ海峡の出入口を睨むグワダル港は事実上中国海軍の拠点にされた
が、そこに空港建設計画が浮上した。加えて中国西部からカラチを経てグ
ワダルに至る鉄道建設も計画されていた。だが、いずれの計画についても
昨年11月、両国の話し合いは物別れに終わった。中国依存度の高いパキス
タンでさえ中国のプロジェクトに「ノー」と言ったことに世界は驚いた。

タイは150億ドル(約1兆6500億円)の高速鉄道計画を2016年に一旦中断
し、昨年7月、タイ企業の受注分を増やすとともに中国の技術による建設
が決まった。

中国が計画し、貸し付け、圧倒的に中国企業が受注するこれらインフラ事
業は、受け入れ国が抵抗すればわずかに修正されるが、根本的な修正は一
切あり得ない。貧しい国々は潤沢な貸付金に目が眩み、破綻への道だとわ
かっていても踏みとどまれない。

タンザニアがそのいい例だ。バガモヨ市の港建設を含めて彼らは中国から
110億ドル(約1兆2100億円)という巨額資金を借り入れた。プロジェクト
遂行にはタンザニア政府が2.8億ドル(約308億円)、総額の2.5%を負担
しなければならない。だが、タンザニア政府はそれさえも捻出できない。
金利や元金の支払いは不可能だろう。つまり、事実上借金地獄に落ちたの
である。これから、タンザニアに何が起きるか。スリランカの事例から容
易に見てとれる。

スリランカ政府は中国資本を借り入れて建設した要衝の港、ハンバントタ
の経営に行き詰まり、株の80%を99年間中国企業に譲った。事実上の売却
である。中国はイギリスに香港を99年間支配され、期限が来たとき取り戻
した。そんな力が99年後のタンザニアやスリランカにあるだろうか。

中国による政治工作

小国が奪われ続けるこうした事例が中国の進出する先々で起きている。

オーストラリアのターンブル首相は、押し寄せる中国の影響力に対処する
ために、昨年12月、外国人による政治献金を禁止する法案を議会に提出し
た。地元メディアは中国が組織的に豪州政治への浸透工作を行っていると
報じ、その一例として野党労働党のサム・ダスチャリ上院議員が党の政策
に反して、中国の南シナ海での領有権主張を支持する発言をしたことを伝
えた。

産経新聞も昨年11月21日、豪州で、政治家や留学生を利用した中国による
政治工作が活発化していることを報じている。ブランディス司法長官は中
国共産党がロビー団体や財界人などを駆使し、地方や連邦政府に組織的な
工作を仕掛けていると懸念を表明した。

豪州の大学で学ぶ20万人近くの中国人学生が、在豪の中国大使館や領事館
の指示を受け、中国に不利な内容の授業内容に集団で抗議をするなど、露
骨な中国擁護活動を頻繁に展開しているというのだ。

貧しく力の無い国々に対して、中国政府は極悪サラ金業者のように振る舞
い、他の国々には巧妙に政治的影響力を及ぼそうとする。或いは軍事力の
行使も厭わない。

資金と技術が欲しい中国は、日本に笑顔で一帯一路への協力を呼びかけて
いるにも拘らず、尖閣諸島の接続水域には軍艦と攻撃型原子力潜水艦を同
時に侵入させる。3隻の公船もその後領海に侵入した。

関係改善を求めながらなぜこんなことをするのかと問うのは愚問である。
中国はそういう国である。その中国の資本に国土を買い取られ、多数の人
口が流入しつつあるという現実を、日本はもっと警戒しなければならない
だろう。
『週刊新潮』 2018年1月25日号 日本ルネッサンス 第787回

2018年01月25日

◆北朝鮮と中国を恐れる韓国の文大統領

 櫻井よしこ


「北朝鮮と中国を恐れる韓国の文大統領 日本は弱気と見られぬよう
主張押し通せ」

友人で拓殖大学教授の呉善花氏が、彼女にしては珍しく強い口調で断じた。

「安倍首相が平昌五輪に行かないのは正解です。文在寅韓国大統領の慰安
婦合意の事実上の破棄は、断固無視することです」

これまた長年、日韓関係について意見交換してきた統一日報論説主幹の洪
熒(ホン・ヒョン)氏も断言した。

「文大統領の決定は無視すればよい。平昌五輪には行かないのが正解で
す。韓国での反応は『当初から問題ではなかったことを敢えて問題にして
いる愚か者』というものです」

両氏が憤って語るのは、慰安婦問題で日韓両政府が2015年12月に合意した
内容のことごとくを文政権が覆したことについてである。

韓国側は「合意があったことは事実」とし、日本政府に再交渉は求めない
という。しかし文大統領は、日本が真摯に謝罪すれば元慰安婦たちの納得
も得られると語り、事実上、日本政府に重ねての謝罪を要求した。日本が
拠出した10億円は韓国政府が肩代わりするという。どの点をとっても、国
際社会では考えられない非常識だ。

