2017年06月27日

◆民進党こそが政局に動き良識を捨てた

櫻井よしこ



「テロ等準備罪の成立へ強硬に反対した民進党こそが政局に動き良識を捨
てた」

この原稿を執筆中の6月15日未明、国会ではまだ、与野党が「テロ等準備
罪」を巡って攻防を続けている。14日夜、参議院では自民党議員らが本会
議場に入ろうとするのを、福島みずほ氏ら野党議員が廊下に立ち塞がる形
で妨げようとしていた。複数の民進党議員らが、テレビカメラを意識して
か、強硬な反対の意思を厳しい表情に表していた。

民進党の未来を担うこれら若手政治家の、テロ等準備罪に反対して仁王立
ちになっている姿を見るのは本当に残念だ。本欄でも取り上げたことがあ
るが、11年前、民主党(現民進党)は、現在の法案の素となった「共謀
罪」に次に示すような厳しい注文をつけた。

(1)対象となる犯罪を政府案の619から306に絞りこむこと、(2)取り
締まる対象を単なる「団体」から「組織的犯罪集団」に改めること、
(3)犯罪実行のための「予備行為」を処罰の要件とすること、の3点で
ある。

私は当時、右の民主党修正案を評価し、自民党に丸ごと受け入れるよう求
めた。今日15日に成立する「テロ等準備罪」は民主党修正案をほぼそのま
ま受け入れている。にもかかわらず、彼らはいまも、戦前の治安維持法を
引き合いに出し、「普通の人々が監視され、次々と引っ張られた。同じ事
を繰り返してはならない」などと極論で世論を煽る。或いは与党の手法が
強引だと論難する。

私たちはここで、約2年前の「平和安全法制」を巡る議論を思い返すべき
だ。民主党ら野党は国会の外に飛び出し、デモ隊と一緒に「戦争法案だ」
「人殺しの法案だ」と叫んだ。

法案は成立して法となった。いま、北朝鮮有事が起きたと仮定すれば、自
衛隊は同法に基づいて横田めぐみさんら拉致されている人々の救出に向か
う。だが、断言してもよい。実際には自衛隊は何もできないだろう。

なぜか。まず、自衛隊が救出に向かうには、当該国政府の同意が必要とい
う条件がつけられている。北朝鮮は何十年も拉致被害者を拘束してきたに
もかかわらず、拉致被害者はもういない、或いは死亡してしまったと主張
している。自衛隊が拉致被害者救出のために北朝鮮に入ることを彼らが了
承することなどあり得ないだろう。従ってこの条件は決して満たされず、
自衛隊は動けない。

条件の第2点は、「当該国」つまり北朝鮮の治安が維持されていて自衛隊
が戦闘に巻き込まれないことが保証されなければならないという点だ。

自衛隊出動の可能性があるのは北朝鮮の現体制が大きく揺らぐときだ。韓
国軍、或いは米軍も中国軍もすでに展開中かもしれず、戦争状態だろう。
だからこそ、日本人救出には自衛隊が行かなければならない。にもかかわ
らず、北朝鮮の治安が維持されていない限り、自衛隊の展開は許されない
というのであれば、自衛隊は動けない。

第3の条件はもっと噴飯ものだ。自衛隊の展開には当該国(北朝鮮)の国
軍や警察との連携が必要だというのだ。

参議院議員の青山繁晴氏が語った。

「自衛隊の出動は韓米軍が北朝鮮と戦争状態になっているなど、尋常では
ない状況下ですよ。米軍と戦っている北朝鮮の軍や警察と、日本の自衛隊
がどうやって連携できるのか。こんな非現実な酷い条件がつけられている
のが安保法制です」

ここまで自衛隊を縛る条件付きでも民進党は「人殺し法案」だと反対し
た。拉致被害者とその家族に思いを致さないのか。

午前六時、まもなくテロ等準備罪の成立だと、テレビのニュースが伝えて
いる。「参議院は良識の府としての良識を捨てた」と蓮舫氏が批判してい
た。加計学園問題を材料に、それとは本質的に無関係の重要法案阻止で政
局に動いた民進党こそ、良識を捨てたのではないのか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1187


2017年06月25日

◆民進党こそが政局に動き良識を捨てた 

櫻井よしこ



「テロ等準備罪の成立へ強硬に反対した民進党こそが政局に動き良識を捨
てた」

この原稿を執筆中の6月15日未明、国会ではまだ、与野党が「テロ等準備
罪」を巡って攻防を続けている。14日夜、参議院では自民党議員らが本会
議場に入ろうとするのを、福島みずほ氏ら野党議員が廊下に立ち塞がる形
で妨げようとしていた。複数の民進党議員らが、テレビカメラを意識して
か、強硬な反対の意思を厳しい表情に表していた。

民進党の未来を担うこれら若手政治家の、テロ等準備罪に反対して仁王立
ちになっている姿を見るのは本当に残念だ。本欄でも取り上げたことがあ
るが、11年前、民主党(現民進党)は、現在の法案の素となった「共謀
罪」に次に示すような厳しい注文をつけた。

(1)対象となる犯罪を政府案の619から306に絞りこむこと、(2)取り
締まる対象を単なる「団体」から「組織的犯罪集団」に改めること、
(3)犯罪実行のための「予備行為」を処罰の要件とすること、の3点で
ある。

私は当時、右の民主党修正案を評価し、自民党に丸ごと受け入れるよう求
めた。今日15日に成立する「テロ等準備罪」は民主党修正案をほぼそのま
ま受け入れている。にもかかわらず、彼らはいまも、戦前の治安維持法を
引き合いに出し、「普通の人々が監視され、次々と引っ張られた。同じ事
を繰り返してはならない」などと極論で世論を煽る。或いは与党の手法が
強引だと論難する。

私たちはここで、約2年前の「平和安全法制」を巡る議論を思い返すべき
だ。民主党ら野党は国会の外に飛び出し、デモ隊と一緒に「戦争法案だ」
「人殺しの法案だ」と叫んだ。

法案は成立して法となった。いま、北朝鮮有事が起きたと仮定すれば、自
衛隊は同法に基づいて横田めぐみさんら拉致されている人々の救出に向か
う。だが、断言してもよい。実際には自衛隊は何もできないだろう。

なぜか。まず、自衛隊が救出に向かうには、当該国政府の同意が必要とい
う条件がつけられている。北朝鮮は何十年も拉致被害者を拘束してきたに
もかかわらず、拉致被害者はもういない、或いは死亡してしまったと主張
している。自衛隊が拉致被害者救出のために北朝鮮に入ることを彼らが了
承することなどあり得ないだろう。従ってこの条件は決して満たされず、
自衛隊は動けない。

条件の第2点は、「当該国」つまり北朝鮮の治安が維持されていて自衛隊
が戦闘に巻き込まれないことが保証されなければならないという点だ。

自衛隊出動の可能性があるのは北朝鮮の現体制が大きく揺らぐときだ。韓
国軍、或いは米軍も中国軍もすでに展開中かもしれず、戦争状態だろう。
だからこそ、日本人救出には自衛隊が行かなければならない。にもかかわ
らず、北朝鮮の治安が維持されていない限り、自衛隊の展開は許されない
というのであれば、自衛隊は動けない。

第3の条件はもっと噴飯ものだ。自衛隊の展開には当該国(北朝鮮)の国
軍や警察との連携が必要だというのだ。

参議院議員の青山繁晴氏が語った。

「自衛隊の出動は韓米軍が北朝鮮と戦争状態になっているなど、尋常では
ない状況下ですよ。米軍と戦っている北朝鮮の軍や警察と、日本の自衛隊
がどうやって連携できるのか。こんな非現実な酷い条件がつけられている
のが安保法制です」

ここまで自衛隊を縛る条件付きでも民進党は「人殺し法案」だと反対し
た。拉致被害者とその家族に思いを致さないのか。

午前六時、まもなくテロ等準備罪の成立だと、テレビのニュースが伝えて
いる。「参議院は良識の府としての良識を捨てた」と蓮舫氏が批判してい
た。加計学園問題を材料に、それとは本質的に無関係の重要法案阻止で政
局に動いた民進党こそ、良識を捨てたのではないのか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月24日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1187


