2016年11月14日

◆「監獄島ではなかった」

櫻井よしこ



「産業革命遺産の軍艦島を見て分かった「監獄島ではなかった」の確から
しさ」

10月末の日曜日、早朝の便で長崎に飛んだ。明治産業遺産関連の取材で、
昨年7月に国連教育科学文化機関(ユネスコ)に「明治日本の産業革命遺
産」として登録された端島、通称、軍艦島に向かった。
 
晴天に恵まれ、海は穏やかだった。港や桟橋などの施設が乏しい軍艦島
は、波が高くなると上陸できないため、島に上がれるのは年間200日ほど
だという。私は長崎市内から陸路伝いに南の方まで下り、野々串港という
小さな漁港で小舟に乗った。
 
10分ほどで島に着いた。狭い島には、日本初の鉄筋高層ビルが約30棟も並
び立っている。1974(昭和49)年に採炭を中止し、住民が去り、それから
40年余り、島は幾十度台風に見舞われたことだろう。鉄筋コンクリート造
の建物は、壁や窓枠が崩落してはいるが、それでも枠組みはしっかり立ち
続けている。
 
特別の許可を得て約2時間かけて島を歩いた。小学校の建物があり、中学
校のそれがある。病院があり、タイル張りの手術室が残っている。地下に
は大浴場があったが、いまは立ち入ることはできない。当時の最大の娯
楽、映画館(昭和館)の跡も残っている。
 
鉄筋高層の住居棟がコの字形に建築されており、3つの棟に囲まれた広場
は子供たちの遊び場、運動場でもあった。島の東側に一群の建物が並び
立っているのは、台風などによる大波で一家の主人である父たちの働く採
炭のための竪坑が浸水するのを防ぐためだったという。
 
端島では江戸時代から磯掘りが行われていた。1869(明治2)年以降、台
風や出水という問題を乗り越えながら開発が行われたのだ。三菱財閥が端
島炭鉱の経営に乗り出したのは、1890(明治23)年である。1900(明治
33)年には米国のGE(ゼネラル・エレクトリック)の直流発電機を設置
して、世界有数の海底炭鉱へと発展した。この点が、今回、世界産業遺産
に指定された理由である。
 
その間に端島は採炭に伴って生じるいわゆるボタ(選炭後に残る商品にな
らない石炭)を材料にして、埋め立てを行い、現在より狭かった島を多
少、拡張した。それでも、総面積は6万5000平方メートル、1万9700坪だ。
 
この島で人々がどんな暮らしをしていたのか。韓国などは「強制労働の地
獄のような島」だったと主張する。
 
そのような非難の声があることも承知で、いざ現場に立って驚いた。私の
耳に人々のさんざめく声が聞こえてきたのである。建物と建物の間の狭い
道に所狭しと並ぶ店──、これを人々は端島銀座と呼んだ。そこに集い買い
物をする人々、走り回る子供たち、島の1番高い所に通ずる急峻な階段を
駆け上がる若者たち、頂上に建てられた端島神社へのお参りを欠かさない
律義な人々、そして高層建築とは対照的に、低層の木造家屋で営まれてい
た3軒の遊郭。島にないのは火葬場とお墓だけ。狭い島の中に、全てが備
わっていた。そこに最盛期は5267人が住んだ。
 
この小さな共同体で、軒を連ね、全てを分かち合って暮らさざるを得ない
空間で、一部の人間が、朝鮮半島出身者だという理由だけで、強制労働で
むち打たれ、地獄の暮らしをさせられることは、隣人たちもそれを受け入
れていたことを示す。そんなことは可能性として成り立たないと実感した。
 
長崎市は、韓国側の非難に、「島民は、共に遊び、学び、働く、衣食住
を共にした1つの炭鉱コミュニティーであり、1つの家族のようであったと
いわれている。島は監獄島ではない」との見方を示している。現場に立て
ば、長崎市の言い分が圧倒的に自然である。当時を知っている人はまだ複
数存命する。彼らから真実の声を聞くべきだ。

『週刊ダイヤモンド』 2016年11月12日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1157


2016年11月11日

◆朴大統領、最大の危機を回避できるか

櫻井よしこ



韓国の混乱が深まるばかりだ。朴槿恵大統領に与えられた問題処理の時間
は極めて短い。この原稿を執筆中のいまも、大統領秘書官たちの自宅や事
務所が検察の捜索を受けたなどの情報が入ってくる。
 
韓国で最も信頼されていると言われる言論人、趙甲濟(チョ・ガプ
ジェ)氏は朴大統領が問題処理のタイミングを逃せば、左翼陣営のみなら
ず、保守陣営もソウル市中心部の光化門広場に繰り出し、退陣を要求する
と、警告する。
 
朴氏支持勢力の核心である保守系高齢層までが、朴氏離れを起こしつつ
ある。事の発端は、朴大統領が崔順実(チェ・スンシル)という女性実業
家に、機密漏洩をしていたことだ。朴大統領の親友である崔氏は、大統領
の信頼を悪用して大統領府の人事に介入するのみならず、私腹も肥やして
いた。メディアが不祥事を報じ始めると、彼女は娘を連れてドイツに逃亡
した。
 