こんな大統領でも支持率は70%を超えていると報じられている。

「違います。櫻井さんまでそう言うのですか。心外です」と、洪氏。韓国
のメディアがいわゆる左翼陣営に席巻されていることは本欄でも報じてき
たが、洪氏は韓国の世論調査会社も左翼陣営の掌中に握られていて、信用
できないのだと、次のように語る。

「世論調査は行っているのですが、質問が偏っていたり、回答率が異常に
低いなど、信用できない。それを彼らは70%の支持があるなどと、一方的
な数字に仕立てて発表しているのです」

北朝鮮の平昌五輪への参加について、呉氏は既視感があると語る。

「07年の女子サッカーワールドカップのときと全く同じことになるでしょ
うね。美女軍団が韓国人の心をとりこにして、平和ムードが生まれるで
しょう。韓国の男性は特に、あの手の派手な美女が好きなのです。結果と
して何が起きるか。北朝鮮が世界一、人権侵害をしていることも、何十万
人も殺していることも、核を持って周辺国を恫喝していることも、忘れら
れるでしょう。おぞましい北の政権がそのまま、存続するということです」

その延長線上で、平昌五輪後に実施されることになった米韓合同軍事演習
でさえ行われなくなるかもしれない、つまり米韓関係が決定的に悪化する
可能性を呉氏は指摘する。

洪氏は、文政権について一番大事なことを思い出すべきだと警告する。

「彼は大統領選挙のときからずっと大事なことを言っていました。政権を
とったら、南北朝鮮の連邦制を目指すという点です。これは事実上、北朝
鮮に韓国が呑み込まれるのを容認するということです。そのため文大統領
は韓国内で北朝鮮の工作員の活動を監視する国家情報院を機能停止に追い
込んだ。北朝鮮系の運動家や工作員を野放しにして、国家保安法も見直す
構えです」

文大統領は外交政策においては、明らかに中国との共闘関係を望んでい
る。昨年暮れの訪中で、韓国と中国は「抗日」という点で共通の立場にあ
ると、行く先々で語った。彼は慰安婦問題を、日本によるこれ以上ない程
悪質な人権侵害だと位置づけて非難するが、北朝鮮の人権問題も中国の人
権問題も全く気にかけない。その理由を呉氏はこう語る。

「彼らは日本はずっと弱気のままの国だと考えています。他方、北朝鮮は
恐い。中国はもっと恐い。どんな報復をされるかわからない。日本だけが
人畜無害の御し易い国だと見ています。だから、今、日本は自分の主張を
押し通さなければならないのです」

2人の友人の話の全てに、私は同意するものだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年1月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1215

2018年01月21日

◆北朝鮮と中国を恐れる韓国の文大統領 

櫻井よしこ

「北朝鮮と中国を恐れる韓国の文大統領 日本は弱気と見られぬよう主張
押し通せ」

友人で拓殖大学教授の呉善花氏が、彼女にしては珍しく強い口調で断じた。

「安倍首相が平昌五輪に行かないのは正解です。文在寅韓国大統領の慰安
婦合意の事実上の破棄は、断固無視することです」

これまた長年、日韓関係について意見交換してきた統一日報論説主幹の洪
熒(ホン・ヒョン)氏も断言した。

「文大統領の決定は無視すればよい。平昌五輪には行かないのが正解で
す。韓国での反応は『当初から問題ではなかったことを敢えて問題にして
いる愚か者』というものです」

両氏が憤って語るのは、慰安婦問題で日韓両政府が2015年12月に合意した
内容のことごとくを文政権が覆したことについてである。

韓国側は「合意があったことは事実」とし、日本政府に再交渉は求めない
という。しかし文大統領は、日本が真摯に謝罪すれば元慰安婦たちの納得
も得られると語り、事実上、日本政府に重ねての謝罪を要求した。日本が
拠出した10億円は韓国政府が肩代わりするという。どの点をとっても、国
際社会では考えられない非常識だ。

こんな大統領でも支持率は70%を超えていると報じられている。

「違います。櫻井さんまでそう言うのですか。心外です」と、洪氏。韓国
のメディアがいわゆる左翼陣営に席巻されていることは本欄でも報じてき
たが、洪氏は韓国の世論調査会社も左翼陣営の掌中に握られていて、信用
できないのだと、次のように語る。

「世論調査は行っているのですが、質問が偏っていたり、回答率が異常に
低いなど、信用できない。それを彼らは70%の支持があるなどと、一方的
な数字に仕立てて発表しているのです」

北朝鮮の平昌五輪への参加について、呉氏は既視感があると語る。

「07年の女子サッカーワールドカップのときと全く同じことになるでしょ
うね。美女軍団が韓国人の心をとりこにして、平和ムードが生まれるで
しょう。韓国の男性は特に、あの手の派手な美女が好きなのです。結果と
して何が起きるか。北朝鮮が世界一、人権侵害をしていることも、何十万
人も殺していることも、核を持って周辺国を恫喝していることも、忘れら
れるでしょう。おぞましい北の政権がそのまま、存続するということです」