2017年06月23日

◆米国防総省の報告に見る中国の脅威

櫻井よしこ



米国防総省が6月6日、「中国の軍事情勢」に関する年次報告書を発表し
た。海洋、宇宙、核、サイバー空間の4分野を軍事戦略の要として、中国
が世界最強の国を目指して歩み続ける姿を描き、警告を発している。
 
報告書は、中国の目標が米国優位の現状を打ち砕くことだと分析し、その
ために中国は、サイバー攻撃によって、軍事技術をはじめ自国で必要とす
る広範な技術の窃取を行い、知的財産盗取を目的とする外国企業への投資
や、中国人による民間企業での技術の盗み取りなどを続けていると、驚く
ほど率直に告発している。
 
この件に関して興味深い統計がある。中国政府は長年、経済発展を支える
イノベーション重視政策を掲げてきた。2001年から複数回の5か年計画を
策定し、研究開発費をGDP比で20年までに2・5%に引き上げようとして
きた。だが、目標は一度も達成されていない。理由は、彼らが必要な知的
財産を常に他国から盗み取ることで目的を達成してきたために、自ら研究
開発する風土がないからだとされている。
 
ただ、どのような手段で技術を入手したかは別にして、中国が尋常ならざ
る戦力を構築しているのは明らかだ。中国は世界で初めて宇宙軍を創設し
た国だ。米国家情報長官のダニエル・コーツ氏は今年5月、「世界の脅威
評価」で、ロシアと中国はアメリカの衛星を標的とする兵器システム構築
を宇宙戦争時代の重要戦略とするだろうと報告している。
 
15年末に、中国は「戦略支援部隊」を創設したが、それはサイバー空間と
宇宙とにおける中国の軍事的優位を勝ち取るための部隊だと分析されている。
 
国防総省の報告書は、中国を宇宙全体の支配者へと押し上げかねない量
子衛星の打ち上げに関しても言及しているのだ。

大中華帝国の創造

昨年、中国は宇宙ロケットを22回打ち上げ、21回成功した。そのひとつ
が世界初の量子科学実験衛星の打ち上げだった。量子通信は盗聴や暗号の
解読がほぼ困難な極めて高い安全性が保証される通信である。「仮に通信
傍受を試みたり、通信内容を書き換えようとすると、通信内容自体が崩
壊≠キる。理論的にハッキングはまず不可能」(産経ニュース16年9月3
日)だと解説されている。
 
量子衛星打ち上げの成功で、地球を包み込んでいる広大な宇宙を舞台にし
た交信では、どの国も中国の通信を傍受できないのである。
 
中国は07年に地上発射のミサイルで高度860`の自国の古い気象衛星を破
壊してみせた。攻撃能力を世界に知らしめたのだ。衛星破壊をはじめとす
る中国の攻撃の狙いは、「敵の目と耳を利かなくする」こと。違法なハッ
キングで世界中の技術を盗んできた中国が、選りに選って絶対にハッキン
グされない技術を持てば、世界を支配する危険性さえ現実化する。
 
中国は現在独自の宇宙ステーションを構築中だが、来年には主要なモ
ジュールの打ち上げが続く見込みだ。東京五輪の2年後には、中国だけの
宇宙ステーションが完成すると見られる。さらに、中国は月に基地をつく
る計画で、月基地の完成は27年頃と発表されている。習近平氏の「中国の
夢」は、21世紀の中華思想の確立であり、宇宙にまで版図を広げる大中華
帝国の創造ではないのか。
 
中国の遠大な野望の第一歩は、台湾の併合である。その台湾に、国防総省
報告は多くの頁を割いた。「台湾有事のための戦力近代化」(Force
Modernization for a Taiwan Contingency)という章題自体が、十分注目
に値する強いタイトルだ。付録として中国と台湾の戦力比較が3頁も続い
ている。
 
台湾と中国の軍事力は比較にならない。中国の優位は明らかであり、将来
も楽観できない。たとえば現在、台湾は21万5000人規模の軍隊を有する
が、2年後には全員志願兵からなる17万5000人規模の軍隊を目指してい
る。しかし、この縮小した規模も志願兵不足で達成できないだろうと見ら
れている。他方、中国は台湾海峡だけで19万人の軍を配備しており、人民
解放軍全体で見れば230万人の大軍隊である。
 
台湾、南シナ海、そして東シナ海を念頭に、中国は非軍事分野での戦力、
具体的にはコーストガード(海警局)や海上民兵隊の増強にも力を入れて
きた。
 
10年以降、中国のコーストガードは1000d以上の大型船を60隻から130隻
に増やした。新造船はすべて大型化し、1万dを優に超える船が少なくと
も10隻ある。大型船はヘリ搭載機能、高圧放水銃、30_から76_砲を備え
ており、軍艦並みの機能を有し、長期間の海上展開にも耐えられる。
 
ちなみに1000d以上の大型船を130隻も持つコーストガードは世界で中国
だけだと、国防総省報告は指摘する。海警局は、もはや海軍そのものだ。

ローテクの海上民兵隊
 
海警局とは別に海上民兵隊も能力と規模の強化・拡大を続けている。事態
を戦争にまで悪化させずに、軍隊と同じ効果を発揮して、海や島を奪うの
が海上民兵隊である。
 
彼らは人民解放軍海軍と一体化して、ベトナムやフィリピンを恫喝する。
16年夏には日本の尖閣諸島周辺にまで押し寄せた。国防総省報告は、この
海上民兵隊に重要な変化が表れていることを指摘する。かつて海上民兵隊
は漁民や船会社から船を賃借していた。それがいま、南シナ海に面する海
南省が、84隻にも上る大型船を海上民兵隊用として発注した。独自の船を
大量に建造しているのだ。
 
海上民兵隊は南シナ海を越えて尖閣諸島や東シナ海、さらには小笠原諸
島、太平洋海域にも侵出してくる。
 
宇宙軍と量子衛星、そして海上民兵隊。ハイテク戦力とローテク戦力を併
せ持つ中国が世界を睥睨しているのである。サイバー時代においては、先
に攻撃する側が100%勝つのである。その時代に、専守防衛では日本は自
国を守れないであろう。
 
日米同盟はいまや、責任分担論が強調される。アメリカはかつてのアメリ
カとは異なる。国家基本問題研究所の太田文雄氏が問うた。

「仮にアメリカのトランプ政権が、ハイテクの宇宙・サイバー空間にお
ける脅威はアメリカが対処する。そこで責任分担で、ローテクの海上民兵
隊には日本が対応してほしい≠ニ言ってきたら、わが国はどうするので
しょうか」
 
日本を守る力は結局、日本が持っていなければ、国民も国土も守りきれな
い。そのような事態が近い将来起きることは十分にあり得るのだ。
 
折りしも安倍晋三首相が自民党総裁として憲法改正論議に一石を投じた。
この機会をとらえて、危機にまともに対処できる国に生れかわるべきだ。

『週刊新潮』 2017年6月22日号 日本ルネッサンス 第758回


2017年06月21日

◆世界の安定剤、マティス長官の安全観

櫻井よしこ



毎年シンガポールで開催される「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダ
イアローグ)」は、世界の安全保障戦略で何が一番の問題になっているか
を知り、大国の思惑がどのように交錯しているかを知る、極めて有意義な
場である。今年は米国防長官、ジェームズ・マティス氏が演説を行った。
 
トランプ大統領が、ロシア問題で追及され、身内のジャレッド・クシュ
ナー大統領上級顧問までもが疑惑を取り沙汰されている。そうした中、軍
人として培った揺るぎない安全保障観を披露したマティス国防長官は、国
際社会の安定装置として機能しているかのようだ。
 
6月3日に行われた氏の演説の内容は予想を超える率直さだった。敢えてポ
イントを2つに絞れば、➀アジアの同盟諸国への固い絆の再確認、➁中国に
は断固たる姿勢を取る、ということになるだろう。
 
まず、アジアの安全保障についてマティス氏は、アメリカが如何に国際法
順守を重視しているかを強調した。
 
アジアの安全保障が国際法に基づいて担保されるべきだとの考えは、世界
恐慌とそれに続く第二次世界大戦の凄まじい体験から学びとった教訓だ
と、マティス氏は強調する。氏は演説で人類の戦いの歴史にさり気なく触
れたが、蔵書6000冊を有し、その大半が戦史に関する著作だといわれる氏
の、国家と国家の摩擦としての戦いや、その対処の原理についての、奥深
い理解を感じさせる。
 
