2018年01月01日

◆「慰安所の帳場人の日記」は何を物語るか  

                       櫻井よしこ

「「慰安所の帳場人の日記」は何を物語るか」


東亜大学人間科学部教授の崔吉城氏の近著に、『朝鮮出身の帳場人が見た
慰安婦の真実 文化人類学者が読み解く「慰安所日記」』(ハート出版)
がある。

この「慰安所日記」とは、戦中、ビルマ(現ミャンマー)やシンガポール
の慰安所で帳場人として働いていた朝鮮人男性の日記だ(以下『帳場人の
日記』)。慰安所の実態を誰よりもよく知る立場にあった人物の記録であ
り、慰安婦の実態を知るこの上ない手掛かりとなる。それだけに、意気込
んで手に取ってみた。

しかし、読んでもどかしい思いが残る。もっとはっきり知りたいと思うと
ころに中々行きつかない。

崔氏は3年前、同じ出版社から『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』
も上梓している。合わせて読めば、氏が『帳場人の日記』に深い関心を寄
せ続けてきたこと、日記をできるだけ客観的に読み解こうとしていること
も、明らかである。

氏は、「国家や戦争などを通じて性を考察すること」をテーマとしてきた
という。背景には、10歳の頃に勃発した朝鮮戦争の体験があった。序章か
ら引用する。 

「国連軍は平和軍であり、共産化、赤化から民主主義を守ってくれる天使
のような軍だと思われていた。だからみんなが手を振って迎えたのに、村
の女性に性暴行するとは、思いもよらないことであった」

氏の生まれ故郷の村では儒教的な倫理観が強かった。しかし、「戦争とい
う不可抗力と、性暴力の恐怖によって、住民たちは売春婦、つまり『米軍
慰安婦』を認めざるを得なかった」、「国連軍に翻弄された小さな私の故
郷の村は、売春村となった」、それによって「一般の女性たちが性暴行を
免れることができた。いま問題となっている慰安婦問題にも、そうした側
面があったのか」と、氏は問うている。重要な問いだ。

慰安婦問題は日本だけではなく、国連軍や各国の軍を含めた問題である。
さらに加害、被害の両面において、韓国自身も関係するという認識が、崔
氏の分析を公正なものにする力となっている。

韓国では「慰安婦は被害者から愛国者へと変換され、民族的英雄のように
銅像が建てられ、拝まれているが、実はその現象は、新しいものではな
い」と氏は指摘し、 妓生(きーせん)の論介(のんげ)の例を引用する。

当時の事実

朝鮮の人々が日本人を「倭」と呼んでいた時代、妓生の論介は国を守るた
め、敵である日本の武将を抱いて川に身を投じたそうだ。韓国の人々は慶
尚南道晋州に彼女を奉る『義妓祠』を建てて、彼女を英雄から神に祭り上
げた。妓生や売春は儒教的道徳観によって否定されるが、政治的要素で状
況は大きく変わり得るということだ。

『帳場人の日記』は4年前の2013年8月、ソウル大学名誉教授の安秉直(ア
ンビョンジク)氏が解説する形をとって韓国で出版された。同書は韓国に
おいて、慰安所は「揺るぎない日本軍の経営」の下にあり、従って慰安婦
も厳しく監視されていたという主張の論拠となる資料だとされた。反対に
日本では、慰安所が公娼制度の下で営まれていたことを示す証拠と見做さ
れた。

前述のように崔氏は、どちらの側にも与(くみ)しないよう、慎重に本にま
とめた。内容が物足りないのは、日記の日本語訳が部分的な引用にとどま
り全体として示されていないからであろう。全てを日本語訳で出版できな
いわけを私は知る由もないが、慰安婦問題を正しく知る上で残念なことだ
と思う。

それでも崔氏の著作は、当時、慰安所がどのように位置づけられていたの
か、どんな人々が関わっていたのかを、教えてくれる。過去の事象に現代
の価値観や見方を当てはめるのではなく、帳場人だった朴氏の視線を通じ
て当時の事実を見せてくれる。朴氏は1942年7月に釜山からビルマのラン
グーンに向かう船上にいた。第4次慰安団の一員だったのだ。同じ船に、
高額の貯金を残したことが日本でも知られている慰安婦の文玉珠氏も乗っ
ていた。

ラングーン到着後、朴氏は暫くして慰安所で働き始める。11月にはアキャ
ブという所に移動しているが、この地にあるシットウェーという港は、近
年中国が巨額の資金を投じて整備し、中国海軍が拠点としている。年が変
わった43年、氏は再びラングーンに戻り、その後幾つもの市や町を移動し
た。慰安所は1カ所に定着して営業することはあまりないのだと実感する。

各地を移動し、43年の9月末にはシンガポールに移り、朴氏は翌年の44年
12月に故郷に戻った。

その間に朴氏は自分や同僚のために、また慰安婦の女性のためにも驚く程
の送金をしている。たとえばビルマに戻って日も浅い43年1月16日、朴氏
は慰安所経営者の山本龍宅氏から3万2000円を故郷の家族に送金するよう
指示されたと書いている。実はこの山本氏は、朴氏の妻の兄弟である。朴
氏の働いた慰安所は同胞が経営していたのだ。朴氏の日記には慰安所経営
者として多くの日本名が登場するが、人間関係を辿っていくと、その多く
が朝鮮人だと崔氏は指摘する。

「本人に戻るブーメラン」

朴氏が、妻の兄弟から送金を頼まれた3万2000円は現在の貨幣価値ではど
のくらいなのか。崔氏は当時の公務員の給与を75円、それがいま約20万円
として計算した。3万2000円は現在8530万円になる。

「実に、1億円近い大金が、行き来していたわけである」と崔氏は驚いて
いるが、朴氏が朝鮮の家族や自分の口座に送金した中に、1万円台、2万円
台、3万円台の額が目につく。1億円近い額を2年の間に数回送金できた
程、慰安所経営は利益が上がったということだ。

他の多くの慰安所でも同じような状況があったはずだ。女性たちも高額の
収入を手にし、経営者は慰安所を営み、時にはそれ自体を売買していた。

わずかだが、慰安所での生活も紹介されている。朴氏は公休日には映画を
よく見たようだ。「たいていは同業者と一緒」だが、「時には慰安婦たち
や仲居などと一緒」だった。「鉄道部隊で映画があり、慰安婦たちが見て
きた」という記述もある。

朴氏の日記を精読した崔氏が結論づけている。そこには慰安婦の強制連行
に繋がるような言葉すらない、と。氏は、「性的被害をもって問題とする
ことは、どの国、どの民族でも可能だ」、従って「韓国が、セックスや貞
操への倫理から相手を非難することは、韓国自身のことを語ることに繋
が」る「いつか必ず本人に戻るブーメラン」だと強調する。

韓国はそのよ うな対日非難をただちに中止すべきだというのが氏の結論
だ。私は同感だ が、トランプ大統領との晩餐会に元慰安婦を招く政権の
耳には、この直言 は届かないのである。
『週刊新潮』 2017年12月14日号 日本ルネッサンス 第782回

2017年12月31日

◆資金潤沢なNHKの受信料判決に失望

                        櫻井よしこ

「資金潤沢なNHKの受信料判決に失望 立法府を動かすには国民の意識
が重要に」

12月6日、最高裁判所大法廷がNHKの受信料について初の判断を示し
た。一言でいえば、判決には失望した。

テレビを所有していながら、受信料支払いを拒否していた男性に、NHK
は受信料を請求できるか、受信設備を持ったらNHKと契約しなければな
らないと定めた放送法64条1項は合憲か、が争われていたケースだった
が、寺田逸郎裁判長は「表現の自由を実現する放送法の趣旨にかなう。
NHKが受信料を請求することは合憲」と判断した。

「テレビを設置したからといって、NHKと受信契約を結ばなければなら
ないのは、契約の自由を侵すものだ」という原告側の主張は完全に退けら
れたわけだ。

これでNHKは、テレビを設置する人々全員に受信料を請求、徴収するこ
とが可能になる。私のようにテレビはあるが、NHKは見たくない、或い
は事実上見ていない人々も、支払いを法的に迫られることになる。

原告男性の代理人の一人、高池勝彦弁護士は、インターネット配信の「言
論テレビ」で12月1日、NHK受信料制度の欠陥についてこう語った。

「公共の福祉という視点では、サービスはそれを求める人が要求すると
き、サービスを供給する側は承諾しなければならないというのが基本です。

たとえば、私が家を建てたとします。水道が要ります。水道会社は私の要
請に応じて、水道を引かなくてはいけません。ところがNHKのやり方
は、私の家に井戸があって豊富な水が湧きでているため、水道は要らない
と断っているのに、絶対に水道を引けと要求しているに等しいのです。
NHKの手法、それを支えている放送法の精神は、あるべき姿と逆です」