その延長線上で、平昌五輪後に実施されることになった米韓合同軍事演習
でさえ行われなくなるかもしれない、つまり米韓関係が決定的に悪化する
可能性を呉氏は指摘する。

洪氏は、文政権について一番大事なことを思い出すべきだと警告する。

「彼は大統領選挙のときからずっと大事なことを言っていました。政権を
とったら、南北朝鮮の連邦制を目指すという点です。これは事実上、北朝
鮮に韓国が呑み込まれるのを容認するということです。そのため文大統領
は韓国内で北朝鮮の工作員の活動を監視する国家情報院を機能停止に追い
込んだ。北朝鮮系の運動家や工作員を野放しにして、国家保安法も見直す
構えです」

文大統領は外交政策においては、明らかに中国との共闘関係を望んでい
る。昨年暮れの訪中で、韓国と中国は「抗日」という点で共通の立場にあ
ると、行く先々で語った。彼は慰安婦問題を、日本によるこれ以上ない程
悪質な人権侵害だと位置づけて非難するが、北朝鮮の人権問題も中国の人
権問題も全く気にかけない。その理由を呉氏はこう語る。

「彼らは日本はずっと弱気のままの国だと考えています。他方、北朝鮮は
恐い。中国はもっと恐い。どんな報復をされるかわからない。日本だけが
人畜無害の御し易い国だと見ています。だから、今、日本は自分の主張を
押し通さなければならないのです」

2人の友人の話の全てに、私は同意するものだ。
『週刊ダイヤモンド』 2018年1月20日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1215

2018年01月20日

◆己への信頼を憲法改正で勝ち取れ

櫻井よしこ

世界が大きな変化を遂げつつあるのはもはや言うまでもない。70年余りも
日本が頼ってきたアメリカは強大ではあるが普通の民主主義国へと変化し
ていくだろう。

日本は価値観を共有するそのアメリカを大事にしなければならない。頼る
ばかりでなく、助け合わなければならない。日本にできることはもっと実
行していかなければならない。

アメリカが世界の現場から少しでも後退すれば、そこに生ずる政治的空白
に、中国やロシアがさっと入り込み、私たちとは全く異なる価値観で席巻
しようとするだろう。そのような悪夢を上手に防ぐことも日本のやるべき
ことになるだろう。

そのとき、日本が担うべき課題が国際社会のルール作りだ。わが国はこれ
までそんなことは他国の仕事だと考えていた節がある。だが、やろうと思
えば日本はきちんとやれる国なのだ。

昨年末にも、日本とEUが経済連携協定(EPA)で合意した。現在はア
メリカ抜きの環太平洋経済連携協定(TPP)で、11か国をまとめようと
している。合意したEPAについて安倍晋三首相が答えた。

「EPAで関税が下がることよりも、21世紀のルール作りで日本が中心に
なれたのは大きかったと思います」

ルール作りとは、どのような価値観を掲げるかという問題である。日欧
EPAは、中国を念頭に、彼ら流の価値観でこちら側の経済や生き方、法
律の解釈などを仕切られるのは絶対に避けたいとして、決めたものだ。世
界の国内総生産(GDP)の約3割を占める巨大経済圏は、不透明な中国
方式の世界と向き合う為に誕生したのである。TPP11が加わればさらに
事態は明るくなる。

習近平主席は中国に立地する外国企業に、会社の中に共産党支部(細胞組
織)を設けよと要請する。企業経営でも共産党の指導を受けよという意味
だ。それだけではない。彼らは国際政治のやり方、国際法、領土領海の
ルール、歴史さえ変えようとする。中国は歴史修正主義の権化である。

根絶の政策

日本が中国に相対峙し、アメリカを助け、共に自由や民主主義を守る役割
を担うとしたら、どうしても改めなければならないことがある。それは日
本人が祖国や歴史を真っ当に評価しない、或いはできないという現状を変
えることである。

アメリカが「根絶の政策」として日本に与えたのが現行憲法だ。アメリカ
の国際政治学者サミュエル・ハンチントンは『軍人と国家』でこう指摘し
たが、70年間一文字も変えることができないのは、日本が悪い戦争をした
と心中、思っているからではないか。

だが、そうではないのだ。大東亜戦争は「好戦的な日本」が無謀にも始め
た邪悪な戦争ではないのだ。なぜ日米は戦ったのかを理解するには3冊の
本を読めばよい。@アメリカ歴史学会会長、チャールズ・ビーアド博士の
『ルーズベルトの責任』、Aハーバート・フーバー大統領の『裏切られた
自由』、Bコーデル・ハルの『ハル回顧録』である。