氏は語っている。国の大小、その貧富に拘らず、国際法は公平に適用され
るべし、と。海の交通路は全ての国々に常に開かれ、航行及び飛行の自由
が保たれるべきだという価値観は、時代を通して守られてきたとマティス
氏は語る。その自由で開かれた世界を、アメリカはこれからも担保するの
だと。
 
同じ趣旨を、表現を変えながら、マティス氏は繰り返した。講演録を読む
と、国際法の重要性を説いた段落が幾つも続いている。

「航行の自由」作戦
 
それらの発言が中国に向けられているのは明らかである。マティス氏がこ
れ程、或る意味で執拗に、国際法や航行の自由について語ったのは、アメ
リカは北朝鮮問題で中国に協力を求めても、南シナ海、東シナ海、台湾な
どの他の重要な地域問題で従来の基本的立場を譲るつもりは全くないと示
しているのである。マティス氏は、中国について前向きに丁寧に言及しな
がらも、要所要所で釘をさしている。

「トランプ政権は、朝鮮半島の非核化に向けての国際社会の努力に中国が
コミットメントを再確認したことに安堵している」「(4月の米中首脳会
談で)習近平主席は、全ての関係国が各々の責任を果たせば、朝鮮半島の
核の問題は解決されるはずだと語った」と、紹介したうえで、マティス氏
は述べた。

「自分は習近平主席に全く同意する。大事なのは、そうした言葉は行動に
よって本物であることが確認されなくてはならないということだ」
 
中国に強い口調で迫っているのである。中国よ、言葉はもういい。実行に
よって証明せよ、制裁を強化せよと要求しているのである。
 
約30分の演説の中で、マティス氏は南シナ海の問題についても、中国の
建設した人工島を批判しながら言及した。主旨は、➀中国の行動は国際社
会の利益を侵し、ルールに基づく秩序を揺るがすもので、受け入れること
はできない。➁人工島の建設とその軍事化は地域の安定を損ねる。
 
氏の一連の発言に、質疑応答で、多くの質問者が率直な謝意を表した。国
防長官の発言は「希望をもたらす」とまでコメントした人がいた。膨張す
る中国が恐れられ、嫌われているのとは対照的に、強いアメリカが望まれ
ているということだ。
 
トランプ政権発足以来約4か月が過ぎた5月下旬、ようやく南シナ海で「航
行の自由」作戦を行った。北朝鮮問題で中国に配慮して南シナ海とバー
ターするのではないかという懸念の声さえささやかれていたときに行われ
た「航行の自由」作戦は、オバマ政権のときには見られなかったアメリカ
の断固たる意志を示すものだった。
 
スプラトリー諸島のミスチーフ礁に建設された人工島の近く、中国が自国
の領海だと主張している12カイリ内の海で、「航行の自由」作戦は、中国
への「事前通告」なしに行われた。オバマ政権時代に4回行われた「航行
の自由」作戦と、今回のそれには全く異なる意味があった。今回は、通常
は公海で行う海難救助訓練を行ったのだ。

「米中接近」はない
 
中国の主張など全く認めないという姿勢を示したのだが、この訓練には中
国も反対しづらい。なぜなら、それは「人道的な」海難救助だったからだ。
 
非常に慎重に考え抜かれた緻密な作戦を決行したことでアメリカは、人工
島を建設しても中国は領海を拡大することはできないと示したのだ。アメ
リカの考えは、まさに常設仲裁裁判所がフィリピン政府の訴えに対して出
した答えと同じものだった。
 
もうひとつ、非常に大きな意味を持っているのが、マティス氏がパート
ナー国との関係を継続していくとする中で、インド、ベトナムなどに続い
て台湾に触れたことだ。

「国防総省は台湾及びその民主的な政府との揺るぎない協力を継続し、台
湾関係法の義務に基づいて、台湾に必要な防衛装備を提供する」と、マ
ティス氏は語った。
 
トランプ大統領が北朝鮮の核及びミサイル問題で中国に配慮する余り、南
シナ海や台湾への配慮が薄れて、台湾も事実上見捨てられるのではないか
という懸念さえ、生れていた。そのような疑念をマティス氏の発言はさっ
と拭い去った。
 
米国防長官としては異例のこの発言と、それを支える戦略的思考が、ト
ランプ政権の主軸である限り、台湾や日本にとっての悪夢、「米中接近」
はないと見てよいだろう。
 
会場の中国軍人が直ちに質問した。「中国はひとつ」という米中間の合
意を覆すのかと。マティス氏は「ひとつの中国」政策に変更はないと答え
たが、蔡英文総統は独立志向が高いと見て、台湾に軍事的圧力を強めるよ
うなことは、アメリカが許さないという強いメッセージを送ったというこ
とだ。
 
アメリカの政策は読み取りにくい。マティス発言に喜び、トランプ発言に
不安を抱く。トランプ氏は基本的にマティス氏らの進言を受け入れている
かに見えるが、究極のところはわからない。だが、マティス氏ら手練れの
兵(つわもの)が政権中枢にいる間に、わが国は急いで憲法改正などを通
して、国の在り方を変えなければならないと、心から思う。

『週刊新潮』 2017年6月15日号  日本ルネッサンス 第757回



2017年06月20日

◆情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国

櫻井よしこ

 

「情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国の現状を日本は注視すべき」

46年前の1971年に、東京・渋谷で沖縄返還協定反対デモがあり、警備に当
たった新潟県警の中村恒雄警部補、当時21歳が殺害された。「渋谷暴動事
件」である。その犯人と思われる大坂正明容疑者が6月7日、逮捕された。
実に46年間も逃げ続けていたのだ。
 
人々が忘れ去っても、ずっと事件を追い続けた公安と警察の働きがあって
初めて、大坂容疑者の逮捕となった。国や社会の安全は、このような地道
な息の長い努力によって守られていることを改めて認識する。
 
いま、欧州、中東、南アジアなどではテロが続発し、国内治安を守るのは
容易でない。国内の不穏な動きを厳しく監視できなければ、安全な国民生
活は守りきれないといってよい。
 
とりわけ南北に分断されている朝鮮半島では、韓国は北朝鮮の対南工作に
晒されてきた。他のどの国と較べても、国内治安維持のための監視体制が
必要な国だ。ところが、文在寅氏が大統領に就任して日も浅い6月1日、早
くも非常に憂うべき決定が下された。
 
国家情報院(国情院)を「改変」するというのだ。第一報を、私は6月5
日付の「産経新聞」櫻井紀雄記者による、ソウル発の記事によって知っ
た。国情院は北朝鮮の独裁政権から韓国を守るために、あらゆる謀略工作
に目を光らせる機関である。国家保安法を執行する、日本でいえば公安調
査庁と警察を合わせたような組織だ。

その国情院院長に就任した徐薫氏が、これまで、国情院のみならず各種の
機関で情報収集に当たってきた国内情報担当官(IO)制度の廃止を指示
したという。もし、実行されれば、日本でいえば公安調査庁、警察を筆頭
とする全情報機関の調査機能が一掃される事態が生ずる。

「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が語る。

「もし、そのようなことを実行したら、スパイ捜査もできなくなります。
全ての公安関係の組織活動が根底から切り崩されます。果たしてそんなこ
とができるのか、疑問です」
 
実は、金大中、盧武鉉、金泳三各氏ら歴代の左翼系大統領は皆同じ提案を
した。しかし、流石に国家の基盤である情報組織を解体することはできな
かった。今回も同じ展開になるのではないかと、洪氏は見る。
 
一方で懸念すべきは、これまで北朝鮮の工作員など韓国に害をなすと思わ
れる勢力に向けられていた情報機関の活動が、逆に国民の方に、とりわ
け、保守勢力に向けられてくるのではないかということだ。洪氏の解説で
ある。

「日本からでは韓国の実態はわかりにくいかもしれません。朴槿恵前大統
領があっという間に弾劾、逮捕され、収監された背景を頭に入れておく必
要があります。民労総(全国民主労働組合総連盟)や全教組(全国教職員
労働組合)などの勢力が反朴運動を支えましたが、これらは日本の自治労
や日教組をもっとずっと激しい極左にしたような組織です。彼らの支持の
上に現在の文政権があるのです」
 