統一日報論説主幹の洪熒(ホン・ヒョン)氏の指摘である。

「崔氏の件に関しては複雑な因縁があります。彼女の父は崔太敏(チェ・
テミン)という牧師で、朴槿恵氏の父の朴正煕大統領にも絶大な影響力を
有していました。韓国のラスプーチンと呼ばれた男です」
 
ラスプーチンは帝政ロシア皇帝に取り入って、絶大な影響力を持った亡国
の僧だ。崔太敏牧師は、朴槿恵氏の母が1974年に暗殺されたあと、急速に
朴一家への影響力を強めた。再び洪氏の説明である。

「崔太敏牧師は、母親を暗殺された朴槿恵の心をあらゆる意味で掴みまし
た。彼女が崔牧師に操られていることに危機感を抱いた中央情報部
(KCIA)の金載圭(キム・ジェギュ)部長はこの件について朴正煕大
統領に忠告したのです。しかし、大統領は金部長の忠告を聞かず、娘の方
を信用しました」

不通大統領
 
内部告発サイト、「ウィキリークス」が同件に関する機密文書を早速、
10月27日に公表。それを「朝鮮日報」が報じたのだが、そこには驚くべき
ことが書かれていた。2007年当時、駐韓アメリカ公使のスタントン氏が朴
槿恵氏にまつわる状況を以下のようにまとめていたのだ。

「カリスマ性のある崔太敏氏は人格形成期にあった若い朴槿恵氏の身心を
完全に支配していた。その結果、崔太敏氏の子息らは莫大な富を蓄積した
という噂が広まっている」
 
右のスタントン報告書を、バーシュボウ大使(当時)は機密情報に指定
して本国に送った。洪氏が語る。

「朴正煕大統領は79年10月に金載圭に暗殺されましたが、暗殺理由のひと
つに崔太敏牧師と朴槿恵氏の関係に関する助言が聞き入れられなかったこ
とがあると、金載圭の弁護人が控訴審で主張しました。或る程度高齢の韓
国人はこうした事情をよく知っています。彼らは熱心な朴正煕の崇拝者
で、その内の少なからぬ人々が朴槿恵氏が事実上父親の死を招いたと批判
的にとらえています」
 
韓国の保守陣営は朴槿恵大統領に度々、崔太敏・順実父娘との関係を問
い質してきたそうだ。

「その都度、朴槿恵氏は崔父娘は決して変な人たちではない。自分と特別
な関係にあるわけでもない、と疑惑を全否定しました」と洪氏。
 
現実にはしかし、崔牧師が死亡したあとは娘の順実氏を重用し、機密情
報まで渡し、彼女の関係財団に大企業から巨額の寄付が流れるようにして
いたことがわかってきた。父親の死を招いた牧師との奇妙な関係がまずあ
り、牧師の娘との不透明な関係がその先につながる。他方、朴槿恵氏は大
統領として青瓦台に入ったあと、大統領府で働く有能な官僚や、愛国精神
に満ちた政財界の実力者には会おうともしなかった。

「それで不通(プルトン)大統領、話の通じない大統領と呼ばれるので
す。あの広い公邸でいつも1人。しかし、彼女は実は、崔順実との会話は
続けていたわけです」(洪氏)
 
朴槿恵氏を大統領に選んだ韓国国民にとって、彼女は元大統領の愛娘
で、深窓の令嬢、大切に守り抜く対象だったはずだ。前述の駐韓米公使の
報告が正しかったと認めるなど、屈辱そのものであろう。そうした彼らが
いま直面している問題の本質を趙氏が以下のように分析した。
 
・朴大統領は崔順実氏について嘘をつき続けてきた。法治国家の法治国家
たるゆえんは国家機関が基本的に誠実であること、それゆえに国民の信頼
があることだ。その意味で青瓦台が崔氏の事案に関して嘘をつき覆い隠そ
うとしたことは、順実氏の国政介入よりも深刻な問題である。
 
・崔順実氏は娘と共に出国し帰国を拒否していた。彼女らの横着な振舞い
は朴大統領の承認と助力があるからだ。大統領の行為は司法妨害であり、
問題が長期化すれば弾劾の理由となる。
 
・歴代の大統領の中で朴大統領程、検察を政治的に悪用した例はない。大
統領命令によって無理な捜査が行われ、それを苦にして自殺者も出た。朴
大統領は検察の独自性と公正さを損ねたのであり、そのことは歴史的不名
誉として記録されるはずだ。

本当の家族は崔一家
 
趙氏の分析は非常に厳しい。だが、朴大統領の支持率が14%に急落し、
不支持率が74%にまで上昇したことからも、国民が趙氏同様、厳しい目を
向けていることが見てとれる。政権発足以来最悪の状況に朴大統領は陥っ
ている。
 
危機を回避するには、まず、如何なる捜査にも協力する姿勢が必要だ。
帰国した崔順実氏を捜査に協力させることも欠かせない。大統領府の秘書
室を一新し、朴大統領自身はセヌリ党を離党し、国務総理に日常的行政を
任せる程の決意を見せなければ、事態はおさまらないと、趙氏は指摘する。
 