ビーアドの書は1948年に出版された。ルーズベルト大統領はすでに死亡し
ていたが、評価はまだ高かった。そのような中で、ビーアドはルーズベル
トには日米開戦の責任があると明確にした。アメリカ社会は、学界も含め
てビーアドを非難した。彼は出版から4か月後に亡くなったが、その後の
展開は彼の指摘と分析が正しかったことを示している。

ビーアドは、たとえば、昭和16(1941)年11月26日にハル国務長官が日本
に手交した10項目の要求、通称「ハルノート」についてこう書いた。
「1900年以来、アメリカのとったいかなる対日外交手段に比べても先例を
みない程強硬な要求であり、どんなに極端な帝国主義者であろうと、こう
した方針を日本との外交政策に採用しなかった」。

ビーアドは野村吉三郎駐米大使や来栖三郎特使が日米戦争回避の道を探
り、暫定措置を決めて、そこから本交渉に入ろうと懇願しても、ハルは相
手にしなかったと、公表された政府資料、報道などを入念に分析して、詳
述している。

敗戦した日本を裁いた「東京裁判」で、ただ一人、戦犯とされた日本人全
員の無罪を主張したインドのラダ・ビノード・パール博士は、ハルノート
を「外交上の暴挙」と喝破した。それまでの8か月にわたる交渉の中で一
度も話し合われたこともない過激な条項が、理解し難い形で日本に突きつ
けられていたからだ。

祖国の歪んだ基盤

昨年夏に日本で訳本が出版されたフーバーの『裏切られた自由』(草思
社)は、ビーアドとは異なる情報源によるものだが、開戦の責任はルーズ
ベルトらにあると、同じ結論に達している。

同書には生々しい会話が頻繁に登場する。たとえばハルノートを日本に手
交する前日、41年11月25日に、ルーズベルトはハル国務長官、スチムソン
陸軍長官、ノックス海軍長官らを招集した。その会議でルーズベルトは
「問題は、いかにして彼ら(日本)を、最初の一発を撃つ立場に追い込む
かである。それによって我々が重大な危険に晒されることがあってはなら
ないが」と語っていた。

11月28日の戦争作戦会議では、日本に突きつけた10項目の条件についてハ
ル自身がこう述べていた。「日本との間で合意に達する可能性は現実的に
見ればゼロである」。日本が絶対にのめない条件を突きつけたのだ。

もうひとつの事例は、12月6日、ルーズベルトが天皇陛下にあてて送った
平和を願う公電である。公電の文案を下書きしながらハルが語った言葉を
フーバーは次のように明かしている。

「この公電は効果の疑わしいものだ。ただ公電を送ったという事実を記録
に残すだけのものだ」

ハルも回顧録を書いている。だが、日米開戦やハルノートについては殆ど
触れていない。日本側が再三再四、和平交渉を求めたことも、自身がそれ
を無視したことにも触れず、こう書いている。

「われわれとしては手段をつくして平和的な解決を見出し、戦争をさけた
い、あるいは先にのばしたいと考えた。(中略)一方日本は対決を求めて
いた」「最後まで平和をあるいは少くとも時を求めて(われわれは)必死
の努力をつづけた」

ハルの回想は、ビーアド、フーバーなどの研究によって偽りであると明ら
かにされた。ドイツと結んだのは日本の間違いではあったが、日米開戦に
関して日本が一方的に、好戦的だ、帝国主義的だといって責められるべき
ではないのである。ビーアドやフーバーらの書き残した歴史の真実を知れ
ば、日本人は賢くなり、自身への信頼も強化できる。祖国の歪んだ基盤を
直す第一歩、憲法改正も可能になるだろう。
『週刊新潮』 2018年1月18日号 日本ルネッサンス 第786回

2018年01月19日

◆己への信頼を憲法改正で勝ち取れ

櫻井よしこ

世界が大きな変化を遂げつつあるのはもはや言うまでもない。70年余りも
日本が頼ってきたアメリカは強大ではあるが普通の民主主義国へと変化し
ていくだろう。

日本は価値観を共有するそのアメリカを大事にしなければならない。頼る
ばかりでなく、助け合わなければならない。日本にできることはもっと実
行していかなければならない。

アメリカが世界の現場から少しでも後退すれば、そこに生ずる政治的空白
に、中国やロシアがさっと入り込み、私たちとは全く異なる価値観で席巻
しようとするだろう。そのような悪夢を上手に防ぐことも日本のやるべき
ことになるだろう。

そのとき、日本が担うべき課題が国際社会のルール作りだ。わが国はこれ
までそんなことは他国の仕事だと考えていた節がある。だが、やろうと思
えば日本はきちんとやれる国なのだ。昨年末にも、日本とEUが経済連携
協定(EPA)で合意した。現在はアメリカ抜きの環太平洋経済連携協定
(TPP)で、11か国をまとめようとしている。合意したEPAについて
安倍晋三首相が答えた。