現在NHKは年間売り上げ(受信料など)7547億円、民放の、たとえば日
本テレビの3054億円に較べると、2.5倍である。民放よりもはるかに潤沢
な資金がある。

NHKの受信料について今年3月29日に、東京地方裁判所がビジネスホテ
ルチェーン大手の「東横イン」に19億円余の支払いを命じた判決は見逃す
ことができない。

NHKは東横インに、全客室分の受信料を払え、過去2年間の3万4000室分
の未払い料金を払えと要求していたが、裁判所はNHKの主張をほぼ全面
的に認めたのだ。

NHKの新たな受信料大獲得作戦に通ずる右の支払い要求の原理は、ホテ
ルや旅館に対しては、テレビを備えている客室毎に受信料を徴収するとい
うものだ。

言論テレビで作家の門田髀ォ(かどたりゅうしょう)氏が次のように語った。

「いま受信料は地上波とBSで合わせて月額3590円です。旅館とホテルを
合わせて現在約160万の客室があります。各々テレビがついている。
NHKはその全室から月額3590円を取ろうと言うのです。これは年額689
億円になります」

NHKは強欲だ。今回の裁判の原告側代理人の一人、林いづみ弁護士が警
告した。

「今回の最高裁判決はテレビについてですが、今後インターネット端末に
もこの理論が適用されれば重大な影響がでます。時代に合う徴収のあり方
はもはや立法の問題だと私は考えます。国民がどう考えるかが重要です」

最高裁は「表現の自由」と「知る権利」の重要性を指摘した。ならば問わ
なければならない。NHKは放送者として国民の知る権利を真に満たして
いるか、と。彼らは放送の公正さを規定した放送法四条を全く満たしてい
ないと、私は強調したい。

NHKの偏向報道振りは加計学園問題の事例からも明らかだ。放送の公正
さを求めるには、やはり立法府を動かすしかない。それには私たち国民の
意識が何よりも大事だと実感する。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1211


2017年12月30日

◆日欧EPAで拓く日本の未来

櫻井よしこ

安倍政権の外交の巧みさを実感したのが、12月8日の日欧EPA交渉の妥
結だった。この日本と欧州連合との経済連携協定は、来年夏にも署名さ
れ、再来年春にも発効する。

ドナルド・トランプ米大統領は、12か国がギリギリの妥協を重ねてようや
くまとめた環太平洋経済連携協定(TPP)を、今年1月、いとも容易に
反故にすると発表した。これによって自由主義陣営の結束が危ぶまれた
が、今回の日欧EPAの合意には、TPP頓挫の負の影響を着実に薄める
力がある。

日欧EPAは世界の国内総生産(GDP)の約3割、貿易総額の約4割を扱
う。日本が参加する自由貿易協定(FTA)としては最大規模で、日欧間
貿易では最終的に鉱工業製品、農産品の関税がほぼ全廃される。

たとえばいま自動車輸出には10%の関税がかけられているが、これが協定
発効から8年目にゼロになる。韓国はすでにEUと自由貿易協定を結んで
いるため、関税ゼロで自動車や部品を輸出している。日本は10%の関税を
かけられる分、不利な闘いを強いられてきたが、これで対等に競い合える。

日欧EPAのこの条件は、アメリカも無視できないだろう。アメリカとは
TPPで2.5%の関税を25年目に撤廃することで合意しているが、それに
較べても、ずっと有利な協定を日本は勝ちとったのである。

自動車輸出では目に見える大きなメリットを日本は確保したが、EUから
の輸入について問題がないわけではない。キヤノングローバル戦略研究所
の研究主幹、山下一仁氏の指摘によると、EUの対日輸出では、ワインも
チーズも関税はゼロになるものの、チーズに関しては輸入枠をオークショ
ンで業者に売るために、価格は下がらないというのだ。従って日本の酪農
家にも影響は及ばない。本来なら、より厳しい競争に晒されて日本の酪農
産業の基盤を強化する好機とすべきだが、必ずしもそうならない。長い将
来を展望するとき、日本の酪農産業はこのままでよいのかという深刻な疑
問が残る。

双方に大きなメリット

日欧EPAで日本の対EU輸出は約24%、EUの対日輸出は約33%増える
と見られ、双方に大きなメリットがある。だが、日欧EPAの意義はそこ
にとどまらない。より注目すべき点は協定の内容の透明度の高さにある。

たとえば知的財産の保護、電子商取引の透明性、鉄道など政府調達分野へ
の市場アクセスの拡大、サービス貿易、企業統治などがより公正なルール
で行われるよう、高い水準の規則が設けられた。

中国やロシアが貿易や取引においてルールの透明性を欠く国であること
は、今更指摘するまでもない。彼らは力に任せて自国有利の状況を作り出
そうとする。他方イギリスはEUを脱退し、アメリカはTPPを否定する。

そうした中で達成された今回の合意は、自由貿易を後戻りさせてはならな
いという日欧の決意であり、今後の国際的メガ協定の先駆けとなる。これ
から起きるであろうアメリカの変化を予測すれば、今、安倍首相がしてい
ることは、自由主義陣営を支える経済活動のルールをまさに日本が主軸と
なってEUと共に作ったということだ。これからの世界の自由貿易を日本
が主導する可能性が強まったということなのだ。

次に日本が目指すべきはTPPの合意だ。トランプ大統領のTPPへの強
い忌避感は、氏が多国間協定よりも2国間交渉を好むからというだけでな
く、TPPは前任者のオバマ氏が手掛けたものだからと言われている。

感情的要因が強いのであれば、トランプ大統領を説得するのは非常に難し
い。それでも安倍首相がアメリカ抜きの11か国でTPPをまとめたら、或
いは、新たな要求を持ち出して異論を唱えるカナダを除いて10か国でまと
めたらどうなるか。

11月に、ベトナム中部のダナンで参加11か国の閣僚会合において合意が確
認された際、カナダの新たな強い要求があって合意は流れそうになった。
土壇場での変心を茂木敏充経済再生担当相は「こういうことを詐欺と言う
んじゃないか!」と怒ったそうだが、安倍首相は、カナダ抜きの10か国で
も合意を成立させ、年明けにも署名式を行う方針だ。

それが実現した場合を山下氏が予測した。

「TPPが成立すれば、日本はオーストラリアの牛肉を9%の関税で輸入
することになります。他方、TPPに入らないアメリカの牛肉には38.5%
の関税が続きます。明らかにアメリカンビーフは不利です。マーケットか
ら排除されかねない。乳製品でも小麦でも、その他でも同じことが起こり
ます」

豚肉も小麦も

氏はさらに続けた。

「アメリカは日欧EPAの影響も受けます。豚肉も小麦も、TPPで起き
る現象と同じようなことが次々に起きると言ってよい。トランプ大統領が
どれほどTPPはいやだと言っても、アメリカの国益を考えれば入らざる
を得なくなります。逆にアメリカが入れて欲しいと言う立場に立たされる
でしょう」

TPPはオリジナルの12か国が参加すれば世界のGDPの約38%を占める
規模だ。アメリカ抜きなら約13%、カナダも抜ければ約11%である。それ
でも日本が主軸となってまとめるのは、前述したように大変重要な意味が
ある。

実利面からアメリカも参加せざるを得ない場面が生ずることに加えて、自
由主義陣営の大事な価値観を守り抜く意味合いがある。何と言っても、自
由貿易、公正なルール、民主主義、国際法による問題解決などといった価
値観を尊重する国々のメガFTAが、ふたつ出来るのだ。合わせると世界
貿易の約半分が、透明性の高いルール圏で取引されることになるのだ。

日欧の今回の合意内容は、中国が世界に発信した彼らなりの経済のあり方
とは明確に異なる。中国は10月の共産党大会で、人口13億人以上の社会主
義大国を指導するには国民全員が優れた本領を身につける必要がある、優
れた本領はマルクス主義の学習によって養われると宣言した。党の指導を
徹底させるために、外国資本の民間企業も含めて、企業内に共産党の支部
を設けよと指導する。

すでに外国企業の70%が共産党の「細胞」組織を設置しており、各企業の
情報は中国共産党に筒抜けになっていると考えた方がよい。知的財産の窃
盗も含めて、何でもありの経済体制が中国で公に強化される傍らで、日本
主導の日欧EPAが合意に至ったのだ。非常に心強い。