世論の厳しい逆風を受けて、朴大統領は10月28日夜、大統領府の首席秘
書官全員に辞表の提出を指示した。これで問題解決につながるのか。洪氏
は真っ向から否定した。

「朴大統領には19年間、秘書としてついてきた3人の最側近がいます。本
来なら彼らをまず切るべきです。しかし、彼らには全く責任をとらせよう
としていない。これでは事態の収拾などできません」
 
孤高に生きてきた朴槿恵大統領にとって、本当の家族は崔一家なのであ
ろう。実弟や実妹を青瓦台に近づけない一方、何かあれば崔一家に相談す
るようにと朴大統領は言ってきた。この期に及んでも崔一家を排除できな
い程、朴大統領は心理的に崔一家に頼りきりだと言える。
 
特定の怪し気な人物に操られているかのような大統領の下で、韓国は二
進(にっち)も三進(さっち)もいかない危機の淵に立たされている。
今、大統領が下野すれば韓国は大混乱に陥る。このまま政権を維持して
も、来年の大統領選挙までの1年間、指導力回復の見込みはない。韓国の
危機は日本にも深い負の影響を及ぼすことになる。

『週刊新潮』 2016年11月10日号     日本ルネッサンス 第728回


2016年11月07日

◆アジアの曖昧路線を理解する重要性

 
櫻井よしこ



欧米流の合理的戦略論だけでなくアジアの曖昧路線を理解する重要性

フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が来日した。安倍晋三首相との
首脳会談で、大統領は南シナ海問題を持ち出し「日本とフィリピンは同じ
ような状況にある」「われわれは常に日本の側に立つ」と、それぞれ2
回、繰り返したという。
 
安倍首相はドゥテルテ大統領の本音を聞くべく、首脳会談後に両首脳を
含めて6人のみが参加する小規模会談を設けた。同会談は首脳会談の2倍の
長さの70分に及んだと、「産経新聞」の田北真樹子氏が書いている。明ら
かに安倍首相はドゥテルテ大統領の心を開いたのだ。財界人との会合で
「日本が大好きだ」と大統領は繰り返した。
 
日本に先立って訪問した中国では「米国との関係を断つ」という暴論を
口にし、東京でも、米国を念頭に、フィリピン国内の外国軍基地を2年以
内になくすと語った真意は測り難い。明らかに、大統領には欧米流の理詰
めの論理は通用しないのである。
 
米国の後ろ盾が南シナ海における中国の侵略阻止に欠かせない要件であ
ることは、1991年末に米軍基地が閉鎖された途端に中国船がフィリピンの
海に侵入してきたことからも明らかだ。

だが、ドゥテルテ大統領の念頭には、90年代以降の現代史よりももっと長
い米比関係の歴史と、民族としての苦い記憶があるのだろう。中国に対し
ても、古代から中国と付き合ってきたフィリピンの思いが、米国の対中感
覚と一致するわけもないだろう。
 
大統領と共に来日したベテラン政治家、ヤサイ外相が10月26日の記者会見
で語った内容が興味深い。「南シナ海問題は中国と平和的に解決したい。
フィリピンが米国との定期合同演習を一方的に終了したのは、中国の疑念
を高めたくないからだが、米比相互防衛条約は重要で尊重し続ける。条約
は打ち切りにはしない」と、語ったのだ。
 
白とも黒ともはっきりしない曖昧な立場は、理屈では説明できない。フィ
リピンを含むアジア諸国の主張はこのようによく分からないことが多い。
とはいえ、これが現実なのである。
 
日本は、米国よりも巧みにこの種の曖昧さを受け入れられるのではない
か。ドゥテルテ大統領に、「日本に感謝している」と言わしめたのは、
フィリピン独自の感じ方を日本側が受け止め得ているからであろう。押し
付けるのではなく、語り合うことで、フィリピンに日本と同一の方向性を
共有させることに成功したのが今回の例ではないか。
 
米国の影響力が相対的に弱まる中、日本は米国の合理的戦略論とともに、
アジア流の曖昧路線を理解することが大事である。欧米流の理屈だけでは
対処できないことを肝に銘じ、各国独自の歴史や文明、価値観を心に刻む
ことである。
 
価値観がいかに多様であり得るかを知悉しておくのがよい。世界があま
りに混然とし、多くの事が発生するとき、私が時折り開く本に『東北学
へ』(赤坂憲雄・責任編集、作品社)がある。
 
10年前に、山形しあわせ銀行での講演がご縁で全10巻の貴重な全集を頂い
た。東北芸術工科大学の赤坂憲雄大学院長が全巻をそろえるのに尽力して
くださった。同全集では、日本人はそもそもどういう人たちか、日本列島
の文明はどのような流れの中で育まれたのかが、多角的に論じられている。
 
実はこの全集を縄文人への憧れから読み始めた。「東北学」はしかし、1
万年も続いた縄文文明を超えて日本人のルーツ、「日本」を形成する要素
が、驚くほど多様であることを教えてくれる。
 
常識では理解し難い現象が世界中で続発するとき、「日本人」とひとく
くりにされる私たち日本民族の、実は非常な多様性に満ちた歴史を思い出
して、1つの価値で決めつけることへの自戒とするのだ。そうしてこそ、
アジアの「曖昧さ」も理解でき、したがってアジア諸国のリーダーともな
り得るのである。
『週刊ダイヤモンド』 2016年11月5日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1156