彼らは文氏も含めて、北朝鮮の破綻が明らかな現在も、金日成氏の主体思
想を信奉する人々である。
 
文氏は盧政権下の秘書室長(官房長官)だった。盧大統領は事実上、国
情院によって、北朝鮮に従う余り韓国を裏切ることになった行動を暴露さ
れている。今回の措置は、文氏が盧氏の失敗に学んで、まず、韓国内の情
報機関の潰滅を狙った可能性も考えられる。隣国の状況の深刻さが窺える。
 
こんなときこそ、日本国内の状況への目配りが重要だ。沖縄での反米軍基
地運動をはじめ、慰安婦問題で政府を追及する会合などが、日本各地で驚
くような頻度で開催されている。少なからぬ朝鮮半島の人々や中国人が参
加している。外国籍の運動家の、日本における政治活動の実態の危険度に
注視し、日本は韓国の現状から学びとるべきではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1186
  

2017年06月19日

◆情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国

櫻井よしこ



「情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国の現状を日本は注視すべき」

46年前の1971年に、東京・渋谷で沖縄返還協定反対デモがあり、警備に当
たった新潟県警の中村恒雄警部補、当時21歳が殺害された。「渋谷暴動事
件」である。その犯人と思われる大坂正明容疑者が6月7日、逮捕された。
実に46年間も逃げ続けていたのだ。
 
人々が忘れ去っても、ずっと事件を追い続けた公安と警察の働きがあって
初めて、大坂容疑者の逮捕となった。国や社会の安全は、このような地道
な息の長い努力によって守られていることを改めて認識する。
 
いま、欧州、中東、南アジアなどではテロが続発し、国内治安を守るのは
容易でない。国内の不穏な動きを厳しく監視できなければ、安全な国民生
活は守りきれないといってよい。
 
とりわけ南北に分断されている朝鮮半島では、韓国は北朝鮮の対南工作に
晒されてきた。他のどの国と較べても、国内治安維持のための監視体制が
必要な国だ。ところが、文在寅氏が大統領に就任して日も浅い6月1日、早
くも非常に憂うべき決定が下された。
 
国家情報院(国情院)を「改変」するというのだ。第一報を、私は6月5
日付の「産経新聞」櫻井紀雄記者による、ソウル発の記事によって知っ
た。国情院は北朝鮮の独裁政権から韓国を守るために、あらゆる謀略工作
に目を光らせる機関である。

国家保安法を執行する、日本でいえば公安調査庁と警察を合わせたような
組織だ。その国情院院長に就任した徐薫氏が、これまで、国情院のみなら
ず各種の機関で情報収集に当たってきた国内情報担当官(IO)制度の廃
止を指示したという。もし、実行されれば、日本でいえば公安調査庁、警
察を筆頭とする全情報機関の調査機能が一掃される事態が生ずる。

「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が語る。

「もし、そのようなことを実行したら、スパイ捜査もできなくなります。
全ての公安関係の組織活動が根底から切り崩されます。果たしてそんなこ
とができるのか、疑問です」
 
実は、金大中、盧武鉉、金泳三各氏ら歴代の左翼系大統領は皆同じ提案
をした。しかし、流石に国家の基盤である情報組織を解体することはでき
なかった。今回も同じ展開になるのではないかと、洪氏は見る。
 
一方で懸念すべきは、これまで北朝鮮の工作員など韓国に害をなすと思
われる勢力に向けられていた情報機関の活動が、逆に国民の方に、とりわ
け、保守勢力に向けられてくるのではないかということだ。洪氏の解説で
ある。

「日本からでは韓国の実態はわかりにくいかもしれません。朴槿恵前大統
領があっという間に弾劾、逮捕され、収監された背景を頭に入れておく必
要があります。民労総(全国民主労働組合総連盟)や全教組(全国教職員
労働組合)などの勢力が反朴運動を支えましたが、これらは日本の自治労
や日教組をもっとずっと激しい極左にしたような組織です。彼らの支持の
上に現在の文政権があるのです」
 
彼らは文氏も含めて、北朝鮮の破綻が明らかな現在も、金日成氏の主体
思想を信奉する人々である。
 
文氏は盧政権下の秘書室長(官房長官)だった。盧大統領は事実上、国
情院によって、北朝鮮に従う余り韓国を裏切ることになった行動を暴露さ
れている。今回の措置は、文氏が盧氏の失敗に学んで、まず、韓国内の情
報機関の潰滅を狙った可能性も考えられる。隣国の状況の深刻さが窺える。
 
こんなときこそ、日本国内の状況への目配りが重要だ。沖縄での反米軍基
地運動をはじめ、慰安婦問題で政府を追及する会合などが、日本各地で驚
くような頻度で開催されている。少なからぬ朝鮮半島の人々や中国人が参
加している。外国籍の運動家の、日本における政治活動の実態の危険度に
注視し、日本は韓国の現状から学びとるべきではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1186 


2017年06月18日

◆情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国

櫻井よしこ



「情報機関の調査機能の一掃を目論む韓国の現状を日本は注視すべき」

46年前の1971年に、東京・渋谷で沖縄返還協定反対デモがあり、警備に当
たった新潟県警の中村恒雄警部補、当時21歳が殺害された。「渋谷暴動事
件」である。その犯人と思われる大坂正明容疑者が6月7日、逮捕された。
実に46年間も逃げ続けていたのだ。
 
人々が忘れ去っても、ずっと事件を追い続けた公安と警察の働きがあって
初めて、大坂容疑者の逮捕となった。国や社会の安全は、このような地道
な息の長い努力によって守られていることを改めて認識する。
 
いま、欧州、中東、南アジアなどではテロが続発し、国内治安を守るのは
容易でない。国内の不穏な動きを厳しく監視できなければ、安全な国民生
活は守りきれないといってよい。
 
とりわけ南北に分断されている朝鮮半島では、韓国は北朝鮮の対南工作に
晒されてきた。他のどの国と較べても、国内治安維持のための監視体制が
必要な国だ。ところが、文在寅氏が大統領に就任して日も浅い6月1日、早
くも非常に憂うべき決定が下された。
 
国家情報院(国情院)を「改変」するというのだ。第一報を、私は6月5
日付の「産経新聞」櫻井紀雄記者による、ソウル発の記事によって知った。

国情院は北朝鮮の独裁政権から韓国を守るために、あらゆる謀略工作に目
を光らせる機関である。国家保安法を執行する、日本でいえば公安調査庁
と警察を合わせたような組織だ。その国情院院長に就任した徐薫氏が、こ
れまで、国情院のみならず各種の機関で情報収集に当たってきた国内情報
担当官(IO)制度の廃止を指示したという。もし、実行されれば、日本
でいえば公安調査庁、警察を筆頭とする全情報機関の調査機能が一掃され
る事態が生ずる。

「統一日報」論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏が語る。

「もし、そのようなことを実行したら、スパイ捜査もできなくなります。
全ての公安関係の組織活動が根底から切り崩されます。果たしてそんなこ
とができるのか、疑問です」
 
実は、金大中、盧武鉉、金泳三各氏ら歴代の左翼系大統領は皆同じ提案
をした。しかし、流石に国家の基盤である情報組織を解体することはでき
なかった。今回も同じ展開になるのではないかと、洪氏は見る。
 
一方で懸念すべきは、これまで北朝鮮の工作員など韓国に害をなすと思
われる勢力に向けられていた情報機関の活動が、逆に国民の方に、とりわ
け、保守勢力に向けられてくるのではないかということだ。洪氏の解説で
ある。

「日本からでは韓国の実態はわかりにくいかもしれません。朴槿恵前大統
領があっという間に弾劾、逮捕され、収監された背景を頭に入れておく必
要があります。民労総(全国民主労働組合総連盟)や全教組(全国教職員
労働組合)などの勢力が反朴運動を支えましたが、これらは日本の自治労
や日教組をもっとずっと激しい極左にしたような組織です。彼らの支持の
上に現在の文政権があるのです」
 
彼らは文氏も含めて、北朝鮮の破綻が明らかな現在も、金日成氏の主体
思想を信奉する人々である。
 
文氏は盧政権下の秘書室長(官房長官)だった。盧大統領は事実上、国
情院によって、北朝鮮に従う余り韓国を裏切ることになった行動を暴露さ
れている。今回の措置は、文氏が盧氏の失敗に学んで、まず、韓国内の情
報機関の潰滅を狙った可能性も考えられる。隣国の状況の深刻さが窺える。
 