安倍首相は、いまこそ、自らの考える地球儀を俯瞰した外交戦略を推し進
めるのがよい。そのときに、忘れてはならないのは、経済活動にも強さが
必要で、憲法改正こそが全ての根本にあるという点だ。
『週刊新潮』 2017年12月21日号 日本ルネッサンス 第783回


      

2017年12月29日

◆強欲NHK、650億の蓄財を説明せよ

櫻井よしこ

「強欲NHK、650億の蓄財を説明せよ」

テレビを設置したらなぜ、NHKと契約し受信料を払わなければならない
のか。NHKを見たくない人にまで契約を強要するのは、契約の自由を侵
す憲法違反ではないのか。
 
こうした問いに最高裁判所は12月6日、合憲の判断を下した。その判決の
おかしさは、「受信設備を設置した者は、協会(NHK)とその放送の受
信についての契約をしなければならない」という放送法第64条1項には
沿っているが、その他の重要事項に全く配慮していないことだ。
 
NHKは放送法第4条に定められた➀政治的公平性、➁事実は歪曲しな
い、➂対立意見のある事柄は多くの角度から論点を明らかにする、などに
ついては全く守っていない。「公共放送」にあるまじき極端な偏向報道に
最高裁は全く触れなかった。
 
金満体質になってしまったNHKが公共放送とは無関係の投資活動に多額
の資金を投入していることも、最高裁は全く考慮しなかった。
 
最高裁がNHKへの受信料支払いを「法的義務」としたことから、裁判を
起こせばNHKは必ず勝訴し、受信料取り立てが可能になる事態が生まれ
た。受信料徴収率はすでに約80%で、NHKの一人勝ち体制が強化される
だろう。加計学園報道や種々の歴史ドキュメンタリー番組で明らかな偏向
報道をするNHKに、受信料という事実上の税金をこれまで以上に注入し
てよいはずがない。
 
そこで、私は、インターネット配信の「言論テレビ」で12月15日、特別番
組を組んで同問題を取り上げた。その議論の中から、偏向報道が半端では
ないNHKの、これまた半端ではない彼らの金満体質を紹介する。経済評
論家の上念司氏がNHKの財務諸表を分析し、今年度の中間決算を基に報
告した。

「NHKには1兆円超、正確には1兆1162億円の資産があります。その金持
ち振りに驚きますが、中身を分析するともっと驚きます」
 
1兆円余の資産の内、一見してNHKには不要だと思われるのが有価証
券、長期保有有価証券、特定資産である。それぞれ2461億円、946億円、
1707億円で、計5114億円だ。ひとつずつ見ていこう。

受信料を国民に戻すべき
 
まず、1番目の有価証券だ。この多くは譲渡性預金、要は定期預金だ。な
ぜこんなに定期預金をするのか。資金に余裕があるからだとの上念氏の説
明はわかり易い。
 
次は長期保有有価証券だ。「これは特殊法人の発行する債券と地方債で
す。NHK自体が特殊法人ですが、他の特殊法人のスポンサーになってい
る。どこにそんな必要があるのか、わからない」と、上念氏。
 
長期保有有価証券946億円の中に105億円の非政府保証債が含まれてい
る。政府系特殊法人が発行する債券を105億円も購入している。

「NHKが財政投融資みたいなことをやっているわけです」と上念氏は説
明したが、再び同じ疑問を抱く。NHKがそんなことをする必然性はある
のか、と。
 
この長期保有有価証券には他にもよくわからないものが入っている。たと
えば事業債の購入費591億円だ。この事業債は主に電力会社が発行してい
る証券だが、やはり同じ疑問を抱く。国民の受信料で、なぜ、電力会社の
債券を買うのか、と。これもお金が余っているからであろう。
 
次はNHKにとって必要がないと思われる3番目の項目だ。1707億円に
上る特定資産である。上念氏の説明を聞いてもっと驚いた。

「実は、特定資産の中にも、前述の非政府保証債と事業債が入っているの
です。各々794億円と640億円です。すでに説明した長期保有有価証券の中
にも同じ名目で入っていましたから、両方に分散されているものを足す
と、非政府保証債が約900億円、事業債が約1231億円。凄い額です」
 
非政府保証債が政府系特殊法人の債券であること、事業債が主として電
力会社の債券であることはすでに述べた。国民のための放送事業に必要だ
として徴収する受信料を、他の特殊法人や電力会社のために使う理由を
NHKは説明すべきだ。
 
そんな余裕があれば、NHKは受信料を国民に戻すべきだ。或いは前会長
の籾井勝人氏が主張したように受信料を大幅値下げすべきだ。そこで
NHKの懐にはどれだけの資金があるのか、上念氏が分析した。

「単体決算で見ると、純資産は7442億円、連結決算では8340億円、名だた
る上場企業に引けをとらない凄い実績です。優良企業のパナソニックの純
資産が9814億円、富士通が9098億円、NHKは両社には及ばないが7442億
円。マツダの5132億円よりも富士重工の4962億円よりもはるかに巨額の純
資産をNHKは持っています」

高給取りの集団
 
こんな金余りのNHKであるから、当然、職員への利益配分も大きい。平
成28年度決算ではNHKの給与総額は1109億3094万円だった。NHK職員
の総数、1万273人で割ると、1人当たり平均年収は1079万8300円だ。他
方、民間給与実態統計調査によると、日本人の1年間に得た平均給与は421
万円である。
 
単純平均値だが、日本国民の平均給与の2.5倍をNHK職員は得てい
る。「皆さまのNHK」は高給取りの集団である。これはフェアか。民間
企業が競争に晒されコストを削減し、新製品や技術を開発し、努力して利
益を上げるのに対して、NHKは法律をバックに受信料を徴収するだけ
だ。おまけに凄まじい偏向報道で事実を歪曲し、放送法第4条は守らな
い。そんなNHKにこんな給料格差は許せない。

「キャッシュフローを見ると、半期で508億円もキャッシュが残っていま
す。1年では1000億円以上です。うち、半期で327億円、1年で650億円強が
有価証券取得に回されています。先にも言いましたが、この多くは定期預
金なのです。お金が余っているからこれだけ貯め込んでいる。そこで言い
たい――NHKさま、お金が余っているなら、国民にお返し下さい」
 
上念氏の呼びかけに、私たちは爆笑したのだが、笑って済む話ではな
い。金余りのNHKは余った分を国民に返すべきだ。最高裁判断を笠に着
て、受信料徴収に励む強欲NHKであり続けてはならない。そしてNHK
は国民に説明せよ。なぜ毎年650億円も私たちの受信料から抜き取って、
有価証券を買うのか。この問いにきちんと答えよ。
 
このように抗議をしても、恐らくNHKの強欲と偏向報道は改まるまい。
そうした姿勢はすでに彼らの体質になっている。それでも私たちはNHK
の現状を黙って受け入れるわけにはいかない。一日も早く、スクランブル
放送や電波オークションなど新制度を導入し、NHKの強欲と偏向の厚い
壁を破っていきたい。

『週刊新潮』 2017年12月28日号 日本ルネッサンス 第784回

2017年12月28日

◆解決されない北朝鮮の日本人拉致問題

櫻井よしこ

「解決されない北朝鮮の日本人拉致問題 憲法改正を急ぎ国際社会と攻勢
続けよ」

拉致被害者のご家族にとって拉致された子供や兄弟と会えないまま、自分
たちの生命が尽きてしまうのは、本当に悲しいことだ。

12月12日、増元るみ子さんの母、信子さんが90歳で亡くなった。娘の写真
を部屋に飾り、お花やお茶を供えるのを日課とし、「一目会いたい」と呟
くのが信子さんだったと、るみ子さんの弟の照明さんは語る。照明さんは
いま、家族会の事務局長だ。

るみ子さんは24歳で拉致された。花にたとえれば香しく咲き始めたばか
り、人生において最も美しく成長する若さの真っ只中にあったるみ子さん
は、いま64歳だ。どのように過ごしているだろうか。苦労し、悲しい思い
を沢山重ねてきたに違いない。死ぬ前に一度でいいから抱きしめたい。頭
を撫で、頬にさわり、「どんなときも忘れたことはなかったよ」と言って
やりたい──信子さんの「一目会いたい」という言葉にはそんな思いが凝縮
されていたに違いない。

るみ子さんの父の正一さんは15年前に亡くなった。そのときに照明さんに
言い残したという。「わしは日本を信じる。お前も日本を信じろ」と。

日本は拉致被害者を40年間も救出できずにいる。そしていま、北朝鮮有事
がいつ起きてもおかしくない事態に直面している。そのとき、拉致された
日本人を誰が助けるのか。米軍でも韓国軍でもあるまい。自衛隊しかない。