2016年11月06日

◆クリントン有利が決定的に

櫻井よしこ



「テレビ討論会でクリントン有利が決定的に アジア各国を籠絡する中国
に対抗できるか」

日本時間の10月10日午前、米国大統領選挙戦2回目のヒラリー・クリント
ン氏vsドナルド・トランプ氏の討論会には気がめいった。

「うそつき」「下品でわいせつ」「愚か者」「不作法者」「無資格者」
等、考えつく限りの罵詈雑言を互いに投げ付け合った90分間だった。これ
が世界の超大国のリーダーたらんとする人物同士の討論かしらと、視聴し
たおよそ全員が思ったはずだ。
 
だが、それが世界政治の冷酷な現実である。明白になったのは、2回目の
討論でも1回目同様、国際政治や外交、安全保障に関する議論は二の次
だったこと、またクリントン氏がさらに優勢になったことである。
 
米「ウォールストリート・ジャーナル」紙は社説でこう述べた。

「トランプ氏は(わいせつな表現で既婚女性に迫る様子を語った)テープ
が暴露される以前に、すでに支持率を落としつつあった。このまま下落が
続けば、共和党員の良心と共和党の政治的生き残りのために、トランプ氏
を見限っても無責任だと非難はできない」
 
さらに、大統領選挙と同時に行われる上下両院議員選挙で過半数を維持す
るには「クリントン阻止」で団結し全力を尽くせと檄を飛ばしている。
「ヒラリーの国内政治目標はいずれもオバマ大統領のそれらよりも左翼的
で、ナンシー・ペロシが(もし下院議長になれば)それらの法案を可決す
るだろう」と書いて、米国社会がリベラル方向に振れることを警告している。
 
10月8日号の当欄で書いたように、トランプ氏が大統領になった場合、世
界は大混乱に陥ると思うが、かといって、クリントン氏なら安心かといえ
ば、全くそうではない。彼女主導の政治に私は少なからぬ不安を覚えてい
る。現状を見ると不安はいや応なしに高まる。なぜなら、オバマ大統領が
重い腰を上げて築き始めたアジア・太平洋地域の「団結」が中国に崩さ
れ、米国の力がさらに弱まっているからである。
 
今年2月15日、オバマ政権は初めての米・ASEAN(東南アジア諸国連
合)首脳会議を米カリフォルニア州で開いた。曲がりなりにも
ASEAN10カ国全てが参加し、南シナ海での中国の蛮行を念頭に「航行
の自由」と「域内活動の非軍事化と自制を促す」ことを、共同文書で確認
した。中国の強い影響下にあるカンボジアまで署名したことは、オバマ政
権の成果である。
 
しかし、そうした成果を中国は覆してきた。9月7日にラオスの首都ビエン
チャンで開催された日本・ASEAN首脳会議では、安倍晋三首相が南シ
ナ海問題に関するオランダ・ハーグの常設仲裁裁判所の判定を尊重すべき
だなどと発言し、ASEAN首脳は支持の意向を示した。
 
だが、翌日の日・米・中・ASEAN首脳会議ではASEAN諸国が中国
に説得され、議長声明から仲裁裁判所の判定に関しての言及がスッポリ抜
け落ちた。議長国のラオスやカンボジアの姿勢がぐらついているのだ。
 
加えてフィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領の中国への急接近であ
る。合理的な範疇を超えたフィリピンの反米親中路線は南シナ海問題にと
どまらず、アジアの海における米中関係の行方に大きな影響を与える。
 
こうした中で米国の新大統領、恐らくはクリントン氏が登場する。彼女が
ホワイトハウス入りするのは来年1月20日、それまでの約3カ月間、中国は
全力で勢力を拡大するだろう。その状態が新大統領にとっての外交、安保
のいわばスタート台となる。
 
その時点でクリントン氏が中国を押し返せるか。そんな難事に取り組むよ
り、現実的に判断して中国と結び、日本は両国の谷間に追い込まれかねな
い。その可能性も念頭に、日本は準備を進めているはずだ。外交、安保、
いずれも厳しい時代を私たちは迎えている。
『週刊ダイヤモンド』 2016年10月22日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1154


2016年11月05日

◆韓国教授、慰安婦=性奴隷説を否定

櫻井よしこ



韓国のソウル大学経済学部教授、李榮薫(イ・ヨンフン)氏が「日本軍
慰安婦は単なる『軍部隊の公娼』」、「軍や警察に『不正に拉致』された
という主張は、ほとんどが口述記録であり、客観的資料としての信憑性が
ない」などと述べ、慰安婦強制連行説及び性奴隷説を否定した。
 
これは、韓国近現代史のネット連続講義「李榮薫教授の幻想の国」の最終
回、「第12回慰安所の女性たち」の内容である。2時間超の講義は、8月22
日と23日に公開された。
 
李氏は韓国近代経済史研究の第一人者といってよい。氏はこれまでに
『大韓民国の物語』(文藝春秋)、『代案教科書』などの「問題作」を世
に問うてきた。

実証的研究に基づく著作は、いずれも日本に対して驚く程、公正で、それ
故に韓国で批判された。同時に、親北朝鮮の左翼的教科書を真っ向から否
定し、挑戦した『代案教科書』は驚異的多数の韓国人が読んだ作品でもある。
 