「EPAで関税が下がることよりも、21世紀のルール作りで日本が中心に
なれたのは大きかったと思います」

ルール作りとは、どのような価値観を掲げるかという問題である。日欧
EPAは、中国を念頭に、彼ら流の価値観でこちら側の経済や生き方、法
律の解釈などを仕切られるのは絶対に避けたいとして、決めたものだ。世
界の国内総生産(GDP)の約3割を占める巨大経済圏は、不透明な中国
方式の世界と向き合う為に誕生したのである。TPP11が加わればさらに
事態は明るくなる。

習近平主席は中国に立地する外国企業に、会社の中に共産党支部(細胞組
織)を設けよと要請する。企業経営でも共産党の指導を受けよという意味
だ。それだけではない。彼らは国際政治のやり方、国際法、領土領海の
ルール、歴史さえ変えようとする。中国は歴史修正主義の権化である。

根絶の政策

日本が中国に相対峙し、アメリカを助け、共に自由や民主主義を守る役割
を担うとしたら、どうしても改めなければならないことがある。それは日
本人が祖国や歴史を真っ当に評価しない、或いはできないという現状を変
えることである。

アメリカが「根絶の政策」として日本に与えたのが現行憲法だ。アメリカ
の国際政治学者サミュエル・ハンチントンは『軍人と国家』でこう指摘し
たが、70年間一文字も変えることができないのは、日本が悪い戦争をした
と心中、思っているからではないか。

だが、そうではないのだ。大東亜戦争は「好戦的な日本」が無謀にも始め
た邪悪な戦争ではないのだ。なぜ日米は戦ったのかを理解するには3冊の
本を読めばよい。@アメリカ歴史学会会長、チャールズ・ビーアド博士の
『ルーズベルトの責任』、Aハーバート・フーバー大統領の『裏切られた
自由』、Bコーデル・ハルの『ハル回顧録』である。

ビーアドの書は1948年に出版された。ルーズベルト大統領はすでに死亡し
ていたが、評価はまだ高かった。そのような中で、ビーアドはルーズベル
トには日米開戦の責任があると明確にした。アメリカ社会は、学界も含め
てビーアドを非難した。彼は出版から4か月後に亡くなったが、その後の
展開は彼の指摘と分析が正しかったことを示している。

ビーアドは、たとえば、昭和16(1941)年11月26日にハル国務長官が日本
に手交した10項目の要求、通称「ハルノート」についてこう書いた。
「1900年以来、アメリカのとったいかなる対日外交手段に比べても先例を
みない程強硬な要求であり、どんなに極端な帝国主義者であろうと、こう
した方針を日本との外交政策に採用しなかった」。

ビーアドは野村吉三郎駐米大使や来栖三郎特使が日米戦争回避の道を探
り、暫定措置を決めて、そこから本交渉に入ろうと懇願しても、ハルは相
手にしなかったと、公表された政府資料、報道などを入念に分析して、詳
述している。

敗戦した日本を裁いた「東京裁判」で、ただ一人、戦犯とされた日本人全
員の無罪を主張したインドのラダ・ビノード・パール博士は、ハルノート
を「外交上の暴挙」と喝破した。それまでの8か月にわたる交渉の中で一
度も話し合われたこともない過激な条項が、理解し難い形で日本に突きつ
けられていたからだ。

祖国の歪んだ基盤

昨年夏に日本で訳本が出版されたフーバーの『裏切られた自由』(草思
社)は、ビーアドとは異なる情報源によるものだが、開戦の責任はルーズ
ベルトらにあると、同じ結論に達している。

同書には生々しい会話が頻繁に登場する。たとえばハルノートを日本に手
交する前日、41年11月25日に、ルーズベルトはハル国務長官、スチムソン
陸軍長官、ノックス海軍長官らを招集した。その会議でルーズベルトは
「問題は、いかにして彼ら(日本)を、最初の一発を撃つ立場に追い込む
かである。それによって我々が重大な危険に晒されることがあってはなら
ないが」と語っていた。

11月28日の戦争作戦会議では、日本に突きつけた10項目の条件についてハ
ル自身がこう述べていた。「日本との間で合意に達する可能性は現実的に
見ればゼロである」。日本が絶対にのめない条件を突きつけたのだ。

もうひとつの事例は、12月6日、ルーズベルトが天皇陛下にあてて送った
平和を願う公電である。公電の文案を下書きしながらハルが語った言葉を
フーバーは次のように明かしている。

「この公電は効果の疑わしいものだ。ただ公電を送ったという事実を記録
に残すだけのものだ」

ハルも回顧録を書いている。だが、日米開戦やハルノートについては殆ど
触れていない。日本側が再三再四、和平交渉を求めたことも、自身がそれ
を無視したことにも触れず、こう書いている。