しかし自衛隊は有事の際、北朝鮮に行くことさえできない。2年前の平和
安全法制で有事の際、自衛隊は北朝鮮に上陸できることになった。しか
し、当欄で指摘してきたように、自衛隊上陸には、(1)当該国(北朝
鮮)政府の了承、(2)北朝鮮が平和な状態にあること、(3)北朝鮮軍と
共同行動を取ることという三つの条件がつけられている。これでは自衛隊
は北朝鮮上陸もできない。

従ってるみ子さんも、るみ子さんと同時に拉致された市川修一さんも、横
田めぐみさんも救出できない。国家としてどうするのか。米国に「どうし
てもお願いします」と、頼むのか。米国も、軍事作戦の最中に頼まれても
困るだろう。つまり、わが国は有事によって命が危ぶまれる国民を救出す
ることができない国なのだ。

正一さんは息子の照明さんに「お前も国を信じろ」と遺言した。一方、め
ぐみさんの母、早紀江さんはかつて問うた。「今の日本は国家でしょう
か。さらわれた国民を何十年も取り戻すことができない日本は国家と言え
るのでしょうか」。お二人は、日本国政府よ、しっかりしてくれ、日本国
民よ、政府が国民を救えるようになるために、しっかり考えてくれと、訴
えているのだ。

日本は何十年間も北朝鮮にコメや資金を渡し、譲歩してきた。その度に騙
され、何も解決されなかった。その間米国は幾度も自国民を救出した。両
国の違いは何か。自国民はなんとしてでも救い出すという決意と、軍事力
の有無ではないか。北朝鮮は最終的に米国が軍事力を行使するかもしれな
いと恐れているのである。

日本は軍事力の行使以前に、まともな軍事力の保持さえ憲法で禁止してい
る。北朝鮮は日本を国などとは思っていない。恐れてもいない。その意味
で、拉致が解決されない理由のひとつは間違いなく現行の日本国憲法にあ
る。憲法改正は激しく変化する国際情勢に対応するためだけでなく、国家
意思を積極的に示し、拉致問題解決につなげるためにも必要なのだ。

12月11日、日本は国連安全保障理事会の議長国として北朝鮮の人権問題を
取り上げた。参加15カ国中、少なくとも9カ国が日本人拉致に言及する初
めての状況が出現した。国際社会に拉致事件の酷さがより広く認識された
結果である。こうして北朝鮮に迫っていくのがよい。国内では憲法改正を
急ぎ、国際社会では積極攻勢を続けるのだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1212

2017年12月27日

◆解決されない北朝鮮の日本人拉致問題

櫻井よしこ

「解決されない北朝鮮の日本人拉致問題 憲法改正を急ぎ国際社会と攻勢
続けよ」

拉致被害者のご家族にとって拉致された子供や兄弟と会えないまま、自分
たちの生命が尽きてしまうのは、本当に悲しいことだ。

12月12日、増元るみ子さんの母、信子さんが90歳で亡くなった。娘の写真
を部屋に飾り、お花やお茶を供えるのを日課とし、「一目会いたい」と呟
くのが信子さんだったと、るみ子さんの弟の照明さんは語る。照明さんは
いま、家族会の事務局長だ。

るみ子さんは24歳で拉致された。花にたとえれば香しく咲き始めたばか
り、人生において最も美しく成長する若さの真っ只中にあったるみ子さん
は、いま64歳だ。どのように過ごしているだろうか。

苦労し、悲しい思いを沢山重ねてきたに違いない。死ぬ前に一度でいいか
ら抱きしめたい。頭を撫で、頬にさわり、「どんなときも忘れたことはな
かったよ」と言ってやりたい──信子さんの「一目会いたい」という言葉に
はそんな思いが凝縮されていたに違いない。

るみ子さんの父の正一さんは15年前に亡くなった。そのときに照明さんに
言い残したという。「わしは日本を信じる。お前も日本を信じろ」と。

日本は拉致被害者を40年間も救出できずにいる。そしていま、北朝鮮有事
がいつ起きてもおかしくない事態に直面している。そのとき、拉致された
日本人を誰が助けるのか。米軍でも韓国軍でもあるまい。自衛隊しかない。

しかし自衛隊は有事の際、北朝鮮に行くことさえできない。2年前の平和
安全法制で有事の際、自衛隊は北朝鮮に上陸できることになった。しか
し、当欄で指摘してきたように、自衛隊上陸には、(1)当該国(北朝
鮮)政府の了承、(2)北朝鮮が平和な状態にあること、(3)北朝鮮軍と
共同行動を取ることという三つの条件がつけられている。これでは自衛隊
は北朝鮮上陸もできない。

従ってるみ子さんも、るみ子さんと同時に拉致された市川修一さんも、横
田めぐみさんも救出できない。国家としてどうするのか。米国に「どうし
てもお願いします」と、頼むのか。米国も、軍事作戦の最中に頼まれても
困るだろう。つまり、わが国は有事によって命が危ぶまれる国民を救出す
ることができない国なのだ。

正一さんは息子の照明さんに「お前も国を信じろ」と遺言した。一方、め
ぐみさんの母、早紀江さんはかつて問うた。「今の日本は国家でしょう
か。さらわれた国民を何十年も取り戻すことができない日本は国家と言え
るのでしょうか」。お二人は、日本国政府よ、しっかりしてくれ、日本国
民よ、政府が国民を救えるようになるために、しっかり考えてくれと、訴
えているのだ。

日本は何十年間も北朝鮮にコメや資金を渡し、譲歩してきた。その度に騙
され、何も解決されなかった。その間米国は幾度も自国民を救出した。両
国の違いは何か。自国民はなんとしてでも救い出すという決意と、軍事力
の有無ではないか。北朝鮮は最終的に米国が軍事力を行使するかもしれな
いと恐れているのである。

日本は軍事力の行使以前に、まともな軍事力の保持さえ憲法で禁止してい
る。北朝鮮は日本を国などとは思っていない。恐れてもいない。その意味
で、拉致が解決されない理由のひとつは間違いなく現行の日本国憲法にあ
る。憲法改正は激しく変化する国際情勢に対応するためだけでなく、国家
意思を積極的に示し、拉致問題解決につなげるためにも必要なのだ。

12月11日、日本は国連安全保障理事会の議長国として北朝鮮の人権問題を
取り上げた。参加15カ国中、少なくとも9カ国が日本人拉致に言及する初
めての状況が出現した。国際社会に拉致事件の酷さがより広く認識された
結果である。こうして北朝鮮に迫っていくのがよい。国内では憲法改正を
急ぎ、国際社会では積極攻勢を続けるのだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1212 

2017年12月26日

◆解決されない北朝鮮の日本人拉致問題

櫻井よしこ

「解決されない北朝鮮の日本人拉致問題 憲法改正を急ぎ国際社会と攻勢
続けよ」

拉致被害者のご家族にとって拉致された子供や兄弟と会えないまま、自分
たちの生命が尽きてしまうのは、本当に悲しいことだ。

12月12日、増元るみ子さんの母、信子さんが90歳で亡くなった。娘の写真
を部屋に飾り、お花やお茶を供えるのを日課とし、「一目会いたい」と呟
くのが信子さんだったと、るみ子さんの弟の照明さんは語る。照明さんは
いま、家族会の事務局長だ。

るみ子さんは24歳で拉致された。花にたとえれば香しく咲き始めたばか
り、人生において最も美しく成長する若さの真っ只中にあったるみ子さん
は、いま64歳だ。どのように過ごしているだろうか。苦労し、悲しい思い
を沢山重ねてきたに違いない。死ぬ前に一度でいいから抱きしめたい。頭
を撫で、頬にさわり、「どんなときも忘れたことはなかったよ」と言って
やりたい──信子さんの「一目会いたい」という言葉にはそんな思いが凝縮
されていたに違いない。

るみ子さんの父の正一さんは15年前に亡くなった。そのときに照明さんに
言い残したという。「わしは日本を信じる。お前も日本を信じろ」と。

日本は拉致被害者を40年間も救出できずにいる。そしていま、北朝鮮有事
がいつ起きてもおかしくない事態に直面している。そのとき、拉致された
日本人を誰が助けるのか。米軍でも韓国軍でもあるまい。自衛隊しかない。

しかし自衛隊は有事の際、北朝鮮に行くことさえできない。2年前の平和
安全法制で有事の際、自衛隊は北朝鮮に上陸できることになった。しか
し、当欄で指摘してきたように、自衛隊上陸には、(1)当該国(北朝
鮮)政府の了承、(2)北朝鮮が平和な状態にあること、(3)北朝鮮軍と
共同行動を取ることという三つの条件がつけられている。これでは自衛隊
は北朝鮮上陸もできない。