かつて私は氏に尋ねたことがある。如何にして観念論やイデオロギーの呪
縛を逃れ得たのかと。氏は、自分が政治学者ではなく、客観的な数字を基
に研究する経済学者であることが、イデオロギーの呪縛を回避できた理由
だと考える旨を語った。
 
今回のネット講義も実証的で公正である。日本では未発表の『日本軍慰安
所管理人の日記』や元慰安婦の証言など、引用された史料から見えてくる
のは、挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)や『朝日新聞』の主張する
「慰安婦強制連行説」や「性奴隷説」の明確な否定である。

「1938年以降に軍慰安所市場が開かれて、多くの韓国人が慰安所を直接経
営した。(女性たちは)慰安婦として働くために、中国や台湾、ビルマな
どで、軍部隊について移動した」「女性たちは主に『人身売買』(親がお
金を貰って娘を売るなど)や『就職詐欺』の形で慰安婦になるのが一般的
だった」と、李氏は率直に語っている。

働く自由、廃業の自由
 
詳しい記録が残されている元慰安婦、文玉珠(ムン・オクジュ)氏の例
も引いて、女性たちは公娼制度の下で法的に営業許可を受けなければ働け
なかったこと、契約期間満了時点で廃業申請すれば帰宅できたことを李氏
は指摘している。文氏が自身の一代記で、「病気」を理由に廃業を申請し
て、日本軍の許可を得たと披露しているが、こうしたことは当時を知る
人々にとっては常識である。
 
それでも性奴隷だったと言い張る人々は強弁するだろう。廃業申請が容易
に許可されたはずがないと。李氏は『ビルマ戦線の日本軍慰安婦ムン・オ
クジュ』や前述の『管理人の日記』などの史料に基づいて、「最前線でな
い場合は、だいたい受け入れられた」「契約期間中に特定の区域を離れる
ことができないというレベルで身体の自由を奪われるのは、当時の公娼制
においては特別(例外的)なことだった」と語る。
 
働く自由、廃業の自由に加えて女性たちは日々の生活でも、月2回の休
日と休日に勤務地を離れる自由があった。「慰安所での仕事は『高労働高
収入』の産業だったので、普通の数百円程度の借金では、人身を拘束する
ことはできなかった」と李氏。
 
ちなみに前出の文氏は、家に5000円を送り、2万6000円を貯蓄していたこ
とで知られる。2万6000円は当時の相場で家を26軒も建てられる金額だった。
 
中韓両国は、慰安婦は日本軍によるひどい暴力の被害を受けたと主張す
るが、李氏はこの点も否定する。

「広く知られている『マンダレー慰安所の規則』は慰安所に出入りする将
校と兵士は必ず階級章をつけなくてはならず、いかなる場合でも罵ったり
暴力をふるってはならないという点を明示している」「パトロールの将校
と娯楽指導官は、慰安所での軍規の徹底を厳密に実施しており、衛生的な
面では毎週1回慰安婦の身体検査を実施していた」という。
 
では慰安所で軍規はどの程度まで徹底されていたのか。李氏が挙げた事
例、文氏の実体験は驚きであろう。

「慰安所で、ある日本軍人が激しい乱暴をした。ムン(文)さんはもみ合
いの末に、日本刀を奪い、その兵士を刺し殺した」
 
女性の方が日本兵を軍刀で殺害したというのだ。で、殺した文氏はどう
なったのか。李氏は続ける。

「(文さんは)兵士の不当と自らの自己防衛を主張し、無罪になった。日
本軍の軍法裁判所が無罪判決を下したのである」
 
李氏はさらに考察を深めている。弁護士の戸塚悦朗氏が考えついたとさ
れる性奴隷という言葉はいまや世界に流布されているが、奴隷の定義は慰
安婦に当てはまらない。奴隷には「法的人格」は認められないが、慰安婦
には認められていたからだ。李氏はそれを次のように説明する。

良識の声の表明
 
過去の米国の黒人奴隷は殺人現場を目撃しても法廷で証言できなかった。
奴隷は法的に人間ではないからである。対照的に慰安婦の立場は、文氏の
事例に見られるように全く異っていた。奴隷であれば、裁判を受ける権利
すらないが、彼女は自己防衛と兵士の不当を主張し、現実に無罪になった
のである。従って李氏は「日本軍慰安婦性奴隷説」を見直すべきだと結論
づけている。
 
朝鮮人慰安婦の数についても、氏は韓国が主張する20万人説を退け、最大
でも5000人だったと根拠をあげて示し、韓国国民にざっと次のように呼び
かけている。

「私たちが先進国になるためには、すべての幻想を消さなければならな
い。まず外交的な葛藤にまでなった歴史から解放されてこそ、本当の意味
で近代人になれる」
 
李氏の指摘を肝心の韓国国民はどう受けとめたか。かつて氏はその主張の
客観性と公正さ故に反日勢力の怒りを買い、「親日派」のレッテルを貼ら
れて、厳しく糾弾された。今回、氏は、これまで以上に率直公正に歴史の
真実を語っている。
 