こんなときこそ、日本国内の状況への目配りが重要だ。沖縄での反米軍基
地運動をはじめ、慰安婦問題で政府を追及する会合などが、日本各地で驚
くような頻度で開催されている。少なからぬ朝鮮半島の人々や中国人が参
加している。外国籍の運動家の、日本における政治活動の実態の危険度に
注視し、日本は韓国の現状から学びとるべきではないか。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月17日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1186

2017年06月17日

◆世界の安定剤、マティス長官の安全観

櫻井よしこ




毎年シンガポールで開催される「アジア安全保障会議(シャングリラ・ダ
イアローグ)」は、世界の安全保障戦略で何が一番の問題になっているか
を知り、大国の思惑がどのように交錯しているかを知る、極めて有意義な
場である。今年は米国防長官、ジェームズ・マティス氏が演説を行った。
 
トランプ大統領が、ロシア問題で追及され、身内のジャレッド・クシュ
ナー大統領上級顧問までもが疑惑を取り沙汰されている。そうした中、軍
人として培った揺るぎない安全保障観を披露したマティス国防長官は、国
際社会の安定装置として機能しているかのようだ。
 
6月3日に行われた氏の演説の内容は予想を超える率直さだった。敢えてポ
イントを2つに絞れば、➀アジアの同盟諸国への固い絆の再確認、➁中国に
は断固たる姿勢を取る、ということになるだろう。
 
まず、アジアの安全保障についてマティス氏は、アメリカが如何に国際法
順守を重視しているかを強調した。
 
アジアの安全保障が国際法に基づいて担保されるべきだとの考えは、世界
恐慌とそれに続く第二次世界大戦の凄まじい体験から学びとった教訓だ
と、マティス氏は強調する。氏は演説で人類の戦いの歴史にさり気なく触
れたが、蔵書6000冊を有し、その大半が戦史に関する著作だといわれる氏
の、国家と国家の摩擦としての戦いや、その対処の原理についての、奥深
い理解を感じさせる。
 
氏は語っている。国の大小、その貧富に拘らず、国際法は公平に適用され
るべし、と。海の交通路は全ての国々に常に開かれ、航行及び飛行の自由
が保たれるべきだという価値観は、時代を通して守られてきたとマティス
氏は語る。その自由で開かれた世界を、アメリカはこれからも担保するの
だと。
 
同じ趣旨を、表現を変えながら、マティス氏は繰り返した。講演録を読む
と、国際法の重要性を説いた段落が幾つも続いている。

「航行の自由」作戦
 
それらの発言が中国に向けられているのは明らかである。マティス氏がこ
れ程、或る意味で執拗に、国際法や航行の自由について語ったのは、アメ
リカは北朝鮮問題で中国に協力を求めても、南シナ海、東シナ海、台湾な
どの他の重要な地域問題で従来の基本的立場を譲るつもりは全くないと示
しているのである。マティス氏は、中国について前向きに丁寧に言及しな
がらも、要所要所で釘をさしている。

「トランプ政権は、朝鮮半島の非核化に向けての国際社会の努力に中国が
コミットメントを再確認したことに安堵している」「(4月の米中首脳会
談で)習近平主席は、全ての関係国が各々の責任を果たせば、朝鮮半島の
核の問題は解決されるはずだと語った」と、紹介したうえで、マティス氏
は述べた。

「自分は習近平主席に全く同意する。大事なのは、そうした言葉は行動に
よって本物であることが確認されなくてはならないということだ」
 
中国に強い口調で迫っているのである。中国よ、言葉はもういい。実行
によって証明せよ、制裁を強化せよと要求しているのである。
 
約30分の演説の中で、マティス氏は南シナ海の問題についても、中国の
建設した人工島を批判しながら言及した。主旨は、➀中国の行動は国際社
会の利益を侵し、ルールに基づく秩序を揺るがすもので、受け入れること
はできない。➁人工島の建設とその軍事化は地域の安定を損ねる。
 
氏の一連の発言に、質疑応答で、多くの質問者が率直な謝意を表した。
国防長官の発言は「希望をもたらす」とまでコメントした人がいた。膨張
する中国が恐れられ、嫌われているのとは対照的に、強いアメリカが望ま
れているということだ。
 
トランプ政権発足以来約4か月が過ぎた5月下旬、ようやく南シナ海で「航
行の自由」作戦を行った。北朝鮮問題で中国に配慮して南シナ海とバー
ターするのではないかという懸念の声さえささやかれていたときに行われ
た「航行の自由」作戦は、オバマ政権のときには見られなかったアメリカ
の断固たる意志を示すものだった。
 
スプラトリー諸島のミスチーフ礁に建設された人工島の近く、中国が自国
の領海だと主張している12カイリ内の海で、「航行の自由」作戦は、中国
への「事前通告」なしに行われた。オバマ政権時代に4回行われた「航行
の自由」作戦と、今回のそれには全く異なる意味があった。今回は、通常
は公海で行う海難救助訓練を行ったのだ。

「米中接近」はない
 
中国の主張など全く認めないという姿勢を示したのだが、この訓練には
中国も反対しづらい。なぜなら、それは「人道的な」海難救助だったからだ。
 
非常に慎重に考え抜かれた緻密な作戦を決行したことでアメリカは、人
工島を建設しても中国は領海を拡大することはできないと示したのだ。ア
メリカの考えは、まさに常設仲裁裁判所がフィリピン政府の訴えに対して
出した答えと同じものだった。
 
もうひとつ、非常に大きな意味を持っているのが、マティス氏がパート
ナー国との関係を継続していくとする中で、インド、ベトナムなどに続い
て台湾に触れたことだ。

「国防総省は台湾及びその民主的な政府との揺るぎない協力を継続し、台
湾関係法の義務に基づいて、台湾に必要な防衛装備を提供する」と、マ
ティス氏は語った。
 
トランプ大統領が北朝鮮の核及びミサイル問題で中国に配慮する余り、南
シナ海や台湾への配慮が薄れて、台湾も事実上見捨てられるのではないか
という懸念さえ、生れていた。そのような疑念をマティス氏の発言はさっ
と拭い去った。
 
米国防長官としては異例のこの発言と、それを支える戦略的思考が、ト
ランプ政権の主軸である限り、台湾や日本にとっての悪夢、「米中接近」
はないと見てよいだろう。
 
会場の中国軍人が直ちに質問した。「中国はひとつ」という米中間の合
意を覆すのかと。マティス氏は「ひとつの中国」政策に変更はないと答え
たが、蔡英文総統は独立志向が高いと見て、台湾に軍事的圧力を強めるよ
うなことは、アメリカが許さないという強いメッセージを送ったというこ
とだ。
 
アメリカの政策は読み取りにくい。マティス発言に喜び、トランプ発言に
不安を抱く。トランプ氏は基本的にマティス氏らの進言を受け入れている
かに見えるが、究極のところはわからない。だが、マティス氏ら手練れの
兵(つわもの)が政権中枢にいる間に、わが国は急いで憲法改正などを通
して、国の在り方を変えなければならないと、心から思う。

『週刊新潮』 2017年6月15日号 日本ルネッサンス 第757回


2017年06月13日

◆自衛隊は違憲のまま放置すべきでない

櫻井よしこ



「自衛隊は違憲のまま放置すべきでない 国際情勢の厳しい今こそ改正へ
歩みを」

安倍晋三首相が、憲法改正の直球を投げた。現実主義の極みを行くその提
言で、停滞しきっていた憲法改正論議が賛否両論共に、俄かに活性化した。
 
首相は5月3日の「読売新聞」紙上で単独インタビューとして改正への斬新
な考えを披瀝した。同日午後には「民間憲法臨調」などが主催する「公開
憲法フォーラム」へのビデオメッセージで、「読売」に語ったのと同じ内
容を繰り返した。
 
首相が自民党総裁として述べた点は3点である。(1)東京五輪の行われる
2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、(2)9条1項
と2項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、(3)国の基は立派な人
材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、である。
 