従ってるみ子さんも、るみ子さんと同時に拉致された市川修一さんも、横
田めぐみさんも救出できない。国家としてどうするのか。米国に「どうし
てもお願いします」と、頼むのか。米国も、軍事作戦の最中に頼まれても
困るだろう。つまり、わが国は有事によって命が危ぶまれる国民を救出す
ることができない国なのだ。

正一さんは息子の照明さんに「お前も国を信じろ」と遺言した。一方、め
ぐみさんの母、早紀江さんはかつて問うた。「今の日本は国家でしょう
か。さらわれた国民を何十年も取り戻すことができない日本は国家と言え
るのでしょうか」。お二人は、日本国政府よ、しっかりしてくれ、日本国
民よ、政府が国民を救えるようになるために、しっかり考えてくれと、訴
えているのだ。

日本は何十年間も北朝鮮にコメや資金を渡し、譲歩してきた。その度に騙
され、何も解決されなかった。その間米国は幾度も自国民を救出した。両
国の違いは何か。自国民はなんとしてでも救い出すという決意と、軍事力
の有無ではないか。北朝鮮は最終的に米国が軍事力を行使するかもしれな
いと恐れているのである。

日本は軍事力の行使以前に、まともな軍事力の保持さえ憲法で禁止してい
る。北朝鮮は日本を国などとは思っていない。恐れてもいない。その意味
で、拉致が解決されない理由のひとつは間違いなく現行の日本国憲法にあ
る。憲法改正は激しく変化する国際情勢に対応するためだけでなく、国家
意思を積極的に示し、拉致問題解決につなげるためにも必要なのだ。

12月11日、日本は国連安全保障理事会の議長国として北朝鮮の人権問題を
取り上げた。参加15カ国中、少なくとも9カ国が日本人拉致に言及する初
めての状況が出現した。国際社会に拉致事件の酷さがより広く認識された
結果である。こうして北朝鮮に迫っていくのがよい。国内では憲法改正を
急ぎ、国際社会では積極攻勢を続けるのだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1212

2017年12月25日

◆解決されない北朝鮮の日本人拉致問題

               櫻井よしこ


「解決されない北朝鮮の日本人拉致問題 憲法改正を急ぎ国際社会と
攻勢続けよ」

拉致被害者のご家族にとって拉致された子供や兄弟と会えないまま、自分
たちの生命が尽きてしまうのは、本当に悲しいことだ。

12月12日、増元るみ子さんの母、信子さんが90歳で亡くなった。娘の写真
を部屋に飾り、お花やお茶を供えるのを日課とし、「一目会いたい」と呟
くのが信子さんだったと、るみ子さんの弟の照明さんは語る。照明さんは
いま、家族会の事務局長だ。

るみ子さんは24歳で拉致された。花にたとえれば香しく咲き始めたばか
り、人生において最も美しく成長する若さの真っ只中にあったるみ子さん
は、いま64歳だ。どのように過ごしているだろうか。

苦労し、悲しい思いを沢山重ねてきたに違いない。死ぬ前に一度でいいか
ら抱きしめたい。頭を撫で、頬にさわり、「どんなときも忘れたことはな
かったよ」と言ってやりたい──信子さんの「一目会いたい」という言葉に
はそんな思いが凝縮されていたに違いない。

るみ子さんの父の正一さんは15年前に亡くなった。そのときに照明さんに
言い残したという。「わしは日本を信じる。お前も日本を信じろ」と。

日本は拉致被害者を40年間も救出できずにいる。そしていま、北朝鮮有事
がいつ起きてもおかしくない事態に直面している。そのとき、拉致された
日本人を誰が助けるのか。米軍でも韓国軍でもあるまい。自衛隊しかない。

しかし自衛隊は有事の際、北朝鮮に行くことさえできない。2年前の平和
安全法制で有事の際、自衛隊は北朝鮮に上陸できることになった。しか
し、当欄で指摘してきたように、自衛隊上陸には、(1)当該国(北朝
鮮)政府の了承、(2)北朝鮮が平和な状態にあること、(3)北朝鮮軍と
共同行動を取ることという三つの条件がつけられている。これでは自衛隊
は北朝鮮上陸もできない。

従ってるみ子さんも、るみ子さんと同時に拉致された市川修一さんも、横
田めぐみさんも救出できない。国家としてどうするのか。米国に「どうし
てもお願いします」と、頼むのか。米国も、軍事作戦の最中に頼まれても
困るだろう。つまり、わが国は有事によって命が危ぶまれる国民を救出す
ることができない国なのだ。

正一さんは息子の照明さんに「お前も国を信じろ」と遺言した。一方、め
ぐみさんの母、早紀江さんはかつて問うた。「今の日本は国家でしょう
か。さらわれた国民を何十年も取り戻すことができない日本は国家と言え
るのでしょうか」。お二人は、日本国政府よ、しっかりしてくれ、日本国
民よ、政府が国民を救えるようになるために、しっかり考えてくれと、訴
えているのだ。

日本は何十年間も北朝鮮にコメや資金を渡し、譲歩してきた。その度に騙
され、何も解決されなかった。その間米国は幾度も自国民を救出した。両
国の違いは何か。自国民はなんとしてでも救い出すという決意と、軍事力
の有無ではないか。北朝鮮は最終的に米国が軍事力を行使するかもしれな
いと恐れているのである。

日本は軍事力の行使以前に、まともな軍事力の保持さえ憲法で禁止してい
る。北朝鮮は日本を国などとは思っていない。恐れてもいない。その意味
で、拉致が解決されない理由のひとつは間違いなく現行の日本国憲法にあ
る。憲法改正は激しく変化する国際情勢に対応するためだけでなく、国家
意思を積極的に示し、拉致問題解決につなげるためにも必要なのだ。

12月11日、日本は国連安全保障理事会の議長国として北朝鮮の人権問題を
取り上げた。参加15カ国中、少なくとも9カ国が日本人拉致に言及する初
めての状況が出現した。国際社会に拉致事件の酷さがより広く認識された
結果である。こうして北朝鮮に迫っていくのがよい。国内では憲法改正を
急ぎ、国際社会では積極攻勢を続けるのだ。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月23日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1212 

2017年12月23日

◆日欧EPAで拓く日本の未来 

櫻井よしこ

安倍政権の外交の巧みさを実感したのが、12月8日の日欧EPA交渉の妥
結だった。この日本と欧州連合との経済連携協定は、来年夏にも署名さ
れ、再来年春にも発効する。

ドナルド・トランプ米大統領は、12か国がギリギリの妥協を重ねてようや
くまとめた環太平洋経済連携協定(TPP)を、今年1月、いとも容易に
反故にすると発表した。これによって自由主義陣営の結束が危ぶまれた
が、今回の日欧EPAの合意には、TPP頓挫の負の影響を着実に薄める
力がある。

日欧EPAは世界の国内総生産(GDP)の約3割、貿易総額の約4割を扱
う。日本が参加する自由貿易協定(FTA)としては最大規模で、日欧間
貿易では最終的に鉱工業製品、農産品の関税がほぼ全廃される。

たとえばいま自動車輸出には10%の関税がかけられているが、これが協定
発効から8年目にゼロになる。韓国はすでにEUと自由貿易協定を結んで
いるため、関税ゼロで自動車や部品を輸出している。日本は10%の関税を
かけられる分、不利な闘いを強いられてきたが、これで対等に競い合える。

日欧EPAのこの条件は、アメリカも無視できないだろう。アメリカとは
TPPで2.5%の関税を25年目に撤廃することで合意しているが、それに
較べても、ずっと有利な協定を日本は勝ちとったのである。

自動車輸出では目に見える大きなメリットを日本は確保したが、EUから
の輸入について問題がないわけではない。キヤノングローバル戦略研究所
の研究主幹、山下一仁氏の指摘によると、EUの対日輸出では、ワインも
チーズも関税はゼロになるものの、チーズに関しては輸入枠をオークショ
ンで業者に売るために、価格は下がらないというのだ。

従って日本の酪農家にも影響は及ばない。本来なら、より厳しい競争に晒
されて日本の酪農産業の基盤を強化する好機とすべきだが、必ずしもそう
ならない。長い将来を展望するとき、日本の酪農産業はこのままでよいの
かという深刻な疑問が残る。

双方に大きなメリット

日欧EPAで日本の対EU輸出は約24%、EUの対日輸出は約33%増える
と見られ、双方に大きなメリットがある。だが、日欧EPAの意義はそこ
にとどまらない。より注目すべき点は協定の内容の透明度の高さにある。