「われわれとしては手段をつくして平和的な解決を見出し、戦争をさけた
い、あるいは先にのばしたいと考えた。(中略)一方日本は対決を求めて
いた」「最後まで平和をあるいは少くとも時を求めて(われわれは)必死
の努力をつづけた」

ハルの回想は、ビーアド、フーバーなどの研究によって偽りであると明ら
かにされた。ドイツと結んだのは日本の間違いではあったが、日米開戦に
関して日本が一方的に、好戦的だ、帝国主義的だといって責められるべき
ではないのである。ビーアドやフーバーらの書き残した歴史の真実を知れ
ば、日本人は賢くなり、自身への信頼も強化できる。祖国の歪んだ基盤を
直す第一歩、憲法改正も可能になるだろう。

『週刊新潮』 2018年1月18日号 日本ルネッサンス 第786回

2018年01月04日

◆「慰安所の帳場人の日記」は何を物語るか

櫻井よしこ


東亜大学人間科学部教授の崔吉城氏の近著に、『朝鮮出身の帳場人が
見た慰安婦の真実 文化人類学者が読み解く「慰安所日記」』(ハート出
版)がある。

この「慰安所日記」とは、戦中、ビルマ(現ミャンマー)やシンガポール
の慰安所で帳場人として働いていた朝鮮人男性の日記だ(以下『帳場人の
日記』)。慰安所の実態を誰よりもよく知る立場にあった人物の記録であ
り、慰安婦の実態を知るこの上ない手掛かりとなる。それだけに、意気込
んで手に取ってみた。

しかし、読んでもどかしい思いが残る。もっとはっきり知りたいと思うと
ころに中々行きつかない。

崔氏は3年前、同じ出版社から『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』
も上梓している。合わせて読めば、氏が『帳場人の日記』に深い関心を寄
せ続けてきたこと、日記をできるだけ客観的に読み解こうとしていること
も、明らかである。

氏は、「国家や戦争などを通じて性を考察すること」をテーマとしてきた
という。背景には、10歳の頃に勃発した朝鮮戦争の体験があった。序章か
ら引用する。 

「国連軍は平和軍であり、共産化、赤化から民主主義を守ってくれる天使
のような軍だと思われていた。だからみんなが手を振って迎えたのに、村
の女性に性暴行するとは、思いもよらないことであった」

氏の生まれ故郷の村では儒教的な倫理観が強かった。しかし「戦争とい
う不可抗力と、性暴力の恐怖によって、住民たちは売春婦、つまり『米軍
慰安婦』を認めざるを得なかった」、「国連軍に翻弄された小さな私の故
郷の村は、売春村となった」、それによって「一般の女性たちが性暴行を
免れることができた。いま問題となっている慰安婦問題にも、そうした側
面があったのか」と、氏は問うている。重要な問いだ。

慰安婦問題は日本だけではなく、国連軍や各国の軍を含めた問題である。
さらに加害、被害の両面において、韓国自身も関係するという認識が、崔
氏の分析を公正なものにする力となっている。

韓国では「慰安婦は被害者から愛国者へと変換され、民族的英雄のように
銅像が建てられ、拝まれているが、実はその現象は、新しいものではな
い」と氏は指摘し、 妓生(きーせん)の論介(のんげ)の例を引用する。

当時の事実

朝鮮の人々が日本人を「倭」と呼んでいた時代、妓生の論介は国を守るた
め、敵である日本の武将を抱いて川に身を投じたそうだ。韓国の人々は慶
尚南道晋州に彼女を奉る『義妓祠』を建てて、彼女を英雄から神に祭り上
げた。妓生や売春は儒教的道徳観によって否定されるが、政治的要素で状
況は大きく変わり得るということだ。

『帳場人の日記』は4年前の2013年8月、ソウル大学名誉教授の安秉直(ア
ンビョンジク)氏が解説する形をとって韓国で出版された。同書は韓国に
おいて、慰安所は「揺るぎない日本軍の経営」の下にあり、従って慰安婦
も厳しく監視されていたという主張の論拠となる資料だとされた。反対に
日本では、慰安所が公娼制度の下で営まれていたことを示す証拠と見做さ
れた。

前述のように崔氏は、どちらの側にも与(くみ)しないよう、慎重に本にま
とめた。内容が物足りないのは、日記の日本語訳が部分的な引用にとどま
り全体として示されていないからであろう。全てを日本語訳で出版できな
いわけを私は知る由もないが、慰安婦問題を正しく知る上で残念なことだ
と思う。

それでも崔氏の著作は、当時、慰安所がどのように位置づけられていたの
か、どんな人々が関わっていたのかを、教えてくれる。過去の事象に現代
の価値観や見方を当てはめるのではなく、帳場人だった朴氏の視線を通じ
て当時の事実を見せてくれる。朴氏は1942年7月に釜山からビルマのラン
グーンに向かう船上にいた。第4次慰安団の一員だったのだ。同じ船に、
高額の貯金を残したことが日本でも知られている慰安婦の文玉珠氏も乗っ
ていた。