発言の主旨はこうだ。災害救助を含め、命がけで24時間、365日、領土領
海、日本国民の命を守り抜く任務を果たしているのが自衛隊である。9割
を超える国民が信頼している。他方、多くの憲法学者や政党の一部に、自
衛隊は違憲の存在だと主張する議論がある。「自衛隊は違憲かもしれない
けど、何かあれば命を張って守ってくれ」というのは、余りに無責任だ。
 
こう述べて首相は、「私の世代が何をなし得るかと考えれば、自衛隊を合
憲化することが使命ではないか」と強調した。自衛隊違憲論が生まれる余
地をなくすために、自分の世代で自衛隊の存在を憲法上にしっかりと位置
づけたい。ただし、9条1項と2項をそのまま維持するという提案は大方の
意表を突くものだったはずだ。
 
9条1項は、周知のように「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武
力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」
という平和主義の担保である。
 
2項は、「前項の目的を達するため」、即ち、国際紛争解決のための武力
行使はしないという確約のために、「陸海空軍その他の戦力は、これを保
持しない。国の交戦権は、これを認めない」であり、軍事力の不保持、即
ち非武装を明確に謳っている。
 
大半の改憲派にとっても1項の維持に異論はないであろう。むしろ1項に
込められた日本国の平和志向を、1項を残すことで積極的に強調すべきだ
と考える。
 
注目すべきは2項である。「前項の目的を達するため」、つまり侵略戦争
をしないためとはいえ、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。
国の交戦権は、これを認めない」と定めた2項を維持したままで、いかに
して軍隊としての自衛隊の存在を憲法上正当化し得るのかという疑問を、
誰しもが抱くだろう。
 
矛盾を含む発言を「読売」で読んだとき、既視感が生まれた。私の主宰す
るインターネット配信の「言論テレビ」で、昨年暮れ、首相に最も近い記
者の一人といわれる「産経新聞」の石橋文登氏が、自衛隊の存在を3項と
して書き加えることも選択肢の内であると語っていた。
 
憲法で認められない存在という形を、とにかく解消すべきであり、公明党
がどこまで歩みよれるかが、最大の焦点であると氏は指摘し、具体的に3
項のつけ加えに言及したのだ。私は「言論テレビ」でのその発言を、今年
1月14日号の「週刊ダイヤモンド」で報じているが、首相発言と通底する。
 
少々の矛盾は大目的の前には呑み込むのが政治家であり、大目的を達成す
ることが何よりも大事なのだという現実主義が際立つ。
 
国際情勢の厳しさは私たちに現実を見よと教えている。「ウォール・スト
リート・ジャーナル」紙は「憲法9条が日本の安全を妨げる」と書いた。
自衛隊を違憲の存在として放置し続けるのは決して国民の安全に資するこ
とではない。今、改正に取り組みたいものだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年5月27日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1183 

2017年06月12日

◆「自分ファースト」に映る小池都知事

櫻井よしこ



「自分ファースト」に映る小池都知事 言葉に信を置けない同氏の実 行
力を注視


飯島勲氏といえば長年小泉純一郎元首相に仕えた人物として名高い。
 
小池百合子氏といえば、政党を渡り歩き、多くの政界実力者に接近してき
たことで名高い。都知事就任以降の氏は、敵を作って対立構造に仕立て、
相手を悪者、自身を改革の旗手と位置づけて、高い支持率を保つ。
 
次から次へと敵を作り出してはケンカを売り続ける小池氏の手法は、ケン
カ上手の小泉氏を師として学んだものか。私は或る日、飯島氏にそのよう
に尋ねた。すると、強い調子で飯島氏が反論した。

「とんでもない。全く似ていません。正反対です」
 
間髪を入れない勢いと声音の強さに私は驚いた。氏はさらに強調した。

「政(まつりごと)においては誰もが納得する公平さが大事なんです。争
点が深刻な時ほど、目配りが必要になる。私が小泉首相にお仕えした時に
は、どんなことでも、必ず、対立相手の意見も本人に聞かせるようにしま
した。そうすることで、何かが見えてくる。そこが大事なんです。でも、
小池さんは、そうじゃないでしょ」
 
小池氏の唱えるスローガン、「都民ファースト」は、実は「自分ファース
ト」ではないかと私は感じている。調査によっては、70%という高い支持
率にも私は違和感を抱いている。氏の行動を見詰めれば見詰める程、氏の
言動への拒否感は強くなる。
 
今年4月1日、氏は東京都東村山市の国立ハンセン病療養所「多磨全生園
(ぜんしょうえん)」を訪れた。多くのテレビカメラの前で、氏はハンセ
ン病患者の方と握手し、納骨堂で献花し、手を合わせた。鮮やかなブルー
のパンツスーツ姿の小池氏は格好の報道素材となり、事実、メディアは大
いに報じた。
 
長年社会の一隅に追いやられ、辛い日々をすごしてきた方々に思いを致
し、救済の施策を進めることは、政治家の責任であり、美しい行動である。

「いまだに残るハンセン病への差別や偏見をどのように無くすのか。国立
施設ではあるが、都として解消に努めたい」と小池氏は述べた。
 
立派である。その決意は是非実行してほしい。全生園で暮らしている
人々は180人で、平均年齢は85歳近い。施策は急がねばなるまい。小池氏
はどんな指示を出したのか。
 
ここで思い出すのは氏が環境大臣だったときのことだ。水俣病が公式に確
認されて50年を迎えたにもかかわらず、救済されずにいわば放置されてい
る患者は、当時少なくなかった。そこで小池氏は柳田邦男、屋山太郎、加
藤タケ子各氏ら錚々たる10人の委員を選んで私的懇談会を設置した。
 
柳田氏らは1年4カ月をかけて、水俣病患者らの声に耳を傾け、現地を訪
れて調査し、2006年9月19日、提言書を提出した。60ページを超える提言
書は、国民の命を守る「行政倫理」の確立と遵守を迫り、眼前で水俣病に
苦しむ人々を患者として認定する基準の緩和を求めていた。患者救済が進
まない最大の障害は、環境省がまだ庁だった時代に設定した認定基準だっ
た。2つ以上の症状がなければならないとする基準を1つでもよいとすべき
だと、柳田氏や屋山氏は主張した。
 
結論からいえば、小池氏は自らが設けた私的懇談会の提言を無視した。
彼女は、柳田氏らの調査が進行中の06年3月16日、参議院環境委員会で
「(水俣病患者か否かの)判断条件の見直しということについては考えて
いない、この点をもう一度明らかにしておきたいと思います」と答弁して
いる。
 
錚々たる人々を招集し、水俣病患者救済に取り組む姿勢をアピールした
が、行動は伴わなかったのだ。
 
だから私は、小池氏の言葉に信を置かない。あくまでも行動を見たい。5
月下旬の現在、彼女は全生園で語ったことに関して何の指示も出していない。

『週刊ダイヤモンド』 2017年6月3日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1184



2017年06月11日

◆市場経済も軍事力も拡大中の北朝鮮

櫻井よしこ



「市場経済も軍事力も拡大中の北朝鮮 日本は国民守る手立ての早期整
備を」


「北朝鮮はわれわれが考えていた以上に強い国力を有していて、経済は成
長を続けています。市場経済が発達して、恐らく、国民の生活水準は過去
になかった程、高くなっていると思います」
 
米国のジョンズ・ホプキンス大学の北朝鮮分析サイト「38ノース」の編集
長兼プロデューサーを務めるジェニー・タウン氏が、都内で開かれた小規
模の勉強会で語った。

「38ノース」もタウン氏も、北朝鮮の核ミサイル開発が進む中で、衛星写
真の詳細な分析によって、国際社会の注目を浴びている。氏は、街で見掛
ければ「若いOL」にでも間違われそうな佇まいの女性だ。
 
彼女がジョンズ・ホプキンス大で朝鮮半島研究を始めたのは2006年、
「38ノース」の立ち上げは10年だ。氏はさらに次のように語った。

「多くの市民が携帯電話を持っています。ファッションにも聡いことが服
装から見てとれます。多くのビジネスが生まれており、市民の経済活動の
幅が広がり、競争の原理が働く市場が生まれているのが見てとれます」
 
かつて統制経済の下で、ピョンヤンは選ばれた人々の住む特別な地域とし
て、食糧など必要な物資はおよそ全て「金王朝」によって支給された。だ
が金正日時代の末期から配給が止まり、ピョンヤン市民、即ち、政府・軍
の高官までも「自活」を迫られた。タウン氏の指摘する「ビジネス活動の
普及」は、その結果である。
 