たとえば知的財産の保護、電子商取引の透明性、鉄道など政府調達分野へ
の市場アクセスの拡大、サービス貿易、企業統治などがより公正なルール
で行われるよう、高い水準の規則が設けられた。中国やロシアが貿易や取
引においてルールの透明性を欠く国であることは、今更指摘するまでもな
い。彼らは力に任せて自国有利の状況を作り出そうとする。他方イギリス
はEUを脱退し、アメリカはTPPを否定する。

そうした中で達成された今回の合意は、自由貿易を後戻りさせてはならな
いという日欧の決意であり、今後の国際的メガ協定の先駆けとなる。これ
から起きるであろうアメリカの変化を予測すれば、今、安倍首相がしてい
ることは、自由主義陣営を支える経済活動のルールをまさに日本が主軸と
なってEUと共に作ったということだ。これからの世界の自由貿易を日本
が主導する可能性が強まったということなのだ。

次に日本が目指すべきはTPPの合意だ。トランプ大統領のTPPへの強
い忌避感は、氏が多国間協定よりも2国間交渉を好むからというだけでな
く、TPPは前任者のオバマ氏が手掛けたものだからと言われている。

感情的要因が強いのであれば、トランプ大統領を説得するのは非常に難し
い。それでも安倍首相がアメリカ抜きの11か国でTPPをまとめたら、或
いは、新たな要求を持ち出して異論を唱えるカナダを除いて10か国でまと
めたらどうなるか。

11月に、ベトナム中部のダナンで参加11か国の閣僚会合において合意が確
認された際、カナダの新たな強い要求があって合意は流れそうになった。
土壇場での変心を茂木敏充経済再生担当相は「こういうことを詐欺と言う
んじゃないか!」と怒ったそうだが、安倍首相は、カナダ抜きの10か国で
も合意を成立させ、年明けにも署名式を行う方針だ。

それが実現した場合を山下氏が予測した。

「TPPが成立すれば、日本はオーストラリアの牛肉を9%の関税で輸入
することになります。他方、TPPに入らないアメリカの牛肉には38.5%
の関税が続きます。明らかにアメリカンビーフは不利です。マーケットか
ら排除されかねない。乳製品でも小麦でも、その他でも同じことが起こり
ます」

豚肉も小麦も

氏はさらに続けた。

「アメリカは日欧EPAの影響も受けます。豚肉も小麦も、TPPで起き
る現象と同じようなことが次々に起きると言ってよい。トランプ大統領が
どれほどTPPはいやだと言っても、アメリカの国益を考えれば入らざる
を得なくなります。逆にアメリカが入れて欲しいと言う立場に立たされる
でしょう」

TPPはオリジナルの12か国が参加すれば世界のGDPの約38%を占める
規模だ。アメリカ抜きなら約13%、カナダも抜ければ約11%である。それ
でも日本が主軸となってまとめるのは、前述したように大変重要な意味が
ある。

実利面からアメリカも参加せざるを得ない場面が生ずることに加えて、自
由主義陣営の大事な価値観を守り抜く意味合いがある。何と言っても、自
由貿易、公正なルール、民主主義、国際法による問題解決などといった価
値観を尊重する国々のメガFTAが、ふたつ出来るのだ。合わせると世界
貿易の約半分が、透明性の高いルール圏で取引されることになるのだ。

日欧の今回の合意内容は、中国が世界に発信した彼らなりの経済のあり方
とは明確に異なる。中国は10月の共産党大会で、人口13億人以上の社会主
義大国を指導するには国民全員が優れた本領を身につける必要がある、優
れた本領はマルクス主義の学習によって養われると宣言した。党の指導を
徹底させるために、外国資本の民間企業も含めて、企業内に共産党の支部
を設けよと指導する。

すでに外国企業の70%が共産党の「細胞」組織を設置しており、各企業の
情報は中国共産党に筒抜けになっていると考えた方がよい。知的財産の窃
盗も含めて、何でもありの経済体制が中国で公に強化される傍らで、日本
主導の日欧EPAが合意に至ったのだ。非常に心強い。

安倍首相は、いまこそ、自らの考える地球儀を俯瞰した外交戦略を推し進
めるのがよい。そのときに、忘れてはならないのは、経済活動にも強さが
必要で、憲法改正こそが全ての根本にあるという点だ。
『週刊新潮』 2017年12月21日号  日本ルネッサンス 第783回

2017年12月22日

◆日欧EPAで拓く日本の未来

櫻井よしこ


安倍政権の外交の巧みさを実感したのが、12月8日の日欧EPA交渉の妥
結だった。この日本と欧州連合との経済連携協定は、来年夏にも署名さ
れ、再来年春にも発効する。

ドナルド・トランプ米大統領は、12か国がギリギリの妥協を重ねてようや
くまとめた環太平洋経済連携協定(TPP)を、今年1月、いとも容易に
反故にすると発表した。これによって自由主義陣営の結束が危ぶまれた
が、今回の日欧EPAの合意には、TPP頓挫の負の影響を着実に薄める
力がある。

日欧EPAは世界の国内総生産(GDP)の約3割、貿易総額の約4割を扱
う。日本が参加する自由貿易協定(FTA)としては最大規模で、日欧間
貿易では最終的に鉱工業製品、農産品の関税がほぼ全廃される。

たとえばいま自動車輸出には10%の関税がかけられているが、これが協定
発効から8年目にゼロになる。韓国はすでにEUと自由貿易協定を結んで
いるため、関税ゼロで自動車や部品を輸出している。日本は10%の関税を
かけられる分、不利な闘いを強いられてきたが、これで対等に競い合える。

日欧EPAのこの条件は、アメリカも無視できないだろう。アメリカとは
TPPで2.5%の関税を25年目に撤廃することで合意しているが、それに
較べても、ずっと有利な協定を日本は勝ちとったのである。

自動車輸出では目に見える大きなメリットを日本は確保したが、EUから
の輸入について問題がないわけではない。キヤノングローバル戦略研究所
の研究主幹、山下一仁氏の指摘によると、EUの対日輸出では、ワインも
チーズも関税はゼロになるものの、チーズに関しては輸入枠をオークショ
ンで業者に売るために、価格は下がらないというのだ。

従って日本の酪農家にも影響は及ばない。本来なら、より厳しい競争に晒
されて日本の酪農産業の基盤を強化する好機とすべきだが、必ずしもそう
ならない。長い将来を展望するとき、日本の酪農産業はこのままで良いの
かという深刻な疑問が残る。

双方に大きなメリット

日欧EPAで日本の対EU輸出は約24%、EUの対日輸出は約33%増える
と見られ、双方に大きなメリットがある。だが、日欧EPAの意義はそこ
にとどまらない。より注目すべき点は協定の内容の透明度の高さにある。

たとえば知的財産の保護、電子商取引の透明性、鉄道など政府調達分野へ
の市場アクセスの拡大、サービス貿易、企業統治などがより公正なルール
で行われるよう、高い水準の規則が設けられた。中国やロシアが貿易や取
引においてルールの透明性を欠く国であることは、今更指摘するまでもな
い。彼らは力に任せて自国有利の状況を作り出そうとする。他方イギリス
はEUを脱退し、アメリカはTPPを否定する。

そうした中で達成された今回の合意は、自由貿易を後戻りさせてはならな
いという日欧の決意であり、今後の国際的メガ協定の先駆けとなる。これ
から起きるであろうアメリカの変化を予測すれば、今、安倍首相がしてい
ることは、自由主義陣営を支える経済活動のルールをまさに日本が主軸と
なってEUと共に作ったということだ。これからの世界の自由貿易を日本
が主導する可能性が強まったということなのだ。

次に日本が目指すべきはTPPの合意だ。トランプ大統領のTPPへの強
い忌避感は、氏が多国間協定よりも2国間交渉を好むからというだけでな
く、TPPは前任者のオバマ氏が手掛けたものだからと言われている。

感情的要因が強いのであれば、トランプ大統領を説得するのは非常に難し
い。それでも安倍首相がアメリカ抜きの11か国でTPPをまとめたら、或
いは、新たな要求を持ち出して異論を唱えるカナダを除いて10か国でまと
めたらどうなるか。

11月に、ベトナム中部のダナンで参加11か国の閣僚会合において合意が確
認された際、カナダの新たな強い要求があって合意は流れそうになった。
土壇場での変心を茂木敏充経済再生担当相は「こういうことを詐欺と言う
んじゃないか!」と怒ったそうだが、安倍首相は、カナダ抜きの10か国で
も合意を成立させ、年明けにも署名式を行う方針だ。