東京基督教大学教授、西岡力氏がハングルの飛び交うネットを分析した。

「今回は様子が違います。ネットに上げてすでに50日ですが、炎上してい
ません。昨年末の日韓合意後、韓国の対日認識が確実に変化しています。
生存する元慰安婦の8割近くが、日本出資の資金を受けとりたいと表明
し、挺対協など反日運動団体の影響力が落ちているのです」
 
官房副長官の萩生田光一氏は歴史の真実を共有しようとする人々に期待する。
「これまで抑制されてきた良識の声が表明されたと受けとめています。日
韓双方が歴史に誠実に向き合うことで、両国はもっと歩み寄り、支え合え
るはずです」
 
だからこそ歴史の真実の情報発信を強化することが重要である。
『週刊新潮』 2016年10月20日号 日本ルネッサンス 第725回

2016年11月04日

◆沖縄米軍用地を中国資本が買っていた

櫻井よしこ



日本の国土を外国資本が買い漁っている事実は旧聞に属する。日本政府
が、自民党政権の時も民主党政権の時も有効な対策を講じてこなかったの
も周知のことだ。外国資本に好き放題の国土買収を許してきた日本は異常
だが、それでも沖縄の米軍用地の1割を中国人が買収していると聞けば、
心底、驚かざるを得ない。
 
10月21日、インターネット配信の「言論テレビ」で中田宏元衆院議員が
語った内容は、日本国の土台が浸食されているというものだった。
 
氏は国会議員だった2013年、対馬を調査して驚いた。自衛隊基地周辺の土
地の殆どが韓国資本に買収され、基地は韓国人の土地にぐるりと囲まれて
いた。万一の時、これでは自衛隊の動きが阻止されかねない。その危機的
状況に対処するべく、氏は土地売買に関して規制する法案を国会に提出した。

「私の法案は廃案にされました。それから3年、事態はより深刻です。沖
縄の米軍用地の10%が中国資本に買われているのです」
 
中国は尖閣諸島を自国領だと主張し、沖縄に関しても日本の領有権に異議
を申し立てる。彼らの真の狙いは、いずれ沖縄全体を中国領とすることに
あると見てよいだろう。沖縄に迫る中国の脅威を実感するからこそ、わが
国は日米同盟を強化すべく努力してきた。米軍への基地提供にも心を砕い
てきた。
 
沖縄の米軍用地は約2万3300ヘクタール。内、国有地と県、市町村有地が
約1万5700ヘクタール、残りの約7600ヘクタール、全体の約33%が民有地だ。

「この民有軍用地の約3分の1を中国資本が買い取っているのです」と、中
田氏は説明する。
 
事実なら、まさしくブラックジョークではないか。中国人の所有とされる
民有軍用地は2500ヘクタール強になる。坪数で756万2500。沖縄軍用地の
借地料は政治的配慮も働いて日本一高い。場所によって異なるが那覇軍港
なみの最高レベルの賃料なら坪1万9000円、浦添市などでは坪6000円だ
と、「産経新聞」の宮本雅史氏が『報道されない沖縄』(角川学芸出版)
で報じている。

国土は即ち国
 
坪6000円として中国人の手に渡る賃料は453億7500万円にもなる。防衛省
に問い合わせたが回答が得られなかったために、果たしてこの数字が正し
いのか否か、判然としない。しかし、少なくとも百億円単位の日本国民の
税金を、毎年、日本政府が中国人に支払っている可能性がある。
 
中田氏は、防衛省も中国人による軍用地の取得については知っているので
はないかと語る。政府や地方自治体がこうした事実をどれだけ把握してい
るかについて、沖縄県石垣市議会議員の砥板芳行氏のコメントが興味深
い。私の取材に対して氏は、当初こう語った。

「中国資本が軍用地を買っているとは、余り知りませんでした」
 
しかし、少し時間をかけて調べたあと、氏はこう語った。

「そのようなケースがあっても中国人は表に出てきません。しかし、注意
深く情報を精査すれば、確かに中国人の動きが見えてきます」
 
中田氏が指摘した。

「竹富町が所管する離れ小島にウ離島(ウばなりじま)というのがありま
す。広さ1万坪の岩だらけの無人島で、水もありません。この島を中国が5
億円という法外な価格で買おうとしたのです」
 
中国はこの島をなぜ買おうとしたのか。現地の人は、考えられる理由と
して、海上保安庁の船が尖閣諸島海域に向かうとき、海保の船の動きを逐
一監視できる場所がウ離島であることを挙げた。売却話は、しかし、メ
ディアの知るところとなって、結局、立ち消えになった。
 
砥板氏が説明した。

「いまこの島は地元の不動産業者が管理しています。安全保障上、大事な
所にあるだけに監視を続けることが重要です」
 
このような水もない島を買う理由が経済的要因にあるとは思えない。どう
見ても安全保障上の理由であろう。事実、島を買いにきたのは「中国国際
友好連絡会」(友連会)という組織だった。人民解放軍(PLA)の工作
機関と考えてよい組織だ。
 
彼らは宮古島市の下地島空港周辺の土地も買いたいと申し出た。同空港
には3000メートルの滑走路がある。中国に対処するために、下地島に自衛
隊の拠点をつくることが大事だという指摘は多い。それだけ重要な空港周
辺の土地をPLA関連組織が買いにきたのである。
 