北朝鮮全土の市場は約400カ所にふえたと氏は指摘する。朝鮮問題の専門
家、麗澤大学客員教授の西岡力氏も、ピョンヤンなどに新たなガソリンス
タンドができて繁盛していること、市場経済の中で「金持ち」が生まれて
いることは事実だと指摘する。タウン氏は、金正恩朝鮮労働党委員長はこ
うした経済活動を許容し、一連の経済活動から生ずる利益が、金正恩氏の
核・ミサイル実験をはじめとする軍事開発コストを賄っているとの見方を
示した。
 
他方、金正恩氏の「金庫」と位置づけられている「39号室」の現金が底を
ついているとの情報もある。そのため、金正恩氏の野望を満たすためのさ
まざまな物資の調達は現金ではなく金塊で支払っているとされ、これは脱
北者からのかなり確かな情報だ。この件を尋ねるとタウン氏は次のように
答えた。

「判断は難しいが、ハードカレンシー(他国の通貨に交換可能な通貨)は
北朝鮮にはかなりある。市場では人々はクレジットカードやデビットカー
ドを使用しています」
 
北朝鮮経済が行き詰まっているとの見方は間違いだと氏は結論づける。
北朝鮮は軍事的にも世界が考えるより遙かに先を行っていると指摘した。

「核関連施設は約100カ所あると考えられます。その内、われわれが把握
しているのは約20カ所です。残りは解明できていません」
 
北朝鮮の咸鏡北道吉州郡の豊渓里(ブンゲリ)が核実験場であることは
すでに確認されている。先月そこで作業員らがバレーボールに興じる様子
を、タウン氏はかなり鮮明なVTRで披露した。

「この画像に込められたメッセージについて、われわれは専門家を交えて
分析しました。北朝鮮はいつでも次の実験準備は整っていると伝えたいの
だと思います。彼らは核を放棄しないでしょうし、いまは次なる核実験を
するための機会を窺っていると思います」
 
米国が恐れる北朝鮮の大陸間弾道ミサイル技術に関して、北朝鮮は大気
圏に再突入する技術の確立にも成功したと見られる点を強調したうえで、
タウン氏は、北朝鮮は通常兵器も大幅に増産、改善していることを忘れて
はならないと警告する。
 
切迫した状況が私たちの眼前にあることを見るにつけ、テロ等準備罪や
憲法改正など、日本は国民を守る手立てをできるだけ早く整備すべきであ
ろう。
『週刊ダイヤモンド』 2017年6月10日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1185

2017年06月10日

◆首相提言で改憲論の停滞を打破せよ

櫻井よしこ



停滞の極みにある憲法改正論議に5月3日、安倍晋三首相が斬り込んだ。
➀2020年までに憲法改正のみならず、改正憲法を施行したい、➁9条1項と2
項を維持しつつ、自衛隊の存在を明記したい、➂国の基(もとい)は立派
な人材であり、そのための教育無償化を憲法で担保したい、という内容だ。
 
それまで弛緩しきっていた憲法改正に関する政界の空気を一変させた大胆
な提言である。大災害時を想定した緊急事態条項でもなく、選挙区の合区
問題でもなく、緊急時の議員の任期の問題でもなく、まさに本丸の9条に
斬り込んだ。
 
9条1項は、平和主義の担保である。2項は「陸海空軍その他の戦力は、こ
れを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」で、軍事力の不保持、
即ち非武装を謳っている。
 
改憲派にとっても1項の維持に異論はない。むしろ1項に込められた日本国
の平和志向を積極的に強調すべきだと考える。
 
問題は2項だ。2項を維持し、如何にして軍隊としての自衛隊の存在を憲法
上正当化し得るのかという疑問は誰しもが抱くだろう。現に、民進党をは
じめ野党は早速反発した。自民党内からも異論が出た。だが、この反応は
安倍首相にとって想定内であり、むしろ歓迎すべきものだろう。
 
矛盾を含んだボールを憲法論議の土俵に直球に近い形で投げ込んだ理由
を、首相は5月1日、中曽根康弘元首相が会長を務める超党派の国会議員の
会、「新憲法制定議員同盟」で明白に語っている。

「いよいよ機は熟してきました。今求められているのは具体的な提案で
す」「政治は結果です。自民党の憲法改正草案をそのまま憲法審査会に提
案するつもりはありません。どんなに立派な案であっても衆参両院で3分
の2を形成できなければ、ただ言っているだけに終わります」
 
約15分間の挨拶で、首相が原稿から離れて繰り返したのは、どんな立派な
案でも衆参両院で3分の2を形成できなければ、ただ言っているだけ、政治
家は評論家ではない、学者でもない、立派なことを言うところに安住の地
を求めてはならない、ということだった。

首相談話を肯定
 
護憲派の評論家や学者はもとより、改憲派の保守陣営にも首相は切っ先を
突きつけている。「口先だけか。現実の政治を見ることなしに、立派なこ
とを言うだけか」と。
 
この構図は、安倍首相が戦後70年談話を発表した2年前の夏を連想させ
る。あのとき、首相の歴史観を巡って保守陣営は二分された。首相の歴史
観は欧米諸国の見方であり、日本の立場を十分に反映しておらず、歴史研
究の立場から容認できないとの批判が噴き出した。

その一方で、首相談話は歴史研究の成果を披露するものではなく、中韓両
国が国策として歴史問題で日本を叩き、日本が国際政治の渦中に置かれて
いる中で、日本の立ち位置をどう説明し、如何にして国際世論を味方につ
けるかが問われている局面で出された政治的談話だととらえて評価する見
方もあった。
 
首相談話には、歴史における日本国の立場や主張を十分に打ち出している
とは思えない部分もあった。だが私は後者の立場から、談話の政治的意味
と国際社会における評価を考慮し、談話を肯定した。これと似た構図が今
回の事例にも見てとれる。
 
正しいことを言うのは無論大事だが、現実に即して結果を出せと首相は説
く。その主張は5月9日、国会でも展開された。蓮舫民進党代表が、首相は
国会ではなく読売新聞に改憲の意向を表明したとして責めたのに対し、首
相は、蓮舫氏との質疑応答が行われている予算委員会は行政府の長として
の考えを述べる場であり、自民党総裁としての考えを披瀝すべき場所では
ないと説明した。蓮舫氏は納得せず、その後も憲法の本質、即ち日本が直
面する尋常ならざる脅威、それにどう対処するかなどとは無関係の、本当
につまらない質問に終始した。
 
首相批判もよいが、民進党は党として憲法改正案をまとめることさえでき
ていない。どうするのか。この点を質されると、蓮舫氏は答えることもで
きなかった。
 
民進党だけではない。「結果を出す」次元とは程遠い政界の現状を踏まえ
て、首相が政党と政治家に問うているのは、憲法審査会ができてすでに10
年、なぜ、無為に過ごしているのかということだろう。なぜ、世界情勢の
大激変の中で、日本を変えようとしないのか、それで、国民の命、国土、
領海を守りきれるのか、ということだろう。

ポスト安倍の資格
 
自衛隊を9条に書き入れ、自立するまともな民主主義の国の形に近づけた
い。結果を出すには、加憲の公明党、教育無償化を唱える日本維新の会も
取り込みたい。蓮舫・野田執行部の下で、重要な問題になればなる程まと
まりきれない民進党の改憲派も取り込みたい。

離党はしたが長島昭久氏や、憲法改正私案を出した細野豪志、自衛隊の9
条への明記を求める前原誠司、笠浩史各氏らをはじめ、少なからぬ民進党
議員も賛成できる枠を作りたい。憲法改正の最重要事項である9条2項の削
除を封印してでも、世論の反発を回避して幅広く改憲勢力を結集したい。
そうした思いが今回の政治判断につながっているのは明らかだ。現実的に
見れば首相提言は評価せざるを得ない。
 
安倍政権下での好機を逃せば、改憲は恐らく再び遠のく。「立派なことを
言うだけ」の立場は、この際取るべきではない。首相提言を受けて改正論
議はすでに活性化し始めた。2項と、自衛隊を規定する3項の整合性を保つ
にはどんな案文にするかを大いに議論することが、いま為すべきことだろう。
 