それが実現した場合を山下氏が予測した。

「TPPが成立すれば、日本はオーストラリアの牛肉を9%の関税で輸入
することになります。他方、TPPに入らないアメリカの牛肉には38.5%
の関税が続きます。明らかにアメリカンビーフは不利です。マーケットか
ら排除されかねない。乳製品でも小麦でも、その他でも同じことが起こり
ます」

豚肉も小麦も

氏はさらに続けた。

「アメリカは日欧EPAの影響も受けます。豚肉も小麦も、TPPで起き
る現象と同じようなことが次々に起きると言ってよい。トランプ大統領が
どれほどTPPはいやだと言っても、アメリカの国益を考えれば入らざる
を得なくなります。逆にアメリカが入れて欲しいと言う立場に立たされる
でしょう」

TPPはオリジナルの12か国が参加すれば世界のGDPの約38%を占める
規模だ。アメリカ抜きなら約13%、カナダも抜ければ約11%である。それ
でも日本が主軸となってまとめるのは、前述したように大変重要な意味が
ある。

実利面からアメリカも参加せざるを得ない場面が生ずることに加えて、自
由主義陣営の大事な価値観を守り抜く意味合いがある。何と言っても、自
由貿易、公正なルール、民主主義、国際法による問題解決などといった価
値観を尊重する国々のメガFTAが、ふたつ出来るのだ。合わせると世界
貿易の約半分が、透明性の高いルール圏で取引されることになるのだ。

日欧の今回の合意内容は、中国が世界に発信した彼らなりの経済のあり方
とは明確に異なる。中国は10月の共産党大会で、人口13億人以上の社会主
義大国を指導するには国民全員が優れた本領を身につける必要がある、優
れた本領はマルクス主義の学習によって養われると宣言した。党の指導を
徹底させるために、外国資本の民間企業も含めて、企業内に共産党の支部
を設けよと指導する。

すでに外国企業の70%が共産党の「細胞」組織を設置しており、各企業の
情報は中国共産党に筒抜けになっていると考えた方がよい。知的財産の窃
盗も含めて、何でもありの経済体制が中国で公に強化される傍らで、日本
主導の日欧EPAが合意に至ったのだ。非常に心強い。

安倍首相は、いまこそ、自らの考える地球儀を俯瞰した外交戦略を推し進
めるのがよい。そのときに、忘れてはならないのは、経済活動にも強さが
必要で、憲法改正こそが全ての根本にあるという点だ。

『週刊新潮』 2017年12月21日号 日本ルネッサンス 第783回

2017年12月21日

◆731部隊を巡る中国の対日歴史復讐戦

櫻井よしこ


「731部隊を巡る中国の対日歴史復讐戦 事実の歪曲・捏造阻止へ全容の
解明を」

米国と中国の大きな相違は民主主義体制か専制独裁体制かとの点にとどま
らない。米国は呑み込まない国、中国は呑み込む国である。米国は自国の
広大な国土に満足しており、それ以上に植民地や国土を拡張しようとは考
えていない。中国はすでに広大な土地を手に入れているにもかかわらず、
これからも他国の領土領海を奪い膨張しようとする国である。

もうひとつ大事なのは、米国は歴史を乗り越えようとする国、中国は歴史
を恨み復讐する国だということである。

他国の土地を奪う点についての米中の相違は、米国が植民地だったフィリ
ピンの独立を認め、沖縄をわが国に返還したのに対し、中国はチベット、
モンゴル、ウイグルの3民族から奪った国土は絶対に返さないことだ。

3民族の国土は現在の中華人民共和国の60%に当たる。加えて中国は現在
もインド、ブータン、北朝鮮、台湾、フィリピン、ベトナム、マレーシ
ア、インドネシア、日本などの国土を自国領だとして奪い取りつつある。

歴史への向き合い方も米中ではおよそ正反対だ。まず私たちはさまざまな
想いを込めてバラク・オバマ前米大統領と安倍晋三首相の広島、及びパー
ルハーバー訪問を想い出すことができるだろう。

他方中国は、アヘン戦争以来、帝国主義諸国に奪われ続けたという視点に
立ち、中華民族の偉大なる復興として、「失ったもの」を取り戻す作業に
とりかかっている。その根底をなすのが復讐の想いであり、それを可能に
するのが中国共産党の指導力という位置づけだ。前置きが長くなったが、
その結果何が起きているかが、今回の当欄で指摘したいことだ。

対日歴史復讐戦として仰天する非難がまたもや言い立てられ始めた。「中
国日報」(China Daily)が11月13日付で、旧日本軍の731部隊が少なくとも
3000人の中国人を人体実験して殺害し、30万人以上の中国人を生物兵器で
殺害したと報じたのだ。

また30万人か。「南京大虐殺」の犠牲者30万人は多くの研究によって虚構
であることが明らかにされている。慰安婦30万人を旧日本軍が殺害したと
いうことも、絶対にあり得ない。だが、中国共産党は右の2つの「30万人
被害説」を、国を挙げて主張し、世界に広めてきた。いままた、対日歴史
復讐戦として731部隊の犠牲者30万人説が持ち出された。

中国日報は、黒龍江省のハルビン社会科学院の研究者四人が米国立公文書
館、議会図書館、スタンフォード大学フーバー研究室で2300頁に上る資料
を発見したと報じている。

4人のうちの1人、リュウ・リュージア氏(女性)は「細菌戦における731
部隊と軍の密接な関係を示す研究資料が大量に含まれている。資料には多
くの英語による書き込みがある。誰が何を意味して書いたのかはこれから
の研究だ」と語っている。

リュウ氏は同僚たちとこれまで7年を費やして資料を集めたそうだ。その
結論として30万人が731部隊に殺害されたと主張するわけだ。

731部隊に関する資料の多くは戦後米国に持ち去られた。日本で発表され
た衝撃的な報告として日本共産党などが盛んに取り上げた森村誠一氏の
『悪魔の飽食』が想い出される。

30万人説を早くも打ち出したリュウ氏らの研究は純粋な歴史研究というよ
り対日歴史復讐戦の一環と見るべきだろう。中華民族の偉大なる復興を目
指す習近平主席は自身の体制維持のために、進んで日本を貶める。当然、
731部隊に関しても事実の歪曲や捏造が起きるだろう。それを防ぐには、
日本人にとって触れられたくないテーマだとしても、研究を進め事実の全
容を明らかにすることが必要だ。

このようなことにこそ、外務省に与えた歴史の事実発信のための500億円
を活用することが大事である。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月2日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1209

2017年12月20日

◆習近平は権力基盤を固めたか

  櫻井よしこ

いま64歳の中国国家主席、習近平氏はいつまで君臨するのか。毛沢東と並
ぶ絶対権力者としての地位を固め得るのか、軍は掌握しているのかなど、
見極めるべき点は多い。

なんと言っても、氏は中華人民共和国建国100年の2049年までに「中華民
族は世界の諸民族のなかにそびえ立つ」と宣言する人物だ。

中国共産党創設から100年目が20年だが、氏は、それまでに、経済、民主
的制度、科学・教育においてより充実し、調和的で人々の生活がより一層
豊かな小康社会を実現させると公約した。

それからさらに15年後の35年までには、社会主義現代化を実現するそう
だ。具体的にはアメリカを追い抜いて世界一の経済大国になり、中華文化
の広く深い影響力を各国に浸透させることを習氏は希望している。

そこからもう一度、15年後、中国は他の国家に抜きん出る軍事力を構築す
るという。国を支える経済力と軍事力、「富強」の双方で人類最強の国と
なり、中華民族が「世界の諸民族のなかにそびえ立つ」夢を実現すると、
習氏は繰り返した。

氏は「アヘン戦争(1840年)以降、中国は内憂外患の暗黒状態に陥り」苦
労の連続だったが、中華民族は3段階の偉大な飛躍を実現したと強調す
る。それは「立ち上がり」(站起来、毛沢東)、「豊かになり」(富起
来、ケ小平)、「強くなった」(強起来、習近平)−−の3段階だ。自身を
毛、ケと同列に置いたのである。

こんな野望を抱く習氏が、10月の党大会で有力後継者とされた人材を排除
して一強独裁体制の基盤を整えたという見方がある。他方、そうではない
と異議を唱える専門家もいる。その一人が「産経新聞」前北京特派員の矢
板明夫氏である。

氏の近著『習近平の悲劇』(産経新聞出版)の指摘には説得力がある。中
でも習氏と人民解放軍(PLA)の関係の分析には注目したい。

軍を信用していない

PLAはケ小平時代に7大軍区に分けられ、各軍区にはそれぞれ役割が課
せられていた。習氏は16年2月に7大軍区を5大戦区に変革し、それまでで
きていなかったPLAの統合運用を可能とし、軍の機能も高まったと解説
されてきた。私もそう考えてきた。