国土は即ち国である。国土があって、そこに人が住み、経済活動をして
はじめて国が形成される。それを守ってはじめて独立国と呼べる。国の基
(もとい)である国土を、わが国は今日に至っても外国資本に買われるに
任せている。

1平方ミリでさえも外国人に売らないのは中国だけではない。フィリピン
も外国人には売らない。なのになぜ、日本政府は有効な手を打たないの
か。国政レベルの動きは信じ難い程鈍いが、地方自治体の憤りは強い。全
国市長会会長代理で山口県防府市長の松浦正人氏が語る。

外国人土地法

「10月19日に、北海道旭川市で北海道市長会が開かれ、皆さん憤っておら
れました。地方自治体の条例だけでは、外資の日本国土買収は全く防げま
せん。これ以上外国人に土地を買われてしまうわけにはいかないと、革新
色の強い市長さんも含めて全員の意見が一致しました。来年1月中に案を
まとめて、政府に強く申し入れることになりました」
 
市町村の行政は住民生活に直結する。行政の現場には山林や水源地、防
衛施設周辺の土地を中国人が買い付けようと蠢く情報が入ってくる。殆ど
の首長は山林や水源地の所有者を説得して外国人への売却を思いとどまら
せようとする。しかし、悪貨は現金でやってくる。その現金に動かされる
人もいる。
 
しかし、国土を他国に売ってしまっては、もう戻ってこないのだ。にも拘
わらず、日本政府が規制できずにきた理由のひとつに、95年のWTO(世
界貿易機関)加盟時に外務省が犯した致命的なミスがある。
 
他の加盟国がおよそ全て、その国なりの留保をつけて加盟したのに対
し、日本は無条件で加盟したのだ。だから今更、国土は外国資本に売らな
いとは言えないのである。当時の外務省の目は節穴だったが、現在の国会
議員にもできることがある。日本には大正時代の外国人土地法がある。そ
こには相互主義と、国防上の観点から土地取引は制限できることが書かれ
てある。相手国が日本人に土地を売れば日本も売るということだ。国防上
の懸念ゆえに取引を制限できるということだ。その戦前の法律を現在に通
用させるための工夫をすればよいだけである。いま、政治がその工夫をし
ないのであれば、それは国民と国家に対する背信である。

『週刊新潮』 2016年11月3日号  日本ルネッサンス 第727回

2016年11月02日

◆フィリピンが中国に擦り寄る

櫻井よしこ



フィリピンが中国に擦り寄る理由は大統領の思想と米政府の失策にあり 
当欄の原稿執筆中のいま、フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が中
国を訪問中である。大統領は10月19日までに中国国営中央テレビの取材に
応じ、「中国がフィリピン経済にとって唯一の希望だ」と語った。20日の
習近平国家主席との会談では、南シナ海問題が事実上棚上げにされる。
 
オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所が、中国の主張を全面的に退けた裁定
を、なぜ中国に突き付けないのか。フィリピンの国土と領海を奪い、軍事
要塞化を続ける中国に「礼を重んじる東洋的なやり方」で応じるのはなぜか。

反対に少なくとも南シナ海問題でフィリピン側に立つ米国に、なぜ、罵詈
雑言を投げ付けるのか。
 
一連の疑問への答えは、ドゥテルテ氏の背景から見えてくる。中国の軍
事力の分析で知られる米国のシンクタンク「国際評価戦略センター」主任
研究員、リチャード・フィッシャー氏が驚くべきことを語った。

「ドゥテルテ氏の無二の親友がフィリピン共産党創設者、ジョマ・シソン
氏でした。シソン氏はもう死亡していますが、ドゥテルテ氏自身が半ば共
産主義者なのです」
 
ドゥテルテ氏が駐北京大使に新たに任命したホセ・サンタロマーナ氏も興
味深い経歴を持つと、フィッシャー氏は指摘する。サンタロマーナ氏はシ
ソン氏らと共にフィリピン共産党創設間もないころからマルコス政権打倒
の運動に従事してきたという。

その彼は中国の軍事援助を受けるために北京に送り込まれ、トロール船に
武器を山積みにして帰国しようとした。ところが毛沢東がこれを爆撃させ
たというのだ。
 
再びフィッシャー氏の説明だ。

「同事件をきっかけに1974年、フェルディナンド・マルコス大統領は北京
を承認しました。一方、毛主席は中国におけるフィリピン人共産主義者の
活動を厳しく取り締まったのです。サンタロマーナ氏は中国に残りまし
た。中国語を学び、中国を研究し、中国について報じ続けました。マルコ
ス政権が倒れたときに帰国し、中国問題専門家としてフィリピンの大学で
も教えました。ドゥテルテ氏が政権を取ると、ご存じのように彼は駐北京
大使に任命されたのです」
 
アキノ政権下で要職から追放されていた親中派人士の多くが、いま息を吹
き返している。中国には、サンタロマーナ氏をはじめ、将来利用できるか
もしれない人物を長く手元に置いて世話をする長期戦略がある。米国には
それがないと、フィッシャー氏は語る。

「80年代の終わりに、コラソン・アキノ政権の外相だったラウル・マング
ラパス氏は、南シナ海でフィリピンが領有権を主張する島々や海を守って
ほしいと、米国に訴えました。ところが米国政府はこれを拒否したので
す。マングラパス氏は心底立腹し、その後フィリピンで反米軍運動が起き
たとき、その動きに乗りました」
 