こうして改憲の第一段階をクリアしたとして、次の段階では、まさに9条2
項削除の道を切り開くべきで、その責務を担える人物が次のリーダーだ。
誰がその任に値するのか。
 
ポスト安倍を狙う一人とされている石破茂氏は、首相提言直後のテレビ番
組などで年来の議論の積み重ねを跳び越えるとして首相提案を批判した。
何年も議論ばかりしていること自体が問題なのであり、国際情勢を見れ
ば、日本に時間的余裕などないことを、石破氏は忘れていないか。氏の批
判は手続き論に拘る印象を与えるが、そんなことでは次代のリーダーたり
えないであろう。
 
世界の現実を見て、長期的視点に立って日本国憲法を改めていく覚悟が
必要だ。日本周辺の現実の厳しさと国家としての在り方を考えれば、9条2
項の削除こそが正しい道であるのは揺るがない。その地平に辿りつくま
で、あるべき憲法の実現を目指して闘い続ける責任が、政治家のみなら
ず、私たち全員にある。

『週刊新潮』 2017年5月25日号  日本ルネッサンス 第753回

2017年06月09日

◆白村江の戦い、歴史が示す日本の気概

櫻井よしこ



少し古い本だが、夜久正雄氏の『白村江の戦』(国文研叢書15)が非常に
面白い。
 
昭和49(1974)年に出版された同書を、夜久氏が執筆していた最中、日
本と中華人民共和国との間に国交が樹立された。中華民国(台湾)との国
交断絶を、日本政府が北京で宣言する異常事態を、氏は「これは私には国
辱と思へた」と書いている。

72年の田中角栄氏らによる対中外交と較べて、「7世紀の日本が情誼にも
とづいて百済を援けた白村江の戦は、不幸、敗れはしたが、筋を通した義
戦だった」と、夜久氏はいうのだ。

「その結果、日本の独立は承認され、新羅も唐と戦って半島の独立をかち
とるに至った」とする白村江の戦いを、なぜいま振りかえるのか。言うま
でもない。日本周辺の状況が100年に1度といってよい大きな変化を見せて
おり、中国、朝鮮半島との歴史を、私たちが再び、きっちりと理解し、心
に刻んでおくべき時が来たからだ。
 
かつて中華思想を振りかざし、中国は周囲の国々を南蛮東夷西戎北狄など
として支配した。21世紀の現在、彼らは再び、中華大帝国を築こうという
野望を隠さない。中華人民共和国の野望は習近平主席の野望と言い換えて
差しつかえない。
 
習氏は昨年10月、自らを「党の核心」と位置づけた。毛沢東、ケ小平ら
中国の偉大な指導者に、自らを伍したのだ。まず、秋の全国代表大会でそ
の地位を確定するために、党長老を集めて行われる夏の北戴河会議で、自
身の威信を認めてほしいと、習氏は願っている。そのために、いまアメリ
カのトランプ政権と問題を起こす余裕は全くない。習政権が低姿勢を保つ
ゆえんである。
 
アメリカという超大国に対しては低姿勢だが、逆に朝鮮半島は、彼らに
とって支配すべき対象以外の何ものでもない。その延長線上に日本があ
る。日本もまた、中国の視線の中では支配すべき対象なのである。

百済救済のために
 
663年の白村江の戦いを振りかえれば、日本にとってこれが如何に重要な
意味を持つかが見えてくる。アメリカのトランプ政権が如何なる意味で
も、西側諸国の安定や繁栄につながる価値観の擁護者になり得ないであろ
う中で、白村江の戦いでわが国が何を得たのか、何を確立したのかを知っ
ておくことが大事である。
 
白村江の戦いは663年、日本が、すでに滅びた百済救済のために立ち上
がった戦いである。その前段として、隋の皇帝煬帝(ようだい)の高句麗
(こうくり)遠征がある。
 
隋の第2代皇帝煬帝は612年から614年まで毎年、高句麗遠征に大軍を投入
した。夜久氏はこう書いている。

「進発基地には涿郡(たくぐん)(河北省)が指定され、全国から一一三
万八千の兵があつめられた。山東半島では300隻の船を急造し、河南・淮
南・江南は兵車五万台の供出(きょうしゅつ)の命(めい)をうけた。兵
以外の軍役労務者の徴発は二三〇万という数にのぼった。その大半は地理
上の関係から山東地区から徴発された」
 
煬帝の治政は残酷極まることで悪名高い。夜久氏は、「多数の労働力を
とられた農地に明日の不作荒廃がくるのは必然であった」と書いている。

「山東東萊(とうらい)の海辺で行なわれた造船工人は悲惨のきわみで
あった。昼夜兼行の水中作業で腰から下が腐爛(ふらん)して蛆(うじ)
が生じ、一〇人に三、四人も死んでいった。陸上運輸労務者もこれにおと
らず悲惨であった。旧暦五月六月の炎暑の輸送に休養も与えられず、人も
牛馬もつぎつぎに路上にたおれた。『死者相枕(あいまくら)し、臭穢
(しゅうあい)路にみつ』と書かれている」
 
このようにして612年、煬帝の高句麗親征軍は出発した。100万の大軍の進
行はその倍以上の輜重(しちょう)部隊(糧食、被服、武器弾薬などの軍
需品を運ぶ部隊)を伴い、行軍の列は長さ1000里を越えたという。1里は
約400bとして、隊列は400`にも延びていたということだ。白髪3千丈の
中国であるから話半分としても200`の長さである。
 
現在のように、命令伝達の手段が発達している時代ではない。部隊命令
は当然末端までは届かない。そこで途中で行方不明になる部隊、行き先を
間違える部隊が続出した。高句麗軍はピョンヤン近くまで、わざと敵を侵
入させ、隋軍の退路を断って四方から襲ったと書いている。こうしてピョ
ンヤンに侵攻した部隊、30万5000の兵は、引き揚げたときわずか2700に
減っていたという。
 
この大失敗にも懲りず、隋は613年、614年と続けて討伐を企てた。しか
し、軍は飢餓と疫病に見舞われ、煬帝の力は急速に衰えた。
 
隋の朝鮮遠征を夜久氏は「文字が出来てからこのかた、今にいたるま
で、宇宙崩離(ほうり)し、生霊塗炭、身を喪ひ国を滅す、未だかくのご
とく甚しきものあらざるなり」と描いた。

中国と対等に戦い
 
隋はこうして滅び、唐の高祖が台頭して中国を治めた。唐の2代皇帝、太
宗は文字通り、大唐帝国を築き上げた。
 
そして再び、中国(唐)は朝鮮半島を攻めるのである。日本は前述のよう
に百済救援におもむき、唐と戦い敗北する。敗北はしたが、日本はその
後、唐・新羅連合軍の日本侵攻に備えて国内の体制固めを進めた。国防の
気概を強める日本の姿を見て、最も刺激を受けたのが前述の新羅だった。

彼らが如何に日本の在り様に発奮させられたかは、唐と共に日本に迫るべ
きときに、逆に唐に反攻したことからも明らかだ。新羅はこのとき、日本
を蔑称の「倭国」と記さず、「日本」と記したのである。夜久氏はこれを
「七世紀後半の東アジアの大事件」と形容した。
 
日本は中国と対等に戦い、敗れても尚、「和を請わず、自ら防備を厳に
して三十余年間唐と対峙し続けた」「我々今日の日本人は当時の日本人の
剛毅なる気魄を讃嘆すると共に、自ら顧みて愧(は)ずる所なきを得ませ
ん」という滝川政次郎氏の言葉を夜久氏は引用している。
 
日本が思い出すべきは、このときの日本の、国家としての矜恃であろ
う。敗れても独立国家としての気概を保ち続け、朝鮮半島にも大きな影響
を及ぼしたのが、日本だった。
 
中国が再び、強大な力を有し、時代に逆行する中華大帝国の再来を目指
し、周辺国への圧力を強めるいま、日本は、歴史を振りかえり、独立国と
して、先人たちがどのような誇りと勇気を持ち続けたかを思い出さなけれ
ばならない。
 
トランプ政権はいま、先進国首脳会議(G7)に中国とロシアを入れる考
えさえ提示している。世界の秩序は基盤が崩れ、大きくかわろうとしてい
るのである。このときに当たって、わが国日本が歴史から学べることは多
いはずだ。

『週刊新潮』 2017年6月8日号   日本ルネッサンス 第756回