矢板氏はしかし、この軍改革はとどの詰まり、権力闘争だったのであり、
統合運用以前の問題だという構図を分析してみせた。習氏の目標は7大軍
区の内の瀋陽軍区と蘭州軍区を潰すことだったという。前者は徐才厚上将
が司令官を務め、後者は郭伯雄上将が司令官を務めていた。

徐才厚、郭伯雄は共に胡錦濤政権を支えた。習氏は腐敗撲滅運動と称して
政敵を倒してきたが、徐才厚は14年に、郭伯雄は15年に摘発され、胡前主
席を支えた軍の最高幹部2人は物の見事に失脚させられた。

習氏は2人が司令官を務めていた瀋陽軍区と蘭州軍区も潰そうとしたが、
そこまでの力はなかった。かわりに成都軍区と済南軍区を潰して東西南北
中の5大戦区にした。瀋陽軍区は北部戦区として、蘭州軍区は西部戦区と
名称を変えて残った。

驚くべきことは5大戦区の人事である。

「5人の司令官の内、4人までも、AからB、BからC、CからAといった
形で国替えさせた」にすぎないと矢板氏は表現している。

狙いは上官と部隊を強引に切り離すことだ。習氏は現場を信用していない
のだ。国家主席として軍の全権掌握を目指す習氏はこれ以外にも軍の制度
改革を行った。たとえば4総部の解体である。

PLAには4総部と呼ばれる中枢組織があった。総参謀部、総政治部、総
後勤部、総装備部である。これを16年1月に解体して15の局に分散した。
結果、軍の全体像を把握できるのは習氏1人になった。習氏は本当に軍を
信用していないのであろう。

氏は共産党中央軍事委員会の委員長だ。文字どおり、軍のトップだが、そ
の地位にありながら、部下である軍幹部や部隊を信用していないのであれ
ば、PLAの側にも習氏への全幅の信頼があるとは言えないだろう。

15年9月3日に、習氏は抗日戦勝利70周年の軍事パレードを、韓国の朴槿恵
大統領(当時)やロシアのプーチン大統領を招いて行った。そのときに
「30万人の軍縮」を突然発表したが、同削減案に対する軍の反発、不安も
強いという。

今年3月に全国人民代表大会が開催されたが、直前の2月22日、数千人の退
役軍人が就職の斡旋と待遇改善を求めて北京中心部で大規模なデモを行っ
た。「退役軍人は全員、軍事訓練を受けた」人々で、「組織化され」てい
る。加えて治安を担当する武装警察は彼らに対して殆ど手を出さないとい
うのだ。政権にとっては大いなる脅威であろう。

反日に走る構図

また、PLAが自らの存在価値を知らしめるために対外強硬路線を取る可
能性も矢板氏は指摘する。一例が、16年6月にインドが自国領だと主張す
るアルナチャルプラディッシュ州に2中隊250人のPLA兵士が侵入し、イ
ンド軍が戦闘準備態勢に入り緊張が高まったことなどだ。

習氏の統治の特徴は自身へのより高度の権力集中であり、その裏返しとし
ての国民や軍、あらゆる分野へのより強い締めつけである。習氏が第2の
毛沢東を目指していると分析される理由もここにある。

矢板氏は習氏の外交の特徴を3点に絞る。➀脱韜光養晦(とうこうようか
い)、つまり低姿勢からの脱却、➁ケ小平時代以来の全方位外交からの脱
却、➂胡錦濤時代まで続いた経済主軸外交からの脱却、である。

わが道(中華の道)を行くという政策だと考えてよいが、その中で政権の
求心力を高める基本が反日である。12年の習政権発足以来、尖閣諸島への
航空機、艦船による領空、領海侵犯が繰り返し行われた。

13年からの反靖国参拝キャンペーンでは世界各地の中国大使に任国で反靖
国キャンペーンを張らせた。結果、スーダンやアルゼンチンなど、遠いア
フリカ、南米諸国で反靖国の主張が展開された。

14年には12月13日を南京事件の国家追悼日として定めた。

15年には抗日戦勝利70周年の軍事パレードを突如、行った。

16年夏には尖閣諸島に漁船400隻が大挙して押し寄せた。それらに乗り組
んでいたのは100名以上の武装海上民兵だった。また、16年にはそれまで
くすぶっていた徴用工問題で中国の司法が積極的に対日企業訴訟を受理し
始めた。

17年には731部隊が30万人の中国人を殺害したと報じ始めた。

軍との相互信頼に欠け、経済改革にも失敗している習氏が第2の毛沢東を
目指し、求心力を高めるために、反日に走る構図が見てとれる。習体制の
実の姿をよく見て、こちら側の備えを固めることが大事だ。

『週刊新潮』 2017年12月7日号 日本ルネッサンス 第781回

2017年12月19日

◆資金潤沢なNHKの受信料判決に失望

櫻井よしこ

「資金潤沢なNHKの受信料判決に失望 立法府を動かすには国民の意
識が重要に」

12月6日、最高裁判所大法廷がNHKの受信料について初の判断を示し
た。一言でいえば、判決には失望した。

テレビを所有していながら、受信料支払いを拒否していた男性に、NHK
は受信料を請求できるか、受信設備を持ったらNHKと契約しなければな
らないと定めた放送法64条1項は合憲か、が争われていたケースだった
が、寺田逸郎裁判長は「表現の自由を実現する放送法の趣旨にかなう。

NHKが受信料を請求することは合憲」と判断した。「テレビを設置した
からといって、NHKと受信契約を結ばなければならないのは、契約の自
由を侵すものだ」という原告側の主張は完全に退けられたわけだ。

これでNHKは、テレビを設置する人々全員に受信料を請求、徴収するこ
とが可能になる。私のようにテレビはあるが、NHKは見たくない、或い
は事実上見ていない人々も、支払いを法的に迫られることになる。

原告男性の代理人の一人、高池勝彦弁護士は、インターネット配信の「言
論テレビ」で12月1日、NHK受信料制度の欠陥についてこう語った。

「公共の福祉という視点では、サービスはそれを求める人が要求すると
き、サービスを供給する側は承諾しなければならないというのが基本で
す。たとえば、私が家を建てたとします。水道が要ります。水道会社は私
の要請に応じて、水道を引かなくてはいけません。

ところがNHKのやり方は、私の家に井戸があって豊富な水が湧きでてい
るため、水道は要らないと断っているのに、絶対に水道を引けと要求して
いるに等しいのです。NHKの手法、それを支えている放送法の精神は、
あるべき姿と逆です」

現在NHKは年間売り上げ(受信料など)7547億円、民放の、たとえば日
本テレビの3054億円に較べると、2.5倍である。民放よりもはるかに潤沢
な資金がある。

NHKの受信料について今年3月29日に、東京地方裁判所がビジネスホテ
ルチェーン大手の「東横イン」に19億円余の支払いを命じた判決は見逃す
ことができない。

NHKは東横インに、全客室分の受信料を払え、過去2年間の3万4000室分
の未払い料金を払えと要求していたが、裁判所はNHKの主張をほぼ全面
的に認めたのだ。

NHKの新たな受信料大獲得作戦に通ずる右の支払い要求の原理は、ホテ
ルや旅館に対しては、テレビを備えている客室毎に受信料を徴収するとい
うものだ。

言論テレビで作家の門田髀ォ(かどたりゅうしょう)氏が次のように語った。

「いま受信料は地上波とBSで合わせて月額3590円です。旅館とホテルを
合わせて現在約160万の客室があります。各々テレビがついている。
NHKはその全室から月額3590円を取ろうと言うのです。これは年額689
億円になります」

NHKは強欲だ。今回の裁判の原告側代理人の一人、林いづみ弁護士が警
告した。

「今回の最高裁判決はテレビについてですが、今後インターネット端末に
もこの理論が適用されれば重大な影響がでます。時代に合う徴収のあり方
はもはや立法の問題だと私は考えます。国民がどう考えるかが重要です」

最高裁は「表現の自由」と「知る権利」の重要性を指摘した。ならば問わ
なければならない。NHKは放送者として国民の知る権利を真に満たして
いるか、と。彼らは放送の公正さを規定した放送法四条を全く満たしてい
ないと、私は強調したい。

NHKの偏向報道振りは加計学園問題の事例からも明らかだ。放送の公正
さを求めるには、やはり立法府を動かすしかない。それには私たち国民の
意識が何よりも大事だと実感する。

『週刊ダイヤモンド』 2017年12月16日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1211