米国がフィリピンの訴えに耳を貸さなかったのには、冷戦が終わったこ
とによる油断があったとしか思えない。フィリピンで高まった反米軍運動
にブッシュ(父)大統領は、基地閉鎖を決断した。米軍基地は91年末まで
に閉鎖され、米軍が去った直後の92年1月に、中国は南シナ海のフィリピ
ンの海に調査船を派遣した。フィリピンは対抗したが、打つ手はない。ス
プラトリー諸島のミスチーフ礁に中国軍が上陸したのは95年1月だった。
 
こうして見ると米中のフィリピンへの対応は大きく異なる。米国が長期戦
略を欠く一方で、中国は長期戦略を保持し続け、その果実を手にしつつある。
 
ドゥテルテ氏が一見多額の、しかし国の運命を決めるにはあまりにもわず
かな援助によって中国側に付けば、米国のみならず日本の国益も大いに損
なわれる。国の戦略的思考について考えさせられる。

『週刊ダイヤモンド』 2016年10月29日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1155

2016年10月16日

◆外国資本による国土買収が深刻化

櫻井よしこ



「外国資本による国土買収が深刻化 100年後まで守り抜く立法が必要」

衆院予算委員会で安倍晋三首相が、外国人や外国資本による森林や水源地
の買収が急速に進んでいる事態について問われ、こう答えた。

「安全保障上、重要な国境離島や防衛施設周辺での外国人や外国資本によ
る土地取引・取得に関しては国家安全保障に関わる重要な問題と認識して
いる。水源の保全についても重要な観点と思っており(対応を)検討して
いきたい」
 
国家の安全保障上、外資による国土買収がどれほど懸念すべき事態であ
るかは長年、指摘されてきた。民間の側からの警告や提言はこの10年間、
頻繁に発せられ、私自身も少なからぬ与野党議員に立法を働き掛けてきた。
 
2013年には日本維新の会の中田宏氏が法案を提出した。三自衛隊、海上保
安庁、原子力発電所周辺の土地は危機管理上、A分類に指定し、政府の許
可なしには取引不可とする。その他水源地など国家的に重要な土地はB分
類に指定し、国が監視できるようにする内容だった。
 
中田氏らはもっと厳しい内容にしたかったのだが、外務省の失態で不可
能だった。わが国はWTO(世界貿易機関)加盟時、条件を付けずに加盟
したからだ。各国の事例を見ると、その国にとって譲れないことを加盟の
条件として付けている。例えば「国土は外国人には売らない」「国土は売
るがそれは互恵平等の原則による」などだ。
 
こうすれば、国土を売らない選択も、あるいは、中国は売らないのだから
わが国も中国資本には売らないという選択もできる。外務省はこのような
ことも考えずにWTO加盟を進めた。
 
こうした制限故に、中田氏らの法案はどうしても完璧にはなり得なかっ
た。それでもないよりずっとましだった。だが法案は国会に上程されて
も、全く審議されずに廃案になった。

「(法案が)つるされちゃって」──と、廃案で一件落着であるかのように
語った自民党議員、外資による国土買収への対処のことなど、全く念頭に
ないかのように構えていた旧民主党議員──。こうした政治家の顔がいまも
脳裡に浮かぶ。私はこの点に関しては、日本の政治家のほぼ全員に重い責
任があると思う。
 
国土を買い取られることは、国を奪われることだ。わが国の国土を猛烈
な勢いで買い取る中国を注意深く見るべきだ。北海道で数百ヘクタールの
土地が買われた、水源地が買われたなどの個別の現地情報を追っても全体
像は見えない。日本列島全体で、離島、水際、戦略的な土地を中心に中国
の買収の手は広がっている。中国の膨張政策が国土買収に反映されている。

「産経新聞」の宮本雅史氏、『日本、買います』(新潮社)の著者である
平野秀樹氏なども指摘するように、沖縄県での中国資本による買収は凄ま
じい。鹿児島県奄美でも長崎県五島列島でも、島根県隠岐、北海道、新潟
県佐渡でも同様だ。中田氏が語る。

「2013年、私は対馬の問題を国会で取り上げました。自衛隊基地周辺がほ
とんど韓国資本に買われている現状を指摘し、政府の対応を求めました」
 
そのときの安倍首相の回答は、今回とほとんど変わらない。この3年間、
政府は、何もなし得ていない。

「去年は安保法制、今年は離島復興に力を注いだ。来年の通常国会が1つ
の機会ではないか」と、関係者。
 
安倍政権が大きな課題を手掛けてきたことは確かだ。しかし中国資本に
日本を買い取られないためには、いま首相の本気度が問われている。自民
党幹事長の二階俊博氏は、外資の土地購入制限に否定的といわれるが、実
力者としてこの点について首相をどこまで強力に支えるかも、決定的要素
だ。従来の経緯だけを見れば、また失望しかねない状況が頭に浮かぶ。そ
うではなく、100年後まで日本を守り通す気持ちで是非立派な法律を作っ
てほしい。

『週刊ダイヤモンド』 2016年10月15日号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 1153