ラングーン到着後、朴氏は暫くして慰安所で働き始める。11月にはアキャ
ブという所に移動しているが、この地にあるシットウェーという港は、近
年中国が巨額の資金を投じて整備し、中国海軍が拠点としている。年が変
わった43年、氏は再びラングーンに戻り、その後幾つもの市や町を移動し
た。慰安所は1カ所に定着して営業することはあまりないのだと実感する。

各地を移動し、43年の9月末にはシンガポールに移り、朴氏は翌年の44年
12月に故郷に戻った。

その間に朴氏は自分や同僚のために、また慰安婦の女性のためにも驚く程
の送金をしている。たとえばビルマに戻って日も浅い43年1月16日、朴氏
は慰安所経営者の山本龍宅氏から3万2000円を故郷の家族に送金するよう
指示されたと書いている。

実はこの山本氏は、朴氏の妻の兄弟である。朴氏の働いた慰安所は同胞が
経営していたのだ。朴氏の日記には慰安所経営者として多くの日本名が登
場するが、人間関係を辿っていくと、その多くが朝鮮人だと崔氏は指摘する。

「本人に戻るブーメラン」

朴氏が、妻の兄弟から送金を頼まれた3万2000円は現在の貨幣価値ではど
のくらいなのか。崔氏は当時の公務員の給与を75円、それがいま約20万円
として計算した。3万2000円は現在8530万円になる。

「実に、1億円近い大金が、行き来していたわけである」と崔氏は驚いて
いるが、朴氏が朝鮮の家族や自分の口座に送金した中に、1万円台、2万円
台、3万円台の額が目につく。1億円近い額を2年の間に数回送金できた
程、慰安所経営は利益が上がったということだ。

他の多くの慰安所でも同じような状況があったはずだ。女性たちも高額の
収入を手にし、経営者は慰安所を営み、時にはそれ自体を売買していた。

わずかだが、慰安所での生活も紹介されている。朴氏は公休日には映画を
よく見たようだ。「たいていは同業者と一緒」だが、「時には慰安婦たち
や仲居などと一緒」だった。「鉄道部隊で映画があり、慰安婦たちが見て
きた」という記述もある。

朴氏の日記を精読した崔氏が結論づけている。そこには慰安婦の強制連行
に繋がるような言葉すらない、と。氏は、「性的被害をもって問題とする
ことは、どの国、どの民族でも可能だ」、従って「韓国が、セックスや貞
操への倫理から相手を非難することは、韓国自身のことを語ることに繋
が」る「いつか必ず本人に戻るブーメラン」だと強調する。

韓国はそのような対日非難をただちに中止すべきだというのが氏の結論
だ。私は同感だが、トランプ大統領との晩餐会に元慰安婦を招く政権の耳
には、この直言は届かないのである。
『週刊新潮』 2017年12月14日号  日本ルネッサンス 第782回

2018年01月03日

◆日欧EPAで拓く日本の未来

                        櫻井よしこ


安倍政権の外交の巧みさを実感したのが、12月8日の日欧EPA交渉の妥
結だった。この日本と欧州連合との経済連携協定は、来年夏にも署名さ
れ、再来年春にも発効する。

ドナルド・トランプ米大統領は、12か国がギリギリの妥協を重ねてようや
くまとめた環太平洋経済連携協定(TPP)を、今年1月、いとも容易に
反故にすると発表した。これによって自由主義陣営の結束が危ぶまれた
が、今回の日欧EPAの合意には、TPP頓挫の負の影響を着実に薄める
力がある。

日欧EPAは世界の国内総生産(GDP)の約3割、貿易総額の約4割を扱
う。日本が参加する自由貿易協定(FTA)としては最大規模で、日欧間
貿易では最終的に鉱工業製品、農産品の関税がほぼ全廃される。

たとえばいま自動車輸出には10%の関税がかけられているが、これが協定
発効から8年目にゼロになる。韓国はすでにEUと自由貿易協定を結んで
いるため、関税ゼロで自動車や部品を輸出している。日本は10%の関税を
かけられる分、不利な闘いを強いられてきたが、これで対等に競い合える。

日欧EPAのこの条件は、アメリカも無視できないだろう。アメリカとは
TPPで2.5%の関税を25年目に撤廃することで合意しているが、それに
較べても、ずっと有利な協定を日本は勝ちとったのである。

自動車輸出では目に見える大きなメリットを日本は確保したが、EUから
の輸入について問題がないわけではない。キヤノングローバル戦略研究所
の研究主幹、山下一仁氏の指摘によると、EUの対日輸出では、ワインも
チーズも関税はゼロになるものの、チーズに関しては輸入枠をオークショ
ンで業者に売るために、価格は下がらないというのだ。

従って日本の酪農家にも影響は及ばない。本来なら、より厳しい競争に晒
されて日本の酪農産業の基盤を強化する好機とすべきだが、必ずしもそう
ならない。長い将来を展望するとき、日本の酪農産業はこのままでよいの
かという深刻な疑問が残る。

双方に大きなメリット

日欧EPAで日本の対EU輸出は約24%、EUの対日輸出は約33%増える
と見られ、双方に大きなメリットがある。だが、日欧EPAの意義はそこ
にとどまらない。より注目すべき点は協定の内容の透明度の高さにある。

たとえば知的財産の保護、電子商取引の透明性、鉄道など政府調達分野へ
の市場アクセスの拡大、サービス貿易、企業統治などがより公正なルール
で行われるよう、高い水準の規則が設けられた。中国やロシアが貿易や取
引においてルールの透明性を欠く国であることは、今更指摘するまでもな
い。彼らは力に任せて自国有利の状況を作り出そうとする。他方イギリス
はEUを脱退し、アメリカはTPPを否定する。

そうした中で達成された今回の合意は、自由貿易を後戻りさせてはならな
いという日欧の決意であり、今後の国際的メガ協定の先駆けとなる。これ
から起きるであろうアメリカの変化を予測すれば、今、安倍首相がしてい
ることは、自由主義陣営を支える経済活動のルールをまさに日本が主軸と
なってEUと共に作ったということだ。これからの世界の自由貿易を日本
が主導する可能性が強まったということなのだ。

次に日本が目指すべきはTPPの合意だ。トランプ大統領のTPPへの強
い忌避感は、氏が多国間協定よりも2国間交渉を好むからというだけでな
く、TPPは前任者のオバマ氏が手掛けたものだからと言われている。

感情的要因が強いのであれば、トランプ大統領を説得するのは非常に難し
い。それでも安倍首相がアメリカ抜きの11か国でTPPをまとめたら、或
いは、新たな要求を持ち出して異論を唱えるカナダを除いて10か国でまと
めたらどうなるか。

11月に、ベトナム中部のダナンで参加11か国の閣僚会合において合意が確
認された際、カナダの新たな強い要求があって合意は流れそうになった。
土壇場での変心を茂木敏充経済再生担当相は「こういうことを詐欺と言う
んじゃないか!」と怒ったそうだが、安倍首相は、カナダ抜きの10か国で
も合意を成立させ、年明けにも署名式を行う方針だ。

それが実現した場合を山下氏が予測した。

「TPPが成立すれば、日本はオーストラリアの牛肉を9%の関税で輸入
することになります。他方、TPPに入らないアメリカの牛肉には38.5%
の関税が続きます。明らかにアメリカンビーフは不利です。マーケットか
ら排除されかねない。乳製品でも小麦でも、その他でも同じことが起こり
ます」

豚肉も小麦も

氏はさらに続けた。

「アメリカは日欧EPAの影響も受けます。豚肉も小麦も、TPPで起き
る現象と同じようなことが次々に起きると言ってよい。トランプ大統領が
どれほどTPPはいやだと言っても、アメリカの国益を考えれば入らざる
を得なくなります。逆にアメリカが入れて欲しいと言う立場に立たされる
でしょう」

TPPはオリジナルの12か国が参加すれば世界のGDPの約38%を占める
規模だ。アメリカ抜きなら約13%、カナダも抜ければ約11%である。それ
でも日本が主軸となってまとめるのは、前述したように大変重要な意味が
ある。

実利面からアメリカも参加せざるを得ない場面が生ずることに加えて、自
由主義陣営の大事な価値観を守り抜く意味合いがある。何と言っても、自
由貿易、公正なルール、民主主義、国際法による問題解決などといった価
値観を尊重する国々のメガFTAが、ふたつ出来るのだ。合わせると世界
貿易の約半分が、透明性の高いルール圏で取引されることになるのだ。

日欧の今回の合意内容は、中国が世界に発信した彼らなりの経済のあり方
とは明確に異なる。中国は10月の共産党大会で、人口13億人以上の社会主
義大国を指導するには国民全員が優れた本領を身につける必要がある、優
れた本領はマルクス主義の学習によって養われると宣言した。党の指導を
徹底させるために、外国資本の民間企業も含めて、企業内に共産党の支部
を設けよと指導する。

すでに外国企業の70%が共産党の「細胞」組織を設置しており、各企業の
情報は中国共産党に筒抜けになっていると考えた方がよい。知的財産の窃
盗も含めて、何でもありの経済体制が中国で公に強化される傍らで、日本
主導の日欧EPAが合意に至ったのだ。非常に心強い。

安倍首相は、いまこそ、自らの考える地球儀を俯瞰した外交戦略を推し進
めるのがよい。そのときに、忘れてはならないのは、経済活動にも強さが
必要で、憲法改正こそが全ての根本にあるという点だ。
『週刊新潮』 2017年12月21日号v日本ルネッサンス 第783回